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関連審決 無効2015-800026
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事件 平成 28年 (行ケ) 10092号 審決取消請求事件

原告 株式会社ディーエイチシー
訴訟代理人弁護士 山ア順一 山田昭 今村憲 酒迎明洋 増田昂治 弁理士 杉村純子
被告 富士フイルム株式会社
訴訟代理人弁護士 根本浩 松山智恵 上野さやか 塩月秀平
補佐 人弁理士白石真琴
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/10/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
-1-事 実 及び 理 由第1 当事者の求めた裁判特許庁が無効2015−800026号事件について平成28年3月8日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要本件は,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟であり,争点は,進歩性の判断の当否である。
1 特許庁における手続の経緯被告は,名称を「分散組成物及びスキンケア用化粧料並びに分散組成物の製造方法」とする発明につき,平成19年6月27日(以下「本件出願日」という。,特)許出願(特願2007−169635号)をし,平成24年7月27日,設定登録を受けた(甲53。特許第5046756号。請求項の数8。以下「本件特許」という。。
)原告は,平成27年2月13日付けで,本件特許の請求項1〜4に係る発明について特許無効審判請求(無効2015−800026号)をしたところ,特許庁は,平成28年3月8日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月17日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載本件特許の特許請求の範囲の記載の請求項1〜4の記載は,以下のとおりである(甲53。以下,それぞれの請求項に記載の発明を,請求項の番号を付して「本件発明1」等といい,本件発明1〜4を併せて「本件発明」という。また,本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」という。 。
)【請求項1】-2-(a)アスタキサンチン,ポリグリセリン脂肪酸エステル,及びリン脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子;(b)リン酸アスコルビルマグネシウム,及びリン酸アスコルビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体;並びに(c)pH調整剤を含有する,pHが5.0〜7.5のスキンケア用化粧料。
【請求項2】前記リン脂質又はその誘導体がレシチンである,請求項1に記載のスキンケア用化粧料。
【請求項3】更にトコフェロールを含む,請求項1又は請求項2に記載のスキンケア用化粧料。
【請求項4】更にグリセリンを含む,請求項1〜請求項3のいずれか1項記載のスキンケア用化粧料。
3 審決の理由の要点(本件訴訟の争点に関する部分)? 原告が主張した無効理由ア 無効理由2本件発明は,2007年(平成19年)1月15日に発売された「エフ スクエア アイ インフィルトレート セラム リンクル エッセンス」に関する有限会社久光工房のウェブページ(2007年6月14日)(甲1。以下「甲1ウェブページ」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。)に基づいて,又は,引用発明1並びに後記エの甲3の1〜6及び甲4の1〜2の各文献に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,同法123条1項2号の規定に該当する。
-3-イ 無効理由3本件発明は,「アスタキサンチン ver.1.0 SM」カタログ(オリザ油化株式会社,2006年5月25日制定 「製品名:アスタキサンチン−LSC1,化粧品」)(甲5。以下「甲5文献」という。)に記載された発明(以下「引用発明5」という。 並びに後記エの甲6,) 甲7の1〜6及び甲4の1〜2の各文献に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,同法123条1項2号の規定に該当する。
ウ 無効理由4本件発明は,バイオジェニック株式会社販売の「Astabio AW0.5」製品のラベル(2006年9月製造)(甲9の1)及び「Astabio」のパンフレット(バイオジェニック株式会社)2007年5月10日(甲9の2)に記載された発明(以下「引用発明9の1」という。)並びに後記エの甲6,甲7の1〜6及び甲4の1〜2の各文献に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,同法123条1項2号の規定に該当する。
エ 各文献について甲3の1:「新化粧品学 2版1刷」光井武夫編(南山堂),2001年1月18日発行,357頁甲3の2:特開平9−52814号公報甲3の3:特開2004−67587号公報甲3の4:特開2004−189693号公報甲3の5:特開2006−111542号公報甲3の6:特開平10−194960号公報甲4の1:光井武夫編,「新化粧品学 2版3刷」,南山堂,2004年11月15日発行,221頁-4-甲4の2:日本化粧品技術者会編,「化粧品事典」,丸善,平成17年4月25日発行,226〜228頁「16 化粧品の品質,16.1 安定性」甲6:「富士フイルム研究報告No.52−2007」,平成19年5月16日に国会図書館受入,同年6月1日より利用提供開始,26〜29頁「アスタキサンチンナノ乳化物の開発−安定性向上と吸収効率向上」及び30〜33頁「アスタキサンチン含有化粧品の開発」甲7の1:特開2006−160687号公報甲7の2:特開平8−224458号公報甲7の3:特開2003−342117号公報甲7の4:特開2005−112770号公報甲7の5:特開2003−12458号公報甲7の6:特開2002−275029号公報? 審決の判断ア 無効理由2について引用発明1の認定グリセリン,クエン酸,リン酸アスコルビルMg,水酸化Na,アルギニン,オレイン酸ポリグリセリル−10,ヘマトコッカスプルビアリス油,トコフェロール,レシチンを含有する美容液。
本件発明1と引用発明1との対比a 一致点(a)アスタキサンチン,ポリグリセリン脂肪酸エステル,及びリン脂質又はその誘導体を含む;(b)リン酸アスコルビルマグネシウム,及びリン酸アスコルビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体;並びに(c)pH調整剤を含有する,スキンケア用化粧料。
-5-b 相違点(a) 相違点1本件発明1はアスタキサンチン,ポリグリセリン脂肪酸エステル,及びリン脂質又はその誘導体が,それらを含む「エマルジョン粒子」の形態で含有するものであるのに対して,引用発明1はかかる事項を発明特定事項としない点。
(b) 相違点2本件発明1は「pHが5.0〜7.5」であるのに対して,引用発明1はかかる事項を発明特定事項としない点。
相違点の検討化粧品のpHを弱酸性〜弱アルカリ性とすることは技術常識であるように見受けられ(甲3の1〜6),また,化粧品のpHのコントロールは化粧品の安定化の一つの手段であることが認識できる(甲4の1〜2)ものの,甲1ウェブページに記載された「エフ スクエア アイ インフィルトレート セラム リンクル エッセンス」は,pHが5.0〜7.5の範囲外の化粧品であるといえ(甲15),引用発明1の化粧品を弱酸性〜弱アルカリ性と設定することの動機付けとなるような記載を甲1ウェブページから見出すことはできない。このため,上記技術常識等をもってしても,本件発明1が,引用発明1,又は引用発明1と甲3の1〜6,甲4の1〜2の各文献の記載に基づいて,当業者が容易になし得たものとはいえない。そうすると,相違点1について検討するまでもなく,本件発明1は,当業者が容易になし得たものとはいえない。
本件発明1の効果について本件発明1は,本件明細書【0009】の記載等からみて,アスタキサンチン(カロテノイド含有油性成分)を含み,エマルジョン粒子を有するO/W型エマルジョンである水分散物と,アスコルビン酸又はその誘導体を含む水性組成物とを混合し,pHを5.0〜7.5とすることにより,アスタキサンチンの分散安定性とカロテノイドの色味安定性とを共に良好に保つことを図るという効果を奏するものである-6-が,引用発明1のpHを弱酸性〜弱アルカリ性とし,化粧品としての安定化を図ったところで,これによりアスタキサンチンの分散安定性とカロテノイドの色味安定性との両方を良好にすることが明らかであるとはいえず,また,そのことを当業者が予測し得たものとはいえない。
