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関連審決 不服2014-22300
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事件 平成 29年 (行ケ) 10010号 審決取消請求事件

原告 アルベルト−ルートヴィヒス− ウニヴェルズィテート フライブルク
同訴訟代理人弁理士 庄司隆
同訴訟代理人弁護士 庄司寛
同訴訟代理人弁理士 資延由利子 大杉卓也 曽我亜紀
被告特許庁長官
同 指定代理人板谷玲子 中島庸子 長井啓子 尾崎淳史
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2018/04/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
1事 実 及 び 理 由第1 請求特許庁が不服2014−22300号事件について平成28年9月5日にした審決を取り消す。
第2 前提となる事実(争いがない)1 特許庁における手続の経緯等原告は,平成22年3月5日,発明の名称を「分子のアレイから複製又は派生物を作製するための装置及び方法とその応用」とする特許出願(特願2011−552467号。パリ条約による優先権主張:平成21年3月6日 ドイツ。以下「本願」という。)をした。
原告は,本願につき,平成26年6月25日付けで拒絶査定を受けたことから,同年11月4日,拒絶査定不服審判を請求した(不服2014−22300号)ところ,平成28年1月27日付けで拒絶理由通知を受け,同年7月28日付け手続補正書により特許請求の範囲を補正(以下「本件補正」という。
本件補正後の請求項の数は15。)した。
特許庁は,平成28年9月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし(出訴期間として90日を附加。),同月15日,その謄本が原告に送達された。
原告は,平成29年1月13日,審決の取消しを求めて,本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載本願に係る発明(以下「本願発明」という。)は,本件補正後の特許請求の範囲請求項1から15記載の事項により特定されるところ,その請求項1の記載は,次のとおりである(以下,本件補正後の請求項1に係る発明を「本願発2明1」といい,また,本願に係る明細書及び図面を併せて「本願明細書」という。)。
「DNA,cDNA,修飾DNA,RNA,mRNA,tRNA,もしくはsiRNAからなる群から選択される生体分子または合成的に生成された化学分子(16;32;50)のアレイの複製又は派生物を作製する方法であって,前記アレイは,分離した分子(16;32;50)サンプルの空間配置を含み,前記方法は,サンプルごとに,他のサンプルの有効領域(24;35;54)と分離している,少なくとも一つの空間的に制限された有効領域(24;35;54’)をつくるステップであって,前記有効領域(24;35;54)は,他のサンプルの有効領域と分離する機能を有するものであり,前記有効領域(24;35;54’)は,空間的に制限された増幅薬領域を含むものであり,結合アダプタ(22;38;62)又は結合特性を供給されたキャリア(20;34;60)の表面と接し,空間的に塞がれたキャビティ,電場又は磁場,疎水性/親水性の領域,流体および気体間の界面,および/または,粘性の異なるレベルの液体間の界面によって形成されるものである,前記ステップ,前記有効領域(24;35;54’)において,増幅薬によって,前記分子(16;32;50)を増幅することによって,複製(18;32;64)をつくるステップ,又は,前記有効領域(24;35;54’)において,前記分子の派生物をつくるステップであって,前記派生物はDNA,cDNA,RNA,もしくはタンパク質からなる群から選択されるものであり,かつ,RNAはDNAから転写されるものであり,および/またはタンパク質はRNAの生化学情報によって産生されるものであり,3前記キャリア上の前記サンプルの前記複製又は派生物の空間配置が,前記アレイの前記サンプルの前記空間配置に対応するように,前記結合アダプタ又は前記結合特性(22;38;62)によって,前記キャリア(20;34;60)と,前記サンプルの前記複製又は派生物(18;32;64)を結合するステップであって,前記複製又は派生物を前記キャリアに結合する工程は,前記増幅または派生物の作製と同時に実行されること,および,前記アレイから前記サンプルの前記複製又は派生物(18;32;64)を含んでいる前記キャリア(20;34;60)を取り除くステップ,を含むこと,を特徴とする,方法。」3 審決の理由審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。その要旨は,本願発明1は,特開2001−183号公報(公開日:平成13年1月9日。甲1。
以下「引用例1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができない,というものである。
4 審決が認定した引用発明並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点(1) 引用発明の内容「DNAチップを作製する方法であって,母体となる基板上にDNAを含ませた多孔質状のセル(たとえばスポンジ)を配置し,各セル間にセル分離用の隔壁を設け,当該基板上であらかじめ用意された複数のDNAをPCR法により増幅するステップと,この増幅されたDNAを各セルの相互位置を保持したまま直接接触により他の基板へ転写するステップと,コピーした基板を元のマザー基板から離し,取り外すステップ4を備えたことを特徴とする方法。」(2) 引用発明と対比する本願発明本願発明1は,各構成要素に関し複数の選択肢を有することから,審決は,引用発明と対比する発明として,各構成要素を次のように選択した「本願発明1’」を特定した。
