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事件 |
平成
28年
(ネ)
10096号
損害賠償請求控訴事件
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控訴人パイオニア株式会社 同訴訟代理人弁護士 田中昌利 上田一郎 山本宗治 同補佐人弁理士 豊岡静男 被控訴人 株式会社いいよねっと 被控訴人補助参加人 ガーミンリミテッド 上記2名訴訟代理人弁護士 小林幸夫 弓削田博 河部康弘 同訴訟代理人弁理士 矢口太郎 橋隼人 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2017/05/23 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 本件控訴を棄却する。 2 控訴人の当審における追加請求を棄却する。 13 当審における訴訟費用は全て控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。 2 被控訴人は,控訴人に対し,2億9505万9600円及びこれに対する平成26年10月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(主位的請求)。 3 被控訴人は,控訴人に対し,1億7732万7734円及びこれに対する平成26年10月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(控訴人は,当審において,不当利得返還請求を予備的に追加した。)。 4 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。 |
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事案の概要(略称は,審級による読替えをするほか,原判決に従う。)
1 本件は,発明の名称を「ナビゲーション装置及び方法」とする特許第3442138号に係る特許権(本件特許権)を有する控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人の輸入 販売する原判決別紙被告装置目録に記載された各装置 ・ (被控訴人装置)が本件特許権の文言侵害あるいは均等侵害に当たると主張して,本件特許権侵害の不法行為に基づき損害賠償を求めた事案である。なお,被控訴人に被控訴人装置を販売した被控訴人補助参加人(以下,被控訴人と併せて「被控訴人ら」という。)が,被控訴人を補助するため,本件訴訟に参加した。 原判決は,被控訴人装置は本件特許権の文言侵害及び均等侵害に当たらないとして,控訴人の請求を棄却した。 そこで,控訴人が原判決を不服として控訴するとともに,不当利得返還請求を予備的に追加した。 2 前提事実 以下のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の1記載のとおりであるから,これを引用する。 2 (1) 原判決3頁2行目の「これに対して」から3行目の「係属中である。」までを「被控訴人補助参加人は,この審決に対し取消しを求める訴えを提起し(当庁平成28年(行ケ)第10169号),現時点において,同審決は確定していない。」と改める。 (2) 原判決5頁4行目の「別紙」を「原判決別紙」と改め,以下も同様とする。 (3) 原判決5頁4行目の「被告装置」を「被控訴人装置」と改め,以下も同様とする。 3 争点 原判決5頁17行目の末尾を改行して「(6) 控訴人の利得額」を加えるほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の2記載のとおりであるから,これを引用する。 |
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争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(被控訴人装置は本件発明の構成要件Gを充足するか)について〔控訴人の主張〕 (1) 構成要件Gの解釈について ア 本件特許出願当時において,ナビゲーション装置が,距離センサー,方位センサー及びGPSなどを使って現在位置を検出し,それを電子地図データに含まれるリンクに対してマップマッチングさせ,出発地点に最も近いノード又はリンクを始点とし,目的地に最も近いノード又はリンクを終点とし,ダイクストラ法等を用いて経路を探索し,得られた経路に基づいて,マップマッチングによって特定されたリンク上の現在地から目的地まで経路誘導するものであったことは,技術常識であった。 このように,カーナビ技術において,地点の情報は,対応するリンクが特定されて初めて経路上の位置としての意味を持つものである。カーナビゲーションシステムにおけるコンピュータ処理により地点情報を扱う際には,当該地点が対応するリンクを特定し,そのリンクを用いた処理を伴うのが技術常識である。 