本件発明2〜4について本件発明2〜4は,本件発明1に係る発明特定事項を有するものといえるから,本件発明2〜4と引用発明1とを対比すると,相違点1及び2と同様の相違点が存在するといえ,その相違点2については,本件発明1と同様の理由により,当業者が容易になし得たものとはいえない。
結論本件発明は,引用発明1,又は引用発明1と甲3の1〜6,甲4の1〜2の各文献の記載に基づいて当業者が容易に発明することができたものとはいえない。
イ 無効理由3について引用発明5の認定ヘマトコッカス藻抽出物,抽出トコフェロール,植物油脂,グリセリン脂肪酸エステル,レシチン,グリセリン及び水を含有し,アスタキサンチン含量1.0%以上の化粧品用途の乳化液。
本件発明1と引用発明5との対比a 一致点(a)アスタキサンチン,及びリン脂質又はその誘導体を含む乳化液組成物。
b 相違点(a) 相違点1本件発明1はアスタキサンチン,ポリグリセリン脂肪酸エステル,及びリン脂質又はその誘導体が,それらを含む「エマルジョン粒子」の形態で含有されるものであるのに対して,引用発明5はかかる事項を発明特定事項としない点。
(b) 相違点2-7-本件発明1は「pH調整剤」を含み「pHが5.0〜7.5」であるのに対して,引用発明5はかかる事項を発明特定事項としない点。
(c) 相違点3本件発明1は「リン酸アスコルビルマグネシウム,及びリン酸アスコルビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体」を含むものであるのに対して,引用発明5はかかる事項を発明特定事項としない点。
(d) 相違点4本件発明1は「ポリグリセリン脂肪酸エステル」を含むのに対して,引用発明5は「グリセリン脂肪酸エステル」を含むものである点。
(e) 相違点5本件発明1は「スキンケア用化粧料」であるのに対して,引用発明5は「化粧品用途の乳化液組成物」である点。
相違点の検討相違点1に係る「エマルジョン粒子」の形態の点がアスタキサンチン,リン脂質又はその誘導体の親水性,親油性等の技術常識から明らかであり,そして,pH調整剤等でpH調整を行うこと(甲4の1〜2) 化粧品のpHは弱酸性から弱アルカ,リ性とすること(甲3の1〜6),及び,グリセリン脂肪酸エステルとポリグリセリン脂肪酸エステルとがいずれも薬品類としてグリセリン脂肪酸エステルという同じ分類のものであること(甲7の1〜6,甲10)が当業者における技術常識であったとしても,引用発明5において,アスタキサンチンの安定化のためにリン酸アスコルビルマグネシウムを添加した上で,pH調整剤を用いてリン酸アスコルビルマグネシウムが分解しないように,また,アスタキサンチンの分散安定性と色味安定性とを良好に保つためにpH5.0〜7.5程度に調整し(相違点2),さらに乳化剤をポリグリセリン脂肪酸エステルに限定する(相違点4)ことで,スキンケア用化粧料とすること(相違点5) それらの構成を採用することに動機付けがなく,は,したがって,当業者が容易になし得たこととはいえない。
-8-本件発明1の効果について本件発明1は, 効果を奏するものであるが,この点について甲5文献には記載も示唆もなく,また,技術常識であるとも認められないことから,この効果を容易に予測することはできない。
そして,引用発明5は「ポリグリセリン脂肪酸エステル」を含まないものであるが,ポリグリセリン脂肪酸エステルを含有したものとグリセリン脂肪酸エステルを含有したものとでは,その分散性において,少なくとも外観上異なるものとなることが示されていること(甲32)を参酌すると,この点においても,本件発明1は,引用発明5に対して格別の効果を奏するものといえる。
本件発明2〜4について本件発明2〜4は,本件発明1と引用発明5とを対比した場合と同様の相違点(相違点1〜5)が存在するといえ,相違点2〜4については,本件発明1と同様の理由により,当業者が容易になし得たものとはいえない。
結論本件発明は,引用発明5と,甲6,甲7の1〜6,甲4の1〜2の各文献記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
ウ 無効理由4について甲9の1文献の頒布日甲9の1文献は,バイオジェニック株式会社販売の「Astabio AW0.5」製品のラベルであって,「製造年月 2006年9月」「品質保証期限, 製造後6ヶ月」と記載されるものの,実際に当該製品が出荷されたものであるか否かが不明であり,したがって,甲9の1文献自体の頒布日は明らかでない。
仮に,甲9の1が本件出願日前に頒布されたものとして検討すると,以下のとおりである。
引用発明9の1の認定ヘマトコッカス藻色素,グリセリン,グリセリン脂肪酸エステル,抽出トコフェ-9-ロール,酵素分解レシチン(大豆由来)を含有する食品添加物であるヘマトコッカス藻色素製剤。
本件発明1と引用発明9の1との対比a 一致点(a)アスタキサンチン,及びリン脂質又はその誘導体を含有する,組成物。
b 相違点(a) 相違点1本件発明1はアスタキサンチン,ポリグリセリン脂肪酸エステル,及びリン脂質又はその誘導体が,それらを含む「エマルジョン粒子」の形態で含有されるものであるのに対して,引用発明9の1はかかる事項を発明特定事項としない点。
(b) 相違点2本件発明1は「pH調整剤」を含み「pHが5.0〜7.5」であるのに対して,引用発明9の1はかかる事項を発明特定事項としない点。
(c) 相違点3本件発明1は「リン酸アスコルビルマグネシウム,及びリン酸アスコルビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体」を含むものであるのに対して,引用発明9の1はかかる事項を発明特定事項としない点。
(d) 相違点4本件発明1は「ポリグリセリン脂肪酸エステル」を含むのに対して,引用発明9の1は「グリセリン脂肪酸エステル」を含むものである点。
(e) 相違点5本件発明1は「スキンケア用化粧料」であるのに対して,引用発明9の1は「食品添加物であるヘマトコッカス藻色素製剤」である点。
相違点の検討引用発明9の1において,甲9の2文献の記載を基に化粧品用途へ展開し,その際,アスタキサンチンの安定化のためにリン酸アスコルビルマグネシウムを添加し- 10 -た上で,pH調整剤を用いてリン酸アスコルビルマグネシウムが分解しないように,また,アスタキサンチンの分散安定性と色味安定性とを良好に保つためにpH5.0〜7.5程度に調整し(相違点2),さらに,乳化剤をポリグリセリン脂肪酸エステルに限定する(相違点4)ことで,スキンケア用化粧料とすること(相違点5)は,それらの構成を採用することに動機付けがなく,したがって,当業者が容易になし得たこととはいえない。
本件発明1の効果について本件発明1は, 効果を奏するものであるが,この点について甲9の1文献には記載も示唆もなく,また技術常識であるとも認められないことから,この効果を容易に予測することはできない。
そして,引用発明9の1は「ポリグリセリン脂肪酸エステル」を含まないものであるが,ポリグリセリン脂肪酸エステルを含有したものとグリセリン脂肪酸エステルを含有したものとでは,その分散性において,少なくとも外観上異なるものとなることが示されていること(甲32)を参酌すると,この点においても,本件発明1は,引用発明9の1に対して格別の効果を奏するものといえる。
本件発明2〜4について本件発明2〜4は,本件発明1と引用発明9の1とを対比した場合と同様の相違点(相違点1〜5)が存在するといえ,相違点2〜5については,本件発明1と同様の理由により,当業者が容易になし得たものとはいえない。
結論本件発明は,引用発明9の1と,甲6,甲7の1〜6,甲4の1〜2の各文献に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
第3 原告主張の審決取消事由1 取消事由1(引用発明1に基づく容易想到性の判断の誤り)- 11 -(1) 甲1ウェブページについて甲1ウェブページの最下行の記載から,甲1ウェブページが,「Cosmetic−Info.jp」と題するウェブサイトをインターネットアーカイブのWayback Machineというサービスが複製したウェブページの写しであり,その複製元のウェブページは,有限会社久光工房(以下「久光工房」という。)のウェブサイト(乙1の1)における2007年1月15日に発売された「エフ スクエア アイ インフィルトレート セラム リンクル エッセンス」(以下「エフ スクエア アイ」という。)の全成分を表示したページであり,遅くとも平成19年6月14日までに久光工房によってインターネット上に公開されていたものである。
