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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成13ネ3453特許権侵害差止等請求控訴事件 判例 特許
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事件 平成 15年 (ネ) 5196号 損害賠償請求控訴事件
控訴人 A
同訴訟代理人弁護士 井坂光明
同補佐人弁理士 中村守
被控訴人 株式会社トライテックス
同訴訟代理人弁護士 岡田春夫
同 小池眞一
同 矢倉信介
同 辻淳子
同 森博之
同 中西淳
同 長谷川裕
同補佐人弁理士 北村修一郎
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/05/25
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 控訴人 (1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,控訴人に対し,3333万円及びこれに対する平成15年3月28日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被控訴人 主文同旨
事案の概要
1 控訴人は,発明の名称を「車輌在庫情報システム」とする特許第2747477号の特許(平成5年5月28日特許出願。平成10年2月20日設定登録。請求項の数は2である。以下,この特許になる特許権を「本件特許権」という。請求項1記載の発明を「本件発明1」,請求項2記載の発明を「本件発明2」といい,これらを併せて「本件各発明」という。また,その特許出願の願書に添付した明細書と図面とを併せて「本件明細書」という。)の特許権者である。
本件は,控訴人が,被控訴人の製造,販売に係るカーハイパーマネジメントシステム(CAR HYPER MANAGEMENT SYSTEM)と称する車輌在庫情報システムに関する製品(原判決にいう「被告新製品」。以下「被控訴人新製品」という。)を製造,販売する行為が本件特許権を侵害すると主張して,被控訴人に対し,不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。
原判決は,被控訴人新製品が控訴人の主張する構成(原判決別紙物件目録参照)を有しているか否かはともかく,本件各発明の構成要件に明らかに該当しない点があり,均等の要件も欠くことになるので,被控訴人新製品は本件特許権を侵害しないとして,控訴人の請求を棄却した。
2 証拠上明らかな前提事実,争点及び争点に関する当事者双方の主張は,次の3及び4のように付加するほか,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決21頁16行目の「控訴期間」を「上告期間」に改める。)。
3 当審における控訴人の主張の要点 (1) 被控訴人新製品の構成について 原判決は,被控訴人新製品の認定に当たり,その構成を明確に特定することをしていない。
控訴人は,被控訴人新製品は,原判決別紙物件目録記載のとおりの構成を有すると主張する。特に,被控訴人新製品における電源の設定に関しては,端末の「モニタの電源を切る」,「ハードディスクの電源を切る」,「システムの電源の大部分を切って休止状態にする」,「作業中の状態をハードディスクに保存してコンピュータの電源を切断する(休止状態)」という機能を備えていることを強調するものである。
本件において,原審以来問題とされている被控訴人新製品において,端末の電源をオフさせるのは,センター側なのか,それとも端末自身なのか,についてみると,被控訴人新製品においては,回線接続中は,回線を切断することはできないため,当然には省電力モードに移行せず,センターの回線切断がトリガーとなって端末が省電力モードに移行するのであり,この点を見れば,センターが主体となって強制稼動状態を解除しているものであることは疑う余地がない。これ以外の局面において,例えば端末の操作によって省電力モードに移行する場合があるかどうかは,本件各発明と被控訴人新製品との対比において関係のないことである。さらに,被控訴人新製品は,汎用機を用い営業終了後の夜間においてマスターデータのトランザクション処理を行っているものであり,汎用機が一般的に持っている省電力処理の機能部分を利用して,電源のオフを達成しているものである。そして,被控訴人新製品は,「省電力状態へ移行する時期であると端末側のコンピュータ自身が判断する状態」であっても,センターからの通信が継続している場合には端末自身の判断によっては省電力状態に移行しないものである。