本件明細書【0003】ないし【0007】の記載,及び「カーナビ経路探索技 3術」(甲24)において,本件特許が,「探索基点の追加」という課題を「ノードテーブルの改良」という解決手段を用いている発明であると記載され,分類されていること(同64頁,302頁)からすれば,本件発明が,ノードとリンクを用いて経路を探索し,得られた経路データに基づいて,現在地から目的地まで経路誘導するという,前記の本件特許出願当時における技術常識を踏まえた上で,本件発明の課題を解決したものであることは,当業者にとって自明であった。 イ 構成要件Gの「前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点と,が異なる場合」であるか否かを判断するには,前記アのとおり,まず,誘導開始地点である移動体の現在位置を,距離センサー,方位センサー及びGPSなどを使って検出し,電子地図データとの間で照合させて,電子地図上のどのリンク上に存在するかを特定し,経路データのリンクのリストと比較する。その結果,経由予定地点を超えたリンクと一致する場合には誘導開始地点のリンク,すなわち,一致した経路データのリンクから誘導を開始することになるのである。 要するに,本件発明の構成要件Gにおける「前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点と,が異なる場合」とは,探索開始地点が属するリンクを含む,探索された目的地までの経路リンクのリスト(経路データ)と,誘導開始地点が属するリンクとを比較した結果,3つの全ての条件(探索開始地点が属するリンクと誘導開始地点が属するリンクとが異なっており,誘導開始地点が属するリンクが,経路リンクのリスト中のリンクであって,経由予定地点を超えた(同リスト中の後続の)リンクと対応すること)を満足する場合であると,当業者であれば通常理解する(このことは,本件訂正後の構成要件G’「前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点とが異なり,誘導開始地点が,設定された経路上の,経由予定地点を超えた地点となる場合」においては,なおのこと明らかで 4ある。)。そして,「前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する」とは,当該一致した経路リンクに基づいて同リンクから誘導を行うことであると,当業者であれば通常理解する。原判決は,探索開始地点と誘導開始地点との「ずれ」を判断する方法として,両地点を直接比較する以外の方法は本件明細書に記載されていないから,他の方法が想定されていたとは認められない旨を判示しているが,技術常識を踏まえない判断である上,事実にも反する。 ウ 仮に,「探索開始地点と…誘導開始地点とが異なり」という表現のみを独立して解釈しても,両地点を(直接)比較するという誤った解釈とはならない。 すなわち,この記載は,「異なる」という結果を記載したものであり,その結果を導くためのナビゲーション装置における具体的処理の方法をもって表現する方式は採っていない。「探索開始地点と…誘導開始地点とが異なり」という結果に至る具体的な処理の方法は,当業者であれば,本件出願当時の技術常識に基づき理解することができる。すなわち,本件特許出願当時の技術常識を踏まえれば,当業者であれば,通常,カーナビゲーション技術において,経路中の2つの地点を比較するということは,ナビゲーション装置において使われている電子地図などの情報により,当該2つの地点がそれぞれどのリンク上に存在するかを特定し,コンピュータ処理により,当該2つのリンクの情報を比較することと理解する。 そうすれば,カーナビゲーション技術の下では,「探索開始地点と…誘導開始地点とが異なり」とは,原判決が判示するように,「点と点とを(直接)比較し,両地点が異なるかどうかを判断する」ということではなく,当該2つの地点がそれぞれ存在するリンクを特定し,コンピュータ処理により,2つのリンクの情報を比較することを意味することになる。 (2) 被控訴人装置について 被控訴人装置においては,@経路誘導の計算が行われ,これが終了すると,出発地点P0から目的地Pnまでの経路を示す経路リンクのリスト(構成要件Gの「経路 5データ」に相当)がメモリに保存され,A他方で,車両の現在位置Cと地図データの地図リンクとの照合が行われ,その際,車両の現在位置Cと,地図データのノード間を結ぶ地図リンクとを比較することで,車両の現在位置Cと一致する地図リンク(誘導開始地点を含むリンク)が特定される。そして,被控訴人装置においては,前述のとおり,経路探索中に自動車を移動させ,経路に含まれる転換点を通過した場合には,通過した転換点の次の転換点について,誘導情報の出力がなされる(原判決別紙被控訴人動作目録3-2-6)のであるから,構成要件Gの「前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点と,が異なる場合に,前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御」していることは明らかである。 