運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 29年 (ネ) 10022号 特許権侵害差止等請求控訴事件

控訴人 マイティキューブ株式会社 (旧商号:株式会社S−Cube)
同訴訟代理人弁護士 池田眞一郎 鈴木正勇 濱田真一郎
被控訴人 アイアンドティテック株式会社
同訴訟代理人弁護士 三山峻司 清原直己 矢倉雄太
同訴訟代理人弁理士 吉本力
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/10/03
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,6242万2510円及びこれに対する平成2 1 6年9月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
事案の概要等
1 事案の概要(略称は,原判決に従う。) 本件は,名称を「盗難防止タグ,指示信号発信装置,親指示信号発信装置及び盗難防止装置」とする発明に係る特許権(本件特許権)を有する控訴人が,原判決別紙被告製品目録記載1-1,1-2及び2の盗難防止タグ(被告製品1及び2)は,本件発明1から3までの技術的範囲に,同目録記載3及び4の盗難防止タグ用リモコン(被告製品3及び4)は,本件発明4及び6の技術的範囲に属するから,被控訴人が被告製品1から4までを製造・販売する行為は,本件特許権を侵害する行為であり,被告製品1及び2のプログラムを作成した行為は,本件特許権を侵害する行為とみなされると主張して,被控訴人に対し,不法行為に基づく損害賠償金6242万2510円及びこれに対する不法行為の後の日である平成26年9月11日(訴状送達の日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
原審は,被控訴人は被告製品1及び2を製造・販売しておらず,これらのプログラムも作成していない,また,被告製品1及び2は,本件発明1ないし3の技術的範囲に,被告製品3及び4は,本件発明4又は6の技術的範囲に属するということはできないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。
そこで,控訴人が原判決を不服として控訴したものである。
2 前提事実 次のとおり訂正するほか,原判決「事実及び理由」の第2の2記載のとおりであるから,これを引用する。
? 原判決5頁16行目に「本件各発明」とあるのを,「本件各発明及び本件発明5」と訂正する。
2 ? 原判決5頁19行目に「本件各発明」とあるのを,「本件各発明及び本件発明5」と訂正する。
? 原判決9頁16行目末尾に,改行の上,次を加える。
「? 無効審判請求に対する判断 特許庁は,平成28年11月14日,本件訂正を認めず,本件発明1から6までは,いずれも進歩性を欠くとして,これらの発明についての本件特許を無効にすべき旨の審決をし,控訴人は,同審決の取消請求訴訟を提起した。」 3 争点 原判決の「事実及び理由」の第2の3記載のとおりであるから,これを引用する。
争点に対する当事者の主張
1 原判決の引用 争点に対する当事者の主張は,以下のとおり,争点?ア並びに?ウ及びエに対する当事者の主張を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第3記載のとおりであるから,これを引用する。
2 争点?ア(被控訴人による被告製品1及び2の製造・販売の有無)について 〔控訴人の主張〕 ? 横山作成に係る陳述書 横山作成に係る陳述書(甲10)には,被控訴人が盗難防止タグの開発,生産を行っていた旨記載がある。そして,横山は,エム・アールビジネスの取締役として,同社の重要な業務事項について正確に報告を受けており,被控訴人の主張とも整合し,被控訴人に不利な陳述をするとは考え難いから,上記陳述書の記載は信用できる。
? 乙21請求書 ア 被控訴人は,KDエレクトロニクスのエム・アールビジネスに対する平成25年3月29日付け請求書(乙21請求書)は,「ID無し」の量産試作のための盗難防止タグに関するものであると主張するが,信用できない。当初は被控訴人が 3 マイコンの選定作業等も行う予定であったという被控訴人の主張を前提とすれば,「ID無し」の量産試作のための盗難防止タグの請求書の宛先は被控訴人になるはずである。また,同年5月20日の時点で「ID有り」の盗難防止タグの量産見積りがされており(乙20見積書),時間的整合性から,乙21請求書も「ID有り」の盗難防止タグに関するものというべきである。乙21請求書に記載された盗難防止タグの数量も量産試作としては過大であり,金型代を請求するのも不自然である。
乙21請求書において,納品日は平成25年3月22日,請求日は同月29日であるところ,納品から1週間で,金型の評価が良好であったと判断できるものではない。
イ 被控訴人は,乙21請求書の盗難防止タグに搭載されたマイコンが「MSP430G2302IPW14」(TI社製マイコン)であると主張するが,信用できない。乙21請求書において,盗難防止タグの数量は8812個であるが,同マイコンの数量は1568個であって大幅に不足するし,2つに分けて記載されているのも不自然である。
? 乙20見積書 被控訴人は,平成25年4月頃に,盗難防止タグのマイコンがTI社製マイコンから,ルネサス社製マイコン(乙20見積書)に変更され,同マイコンの販売会社が盗難防止タグを開発したと主張するが,信用できない。KDエレクトロニクスが独自に盗難防止タグの開発を依頼することはできないし,マイコンの販売会社が盗難防止タグの開発を行えるものでもない。盗難防止タグの開発は,回路や基板の変更,機能に応じたプログラムの開発が必要であり,マイコンの販売業者が,1か月間程度で行えるものではない。なお,従来の盗難防止タグのマイコンもルネサス社製マイコンであったというべきである。
