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事件 |
平成
28年
(行ケ)
10182号
審決取消請求事件
平成 28年 (行ケ) 10184号 審決取消請求事件 |
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第1事件原告 日本ケミファ株式会社 同訴訟代理人弁護 士伊原友己 加古尊温 同訴訟代理人弁理 士今村正純 室伏良信 橋本諭志 第2事件原告X 上記両名訴訟代理人弁理士 田朋子 村松大輔 第1・2事件被告塩野義製薬株式会社 同訴訟代理人弁護 士大野聖二 金本恵子 同訴訟代理人弁理 士松任谷優子 梅田慎介 第1・2事件被告補助参加人 アストラゼネカ ユーケイ リミテッド 同訴 訟代理人弁護 士末吉剛 同訴訟代理人弁理 士寺地拓己 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2018/04/13 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 第1事件 特許庁が無効2015-800095号事件について平成28年7月5日にした審決を取り消す。 2 第2事件 上記1と同じ。 |
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事案の概要
本件は,特許無効審判請求を不成立とする審決の取消訴訟である。争点は,訴えの利益の有無,進歩性の有無及びサポート要件違反の有無である。 1 特許庁における手続の経緯 第1・2事件被告(以下,単に「被告」という。)は,平成4年5月28日(国内優先権主張:平成3年7月1日〈以下「本件優先日」という。〉)を出願日(以下「本件出願日」という。)とし,名称を「ピリミジン誘導体」とする発明について特許出願(特願平4-164009号)をし,平成9年5月16日,設定登録がされた(甲65。特許第2648897号。請求項の数12。以下,この特許を「本件特許」という。)。 第2事件原告(以下「原告X」という。)は,平成27年3月31日,当時の本件特許の請求項1〜5及び7〜12について,特許無効審判を請求した(甲79。 無効2015-800095号。以下「本件審判」という。。第1・2事件被告補 )助参加人(以下,単に「被告補助参加人」という。)は,本件審判に,被請求人を補助するため参加を申請し,その許可を受け,第1事件原告は,本件審判に,請求人として参加を申請し,その許可を受けた(弁論の全趣旨)。被告は,平成27年8月3日付け訂正請求書により,特許請求の範囲の訂正を含む訂正を請求した(甲80。請求項3,4,7及び8を削除し,請求項13〜17を加えることにより,訂正後の請求項の数を13とするもの。訂正後の請求項の数13。。 ) 特許庁は,平成28年7月5日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月14日,原告らに送達された。なお,特許庁は,別件審判(無効2014-800022号)の審決の確定によって,被告の平成26年6月30日付け訂正請求書による特許請求の範囲の訂正を含む訂正(以下「本件訂正」という。)後の特許請求の範囲及び明細書により特許権の設定の登録がされたものとみなされたため,本件訂正と同内容の前記平成27年8月3日付け訂正請求書による訂正によって,何ら訂正がされていないことになるから,前記平成27年8月3日付け訂正請求書による訂正は,特許法134条の2第1項各号に掲げるいずれの事項を目的とするものとも認められないとして,認めず,請求の趣旨は,本件訂正後の請求項1,2,5,9〜12に係る特許は無効にするというものであり,請求人がした本件訂正後の請求項13,15〜17に係る特許を無効にするとの補正は,許可しないとして,本件訂正後の請求項1,2,5,9〜12と明細書について判断を行った。 2 特許請求の範囲の記載 本件訂正後の本件特許の請求項1,2,5,9〜12の発明に係る特許請求の範囲の記載は,以下のとおりである(以下,本件訂正後の本件特許の請求項1,2,5,9〜12の発明を,請求項に対応して, 「本件発明1」などと呼称し,本件発明1,2,5,9〜12を総称して「本件発明」ともいう。以下,本件訂正請求書に添付された明細書(甲81)を「本件明細書」という。。 )【請求項1】(本件発明1) 式(I):【化1】(式中,R1は低級アルキル;R2はハロゲンにより置換されたフェニル;R3は低級アルキル;R4は水素またはヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオン;Xはアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基;破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物。 【請求項2】(本件発明2) (+)-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-(N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-(3R,5S)-ジヒドロキシ-(E)-6-ヘプテン酸。 【請求項5】(本件発明5) 式(I):【化2】(請求項1の式(I)と同じなので化学式は省略する。)(式中,R1は低級アルキル;R2はハロゲンにより置換されたフェニル;R3は低級アルキル;R4はヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオン;Xはメチルスルホニル基により置換されたイミノ基;破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)で示される化合物。 【請求項9】(本件発明9) 式(I):【化4】(請求項1の式(I)と同じなので化学式は省略する。)(式中,R1は低級アルキル;R2はハロゲンにより置換されたフェニル;R3は低級アルキル;R4はヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオン;Xはメチルスルホニル基により置換されたイミノ基;破線は2重結合の存在を,それぞれ表す。)で示される化合物。 【請求項10】(本件発明10) 式(b)で示される化合物を,(3R)-3-(tert-ブチルジメチルシリルオキシ-5-オキソ-6-トリフェニルホスホラニリデンヘキサン酸誘導体と反応させて式(c)で示される化合物を生成させる工程と,【化5】【化6】式(c)で示される化合物のtert-ブチルジメチルシリル基を離脱することにより式(d)で示される化合物を生成させる工程と,【化7】式(d)で示される化合物を還元する工程と,を含む方法によって得られる式(I):【化8】(各式中,R1は低級アルキル;R2はハロゲンにより置換されたフェニル;R3は低級アルキル;R4はヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオン;Xはアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基;破線は2重結合の存在;t-Buはtert-ブチル;C*は不斉炭素原子を,それぞれ表す。)で示される,光学活性体化合物。 【請求項11】(本件発明11) (+)-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-(N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-(3R,5S)-ジヒドロキシ-(E)-6-ヘプテン酸のカルシウム塩。 【請求項12】(本件発明12) 請求項1に記載の化合物を有効成分として含有する,HMG-CoA還元酵素阻害剤。 3 原告らが主張する無効理由 (1) 無効理由1(甲1を主引用例とする進歩性欠如) 本件発明1,2,5,9〜12は,甲1(特表平3-501613号公報)に記載された発明(以下「甲1発明」という。)及び甲2(特開平1-261377号公報)に記載された発明(以下「甲2発明」という。以下,枝番のある書証は,特に断らない限り,枝番を全て含む。)並びに本件優先日当時の技術常識に基づいて,特許出願前にその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が容易に発明をすることができた(特許法29条2項)。 (2) 無効理由2(サポート要件違反) 本件発明1,2,5,9〜12は,従来技術に比較して顕著に高活性であったとはいえないから,当業者が本件発明の課題を解決できるものと理解できず,特許請求の範囲に記載された特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない(平成6年法律第116号による改正前の特許法36条5項1号)。 4 審決の理由 審決の理由は,別紙審決書写し記載のとおりであり,その要旨は,以下のとおりである。 (1) 無効理由1について ア 本件発明1について (ア) 甲1発明 「(M=Na)の化合物」 (イ) 本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点【一致点】「式(I)(式中,R1は低級アルキル;R2はハロゲンにより置換されたフェニル;R3は低級アルキル;破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物」である点【相違点】(1-@) Xが,本件発明1では,アルキルスルホニル基により置換されたイミノ基であるのに対し,甲1発明では,メチル基により置換されたイミノ基である点(1-A) R4が,本件発明1では,水素又はヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオンであるのに対し,甲1発明では,ナトリウム塩を形成するナトリウムイオンである点 (ウ) 相違点の判断 a 相違点(1-@)について (a) 甲1発明からの動機付けについて 甲1発明は,甲1の特許請求の範囲に記載される「式I 」において, 1」として「不斉炭素を含まぬC1〜6アルキル」である「イソプロピ 「Rル」を選択し, 2」として「-N(R8)2,但し,R8は独立に,不斉炭素原子を 「R含まぬC1〜4アルキル」である「メチル」を選択し,「Q」として「Q”」の「Q”a」,すなわち,「」を選択し,その「R3」「R4」「R5」のうち,二つが「水素」 , , ,一つが「フルオロ」を選択し,「X」として「ビニレン」を選択し,「Y」として「」の「R6」の「水素」「R7」の「カチオン」である「ナトリウムイオン」を選択 ,したものといえる。 また,甲1発明の化合物は,実施例1b)で得られたものであるから, 「HMG-CoA還元酵素」を阻害する薬理活性を有することがデータで裏付けられているものである。一方,甲1の特許請求の範囲に記載される式Iで示される化合物は,甲1発明と同様の薬理活性を有することが全ての範囲で裏付けられているわけではないが,そのような薬理活性が一応期待される化合物として記載されているものといえる。 そこで,本件発明1と甲1の特許請求の範囲に記載された式Iとの関係をみると,本件発明1は,上記式Iの「R2」として「-N(R8)2」を選択し,さらに,「R8 」が甲1発明のように「不斉炭素原子を含まぬC 1〜4アルキル」である「メチル」ではなく,一方の「R8」としてアルキルスルホニル基(-SO2R’ ;R’はアルキル基)を選択したものといえるが,このような置換基を選択した化合物は,上記式Iの範囲に含まれてはいない。 そうすると,甲1の式Iに含まれない化合物については, 「HMG-CoA還元酵素活性」を阻害する薬理活性を期待することができるとはいえないから,甲1発明の「ジメチルアミノ基」を,式Iの範囲に含まれない選択肢である「-N(CH 3)(SO2R’」に置き換える動機付けがあるとはいえない。 ) (b) 甲2発明からの動機付けについて 甲2には,「一般式」において,「R1」として「アルキル」を,「R2」として「アリール」を,「R 3」として「-NR4R5」で,「R4」「R5」として「アルキル」「アルキルスルホニ , ,ル」を,「X」として「-CH=CH-」を,「A」として 「」で「R6」として「水素」「R7」として「カチオン」を,それぞれ選択肢として ,含むことが記載され,さらに,「一般式(I)の殊に好ましい化合物」として,「R1 」として「イソプロピル」を, 2」として「フェニル」で「フッ素」で一置換さ 「Rれたものを, 3」として「-NR4R5」で, 4」「R5」として「メチル」「メ 「R 「R , ,チルスルホニル」を,それぞれ選択肢として含むことも記載され, 7」 「R として「カルシウムカチオン」を,選択肢として含むことも記載されている。 甲2の一般式(I)の化合物も,HMG-CoA還元酵素阻害剤を提供するものであって,甲1の式Iの化合物と同様,ピリミジン環を基本骨格とし,そのピリミジン環の2,4,6位に置換基を有する化合物である点で共通するものであって,選択する置換基によっては,両者に含まれる化合物が一部重複することもあるが,甲1の式Iの化合物と甲2の一般式(I)の化合物は,前記ピリミジン環の置換基の選択範囲が全て一致しているわけではなく,それぞれ,別個の化学構造式を有する化合物として特定され,その化学構造式の化合物であることを前提にHMG-CoA還元酵素阻害剤となり得ることが記載されているものといえる。 そして,化合物の構造が異なれば,そのHMG-CoA還元酵素阻害作用が同じになるとはいえないから,甲1発明のジメチルアミノ基の上位概念として,甲2の一般式の「R3」の「-NR4R5」が対応するとしても,甲1発明のジメチルアミノ基を甲1に開示のない置換基に,甲2の記載に基づいて置換する動機付けがそもそもあるとはいえない。 加えて,甲2の一般式(I)の化合物における「R 1」「R2」「R3」は,それぞ , ,れ極めて多数の選択肢があるところ,少なくとも「X」と「A」が甲1発明と同じ構造として具体的に実施例として記載されているのは,実施例8の「メチルエリスロ-(E)-3,5-ジヒドロキシ-7-[2,6-ジメチル-4-(4-フルオロフェニル)-ピリミド-5-イル]-ヘプト-6-エノエート」 3がメチル) (R ,実施例15の「メチルエリスロ(E)-3,5-ジヒドロキシ-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-メチル-ピリミド-5-イル]-ヘプト-6-エノエート」 3がフェニル) (R ,実施例23の「メチルエリスロ-(E)-3,5-ジヒドロキシ-7-[4-(4-フルオロフェニル)6-イソプロピル-2-フェニル-ピリミド-5-イル]-ヘプト-6-エノエート」(R3がフェニル)のみであって,「R3」として「-NR4R5」を選択したものは一つも記載されていない。さらに,「-NR4R5」が置換した化合物については,その製造方法もHMG-CoA還元 「-NR 4R5」において, 4」「R酵素阻害活性の薬理試験も記載されておらず, 「R ,5 」として「メチル」と「メチルスルホニル」という特定の組合せを選択することの記載もない。 そうすると,甲2に記載される一般式(I)の「R 3」として,極めて多数の選択肢の中から可能性として考え得る置換基というだけの「-NR 4R5」で,「R4」,「R5」として「メチル」と「メチルスルホニル(SO2CH3)」を選択した化合物が,そもそも技術的な裏付けをもって記載されているともいえず,この記載に基づいて,甲1発明の「ジメチルアミノ基」を, 「-N(CH 3) (SO2CH3)」に置き換える動機付けがあるとはいえない。 (c) 技術常識に基づく動機付けについて 甲7,10,11の記載からすると,コレステロールは肝臓で大部分が合成され,HMG-CoA還元酵素阻害剤がこのコレステロールの生合成を阻害するものであるから,副作用を考慮して肝臓の選択性が高いHMG-CoA還元酵素阻害剤を得ようとすることは,本件優先日当時の技術課題として当業者が認識し得るものとなっていたということはできる。 次に,甲7,20の記載からは,例外はあるとしても,HMG-CoA還元酵素阻害剤において親水性の化合物が,肝選択性を高める可能性があることが示唆されているといえ,肝臓の選択性が高いHMG-CoA還元酵素阻害剤を得るために,HMG-CoA還元酵素阻害活性を示す化合物を,親水性という指標で評価し,親水性の高い(logPが2以下の)化合物を選択するという動機付けは本件優先日当時の当業者が認識できたものと一応認めることができる。 その一方,甲7,20とも,HMG-CoA還元酵素阻害活性がある化合物の親水性を評価したものであるが,HMG-CoA還元酵素阻害活性を示す化合物を親水性とするために,どのような化学構造とすればよいのかについては何ら記載されていない。 甲9には,対象とする化合物のlogP値を理論的に計算できることと,特定の置換基に対応した πx値が示され,合成しようとする化合物の相対的脂溶性などを予測することが可能になることが記載され,RとXを置換基とする芳香族置換体において,Xが「3-SO2CH3」(メチルスルホニル基)の πx値が-1.26であることが示されているが,化合物を親水性にするためにメチル基をメチルスルホニル基に変換するという化合物の改変手段が記載されているわけではないし,ここで示されるメチルスルホニル基は芳香族環に直接置換されるものであって,ピリミジン環にアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基(-N(CH 3) (SO2CH3)を含む)が置換されている本件発明1とは異なる構造のものである。 そうすると,既にHMG-CoA還元酵素阻害活性があることが分かっている化合物の親水性を測定し,その中から親水性の高い化合物を選択するという動機付けはあるとしても,甲1発明の特定の置換基を別の置換基に置き換えれば,必ずしもHMG-CoA還元酵素阻害活性を保持するかは分からないのであるから,そもそも,メチルスルホニル基を有する化合物のlogP値が小さくなる(親水性となる)ことのみを根拠として,甲1発明において,親水性とするために,その特定の置換基をメチルスルホニル基と置き換える動機付けがあるとはいえない。 また,医薬化合物の開発において,特定の薬理活性を有する化合物の構造を少しずつ変えてその作用を調べることが一般的に行われているとはいえるが,化学構造の変化によってどのような薬理作用の変化が生じるかは不明である以上,甲1発明の化学構造を改変して親水性のHMG-CoA還元酵素阻害剤となる化合物を得ようとするのであれば,少なくともHMG-CoA還元酵素阻害活性が保持される範囲内で親水性となる化合物を得るのが自然である。 甲16は,ピリジン及びピリミジン置換3,5-ジヒドロキシ-6-ヘプテン酸のラクトンを合成し,HMG-CoAに対する阻害活性について構造-活性の関連性を調査した論文であって,そこには,以下の構造式(略)において,中央の芳香族環(ピリミジン環)の2,4及び6位における置換が強力な生物活性をもたらすこと,6位(R1)にイソプロピル基を導入すれば生物活性は最大になること,4位(R2)の極性置換基は4-クロロフェニル及び4-フルオロフェニルが強力な阻害剤となること,2位(R3)の置換は最適な生物活性のために最も重要で,嵩高のアルキル基の導入のみならずフェニル部分の導入によって力価の顕著な上昇が得られることが記載されている。 そうすると,甲16の記載に接した当業者であれば,甲1発明と同様のピリミジン環の6位がイソプロピル基で,4位が4-フルオロフェニル基で置換された化合物の2位の置換基は嵩高いアルキル基やフェニル環が高い阻害活性を示し,甲1の式Iの「R2」として,「不斉炭素原子を含まぬC1〜C6アルキル」を選択できることと合わせみて,甲1発明の「ジメチルアミノ基」を,アルキル基やフェニル環に置換することはあっても,甲1,16に何ら記載のない「-N(CH 3) (SO2R’」 )に置き換える動機付けがあるとはいえない。また,甲1や甲16と関係のない甲2の記載に基づいて,その中から「-N(CH3) (SO2CH3)」を選択することを想起するともいえない。さらに,甲16には,中央の芳香族環(ピリミジン環)の2位における嵩高の親油性の置換基が合成HMG-CoA還元酵素阻害剤の生物活性に寄与していることが記載されているのであるから,そもそも,甲1発明を親水性にするための置換基や置換部位について何らかの示唆があるものとも認めることができない。 甲29は,本件優先日前に存在するメチルスルホニル基を置換基として有する化合物の検索結果が記載され,甲30にもメチルスルホニル基を置換基として有する化合物が記載されているが,これらはHMG-CoA還元酵素阻害剤であるかも不明であって,また,メチルスルホニル基を置換基とすることでその化合物がどのような性質となるのかも記載されていないから,単に,メチルスルホニル基を置換基として有する化合物が本件優先日前に存在していたからといって,甲1発明のジメチルアミノ基を改変し,そのメチル基をメチルスルホニル基とすることが容易に想到できるわけではない。 さらに,本件優先日前に頒布されたその他の証拠をみても,メチルスルホニル基とメチル基を置き換えることの技術的意義についての記載すらなく,甲1発明の化合物を親水性とするために,甲1発明の2位の「ジメチルアミノ基」を「-N(CH3)(SO2R’」とすることを動機付ける記載は見当たらない。 ) そうすると,仮に,甲1発明の化学構造を改変して親水性の化合物を得ることを当業者が想起したとしても,甲1発明の化合物を親水性とするために,特定の位置(ピリミジン環の2位)に存在する「ジメチルアミノ基」の一方のメチル基のみをメチルスルホニル基(アルキルスルホニル基)に置き換え, 「-N(CH 3) (SO2R’」とする動機付けがあるとはいえない。 ) (d) 小括 したがって,甲1発明において,相違点(1-i)の構成を採用することが当業者にとって容易であったということはできないから,相違点(1-A)について検討するまでもなく,本件発明1は,甲1発明及び甲2発明並びに本件優先日当時の技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたということはできない。 b 本件発明 1 の効果 本件発明1の効果は,強力なHMG-CoA還元酵素阻害活性を示す有効な薬剤となる化合物を提供することにあるものと認める。 一方,甲1には,甲1発明の化合物がHMG-CoA還元酵素阻害活性を示すことが記載されているものの,甲1発明において,ピリミジン環の2位の「ジメチルアミノ基」を,式Iの範囲に含まれない「-N(CH 3) (SO2CH3)」に置き換えた場合に,HMG-CoA還元酵素阻害活性がどのようになるか記載がない。甲1には,ピリミジン環の2位を「4-モルホリル基」に置換した化合物も記載されているが,これも甲1の式Iの「R2」として「-N(R8)2」を選択し,さらに, 「R8 」がその定義にある「双方のR8は窒素原子と一緒になって,5-,6-,7-員の随時置換されていてもよい環の部分を形成し,該環は随時ヘテロ原子を含んでもいてもよい(環B)」から選択されたものであって, 2」として式Iの範囲に含ま 「Rれない「-N(CH3) (SO2CH3)」とした場合に,その活性がどうなるかについては記載がない。 次に,甲2には,式Iの「R3」として「-NR4R5」を選択し,「R4」「R5」 ,の選択肢としてメチル,メチルスルホニルが併記されているが,メチル基とメチルスルホニル基が薬理活性として同等の置換基であることを示唆する記載もなく,R 「3 」として「-NR4R5」を選択した化合物の実施例すら記載されておらず,このような化合物の薬理活性がどうなるかは甲2の記載から予測できるとはいえない。 さらに,甲16には,本件発明1の化合物と同様に,ピリミジン環の6位にイソプロピル基,4位に4-フルオロフェニル基を有する化合物が記載されているが2位の置換はアルキル基かフェニル基であって, 「-N(CH 3) (SO2CH3)」は記載がなく,ピリミジン環の6位にイソプロピル基,4位に4-フルオロフェニル基を有する化合物であれば,2位にどのような置換基であっても同様の活性が得られるとはいえない。 そして,薬理活性は,化合物の構造と密接に関連するものであって,薬理活性を有する化合物の置換基を変化させた場合に,場合によっては,その薬理活性が得られなくなる可能性もあるから,甲1,2,16のみならずその他の証拠の記載を参酌しても,甲1発明のピリミジン環の2位の「ジメチルアミノ基」を, 「-N(CH3 )(SO2CH3)」に置き換えた化合物のHMG-CoA還元酵素阻害活性がどうなるかは当業者が予測し得たということはできない。 本件発明1のHMG-CoA還元酵素阻害活性がメビノリンナトリウムと対比して高いという薬理活性については,本件明細書の記載から推認することができ,かつ,甲3もそのことを裏付けているから,本件発明1の効果を否定することはできない。 c まとめ したがって,本件発明1は,本件出願(優先日)前に頒布された甲1発明(主引用発明)及び甲2発明並びに本件優先日当時の技術常識に基づいて本件出願(優先日)前に当業者が容易に発明をすることができたものということはできない。 イ 本件発明2,5,9〜12について 本件発明2,5,9〜12も,甲1発明及び甲2発明並びに本件優先日当時の技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。 (2) 無効理由2について ア 本件発明の課題について 下記一般式(T)「(式中, 1は低級アルキル, R アリールまたはアラルキルでありこれらの基はそれぞれ置換されていてもよい;R2およびR3はそれぞれ独立して水素,低級アルキルまたはアリールであり該アルキルおよびアリールはそれぞれ置換されていてもよい;R4は水素,低級アルキルまたは非毒性の薬学的に許容しうる塩を形成する陽イオン;Xは硫黄,酸素,スルホニル基または置換されていてもよいイミノ基;破線は二重結合の有無をそれぞれ表わす)」で示される化合物は,本件発明1,2,5,9〜11の化合物を包含するものであり,本件発明1の化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤が本件発明12であるから,本件発明1,2,5,9〜11が解決しようとする課題は,優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物を提供することにあり,本件発明12が解決しようとする課題は,そのような化合物を含むHMG-CoA還元酵素阻害剤の提供にあるものと認める。 そして,発明の詳細な説明には,本件発明が「3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルコエンザイムA(HMG-CoA)還元酵素阻害剤」に関するものであって,このようなHMG-CoA還元酵素阻害剤として,カビの代謝産物又はそれを部分的に修飾して得られたメビノリン,プラバスタチン,シンバスタチンのほかに,フルバスタチン,BMY22089等の合成HMG-CoA還元酵素阻害剤が開発されていることが記載されているが,これら既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤について何らかの課題があることは記載されていないから,本件発明においては,既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤であるメビノリン,プラバスタチン,シンバスタチン,フルバスタチン等よりも優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を必要とするものではなく,「コレステロールの生成を抑制する」医薬品となり得る程度に「優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性」を有する化合物又はその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することを課題にするものと認められる。 