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関連審決 無効2014-800121
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事件 平成 29年 (ネ) 10014号 特許権侵害差止請求控訴事件

控訴人 デビオファーム インターナショナル エス アー
同訴訟代理人弁護士 大野聖二 大野浩之 木村広行 多田宏文
同訴訟代理人弁理士 松任谷優子
被控訴人 武田テバファーマ株式会社
同訴訟代理人弁護士 古城春実 林いづみ 堀籠佳典 牧野知彦 加治梓子
同補佐人弁理士 実広信哉
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/07/20
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
12 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,別紙被控訴人製品目録記載1〜3の各製剤の生産,譲渡,輸入又は譲渡の申出をしてはならない。
3 被控訴人は,別紙被控訴人製品目録記載1〜3の各製剤を廃棄せよ。
事案の概要(以下,用語の略称及び略称の意味は,本判決で付するもののほ
か,原判決に従い,原判決で付された略称に「原告」とあるのを「控訴人」に,「被告」とあるのを「被控訴人」に,適宜読み替える。) 1 事案の要旨 本件は,発明の名称を「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法及び使用」とする発明についての特許権(特許第4430229号。以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である控訴人(一審原告)が,被控訴人(一審被告)の製造,販売等する別紙被控訴人製品目録記載1〜3の各製剤(以下,併せて「被控訴人各製品」という。)は,本件特許の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の「特許請求の範囲」の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属する旨主張して,被控訴人に対し,特許法100条1項及び2項に基づき,被控訴人各製品の生産等の差止め及び廃棄を求めた事案である。
原判決は,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとして,控訴人の各請求をいずれも棄却したため,控訴人は,これを不服として本件控訴を提起した。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実,当裁判所に顕著な事実並びに文中掲 2 記の証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実) 以下のとおり補正するほかは,原判決の第2の1に記載のとおりであるから,これを引用する。
? 原判決2頁18行目の「次の特許権」から19行目の「という。 」までを )「本件特許権」と改める。
? 原判決2頁24行目の「特許請求の範囲請求項1」の後に「(以下,単に「請求項1」といい,他の請求項についても同様に略称する。」を加える。
) ? 原判決2頁24行目の「(以」から26行目までを「。」と改める。
? 原判決4頁1行目の「原告は,」から6行目の「確定していない。」までを,次のとおり改める。
「ホスピーラ・ジャパン株式会社は,特許庁に対し,本件特許が無効であると主張して,特許無効審判請求をし(無効2014-800121号事件),原告は,同審判において,請求項1について訂正請求をした(以下,同訂正請求による訂正を「本件訂正」という。)ところ,特許庁は,平成27年7月14日,本件訂正を認めた上で,本件訂正後の請求項1に記載の発明(以下「本件訂正発明」という。)に無効理由がない旨の審決をした(甲8)。
その後,ホスピーラ・ジャパン株式会社は,同審決に対する取消訴訟を知的財産高等裁判所に提起し(当庁平成27年(行ケ)第10167号),同裁判所は,平成29年3月8日,本件訂正発明の要旨認定の誤りを理由として,同審決を取り消すとの判決をしたが,本件口頭弁論終結時において,同判決は確定していない。
本件訂正発明は,以下の構成要件に分説される。」 3 争点及び争点に関する当事者の主張 争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり,当審における主張を補足するほかは,原判決の第2の2及び3に記載のとおりであるから,これを引用する。
(当審における当事者の主張) 1 控訴人 3 本件発明の構成要件B,F及びGに係る「緩衝剤」は,次のとおり,外部から添加された「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」に限られるものではなく,オキサリプラチン水溶液が分解するときに発生する解離シュウ酸を含むものである。
本件発明は,凍結乾燥物質に関する欠点を克服したものであり,乙4発明に係るオキサリプラチン水溶液の欠点の克服を目的とするものではない。
すなわち,本件明細書の段落【0012】〜【0016】には,凍結乾燥物質を再構築した水溶液についての記載(段落【0013】〜【0016】)及び凍結乾燥物質の製造工程が複雑で経費がかかる点を指摘した記載(段落【0012】)があり,これを受けて,段落【0017】には「すぐに使える形態の製薬上安定なオキサリプラチン溶液組成物を提供することによりこれらの欠点を克服することが,本発明の目的である。」と記載されている。乙4発明の実施品は既に製薬上安定であるから,同段落の「これらの欠点」とは,凍結乾燥物質に関する欠点を意味する。
そして,段落【0012】〜【0016】に対応する段落【0030】〜【0032】のうち,段落【0030】及び【0031】の前段は,凍結乾燥物質についての記載であるから,これに続く段落【0031】の後段も,凍結乾燥物質についての記載と理解するのが自然である。同段落の後段には,「オキサリプラチンの従来既知の水性組成物よりも製造工程中に安定である」との記載があるが,これは,従来のオキサリプラチンの凍結乾燥物質の再構築をした水性組成物を意味するものである。仮に,本件発明がオキサリプラチン溶液中の不純物の減少を問題としているのであれば,その旨の記載があるはずであるが,本件明細書にそのような記載はない。