また,前述のとおり,経路誘導が開始される時点(誘導開始地点)に車両が存在するリンクが,設定された経路上にあり,かつ,経路データ(ルートリンク)のどの番号として存在しているか,それとも経路データ上には存在しないのかを判断するためには,誘導開始地点が存在するリンクが,経路データのどのリンクに対応するかを,経路データの最初のリンクから順次比較することで確認せざるを得ないし,また,このように比較することが効率的である。そうであれば,被控訴人装置においては,探索された目的地までの経路リンクのリスト(経路データ)と誘導開始地点が属するリンクとを順次比較し,その一環として,リストの先頭にある探索開始地点が属するリンクと,誘導開始地点が属するリンクとの比較が行われ,その結果,「探索開始地点と…誘導開始地点とが異なる」か否かが分かることになる。 〔被控訴人らの主張〕 (1) 構成要件Gの解釈について ア 控訴人の主張(1)ア記載の技術常識は認める。ただし,現実に最適経路探索を行う場合には,電子地図上の特定のリンクに対応する道路が一方通行であるか対面交通可能であるか,特定のノードに対応する交差点において右折又は左折禁止の規 6制があるか等,通過方向の情報を考慮する必要がある。このため,リンクやノードの情報には通過方向を示す情報が含まれており,これも本件特許出願時の技術常識である。 控訴人が提示した技術常識,すなわち,マップマッチングで特定されたリンクと経路リンクとの比較(リンクとリンクの比較)は,本件発明の構成要件Dで規定する経路探索又は構成要件Eで規定する経路誘導に関するもの,換言すれば,経路探索又は経路誘導そのものであり,構成要件Gとは無関係である。 リンクを用いるのはダイクストラ法による経路探索と,現在地の属する経路リンクを特定する場合のみであり,実際の経路誘導は現在地という地点を使用しなければならない。リンクにより特定できる地点は,そのリンクの始点ノード及び終端ノードのみであり,「リンクによって誘導を行う」というときには,案内開始地点や現在地を特定することはできないから,リンクの始点ノード若しくは終端ノードから案内することはできても,現在地からそのリンクの終端ノードへ至る部分の案内はできないことになる。さらにいえば,控訴人の解釈によると,リンクやノードを基準とした案内しかできなくなるから,出発地,現在地,目的地間の正確な誘導案内はできなくなる。 イ 本件発明の正しい解決課題は,誘導開始前の動くべきでない期間内に移動体が誤って動いてしまった場合でも的確に移動体の誘導を行うことであり,具体的な解決手段は,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両者にずれがあるかを判定することにより,移動体が探索開始地点から動いてしまったか否かを判定し,動いてしまっている場合には,探索開始地点ではなく誘導開始地点からの誘導開始に基づいて制御することである。このことは,控訴人が,本件特許の出願手続中に,探索開始地点と誘導開始地点とを比較する点が明確に記載されていないと指摘する平成15年1月15日付け拒絶理由通知書(乙8)に対して提出した同年2月5日付け意見書(乙9)及び手続補正書(乙10)によって,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両者が異なるかを実際に判定することを明確にした上で特許査定を 7受けたことからも明らかである。 上記の正しい理解に基づけば,構成要件Gの点と点が異なるとは,点と点を直接比較し異なるかどうかを判定するという具体的なコンピュータ処理でしかあり得ない。 ウ 控訴人の解釈に従えば,構成要件Gは,課題の具体的解決方法を一切明示せずに,「経路探索中に自車が走行しており,経由予定地点設定終了のタイミングにおいて,経由予定地点を既に通過している場合」に「前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する」という課題そのものを記載したものとなり,構成要件Gは,控訴人の願望が記載されているにすぎないものになる。このような解釈をすれば,本件特許は特許法36条6項2号違反となるから,控訴人主張の解釈は採用し得ない。 探索開始地点と誘導開始地点を比較すると明記されているにもかかわらず,技術常識を踏まえるとリンクとリンクを比較すると理解できる旨の控訴人の主張は,甚だ疑問である。この点を措いて,仮に控訴人の主張のとおりだとすると,本件発明の新規性・進歩性を基礎付ける部分は技術常識であるということになり,特許法29条の規定により特許されないことになる。 (2) 被控訴人装置について ア 控訴人の主張は,否認ないし争う。 被控訴人装置においては,探索開始地点と誘導開始地点との直接比較をしていないし,控訴人が主張するような出発地リンクと現在地リンクとの比較もしていないから,構成要件Gを充足する余地はない。そもそも,被控訴人装置においては,経路探索開始指令と誘導開始指令は常に同一のタイミングで与えられるため,構成要件Gにおいて判断されるような「異なる場合」がない。 