イ 判断 (ア) 製造について 発明の詳細な説明には,本件発明1に包含される「(+)-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-(N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-(3R,5S)-ジヒドロキシ-(E)-6-ヘプテン酸」の「カルシウム塩」について,出発原料(III-3)から「(+)-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-(N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-(3R,5S)-ジヒドロキシ-(E)-6-ヘプテン酸ナトリウム塩」を製造し,それから「(ヘミ)カルシウム塩」とする具体的な製造方法が実施例1,2として記載されている。そして,その出発原料である化合物(III-3)の具体的な製造方法も参考例1〜4として記載されている。 実施例として具体的に記載されている (+)-7-[4-(4-フルオロフェニル)- 「6-イソプロピル-2-(N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-(3R,5S)-ジヒドロキシ-(E)-6-ヘプテン酸」の「カルシウム塩」は,本件発明1で示される式(I)のR1がメチル,R2がフッ素により置換されたフェニル,R3がイソプロピル,R4がカルシウムイオン,Xがメチルスルホニル基により置換されたイミノ基,二重結合が有の場合に当たるが,発明の詳細な説明には,式(I)の製造方法について一般的な記載があり,本件発明1においてR4がHになる場合の製造方法も記載されている。また,以下の化合物a 「 」を,出発物質として製造することが記載されており,これは上記化合物(III-3)に対応するところ,その製造例である参考例1〜4の記載を合わせみると,そこに記載された試薬を一部変更することで,式(I)において,R 1はメチルのみならずその他の低級アルキルも,R2はフッ素のみならずその他のハロゲンで置換されたフェニルも, 3はイソプロピルのみならずその他の低級アルキルも, R Xはメチルスルホニル基のみならずその他のアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基とする化合物を製造できることが当業者に理解できるといえる。 そうすると,本件発明1の化合物は,発明の詳細な説明の記載に基づいて実際に製造すること,すなわち提供することができると当業者が理解できるといえる。 本件発明2,5,9は,本件発明1の式(I)においてその一部を限定した化合物であるから,本件発明1の式(I)に示される範囲で製造できる以上,本件発明2,5,9の化合物も製造できることが当業者に理解できるといえる。 本件発明10は,特定の製造方法により製造されるものであるが,その一般的な製造方法が発明の詳細な説明に記載されているとともに具体的な実施例も記載されているから,本件発明10の化合物も製造できることが当業者に理解できるといえる。 本件発明11は,上記実施例1,2で実際に製造されている。 したがって,請求項1,2,5,9〜11の化合物を製造することができると当業者が理解できる程度に発明の詳細な説明に記載されているといえる。 (イ) HMG-CoA還元酵素阻害活性について 発明の詳細な説明には,HMG-CoA還元酵素阻害活性の測定方法として,ラット肝ミクロゾーム溶液と[3 -14C]HMG-CoA溶液との混液に被験化合物を混ぜてインキュベートした後,薄層クロマト板に展開し,Rf値が0.45〜0.60の部分をかきとり,その比放射能を測定することでメビノリンナトリウム塩の相対活性を100とした場合の相対活性を測定する方法が記載されている。そして,その測定した結果として,「(+)-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-(N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-(3R,5S)-ジヒドロキシ-(E)-6-ヘプテン酸」の「ナトリウム塩」である化合物(Ia-1)のHMG-CoA還元酵素阻害作用が,メビノリンNaの阻害活性を100とした場合に442の相対活性を有することが記載されている。 発明の詳細な説明に記載されている化合物(Ia-1) ナトリウム塩であり, は,遊離酸やヘミカルシウム塩である本件発明1に含まれるものではないが,薬理の作用機序からみて塩の形態にかかわらず,同様の薬効を発揮すると解されるから,ナトリウム塩と同じく,本件発明1も同様のHMG-CoA還元酵素阻害活性を示すと推認することができ,実際,甲3によると,ヘミカルシウム塩「S-4522」もメビノリンナトリウム塩よりも強力なHMG-CoA還元酵素阻害活性を示しているから,上記推認が正しいことを裏付けているといえる。 また,本件発明1は式(I)において,R1は低級アルキル,R2はハロゲンで置換されたフェニル, 3は低級アルキルを, R Xはアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基を選択した場合の化合物もその範囲に包含するものであるが,これらの置換基は実施例に示されたR1がメチル,R2がフッ素により置換されたフェニル,R3がイソプロピル,Xがメチルスルホニル基により置換されたイミノ基と極めて類似したものであって,化合物(Ia-1)が医薬品となっているメビノリンナトリウムよりも高い活性を有することが示されている以上,化学構造が極めて類似する本件発明1も,同様のHMG-CoA還元酵素阻害活性を示す化合物となると当業者が理解でき, 「コレステロールの生成を抑制する」医薬品となり得る程度に「優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性」を有するということができる。 そうすると,発明の詳細な説明には,本件発明1がその課題を解決できると当業者が理解できる程度に記載されているということができる。 本件発明2,5,9〜11は本件発明1に包含されるものであるから,同様に,発明の詳細な説明にその課題を解決できると当業者が理解できる程度に記載されているということができる。 本件発明12は,本件発明1を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤であるから,同様に,発明の詳細な説明にその課題を解決できると当業者が理解できる程度に記載されているということができる。 ウ 小括 以上のとおり,本件発明1,2,5,9〜12に記載された特許を受けようとする発明は,発明の詳細な説明に記載されたものでないとはいえないから,本件明細書の特許請求の範囲の記載が平成6年改正前特許法36条5項1号に適合しないとはいえない。 |
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被告の本案前の抗弁
1 東京高裁平成2年12月26日判決(平成2年(行ケ)第77号無体財産権関係民事・行政裁判例集22巻3号864頁)は,「本件訴えは,原告が請求した,本件特許を無効とすることについての審判請求は成り立たない旨の本件審決の取消しを求めるものであるから,特許法第178条第2項の規定により,原告が当事者適格を有することは明らかである。しかし,そのことから当然に原告が本件訴えについて,訴えの利益があるということはできない。即ち,原告の請求に係る本件特許無効審判請求は成り立たないとした本件審決は,形式的には原告に不利益な行政処分ではあるが,審決取消訴訟の訴訟要件としての訴えの利益は右のような形式的な不利益の存在では足りず,本件審決が確定することによりその法律上の効果として,原告が実質的な法的不利益を受け,又はそれを受けるおそれがあり,そのため本件審決の取消しによって回復される実質的な法的利益があることを要するものである。したがって,特許権の存続期間中であれば,無効とされるべき特許発明が,特許され保護を受けることによって不利益を被るおそれがあるとして当該特許を無効とすることにつき,審判請求は成立しないとした審決の取消しを求める訴えの利益が認められる者であっても,当該特許の有効か無効かが前提問題となる紛争が生じたこともなく,今後そのような紛争に発展する原因となる可能性のある事実関係もなく,特許権の存在による法的不利益が現実にも,潜在的にも具体化しないままに,当該特許権の存続期間が終了した場合等には,当該特許の無効審判請求は成立しないとした審決の取消しを求める訴えの利益はないとされるというべきである。」と判示している。 2 本件特許権は,平成29年5月28日の経過をもって,既に消滅している(乙76)。 原告らは,本件特許権存続期間中に,本件特許権の実施行為に相当する行為を行っておらず,被告は損害賠償請求権,告訴権等を有していないことは明らかであるから,原告らの訴えの利益は既に消滅しており,本件訴えは,却下すべきである。 3(1) 特許権の有効期間中,禁止権の効力を受けていたことは,審決を取り消しても回復できるものではない。 審決取消訴訟は,行政事件訴訟の一種であり,行政事件訴訟法上,期間の経過により,処分を取り消すことによって何らの法的利益もない場合,訴えの利益がないとするのは判例,通説である。 (2) 特許法123条3項は,特許権の消滅により,直ちに訴えの利益が失われることがない旨を確認した規定にとどまり,訴えの利益がない場合であっても無効審判,審決取消訴訟を追行できるとする規定ではない。 |
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本案前の抗弁に対する原告らの主張
特許権の存続期間が満了した場合であっても,無効審判請求ができることは条文上明らかであり,本件のような薬剤に関する発明について,競業する製薬会社間にその特許の有効性に関して争いがある場合,東京高裁平成2年12月26日判決の事案のように,自らが特許の存続期間中に実施し得たという現実的・具体的な可能性がないに等しいコンサルタント業者が特許の有効性について争う場合とは,事案が異なる。 原告らは,本件特許権の存続期間中,本件特許権の侵害行為と評価されるような実施行為は行っておらず,その意味において,被告が原告らに対して損害賠償請求権や告訴権等本件特許権の侵害を前提とする各種責任追及に関する法的権利を現時点において有していないことは争わないが,本件特許の禁止権の効力を現実的・具体的に受けていたものであり,しかも,その特許の成立に影響を与えたデータについても疑義があるという事案であるから,その特許の有効性に関する審決の取消訴訟において司法判断を受けられるのは当然である。 |
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原告ら主張の審決取消事由
1 取消事由1(進歩性の判断の誤り) (1) 動機付けがないとの判断の誤り ア 甲1からの動機付け (ア) 甲1発明の化合物(甲1の実施例1b)の化合物)と本件発明化合物の構造は,下図のとおりであり,その相違点(赤枠部分)は,ピリミジン環の2位のN原子の置換基が,メチル基かメチルスルホニル基かだけである(ナトリウム塩かカルシウム塩かの違いもあるが,この違いは,本件発明化合物の進歩性に何ら寄与しない。。 ) - Ca2+ 本件発明化合物(ロスバスタチン) (イ) 甲1発明の化合物は,ヒト患者で有用性が確認されたコンパクチンの約125倍,本件優先日当時コレステロールを低下させる薬剤として販売されていたメビノリン(ロバスタチン)の約15倍という,優れた in vivo 活性を有する(甲1の11頁右下欄21行目〜12頁左上欄6行目に記載されている試験B(in vivo動物実験試験)。 ) したがって,当業者が,甲1発明の化合物をリード化合物とする動機付けがあった。 (ウ) 本件優先日当時,副作用を考慮して肝臓選択性の高いHMG-CoA還元酵素阻害剤を得ようとすることが認識されており,当業者が,リード化合物である甲1発明の化合物の親水性を高めることにより,HMG-CoA還元酵素阻害剤の標的臓器である肝臓へ化合物を選択的に移行させるために,親水性の置換基を導入する動機付けがあった。 そして,本件優先日当時の技術常識を考慮すると,甲1発明の化合物に親水性の置換基を導入するには,ピリミジン環の2位への導入が必然であり,当業者は,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位に親水性の置換基を導入する動機付けがあった。 すなわち,甲1発明の化合物は,下図のとおりであるところ,ピリミジン環5位のジヒドロキシヘプテン酸は活性に必須のいわゆるファーマコフォアである(甲15)から,当業者はこの部分の変換は考えない。 また,ピリミジン環4位のp-フルオロフェニル基及び6位のイソプロピル基の組合せで強い活性が得られていること(甲16の「Table T」の化合物2t〜2wと2r〜2sの比較,甲26,27,76),当時開発されていた化合物の多くがこの組合せを有していたこと(甲8)を考えると,当業者は,ピリミジン環の4位及び6位の変換も考えない。 したがって,当業者は,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位に親水性の置換基を導入する。 (破線で囲んだジメチルアミノ基はピリミジン環の2位に結合し,パラフルオロフェニル基はピリミジン環の4位に結合し,ジヒドロキシヘプテン酸はピリミジン環の5位に結合し,イソプロピル基はピリミジン環の6位に結合している。) (エ)a リード化合物を改変する際には,リード化合物の化学構造をできるだけ維持しながら少しずつ改変することが原則であるから(甲56〜58) 甲1 ,発明の化合物のピリミジン環の2位に親水性の置換基を導入することを考えた当業者は,改変による構造変化ができるだけ小さくなるように,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基の一方のメチル基(CH 3)のみを親水基に置換する。 b メチルスルホニル基が最も親水性に寄与する置換基であることは公知である(例えば,甲9,28,56,59,60)から,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基の一方のメチル基をメチルスルホニル基に置換することは容易である。 c 甲2の一般式(I)を考慮すると,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基の一方のメチル基をメチルスルホニル基に置換することはなおさら容易である。 すなわち,甲2の一般式(I)にはHMG-CoA還元酵素阻害剤として,甲1発明の化合物が含まれるので,甲1発明の化合物の改変に甲2を参酌する動機付けは十分にある。甲2の一般式(I)において,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基のN原子の置換基は,6個(アルキル基,アリール基,アラルキル基,アシル基,アルキルスルホニル基,アリールスルホニル基)しか記載がなく,この中から親水性であり,メチル基と比較して分子の大きさの変化が小さいアルキルスルホニル基であるメチルスルホニル基を選択することは,極めて容易である。 (オ)a 甲1の一般式T及び甲2の一般式(T)の関係を模式図で示すと,下図のようになる。 本件発明化合物は,甲1の一般式Tの範囲に含まれないが,ピリミジン環の4,5,6位がイソプロピル,ジヒドロキシヘプテン酸(又はその閉環体)及びパラフルオロフェニルであり,強いHMG-CoA還元酵素阻害活性が期待される構造を有する点で甲1発明の化合物と共通する。 また,本件発明化合物と甲1発明の化合物は,いずれも,高い肝選択性が期待される親水性の置換基をピリミジン環2位に有しており,当該2位の置換基が少なくとも一つのメチル基を有するアミンである点においても共通する。 したがって,本件発明化合物は,甲1の一般式Iの範囲には含まれないものの,一般式Iの範囲の外縁に極めて近いところに位置する化合物であるといえる。 b 特許請求の範囲は,出願時に出願人が特許が欲しいと希望する範囲であって,薬理活性が期待できる範囲とは一致しない。 本件優先日当時には,いわゆるスタチンというHMG-CoA還元酵素阻害剤の研究が成熟しており,少なくとも,甲1発明のピリミジン環の5位のジヒドロキシヘプテン酸(又はそのラクトン)が活性に必要なファーマコフォアであることが知られていた(甲15)から,このようなファーマコフォアを有する場合は,特許請求の範囲になくても,その少し外に存在する化合物であれば,当業者は薬理活性を合理的に期待する。 次のとおり,甲1の特許請求の範囲に記載されている一般式 I の範囲の少し外に存在する化合物が,実際に,本件優先日前に十分強力なHMG-CoA還元酵素阻害活性を有していたことが公知であった。 (a) 本件優先日前に公知であった甲73に記載された化合物1-5-16は,ピリミジン環の2位が4-フェニル-フェニルである点で甲1の一般式Iの範囲外であるが,4-フェノキシ-フェニルであれば甲1の一般式Iの範囲内となることから,甲1の一般式 I の範囲内ではないものの,非常に近い構造を有し,甲1の一般式Tの範囲の少し外に存在する化合物である。 甲73では,上記化合物が,医薬品として開発されたCS-514(プラバスタチン)と同等以上のHMG-CoA還元酵素阻害活性を有していることが示されている。 (b) 本件優先日前に公知であった甲74に記載された13a〜13e及び13g〜13jの化合物は,ピリミジンではなくピリジンであること以外は,甲1の式 I の範囲内であることから,甲1の一般式 I の範囲内ではないものの,非常に近い構造を有し,甲1の一般式 I の範囲の少し外に存在する化合物である。 甲74では,上記化合物がHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することがデータとして示されている。 c 上記模式図中一点鎖線で囲まれる領域に含まれる多数の化合物についてHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することが確認されており(例えば,甲16の化合物2t〜2w,甲73の化合物1-5-8,甲74の化合物13o),上記模式図中二点鎖線で囲まれる領域に含まれる甲1発明の化合物や甲1の実施例11dの化合物についてもHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することが確認されているから,これら鎖線が重なった領域に含まれる本件発明化合物は,甲1の一般式Iの範囲外であっても,薬理活性が合理的に期待されるものとすべきである。 d したがって,甲1の特許請求の範囲になくても,HMG-CoA還元酵素阻害剤としてのファーマコフォアを有し,特許請求の範囲の少し外に存在する化合物であれば,当業者は,薬理活性(HMG-CoA還元酵素阻害活性)を合理的に期待するから,甲1の一般式 I の範囲に含まれない選択肢である「-N(CH3) (SO2R’)」に置き換えると, 「HMG-CoA還元酵素阻害活性」という薬理活性を期待できないので,動機付けがないとする審決の判断は誤りである。 イ 甲2からの動機付け (ア) 甲2には,次のとおり,一般式(T)の化合物全体の製造方法及びHMG-CoA還元酵素阻害活性について記載されているから, 3」として「NR 「R4 R5」を選択した一般式(T)の化合物について技術的裏付けがあると理解できる 「甲2では, 3」として「NR4R5」を選択した化合物については,のであって, 「Rその製造方法もHMG-CoA還元酵素阻害活性の薬理試験も記載されていない」旨の審決の認定は誤りである。 a 甲2には,一般式(T)の化合物の合成方法が記載されており(13頁左下欄8行〜19頁右下欄1行),当業者は「R3」として「NR4R5」を選択した化合物の合成方法を理解することができる。 b 甲2には,一般式(T)の化合物が,コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度に活性を有することが記載されており(19頁右下欄2行〜11行),当業者は, 3」として「NR4R5」を選択した化合物が,コレス 「Rテロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度に活性を有することを理解することができる。 (イ) 次のとおり,本件優先日前の公知文献から,甲2の一般式(T)の範囲の複数の化合物が活性を有することが理解できるので,当業者は,本件優先日当時,甲2を見れば,一般式(T)の化合物について,HMG-CoA還元酵素阻害活性を有することの技術的裏付けはあると理解できる。 a 本件優先日前に公知であった甲16には,甲2の一般式(T)の範囲にある化合物であって, 「X」と「A」が甲1発明と同じ構造であり,HMG-CoA還元酵素阻害剤のファーマコフォアであるジヒドロキシヘプテン酸構造を有する化合物として,化合物2r〜2wが記載されており,これら全ての化合物についてHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することがデータとして示されている(Table T)。 また,その製造方法も記載されている(54頁〜55頁左欄)。 b 甲2の実施例の化合物であって, 「X」と「A」が甲1発明と同じ構造を有する化合物である実施例8,23の化合物については,それぞれ非常に近い構造を有する化合物が,本件優先日前に公知であった甲16,73〜75に記載されている。 すなわち,甲2の実施例8の化合物については,甲16の「Table T」に記載されている化合物2r及び甲74の表1に記載されている化合物13kが,甲2の一般式(T)のAの部分がメチルエステルからフリーのカルボン酸又はその塩に変わっただけの化合物として記載されており,甲75の「TABLE 1」の一番下の化合物が,甲2の一般式(T)のAの部分が甲2の実施例8の化合物のメチルエステルからラクトンに変わっただけの化合物として記載されており,それぞれ,HMG-CoA還元酵素阻害活性を有することが示されている。また,甲2の実施例23の化合物については,甲16の「Table T」に記載されている化合物2v,甲74の表1に記載されている化合物13o,甲73の化合物I-5-8が,甲2の一般式(T)のAの部分がメチルエステルからフリーのカルボン酸又はその塩に変わっただけの化合物として記載されており,甲75の「TABLE 1」の一番上の化合物が,甲2の一般式(T)のAの部分が甲2の実施例8の化合物のメチルエステルからラクトンに変わっただけの化合物として記載されており,それぞれ,HMG-CoA還元酵素阻害活性を有することが示されている。 これらの公知情報を考慮すると,なおさら,甲2の一般式(T)の化合物について,HMG-CoA還元酵素阻害活性を有することの技術的裏付けはあると理解できる。 c したがって,本件優先日前の公知文献を考慮すると,甲2の一般式(T)の範囲の複数の化合物が活性を有することがデータとして示されていると理解できるので,甲2の一般式(T)で示される化合物についても,甲1と同様に,その範囲全体がHMG-CoA還元酵素阻害活性が一応期待される化合物であると認定すべきである。 (ウ) よって,甲1発明の「ジメチルアミノ基」を,甲2の記載に基づいて「-N(CH3) (SO2CH3) に置換して本件発明化合物とする動機付けはある。 」 ウ 技術常識からの動機付け (ア) 技術常識を参酌すると,当業者は,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位に親水性の基を導入し,親水性の基としてメチルスルホニルを選ぶことは,前記ア(ウ),(エ)のとおりである。 なお,甲16には,ピリミジン環の2位に嵩高の親油性の置換基を導入することでHMG-CoA還元酵素阻害活性が向上したことが記載されているが,ピリミジン環の2位に嵩高の親油性の置換基がなければ強いHMG-CoA還元酵素阻害活性が得られないことは記載されていないから,甲16の記載は,当業者が甲1発明の化合物のピリミジン環の2位に親水性の基を導入することを妨げない。 かえって,甲1では,親水性のジメチルアミノ基がピリミジン環の2位に導入されていることから,ピリミジン環の2位に親水性の置換基を導入しても強い活性が得られることは技術常識であったと考えられる。 また,親水性を付与する基として,メチルスルホニル基は,本件優先日当時公知の置換基であり(甲60の図6) 当業者である創薬化学者が容易に想到した置換基 ,である。 (イ) 本件発明の課題を,「コレステロールの生成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物又はその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供すること」と考えた場合,甲1の記載から,甲1発明は,必ずしもHMG-CoA還元酵素阻害活性を現状維持しなくてもよいと理解できる。 すなわち,甲1には,甲1発明(実施例1b)の生成物)の in vitro HMG-CoA還元酵素阻害試験と共に,in vivo コレステロール生合成阻害試験の結果が記載されており,それによると,甲1発明(実施例1b)の生成物)のED50値は0.028mg/kg である一方,メビノリンのED50値は0.41mg/kg,コンパクチンのED50値は3.5mg/kg であり,甲1発明は,メビノリンより15倍(0.41÷0.028=14.6),コンパクチンより125倍(3.5÷0.028=125),in vivo で活性が強いことが理解できる。メビノリンは,ロバスタチンとして,高脂血症薬として本件出願時に既に上市されており,コンパクチンも,ヒトで血中コレステロール値を低下させるのに十分な薬効を有していたことが知られていた(甲14,26)ので,もし上記の課題を達成するのであれば,甲1発明はHMG-CoA還元酵素阻害活性を現状維持する必要がなく,125倍HMG-CoA還元酵素阻害活性が低下しても,課題を解決できる。また,化合物の標的組織選択性を高める等,動態を改善すれば,125倍より低下しても課題を解決できると理解することができる。 したがって,阻害活性の現状維持を前提として,甲1発明のピリミジン環2位の置換について,甲1発明のHMG-CoA還元酵素阻害活性が現状維持されることは分からないので,甲1発明の化合物のピリミジン環2位の置換の動機付けはないとする審決の判断は誤っている。 そして,審決は,サポート要件の判断では,「コレステロールの生成を抑制する」医薬品となり得る程度に「優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性」を有する化合物又はその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することという課題を設定して判断している一方で,進歩性の動機付けの判断は,課題の基準である「コレステロールの生成を抑制する」医薬品となり得る程度を超える「甲1発明化合物のHMG-CoA還元酵素阻害活性が現状維持されること」という基準を設定し,判断しているから,このようなダブルスタンダードでサポート要件と動機付けを判断することは妥当でない。 