関連審決 | 異議2015-700019 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成29行ケ10129 特許取消決定取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成29行ケ10232 特許取消決定取消請求事件 | 判例 | 特許 |
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
28年
(行ケ)
10205号
特許取消決定取消請求事件
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原告 キッコーマン株式会社 原告 日本デルモンテ株式会社 両名訴訟代理人弁理士 栗原浩之 山ア雄一郎 被告特許庁長官 指定代理人中村則夫 鳥居稔 千壽哲郎 井上猛 金子尚人 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2017/06/14 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告らの請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告らの負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告らの求めた裁判
特許庁が異議2015-700019号事件について平成28年8月3日にした取消決定中「特許第5694588号の請求項1〜9に係る特許を取り消す。 との 」部分を取り消す。 |
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事案の概要
本件は,特許異議の申立てを認めて特許を取り消した決定に対する取消訴訟である。争点は,実施可能要件及び明確性要件に関する判断の適否である。 1 特許庁における手続の経緯 原告らは,名称を「加工飲食品及び容器詰飲料」とする発明について,平成26年4月15日,特許出願(特願2014-84039号)をし,平成27年2月13日,その設定登録(特許第5694588号。請求項の数9。以下「本件特許」という。)を受けた(甲3)。 本件特許について,Aから特許異議の申立てがされたため,特許庁は,これを異議2015-700019号事件として審理した。原告らは,平成27年12月8日付けで取消理由を通知された(甲5)ため,その審理の過程で,平成28年2月9日,特許請求の範囲の減縮等を目的として訂正請求(以下「本件訂正」という。)をした(甲4)。 特許庁は,更に同年5月6日付けで取消理由を通知し(甲6),同年8月3日,本件訂正を認めた上で,特許第5694588号の請求項1〜9に係る特許を取り消 「す。」との決定をし,その謄本は,同月12日,原告らに送達された。 2 特許請求の範囲の記載(甲3,4) 本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,請求項に係る発明を,それぞれ請求項の番号に応じて「本件発明1」などといい,本件発明1〜本件発明9を併せて「本件発明」という。また,本件訂正後の本件特許の明細書及び図面を「本件明細書」という。。 ) 【請求項1】 野菜または果実を破砕して得られた不溶性固形分を含む加工飲食品であって, 6.5メッシュの篩を通過し,かつ16メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が10重量%以上であり, 16メッシュの篩を通過し,かつ35メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が5重量%以上25重量%以下である ことを特徴とする加工飲食品。 【請求項2】 請求項1に記載する加工飲食品において, 6.5メッシュの篩を通過し,かつ10メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が10重量%以上である ことを特徴とする加工飲食品。 【請求項3】 請求項1又は請求項2に記載する加工飲食品において, ベータカロテンの含有量は,100グラムあたり100マイクログラム以上20000マイクログラム以下である ことを特徴とする加工飲食品。 【請求項4】 請求項1〜請求項3の何れか一項に記載する加工飲食品において, 食物繊維の含有量は,100グラムあたり0.5グラム以上である ことを特徴とする加工飲食品。 【請求項5】 請求項1〜請求項4の何れか一項に記載する加工飲食品において, リコピンの含有量は,100グラムあたり15ミリグラム以下である ことを特徴とする加工飲食品。 【請求項6】 請求項1〜請求項5の何れか一項に記載する加工飲食品において, カリウムの含有量は,100グラムあたり100ミリグラム以上1000ミリグラム以下である ことを特徴とする加工飲食品。 