関連審決 | 不服2015-19180 |
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事件 |
平成
29年
(行ケ)
10044号
審決取消請求事件
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原告 フィコイル バイオテクノロジー インターナショナル, インコーポレイテッド 同 訴訟代理人弁護士 大野聖二 同 訴訟代理人弁理士 堅田健史 同訴訟代理人弁護士 大野浩之 被告特許庁長官 同 指定代理人中島庸子 同 尾崎淳史 同 板谷玲子 同 松田芳子 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2017/12/13 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が不服2015-19180号事件について平成28年10月3日に 1 した審決を取り消す。 |
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前提事実(いずれも当事者間に争いがない。)
1 特許庁における手続の経緯等 原告は,発明の名称を「制御された照明を用いた微小藻類の発酵」とする発 明について,平成22年9月17日(パリ条約による優先権主張 外国庁受理 2009年9月18日 米国(US),2010年6月29日 米国(US)) に特許出願をした(特願2012-529939号。以下「本願」という。)。 これに対し,平成26年12月2日付けで拒絶理由が通知されたことから,原 告は,平成27年5月11日に手続補正書等を提出したが,同年6月19日付 けで拒絶査定がされた。 そこで,原告は,同年10月23日,特許庁に対し,拒絶査定不服審判を請 求するとともに,特許請求の範囲の変更を内容とする別紙手続補正書を提出し た。これに対し,特許庁は,当該審判請求を不服2015-19180号事件 として審理をした上,平成28年10月3日,「本件審判の請求は,成り立た ない。」との審決をした(出訴期間として90日を附加した。以下「本件審決」 という。)。その謄本は,同月18日,原告に送達された。 原告は,平成29年2月13日,本件訴えを提起した。 2 本願発明18 本願に係る発明は,別紙手続補正書により補正された特許請求の範囲請求項 1〜19に記載された事項により特定されるものであるところ,そのうち請求 項18に係る発明(以下「本願発明18」という。また,本願に係る別紙明細 書を「本願明細書」という。)の記載は,以下のとおりである。 【請求項18】 物質を製造する方法であって: 前記物質を産生する能力を有する微小藻類の提供; 培地中での前記微小藻類の培養であって,前記培地は炭素源を含む,培養; 2 前記微小藻類への5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光の適用;および, 前記微小藻類にその乾燥細胞重量の少なくとも10%を前記物質として蓄積 させること, を含む,方法。 3 本件審決の理由の要旨 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであるが,要するに, 以下のとおり,本願発明18は,本願の優先日前に頒布された刊行物である 「 High-density fermentation of microalga Chlorella protothecoides in bioreactor for microbio-diesel production」(「マイクロバイオディーゼルの生産のためのバイ オリアクターにおける微小藻類クロレラ プロトセコイデスの高密度発酵」 Appl. Microbiol. Biotechnol., 2008, Vol. 78, p.29-36(以下「引用例1」という。)) 記載の発明(以下「引用発明」という。)に基づいて容易に発明し得たもので, 特許法29条2項により特許を受けることができないものであり,他の請求項 に係る発明について論及するまでもなく,本願は拒絶すべきものであるとした。 (1) 引用発明 脂質を製造する方法であって, 微小藻類クロレラ プロトセコイデスを提供すること, グルコースが添加された培地で培養すること, 弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用すること, 細胞乾燥重量の57.8,55.2及び50.3%の脂質を含むこと, を含む,方法。 (2) 対比 本願発明18(なお,対比の前提となる本願発明の認定は,上記2のと おりである。)と引用発明を対比すると,一致点及び相違点は,以下のとお りである。 [一致点] 3 物質を製造する方法であって: 前記物質を産生する能力を有する微小藻類の提供; 培地中での前記微小藻類の培養であって,前記培地は炭素源を含む,培 養;および, 前記微小藻類にその乾燥細胞重量の少なくとも10%を前記物質として 蓄積させること, を含む,方法。 [相違点] 本願発明18は「前記微小藻類への5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光 の適用」を含むのに対して,引用発明は「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採 用すること」を含み,5μmol 光子 m-2s-1 以下という特定を有しない点。 (3) 判断 引用例1には,弱い光として5μmol m-2s-1 という放射照度が具体的に記載 されているのであるから,引用発明において,5μmol m-2s-1 の近傍の放射照 度を適用することは当業者であれば容易になし得るものであるし,放射照度 が低放射照度であることや,5μmol m-2s-1 以下に設定することも当業者であ れば適宜なし得ることにすぎない。 本願発明18の効果についても,引用例1の記載から格別顕著な効果を 奏しているものとも認められない。 したがって,本願発明18は,引用発明に基づいて当業者が容易に発明 し得たものである。 |
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当事者の主張
1 原告の主張 (1) 取消事由1(引用発明の認定及び本願発明18との一致点・相違点の認 定の誤り) ア 引用発明の認定の誤り 4(ア) 引用例1は,「光」に関する事項として’Weak light (5 μmol m-2s-1) was also adopted.’(「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用された。」とする, いわゆる一行記載を開示するに止まる。 しかし,引用例1では,5-1バイオリアクターにおける発酵に関す る事項が開示されているところ,この発酵において,「光」,とりわけ 「弱い光(5μmol m-2s-1)」を使用したとする事項は開示も示唆も全く なされていない。このことは,引用例1では,5-1バイオリアクター における発酵において,「従属栄養条件」として「その他は,従属栄養 発酵が,グルコースをエネルギー源および炭素源として用いることであ る。」ことを開示するに止まっていることからも明らかである。 (イ) 本件審決は,引用例1に関して「(1-d)…弱い光(5μmol m-2s-1) もまた採用された。」と認定するけれども,上記(ア)に鑑みれば,引用 例1の「弱い光(5μmol m-2s-1)」がいずれの処理工程において,いか なる目的で採用されたのか不明であり,また,5-1バイオリアクタ ーにおける発酵が,「光」,特に「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用 された。」ことを使用していないことは明らかである。 したがって,引用発明につき,「従属栄養条件」として,技術的事項 「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用された。」を含むものと認定する ことはできない。 (ウ) また,本件審決は,引用例においては「クロレラ プロトセコイデ スの振盪フラスコ培養/クロレラは,1.5%寒天プレートからのコ ロニー又は指数関数的に成長している種培養物を用いることによって, 28℃で200rpm で振盪フラスコにおいて従属栄養条件下で培養され た。弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用された。」(「/」は改行を意 味する。以下同じ。)と認定するところ,引用例1の開示内容を勘案 すれば,上記認定に係る記載は「1.5%寒天プレートからのコロニ 5 ー又は指数関数的に成長」に関し ,従来技術として ,「弱い光 ( 5 μmol m-2s-1)もまた採用された。」という意味に解釈されるべきであっ て,「弱い光(5μmol m-2s-1)」は「28℃で200rpm で振盪フラス コにおいて従属栄養条件下で培養された。」においてもまた採用され たものと解釈することはできない。むしろ,「28℃で200rpm で振 盪フラスコにおいて従属栄養条件下で培養された。」における「従属 栄養条件」とは ,5-1 バイオリアクターにおける発酵において , 「従属栄養条件」として記載された,「その他は,従属栄養発酵が, グルコースをエネルギー源および炭素源として用いることである。」 という意味に解釈される。 (エ) したがって,引用例1の開示事項から,引用発明は,「従属栄養条 件」として,技術的事項「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用すること」 を含むものと認定することはできない。本件審決の引用発明の認定に は誤りがある。 