エ 小括 したがって,本件発明1の進歩性を肯定した審決の判断は誤りである。 本件発明2,5及び9〜12についても同様である。 オ 被告及び被告補助参加人(以下「被告ら」という。)の主張に対する反論 (ア) 主引例の選択について a 進歩性は,当業者を想定し,頒布された刊行物に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたか否かを判断するものである(特許法29条2項,同条1項3号)。 被告の主張が,文献公知発明であるということだけで,主引例と措定されるべきではなく,それが当業者の開発において現実にベースとされていた事実があって初めて主引例として取り上げることができるという主張であれば,それは,当業者ではなく,現実の開発行為を基準とすべきであるという主張に等しく,特許法29条1項所定の公知発明に基づいて進歩性の議論をすることとなっている同条2項の立て付けを無視し,進歩性判断の手法に,これまでと異質の解釈を持ち込み,同条に反することになるのではないかと思われる。 b 原告らは,甲1発明を本件発明化合物と構造上似ていることのみをもって,主引例としているのではない。甲1発明が高い薬理活性が認められる旨,甲1に記載されていることを含めて甲1発明を主引例としている。 本件発明の属する技術分野は,高コレステロール血症治療薬,具体的には,スタチン系医薬化合物に関するものであり,当業者は,スタチン系医薬化合物を創成することで,有用な高コレステロール血症治療薬を開発するという目的を有している。 当業者は,上記目的を有している以上,スタチン系医薬化合物についての本件出願前の全ての公知文献の情報及び同分野の研究者であれば技術常識として知っている事項を自らの知識としている。 甲1には,実施例1b)の化合物(甲1発明)の in vivo 活性がメビノリンと比較して15.8倍であることが記載されており,当業者が,生体内での活性の観点から極めて有望な甲1発明化合物に着目するのは当然である。 したがって,主引例適格性についての被告の理解を前提としても,甲1発明を主引例とすることについて,本件では特段の問題はない。 (イ) HR780は,被告が提出した乙12によると,ジヒドロキシヘプテン酸(又はそのラクトン)構造が結合する複素環部位の両側の部位にp-フルオロフェニル基とイソプロピル基を有しており,かえって,原告らによる従来技術の主張を補強するものである。 すなわち,本件優先日前に上市又は開発されていた10個のHMG-CoA還元酵素阻害剤のうち,BMY22089(BMY21950)及びピタバスタチン(Pitavastatin)を除く7化合物が,ジヒドロキシヘプテン酸(又はそのラクトン)構造が結合する複素環部位の両側の部位にp-フルオロフェニル基とイソプロピル基を有していたのであり,本件優先日当時,ジヒドロキシヘプテン酸(又はそのラクトン)構造が結合する複素環部位の両側の部位にp-フルオロフェニル基とイソプロピル基を有することで,優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を発揮させることが従来技術であった。 (ウ) 肝選択性と親水性の相関についての甲7等に基づく被告の主張は,例外的な結果を取り上げているにすぎず,次のとおり,失当である。 a 甲84(乙15)から,ロバスタチンやシンバスタチンのようなHMG-CoA還元酵素阻害活性に必須のジヒドロキシヘプテン酸部分がラクトン体である化合物は,肝臓へラクトン体が効率的に輸送され,そこで代謝されて活性本体であるジヒドロキシヘプテン酸に変換されるので,肝臓選択的に化合物が集積すること,すなわち,ラクトン体であるHMG-CoA還元酵素阻害剤は,生体に投与されると肝臓へ効率よく輸送されるので肝臓選択的となることが理解できるところ,乙11(及びその参考として構造式が記載されている乙12)及び19(甲85)で試験された化合物は,プラバスタチンのみが(活性体である)ジヒドロキシヘプテン酸構造を有する化合物であり,ロバスタチン,HR780及びシンバスタチンは,いずれも,ジヒドロキシヘプテン酸部分が(プロドラッグである)ラクトン体の化合物であることが理解できる。 乙11(乙12)や乙19(甲85)の試験は,ラット生体に投与されたラクトン体であるロバスタチン,HR780及びシンバスタチンがラクトン体であるが故に肝臓へ効率よく輸送され,肝臓選択的になることから,もともと肝臓選択性に対する化合物の親水性の効果を検出できない試験系となっている。 したがって,乙11(乙12)や乙19(甲85)に基づき,親水性と組織選択性が相関しないなどとはいえない。 b 乙13は,本件優先日前の公知文献ではない。 c なお,甲7は,甲83に引用されており,本件発明化合物の発明者自身が甲7を参考に親水性の置換基を導入して本件発明化合物を創製したのであるから,甲7は,本件優先日前の技術常識を構成する。 (エ) 次のとおり,試験により阻害活性の強弱の順番が変わることが本件優先日当時の技術常識である。 a 甲31の表のデータは,本件発明化合物の発明者が本件発明化合物についての研究を発表した論文(甲83)から引用されたものであるから,本件優先日前に実施された試験結果であり,本件優先日当時の技術そのものを表している。 b 甲7と甲8とでは,フルバスタチンとロバスタチンの阻害活性の強弱の順番が変わっており,甲31と甲7とでは,ブラバスタチンとロバスタチンの阻害活性の強弱の順番が変わっており,甲7と甲15とでは,ロスバスタチン塩とBMY-21950の阻害活性の強弱の順番が変わっている。 c したがって,試験により阻害活性の強弱の順番が変わることは,本件優先日当時,技術常識である。 (オ) 本件出願時公知でなかったサンド社の内部資料等(乙21〜27)に基づく主張は,失当である。 (カ) 甲16から「親油性を高めれば阻害活性が顕著に上昇する」と理解できても,そのことが, 「親水性とすれば活性が顕著に減少する」という理解にはつながらない。 例えば,乙17の「Table T」で,置換基を導入した各化合物について,親油性の指標であるCLOGPを求め,親油性の高い化合物から順に並べ,その相対活性(相対(CSI)効力)を記載すると以下のようになる。 相 対 (CSI) 効 親油性の高 相 対 (CSI) 効 No. R CLOGP 力 い順 力の高い順 30 1-ナフチル 5.166 19.6 1 5 26 4-メチルフェニル 4.491 49.0 2 4 4-フルオロフェニ 3 25 4.208 62.0 3 ル 4-メトキシフェニ 4 28 4.155 75.8 2 ル 29 ベンジル 4.011 12.6 5 6 10 フェニル 3.992 83.0 6 1 4-トリルスルホニ 7 27 2.782 4.5 7 ル 上記の表より,Rがフェニルである No.10 の化合物から親油性を高めていき,Rが1-ナフチルである化合物とするに至るまで,概ね阻害活性が低下すること,すなわち,Rがフェニルである化合物から「親油性を高めれば阻害活性が低下する」ことが理解できる。 もっとも,Rがフェニルである化合物(10)から親水性を高め,Rを4-トリルスルホニル(27)にすると,阻害活性は低下するから, 「親水性とすれば阻害活性が上昇する」という理解にはならない。 「親水性,親油性は相対的な指標であるから, 『親油性を高めれば阻害活性が顕著に上昇する』のであれば,逆に『親水性とすれば活性が顕著に減少する』」という被告の主張は,失当である。 むしろ,甲1には,甲1発明の化合物(実施例1b)の化合物)及び実施例11dの化合物が,ピリミジン環の2位に親水性であるアミンが導入されて,強いHMG-CoA還元酵素阻害活性を発揮することが示されている(甲1の試験A及び試験B参照)。 したがって,甲16の記載には,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位に親水性の基を導入することの阻害要因は存在せず,むしろ,甲 1 等を考慮すると,当業者がピリミジン環の2位に親水性の基を導入することを考えるのは当然である。 (キ) 乙17(甲76)の化合物は,ピラゾール骨格の化合物であり,ピラゾール環の窒素原子の置換による構造活性相関が乙17に記載されていても,甲1発明の化合物の改変に何ら示唆を与えない。 (ク)a 原告Xは,本件審判の請求書(甲79)において, 「甲第2号証の一般式(I)に記載された置換ピリミジン化合物が技術的裏付けを有しており,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基をメチルスルホニル基で置換した本件発明化合物についても優れたHMG-CoA還元酵素阻害作用を示すことを当業者は予測するから,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基をメチルスルホニル基に置換する動機付けがある。」旨主張しており,「甲第16号証に甲第2号証の式(I)の化合物のHMG-CoA還元酵素阻害活性のデータが示されている」ことについても主張しているから,甲16の薬理活性が確認された化合物が甲2の一般式(I)の化合物であることを考慮して,甲2の一般式(I)の化合物が技術的裏付けを有しており,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基をメチルスルホニル基に置換しても活性は維持されるので,そのような置換をする動機付けがあると主張している。 審決は,この主張に対し,その製造方法や薬理活性の記載もないものであるから, 「そもそも,そのような技術的裏付けのない甲第2号証の記載を根拠に,甲1発明の特定の置換基を置き換えることを当業者が想起できるとはいえない」と判断したから,この主張は,審判の審理の対象となっている。 b 原告らの「本件発明 1 の化合物も甲1発明の化合物も甲2の一般式(T)の化合物の選択発明である」との主張は,化合物の構造活性相関が高いレベルで明らかにされ,実際に活性を有する(メビノリン以上に)類似化合物が相当数知られている場合に, 「活性が失われる可能性がある」との前提に立って,動機付けを否定すべきではなく,選択発明の考え方に準じて「合理的に活性があることを期待する」との前提に立ち,動機付けをむしろ肯定すべきであるという意味であり,これを効果の観点からいえば,「活性が失われる可能性がある」との前提に立って,効果が維持されていれば有利な効果があると判断すべきではなく,選択発明の考え方に準じて「合理的に活性があることを期待する」との前提に立ち,引用発明に対して顕著に高い効果があって初めて有利な効果があると判断すべきであるという意味である。 原告らの主張は,主引例を入れ替えるものではなく,本件審判において,審理の対象となった進歩性の判断基準について問うものである。 c 原告Xは,本件審判の請求書(甲79)において, 「本発明化合物Ia-1(本件発明1の化合物)が従来技術に比較して顕著に高活性であると誤認して, 『本件特許発明』を完成し,明細書の発明の詳細な説明を記載した」旨主張しているところ,ここで,「本件特許発明」とは,「無効審判請求に係る請求項に記載された発明」を包括的にいったものである(甲79の2頁10行〜11行)から,本件特許の請求項1の化合物全体を含んだものである。 したがって,原告Xは,本件発明1の化合物のうち,本件明細書の化合物Ta-1のカルシウム塩がサポートされていないという主張しかしていなかったのではなく,本件発明1の化合物全体がサポートされていないとの本件における主張は,主張の追加には該当しない。 (2) 本件発明の効果の判断の誤り ア 甲1及び2から本件発明化合物を想到する動機付けが存在するから,本件発明化合物が進歩性を有するためには,本件発明化合物が,技術常識を参酌して,甲1及び2から予測できない顕著な効果を奏することが必要となるが,そのような顕著な効果は認められない。 また,本件発明1が甲2の一般式(T)の化合物の選択発明であることを考慮すると,なおさら選択した範囲外の化合物に比較して顕著な活性を発揮する必要がある。 イ 次のとおり,本件発明1の効果を比較すべき対象は,甲1発明の化合物であるから,本件発明1の効果とメビノリンナトリウムの効果を比較して本件発明1の効果を肯定した審決の判断は,誤っている。 (ア) 本件優先日前には,ロバスタチン,シンバスタチン,プラバスタチンといったヘキサヒドロナフタレン骨格を有するHMG-CoA還元酵素阻害剤が開発され,上市されており,そのヘキサヒドロナフタレンを他の骨格に変換した多数のHMG-CoA還元酵素阻害化合物が公知であった(甲8)。 本件発明に関するヘキサヒドロナフタレンをピリミジンに変換したHMG-CoA還元酵素阻害化合物についても,本件優先日前に,既に多数の報告があり(甲1,2,16,73〜75等),その中でも,甲1発明の化合物は,本件発明1の化合物とその構造が極似しており,その構造上の差異は,ピリミジン環の2位のアミンに結合するのがメチル基(甲1発明の化合物)かアルキルスルホニル基(本件発明1の化合物)だけであった。 (イ) 甲1発明の化合物も本件発明の化合物も,甲2の一般式(T)の範囲に含まれるから,甲2の一般式(T)の化合物のいわゆる選択発明(効果が顕著であるかはともかく,化合物が,先願特許明細書の一般式の範囲内にあるが,先願特許明細書には具体的にその化合物が記載されていない場合)である。 選択発明であれば,本件発明1の化合物がその上位概念を記載する甲2発明に対し進歩性を有するためには,メビノリンナトリウムではなく,少なくとも,甲2の一般式(T)の範囲内に存在する具体的な公知化合物であった甲1発明の化合物と対比し,顕著に高いHMG-CoA還元酵素阻害活性を発揮する必要がある。 (ウ) 本件特許権者は,本件出願とほぼ同時期に出願した同一内容の米国出願の出願前に,甲1及び2の存在を知っていたから,本件出願時にも,甲1及び2を知っており,本件発明1の化合物及び甲1発明の化合物が甲2発明の選択発明であることを認識していた。また,本件発明1の化合物が甲2発明より進歩性を有するためには,甲1発明の化合物より本件発明1の化合物が顕著なHMG-CoA還元酵素阻害活性を発揮する必要があったことも,認識していた。 本件特許の権利化は,選択発明であることを本件出願時に認識していたにもかかわらず,知らぬがごとく明細書を作成し,拒絶理由通知での進歩性違反の対応で,信頼性のない高い効果を示すデータを意見書において故意に提出し,甲1発明の化合物に比較して選択発明足り得るような顕著な効果を奏することを示して特許査定を得たと考えられる。 本件特許登録後,本件発明1の化合物の効果の比較対象が,甲1発明の化合物ではなく,メビノリンナトリウムであるとして効果が認められ, 「必ずしも甲1発明より高いHMG-CoA還元酵素阻害作用を有する必要がない」と判断されるのであれば,出願明細書において最も構造の近い化合物との効果の比較データを記載しないだけではなく,拒絶理由通知に対する意見書においても信頼性の高いデータに基づいて効果を主張せずに極めて信用性の乏しいデータに基づいて進歩性を主張し,とりあえず特許を得るというやり方を正当化しかねない。 ウ 次のとおり,本件発明1の化合物をメビノリンナトリウムと対比することが適切であったとしても,本件明細書の記載から,本件発明1の化合物はメビノリンナトリウムと対比してHMG-CoA還元酵素阻害活性が高いことを推認することはできない。 (ア) 当業者は,本件明細書の表4の数値が何を意味しているのか,理解できない。 本件明細書には,本件発明1の化合物のHMG-CoA還元酵素阻害活性の測定方法とその評価結果が記載されており, 「本法により測定したメビノリン(ナトリウム塩)の阻害活性を100とした時の本発明化合物の相対活性を表4に示した」 (【0042】)として,表4に,被検化合物の相対活性のデータが示されている。 本件明細書において具体的に化合物の薬理活性が示されているのは表4しかなく,その中で化合物Ia-1,Ia-3,Ia-5,Ia-7のラット肝ミクロゾームを用いたHMG-CoA還元酵素阻害活性が示されているものの,本件発明1をサポートする可能性のある化合物は化合物Ia-1しかなく,表4では,化合物Ia-1がメビノリンナトリウムの阻害活性を100とした時の相対活性が442であることが記載されている。 しかし,阻害活性は条件,主には化合物濃度により変わるところ, 「メビノリン(ナトリウム塩)の阻害活性を100とした」というだけでは,どのような条件でのメビノリン(ナトリウム塩)の阻害活性を100としたのか,当業者は理解できない。 例えば,a)ある濃度でのメビノリン(ナトリウム塩)の阻害活性を測定し,それを100として,同濃度での被検化合物の阻害活性の相対値を表4に示したのか,b)複数の濃度のメビノリン(ナトリウム塩)の阻害活性を測定し,その結果より阻害率のIC50値を求め,それを100として,被検化合物のIC50値の相対値を表4に示したのか,それ以外なのか,当業者には理解できない。 そして,例えば,化合物Aが1nM,10nM,100nMで,HMG-CoA還元酵素阻害活性がそれぞれ1%,50%,90%であり,化合物Bが,1nM,10nM,100nMで,HMG-CoA還元酵素阻害活性がそれぞれ5%,30%,50%であったとした場合,化合物Aの1nMのHMG-CoA還元酵素阻害活性(1%)を100とすれば,化合物Bの1nMのHMG-CoA還元酵素阻害活性は5%であるから,上記 b)の場合の化合物Aに対する化合物Bの相対活性は500となる。一方,化合物AのIC50値は10nM,化合物BのIC50値は100nMであるから,上記 a)の場合は,化合物AのIC50値を100とすれば,化合物BのIC50値の相対活性は10となる。つまり,上記 a)の場合と b)の場合では,化合物の活性の強弱の順番が逆転することになり,化合物の活性の強弱の順番も一義的に把握できない。 (イ) 本件明細書に記載されたラット肝ミクロゾームを用いた in vitro HMG-CoA還元酵素阻害活性測定法は,結果にばらつきが生じることが本件出願時に知られており,阻害活性の強弱の順番も変わることが知られていた(甲7,8,31,35,75)から,少なくとも別個独立に同じ実験を複数回実施した結果を示さないと,当業者は,化合物のどちらの阻害活性が強く,どちらが弱いかを理解することができない。表4の結果は1回の測定結果のみである(甲5)から,当業者は,本件明細書の記載から,本件発明1の化合物が,メビノリンナトリウムと対比してHMG-CoA還元酵素阻害活性が高いことを理解することはできない。 ピリミジン骨格を有するHMG-CoA還元酵素阻害化合物についての特許出願の多くが,その化合物がHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することを,本件特許のような肝ミクロゾームを用いた in vitro HMG-CoA還元酵素阻害試験という1種類の試験のみの,しかも1回の試験結果のデータだけで示していない(甲1,73,74,77,78)ことは,当業者が,化合物間のHMG-CoA還元酵素阻害活性の強弱を議論するのであれば,その試験結果がばらつくことを考慮して,本件出願当時,1種類の1回のみの試験系での結果では足りず,複数の種類の試験の結果をデータとして示す必要があると認識していたことを裏付けている。 エ 次のとおり,甲3は,本件発明1が顕著な効果を有することを裏付けていない。 (ア) 明細書から理解できないことを出願後に出された文書から参酌することはできないので, 「甲3は,本件発明1が顕著な効果を有することを裏付けているから,本件発明1の効果を否定することはできない」とする審決の判断は誤っている。 (イ) 甲3のS-4522(本件発明1)とSDZ-65129(甲1発明)のデータは,甲5の測定1〜3の結果をまとめたものであること,このデータは平成8年8月1日までに得られたことが理解できるところ,甲3及び甲5には,本件明細書の化合物Ia-1は,甲1の実施例1b)の化合物より,約2倍しか in vitroHMG-CoA還元酵素阻害活性が強くないことが記載されている。約9倍強いことは記載されていない。 本件特許権者は,甲1を引用文献とする新規性違反,進歩性違反の拒絶理由に対して,平成8年8月12日に補正書及び意見書を提出して,新規性及び進歩性違反を解消し,特許査定を得ているところ,上記意見書では,本件明細書の化合物Ia-1が甲1の実施例1b)の化合物より,in vitro HMG-CoA還元酵素阻害活性が約9倍も強く,格段に優れていることが主張されている。 本件特許権者は,上記意見書提出時,信頼性がある結果であると認識していたはずの約2倍強いとする実験結果を提出せず,約9倍強いという実験結果を提出して,本件発明1の化合物の顕著な効果のみを主張して(構造に係る主張はしないで) 進 ,歩性違反の拒絶理由を解消したのであるから,顕著な効果とは,甲1発明の化合物に比較し「約2倍強い」ではなく「約9倍強い」ことであると事実上自認しているといえ,今になって「約9倍強い」ことが顕著な効果ではなく, 「約2倍強い」でも顕著な効果を奏すると主張することは,禁反言により許されず,信義則に反する。 また,本件特許権者は,上記意見書提出時には,本件発明1が甲2発明の選択発明として顕著な効果を示さないと特許性が確保できないことを知っていたのであるから,それに足るべき顕著な効果を主張したと考えられ,なおさら,上記主張をすることは,禁反言により許されない。 オ 次のとおり,本件発明1が顕著な効果を奏することは,本件明細書に記載がない。 (ア) 本件発明1の化合物と構造が非常に近い甲1発明の化合物は,甲2の一般式(T)の範囲内で本件発明1の範囲外に存在する化合物であるが,甲8の表1に記載されたメビノリンナトリウムのHMG-CoA還元酵素阻害活性のIC50 値(0.068μM)と,甲1の試験Aの結果であるHMG-CoA還元酵素阻害活性のIC50値(0.026μM)とを考慮することにより,甲1発明の化合物はメビノリンナトリウムと比較して2.6倍ラット肝ミクロゾームを用いた invitro HMG-CoA還元酵素阻害活性が強いと推測できた。 また,甲16の化合物2t,2u,2v及び2wは,甲2の一般式(T)の範囲内で本件発明1の範囲外に存在する化合物であるが,メビノリンナトリウム(甲16の化合物1b)と比較して2.6倍〜8倍,ラット肝ミクロゾームを用いた invitro HMG-CoA還元酵素阻害活性が強い。 (イ) しかし,メビノリンナトリウムと対比してHMG-CoA還元酵素阻害活性が高いことすら理解できない本件発明1の化合物が,甲1及びその上位概念の一般式が記載されている甲2を参酌した上で,甲2発明の選択発明に値するに十分に顕著な活性(甲1発明の化合物並びに甲16の化合物2t,2u,2v及び2wに比較し十分に顕著な活性)を有していたことは,本件明細書のどこにも記載がなく,本件明細書の記載から理解もできない。 (ウ) 本件出願後の資料である甲3を参酌するとしても,甲3によると,本件明細書の表4に記載の化合物Ia-1のカルシウム塩であるS-4522(ロスバスタチン)が,複数回の測定から求めたHMG-CoA還元酵素阻害活性測定結果より,メビノリンナトリウムに比較して2.0倍強いことが示されているのであるから,甲3からは,化合物Ia-1はメビノリンナトリウムに比較して2倍程度強いとしか理解できない。 一方,甲2の一般式(T)の範囲内で本件発明1の範囲外に存在する甲16の化合物(2t,2u,2v及び2w)や甲1発明の化合物の活性は,メビノリンナトリウムより2.6倍〜8倍,ラット肝ミクロゾームを用いた in vitro HMG-CoA還元酵素阻害活性が強い,又は,強いと推測できた。 したがって,たとえ甲3を考慮したとしても,本件発明1の化合物が甲1及び2を参酌して,十分に顕著な活性を有していたことは裏付けられない。 (エ) 審決は,「本件発明に顕著な効果があるか否かは,甲1発明及び本件優先日当時の技術常識から本件発明の効果を予測し得たか否かで判断されるべきものであって,必ずしも,甲1発明より高いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する必要はない。 と判断しているが, 」 甲1発明も本件発明1も甲2発明の選択発明であったことを考慮すれば,上記の審決の判断は誤りである。 カ 小括 したがって,効果は参酌されず,この点からも,本件発明1が甲1及び2より進歩性を有することは支持されない。 本件発明2,5及び9〜12についても同様である。 2 取消事由2(サポート要件についての判断の誤り) (1) 本件発明1の課題の認定について ア 次のとおり,審決で認定された課題は,本件出願時の技術常識から不適切である。 (ア) 医薬品となり得る程度に「優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性」を有する化合物として最初に見いだされたのは,コンパクチン(甲14,26)であるが,コンパクチンは,本件出願の10年をはるかに超える前に既に公知であった(甲66)。 10年以上前の技術水準と同レベルの 『コレステロールの生合成を抑制する』 「 医薬品となり得る程度に『優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性』を有する化合物又はその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供すること」を本件発明の課題とすることは,適切ではない。 (イ) 本件出願当時,既に複数のHMG-CoA還元酵素阻害剤が医薬品として上市されていた。 また,本件発明1と同じ骨格であるピリミジン骨格を有する化合物が複数公知であり(甲16,73〜75),メビノリンナトリウムより強いHMG-CoA還元酵素阻害活性を示す化合物も公知であった(甲16)。 このような本件出願時の技術常識を考慮すると,審決で認定された課題の 『コレ 「ステロールの生合成を抑制する』医薬品となり得る程度」という程度は,技術常識に比較してレベルが低く,不適切である。 イ 次のとおり,審決で認定された課題は,本件発明1が甲2の一般式(I)の範囲内の化合物であることを考慮すると,不適切である。 (ア) 本件発明1は,甲2の一般式(I)の範囲に包含される。このような状況で本件発明1の化合物に特許性(特に進歩性)があるとすれば,選択発明としてであるが,そうであれば,甲2の一般式(T)の他の化合物に比較し顕著な効果を有する必要がある。 ここで,甲2の一般式(T)の範囲内で本件発明1の範囲外に存在する化合物である甲16の化合物2t,2u,2v及び2wは,メビノリンナトリウム(甲16の化合物1b)と比較して, 6倍〜8倍ラット肝ミクロゾームを用いた in vitro 2.HMG-CoA還元酵素阻害活性が強いことが,本件出願時に公知であった(甲16)。 なお,甲2の実施例23として具体的に記載されている化合物は,甲16の化合物2vのカルボン酸のメチルエステル体であって,甲16の化合物2vのいわゆるプロドラッグとして等価のHMG-CoA還元酵素阻害活性を発揮する化合物であるから,甲2には,メビノリンナトリウムと比較して,HMG-CoA還元酵素阻害活性が2.6倍強い(甲16の化合物2vは,メビノリンナトリウム(甲2の化合物1b)に比較して2.6倍強い)化合物が,具体的に実施例化合物として記載されていたと理解できる。 (イ) 本件発明1の化合物と構造が非常に近い甲1発明の化合物も,甲2の一般式(T)の範囲内で本件発明1の範囲外に存在する化合物であるが,甲8の表1に記載のメビノリンナトリウムのHMG-CoA還元酵素阻害活性のIC 50値(0.068μM)と,甲1の試験Aの結果であるHMG-CoA還元酵素阻害活性のIC50値(0.026μM)とを考慮することにより,甲1発明の化合物はメビノリンナトリウムと比較して, 6倍ラット肝ミクロゾームを用いた in vitro 2.HMG-CoA還元酵素阻害活性が強いと,本件出願時に当業者は推測できた。 (ウ) 以上によると,甲2の一般式(I)に含まれる化合物として,メビノリンナトリウムと比較して2.6倍〜8倍ラット肝ミクロゾームを用いた in vitroHMG-CoA還元酵素阻害活性が強い(又は強いと合理的に推測される)化合物が本件出願時に公知であった。 したがって,本件発明1の化合物が甲2の一般式(I)の化合物を考慮して進歩性を有するためには,メビノリンナトリウムと比較して2.6倍〜8倍を超えるHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することが必要であると理解できる。 (エ) 甲1には,ラットを用いた in vivo コレステロール生合成阻害試験の結果が記載されており,コンパクチンがメビノリンより約8.5倍 in vivo コレステロール生合成阻害作用が弱いことが示されている(3.5÷0.41=8.53)。 コンパクチンが公知でオーソライズされたHMG-CoA還元酵素阻害剤であったこと,ヒトで血中コレステロール値を低下させるのに十分な薬効を有していたことが知られていた(甲14,26)ことから,メビノリンより8.5倍程度HMG-CoA還元酵素阻害活性が弱くても,審決で認定された課題である 『コレステロ 「ールの生合成を抑制する』医薬品となり得る程度に『優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性』を有する化合物を提供すること」は解決できると理解できる。 そうすると,審決で認定された課題は,メビノリンナトリウムより約8.5倍HMG-CoA還元酵素阻害活性の弱いコンパクチンでも達成できると理解することができる。 しかし,本件発明1の化合物が甲2の一般式(I)の化合物を考慮して選択発明としての進歩性を有するためには,メビノリンナトリウムと比較して2.6倍〜8倍以上強いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することが必要であると理解できるから,審決で認定された課題を解決しても,選択発明としての進歩性が担保できない以上,特許発明とはなり得ない。 このように審決で認定された課題を解決しても進歩性が担保できず,特許発明となり得ないのは,審決で認定された課題が当時の技術常識に比較してレベルが著しく低く,不適切であるからにほかならない。 ウ 次のとおり,審決で認定された課題は,本件出願時の状況を考慮すると不適切である。 本件特許権者は,本件出願時(平成4年5月28日)に甲1及び2を認識し,本件発明1及び甲1発明の化合物が甲2の一般式(T)の範囲内に属することを認識していた。 このような認識を有していた以上,甲1にメビノリン(生体内で代謝されてメビノリンナトリウムと同じ活性本体となる)より in vivo で強いHMG-CoA還元酵素阻害活性を示す化合物1b) (甲1発明の化合物)が記載されているのに,メビノリンナトリウムより約8.5倍HMG-CoA還元酵素阻害活性の弱い化合物であっても解決できる 『コレステロールの生合成を抑制する』 「 医薬品となり得る程度に『優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性』を有する化合物又はその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供すること」を本件発明の課題としたはずがない。 エ したがって,審決で認定された本件発明の課題は,誤っている。 (2) 当業者は,本件発明1が「優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物を提供すること」という課題を解決できると認識することができないこと ア 本件出願日当時に,本件発明1と同じピリミジン骨格を有するHMG-CoA還元酵素阻害剤が多数知られていた(甲1,2,73〜75)。その中には甲16の化合物2t〜2wのように,メビノリンナトリウムと比較して2.6倍〜8倍HMG-CoA還元酵素阻害活性が強い化合物が公知であった。 また,甲1発明の化合物についても,甲8の表1に記載のメビノリンナトリウムのHMG-CoA還元酵素阻害活性のIC50値(0.068μM)と,甲1の試験Aの結果であるHMG-CoA還元酵素阻害活性のIC 50値(0.026μM)とを考慮することにより,甲1発明の化合物はメビノリンナトリウムと比較して,2.6倍HMG-CoA還元酵素阻害活性が強いと,本件優先日当時に当業者は推測できた。さらに,被告の主張によると,甲1の実施例11dの化合物は,そのラセミ体を単一エナンチオマーにすれば,甲1発明の化合物よりも強い化合物ということである。 このような技術常識が存在していた状況で,また,本件明細書に記載されている活性測定の試験結果がばらつき,時に強弱の順番が入れ替わる状況で,平均値と標準誤差が示されておらず,たった1回のメビノリンナトリウム(陽性対照)との試験結果が示されているにすぎないと理解される本件明細書の表4の開示が,「優れた」HMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物を開示しているとは理解できないのであって,本件発明1がメビノリンナトリウムより強いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することは,本件明細書には示されていない。 また,甲1及び2を参酌して,本件発明1の化合物が顕著な効果を発揮することも,本件明細書のどこにも示されていない。 このような本件明細書の記載から,当業者は,本件発明1の課題である「優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物を提供すること」を解決できるとは認識できない。 イ 本件発明化合物は,甲2の一般式(T)の選択発明であり,その構造は既に公開されているのであるから,構造を特定しただけでは何ら新たな技術を開示したことにはならない。 本件明細書には,構造を特定した化合物について,陽性対照(各測定が正常であることを検証し,各測定間の試験結果を比較するために測定される標準化合物としての測定)にすぎないメビノリンナトリウムと比較した顕著とはいえない活性が開示されているだけであるので,何ら新たな技術を開示していない。 ウ 原告Xは,本件審判の請求書(甲79)において,本件特許成立過程の意見書(平成8年8月12日提出。甲6。)で本件明細書に記載の化合物Ia-1が甲1発明の化合物に比較して2倍程度しか高活性でないという事実を知りながら,約9倍高活性であるという自己に都合のよいデータを提出して特許査定を得たという不誠実な対応を指摘した上で,いわゆるサポート要件違反を主張した。 これに対し,本件特許権者は,答弁書(甲80)において, 「訂正により化合物Ia-1(ロスバスタチンのナトリウム塩に相当する)が特許請求の範囲外となったから,意見書(甲6)の化合物Ia-1のデータに基づく無効審判請求書の主張は,もはやサポート要件違反の主張とはならない」旨,すなわち, 「化合物Ia-1のデータは,訂正発明(本件発明)をサポートするものではないから,化合物Ia-1の活性を高活性であると誤認しようがしまいが,サポート要件違反が成立する余地はない」旨を主張した。 これは,本件発明1が本件明細書の化合物Ia-1のデータからサポートされないことを本件特許権者自身が自認するものであり,他に本件明細書には本件発明1をサポートするHMG-CoA還元酵素阻害活性のデータがないから,当業者は,本件発明1の課題である「優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物を提供すること」を解決できるとは認識できない。 (3) 当業者は,本件発明1の化合物全体がメビノリンナトリウムより強いとは理解できないこと 当業者は,本件明細書に記載された化合物Ia-1がメビノリンナトリウムより強いと理解することができても,本件発明1の化合物全体がメビノリンナトリウムより強いと理解することはできない。 すなわち,例えば,化合物Ia-1において本件発明1の式(I)のR3に相当する部位のイソプロピル基(甲16の化合物2t)をメチル基(甲16の化合物2r,2s)に置換すると,甲16の2r〜2sと2t〜2wとを比較することにより,HMG-CoA還元酵素阻害活性が100倍以上も低下することが示唆されるから,そのイソプロピル基をメチル基に置換することにより,100倍以上も活性が低下するといえる。このような本件出願時の技術常識を考慮すると,化合物Ia-1がメビノリンナトリウムより4.42倍HMG-CoA還元酵素阻害活性が強いとしても,本件発明1の化合物全体が,化合物Ia-1と同様に,メビノリンナトリウムより強いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有するとは理解できない。 なお,甲16の化合物2r〜2sと化合物2t〜2wとでは,本件発明1の式(T)の「-X-R1」に相当する部位が,2t〜2wがイソプロピル基(i-C3H7)等であるのに対し,2r〜2sはメチル基(CH3)である点も相違する。 しかし,上記の相違は,ピリジン骨格の化合物である甲16の化合物2fと化合物2eとを比較すると,せいぜいHMG-CoA還元酵素阻害活性を3倍程度低下させるに留まると推測され,HMG-CoA還元酵素阻害活性の低下のほとんどは,上記のR3の違いによると推測できるから,-X-R1に相当する部位の相違は,100倍を超えるHMG-CoA還元酵素阻害活性の低下に寄与していないことを理解できる。 (4) 小括 したがって,本件発明1は発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できず,サポート要件を満たすとした審決の判断は誤りである。 また,前記(1)及び(2)については,本件発明2,5及び9〜12についても同様であるので,これらがサポート要件を満たすとした審決の判断は誤りである。 |
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被告らの主張
1 取消事由1について (1) 主引用例の選択について ア(ア) 原告らが主引用例としていわゆるリード化合物としている甲1発明の化合物は,本件発明の対象である化合物に構造上,最も類似した化合物として選択されたものであり,本件発明の内容を知った上で,後知恵により選択されたものである。 主引用例であるリード化合物の選択の理由が,後知恵である本件発明と構造の類似性以外の合理的な理由がない場合には,主引用例の選択自体が当業者において容易想到ではなく,それだけで進歩性を基礎付ける。 原告らから,甲1発明化合物をリード化合物として選択したことの合理的な理由は,後知恵である本件発明と構造が類似しているという理由以外は何ら示されていないから,取消事由1を議論するまでもなく,本件発明は進歩性が認められると解釈される。 (イ) 本件優先日当時までに,少なくとも五つの競合他社がピリミジン骨格を有するスタチンの研究開発に着手した(甲8,73)が,いずれの会社もこれを上市することができなかったところ,本件発明の発明者は,ピリミジン骨格を有するスタチンの研究開発により,世界最高レベルのHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する新規化合物の創出に成功した。 したがって,甲1発明の化合物は,リード化合物として適切ではない。 仮に原告らが主張するように当業者が甲1の試験Bの結果を重要視するとしても,試験Bの結果からも,実施例11dの化合物の活性体単一エナンチオマーの方が甲1発明の化合物より活性が高いと予想されるのであるから,当業者は,甲1発明の化合物でなく,実施例11dの化合物をリード化合物として選択するはずである。 イ(ア) 主引用発明が,出願日当時,当業者が研究開発を断念したカテゴリーに属する場合には,主引用発明の特定における事後分析の弊害は看過できないから,この事情は,進歩性での相違点の判断において考慮されるべきである。 また,発明者が,多くの当業者が関心を有していなかった主引用発明から出発して,優れた効果を奏する発明に到達した場合,多くの当業者は,当該主引用発明から出発して改良を試みても,優れた発明には到達し得ないと認識していたはずだから,その効果は,予想外のものと評価されるべきである。 前記ア(イ)の事実によると,本件発明の効果は予想外かつ顕著なものとして評価されるべきであり,本件発明の進歩性は,肯定されるべきである。 仮に,原告らの主張するとおり,甲1発明が優れた効果を奏しており,リード化合物に適していたのであれば,本件発明は,甲 1 発明を上回る効果を奏するのであるから,本件発明は,なおさら予想外かつ顕著な効果を奏すると評価されるべきである。 (イ) 米国の裁判では,本件特許に対応する米国特許の進歩性(非自明性)が,本件審判と同様の公知文献及び無効の主張との対比で認められた(乙7,8)。 進歩性の判断は,国際調和の観点では,考慮要素は,各法域で共通であるべきである。 (2) 動機付けがないとの判断の誤りについて ア 甲1からの動機付けについて (ア) 甲1の一般式Iで示される化合物の範囲の全てが甲1発明と同様の薬理活性を有するとは認められないから,その範囲を超えた化合物についてまで,当業者が薬理活性を合理的に期待し得ない。 薬理活性を有する化合物の置換基を一部変化させれば薬理活性が失われることも多々あることは,本件優先日当時の技術常識であり(甲7におけるロバスタチンとプラバスタチンの例,乙65,66),相違点1-@によって,HMG-CoA還元酵素阻害活性が大きく向上することは,甲1において示唆されていない。 (イ) 仮に,甲1の一般式Tの範囲外の化合物も,HMG-CoA還元酵素阻害活性を示すことがあるとしても,「甲1の一般式Tの範囲外の化合物全般について,HMG-CoA還元酵素阻害活性が期待できる」ことを立証できるわけではなく, 「甲1の一般式Tの範囲外の化合物のうち本件発明の化合物について,HMG-CoA還元酵素阻害活性が期待できる」ことを立証できるわけではない。 甲1の一般式Tの範囲外には,無数の化合物が存在し,その中には,HMG-CoA還元酵素阻害活性の乏しい化合物も多数存在する。何れの化合物が優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を示すのか,甲1には手がかりが全くない。 甲1の一般式Tには,相違点(1-i)の構成(例えば,ピリミジン環の2位の置換基としてのN(CH3) (SO2R’) (R’:アルキル基))は含まれていない。 (ウ) 本件優先日当時,肝選択制と親水性とは必ずしも相関しないことが知られており(甲7,乙11〜13,19),しかも,スタチンの親水性とHMG-CoA還元酵素阻害活性とは相関しないことが周知であった(甲7)から,当業者が,単にスタチンの親水性を向上させようとするような動機付けはなかった。 仮に,ラクトン体による効果によって,化合物の親水性による肝選択性の効果が隠れてしまうから,乙11,19の試験が肝選択性に対する化合物の親水性の効果を検出できない試験系である旨の原告らの主張が正しいのであれば,乙11,19の結果を見た当業者は,スタチンの肝選択制を向上させるために,化合物を親水性にするより,プロドラッグ体(ラクトン体)にしようと動機付けられるはずである。 また,仮に上記主張が正しいのであれば,in vivo の試験系は,もともと肝選択性に対する化合物の親水性の効果を検出できない試験系であるから,当業者が,甲1の試験Bの結果から,甲1発明の化合物の in vivo 活性が良好であると認識したとしても,それは親水性の向上と関係するものとは理解できないことになる。 (エ) 甲1には,HMG-CoA還元酵素阻害活性と親水性の度合いとの関係を考慮した記載はないから,実施例1b)と実施例11bの化合物の阻害活性と2位の置換基の親水性との関係が開示されているとはいえない。 そもそも,試験Bは,コレステロール生合成の阻害活性を測定した試験であって,HMG-CoA還元酵素阻害活性を測定した試験ではない。 仮に,当業者が,置換基の親水性について着目したとしても,実施例11dの化合物のピリミジン環の4位には親水性の高いピリジル基(4-ピリジル)が導入されており,当業者は,実施例11dの活性体単一エナンチオマーの方が甲1発明の化合物より活性が高いと理解できるのであるから,2位ではなく,4位の置換基に注目するはずである。 (オ) 親水性は相対的な概念であり,二つの置換基の比較によって定まるものである。芳香族化合物の-H をジメチルアミノ基で置換する場合,疎水性を示す(甲9)から,ジメチルアミノ基は,親水性とはいえない。 (カ) 当業者にとっては,ピリミジン環2位のジメチルアミノ基の一方のメチル基のみを公知の親水基であるメチルスルホニル基とするのではなく,両方のメチル基を,メチルスルホニル基より親水性寄与の程度が低い親水性基に改変することも,当然に選択肢になる。 メチルスルホニル基以外にも,疎水性の寄与が低い基は,多数存在する(乙4)から,それらの基の中からメチルスルホニル基を選択する動機付けはなかった。 (キ) 原告らの模式図は,甲1の一般式Tと甲2の一般式(T)が広い範囲にわたって重なり合っているように描かれているが,両者が重なり合う範囲は限られている。また,上記模式図では,本件発明のみが甲 1 発明に近接した位置にあるかのように記載されているが,甲2には,ピリミジン環の2位の置換基として,多数の置換基が等価に記載されているから,原告らの模式図は,誤導的である。 イ 甲2からの動機付けについて (ア)a 本件審判においては,甲2に一般式(I)の化合物全体の製造方法及びHMG-CoA還元酵素阻害活性について記載されていることも,甲16に甲2の一般式(I)の化合物のHMG-CoA還元酵素阻害活性のデータが示されていることも,一切主張されておらず,本件審判の審理対象とはなっていないから,本件訴訟において,原告らが,前記第5の1(1)イの主張をして,審決の甲2からの動機付けがないという判断は誤っていると主張することは許されない。 本件審判の請求書には,甲16に甲2の実施例23の化合物がピリミジン環骨格を有する化合物2iとして記載されていることが主張されているが,甲16の化合物2iはピリミジン環骨格を有する化合物ではなく,甲2の実施例23の化合物ではないから,審判請求書の記載内容は誤っており,上記主張は,本件審判の審理対象とはなっていない。 b 本件審判の請求書においては,甲1に甲2を組み合わせて本件発明は進歩性を欠くと主張されているところ(甲79),前記第5の1(1)イの主張は,実質的に甲1に甲2及び16を組み合わせて本件発明の進歩性を否定しようとするものであり,請求理由の要旨変更に該当するから,許されない。 (イ) 仮に前記第5の1(1)イの主張が認められるとしても,原告らの主張は,次のa,bのとおり失当である。 なお,審決は,甲2には,『-NR4R5』で, 4』『R5』として『メチル』と 「 『R ,『メチルスルホニル(SO2CH3) を選択した化合物が, 』 そもそも技術的な裏付けをもって記載されているともいえず」「・・-NR4R5は『R3』のきわめて多数の ,選択肢の一つとして記載され,このような化合物は一つとして実施例が記載されておらず,その製造方法や薬理活性の記載もないものであるから,そもそも,そのような技術的裏付けのない甲第2号証の記載を根拠に・ と述べているのであって, ・」「一般式(I)の化合物に技術的裏付けがない」とは述べていない。 a(a) 本件発明では,下図のXではなく, 1-X R (R1:低級アルキル)が2位の置換基であり,甲2発明の-NR4R5に対応する。Xは,本件発明ではアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基であるのに対し,甲1発明ではメチル基により置換されたイミノ基である。 甲2は,一般式(I)の化合物におけるR1,R2,R3として,それぞれ極めて多 「殊に好ましい化合物」のR 3として挙げられてい種多数の選択肢を羅列しており,る置換基だけで,少なくとも2120万種類も存在する(甲80)「殊に極めて好 。 ましい化合物」でのピリミジン環の2位の置換基(R 3) メチル, は, イソプロピル,tert-ブチル及び置換又は無置換のフェニルであって,親水性でない基のみが挙げられており,-NR4R5は含まれていない。 また,甲2のNR4R5では,R4及びR5は,同一であっても異なってもよく, 「殊に好ましい化合物」は, 「メチル,エチル,プロピル,イソプロピル,ブチル,イソブチル,tert-ブチル,フェニル,ベンジル,アセチル,メチルスルホニル,エチルスルホニル,プロピルスルホニル,イソプロピルスルホニル又はフェニルスルホニル」である。しかも,NR4R5の具体例は開示されていない。実施例でも,ピリミジン環の2位の置換基は,メチル(実施例8)及びフェニル(実施例23)であり,-NR4R5を有する化合物は開示されていない。 このように,甲2には,ピリミジン環2位に-N(CH3) (SO2CH3)を有する化合物についてはもちろん,-NR4R5を有する化合物についてすら,具体的な記載が存在しないから,膨大な数の置換基の中から,R3の「殊に極めて好ましい化合物」に含まれていない-NR4R5に着目し,さらに,-NR4R5のR4又はR5において,メチル基とメチルスルホニル基を意図的に選択させるような動機付けはない。 (b) 原告らの主張によると,当業者は,甲2の実施例8,15,23以外の製造実施例で製造される化合物は,HMG-CoA還元酵素阻害活性を発揮し得ないと認識するところ,実施例8,15,23で製造されるスタチンは,いずれもピリミジン環2位にメチル又はフェニル(親油性の置換基)を有する化合物である。 したがって,原告らの主張によると,当業者は,活性化合物として具体的に開示される化合物,すなわち,ピリミジン環の2位の置換基R3としてメチル又はフェニルを有する化合物を,甲2に開示される発明のベストモードと解するはずであり,何ら具体的な化合物が開示されていない-NR 4R5をR3として選択しようと動機付けられることはない。 b(a) 原告らが指摘する甲2の「一般式(I)の化合物の製造方法」の記載は, 3」として「フェニル(C6H5) 「R 」を選択した化合物の製造方法であり,「R3」として「-NR4R5」を選択した化合物の製造方法ではない。 「R3」としてフェニルを有する化合物の製造方法が一般式(I)の化合 そして,物全般に適用できるとする技術常識が,本件優先日当時に存在したともいえない。 「R 3」として「-N したがって,当業者が,原告ら指摘の製造方法の記載から,R4R5」を選択した化合物の合成方法を理解できるとはいえない。 (b) 化合物の構造のみから薬理活性を予測することが困難であることは,本件優先日当時の技術常識である。 甲2には,HMG-CoA還元酵素阻害活性について何ら具体的なデータが開示されておらず,当業者が甲2の一般式(I)の化合物がHMG-CoA還元酵素阻害活性を発揮すると理解することはできない。 しかも,前記a(b)のとおり,当業者であれば,甲2の実施例8,15,23以外の製造実施例で製造される化合物は,HMG-CoA還元酵素阻害活性を発揮し得ないと認識するから,甲2の実施例24の「実施例1〜23の活性化合物はメビノリンと比較して高い作用を示した。」という記載は誤っていると理解する。 (c) 甲16の化合物2r〜2wは, 3」として「-NR4R5」を有 「Rしていないから,これをもって「R3」として「-NR4R5」を選択した場合についての技術的裏付けがあるとはいえない。 (d) 原告らは,甲2の実施例8,23の化合物に「非常に近い構造を有する化合物」がHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することが本件優先日前に甲16,73〜75に開示されているから, 「甲2の一般式(I)の化合物について,HMG-CoA還元酵素阻害活性を有することの技術的裏付けはあると理解できる」と主張しているが, 「非常に近い構造を有する化合物」という曖昧な文言を使用することで,構造の異なる化合物の阻害活性が甲2の実施例の化合物に当てはまると主張することは許されない。 (ウ) 甲2に対応する欧州特許出願330057号(乙10)は,本件優先日前に既に取り下げられているが(乙6) もしバイエル社が甲2に開示される化合 ,物の開発を続行する意図であれば,当然にこの出願の特許化を目指したはずである。 そうすると,出願取下げの事実は,バイエル社が,甲2に開示の化合物の開発を断念したこと,つまり,HMG-CoA還元酵素阻害剤として有望でないと判断したことを示すものである。 本件優先日前にこうした事情が知られていた以上,当業者であれば,バイエル社が有望でないと判断した化合物は避けるのが当然であり,この点からも甲2に開示される置換基を選択することはない。 (エ) 審決の「式 I で示される化合物にはHMG-CoA還元酵素阻害活性が『一応』期待できる」という記載は,甲1に接した当業者が甲1発明に変更を加えるとしたら,その候補は式 I の範囲内であるとの趣旨による。同様に,甲2からピリミジン環の2位の置換基を選択する場合,その候補は,R 3の範囲内である。しかし,R3は,膨大な数の置換基に及ぶ。相違点(1-i)を解消するためには,その中から-NR4R5(R4:メチル,R5:メチルスルホニル)を選択しなければならない。 甲2では,R3として,膨大な数の官能基が列挙されている。その中から,相違点の官能基(-NR4R5, 4:低級アルキル, 5:アルキルスルホニル) R R を選択し,甲1発明と組み合わせるためには,その組合せについての示唆又は動機付けが必要である。仮に,当業者が甲1発明の化合物の親水性を高めようとする場合であっても,親水性という一般化された性質のみによって,当業者が上記の相違点の官能基を選択できるわけではない。 甲2には,当業者がR 3のうち特に-NR4R5を選択し,その中でも上記の相違点の官能基を選択し,甲1発明と組み合わせるための示唆も動機付けも欠ける。 (オ) したがって,甲2の記載に基づいて,甲1発明の「ジメチルアミノ基」を「-N(CH3)(SO2CH3)」に置き換える動機付けはない。 ウ 技術常識からの動機付けについて (ア)a 次のとおり,甲1発明を改変したり親水性を向上させようとする動機付けはなかった。 (a) ピリミジン骨格スタチンの研究開発に着手した5社の全てが,本件優先日までに撤退していたことから,本件優先日当時,ピリミジン骨格スタチンがHMG-CoA還元酵素阻害剤として有望でないことは周知であった。 したがって,優れたHMG-CoA還元酵素阻害剤を開発しようとする当業者が,ピリミジン骨格スタチンである甲1発明を改変しようと動機付けられることはない。 (b) 本件発明も甲1発明も,高コレステロール血症や高脂血症などの慢性疾患に投与する医薬品に関する発明であり,他の医薬品と比べて投与期間が長期にわたるため,毒性が低いことが非常に強く求められることは,本件優先日当時の技術常識であった(乙20)。 したがって,仮に,当業者が甲1発明の化合物の改変を意図すれば,まずその毒性の有無を確認するのが当然であり,その結果,甲1発明の化合物の毒性が明らかになれば,改変を断念するはずである。 