? 盗難防止タグの単価 被控訴人は,平成25年4月頃,盗難防止タグのマイコンをTI社製マイコンから,ルネサス社製マイコンに変更することにより単価を下げることになったと主張 4 するが,信用できない。乙21請求書のロット数は8812個であり,量産試作品のものであって,量産品のものとは比較できないから,TI社製マイコンを使用する盗難防止タグの単価269円(乙21請求書)と,ルネサス社製マイコンを使用する盗難防止タグの単価250円(乙24請求書)を比較することはできない。
? 総勘定元帳に記載された開発費 エム・アールビジネスは,平成24年12月までに研究開発費1500万円を支払っているから,同月までに「ID有り」の盗難防止タグは,量産試作を終え,完成していたというべきである。
? 盗難防止タグとリモコンの開発 被控訴人が「ID有り」のリモコンを先に開発し,他の者が「ID有り」の盗難防止タグを開発することは,技術的に可能であっても,著しく不自然かつ不合理である。リモコンと盗難防止タグとをマッチングさせ動作確認を行う必要があるから,リモコンと盗難防止タグが別々に開発されることはない。また,被控訴人がルネサス社製マイコンの取扱いができないということはできない。さらに,「ID有り」のリモコンの開発によって,多くの機能がセットされていることからすれば(甲7),これには多大な労力と費用がかかったというべきであり,被控訴人が「ID有り」のリモコンの開発を行う一方で,あえて,「ID有り」の盗難防止タグの開発を断ることは考え難い。
? 被控訴人による転売 被控訴人は,エム・アールビジネスから盗難防止タグを購入したことについて,信頼性試験を行うためであったと主張するが,信用できない。「ID有り」の盗難防止タグの信頼性試験を行うのは,それを開発したエム・アールビジネスの関係取引先になるはずである。また,量産品の販売後に信頼性試験を行っているのは不合理である。被控訴人が,エム・アールビジネスから盗難防止タグを購入しているのは,輸出による転売のためとみるしかなく,横山作成に係る陳述書の記載を裏付ける。
5 ? ロイヤリティの支払 横山作成に係る陳述書のとおり,エム・アールビジネスは被控訴人に,1個当たり10円から20円のロイヤリティを支払っている。ロイヤリティの金額が,当初主張の30円から下がったのは確実を期したからであり,幅があるのも盗難防止タグの種類によって単価に差があるからである。
? 盗難防止タグの電子基板の記載 被告製品1及び2の盗難防止タグの電子基板には,被控訴人が製造した盗難防止タグ(乙28)と同様に,被控訴人の略称が付されている。電子基板に略称を記載するのは,製造者の権利又は所在を示すために行われるものである。
被控訴人は,被告製品1及び2の電子基板に被控訴人の略称が付されているのは,当初の「ID無し」の盗難防止タグの電子基板の回路設計の際に作成された設計図面に被控訴人の略称が付されていたからであると主張するが,信用できない。「ID有り」の盗難防止タグの開発者が,あえて被控訴人の略称を電子基板に付することはない。また,被控訴人が製造したリモコンの電子基板に,被控訴人の略称は記載されていないから,略称の記載の有無は設計図面の作成とは関係がない。
? 盗難防止タグの製造委託者 エム・アールビジネスがKDエレクトロニクスに盗難防止タグの見積り(乙20見積書)を依頼しているのは,被控訴人の与信に不安があり,製造委託者を被控訴人とすることができなかったためである。盗難防止タグの研究開発費1500万円を,開発者である被控訴人が負担せず,エム・アールビジネスが負担しているのは,被控訴人の資金状況が苦しかったことをうかがわせる。
〔被控訴人の主張〕 ? 横山作成に係る陳述書 横山作成に係る陳述書に記載された内容は,横山が担当者から報告を受けた伝聞にすぎない。
? 乙21請求書 6 ア エム・アールビジネスは,平成25年3月当時,自ら,KDエレクトロニクスに対し,TI社製マイコンを搭載した「ID無し」の盗難防止タグの量産試作を発注し,この納入を受けていたものである(乙21請求書)。また,既に「ID」の点を除く盗難防止タグは完成していたから,「ID無し」から「ID有り」への盗難防止タグへの変更は,ルネサス社製マイコンを知るものが短期間で完成させることができる。量産試作は,ユーザに使用してもらうものであり,1店舗1万個程度でテストデータを採ることは何ら不自然ではなく,金型の評価も,エム・アールビジネスが進捗過程で随時把握していたものである。
イ 「ID無し」の盗難防止タグの量産試作は,当初1万個が予定されていたが,一部部品の入手遅れなどから量産試作数は8812個にとどまった。乙21請求書に記載されたTI社製マイコンの数量は,余分に残ったマイコン数を表しているにすぎない。乙21請求書に記載された各部品及びその数量は,最低購入数量やボリュームディスカウントの観点,以降の量産の観点から調達を行った部品のうち,量産試作後の残余の部品がリストアップされているものである。
? 乙20見積書 ルネサス社製マイコンを搭載した盗難防止タグは,KDエレクトロニクスと緊密な取引関係にあるルネサス社製マイコンの販売会社が開発したものである。同社が開発できないとする根拠はない。