イ 被控訴人装置は,車両が経路上にある場合には,専ら車両の現在位置に基づいて,経路の進行方向にある次の経由地点へと誘導しているだけである。すなわち,車両が経路の先頭からどの順で経由地を通過したかの履歴を参照する作業を行って 8いない。これを本件特許出願当時の技術常識に照らせば,その具体的方法は,マップマッチングにより自車位置が属する経路リンクの番号を特定した後,そのリンクに含まれる通過方向等の情報により,次に案内する案内地を特定できるということである。 ウ リストに含まれる番号順に最初から順次比較していくことも,1つの処理の方法ではある。しかし,経路を構成するリンクの数が膨大であるときには,比較の仕方として様々な工夫を行い,全てのリンクとの比較をしないようにプログラムを構成しようとするのがむしろ自然である。被控訴人装置においては,過去の経由予定地点の通過情報を用いておらず,専ら現在位置に基づいて次の経由予定地点を案内するものであるから,経路リンクリストと現在地の比較の仕方に特に制限はない。 したがって,先頭から順次比較する方法に拘束されるものではない。また,仮にそのようにしていたとしても,それは,あくまで,車両の現在位置が所定の経路リンク上に載っているか否か,すなわち経路逸脱しているかを判断しているにすぎないから,構成要件Gを満たすものではない。 2 争点(2)(被控訴人装置は本件発明と均等であるか)について〔控訴人の主張〕 仮に,本件発明の構成要件Gにおける「前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点とが異なる場合」とは,誘導開始地点という「地点」が,探索開始地点という「地点」とは異なるものと解されるとして文言侵害が否定されたとしても,誘導開始地点と探索開始地点との比較を,誘導開始地点が含まれるリンクと,探索開始地点が含まれるリンクとの比較に置換した被控訴人装置は,本件発明と均等である。 (1) 第1要件(非本質的部分) 本件発明の本質的部分とは,通過すべき経由予定地点の設定中に既にそれらの経由予定地点のいずれかを通過してしまったか否かを判断する部分ではなく,通過す 9べき経由予定地点の設定中に既にそれらの経由予定地点のいずれかを通過してしまった場合において,移動体の現在位置と経路データに基づいて,当該移動体の現在位置(誘導開始地点)から誘導を開始するという部分である。 (2) 第2要件(置換可能性)及び第3要件(置換容易性)誘導開始地点という「地点」が,探索開始地点という「地点」とは異なるという要件を確認することは,本件特許出願当時の技術常識を踏まえれば,誘導開始地点が属するリンクが,探索開始地点が属するリンクとは異なる場合であるか否かを確認することと何ら変わりがない。 したがって,第2要件と第3要件とを満たすことは明らかである。 (3) 第4要件(容易推考でないこと)被控訴人装置が,本件発明の出願時において公知であった技術と同一,又はこれから上記出願時に当業者が容易に推考できたものとはいえないことは明らかである。 (4) 第5要件(意識的除外)控訴人は,本件発明の出願手続において,被控訴人装置の構成等を特許請求の範囲から意識的に除外していないし,また,それに類するような特段の事情も存しない。 〔被控訴人らの主張〕(1) 第1要件(非本質的部分)控訴人主張の本件発明の本質的部分は争う。 出願当時の技術常識に照らせば,単に現在地(誘導開始地点)から経路誘導を開始するものは,技術常識に含まれるか,少なくとも従来技術であったとしなければならず,本件発明の本質的部分にはなり得ない。 本件発明の課題は,本来車両が動くことが想定されていない経路誘導開始前に車両が動いてしまう場合が想定されるような構成を備えたカーナビゲーションに限った課題であり,具体的には,本件明細書に開示された実施例のように経路探索開始の指示と経路誘導開始の指示とが異なるタイミングで与えられるような構成におけ 10る課題である。そして,このような構成において,具体的に探索開始地点と誘導開始地点とを比較して,「探索開始地点と誘導開始地点とが異なる場合」に当たるか否かで判定するのが,構成要件G,すなわち本件発明の要旨であり,本件特許を特徴付ける本質的部分なのである。 控訴人は,平成15年2月5日付け手続補正書(乙10)により,構成要件Cで記憶した探索開始地点を実際に誘導開始地点と比較するものであることを明確にし,これにより,本件発明は特許査定を受けた。このような出願経過に対して,控訴人の本質的部分の解釈は,少なくとも「前記記録した探索開始地点」の利用が含まれないものであるから,包袋禁反言の原則により許されない。 「前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する」ことは,単に探索開始地点において行っている処理を誘導開始地点で行うことにすぎない。