運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成27ワ12609特許権侵害差止請求事件 判例 特許
平成29ネ10010特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成27ワ8736 特許権侵害行為差止等請求事件 判例 特許
平成28ネ10046 特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
平成27ネ10014特許権侵害行為差止請求控訴事件 判例 特許
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 29年 (ネ) 10016号 特許権侵害差止請求控訴事件

控訴人 デビオファーム インターナショナル エス アー
同訴訟代理人弁護士 大野聖二 大野浩之 木村広行 多田宏文
同訴訟代理人弁理士 松任谷優子
被控訴人 武田テバファーマ株式会社
同訴訟代理人弁護士 古城春実 林いづみ 堀籠佳典 牧野知彦 加治梓子
同補佐人弁理士 実広信哉
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/07/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
12 控訴人の当審における追加請求を棄却する。
3 控訴費用は控訴人の負担とする。
4 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,別紙被控訴人製品目録記載1〜3の各製剤の生産,譲渡,輸入又は譲渡の申出をしてはならない。
3 被控訴人は,別紙被控訴人製品目録記載1〜3の各製剤を廃棄せよ。
4 被控訴人は,控訴人に対し,1000万円及びこれに対する平成29年3月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要(以下,用語の略称及び略称の意味は,本判決で付するもののほ
か,原判決に従い,原判決で付された略称に「原告」とあるのを「控訴人」に,「被告」とあるのを「被控訴人」に,適宜読み替える。) 1 事案の要旨 本件は,発明の名称を「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」とする発明についての特許権(特許第3547755号。以下「本件特許」といい,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である控訴人(一審原告)が,被控訴人(一審被告)の製造,販売する別紙被控訴人製品目録記載1〜3の各製剤(以下,同目録記載の番号に従い,「被控訴人製品1」などといい,まとめて「被控訴人各製品」という。)は,本件特許の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属し,かつ,存続期間の延長登録を受けた本件特許権の効力は,被控訴人による被控訴人各製品の生産,譲渡及び譲渡の申出に及ぶ旨主張して,被控訴人に対し,特許法100条1項及び2項に基づき,被控訴人各製品の生産等の差止め及 2 び廃棄を求めるとともに,当審において上記第1の4の請求を追加し,特許権侵害不法行為による損害賠償請求として,1000万円及び訴えの変更申立書の送達の日の翌日である平成29年3月31日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は,存続期間が延長された本件特許権の効力が被控訴人各製品には及ばないとして控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人がこれを不服として控訴し,当審において上記第1の4の請求を追加した。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実,当裁判所に顕著な事実並びに文中掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実) 前提事実については,以下のとおり原判決を補正するほかは,原判決の第2の1に記載のとおりであるから,これを引用する。
? 原判決2頁19行目の「次の特許権」から20行目の「という。」までを )「本件特許権」と改める。
? 原判決6頁17行目の「(以下」から「。」までを削る。
) 3 争点及び争点に関する当事者の主張 争点及び争点に関する当事者の主張は,以下のとおり原判決を補正し,当審における補充主張を加えるほかは,原判決の第2の2及び3に記載のとおりであるから,これを引用する。
? 原判決の補正 ア 原判決10頁1行〜11頁5行を,次のとおり改める。
「以下のとおり,構成要件ABの「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」との文言は,水とオキサリプラティヌム以外の成分を含む製剤を排除するものでないから,被控訴人各製品が乳糖水和物を含むとしても,水とオキサリプラティヌムを含む以上,同構成要件を充足する。
