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関連審決 不服2002-18151
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  周知技術 /  技術常識 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 /  変更 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 571号 審決取消請求事件
原告 株式会社天木
同訴訟代理人弁理士 竹中一宣
被告 特許庁長官今井康夫
同指定代理人 長島和子
同 木原裕
同 大野克人
同 立川功
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/05/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2002-18151号事件について平成15年11月12日にした審決を取り消す。
事案の概要及び争いのない事実
本件は,後記本願発明の出願人である原告が,拒絶査定を受けたので,これを不服として審判請求をしたところ,特許庁が,審判請求不成立の審決をしたことから,原告が同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成11年10月29日に名称を「本平瓦」とする発明につき特許出願(平成11年特許願第308891号)をしたところ,平成14年8月21日付で拒絶査定がなされた。原告は,同年9月19日付で不服審判の請求をし,同請求は不服2002-18151号事件として特許庁に係属した。
特許庁は,同事件について審理したうえ,平成15年11月12日付で「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月21日,原告に送達された。
2 本件出願に係る発明の要旨 平成14年9月19日付手続補正書により補正された明細書(甲6。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲に記載された,次のとおりのものである(以下,この発明を「本願発明」という。)。
「【請求項1】 勾配方向の端側の一方及び他方に水返し突条を形成した段付きの本平瓦であって, 前記端側の一方及び他方の水返し突条の尻側にズレ防止用の段付部を形成し,この段付部に本平瓦の勾配方向の端側に設けた一方及び他方の水返し突条の頭側を係止し,また前記端側の一方及び他方の内部に平坦部を形成し,この平坦部に丸瓦の勾配方向の端側に設けた一方又は他方の直線部が葺き合される構成の本平瓦。」 3 本件審決の理由の要旨 (1) 本願発明と実願昭52-121779号(実開昭54-47817号)のマイクロフィルム(甲8。以下「引用例1」という。)記載の発明(以下「引用発明1」という。)とは,「段付き本平瓦」の点で一致し,次の点で相違する。
ア 本願発明では本平瓦の勾配方向の端側の一方及び他方に水返し突条3,4を形成し,水返し突条の尻側にズレ防止用の段付部5,6を形成し,この段付部に,葺き合わせ対手となる本平瓦の水返し突条の頭側301,401を係止しているのに対し,引用発明1では,勾配方向の端側に段付部が設けられていない点(以下「相違点1」という。)。
イ 本願発明は,本平瓦の端側の一方及び他方の内部に平坦部20,21を形成し,この平坦部に丸瓦の勾配方向の端側に設けた一方又は他方の直線部24,25が葺き合わされる構成であるのに対し,引用発明1は,平瓦に平坦部がなく,平瓦と葺き合わされる丸瓦の端側にも直線部がない点(以下「相違点2」という。)。
(2) 相違点1について 特開平9-184245号公報(甲9。以下「引用例2」という。)の水切り13a,13b及び凸部15a,15bは,「水返し突条」と認められる。また,引用例2に記載された「凸部15a,15bの内側の立ち上がり面と上端面19a,19bから成る段部」は,本願発明の「段付部」に相当し,水切り13a,13b及び凸部15a,15bからなる水返し突条の尻側に形成されている。そして,上下方向に対しては,上端面19a,19bと下端面21a,21bとの当接で,左右方向に対しては,凸部15a,15bの内側の立ち上がり面と凹部17a,17bの立ち上がり面との当接でズレが防止され,係止することになる。
