関連審決 | 無効2013-800203 |
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事件 |
平成
28年
(行ケ)
10044号
審決取消請求事件
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原告 旭化成エレクトロニクス株式会社 同訴訟代理人弁護士 古城春実 加治梓子 同 弁理士 谷義一 藤田英治 梅田幸秀 窪田郁大 吉村和彦 新開正史 被告Y 同訴訟代理人弁理士 柴田昌聰 阿部寛 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2017/06/20 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 特許庁が無効2013−800203号事件について平成28年1月4日にした審決を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
主文第1項と同旨 1 |
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事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 (1) 原告は,平成16年9月9日,名称を「赤外線センサIC,赤外線センサ及びその製造方法」とする発明について特許出願をし(優先権主張:平成15年9月9日,日本国。ただし,審決は優先権主張の効果を認めず,原告はこれを争わなかった。),平成20年2月29日,設定の登録(特許第4086875号)を受けた(請求項の数18。甲23。以下,この特許を「本件特許」という。)。 (2) 被告は,平成25年10月30日,本件特許について特許無効審判請求をし,無効2013-800203号事件として係属した。 (3) 原告は,平成27年6月8日,本件特許に係る特許請求の範囲を訂正する旨の訂正請求をした(以下「本件訂正」という。甲24)。 ? 特許庁は,平成28年1月4日,「訂正請求書に添付された特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。特許第4086875号の請求項1ないし18に係る発明についての特許を無効とする。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月15日,原告に送達された。 ? 原告は,平成28年2月12日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。 2 特許請求の範囲の記載 本件訂正後の特許請求の範囲請求項1ないし18の記載は,次のとおりである(甲23,24)。なお,「/」は,原文の改行部分を示す(以下同じ。)。以下,請求項1ないし18に係る発明を「本件発明1」などといい,併せて「本件各発明」という。また,本件訂正後の明細書(甲24)を,本件特許の図面(甲23)を含めて,「本件明細書」という。 【請求項1】基板と,/該基板上に形成された,複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体とを備え,室温において冷却機構無しで動作が可能な赤外線センサであって,/前記化合物半導体の積層体は,/該基板上に形成された, 2インジウム及びアンチモンを含み,n型ド-ピングされた材料である第1の化合物半導体層と,/該第1の化合物半導体層上に形成されp型ド-ピングされた,InSb,InAsSb,InSbNのいずれかである第2の化合物半導体層と,/該第2の化合物半導体層上に形成された,前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ド-ピングされ,かつ前記第1の化合物半導体層,及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAlZIn1-ZSb(0.1≦z≦0.5)の第3の化合物半導体層と/を備え,/前記第1の化合物半導体層のn型ド-ピング濃度は,1×10 18原子/cm3以上であり,/前記第2の化合物半導体層のp型ド-ピング濃度は,1×1016原子/cm3以上1×1018原子/cm3未満であり,/前記第3の化合物半導体層のp型ド-ピング濃度は,1×1018原子/cm3以上であることを特徴とする赤外線センサ。 【請求項2】前記第1の化合物半導体層はInSbであることを特徴とする請求項1記載の赤外線センサ。 【請求項3】前記第1の化合物半導体層のn型ド-パントはSnであり,前記第2の化合物半導体層及び前記第3の化合物半導体層のp型ド-パントはZnであることを特徴とする請求項1または2記載の赤外線センサ。 【請求項4】前記化合物半導体の積層体は,/前記第3の化合物半導体層上に形成された,インジウム及びアンチモンを含み,該第3の化合物半導体層と同等か,またはそれ以上の濃度にp型ド-ピングされた材料である第4の化合物半導体層をさらに備えることを特徴とする請求項1乃至3のいずれかに記載の赤外線センサ。 【請求項5】前記第4の化合物半導体層は,InSbであることを特徴とする請求項4記載の赤外線センサ。 【請求項6】前記第4の化合物半導体層のp型ド-パントはZnであることを特徴とする請求項4または5記載の赤外線センサ。 【請求項7】前記基板は,半絶縁性,または前記基板と該基板に形成された第1の化合物半導体層とが絶縁分離可能である基板であり,/前記第1の化合物半導体 3層のうち,前記第2の化合物半導体層が形成されていない領域に形成された第1電極と,/前記第3の化合物半導体層上に形成された,第2電極と/をさらに備えることを特徴とする請求項1乃至6のいずれかに記載の赤外線センサ。 【請求項8】前記基板上には,前記化合物半導体の積層体に形成された第1の電極と,該第1の電極が形成された化合物半導体の積層体の隣の化合物半導体の積層体に形成された第2の電極とが直列接続するように,複数の前記化合物半導体の積層体が連続的に形成されていることを特徴とする請求項7記載の赤外線センサ。 【請求項9】出力信号を測定する際に,前記第1及び第2の電極間のバイアスをゼロバイアスとし,赤外線入射時の信号を開放回路電圧として読み出すことを特徴とする請求項7または8記載の赤外線センサ。 【請求項10】前記基板と,前記積層体との間に配置された,格子不整合を緩和させる層であるバッファ層をさらに備えることを特徴とする請求項1乃至9のいずれかに記載の赤外線センサ。 【請求項11】前記バッファ層が,AlSb,AlGaSb,AlGaAsSb,AlInSb,GaInAsSb,AlInAsSbのいずれかであることを特徴とする請求項10記載の赤外線センサ。 【請求項12】請求項1乃至11のいずれかに記載の赤外線センサと,/前記赤外線センサから出力される電気信号を処理して所定の演算を行う集積回路部とを備え,/前記赤外線センサ及び前記集積回路部が同一パッケ-ジ内にハイブリッドの形態で配設されていることを特徴とする赤外線センサIC。 【請求項13】室温において冷却機構無しで動作が可能な赤外線センサの製造方法であって,/基板上に,インジウム及びアンチモンを含み,n型ド-ピングされた材料である第1の化合物半導体層を形成する工程と,/該第1の化合物半導体層上に,p型ド-ピングされた,InSb,InAsSb,InSbNのいずれかである第2の化合物半導体層を形成する工程と,/該第2の化合物半導体層上に,前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ド-ピングされ,かつ前記第1の化合 4物半導体層,及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAlZIn1-ZSb(0.1≦z≦0.5)の第3の化合物半導体層を形成する工程と/を有し,/前記第1の化合物半導体層を形成する工程では,前記第1の化合物半導体層のn型ド-ピンク濃度を1×10 18原子/cm3以上とし,/前記第2の化合物半導体層を形成する工程では,前記第2の化合物半導体層のp型ド-ピンク濃度を1×1016原子/cm3 以上1×1018原子/cm3未満とし,/前記第3の化合物半導体層を形成する工程では,前記第3の化合物半導体層のp型ド-ピング濃度を1×10 18原子/cm3以上とすることを特徴とする赤外線センサの製造方法。 【請求項14】前記第1の化合物半導体層はInSbであることを特徴とする請求項13記載の赤外線センサの製造方法。 【請求項15】前記第1の化合物半導体層のn型ド-パントはSnであり,前記第2の化合物半導体層及び前記第3の化合物半導体層のp型ド-パントはZnであることを特徴とする請求項13または14記載の赤外線センサの製造方法。 【請求項16】前記第3の化合物半導体層上に,インジウム及びアンチモンを含み,該第3の化合物半導体層と同等か,またはそれ以上の濃度にp型ド-ピングされた材料である第4の化合物半導体層を形成する工程をさらに有することを特徴とする請求項13乃至15のいずれかに記載の赤外線センサの製造方法。 【請求項17】前記第4の化合物半導体層は,InSbであることを特徴とする請求項16記載の赤外線センサの製造方法。 【請求項18】前記第4の化合物半導体層のp型ド-パントはZnであることを特徴とする請求項16または17記載の赤外線センサの製造方法。 3 本件審決の理由の要旨 (1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。要するに,本件訂正を認めた上,@本件各発明のうち物の発明である本件発明1ないし12は,いずれも,@)下記アの引用例1及び下記イの引用例2(これらの内容は同じである。 5以下,併せて「引用例1」という。)に記載された物の発明(以下「引用発明A」という。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである,A)下記ウの引用例3に記載された物の発明(以下「引用発明B」という。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである,B)下記エの引用例4に記載された物の発明(以下「引用発明C」という。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1ないし12についての本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり,無効にすべきである,A本件各発明のうち方法の発明である本件発明13ないし18は,いずれも,@)引用例1に記載された方法の発明(以下「引用発明A’」という。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである,A)下記ウの引用例3に記載された方法の発明(以下「引用発明B’」という。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである,B)下記エの引用例4に記載された方法の発明(以下「引用発明C’」という。)及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明13ないし18についての本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものであり,無効にすべきである,などというものである。 ア 引用例1:UMID TUMKAYA(判決注:ウムラウト表記は省略。以下同じ。),"PERFORMANCE ASSESMENT OF INDIUM ANTIMONIDE PHOTODETECTORS ON SILICON SUBSTRATES"(ユミッド チュムカヤ「シリコン基板上のインジウムアンチモン光検出器の性能評価」),http://etd.lib.metu.edu.tr/upload/756403/index.pdf(甲1。公衆に利用可能となった日は,遅くとも平成15年12月31日である。) イ 引用例2:UMID TUMKAYA,"PERFORMANCE ASSESMENT OF INDIUM ANTIMONIDE PHOTODETE 6CTORS ON SILICON SUBSTRATES"(ユミッド チュムカヤ「シリコン基板上のインジウムアンチモン光検出器の性能評価」 のコピ- ) (甲2。頒布された日は,遅くとも平成15年12月31日である。) ウ 引用例3:Tim Ashley,"Epitaxial InSb for elevated temperature operation of large IR focal plane arrays"(ティム アシュレー「大型IR焦点面アレイの高温動作用エピタキシャルInSb」),Infrared Technology and Applications XXIX,SPIE,2004.01.23,VOLUME5074,p95-102(甲3。 頒布された日は,遅くとも平成16年1月23日である。) エ 引用例4:C.T.Elliott,"Advanced heterostrucures for In1-xAlxSb and Hg1-xCdxTe detectors and emitters"(C.T.エリオット「In1-xAlxSb及びHg1-xCdxTe検出器及びエミッタのための改良ヘテロ構造」 , )Infrared Technology and Applications XXII,SPIE,1996.10.22,VOLUME2744,p452-461(甲4。頒布された日は,遅くとも平成8年10月22日である。) (2) 本件発明1〜12と引用発明Aとの対比 本件審決は,引用発明A及び本件発明1〜12と引用発明Aとの一致点・相違点を以下のとおり認定した。 ア 引用発明A Si基板と,/Si基板側から,GaAsバッファー層,n+InSb層,π-InSb層及びp+Al0.1In0.9Sb層が積層された積層構造とを備えた,赤外線検出器であって,/p +Al0.1In0.9Sb層のバンドギャップが,n +InSb層及びπ-InSb層のバンドギャップよりも大きい赤外線検出器。 イ 本件発明1〜12と引用発明Aとの一致点 7 基板と,/該基板上に形成された,複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体とを備えた赤外線センサであって,/前記化合物半導体の積層体は,/該基板上に形成された,インジウム及びアンチモンを含み,n型ド-ピングされた材料である第1の化合物半導体層と,/該第1の化合物半導体層上に形成され,InSbである第2の化合物半導体層と,/該第2の化合物半導体層上に形成された,高濃度にp型ド-ピングされ,かつ前記第1の化合物半導体層,及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl0.1In0.9 Sbの第3の化合物半導体層と,/を備える,赤外線センサ。 ウ 本件発明1と引用発明Aとの相違点 (ア) 相違点a-1 赤外センサの特性に関して,/本件発明1は,「室温において冷却機構無しで動作が可能」であるのに対して,/引用発明Aは,室温において冷却機構無しで動作が可能であるか不明である点。 (イ) 相違点a-2 第1の化合物半導体層に関して,/本件発明1は,「n型ド-ピング濃度は,1×1018原子/cm3以上」であるのに対して,/引用発明Aは,n+型ではあるものの,n型ド-ピング濃度が不明である点。 (ウ) 相違点a-3 第2の化合物半導体層に関して,/本件発明1は,/a「p型ド-ピングされた」ものであって,b「p型ド-ピング濃度は,1×1016原子/cm3以上1×1018 原子/cm3未満」であるのに対して,/引用発明Aは,π-InSbである点。 (エ) 相違点a-4 第3の化合物半導体層に関して,/本件発明1は,「第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ド-ピングされ」,「p型ド-ピング濃度は,1×10 18原子/cm3以上」であるのに対して,/引用発明Aは,p+型ではあるものの,p型ド-ピング濃度が不明で,本件発明1の上記関係を有するものか否か不明である点。 8 エ 本件発明2〜12と引用発明Aとの相違点 別紙1本件発明2〜12と引用発明Aとの相違点のとおり。 ? 本件発明13〜18と引用発明A’との対比 本件審決は,引用発明A’及び本件発明13〜18と引用発明A’との一致点・相違点を以下のとおり認定した。 ア 引用発明A’ Si基板側から,GaAsバッファー層,n+InSb層,π-InSb層及びp+Al0.1In0.9Sb層が積層された積層構造を備えた,赤外線検出器の製造方法であって,/Si基板上に,GaAsバッファー層を積層する工程と,/GaAsバッファー層上に,n+InSb層を積層する工程と,/n+InSb層上に,π-InSb層を積層する工程と,/π-InSb層上に,n+InSb層及びπ-InSb層のバンドギャップよりも大きいp+Al0.1In0.9Sb層を積層する工程と,/を有する赤外線検出器の製造方法。 イ 本件発明13〜18と引用発明A’との一致点 基板上に,インジウム及びアンチモンを含み,n型ド-ピングされた材料である第1の化合物半導体層を形成する工程と,/前記第1の化合物半導体層上に,InSbである第2の化合物半導体層を形成する工程と,/前記第2の化合物半導体層上に,高濃度にp型ド-ピングされ,かつ前記第1の化合物半導体層,及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl0. In0. 19 Sbの第3の化合物半導体層を形成する工程と/を有する赤外線センサの製造方法。 ウ 本件発明13と引用発明A’との相違点 (ア) 相違点a-イ 赤外センサの特性に関して,/本件発明13は,「室温において冷却機構無しで動作が可能」であるのに対して,/引用発明A’は,室温において冷却機構無しで動作が可能であるか不明である点。 9 (イ) 相違点a-ロ 第1の化合物半導体層を形成する工程に関して,/本件発明13は,「n型ド-ピング濃度を1×1018原子/cm3以上」とするのに対して,/引用発明A’は,n+型ではあるものの,n型ド-ピング濃度が不明である点 (ウ) 相違点a-ハ 第2の化合物半導体層及び第2の化合物半導体層を形成する工程に関して,/本件発明13は,「p型ド-ピングされた」ものであって,「p型ド-ピング濃度を1×1016原子/cm3以上1×1018原子/cm3未満」とするのに対して,/引用発明A’は,πである点。 (エ) 相違点a-ニ 第3の化合物半導体層を形成する工程に関して,/本件発明13は,「前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ド-ピングされ」,「p型ド-ピング濃度を1×1018原子/cm3以上」とするのに対して,/引用発明A’は,p+型ではあるものの,p型ド-ピング濃度が不明で,本件発明13の上記関係を有するものであるか否か不明である点。 エ 本件発明14〜18と引用発明A’との相違点 別紙2本件発明14〜18と引用発明A’との相違点のとおり。 ? 本件発明1〜12と引用発明Bとの対比 本件審決は,引用発明B及び本件発明1〜12と引用発明Bとの一致点・相違点を以下のとおり認定した。 ア 引用発明B InSb基板と,/InSb基板側から,n +InSb層,n-InSb層,p+In0.9Al0.1Sb層及びp+InSb層を積層した積層体とを備えた,赤外線検出器であって,/n+InSb層,n-InSb層及びp+InSb層における,各層のド-ピングレベルは,それぞれ,約3×1018cm-3,2×1015cm-3 及び2×1018cm-3であり,/p+In0.9Al0.1Sb層のバンドギャップが,n 10+ InSb層及びn-InSb層のバンドギャップよりも大きい,/赤外線検出器。 イ 本件発明1〜12と引用発明Bとの一致点 基板と,/該基板上に形成された,複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体とを備えた赤外線センサであって,/前記化合物半導体の積層体は,/該基板上に形成された,インジウム及びアンチモンを含み,n型ド-ピングされた材料である第1の化合物半導体層と,/該第1の化合物半導体層上に形成された,InSbである第2の化合物半導体層と,/該第2の化合物半導体層上に形成された,高濃度にp型ド-ピングされ,かつ前記第1の化合物半導体層,及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl0.1In0.9 Sbの第3の化合物半導体層と/を備え,/前記第1の化合物半導体層のn型ド-ピング濃度は,1×1018原子/cm3である,/赤外線センサ。 ウ 本件発明1と引用発明Bとの相違点 (ア) 相違点b-1 赤外センサの特性に関して,/本件発明1は,「室温において冷却機構無しで動作が可能」であるのに対して,/引用発明Bは,そのようなものではない点。 (イ) 相違点b-2 第2の化合物半導体層に関して,/本件発明1は,/a「p型ド-ピングされた」ものであって,/b「p型ド-ピング濃度は,1×10 16原子/cm3以上1×1018原子/cm3未満」であるのに対して,/引用発明Bは,n-InSb層であって,p型ド-ピングされたものではない点。 (ウ) 相違点b-3 第3の化合物半導体層のp型ド-ピング濃度に関して,/本件発明1は,「前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ド-ピングされ」,「p型ド-ピング濃度は,1×1018原子/cm3以上である」のに対して,/引用発明Bは,第3の化合物半導体層(p+Al0.1In0.9Sb層)は,高濃度にp型ド-ピングされているものの,第2の化合物半導体層(n-InSb層)は,n-であるから,本件発 11明1の上記関係を有するものとはいえない点。 エ 本件発明2〜12と引用発明Bとの相違点 別紙3本件発明2〜12と引用発明Bとの相違点のとおり。 ? 本件発明13〜18と引用発明B’との対比 本件審決は,引用発明B’及び本件発明13〜18と引用発明B’との一致点・相違点を以下のとおり認定した。 ア 引用発明B’ InSb基板側から,n+InSb層,n-InSb層,p+In0.9Al0.1Sb層及びp+InSb層を積層した積層体を備えた,赤外線検出器の製造方法であって,/InSb基板上に, +InSb層を積層する工程と, n /n+InSb層上に,n-InSb層を積層する工程と,/n - InSb層上に,n + InSb層及びn-InSb層のバンドギャップよりも大きいp+In0.9Al0.1Sb層を積層する工程と,/p+In0.9Al0.1Sb層上に,p+InSb層を積層する工程と,/を有し,/n+InSb層,n-InSb層及びp+InSb層における,各層のド-ピングレベルは,それぞれ,約3×10 18cm-3,2×1015cm-3及び2×1018cm-3である,/赤外線検出器の製造方法。 イ 本件発明13〜18と引用発明B’との一致点 基板上に,インジウム及びアンチモンを含み,n型ド-ピングされた材料である第1の化合物半導体層を形成する工程と,/該第1の化合物半導体層上に,InSbである第2の化合物半導体層を形成する工程と,/該第2の化合物半導体層上に,高濃度にp型ド-ピングされ,かつ前記第1の化合物半導体層,及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl 0.1In0.9Sbの第3の化合物半導体層を形成する工程と/を有し,/前記第1の化合物半導体層を形成する工程では,前記第1の化合物半導体層のn型ド-ピング濃度を1×1018原子/cm3とする,/赤外線センサの製造方法。 ウ 本件発明13と引用発明B’との相違点 12 (ア) 相違点b-イ 赤外線センサの特性に関して,/本件発明13は,「室温において冷却機構無しで動作が可能」であるのに対して,/引用発明B’は,そのようなものではない点。 (イ) 相違点b-ロ 第2の化合物半導体層を形成する工程に関して,/本件発明13は,「p型ド-ピング濃度を1×10 16原子/cm3以上1×1018原子/cm3 未満」とするのに対して,/引用発明B’は,n-InSb層であって,p型ド-ピングされたものではない点。 (ウ) 相違点b-ハ 第3の化合物半導体層のp型ド-ピング濃度に関して,/本件発明13は,「前記第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ド-ピングされ」,「p型ド-ピング濃度を1×1018原子/cm3以上とする」のに対して,/引用発明B’は,第3の化合物半導体層(p+Al0.1In0.9Sb層)は,高濃度にp型ド-ピングされているものの,第2の化合物半導体層(n-InSb層)は,n-であるから,本件発明13の上記関係を有するものとは言えない点。 エ 本件発明14〜18と引用発明B’との相違点 別紙4本件発明14〜18と引用発明B’との相違点のとおり。 ? 本件発明1〜12と引用発明Cとの対比 本件審決は,引用発明C及び本件発明1〜12と引用発明Cとの一致点・相違点を以下のとおり認定した。 ア 引用発明C InSb基板と,/InSb基板側から,p+InSb層,p+In0.85Al0.15 Sb層,π-InSb層及びn+InSb層を積層した積層体と,/p +InSb層上に形成されたp側電極と,/n+InSb層に形成されたn側電極と,/を備えた,InSb赤外線検出器であって,/p+InSb層は,2×1018cm-3の典型的なレベルにベリリウムを使用してド-プされ,厚さが1μmの層であり,/ 13p+In0.85Al0.15Sb層は,2×1018cm-3の典型的なレベルにベリリウムを使用してド-プされ,厚さが0.02μmの層であり,/π-InSb層は,意図的にド-プされておらず,厚さが1.3μmの層であり,/n +InSb層は,2×1018cm-3の電気的レベルにシリコンを使用してド-プされ,厚さが1μmの層であり,/p+In0.85Al0.15Sb層のバンドギャップが,n+InSb層及びπ-InSb層のバンドギャップよりも大きく,/比検出能力が,室温でバイアスなしに2×109cmHz1/2w-1以上である,/赤外線検出器。 イ 本件発明1〜12と引用発明Cとの一致点 基板と,/該基板上に形成された,複数の化合物半導体層が積層された化合物半導体の積層体とを備え,室温において冷却機構無しで動作が可能な赤外線センサであって,/前記化合物半導体の積層体は,/インジウム及びアンチモンを含み,n型ド-ピングされた材料である第1の化合物半導体層と,/InSbである第2の化合物半導体層と,/高濃度にp型ド-ピングされ,かつ前記第1の化合物半導体層,及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl0.15In0.85Sbの第3の化合物半導体層と,/を備え,/前記第1の化合物半導体層のn型ド-ピング濃度は,1×10 18原子/cm3であり,/前記第3の化合物半導体層のp型ド-ピング濃度は,1×10 18原子/cm3である,赤外線センサ。 ウ 本件発明1と引用発明Cとの相違点 (ア) 相違点c-1 InSbである第2の化合物半導体層に関して,/本件発明1は,/a「p型ド-ピングされた」ものであって,/b「p型ド-ピング濃度は,1×10 16原子/cm3以上1×1018原子/cm3未満」であるのに対して,/引用発明Cは,「意図的にド-プされておらず」,「π-InSb」である点。 (イ) 相違点c-2 積層体の積層順に関して,/本件発明1は,基板上に,第1の化合物半導体層, 14第2の化合物半導体層,第3の化合物半導体層の順で形成されているのに対して,/引用発明Cは,基板上に,p+InSb層,p+In0.85Al0.15Sb層,π-InSb層及びn+InSb層の順で積層され,本件発明1と積層順が逆である点。 (ウ) 相違点c-3 第3の化合物半導体層に関して,/本件発明1は,「第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ド-ピングされ」ているのに対し,/引用発明Cは,第3の化合物半導体層(p+In0.85Al0.15Sb層)は,高濃度にp型ド-ピングされているものの,第2の化合物半導体層(π-InSb層)は,意図的にド-プされていないから,本件発明1の上記関係を有するものとはいえない点。 エ 本件発明2〜12と引用発明Cとの相違点 別紙5本件発明2〜12と引用発明Cとの相違点のとおり。 ? 本件発明13〜18と引用発明C’との対比 本件審決は,引用発明C’及び本件発明13〜18と引用発明C’との一致点・相違点を以下のとおり認定した。 ア 引用発明C’ InSb基板側から,p+InSb層,p+In0.85Al0.15Sb層,π-InSb層及びn+InSb層を積層した積層体を備えた,室温における比検出能力が,室温でバイアスなしに2×109cmHz 1/2w-1以上の赤外線検出器の製造方法であって,/InSb基板側上に,厚さが1μmのp+InSb層を積層する工程と,/p+InSb層上に,厚さが0.02μmのp +In0.85Al0.15Sb層を積層する工程と,/p+In0.85Al0.15Sb層上に,意図的にド-プされていない厚さが1.3μmのπ-InSb層を積層する工程と,/π-InSb層上に,厚さが1μmのn+InSb層を積層する工程と,/p+InSb層にp側電極,n+ InSb層にn側電極を形成する工程と,/を有し,/p+InSb層及びp+In0.85Al0.15Sb層を積層する工程では,2×1018cm-3の典型的なレベルにベリリウムを使用してド-プし,/n+InSb層を積層する工程では,2×1 15018cm-3の電気的レベルにシリコンを使用してド-プし,/p +In0.85Al0.15 Sb層のバンドギャップが,π-InSb層及びn +InSb層のバンドギャップよりも大きい,/赤外線検出器の製造方法。 イ 本件発明13〜18と引用発明C’との一致点 室温において冷却機構無しで動作が可能な赤外線センサの製造方法であって,/インジウム及びアンチモンを含み,n型ド-ピングされた材料である第1の化合物半導体層を形成する工程と,/InSbである第2の化合物半導体層を形成する工程と,/高濃度にp型ド-ピングされ,かつ前記第1の化合物半導体層,及び前記第2の化合物半導体層よりも大きなバンドギャップを有する材料であるAl 0.15In0.85Sbの第3の化合物半導体層を形成する工程と/を有し,/前記第1の化合物半導体層を形成する工程では,前記第1の化合物半導体層のn型ド-ピンク濃度を1×1018原子/cm3とし,/前記第3の化合物半導体層を形成する工程では,前記第3の化合物半導体層のp型ド-ピング濃度を1×10 18原子/cm3とする,赤外線センサの製造方法。 ウ 本件発明13と引用発明C’との相違点 (ア) 相違点c-イ InSbである第2の化合物半導体層に関して,/本件発明13は,/a「p型ド-ピングされた」ものであって,/b「p型ド-ピング濃度を,1×10 16原子/cm3以上1×1018原子/cm3未満とし」たものであるのに対して,/ 引用発明C’は,「意図的にド-プされておらず」,「π」である点。 (イ) 相違点c-ロ 積層体の積層順に関して,/本件発明13は,基板上に,第1の化合物半導体層,第2の化合物半導体層,第3の化合物半導体層の順で形成されているのに対して,/引用発明C’は,基板上に,p+InSb層,p+In0.85Al0.15Sb層,π-InSb層及びn+InSb層の順番で積層され,本件発明13と積層順が逆である点。 16 (ウ) 相違点c-ハ 第3の化合物半導体層に関して,/本件発明13は,「第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ド-ピングされ」ているのに対し,/引用発明C’は,第3の化合物半導体層(p+In0.85Al0.15Sb層)は,高濃度にp型ド-ピングされているものの,第2の化合物半導体層(π-InSb層)は,意図的にド-プされていないから,本件発明13の上記関係を有するものとはいえない点。 エ 本件発明14〜18と引用発明C’との相違点 別紙6本件発明14〜18と引用発明C’との相違点のとおり。 4 取消事由 ? 引用発明Cに基づく本件発明1の進歩性判断の誤り(取消事由1) ア 引用発明Cの認定の誤り及び相違点の認定の誤り イ 相違点c-1の判断の誤り ウ 相違点c-2の判断の誤り エ 相違点c-3の判断の誤り ? 引用発明Aに基づく本件発明1の進歩性判断の誤り(取消事由2) ア 引用発明Aの認定の誤り及び相違点の認定の誤り イ 相違点a-1の判断の誤り ウ 相違点a-3の判断の誤り エ 相違点a-2,a-4の判断の誤り ? 引用発明Bに基づく本件発明1の進歩性判断の誤り(取消事由3) ア 相違点b-1の判断の誤り イ 相違点b-2の判断の誤り ウ 相違点b-3の判断の誤り ? 本件発明2ないし18の進歩性判断の誤り(取消事由4) |
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当事者の主張
1 取消事由1(引用発明Cに基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について 17 〔原告の主張〕 ? 引用発明Cの認定の誤り及び相違点の認定の誤り ア 本件審決が認定した引用発明C(前記第2の3?ア)について,「比検出能力が,室温でバイアスなしに2×109cmHz1/2w-1以上である」という部分を除き,認める。引用例4には,デバイスの室温での比検出能力D*が,実際に2×109cmHz1/2W-1以上であったことは記載されていない。 すなわち,引用例4に記載された比検出能力は,他の文献から引用した検出能力の理論カ-ブに基づく推測値にすぎず,作製したデバイス(赤外線検出器)について実測した値ではない。また,比検出能力D*λを計算によって導出するためには,実測しなければわからない値(ゼロバイアス抵抗R0A,外部量子効率η)が不可欠であるところ,引用例4には,外部量子効率ηを測定した形跡は一切見当たらない。外部量子効率ηはデバイスの層構成,各膜厚,ド-ピングの有無等によって変化するものである。 さらに,温度について,引用例4では,一貫して「200K」に着目した検討が行われており(457頁) 引用例4は, , 室温動作まで視野に入れたものではない。 また,引用例4には,結論において「室温動作の実現可能性を示すことができた」(460頁)として,単に室温動作の実現可能性がある旨記載されるにとどまっている。引用例4には,当業者が引用例4の記載に従えば「室温において冷却機構無しで動作が可能」であると認識できるように記載されていない。 イ 本件審決が認定した本件発明1と引用発明Cとの一致点(前記第2の3?イ)について,「室温において冷却機構無しで動作が可能」という部分を除き認める。 そして,本件発明1との対比において,引用発明Cは,「室温で冷却機構無しで動作するものではない点」を相違点とするか,少なくとも,引用発明Cは,「室温で冷却機構無しに動作可能な赤外線センサであるか否かが不明な点」が相違点として認定されるべきであった。 したがって,本件審決には,前記相違点を看過した誤りがあり,この誤りは,容 18易想到性の判断に影響し,審決の結論に影響するから,この点の誤りのみをもってしても,本件審決の判断は,違法として取り消されるべきである。 なお,本件審決が認定した本件発明1と引用発明Cとの相違点c-1ないしc-3(前記第2の3?ウ)については,認める。 ? 相違点c-1の判断の誤り ア 光吸収層にp型ドーピングすることは技術常識ではないこと (ア) 半導体において所望の特性を得るために,ド-ピングの型及びド-ピング濃度を調整することは,周知の技術的「手段」であったとしても,光起電力型では,p層とn層のポテンシャルの差を利用して光起電力を取り出すから,光吸収層にどのような特性を求めるかについて,隣接層との関係を無視して考えることはできない。 また,赤外線センサの性能を決定付ける複数の条件(層順,層の材料組成,ドーピング種類,ドーピング量等)が存在し,これらの条件と,課題の達成(室温・冷却機構無しで動作)との関連が不明である場合において,これらの条件の詳細を具体的に定めることは,技術常識ではない。 (イ) 本件発明1は,第1〜第3の化合物半導体層間の関係を特定しており,そのような構成により,両キャリアへの障壁のバランスを取った構造により,冷却機構無しで室温動作可能な赤外線センサを実現できるようにしたものである。 すなわち,本件発明1は,第1〜第3の化合物半導体層の材料を規定するところ,欠陥の少ない結晶成長が可能な組成の組合せを選択するのが常識であることからすれば,これによって,各層のEc,Evのエネルギーレベル及びエネルギーバンドギャップは明確に定まっている。 そして,本件発明1においては,第1〜第3の化合物半導体層が,特定の濃度でn型又はp型ドーピングされているため,それぞれのエネルギーレベルは,当該濃度に応じて下又は上にシフトする。 その結果,各層間のΔEcとΔEvのバランスが調整されたものとなり,赤外線 19センサの出力が大きく得られることになる。 各層の全体バランスを取ることは,第2層にp型ドーピングを行い第1層と第3層の伝導帯との間に十分なオフセットを設けることが開示されており【0089】, ( )また,エネルギーバンド図(【図11】)から,当業者であれば当然に理解する。 (ウ) 本件発明1において,光吸収層をp型ド-ピングする目的は,それまで考慮されていなかった正孔による拡散電流に着目し,ΔEcとΔEvのバランスをとることで,電子の拡散電流の抑制と正孔の拡散電流の抑制を共に得られるようにする,という発想に伴うものである。 なお,本件明細書には,p型ド-ピングをする目的は,キャリア濃度を小さくして,高感度化する旨記載があるが(【0039】),これは,光導電型赤外線センサに関する記載である。光起電力型赤外線センサにおいては,接合によって生じる電位障壁(ビルトインポテンシャル)によって,キャリアである電子の流れ(移動)を制限できる。 (エ) 本件発明1において,第3層が第1層よりも大きなバンドギャップを規定しているのは,第3層をバリア層として機能させるためにバンドギャップを大きくすることに加え,第1層のシート抵抗を低減するためにバンドギャップを小さくすることにある(【0073】【0078】等)。 イ 周知技術の不存在 (ア) 別紙7周知技術についての引用例1,引用例3,引用例4,甲5ないし7,甲10ないし13に関する〔原告の主張〕欄のとおり,光起電力型構造において,光吸収層にp型ド-ピングをするという「周知技術」は存在しない。まして,PIN接合でバリア層,すなわち室温において拡散する電子を十分に止めることができるだけの,大きなバンドギャップを持つ層を有するデバイスの光吸収層にp型ド-ピングする「周知技術」は存在しない。各文献は,使用する材料系やバリア層の有無,使用温度などの様々な要因を考慮し,光吸収層のドーピングタイプ・濃度を決定している。 20 なお,甲14,甲15,乙1ないし3は,いずれも本件特許の出願日以降の文献であって,出願日当時の「周知技術」を根拠付けるものではない。 (イ) このように,「周知技術」自体が存在しないから,本件発明1の構成は,引用発明Cに,周知技術を適用することで容易に想到できたということはできない。 ウ 引用発明Cの光吸収層にp型ド-ピングする動機付けはないこと (ア) 光吸収層へのp型ド-ピングの効果 光吸収層へのp型ド-ピングにより,直ちに検出能力の向上がもたらされるということはない。 すなわち,雑音の原因は,熱励起だけでなく,オ-ジェ発生電流,ショックレ-リ-ドトラップ発生電流など様々であり,ある原因を抑制したつもりでも,かえって他の要因による雑音を増加させることもある。また,雑音の低減は,検出能力に影響を与える要素の一つにすぎず,検出能力の良否は,材料・ド-ピング濃度,「PN接合」か「PIN接合」か,バリア層の有無など,全体積層構成に依存する。 さらに,甲6には,π層へのp型ド-ピングがショックレ-リ-ドトラップによる熱生成を助長させ,ノンド-プの場合よりも光応答性を低下させる旨記載されているから(21〜22頁),引用発明Cの光吸収層(π-InSb層)に,検出能力の低下を招来するp型ド-ピングを行うことはない。 (イ) 引用発明Cは,バリア層(InAlSb層)を有すること 引用発明Cの構成では,バンドギャップの大きいInAlSb層が拡散電流に対するエネルギ-障壁(バリア)になっている(454頁)。そして,飽和電流は,かかるエネルギ-障壁により制限されるから,引用発明Cにおいては,熱励起によるキャリアの発生を抑制してもしなくても,熱雑音の低減に実質的な影響を与えない。 また,引用発明Cの光吸収層(π-InSb層)に,p型ド-ピングを行うと,光吸収層の伝導帯がバリア層の伝導帯に近づくので,エネルギ-障壁の高さ(バンドオフセット)は小さくなり,拡散電流の防止機能は損なわれる。被告は,一般に 21光吸収層のドーピング濃度は低く,光吸収層の伝導帯レベルの変化は僅かであるから,バリア層の機能は損なわれないと主張するが,一般に光吸収層のドーピング濃度が低いということはできず,仮にバリア層と比較してドーピング濃度が低いとしても,伝導帯レベルの変化が僅かであるということはできない。 (ウ) 引用例4には,光吸収層にp型ドーピングをすることは記載されていないこと 引用例4には,「π Undoped」として「ドーピングしなかったこと」が明瞭に記載されているから,意図的であるか意図しないかを問わず,一切のp型ドーピングが排除されている。 なお,「ドーピング」は,不純物を導入することであり,「p型ドーパント」「p型不純物」は,不純物を含まない半導体材料にp型の導電型を与える性質を有する物質を意味するから,π型が僅かにp型の導電性を示すことをもって,p型のドーピングが行われているということはできない。 (エ) p型ドーピングの技術的意義 キャリア密度とドーピング濃度とは別のものであるから,ノンドープで光吸収層のキャリア密度が1×1016cm-3の赤外線センサと,光吸収層のp型ドーピング濃度を1×1016原子/cm3とした赤外線センサは,光吸収層の物性が異なり,赤外線センサの性能が相違する。 不純物ドープをしていなくても結晶欠陥等が存在することによってp型を示すこともあるが,光吸収層に結晶欠陥が存在すると電子正孔対が対消滅を起こしやすくなるなど,赤外線センサの性能が低下する(甲6(13頁),本件明細書【0071】,【0074】等)。ノンドープであるが結晶欠陥等によってp型を示す光吸収層と,p型ドーピングを行ってp型にしている光吸収層とでは,同じp型でも赤外線センサの検出能力に与える影響は異なる。 (オ) したがって,当業者において,引用発明Cの光吸収層(π-InSb層)に,1×1016 原子/cm3以上1×10 18原子/cm3未満のp型ド-ピングを 22行う動機はない。 エ 以上のとおり,引用発明Cにおいて,相違点c-1に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が容易に想到できたものではない。 ? 相違点c-2の判断の誤り ア 積層順の変更は適宜選択し得る設計事項ではないこと (ア) 積層順を変えても,光吸収層に光が届き,光電流の取り出し効率や拡散電流の抑止について同等の効果が得られ,赤外線の検出能力に影響がないということは,次のとおり,引用例4の記載からも,技術常識からも直ちに理解できるものではないから,積層順の変更が設計事項であるということはできない。 (イ) 引用例4の記載 引用例4では,赤外線の検出能力に,第1〜第3の化合物半導体層の積層順が,どのように関係するかについて,何らの考察も加えられていないから,積層順を変更しても検出能力に何ら影響を生じないかどうかは,当業者にとって不明である。 (ウ) 積層順を変更しても動作することが当業者にとって自明ではないこと a 引用発明Cは,n+InSb層側から入射する構成である。InSbは,高濃度にn型ド-ピングをすると,短波長の光を透過させる。一方,引用発明Cの積層順を逆にすると,InSb基板又はp+InSb層に赤外光が吸収されて,光吸収層であるInSb層に充分光が到達しなくなり,その結果として充分な光電流が得られないため,赤外線センサとして動作しないか,感度が大きく低下する。このことは,5μmから8μm(InSbが吸収できる最大値)の波長の赤外線についても妥当する。したがって,積層順を逆転させたものは,少なくとも十分な感度が得られる赤外線センサとはなり得ない。積層順を変更する動機付けがない,又は積層順を変更することについて阻害事由があるともいえる。 なお,引用例4には,p型ドーピングされた層が赤外線に対して透明である旨記載はあるが(452頁),これは,HgCdTeを材料とするデバイスに関するものであって,InSbを材料とするものではない。 23 b また,積層順を逆にした上で,さらに,光入射側の層や基板を赤外線に対して透明なものにするという事項を適用するのは,複数の変更を加える点において容易に想到できるものではない。 (エ) 本件明細書の記載 本件明細書の実施例12は,p+InSb層を介して赤外線を入射するものであるが,本件発明1の実施例ではない。また,実施例12において,出力電圧及び光電流は,本件発明1の実施例である実施例13に比べて,大幅に劣っている(図22,図24)。被告は,これを各層の格子定数の相違によるものとするが,格子整合基板及び各層の格子定数に可能な限り不整合がないことが重要であるから,格子整合の問題は,積層順の問題でもある。 また,半導体層や基板に用いる材料,半導体層の積層順などの条件を無視して,どのような場合でも赤外線の入射方向を自由に決められるものではない。本件明細書の【0061】の記載も,赤外線の入射方向を自由に決められるという趣旨のものではない。 イ 積層順を逆にした赤外線センサの構成が周知ではないこと 引用例1や引用例3において,基板上にn型半導体層から積層して動作するものの,引用例1では基板の材料として赤外線が透過するSiを使用するなどしており,引用例3では基板の材料として高濃度にn型ド-ピングされたInSbを使用するなどしている。一方,引用発明Cは,基板の材料として高濃度にn型ド-ピングされていないInSbを使用している。このように,使用している材料等が異なるから,引用例1や引用例3をもって,引用発明Cにおいて,基板上にn型半導体層から積層して動作するとは限らない。 ウ 引用発明Cにおいて,積層順を逆にする動機付けはないこと 引用例4は,第1〜第3の化合物半導体層の積層順を逆にすることについて,何らの示唆も与えておらず,当業者が,このような変更を行う動機付けは得られない。 また,引用例4は,動作温度を上昇させた場合の雑音の問題を解決する方法とし 24て,カットオフ波長を最適値まで減少させるような組成のIn 1-xAlxSbを形成することを提案しており(457頁),当業者は,動作温度の上昇に伴う雑音の増加という問題に対して,活性層の材料組成を変更することで対応しようと考えるのが自然であって,あえて,第1〜第3の化合物半導体層の積層順を変えようとは考えない。 エ 以上のとおり,引用発明Cにおいて,相違点c-2に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が容易に想到できたものではない。 ? 相違点c-3の判断の誤り そもそも,引用発明Cの第2層をp型ドーピングすることは容易想到ではない以上,第3層と第2層との間に,本件発明1に規定する「ド-ピングの濃度」の関係が成り立つ余地はない。また,積層の構造や順序を無視して,第2層のド-ピング濃度が決められるわけもない。 引用発明Cにおいて,相違点c-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が容易に想到できたものではない。 ? 小括 よって,本件発明1は,当業者が引用発明Cに基づいて容易に発明をすることができたものではない。 〔被告の主張〕 ? 引用発明Cの認定の誤り及び相違点の認定の誤り ア 仮に課題を実現することができた旨刊行物に明記されていないとしても,そのことは,発明の特定事項が刊行物に記載されていないことに帰結するものではない。引用発明Cにおいて,本件発明1の化合物半導体の積層体を備えることができれば,その結果として「室温において冷却機構無しで動作可能」を実現することができ,「室温において冷却機構無しで動作可能」という発明特定事項を備えることになる。 また,仮に課題を実現することができた旨刊行物に明記されていないとしても, 25同じ技術分野において「室温において冷却機構無しで動作が可能」という事項が知られているのであれば,その事項を当該刊行物記載発明に適用することは当業者が容易に試みることである。そして,「室温において冷却機構無しで動作可能」という事項は,発明特定事項としても課題としても周知である(引用例1,引用例4,甲5〜7)。 したがって,「室温において冷却機構無しで動作が可能」という課題を実現することができた旨刊行物に記載されているか否かのみを問題にするのは,発明の進歩性を判断する上で誤りである。 イ 引用例4には,デバイスの室温での比検出能力D*が,実際に2×109cmHz1/2W-1以上であったことが記載されている(457頁)。 そもそも,室温における比検出能力D*が実測値であるか計算値であるかは問題ではない。 そして,上記比検出能力D*2×109cmHz1/2W-1以上が,室温での値であることは,引用例4(457頁)に,InSb検出器の動作温度が300Kであるときにカットオフ波長が7.0μmであること,室温でカットオフ波長5μmを得るにはIn1-xAlxSbの組成比xを0.039とすべきであることが示されていることから,明らかである。 なお,量子効率ηが実測値であるか計算値であるかは問題ではない。そもそも,量子効率ηは,他のパラメータから計算により求めることができるものである。 ウ したがって,引用例4には,「室温において冷却機構無しで動作が可能」という発明特定事項は記載されており,本件審決の引用発明Cの認定に誤りはない。 ? 相違点c-1,c-3の判断の誤り ア 技術常識 (ア) 各文献の記載 別紙7周知技術についての引用例1,引用例3,引用例4,甲5ないし7,甲11ないし13に関する〔被告の主張〕欄のとおり,また,甲14,甲15,乙1な 26いし3によれば,PINフォトダイオ-ドにおける技術常識は,次のようなものである。 a 光吸収層(i層)は,p型ド-ピング及びn型ド-ピングのいずれもしない層であってもよく,低濃度のp型ド-パント(p型となる不純物)を含むπ層(p- 層)であってもよく,また,低濃度のn型ド-パント(n型となる不純物)を含むν層(n-層)であってもよい。 b π層のp型ド-ピングは意図的であるか否かを問わない。 c π層のp型ド-ピング濃度は,おおよそ1×10 16原子/cm3以上1×1018原子/cm3未満の範囲である。 d n層のn型ド-ピング濃度は,おおよそ1×1018原子/cm3以上である。 e p層のp型ド-ピング濃度は,おおよそ1×1018原子/cm3以上である。 f ド-ピング濃度の有効数字は1桁である。 g 光吸収層(i層)がπ型及びν型のいずれかである場合も,p層は光吸収層(i層)より高濃度にp型ド-ピングされたものである。 (イ) 各層の全体バランス a PINフォトダイオードにおいて,隣接する半導体層の間で伝導帯レベル差ΔEc及び価電子帯レベル差ΔEvを適切に設けるべきことは,技術常識である(引用例1(図3.2),引用例3(図4),引用例4(図2a(A),甲5(図3),甲6(図4.9),甲7(図6))。 b 原告は,本件発明1は,ΔEcとΔEvのバランスを取ったものであると主張するが,それは技術常識の範囲にすぎない。 本件発明1の請求項の記載によれば,各層の材料及び組成比は様々であり,ドーピングの型及び濃度も技術常識の範囲内である。また,ΔEc(第3層と第2層の間の伝導帯レベル差)とΔEv(第2層と第1層の間の価電子帯レベル差)のバランスについては,本件明細書に記載がなく,ΔEc及びΔEvがいかなる条件を満たすことを意味するのか不明確である。本件明細書には,第3層のバンドギャップ 27が,第2層のバンドギャップよりも相対的に大きいことのみが第3層がバリア層として機能するための要件とされている。図11に関する本件明細書の記載(【0070】【0089】)によれば,第2層がp型ドーピングだけでなくノンドープであってもよく,各層のドーピング濃度は任意であり,各層の材料及び組成比も任意である。 (ウ) 光吸収層のドーピングの型及び濃度 光吸収層のドーピングの型及び濃度は,各層の材料,p層のp型ドーピング濃度及びn層のn型ドーピング濃度に応じて適宜設定すればよいことである。 イ 周知技術の適用 (ア) 別紙7周知技術についての引用例1,引用例3,引用例4,甲5ないし7,甲10,甲13に関する〔被告の主張〕欄のとおり,また,甲14,甲15,乙1ないし3によれば,光吸収層における周知技術は,次のようなものである。 a 光吸収層のドーピングは,他の層のドーピング等とともに適切に設計されること。 b ノンドープ,p型及びn型のいずれも可能であること。 c p型とする場合,本件発明1の濃度範囲程度とすること。 d 低濃度p型(p-)がπ型と呼ばれること。 (イ) 引用発明Cの光吸収層にp型ド-ピングする動機付け a 引用例4の記載 引用例4には,高温動作の為には光吸収層がπ型(低濃度p型)であることが好ましい旨が記載され,引用発明Cのデバイスの光吸収層をπ型(低濃度p型)とすることが記載されている。 b 引用発明Cのバリア層 原告は,引用発明Cの光吸収層にp型ドーピングを行うと,光吸収層の伝導帯がバリア層の伝導帯に近づくので,エネルギー障壁の高さが小さくなり,拡散電流の防止機能は損なわれると主張する。 28 しかし,PIN積層構造では,p層及びn層のドーピングが高濃度であるのに対して光吸収層のドーピングが非常に低濃度であることは技術常識である。第3層(バリア層)のドーピング濃度と比較して光吸収層のドーピング濃度は数桁も低いから,光吸収層へのドーピングに因る光吸収層の伝導帯レベルの変化は僅かであり,エネルギー障壁の高さや拡散電流防止機能はほとんど変わらない。 ウ 第2の化合物半導体層について (ア) 引用発明Cにおいて光吸収層であるInSb層はπ型である。また,アンドープであるから,意図的にはドーピングされていないと解される。 しかし,π型とは,低濃度のp型ドーパント(p型不純物)を含むものであって,そのドーピングが意図的か否かを問わない。「赤外線センサ」という物の発明においては,ドーピングが意図的であるか否かに関係なく,低濃度のp型ドーパントを含む点で何ら差異はない。 (イ) そして,PINフォトダイオードの技術常識によれば,π型光吸収層のp型ド-ピング濃度は,おおよそ1×1016原子/cm3以上1×1018原子/cm3 未満の範囲である。 (ウ) したがって,引用発明Cの第2の化合物半導体層を,p型ドーピングとして当該ドーピング濃度を1×1016原子/cm3以上1×10 18 原子/cm3未満とすることは,当業者が適宜なし得る設計事項にすぎない。 エ 第3の化合物半導体層について 引用発明Cにおいて,光吸収層であるInSb層(第2の化合物半導体層)は低濃度p型ドーピングされたπ型であって,In 0.85Al0.15Sb層(第3の化合物半導体層)は2×1018cm-3と高濃度p型ドーピングされたp+型であるから,前者が後者より高濃度にp型ドーピングされていることは自明である。 なお,第1層との関係で,第3層のバリア効果は存在しない。 オ したがって,相違点c-1,c-3は,実質的な相違点ではない。仮に相違点であるとしても,これら相違点に係る本件発明1の発明特定事項を採用すること 29は,当業者が適宜なし得る設計事項にすぎず,また,前記周知技術を適用することにより,当業者が容易に想到できたものである。 ? 相違点c-2の判断の誤り ア 積層順を逆にした赤外線センサの構成が周知であること 基板上にn層,i層,p層の順に積層した構成は周知である(引用例1(図3.3),引用例3(図3),甲5(図10),甲6(図4.6),甲7(図12),甲8(第1図),甲9(第9図(a),(b)))。 また,乙4には,光入射方向が任意であり,また,光入射側の材料を透明とすべき旨記載されている(371頁)。材料の相違にかかわらず,光入射側の層及び基板を透明とすること,光入射方向も任意であることは極めて常識的なことである。 そもそも,本件発明1において,光入射方向も,各層や基板が透明であるか否かも特定していない。 イ 積層順を変更しても動作すること 原告は,3〜5μmの赤外線を想定した上で,引用発明Cの積層順を変更した場合に,赤外線センサとして動作しないと主張する。 しかし,本件明細書も引用例4においても,そのような波長域は想定されていない。本件発明1及び引用発明Cの双方が想定する5μm以上又は10μm付近の赤外線に対しては,n型及びp型のいずれのドーピングをした場合でもInSb層の透過率は変わらない。 したがって,本件発明1及び引用発明Cの双方が想定する赤外線に対しては,赤外線の入射方向がn層側及びp層側のいずれであるかによらず,また,赤外線が基板側から入射する場合に基板がn型及びp型のいずれであるかによらず,動作可能である点で差異はない。 ウ 本件明細書の記載 本件明細書には,基板上にp層,i層,n層の順に積層した構成(実施例12)及び基板上にn層,i層,p層の順に積層した構成(実施例13)が記載されてい 30る。「光吸収層の結晶性が低下」する程度については,各層の格子定数によって異なるものであって,積層順とは関係がない。 エ したがって,相違点c-2に係る本件発明の発明特定事項を採用することは,当業者が周知技術に基づいて容易になし得たことである。 ? 小括 よって,本件発明1は,当業者が引用発明Cに基づいて容易に発明をすることができたものであるから,本件審決の判断に誤りはない。 2 取消事由2(引用発明Aに基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について 〔原告の主張〕 ? 引用発明Aの認定の誤り及び相違点の認定の誤り ア 本件審決は,引用発明Aについて,「引用発明Aは,室温において冷却機構無しで動作が可能であるか不明である」と認定し,「不明である」ことを相違点a-1と認定した。しかし,以下のとおり,引用発明Aは冷却を前提としたものである。 イ 引用例1に記載されたヘテロ接合構造(AlInSb/InSb/InSb)の赤外線検出器は,一貫して,77K,80Kといった温度に冷却された状態で,検出能力の検討がなされ,特に,試作された赤外線画像装置は,液体窒素で冷却した状態で,340Kより高温の物体(短波長赤外線を放出)しか熱画像を形成することができなかったと記載されている(80頁,81頁)。また,デバイスについての説明及び実験デ-タは全て冷却を前提としたものであって,室温動作が可能なことを示唆する記載はない。 したがって,引用例1に記載されたp+AlInSb/InSb/InSb構造の赤外線検出器は,室温で冷却機構無しで動作するだけの検出能力を持ったものではない。引用発明Aは,液体窒素による冷却をして初めて7×109 cmHz 1/2/W程度の検出能を得られる赤外線検出器である(80頁)。引用例1には,当業者が引用例1の記載に従えば「室温において冷却機構無しで動作が可能」であると 31認識できるように記載されていない。 ウ このように,室温動作に関する,本件審決の引用発明Aの認定,これに基づく,相違点a-1の認定も誤りである。そして,かかる誤りを前提とする相違点の判断も誤りである。 ? 相違点a-1の判断の誤り ア 仮に,本件審決の相違点a-1を前提としても,引用発明Aが,室温で冷却機構無しで動作が可能であるということはできない。 イ まず,本件明細書の【0033】【0078】には,「InSbは室温で約7.3μm以下の波長において感度が得られる」と記載されているが,この記載は,InSbの波長特性を記載しているにすぎない。かかる記載をもって,「室温において冷却機構無しで動作が可能」とは,「InSbやInAsSbなどの薄膜が室温で赤外線を検出できる程度の特性を含むもの」であるということはできない。 また,InSbを用いた赤外線センサの検出能力は,全体としての積層構造(各層の材料,ド-ピングの有無・濃度,バンドギャップの相互関係等)に大きく左右されるから,「InSb」を用いた赤外線センサであれば,室温で冷却機構無しで動作する検出能力を有するかのような解釈を導き出すことはできない。 なお,引用発明Aがバリア層(p+Al0.1In0.9Sb層)を備えているとしても,引用例1は冷却を前提とする検出器について記載されており,バリア層を備えるものは検出能力が大きいと直ちにいうこともできないから,引用発明Aがバリア層を備えていることをもって,検出能力が大きくなるということはできない。 ウ このように,引用発明Aの赤外線検出器は「室温において冷却機能無しで動作が可能」ということはできないから,相違点a-1を実質的な相違点でないとした本件審決の判断は誤りである。そして,引用発明Aが「室温で冷却機構無しに動作が可能」な赤外線検出器ではない以上,その性能を大きく向上させる手段が単なる周知技術や設計事項程度のことであるということはあり得ない。 したがって,本件審決の上記誤りは,本件発明1の進歩性についての審決の結論 32に影響するものである。 ? 相違点a-3の判断の誤り ア 前記1〔原告の主張〕?と同様に,引用発明Aにおいて,相違点a-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が容易に想到できたものではない。 イ さらに,引用例1においては,具体的に,p+InAlSb/π-InSb/n+InSbヘテロ接合構造の性能が,ホモ接合構造との比較で種々検討されているところ,その検討は,活性層である「InSb層」がπ層であることを前提に行われている。そして,光吸収層について「intrinsic」と記載されている(図3.3)。したがって,引用例1自体は,当該π-InSb層に意図的なド-ピングをすることについては何の示唆も与えない。 また,引用発明Aのπ-InSb層が,その本来の性質として低い濃度のp型キャリアを有することと,InSb層にp型ド-ピングをすることとは,全く異なる。 引用発明Aのπ-InSb層が僅かなp型キャリアを含むことは,当該π-InSb層への「p型ド-ピング」が容易であるという理由にはならない。 加えて,引用発明Aは,バリア層(AlInSb)を有するから(40頁),光吸収層にp型ドーピングを行うとエネルギー障壁が減少し,バリア層の電子の拡散電流防止機能を損なう。 ? 相違点a-2,a-4の判断の誤り ア 引用発明Aは,第1層のn型ド-ピング濃度が1×10 18原子/cm3以上か否か不明であり(相違点a-2),第3層のp型ド-ピング濃度が1×10 18原子/cm3以上か否か不明である(相違点a-4)。 そして,n型ド-ピング濃度及びp型ド-ピング濃度を,それぞれ1×10 18原子/cm3以上とすることに,何ら困難性は認められないということはできない。 n型ド-ピング濃度及びp型ド-ピング濃度によって,拡散電流は左右されるものである。 33 イ また,相違点a-4については,引用発明Aの第2層をp型ドーピングすることは容易想到ではない以上,第3層と第2層との間に,本件発明1の規定する「ド-ピング濃度」の関係が成り立つ余地はない。 ウ したがって,引用発明Aにおいて,相違点a-2,a-4に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が容易に想到できたものではない。 ? 小括 よって,本件発明1は,当業者が引用発明Aに基づいて容易に発明をすることができたものではない。 〔被告の主張〕 ? 引用発明Aの認定の誤り及び相違点の認定の誤り 引用例1の記載からは,「室温において冷却機構無しで動作が可能」でないことが明らかであるとはいえず,「室温において冷却機構無しで動作が可能」であるか否か不明であるというべきである。 また,温度300Kでのバンドギャップが0.17eVであるInSbを光吸収層とする引用発明Aは,室温(300K)において赤外線検出動作が可能であることが期待されるものである(40頁)。 ? 相違点a-1の判断の誤り 前記1〔被告の主張〕?アのとおり,相違点a-1は,実質的な相違点ではない。 ? 相違点a-2,a-3,a-4の判断の誤り ア 前記1〔被告の主張〕?ア,イに同じ。 イ 第2の化合物半導体層のp型ドーピング 引用発明Aにおいて光吸収層であるInSb層は,近真性p型(near intrinsic p)のπ型であり,「unintentional doping」とあることから,意図的にドーピングされたものではない(41頁)。 