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関連審決 無効2015-800176
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事件 平成 28年 (行ケ) 10119号 審決取消請求事件

原告アスモ株式会社
同訴訟代理人弁護士 櫻林正己
同訴訟代理人弁理士 碓氷裕彦 中村広希
被告株式会社ミツバ
同訴訟代理人弁護 士小野寺良文 田中浩之 桑原秀明 平田憲人
同訴訟代理人弁理 士筒井大和 小塚善高 青山仁 筒井章子 鷹野寧
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/08/03
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2015−800176号事件について平成28年4月26日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
-1-事 実 及 び 理 由第1 請求の趣旨主文同旨第2 事案の概要本件は,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,@審理不尽・手続違背の有無,A進歩性の有無,B明確性要件・サポート要件の有無である。
1 特許庁における手続の経緯被告は,平成17年11月17日,発明の名称を「ワイパモータ」とする発明につき,特許を出願し(特願2005−333080号),平成24年6月1日,設定登録(特許第5006537号)を受けた(請求項の数4。甲11。以下「本件特許」という。。
)原告は,平成27年9月7日,本件特許の請求項1〜4の発明について特許無効審判を請求した(無効2015−800176号。甲26の1)。
特許庁は,平成28年4月26日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年5月9日,原告に送達された。
2 本件発明の要旨本件特許の請求項1〜4の発明に係る記載は,次のとおりである(甲11。以下,これらの発明をそれぞれ「本件発明1〜4」といい,本件発明1〜4を併せて「本件発明」という。本件特許の特許公報(甲11)記載の明細書及び図面を併せて「本件明細書」という。本件特許の各請求項を「請求項1」などということがある。。
)【請求項1】(本件発明1)車両のウインドシールドを払拭するワイパ装置を駆動するワイパモータであって,アマチュアシャフトを回転自在に支持するモータヨークと,回転方向に並ぶ四つの磁極を備え,前記モータヨークの内面に固定される界磁部-2-と,回転方向に並ぶ複数のスロットを備え,前記アマチュアシャフトに固定されるアマチュアコアと,回転方向に並ぶ複数の整流子片を備え,前記アマチュアシャフトに固定される整流子と,前記複数のスロットの各スロットから所定のスロットを空けて導線をそれぞれ重ね巻きして装着され,それぞれの前記整流子片に電気的に接続される巻線と,前記巻線と同一の導線により形成され,それぞれ互いに同電位となるべき前記整流子片同士を電気的に接続する接続線と,前記整流子片に摺接し,前記導線に駆動電流を供給するブラシとして,共通ブラシ,第1のブラシ,第2のブラシのみを有し,前記第1のブラシは,前記共通ブラシに対して周方向に90度ずれて配置され,前記共通ブラシと対となって前記導線に駆動電流を供給し,前記第2のブラシは,前記共通ブラシと前記第1のブラシとの間で周方向に形成される空間のうちの鈍角側の空間に配置され,前記共通ブラシと対となって前記導線に駆動電流を供給し,前記共通ブラシおよび前記第1のブラシ,または前記共通ブラシおよび前記第2のブラシのいずれか一方の対に通電することにより作動速度を切替え可能であることを特徴とするワイパモータ。
【請求項2】(本件発明2)請求項1記載のワイパモータにおいて,前記第1のブラシに対して周方向に鋭角にずれるとともに,前記共通ブラシに対して周方向に鈍角にずれた位置に前記第2のブラシを配置することを特徴とするワイパモータ。
【請求項3】(本件発明3)請求項1記載のワイパモータにおいて,前記第1のブラシに対して周方向に鈍角にずれるとともに,前記共通ブラシに対して周方向に鋭角にずれた位置に前記第2-3-のブラシを配置することを特徴とするワイパモータ。
【請求項4】(本件発明4)請求項1記載のワイパモータにおいて,前記第1のブラシと前記共通ブラシの両方に対して周方向に鈍角にずれた位置に前記第2のブラシを配置することを特徴とするワイパモータ。
3 審判における請求人(原告)の主張本件発明は,@甲1(特表平10−503640号公報)に記載された発明(以下,「甲1発明」という。)に甲2(特開2000−166185号公報)に記載された事項を組み合わせることにより,当業者が容易に想到することができたものであるから,特許法29条2項により,特許を受けることができない(進歩性につき,引用例として,甲3(特開2000−60049号公報)も主張していたかどうかについては,後記のとおり,争いがある。,A請求項1には,) 「前記複数のスロットの各スロットから所定のスロットを空けて導線をそれぞれ重ね巻きして装着され,それぞれの前記整流子片に電気的に接続される巻線」と製法が記載されているから,本件特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号明確性要件を満たしていない,B請求項1の「前記巻線と同一の導線により形成され,それぞれ互いに同電位となるべき前記整流子片同士を電気的に接続する接続線」は,特許法36条6項2号明確性要件を備えておらず,「同電位であるべき整流子片同士に線材を係止した後,切断する」ものを除外する旨であれば,特許法36条6項1号のサポート要件を備えておらず,また,巻線と接続線が一つのコイルの塊から形成されることは特許請求の範囲で規定されていないから,特許法36条6項2号明確性要件を備えておらず,特許法36条6項1号のサポート要件も備えていない。
4 審決の理由の要点(1) 進歩性についてア 甲1発明の認定甲1発明は,次のとおりである。
-4-「自動車用ワイパー・システムの駆動モータであって,電機子軸を回転自在に支持するハウジングと,4個の磁極が前記ハウジングの内周に方向に等間隔で配置されている界磁部と,円周方向に並ぶ複数のスロットを備え,前記電機子軸に固定される電機子と,円周方向に配列された複数の密接離間した整流子棒材を備え,前記電機子軸上に取り付けられた整流子と,前記複数のスロットに導線をそれぞれ装着され,それぞれの前記整流子棒材に電気的に接続される巻線と,前記整流子棒材に接触し,前記巻線に電流を供給するブラシとして,2個の共通接地ブラシ,2個の低速ブラシ,2個の高速ブラシを有し,前記低速ブラシは,前記共通接地ブラシに対して円周方向にほぼ90度の間隔で離間して配置され,前記共通接地ブラシと対となって前記巻線に電流を供給し,前記高速ブラシは,前記共通接地ブラシと前記低速ブラシとの間で円周方向に離間して配置され,前記共通接地ブラシを介して前記巻線に電流を供給し,前記共通接地ブラシおよび前記低速ブラシ,または前記共通接地ブラシおよび前記高速ブラシのいずれか一方の対に通電することにより作動速度を切替え可能である自動車用ワイパー・システムの駆動モータ。」イ 本件発明1と甲1発明の対比(ア) 一致点の認定本件発明1と甲1発明とを対比すると,次の点で一致する。
「車両のウインドシールドを払拭するワイパ装置を駆動するワイパモータであって,アマチュアシャフトを回転自在に支持するモータヨークと,回転方向に並ぶ四つの磁極を備え,前記モータヨークの内面に固定される界磁部と,回転方向に並ぶ複数のスロットを備え,前記アマチュアシャフトに固定されるアマチュアコアと,-5-回転方向に並ぶ複数の整流子片を備え,前記アマチュアシャフトに固定される整流子と,前記複数のスロットの各スロットから所定のスロットを空けて導線をそれぞれ装着され,それぞれの前記整流子片に電気的に接続される巻線と,前記整流子片に摺接し,前記導線に駆動電流を供給するブラシとして,共通ブラシ,第1のブラシ,第2のブラシを有し,前記第1のブラシは,前記共通ブラシに対して周方向に90度ずれて配置され,前記共通ブラシと対となって前記導線に駆動電流を供給し,前記第2のブラシは,前記共通ブラシと前記第1のブラシとの間で周方向に形成される空間に配置され,前記共通ブラシと対となって前記導線に駆動電流を供給し,前記共通ブラシおよび前記第1のブラシ,または前記共通ブラシおよび前記第2のブラシのいずれか一方の対に通電することにより作動速度を切替え可能であるワイパモータ。」(イ) 相違点の認定本件発明1と甲1発明とを対比すると,次の点が相違する。
a 相違点 1巻線に関し,本件発明1は,スロットに重ね巻きして装着されるのに対し,甲1発明は,このような特定がない点。
b 相違点2本件発明1は,巻線と同一の導線により形成され,それぞれ互いに同電位となるべき整流子片同士を電気的に接続する接続線を有するのに対し,甲1発明は,接続線を備えていない点。
c 相違点3ブラシに関し,本件発明1は,共通ブラシ,第1のブラシ,第2のブラシのみを有するのに対し,甲1発明は,2個の共通ブラシ,2個の第1のブラシ,2個の第2の高速ブラシを有する点。
-6-d 相違点4第2のブラシに関し,本件発明1は,共通ブラシと第1のブラシとの間で周方向に形成される空間のうちの鈍角側の空間に配置されるのに対し,甲1発明は,共通ブラシと共通ブラシに対して周方向に90度ずれて配置される第1のブラシとの間で円周方向に離間して配置される点。
(ウ) 相違点についての判断a 相違点1についての判断甲1発明の巻線がどのように巻回されているかは明細書に明示はないが,いわゆる直流モータの電機子は,通常重巻か波巻を採用しており,ワイパモータの電機子に重巻を採用することも周知の事項であるから,甲1発明において,巻線を重巻とすることは,当業者が適宜選択し得ることと認められる。
b 相違点2についての判断本件発明1の接続線は,巻線と同一の導線により形成されること,及び,それぞれ互いに同電位となるべき整流子片同士を電気的に接続することが要件である。甲1発明は,接続線をそもそも備えておらず,接続線を用いることについて何ら示唆もない。
仮に,甲1発明が,接続線を用いてブラシの数を半減させることを意図しているならば,甲1には4極機に関し4極3ブラシのものしか開示がないはずであり,それにもかかわらず4極6ブラシのもの(甲1発明)が開示されていることは,接続線を用いてブラシの数を半減することを何ら意図していないこととなる。
また,「同一」とは別物でないことを意味するから,本件発明1の接続線と巻線は別物でないこととなる。甲2には,「上記構成の電動モータ79では,均圧線90と導線85とが同一径,同一材料(銅線の表面にエナメル皮膜が施されている。)の線材を用いて,整流子88の側面に均圧線90を密接し,引き続きコア84に巻線86を設ける。 【0029】 と記載されているだけであって,」( ) 当該記載は均圧線(接続線)と導線が同一型番の線材を用いることを示すのみであり,接続線と巻線を別-7-物でないものとすることは,甲2のみならず,甲3〜7,9,10のいずれにも記載も示唆もない。
そうすると,甲1発明に,巻線と同一の導線により形成され,それぞれ互いに同電位となるべき整流子片同士を電気的に接続する接続線を用いて,相違点2のようにすることは,当業者が容易に考えることができたものとは認められない。
c 相違点3についての判断甲1発明は,接続線をそもそも備えておらず,かつ,接続線を用いることについて何ら示唆もなく,甲1発明は接続線を用いなければブラシの数を減らすことはできないから,4極6ブラシを有する甲1発明において,ブラシを共通ブラシ,第1のブラシ,第2のブラシのみの3ブラシとすることは,当業者が容易に考えることができたものとは認められない。
d 相違点4についての判断甲1発明は,4極6ブラシ,接続線無しが前提であるから,電気角で360度内に共通ブラシ,第1のブラシ,第2のブラシを有することが前提であり,また,「また,高速ブラシ86は低速ブラシ82に対して,高速ブラシ96は低速ブラシ92に対して,鋭角Z(例えば,約30度)を成している。(17頁4行〜6行)との」記載,6個のブラシが,符号80台が三つあってそれぞれ共通ブラシ,第1のブラシ,第2のブラシであること,符号90台が三つあってそれぞれ共通ブラシ,第1のブラシ,第2のブラシであることを考慮すると,ブラシ82,84,86で一つのブラシセット,ブラシ92,94,96でもう一つのブラシセットとすることが合理的である。
そうすると,甲1発明の第2のブラシに関し,共通ブラシと共通ブラシに対して周方向に90度ずれて配置される第1のブラシとの間で円周方向に離間して配置されるとは,ブラシ86の配置のように,共通ブラシと第1のブラシとの間で周方向に形成される空間のうちの鋭角側の空間に配置されることを意味しており,また,甲2において,第2ブラシを設けること,及び,第2のブラシを共通ブラシと第1-8-のブラシとの間で周方向に形成される空間のうちの鈍角側の空間に配置することは記載も示唆もない。
そうすると,甲1発明において,第2のブラシを,共通ブラシと第1のブラシとの間で周方向に形成される空間のうちの鈍角側の空間に配置して,相違点4のようにすることは,当業者が容易に考えることができたものとは認められない。
e 甲1発明への甲2に記載された事項の適用性仮に,甲1発明に,甲2に記載された事項が適用できたとしても,甲2には,三つのブラシの選択について何ら記載がなく,4極4ブラシの従来例から削除される2ブラシは電気角で360度内のものである,第3のブラシ,第4のブラシとなる。
そうすると,甲1発明において,ブラシ82,84,86の一つのブラシセットか,又は,ブラシ92,94,96のもう一つのブラシセットのいずれか一方のセットのブラシが削除されるにとどまり,巻線と同一の導線により接続線が形成されることはなく,また,第2のブラシを共通ブラシと第1のブラシとの間で周方向に形成される空間のうちの鈍角側の空間に配置されることもない。
そうすると,甲1発明に甲2に記載された事項を適用できたとしても,更に巻線と同一の導線により接続線が形成されること,及び,更に第2のブラシを共通ブラシと第1のブラシとの間で周方向に形成される空間のうちの鈍角側の空間に配置されることは,当業者が容易に考えることができたものとは認められない。
(エ) 小括甲1発明において,相違点2〜4に係る本件発明1の構成とすることは当業者が容易に考えることができたものとは認められないから,本件発明1は,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められず,同様に,本件発明2〜4も,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。
(2) 明確性について「導線をそれぞれ重ね巻きして装着され」「それぞれの前記整流子片に電気的に,-9-接続される巻線」は,単に状態を示すことにより構造又は特性を特定しているにすぎないものであるから,これを発明の構成が明確でないとして特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていないとすることはできない。
(3) 明確性要件・サポート要件について請求項1の「前記巻線と同一の導線により形成され,それぞれ互いに同電位となるべき前記整流子片同士を電気的に接続する接続線」は,巻線と接続線が同一の導線により形成され,接続線がそれぞれ互いに同電位となるべき整流子片同士を電気的に接続することを表しており,何ら不明確な記載はなく,また,「同電位であるべき整流子片同士に線材を係止した後,切断する」ことは本件明細書に何ら記載がないので,当該事項を記載していないからといって,サポート要件を備えていないとすることはできない。
また,「巻線と接続線が一つのコイルの塊から形成される」 甲1発明のは, 「同一」の意味について確認するために口頭審理陳述要領書で記載した事項であり,「同一」とは別物でないことを意味し,前記のとおり,請求項1の当該記載は明確であって,サポート要件を備えていないとすることはできず,本件明細書に何ら記載がない「巻線と接続線が一つのコイルの塊から形成される」が請求項1に記載されていないからといって,不明確であるとすることはできず,サポート要件を備えていないとすることはできない。
第3 原告主張の審決取消事由1 審理不尽・手続違背(1) 審理不尽ア 原告は,審判において,「同一の導線」について,これが「切断されていない導線」という意味であるときに備えて,甲3も,予備的に引例として指摘している。
しかしながら,審決は,原告の無効理由1(甲1発明を主引用例とする進歩性欠如)について,甲1及び甲2の組合せしか摘示していない。
- 10 -したがって,審決には,審理不尽の違法がある。
イ 原告は,審判における平成28年2月22日付け口頭審理陳述要領書(甲26の8)において,甲2,甲3共に「同一の導線」との構成を備えるという前提で,無効理由1を,甲1と甲2との組合せと記載したのであって,この前提がない場合についてまで,この記載が,無効理由1の引例を甲1と甲2に限定する趣旨を含むものではない。原告は,審判長からの審理事項通知(甲26の7)に対し,「甲3では,均圧線の接続とコイルの重ね巻とを連続して行うと記載しているのであるから,甲2発明の巻線機の作業が途中で作業を中断してコイル塊を交換するものではなく,同じコイル塊で連続して作業を続けていることの理解を助ける資料として,甲3は利用できると考える。(甲26の8)と,甲2の解釈の上でも甲3は利用可」能であるとしているのであり,甲3を撤回する意思は表明していない。
(2) 手続違背審判の平成28年2月24日の第 1 回口頭審理期日において,「請求人の平成28年2月3日付け口頭審理陳述要領書18頁下から3行〜19頁15行,21頁14行〜22頁14行,23頁下から6行〜24頁 1 行のような補正」及び「甲第8号証の追加」が,不許可とされた(甲26の10)。
しかし,前記主張の追加は,甲1と甲2の組合せの動機付けに関し,「小型化・軽量化は当該技術分野における普遍的な周知の課題であること」「循環電流防止の点,からも組合せの動機付けがあること」の主張の補充,前記証拠の追加は,「均圧線が循環電流を防ぐための技術であることは技術常識であること」の証拠の補充である。
