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関連審決 無効2015-800144
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事件 平成 29年 (行ケ) 10058号 審決取消請求事件

原告 住友ゴム工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 小松陽一郎 原悠介 三嶋隆子
同訴訟代理人弁理士 住友慎太郎 浦重剛 苗村潤 石原幸信
被告 株式会社ブリヂストン
同訴訟代理人弁理士 小椋正幸 田部元史 仁内宏紀
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/12/21
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2015−800144号事件について平成29年1月24日にした審決中,特許第4818272号の請求項1,5ないし10に係る部分を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 ? 被告は,平成18年9月13日,発明の名称を「ランフラットタイヤ」とする特許出願(優先権主張:平成17年9月13日,日本国)をし,平成23年9月9日,設定の登録(特許第4818272号)を受けた(請求項の数10。甲23。
以下,この特許を「本件特許」という。)。
? 原告は,平成27年7月3日,本件特許について特許無効審判請求をし,無効2015-800144号事件として係属した(甲201)。
? 被告は,平成28年8月12日,請求項2ないし4を削除することを含む,本件特許に係る特許請求の範囲及び明細書を訂正する旨の訂正請求をした(訂正後の請求項の数7。甲209。以下「本件訂正」という。)。
? 特許庁は,平成29年1月24日,本件訂正を認めるとともに,請求項1,5ないし10に係る発明についての審判請求は成り立たない,請求項2ないし4に係る発明についての審判請求を却下する旨の別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年2月2日,原告に送達された。
? 原告は,平成29年3月2日,本件審決中,本件特許の請求項1,5ないし10に係る部分の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載 本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲請求項1,5ないし10の記載は,次のとおりである(甲209)。なお,「/」は原文の改行部分を示す(以下同じ。)。
以下,請求項1,5ないし10に係る発明を「本件発明1」などといい,併せて「本件各発明」という。また,本件訂正後の明細書(甲209)を,本件特許の図面(甲23)を含めて「本件明細書」という。
【請求項1】カーカス層と,タイヤサイド部に位置する前記カーカス層のタイヤ 2 幅方向内側に設けられているサイドウォール補強層とを有するランフラットタイヤであって,/前記サイドウォール補強層は,タイヤ幅方向断面において三日月形状のゴムストックにより形成されており,/前記サイドウォール補強層が設けられている前記タイヤサイド部の外側表面の少なくとも一部に,溝底部を有する溝部と突部とでなる凹凸部が延在するように構成されており,/前記凹凸部は,タイヤ周方向に配置してなり,/前記凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度θは,-45°≦θ≦45°の範囲であり,/前記凹凸部は,リムのベースラインからの断面高さの10〜90%の範囲に設けられており,/前記突部の高さをh,前記突部のピッチをp,前記突部の幅をwとしたときに,10.0≦p/h≦20.0,且つ,4.0≦(p-w)/w≦39.0の関係を満足するよう前記突部と前記溝底部が形成されていることを特徴とするランフラットタイヤ。
【請求項5】前記突部の高さ(h)は,0.5mm≦h≦7mmであり,前記突部の幅(w)は,0.3mm≦w≦4mmであることを特徴とする請求項1に記載されたランフラットタイヤ。
【請求項6】前記凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度θは,-20°≦θ≦20°の範囲にあることを特徴とする請求項1,請求項5のいずれか一項に記載されたランフラットタイヤ。
【請求項7】前記突部は,少なくとも径方向内側に頂部を有することを特徴とする請求項1,請求項5,請求項6のいずれか一項に記載された記載のランフラットタイヤ。
【請求項8】前記凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度θは,タイヤ径方向位置により変化していることを特徴とする請求項1,請求項5乃至請求項7のいずれか一項に記載された記載のランフラットタイヤ。
【請求項9】前記凹凸部は,前記延在方向に沿って不連続に分割されていることを特徴とする請求項1,請求項5乃至請求項8のいずれか一項に記載されたランフラットタイヤ。
3 【請求項10】前記凹凸部は,タイヤ周方向に沿って不均一に配置されていることを特徴とする請求項1,請求項5乃至請求項9のいずれか一項に記載されたランフラットタイヤ。
3 本件審決の理由の要旨 ? 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。要するに,本件訂正を認めた上,@本件各発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであり,特許法36条6項1号に規定する要件(以下「サポート要件」という。)を満たす,A本件発明1は,@)下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明」という。)に,下記イの引用例2に記載された技術事項(以下「甲2技術」という。)を適用することで,当業者が容易に発明をすることができたものではない,A)引用発明に,下記ウの引用例3に記載された技術事項(以下「甲3技術」という。)を適用することで,当業者が容易に発明をすることができたものではない,B)引用発明に,下記エの引用例4に記載された技術事項(以下「甲4技術」という。)を適用することで,当業者が容易に発明をすることができたものではない,B本件発明5ないし10は,本件発明1の発明特定事項を全て含み,さらに他の限定を付加したものであるから,本件発明1と同様に当業者が容易に発明をすることができたものではない,などというものである。
ア 引用例1:国際公開第2004/013222号(甲1) イ 引用例2:特開平4-238703号公報(甲2の1) ウ 引用例3:特開昭54-107004号公報(甲3) エ 引用例4:特開平8-318716号公報(甲4の1) ? 本件発明と引用発明の対比 本件審決は,引用発明及び本件発明との一致点・相違点を,以下のとおり認定した。
ア 引用発明 カーカス4と,サイドウォール部10に位置する前記カーカス4のタイヤ幅方向 4 内側に設けられているサイド補強層ゴム9とを有するランフラットタイヤ1であって,/前記サイド補強層ゴム9は,タイヤ幅方向断面において三日月形状のゴムにより形成されており,/前記サイドウォール部10の少なくとも一部であって,タイヤの高さをHとしたとき,少なくとも高さ0.5H〜0.7Hの部位に,表面積を大きくするための凹凸のパターン12が形成されているランフラットタイヤ。
イ 本件発明1と引用発明との一致点及び相違点 (ア) 一致点 カーカス層と,タイヤサイド部に位置する前記カーカス層のタイヤ幅方向内側に設けられているサイドウォール補強層とを有するランフラットタイヤであって,/前記サイドウォール補強層は,タイヤ幅方向断面において三日月形状のゴムストックにより形成されており,/前記サイドウォール補強層が設けられている前記タイヤサイド部の外側表面の少なくとも一部に,凹凸部が構成されている,/ランフラットタイヤ。