以上のように,被控訴人新製品を用いたシステムにおいては,端末の電源をオフして省電力状態に移行させる主体は,端末自身ではなく,データの更新を主導的に行っているセンター側である。
(2) 「電源をオフする」の要件について 原判決は,本件各発明の「電源をオフする」という要件について,これを「機械的にオフする」ことであるとした上,被控訴人新製品は「省電力状態」になるにすぎず,「機械的にオフする」ものではないから,構成要件を充足しない,としている。ところが,原判決は,その省電力について,「省電力の種類としては「スリープ」「ソフトオフ」「機械的オフ」といったもの・・・・がある。」と判示している。このことは,本件各発明の要件は「機械的オフ」であり,被控訴人新製品は「省電力状態であるにすぎないから機械的オフではない」としながら,「省電力には機械的オフを含む」とも判断しているいう論理的に矛盾した内容を示していることになるのである。
そもそも,本件各発明では,「端末の電源をオフする」と規定しているだけであって,電源をオフする手段を限定しているものではないのである。そして,被控訴人新製品の「省電力状態」は,端末の表示装置(ディスプレイ)やハードディスクなどの端末としての基本的な構成である回路への電源を遮断するものである以上,「電源をオフする」ものであることが明らかである。
(3) 「電源をオフする」手段の主体について 本件各発明において,「センターに」「端末の電源をオフする」「処理手段」を設けるという技術的事項は,そもそも本質的事項ではないのである。
本件各発明は,その特許請求の範囲(請求項1)に記載しているとおり,「通信手段により複数の端末を接続するセンターに,所定の時間に前記端末を立ち上げこの端末から随時取り込まれた画像・文字情報の登録データを吸い上げた後該端末の電源をオフする吸い上げ処理手段と,前記各端末の電源がオフしているときに,該各端末より集められた登録データとマスターデータとの比較結果に基づき新たなマスターデータを作成処理する車輌情報マッチング処理手段と,前記車輌情報マッチング処理手段で新たなマスターデータを作成した後前記端末を再度立ち上げ,この端末に前記新たなマスターデータを送り出した後該端末の電源をオフする車輌情報配信処理手段とを備えたことを特徴とする車輌在庫情報システム。」である。
つまり,本件各発明は,「所定の時間に前記端末を立ち上げこの端末から随時取り込まれた画像・文字情報の登録データを吸い上げた後該端末の電源をオフする吸い上げ処理手段」と「前記各端末の電源がオフしているときに,該各端末より集められた登録データとマスターデータとの比較結果に基づき新たなマスターデータを作成処理する車輌情報マッチング処理手段」と「前記車輌情報マッチング処理手段で新たなマスターデータを作成した後前記端末を再度立ち上げ,この端末に前記新たなマスターデータを送り出した後該端末の電源をオフする車輌情報配信処理手段」との各手段を備えることを要件としているものである。
そして,その内の一つの構成要件である「吸い上げ処理手段」は,「所定の時間に前記端末を立ち上げこの端末から随時取り込まれた画像・文字情報の登録データを吸い上げた後該端末の電源をオフする吸い上げ処理手段」と記載されていることから分かるように,所定の時間(実施例においては夜間)に端末を立ち上げ,この端末から随時取り込まれた画像・文字情報の登録データを吸い上げた後,その端末の電源をオフする機能を備えているものであることを規定しているものである。
(4) 被控訴人新製品の要件充足について 本件各発明の「吸い上げ処理手段」は「所定の時間に端末を立ち上げこの端末から随時取り込まれた画像・文字情報の登録データを吸い上げた後該端末の電源をオフする」ものであるのに対して,被控訴人新製品においては,夜間に端末を立ち上げこの端末から随時取り込まれた画像・文字情報の登録データを吸い上げた後,端末との回線を切断しその結果,該端末の電源をオフする機能を有する手段を備えているものであり,両者は実質的に同一構成要件を備えている。
4 当審における被控訴人の主張の要点 (1) 本件は,控訴人による前回訴訟の蒸し返しである。本件請求は,本来,そのこと自体によって許されないものとなるというべきである。