また,「えふくん応援します 〜お試しコスメ日記〜」と題するブログの平成19年1月17日付けの「インフィルトレートセラムってどんなの?」と題する記事(甲58),及び「@COSME」と題するウェブサイトの平成19年1月27日付けのクチコミ(甲59)に,甲1ウェブページと同じく「エフ スクエア アイ」の全成分が掲載されており,さらに,平成13年薬事法改正により化粧品の全成分表示が義務付けられたため(甲60)「エフ, スクエア アイ」の全成分の情報は,その発売日である平成19年1月15日(甲1,2)以降,インターネット上で広く利用可能となっていたといえる。
したがって,甲1ウェブページに記載された引用発明1は,本件出願日前に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となっていたと認められる。
(2) 相違点1について甲1ウェブページには,エマルジョン粒子を含有することの明示的な記載はないけれども,甲1ウェブページの記載によれば,記載された各成分が美容液にエマルジョン粒子として含有されていることは当業者にとって明らかであり,甲1ウェブページに記載されているに等しいといえる。
したがって,審決が認定した相違点1は,実質的な相違点ではなく,かつ,その点に何らの進歩性も認められない。相違点1を認定した審決には誤りがある。
- 12 -(3) 相違点2について審決は,相違点2に係る本件発明1の構成は容易に想到し得たものとはいえないと判断した。しかしながら,甲1ウェブページには,その成分の記載はあるけれども,pHについては何らの記載のない公知文献として検討されるべきであり,そうである以上,甲1ウェブページに接した当業者は,化粧品にとって技術常識である弱酸性〜弱アルカリ性の範囲内において,安定性が得られるpHの好適範囲の選択を試みることは,当然かつ必然の動機付けがあるというべきであり,技術常識を適用する動機が見出せないという審決の判断は誤りであるといわざるを得ない。仮に,甲1ウェブページの化粧品のpHが5.0〜7.5の範囲外にあると当業者が認識したとすれば,かえって,引用発明1を,通常の弱酸性である人の肌のpHに近い範囲内のものにしようという動機は,より強く意識されるといえるから,審決の判断はいずれにせよ誤りである。
そして,このような動機の存在の下,化粧品のpHとして,常識的な範囲内である5.0〜7.5の範囲に調整することは,当業者が当然に実施する程度の数値範囲の最適化又は好適化にすぎない。また,上記数値範囲は,化粧品が通常有するpHとして何ら特異な数値でもない。
当業者にとって,化粧品の安定性のためにpHを調整することを試みることは技術常識(甲3)であるか,又は,化粧品の安定化の一つの手段であることが認識できるのであるから(甲4),引用発明1と上記技術常識等から,相違点2に係る本件発明1の構成は,容易に想到し得たものというべきである。
以上によれば,相違点2に関する審決の判断には誤りがある。
(4) 効果について審決は,本件発明1の効果について,引用発明1のpHを弱酸性〜弱アルカリ性とし,化粧品としての安定化を図ったところで,これによりアスタキサンチンの分散安定性とカロテノイドの色味安定性との両方を良好にすることが明らかであるとはいえず,また,そのことを当業者が予測し得たものとはいえないと認定した。
- 13 -審決の説示部分の意味は必ずしも明確ではなく,引用発明1においてはpHを弱酸性〜弱アルカリ性の範囲で安定化を図ることのみでは,分散安定性と色味安定性とを良好にする効果とは結びつかず,pHを5.0〜7.5の範囲に限定しなければならないという趣旨に解さざるを得ない。しかしながら,そうであれば,それは,化粧品開発において当業者が当然になすべき化粧品の安定化のために,pHの最適化又は好適化のためのpH値の調整の範囲を決定する試行の結果として当然に奏する効果であるにすぎず,本件発明1においても,pHの調整は,pH調整剤を適宜使用して安定化を行うこととされていることから,的外れの説示である。結局,本件発明の効果は,発明の詳細な説明の記載から判断する限り,当業者が当然試みる最適化又は好適化作業から容易に得られるものであるという意味において,予測し得たものでないとはいえず,格別なものではないことは明らかである。
したがって,本件発明の効果についての審決の判断には誤りがある。
(5) 小括以上によれば,本件発明1は,引用発明1等に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない,との審決の判断には誤りがあり,同様に,本件発明2〜4に関する審決の判断も誤りであるから,審決は取り消されるべきである。
2 取消事由2(引用発明5に基づく容易想到性の判断の誤り)(1) 引用発明5及び相違点の認定についてア 相違点1について甲5文献に記載されたアスタキサンチンに相当する「ヘマトコッカス藻」及びリン脂質に相当する「レシチン」が,甲5文献に記載された化粧品に,エマルジョン粒子として含有されていることは,甲5文献に記載されているに等しい事項というべきである。
したがって,本件発明1と引用発明5は,アスタキサンチン,リン脂質であるレ- 14 -シチンが,それらを含むエマルジョン粒子の形態で含有されるものである点において一致するのであって,審決の相違点1の認定は誤りである。
イ 相違点5について審決は,本件発明1が「スキンケア用化粧料」であるのに対して,引用発明5が「化粧品用途の乳化液組成物」である点を,相違点5として認定した。
しかしながら,甲5文献の28頁には,製品名」 アスタキサンチン―LSC1」「 「, ,「化粧品」と明記されている以上,これに接した当業者は,文字どおり化粧品の発明が開示されていると理解するのが当然である。また,甲5文献の「水溶性液体,化粧品用途」との記載(表紙)及び「乳化液,化粧品用途」との記載(20頁)は,引用発明5が,「化粧品用途」とされていることを意味するものであると認識されるのが自然である。そうである以上,引用発明5は,審決にいう「化粧品用途の乳化液」ではなく,「水溶性の液体である化粧品」である「スキンケア用化粧料」に相当し,両者がその点で一致することは明らかである。
したがって,審決の相違点5の認定は誤りである。仮に,相違点5において相違するとしても,甲5文献には,化粧品に使用できることが示唆されているのだから,これをスキンケア化粧料とすることは当業者が容易になし得ることである。
(2) 相違点の判断についてア 相違点2について審決は,引用発明5のpHを5.0〜7.5程度に調整することには動機付けがないと判断したが,前記1のとおり,この判断は誤りである。
審決は,相違点1に係る「エマルジョン粒子」の形態の点がアスタキサンチン,リン脂質又はその誘導体の親水性,親油性等の技術常識から明らかであり,そして,pH調整剤等でpH調整を行うこと(甲4の1〜2),化粧品のpHは弱酸性から弱アルカリ性とすること(甲3の1〜6),及び,グリセリン脂肪酸エステルとポリグリセリン脂肪酸エステルとがいずれも薬品類としてグリセリン脂肪酸エステルという同じ分類のものであること(甲7の1〜6,甲10)が,当業者の技術常識であるとい- 15 -う原告の主張を実質的に全て認めた上で,本件発明の構成とする動機付けがないと判断した。
しかしながら,pH調整剤が,リン酸アスコルビルマグネシウムが分解しないようにするために用いられることの開示は本件明細書には一切ないし,pHを5.0〜7.5程度とすることは,前記1のとおり,化粧品であれば当然に備えるべき課題である化粧品の安定化を図るために,当業者が当然に行う行為であるpH調整による単なる数値の最適化又は好適化の結果でしかないから,審決の判断は本件明細書の記載に基づかない認定であり,根拠がない。
イ 相違点4(ポリグリセリン脂肪酸エステル)について審決は,グリセリン脂肪酸エステルとポリグリセリン脂肪酸エステルとがいずれも薬品類としてグリセリン脂肪酸エステルという同じ分類のものであることが技術常識であることを実質的に認めながら,なお,本件特許の出願後,ポリグリセリン脂肪酸エステルの意義について初めて実験した平成27年4月28日付け書証(甲32。以下「実験成績証明書」という。)に依拠して,ポリグリセリン脂肪酸エステルに特別の効果があるとし,乳化剤をポリグリセリン脂肪酸エステルに限定することには動機付けがないと判断した。
しかしながら,化粧品分野において,化粧品の乳化のために,ポリグリセリン脂肪酸エステルやグリセリン脂肪酸エステル等の一般的な乳化剤成分を適宜選択して配合するという技術常識が存在するといえる(甲7の1〜5)。また,本件明細書には,ポリグリセリン脂肪酸エステルを用いることについての特別な意義があることは一切記載されておらず,引用発明5において,ポリグリセリン脂肪酸エステルを用いることは,当然の選択肢の一つにすぎないから,その動機がないとはいえない。
本件明細書の段落【0031】に,「より好ましくは,ポリグリセリン脂肪酸エステル,ソルビタン脂肪酸エステル,およびショ糖脂肪酸エステルである。」との記載はあるものの,ポリグリセリン脂肪酸エステルを用いることが,いかなる点において好ましいのかは記載されておらず,また,ポリグリセリン脂肪酸エステルの使用- 16 -が安定性の点において好適であることは,実験成績証明書(甲32)によって明らかとなったものであるから,その記載内容は,本件明細書の記載に基づくものとはいえず,参酌されるべきではない。