すなわち,探索開始地点というのは,「経路の探索を開始する時点の前記移動体の現在位置」(構成要件C)であり,誘導開始地点というのは,「前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置」であるから,現在地点から誘導開始をするという制御を行っているにすぎず,構成要件D及びEの処理と何ら変わりがない。また,「前記記憶した探索開始地点と,…誘導開始地点とが異なる場合」が,課題となっている「通過すべき経由予定地点の設定中にすでにそれらの経由予定地点のいずれかを通過してしまった場合」 (【0011】)に当たることは明らかであり,これを単に「条件」として,当該場合に制御が行われることが本件発明であるとすれば,構成要件Gは単に課題を解決できた状態を記載しただけ,つまり,控訴人の願望を記載しただけのものとなってしまう。 (2) 第2要件(置換可能性)及び第3要件(置換容易性) 既知の探索開始地点と既知の誘導開始地点(現在位置)とを比較するのに,それぞれをわざわざリンクに置き換えて比較するという面倒なステップを踏む必要は全くない。そのような処理はリンクに置き換える処理が介在する分だけ処理に余計に時間がかかるため,当業者がそのような置換を行うことはあり得ない。 11 カーナビゲーションの技術常識に限らず,一般技術常識に照らすだけでも,「点と点の比較」と「リンクとリンクの比較」は同意義ではなく,したがって作用効果も全く異なるものであることは明らかである。このことは,リンクとリンクとが同じ場合であっても,点と点とが異なる場合があることからも明白である。 したがって,構成要件Gの「点と点の比較」を「リンクとリンクの比較」に置換することには意味がなく,そのような置換をする可能性はない。また,単に置き換えても,同一の作用効果を得ることはできない。 (3) 第4要件(容易推考でないこと) 被控訴人装置の,リンクとリンクとの比較により経路上で現在位置を特定する処理方法は,従来公知である(乙17,18)。また,乙第1号証には,経路誘導を開始する際に,仮に自車位置が2番目,3番目の経由地まで到達してしまった場合の課題,及びその解決手段として再度経路の設定を行うことなく最も近い次の経由地を誘導する技術思想が開示されている。 そうすると,乙1発明において,現在位置のリンクと経由地のリンクとを比較して,最も近い次の経由地を探す構成にして被控訴人装置をなし得ることは容易である。 したがって,被控訴人装置は,少なくとも,本件発明の出願時における公知技術から当業者が容易に推考できたものである。 (4) 第5要件(意識的除外) 平成15年1月15日付けの拒絶理由通知書における指摘及びこれを受けて提出された同年2月5日付けの手続補正書を経て,本件発明が特許査定を受けたことからすれば,控訴人は,構成要件Gの「異なる場合」の技術的意義として,コンピュータが,構成要件Cで記憶した探索開始地点を実際に誘導開始地点と比較する以外の処理を意識的に除外していることは明らかである。 3 争点(3)(本件特許には無効理由があるか)について 原判決15頁12行目から23頁19行目までに記載のとおりであるから,これ 12を引用する。 4 争点(4)(本件訂正により本件特許の無効理由が解消したか)について 以下のとおり訂正するほかは,原判決23頁21行目から25頁21行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決24ページ9行目の「前記(1)ア及び(2)ア」を「前記(1)及び(2)の控訴人の主張」と改める。 (2) 原判決25頁8行目の「前記(1)イ及び(2)イ」を「前記(1)及び(2)の被控訴人らの主張」と改める。 5 争点(5)(控訴人の損害額)について 原判決25頁23行目から26頁10行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。 6 争点(6)(被控訴人の利得額)について〔控訴人の主張〕 被控訴人は,控訴人から本件発明の実施許諾を受けることなく,被控訴人装置を輸入し,販売し,又は販売の申出をしており,少なくとも,本来控訴人に対して支払うべき実施料相当額の支払を免れている。そして,控訴人が,被控訴人に対して,本件発明の実施許諾を行う場合,平成18年11月から平成23年10月までの60か月間に,その実施に対し受けるべき金額は,被控訴人装置の売上高の3%であって,1億7732万7734円を下らない。 以上のとおり,被控訴人は,平成18年11月(被控訴人装置の輸入・販売開始時期)から平成23年10月(本件提訴の3年前)までの間に法律上の原因なく,少なくとも1億7732万7734円の利得を得て,控訴人に同額の損失を与えた。 また,被控訴人は,少なくとも本件訴状送達の翌日以降は悪意の受益者である。 〔被控訴人らの主張〕 控訴人の主張は,争う。 |
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当裁判所の判断