前回訴訟は,控訴人が,原判決にいう被告旧製品(以下「被控訴人旧製品」という。)が本件特許権を侵害しているとして,被控訴人旧製品の製造販売の中止,補償金の支払,損害の賠償などを求めて提起したものである。そして,同訴訟において,確定判決は,本件各発明の要件である「端末の電源をオフする」という構成につき,@スリープやサスペンド等の省電力状態を含まないことと,A「電源をオフする」行為の主体はセンターであり,スリープやサスペンドのような端末のコンピュータ本体が行う処理は含まないことを明らかにし,さらに,被控訴人旧製品につき,@省電力状態となるにとどまり「電源をオフする」という要件を充足しないこと,A端末のコンピュータ本体が省電力状態になるものの,それは自己の判断によるものであって,センターからの指示によって電源がオフされるものではないことを認定した上,被控訴人旧製品は本件特許権を侵害しないと判断したものである。
被控訴人新製品は,省電力状態となるにとどまり「電源をオフする」という要件を充足しないこと,端末のコンピュータ本体が省電力状態になるものの,それは自己の判断によるものであって,センターからの指示によって電源がオフされるものではないことにおいて,被控訴人旧製品と全く同様の構成を有する製品である。
本件訴訟が紛争の不当な蒸し返しであることは明らかである (2) 被控訴人製品の構成について 前記のように,被控訴人新製品は,端末のコンピュータ本体が自己の判断で省電力状態になるだけであって,センターからの指示によって電源がオフされるものではなく,この点については被控訴人旧製品と全く同じ物である。本件各発明との対比に必要な被控訴人新製品の製品の構成としては,原判決の認定したものにより,十分に特定されている。
また,被控訴人新製品においては,常時接続回線(インターネット介在型)のインフラ整備が進んだことから,被控訴人旧製品(ISDN回線を利用したパソコン通信を行っていた。)におけるのとは異なり,当該常時接続回線を利用したインターネット介在型のネットワークに切り替え,プロバイダー業者のISPサーバーでデータ中継を行う転送方式を採用する方が有利な例も増えてきた。このような場合には,回線は,正に「常時接続」しており,切断されることはない。
さらに,被控訴人旧製品においては,ネットワークシステムの維持に必要なソフト以外のアプリケーションソフトが入り込まない構成にして出荷していたのに対し,被控訴人新製品においては,各ユーザーが他のアプリケーションソフトも自由にインストールして利用することができるなど,端末のパソコンをユーザーが汎用機として使用できる構成にしているのである。
(3) 本件各発明について 本件各発明における,「電源をオフする」ということの意味,「電源をオフする」主体については,原判決が判示するとおりであり,控訴人の主張が失当であることは明らかである。
本件明細書の特許請求の範囲には,請求項1において「センターに,・・・・吸い上げ処理手段と,・・・・車輌情報マッチング処理手段と,・・・・車輌情報配信処理手段とを備えた」と記載され,請求項2において「センターは,・・・・吸い上げ処理手段と,・・・・車輪情報マッチング処理手段と,・・・・車輪情報配信処理手段とを備えた」と記載されているのであって,「吸い上げ処理手段」「車輌情報マッチング処理手段」及び「車輌情報配信処理手段」のすべてが「センター」に所在することは,本件各発明の本質的事項であると理解せざるを得ない。
次に,本件各発明は,それぞれに係る特許請求の範囲の記載によれば,明確な時的要素をもって各構成要素を特定していることが明らかである。すなわち,本件各発明は,「端末から随時取り込まれた画像・文字情報の登録データを吸い上げた後」という時的要素をもって,「センター」が「吸い上げ処理手段」により「電源をオフする」ものと特定されている。また,吸い上げが完了し,「電源がオフしているとき」という時的要素をもって,「センター」が「車輪情報マッチング処理手段」により「各端末より集められた登録データとマスターデータとの比較結果に基づき新たなマスターデータを作成する」ものと特定されている。さらに,当該「新たなマスターデータを作成した後」という時的要素をもって,「センター」において,「車輌情報配信処理手段」により「端末を再度立ち上げ,この端末に新たなマスターデータを送り出」し,その上「新たなマスターデータを送り出した後」という時的要素をもって,「端末の電源をオフする」と特定されている。