「DNAから選択される生体分子または合成的に生成された化学分子のアレイの複製を作製する方法であって,前記アレイは,分離した分子サンプルの空間配置を含み,前記方法は,サンプルごとに,他のサンプルの有効領域と分離している,少なくとも一つの空間的に制限された有効領域をつくるステップであって,前記有効領域は,他のサンプルの有効領域と分離する機能を有するものであり,前記有効領域は,空間的に制限された増幅薬領域を含むものであり,結合特性を供給されたキャリアの表面と接し,空間的に塞がれたキャビティによって形成されるものである,前記ステップ,前記有効領域において,増幅薬によって,前記分子を増幅することによって,複製をつくるステップ,前記キャリア上の前記サンプルの前記複製の空間配置が,前記アレイの前記サンプルの前記空間配置に対応するように,前記結合特性によって,前記キャリアと,前記サンプルの前記複製を結合するステップであって,前記複製を前記キャリアに結合する工程は,前記増幅の作製と同時に実行されること,および,前記アレイから前記サンプルの前記複製を含んでいる前記キャリアを取り除くステップ,5を含むこと,を特徴とする,方法。」(3) 本願発明1’と引用発明との一致点「DNAから選択される生体分子または合成的に生成された化学分子のアレイの複製を作製する方法であって,前記アレイは,分離した分子サンプルの空間配置を含み,前記方法は,増幅薬によって,前記分子を増幅することによって,複製をつくるステップ,前記キャリア上の前記サンプルの前記複製の空間配置が,前記アレイの前記サンプルの前記空間配置に対応するように,前記結合特性によって,前記キャリアと,前記サンプルの前記複製を結合するステップ,および,前記アレイから前記サンプルの前記複製を含んでいる前記キャリアを取り除くステップ,を含むこと,を特徴とする,方法。」(4) 本願発明1’と引用発明との相違点ア 相違点1本願発明1’は,「前記複製を前記キャリアに結合する工程は,前記増幅の作製と同時に実行されること」が特定されているのに対して,引用発明はかかる特定を有しない点。
イ 相違点2本願発明1’は,「サンプルごとに,他のサンプルの有効領域と分離している,少なくとも一つの空間的に制限された有効領域をつくるステップであって,前記有効領域は,他のサンプルの有効領域と分離する機能を有するものであり,前記有効領域は,空間的に制限された増幅薬領域を含む6ものであり,結合特性を供給されたキャリアの表面と接し,空間的に塞がれたキャビティによって形成されるものである,前記ステップ」を含むのに対して,引用発明は有効領域をつくるステップについての特定を有しない点。
第3 原告主張の取消事由1 取消事由1(相違点1の容易想到性についての判断の誤り)相違点1の容易想到性についての審決の判断には,次のとおり,誤りがある。
(1) DNAの増幅とキャリアへの結合とを「同時」に行うことの意味本願発明1においては,DNAを増幅する工程と複製されたDNAをキャリアに結合する工程とを同時に行う。
すなわち,本願発明1の「前記複製又は派生物を前記キャリアに結合する工程は,前記増幅または派生物の作成と同時に実行される」という特徴は,DNAの増幅とキャリアへの結合とが,並行して同時に行われることを意味する。本願明細書の段落【0060】〜【0065】,【0094】,図1a〜1d及び図6a〜6dには,このDNAの増幅とキャリアへの結合とが同時に実行される工程が説明されている。より具体的には,本願発明1では,キャリアに固定された結合アダプタ108がDNA増幅のためのプライマーとして働くことから,DNAの増幅と共有結合によるキャリアへの結合とが同時に行われることになる。
これに対し,引用発明では,@ 最初にDNAを増幅する工程,A 次にその複製されたDNAを基板(本願発明のキャリアに相当。 に転写) (結合)する工程,と,2つの工程を連続して行っており,この点で本願発明1と大きく異なる。
(2) 引用例1からは,次のとおり,DNAの増幅とキャリアへの結合とを同時7に実行する構成を導出できない。
ア 引用例1の記載は,DNAの増幅とキャリアへの結合とが同時に行われることを意味しないこと(ア) 審決が認定したとおり,引用例1の請求項2には,母体となる基板と転写基板(キャリア)の結合状態においてPCRを行っても良いことが記載されている。しかし,この記載は,DNAの増幅とキャリアへの結合とが同時に行われることを意味するものではない。
そもそも,引用例1の記載全体を見ても,DNAの増幅とキャリアへの転写(結合)とを同時に行うことについては開示も示唆もない。PCRに関しても,引用例1は,単に「PCRは母体となる基板と転写基板を結合した状態で行うようにし」ても良いことを開示しているにすぎない。
(イ) むしろ,引用例1の記載からすると,引用発明においては,DNAの増幅とキャリアへの転写を同時に行うことが予定されていないというべきである。
まず,引用例1には,母体となる基板とキャリアを結合した状態でのPCRに関し,何ら具体的な記載がないし,キャリア上にあるべき結合アダプタ(増幅時にプライマーとして機能する)やキャプチャ分子,キャリアに結合される増幅システムについても何ら開示がない。
この点,引用例1には,DNAをキャリアへ転写することが「直接接触」により達成され,その手段は,基板背面からの加圧又は加熱により転写を促進するように構成されたことを特徴とすると記載されているところ,このことは,DNAの増幅とキャリアへの転写が同時に実行されないことを明確に示すものである。すなわち,キャリア背面からの加熱8はPCRを妨げることとなるから,PCR後に熱泳動より転写(結合)が行われる,すなわち増幅と結合とが同時に行われるものではないと考えるべきである。
また,増幅されたDNAを,圧力を利用して転写(結合)させるとしても,引用例1には,転写(結合)工程の間に,どのようにPCR混合物から所望の分子を精製するかが明らかにされていない。精製されていないPCR混合物を転写しても,せいぜい低純度のDNAマイクロアレイが作製できるにとどまる。
結局のところ,引用例1には,DNAマイクロアレイを作製するという課題が解決できるような記載がされていない。すなわち,引用例1に係る特許出願当時,当業者は,引用例1の記載からDNAマイクロアレイを作成できなかったというべきである。
イ 引用例1において,DNAの増幅とキャリアへの結合の2つの工程は同時に実行され得ないこと被告は,引用例1において,母体となる基板とキャリアを結合した状態でPCRを行えば,増幅工程及び結合工程の2つの工程が同時に実行されると主張するが,そもそもこの主張自体に根拠がない上,次のとおり,実現性に乏しいというべきである。
被告が主張するように,増幅されたDNAをキャリアへ固定する方法として静電効果を利用することが可能であったとしても,PCR混合物由来の非精製DNAを使用する静電結合は実現が困難である。
すなわち,母体となる基板上に,プライマーと標的核酸を含む反応混合物が存在する状態で,この基板とキャリアを結合すると,母体となる基板上にある増幅されたDNAのみならず,PCR増幅に使用される前のプラ9イマーや標的核酸を含む全てのDNAが,キャリアに非特異的かつ無指向性に拡散して結合する。その結果,母体となる基板上からプライマー及び標的核酸が枯渇し,以後,DNAの複製が産生されない状態となる。
また,小分子DNAであるプライマーは,他の分子よりも速く拡散するから,効率的かつ過剰にキャリアに結合して表面を覆い,その表面に付与された正電荷の働きを遮断してしまうため,増幅されたDNAはキャリアに転写(結合)できなくなる。
