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関連審決 無効2013-800225
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事件 平成 29年 (行ケ) 10040号 審決取消請求事件

原告新日鐵住金株式会社
同訴訟代理人弁護士 増井和夫 橋口尚幸 齋藤誠二郎
被告 JFEスチール株式会社
同訴訟代理人弁理士 松本悟 奥井正樹
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2018/03/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2013-800225号事件について平成28年12月27日にした審決を取り消す。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 ? 被告は,平成22年9月29日,発明の名称を「熱間プレス部材およびその製造方法」とする特許出願をし,平成23年10月28日,設定の登録(特許第4 1 849186号。優先日:平成21年10月28日及び平成22年4月28日,日本国)を受けた(請求項の数11。甲27。以下,この特許を「本件特許」という。 。
) ? 原告は,平成25年12月12日,本件特許のうち請求項1ないし3及び5ないし11に係る発明について特許無効審判請求をし,無効2013-800225号事件として係属した。
? 被告は,平成26年3月6日,本件特許に係る特許請求の範囲及び明細書を訂正する旨の訂正請求をした(甲28。以下「本件訂正」という。)。
? 特許庁は,平成28年12月27日,本件訂正を認めるとともに,「本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,平成29年1月12日,原告に送達された。
? 原告は,平成29年2月10日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載 本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲請求項1ないし3及び5ないし11の記載は,次のとおりである(甲28)。以下,本件訂正後の請求項1ないし3及び5ないし11に係る発明を「本件発明1」などといい,併せて「本件各発明」という。
また,本件訂正後の明細書(甲28)を,本件特許の図面(甲27)を含めて「本件明細書」という。
【請求項1】鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板,又は,鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み,かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m?超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスした熱間プレス部材であって,部材を構成する鋼板の表層にNi拡散領域が存在し,前記Ni拡散領域上に,順に,Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層,およびZnO層を有し,かつ25℃±5℃の空気飽和した,0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVであることを特徴とする熱間 2 プレス部材。
【請求項2】 Ni拡散領域が鋼板の深さ方向に1μm以上にわたって存在することを特徴とする請求項1に記載の熱間プレス部材。
【請求項3】金属間化合物層が島状に存在することを特徴とする請求項1又は2に記載の熱間プレス部材。
【請求項5】請求項1から3のいずれか一項に記載の熱間プレス部材の製造方法であって,鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を,Ac? 変態点〜1200℃の温度範囲に加熱後熱間プレスすることを特徴とする熱間プレス部材の製造方法
【請求項6】請求項1から3のいずれか一項に記載の熱間プレス部材の製造方法であって,鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み,かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m?超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を,12℃/秒以上の平均昇温速度でAc? 変態点〜1200℃の温度範囲に加熱後熱間プレスすることを特徴とする熱間プレス部材の製造方法
【請求項7】Ac? 変態点〜1200℃の温度範囲に加熱するに際して,85℃/秒以上の平均昇温速度で加熱することを特徴とする請求項5又は6に記載の熱間プレス部材の製造方法
【請求項8】Ni系めっき鋼板として,Zn-Ni合金めっき層上に,さらにSi含有化合物層,Ti含有化合物層,Al含有化合物層,Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有するNi系めっき鋼板を用い,ZnO層の直下にSi含有化合物層,Ti含有化合物層,Al含有化合物層,Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有する熱間プレス部材を製造することを特徴とする請求項5から7のいずれか一項に記載の熱間プレス部材の製造方法
【請求項9】Ni系めっき鋼板の下地鋼板が,質量%で,C:0.15〜0.5%,Si:0.05〜2.0%,Mn:0.5〜3%,P:0.1%以下,S:0.05% 3 以下,Al:0.1%以下,N:0.01%以下を含有し,残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有することを特徴とする請求項5から8のいずれか一項に記載の熱間プレス部材の製造方法
【請求項10】Ni系めっき鋼板の下地鋼板が,さらに,質量%で,Cr:0.01〜1%,Ti:0.2%以下,B:0.0005〜0.08%のうちから選ばれた少なくとも一種を含有することを特徴とする請求項9に記載の熱間プレス部材の製造方法
【請求項11】Ni系めっき鋼板の下地鋼板が,さらに,質量%で,Sb:0.003〜0.03%を含有することを特徴とする請求項9又は10に記載の熱間プレス部材の製造方法
3 本件審決の理由の要旨 ? 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。要するに,@本件発明1ないし3は,下記の引用例1に記載された熱間プレス部材の発明(以下「引用発明1」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない,A本件発明5は,引用例1に記載された熱間プレス部材の製造方法の発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない,B本件発明6は,引用発明2に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない,C本件発明7ないし11は,本件発明5,6を直接又は間接的に引用するものであるから,当業者が容易に発明をすることができたものではない,などというものである。
引用例1:特許第3582504号公報(甲1。平成16年発行) ? 本件各発明と引用発明の対比 本件審決は,引用発明及び本件各発明との一致点・相違点を,以下のとおり認定した。
ア 引用発明 (ア) 引用発明1 4 mass%で,C:0.2%,Si:0.3%,Mn:1.3%,P:0.01%,S:0.002%,Al:0.05%,Ti:0.02%,N:0.004%を含有し,残部がFe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼板の表面に亜鉛-12%ニッケルめっきを50g/m?施しためっき鋼板を,大気炉で850℃,3分間加熱した後,熱間プレスを行った,酸化皮膜が形成され,塗膜密着性と塗装後耐食性を有する熱間プレス成形品。
(イ) 引用発明2 mass%で,C:0.2%,Si:0.3%,Mn:1.3%,P:0.01%,S:0.002%,Al:0.05%,Ti:0.02%,N:0.004%,残部Fe及び不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼板表面に亜鉛-12%ニッケルめっきを50g/m?施しためっき鋼板を熱間プレスした,酸化皮膜が形成され,塗膜密着性と耐食性を有する熱間プレス成形品の製造方法であって,大気炉で850℃,3分間加熱した後,熱間プレスする方法。(以下,引用発明1と2を併せて「引用発明」という。) イ 本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点 (ア) 一致点 「Zn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスした熱間プレス部材であって,構成する鋼板の表層にZnO層を有する熱間プレス部材。」である点。
(イ) 相違点 a 相違点1 Zn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板が,本件発明1では,「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有する」か,又は,「鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み,かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m?超えのZn-Ni合金めっき層を有する」のに対し,引用発明1では,「亜鉛-12%ニッケルめっきを50g/m?施した」ものである点。
5 b 相違点2 本件発明1では,「部材を構成する鋼板の表層に,Ni拡散領域が存在し,前記Ni拡散領域上に,順に,Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層,およびZnO層を有し,かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVである」のに対し,引用発明1では,それが明らかではない点。
