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関連審決 無効2016-800040
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事件 平成 29年 (行ケ) 10121号 審決取消請求事件

原告 千住金属工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 大野聖二 多田宏文
被告ハリマ化成株式会社
同訴訟代理人弁護士 片山英二 服部誠 中村閑 大西ひとみ
同訴訟代理人弁理士 加藤志麻子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2018/02/14
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2016−800040号事件について平成29年4月24日にした審決のうち,特許第5723056号の請求項2〜8に係る部分を取り消す。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを8分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
事実及び理由
請求の趣旨
特許庁が無効2016-800040号事件について平成29年4月24日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,進歩性の有無(@引用発明の認定の当否,B本件発明と引用発明との対比判断の当否,B相違点に係る判断の当否)についての認定判断の当否である。
1 特許庁における手続の経緯 被告は,名称を「はんだ合金,ソルダペーストおよび電子回路基板」とする発明についての特許(特許第5723056号。以下,「本件特許」という。)の特許権者である(甲9,10)。
本件特許は,平成26年12月15日(以下,「本件出願日」という。)に出願され,平成27年4月3日に設定登録された(甲9,10)。
原告は,平成28年4月1日付けで本件特許の請求項1〜8に係る発明(以下,それぞれ, 「本件発明1」, 「本件発明2」などといい,まとめて「本件発明」という。)について無効審判請求をし(乙1。無効2016-800040号),特許庁は,平成29年4月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年5月9日,原告に送達された。
2 本件発明の要旨 本件発明の要旨は,以下のとおりである。
(本件発明1) 実質的に,スズ,銀,銅,ビスマス,アンチモンおよびコバルトからなるはんだ合金であって, 前記はんだ合金の総量に対して, 前記銀の含有割合が,2質量%以上4質量%以下であり, 前記銅の含有割合が,0.3質量%以上1質量%以下であり, 前記ビスマスの含有割合が,4.8質量%を超過し10質量%以下であり, 前記アンチモンの含有割合が,3質量%以上10質量%以下であり, 前記コバルトの含有割合が,0.001質量%以上0.3質量%以下であり, 前記スズの含有割合が,残余の割合であることを特徴とする,はんだ合金。
(本件発明2) さらに,ニッケル,インジウム,ガリウム,ゲルマニウムおよびリンからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含有し, はんだ合金の総量に対して,前記元素の含有割合が,0質量%超過し1質量%以下である,請求項1に記載のはんだ合金。
(本件発明3) 前記銅の含有割合が,0.5質量%以上0.7質量%以下である,請求項1または2に記載のはんだ合金。
(本件発明4) 前記ビスマスの含有割合が,4.8質量%を超過し7質量%以下である,請求項1〜3のいずれか一項に記載のはんだ合金。
(本件発明5) 前記アンチモンの含有割合が,5質量%以上7質量%以下である,請求項1〜4のいずれか一項に記載のはんだ合金。
(本件発明6) 前記コバルトの含有割合が,0.003質量%以上0.01質量%以下である,請求項1〜5のいずれか一項に記載のはんだ合金。
(本件発明7) 請求項1〜6のいずれか一項に記載のはんだ合金からなるはんだ粉末と, フラックスとを含有することを特徴とする,ソルダペースト。
(本件発明8) 請求項7記載のソルダペーストのはんだ付によるはんだ付け部を備えることを特 徴とする,電子回路基板。
3 審決の要点 (1) 原告の主張した無効理由の要旨 ア 無効理由1 本件発明は,国際公開第2014/163167号(甲1。以下,「引用文献」という。)に記載の発明(後記(2)で定義する引用発明1〜3)及び引用文献の記載事項から当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって,本件発明に係る特許は同法123条1項2号に該当し,無効とすべきである。
イ 無効理由2 本件発明は,引用文献に記載の発明(後記(2)で定義する引用発明4〜6)及び引用文献の記載事項から当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
したがって,本件発明に係る特許は同法123条1項2号に該当し,無効とすべきである。
ウ 無効理由3 本件発明2は,本件特許の明細書(以下,「本件明細書」という。)の発明の詳細な説明に記載されたものとはいえないから,特許法36条6項1号の規定に違反するものである。
したがって,本件発明2に係る特許は同法123条1項4号に該当し,無効とすべきである。
(2) 発明の認定 ア 引用発明1 「Ag:3.4質量%,Cu:0.7質量%,Ni:0.04質量%,Sb:3. 0質量%,Bi:3.2質量%,Co:0.01質量%又は0.05質量%残部Snからなる鉛フリーはんだ合金。」 イ 引用発明2 「Ag:3.4質量%,Cu:0.7質量%,Ni:0.04質量%,Sb:3.0質量%,Bi:3.2質量%,Co:0.01質量%又は0.05質量%残部Snからなる鉛フリーはんだ合金のはんだ粉末とフラックスとを混合したソルダーペースト。」 ウ 引用発明3 「Ag:3.4質量%,Cu:0.7質量%,Ni:0.04質量%,Sb:3.0質量%,Bi:3.2質量%,Co:0.01質量%又は0.05質量%残部Snからなる鉛フリーはんだ合金のはんだ粉末とフラックスとを混合したソルダーペーストのはんだ付けによるはんだ接合部を備える車載電子回路基板及びECU電子回路基板。」 エ 引用発明4 「Ag:3.4質量%,Cu:0.7質量%,Ni:0.04質量%,Bi:5.0質量%又は5.5質量%,Sb:5.0質量%残部Snからなる鉛フリーはんだ合金。」 オ 引用発明5 「Ag:3.4質量%,Cu:0.7質量%,Ni:0.04質量%,Bi:5.0質量%又は5.5質量%,Sb:5.0質量%残部Snからなる鉛フリーはんだ合金からなるはんだ粉末とフラックスとを混合したソルダーペースト。」 カ 引用発明6 「Ag:3.4質量%,Cu:0.7質量%,Ni:0.04質量%,Bi:5.0質量%又は5.5質量%,Sb:5.0質量%残部Snからなる鉛フリーはんだ合金からなるはんだ粉末とフラックスとを混合したソルダーペーストのはんだ付けによるはんだ接合部を備える車載電子回路基板及びECU電子回路基板。」 (3) 無効理由1について ア 本件発明1について (ア) 本件発明1と引用発明1との対比 (一致点) 「はんだ合金の総量に対して, 銀の含有割合が,3.4質量%であり, 銅の含有割合が,0.7質量%であり, アンチモンの含有割合が,3.0質量%であり, 前記コバルトの含有割合が,0.01質量%又は0.05質量%であり, 前記スズの含有割合が,残余の割合であることを特徴とする,鉛フリーはんだ合金。」 (相違点1) 本件発明1では,任意成分として,ニッケルを0質量%超〜1質量%以下の範囲で含むことを許容するものであるのに対し,引用発明1では,Ni:0.04質量%を必須成分として含有する点。
(相違点2) 本件発明1では,「ビスマスの含有割合が,4.8質量%を超過し10質量%以下であ」るのに対し,引用発明1では,「Bi:3.2質量%」である点。
(イ) 相違点についての判断 a 相違点1について 合金の発明において,ある元素が必須成分として含まれるのと,任意成分として含まれるのとでは,その技術的な意味が異なることは明らかであるから,当該相違点は実質的な相違点である。
そして,引用発明1においては,Niは,はんだ接合界面からのクラックの発生や伝播抑制のために必須成分として含有されるものであり,引用発明1において,このNiを任意成分とすることは,0.01質量%未満となることをも意味し,引 用発明1におけるNi含有の技述的意義を損なうことになるから,当該相違点に係る構成を導くことは容易になし得たことであるとはいえない。
b 相違点2について 本件発明1は,鉛フリーはんだ合金によるはんだ付け後の落下振動など耐衝撃性向上,さらには,そのようなはんだ付けされた部品の,比較的厳しい温度サイクル条件(例えば,-40〜125℃間の温度サイクルなど)下に曝露される場合にも,耐衝撃性を維持することを課題とし,その解決のために,「実質的に,スズ,銀,銅,ビスマス,アンチモンおよびコバルトからなるはんだ合金であって,前記はんだ合金の総量に対して,前記銀の含有割合が,2質量%以上4質量%以下であり,前記銅の含有割合が,0.3質量%以上1質量%以下であり,前記ビスマスの含有割合が,4.8質量%を超過し10質量%以下であり,前記アンチモンの含有割合が,3質量%以上10質量%以下であり,前記コバルトの含有割合が,0.001質量%以上0.3質量%以下であり,前記スズの含有割合が,残余の割合であること」を特定したものである。
そして,本件明細書の実施例等の記載(【表1】〜【表3】)のうち,実施例8(Bi4.9質量%)と比較例5(Bi4.5質量%)を比べると,耐衝撃性(落下衝撃試験による)については,実施例8がA++であるのに対し,比較例5がDであり,冷熱サイクル後の耐衝撃性(落下衝撃試験による)については,実施例8ではA+であるのに対し,比較例5はDであり,総合評価は,実施例8がA+であるのに対し,比較例5はDであり,「ビスマスの含有割合が,4.8質量%を超過し10質量%以下である」ことが,上記「はんだ付け後の落下振動など耐衝撃性向上,さらには,該はんだ付けされた部品の,比較的厳しい温度サイクル条件(例えば,-40〜125℃間の温度サイクルなど)下に曝露される場合にも,耐衝撃性を維持する」との課題解決に寄与していることが確認できる。
