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関連審決 不服2001-14085
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  発明の詳細な説明 /  参酌 /  実施 /  加工 /  構成要件 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 329号 審決取消請求事件
原告 光洋精工株式会社
訴訟代理人弁理士 日比紀彦
同 岸本瑛之助
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 内田博之
同 船越巧子
同 高木進
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/05/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2001-14085号事件について平成15年6月9日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成2年7月17日,発明の名称を「超伝導軸受」(後に「超伝導軸受およびその回転支持方法」と補正)とする特許出願(特願平2-188693号)をし,平成12年11月2日及び平成13年5月14日,その願書に添付した明細書の特許請求の範囲等の記載を補正したが,同年7月10日に拒絶の査定を受けたので,同年8月9日,これに対する不服の審判の請求をし,さらに,同年9月7日及び平成14年11月5日,上記明細書の特許請求の範囲の記載等を補正した(以下,この補正に係る明細書と,願書に添付された図面とを併せて,「本件明細書」といい,その特許請求の範囲の請求項1に記載された発明を「本願発明」という。)。
特許庁は,上記請求を不服2001-14085号事件として審理した結果,平成15年6月9日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月25日,原告に送達された。
2 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1の記載 回転体に永久磁石を備える回転軸と,この永久磁石に離隔して対向配置される超伝導状態にある超伝導体とからなる超伝導軸受であって,前記永久磁石は,回転体の回転軸心に対する磁束分布が回転軸心の周囲において絶えず均一となるように回転体の軸心方向に相違なる磁極を有するものであり,前記超伝導体は,その断面長手方向が前記回転軸の軸心方向に対して平行に配置されるとともに断面長手方向の長さが回転体の永久磁石におけるそれぞれの磁極間の軸心方向の距離よりも長く形成され,前記永久磁石の磁束の多くが内部に侵入可能な位置で,かつ回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる位置に配置されて,前記侵入磁束が回転体の抵抗とならないようにラジアルおよびアキシャル方向にピン止め力によって前記回転体を非接触支持するものであることを特徴とする超伝導軸受。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,米国特許第4797386号明細書(甲2,以下「引用刊行物」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができず,本件特許出願は拒絶されるべきものであるとした。
原告主張の審決取消事由
1 審決は,本願発明と引用発明との相違点に関する認定判断を誤った(取消事由)結果,本願発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとの誤った結論に至ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
2 取消事由(相違点に関する認定判断の誤り) (1) 審決は,本願発明と引用発明との相違点として認定した「本願発明においては,(a)『永久磁石は,回転体の回転軸心に対する磁束分布が回転軸心の周囲において絶えず均一となるように回転体の軸心方向に相違なる磁極を有するものであり,』(b)『永久磁石の磁束の多くが内部に侵入可能な位置で,かつ回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる位置に配置されて,』(c)『侵入磁束が回転体の抵抗とならないようにラジアルおよびアキシャル方向にピン止め力によって回転体を非接触支持する』構成を有するのに対し,引用発明ではその点が明らかでない点」(審決謄本3頁最終段落〜4頁第1段落)について,@「タイプIIの超伝導材料は,その内部に常伝導粒子が混在するものであって,そのことにより,超伝導状態においては,近接配置された永久磁石の磁束の侵入を許容し,かつ侵入した磁束を拘束するものであるから,永久磁石が回転体に備えられている超伝導軸受である引用発明においても,超伝導体と永久磁石とが,いわゆるピン止め力により安定固定されているのであれば,永久磁石の磁束の多くが内部に侵入可能な位置であって,かつ侵入し拘束された磁束の分布は回転体の回転に対して一定となる位置に配置されているものと解される」(同4頁,「4.