しかし,π型とは,低濃度のp型ドーパント(p型不純物)を含むものであって,そのドーピングが意図的か否かを問わない。「赤外線センサ」という物の発明にお 34いては,ドーピングが意図的であるか否かに関係なく,低濃度のp型ドーパントを含む点で何ら差異はない。 ウ 各化合物半導体層のドーピング濃度 引用例1には,各層のドーピング濃度について記載されていない。 しかし,前記1〔被告の主張〕?ア(ア)のとおり,PINフォトダイオードの技術常識によれば,n層のドーピング濃度は,おおよそ1×1018原子/cm3以上の程度であり,π型光吸収層のp型ドーピング濃度は,おおよそ1×1016原子/cm3以上1×1018原子/cm3未満の程度であり,p層のドーピング濃度は,おおよそ1×1018原子/cm3以上の程度であり,p層は光吸収層より高濃度にp型ドーピングされている。 エ したがって,相違点a-2,a-3,a-4は,実質的な相違点ではない。 仮に相違点であるとしても,これら相違点に係る本件発明1の発明特定事項を採用することは,当業者が技術常識に基づいて容易になし得たことであり,また,周知技術を適用することにより,当業者が容易に想到できたものである。 ? 小括 よって,本件発明1は,当業者が引用発明Aに基づいて容易に発明をすることができたものであるから,本件審決の判断に誤りはない。 3 取消事由3(引用発明Bに基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について 〔原告の主張〕 ? 相違点b-1の判断の誤り ア 本件審決は,相違点b-1を一応認定したものの,引用発明Bの赤外線検出器は「室温において冷却機構無しで動作が可能」であるとして,相違点b-1を実質的な相違点でないとした。 イ しかし,前記2〔原告の主張〕?イと同様に,引用発明Bが,室温で冷却機構無しで動作が可能であるということはできない。 また,引用例3は,従来の「p+-n-n+」構造では,80K(-193℃)を 35超えると,キャリアの熱生成により暗電流が増大するという問題が生じるのに対し,これを改良してp+層とn層の間に「InAlSb」の極薄のバリア層を追加する,又は,全ての層を「InAlSb」層とすることにより,冷却された赤外線センサにより,300K近辺の対象を撮像したにすぎない。引用例3で実際に測定されている温度は,最高で200K(-73℃)までである(図7)。さらに,引用例3は,将来的に160K(約-113℃)〜165K(約-108℃)程度まで動作温度を上昇させることが可能であろうと締めくくっている(101頁)。このように,引用例3において,冷却をしないことはおよそ想定されておらず,冷却せずに動作可能であることは一切記載も示唆もされていない。引用例2には,当業者が引用例2の記載に従えば「室温において冷却機構無しで動作が可能」であると認識できるように記載されていない。 ウ したがって,引用発明Bが,室温で冷却機構無しで動作が可能であるということはできないから,相違点b-1を実質的な相違点でないとした本件審決の判断は誤りである。そして,本件審決のかかる誤りは,本件発明1の進歩性についての審決の結論に影響するものである。 ? 相違点b-2の判断の誤り ア 前記1〔原告の主張〕?と同様に,引用発明Bにおいて,相違点b-2に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が容易に想到できたものではない。 イ さらに,引用例3には,活性領域にn型ド-パントであるSiを2×1015cm-3ド-ピングすることが,他の性能劣化を引き起こさずに,量子効率を最大化し,暗電流を最小化する「最適化された条件」であると明確に記載されている(96頁)。このような条件に反して活性層にp型ド-ピングすることは,引用例3に記載された技術事項に反する。当業者が引用発明Bの吸収層に対してp型ド-ピングすることはあり得ない。 加えて,引用発明Bは,バリア層(AlInSb)を有するところ(図3,図4), 36光吸収層にp型ドーピングを行うとエネルギー障壁が減少し,バリア層の電子の拡散電流防止機能を損なう。 ? 相違点b-3の判断の誤り ア 引用発明Bの「p+In0.9Al0.1Sb層」における「プラス記号」が高いp型ド-ピング密度を意味していたとしても,p型ド-ピング濃度を1×1018原子/cm3以上とすることに何ら困難性は認められないということはできない。 イ また,引用発明Bの第2層をp型ドーピングすることは容易想到ではない以上,第3層と第2層との間に,本件発明1の規定する「ドーピング濃度」の関係が成り立つ余地はない。 ウ したがって,引用発明Bにおいて,相違点b-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が容易に想到できたものではない。 ? 小括 よって,本件発明1は,当業者が引用発明Bに基づいて容易に発明をすることができたものではない。 〔被告の主張〕 ? 相違点b-1の判断の誤り ア 引用例3の記載からは,「室温において冷却機構無しで動作が可能」でないことが明らかであるとはいえず,「室温において冷却機構無しで動作が可能」であるか否か不明であるというべきである。 また,引用発明Bの赤外線センサは,室温(300K)で雑音及び信号が決定されたのであるから,「室温において冷却機構無しで動作が可能」であると認められる(97頁)。 イ そして,前記1〔被告の主張〕?アのとおり,相違点b-1は,実質的な相違点ではない。 ? 相違点b-2,b-3の判断の誤り ア 前記1〔被告の主張〕?ア,イに同じ。 37 イ 第2の化合物半導体層のp型ドーピング 引用発明Bにおいて光吸収層であるInSb層は,低濃度n型ドーピングされたn-型(ν型)である(図3)。 しかし,i型,π型及びν型はいずれも真性(又は近真性)の半導体を表す点で実質的な差異はなく,光吸収層が低濃度p型(p-型,π型)であるPINフォトダイオードは,多くの刊行物に記載されている。 ウ 各化合物半導体層のドーピング濃度 引用例3には,n +層のドーピング濃度が3×10 18cm-3 であり,ν型(n-型)の光吸収層のドーピング濃度が2×1015cm-3であり,p+層のドーピング濃度が2×1018cm-3であることが記載されている。 しかし,前記1〔被告の主張〕?ア(ア)のとおり,PINフォトダイオードの技術常識によれば,n層のドーピング濃度は,おおよそ1×10 18原子/cm3以上の程度であり,π型光吸収層のp型ドーピング濃度は,おおよそ1×10 16原子/cm3以上1×1018原子/cm3未満の程度であり,p層のドーピング濃度は,おおよそ1×1018原子/cm3以上の程度であり,p層は光吸収層より高濃度にp型ドーピングされている。 エ したがって,相違点b-2,b-3は,実質的な相違点ではない。仮に相違点であるとしても,これら相違点に係る本件発明1の発明特定事項を採用することは,当業者が技術常識に基づいて容易になし得たことであり,また,周知技術を適用することにより,当業者が容易に想到できたものである。 ? 小括 よって,本件発明1は,当業者が引用発明Bに基づいて容易に発明をすることができたものであるから,本件審決の判断に誤りはない。 4 取消事由4(本件発明2ないし18の進歩性判断の誤り)について 〔原告の主張〕 ? 本件発明13 38 本件発明1に関する原告の主張は,全て本件発明13についても妥当するから,本件発明13は,当業者が容易に発明をすることができたものではない。 ? 従属項に係る発明(本件発明2ないし12,本件発明14ないし18) 本件発明2ないし12は請求項1を,本件発明14ないし18は請求項13を引用するから,いずれの発明も当業者が容易に発明をすることができたものではない。 ? 相違点c-7-1,c-7-2,c-9 相違点c-7-1,相違点c-7-2については,本件審決が認定した周知技術が認められないから,本件発明7の構成は,引用発明Cに,周知技術を適用することで容易に想到できるということはできない。また,引用発明Cにおいて,半絶縁性基板上に積層すること及び電極構造を変更することは阻害事由がある。 相違点c-9については,信号を電流として読み出すか,電圧として読み出すか,適宜選択し得るものではないことなどから,本件発明9の構成は,引用発明Cに,周知技術を適用することで容易に想到できるということはできない。 ? 相違点a-9,a-11 相違点a-9については,本件審決が認定した周知技術が認められず,また,Si基板が直ちに半絶縁性であるということもできない。また,アレイ構造の引用発明Aに対し,本件発明7と同様の電極構造をどのように適用するか不明であるから,本件発明7の構成は,引用発明Aに,周知技術を適用することで容易に想到できるということはできない。 相違点a-11については,信号を電流として読み出すか,電圧として読み出すか,適宜選択し得るものではないことなどから,本件発明9の構成は,引用発明Aに,周知技術を適用することで容易に想到できるということはできない。 ? 相違点b-6-1,b-6-2,b-8 相違点b-6-1については,本件審決が認定した周知技術が認められないから,本件発明7の構成は,引用発明Bに,周知技術を適用することで容易に想到できるということはできない。また,引用発明Bにおいて,半絶縁性基板上に積層するこ 39と及び電極構造を変更することは阻害事由がある。 相違点b-6-2については,本件審決が認定した周知技術が認められず,アレイ構造の引用発明Bに対し,本件発明7と同様の電極構造を適用するには困難であるから,本件発明7の構成は,引用発明Bに,周知技術を適用することで容易に想到できるということはできない。 相違点b-8については,信号を電流として読み出すか,電圧として読み出すか,適宜選択し得るものではないことなどから,本件発明9の構成は,引用発明Bに,周知技術を適用することで容易に想到できるということはできない。 〔被告の主張〕 ? 本件発明13 本件発明1に関する被告の主張は,全て本件発明13についても妥当するから,本件発明13は,当業者が容易に発明をすることができたものである。 ? 従属項に係る発明(本件発明2ないし12,本件発明14ないし18) 本件審決の判断に誤りはなく,いずれの発明も当業者が容易に発明をすることができたものである。 ? 相違点c-7-1,c-7-2,c-9 ア 相違点c-7-1に係る構成は,本件審決が摘示した引用例1,引用例4のほか,甲5(103頁),甲7(12頁),甲8(2頁),甲9(2頁)から周知技術である。 イ 相違点c-7-2に係る構成に至ることは技術常識であり,また同構成は,甲5(図10),甲6(図4.9),甲7(図12)から周知技術である。 ウ 相違点c-9について,光起電力型フォトダイオードにおいて,電極間をゼロバイアスとして,信号を開放回路電圧として読み出すことは周知技術である(甲6(33頁),乙4(311〜316頁))。 ? 相違点a-9,a-11 ア 相違点a-9について,前記?bと同様である。また,引用発明AのSi基 40板は,実質的に半絶縁性であり,また半絶縁性の基板を用いることは技術常識である(図3.3(a),30〜36頁)。 イ 相違点a-11について,前記?ウと同様である。 ? 相違点b-6-1,b-6-2,b-8 ア 相違点b-6-1について,前記?アと同様である。 イ 相違点b-6-2について,前記?イと同様である。 ウ 相違点b-8について,前記?ウと同様である。 |
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当裁判所の判断
1 本件各発明について 本件明細書には,本件各発明について,次のとおり開示されている(下記記載中に引用する図10,図11は,別紙8本件明細書図面目録参照)。 ? 本件各発明は,赤外線検知の分野,特に長波長帯の放射エネルギーを検知するような赤外線センサ,例えば人感センサの技術分野に関する(【0001】)。 ? 一般に赤外線センサには,温度変化を利用する熱型と,入射した光エネルギーで励起された電子によって生じる導電率の変化や起電力を利用する量子型とがある。量子型の赤外線センサにおいては,熱によるノイズの影響を抑制するため,センサ全体を液体窒素等で冷却させることが必須となるところ,このような冷却は,一般の家電や照明用の人感センシングの用途には適さない(【0002】〜【0008】)。 すなわち,量子型の赤外線センサを用いて,更なる高感度化のためには,拡散電流を抑制することが重要である。しかし,波長5μm以上の赤外線を半導体が吸収するためには,半導体のエネルギーギャップを非常に小さくしなければならず,結果として,室温では半導体の真性キャリア密度が大きくなり,これの2乗に比例して拡散電流も大きくなる。したがって,室温でより高感度化するためには,冷却して,真性キャリア密度を抑制する必要があった(【0063】〜【0066】)。 ? 本件各発明は,室温での動作が可能であり,電磁ノイズや熱ゆらぎの影響も 41受けにくい超小型の,赤外線センサを提供することを目的とし,各請求項記載の構成又は方法を採用したものである(【0010】【0025】【0026】)。 具体的に,本件各発明の一実施形態に係る化合物半導体赤外線センサ(図10)においては,赤外線を入射した場合,赤外線は光吸収層である第七化合物半導体層17において吸収され,電子正孔対を生成する。生成した電子正孔対はn層である第六化合物半導体層16とp層である第八化合物半導体層18とのポテンシャル差によって分離され,電子はn層側へ,正孔はp層側へと移動し光電流となる。この時,発生した電子がp層側に拡散してしまうと,光電流として取り出すことはできない。このp層側へのキャリアの拡散が拡散電流である。ここで,p層である第八化合物半導体層がエネルギーバンドギャップのより大きな材料であることで,p層部分の真性キャリア密度を小さくすることができる。よって,第七化合物半導体層17から第八化合物半導体層18への拡散電流を抑えることができるようになる【0 (067】〜【0069】)。図11に示す化合物半導体赤外線センサのエネルギーバンド図からわかるように,第八化合物半導体層18自身がp層側への電子の拡散に対するバリア層となる。一方で赤外線の入射により生成された正孔の流れは阻害しない。この効果により,漏れ電流を大幅に減少させる事ができる 【0070】 。 ( )第七化合物半導体層17をp型にドーピングする場合には,そのp型ドーピング濃度は,第六化合物半導体層16及び第八化合物半導体層18それぞれの伝導帯と十分大きな伝導帯のバンドオフセットを取れるように調整される(【0079】)。 ? 本件各発明に係る赤外線センサは,これまで,冷却が前提であった化合物半導体を用いた量子型赤外線センサを,室温での動作を可能にする。しかも素子抵抗が小さいという化合物半導体素子が電磁ノイズや熱ゆらぎの影響を受けにくいという特徴を生かし,小型で安価な人感センサを実現した。本件各発明に係る赤外線センサを用いれば,超小型で,室温で動作可能な人感センサを実現できるため,これまで搭載が難しかった家電などへも容易に搭載が可能となる(【0027】)。 2 取消事由1(引用発明Cに基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について 42 ? 引用発明Cについて ア 引用例4の記載 引用例4には,おおむね,次の記載がある(下記記載中に引用する図2a(@),2a(A)は,別紙9引用例図面目録引用例4参照)。 (ア) 抄録 多層,エピタキシャル,ヘテロ構造のデバイスがIn1-xAlxSbではMBEにより,Hg1-xCdxTeではMOVPEにより作製された。その目的は,僅かの冷却又は無冷却で動作するデバイスを作ることにあった。InSb及びMCTダイオード検出器について,平衡モード及び非平衡モードにおいて,室温及び室温に近い温度における結果を示している。…ダイオードインジェクションレーザは,InSbにおいて,90Kで5.1μmの出力を示すことが示された。(452頁) (イ) イントロダクション 狭バンドギャップの半導体材料は,通常,高い真性キャリア濃度を有しており,そのことが室温に近い温度での材料の性質を支配する。電子及び正孔によって与えられ,温度によって決まる導電性は高い(例外的に,高濃度にドーピングした場合にはドーパントは支配的でない)。また,オージェ過程による電荷キャリアの熱生成及びこれに伴って生じる雑音が大きい。これらの問題に対して従来採られてきた解決法は,InSbやMCTのデバイスを,液体窒素の沸点に近い77K程度まで冷却することであった。…本稿は,InAlSb及びHgCdTeから作られる検出デバイス及び発光デバイスについて述べるものであり,平衡及び非平衡検出器,ポジティブ及びネガティブ型のLED(発光素子),及びダイオードインジェクションレーザを取り上げる。(452頁) (ウ) 一般的なデバイス構造 (本稿で取り上げる)デバイスは,近真性(near intrinsic),ナローギャップで,2つのワイドギャップレイヤーの間か,または1つのワイドギャップレイヤーと1つの高濃度ドープ層の間に挟まれるエピタキシャル層を有する 43構造である。その例は,pπn+やpνn+であり,下線はワイドギャップを意味し,+記号は1017cm-3以上の高濃度ドープを意味し,πは近真性pを意味し,νは近真性nを意味する。… ゼロバイアスで用いたとしても,該構造は単接合デバイスに対して赤外線検出器としてのいくつかの利点を有している。第1に,ワイドギャップ領域は,キャリアの熱生成レートが非常に小さく,同時に,コンタクト部におけるキャリア生成から活性領域を隔離している。その結果,ノイズ生成を活性ボリュームに限局することが出来る。… しかしながら,逆バイアスでは,より一層の改良が見込まれる。…その結果,オージェプロセスを増加させる熱生成レートが低下し,飽和リーク電流はゼロバイアス抵抗から見積もられる値よりも小さくなった。…これらの効果は,0.18<x<0.25で170K以上のMCTにおいて強く起こる。しかし,π型活性層を有するInSbデバイスでは,ショックレーリードトラップの密度とエネルギーが大きいので,ダイオードを逆方向バイアスにするとトラップによる熱生成の増加が生じる。それにより,負性伝導は室温よりも高い温度においてのみ観測される。赤外線デバイスへの関心に加え,非冷却動作を可能にするために,排除/抽出現象はInSbトランジスタから真性キャリアを除去するために使われている。(452〜453頁) (エ) 成長及び作製 デバイス構造は,図2a(@)及び図2b(@)の模式図にそれぞれ示され,それぞれに適したエネルギーバンドは,図2a(A)及び図2b(A)に示される(判決注:InSbデバイスの構造の模式図は図2a(@),そのエネルギーバンド図は図2a(A)である。)。 InSb/In1-xAlxSbシステムは格子整合しておらず,ワイドギャップ領域(In1-xAlxSb)の厚みは,歪緩和を避けるために,数百Åに制限される。 そのために,p+p+πn+の4層構造が用いられる。…該4層構造は,…InSb 44基板上に…成長される。n+領域は,1μmの厚みであり,電子レベルが2×10 18 cm-3になるようにSiドープされる。p+およびp+領域は,typicalレベルが2×1018cm-3になるようにベリリウムドープされ,厚みは各々1μmと200Åである。In1-xAlxSbバリアのxは0.15であり,0.26eVで見積もられる伝導帯のバリア高さを与える。中央領域の厚みは典型的には3μmであり,意図的にドープされていない。…(454〜455頁) (オ) InSb/InAlSbデバイス 室温でバイアスなしで用いられるInSbp+p+πn+デバイスは, p6μm以 λ下で,商業的に利用されている一般的な単一要素の熱検出器よりも一桁大きい,2×109cmHz1/2W-1以上のD*λを与える。 …現在あるInSb検出器の通常の動作状態であるゼロバイアスにおいて,前記バンド構造は,コンタクト領域から各々の少数キャリアの移動をほとんど生じさせず,それゆえ付加的なノイズもほとんど生じさせない。このことが検出器能力に与える効果は,図8に見出すことができる。この図8は,参照文献4からの再録であり,従来のp+nダイオードおよびエピタキシャル成長させた厚さ3μmの活性領域を有するp+p+νn+構造のそれぞれについて,ゼロバイアス抵抗から計算された検出能力の理論カーブを比較するものである。例えば,200K近傍では動作温度が約40K上昇している。R0Aの測定値に基づいて算出した室温(294K)でのエピタキシャルデバイスのD*は2.5×109cmHz1/2W-1であり,これは商業的に入手可能な単素子の熱検出器よりも1桁大きい。 InSb検出器の動作温度を上昇させたときに検出器の性能を決定する他の要因は,半導体のエネルギーギャップが小さくなると,カットオフ波長が80Kでは5.5μmであったものが200Kでは6.0μm,300Kでは7.0μmのようになることである。…これに対する解決策の一つは,カットオフ波長を最適値まで減少させるような組成のIn1-xAlxSbで活性層を構成することである。…この技術を用いることで期待される検出器の性能は,点線で示されており,この点線は, 45コンスタントな5μmのカットオフ波長を有する材料の予測性能を表している。D* の改善は,エピタキシャルInSb検出器との比較においては約2.5倍であり,伝統的なInSb検出器の約12倍である。…(457頁) (カ) 結論 In1-xAlxSb及びHg1-xCdxTeの組成の金属化合物をヘテロ構造の多層構造に用いることで,種々のデバイスにおける室温動作の実現可能性(feasibility)を示すことができた。