13 当裁判所も,被控訴人装置は,本件発明の構成要件Gを充足せず,均等も成立しないから,控訴人の請求をいずれも棄却すべきものと判断する。 その理由は,以下のとおりである。 1 本件明細書の記載について 原判決26頁13行目から30頁2行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。 2 争点(1)(被控訴人装置は本件発明の構成要件Gを充足するか)について (1) 構成要件Gの解釈について ア 特許請求の範囲の記載 本件発明の構成要件Gは,「前記制御手段は,前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点と,が異なる場合に,前記誘導開始地点からの前記移動体の誘導開始に基づいて前記誘導情報出力手段を制御する」というものであるから,上記構成要件の文言によれば,本件発明は,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なることという要件を充たす場合に,所定の制御を行うものであると解される。 イ 明細書の記載 前記1認定のとおり,本件明細書には,@【作用】欄に,「本願請求項1または6に記載のナビゲーション装置または方法の発明では,移動体が経路探索を開始した探索開始地点と,当該経路が設定された誘導開始地点とが異なる場合に,具体的には,探索開始地点から経路を設定するまでの間に移動体が移動することにより経路探索を行う際に用いた移動体の現在位置とは異なる位置から誘導を開始する場合に,的確に移動体の実際の現在位置に対応する経路誘導を正確に行うことができる。 …」(【0018】)との記載,A【発明の効果】欄に,「本願発明によれば,移動体が経路探索を開始した探索開始地点と,当該経路が設定された誘導開始地点とが異なる場合に,具体的には,探索開始地点から経路を設定するまでの間に移動体 14が移動して経路探索を行う際に用いた移動体の現在位置とは異なる位置から誘導を開始する場合に,的確に移動体の実際の現在位置に対応する経路誘導を正確に行うことができる。…」(【0038】)との記載がある。これらの記載は,「探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点が異なることという要件を充たす場合に,所定の制御を行う」という構成要件Gに係る上記解釈に沿うものである。 ウ 出願経過 平成15年1月15日付け拒絶理由通知書(乙8)には,「本願発明の目的である通過すべき経由地点の設定中にすでにそれらの経由地点のいずれかを通過してしまった場合でも,正しい経路誘導を行うための構成である『設定指令が入力された時点での車両現在位置を探索開始地点として記憶し,この記憶された探索開始地点と,経路データが設定された移動体の経路誘導が開始される時点での移動体の現在位置を比較する』点が明確に記載されていない」旨の記載がある。これを受けて提出された同年2月5日付け意見書(乙9)には,「探索開始地点が記憶されることを明確にするとともに,経路データ設定手段が『記憶した探索開始地点を基に経路の探索を行い,当該経路を経路データとして設定する』と補正して探索開始地点と経路データの関係を明確にし,制御手段における記憶された探索開始地点と誘導開始地点を比較する点を明確に致しました。 旨記載されている。 」 そして,控訴人は,同日付け手続補正書(乙10)を提出して,上記記載に沿った補正を行った。 これらの記載によれば,控訴人は,探索開始地点を記憶し,この記憶された探索開始地点と経路誘導が開始される時点での移動体の現在位置を比較する点が明確でないとの指摘に対し,上記意見書において,かかる点を明確にするために,探索開始地点が記憶されること及び探索開始地点と誘導開始地点を比較することを明確にし,同旨の補正を行ったのであるから,リンクと関連付けられていない探索開始地点を地点として記憶した上で誘導開始地点と比較すること,すなわち,地点同士を比較することを明らかにした趣旨であると解するのが相当である。 以上のとおり,構成要件Gの前段が,リンクとリンクではなく,地点と地点を比 15較するものと解釈すべきことは,本件特許の出願経過からも裏付けられる。 エ 控訴人の主張について(ア) 控訴人は,本件特許出願当時の技術常識を考慮すれば,本件発明の構成要件Gの「前記制御手段は,前記記憶した探索開始地点と,当該経路データが設定され,前記移動体の経路誘導が開始される時点の当該移動体の現在位置を示す誘導開始地点と,が異なる場合」とは,探索開始地点と誘導開始地点を直接比較するのではなく,当該2つの地点がそれぞれどのリンク(交差点であるノードとノードの間を結ぶ線分)上に存在するかを特定し,コンピュータ処理により,当該2つのリンクの情報を比較することを意味する,技術的にはノードとリンクを用いた地図データに基づき誘導情報を出力するという処理を行う前提であっても,クレーム上の記載としては,ノード/リンクによる具体的処理の方法をもって表現する方式で記載されない場合も珍しくなかった(甲27,乙18)などと主張する。 