ここで,本件各発明とその従来技術である特開平5-73393号公報記載の発明とを比較すると,その特徴的な相違点として,同公報記載の発明は,センターは各端末から集信した差分情報を統合し全体差分情報を作成処理した後,当該全体差分情報を各端末に送信するものであり,各端末における検索対象であるマスターデータを得るために,各端末において配信された全体差分情報とマスターデータとを統合する処理が必要となるのに対し,本件各発明は,センターが各端末から集信した差分情報とマスターデータとの比較により,全体情報としての新たなマスターデータを作成処理した後,当該全体情報としての新たなマスターデータを各端末に送信するものである。本件各発明の構成によれば,各端末において,更にその上マスターデータと統合する処理が不要となる。このように,本件各発明と従来技術である上記公報記載の発明とを比較すれば,両者は,センターから端末に送信されるものが差分情報か,全体情報(マスターデータ)かという点において根本的に異なるものであり,この点も本件各発明の特徴的な構成と言うべきである。
以上に述べた事情からすれば,本件各発明の本質的事項は,センターが主体となって全体情報としてのマスターデータを作成し,これを各端末に配信するものであり,端末の情報に対する処理及び端末の電源の管理をセンターが担うことにほかならない。すなわち,センターが主体となって端末から差分情報としての登録データを吸い上げ,マスターデータ(全体情報)としての新たなマスターデータを作成し,これを端末に配信すること,及び,センターが主体となって端末の電源を管理することが,本件各発明の本質である。このように,センターを主体とした構成をとることで初めて,センターが端末を強制的に稼働させている状態,すなわちセンターによる端末の「強制稼働」の問題を解決することができるとともに,センターからの情報配信後,端末においてマスターデータとの統合処理が不要となり,本件明細書にいうセンターによる端末の不必要な強制稼働を避け,強制稼働時間の短縮を行う(本件明細書第12欄第10行目乃至第16行目参照)という本件各発明の目的を達成することができるのである。
(4) 被控訴人新製品との対比について 被控訴人新製品が,本件各発明の本質的な事項である要件を充足しないことは,以上から明らかである。
当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人の本訴請求は理由がないと判断する。その理由は,以下のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」の記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決19頁21行目から22頁3行目までを除く。)。
(1) 本件が前回訴訟の蒸し返しであるとの被控訴人の主張について 本件訴訟は,控訴人が,被控訴人の製造販売に係る車輌在庫情報システムに関する製品が本件特許権を侵害しているとして提起したものである点においては,前回訴訟と同様である。
しかしながら,本件訴訟において,本件特許権を侵害する対象物件として主張されているのは,被控訴人新製品である。この製品は,被控訴人が被控訴人旧製品とは別の製品として(単に製品名を変えただけの製品ではないことが,前記被控訴人の当審における主張(2)から明らかである。)製造販売したものである。そうである以上,被控訴人旧製品が本件特許権を侵害しないことが前回訴訟の判決で確定したからといって,被控訴人新製品に対して確定判決の効力が当然に及ぶわけではないことは,いうまでもないところである。そして,本件訴訟は,被控訴人新製品が本件特許権を侵害することになるか否かを明確にするための訴訟であり,この点を明確にするための判断の一つとして,被控訴人旧製品と被控訴人新製品とが本件発明との対比において同一の構成を有すると認められるか否かも問題とされるのである。これを明確にするための主張立証を待つまでもなく当然に蒸し返しであるとか信義則上許されない訴訟であるなどと断定することはできない。この点において,被控訴人の主張は採用することができないものという以外にない。
(2) 本件各発明の構成要件について ア 本件明細書の特許請求の範囲の記載の文言を通常の意味に従って理解すると,本件各発明は,次のように分説された構成要件から成る(甲2)。