原告の無効審判請求段階における無効理由は,主引例(甲1)と副引例(甲2,3)の組合せと主張する点で変更はなく,これらの主張立証の追加は,周知技術技術常識又は引例の組合せの動機付けについての主張立証の追加にすぎず,審判請求の要旨を変更するものではなく,他に追加を認めない理由も認められない。
したがって,前記不許可の決定は,特許法131条の2第 1 項の解釈適用を誤ったものであり,審決には,手続違背の違法がある。
- 11 -2 本件発明の認定の誤り審決は,本件発明の認定において,「同一の導線」を「切断されていない連続線の導線」を意味するものと理解している。
しかし,「同一の導線」は,同じ線材を使用してコイルの巻回も接続線の形成も行うことを意味し,最終段階でも「巻線と接続線が1本の導線で形成されている」ことまでを示すものではない。
「同一の導線」の最も通常の文言解釈としては「巻線と接続線が同一径,同一材料の導線で構成されていること」の意味であると理解されるのであって,「同一の導線」には,「切断されていない連続線」だけでなく,「同一材料の導線」も含まれる。
また,本件発明の「同一の導線」が連続線を示すものであるとしても,@巻線(コイル)及び均圧線(接続線)を形成する1本の導線が切断されない結果,すべての均圧線と巻線が一つの部材により構成されているもの(第1類型) 及び,, A巻線(コイル)及び均圧線(接続線)を形成する1本の導線が,均圧線と均圧線との間で切断される結果,均圧線と巻線は,均圧線のみの部材複数と,均圧線と巻線が一つの部材により構成されているものから成るもの(第2類型)の,両方を含むものである。
なお,ダブルフライヤ方式の巻回を行う場合(本件明細書【0027】)には,二つのフライヤで2本の導線が巻回されることになるので,この2本の導線のそれぞれにつき,前記の「同一の導線」か否かを考えることになる。
したがって,この点についての審決の本件発明の認定には誤りがある。
3 甲2及び甲3に記載された事項についての認定の誤り,相違点4の認定の誤り(1) 甲2に記載された事項についての認定の誤り審決は,「接続線と巻線を別物でないものとすることが,甲2に記載も示唆もない。」旨認定している。
しかし,甲2には,「巻線と同一の導線により接続線を形成すること」(前記2の- 12 -第2類型)が記載されている 【請求項3】( ,【0017】,【0029】,【0046】 。
)審決の前記認定は,誤りであり,審決の結論に影響を及ぼす。
(2) 甲3に記載された事項について認定の誤り審決は,「接続線と巻線を別物でないものとすることが,甲3に記載も示唆もない。」旨認定している。
しかし,甲3には,巻線と接続線を連続線で形成すること(前記2の第2類型)が記載されている(【請求項13】【0014】【0025】【0039】【005, , , ,3】。
)審決の前記認定は,誤りであり,審決の結論に影響を及ぼす。
なお,「接続線を巻線と同一の導線(連続線)により形成すること」は,甲14(特開2002−186210号公報。
【0010】,【0012】 前記2の第1類型。,。 )甲15(特開2002−199685号公報。0015】 0016】 0031】【 ,【 【, 。
同第1類型。,甲28(特開2000−134873号公報。
) 【請求項14】【00,32】【0053】, 。同第2類型。)及び甲29(特開2002−233123号公報。
【請求項4】【0025】【0026】【0033】, , , 。同第1類型。)にも開示されている周知技術である。
(3) 相違点4の認定の誤り審決は,相違点4につき,「第2のブラシに関し,本件発明1は共通ブラシと第1のブラシとの間で周方向に形成される空間のうちの鈍角側の空間に配置されるのに対し,甲1発明は,共通ブラシと共通ブラシに対して周方向に90度ずれて配置される第1のブラシとの間で,円周方向に離間して配置される点」と認定している。
しかし,4極の変速モータでは,対になった二つの高速ブラシ(第2のブラシ)が追加され,これが対向配置されるところ,この対になった高速ブラシは電気的に等価であるから,電気技術的には,特定の第2のブラシ(高速ブラシ)が特定の共通ブラシと第1のブラシとの間に配置されているというものではない。
4極モータの甲1発明では,共通ブラシ,第1のブラシ,第2のブラシは,いず- 13 -れも各二つが対になって互いに180度円周方向に離間して配置されているのであるから,相違点4は,「第2のブラシに関し,本件発明1は,共通ブラシと第1のブラシとの間で周方向に形成される空間のうち鈍角側の空間に配置されるのに対し,甲1発明は,対になった2個の共通ブラシと,この対になった共通ブラシに対して周方向に各90度ずれて配置される対になった第1のブラシとの間で,対になった2個の第2のブラシが,それぞれ円周方向に離間して配置されていること。 と認定」すべきである。
4 相違点2及び3についての判断の誤り甲1発明に甲2に記載された事項を適用することについてア 甲2には,「巻線と同一の導線により形成される接続線を使用して,ブラシの数を削減する」技術が開示されている 【0011】( ,【0015】,【0026】,【0027】【0044】, )ので,甲1発明に甲2に記載された前記技術を適用できれば,相違点2及び3は,いずれも克服される。
イ 審決は,甲1発明は接続線を備えておらず,接続線を用いることについて示唆がないこと,仮に甲1発明が接続線を用いてブラシの数を半減されることを意図しているのであれば,甲1には,4極機に関して4極3ブラシのものしか開示がないはずであり,それにもかかわらず,4極6ブラシの甲1発明が開示されていることは,接続線を用いてブラシの数を半減することを何ら意図していないこととなることを理由として,甲1発明に甲2に記載された接続線を用いることは,当業者が容易に考えることができたものとは認められない旨判断している。
しかし,甲1発明に甲2に記載された事項を組み合わせる動機付けについては,甲1に開示・示唆されている事項に限定されるものではない。甲1発明と甲2に記載された事項との技術分野の共通性,課題の共通性,作用機能の共通性,引例の内容中の示唆など,種々の観点を総合して判断すべきものである。
そして,次のとおり,甲1発明に甲2に記載された事項を適用する動機付けが存在する。
- 14 -(ア) 技術分野の共通性甲1発明と甲2に記載された事項は,いずれも「ブラシ付き4極直流モータに関する技術」という点で,技術分野が共通する。甲1はワイパ用,甲2はパワステ用であるが,両者は,自動車用小型モータとして共通する。
「接続線を使用して同電位となるべきブラシを削減することができる」という技術的事項は,直流のブラシ付き電気モータにおける汎用技術であり,特に,多極モータにおける汎用技術である。電気的な観点から見ると,接続線(均圧部材,均圧線)により等電位となるべきコイルを接続する整流子片を接続することにより,整流子を介して接続されたコイルが同電位となり,一方のブラシを削減しても,他方のブラシから供給された電流が,接続線を介して,削減されたブラシに対応する整流子片にも供給されるから,その結果,ブラシを減らすことができるという技術的事項において,パワーステアリングモータか,ワイパモータか,パワーウィンドモータか,他のモータかの相違は関係がない。また,この技術事項は,回転速度の切替えのために高速ブラシを追加していようが,正逆回転しようが適用可能な技術であり,技術分野は共通である。
また,被告が主張するように,「4速の可変速モータに均圧線を設けることは,短絡閉回路による逆起電力という可変速モータに特有の負の影響をモータ全体に拡散させ,あるいは増幅させるおそれがあった」ということはない。
(イ) 課題の共通性同じ機能が達成できれば,コストが安い方が優れていることは,どの分野に限らず当たり前のことである。
自動車部品については,常に課題として小型化,軽量化が意識されている(甲18〜21)。甲9(特開昭61−112556号公報)には,レイアウト配置の自由度が高まること,甲10(特開平2−184246号公報)には,コストダウンという課題が記載されており,本件明細書(甲11)にも,循環電流の抑制のほか,レイアウト配置が課題として記載されており 【0036】,( ) 甲2にも小型化を目的- 15 -とすることが記載されている(【0012】〜【0014】。
)このような周知の課題(甲31)の解決を迫られている当業者において,甲1発明を知得していて,甲2に記載された「接続線を使用してブラシの数を減らす」技術に接したとき,これにより,甲1発明に内在する小型化,軽量化,コストダウン,レイアウト配置の自由度という周知の課題が解決されることは当然のごとく認識されるから,当該課題を解決するために,甲1発明に甲2に記載された事項を組み合わせる動機付けがある。
(ウ) 引例中の示唆副引例である甲2にも組合せの動機付けが記載されている。
すなわち,甲2には,従来技術である重ね巻きの4極の電動モータでは,循環電流が生ずる,摺動摩擦抵抗によるロストルクやブラシ音が大きいという問題点があり,これらを接続線(均圧部材,均圧線)及びブラシの数を半減させることにより解決したことが記載されている(【0002】【0006】〜【0008】【001, ,1】〜【0015】【0044】, )のであって,甲2は,多極モータではブラシ数が多くなることを課題として取り上げ,ブラシ数を減らすための手段として,同電位であるべき整流子片同士を接続した均圧部材を備え,これにより,+側及び−側それぞれ一個のブラシとしている【0011】 0015】 0026】 0027】( ,【 【, 【, ,【0044】。
)これに照らすと,甲2には,4極4ブラシのモータにおいてブラシ数が多いことによる課題(ロストルク,ブラシ音,トルクリップル等)と,それを「接続線(均圧線・均等部材)を使用してブラシ数を削減させる」ことにより解決することが明記されているから,組合せの動機付けが開示されている。
そうすると,重巻の4極モータである甲1発明を知得している当業者が,甲2に記載された前記事項に接すると,甲1発明にも本件発明1と同様に摺動摩擦抵抗によるロストルクや,ブラシ音が大きいという課題が存在すること,その解決手段として甲2に記載された「均圧線(均圧部材)を使用してブラシの数を削減させる」- 16 -構成を採用すると,4極の重巻多極モータで6ブラシを備える甲1発明のモータにおいて,当該課題を解決できることを認識する。
なお,循環電流の問題を解消するために接続線(均圧線)を用いることは,昭和40年代には文献に記載されていた技術常識である(甲8)。
(エ) 周知技術甲2に記載されている「4極以上の多極モータにおいて,均圧線を使用すると,対向する整流子片,コイル間が同電位となるため,同電位の電気を供給する二つのブラシのうちの一方を減らすことができる」という技術的事項は, (甲2 【0015】,【0027】【0044】, )だけでなく,甲9(特許請求の範囲,発明の効果),甲10(特許請求の範囲,発明の効果),甲16(特開平11−178288号公報。
【0002】,甲17(特開2001−69723号公報。特許請求の範囲,) 【0027】)にも開示されている,昭和60年代には公知になっていた周知技術であり,高速ブラシが追加されれば,高速ブラシについても適用することができることは,電気技術的に自明である。
そして,多極モータにおいてブラシ削減の技術の適用を試みる者は,多極モータではブラシ数が多くなることに基づく構造の複雑化,重量の増加等の課題解決のために同技術の適用を試みるのであるから,対になっている高速ブラシが追加されることにより更にブラシ数が多くなっている多極の変速モータについて,高速ブラシについても前記技術を適用する強い動機付けが働く。
ウ 甲1発明に,甲2に記載された事項を適用することにつき,阻害事由はない。
甲1には,4極6ブラシであることのメリットや,6ブラシを維持しなければならない事情,甲2の均圧部材の適用を排斥する記載など,阻害事由となるべき事情の記載はない。
エ 以上によると,甲1発明に甲2に記載された事項を適用する動機付けがあり,阻害事由はなく,甲1発明に甲2に記載された事項を適用することにより,- 17 -相違点2及び3に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことといえる。
したがって,相違点2及び3に係る容易想到性を否定した審決の判断は誤りである。
(2) 甲1発明に甲3に記載された事項を適用すること等について前記3(2)のとおり,甲3には,「接続線を巻線と同一の導線(連続線)により形成すること」が開示されている。甲1発明に甲2に記載された事項を適用し,更に,「切断されていない連続線により巻線と接続線が形成される」構成を採用することは,当業者における設計事項にすぎないし,少なくとも,甲3に記載された事項を適用することにより,当業者において容易に推考できることである。
5 相違点4についての判断の誤り(1) 審決は,相違点4について,@甲1の明細書中に, 高速ブラシ86「 (96)は低速ブラシ82(92)に対して,鋭角Z(例えば,約30度)を成している。」との記載があること,A6個のブラシについて,符号80台と90台がそれぞれ三つずつあり,それぞれ共通ブラシ,第1のブラシ,第2のブラシであることから,甲1発明においては,「ブラシ82,84,86で一つのブラシセット」「ブラシ9,2,94,96でもう一つのブラシセット」とすることが合理的であるとした上で,高速ブラシである第2のブラシを,共通ブラシと第1のブラシとの間で,周方向に形成される空間のうちの鈍角側の空間に配置することは,当業者が容易に考えることができたものとは認められないと判断する。
しかし,電気的に見て,接続線で整流子片を介して同電位となるべきコイル間を電気的に接続したとき,当該コイルは同電位となる。つまり,対となっている二つのブラシのうちどちらかのブラシをなくしても,残ったブラシからコイルに電気的に接続された接続線を通って,他の「同電位となるべきコイル」にも電流が供給されるから,それぞれ二つ対になっている共通ブラシ,低速ブラシ(第1のブラシ),高速ブラシ(第2のブラシ)の各々について,二つあるうちのどちらのブラシを1- 18 -個なくしても,コイルに電流が流れることに変わりはなく,技術的・電気的に等価である。
そうすると,共通ブラシ,低速ブラシ(第1のブラシ)について,80番台をなくしたからといって,高速ブラシ(第2のブラシ)についても80番台をなくさなければならないなどという技術的必然性はなく,対になったブラシのうち,どちらのブラシを削減するかは,当業者の設計事項である。
(2) そして,甲1発明の4極6ブラシモータにおいては,対になったブラシのうち,どちらのブラシを削減するかにつき,4通りの配置しかあり得ないところ,回転体であるモータについてあえて回転軸周りのバランスを崩すような設計は,当業者の技術常識に反する(甲22〜25)。また,甲16には,4極4ブラシのモータにおいて,均圧線を使用してブラシ数を二つにしたとき,ブラシ圧のアンバランスから,ロータ鉄心(回転軸)が給電用ブラシの荷重により傾くことを課題とし,これを回避するために「ダミーブラシ」を配置して,ロータ鉄心の軸にかかる一対の給電用ブラシの荷重とダミーブラシの荷重との平衡が保たれるように構成するという技術事項が開示されている(【0005】。
)そうすると,周方向に90度ずれて配置される共通ブラシと低速ブラシに対する高速ブラシの配置として,以下の図のような構成(すなわち,高速ブラシを鈍角側の共通ブラシ及び低速ブラシと対向する位置に配置。本件発明4。 を選択すること)は,当業者が,設計事項として当然選択する事項である。本件明細書には,上記各ブラシ配置の技術的意義について,特段の記載はなく,このことも上記配置の選択は,当業者の設計事項であることを裏付けている。
- 19 -4極モータは,磁界の変化が4か所あり,これに応じて四つのブラシがあり,変速化するには,高速ブラシを二つ追加して,高速ブラシから給電する際の導体数を変化させることになる(甲1発明)のに対し,2極モータで変速化できるのは,高速ブラシを追加して,高速ブラシ(+)から共通ブラシ(−)に電流を流すことにより,低速ブラシへの給電時よりも導体数が変化するからであって,4極モータは,2極モータと基本的な構造が異なり,磁界の位置も磁力線の向きも異なるから,当業者は,通常,「2極3ブラシのモータを4極化する際には,磁石の数を90度配置の四つとしながら,高速ブラシを低速ブラシ側に接近させるとともに,共通ブラシを高速ブラシに近接する方向に90度移動させる」という発想で4極6ブラシのモータを構成しない。
電気技術的な観点からみると,高速ブラシからの電流は,両方の共通ブラシに流れ,右側の共通ブラシにしか流れないというものではなく,一方は60度,他方は120度の流れになるから,60度の流れの方だけに着目して「ブラシセット」を考えるのは誤りであり,甲1の「高速ブラシは低速ブラシに対して約30度をなしている」との記載は,単に時計回りの方向に低速ブラシを起点として高速ブラシが位置していることを述べたにすぎず,電気技術的に80番台,90番台の三つの各ブラシを一体として扱わなければならないことを意味するものではない。
仮に,審決の認定するとおり,当業者において一つのブラシセットの三つのブラ- 20 -シを除き,他のブラシセットの三つのブラシを残したとしても,上記技術常識,甲16に開示された事項等からすると,当業者において,高速ブラシ「 (第2のブラシ)についてのみ,同電位である鈍角側のもの(対向配置)を採用するように変更する」程度のこともまた,同様に設計事項である。
進歩性の判断についての誤り等(1) 本件発明1の効果についてア 4極に多極化されたワイパモータを一対のブラシで作動させるとともに,その作動速度を切り替えることができるとの効果は,4極モータを一対のブラシで作動させることができることが,甲2に記載されており,甲1発明にこの技術を適用すれば,当然,作動速度を切り替えることができるから,甲1発明及び甲2に記載された事項から当然予測できる。