そうすると,引用例2には,本願発明の相違点1に係る構成が実質的に記載されているものと認められる。引用例1,2に記載された事項はいずれも本平瓦に関するものであるから,引用例2に記載された事項を引用発明1に適用し,本願発明の相違点1に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得たものである。
(3) 相違点2について 実願昭59-2831号(実開昭60-115318号)のマイクロフィルム(甲10。以下「引用例3」という。)には,端側の一方及び他方に葺き土風化防止凸部5(本願発明の「平坦部」に相当する。)を形成し,この葺き土風化防止凸部5に素丸9(同「丸瓦」に相当する。)の勾配方向の端側に設けた一方または他方の直線部が葺き合わされる構成の平瓦(同「本平瓦」に相当する。)が記載されている。
葺き土風化防止凸部5は,素丸9の直線部が葺き合わされる位置に形成されるものであるから,水返し突条を端側に設けた場合,その内部に形成するのは当然のことである。そして,引用例1,3に記載された事項はいずれも本平瓦に関するものであるから,引用例3に記載された事項を引用発明1に適用し,本願発明の相違点2に係る構成とすることは,当業者にとって容易に想到し得たものである。
(4) そして,本願発明の作用効果も,引用例1ないし3から当業者が予測できる範囲のものである。
(5) 以上のとおり,本願発明は,引用発明1並びに引用例2及び引用例3に記載された発明(以下それぞれ「引用発明2」,「引用発明3」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項により特許を受けることができない。
原告主張の取消事由
本件審決は,本願発明と引用発明1との相違点1,2についての判断を誤り(取消事由1,2),本願発明の顕著な作用効果を看過した(取消事由3)結果,本願発明は特許を受けることができないとしたものであり,これらの誤り,看過が,本件審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべきである。
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り) 本件審決の前記第2の3(2)の判断は,次のとおり誤っている。
(1) 本願発明においては,本平瓦の平部よりも一段高い位置に平坦部20,21を,また,平坦部20,21よりもさらに一段高い位置に水返し突条3,4をそれぞれ設けて,2段にわたる水返し構造を採用している。これに対し,引用例2に記載の水返し構造は,平部11よりも一段高い位置に水返し突条13a,13bを設けただけのものであり,2段にわたるものではないから,引用例2に記載の水返し構造を引用発明1に適用しただけでは,通常の(1段の)水返し構造にしかならない。
このように,本願発明と,引用例2に記載された事項を引用発明1に適用したものとは,水返し構造の構成に差異があり,雨水の浸入防止効果において顕著な差がある。したがって,2段の水返し構造を有するという本願発明の構成は,引用発明1及び2から当業者が容易に想到し得たものであるということはできない。
(2) 被告は,特開平9-49291号公報(乙1)にも,2段にわたる水返し構造を設ける構成が開示されていると主張するが,乙1に記載の瓦は和瓦であり,本願発明の本平瓦とは,瓦の形態,葺設方法,葺設屋根又は葺設建屋等が全く異なる。したがって,乙1から本願発明を想起することはできない。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り) 本件審決の前記第2の3(3)の判断は,次のとおり誤っている。
(1) 本願発明は,平部に段付き1を有するから,1枚の本平瓦が「2段葺き瓦」に見え,小割り感覚を容易に生じさせることができる。
これに対し,引用発明3では,平瓦本体1(葺き合せの後に屋根表面に露出する部分)は段付きを有していないので,本願発明のように1枚の本平瓦が2段葺き瓦に見えることはなく,段付きを表現して本願発明と同様の小割り感覚を生じさせるためには,2枚の平瓦を葺き重ねる必要がある。
(2) 本願発明では,平坦部20,21に丸瓦23の直線部24,25をそれぞれ当接することで,本平瓦と丸瓦の接触面が一直線に形成されるから,左右1枚ずつの本平瓦に1枚の丸瓦を載置すればよく,誰でも容易にかつ確実に葺き作業をすることができる。