ウ 本件発明2と引用発明1との一致点及び相違点 本件審決は,本件発明2と引用発明1との一致点及び相違点について,具体的に記載していないが,以下のとおり認定したものと解される。
(ア) 一致点 前記イ(ア)に同じ。
(イ) 相違点 a 相違点1に同じ。
b 相違点A 本件発明2では,「部材を構成する鋼板の表層に,Ni拡散領域が存在し,前記Ni拡散領域上に,順に,Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層,およびZnO層を有し,かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVであり,前記Ni拡散領域が鋼板の深さ方向に1μm以上にわたって存在」するのに対し,引用発明1では,それが明らかではない点。
エ 本件発明3と引用発明1との一致点及び相違点 本件審決は,本件発明3と引用発明1との一致点及び相違点について,具体的に記載していないが,以下のとおり認定したものと解される。
(ア) 一致点 前記イ(ア)に同じ。
(イ) 相違点 6 a 相違点1及び2又は相違点1及びAに同じ。
b 相違点B 本件発明3では「金属間化合物層が島状に存在する」のに対し,引用発明1ではそれが明らかではない点。
オ 本件発明5と引用発明2との一致点及び相違点 (ア) 一致点 「Zn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスした熱間プレス部材であって,部材を構成する鋼板の表層にZnO層を有する熱間プレス部材の製造方法であって,Ni系めっき鋼板を,Ac? 変態点〜1200℃の温度範囲に加熱後,熱間プレスする熱間プレス部材の製造方法」である点。
(イ) 相違点 a 相違点3 Zn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板が,本件発明5では,「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有する」のに対し,引用発明2では,「亜鉛-12%ニッケルめっきを50g/m?施した」ものである点。
b 相違点4 本件発明5では,熱間プレス部材が「部材を構成する鋼板の表層に,Ni拡散領域が存在し,前記Ni拡散領域上に,順に,Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層,およびZnO層を有し,かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVである」のに対し,引用発明2では,それが明らかではない点。
カ 本件発明6と引用発明2との一致点及び相違点 (ア) 一致点 前記オ(ア)に同じ。
7 (イ) 相違点 a 相違点5 本件発明6では,「鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み,かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m?超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板」であって,「12℃/秒以上の平均昇温速度で」加熱するのに対し,引用発明2では,「亜鉛-12%ニッケルめっきを50g/m?施した」ものであり,平均昇温速度は明らかでない点。
b 相違点6 本件発明6では,「部材を構成する鋼板の表層に,Ni拡散領域が存在し,前記Ni拡散領域上に,順に,Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層,およびZnO層を有し,かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVである」のに対し,引用発明2では,それが明らかではない点。
4 取消事由 ? 本件発明1ないし3の進歩性に係る判断の誤り(取消事由1) ? 本件発明5の進歩性に係る判断の誤り(取消事由2) ? 本件発明6の進歩性に係る判断の誤り(取消事由3) ? 本件発明7ないし11の進歩性に係る判断の誤り(取消事由4)
当事者の主張
1 取消事由1(本件発明1ないし3の進歩性に係る判断の誤り) 〔原告の主張〕 ? 本件発明1 ア 相違点1について 本件審決は,本件発明1は,引用発明1に,甲5の1ないし5に開示された事項を組み合わせることにより,当業者が容易に発明をすることができたものではないと判断したが,以下のとおり,この判断は誤りである。
8 (ア) Ni含有量 引用発明1は,亜鉛-12%ニッケルめっきであり,付着量は50g/m?であるから,「13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板」ではない。
しかし,自動車用鋼板として用いられる亜鉛系めっき鋼板においては,めっき中のNiの含有量を13%以上とすることで優れた特質を得られることは,当業者にとって周知の技術であった(甲5の1〜5)。
また,引用例1には,亜鉛系めっき層の添加元素について,「例えば…亜鉛-12%ニッケル合金めっき…などである。」(【0038】),「亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく,純亜鉛めっき層であっても,…Ni…などの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよい。」と記載されており(【0040】),Ni含有量が12%である引用発明1は実施例の一つにすぎず,Ni含有量は「目的に応じて適宜量添加」すればよいとされている。
さらに,当業者の技術常識に基づくと,本件発明1に係るめっき鋼板表面の構成は,Zn-Niめっき鋼板に熱間プレスを施すと,下地鋼板の組成の若干の相違,めっき中のNi含有量の若干の変動,めっき付着量の多寡にかかわらず,自然に生じるものと理解される。すなわち,Zn-Niめっき層を表面に有した鋼板を加熱すれば,めっき層中のNiが鋼板へ拡散していき,めっき層の直下に「Ni拡散領域」が形成されることは,物理現象として当然に生じるものである。また,10重量%程度以上のNiを含むZn-Niめっき層は,γ相の金属間化合物から構成されるため(甲5の3,16〜18),Ni拡散領域の上には,γ相に相当する金属間化合物層が初めから形成されている。さらに,Zn-Niめっき層の大半はZnであるため,熱間プレスの加熱を行えば,その表面にZnO層が形成されることも当然である。そして,Zn-Niめっきを施さない下地鋼板は自然浸漬電位が-440mVであり,Zn-Ni合金めっきは,Ni含有量が10〜17%程度の範囲で-700〜-500mVであるところ(甲17,21,22),Zn-Niめっき鋼板に熱間プ 9 レスを施すと,加熱により下地鋼板のFeがめっき中に拡散するため,めっき表面の皮膜の自然浸漬電位は,Zn-Ni合金めっきの値よりも若干下地鋼板の値に近づいた値となるものであり,-600〜-360mVという値は,おのずとそのような値になる数値範囲である。
以上のことを考慮すれば,当業者であれば,耐錆性,塗装仕上がり性,プレス成形性といった目的に応じて,引用発明1のZn-Ni合金めっき層のNi含有量を適宜調整し,13%以上として同発明を実施することは設計的事項であって,その結果,引用発明1から相違点1の構成を有する発明に想到することは,極めて容易になし得たものである。
(イ) めっき付着量 引用発明1は,亜鉛-12%ニッケル合金めっきを,片面めっき付着量50g/m?で設けた鋼板を,熱間プレスした部材である。これを本件発明1の「鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み,かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m?超えの」という要件と比較すると,相違するのは,ごく僅かな付着量の相違だけである。
しかし,めっき付着量は,実際の鋼板では付着目標とする量を若干超えることもよくあることである。引用発明1の部材についても,片面めっき付着量が50g/m?を若干超えていたことも,十分あり得る。引用発明1を実施しようとする当業者にとって,めっき付着量を50g/m?とするか,それを僅かに超えた付着量とするかは,誤差の範囲の程度の相違にすぎず,かかる相違点は実質的な相違点ではない。
また,引用例1には,めっき付着量について,通常は20〜90g/m?であり,望ましくは40〜80g/m?の範囲で性能良好となるという説明があり 【003 (9】 , ) 片面めっき付着量が60g/m?である4つの実施例が開示されている 【0 (066】【表5】)。そして,めっき付着量が50g/m?を若干超えたZn-Niめっき鋼板に熱間プレスを施した場合でも,本件発明1に係るめっき鋼板表面の構成が自然に生じるものと理解されることについては,前記(ア)のとおりである。
10 したがって,当業者であれば,引用発明1におけるめっき付着量を50g/m?からごく僅かな量だけ増やすことで本件発明1の相違点1に係る構成に想到することは,容易である。
イ 相違点2について 本件審決は,本件発明1に係る無効理由の判断において,相違点1についてのみ判断し,この相違点1ゆえに,本件発明1は引用発明1から当業者が容易に想到し得るものではないと判断した。しかし,本件審決が判断しなかった相違点2は,以下のとおり,実質的な相違点ではない。
引用例1には,引用発明において,相違点2に係る鋼板の表面構造が生成することは明記されていない。
しかし,Zn-Niめっき鋼板に熱間プレスを施した場合,Ni拡散領域,γ相,ZnO層が,下から上にこの順番で形成され,そのような表面構造を有するめっき部材が本件発明1の自然浸漬電位を有することは,当業者の技術常識に基づいて容易に予測される。すなわち,Zn-Niめっき層を表面に有した鋼板を加熱すれば,めっき層中のNiが鋼板へ拡散していき,めっき層の直下にNi拡散領域が形成されることは,物理現象として当然に生じるものである(甲1,5の5)。また,10重量%程度以上のNiを含むZn-Niめっき層は,γ相の金属間化合物から構成されるため(甲16〜18),Ni拡散領域の上には,γ相に相当する金属間化合物層が初めから形成されている。さらに,Zn-Niめっき層の大半はZnであるため,熱間プレスの加熱を行えば,その表面にZnO層が形成されることも当然である(甲1)。そして,Zn-Niめっきを施さない下地鋼板は自然浸漬電位が-440mVであり,Zn-Ni合金めっきは,Ni含有量が10〜17%程度の範囲で-700〜-500mVであるところ(甲17,21,22),Zn-Niめっき鋼板に熱間プレスを施すと,加熱により下地鋼板のFeがめっき中に拡散するため,めっき表面の皮膜の自然浸漬電位は,Zn-Ni合金めっきの値よりも若干下地鋼板の値に近づいた値となるものであり,-600〜-360mVという値は,おのずとそのよ 11 うな値になる数値範囲である。そして,以下のとおり,甲2による引用発明の再現実験により,この表面構造が生成することが確認されている。
