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事件 平成 29年 (ネ) 10041号 特許権侵害に基づく損害賠償請求控訴事件

控訴人 株式会社ニコン・エシロール
同訴訟代理人弁護士 大野聖二 小林英了
同 弁理士 鈴木守
同補佐人弁理士 大谷寛
被控訴人HOYA株式会社
同訴訟代理人弁護士 永島孝明 安國忠彦 長谷川靖
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/08/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,金1億円及びこれに対する平成26年4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
4 第2ないし3項につき仮執行宣言
事案の概要(略称は,特に断らない限り,原判決に従う。)
1 本件は,発明の名称を「累進多焦点レンズ」とする発明に係る本件特許権(特許第3611154号)について,平成26年2月25日までは独占的通常実施権者であり同月26日からは専用実施権者である控訴人が,原判決別紙被告製品目録1ないし3記載の各レンズ(被告製品)は,本件特許の願書に添付した明細書(ただし,本件訂正審決に係る訂正後のもの。本件明細書)の特許請求の範囲の請求項1記載の発明(本件発明)の技術的範囲に属し,被控訴人が,平成16年10月29日から平成25年5月31日まで被告製品1を,平成24年11月1日から平成26年4月2日まで被告製品2を,平成25年6月1日から平成26年4月2日まで被告製品3を,それぞれ販売したことは,本件特許権に係る独占的通常実施権ないし専用実施権侵害する旨主張して,被控訴人に対し,民法709条に基づき,損害賠償金3億7800万円の一部1億円及びこれに対する不法行為の後の日で訴状送達の日である平成26年4月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 原判決は,被告製品はいずれも本件発明の技術的範囲に属するものとは認められないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。
3 そこで,控訴人が,原判決を不服として控訴を提起した。
4 前提事実は,原判決「事実及び理由」の第2の2記載のとおりであるから,これを引用する。
5 争点は,原判決「事実及び理由」の第2の3記載のとおりであるから,これを引用する。
ただし,原判決6頁10行目の末尾を改行し,下記を加える。
「カ (仮に被告製品が構成要件Aを充足しないとしても)被告製品はそれぞれ本件特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして本件発明の技術的範囲に 属するか(争点1-6)」
争点に関する当事者の主張
1 原判決の引用争点に関する当事者の主張は,下記2のとおり,当審における主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」の第2の4記載のとおりであるから,これを引用する。
2 当審における当事者の主張〔控訴人の主張〕(1) 争点1-1(被告製品は構成要件Aを充足するか)についてア 「特定視距離矯正領域」について原判決は,本件発明の「特定視距離矯正領域」について,レンズ中の@視力の矯正にふさわしい位置かつAある程度の広がりを持ったエリアで,B屈折力(面屈折力)が一定ないしほぼ一定の領域であり,かつCその屈折力(面屈折力)が近景よりも実質的に離れた特定距離に対応するものである領域を備えていることを要すると判示した。
しかしながら,本件発明の「特定視距離矯正領域」とは,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する(上記C)ことのみが要件とされるのであって,それ以外(上記@〜B)は,「特定視距離矯正領域」の解釈に関係ないことは,特許請求の範囲の記載から明白である。
(ア) 「@視力の矯正にふさわしい位置」について被告製品は,加工前の眼鏡レンズであって,眼鏡フレームに合わせて加工された眼鏡レンズではない。本件発明の「特定視距離矯正領域」が「眼鏡フレームの外側に外れることがないこと」を要件とするならば,加工前の眼鏡レンズにおいて本件発明の技術的範囲に属していたものが,その後の加工処理により(例えば小さな眼鏡フレームを適用する場合には)非侵害となり,不合理である。
(イ) 「Aある程度の広がりを持ったエリア」,「B屈折力(面屈折力)が一定 ないしほぼ一定の領域」について 屈折力(度数)が連続的に変化していたとしても,レンズの屈折作用によって光学的に正視と等しい屈折状態となれば,屈折異常のある眼は「矯正」されたことになる。
眼鏡レンズを通して対象物のある点を見る際,レンズで使用する領域の大きさは,眼の瞳孔の径とほぼ同じ程度の微小な領域であり,その微小な領域において屈折力が連続的に変化していても,当該微小な領域で結ばれる焦点距離が眼の焦点深度の範囲内であれば,対象物を安定して見ることは十分に可能である。むしろ,この屈折力が連続的に変化する領域を「矯正」に利用したのが累進屈折力レンズなのであり,「JIS T 7330 眼鏡レンズの用語」には,累進屈折力レンズは,「レンズの一部又は全体にわたって,屈折力が連続的に変化する非回転対称面をもつレンズ」と記載されている(甲30)ところ,屈折力が連続的に変化する領域では眼の屈折異常が「矯正」されないのであれば,累進屈折力レンズは大半の領域で視力が「矯正」できないレンズとなってしまい,不合理である。
ある領域において屈折力(度数)が連続的に変化しているかどうかは,「矯正」とは無関係であり,「矯正」の文言より,ある程度の広がりを持ったエリアで屈折力がほぼ一定の領域であることを要するという原判決は誤りである。