? 盗難防止タグの単価 乙21請求書の盗難防止タグの単価269円と,乙24請求書の盗難防止タグの単価250円の差は,搭載されたマイコンが,TI社製マイコンからルネサス社製マイコンへの変更によるコストダウンによるものである。乙21請求書の単価は,量産試作による単価であり,量産移行してもこの価格が維持されることが確認されている。
? 総勘定元帳に記載された開発費 控訴人の主張は,裏付けのない単なる憶測の域を出ない。
7 ? 盗難防止タグとリモコンの開発 「ID無し」のリモコンと「ID無し」の盗難防止タグとの通信が完成している状態において,短期間で「ID有り」のリモコンを完成させることができる。また,被控訴人の代表者は,ルネサス社製マイコンのソフト開発技術を有していたわけではない(原告代表者供述22頁〜23頁)。
? 被控訴人による転売 被控訴人は,盗難防止タグを作動させるアンテナ等も生産販売しているところ,アンテナ等とのマッチングテストなどを行うために,エム・アールビジネスから,「ID有り」の盗難防止タグを購入したものである(乙24請求書)。
? ロイヤリティの支払 ロイヤリティの支払に関する横山作成に係る陳述書の記載は信用できない。
? 盗難防止タグの電子基板の記載 被告製品1及び2の盗難防止タグの電子基板に被控訴人の表示が入っているのは,盗難防止タグの回路設計図面を被控訴人が作成し,エム・アールビジネスに交付したからである。なお,タグ用電子基板は,ケース金型と同様に初期費用がかかるところ,エム・アールビジネスは,この初期費用を負担し(乙21請求書),乙20見積書のワイヤータグにも,これを流用している。
? 盗難防止タグの製造委託者 被控訴人が,KDエレクトロニクスに盗難防止タグを発注できなかったのは,エム・アールビジネスが盗難防止タグについて製造も担当する立場をとったからである。盗難防止タグの開発に当たり,エム・アールビジネスは,販売のみを担当する予定であったが,利益を増やすために,自ら金型を保有し,KDエレクトロニクスへの製造委託を決定したものであり,乙21請求書はその過程でKDエレクトロニクスがエム・アールビジネスに提出したものである。
3 争点?ウ(被告製品3及び4が本件発明4及び6の「暗号コード」(構成要件A4,B4,B6)を充足するか)について 8 〔控訴人の主張〕 ? 「暗号」は,多義的な意味を有するから(甲17),本件各発明の「暗号」の意義は,本件明細書等の記載を考慮して判断すべきである。
そして,本件各発明の解除指示信号には「暗号コード」が含まれ,解除指示信号は他店舗との間で共通の固定したコードとされないから,他店舗の者は,当該店舗で送信される解除指示信号のコードを知ることはできず,また,当該信号を受信しても,それだけでは,当該信号が解除指示信号であることは分からない。
したがって,「暗号コード」を含む解除指示信号の送信は,「暗号」の広義の意味での秘密通信というべきである。
よって,被告製品3及び4が発信する「ID情報」は,「暗号コード」に相当する。
? 仮に,「暗号コード」を,通信の内容が第三者に知られることのないようにした符号を意味すると狭義に解したとしても,被告製品3及び4が発信する「ID情報」は,「暗号コード」に相当する。
すなわち,被告製品3及び4においては,解除指示信号を他店舗との間で共通の固定したコードとせず,当該店舗においてのみ独自に「ID情報」としてコードが設定される。したがって,当該店舗は,例えば,リモコンから送信された「1010」が解除指示信号に含まれる「ID情報」であることを判定できるが,第三者は,「1010」が解除指示信号に含まれる「ID情報」であることが分からない。「ID情報」は「通信の内容が第三者に知られることのないように,当事者間にのみ了解されるように取り決めた特殊な数字をまとめた符号」ということができる。
〔被控訴人の主張〕 「暗号」に関する本件明細書等の記載は,「「暗号」は,4桁の暗号コードである。」との一文しかなく,本件明細書等には,この他に「暗号」や「暗号コード」自体の定義や説明はない。
また,本件各発明において,暗号は,データそのままであれば意味をなさず,何 9 らかのアルゴリズムでデコードして初めて意味を持つものである。暗号コードは,単なる数字ではなく,第三者に知られないようにしたものでなければならない。
4 争点?エ(被告製品3及び4が本件発明6の「暗号変更指示信号」(構成要件A6)を充足するか)について 〔控訴人の主張〕 請求項7では,「暗号変更指示信号」を,親指示信号発信装置が発信する「暗号変更指示信号」と記載しており,盗難防止タグが備える受信手段が受信すべき「暗号変更指示信号」とは記載していないから,後者に限定されるものではない。
請求項7が,「暗号変更指示信号」を,親指示信号発信装置が発信する「暗号変更指示信号」と構成したのは,盗難防止タグと同じ新暗号コードにより記憶内容を更新できれば足り,盗難防止タグが受信すべき「暗号変更指示信号」により記憶内容を更新しなければならない必要はないからである。
また,指示信号発信装置の発明である本件発明6に対応する親指示信号発信装置に,本件発明5の親指示信号発信装置に与える機能とは別の機能を与えることは排除されていない。本件発明5の親指示信号発信装置は,盗難防止タグを対象とするものであり,指示信号発信装置を対象とすることは想定されていない。
よって,被告製品3及び4は,本件発明6の「暗号変更指示信号」を受信する受信手段を備えるものである。
〔被控訴人の主張〕 請求項の文言上,請求項7の指示信号発信装置が受信する信号が,請求項6の暗号変更指示信号であることは明らかである。
当裁判所の判断
当裁判所は,被控訴人が被告製品1及び2を製造・販売したとも,これらのプログラムを作成したとも,認めることはできず,また,被告製品3及び4は,本件発明4又は6の技術的範囲に属すると認めることはできないから,控訴人の控訴は棄却すべきものと判断する。