甲2は,引用発明に係る亜鉛-12%ニッケル合金電気めっき鋼板につき,その再現実験として,引用例1の【表1】及び【表5】に記載される鋼種Aの化学成分を狙い値として製造された鋼種(鋼種A)に対し,鋼板表面の皮膜状態の構造の調査を行った結果の報告書である。また,同報告書には,鋼種Aに近い成分にCr,Bを加えて製造した鋼種Xについての実験結果も記載されている。甲2によれば,引用例1の再現実験に相当するもの及びそこから鋼板の鋼種,めっき中のNi含有量等の条件を変更した合計16の試料において,鋼板表面の皮膜状態の構造について,Ni拡散領域上に,順にγ相に相当する金属間化合物層及びZnO層を有し,かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVであることが確認される。また,これらの結果から,下地鋼板の成分組成の若干の相違(鋼種Aと鋼種X程度の相違)が,熱間プレス後の鋼板表面の構造に影響していないことも分かる。
したがって,相違点2は実質的な相違点とはいえない。
? 本件発明2及び3 本件審決は,相違点1の判断のみで,本件発明2及び3についても無効理由は成り立たないと判断した。しかし,前記?アのとおり,相違点1についての本件審決の判断は誤りであるから,本件発明1を引用する本件発明2及び3についても取り消されるべきである。
なお,甲2によれば,引用例1の再現実験に相当するもの及びそこから鋼板の鋼種,めっき中のNi含有量等の条件を変更した合計16の試料において,鋼板表面の皮膜状態の構造について,Ni拡散領域上に,順にγ相に相当する金属間化合物層及びZnO層を有し,かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVであること,Ni拡散領域は3μm以上の厚みとなっていることが確認され,上記16の試料の 12 うち15の試料において,島状の金属間化合物の構造が確認される。したがって,相違点2と同様に,相違点A及びBも実質的な相違点とはいえない。
〔被告の主張〕 ? 本件発明1 ア 相違点1について (ア) Ni含有量 甲5の1ないし4に,自動車用鋼板として用いられるZn-Niめっき鋼板において,Ni含有量が13%以上であるものが記載されているとしても,これらは熱間プレス部材ではないから,熱間プレスの加熱により,鋼板の表層にNi拡散領域が形成されることは記載も示唆もされていない。また,甲5の5には,熱間プレス用Zn系めっき鋼板としてZn-Niめっき鋼板を用いることが記載されているが,Ni含有量が13%以上のものは具体的に記載がなく,鋼板の表層にNi拡散領域が形成されることについては全く記載がない。さらに,甲5の1ないし5には,「腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制可能な熱間プレス部材およびその製造方法」を提供するという本件各発明の課題は示されていない。
また,引用例1には,Niを添加する目的についての記載はなく,具体的には,亜鉛合金めっきの系の例としてNiを12%添加することが記載されている(【0038】【0066】の【表5】No.2)だけであり,腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制するために,Zn-Ni合金めっき層のNiの含有量を「13質量%以上」とすることは全く示唆されていない。
さらに,本件発明1に係るめっき鋼板表面の構成は,Zn-Niめっき鋼板に熱間プレスを施すと,下地鋼板の組成の若干の相違,めっき中のNi含有量の若干の変動,めっき付着量の多寡にかかわらず,自然に生じるものと理解されるとの原告の主張は,本件特許の出願前の証拠によって証明されていない。この点に関して原告が提出する証拠(甲5の3,16〜18,21,22)は,いずれも熱間プレス部材に関するものではない。
13 したがって,鋼板の表層にNi拡散領域を十分に形成し,腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制可能な熱間プレス部材とするために,引用発明1において,Zn-Niめっき鋼板のNi含有量を,12質量%から13質量%以上のものに変更することが,当業者にとって容易に想到できたとはいえないし,また,そのように変更する動機付けがあるともいえない。
(イ) めっき付着量 引用例1には,「腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制可能な熱間プレス部材およびその製造方法」を提供するという,本件各発明の課題については記載されていない。また,引用例1には,酸化亜鉛層の形成,耐食性の確保の観点から,めっき付着量は,通常は20〜90g/m?,望ましくは40〜80g/m?の範囲と記載されているだけであり,本件審決の認定するとおり,付着量について「20〜90g/m?」の範囲を区別していないから,Ni拡散領域を十分に形成して,腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制するために,12質量%のNiを含む亜鉛-ニッケルめっきの付着量を「50g/m?超え」とすることが示唆されているとはいえない。なお,引用例1に記載された,片面めっき付着量が60g/m?である4つの実施例は,いずれも亜鉛-ニッケルめっきとは全く異なるめっきであり,Ni拡散領域を十分に形成するために,12質量%のNiを含む亜鉛-ニッケルめっきの付着量を「50g/m?超え」とすることを示唆するものではない。
さらに,本件発明1に係るめっき鋼板表面の構成は,Zn-Niめっき鋼板に熱間プレスを施すと自然に生じるものと理解されるとの原告の主張に理由がないことについては,前記(ア)のとおりである。
本件審決が認定判断するとおり,一般的に,加熱により,めっき鋼板の表面構造が変化することも考慮すると,引用発明1において,均一酸化皮膜が形成され,プレス成形性,塗膜密着性,塗装後耐食性のいずれも良好である「亜鉛-12%ニッケルめっきを片面付着量で50g/m?」施したものを,「鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み,かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m?超えの 14 Zn-Ni合金めっき層を有する」ものに変更することが直ちに動機付けられるものとは認められない。
イ 相違点2について 甲2に記載された,合計16の試料の実験結果のうち10試料は,引用発明1から鋼種,Ni含有量,加熱条件を変更したものであるから,引用発明1の再現実験とは到底いえず,本件発明1に導かれて行われた,いわゆる後知恵実験に相当するものである。したがって,上記10試料に係る実験結果は,特許法29条1項1号公然知られた発明でも,同項3号の刊行物記載発明でもなく,これらの実験結果に基づく原告の主張は,失当である。
なお,原告は,Zn-Niめっき鋼板に熱間プレスを施した場合,Ni拡散領域,γ相,ZnO層が,下から上にこの順番で形成され,そのような表面構造を有するめっき部材が本件発明1の自然浸漬電位を有することは,当業者の技術常識に基づいて容易に予測されると主張するが,これを認めるに足りる証拠はなく,下地鋼板として甲2の鋼種Aを用いた引用発明の再現実験を行い,本件明細書に記載されている各種評価を行うことにより初めて確認されたものである。
? 本件発明2及び3 前記?アのとおり,相違点1についての本件審決の判断に誤りはないから,本件発明2及び3についても無効理由は成り立たないとした本件審決の判断に誤りはない。
また,相違点A及びBについては,前記?イのとおり,引用例1に記載された発明とはいえない甲2に記載された実験結果に基づく原告の主張は失当である。
2 取消事由2(本件発明5の進歩性に係る判断の誤り) 〔原告の主張〕 相違点3は,相違点1のうち,Ni含有量の相違についてのみの相違点である。
したがって,相違点1の判断が誤りであるのと同じ理由により,相違点3の判断も誤りであり,本件発明5についての本件審決の判断も取り消されるべきである。
15 なお,相違点4は,相違点2と同様の相違点であり,前記1〔原告の主張〕?イのとおり,実質的な相違点とはいえない。
〔被告の主張〕 前記1〔被告の主張〕?アと同様に,相違点3についての本件審決の判断に誤りはない。
3 取消事由3(本件発明6の進歩性に係る判断の誤り) 〔原告の主張〕 ? 相違点5について ア めっき付着量 相違点5のうち,Zn-Niめっき付着量の相違が,実質的な相違点ではなく,当業者が容易に想到し得るものであることについては,前記1 〔原告の主張〕?ア(イ)のとおりである。
イ 平均昇温速度 甲6の1には,鋼板の熱間プレス成形の際に,昇温速度を50℃/秒以上とすることで,鋼板表面のスケール生成を抑制し,スケール厚さを薄くすることができることが開示されている。また,甲6の2には,鋼板の熱間プレスの加熱において加熱炉を用いていたのでは,昇温時間が長くなるためスケール付着の問題があり,それを解決するために通電加熱が用いられること,室温から900℃まで約15秒で通電加熱した実施例が開示されている。さらに,甲6の3には,熱間加工における通電加熱は,亜鉛めっき鋼板のようなめっき鋼板にも好適に適用されることが開示されている。
また,引用発明2における課題の解決手段は,「亜鉛系めっき鋼板に熱間プレスを適用する」というものであり,熱間プレスの方法として,特別な熱間プレスの方法を提案・適用するものではなく,引用例1の発明の詳細な説明にも,熱間プレスの条件については,加熱の温度(700〜1000℃)以外には,特に限定するようなことは何も記載されていない。引用発明2に関しても,加熱の際の昇温速度に 16 ついては記載がなく,「850℃3分間加熱後プレス」と記載されているのみである。そのため,当業者であれば,引用例1における加熱温度以外の熱間プレスの条件としては,通常の熱間プレスの条件を参照し適用すればよいと理解する。