乙4発明は,オキサリプラチンの濃度,pH,安定性等により特定された構成であるのに対し,本件発明は,全く新たな技術的思想に基づいてシュウ酸の量等に着目した構成を採用したものであり,本件発明は,乙4発明の欠点を克服したものではない。
乙4は,本件明細書に多数列挙された公報の一つにすぎず,その中から乙4発明 4 だけを抜き出して,本件発明は,乙4発明の欠点を克服したものと解釈することはできない。
? 構成要件B,F及びGの「緩衝剤」の意義について,本件明細書の段落【0022】には,「緩衝剤という用語は,本明細書中で用いる場合,オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。」と記載されている。
オキサリプラチン溶液が被告の主張するとおりの化学平衡状態に達するとしても,解離シュウ酸が存在しなければ,化学平衡は,ジアクオDACHプラチンを更に生成する方向に移動することになるのであるから,解離シュウ酸の存在によりジアクオDACHプラチンの生成が「防止」され,「遅延」しているということができるのであって,解離シュウ酸は,「緩衝剤」の定義に当てはまる。
以上のとおり,本件発明の「緩衝剤」の意義については,本件明細書に明確に定義されているのであるから,これに従って解釈されなければならない。
? 請求項1には「緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,(構 」成要件F)と記載されているところ,本件発明の緩衝剤の量が溶液組成物中の濃度によって特定されているのであるから,「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」を固形物に限定することは相当ではなく,電離により生じたシュウ酸イオンも「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」に含まれると解すべきである。
請求項1が「シュウ酸」と「そのアルカリ金属塩」を書き分けているのは,本件発明がシュウ酸のアルカリ金属塩を外部から加える態様もその技術的範囲に含んでいるからである。「シュウ酸」と「そのアルカリ金属塩」を書き分けていることをもって,本件発明の「緩衝剤」が外部から添加したものに限定されると解することはできない。
? 請求項1には,「緩衝剤・・・を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物」と記載されている。「包含」とは,「包み込み,中に含んでいること」を意味す 5 るので,本件発明の「緩衝剤」は,オキサリプラチン溶液組成物に含まれる全ての緩衝剤を意味し,その中には解離シュウ酸も含まれる。本件特許の特許請求の範囲においては,「包含」と「付加」(請求項10) 「混合」 , (請求項11〜14)とを意識的に書き分けているのであるから,本件発明の「緩衝剤」は外部から付加したものに限られない。
? 請求項1には,「緩衝剤の量が・・・の範囲のモル濃度」(構成要件G),と記載され,本件明細書の段落【0023】には,「緩衝剤は,有効安定化量で本発明の組成物中に存在する。緩衝剤は,・・・の範囲のモル濃度で存在するのが便利である」と記載されている。
このように,緩衝剤の量は,添加した量ではなく,溶液組成物中の濃度として特定され,溶液組成物中に存在するかどうかが重要であるとされている。そして,溶液組成物中の添加シュウ酸と解離シュウ酸は,いずれもシュウ酸であってその作用効果は同一であるから,本件発明の「緩衝剤」は,添加シュウ酸であるか,解離シュウ酸であるかを問わず,シュウ酸であれば足りる。
? 実施例18(b)は,比較例ではなく,シュウ酸が添加されない場合の実施例である。
このことは,本件明細書の段落【0050】に「実施例18」と記載されていることから明らかである。段落【0050】において「比較のために」と記載されているのは,シュウ酸又はそのアルカリ塩を添加していないものを比較のために挙げることを意味しているにすぎず,段落【0073】における「比較例18」との記載は,実施例18(a)と実施例18(b)とを比較した例であることを意味するにすぎない。
実際上,実施例18(b)では,シュウ酸等は添加されていないが,溶液中のジアクオDACHプラチン及びジアクオDACHプラチン二量体から推計される解離シュウ酸の量を加えると,溶液中のシュウ酸は,構成要件G(a)の下限である5?10-5Mを超える。
6 また,実施例18(b)とほぼ同様の効果があることが示されている実施例1及び8において添加シュウ酸又は添加されたシュウ酸ナトリウムは,構成要件G(a)の下限の5?10 -5 Mより少ないが,これは,溶液中の解離シュウ酸を考慮したものであり,溶液中の解離シュウ酸の量を加えると,シュウ酸の量は5?10 -5Mを超えるのであるから,実施例1及び8も,比較例ではなく,実施例である。
同様に,他の実施例においても,添加シュウ酸又は添加されたシュウ酸ナトリウムのモル濃度は,本件明細書の段落【0023】に記載されたモル濃度の数値より小さくなっているが,これは,解離されたシュウ酸の濃度が考慮されているからであり,このことは当業者であれば容易に理解できる。
このように,各実施例においても,解離シュウ酸の量を考慮することが当然の前提とされている。
2 被控訴人 構成要件B,F及びGに係る「緩衝剤」は,次のとおり,外部から添加された「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」を意味し,オキサリプラチン水溶液が分解するときに発生する解離シュウ酸を含まない。
? オキサリプラチンは,水中で分解すると,オキサリプラチンからシュウ酸基が脱離して,ジアクオDACHプラチンやジアクオDACHプラチン二量体を生じ,脱離したシュウ酸基は,水性溶液中でシュウ酸イオンとして存在することとなることは技術常識である。
オキサリプラチン水溶液からなる製剤については,既に乙4発明が存在するところ,本件発明は,このような先行技術技術常識を前提とした上で,オキサリプラチンの水性溶液の形態をした製剤において,「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」を「緩衝剤」として加えることにより,水溶液中のオキサリプラチンが分解し,有害な不純物であるジアクオDACHプラチンやジアクオDACHプラチン二量体が生成することの抑制等を目的とする発明である。