a 本件発明では「酸性又はアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まない」という限定は一切されていない。「〜からなり」との文言は,直 3 前に列挙される要素を構成要素とするという意味で用いられる表現であって,その他の要素を構成要素としないという意味で用いられる表現ではない。また,オキサリプラチン以外の溶質が含まれている水溶液を「オキサリプラチンの水溶液」と呼ぶのは当業者の技術常識である。
b 被控訴人が指摘する本件明細書の記載(甲2の2頁43行〜46行,3頁2行〜3行)は,この発明の目的が「有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いること」により達成できたという事実を記載しているにすぎず,本件発明の目的がオキサリプラティヌムと水以外の成分を含んだ場合に達成できないことを意味するものではないので,本件発明の「オキサリプラティヌム水溶液」が添加剤を含む場合を排除しているものではない。
c 実施例はあくまで一例にすぎず,第三成分を記載した実施例がないことをもって,本件発明の技術的範囲を限定することはできない。
d 被控訴人が指摘する平成16年1月21日付け意見書(乙19,以下「本件意見書」という。)における記載については,上記bと同様,添加剤等を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより本件発明の目的が達成できたということを記載したにとどまり,本件発明の技術的範囲にオキサリプラティヌムと水以外の成分が含まれることを排除するものではない。
e 被控訴人が指摘する欧州特許庁のガイドライン(乙25)は,欧州特許庁の審査基準にすぎず,我が国における技術的範囲の解釈に適用されるものではない。また,同ガイドラインは,化学化合物のクレームが化合物の構成要素の割合を百分率で記載している場合に適用されるものであり,しかも,この場合には「constitu?e par」ではなく,「constitu?e de」という表現が用いられている。
イ 原判決12頁11行目〜13頁21行目を,次のとおり改める。
「以下のとおり,構成要件ABの「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」との文言は,水とオキサリプラティヌムのみを含むことを意味するのであり,被控訴 4 人各製品は,水とオキサリプラティヌムに加えて,乳糖水和物を含有するから,同構成要件を充足しない。
a 構成要件ABの「〜からなる」との語は,一般に,「〜により構成されている。〜により形づくられている。」ことを意味し(大辞林第三版,乙24),全体がその構成要素から構成され,それ以外の要素は含まれないことを含意する。
構成要件において「〜」に相当するのは,「オキサリプラティヌムの水溶液」であるところ,「オキサリプラティヌムの水溶液」とは,オキサリプラティヌムが水に溶解してできた溶液を意味するから,「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」という記載は,水とオキサリプラティヌムから構成され,それ以外の成分を含まないことを意味するものである。
b 本件明細書には,「…この目的が,…有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより,達成することを示すことができた」(甲2の2頁43行〜46行) 「この製剤は他の成分を含まず」 , (同3頁2行〜3行)と記載され,本件明細書においても,本件発明の製剤が第三成分を含まないことが明らかにされている。
c 本件明細書の実施例1では,オキサリプラティヌム水溶液の製造方法について説明されているが,ここで開示されている製剤は,オキサリプラティヌムの濃度が2mg/mlで,水とオキサリプラティヌムしか含まないものである。また,実施例3の安定性試験では,各条件下における製剤の安定性試験の結果が記載されているが,いずれの実験も実施例1で作製した水とオキサリプラティヌムしか含まない製剤を用いている。
d 控訴人は,本件特許の出願経過において,平成15年7月11日付け拒絶理由通知(甲13)に対し,本件意見書を提出し,その中で「本願発明の目的は,…該水溶液が,酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないことである」と述べているのであるから,本件発明の出願経過に照らしても,「オキサリプラティヌム水溶液」は,水とオキサリプラティヌム以外の成分を 5 含まないということができる。