したがって,甲6の1ないし3に接した当業者であれば,引用発明2の工程において,甲6の1及び2の通電加熱を適用し,昇温速度を50℃/秒以上とすることで,スケール付着をより効果的に防止し得ることは,容易に想到し得る。よって,本件発明6の「12℃/秒以上の平均昇温速度」という構成については,引用発明2に,甲6の1ないし3の開示を組み合わせることで,当業者が容易に想到し得る。
? 相違点6について 相違点6は,相違点2と同様の相違点であり,前記1〔原告の主張〕?イのとおり,実質的な相違点とはいえない。
? 小括 よって,本件発明6は,引用発明2に甲6の1ないし3の開示を組み合わせることにより,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないとした,本件審決の判断は取り消されるべきである。
〔被告の主張〕 ? 相違点5について ア めっき付着量 当業者において,引用発明2における「亜鉛-12%ニッケルめっきを片面付着量で50g/m?」施したものを,「鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み,かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m?超えのZn-Ni合金めっき層を有する」ものに変更することが直ちに動機付けられるものとは認められないことなどについては,前記1〔被告の主張〕?ア(イ)のとおりである。
イ 平均昇温速度 甲6の1・2には,めっき鋼板を熱間プレスすることについては全く記載されていない。一方,引用発明2は,難プレス成形材料をそのまま熱間プレス成形するも 17 のではなく,亜鉛系めっき鋼板を熱間プレスするものであって,甲6の1・2に記載された発明のように鋼板表面のスケール生成の抑制を課題とするものではない。
したがって,引用発明2に甲6の1・2に記載された発明を組み合わせる動機付けはない。
また,甲6の3には,亜鉛めっき鋼板を熱間成形することは,具体的に記載されていないから,亜鉛めっき鋼板を700〜1000℃という高温に通電加熱した場合,「めっき層は溶融し,表面より流失し,あるいは溶融・蒸発して残存しないか,残存しても表面性状は著しく劣ったものとなる」という引用例1の課題を解決し得るかどうか明らかでない。したがって,甲6の3の開示に接した当業者が,甲6の1・2に開示された通電加熱を引用例1に適用することを動機付けられるとはいえない。
さらに,本件明細書には,「Zn-Ni合金めっき層のNi含有率が10質量%未満だったり,平均昇温速度が12℃/秒未満だと,Ni拡散領域の形成が不十分となるだけでなく,Znの蒸発が活発となり過ぎるため上記のような金属間化合物層を形成することができない。」(【0030】)と記載されているが,甲6の1ないし3には,Zn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスすることについては,全く記載されていないから,特定のめっき鋼板を「12℃/秒以上の平均昇温速度で」加熱すると,Ni拡散領域,γ相に相当する金属間化合物層が形成されることは予測し得るものではなく,また,このNi拡散領域により,腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制されることについても予測し得るものではないから,引用例1に甲6の1ないし3を組み合わせても,相違点5に係る構成を当業者が容易に想到し得るとはいえない。
4 取消事由4(本件発明7ないし11の進歩性に係る判断の誤り) 〔原告の主張〕 前記2及び3の〔原告の主張〕のとおり,本件発明5及び6は当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないとする本件審決の判断は誤りであるから, 18 本件発明5及び6を直接又は間接的に引用する本件発明7ないし11に係る本件審決も,当然に取り消されるべきである。
〔被告の主張〕 前記2及び3の〔被告の主張〕のとおり,原告の主張は理由がない。
当裁判所の判断
1 本件各発明について 本件各発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2のとおりであるところ,本件明細書の記載によれば,本件各発明の特徴は,以下のとおりである。また,本件明細書には,別紙本件明細書図表目録【表1】ないし【表4】のとおり,図表が記載されている。
? 技術分野 本発明は,加熱された鋼板をプレス加工して製造する熱間プレス部材,特に,自動車の足廻り部や車体構造部などで用いられる熱間プレス部材及びその製造方法に関するものである。(【0001】) ? 背景技術 近年,地球環境の保全という観点から,自動車車体の軽量化が熱望され,使用する鋼板を高強度化して,その板厚を低減する努力が続けられている。しかし,鋼板の高強度化に伴ってそのプレス加工性が低下するため,鋼板を所望の部材形状に加工することが困難になる場合が多くなっている。そのため,金型を用いて加熱された鋼板を加工すると同時に急冷することにより加工の容易化と高強度化の両立を可能にした熱間プレスと呼ばれる加工技術が提案されているが,熱間プレス前に鋼板を950℃前後の高い温度に加熱するため,鋼板表面にはスケール(Fe酸化物)が生成し,そのスケールが熱間プレス時に剥離して,金型を損傷させる,または熱間プレス後の部材表面を損傷させるという問題や,部材表面に残ったスケールは,外観不良,塗装密着性の低下,塗装後耐食性の低下の原因にもなる。このようなことから,熱間プレス前の加熱時にスケールの生成を抑制し,熱間プレス後の部材の 19 塗装密着性や塗装後耐食性を向上させることのできる熱間プレス技術が要望され,表面にめっき層などの被膜を設けた鋼板やそれを用いた熱間プレス方法が提案されている。(【0002】〜【0005】) ? 発明が解決しようとする課題 しかし,従来の熱間プレス部材では,熱間プレス前の加熱時の鋼中への水素侵入より,むしろ使用環境中の腐食に伴う鋼中への水素侵入による水素脆化の問題がある。本発明は,スケールの生成がなく製造でき,優れた塗装密着性と塗装後耐食性を有するとともに,腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制可能な熱間プレス部材及びその製造方法を提供することを目的とする。(【0006】【0007】) ? 課題を解決するための手段 ア 本発明者らは,前記?を目的とする熱間プレス部材について検討した結果,以下の知見を得た。
@ 部材を構成する鋼板の表層に,Ni拡散領域を存在させると,腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制される。
A Ni拡散領域上にZn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層を設けると,優れた塗装後耐食性が得られる。
B 金属間化合物層上にZnO層を設けると,優れた塗装密着性が得られる。
(【0008】〜【0011】) イ 本発明は,このような知見に基づきなされたもので,部材を構成する鋼板の表層に,Ni拡散領域が存在し,前記Ni拡散領域上に,順に,Zn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層,およびZnO層を有し,かつ25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVであることを特徴とする熱間プレス部材を提供する。(【0012】) ウ 本発明の熱間プレス部材では,Ni拡散領域が鋼板の深さ方向に1μm以上にわたって存在すること,金属間化合物層が島状に存在すること,ZnO層の直下 20 にSi含有化合物層,Ti含有化合物層,Al含有化合物層,Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有することが好ましい。(【0013】) エ 本発明の熱間プレス部材は,鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を,Ac? 変態点〜1200℃の温度範囲に加熱後,あるいは鋼板表面に10質量%以上13質量%未満のNiを含み,かつ鋼板片面当たりの付着量が50g/m?超えのZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を,12℃/秒以上の平均昇温速度でAc? 変態点〜1200℃の温度範囲に加熱後,熱間プレスすることによって製造できる。このとき,Ac?変態点〜1200℃の温度範囲に加熱するに際して,85℃/秒以上の平均昇温速度で加熱することが好ましい。(【0014】) オ Ni系めっき鋼板として,Zn-Ni合金めっき層上に,さらにSi含有化合物層,Ti含有化合物層,Al含有化合物層,Zr含有化合物層のうちから選ばれた少なくとも一種の化合物層を有するNi系めっき鋼板を用いることが好ましい。