このことは,本件明細書の記載からも明らかである。すなわち,本件明細書にお 7 いては,段落【0010】に先行技術として乙4公報が開示され,段落【0013】には,水溶液中でオキサリプラチンが時間の経過とともに分解して不純物が生成されることが記載されている。これを踏まえ,段落【0016】には,「上記の不純物を全く生成しないか,あるいはこれまでに知られているより有意に少ない量でこのような不純物を生成するオキサリプラチンのより安定な溶液組成物を開発することが望ましい。 と記載され,段落【0022】には, 緩衝剤という用語 」 「は,・・・望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する」と記載され,更に段落【0027】には「本発明はさらに,・・・有効安定化量の緩衝剤を前記の溶液に付加することを包含する方法に関する。」と記載されている。
その上で,段落【0031】には「本発明の組成物は,オキサリプラチンの従来既知の水性組成物よりも製造工程中に安定であることが判明しており,このことは,オキサリプラチンの従来既知の水性組成物の場合よりも本発明の組成物中に生成される不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体が少ないことを意味する。」と記載されている。
段落【0031】にいう「既知の水性組成物」が乙4公報に開示されたオキサリプラチン水溶液を意味することは明らかであり,本件明細書の上記記載によると,本件発明は,公知の乙4発明よりも水性組成物中に生成される不純物の量を少なくすることを目的とするものであるということができる。
? オキサリプラチンの水溶液では,シュウ酸を添加しなくてもオキサリプラチンの一部がジアクオDACHプラチン及び解離シュウ酸に自然分解し,また,ジアクオDACHプラチンからジアクオDACHプラチン二量体が生成され,平衡状態に至る。このことは本件特許の出願当時に知られていた。
この反応は可逆反応であることから,オキサリプラチン溶液が平衡状態になった後に,シュウ酸を加えると,新たな反応が進行し,オキサリプラチンが更に生成さ 8 れ,ジアクオDACHプラチンの濃度が減るので,この場合には,オキサリプラチン水溶液を「安定化」し,不純物の生成を「防止」したといえる。
しかし,外部からシュウ酸を加えない限り,平衡状態が継続するだけなので,オキサリプラチン水溶液は「安定化」されず,不純物の発生は「防止」も「遅延」もされない。控訴人は,平衡状態に至った後に解離シュウ酸が減少すると不純物が更に生成されるので,解離シュウ酸の存在自体が不純物の生成を「防止」又は「遅延」していると主張するが,平衡状態にあるオキサリプラチン溶液では,解離シュウ酸を除去するような手段を講じない限り解離シュウ酸が減少することはなく,本件発明は,解離シュウ酸を除去することをその内容とするものではない。
また,「緩衝剤」の「剤」とは,一般に「各種の薬を調合すること,また,その薬」を意味するので,「緩衝剤」とは,「緩衝作用を有するものとして調合された薬」を意味すると解するのが自然である。オキサリプラチンの分解により自然に生成される解離シュウ酸は,調合することが想定し難いので,「緩衝剤」には当たらない。
また,本件発明の「緩衝剤」に解離シュウ酸が含まれることとなると,シュウ酸を添加していないオキサリプラチン溶液は,当初は「緩衝剤」が含まれていないが,時間が経過すると,「緩衝剤」が含まれることになる。このような自然発生的なものを「剤」に含めるのは,「剤」という用語の通常の意味から逸脱するものである。
? 本件発明の「緩衝剤」は「シュウ酸」又は「シュウ酸のアルカリ金属塩」であることから,緩衝剤として「シュウ酸のアルカリ金属塩」のみを選択することも可能であるが,オキサリプラチンの分解により自然に生じた解離シュウ酸は「シュウ酸のアルカリ金属塩」ではないから,「シュウ酸のアルカリ金属塩」は添加されたものを指すと解するほかない。そうすると,「シュウ酸のアルカリ金属塩」と並列的に規定される「シュウ酸」についても同様に添加されたものを意味すると解するのが自然である。
? 控訴人は,請求項1の「包含」という用語を根拠に,本件発明の「緩衝剤」は,オキサリプラチン溶液組成物に含まれる全ての緩衝剤を意味し,解離シュウ酸 9 も含むと主張するが,「包含」される対象は「緩衝剤」であるから,「緩衝剤」の意義がその前提として問題とされるべきである。本件発明の「緩衝剤」に解離シュウ酸が含まれない以上,「包含」という用語を根拠として,本件発明の「緩衝剤」に解離シュウ酸も含まれるとの結論を導き出すことはできない。また,「包含」の語は多義的であって,必ずしも「付加」や「混合」と区別される概念とはいえない。
? 控訴人は,請求項1に「緩衝剤の量が・・・の範囲のモル濃度」と記載されていることを根拠に,溶液組成物中の解離シュウ酸も含まれると主張するが,本件明細書に記載されたモル濃度は,添加シュウ酸及び添加されたシュウ酸ナトリウムの質量で換算したモル濃度を意味すると解すべきである。
? 控訴人は,各実施例においても,解離シュウ酸の量が考慮されていると主張するが,実施例1〜17は,全てシュウ酸等を添加する例であり,本件明細書の記載中には,解離シュウ酸を考慮に入れたものは存在しない。そして,安定性の評価も,添加シュウ酸及び添加されたシュウ酸ナトリウムのモル濃度のみに基づいて行われており,シュウ酸イオンは考慮されていない。
他方,控訴人が実施例であるとする「実施例18(b)」は,比較例である。このことは,本件明細書の段落【0050】に「比較のため」と,段落【0073】に「比較例18の安定性」とそれぞれ記載され,シュウ酸濃度と安定性の関係を示す表(表4〜7)には,実施例1〜17までしか記載されていないことからも明らかである。
控訴人は,請求項に規定されたシュウ酸のモル濃度の下限値が実施例の表に記載されたシュウ酸のモル濃度より高いのは,解離シュウ酸の存在を考慮したものであると主張するが,実施例のモル濃度と請求項の規定するモル濃度との関係については,出願人が自由に決められる事項であるので,その数値が異なることから解離シュウ酸の存在が考慮されているということはできない。
当裁判所の判断