イ 本願発明18との一致点・相違点の認定の誤り このように,本件審決は引用発明の認定を誤っていることから,本件 審決が本願発明18と引用発明との相違点として「引用発明は『弱い光 (5μmol m-2s-1)もまた採用すること』を含み」と認定した点も誤りであ る。本来であれば,本願発明18と引用発明との対比において,相違点 として,「本願発明18は『前記微小藻類への5μmol 光子 m-2s-1 以下の低 放射照度光の適用』を含むのに対して,引用発明は,当該技術的事項を 含まない点。」と認定されるべきであった。 ウ 以上のとおり,本件審決は,引用発明の認定及び本願発明18と引用発 明との一致点・相違点の認定を誤ったものである。この誤りは本件審決 の結論に影響を及ぼすことから,本件審決は取り消されるべきである。 (2) 取消事由2(容易想到性判断の誤り) 6ア 本件審決は,「引用例1には,弱い光として5μmol m-2s-1 という放射照 度が具体的に記載されているのであるから,引用発明において,5μmol m-2s-1 の近傍の放射照度を適用することは当業者であれば容易になし得る ものであるし,放射照度が低放射照度であることや,5μmol m-2s-1 以下に 設定することも当業者であれば適宜なし得ることに過ぎない。」,「本 願発明18の効果についても,引用例1の記載から格別顕著な効果を奏 しているものとも認められない。」とする。 イ しかし,前記のとおり,引用例1に記載された引用発明が技術的事項 「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用すること」を含んでいないものであ る以上,引用発明において,本願発明18の発明特定事項「前記微小藻 類への5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光の適用」を採用することは, 当業者にとって容易に想到することができたものということはできず, かつ,「放射照度が低放射照度であることや,5μmol m-2s-1 以下に設定す ること」も,当業者であれば適宜なし得たことではない。 ウ 顕著な効果について (ア) 本願の優先日当時,微小藻類を含む光合成生物は,光を用いてエネ ルギーを供給することは知られていたものの,特定の条件下では光阻 害が発生し,特に,混合栄養条件下において,独立栄養条件よりも相 当に低い光強度にて光阻害を示すことがあった(本願明細書【000 7】)。また,吸収された光エネルギーは,活性酸素種の発生も促進 し得ることが認識されていた(【0008】)。 本願発明18は,この従来技術の課題を解決するために,従属栄養条 件として,発明特定事項「前記微小藻類への5μmol 光子 m-2s-1 以下の低 放射照度光の適用」を採用したものである(【0010】,【001 4】,【0121】)。 また,本願明細書の実施例により,バイオリアクターにおいて,本願 7 発明18が,従属栄養条件として,発明特定事項「前記微小藻類への5 μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光の適用」を採用したことによる発明 の効果 が実証 されている (【0231】,【0235】〜【025 5】)。このことは,本願に係る平成27年12月10日付け手続補正 書(方式)記載の追加実験例によっても実証されている。 (イ) 本願発明18は,光合成を引き起こさない光強度を用いて微小藻類 の生育を増大するという,反直観的で予想外の結果をもたらすもので あった。この本願発明固有の効果は,本願発明18が採用した発明特 定事項「前記微小藻類への5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光の適用」 が,光受容体によって感知され,エネルギー源ではなくシグナルとし てのみ作用することではじめて説明できたものである。 他方,引用例1は,クロレラの高密度発酵及び酵素的エステル交換プ ロセスを含むアプローチを確立し,バイオディーゼル生産のための有望 な代替物を提案することを解決すべき課題として挙げており,本願発明 18の解決すべき課題とは明らかに相違する。また,引用例1は,その 解決手段として,5-1バイオリアクターにおける発酵につき,特定の ミネラル塩量,窒素源及びその量,グルコース濃度等を採用したことを 開示するに止まり,従属栄養条件として,「光」とりわけ「弱い光(5 μmol m-2s-1)」が採用されたとする事項は開示も示唆も全くされていな い。その結果,「弱い光(5μmol m-2s-1)」を採用していない,5-1 バイオリアクターにおける発酵によって生じた引用発明の効果は不明で ある。 このように, 本願発 明18 の 発明特定事 項「前記微小藻類へ の5 μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光の適用」を採用することによって発 揮される本願発明18の効果は,引用例1に開示された事項から当業者 が容易に認識することができなかった極めて異質かつ顕著な効果であっ 8 たことは明らかである。 (ウ) そして,本願発明18と引用発明とは,解決すべき課題及びその解 決手段の点で明らかに相違していることから,引用例1には,本願発 明18に容易に想到し得る記載が全く存在しない。 このため,当業者は,引用例1に開示された事項から本願発明18の 効果を容易に認識することはできなかったということができる。 (エ) したがって,本件審決は,引用例1に開示された内容に対して本願 発明18が極めて異質かつ顕著な効果を有することを看過したもので ある。 エ 以上のとおり,本件審決は,容易想到性の判断において誤りがある。こ の誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすことから,本件審決は取り消さ れるべきである。 (3) 取消事由3(本願発明18の要旨認定の誤り及びそれに基づく容易想到 性判断の誤り) ア 本願発明18は,発明特定事項「前記微小藻類への5μmol 光子 m-2s-1 以 下の低放射照度光」を備えてなる。この発明特定事項は,本願明細書の 記載( 【0006】〜【0008】,【0070】,【0089】, 【0119】,【0230】〜【0255】)によれば,光シグナルと して,光受容体の引き金となる低放射照度光を示す光強度を表すもので あり,従属栄養条件において,光受容体(フィトクロム)で感知され, エネルギー生産を発現させるための光シグナルとして働くものである。 また,前記((2)ウ(ア))のとおり,本願発明18が上記発明特定事項を 採用することにより発揮される本願発明18固有の効果は実証されてい る。 このように,本願明細書記載のとおり,本願発明18による発明特定 事項「前記微小藻類への5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光」は,光シ 9 グナルとして,光受容体の引き金となる低放射照度光を示す光強度を表 すものであり,光合成における光エネルギーとしての低放射照度光を示 す光強度を表すものではない。 しかし,本件審決は,本願発明18につき,発明特定事項「前記微小 藻類への5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光」を採用してなることのみ を認定しており,この発明特定事項の本来の内容(要旨)を十分に検討 し判断していない。すなわち,本願発明18における発明特定事項の本 来の内容(要旨)判断を看過した点で,本件審決には誤りがある。 イ その結果,本件審決は,引用例1に基づく本願発明18の容易想到性の 判断にも誤りを生じたものである。 すなわち,本件審決においては,引用例1に関し「クロレラ プロト セコイデスの振盪フラスコ培養/クロレラは,1.5%寒天プレートか らのコロニー又は指数関数的に成長している種培養物を用いることによ って,28℃で200rpm で振盪フラスコにおいて従属栄養条件下で培養 された。弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用された。」と認定されている。 しかし,引用例1における「弱い光(5μmol m-2s-1)」は,いずれの処 理工程において採用されたのか,いかなる目的で採用されたのか不明で ある。特に,引用例1における「クロレラ プロトセコイデスの振盪フ ラスコ培養」において,「弱い光(5μmol m-2s-1)」は,光シグナル又は 光合成における光エネルギーのいずれとして採用されたのか全く不明で ある。 このように,引用例1には「弱い光(5μmol m-2s-1 )もまた採用され た。」ことが開示されているに止まり,具体的な光の内容及びその使用 用途等は不明なままであり,かつ,微細藻類の生態系において,いかな る光として作用したのか全く不明である。すなわち,従来から,微細藻 類の生態系合成代謝における光(強度)は,様々な生体反応において, 10 様々な目的,用途,作用及び機能発現として使用されるものであること が本願優先日当時周知であったにもかかわらず(甲9),引用例におけ る光強度の意義は全く明らかではない。 これらの点を勘案すると,引用例1の開示内容(及び従来技術)のも と,当業者は,光受容体の引き金となる光シグナルとして,発明特定事 項「前記微小藻類への5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光」を採用する ことを容易に想到し得なかったということができる。 したがって,本件審決は,本願発明18における発明特定事項「前記 微小藻類への5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光の適用」を採用するこ との困難性を看過してなされたものであり,容易想到性判断において誤 っている。 