(【0015】) カ Ni系めっき鋼板の下地鋼板として,質量%で,C:0.15〜0.5%,Si:0.05〜2.0%,Mn:0.5〜3%,P:0.1%以下,S:0.05%以下,Al:0.1%以下,N:0.01%以下を含有し,残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有する鋼板や,さらに,質量%で,Cr:0.01〜1%,Ti:0.2%以下,B:0.0005〜0.08%のうちから選ばれた少なくとも一種や,Sb:0.003〜0.03%を,個別にあるいは同時に含有する鋼板を用いることが好ましい。(【0016】) ? 発明の効果 本発明により,スケールの生成がなく製造でき,優れた塗装密着性と塗装後耐食性を有するとともに,腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制可能な熱間プレス部材を製造できるようになった。(【0017】) 21 ? 熱間プレス部材 ア Ni拡散領域 腐食による鋼板内部への水素侵入は,湿潤環境下におけるFe錆の酸化還元反応に関係しており,水素侵入を抑制するには,Fe錆が変化しにくい安定な錆であることが必要である。Fe錆の安定化には,Ni拡散領域が有効である。Ni拡散領域とは,熱間プレス前の加熱時にNi系めっき層から鋼中に拡散してくるNiが固溶状態で存在している領域をいう。(【0019】〜【0021】) イ γ相に相当する金属間化合物層 Ni拡散領域上のZn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層は,その腐食電位が鋼に対する犠牲防食効果を有するので,塗装後耐食性の向上に効果的である。また,金属間化合物層が少なく,自然浸漬電位が-360mVより貴になると,鋼に対する犠牲防食効果が失われ,塗装後耐食性が劣化する一方,金属間化合物層が多く,自然浸漬電位が-600mVより卑になると,腐食に伴い水素発生量が増大し,Ni拡散領域が存在しても水素侵入が起こる場合が生じるため,25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVとなるような存在量の金属間化合物層を設けることが必要である。上記のような存在量とするには,金属間化合物層を島状に存在させることが好ましい。(【0022】【0024】) ウ ZnO層 最表層に設けられるZnO層は,前記イの金属間化合物層との密着性に優れるだけでなく,塗装下地処理時に形成される化成処理皮膜との密着性にも優れているため,塗装密着性を大きく向上させる。(【0025】) エ 製造方法 本発明の熱間プレス部材は,鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を,Ac? 変態点〜1200℃の温度範囲に加熱後熱間プレスすることによって製造できる。このようなNi系めっき鋼板を 22 Ac? 変態点〜1200℃の温度範囲に加熱することにより,めっき層のNiが鋼板内へ拡散し,Ni拡散領域を形成する。また,表面にある13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層により,前記イのような金属間化合物層が形成されるとともに,Znの一部が表面まで拡散し,最表層にZnO層が形成される。
Zn-Ni合金めっき層のNi含有率が13質量%未満であっても,Ni含有率を10質量%以上とし,鋼板片面当たりのZn-Ni合金めっき層の付着量を50g/m?超えとし,12℃/秒以上の平均昇温速度でAc? 変態点〜1200℃の温度範囲に加熱後熱間プレスすることによって,本発明の熱間プレス部材を製造できる。Zn-Ni合金めっき層のNi含有率が10質量%未満だったり,平均昇温速度が12℃/秒未満だと,Ni拡散領域の形成が不十分となるだけでなく,Znの蒸発が活発となり過ぎるため,上記のような金属間化合物層を形成することができない。また,鋼板片面当たりのZn-Ni合金めっき層の付着量が50g/m?以下では,Ni拡散領域の形成が不十分となる。平均昇温速度とは,室温から最高到達板温に至るまでの温度差を,室温から最高到達板温に至るまでの時間で除した値で定義する。
(【0028】〜【0030】) オ 実施例 質量%で,C:0.23%,Si:0.12%,Mn:1.5%,P:0.01%,S:0.01%,Al:0.03%,N:0.005%,Cr:0.4%,B:0.0022%を含み,残部がFeおよび不可避的不純物からなる成分組成を有し,Ac? 変態点が818℃で,板厚1.6mmの冷延鋼板の両面に,50g/L(リットル)の硫酸ナトリウム,100g/Lの硫酸ニッケル・6水和物,50g/Lの硫酸亜鉛・7水和物からなるpH2,温度50℃のめっき浴中で電流密度を10〜50A/dm?に変えて電気めっき処理を施し,【表1】,【表2】に示すNi含有率および付着量の異なるZn-Ni合金めっき層を形成した。こうして得られた素材の鋼板から採取した200mm×220mmのブランクを,平均昇温速度8℃/ 23 秒で加熱する場合は大気雰囲気の電気炉内で,【表1】,【表2】に示す加熱温度で10分間加熱後,炉内から取り出し,直ちに図2に模式的に示したようなプレス方法で絞り加工し,熱間プレス部材No.1,4,7〜21,28〜30,34,37,40,41を作製した。また,一部の鋼板については,直接通電加熱により平均昇温速度12℃/秒または90℃/秒で加熱し,【表1】,【表2】に示す加熱温度に到達後,炉内から取り出し,直ちに上記と同様のプレス方法で絞り加工し,熱間プレス部材No.2,3,5,6,22〜27,31〜33,35,36,38,39を作製した。そして,部材頭部の平坦部から試料を採取し,上記の方法で,Ni拡散領域の深さ,ZnO層の厚み,金属間化合物層の存在量の指標となる自然浸漬電位を測定するとともに,金属間化合物層の状態を断面SEM観察により確認した。また,次の方法により,耐スケール性,塗装密着性,塗装後耐食性,耐水素侵入性を調査した。
耐スケール性:熱間プレス後の非ポンチ接触面を目視観察し,スケールの付着の有無(○:付着なし ×:付着あり)を評価した。
塗装密着性:部材頭部の平坦部から試料を採取し,非ポンチ接触面に日本パーカライジング株式会社製PB-SX35を使用して標準条件で化成処理を施した後,関西ペイント株式会社製電着塗料GT-10HTグレーを170℃×20分間の焼付け条件で膜厚20μm成膜して,塗装試験片を作製した。そして,作製した試験片の化成処理および電着塗装を施した面に対してカッターナイフで碁盤目(10×10個,1mm間隔)の鋼素地まで到達するカットを入れ,接着テープにより貼着・剥離する碁盤目テープ剥離試験を行った。剥離なし(○),又は1〜10個の碁盤目で剥離(△)であれば本発明の目的を満足しているとした。
塗装後耐食性:上記塗装密着性の場合と同様な方法で作製した塗装試験片の化成処理および電着塗装を施した面に,カッターナイフで塗膜にクロスカットを入れた後,SAE-J2334に準拠した腐食試験サイクル条件で腐食試験を行い,25サイクル後の最大片側塗膜膨れ幅を測定し,「0mm≦膨れ幅<1.5mm」(○) 24 又は「1.5mm≦膨れ幅<3.0mm」(△)であれば本発明の目的を満足しているとした。
耐水素侵入性:部材頭部の平坦部から試料を採取し,一方の面(ポンチ接触面)を鏡面研削して板厚を1mmとした。次に,作用極を試料,対極を白金とし,研削面にNiめっきを行い水素検出面として,図3に模式的に示す電気化学セルにセットし,非研削面を大気中,室温で腐食させながら鋼中に侵入する水素量を電気化学的水素透過法で測定した。すなわち,水素検出面側には0.1MNaOH水溶液を充填し,塩橋を通じて参照電極(Ag/AgCl)をセットして,非研削面(評価面:非ポンチ接触面)側に0.5MNaCl溶液を滴下し,大気中,室温で腐食させ,水素検出面側の電位が0VvsAg/AgClになるようにして,1回/日の頻度で腐食部に純水を滴下しながら水素透過電流値を連続的に5日間測定し,その最大電流値から腐食に伴う耐水素侵入性を,「最大電流値が冷延鋼板の場合の1/10以下」(◎) 「最大電流値が冷延鋼板の場合の1/10超〜1/2以下」 , (○)「最大電流値が冷延鋼板の場合の1/2超〜冷延鋼板と同じ」(×)で評価し,◎又は○であれば本発明の目的を満足しているとした。
試験結果は【表3】,【表4】のとおりであり,本発明である熱間プレス部材No.1〜27,30は,耐スケール性,塗装密着性,塗装後耐食性,耐水素侵入性に優れている。
(【0055】【表1】〜【表4】) 2 引用発明 ? 引用例1(甲1)には,引用発明に関し,おおむね,以下の記載がある。また,引用例1には,別紙引用例図表目録【表1】及び【表5】のとおり,図表が記載されている。
ア 特許請求の範囲 【請求項1】表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛または亜鉛系合金のめっき層を鋼板表面に有することを特徴とする700〜1000℃に 25 加熱されてプレスされる熱間プレス用鋼板。
【請求項2】前記酸化皮膜が亜鉛の酸化物層から成る請求項1記載の熱間プレス用鋼板。
発明の詳細な説明 (ア) 発明の属する技術分野 本発明は,熱間プレス用鋼材,特に自動車用の足廻り,シャ-シ,補強部品などの製造に使用される熱間プレス用鋼板及び鋼材に関するものである。【0001】 ( ) (イ) 従来の技術 近年,自動車の軽量化のため,鋼材の高強度化を図り,使用する鋼材の厚みを減ずる努力が進んでいる。しかし,鋼材としての鋼板をプレス成形,例えば絞り成形を行うことを考えた場合,使用する鋼板の強度が高くなると,絞り成形加工時に金型との接触圧力が高まり鋼板のカジリや鋼板の破断が発生したり,また,そのような問題を少しでも軽減しようと鋼板の絞り成形時の材料の金型内への流入を高めるためブランク押さえ圧を下げると,成形後の形状がばらつく等の問題点がある。【0 (002】) (ウ) 発明が解決しようとする課題 このような難プレス成形材料をプレス成形する技術として,熱間プレス成形が考えられる。しかし,熱間プレス成形は,加熱した鋼板を加工する成形方法であるため,表面酸化は避けられず,鉄酸化物がプレス時に脱落して金型に付着して生産性を低下させたり,あるいはプレス後の製品にそのような酸化皮膜が残存して外観が不良となるという問題がある。しかも,このような酸化皮膜が残存すると,次工程で塗装する場合に鋼板との塗膜密着性が劣ることになる。また,スケールが残存する場合,次工程で塗装しても,スケール/鋼板間の密着性不芳のせいで塗膜密着性が劣る。本発明の課題は,難プレス成形材料について熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき,外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供することであり,具体的課題は,耐食性確保のための後処理を必要とせずに,難プレス成形材料であ 26 る高張力鋼板の熱間プレス成形を可能とし,同時に耐食性をも確保できる技術を提供することである。(【0005】【0006】【0014】【0015】) (エ) 課題を解決するための手段 本発明者らは,かかる課題を解決する手段について検討した結果,耐食性湿潤環境において鋼板の犠牲防食作用のある亜鉛系めっき鋼板に熱間プレスを適用することを着想した。そして,熱間プレスを行っても表面性状が良好であるための条件を求めたところ,めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が,下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されていることが判明した。また,めっき層は,かなり合金化が進んでおり,それにより,めっき層が高融点化してめっき層表面からの亜鉛の蒸発を防止しており,かつ鋼板の鉄酸化物形成を抑制していることが判明した。しかも,このようにして加熱されためっき層は,熱間プレス成形後においてめっき層と母材である鋼板との密着性が良好であることが判明した。(【0016】〜【0019】) (オ) 亜鉛系めっき層 本発明において,バリア層を備えた亜鉛系めっき層を設けるには,通常の合金化処理を行えばよい。所定厚みのめっき層が得られるのであれば,例えば,電気めっき,溶射めっき,蒸着めっき等その他いずれの方法でめっき層を設けてもよい。亜鉛合金めっきとしては,例えば亜鉛-鉄合金めっき,亜鉛-12%ニッケル合金めっき,亜鉛-1%コバルト合金めっき,55%アルミニウム-亜鉛合金めっき,亜鉛-5%アルミニウム合金めっき,亜鉛-クロム合金めっき,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき,スズ-8%亜鉛合金めっき,亜鉛-マンガン合金めっきなどの系が開示されている。
