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事件 平成 28年 (ネ) 10095号 特許権侵害差止等請求控訴事件

控訴人(一審原告 ) ルーカスインダストリーズ リミテッド
訴訟代理人弁護士山本健策 福永聡 草深充彦 難波早登至
訴訟代理人弁理士長谷部真久
補佐人弁理士飯田貴敏
被控訴人(一審被告) 株式会社アドヴィックス
訴訟代理人弁護士大野聖二 清水亘 小林英了
訴訟代理人弁理士酒谷誠一
補佐人弁理士野本裕史
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/04/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 -1-1 本件控訴を棄却する。控訴人の当審で拡張した請求を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人は,原判決別紙2-1〜2-4記載の各物件を生産し,使用し,譲渡し,貸し渡し,輸出し,輸入し又は譲渡若しくは貸渡しの申出をしてはならない。
3 被控訴人は,その占有に係る前項の各物件を廃棄せよ。
4 被控訴人は,控訴人に対し,1億8000万円,及びうち1億7000万円に対する平成27年9月2日から,うち1000万円に対する平成28年10月28日(控訴状送達の日の翌日)から,それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え(控訴人は,当審において,原審における1億7000万円の損害賠償請求を,このように拡張した。。
)
事案の概要
1 事案の経緯等 (1) 本件は,発明の名称を「固定装置を有する液圧式車両ブレーキとそれを作動させるための方法」とする本件特許権を有する控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人が原判決別紙2-1,2-2及び2-4記載の各物件(イ号物件,ロ号物件,ハ号物件,ト号物件。以下「イロハト号物件」という。 を生産し, ) 使用し,譲渡し,貸し渡し,輸出し,輸入し,又は譲渡若しくは貸渡しの申出をすること(譲渡等)は,本件特許権を侵害する行為であり,また,被控訴人が原判決別紙2-3記載の各物件(ニ号物件,ホ号物件,ヘ号物件。以下「ニホヘ号物件」という。)を譲渡等 することは,本件特許権を侵害する行為であるか,又は特許法101条1号若しくは2号により本件特許権を侵害するものとみなされる行為であると主張して,@同法100条1項及び2項に基づき,上記各物件の譲渡等の差止め及び廃棄を求めるとともに,A被控訴人が本件特許権の設定登録後である平成26年9月頃から本件訴訟の提起日(平成27年8月15日)までの間にイロハト号物件を販売したことが特許権侵害不法行為(民法709条)であると主張して,損害賠償金1億7000万円(特許法102条3項により算定される損害額1億5000万円と弁護士費用・弁理士費用2000万円の合計額)及びこれに対する不法行為後の日(訴状送達の日の翌日)である平成27年9月2日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
(2) 原審は,@被控訴人がイ号物件及びロ号物件を譲渡等しているとか,そのおそれがあると認めるに足りる証拠はない(仮にイ号物件及びロ号物件の製造販売の事実があったとしても,これらは少なくとも構成要件G及びHを充足しない) A ,ハ号物件は構成要件G及びHを充足しない,Bハ号物件が技術的範囲に属しない以上,ハ号物件の「副組立体(40)」に相当する構成のニ号物件,ハ号物件の「ハウジング(12)」に相当する構成のホ号物件及びへ号物件の各製造販売が,本件特許権を侵害し又は侵害するものとみなされる行為に該当する余地はない,Cト号物件についての具体的な主張立証はない,D構成要件Eの「200:1オーダ」の範囲が一義的に明確でなく,明確性要件(平成10年法律第51号による改正前の特許法36条6項2号)違反の無効理由があるから,本件特許権を行使することができないと判断して,控訴人の請求をいずれも棄却した。
(3) 控訴人は,原判決を不服として控訴すると共に,被控訴人が本件特許権の設定登録後である平成26年9月頃から本件控訴提起日(平成28年9月9日)までの間にニホヘ号物件の製造及び販売等を行ったことが特許権侵害不法行為(民法709条)であると主張して,特許法102条3項により算定される損害賠償金1000万円及びこれに対する不法行為後の日(控訴状送達の日の翌日)である平 成28年10月28日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払請求を追加した。
2 前提事実 本件の前提事実(当事者間に争いがないか,後掲の証拠により認められる事実)は,下記のとおり原判決を補正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第2の2に記載のとおりである。
(原判決の補正) 原判決5頁22行目に「協働する液圧室」とあるのを「協動する液圧室」と改める。
3 争点 本件の争点は,原判決「事実及び理由」欄の第2の3に記載のとおりである。
4 争点に関する当事者の主張 本件の争点に関する当事者の主張は,下記(1)のとおり原判決を補正し,下記(2)及び(3)のとおり当審における控訴人の補充主張とそれに対する被控訴人の主張を加えるほかは,原判決「事実及び理由」欄の第3に記載のとおりである。
(1) 原判決の補正 ア 原判決「事実及び理由」欄の第3の2(3)の【被告の主張】(14頁25行〜15頁7行)のうち,15頁2行目に「対応部分を参照されたい」とあるのを「対応部分記載のとおりである」と改める。
イ 原判決「事実及び理由」欄の第3の2(4)の【被告の主張】(16頁21行〜17頁3行)のうち,16頁24行目に「対応部分を参照されたい」とあるのを「対応部分記載のとおりである」と改める。
ウ 原判決「事実及び理由」欄の第3の3(2)の【原告の主張】エ(ア)b(24頁21行〜25頁7行)のうち,25頁1行目に「部材全体の重量を減らす上ともに」とあるのを「部材全体の重量を減らすとともに」と改める。
エ 原判決「事実及び理由」欄の第3の3(2)の【原告の主張】エ(イ)(25 頁8行〜13行)のうち,25頁10行目に「構成要G相当する構成」とあるのを「構成要件Gに相当する構成」と改める。
オ 原判決「事実及び理由」欄の第3の4の【原告の主張】 (25頁15行〜26頁2行)のうち,25頁22行〜26頁2行を,次のとおり改める。
「また,被控訴人は,業として,本件特許権の設定登録(平成21年3月13日)後である平成26年9月頃から本件控訴提起日(平成28年9月9日)に至るまで,ニホヘ号物件の製造及び販売等を行った。被控訴人によるこれらの物件の売上額は,1億円を下らないところ,本件発明の実施に対し受けるべき金銭の額は,上記売上額の10%を下らないから,控訴人は,特許法102条3項に基づき,1000万円を損害の額としてその賠償を請求することができる。
さらに,控訴人は,被控訴人による本件特許権の侵害行為のため,本件訴訟を提起せざるを得なくなり,弁護士費用及び弁理士費用の支出を余儀なくされたが,その額は,2000万円を下らない。
したがって,控訴人は,被控訴人に対し,特許権侵害不法行為(民法709条)による損害賠償金合計1億8000万円,及びうち1億7000万円に対する不法行為の後の日(訴状送達の日の翌日)である平成27年9月2日から,うち1000万円に対する不法行為の後の日(控訴状送達の日の翌日)である平成28年10月28日から,それぞれ支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。」 (2) 当審における控訴人の補充主張 ア 争点2-2(ハ号物件は,本件発明の構成要件D,同E及び同G〜Iを充足するか)について (ア) ハ号物件は,次のとおり,本件発明の構成要件Gを充足する。
a 原判決は,構成要件Gの「『電動機(42)』と『減速機構(44)』が別々に操作可能な副組立体(40)として実施されており」との文言の文理上,「電動機(42)」と「減速機構(44)」が「別々に操作可能な」ものであると解 するほかないと判断したが,誤りである。
構成要件Gにおいて「別々に操作可能な」ものは,「電動機(42)」と「減速機構(44)」ではなく,「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」である。
そして,ハ号物件では, 「電動機(42)」と「減速機構(44)」を組み合わせた「副組立体(40)」と,「ハウジング(12)」とはそれぞれ独立した部材であり,これらがねじによって固定されていることから,「ハウジング(12)」と「副組立体(40)」は別々に操作することが可能である。
したがって,ハ号物件は,構成要件Gを充足する。
b 原判決のように,構成要件Gの「別々に操作可能な」が「電動機(42)と減速機構(44)」を修飾すると解釈すると, 「電動機(42)と減速機構(44)が別々に操作可能な」という語句が一体として「副組立体(40)」を修飾することになるが,これでは構成要件Gの「実施され」の主語がなくなってしまうから,日本語の文言解釈として適切でない。