なお,はんだの破断メカニズムは,過剰な温度サイクルにより,落下衝撃に伴う脆性クラックから,温度サイクル負荷によって生じる疲労性クラックと脆性クラッ クの混合へと変化するものである。これに対し,引用文献において評価されているはんだ合金の特性は,温度サイクル試験での3000サイクル後のクラック発生率と,シェア強度残存率であり,本件発明1のような温度サイクル試験前の落下衝撃性,すなわち部品実装直後の落下衝撃性については評価されておらず,また,温度サイクル試験後の評価もシェア強度残存率であって,落下衝撃試験ではない。
そうすると,たとえ,引用文献に「本発明のはんだ合金に添加するBiの量は,1.5〜5.5質量%が好ましく,より好ましいのは,3〜5質量%のときである。
さらに好ましくは,3.2〜5.0質量%である。」と記載されていても,引用発明1において,Bi量を既に好ましい範囲内にある3.2質量%から,あえて4.8質量%超にまで増加させることによって,本件発明1のような温度サイクル試験前の落下衝撃性の向上等の効果まで予測することは当業者が容易になし得るとはいえない。
イ 本件発明2〜6について 本件発明2〜6と引用発明1とを対比すると,両者は少なくとも上記相違点2と同じ相違点を有する。そして,上記相違点2についての判断は,上記アのとおりである。
したがって,本件発明2〜6は,引用発明1及び引用文献の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
ウ 本件発明7について 本件発明7と引用発明2とを対比すると,両者は,少なくとも上記相違点2と同じ相違点を有する。上記相違点2についての判断は,上記アのとおりである。
したがって,本件発明7は,引用発明2及び引用文献の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
エ 本件発明8について 本件発明8における電子回路基板は,「車載電子回路基板及びECU電子回路基板」を包含するものと認められるから,本件発明8と引用発明3とを対比すると, 両者は,少なくとも上記相違点2と同じ相違点を有する。そして,上記相違点2についての判断は,上記アのとおりである。
したがって,本件発明8は,引用発明3及び引用文献の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(4) 無効理由2について ア 本件発明1について (ア) 本件発明1と引用発明4との対比 (一致点)「はんだ合金の総量に対して, 銀の含有割合が,3.4質量%であり, 銅の含有割合が,0.7質量%であり, ビスマスの含有割合が,5.0質量%または5.5質量%であり, アンチモンの含有割合が,5.0質量%であり, スズの含有割合が,残余の割合であることを特徴とする,鉛フリーはんだ合金。」 (相違点3) 本件発明1では,任意成分として,ニッケルを0質量%超〜1質量%以下の範囲で含むことを許容するものであるのに対し,引用発明4では,Ni:0.04質量%を必須成分として含有する点。
(相違点4) 本件発明1では,「コバルトの含有割合が,0.001質量%以上0.3質量%以下であ」るのに対し,引用発明4では,コバルトを含有していない点。
(イ) 相違点についての判断 a 相違点3について 合金の発明において,ある元素が必須成分として含まれるのと,任意成分として含まれるのとでは,その技術的な意味が異なることは明らかであるから,当該相違点は実質的な相違点である。
そして,引用発明4においては,Niは,はんだ接合界面からのクラックの発生や伝播抑制のために必須成分として含有されるものであり,引用発明4において,このNiを任意成分とすることは,0.01質量%未満となることをも意味し,引用発明4におけるNi含有の技述的意義を損なうことになるから,当該相違点に係る構成とすることは容易になし得たことであるとはいえない。
b 相違点4について 本件発明1は,鉛フリーはんだ合金によるはんだ付け後の落下振動など耐衝撃性向上,さらには,該はんだ付けされた部品の,比較的厳しい温度サイクル条件(例えば,-40〜125℃間の温度サイクルなど)下に曝露される場合にも,耐衝撃性を維持することを課題とし,その解決のために,「実質的に,スズ,銀,銅,ビスマス,アンチモンおよびコバルトからなるはんだ合金であって,前記はんだ合金の総量に対して,前記銀の含有割合が,2質量%以上4質量%以下であり,前記銅の含有割合が,0.3質量%以上1質量%以下であり,前記ビスマスの含有割合が,4.8質量%を超過し10質量%以下であり,前記アンチモンの含有割合が,3質量%以上10質量%以下であり,前記コバルトの含有割合が,0.001質量%以上0.3質量%以下であり,前記スズの含有割合が,残余の割合であること」を特定したものである。
そして,本件明細書の実施例等の記載(【表1】〜【表3】)のうち,実施例15(Co:0.001質量%)と比較例9(Co:0.000質量%)を比べると,耐衝撃性(落下衝撃試験による)については,実施例15がAであるのに対し,比較例9がDであり,冷熱サイクル後の耐衝撃性(落下衝撃試験による)については,実施例15ではAであるのに対し,比較例9はDであり,総合評価は,実施例15がAであるのに対し,比較例9はDである。
これによると,「コバルトの含有割合が,0.001質量%以上0.3質量%以下であ」ることが,上記「はんだ付け後の落下振動など耐衝撃性向上,さらには,該はんだ付けされた部品の,比較的厳しい温度サイクル条件(例えば,-40〜1 25℃間の温度サイクルなど)下に曝露される場合にも,耐衝撃性を維持する」との課題解決に,寄与していることが確認される。
これに対し,引用文献において評価されているはんだ合金の特性は,温度サイクル試験での3000サイクル後のクラック発生率と,シェア強度残存率であり,本件発明のような温度サイクル試験前の落下衝撃性,すなわち部品実装直後の落下衝撃性については評価がされておらず,また,温度サイクル試験後の評価もシェア強度残存率であって,落下衝撃試験ではない。
そうすると,たとえ,引用文献に「本発明のはんだ合金では,CoまたはFe,またはその両方を添加することで,本発明のNiの効果を高めることができる。特に,Coは優れた効果を現す。本発明のはんだ合金に添加するCoとFeの量は,合計量で,0.001質量%未満では接合界面に析出して界面クラックの成長を防止する効果が現れず,0.1質量%を超えて添加されると界面に析出する金属間化合物層が厚くなり,振動等でのクラックの成長が早くなってしまう。本発明に添加するCoまたはFe,その両方を添加する量は,0.001〜0.1質量%が好ましい。」と記載されていても,引用発明4において,「コバルトの含有割合が,0.001質量%以上0.3質量%以下」とすることによって,本件発明1のような温度サイクル試験前の落下衝撃性の向上等の効果まで予測することは当業者が容易になし得るとはいえない。
したがって,本件発明1は,引用発明4及び引用文献の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
イ 本件発明2〜6について 本件発明2〜6と引用発明4とを対比すると,両者は少なくとも上記相違点4と同じ相違点を有する。そして,上記相違点4についての判断は,上記アのとおりである。
したがって,本件発明2〜6は,引用発明4及び引用文献の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
ウ 本件発明7について 本件発明7と引用発明5とを対比すると,両者は,少なくとも上記相違点4と同じ相違点を有する。上記相違点4についての判断は,上記アのとおりである。
したがって,本件発明7は,引用発明5及び引用文献の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
エ 本件発明8について 本件発明8における電子回路基板は,「車載電子回路基板及びECU電子回路基板」を包含するものと認められるから,本件発明8と引用発明6とを対比すると,両者は,少なくとも上記相違点4と同じ相違点を有する。そして,上記相違点4についての判断は,上記アのとおりである。
したがって,本件発明8は,引用発明6及び引用文献の記載事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
(5) 無効理由3について 本件発明の課題は,従来のはんだ合金よりも,落下振動などの強力な衝撃を受けた場合にも耐衝撃性に優れ,また,比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露される場合でも,そのような優れた耐衝撃性を維持することのできるはんだ合金,はんだ合金を含有するソルダペースト,そのソルダペーストを用いて得られる電子回路基板を提供することである(本件明細書【0001】,【0004】〜【0009】)。
本件明細書【0010】,【0018】〜【0022】によると,本件発明は,はんだ合金における必須成分として,スズ(Sn),銀(Ag),銅(Cu),ビスマス(Bi),アンチモン(Sb)及びコバルト(Co)を含有することにより,優れた耐衝撃性を維持することができるものであるが,本件明細書【0040】,【0041】によると,ニッケルの添加は耐衝撃性向上に直接関係するものではなく,0質量%を超過し,1.0質量%以下の含有であれば,上記必須成分を含有することによる耐衝撃性の効果を維持し得るという許容範囲を規定したものにすぎない。このことは,実施例1(Niを含有しない)と実施例19(Niを0.5質量% 含有する)の耐衝撃性,冷熱サイクル後耐衝撃性の評価が同じであることから見ても明らかである(本件明細書【表1】,【表3】)。
したがって,本件発明2全てについて,本件発明の課題を解決できると当業者が認識できないとはいえず,本件発明2は,発明の詳細な説明に記載されたものではないとはいえない。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(引用文献に基づく本件発明1の容易想到性に関する認定及び判断の誤り) (1) 引用発明の認定の誤り ア 審決の引用発明1及び4の認定は,引用文献に記載された発明を不当に狭く限定するもので,誤りである。
引用文献の請求項3には,「Ag:1〜4質量%,Cu:0.6〜0.8質量%,Sb:1〜5質量%,Ni:0.01〜0.2質量%,Bi:1.5〜5.5質量%,Co:0.001〜0.1質量%,残部Snからなることを特徴とする鉛フリーはんだ合金」が記載されている。引用文献は,この範囲の全てにわたって発明を開示しているから,引用文献には,この範囲の合金に係る発明が記載されている。
したがって,引用発明1及び4は,次のように認定されるべきである。