当審の判断」第3段落),A「引用発明が『ピン止め力によって回転体を非接触支持するものである』ことは上記認定のとおりであって,引用発明に係る超伝導軸受においても,回転体を非接触支持してなる軸受であるからには,侵入磁束が回転体の抵抗とならないものであり,『ラジアルおよびアキシャル方向』にピン止めされているものであることが理解できる」(同第4段落)と認定した上,「引用発明において,上記相違点に係る(a)〜(c)の構成とすることは,いずれも,上記引用刊行物に記載された技術的事項に基づき,当業者が容易に想定し得ることと言わざるを得ない」(同第5段落)と判断した。
しかしながら,審決の上記@及びAの認定はいずれも誤りであり,その結果,審決は,上記相違点に関する判断を誤ったものである。
(2) 引用刊行物(甲2)の図2には,円筒状の超伝導体10の中に円柱状の永久磁石11が配置された軸受(引用発明)が示されている。この軸受は,引用刊行物の図2の記載からみて,回転体(永久磁石)及び超伝導体が,それらの軸心が水平になるように配置されて,回転体にその回転軸心と直交する方向に重力が作用する,いわゆる横置型の軸受であると解されるが,このような構成では,本願発明の規定する「回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる位置に回転体を配置する」ことは不可能であり,したがって,「侵入磁束が回転体の抵抗とならないようにする」ことも不可能である。すなわち,原告参考図1,2に示すように,永久磁石が超伝導体の中心に機械的に支持されている状態では,超伝導体に拘束された磁束の分布は永久磁石の回転に対して一定となるが,永久磁石の機械的支持を解除すると,永久磁石は重力によって超伝導体の中心よりΔr分下降するため,超伝導体に拘束された磁束の分布は永久磁石の回転に対して一定ではなくなるのである。
このように,永久磁石と超伝導体が水平に配置された引用発明の軸受では,重力の影響により,超伝導体に拘束された磁束の分布を永久磁石の回転に対して一定にすることはできない。したがって,審決の上記(1)@の認定は誤りである。
また,引用発明の場合,永久磁石がピン止め力のみによって磁気浮上させられていると仮定すると,上記のように,超伝導体に拘束された磁束の分布を永久磁石の回転に対して一定にすることができず,その結果,超伝導体に拘束された磁束が永久磁石の回転に対して抵抗として働き,回転体が回転すると,超伝導体は不整磁場を受けて,それを受けないようにする力を発生し,この力により回転抵抗が発生するから,永久磁石の回転をすぐに止めてしまう。したがって,「侵入磁束が回転体の回転の抵抗とならないものであり」という上記(1)Aの認定も誤りである。
なお,この点について,審決は,「引用発明が・・・回転体を非接触支持してなる軸受であるからには,侵入磁束が回転体の抵抗とならないものであり」と説示するが,たとえ回転体が非接触支持されていても,侵入磁束が回転体の回転に対して一定でなければ回転体の抵抗となるから,審決の上記説示も誤りである。
(3) 確かに,被告参考図1,2のとおり,回転体が重力により下降する前と後で,超伝導体に拘束された磁束の数は同数で,超伝導体に拘束された磁束の超伝導体に対する位置も一定である。しかしながら,回転体がΔr下降することにより,回転軸心の上側では,超伝導体に拘束された磁束と回転体の回転軸心との距離が大きく,超伝導体に拘束された磁束の回転軸心に対する分布は上下方向(径方向)に伸びたものとなり,逆に,回転軸心の下側では,超伝導体に拘束された磁束と回転体の回転軸心との距離が小さく,超伝導体に拘束された磁束の回転軸心に対する分布は上下方向に縮んだものとなる。すなわち,引用発明においては,このように回転体がΔr下降することによって超伝導体に拘束された磁束の回転体の回転軸心に対する分布が一定ではなくなるのである。
これに対し,本願発明の規定する「回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる」との構成は,「超伝導体に拘束された磁束の回転体の回転軸心に対する分布が回転体の回転軸心の周囲全体(回転方向の全周)において一定である」ことを意味するから,審決が,引用発明について「侵入し拘束された磁束の分布は回転体の回転に対して一定となる位置に配置されているものと解される」と認定したことは誤りである。