(ア) 本件発明1 a 通信手段により複数の端末を接続するセンターに, b 所定の時間に前記端末を立ち上げこの端末から随時取り込まれた画像・文字情報の登録データを吸い上げた後該端末の電源をオフする吸い上げ処理手段と, c 前記各端末の電源がオフしているときに,該各端末より集められた登録データとマスターデータとの比較結果に基づき新たなマスターデータを作成処理する車輌情報マッチング処理手段と, d 前記車輌情報マッチング処理手段で新たなマスターデータを作成した後前記端末を再度立ち上げ,この端末に前記新たなマスターデータを送り出した後該端末の電源をオフする車輌情報配信処理手段と e を備えたことを特徴とする車輌在庫情報システム (イ) 本件発明2 f 通信手段によりセンターと複数の端末とを接続し, g 前記各端末は前記センターから更新作成されるマスターデータを前記通信手段を介して記憶する書替え可能な第1の端末側記憶手段と, h 画像・文字情報を取り込む端末側入力手段と, i この端末側入力手段により取り込まれた画像・文字情報を登録データとして記憶する第2の端末側記憶手段と, j 前記第1の端末側記憶手段に記憶されたマスターデータから車輌の検索を行う車輌検索処理手段とを備えるとともに, k 前記センターは,所定の時間に前記端末を立ち上げ前記第2の端末側記憶手段に記憶された登録データを吸い上げた後該端末の電源をオフする吸い上げ処理手段と, l 前記端末の電源がオフしているときに,該各端末より集められた登録データとマスターデータとの比較結果に基づき新たなマスターデータを作成処理する車輌情報マッチング処理手段と, m 前記車輌情報マッチング処理手段で新たなマスターデータを作成した後,前記端末を再度立ち上げ,前記第1の端末側記憶手段に新たなマスターデータを送り出した後該端末の電源をオフする車輌情報配信処理手段と n を備えたことを特徴とする車輌在庫情報システム イ 以上のことから,特許請求の範囲の文言を本件の争点に即して理解すると,本件発明1及び本件発明2のいずれもが,少なくとも @ センターとこれに接続される(接続手段は特定されていない。)複数の端末とが別個に存在していること A センターには,吸い上げ処理手段,車輌情報マッチング処理手段,車輌情報配信処理手段が備えられていること B センターに備えられている車輌情報配信処理手段は端末の電源をオフする機能を有していること を要件としている(この要件だけに限られるという趣旨ではない。)と理解することができる。
(3) 本件各発明の特質について ア 本件各発明における文言上の要件は,前記(2)イのとおりである。これらの要件が有する技術的意味を,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願の経過に照らして,更に検討することとする。
イ 本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本件各発明の技術思想,従来技術との関係は以下のとおりである(甲2,3)。
(ア) 本件各発明は,中古車販売などにおいて,センターとフランチャイズ店との間で在庫車輌の情報管理を行う場合に,車輌の画像及び文字情報などの大量の情報を有するデータベースを検索処理するのに好適な車輌在庫情報システムに関するものである【0001】。
(イ) 上記の技術分野に関する従来技術としては,在庫車輌の画像及び文字情報をマスターデータとして汎用コンピュータに記憶し,この汎用コンピュータを端末側のフランチャイズ店との通信回線で接続されたセンター側に設置することで,センター側に記憶された共通のマスターデータを各フランチャイズ店で適宜呼び出し,顧客に必要な在庫車輌の情報提供を行うというものがあった【0002】。この従来技術には,フランチャイズ店側から所望する情報を得るのに,いちいちセンターにある汎用コンピュータを呼び出さなければならず,車輌の検索や予約などを迅速に行うことができないという欠点があった。また,車輌の画像情報を伝達するのに膨大な通信コストがかかり,少ない資本で新たにシステム参入するのが難しいという問題もあった【0003】。
(ウ) このような問題点に対して,別の技術としては,周期的に端末を順番にアクセスして各端末の差分情報をセンター側で収集し,この差分情報から得られた全体差分情報を各端末の記憶手段に盛り込むことでセンターと各端末とのデータを同一内容に維持することのできるシステムが存在した(特開平5-73393号公報)。このシステムでは,いちいちセンター側を呼び出さなくても,各端末に記憶されたデータに基づき端末側で情報提供を行うことができる。しかし,これには,センターが端末側にある登録データを吸い上げ,新たなマスターデータを送り出す際には,端末側は電源が自動的に立ち上がり,センターに接続される端末が増えてセンター側の処理時間が長くなると,この間各端末は強制的にオン状態になり続けるために,不必要に端末側が強制稼働されることになり,端末側の利用に制約を受けるという欠点があった【0004,0005】 (エ) このように,従来の技術では,車輌の登録から新たなマスターデータを送り出すまでの様々な制約を排除する点に格別な配慮がされておらず,これらの一連の処理を効率よく行うことができないという問題点があった【0006】。