これに対し,引用例3の葺き土風化防止凸部5は,平瓦本体1のほぼ2分の1の長さであるから,葺き上がりが本願発明と同様の外観となるためには,平瓦が2枚必要であり,平瓦の枚数が増えて屋根への負荷がかかることになる。また素丸9は,左右それぞれ2枚ずつ(計4枚)の葺き土風化防止凸部5に載置されることになるから,不安定であり,葺く際に熟練を要するし,接触面が一直線に形成されず風化又は雨水の浸入により葺き土の破損又は流失等が生じやすい。
(3) 本願発明は,釘止めする乾式(土を使用しない方式)のものであるため水返し突条を必要とするが,引用発明3は,土葺き方式であるために水返し突条を原則的に必要としない。このように,両者は目的と瓦の構造が相違する。
(4) 上記(1)ないし(3)のとおり,本願発明と,引用発明3とは,平瓦の段付きの有無,丸瓦の長さ,及び水返し突条の必要の有無において,構成に差異があり,効果も全く異なる。したがって,引用例3に記載された事項を引用発明1に適用して本願発明の相違点2に係る構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものであるとはいえない。
3 取消事由3(本願発明の顕著な効果の看過) 本件審決は,本願発明の作用効果について,引用発明1ないし3から当業者が予測できる範囲のものであると認定判断したが,誤っている。
(1) 本願発明は,勾配方向の端側の一方200及び端側の他方201にそれぞれ水返し突条3,4を形成した段付き1を有する略方形状の本平瓦であり,本平瓦の段付き1の一部に対の平坦部20,21を形成し,平坦部20,21は,本平瓦の頭側から略尻側に至るものであり,その平坦部20,21には,丸瓦23の端側の一方2300及び端側の他方2301の直線部24,25がそれぞれ当る,という構成を有している。この構成により,本願発明は, @ 勾配方向及び桁方向のズレ防止と,雨仕舞いの向上を図ることができる, A 本平瓦が段付き1を形成していることによって,「二段葺き瓦」を一体形式にした構成である。つまり,1枚で2段葺き瓦のように見える本平瓦である, B この本平瓦を屋根地に葺設した場合,この本平瓦の平坦部20,21に丸瓦23の直線部24,25は何の障害も無く当接される, C 本平瓦の1枚の長さに対して,丸瓦23の1枚が対応し,非常に安定性も高く,枚数の軽減も可能であり,屋根への負荷も軽減され,また,葺く際も簡易にできる, という作用効果を有する。
(2) これに対し,引用例2に記載のものは,水返し突条が1段のみである通常の水返し構造を有するに過ぎないから,これを引用発明1に適用しても,本願発明のような2段にわたる水返し構造は得られず,溯上する雨水の浸入は防止できない(前記1)。
また,引用例3に記載のものは,平瓦本体1は,段付きを有さず,谷4と葺き重なり後部2とで構成され,平瓦本体1に形成した葺き土風化防止凸部5は,谷4(平瓦本体の尻側から頭側にかけて略2分の1の長さ)に設けた段付き形状の平坦部であり,平瓦本体1は,谷4と葺き重なり後部2とで傾斜角度(流れ方向の勾配)が異なる,という構成を有するものであるから,これを引用発明1に適用しても,段付きも無く,1枚の平瓦本体1で1枚葺き重ねられたようにしか見えず,また,平瓦本体1の1枚の長さに対して,素丸9は2枚必要となり,安定性も低く,瓦の葺く枚数の増加による屋根への負荷もかかり,また,葺く際にも熟練を要することになる。
このように,引用発明1に引用発明2又は3を適用したものでは,本願発明と同様の顕著な作用効果を奏さない。この点を看過した本件審決は,誤っている。
被告の主張
本件審決の認定判断は相当であり,原告主張の取消理由はいずれも理由がない。
1 取消事由1について (1) 原告は,本願発明が「平部」よりも一段と高い位置に平坦部20,21,平坦部20,21よりもさらに一段高い位置に水返し突条3,4をそれぞれ設ける構成,つまり,2段にわたる水返しを有するので,雨水の浸入防止効果が高い旨主張する。
しかしながら,原告が「平部」と称するところは,どこであるか必ずしも明らかでなく,瓦を葺いたとき露出する部分,つまり瓦有効部のことを指しているものと類推されるが,本願明細書の特許請求の範囲には,「勾配方向の端側の一方及び他方に水返し突条を形成した段付きの本平瓦であって,前記端側の一方及び他方の水返し突条の尻側にズレ防止用の段付部を形成し,この段付部に本平瓦の勾配方向の端側に設けた一方及び他方の水返し突条の頭側を係止し,また前記端側の一方及び他方の内部に平坦部を形成し,この平坦部に丸瓦の勾配方向の端側に設けた一方又は他方の直線部が葺き合される構成の本平瓦。」(甲7の1頁【特許請求の範囲】)と記載されている。特許請求の範囲には,「平部」という記載はないし,ましてや,「平部」と平坦部との高さ関係は全く記載されていない。