【請求項7】 請求項1〜請求項6の何れか一項に記載する加工飲食品において, グルタミン酸の含有量は,0.280重量%以下である ことを特徴とする加工飲食品。 【請求項8】 請求項1〜請求項7の何れか一項に記載する加工飲食品において, 野菜搾汁又は/及び果実搾汁とを含む ことを特徴とする加工飲食品。 【請求項9】 請求項1〜請求項8の何れか一項に記載する加工飲食品が容器に封入されたことを特徴とする容器詰飲料。 3 決定の理由の要点(本件訴訟の争点に関連する部分) 本件特許は,以下のとおり,特許法36条4項1号及び同条6項2号に規定する要件を満たしていないから,特許法113条4号に該当し,取り消されるべきものである。 (1) 実施可能要件(特許法36条4項1号)について 本件明細書の段落【0038】の「サンプルを上述のように水で3倍希釈してもなお粘度を有している場合は,たとえメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分であっても篩上に残存する場合があり,その場合は適宜水洗しメッシュ目開きに相当する大きさの不溶性固形分を正しく測定する必要がある。 との記載によれば, 」 不溶性固形分の測定に当たり,なお粘度を有している」 「 か否かの判断基準が必要となる。 また,「適宜水洗」する程度についても,何らかの手順等の特定が必要となる。 しかしながら,本件明細書においては,何をもって粘度を有していると判断し,水洗が必要であるとするのか,その基準が開示されていない。 本件発明(本件特許の請求項1〜9に係る発明)が対象とする加工飲食品は,その組成からみて多少の粘度を有していることは明らかであるところ,なお粘度を有 「している」ことについての基準が開示されていなければ,その後の水洗の要否を当業者は判断することはできない。そして,水洗が必要であると判断した場合であっても,水洗の手順によって測定結果が大きく変化することは当業者において容易に想像し得るところ,水洗をどのような手順で行うか(例えば,どの程度の水量で,どの程度の水の勢いで水洗するか等)についても何ら開示はされていない。 よって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明の「不溶性固形分の割合」の測定方法を当業者が適切に再現することができない。 したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとは認められず,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない。 (2) 明確性要件(特許法36条6項2号)について 本件特許の請求項1に記載された「不溶性固形分の割合」は,上記(1)のとおり,その測定方法が当業者に適切に再現することができないものとなっているため,結局, 「不溶性固形分の割合」としてどのようなものが特定されているのか明らかでなく,特定しようとする発明を不明確にしている。請求項1を引用する請求項2〜9についても,同様である。 よって,本件特許の請求項1〜9の記載は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。 |
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原告ら主張の取消事由
1 取消事由1(実施可能要件に関する判断の誤り) (1) 本件明細書の段落【0036】には,サンプル100グラム(本件発明の加工飲食品)を水200グラムで希釈し,当該サンプルを篩にかけ,篩上に残存したものを重量パーセントで表した値が不溶性固形分とする旨が記載されている。一方,本件明細書(段落【0062】〜【0065】)には,本件発明に係る加工飲食品として実施例A1〜A3を作製したことが記載され,これらの実施例A1〜A3について不溶性固形分の割合を測定した試験例1が記載されている(段落【0088】。 ) このような試験例1や段落【0036】の記載からすれば,不溶性固形分の測定は,本件発明に係る加工飲食品100グラムに水200グラムを混和して篩にかけ,篩上に残った不溶性固形分を計量すればよいということが明らかである。したがって,当業者は,本件明細書の段落【0036】の記載や試験例1の記載に基づき,本件発明を実施することが可能である。 (2) 本件明細書の段落【0038】の記載は,例外的に本来であれば通過しなければならないような大きさの不溶性固形分が篩に残る場合,例えば,不溶性固形分がメッシュよりも明らかに大きな塊となっている場合を想定し,段落【0036】の測定方法を実施する上での注意的な事項として付記的に記載したものである。そして,このようなものが例外的なものか否かは,どの程度の粘度を有しているかによって判断するのではなく,粘度が高くて本来は通過する大きさの不溶性固形分の塊が篩の目にべったり付着して篩上に残っている状態か否かで判断するのである。 