イ 第2のブラシが付加されることにより巻線に生じる起電力のアンバランスが接続線により回転方向にバランスされるので,第2のブラシに流れる循環電力を低減させて第1のブラシの摩耗を抑制することができるという効果は,甲1発明に甲2に記載された均圧線・ブラシ削減の技術を用いれば,必然的に本件発明1と同じ構成になり,等電位となるべきコイル間の起電力のアンバランスを回転方向にバランスさせることになるから,甲1発明に甲2に記載された技術を適用した際に必然的に生ずる効果にすぎない。
ウ 巻線と接続線とを同一の導線により形成するので,接続線の形成を容易にできるという効果は,甲2に記載された構成に必然的に伴うものにすぎない。
エ 界磁部を4極に多極化しても,共通ブラシと第1のブラシによりワイパモータを作動させることができるので,第2のブラシのレイアウト性を向上させることができるとの効果も,甲1発明に甲2に記載された均圧線・ブラシ削減の技術を適用すれば,それぞれ一対の低速ブラシ,共通接地ブラシ及び高速ブラシの各任意の一方のブラシを削除することができる結果,ブラシレイアウトの自由度が向上することになるから,甲1発明に甲2に記載された技術を適用した際に必然的に生- 21 -ずる効果にすぎない。
(2) 前記2〜5で述べたところに上記(1)を総合すると,本件発明4及び本件発明4が従属する独立クレームである本件発明1は,甲1発明に甲2に記載された事項,更に必要に応じて甲3に記載された事項を組み合わせ,当業者における設計事項を適用することにより,容易に推考できたものである。
したがって,この点の容易想到性を否定する審決の判断は誤りである。
(3) 審決は,本件発明2〜4について,進歩性に関する判断を示していない。
本件発明2〜4についても改めて検討判断が必要であるから,この点についても取消事由がある。
本件発明2及び3の構成を見ても,これらのように削減後のブラシを配置することの技術的意義について,本件明細書上特段の記載がないことに照らすと,本件発明2及び3のように構成することも,当業者が容易に推考しうる事項といわなければならない。
明確性要件,サポート要件についての判断の誤り(1) 審決は,請求項1の「前記巻線と同一の導線により形成され,それぞれ互いに同電位となるべき前記整流子片同士を電気的に接続する接続線」の「同一」の意義につき,「同一」とは別物でないことを意味すると判断する。
(2) しかし,「同一」とは別物でないことを意味するとの定義自体が不明である。
本件明細書の図4の実施例では,接続線41a〜hは巻線28とは非連続となっている上,「同一径,同一材料の線材」であれば非連続でも本件明細書に記載されたのと同一の効果が生じるので,「同一の導線」は,「同一径,同一材料の線材」の意味と解されるのに対し,「同一の導線」は連続線であるとの解釈もされ得るものであるとしたとき,本件特許の特許請求の範囲における「同一の導線」の文言は不明確であり,明確性の要件を欠いている。
また,本件明細書には,「同一」の接続線とは,「別物でないものとすること」は- 22 -記載されておらず,サポート要件も欠いている。
(3) そうすると,前記明確性要件,サポート要件違反を否定した審決の判断は誤りである。
第4 被告の主張1 取消事由1(審理不尽・手続違背)について(1) 審理不尽について原告は,無効理由1において,甲3を甲2とは別に副引例とするかについて,2回にわたって釈明を求められ(甲26の3・7),平成28年2月24日に開催された口頭審理において,本件発明1〜4は,「甲1発明に甲2に記載された事項を組み合わせることで,当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであり,その特許は同法123条1項2号に該当し,無効とすべきである。」旨陳述し,甲3は無効理由1における副引例ではなく,甲2の理解を助けるための参考資料である旨を明言した(甲26の8)。このように,原告は,甲3を甲2の理解を助けるための参考資料として提出したにすぎず,無効理由1の副引例として提出したのではない。
したがって,原告の審理不尽の主張は,失当である。
(2) 手続違背について原告は,審判請求時には,甲1発明に甲2に記載された事項を組み合せれば本件発明が容易に導出されるとした上で,両者が自動車搭載用の4極直流モータである点を甲1発明と甲2に記載された事項の組合せの動機付けとして主張していたにもかかわらず,審判請求から5か月以上も経過した後の平成28年2月24日の口頭審理において,「甲2や甲3に記載の均圧線を甲1に組み合わせることは,ブラシ端面と整流子との間の整流火花を抑えるという意味において,組合せの動機付けがある。(甲26の4)などと主張を補正し,その根拠として甲8を追加提出した。
」甲1発明と甲2に記載された事項の組合せの可否は,審判請求人が審判請求時に主張した無効理由を基礎付ける重要な事項であり,審判請求時に一切言及も示唆も- 23 -されていない「整流火花の抑制」を両者の組合せの動機付けとして事後的に主張することは,抽象的な技術分野の共通性(自動車搭載用の4極直流モータ)のみを根拠とする審判請求時の主張との比較において,実質上,無効理由の主要事実及びその直接証拠を新たに追加するものにほかならない。
したがって,原告の前記主張の補正及び証拠の追加は,要旨の変更(特許法131条の2第1項)に該当し,許されないのであって,これを却下した審判官合議体の判断に,手続違背はない。
2 取消事由2(本件発明の認定の誤り)について本件明細書の記載(【0026】〜【0028】)を併せ読むと,導線の巻装(巻線の形成)と複数の整流子片に対する導線の接続(接続線の形成)とが一連の工程で行われること,この一連の工程中に導線が切断されたり,別々の導線同士が接続されたりすることがないことは,明白である。
したがって,「同一」は,「別物ではない」こと,すなわち,巻線と接続線が 1 本の導線で形成されることを意味する。
そして,このようにすることにより,モータの製造工程が少なくなり,製造コストが低減され,生産効率が向上する作用効果が得られる(本件明細書の【0029】 。
)なお,ダブルフライヤ方式の巻回を行う場合には,二つのフライヤで巻回される2本の導線のそれぞれにつき,前記の「同一の導線」か否かを考えることになる。
3 取消事由3(甲2及び甲3に記載された事項についての認定の誤り,相違点4の認定の誤り)について(1) 甲2に記載された事項についての認定の誤りについて甲2には,巻線と接続線とを「別物ではない」1本の導線で形成することは開示も示唆もされていないから,審決の認定に誤りはない。
(2) 甲3に記載された事項についての認定の誤りについてア(ア) 甲3には,全ての接続線を整流子片に接続する接続工程と全ての巻線を巻回する巻線の形成工程とが他の工程を挟まずに別個の工程として存在し,これ- 24 -らの工程が続けて行われることが示されている(【請求項13】【0014】【00, ,24】【0025】【0039】【0053】。また,, , , ) 「均圧線9及び導線5をヒュージング等により電気的に接続する」(【0025】との記載からも明らかなとおり,)均圧線9と導線5は,「別物ではない」1本の導線ではなく,巻線と接続線を「別物ではない」1 本の導線で形成することは開示も示唆もされていない。したがって,審決の認定に誤りはない。
(イ) 導線を巻回して巻線を形成した後に導線を一度切断し,その後,残りの導線によって均圧線を形成する場合や,ある導線を巻回して巻線を形成した後,巻線形成に用いた導線と同一径・同一材料の別の導線を用いて均圧線を形成する場合,このような巻線と均圧線とは,連続した一本の導線とはならない。
したがって,巻線形成工程と均圧線形成工程が連続して行われるからといって,巻線と均圧線が連続線であるということはできない。
(ウ) なお,甲14,15,28,29にも,巻線と連続する1本の導線としての接続線(均圧線)は開示されていない。
イ 原告は,審判の平成28年2月24日の口頭審理において,甲3は甲2の内容を理解するための参考として提出したものであると陳述しており(甲26の8) この陳述によると,, 甲2に記載されている接続線と甲3に記載されている接続線とは,同一であるか又は少なくとも実質的に同一の構成を備えているはずである。
ウ 原告の甲3,14,15,28,29を副引例又は周知技術とする主張は,審決によって審理判断されなかった新たな無効原因の主張であり,審決を違法とする理由として主張することは許されない。
(3) 相違点4の認定の誤りについて相違点4は,審決の認定どおり,「第2のブラシに関し,本件発明1は,共通ブラシと第1のブラシとの間で周方向に形成される空間のうちの鈍角側の空間に配置されるのに対し,甲1発明は,共通ブラシと共通ブラシに対して周方向に90度ずれ- 25 -て配置される第1のブラシとの間で円周方向に離間して配置される点。」と認定すべきである。
技術常識及び甲 1 の記載に照らすと,甲1の六つのブラシは,共通接地ブラシ84,低速ブラシ82及び高速ブラシ86で一つのブラシセット,共通接地ブラシ94,低速ブラシ92及び高速ブラシ96で他の一つのブラシセットと理解されるのであって,共通ブラシのセット,第1のブラシのセット,第2のブラシのセットとはならない。
4 取消事由4(相違点2及び3についての判断の誤り)について(1) 甲1発明に甲2に記載された事項を適用することについてア 甲2には,「均圧線を使用すること」と「ブラシ数の削減」とを互いに結び付ける記述は存在せず,「均圧線を使用すること」と「ブラシ数の削減」とは直接の関係はないから,甲2には,接続線を使用してブラシ数を半減する技術は開示も示唆もされていない。
すなわち,甲2の【0044】には,「・・・均圧部材とを備え,ブラシの数が全部で2個に削減されたので,ブラシの摺動摩擦抵抗によるロストルク及びブラシ音を低減することができる。」という記載があるが,この記載のうち,「・・・均圧部材とを備え,」までの記載は,均圧部材の前に記載されている「ヨーク」や「シャフト」「ブラシ」等の構成要素を羅列した記載であり,その後ろの「ブラシの数が全,部で2個に削減されたので,ブラシの摺動摩擦抵抗によるロストルク及びブラシ音を低減することができる。」という記載とは何ら関係なく記載され,「ブラシの数が全部で2個に削減されたので,」という記載は,その後ろの「ブラシの摺動摩擦抵抗によるロストルク及びブラシ音を低減することができる。」という発明の効果の理由づけとして記載されているものであり,その前の構成要素の羅列である「・・・均圧部材とを備え,」までの記載とは,関係がない。また,甲2には,循環電流の発生を防止するために均圧線(接続線)を使用することが記載されている【0007】( )一方,均圧線(接続線)を使用する目的(技術的意義)がブラシ数の削減であると- 26 -いう記載は一切存在しない。さらに,甲2の【図16】には4ブラシモータ(従来技術)の電気回路図が示されている一方,【図2】には4ブラシモータ(従来技術)に対してブラシ数が削減された2ブラシモータの電気回路図が示されているが,図【16】に示されている接続線(均圧線)の配線と【図2】に示されている接続線(均圧線)の配線とは完全に一致している。つまり,ブラシ数削減の前後において,接続線(均圧線)の有無も配線も全く変化していないのであって,甲2が「接続線(均圧線)を使用してブラシ数を削減する」という技術的思想を開示も示唆もしていないことは明らかである。
また,接続線に関する相違点2とブラシ数に関する相違点3とは,技術的に直接関係するものではなく,同時に論じるべきものではない。
イ 本件発明の技術思想は,共通ブラシ,低速ブラシ,高速ブラシの三つのブラシのみで速度切替が可能な4極ブラシモータを実現するとともに,高速ブラシを当時の当業者が容易に想到し得ない位置に配置するというものであり,4極4ブラシを出発点として,二つの高速ブラシを追加して4極6ブラシとし,その上で適当なブラシを削減するといった思考過程で生まれたものではない。
(ア) 技術分野の共通性について甲1発明は,「好ましい実施態様」として,「自動車フロントガラス・ワイパー・システムにおける駆動モータとして一般に用いられる小型の分数馬力2段速度直流モータに適用した場合」又は「少なくとも動作の初期段階において苛酷なアーク作用を受けやすいブラシを用いる他のタイプの多段階速度式電動装置」に適用することが想定されている(甲1)。甲1発明のワイパモータは,一方向へのみ回転し,回転速度の切替えを可能にするため,高速ブラシ,低速ブラシ,共通ブラシを備える,2極3ブラシ又は4極6ブラシという特殊な構成が採用されている。
これに対し,甲2に記載されているモータは,「電動パワーステアリング装置用モータ」である。電動パワーステアリング装置用モータは,正逆転可能でなければならず,回転速度の切替えは想定されていないから,高速ブラシは設けられておらず,- 27 -回転速度及び回転方向との関係に基づいて各ブラシの周方向における相対的位置関係が規定されることはない。
したがって,甲1発明のモータと甲2に記載されたモータとは,技術分野が異なる。
また,4極4ブラシの単速度モータでは,閉回路が二つ形成されるところ,材料の不均一やギャップ長さの不同などにより,各閉回路に発生する誘導起電力に差が生じ,各閉回路の間に電位差が生まれることから,循環電流が生じ,この循環電流の悪影響を回避するために均圧線(接続線)が設けられるが,可変速モータでは,休止中のブラシによって隣接する整流子片同士が物理的に短絡されることによって形成される閉回路(短絡閉回路)が磁束を横切ることに起因して逆起電力が生じ,その値は,材料の不均一や製造上のばらつきといった意図しない要因によって発生する微妙なずれに起因する循環電流に比べて非常に大きく,また,低速ブラシや共通ブラシによって逆起電力が生じるとしても,短絡閉回路を横切る磁界が強い高速ブラシでは,逆起電力は,低速ブラシや共通ブラシとは異なり,無視できないほど大きい。このような短絡閉回路が形成され得る可変速モータに複数の閉回路間で電気的影響を相互共有させる作用を有する均圧線を設けることは,短絡閉回路で発生する逆起電力の影響も同じく相互共有させることを意味するから,甲1発明の可変速モータに,甲2,9,10,16,17の単速度モータの均圧線(接続線)の技術を適用することはできない。
(イ) 課題の共通性について甲1発明は,2極3ブラシのモータに対して永久磁石及びブラシを追加して多極化を図ったブラシモータであり,甲1発明からブラシを削減することは,甲1に開示されている一連の技術思想に逆行するものである。
したがって,甲1発明は,ブラシ数の低減による小型化,軽量化,コストダウンなどの課題を内包しているとはいえない。
(ウ) 引例中の示唆について- 28 -甲2には,「均圧部材・ブラシ数の削減」又は「接続線(均圧線)を使用してブラシ数を削減させる」旨は開示も示唆もされていない。
(エ) 周知技術について「接続線(均圧線,均圧部材)で同電位となるべき整流子片同士(コイル間)を電気的に接続することにより,ブラシ数を削減し,その結果,4極6ブラシのモータでは,ブラシ数の合計を三つにすること」は,甲2,9,10,16,17に開示されておらず,周知技術であるとも認められない。
甲16の記載は,ブラシ数を削減することは意図していない。また,甲9,10,16,17に記載されているモータは,いずれも回転速度を変化させることができない単速度モータであり,低速ブラシと共通ブラシとの間に配置される高速ブラシを備えるモータにおける整流子片同士を接続線で接続することも,それによってブラシ数を削減することも開示又は示唆していないから,甲9,10,16,17に記載された事項を甲1発明に単純に適用することはできない。
ウ 阻害事由について甲2に接続線を用いてブラシ数を削減することが開示されていたとしても,甲1には,接続線を用いることは開示も示唆もされておらず,2極3ブラシのモータからあえてブラシを増設した4極6ブラシのモータが開示されており,接続線を用いてブラシ数を削減することを何ら意図していないのであるから,甲2の開示内容にかかわらず,甲1発明に甲2に記載された事項を適用することには阻害事由がある。
エ(ア) 前記3(1),(2)のとおり,「同一の導線」は,原告提出のいずれの証拠にも開示されておらず,巻線と均圧線(接続線)を連続線で形成することは,本件特許の出願当時,当業者において適宜行うことができた設計事項ではないから,相違点2は,当業者にとって容易想到であったとは認められない。
(イ) 前記ア,イのとおり,原告が主張する技術事項(均圧部材(接続線・均圧線)の使用とそれによるブラシ数の削減)は,甲2,9,10,16,17の- 29 -いずれにも開示されておらず,周知技術であるとも認められず,仮に,原告が主張する技術事項が甲2,9,10,16,17に開示されていたとしても,前記ア〜ウで述べたところからすると,当該技術事項を甲1発明に組み合せて,甲1発明におけるブラシを接続線によって削減することが容易であったとは認められないから,相違点3は,当業者にとって容易想到であったとは認められない。
(2) 甲1発明に甲3に記載された事項を適用すること等について前記(1)エ(ア)のとおり5 取消事由5(相違点4についての判断の誤り)について(1) 甲2には,接続線の使用という手段によって,ブラシ数削減という目的を達成することは,記載も示唆もされていない。
(2) 仮に,甲2,9,10,16,17において,接続線を用いてブラシ数を削減することが開示又は示唆されていたとしても,削除するブラシの特定や,残ったブラシの配置については,何らの開示も示唆もない。
甲1発明に甲2,9,10,16,17に記載された事項を適用することにより,甲 1 発明におけるブラシを削除することができたとしても,甲1発明におけるブラシ配置を本件発明のとおりとすることは,次のとおり,当業者において容易想到ということはできない。
ア 甲 1 発明は,速度可変モータであるところ,2極ブラシモータを速度切替え可能とするためには,接地ブラシ(共通ブラシ)から180度離れた位置に低速用の第1ブラシを配置するとともに,高速用の第2ブラシを低速用の第1ブラシよりも円周方向において接地ブラシに近接した位置に配置して進角を与えることが,本件特許の出願当時,技術常識であった(甲1の8頁下から7行目〜9頁2行目,乙1,2)。甲1には,「高速ブラシ86は低速ブラシ82に対して,高速ブラシ96は低速ブラシ92に対して,鋭角Z(例えば,約30度)を成している。」と記載されている(甲1の17頁)。この記載は,高速ブラシ86を低速ブラシ82よりも円- 30 -周方向において共通接地ブラシ84に近接した位置に配置して高速ブラシ86に進角を与え,高速ブラシ96を低速ブラシ92よりも円周方向において共通接地ブラシ94に近接した位置に配置して高速ブラシ96に進角を与えている。」と記載されているのと等しい。このように,高速ブラシの位置は,対応する低速ブラシ及び共通ブラシと相関を持って決められるのであり,対応する低速ブラシに対する高速ブラシの進角は,高速時の回転速度に応じて決定される。