10 その理由は,以下のとおりである。
1 本件各発明の意義 原判決の「事実及び理由」の第4の1記載のとおりであるから,これを引用する。
2 争点?ア(被控訴人による被告製品1及び2の製造・販売の有無)について ? 控訴人は,被控訴人は,被告製品1及び2を製造し,これをエム・アールビジネスに販売したと主張する。
しかし,エム・アールビジネスは,KDエレクトロニクスから,平成25年3月頃に,盗難防止タグである「SMART TAG S1(SWITCH)」を8812個購入し,同年5月頃に,盗難防止タグである「ワイヤータグ一式」を2万個購入している(乙20見積書,乙21請求書)。そうすると,エム・アールビジネスが,被告製品1及び2を購入していたとしても,その購入先は,KDエレクトロニクスであって,被控訴人ではない可能性が高いというべきである。
また,被控訴人代表者が平成25年9月に作成し,取引先に交付した説明書(甲7)には,リモコン及びマスターリモコンの操作方法に関する記載があるのみで,盗難防止タグに関する言及は一切ない。そうすると,被控訴人が取引先に譲渡した製品は,リモコン及びマスターリモコンのみであったと解するのが自然である。
さらに,横山作成に係る陳述書(甲10)には,当初,エム・アールビジネスは完成品を被控訴人から購入する構図になっていたところ,当初の計画を変更し,エム・アールビジネス名義で盗難防止タグの生産をKDエレクトロニクスに発注することになった旨記載されている。同記載は,エム・アールビジネスが,盗難防止タグを,KDエレクトロニクスから購入したとの事実を裏付けるものである。仮に,被控訴人の与信に不安があったことから,盗難防止タグの購入者が,被控訴人からエム・アールビジネスに変更されたとしても,これをもって,被控訴人が盗難防止タグをKDエレクトロニクスから購入し,これをエム・アールビジネスに販売したと評価できるものではない。
したがって,被控訴人が,被告製品1及び2を製造し,これをエム・アールビジ 11 ネスに販売したとの事実を認めるのは困難である。
? 控訴人の主張について ア 盗難防止タグとリモコンの開発 (ア) 控訴人は,概要,被控訴人は,当初からリモコンと盗難防止タグの開発を行っていたほか,被告製品3及び4(リモコン)を製造し,これをエム・アールビジネスに販売しており,当該リモコンは,被告製品1及び2(盗難防止タグ)を動作させることが可能なものであることからすれば,盗難防止タグもまた,被控訴人が製造し,エム・アールビジネスに販売したものであると認められる旨主張する。
(イ) しかし,被告製品3及び4(リモコン)のマイコンは,セットコード,リセットコードを発信する際の処理等を行うものである。一方,被告製品1及び2(盗難防止タグ)のマイコンは,ワイヤーの取り外し状態検出信号を受信した際の処理,リモコンから発信されたリセットコード信号を受信した際の処理等を行うものである。このように,リモコンと盗難防止タグのマイコンを動作させるべきプログラム内容は,大きく相違する。
また,リモコンによって盗難防止タグを作動させるためには,リモコンが発信するコードと,盗難防止タグが受信するコードの意味付けを統一させておけば足りる。
そして,エム・アールビジネスは,被控訴人に1500万円の研究開発費を支払って,盗難防止タグ及びリモコンの開発を行ったものであり(甲6),これらの単なる需要者ではないことからすれば,被控訴人が製造するリモコンが発信するコードと第三者が製造する盗難防止タグが受信するコードの意味付けを統一させることのできる地位にあったものである。
さらに,被控訴人は,当初,盗難防止タグ及びリモコンの研究開発を行っており,その際,盗難防止タグのマイコンには,TI社製マイコンを使用していたものである(乙21,23,28)。そして,その後,盗難防止タグのマイコンがルネサス社製マイコンに変更されている(乙20,21)。このように,使用されるマイコンの変更があり,従前のプログラムがそのまま利用できるものではないから,それ 12 を契機として,盗難防止タグのプログラムの作成主体が変更され,リモコンと盗難防止タグの製造主体が同一ではなくなったとしても不自然ではない。
(ウ) このように,リモコンと盗難防止タグのマイコンを動作させるべきプログラム内容は大きく相違し,本件においては,リモコンと盗難防止タグのプログラムの作成主体が異なっても,相互に信号を受発信させることは容易に調整可能であり,さらに,リモコンと盗難防止タグの製造主体が分離するに至る契機もあったものである。
そうすると,被控訴人が,当初,リモコンと盗難防止タグの開発を行っていたほか,被告製品3及び4(リモコン)を製造し,これをエム・アールビジネスに販売していることをもって,被控訴人が,当該リモコンによって動作可能な被告製品1及び2(盗難防止タグ)をも製造し,これをエム・アールビジネスに販売したと認めることは困難である。
(エ) なお,控訴人は,乙21請求書に記載された「MSP430G2302IPW14」(TI社製マイコン)の数量は,2つの欄に分かれ,その合計数も1568個にとどまり,実際のタグの納品数とは異なることなどから,当初製造された盗難防止タグに使用されていたマイコンは,TI社製マイコンではない旨主張する。
しかし,乙21請求書に記載されたTI社製マイコンの数量は,実際に納品されたタグに使われたマイコンの数量を示すものではなく,TI社製マイコンの他に,マイコンを示す記載も見当たらない。したがって,控訴人の上記主張をもって,当初製造された盗難防止タグに使用されていたマイコンが,TI社製マイコンであることを否定することはできない。