本来であれば通過しなければならないような大きさの不溶性固形分が篩に残るか否かについては,そのような大きさの不溶性固形分の塊が篩に残っているかなど目視で容易に判断できるものであり,塊がある場合は水を掛けて塊をくずすだけのことであるから,当業者であれば技術常識として判断できるといえる。 ただし,これはあくまでも例外的なものであり,ほとんどの場合,当業者は,試験例1や実施例A1〜A3の記載など,本件明細書全体から判断し,追加的に粘度の判定及び水洗を実施せずに,段落【0036】の測定方法によって不溶性固形分の測定を行えばよいと判断できる。 また,このような例外的なものは,段落【0036】の測定方法では測定不能であるとしても,不溶性固形分が6.5メッシュの篩上に残り,16メッシュの篩や35メッシュの篩には不溶性固形分が残らない(以下「ケース1」という。, ) 又は,不溶性固形分が16メッシュの篩上に残り,35メッシュの篩には不溶性固形分が残らない(以下「ケース2」という。,又は,不溶性固形分が35メッシュの篩上 )に残り,6.5メッシュの篩や16メッシュの篩には不溶性固形分が残らない(以下「ケース3」という。,と想定され,いずれも本件発明の範囲外となり,段落【0 )038】の記載は本件発明の実施に無関係であり支障はない。 よって,本件明細書の段落【0038】の例外的な記載において不溶性固形分を測定することができないからといって,発明の詳細な発明の記載全体が本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分でないとする決定の判断は失当である。 (3) 本件発明は,野菜又は果実を破砕して得られた不溶性固形分を含む加工飲食品であり,本件発明9は, 「・・・加工飲食品が容器に封入されたことを特徴とする容器詰飲料」とされていること,その他,本件明細書の記載(段落【0063】〜【0080】【0093】〜【0150】 , ,試験例7)から,本件発明に係る加工飲食品は,低粘度の飲料であるといえる。そして,技術常識に照らすと,本件発明に係る加工飲食品の粘度は,相当に低く,まして,加工飲食品100グラムに水200グラムを添加して希釈すれば,十分に,不溶性固形分が水中に分散した状態になることは当業者にとって明らかであり,原則的には,段落【0036】に記載された測定方法で本件発明は実施することが可能である。 (4) 以上によれば,実施可能要件違反がある旨の決定の判断には誤りがあるので,特許取消決定は取り消されるべきである。 2 取消事由2(明確性要件に関する判断の誤り) 本件発明の「不溶性固形分の割合」は,その測定方法が当業者に適切に再現することができるものであるため, 「不溶性固形分の割合」として,どのようなものが特定されているのかが明らかであり,特定しようとする発明は明確である。 したがって,特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号の明確性の要件を満たすものであり,これに反する決定の判断には誤りがあるから,取り消されるべきである。 |
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被告の主張
1 取消事由1(実施可能要件に関する判断の誤り)について (1) 決定の判断について 本件発明には, 「測定したいサンプル100グラムを水200グラムで希釈」しても「なお粘度を有している場合」であって「メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分であっても篩上に残存する場合」が包含されることは,明らかであり,本件発明が実施可能要件を満たすというには,そのようなケースについても,少なくとも,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,その不溶性固形分の割合を正しく測定し,「6.5メッシュの篩を通過し,かつ16メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が10重量%以上であり,16メッシュの篩を通過し,かつ35メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が5重量%以上25重量%以下である」との請求項1記載の条件(以下「本件条件」という。)を満たすかどうかを実際に確認できる必要がある。 ところが,本件明細書には,不溶性固形分の割合の測定に当たり, 「なお粘度を有している」か否かの判断基準(更には, 「メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分であっても篩上に残存する」か否かの判断基準)が記載されていないから,その後の水洗の要否を判断することができない(段落【0038】。水洗を追加的に行う )と,不溶性固形分が含水・膨潤したりするため,水洗を追加的に行うか否かによって測定結果が大きく変化することは,当業者において容易に想像し得るところである。