したがって,上記原告の主張は特許請求の範囲の記載に基づいたものではない。
(2) 仮に,本願発明が2段にわたる水返しを有するものであるとしても,引用例3には,本願発明の平坦部20,21に相当する葺き土風化防止凸部5を谷4より高い位置に設けることが記載されており,引用例2には,本願発明の水返し突条3,4に相当する水切り13a,13bを平瓦の勾配方向の側端に設けることが記載されており,平坦部と水返し突条の両方を設ける場合には,平坦部は水返し突条の内側に設けることになるのは当然であるから,2段にわたる水返し構造が形成されるのも当然のことである。
また,2段にわたる段部が形成されることは,特開平9-49291号公報(乙1)の【図3】,【図5】,【図7】等にも記載されている。
(3) したがって,原告主張の取消事由1には理由がない。
2 取消事由2について (1) 原告は,本願発明が平部に段付きを有するのに対し,引用例3の平瓦本体は段付きでないと主張する。
しかし,本件審決は,引用例3を段付き瓦を開示したものとして引用しているわけではなく,段付き瓦を開示したものとして本件審決が引用するのは引用例1である。この点に関する原告の主張は本件審決を正解しないものであって失当である。
(2) 原告は,本願発明では本平瓦の頭側から略尻側に至る平坦部20,21に丸瓦の直線部24,25を当接することによって,本平瓦と丸瓦の接触面が一直線に形成される,つまり,左右1枚ずつの本平瓦に1枚の丸瓦が当接するので,誰でも容易かつ確実に葺き作業ができると主張する。
しかしながら,本願の特許請求の範囲の記載には,平坦部が本平瓦の頭側から略尻側に至るように形成されることは記載されておらず,左右1枚ずつの本平瓦に1枚の丸瓦23を当接することも記載されていない。原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づいたものではない。
(3) 仮に,本願発明が,本平瓦の頭側から略尻側に至る平坦部を形成するようにしたものであり,左右1枚ずつの本平瓦に1枚の丸瓦を当接するものであるとしても,引用例1の第11図に示すように,丸瓦7は,平瓦1の頭側(第11図の下側)から略尻側(第11図の上側)に至るように(瓦を葺いたとき露出する部分に沿って)載置されるものであり,引用例3には,谷部4(瓦を葺いたとき露出する部分)に沿って葺き土風化防止凸部5(本願発明の「平坦部」に相当。)が形成されることが開示されているから,引用例3に記載された事項を引用例1に記載された段付き本平瓦に適用し,丸瓦の長さに合わせ,平坦部を本平瓦の頭側から略尻側に至るように(瓦を葺いたとき露出する部分に沿って)形成することは当業者が容易になし得ることであり,左右1枚ずつの本平瓦に1枚の丸瓦を当接することも引用例1に記載されている事項であるから,原告の上記主張は,引用例3に記載された事項を引用例1に記載された段付き本平瓦に適用し,当業者が容易にできるものである。
(4) したがって,原告の取消事由2の主張にも理由がない。
3 取消事由3について 本件審決に説示されたとおり,本願発明の作用効果は,引用発明1ないし3から当業者が予測し得る範囲のものであり,原告が主張するように顕著なものとはいえない。
当裁判所の判断
1 取消事由1について (1) 原告は,本願発明においては2段の水返し構造を有するのに対し,引用例2(甲9)に記載の事項を引用発明1に適用したものでは,通常の(1段の)水返し構造にしかならないから,相違点1についての本件審決の判断は誤っていると主張する。
(2) しかしながら,本件審決は,相違点1(本願発明では水返し突条にズレ防止用の段付部が設けられているのに対し,引用例1(甲8)のものでは水返し突条が明らかでなく,ズレ防止用の段付部も設けられていない点)を相違点と認定したうえ,引用発明1に引用例2に記載の事項を適用して本願発明の相違点1に係る構成を想到することは容易にできると判断したものである。