e 本件特許に係る発明は,仏語で国際出願された発明が,その後,日本語に翻訳されたものであるところ,上記国際出願時の明細書の請求項1には「〜からなり」との用語に対応する用語として「constitu?e par」との用語が使用されている。欧州特許庁のガイドラインによると,この用語は,構成要素として明示された成分のみからなり,その他の成分は排除されていることを意味し,控訴人もこのことを十分に認識して出願したものである。
? 当審における当事者の主張 ア 控訴人 発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定められるべきものであり,包袋禁反言を適用する場合には慎重な配慮が必要である。控訴人が本件意見書に「その他の添加剤を含まない」と記載したのは,発明の目的を達成する一手段として添加剤を含まない態様を挙げたにすぎず,添加剤を含むことを排除したものではない。また,同意見書における引用文献(乙5,43,47)との関係においても,本件発明が水とオキサリプラティヌム以外の添加剤を含んではならないという主張は一切していない。
本件明細書においては,「この製剤は…,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない。」という記載が存在し(甲2の3頁2行〜3行),2%程度の不純物を含有することを許容しているのであるから,一切の添加物が含有されないことが本件発明の技術的特徴であるとはいえない。
イ 被控訴人 本件発明の技術的範囲は,本件明細書の記載を参照し,本件特許の出願経過をも考慮して確定すべきであり,出願過程において出願人が述べた意見が包袋禁反言として考慮されることは当然である。控訴人が,本件意見書において本件発明のオキサリプラティヌム水溶液に他の添加剤が含まれないと主張していることは,外形的,客観的にみて明らかである。
6 本件発明の技術的特徴は,他の添加剤を含まないという点にあるところ,被控訴人各製品は,安定化のための添加剤としてオキサリプラチン重量に対して20重量%の乳糖水和剤を含有するものであるから,本件発明の技術的範囲に属さない。
当裁判所の判断
当裁判所は,延長登録された特許権の効力を及ぼすに当たっては,相手方の製品が特許発明技術的範囲に属することが前提となるところ,本件特許に係る構成要件ABの「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」との文言は,オキサリプラティヌムと水のみからなる水溶液であって,他の添加剤等の成分を含まないことを意味するものと解されるから,オキサリプラチンと注射用水のほか,有効成分以外の成分として乳糖水和物を含有する被控訴人各製品は,同構成要件を充足せず,したがって,被控訴人各製品に対し延長登録された本件特許権の効力は及ばないものと判断する。
その理由は,次のとおりである。
1 構成要件ABの充足性について 本件発明の特許請求の範囲の記載の「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」との構成要件ABは,オキサリプラティヌムと水のみからなる水溶液であるのか,オキサリプラティヌムと水からなる水溶液であれば足り,他の添加剤等の成分が含まれる場合も包含されるのかについて,特許請求の範囲の記載自体からは,いずれの解釈も可能である。そこで,構成要件ABについては,本件明細書の記載及び出願の経過を参酌して判断する。
? 本件明細書の記載をみるに,証拠(甲2)によると,次の記載が認められる。
「【発明の詳細な説明】この発明は,腸管外経路用の,オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤に関するものである。
7 オキサリプラティヌム…は,…ジアミノシクロヘキサン誘導体類(dach-白金)の混合物から製造した光学異性体の一つ…である。この白金錯体化合物は,例えばシスプラチンのような他の既知白金錯体化合物と同等またはそれ以上の治療活性を示すことが知られている。
…オキサリプラティヌムは,種々の型の癌…の治療的処置に使用し得る細胞増殖抑制性抗新生物薬である。
…現在,オキサリプラティヌムは,投与直前再構成用および5%ぶどう糖溶液希釈用の凍結乾燥物として,注射用水または等張性5%ぶどう糖溶液と共にバイアルに入れて,前臨床および臨床試験用に入手でき,投与は注入により静脈内に行われる。
しかし,このような投与形態は,比較的複雑で高価につく製造方法(凍結乾燥)および熟練と注意の双方を要する再構成手段の使用を意味する。さらに,実際上,このような方法は,溶液を突発的に再構成するとき間違いが起こる危険性があることが判明した;事実,凍結乾燥物から注射用医薬製剤を再構成するときまたは液剤を希釈するときに,0.9%NaCl溶液を使用するのはごく一般的である。オキサリプラティヌムの凍結乾燥形態の場合にこの溶液を誤って使用すると,有効成分に極めて有害であり,それはNaClで沈殿(ジクロロ-dach-白金誘導体)を生じ,上記製品の急速な分解を引き起こす。