また,水洗が必要と判断した場合であっても,本件明細書には,水洗をどのような手順で行うか(例えば,どの程度の水量で,どの程度の水の勢いで水洗するか等)についても何ら記載されていない。 結局, 「測定したいサンプル100グラムを水200グラムで希釈」しても「なお粘度を有している場合」(段落【0038】)については,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて,加工飲食品のサンプルを実際に篩にかけて不溶性固形分の割合を正しく測定し,本件条件を満たすかどうかを実際に確認することはできない。また,このことは,本件発明2〜9についても同様である。 決定は,上記のような事情を踏まえて,本件明細書の発明の詳細な説明が,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないと判断したものであって,その判断に誤りはない。 (2) 原告らの主張について ア 原告らは,本件発明は,本件明細書の段落【0036】や試験例1の記載から実施可能である旨主張する。 しかしながら,本件発明には,一定程度以上の粘度を有する加工飲食品も含まれるところ, 「なお粘度を有している場合」 (段落【0038】)についての記載が明確かつ十分でないことは,前記(1)のとおりである。 よって,原告らの上記主張は失当である。 イ 原告らは,段落【0038】の記載は,あくまでも例外的な場合の注意的な事項として記載したものであり,ほとんどの場合,当業者は,試験例1や実施例A1〜A3の記載など,本件発明の明細書全体から判断し,追加的に粘度の判定及び水洗を実施せずに,段落【0036】の測定方法によって不溶性固形分の測定を行えばよいと判断できる旨主張する。 しかしながら,本件発明が, 「なお粘度を有している場合」 (段落【0038】)をも包含するものである以上,仮に,原告らが主張するように, 「なお粘度を有している場合」が例外的であったとしても,そのことをもって実施可能要件を満たすということはできない。 ウ 原告らは,想定されるケース1〜3は,いずれも本件発明の範囲外となるから,本件明細書の段落【0038】の記載は,本件発明の実施に無関係であり支障はない旨主張する。 しかしながら,ケース1〜3が, 「なお粘度を有している場合」に該当しないのであれば,各篩上の残存物をそのまま測定するのが正しい測定であるし, 「なお粘度を有している場合」に該当するのであれば,水洗を行うべきであるから,いずれも測定不能なものではない。また, 「なお粘度を有している場合」に,水洗を行わない状態で不溶性固形分の割合が本件条件を満たさないことがあったとしても,そのことは,直ちに本件発明の範囲外となることを意味しない。したがって,本件明細書の段落【0038】の記載が,本件発明の実施に支障がないなどとはいえない。 よって,原告らの上記主張は失当である。 2 取消事由2(明確性要件に関する判断の誤り)について 本件発明の「不溶性固形分の割合」は,その測定方法が,当業者が実施することができないものとなっているから,結局, 「不溶性固形分の割合」として,どのようなものが特定されているのか明らかでなく,本件発明は明確ではない。 したがって,決定の明確性要件に関する判断に誤りはなく,原告らの主張する取消事由2は理由がない。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明について 本件明細書(甲3,4)によれば,本件発明は,次のとおりのものと認められる。 (1) 本件発明の特徴 本件発明は,野菜又は果実を含む加工飲食品及び容器詰飲料に関する。野菜又は果実を破砕することで製造される野菜ピューレ又は果実ピューレが各種提供されているところ,ニンジンやパイナップル等の野菜や果実を単に粗く摺りおろしても,固形分の粒子形状にばらつきが生じたり,固形分と非固形分(液体部分)が分離したりして,食感が悪く,また,生の野菜や果実を破砕すると,褐変して風味が変化し,商品価値が落ちる等の問題があった。さらに,果肉を含む各種飲料については,果肉片等の固形分が大きすぎると飲み込み難い,繊維が細かく断裂されると果肉感が十分に得られない,砂糖等の糖類を添加すると果実本来の自然な香味や食感が損なわれる,カルシウムを添加すると特有の苦み等を呈する,などの欠点もあった。 (段落【0001】〜【0003】【0005】 , ) そこで,本件発明は,このような事情に鑑み,従来の欠点を解消するため,香味に優れ,嗜好性の高い,ニンジンやパイナップル等の野菜又は果実を粗ごししたような野菜感,果実感,又は濃厚な食感を呈する加工飲食品,当該加工飲食品が封入された容器詰飲料を提供することを目的とし(段落【0007】,野菜又は果実を )破砕して得られた加工飲食品における不溶性固形分について, 「6.5メッシュの篩を通過し,かつ16メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が10重量%以上であり,16メッシュの篩を通過し,かつ35メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が5重量%以上25重量%以下」 (請求項1,段落【0008】)という条件(本件条件)を満たすことを特徴とすることによって,上記課題を解決するものである。 