しかして,引用例1及び引用例2に記載のものは,いずれも丸瓦と組み合わせて使用される本平瓦であり,本平瓦である以上,技術課題を共通にするものといえるから,引用発明1において,引用例2に記載された,水返し突条(水切り13a,13b及び凸部15a,15b),ズレ防止用の段付部(凸部15a,15bの内側の立ち上がり面と上端面19a,19bからなる段部)を設けることは,当業者が容易に想到できることというべきであり,本件審決のこの点の判断に誤りはない。
原告の上記主張は,引用発明1に引用例2に記載の事項を適用して,水返し突条を設ける構成(相違点1に係る構成)のほか,平部に平坦部20,21を設ける構成(相違点2に係る構成)等を想到することの容易性を問題にするものであるが,本件審決は,相違点1に係る構成は引用発明1に引用例2を適用して,相違点2に係る構成は引用発明1に引用例3を適用して,それぞれ容易に想到できる旨それぞれ別個に判断しており,引用発明1に引用例2を適用して,相違点2に係る構成等を想到することの容易性を認定判断したものではない。そうすると,原告のこの点の主張は,本件審決を正解せず,本件審決の相違点1に関する判断につき,その判断の対象となっていない事項を理由にこれを論難するものであって,失当である。
(3) もっとも,原告の上記主張は,本願発明は,2段にわたる水返し構造を採用した点において進歩性を有する旨をいうものとも解されるが,後記3に説示するとおり,上記の構成は当業者が容易に想到し得たものにすぎない。
2 取消事由2について (1) 原告は,本願発明は平部に段付きを有するのに対し,引用例3(甲10)のものは平部に段付きを有しないから,引用例3の記載を引用発明1に適用して本願発明を想到することは容易でない,と主張するので,検討する。
本件審決は,本願発明と引用発明1は「段付き本平瓦」の点で一致し,相違点2(本願発明では平瓦の端側の内部に平坦部を設けているのに対し,引用発明1では平坦部が設けられていない点)で相違すると認定したうえで,本願発明の相違点2に係る構成を想到することは容易である旨判断したものである。
しかして,引用例1には,「平瓦の構成 長方形平板に於て,前半1′が高く,後半1″が低くなるように,ほゞ中央に横方向の段落2を設け,」(2頁6〜9行)と記載されており,この記載および図2等の記載から,引用例1に記載の平瓦は,段落2を有しており,引用例1には,「段落2を設けた平瓦」の発明が記載されていると認められる(原告はこれを争っていない。)。平瓦に段落2を設けることは,段付きであることに外ならないから,本件審決の一致点の認定には誤りはなく,また,後述のとおり,引用発明1において,引用例3に記載された葺き土風化防止凸部5(本願発明の「平坦部」に相当する。)を設けることは,当業者が容易に想到できることというべきである。本件審決の相違点2に関する判断にも誤りはない。
原告は,引用例3に平部に段突きを設ける技術が開示されていない以上,引用例3の記載事項を引用発明1に適用し,本願発明の上記構成を想到することは困難であるかのようにいい,また,このことを前提に相違点2についての本件審決の判断を誤りであるとして縷々主張するが,原告のこの点の主張は,独自の見解を述べるものか,本件審決を正解しないでこれを非難するものにすぎず,採用することができない。
(2) もっとも,相違点2に関する原告の主張は,平部に段付きを有する引用例1の本平瓦において,本平瓦の平坦部と丸瓦の直線部とが葺き合わされる引用例3の構成を採用することは,当業者にとって容易に想到できない趣旨をいうものであるとも解されるので,以下検討する。
ア 引用例1においては,丸瓦について,平瓦との当接面に段状突起5,6を設けることによって,平部に段付き2を有する平瓦と丸瓦が隙間なく当接されるようにしている(甲8,2頁13行目から16行目)。
一方,引用発明3は,次のようなものである(甲10,2頁19行目以下)。すなわち,従来の屋根では,平瓦本体10が葺き重ねられた場合,素丸9と接触する部位で平瓦本体10の厚みだけ段差aの隙間が生じ,その隙間から雨風が浸入し,素丸9内の葺き土を浸蝕することとなっていた。これに対し,引用発明3では,葺き土風化防止凸部5を設けることによって,段差aの隙間が生じず,素丸9と平瓦本体1とが隙間なく当接することになり,雨水の浸入を防ぐことができる。このように,葺き土風化防止凸部5を設ける技術的意義は,平瓦の葺き重ねによって生ずる段差を解消し,素丸と平瓦との隙間から雨水が浸入するのを防ぐことにあるものと認められる。