ウ 以上のとおり,本件審決は,本願発明における発明特定事項のあるべき 要旨認定を誤り,その結果,引用例1の開示内容のもと,本願発明18 が発明特定事項「前記微小藻類への5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光 の適用」を採用することの容易想到性の判断を誤ったものである。この 誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすことから,本件審決は取り消され るべきである。 2 被告の主張 (1) 取消事由1(引用発明の認定及び本願発明18との一致点・相違点の認 定の誤り)に対し ア(ア) 本件審決の「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用すること」を含むも のとした引用発明の認定は,引用例1の「クロレラ プロトセコイデス の振盪フラスコ培養/クロレラは,1.5%寒天プレートからのコロニ ー又は指数関数的に成長している種培養物を用いることによって,2 8℃で200rpm で振盪フラスコにおいて従属栄養条件下で培養された。 弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用された。」との記載を根拠とする。 11 この記載事項によれば,「また採用された」とされる「弱い光」の放 射照度として「5μmol m-2s-1」と具体的な数値が記載されている。それ に加えて,「クロレラ プロトセコイデスの震盪フラスコ培養」が「従 属栄養条件下で培養された」と記載されていることからすれば,ここで の「弱い光」は,「従属栄養条件」から外れるような光,すなわち,光 合成を促進させるような高強度の光でないと理解することができる。 (イ) また,振盪フラスコ培養に関し,引用例1には,上記記載に引き続 いて,以下の記載も存在する。 「培地の最適化のために,バイオマス生産におけるA5およびB6微量 ミネラル溶液の効果が比較された。藻類培養に関する以前の研究によれ ば,B6微量ミネラル溶液の最終濃度は1ml l-1 に設定された。細胞増殖 に対するB6溶液の効果を研究するため,光学密度(OD) 540nm が定期 的に決定された。異なる窒素源として,酵母エキス,グリシン,硝酸ア ンモニウム,硝酸カリウム,尿素を,バイオマス産出量への効果を試験 するため,最終濃度が0.1%(w/v)となるよう,別々に基礎培地に 加えた。初期グルコース濃度のバイオマス生産への影響を調査するため, 基礎培地に15,30,45,および60g l-1 のグルコースを加えたも のにクロレラの種子を接種し,成長曲線を記録した。」(ウ) 上記各記載は,「材料と方法」におけるものであるところ,一般に, 学術論文において「材料と方法」は,実験の条件や方法を詳述する項 目である。そうすると,上記各記載は,「クロレラ プロトセコイデ スの振盪フラスコ培養」を行う際の条件を記載したものと理解される。 (エ) さらに,引用例1には,上記各記載の条件に従って得られた結果に つき,「結果」の項目において,「脂質(バイオマス)が製造された」 ことが記載されているということができる。 (オ) 以上の記載によれば,引用例1には,「クロレラ プロトセコイデ 12 スの振盪フラスコ培養」の実験において,「弱い光(5μmol m-2s-1)」 を使用して,「従属栄養条件下」で「クロレラ プロトセコイデス」 の培養を行った結果,「脂質(バイオマス)が製造された」ことが記 載されているものと理解することができる。 したがって,本件審決が引用例1に記載された発明に関して「弱い光 (5μmol m-2s-1)もまた採用すること」と認定したことに誤りはない。 (カ) 上記に加え,引用例1においては,振盪フラスコ培養を行って好適 な条件を決定し,それに基づいて,5-1バイオリアクターを用いて 脂質を製造することについても記載されている。 すなわち,引用例1の「5-1バイオリアクターでの発酵最適化」の 項においては「より高い細胞密度のためクロレラ細胞の増殖を促進する ために,振盪フラスコ中で最適化されたパラメータに基づいて,5-1 バイオリアクター内の発酵のプロセスが改良された」ことが,「5-1 バイオリアクターにおけるプロセス最適化」の項においてはこの条件に 基づいた培養が行われたことが,また,図5,図6及び「バイオリアク ター内での脂質産出量」の項においては,その結果,細胞乾燥重量の5 7.8,55.2及び50.3%の脂質が得られたことが,それぞれ記 載されている。 上記各記載によれば,振盪フラスコ培養を用いて決定された最適条件 に基づいて,5-1バイオリアクターにおいてクロレラ プロトセコイ デスの培養により脂質の製造が行われていることが理解される。 ここで,5-1バイオリアクターにおける発酵最適化が振盪フラスコ 培養を用いて決定されたものと理解できる以上,そこでは,振盪フラス コ培養と同様に,「従属栄養条件下」で「弱い光(5μmol m-2s-1)」も また採用された条件での培養がされていることは明らかである。 イ(ア) 原告は,引用例1の「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用された。」 13 との記載がいわゆる一行記載であることを問題視しているが,引用例1 は学術論文であるから,上記一行記載を,特許文献において多く見られ るような,実施例で採用されていない実験条件等が選択肢として記載さ れたものと同一視することは相当でない。 (イ) 原告は,引用例1において,弱い光がいかなる目的で採用されたの か不明であるとも主張するけれども,本願発明18においても,光を 照射する目的は特定されていない。したがって,この点は本願発明1 8と引用発明との相違点とはならない。そうである以上,たとえ引用 例1において「弱い光」を採用する目的が不明であったとしても,本 件審決の結論に影響するものではない。 また,本願優先日において,「いくつかの藻類の従属栄養条件の培養 において,5μmol 光子 m-2s-1 以下の範囲に含まれる低放射照度光を適用 した場合に,暗条件と比較して成長が促進されること」は当業者にとっ て技術常識といえることから(乙1〜4),引用例1記載の「弱い光」 を採用する目的が成長促進にあることは明らかということもできるし, 引用例1記載の光をそのような目的に用いるために「5μmol 光子 m-2s-1 以下」のものとすればよいことも,当業者であれば容易に理解し得る。 (ウ) 原告は,引用例1の記載は,「1.5%寒天プレートからのコロニ ー又は指数関数的に成長」に関して,従来技術として,「弱い光(5 μmol m-2s-1)もまた採用された。」という意味に解されるべきであるな どと主張する。 しかし,引用例1の「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用された。」 との記載は,上記のとおり,「材料と方法」の項目の一部として実験の 条件や方法を詳述するために記載されたものであるから,当該記載が, 従来技術として記載されたものであるとの原告の主張は誤りである。む しろ,(イ)記載の技術常識をも踏まえれば,当該記載については,従属 14 栄養条件下での振盪フラスコ培養において「弱い光(5μmol m-2s-1)」 が適用されていると解釈することが合理的である。 (エ) 原告は,引用発明の認定が誤りであることを前提に,相違点の看過 及び相違点の判断の誤りを主張するけれども,上記のとおり,本件審 決の引用発明の認定に誤りはないから,原告の主張はその前提におい て失当である。 (2) 取消事由2(容易想到性判断の誤り)に対し ア 原告は,引用発明の認定が誤りであることを前提に,容易想到性の判断 の誤りを主張するけれども,上記(1)のとおり,本件審決の引用発明の認 定に誤りはないから,原告の主張はその前提において失当である。 引用発明においては,本願発明18 で特定されているところの「5 μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光の適用」と「5μmol m-2s-1」の強度の光 である点で一致する「弱い光」が採用されている以上,引用発明におい て5μmol m-2s-1 の近傍の放射照度を適用することが,当業者にとって困難 であるとする理由はない。一般に微生物の培養条件等を設定する際には, 最適と思われる条件の前後において実験を行ない,最適条件を確認する ことが経験則上常套手段であることからすれば,5μmol m-2s-1 の弱い光を 採用することが示されている引用発明において,その近傍の条件により 培養を試みることは,当業者が通常行う程度のことというべきである。 イ 顕著な効果について (ア) 原告は,本願明細書記載の従来技術の課題を解決するために,本願 発明18は,発明特定事項「前記微小藻類への5μmol 光子 m-2s-1 以下の 低放射照度光の適用」を採用した旨,すなわち本願発明18の解決す べき課題が引用発明とは異なる旨を主張する。 (イ) 上記原告の主張は,本願発明18は「前記微小藻類への5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光の適用」を含むのに対し,引用発明は当該技 15 術的事項を含まないと認定されるべきであることを前提とするもので あるが,その前提が誤りであることは,上記(1)のとおりである。 そして,本願発明18と引用発明とが,同等の条件で光が照射されて いるのであれば,本願発明18と引用発明との間において異なる結果が 生じることは理論上考えられない。 そうすると,引用発明においても,原告主張に係る従来技術の課題は 解決されるということもできる。 (ウ) 原告は,本願明細書(【0007】,【0008】)記載の解決す べき課題が本願発明18の発明特定事項である「前記微小藻類への5 μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光の適用」により解決される旨主張す る。 