当裁判所は,本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」は,添加シュウ 10 酸に限られ,解離シュウ酸を含まないものと解されるから,解離シュウ酸を含むのみで,シュウ酸が添加されていない被控訴人各製品は,構成要件B,F及びGの「緩衝剤」を含有するものではなく,したがって,本件発明の技術的範囲に属せず,本件訂正発明の技術的範囲にも属しないものと判断する。
その理由は,次のとおりである。
1 本件発明の内容及び意義 (1) 本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,前記第2の2で引用した原判決「事実及び理由」の第2の1?イのとおりであり,本件明細書(甲2)には次の各記載がある。
発明の詳細な説明】 ・「本発明は,製薬上安定なオキサリプラチン溶液組成物,癌腫の治療におけるその使用方法,このような組成物の製造方法,およびオキサリプラチンの溶液の安定化方法に関する。(段落【0001】 」 ) ・「Ibrahim等(豪州国特許出願第29896/95号,1996年3月7日公開)(WO96/04904,1996年2月22日公開の特許族成員)(判決注:乙4発明に対応する豪州国出願である。乙4)は,1〜5mg/mLの範囲の濃度のオキサリプラチン水溶液から成る非経口投与のためのオキサリプラチンの製薬上安定な製剤であって,4.5〜6の範囲のpHを有する製剤を開示する。同様の開示は,米国特許第5,716,988号(1998年2月10日発行)に見出される。(段落【0010】 」 ) ・「オキサリプラチンは,注入用の水または5%グルコース溶液を用いて患者への投与の直前に再構築され,その後5%グルコース溶液で稀釈される凍結乾燥粉末として,前臨床および臨床試験の両方に一般に利用可能である。しかしながら,このような凍結乾燥物質は,いくつかの欠点を有する。中でも第一に,凍結乾燥工程は相対的に複雑になり,実施するのに経費が掛かる。さらに,凍結乾燥物質の使用は,生成物を使用時に再構築する必要があり,このことが,再構築のための適切な 11 溶液を選択する際にそこにエラーが生じる機会を提供する。例えば,凍結乾燥オキサリプラチン生成物の再構築に際しての凍結乾燥物質の再構築用の,または液体製剤の稀釈用の非常に一般的な溶液である0.9%NaCl溶液の誤使用は,迅速反応が起こる点で活性成分に有害であり,オキサリプラチンの損失だけでなく,生成種の沈澱を生じ得る。凍結乾燥物質のその他の欠点を以下に示す:(a) 凍結乾燥物質の再構築は,再構築を必要としない滅菌物質より微生物汚染の危険性が増大する。
(b) 濾過または加熱(最終)滅菌により滅菌された溶液物質に比して,凍結乾燥物質には,より大きい滅菌性失敗の危険性が伴う。そして,(c) 凍結乾燥物質は,再構築時に不完全に溶解し,注射用物質として望ましくない粒子を生じる可能性がある。(段落【0012】【0013】 」 , ) ・「水性溶液中では,オキサリプラチンは,時間を追って,分解して,種々の量のジアクオDACHプラチン(式I),ジアクオDACHプラチン二量体(式II)およびプラチナ(IV)種(式III ):【化3】 12 【化4】を不純物として生成し得る,ということが示されている。任意の製剤組成物中に存在する不純物のレベルは,多くの場合に,組成物の毒物学的プロフィールに影響し得るので,上記の不純物を全く生成しないか,あるいはこれまでに知られているより有意に少ない量でこのような不純物を生成するオキサリプラチンのより安定な溶液組成物を開発することが望ましい。(段落【0013】〜【0016】 」 ) ・「したがって,前記の欠点を克服し,そして長期間の,即ち2年以上の保存期間中,製薬上安定である,すぐに使える(RTU)形態のオキサリプラチンの溶液組成物が必要とされている。したがって,すぐに使える形態の製薬上安定なオキサリプラチン溶液組成物を提供することによりこれらの欠点を克服することが,本発明の目的である。(段落【0017】 」 ) ・「より具体的には,本発明は,オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物に関する。」(段落【0018】) ・「オキサリプラチンは,約1〜約7mg/mL ,好ましくは約1〜約5mg/mL ,さらに好ましくは約2〜約5mg/mL ,特に約5mg/mL の量で本発明の組成物中に存在するのが便利である。(段落【0022】 」 ) ・「緩衝剤という用語は,本明細書中で用いる場合,オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよび 13 ジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。したがって,この用語は,シュウ酸またはシュウ酸のアルカリ金属塩(例えばリチウム,ナトリウム,カリウム等)等のような作用物質,あるいはそれらの混合物が挙げられる。緩衝剤は,好ましくは,シュウ酸またはシュウ酸ナトリウムであり,最も好ましくはシュウ酸である。(段落【002 」2】) ・「緩衝剤は,有効安定化量で本発明の組成物中に存在する。緩衝剤は,約5?10-5M〜約1?10-2Mの範囲のモル濃度で,好ましくは約5?10-5M〜5?10-3Mの範囲のモル濃度で,さらに好ましくは約5?10-5M〜約2?10-3 Mの範囲のモル濃度で,最も好ましくは約1?10-4M〜約2?10-3Mの範囲のモル濃度で,特に約1?10-4M〜約5?10-4Mの範囲のモル濃度で,特に約2?10-4M〜約4?10-4Mの範囲のモル濃度で存在するのが便利である。」(段落【0023】) ・「前記の本発明のオキサリプラチン溶液組成物は,本明細書中でさらに詳細に後述するように,現在既知のオキサリプラチン組成物より優れたある利点を有することが判明している,ということも留意すべきである。凍結乾燥粉末形態のオキサリプラチンとは異なって,本発明のすぐに使える組成物は,低コストで且つさほど複雑ではない製造方法により製造される。(段落【0030】 」 ) ・「さらに,本発明の組成物は,付加的調製または取扱い,例えば投与前の再構築を必要としない。したがって,凍結乾燥物質を用いる場合に存在するような,再構築のための適切な溶媒の選択に際してエラーが生じる機会がない。本発明の組成物は,オキサリプラチンの従来既知の水性組成物よりも製造工程中に安定であることが判明しており,このことは,オキサリプラチンの従来既知の水性組成物の場合よりも本発明の組成物中に生成される不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体が少ないことを意味する。 (段落【003 」1】) 14 ・「表1Aおよび1Bに記載された実施例1〜14の組成物は,以下の一般手法により調製した: 注射用温水(W.F.I. (40℃)を分取し,濾過窒素を用いて約30分間, )その中で発泡させる。