イ そうすると,引用発明1と引用発明3は,段差のある平瓦の上に丸瓦を載置する際に,当接面の隙間をなくして雨水の浸入を防ぐという共通の技術課題を解決するための手段として,引用発明1では丸瓦の側に段状突起を設け,引用発明3では平瓦の側に平坦部(引用例3の用語では葺き土風化防止凸部5)を設ける,という異なった手段を開示するものであるということができる。そして,いずれの手段も,雨水の浸入防止という点で作用効果を同じくするものであり,いずれの手段を採用するかは,当業者ならば容易に設計変更し得るということができる。
したがって,本平瓦に平坦部を設ける(その代わり丸瓦の当接面は直線でよい。)という引用発明3の雨水浸入防止手段の構成を,引用発明1の浸入防止手段に代えて採用することは,当業者にとって容易に想到し得ることである。この点の想到が容易でないとし,本願発明は段付きの本平瓦に平坦部を設けた点に進歩性がある旨の原告の主張は採用できない。
3 前記1で触れたとおり,相違点1及び2についての判断の誤りに関する原告の主張は,本願発明は,段付き本平瓦に,@水返し突条3,4のほかに,平坦部20,21を設ける構成を採用し,Aかつ平部より一段高い位置に平坦部を設け,平坦部よりさらに一段高い位置に水返し突条を設け,これにより2段にわたる水返し構造を有する点において進歩性を有する旨をいうものとも解される(厳密に言えば,上記Aの点については相違点の看過がある旨の主張を含むものと解される。)ので,この点について検討する。
(1) まず,平坦部と水返し突条との併用について見ると,引用発明1において,水返し構造として,引用例2に記載の水返し突条又は引用例3に記載の平坦部を個々に設けることは,当業者ならば容易に想到できることである。そして,水返し突条及び平坦部は,いずれも雨水の溢出による浸水を防止するための手段として用いうるものであるし,これらを単独で用いるよりも併用することの方が高い効果を有することは技術常識に照らして明らかであり,両者を併用することに格別の創意を要するとは考えられないし,技術的困難性が伴うわけでもない。
なお,原告は,本願発明は土葺きでない乾式の瓦に係るものであるところ,引用例3に記載のものは土葺きであって水返し突条を原則的に必要としないものであるから,本願発明とは目的と瓦の構造が相違しており,したがって,乾式の平瓦において平坦部に加え水返し突条を形成することは,引用例3から容易に想到できるものではない旨主張する。しかし,本願発明が乾式の瓦についてのものであることは特許請求の範囲に記載されていないし,土葺きの瓦であっても浸水を防止する必要があることは引用例3に記載されているところであるから,原告の上記主張は,何ら根拠のないものである。
また,原告は,本願発明と引用発明3との瓦の構造の相違として,本願発明は「釘止め」の瓦であることも主張するが,これもまた本願の特許請求の範囲には何ら記載されていないことである。また,そもそも,「釘止め」であることによって雨水の浸入防止の必要性等が異なることについての的確な主張立証もないので,かかる瓦の構造の相違は,引用例2の水返し突条に加えて引用例3の平坦部を設けて雨水浸入防止効果を高めることに想到困難性も技術的困難性もない,という上記判断を左右しない。
(2) また,段付き瓦において,平坦部と水返し突条との,2段にわたる水返し構造を形成することは,乙1(特開平9-49291号公報)にも記載されているように,瓦の技術分野において周知の技術であると認められ,かかる周知技術を,引用例1に記載された,丸瓦と組み合わせる段付き本平瓦に適用することは,当業者ならば容易に想到しうることというべきである。
この点につき,原告は,乙1の段付き瓦は和瓦であり,和瓦の平坦部は瓦の差込み側の一方のみに形成されるから,これを平瓦に応用して平瓦の端側の一方及び他方の内部に平坦部を形成することは容易に想到できない旨主張する。しかし,瓦の種類が異なるとしても,段付き瓦である点に変わりはないし,本平瓦であれば,端側の一方及び他方に雨水が侵入する可能性のあることは明らかであるから,乙1の2段にわたる段部を,本平瓦の端側の一方及び他方の内部に適用することは,当業者が容易に想到できることというべきである。