「Ag:1〜4質量%,Cu:0.6〜0.8質量%,Sb:1〜5質量%,Ni:0.01〜0.2質量%,Bi:1.5〜5.5質量%,Co:0.001〜0.1質量%,残部Snからなることを特徴とする鉛フリーはんだ合金。 (以下, 」「原告引用発明1」という。) イ 原告引用発明1は,引用文献の【0022】〜【0028】において,個々の元素における含有量等が,独立して,特定の技術的意義を有することが明細書において裏付けられている。
ウ なお,審判において審理の対象とされた公知事実について,一致点・相違点につき審決と異なる主張をすることに,問題はない。
(2) 相違点1及び3の認定の誤り 本件発明は,「はんだ合金」という「物」の発明であり,「物」として見た場合,本件発明1と原告引用発明1とは,いずれもニッケルを含有している点で実質的に相違するものではなく,必須成分,任意成分の違いを,進歩性の判断をする上での実質的相違点と解釈すべきではない。
(3) 相違点2の認定の誤り 本件発明1と原告引用発明1とは,ビスマスを4. 「 8質量%を超過し5.5質量%以下含有する」点で一致するから,相違点2は存在しない。
(4) 相違点4の認定の誤り 本件発明1と原告引用発明1とは, 「コバルトを0.001〜0.1質量%含有する」点で一致するから,相違点4は存在しない。
(5) 相違点の判断の誤り ア 本件発明1と原告引用発明1とは構成において相違点はなく,容易に想到し得る発明であるから,効果の点を検討するまでもなく,本件発明1は,進歩性を有していない。
イ 相違点2に関する効果についての判断の誤り 前記(3)のとおり,相違点2は存在しない。それにもかかわらず,本件発明1が原告引用発明1に対して新規性及び進歩性を有するためには,「ビスマスを4.8質量%を超過し5.5質量%以下含有する」範囲の全体にわたって,格別顕著な効果を有する必要があるところ,そのような効果は,本件明細書に直接明瞭に記載されていない。また,原告が行った耐落下衝撃性の実験(甲11。以下,「甲11実験」という。)において,本件発明の技術的範囲に含まれ,かつ,原告引用発明1の数値範囲にも含まれる組成のはんだと,本件発明の技術的範囲には含まれないが,原告引用発明1の数値範囲に含まれる組成のはんだとを比較したが,その結果は,前者が後者より格別顕著な効果を奏しているとはいえない。
ウ 相違点4に関する効果についての判断の誤り 前記(4)のとおり,相違点4は存在しない。それにもかかわらず,本件発明1が原告引用発明1に対して新規性及び進歩性を有するためには, 「コバルトを0.001〜0.1質量%含有する」範囲の全体にわたって,格別顕著な効果を有する必要があるところ,そのような効果は,本件明細書に直接明瞭に記載されていない。
2 取消事由2〜8(引用文献に基づく本件発明2〜8の容易想到性に関する認定及び判断の誤り) (1) 引用発明の認定の誤り 引用発明2及び5は,次のように認定されるべきである。
「Ag:1〜4質量%,Cu:0.6〜0.8質量%,Sb:1〜5質量%,Ni:0.01〜0.2質量%,Bi:1.5〜5.5質量%,Co:0.001〜0.1質量%,残部Snからなることを特徴とする鉛フリーはんだ合金のはんだ粉末とフラックスとを混合したソルダーペースト。 以下,原告引用発明2」 」 ( 「 という。) また,引用発明3及び6は,次のように認定されるべきである。
「Ag:1〜4質量%,Cu:0.6〜0.8質量%,Sb:1〜5質量%,Ni:0.01〜0.2質量%,Bi:1.5〜5.5質量%,Co:0.001〜0.1質量%,残部Snからなることを特徴とする鉛フリーはんだ合金のはんだ粉末とフラックスとを混合したソルダーペーストのはんだ付けによるはんだ接合部を備える車載電子回路基板及びECU電子回路基板。(以下, 」 「原告引用発明3」という。) (2) 相違点2に対応する相違点の認定の誤り 本件発明2〜8と原告引用発明2及び3とは, 「ビスマスを4.8質量%を超過し5.5質量%以下含有する」点で一致するから,相違点2に対応する相違点は存在しない。
(3) 相違点4に対応する相違点の認定の誤り 本件発明2〜8と原告引用発明2及び3とは, 「コバルトを0.001〜0.1質量%含有する」点で一致するから,相違点4に対応する相違点は存在しない。
(4) 相違点の判断の誤り ア 本件発明2〜8と原告引用発明2及び3とは構成において相違点はなく,容易に想到し得る発明であるから,効果の点を検討するまでもなく,本件発明2〜8は,進歩性を有していない。
イ 相違点2に対応する相違点に関する効果についての判断の誤り 前記(2)のとおり,相違点2に対応する相違点は存在しない。それにもかかわらず,本件発明2〜8が進歩性を有するためには,「ビスマスを4.8質量%を超過し5.5質量%以下含有する」範囲の全体にわたって格別顕著な効果を有する必要があるところ,そのような効果は本件明細書に直接明瞭に記載されていない。
ウ 相違点4に対応する相違点に関する効果についての判断の誤り 前記(3)のとおり,相違点4に対応する相違点は存在しない。それにもかかわらず,本件発明2〜8が新規性及び進歩性を有するためには,コバルトを0. 「 001〜0.1質量%含有する」範囲の全体にわたって格別顕著な効果を有する必要があるところ,そのような効果は本件明細書に直接明瞭に記載されていない。
被告の主張
1 取消事由1について (1) 引用発明の認定の誤りがないこと ア 合金は,その効果の予測性が極めて低いから,所与の特性が得られる組合せについては,実施例に示された具体的な合金構成を考慮して初めて理解できる。
すなわち,合金においては,それぞれの合金ごとに,その組成成分の一つでも含有量等が異なれば,全体の特性が異なることが通常であって,所定の含有量を有する合金元素の組合せの全体が一体のものとして技術的に評価されるものである。
したがって,審決が,本件発明1に対しては,それと最も近い組成を開示する実施例45,46に基づいて引用発明1を認定し,本件発明2に対しては,それと最も近い組成を開示する実施例42,43に基づいて引用発明4を認定したことにつき誤りはない。
イ 審決においては,原告が主張したのと同じ内容の引用発明1及び4が認定されたのであるから,引用発明の認定誤りをいう原告の主張は,主張自体失当である。
(2) 相違点の認定及び相違点の容易想到性の判断に誤りがないこと ア 相違点1及び3について (ア) 原告は,審決に引用発明の認定の誤りが存在することを前提として相違点1及び3の認定誤りを主張するが,前記(1)のとおり,引用発明の認定誤りはないから,原告の主張は前提において誤っている。
(イ) 合金は,その組成が一体的に技術的意義を有するのであるから,ニッケルが任意成分として含まれるにすぎず,ニッケルを含まない組成を取り得ることと,ニッケルを必須成分として含むこととは,その技術的意義が全く異なる。したがって,相違点1及び3は実質的な相違点である。
イ 相違点2及び4について (ア) 原告の相違点2及び4の認定誤りの主張は,審決の引用発明1及び4の認定誤りを前提とするものである。前記(1)のとおり,審決に引用発明の認定誤りはないから,原告の主張はその前提において誤っている。
(イ) 原告は,本件発明1が原告引用発明1に対して新規性及び進歩性を有するためには,本件発明1におけるビスマスの数値範囲,又は,コバルトの数値範囲の全体にわたって顕著な効果を有する必要がある,と主張する。
しかし,この主張は,本件発明1と原告引用発明1とが同一の物であるとの誤った主張を前提とするから,理由がない。本件発明1と引用発明1及び4との間には,ビスマスの含有量又はコバルトの含有量について明確な相違点があり,これを容易想到とする理由はないから,本件発明1は,引用発明1及び4に対して,進歩性を有する。
甲11実験は,本件発明の効果の予測性と無関係であるから,この実験に基づく主張は,失当である。
2 取消事由2〜8について 原告が主張する取消事由2〜8は,取消事由1と本質的に同内容であり,これに理由がないことは前記1のとおりである。
当裁判所の判断
1 本件発明の認定 (1) 本件明細書には,以下の記載がある(甲10)。
発明の詳細な説明】【技術分野】【0001】本発明は,はんだ合金,ソルダペーストおよび電子回路基板に関し,詳しくは,はんだ合金,そのはんだ合金を含有するソルダペースト,さらに,そのソルダペーストを用いて得られる電子回路基板に関する。
【背景技術】【0002】一般的に,電気・電子機器などにおける金属接合では,ソルダペーストを用いたはんだ接合が採用されており,このようなソルダペーストには,従来,鉛を含有するはんだ合金が用いられる。
【0003】しかしながら,近年,環境負荷の観点から,鉛の使用を抑制することが要求されており,そのため,鉛を含有しないはんだ合金(鉛フリーはんだ合金)の開発が進められている。
【0004】このような鉛フリーはんだ合金としては,例えば,スズ-銅系合金,スズ-銀-銅系合金,スズ-銀-インジウム-ビスマス系合金,スズ-ビスマス系合金,スズ-亜鉛系合金などがよく知られているが,とりわけ,スズ-銀-銅系合金,スズ-銀-インジウム-ビスマス系合金などが広く用いられている。
【0005】より具体的には,例えば,スズ-銀-銅系合金として,銀3.4質量%,銅0.7質量%,ニッケル0.04質量%,アンチモン3.0質量%,ビスマス3.2質量%およびコバルト0.01質量%を含有し,残部がSnであるはんだ材料が,提案されている(特許文献1参照)。
先行技術文献】 【特許文献】 【0006】 【特許文献1】国際公開第2014/163167号パンフレット 【発明の概要】【発明が解決しようとする課題】【0007】一方,このようなはんだ合金によりはんだ付すると,落下振動などの衝撃によってはんだ接合部が破損する場合がある。そのため,はんだ合金としては,はんだ付後における耐衝撃性の向上が要求されている。
【0008】さらに,はんだ合金によりはんだ付される部品は,自動車のエンジンルームなど,比較的厳しい温度サイクル条件(例えば,-40〜125℃間の温度サイクルなど)下において用いられる場合がある。そのため,はんだ合金としては,比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露される場合にも,耐衝撃性を維持することが要求されている。
【0009】本発明の目的は,耐衝撃性に優れ,また,比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露した場合においても,優れた耐衝撃性を維持できるはんだ合金,そのはんだ合金を含有するソルダペースト,さらに,そのソルダペーストを用いて得られる電子回路基板を提供することにある。