本件発明は,近用作業時の装用感を重視して,眼球の回旋疲労が少ないような累進帯の長さを確保すること,特定視部(特定視距離矯正領域)において広い明視域を確保することを目的とするところ,特定視距離矯正領域において屈折力がほぼ一定であるかどうかは,上記の目的とは関係がなく,本件発明の技術的意義に照らしても,屈折力がほぼ一定の領域であることを要しない。
本件発明における「特定視距離矯正領域」は,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する領域とだけ規定されており,屈折力の変化がどうであるか(累進領域と異なる屈折力変化をとるかどうか)は,特許請求の範囲の記載には規定されていない。
本件明細書の「累進多焦点レンズの屈折面上では屈折力が連続的に変化しており各領域を明確に区分することができないが,レンズの構造を考える上で有効な手段として図1のような領域区分が一般的に採用されている。」(【0030】)との記載のとおり,本件発明においては,各領域において屈折力が変化しており領域を明確に区分できないことが前提となっている。本件発明は,「近用視矯正領域」及び「特定視距離矯正領域」と,その間の「累進領域」を備えた累進多焦点レンズであり,これは累進多焦点レンズの通常の構成を述べているにすぎない。
よって,仮に,特定視距離矯正領域における屈折力の変化と,累進領域における屈折力の変化が明確に区分できないとしても,そのことをもって,「特定視距離矯正領域」における屈折力がほぼ一定であるとする理由はない。
(ウ) 技術常識について 累進多焦点レンズでは,遠方視のための領域においても屈折力が変動することは,甲29,37に記載されているとおりの技術常識であり,本件明細書の「累進多焦点レンズの屈折面上では屈折力が連続的に変化しており各領域を明確に区分することができない」(【0030】)との記載からも裏付けられている。
屈折力(度数)が連続的に変化するとしても,眼の屈折異常は「矯正」されるのであるから,甲29で図示した屈折力特性を有するレンズにおいても,「矯正」されていることは明らかである。また,甲37において,遠方視に対応する領域で度数がおおよそ一定の領域が存在しているとしても,度数が変動している領域が存在していることには変わりはないから,「特定視距離矯正領域」において屈折力が一定であるという解釈を支持することにはならない。
イ 被告製品が「特定視距離矯正領域」を備えていることについて 本件上方領域においても,レンズの屈折面の作用により,屈折異常のある眼は「矯正」されるのであるから,「矯正領域」に該当することは明らかである。
本件測定円は,下方の近用測定点から屈折力の差が1.00DであるAタイプか,1.50DであるBタイプかを識別するものであるが,ユーザがタイプを選択する際 には,これらの屈折力の差が異なる本件測定円の見え方の違いを判断材料とするのであるから,本件測定円は,ユーザが見ることを前提とした領域であり,「矯正」するための領域である。
仮に本件上方領域の大半が(レンズ購入後の加工処理において)フレームの外側に外れるとしても,そのことをもって「特定視距離矯正領域」を満たさないということにはならない。
「特定視距離矯正領域」とは,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する領域とだけ規定されており,度数が等しい部分の全てを包含することは要件とされていないから,仮に本件上方領域の下限を示す直線によって,「特定視距離矯正領域」に属する部分と属しない部分に分断されるとしても,不合理とはいえない。
なお,レンズの下方の領域(近用視矯正領域)においては,レンズの横方向に関して屈折力が変化しており,このことからも,本件発明の「累進領域」以外の領域(近用視矯正領域及び特定視距離矯正領域)において屈折力が一定であることが必須の要件ではないことは,明らかである。
(2) 争点1-3(被告製品は構成要件Cを充足するか)についてア 「特定視距離矯正領域の中心」を特定できるかについて本件測定円が「特定視距離矯正領域」と関係がないとする原判決の認定は誤りであり,被告製品において「特定視距離矯正領域の中心」を特定することは可能である。
イ 条件式(2)を満たすかについて明視域の最大幅WFというレンズ特性を算出するにあたり,明細書の記載に基づき算定基準を定めることは十分に合理的である。
控訴人は,目と物体との距離(特定視距離)を無限遠と設定し,目と物体との距離(近用視距離)を0.5mとし,眼球とレンズ面との角度(前傾角)を0度としているが,これらはいずれも本件明細書の記載(図4)に基づいており,また,眼 球とレンズ面との距離は,技術常識(甲34,35)に基づいて12mmとしているのであって,本件明細書と技術常識を総合して条件が定まっている。
「JIS T 7315」(甲40)には,「累進屈折力眼鏡レンズの光学特性の評価においては,便宜上無限遠の光束による測定法が選択されている。」との記載があるところ,本件発明においては,特定視距離は使用者の用途に応じて様々な距離が想定され,具体的な距離を特定することができないため,一定の光学的特性を評価する基準を明確にするために,特定視距離を無限遠と設定している。
レンズのタイプ(遠近か近々か)と光学的特性を評価する基準とは,直接的に関係している必要はなく,評価の基準が明確に定まることが重要である。無限遠からレンズに入射する光が平行光線であることは技術常識であり,無限遠からの平行光線で光学的特性を評価すれば,設定距離が変動することで評価結果が変わってしまうこともない。実際の眼鏡店等で用いられるレンズメータでは,平行光線の光を入射することでレンズの光学的性能を評価するところ(甲42,43),特定視距離を無限遠に設定することはレンズメータでの評価にも合う。
したがって,被告製品について合理的な条件の下で条件式(2)を満たさないとした原判決は誤りである。
(3) 争点1-6(被告製品は本件発明と均等であるか)について 仮に,屈折力が一定の領域ではないという点で,被告製品が「特定視距離矯正領域」を文言上充足しないとしても,被告製品は,いずれも本件発明と均等であり,よって本件発明の技術的範囲に属するものである。