イ 盗難防止タグの電子基板の記載 控訴人は,被告製品1及び2の盗難防止タグの電子基板には,被控訴人が製造した盗難防止タグと同様に,被控訴人の略称が付されている(甲4〔8・12頁〕,乙28)ところ,これは,被控訴人が,被告製品1及び2の製造者であることを示すものであると主張する。
13 しかし,被控訴人は,当初,盗難防止タグ及びリモコンの研究開発に関わっており(甲6) その際, , 盗難防止タグの電子基板の回路を設計したものと認められる。
そして,盗難防止タグのマイコンはTI社製マイコンからルネサス社製マイコンに変更されているものの(乙20,21,23),その際,従前の電子基板の回路図(キバンイニシャル)は,「SW用使用します。」とされており,大きな変更はされていない(乙20,21)。そうすると,ルネサス社製マイコンが使用されている被告製品1及び2(乙28)についても,被控訴人が設計した電子基板の回路が利用されている可能性があり,このことから,電子基板に被控訴人の略称が付されている可能性を否定できない。
したがって,被告製品1及び2の盗難防止タグの電子基板に,被控訴人の略称が付されていることは,被控訴人が,被告製品1及び2を製造したことを裏付けるものとはいえない。
ウ 盗難防止タグのマイコンの変更 控訴人は,当初研究開発されていた盗難防止タグ及びリモコンが「ID無し」のものであり,これが「ID有り」のものに変更されたとの事実は認められない,また,これらの変更を,1か月の短期間で行うことはできず,被控訴人は継続して盗難防止タグの製造・販売を行っていたはずであると主張する。
しかし,前記のとおり,盗難防止タグに使用されるマイコンの変更が,盗難防止タグとリモコンの製造者の分離を生じせしめたものと解される。盗難防止タグ及びリモコンの機能について「ID無し」のものから「ID有り」のものに変更されたか否かという事実は,被控訴人が被告製品1及び2を製造し,これをエム・アールビジネスに販売したか否かという事実を直接裏付けるものではない。
また,ルネサス社製マイコンを使用した盗難防止タグの見積りは,TI社製マイコンからの変更が行われてから2か月程度で提出されているものの(乙20,21),TI社製マイコンを動作させるプログラムが既に存在し,「ID無し」から「ID有り」への機能追加も,電子基板の回路配置を大きく変更するようなものではなか 14 ったことからすれば,短期間で新たな盗難防止タグの見積りがされたことが不自然であるということもできない。
同様に,盗難防止タグに使用されるマイコンの変更によって,多額の研究開発費用が追加で必要になったということもできないから,被控訴人以外の者が被告製品1及び2を製造したとしても,その製造者やエム・アールビジネスが,追加で多額の費用の支出を迫られることになるともいえない。被控訴人が,技術的に,ルネサス社製マイコンを使用した盗難防止タグの製造 販売ができたか否かは不明であり, ・仮にこれができたとしても,エム・アールビジネスが,新たな盗難防止タグの製造・販売を,被控訴人に発注しなければならない必要性も見当たらない。
エ その余の主張 控訴人のその余の主張は,次のとおり,客観的裏付けを欠き,また,被控訴人が,被告製品1及び2を製造し,これをエム・アールビジネスに販売したとの事実を裏付けるものにはならない。
(ア) 被控訴人が当初,マイコンの選定作業等を行っていたとしても,これに対応する乙21請求書の宛先が被控訴人になるとは限らず,エム・アールビジネスを宛先とする乙21請求書の記載が信用できないということはできない。
(イ) 盗難防止タグは量販店等で使用されることを考慮すれば,その量産試作が,乙21請求書のとおり8812個に及んでも不自然ではない。また,1500万円の研究開発費を支払い,単なる需要者ではないエム・アールビジネスが,乙21請求書のとおり量産品の金型代を負担し,その金型を取得しようとするのも不自然ではない。
(ウ) 乙21請求書の納品日及び請求日の記載のみから,納品された金型の評価期間を推認することはできないから,同期間が短いことを根拠とする控訴人の主張は採用できない。
(エ) 乙21請求書の記載は,量産試作品の単価を示すものであったとしても,これは量産を前提とした単価であるから,量産品の単価がこれと異なることを前提 15 とする控訴人の主張は採用できない。
(オ) 被控訴人が,盗難防止装置の試験のために,エム・アールビジネスから盗難防止タグを購入しても不自然ではないから,これを否定する控訴人の主張は採用できない。
(カ) 被控訴人が,宛先をエム・アールビジネスとする乙20見積書及び乙21請求書を所持するに至る理由は様々考えられるから,被控訴人がこれらを所持していることのみから,被控訴人がKDエレクトロニクスから盗難防止タグを受領した上で,これをエム・アールビジネスに販売したとの事実は認められない。
(キ) 「ID無し」の盗難防止タグが他のメーカーから販売されていたとしても,機能・価格等の点から,エム・アールビジネスが,被控訴人に,新たに「ID無し」の盗難防止タグの研究開発を依頼することが考えられるから,これを不自然とする控訴人の主張は採用できない。
? 小括 以上によれば,被控訴人が,被告製品1及び2を製造し,これをエム・アールビジネスに販売したとの事実を認めることはできない。
3 争点?イ(被控訴人による被告製品1及び2のプログラム制作による間接侵害の成否)について 控訴人は,被控訴人は,被告製品1及び2のプログラムを制作したと主張する。