それ故,製品の誤用のあらゆる危険性を避け,上記の操作を必要とせずに使用できるオキサリプラティヌム製剤を医療従事者または看護婦が入手できるようにするため,直ぐ使用でき,さらに,使用前には,承認された基準に従って許容可能な期間医薬的に安定なままであり,凍結乾燥より容易且つ安価に製造でき,再構成した凍結乾燥物と同等な化学的純度(異性化の不存在) および治療活性を示す,オキサリプラティヌム注射液を得るための研究が行われた。これが,この発明の目的である。
この発明者は,この目的が,全く驚くべきことに,また予想されないことに,腸管外経路投与用の用量形態として,有効成分の濃度とpHがそれぞれ充分限定された 8 範囲内にあり,有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより,達成できることを示すことができた。特に,約1mg/mlより低い濃度のオキサリプラティヌム水溶液は,充分安定でないことが見出された。
従って,この発明の目的は,オキサリプラティヌムが1ないし5mg/mlの範囲の濃度と4.5ないし6の範囲のpHで水に溶解し,医薬的に許容される期間の貯蔵後製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95% を示し,溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの安定な医薬製剤である。この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない。(2頁11行〜3頁3行) 」 ? 証拠(甲1,2,13,乙5,19,43,47)及び弁論の全趣旨によると,本件特許の出願経過は次のとおりである。
ア 控訴人は,平成7年8月7日,名称を「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」とする発明につき,特許出願をした(本件出願)。
なお,本件出願は国際出願であった(国際出願PCT/IB1995/000614。特願平8-507159号。特表平10-508289号。優先権主張日:平成6年8月8日,スイス連邦)。
イ 控訴人は,平成15年7月11日付けで,特許庁から特許法29条2項を理由とする拒絶理由通知(甲13)を受けた。
拒絶理由通知は,特開昭53-31648号公報(乙5),国際公開第94/12193号パンフレット(乙47),特開平03-24017号公報(乙43)を引用文献とするものであり(以下,それぞれ「引用例1」〜「引用例3」又は「引用文献1」〜「引用文献3」という。,備考欄には,次の記載があった。
)「引用例1には,オキサリプラティヌムからなる抗腫瘍剤の発明が記載されているが,安定な水溶液を得ることは記載されていない点で,本願上記請求項(判決注:請求項1〜9を指す。)に係る発明と相違する。
9 しかし引用例2には,シスプラチン及びオキサリプラティヌムからなる医薬組成物を,水溶液の形態で投与することが記載されている。また,引用例3には,シスプラチンの安定な水溶液を得る目的で,シスプラチンの濃度,及び水溶液のpHを調整することが記載されている。
したがって,引用例1に記載の発明において,オキサリプラティヌムの安定な製剤を得る目的で,オキサリプラティヌムの濃度,及び水溶液のpHを調整し,本願上記請求項に係る発明を構成することは,当業者が容易になし得た程度のことである。
また,効果についても,本願上記請求項に係る発明が,引用例1〜3に記載された発明と比較して,格別有利な効果を有するとも認められない。」 ウ これに対し,控訴人は,本件意見書(乙19)を提出し,次のとおり意見を述べた。
「[2] 本願発明の説明本願発明の目的は,本願明細書(3)頁20行〜(4)頁23行に記載のとおり,(1)オキサリプラティヌム水溶液を安定な製剤で得ること,かつ(2)該製剤のpHが4.5〜6であることであり,さらに(3)該水溶液が,酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないことである。本願の上記溶液のpHは該溶液に固有のものであり,オキサリプラティヌムの水溶液の濃度にのみ依存する。オキサリプラティヌムは下記[3]に詳述するとおり,有機金属錯体であり,配位結合が非常に弱いという性質をもつ。このため,本願発明の構成においてのみ,安定な水溶液を得ることができる。(2頁12行〜21行) 」「[3] 本願発明が特許法第29条第2項に該当しない理由[3-1] 引用文献1について…引用文献1はオキサリプラティヌムからなる抗腫瘍剤の発明であり,安定な水溶液を得ることは記載されていない。
[3-2] 引用文献2について 10 引用文献2は,オキサリプラティヌムとシスプラチンを含む組成物が記載されている。該組成物は,請求項に記載のとおり,シスプラチンとオキサリプラティヌム,緩衝剤を含む凍結乾燥物であり,溶液とするための再構成を必要とする。