しかし,本願明細書の記載(【0003】〜【0008】,【005 1】)を見ても,「低放射照度光」の強度や波長とこれら環境シグナル としての「光活性化代謝」との間の関係については特に記載されていな い。また,本願明細書には,【0014】及び【0121】において, 「低放射照度光」についての「強度」又は「光放射照度」として,「5 μmol 光子 m-2s-1 以下」以外にも様々な数値範囲が記載されているところ, 本願発明18が特定する「5μmol 光子 m-2s-1 以下」の数値範囲に関する 具体的な技術的意義は示されていない。 さらに,本願明細書記載の実施例のうち,実施例1,2及び7につい ては,具体的な効果が実証された開示であるとはいえず,これらの実施 例に基づいて新たな知見が得られるものではない。他方,実施例3〜6 からは,(a)微少藻類の種類によるものの,特定の波長の特定の強度の 「低放射照度光」を適用した場合に,成長速度が増大すること,(b)低 放射照度光を適用している場合においても,微小藻類の種類や照射する 光の波長の相違によって,その成長速度が相違し,条件によっては逆に 16 成長速度が低下する場合さえあることが理解できるのみである。このよ うに,本願明細書の実施例の記載は,いずれも,本願発明18において 特定されていない条件(微小藻類の種類,低放射照度光の波長)を含む 実験結果であるから,そのような結果である実施例から,本願発明18 の効果(低放射照度光の強度範囲における効果)が実証されているとい うことはできない。実施例の記載から本願発明18の効果として把握で きるとしても,せいぜい,「従属栄養条件下において微小藻類を成長さ せる」という程度にとどまる。 なお,原告指摘に係る追加実験例についていうと,同実験は Botryococcus sudeticus 株という特定の藻類についてのものであり,ここ で採用されている「光シグナル条件下」とは,0.32μmol 光子/m2s である。これに対し,本願発明18においては,「微小藻類」の種類は 特定されておらず,また用いる「低放射照度光」の波長についても特定 されておらず,その強度についても「5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照 度光」と特定されるのみであり,上記(b)に鑑みれば,上記追加実験例 が本願発明18の効果を実証するものということもできない。 そうすると,本願明細書の記載からは,原告主張に係る本願明細書記 載の課題と本願発明18において特定される「低放射照度光」の強度範 囲との関係は,必ずしも明らかでないというべきである。 (3) 取消事由3(本願発明18の要旨認定の誤り及びそれに基づく容易想到 性判断の誤り)に対し ア(ア) 原告は,本願発明18の発明特定事項「5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放 射照度光」は,光シグナルとして,光受容体の引き金となる低放射照度 光を示す光強度を表すものであり,光合成における光エネルギーとして の低放射照度光を示す光強度を表すものではないにも関わらず,本件審 決はこの発明特定事項の本来の内容(要旨)を十分に検討し判断してい 17 ない旨主張する。 (イ) しかし,本願発明18においては,「5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射 照度光」が「光シグナルとして光受容体の引き金となる」ことが特定 されているとはいえない。また,本願発明18の発明特定事項からは, 本願発明18が「従属栄養条件下」での培養を行うものであることは 明確に読み取れず,ましてや「光合成における光エネルギーとしての 低放射照度光を示す光強度を表すものでない」と解釈すべき根拠は見 当たらない。 本願発明18は方法の発明であるが,そこでは「5μmol 光子 m-2s-1 以 下の低放射照度光」を「微小藻類」に「適用」させることが手順として 特定されているのみであるから,本願発明18と引用発明との間で「微 小藻類」に「適用される」「光」に関して対比すべき事項は,その強度 であって,その点で本件審決の対比・判断に誤りはない。 イ 原告は,引用例1における「クロレラ プロトセコイデスの振盪フラス コ培養」において,「弱い光(5μmol m-2s-1)」は,光シグナル又は光合 成における光エネルギーのいずれとして採用されたのか不明である旨主 張する。 しかし,前記((1)イ(イ))のとおり,本願発明18においては光を照射 する目的は特定されていないから,引用例1における「弱い光」がどの ようなものとして採用されたのかが不明であることは,本件審決の結論 に影響しない。また,引用例1における「弱い光」につき,従属栄養条 件から外れるような光,すなわち,光合成を促進させるような高強度の 光でないと理解すること も できる。さらに,引用例1記載の「弱い光 (5μmol m-2s-1)」は,(1)イ(イ)で認定した本願優先日における技術常識に 鑑みれば,その目的(成長促進)は明らかというべきであるし,引用例 1の「弱い光」をそのような目的に用いるために,「5μmol 光子 m-2s-1 以 18 下」のものとすればよいことも,当業者であれば容易に理解し得る。 ウ 原告は,従来から微細藻類の生態系合成体代謝における光は,様々な生 体反応において,様々な目的,用途,作用及び機能発現として使用され ているにも関わらず,引用例1では「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用 された。」ことのみを開示するに留まり,具体的な光の内容及びその使 用用途等が不明なままであり,しかも微細藻類の生態系において,いか なる光として作用したのか全く不明であるから,引用例1の開示内容の 下,当業者は,光受容体の引き金となる光シグナルとして,発明特定事 項「5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光」を採用することは容易に想到 し得ない旨主張する。 しかし,前記のとおり,本願発明18には光を照射する目的や用途が 特定されているとはいえないから,原告の主張はその前提において失当 である。また,本願優先日において「いくつかの藻類の従属栄養条件の 培養において,5μmol 光子 m-2s-1 以下の範囲に含まれる低放射照度光を適 用した場合に,暗条件と比較して成長が促進されること」は周知の技術 といえるから,引用例1に記載の「弱い光」を採用する目的が不明であ るとしても,これをそのような目的に用いるために「5μmol 光子 m-2s-1 以 下」とすることも,当業者であれば容易に理解し得る。 そして,引用発明においては,本願発明18 で特定されてい る 「 5 μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光の適用」と「5μmol m-2s-1」の強度の光 である点で一致する「弱い光」が採用されている以上,引用発明におい て5μmol m-2s-1 の近傍の放射照度を適用することが,当業者にとって困難 であるとする理由はない。 |
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当裁判所の判断
1 本願発明18 本願発明18に係る特許請求の範囲請求項の記載は,前記(第2の2)のと 19 おりである。 2 本願明細書の記載等 (1) 技術分野(【0002】) 本発明は,微小藻類を例とする微生物の発酵の方法,手段及びシステム に関する。本発明は,医薬,美容品及び食品産業において,並びに微小藻類 からのオイル及びバイオ燃料の入手のために,用いることができる。 (2) 背景技術 ア 近年,脂質,炭化水素,オイル,ポリサッカリド,色素及びバイオ燃料 を含む種々の物質の微小藻類を適用した生産に関心が向けられてきてい る。(【0003】) 微小藻類を成長させるための従来の方法の1つとしては ,それを密閉 遮光システムで従属栄養培養するものである。エネルギー源として光の 代わりに有機炭素を用いることによる,従属栄養成長条件下での水生微 小藻類の大スケールでの生産のための技術が開発されている。例えば, 特許文献1及び特許文献2には,クロレラ,スポンジオコッカム及びプ ロトセカなどの藻類からタンパク質及び色素を従属栄養によって生産す るためのプロセスが記載されている。加えて,藻類の従属栄養培養では, 光独立栄養培養よりも非常に高い密度を得ることができる。(【000 4】) イ しかし,上記の適用は,限られた数の微小藻類株のみが従属栄養条件で 成長することができることから,すべての微小藻類に適用可能というわ けではない。従属栄養条件で微小藻類を成長させる試みは,多くの場合, 従属栄養条件で成長可能である株のスクリーニング,又はそのような条 件下での成長を可能とする生物の遺伝子改変を含む。(【0005】) 糖の適切な輸送システムを有し,従属栄養条件で自然に成長可能であ る微小藻類は,成長速度が遅いか,又は商業的興味のある物質の産生が 20 少ないことが多く,それは,藻類が,代謝の面を制御する環境シグナル として太陽光を利用し,光合成によって作り出されるエネルギーを利用 するように長い年月をかけて進化してきたからである。(【0006】) ウ 微小藻類を含む光合成生物のほとんどは,自身の成長及び生存を最適化 するための環境シグナルとして光を用いる。光シグナルは,赤/遠赤色 光の光受容体(フィトクロム)及び青色光の光受容体(クリプトクロム 及び NPH)を含む種々の光受容体で感知される。光は,生理学的及び発 達プロセスを制御する環境シグナルとして働き,無機炭素の還元を促進 するエネルギーを供給する。しかし,特定の条件下では,光は,有害と なる可能性も有する。