必要とされる適量のW.F.I.を,窒素中に保持しながら容器に移す。最終容積を満たすために残りのW.F.I.を別に取りのけておく。
適切な緩衝剤(固体形態の,または好ましくは適切なモル濃度の水性緩衝溶液の形態の)を適切な容器中で計量して,混合容器(残りのW.F.I.の一部を含入する濯ぎ容器)に移す。例えば,磁気攪拌機/ホットプレート上で,約10分間,または必要な場合にはすべての固体が溶解されるまで,溶液の温度を40℃に保持しながら混合する。(段落【0034】【0035】 」 , ) ・「注:実施例8〜14の組成物のために用いられた密封容器は,20mL透明ガラスアンプルであった。
* シュウ酸は二水和物として付加される;ここに示した重量は,付加されたシュウ酸二水和物の重量である。(段落【0042】 」 ) ・「表1C二(判決注:「二」は「に」の誤記と認める。)記載した実施例15および16の組成物は,実施例1〜14の組成物の調製に関して前記した方法と同様の方法で調製した。(段落【0042】 」 ) ・「注:実施例15〜16の組成物のために用いられた密封容器は,20mL透明ガラスアンプルであった。
* シュウ酸は二水和物として付加される;ここに示した重量は,付加されたシュウ酸二水和物の重量である。(段落【0044】 」 ) ・「表1Dに記載した実施例17の組成物は,実施例1〜14の組成物の調製に関して前記した方法と同様の方法で調製したが,但し,(a)窒素の非存在下で(即ち酸素の存在下で)密封容器中に溶液を充填し,(b)充填前に密封容器を窒素でパージせず,(c)容器を密封する前に窒素でヘッドスペースをパージせず, 15 そして(d)密封容器はアンプルよりむしろバイアルであった。 (段落【004 」4】) ・「注:実施例17の溶液組成物1000mLを,5mL透明ガラスバイアル中に充填し(4mL 溶液/バイアル),これをWest Flurotec ストッパーで密封し(以後,実施例17(a)と呼ぶ),実施例17の残りの1000mL溶液組成物を5mL 透明ガラスバイアル中に充填し(4mL 溶液/バイアル),これをHelvoet Omniflexストッパーで密封した(以後,実施例17(b)と呼ぶ)」 。(段落【0046】) ・「* シュウ酸は二水和物として付加される;ここに示した重量は,付加されたシュウ酸二水和物の重量である。(段落【0047】 」 ) ・「実施例18 比較のために,例えば豪州国特許出願第29896/95号(1996年3月7日公開)(判決注:乙4発明に対応する豪州国出願である。乙4)に記載されているような水性オキサリプラチン組成物を,以下のように調製した:」(段落【0050】) ・「23本のアンプルをオートクレーブ処理せずに保持し(以後,実施例18(a)と呼ぶ),即ちそれらを最終滅菌せず,残り27本のアンプル(以後,実施例18(b)と呼ぶ)を,SAL(PD270)オートクレーブを用いて,121℃で15分間オートクレーブ処理した。(段落【0053】 」 ) ・「実施例1〜17の組成物に関する安定性試験 実施例1〜14のオキサリプラチン溶液組成物を,6ヶ月までの間,40℃で保存した。この試験の安定性結果を,表4および5に要約する。 (段落【0063】 」 ) ・「実施例15および16のオキサリプラチン溶液組成物を,9ヶ月までの間,25℃/相対湿度(RH)60%および40℃/相対湿度(RH)75%で保存した。この試験の安定性結果を,表6に要約する。(段落【0067】 」 ) ・「実施例17(a)および17(b)のオキサリプラチン溶液組成物を,1ヶ月までの間,25℃/相対湿度(RH)60%および40℃/相対湿度(RH)75%で保存した。この試験の安定性結果を,表7に要約する。(段落【0070】 」 ) 16 ・「これらの安定性試験の結果は,緩衝剤,例えばシュウ酸ナトリウムおよびシュウ酸が,本発明の溶液組成物中の不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体のレベルを制御する場合に非常に有効である,ということを実証する。(段落【0072】 」 ) ・「比較例18の安定性 実施例18(b)の非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物を,40℃で1ヶ月間保存した。この安定性試験の結果を,表8に要約する。(段落【0073】 」 ) (2) 以上を総合すると,本件発明は,従来からある凍結乾燥粉末形態のオキサリプラチン生成物及びオキサリプラチン水溶液の欠点を克服し,すぐに使える形態の製薬上安定であるオキサリプラチン溶液組成物を提供することを目的とする発明であり(段落【0010】【0012】〜【0017】,オキサリプラチン,有 , )効安定化量の緩衝剤であるシュウ酸又はそのアルカリ金属塩及び製薬上許容可能な担体である水を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物に関するものである(請求項1,段落【0018】 。そして,この緩衝剤は,構成要件Gの範囲のモル濃 )度で上記組成物中に存在することでジアクオDACHプラチンやジアクオDACHプラチン二量体といった不純物の生成を防止し又は遅延させることができ(請求項1,段落【0022】 【0023】 ,これによって,本件発明は,従来既知 , )の前記オキサリプラチン組成物と比較して優れた効果,すなわち,@凍結乾燥粉末形態のオキサリプラチン生成物と比較すると,低コストで,かつさほど複雑でない製造方法により製造することができ,また,投与前の再構築を必要としないので,再構築のための適切な溶媒の選択に際してエラーが生じる機会がなく,A乙4発明を含むオキサリプラチンの従来既知の水性組成物と比較すると,製造工程中に安定であり,生成されるジアクオDACHプラチンやジアクオDACHプラチン二量体といった不純物が少ないという効果を有するものである(段落【0030】 【0031】 ,と認められる。
, ) ? これに対し,控訴人は,本件発明の目的は,凍結乾燥物質に関する欠点を 17 克服したものであり,乙4発明に係るオキサリプラチン水溶液の欠点の克服を目的とするものではないと主張する。