しかし,被告製品1及び2の盗難防止タグに使用されるルネサス社製マイコンと被控訴人が従前研究開発を行っていた盗難防止タグに使用されるTI社製マイコンの端子数は相違しているから(乙28,29),それぞれに書き込まれるプログラムは異なるものと認められる。被控訴人がTI社製マイコンのプログラムを制作したことは,被控訴人がルネサス社製マイコンのプログラムを制作したことを裏付けるものにはならない。
また,控訴人は,エム・アールビジネスは被控訴人に,盗難防止タグ1個当たり10円から20円のロイヤリティを支払っている旨主張するが,その客観的裏付け 16 はない。被控訴人が制作したTI社製マイコンに使用されるプログラムを,ルネサス社製マイコンに使用されるプログラムに改変し,エム・アールビジネスは,これを利用していることから,エム・アールビジネスが被控訴人に何らかの金銭を支払っている可能性も否定できない。
さらに,横山作成に係る陳述書(甲10)には,盗難防止タグの開発,生産の技術は当初の計画と変わらず,継続して被控訴人が担っていたとの記載がある。しかし,ルネサス社製マイコンに使用されるプログラムは,被控訴人の制作に係るTI社製マイコンに使用されるプログラムが基になっていたことから,このように表現されたものとも解され得る。横山作成に係る陳述書の上記記載の趣旨は,一義的に明らかではない。
加えて,前記2?のとおり,控訴人の主張はいずれも採用できるものではない。
よって,被控訴人が,被告製品1及び2のプログラムを制作したとの事実を認めることはできない。
4 争点?(被告製品1ないし4は本件各発明の技術的範囲に属するか)について (1) 前記2,3のとおり,被控訴人が被告製品1及び2を製造・販売したとは認められず,同各製品のプログラムを制作したとも認められないから,被告製品1及び2については,本件発明1ないし3の技術的範囲に属するか否かについて検討するまでもなく,控訴人の請求に理由がない。
以下,被控訴人において製造・販売している被告製品3及び4が,本件発明4又は6の技術的範囲に属するか否かについて検討する。
(2) 被告製品3及び4は本件発明4の技術的範囲に属するか ア 本件発明4の「暗号コード」(構成要件A4,B4)の意義 (ア) 特許請求の範囲の記載 a 本件特許の特許請求の範囲請求項1及び4の記載によれば, 「暗号コード」 @は,盗難防止タグの警報出力手段が作動可能である状態及び警報出力状態の解除を 17 指示する解除指示信号に含まれるものであって(構成要件D1) A , 「暗号コード」は,指示信号発信装置の暗号記憶手段に記憶されるとともに(構成要件A4),B「暗号コード」は,盗難防止タグの暗号記憶手段において記憶されており(構成要件F1),C「暗号コード」は,指示信号発信装置の発信手段において発信され(構成要件B4),D「暗号コード」は,盗難防止タグの受信手段において受信され(構成要件D1),E盗難防止タグの一致判定手段において,記憶していた「暗号コード」と,受信した「暗号コード」の一致判定が行われ(構成要件G1),F「暗号コード」が一致すると判定されたときに,盗難防止タグの解除手段が,警報出力手段が作動可能である状態及び警報出力状態が解除するもの(構成要件H1),である。
そして,「コード」とは,「文字や記号,数字などをコンピューターが識別するためにまとめられた符号」(乙2),「データを表現するための一定の明確なルールあるいはそのルールに基づいて表現されたもの」(乙3)との意味を有する。
そうすると,盗難防止タグと指示信号発信装置とは,盗難防止タグが受信した解除指示信号が,当該盗難防止タグに対応した指示信号発信装置から発信されたものであるという内容の通信をするために,当該通信の内容を,第三者に知られることのないように,盗難防止タグと指示信号発信装置との間でのみ了解されるように取り決めた上で,これをコンピュータによって識別できるように符号としてまとめ,これを送受信しているものであり,本件発明4の「暗号コード」とは,かかる符号に相当するものである。
b したがって,特許請求の範囲の記載によれば,本件発明4の「暗号コード」は,前記@ないしFを満たすものであって,通信の内容が,第三者に知られることのないように,当事者間にのみ了解されるように取り決められ,コンピュータが識別できるようにまとめられた符号であると解される。
(イ) 実施例の記載 a 本件明細書等の発明の実施の形態には,「暗号コード」について,以下のこ 18 とが開示されている。
リモートコントロールキーRK(指示信号発信装置)は,セットコード及びリセットコードから選択したコードを発信することができる。(【0067】〜【0069】) 各コードはスタートビットS0とそれに続くデータビットD0ないしD11とで構成されるコード信号として発信される。データビットD0ないしD11は「0」又は「1」である。(【0071】【0072】【図5】【図6】) 各コードとデータコードD0ないしD5との対応関係は,例えばリセットコードが「00「暗号」」,暗号変更コードが「11「暗号」」であり,「暗号」とは「4桁の暗号コード」である。(【0073】【図7】) 盗難防止タグは,セットコード,リセットコード等を受信し,信号処理部5によって,受信したコードに対応したモードに設定される。信号処理部5は,受信したコードがリセットコードであるときは,暗号コード記憶部9に記憶してある暗号コードと,リセットコードに含まれる暗号コードとが一致するか否かを判定し,一致すると判定するときのみ,盗難防止タグをリセットモードに設定する。(【0046】〜【0048】【0051】) b 実施例における「暗号コード」の意義 実施例における盗難防止タグは,「0」又は「1」を任意に選んで4つ並べた数字列を一部に含むリセットコードを受信したとき,その数字列と事前に記憶してある数字列とを照合し,両者が一致することによって,そのリセットコードを発信した指示信号発信装置と当該盗難防止タグとが同じ店舗に属することを確認する。