めっき付着量は,90g/m?以下が良好である。これを超えると,バリア層としての亜鉛酸化層の形成が不均一となり,外観上問題がある。下限は特に制限しないが,薄過ぎると,プレス成形後に所要の耐食性を確保できなくなったり,加熱の際に鋼板の酸化を抑制するのに必要な酸化亜鉛層を形成できなくなったりすることか 27 ら,通常は20g/m?程度以上は確保する。加熱温度が高くなるなど,より過酷な加熱の場合,望ましくは40〜80g/m?の範囲で性能良好となる。
亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく,純亜鉛めっき層であっても,Al,Mn,Ni,Cr,Co,Mg,Sn,Pbなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよい。
(【0035】【0037】〜【0040】) (カ) 鋼板の加熱 表層にバリア層を備えた亜鉛系めっき鋼板を加熱し,プレス成形を行う。通常の鋼種,条件では,加熱の際の最高到達温度はおよそ700℃から1000℃の範囲であればよい。本発明によれば,亜鉛系めっき層の表面には,加熱時の亜鉛の蒸発を防止するバリア層として作用する酸化皮膜が形成されており,通常,その量は,厚さ0.01〜5.0μm程度で十分である。(【0042】【0044】【0045】) (キ) 実施例 a 実施例1 本例では,板厚み1.0mmの【表2】に示す鋼種Aの溶融亜鉛めっき鋼板を650 ℃で合金化処理を行い,次いで大気雰囲気の加熱炉内で950 ℃×5分加熱して,加熱炉より取り出し,このままの高温状態で円筒絞りの熱間プレス成形を行った。本例においては,鋼板の温度はほぼ2分で900℃に到達していた。その結果は,成形性,塗膜密着性,耐食性について,良好な特性を示した。(【0050】〜【0057】) b 実施例4 【表1】に示す鋼種Aの成分を持ち,厚さ1.0mmの鋼板を使用し,実験室でめっきを施した。得られためっき鋼板は,実施例1と同様の熱間成形,評価を実施した。熱間プレスに先立つ加熱は,大気炉で850℃,3分間行った。その結果は,【表5】のとおり,めっき方法,めっき層の組成に関係なく,良好な特性が得られ 28 ている。(【0064】〜【0066】) ? 引用例1に,前記第2の3?アのとおり引用発明が記載されていることは,当事者間に争いがない。
3 取消事由1(本件発明1ないし3の進歩性に係る判断の誤り)について ? 本件発明1ないし3と引用発明1との対比 本件発明1ないし3と引用発明1との一致点及び相違点が前記第2の3?イないしエのとおりであることは,当事者間に争いがない。
? 本件発明1について ア 相違点1について (ア) 相違点1の容易想到性 引用例1には,@引用発明の課題は,難プレス成形材料について熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき,外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供することであり,具体的課題は,耐食性確保のための後処理を必要とせずに,難プレス成形材料である高張力鋼板の熱間プレス成形を可能とし,同時に耐食性をも確保できる技術を提供することであること(【0005】【0006】【0014】【0015】),A鋼板の犠牲防食作用のある亜鉛系めっき鋼板に熱間プレスを適用することにより,めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が,下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されること,また,めっき層は,かなり合金化が進んでおり,それにより,めっき層が高融点化してめっき層表面からの亜鉛の蒸発を防止しており,かつ鋼板の鉄酸化物形成を抑制していること,このようにして加熱されためっき層は,熱間プレス成形後においてめっき層と母材である鋼板との密着性が良好であること(【0016】〜【0019】),Bバリア層を備えた亜鉛系めっき層を設けるには,通常の合金化処理を行えばよく,亜鉛合金めっきとしては,例えば亜鉛-鉄合金めっき,亜鉛-12%ニッケル合金めっきなどの系があること,亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく,純亜鉛めっき層であっても,Al,Mn,Ni,Cr,Co,Mg,Sn,Pbなどの合金元素をその目的に応じて適 29 宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよいこと(【0035】【0037】〜【0040】),Cめっき付着量は90g/m?以下が良好であり,これを超えるとバリア層としての亜鉛酸化層の形成が不均一となり外観上問題があること,下限は特に制限しないが,薄過ぎるとプレス成形後に所要の耐食性を確保できなくなったり,加熱の際に鋼板の酸化を抑制するのに必要な酸化亜鉛層を形成できなくなったりすることから,通常は20g/m?程度以上は確保すること,より過酷な加熱の場合,望ましくは40〜80g/m?の範囲で性能良好となること(【0039】),D実施例として,亜鉛-12%ニッケル合金めっきが具体的に記載されており,プレス成形性の優れた材料が得られ,成形品として優れた塗膜密着性及び耐食性を示したこと(【0064】〜【0067】)が記載されている。
一方,引用例1には,@熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき,外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供するという引用発明の課題と,Zn-Ni合金めっきにおけるNi含有率や,鋼板片面当たりのZn-Ni合金めっき層の付着量,熱間プレス部材を加熱する際の平均昇温速度との関係についての記載,A熱間プレス部材を構成する鋼板の表層に,Ni拡散領域を存在させると,腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制されること,Ni拡散領域上にZn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層を設けると,優れた塗装後耐食性が得られること,この金属間化合物層上にZnO層を設けると,優れた塗装密着性が得られることなどの,熱間プレス部材の鋼板表面の皮膜状態の構造についての記載,B上記Ni拡散領域及び金属間化合物層は,Zn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスすることにより,常に生成されるものではなく,Zn-Ni合金めっき層のNi含有率や,鋼板片面当たりのZn-Ni合金めっき層の付着量,熱間プレス部材を加熱する際の平均昇温速度を適切に設定しないと,Ni拡散領域の形成が不十分となり,金属間化合物層を形成することができないことについての記載,C引用発明1の鋼板表面の皮膜状態の構造が,Ni拡散領域上に,順にγ相に相当する金属間化合物層及びZnO層を有していることを示す記載はなく, 30 これらのことを示唆する記載もない。
そうすると,当業者において,Zn-Ni合金めっき層のNi含有率や,Ni含有率と鋼板片面当たりのZn-Ni合金めっき層の付着量との関係に着目し,鋼板の表層にNi拡散領域を十分に形成し,腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制可能な熱間プレス部材とするために,引用例1において優れたプレス成形性,塗膜密着性及び耐食性を示したことが記載されている引用発明1のZn-Ni合金めっき層について,あえてZn-Niめっき鋼板のNi含有率を12質量%から13質量%以上のものに変更することや,Ni含有率を10質量%以上13質量%未満の状態に維持したままで,めっき付着量を「50g/m?」から「50g/m?超え」とすることの動機付けは存在しない。
(イ) 原告の主張について a 原告は,自動車用鋼板として用いられる亜鉛系めっき鋼板においては,めっき中のNiの含有量を13%以上とすることで優れた特質を得られることは,当業者にとって周知の技術であった(甲5の1〜5),当業者であれば,耐錆性等の目的に応じて,引用発明1のZn-Ni合金めっき層のNi含有量を適宜調整して13%以上とすることや,めっき付着量を50g/m?からごく僅かな量だけ増やすことで本件発明1の相違点1に係る構成に想到することは容易である旨主張する。
b 甲5の1ないし5について ? 甲5の1(西村一実ほか「亜鉛系めっき鋼板の塗膜下腐食の支配要因」鉄と鋼 第72年(1986)第1号)には,自動車用鋼板として用いられる亜鉛系めっき鋼板において,Niを15%としためっき鋼板は耐赤錆性に優れ,Niを15%,30%,40%と含有量を高めるほど塗装密着性に優れていることが記載されている(101頁左下欄15〜20行,102頁左欄29〜36行,103頁左欄7行〜15行)。
? 甲5の2(鈴木信和ほか「電気Zn-Ni合金めっき鋼板のりん酸塩処理性」鉄と鋼 第77年(1991)第7号)には,自動車用鋼板として用いられる亜鉛 31 系めっき鋼板において,Ni含有率は13Wt%以上であると,りん酸塩処理仕上がり性が良好になり,仕上がり外観が良好になることが記載されている(1058頁左下欄1〜4行,同頁右下欄17行〜1059頁左欄5行,1062頁左下欄14〜23行,1065頁右欄6〜11行)。