これに対し,構成要件Gの「別々に操作可能な」が「電動機(42)と減速機構(44)」ではなく, 「副組立体(40)」を修飾すると解釈すると, 「電動機(42)と減速機構(44) が 」 「実施され」の主語となるから,文言解釈として適切である。
c 本件発明に係る出願は,PCT出願(PCT/EP1998/004582。以下「本件PCT出願」という。)を国内移行した出願であるが(甲2),その際の原文表記を参酌しても,「別々に操作可能な」が「副組立体(40)」を修飾していることは明らかである(甲47〜49)。
そして,本件発明において, 「副組立体(40)」と組み合わされる部品は, 「ハウジング(12)」以外には存在しない。
d 本件明細書の記載を参酌すると,本件発明の構成要件Gの「別々に操作可能な」部品が「電動機(42)」と「減速機構(44)」であると解釈する余地はなく, 「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」が「別々に操作可能」であると解釈するほかない。
(a) 本件明細書(【0005】)によると,本件発明は,標準化された一つの副組立体を様々な「ハウジング(12)」と組み合わせることができるようにして,両者の取付角度を車種毎に適合させ,液圧式車両ブレーキとして様々な車両に適合できるようにすることを技術的思想としている。したがって,構成要件Gの「別々に操作可能な」ものというのも, 「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」の関係性を示すものであると解すべきである。
(b) 本件発明における「副組立体(40)」は,標準化された一つの構成部品であるから,その中に配置される「電動機(42)」と「減速機構(44)」を別々に操作することは観念されていない。そもそも,「副組立体」という用語は,完成体である組立体の一つ前の段階であり,その構成部品が別々に操作可能であるという意味を含むものではない。
(c) 本件明細書(【0005】【0008】【0025】 , , )によると,「電動機(42)」と「減速機構(44)」とが一つのユニット(個体)として「副組立体(40)」を構成し,この「副組立体(40)」が独自に操作可能とされており,本件発明において「別々に操作可能な」部品は,「電動機(42)」と「減速機構(44)」ではなく,「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」であることが明確に記載されている。
(d) 本件発明の課題は, さまざまな車種に安価に適合可能でなければ 「ならない」という点にあるが 【0003】, ( )「副組立体(40)」と「ハウジング(12) を別々に操作可能とすることにより, 」 これらの部品の車両の右側又は左側への取付が容易になり,様々な車種への適合可能性が高くなるし,両者の輸送・運送及び修理等の面から低コスト化を実現することができる。このように,本件発明の上記課題との関係で, 「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」を別々に操作可能にすることに意義があることからすると,構成要件Gの「別々に操作可能な」部品は,「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」であると解すべきである。
(e) 本件明細書の図1をみると,本件発明において「電動機(42)」 と「減速機構(44)」は接続されているのであり, 「電動機(42)」と「減速機構(44)」が「別々に操作可能」ではないことが前提とされている。
(イ) ハ号物件は,次のとおり,本件発明の構成要件Hを充足する。
a 原判決は,ハ号物件は, 「副組立体(40)」の「ハウジング(12)」に対する取付角度位置がねじ穴の位置により規定されているから,構成要件Hを充足しないと判断したが,誤りである。
本件発明において, 「あらゆる任意の角度位置で」両者が取付可能と記載されているのは, 「副組立体(40)」の「ハウジング(12)」に対する取付角度位置は,液圧式車両ブレーキを様々な車両に適合させるために適宜設計されるものであるが,その際にあらゆる角度を選択することができるという意味である。
そして,ハ号物件において, 「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」の取付角度位置が両者を固定するねじによって規定されていたとしても,設計段階において当該取付角度位置を自由に選択し得たことに変わりはないのであるから,ハ号物件の「副組立体(40)」は「ハウジング(12)」の面(B)に関してあらゆる任意の角度位置でハウジングに取付可能である。
したがって,実際のハ号物件において「副組立体(40) と 」 「ハウジング(12)」の取付角度位置がねじ穴の位置により規定されていることは,ハ号物件が構成要件Hを充足しないことの理由とはならない。
b 本件発明は, 「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」とをあらゆる任意の角度位置で取付可能とすることにより,ブレーキ取付位置が空間的に窮屈な場合であっても,「副組立体(40)」の取付位置を適切に決定できることを,発明の基本的な思想としている(本件明細書【0005】。
) また, 「副組立体(40)」と「ハウジング(12)とをあらゆる任意の角度位置で取付可能とすることにより, 」車両右側用及び車両左側用を含め,様々な車種に設置することができるようにし,「さまざまな車種に安価に適合可能でなければならない」との課題(本件明細書【0003】)の解決を図っている。
それにもかかわらず,電動パーキングブレーキとして作動させるためには最終的には「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」とを固定しなければならないことをもって,構成要件Hが充足されないとすることは,本件発明の思想に沿うものでないばかりか,本件発明の実施品が事実上存在し得ないことになってしまい,結論としても不当である。
c 原判決は, 「副組立体(40)」が「ハウジング(12)」に確実に固定されていない場合,前者が後者に対して回転可能となることも想定されるところであり,ブレーキ製品として正常な動作を維持することができるか疑問であると判断したが,接着剤による固定方法を含め,「副組立体(40)」の内部の電動モータの駆動力を「ハウジング(12)」に対して安定して伝える程度に固定する方法はねじによる固定以外にも存在すると考えられる。
d 原判決は,ハ号物件における「ハウジング(12)」には,ボルトを支持する部分が存在し,少なくともボルトと接触する部分に,「副組立体(40)」を設置することは技術的に困難であるから, あらゆる任意の角度位置でハウジング 「に取付可能」とはいえないと判断したが,構成要件Hの「あらゆる任意の角度位置」とは,様々な車両に適合するように「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」の角度位置を適宜設計できるという意味であり,液圧式車両ブレーキとして正常に動作することを当然の前提として記載されているものであるから,ボルトと接触する部分に「副組立体(40)」を設置するという液圧式車両ブレーキとして作動しないことが明白な設計を考慮して,構成要件Hを充足しないとする解釈は,構成要件Hの意義を見誤るものである。
イ 争点2-3(被控訴人によるニ号物件の製造販売は,本件特許権を侵害し又は侵害するものとみなされる行為に該当し得るか)について 原判決は,ニ号物件は,ハ号物件における「副組立体(40)」に相当する構成を有するとした上で,ハ号物件が本件発明の技術的範囲に属しない以上,被控訴人によるニ号物件の製造販売が本件特許権を侵害し又は侵害するものとみなされる行為 に該当する余地はないと判断したが,誤りである。
ハ号物件は本件発明の技術的範囲に属するのであり,ニ号物件は,ハ号物件における「副組立体(40)」に相当する構成を有するのであるから,被控訴人によるニ号物件の製造販売は,本件特許権の間接侵害を構成する。
ウ 争点2-4(被控訴人によるホ号物件及びヘ号物件の製造販売は,本件特許権を侵害し又は侵害するものとみなされる行為に該当し得るか)について 原判決は,ホ号物件及びヘ号物件は,ハ号物件における「ハウジング(12)」に相当する構成を有するとした上で,ハ号物件が本件発明の技術的範囲に属しない以上,被控訴人によるホ号物件及びへ号物件の製造販売が本件特許権を侵害し又は侵害するものとみなされる行為に該当する余地はないと判断したが,誤りである。
ハ号物件は本件発明の技術的範囲に属するのであり,ホ号物件及びヘ号物件は,ハ号物件における「ハウジング(12)」に相当する構成を有するのであるから,被控訴人によるホ号物件及びヘ号物件の製造販売は,本件特許権の間接侵害を構成する。