そして,甲1発明の化合物は,肝毒性などの問題からサンド社の開発候補から外されているから(乙21),当業者が,甲1発明の化合物を改変して新たなHMG-CoA還元酵素阻害剤を開発しようとすることはなかった(乙4)。 (c) 前記ア(ウ)のとおり,本件優先日当時,肝選択性と親水性とは必ずしも相関しないことが知られており,スタチンの親水性とHMG-CoA還元酵素阻害活性とは相関しないことが周知であったから,当業者は,スタチンの親水性を向上させることで優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性が得られるとは考えなかった。 b 仮にHMG-CoA還元酵素阻害剤の親水性を向上させる動機付けがあったとしても,次のとおり,ピリミジン環2位の置換基をメチル基を固定して親水性を向上させる動機付けはなかった。 (a) 甲1自体に,ピリミジン環の4位にp-フルオロフェニル以外の置換基を導入して親水性を高めた化合物が, 「好ましい化合物」として実施例11dで製造され,優れた阻害活性が確認されている。 甲1発明の化合物を改変しようとする当業者であれば,甲1のこの開示を必ず参照するから,ピリミジン環の2位ではなく4位に親水性の置換基を導入しようと試みるのが当然である。 (b) ピリミジン骨格スタチンにおいて,5位にジヒドロキシヘプテン酸構造,4位にp-フルオロフェニル基,6位にイソプロピル基を配すれば,優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を発揮するという技術常識は,本件優先日当時に存在しなかった。 本件優先日当時には,ピタバスタチン,BMY21950,BMY22089,HR780など,ピリミジン環4位及び6位に対応する位置に様々な置換基を有するスタチンが多数知られていた。 甲1及び2には,HMG-CoA還元酵素阻害活性を有し得るピリミジン環骨格の化合物として,4位のパラフルオロフェニル基及び6位のイソプロピル基以外の組合せも開示されている。 甲2の製造実施例1〜23で合成される化合物の中で,HMG-CoA還元酵素阻害活性を示し得る3例のうち2例は,6位がメチル基であり,イソプロピル基ではない(実施例8,15)。 そして,甲26,27,76は,ピリミジン環を含有するスタチン化合物の文献ではなく,「ピリミジン環の4位のp-フルオロフェニル基及び6位のイソプロピル基について」 「これらの組み合わせが強い活性を有すること」などの記載は存在しない。 したがって,当業者は,甲1発明の化合物を修飾する際,必ずしも4位のパラフルオロフェニル基及び6位のイソプロピル基を固定したわけではなく,ピリミジン環の2位の置換基にのみ着目したわけではない。 当業者が,甲1を参照して甲1発明を改変しようとした場合,その範囲は,甲1の一般式Iの範囲であったはずである。 甲1には,一般式Iの化合物におけるピリミジン環の2位の置換基として,C 1-6 アルキル,C1-6シクロアルキル,(CH2)m-置換又は無置換フェニル,ベンジルオキシ,ベンジルチオ及び二置換アミノ基が記載されている(請求項1)。実施例でも,2位の置換基として,-N(CH3)2などの二置換アミノ基に加え,フェニル(実施例3〜8),イソプロピル(実施例9及び11a,10f),tert-ブチル基(実施例10a,11b,11e,11g) メチル , (実施例10b,10e,10h,11c,11f,11i)が用いられている。 したがって,甲1に接した当業者は,ピリミジン環の2位の置換基は必ずしも固定されておらず,ピリミジン環の2位の置換基は上記置換基であってもよいと理解したはずである。 甲1発明を本件発明にするには,@甲1発明のうち,ピリミジン環の2位に結合する窒素原子と当該窒素原子に結合する二つのメチル基とを固定し,A一方の窒素-メチル基は固定し,他方の窒素-メチル基の結合の間に別の官能基を挿入することを決め,B甲2のR3のうち,Aの目的に適うNR4R5に着目し,さらに,R5をアルキルスルホニル基に特定することになるが,このプロセスは,本件発明の事前の認識なしには遂行できない。 仮に,当業者が親水性を高めようとするとしても,メチル基を修飾することができ(例えば,-CH2OH) メチル基を他の基に置換することもできるのであって, ,メチル基を固定する必然性はない。 本件優先日までに,当業者が実際に製造して試験したピリミジン骨格スタチンにおいては,ほとんど全て2位に親油性の基が導入されていたから(甲1,2,80,乙5,28,29),この点からも,親水性向上のために2位を選択する動機付けはなかった。 c 次のとおり,本件優先日当時,ピリミジン環の2位にメチルスルホニル基を導入する上で阻害要因が存在した(甲80,乙4)。 (a) 甲16には,ピリミジン環2位の置換基はHMG-CoA還元酵素阻害活性などの生物活性に最も重要であること,しかも,同位置の置換基を親油性とすれば活性が顕著に上昇すること,同部位の置換基が酵素の疎水性領域と相互作用して結合を強めることで追加のアンカーとなると推測し得ること,親油性の置換基として,具体的にはアルキル基及びフェニル基があることが記載されている。 当業者であれば,逆に2位の置換基の親水性を高めれば,HMG-CoA還元酵素阻害活性が低下すると予測するのが当然であり,仮に当業者が甲1発明の化合物の親水性を高めようとしても,HMG-CoA還元酵素阻害剤にとって最も重要な酵素阻害活性を犠牲にしてまで,2位に親水性の高い置換基を導入しようと試みることはなく,2位以外の位置に導入するのが当然である。 親水性,親油性は相対的な指標であるから, 「親油性を高めれば阻害活性が顕著に上昇する」のであれば,逆に「親水性とすれば活性が顕著に減少する」と理解するのが,本件優先日当時の当業者の常識であった。 なお,原告らは,甲16の各種化合物のClogPの序列と相対(CSI)効力(HMG-CoA還元酵素阻害活性)の序列とを並べ,両者が必ずしも一致していないとも主張するが,これらの化合物は,ClogPについて等間隔に並んでいるわけではない。多数の化合物が狭いClogPの範囲内に分布している場合には,相対(CSI)効力の序列に変動が生じやすい。したがって,ClogPの序列と相対(CSI)効力の序列とを比較しても,ClogPと相対(CSI)効力との相関について正確な知見は得られない。 (b) 本件優先日当時,スルホンアミド構造は,スタチン系化合物の中で,極めて稀な置換基であった(乙18)。スタチン系化合物に特有のラクトン構造又はその遊離酸構造を有する唯一の化合物は,下図の甲76(乙17)の番号27の化合物であるところ,この化合物の生物学的活性は,スルホニル基のない化合物(番号26;R=トリル基(4-メチルフェニル基))と比較して,10%未満であり,番号26の化合物にスルホニル基を導入することにより,HMG-CoA還元酵素阻害活性が約11分の1に低下した。 (R=4-トリルスルホニル基) 仮に,甲1発明の親水性を向上させる動機付けがあったとしても,当業者は,甲1発明の化合物の2位にメチルスルホニル基を導入することを避けるのが当然であった。 d 甲16は,ピリミジン環の2位の置換基(甲16のR3)として,親水性の置換基ではなく,嵩高い親油性の置換基(アルキル基を含む。)を推奨している。 したがって,甲1及び2に加えて甲16を考慮するとしても,当業者は,親油性のアルキル基,とりわけ嵩高なイソプロピル,tert-ブチル及びフェニル基に着目したはずである。 (イ) 仮に,化合物の変換は少しずつ行うことが技術常識であるとしても,リード化合物の修飾においては,甲1発明化合物の置換基の大きさや置換基の電子的な性質などを余り変化させないように,その置換基に代えて比較的大きさや電子的な性質が類似する他の置換基に置き換える研究を行う(乙67)のであるから,電子吸引性であり極性の高い(甲56),すなわち,メチル基とは電子的な性質が大きく異なり,立体的にも大きな影響をもたらすメチルスルホニル基の導入は,化合物の構造を少しずつ変えるものではなく,置換基の大きさが変わらないような修飾でもなく,これを当業者が選択する動機付けは存在しない。逆に,置換基として選択することを避けるはずである。 (ウ) コレステロール生合成阻害活性(ED 50)とHMG-CoA還元酵素阻害活性(IC50)とは同一の活性ではなく,測定方法も異なるから,コレステロール生合成阻害活性がコンパクチンの125倍であっても,HMG-CoA還元酵素阻害活性が125倍とはいえない。 (エ) 進歩性とサポート要件とは異なる特許要件であり,その判断基準が異なることは審決取消事由となり得ないから,原告らの主張は前提において失当である。 (3) 本件発明の効果の判断の誤りについて ア 審判の無効理由1としては,甲1の実施例1b)の化合物という具体的な化合物が主引用発明(甲1発明)とされているのに対して(甲79,乙67など),原告らの主張は,上位概念である甲2の一般式(I)の化合物を主引例発明として,下位概念としての本件発明1の進歩性を選択発明を基準に否定しようとするものであり,主引用発明の差替えに該当する。 審決は,原告Xの主張どおり,甲1発明を具体的な化合物の発明として認定したので,原告らが主張した無効理由1において,選択発明を議論する余地はない。 本件審判においては,こうした主張はされておらず,当然に審理の対象となっておらず,本件訴訟において,原告らが前記主張をすることは許されない。 そもそも,甲1発明の化合物は甲2の一般式(T)の選択発明ではない。 イ(ア)a(a) 甲3及び5に記載されたHMG-CoA還元酵素阻害活性の試験結果からは,4回の試験で,本件発明1に係る化合物であるロスバスタチンカルシウムは,甲1発明の化合物より2倍〜9倍高い活性を示している。 したがって,試験誤差を考慮しても,本件発明1と甲1発明では,少なくとも2倍以上の有意の活性差があることが認められる(甲64,乙4。甲64においては3.2倍)のであって,比較対象を甲1発明の化合物としても,甲1発明の化合物よりも優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する。 (b) 甲1発明の化合物は,肝毒性が高い(乙21〜27)のに対し,本件発明1に係る化合物であるロスバスタチンカルシウムの毒性は低い(乙42)。 肝選択性が高まれば,それだけ肝に対する負担が高まり,肝毒性が強まるおそれがあることは,本件優先日当時の技術常識であったところ,原告らの主張によると,ロスバスタチンカルシウムは甲1発明の化合物より親水性が高いため肝選択性が高く,その分だけ肝への負担が高いと予想される。それにもかかわらず,ロスバスタチンカルシウムの肝毒性は,甲1発明の化合物よりはるかに弱い。 (c) ロスバスタチンカルシウムは,甲1発明の化合物の2分の1以下の生体投与量で同等の効果を示すと予想されるから,一層安全用量域が広いことになる。 このような本件発明1の低毒性という優れた効果は,甲1発明に対して本件優先日当時の技術水準から予測される範囲を超えた格別顕著な効果である。 b そして,本件優先日当時,スタチンのピリミジン環2位に親水性の置換基を導入したり,スタチンにスルホンアミド構造を導入すれば,HMG-CoA還元酵素阻害活性が顕著に低下することが知られていたから(甲16,乙17),当業者であれば,甲1発明のピリミジン環2位のジメチルアミノ基の一方のメチル基を親水性の高いスルホニル基で置換してスルホンアミド構造を形成すれば,HMG-CoA還元酵素阻害活性が低下すると予測した。 c そうすると,ロスバスタチンカルシウムの阻害活性が,甲1発明の化合物の少なくとも2倍であるという結果は,甲1発明や技術常識からは到底予測できない。 (イ) 本件発明は,その構成の困難性が肯定されたのであれば,その効果は,HMG-CoA還元酵素阻害剤として知られていたメビノリンナトリウムとの比較によって評価できる。陽性対照として用いられるのは有効性が既に認められている化合物であり,それに対して非劣性であれば,試験化合物の有効性を示すことができるのは,当業者の技術常識である。必ずしも甲1発明よりも高いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する必要はなく,甲1発明の化合物のみが比較対照とされるわけではない。 (ウ) HMG-CoA還元酵素阻害活性は,細胞透過性とは異なる性質である。仮に,化合物の親水性を高めることによって非肝細胞への透過性が下がる(結果として,透過性に関し肝細胞の選択性を高める)としても,HMG-CoA還元酵素阻害活性への影響は,予測不可能である。 化合物の親水性を高める目的では,様々な置換基を使用することができる。それに加え,当業者は,化合物の親水性を高める目的のため,他の基による置換の対象となる多数の部位を化合物中に見いだすことができる。したがって,親水性を高めるための選択肢は,多様である。その中で,甲1発明のピリミジン環2位を-N(CH3) (SO2CH3)に置換した場合に,HMG-CoA還元酵素阻害活性が向上したことは,予想外であった。 そうすると,仮に本件発明1の化合物の阻害活性が甲1発明と同等程度であったとしても,それは甲1発明に対して本件優先日当時の技術水準から予測される範囲を超えた格別顕著な効果であり,この点のみをもっても進歩性が認められる。 従来技術のHMG-CoA還元酵素阻害剤と同程度のHMG-CoA還元酵素阻害活性を示す化合物であれば,新たなHMG-CoA還元酵素阻害剤の選択肢を増やすという見地からも産業の発達に寄与できる。 (エ) 本件発明1に係る化合物であるロスバスタチンカルシウムは,既存のHMG-CoA還元酵素阻害剤(フルバスタチン,シンバスタチン,プラバスタチン,セリバスタチン及びアトルバスタチン)と比較しても,HMG-CoA還元酵素阻害活性が非常に強い(乙34〜36)。 ロスバスタチンカルシウムは,承認された他のスタチン(具体的には,アトルバスタチン,シンバスタチン及びプラバスタチン)と比較して,幅広い用量の範囲で,より低いLDL-C(Low Density Lipoprotein Cholesterol)レベルを実現する。 しかも,既存のスタチン系HMG-CoA還元酵素阻害薬では,多くの患者(とりわけハイリスクの患者)において,LDL-Cを目標の値にコントロールすることができなかった(丙10)これらの患者にとって, 。 ロスバスタチンカルシウムは,多大な治療効果をもたらすものであった。 以上のとおり,ロスバスタチンカルシウムのHMG-CoA還元酵素阻害活性は,臨床上,極めて重要な価値を有する。 この点も,甲1発明に対して本件優先日当時の技術水準から予測される範囲を超えた格別顕著な効果といえる。 ウ(ア) ラット肝ミクロゾーム法は,HMG-CoA還元酵素阻害剤の阻害活性をインビトロで測定する最も標準的な方法として,本件優先日当時に汎用されており(甲1,2,7,8,15,16,19,26,27,64),異なる測定間で被験化合物の活性値の絶対値にばらつきが生じ得る場合が仮にあるとしても,同一の測定における被験化合物間の阻害活性の相対的な関係は,この方法によっても明確に示されることは,本件優先日当時の技術常識であった。 そして,ラット肝ミクロゾーム法においてHMG-CoA還元酵素阻害活性を測定する場合には, 「阻害活性」の指標としてIC 50が用いられることは,本件優先日当時の技術常識であった(甲1,2,7,8,15,16,19,26,27)。 本件明細書には,肝ミクロゾーム画分を用いた実験手法が詳細に記載されており(【0040】【0041】,当業者は, , ) 【0041】の「本法により測定したメビノリン(ナトリウム塩)の阻害活性を100とした時の本発明化合物の相対活性を表4に示した。」という記載をみて,「阻害活性」の指標が「IC50」であること,表4の数値はIC 50 で評価したメビノリンの阻害活性を100とした時の各化合物の相対活性を示したものであることを,当然に理解する。 (イ) 表4には,メビノリンのナトリウム塩の阻害活性を「100」としたときの被験化合物Ia-1(本件発明1に係る化合物のナトリウム塩)の阻害活性が「442」と記載されているのであるから,少なくとも,メビノリンのナトリウム塩と被験化合物Ia-1が同じ条件で測定されて,被験化合物Ia-1の阻害活性がメビノリンのナトリウム塩より高いという結果が得られたことを,当業者は即座に理解する。 また,表4の下には, 「以上のように,特に本発明化合物はメビノリンよりも強力なHMG-CoA還元酵素阻害活性を示す有効な薬剤であると考えられる。」と記載されており(【0042】,当業者は,この記載からも,表4の結果が被験化合物 )Ia-1がメビノリンより強力なHMG-CoA還元酵素阻害活性を示すものと認識できる。 したがって,当業者は,表4の数値の意味を理解でき,その結果,本件発明1の化合物がメビノリンナトリウムよりHMG-CoA還元酵素阻害活性が高いことを推認できる。 エ(ア) 本件発明1の化合物が,メビノリンナトリウムよりHMG-CoA還元酵素阻害活性が強いことは,甲3の結果からも裏付けられている。 甲3には,出願後に行われたHMG-CoA還元酵素阻害活性の結果が記載されている。甲3でも,本件発明1の化合物のHMG-CoA還元酵素阻害活性は,甲1発明の化合物の活性の約2倍であった。 活性は,客観的に定まり,出願経過に左右されるものではない。本件明細書では,評価手法とともに,ロスバスタチンナトリウムの相対活性(メビノリンナトリウムを比較対象とする。)が記載されている。本件明細書と同様の評価手法により,メビノリンナトリウム以外の公知化合物との比較を追加して行うことは,当然に許容される。 (イ) 本件特許権者が審査過程において「約2倍」では顕著な効果ではないなどと主張したことは一切なく,甲2発明は,拒絶理由通知(甲71)において引例とされていなかったのであるから,本件特許権者が,意見書で甲2発明に対する進歩性を確保しようと選択発明としての効果を主張する必要もなかった。 したがって, 「本件発明1を比較すべき対象は甲1発明であり,約9倍HMG-CoA還元酵素阻害活性が強くなければ,顕著な効果があるとはいえない」旨の原告らの主張は,前提において失当である。 オ(ア) 本件発明1に係る化合物であるロスバスタチンカルシウムは,既存のHMG-CoA還元酵素阻害剤と比較して,コレステロール生合成の阻害活性が非常に強く,合成阻害作用の持続時間も長い(乙34〜36)。 ロスバスタチンカルシウムは,HDLコレステロールの増加効果とトリグリセリドの低下効果の程度が強く,アテローム性動脈硬化症の病態改善に優れた効果を示すなど,他のスタチン系HMG-CoA還元酵素阻害剤と比較して,臨床上,非常に優れている(乙35〜41)。 (イ) 本件発明も甲1発明も,他の医薬品と比べて投与期間が長期にわたるため,薬物動態が悪ければ臨床上の使用は困難である。 ロスバスタチンカルシウムは,体内動態を評価する非臨床薬物動態試験において,甲1発明の化合物と比較して,非常に優れた結果を示した(乙45,46)。 a チトクロームP450(CYP)酵素は,基質特異性の異なる様々の分子種から構成されており,本件優先日当時に主要薬物代謝酵素として周知であった(乙47)。 ある薬物によって,いずれかのCYP分子種の活性が阻害されれば,結果としてそのCYP分子種の基質となる(すなわち,そのCYP分子種で分解される)他の薬物の代謝が遅くなるから,各種CYP分子種に対する阻害活性が低い薬物が望ましいことは,本件優先日当時の技術常識であった。 被告が,ロスバスタチンカルシウムと甲1発明の化合物について,本件優先日当時周知の各種CYP酵素に対する阻害活性を測定したところ,甲1発明の化合物はロスバスタチンカルシウムと比べて,非常に強いCYP2C9阻害活性を示した(乙45)。 b ロスバスタチンカルシウムは,甲1発明の化合物と比較して代謝安定性が非常に高いことが,比較試験により確認された(乙46)。 ロスバスタチンカルシウムと甲1発明の化合物の酸化的代謝に対する安定性を,ヒト肝細胞ミクロゾームにおいて測定したところ,ロスバスタチンカルシウムの安定性は非常に高く(100%),ヒトにおける動態プロファイル(特に持続性)が良好と予測される。 これに対して,甲1発明の化合物は安定性がかなり低く(69%),動態プロファイル(特に持続性)が良くないことが予測され,医薬品として重要な有効血中濃度の維持等の上で問題となるから,当業者であれば,甲1発明の化合物には開発を進める上で大きな障害があると考える(乙46)。 カ 以上のとおり,本件発明1に係る化合物であるロスバスタチン化合物は,甲1発明や技術常識から予期できない優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を奏し,高いコレステロール合成阻害活性及び非常に優れた臨床効果を示す。 さらに,肝毒性が低く,薬物動態の点でも甲1発明の化合物より優れている。こうした効果も,甲1発明に対して本件優先日当時の技術水準から予測される範囲を超えた格別顕著な効果である。 有効かつ毒性の低いピリミジン骨格スタチンの高コレステロール血症治療薬を開発することは非常に困難であり(乙48〜50),また,他の製薬会社は,ピリミジン骨格スタチンを有望視していなかった。それにもかかわらず,本件発明1に係るロスバスタチンカルシウムは,高コレステロール血症治療薬として世界的規模の売上げを達成し(乙51〜55) 他の製薬会社が類似化合物を開発するような状況に ,至っている(乙48)。しかも,米国の2件の訴訟においても,本件発明1と同様の発明の進歩性が認められている(乙8,9)。 これらの事実からも,本件発明1の進歩性が裏付けられる。 2 取消事由2について (1) 本件明細書の試験例には,ロスバスタチンのナトリウム塩及び比較対照としてのメビノリンナトリウム塩について,肝ミクロゾームを用いたHMG-CoA還元酵素阻害活性の評価結果が記載されている。 本件発明1の式(I)の化合物は,スタチンに該当する。スタチンは,共通の特徴として,ジヒドロキシヘプテン酸(若しくはジヒドロキシヘプタン酸)又はその誘導体(「HMG様部位」)とHMG様部位に結合する骨格とを有する。血漿中を循環する活性型では,HMG様部位は,開環のジヒドロキシヘプタン酸(又はジヒドロキシヘプテン酸)の形にある(甲7,8)。 スタチン化合物がヒトの体に投与される場合,当該化合物は,体内の水性媒体に溶解する。例えば,スタチン化合物が経口投与される場合,当該化合物は,胃腸液に溶解する。溶解の際,スタチン化合物は,その当初の構造に応じて,カチオン(例えば,ナトリウムカチオン及びカルシウムカチオン)及びアニオン(例えば,ロスバスタチンアニオン)を形成する。スタチン化合物が一旦溶解すると,スタチンアニオンは,胃腸液の中に存在する他のイオンと自由に相互作用する。胃腸液は,水素,ナトリウム,カリウム及びマグネシウムカチオンなどの数多くのイオンを含有する。したがって,ロスバスタチンアニオンは,これら全てのカチオンと会合し遊離し得る。胃腸液への溶解の後,ロスバスタチンアニオンは,腸管を通過して血液系に入る。血液系では,ロスバスタチンアニオンは,血液系中の全てのカチオン(ナトリウムが支配的である。)と会合し遊離し得る。 以上のとおり,ロスバスタチンアニオンがいずれの塩から生じたのか,もはや区別することはできない(丙13)。 したがって,特許請求の範囲の記載は,本件明細書の試験例によってサポートされている。 (2) 本件発明の課題について ア(ア) 医薬品の有効成分には,医薬品になり得る程度の薬理活性が求められる。もっとも,新たな有効成分の薬理活性が,既に上市された有効成分と同程度のレベルであっても,その新たな有効成分は,代替的な解決手段を提供するという点で,技術的な価値を有する。 例えば,二つの有効成分が同じレベルの薬理活性を示す場合であっても,他の観点(例えば,薬物動態及び有害事象での差異)により,投与すべき患者群に違いが生じることもあり得る。この場合,二つの有効成分は,いずれも技術的な価値を有する。 したがって,サポート要件の課題として,従来技術の全ての有効成分を上回る薬理活性が求められるわけではない。 (イ) 仮に,原告らの主張が正しいとすると,発明者は,クレームされた発明の化合物について,ありとあらゆる全ての公知化合物との比較試験を行い,公知化合物よりも優れた活性を証明することを強いられる。このような結論は不当である。 イ(ア) 本件発明1,2,5,9〜11の化合物は,本件明細書【0004】記載の一般式(I)で示される化合物に含まれるから,本件発明1,2,5,9〜11の解決課題は,優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物の提供であり,本件発明12の解決課題は,そのような化合物を含むHMG-CoA還元酵素阻害剤の提供であることは,本件明細書の【0003】及び【0004】の記載から理解できる。 そして,そのHMG-CoA還元酵素阻害活性の程度としては, 【0003】の記載からは, 「コレステロールの生成を抑制する」医薬品となり得る程度で足りると理解できる。 そうすると,本件発明の課題は,優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性化合物又はその化合物を含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することであり,サポート要件の充足性は,本件発明1,2,5,9〜11の化合物を得ることができ(製造することができ) かつ, , 得られた化合物が優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することが当業者に理解できるように発明の詳細な説明に記載されているかで判断されるべきである。 (イ) この点を措いても,メビノリンは,本件優先日当時に市販されていた代表的なスタチン系HMG-CoA還元酵素阻害剤であり,新規スタチン系HMG-CoA還元酵素阻害剤の活性評価の比較対象としてメビノリンを使用することは,本件優先日当時の技術常識であった(甲1,2,7,15,19,27など)。 (ウ) 原告らの甲16に依拠する主張は,異なる実験系で得られたHMG-CoA還元酵素阻害活性IC 50 の絶対値をメビノリンを介して比較するものであり失当である。 また,in vivoコレステロール生合成阻害活性とin vitroHMG-CoA還元酵素阻害活性とは同一の活性ではなく,測定方法も異なるのであって,原告らの主張は,ある活性に関して得られた活性比を,他の異なる活性にそのまま当てはめようとするものであり失当である。 ウ 発明の解決すべき課題は,本件明細書の記載から出願当時の技術常識を勘案して認定されるべきものであり,出願経過を考慮すべきではないから,特許出願人の主観によって左右されることはない。 (3) 当業者は,本件発明1の課題を解決できると認識することができること ア 本件明細書の【0040】〜【0042】には,本件発明1に係るロスバスタチンカルシウムのナトリウム塩である化合物(Ia-1)のHMG-CoA還元酵素阻害作用が,メビノリンNaの阻害活性を100とした場合に442の相対活性を有することが記載されており,当業者であれば,化合物Ia-1(ナトリウム塩)とカルシウム塩とは生体内で同様の活性を示すと認識できるから,本件明細書には,本件発明1がメビノリンナトリウムより強いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することが開示されている。 しかも,実際に,甲3によると,カルシウム塩であるロスバスタチンカルシウムが,メビノリンナトリウムよりも高いHMG-CoA還元酵素阻害活性を示しているから,上記推認が正しいことが裏付けられる。 イ 被告は,本件審判の平成28年3月24日付け上申書において,本件発明1が本件明細書の化合物Ia-1のデータからサポートされていることを,明確に主張している(乙69)。 そもそも,「発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か」の判断においては,出願経過を考慮すべきではないから,特許権者の主観によって左右されることはない(乙62)。 (4) 当業者は,本件発明1の化合物全体がメビノリンナトリウムよりHMG-CoA還元酵素阻害活性が強いと理解できること ア 本件審判では,サポート要件違反(無効理由2)について,本件発明1の化合物のうち,本件明細書の化合物Ia-1のカルシウム塩がサポートされていないという主張しかされていないから,審決取消訴訟において,本件発明1の化合物全体がサポートされていないとの主張を新たに追加することは,許されない。 イ 甲16の化合物2r,2sと化合物2t,2u,2v,2wは,ピリミジン環6位(甲16のR1に相当)の置換基のみならず, (甲16のR3に相当) 2位の置換基も異なっているから,6位の置換基の違いのみを強調する原告らの主張は失当である。 ロスバスタチンでは,式(T)においてR2 がパラフルオロフェニルでありR3 がイソプロピルの場合に,ピリミジン環の2位の置換基の修飾(-XR 1;R1 はメチル,Xは-N(SO2CH3)-)により,HMG-CoA還元酵素阻害活性の向上を実現した。 式(I): (R1 は低級アルキル;R2 はハロゲンにより置換されたフェニル;R3 は低級アルキル;破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。) この2位の置換基の修飾によるHMG-CoA還元酵素阻害活性の向上は,上記のR2及びR3の限定的な範囲内においては,ロスバスタチンに限らず他の化合物でも合理的に期待できる。 したがって,本件発明1は,当業者が本件明細書及び技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲である。 よって,当業者は,化合物Ia-1がメビノリンナトリウムよりもHMG-CoA還元酵素阻害活性が高いという本件明細書の開示から,本件発明1の化合物であれば,同様のHMG-CoA還元酵素阻害活性を示す化合物となると理解できる。 (5) 以上のとおり,本件発明は,サポート要件を充足する。 なお,原告らの本件発明1に関する取消事由2(3)の主張は,本件発明2及び11には当てはまらない。 |