そのなかには,商業的に入手可能な典型的な熱検出器よりも桁違いに高いD*を有するInSb検出器が含まれる。…(460頁) イ 引用発明Cについて開示された事項 引用例4には,引用発明Cに関し,以下の点が開示されているものと認められる。 (ア) 引用発明Cは,In1-xAlxSbで作製された赤外線検出器に関するものである(前記ア(ア),(エ))。 (イ) 狭バンドギャップの半導体材料は,通常,高い真性キャリア濃度を有しており,そのことが室温に近い温度での材料の性質を支配することから,従来,InSbのデバイスを77K程度まで冷却していた(前記ア(イ))。 (ウ) 引用発明Cは,前記ア(エ)のとおりの多層・エピタキシャル・ヘテロ構造などを採用することにより,冷却なしに動作させようとするものである (前記ア(イ),(エ))。 すなわち,引用発明Cの赤外線検出器は,近真性(near intrinsic),ナローギャップで,2つのワイドギャップレイヤーの間か,又は1つのワイドギャップレイヤーと1つの高濃度ドープ層の間に挟まれるエピタキシャル層を有する構造,具体例としては,pπn+やpνn+という構造(下線はワイドギャップを意味し,πは近真性pを意味し,νは近真性nを意味する。)である。ワイドギャップ領域は,キャリアの熱生成レートが非常に小さく,同時に,コンタクト部におけるキャリア生成から活性領域を隔離することから,ノイズ生成を活性ボリュー 46ムに限局する(前記ア(ウ))。 (エ) 引用発明Cの赤外線検出器は,室温動作の実現可能性を示すものである(前記ア(オ),(カ))。 ? 引用発明Cの認定 ア 前記?ア(オ)のとおり,引用例4において,引用発明Cの構成を有する赤外線検出器の比検出能力は,他文献に記載されたゼロバイアス抵抗から計算された検出能力の理論カーブと比較することにより算出されているところ,他文献の記載や,同記載との比較に誤りがあるということはできない。したがって,引用発明Cの構成を有する赤外線検出器の比検出能力は,「R0Aの測定値に基づいて算出した」場合には,「室温(294K)」において,ゼロバイアスで「2.5×109cmHz1/2W-1であ」るということができる。 そして,本件発明1の赤外線センサの比検出能力について,請求項1では「室温において冷却機構なしで動作が可能な」と記載されるにとどまり,室温において動作が可能であることが,実測上のものか,計算上のものかについては,特定されていない。本件明細書においても,その発明の効果として,「室温で動作可能な人感センサを実現できる」などと記載されるにとどまり(【0027】),請求項1の前記記載を,実測上のものに限定しているとまではいえない。そうすると,本件発明1と対比するための引用発明Cの認定に当たり,その比検出能力が,「室温でバイアスなしに2.5×109cmHz1/2W-1である」ことに加え,この比検出能力が,「R0Aの測定値に基づいて算出した」ものであることまで認定すべきということはできない。 イ そして,前記?によれば,引用例4には,本件審決が認定した前記第2の3?アのとおり引用発明Cが記載されていることが認められる。 よって,本件審決の引用発明Cの認定に誤りはない。 ウ 原告の主張について 原告は,引用例4に記載された赤外線検出器の比検出能力D*は計算値であると 47ころ,計算に必要な外部量子効率ηを計測した形跡が一切見当たらないと主張する。 しかし,引用例4や引用例4が参照した他文献において,外部量子効率ηをどのように求めたかについて開示されていないとしても,これをもって,外部量子効率ηの計測が行われなかったということはできず,また,引用例4に記載された比検出能力について,これが誤りであることを示す証拠もない。 したがって,原告の上記主張をもって,本件審決の引用発明Cの認定に誤りがあるということはできない。 ? 本件発明1と引用発明Cとの対比 前記?アのとおり,本件発明1において,赤外線センサが,「室温において冷却装置無しで動作が可能な」ものであることにつき,実測上のものであるか計算上のものであるかについて特定されていないから,計算上であっても動作が可能な赤外線センサであれば,「動作が可能な」ものということができる。 一方,引用発明Cの赤外線検出器の比検出能力は,「室温(294K)でバイアスなしに2×109cmHz1/2w-1以上」である。そして,「2×109cmHz1/2 w-1以上」の比検出能力は,商業的に利用される一般的な単一要素の熱検出器より一桁大きい値であって,赤外線検出器に求められる一般的な赤外線検出の動作は可能なものであるということができる(前記?ア(オ))。したがって,引用発明Cの赤外線検出器も「室温において冷却機構無しで動作が可能な」ものであるといえる。 したがって,本件発明1と引用発明Cとは,いずれも「室温において冷却機構無しで動作が可能」な点において,一致する。 そして,本件発明1と引用発明Cには,本件審決が認定した前記第2の3?ウのとおり,相違点c-1ないしc-3があることは当事者間に争いがない。 よって,本件審決の本件発明1と引用発明Cとの一致点及び相違点の認定に,誤りはない。 ? 相違点c-1について 48 ア 引用発明Cにおいて,相違点c-1に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを,当業者が容易に想到することができたか否かについて検討する。 被告は,引用発明Cにおいて,相違点c-1は実質的相違点でなく,仮にそうでないとしても相違点c-1に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が適宜なし得る設計事項にすぎない,又は周知技術を適用することにより,当業者が容易に想到することができた旨主張する。 イ 実質的相違点,設計事項 (ア) 引用発明Cのπ-InSbからなる第2の化合物半導体層は,前記?ア(ウ),(エ)のとおり,「近真性p」としての性質を示し,かつ,「Undopted」とされているから,その性質は,実質的に真性半導体に近く,p型としての性質は,結晶欠陥の存在等に由来する程度のものであって,ドーパントはなるべく除去されているものと認められる。 そして,引用例4には,前記?ア(オ)のとおり,引用発明Cに係る赤外線検出器について,「前記バンド構造は,コンタクト領域から各々の少数キャリアの移動をほとんど生じさせず,それゆえ付加的なノイズもほとんど生じさせない」と記載されている。 そうすると,引用発明Cは,第2の化合物半導体層のドーパントをなるべく除去した上で,第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcに着目したものであるから,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層のドーピングの型やドーピング濃度は,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間に伝導帯レベル差ΔEcを生じさせ,比検出能力を向上させるために調整される要因であることは明らかである。 (イ) したがって,ドーパントがなるべく除去されている引用発明Cの第2の化合物半導体層を,本件発明1の濃度の程度にまでp型ドーピングすることは,実質的にも相違し,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間に伝導帯レベル差ΔEcを生じさせ,比検出能力を向上させるために調整された引用発明Cの構 49成を変更するものであるから,当業者が適宜なし得る設計事項であるということはできない。 ウ 周知技術の適用 (ア) 被告主張に係る周知技術について 被告は,引用例1,引用例3,引用例4,甲5ないし7,甲10,甲13ないし15,乙1ないし3から,@光吸収層のドーピングは,他の層のドーピング等とともに適切に設計されること,Aノンドープ,p型及びn型のいずれも可能であること,Bp型とする場合,本件発明1の濃度範囲程度とすること,C低濃度p型(p- )がπ型と呼ばれることが,光吸収層における周知技術と認められる旨主張する。 しかし,光吸収層のドーピングについて,引用例3には,「ダイオードの活性領域は,最大量子効率のために,ドーピング及び厚みにより最適化され得る」と記載され(96頁2段落) 引用例4には, , 「活性領域のドーピングのレベル及び型は,ライフタイムを最大化するとともにノイズを最小化するように選択され得る」と記載され(453頁右欄2段落),甲5には,「単純なpnホモ接合を考えたとき,最も高い検出能力を得るためには,熱によるキャリア生成に対する光によるキャリア生成の比率を最大限にすることが必要である。また,熱生成-再結合が起こる領域は最小化すべきである。所与の材料における光起電力型検出器の最適化は,ドーピングレベル及び層の厚みの適切な選択によって達成され得る。」(102頁第2段落)と記載され,甲6には,「これらは,量子効率を高めるために,成分,ドーピングレベル及び厚みを制御することにより検出器構造を最適化することを含む」,「オージェ再結合を抑制する1つの方法は,活性層の最適なドーピングを決定することである。」と記載され(11頁2段落),甲7には,「オージェ制限のある光検出器の最大検出能は,p型ドーピングにより実現される。 と記載されている 」 (4頁2段落)。 このように,引用例3,引用例4,甲5,甲6には,光吸収層のドーピングの調整によって,量子効率の最大化,ライフタイムの最大化,ノイズの最小化,熱によ 50るキャリア生成に対する光によるキャリア生成の比率の最大化,熱生成-再結合が起こる領域の最小化,オージェ再結合の抑制が図られる旨記載されているものである。また,甲7には,オージェ制限のある光検出器の検出能力の最大化は,p型ドーピングによって実現できる旨記載されている。 そうすると,赤外線検出器の検出能力を向上させるためには,その目的に応じて,光吸収層のドーピングを調整することが必要であるというべきである。引用例3,引用例4,甲5ないし7から,おおよそ赤外線検出器の検出能力を向上させるための技術事項として,「光吸収層のドーピングが,他の層のドーピング等とともに適切に設計されること」(前記@)や,光吸収層のドーピングが「ノンドープ,p型及びn型のいずれも可能であること」(前記A)といった抽象的な技術事項は認めることはできない。引用例1,甲10,甲13からも,このような抽象的な技術事項を認めることはできず,また,甲14,甲15,乙1ないし3は,本件特許の特許出願日以降に頒布されたものである。 したがって,被告の主張に係る前記周知技術のうち,少なくとも前記@及びAの周知技術は認めることができない。なお,そもそも,引用発明Cに,被告が主張するような複数の周知技術を組み合わせることは容易に想到できるものではないから,この点からも,被告の主張は失当である。 (イ) 本件審決が認定した周知技術について a 本件審決は,赤外線検出器において,雑音を低減する手段として,想定される動作温度に応じて光吸収層の導電型を変更したり,室温近くで動作する赤外線検出器の光吸収層をp型ドーピングして所望のp型キャリア濃度にしたりすることは,本件特許の出願日当時,周知であったと認定した。 一方,本件特許の特許出願日以前に頒布された赤外線検出器(InSbデバイス)に関する文献である甲5ないし7には,第2の化合物半導体層にp型ドーピングを行うことについて,次のとおり記載されている。 b 甲5 51 ? 甲5(E.Michelほか,"Sb-based infrared materials and photodetectors for the 3-5 and 8-12 μm range"(E.ミッチェルほか「3〜5及び8〜12μmの範囲に関するSbに基づく赤外材料及び光検出器」),Photodetectors:Materials and Devices,SPIE,1996.11.26,volume2685,p101-111。頒布された日は,遅くとも平成8年11月26日である。)には,おおむね,以下の記載がある。 InAsSbの光起電力型検出器を実現するために,半絶縁性のGaAs基板上に,p+InSb/p-InAsSb/n+-InSbのダブルヘテロ接合を成長させた。…光導電型と同様に,InAs1-xSbx層は,室温近辺でのオージェ生成-再結合プロセスを抑制するために3×1016cm-3とした(As with the photoconductors, the doping level of the InAs1-xSbx layer was 3×1016cm-3 tosuppress the Auger generation-recombination rate at near room temperature)。 活性層の厚さは約5μmであり,これにより高い量子効率と高い光利得の双方を確保した。…(104頁4段落) ? そうすると,甲5には,p+InSb/p-InAsSb/n+-InSbの構造を有する赤外線検出器が記載されているところ,オージェ生成-再結合プロセス(the Auger generation-recombination rate)を抑制するために,光吸収層(第2の化合物半導体層)に3×1016cm の濃度でp型ドーピングを行ったことが記載されていると認められる。 c 甲6 ? 甲6(M.Razeghi,"Demonstration of Uncooled InAsSb Photodetectors for Military Sensors"(M.ラツギ「軍用センサに関する非冷却InAsSb 52光検出器の実証」),Center for Quantum Devices,Northwestern University。頒布された日は,遅くとも平成12年8月である。)には,n+AlInSb/i-InAsSb/p+AlInSbの構造を有する赤外線検出器が記載されている(図4.9,26頁4.3.1の第1段落)。 ? そして,甲6には,おおむね,以下の記載がある。 アンドープ活性領域はπドープされた活性領域よりも高い光応答性となった。前述のとおり,最適化された応答性は3niで生じるはずである。実験結果は理論にほぼ完璧に整合している。Asが6%のInAsSbの真性キャリア密度は約5×1016cm-3である。最大応答性は2×10 17cm-3p型ドーピングされたデバイスが一番高い。しかし,なぜ,πドープサンプルよりもノンドープサンプルの方が高い光応答性を示すのか。多数のSRH再結合トラップの存在はp型に少しドーピングした活性層の効果を打ち消す。それゆえ真性活性領域を有するデバイスの方が高い光応答性を示したのである。(21頁5行〜22頁3行,図4.3)。 ? そうすると,甲6には,n+AlInSb/i-InAsSb/p+AlInSbの構造を有する赤外線検出器が記載され,光吸収層(InAsSb)に2×1017cm-3の濃度でp型ドーピングを行うことが,一般的に高い光応答性を示すことが記載されているが,SRH再結合トラップの存在により,その効果が打ち消されると考察されていることが認められる。 d 甲7 ? 甲7(M.Razeghi,"Longwavelength InAsSb Infrared Photodetectors"(M.ラツギ「長波長InAsSb赤外線光検出器」),Center for Quantum Devices,Northwestern University。頒布された日は,遅くとも平成7年4月である。)には,n+InSb/π-InAsSb/p+InSbの構造を有する赤外線検出器が記載されている(17頁3.4.3)。 53 ? そして,甲7には,おおむね,以下の記載がある。 オージェ生成は,p=γ1/2niにより最小化する。γ>1なので,オージェ制限のある光検出器の最大検出能は,p型ドーピングにより実現される。実際上は,冷却されるデバイスのために要求される低いp型ドーピングレベルは実現困難である。低温においては,p型デバイスは,n型よりも非本質的な悪影響(コンタクト,表面,ショックレーリードプロセス)をも受けてしまう。この理由により,低温の光導電型検出器は,一般に少しn型ドープされた材料により製造される。一方,p型ドーピングは室温及び長波長の光検出器には明確な長所を有する(4頁2段落)。 ? そうすると,甲7には,n+InSb/π-InAsSb/p+InSbの構造を有する赤外線検出器が記載されているところ,オージェ生成の最小化の観点からは,最大検出能はp型ドーピングにより実現されることが記載されているが,p型ドーピングに当たっては,非本質的な悪影響の存在を考慮しなければならない旨考察されていることが認められる。 e 本件審決が認定した周知技術の検討 ? 本件審決は,前記のとおり,赤外線検出器において,雑音を低減する手段として,光吸収層にp型ドーピングを行うなどすることは,本件特許の出願日当時,周知であったと認定したものである。 ? しかし,前記(ア)で検討したとおり,赤外線検出器の検出能力を向上させるためには,その目的に応じて,光吸収層のドーピングを調整することが必要である。 そして,オージェ生成を抑制すれば,結果として,伝導帯の電子密度が低減されるものであるところ,甲5には,オージェ生成-再結合プロセス(the Auger generation-recombination rate)を抑制するために,光吸収層(第2の化合物半導体層)に3×1016cm-3の濃度でp型ドーピングを行ったこと,すなわち光吸収層(第2の化合物半導体層)の伝導帯の電子密度を低減するために所定の濃度のp型ドーピングを行ったことが記載されている。また,甲7には,オージェ生成の最小化の観点からは,最大検出能はp型ドー 54ピングにより実現されること,すなわち伝導帯の電子密度の最小化の観点からは,光吸収層にp型ドーピングを行うことが,検出能力の最大化のために有効であることが記載されている。 また,甲6には,光吸収層に所定の濃度のp型ドーピングを行うことが,一般的には検出能力の向上につながると記載されているものの,SRH再結合トラップの存在により,その効果が打ち消されると考察されている。また,甲7には,最大検出能はp型ドーピングによる実現されると記載されているものの,p型ドーピングに当たっては,非本質的な悪影響の存在を考慮しなければならない旨考察されている。そうすると,赤外線検出器の検出能力の向上をさせるために,光吸収層に所定の濃度のp型ドーピングを行う際には,それによって生じ得る現象を考慮しなければならないことも認められる。 ? 以上のとおり,赤外線検出器の検出能力を向上させるために,光吸収層に所定の濃度のp型ドーパントを含ませるのは,光吸収層(第2の化合物半導体層)の伝導帯の電子密度を低減させるという目的のために行われるものであって,また,それによって生じ得る現象を考慮しなければならないものである。 そうすると,本件審決が認定するように,赤外線検出器において,おおよそ雑音を低減する手段として,光吸収層にp型ドーピングを行うことが,本件特許の出願日当時,周知であったと認めることはできない。 (ウ) 本件特許の出願日当時の周知技術 a 前記(イ)e?によれば,本件特許の出願日当時,周知であったと認められる技術事項は,甲5ないし7から,赤外線検出器(InSbデバイス)は,一般的に,光吸収層に所定の濃度のp型ドーパントを含ませることにより,それによって生じ得る現象を考慮しなければならないものの,光吸収層(第2の化合物半導体層)の伝導帯の電子密度を低減させることによって,その検出能力を向上させることができるという技術事項にとどまるというべきである(以下,この技術事項を「本件周知技術」という。)。 55 b 被告の主張について 被告は,本件周知技術に関して,甲5ないし7の赤外線検出器において,第3の化合物半導体層は,第2の化合物半導体層よりも,大きなバンドギャップを有しているから,伝導帯の電子に対するバリア層として機能している旨主張する。 しかし,甲5及び甲7の赤外線検出器において,第3の化合物半導体層が,第2の化合物半導体層よりも,大きなバンドギャップを有しているとしても,これらの文献には,第3の化合物半導体層を,バリア層として機能させることによって,検出能力の向上を図ることについて記載されているということはできない。したがって,これらの文献に,検出能力を向上させるための手段として,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間に,伝導帯の電子に対するバリア層として機能する伝導帯レベル差ΔEcを設けた赤外線検出器において,さらに,光吸収層に当たる第2の化合物半導体層に,所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ませるという技術思想が開示されているということはできない。 また,甲6の赤外線検出器において,第3の化合物半導体層が,第2の化合物半導体層よりも,大きなバンドギャップを有しており,かつ,第2の化合物半導体層(i-InAsSb)と第3の化合物半導体層(p+AlInSb)の関係に着目した記載があるとしても(19頁3段落,25頁),甲6には,前記(イ)c?のとおり,「多数のSRH再結合トラップの存在はp型に少しドーピングした活性層の効果を打ち消す。それゆえ真性活性領域を有するデバイスの方が高い光応答性を示したのである。」との記載もある。したがって,甲6にも,同様に,検出能力を向上させるための手段として,伝導帯レベル差ΔEcを設けた赤外線検出器において,さらに,第2の化合物半導体層に,所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ませるという技術思想が開示されているということはできない。 