(4) 被告は,引用刊行物の図2は主要部分のみを記載した概念図であり,いわゆる縦置型の軸受を想定できないものではない,衛星軌道上に無重力状態で静止している人工衛星の姿勢制御用フライホイールに使われる軸受のように,重力が回転体に作用しない軸受も十分に想定することができるなどと主張する。
しかしながら,引用刊行物の図2は,超伝導軸受の主要部分のみを示すものであっても,超伝導軸受の具体例を示すものであるから,その図に回転体の回転軸心が水平状態に示されていれば,回転体が水平状態に配置される横置型の軸受であると解するのが妥当である。また,引用刊行物には,回転体を超伝導体のピン止め力を用いて磁気浮上させた場合の回転抵抗に関する記載が全くないのであるから,わざわざ,横置型の軸受を縦置型にしたり,無重力状態に置く蓋然性がない。
しかも,縦置型にしたからといって,必ずしも侵入磁束の分布が回転体の回転に対して一定になるわけではない。縦置型にした場合でも,回転軸心に対して垂直な方向の負荷が作用すれば,侵入磁束の分布が回転体の回転に対して一定にならず,横置型の場合と同じになる。
(5) また,被告は,本願発明においても,引用発明と同様,重力の影響を受けるものと考えられるが,本願発明には,そのための特別な対策は何ら施されていないとも主張する。
しかしながら,本願発明の第2実施例(第2図)では,重力の影響に対する対策が施されている。同実施例では,永久磁石を備えた回転体が超伝導体の上方に鉛直に配置されている。回転体の回転軸心は鉛直であるから,回転体が重力により下降する前と後で,回転体の回転軸心の径方向の位置は不変である。このため,回転体が重力により下降した後も,超伝導体に拘束された磁束の分布は回転体の回転軸心に対して一定であり,回転体の回転に対して抵抗にならない。したがって,本願発明に重力の影響に対する特別な対策が施されていないということはできない。
(6) なお,仮に,引用発明が引用刊行物の図2のような構成で永久磁石の回転を長時間持続できるというのであれば,永久磁石は本願発明のようにピン止め力のみによって浮上させられているのではなく,原告参考図3に示すように,永久磁石の浮上についてはマイスナー効果によって支持されており,ピン止め力は水平方向の位置の拘束にのみ寄与していると解するのが妥当であるから,やはり,上記(1)の@及びAのように認定することは困難である。
これに対し,被告は,審決の「ラジアル方向およびアキシャル方向にピン止めされている」という認定は妥当である旨主張する。しかしながら,原告は,引用発明について,「ラジアル方向およびアキシャル方向にピン止めされている」という審決の判断が不当であると主張しているのではなく,「侵入磁束が回転体の抵抗とならないようにラジアル方向およびアキシャル方向にピン止めされている」という審決の判断が不当であると主張しているのである。原告は,引用発明について,単にピン止め力は水平方向の位置の拘束にのみ寄与していると主張しているものではない。
上記のように,引用発明の場合,永久磁石がピン止め力のみによって磁気浮上させられている(ラジアル方向及びアキシャル方向にピン止めされている)とすると,超伝導体に拘束された磁束の分布を永久磁石の回転に対して一定にすることができず,超伝導体に拘束された磁束が永久磁石の回転に対して抵抗として働き,永久磁石の回転をすぐに止めてしまう。したがって,仮に,引用発明において,超伝導体に拘束された磁束が回転体の抵抗にならないのであれば,永久磁石はピン止め力のみによって磁気浮上させられている(ラジアル方向及びアキシャル方向にピン止めされている)のではなく,永久磁石の浮上(ラジアル方向の支持)については,超伝導体に拘束された磁束の分布が回転体の回転に対して一定になるようにマイスナー効異によって支持されていると解するほかはなく,そうとすると,ピン止め力は永久磁石の水平方向の位置の拘束にのみ寄与していることになる。したがって,いずれにしても,引用発明において,「侵入磁束が回転体の抵抗とならないようにラジアル方向およびアキシャル方向にピン止めされている」ということはあり得ない。
被告の反論
1 審決の認定判断は正当であり,原告の取消事由の主張は理由がない。
2 取消事由(相違点に関する認定判断の誤り)について (1) 原告は,引用発明に係る軸受について,いわゆる横置型の軸受である旨主張する。しかしながら,引用刊行物(甲2)の図2は,主要部分のみを記載した概念図であり,装置全体を示すものではないので,図面に軸心が水平状態で記載されているからといって,回転軸(回転軸心)が垂直になるように配置し,回転体にその回転軸(回転軸心)と同じ方向に重力が作用する,いわゆる縦置型の軸受を想定できないわけではない。また,衛星軌道上に無重力状態で静止している人工衛星の姿勢制御用フライホイールに使われる軸受のように,重力が回転体に作用しない軸受も,十分に想定することができる。