しかしながら,これらの化合物を含む,水溶液の『安定な』薬剤を得ることは記載されていない。さらに,…[3-3] 引用文献3について 引用文献3にはシスプラチンの安定な水溶液を得ること,該水溶液がNaClおよびクエン酸を含むことが記載されている。
…しかしながら,当業者が引用文献3に記載されている方法に従って,オキサリプラティヌムの安定な水溶液を得ようとしても,オキサリプラティヌムでは困難である。なぜならば,… …上述の通り,オキサリプラティヌムは非常に弱く特にクエン酸に対して大変繊細であり,オキサリプラティヌムにおけるシュウ酸の配位はカルボン酸基のために他の配位子によって置換を受けやすい。
したがって,当業者が引用文献3に記載されている方法に従って,オキサリプラティヌムの安定な水溶液を得ることは非常に困難である。(2頁25行〜4頁18 」行)「[4] まとめ 以上,[3-1]〜[3-3]で述べたように,いずれの先行文献(判決注:「引用文献」の誤記と認める。以下同じ。)の場合も記載されている発明は,錯体の配位結合が弱い,特にクエン酸に対して非常に弱いというオキサリプラティヌムの固有の性質に対して,安定な水溶液を得るものではなく,これにより得られるオキサリプラティヌム水溶液の安定な製剤が,溶液の投与時の再構成を必要とせず,間違い・事故が起こる危険性が極めて低く,医療従事者が必要なときに直ぐに使用できるという本願発明が相する(判決注:「奏する」の誤記と認める。)格別な効果を開示ないし示唆する記載がない。
11 従って,本願発明は,先行文献1〜3に記載される発明から当業者が容易に想到乃至到達できる発明はなく(判決注:「発明ではなく」の誤記と認める。 ,しかも )これらを組み合わせたとしても当業者が容易に想到乃至到達できる発明でもない。
それ故,本願発明は先行文献1-3に対して特許性を有する。
以上のとおり,本願請求項1〜9に係る発明は,引用文献1〜3に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることが出来たものではないので,特許法第29条第2項の規定に該当しない。(4頁24行〜5頁10行) 」 エ この後,控訴人は,平成16年3月19日付けで特許査定を受け,同年4月23日付けで本件特許権の登録を受けた。
? 以上の本件明細書の記載によると,オキサリプラティヌムは,種々の型の癌の治療に使用し得る公知の細胞増殖抑制性抗新生物薬であり,本件発明は,そのオキサリプラティヌムの凍結乾燥物と同等な化学的純度及び治療活性を示すオキサリプラティヌム水溶液を得ることを目的とする発明である。本件明細書には,オキサリプラティヌム水溶液において,有効成分の濃度とpHを限定された範囲内に特定することと併せて,「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液」を用いることにより,本件発明の目的を達成できることが記載されており,「この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない」との記載も認められる。
また,前記出願経過において控訴人が提出した本件意見書には,本件発明の目的が,「オキサリプラティヌム水溶液を安定な製剤で得ること」及び「該製剤のpHが4.5〜6であること」に加えて,「該水溶液が,酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まない」点にあること,さらに,水溶液のpHが該溶液に固有のものであって,オキサリプラティヌムの水溶液の濃度にのみ依存すること,オキサリプラティヌムの性質上,本件発明の構成においてのみ,「安定な水溶液」を得られることが記載されており,これらの記載を受けて,引用文献1〜3では,そのような「安定な水溶液」は得られないこと,すなわち,緩衝剤を含 12 む凍結乾燥物やクエン酸を含む水溶液では,「オキサリプラティヌムの安定な水溶液」を得ることは非常に困難である旨が具体的に説明されている。その上で,本件意見書は,本件発明が特許法29条2項に該当しないとの結論を導いて審査官に再考を求めているのであり,控訴人はその結果として特許査定を受けている。
本件明細書の前記記載や上記出願経過を総合的にみると,本件発明の課題は,公知の有効成分である「オキサリプラティヌム」について,承認された基準に従って許容可能な期間医薬的に安定であり,凍結乾燥物から得られたものと同等の化学的純度及び治療活性を示す,そのまま使用できるオキサリプラティヌム注射液を得ることであり,その解決手段として,オキサリプラティヌムを1〜5mg/mlの範囲の濃度と4.5〜6の範囲のpHで水に溶解したことを示すものであるが,更に加えて,「該水溶液が,酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まない」ことをも同等の解決手段として示したものである。