エ 争点3-1(無効理由1(明確性要件違反)は認められるか)について 原判決は,請求項1の「200:1オーダ」との文言について定義した記載が,本件明細書になく,「200:1オーダ」の範囲に含まれる具体例が「200:1」以外にないとした上で,本件明細書の【0004】【0005】【0025】の記 , ,載によっても,その範囲が一義的に明らかであるとは到底認め難いと判断したが,誤りである。
甲8〜27,30〜41からすると,当業者が技術常識に基づいて減速比について通常理解する幅は,平均値の±50%程度であると考えられるから, 「200:1オーダ」の減速比は, 「100:1」から「300:1」の減速比を含むことが一義的に明らかである。
(ア) 原判決は,控訴人が技術常識を示すものとして言及する上記甲8〜27,30〜41は,いずれも自動車用の制御ブレーキに関するものではないと判断 したが,これらの文献は,特定の技術分野に限定されない多様な技術分野に係る文献であって,これらの文献におけるギア比の幅の平均は,むしろ特定の技術分野に限定されない一般的な当業者の技術常識を示すものといえる。そして,特定の分野に限定されない一般的な当業者の技術常識は,自動車用の制御ブレーキに関するものにも通用するものといえる。
また,甲18は,車両の制御装置に関する発明についての公報であり,甲30〜41は,いずれもギアを用いた機械分野であって,自動車の制御ブレーキと関連性を有するものであるから,自動車の制御ブレーキにおけるギア比の幅に関する当業者の技術常識について,これらの文献の証明力は高いものである。
(イ) 原判決は,甲8〜27,30〜41を参酌しても,いずれにも「オーダ」という文言は用いられていないばかりか,ギア比として最小値及び最大値が明確に記載されているとした上で,これらの文献を参酌すると,数値の幅が見込まれるギア比については,その最大値と最小値を示すのが技術常識であると判断したが,当業者が技術常識に基づいて減速比について通常理解する幅は,平均値の±50%程度であると考えられることに鑑みると,敢えて最小値と最大値を示さなくても,「200:1オーダ」と記載すれば, 「100:1」から「300:1」の減速比を示すことは,容易に理解される。減速比について, 「200:1オーダ」と記載するか,最小値と最大値を記載するかは,単に表記をどうするかという問題にすぎない。
(ウ) 「200:1オーダ」の減速比が「100:1」から「300:1」の減速比を含むことは,電動パーキングブレーキにおいて減速比の幅が200:1を基準として±50%とされているとの技術常識(甲46)からも裏付けられる。
原判決は,甲46に関し,スレッドピッチと減速比の関係については何ら立証されていないと判断したが,スレッドピッチと減速比が正比例の関係にあることは,実際に使用されている電動パーキングブレーキのデータである甲46のベンチマークデータによって立証されている。甲46のベンチマークデータをグラフ化すると,次のとおり,スレッドピッチが1.0mmから3.0mmの範囲である場合に,ス レッドピッチの値と減速比の値はほぼ正比例の関係にある。このグラフは,直線のきれいな正比例というわけではないが,このようなばらつきは,「電動機(42)」の性能によって出力量が異なることから生ずるものであり,同じ大きさの「電動機(42)」を使用した場合,その出力量に大きな差はないと考えられるから,スレッドピッチと減速比の値がほぼ正比例の関係にあるという点に影響を及ぼすものではない。したがって,甲46のとおり,当業者は,スレッドピッチと減速比が比例することを前提に, 「200:1オーダ」の減速比を理解する。なお,被控訴人は,甲46のベンチマークデータでは,スレッドピッチが1.0〜1.5mmにおける減速比がほぼ一定であるから,およそ両者が比例関係にあるとはいえないと主張するが,スレッドピッチが1.0〜3.0mmの製品全体を見たときのスレッドピッチと減速比との関係を踏まえておらず,誤りである。
減速比 250 200 150 100 50 0 0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 スレッドピッチ(mm) また,一例として,スレッドピッチが2cmの「スピンドル(26)」を使用した電動パーキングブレーキとスレッドピッチが1cmの「スピンドル(26)」を使用した電動パーキングブレーキを比較して説明すると,両者において,同じ大きさの「電動機(42)」を用いた場合,両者の「電動機(42)」は同じ力量の出力をする。そして,両者の「電動機(42)」から同じ力量の出力をした場合,両者の「スピンドル(26)」は同様に一回転する。しかし,前者においては,スレッドピッチが2cmであるので, 「ナット(30)」及び「ナット(30)」に押される「ブレーキピストン(18)」は2cm押し出されるのに対し,後者では,スレッドピッチが1cmであるので, 「ナット(30)」及び「ブレーキピストン(18)」は1cm押 し出される。このように,スレッドピッチが2cmの電動パーキングブレーキの減速機構の減速比と,スレッドピッチが1cmの電動パーキングブレーキの減速機構の減速比を比較すると,2:1となるから,スレッドピッチと減速比は,正比例の関係にある。
(エ) 本件発明の技術思想は,小型省スペースの電動機の利用を可能とすることにあるが,本件発明と同程度に小型省スペースの電動機の利用を可能とする減速比の減速機構である場合には,本件発明と同様の作用効果を有するのであるから,「200:1オーダ」に含まれると解すべきである。
そして,減速比がおよそ100:1〜300:1の電動パーキングブレーキであれば,電動モータのサイズや減速比の違いがあったとしても,電動パーキングブレーキ全体のサイズに大きな違いはないことは技術常識である(甲50)。
したがって,減速比が100:1〜300:1の減速機構が, 「200:1オーダ」に含まれることも,技術常識である。
(オ) 減速機構がハ号物件のように3段歯車機構になる場合,各歯車段の減速比の幅が±20%までの範囲であれば,電動パーキングブレーキとしての性能やサイズに大きな差は生じない。また,減速機構が本件発明の実施例のように2段歯車機構になる場合,各歯車段において,減速比の幅が±30%までの範囲であれば,電動パーキングブレーキとしての性能やサイズに大きな差は生じない。これらの事項は,技術常識である(甲50)。
そして,減速比が「200:1」である3段歯車機構の減速機構について,各歯車段において±20%増減させたときの減速比は,102.4:1〜345:1であり,減速比が「200:1」である2段歯車機構の減速機構について,各歯車段において±30%増減させたときの減速比は,98:1〜338:1である。
このように,電動パーキングブレーキにおける減速機構は,歯車段の数に応じて±20%又は±30%の減速比の幅を有するという技術常識を前提とすると, 20 「0:1オーダ」と規定される場合に,少なくとも100:1〜300:1の減速比 の減速機構がこれに含まれることも,技術常識である。
上記の±20%又は±30%という値は,減速機構を構成する歯車の数をわずか2個増減させた場合に相当する値である。そして,減速機構の設計においてコンピュータプログラムを使用する現在においては,歯車の数を2個増減させて,減速比が全体でどういう値になるかという点は,当業者であれば容易に確認することができる(甲50)。したがって,減速機構を設計するに当たって,全体の減速比が「200:1オーダ」の±20%又は±30%に含まれるか否かという点について,容易に判断をすることができるから,この点からも, 「200:1オーダ」という記載は一義的に明確である。
(カ) 「200:1オーダ」の意義を数学的に解釈すると, 「オーダ」が「桁」を意味し,「200:1オーダ」は100:1以上1000:1未満の値となるが,このような解釈は,言語的に広きに失し,適切でない。他方, 「approximately(ほぼ)」や「about(約)」ではなく,「order(およそ)」と規定されていることからすると, 「ほぼ」や「約」よりも広い概念として「order(およそ)」と規定されているものと理解される。
そうであるとすれば, 「200:1オーダ」とは,200の半分である100程度の幅を持つもの,すなわち, 「100:1〜300:1」の範囲であることは,当業者にとって明らかである(甲51)。このことは,本件PCT出願に係る国際予備審査機関の見解書において, 「115:1」が「200:1オーダ」の範囲に含まれることを前提として進歩性が審査されていること(甲52,53)からも,裏付けられる。
(キ) 被控訴人は, 「200:1オーダ」が明確性要件を備えているといえるためには, 「200:1オーダ」の範囲がちょうど100:1〜300:1であることが一義的に明確でなければならないことを前提としているものと解される。
しかしながら,特許法36条6項2号明確性の要件は,特許権の権利範囲を確定する際の前提となる請求項に記載された発明が明確に把握できないときには,権 利の及ぶ範囲が第三者に不明確となり,不測の不利益を及ぼすことになることに鑑みて必要とされているものであり, 「オーダ」のように,請求項中に数値限定に幅を持たせる記載がある場合に,その数値範囲がちょうど一点に定まらない限り,不明確とされるわけではない。