したがって,甲5ないし7の赤外線検出器において,第3の化合物半導体層は,第2の化合物半導体層よりも,大きなバンドギャップを有していることをもって,直ちに,検出能力を向上させるための手段として,第2の化合物半導体と第3の化 56合物半導体層との間に伝導帯レベル差ΔEcを設けた赤外線検出器において,さらに,第2の化合物半導体層に,所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ませるという技術事項が周知であるということはできない。 (エ) 本件周知技術の適用 a 動機付け 本件周知技術において,光吸収層に所定の濃度のp型ドーパントを含ませるのは,光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させるという目的のために行われるものである。 これに対し,引用発明Cは,赤外線検出器の検出能力を向上させる一つの手段として,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcに着目し,かかる観点から,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層のドーピングの型やドーピング濃度を調整したものであって,また,引用発明Cの第2の化合物半導体層のドーパントはなるべく除去されたものである。 そうすると,本件周知技術が,光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させることを課題として第2の化合物半導体層(光吸収層)にp型ドーパントを含ませるのに対し,引用発明Cは,バリア層として伝導帯レベル差ΔEを有しており,そのような課題を有しないから,光吸収層にp型ドーパントを含ませる必要がない。また,光吸収層にp型ドーパントを含ませることによって,一般的に赤外線検出器の検出能力が向上するとしても,それによって生じ得る現象を考慮することも必要であるから,当業者は,上記のような課題を有しない引用発明Cの光吸収層に,あえてp型ドーパントを含ませようとは考えない。 したがって,引用発明Cに,本件周知技術を適用する動機付けがあるということはできない。 b 阻害要因 前記?イ(ウ)のとおり,引用発明Cの赤外線検出器は,ワイドギャップ領域を設けることにより,すなわち,ドーパントがなるべく除去された第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcを大きくとることにより, 57キャリアの熱生成レートを非常に小さくするとともに,コンタクト部におけるキャリア生成から活性領域を隔離することによって,検出能力を向上させるというものである。 一方,本件周知技術は,光吸収層に,伝導帯の電子密度が低減する所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ませるというものであるところ,その場合には,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcは,p型ドーパントに相当する分だけ小さくなる。 そうすると,伝導帯レベル差ΔEcを大きくとることによって,検出能力を向上させるという引用発明Cの作用は,本件周知技術を適用することにより,阻害されることになる。 したがって,引用発明Cに,本件周知技術を適用することには阻害要因があるというべきである。 c 被告の主張について ? 被告は,伝導帯の電子に対するバリア層の存在により,光吸収層で発生した熱励起電子がp層側に流れることが抑制されたとしても,熱励起電子がn層側に流れると雑音になるから,熱励起電子の発生はバリア層の有無によらないと主張する。 しかし,熱励起電子がn層側に流れること自体は,光起電力型の赤外検出器において検知の対象となる光電流のオフセットを設定することによって調整可能なものである。p層側に流れる熱励起電子が雑音として問題になるのであるから,バリア層として伝導帯レベル差ΔEを有する引用発明Cにおいて,バリア層とは無関係に,光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させるという課題が存するということはできない。 ? 被告は,引用例4には,高温動作のためには光吸収層がπ型(低濃度p型)であることが好ましい旨記載されていると主張する。 しかし,引用発明Cの第2の化合物半導体層(光吸収層)がπ型であるとしても,それは,意図的に添加物をドープしていない(「Undopted」)半導体層で 58あって,ドーパントはなるべく除去されているのであるから,かかる記載をもって,引用例4に,第2の化合物半導体層をp型ドーピングすることが示唆されているということはできない。 ? 被告は,光吸収層にドーピングをしても,伝導帯レベルの変化は僅かであるから,エネルギー障壁の高さはほとんど変わらない旨主張する。 しかし,引用発明Cの光吸収層の第2の化合物半導体層は,意図的に添加物をドープしていない半導体層であって,「近真性p」としての性質を示すものであるから,p型の性質を示すとしても僅かなものである。そして,このような第2の化合物半導体層に,光吸収層の伝導帯の電子密度が低減する所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ませた場合,それが,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcに与える影響を小さいものと直ちに評価することはできない。 したがって,伝導帯レベル差ΔEcを大きくとることによって検出能力を向上させるという引用発明Cの作用が,本件周知技術を適用しても,阻害されることはないということはできない。 (オ) よって,引用発明Cに周知技術を適用することにより,相違点c-1に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを,当業者が容易に想到することができたということはできない。 ? 相違点c-3について 相違点c-3は,本件発明1において,第3の化合物半導体層が,第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされているという関係を有する点を含むものである。 そして,前記?のとおり,引用発明Cにおいて,第2の化合物半導体層をp型ドーピングすることを,当業者が容易に想到することができたということはできないから,第3の化合物半導体層が,第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされているという関係を有することもまた,当業者が容易に想到することがで 59きたということはできない。 よって,引用発明Cにおいて,相違点c-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを,当業者が容易に想到することができたということはできない。 ? 小括 以上によれば,引用発明Cにおいて,相違点c-1及び相違点c-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が容易に想到することはできないから,相違点c-2について判断するまでもなく,本件発明1は,当業者が引用発明Cに基づいて容易に発明をすることができたものということはできない。 よって,取消事由1は理由がある。 3 取消事由2(引用発明Aに基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について ? 引用発明Aについて ア 引用例1の記載 引用例1には,おおむね,次の記載がある(下記記載中に引用する図3.2,図3.3(a)は,別紙9引用例図面目録引用例1参照)。 (ア) 要約 本研究では,シリコン基板上の3-5μmのp-i-nInSb光検出器の詳細な特性と性能評価を報告する。(B頁) (イ) 研究範囲と目的 本研究の目的は,AlInSb/InSbヘテロ接合およびInSbホモ接合p-i-n検出器の性能と,分子線エピタキシーによるGaAs被覆Si基板上で成長する焦点面アレイを評価することである。(2頁) (ウ) 赤外線検出器の材料 Elliotは,室温で動作するInSb基板上のエピタキシャルに成長したp+ -InSb/p+-InAlSb/π-InSb/n+-InSb装置について研究した。常温(294K)での装置の検出能は,ピーク波長が〜6μmの場合に2.5×109cmHz1/2/Wであった。(34頁) 60 (エ) 検出器製作用半導体構造 赤外線撮像装置において,検出器の特性は半導体材料システムに大きく左右される。装置の活性層については,対象波長帯の光子を吸収するために,適切なバンドギャップの材料が選択される。… 3〜5μm帯の検出のためには,InSbやHgCdTeの様なナローバンドギャップ半導体が最も広く用いられる材料である。…それらのナローバンドギャップ特性のため,室温における熱生成キャリアの量が多く,そのため,それらの検出器は液体窒素温度(77K)まで冷却される必要がある。… 本研究では,3層構造のP+πn+AlInSb/Insb/InSb構造を用いた。大文字は広バンドギャップ材料,すなわち本構造ではAlInSbを表し,+記号は高いドーピング濃度を示す。πは,中間(活性)層の意図しないドーピング(unintentional doping)が真性pに近いことを示す。図3.2は,AlInSb/InSb/InSbヘテロ接合のエネルギーバンド図である。 本研究で用いた半導体構造は,図3.3(判決注:引用発明Aに対応するものは図3.3(a)である。)に示されるように,…GaAsコートしたシリコン基板上に成長させたp+Al0.1In0.9Sb/intrinsic InSb/n+InSbである。… 図3.3(b)のホモ接合の特性検討は,…Selcuk Ozerの博士論文研究においてなされた。二つの構造の比較と広バンドギャップAlInSbが検出器の性能に与える影響をみるために,彼の研究成果の一部が本論文中で示される。 (39〜42頁) (オ) 結論 本研究では,Si基板上で成長したp-i-nInSb/InSb/InSbホモ接合及びAlInSb/InSb/InSb単一ヘテロ接合のエピ層は,赤外検出器の性能解析に使用された。…SiとInSbの間の格子不整合が大きい (19%)にもかかわらず,Si基板上の…ヘテロ接合検出器の80Kでの測定ピーク検出能 61は,7×109cmHz1/2/Wであった。 …どちらの検出器でも温度80Kで,ゼロバイアスではRDに対してシャント抵抗が支配的であり,ある程度高い逆方向バイアスではTAT(トンネル効果)が支配的である。ホモ接合検出器とは違い,ヘテロ接合検出器では微分抵抗に対して帯域間トンネルが支配的であることが認められた。また,AlInSb/InSb検出器ではバイアス電圧に伴うRDの変化がInSb/InSbホモ接合検出器のものよりもずっと速い。これはヘテロ接合検出器の接合領域ではトラップ密度(N t)が高いためである。 両検出器において120Kよりも高い温度ではシャント機構に代わって発生-再結合がゼロバイアス前後で支配的な暗電流成分となり,より高温(>150K)では拡散電流が順方向バイアスのもとで微分抵抗を制限する機構になる。 …本論文の最終研究は,128×128の形式で作製されたAlInSb/InSb/InSb検出器アレイからリアルタイム赤外線画像を取得することであった。 このために,検出器は実験室の赤外線画像装置内に置いて,液体窒素で冷却された。 検出器の暗電流が高いために,340Kより高い温度の高温物体のみが赤外線撮像された。しかし,我々の知る限り,これは,世界で初めてSi基板上のAlInSb/InSb/InSb p-i-nによって撮られた赤外線画像である。エピ層の欠陥密度を低減するために成長条件と検出器の層構造を最適化することで,検出器の性能を向上させることが可能である。(80〜81頁) イ 引用発明Aについて開示された事項 引用例1には,引用発明Aに関し,以下の点が開示されているものと認められる。 (ア) 引用発明Aは,Si基板上で成長したp-i-nAlInSb/InSb/InSb単一ヘテロ接合のエピ層で構成された赤外線検出器に関するものである。 (前記ア(エ),(オ)) (イ) 引用発明Aの赤外線検出器は,80Kでの測定ピーク検出能は,7×109 cmHz1/2/Wとなり,液体窒素で冷却し,340Kより高い温度の高温物体を 62赤外線撮像することができた。エピ層の欠陥密度を低減するために成長条件と検出器の層構造を最適化することで,検出器の性能を向上させることが可能である。 (前記ア(オ)) ? 引用発明Aの認定 ア 前記?ア(オ)のとおり,引用例1には,「ヘテロ接合検出器の80Kでの測定ピーク検出能は,7×109cmHz1/2/Wであった」 「本論文の最終研究は, ,…リアルタイム赤外線画像を取得することであった。このために,検出器は実験室の赤外線画像装置内に置いて,液体窒素で冷却された」などと記載されていることからすれば,引用発明Aの赤外線検出器は,液体窒素の温度である80K程度に冷却した状態で動作させることを前提とした発明である。 しかし,前記?ア(ウ)のとおり,引用例1には,引用発明Aと同様の積層構成を有する「p+-InSb/p+-InAlSb/π-InSb/n+-InSb装置」においては,「常温(294K)での装置の検出能は,ピーク波長が〜6μmの場合に2.5×109cmHz1/2/Wであった」と記載されている。そして,この比検出能力は,「室温において冷却機構無しで動作が可能」なものであるから,引用例1において,引用発明Aが「室温において冷却機構無しで動作が可能」ではないことが記載されているということまではできない。引用例1には,「引用発明Aが室温において冷却機構無しで動作が可能」ではないことを示す記載もない。 そうすると,引用発明Aの赤外線検出器は,「室温において冷却機構無しで動作が可能」であるか不明であるというべきである。 イ そして,前記?アによれば,引用例1には,次のとおり引用発明Aが記載されていることが認められる (なお,本件審決と異なる箇所は下線部のとおりである。 。 ) Si基板と,Si基板側から,GaAsバッファー層,n+InSb層,π-InSb層及びp+Al0.1In0.9Sb層が積層された積層構造とを備えた,赤外線検出器であって,p +Al0.1In0.9Sb層のバンドギャップが,n +InSb層及びπ-InSb層のバンドギャップよりも大きく,室温において冷却機構無しで 63動作が可能であるか不明である,赤外線検出器。 ウ なお,本件審決は,引用発明Aの赤外線検出器が「室温において冷却機構無しで動作が可能であるか不明である」点を認定していないものの,この点を,本件発明1との相違点a-1として認定しているから,かかる引用発明Aの認定の相違は,本件審決の結論に影響を及ぼすものではない。 ? 本件発明1と引用発明Aとの対比 引用発明Aは,前記?イのとおりであるから,本件発明1と引用発明Aは,本件審決が認定したとおり,前記第2の3?イの点で一致し,前記第2の3?ウの相違点a-1ないしa-4のとおり相違する。 よって,本件審決の本件発明1と引用発明Aとの一致点及び相違点の認定に,誤りはない。 ? 相違点a-3について ア 引用発明Aにおいて,相違点a-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを,当業者が容易に想到することができたか否かについて検討する。 被告は,引用発明Aにおいて,相違点a-3は実質的相違点でなく,仮にそうでないとしても相違点a-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が適宜なし得る設計事項にすぎない,又は周知技術を適用することにより,当業者が容易に想到することができた旨主張する。 イ 実質的相違点,設計事項(ア) 引用発明Aのπ-InSbからなる第2の化合物半導体層は,前記?ア(エ)のとおり,意図しないドーピングにより「真性p」に近く,かつ,「intrinsic」とされているから,その性質は,実質的に真性半導体に近く,p型としての性質は,結晶欠陥の存在等に由来する程度のものであって,ドーパントはなるべく除去されているものと認められる。 そして,引用例1は,前記?ア(エ)のとおり,ナローバンドギャップ半導体であるInSbを材料とする赤外線検出器が冷却される必要があるとした上で,第3の 64化合物半導体層に,広いバンドギャップを有するAlInSbを用い,また,第2の化合物半導体層には真性pに近い性質を有するInSbを用いた赤外線検出器を対象に,エネルギーバンド図も示しつつ,考察するものである。また,広いバンドギャップを有するAlInSb層が検出器の性能に与える影響を,その考察に含めている。その上で,引用例1には,?ア(オ)のとおり,エピ層の欠陥密度を低減するために成長条件と検出器の層構造を最適化することで,検出器の性能を向上させることが可能である旨記載されている。 そうすると,引用発明Aは,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcを前提として,各半導体層間の層構造等を調整し,結晶欠陥を低減することにより,赤外線検出器の比検出能力を向上させるものということができる。 (イ) したがって,ドーパントがなるべく除去されている引用発明Aの第2の化合物半導体層を,本件発明1の濃度の程度にまでp型ドーピングすることは,実質的にも相違し,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間に伝導帯レベル差ΔEcを生じさせた上で,比検出能力を向上させるために層構造等が調整された引用発明Aの構成を変更するものであるから,当業者が適宜なし得る設計事項であるということはできない。 ウ 周知技術の適用 (ア) 前記2?ウ(ア)ないし(ウ)のとおり,本件特許の出願日当時,周知であったと認められる技術事項は,本件周知技術のとおりである。 a 動機付け 本件周知技術において,光吸収層に所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ませるのは,光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させるという目的のために行われるものである。 これに対し,引用発明Aは,赤外線検出器の検出能力を向上させる一つの手段として,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔE 65cを前提とし,層構造等を調整することにより各半導体層間の結晶欠陥を低減したものであって,また,引用発明Aの第2の化合物半導体層のドーパントはなるべく除去されたものである。 そうすると,本件周知技術が,光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させることを課題として第2の化合物半導体層(光吸収層)にp型ドーパントを含ませるのに対し,引用発明Aは,バリア層として伝導帯レベル差ΔEを有しており,そのような課題を有しないから,光吸収層にp型ドーパントを含ませる必要がない。また,光吸収層にp型ドーパントを含ませることによって,一般的に赤外線検出器の検出能力が向上するとしても,それによって生じ得る現象を考慮することも必要であるから,当業者は,上記のような課題を有しない引用発明Aの光吸収層に,あえてp型ドーパントを含ませようとは考えない。 したがって,引用発明Aに,本件周知技術を適用する動機付けがあるということはできない。 b 阻害要因 引用例1には,第2の化合物半導体層において室温における熱生成キャリアの量が多いとした上で,第3の化合物半導体層に広いバンドギャップを有する材料を用いる旨記載されていることからすれば,引用発明Aにおいては,ドーパントがなるべく除去された第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcを大きくとることにより,熱生成キャリアの拡散を防止し,検出能力を向上させることが前提になっているものということができる。 一方,本件周知技術は,光吸収層に,光吸収層の伝導帯の電子密度が低減する所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ませるというものであるところ,その場合には,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcは,p型ドーパントに相当する分だけ小さくなる。 そうすると,伝導体レベル差ΔEcを大きくとることによって,検出能力を向上させるという引用発明Aの作用は,本件周知技術を適用することにより,阻害され 66ることになる。 したがって,引用発明Aに,本件周知技術を適用することには阻害要因があるというべきである。 (イ) 被告の主張について a 被告は,引用発明Aの第2の化合物半導体層(光吸収層)は,π型(低濃度p型)である旨主張する。 しかし,引用発明Aの第2の化合物半導体層(光吸収層)がπ型であるとしても,ドーパントはなるべく除去されているのであるから,これをもって,引用例1に,第2の化合物半導体層をp型ドーピングすることが示唆されているということはできない。 b その余の被告の主張は,前記2?ウ(エ)c?,?と同様に採用できない。 (ウ) よって,引用発明Aに周知技術を適用することにより,相違点a-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを,当業者が容易に想到することができたということはできない。 ? 相違点a-4について 相違点a-4は,本件発明1において,第3の化合物半導体層が,第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされているという関係を有する点を含むものである。 そして,前記?のとおり,引用発明Aにおいて,第2の化合物半導体層をp型ドーピングすることを,当業者が容易に想到することができたということはできないから,第3の化合物半導体層が,第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされているという関係を有することもまた,当業者が容易に想到することができたということはできない。 よって,引用発明Aにおいて,相違点a-4に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを,当業者が容易に想到することができたということはできない。 ? 小括 67 以上によれば,引用発明Aにおいて,相違点a-3及び相違点a-4に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が容易に想到することはできないから,相違点a-1及び相違点a-2について判断するまでもなく,本件発明1は,当業者が引用発明Aに基づいて容易に発明をすることができたものということはできない。 よって,取消事由2は理由がある。 4 取消事由3(引用発明Bに基づく本件発明1の進歩性判断の誤り)について ? 引用発明Bについて ア 引用例3の記載 引用例3には,おおむね,次の記載がある(下記記載中に引用する図3b,図4は,別紙9引用例図面目録引用例3参照)。 (ア) 要約 これまで,大型2D焦点面アレイの製造に対して,エピタキシャル成長アンチモン化インジウム(InSb)の使用が実証されている。…ここでは,より複雑な構造を成長可能であることにより実現可能な動作温度の改善に焦点を当てる。これまでに提示された基本的なp+-n-n+構造との比較により,温度が80Kを超えて上昇した場合のダイオードの漏れ電流を抑制する構造の発展のため,ダイオード抵抗,撮像,NETD,および動作性の結果について提示する。これらには,InAlSbの薄層領域を追加することによるpコンタクト漏れ電流の抑制と,InAlSbでデバイス全体を構成することによる検出器の活性領域における発熱の抑制とを含む。…これにより,…冷却システムに対する大きな利益が見込まれる。(95頁) (イ) エピタキシャルアンチモン化アルミニウムインジウム検出器 エピタキシャル材料のドーパントは,それぞれn型およびp型挙動のシリコンおよびベリリウムとした。n+,n及びp+領域それぞれについて,電気的に活性なドーピングレベルは,およそ3×1018cm-3,2×1015cm-3及び2×1018 68cm-3であり,厚さは4μm,2.5μm及び1μmとした。(96頁) (ウ) 高温動作用のInSbを用いた構造 動作温度が77Kを超えて上昇すると,電荷キャリアの発熱によって,暗電流が増大する。基本的なp+-n-n+エピタキシャルダイオードでは,背景がおよそ100Kに制限されたままとなるが,より高温では,p+コンタクト領域からの電子漏れが暗電流に影響し始める。そこで,図3(判決注:引用発明Bに対応するものは図3bである。 に示すように, ) 改良構造を採用して,この漏れ経路を抑制した。 p+コンタクトとn型活性領域との間にアンチモン化アルミニウムインジウム(In1-xAlxSb)の薄層領域を導入して,p+-p+-n-n+構造を与えた。この追加層の厚さおよび組成の積は,十分に小さく,歪み緩和の臨界厚さを超えていないため,面内光子定数はInSbと同じであった。In 1-xAlxSbのエネルギーギャップは,InSbよりも広く,図4に示すように,電子の拡散を阻止するポテンシャル障壁が伝導帯に与えられる。バンド配列は,伝導帯に0.66のエネルギーギャップ差が生じるようになっているが,この層はp+コンタクト領域と同様のp型濃度までドープされているため,図4に示すように,フェルミ準位が価電子帯の近くに保持され,実際には,伝導帯に全てのオフセットが出現する。このため,In0.9Al0.1Sbを含む障壁は,およそ230meVの伝導帯障壁高さを与え,関心温度範囲を10kT上回るため,実際には,p+領域からn領域への電子拡散が完全に抑えられる。障壁領域の厚さは,1次元数値解析で確認される通り,量子力学的トンネル効果を防止するのに十分である。(98頁) (エ) より高い温度の可能性 3元アレイの可能性を十分に特性化するには,これらをさらに評価する必要があるものの,動作温度の大幅な上昇を実現可能であることは明らかである。(101頁) イ 引用発明Bについて開示された事項 引用例3には,引用発明Bに関し,以下の点が開示されているものと認められる。 69 (ア) 引用発明Bは,アンチモン化インジウム(InSb)をエピタキシャル成長させた赤外線検出器に関するものである。(前記ア(ア)) (イ) 従来の基本的なp+-n-n+構造においては,高温では,ダイオードの漏れ電流を抑制するために,冷却システムが必要であった。(前記ア(ア)) (ウ) 引用発明Bの赤外線検出器は,p+コンタクトとn型活性領域との間にアンチモン化アルミニウムインジウム(In 1-xAlxSb)の薄層領域を導入して,p+-p+-n-n+構造を与えたものである。 In1-xAlxSbのエネルギーギャップは,InSbよりも広いことから,電子の拡散を阻止するポテンシャル障壁が伝導帯に与えられる。このため,In 0.9Al0.1Sbを含む障壁は,実際には,p+領域からn領域への電子拡散が完全に抑えられる。(前記ア(ウ)) (エ) 引用発明Bの赤外線検出器においては,動作温度の大幅な上昇が実現可能である。(前記ア(エ)) ? 引用発明Bの認定 前記?によれば,引用例3には,本件審決が認定した前記第2の3?アのとおり引用発明Bが記載されていることが認められる。 ? 本件発明1と引用発明Bとの対比 本件発明1と引用発明Bは,本件審決が認定したとおり,前記第2の3?イの点で一致し,前記第2の3?ウの相違点b-1ないしb-3のとおり相違する。 よって,本件審決の本件発明1と引用発明Bとの一致点及び相違点の認定に,誤りはない。 ? 相違点b-2について ア 引用発明Bにおいて,相違点b-2に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを,当業者が容易に想到することができたか否かについて検討する。 被告は,引用発明Bにおいて,相違点b-2は実質的相違点でなく,仮にそうでないとしても相違点b-2に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当 70業者が適宜なし得る設計事項にすぎない,又は周知技術を適用することにより,当業者が容易に想到することができた旨主張する。 イ 実質的相違点,設計事項 (ア) 引用発明Bの第2の化合物半導体層は,n-InSbであって,p型のドーパントは含まれていない。 そして,引用発明Bは,従来の基本的なInSbを材料とするp+-n-n+構造を前提に,p+層とn層との間に,In1-xAlxSbの薄層領域を導入することにより,電子の拡散を阻止するポテンシャル障壁を与えたものであるところ,引用例3には,In1-xAlxSbの薄層領域を導入するに当たり,当該薄層とn-InSbとのエネルギーバンドギャップが適当なものになるよう,当該薄層のp型ドーピングの濃度を調整している(前記?ア(ウ))。 そうすると,引用発明Bは,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcに着目したものであって,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層のドーピングの型やドーピング濃度は,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcを生じさせ,赤外線検出器の比検出能力を向上させるために調整される要因であることは明らかである。 (イ) したがって,p型のドーパントが含まれていない引用発明Bの第2の化合物半導体層を,本件発明1の濃度の程度にまでp型ドーピングすることは実質的にも相違し,伝導帯レベル差ΔEcを生じさせ,比検出能力を向上させるために調整された引用発明Bの構成を変更するものであるから,当業者が適宜なし得る設計事項であるということはできない。 ウ 周知技術の適用 (ア) 前記2?ウ(ア)ないし(ウ)のとおり,本件特許の出願日当時,周知であったと認められる技術事項は,本件周知技術のとおりである。 a 動機付け 本件周知技術において,光吸収層に所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ま 71せるのは,光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させるという目的のために行われるものである。 これに対し,引用発明Bは,赤外線検出器の検出能力を向上させる一つの手段として,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間の伝導帯レベル差ΔEcに着目したものであって,かかる観点から,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層のドーピングの型やドーピング濃度を調整したものである。また,引用発明Bの第2の化合物半導体層はn型ドーピングされたものであって,p型ドーパントは含まれていない。 そうすると,本件周知技術が,光吸収層の伝導帯の電子密度を低減させることを課題として第2の化合物半導体層(光吸収層)にp型ドーパントを含ませるのに対し,引用発明Bは,バリア層として伝導帯レベル差ΔEを有しており,そのような課題を有しないから,光吸収層にp型ドーパントを含ませる必要がない。また,光吸収層にp型ドーパントを含ませることによって,一般的に赤外線検出器の検出能力が向上するとしても,それによって生じ得る現象を考慮することも必要であるから,当業者は,上記のような課題を有しない引用発明Bの光吸収層に,あえてp型ドーパントを含ませようとは考えない。 したがって,引用発明Bに,本件周知技術を適用する動機付けがあるということはできない。 b 阻害要因 引用発明Bの赤外線検出器は,第3の化合物半導体層(In1-xAlxSb)に,第2の化合物半導体層(InSb)よりも,エネルギーギャップが広い材料を採用することにより,電子の拡散を阻止するポテンシャル障壁を伝導帯に設けて,第2の化合物半導体層から第3の化合物半導体層への電子拡散を抑えるものである。(前記?イ(ウ)) 一方,本件周知技術は,光吸収層に,光吸収層の伝導帯の電子密度が低減する所定の濃度に至るまでp型ドーパントを含ませるというものであるところ,その場合 72には,第2の化合物半導体層と第3の化合物半導体層との間のポテンシャル障壁(伝導帯レベル差ΔEc)は,p型ドーパントに相当する分だけ小さくなる。 そうすると,伝導帯レベル差ΔEcを設けることによって,検出能力を向上させるという引用発明Bの作用は,本件周知技術を適用することにより,阻害されることになる。 したがって,引用発明Bに,本件周知技術を適用することには阻害要因があるというべきである。 (イ) 被告の主張について a 被告は,引用発明Bの第2の化合物半導体層(光吸収層)は,n-型(ν型)であるところ,i型,π型及びν型はいずれも真性(又は近真性)の半導体を表す点で実質的な差異はないと主張する。 しかし,引用発明Bの第2の化合物半導体層(光吸収層)はn-型(ν型)であるから,引用例3に,第2の化合物半導体層をp型ドーピングすることが示唆されているものではない。 b その余の被告の主張は,前記2?ウ(エ)c?,?と同様に採用できない。 (ウ) よって,引用発明Bに周知技術を適用することにより,相違点b-2に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを,当業者が容易に想到することができたということはできない。 ? 相違点b-3について 相違点b-3は,本件発明1において,第3の化合物半導体層が,第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされているという関係を有する点を含むものである。 そして,前記?のとおり,引用発明Bにおいて,第2の化合物半導体層をp型ドーピングすることを,当業者が容易に想到することができたということはできないから,第3の化合物半導体層が,第2の化合物半導体層よりも高濃度にp型ドーピングされているという関係を有することもまた,当業者が容易に想到することがで 73きたということはできない。 よって,引用発明Bにおいて,相違点b-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることを,当業者が容易に想到することができたということはできない。 ? 小括 以上によれば,引用発明Bにおいて,相違点b-2及び相違点b-3に係る本件発明1の構成を備えるようにすることは,当業者が容易に想到することはできないから,相違点b-1について判断するまでもなく,本件発明1は,当業者が引用発明Bに基づいて容易に発明をすることができたものということはできない。 よって,取消事由3は理由がある。 5 取消事由4(本件発明2ないし18の進歩性判断の誤り)について ? 本件発明2ないし12 本件発明2ないし12は,本件発明1の発明特定事項を全て含み,さらに他の限定を付したものであるから,当業者が引用発明AないしCに基づいて,容易に発明をすることができたということはできない。 ? 本件発明13 本件発明13は,本件発明1に係る赤外線センサの製造方法である。引用発明A’ないしC’は,引用発明AないしCに係る赤外線検出器の製造方法である。 そして,前記2?ないし?と同様に,本件審決の引用発明C’の認定,本件発明13と引用発明C’との一致点及び相違点の認定に,誤りはない。しかし,前記2?,?と同様に,引用発明C’において,相違点c-イ,相違点c-ハに係る本件発明13の構成を備えるようにすることを,当業者が容易に想到することができたということはできない。 また,前記3?ないし?と同様に,本件審決の引用発明A’の認定,本件発明13と引用発明A’との一致点及び相違点の認定に,誤りはない。しかし,前記3?,?と同様に,引用発明A’において,相違点a-ハ,相違点a-ニに係る本件発明13の構成を備えるようにすることを,当業者が容易に想到することができたとい 74うことはできない。 さらに,前記4?ないし?と同様に,本件審決の引用発明B’の認定,本件発明13と引用発明B’との一致点及び相違点の認定に,誤りはない。しかし,前記4?,?と同様に,引用発明B’において,相違点b-ロ,相違点b-ハに係る本件発明13の構成を備えるようにすることを,当業者が容易に想到することができたということはできない。 したがって,本件発明13は,当業者が,引用発明A’ないしC’に基づいて容易に発明をすることができたということはできない。 ? 本件発明14ないし18 本件発明14ないし18は,本件発明13の発明特定事項を全て含み,さらに他の限定を付したものであるから,当業者が引用発明A’ないしC’に基づいて,容易に発明をすることができたということはできない。 ? よって,取消事由4は理由がある。 6 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由があるから,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。 |
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75別紙1本件発明2〜12と引用発明Aとの相違点1本件発明2と引用発明Aとの相違点相違点a-1〜a-4に同じ。 2本件発明3と引用発明Aとの相違点?相違点a-1〜a-4に同じ。 ?相違点a-5本件発明3は,上記発明特定事項(判決注:前記第1の化合物半導体層のn型ドーパントはSnであり,前記第2の化合物半導体層及び前記第3の化合物半導体層のp型ドーパントはZnである)を備えるのに対して,/引用発明Aは,ドーパントの種類が不明である点。 3本件発明4と引用発明Aとの相違点?相違点a-1〜a-4に同じ。 ?相違点a-6本件発明4は,上記発明特定事項(判決注:前記第3の化合物半導体層上に形成された,インジウム及びアンチモンを含み,該第3の化合物半導体層と同等か,またはそれ以上の濃度にp型ドーピングされた材料である第4の化合物半導体層をさらに備える)を備えるのに対して,/引用発明Aは,「p+Al0.1In0.9Sb層」上に第4の化合物半導体層を備えていない点。 4本件発明5と引用発明Aとの相違点?相違点a-1〜a-4,a-6に同じ。 ?相違点a-7本件発明5は,上記発明特定事項(判決注:前記第4の化合物半導体層は,InSbである)を備えるのに対して,/引用発明Aは,InSbである第4の化合物半導体層を備えていない点。 5本件発明6と引用発明Aとの相違点76?相違点a-1〜a-4,a-6に同じ。 ?相違点a-8本件発明6は,上記発明特定事項(判決注:前記第4の化合物半導体層のp型ドーパントはZnである)を備えるのに対して,/引用発明Aは,ドーパントの種類が不明である点。 6本件発明7と引用発明Aとの相違点?相違点a-1〜a-4に同じ。 ?相違点a-9本件発明7は,「前記第1の化合物半導体層のうち,前記第2の化合物半導体層が形成されていない領域に形成された第1電極と,/前記第3の化合物半導体層上に形成された,第2電極と/をさらに備える」のに対して,/引用発明Aは,そのような電極を備えていない点。 7本件発明8と引用発明Aとの相違点?相違点a-1〜a-4,a-9に同じ。 ?相違点a-10本件発明8は,上記発明特定事項(判決注:前記基板上には,前記化合物半導体の積層体に形成された第1の電極と,該第1の電極が形成された化合物半導体の積層体の隣の化合物半導体の積層体に形成された第2の電極とが直列接続するように,複数の前記化合物半導体の積層体が連続的に形成されている)を備えるのに対して,/引用発明Aは,Si基板上に,複数の積層構造が連続的に形成されていない点。 8本件発明9と引用発明Aとの相違点?相違点a-1〜a-4,a-9に同じ。 ?相違点a-11本件発明9は,上記発明特定事項(判決注:出力信号を測定する際に,前記第1及び第2の電極間のバイアスをゼロバイアスとし,赤外線入射時の信号を開放回路電圧として読み出す)を備えるのに対して,/引用発明Aは,出力信号をどのよう77に測定するのか不明である点。 9本件発明10と引用発明Aとの相違点相違点a-1〜a-4に同じ。 10本件発明11と引用発明Aとの相違点?相違点a-1〜a-4に同じ。 ?相違点a-12本件発明11は,上記発明特定事項(判決注:前記バッファ層が,AlSb,AlGaSb,AlGaAsSb,AlInSb,GaInAsSb,AlInAsSbのいずれかである)を備えるのに対して,/引用発明Aは,バッファー層がGaAsである点。 11本件発明12と引用発明Aとの相違点?相違点a-1〜a-4に同じ。 ?相違点a-13本件発明12は,上記発明特定事項(判決注:前記赤外線センサから出力される電気信号を処理して所定の演算を行う集積回路部とを備え,/前記赤外線センサ及び前記集積回路部が同一パッケージ内にハイブリッドの形態で配設されている)を備えるのに対して,/引用発明Aは,「赤外線検出器」であって,集積回路部及びパッケージを備えた赤外線センサICではない点。 78別紙2本件発明14〜18と引用発明A’との相違点1本件発明14と引用発明A’との相違点相違点a-イ〜a-ニに同じ。 2本件発明15と引用発明A’との相違点?相違点a-イ〜a-ニに同じ。 ?相違点a-14本件発明15は,上記発明特定事項(判決注:前記第1の化合物半導体層のn型ドーパントはSnであり,前記第2の化合物半導体層及び前記第3の化合物半導体層のp型ドーパントはZnである)を備えるのに対して,/引用発明A’は,ドーパントの種類が不明である点。 3本件発明16と引用発明A’との相違点?相違点a-イ〜a-ニに同じ。 ?相違点a-15本件発明16は,上記発明特定事項(判決注:前記第3の化合物半導体層上に,インジウム及びアンチモンを含み,該第3の化合物半導体層と同等か,またはそれ以上の濃度にp型ドーピングされた材料である第4の化合物半導体層を形成する工程をさらに有する)を備えるのに対して,/引用発明A’は,第4の化合物半導体層を備えていない点。 4本件発明17と引用発明A’との相違点?相違点a-イ〜a-ニ,a-15に同じ。 ?相違点a-16本件発明17は,上記発明特定事項(判決注:前記第4の化合物半導体層は,InSbである)を備えるのに対して,/引用発明A’は,InSbである第4の化合物半導体層を備えていない点。 5本件発明18と引用発明A’との相違点79?相違点a-イ〜a-ニ,a-15に同じ。 ?相違点a-17本件発明18は,上記発明特定事項(判決注:前記第4の化合物半導体層のp型ドーパントはZnである)を備えるのに対して,/引用発明A’は,ドーパントの種類が不明である点。 80別紙3本件発明2〜12と引用発明Bとの相違点1本件発明2と引用発明Bとの相違点相違点b-1〜b-3に同じ。 2本件発明3と引用発明Bとの相違点?相違点b-1〜b-3に同じ。 ?相違点b-4本件発明3は,上記発明特定事項(判決注:前記第1の化合物半導体層のn型ドーパントはSnであり,前記第2の化合物半導体層及び前記第3の化合物半導体層のp型ドーパントはZnである)を備えるのに対して,/引用発明Bは,ドーパントの種類が不明である点。 