このように,静電表面の存在下でPCR反応が阻害されることは,技術常識である。
(3) 本願発明1は,引用例1から予測できない優れた効果を奏すること本願明細書の段落【0094】及び図6a〜6dに記載されているとおり,複製物又は誘導体をキャリアに結合させる工程が増幅と同時に行われる場合,固定された結合アダプタが増幅のためのプライマーとして働く,あるいは,派生物は,固定されたキャプチャ分子を介して,又はそれらを作成するために使用されるシステムとそれらが連結したままであるから,複製物又は派生物がキャリアと共有結合することは,当業者の技術常識から明らかである。
これに対し,引用例1には,本願発明1が備える結合アダプタ又は結合特性を供給されたキャリアに関する開示も示唆もないところ,引用例1に記載されている転写手段は,単なる直接接触や,基板背面からの加圧又は加熱といったものであるから,引用発明におけるDNAの転写基板への結合は,非共有結合によるものであることが明らかである。
このように,本願発明1におけるキャリア表面の結合アダプタ及び結合特性に関する特徴も,引用発明と異なるものである。すなわち,本願発明においては,増幅されたDNAなどの複製物と基板とが安定した共有結合によっ10て結合できるという,引用例1からは予測できない優れた効果を奏するものである。
2 取消事由2(相違点2の容易想到性についての判断の誤り)(1) 審決は,相違点2に係る構成も,当業者が容易に想到できると判断したが,次のとおり,この判断には誤りがある。
(2) 引用例1には,本願発明1’の特徴である「空間的に塞がれたキャビティ」のような空間的に制限された有効領域について開示も示唆もない。
引用例1には「セル」との記載があるが,引用例1全体の記載に照らせば,この「セル」は,スポンジのような多孔質基材で形成されたものであって,母体となる基板上に配置されているものである。
また,引用例1記載の装置においては,PCR実行時に各セル間にセル分離用の隔壁が設けられているが,この隔壁は,PCR実行時にのみ設けられるいわゆる消耗品であり,本願発明にいう空間的に制限された有効領域とは全く異なる。そして,引用例1においては,セル分離用の隔壁は,セル相互の間に位置するものとして示されており,セルはセル分離用隔壁から独立した構造として明確に特定されているから,当該隔壁はセルの一部ではないことが理解できる。
(3) さらに,本願発明1’において,キャリアに結合特性が供給されているのは,アレイの有効領域が接する表面部分に限定されている。しかし,引用例1には,キャリアにおける結合特性を供給された表面について何ら記載がなく,この特徴を導き出すことはできない。
引用例1において,仮に,キャリアに結合特性が供給されていたとしても,それはキャリアの表面全体に供給されるものと考えられる。そうすると,引用例1に記載されている構成では,たとえ多孔質状のセルを用いたとしても,11開放系アレイの場合も,閉鎖系アレイの場合も,キャビティごとの浸透圧・蒸気圧の差異や,毛細管力などによって生ずるPCR混合物の溢出等により,異なるサンプルDNA同士のコンタミネーションが引き起こされ,位置情報を保持した正確なマイクロアレイを複製することはできない。
なお,本願発明1’においては,上記のとおり,空間的に限定された有効領域に接するキャリアの表面上のみに結合特性が付与されていることから,コンタミネーションが引き起こされることはない。
(4) したがって,引用例1に基づいて,本願発明1’の特徴である「空間的に制限された有効領域」の構成を導き出すことはできない。
第4 被告の反論1 取消事由1(相違点1の容易想到性についての判断の誤り)について(1) DNAの増幅とキャリアへの結合とを「同時」に行うことの意味審決が認定した本願発明1’は,本願発明1のキャリアについて,「結合アダプタを供給されたキャリア」と「結合特性を供給されたキャリア」の選択肢のうち,後者を選択した場合に当たる。そして,本願発明1’においてキャリアに結合されるのは,増幅されたDNAであることが明らかであるところ,本願明細書には,当該キャリアが「結合特性を供給されたキャリア」である場合に,増幅と結合の2つの工程が同時に実行されることについての具体的な記載はない。
ここで,本願発明1’において,キャリアに供給される結合特性として静電気(本願明細書段落【0046】参照)を用いることが開示されているところ,この場合には,増幅工程において生成したDNAは静電気力によって結合特性を供給されたキャリアに結合することになる。このとき,増幅工程では次々と増幅反応が進行して新しいDNAが生成するが,生成したDNA12のキャリアへの結合は,新しいDNAの生成が進行する間中,すなわち,増幅工程の間中起こっているといえる。
すなわち,「前記複製を前記キャリアに結合する工程は,前記増幅と同時に実行されること」とは,本願発明1’の場合,DNAの増幅工程及びキャリアへの結合工程の2つの工程が同時に進行することを意味すると理解される。
(2) 引用例1に基づいて,DNAの増幅とキャリアへの結合とを同時に実行する構成を容易に想到できることア 引用例1の請求項2記載の態様である,母体となる基板とキャリアとが結合した状態においてPCRを実行すれば,母体となる基板上にある増幅されたDNAは,結合した状態にあるキャリアと直接接触することになり,その結果,増幅されたDNAはキャリアに転写され,キャリアに結合されることになるから,増幅工程及びキャリアへの結合工程の2つの工程が同時に実行されることになる。
すなわち,引用発明において,引用例1の請求項2記載の態様を選択し,2つの工程が同時に実行されることを特定することは,当業者が容易に想到できることである。
イ ここで,本願優先日当時,DNAチップの作成方法に関し,増幅液中のPCR増幅されたDNAをキャリアに固定させる技術として静電結合を用いることは周知であった。
そうすると,当業者は,引用発明においても,DNAがキャリアに結合するメカニズムにつき,周知技術と同様に,増幅されたDNAとキャリアとが静電的に結合するものと認識する。
ウ PCRによる増幅反応と,キャリア背面からの加熱とを同時に行うと,13PCRによる増幅反応を妨げることは技術常識であるから,引用例1に原告が指摘する記載があったとしても,当業者は,転写の促進のための手段にすぎない加熱を行わず,直接接触による転写を実行するといえる。
また,仮に,原告が主張するように,プライマーがキャリアに結合・固定化されるとしても,PCR増幅反応に関与するプライマーがほとんど全て無くなってしまうとはいえない。
