運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 不服2014-10285
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 28年 (行ケ) 10106号 審決取消請求事件

原告 フィリップ・モーリス・プロ ダクツ・ソシエテ・アノニム
同訴訟代理人弁護士 ?田和彦 高石秀樹 佐竹勝一 奥村直樹
同 弁理士 須田洋之 鈴木信彦 豊島匠二
被告特許庁長官
同 指定代理人平瀬知明 内藤真徳 山口直 井上猛 冨澤武志
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/04/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
13 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2014-10285号事件について平成27年12月24日にした審決を取り消す。
事案の概要
1 特許庁等における手続の経緯 (1) デューク大学は,平成22年3月9日(優先権主張 平成21年3月17日, :米国)に発明の名称を「タバコベースのニコチンエーロゾル発生システム」とする国際特許出願(特願2012-500827号)をした。原告は,デューク大学から,上記特許を受ける権利承継し,その後,国内移行手続をしたが,平成26年1月28日付けで拒絶査定を受けた(甲8,16,18,19)。
(2) 原告は,平成26年6月3日,これに対する不服の審判を請求した (甲10)。
(3) 特許庁は,これを,不服2014-10285号事件として審理し,平成27年12月14日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,平成28年1月4日,その謄本が原告に送達された。なお,出訴期間として90日が附加された。
(4) 原告は,平成28年5月2日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載 特許請求の範囲請求項1の記載は,次のとおりである(ただし,平成27年10月21日付け補正後のもの。甲14)。なお,「/」は,原文の改行部分を示す(以下同じ。)。以下,請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,その明細書(甲16)を,図面を含めて「本願明細書」という。
【請求項1】被験者にニコチンを送達するための装置であって,/ハウジング, 2 /を含み,/前記ハウジングは,/a)互いに連通した入口及び出口であって,ガス状担体が,該入口を通って前記ハウジングに入り,該ハウジングを通り,該出口を通って該ハウジングから出ることができるようになっており,装置が入口から出口までを含む入口及び出口と,/b)前記入口と連通し,ニコチンを含む粒子を形成するための化合物の供給源又は天然物ニコチン源のいずれかを含む第1の内部区域と,/c)前記第1の内部区域と連通し,段階b)に列挙した他方の供給源を含む第2の内部区域と,/d)任意的に,前記第2の内部区域及び前記出口と連通する第3の内部区域と,/を含み,/前記天然物ニコチン源は,加熱されており,且つ,タバコと,アルカリ物質と,水とを含み,/前記アルカリ物質は,酸化カルシウム,水酸化カルシウム,水酸化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,水酸化カリウム及び炭酸カリウムから構成された群から選択される,/ことを特徴とする装置。
3 本件審決の理由の要旨 (1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。要するに,本願発明は,下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。),下記イの引用例2に記載された技術事項並びに下記ウの引用例3に記載された技術事項及び周知の技術事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
ア 引用例1:国際公開2008/121610号(甲1) イ 引用例2:特開平5-184675号公報(甲2の1) ウ 引用例3:特開平2-190178号公報(甲3) (2) 本願発明と引用発明1との対比 本件審決は,引用発明1並びに本願発明と引用発明1との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。
ア 引用発明1 被検者にニコチンを送給するための装置であって,/ハウジング12,/を含み, 3 /該ハウジング12は,/相互に連通した状態にあるインレット14及びアウトレット16であって,ガス状担体が,前記インレット14を通って前記ハウジング12に入り,該ハウジング12を通り,該アウトレット16を通って該ハウジング12から出ることができるようになっており,装置がインレット14からアウトレット16までを含むインレット14及びアウトレット16と,/前記インレット14と連通し,送給増強化合物のソースを含む第1内部領域18と,/前記第1内部領域18と連通し,ニコチンソースを含む第2内部領域20と,/場合によって,前記第2内部領域20及び前記アウトレット16と連通する第3内部領域22と/を含み,/前記ニコチンソースは,揮発性形態のニコチンを含む,装置。