また,甲1ウェブページには,ポリグリセリン脂肪酸エステルである「17.オレイン酸ポリグリセリル−10」が記載されており,引用発明5に甲1ウェブページの開示事項を適用することは何ら排除されるものではないから,引用発明5において,グリセリン脂肪酸エステルに代えて,ポリグリセリン脂肪酸エステルを用いることは,単なる材料の置換・設計変更であり,当業者が容易になし得ることである。
したがって,相違点4につき,容易想到ではないとの審決の判断は誤りである。
ウ 効果の認定に基づく進歩性判断の誤り本件発明の効果は当業者が予測し得たものにすぎず,格別なものではないことは,前記1のとおりである。審決は,ポリグリセリン脂肪酸エステルとグリセリン脂肪酸エステルによる分散性の外観上の違いを格別の効果であるように説示するけれども,上記のとおり,引用発明5において,ポリグリセリン脂肪酸エステルを使用することは,容易であるから,これを格別の効果であるということはできず,したがって,審決の判断は誤りである。
(3) 小括以上によれば,本件発明1は,引用発明5等に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない,との審決の判断には誤りがあり,同様に,本件発明2〜4に関する審決の判断も誤りであるから,審決は取り消されるべきである。
3 取消事由3(引用発明9の1に基づく容易想到性の判断の誤り)について(1) 甲9の1文献について甲9の1文献は,「製造年月 2006年9月」との記載から,2006年9月に- 17 -製造された製品に貼付され,遅くとも本件出願日前に頒布されたと認められるべきであるし,甲9の2文献は,甲9の1文献が付された製品のパンフレットであるところ,「Printed in Japan/2007.05.10NiC」との記載から,製造販売中の製品のパンフレットとして,遅くとも本件出願日前に頒布されたと認められるべきである。
(2) 引用発明9の1及び相違点の認定についてア 相違点1(エマルジョン粒子)について甲9の1文献の記載によれば,引用発明9の1に,アスタキサンチンである「ヘマトコッカス藻色素」,リン脂質である「酵素分解レシチン」がエマルジョン粒子として含有されていることは,当業者にとって明らかであり,甲9の1文献に記載されているに等しい事項というべきである。
したがって,本件発明1と引用発明9の1は,アスタキサンチンである「ヘマトコッカス藻色素」及びリン脂質である「酵素分解レシチン」が,それらを含むエマルジョン粒子の形態で含有されるものである点において一致するのであって,審決の相違点1の認定は誤りである。
イ 相違点5(スキンケア用化粧料)について甲9の1文献について説明する甲9の2文献には,「Astabio アスタビオ AW0.5」(アスタキサンチン水溶液)が,化粧品分野への素材として提供されることが明記されている。そうである以上,引用発明9の1は「化粧品用の材料として使用できる組成物」と認定されるべきである。
したがって,審決の引用発明9の1及び相違点5の認定は誤りである。
なお,引用発明9の1の「化粧品用の材料として使用できる組成物」は「スキンケア化粧料」と実質的に相違しないとはいえず,仮に相違が認められるとしても,化粧品に使用できることが示唆されているのだから,「Astabioを含有する化粧品」が記載されていると認識することができ,引用発明9の1をスキンケア化粧料とすることは当業者が容易になし得ることであるといえる。
- 18 -(3) 相違点の判断についてア 相違点2(pH範囲)について相違点2につき進歩性が認められるとした審決の判断は,前記2で主張したのと同様の理由により,誤りであるといえる。
イ 相違点4(ポリグリセリン脂肪酸エステル)について相違点4につき進歩性が認められるとした審決の判断は,前記2で主張したのと同様の理由により,誤りであるといえる。
ウ 効果の認定に基づく進歩性判断の誤り前記2で主張したのと同様の理由により,審決の本件発明の効果についての認定は誤りであるといえる。
(4) 小括以上によれば,本件発明1は,引用発明9の1等に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとは認められない,との審決の判断には誤りがあり,同様に,本件発明2〜4に関する審決の判断も誤りであるから,審決は取り消されるべきである。
第4 被告の主張1 取消事由1(引用発明1に基づく容易想到性の判断の誤り)について(1) 甲1ウェブページについて審決の結論の妥当性に直接の影響を及ぼすものではないが,甲1ウェブページの公開日には疑義があることを念のため主張する。
原告は,2007年(平成19年)6月14日に甲1ウェブページが公開されていた旨主張し,その根拠は,明確ではないが,甲1ウェブページの左下に記載のURLの中の「20070614」という数字が含まれていることに求めているようである。しかしながら,上記数字の記載をもって,甲1ウェブページが,本件出願日前の2007年(平成19年)6月14日にインターネット上で公開されていた- 19 -ことが示されているとはいえない。
また,甲1ウェブページには,類似成分商品リストとして4製品が記載されているところ,そのうち3製品は,いずれも平成19年(2007年)6月14日よりも後になって発売された製品である(乙4)。これらは,発売済みの市販品,公開済みの成分情報に基づいて作成されているから(乙1の1,乙5),平成19年6月14日時点の「Cosmetic−Info.jp」のウェブサイトに,上記3製品が掲載されることはあり得ないのであって,上記3製品が掲載されているということは,甲1ウェブページが本件出願日前の平成19年(2007年)6月14日時点では公開されていなかったことを示している。
(2) 相違点の認定について審決は,相違点1の容易想到性の判断をしていないところ,少なくとも相違点2の容易想到性は正しく判断されており,審決の判断は結論として誤りはない。被告は,相違点1が相違点として認定されるべきではないとする原告の主張について,積極的に争うものではない。
(3) 相違点の判断についてア 甲1ウェブページは,実際に発売されている具体的製品についての情報を開示したものである以上,当業者は,そこに記載された「エフ スクエア アイ」全成分情報を,「エフ スクエア アイ」という具体的かつ特定の製品のものとして認識,把握するはずであるから,引用発明1としては,「そのpHは,「エフ スクエア アイ」のpH(7.9〜8.3)を有するもの」と認定されるべきである。
もっとも,審決も,商品名「エフ スクエア アイ」の実体から離れて甲1ウェブページの記載内容を理解することはできないとしており,この点について,実質的には正しく認定した上で判断しているものと思われる。
また,「エフ スクエア アイ」は市場において発売済みの製品であるから,甲1ウェブページの記載に接した当業者は,「エフ スクエア アイ」という製品が既に上市に足る安定性を備えているものであると考えるはずであり,引用発明1に関し,- 20 -安定性を得るあるいは向上させるという課題を想起することは不自然であり,実際に,安定性に関する課題を認識することは著しく困難ないし不可能であった。
化粧品に要求される課題には,安定性以外にも,安全性の向上,使用感の改善,様々な種類の効能の改善等,多種多様の課題があり得,その中で,引用発明について当業者が特に安定性という課題に着目し,必然的に「安定性が得られるpHの好適範囲の選択を試みる」というべき事情や理由は何ら見当たらない。
甲1ウェブページは,エフ スクエア アイという実際に販売されている製品の情報を記載したものであるから,引用発明1のpHは,エフ スクエア アイという製品が備える具体的pH値(pH7.9〜8.3)を出発点として,当該pH値を変更することの可否を検討するはずであるところ,当業者が,エフ スクエア アイのpH値を敢えて変更することには動機付けはない。
引用発明1は,リン酸アスコルビルマグネシウムを含むところ,このリン酸アスコルビルマグネシウムは酸性〜中性で不安定な成分であることが技術常識であったから,引用発明1のpHを酸性側に変更することにはむしろ阻害要因が存在する。
化粧品のpHが常に弱酸性であることが要求ないし指向されるものではないことは技術常識であり(乙14〜16),実際に,本件出願日前(乙17)から本件出願日後(乙8)にわたるまで,弱アルカリ性が指向された製品が販売され続けている事実は,化粧品のpH値を5.0〜7.5にすることが必ずしも一般的ではなく,また,pHは,含有される薬剤等と相互に影響し合うために任意の値に変えられるようなものではない。