ところで,凍結乾燥物質形態のオキサリプラチンは,注入用の水又は5%グルコース溶液を用いて患者への投与の直前に再構築されて利用されるものであり(段落【0012】,凍結乾燥物質を適切な溶液に溶かして溶液組成物にした状態で, )長期間保存した上で,患者への投与を行うことは予定されていなかったところ,乙4発明は,使用時の再構成操作における間違った操作のリスクを排除し,すぐに使用でき,医薬として容認できる期間貯蔵した後でも,オキサリプラチン含有量が最初の含有量の少なくとも95%を占めるオキサリプラチン注射液を製造することを目的とするものである(乙4)。
本件明細書においては,凍結乾燥物質形態のオキサリプラチンのみならず,乙4発明に対応する豪州国特許出願第29896/95号(WO96/04904)に係るオキサリプラチン水溶液について従来技術として挙げた上で(段落【0010】,凍結乾燥物質の再構築における不具合のみならず,オキサリプラチンの水 )溶液中において不純物が生成されるという問題についての説明がされ(段落【0012】〜【0016】 , ) 「上記の不純物を全く生成しないか,あるいはこれまでに知られているより有意に少ない量でこのような不純物を生成するオキサリプラチンのより安定な溶液組成物を開発することが望ましい。 (段落【0016】 」 )と記載されている。また,本件明細書の段落【0030】には,「現在既知のオキサリプラチン組成物」との記載があり,凍結乾燥粉末形態のオキサリプラチンに対する本件発明の利点について記載されており,段落【0031】には,第1段落で,凍結乾燥物質を用いる場合に存在する再構築のための適切な溶媒の選択に際してエラーが生じる機会がないことが記載されているが,第2段落で,本件発明の組成物が,オキサリプラチンの従来既知の水性組成物よりも製造工程中に安定で,ジアクオDACHプラチン等の不純物が少ない旨が記載されている。さらに,本件明細書で,従来技術として挙げられたもののうち,オキサリプラチン水溶液であることが明示 18 されているものは,乙4発明のみである(段落【0007】〜【0012】。
) これらの記載を総合すると,本件発明は,従来技術である乙4発明を踏まえた上で,乙4発明を含む従来既知のオキサリプラチン水性組成物における不純物生成の問題点を克服,改善することをも目的とする発明であって,乙4発明のオキサリプラチン水溶液より少ない量でしか不純物を生成しないオキサリプラチン水溶液に関するものであるということができる。
2 「緩衝剤」の意義 ? 解離シュウ酸が不純物の生成を防止又は遅延させるかどうかについて 前記1認定のとおり,構成要件B,F及びGの「緩衝剤」の意義について,本件明細書の段落【0022】には,「緩衝剤という用語は,本明細書中で用いる場合,オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。」と記載されている。
そこで,解離シュウ酸が,オキサリプラチン溶液を安定化し,不純物の生成を防止又は遅延させるという作用効果を有するかどうかについて検討するに,この点について,控訴人は,解離シュウ酸が存在しなければ,化学平衡は,ジアクオDACHプラチンを更に生成する方向に移動することになるのであるから,解離シュウ酸の存在によりジアクオDACHプラチンの生成が「防止」され,「遅延」しているということができると主張する。
しかし,オキサリプラチン水溶液において,水溶液中のオキサリプラチンの一部は,水と反応して分解し,ジアクオDACHプラチン及びシュウ酸となるが,水溶液中のジアクオDACHプラチン及びシュウ酸の一部は,反応してオキサリプラチンとなるところ,@オキサリプラチンの分解に係る平衡状態が生じるよりも前の段階では,水溶液中のオキサリプラチンの量は減少し,ジアクオDACHプラチン及びこれの一部から生成されたジアクオDACHプラチン二量体並びにシュウ酸の量は増加していく(乙15の1・3〜5,16の1・4・5,27の1・2・5)の 19 であって,オキサリプラチンの分解により生成された解離シュウ酸の存在が,不純物であるジアクオDACHプラチン等の生成を防止し又は遅延させているとは評価できない。
オキサリプラチン水溶液が,Aオキサリプラチンの分解に係る平衡状態に至った段階では,オキサリプラチンと水の反応によるオキサリプラチンの分解の速度と,ジアクオDACHプラチン及びシュウ酸の反応によるオキサリプラチンの生成の速度とが等しくなり,ジアクオDACHプラチンの一部から,ジアクオDACHプラチン二量体が生成され,その結果,水溶液中のオキサリプラチン及びシュウ酸の量(濃度)は,いずれも一定の値となり,不変となる(乙15の1・3〜5,16の1・4・5,27の1・2・5・6)。この段階において,オキサリプラチンの量が減少しないのは,平衡状態に達したからであり,オキサリプラチンの分解により生成された解離シュウ酸の存在が,不純物であるジアクオDACHプラチンやこれから生成されたジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止し又は遅延させているとは評価できない。
前記Aの段階にあるオキサリプラチン水溶液から,解離シュウ酸の一部を取り除けば,ル・シャトリエの原理(化学反応が平衡状態にあるとき,濃度,圧力,温度などの条件を変化させると,その変化をやわらげる方向に反応が進み,新しい平衡状態になること。乙5)によって,シュウ酸の量を増加させる方向,すなわち,オキサリプラチンが分解してジアクオDACHプラチンとシュウ酸が生成される方向の反応が進行し,新たな平衡状態に至ると考えられるが,この新たな平衡状態に至るまでの段階は,前記@の段階と同様,水溶液中のオキサリプラチンの量は減少し,ジアクオDACHプラチン及びこれの一部から生成されたジアクオDACHプラチン二量体並びにシュウ酸の量は増加していき,新たな平衡状態に至れば,前記Aの段階と同様,水溶液中のオキサリプラチン及びシュウ酸の量(濃度)は,いずれも一定の値になり,不変となる。平衡状態にあるオキサリプラチン水溶液から,解離シュウ酸の一部を取り除けば,オキサリプラチン水溶液中のオキサリプラチンが更 20 に分解して減少するという事実は,解離シュウ酸が,オキサリプラチン水溶液中におけるオキサリプラチンの分解とジアクオDACHプラチン及びシュウ酸の反応の平衡状態を構成する要素の一つであることを示しているにすぎず,これをもって,オキサリプラチンの分解により生成された解離シュウ酸の存在が,不純物であるジアクオDACHプラチン等の生成を防止し又は遅延させているとは評価できない。