確かに,本件特許出願当時において,ナビゲーション装置が,距離センサー,方位センサー及びGPSなどを使って現在位置を検出し,それを電子地図データに含まれるリンクに対してマップマッチングさせ,出発地点に最も近いノード又はリンクを始点とし,目的地に最も近いノード又はリンクを終点とし,ダイクストラ法等を用いて経路を探索し,得られた経路に基づいて,マップマッチングによって特定されたリンク上の現在地から目的地まで経路誘導するものであったことは,技術常識であったと認められる(争いのない事実。甲8,12〜14,24〜27)。 (イ) しかし,かかる技術常識は,本件特許の構成要件D(経路探索)又はE(経路誘導)に関するものであり,構成要件Gに直接対応付けられるものではない。そして,上記技術常識においても,出発地点と経路誘導に用いるノードとは一致するものではなく(現に,被控訴人装置においても,出発地点と経路誘導に用いるノードは一致しない。乙14),構成要件Gの「探索開始地点」について,対応するリンクを特定する必要はないものと解される。そうすると,上記技術常識を考慮しても,「探索開始地点」と「誘導開始地点」とを比較する上で,各点の存するリンク 16とリンクを比較する構成が当然に導かれるものではないというべきである。そして,別件特許(甲27,乙18)の明細書の記載の仕方を考慮しても,上記判断は左右されるものではない。 (ウ) また,仮に,控訴人主張のとおり,リンク同士を比較するものと解するとすれば,構成要件Gの前段における「異なる場合」の判断手法は,従来技術におけるリンクを用いた位置の把握と何ら変わりなく,同後段は,同前段の場合の誘導情報出力手段を規定したにすぎないから,本件発明の新規性・進歩性を認めることが困難となる。 したがって,かかる点においても,控訴人の主張は採用できない。 オ 構成要件Gの解釈 以上のとおり,構成要件Gは,探索開始地点と誘導開始地点について,地点同士を比較して異なるかどうかを判断し,異なる場合に所定の制御を行うものと解するのが相当である。 (2) 被控訴人装置について ア 証拠(乙16の1)によれば,被控訴人装置においては,@経路誘導の計算が行われ,これが終了すると,出発地点P0から目的地Pnまでの経路を示す経路リンクのリストがメモリに保存され,A他方で,上記@の経路誘導とは独立して,継続的に,車両の現在位置Cと地図データの地図リンクとのマッチングが行われ,その際,車両の現在位置Cと,地図データのノード間を結ぶ地図リンクとを比較することで,車両の現在位置Cと一致する地図リンクを特定し,B上記Aのマップマッチングで特定されたリンクが上記@の経路リンクと比較され,経路リンクの一つと直接対応すると,後記の道路境界領域の処理は行われず,その代わりに地図リンクと一致する経路リンクに基づいて誘導が行われ,他方で,位置Cが,経路リンクに載っていない場合,所定の方法で絞り込んだ道路境界領域内のリンクと現在位置とを比較してリンク上に載っているか否かの判定をするとの作業が行われていることが認められる。 17 イ 以上のとおり,被控訴人装置においては,車両の現在位置Cと一致する経路リンクに基づいて経路誘導を行っているのであって,探索開始地点と誘導開始地点を比較して両地点が異なるかどうかを判断する作業は行われていないし,その必要もないと認められる。 (3) 小括 したがって,被控訴人装置は,構成要件Gを充足しないから,本件発明の技術的範囲に属さない。 3 争点(2)(被控訴人装置は本件発明と均等であるか)について (1) 均等の要件について 特許請求の範囲に記載された構成中に,相手方が製造等をする製品又は用いる方法(以下「対象製品等」という。)と異なる部分が存する場合であっても,@同部分が特許発明の本質的部分ではなく,A同部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,B上記のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,C対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから当該出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,D対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,同対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(以下,上記@ないしDの要件を,順次「第1要件」ないし「第5要件」という。)(最高裁平成6年(オ)第1083号同10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。 (2) 控訴人の主張について 控訴人は,仮に被控訴人装置が本件発明の構成要件Gを文言上充足しないとしても,誘導開始地点と探索開始地点との比較を,誘導開始地点が含まれるリンクと, 18探索開始地点が含まれるリンクとの比較に置換した被控訴人装置は,本件発明と均等である旨主張する。 