また,速度切替え可能な2極ブラシモータの高出力化や小型化等を実現すべく,これを多極化するためには,ブラシを増設することが,本件特許の出願当時,技術常識であった(甲1)。
イ 多段速度回転ブラシモータの最も基本的な形態は,下記の参考図のとおり,180度対向する共通ブラシ(ブラシ@)及び低速ブラシ(ブラシA)と,これら共通ブラシと低速ブラシとの間に配置され,円周方向において低速ブラシよりも共通ブラシに近接している高速ブラシ(ブラシB)とを有する2極3ブラシ構造である。
- 31 -前記参考図(b)の多段速度回転ブラシモータを多極化(4極化)するためには,磁石数4,ブラシ数6の4極6ブラシ構造とする必要がある。磁石数が4の場合,磁石は90度間隔で配置される。各ブラシの配置は,前記参考図(c)のように,高速ブラシ(ブラシB)を低速ブラシ(ブラシA)に近接する方向に移動させるとともに,共通ブラシ(ブラシ@)を高速ブラシ(ブラシB)に近接する方向に90度移動させる必要がある。
ブラシ@〜Bを有する2極3ブラシ構造の多段速度回転ブラシモータにブラシ@’- 32 -〜B’を追加して多極化したのが甲1の図7に示されている4極6ブラシ構造の多段速度回転ブラシモータである。
上記技術常識に基づいて下記の甲1の図7を見た場合,共通接地ブラシ84,低速ブラシ82及び高速ブラシ86が接地ブラシ,第1ブラシ,第1ブラシよりも円周方向において接地ブラシに近接している第2ブラシにそれぞれ相当する一組のブラシセットであり,共通接地ブラシ94,低速ブラシ92及び高速ブラシ96が接地ブラシ,第1ブラシ,第1ブラシよりも円周方向において接地ブラシに近接している第2ブラシにそれぞれ相当する他の一組のブラシセットであると理解することは,当業者にとって通常のことである。
これは,80番台,90番台の符号関係からも明らかである。甲1に接した当業者は,そこで用いられている符号も含めて甲 1 に記載されている技術事項を理解する。
甲1の図7したがって,原告主張の「共通接地ブラシ84,低速ブラシ82及び高速ブラシ96を選ぶこと」又は「共通接地ブラシ94,低速ブラシ92及び高速ブラシ86を選ぶこと」は,甲1の記載や技術常識に反する。
甲1発明における一方のブラシセット(共通接地ブラシ84,低速ブラシ82及び高速ブラシ86)又は他方のブラシセット(共通接地ブラシ94,低速ブラシ92及び高速ブラシ96)のいずれか一方のブラシセットが削除されるにすぎず,こ- 33 -のうち一方のブラシセットを存置させ,他方のブラシセットを削除したとしても,存置された一方のブラシセットに含まれる高速ブラシの位置を削除された他方のブラシセットに含まれる高速ブラシの位置に移動させなければ,高速ブラシが鈍角側に配置された本件発明のブラシ配置は得られないが,甲2,9,10,16,17には,存置されたブラシの一部を削除されたブラシの位置に移動させることは記載されておらず,示唆されてもいない。
また,甲1の17頁は,「高速ブラシ86は低速ブラシ82に対して,高速ブラシ96は低速ブラシ92に対して,鋭角Z(例えば,約30度)を成している」と記載されており,少なくともブラシ86及び82,並びにブラシ96及び92がそれぞれセットであり,ブラシ86及び82の一方のみ,並びにブラシ96及び92の一方のみを削除することは,容易想到でない。
ウ 原告は,甲16のダミーブラシについて主張する。
しかし,可変速モータでは,低速作動時は高速ブラシへの通電は行われないものの,導電性の高速ブラシが存在するため,高速ブラシによって短絡される導体により逆起電力による損失が発生するのに対し,樹脂製のダミーブラシではこのような損失は生じず,ダミーブラシの設置場所に特に制限はない。したがって,単なる支え棒であるダミーブラシと,モータ仕様によって設置位置が決まり,低速作動時も整流子片と電気的に導通する高速ブラシとを同様に扱うのは誤りである。
また,原告が主張するように,均圧線を使用してブラシ数を二つにしたときのブラシ圧のアンバランスを解消するためにダミーブラシを配置することが甲16に記載されているとするならば,甲16が開示する技術事項は,電気的に必要なブラシを配置した上で,これら電気的に必要なブラシに起因するブラシ圧のアンバランスを,電気的には不要なブラシを追加してバランスさせることである。一方,甲1発明やその他の速度可変モータにおける共通ブラシ,低速ブラシ,高速ブラシは,いずれも電気的に不可欠なブラシであって,そのうちの一つでも欠ければモータは所期の動作を成し得ないブラシである。このように,甲16は,電気的に必須なブラ- 34 -シを配置した上で,電気的に必須ではないブラシを配置することにより,電気的に必須なブラシによるアンバランスを解消することを開示するものであって,いずれもが電気的に必須である本件発明1や甲1発明の共通ブラシ,低速ブラシ,高速ブラシの配置に関して示唆を与えるものではない。
エ よって,仮に,甲1発明のモータに,甲2,9,10,16,17に記載された事項を適用して,接続線を用いてブラシ数を削減することができたとしても,甲1発明におけるブラシの配置を本件発明のとおりとすることは導出されることはなく,容易想到ということはできない。
6 取消事由6(進歩性の判断についての誤り等)について本件発明1は,甲各号証と区別される様々な明確な相違点及び格別な効果を有しているのであり,甲各号証,例えば,甲1と甲2,9,10,16,17を寄せ集めてみても,本件発明1の構成は得られない上に,それら甲各号証から本件発明1の効果を予測することはできない。
本件発明1の進歩性を肯定した審決の判断に誤りはなく,本件発明1の進歩性を認めた上で本件発明2〜4について進歩性を認めた審決の判断にも誤りはない。
7 取消事由7(明確性要件,サポート要件についての判断の誤り)について「前記巻線と同一の導線により形成され,それぞれ互いに同電位となるべき前記整流子片同士を電気的に接続する接続線」の意味は十分に明確であり,本件明細書によってサポートされている。
「同一の導線」は,その記載の文言どおり,「別物ではないこと」,すなわち,連続する 1 本の導線(連続線)を意味する。本件明細書には,導線の巻装(巻線の形成)と複数の整流子片に対する導線の接続(接続線の形成)とが一連の工程で行われることが記載されており,この一連の工程中に導線が切断されたり,別々の導線同士が接続されている場合は,「同一の導線」とはいえないことが前提となっている(【0026】〜【0028】。
)本件明細書の図4は,同電位となるべき整流子片同士が接続線によって互いに接- 35 -続されていることを模式的に示す図であって,実際の配線が連続しているか,不連続であるかを表すことを意図していない。このことは,図4を参照している本件明細書の【0025】に「図4に示すように,巻線28を4極の磁極に対応した回路構成とするために,互いに同電位となるべき整流子片同士,つまり互いに回転方向に180度ずれて配置される整流子片同士を複数の接続線(接続部材)41a〜41hにより電気的に接続するようにしている。」と記載されていることからも明らかである。
第5 当裁判所の判断1 認定事実(1) 本件発明についてア 本件発明は,前記第2の2記載のとおりであるところ,本件明細書(甲11)には,以下の記載がある。
【技術分野】【0001】本発明は,車両のウインドシールドを払拭するワイパ装置に用いられるワイパモータに関する。
【背景技術】【0003】このようなワイパ装置では,フロントガラスに付着する雨滴量の変化に応じてワイパ装置を低速運転と高速運転とに切り替える必要がある。そのため,ワイパモータとしては,その作動速度が切替え可能な2極3ブラシ式のブラシ付き直流モータが多く用いられている。2極3ブラシ式のモータでは,モータヨークの内面には一対のマグネットが装着され,アマチュアコアには重ね巻により巻線が装着されており,整流子には共通ブラシ(コモンブラシ)と低速運転用ブラシに加えて高速運転用ブラシが摺接するようになっている。運転者のスイッチ操作によって低速運転が選択されると,共通ブラシと低速運転用ブラシとを介して巻線に駆動電流が供給さ- 36 -れ,これによりワイパモータは低速運転する。これに対して,運転者により高速運転が選択されると,共通ブラシと高速運転用ブラシとを介して巻線に駆動電流が給電され,これによりワイパモータは高速運転するようになっている。
【0004】一方,モータ極数を4極以上に多極化することにより,モータを小型化するようにした技術が知られている。たとえば,特許文献1には,モータヨークの内面に四つのマグネットを回転方向に並べて装着することによりモータ極数を4極としたブラシ付き直流モータが記載されている。この場合,整流子には互いに回転方向に90度ずれて配置される一対のブラシが摺接し,整流子を構成する各整流子片は同電位となるべき他の整流子片に均圧線により接続されており,一対のブラシにより4極に対応した回路で巻線を構成して,4極のモータを作動させるようになっている。
【発明が解決しようとする課題】【0005】しかしながら,特許文献1に示される4極のモータでは,モータ極数を多極化することによりモータを小型化することはできるが,その回転速度を切り替えることができないという問題点があった。
【0006】本発明の目的は,多極化されても回転速度の切り替えが可能なワイパモータを提供することにある。
【課題を解決するための手段】【0007】本発明のワイパモータは,車両のウインドシールドを払拭するワイパ装置を駆動するワイパモータであって,アマチュアシャフトを回転自在に支持するモータヨークと,回転方向に並ぶ四つの磁極を備え,前記モータヨークの内面に固定される界磁部と,回転方向に並ぶ複数のスロットを備え,前記アマチュアシャフトに固定されるアマチュアコアと,回転方向に並ぶ複数の整流子片を備え,前記アマチュアシ- 37 -ャフトに固定される整流子と,前記複数のスロットの各スロットから所定のスロットを空けて導線をそれぞれ重ね巻きして装着され,それぞれの前記整流子片に電気的に接続される巻線と,前記巻線と同一の導線により形成され,それぞれ互いに同電位となるべき前記整流子片同士を電気的に接続する接続線と,前記整流子片に摺接し,前記導線に駆動電流を供給するブラシとして,共通ブラシ,第1のブラシ,第2のブラシのみを有し,前記第1のブラシは,前記共通ブラシに対して周方向に90度ずれて配置され,前記共通ブラシと対となって前記導線に駆動電流を供給し,前記第2のブラシは,前記共通ブラシと前記第1のブラシとの間で周方向に形成される空間のうちの鈍角側の空間に配置され,前記共通ブラシと対となって前記導線に駆動電流を供給し,前記共通ブラシおよび前記第1のブラシ,または前記共通ブラシおよび前記第2のブラシのいずれか一方の対に通電することにより作動速度を切替え可能であることを特徴とする。
【0010】本発明のワイパモータは,前記第1のブラシに対して周方向に鋭角にずれるとともに,前記共通ブラシに対して周方向に鈍角にずれた位置に前記第2のブラシを配置することを特徴とする。
【0011】本発明のワイパモータは,前記第1のブラシに対して周方向に鈍角にずれるとともに,前記共通ブラシに対して周方向に鋭角にずれた位置に前記第2のブラシを配置することを特徴とする。
【0012】本発明のワイパモータは,前記第1のブラシと前記共通ブラシの両方に対して周方向に鈍角にずれた位置に前記第2のブラシを配置することを特徴とする。
【発明の効果】【0013】本発明によれば,モータヨークの内面に装着される界磁部に四つの磁極を設け,- 38 -アマチュアコアのスロットには,導線を重ね巻きして装着されて整流子片に電気的に接続される巻線を設け,互いに同電位となるべき整流子片同士を巻線と同一の導線よりなる接続線により電気的に接続するとともに,導線に駆動電流を供給するブラシとして,共通ブラシ,第1のブラシ,第2のブラシのみとし,第1のブラシを共通ブラシに対して周方向に90度ずれて配置し,共通ブラシと対となって導線に駆動電流を供給するようにし,第2のブラシを共通ブラシと第1のブラシとの間で周方向に形成される空間のうちの鈍角側の空間に配置し,共通ブラシと対となって導線に駆動電流を供給するようにしたので,4極に多極化されたワイパモータであってもこれを一対のブラシで作動させるとともに,その作動速度を切り替えることができる。また,第2のブラシが付加されることにより巻線に生じる起電力のアンバランスは接続線により回転方向にバランスされるので,第2のブラシに流れる循環電流を低減させて第1のブラシの摩耗を抑制することができる。さらに,巻線と接続線とを同一の導線により形成するので,接続線の形成を容易にすることができる。
【0014】また,本発明によれば,界磁部を4極に多極化しても,共通ブラシと第1のブラシの二つのブラシによりワイパモータを作動させることができるので,第2のブラシのレイアウト性を向上させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】【0023】巻線28に駆動電流を供給するために,このワイパモータ18には共通ブラシ32と低速運転用ブラシ(第1のブラシ)33が設けられている。これらのブラシ32,33はそれぞれブラシホルダ34に支持されるとともにスプリング35により整流子31つまり整流子片31a〜31pに向けて付勢されており,それぞれ整流子片31a〜31pに摺接するようになっている。図3に示すように,低速運転用ブラシ33は共通ブラシ32に対して周方向に90度ずれた位置に配置され,共通- 39 -ブラシ32は正極(プラス極),低速運転用ブラシ33は負極(マイナス極)となっており,共通ブラシ32と低速運転用ブラシ33とを対として巻線28に駆動電流を供給することによりワイパモータ18を低速運転させることができるようになっている。
図3【0024】また,このワイパモータ18には,ワイパモータ18の作動速度を切替え可能とするために,図3に示すように,低速運転用ブラシ33に対して周方向にずれて高速運転用ブラシ(第2のブラシ)36が設けられている。図示する場合では,高速運転用ブラシ36は,ブラシホルダ34に支持されるとともにスプリング35により付勢されて整流子片31a〜31pに摺接し,また,共通ブラシ32に対してアマチュアシャフト24の軸心を中心として周方向に鋭角にずれるとともに低速運転用ブラシ33に対しては周方向に鈍角にずれた位置に配置されており,その極性は負極(マイナス極)とされている。そして,共通ブラシ32と高速運転用ブラシ36とを対として巻線28に駆動電流を供給することにより,ワイパモータ18を高速運転させることができるようになっている。なお,高速運転とはアマチュアシャフト24の回転数が低速運転時におけるアマチュアシャフト24の回転数よりも高くなる運転状態のことである。
- 40 -【0025】このワイパモータ18では,モータヨーク21の内面に装着される界磁部は4極であるが,巻線28には共通ブラシ32と低速運転用ブラシ33あるいは高速運転用ブラシ36の一対のブラシから駆動電流を供給するようにしている。そのため,このワイパモータ18では,図4に示すように,巻線28を4極の磁極に対応した回路構成とするために,互いに同電位となるべき整流子片同士,つまり互いに回転方向に180度ずれて配置される整流子片同士を複数の接続線(接続部材)41a〜41hにより電気的に接続するようにしている。たとえば,整流子片31aと整流子片31iに接続線41aにより電気的に接続され,整流子片31bは整流子片31jに接続線41bにより電気的に接続され,これにより,二つのブラシ32,33から整流子片31a〜31pを介して駆動電流が供給されても,巻線28に対しては4極に対応した転流が行われ,このワイパモータ18を作動させることができる。また,共通ブラシ32と対となる低速運転用ブラシ33または高速運転用ブラシ36のいずれか一方に通電することにより,このワイパモータ18の作動速度を2段階に切り替えることができる。
- 41 -【0026】図5はスロットへの巻線の装着手順を示す説明図であり,図6はスロットへの他の巻線の装着手順を示す説明図である。このワイパモータ18では,図5または図6に示す手順で各スロット27a〜27pに導線を重ね巻し,各整流子片31a〜31pに導線を接続することにより,巻線28と接続線41a〜41hとを同一の導線により形成するようにしている。
- 42 -【0027】つまり,図5に示す方法では,互いに180度位相がずれた位置から2本の導線- 43 -を同時に各スロット27a〜27pに重ね巻するダブルフライヤ方式を基本とし,各導線を所定の整流子片に接続し,そこから所定のスロットに導線を巻装した後,当該整流子片の隣の整流子片に導線を接続し,次いで当該整流子片から180度ずれた整流子片に導線を接続してから再度もとの整流子片に導線を接続する。以下,同様な手順を繰り返すことにより,スロットへの巻線28の装着と接続線41a〜41hの形成とが行われる。たとえば,導線を整流子片31cに接続し,ここからスロット27bとスロット27fとに導線を巻装した後に整流子片31dに導線を接続し,次いで,互いに同電位となるべき整流子片同士,つまり互いに回転方向に180度ずれて配置される整流子片31lに導線を接続した後,再度もとの整流子片31dに導線を接続し,以下同様にスロットへの導線の巻装と接続線の形成とを順次行う。