(3) 次に,平部,平坦部及び水返し突条との高低関係についてみると,本願明細書の特許請求の範囲には,「勾配方向の端側の一方及び他方に水返し突条を形成した段付きの本平瓦であって,・・・また前記端側の一方及び他方の内部に平坦部を形成し,この平坦部に丸瓦の勾配方向の端側に設けた一方又は他方の直線部が葺き合される構成の本平瓦。」と記載されているだけであり,「平部」と「平坦部」の高さ関係は全く記載されていない。したがって,本願発明が,平部よりも一段高い位置に平坦部20,21を,また,平坦部20,21よりもさらに一段高い位置に水返し突条3,4をそれぞれ設けるものであると認めることはできない。この点に関して,本件審決に相違点の看過があるということはできない。
仮に,本願発明が,上記のような高低関係にある,2段にわたる水返しを有するものであるとしても,引用例1の段付き本平瓦に,平坦部と水切り突条の両者を設けるのであれば(これらを設けることが容易であることは上述したとおりである。),平坦部を水切り突条の内部に形成し,平坦部を水切り突条よりも一段低い位置に配置することは,水切り突条の機能からして当然であり,また,引用例3において,葺き土風化防止凸部5(本願発明の「平坦部」に相当する。)は,谷4(同「平部」に相当する。)よりも高く形成されていることからすると,平坦部を,平部より一段高い位置に設けることは,技術常識に属するというべきである。
そうすると,本願発明において,平部と平坦部と水返し突条との高低関係に,格別の技術的意義を認めることはできない。
(4) したがって,本願発明において,段付きの本平瓦に2段の水返し構造を設けた点に進歩性がある旨,及びこの点に関し本件審決に相違点の看過がある旨をいう原告の上記主張は採用できない。
4 取消事由3(本願発明の顕著な効果の看過)について (1) 原告は,本願発明により, @ 勾配方向及び桁方向のズレ防止と,雨仕舞いの向上を図ることができる, A 本平瓦が段付き1を形成していることによって,「2段葺き瓦」を一体形式にした構成であり,1枚で2段葺き瓦のように見える, B この本平瓦を屋根地に葺設した場合,この本平瓦の平坦部20,21に丸瓦23の直線部24,25は何の障害も無く当接される, C 本平瓦の1枚の長さに対して,丸瓦23の1枚が対応し,非常に安定性も高く,枚数の軽減も可能であり,屋根への負荷も軽減され,また,葺く際も簡易にできる。
という顕著な作用効果が奏されると主張する。
(2) しかし,引用例1ないし3によれば,上記@については,引用発明2及び引用発明3において,上記Aについては,引用発明1において,また,上記Bについては,引用発明3及び周知技術(乙1)において既に奏されている作用効果であると認められる。
(3) 上記Cについてみると,引用例3に記載のものにおいて,平瓦本体1には,葺き重なり後部が形成されているために,平瓦本体1と素丸9とは,異なる長さに形成されているが(なお,本願発明の実施例においても,葺き重なり後部が形成されることは,原告も自認している。),引用例3の図面第11図,第12図からすると,葺き重なり部を除けば,平瓦本体1の1枚と素丸9の1枚がほぼ対応するものと認められる。
また,引用例1によれば,引用発明1においても,本平瓦は,丸瓦の1枚と対応しているものと認められる。
そして,引用例1に記載の段付き本平瓦に,引用例3に記載された技術に従って平坦部を形成した場合,平坦部は,本平瓦の段付きをはさんだ前後部に連続して設けられることは明らかであり,本平瓦の1枚に対して丸瓦を1枚形成することは,引用例1及び同3の記載から,当業者が当然に考慮することである。したがって,原告主張のように,引用例3の技術を採用した場合に平瓦1枚に対して丸瓦が2枚必要になる,ということはないし,「安定性も低く,瓦の葺く枚数の増加による屋根への負荷もかかり,また,葺く際にも熟練を要する」ということもないといえる。
(4) したがって,本願発明の作用効果は,引用発明1ないし3及び周知技術(乙1)により奏される作用効果の総和であって,格別顕著なものということはできず,本願発明において,当業者の予測し難い作用効果が奏されているとはいえない。したがって,本件審決が,本願発明の顕著な効果を看過しているとの原告の主張は採用できず,取消事由3は,理由がない。
5 以上のとおり,原告主張の取消事由によっては,本件審決を違法として取り消すことはできず,また,他に,本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。よって,本件審決は相当であり,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 青柳馨
裁判官 清水節
裁判官 上田卓哉