イ 本願発明と引用発明1との一致点及び相違点 (ア) 一致点 被験者にニコチンを送達するための装置であって,/ハウジング,/を含み,/前記ハウジングは,/a)互いに連通した入口及び出口であって,ガス状担体が,該入口を通って前記ハウジングに入り,該ハウジングを通り,該出口を通って該ハウジングから出ることができるようになっており,装置が入口から出口までを含む入口及び出口と,/b)前記入口と連通し,ニコチンを含む粒子を形成するための化合物の供給源を含む第1の内部区域と,/c)前記第1の内部区域と連通し,ニコチン源を含む第2の内部区域と,/d)任意的に,前記第2の内部区域及び前記出口と連通する第3の内部区域と,/を含む,装置。
(イ) 相違点 a 相違点1 本願発明のニコチン源は,天然物ニコチン源であって,加熱されており,且つ,タバコと,アルカリ物質と,水とを含むものであり,前記アルカリ物質は,酸化カルシウム,水酸化カルシウム,水酸化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,水酸化カリウム及び炭酸カリウムから構成された群から選択されるのに対して,/引用発明1のニコチン源は,ニコチンソースであって,揮発性形態のニコチンを含むものの, 4 加熱され,タバコ,アルカリ物質及び水を含む旨の限定は付されていない点。
b 相違点2 本願発明は,第1の内部区域がニコチンを含む粒子を形成するための化合物の供給源又は天然物ニコチン源のいずれかを含むとともに,第2の内部区域が「段階b)に列挙した他方の供給源」を含むのに対して, /引用発明1は,第1内部領域18が送給増強化合物のソースを含むとともに,第2内部領域20がニコチンソースを含む点。
4 取消事由 本願発明の進歩性に係る判断の誤り (1) 相違点1に係る容易想到性の判断の誤り (2) 顕著な効果の看過
当事者の主張
1 相違点1に係る容易想到性の判断の誤りについて 〔原告の主張〕 本件審決は,要するに,相違点1に係る本願発明の構成は,引用例2に記載された発明に含まれる技術事項であって,引用発明1に同技術事項を適用することは当業者であれば容易に想到し得る旨判断したが,以下のとおり誤りである。
? 本願発明の新規な課題 ア 本願発明は,ニコチン中毒の治療に用いることができるニコチンを肺に送給する装置として,「ニコチンの送給量を増大する」従来技術と同じレベルの方向性ないし課題を併せて有していることに加えて,ニコチン中毒の治療に用いることができる装置としてニコチンを肺に送給するという目的を達成するために,ニコチン及び他のアルカロイドを複数回抽出した後であっても,これらを安定的に肺に送達すること,具体的には,複数回の抽出を経てもニコチンその他の粒子の送達での直線的パターンの低下がないニコチン送達システムを開発する,という新規な課題を見出した発明である(実施例(実験#4〜#6))。
5 すなわち,本願明細書においては,3つの実施例(実験#4〜#6)において,ニコチン送達につき,「直線的パターンの低下はない」ことが,繰返し指摘されており(【0128】【0141】【0154】),当業者であれば,これらの実施例に共通して,ニコチン送達について直接的パターンの低下がない効果を有すること,つまり,これらの実施例に共通する手段が,ニコチン送達について直接的パターンの低下がないという課題を解決するものであることを理解することができる。
また,実験#4〜#6の「送達での直線的パターンの低下はない」という実験結果は,ニコチンを複数回抽出した後であっても,安定的に肺に送達することと同様である。実験#4〜#6の数値のバラツキ(相対平均偏差)は,それぞれ12.93%,9.486%,5.409%である。このことは,補充追試(甲17)の結果とも合致するものである。なお,実験#4〜#6においては,天然物ニコチン源を加熱した結果として高温の範囲で温度がある程度ぶれるため,変動した温度範囲が記録されたものであって(【0123】【0135】【0148】),天然物ニコチン源は加熱されているが,一定の温度に維持する温度制御は行われていない。
「温度制御」という言葉は「化合物の温度を上昇させる」ことを意味するものである(【0072】)。
イ これに対し,引用発明1は,ニコチン中毒の治療用に用いることができる送達システムである点で本願発明と共通しているものの,引用発明1の主たる課題は「ガス状担体中におけるニコチン濃度を増大させる方法」 【請求項1】 であり, ( )ニコチン濃度を増大させる方法について詳細に説明されている(【0129】【0131】【0136】【0205】【0246】)。したがって,引用発明1は,本願発明と異なり,抽出されるニコチン量の最大化を課題としたものである。
ウ このように,引用発明1は,本願発明と異なり,「ニコチンの供給量を増大することができる装置を提供すること」のみに技術的意義があり,出願日当時の当業者は,本願発明の前記の新規な課題には想到し得ない。また,本願発明と引用発明1とは,異なる課題を解決した発明であって,課題の方向性が異なるから,相容 6 れる技術思想ではない。
したがって,引用発明1は,引用発明としての適格性を欠くものである。