(3) 被控訴人の主張 ア 争点2-2(ハ号物件は,本件発明の構成要件D,同E及び同G〜Iを充足するか)について (ア) 本件発明の構成要件Gは,次のとおり,「電動機(42)」と「減速機構(44)」が「別々に操作可能な」ものであると解される。
そして,ハ号物件においては,電動機と減速機構は,電動機の出力軸に形成された歯車と減速機構を構成するギアとが噛み合って互いに接続された状態で副組立体ハウジングに収容されており,両者は一体となって動作するのであり,電動機と減速機構を別々に操作することはできない。
したがって,ハ号物件は,本件発明の構成要件Gを充足しない。
a 本件発明の構成要件Gは, 「電動機(42)と減速機構(44)が別々に操作可能な副組立体(40)として実施されており, と規定されており, 」 文理上,副組立体において電動機と減速機構が別々に操作可能なものであると解するほかなく,副組立体とハウジングとの関係を規定したものではない。
b 控訴人は,本件特許に係る国際出願の請求項の原文表記を参照すれば,「別々に操作可能」の語句は副組立体に係ると主張する。
しかしながら,本件発明の技術的範囲は,日本語による翻訳文明細書等及び国際出願図面を参酌して定められるのであり,原文明細書等を参酌することはできないから(知財高裁平成27年(行ケ)第10216号同28年8月29日判決参照),国際出願の原文を参酌すべきとする控訴人の主張は失当である。
c 控訴人は,本件明細書【0005】に,副組立体が標準化されており,様々な車両ブレーキと組み合わせることができると記載されていることを根拠 に,構成要件Gの「別々に操作可能な」は,副組立体とハウジングとの関係性を示すものと解すべき旨主張する。
しかしながら, 【0005】には,副組立体とハウジングの操作に関しては何ら記載されていないし,電動機およびそれに連結される減速機構は独自に操作可能な副 「組立体として実施されており」との記載もまた,電動機及び減速機構が独自に操作可能とされていると,文理上理解されるものであり,構成要件Gの記載と整合するものであって,控訴人の主張は失当である。
d 控訴人は,本件発明における「副組立体(40)」は,標準化された一つの構成部品であるから,その中に配置される「電動機(42) と 」 「減速機構(44)」を別々に操作することは観念されていないし,「副組立体」という用語は,完成体である組立体の一つ前の段階であり,その構成部品が別々に操作可能であるという意味を含むものではないと主張する。
しかしながら,特許請求の範囲の各要件は,従来技術と異なる新規で進歩的な発明の構成を記載するものであり,本件特許出願時点における従前の「観念」を持ち出しても,何ら意味はなく,構成部品である電動機及び減速機構が別々に操作可能でないということを意味するものではない。しかも,副組立体が標準化されており,また組立体の一つ前の段階である場合にその構成部品が別々に操作可能でないことが技術常識であるという控訴人の上記主張は,何ら立証されていない。
e 控訴人は,本件明細書【0005】【0008】及び【0025】 ,では,電動機と減速機構が一つのユニットとして記載されており,一つのユニットとして副組立体を構成し,かかる副組立体が独自に操作可能とされているから,別々 「に操作可能」な部品はハウジングと副組立体であると主張する。
しかしながら,本件発明の構成要件Gは, 「電動機(42)と減速機構(44)が別々に操作可能な副組立体(40)として実施されており,」と規定されており,電動機と減速機構とが別々に操作可能であると規定されているのであり,副組立体とハウジングとの関係については何ら規定されておらず,控訴人の主張する本件明細 書の上記記載は,構成要件Gの解釈の根拠となるものではない。
f 控訴人は,「さまざまな車種に安価に適合可能でなければならない」(【0003】)との課題との関係では,副組立体とハウジングを別々に操作可能とすることに意義がある旨主張する。
しかしながら,本件で問題となっているのは,構成要件Gとの関係で,電動機と減速機構とが別々に操作可能であると解釈できるか否かであるところ,電動機と減速機構とが別々に操作可能であったとしても,様々な車種に安価に適合できないというものではないから,控訴人の主張は失当である。
g 控訴人は,本件明細書の図1では,電動機と減速機構が接続されており,これらが別々に操作可能でないことが前提とされていると主張する。
しかしながら,電動機と減速機構が接続されていることと別々に操作可能なことは背反するものではなく,電動機と減速機構が別々に操作可能でないことが,本件明細書の図1により明確に示されているとはいえない。仮に,これらが互いに接続されていることが図1に示されているとしても,構成要件Gには全く記載されていない「ハウジング」と「副組立体」とが別々に操作可能であるとの記載に読み替えることはできないから,控訴人の主張は失当である (イ) ハ号物件では, 「副組立体(40)」の「ハウジング(12)」に対する取付角度位置が,ねじ穴の位置により規定されているものであるから, 「あらゆる任意の角度位置でハウジングに取付可能である」とはいえない。
したがって,ハ号物件は,本件発明の構成要件Hを充足しない。
a 控訴人は,本件発明では,副組立体とハウジングに対する取付角度位置は,液圧式車両ブレーキを様々な車両に適合させるために適宜設計され,その際にあらゆる角度を選択することができるという意味で「あらゆる任意の角度位置」と記載されており,副組立体とハウジングの取付角度位置が両者を固定するねじによって規定されていたとしても,設計段階において当該取付角度位置を自由に選択し得たことに変わりはない旨主張する。
しかしながら,本件発明は,液圧式車両ブレーキを設計する発明ではなく,液圧式車両ブレーキという「物」の発明であり,構成要件Hは, 「物」の発明を構成する部材である副組立体とハウジングの要件を定めたものであるから,構成要件Hを充足するためには,液圧式車両ブレーキ自体において,副組立体が「あらゆる任意の角度位置でハウジングに取付可能」である必要があるのであり,設計段階において角度を選択可能であるかどうかは,構成要件Hの充足性とは関係がない。
また,本件明細書の【0005】のとおり,本件発明は,液圧式車両ブレーキという「物」それ自体において,副組立体の位置を決めた上で,当該副組立体を「あらゆる任意の角度位置でハウジングに取付可能」とすることにより,副組立体のハウジングへの取付角度位置を調整することができ,それによりブレーキ取付場所が空間的に窮屈であるという問題に対処したものであるといえる。
これに対し,ハ号物件では,副組立体とハウジングとに形成されたねじ穴により,取付角度位置が一義的に定められており,取付角度位置は調整できないから, 「あらゆる任意の角度位置でハウジングに取付可能」であるとはいえない。
b 控訴人は,電動パーキングブレーキとして作動させるために副組立体とハウジングとを固定しなければならないことをもって非充足とすることは,本件発明の実施品が事実上存在し得なくなり不当であると主張する。
しかしながら,原判決は,副組立体とハウジングとが固定されていることをもって非充足と判断しているのではなく,取付角度位置がねじ穴で規定されているから「あらゆる任意の角度位置でハウジングに取付可能」であるとはいえないと判断しているのであり,控訴人の主張は,原判決を正解しないものである。
また,本件発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定められるものであり,実施品が事実上存在し得るかどうかは問題ではない。そもそも,特許権者である控訴人自身が,特許請求の範囲に「あらゆる任意の角度位置でハウジングに取付可能である」と記載して特許査定を受けたのであるから,仮に実施品が事実上存在し得ないとしても,それによる不利益は特許権者である控訴人が負うべきも のであり,不当であると指摘される筋合いはない。
c 原判決が,控訴人による侵害警告文(甲3の1の図5-c及び図5-d)に関して,副組立体がねじによってハウジングに取り付けられておらず,確実に固定されていない場合にはブレーキ製品として正常動作を維持できるか疑問であると判示したところ,控訴人は,接着剤による固定方法を含め,副組立体の内部の電動モータの駆動力をハウジングに対して安定して伝える程度に固定する方法はねじによる固定以外にも存すると考えられる旨主張する。
しかしながら,控訴人は,ねじによる固定以外の具体的な方法を何ら示しておらず,主張自体失当である。接着剤による固定が「あらゆる任意の角度位置でハウジングに取付可能である」に含まれるとしても,ハ号物件では接着剤による固定は行っていないから,構成要件Hを充足するものではない。
d 控訴人は,構成要件Hの「あらゆる任意の角度位置」というのは,様々な車両に適合するように副組立体とハウジングの角度位置を適宜設計できるという意味であって,ボルトと接触する部分に副組立体を設置するような設計は考慮されていない旨主張する。
しかしながら,構成要件Hを充足するためには,液圧式車両ブレーキそれ自体において,副組立体が「あらゆる任意の角度位置でハウジングに取付可能」である必要があり,角度位置を適宜設計できるかどうかではない。