光阻害が発生するのは,葉緑体によって吸収され た光子束が非常に多い場合(強光条件下),又は光エネルギーの流入が 消費能力を超える場合(細胞がエネルギー源として還元炭素を用いる混 合栄養条件下)のいずれかである。混合栄養条件下において,光合成生 物は,独立栄養条件よりも相当に低い光強度にて光阻害を示し,それは, カルビン回路のフィードバック機構により,光合成器官を通して吸収さ れた電子を効率的に使用することができないからである。(【000 7】) エ 吸収された光エネルギーは,色素ベッド内に励起されたクロロフィル分 子を蓄積させ,光化学系を損傷させることがある。過剰な励起の結果と して色素ベッド内に蓄積された励起されたクロロフィル分子はまた,ス ーパーオキシド,ヒドロキシルラジカル,及び一重項酸素などの活性酸 素種の発生も促進し得る。(【0008】)(3) 発明の概要 ア 本願明細書では,従属栄養成長する能力を有する微小藻類を培養するた めの方法が開示され,その方法は:従属栄養成長条件下にて,微小藻類 を成長させるのに十分な時間,微小藻類をインキュベートすることを含 21 み,ここで,従属栄養成長条件は,炭素源を含有する培地を含み,及び ここで,従属栄養条件はさらに,低放射照度光も含む。(【0010】) イ ある態様では,微小藻類はボツリオコッカス株であり,炭素源はグルコ ースであり,低放射照度光は1〜10μmol 光子 m-2s-1 である。(【001 1】) ウ ある態様では,光は,天然の光源から発生される。ある態様では,光は, 天然の太陽光である。ある態様では,光は,全スペクトル光,又は特定 波長光を含む。ある態様では,光は,人工光源から発生される。ある態 様では,光は,人工光である。ある態様では,低放射照度光の強度は, 0.01〜1μmol 光子 m-2s-1 である。ある態様では,低放射照度光の強度 は,1〜10μmol 光子 m-2s-1 である。ある態様では,低放射照度光の強度 は,10〜100μmol 光子 m-2s-1 である。ある態様では,低放射照度光の 強度は,100〜300μmol 光子 m-2s-1 である。ある態様では,低放射照 度光の強度は,3〜4μmol 光子/m2s-1 光子2〜3μmol/m2s-1 光子,1〜2 μmol/m2s-1 光子,又は3〜5μmol/m2s-1 光子である。(【0014】) エ 本願明細書ではさらに,物質を製造する方法も記載され,その方法は: その物質を産生する能力を有する微小藻類の提供;培地中でのその微小 藻類の培養であって,その培地は炭素源を含む,培養;その微小藻類へ の低放射照度光の適用;及び,微小藻類にその乾燥細胞重量の少なくと も10%を物質として蓄積させること,を含む。ある態様では,方法は, その物質の回収もさらに含む。(【0020】)(4) 用語の定義 ア 純粋培養(【0026】) 「純粋培養」とは,他の生存生物の混入がない状態での生物の培養を意 味する。 イ バイオリアクター(【0029】) 22 「バイオリアクター」とは,所望に応じて懸濁液中で行ってもよい細胞 の培養が行われる密閉容器又は部分密閉容器を意味する。図1は,バイ オリアクターの一例である。「フォトバイオリアクター」とは,少なく ともその一部が,少なくとも部分的に透明であるか又は部分的に開放さ れていることによって光の透過が可能であり,そこで1若しくは2つ以 上の微小藻類細胞が培養される容器を意味する。フォトバイオリアクタ ーは,ポリエチレンバッグ若しくはエルレンマイヤーフラスコの場合の ように閉鎖されていてよく,又は屋外の池の場合のように環境に対して 開放されていてもよい。 ウ 培養された(【0034】) 「培養された」の用語,及びその変形は,意図される培養条件を用いる ことによる,1若しくは2つ以上の細胞の成長(細胞サイズ,細胞内容 物,及び/又は細胞活性の増加)及び/又は繁殖(有糸分裂による細胞 数の増加)の意図的な促進を意味する。成長及び繁殖の両方の組み合わ せは,増殖と称される場合がある。1若しくは2つ以上の細胞は,微小 藻類などの微生物のものであってよい。意図される条件の例としては, 定められた培地(pH,イオン強度及び炭素源などの特性が既知である) の使用,特定の温度,酸素圧,二酸化炭素レベル及びバイオリアクター 中での成長が挙げられる。この用語は,最終的には化石化して地質学的 原油を発生させる生物の自然の成長など,天然での,若しくはそれ以外 の直接の人間の介入のない状態での微生物の成長又は繁殖は意味しない。 エ 低放射照度光(【0051】) 「低放射照度光」の用語は,従属栄養条件下にて著しい光阻害を回避し て微生物に適用することができる光の放射照度であり,微生物の光活性 化代謝を開始するのに必要である光の放射照度を意味する。光活性化代 謝としては,これらに限定されないが,生活環,サーカディアンリズム, 23 細胞分裂,生合成経路及び輸送システムが挙げられる。 オ 微小藻類(【0055】) 「微小藻類」とは,葉緑体を含有し,場合に応じては光合成を行う能力 を有していてもよい真核微生物,又は光合成を行う能力を有する原核微 生物を意味する。微小藻類には,固定炭素源をエネルギーとして代謝す ることができない偏性光独立栄養生物,並びに固定炭素源のみで生き延 びることができる従属栄養生物が含まれる。微小藻類は,細胞分裂の直 後に姉妹細胞から分離したクラミドモナスなどの単細胞生物を意味する 場合もあり,また例えばボルボックスなど,2つの異なる細胞型を持つ 単純な多細胞光合成微生物を意味する場合もある。「微小藻類」はまた, クロレラ及びドナリエラなどの細胞を意味する場合もある。「微小藻類」 はまた,アグメネルム,アナベナ及びピロボトリスなどの細胞-細胞接 着を示すその他の光合成微生物も含む。「微小藻類」はまた,特定の渦 鞭毛藻類種など,光合成を行う能力を喪失した偏性従属栄養微生物も含 む。微小藻類のその他の例は以下で述べる。 カ 微生物(【0056】) 「微生物(microorganism)」及び「微生物(microbe)」の用語は,本明 細書にて交換可能に用いられ,微小藻類を例とする微小な単細胞生物を 意味する。 (5) 微生物の選択 ア 本発明で用いる微生物の選択に関わる考慮事項としては,オイル,燃料, 及び油脂化学製品の生産に適する脂質又は炭化水素の産生に加えて:(1) 細胞重量に対する割合としての高脂質含量;(2)成長の容易性;(3)遺伝子 操作の容易性;及び(4)バイオマス処理の容易性が挙げられる。特定の態 様では,野生型又は遺伝子操作微生物から,脂質が少なくとも40%, 少なくとも45%,少なくとも50%,少なくとも55%,少なくとも 24 60%,少なくとも65%,若しくは少なくとも70%,又はそれを超 える割合である細胞が得られる。好ましい生物は,従属栄養成長するか, 又は,そうするように,例えば本願明細書で開示される方法を用いて操 作することができる。形質転換の容易性,並びに,微生物中で機能性で ある構成型及び/又は誘導型の選択可能なマーカー並びにプロモーター の利用可能性が,遺伝子操作の容易性に影響する。処理に関する考慮と しては,例えば,細胞溶解のための効果的な手段の利用可能性を挙げる ことができる。(【0069】) イ 1つの態様では,微生物としては,従属栄養条件下で成長し,細胞プロ セス制御のためのシグナルとして光を用いることができる,天然又は操 作された微生物が挙げられる。これらとしては,藍藻植物門,緑藻植物 門,紅藻植物門,クリプト植物門,クロララクニオン植物門,ハプト植 物門,ユーグレナ植物門,不等毛植物門及び珪藻類などの藻類を挙げる ことができる。(【0070】) ウ 藻類 本発明の1つの態様では ,微生物は ,微小藻類である。(【007 1】)(6) 微生物の培養方法及びバイオリアクター(【0081】) 微生物は, 一般的に ,遺伝子操作を行う目的 及びそれに続く炭化水素 (例:脂質,脂肪酸,アルデヒド,アルコール及びアルカン)の生産の両方 のために培養される。前者のタイプの培養は,小スケールで,最初は少なく とも出発微生物が成長可能である条件下で行われるのが一般的である。炭化 水素生産の目的の培養は,通常,大スケールで行われる。固定酸素源(例: フィードストック)が存在することが好ましい。培養はまた,一部又は全て の時間にわたって光に曝露して行ってもよい。 (7) バイオリアクターの例 25 ア 図1は,本願発明のバイオリアクターの1つの態様である。1つの局面 では,バイオリアクターはフォトバイオリアクターである。1つの局面 では,バイオリアクターシステムは,微小藻類の培養に用いることがで きる。バイオリアクターシステムは,容器及び照射集合体を含んでよく, ここで,照射集合体は,容器と操作可能に接続されている。(【008 3】) イ 図1(8) 実施例 ア 実施例3.種々の光条件下におけるネオクロリスオレアブンダンスの成 長 (ア) 物質及び方法 微小藻類及び培養条件 ネオクロリスオレアブンダンス株 UTEX1185 は,テキサス大学の藻類 26 培養収集物から入手した。この微小藻類の初期培養物の成長は,2%グ ルコースを含む改変 bold3N 培地120ml を含む250ml のエルレンマ イヤーフラスコ中,25℃の室温にて,アルミニウム箔でフラスコを緩 く被覆し,交互に配置した2つの40W自然太陽光蛍光灯ランプ(39 2316,フィリップス)及び2つの40W植物アクアリウム用蛍光灯 ランプ(392282,フィリップス)の下,130rpm のオービタル シェーカー上にて行った。この培地(改変 MB3N)は,脱イオン水1L あたり以下の成分を含有していた:0.75g NaNO3,0.075g K2HPO4,0.074g MgSO4・7H2O,0.025g CaCl2・2H2O,0. 176g KH2PO4,0.025g NaCl,6ml P-IV 金属溶液(1Lの dI 水中,0.75g Na2EDTA・2H2O,0.097g FeCl3・6H2O,0. 