【0028】一方,図6に示す方法では,図5に示す場合と同様にダブルフライヤ方式による重ね巻を基本とし,各導線を所定の整流子片に接続し,そこから所定のスロットに導線を巻装した後,当該整流子片の隣の整流子片に導線を接続し,次いで当該整流子片から回転方向に180度ずれた整流子片に導線を接続する。そして,その180度ずれた整流子片を基準として各スロットへ導線を巻装し,当該整流子片の隣の整流子片に導線を接続した後,もとの整流子片つまり当該整流子片から回転方向に180度ずれた整流子片に導線を接続し,以下,同様な手順を繰り返して,スロットへの巻線28の装着と接続線41a〜41hの形成とが行われる。たとえば,導線を整流子片31cに接続し,ここからスロット27bとスロット27fとに導線を巻装した後に整流子片31dに導線を接続し,次いで,互いに同電位となるべき整流子片同士,つまり互いに回転方向に180度ずれて配置される整流子片31lに導線を接続した後,スロット27kとスロット27oとに導線を巻装し,もとの整流子片つまり当該整流子片から回転方向に180度ずれた整流子片31lに再度導線を接続した後,整流子片31dに導線を接続し,以下同様にスロットへの巻装- 44 -と接続線の形成とを順次行う。なお,ここではスロットおよび整流子片は16のもので説明しているが,モータの特性によって数は異なる。また,導線が巻装されるスロットの間隔は,モータの特性に応じて変えることが可能である。
【0029】このように,このワイパモータ18では,図5または図6に示す手順で各スロット27a〜27pに導線を重ね巻し,各整流子片31a〜31pに導線を接続することにより,巻線28と接続線41a〜41hとを同一の導線により形成するようにしたので,接続線41a〜41hの形成を容易にすることができる。また,各整流子片31a〜31pを互いに接続するための接続部材として,導線とは別の他の部材を用いる必要がないので,部品点数の増加を防止して,このワイパモータ18のコストを低減させることができる。
【0035】このように,このワイパモータ18では,モータヨーク21の内面に装着される界磁部に四つの磁極を設け,アマチュアコア27のスロット27a〜27pには,導線を重ね巻きして装着されて整流子片31a〜31pに電気的に接続される巻線28を設け,互いに同電位となるべき整流子片同士を巻線28と同一の導線よりなる接続線41a〜41hにより電気的に接続するとともに,導線に駆動電流を供給するブラシとして,共通ブラシ32,低速運転用ブラシ33,高速運転用ブラシ36のみとし,低速運転用ブラシ33を共通ブラシ32に対して周方向に90度ずれて配置し,共通ブラシ32と対となって導線に駆動電流を供給するようにし,高速運転用ブラシ36を共通ブラシ32と低速運転用ブラシ33との間で周方向に形成される空間のうちの鈍角側の空間に配置し,共通ブラシ32と対となって導線に駆動電流を供給するようにしたので,4極のワイパモータ18であってもその回転速度を切り替えることができる。また,高速運転用ブラシ36が付加されることにより巻線28に生じる起電力のアンバランスは接続線41a〜41hにより回転方向にバランスされるので,高速運転用ブラシ36に流れる循環電流を低減させて低速- 45 -運転用ブラシ33の摩耗を抑制することができる。つまり,作動速度を切り替えるための高速運転用ブラシ36を備えたワイパモータ18では,高速運転用ブラシ36に通電していない場合でも高速運転用ブラシ36が隣り合う整流子片同士を短絡することによりショートコイルが生じ,有効導体数が変化して各ブラシに循環電流が流れてブラシの摩耗が促進されるが,このワイパモータ18では180度ずれた整流子片同士が接続線41a〜41hにより接続されているので,循環電流を各接続線41a〜41hに流してブラシ32,33の耐久性を高めることができる。さらに,巻線28と接続線41a〜41hとを同一の導線により形成したので,接続線41a〜41hの形成を容易にすることができる。
【0036】また,このワイパモータ18では,4極に多極化しても,共通ブラシ32と低速運転用ブラシ33の二つのブラシによりワイパモータ18を作動させることができるので,高速運転用ブラシ36のレイアウト性を向上させるとともに,コストを低減させることができる。つまり,4極の界磁部に合わせて四つのブラシを設ける必要がないので,その分,高速運転用ブラシ36を配置するスペースが増すことになり,これにより高速運転用ブラシ36のレイアウト性を高められることになる。
【0037】図7(a)〜(c)はそれぞれ図3に示す高速運転用ブラシの配置位置の変形例を示す説明図である。図3に示すワイパモータ18では,高速運転用ブラシ36は低速運転用ブラシ33に対してアマチュアシャフト24の軸心を中心として回転方向に鈍角にずれ,共通ブラシ32に対しては回転方向に鋭角にずれる位置に配置されているが,図7(a)に示すように,共通ブラシ32と低速運転用ブラシ33の両方に対して回転方向に鋭角にずれる位置,つまり図3に示す高速運転用ブラシ36の位置に対して共通ブラシ32とアマチュアシャフト24の軸心とを通る線分に対して対称な位置に配置するようにしてもよい。
【0038】- 46 -また,図7(b)に示すように,共通ブラシ32と低速運転用ブラシ33の両方に対して回転方向に鈍角にずれる位置,つまり図3に示す高速運転用ブラシ36の位置に対して低速運転用ブラシ33とアマチュアシャフト24の軸心とを通る線分に対して対称な位置に高速運転用ブラシ36を配置するようにしてもよい。
【0039】さらに,図7(c)に示すように,共通ブラシ32に対して回転方向に鈍角にずれるとともに低速運転用ブラシ33に対して回転方向に鋭角にずれる位置,つまり図3に示す高速運転用ブラシ36の位置に対してアマチュアシャフト24の軸心を中心とした点対称な位置に高速運転用ブラシ36を配置するようにしてもよい。この場合,共通ブラシ32と低速運転用ブラシ33との回転方向は互いに逆方向になっている。
図7【0040】このように,このワイパモータ18では,界磁部を4極に設定しても,一対のブラシによりモータを作動させることができるので,ブラシホルダ34への高速運転用ブラシ36の配置位置を図3あるいは図7に示す各位置に設定するなど,各ブラ- 47 -シ32,33,36のレイアウト性を高めることができる。
イ 前記第2,2の認定事実及び前記アの本件明細書の記載によると,本件発明について,以下のとおり認められる。
(ア) 本件発明は,車両のウインドシールドを払拭するワイパ装置に用いられるワイパモータに関する。【0001】( )(イ) 従来の4極のモータでは,モータ極数を多極化することによりモータを小型化することはできるが,その回転速度を切り替えることができないという問題点があった。【0005】( )本件発明の目的は,多極化されても回転速度の切替えが可能なワイパモータを提供することにある。【0006】( )(ウ) 本件発明のワイパモータは,車両のウインドシールドを払拭するワイパ装置を駆動するワイパモータであって,アマチュアシャフトを回転自在に支持するモータヨークと,回転方向に並ぶ四つの磁極を備え,前記モータヨークの内面に固定される界磁部と,回転方向に並ぶ複数のスロットを備え,前記アマチュアシャフトに固定されるアマチュアコアと,回転方向に並ぶ複数の整流子片を備え,前記アマチュアシャフトに固定される整流子と,前記複数のスロットの各スロットから所定のスロットを空けて導線をそれぞれ重ね巻きして装着され,それぞれの前記整流子片に電気的に接続される巻線と,前記巻線と同一の導線により形成され,それぞれ互いに同電位となるべき前記整流子片同士を電気的に接続する接続線と,前記整流子片に摺接し,前記導線に駆動電流を供給するブラシとして,共通ブラシ,第1のブラシ,第2のブラシのみを有し,前記第1のブラシは,前記共通ブラシに対して周方向に90度ずれて配置され,前記共通ブラシと対となって前記導線に駆動電流を供給し,前記第2のブラシは,前記共通ブラシと前記第1のブラシとの間で周方向に形成される空間のうちの鈍角側の空間に配置され,前記共通ブラシと対となって前記導線に駆動電流を供給し,前記共通ブラシ及び前記第1のブラシ,又は前記共通ブラシ及び前記第2のブラシのいずれか一方の対に通電することにより作- 48 -動速度を切替え可能である構成を採用している。【0007】( )本件発明の第2のブラシは,前記第1のブラシに対して周方向に鋭角にずれるとともに,前記共通ブラシに対して周方向に鈍角にずれた位置に配置してもよいし(【0010】,) 前記第1のブラシに対して周方向に鈍角にずれるとともに,前記共通ブラシに対して周方向に鋭角にずれた位置に配置してもよいし 【0011】,( )前記第1のブラシと前記共通ブラシの両方に対して周方向に鈍角にずれた位置に配置してもよい(【0012】。
)(エ) 本件発明は,4極に多極化されたワイパモータであってもこれを一対のブラシで作動させるとともに,その作動速度を切り替えることができる。また,第2のブラシが付加されることにより巻線に生じる起電力のアンバランスは接続線により回転方向にバランスされるので,第2のブラシに流れる循環電流を低減させて第1のブラシの摩耗を抑制することができる。すなわち,作動速度を切り替えるための高速運転用ブラシ36を備えたワイパモータ18では,高速運転用ブラシ36に通電していない場合でも高速運転用ブラシ36が隣り合う整流子片同士を短絡することによりショートコイルが生じ,有効導体数が変化して各ブラシに循環電流が流れてブラシの摩耗が促進されるが,このワイパモータ18では180度ずれた整流子片同士が接続線41a〜41hにより接続されているので,循環電流を各接続線41a〜41hに流してブラシ32,33の耐久性を高めることができる。さらに,巻線と接続線とを同一の導線により形成するので,接続線の形成を容易にすることができる。【0013】【0035】( , )本件発明は,界磁部を4極に多極化しても,共通ブラシと第1のブラシの二つのブラシによりワイパモータを作動させることができるので,第2のブラシのレイアウト性を向上させることができる。【0014】( )(オ) 本件発明の実施の形態のワイパモータ18は,モータヨーク21の内面に装着される界磁部は4極であるが,巻線28には共通ブラシ32と低速運転用ブラシ33又は高速運転用ブラシ36の一対のブラシから駆動電流を供給している。
- 49 -そのため,このワイパモータ18では,巻線28を4極の磁極に対応した回路構成とするように,互いに同電位となるべき整流子片同士,つまり互いに回転方向に180度ずれて配置される整流子片同士を複数の接続線(接続部材)41a〜41hにより電気的に接続している。【0025】( )このワイパモータ18では,図5又は図6に示す手順で各スロット27a〜27pに導線を重ね巻し,各整流子片31a〜31pに導線を接続することにより,巻線28と接続線41a〜41hとを同一の導線により形成するようにしている。
(【0026】)図5に示す方法では,互いに180度位相がずれた位置から2本の導線を同時に各スロット27a〜27pに重ね巻するダブルフライヤ方式を基本とし,各導線を所定の整流子片に接続し,そこから所定のスロットに導線を巻装した後,当該整流子片の隣の整流子片に導線を接続し,次いで当該整流子片から180度ずれた整流子片に導線を接続してから再度もとの整流子片に導線を接続する。以下,同様な手順を繰り返すことにより,スロットへの巻線28の装着と接続線41a〜41hの形成とが行われる。【0027】( )図6に示す方法では,ダブルフライヤ方式による重ね巻を基本とし,各導線を所定の整流子片に接続し,そこから所定のスロットに導線を巻装した後,当該整流子片の隣の整流子片に導線を接続し,次いで当該整流子片から回転方向に180度ずれた整流子片に導線を接続する。そして,その180度ずれた整流子片を基準として各スロットへ導線を巻装し,当該整流子片の隣の整流子片に導線を接続した後,もとの整流子片つまり当該整流子片から回転方向に180度ずれた整流子片に導線を接続し,以下,同様な手順を繰り返して,スロットへの巻線28の装着と接続線41a〜41hの形成とが行われる。【0028】( )このように,このワイパモータ18では,図5又は図6に示す手順で巻線28と接続線41a〜41hとを同一の導線により形成するようにしたので,接続線41a〜41hの形成を容易にすることができる。また,各整流子片31a〜31pを- 50 -互いに接続するための接続部材として,導線とは別の他の部材を用いる必要がないので,部品点数の増加を防止して,このワイパモータ18のコストを低減させることができる。【0029】( )(2) 甲1発明ア 甲1(特表平10−503640号公報)には,以下のとおりの記載がある。
(ア) 8頁2行〜6行改善された多段速度モータ技術分野本発明は一般に,直流モータに関するものであり,特に,2極の3ブラシ構成または4極の6ブラシ構成を有する2段速度(two-speed)直流モータ等の多段速度(multi-speed)直流モータに関する。
(イ) 8頁7行〜9頁25行背景技術2段速度直流モータの通常の用途として,自動車両のフロントガラス・ワイパーを低速または高速のいずれかで駆動する駆動モータが挙げられる。一般に,自動車両の運転者はワイパーのスイッチを低速設定または高速設定のいずれかにすることにより,電力を付属の電子回路を介して直流モータに供給する。一般に用いられている2段速度直流モータの一種は,モータの電機子(armature)上の巻線(windings)に電流を供給するための,低速用ブラシ,高速用ブラシおよび共通接地ブラシから成る3個のブラシを備えている。各ブラシは,電機子軸上に位置してこれと共に回転する整流子(commutator)に接触している。一対のブラシ,一般には,低速ブラシと共通接地ブラシが円周方向においてほぼ180度離間して配置されている。このモータの動作中においては,電流が電力供給源から低速ブラシを介して整流子に供給された後に,モータ巻線を通過し,低速ブラシに対してほぼ180度の円周方向位置にある共通接地ブラシを介して電力供給源に戻る。
- 51 -電流が低速ブラシに供給されると,モータは第1の低回転速度(低RPM)で動作し,ワイパーが低速度,例えば45サイクル/分程度で動く。また,第2の高速でのモータ動作が必要であれば,低速ブラシと共通接地ブラシとの間に,これらと円周方向に離間して配される高速ブラシを介して電流が巻線に供給される。当業者において周知のように,円周方向において低速ブラシよりも共通接地ブラシに近接している,この第3ブラシを介して電流がモータに供給されると,モータの回転速度は,第2の高RPM(revolutions per minite:回転数/分)に増加して,ワイパーが高速度,例えば65サイクル/分程度で動く。このモータの低回転速度と高回転速度との間の相対差は,共通接地ブラシに対する高速ブラシのオフセット,すなわち分離角度によって決定される。
2段速度直流モータの動作において経験される固有の問題は,高速ブラシの端面における,一般に侵食(erosion)と呼ばれる電気的磨耗(electrical wear)から生じる。この侵食は,ブラシ端面と整流子との間の接触が壊される際に起こる電気的アーク作用(electrical arcing)によって引き起こされる。モータの界磁(field magnets)により確立される磁界(これは,永久磁極または巻線電磁極により形成され得る)の中立帯(neutralzone)の外側を電機子巻線が通過する時に電機子巻線との整流が生じるように高速ブラシが配置されているので,電機子巻線が界磁により確立された磁界の中立帯内を通過する時に電機子巻線との整流が生じるように配置された低速および共通接地ブラシで経験されるものに比して,アーク作用がより苛酷になる。
高速ブラシの端面における侵食によって,その動作寿命の初期段階,一般に,モータ動作の最初の数百時間程度にわたって,高速ブラシが整流子上に位置する間に,当該ブラシと整流子との間の有効接触線(effective contact line)が移動することになる。従って,高速ブラシと整流子との間の有効接触線は,当該ブラシの中心におけるその初期位置から該ブラシの前端に向かって移動する。なお,この初期位置は,モータを実際に用いる前の仕様試験のために動作させる時に設定される接触線の位置である。このような有効接触線の移動によりモータ性能が悪影響を受け,高速動- 52 -作でのモータのRPMが増加して当該高速動作でのモータの所望RPMを超える値になり,高速設定条件下における所望の65サイクル/分ではなく,75〜80サイクル/分の速度でワイパーが動作することになる。磨耗しているモータ(worn-inmotor)の場合においては,実際の高速RPMは,仕様試験中に測定された高速RPMよりも,かなり高くなり得,その仕様速度の許容範囲から外れることもあり得る。
(ウ) 9頁26行〜10頁9行発明の概要本発明の目的は,高速ドリフトを最小にする多段速度直流モータを提供することである。
本発明によれば,低速ブラシと共通接地ブラシとの間に配置される高速ブラシの端面は,従来の円弧状(arcuate)ブラシ端面とは異なり,非円弧状の端面を有しており,速度ドリフト侵食を受けない。この非円弧状の端面は,2個のオフセット面から形成されており,これらは互いに交わって高速ブラシの端面と整流子との間の接触線を構成し,当該接触線は高速ブラシの中心線からモータの回転方向と反対方向,すなわち該ブラシの前端に向かって所定の円周方向距離だけ,ずらされている。
これらの交叉面は,平坦面(flat planar surface)もしくは曲面(contoured surface)のいずれでも構成できる。
(エ) 11頁13行〜13頁13行好ましい実施態様の説明以下,本発明を自動車用フロントガラス・ワイパー・システムにおける駆動モータとして一般に用られる小型の分数馬力2段速度直流モータに適用した場合について説明する。なお,本発明は,少なくとも動作の初期段階において苛酷なアーク作用を受けやすいブラシを用いる他のタイプの多段速度式電動装置にも一般に適用できる。
図1には,自動車両のフロントガラス用の比較的典型的なワイパー・システム100が概略的に示されている。一般に,このようなワイパー・システムは,典型的- 53 -には多機能スイッチまたは複数の集合スイッチ等であるワイパー・モード・スイッチ110と,低速ブラシ22,高速ブラシ24および共通接地ブラシ26を有する2段速度直流モータ120と,当該ワイパー・モード・スイッチ110およびモータ120に付随して動作する電子的なドライバー/コントローラ130と,ドライバー/コントローラ130に付随的に動作して間欠的ワイパー動作用の調節可能遅延を提供するポテンショメータ140と,車両のフロントガラスを拭くように動作し,ワイパー・モード・スイッチ110の設定に応じて相対的に低速または相対的に高速のいずれかでモータ120により選択的に駆動されるようモータ120と連動する一対のワイパー150とを備えている。