(イ) 相違点 a 相違点1 凹凸部の配設態様について,本件発明1は,「溝底部を有する溝部と突部とでなる凹凸部が延在するように構成されており」,「前記凹凸部は,タイヤ周方向に配置してなり,前記凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度θは,-45°≦θ≦45°の範囲であり,前記凹凸部は,リムのベースラインからの断面高さの10〜90%の範囲に設けられて」いるのに対し,引用発明は,「タイヤの高さをHとしたとき,少なくとも高さ0.5H〜0.7Hの部位に,表面積を大きくするための凹凸のパターン12が形成されている」点。
b 相違点2 凹凸部の構造について,本件発明1は,「前記突部の高さをh,前記突部のピッチをp,前記突部の幅をwとしたときに,10.0≦p/h≦20.0,且つ,4.0≦(p-w)/w≦39.0の関係を満足するよう前記突部と前記溝底部が形成 5 されている」ものであるのに対して,引用発明は,その具体的な構造は特定されていない点。
4 取消事由 (1) 本件各発明のサポート要件違反(取消事由1) (2) 引用発明及び甲2技術に基づく本件発明1の進歩性判断の誤り (取消事由2) (3) 引用発明及び甲3技術に基づく本件発明1の進歩性判断の誤り (取消事由3) (4) 引用発明及び甲4技術に基づく本件発明1の進歩性判断の誤り (取消事由4) (5) 本件発明5ないし10の進歩性判断の誤り(取消事由5)
当事者の主張
1 取消事由1(本件各発明のサポート要件違反)について 〔原告の主張〕 本件発明1の課題は,「リムガードを備えた偏平空気入りタイヤのリムガード上に多数のリッジを配置して,表面積を増やして放熱促進を図ったタイヤ」に比べて,耐久性を更に向上させることにある。そして,本件発明1は,課題解決手段として,請求項1に係る構成などを採用したものである。
しかし,本件明細書の耐久性の向上を具体的に裏付ける実施例の記載(【0075】〜【0077】)は,比較例のタイヤがどのような構成であるかを特定することができず,実施例のタイヤの耐久性が更に向上したかについて理解することはできないから,本件発明1をサポートしていない。また,実施例の耐久性と熱伝達率のグラフ(【図29】【図30】)とを比較して,その傾向を把握すれば,熱伝達率のみに着目して,耐久性の向上という課題を解決できたか否かを評価することはできない。
さらに,本件明細書の発明の詳細な説明には,パラメータの数値範囲の全範囲において発明の課題が解決されるものであることまでは記載されていない。すなわち,本件発明1の各パラメータの関係を満足するものとして想定されるあらゆる絶対値の突部のピッチp,突部の高さh及び突部の幅wの組合せ,さらには凹凸部の延在 6 方向θの範囲において,発明の課題を解決することができると理解できるように本件明細書に記載されていなければならないところ,本件明細書では,【表1】【表2】のとおり,わずかなパラメータの数値のみが開示されるにとどまる。実施例5と11の耐久性の低下率の大きさを考慮すれば,θの全範囲で発明の課題が解決されるものとはいえない。
したがって,本件明細書に記載された程度の実施例だけでは,本件発明1の構成を採用することにより耐久性の更なる向上が得られると当業者において認識できる程度に具体例を記載しているとはいえないから,本件明細書の記載がサポート要件に適合するということはできない。
〔被告の主張〕 ? 本件発明1において,凹凸部により発生する乱流は,境界層である空気の流れS1が突部(12)に衝突して溝部の溝底部から一旦はく離し再び溝底部に付着するということを繰り返す流れからなるものである(【0039】)。そして,空気の流れ(乱流)はおおよそp/hによって決まり(【0010】【0011】),p/h=15前後に最適値を有する(【0010】【0078】【図29】)。また,(p-w)/wは,放熱を向上させたい面の面積(溝部)に対する突部の表面積の割合が小さくならないように規定されるものであって(【0012】),「4≦(p-w)/w≦39.0」の数値範囲に設定することで,熱伝達率をさらに高め放熱効果を向上させ(【0012】【0079】【図30】),耐久性をさらに向上させることができる。本件発明1は,パラメータの数値範囲だけに特徴を有する数値限定発明ではない。また,【表1】【表2】の耐久性の数値を比較する場合,前提となるh,w,θ等の値が同じ実施例どうしを比較すべきである。
さらに,本件明細書には,本件発明1において,乱流発生用凹凸部5(突部12及び溝部13)の延在方向aと径方向r径がなす角度の技術的意義が,径方向に働く遠心力による空気流れを利用して放熱を向上させるためであることが記載されている(【0013】【0036】)。
7 したがって,本件発明1は,発明の詳細な説明に記載されたものであるから,サポート要件に適合する。
? 原告の主張について 原告は,【図29】【図30】に記載された熱伝達率からは,耐久性の向上という課題を解決できたか否かを評価することはできないと主張する。しかし,一般的に,熱効率が更に向上することで空気入りタイヤの耐久性が向上する(【0005】【0006】)。なお,【図29】は,wが特定の値である場合のp/hと熱伝達率との関係を示すグラフであり,wの値によって,最適となるp/hの値の範囲は変わらないものの,その時の熱伝達率の数値は変わり,同様に,【図30】は,hが特定の値である場合の(p-w)/wと熱伝達率との関係を示すグラフであり,hの値によって,最適となる(p―w)/wの値の範囲は変わらないものの,その時の熱伝達率の数値は変わることから,これらのグラフと,実施例の数値は比較できるものではない。
また,原告は,本件明細書には,パラメータの数値範囲の全範囲において発明の課題が解決されることまでは記載されていないと主張する。しかし,本件発明1の凹凸部のパラメータの組合せは独自の知見に基づくものであって,パラメータの数値範囲の全てにおいてデータの開示が要求されるものではない。
2 取消事由2(引用発明及び甲2技術に基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について 〔原告の主張〕 ? 相違点2 ア 甲2技術を適用した引用発明 本件発明1と,引用発明とは,技術分野及び課題について共通性があり,また課題解決手段も共通性がある。さらに,引用例2も,引用発明と同様の技術分野に属し,その機能・作用も共通する発明に関するものである。
そして,引用発明に,甲2技術を適用することで,パラメータp/hの値が5〜 8 20で,パラメータ(p-w)/wの値が1〜99.0となる構造の凹凸部を配設することが想定される。これらの数値範囲は,本件明細書(【0078】【0079】)において,熱伝達率をより向上するものとして説明されている数値範囲(p/hにつき2.0〜24.0,(p-w)/wにつき1.0〜100.0)と完全に重複する。
なお,引用例2において,凹部の具体的な配置については何ら限定されておらず,様々な凹凸の配列態様を包含するものである。【図2】に示された配置を前提とすべきであるということはできず,むしろ【図5】?を,サイドウォール上の帯状領域に適用する場合,縦方向をタイヤ径方向として当てはめることは,極めて自然である。
イ 設計事項 (ア) 甲2技術 引用例2は,タイヤの側面に凹凸部を設けて,放熱面積を増大させるとともに乱流を生じさせ,熱伝達率を向上させる技術事項を開示するものである。
そして,引用例2には,タイヤの側面に形成された凹凸の熱放散の促進機能を充分に発揮させるために,凹凸における凹部の深さ(突部の高さ),凹部の平面寸法(凹部の幅)及び凹部のピッチ(突部のピッチ)の各パラメータを具体的に規定し,乱流を生じさせてタイヤの側面と空気との間の熱伝達率を向上させる技術思想が記載されている。