041g MnCl2・4H2O,0.005g ZnCl2 ,0.002g CoCl2 ・ 6H2O,0.004g Na2MoO4・2H2O),各3つのビタミンの1ml(0. 1mM ビタミンB12,0.1mM ビオチン,6.5mM チアミン, 別々に50mM HEPES pH7.8 に溶解)。培地の最終 pH は,培地をオー トクレーブする前に,20% KOH で7.5に調節した。ビタミン溶 液を添加して,オートクレーブした培地を冷却した。初期培養物が特定 のコンフルエンスに到達したところで,Genesys 10 UV 分光光度計(サ ーモサイエンティフィック)を用い,680nm 及び750nm での光学 濃度(OD)によってその濃度を測定した。(【0237】)(イ) 実験手順及び成長測定 3つの異なる波長の光(白色,青色及び赤色)を試験した。LED 照 明は,スーパーブライト LED 社から購入した(白色:RL5-W3030,青 色:RL5-B2430,赤色:RL5-R1330)。各々の光波長に対して,2つの反 復サンプルにて以下のような4つの異なる条件を設定した: 1-2. 改変 MB3N+グルコースなし+暗 27 3-4. 改変 MB3N+グルコースなし+薄明 5-6. 改変 MB3N+2%グルコース+暗 7-8. 改変 MB3N+2%グルコース+薄明(【0238】) 最終体積120ml の細胞培養物を入れた合計で8つの250ml エル レンマイヤーフラスコを,各々の条件に対して750nm での OD0. 1の初期細胞濃度(およそ1.1×10 6 細胞/ml)で準備した。光の 強度は,白色に対しては3〜4μmol/m2s-1 光子,青色に対しては2〜3 μmol/m2s-1 光子,赤色に対しては1〜2μmol/m2s-1 光子に設定した。オー ビタルシェーカーの速度は,135rpm に設定した。実験は,室温にて 2週間行った。24時間ごとに各フラスコから1ml の細胞培養物を採 取し,サーモフィッシャーサイエンティフィック製 Genesys 10 UV 分光 光度計を用い,680nm 及び750nm での OD を測定することによっ て細胞濃度の評価を行った。比成長速度は,培養物の光学濃度の対数を 時間に対してプロットすることによって決定した。低放射照度の赤色, 白色又は青色光とグルコースとの組み合わせにおいて,コントロールと 比較しての成長速度の向上が見られた。(【0239】)イ 実施例5:ボツリオコッカスブラウニー:制御照明による発酵 (ア) 物質及び方法 株及び培地 ボツリオコッカスブラウニー株 UTEX2441 は,テキサス大学の藻類培 養収集物から入手した。ストック培養物の成長は,2%グルコースを含 む改変 BG11 培地120ml を含む250ml エルレンマイヤーフラスコ 中,25℃の室温にて,薄明下(4〜5μmol/m2s-1 光子),130rpm のオービタルシェーカー上にて行った。薄明照明は,40W自然太陽光 蛍光灯ランプ(392316,フィリップス)及び40W植物アクアリ ウム用蛍光灯ランプ(392282,フィリップス)の2つの異なるラ 28 ンプから構成した。1Lの培地(改変 BG-11)は,以下を含有してい た:10mM HEPES(pH7.8),1.5g NaNO3,0.04g K2HPO4, 0.06g MgSO4 ・7H2O,0.036g CaCl2 ・2H2O,0.006g クエン酸 H2O,0.0138g クエン酸鉄(III)アンモニウム,0. 001g Na2EDTA・2H2O,0.02g Na2CO3 ,2.86mg H3BO3 , 1 . 8 1 mg MnCl2 ・ 4H2O , 0 . 2 2 mg ZnSO4 ・ 7H2O , 0 . 3 9 mg Na2MoO4 ・ 2H2O , 0 . 0 7 9 mg CuSO4 ・ 5H2O , 0 . 0 4 9 4 mg Co(NO3)2・6H2O,0.5g カゼイン加水分解物,及び各3つのビタミ ンの1ml(0.1mM ビタミンB12,0.1mM ビオチン,6. 5mM チアミン,別々に50mM HEPES pH7.8 に溶解)。培地の最終 pH は,20% KOH で7.8に調節した。(【0243】)(イ) 実験手順及び成長測定 3つの異なる波長の光(白色,青色及び赤色)を試験した。LED 照 明は,スーパーブライト LED 社から購入した(白色:RL5-W3030,青 色:RL5-B2430,赤色:RL5-R1330)。各々の光波長に対して,2つの反 復サンプルにて以下のような4つの異なる条件を設定した: 1-2 改変 BG-11+グルコースなし+暗 3-4 改変 BG-11+グルコースなし+薄明 5-6 改変 BG-11+2%グルコース+暗 7-8 改変 BG-11+2%グルコース+薄明(【0244】) 最終体積120ml の細胞培養物を入れた合計で8つの250ml エル レンマイヤーフラスコを,各々の条件に対して750nm での OD0. 1の初期細胞濃度(およそ1.1×10 6 細胞/ml)で準備した。光の 強度は,白色に対しては3〜4μmol/m2s-1 光子,青色に対しては2〜3 μmol/m2s-1 光子,及び赤色に対しては1〜2μmol/m2s-1 光子に設定した。 オービタルシェーカーの速度は,150rpm に設定した。実験は,室温 29 にて2週間行った。2日おきに各フラスコから5ml の細胞培養物を採 取し,乾燥細胞重量(DCW)によって細胞成長の評価を行った。比成 長速度は,培養物の DCW を時間に対してプロットすることによって決 定した(図5)。(【0245】)(ウ) ナイルレッドを用いることによる中性脂質の蛍光測定 (【024 6】) 藻類懸濁液の1ml に,アセトン中のナイルレッド溶液(250ug/ml) の4ul を添加した。この混合物を,室温にて10分間のインキュベーシ ョンの間に2回ボルテックス攪拌した。インキュベーション後,染色し た藻類サンプルの200ul を,96-ウェルプレートの個々のウェルに 移した。モレキュラーデバイスの96ウェルプレート分光蛍光光度計上, 励起波長490nm,発光波長585nm,530の発光カットオフフィ ルターを用いて蛍光測定した。藻類サンプルの相対蛍光強度を決定する ために,蛍光強度からブランク(媒体中ナイルレッドのみ)を差し引い た。 (エ) 結果(【0247】) 赤色光+グルコースでは,暗下での従属栄養培養(暗+グルコース) と比較して,UTEX2441 の成長速度が35%上昇した(図5)。脂質レ ベルも,赤色光条件下では,コントロールと比較して52%上昇した (図6)。 (オ) 図5 図5A〜C は,白色,青色及び赤色光の条件下における UTEX2441 の 成長を示す。Glu はグルコースを意味する。(【0024】) a 図5A(次頁) 30b 図5Bc 図5C(次頁) 31 (カ) 図6 図6は,赤色光条件下における UTEX2441 による脂質の産生を示す。 LG は,明+グルコースを意味し;DG は,暗+グルコースを意味する。 (【0024】)3 以上を踏まえると,本願発明18の概要は,以下のとおり理解される。 32 すなわち,本願発明18は,例えばバイオ燃料のような物質を微小藻類の従 属栄養培養により製造する方法に関する発明であって(【0003】),従来 は,従属栄養培養の際には,密閉遮光状態で行われていたのであるが(【00 04】),微小藻類のうち,従属栄養状態で自然に成長可能であるものは,種 類が少なく,成長が遅いという課題があった(【0005】,【0006】)。 そこで,微小藻類を含む光合成生物のほとんどは,自身の成長及び生存を最適 化するための環境シグナルとして光を用いる(【0007】)ことを利用して, 培養時に光を用いることで上記課題を解決しようとする発明であって,微小藻 類の培養時に用いる培地に例えばグルコースのような炭素源を含ませておき, 環境シグナルとしての光を5μmol 光子 m-2s-1 以下という低放射照度光で与える ことで従属栄養培養し,それにより物質を製造する発明である(特許請求の範 囲,【0010】,【0011】,【0014】等)。 4 引用例1の記載等 引用例1は,平成19年12月に発行された「マイクロバイオディーゼルの 生産のためのバイオリアクターにおける微小藻類クロレラ プロトセコイデス の高密度発酵」と題する学術論文であるところ,以下の事項が記載されている ことが認められる(記載箇所は原文のもの。甲1添付の訳文に基づくが,一部 原文に基づく修正を施した。)。 (1) 要約 寒天上の発酵をベースとしたマイクロバイオディーゼルの生産は,クロ レラ プロトセコイデスの高細胞密度の発酵及び効率的なエステル交換プロ セスによって実現された。5-1バイオリアクターにおいて達成された細胞 密度は,予備的な及び改善された流加培養の方策を実行することによって, それぞれ184時間で16.8g l-1 及び51.2g l-1 であった。脂質含量は, 5-1バイオリアクターにおいて,回分,初代及び改善された流加培養から の細胞乾燥重量の57.8,55.2及び50.3%であった。エステル交 33 換が固定化されたリパーゼによって触媒され,変換率は98%にまで達した。 クロレラからのバイオディーゼルの性質は従来のディーゼル燃料に匹敵する ものであり,バイオディーゼルの米国基準に適合する。要するに,クロレラ の高密度発酵及び酵素的エステル交換プロセスを含むアプローチが提起され, バイオディーゼル生産のための期待できる代替手段であることが判明した。 (29頁左欄1〜16行)(2) はじめに ア 従来の供給源(植物油又は動物脂肪)由来のバイオディーゼルと区別す るため,我々は,微生物油からエステル交換された脂肪酸メチルエステ ル(FAMEs)を説明するために新規の用語「マイクロバイオディーゼル」 を使用する。この用語は,バイオディーゼルの従来の概念を適切に拡大 したものといえよう。