【課題を解決するための手段】【0010】本発明の一観点に係るはんだ合金は,実質的に,スズ,銀,銅,ビスマス,アンチモンおよびコバルトからなるはんだ合金であって,前記はんだ合金の総量に対して,前記銀の含有割合が,2質量%以上4質量%以下であり,前記銅の含有割合が, 3質量%以上1質量%以下であり, 0.前記ビスマスの含有割合が,4.8質量%を超過し10質量%以下であり,前記アンチモンの含有割合が,3質量%以上10質量%以下であり,前記コバルトの含有割合が,0.001質量%以上0.3質量%以下であり,前記スズの含有割合が,残余の割合であることを特徴としている。
【0011】また,前記はんだ合金は,さらに,ニッケル,インジウム,ガリウム,ゲルマニウムおよびリンからなる群より選ばれた少なくとも1種の元素を含有し,はんだ合金の総量に対して,前記元素の含有割合が,0質量%超過し1質量%以下であることが好適である。
【0012】また,前記はんだ合金では,前記銅の含有割合が,0.5質量%以 上0.7質量%以下であることが好適である。
【0013】また,前記ビスマスの含有割合が,4.8質量%を超過し7質量%以下であることが好適である。
【0014】また,前記アンチモンの含有割合が,5質量%以上7質量%以下であることが好適である。
【0015】また,前記コバルトの含有割合が,0.003質量%以上0.01質量%以下であることが好適である。
【0016】また,本発明の他の一観点に係るソルダペーストは,上記のはんだ合金からなるはんだ粉末と,フラックスとを含有することを特徴としている。
【0017】また,本発明のさらに他の一観点に係る電子回路基板は,上記のソルダペーストのはんだ付によるはんだ付部を備えることを特徴としている。
【発明の効果】【0018】本発明の一観点に係るはんだ合金は,実質的にスズ,銀,銅,ビスマス,アンチモンおよびコバルトからなるはんだ合金において,各成分の含有割合が,上記の所定量となるように設計されている。
【0019】そのため,本発明の一観点に係るはんだ合金によれば,優れた耐衝撃性を得ることができ,また,比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露した場合においても,優れた耐衝撃性を維持することができる。
【0020】そして,本発明の他の一観点に係るソルダペーストは,上記はんだ合金を含有するので,優れた耐衝撃性を得ることができ,また,比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露した場合においても,優れた耐衝撃性を維持することができる。
【0021】また,本発明のさらに他の一観点に係る電子回路基板は,はんだ付において,上記ソルダペーストが用いられるので,優れた耐衝撃性を得ることができ,また,比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露した場合においても,優れた耐衝撃性を維持することができる。
【発明を実施するための形態】【0022】本発明の一観点に係るはんだ合金は, 必須成分として,スズ(Sn),銀(Ag),銅(Cu),ビスマス(Bi),アンチモン(Sb)およびコバルト(Co)を含有している。換言すれば,はんだ合金は,実質的に,スズ,銀,銅,ビスマス,アンチモンおよびコバルトからなる。なお,本明細書において,実質的とは,上記の各元素を必須成分とし,また,後述する任意成分を後述する割合で含有することを許容する意味である。
【0023】このようなはんだ合金において,スズの含有割合は,後述する各成分の残余の割合であって,各成分の配合量に応じて,適宜設定される。
【0024】銀の含有割合は,はんだ合金の総量に対して,2質量%以上,好ましくは,3.0質量%以上,より好ましくは,3.3質量%以上であり,4質量%以下,好ましくは,3.8質量%以下,より好ましくは,3.6質量%以下である。
【0025】銀の含有割合が上記範囲であれば,優れた耐衝撃性を得ることができ,また,比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露した場合においても,優れた耐衝撃性を維持することができる。
【0026】一方,銀の含有割合が上記下限を下回る場合には,耐衝撃性に劣る。
また,銀の含有割合が上記上限を上回る場合にも,耐衝撃性に劣る。
【0027】銅の含有割合は,はんだ合金の総量に対して,0.3質量%以上,好ましくは,0.5質量%以上であり,1質量%以下,好ましくは,0.7質量%以下である。
【0028】銅の含有割合が上記範囲であれば,優れた耐衝撃性を得ることができ,また,比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露した場合においても,優れた耐衝撃性を維持することができる。
【0029】一方,銅の含有割合が上記下限を下回る場合には,耐衝撃性に劣る。
また,銅の含有割合が上記上限を上回る場合にも,耐衝撃性に劣る。
【0030】ビスマスの含有割合は,はんだ合金の総量に対して,4.8質量%を超過しており,好ましくは,10質量%以下,好ましくは,7質量%以下である。
【0031】ビスマスの含有割合が上記範囲であれば,優れた耐衝撃性を得るこ とができ,また,比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露した場合においても,優れた耐衝撃性を維持することができる。
【0032】一方,ビスマスの含有割合が上記下限を下回る場合には,耐衝撃性に劣る。また,ビスマスの含有割合が上記上限を上回る場合にも,耐衝撃性に劣る。
【0033】アンチモンの含有割合は,はんだ合金の総量に対して,3質量%以上,好ましくは,3質量%を超過,より好ましくは,5質量%以上であり,10質量%以下,好ましくは,9.2質量%以下,より好ましくは,7質量%以下である。
【0034】アンチモンの含有割合が上記範囲であれば,優れた耐衝撃性を得ることができ,また,比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露した場合においても,優れた耐衝撃性を維持することができる。
【0035】一方,アンチモンの含有割合が上記下限を下回る場合には,耐衝撃性に劣る。また,アンチモンの含有割合が上記上限を上回る場合にも,耐衝撃性に劣る。
【0036】コバルトの含有割合は,はんだ合金の総量に対して,0.001質量%以上,好ましくは,0.003質量%以上であり,0.3質量%以下,好ましくは,0.01質量%以下,より好ましくは,0.007質量%以下である。
【0037】コバルトの含有割合が上記範囲であれば,優れた耐衝撃性を得ることができ,また,比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露した場合においても,優れた耐衝撃性を維持することができる。
【0038】一方,コバルトの含有割合が上記下限を下回る場合には,耐衝撃性に劣る。また,コバルトの含有割合が上記上限を上回る場合にも,耐衝撃性に劣る。
【0039】また,上記はんだ合金は,任意成分として,さらに,ニッケル(Ni),インジウム(In),ガリウム(Ga),ゲルマニウム(Ge),リン(P)などを含有することができる。
【0040】任意成分としてニッケルを含有する場合には,その含有割合は,はんだ合金の総量に対して,例えば,0質量%を超過し,例えば,1.0質量%以下 である。
【0041】ニッケルの含有割合が上記範囲であれば,本発明の優れた効果を維持することができる。
【0042】任意成分としてインジウムを含有する場合には,その含有割合は,はんだ合金の総量に対して,例えば,0質量%を超過し,例えば,1.0質量%以下である。
【0043】インジウムの含有割合が上記範囲であれば,本発明の優れた効果を維持することができる。
【0044】任意成分としてガリウムを含有する場合には,その含有割合は,はんだ合金の総量に対して,例えば,0質量%を超過し,例えば,1.0質量%以下である。
【0045】ガリウムの含有割合が上記範囲であれば,本発明の優れた効果を維持することができる。
【0046】任意成分としてゲルマニウムを含有する場合には,その含有割合は,はんだ合金の総量に対して,例えば,0質量%を超過し,例えば,1.0質量%以下である。
【0047】ゲルマニウムの含有割合が上記範囲であれば,本発明の優れた効果を維持することができる。
【0048】任意成分としてリンを含有する場合には,その含有割合は,はんだ合金の総量に対して,例えば,0質量%を超過し,例えば,1.0質量%以下である。
【0049】リンの含有割合が上記範囲であれば,本発明の優れた効果を維持することができる。
【0050】これら任意成分は,単独使用または2種類以上併用することができる。
【0051】任意成分として上記の元素が含有される場合,その含有割合(2種 類以上併用される場合には,それらの総量)は,はんだ合金の総量に対して,例えば,0質量%を超過し,例えば,1.0質量%以下となるように,調整される。
【0052】任意成分の含有割合の総量が上記範囲であれば,本発明の優れた効果を維持することができる。
【0057】そして,このようにして得られるはんだ合金の,DSC法(測定条件:昇温速度0.5℃/分)により測定される融点は,例えば,190℃以上,好ましくは,200℃以上であり,例えば,250℃以下,好ましくは,240℃以下である。
【0058】はんだ合金の融点が上記範囲であれば,ソルダペーストに用いた場合に,簡易かつ作業性よく金属接合することができる。
実施例】0077】 【 次に,本発明を実施例および比較例に基づいて説明するが,本発明は下記の実施例によって限定されるものではない。以下の記載において用いられる配合割合(含有割合),物性値,パラメータなどの具体的数値は,上記の「発明を実施するための形態」において記載されている,それらに対応する配合割合(含有割合),物性値,パラメータなど該当記載の上限値(「以下」「未満」として定義 ,されている数値)または下限値(「以上」「超過」として定義されている数値)に代 ,替することができる。
【0078】実施例1〜24および比較例1〜16 ・はんだ合金の調製 表1〜2に記載の各金属の粉末を,表1〜2に記載の配合割合でそれぞれ混合し,得られた金属混合物を溶解炉にて溶解および均一化させて,はんだ合金を調製した。
【0079】また,各実施例および各比較例の配合処方におけるスズ(Sn)の配合割合は,表1〜2に記載の各金属(銀(Ag),銅(Cu),ビスマス(Bi),アンチモン(Sb),コバルト(Co),ニッケル(Ni),インジウム(In),ガリウム(Ga),ゲルマニウム(Ge),リン(P)および鉄(Fe))の配合割合(質 量%)を,はんだ合金の総量から差し引いた残部である。