もっとも,引用発明において,横置型のものを想定することもでき,この場合,確かに,重力により磁石の回転軸(回転軸心)は下降するが,そうだとしても,その下降した回転軸を極として,超伝導体に拘束された磁束の分布が永久磁石の回転に対して一定となることは明白である。被告参考図のとおり,図1及び2では合計6本の破線で描かれた磁束が,同図3では2本の破線で描かれた磁束が,それぞれ超伝導体に拘束された磁束となっているが,回転軸(回転中心)の上と下に同数(図1及び2では3本ずつ,図3では1本ずつ)の磁束となっており,「永久磁石の回転に対して一定」となっているということができる。
したがって,「永久磁石がΔr分下降」した後でも,超伝導体に拘束された磁束の分布が永久磁石の回転に対して一定であることは変わらないといえるから,審決の「侵入し拘束された磁束の分布は回転体の回転に対して一定となる位置に配置されているものと解される」及び「侵入磁束が回転体の抵抗とならないものであり」という認定は妥当なものである。
(2) 本願発明においても,引用発明と同様,重力の影響を受けることが考えられるが,本願発明は,そのための特別な対策は何ら施されていないのに,超伝導体に侵入し拘束された磁束の分布が回転体の回転に対して一定となる位置に配置されていると規定されている。そうとすれば,引用発明においても,本願発明と同様に特別な対策を施すことなく,超伝導体に侵入し拘束された磁束の分布が,回転体の回転に対して一定となる位置に配置されていると考えるべきである。
(3) なお,引用発明におけるピン止め力については,原告参考図3を例にとると,1番上及び1番下に破線で描かれた超伝導体に拘束された磁束による力は,図面上方に永久磁石を持ち上げる方向に働くと考えられ,ピン止め力は垂直方向の位置の拘束にも寄与すると解するのが自然である。したがって,ピン止め力が垂直方向及び水平方向の位置の拘束に寄与しているといえるので,審決の「『ラジアルおよびアキシャル方向』にピン止めされている」という認定は妥当なものである。
当裁判所の判断
1 取消事由(相違点に関する認定判断の認定の誤り)について (1) 審決は,本願発明と引用発明との相違点として認定した「本願発明においては,(a)『永久磁石は,回転体の回転軸心に対する磁束分布が回転軸心の周囲において絶えず均一となるように回転体の軸心方向に相違なる磁極を有するものであり,』(b)『永久磁石の磁束の多くが内部に侵入可能な位置で,かつ回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる位置に配置されて,』(c)『侵入磁束が回転体の抵抗とならないようにラジアルおよびアキシャル方向にピン止め力によって回転体を非接触支持する』構成を有するのに対し,引用発明ではその点が明らかでない点」(審決謄本3頁最終段落〜4頁第1段落)について,@「タイプIIの超伝導材料は,その内部に常伝導粒子が混在するものであって,そのことにより,超伝導状態においては,近接配置された永久磁石の磁束の侵入を許容し,かつ侵入した磁束を拘束するものであるから,永久磁石が回転体に備えられている超伝導軸受である引用発明においても,超伝導体と永久磁石とが,いわゆるピン止め力により安定固定されているのであれば,永久磁石の磁束の多くが内部に侵入可能な位置であって,かつ侵入し拘束された磁束の分布は回転体の回転に対して一定となる位置に配置されているものと解される」(同4頁,「4.当審の判断」第3段落),A「引用発明が『ピン止め力によって回転体を非接触支持するものである』ことは上記認定のとおりであって,引用発明に係る超伝導軸受においても,回転体を非接触支持してなる軸受であるからには,侵入磁束が回転体の抵抗とならないものであり,『ラジアルおよびアキシャル方向』にピン止めされているものであることが理解できる」(同第4段落)と認定した上,「引用発明において,上記相違点に係る(a)〜(c)の構成とすることは,いずれも,上記引用刊行物に記載された技術的事項に基づき,当業者が容易に想定し得ることと言わざるを得ない」(同第5段落)と判断した。