イ 争点2-3(被控訴人によるニ号物件の製造販売は,本件特許権を侵害し又は侵害するものとみなされる行為に該当し得るか)について 控訴人は,ハ号物件が本件発明の技術的範囲に属することを前提として,ニ号物件の製造販売が本件特許権の間接侵害を構成する旨主張するが,ハ号物件は本件発明の技術的範囲に属するものではないから,控訴人の主張は,その前提において失当である。
ウ 争点2-4(被控訴人によるホ号物件及びヘ号物件の製造販売は,本件特許権を侵害し又は侵害するものとみなされる行為に該当し得るか)について 控訴人は,ハ号物件が本件発明の技術的範囲に属することを前提として,ホ号物件及びヘ号物件の製造販売が本件特許権の間接侵害を構成する旨主張するが,ハ号物件は本件発明の技術的範囲に属するものではないから,控訴人の主張は,その前提において失当である。
エ 争点3-1(無効理由1(明確性要件違反)は認められるか)について 本件発明の「200:1オーダ」の範囲が一義的に明らかではないとする原判決に対する控訴人の主張は,次のとおり,いずれも失当である。
本件明細書及び控訴人提出の客観的証拠では, 「200:1オーダ」の文言が示す範囲が「100:1」から「300:1」で一義的に明らかであることは何ら示されていないから,当業者において, 「200:1オーダ」で示される減速比の範囲がいかなるものであるかを理解することはできない。
そうすると, 「200:1オーダ」の減速比を構成要件に含む本件特許の権利が及ぶ範囲は不明確であり,本件明細書に接した当業者において不測の不利益を及ぼすことは明らかであるから,本件発明は,明確性要件違反の無効理由を有する。
(ア) 控訴人は,甲8〜27,30〜41からすると,当業者が減速比について通常理解する幅は平均値の±50%程度であり, 「200:1オーダ」の減速比は,100:1から300:1の減速比を含むことが一義的に明らかであると主張する。
しかしながら,控訴人指摘の文献の減速比の上限値及び下限値には大きなばらつきがあり,減速比が平均値の±50%程度であるとは到底理解できないし,そもそも,平均値を基準に減速比を理解することが当業者の技術常識であることを示す客観的証拠は,何ら提示されていない。
(イ) 控訴人は,甲8〜27,30〜41は,特定の技術分野に限定されない多様な技術分野に係る文献であり,これらの文献におけるギア比の幅の平均は,特定の技術分野に限定されない一般的な当業者の技術常識を示すものといえ,自動車用の制御ブレーキにも通用するといえる旨主張する。
しかしながら,本件明細書には, 「尚かつ十分に大きな緊締力が確保されているように,減速機構44は総減速比が200:1である」【0025】 ( )と記載されているように,自動車用の制御ブレーキにおいて緊締力の確保を図るために減速比が定められているのであるから,参考となるべき文献は自動車用の制御ブレーキに関するものであることは当然である。
しかも,控訴人指摘の文献のギア比の値には大きなばらつきがあり,ギア比が1未満(増速)の例も含まれており,およそ自動車用の制御ブレーキの減速機構に適用できるとは言い難い。また,ギア比の幅の平均を基準に減速比を理解することが技術常識であることを示す客観的証拠は,何ら示されていない。
(ウ) 控訴人は,甲18記載の遊星装置は,制御ブレーキの減速機構と技術構造が同一であり,車両の駆動手段として使われる点に差異があるだけであるから,当業者の技術常識を検討するにあたり,甲18のギア比の幅は考慮されるべきであると主張する。
しかしながら,甲18記載のギア比は0.3〜0.6と1未満であり,後段側のギア列を増速させるものであるから,減速機構の減速比の数値範囲を検討するに当たり参考となり得ないことは明白である。
(エ) 控訴人は,当業者が減速比について通常理解する幅が平均値の±50%程度であることを前提として,減速比について「200:1オーダ」と記載するか,最小値と最大値を記載するかは表記の問題にすぎないとして,ギア比の幅について最小値及び最大値を示すことは技術常識ではないと主張する。
しかしながら,減速比が平均値の±50%程度であることが技術常識であるとする根拠はどこにもなく,控訴人の主張は,その前提において失当である。
また,最小値と最大値で示された幅は,その範囲が客観的に明確であるのに対し,「200:1オーダ」で示される範囲は,技術常識等を参酌しない限りその範囲が定められないのであるから,両者は全く異なるものであり,単なる表記の違いではない。
(オ) 甲46の陳述書において,スレッドピッチと減速比が正比例の関係にあることは,何ら示されていない。また,甲46では, 「スレッドピッチの値は一般的におよそ1mmから3mmの値の範囲のものが使用されます」と記載されているが,1mmから3mmのスレッドピッチが一般的であることの裏付けとなる客観的な証拠は何ら示されていない。
したがって, 「200:1オーダ」が100:1〜300:1となるのが当業者の技術常識であることは,甲46からは理解できない。
(カ) 控訴人は,スレッドピッチが2cm/1cmのスピンドルを使用した電動パーキングブレーキの例を挙げて,スレッドピッチと減速比が正比例の関係にあると主張するが,意味不明である。
電動パーキングブレーキでは,電動機からの出力が減速機構を介してスピンドルに伝達される。控訴人が挙げる例では,前提事実として,電動機から同じ力量の出力をした場合に両者のスピンドルが同様に1回転するのであるから,減速機構の減速比は,スレッドピッチの大小によらず同一である。
控訴人は,ブレーキピストンが押し出される量が異なることを根拠に,スレッドピッチと減速比が比例関係にあると主張するが,スピンドルの回転量が同一であれば,スレッドピッチに応じてブレーキピストンが押し出される量が変わるのであるから,ブレーキピストンが押し出される量が異なるのは,単にスレッドピッチが異なることに起因するのであって,減速比とは何ら関係がない。
(キ) 控訴人は,甲46のベンチマークデータに関して,ばらつきは,電動機の性能によって出力量が異なることから生じるものであり,スレッドピッチと減速比がほぼ正比例の関係にあるという点に影響を及ぼすものではないと主張する。
しかしながら,甲46では, 「電動機から実質的に同一のパワーを出力する異なる電動パーキングブレーキの設計のため」と記載されており,電動機からの出力量は実質的に同一であることが前提とされており,控訴人の主張は,甲46の記載と相反する。
甲46のベンチマークデータでは,スレッドピッチが1.0〜1.5mmにおける減速比はほぼ一定であるから,およそ両者が比例関係にあるとは到底いうことができない。甲46で示された具体例(製品)の大部分は,スレッドピッチが1.0〜1.5mmであって,スレッドピッチが2.0mm以上の製品はわずか2件にすぎない(しかも,スレッドピッチが3.0mmの具体例は何ら示されていない)のであるから,具体例の多いスレッドピッチ1.0〜1.5mmの製品に着目して減速比の関係を論じることは合理的である。
(ク) 控訴人は,甲50の陳述書において,スレッドピッチと減速比の関係について甲46と同様の陳述がなされていると主張する。
しかしながら,甲50は,甲46と同様に,控訴人から提出された単なる陳述書にすぎないし,甲50の当該陳述を裏付ける客観的証拠は何ら示されていない。また,甲50では,「200:1オーダ」の解釈に関して,「減速比が200:1である場合,114:1から320:1のギア減速幅となる」と記載されており, 「200:1オーダ」が100:1から300:1であることが一義的に明確であることを示すものでもない。
(ケ) 控訴人は,甲50に挙げられた各社製の電動パーキングブレーキを根拠に,減速比がおよそ100:1〜300:1の電動パーキングブレーキであれば全体のサイズに大きな違いがないことは技術常識であるから,本件発明と同程度に小型省スペースの電動機の利用を可能とする減速機構の減速比は「200:1オーダ」に含まれると解すべきであると主張する。
控訴人指摘の「本件発明と同程度に小型省スペースの電動機」というのが具体的にどの程度の大きさの電動機であるかは不明である。また,減速比125:1〜224:1の電動パーキングブレーキ,減速比356:1の電動パーキングブレーキ及び減速比91:1の電動パーキングブレーキが,いずれも同程度に小型省スペースの電動機であるという控訴人の主張を前提とすれば,減速比356:1及び91:1もまた, 「200:1オーダ」に含まれることになる。しかし,これは, 「200: 1オーダ」が100:1〜300:1の範囲であることが一義的に明確であるとする控訴人の主張と真っ向から矛盾する。
(コ) 控訴人は,減速機構の各歯車段の減速比の幅が±20%(3段歯車)又は±30%(2段歯車)の範囲であれば,電動パーキングブレーキとしての性能やサイズに大きな差は生じないことは技術常識であるとして,「200:1オーダ」の減速比と規定される場合には,少なくとも100:1〜300:1の減速比がこれに含まれる旨主張する。
しかしながら,電動パーキングブレーキとしての性能やサイズに大きな差が生じないとする各歯車段の減速比の幅がなぜ±20%又は±30%であるのか,歯車数が2段と3段の場合で各歯車段の減速比の幅がなぜ異なるのか,4段以上の歯車の場合における各歯車段の減速比の幅はいかなる値であるのかにつき,客観的証拠を伴った説明が一切されていない。