(イ) パラメータp/h a パラメータp/hへの着目 本件特許の優先日当時,伝熱工学の技術分野において,流体の流れを制御して,例えば,熱伝達を向上するために,伝熱面上に設けられた凹凸部(乱流促進体)の突起の高さとピッチとの関係やこれらの比(突起の高さ/突起のピッチ)に着目することは,周知技術である(甲22,28の1,29〜48)。
なお,これらの証拠には,無効審判請求において提出されなかったものもあるが, 9 これらにより,当業者の技術常識を認定し,本件発明1の意義を明らかにすることは許される。
b 本件発明1におけるパラメータp/hの数値範囲の意義 本件明細書では,パラメータp/hが2.0〜24.0の範囲においてもタイヤサイド部表面の熱伝達率が向上することが認められており,10.0〜20.0の範囲は,「好ましくは」という観点で設定されたと説明されているにすぎない 【0 (078】)。【図29】においても,パラメータp/hを10.0〜20.0の範囲にすることについて臨界的な意義を有するとは認められない。実施例の【表1】【表2】においても,上記数値範囲内の実施例の耐久性は劣っている。
したがって,本件発明1において,パラメータp/hの数値範囲を10.0〜20.0に設定することに格別な意義はなく,単なる設計事項である。
(ウ) パラメータ(p-w)/w a パラメータ(p-w)/wへの着目 パラメータ(p-w)/wは,凹凸部の構成単位の基準であるピッチをどのような割合で「突部」と「溝部」に区分するかについて規定するものにすぎない。また,本件特許の優先日当時,突部の幅と溝部の幅の関係に着目した粗さ密度λsというパラメータもあった(甲36)。
したがって,凹凸部のパラメータ(p-w)/wに着目することは,凹凸部を定義する上で必然的なものであるから,格別な意義はない。
b 本件発明1におけるパラメータ(p-w)/wの数値範囲の意義 本件明細書では,パラメータ(p-w)/wが1.0〜100.0の範囲内でも熱伝達率が向上されることが認められ,4.0〜39.0の範囲は,「好ましくは」という観点で設定されたと説明されているにすぎない(【0079】)。【図30】においても,パラメータ(p-w)/wを4.0〜39.0の範囲にすることについて臨界的な意義を有するとは認められない。実施例の【表1】【表2】においても,上記数値範囲内の実施例の耐久性は劣っている。
10 したがって,本件発明1において,パラメータ(p-w)/wの数値範囲を4.0〜39.0に設定することに格別な意義はなく,単なる設計事項である。
(エ) 以上によれば,「p/h」と「(p-w)/w」のパラメータを最適化又は好適化することで熱伝達率をより向上させる技術は,当業者にとって容易になし得たものである。
(オ) 被告の主張について 被告は,本件発明1は,従来の空気入りタイヤとは空気の流れのメカニズムで異なることから,技術的意義を有する旨主張する。
しかし,本件特許の優先日当時,伝熱面上に凹凸部を形成し,それによって流体の流れを乱して熱伝達率を向上させることは技術常識であり,とりわけ,乱流の一態様として,伝熱面上に等間隔に突出物(乱れ促進体)を設けて,はく離と再付着による流れを生成し,再付着位置で高い熱伝達率が得られるように凹凸部を構成することも周知技術である(甲16,18,20(図8.4?),38(図21))。
したがって,このような乱流を生成させる凹凸を形成することについては明確な指針が存したものである。そして,遠心力による渦流の移動については,本件明細書に具体的な記載はない。
ウ 本件発明1の効果 (ア) 本件発明1の効果は,その課題に対応した空気入りタイヤの耐久性を更に向上するものであるかという観点で認定すべきところ,熱伝達率の向上と,タイヤの耐久性向上とを同義と考えることはできないから,熱伝達率の向上にのみ着目すべきではない。
また,本件発明1のタイヤサイド部表面の熱伝達率を向上させるという効果は,引用例2に記載された技術事項から予測されるものと同質であって,量的に見て格別なものではない。そもそも,【図29】及び【図30】は,パラメータp/hと熱伝達率との関係,及び,パラメータ(p-w)/wと熱伝達率の関係を別々に示すものにすぎないから,本件発明1の各パラメータの数値範囲を満足するものが, 11 臨界的な効果を奏することまでもが確認できるわけではなく,また,数値範囲の全範囲で効果が認められるものでもない。
したがって,本件発明1のパラメータの数値範囲を設定することにより得られる効果は,当業者が予測可能なものであって,何ら格別なものではない。
(イ) 被告の主張について 被告は,本件発明1は,従来の空気入りタイヤとは空気の流れのメカニズムで異なることから,異質の効果を奏すると主張する。
しかし,従来の空気入りタイヤの空気の流れのメカニズムが,空気を単に撹拌し熱を拡散されやすくしただけということはできないほか,空気の流れのはく離と再付着による冷却機構は,伝熱工学上周知のメカニズムである。
エ 小括 よって,甲2技術を適用した引用発明の凹凸部に関し,そのパラメータを「10.0≦p/h≦20.0」かつ「4.0≦(p-w)/w≦39.0」の数値範囲に設定することは,単なる設計事項であり,当業者が容易に想到し得たものである。
? 相違点1 引用発明の凹凸のパターン12の具体的な構造として,その機能,作用において共通する引用例2に記載された凹部の採用を試みる動機付けは充分に存在する。
そして,引用例2の【図4】?に示される「四角形状の凹部30」の配設により,溝部と突部とでなる凹凸部が延在するような構成が形成され,その際,溝部には,当然に溝底部が形成されるから,「溝底部を有する溝部と突部とでなる凹凸部が延在するように構成されており」との構成に至る。
また,引用例2の【図5】?に示される態様(ただし,円形の凹部20を四角形状の凹部30に置換したもの)では,四角形状の凹部の間には突部が形成され,突部がタイヤの径方向に沿って延在するから,「前記凹凸部は,タイヤ周方向に配置してなり,前記凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度θは,-45°≦θ≦45°の範囲であり」との構成に至る。
12 さらに,引用例1のタイヤ高さH(【図1】)は,本件発明1の断面高さ(【図3】)と一致するから,「前記凹凸部は,リムのベースラインからの断面高さの10〜90%の範囲に設けられて」いるとの構成は,そもそも,引用例1に記載されている。
よって,相違点1に係る本件発明1の構成は,引用発明及び甲2技術から当業者が容易に想到し得たものである。
なお,本件発明1は,相違点1に係る凹凸部の配設態様を前提とし,当該凹凸部の構造を相違点2に係る構成で,さらに限定したものである。本件審決は,相違点1の構成が,相違点2を前提とした構成であると誤認して相違点1の判断を行ったものであり,この判断は審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから取消しを免れない。
〔被告の主張〕 ? 相違点2 ア 甲2技術を適用した引用発明 本件発明1の各パラメータについて下限値を設けることは,単に放熱面積を拡大するための凹凸を設ける従来技術からは導かれない構成であるから,引用発明に,甲2技術を適用することで,パラメータp/hの値が5〜20で,パラメータ(p-w)/wの値が1〜99.0となる構造の凹凸部を配設することが積極的に想定されるものではない。
イ 設計事項ではないこと (ア) 甲2技術 引用例2には,凹部がタイヤのサイド部にどのように配置されるかについて,【図2】に示されるように,タイヤ周方向において隣り合う凹部列の径方向位置が半ピッチ程度ずれた配置が開示されるのみであり,凹部のピッチ及びその方向に関する記載も示唆もない。引用例2は,凹部のピッチに関する記載はなく,凹部を一定のピッチで配置することを開示するものでもなく,さらに,熱放散効果をより良くす 13 るための凹部の深さ及び直径Dと凹部のピッチとの関係について全く開示しない。