図2は,典型的な自動車用ワイパー・システム100において駆動モータ120として一般に用いられる3ブラシ・2段速度・2極・分数馬力直流モータを示している。駆動モータ120は,その中に一対の対向する細長い磁極20が設置されるハウジング10を有しており,各磁極は,典型的には円筒形の外殻部分を形成する永久磁石から構成されている。なお,これらの磁極は,永久磁石ではなくて巻線電磁石(wound electromagnets)であってもよい。複数の巻線33からなる電機子30は,軸方向に長い電機子軸35に軸支されて,巻線33が永久磁石20の間に形成された磁場の中で回転するように,ハウジング10内において回転する。図2および図3を同時に参照するとよく分かるように,3個のブラシ22,24,26は,ブラシ・カード28の上に従来の態様で取り付けられて,各ブラシの端面が電機子軸35上に取り付けられた整流子40と接触するようになっている。図面において整流子40は,半径方向の外に向けて整流接触表面を提供する,軸方向に延出し,円周方向に配列された複数の密接離間した整流子棒材42から成る典型的なバレル型整流子として示されているが,整流子40は,整流接触表面を提供する端面を有するディスク型にしてもよい。動作においては,電力供給源(例えば,車両の電気系統)から低速ブラシ22または高速ブラシ24のいずれか一方に電流を供給し,共通接地ブラシ26を介して電流回路を完成させることにより,電流が整流子40- 54 -を介して従来態様で巻線33に供給される。
低速ブラシ22と共通接地ブラシ26は円周方向にほぼ180度離間して配置され,整流子40の対向面上で互いに正反対に離間している。さらに,これらのブラシは,電機子巻線が一対の永久磁石20の中立帯を通過する時に当該巻線との整流が生じるように,低速ブラシ22及び共通接地ブラシ26の各端面23および27それぞれが整流子40に接触するように,一対の磁石20に対して配置されている。
高速ブラシ24は,低速ブラシ22と共通接地ブラシ26との間にこれらと円周方向において離間して配置されており,低速ブラシ22に対して,所定の鋭角,例えば,約60度を成している。しかしながら,当業者においては明らかなように,低速時の場合に対する高速時のモータの単位分あたりの回転数(RPM)における回転速度の相対差は低速ブラシと高速ブラシとの間の分離角度の大きさXによって決まる。それゆえ,選択される分離角度は,モータの適用分野や所望の高低速度関係によって決められる。このように配置されるが,高速ブラシ24は,電機子巻線との整流が,当該巻線が一対の永久磁石20の中立帯の外側を通過する時に生じるように配置されている。それゆえ,高速ブラシ24は,配置されたブラシ22および26に生じる侵食に比して,その端面27の後方領域(整流子40が端面との接触から離脱する端面領域,すなわち,整流子の回転に関して端面の下流側の領域)の周辺において,より苛酷な侵食を受けやすい。
図3- 55 -(オ) 16頁8行〜17頁20行本発明は,また図7に示すような多段速度4極モータに適用することができる。
この場合,6個のブラシが電機子巻線を整流するために用いられる。4極モータにおいては,4個の磁極は,モータ・ハウジングの内周に,円周方向に等間隔で配置されている。これらの磁極は,永久磁石でも巻線電磁石でもよい。複数の巻線から成る電機子は,モータ・ハウジング内で回転するよう,軸方向に長い電機子軸上に支持されており,これらの巻線が磁極間に形成される磁場を通過するようになっている。
6個のブラシ82,84,86,92,94および96は,従来の態様でブラシ・カードに取り付けられており,各ブラシの端面が電機子軸35上に取り付けた整流子40に接触している。従来の場合と同様に,2個のブラシ82および92は低速ブラシを構成し,2個のブラシ84および94は共通接地ブラシを構成し,2個のブラシ86および96は高速ブラシを構成している。2個の共通接地ブラシ84および94は,並列に配線され,円周方向にほぼ180度離間して,すなわち整流子40の反対側に互いに正反対に離されている。2個の低速ブラシ82および92は,並列配線され,円周方向にほぼ180度離間して,すなわち整流子40の反対側に互いに正反対に離されているが,共通接地ブラシ84および94に対してほぼ90度の間隔で円周方向に離間されている。低速ブラシ82および92と共通接地ブラシ84および94は,電機子巻線が4個の磁極により形成される磁場の中立帯を通過する時に当該巻線の整流が生じるように該4個の磁極に対して配置されている。
2個の高速ブラシ86および96は,並列に配線されており,円周方向にほぼ180度離間して,すなわち,整流子40の反対側に互いに正反対に配置されている。
さらに,ブラシ86および96は,低速ブラシ82および92と共通接地ブラシ84および94との間にそれぞれ円周方向に離間して配置されている。また,高速ブラシ86は低速ブラシ82に対して,高速ブラシ96は低速ブラシ92に対して,鋭角Z(例えば,約30度)を成している。しかしながら,当業者には明らかなよ- 56 -うに,低速時の場合に対する高速時のモータの単位分当たりの回転数(RPM)での回転速度の相対差は,低速ブラシと高速ブラシとの間の分離角度の大きさZによって決まる。それゆえ,選択される分離角度は,モータの適用分野と所望の高低速度関係によって決められる。
このように配置されるが,高速ブラシ86および96は,電機子巻線が4個の磁極の中立帯の外側を通過する時に当該巻線の整流が生じるように配置されている。
その結果,これらの高速ブラシは,それぞれ端面の後方領域の近くにおいて,他のブラシ82,84,92および94に生じる侵食に比して,より苛酷な侵食を受けやすい。それゆえ,当該4極モータの高速ブラシ86および96のそれぞれは,本発明の開示内容にしたがって,互いに角度Yを成す第1および第2の交叉面により形成される非円弧状の端面を備えており,当該交叉面は交わることによって整流子40との接触線83を形成し,この接触線は端面の中央領域には位置せずに,該端面の前端に向かって円周方向に沿う所望距離だけ中央領域からずれている。
図7イ 前記アの甲1の記載によると,甲1発明について,前記第2,4(1)アの審決の認定のとおりと認められる。
ウ そして,甲1発明を本件発明1と対比すると,前記第2,4(1)イ(ア),(イ)のとおりの一致点及び相違点が認められる。この点について,原告は,相違点4の認定を争うが,原告の主張を採用することができないことは,後記4(3)のとおり- 57 -である。
(3) 甲2に記載された事項甲2(特開2000−166185号公報)には,以下のとおりの記載がある。
【0001】【発明の属する技術分野】この発明は,車両のハンドルの操舵力をアシストする電動パワーステアリング装置用モータに関するものである。
【0002】【従来の技術】図14は従来の電動パワーステアリング装置の側断面図であり,この電動パワーステアリング装置は,回転トルクを発生する電動パワーステアリング装置用モータ(以下,電動モータと略称する。)1と,この電動モータ1に連結され電動モータ1からの回転トルクを連結または遮断する電磁クラッチ2とを備えている。電動モータ1は,円筒状のヨーク3と,このヨーク3内に対向して固定された4極の界磁部である界磁永久磁石4と,ヨーク3内で第1の軸受け5と第2の軸受け6とにより回転自在に支持されたシャフト7と,このシャフト7に固定されたアマチュア8と,シャフト7の一端部に固定された整流子9と,この整流子9の表面にスプリング10の弾性力により当接したブラシ11と,このブラシ11を保持したブラシホルダ12と,このブラシホルダ12がブラシホルダ用締付ねじ13により固定されているとともに,締付ねじ19によりヨーク3に連結された非磁性であるアルミニウム製のハウジング14と,リード線15が貫通したグロメット16とを備えている。アマチュ8は,軸線方向に延びた22個のスロットを有するコア17と,スロットに導線が重巻方式で巻回されて構成された巻線18とを備えている。
【0006】上記電動モータ1では,ヨーク3の磁気回路のアンバランス,アマチュア8の偏心,ブラシ11に流れる電流の不均一等により,アマチュア8の巻線18の回路間に誘起する起電力に差が生じ,巻線18内にはブラシ11を通じて流れる循環電流が生じ,その結果ブラシ整流作用の悪化,ブラシ11から発生する整流火花の増加に伴う,ブラシ11及び整流子9の高温化,寿命低下,トルクリップル- 58 -の増加等の問題点がある。
【0007】図15は上記循環電流の発生を防止するために同電位であるべき整流子9の整流子片30同士を均圧線31を用いて電気的に接続した電動モータ42の巻線図であり,また図16は図15の巻線図の電気回路図である。第1の整流子片30aは第12の整流子片30lと,第2の整流子片30bは第13の整流子片30mと,第3の整流子片30cは第14の整流子片30nと,第4の整流子片30dは第15の整流子片30oと,第5の整流子片30eは第16の整流子片30pと,第6の整流子片30fは第17の整流子片30qと,第7の整流子片30gは第18の整流子片30rと,第8の整流子片30hは第19の整流子片30sと,第9の整流子片30iは第20の整流子片30tと,第10の整流子片30jは第21の整流子片30uと,第11の整流子片30kは第22の整流子片30xとそれぞれ均圧線31を介して接続されている。
【0011】【発明が解決しようとする課題】上記構成の電動モータ42では,ブラシ11の数が4個であり,ブラシ11の摺動摩擦抵抗によるロストルク及びブラシ音が大きいという問題点があった。また,ブラシ11の数が多いと,それだけブラシ11と整流子片30との当接が不安定となる確率が高くなり,そのことに起因してトルクリップルが大きくなり,ドライバーの操舵感が悪いという問題点もあった。
【0012】さらに,上記電動モータ42は,+ブラシ側である,第1のブラシ11aと第3のブラシ11cとは本来同電位であり,第1のブラシ11a及び第3のブラシ11cには同値の電流が流れるべきである。しかしながら,第1のブラシ11a及び第3のブラシ11cでの接触電圧降下,固有抵抗,並びに第1のブラシ11a及び第3のブラシ11cに至るまでの導線抵抗等のばらつきで,第1のブラシ11a及び第3のブラシ11cには異なる電流値の電流が流れてしまうので,電流分担大のブラシ11a,11c側を想定してブラシサイズを設定しなければならず,電動モータ42を小形化できないという問題点もあった。上記問題点は重巻き,6- 59 -極,スロット数22,6個のブラシ35a〜35fで構成された電動モータ40にも,同様に有していた。
【0013】なお,図18に示した電動モータ41では,ブラシ本体36a〜36dがそれぞれ3ブラシ部39で構成されており,上記ばらつきの影響を小さくできるものの,この構造は,実際には大型電動モータにしか採用されてなく,小形化が要求される電動パワーステアリング装置用モータでは採用できない。
【0014】この発明は,上記のような問題点を解決することを課題とするものであって,ブラシの摺動摩擦抵抗によるロストルク及びブラシ音を低減し,またトルクリップルも低減してドライバーの操舵感が向上し,さらに構造が簡単で小形化を可能にした電動パワーステアリング装置用モータを得ることを目的とするものである。
【0015】【課題を解決するための手段】この発明の請求項1に係る電動パワーステアリング装置用モータは,ヨークと,このヨークの内壁面に固定された4極以上の多極で構成された界磁部と,前記ヨーク内に回転自在に設けられたシャフトと,このシャフトに固定されコアの外周面に軸線方向に延びて形成されたスロットに導線が重巻方式で巻回されて構成された巻線を有するアマチュアと,前記シャフトの端部に固定され複数個の整流子片から構成された整流子と,この整流子の表面に当接した+側及び−側それぞれ1個のブラシと,同電位であるべき前記整流子片同士を接続した均圧部材とを備えたものである。
【0023】【発明の実施の形態】実施の形態1.図1〜図4は実施の形態1の電動パワーステアリング装置用モータ(以下,電動モータと略称する。)を示すもので,図1はその巻線図,図2はその電気回路図,図3はその要部側面図,図4は図3のIVーIV線に沿う断面図である。この電動モータ79は,円筒状のヨークと,このヨーク内に周方向に間隔をおいて4個固定されたフェライトで構成された界磁部である永久- 60 -磁石と,ヨーク内に軸受により回転自在に設けられたシャフト80と,このシャフト80に固定されたアマチュア81と,アマチュア81の片側に設けられた整流装置82とを備えている。なお,ヨーク及び永久磁石は図示されていない。
【0024】アマチュア81は,軸線方向に延びた22個のスロット83有するコア84と,銅線にエナメル被覆された丸線である導線85がスロット83に巻回されて構成された巻線86とを備えている。巻線86は,導線85を10回ターンし,次に1スロットずらして導線85を10回ターンすることを繰り返す,所謂重巻方式で構成されている。
【0025】整流装置82は,シャフト80の端部に固定され周方向に複数配列された22個の整流子片87を有する整流子88と,この整流子88の表面にスプリングの弾性力により当接しているとともに対向して2個配設された第1のブラシ89a及び第2のブラシ89bと,同電位であるべき整流子片87の各フック91a〜101b同士を電気的に接続しブラシ89を通じて流れる循環電流の発生を防止する均圧線90を備えている。
【0026】均圧部材である均圧線90は,一端部が整流子片87のフック91aに係止され,他端部がフック91aに対向したフック91bに係止されている。以下同様に,他の10本の各均圧線90も,それぞれ一端部がフック92a〜101aに係止され,他端部がフック92b〜101bに係止されている。これらの各均圧線90はそれぞれアマチュア81と対向した整流装置82の側面に密接している。
【0027】図1及び図2では第1のブラシ89aは第1の整流子片87a及び第2の整流子片87bと当接され,また第2のブラシ89bは第6の整流子片87f,第7の整流子片87g及び第8の整流子片87hと当接されたときを示している。
従来の電動モータ1では,図16に示すように+ブラシ側において第1のブラシ11a及び第2のブラシ11bが配設され,−ブラシ側において第3のブラシ11c及び第4のブラシ11dが配設されていたが,この実施の形態では,+ブラシ側では第1のブラシ89aが配設され,−ブラシ側では第2のブラシ89bが配設され,- 61 -ブラシの個数が4個から2個に削減されている。
【0029】上記構成の電動モータ79では,均圧線90と導線85とが同一径,同一材料(銅線の表面にエナメル皮膜が施されている。)の線材を用いて,整流子88の側面に均圧線90を密接し,引き続きコア84に巻線86を設ける。
【0030】この場合の製造手順は,先ず同電位であるべき整流子片87同士のフックに線材を係止した後,切断する。この作業を繰り返して11本の各均圧線90の一端部をフック91a〜101aに他端部をフック91b〜101bにそれぞれ接続する。その後,線材をコア84にフックを91a〜101bを介して重巻き方式で巻回して,コア84に巻線86を設ける。この線材の係止,切断及び巻回の一連の作業は巻線機で行われるので,効率よく行われる。そして,各均圧線90が同電位であるべき整流子片87同士で物理的に接続され,かつコア84の各スロット83に導線85が重巻方式で巻回された後,各フック91a〜101bは,ヒュージング等により,均圧線90及び導線85とそれぞれ同時に電気的に接続される。
【0031】上記構成の電動モータ79では,ブラシ89a,89bの数が全部で2個であり,ブラシ89a,89bの摺動摩擦抵抗によるロストルク及びブラシ音を低減することができる。また,ブラシ89a,89bの数が少なくなり,それだけブラシ89a,89bと整流子片87との当接が不安定となる確率が低くなり,下表に示すようにトルクリップルが低減され,ドライバーの操舵感が向上する。
【0033】さらに,従来の電動モータ1では,第1のブラシ11a及び第3のブラシ11cを介して電流が流れるが,この実施の形態では第1のブラシ89aを介して電流が流れ,ブラシ89aを通じて流れる電流量が従来のものと比較して2倍となる。その結果,例えば第1の整流子片87aから第12の整流子片87lに電流が流れ,第2の整流子片87bから第13の整流子片87mに電流が流れるときの均圧線90での電圧降下,発熱量が大きくなるおそれがある。しかしながら,この実施の形態では,整流子88の側面に均圧線90を密接しており,整流子片87同士を接続する均圧線90の長さは短くなっており,均圧線90での電圧降下,発- 62 -熱量は低く抑えられており,また作動音を低減することができる。
【0044】【発明の効果】以上説明したように,この発明の請求項1に係る電動パワーステアリング装置用モータは,ヨークと,このヨークの内壁面に固定された4極以上の多極で構成された界磁部と,前記ヨーク内に回転自在に設けられたシャフトと,このシャフトに固定されコアの外周面に軸線方向に延びて形成されたスロットに導線が重巻方式で巻回されて構成された巻線を有するアマチュアと,前記シャフトの端部に固定され複数個の整流子片から構成された整流子と,この整流子の表面に当接した+側及び−側それぞれ1個のブラシと,同電位であるべき前記整流子片同士を接続した均圧部材とを備え,ブラシの数が全部で2個に削減されたので,ブラシの摺動摩擦抵抗によるロストルク及びブラシ音を低減することができる。また,ブラシの数が少なくなり,それだけブラシと整流子片との当接が不安定となる確率が低くなり,トルクリップルが低減され,ドライバーの操舵感が向上する。
2 取消事由1(審理不尽・手続違背)について(1) 審理不尽について証拠(甲26の8・10)及び弁論の全趣旨によると,原告は,審判の平成28年2月24日の口頭審理において,無効理由1の内容を,「本件発明1〜4は,甲1発明と甲2に記載された事項を組み合わせることによって,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである」と限定し,甲3を,甲2の理解を助ける資料として位置付けたものと認められる。