【0098】・ソルダペーストの調製 得られたはんだ合金を,粒径が25〜38μmとなるように粉末化し,得られたはんだ合金の粉末と,公知のフラックスとを混合して,ソルダペーストを得た。
【0099】・ソルダペーストの評価 得られたソルダペーストをチップ部品搭載用のプリント基板に印刷して,リフロー法によりチップ部品を実装した。実装時のソルダペーストの印刷条件,チップ部品のサイズ等については,後述する各評価に応じて適宜設定した。
【0100】【表1】 【0101】【表2】 【0102】<評価> 各実施例および各比較例において得られた合金を使用したソルダペーストを,チップ部品搭載用プリント基板に印刷して,リフロー法によりチップ部品を実装した。
ソルダペーストの印刷膜厚は,厚さ150μmのメタルマスクを用いて調整した。
ソルダペーストの印刷後,アルミニウム電解コンデンサ(5mmφ,5.8mm高さ)を上記プリント基板の所定位置に搭載して,リフロー炉で加熱し,チップ部品を実装した。リフロー条件は,プリヒートを170〜190℃,ピーク温度を245℃,220℃以上である時間が45秒間,ピーク温度から200℃までの降温時の冷却速度を3〜8℃/秒に設定した。
【0103】さらに,上記プリント基板を125℃の環境下で30分間保持し,次いで,-40℃の環境下で30分間保持する冷熱サイクル試験に供した。その結果を,表3および表4に示す。
<落下衝撃性> 部品実装直後のプリント基板について,1mの高さから5回落下させ,部品と基板の接合部が破壊するかどうかを外観観察することにより評価した。
【0104】具体的には,100個の搭載部品中,落下した個数が5個以下のものをランクA++(5点),落下個数6〜10個のものをランクA+(4点),落下個数11〜15個のものをランクA(3点) 落下個数16〜30のものをランクB ,(2点),落下個数31〜50個のものをランクC(1点),落下個数51個以上のものをランクD(0点)とした。
【0105】また,冷熱サイクルを1000サイクル繰り返したプリント基板についても,上記と同様に評価した。
<総合評価> 「落下衝撃性」および「冷熱サイクル後の落下衝撃性」の合計点が10点のものを総合判定A++,合計点が8点または9点のものを総合判定A+,合計点が6点または7点のものを総合判定A,合計点が4点または5点のものを総合判定B,合計点が2点または3点のものを総合判定C,合計点が0点または1点のものを総合判定Dとした。
【0106】【表3】 【0107】【表4】 (2) 以上から,本件発明は以下のとおりのものと認められる。
本件発明は,はんだ合金,ソルダペースト及び電子回路基板に関し,詳しくは,はんだ合金,そのはんだ合金を含有するソルダペースト,さらに,そのソルダペーストを用いて得られる電子回路基板に関する。【0001】 ( ) 一般的に,電気・電子機器などにおける金属接合では,ソルダペーストを用いたはんだ接合が採用されており,このようなソルダペーストには,従来,鉛を含有するはんだ合金が用いられてきた。しかし,近年,環境負荷の観点から,鉛の使用を抑制することが要求されており,そのため,鉛を含有しないはんだ合金(鉛フリーはんだ合金)の開発が進められている。【0002】【0003】 ( , ) 一方,このようなはんだ合金によりはんだ付けすると,落下振動などの衝撃によってはんだ接合部が破損する場合がある。そのため,はんだ合金としては,はんだ付け後における耐衝撃性の向上が要求されている。さらに,はんだ合金によりはんだ付けされる部品は,自動車のエンジンルームなど,比較的厳しい温度サイクル条 件(例えば,-40〜125℃間の温度サイクルなど)下において用いられる場合がある。そのため,はんだ合金としては,比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露される場合にも,耐衝撃性を維持することが要求されている。【0007】 ( 【0008】) 本件発明は,上記課題を解決するために,必須成分として,スズ,銀,銅,ビスマス,アンチモン及びコバルトを一定量の範囲内で含有することにより,耐衝撃性に優れ,また,比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露した場合においても,優れた耐衝撃性を維持できるはんだ合金,そのはんだ合金を含有するソルダペースト,さらに,そのソルダペーストを用いて得られる電子回路基板である。【0010】 (〜【0038】) また,本件発明は,任意成分として,ニッケル,インジウム,ガリウム,ゲルマニウム,リンを含有することができるが,その含有量を一定量以下とすることにより,優れた効果を維持することができるものである。【0039】〜【0052】 ( ) 2 取消事由1(引用文献に基づく本件発明1の容易想到性に関する認定及び判断の誤り)について (1) 引用発明の認定 ア 引用文献には,以下の記載がある(甲1)。
請求の範囲】 【請求項1】 Ag:1〜4質量%,Cu:0.6〜0.8質量%,Sb:1〜5質量%,Ni:0.01〜0.2質量%,残部Snからなることを特徴とする鉛フリーはんだ合金。
【請求項2】 さらに,Bi:1.5〜5.5質量%を含有することを特徴とする請求項1に記載の鉛フリーはんだ合金。
【請求項3】 さらに,CoおよびFeから選択された元素を少なくとも1種を合計で0.00 1〜0.1質量%含有することを特徴とする請求項1または2に記載の鉛フリーはんだ合金。
【請求項4】 請求項1〜3に記載の鉛フリーはんだ合金であって,温度サイクル試験の3000サイクル後の初期値に対するシェア強度残存率が30%以上であることを特徴とする鉛フリーはんだ合金。
【請求項5】 請求項1〜4に記載の鉛フリーはんだ合金であって,Cu-OSP処理を施した基板と接合されることを特徴とする鉛フリーはんだ合金。
【請求項6】 請求項1〜5のいずれかに記載の鉛フリーはんだ合金からなるはんだ接合部を有する車載電子回路。
【請求項7】 請求項1〜5のいずれかに記載の鉛フリーはんだ合金からなるはんだ接合部を有するECU電子回路。
【請求項8】 請求項6記載の電子回路を備えた車載電子回路装置。
【請求項9】 請求項7記載のECU電子回路を備えたECU電子回路装置。
【明細書】 【技術分野】 【0001】本発明は,温度サイクル特性に優れ,衝突などの衝撃に強い鉛フリーはんだ合金と,車載電子回路装置とに関する。
【背景技術】 【0002】自動車には,プリント回路基板(以降プリント基板という)に半導体やチップ抵抗部品などの電子部品をはんだ付けした電子回路(以下,車載電子回路という)が搭載されている。車載電子回路は,エンジン,パワーステアリング,ブレーキ等を電気的に制御する装置に使用されており,そのような装置 は自動車の走行にとって非常に重要な保安部品となっている。特に,燃費向上のためにコンピューターで自動車の走行,特にエンジンの作動を制御する電子回路を備えた,ECU(Engine Control Unit)と呼ばれる車載電子回路装置は,長期間に渡って故障がなく安定した状態で稼働できるものでなければならない。このECUは,一般的にエンジン近傍に設置されているものが多く,使用環境としては,かなり厳しい。本明細書では,この車載電子回路装置を単に「ECU」ともいい,「ECU電子回路装置」ともいう。
【0003】このような車載電子回路が設置されるエンジン近傍は,エンジンの回転時には125℃以上という非常な高温となる。一方,エンジンの回転を止めたときには外気温度,例えば北米やシベリヤなどの寒冷地であれば冬季に-40℃以下という低温になる。従って,車載電子回路は エンジンの運転とエンジンの停止の繰り返しで-40℃以下〜+125℃以上というヒートサイクルに曝される。
【0004】車載電子回路がそのように温度が大きく変化する環境に長期間置かれると,電子部品とプリント基板がそれぞれ熱膨張・収縮を起こす。しかしながら,主にセラミックスでできている電子部品の線熱膨張係数とガラスエポキシ基板できているプリント基板の線熱膨張係数の差が大きいため,上記環境下での使用中に一定の熱変位が電子部品とプリント基板とを接合しているはんだ付け部(以下, 「はんだ接合部」という。)に起こり,はんだ接合部にはそのような温度変化によって繰り返し応力(ストレス)が加わる。すると,そのようなストレスで,最終的にははんだ接合部の接合界面等が破断してしまう。電子回路では,はんだ接合部が完全破断しないまでも99%以下のクラック率でもはんだ接合部にクラックが入ることによって,電気的には導通しているとしても,回路の抵抗値が上昇して,誤動作することも考えられる。はんだ接合部にクラックが発生して,車載電子回路装置,特にECUが誤動作を起こすことは,避けなければならない。このように,車載電子回路装置,特にECUにとって温度サイクル特性が特に重要であり,それに使用されるはんだ接合部,つまりはんだ合金も考えられる限りの厳しい温度条件でも使用でき ることが要求される。
【0005】この使用条件の厳しい,車載電子回路装置,特にECU用のはんだとして,Ag:2.8〜4質量%,Bi:1.5〜6質量%,Cu:0.8〜1.2質量%,Ni,FeおよびCoからなる群から選んだ少なくとも1種を合計量で0.005〜0.05質量%,残部Snからなることを特徴とする車載用鉛フリーはんだ(WO2009/011341A,特許文献1)等が開示されている。
【0006】また,単なるはんだ合金組成として,主成分としてのSn(錫)に加えて,10重量%またはそれ未満のAg(銀),10重量%またはそれ未満のBi(ビスマス),10重量%またはそれ未満のSb(アンチモン)および3重量%またはそれ未満のCu(銅)を含んでなる合金を含んでなり,合金がさらに,1.0重量%またはそれ未満のNi(ニッケル)を含んでなるはんだ物質(特開2006-524572号公報,特許文献2)も開示されている。
先行技術文献】【特許文献】【0007】 特許文献1:WO2009/011341A 特許文献2:特開2006-524572号公報 【発明の概要】【発明が解決しようとする課題】【0008】ハイブリッド自動車や電気自動車の普及に見られるように,自動車に於けるメカ部品から電子部品への移行は進んでおり,それに伴いサイズの余裕があった自動車用の電子回路でも小型化が求められている。そのため,従来はリフローソルダリングの後,フローソルダリングではんだ付けされていた車載電子回路が,近年は両面ともソルダぺーストで面実装する両面リフローはんだ付けされることが当然となっている。これは車載電子回路の高密度化をもたらし,これまで見られなかったクラックモードの不具合が現れるようになった。