本件発明の効果が際立って優れることは,本件明細書の実施例,甲40(特に表4)及び乙19(特に同4枚目の「アスタキサンチン組成物安定性のpH依存性」と題するグラフ)に示されている。
審決が引用する本件明細書【0009】段落に記載され,また,実施例において示されるとおり,本件発明の構成を備えることにより,優れた色味安定性(吸光度測定により評価)及び分散安定性(目視及び粒子径測定による性状変化で評価)が- 21 -実現される。特に,pHを本件発明の規定する範囲とすることとの関係では,25℃空気バブル経時(28日)における上記色味安定性で評価される室温安定性が,際立って優れた効果を奏していることがわかる。
仮に,当業者が引用発明1について化粧品としての安定性という抽象的な課題を認識し,その解決を図るためにpHを弱酸性〜弱アルカリ性としたと仮定したところで,それによって,(抽象的な安定性ということではなく)本件発明が企図し上記のとおり実際に実現している具体的な効果を奏することに関して予測し得たとはいえないから,審決はこの点を正しく認定しているものと理解される。
イ したがって,本件発明1と引用発明1の相違点2に係る構成が,甲1ウェブページ等に記載された事項に基づいて当業者が容易に想到し得るものであるということはできないとした審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(引用発明5に基づく容易想到性の判断の誤り)について(1) 引用発明5及び相違点の認定についてア 相違点1について前記1(2)のとおり,積極的に争うものではない。
イ 相違点5について引用発明5の「水溶性の液体」は,化粧品そのものではなく,あくまで化粧品に配合される原料である。甲5文献等の記載によれば,本件発明1のようにそのまま皮膚に適用される「スキンケア用化粧料」とは異なることは明らかであり,審決はこの点の相違を正しく認定したものである。
原告は,仮に,引用発明5が「化粧品用途の乳化液組成物」と認定されたとしても「スキンケア化粧料」と実質的に相違せず,相違したとしても容易に想到し得る相違点である旨主張する。しかしながら,本件発明1と引用発明5とが「スキンケア用化粧料」か「化粧品用途の乳化液」かという点において異なることは,本件発明の容易想到性の有無に関して大きな意味を持つ相違である。甲5文献は,化粧品- 22 -の原料に関するものであり,化粧品の原料の安定性と,このような原料を他の原料と共に配合した化粧品の安定性とは全く異なる。したがって,甲5文献からは,化粧料に関する保存安定性(特に室温における保存安定性)という本件発明の課題を把握することはできず,また,甲5文献には当該課題を解決するために化粧料においてとるべき解決手段への示唆もなく,本件発明の上記効果を予測することも不可能である。
したがって,本件発明と引用発明5とが相違点5においても相違することを認め,相違点2,4及び5に係る構成を採用することに動機付けがなく,当業者が容易になし得たこととはいえないとの審決の認定は正しいものである。
(2) 相違点の判断についてア 相違点2について相違点2に関する審決の判断が正しいことについては,前記1と同様である。
イ 相違点4について引用発明5において,グリセリン脂肪酸エステルに代えてポリグリセリン脂肪酸エステルを用いることが単なる材料の置換・設計変更には当たらないことは,審決の認定したとおりであり,この審決の認定に誤りはない。
なお,原告は,実験成績証明書(甲32)が本件出願日後に作成されたものであることからこれを考慮することが適切でない旨主張する。しかしながら,本件明細書においては,本件発明で使用することのできる乳化剤として,グリセリン脂肪酸エステルに比して,ポリグリセリン脂肪酸エステルがより好ましいことが記載されており(段落【0031】,ポリグリセリン脂肪酸エステルを用いることの効果を)推論することのできる記載があるといえるから,審決が実験成績証明書(甲32)を参酌することは何ら不適切ではない。
ウ 効果について本件発明の効果に関する審決の判断が正しいことについては,前記1のとおりである。
- 23 -3 取消事由3(引用発明9の1に基づく容易想到性の判断の誤り)について(1) 甲9の1文献について甲9の1文献は,甲9の2文献とは異なる書面であり,また,電子データのみでしか存在しないものである。同電子データは,いつ作成され,第三者に頒布されたものであるのか不明であるし,そもそも第三者に頒布されたものなのかどうかも全く不明なものである。したがって,実際に,甲9の1文献に記載の内容が本件出願日より前に公知であったことは確認できない。さらに,甲9の2文献は,その記載からは,せいぜい2007年5月10日に印刷されたものであることを示唆するのみであって,いつ第三者に頒布されたのかを示すものではないし,そもそも第三者に頒布されたか否かも定かではない。したがって,甲9の2文献についても,記載内容が本件出願日より前に公知であったことは確認できない。
よって,これらの文献は,そもそも先行技術を開示するものとはいえない。
(2) 引用発明9の1及び相違点の認定についてア 相違点1について前記1(2)のとおり,積極的に争うものではない。
イ 相違点5について前記2で主張したのと同様に,相違点5が実質的な相違ではなく,容易想到であるとの原告の主張は誤りである。
(3) 相違点の判断について前記2で主張したのと同様の理由によって,本件発明1と引用発明9の1の相違点に係る構成について,当業者が容易に想到し得るものであるということはできないとした審決の判断に誤りはない。
本件発明の効果に関する審決の判断が正しいことについては,前記1のとおりである。
- 24 -第5 当裁判所の判断1 本件発明について(1) 本件明細書(甲53)には,以下の記載がある。
ア 技術分野【0001】本発明は,分散組成物及びスキンケア用化粧料並びに分散組成物の製造方法に関し,特に,カロテノイド含有油性成分が水性組成物に分散している分散組成物及びこれを用いたスキンケア用化粧料並びにこの分散組成物の製造方法に関する。
イ 背景技術【0002】・・・カロテノイド類の一種であるアスタキサンチン類(アスタキサンチンおよびそのエステル等も含む)は,自然界では動植物界に広く分布しており,・・・アスタキサンチンは,酸化防止効果,抗炎症効果(特許文献1,特許文献2),皮膚老化防止効果(特許文献3),シミやしわの形成予防効果(特許文献4)などの機能を有することも知られている。このため,アスタキサンチンを食品,化粧品,医薬品の原材料及びそれらの加工品等へ添加することが検討・実施されている。
【0003】このようにカロテノイド類は,食品,化粧品,医薬品及びその他の加工品等に添加使用される際,多くの場合,分散性の高いエマルジョン組成物として添加されるが,天然物由来のカロテノイドは,不安定な構造であり,その上,エマルジョン粒子の粒子径が満足できる範囲内で,比較的長期にわたって高い分散安定性を維持することが容易でなかった。
これを解消するために,例えば,特許文献5及び6には,カロテノイド系色素の分散安定性を検討した技術が記載されている。
ウ 発明が解決しようとする課題【0005】- 25 -しかしながら,上記の技術においても,カロテノイドを含む水分散物では,経時的に分散性や色味,性状が損なわれることがあり,カロテノイドを含む分散組成物の安定性を所望する期間にわたって維持することが困難であった。
本発明の目的は,カロテノイド含有油性成分を含み,保存安定性に優れた分散組成物及びこれを用いたスキンケア用化粧料を提供することである。
エ 課題を解決するための手段【0006】本発明のスキンケア用化粧料(以下,「分散組成物」とも称する)は,(a)アスタキサンチン,ポリグリセリン脂肪酸エステル,及びリン脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子;(b)リン酸アスコルビルマグネシウム,及びリン酸アスコルビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体 並びに; (c)pH調整剤を含有する,pHが5.0〜7.5のスキンケア用化粧料である。
オ 発明の効果【0008】本発明によれば,カロテノイド含有油性成分を含み,保存安定性に優れた分散組成物及びこれを用いたスキンケア用化粧料を提供することができる。
カ 発明を実施するための最良の形態【0009】・・・本発明では,カロテノイド含有油性成分を含み,エマルジョン粒子を有するO/W型エマルジョンである水分散物と,アスコルビン酸又はその誘導体を含む水性組成物とを混合し,更にpHをpH5〜7.5とすることにより,カロテノイド含有油性成分の分散安定性とカロテノイドの色味安定性とを共に良好に保つことができ,その結果,保存安定性,特に室温での保存安定性に優れた分散組成物とすることができる。