(29頁右欄11〜16行) イ 藻類からのマイクロバイオディーゼル生産においては,我々の以前の研 究において,クロレラ(緑藻類)の従属栄養発酵のための新規なアプロ ーチ(Miao 及び Wu,2006),すなわち,寒天上の発酵をベースとし たマイクロバイオディーゼル(AFMD)生産が開発された。この技術は, 古典的な光独立栄養培養モデルと比較して,クロレラが従属栄養発酵シ ステムによってはるかに高比率で脂肪酸を蓄積し得るものであり,大規 模にマイクロバイオディーゼル生産に資するオイル原料を生産するため の実現可能な進路を提供した。商業利用を実現するために,マイクロバ イオディーゼル収量を更に増大させ,生産コストを抑制するためには, 発酵プロセス及びエステル交換反応を含む重要となるステップを体系的 に改善すべきである。(29頁右欄17〜30行)(3) 材料と方法 ア 株と培地 微小藻類クロレラ プロトセコイデスはテキサス大学の藻類保存機関 34 (the Culture Collection of Alga)から快く提供された。基本培養培地の構成 (Wu ら,1992)は,次のとおり:KH2PO4 0.7g l-1,K2HPO4 0. 3g l-1,MgSO4・7H2O 0.3g l-1,FeSO4・7H2O 3mg l-1,グリシン0.1 g l-1,ビタミンB1 0.01mg l-1,A5微量ミネラル溶液1ml l-1。異なる 濃度のグルコースが, 特定の実験計画の要件に従って基本培地の中に添 加された。発酵培地は,4g l-1 の酵母抽出物と15-30g l-1 のグルコース を基本培地にパルスすることによって変更した。我々の以前の研究で, クロレラ増殖因子(CGF;Wu 及び Xu,2006)(その混合栄養処方は, タンパク質0.5-4%,糖1-3%,遊離アミノ酸1%及び植物ホル モン0.01%を含有する。)が,細胞の増殖を刺激し,耐糖能を強化 することに効率的であることが証明された。そのため,必要な場合には それ(CGF)も採用され(it was also recruited),培地中でのその最終濃度 は,0.1%(v/v)である。(30頁左欄24〜42行)イ クロレラ プロトセコイデスの振盪フラスコ培養 クロレラは,1.5%寒天プレートからのコロニー又は指数関数的に 成長している種培養物を用いることによって,28℃で200rpm で振盪 フラスコにおいて,従属栄養条件下で培養された。弱い光(5μmol m-2s-1) もまた採用された。 培地の最適化のために,バイオマス生産におけるA5及びB6微量ミ ネラル溶液の効果が比較された。藻類培養に関する以前の研究によれば, B6微量ミネラル溶液の最終濃度は1ml l-1 に設定された。細胞増殖に対す るB6溶液の効果を研究するため,光学濃度(OD) 540nm が定期的に決定 された。異なる窒素源として,酵母エキス,グリシン,硝酸アンモニウ ム,硝酸カリウム,尿素を,バイオマス産出量への効果を試験するため, 最終濃度が0.1%(w/v)になるよう,別々に基礎培地に加えた。初期 グルコース濃度のバイオマス生産への影響を調査するため,基礎培地に 35 15,30,45及び60g l-1 のグルコースを加えたものにクロレラの種 子を接種し,成長曲線を記録した。(30頁左欄43行〜同右欄14行)ウ 5-1バイオリアクターでの発酵最適化 5-1バイオリアクター中でクロレラの従属栄養発酵が行われた (Biostat Q,B. Braun,ドイツ)。 基質供給の時間及び量を設定するため,バッチ培養での従属栄養クロ レラ増殖におけるグルコース,グリシン及びリン酸塩の消費量 (consumption)が決定された。基質消費率に基づいて,初代流加培養が 行われた。濃度を2-15g l-1 に維持するため濃縮グルコース溶液が流加 され,pH 値を6.0超に維持するため,KOH 溶液(10g l-1)が流加さ れ,溶存酸素(DO)濃度を空気飽和の20%超に維持するため,撹拌速 度及び空気流を増加させて制御した。通気速度及び攪拌速度は変更可能 であり,初期値は,180l h-1(1:1 vvm)及び200rpm に設定された。 温度は,28±10.5℃で制御された。 より高い細胞密度に至るべくクロレラ細胞の増殖を促進するために, 振盪フラスコ中で最適化されたパラメーターに基づいて,5-1バイオ リアクター内における発酵のプロセスが改良された。改変された発酵培 地が採用され(was recruited),グルコースは,対応する供給速度を維持 することで24g l-1 を超えないよう正確に制御された。pH 及び温度は,コ ンピュータによってそれぞれ6.5±0.1及び28±0.1℃に自動的 に適切に制御された。DO は,空気飽和の40%超に維持するよう,撹拌 速度と組み合わせて制御された。(30頁右欄15〜39行)エ 脂質抽出 培養の完了後,培養培地を10,000rpm,4℃で2分間遠心分離し, 凍結乾燥するため,細胞ペレットを収集した。その後,従属栄養クロレ ラ細胞粉末中の総脂質を抽出する ため,Soxhlet 抽出法が採用された。 36 (30頁右欄40〜45行) オ 増殖及び化学的分析 (ア) 増殖分析 細胞増殖は,UV/可視分光光度計(Pharmacia Biotech Ultrospec 2000) を 使 用 し て , 5 4 0 nm で の 光 学 濃 度 測 定 に よ っ て モ ニ タ ー さ れ た (Becker 1994)。(31頁右欄2〜5行) (イ) 化学的分析 グルコース含量が,ジニトロサリチル酸(DNS)アッセイによって 分析された(Miller 1959)。(31頁右欄15〜17行)(4) 結果 ア 無機塩の効果 微量無機塩は,酵素の補因子として働き,多くの重要となる生理的反 応に関与しており,細胞増殖へのその影響は無視できないものであった。 クロレラ プロトセコイデスの増殖を促進するためにはA5の方がB 6溶液に比較してより効果的である。(32頁左欄13〜22行) イ 初期窒素源の最適化 3種類の無機窒素源(尿素,硝酸カリウム,硝酸アンモニウム)と2 種類の有機窒素源(グリシン,酵母エキス)について,同一グルコース 濃度(15g l-1)でのフラスコ中でのクロレラ従属栄養増殖への影響につ いて調査された。…これらのデータは,無機窒素源は,細胞増殖を促進 する効率が低く,酵母エキスが最も適切な窒素源の1つであることを示 唆した。…その後の実験で,4g l-1 の酵母エキスで,最高の脂質質量(1 7.99x46.0%=8.28g l-l)を達成したため,この濃度が最適 な初期窒素源濃度として選択された。(32頁左欄23行〜同右欄21 行) ウ 初期グルコース濃度の効果 37 グルコースは従属栄養増殖を維持するための最も一般的な炭素源及び エネルギー源である。 さらに,より高いグルコース濃度は,細胞増殖に否定的に影響し,こ れは培養の最初の72時間内の比増殖速度がより低くなっている点に反 映されていることは注目に値する。前記の観察によれば,より低い濃度 でのグルコースの継続的供給は,細胞増殖及び脂質蓄積に有益であるこ とが証明されたことから,流加アッセイの基本的戦略として採用された。 (32頁右欄22〜43行) エ 5-1バイオリアクターにおけるプロセス最適化 改良された培養では,4g l-1 の酵母エキスを含有した最適化された発酵 培地が用いられた。グルコースはその消費率に応じて供給され,培地中 での最高濃度は,24g l-1 未満に制御された。CGF がグルコース溶液を含 む培養培地へ供給された。増大しつつある細胞密度の要件を満足させる のに十分な酸素供給を保証するため,溶存酸素は自動攪拌と組み合わせ て40%超に維持された。(32頁右欄44行〜33頁右欄12行)(5) 論考 現在,微小藻類バイオマス生産は,少なくとも2つの主要なアプローチ によって実現されている。1つは,太陽光エネルギーを使用し,二酸化炭素 を固定することによる開放された池沼又は光バイオリアクターにおける光独 立栄養培養であり,もう1つは,グルコースをエネルギー源及び炭素源とし て使用する従属栄養発酵である。省エネの観点からは,前者の選択肢がより 経済的であるように思われる。それにもかかわらず,下記の理由を考慮に入 れると,我々は,やはりまず第2のオプションを選択する。第1に,クロレ ラ プロトセコイデスは,はるかに高い比率の脂質を蓄積し,従属栄養培養 モードにおいてより高い増殖率を有している。第2に,従属栄養培養におい ては,発酵時間,空間並びに下流の加工処理費用を大幅に削減する高細胞密 38 度を実現するために生産条件を容易に制御できる。この研究では,流加培養 によってクロレラ プロトセコイデスの最適な従属栄養増殖が達成され,細 胞密度が増加した。(35頁左欄16行〜右欄15行)5 以上の記載を踏まえると,引用例1に記載された発明(引用発明)につい ては,以下のとおりに理解される。 すなわち,藻類からのマイクロバイオディーゼル生産においては,以前の研 究により,クロレラ(緑藻類)が,従属栄養発酵システムによって,独立栄養 培養モデルに比べ脂肪酸をはるかに高比率で蓄積できる技術が開発されていた (4(2)イ)。引用発明においては,これを更に改良することを課題とし(4 (2)イ),振盪フラスコ培養段階における培地の最適化のために,2種の無機 塩溶液,5種の窒素源,異なる4種の初期グルコース濃度のいずれが,クロレ ラの成長に優れているかが検討され(4(3)),無機塩としてはA5が,窒素 源としては酵母エキスがそれぞれ選択され,また,初期グルコース濃度として は,24g l-1 を超えないようにすることが必要であるということが見出され (4(4)),バイオリアクターでの発酵の際に,その培地を用いることにより, クロレラ細胞の増殖及び高密度化を達成することができ(4(5)),その結果, より効率的にバイオディーゼル生産ができた(4(1))というものである。 