本件条件を満たすことによって,第2不溶性固形分(16メッシュの篩を通過し,かつ35メッシュの篩を通過しない不溶性固形分)特有のドロドロした喉ごしや食感が軽減されるだけでなく,第1不溶性固形分(6.5メッシュの篩を通過し,かつ16メッシュの篩を通過しない不溶性固形分)特有の固形感が強調されて感じられるようになるため,本件発明の加工飲食品は,より一層,粗ごしした野菜感,果実感,又は濃厚な食感を呈するという効果を奏することとなる。 (段落【0009】,【0042】【0043】 , ) このように,本件発明は,従来の課題を解決し上記効果を奏するために,加工飲食品における不溶性固形分の割合が本件条件を満たすようにすることを特徴とするものであるといえる。 (2) 本件発明を実施するための形態等 本件発明の加工飲食品は,ペースト状の食品又は飲料の形態を有し,使用する野菜又は果実は特に限定されない。本件発明に係る加工飲食品は,野菜又は果実が破砕され,液体分(搾汁)と不溶性固形分とが混合したピューレ状の形態を有し,そのまま飲食に供することもできるし,食材として用いることもできる。野菜・果実搾汁を添加した飲料とすることもできる。(段落【0030】〜【0033】) 篩上の残存物は,基本的には不溶性固形分であるが,水で3倍希釈してもなお粘度を有している場合は,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分も篩上に残存する場合があり,その場合は適宜水洗しメッシュ目開きに相当する大きさの不溶性固形分を正しく測定する必要がある。(段落【0036】〜【0038】) 2 取消事由1(実施可能要件に関する判断の誤り)について (1) 本件明細書の記載 本件明細書には,「不溶性固形分の割合」の測定に関し,以下の記載がある。 【0035】 本発明に係る不溶性固形分とは,ニンジンやパイナップル等の野菜または果実の可溶性固形分以外の成分であり,その粒子の分布は次の通りである。 【0036】 本発明に係る加工飲食品全体のうち,6.5メッシュの篩を通過し,かつ16メッシュの篩を通過しない不溶性固形分(以下,第1不溶性固形分と称する)の割合は,10%以上である。メッシュとは,1インチ(2.54p)の間に目の数が幾つあるかを示す数字であり,針金の太さと目の間隔はJIS規格で規定されている。 不溶性固形分は,日本農林規格のえのきたけ缶詰又はえのきたけ瓶詰の固形分の測定方法に準じて測定することができる。測定したいサンプル100グラムを水200グラムで希釈し,16メッシュの篩等の各メッシュサイズの篩に均等に広げて,10分間放置後の各篩上の残分重量を重量パーセントで表した値を,本発明の粗ごし感を有する不溶性固形分と定義する。この時,10メッシュの篩も単独でまたは16メッシュの篩等と重ねて使用することができるが,10メッシュの篩上の残分は16メッシュ上の残分よりも不溶性固形分が大きいためにより明確に粗ごし感や野菜感や果実感を実感することができる。ただし,使用する野菜または果実自体の硬度や水分さらには殺菌等の熱処理耐性により実感できる粗ごし感はある程度左右される。しかしながら,20メッシュ以下の細かい網サイズの篩を通過してしまう不溶性固形分は,粗ごし感が十分でなく,逆に粘性やとろみまたはドロドロ感を想起するようになるため,本発明の粗ごし感には定義されない。 【0037】 使用する篩はJIS規格で規定されたメッシュ網が設置されていればよく,例えば直径10センチメートル深さ4.5センチメートルの円筒型篩等が使用できるが,不溶性固形分を測定できれば篩の直径や深さを適宜増減させてもよい。しかし,不溶性固形分がメッシュ上に均一に広がる程度のメッシュ面積が必要で,メッシュ上に不溶性固形分が厚さ5ミリメートル以下にならなければ再現性よく測定することができない。 【0038】 篩上の残存物は,基本的には不溶性固形分であるが,サンプルを上述のように水で3倍希釈してもなお粘度を有している場合は,たとえメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分であっても篩上に残存する場合があり,その場合は適宜水洗しメッシュ目開きに相当する大きさの不溶性固形分を正しく測定する必要がある。 【0088】 [試験例1] 各実施例及び比較例について,不溶性固形分の割合を測定した。具体的には,上から順番に6.5メッシュ,10メッシュ,16メッシュ,20メッシュ,35メッシュの各篩を直列に設置し,実施例及び比較例各100gと水200gとを混和したものをこれらの篩にかけ,10分間静置後に(1)6.5メッシュの篩を通過し10メッシュの篩を通過しないもの,(2)10メッシュの篩を通過し16メッシュの篩を通過しないもの,(3)16メッシュの篩を通過し20メッシュの篩を通過しないもの,(4)20メッシュの篩を通過し35メッシュの篩を通過しないものをそれぞれ計量した。