均等の第1要件(非本質的部分)について 本件発明の目的及び効果に鑑みれば,本件発明の特徴的部分は,眼鏡レンズにおいて,「近用アイポイントを近用中心から主子午線曲線に沿って上方に2mmから8mmの距離に設定するとともに,条件式(1)(2)を満足するように設定する」ことにあり,当該眼鏡レンズにおける遠方視に適した部分(特定視距離矯正領域)において屈折力が一定であるかどうかは,上記の特徴的部分とは関係がなく,本件 発明の本質的部分ではない。
したがって,被告製品は,いずれも均等の第1要件を充足する。
均等の第2要件(置換可能性)について本件発明の(屈折力が一定の領域としての)「特定視距離矯正領域」を,屈折力が変化する領域に置き換えたとしても,「近用アイポイントから近用部にかけて発生する収差が比較的小さく,良好な視覚特性を得るとともに,特定視部において広い明視域を確保する」という同一の作用効果を奏することができる。
したがって,被告製品は,いずれも均等の第2要件を充足する。
均等の第3要件(置換容易性)について上記イのように置き換えることは,被告製品の製造等の時点において容易に想到することができたものである。
したがって,被告製品は,いずれも均等の第3要件を充足する。
均等の第4要件(公知技術等),第5要件(意識的除外等)について本件発明の「特定視距離矯正領域」を備えた累進多焦点レンズを,被告製品の構成(特定視部において屈折力が変化する)に置き換えた構成が,出願当時当業者において容易に推考し得たことを示す証拠は存在せず(第4要件),本件発明の出願人が,被告製品の構成を意識的に除外したことを示す証拠はない(第5要件)。
〔被控訴人の主張〕(1) 争点1-1(被告製品は構成要件Aを充足するか)についてア 「特定視距離矯正領域」の解釈について(ア) 「@視力の矯正にふさわしい位置」についての反論「特定視距離矯正領域」が,レンズ中の視力の矯正にふさわしい位置,具体的には,レンズを眼鏡フレームに合わせて加工したときにフレームの外側に外れることのないような位置に存在すべきことは自明である。本件発明において,「特定視距離矯正領域」がフレームの外側に外れるならば,「特定視距離矯正領域」と近用視矯正領域とを結ぶ累進領域や,遠用中心と近用中心とを通る断面と物体側レンズ面 との交線からなる中心線(主子午線曲線。【0006】参照)も存在せず,本件発明の効果を一切享受し得ないこととなるから,「特定視距離矯正領域」がフレームの外側に外れることがないことは当然である。
(イ) 「Aある程度の広がりを持ったエリア」,「B屈折力(面屈折力)が一定ないしほぼ一定の領域」についての反論 本件発明の「特定視距離矯正領域」は,装用者の老視の度合いに応じて「特定」の「視距離」に「矯正」する領域である。特定の視距離に焦点を合わせるためにはレンズに特定の度数が必要となり,この度数は視距離の逆数で表示されることから,本件発明の「特定視距離矯正領域」は,一定の度数の値をもつ領域である。本件特許の請求項においては,「特定視距離矯正領域」と「近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域」とが明確に区別されており,かかる請求項の記載からも,「特定視距離矯正領域」が「面屈折力を連続的に接続する累進領域」とは異なり,面屈折力の連続的に変化する領域ではないことは明らかである。
屈折力が変化すれば,その両側で非点収差が発生するため,広い明視域を確保することができなくなることは自明であり,「特定視距離矯正領域」において広い明視域を確保することと,屈折力がほぼ一定であることは,相互に技術的に密接に関係する。
【0016】【0030】の記載から明らかなように,「特定視距離矯正領域」は,装用者の老視の度合いに応じて矯正される領域であり,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する領域を意味する。本件明細書に記載された実施例においても,「特定視部F」すなわち「特定視距離矯正領域」は,「特定距離に対応する面屈折力を有する」ものであることが明らかであり,「面屈折力を連続的に接続する中間部P」すなわち「累進領域」とは明確に区別されている。
「特定視距離矯正領域」において面屈折力が変化してよいとする控訴人の主張は,明細書の記載のみならず,請求項の記載それ自体に反するものである。「特定視距 離矯正領域」は「面屈折力を連続的に接続する累進領域」とは異なり,面屈折力が連続的に変化する領域ではない。
なお,控訴人は,「JIS T 7330 眼鏡レンズの用語」(甲30)を引用し,屈折力が連続的に変化する領域で眼の屈折異常が「矯正」されないのであれば,累進屈折力レンズは大半の領域で視力が「矯正」できないレンズとなってしまうなどと主張するが,本件発明における「特定視距離矯正領域」や「近用視矯正領域」において度数の変化が許容差の範囲内でしか生じていない場合が,甲30と矛盾するものではない。
(ウ) 技術常識についての反論 控訴人は,甲29で図示した屈折力特性を有するレンズにおいても,「矯正」されていることは明らかと主張するが,その論拠を何ら示さず,甲37については,遠方視に対応する領域で度数がおおよそ一定の領域が存在していることを自認している。そして,甲29,37について,原判決のいかなる認定判断部分が誤りであるのか,具体的に指摘していない。
甲29の図1は,開発段階においては遠用部も近用部も累進部による面でテストされていたが,最終的(1958年)には遠用部も近用部も一定の度数になっていることを説明している上,かえって,図14によれば,遠用部及び近用部が一定の度数であることが示されている。
本件発明が「多焦点レンズ」であることには争いがないところ,「多焦点」に相当する各部分の「遠用部」と「近用部」は,それぞれ遠方視用の一定の屈折力と,近方視用の一定の屈折力を有することは自明であり,技術常識である。