【0009】ところで,特許文献1の発明は厳しい環境での寿命が長いはんだ合金を開示したものであったが,自動車は輸送手段として用いられるものであるので,一箇所に静置されることは少なく,道路等で使用される事が多い。このような道路 で使用されるときは,悪路により車載電子回路装置には常時振動が加わり,また縁石への乗り上げや前の車との衝突など,車載電子回路装置は外部からの力が加わる事が多く発生する。車の衝突でも大事故であれば,車載電子回路装置ごと交換することが多いが,単なる接触事故では車の外装の交換だけで済まされることが多く,車載電子回路装置には,厳しい環境に耐えられるだけでなく,外部からの加わる力にも耐えられ無ければならない。
【0010】特に,最近の自動車は,電気自動車やハイブリッド自動車の普及など,電子化が進み,車載電子回路装置も小型化,高密度化が進んできた。そのため,車載電子回路のはんだ接合部のはんだ量も減少し,例えば,3216サイズのチップ部品では,はんだ接合部のはんだ量が片側で標準1.32mgであるのに対し,車載電子回路用では片側で0.28mg未満という微細なはんだ量しかない。そのため,従来の電子回路では図1のようにチップ部品側面にはんだフィレット部分が突き出しているが,車載電子回路のはんだ接合部では図2のようにチップ部品側面にはんだフィレットがほとんどない。よって,車載電子回路のはんだ接合部では,図2のようにほぼ一直線にクラックが伝播するという新たなクラックモードが生じ,誤動作をもたらすことが問題となってきた。
【0011】本発明が解決しようとする課題は,低温が-40℃,高温が125℃というような厳しい温度サイクル特性に長期間耐えられるだけでなく,縁石への乗り上げや前の車との衝突などで発生する外部からの力に対しても長期間に耐える事が可能なはんだ合金およびそのはんだ合金を使用した車載電子回路装置を開発することである。
【課題を解決するための手段】 【0012】本発明者らは,長期間の温度サイクル後の外部からの力に耐えるには,Sn相に固溶する元素を添加して固溶強化型の合金を作ることが有効なこと,固溶析出強化型の合金を作るにはSbが最適な元素であること,さらにSnマトリックス中のSbの添加は微細なSnSb金属間化合物が形成され,析出分散強化の効果も現すことを見い出し,本発明を完成させた。
【0013】本発明は,Agが1〜4質量%,Cuが0.6〜0.8質量%,Sbが1〜5質量%,Niが0.01〜0.2質量%,残部がSnの鉛フリーはんだ合金である。さらに,Biを1.5〜5.5質量%を添加しても良い。さらに,CoおよびFeから選択された元素を少なくとも1種を合計で0.001〜0.1質量%添加しても良い。
【0014】ここに,本発明にかかる合金の冶金学的組織上の特徴は,はんだ合金がSnマトリックス中にSbが固溶している組織からなり,該組織は,例えば125℃の高温ではSbが安定して固溶した状態を呈するが,温度低下に伴って,Snマトリックスに対してSbが,徐々に,過飽和状態で固溶するようになり,そして,例えば-40℃という低温では,SnSb金属間化合物としてSbが析出する組織である。
【0015】さらに本発明は,上述のはんだ合金を使ってはんだ付けを行って得た車載電子回路およびそのような電子回路を備えた車載電子回路装置である。
ここに, 「車載」または「車載用」というのは,自動車に搭載されるということであり,具体的には,過酷な使用環境,すなわち,-40℃から125℃という温度環境に繰り返し曝されて使用されても所定の特性を確保でき,自動車に搭載可能であるということである。より具体的には,そのような温度環境下でも3000サイクルのヒートサイクル試験に耐え得て,その条件下でも外部からの力を評価するシェア試験に対して耐性を有するということである。
【0016】本発明のはんだ合金が,温度サイクルに曝された後も微細なSbの析出物を作り,化合物の粗大化といった組織劣化が生じない理由は次のように考えられる。
リフローはんだ付けで接合する車載用はんだ合金は,低温は冷寒地,高温はエンジンルームを模式して,-40℃〜+125℃の温度サイクル試験が課せられる。
本発明のはんだ合金では,添加したSbが,例えば125℃という高温状態でSnマトリックス中に再固溶し,例えば-40℃という低温状態でSnSb金属間化合 物が析出するという工程が繰り返されることによって,SnSb金属間化合物の粗大化が止まり,温度サイクル試験を実施する中で,一度粗大化したSnSb金属化合物も高温側でSnマトリックス中に再溶解するので,微細なSnSb金属間化合物が形成され,析出分散強化型のはんだ合金が維持させる。
【0017】ところが,Sbの量を,5質量%を超えて,例えば8質量%添加すると,温度サイクル試験の初期でのSnSb化合物の粒径が大きく微細にならず,また,液相線温度が上昇するので,はんだ合金に添加したSbが高温側でも再溶解せずに元のSnSbの結晶粒のままである。したがって,上述のような温度サイクル下での使用を繰り返えしても微細なSnSb金属間化合物が形成することはない。
【0018】さらに,Sbの量を5質量%を超えて添加すると,はんだ合金の液相線温度が上昇してしまうので,リフロー加熱の温度を上昇させないとはんだ付けすることができない。このように,リフロー条件を上昇させるとプリント基板の表面に配線させているCuがはんだ中に溶融して,Cu6Sn5等のSnCuの金属間化合物層がプリント基板とのはんだ付け部に厚く形成され易くなり,プリント基板とはんだ接合部が破壊され易くなる。
【0019】本発明において,はんだ合金中に添加したSbは,はんだ合金のSnマトリックス中にSnSbという化合物の形で微細な析出物となり,-40〜+125℃の温度サイクルを3000サイクル近く繰り返しても,Snマトリックス中でSnSb金属間化合物の微細析出物の状態を維持することができる。このことにより,セラミックス等の電子部品とはんだ接合部の界面に発生し易いクラックをSnSbの析出物が邪魔する。
【0020】本発明によれば,上述の温度サイクル試験経過後であっても,Snマトリックス中のSnSb金属間化合物の粒子径は,試験開始前の粒径のSnSb金属間化合物の粒子とほぼ同じ0.6μm以下であり,粗大化が抑制された粒径となる。したがって,はんだ中に部分的にクラックが入っても,微細なSnSb金属間化合物がそのようなクラックの伝播を阻害することで,クラックがはんだの内部 に広がることを抑制できる。
【発明の効果】0021】 【 本発明にかかるはんだ合金は,-40℃から+125℃の温度サイクル試験を3000サイクル近く繰り返しても,微量なはんだ量のはんだ接合部にもクラックが発生せず,また,クラックが発生した場合においても,クラックがはんだ中を伝播することを抑制した,優れた温度サイクル特性を発揮できる。
本発明にかかるはんだ合金を,微少なはんだ量で,はんだフィレットがほとんどなく薄いはんだ接合部を有する車載電子回路のはんだ付けに用いることで,-40から+125℃の温度サイクルに曝される使用環境下で使用しても,はんだ接合部にクラックが発生せず,例えクラックが発生したとしても,はんだ中を伝播することが抑制されるため,信頼性の高い車載電子回路および車載電子回路装置を得ることができる。
また,本発明のはんだ合金は,接合界面で発生するクラックも抑制されており,特にECU装置のはんだ付けに適した特性を有している。
【発明を実施するための最良の形態】 【0022】本発明のはんだ合金に添加されるSbが1質量%未満では,Sb量が少なすぎてSnマトリックス中にSbが分散する形態が現れず,さらに固溶強化の効果も現れない。さらに,はんだ接合部のシェア強度も低くなる。また,Sbが5質量%を超えるようなSbの添加では,液相線温度が上昇するので,炎天下のエンジン稼働時等に現れる125℃を超す高温時にSbが再溶融しないので,SnSb金属間化合物の粗大化が進み,はんだ中にクラックが伝播することを抑制することができない。さらに,液相線温度が上がると実装時の温度ピークが上がるので,プリント基板の表面に配線されているCuがはんだ中に溶融して,Cu6Sn5等のSnCuの金属間化合物層がプリント基板とのはんだ付け部に厚く形成され易くなり,プリント基板とはんだ接合部が破壊され易くなる。
したがって,本発明のSbの量は1〜5質量%であり,好ましくは3〜5質量% である。後述するBiが配合される場合には,Sbの量は3超〜5%が好ましい。
【0023】本発明のはんだ合金では,はんだ中におけるクラックの発生と伝播を抑制すると共に,セラミック部品とはんだ接合部のはんだ接合界面でのクラックの発生も抑制している。例えば,Cuランドにはんだ付けするとCu6Sn5の金属間化合物がCuランドとの接合界面に発生するが,本発明のはんだ合金はNiを0.01〜0.2質量%含有しており,この含有しているNiは,はんだ付け時にはんだ付け界面部分に移動して,Cu6Sn5ではなく(CuNi)6Sn5が発生して,界面の(CuNi) 6Sn5の金属間化合物層のNi濃度が高くなる。これにより,はんだ付け界面にCu6Sn5よりも微細で,粒径が揃った(CuNi)6Sn5の金属間化合物層が形成される。微細な(CuNi)6Sn5の金属間化合物層は,界面から伝播するクラックを抑制する効果を有する。これは,Cu6Sn5のような大きな粒径がある金属間化合物層では,発生したクラックが大きな粒径に沿って伝播するので,クラックの進展が早い。ところが粒径が微細なときは,発生したクラックの応力が多くの粒径方向に分散するので,クラックの進展を遅くすることができる。
【0024】このように,本発明のはんだ合金では,Niを添加することで,はんだ付け界面付近に発生する金属間化合物層の金属間化合物を微細化して,クラックの発生を抑制するとともに,一旦発生したクラックの伝播を抑制する働きをしている。そのため,本発明のはんだ合金は接合界面からのクラックの発生や伝播の抑制も可能である。
Niの量が0.01質量%未満では,はんだ付け界面のNiの量が少ないため,はんだ接合部界面の改質効果が不十分であるためクラック抑止効果がなく,Niの量が0.2質量%を超えてしまうと,液相線温度が上昇するため,本発明に添加したSbの再溶融が発生せず,微細なSnSb金属間化合物の粒径維持の効果を阻害してしまう。
したがって,本発明のNiの量は,0.01〜0.2質量%が好ましく,より好ましくは0.02〜0.1質量%である。さらに好ましくは,0.02〜0.08% である。
【0025】本発明に添加されているAgは,はんだのぬれ性向上効果とはんだマトリックス中にAg3Snの金属間化合物のネットワーク状の化合物を析出させて,析出分散強化型の合金を作り,温度サイクル特性の向上を図る効果が発揮される。
本発明のはんだ合金で,Agの含有量が1質量%未満では,はんだのぬれ性の向上効果が発揮されず,Ag3Snの析出量が少なくなり,金属間化合物のネットワークが強固とはならない。また,Agの量が4質量%より多くなると,はんだの液相線温度が上昇して,本発明にしたがって添加したSbの再溶融が起らず,SnSb金属間化合物の微細化の効果を阻害してしまう。