? 甲5の3(加藤千昭ほか「自動車外板用Zn-Niめっき鋼板のプレス成形性とりん酸塩処理性に及ぼすNi含有量の影響」(川崎製鉄技報 23巻4号(1991))には,自動車用鋼板として用いられる亜鉛系めっき鋼板において,Ni含有量が高いほどプレス成形性が良いこと,具体的な比較としては,Ni含有量が13%のめっき鋼板が,最も成形性に優れていたことが記載されている(322頁左欄12〜16行,323頁左欄4〜10行)。
? 甲5の4(特開2000-328257号公報)には,自動車車体の高耐食性鋼板として,Zn-13%Niめっき鋼板が使用されており,自動車車体用鋼板として経済性を加味したトータルバランスから,Zn-13%Ni合金めっき鋼板などが最も好ましいことが記載されている【請求項1】 ( 【0015】【0016】。
) (e) 甲5の5(特開2004-124207号公報)には,自動車用の熱間プレス部材として,Zn-Niめっき鋼板であって,Ni含有量が20%以下のもの(甲5の5)が記載されている(【請求項1】〜【請求項3】【0016】)。
? 甲5の1ないし4の記載から,本件特許の優先日時点において,自動車用鋼板として用いられる亜鉛系めっき鋼板について,めっき中のNiの含有量を13%以上とすることは,周知の技術事項であったと認められる。しかし,甲5の1ないし5にも,引用発明の課題である熱間プレス用の鋼材の耐食性の確保,外観劣化の防止と,Zn-Ni合金めっきにおけるNi含有率や,鋼板片面当たりのZn-Ni合金めっき層の付着量,熱間プレス部材を加熱する際の平均昇温速度との関係については記載されていない。
c そうすると,引用例1に,亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく,Niなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加したものでもよいことや,めっき付着 32 量は90g/m?以下が良好であり,下限は特に制限しないが,通常は20g/m?程度以上は確保することが記載され,また,本件特許の優先日時点において,自動車用鋼板として用いられる亜鉛系めっき鋼板について,めっき中のNiの含有量を13%以上とすることが周知の技術事項であった(甲5の1〜5)としても,引用発明1におけるZn-Ni合金めっき層について,Zn-Niめっき鋼板のNi含有率を12質量%から13質量%以上のものに変更することや,Ni含有率を10質量%以上13質量%未満の状態に維持したままで,めっき付着量を「50g/m?」から「50g/m?超え」とすることの動機付けが存在しないことについては,前記(ア)のとおりである。
イ 相違点2について 本件審決は,本件発明1に係る無効理由の判断において,相違点1についてのみ判断した。しかし,原告被告ともに相違点2の容易想到性について主張立証しているところから,相違点2についても検討する。
(ア) 引用例1の記載 引用例1には,@引用発明の課題は,難プレス成形材料について熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき,外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供することであり,具体的課題は,耐食性確保のための後処理を必要とせずに,難プレス成形材料である高張力鋼板の熱間プレス成形を可能とし,同時に耐食性をも確保できる技術を提供することであること(【0005】【0006】【0014】【0015】),A鋼板の犠牲防食作用のある亜鉛系めっき鋼板に熱間プレスを適用することにより,めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が,下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されること,また,めっき層は,かなり合金化が進んでおり,それにより,めっき層が高融点化してめっき層表面からの亜鉛の蒸発を防止しており,かつ鋼板の鉄酸化物形成を抑制していること,このようにして加熱されためっき層は,熱間プレス成形後においてめっき層と母材である鋼板との密着性が良好であること(【0016】〜【0019】),B実施例として,亜鉛- 33 12%ニッケル合金めっきが具体的に記載されており,プレス成形性の優れた材料が得られ,成形品として優れた塗膜密着性および耐食性を示したこと(【0064】〜【0067】)が記載されている。
一方,引用例1には,引用発明が相違点2に係る構成を有すること,すなわち,引用発明の鋼板表面の皮膜状態の構造が,Ni拡散領域上に,順にγ相に相当する金属間化合物層及びZnO層を有しており,かつ,25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVであることを示す記載はなく,このことを示唆する記載もない。
(イ) 技術常識 本件特許の優先日時点におけるZn-Niめっき鋼板の熱間プレス部材の表面構造に関する技術常識については,以下のとおりであると認められる。
a Ni拡散領域 引用例1には,「本発明において,バリア層を備えた亜鉛系めっき層を設けるには,例えば通常の溶融亜鉛めっき処理を行ったのち,酸化性雰囲気中での加熱,つまり通常の合金化処理を行えばよい。このような合金化処理はガス炉等で再加熱することにより行われるが,そのときめっき層表面の酸化ばかりでなく,めっき層と母材の鋼板との間で金属拡散が行われる。」との記載があり(【0035】),甲5の5には,「…表面処理鋼板を加熱,成形して部品とした後に具えるべき要件について述べる。加熱後,めっき層成分と鋼板成分との相互拡散が起こり,鋼板表面層の組成が変化する」との記載がある(【0018】)。
しかし,これらに記載されているのは,亜鉛系めっき鋼板を加熱した場合にめっき層と母材の鋼板との間で金属拡散が行われることや,表面処理鋼板を加熱すると,めっき層成分と鋼板成分との相互拡散が起こることに関する記載のみであり,亜鉛-ニッケルめっき鋼板を加熱後の熱間プレス部材の表面構造に関する記載はない。
b Ni拡散領域上のγ相である金属間化合物層 甲16(渋谷敦義ほか「高電流密度下でのNi-Zn合金の電析」金属表面技術 34 33巻10号106頁,1982年発行)には,「ニッケル含有量10〜16%でγ相単相よりなるZn-Ni合金めっき皮膜が最も耐食性が良く,鋼板を十分に防食する…」,甲17(倉重輝明ほか「亜鉛-ニッケル合金めっき鋼板の開発」金属表面技術37巻2号56頁,1986年発行)には,「ニッケル含有量が10wt%を超えるとγ相単相析出になり…」,甲18(小手川純一ほか「Zn-Ni合金電気めっきに及ぼす浴中鉄イオンの影響」鉄と鋼,1985年発行)には,「Zn-Ni合金電気めっき鋼板はめっき皮膜中Ni含有率10〜16wt%のγ相のとき,最も耐食性に優れていることが知られている。」との記載がある。これらの記載から,10重量%程度以上のNiを含むZn-Niめっき層は,γ相の金属間化合物から構成されることが認められる。
一方,甲16ないし18には,加熱をしていないZn-Niめっきの皮膜構造に関する記載があるだけであり,加熱後の熱間プレス部材の表面構造に関する記載はない。
c ZnO層 Zn-Niめっき層の大半はZnであるため,熱間プレスの加熱を行えば,その表面にZnO層が形成されることが技術常識であることについては,当事者間に争いがない。他方,このZnO層の下の構造,すなわち,Zn-Niめっき鋼板を加熱後の熱間プレス部材の皮膜状態の構造については,前記a及びbのとおり,本件優先日以前に頒布された刊行物には記載されていない。
d 自然浸漬電位 甲21(松田好晴ほか「電気化学概論」第1版16刷,平成21年2月発行)には,Feの標準電極電位が-440mVであること,甲17には,γ相単相よりなる亜鉛-ニッケル合金(Ni含有量10〜16wt%)の5%NaCl中での腐食電位(V,vs.SCE)が,測定開始時において-0.94V程度であること,甲22(特開昭60-56088号公報)には,Zn-Ni合金の食塩水の浸漬電位が,Ni含有率11%,13%,15%,17%でそれぞれ-920mV,-8 35 25mV,-780mV,-760mVであることが記載されている(なお,原告は,標準電極電位は自然浸漬電位とほぼ同じ値となるものであり,上記腐食電位及び浸潤電位を自然浸漬電位に換算すると,順に,-679mV,-584mV,-539mV,-519mVとなる旨主張する。)。
一方,甲17,21及び22に記載されているのは,鉄や亜鉛-ニッケル合金の電位に関する記載であり,Zn-Niめっき鋼板の熱間プレス部材の表面構造における自然浸漬電位に関する記載はない。
e 以上のとおり,本件優先日以前に頒布された刊行物である前記a,b及びdに記載された証拠には,Zn-Niめっき鋼板の熱間プレス部材の表面構造に関する記載はない。したがって,これらの記載から,熱間プレス部材である引用発明の鋼板表面の皮膜状態の構造が,Ni拡散領域上に,順にγ相に相当する金属間化合物層及びZnO層を有しており,25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVであることが技術常識であったと認めることはできない。また,本件特許の優先日時点の当業者において,技術常識に基づき,引用発明の鋼板表面の皮膜状態の構造が,Ni拡散領域上に,順にγ相に相当する金属間化合物層及びZnO層を有しており,かつ,25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVであることを認識することができたものとも認められない。
(ウ) よって,相違点2は実質的な相違点ではないとはいえないし,相違点2につき,引用発明1及び技術常識に基づいて当業者が容易に想到できたものということもできない。
(エ) 原告の主張について 原告は,Zn-Niめっき鋼板に熱間プレスを施した場合,Ni拡散領域,γ相,ZnO層が,下から上にこの順番で形成され,そのような表面構造を有するめっき部材が本件発明1の自然浸漬電位を有することは,当業者の技術常識に基づいて容 36 易に予測されるものであり,甲2による引用発明の再現実験により,確かにこの表面構造が生成することが確認されている旨主張する。