【0013】本発明において用いられるカロテノイドとしては, ・・ 特に好ましい例としては,・- 26 -酸化防止効果,抗炎症効果,皮膚老化防止効果,美白効果などを有し,黄色から赤色の範囲の着色料として知られているアスタキサンチンである。・・・【0031】本発明で使用することのできる乳化剤は,特に制限は無いが,ノニオン性乳化剤が好ましい。ノニオン性乳化剤の例としては,グリセリン脂肪酸エステル,有機酸モノグリセリド,ポリグリセリン脂肪酸エステル,プロピレングリコール脂肪酸エステル,ポリグリセリン縮合リシノレイン酸エステル,ソルビタン脂肪酸エステル,およびショ糖脂肪酸エステルなどが挙げられる。より好ましくは,ポリグリセリン脂肪酸エステル,ソルビタン脂肪酸エステル,ショ糖脂肪酸エステルである。・・・【0042】水分散物において使用可能なラジカル捕捉剤からなる群は,ラジカルの発生を抑えるとともに,生成したラジカルをできる限り速やかに捕捉し,連鎖反応を断つ役割を担う添加剤である。・・・【0043】本発明におけるラジカル捕捉剤として使用できる化合物は,・・・具体的には,フェノール性OHを有する化合物,フェニレンジアミン等のアミン系酸化防止剤,また,アスコルビン酸,エリソルビン酸の油溶化誘導体等を挙げることができる。 ・・ ・【0053】・ ・本発明では,・ 水性組成物にアスコルビン酸又はその誘導体が含まれるので,水性組成物とカロテノイド含有油性成分を含む水分散物とを混合することによって,カロテノイドの褪色を抑制し,エマルジョン粒子の分散性と色味とを共に安定させることができる。
・・・アスコルビン酸又はその誘導体としては,水溶性アスコルビン酸又はその誘導体であることが好ましい。
・・・これらのうち,カロテノイドの褪色防止やエマルジョン粒子の分散安定性の観点から,…リン酸アルコルビルマグネシウム及びリン酸アスコルビルナトリウ- 27 -ムが特に好ましい。・・・【0064】本発明の分散組成物のpHは,pH5〜7.5であり,…このpH範囲とすることによって,保存安定性,特に室温での保存安定性を良好なものにすることができる。
ここで本発明における室温とは,一般に,10℃〜40℃を・・・いう。
【0068】本発明の分散組成物は,・・・水分散物と,・・・水性組成物とを混合すること,pHを上述した範囲に調整すること,を含む製造方法によって得ることができる。
このように水分散物を得るための混合と,得られた水分散物と上記水性組成物との混合という二段階の混合工程を経ることによって,平均粒子径200nm以下のエマルジョン粒子が分散し,保存安定性,特に室温での保存安定性に優れた分散組成物を容易に得ることができる。
【0070】本発明のスキンケア用化粧料は,本発明の分散組成物を含むものである。・・・(2) 上記(1)によれば,本件発明の概要は以下のとおりである。
ア 技術分野本件発明は,スキンケア用化粧料に関し,特に,カロテノイド含有油性成分が水性組成物に分散している分散組成物を用いたスキンケア用化粧料に関する。【請求(項1】〜【請求項4】【0001】。
, )イ 背景技術カロテノイド類の一種であるアスタキサンチン類は,自然界では動植物界に広く分布しており,酸化防止効果,抗炎症効果,皮膚老化防止効果,シミやしわの形成予防効果などの機能を有することも知られているため,アスタキサンチンを食品,化粧品,医薬品の原材料及びそれらの加工品等へ添加することが検討・実施されている(【0002】。その際,多くの場合,分散性の高いエマルジョン組成物として)- 28 -添加されるが,天然物由来のカロテノイドは,不安定な構造であり,その上,エマルジョン粒子の粒子径が満足できる範囲内で,比較的長期にわたって高い分散安定性を維持することが容易でなかった。従来のカロテノイド系色素の分散安定性を検討した技術においても,カロテノイドを含む水分散物では,経時的に分散性や色味,性状が損なわれることがあり,カロテノイドを含む分散組成物の安定性を,所望する期間にわたって維持することが困難であった(【0003】【0005】。
, )ウ 発明が解決しようとする課題本件発明の目的は,カロテノイド含有油性成分を含み,保存安定性に優れた分散組成物及びこれを用いたスキンケア用化粧料を提供することである(【0005】。
)エ 課題を解決するための手段本件発明のスキンケア用化粧料は,(a)アスタキサンチン,ポリグリセリン脂肪酸エステル,及びリン脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子;(b)リン酸アスコルビルマグネシウム,及びリン酸アスコルビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体;並びに(c)pH調整剤を含有する,pHが5.0〜7.5のスキンケア用化粧料である(【0006】。
)オ 本件発明の効果本件発明では,カロテノイド含有油性成分を含み,エマルジョン粒子を有するO/W型エマルジョンである水分散物と,アスコルビン酸又はその誘導体を含む水性組成物とを混合し,更にpHをpH5〜7.5とすることにより,カロテノイド含有油性成分の分散安定性とカロテノイドの色味安定性とを共に良好に保つことができ,その結果,保存安定性,特に室温での保存安定性に優れた分散組成物及びこれを用いたスキンケア用化粧料を提供するものである【0008】 0009】。
( 【, )2 取消事由1(引用発明1に基づく容易想到性の判断の誤り)について? 甲1ウェブページについて被告は,甲1ウェブページは,本件出願日前の平成19年6月14日の時点では- 29 -公開されていなかったと主張するので,取消事由を検討する前提として,甲1ウェブページについて,本件出願日前に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものであるかを検討する。
ア 甲1ウェブページの記載事項甲1ウェブページ(甲1)には,以下の事項が記載されている。
「商品名 エフ スクエア アイ インフィルトレート セラム リンクル エッセンス販売元 フジフイルム発売日 2007/01/15分類 ジェル・美容液1.水2.グリセリン3.BG4.ペンチレングリコール5.クエン酸6.リン酸アスコルビルMg7.PEG−60水添ヒマシ油8.ベタイン9.グリコシルトレハロース10.水酸化Na11.キサンタンガム12.加水分解水添デンプン13.メチルパラベン14.アルギニン15.プルラン16.トリ(カプリル酸/カプリン酸)グリセリル- 30 -17.オレイン酸ポリグリセリル−1018.ヘマトコッカスプルビアリス油19.ステアリン酸スクロース20.トコフェロール21.レシチン22.エチドロン酸4Na23.アセチルヒドロキシプロリン24.ダマスクバラ花油25.加水分解バレイショタンパク26.PCA−Na27.グルコシルルチン28.ニンジン根エキス29.フェノキシエタノール30.コメヌカスフィンゴ糖脂質31.水添レシチン32.オクラエキス33.エチルパラベン34.リゾレシチン35.プロピルパラベン」「以下の商品の全成分リストと類似性があります商品名 類似性指数アスタリフト エッセンス(フジフイルム) 78アスタリフト ローション(フジフイルム) 72アスタリフト クリーム(フジフイルム) 54」イ 検討甲1ウェブページには,前記アのとおり,「以下の商品の全成分リストと類似性が- 31 -あります」との記載に続いて,「アスタリフト エッセンス(フジフイルム),」「アスタリフト ローション(フジフイルム)」及び「アスタリフト クリーム(フジフイルム)」との商品名が記載されているところ,証拠(乙1の1,2,乙4,5)及び弁論の全趣旨によれば,上記各商品は,いずれも,平成19年7月10日にニュースリリースされ,同年9月12日に発売が開始されたものであること,甲1ウェブページに記載された上記各商品の情報は,「Cosmetic−Info.jp」内に登録された情報(発売された市販品及び公開された成分情報)に基づいて作成されていることが認められる。そうすると,甲1ウェブページには,本件出願日である平成19年6月27日よりも後にニュースリリース及び発売された商品が掲載されていることになるから,甲1ウェブページの「エフ スクエア アイ」の全成分について記載された部分が,甲1ウェブページにより,本件出願日前に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものと認めることはできない。
ウ 原告の主張について原告は,甲1ウェブページの最下行の記載から,甲1ウェブページが,「Cosmetic−Info.jp」と題するウェブサイトを,インターネットアーカイブのWayback Machineというサービスが複製したウェブページの写しであり,その複製元のウェブページは,久光工房のウェブサイト(乙1の1)における平成19年1月15日に発売された「エフ スクエア アイ」の全成分を表示したページであるから,久光工房によって遅くとも平成19年6月14日までにインターネットに公開されていたものであると主張する。