(3) 本願発明1の効果について「固相プライマー」のような「結合アダプタ」を用いる態様は,審決が認定した本願発明1’とは異なるものであるから,原告が主張する効果は,本願発明1’のものではない。また,結合アダプタが「固相プローブ」である場合,「固相プローブ」はキャリアと共有結合するが,増幅産物は固相プローブにハイブリダイズ,すなわち水素結合するから,増幅産物がキャリアと共有結合するという原告の主張と整合しない。
2 取消事由2(相違点2の容易想到性についての判断の誤り)について(1) 引用発明のセル分離用隔壁が,各セルに含まれるDNAが混ざり合わないようにするためのものであることは,技術的に明らかである。PCR後に転写を行うという,増幅と転写とを別工程とする態様の場合には,転写工程においてセル分離用隔壁は必要がないから,引用例1の段落【0017】に記載されているように,PCR後に当該隔壁を除去するのが望ましいかもしれない。
しかし,引用例1の請求項2に示されている「PCRは母体となる基板と転写基板を結合した状態で行う」態様の場合には,当該隔壁を除去する必要はなく,むしろ,同時に実行される増幅工程及び転写工程のたびに当該隔壁の設置と除去を繰り返すことが煩雑で実際的でないことは,当業者に明らか14である。すなわち,この場合に当該隔壁を常置することは,技術的に必然である。
その上で,審決は,母体となる基板上に複数のDNAを含む複数のセル(セルがPCR増幅薬も含むことは明らかである。)が配置され,各セル間にセル分離用隔壁が設けられ,母体となる基板と転写基板が結合した状態とすれば,母体となる基板,セル分離用の隔壁及びキャリアの三者で囲まれた閉鎖系の空間が形成されることについて自明であると判断したものである。
(2) 原告は,PCR混合物の溢出によるコンタミネーションが生じることを問題とするが,引用発明においては,多孔質状のセル(たとえばスポンジ)に増幅液を含浸させた状態でPCR反応を行うものであるから,PCR混合物の溢出によるコンタミネーションの問題は生じないと考えられる。
なお,本願明細書の記載からは,原告が主張するような,キャリア表面の有効領域に接する表面上のみに結合特性が供給されていることは導き出せない。
第5 当裁判所の判断1 本願発明について(1) 本願明細書(公表特許公報。甲2の1)には,概ね以下の記載がある。
ア 技術分野及び背景技術本発明は,生体分子又は化学的に生成された分子などの,分子のアレイから複製又は派生物を作製するための方法及び装置に関する。そして,特に,例えばDNAマイクロアレイ,RNAマイクロアレイ又はタンパク質マイクロアレイなどの,前記分子および/またはそれから派生した分子のマイクロアレイの複製又は派生物を作製するのに適するような方法及び装置に関する。そして,一次配列,その複製またはその派生物に関する反応15と関連したDNA配列を特定するためのアレイの応用に関する。(【0001】)マイクロアレイは,個々の位置の表面上の又はその中の多くの異なる生体分子の配置を指すものと理解される。前記位置は,スポットとも呼ばれて,一般的に,10μmから約1000μmにわたる直径を有する。生体分子の一つまたはいくつかの同一の個体群が,スポット内に存在する。しかしながら,ある意図的な重複を除いて,さまざまなスポットは,異なる生体分子を示す。生体分子は,表面に析出しうるか,表面の層の中に存在しうるか,キャビティ内に存在しうるか,または,粒子上又はその中に固定された方法で存在しうる。そして,粒子がアレイとして配置されることは可能である。(【0002】)イ 発明が解決しようとする課題,及び課題を解決するための手段本発明の目的は,時間及び費用の消費がほとんどなく分子のアレイから複製又は派生物を作製することを可能にする方法及び装置と,対応する複製又は派生物とこの種の複製又は派生物のための応用を提供することである。(【0033】)例えば適切な増幅手段(例えばPCR,等温増幅,NASBA)や表面との結合アダプタまたは結合特性のマッチング(例えば,プライマー,ストレプトアビジン/ビオチン,抗原抗体,ポリヒスチジン/ニッケル複合体,静電気/力または磁気特性)などの適切な複製方法は,当業者にとって明らかであり,本願明細書においてされる更なる説明は必要ではない。
(【0046】)ウ 発明を実施するための形態(ア) 図1aから図1dに関して,発明の方法の実施形態について,以下に16述べる。ここで,一次アレイは,シークエンサチップ10の形で存在する。シークエンサチップ10は,複数のマイクロキャビティ12を含む。
マイクロキャビティ12を含んでいるシークエンサチップ10の断面の模式的な平面図は,図2(判決注:省略。以下同じ。)に示される。マイクロキャビティは,例えば,図2に示されているように,44μmまたは29μmの直径を有しうる。(【0060】)キャビティ12の各々は,そこに配置された粒子14を有する。そして,前記粒子14の各々は,個々のDNA鎖16の何百万もの複製を運ぶ。それらに取り入れられたDNA鎖16を含んでいる粒子14を有するキャビティ12を含んでいるシークエンサチップ10の模式的な断面表現は,図3(判決注:省略。以下同じ。)に示される。これまで,シークエンサチップは,シークエンシング工程後,廃棄されており,従って,シークエンシング工程の「老廃物」であった。(【0061】)図1から図3において表された実施形態において,このチップは,複製を作製するための一次アレイとして使用される。そのDNAは,キャビティ12からすっかりコピーされることになる。この目的のために,キャビティは,最初に増幅薬,例えばPCR混合物で満たされる。その後,図1bに示されているように,キャビティ12をシールし,図式的に図1bのスポット22として示され,増幅薬にマッチする結合アダプタを運ぶキャリア20は置かれる。一旦キャビティ12が蓋20によって塞がれると,空間的に制限された増幅薬領域24がこうして各サンプル,すなわち,それに拘束されたDNA鎖16を有する粒子14ごとに作られ,そして増幅薬領域24は,他のサンプルの増幅薬領域24から分離される。結合アダプタ22は,これらの増幅薬領域24に接する。