3本件発明4と引用発明Bとの相違点相違点b-1〜b-3に同じ。 4本件発明5と引用発明Bとの相違点相違点b-1〜b-3に同じ。 5本件発明6と引用発明Bとの相違点?相違点b-1〜b-3に同じ。 ?相違点b-5本件発明6は,上記発明特定事項(判決注:前記第4の化合物半導体層のp型ドーパントはZnである)を備えるのに対して,/引用発明Bは,ドーパントの種類が不明である点。 6本件発明7と引用発明Bとの相違点?相違点b-1〜b-3に同じ。 ?相違点b-6-1基板に関して,/本件発明7は,「前記基板は,半絶縁性,または前記基板と該基板に形成された第1の化合物半導体層とが絶縁分離可能である基板」であるのに81対して,/引用発明Bは,「InSb基板」である点。 ?相違点b-6-2電極に関して,/本件発明7は,「前記第1の化合物半導体層のうち,前記第2の化合物半導体層が形成されていない領域に形成された第1電極と,/前記第3の化合物半導体層上に形成された,第2電極と/をさらに備える」のに対して,/引用発明Bは,そのような電極を備えていない点。 7本件発明8と引用発明Bとの相違点?相違点b-1〜b-3,b-6-1,b-6-2に同じ。 ?相違点b-7本件発明8は,上記発明特定事項(判決注:前記基板上には,前記化合物半導体の積層体に形成された第1の電極と,該第1の電極が形成された化合物半導体の積層体の隣の化合物半導体の積層体に形成された第2の電極とが直列接続するように,複数の前記化合物半導体の積層体が連続的に形成されている)を備えるのに対して,/引用発明Bは,InSb基板上に,複数の積層体が連続的に形成されていない点。 8本件発明9と引用発明Bとの相違点?相違点b-1〜b-3,b-6-1,b-6-2に同じ。 ?相違点b-8本件発明9は,上記発明特定事項(判決注:出力信号を測定する際に,前記第1及び第2の電極間のバイアスをゼロバイアスとし,赤外線入射時の信号を開放回路電圧として読み出す)を備えるのに対して,/引用発明Bは,出力信号をどのように測定するのか不明である点。 9本件発明10と引用発明Bとの相違点?相違点b-1〜b-3に同じ。 ?相違点b-9本件発明10は,上記発明特定事項(判決注:前記基板と,前記積層体との間に配置された,格子不整合を緩和させる層であるバッファ層をさらに備える)を備え82るのに対して,/引用発明Bは,バッファ層を備えていない点。 10本件発明11と引用発明Bとの相違点?相違点b-1〜b-3,b-9に同じ。 ?相違点b-10本件発明11は,上記発明特定事項(判決注:前記バッファ層が,AlSb,AlGaSb,AlGaAsSb,AlInSb,GaInAsSb,AlInAsSbのいずれかである)を備えるのに対して,/引用発明Bは,AlSb等のバッファー層を備えていない点。 11本件発明12と引用発明Bとの相違点?相違点b-1〜b-3に同じ。 ?相違点b-11本件発明12は,上記発明特定事項(判決注:前記赤外線センサから出力される電気信号を処理して所定の演算を行う集積回路部とを備え,/前記赤外線センサ及び前記集積回路部が同一パッケージ内にハイブリッドの形態で配設されている)を備えるのに対して,/引用発明Bは,「赤外線検出器」であって,集積回路部及びパッケージを備えた赤外線センサICではない点。 83別紙4本件発明14〜18と引用発明B’との相違点1本件発明14と引用発明B’との相違点相違点b-イ〜b-ハに同じ。 2本件発明15と引用発明B’との相違点?相違点b-イ〜b-ハ同じ。 ?相違点b-12本件発明15は,上記発明特定事項(判決注:前記第1の化合物半導体層のn型ドーパントはSnであり,前記第2の化合物半導体層及び前記第3の化合物半導体層のp型ドーパントはZnである)を備えるのに対して,/引用発明B’は,ドーパントの種類が不明である点。 3本件発明16と引用発明B’との相違点相違点b-イ〜b-ハに同じ。 4本件発明17と引用発明B’との相違点相違点b-イ〜b-ハに同じ。 5本件発明18と引用発明B’との相違点?相違点b-イ〜b-ハに同じ。 ?相違点b-13本件発明18は,上記発明特定事項(判決注:前記第4の化合物半導体層のp型ドーパントはZnである)を備えるのに対して,/引用発明B’は,ドーパントの種類が不明である点。 84別紙5本件発明2〜12と引用発明Cとの相違点1本件発明2と引用発明Cとの相違点相違点c-1〜c-3に同じ。 2本件発明3と引用発明Cとの相違点?相違点c-1〜c-3に同じ。 ?相違点c-4本件発明3は,上記発明特定事項(判決注:前記第1の化合物半導体層のn型ドーパントはSnであり,前記第2の化合物半導体層及び前記第3の化合物半導体層のp型ドーパントはZnである)を備えるのに対して,/引用発明Cは,ドーパントの種類が不明である点。 3本件発明4と引用発明Cとの相違点?相違点c-1〜c-3に同じ。 ?相違点c-5本件発明4は,第4の化合物半導体層が第3の化合物半導体層上に形成されているのに対して,/引用発明Cは,「p+InSb層」は,InSb基板上に形成されている点。 4本件発明5と引用発明Cとの相違点相違点c-1〜c-3,c-5に同じ。 5本件発明6と引用発明Cとの相違点?相違点c-1〜c-3,c-5に同じ。 ?相違点c-6本件発明6は,上記発明特定事項(判決注:前記第4の化合物半導体層のp型ドーパントはZnである)を備えるのに対して,/引用発明Cは,ドーパントの種類が不明である点。 6本件発明7と引用発明Cとの相違点85?相違点c-1〜c-3に同じ。 ?相違点c-7-1基板に関して,/本件発明7は,「半絶縁性,または前記基板と該基板に形成された第1の化合物半導体層とが絶縁分離可能である基板」であるのに対して,/引用発明Cは,「InSb基板」である点。 ?相違点c-7-2電極を形成する位置に関して,/本件発明7は,第1電極が「前記第1の化合物半導体層のうち,前記第2の化合物半導体層が形成されていない領域に形成され」,第2電極が「前記第3の化合物半導体層上に形成され」ているのに対して,/引用発明Cは,p側電極は「p+InSb層」上に,n側電極は「n+InSb層」上に形成されている点。 7本件発明8と引用発明Cとの相違点?相違点c-1〜c-3,c-7-1,c-7-2に同じ。 ?相違点c-8本件発明8は,上記発明特定事項(判決注:前記基板上には,前記化合物半導体の積層体に形成された第1の電極と,該第1の電極が形成された化合物半導体の積層体の隣の化合物半導体の積層体に形成された第2の電極とが直列接続するように,複数の前記化合物半導体の積層体が連続的に形成されている)を備えるのに対して,/引用発明Cは,InSb基板上に,複数の積層体が連続的に形成されていない点。 8本件発明9と引用発明Cとの相違点?相違点c-1〜c-3,c-7-1,c-7-2に同じ。 ?相違点c-9本件発明9は,上記発明特定事項(判決注:出力信号を測定する際に,前記第1及び第2の電極間のバイアスをゼロバイアスとし,赤外線入射時の信号を開放回路電圧として読み出す)を備えるのに対して,/引用発明Cは,出力信号をどのように測定するのか不明である点。 869本件発明10と引用発明Cとの相違点?相違点c-1〜c-3に同じ。 ?相違点c-10本件発明10は,上記発明特定事項(判決注:前記基板と,前記積層体との間に配置された,格子不整合を緩和させる層であるバッファ層をさらに備える)を備えるのに対して,/引用発明Cは,バッファー層を備えていない点。 10本件発明11と引用発明Cとの相違点?相違点c-1〜c-3,c-10に同じ。 ?相違点c-11本件発明11は,上記発明特定事項(判決注:前記バッファ層が,AlSb,AlGaSb,AlGaAsSb,AlInSb,GaInAsSb,AlInAsSbのいずれかである)を備えるのに対して,/引用発明Cは,AlSb等のバッファー層を備えていない点。 11本件発明12と引用発明Cとの相違点?相違点c-1〜c-3に同じ。 ?相違点c-12本件発明12は,上記発明特定事項(判決注:前記赤外線センサから出力される電気信号を処理して所定の演算を行う集積回路部とを備え,/前記赤外線センサ及び前記集積回路部が同一パッケージ内にハイブリッドの形態で配設されている)を備えるのに対して,/引用発明Cは,「赤外線検出器」であって,集積回路部及びパッケージを備えた赤外線センサICではない点。 87別紙6本件発明14〜18と引用発明C’との相違点1本件発明14と引用発明C’との相違点相違点c-イ〜c-ハに同じ。 2本件発明15と引用発明C’との相違点?相違点c-イ〜c-ハに同じ。 ?相違点c-13本件発明15は,上記発明特定事項(判決注:前記第1の化合物半導体層のn型ドーパントはSnであり,前記第2の化合物半導体層及び前記第3の化合物半導体層のp型ドーパントはZnである)を備えるのに対して,/引用発明C’は,ドーパントの種類が不明である点。 3本件発明16と引用発明C’との相違点相違点c-イ〜c-ハに同じ。 4本件発明17と引用発明C’との相違点相違点c-イ〜c-ハに同じ。 5本件発明18と引用発明C’との相違点?相違点c-イ〜c-ハに同じ。 ?相違点c-14本件発明18は,上記発明特定事項(判決注:前記第4の化合物半導体層のp型ドーパントはZnである)を備えるのに対して,/引用発明C’は,ドーパントの種類が不明である点。 88別紙7周知技術について1引用例1〔原告の主張〕引用例1には,活性層を「p型にドーピングする」ことは記載されていない。「unintentionaldoping」とは,「意図しないドーピング」という意味ではなく,「意図的なドーピングがされていないこと」を意味するものである。 〔被告の主張〕引用例1では,光吸収層がπ型であり,π型とは意図しないp型ド-ピングによる近真性のp型であるとされている(41頁)。 2引用例3〔原告の主張〕引用例3には,PIN構造における光吸収層をn型にドーピングすることしか記載されていない。また,引用例3のPIN構造には,バリア層もない。 〔被告の主張〕引用例3に記載されたPINフォトダイオ-ドは,@p+nn+の積層構造を有し,An+層のド-ピング濃度が3×1018cm-3であり,B光吸収層のド-ピングがn型であって,濃度が2×1015cm-3であり,Cp+層のド-ピング濃度が2×1018cm-3である(96頁)。 3引用例4〔原告の主張〕引用例4には,ノイズを低減するために,高温動作ではπにする旨記載されている(453頁)。しかし,「π」,すなわちド-プしないInSbがその材料自体の特性として僅かにp型の性質を示すということと,そのような性質を持った材料にp型不純物を「ド-プする」こととは別であり,上記記載における「π」は,「ド89-プしない」状態を示すものである。また,上記記載は,MCT(HgCdTe)の半導体材料を用いた赤外線センサについてのものであり,InSbの半導体材料を用いた赤外線センサに関するものではない。引用例4の赤外線センサは,本件発明1と積層順も逆である。 なお,引用例4には,使用温度によって光吸収層の導電型を選択することが記載されており(453頁),π型及びν型のいずれでもよいということは記載されていない。 〔被告の主張〕引用例4には,@PINフォトダイオ-ドの積層構造として,近真性(nearintrinsic)でナロ-ギャップの光吸収層が,2つのワイドギャップ層の間に挟まれるか,又は,ワイドギャップ層と高濃度ド-ピング層とに挟まれる構成があること,APIN積層構造の例としてpπn,pπn+,pνn+が挙げられる(下線はバンドギャップが大きいことを意味する)こと,B+記号は1017cm-3以上の高濃度ド-ピングを意味すること,Cπは近真性p型を意味すること,Dνは近真性n型を意味すること,E光吸収層(i層)はπ型及びν型のいずれであってもよいことが記載されている(452頁,453頁)。 また,引用例4には,光吸収層がアンド-プであってもπ型となる場合があることが記載されている(454頁図2a(@))。 4甲5〔原告の主張〕?甲5には,室温動作ではp型の光吸収層を利用し,p型キャリア濃度を「3×1016cm-3」にすることで室温におけるオ-ジェ再結合を抑制する旨記載されている(104頁)。 しかし,甲5の上記記載は,p+-InSb/p-InAsSb/n+-InSb構造のデバイスについての記載であって,InSbはバンドギャップの小さい化合物であり,光吸収層であるInAsSb層とのバンドギャップ差は最大でも約0.9017eVにしかならず,室温において拡散する電子を十分に止めることはできない。 なお,Alを含まないものもバリア層の候補とされるが(本件明細書【0080】,)InSbは,当該候補とはされていない。 したがって,甲5は,p層として,バンドギャップの大きいInAlSbを採用することでπ-InSb層との間の電位障壁(バリア)を形成したものにおいて,π層をp層とするという技術に関するものではない。 ?甲5には,InSb層を,拡散電流を防止するバリア層として機能させる旨の記載はない。そして,甲5における光吸収層へのp型ドーピングは,電子キャリアの発生の抑制,すなわち拡散電流そのものの生成を抑制するという,バリア層とは解決原理を異にした別途の方法として行われている。 ?また,甲5の著者の所属グル-プが,甲5より4年程度後に発表した甲6には,p型ド-ピングされた活性層がノンド-プの活性層に比べてその光感度が劣ることが記載されている。このような甲5及び甲6に接した当業者が,甲5に基づきp型ド-ピングが検出能力の向上に有効であると考える余地はない。 〔被告の主張〕?甲5に記載されたPINフォトダイオ-ドは,@p+-InSb/p-InAsSb/n+-InSbの積層構造を有し,An+層のド-ピング濃度が2×1018cm-3であり,B光吸収層のド-ピングがp型であって,濃度が3×1016cm-3であり,Cp+層のド-ピング濃度が1018cm-3レベルである(104頁)。 ?p層(p+-InSb)は,光吸収層(p-InAsSb)より大きいバンドギャップを有しているから(103頁),電子に対するバリア層として機能している。p層がバリア層として機能するのは,p層のバンドギャップが光吸収層のバンドギャップと比べて相対的に大きいことのみによるものである。 また,本件明細書【0080】には,GaInSb,AlInSbなど,InSbとバンドギャップの近いバンドギャップを有する材料もバリア層として用いられ得るとしている。熱励起電子の発生においては,赤外線吸収により発生する電子と91相違し,p層がバリア層である場合のほうが,熱励起電子の発生量を減少させるために,光吸収層にp型ドーピングを行うことが重要である。 したがって,甲5には,引用発明AないしCと,同じタイプのデバイスが記載されている。そして,検出能力向上のために光吸収層にp型ドーピングすることが記載されており,その濃度は本件発明1の範囲内である。 5甲6〔原告の主張〕甲6のPINフォトダイオードは,p+-AlInSb/InAsSb/n+-AlInSbの積層構造を有する。 しかし,甲6の光吸収層には,ドーピングをしたことを示す記載はないところ(図4.9),光吸収層にp型ドーピングをしたときの感度は,Undopedのときよりも低くなることが確認されている(21〜22頁,図4.3)。 そうすると,甲6は,バリア層のない構造で,p型ドーピングを行うと検出能力が低下するため,p型ドーピングに代わる別の検出能力向上手段として,i-InAsSbに対して,AlInSbのバリア層を設けたものを検討したということであり,このバリア層を設けた構造では,光吸収層はわざわざノンドープとしているのである。 したがって,甲6は,バリア層を設けた構造において光吸収層にp型ドーピングすることを否定するものといえる。甲6からは,感度を上げるために光吸収層にp型ドーピングをする,という技術常識は導き出せない。 〔被告の主張〕?甲6に記載されたPINフォトダイオ-ドは,@p+-AlInSb/InAsSb/n+-AlInSbの積層構造を有し,An+層のド-ピング濃度が1018cm-3であり,B光吸収層の真性キャリア濃度が5×1016cm-3であり,Cp+層のド-ピング濃度が1018cm-3である(26頁)。 ?p層(p+-AlInSb)は,光吸収層(i-InAsSb)より大きい92バンドギャップを有しているから,電子に対するバリア層として機能する(9頁,19頁,25頁)。また,甲6には,アンドープのサンプルの方が良好な結果であったことに疑問が呈され(21〜22頁),p型ドープに代わる別の検出能力向上手段として,バリア層を設けたことを窺わせる記載もなく,光吸収層をあえてノンドープとしたことを窺わせる記載もないことからすれば,甲6は,バリア層を設けた構造において,光吸収層にp型ドーピングすることを否定していない。 したがって,甲6には,引用発明AないしCと,同じタイプのデバイスが記載されている。そして,検出能力向上のために光吸収層にp型ドーピングすることが記載されており,その濃度は本件発明1の範囲内である。 6甲7〔原告の主張〕?甲7には,室温近くで動作する長波長の検出器にはp型ド-ピングが有利である旨記載されている(4頁)。 しかし,甲7の上記記載は,p+-InSb/i-InAsSb/n+-InSb構造の光起電力型検出器についての記載であって,甲5と同様に,InSbはバリア層として機能する層ではない。 ?甲7には,InSb層を,拡散電流を防止するバリア層として機能させる旨の記載はない。そして,甲7における光吸収層へのp型ドーピングは,電子キャリアの発生の抑制,すなわち拡散電流そのものの生成を抑制するという,バリア層とは解決原理を異にした別途の方法として,行われている。 ?また,甲7の赤外線センサは,熱型センサの典型的な挙動が生じているから,熱型センサに関するものであり,量子型センサとしては動作していない。 〔被告の主張〕?甲7に記載されたPINフォトダイオ-ドは,@p+-InSb/p-InAsSb/n+-InSbの積層構造を有し,An+層のド-ピング濃度が1×1018cm-3であり,B光吸収層のド-ピングがp型であって濃度が3〜20×101936cm-3であり,Cp+層のド-ピング濃度が1×1017cm-3である。また,p型ド-ピング濃度が2×1017cm-3である光吸収層(InAsSb層)はp型ともπ型とも称されている(17,25頁)。 ?p層(p+-InSb)のバンドギャップ(0.17eV)は,光吸収層(i-InAsSb)のバンドギャップ(0.103eV〜0.083eV))より大きいから,電子に対するバリア層として機能する(11頁図6,15頁)。 したがって,前記4〔被告の主張〕?と同様に,甲7には,引用発明AないしCと,同じタイプのデバイスが記載されている。そして,検出能力向上のために光吸収層にp型ドーピングすることが記載されており,その濃度は本件発明1の範囲内である。 ?なお,甲7の赤外線センサは,光起電力型検出器の構成を有していることが明確に記載されている(図6,図12)。 7甲10〔原告の主張〕甲10は,HgCdTeという材料を用いたPN接合の赤外線検出器に関するものであり,引用発明AないしCのようなPIN構造の赤外線検出器に関するものではない。甲10の赤外線検出器は,バリア層を設けたものではなく,インジウム及びアンチモンを含む材料系のものですらない。 〔被告の主張〕甲10には,熱励起電子発生メカニズムが記載されているところ(【0005】〜【0007】),同記載によれば,熱励起電子の発生はバリア層の有無によらないというべきである。光吸収層で発生した熱励起電子がp層(バリア層)側に流れることが抑制されたとしても,熱励起電子がn層側に流れると雑音になる。この点で,熱励起電子の発生は赤外線吸収により発生する電子と相違する。 したがって,バリア層の有無に拘わらず,熱励起電子の発生量を減少させて熱励起電子による雑音を抑制するために光吸収層にp型ドーピングを行うことは意味が94ある。 8甲11〔原告の主張〕甲11は,赤外線センサではなく,トランジスタに関する発明である。 〔被告の主張〕甲11に記載された半導体の積層体は,@n+領域のp型ドーピング濃度が5×1017cm-3以上であり,Aπ領域が低濃度p型ドーピングされた層であって,そのp型ドーピング濃度が5×1017cm-3未満(好ましくは1×1015cm-3〜5×1016cm-3)であり,Bp+領域のp型ドーピング濃度が5×1017cm-3以上である(【0003】【0010】)。 9甲12〔原告の主張〕甲12は,赤外線センサではなく,トランジスタに関する発明である。 また,甲12には,i型,π型及びν型において,実質的な差異がないとは何ら記載されていない。 〔被告の主張〕甲12には,i型,π型(近真性の低濃度p型)及びν型(近真性の低濃度n型)は,いずれも真性半導体を表す点で実質的な差異がないとされている(2頁左下)。 10甲13〔原告の主張〕甲13には,i型,π型及びν型において,実質的な差異がないとは何ら記載されていない。甲13には,PIN構造のフォトダイオードにおいては,光吸収層(i層)の高純度化,すなわち不純物を可能な限り少なくすることが重要である旨記載されている(乙4(373頁))。 〔被告の主張〕甲13には,i型はπ型(低濃度p型)及びν型(低濃度n型)の総称であると95され,これらはいずれも真性半導体を表す点で実質的な差異がないとされている(317頁)。 96別紙8本件明細書図面目録図10図1197別紙9引用例図面目録引用例4図2a(@)図2a(A)引用例1図3.2図3.3(a)引用例3図3b図498 |
裁判長裁判官 | 部眞規子 |
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裁判官 | 山門優 |
裁判官 | 片瀬亮 |