以上によると,本件発明の特許請求の範囲の記載の「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」(構成要件AB)との文言は,本件発明がオキサリプラティヌムと水のみからなる水溶液であって,他の添加剤等の成分を含まないことを意味すると解するのが相当である。
そうすると,被控訴人各製品は,オキサリプラチンと注射用水のほか,有効成分以外の成分として,乳糖水和剤を含有するものであるから,被控訴人各製品は,構成要件ABを充足しないものというべきである。
2 控訴人の主張について 控訴人は,@本件明細書における「その他の添加剤を含まない」との記載は,この発明の目的が他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより達成できたという事実を記載しているにすぎない,A実施例で開示されている製剤が水とオキサリプラティヌムのみを含む水溶液であったしても,実施例はあくまで一例にすぎない,B出願経過参酌は慎重に行うべきところ,本件意見書においても,本件発明に係るオキサリプラティヌム水溶液が水とオキサリプラテ 13 ィヌム以外の添加剤を含んではならないという主張は一切していないと主張する。
しかし,本件明細書には,本件発明の目的が「有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより,達成することを示すことができた」(甲2の2頁45行〜46行)との記載や,「この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない。(同3頁2行〜3行)との記載が存在し,他の添加剤を含ま 」ないオキサリプラティヌム水溶液が優れた作用効果を奏すると説明されている。そして,実施例においても,水とオキサリプラティヌムのみからなる水溶液が開示され,水とオキサリプラティヌム以外の添加物を加えた溶液の製造や安定化試験についての記載は存在しない(甲2の3頁34行〜4頁40行)。
加えて,特許発明技術的範囲の認定に当たっては,特許請求の範囲や明細書の記載及び図面のほか,出願経過についても参酌することができると解されるところ,控訴人は,本件意見書に,オキサリプラティヌムの水溶液が,「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないこと」が本件発明の目的の一つであると明示し,本件発明の「構成においてのみ,安定な水溶液を得ることができる」などと記載されている。また,本件意見書においては,緩衝剤を含む凍結乾燥物やクエン酸を含む水溶液では,オキサリプラティヌムの安定な水溶液を得ることは非常に困難である旨が具体的に説明されている。
以上の本件明細書の記載及び本件特許の出願経過を総合すると,本件明細書の記載や本件意見書の記載を控訴人主張のように解することはできず,前記判示のとおり,構成要件ABの「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」との文言は,本件発明がオキサリプラティヌムと水のみからなる水溶液であって,他の添加剤等の成分を含まないことを意味すると解するのが相当である。
また,控訴人は,本件明細書の記載によると,2%程度の不純物を含有することを許容しているのであるから,一切の添加物が含有されないことが本件発明の技術的特徴であるとはいえないと主張する。
14 しかし,本件明細書には「この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない」と記載され(甲2の3頁2行〜3行)「成分」 ,と「不純物」とが区別されているのであるから,ここにいう「不純物」とは,オキサリプラティヌム水溶液を製造する過程で発生する不純物を指し,乳糖水和物等の「成分」を含まないというべきである。そうすると,本件明細書の上記記載をもって,本件発明に係るオキサリプラティヌム水溶液に乳糖水和物等の外部から添加される成分が含まれることを許容していると解することはできない。
3 小括 以上のとおり,本件特許に係る構成要件ABの「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」との文言は,オキサリプラティヌムと水のみからなる水溶液であって,他の添加剤等の成分を含まないことを意味するのであるから,オキサリプラチンと注射用水のほか,有効成分以外の成分として乳糖水和物を含有する被控訴人各製品は,構成要件ABを充足しない。
したがって,被控訴人製品は,その余の構成要件について検討するまでもなく,本件発明の技術的範囲に属しないので,延長登録された本件特許権の効力は,被控訴人各製品に及ばない。
結論
以上の次第で,控訴人の本件各請求は,その余の点を判断するまでもなく,いずれも理由がなく,原判決は,結論において相当であるから,本件控訴を棄却し,また,控訴人が当審において追加した請求も理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。