これに対し,原告は,審決の上記@及びAの認定並びにこれを前提とする審決の相違点に対する判断はいずれも誤りであるとし,その理由として,本願発明の規定する「回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる」との構成は,「超伝導体に拘束された磁束の回転体の回転軸心に対する分布が回転体の回転軸心の周囲全体(回転方向の全周)において一定である」ことを意味するとし,このことを前提として,回転体(永久磁石)及び超伝導体の軸心が水平になるように配置された引用発明に係る軸受においては,回転体にその回転軸心と直交する方向に重力が作用して回転体が下降し,超伝導体に拘束された磁束の回転体の回転軸心に対する分布が一定でなくなるから,本願発明の規定するように,「回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる位置に回転体を配置する」ことは不可能であり,その結果,超伝導体に拘束された磁束が永久磁石の回転に対して抵抗として働き,「侵入磁束が回転体の抵抗とならないようにする」ことも不可能である旨主張する。
(2) 原告の主張は,上記のとおり,本願発明の規定する「回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる」との構成を,「超伝導体に拘束された磁束の回転体の回転軸心に対する分布が回転体の回転軸心の周囲全体(回転方向の全周)において一定である」の意味に解することを前提にするものであるので,まず,本願発明の要旨の認定について検討する。
本件明細書の特許請求の範囲の請求項1においては,超伝導体に拘束された「侵入磁束の分布」に関連する記載として,「前記超伝導体は・・・前記永久磁石の磁束の多くが内部に侵入可能な位置で,かつ回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる位置に配置されて,前記侵入磁束が回転体の抵抗とならないようにラジアルおよびアキシャル方向にピン止め力によって前記回転体を非接触支持する」(以下「構成要件A」という。)と規定されている。
原告の上記主張は,構成要件Aのうち,「回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる」との構成に着目するものであるが,上記から明らかなとおり,構成要件Aには,侵入磁束の「回転軸心に対する」分布が回転体の「回転軸心の周囲全体(回転方向の全周)」において一定となるとの記載はない。他方,上記請求項1において,永久磁石の磁束分布について,「前記永久磁石は,回転体の回転軸心に対する磁束分布が回転軸心の周囲において絶えず均一となるように回転体の軸心方向に相違なる磁極を有するものであり」として,「磁束分布が回転軸心の周囲において絶えず均一」との文言上の限定が付されていることと対比すれば,そのような限定が付されていない構成要件Aについて,あえて原告主張のように限定して解釈すべき理由は見いだし難いところである。そして,構成要件Aは,「超伝導体は」との主語から明らかなとおり,「超伝導体」の配置位置等を規定するものであって,「侵入磁束の分布」そのものを規定するものではない上,「超伝導体」が「回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる」位置に配置されることを規定しているにすぎないから,本願発明の要旨は,特許請求の範囲の記載文言どおり,超伝導体を配置する位置において,「回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定」であれば足りると認定するのが相当であり,原告主張のように,侵入磁束の分布が「回転体の回転軸心の周囲全体(回転方向の全周)において一定である」必要はないというべきである。
(3) 特許出願に係る発明の要旨の認定は,特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきものである(最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁)が,原告の主張にかんがみ,念のため,本件明細書(甲3〜7)の発明の詳細な説明の記載及び図面についても検討する。
確かに,発明の詳細な説明には,<問題を解決するための手段>の欄に,「本発明は,このような目的を達成するために,次のような構成をとる。・・・前記超伝導体は・・・前記永久磁石の磁束の多くが内部に侵入可能な位置で,かつ回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる位置に配置されて,前記侵入磁束が抵抗とならないようにラジアルおよびアキシャル方向にピン止め力によって前記回転体を非接触支持することに特徴を有する。また・・・前記超伝導体は・・・回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる・・・位置に配置されて,前記侵入磁束が回転体の抵抗とならないようにラジアルおよびアキシャル方向にピン止め力によって前記回転体を非接触支持することに特徴を有する。