しかし,前記(イ)において認定したことに照らすと,当業者が,本件特許の優先日時点において,引用発明の鋼板表面の皮膜状態の構造が,Ni拡散領域上に,順にγ相に相当する金属間化合物層及びZnO層を有しており,かつ,25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVであることを引用発明が本来有する特性として把握していたと認めることはできない。
また,甲2は,引用発明に係る亜鉛-12%ニッケル合金電気めっき鋼板につき,引用例1の【表1】及び【表5】に記載される鋼種Aの化学成分を狙い値として製造された鋼種(鋼種A)に対し,鋼板表面の皮膜状態の構造の調査を行った原告従業員作成の実験結果の報告書であるところ,甲2(表9,10)には,16個のうち6個の試料(A1〜A4,B1,B11)について,その鋼板表面の皮膜状態の構造が,Ni拡散領域上に,順にγ相に相当する金属間化合物層及びZnO層を有しており,かつ,25℃±5℃の空気飽和した0.5MNaCl水溶液中で示す自然浸漬電位が標準水素電極基準で-600〜-360mVであることが確認されたことが記載されている。
しかし,甲2の記載は,あくまで,原告が本件各発明を認識した上で本件特許の優先日後に行った実験の結果を示すものであり,本件特許の優先日時点において,当業者が,引用発明の鋼板表面の皮膜状態の構造が上記のとおりであることを認識できたことを裏付けるものとはいえない。
ウ 小括 以上によれば,当業者が,引用発明1において,相違点1及び2に係る本件発明1の構成を容易に想到できるということはできず,本件発明1は,当業者において容易に発明をすることができたとはいえない。
? 本件発明2及び3について 37 本件発明1を引用する本件発明2及び3も,当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。
4 取消事由2(本件発明5の進歩性に係る判断の誤り)について ? 本件発明5と引用発明2との対比 本件発明5と引用発明2との一致点及び相違点が前記第2の3?オのとおりであることは,当事者間に争いがない。
? 相違点3について 相違点3は,「Zn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板が,本件発明5では,「鋼板表面に13質量%以上のNiを含むZn-Ni合金めっき層を有する」のに対し,引用発明2では,「亜鉛-12%ニッケルめっきを50g/m?施した」ものである点。」であり,相違点1と同様に,Ni含有量に関する相違点である。
そして,引用例1において優れたプレス成形性,塗膜密着性及び耐食性を示したことが記載されている引用発明2に係る亜鉛-12%ニッケルめっき鋼板について,あえてNi含有率を12質量%から13質量%以上のものに変更することの動機付けは存在せず,当業者が容易に想到するということはできないことは,前記3?アのとおりである。
したがって,相違点3に係る本件発明5の構成は,当業者が容易に想到し得たものではない。
? 相違点4について 相違点4は,相違点2と実質的に同じものである。したがって,相違点4についても,前記3?イと同様に,当業者が,引用発明2において,相違点4に係る本件発明5の構成を容易に想到できるということはできない。
? 小括 以上によれば,当業者が,引用発明2において,相違点3及び4に係る本件発明5の構成を容易に想到できるということはできず,本件発明5は,当業者において 38 容易に発明をすることができたとはいえない。
5 取消事由3(本件発明6の進歩性に係る判断の誤り)について ? 本件発明6と引用発明2との対比 本件発明6と引用発明2との一致点及び相違点が前記第2の3?カのとおりであることは,当事者間に争いがない。
? 相違点5について ア 相違点5の容易想到性 前記3?ア(ア)のとおり,引用例1には,@熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき,外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供するという引用発明の課題と,Zn-Ni合金めっきにおけるNi含有率や,鋼板片面当たりのZn-Ni合金めっき層の付着量,熱間プレス部材を加熱する際の平均昇温速度との関係についての記載,A熱間プレス部材を構成する鋼板の表層に,Ni拡散領域を存在させると,腐食に伴う鋼中への水素侵入が抑制されること,Ni拡散領域上にZn-Ni合金の平衡状態図に存在するγ相に相当する金属間化合物層を設けると,優れた塗装後耐食性が得られること,この金属間化合物層上にZnO層を設けると,優れた塗装密着性が得られることなどの,熱間プレス部材の鋼板表面の皮膜状態の構造についての記載,B上記Ni拡散領域及び金属間化合物層は,Zn-Ni合金めっき層を有するNi系めっき鋼板を熱間プレスすることにより,常に生成されるものではなく,Zn-Ni合金めっき層のNi含有率や,鋼板片面当たりのZn-Ni合金めっき層の付着量,熱間プレス部材を加熱する際の平均昇温速度を適切に設定しないと,Ni拡散領域の形成が不十分となり,金属間化合物層を形成することができないことについての記載,C引用発明1の鋼板表面の皮膜状態の構造が,Ni拡散領域上に,順にγ相に相当する金属間化合物層及びZnO層を有していることを示す記載はなく,これらのことを示唆する記載もない。
そうすると,当業者において,Zn-Ni合金めっき層のNi含有率や,Ni含有率と鋼板片面当たりのZn-Ni合金めっき層の付着量,熱間プレス部材を加熱 39 する際の平均昇温速度との関係に着目し,鋼板の表層にNi拡散領域を十分に形成し,腐食に伴う鋼中への水素侵入を抑制可能な熱間プレス部材とするために,引用例1において優れたプレス成形性,塗膜密着性及び耐食性を示したことが記載されている引用発明2のZn-Ni合金めっき層について,Ni含有率を10質量%以上13質量%未満の状態に維持したままで,あえて,めっき付着量を「50g/m?」から「50g/m?超え」とし,かつ,「12℃/秒以上の平均昇温速度でAc? 変態点〜1200℃の温度範囲に加熱後熱間プレスすること」とする動機付けは存在しない。
イ 原告の主張について (ア) 原告は,相違点5のうち,Zn-Niめっき付着量の相違は,実質的な相違点ではなく,当業者が容易に想到し得るものであり,「12℃/秒以上の平均昇温速度」という構成については,引用発明2に甲6の1ないし3の開示を組み合わせることで,当業者が容易に想到し得るものである旨主張する。
(イ) 甲6の1ないし3について a 甲6の1(特開2002-18531号公報)には,成形性の向上及び成形後の寸法精度の向上を実現可能とする熱間プレス成形方法として,通電加熱による加熱プレス成形方法を提案すること,熱間成形の昇温速度については,50℃/秒以上とすることで,鋼板表面のスケール生成を抑制し,スケール厚さを薄くすることができることが記載されている(【0001】〜【0008】【0021】【0036】)。
b 甲6の2(特開2009-142853号公報)には,熱間プレスの加熱において加熱炉を用いていたのでは,昇温時間が長くなるためスケール付着の問題があり,それを解決するために,通電加熱が用いられること,その実施例として,室温から900℃まで約15秒で通電加熱したもの(判決注:仮に室温を20℃であるとすると,昇温速度は58.7℃/秒となる。)では,全体を均一に加熱することができたことが記載されている(【0002】〜【0004】【0033】)。
40 c 甲6の3(特開2009-142854号公報)には,熱間加工における通電加熱は,亜鉛めっき鋼板のようなめっき鋼板にも好適に適用されることが記載されている(【0024】)。
d 甲6の1及び2の記載から,本件特許の優先日時点において,鋼板を通電加熱して熱間プレスする際に,50℃/秒以上の平均昇温速度とすることは,既に知られた技術事項であったと認められる。他方,甲6の1ないし3にも,Zn-Ni合金めっき層を有するめっき鋼板を熱間プレスすることについての記載はなく,引用発明の課題である熱間プレス用の鋼材の耐食性の確保,外観劣化の防止と,Zn-Ni合金めっきにおけるNi含有率や,鋼板片面当たりのZn-Ni合金めっき層の付着量,熱間プレス部材を加熱する際の平均昇温速度との関係については記載されていない。
(ウ) そうすると,引用例1には,亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく,Niなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加したものでもよいことや,めっき付着量は90g/m?以下が良好であり,下限は特に制限しないが,通常は20g/u程度以上は確保することが記載されており,亜鉛系めっき鋼板を熱間プレスするに当たり加熱する際の平均昇温速度については,特段の記載がなく,また,本件特許の優先日時点において,鋼板を通電加熱して熱間プレスする際に50℃/秒以上の平均昇温速度とすることが,既に知られた技術事項であった(甲6の1,2)としても,引用発明2におけるZn-Ni合金めっき層について,Ni含有率を10質量%以上13質量%未満の状態に維持したままで,めっき付着量を「50g/m?」から「50g/m?超え」とし,「12℃/秒以上の平均昇温速度でAc? 変態点〜1200℃の温度範囲に加熱後熱間プレスすること」とする動機付けが存在しないことは,前記アのとおりである。
? 相違点6について 相違点6は,相違点2と実質的に同じものである。したがって,相違点6についても,前記3?イと同様に,当業者が,引用発明2において,相違点6に係る本件 41 発明6の構成を容易に想到できるということはできない。
? 小括 以上によれば,当業者が,引用発明2において,相違点5及び6に係る本件発明6の構成を容易に想到できるということはできず,本件発明6は,当業者において容易に発明をすることができたとはいえない。
6 取消事由4(本件発明7ないし11の進歩性に係る判断の誤り)について 本件発明7ないし11は,いずれも本件発明5,6を直接又は間接的に引用するものである。前記4及び5のとおり,本件発明5及び6は,いずれも当業者が容易に発明をすることができたとはいえないから,本件発明7ないし11も当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
7 結論 以上検討したとおり,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 部眞規子
裁判官 山門優
裁判官 片瀬亮