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当裁判所の判断
1 本案前の抗弁について (1)ア 本件審判請求が行われたのは平成27年3月31日であるから,審判請求に関しては同日当時の特許法(平成26年法律第36号による改正前の特許法)が適用されるところ,当時の特許法123条2項は, 「特許無効審判は,何人も請求することができる(以下略)」として,利害関係の存否にかかわらず,特許無効審判請求をすることができる旨を規定していた(なお,冒認や共同出願違反に関しては別個の定めが置かれているが,本件には関係しないので,触れないこととする。この点は,以下の判断においても同様である。。 ) このような規定が置かれた趣旨は,特許権が独占権であり,何人に対しても特許権者の許諾なく特許権に係る技術を使用することを禁ずるものであるところから,誤って登録された特許を無効にすることは,全ての人の利益となる公益的な行為であるという性格を有することに鑑み,その請求権者を,当該特許を無効にすることについて私的な利害関係を有している者に限定せず,広く一般人に広げたところにあると解される。 そして,特許無効審判請求は,当該特許権の存続期間満了後も行うことができるのであるから(特許法123条3項),特許権の存続期間が満了したからといって,特許無効審判請求を行う利益,したがって,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益が消滅するものではないことも明らかである。 イ 被告は,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する特許権の存続期間満了後の取消しの訴えについて,東京高裁平成2年12月26日判決を引用して,訴えの利益が認められるのは当該特許権の存在による審判請求人の法的不利益が具体的なものとして存在すると評価できる場合のみに限られる旨主張する。 しかし,特許権消滅後に特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益が認められる場合が,特許権の存続期間が経過したとしても,特許権者と審判請求人との間に,当該特許の有効か無効かが前提問題となる損害賠償請求等の紛争が生じていたり,今後そのような紛争に発展する原因となる可能性がある事実関係があることが認められ,当該特許権の存在による審判請求人の法的不利益が具体的なものとして存在すると評価できる場合のみに限られるとすると,訴えの利益は,職権調査事項であることから,裁判所は,特許権消滅後,当該特許の有効・無効が前提問題となる紛争やそのような紛争に発展する可能性の事実関係の有無を調査・判断しなければならない。そして,そのためには,裁判所は,当事者に対して,例えば,自己の製造した製品が特定の特許の侵害品であるか否かにつき,現に紛争が生じていることや,今後そのような紛争に発展する原因となる可能性がある事実関係が存在すること等を主張することを求めることとなるが,このような主張には,自己の製造した製品が当該特許発明の実施品であると評価され得る可能性がある構成を有していること等,自己に不利益になる可能性がある事実の主張が含まれ得る。 このような事実の主張を当事者に強いる結果となるのは,相当ではない。 ウ もっとも,特許権の存続期間が満了し,かつ,特許権の存続期間中にされた行為について,何人に対しても,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情が存する場合,例えば,特許権の存続期間が満了してから既に20年が経過した場合等には,もはや当該特許権の存在によって不利益を受けるおそれがある者が全くいなくなったことになるから,特許を無効にすることは意味がないものというべきである。 したがって,このような場合には,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益も失われるものと解される。 エ 以上によると,平成26年法律第36号による改正前の特許法の下において,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益は,特許権消滅後であっても,特許権の存続期間中にされた行為について,何人に対しても,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情がない限り,失われることはない。 オ 以上を踏まえて本件を検討してみると,本件において上記のような特段の事情が存するとは認められないから,本件訴訟の訴えの利益は失われていない。 (2) なお,平成26年法律第36号による改正によって,特許無効審判は, 「利害関係人」のみが行うことができるものとされ,代わりに, 「何人も」行うことができるところの特許異議申立制度が導入されたことにより,現在においては,特許無効審判請求をすることができるのは,特許を無効にすることについて私的な利害関係を有する者のみに限定されたものと解さざるを得ない。 しかし,特許権侵害を問題にされる可能性が少しでも残っている限り,そのような問題を提起されるおそれのある者は,当該特許を無効にすることについて私的な利害関係を有し,特許無効審判請求を行う利益(したがって,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消しの訴えの利益)を有することは明らかであるから,訴えの利益が消滅したというためには,客観的に見て,原告に対し特許権侵害を問題にされる可能性が全くなくなったと認められることが必要であり,特許権の存続期間が満了し,かつ,特許権の存続期間中にされた行為について,原告に対し,損害賠償又は不当利得返還の請求が行われたり,刑事罰が科されたりする可能性が全くなくなったと認められる特段の事情が存することが必要であると解すべきである。 2 本件発明について (1) 本件発明は,前記第2の2のとおりであるところ,本件明細書(甲81)の発明の詳細な説明には,次の記載がある。 ア 産業上の利用分野【0001】本発明は,3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルコエンザイムA(HMG-CoA)還元酵素阻害剤に関する。さらに詳しくは,コレステロール生合成の律速酵素であるHMG-CoA還元酵素を特異的に阻害し,コレステロールの合成を抑制することにより,高コレステロール血症,高リポタンパク血症,更にはアテローム性動脈硬化症の治療に有効である。 イ 従来の技術【0002】高コレステロール血症はしばしば現れる心臓血管疾患であるアテローム性動脈硬化症の重大な危険因子である。従って,コレステロール合成の中心的酵素である3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルCoAからメバロン酸の合成を触媒するHMG-CoA還元酵素の活性への影響を調べることがアテローム性動脈硬化症を治療するための新規な薬剤を開発するために必要である。このような薬剤としては,カビの代謝産物またはそれを部分的に修飾して得られたメビノリン(・・・),プラバスタチン(・・・)およびシンバスタチン(・・・)が,第1世代のHMG-CoA還元酵素阻害剤として知られている。これに対して,最近では,フルバスタチン ・・ (・)およびBMY22089(・・・)等の合成HMG-CoA還元酵素阻害剤が開発され第2世代として期待されている。 ウ 発明が解決しようとする課題【0003】以上によりコレステロールの生成を抑制することがアテローム性動脈硬化の予防および治療に重要であり,このことを考慮して有用な医薬品の開発が望まれている。 エ 課題を解決するための手段【0004】本発明者らは,前述の事情を考慮し鋭意研究した結果,下記一般式で示される化合物が優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することを見出して本発明を完成した。即ち,本発明は式(I):【化9】(式中, 1は低級アルキル, R アリールまたはアラルキルでありこれらの基はそれぞれ置換されていてもよい;R2およびR3はそれぞれ独立して水素,低級アルキルまたはアリールであり該アルキルおよびアリールはそれぞれ置換されていてもよい;R4は水素,低級アルキルまたは非毒性の薬学的に許容しうる塩を形成する陽イオン;Xは硫黄,酸素,スルホニル基または置換されていてもよいイミノ基;破線は二重結合の有無をそれぞれ表わす)で示される化合物またはその閉環ラクトン体で示されるHMG-CoA還元酵素阻害剤に関する。 オ 実施例【0029】実施例1(+)-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-(N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-(3R,5S)-ジヒドロキシ-(E)-6-ヘプテン酸ナトリウム(Ia-1)…【0033】(5)…メチル 7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-(N-メチル-N-メチルスルホニルアミノ)ピリミジン-5-イル]-(3R,5S)-ジヒドロキシ-(E)-6-ヘプテネ-ト(Ib-1)11.4g(収率:85.2%)を飴状物として得られる。 【化21】・・・【0034】(6)化合物(Ib-1)11.4gおよびエタノール160ml溶液に氷冷下で0.1N水酸化ナトリウム223mlを加えて徐々に室温とし,1時間撹拌する。 溶媒を減圧留去して,残渣にエーテルを加えて撹拌することにより目的化合物(Ia-1)11.0g(収率:95.0%)を結晶性粉末として得られる。 【化22】・・・【0039】実施例8化合物(Ia-1)のCa塩の合成方法化合物(Ia-1) (Na塩)1.50g(3.00mmol)を15mlの水に溶解し,窒素気流下室温で攪拌する。そこへ1mol/L塩化カルシウム水溶液3.00ml(3.00mmol)を3分間かけて滴下する。その後,同温度で2時間攪拌し,析出物を濾取し,水洗,乾燥して粉末状のCa塩1.32gを得る。この化合物は155℃から溶融が始まるが,明確な融点を示さない。 ・・・【0040】生物活性評価[試験例]HMG-CoA還元酵素阻害作用(1)ラット肝ミクロゾームの製法2週間2%コレスチラミンを含む通常食および飲水を自由摂取させたSprague-Dawleyラットを用いて,黒田らの報告((Biochim. Biophys. Acta) 486巻, , 70頁(1977年)参照)にしたがって精製した。 105000×gで遠心分離して得られるミクロゾーム分画は15mMニコチンアミドと2mM塩化マグネシウムを含む溶液(100mMリン酸カリウム緩衝溶液中,pH7.4)で1度洗浄したのち,用いた肝重量と同量のニコチンアミドと塩化マグネシウムを含有する緩衝液を加え均一化し,-80℃に冷却し,保存した。 【0041】(2)HMG-CoA還元酵素阻害活性測定法-80℃で保存したラット肝ミクロゾーム100μlを0℃で溶解させ,冷リン酸カリウム緩衝液(100mM,pH7.4)0.7mlで薄め,50mMEDTA溶液(前記リン酸カリウム緩衝液溶液)0.8mlと100mMジチオスレイトール溶液(前記リン酸カリウム緩衝液溶液)0.4mlを加え,0℃に保った。このミクロゾーム溶液1.675mlに25mMNADPH溶液(前記リン酸カリウム緩衝液溶液)670μlを混じ,この溶液を0.5mM[3-14C]HMG-CoA溶液(3mCi/mmol)670μlに加えた。このミクロゾームとHMG-CoAの混液45μlに被検化合物のナトリウム塩のリン酸カリウム緩衝液溶液5μlを混じ,37℃で30分間インキュベートした。冷後,10μlの2N塩酸を加えて,再び37℃で15分間インキュベートした。この混合物30μlを0.5mm厚シリカゲル薄層クロマト板(メルク社製 Merck AG,商品名 Art 5744)にアプライし,トルエン-アセトン(1:1)で展開したのち,Rf値が0.45〜0.60の部分をかきとり,10mlのシンチレーションカクテルを入れたバイアル中に加えてシンチレーションカウンターで比放射能を測定した。 本法により測定したメビノリン(ナトリウム塩)の阻害活性を100とした時の本発明化合物の相対活性を表4に示した。 【0042】以上のように,特に本発明化合物はメビノリンよりも強力なHMG-CoA還元酵素阻害活性を示す有効な薬剤であると考えられる。 (2) 本件特許の特許請求の範囲の記載(前記第2の2)及び前記(1)の本件明細書の記載によると,本件発明について,以下のとおり認められる。 本件発明は,コレステロール生合成の律速酵素である3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルコエンザイムA(HMG-CoA)還元酵素を特異的に阻害し,コレステロールの合成を抑制することにより,高コレステロール血症,高リポタンパク血症,更にはアテローム性動脈硬化症の治療に有効な,HMG-CoA還元酵素阻害剤に関するものである(【請求項12】【0001】。 , ) 従来,カビの代謝産物又はそれを部分的に修飾して得られたメビノリン,プラバスタチン及びシンバスタチンが,第1世代のHMG-CoA還元酵素阻害剤として知られており,また,最近,フルバスタチン,BMY22089等の合成HMG-CoA還元酵素阻害剤が開発され第2世代として期待されている(【0002】)ところ,コレステロールの生成を抑制することがアテローム性動脈硬化の予防及び治療に重要であり,このことを考慮して有用な医薬品の開発が望まれていた 【000 (3】。 ) 発明者らは,下記の式(I):(式中,R1 は低級アルキル;R2 はハロゲンにより置換されたフェニル;R3 は低級アルキル;R4 は水素またはヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオン;Xはアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基;破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)で示される化合物又はその閉環ラクトン体である化合物が,優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することを見いだし,本件発明を完成した(【請求項1】【0 ,004】。 ) そして,本件発明に包含される「(+)-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-(N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-(3R,5S)-ジヒドロキシ-(E)-6-ヘプテン酸」【請求 (項2】)を「ナトリウム塩」とした化合物である化合物(Ia-1) 【0029】 ( ,【0034】 のHMG-CoA還元酵素阻害作用を, ) ラット肝ミクロゾーム画分を用いた測定法により測定したところ(【0040】【0041】,メビノリンのナト , )リウム塩の阻害活性を100として,442の相対活性を有していたことから,本件発明の化合物は,メビノリンよりも強力なHMG-CoA還元酵素阻害活性を示す有効な薬剤であると考えられるものである(【0042】。 ) 3 取消事由1について (1) 進歩性の判断について 特許法29条1項は, 「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。」と定め,同項3号として,「特許出願前に日本国内又は外国において」「頒布された刊行物に記載された発明」を挙げている。同条2項は,特許出願前に当業者が同条1項各号に定める発明に基づいて容易に発明をすることができたときは,その発明については,特許を受けることができない旨を規定し,いわゆる進歩性を有していない発明は特許を受けることができないことを定めている。 上記進歩性に係る要件が認められるかどうかは,特許請求の範囲に基づいて特許出願に係る発明(以下「本願発明」という。)を認定した上で,同条1項各号所定の発明と対比し,一致する点及び相違する点を認定し,相違する点が存する場合には,当業者が,出願時(又は優先権主張日。以下「3 取消事由1について」において同じ。 の技術水準に基づいて, ) 当該相違点に対応する本願発明を容易に想到することができたかどうかを判断することとなる。 このような進歩性の判断に際し,本願発明と対比すべき同条1項各号所定の発明(以下「主引用発明」といい,後記「副引用発明」と併せて「引用発明」という。)は,通常,本願発明と技術分野が関連し,当該技術分野における当業者が検討対象とする範囲内のものから選択されるところ,同条1項3号の「刊行物に記載された発明」については,当業者が,出願時の技術水準に基づいて本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する基礎となるべきものであるから,当該刊行物の記載から抽出し得る具体的な技術的思想でなければならない。そして,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,当業者は,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該刊行物の記載から当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできない。 したがって,引用発明として主張された発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを引用発明と認定することはできないと認めるのが相当である。 この理は,本願発明と主引用発明との間の相違点に対応する他の同条 1 項3号所定の「刊行物に記載された発明」(以下「副引用発明」という。)があり,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合において,刊行物から副引用発明を認定するときも,同様である。したがって,副引用発明が「刊行物に記載された発明」であって,当該刊行物に化合物が一般式の形式で記載され,当該一般式が膨大な数の選択肢を有する場合には,特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を積極的あるいは優先的に選択すべき事情がない限り,当該特定の選択肢に係る具体的な技術的思想を抽出することはできず,これを副引用発明と認定することはできないと認めるのが相当である。 そして,上記のとおり,主引用発明に副引用発明を適用することにより本願発明を容易に発明をすることができたかどうかを判断する場合には,@主引用発明又は副引用発明の内容中の示唆,技術分野の関連性,課題や作用・機能の共通性等を総合的に考慮して,主引用発明に副引用発明を適用して本願発明に至る動機付けがあるかどうかを判断するとともに,A適用を阻害する要因の有無,予測できない顕著な効果の有無等を併せ考慮して判断することとなる。特許無効審判の審決に対する取消訴訟においては,上記@については,特許の無効を主張する者(特許拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟及び特許異議の申立てに係る取消決定に対する取消訴訟においては,特許庁長官)が,上記Aについては,特許権者(特許拒絶査定不服審判の審決に対する取消訴訟においては,特許出願人)が,それぞれそれらがあることを基礎付ける事実を主張,立証する必要があるものということができる。 (2) 甲1発明について ア 甲1の記載内容 甲1(特表平3-501613号公報)には,次の記載がある。 (ア) 請求の範囲「1.遊離酸型,またはそのエステルもしくはδ-ラクトン型,或いは適当ならば塩型における式I式中,R1及びR2は独立に,不斉炭素原子を含まぬC1〜6アルキル;C3〜6シクロアルキル;またはであり,ここで,mは0,1,2または3であり;R3は水素,C1〜3アルキル,n-ブチル,i-ブチル,t-ブチル,C 1〜3アルコキシ,n-ブトキシ,i-ブトキシ,トリフルオロメチル,フルオロ,クロロ,フェノキシまたはベンジルオキシであり;R4は水素,C1〜3アルキル,C1〜3アルコキシ,トリフルオロメチル,フルオロ,クロロ,フェノキシまたはベンジルオキシであり;そしてR5は水素,C1〜2アルキル,C1〜2アルコキシ,フルオロまたはクロロであり;条件として,多くて,R3及びR4の1つがトリフルオロメチルであり;多くて,R3及びR4の1つがフェノキシであり;そして多くて,R3及びR4の1つがベンジルオキシであるものとする;或いはR1は上に定義したとおりであり,そしてR2はベンジルオキシ;ペンジルチオ;-N(R8) , 2 但し,R8は独立に,不斉炭素原子を含まぬC1〜4アルキルであるか,または双方のR8は窒素原子と一緒になって,5-,6-または7-員の随時置換されていてもよい環の部分を形成し,該環は随時ヘテロ原子を含んでいてもよい(環B);またはQであり,ここで,QはQ’またはQ”であり,ここで,Q’は複素環式基であり,該基は随時C1〜2アルキルまたはC1〜2アルコキシで一置換または独立に二置換されていてもよく,そしてQ”はQ”a,但し,Q”aは式中,R3,R4及びR5は条件も含めて,上に定義したとおりである,である,またはQ”b,但し,Q”bは式中,R4及びR5は上に定義したとおりである,である,であり;Xはエチレンまたはビニレンであり;そしてYは式式中,R6は水素またはC1〜3アルキルであり;そしてR7は水素,エステル基(R7 ’)またはカチオン(M)である,の基Y’;式式中,R6は上に定義したとおりである,の基Y”;または式式中,R6及びR7は上に定義したとおりである,の基Y”’であり:条件として,Yが基Y”’である場合,Xはビニレンであり,そして/またはR6はC1〜3アルキルであるものとする,の化合物。(特許請求の範囲の請求項1) 」 (イ) 明細書(11頁右下欄9行〜12頁左上欄13行)「殊に本化合物は次の試薬において活性を示す: 試験A.3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル補酵素A(HMG-CoA)還元酵素阻害の試験管内顆粒体評価分析:ヨーロッパ特許第114,027号に記載されている: 試験Aによって次の結果が得られた:実施例11dの生成物:IC50=0.039μM;実施例1b)の生成物:IC50=0.026μM;コンパクチン(Compactin):IC50=1.01μM;メビノリン(Mevinolin):IC50=0.352μM。 IC50は,HMG-CoA還元酵素活性の50%阻害をもたらすために計算された評価分析系における試験物質の濃度である。試験を0.05μM乃至1000μM間の試験物質の濃度で行った。 試験B.生体内コレステロール生合成阻害試験:ヨーロッパ特許第114,027号に記載されている: 試験Bによって次の結果が得られた:実施例11dの生成物:ED50=0.04mg/kg;実施例1b)の生成物:ED50=0.028mg/kg;コンパクチン:ED50=3.5mg/kg;メビノリン:ED50=0.41mg/kg。 ED50は,3β-ヒドロキシステロール合成の50%阻害をもたらすために計算された試験物質の投薬量である。試験を0.01mg/kg乃至10mg/kg間の試験投薬量で行った。 上記の試験データは,本化合物がコレステロール生合成における律速酵素,3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル補酵素A(HMG-CoA)の拮抗阻害剤であり,従つて,本化合物はコレステロール生合成の阻害剤であることを示している。 従つて,本化合物は動物,例えば哺乳類,特に大きな霊長類の動物における血中コレステロールレベルを降下させる際の用途を示し,過脂肪蛋白血症処置剤及び抗アテローム性動脈硬化剤としての用途を示している。」 (ウ) 明細書(12頁左下欄3行〜13頁左上欄3行)「実施例1: (3R,5S)-[E]-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-(1-メチルエチル)-2-(ジメチルアミノ)ピリミジン-5-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6-ヘプテン酸, (1,1-ジメチルエチル)エステル;及びナトリウム塩(R1=イソプロピル R2=ジメチルアミノ; ; Q=4-フルオロフェニル;X=(E)-CH=CH-;Y=基Y’,但し,R4=H,R7=tert-ブチルまたはNaそして立体配置は3R,5Sである)[(方法c)(脱保護)及び塩型で回収]a)脱保護: CH3CN350mlに溶解した(3R,5S)-[E]-3,5-ビス[(1, [1-ジメチルエチル)-ジフェニルシリル]オキシ]-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-(1-メチルエチル)-2-(ジメチルアミノ)ピリミジン-5-イル]-6-ヘプテン酸,1,1-ジメチルエチルエステル(下記参照)14.2gをフッ化テトラ-n-ブチルアンモニウム,三水和物47.2g,アセトニトリル350ml及び氷酢酸9g(8.6ml)の混合物に加えた。