17例えば,結合アダプタ22は,PCR混合物とマッチングするプライマーである。前記プライマーは,DNAポリメラーゼのための結合部位である。図1bは,生化学的複製が粒子のDNAでできているポリメラーゼ・ステップの後の状態を示す。これらの複製は,図1bの破線18として描写される。例えば,プライマーの選択によって,増幅薬として使用される酵素の混合物が,このステップで,相補的DNA,すなわち,ネガティブコピーを生成する。(【0062】)その後,作られたDNAの複製18は,粒子14から解放される。そして,それは,例えば,シークエンサチップを加熱し,こうしてそこに配置されたキャビティを加熱することによって実行されうる。その後で,解放された複製18は,結合アダプタ22に加わる。そして,それは,例えば,シークエンサチップを冷やすことによって促進されうる。結合アダプタ22に加わり,そして,こうしてキャリア20に加わる複製18の結果物は,図1cにおいて表される。キャリア20に複製を複製するこのステップにおいて,位置情報またはレジストレーションは保持される。というのも,空間的に制限された増幅薬領域24が,サンプルごとに供給されるからであり,そして,増幅薬24が互いに分離しているからである。(【0063】)その後,それに拘束されたDNA複製18を有するキャリア20は,シークエンサチップ10から取り除かれて,シークエンサチップ10のキャビティ12の範囲内に配置されたDNA粒子14,16の複製を表す。DNA鎖16を含んでいる粒子14は,キャビティ12の範囲内に残っており,その結果,前記キャビティは,再び新しいキャリアを用いた新しい複製工程のための一次アレイとして役立ちうる。この方法で,18基本的に多くの複製が作られうる。それに拘束したDNA複製18を有するキャリア20は,例えば,DNAへのタンパク質の,DNAへのRNAの,さらにはRNAのRNAへの結合の検出において,トランスクリプトーム(transcriptome)解析のバイオチップとして使用されうる。
(【0064】)複製工程後に,更なる複製サイクルのための一次アレイ(シークエンサチップ10)を再度準備するために,キャビティ内の増幅薬,例えばPCR混合物は,交換されうる又は取り除かれうる。コンタミネーションを回避するために,(特別なDNA生成物を消化するウラシルDNAグリコシラーゼ(uracil−N−glycosylase)のような)酵素も含みうる洗浄ステップは,PCR生成物を取り除いて,従って,オリジナルマスタを汚染することなく多くの複製を可能にする。(【0065】)(イ) 本発明の実施形態において,空間的に制限された増幅薬領域の形で制限された有効領域は,固体構造物によってつくられるが,本発明の別の実施形態において,粘性の異なるレベルの液体間の界面は,空間的に制限された有効領域をつくることに貢献する。(【0056】)本発明によれば,空間的に制限された有効領域が,複製されるアレイのサンプルごとに,すなわち,複製又は派生物がつくられることになっている。有効領域の空間的作製は,さまざまな方法で実行されうる。本発明の実施形態において,空間的に塞がれたキャビティは,サンプルごとに供給される。実施形態において,特定の方向への拡散を容易にする空間区分は,供給され,例えば柱又は溝の配置など,他の方向への拡散を防ぐ。実施形態において,ヒドロゲル,エーロゲルまたはポリマー面のような,特定の方向への拡散を好む又は抑止する多孔材,拡散を定め19ている材料または分子構造は,使用されうる。実施形態において,例えばポリマー分岐,デンドリマー,粒子アレイ,フィルタ膜,脂質膜(球形又は平面)などの,秩序ある又は無秩序な,ナノ又は分子構造は,空間的に制限された有効領域を実施するために使用されうる。(【0073】)実施形態において,拡散(電気泳動,光学ピンセット,磁気泳動,弾性表面波,熱泳動,…)の優先方向または拡散隔膜も作り,それにより空間的分離を構築する電場又は磁場などの物理場は,空間的に制限された有効領域をつくるために使用されうる。例えば,磁性流体および「硬化」磁場は,使用されうる,または個々の領域を分離するレーザー光グリッドは使用されうる。(【0074】)実施形態において,例えば電場,チャージ,pHの変化,光による非活性化/活性化,圧力などによって,空間的に制限された有効領域をつくるために,活性化および/または非活性化が,有効領域の中で,または,外側で生じうる。例えば,ポリメラーゼの光活性化または光による活性ヌクレオチドの生成は,制限された領域の中で実行されうる。そして,反応は暗い領域においては起こらない。(【0075】)更なる実施形態において,空間的に制限された有効領域に特定の物理効果を供給する表面構造は使用されうる。例えば,疎水性/親水性の領域(例えば油および水)またはポリマーは,電場によって特定の領域において増加しうる及び硬化しうる,そして,こうして空間的に制限された有効領域を定めうる状況において言及されうる。(【0076】)空間的に制限された有効領域が三次元構造によって定められる更なる実施形態は,ここで,図6aから図6dに関して説明される。図6aに20示されているように,アレイの一部である分子のサンプル100は,アレイ基板104のエレベーション102に配置される。エレベーション102間に,凹部103は,アレイ基板104内に形成される。図6bに示されているように,固相プライマーの形で結合アダプタ108を含んでいるキャリア106は,アレイ基板104の近くに位置付けられる。
アレイ基板104の,および,キャリア106の空間的近接のため,エレベーション102の,および,キャリア106の向かい合った表面との間に,エレベーション102の領域において,空間的に制限された有効領域は生ずる。対照的に,凹部102の,そして,キャリア106の向かい合った表面との間の間隔は,ここで有効領域は形成しないように,十分に大きい。(【0077】)有効領域において,固相プライマーとサンプル100間の接点はハイブリッドすることを可能にする。その結果,図6cに示されているように,増幅は開始しうる。矢印112によって図6cに示すように,増幅のための材料は,加えて,凹部から供給されうる。このように,キャリア106に拘束されたサンプル100の複製114は生成され,そして,こうしてサンプル100によって形成されたアレイの複製は作製される。
(【0078】)図6cにおいて表された状態から始まり,アレイ基板104およびキャリア106は,ここで分離され,サンプル100がアレイ基板104で残ったままであり,複製114がキャリア106によって除去される。
更なる複製は,それから,アレイ基板104に位置づけされたアレイで,または,キャリア106に位置付けされた複製で作られる。(【0079】)21図6aから図6dに関して説明された実施形態において,増幅およびキャリアへの転写が,基本的に同時に起こる。転写及び増幅が互いに別々に起こる場合,別の実施形態において,1つのステップが大きい表面領域にわたって実行され,他方が,空間的に定められた方法で実行されうる。(【0080】)図6aから図6dに関して説明された実施形態において,空間的に制限された有効領域は,このように,プライマーがあることによってだけでなく,説明された構造によってつくられる。これに関連して,その反応はブリッジ増幅に対応する。その表面は,互いに物理的接点をもたらされる。空間的近接のため,DNAが他の表面へ複製されることを特徴とする「有効領域」は,エレベーション,すなわち段のピークで形をなす。その後,前記ピークは取り除かれさえしうる。というのも,その増幅は,いわば,それ自身の有効領域を定める典型的ブリッジ増幅だからである。しかし,反応の始まりは,空間有効領域の初期条件によってしか起こらない。この反応は,エッジまたはピークの増幅と呼ばれうる。