また・・・前記超伝導体の内部への侵入磁束の分布を回転軸に関して一定状態として前記回転体を前記超伝導体に対して一定の相対位置で非接触の拘束支持状態とした後に回転させる,ことに特徴を有する」(甲4の3頁下から第3段落〜4頁下から第2段落)との記載,<作用>の欄に,「上記構成のように,超伝導体は,その断面長手方向が前記回転軸の軸心方向に対して平行に配置されるとともに断面長手方向の長さが軸心方向の長さよりも長く形成することにより,永久磁石の端部から発せられる磁束密度の高い部分の磁束を超伝導体の内部に侵入させて,超伝導体の内部には,より多くの磁束を侵入させることができ,これによって強固なピン止め力が得られる。また,超伝導体は,永久磁石に対してその磁束の多くが内部に侵入可能な位置で,かつ,回転体の回転に関係なく侵入磁束の分布が一定となる位置に配置することにより,超伝導体への侵入磁束が回転抵抗とならず,超伝導体と回転軸との相対位置が定まりその位置で拘束され,回転軸は常に求心作用をもって安定的に回転支持される。つまり,超伝導体への侵入磁束が回転抵抗とならず,ほぼ無視できる程度として回転軸を常に求心作用をもって安定的に回転支持することができ,加えて,侵入磁束が回転体をアキシャル方向およびラジアル方向での非接触支持を行わせる軸受機能を果たし,このため超伝導体や永久磁石に対する特別な加工を不要とし,より強固なピン止め力が得られる」(甲7の3頁下から第3段落〜4頁第1段落)との記載があり,このうち,「前記超伝導体の内部への侵入磁束の分布を回転軸に関して一定状態として」という記載や「超伝導体は,永久磁石に対してその磁束の多くが内部に侵入可能な位置で,かつ,回転体の回転に関係なく侵入磁束の分布が一定となる位置に配置する」という記載は,構成要件Aの解釈に関する原告の主張に沿うかのごとくである。
しかしながら,他方,本件明細書の<実施例>の欄には,その【図1】(甲4の5頁)のように「水平姿勢に配置した超伝導体1の上面上方に回転軸2をその中心軸が超伝導体1の長手方向と平行となるように対向させる」(甲3の2頁左下欄第3段落)第1実施例と,その【図2】(甲4の5頁)のように「回転軸2をその軸心が超伝導体1の長手方向に対し直交するよう鉛直方向に平行とした」(甲3の3頁左上欄第3段落)第2実施例とが記載されているところ,原告が,回転体(永久磁石)及び超伝導体の軸心が水平になるように配置された引用発明について,回転体にその回転軸心と直交する方向に重力が作用するため,「回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる位置に回転体を配置する」ことは不可能であるなどと論難する点は,そのまま上記第1実施例についても妥当することが明らかである。そして,本願発明の特許請求の範囲の請求項1に規定された「前記超伝導体は,その断面長手方向が前記回転軸の軸心方向に対して平行に配置される」という構成を備えているのは,上記のうち第1実施例のみであるから,構成要件Aを原告主張のように解釈する場合には,本件明細書において本願発明の唯一の実施例として掲げられたはずの第1実施例自体が,本願発明の特許請求の範囲記載の構成を満たさないという不合理な結果を招くこととなるから,結局,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を参酌しても,構成要件Aの解釈に関する原告の主張は,採用の限りではない。
なお,原告は,本願発明においては重力の影響に対する特別な対策が施されていると主張し,その根拠として上記第2実施例の構成を挙げているが,上記のとおり,同実施例は,本願発明の「前記超伝導体は,その断面長手方向が前記回転軸の軸心方向に対して平行に配置される」という構成を備えるものではないから,原告の上記主張は失当である。
(4) 以上によれば,発明の詳細な説明の記載及び図面を参酌しない場合はもとより,仮に,これを参酌したとしても,特許請求の範囲の請求項1の文言上,特段の限定の付されていない構成要件Aについて,原告主張のような限定を付して本願発明の要旨を認定することはできないから,構成要件Aのうち,「回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる」との構成については,その記載文言どおり,超伝導体を配置する位置について,「回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定」であれば足りると解すべきである。
そうすると,原告がその主張の前提とするとおり,引用発明を回転体(永久磁石)及び超伝導体の軸心が水平になるように配置された形態の軸受(いわゆる横置型の軸受)の発明であると解した場合においても,引用発明における超伝導体に拘束された磁束の数及び当該磁束の超伝導体に対する位置が一定であることは当事者間に争いがないから,引用発明は,本願発明の規定する「回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる」との構成を満たすものであると認められる。したがって,審決の上記(1)@の認定に誤りはない。