混合物をアルゴン下にて45〜50℃で撹拌し,次に65℃で24時間撹拌した。反応混合物を飽和塩化ナトリウム溶液150ml,飽和炭酸ナトリウム溶液200ml及び水1.35lに注ぎ(添加後のpHをほぼ7.5〜8.5にすべきである),混合物をジエチルエーテルで3回抽出した。ジエチルエーテル抽出液を合液し,水各500mlで3回洗浄し,無水MgSO4上で乾燥し,濾過し,減圧下で蒸発させ,油を得た。 粗製の生成物を230-400ASTMシリカゲル上で,溶離剤としてヘキサン:酢酸エチル6:4混合物を用いて,フラッシュクロマトグラフィーにかけた。黄色油が単離されこのものをヘキサンと共に砕解し,淡黄色粉末を得た。(3R,5S)-[E]-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-(1-メチルエチル)-2-(ジメチルアミノ)ピリミジン-5-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6-ヘプテン酸, (1,1-ジメチルエチル)エステルが得られた(融点114〜116℃; 25[α]D=+7.7°,CHCl3)b)加水分解: 上記の工程a)の生成物12.35g,1N NaOH26.0ml及びエタノール150mlを合わせ,室温で3〜4時間撹拌した。溶媒を回転蒸発機で蒸発させた。残渣をトルエン約150mlで処理し,トルエンを回転蒸発機で蒸発させた。 これをくり返し行い,最終残渣をヘキサン-エーテルの混合物と共に砕解し,淡黄色固体を得た。このものを濾過し,乾燥し, (3R,5S)-[E]-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-(1-メチルエチル)-2-(ジメチルアミノ)ピリミジン-5-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6-ヘプタン酸[判決注: 「ヘプテン 25酸」の誤記と認める。]ナトリウムを得た(融点231〜233℃;[α]D=+33.3°,c=H2O 1ml中20.625mg)」 。 (エ) 明細書(20頁左下)「実施例11」 イ 甲1発明の認定 前記アによると,甲1発明は,審決の認定のとおり,「(M=Na)の化合物」であると認められる。この点について,当事者間に争いはない。 (3) 主引用発明の選択について 前記2(2)のとおり,本件発明は,コレステロール生合成の律速酵素である3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリルコエンザイムA(HMG-CoA)還元酵素を特異的に阻害し,コレステロールの合成を抑制することにより,高コレステロール血症,高リポタンパク血症,更にはアテローム性動脈硬化症の治療に有効な,HMG-CoA還元酵素阻害剤に関するものであり,前記(2)アのとおり,甲1発明も,コレステロール生合成における律速酵素である3-ヒドロキシ-3-メチルグルタリル補酵素A(HMG-CoA)の拮抗阻害剤であって,血中コレステロールレベルを降下させる過脂肪蛋白血症処置剤及び抗アテローム性動脈硬化剤に関するものであるから,本件発明と技術分野を共通にし,本件発明の属する技術分野の当業者が検討対象とする範囲内のものであるといえる。 また,本件発明1と前記(2)イ認定の甲1発明とを対比すると,審決の認定のとおり,次の【一致点】記載の点で一致し,この点において,当事者間に争いはなく,近似する構成を有するものであるから,甲1発明は,本件発明の構成と比較し得るものであるといえる。 【一致点】「式(I)(式中,R1は低級アルキル;R2はハロゲンにより置換されたフェニル;R3は低級アルキル;破線は2重結合の有無を,それぞれ表す。)で示される化合物またはその閉環ラクトン体である化合物」である点 そうすると, 甲1発明は,本件発明の進歩性を検討するに当たっての基礎となる,公知の技術的思想といえる。 以上によると,甲1発明は,本件発明についての特許法29条2項の進歩性の判断における主引用発明とすることが不相当であるとは解されない。これに反する被告らの主張を採用することはできない。 (4) 対比 そこで,本件発明1と前記(2)イ認定の甲1発明とを対比すると,前記(3)のとおり,審決認定の【一致点】の点で一致し,次の【相違点】の点で相違する。この点において,当事者間に争いはない。 【相違点】(1-@) Xが,本件発明1では,アルキルスルホニル基により置換されたイミノ基であるのに対し,甲1発明では,メチル基により置換されたイミノ基である点(1-A) R4が,本件発明1では,水素又はヘミカルシウム塩を形成するカルシウムイオンであるのに対し,甲1発明では,ナトリウム塩を形成するナトリウムイオンである点 (5) 本件発明1と甲1発明の相違点の判断 ア 相違点(1-@)の判断 (ア) 原告らは,相違点(1-@)につき,甲1発明に甲2発明を組み合わせること,具体的には,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基(-N(CH3)2)の二つのメチル基(-CH3)のうちの一方を甲2発明であるアルキルスルホニル基(-SO2R’ (R’はアルキル基))に置き換えること,すなわち,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位の「ジメチルアミノ基」を「-N(CH3) (SO2R’」 ) に置き換えることにより,本件発明1に係る構成を容易に想到することができる旨主張している。 そこで,甲2発明について検討する。 (イ)a 甲2(特開平1-261377公報)には,次の記載がある。 (a) 特許請求の範囲「1.一般式式中,R1はシクロアルキルを表わすか,或いはアルキルを表わし,該基はハロゲン,シアノ,アルコキシ,アルキルチオ,アルキルスルホニル,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,トリフルオロメチルチオ,トリフルオロメチルスルホニル,アルコキシカルボニルもしくはアシルで,または式-NR4R5,但し,R4及びR5は同一もしくは相異なるものであり,アルキル,アリール,アラルキル,アシル,アルキルスルホニルまたはアリールスルホニルを表わす,の基で,またはカルバモイル,ジアルキルカルバモイル,スルファモイル,ジアルキルスルファモイル,ヘテロアリール,アリール,アリールオキシ,アリールチオ,アリールスルホニル,アラルコキシ,アラルキルチオもしくはアラルキルスルホニルで置換されていてもよく,最後に述べた置換基のヘテロアリール及びアリール基はハロゲン,シアノ,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,アルキル,アルコキシ,アルキルチオまたはアルキルスルホニルからなる同一もしくは相異なる置換基で一置換,二置換または三置換されていてもよく,R2はヘテロアリールを表わし,該基はハロゲン,アルキル,アルコキシ,アルキルチオ,アルキルスルホニル,アリール,アリールオキシ,アリールチオ,アリールスルホニル,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,トリフルオロメチルチオもしくはアルコキシカルボニルまたは式-NR 4R5,但し,R4及びR5は上記の意味を有する,の基からなる同一もしくは相異なる基で一置換,二置換または三置換されていてもよく或いはR2はアリールを表わし,該基はアルキル,アルコキシ,アルキルチオ,アルキルスルホニル,アリール,アリールオキシ,アリールチオ,アリールスルホニル,アラルキル,アラルコキシ,アラルキルチオ,アラルキルスルホニル,ハロゲン,シアノ,ニトロ,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,トリフルオロメチルチオ,アルコキシカルボニル,スルファモイル,ジアルキルスルファモイル,カルバモイルもしくはジアルキルカルバモイル,または式-NR4R5,但し,R4及びR5は上記の意味を有する,の基からなる同一もしくは相異なる基で一置換乃至五置換されていてもよく,R3は水素を表わすか,シクロアルキルを表わすか,アルキルを表わし,該基はハロゲン,シアノ,アルコキシ,アルキルチオ,アルキルスルホニル,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,トリフルオロメチルチオ,トリフルオロメチルスルホニル,アルコキシカルボニルもしくはアシルで,或いは式-NR4R5,但し,R4及びR5は上記の意味を有する,の基で,またはカルバモイル,ジアルキルカルバモイル,スルファモイル,ジアルキルスルファモイル,ヘテロアリール,アリール,アリールオキシ,アリールチオ,アリールスルホニル,アラルコキシ,アラルキルチオもしくはアラルキルスルホニルで置換されていてもよく,最後に述べた置換基のヘテロアリール及びアリール基はハロゲン,シアノ,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,アルキル,アルコキシ,アルキルチオまたはアルキルスルホニルからなる同一もしくは相異なる基で一置換,二置換または三置換されていてもよく,またはR3はヘテロアリールを表わし,該基はハロゲン,アルキル,アルコキシ,アルキルチオ,アルキルスルホニル,アリール,アリールオキシ,アリールチオ,アリールスルホニル,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,トリフルオロメチルチオもしは(判決注:「もしくは」の誤記と認める。)アルコキシで,または式-NR4R5,但し,R4及びR5は上記の意味を有する,の基からなる同一もしくは相異なる基で一置換,二置換または三置換されていてもよく,或いはR3はアリールを表わし,該基はアルキル,アルコキシ,アルキルチオ,アルキルスルホニル,アリール,アリールオキシ,アリールチオ,アリールスルホニル,アラルキル,アラルコキシ,アラルキルチオ,アラルキルスルホニル,ハロゲン,シアノ,ニトロ,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,トリフルオロメチルチオ,アルコキシカルボニル,スルファモイル,ジアルキルスルファモイル,カルバモイルもしくはジアルキルカルボニルで,または式-NR4R5,但し,R4及びR5は上記の意味を有する,の基からなる同一もしくは相異なる基で一置換乃至五置換されていてもよく,或いはR3はアルコキシ,アリールオキシ,アラルコキシ,アルキルチオ,アリールチオもしくはアラルキルチオを表わすか,または式-NR 4R5,但し,R4及びR5は上記の意味を有する,の基を表わし,Xは式-CH2-CH2-または-CH=CH-の基を表わし,そしてAは式またはの基を表わし,ここに,R6は水素またはアルキルを表わし,そしてR7は水素を表わすか,メチル,アラルキルまたはアリール基を表わすか,或いはカチオンを表わす,の置換されたピリミジン。」 (b) 発明の詳細な説明(6頁左下欄2行〜5行)「驚くべきことに,本発明における置換されたピリミジンはHMG-CoA還元酵素(3-ヒドロキシ-3-メチル-グルタリル補酵素A還元酵素)において良好な阻害作用を示す。」 (c) 発明の詳細な説明(8頁右上欄11行〜左下欄7行)「R7がカチオンを表わす場合,好ましくは生理学的に許容し得る金属カチオンまたはアンモニウムカチオンを意味する。これに関して,アルカリ金属またはアルカリ土類金属カチオン,例えばナトリウムカチオン,カリウムカチオン,マグネシウムカチオンまたはカルシウムカチオン,及びまたアルミニウムカチオンまたはアンモニウムカチオン,並びにまたアミン,例えばジ低級アルキルアミン(C 1〜約C6),トリ低級アルキルアミン(C1〜約C6),ジベンジルアミン,N,N’-ジベンジルエチレンジアミン,N-ベンジル-β-フェニルエチルアミン,N-メチルモルホリン,N-エチルモルホリン,ジヒドロアビエチルアミン,N,N’-ビス-ジヒドロアビエチルエチレンジアミン,N-低級アルキルピペリジン及び塩の生成に使用し得る他のアミンによる無毒性の置換されたアンモニウムカチオンが好ましい。」 (d) 発明の詳細な説明(10頁左上欄下から9行〜11頁右下欄10行)「 一般式(I)の殊に好ましい化合物は, R1がシクロプロピル,シクロペンチルまたはシクロヘキシルを表わすか,或いはメチル,エチル,プロピル,イソプロピル,ブチル,sec-ブチル,tert-ブチルを表わし,その各々はフッ素,塩素,臭素,シアノ,メトキシ,エトキシ,プロポキシ,イソプロポキシ,ブトキシ,sec-ブトキシ,tert-ブトキシ,メチルチオ,エチルチオ,プロピルチオ,イソプロピルチオ,メチルスルホニル,エチルスルホニル,プロピルスルホニル,イソプロピルスルホニル,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メトキシカルボニル,エトキシカルボニル,ブトキシカルボニル,イソブトキシカルボニル,tert-ブトキシカルボニル,ベンゾイル,アセチル,ピリジル,ピリミジル,チエニル,フリル,フェニル,フェノキシ,フェニルチオ,フェニルスルホニル,ベンジルオキシ,ベンジルチオまたはベンジルスルホニルで置換されていてもよく,R2がピリジル,ピリミジル,キノリルまたはイソキノリルを表わし,該基はフッ素,塩素,メチル,メトキシまたはトリフルオロメチルで置換されていてもよく,或いはR2がフェニルを表わし,該基はメチル,エチル,プロピル,イソプロピル,ブチル,イソブチル,tert-ブチル,メトキシ,エトキシ,プロポキシ,イソプロポキシ,ブトキシ,イソブトキシ,tert-ブトキシ,メチルチオ,エチルチオ,プロピルチオ,イソプロピルチオ,メチルスルホニル,エチルスルホニル,プロピルスルホニル,イソプロピルスルホニル,フェニル,フェノキシ,ベンジル,ベンジルオキシ,フッ素,塩素,臭素,シアノ,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メトキシカルボニル,エトキシカルボニル,プロポキシカルボニル,イソプロポキシカルボニル,ブトキシカルボニル,イソブトキシカルボニルまたはtert-ブトキシカルボニルからなる同一もしくは相異なる基で一置換,二置換または三置換されていてもよく,R3が水素,シクロプロピル,シクロペンチルまたはシクロヘキシルを表わすか,メチル,エチル,プロピル,イソプロピル,ブチル,イソブチル,tert-ブチル,ペンチル,イソペンチル,ヘキシルまたはイソヘキシルを表わし,これらの基はフッ素,塩素,臭素,シアノ,メトキシ,エトキシ,プロポキシ,イソプロポキシ,ブトキシ,イソブトキシ,tert-ブトキシ,メチルチオ,エチルチオ,プロピルチオ,イソプロピルチオ,ブチルチオ,イソブチルチオ,tert-ブチルチオ,メチルスルホニル,エチルスルホニル,プロピルスルホニル,イソプロピルスルホニル,ブチルスルホニル,イソブチルスルホニル,tert-ブチルスルホニル,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メトキシカルボニル,エトキシカルボニル,プロポキシカルボニル,イソプロポキシカルボニル,ブトキシカルボニル,イソブトキシカルボニル,tert-ブトキシカルボニル,ベンゾイル,アセチルもしくはエチルカルボニルで,式-NR4R5,但し,R4及びR5は同一もしくは相異なるものであり,メチル,エチル,プロピル,イソプロピル,ブチル,イソブチル,tert-ブチル,フェニル,ベンジル,アセチル,メチルスルホニル,エチルスルホニル,プロピルスルホニル,イソプロピルスルホニルまたはフェニルスルホニルを表わす,の基で,またはピリジル,ピリミジル,ピラジニル,ピリダジニル,キノリン,イソキノリン,チエニル,フリル,フェニル,フェノキシ,フェニルチオ,フェニルスルホニル,ベンジルオキシ,ベンジルチオもしくはベンジルスルホニルで置換されていてもよく,上記のへテロアリール及びアリール基はフッ素,塩素,メチル,エチル,プロピル,イソプロピル,イソブチル,tert-ブチル,メトキシ,エトキシ,プロポキシ,イソプロポキシ,ブトキシ,イソブトキシ,tert-ブトキシ,トリフルオロメチルまたはトリフルオロメトキシで置換されていてもよく,或いはR3がチエニル,フリル,ピリジル,ピリミジル,ピラジニル,ピリダジニル,オキサゾリル,イソキサゾリル,イミダゾリル,ピラゾリル,チアゾリル,イソチアゾリル,キノリル,イソキノリル,ベンズオキサゾリル,ベンズイミダゾリルまたはベンズチアゾリルを表わし,これらの基はフッ素,塩素,メチル,エチル,プロピル,イソプロピル,ブチル,イソブチル,tert-ブチル,メトキシ,エトキシ,プロポキシ,イソプロポキシ,ブトキシ,イソブトキシ,tert-ブトキシ,フェニル,フェノキシ,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メトキシカルボニル,エトキシカルボニル,イソプロポキシカルボニル,プロポキシカルボニル,ブトキシカルボニル,イソブトキシカルボニルまたはtert-ブトキシカルボニルで置換されていてもよく,或いはR3がフェニルを表わし,該基はメチル,エチル,プロピル,イソプロピル,ブチル,イソブチル,tert-ブチル,ペンチル,イソペンチル,ヘキシル,イソヘキシル,メトキシ,エトキシ,プロポキシ,イソプロポキシ,ブトキシ,イソブトキシ,tert-ブトキシ,メチルチオ,エチルチオ,プロピルチオ,イソプロピルチオ,ブチルチオ,イソブチルチオ,tert-ブチルチオ,メチルスルホニル,エチルスルホニル,プロピルスルホニル,イソプロピルスルホニル,ブチルスルホニル,イソブチルスルホニル,tert-ブチルスルホニル,フェニル,フェノキシ,フェニルチオ,フェニルスルホニル,ベンジル,ベンジルオキシ,ベンジルチオ,ベンジルスルホニル,フッ素,塩素,臭素,シアノ,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,トリフルオロメチルチオ,メトキシカルボニル,エトキシカルボニル,プロポキシカルボニル,イソプロポキシカルボニル,ブトキシカルボニル,イソブトキシカルボニルもしくはtert-ブトキシカルボニルまたは基-NR4R5 ,但し,R4及びR5は上記の意味を有する,からなる同一もしくは相異なる基で一置換,二置換または三置換されていてもよく,或いはR3がアルコキシ,アリールオキシ,アラルコキシ,アルキルチオ,アリールチオ,アラルキルチオまたは式-NR4R5,但し,R4及びR5は上記の意味を有する,の基を表わし,Xが式-CH2-CH2-または-CH=CH-の基を表わし,そしてAが式の基を表し,ここに,R6は水素,メチル,エチル,プロピル,イソプロピル,ブチル,イソブチルまたはtert-ブチルを表わし,そしてR7は水素,メチル,エチル,プロピル,イソプロピル,ブチル,イソブチル,tert-ブチルまたはベンジルを表わすか,或いはナトリウム,カリウム,カルシウム,マグネシウムまたはアンモニウムイオンを表わす,化合物である。」 (e) 発明の詳細な説明(11頁右下欄11行〜12頁右上欄8行。 〔図の記載された行を含まない。以下同じ。) 〕「 本発明における一般式(I)の置換されたピリミジンは数個の不斉炭素原子を有し,従って,種々な立体化学的型で存在することができる。本発明は個々の異性体及びその混合物の双方に関する。 基Xまたは基Aの意味に応じて,異なる立体異性体を生じ,これを次に更に詳細に説明する: a)基-X-が式-CH=CH-の基を表わす場合,本発明における化合物は二重結合においてE立体配置(U)またはZ立体配置(V)を有し得る2種の立体異性体型で存在することができる:式中,R1,R2,R3及びAは上記の意味を有する。 E立体配置(U)を有する一般式(I)の化合物が好ましい。 b)基-A-が式の基を表わす場合,一般式(I)の化合物は少なくとも2個の不斉炭素原子即ちヒドロキシル基が結合した2個の炭素原子を有する。これらのヒドロキシル基相互の相対位置に応じて,本発明における化合物はエリスロ立体配置(W)またはスレオ立体配置(X)で存在することができる。 またエリスロ及びスレオ立体配置における化合物の双方の場合に2種のエナンチオマー,即ち3R,5S-異性体または3S,5R-異性体(エリスロ型)並びに3R,5R-異性体及び3S,5S-異性体(スレオ型)が存在する。 これに関して,エリスロ立体配置を有する異性体が好ましく,3R,5S-異性体及び3R,5S-3S,5R-ラセミ体が殊に好ましい。」 (f) 発明の詳細な説明(13頁右上欄1行〜左下欄7行)「 一般式(Ia)及び(Ib)の殊に極めて好ましい化合物は,R1がシクロプロピル,メチル,エチル,プロピル,イソプロピル,ブチル,イソブチルまたはtert.-ブチルを表わし,R2がメチル,メトキシ,フェノキシ,フッ素,塩素またはトリフルオロメチルからなる同一もしくは相異なる基で一置換または二置換されていてもよいフェニルを表わし,R3がメチル,イソプロピル,tert.-ブチルを表わすか,或いはメチル,メトキシ,フッ素または塩素からなる同一もしくは相異なる基で一置換または二置換されていてもよいフェニルを表わし,Xが式の基を表し,そしてAが式または式中,R6は水素を表わし,そしてR7は水素,メチルまたはエチルを表わすか,或いはナトリウムまたはカリウムカチオンを表わす,の基を表わす,化合物である。」 (g) 発明の詳細な説明(実施例) @ 実施例8(22頁左下欄12行〜15行)「実施例 8メチルエリスロ-(E)-3,5-ジヒドロキシ-7-[2,6-ジメチル-4-(4-フルオロフェニル)-ピリミド-5-イル]-ヘプト-6-エノエート」 A 実施例15(24頁右上欄1行〜5行)「実施例 15メチルエリスロ(E)-3,5-ジヒドロキシ-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-メチル-2-フェニル-ピリミド-5-イル]-ヘプト-6-エノエート」 B 実施例23(26頁左上欄下から5行〜末行)「実施例 23メチルエリスロ-(E)-3,5-ジヒドロキシ-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-フェニル-ピリミド-5-イル]-ヘプト-6-エノエート」 C 実施例24(26頁右上欄下から6行〜27頁左上欄10行)「使用実施例実施例 24 酵素活性の測定を,ネス・・・等・・・による変法の如くして行った。・・・・・・相対抑制能力を測定するために,対照物質メビノリンのIC 50値を1とし,同時に測定した試験化合物のIC50値と比較した。 実施例1〜23の活性化合物はメビノリンと比較して高い作用を示した。」 b 前記 a によると,甲2には,一般式(T)で示される化合物が記載されており,前記化合物は,ピリミジン環を有し,そのピリミジン環の2,4,6位に置換基を有するものであって,HMG-CoA還元酵素(3-ヒドロキシ-3-メチル-グルタリル補酵素A還元酵素)において良好な阻害作用を示すものであることが認められる。 (ウ)a 前記(イ)のとおり,甲2の一般式(I)で示される化合物は,甲1の一般式Iで示される化合物と同様,HMG-CoA還元酵素阻害剤を提供しようとするものであり,ピリミジン環を有し,そのピリミジン環の2,4,6位に置換基を有する化合物である点で共通し,甲1発明の化合物は,甲2の一般式(I)で示される化合物に包含される。 甲2には,甲2の一般式(I)で示される化合物のうちの「殊に好ましい化合物」のピリミジン環の2位の置換基R3の選択肢として「-NR4R5」が記載されるとともに,R4及びR5の選択肢として「メチル基」及び「アルキルスルホニル基」が記載されている。 しかし,甲2に記載された「殊に好ましい化合物」におけるR3の選択肢は,極めて多数であり,その数が,少なくとも2000万通り以上あることにつき,原告らは特に争っていないところ,R3として,「-NR4R5」であってR4及びR5を「メチル」及び「アルキルスルホニル」とすることは,2000万通り以上の選択肢のうちの一つになる。 また,甲2には,「殊に好ましい化合物」だけではなく,「殊に極めて好ましい化合物」が記載されているところ,そのR3の選択肢として「-NR4R5」は記載されていない。 さらに,甲2には,甲2の一般式(I)のXとAが甲1発明と同じ構造を有する化合物の実施例として,実施例8(R3はメチル),実施例15(R3はフェニル)及び実施例23(R3はフェニル)が記載されているところ, 3として R 「-NR4R5」を選択したものは記載されていない。 そうすると,甲2にアルキルスルホニル基が記載されているとしても,甲2の記載からは,当業者が,甲2の一般式(I)のR3として「-NR4R5」を積極的あるいは優先的に選択すべき事情を見いだすことはできず,「-NR4R5」を選択した上で,更にR4及びR5として「メチル」及び「アルキルスルホニル」を選択すべき事情を見いだすことは困難である。 したがって,甲2から,ピリミジン環の2位の基を「-N(CH3)(SO2R’ 」 )とするという技術的思想を抽出し得ると評価することはできないのであって,甲2には,相違点(1-@)に係る構成が記載されているとはいえず,甲1発明に甲2発明を組み合わせることにより,本件発明の相違点(1-@)に係る構成とすることはできない。 b 原告らは,甲2には,一般式(T)の化合物全体の製造方法及びHMG-CoA還元酵素阻害活性について記載されているから,「R3」として「NR4R5」を選択した一般式(T)の化合物について技術的裏付けがあると理解できるのであって,「甲2では,「R3」として「NR4R5」を選択した化合物については,その製造方法もHMG-CoA還元酵素阻害活性の薬理試験も記載されていない」旨の審決の認定は誤りである旨主張する。 前記aのとおり,甲2の一般式(I)で示される化合物は,HMG-CoA還元酵素阻害剤を提供しようとするものであり,前記(イ)a(g)のとおり,甲2には,甲2の一般式(I)で示される化合物に包含される甲2の実施例1〜23の化合物が,メビノリンと比較して高いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する旨が記載されている。また,甲16には甲2の一般式(T)の範囲内の特定の化合物についてHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することが記載されており,証拠(甲16,73〜75)及び弁論の全趣旨によると,当業者は,甲2の実施例の一部分が変わっただけの特定の化合物についてHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する蓋然性が高いと理解することがあるものと認められる。 しかし,甲2の実施例1〜23や上記認定の特定の化合物には,スルホンアミド構造を有する化合物は含まれていない。証拠(乙65)及び弁論の全趣旨によると,化学物質がわずかな構造変化で作用の変化を来す可能性があることは,技術常識であるから,甲2の一般式(I)で示される極めて多数の化合物全部について,実施例1〜23や上記認定の特定の化合物と同程度又はそれを上回るHMG-CoA還元酵素阻害活性を有すると期待できるわけではなく,HMG-CoA還元酵素阻害活性が失われることも考えられる。 したがって,甲2から,甲2の一般式(I)で示される極めて多数の化合物全部について,技術的裏付けがあると理解できるとはいえないのであって,原告らの上記主張は,前記aの判断を左右するものではない。 (エ)a 仮に,甲2に相違点(1-@)に係る構成が記載されていると評価できたとしても,前記(2)のとおり,甲1発明の化合物である「(M=Na)の化合物」である「(3R,5S)-[E]-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-(1-メチルエチル)-2-(ジメチルアミノ)ピリミジン-5-イル]-3,5-ジヒドロキシ-6-ヘプテン酸ナトリウム」は,甲1の実施例1b)の生成物であり,HMG-CoA還元酵素阻害活性を有するものであって,甲1の一般式Iで示される化合物に包含され,また,甲1には,甲1の式Iのピリミジン環の2位の置換基R2の選択肢として「-N(R8)2」が記載され,さらに,R8の選択肢として「メチル基」が記載されているものの,R8の選択肢としては「アルキルスルホニル基」は記載されていない。 そうすると,甲1には,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位の「ジメチルアミノ基」を,甲1の式Iの選択肢には含まれない「-N(CH3)(SO2R’)」に置き換える動機付けとなる記載があるとはいえない。 b(a) コレステロールの大部分は肝臓で合成されること,HMG-CoA還元酵素がコレステロールの生合成を触媒すること,HMG-CoA還元酵素阻害剤がコレステロールの生合成を阻害することは,本件優先日当時,当業者の技術常識であったと認められる(甲7,10,11,14)。 本件優先日当時, 「種々のHMGR(HMG-CoA還元酵素)阻害剤の組織(肝)選択性の性質及び有無の両方に関して文献上でかなりの議論がなされて」おり(甲7),また,「HMG-CoA還元酵素阻害薬に含まれるロバスタチンとシンバスタチンがイヌにおいて高用量で白内障を引き起こす可能性がある」という所見があった(甲24)。 そうすると,副作用を考慮して,大部分のコレステロールが合成される肝臓に対して選択性が高いHMG-CoA還元酵素阻害剤を得ようとすることは,本件優先日当時の技術的課題として当業者が認識し得るものであったといえる。 (b) 甲7(弁論の全趣旨によると,平成3年1月1日に発行されたものと認められる。)には,ロバスタチン,プラバスタチンなどのHMG-CoA還元酵素阻害剤となる化合物について,「組織選択性は主に薬剤の相対的親油性による影響を受け,相対的に親水性の高い化合物が高い肝選択性を示す」との仮説を検討したところ,「肝臓と他の組織とで選択性が等しくなる『交差』点は,CLOGP≒2」であり,「これより下の場合,化合物は肝臓に選択的で,これより上の場合は末梢組織に選択的となる」ことが記載されている。また,甲20には,プラバスタチン,ロバスタチン,メバスタチン及びシンバスタチンという四つのHMG-CoA還元酵素阻害剤の親油性(logP)を測定し,ヘキサヒドロナフタレン環の6位にメチル基を有するロバスタチンやシンバスタチンよりも,水酸基を有するプラバスタチンのlogPの値が低いこと,そのような物理化学的特性により,プラバスタチンが肝臓外の細胞によって余り効率的に取り込まれないといえるであろうことが記載されている。 以上の甲7及び甲20の記載からすると,HMG-CoA還元酵素阻害剤において,相対的に親水性の高い化合物が,肝選択性を高める可能性があることが示唆されているといえるから,副作用を考慮して,肝臓に対して選択性が高いHMG-CoA還元酵素阻害剤を得るために,HMG-CoA還元酵素阻害活性を示す化合物を,親水性という指標で評価し,親水性の高い(logPが2以下の)化合物を選択するという動機は本件優先日当時の当業者が認識できたものといえる。 (c) しかし,一方で,ピリジン及びピリミジン置換3,5-ジヒドロキシ-6-ヘプテン酸のラクトンのHMG-CoA還元酵素阻害活性について記載された甲16には,中央の芳香族環の6位における嵩高の親油性の置換基が合成HMG-CoA還元酵素阻害剤の生物活性に大きく寄与することが記載されるとともに,以下の構造式(以下「甲16構造式」という。)「Y=表Uの番号2a〜2qにおいてCH,同番号2t〜2wにおいてN)」において,中央の芳香環(ピリミジン環)の2,4及び6位(R1,R2及びR3)における置換が強力な生物活性をもたらすこと,2位(R1)にイソプロピル基を導入すれば生物活性は最大になること,4位(R2)の4-クロロフェニル及び4-フルオロフェニル置換の類縁体が同等に強力な阻害剤となること,6位(R3)の置換は最適な生物活性のために最も重要で,嵩高のアルキル基の導入又はフェニル部分の導入によって力価の顕著な上昇を得ることができることが記載されている。 ここで,甲1発明の化合物は,ジヒドロキシヘプテン酸のラクトン体ではなく,ジヒドロキシヘプテン酸のナトリウム塩ではあるものの,甲16構造式において, : 「2A-B=(E)-CH=CH」であって,R1にイソプロピル基が導入され,かつ,R2が4-フルオロフェニル置換されたものに相当するから,甲16の記載に接した当業者であれば,甲16構造式におけるR3に相当する,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位の「ジメチルアミノ基」の部分に,嵩高の親油性の置換基,特に,嵩高のアルキル基又はフェニル部分を導入することにより力価の顕著な上昇を期待できると認識するといえる。 そうすると,たとえ,本件優先日当時,副作用を考慮して,HMG-CoA還元酵素阻害活性を示す化合物であって,より親水性の高い化合物を選択するという動機があったとしても,その一方で,甲1発明の化合物においては,そのピリミジン環の2位の「ジメチルアミノ基」部分に,嵩高の親油性の置換基,特に,嵩高のアルキル基あるいはフェニル部分を導入することにより力価の顕著な上昇を期待できると当業者は認識したといえるから,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位の「ジメチルアミノ基」を,嵩高の親油性の置換基とはせずに,より親水性の高い置換基とすることの動機付けが,本件優先日当時の当業者にあったとはいえない。 (d) また,甲9及び甲60には,メチル基よりも親水性の高い基として,メチルスルホニル基(-SO2CH3)以外の基も相当数記載されており,たとえ,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基を,より親水性の高い置換基とすることの動機が本件優先日当時の当業者にあったとしても,本件優先日当時の技術常識からでは,その一方のメチル基を,メチルスルホニル基という特定の基とすることの動機までもが本件優先日当時の当業者にあったとはいえない。 さらに,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基の一方のメチル基をメチルスルホニル基とする動機付けがないことと同様の理由により,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基の一方のメチル基を,メチルスルホニル基を除くアルキルスルホニル基(エチルスルホニル基,プロピルスルホニル基等)とする動機付けもない。 (e) したがって,仮に,甲2に相違点(1-@)に係る構成が記載されていると評価できたとしても,甲1発明の化合物のピリミジン環の2位のジメチルアミノ基を「-N(CH3)(SO2R’)」に置き換えることの動機付けがあったとはいえないのであって,甲1発明において相違点(1-@)に係る構成を採用することの動機付けがあったとはいえない。 (オ) なお,原告らは,審決は,サポート要件の判断では,「コレステロールの生成を抑制する」医薬品となり得る程度に「優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性」を有する化合物又はその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することという課題を設定して判断している一方で,進歩性の動機付けの判断は,課題の基準である「コレステロールの生成を抑制する」医薬品となり得る程度を超える「甲1発明化合物のHMG-CoA還元酵素阻害活性が現状維持されること」という基準を設定し,判断しているから,このようなダブルスタンダードでサポート要件と動機付けを判断することは妥当ではないと主張する。 上記主張のうち,審決のサポート要件についての上記判断が正しいことは,後記4のとおりである。これに対し,進歩性については,既に判示したとおり,甲2に相違点(1-@)に係る構成が記載されておらず,また,仮に甲2に相違点(1-@)に係る構成が記載されていると評価できたとしても,相違点(1-@)の構成を採用する動機付けがあったとはいえないことから,容易に発明をすることができたとはいえないと判断されるのであって,原告らが主張するような基準を設定して判断しているものではないから,原告らが主張するような矛盾が生ずることはない。 (カ) 以上のとおり,甲1発明において,相違点(1-i)の構成を採用することができたとはいえない。 イ 小括そうすると,相違点(1-A)について検討するまでもなく,当業者が,甲1発明に甲2発明を組み合わせることにより,本件発明1を容易に発明をすることができたとは認められない。 また,本件発明2,5及び9〜11の化合物は本件発明1に包含されるものであるところ,本件発明1につき,当業者が容易に発明をすることができたとはいえない以上,本件発明1を更に限定した本件発明2,5及び9〜11についても,当業者が容易に発明をすることができたということはできない。 さらに,本件発明12のHMG-CoA還元酵素阻害剤は,本件発明1の化合物を有効成分として含有するHMG-CoA還元酵素阻害剤であるところ,本件発明1につき,当業者が容易に発明をすることができたとはいえない以上,本件発明12についても,当業者が容易に発明をすることができたということはできない。 したがって,本件発明1,2,5及び9〜12は,いずれも甲1発明に甲2発明を組み合わせることにより,容易に発明をすることができたとは認められず,原告ら主張の取消事由1は理由がない。 4 取消事由2について (1) 判断基準特許請求の範囲の記載が,サポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解される(知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特別部判決参照)。 (2) 本件発明の課題 ア 前記2(1)ウ及びエのとおり,本件明細書の【0003】には,「コレステロールの生成を抑制することがアテローム性動脈硬化の予防および治療に重要であり,このことを考慮して有用な医薬品の開発が望まれている」こと,【0004】には,発明者らが,そのような事情を考慮して,「下記一般式(I): (式中,R1は低級アルキル,アリールまたはアラルキルでありこれらの基はそれぞれ置換されていてもよい;R2およびR3はそれぞれ独立して水素,低級アルキルまたはアリールであり該アルキルおよびアリールはそれぞれ置換されていてもよい;R4は水素,低級アルキルまたは非毒性の薬学的に許容しうる塩を形成する陽イオン;Xは硫黄,酸素,スルホニル基または置換されていてもよいイミノ基;破線は二重結合の有無をそれぞれ表わす)で示される化合物が優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することを見出して」本件発明を完成したことが記載されている。 この一般式(I)で示される化合物は,本件発明1,2,5及び9〜11の化合物を包含するものであり,本件発明1の化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤が本件発明12であるから,本件発明1,2,5及び9〜11の課題は,優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物を提供すること,本件発明12の課題は,そのような化合物を含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することといえる。 イ 前記2(1)イのとおり,本件明細書の【0002】には,HMG-CoA還元酵素阻害剤として,カビの代謝産物又はその部分修飾物であるメビノリン等の第1世代のHMG-CoA還元酵素阻害剤が存在したが,プラバスタチン等の合成HMG-CoA還元酵素阻害剤が開発され,第2世代として期待されていることが記載されている。 しかし,本件明細書の発明の詳細な説明には,これら既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤の問題点等が記載されているわけではなく,前記2(1)ウのとおり,【0003】に「コレステロールの生成を抑制することがアテローム性動脈硬化の予防および治療に重要であり,このことを考慮して有用な医薬品の開発が望まれている。」と記載されているにとどまる。 証拠(甲36)及び弁論の全趣旨によると,医薬品の分野においては,新たな有効成分の薬理活性が既に上市された有効成分と同程度のものであっても,その新たな有効成分は,代替的な解決手段を提供するという点で技術的な価値を有するものと認められる。 以上を考え合わせると,本件発明の課題が,上記の既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤を超えるHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することにあるとまではいうことはできない。 ウ したがって,本件発明の課題は,コレステロールの生成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物,及びその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することであるというべきである。 (3) 解決手段 ア 前記2(1)オのとおり,本件明細書の【0040】及び【0041】には,ラット肝ミクロゾーム画分を用いたHMG-CoA還元酵素阻害活性測定法の手順が具体的に記載されており,【0042】には,その測定結果として,メビノリンナトリウムのHMG-CoA還元酵素阻害活性を100としたときに,化合物(Ia-1)のHMG-CoA還元酵素阻害活性が442であることが記載されている。 この化合物(Ia-1)は,「(+)-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-(N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-(3R,5S)-ジヒドロキシ-(E)-6-ヘプテン酸ナトリウム塩」であり(本件明細書【0029】),本件発明1に包含される「(+)-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-(N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-(3R,5S)-ジヒドロキシ-(E)-6-ヘプテン酸」やその「ヘミカルシウム塩」ではないため,本件発明1に包含されるものではないものの,弁論の全趣旨によると,塩の違いはHMG-CoA還元酵素阻害活性に大きな影響を及ぼさないと認められ,化合物(Ia-1)と本件発明1の化合物のHMG-CoA還元酵素阻害活性は同程度であると解されるから,化合物(Ia-1)がメビノリンナトリウムよりも高いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することが示されている以上,当業者は,「(+)-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-(N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-(3R,5S)-ジヒドロキシ-(E)-6-ヘプテン酸」及びその「ヘミカルシウム塩」も,同様にメビノリンナトリウムよりも高いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有すると理解するといえる。 上記測定結果が1回の測定結果であるからといって,上記判断が左右されることはないし,その他上記判断の信頼性を疑わせる事情を認めるに足りる証拠はない。 そして,本件発明1は,式(I)において,R1は低級アルキル,R2はハロゲンにより置換されたフェニル,R3は低級アルキルを,また,Xはアルキルスルホニル基により置換されたイミノ基を選択した場合の化合物も包含するものであるが,これらの置換基は,「(+)-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-(N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-(3R,5S)-ジヒドロキシ-(E)-6-ヘプテン酸」及びその「ヘミカルシウム塩」が有する基(R1がメチル,R2がフッ素により置換されたフェニル,R3がイソプロピル,Xがメチルスルホニル基により置換されたイミノ基)と化学構造が類似したものであるから,本件発明1に包含されるその余の化合物も,化合物(Ia-1)や,「(+)-7-[4-(4-フルオロフェニル)-6-イソプロピル-2-(N-メチル-N-メチルスルホニルアミノピリミジン)-5-イル]-(3R,5S)-ジヒドロキシ-(E)-6-ヘプテン酸」及びその「ヘミカルシウム塩」と同様にメビノリンナトリウムよりも高いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有すると理解するといえ,これに反する証拠はない。 そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1の化合物が,コレステロールの生成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有すること,すなわち,本件発明の課題を解決できることを当業者が理解することができる程度に記載されているということができる。 イ また,本件発明2,5及び9〜11の化合物は,本件発明1に包含されるものであり,本件発明12のHMG-CoA還元酵素阻害剤は,本件発明1の化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤であるから,これらも同様に,本件明細書の発明の詳細な説明に,本件発明の課題を解決できることを当業者が理解することができる程度に記載されているということができる。 (4) 原告らの主張について ア(ア) 原告らは,本件出願の10年以上前からHMG-CoA還元酵素阻害剤であるコンパクチンが公知であり,本件出願当時,既に複数のHMG-CoA還元酵素阻害剤が医薬品として上市されており,メビノリンナトリウムより強いHMG-CoA還元酵素阻害活性を示す化合物も公知であったから,「コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度」という程度では,技術常識に比較してレベルが低く不適切である旨主張する。 しかし,前記(2)のとおりであって,本件発明の課題が,既に開発されているHMG-CoA還元酵素阻害剤を超えるHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物又は薬剤を提供することであるということはできない。 したがって,原告らの上記主張は,前提において誤りがあり,採用することはできない。 (イ) 原告らは,本件発明1は甲2の一般式(I)の範囲に包含されるから,進歩性が認められるためには,甲2の一般式(I)の他の化合物に比較し顕著な効果を有する必要があるところ,選択発明としての進歩性が担保できない「コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度」という程度では,本件出願当時の技術常識に比較してレベルが著しく低く不適切である旨主張する。 しかし,サポート要件は,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになるので,これを防止するために,特許請求の範囲の記載の要件として規定されている(平成6年法律第116号による改正前の特許法36条5項1号)のに対し,進歩性は,当業者が特許出願時に公知の技術から容易に発明をすることができた発明に対して独占的,排他的な権利を発生させないようにするために,そのような発明を特許付与の対象から排除するものであり,特許の要件として規定されている(特許法29条2項)。そうすると,サポート要件を充足するか否かという判断は,上記の観点から行われるべきであり,その枠組みに進歩性の判断を取り込むべきではない。 したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。 (ウ) 原告らは,本件特許出願人が本件出願時に本件発明1及び甲1発明の化合物が甲2の一般式(T)の範囲内に属することを認識していた以上,「コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度」に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物又はその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することを本件発明の課題としたはずがない旨主張する。 しかし,サポート要件の判断は,特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載につき,出願時の技術常識に基づき行われるべきものであり,その判断が,出願人の出願当時の主観により左右されるとは解されない。 したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。 イ(ア) 原告らは,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明が顕著なHMG-CoA還元酵素阻害活性を有することは示されていないので,当業者は「本件発明の課題」を解決できるとは認識できない旨主張する。 しかし,前記(2)のとおり,本件発明の課題は,コレステロールの生合成を抑制する医薬品となり得る程度に優れたHMG-CoA還元酵素阻害活性を有する化合物,及びその化合物を有効成分として含むHMG-CoA還元酵素阻害剤を提供することであるところ,本件明細書の発明の詳細な説明は,この課題を解決できることを当業者が理解することができる程度に記載されているということができる。本件発明が「顕著な」HMG-CoA還元酵素阻害活性を有する必要があることを前提とする原告らの上記主張は,前提を欠くものであって,採用することはできない。 (イ) 原告らは,本件発明の化合物は,甲2の一般式(T)の選択発明であるから,構造を特定しただけでは新たな技術を開示したことにはならず,顕著な活性が開示されなければ,新たな技術を開示したことにはならない旨主張する。 しかし,サポート要件を充足するか否かという判断の枠組みに進歩性の判断を取り込むべきであるとは解されないことは,前記ア(イ)のとおりである。 したがって,原告らの上記主張は,前提において誤りがあり,採用することはできない。 (ウ) 原告らは,本件特許権者が,本件審判において,本件発明1が,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された化合物(Ia-1)のデータによりサポートされないことを自認していたから,当業者は,本件発明1がその課題を解決できるとは認識できない旨主張する。 しかし,サポート要件の判断は,特許請求の範囲の記載及び発明の詳細な説明の記載につき,出願時の技術常識に基づき行われるべきものであり,その判断が,特許権者の審判段階の主張により左右されるとは解されない。 したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。 ウ 原告らは,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された化合物Ia-1がメビノリンナトリウムよりHMG-CoA還元酵素阻害活性が強いとしても,甲16によると,化合物Ia-1において本件発明1の式(I)のR3に相当する部位のイソプロピル基をメチル基に置換することにより,100倍以上もHMG-CoA還元酵素阻害活性が低下することが示唆されるから,本件発明1の化合物全体が,化合物Ia-1と同様に,メビノリンナトリウムより強いHMG-CoA還元酵素阻害活性を有するとは理解できない旨主張する。 確かに,甲16に記載されている化合物のうち,化合物2tと化合物2r,化合物2sとでは,HMG-CoA還元酵素阻害活性に大きな差があるところ,本件発明1の式(I)のR3に相当する部位が,2tではイソプロピル基であるのに対し,2r,2sではメチル基である点が異なる。しかし,これらの甲16の2tと2r,2sでは,上記の点に加えて,本件発明1の式(I)の「-X-R1」に対応する部位が,2tではイソプロピル基であるのに対し,2r,2sではメチル基である点が相違している。この相違について,原告らは,甲16のピリジン環骨格の化合物である2fと2eとを比較すると,せいぜいHMG-CoA還元酵素阻害活性を3倍程度低下させるにとどまると主張するが,甲16には, 「概して,ピリミジン(2r-w)の構造-活性相関は相当するピリジン類(2a-q)の構造-活性相関と比較可能である(例えば2i対2v,2a対2r,2j対2w;表T)。」との記載があるのみで,甲16に,環構造以外の構造の違いがピリジン環骨格を有する化合物及びピリミジン環骨格を有する化合物においてHMG-CoA還元酵素阻害活性に及ぼす影響が同様である旨が記載されているとは評価できないから,ピリミジン環骨格の化合物である甲16の化合物2t並びに2r及び2sについて,本件発明1の式(I)の「-X-R1」に相当する部位の違いによるHMG-CoA還元酵素阻害活性に対する影響が3倍程度であるということはできない。さらに,化合物Ia-1は,本件発明1の式(I)の「-X-R1」に相当する部位においてアルキルスルホニル基を有しており,上記の2t,2r及び2sと相違する。 そうすると,少なくとも,甲16の記載のみをもって,化合物Ia-1において本件発明の式(I)のR3に相当する部位のイソプロピル基をメチル基に置換すると,HMG-CoA還元酵素阻害活性が100倍以上も低下することが,本件出願当時の当業者の技術常識であったと認めるには足りない。 したがって,原告らの上記主張を採用することはできない。 (5) まとめ 以上のとおりであって,本件発明1,2,5及び9〜12は,平成6年法律第116号附則6条2項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法36条5項1号に適合するものでないとはいえない。 したがって,原告ら主張の取消事由2は理由がない。 |
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結論
よって,原告ら主張の取消事由は,いずれも理由がない。 以上の次第で,原告らの請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 清水節 |
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裁判官 | 部眞規子 |
裁判官 | 森義之 |
裁判官 | 鶴岡稔彦 |
裁判官 | 森岡礼子 |