そうすると,原告は,審判において,甲3を甲2の理解を助ける資料として提出したものであって,それを副引例とする主張はしなかったものと認められ,これに反する原告の主張を採用することはできない。
したがって,審決が,甲3に記載された事項を副引例とする本件発明1〜4の容易想到性について判断を示さなかったことは,原告の審判における主張内容に沿っ- 63 -た結果であり,審理不尽とはいえない。
よって,審理不尽に係る原告の取消事由1の主張には,理由がない。
(2) 手続違背について証拠(甲26の4・10)及び弁論の全趣旨によると,審判の平成28年2月24日の口頭審理において,「請求人の平成28年2月3日付け口頭審理陳述要領書18頁下から3行〜19頁15行,21頁14行〜22頁14行,23頁下から6行〜24頁 1 行のような補正」及び「甲第8号証の追加」が不許可とされたこと,上記補正は,甲1発明と甲2に記載された事項との組合せの動機付けに関して主張するもので,「循環電流防止の点からも組合せの動機付けがあること」等を主張するものであること,上記証拠の追加は,「均圧線が循環電流を防ぐための技術であることは技術常識であること」の証拠を補充するものであることが認められる。そうすると,上記の補正及び証拠の追加は,無効理由である甲1発明と甲2に記載された事項との組合せの主張を変更するものではなく,その組合せの動機付けやそれに関する技術常識についての主張立証にすぎないから,要旨を変更するもの(特許法131条の2第 1 項)ではなく,他に追加を認めない理由も認められない。
もっとも,原告が審判において主張することができなかったのは,上記のとおり,無効理由そのものではなく,引例の組合せの動機付けやそれに関する技術常識であり,それらについては,審決取消訴訟においても主張立証することができることからすると,それのみで審決を取り消すべき違法があるということはできない。
3 取消事由2(本件発明の認定の誤り)について(1) 「同一」とは,「@同じであること。別物でないこと。Aひとしいこと。差のないこと。(広辞苑第六版)を意味するところ,本件特許に係る特許請求の範囲」には,「同一」の意味を前記@又はAのどちらかに特定するに足りる記載は見当たらない。
しかし,本件明細書には,「このワイパモータ18では,図5または図6に示す手順で各スロット27a〜27pに導線を重ね巻し,各整流子片31a〜31pに導- 64 -線を接続することにより,巻線28と接続線41a〜41hとを同一の導線により形成するようにしている。 (」【0026】,)「このように,このワイパモータ18では,図5または図6に示す手順で・・・巻線28と接続線41a〜41hとを同一の導線により形成するようにしたので」【0029】( )との記載がある。また,図5(スロットへの巻線の装着手順を示す説明図。甲11。)及び図6(スロットへの他の巻線の装着手順を示す説明図。甲11。 並びにこれらの図に示される巻線の手順)を記した前記1(1)アの【0027】及び【0028】の記載によると,ダブルフライヤ方式の各フライヤによって巻装される導線は,切断されることなく巻線と接続線とを形成していることが理解される。
そうすると,本件発明における「同一」とは,各フライヤによって巻装される導線が切断されることなく巻線と接続線とを形成することであると解することができ,全てが一つの部材で形成された連続線でなければならないものと解される。
(2) 原告は,「同一の導線」とは,「同一径,同一材料の線材」を意味し,必ずしも「切断されていない連続線」を意味しない旨主張する。
しかし,原告の主張は,前記(1)で判示したとおり,採用することができない。
仮に,巻線と接続線とを連続線で形成することによる効果が,連続線でなくとも同じ線材によって巻線と接続線とを形成することによる効果に比べ,顕著なものでないとしても,顕著な効果を有するか否かということは,特許発明の要旨の認定に直結するものではないから,前記(1)の判断を左右するものではない。また,本件明細書の図4は,回路図であることが明示されており(甲11),巻装の装着手順を示す説明図であることが明示されている図5及び図6とは異なり,電気的な接続関係を示す図であると解されるから,巻回された導線の物理的な連続不連続を表している図であるとは解されない。そうすると,上記図4において,巻線と接続線が不連続であるかのように記載されていても,前記(1)の判断を左右するものではない。
したがって,原告の前記主張を採用することはできない。
(3) 以上によると,原告の取消事由2の主張には,理由がない。
- 65 -4 取消事由3(甲2及び甲3に記載された事項についての認定の誤り,相違点4の認定の誤り)について(1) 甲2に記載された事項についての認定の誤りについて本件発明における「同一の導線」の解釈は,前記3のとおりである。
原告の主張によっても,甲2における巻線と接続線は,全て一つの部材で形成された連続線でないから(平成29年2月22日付け「原告準備書面(原告・第4回)」12頁,17頁),甲2には「巻線と同一の導線により接続線を形成すること」が記載されているとの主張は,前提を欠き,採用することができない。
したがって,甲2に記載された事項についての認定の誤りに係る原告の取消事由3の主張には,理由がない。
(2) 甲3に記載された事項についての認定の誤りについて原告の主張によっても,甲3における巻線と接続線は,全て一つの部材で形成された連続線でないから(平成29年2月22日付け「原告準備書面(原告・第4回)」12頁,17頁),甲3には「巻線と接続線を連続線で形成すること」が記載されているとの主張は,前提を欠き,採用することができない。
したがって,甲3に記載された事項についての認定の誤りに係る原告の取消事由3の主張には,理由がない。
(3) 相違点4の認定の誤りについて原告の主張は,相違点4として,甲1発明において,共通ブラシ,第1のブラシ,第2のブラシが,それぞれ2個ずつ存在し,2個の共通ブラシ,2個の第1のブラシ,2個の第2のブラシが,それぞれ対になっていること,すなわち,回転軸を中心に180度の位置に対向配置されていることを認定すべきであるというものである。
審決は,相違点3として,「ブラシに関し,本件発明1は,共通のブラシ,第1のブラシ,第2のブラシのみを有するのに対し,甲1発明は,2個の共通ブラシ,2個の第1のブラシ,2個の高速ブラシを有する点」を認定し,相違点3についての- 66 -判断をしているから,相違点4として,重ねて,共通ブラシ,第1のブラシ,第2のブラシが,それぞれ2個ずつ存在することを明示的に認定していないことが,誤りであるとはいえない。
また,本件発明1は,前記1(1)のとおり,3個のブラシのみを有しており,いずれのブラシも回転軸を中心に対向配置されておらず,甲1発明は,前記1(2)のとおり,6個のブラシを有しており,2個の共通ブラシ,2個の第1のブラシ,2個の第2のブラシが,それぞれ回転軸を中心に対向配置されているのであって,4極モータにおいて4個のブラシが回転軸に中心に各90度の角度で配置され,4極モータにおいて変速のためのブラシ2個を配置する場合,これらが回転軸を中心に対向配置されるのは,原告の主張によっても,技術常識である(平成28年7月29日付け「準備書面(原告・第1回) 29頁,」 30頁,平成28年11月11日付け「準備書面(原告・第3回)」37頁)というのであるから,相違点3において,2個の共通ブラシ,2個の第1のブラシ,2個の第2のブラシが存在することが認定されている以上,2個の共通ブラシ,2個の第1のブラシ,2個の第2のブラシが,それぞれ回転軸を中心に180度の位置に対向配置されていることも,その中に包含されているといえるのであって,審決が,相違点3とは別の相違点として2個の共通ブラシ,2個の第1のブラシ,2個の第2のブラシが,それぞれ回転軸を中心に180度の位置に対向配置されていることを特に認定しなかったとしても,誤りとはいえない。
したがって,相違点4の認定の誤りに係る原告の取消事由3の主張には,理由がない。
5 取消事由4(相違点2及び3の判断の誤り)について(1) 甲2に記載された事項についてア 甲2には,前記1(3)のとおり記載されているところ,これに接した当業者は,次の技術的事項を理解する。
(ア) 甲2には,+電位に接続される2個のブラシ及び−電位に接続される- 67 -2個のブラシを備える4極重巻モータにおいて,同電位となるべき整流子間を均圧線で接続することによって循環電流の発生を防止し,それによってブラシ整流作用の悪化,ブラシ及び整流子の高温化,寿命低下,トルクリップルの増加という問題点を解決する技術が,従来から知られた技術として記載されている(以下,当該技術を「甲2従来技術」という。。加えて,電気機器分野に係る教科書である甲8(昭)和42年発行の「電気機器各論I(直流機))にも,4極重巻の直流機において,」循環電流を防止して整流を容易にするために均圧結線を用いて巻線中常に等電位である点を導体で接続すること,このような均圧結線は重巻には欠くことのできない重要な結線であること,均圧結線の好ましい取付場所は整流子側であることが記載されており(87頁19行〜88頁2行〔図は行に数えない。)〕,このことからすると,甲2従来技術は,本件出願前からの電気機器分野における技術常識として当業者に理解されていたものと認められる(なお,本件訴訟において,審判で審理判断された甲1発明と甲2に記載された事項に基づく進歩性欠如の有無について判断するに当たり,甲8に基づいて,判断に必要となる技術常識を認定することは許される。。
)(イ) 甲2には,甲2従来技術に係る4極重巻モータにおいて,ブラシの数が4個と多いことに起因して,ロストルク,ブラシ音及びトルクリップルが大きくなるという問題点があることに鑑み,+側及び−側のブラシをそれぞれ1個のブラシ(合計2個のブラシ)とすることによって上記問題点を解決したとの記載がある。
甲2には,上記のようにブラシを減らすことができる原理を説明する明示的な記載はないが,甲2の【0033】における「従来の電動モータ1では,第1のブラシ11a及び第3のブラシ11cを介して電流が流れるが,この実施の形態では第1のブラシ89aを介して電流が流れ,ブラシ89aを通じて流れる電流量が従来のものと比較して2倍となる。 との記載からすると,」 甲2においてブラシを減らすことができるのは,均圧線を設けたことの結果として,1個のブラシから供給された電流が,そのブラシに当接する整流子片に供給されるとともに,均圧線を通じて- 68 -同電位となるべき整流子片にも供給されることによって,対となる他方のブラシがなくとも従来モータと同様の電流供給が実現できるためであることが理解できる。
この点について,被告は,甲2には,均圧線の使用とブラシ数の削減とを結び付ける記載がないことを理由に,接続線を使用してブラシの数を半減する技術が開示されていない旨主張するが,そのような明示的な記載がなくとも,甲2の記載から上記のとおりの理解は可能というべきである。また,被告は,甲2の4ブラシモータの電気回路図(図16)と2ブラシモータの電気回路図(図2)を対比すると,その配線が完全に一致すると主張するが,4ブラシモータの電気回路図(図16)においても,2ブラシモータの電気回路図(図2)においても,整流子片1,2,12及び13が+電位となり,整流子片6〜8及び17〜19が−電位になっており,その結果,ブラシ以外の電気回路(巻線及び均圧線の接続関係)に変化を加えなくとも両者がモータとして同じ電気的特性を持つことが理解できるところ,2ブラシモータの電気回路図においては,前記の整流子片が同電位となるために均圧線の存在が必須であることが理解できるから,甲2の4ブラシモータの電気回路図と2ブラシモータの電気回路図との配線が一致することは,均圧線の存在によってブラシ数の削減が可能になることを示すものであって,このことが,甲2には接続線を使用してブラシの数を半減する技術が開示されていないことの根拠となり得るものではない。
イ そうすると,甲2の記載に接した当業者は,甲2には,4極重巻モータにおいて,同電位となるべき整流子間を均圧線で接続することにより,同電位に接続されている2個のブラシを1個に削減し,もって,ブラシ数の多さから生じるロストルク,ブラシ音及びトルクリップルが大きくなるという問題を解決する技術が開示されていることを理解するものといえる。
(2) 容易想到性の判断ア 前記1(2)によると,甲1発明は,4極直流モータであり,低速回転時には,2個の低速ブラシ82及び92並びに2個の共通接地ブラシ84及び94の合- 69 -計4個のブラシで給電され,高速回転時には,2個の高速ブラシ86及び96並びに2個の共通接地ブラシ84及び94の合計4個のブラシに給電されるものであると認められる。
そして,電気機器の技術分野では,直流モータの巻線法は,重巻か波巻かのいずれかに分類できるものであって,4極重巻では4個のブラシを用いて巻線に給電するのに対し,波巻は極数にかかわらずに2個のブラシを用いて給電することが,技術常識として知られている(甲30)。
そうすると,甲1発明は,4極直流モータである以上,重巻を採用しているものと解され,4極直流重巻モータであると認められる。
イ 直流モータが回転力を維持し続けるには,整流子とブラシによって得られる整流作用が不可欠であるから,直流モータにおいて,ブラシ整流作用を良好に保つことは,当然に達成しなければならない課題である。したがって,当該課題は,直流モータである甲1発明においても,内在する課題ということができる。
そして,前記(1)ア(ア)のとおり,+電位に接続される2個のブラシ及び−電位に接続される2個のブラシを備える4極重巻モータにおいて,ブラシ整流作用の悪化等の問題点を解決するために均圧線を設ける甲2従来技術が技術常識であることからすると,同じく同電位に接続された2個のブラシを複数組備える4極重巻モータであり,ブラシの整流作用を良好に保つという課題が内在する甲1発明においても,甲2従来技術と同様の均圧線を設けることは,当業者が容易に想到し得ることといえる。
以上によると,甲1発明において相違点2に係る「それぞれ互いに同電位となるべき整流子片同士を電気的に接続する接続線を有する」という本件発明1の構成とすることは,甲1発明に甲2に記載された事項(甲2従来技術)を適用することにより当業者が容易に想到し得たことと認められる。
ウ また,甲2には,前記(1)ア(イ)のとおり,4極重巻モータにおいて,同電位となるべき整流子片を均圧線で接続することにより,同電位に接続されている2- 70 -個のブラシを1個に削減し,ブラシ数の多さから生じるロストルク,ブラシ音及びトルクリップルが大きくなるという問題を解決する技術が開示されているところ,ここでの課題であるロストルク及びトルクリップルの低減を図るとは,要するに,回転の効率化及び安定化を図るということであり,電力を回転力に変換するモータであれば,内在する課題ということができる。
そうすると,前記イのとおり,甲1発明に甲2従来技術を適用し,同電位となるべき整流子片を接続線で電気的に接続するに際して,上記課題の解決手段として,さらに,甲2に記載された事項を適用し,同電位に接続されている2個のブラシを1個に削減し,ロストルク及びトルクリップルの低減をも図ろうとすることは,当業者が容易に想到し得ることといえる。
したがって,甲1発明において相違点3に係る本件発明1の構成(共通ブラシ,第 1 のブラシ,第2のブラシのみを有すること)とすることも,甲1発明に甲2に記載された事項を適用することにより当業者が容易に想到し得たことと認められる。
エ さらに,巻線も接続線も,二つの整流子片を接続する導線であり,巻線においては,所定のスロット間を所定回数巻回した巻線の両端が,所定の二つの隣接する整流子片を接続しており,均圧線においては,180度対向する整流子片間を接続していれば,巻装の手順によらず電気的性質が所望のものとなることは明らかであるから,これを実際に巻装するに当たっての具体的な巻装工程は,製造上の都合に応じて適宜設計すべき事項である。
均圧線(接続線)を巻線と同一の導線(切断されていない導線)により形成することは,周知の技術であり(甲14【0010】 【0013】 甲15〜 , 【0015】,【0031】,甲29【0025】【0033】, 。本件訴訟において,これらの証拠を周知技術の認定に用いることは許される。 ,甲1発明に接続線を導入するに当た)って巻線と接続線とを「同一の導線」である切断されていない導線で形成することは,当業者の通常の設計能力によって実施し得ることである。なお,甲14【0008】には「均圧線の両端部」との記載があるが,均圧線の機能を有する部分の端- 71 -部を意味すると解されるから,上記認定を左右するものではない。
したがって,甲1発明において相違点2に係る「巻線と同一の導線により形成され・・・る接続線を有する」という本件発明1の構成とすることは,設計事項であり,当業者が容易に想到し得たことと認められる。
オ したがって,相違点2及び3に係る本件発明1の構成は,甲1発明に甲2に記載された事項を適用することにより当業者が容易に想到し得るものである。
(3) 被告の主張についてア 被告は,本件発明の技術思想は,三つのブラシのみで速度切替が可能な4極ブラシモータを実現するとともに,高速ブラシを当時の当業者が容易に想到し得ない位置に配置するというものであり,4極4ブラシを出発点として,4極6ブラシとし,その上で適当なブラシを削減するといった思考過程で生まれたものではなく,仮に原告が主張する技術事項が甲2に開示されていたとしても,甲1発明におけるブラシを接続線によって削減することが容易であったとは認められない旨主張する。
しかし,本件発明が生まれた思考過程いかんによって前記(2)の判断が左右されることはないし,技術分野,課題,引例中の示唆についての被告の主張は,次のとおり,いずれも前記(2)の判断を左右するものではない。
(ア) 被告は,甲1発明は,一方向へのみ回転し,速度切替えが必要なワイパモータであるのに対し,甲2に記載されているのは,正逆転可能でなければならないが,速度切換えは想定されていない電動パワーステアリング装置用モータであるから,両者は技術分野が異なる旨主張する。