以上のとおり,解離シュウ酸の存在は,オキサリプラチンの分解の結果生じるものであって,不純物の生成を防止し又は遅延させているとは評価できない以上,解離シュウ酸を,オキサリプラチンの分解を防止し又は遅延させ,不純物の生成を防止し又は遅延させるものということはできない。
? 「剤」の意義について 本件発明の「緩衝剤」は,「酸性または塩基性剤」と定義されている(本件明細書の段落【0022】)が,広辞苑第六版によると,「剤」とは「各種の薬を調合すること。また,その薬。」を意味するから,「酸性または塩基性剤」は,「各種の薬を調合した薬であって,酸性又は塩基性であるもの」を意味すると考えることが自然である。そして,解離シュウ酸は,オキサリプラチンの分解によって自然に生成されるものであって,薬として調合することが想定し難いから,本件発明の「緩衝剤」には当たらず,本件発明の「緩衝剤」は,添加したものに限られると考えるのが自然である。
3 「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」の意義 本件発明の「緩衝剤」として「シュウ酸のアルカリ金属塩」を選択した場合を考えると,この場合,オキサリプラチン水溶液中には,オキサリプラチンが分解して生じた解離シュウ酸と「シュウ酸のアルカリ金属塩」が同時に存在するところ,オキサリプラチンが分解して生じた解離シュウ酸は「シュウ酸のアルカリ金属塩」に該当しないことが明らかであるから,緩衝剤は,オキサリプラチン水溶液に添加される「シュウ酸のアルカリ金属塩」を指すと解するほかない。そうすると,「シュウ酸のアルカリ金属塩」と並列に記載されている「シュウ酸」についても,オキサ 21 リプラチンが分解して生じた解離シュウ酸を除き,オキサリプラチン水溶液に添加されるシュウ酸を意味すると解することが自然である。
これに対して,控訴人は,電離により生じたシュウ酸イオンも「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」に含まれ,請求項1が「シュウ酸」と「そのアルカリ金属塩」を書き分けているのは,本件発明がシュウ酸のアルカリ金属塩を外部から加える態様もその技術的範囲に含んでいるからであると主張するが,上記のとおり「シュウ酸のアルカリ金属塩」が外部から添加されるものと解される以上,これと並列して記載されている「シュウ酸」についても同様と解するのが自然である。
4 「包含」の意義 控訴人は,請求項1には,「緩衝剤・・・を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物」と記載されているところ,「包含」とは,「包み込み,中に含んでいること」を意味するので,本件発明の「緩衝剤」は,オキサリプラチン溶液組成物に含まれる全ての緩衝剤を意味し,その中には解離シュウ酸も含まれると主張する。
しかし,「包含」という文言の意味を控訴人の主張するとおりに解するとしても,「緩衝剤を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物」とは,「緩衝剤を包み込み,中に含む安定オキサリプラチン溶液組成物」を意味するにすぎず,これによって,当該組成物中の「緩衝剤」の由来について,添加されたものに限るか否かの解釈が当然に定まるものではなく,本件発明の「緩衝剤」を外部から添加されたものに限るとの解釈をとることが,上記文言と矛盾することにはならない。同様に,「緩衝剤」は添加されたものに限るとの解釈をとったとしても,「緩衝剤の量」という文言を添加された緩衝剤の量を意味すると解釈することが,控訴人指摘の請求項1の文言と矛盾するとはいえない。
したがって,請求項1が「包含」という表現を用いていることをもって,本件発明の「緩衝剤」に解離シュウ酸が含まれることを示しているということはできない。
また,控訴人は,本件特許の特許請求の範囲においては,「包含」と「付加」(請 22 求項10) 「混合」 , (請求項11〜14)とを意識的に書き分けていると主張する。
しかし,請求項10は,「オキサリプラチンの溶液の安定化方法」,請求項11〜14は,請求項1〜9のいずれかの組成物の「製造方法」であって,「付加」との記載は,緩衝剤を水性溶液に付加すること,「混合」との記載は,緩衝剤を,担体及びオキサリプラチン,又は,担体のみと混合すること,という構成要件に含まれているのに対し,本件発明における「包含」との記載は,組成物を構成する物を記載したものであるから,「付加」及び「混合」は,外部からの添加を意味し,「包含」は,外部からの添加を必ずしも意味しないものとして,意識的に書き分けられたものとは,評価できない。
5 緩衝剤の量の特定に関する記載について 控訴人は,請求項1に「緩衝剤の量が・・・の範囲のモル濃度」(構成要件G),と記載され,本件明細書の段落【0023】に「緩衝剤は,・・・の範囲のモル濃度で存在するのが便利」と記載されているように,緩衝剤の量は,溶液組成物中の濃度として特定されているのであるから,溶液組成物中に存在するかどうかが重要であり,オキサリプラチン溶液組成物中の添加シュウ酸と解離シュウ酸が同一の作用効果を有する以上,両者を区別すべきではないと主張する。
しかし,解離シュウ酸が,オキサリプラチンの分解を防止し又は遅延させ,不純物の生成を防止し又は遅延させるものということはできないことは,前記判示のとおりであり,添加シュウ酸と解離シュウ酸とがオキサリプラチン溶液組成物中において同一の作用効果を奏するということはできない。
また,本件発明において「緩衝剤」が組成物中に「存在する」とは,「緩衝剤」が組成物に「包含」されるということと同義であり,これによって,当該組成物中の「緩衝剤」の由来について,添加されたものに限るか否かの解釈が当然に定まるものではなく,本件発明の「緩衝剤」を外部から添加されたものに限るとの解釈をとることが,上記の請求項1及び本件明細書の段落【0023】の文言と矛盾するということにはならない。
23 6 本件明細書に掲げられた実施例について 次に,本件明細書に掲げられた各実施例について検討する。