6 検討 (1) 取消事由3(本願発明18の要旨認定の誤り及びそれに基づく容易想到 性判断の誤り)について 説明の便宜上,取消事由3についてまず検討する。 ア 特許法36条2項は「願書には,明細書,特許請求の範囲,必要な図面 及び要約書を添付しなければならない。」とし,同5項は「第二項の特 許請求の範囲には,請求項に区分して,各請求項ごとに特許出願人が特 許を受けようとする発明を特定するために必要と認める事項のすべてを 記載しなければならない。」としている。本件審決は,これらの規定に 39 基づいて,本願発明18の内容を,本願に係る特許請求の範囲請求項1 8に記載されたとおり認定したものであるから,これに取り消すべき違 法はない。 イ この点につき,原告は,本件審決には,本願発明18につき,発明特定 事項「前記微小藻類への5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光」を採用し てなることのみを認定し,この発明特定事項の本来の内容(要旨)に係 る判断を看過した点で誤りがあるなどと主張する。 しかし,発明の要旨の認定は請求項の記載に基づいて行われるべきも のであるところ,前記3記載のとおり,上記低放射照度光の技術的意義 が,光シグナルとして,光受容体の引き金となる低放射照度光を示す光 強度を表すものであり,従属栄養条件において,光受容体(フィトクロ ム)で感知され,エネルギー生産を発現させるための光シグナルとして 働くという点にあるとしても,当該技術的意義は本願発明18に係る請 求項には何ら記載されていない。また,特許請求の範囲の記載は,それ 自体として明確といえるから,これに基づく発明の要旨の認定は十分に 可能である。そうである以上,上記の技術的意義は,そもそも,本願発 明18の要旨として認定し得ない事項である。 したがって,その他るる主張するところを考慮するまでもなく,この 点に関する原告の主張は採用し得ない。取消事由3は理由がない。 (2) 取消事由1(引用発明の認定及び本願発明18との一致点・相違点の認 定の誤り)について ア(ア) 前記のとおり,引用例1には,「材料と方法」の項目中の小項目 「クロレラ プロトセコイデスの振盪フラスコ培養」おいて,「クロレ ラは,1.5%寒天プレートからのコロニー又は指数関数的に成長して いる種培養物を用いることによって,28℃で200rpm で振盪フラス コにおいて,従属栄養条件下で培養された。弱い光(5μmol m-2s-1)も 40 また採用された。」と記載されている。 上記記載にいう「弱い光」については,「クロレラ プロトセコイデ スの振盪フラスコ培養」という項目に記載されていること及び先行する 文章が従属栄養状態を規定していることから,「従属栄養状態であるが, 弱い光が採用されて培養されている」との文脈において言及されている ものと理解するのが合理的である。 (イ) また,引用例1には培養段階と発酵段階が存在するところ,「より 高い細胞密度に至るべくクロレラ細胞の増殖を促進するために,振盪 フラスコ中で最適化されたパラメーターに基づいて,5-1バイオリ アクター内における発酵のプロセスが改良された。」との記載(前記 4(3)ウ)を考慮すると,培養段階でクロレラの増殖に最適な条件を比 較実験して解明し,その条件をバイオリアクターに適用しているもの と理解し得る。これによれば,引用例1において,照射する光の強さ も培養段階と発酵段階とで異ならないことが推認される。 そうすると,「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用された。」という記 載は,引用例1における培養段階と発酵段階のいずれにも採用されてい るということができる。 (ウ) 本件審決は,引用発明として「脂質を製造する方法であって,/微 小藻類クロレラ プロトセコイデスを提供すること,/グルコースが 添加された培地で培養すること,/弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用 すること,/細胞乾燥重量の57.8,55.2及び50.3%の脂 質を含むこと,/を含む,方法。」と認定したものであるが,上記の とおり,「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用すること」は,引用発明 を構成する技術的事項ということができる。その余の事項が引用発明 を構成する技術的事項であることは,当事者間に争いがない。 したがって,本件審決の引用発明の認定に誤りはないというべきであ 41 る。 イ 原告の主張について (ア) 原告は,引用例1において「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用され た。」ことは,いわゆる一行記載されたのみであり,これを本願発明 18の発明特定事項「低放射照度光」と同様に「光シグナル」であっ たと認定することは許されないなどと主張する。 しかし,本願発明18による発明特定事項は,「低放射照度光」であ って「光シグナル」ではない。原告の上記主張は,本件審決による本願 発明18の認定に誤りがあることを前提とするものであるところ,前記 のとおり,その前提において誤りがある。 (イ) 原告は,引用例1の「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用された。」 との記載は,「1.5%寒天プレートからのコロニー又は指数関数的 に成長」に関して,従来技術として,「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた 採用された。」という意味において解釈されるべきであるなどとも主 張する。 しかし,引用例1は学術論文であって,「材料と方法」の項は,同文 献の著者以外の研究者が追試可能なように記載されているものと推認す るのが合理的である。そうすると,同項には,引用例1の培養時及び発 酵時に照射すべき光量子束密度が開示されているものと見られる。すな わち,「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用された。」との記載を,従 来技術としての意味に解釈することは相当でない。 (ウ) その他原告がるる主張する点を考慮しても,この点に関する原告の 主張は採用し得ない。取消事由1は理由がない。 (3) 取消事由2(容易想到性判断の誤り)について ア(ア) 前記(1)及び(2)のとおり,本件審決には,本願発明18の要旨の認定 及び引用発明の認定のいずれにおいても誤りはない。 42 そうすると,本願発明18と引用発明の相違点は,本願発明18は 「前記微小藻類への5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光の適用」を含 むのに対し,引用発明は「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用すること」 を含み,5μmol 光子 m-2s-1 以下という特定を有しない点,ということに なる。この点において,本件審決に誤りはない。 (イ) 相違点の容易想到性 本願発明18における低放射照度光については,「5μmol 光子 m-2s-1 以下」という数値範囲が設定されているところ,その一部は引用発明の 「弱い光(5μmol 光子 m-2s-1)」と一致している。 そして,引用発明の「弱い光」である5μmol 光子 m-2s-1 を更にわずか に弱くすることは,当業者が最適範囲を探索することを通じて容易に到 達し得ることというほかない。 また,本願発明18の作用効果についても,引用例1の記載から認め られる引用発明の作用効果との対比において,格別顕著な効果を奏して いるとは認められない。 したがって,本願発明18は,引用発明に基づき当業者が容易に想到 し得たものというべきであり,この点に関する本件審決の判断に誤りは ない。 イ 原告の主張について (ア) 原告は,引用発明が技術的事項「弱い光(5μmol m-2s-1)もまた採用 すること」を含んでいないことを前提として,本願発明18は,引用 発明に基づき当業者が容易に想到することができたものということは できないなどと主張するけれども,上記前提が採用し得ないことは前 記のとおりである。 (イ) また,原告は,本願明細書記載の従来技術の課題を解決するために, 本願発明18は,従属栄養条件として,発明特定事項「前記微小藻類 43 への5μmol 光子 m-2s-1 以下の低放射照度光の適用」を採用しているのに, 引用例1にはその示唆は全くないから容易想到ではないとか,本願発 明18から得られた結果は引用例1とは全く異質で顕著なものである などと主張する。 しかし,この主張は,本願発明と引用発明の異質性に関する主張を前 提にするものであるところ,その主張を採用することができないことは, (1),(2)において説示したとおりである。 また,本願発明18と引用発明とで,同等の条件で光が照射されてい るのであれば,本願発明18と引用発明との間において異なる結果が生 じることは理論上考え難い。 そうすると,引用発明によっても原告主張に係る従来技術の課題は解 決されるということもできるのであって,本願発明18をもって,引用 発明とは異質で顕著な効果を生じるものと見ることはできない。 その他原告がるる主張する点を踏まえても,この点に関する原告の主 張は採用し得ない。 (ウ) 以上より,取消事由2は理由がない。 7 結論 以上のとおり,原告主張に係る取消事由1〜3はいずれも理由がない。 よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお り判決する。 |
裁判長裁判官 | 鶴岡稔彦 |
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