本件明細書において,「従来の遠近重視の累進多焦点レンズ」とされるものは,レンズ上方のFの領域が,装用者の屈折異常の度合いに合わせ遠方用の処方度数が施された特定の度数(遠用の処方値)をもつ屈折力が一定の領域であり,レンズ下方のNの領域は,装用者の老視の程度に応じて近方を見ることができるような近方用の特定の度数(近用の処方値)を有する屈折力が一定の領域であり,中間部Pは, 遠用部の度数から近用部の度数まで度数が累進的に変化する変化領域である。この構成は,原判決別紙「願書添付図面」中の【図3】において,上方の遠用部と下方の近用部が一定の垂直線で表され,中間部は傾斜した線分として表されているものである。
また,本件明細書において,「従来の中近両用累進多焦点レンズ」として記載されているものとして,特開昭62-10617号公報(乙17)があるが,これによれば,「従来の累進多焦点レンズ」として,「遠用部領域1」 「中間部領域2」 , ,「近用部領域3」を有しており,遠用部領域と近用部領域は,一定の屈折力を具備している領域である(下記図参照)。
乙17が開示する発明である,「中・近距離での視作業に適した」「累進多焦点レンズ」も,そのレイアウトとしては,「遠用部領域1」,「中間部領域2」,「近用部領域3」を有しており,遠用部領域と近用部領域は,一定の屈折力を具備している領域である(下記図参照)。
以上のとおり,本件明細書で引用されている「従来の累進多焦点レンズ」は,いずれも遠用部領域と近用部領域として,それぞれ一定の屈折力を具備する領域しかないから,遠方視のための領域においても屈折力が変動することは技術常識であるという控訴人の主張は否定される。
イ 被告製品が「特定視距離矯正領域」を備えていないことについて控訴人が特定する「本件上方領域」は,レンズを通常の眼鏡フレームに合わせて加工したときに,その全部ないし大半がフレームの外側に外れてしまう部分となるから,視力の「矯正」にふさわしい位置,つまりレンズを眼鏡フレームに合わせて加工したときにフレームの外側に外れることがない位置ということはできない。
また,本件測定円は,「Aタイプ」と「Bタイプ」のタイプ識別のための円にすぎない。本件測定円は,レンズ内で「矯正」のための領域になかったとしても,レンズとしての屈折力の変化の度合いを測定する基準とすることができればよく,前記タイプ識別の目的に合った適当な基準点を2つ取り,その2点間の屈折力の差を測定することができれば足りるものであるから,「特定視距離矯正領域」とは無関係である。
控訴人が特定する「本件上方領域」そのものを「特定視距離矯正領域」とすると,等高線上の度数が等しい部分が,下限を示す直線によって「特定視距離矯正領域」に属するものと属しないものとに分断されてしまうとともに,異なる度数の部分が「特定視距離矯正領域」に属するとされてしまうが,そもそも本件発明の請求項に おいて,「特定視距離矯正領域」と「近用視矯正領域と特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域」は明確に区別されており,「特定視距離矯正領域」が「面屈折力を連続的に接続する累進領域」とは異なり,面屈折力が連続的に変化する領域ではないことは明らかである。
被告製品ではレンズ上方の領域において側方に向けて屈折力が変化しており,仮に控訴人が主張するように,被告製品において上方領域の下限を示す直線によって「特定視距離矯正領域」に属する部分と属しない部分に分断されるとなれば,きわめて不合理な方法で領域が画されることになる。また,被告製品のレンズの上方領域における「タイプ識別測定円の中心」付近が,仮に55cm程度離れたもの,例えば,机上のノートパソコンのモニターを見るために適しているとすれば,ノートパソコンの横に置かれた書籍などに視線を向けるときは,60cm,65cmというように次第に距離が遠くなることを踏まえ,明視が可能な領域を両側方にも確保するため,度数が側方に向けて見たときに次第に高くならないようにされてしかるべきである。ところが,原判決別紙「重ね合わせ図」(以下「重ね合わせ図」という。)に示された被告製品の面平均度数によると,被告製品では,側方に向けて度数が次第に高くされ,明視が困難になる方向に度数が変化しており,明視が可能な領域といえるだけのものは確保されていない。このように,本件上方領域の下限を示す直線によって,「特定視距離矯正領域」に属する部分と属しない部分に分断することは,不合理である。
(2) 争点1-3(被告製品は構成要件Cを充足するか)について ア 「特定視距離矯正領域の中心」を特定できるかについて 本件測定円は,「Aタイプ」と「Bタイプ」のタイプ識別のための円にすぎず,「特定視距離矯正領域」とは関係がないから,控訴人の主張は理由がない。被告製品には,「特定視距離矯正領域」が存在しないのであるから,「特定視距離矯正領域の中心」も存在しない。
イ 条件式(2)を満たすかについて 控訴人は,明視域の幅WFというレンズ特性を算出するに当たり,本件明細書の図4に基づいて,「特定視距離矯正領域での距離設定は無限遠,近用領域での距離設定は0.5m」であるとの算出基準を定めることが合理的であると主張するが,図4は,ある「レンズL」において,それぞれの焦点距離における非点収差を測定したことを説明している図にすぎず,「レンズL」と焦点距離の設定が異なるレンズに対して,「レンズL」の焦点距離設定を適用して非点隔差を測定することは,無意味である。
また,控訴人は,甲40ないし42を根拠に,光学的特性を評価する基準として特定視距離を無限遠に設定することが合理的であると主張するが,これらは,頂点屈折力や加入度を求めるための一般的なレンズメータやそれを用いた測定方法についての記載であり,「透過光」に起因して得られる非点隔差分布図であって,眼と物体との距離及び位置関係,レンズ面と眼球との角度・距離などによって変動する非点隔差分布図を得ることとは関係がない。