空間的なエッジまたはピークは,反応のきっかけとなる。エッジの隣の空間は,反応に必要な材料を供給する。(【0081】)別の実施形態において,複製されるアレイは,図6aから図6dまでの偏りにおいて,平面基板に配置されうるが,エレベーションはアレイが複製されるキャリアに形成される。さらにまた,あるいは,エレベーションは,アレイ基板に,そして,キャリアに形成されうる。(【0082】)本発明の実施形態において,複製又は派生物をキャリアと結びつけるプロセスはまた,増幅と同時に実行されうる,または,固定された結合22アダプタが増幅のためのプライマーとして働くという点で増幅の一部でありうる。(【0094】)(ウ) 図1a〜図1d23(エ) 図6a〜図6d(2) 上記(1)によれば,本願発明の概要は,次のとおりと認められる。
ア 本願発明は,生体分子又は化学的に生成された分子(例えばDNA)などの,分子のアレイから複製又は派生物を作製するための方法及び装置に関する。マイクロアレイは,個々の位置(スポットとも呼ばれ,10μmから約1000μmの直径を有する。)の表面上の又はその中の多くの異なる生体分子の配置を指す。スポット内には,異なる生体分子の一つ又はいくつかの同一の個体群が存在する。(【0001】,【0002】)イ 本願発明の目的は,時間及び費用の消費がほとんどなく分子のアレイから複製又は派生物を作製することを可能にする方法及び装置と,対応する複製又は派生物とこの種の複製又は派生物のための応用を提供することである。適切な増幅手段(例えばPCR)や表面との結合アダプタ又は結合特性のマッチングなどの適切な複製方法は,当業者にとって明らかである。
(【0033】,【0046】)24ウ 本願発明によれば,空間的に制限された有効領域が,複製されるアレイのサンプルごとに作られる。有効領域の空間的作製は,固体構造物,粘性の異なる液体間の界面,多孔材,分子構造,電場又は磁場などの物理場など,さまざまな方法で実行される。(【0073】〜【0076】)エ 図1a〜1d及び図6a〜6d等に示された実施形態においては,DNAの増幅及びキャリアへの転写が,基本的に「同時に」 実行される。 【0(060】〜【0065】,【0077】〜【0082】)2 引用発明について(1) 引用例1には,概ね,以下の記載がある。
ア 請求項(ア) DNAチップを作製する装置において,母体となる基板上にあらかじめ用意された複数のDNAをPCR法により増幅する手段と,この増幅されたDNAを各セルの相互位置を保持したまま直接接触により他の基板へ転写する手段を備えたことを特徴とするDNAチップ作製装置。
(【請求項1】)(イ) 前記PCR法により増幅する手段は,前記母体となる基板の第1次コピーである転写基板上で,または前記母体となる基板と転写基板の結合状態においてPCRを行うようにしたことを特徴とする請求項1記載のDNAチップ作製装置。(【請求項2】)(ウ) 前記母体となる基板または母体となる基板よりDNAが転写された他の基板は,各セルが多孔質基材で形成されたことを特徴とする請求項1記載のDNAチップ作製装置。(【請求項3】)(エ) 前記PCRの実行時にのみ各セル間にセル分離用の隔壁を設けておくことを特徴とする請求項1記載のDNAチップ作製装置。
(【請求項5】)25イ 従来の技術DNAチップは一般的に1〜10cm2の大きさで,この領域に数千〜数十万種のDNAを整列したものである。DNAチップの作製方式としては,ポリメラーゼの連鎖反応(PCR)などにより調製したcDNA断片をアレイヤーのピンを利用してスライドガラスやシリコン等の基板に付着させる方法と,半導体技術を応用してガラス基板上で同時に多数のDNAを合成する方式がよく知られている。(【0002】)ウ 発明が解決しようとする課題しかしながら,ピンによる付着方式では製作に時間がかかり,また,半導体技術を応用した方式では大規模な工場が必要であるという課題があった。(【0003】)本発明の目的は,上記の課題を解決するもので,短時間で簡単にDNAチップを量産することができるDNAチップ作製装置を実現することにある。(【0004】)エ 課題を解決するための手段このような目的を達成するために,請求項1の発明では,DNAチップを作製する装置において,母体となる基板上にあらかじめ用意された複数のDNAをPCR法により増幅する手段と,この増幅されたDNAを各セルの相互位置を保持したまま直接接触により他の基板へ転写する手段を備えたことを特徴とする。(【0005】)このように転写方式により簡単・短時間にDNAチップを大量に作製することができる。転写により母体となる基板側のDNAが減ったときは基板を交換することなくPCR法により容易に増幅することができる。 【0(006】)26この場合,請求項2のように,PCR法による増幅は,前記母体となる基板の第1次コピーである転写基板上で,または前記母体となる基板と転写基板の結合情態(判決注:原文のまま)において行うようにすることができる。(【0007】)また,請求項5のように,前記PCRの実行時にのみ各セル間にセル分離用の隔壁を設けておくこともできる。これにより隣接DNAの分離が完璧になる。(【0010】)オ 発明の実施の形態(ア) 本発明では次のような原理に基づいてDNAチップを量産する。図1の(a)に示すように母体となるDNAチップ1上でPCRによりDNAを増幅し,各セルの相互位置を保持したまま同図(b)に示すようにこれを別の基板2に直接接触させて転写する。(【0012】)次に基板2をマザーとして同様にDNA増幅・転写を行う。これを繰り返し行い,同図(c)のように,ねずみ算的に大量の複製を作製する。