したがって,本発明に添加するAgの量は,1〜4質量%が好ましい。より好ましくは,Agの量が3.2〜3.8質量%である。
【0026】本発明のはんだ合金に添加されているCuは,Cuランドに対するCu食われ防止効果とはんだマトリックス中に微細なCu 6 Sn5 の化合物を析出させて温度サイクル特性を向上させる効果がある。
本発明のはんだ合金のCuが0.6質量%未満では,Cuランドに対するCu食われ防止が現れず,Cuが0.8質量%を超えて添加するとCu6Sn5の金属間化合物が接合界面にも多く析出するので,振動等でのクラックの成長が早くなってしまう。
【0027】本発明のはんだ合金では,Biを添加することで,さらに温度サイクル特性を向上させることができる。本発明で添加したSbは,SnSb金属間化合物を析出して析出分散強化型の合金を作るだけでなく,原子配列の格子に入り込み,Snと置換することで原子配列の格子を歪ませてSnマトリックスを強化することで,温度サイクル特性を向上させる効果も有している。このときに,はんだ中にBiが入っていると,BiがSbと置き換わるので,さらに温度サイクル特性を向上させることができる。BiはSbより原子量が大きく,原子配列の格子を歪ま せる効果が大きいからである。また,Biは,微細なSnSb金属間化合物の形成を妨げることがなく,析出分散強化型のはんだ合金が維持される。
本発明のはんだ合金に添加するBiの量が,1.5質量%未満ではSbとの置換が起き難く,微細なSnSb金属間化合物の量が少なくなるため,温度サイクル向上効果が現れない,また,Biの量が5.5質量%を超えて添加するとはんだ合金自体の延性が低くなって堅く硬く,もろくなるので,振動等でのクラックの成長が早くなってしまう。
本発明のはんだ合金に添加するBiの量は,1.5〜5.5質量%が好ましく,より好ましいのは,3〜5質量%のときである。さらに好ましくは,3.2〜5.0質量%である。
【0028】さらに,本発明のはんだ合金では,CoまたはFe,またはその両方を添加することで,本発明のNiの効果を高めることができる。特に,Coは優れた効果を現す。
本発明のはんだ合金に添加するCoとFeの量は,合計量で,0.001質量%未満では接合界面に析出して界面クラックの成長を防止する効果が現れず,0.1質量%を超えて添加されると界面に析出する金属間化合物層が厚くなり,振動等でのクラックの成長が早くなってしまう。
本発明に添加するCoまたはFe,その両方を添加する量は,0.001〜0.1質量%が好ましい。
【0029】本発明にかかるはんだ合金は,これまでの説明からも明らかなように,ヒートサイクル性に優れており,はんだ中のクラックの発生や伝播が抑制されるから,絶えず振動を受けている状態で使用される自動車用,つまり車載用として使用されても,クラックの成長や進展が促進されることはない。したがって,そのような特に顕著な特性を備えていることから,本発明にかかるはんだ合金は,自動車に搭載する電子回路のはんだ付けに特に適していることがわかる。
【0030】ここに,本明細書でいう「ヒートサイクル性にすぐれている」とは, 後述する実施例でも示すように-40℃以下+125℃以上というヒートサイクル試験を行っても,3000サイクル後のクラック発生率が90%以下であり,同じく,3000サイクル後のシェア強度残存率が,30%以上を言う。
【0031】このような特性は,上記ヒートサイクル試験のような非常に過酷な条件で使用されても,車載電子回路が破断しない,つまり使用不能あるいは誤動作をもたらさないことを意味しており,特にECU用のはんだ付けに用いられるはんだ合金としては信頼性の高いはんだ合金である。さらに,本発明のはんだ合金は,温度サイクル経過後のシェア強度残存率に優れている。つまり,長期間使用しても衝突や振動等の外部から加わる外力に対してシェア強度等の外力に対する耐性が低下しない。
このように,本発明にかかるはんだ合金は,より特定的には,車載電子回路のはんだ付けに用いられ,あるいは,ECU電子回路のはんだ付けに用いられて優れたヒートサイクル性を発揮するはんだ合金である。
実施例1】【0035】表1では,表1の各はんだ合金について,液相線温度,温度サイクル試験の初期値と1500サイクル後のSnSb粒径,クラック率を測定を以下の方法で測定した。
【0036】(はんだの溶融試験) 表1の各はんだ合金を作製して,はんだの溶融温度を測定した。測定方法は,固相線温度はJIS Z3198-1に準じて行った。液相線温度は,JIS Z3198-1を採用せずに,JIS Z3198-1の固相線温度の測定方法と同様のDSCによる方法で実施した。
結果を表1の液相線温度に示す。
【0037】(温度サイクル試験) 表1のはんだ合金をアトマイズしてはんだ粉末とした。松脂,溶剤,活性剤,チキソ剤,有機酸等からなるはんだ付けフラックスと混和して,各はんだ合金のソルダペーストを作製した。ソルダペーストは,6層のプリント基板(材質:FR-4) に150μmのメタルマスクで印刷した後,3216のチップ抵抗器をマウンターで実装して,最高温度235℃,保持時間40秒の条件でリフローはんだ付けをし,試験基板を作製した。
各はんだ合金ではんだ付けした試験基板を低温-40℃,高温+125℃,保持時間30分の条件に設定した温度サイクル試験装置に入れ,初期値,1500サイクル後に各条件で温度サイクル試験装置から取り出し,3500倍の電子顕微鏡で観察して,はんだ合金のSnマトリックス中のSnSb金属間化合物の粒子の平均粒径を測定した。
結果を表1のクラック率とSnSb粒径に示す。
ここで,表1中の※1はSnSb金属間化合物が見えず測定ができなかったことを示し,※2ははんだの液相線温度が高く,リフロー条件の235℃でははんだ付けできなかったことを示す。
【0038】(クラック率) クラック発生率は,クラックが想定クラック長さに対して,クラックが生じた領域がどの程度かの指標となる。SnSbの粒径測定後に,150倍の電子顕微鏡を用いて,クラックの状態を観察して,クラックの全長を想定し,クラック率を測定した。
クラック率(%)= クラック長さの総和×100 想定線クラック全長 ここに,「想定線クラック全長」とは,完全破断のクラック長さをいう。
クラック率は,図5に示した複数のクラック7の長さの合計を,クラック予想進展経路8の長さで割った率である。
結果は,表1に記載する。
【0039】【表1】 【0040】表1からは,温度サイクル試験の1500サイクル後も,SnSbの結晶粒が粗大化せずに,初期値と変わらないままの状態で維持されていることがわかる。
【0041】図3に,実施例5のはんだ合金について,3500倍の電子顕微鏡で撮った,温度サイクル試験における3000サイクル後のSnSb金属間化合物7の状態を示す。実施例5のSnSb金属間化合物は微細であり,はんだ中に万遍なく散在している。そのため,クラックが入っても,SnSb金属間化合物にクラックが入るのを阻害する。
【0042】図4に比較例4のはんだ合金について,3500倍の電子顕微鏡で撮った,温度サイクル試験における3000サイクル後のSnSb金属間化合物7の状態を示す。比較例のSnSb金属間化合物は肥大しており,SnSb金属間化合物の中のクラックの発生を抑制できない。
実施例2】 【0043】次に,表2では,表2の各はんだ合金について,温度サイクル試験での3000サイクル後のクラック発生率とシェア強度残存率を測定した。クラック発生率の測定方法は,表1と同じだが,サイクル数は3000サイクルとした。
シェア強度残存率の測定方法は以下の通りである。
【0044】(シェア強度残存率) シェア強度残存率は,初期状態のはんだ付け部のシェア強度に対して温度サイク ル試験にどの程度の強度が維持されているかの指標となる。
シェア強度試験は,継手強度試験機STR‐1000を用いて,室温下で,試験速度6mm/min,試験高さは50μmの条件で行った。
結果はまとめて表2に示す。
【0045】【表2】 - 45 - 【0046】表2より,Sn-Ag-Cu-Ni-Sb系のはんだ合金について,Sb含有量に対して,クラック発生率とシェア強度残存率をプロットしたグラフを図6に示す。Sb量が本発明の範囲内である1.0〜5.0%の時に,クラック発生率は90%以下で,且つ,シェア強度残存率は30%以上であり,本発明のはんだ合金によって,温度サイクル特性に優れ,衝突などの衝撃に強いはんだ合金が得られる。
【0047】表2より,Sn-Ag-Cu-Ni-Sb-Bi系のはんだ合金に対して,Bi含有量に対して,Sb量別に,クラック発生率をプロットしたグラフを図7に示す。Bi量が本発明の範囲内である1.5〜5.5%で,且つ,Sb量が1〜5%の時に,クラック発生率が90%以下となり,温度サイクル特性に優れ,クラック発生を抑制することができる。
【0048】表2より,Sn-Ag-Cu-Ni-Sb-Bi系のはんだ合金に対して,Bi含有量に対して,Sb量別に,シェア強度残存率をプロットしたグラフを図8に示す。Bi量が本発明の範囲内である1.5〜5.5%で,且つ,Sb量が1〜5%の時に,シェア強度残存率が30%以上となり,衝突などの衝撃に強く,クラック発生を抑制することができる。
イ 以上より,引用発明は,次のとおりのものと認められる。
引用発明の課題は,低温が-40℃,高温が125℃というような厳しい温度サイクル特性に長期間耐えられるだけではなく,縁石への乗り上げや前の車との衝突などで発生する外部からの力に対しても長期間耐えることが可能なはんだ合金及びそのはんだ合金を使用した車載電子回路装置を開発することである 【0008】 ( 〜【0011】。
) 上記の課題を解決するために,引用発明の発明者は,長期間の温度サイクル後の外部からの力に耐えるには,Sn相に固溶する元素を添加して固溶強化型の合金を作ることが有効なこと,固溶析出型の合金を作るにはSbが最適な元素であること,さらにSnマトリックス中のSbの添加は微細なSnSb金属間化合物が形成され, 析出分散強化の効果を現わすことを見いだした(【0012】。そして,はんだ合金 )中のSbは,原子配列の格子に入り込み,Snと置換することで原子配列の格子を歪ませてSnマトリックスを強化することで,温度サイクルを向上させる効果も有しているところ,はんだ合金に添加されるSb量が少なすぎると,Snマトリックス中にSbが分散する形態が現れず,固溶強化の効果も現れないが,反対に,Sb量が多すぎると,高温時にSbが再溶融しないので,SnSb金属間化合物の粗大化が進み,はんだ中にクラックが伝播することを抑制できない(【0016】〜【0020】【0022】【0027】。はんだ合金にNiを添加することで,はんだ , , )付け界面付近に発生する金属間化合物層の金属間化合物を微細化して,クラックの発生を抑制するとともに,一旦発生したクラックの伝播を抑制する(【0023】,【0024】。はんだ合金中のAgは,はんだのぬれ性向上効果とはんだマトリッ )クス中にAg3Snの金属間化合物のネットワーク状の化合物を析出させて,析出分散強化型の合金を作り,温度サイクル特性の向上を図る効果が発揮される 【00 (25】。はんだ合金中のCuは,Cuランドに対するCu食われ防止効果とはんだ )マトリックス中に微細なCu 6 Sn 5 の化合物を析出させて温度サイクル特性を向上させる効果がある(【0026】。はんだ中にBiが入っていると,BiがSbと )置き換わるので,さらに温度サイクル特性を向上させることができる【0027】。