(オ) 本件各発明は,上記の問題点を解決し,車輌の登録から新たなマスターデータを送り出すまでの一連の処理を効率よく行うことの可能な車輌在庫情報システムを得ることを課題とするものである【0007】。
その課題を解決するための手段として,特許請求の範囲記載の各構成を持つこととしたものである【0009】。
発明の詳細な説明の上記各記載によれば,本件各発明は,従来技術の「不必要な強制稼働状態に置かれること」という欠点を解消する手段として「電源をオフする」という方法を採用したものであり,そのために車輌情報配信処理手段を有し,新しく作成したマスターデータを送り出す側であるセンター側から端末の電源をオフする構成をとることを大きな特徴としたものであると解することができる。
エ 証拠(乙16〜19)によれば,@本件特許権は,当初の出願に対して拒絶査定があり,審判手続を経て登録された権利であること,Aこの過程で,控訴人は,拒絶理由通知書に対する意見書及び拒絶査定に対する拒絶査定不服審判請求書において,特許庁の挙げる引用例にはセンター側が新たなマスターデータをどのようにして作成するのかという具体的手段が一切開示されていないこと,そして,この引用例には,本件各発明のように,センター側から各端末の電源を立ち上がらせたり,オフしたりする技術的思想が全く見られない,と指摘していることが認められる。
このことは,控訴人が,本件各発明の権利取得過程において,「センター側から端末の電源をオフするという技術思想」が本件各発明の特徴であることを自ら明らかにしていたことを裏付けるものである。
オ 以上の状況の下では,本件各発明においては,少なくとも,@センターとこれに接続される複数の端末とが別個に存在していること,Aセンターには,吸い上げ処理手段,車輌情報マッチング処理手段,車輌情報配信処理手段が備えられていること,Bセンターに備えられた車輌情報配信処理手段は,端末の電源をセンター側からオフする機能を有していることが要件とされており,これらの要件は,単なる文言上の要件であるだけではなく,本件各発明の本質的な要件(発明の特徴となりその価値を決定する要件)でもあるというべきである。
(4) 「電源をオフする」との要件について 本件各発明の「センター側から端末の電源をオフする」という要件のうち「電源をオフする」ということの意味が「省電力状態になる」ことをも含むか否かの問題は,議論の対象となり得る問題である。これにつき,前回訴訟における第1,2審判決及び本件の原判決は,「電源をオフする」ということは「機械的オフ」をいうとして,「省電力状態になること」はこれに含まれないと判断している。これは,「機械的オフ」という言葉を,「電源を遮断する」という意味として使用するものと解することができる。しかし,原判決が省電力状態の例示として「ソフトオフ」「機械的オフ」(これは,電源遮断の方法を,ソフトウェアの働きによるか,スイッチボタンなどのハードウェアの働きによるかの違いによって区別する用語例と理解できる。)との用語を示したことからも分かるように,「機械的オフ」という言葉は,複数の意味において使用されがちであり,いずれの意味で用いられているかにつき,誤解を生じかねない。また,省電力ということを広く解すると,技術の進展に応じ,電源遮断を導く場合もこれに含めて使用する場合もあり得ると解することができる。そこで,当裁判所は,一応「省電力状態になること」も「電源をオフする」ことに含み得ると仮定して,以下判断することとする。
(5) 被控訴人新製品の構成について 被控訴人新製品が,原判決別紙物件目録記載の構成をすべて備えていることを認めるに足りる的確な証拠はない。
ただ,証拠(甲4,乙3,7,10,12,13-1〜6)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人新製品は,@Windows版OSをインストールしたパソコンを用いたシステムであり,電源管理機能が作動して省電力状態(スリープ状態,サスペンド状態その他)になること,Aただ,Windows版OSを搭載したパソコンにおいて,電源管理機能が作動して省電力状態になるためには,OSの電源管理機能が作動するようにユーザーがその旨の設定をする必要があり,その設定された内容に応じて,OS自身がCPUやハードディスクなどの動作状態を監視し,それら(CPUやハードディスクなど各種デバイス)が使用されていない場合に省電力状態になるように機能するものであること,BOSではなく,パソコンに組み込まれたBIOSが電源管理機能を持つ場合もあるものの,その場合もBIOSにOSにおけるのと同様の設定をする必要があり,その設定された内容に応じた電源管理機能が働くことになることを認めることができる。そして,被控訴人新製品においては,センター側から電源をオフすることは勿論,センター側から省電力機能を働かせるような機能は存在しないことも認めることができる。