しかも,控訴人の主張によると, 「200:1オーダ」の減速比と規定される場合,3段歯車機構では102.4:1〜345:1の減速比となり,2段歯車機構では98:1〜338:1の減速比となるところ,これらは,いずれも100:1〜300:1の範囲とは異なっており, 「200:1オーダ」が100:1〜300:1の範囲であることが一義的に明確であることを,何ら示していない。
(サ) 控訴人は,ハ号物件の減速機構を例に挙げて,減速機構を設計するに当たり,全体の減速比が「200:1オーダ」の±20%又は±30%に含まれるか否かは容易に判断できるのであるから, 「200:1オーダ」というのは一義的に明確である旨主張する。
しかしながら,設計時において減速機構の減速比を確認できるからといって, 「200:1オーダ」の範囲が一義的に明確になるものではない。
(シ) 控訴人は,「オーダ」が,「ほぼ」や「約」よりも広い概念として規定されていると理解され,そうだとすれば, 「200:1オーダ」とは200の半分である100程度の幅を持つものであることは当業者にとって明らかであると主張す る。
しかしながら,「オーダ」が,「ほぼ」や「約」よりも広い概念であることを示す客観的証拠は何も示されていない。また,仮に「オーダ」が「ほぼ」や「約」よりも広い概念であるとしても,なぜ半分の幅を持つのであるかにつき,具体的根拠を伴った説明は一切されていない。
(ス) 控訴人は,本件PCT出願での国際予備審査において,115:1のギア比が「200:1オーダ」に含まれることを前提として審査されていることを根拠に, 「200:1オーダ」が100:1〜300:1の範囲であることは,一義的に明らかである旨主張する。
しかしながら,仮に115:1のギア比が「200:1オーダ」に含まれるとしても,そのことをもって, 「200:1オーダ」の範囲が100:1〜300:1と一義的に定まるものではない。
当裁判所の判断
当裁判所は,ハ号物件は構成要件Gを充足するが,構成要件E及びHを充足しないから,明確性要件違反の無効理由の有無を判断するまでもなく,控訴人の請求を棄却した原判決の結論は相当であり,本件控訴は棄却すべきものと判断する。その理由は,下記1のとおり原判決を補正し,下記2のとおり当審における控訴人の補充主張に対する判断を示すほかは,原判決「事実及び理由」欄の第4に記載のとおりである。
1 原判決の補正 (1) 原判決「事実及び理由」欄の第4の2(1)(28頁21行〜29頁16行)のうち,29頁13行目及び14行目の各「構成要件G」とあるのを,いずれも「構成要件E」と改める。
(2) 原判決「事実及び理由」欄の第4の2(2)ア(29頁19行〜30頁21行)を,次のとおり改める。
「 ア ハ号物件が構成要件G「電動機(42)と減速機構(44)が別々に操 作可能な副組立体(40)として実施されており,」を充足するかについて (ア) 構成要件Gの「電動機(42)と減速機構(44)が別々に操作可能な副組立体(40)として実施されており,」における「別々に操作可能な」部材について,控訴人は, 「ハウジング(12)」と「副組立体(40)」とが「別々に操作可能」であるという意味であると主張するのに対し,被控訴人は, 「電動機(42)」と「減速機構(44) とが 」 「別々に操作可能」であるという意味であると主張する。
そこで検討すると,たしかに,上記構成要件Gは, 「電動機(42)と減速機構(44)が『,』別々に操作可能な副組立体(40)として実施されており,」と記載されているものではないが, 「電動機(42)と減速機構(44)が別々に操作可能な『,』副組立体(40)として実施されており,」又は「電動機(42)と減速機構(44)『と』が別々に操作可能な副組立体(40)として実施されており,」と記載されているものでもなく,その文理上は,@「電動機(42)と減速機構(44)が別々に操作可能な」「副組立体(40)として実施されており,」と読み,別々に操作可能な電動機(42)と減速機構(44)とが,副組立体(40)として実施されているとする解釈のほか,A「電動機(42)と減速機構(44)が」 「別々に操作可能な副組立体(40)として実施されており,」と読み,別々に操作可能な副組立体(40)として,電動機(42)と減速機構(44)が実施されているとする解釈が成り立ち得るというべきである。
そこで,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を考慮すると,次のようにいうことができる。
発明の詳細な説明をみると,電動機およびそれに連結される減速機構は独自に操 「作可能な副組立体として実施されており,( 」【0005】)という構成要件Gとほぼ同様の記載があり,この記載に続けて, 「この副組立体は標準化されており,1型式のさまざまな車両ブレーキと組合せることができる。これにより,このような電動機・減速機構ユニットの個数が増加し,そのことが単価に有利に働く。更に,独自の組立体として実施される電動機・減速機構ユニットはあらゆる任意の角度位置で ブレーキハウジングへの固着を簡単に可能とし,ブレーキ取付場所が空間的に窮屈であることは副組立体の位置を適切に決定することで問題なく考慮することができる。( 」【0005】)と記載され,更に実施例の記載ではあるが, 「電動機42と減速機構44とからなるユニット40は別々に操作可能な副組立体であり,図示したディスクブレーキ10だけでなく別のディスクブレーキとも組合せ可能である。 【0 」 (025】)として, 「電動機42」と「減速機構44」は「ユニット40」,すなわち「副組立体(40)」の構成要素であり,「別々に操作可能な」ものは「副組立体」であることを示す記載もある。このような記載からすると,構成要件Gは,電動機と減速機構から成る副組立体が「独自に操作可能な」 「独自の組立体」であることを指すものであり,その結果,様々な種類の「車両ブレーキ」の「ブレーキハウジング」と組み合せることができることから量産による単価の抑制という利点のほか,構成要件Hの「更に,副組立体(40)がハウジング(12)の面(B)に関してあらゆる任意の角度位置でハウジングに取付可能であること」という利点が生じることが開示されているものと理解することができる。
このような発明の詳細な説明の記載をも踏まえると,構成要件Gは,電動機(42)と減速機構(44)が,副組立体(40)として実施されており,副組立体(40)は, (車両ブレーキ)ハウジング(12)と別々に操作可能な,別個の組立体であることを意味するものと解するのが相当である。
(イ) 被控訴人作成の原判決別紙4の被告製品説明書によると,ハ号物件は,アクチュエータ組立体10とキャリパ組立体20と,これらを取り付けるための締結ネジ30から構成されており,アクチュエータ組立体10は,電動モータ12と減速機構14とを備えていることが認められる。
ここで,電動モータ12,減速機構14は,それぞれ,構成要件Gの「電動機(42), 」「減速機構(44)」に相当し,アクチュエータ組立体10,キャリパ組立体20は,それぞれ,構成要件Gの「副組立体(40),構成要件F・Hの「 」 (車両ブレーキ)ハウジング(12)」に相当するから,ハ号物件は,電動機(42)と減速 機構(44)が,副組立体(40)として実施されており,副組立体(40)は,(車両ブレーキ)ハウジング(12)と別々に操作可能な,別個の組立体であって,構成要件Gを充足すると認められる。」 (3) 原判決「事実及び理由」欄の第4の2(2)ウ(32頁2行〜6行)を,次のとおり改める。
「 ウ ハ号物件が構成要件E「200:1オーダの減速比を有する減速機構(44)が電動機(42)とスピンドル(26)との間に介装されているものにおいて,」を充足するかについて (ア) ハ号物件における減速機構14の減速比(電動モータ12の回転数と出力軸18の回転数の比)が134.4:1であることに争いはないが,これが構成要件Eの「200:1オーダの減速比」を充足するかについては,争いがある。
そこで検討すると,甲5(大きな活字の三省堂国語辞典第七版)によると, 「オーダー〔order〕」は,「数値の大きさの程度。」という意味を有するものと認められるから,「200:1オーダ」とは,控訴人主張のとおり,「およそ200:1程度」という意味であると一応理解することができる。
(イ) もっとも, 「およそ200:1程度」が,具体的にいかなる数値範囲を含むかは,直ちには明らかではないところ,本件明細書には,「200:1オーダ」が具体的にいかなる数値範囲を含むかを端的に示した記載はない。