( )はんだ合金中のCo又はFeは,Niの効果を高めることができる(【0028】。
) 以上のような個々の金属の特性等を考慮して,引用発明の発明者は,Ag,Cu,Sb,Ni及びSnを必須の要素とするはんだ合金,及び,さらに,Bi,Co又はFeを含むはんだ合金を発明した。
ウ 証拠(乙2〜4)及び弁論の全趣旨によると,合金は,組成,含有比率及び温度によってその相(液相か固相か)や結晶構造が異なり,成分となる金属の数が増えれば,さらに含有比率及び温度による状態の変化は複雑となること,合金を構成する元素が同じであっても配合量が異なることにより,金属組織が異なり,性質が異なること,合金は,その性質及び特性の基礎となる金属組織の形成の予測 性が低く,効果の予測性が低い技術分野に該当することが認められる。これらのことからすると,合金は, 「所定の含有量を有する合金元素の組合せが一体のものとして技術的意義を有するであって,所与の特性が得られる組合せについては,実施例に示された実際に作製された具体的な合金組成を考慮して初めて理解できる」という技術常識があると認めることができる。
エ 引用文献の記載及び前記ウの技術常識からすると,引用文献における温度サイクル試験での3000サイクル後のクラック発生率とシェア強度残存率を測定した結果,引用発明の効果が現れたと認められる実施例のうち,本件発明1に最も近似している,実施例45及び46,並びに実施例42及び43から引用発明を認定すべきである。
したがって,引用発明は,前記第2の3(2)のとおりに認定される。
オ 原告の主張について 原告は,引用発明1及び4に代えて,引用文献の請求項3に記載されたものを原告引用発明1と認定すべきと主張する。
しかし,上記ウの「所定の含有量を有する合金元素の組合せが一体のものとして技術的意義を有するのであって,所与の特性が得られる組合せについては実際に作製された合金組成を考慮して初めて理解できる」という合金の技術常識に照らすと,原告の上記主張を採用することはできない。
(2) 対比 ア 本件発明1と引用発明1及び4とを対比すると,前記第2の3(3)ア(ア)及び同(4)ア(ア)のとおりの一致点及び相違点を認定することができる。
イ 原告の主張について (ア) 原告は,本件発明1と原告引用発明1とは,いずれもニッケルを含有している点で実質的に相違するものではない,と主張する。
しかし,引用発明1及び4におけるニッケルは,前記(1)イのとおり,クラックの発生を抑制するとともに,一旦発生したクラックの伝播を抑制するという,引用発 明の課題解決のために不可欠な技術的意義を有する必須の成分とされているものである。それに対して,本件発明1においては,ニッケルは任意成分にすぎない。したがって,両者の技術的意義が相違するから,相違点1及び3は実質的な相違点である。
(イ) 原告は,審決の引用発明1及び4の認定が誤っているから,相違点2及び4は存在しない,と主張する。
しかし,前記(1)のとおり,審決の引用発明1及び4の認定に誤りはなく,原告の主張はその前提を欠き,失当である。
(3) 相違点の判断 ア 相違点1及び3について 引用発明1及び4において,ニッケルは,クラックの発生を抑制するとともに,一旦発生したクラックの伝播を抑制する技術的意義を有し,これは,引用発明における課題である外部からの力に対して長時間耐えることに貢献するものといえる。
このように引用発明1及び4において不可欠な要素であるニッケルを,任意成分とする動機付けは存在しない。
したがって,引用発明1及び4のニッケルを任意成分として,相違点1及び3に係る構成を備えることは,当業者が容易に想到し得るものではない。
イ よって,その余の点を判断するまでもなく,本件発明1は,引用発明1及び4から容易に想到し得るものではない。
(4) 以上のとおり,取消事由1には,理由がない。
3 取消事由2〜8について (1) 引用発明2,3,5及び6の認定 ア 前記2(1)によると,引用文献には,前記第2の3(2)のとおりの,引用発明2,3,5及び6が記載されているものと認められる。
イ 原告の主張について 原告は,引用発明2,3,5及び6に代えて,引用文献の請求項3に記載された ものに対応するものを原告引用発明2及び3と認定すべき,と主張する。
しかし,前記2(1)オで判示したところと同様に,原告の上記主張を採用することはできない。
(2) 対比 ア 本件発明2〜8と,引用発明1〜3を対比すると,少なくとも,前記第2の3(3)ア(ア)の相違点2(ただし,本件発明4については,ビスマスの含有割合は,4.8質量%を超過し7質量%以下である)において相違する。
本件発明2〜8と,引用発明4〜6を対比すると,少なくとも,前記第2の3(4)ア(ア)の相違点4(ただし,本件発明6については,コバルトの含有割合は,0.003質量%以上0.01質量%以下である)において相違する。
イ 原告の主張について 原告は,相違点2及び4に対応する相違点は存在しない,と主張するが,その前提とする引用発明の認定に誤りがあるから,失当である。
(3) 相違点の判断 ア 相違点2について 引用文献の【0027】には,はんだ合金に,Biを添加することで,さらに温度サイクル特性を向上させることができ,添加するBiの量は,1.5〜5.5質量%が好ましいことが記載されている。したがって,引用発明1〜3のビスマスの量を,上記好ましい量の範囲内である,4.8質量%を超過し,5.5質量%までの範囲とする動機付けがあるといえる。
そして,本件発明2〜8においてビスマスの含有割合が所定の範囲内であることの効果は, 「優れた耐衝撃性を得ることができ,また,比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露した場合においても,優れた耐衝撃性を維持することができる」 (本件明細書【0031】)ことにある。引用発明1〜3においてビスマスの含有割合を上記好ましい範囲内とすることの効果は,温度サイクル特性を向上させること(引用文献【0027】)であるが,ここにいう温度サイクル特性とは,「-40℃から+1 25℃の温度サイクル試験を3000サイクル近く繰り返しても,微量なはんだ量のはんだ接合部にもクラックが発生せず,また,クラックが発生した場合においても,クラックがはんだ中を伝播することを抑制」する(引用文献【0021】)という性質である。温度サイクル試験後のはんだ接合部にクラックが発生せず,クラックが発生してもその伝播を抑制する効果が高まれば,厳しい温度サイクル条件下の耐衝撃性も高まるものといえる。そして,厳しい温度サイクル条件下の耐衝撃性が高ければ,そのような厳しい条件下にない場合の耐衝撃性も高いことが予想される。
したがって,本件発明2〜8におけるビスマスの含有割合を所定の範囲内とすることの上記効果は,引用発明1〜3のビスマスの量を4.8質量%を超過し,5.5質量%までの範囲とする上記効果と比較して,格別顕著な効果であるとはいえない。
以上より,引用発明1〜3において,Bi:3.2質量%の数値を,相違点2に係る, 「4.8質量%を超過し,5.5質量%まで」の範囲の本件発明2〜8の構成とすることは,当業者が容易になし得たものである。
イ 相違点4について 引用文献の【0028】には,はんだ合金に,Coを添加することで,Niの効果を高めることができ,添加する量は,0.001〜0.1質量%が好ましいことが記載されている。したがって,引用発明4〜6にコバルトを添加し,その量を0.001質量%〜0.1質量%とする動機付けがあるといえる。
本件発明2〜8においてコバルトの含有割合が所定の範囲内であることの効果は,「優れた耐衝撃性を得ることができ,また,比較的厳しい温度サイクル条件下に曝露した場合においても,優れた耐衝撃性を維持することができる」 (本件明細書【0037】)ことにある。そして,引用発明4〜6においてコバルトの含有割合を上記好ましい範囲内とすることの効果は,Niの効果を高めること,すなわち,はんだ付け界面付近に発生する金属間化合物層の金属管化合物を微細化して,クラックの発生を抑制するとともに,一旦発生したクラックの伝播を抑制する働きをする(引用文献【0024】【0028】 , )という効果を高めることである。クラックの発生 を抑制し,一旦発生したクラックの伝播を抑制すれば,耐衝撃性がより優れ,これが維持されるといえる。したがって,本件発明2〜8におけるコバルトの含有割合が所定の範囲内であることの効果は,引用発明4〜6においてコバルトを添加し,その含有割合を0.001質量%〜0.1質量%とすることの効果と比較して,格別顕著なものであるとはいえない。
以上より,引用発明4〜6にコバルトを添加し,その量を0.001質量%〜0.1質量%として,相違点4に係る, 「コバルトの含有割合が,0.001質量%以上0.1質量%以下(本件発明6については0.003質量%以上0.01質量%以下)」の本件発明2〜8の構成とすることは,当業者が容易になし得たものである。
ウ 被告の主張について 被告は,本件発明2〜8と,引用発明1〜6との間には,ビスマスの含有量又はコバルトの含有量について明確な相違点があり,これを容易想到とする理由はない,と主張する。
しかし,前記ア及びイのとおり,引用発明1〜3において相違点2に係る構成を採用すること,及び引用発明4〜6において相違点4に係る構成を採用することの動機付けがあり,本件発明2〜8のビスマスの含有量及びコバルトの含有量について格別顕著な効果があるともいえないから,引用発明1〜6に相違点2及び4の構成を採用することは,容易想到である。
(4) したがって,取消事由2〜8には,理由がある。
結論
以上より,取消事由2〜8には理由があるから,本件発明2〜8に係る審決を取り消し,取消事由1には理由がないから,本件発明1に係る原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。