仮に,本件発明における明視域が「面」に起因して得られるものではなく,面以外の諸々が加味された「透過光」に起因して得られるものであるとするならば,本件明細書に記載された明視域は,文字どおり,レンズの装用者が明視可能な領域であると解すべきである。
(3) 争点1-6(被告製品は本件発明と均等であるか)について 次のとおり,被告製品は,本件発明と均等なものとは認められない。
均等の第1要件(非本質的部分)について 本件発明は,「目の調節力の衰退が大きい人でも長い時間に亘って快適に近方視を継続することのできる累進多焦点レンズを提供することを目的とする」(【0011】)ものであるところ,解決手段のパラメータの条件式(1)(2)(【0012】,【0013】)に用いられている(KB),(KA)は,それぞれ,本件発明のレンズを使用する「目の調節力の衰退が大きい人」に対して処方される, 「近 @用部の度数」すなわち「近用視矯正領域の度数」と,A「遠用部の度数」すなわち 「遠用視矯正領域の度数」であり,処方値が装用者ごとに異なるため,変数として規定されているものであり,条件式(1)(2)は,装用者ごとに異なる遠用度数と近用度数のそれぞれの処方値が明確に定められているレンズでなければ成立し得ない式である。
また,特定視距離矯正領域の屈折力が一定ないしほぼ一定でなければ,「特定視距離矯正領域」と「近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域」とを明確に区別することができない。
条件式(2)は,「特定視距離矯正領域」の明視域の最大幅を実寸として規定したものであり,「特定視距離矯正領域」の範囲を特定することができなければ,明視域を特定し,その最大幅を算出することもできない。
【0010】に記載のとおり,屈折力が一定ないしほぼ一定の「特定視距離矯正領域」があるため,屈折力の変化が安定した「特定視距離矯正領域」から,近用視矯正領域へと視線を下げる必要性が生じ,視線を下げることに伴って「特定視距離矯正領域」と近用視矯正領域とを結ぶ累進帯が長いことに起因した見づらさや眼精疲労が生じることが課題となるところ,「特定視距離矯正領域」において屈折力が一定ないしほぼ一定ではないとすれば,屈折力の変化が安定した「特定視距離矯正領域」から近用視矯正領域に視線を下げるという状況そのものが生じない。
「特定視距離矯正領域」において屈折力が一定ないしほぼ一定であることは,まさに本件発明の本質的部分に該当し,均等の第1要件を充足しない。
均等の第2要件(置換可能性)及び第3要件(置換容易性)について控訴人は,「特定視距離矯正領域」において屈折力が一定であるかどうかは設計事項にすぎないとの前提に立ち,「特定視距離矯正領域」を屈折力が変化する領域に置換が可能かつ容易であると主張するが,前記アのとおり,「特定視距離矯正領域」において屈折力が一定ないしほぼ一定であることは,本件発明の本質的要素であるから,控訴人の主張は前提を誤るものである。
均等の第5要件(意識的除外等)について 本件発明は特定視距離領域と近方視領域を備えた「累進多焦点レンズ」を当然の前提とした発明であり,「累進部を有する単焦点レンズ」を意図的に除外して出願をしたものであることは明らかであるから,均等の第5要件を満たさない。
当裁判所の判断
当裁判所も,被告製品は,いずれも本件発明の技術的範囲に属するものではないから,控訴人の請求は棄却すべきものと判断する。
その理由は,下記1のとおり,原判決を補正し,下記2のとおり,控訴人の当審における主張に対する判断を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の第3記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の補正(1) 原判決25頁18行目の末尾を改行し,以下を付加する。
「特開昭62-10617号公報に開示された従来の中近両用累進多焦点レンズでは,累進帯が比較的長いため,一般の累進多焦点レンズに見られる像の揺れや歪みのような欠点はある程度解消されている。しかしながら,上述したように,累進帯が長いため近方視する場合には視線を大きく下げなければならないので,見づらいばかりでなく眼精疲労を引き起こすという不都合があった。(【0010】)」(2) 原判決27頁14行目の末尾を改行し,以下を付加する。
「さらに,本発明では,近用アイポイントから特定視部にかけて加入度の60%〜90%だけ屈折力を低下させている。この構成により,近用アイポイントから特定視部にかけて視覚特性が改良され,主子午線曲線の側方領域における収差集中が緩和される。その結果,像の揺れや歪みを軽減することができ,広い明視域を確保することができる。また,近用アイポイントと特定視部にかけて屈折力の度合いが比較的小さいため,近用アイポイントと特定視部との接続が連続的で滑らかになるように構成することができる。したがって,像の揺れや歪みが比較的少ない中間視状態を得ることができるとともに,特定視部の明視域を大きく確保することができる。(【0019】)」 2 控訴人の当審における主張に対する判断 (1) 争点1-1(被告製品は構成要件Aを充足するか)について ア 「特定視距離矯正領域」について (ア) 控訴人は,ある領域において,屈折力(度数)が連続的に変化していたとしても,光学的に正視と等しい屈折状態となることに変わりはなく,屈折異常のある眼は「矯正」されるのであるから,本件発明の「特定視距離矯正領域」は,「ある程度の広がりを持ったエリア」であることや,「屈折力(面屈折力)が一定ないしほぼ一定の領域」であることを要しないと主張する。
しかし,本件明細書の「本発明の累進多焦点レンズでは,遠用部の明視域をある程度犠牲にし,装用者の老視の度合いに応じて近景よりも実質的に離れた特定距離までの範囲(軽度の老視であれば遠方までの範囲)を矯正している。」(【0016】)との記載によれば,本件発明においては,装用者の老視の度合いに応じて近景よりも実質的に離れた特定距離までの範囲を矯正することが前提になっていると解されるところ,特定距離に対応して視力を矯正するためには,一定ないしほぼ一定の屈折力(度数)を有する,ある程度広がりを持った領域があることが必要であることは,前記(引用に係る原判決「事実及び理由」第3の2)のとおりであり,「特定視距離矯正領域」とは,「ある程度の広がりを持ったエリア」で,「屈折力(面屈折力)が一定ないしほぼ一定の領域」であることを要すると解すべきである。