あるいは,1つのマザー基板(DNAチップ1)からDNA増幅・転写を行い,大量の複製を作製することもできる。なお,PCRは母体となる基板と転写基板を結合した状態で行うようにしてもよい。(【0013】)マザー基板1上のセルは,転写される基板(コピー基板という)2と同じ大きさではなく大容量とし,図2に示すように,多孔質状のセル(たとえばスポンジ)3を複数個整列し,そこにDNAを含ませる。コピー基板を押し付ける力を制御して一度の転写で写す量を制御できるようにする。なお,転写により減少したマザー基板側のDNAはPCRにより増幅して補うようにする。(【0014】)27マザー基板でPCRを行う際,図5に示すようにセル(DNAスポット)の間にセル分離用隔壁4を形成してもよい。この隔壁は,機械的な除去,または光やガスなどを用いて化学的に除去することができる物質で形成し,PCR後は除去するのが望ましい。(【0017】)台11上の所定位置にDNAチップのマザー基板1を載置し,駆動機構部14を作動させて,保持部13に保持されたコピー基板2をマザー基板1に押し付けて密着させる。駆動機構部14はこの押し付け圧を制御することができる。(【0020】)コピー基板2への転写後は駆動機構部14を作動させて保持部13を上方に移動させ,コピー基板2をマザー基板1から離し,取り外す。マザー基板1はそのまま残しておく。複数回の転写により減少したマザー基板側のDNAは,恒温槽10の温度を上げ下げしてPCR反応により増幅して補う。増幅後は所定の温度に下げておく。(【0021】)このような動作を繰り返すことによりDNAチップを容易に量産することができる。(【0022】)28(イ) 図1(ウ)図2(エ)図53 取消事由1(相違点1の容易想到性についての判断の誤り)について(1) 審決における本願発明1’と引用発明との一致点及び相違点の認定については,当事者間に争いがない。
(2) 本願発明におけるDNAの増幅工程とキャリアへの結合工程とが「同時に」行われることの技術的意義についてア 原告は,相違点1の容易想到性についての判断の前提として,本願発明291においては,増幅されたDNAをキャリアに結合する工程とDNAを増幅する工程とを同時に行うのに対し,引用発明においては,最初にDNAを増幅する工程,次にその複製されたDNAをキャリア(転写基板)に転写(結合)する工程,と2つの工程を連続して行っており,この点で大きく異なると主張する。
イ ところで,原告は,本願発明1において,本願明細書記載の図1a〜1d及びその説明箇所である段落【0060】〜【0065】に示されている態様も,増幅されたDNAをキャリアに結合する工程とDNAの増幅とが同時に行われる実施形態であると主張する。この態様は,本願明細書の当該段落に記載されているとおり,@ DNA鎖16を有する粒子14が配置された,一次アレイ(シークエンサチップ10)のキャビティ12(すなわち,空間的に制限された増幅薬領域24)内で,PCR反応によってDNAの複製18が生成される,A 加熱によって解放されたDNAの複製18がキャリア20上の結合アダプタ22に加わる,B DNA複製18を有するキャリア20は取り除かれ,解析用のバイオチップとして使用されるというものである。
この原告の主張を前提とすると,本願発明及び本願明細書においては,少なくとも,PCR反応によるDNA複製物18の生成と,それに続くキャリア20への結合が並行して一つの工程(DNAの増幅開始からキャリアへの結合までの一連の工程)として行われる態様を,「同時に」という用語で表現していると解される。
ウ これに対し,被告は,本願発明における「前記複製を前記キャリアに結合する工程は,前記増幅と同時に実行されること」とは,DNAの増幅工程及びキャリアへの結合工程の2つの工程が同時に進行することを意味す30ると理解すべきであるとした上で,引用例1の請求項2に記載されている,母体となる基板と転写基板とが結合した状態でPCRによる増幅を行う態様は,DNAの増幅工程及びキャリアへの結合工程の2つの工程が「同時に」実行されるものであると主張する。
エ そうすると,本願発明及び本願明細書において,DNAの増幅反応とキャリアへの結合が「同時に」行われるとは,両工程が並行して一つの工程として実行されていることと解すべきであることについて,実質的に当事者間に争いがないし,その解釈は,本願明細書の記載に照らしても合理的というべきである。
(3) 引用発明における増幅されたDNAを基板へ結合させる機序についてア 本願発明1’は,キャリアに供給した「結合特性」(例えば,静電気/力又は磁気特性。本願明細書段落【0046】)によって増幅されたDNAをキャリアに結合する態様を抽出している。
この点に関連して,原告は,引用例1には,DNAの増幅と同時に,増幅されたDNAをどのようにキャリアへ結合させるのかについて具体的な記載がないと主張する。
イ そこで,引用例1における,増幅されたDNAをキャリアへ結合させる機序について検討する。
(ア) 原告が主張するとおり,引用例1には,増幅されたDNAをキャリアへ結合させることに関し,「直接接触により他の基板へ転写する」(【請求項1】)との記載があるものの,その具体的な機序については何ら記載がない。
しかし,特開2002−122610号公報(乙1)には,従来技術として,PCR産物などのDNA断片試料を,ポリ陽イオン(ポリリシ31ン,ポリエチレンイミン等)で表面処理した固相担体表面に点着し,DNA断片試料の荷電を利用して固相担体に静電結合させて固定するとの技術的事項(段落【0005】)が記載されている。また,特開2004−198406号公報(段落【0005】。乙2),特開2005−77336号公報(【0007】。乙3)にも同様の技術的事項が記載されている。これらの記載内容に照らせば,本願の優先日当時,PCR反応によって増幅したDNAを,基板等の担体に固定させてDNAマイクロアレイを作成する技術として,DNA断片の荷電を利用し,正の電荷を有するように表面処理した固相担体表面に静電結合させることは,周知の技術であったと認められる。そして,PCR増幅液とキャリアとが接触した状態で,増幅されたDNAをキャリアに結合する引用発明においても,その結合を静電作用によって実現できることは,本願の優先日当時における技術常識であるといえる。
(イ) 原告の主張について原告は,静電表面処理がされたキャリアと接触した状態でPCR反応を行うと,反応混合物中のプライマー及び標的核酸がキャリアに結合してしまい,PCR反応に必要なプライマー等の枯渇により,DNAの複製が産生されなくなるとか,プライマーがキャリア表面,すなわち正電荷を帯びた表面を覆ってしまい,増幅されたDNAはキャリアに結合できなくなるから,静電表面の存在下でPCR反応が阻害されることは技術常識であると主張する。
しかし,原告が主張するように,プライマーが優先的にキャリアに静電結合し,当該キャリアの表面を覆う現象が生じるとしても,増幅されたDNAがキャリアへ結合することが完全に妨げられてしまうほどに,32プライマーによる被覆が生じるとか,反応混合物中のプライマーが枯渇してしまうと認めるに足りる具体的な証拠はない。そうすると,プライマーが優先的にキャリアに静電結合してその表面を覆ったり,未精製のPCR混合物がそのままキャリアに結合する,反応混合物中のプライマーが減少するなどの結果,キャリアに結合するDNAの量が少なくなったとしても,具体的用途,解析対象等によってはDNAマイクロアレイとして利用可能な程度のDNA結合量が得られることは否定できないというべきである。