しかしながら,甲1ウェブページには,本件出願日より後にニュースリリース及び発売された商品が掲載されており,甲1ウェブページ自体は,本件出願日前に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものということはできないのは,前記認定のとおりである。そして,その他,甲1ウェブページの「エフ スクエア アイ」の全成分について記載された部分が,甲1ウェブページ自体が電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったときよりも前に,電気通信回線を通じて公衆に利用- 32 -可能であったことを推認させるような記載は,甲1ウェブページにはない。そうすると,甲1ウェブページの「エフ スクエア アイ」の全成分について記載された部分が,本件出願日前に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものということもできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
原告は,「えふくん応援します 〜お試しコスメ日記〜」と題するブログの平成19年1月17日付けの「インフィルトレートセラムってどんなの?」と題する記事(甲58),及び「@COSME」と題するウェブサイトの平成19年1月27日付けのクチコミ(甲59)に,甲1ウェブページと同じく「エフ スクエア アイ」の全成分が掲載されており,また,平成13年薬事法改正により化粧品の全成分表示が義務付けられたため(甲60)「エフ, スクエア アイ」の全成分の情報は,その発売日である平成19年1月15日(甲1,2)以降,インターネット上で広く利用可能となっていたといえるから,甲1ウェブページに記載された引用発明1は,本件出願日前に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となっていたものであると主張する。
しかしながら,上記各ウェブページ(甲58,59)が本件出願日前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能となっていたものであったとしても,このことは,上記各ウェブページに記載された内容が本件出願日前に電気通信回線を通じて公衆に利用可能であったことを示すにとどまるものであり,上記と同内容が甲1ウェブページに記載されていたとしても,甲1ウェブページにおける「エフ スクエア アイ」の成分についての記載部分が,本件出願日前に,甲1ウェブページにより電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものということはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(2) 以上によれば,甲1ウェブページが,本件出願日前に,電気通信回線を通じて公衆に利用可能となったものであることを前提として,引用発明1に基づき本件発明が容易に発明することができたとの無効理由2は,その前提に誤りがあり,- 33 -結局,本件発明は,引用発明1に基づき容易に発明をすることができたとはいえないから,無効理由2によって,本件特許を無効とすることはできないと判断した審決の結論に誤りはないことになる。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(引用発明5に基づく容易想到性の判断の誤り)について(1) 引用発明5の認定ア 甲5文献の記載事項甲5文献(甲5)には,以下の事項が記載されている。
「■アスタキサンチン−LSC1 (水溶性液体,化粧品用途)(表」紙)「アスタキサンチンについてはさまざまな研究がされており,…シミやシワの改善作用があることが報告されており,美容素材としても注目されています。
オリザ油化(株)では,アスタキサンチンをヘマトコッカス藻から高濃度に抽出することに成功し,油状タイプ,粉末タイプ,水溶性乳化タイプなど様々なラインアップを準備致しました。健康,美容素材としてサプリメントや化粧品などにぜひお使い頂ければと思います。 (2頁)」「9.美容作用・・・また別の試験で・・・アスタキサンチンの塗布に対する皮膚の光老化抑制効果を調べた報告があります。アスタキサンチン0.03%溶液を1日2回,18週間連続塗布し,UVB…を週5回照射したところ,アスタキサンチン群はプラセボ群と比較してシワの形成と皮膚の弾力低下が抑制され,また,光老化や加齢に対するエラスチン沈着及び表皮の肥厚も抑えられたと報告されています・・・。
このようにアスタキサンチンは・・・,塗っても,しわの形成及び皮膚の弾力性の低下に対して改善効果があることがわかっています。(13〜14頁)」- 34 -「14.アスタキサンチンの応用例利用分野 訴求 剤系食品 健康食品 1)(略) (略)美容食品 2)(略)化粧品 美容化粧品 3)(略) 化粧水,ローショ4) 美肌 ン,パック,ボディジェル等」(19頁。(略)は当審による。)「15.荷姿・・・アスタキサンチン−LSC1(乳化液,化粧品用途)1kg,5kg 内装:ブリキ缶(内面;エポキシ樹脂コート)外装:ダンボール包装その他:窒素充填」(19〜20頁)「16.保存方法高温多湿を避け,窒素充填,冷暗所(5℃以下)に保管してください。乳化液(−LS1,−LSC1)は,冷蔵保存してください。 (20頁)」「製品規格書製品名アスタキサンチン−LSC1化粧品本品は,Haematococcus Pluvialis 微細藻類から抽出,精製して得られたものを乳化させた水溶性の液体である。本品は定量するとき,アスタキサンチンを1.0%以上含む。・・・アスタキサンチン含量 1.0%以上・・・組成 成分 含有量ヘマトコッカス藻抽出物 5.3%- 35 -抽出トコフェロール 1.0%植物油脂グリセリン脂肪酸エステルレシチン 93.7%グリセリン水合計 100%」(28頁。原文では,含有量「93.7%」は,植物油脂,グリセリン脂肪酸エステル,レシチン,グリセリン,水の合計の含有量を示す。)「制定日 2006年5月25日」(奥付)イ 引用発明5前記アによれば,引用発明5は,審決が認定したとおり,「ヘマトコッカス藻抽出物,抽出トコフェロール,植物油脂,グリセリン脂肪酸エステル,レシチン,グリセリン及び水を含有し,アスタキサンチン含量1.0%以上の化粧品用との乳化液。」であると認められる。
(2) 本件発明1と引用発明5との一致点及び相違点ア 一致点前記(1)ア によれば,甲5文献には,「アスタキサンチン―LSC1」について,Haematococcus Pluvialis 微細藻類から抽出,精製して得られたものを乳化させた水溶性の液体であることが記載されている。そして,アスタキサンチンが油溶性であること(甲6),グリセリン脂肪酸エステルが乳化剤であること(甲7の1〜6),及びレシチンが両親媒性の物質であり乳化作用を有することは,いずれも本件出願日前に当業者の技術常識であったといえるから,引用発明5の乳化液組成物において,アスタキサンチン,グリセリン脂肪酸エステル及びレシチンはエマルジョン粒子の形態で含有されているということができる。
そうすると,本件発明1と引用発明5とは,(a)アスタキサンチン,及びリン「- 36 -脂質又はその誘導体を含むエマルジョン粒子;を含有する乳化液組成物。」である点で一致すると認められる(このことは被告も積極的に争わない。 。
)イ 相違点本件発明1と引用発明5を対比すると,以下の点で相違するものと認められる。
相違点2本件発明1は「pH調整剤」を含み「pHが5.0〜7.5」であるのに対して,引用発明5はかかる事項を発明特定事項としない点。
相違点3本件発明1は「リン酸アスコルビルマグネシウム,及びリン酸アスコルビルナトリウムから選ばれる少なくとも1種のアスコルビン酸誘導体」を含むものであるのに対して,引用発明5はかかる事項を発明特定事項としない点。
相違点4本件発明1は「ポリグリセリン脂肪酸エステル」を含むものであるのに対して,引用発明5は「グリセリン脂肪酸エステル」を含むものである点。
相違点5本件発明1は「スキンケア用化粧料」であるのに対して,引用発明5は「化粧品用途の乳化液組成物」である点。
なお,原告は,審決が認定した相違点5についても,本件発明1と引用発明5の相違点ではないと主張する。