しかし,そもそも,被控訴人装置においては,出発地点(探索を開始する地点)がリンクと関連付けられていないし(乙14),仮に,出発地点(探索を開始する地点)がリンクと関連付けられているとしても,経路リンクと車両の現在地(誘導を開始する地点)の存するリンクとを比較する合理的な方法が,経路リンク中の最初のリンク(出発地点の存するリンク)から順に比較する方法に限られるとまではいえない。そうすると,走行実験結果(甲28,29,32,33,35,36)によっては,被控訴人装置において,経路リンク中の最初のリンク(出発地点の存するリンク)から順に比較する方法が採用されていると認めるには足りないというべきである。 したがって,被控訴人装置が,本件発明における探索開始地点と誘導開始地点との比較を各地点の存するリンクとリンクとの比較に置換したものであるとは認め難い。 (3) 第1要件について ア 均等の第1要件における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であり,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許発明の課題及び解決手段(特許法36条4項,特許法施行規則24条の2参照)とその効果(目的及び構成とその効果。平成6年法律第116号による改正前の特許法36条4項参照)を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定されるべきである。ただし,明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところが,出願時(又は優先権主張日)の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,明細書に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定 19されるべきである。 イ 本件明細書によれば,本件発明は,従来技術では経路探索の終了時にいくつかの経由地を既に通過した場合であっても,最初に通過すべき経由予定地点を目標経由地点としてメッセージが出力されること(【0008】)を課題とし,このような事態を解決するために,通過すべき経由予定地点の設定中に既に経由予定地点のいずれかを通過した場合でも,正しい経路誘導を行えるようなナビゲーション装置及び方法を提供することを目的とし(【0011】),具体的には,車両が動くことにより,探索開始地点と誘導開始地点のずれが生じ,車両が,設定された経路上にあるものの,経由予定地点を超えた地点にある場合に,正しく次の経由予定地点を表示する方法を提供するものである(【0018】【0038】)。また,前記2(1)エ(ア)のとおり,本件特許出願当時において,ナビゲーション装置が,距離センサー,方位センサー及びGPSなどを使って現在位置を検出し,それを電子地図データに含まれるリンクに対してマップマッチングさせ,出発地点に最も近いノード又はリンクを始点とし,目的地に最も近いノード又はリンクを終点とし,ダイクストラ法等を用いて経路を探索し,得られた経路に基づいて,マップマッチングによって特定されたリンク上の現在地から目的地まで経路誘導するものであったことは,技術常識であったと認められる。 このように,本件発明は,上記技術常識に基づく経路誘導において,車両が動くことにより探索開始地点と誘導開始地点の「ずれ」が生じ,車両等が経由予定地点を通過してしまうことを従来技術における課題とし,これを解決することを目的として,上記「ずれ」の有無を判断するために,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点の異同を判断し,探索開始地点と誘導開始地点とが異なる場合には,誘導開始地点から誘導を開始することを定めており,この点は,従来技術には見られない特有の技術的思想を有する本件発明の特徴的部分であるといえる。 したがって,探索開始地点と誘導開始地点とを比較して両地点の異同を判断する構成を有しない被控訴人装置が本件発明と本質的部分を異にすることは明らかであ 20る。 (4) 第4要件について 探索開始地点と誘導開始地点とが異なる場合を判別するために,リンクとリンクを比較する構成については,前記2(1)エ(ア)認定の従来技術を用いることにほかならないから,当業者が容易に推考できたものである。 (5) 小括 したがって,本件発明の構成要件Gを被控訴人装置の構成に置換することは,少なくとも均等の第1要件及び第4要件を充足しないから,被控訴人装置が本件発明と均等であるとはいえない。 4 結論 以上によれば,被控訴人装置は,本件発明の技術的範囲に含まれないから,控訴人の被控訴人に対する請求は その余の点について判断するまでもなく理由がなく , ,これと同旨の原判決は相当であり,また,控訴人の当審における追加請求は棄却するのが相当である。 よって,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 部眞規子 |
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裁判官 | 古河謙一 |
裁判官 | 片瀬亮 |