このように解釈することは,「特定」の「視距離」に応じて「矯正」する「領域」との字義にも整合する。
また,本件特許請求の範囲の請求項1においては,「近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域」と,「前記近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域」が明確に区別されており,本件明細書においても,「図1の累進多焦点レンズは,主子午線曲線MM′に沿って,近景に対応する面屈折力を有する近用部Nと,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視部 Fと,近用部Nと特定視部Fとの間において両領域の面屈折力を連続的に接続する中間部Pとを備えている。」(【0030】)とあり,「近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視部F」と,「近用部Nと特定視部Fとの間において両領域の面屈折力を連続的に接続する中間部P」とが区別された実施例が開示されているのであって,「特定視距離矯正領域」は,「面屈折力を連続的に接続する累進領域」とは異なり,面屈折力が連続的に変化する領域ではないと解釈するのが自然である。
この点,控訴人は,屈折力が連続的に変化していても,瞳孔の径とほぼ同じ程度の微小な領域で結ばれる焦点距離が眼の焦点深度の範囲内であれば,対象物を安定して見ることは十分に可能であると主張するが,その根拠は必ずしも明らかではない。控訴人は,「JIS T 7330 眼鏡レンズの用語」における,累進屈折力レンズについての「レンズの一部又は全体にわたって,屈折力が連続的に変化する非回転対称面を持つレンズ」との記載(甲30)を指摘するが,この記載自体からは,屈折力が連続的に変化していても,瞳孔の径とほぼ同じ程度の微小な領域で結ばれる焦点距離が眼の焦点深度の範囲内であれば,対象物を安定して見ることは十分に可能であるということまでは読み取れず,レンズの一部において屈折力が連続的に変化する「累進領域」と,これとは区別される,屈折力が一定ないしほぼ一定の「特定視距離矯正領域」とを備えた累進多焦点レンズについても,この記載と矛盾するものではないから,控訴人の主張は理由がない。
(イ) 控訴人は,本件発明の「特定視距離矯正領域」について,「視力の矯正にふさわしい位置」にあること,すなわち,眼鏡フレームの外側に外れることがないことを要するとするなら,加工前の眼鏡レンズにおいて本件発明の技術的範囲に属していたものが,その後の加工処理により非侵害となり,不合理であると主張する。
しかし,「特定視距離矯正領域」とは,「特定」の「視距離」において,視力を「矯正」する「領域」であり,前記(引用に係る原判決「事実及び理由」第3の2)のとおり,視力を矯正するためには,かかる領域が,レンズの中の視力の矯正にふ さわしい位置,具体的には,レンズを眼鏡フレームに合わせて加工したときにフレームの外側に外れることがないような位置に存在することが必要であることは明らかであるから,控訴人の主張は理由がない。
(ウ) 控訴人は,甲29,37を根拠に,遠方視のための領域においても屈折力が変動すると主張する。
しかし,甲29に記載されたレンズについては,「遠方視」と呼ばれているだけで,その遠方視に対応する部分が「矯正」されているといえるかは定かではなく,また,甲37においては,「遠用中心」から上方に10mmほどの領域は,度数がおおよそ一定の領域であることは,前記(引用に係る原判決「事実及び理由」第3の2)のとおりであり,控訴人の主張は理由がない。
イ 被告製品が「特定視距離矯正領域」を備えていることについて 控訴人は,本件上方領域においても,レンズの屈折面の作用により,屈折異常のある眼は矯正されるのであるから,「矯正領域」に該当すると主張する。
しかし,前記アのとおり,眼鏡が「特定視距離矯正領域」を備えているというには,視力の矯正にふさわしい位置にあり,ある程度の広がりを持ったエリアで,屈折力(面屈折力)が一定ないしほぼ一定の領域であることを要すると解される。そして,本件上方領域は,原判決別紙「被告製品の度数分布」記載1「基準線上の度数分布(乙7)」によれば,下方の領域では,屈折力がほぼ一定となっているものの,それよりも上の領域では屈折力がかなり変化しており,それよりもさらに上の部分も,屈折力が緩やかではあるが,減少し続けていることが見て取れる上,原判決別紙「被告製品の度数分布」記載2「面平均度数分布(乙15)」を見ても,下方の領域には,「近用度数測定位置」から下に向かって,屈折力がほぼ一定で,ある程度広がりを持ったエリアが存在するのに対し,本件上方領域に該当する部分は,等屈折力線の幅が狭くなっており,領域と言えるほどのエリアは存在していないのであるから,ある程度の広がりを持ったエリアで,屈折力(面屈折力)が一定ないしほぼ一定の領域であるとはいえない。なお,控訴人は,レンズの下方部分(近用 視矯正領域)において,レンズの横方向に関して屈折力が変化しているのであるから,「累進領域」以外の領域において屈折力が一定であることは必須の要件ではないとも主張するが,重ね合わせ図によれば,上記の「近用度数測定位置」から下に向かって,屈折力がほぼ一定で,ある程度広がりを持ったエリアにおいては,主子午線曲線を中心としてレンズの横方向にも屈折力が変化していないのであるから,控訴人の主張は理由がない。
また,本件上方領域は,レンズを通常の眼鏡フレームに合わせて加工したときに,その全部又は大半がフレームの外側に外れてしまう部分であるから,視力の矯正にふさわしい位置にあるともいえない。