(イ) 本件発明1の技術的意義 本件発明1は,突部の高さh,突部のピッチp,突部の幅wについて,各パラメータの関係を満足するように突部と溝底部を形成することによって,上昇して冷却された空気の流れを,放散させることなく,負圧によってこの突部を周方向に挟む次の溝部の溝底部に向けて下降させるものである。また,凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度θを特定の数値範囲としたことは,突部の背面側に生じた澱み部分をタイヤ回転による遠心力を利用して径方向外側に押し出し,当該澱み部分を低減するものである。本件発明1は,単に,タイヤ表面に多数のリッジ等を設けてタイヤ表面に乱流を発生させて空気を攪拌し熱を拡散されやすくしただけの従来の空気入りタイヤとは構成が異なる。
なお,甲26ないし48は,本件の無効審判請求において提出されたものではないから,これらの証拠に基づく主張は許されない。
ウ 本件発明1の効果 本件発明1は,凹凸部の「p/h」及び「(p-w)/w」の下限値を特に好ましい範囲に設定し,空気の流れが突部に衝突し溝底部から一旦はく離し冷却された空気が再び溝底部に付着し,主に溝底部の温度を冷却するものであって,単に,タイヤ表面に多数のリッジ等を設けてタイヤ表面に乱流を発生させて空気を攪拌し熱を拡散されやすくしただけの従来の空気入りタイヤとは作用効果が異なる。
エ 小括 よって,本件発明1の「p/h」及び「(p-w)/w」の各パラメータは設計事項ではなく,引用発明及び甲2技術から当業者が容易に想到し得るものではない。
? 相違点1 引用例2の凹部は,表面積を大きくし,乱流を生じさせる形状であればよく(引用例2【0010】),凹部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度θについて示唆はない。また,引用例2は,凹凸のパターンについて,【図2】の配設態様しか 14 開示しておらず,【図2】の凹凸のパターンに,【図5】?に示される凹部20の配設態様を反映させれば,その対角線がタイヤ周方向になる。したがって,凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度θを,-45°≦θ≦45°の範囲とすることは示唆されていない。
また,引用例2の凹部は,ブレーカに対向する一定の領域に形成されるものであるから,引用例2の凹部を引用発明に適用しても,「前記凹凸部は,リムのベースラインからの断面高さの10〜90%の範囲に設けられて」いるとの構成には至らない。
3 取消事由3(引用発明及び甲3技術に基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について 〔原告の主張〕 ? 相違点2 ア 甲3技術を適用した引用発明 引用発明に,甲3技術を適用することで,パラメータp/hの値は4で,パラメータ(p-w)/wの値が1となる構造の凹凸部を配設することが想定される(引用例3の第5図)。これらの数値範囲は,本件明細書において,熱伝達率をより向上するものとして説明されている数値範囲に完全に包含される。
イ 設計事項 引用例3には,明示的な記載はなくとも,乱流と熱損失の関係や,乱流とタイヤの表面粗さの増加の関係について記載があるから(4頁左下欄),タイヤ表面の熱伝達率を向上させる技術思想が含まれると理解されるものである。また,本件発明1のメカニズム(はく離と再付着)は伝熱工学においては周知技術である。そして,前記2〔原告の主張〕?イ(イ),(ウ)によれば,「p/h」と「(p-w)/w」のパラメータを最適化又は好適化することで熱伝達率をより向上させる技術は,当業者にとって容易になし得たものである。
ウ 本件発明1の効果 15 前記2〔原告の主張〕?ウのとおり,本件発明1のパラメータの数値範囲を設定することにより得られる効果は,当業者が予測可能なもので何ら格別なものではない。
エ 小括 よって,本件発明1は,引用発明及び引用例3に記載された発明から当業者が容易に想到し得たものである。
? 相違点1 前記2〔原告の主張〕?に同じ。
〔被告の主張〕 ? 相違点2 ア 設計事項ではないこと 引用例3は,表面積が増大するにつれてタイヤを冷却する多大な効果を生ずることを解説し,そのメカニズムについて,タイヤの表面粗さが増加することにより乱流が始まる速度が効果的に低下し,熱損失(熱伝達)が急速に増大する旨説明するにとどまる。本件発明1のように,上昇して冷却された空気の流れを,放散させることなく,負圧によってこの突部を周方向に挟む次の溝部の溝底部に向けて下降させ,溝底部を冷却するという効果を開示するものではない。
また,本件発明1の技術的意義は,前記2〔被告の主張〕?イ(イ)のとおりである。
イ 本件発明1の効果 本件発明1の効果は,前記2〔被告の主張〕?ウのとおりである。
ウ 小括 よって,本件発明1の「p/h」及び「(p-w)/w」の各パラメータは設計事項ではなく,引用発明及び甲3技術から当業者が容易に想到し得るものではない。
? 相違点1 前記2〔被告の主張〕?に同じ。
16 4 取消事由4(引用発明及び甲4技術に基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について 〔原告の主張〕 ? 相違点2 ア 甲4技術の適用 リッジの形成された面が,タイヤのサイドウォールの表面積を増大させることは技術常識である。また,リッジが熱伝達率を向上させる機能を有することは,周知技術である(甲3,7,8,50,51)。したがって,引用例4のリッジは,表面積を増大する凹凸であり,熱伝達率を向上させる機能を有するものである。
そして,引用発明において,サイドウォールに適用する凹凸のパターンとしては,表面積を大きくする形状であれば何ら制約はないから,当業者であれば,引用例4のリッジを引用発明のサイドウォールの表面積を増大させるために適用する動機があり,また,熱伝達率を向上させる点からは,むしろ積極的な動機がある。
したがって,引用例4のリッジを引用発明に適用する動機付けはあり,かつ,阻害要因もない。
イ 甲4技術を適用した引用発明 引用例4【図1】において,低いリッジR1と高いリッジR2との周方向間隔を5mmとすることは,引用例4の技術思想から想定される設計事項の範囲内である。
また,高いリッジR2のみに基づいてパラメータの数値範囲を算出することは許される(本件明細書【0065】【図17】)。
そして,引用発明に,このような甲4技術を適用することで,パラメータp/hの値は16.7で,パラメータ(p-w)/wの値が7.3となる構造の凹凸部を配設することが想定される。これらの数値範囲は,相違点2に係る本件発明1の構成を完全に充足する。
ウ 甲4技術(実施例1)を適用した引用発明 引用発明に,実施例1に記載された値をそのまま用いた甲4技術(なお,高いリ 17 ッジR2のみに基づくもの)を適用すれば,パラメータp/hの値は6.7で,パラメータ(p-w)/wの値が2.3となる構造の凹凸部を配設することが想定される。これらの数値範囲は,本件明細書において,熱伝達率をより向上するものとして説明されている数値範囲に完全に包含される。
そして,前記アのとおり,当業者であれば,引用例4のリッジは,表面積を大きくする凹凸であり,かつ,タイヤ走行時に乱流を発生させてタイヤのサイドウォールの熱伝達率を向上させる機能を有するものと理解する。また,前記2〔原告の主張〕?イ(イ),(ウ)によれば,「p/h」と「(p-w)/w」のパラメータを最適化又は好適化することで熱伝達率をより向上させる技術は,当業者にとって容易になし得たものである。
さらに,前記2〔原告の主張〕?ウのとおり,本件発明1のパラメータの数値範囲を設定することにより得られる効果は,当業者が予測可能なもので何ら格別なものではない。
エ 小括 よって,相違点2に係る本件発明1の構成は,引用発明及び甲4技術から当業者が容易に想到し得たものである。
? 相違点1 前記2〔原告の主張〕?に同じ。