そして,試験に用いた実施例及び比較例の総量(ここでは100g)に対する各(1)〜(4)の割合を不溶性固形分の割合とした。例えば,実施例A1では,(1)の不溶性固形分の割合が75重量%,同(2)が8重量%,同(3)が4重量%,同(4)が8重量%であった。 (2) 検討 明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであることを要する(特許法36条4項1号) 本件 。 発明は, 「加工飲食品」という物の発明であるところ,物の発明における発明の「実施」とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号),物の発明について実施をすることができるとは,その物を生産することができ,かつ,その物を使用することができることであると解される。 したがって,本件において,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,本件発明に係る加工飲食品を生産し,使用することができるのであれば,特許法36条4項1号に規定する要件を満たすということができるところ,本件発明に係る加工飲食品は,不溶性固形分の割合が本件条件(6.5メッシュの篩を通過し,かつ16メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が10重量%以上であり,16メッシュの篩を通過し,かつ35メッシュの篩を通過しない前記不溶性固形分の割合が5重量%以上25重量%以下である)を満たす加工飲食品であるから,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,このような加工飲食品を生産することができるか否かが問題となる。 前記認定のとおり,本件明細書には,不溶性固形分の割合が本件条件を満たすかどうかを判断する際の測定について, 日本農林規格のえのきたけ缶詰又はえのきた 「け瓶詰の固形分の測定方法に準じて,サンプル100グラムを水200グラムで希釈し,16メッシュの篩等の各メッシュサイズの篩に均等に広げて,10分間放置後の各篩上の残分重量」を測定すること(段落【0036】。以下「本件測定方法」ということがある。)が記載されている。さらに,「篩上の残存物は,基本的には不溶性固形分であるが,サンプルを上述のように水で3倍希釈してもなお粘度を有している場合は,たとえメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分であっても篩上に残存する場合があり,その場合は適宜水洗しメッシュ目開きに相当する大きさの不溶性固形分を正しく測定する必要がある。 段落 」 ( 【0038】とも記載されている。 ) 本件明細書の上記記載によれば,本件明細書には,測定対象のサンプルが水で3倍希釈しても「なお粘度を有している場合」であって,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に塊となって残存している場合には,適宜,水洗することによって塊をほぐし,メッシュ目開きに相当する大きさの不溶性固形分の重量,すなわち「日本農林規格のえのきたけ缶詰又はえのきたけ瓶詰の固形分の測定方法に準じて,サンプル100グラムを水200グラムで希釈し,各メッシュサイズの篩に均等に広げて,10分間放置後の篩上の残分重量」(段落【0036】)に相当する重量を正しく測定する必要があることが開示されているものと解される。 そして,本件明細書の「より一層,粗ごしした野菜感,果実感,または濃厚な食感を呈する。(段落【0009】, 」 )「加工飲食品は,ペースト状の食品,又は飲料の形態を有する。(段落【0030】 」 )との記載によれば,本件発明に係る加工飲食品は一定程度の粘度を有するものと認められるから,段落【0036】に記載された本件測定方法によると,実際に,各篩のメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分により形成される塊が篩上に残存する場合も想定されるところである。 しかしながら,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に塊となって残存している場合に追加的に水洗をすると(段落【0038】, ) 本件明細書の段落【0036】に記載された本件測定方法(測定対象サンプル100グラムを水200グラムで希釈し,各メッシュサイズの篩に均等に広げて,10分間放置するという測定手順のもの)とは全く異なる手順が追加されることになるのであるから,このような水洗を追加的に行った場合の測定結果は,本件測定方法による測定結果と有意に異なるものになることは容易に推認される。