しかしながら,甲5文献に「アスタキサンチン−LSC1」という化粧品用途の乳化液であることが記載されていることからすると,本件発明1と引用発明5の相違点5は,上記認定のとおりであると認められる。そして,甲5文献には,「アスタキサンチン−LSC1」の荷姿について,1kg又は5kgの,内装ブリキ缶及び外装ダンボール包装であって,窒素充填されたものであることや,「アスタキサンチン−LSC1」を冷蔵保存することが記載されていることからすると,甲5文献に記載された「アスタキサンチン−LSC1」という化粧品用途の乳化液に係- 37 -る発明は,単独で化粧品として用いられるものではなく,化粧品の原料として用いられる乳化液組成物であるといえ,審決も,引用発明5が化粧品の原料として用いられるものであることを前提に各相違点の容易想到性の判断をしているものと解される。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(3) 相違点に関する判断について前記1のとおり,本件発明は,カロテノイド含有油性成分を含み,エマルジョン粒子を有するO/W型エマルジョンである水分散物と,アスコルビン酸又はその誘導体を含む水性組成物とを混合し,更にpHをpH5〜7.5とすることにより,カロテノイド含有油性成分の分散安定性とカロテノイドの色味安定性とを共に良好に保つことができ,その結果,保存安定性に優れた分散組成物及びこれを用いたスキンケア用化粧料を提供するものである。これに対し,前記(2)イ のとおり,甲5文献には,「アスタキサンチン−LSC1」の荷姿について,1kg又は5kgの,内装ブリキ缶及び外装ダンボール包装であって,窒素充填されたものであることや,「アスタキサンチン−LSC1」を冷蔵保存することが記載されていることからすると,引用発明5は,単独で化粧品として用いられるものではなく,化粧品の原料として用いられる乳化液組成物であって,スキンケア用化粧料そのものではないと認められる。
そうすると,スキンケア用化粧料において,pHを弱酸性〜弱アルカリ性の範囲の値とすること(甲3の1〜6)が技術常識であるとしても,甲5文献に開示されているのは化粧品の原料としての「乳化液組成物」であって,引用発明5は,スキンケア用化粧料そのものではないから,上記技術常識を引用発明5に直ちに当てはめることはできないといわざるを得ない(化粧品の原料としての「乳化液組成物」において,そのpHを弱酸性〜弱アルカリ性の値とすることが技術常識であることを認めるに足りる証拠はない。。したがって,引用発明5において,相違点2に係)る本件発明1の構成を採用する動機付けがあるとはいい難い。
- 38 -また,甲5文献には「スキンケア用化粧料」の保存安定性等に関する事項は開示されておらず,引用発明5において,「リン酸アスコルビルマグネシウム」を添加して調製し,乳化剤をポリグリセリン脂肪酸エステルに限定して「スキンケア用化粧料」とした上で,そのような「スキンケア化粧料」のpHを「弱酸性〜弱アルカリ性」の範囲内である「5.0〜7.5」の値とするという相違点に係る本件発明1の構成を採用する動機付けとなるような記載や示唆があるとは認められないから,当業者であっても,本件発明1の構成とするには格別の努力を要するものというべきである。そうすると,化粧品の原料としての「乳化液組成物」である引用発明5において,相違点に係る本件発明1の構成を採用することについて,当業者が容易になし得たとまでは認めることができない。
以上によれば,引用発明5において,リン酸アスコルビルマグネシウムを添加し(相違点3),pH5.0〜7.5程度に調整し(相違点2),乳化剤をポリグリセリン脂肪酸エステルに限定する(相違点4)ことで,スキンケア用化粧料とすること(相違点5)は,それらの構成を採用することに動機付けがなく,したがって,当業者が容易になし得たこととはいえない,との審決の相違点の判断に誤りはないということができる。
(4) 原告の主張についてア 原告は,「アスタキサンチン−LSC1」について,甲5文献には,「水溶性液体,化粧品用途」「乳化液,化粧品用途」及び「化粧品」と記載されており,,これらの記載に接した当業者は,引用発明5が「化粧品用途」のものであると認識するのが自然であるから,引用発明5は,「水溶性の液体である化粧品」である「スキンケア用化粧料」に相当すると主張する。
しかしながら,甲5文献の記載によれば,甲5文献に記載された「アスタキサンチン−LSC1」という化粧品用途の乳化液に係る引用発明5は,単独で化粧品として用いられるものではなく,化粧品の原料として用いられる乳化液組成物と解すべきものであることは前記認定のとおりである。
- 39 -したがって,原告の記主張は採用することができない。
イ 原告は,pHを5.0〜7.5程度とすることは,化粧品の安定化を図るために当業者が当然に行う行為であるpH調整による単なる数値の最適化又は好適化の結果でしかなく,また,化粧品のpHを弱酸性〜弱アルカリ性とすることは技術常識であるから,その範囲でpHを設定することは容易に想到し得たことであると主張する。
しかしながら,引用発明5は,化粧品の原料としての「乳化液組成物」であって,スキンケア用化粧料そのものではないから,化粧品のpHが弱酸性〜弱アルカリ性であるとの技術常識を引用発明5に直ちに当てはめることはできず,そのような「スキンケア用化粧料」のpHを「弱酸性〜弱アルカリ性」の値とすることが,当業者が適宜選択し得る事項であったとしても,このことから,直ちに,引用発明5の化粧品の原料としての「乳化液組成物」のpHを「弱酸性〜弱アルカリ性」の値とすることを当業者が容易になし得たとまでは認めることができない。
したがって,原告の上記主張は採用することはできない。
(5) まとめ以上によれば,本件発明1は,引用発明5に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものということはできないから,これと同旨の審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は理由がない。なお,本件発明2〜4は,本件発明1に更に限定を加えるなどしたものであり,引用発明5とは,少なくとも,前記認定の各相違点で相違するものであるから,同様にその容易想到性を否定した審決の判断にも誤りはない。
4 取消事由3(引用発明9の1に基づく容易想到性の判断の誤り)について(1) 甲9の1文献に記載された事項甲9の1文献には,以下の事項が記載されている。
「Astabio- 40 -アスタビオAW0.5品名 食品添加物「ヘマトコッカス藻色素製剤」・・・成分及び重量%ヘマトコッカス藻色素−5.5%,グリセリン−63%,ショ糖脂肪酸エステル−6%,グリセリン脂肪酸エステル−4%,抽出トコフェロール−2%,酵素分解レシチン(大豆由来)−0.5%,ローズマリー抽出物−0.01%,食品素材及び水−2.99%,水−16%製造年月 2006年9月・・・品質保証期限 製造後6ヶ月・・・使用上の注意・・・本品は乳化製剤ですので食品に対する添加方法,混合する製剤との相性に留意してください。」(2) 検討ア 甲9の1文献は,「Astabio AW0.5」製品の未使用のラベルであって,前記(1)のとおりの記載はあるものの,甲9の1文献には,甲9の1文献自体が頒布された日を推認することができる事項は何ら記載されていない。また,当該ラベルが貼付された製品が実際に製造販売されたか否かも全く不明である。そして,その他,甲9の1文献自体が頒布された日を推認することができる事情は見当たらないから,甲9の1文献が,本件出願日前に,頒布された刊行物であるということは困難である。
イ 原告の主張について原告は,甲9の1文献は,「製造年月 2006年9月」との記載から,2006年(平成18年)9月に製造された製品に貼付され,遅くとも本件出願日前に頒布されたものと認められるべきであるし,甲9の2文献は甲9の1文献が付された製- 41 -品のパンフレットであるところ,「Printed in Japan/2007.05.10NiC」との記載から,製造販売中の製品のパンフレットとして,遅くとも本件出願日前に頒布されたと認められるべきであると主張する。
しかしながら,甲9の1文献の「製造年月 2006年9月」との記載は,甲9の1文献自体が頒布された時期を直接示すものではない。また,甲9の2文献の「Printed in Japan/2007.05.10NiC」との記載からは,甲9の2文献が2007年(平成19年)5月10日を印刷日とすることが推認することができるにとどまり,その日に甲9の2文献が頒布されたことまでを推認することはできない。そうである以上,甲9の2文献の上記記載から,甲9の1文献自体が頒布された時期を推認することができるとはいえないから,甲9の1文献が遅くとも本件出願日(平成19年6月27日)前に頒布されたものと認めることはできない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(3) 以上によれば,甲9の1文献が,本件出願日前に,頒布された刊行物であることを前提として,本件発明が引用発明9の1に基づき容易に発明することができたとの無効理由4は,その前提に誤りがあり,無効理由4によって,本件特許を無効とすることはできないと判断した審決の結論に誤りはないことになる。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,取消事由3は理由がない。
第6 結論以上によれば,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部- 42 -裁判長裁判官清 水 節裁判官中 島 基 至裁判官岡 田 慎 吾- 43 -
事実及び理由
全容