これは,盗難防止タグと指示信号発信装置との間で,あらかじめ特定の数字列を取り決めておき,指示信号発信装置からその特定の数字列が発信されない限り,盗難防止タグは,受信した信号を,対応した指示信号発信装置から発信された信号であるとは認めず,処理を実行しないということであるから,その特定の数字列は,対応した指示信号発信装置から発信された信号であるという通信の内容が,第三者 19 に知られることのないように,当事者間にのみ了解されるように取り決められ,コンピュータが識別できるようにまとめられた符号である。
c したがって,実施例における「暗号コード」である,「0」又は「1」を任意に選んで4つ並べた数字列は,前記(ア)bのとおり解釈される「暗号コード」の意義に沿うものである。
(ウ) 「暗号」の一般的意義 「暗号」とは,「通信の内容が第三者にもれないように,おたがいに約束して使う記号(のしくみ)」(甲2),「秘密を保つために,当事者間にのみ了解されるようにとり決めた特殊な記号・ことば。あいことば。」(甲5)との意味を有するとされていることからすれば,本件発明4の「暗号」コードの意義を,前記(ア)bのとおり解釈することは, 「暗号」という用語の一般的意義に反するものでもない。
(エ) 「暗号コード」の意義 よって,本件発明4の「暗号コード」とは,@盗難防止タグの警報出力手段が作動可能である状態及び警報出力状態の解除を指示する解除指示信号に含まれるものであって,A指示信号発信装置の暗号記憶手段に記憶されるとともに,B盗難防止タグの暗号記憶手段において記憶されており,C指示信号発信装置の発信手段において発信され,D盗難防止タグの受信手段において受信され,E盗難防止タグの一致判定手段において,記憶していた「暗号コード」と,受信した「暗号コード」の一致判定が行われ,F「暗号コード」が一致すると判定されたときに,盗難防止タグの解除手段が,警報出力手段が作動可能である状態及び警報出力状態を解除するものであって,通信の内容が,第三者に知られることのないように,当事者間にのみ了解されるように取り決められ,コンピュータが識別できるようにまとめられた符号という意義を有するものというべきである。
(オ) 被控訴人の主張について a 被控訴人は,「暗号」に関する本件明細書等の記載は,「4桁の暗号コードである。」との一文しかなく,本件明細書等には,この他に「暗号」や「暗号コー 20 ド」自体の定義や説明はないと主張する。
しかし,本件明細書等には,「暗号コード」を含むリセットコードに対応するデータコードD0ないしD5が「00「暗号」」である旨の記載(【0073】)や,「暗号」は「0000〜1111」の16種類から選択され得ることを示す記載もある(【図7】)。そして,前記(ア)ないし(ウ)のとおり,特許請求の範囲の記載や実施例の記載,用語の一般的意義を踏まえれば,「暗号コード」は,前記(エ)のとおりの意義を有するものということができる。
b 被控訴人は,本件各発明において,暗号は,データそのままであれば意味をなさず,何らかのアルゴリズムでデコードして初めて意味を持つものである,暗号コードは,単なる数字ではなく,第三者に知られないようにアルゴリズムで変換したものでなければならないと主張する。
しかし,本件各発明の盗難防止タグは,特定の数字列が発信されない限り,受信した信号を,指示信号発信装置等から発信された信号であるとは認めず,処理を実行しないものである。第三者が信号に含まれる「暗号コード」である特定の数字列を理解できたとしても,その特定の数字列が,当該信号が対応した指示信号発信装置等から発信された信号であるという通信の内容として,盗難防止タグと指示信号発信装置等との間で取り決められたものであると知ることができなければ,第三者は,通信の内容を知ることはできない。
また,特許請求の範囲の記載においても,解除指示信号に含まれる「暗号コード」が,盗難防止タグ及び指示信号発信装置によって記憶されるだけではなく,さらに何らかのアルゴリズムで変換されていることを示す記載はない。前記(イ)aのとおり,実施例においても,指示信号発信装置は,「暗号コード」として,データビットD2からD5までによって表される,「0」又は「1」を任意に選んで4つ並べた数字列を発信し,盗難防止タグの信号処理部5は,この数字列を受信し,そのまま暗号コード記憶部9に記憶してある暗号コードと比較して,一致するか否かを判定しており,一致判定に使われる,暗号コード記憶部9に記憶してある「暗号コー 21 ド」も,「0」又は「1」を任意に選んで4つ並べた数字列であるにすぎない。
さらに,「暗号」は,「第三者に通信内容を知られないように行う特殊な通信(秘匿通信)方法のうち,通信文を見ても特別な知識なしでは読めないように変換する表記法(変換アルゴリズム)のこと」(乙1),「秘密にしたい情報をかき混ぜて(暗号)特定の者以外にはその内容が解らないようにすること」(乙3),「情報の意味が当事者以外にはわからないように,情報を変換すること」(乙17)との意味を有するとされていることからすれば,「暗号」とは,通信の内容が何らかのアルゴリズムで変換(デコード)されたものという意義も有すると解される。しかし,前記(ア),(イ)のとおり,本願明細書等には,通信の内容をアルゴリズムで変換することについては一切記載がないから,「暗号」の意義をこのように限定して解釈することはできない。