? 控訴人は,実施例18(b)は,シュウ酸が添加されない場合の実施例であると主張し,@本件明細書の段落【0050】に「実施例18」と記載されていること,A溶液中の不純物から推計される解離シュウ酸の量を加えると,実施例18(b)の溶液中のシュウ酸は,構成要件G(a)の範囲内に含まれること,B実施例18(b)とほぼ同様の効果を示している実施例1及び8は,実施例であること,C他の実施例においても,添加シュウ酸又は添加されたシュウ酸ナトリウムのモル濃度は,本件明細書の段落【0023】に記載されたモル濃度の数値より小さくなっているが,これは,解離されたシュウ酸の濃度が考慮されているからであることを主張する。
? 確かに,本件明細書の段落【0050】には「実施例18」との記載はあるが,他方で,本件明細書における実施例18(b)に関する記載をみると,「比較のために,例えば豪州国特許出願第29896/95号(1996年3月7日公開)に記載されているような水性オキサリプラチン組成物を,以下のように調製した」(段落【0050】前段)と記載され,また,実施例18の安定性試験の結果を示すに当たっては,「比較例18の安定性」との表題が付された上で,実施例18(b)については「非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物」と表現されている(段落【0073】 。そして,豪州国特許出願第29896/95号(1996 )年3月7日公開)は,乙4発明に対応する豪州国特許であり,同特許は水性オキサリプラチン組成物に係る発明であって,本件明細書で従来技術として挙げられるもの(段落【0010】)にほかならない。
上記各記載を総合すると,実施例18(b)は,「実施例」という用語が用いられているものの,その実質は本件発明の実施例ではなく,本件発明と比較するために,「非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物」,すなわち,緩衝剤が用いられていない従来既知の水性オキサリプラチン組成物を調製したものであると認めるのが相当 24 である。
また,本件明細書をみると,乙4発明と実質的に同一であると推認される実施例18(b)において生成される不純物の量と比較して,シュウ酸を添加した実施例(ただし,実施例1及び8を除く。なお,実施例1及び8は,後記のとおり,本件発明の技術的範囲に含まれる実施例ではない。)において生成される不純物の量は有意に少ないことが示されている(本件明細書の【表8】〜【表14】。
) そうすると,実施例18(b)は,本件発明の実施例ではなく,比較例として記載されているというべきである。
? 実施例1及び8は,添加シュウ酸又は添加されたシュウ酸ナトリウムのモル濃度が構成要件Gに係るモル濃度の数値の範囲外であり(甲2),本件発明の実施例ではないというべきである。
すなわち,実施例1及び8において添加された緩衝剤のモル濃度は,いずれも「0.00001M」(1?10 -5 M)である(本件明細書の【表1】 【表2】 , ,【表8】 【表9】 , )ところ,本件発明に係る特許出願時,本件特許請求の範囲請求項1は,「オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物。」というものであって(乙25の1),その後の補正等の経過の中で,製薬上許容可能な担体が水であり,緩衝剤がシュウ酸又はそのアルカリ金属塩であり,しかも,その緩衝剤の量が構成要件Gのとおりの範囲のモル濃度であるとの限定がされ,本件発明に係る特許が登録されたものであると認められる。実施例1及び8は,当初の本件特許請求の範囲請求項1に係る発明においては数値限定がなかったために実施例であったが,前記補正により「5?10-5 M」以上との数値限定がされたため,構成要件Gを満たさないものとして,本件発明の実施例から除外されたものと認められる。
このように,実施例1及び8は,本件発明の実施例であるとは認められないのであるから,実施例1及び8と実施例18(b)における不純物の量に有意な差がないとしても何ら不自然ではない。
25 ? 本件明細書に記載された実施例1〜17には,シュウ酸又はシュウ酸ナトリウムが添加されていることが明記され,添加シュウ酸又は添加されたシュウ酸ナトリウムのモル濃度のみが数値として記載されており(【表8】〜【表13】 ,解 )離シュウ酸のモル濃度の測定値も推定値も記載されていない。本件発明の構成要件Gに係るモル濃度の数値は,本件発明に係る特許出願時の請求項5のモル濃度の数値から「約」を除いたものであり,本件明細書には,前記特許出願時から【表8】〜【表13】の記載がある(乙25の1)から,当業者は,この構成要件Gに係るモル濃度の数値は,本件明細書に記載されている添加シュウ酸又は添加されたシュウ酸ナトリウムのモル濃度の数値と理解するのであって,解離シュウ酸のモル濃度の推定値を足し合わせた数値が,前記の構成要件Gに係るモル濃度とされていると理解するとは考えられない。
また,一定の数値の範囲を限定した特許発明につき,その数値の範囲内において当該発明を実施すれば,実施例といえるのであって,明細書に記載される実施例が,その数値の範囲の上限及び下限を画するものである必要性はなく,当業者が,明細書に記載された実施例が,必ず前記の数値の範囲の上限又は下限を画するものであると理解するとは考えられない。
このように,実施例1〜17については,解離シュウ酸は考慮されていないというべきである。
? 以上のとおり,実施例1,8及び18(b)は,本件発明の実施例ということはできない。これらを除いた実施例については,前記のとおり,いずれもシュウ酸が添加されたものであり,解離シュウ酸は考慮されていない。
7 小括 以上判示したところを総合すると,本件発明における「緩衝剤」としての「シュウ酸」は,添加シュウ酸に限られ,解離シュウ酸を含まないものと解され,被控訴人各製品は,解離シュウ酸を含むものの,シュウ酸が添加されたものではないから,「緩衝剤」を含有するものとはいえず,構成要件B,F及びGの「緩衝剤」に係る 26 構成を有しない。
したがって,被控訴人各製品は,その余の構成要件について検討するまでもなく,本件発明及び本件訂正発明の技術的範囲に属しない。
結論
以上の次第で,控訴人の本件各請求は,その余の点を判断するまでもなく,いずれも理由がなく,原判決は,結論において相当であるから,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 森義之
裁判官 佐藤達文
裁判官 森岡礼子
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