控訴人は,本件測定円は,ユーザが見ることを前提とした領域であり,当然に「矯正」するための領域であると主張するが,前記(引用に係る原判決「事実及び理由」第3の2)認定のとおり,本件測定円は,「Aタイプ」と「Bタイプ」のタイプ識別のための円にすぎず,レンズ内で「矯正」のための領域になくても,レンズとしての屈折力の変化を測定する基準とすることができればよいものであるから,「特定視距離矯正領域」に関係するとはいえない。重ね合わせ図を見ても,本件測定円より上方において屈折力は連続的に変化し続けているのであるから,本件測定円を根拠に本件上方部分が「特定視距離矯正領域」であると認定することはできない。
ウ 小括 以上によれば,被告製品が「特定視距離矯正領域」を備えていると認めることはできず,被告製品は,いずれも,構成要件Aを充足しない。
(2) 争点1-3(被告製品は構成要件Cを充足するか)について ア 「特定視距離矯正領域の中心」について 控訴人は,被告製品においても「特定視距離矯正領域の中心」を充足すると主張する。
しかし,本件測定円は,上記(1)で認定したとおり,「Aタイプ」と「Bタイプ」のタイプ識別のための円にすぎず,これを「特定視距離矯正領域の中心」と解する べき根拠はない。そもそも,被告製品については,「特定視距離矯正領域」を備えているとは認められないことは上記(1)で認定したとおりであり,そうすると「特定視距離矯正領域の中心」を特定することもできないことは明らかである。
イ 条件式(2)を満たすことについて 控訴人は,特定視距離を無限遠と設定し,近用視距離を0.5m,眼球とレンズ面との角度を0度,眼球とレンズ面との距離を12mmとの条件を設定して,明視域の幅WFを算出できると主張する。
しかし, Fは, W 「特定視距離矯正領域における明視域の最大幅」を指すところ 【0 (013】),上記のとおり,被告製品については,「特定視距離矯正領域」を備えているとは認められないのであって,その中の明視域を特定することができず,その最大幅を測定することもできないから,「特定視距離矯正領域における明視域の最大幅」を特定することはできない。
また,本件明細書には,レンズの非点隔差を測定する際の具体的な測定条件は記載されておらず,図4も,実施例のレンズLにおいて,それぞれの焦点距離における非点収差を測定したことを説明するものにすぎないところ,控訴人の提出する証拠(甲34,35,40〜43)を見ても,一般的なレンズの屈折力等の特性を測定する際に平行光(無限遠の設定)を用いることや,通常の眼鏡において角膜とレンズ面との距離が12mmであることが開示されているにすぎず,本件発明のような近用視矯正領域,累進領域,特定視距離矯正領域という複数の領域を有する累進多焦点レンズにおける非点隔差分布を測定する上で,実施例のレンズL以外の場合であっても控訴人の主張する上記測定条件を採用することが,技術常識であったことを開示するものではない。
ウ 小括 以上によれば,被告製品は,いずれも,構成要件Cを充足しない。
(3) 争点1-6(被告製品は本件発明と均等であるか)について ア 第1要件について (ア) 控訴人は,本件発明の特徴的部分は,眼鏡レンズにおいて,「近用アイポイントを近用中心から主子午線曲線に沿って上方に2mmから8mmの距離に設定するとともに,条件式(1)(2)を満足するように設定する」ことにあるところ,当該眼鏡レンズにおける遠方視に適した部分(特定視距離矯正領域)において屈折力が一定であるかどうかは,上記の特徴的部分とは関係がなく,本件発明の本質的部分ではないから,被告製品は,いずれも均等の第1要件を充足すると主張する。
(イ) 特許発明における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきであり,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。
(ウ) 前記(引用に係る原判決「事実及び理由」第3の1(1))のとおり,本件明細書には,本件発明の課題及び解決手段とその効果について,以下の記載がある。
a 従来の技術 累進多焦点レンズは,眼の調節力が衰退して近方視が困難になった場合の調節力の補助用眼鏡レンズであり,一般に,装用時において上方に位置する遠用視矯正領域(遠用部)と,下方の近用視矯正領域(近用部)と,双方の領域の間において連続的に屈折力が変化する累進領域(中間部)とを備えているところ,従来,遠用部及び近用部において明視域(非点隔差が0.5ディオプター以下の範囲)を広く確保し,その間を累進領域(累進帯)で結ぶと,その累進帯の側方領域にレンズ収差が集中するようになる結果,特に累進帯の側方領域において結像不良(像のボケ)及び像の歪みが発生し,このような領域で視線を振る(移動させる)と装用者には像の歪みが像の揺れとして知覚され,装用感の悪い不快な感じを抱くことになるという課題があった(【0003】【0004】)。
中近両用累進多焦点レンズは,中間視から近方視を重視する設計に基づく累進多 焦点レンズであり,遠近両用累進多焦点レンズと比較して像の揺れや歪みが少なく且つ手元から中間距離までの視野が比較的広く,特に室内では比較的使い易い眼鏡レンズであるといわれている(【0007】)。
b 本件発明の課題 目の調節力の衰退の度合いが大きくなるにつれて,加入度の大きなレンズを装用しなければならなくなるところ,一般に,加入度が大きくなればなるほど,遠用部及び近用部における明視域が狭くなる結果,遠用部および近用部において視線を振って快適な側方視をすることができず,顔全体を振って側方視をしなければならなくなる上,遠用部と近用部とを結ぶ累進帯の側方領域におけるレンズ収差が増大する結果,累進帯の側方領域で視線を振ると,像の揺れや歪みが増大するとともに装用感がさらに悪化し,装用が困難になってしまうことがある。また,従来の累進多焦点レンズでは,目の調節力の衰退の度合いに関わらず遠方から近方まで良好に見えるように設定しているため,累進帯が比較的長く,レンズを眼鏡フレームに枠入れした状態では,近用視領域がフレームの最下部に位置することになり,近方視する場合には視線を大きく下げなければならない。その結果,見づらいばかりでなく,視線を大きく下げることによる眼精疲労を引き起こすことになり,従来の累進多焦点レンズでは,たとえばデスクワークのような近方作業をある程度長い時間にわたって継続することが困難であった(【0008】〜【0010】)。