このように,本件明細書に記載された各測定方法によって測定結果が異なることなどに照らすと,少なくとも,水洗を要する「なお粘度を有する場合」であって, 「メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に塊となって残存している場合」であるか否か,すなわち,仮に,篩上に何らかの固形分が残存する場合に,その固形物にメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が含まれているのか,メッシュ目開きよりも大きな不溶性固形分であるのかについて,本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて判別することができる必要があるといえる(本件条件を満たす本件発明に係る加工飲食品を生産することができるといえるためには,各篩のメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分により形成される塊が篩上に残存する場合であるか否かを判別することができることを要する。。 ) しかしながら,本件測定方法によって不溶性固形分を測定した際に,篩上に残存しているものについて,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が含まれているのか否かを判別する方法は,本件明細書には開示されておらず,また,当業者であっても,本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に照らし,特定の方法によって判別することが理解できるともいえない(篩上に残存しているものが,メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分を含むものであるのか否かについて,一般的な判別方法があるわけではなく,証拠(乙1)及び弁論の全趣旨によれば,測定に使用される篩は,目開きが16メッシュ(1.00o)又は35メッシュ(0.425o)のものと認められるから,篩上に残った微小な不溶性固形分について,単に目視しただけでは明らかではないといわざるを得ない。。 ) そうすると,当業者であっても,本件明細書の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて,その後の水洗の要否を判断することができないことになる。 したがって,本件発明の態様として想定される, 「測定したいサンプル100グラムを水200グラムで希釈」しても「なお粘度を有している場合」 (段落【0038】)も含めて,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件特許の出願時の技術常識に基づいて,本件条件を満たす本件発明に係る加工飲食品を生産することができると認めることはできない。 以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明を当業者が実施できるように明確かつ十分に記載されているものと認めることはできない。 (3) 原告らの主張について ア 原告らは,不溶性固形分の判別方法について,本来であれば通過しなければならないような大きさの不溶性固形分が篩に残るか否かは,そのような大きさの不溶性固形分の塊が篩に残っているかなど目視で容易に判断できるなどと主張する。 しかしながら,前記認定のとおり,目開きが16メッシュ(1.00o)又は35メッシュ(0.425o)の篩上に残った微小な不溶性固形分について,水洗の対象とすべき,「なお粘度を有している場合」であって,「メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に残存する場合」に該当するか否かを目視で容易に判別することはできない。 したがって,原告らの上記主張は採用することができない。 イ 原告らは,本件明細書の段落【0038】の「なお粘度を有している場合」との記載は,例外的に本来であれば通過しなければならないような大きさの不溶性固形分が篩に残る場合,例えば,不溶性固形分がメッシュよりも明らかに大きな塊となっている場合を想定し,本件測定方法を実施する上での注意的な事項として付記的に記載したものであり,ほとんどの場合,本件明細書全体から判断し,追加的に粘度の判定及び水洗を実施せずに,段落【0036】に記載された本件測定方法によって不溶性固形分の測定を行えばよいと判断できる旨主張する。 しかしながら,仮に,原告らの主張するように, 「なお粘度を有している場合」 (段落【0038】)が例外的な場合であったとしても,本件発明の対象である加工飲食品には限定がなく,本件明細書上,上記のような粘度を有する場合が想定されるのであるから,水洗をすることによって各篩上の不溶性固形分の重量を正しく測定することが必要となるのであり,そうである以上,水洗の要否を判断するために,サンプルが「なお粘度を有している場合」であって, 「メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に残存する場合」に該当するか否かを判別することを要する(もっとも,本件明細書には,その判別方法が開示されておらず,当業者であっても,その後の水洗の要否を判断することができないのは前記認定のとおりであり,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとは認められない。。 ) したがって,原告らの上記主張は採用することができない。 ウ 原告らは,「なお粘度を有している場合」(段落【0038】)について,本件測定方法によれば,不溶性固形分の割合が本件条件を満たさないものとなること(ケース1〜3)が想定され,本件発明の範囲外となるから,本件明細書の段落【0038】の記載は,そもそも本件発明の実施に無関係であり支障はないとも主張する。 しかしながら,本件測定方法によっても,サンプルが「なお粘度を有している場合」であって,「メッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分が篩上に残存する場合」には,適宜,水洗を行い,更に不溶性固形分の重量を実際に測定することで,本件発明に係る加工飲食品が製造されたか否かを確認することになり,その結果,本件条件を満たし,本件発明の技術的範囲を充足することもあり得るのであるから,原告らの想定する事例について,直ちに,本件発明の技術的範囲外のものということはできない(なお,仮に,本件明細書の段落【0038】の記載が本件発明の実施に無関係のものと考えるのであれば,少なくとも訂正請求の手続において削除すべきものと解される。。 ) したがって,本件明細書の段落【0038】の記載がそもそも本件発明の実施とは無関係であるとの原告らの上記主張は採用することができない。 エ 原告らは,本件発明9が, 「・・・加工飲食品が容器に封入されたことを特徴とする容器詰飲料」であることからも明らかなように,本件発明に係る加工飲食品は低粘度の「飲料」であり,技術常識からすれば,本件発明に係る加工飲食品の粘度は,相当に低く,ましてや,加工飲食品100グラムに水200グラムを添加して希釈すれば,十分に,不溶性固形分が水中に分散した状態になることは当業者にとって明らかであり,原則的には,段落【0036】に記載の本件測定方法で本件発明は実施可能である旨主張する。 しかしながら,前記認定のとおり,本件発明に係る加工飲食品が一定程度の粘度を有する場合も想定され,また,本件発明の不溶性固形分が希釈サンプルの水中に十分に分散した状態になることが技術常識から明らかであるともいえない(本件明細書の段落【0038】の記載は,加工飲食品100グラムに水200グラムを添加して希釈した場合においても,なお粘度を有している場合」 「 を前提としている。。 ) そうすると,各篩のメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分により形成される塊が篩上に残存する場合(段落【0038】)も含めて,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであると認められないのは前記認定のとおりである。 したがって,原則的には,本件明細書の段落【0036】に記載の本件測定方法で本件発明は実施可能である旨の原告らの上記主張は,採用することができない。 オ 原告らは,不溶性固形分の測定は,本件発明に係る加工飲食品100グラムに水200グラムを混和して篩にかけ,篩上に残った不溶性固形分を計量すればよいということが明らかであるから,当業者は,本件明細書の段落【0036】や試験例1の記載に基づき,本件発明を実施することが可能である旨主張する。 しかしながら,各篩のメッシュ目開きよりも細かい不溶性固形分により形成される塊が篩上に残存する場合(段落【0038】)も含めて,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであると認められないのは,前記認定のとおりである。 したがって,原告らの上記主張は採用することができない。 (4) 以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているとは認められないから,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない旨の決定の判断に誤りはなく,本件特許は,特許法113条4号に該当し,取り消されるべきものである。 よって,原告らが主張する取消事由1は理由がない。 |
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結論
以上のとおり,原告ら主張の取消事由1は理由がなく,その余の取消事由について判断するまでもなく,原告らの請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 清水節 |
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裁判官 | 中島基至 |
裁判官 | 岡田慎吾 |