〔被告の主張〕 ? 相違点2 ア 甲4技術の適用 引用例4に記載されたリッジは,あくまでも装飾体であって,タイヤのサイドウォールに生じる凹凸を目立たなくするとともに,タイヤの外観不良を防止又は抑制するために配設するものであって,引用発明において放熱のために設ける凹凸のパターン12とは,その配設意義が異なる。したがって,配設意義が異なる引用例4に記載されたリッジを,引用発明の凹凸のパターン12の具体的な構造として適用 18 する動機付けはない。
また,リッジが熱伝達率を向上させる機能を有していても,引用例4に記載されたリッジは,そのようなリッジではない。さらに,引用例4に記載されたリッジは,高さの異なる2種類以上のリッジで構成されており,相対的に高さの低いリッジを設けているから,相対的に表面積が減少し,従来認識されていた表面積を増大させることによるタイヤの放熱効果が損なわれるおそれもある。
イ 甲4技術を適用した引用発明 タイヤの放熱効果の観点から,引用例4【図1】において,低いリッジR1と高いリッジR2との周方向間隔を5mmとすることを,設計変更できるものではない。
したがって,そのような設計変更後のリッジを,引用発明に適用できない。
ウ 甲4技術(実施例1)を適用した引用発明 引用例4のリッジは,タイヤのサイドウォールの熱伝達率を向上させる凹凸の形状として理解されるものではない。また,本件発明1の技術的意義は,前記2〔被告の主張〕?イ(イ)のとおりであり,本件発明1の効果は,前記2〔被告の主張〕?ウのとおりである。
エ 小括 よって,相違点2に係る本件発明1の構成は,引用発明及び甲4技術から当業者が容易に想到し得るものではない。
? 相違点1 前記2〔被告の主張〕?に同じ。
5 取消事由5(本件発明5ないし10の進歩性判断の誤り)について 〔原告の主張〕 本件審決は,本件発明1と同様に,本件発明5ないし10も当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないと判断したが,争う。
〔被告の主張〕 原告の主張は成り立たない。
19
当裁判所の判断
1 本件発明1について 本件発明1に係る特許請求の範囲は,前記第2の2【請求項1】のとおりであるところ,本件明細書の記載によれば,本件発明1の特徴は,以下のとおりである。
なお,本件明細書には,別紙本件明細書図表目録のとおり,【表1】【表2】【図2】【図3】【図5】【図7】【図29】【図30】【図31】が記載されている。
? 本件発明1は,ランフラットタイヤに関するものである(【請求項1】【0001】)。
? ランフラットタイヤでは,パンク走行時に三日月形補強ゴムの部分が非常に高温に達し,その耐久性に影響がある(【0002】)。従来,放熱を促進させる技術として,リムガード上に多数のリッジを配置して,表面積を増やして放熱促進を図る技術が知られていた(【0003】)。本件発明1は,ランフラットタイヤの劣化が生じる部位について,効率的な温度低減を図ることにより,耐久性を更に向上させたランフラットタイヤを提供することを目的とする(【0005】)。
(3) 本件発明1は,凸条又は溝をタイヤ径方向に配置し,その形状を特定することで放熱効率が更に向上するという知見に基づき,タイヤサイド部の外側表面の少なくとも一部に,請求項1に記載された構造の凹凸部を,同記載の配設態様で設けたものである(【0006】【0007】)。
(4) 本件発明1は,請求項1の構成を採用することにより,故障の発生が起こりやすいタイヤサイド部の放熱を促進させることができる(【0008】)。タイヤを構成するゴムは熱伝導性の悪い材料であるから,放熱面積を拡大して放熱を促進させるよりも,乱流の発生を促進させて空気の乱流を直接タイヤサイド部に当てるほうが,放熱効果が大きくなると考えられる(【0008】)。
2 取消事由2(引用発明及び甲2技術に基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について ? 引用発明について 20 引用例1には,引用発明に関し,以下のとおり開示されている。なお,引用例1には,別紙引用例図表目録引用例1のとおり,【図1】【図2】が記載されている。
ア 引用発明は,熱伝導率を向上させて放熱効果を促進させたゴム組成物を少なくともサイドウォールゴムに使用した空気入りタイヤに関するものである(1頁4行〜6行)。
イ 従来のサイドウォールのカーカスより内面を三日月形のゴムで補強したタイプの空気入りタイヤ(ランフラットタイヤ)は,ランフラット走行時に大きく発熱するため,タイヤのカーカスやサイド補強ゴムが強度低下を起し,破壊に至るという問題があった(1頁8行〜19行)。
引用発明は,ランフラットタイヤのサイドウォール部の補強ゴムから発生した熱をより早く表面部に移動させて放熱効果を高めることができるゴム組成物及び当該ゴムを使用した空気入りタイヤ,特にランフラットタイヤを提供することを目的とする(1頁21行〜2頁1行)。
ウ 引用発明は,上記目的を達成するため,具体的には,特定のゴム組成物を少なくともタイヤの一部に用いるとともに,タイヤの高さをHとしたとき,少なくとも高さ0.5H〜0.7H,更に好ましくは0.4H〜0.8Hの部位の表面積を,適当な表面パターン形状(パターン12)にすることによって,タイヤの回転軸方向の投影面積に対して1.2倍以上,更に好ましくは1.4倍以上の表面積にするように構成している(3頁5行〜20行,5頁8行〜19行,14頁4行〜6行)。
エ 引用発明の構成を採用することにより,サイド補強層ゴム9から発生した熱をより早く外部表面に移動させて発散させてしまうことができ,また,走行中の発熱を外気により効果的に放散させることができ,タイヤのランフラット性能を向上させることができる(3頁5行〜20行)。
? 引用発明の認定及び本件発明1と引用発明との対比 引用例1に,前記第2の3?アのとおり引用発明が記載されていること,並びに,本件発明1と引用発明との一致点及び相違点が前記第2の3?イのとおりであるこ 21 とは,当事者間に争いがない。
(3) 甲2技術について ア 引用例2の記載 引用例2には,おおむね,以下の記載がある。なお,引用例2には,別紙引用例図表目録引用例2のとおり,【図2】【図4】【図5】が記載されている。
(ア) 産業上の利用分野 【0001】この発明は,トレッド部にブレーカが埋設されてなる空気入りタイヤに関するものである。
(イ) 従来の技術 【0002】従来,四輪車用のタイヤはトレッド部におけるカーカス層上に複数層のブレーカ(ベルト)が埋設されて補強されている。… (ウ) 発明が解決しようとする課題 【0003】上記構成では,とくに180km/h以上の高速走行時にはタイヤと路面との摩擦による摩擦熱で加熱され,ゴム材料とブレーカとの熱膨張差に起因して熱疲労が生じ,図1に示すようにタイヤ10のブレーカ5,6の端部に亀裂80が生じるという問題がある。… 【0004】この発明は,このような従来の欠点を解消するためになされたものであり,簡単な構成でブレーカ端部の熱を逃がし,ブレーカ端部に亀裂が生じるのを確実に防止することができる構成の空気入りタイヤを提供することを目的とするものである。
(エ) 作用 【0007】上記構成では,空気入りタイヤの側面であってブレーカに対向する一定の領域に,周方向全体にわたって多数の凹部が形成されているために,その領域で広い放熱面積が形成されるとともに乱流が生じ,その結果温度低下作用が果たされ,ブレーカ端部での亀裂の発生を効果的に達成することができる。
(オ) 実施例 22 【0009】図2,図3および図4?に示すように,タイヤ10の側面であってブレーカ5,6に対向する一定の領域4には,タイヤの周方向全体にわたって多数の凹部20が形成され,上記凹部20はその深さdが0.5〜2mm,直径Dが5〜10mmに形成され,底部の曲率半径Rは0.5〜10mmに設定されている。
またこの凹部20の分布は100cm2(10cm角)当り凹部20が50〜200個配置されるようにすればよい。さらに上記領域4はその幅h(境界線SとPとの間)をタイヤのサイズなどに応じて10〜60mmの範囲に設定すればよい。この凹部20は図1におけるタイヤ10の左右両側面に対称の配置で形成されている。