本件発明は,これらの課題に鑑みてなされたものであり,目の調節力の衰退が大きい人でも長い時間にわたって快適に近方視を継続することができる累進多焦点レンズを提供することを目的とするものである(【0011】)。
c 課題を解決するための手段 本件発明においては,前記課題を解決するため,レンズ屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主子午線曲線に沿って,近景に対応する面屈折力を有する近用視矯正領域と,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域と,前記近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域との間において 両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域とを備え,前記近用視矯正領域の中心は,近用アイポイントから前記主子午線曲線に沿って下方に2mmから8mmだけ間隔を隔て,前記近用アイポイントでの屈折力をKEとし,前記特定視距離矯正領域の中心での屈折力をKAとし,前記近用視矯正領域の中心での屈折力をKBとし,前記特定視距離矯正領域における明視域の最大幅をWF (mm)としたとき, 0.6<(KE-KA)/(KB-KA)<0.9 (1) WF ≧50/(KB -KA ) (2)の条件を満足することを特徴とする累進多焦点レンズを提供する 【0012】 。
( ) d 発明の効果 本件発明では,近用アイポイントから近用中心までの距離を小さくしているため,近用アイポイントから近用部にかけて発生する収差が比較的小さく,良好な視覚特性が得られ,視線を大きく下げることなく中間視から近用視へ移行することができるとともに,近用部において広い明視域を確保することができる。
また,特定中心を基準とした近用アイポイントでの屈折力増加量(KE-KA)を加入度(KB-KA)の60%〜90%に設定すると,近用アイポイントから近用部に至る領域の側方領域における非点収差の集中が軽減され,像の揺れや歪みなどが抑えられ,近用部及び中間部において広い明視域を実現することができ,さらに,近用アイポイントから特定視部にかけて加入度の60%〜90%だけ屈折力を低下させるとの構成により,近用アイポイントから特定視部にかけて視覚特性が改良され,主子午線曲線の側方領域における収差集中が緩和される結果,像の揺れや歪みを軽減することができ,広い明視域を確保することができ,また,屈折力の変化の度合いが比較的小さいため,近用アイポイントと特定視部との接続が連続的で滑らかになるように構成することができ,特定視部の明視域を大きく確保することができる(【0018】【0019】)。
(エ) 以上によれば,本件発明は,「近用視矯正領域」と,「特定視距離矯正領域」と,「近用視矯正領域と特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力 を連続的に接続する累進領域」とを備えた累進多焦点レンズを前提に,目の調節力の衰退が大きい人が長い時間にわたって快適に近方視を継続することを目的として,近用アイポイントから近用中心までの距離を2mmから8mmと設定するとともに,条件式(1)(2)の条件を満足することを特徴とする累進多焦点レンズを提供した結果,視線を大きく下げることなく中間視から近用視へ移行することができ,近用部において広い明視域を確保するとともに,特定視部の明視域を大きく確保することを実現したものであるから,本件発明の本質的部分は,近用アイポイントから近用中心までの距離を2mmから8mmと設定したことと,条件式(1)(2)を設定したことにあると認められる。
そして,条件式(1)(2)では,「近用視矯正領域の中心での屈折力」であるKBと「特定視距離矯正領域の中心での屈折力」であるKAとの差(KB-KA)が用いられているところ,「特定視距離矯正領域」の範囲を特定できなくては,「特定視距離矯正領域の中心」が特定できず,その屈折力KA を求めることができない上,条件式(2)では,前記(2)イのとおり,「特定視距離矯正領域」の範囲を特定することができなければ,「特定視距離矯正領域」の明視域の最大幅WFを特定することができない。したがって,条件式(1)(2)を満足させるためには,「特定視距離矯正領域」の範囲を特定できることが必要であるから,「特定視距離矯正領域」が,屈折力が一定ないしほぼ一定の領域を有する,ある程度広がりを持った領域であることも,本件発明の技術的思想を構成する特徴的部分であり,本質に係る部分である。
したがって,控訴人の主張は,採用できない。
(オ) 被告製品は,前記(1)(2)のとおり,いずれも「特定視距離矯正領域」,「特定視距離矯正領域の中心」を充足せず,条件式(1)(2)を満足させるものではないから,本件発明とは,その本質的部分において相違することが明らかであり,均等第1条件を充足しない。
イ 小括 以上によれば,その余の要件について検討するまでもなく,被告製品について均等侵害の成立を認める余地はない。
3 結論よって,その余の争点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人に対する本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 部眞規子
裁判官 古河謙一
裁判官 関根澄子
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