(5) また,原告は,引用発明について,回転体(永久磁石)と超伝導体が水平に配置された軸受では,回転体が重力により下降した場合,超伝導体に拘束された磁束と回転体の回転軸心との距離が変化して,超伝導体に拘束された磁束の回転軸心に対する分布は上下方向に伸縮したものとなる結果,回転体が回転すると,超伝導体は不整磁場を受けて,それを受けないようにする力を発生し,この力により回転抵抗が発生するなどとして,審決の上記(1)Aの認定は誤りである旨主張する。しかしながら,原告の上記主張は,本願発明における構成要件Aのうち,「回転体の回転に対して侵入磁束の分布が一定となる」との構成を「超伝導体に拘束された磁束の回転体の回転軸心に対する分布が回転体の回転軸心の周囲全体(回転方向の全周)において一定である」の意味に解することを前提とするものであるから,上記のとおり,その前提において採用の限りではないというべきである。
なお,本件明細書(甲3〜7)には,第1実施例について,「超伝導体1はその内部に常伝導粒子が均一に混在されているために,超伝導体1内部への侵入磁束の分布が一定となり,そのため,あたかも,超伝導体1に立設した仮想ピンに回転軸2が貫かれたようになり,超伝導体1に対して回転軸2が拘束される。そのため,回転軸2は極めて安定的に浮上した状態で支持されることになる。この非接触支持状態においては,回転軸2をその軸心周りに回転させると,超伝導体1への侵入磁束が回転抵抗とならないとともに・・・摩擦抵抗がないので,永久に回転し続けるはずであるけれども,実質的には空気抵抗や地磁気の影響があるので,最終的には回転が停止する。しかし,これらの回転抵抗は,軸受にとっては非常に小さいものであり,ほぼ無視できる」(甲3の2頁左下欄末行〜右下欄第2段落),「回転軸2の磁束が超伝導体1の内部に侵入し,かつ侵入磁束の分布が一定になると,超伝導体1と回転軸2との相対位置が定まることになり,その位置で拘束されることになる。このような現象は,上記構成の超伝導体1特有のいわゆるピン止め力によってなされる。以上説明したように,回転軸2の磁束を超伝導体1に侵入させた状態とすれば,回転軸2は常に求心作用を持って安定的に回転支持されるようになる」(甲3の3頁左上欄第1段落〜第2段落)との記載があり,これらの記載によれば,第1実施例は,超伝導体1の内部に常伝導粒子を均一に混在させ,超伝導体1内部への侵入磁束の分布を一定として,超伝導体特有のピン止め力により回転軸2を常に求心作用を持って安定的に回転支持するものであることが認められる。しかしながら,その前提として,空気抵抗や地磁気の影響について「ほぼ無視できる」と言及されていることを考慮すれば,同じく地上での外乱の一つである重力の影響を含めて,空気抵抗や地磁気の影響等の回転抵抗は,非常に小さくほぼ無視できるとしたものと解すべきところ,本願発明が,回転体に作用する重力の影響のみを格別のものとして考慮した発明であると認めるべき根拠を見いだすことはできない。加えて,<実施例>の欄に,「なお,上記各実施例において,超伝導体1と回転軸2との配置を上下逆,つまり,超伝導体1の下面下方に回転軸2を配置しておいて・・・回転軸2は釣り下げられたように浮いた状態で保持される。さらに,超伝導体1を斜め姿勢として,・・・回転軸2も斜め姿勢で浮いて支持される」(甲3の3頁左上欄最終段落〜右上欄第1段落)と記載され,<発明の効果>の欄に,「本発明の超伝導軸受によれば,・・・非接触支持する回転体の姿勢が特に限定されない・・・宇宙空間での装置やリニアモーターカーの軸受への利用に有効である」(甲3の3頁右上欄第2段落)と記載されていること等をも考え併せれば,本願発明は,本件明細書に記載の第1実施例(第1図)において,回転軸2へ重力が作用して,超伝導体に拘束された磁束の回転軸心に対する分布は上下方向に縮んだものとなる結果,仮に不整磁場により回転抵抗が発生するとしても,空気抵抗や地磁気の影響等と同様,回転軸2へ作用する重力の影響のような非常に小さな回転抵抗は,ほぼ無視できるとしたもの解される。そうすると,本願発明においても,引用発明においても,原告主張に係る重力に起因した不整磁場による回転抵抗を考慮する必要はないというべきであるから,審決の上記(1)Aの認定を誤りとすることはできず,この点からも,原告の上記主張は採用することができない。
(6) 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の取消事由の主張はいずれも理由がない。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 古城春実
裁判官 早田尚貴