この点について控訴人は,被控訴人新製品には,電源の設定に関し,「モニタの電源を切る」,「ハードディスクの電源を切る」,「システムの電源の大部分を切って休止状態にする」,「作業中の状態をハードディスクに保存してコンピュータの電源を切断する(休止状態)」機能が備わっていると主張する。しかし,これは,被控訴人新製品を本件各発明の構成との対比において把握するに当たってのものとしては,正確な把握ではない。すなわち,前記のとおり,被控訴人新製品は,端末側パソコンが,センター側コンピュータとはかかわりなく,独自に,「モニタの電源を切る」,「ハードディスクの電源を切る」,「システムの電源の大部分を切って休止状態にする」,「作業中の状態をハードディスクに保存してコンピュータの電源を切断する(休止状態)」という機能を発揮させることができるところの汎用のOS(Windows)をインストールしてある,という構成であることを認めることができるにとどまるのである。
控訴人は,被控訴人新製品において,回線接続中は,回線を切断することはできないため当然には省電力モードに移行せず,センターの回線切断がトリガーとなって端末が省電力モードに移行するのであり,この点を見れば,センターが主体となって強制稼動状態を解除しているものであること,「省電力状態へ移行する時期であると端末側のコンピュータ自身が判断する状態」であっても,センターからの通信が継続している場合には端末自身の判断によっては省電力状態に移行しないものであることなどからすれば,結局,端末の電源をオフして省電力状態に移行させる主体は,端末自身ではなく,データの更新を主導的に行っているセンター側である,と主張している。
しかしながら,センター側から回線を切断した結果(常時接続回線を利用する場合には「回線の切断」という場面も生じない。),端末の省電力機能が働くようになるとしても,これは,回線の切断により,結果としてセンターが何らのデータも送信しない状態となり,端末側でもセンターからデータの受信をするという作業をする必要がなくなり,センターからの受信以外の端末独自の稼働(例えば他のアプリケーションソフトを使うことなど)を必要としない場合には,端末側パソコンはただ電源が入っているだけの状態となるため,そのパソコンにインスールしてあるWindowsの省電力機能を働かせる設定をしていれば,そのWindows独自の働きによって省電力状態になるということであるにすぎない。ここには端末が省電力状態になることについてセンター側からの積極的な作用は何もなく,センター側に,端末を省電力状態にさせることを目的とした何らかの働きがあるわけでもないのであり,ただ回線を切断したことが,結果的に端末の省電力状態に結びつく場合があり得るということであるにすぎない。したがって,これをもって,センターが端末の「電源をオフする」主体であると評価することはできない。
結局,被控訴人新製品において,省電力状態に移行する判断を行うのは加盟店側の端末パソコン自身であるということになる。
(6) 以上を前提に被控訴人新製品と本件各発明とを対比すると,被控訴人新製品は,本件各発明の要件のうち,少なくとも「端末の電源をセンター側からオフする機能を有していること」という要件を備えていないことが明らかである。
(7) 控訴人は,被控訴人新製品は均等の範囲内であると主張する。しかし,当裁判所も,既に述べたとおり,「端末の電源をセンター側からオフする機能を有していること」との要件は,本件各発明の本質的な要件(発明の特徴となりその発明の価値を決定する要件)ということができると判断する。これによれば,被控訴人新製品は,均等の要件を満たさないことが明らかである。
2 以上によれば,被控訴人新製品が本件特許権を侵害しないとして控訴人の請求を棄却した原判決の判断は相当であり,控訴人の本件控訴は理由がない。そこで,本件控訴を棄却することとし,当審における訴訟費用の負担につき民事訴訟法67条,61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂驤
裁判官 若林辰繁