また,本件明細書の「200:1オーダの減速比」に関連する記載としては, 「電動機とスピンドルとの間に介装される減速比200:1オーダの減速機構が小型省スペース電動機の利用を可能とする。( 」【0004】, )「減速機構は単段に,または多段でも,特に2段に,構成しておくことができる。構造空間を節約するうえで特に有利であるのは2段減速機構であり,その一方の段は減速比50:1範囲の前記減速機構タイプの1つによって形成され,その場合にはこの段の前段または後段には減速比4:1範囲の第2段が設けられており,こうして200:1範囲の総減速比が達成される。【0005】,比較的小型の電動機42を選択することができ, ( 」 )「 尚かつ十分に大きな緊締力が確保されているように,減速機構44は総減速比が200:1である。( 」【0025】,実施例)という記載がある程度であり,200:1以外の減速比を有する減速機構は,実施例としても従来技術や比較例としても全く記載されておらず,これらの記載を参照しても, 「200:1オーダ」が具体的にいかなる数値範囲を含むかは明らかとはならない。
(ウ)控訴人は,甲8〜27,30〜41からすると,「200:1オーダ」という記載に接した当業者が技術常識に基づいて減速比について通常理解する幅は平均値の±50%程度であるから, 「200:1オーダ」が100:1〜300:1を意味することは一義的に明らかであると主張する。
しかしながら,控訴人の主張する甲8〜27,30〜41は,別紙控訴人主張文献一覧記載のとおりであって,いずれも自動車用の制動ブレーキに関するものではない(甲18のギヤ比は,2種類の動力源と,3軸式動力入出力手段と,その3軸式動力入出力手段を一体回転させる直結クラッチとを有する車両に関し,3軸式動力入出力手段としてのシンプル式の遊星歯車装置において,一方の動力源である電動モータに連結された第2回転要素としてのサンギヤの歯数と,他方の動力源であるエンジンに連結された第1回転要素としてのリングギヤの歯数との比率について,一般に0.3〜0.6程度とするものであって,自動車用の制動ブレーキにおける減速機構の減速比に関するものではない。)上,技術分野も区々であり,また,その数値範囲もギア比の上下限を示すものにすぎない上,一見して明らかに区々であるから,これらの(ギア比の平均値からの幅の)平均値には, 「200:1オーダ」の解釈に関し,何らの技術的意義も認められない。
(エ)控訴人は,当業者は,スレッドピッチと減速比が比例することを前提に,「200:1オーダ」の減速比を理解し,スレッドピッチは,一般に1mm〜3mmであるから,当業者は, 「200:1オーダ」の減速比は,中央値が200:1で±50%の範囲のものと理解する旨主張する。しかしながら,甲46記載の電動パーキングブレーキのベンチマークデータ(別紙ベンチマークデータ一覧記載のとお り)を前提としても,スレッドピッチ1.0mmが1例,1.25mmが3例,1.5mmが2例,2.0mmが1例,2.5mmが1例あるのみであって,電動パーキングブレーキのスレッドピッチが一般に1mm〜3mmであることが当業者の技術常識であると認めるには足りないし,また,同じTRW社製の電動パーキングブレーキであっても,減速比が同一であるのにスレッドピッチが異なっていたり,同じスレッドピッチ(1.25mm,1.5mm)であっても,減速比は異なっているのであって,スレッドピッチと減速比が比例することが当業者の技術常識であると認めることもできない。さらに,本件明細書には,スレッドピッチについては,「本発明による車両ブレーキのいずれの実施態様でもスピンドル・ナット配置は有利には,通常はナットをスピンドルに結合するねじのピッチを好適に選定することによって,セルフロッキング式に実施されている。( 」【0006】)といった程度の記載のみであって,具体的な値の記載は全くなく,減速比200:1におけるスレッドピッチが2mmであったことも記載されていない。したがって,当業者は, 「200:1オーダ」の記載は,中央値が200:1で±50%の範囲のものと理解するとはいえない。
また,控訴人は,スレッドピッチが2cmの「スピンドル(26)」を使用した電動パーキングブレーキとスレッドピッチが1cmの「スピンドル(26)」を使用した電動パーキングブレーキの例を示して主張するが,控訴人が主張する例では,スレッドピッチは変化しているが,減速比は一定であるから, 「200:1オーダ」が100:1〜300:1を示すことの根拠となるものではない。
(オ)控訴人は,本件発明の技術思想は,小型省スペースの電動機の利用を可能とすることにあり,本件発明と同程度に小型省スペースの電動機の利用を可能とする減速比の減速機構である場合には, 「200:1オーダ」に含まれると解すべきところ,減速比が100:1〜300:1の電動パーキングブレーキであれば,その全体のサイズに大きな違いがないことは技術常識であると主張する。
しかしながら,本件明細書には,200:1以外の減速比を有する減速機構につ いては,実施例にも従来技術や比較例にも記載がなく,200:1の減速比を有する減速機構が小型省スペース化に資するという定性的な効果を有するとしても,小型省スペース化にどの程度資するのかという定量的な効果は明らかではないというほかないから,減速比が100:1〜300:1の電動パーキングブレーキが,200:1の減速比を有する減速機構における小型省スペース化に対する効果と同様の作用効果を及ぼすといえるかどうかを判断することは困難である。また,1技術者の陳述書である甲50から,控訴人主張の上記技術常識を認めることもできない。
したがって,減速比が100:1〜300:1の電動パーキングブレーキのサイズに大きな違いがないことを根拠として, 「200:1オーダ」が100:1〜300:1を示すものということはできない。
同様に,甲50から,減速機構が3段歯車機構の場合には,各歯車段の減速比の幅が±20%までの範囲であれば,減速機構が2段歯車機構の場合には,各歯車段の減速比の幅が±30%までの範囲であれば,電動パーキングブレーキとしての性能やサイズに大きな差は生じないことが,当業者の技術常識であったことを認めることもできないから,そのような技術常識を前提として, 「200:1オーダ」が100:1〜300:1を示すものということはできない。
(カ) 控訴人は,本件PCT出願に係る国際予備審査機関の見解書に基づく主張をするが,同見解書は,本件PCT出願の「200:1オーダ」に相当するクレームの文言に115 1が含まれる具体的な理由を示しておらず, : その内容から,直ちに「200:1オーダ」が100:1〜300:1を示すものと認めることはできないし,本件発明の「200:1オーダ」に115:1が含まれること(したがって,200:1により近い134.4:1が「200:1オーダ」に含まれること)を認めることもできない。
(キ) 以上によると,構成要件Eの「200:1オーダ」とは,その文理上,「およそ200:1程度」という意味であり, 「200:1」がこれに含まれることは明らかであるものの,本件明細書の記載や技術常識に照らしても,200:1か ら30%以上も乖離したハ号物件の134.4:1がこれに含まれることを認めるに足りる根拠はなく,ハ号物件は,構成要件Eを充足しない。
エ 小括 上記イ,ウで検討したところによると,ハ号物件は,少なくとも構成要件E及びHを充足しないから,その余の構成要件について検討するまでもなく,本件発明の技術的範囲に属しない。
したがって,ハ号物件に係る控訴人の請求は,いずれも理由がない。」 (4) 原判決「事実及び理由」欄の第4の2(3)(32頁7行〜13行)のうち,32頁11行目に「ニ物件」とあるのを「ニ号物件」と改める。
(5) 原判決「事実及び理由」欄の第4の3(32頁22行〜34頁18行)を削除する。
2 当審における控訴人の補充主張に対する判断 (1) 控訴人は,ハ号物件は,本件発明の構成要件Gを充足する旨主張するが,これに対する判断は,前記1(2)のとおりである。
(2) 控訴人は,ハ号物件は,本件発明の構成要件Hを充足する旨主張するが,次のとおり,いずれも理由がない。
ア 控訴人は,本件発明において, 「あらゆる任意の角度位置で」副組立体とハウジングが取付可能と記載されているのは,副組立体のハウジングに対する取付角度位置を,液圧式車両ブレーキを様々な車両に適合させるために適宜設計する際に,あらゆる角度を選択することができるという意味であるから,ハ号物件において,副組立体とハウジングの取付角度位置が両者を固定するねじによって規定されていたとしても,設計段階において当該取付角度位置を自由に選択し得たことからすると,ハ号物件の副組立体はハウジングの面に関してあらゆる任意の角度位置でハウジングに取付可能であると主張する。
しかしながら,構成要件Hは,液圧式車両ブレーキという物の発明において, 「更に,副組立体(40)がハウジング(12)の面(B)に関してあらゆる任意の角 度位置でハウジングに取付可能であること」として,「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」の形状又は構造を特定したものであるから,ハ号物件の具体的構成を前提として,ハ号物件の「副組立体(40)(原判決別紙4被告製品説明書のア 」クチュエータ組立体10)と,ハ号物件の「ハウジング(12)(原判決別紙4被 」告製品説明書のキャリパ組立体20)とが, 「副組立体(40)」が「ハウジング(12)」の面(B)に関してあらゆる任意の角度位置で「ハウジング(12)」に取付可能であるといえるかを判断すべきものであって,設計段階において取付角度位置を自由に選択し得たという事実は,構成要件Hを充足する理由となり得るものではない。