【0010】上記凹部20は,タイヤの側面の領域4の面積を増大させるとともに乱流を生じさせて熱拡散を促進させるためであるから,凹部20の深さが0.5mm未満では凹部を形成した効果がなく,また深さが2mmを超えるとタイヤの強度を弱めるので好ましくない。また凹部20の直径Dおよび分布が上記範囲外になると,熱放散性の点から凹部としての機能を充分に発揮することができない。さらに曲率半径Rが0.5mmより小さいと亀裂が生じやすくなってタイヤの強度に悪影響を及ぼし,10mmより大きいと凹部20が平滑面に近くなり,凹部としての上記機能が達成されなくなる。… 【0011】凹部20は,上記のような円形のものに限らず,図4?に示すように四角形状の凹部30,その他種々の形状が採用可能である。これら種々の形状における深さdおよび平面寸法Dの範囲は上記同様に設定すればよい。
【0012】図5?は,速度180km/hで走行させた場合のタイヤ側面の領域4における温度曲線を示し,曲線50は領域4が平滑面の場合の温度曲線,曲線40は領域4に凹部20を形成した場合の温度曲線を示している。後者の場合,図1および図2における領域の幅hは50mm,凹部20の深さは1mm,図5?における一辺の長さwが20mmの範囲内に凹部20を4個分布させた。この結果からも明らかなように,タイヤ側面が平滑な場合(曲線50)に比較して,所定の凹部20を形成させた場合(曲線40)は温度が低く,また点Pより内側の部分では 23 温度が低いことが示され,この発明の効果が明瞭に表われている。
イ 甲2技術に関する開示 引用例2には,甲2技術に関し,以下のとおり開示されている。
(ア) 甲2技術は,トレッド部にブレーカが埋設されてなる空気入りタイヤに関するものである(【0001】)。
(イ) ゴム材料とブレーカは,高速走行時におけるタイヤと路面との摩擦による摩擦熱によって加熱されるところ,従来,これらの熱膨張差に起因して熱疲労が生じタイヤ10のブレーカ5,6の端部に亀裂80が生じるという問題があった 【0 (003】)。甲2技術は,簡単な構成でブレーカ端部の熱を逃がし,ブレーカ端部に亀裂が生じるのを確実に防止することができる構成の空気入りタイヤを提供することを目的とするものである(【0004】)。
(ウ) 上記目的を達成するため,タイヤ10の側面であってブレーカ5,6に対向する一定の領域4に,甲2技術のような,多数の凹部が周方向全体にわたって形成される(【0009】〜【0012】)。
(エ) 一定の領域4に,甲2技術のような,多数の凹部を形成することにより,その領域で広い放熱面積が形成されるとともに乱流が生じ,その結果温度低下作用が果たされ,ブレーカ端部での亀裂の発生を効果的に防止することができる(【0007】【0014】)。
ウ 甲2技術における凹凸部の構造 (ア) 甲2技術の凹部が有するパラメータへの着目 a 甲2技術は,凹部の形成により,広い放熱面積を形成するとともに,乱流を発生させ,その結果温度低下作用を果たすというものである。
b そして,甲20(平成元年頒布)には,伝熱面上に等間隔に突出物を設けることにより,流れにかく乱を与えて再付着点付近の高い熱伝達率を利用する旨記載されるとともに,流体の流れを溝底部に向けて下降させる模式図が記載されている(141頁)。甲38(平成12年頒布)には,リブの伝熱的な役割として,リブ 24 上面ではく離した流れが,再付着する部分で非常に熱伝達率が高くなることを利用している旨記載されるとともに,流体の流れを溝底部に向けて下降させる模式図が記載されている(8頁)。甲16(昭和60年公開)には,各種の乱流促進体が伝熱面上に配置されて熱伝達の向上が試みられており,乱流促進体によって主流部の流線が曲げられ,再付着点の部分で熱伝達率がピークを有する旨記載されている(1〜2頁)。甲18(平成11年公開)には,突起により流れがはく離し,その後,流れが再付着し,再付着点近傍の熱伝達率は飛躍的に向上する旨記載されるとともに,流体の流れを溝底部に向けて下降させる模式図が記載されている(【0025】【図7】)。
したがって,本件特許の優先日当時,当業者であれば,タイヤ表面の凹凸部によって発生する乱流により,流体の再付着点部分の放熱効果の向上に至るという機序について,当然に認識していたというべきである。
c また,甲22(平成4年頒布)には,乱流域では促進体の高さの7〜10倍の位置で再付着が起こり,促進体間ピッチをP/L=10付近(P:促進体ピッチ,L:促進体高さ)に設定すると最も高い促進効果が得られる旨記載されている(190頁)。甲28の1(昭和61年頒布)には,突部のピッチと高さを変えた三種類の正弦波状の波形壁における流れに着目して,流れのはく離と再付着の状況を再現し,熱伝達率に関する分析がなされている(202〜203頁)。その他,甲29(平成16年公開。【0026】【図11】),甲30(平成17年5月公開。
【0083】【図2】?),甲31(平成17年9月2日公開。【0007】),甲32(平成2年頒布。222頁),甲33(平成3年頒布。58〜62頁),甲34(平成7年頒布。146頁,図11),甲35(昭和60年頒布。163頁),甲36(平成16年頒布。68頁),甲37(平成9年頒布。21〜24頁),甲38(平成12年頒布。8頁),甲39(昭和58年頒布。153・155頁),甲40(平成14年公開。【0046】【0047】),甲41(昭和63年公開。
2頁・第2図,第3図,第9図),甲42(平成6年公開。【0016】【図7】), 25 甲43(平成11年頒布。221・223頁),甲44(平成5年公開。【0021】),甲45(平成9年公開。【0024】),甲46(平成12年公開。【0025】),甲47(平成16年公開。【0032】),甲48(平成16年公開。
【0056】)においても,放熱効果の観点から,突部のピッチと高さに着目して流体の流れが分析されている。
さらに,乱流による放熱効果の向上は,流体の再付着する部分,すなわち溝部の熱伝達率の向上によるものである。また,甲36(65頁)には,乱流を発生させる構造に関連して,溝部の幅と突部の幅の比から導き出される粗さ密度に着目する記載がある。そうすると,放熱効果の観点から,熱伝達率が向上する部分である溝部の幅を,突部の幅に比してどのような割合で設けるかは当然に着目されるものである。
d このように,本件特許の優先日当時,当業者は,乱流による放熱効果の観点から,タイヤ表面の凹凸部における,突部のピッチ(p)と突部の高さ(h)との関係及び溝部の幅(p-w)と突部の幅(w)との関係について,当然に着目するものである。そして,甲2技術は,凹部の形成により,乱流を発生させ,温度低下作用を果たすものであるから,当業者は,甲2技術の凹部における,突部のピッチ(p)と突部の高さ(h)との関係及び溝部の幅(p-w)と突部の幅(w)との関係に着目するというべきである。
(イ) 甲2技術の凹部が有するパラメータ 引用例2の実施例において,凹部20は,【図5】?のとおり,一辺の長さが20mmの範囲内に4個分布され(【0012】),凹部20は【図4】??に示すように四角形状の凹部30として置換可能であるから(【0011】),引用例2には,pが10mmに規定された凹部30が記載されているということができる。
そして,引用例2の凹部20の深さdは0.5〜2mmに形成され 【0009】 , ( )凹部20は凹部30に置換可能であって,凹部30の深さdは突部の高さhと同じであるから,引用例2には,0.5mm≦h≦2mmの凹部30が記載されている 26 ということができる。したがって,引用例2には,5≦p/h≦20の関係を満足する凹部30が記載されているということができる。
また,引用例2の凹部20の直径Dは5〜10mmに形成され(【0009】),凹部20は凹部30に置換可能であるから,引用例2には,一辺の長さが5〜10mmの凹部30が記載されているということができる。そして,引用例2には,pが10mmに規定された凹部30が記載されているから,凹部30の一辺の長さが5mmの場合において,wは5mmとなり,凹部30の一辺の長さが10mmにわずかに満たない9.9mmの場合において,wは0.1mmとなる。したがって,引用例2には,1≦(p-w)/w≦99の関係を満足する凹部30が記載されているということができる。