したがって,第三者に知られないようにアルゴリズムで変換したものではない単なる数字は,「暗号コード」に当たらないなどとする被控訴人の主張は採用できない。
イ 被告製品3及び4の「暗号コード」の充足性 (ア) 控訴人は,被告製品3の構成について,「被告製品1又は被告製品2の盗難防止タグが備える受信手段が受信すべきリセットコード信号に含めるための暗号コードを記憶する暗号記憶手段と,前記リセットコード信号を,該暗号記憶手段が記憶する暗号コードを含めて発信する発信手段とを備える,盗難防止タグ用リモコン」と主張し,被告製品4の構成について,被告製品3の構成と同じ構成であると主張するところ,これを立証する証拠として,被告製品3及び4の写真(甲4)及び取扱説明書(甲7)を提出するにとどまる。
(イ) 被告製品3及び4の内部写真(甲4) 被告製品3及び4の取扱説明書 , (甲7の表2「RESET」欄及び「Tag ID 変更」欄)及び弁論の全趣旨によれば,IDがリセット時に送信されること,IDは被告製品3及び4に記憶されること,IDは被告製品1及び2に記憶されること,IDは被告製品3及び4から発 22 信されること,IDは被告製品1及び2に受信されることは認められる。
しかし,IDがリセット時に送信されたとしても,それがリセット信号に含まれるものか否かは明らかではなく,被告製品1及び2が,記憶していたIDと,受信したIDとの一致判定を行っているか否かも明らかではなく,前記ア(エ)の@,E及びFを充足することを認めるに足りない。
被告製品1及び2が,盗難防止タグの一般的な特徴を備え,盗難防止タグとそれに対応するリモコンの研究開発は,被控訴人によって当初は同時に行われていたことや,被告製品1及び2の盗難防止タグ並びに被告製品3及び4のリモコンは,エム アールビジネスによって同一顧客に販売されていることが認められたとしても, ・上記判断は左右されない。
(ウ) したがって,被告製品3及び4における「ID」が,前記ア(エ)の@ないしFを満たすものであって,通信の内容が,第三者に知られることのないように,当事者間にのみ了解されるように取り決められ,コンピュータが識別できるようにまとめられた符号であるということはできない。
よって,被告製品3及び4は,本件発明4の「暗号コード」(構成要件A4,B4)を充足するということはできない。
ウ 以上によれば,被告製品3及び4は本件発明4の技術的範囲に属するとは認められない。
(3) 被告製品3及び4は本件発明6の技術的範囲に属するか ア 本件発明6の「暗号変更指示信号」(構成要件A6)の充足性 (ア) 原判決の「事実及び理由」の第4の6?から?までの記載のとおりであるから,これを引用する。
(イ) 控訴人の主張について 控訴人は,請求項7の「暗号変更指示信号」は,盗難防止タグが備える受信手段が受信すべき「暗号変更指示信号」に限定されるものではないと主張する。
しかし,請求項7の「暗号変更指示信号」とは,「請求項6記載の親指示信号発 23 信装置が発信する」ものであって,請求項6記載の「親指示信号発信装置」は「盗難防止タグが備える受信手段が受信すべき暗号変更指示信号」を発信するものとして特定されている。そして,「親指示信号発信装置」が,「盗難防止タグが備える受信手段が受信すべき暗号変更指示信号」以外の「暗号変更指示信号」を発信することは,本件明細書等には記載も示唆もされていない。むしろ,上記のとおり(引用に係る原判決119頁13行〜20行),「親指示信号発信装置」は,盗難防止タグにも,指示信号発信装置にも同一の「暗号変更指示信号」を発信することが示唆されているものである。
また,指示信号発信装置は,盗難防止タグと同じ新暗号コードにより記憶内容を更新できれば足り,盗難防止タグが受信すべき「暗号変更指示信号」により記憶内容を更新しなければならない必要がないとしても,本件明細書等には,指示信号発信装置が受信する「暗号変更指示信号」と,盗難防止タグが受信すべき「暗号変更指示信号」が,新暗号コード部分以外は異なってもよいとする記載も示唆もない。
さらに,請求項6の親指示信号発信装置が発信する暗号変更指示信号は,盗難防止タグを対象とするものであるものの,請求項7の指示信号発信装置は,「請求項6記載の親指示信号発信装置が発信する」暗号変更指示信号を受信するのであるから,請求項7の指示信号発信装置は,親指示信号発信装置及び同装置が発信する暗号変更指示信号を受信する盗難防止タグを前提とするものと解するのが自然である。
したがって,本件発明6の構成要件A6にいう「暗号変更指示信号」は,請求項6の「盗難防止タグが備える受信手段が受信すべき暗号変更指示信号」に限定されていないとの控訴人の主張は採用できない。
(ウ) 以上によれば,被告製品3及び4は,本件発明6の「暗号変更指示信号」(構成要件A6)を充足するということはできない。
イ よって,被告製品3及び4は本件発明6の技術的範囲に属するとは認められない。
(4) 小括 24 以上のとおり,被告製品3及び4は,いずれも本件発明4及び6の技術的範囲に属するということはできない。
5 結論 被控訴人が被告製品1及び2を製造・販売したとの事実並びにこれらのプログラムを制作したとの事実は,認めることはできない。また,被告製品3及び4は,いずれも本件発明4及び6の技術的範囲に属するということはできない。
したがって,その余の争点について判断するまでもなく,控訴人の請求は理由がないから,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決は,相当である。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 部眞規子
裁判官 山門優
裁判官 片瀬亮