しかし,前記(1)ア(ア)のとおり,甲2従来技術に係る解決課題は循環電流の発生を防止してブラシ整流作用の悪化等の問題点を解決することであるところ,このような解決課題は,循環電流の発生が想定される+電位に接続される2個のブラシ及び−電位に接続される2個のブラシを備える4極重巻モータであれば,その用途の違い(ワイパモータか,電動パワーステアリング装置用モータか)や用途に応じた機- 72 -能の違い(@必要とされる回転の向きが一方向のみか,双方向か,A速度切替えを要するか否か)にかかわらず,当てはまるものというべきである。したがって,被告が主張する甲1発明と甲2記載のモータとの用途の相違は,甲1発明に甲2従来技術を適用することの妨げとなるものではない。
また,前記(1)ア(イ)のとおり,甲2に記載された同電位となるべき整流子片を均圧線で接続することにより,同電位に接続されている2個のブラシを1個に削減する技術に係る解決課題は,ブラシ数の多さから生じるロストルク及びトルクリップルが大きくなるなどの問題を解決することであるところ,このような課題も,電力を回転力に変換するモータであれば当然に当てはまるものであって,用途の違い(ワイパモータか,電動パワーステアリング装置用モータか)や用途に応じた機能の違い(@必要とされる回転の向きが一方向のみか,双方向か,A速度切替えを要するか否か)にかかわらないことといえる。したがって,被告が主張する甲1発明と甲2記載のモータとの用途の相違は,甲1発明に甲2に記載された上記技術を適用することの妨げとなるものではない。
被告は,4極4ブラシの単速度モータでは,閉回路が二つ形成されるところ,材料の不均一やギャップ長さの不同などにより,各閉回路に発生する誘導起電力に差が生じ,各閉回路の間に電位差が生まれることから,循環電流が生じ,この循環電流の悪影響を回避するために均圧線(接続線)が設けられるが,可変速モータでは,休止中のブラシによって隣接する整流子片同士が物理的に短絡されることによって形成される閉回路(短絡閉回路)が磁束を横切ることに起因して逆起電力が生じ,その値は,材料の不均一や製造上のばらつきといった意図しない要因によって発生する微妙なずれに起因する循環電流に比べて非常に大きく,また,低速ブラシや共通ブラシによって逆起電力が生じるとしても,短絡閉回路を横切る磁界が強い高速ブラシでは,逆起電力は,低速ブラシや共通ブラシとは異なり,無視できないほど大きい,このような短絡閉回路が形成され得る可変速モータに複数の閉回路間で電気的影響を相互共有させる作用を有する均圧線を設けることは,短絡閉回路で発生- 73 -する逆起電力の影響も同じく相互共有させることを意味するから,甲1発明の可変速モータに,甲2,9,10,16,17の単速度モータの均圧線(接続線)の技術を適用できない旨主張する。
しかし,4極6ブラシ可変速モータにおいて,被告が主張するとおり,逆起電力が発生し,各ブラシの位置関係から,共通ブラシによって形成される閉回路及び低速ブラシによって形成される閉回路が横切る磁界(磁束)に比べて,高速ブラシによって形成される閉回路(短絡閉回路)が横切る磁界(磁束)が強くなることにより,共通ブラシ及び低速ブラシによって形成される閉回路に比べ,高速ブラシによって形成される閉回路に発生する前記逆起電力が強くなり,それにより,アーク作用がより過酷になるとしても,これは前記の高速ブラシにより形成される短絡閉回路が当該位置に存在することによって必然的に生じるものである。高速ブラシが二つあることにより,短絡閉回路が二つ存在し,その二つの短絡閉回路に発生する誘導起電力に差が生じ,各短絡閉回路の間に電位差が生まれることから,循環電流が生じ,この循環電流の悪影響を回避する必要性につき,高速ブラシと共通ブラシ及び低速ブラシとの間に差があるわけではなく,各短絡閉回路の間の電位差を解消するために均圧線を設けた場合,設けない場合と比べ,各短絡閉回路において生じる逆起電力が増幅されたり,アーク作用がより過酷になったり,モータの回転方向に対してより大きな逆向きのトルクが生じることを認めるに足りる証拠はない。そして,高速ブラシに関しても,均圧線は,理論上同電位となるべき二つの整流子間を接続して同電位とする作用を示すにすぎないから,これによって全ての整流子片及び巻線に,ある短絡閉回路で発生した逆起電力の影響が及ぶものではない。
(イ) 被告は,甲1発明は2極3ブラシのモータに永久磁石及びブラシを追加して多極化を図ったブラシモータであり,甲1発明からブラシを削減することは,甲1に開示されている一連の技術思想に逆行するものである旨主張する。
しかし,甲1の記載中に,甲1発明(図7に示される4極6ブラシのモータ)が,2極3ブラシのモータを多極化してブラシを増設した発明であることを示す記載は- 74 -ない。むしろ,甲1には,多段速度直流モータには,2極3ブラシの構成と4極6ブラシの構成があることを前提に,いずれの構成にも当てはまる発明として,低速ブラシと共通接地ブラシの間に配置される高速ブラシの端面を従来の円弧状ではなく,非円弧状とすることを内容とする発明が記載され,実施例としても,2極3ブラシのモータ(図3)と4極6ブラシのモータ(図7)が並列的に記載されている。
そうすると,甲1発明について,2極3ブラシのモータを多極化して4極6ブラシのモータとした発明であると理解すべき根拠はなく,ブラシ数の削減を図ることが,甲1に記載されている技術思想に逆行するものであるともいえない。
(ウ) 被告は,甲2には,接続線を使用してブラシ数を削減させる旨は開示も示唆もされていない旨主張する。
しかし,前記(1)のとおりであって,被告の上記主張は,採用することができない。
イ 被告は,甲2に接続線を用いてブラシ数を削減することが開示されていたとしても,甲 1 には,接続線を用いることは開示も示唆もされていないから,甲1 発明に甲2に記載された事項を適用することには阻害事由がある旨主張する。
しかし,前記(2)のとおり,相違点3に係る本件発明1の構成は,甲1発明に甲2に記載された事項を適用することにより,当業者が容易に想到することといえるのであって,このことは,甲1の記載中に接続線についての明示や示唆があるか否かによって左右されることではない。
甲1発明に甲2に記載された事項を適用する阻害事由が存在するとは認められない。
(4) 小括以上によると,甲1発明に甲2に記載された事項を適用することにより相違点2及び3に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことといえる。
したがって,原告の主張する取消事由4には,理由がある。
6 取消事由5(相違点4についての判断の誤り)について- 75 -(1) 前記5のとおり,甲1発明に,甲2に記載された同電位となるべき整流子片を均圧線で接続することにより,同電位に接続されている2個のブラシを1個に削減する技術を適用することは,当業者が容易に想到し得ることであるところ,その適用に当たって,それぞれ2個の低速ブラシ,共通接地ブラシ及び高速ブラシからなる甲1発明において,3種のブラシそれぞれについて,2個のブラシのうちのいずれかを削減した上で,残された3個のブラシの配置を定めることになる。そして,その際,最適なブラシ配置を選択することは,当業者が当然に行うべき設計的事項であり,特に,これらのブラシが回転する整流子を押圧してこれに接触するものであることからすると,3個のブラシから整流子に働く押圧力をできるだけ均衡させるような配置とすることは,当然に考慮されるべきことといえる。
甲1の図7に示された甲1発明のブラシ配置を前提に,残されるべき3個のブラシの選択とその配置を考えた場合,想定し得る組合せは限られており(8通り(2の3乗)しかなく,更に180度対称の配置を同一と見れば,4通りしかない。,)その中で,原告が主張する前記第3,5(2)記載の図のとおりの配置とするのが,3個のブラシの各間隔が最も均等に近く,整流子に働く押圧力もおおむね均衡することが容易に理解できるのであって,押圧力の見地からは,これが3個のブラシの最適な配置であることは,明らかであるといえる。
そうすると,甲1発明に甲2に記載された前記事項を適用して6個のブラシを3個に減らすに当たり,残すブラシの選択とその配置を前記図のとおりとすること,すなわち,高速ブラシを低速ブラシと共通接地ブラシとの間に形成される空間のうち広角側の空間に低速ブラシ及び共通接地ブラシと対向するように配置し,3個のブラシを整流子を三方から押圧する位置に配置することは,当業者が適宜行うべき設計的事項の範囲内のことといえる。このような判断手法がいわゆる「容易の容易」であり,原則として認められない判断手法であるということはできない。
(2)ア 被告は,甲2には,接続線の使用という手段によって,ブラシ数削減という目的を達成することは,記載も示唆もされていない旨主張する。
- 76 -しかし,前記5(1)のとおりであって,被告の上記主張は,採用することができない。
イ 被告は,速度可変モータの高速ブラシは,円周方向において低速ブラシよりも共通接地ブラシに近接している必要があることは技術常識であったことからすると,甲1発明においては,80番台の符号が付された共通接地ブラシ84,低速ブラシ82及び高速ブラシ86と,90番台の符号が付された共通接地ブラシ94,低速ブラシ92及び高速ブラシ96とが,それぞれ一組のブラシセットとして当業者に理解されることになるから,仮に,甲2に,接続線を用いてブラシ数を削減することが開示又は示唆されており,甲1発明に甲2に記載された事項を適用することにより,甲1発明におけるブラシを削除することができたとしても,存置されるブラシは,共通接地ブラシ84,低速ブラシ82及び高速ブラシ86か,共通接地ブラシ94,低速ブラシ92及び高速ブラシ96のいずれかになり,このいずれの構成であっても,存置された高速ブラシの位置を削除された高速ブラシの位置に移動させなければ,本件発明の構成にならないから,相違点4に係る本件発明の構成とすることを容易に想到することはできない旨主張する。
この点について,甲1の背景技術に関する記載(前記1(2)ア(イ))によると,低速ブラシ,高速ブラシ及び共通接地ブラシの3個のブラシを備えた2段速度2極直流モータにおいては,低速ブラシと共通接地ブラシが180度離間して配置され,高速ブラシが円周方向において低速ブラシよりも共通接地ブラシに近接して配置されるものとされている。そして,甲12及び乙1(平成3年3月25日発行の全国自動車整備専門学校協会編「二訂版 自動車用電装品の構造」)には,直流モータの回転速度が,回転中に発生する逆起電力に反比例することから,3種のブラシが上記のように配置された場合に,低速ブラシと共通接地ブラシの間に電源を加えた場合のアーマチュア・コイルの導体数が,高速ブラシと共通接地ブラシの間のアーマチュア・コイルの導体数より多くなり,逆起電力が大きくなる結果,モータの回転速度が低速になることが記載されている。また,モータの低速時の場合の回転速度と- 77 -高速時の場合の回転速度との間の相対差は,低速ブラシと高速ブラシとの間の分離角度の大きさによって決定される(前記1(2)ア(イ),甲1)。これらのことは,直流モータにおける技術常識と認められる。
このような2段速度直流モータのブラシ配置に係る技術常識を踏まえた上で,甲1発明に甲2に記載された事項を適用して6個のブラシを3個に減らすに際し,残すブラシの選択とその配置を定める場合(甲1の図7に示された甲1発明のブラシ配置を前提に,残されるべき3個のブラシの選択とその配置を定める場合)を想定すると,例えば,低速ブラシとしてブラシ82を,共通接地ブラシとしてブラシ84を選択した場合に選択されるべき高速ブラシは,必ずブラシ86でなければならないものではなく,当業者が当然に理解する均圧線によるブラシ数削減の原理に照らすと,ブラシ96を選択することも可能であると解される。なぜならば,甲1発明に甲2に記載された事項を適用して同電位となるべき整流子間を均圧線で接続することを前提とすると,例えば,高速ブラシとしてブラシ96が選択された場合でも,同ブラシから供給された電流は,そのブラシに当接する整流子片に供給されるとともに,均圧線によって同電位となるべき整流子片(削減されたブラシ86が当接するはずであった整流子片)にも供給されることとなるから,ブラシ86とブラシ96のいずれを選択するかによって電流供給の態様が異なるものではなく,いずれであっても同様に高速ブラシとして機能し得ることは,当業者にとって明らかであるといえるからである。
そうすると,甲1発明に甲2に記載された均圧線を使用してブラシの数を減らす技術を適用するに当たり,当業者が,甲1発明の共通接地ブラシ84,低速ブラシ82及び高速ブラシ86と,共通接地ブラシ94,低速ブラシ92及び高速ブラシ96のいずれか一方が削減されることのみを想到する技術的根拠は存在しない。
また,甲1には,低速ブラシに82及び92,共通接地ブラシに84及び94,高速ブラシに86及び96という符号が付されているが,付された符号から直ちに82,84及び86の各ブラシを一組のブラシセット,92,94及び96の各ブ- 78 -ラシを別の一組のブラシセットであると認めることはできず,他にその旨の記載はない。
したがって,被告の前記主張を採用することはできない。
ウ 被告は,甲1の17頁は,「高速ブラシ86は低速ブラシ82に対して,高速ブラシ96は低速ブラシ92に対して,鋭角Z(例えば,約30度)を成している」と記載されており,少なくともブラシ86及び82,並びにブラシ96及び92がそれぞれセットであり,ブラシ86及び82の一方のみ,並びにブラシ96及び92の一方のみを削除することは,容易想到でないと主張する。
しかし,甲1に上記のような記載があるとしても,ブラシ86及び82の一方のみ,ブラシ96及び92の一方のみを削除することが技術的に可能であることは,前記イで判示したとおりであるから,被告の上記主張を採用することはできない。
(3) 以上によると,甲1発明に甲2に記載された事項を適用することにより,相違点4に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たことといえる。
したがって,原告の主張する取消事由5には理由がある。
7 取消事由6(進歩性の判断についての誤り等)について(1) 前記1(1)によると,本件発明の効果は,@ブラシ33(低速ブラシ)の摩耗を抑制し,ブラシ32(共通ブラシ)及び33(低速ブラシ)の耐久性を高めることができること,A接続線の形成を容易にすることができること,B界磁部を4極に多極化しても,共通ブラシと低速ブラシの二つのブラシによりワイパモータを作動させることができるので,高速ブラシを配置するスペースが増し,高速ブラシ36のレイアウト性を高められることであると認められる。
前記@の効果は,接続線を設ける構成を採ることにより当然に奏される効果であり,格別の効果とはいえない。
前記Aの効果は,巻線と接続線とが連続した同一の導線により形成されていれば,途中で導線を切ることなく巻線と接続線を形成し得るという点で,接続線の形成を- 79 -容易にできるといえるから,格別の効果とはいえない。
前記Bの効果は,接続線を設ける構成を採ることにより,共通ブラシと低速ブラシを各1個とすることができることから当然に奏される効果であり,格別の効果とはいえない。
したがって,本件発明1の効果は,いずれもその構成から奏されるものであり,格別のものであるとはいえない。
(2) 前記6で判示したところに上記(1)で判示したところを総合すると,本件発明1は,当業者が,甲1発明に甲2に記載された事項を適用することにより,容易に発明をすることができたと認められる(特許法29条2項)。
したがって,原告の主張する取消理由6のうち,本件発明1につき,理由がある。
(3) 原告は,審決が,本件発明2〜4について,無効理由1に関する判断を示しておらず,本件発明2〜4についても改めて検討判断が必要であるから,この点についても取消事由がある旨主張する。
審決は,15頁31行目〜33行目において,「本件発明1は,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められず,同様に,本件発明2〜4も,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは認められない。」と判断しているから,審決が,本件発明2〜4について,無効理由1に関する判断を示していないとはいえない。
もっとも,前記(2)のとおり,本件発明1について容易想到性がないとした審決の判断が誤りである以上,本件発明2〜4に係る審決の上記判断も誤りであるから,本件発明2〜4についての審決の判断にも違法がある。
8 取消事由7(明確性要件,サポート要件についての判断の誤り)について(1) 前記3(1)のとおり,「同一の導線」の「同一」とは,各フライヤによって巻装される導線が切断されることなく巻線と接続線とを形成していることであると解されるのであって,明確性要件(特許法36条6項2号)を欠くということはできない。
- 80 -(2) また,前記1(1)のとおり,本件明細書には,このワイパモータ18では,「図5または図6に示す手順で各スロット27a〜27pに導線を重ね巻し,各整流子片31a〜31pに導線を接続することにより,巻線28と接続線41a〜41hとを同一の導線により形成するようにしている。(」【0026】,)「このように,このワイパモータ18では,図5または図6に示す手順で・・・巻線28と接続線41a〜41hとを同一の導線により形成するようにしたので」(【0029】 との)記載があり,図5及び図6並びにこれらの図に示される巻線の手順を記した【0027】及び【0028】の記載によると,ダブルフライヤ方式の各フライヤによって巻装される導線は,切断されることなく巻線と接続線とを形成していることが理解されるのであって,本件発明は,サポート要件(特許法36条6項1号)を欠くものとはいえない。
(3) したがって,原告の主張する取消理由7には,理由がない。
9 結論以上の次第で,原告の主張する取消事由のうち,取消事由4〜6には理由があり,その誤りは,審決の結論に影響を及ぼすものであるから,審決は,取消しを免れない。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部裁判長裁判官森 義 之- 81 -裁判官佐 藤 達 文裁判官森 岡 礼 子- 82 -
事実及び理由
全容