そうすると,引用例2には,甲2技術として,放熱効果の観点から,「5≦p/h≦20,かつ,1≦(p-w)/w≦99の関係を満足する凹部30」が記載されていると認められる。
(4) 相違点2の容易想到性について ア 動機付け 引用発明と甲2技術は,いずれも空気入りタイヤに関するものであり,技術分野が共通する。
また,引用発明は,ランフラットタイヤのサイドウォール部の補強ゴムから発生した熱をより早く表面部に移動させて放熱効果を高め,カーカスやサイド補強ゴムの破壊を防止することを課題とする。甲2技術は,空気入りタイヤのブレーカ端部の熱を逃がし,ブレーカ端部に亀裂が生じるのを防止することを課題とする。したがって,引用発明と甲2技術の課題は,空気入りタイヤの内部に発生した熱を迅速に逃すことにより当該部位の破壊を防止するという点で共通する。
さらに,引用発明は,タイヤの外側表面の一定部位を,適当な表面パターン形状にすることによって,タイヤの回転軸方向の投影面積の表面積を大きくし,サイド補強層ゴムから発生した熱をより早く外部表面に移動させ,外気により効果的に拡 27 散させるものである。甲2技術は,タイヤの外側表面の一定の領域に,多数の凹部を形成することによって,その領域で広い放熱面積を形成して,温度低下作用を果たさせるものである。したがって,引用発明と甲2技術の作用効果は共通する。
加えて,甲2技術は,多数の凹部を形成することによって温度低下作用を果たさせるに当たり,引用発明のように表面積の拡大だけではなく,乱流の発生も考慮するものである。
よって,引用発明に甲2技術を適用する動機付けは十分に存在するというべきである。
イ 引用発明における凹凸のパターン12の具体的な構造として,甲2技術を適用した場合,その凹凸部の構造は,「5≦p/h≦20,かつ,1≦(p-w)/w≦99の関係を満足する」ことになり,これは,相違点2に係る本件発明1の構成,すなわち「10.0≦p/h≦20.0,かつ,4.0≦(p-w)/w≦39.0の関係を満足する」という構成を包含する。
そして,本件明細書(【0078】【0079】)には,「乱流発生用凹凸部では,1.0≦p/h≦50.0の範囲が良く,好ましくは2.0≦p/h≦24.0の範囲,更に好ましくは10.0≦p/h≦20.0の範囲がよい」「1.0≦(p-w)/w≦100.0,好ましくは4.0≦(p-w)/w≦39.0の関係を満足することが熱伝達率を高めている」との記載があり,「1.0≦p/h≦50.0」「1.0≦(p-w)/w≦100.0」というパラメータを満たす場合においても放熱効果が高まる旨説明されている。「10.0≦p/h≦20.0」「4.0≦(p-w)/w≦39.0」という数値範囲に特定する根拠は,「好ましくは」と,単に好適化である旨説明するにとどまる。
また,本件明細書の【表1】【表2】には,p/h及び(p-w)/wと耐久性の関係についての実験結果が記載されているところ,本件発明1の数値範囲のうちp/hのみを満たさない実施例3(p/h=8)の耐久性は,本件発明1の数値範囲を全て満たす実施例8,11,12,18,19の耐久性よりも高く,本件発明 28 1の数値範囲のうち(p-w)/wのみを満たさない実施例13,15,16((p-w)/w=44,99,59)の耐久性は,本件発明1の数値範囲を全て満たす実施例8,11,12,18,19の耐久性よりも高いという結果が出ている。
加えて,本件明細書の【図29】には,p/hと熱伝達率の関係についてのグラフが記載され,【図30】には,(p-w)/wと熱伝達率の関係についてのグラフが記載されているところ,これらのグラフは,p/h又は(p-w)/wの各パラメータと熱伝達率の関係を示すにとどまり,両パラメータの充足と熱伝達率の関係を示すものではない。そして,タイヤ表面の凹凸部によって発生する乱流により,流体の再付着点部分の放熱効果の向上に至るという機序によれば,凹凸部のピッチ(p),高さ(h)及び幅(w)の3者の相関関係によって放熱効果が左右されるというべきであって,本件発明1において特定されたピッチと高さ,ピッチと幅という2つの相関関係のみを充足する凹凸部の放熱効果が,これらを充足しない凹凸部の放熱効果と比較して,向上するといえるものではない。そうすると,p/h又は(p-w)/wの各パラメータと熱伝達率の相関関係を示すグラフ(【図29】【図30】)から,「10.0≦p/h≦20.0,かつ,4.0≦(p-w)/w≦39.0の関係を満足する」凹凸部の構造が,これを満足しない凹凸部の構造に比して,熱伝達率を向上させるということはできない。
そうすると,本件発明1は,凹凸部の構造を,「10.0≦p/h≦20.0,かつ,4.0≦(p-w)/w≦39.0」の数値範囲に限定するものの,当該数値範囲に限定する技術的意義は認められないといわざるを得ない。
よって,引用発明に甲2技術を適用した構成における凹凸部の構造について,パラメータp/hを,「10.0≦p/h≦20.0」の数値範囲に特定し,かつ,パラメータ(p-w)/wを,「4.0≦(p-w)/w≦39.0」の数値範囲に特定することは,数値を好適化したものにすぎず,当業者が適宜調整する設計事項というべきである。
ウ 被告の主張について 29 (ア) 被告は,引用例2は,放熱効果を向上させるための凹部のピッチと凹部の深さ及び直径Dとの関係について全く開示しないと主張する。
しかし,引用例2には,多数の凹部によって生じる乱流によって温度低下作用が果たされる旨記載があり(【0007】【0014】),また,引用例2はそのような凹部について,ピッチ(p),深さ(d)及び直径(D)のサイズの範囲が具体的に記載されている(【0009】【0010】【0012】)。そして,前記(3)ウ(ア)のとおり,本件特許の優先日当時,当業者は,乱流による放熱効果の観点から,タイヤ表面の凹凸部における,突部のピッチ(p)と突部の高さ(h)との関係及び溝部の幅(p-w)と突部の幅(w)との関係について,当然に着目するものである。したがって,当業者は,引用例2に記載された凹部のピッチと凹部の深さ及び直径Dについて,放熱効果を向上させるという観点からその関係を理解するというべきである。
(イ) 被告は,引用例2は,凹部のピッチに関する記載はなく,凹部を一定のピッチで配置することを開示するものでもないと主張する。
しかし,引用例2の実施例において,凹部20は,【図5】?のとおり,一辺の長さが20mmの範囲内に4個分布される旨記載されている(【0012】)。そして,【図5】?において,凹部20は均等に配置されているから,引用例2には,凹部を一定の10mmのピッチで配置することが開示されているというべきである。
(ウ) 被告は,本件の無効審判請求において提出されたものではない証拠に基づく主張は許されないと主張する。
しかし,甲28の1,29〜48は,本件の無効審判請求において提出されたものではないものの,引用発明及び甲2技術の意義を明らかにするために,前記(3)ウ(ア)のとおり,これらの資料に基づき,本件特許の優先日当時の当業者の技術常識を認定することは許されるから(最高裁昭和54年(行ツ)第2号同55年1月24日第一小法廷判決・民集34巻1号80頁参照),被告の主張は失当である。
エ 小括 30 以上のとおり,引用発明に甲2技術を適用した場合,その凹凸部の構造は,「5≦p/h≦20,かつ,1≦(p-w)/w≦99の関係を満足する」ことになり,これは,相違点2に係る本件発明1の構成を包含する。そして,パラメータp/hを,「10.0≦p/h≦20.0」の数値範囲に,かつ,パラメータ(p-w)/wを,「4.0≦(p-w)/w≦39.0」の数値範囲に,それぞれ特定することは,数値を好適化したものにすぎず,当業者が適宜調整する設計事項である。
そうすると,引用発明に甲2技術を適用することにより,相違点2に係る本件発明1の構成に至ることは,当業者が容易に想到し得たものというべきである。