かえって,特開2005−195465号公報(乙5)には,プライマーを基板上に静電的に固定化し,増幅対象DNAの相補的なDNAを伸長するという構成が開示されている 【請求項1】 【請求項12】( 及び )ことからすると,当業者において,静電表面の存在が,直ちにPCR反応を阻害する要因になると理解されていたということはできない。
(ウ) 以上によれば,当業者は,引用例1における母体となる基板と転写基板とが結合した状態でPCR法による増幅が行われる態様において,増幅されたDNAを転写基板へ結合させる機序に関し,本願の優先日当時における技術常識であった,DNA断片の荷電を利用した静電結合によりこれを実現できると理解すると認められる。
(4)検討ア 上記(2)のとおり,相違点1において,増幅されたDNAをキャリアに結合する工程が増幅と「同時に」実行されるとは,両者が並行して一つの工程として行われていることと解される。そして,引用発明において,引用例1の請求項2記載の「母体となる基板と転写基板の結合状態においてPCRを行う」ことによってDNAチップを作成する態様を採用した場合に33は,一つの工程としてDNAの増幅と転写基板への結合が並行して行われるものと認められるから,これはDNAの増幅工程と結合工程とが「同時に」実行されるものというべきである。
また,引用例1には,増幅されたDNAを基板に結合させる具体的な機序については記載がないものの,上記(3)において検討したとおり,引用例1に接した当業者であれば,引用発明において,増幅されたDNAの転写基板への結合が,例えば,静電的に実現され得ることは,出願時の技術常識から明らかであると認められる。
イ そうすると,引用発明において,母体となる基板と転写基板の結合状態においてPCRを行うことにより,増幅されたDNAをキャリアに結合する工程が増幅と「同時に」実行される態様とすることは,当業者が容易に想到できるというべきである。また,上記(3)アに説示したとおり,本願発明1’における増幅されたDNAとキャリアとの結合は,共有結合によるものではないから,増幅されたDNAなどの複製物と基板との結合において,引用例1からは予測できない優れた効果があるということもできない。
ウ したがって,審決の相違点1についての判断に誤りがあるとはいえないから,原告主張の取消事由1は理由がない。
4 取消事由2(相違点2の容易想到性についての判断の誤り)について(1) 原告は,相違点2に関し,引用例1には,空間的に制限された有効領域について開示も示唆もされていないし,また,引用例1における「セル」は,スポンジのような多孔質基材で形成されており,セル分離用の隔壁は,セル相互の間に位置するセルから独立した構造であって,PCR実行時にのみ設けられる消耗品であるから(請求項5,段落【0017】),本願発明における空間的に制限された有効領域とは異なるものであると主張する。
34(2) 上記1(1)ウ(イ)において認定したとおり,本願明細書の段落【0056】,【0073】〜【0076】には,「空間的に制限された有効領域」に関し,種々の機構が記載されているところ,本願発明1’は,そのうち空間的に制限された有効領域が固体構造物によって形成された態様である「空間的に塞がれたキャビティ」が形成された構成を選択したものである。
ここで,引用発明は,「各セル間にセル分離用の隔壁を設け,当該基板(判決注:母体となる基板)上であらかじめ用意された複数のDNAをPCR法により増幅」し,「増幅されたDNAを各セルの相互位置を保持したまま直接接触により他の基板へ転写する」ものである。このセル分離用の隔壁は,各セルに含まれるDNAが混ざり合わないようにするためのものであることは明らかであるところ,これらの記載に接した当業者であれば,引用例1の請求項2記載の「母体となる基板と転写基板の結合状態においてPCRを行う」態様においては,母体となる基板,セル分離用の隔壁,及びキャリア(転写基板)の三者で囲まれた閉鎖空間,すなわち,「他のサンプルと分離する機能を有する」「有効領域」が形成されることを理解できる。
そして,母体となる基板,セル分離用の隔壁,及びキャリアの三者で囲まれた上記閉鎖空間はまさに「空間的に塞がれたキャビティ」と同等の機能を有するものであるから,引用発明において,「結合特性を供給されたキャリアの表面と接し,空間的に塞がれたキャビティによって形成される」「有効領域」を設けることによって本願発明1’とすることは当業者が容易に想到できるものである。また,引用例1において上記閉鎖空間を形成することによって,各セルに含まれる複数のDNAが互いに混ざり合うことなく複製されるとの効果についても当業者が容易に予測できる。
したがって,審決における相違点2についての判断に誤りはなく,原告の35取消事由2についての主張は理由がない。
(3) 原告の主張についてア 原告は,引用例1の請求項5及び段落【0017】の記載によれば,セル分離用の隔壁はPCRの実行時のみに設けられる消耗品であり,本願発明の空間的に制限された有効領域とは全く異なると主張する。
しかし,引用発明においては,少なくともPCR実行時に設けられるセル分離用の隔壁によって,本願発明1’に係る「空間的に制限された有効領域」が形成されることは上記のとおりであり,この点において本願発明1’に係る構造と相違するものとはいえない。
イ また,原告は,本願発明1’において,キャリアに結合特性が供給されているのは,アレイの有効領域が接する表面部分に限定されているところ,この特徴は引用例1から導き出せないと主張する。
しかし,本願発明1’におけるキャリア表面に供給される結合特性については,「前記有効領域は,空間的に制限された増幅薬領域を含むものであり,結合特性を供給されたキャリアの表面と接し,空間的に塞がれたキャビティによって形成される」と特定されているにとどまり,「有効領域が接する表面部分のみに結合特性が付与されている」との構成を読み取ることはできない。
なお,本願発明1’においては,「前記キャリア上の前記サンプルの前記複製の空間配置が,前記アレイの前記サンプルの前記空間配置に対応するように,前記結合特性によって,前記キャリアと,前記サンプルの前記複製を結合する」との特定がされているものの,これは,単に,有効領域の空間配置に対応してキャリア表面に複製が結合することを特定しているにすぎないと解するのが相当であるから,有効領域に接するキャリア表面36部分にのみ結合特性が供給されていることの根拠になるものとはいえない。
ウ したがって,この点についての原告の主張は,いずれも採用することはできない。
5 結論以上によれば,原告が主張する取消事由はいずれも理由がなく,審決に取り消すべき違法はない。
よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部裁判長裁判官鶴 岡 稔 彦裁判官杉 浦 正 樹裁判官間 明 宏 充37
事実及び理由
全容