したがって,設計段階において取付角度位置を自由に選択し得たことを理由として,ハ号物件が構成要件Hを充足する旨をいう控訴人の主張は,理由がない。
イ 控訴人は,電動パーキングブレーキとして作動させるためには最終的には「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」とを固定しなければならないことをもって,構成要件Hが充足されないとすることは,本件明細書【0005】及び【0003】に記載された本件発明の思想及び課題に沿うものでないばかりか,本件発明の実施品が事実上存在し得ないことになってしまい,結論としても不当であると主張する。
しかしながら,液圧式車両ブレーキという物の発明において, 「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」の形状又は構造を特定した構成要件Hは,上記アのとおり解されるのであって,本件明細書【0005】及び【0003】の記載によって左右されることはない。
また,例えば, 「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」とがねじ止めされる構成であっても,一方のねじ穴が周状に連続的に形成されているようなときには,「副組立体(40)がハウジング(12)の面(B)に関してあらゆる任意の角度位置でハウジングに取付可能である」といえる場合もあると解されるのであって,ハ号物件が構成要件Hを充足しないのは,ハ号物件における「副組立体(40)」及 び「ハウジング(12)」の形状又は構造によるものであり,本件発明の実施品が事実上存在し得ないというものでもない。
したがって,控訴人の主張は,理由がない。
ウ 控訴人は,接着剤による固定方法を含め,「副組立体(40)」の内部の電動モータの駆動力を「ハウジング(12)」に対して安定して伝える程度に固定する方法はねじによる固定以外にも存在すると考えられると主張する。
しかしながら,本件発明が液圧式車両ブレーキという物の発明であることからすると,控訴人主張のとおり,構成要件Hの「取付」とは,「副組立体(40)」の内部の電動モータの駆動力を「ハウジング(12)」に対して安定して伝える程度に固定することを要するところ,ハ号物件では,原判決別紙3-2のハ号物件説明書によっても, 「副組立体(40)」の副組立体ハウジング及び「ハウジング(12)」のキャリパハウジングに,それぞれ二つのねじ穴が形成されており,副組立体ハウジング及びキャリパハウジングに形成されたねじ穴にねじが入り込むことによって,「副組立体(40)」が「ハウジング(12)」にねじ止めされるというのであるから,ハ号物件の構成自体により, 「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」との「取付」をねじ止め以外の方法により行うことが予定されているものとはいえず,したがって,ハ号物件の構成自体により,ねじ止め以外の「取付」が「可能」であるということはできない。また,ハ号物件において,「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」とが,ねじ止め以外の方法によっても, 「副組立体(40)」の内部の電動モータの駆動力を「ハウジング(12)」に対して安定して伝える程度に固定すること,すなわち「取付」が可能であることを認めるに足りる他の証拠はない。
したがって,控訴人の主張は,理由がない。
エ 控訴人は,構成要件Hの「あらゆる任意の角度位置」とは,様々な車両に適合するように「副組立体(40)」と「ハウジング(12)」の角度位置を適宜設計できるという意味であり,液圧式車両ブレーキとして正常に動作することを当然の前提として記載されているものであるから,ボルトと接触する部分に「副組立 体(40) を設置するという液圧式車両ブレーキとして作動しないことが明白な設 」計を考慮して,構成要件Hを充足しないとする解釈は,構成要件Hの意義を見誤るものであると主張する。
しかしながら,証拠(甲3の1・2,甲28,乙1)によると,ハ号物件の「ハウジング(12)」には,ボルト(原判決別紙4の被告製品説明書のボルト24)を支持する部分が2か所にわたり設けられており,この二つのボルト又はそれを支持する部分と「副組立体(40)」とが接触する角度位置には, 「副組立体(40)」をその内部の電動モータの駆動力を「ハウジング(12)」に対して安定して伝える程度に固定すること,すなわち「取付」を行うことは困難であると認められるから,「副組立体(40)がハウジング(12)の面(B)に関してあらゆる任意の角度位置でハウジングに取付可能である」といえないことは明らかである。したがって,控訴人の主張は,理由がない。
結論
以上によると,控訴人の請求を棄却した原判決は結論において相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
追加
(別紙)控訴人主張文献一覧ギア比証拠番号文献名発明の名称等下限上限平均値からの幅甲8特開昭61-76848号公報100002000033.33%発明の名称「太陽追尾式光発電装置」甲9特開平5-252854号公報1000300050.00%発明の名称「撒き餌散布器」甲10特開平7-135828号公報1.5868.42%発明の名称「動力式芝生縁刈り機および方法」甲11特開平9-71164号公報82551.52%発明の名称「自動車用シートリフター」甲12特開平9-242846号公報2650.00%発明の名称「差動装置」甲13特許第2879861号公報0.30.633.33%発明の名称「自動変速機の変速制御方法」甲14特開2000-83537号公報0.150.3540.00%発明の名称「魚釣用リール」甲15特開2003-63423号公報12.542.86%発明の名称「車両用操舵装置」甲16特開2003-240068号公報0.30.633.33%発明の名称「自動変速機」甲17特開2003-300434号公報0.4142.86%発明の名称「車両用収納装置」甲18特許第3629857号公報0.30.633.33%発明の名称「車両の制御装置」発明の名称「自動車および自動車用のステアリング装置お甲19特表2005-535498号公報12090.48%よびステアリング方法」甲20特開2006-132595号公報0.30.633.33%発明の名称「車両用自動変速機」甲21特開2006-240506号公報2860.00%発明の名称「操舵装置」甲22特開2007-120552号公報0.3381.82%発明の名称「無段変速装置」甲23特開2010-230029号公報0.30.6536.84%発明の名称「自動変速機」甲24特開2013-155809号公報0.250.641.18%発明の名称「変速機」甲25特表2014-504513号公報4833.33%発明の名称「機械的伝動を伴う電動式飲料マシン」発明の名称「天然ガス用の圧縮機システム,天然ガスの圧甲26特表2015-505010号公報52060.00%縮方法,およびそれらを用いたプラント」甲27特表2015-528913号公報0.020.281.82%発明の名称「腕時計に一体化できるホイッスルデバイス」甲30特開平5-116890号公報10020033.33%発明の名称「車両搭載型クレーンの旋回ロック装置」甲31特公平6-53475号公報10030050.00%発明の名称「自動車のサイドミラー旋回運動減速装置」甲32実開平6-29497号公報20040033.33%発明の名称「洋式便器の自動便座装置」甲33特開平7-45686号公報5020060.00%発明の名称「カセット搬送装置」甲34特開平7-308882号公報8030057.89%発明の名称「産業ロボットの関節装置」甲35特開平8-152075号公報13340050.09%発明の名称「方向制御弁」甲36特開2004-299000号公報15050053.85%発明の名称「産業用ロボットの関節駆動装置」甲37特開2010-22414号公報10030050.00%発明の名称「医療用マニピュレータ」甲38特開2013-539384号公報10030050.00%発明の名称「簡単なモータ付き淹出ユニット」甲39特許第3249887号公報10029048.72%発明の名称「レンズ付きフィルムユニット」甲40特開昭58-147836号公報10030050.00%発明の名称「磁気テープ装置」甲41米国特許第5222409号明細書10050066.67%発明の名称「産業用ロボットアーム」(注)ギア比の上下限,平均値からの幅の各数値は,控訴人の主張による (別紙)ベンチマークデータ一覧製品減速比スレッドピッチ(mm)アドヴィックス社製EPB134.4:11.25TRW社製EPB1125:11.0TRW社製EPB2及び3125:11.25TRW社製EPB4159:12.0TRW社製EPB5224:12.5CBI社製EPB126.74:11.5BTL社製EPB125:11.25Mobis社製EPB102:11.5以上
裁判長裁判官 森義之
裁判官 片岡早苗
裁判官 古庄研
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