(5) 相違点1について ア 前記(3)のとおり,引用例2には,甲2技術として,放熱効果の観点から,「5≦p/h≦20,かつ,1≦(p-w)/w≦99の関係を満足する凹部30」が記載されているところ,当業者は,引用発明に甲2技術を適用することにより,相違点2に係る本件発明1の構成を容易に想到し得る。
そして,引用例2の実施例において,凹部20は,【図2】のとおりの凹凸のパターンで,タイヤ周方向に配設されているところ(【0009】),凹部20を【図4】??に示すように四角形状の凹部30として置換すれば(【0011】),溝底部を有する溝部と突部とで構成される凹凸部が形成され,当該凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度は0°になる。そうすると,引用発明に甲2技術の凹部30を適用した場合,その凹凸部の配設態様は, 「溝底部を有する溝部と突部とでなる凹凸部が延在するように構成されており」,「前記凹凸部は,タイヤ周方向に配置してなり,前記凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度は0°」になる。
また,引用例1の【図1】と本件明細書の【図3】を比較すれば,引用発明におけるタイヤの高さHと本件発明1のリムのベースラインからの断面高さは,同じ部位の高さを意味する。そうすると,引用発明に甲2技術の凹部30を適用した場合,その凹凸部は,「タイヤの高さをHとしたとき,少なくとも高さ0.5H〜0.7 31 Hの部位」,すなわち,「リムのベースラインからの断面高さの50〜70%の範囲」に形成されることになる。
そうすると,甲2技術を適用した引用発明における凹凸部の配設態様は,「溝底部を有する溝部と突部とでなる凹凸部が延在するように構成されており」,「前記凹凸部は,タイヤ周方向に配置してなり,前記凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度は0°であり,前記凹凸部は,リムのベースラインからの断面高さの50%〜70%の範囲に設けられて」いることになる。
したがって,甲2技術を適用した引用発明における凹凸部の配設態様は,相違点1に係る本件発明1の構成に包含される。
イ 被告の主張について (ア) 被告は,引用例2は,凹凸のパターンについて,【図2】の配設態様しか開示していないなどと主張する。
しかし,引用例2の【図2】の凹凸のパターンはタイヤ周方向に形成されているところ,引用例2の【図2】の凹部20を,【図4】?に示されるように四角形状の凹部30に置換した場合,凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度は0°になる。また,仮に,【図2】の凹凸のパターンに,【図5】?に示される凹部20の配設態様を反映させ,その凹部20を凹部30に置換するとしても,【図5】?に示される正方形の下辺がタイヤ周方向に沿うよう反映させるのが自然であり,やはり,凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度は0°になる。したがって,引用例2には,凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度が0°である旨開示されているというべきである。
(イ) 被告は,引用例2には,放熱効果の観点からのパラメータとして角度θは示唆されていないと主張する。
しかし,前記アのとおり,引用発明に甲2技術を適用すれば,その凹凸部の配設態様は,相違点1に係る本件発明1の構成に包含される。
引用例2には,甲2技術として,放熱効果の観点からのパラメータとして角度θ 32 が記載されていると認めることはできず,その示唆もないものの,引用発明に甲2技術を適用した構成が,相違点1に係る本件発明1の構成に包含されるという限度においては,引用例2に,放熱効果の観点からのパラメータとして角度θが記載・示唆されていないことは,進歩性の判断を左右するものではない。
そもそも,本件発明1において,放熱効果の観点から,凹凸部の延在方向とタイヤ径方向とがなす角度θを特定の数値範囲にした技術的意義について,本件明細書【0036】には,遠心力により発生する径方向外側へ向かう空気の流れで,突部の背部にある側の澱み部分を低減し放熱を向上させる旨説明されているものの, 図 【31】で示されるように,一定の数値以上に角度θを大きくした場合には,凹凸部を設けない場合に比べても熱伝達率が低下している。そうすると,本件発明1における角度θに技術的意義があるかについては不明である。
(ウ) 被告は,引用例2の凹部は,ブレーカに対向する一定の領域に形成されるものであるから,引用発明に甲2技術を適用しても,相違点1のうち,断面高さを規定した数値範囲内には至らないと主張する。
しかし,前記アのとおり,引用発明における凹凸部のパターン12は,相違点1のうち,断面高さを規定した数値範囲内に形成されるものである。そして,引用発明は,サイドウォール部の補強ゴムから発生した熱をより早く表面部に移動させて放熱効果を高めるものであるから,引用発明における凹凸部のパターン12を,あえて引用例2の凹部のように,ブレーカに対向する一定の領域に限定する必要はない。したがって,引用発明に甲2技術を適用した場合における,凹凸部が形成される領域は,引用例2の凹部が形成される領域によって左右されるものではない。
ウ 小括 前記(4)のとおり,当業者は,引用発明に甲2技術を適用することにより,相違点2に係る本件発明1の構成を容易に想到し得るところ,引用発明に甲2技術を適用した構成は,相違点1に係る本件発明1の構成に包含される。
(6) 顕著な効果について 33 被告は,本件発明1は,空気の流れによって,主に溝底部の温度を冷却するものであって,単に,タイヤ表面に乱流を発生させて空気を攪拌し熱を拡散されやすくしただけの従来の空気入りタイヤとは作用効果が異なる旨主張する。
しかし,前記(3)ウ(ア)bのとおり,本件特許の優先日前に頒布された甲16,18,20,38には,流体の再付着する部分,すなわち溝部の熱伝達率の向上によって,乱流による放熱効果の向上に至ることが記載されており,本件発明1の効果は異質なものではない。また,本件明細書の【図29】【図30】【図31】のグラフから,本件発明1のパラメータの全てを満たす数値範囲において,熱伝達率が顕著に向上しているということはできないから,本件発明1の作用効果が,当業者にとって,従来の技術水準を参酌した上で予測することができる範囲を超えた顕著なものであるということはできない。
したがって,本件発明1について顕著な効果がある旨の被告の主張は採用できない。
(7) まとめ 以上によれば,本件発明1は,引用発明に甲2技術を適用することにより,当業者が容易に発明をすることができたものというべきである。
よって,取消事由2は理由がある。
3 取消事由5(本件発明5ないし10の進歩性判断の誤り)について 本件審決は,本件発明5ないし10は,いずれも本件発明1の発明特定事項を全て含み,さらに他の限定を付加したものであるところ,本件発明1は,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから,同様に,本件発明5ないし10も当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないと判断した。
しかし,前記のとおり,本件発明1は,当業者が容易に発明をすることができたものというべきであるから,本件発明5ないし10の進歩性に関する本件審決の判断は,前提において誤りがあり,本件審決は,その余の相違点について何ら認定判断していないことになる。
34 よって,取消事由5は理由がある。
4 結論 以上によれば,その余の取消事由について検討するまでもなく,原告の請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 部眞規子
裁判官 山門優
裁判官 片瀬亮