エ なお,引用例2及び引用例3を考慮しても,このような本願発明の新規な課題には想到し得ないから,本件審決が引用した全ての文献を考慮しても,出願日当時の当業者が本願発明に想到し得たことを示す論理付けは成り立たない。引用例2及び3には,タバコ製品の「代替品」として,嗜好性を満たすための,燃焼しないタバコ製品について記載されるのみであって,本願発明の課題とは無関係である。
? 引用例2に記載された技術事項の適用 ア 選択的事項ではないこと 引用発明1の「ニコチンソース」は,ニコチン成分を精製・抽出したものであるから,揮発性が高く(蒸発し易く),安定的かつ多くのニコチンを抽出できる(引用例1【0249】【0253】,甲17)。一方,「天然物ニコチン源」からはニコチンが蒸発しにくい(本願明細書【0006】)。したがって,安定的かつ多くのニコチンを抽出するために用意される「ニコチンソース」を,殊更に「天然物ニコチン源」に変更するという発想は,余程の合理的理由がない限り,有り得ない。
そして,引用発明1の主たる課題は,抽出されるニコチン量の最大化であるから,「ニコチンソース」を,ニコチンを抽出することがより複雑である「天然物ニコチン源」に変更することはない。
このように,引用発明1において「ニコチンソース」も「天然物ニコチン源」も,いずれも使用者の自由に選択できる状況下であれば,消費者ニーズその他の事情でいずれかが適宜選択されるかもしれないものの,引用発明1は,「天然物ニコチン源」でなく,「ニコチンソース」を使用する発明であるから,適宜選択を行うに当たっての前提を欠くものである。
なお,「ニコチンソース」から「天然物ニコチン源」に変更することにより,複数回の抽出を経ても,抽出されるニコチンその他の粒子の量が各回で安定的になるとの知見は,引用例1から3に記載も示唆もない。
7 したがって,引用発明1において,複数回のニコチンの抽出を経ても,抽出されるニコチンその他の粒子量が安定的であるように変更しようと試みたとしても,当業者は,引用発明1のニコチン源を,「ニコチンソース」から,「天然物ニコチン源」に変更しようとは考えない。
イ 作用の相違 (ア) 引用例1には,「ニコチンソース」について,天然物ニコチン源ではなく,何らかの化学物質を含んでいる化合物を使用する態様しか開示されていないから,引用例1において,葉たばこ等の天然物ニコチン源を用いる技術思想が開示されているとは認められない。
すなわち,引用例1の【0139】は,「ニコチンソース」として何らかの化学物質を含む化合物を使用する技術思想のみを説明しており,【0142】までの段落の記載によれば,引用発明1における「ニコチンソース」とは,ニコチンを発生する源であれば何でもよく,葉たばこ等の天然物ニコチン源も含むという構成ではなく,ニコチンが揮発する化学物質を含んでいる化合物をニコチンソースエレメントに吸着させた構成を意味するものというべきである。
また,ニコチン成分を精製・抽出した「ニコチンソース」は,揮発性が高く(蒸発しやすく) 安定的かつ多くのニコチンを抽出できる 【0249】 , ( 【0253】,甲17)。そして,引用発明1は,ニコチン源としてニコチン成分を精製・抽出したニコチンソースを使用することにより,十分なニコチン量を肺に送達することを可能にしたものである。
さらに,葉たばこをアルカリ化することにより遊離塩基ニコチンを容易に得られるとしても,逆に,遊離塩基ニコチンを得るための手段として,葉たばこをアルカリ化することでこれを得ることが引用例1に示唆されているわけではないから,引用例1の【0139】の記載は,引用発明1は,「ニコチンソース」として,葉たばこを使用することを示唆するものではない。
(イ) そして,引用発明1は,液体である「ニコチンソース」を染み込ませたも 8 のから,ニコチンを蒸発させることでニコチンを抽出するものであり,引用例2に記載された技術事項は,固体であるタバコからニコチンを抽出することに関するものである。
したがって,引用発明1と引用例2に記載された技術事項が,最終的にニコチンを抽出するという意味で「ニコチンを揮発する点」において共通するというのは,過度の抽象化である。
ウ 用途の相違(ア) 引用発明1は,ニコチン中毒の治療用に用いることができる送達に関する発明であって(【要約】【0030】),タバコ製品(天然物ニコチン源)の使用をやめさせるという治療目的を有し,単なる嗜好品であるタバコ製品の「代替品」ではない。使用者は,葉たばこを吸う代わりに引用発明1の装置を用いてニコチンを吸引するものではない。
一方,引用例2に記載された技術事項は,タバコ製品の「代替品」に関するものである。
(イ) なお,引用例1の【0129】及び【0257】の記載は,ニコチン中毒の治療用に用いることができる送達システムに関する発明において,タバコ製品と同じく,ニコチンが肺に到達することを説明しているにすぎず,喫煙者が,タバコ製品の代わりに引用発明1を使うという意味ではない。
エ 阻害要因 引用発明1の目的は,タバコ製品(天然物ニコチン源)の使用をやめさせることであるから,引用発明1のニコチン源を,「ニコチンソース」から,「天然物ニコチン源」に変更することは,引用発明1の目的を阻害する。
? 小括 よって,当業者は,引用発明1に,引用例2に記載された技術事項を適用することにより,相違点1に係る本願発明の構成を容易に想到できたものということはできない。
9 〔被告の主張〕 (1) 本願発明の新規な課題 本願発明の技術的意義は,ニコチン送達量を増やすことができる装置を提供することなどにある。原告は,これに加えて,本願発明の課題には,複数回の抽出を経ても,ニコチン等の粒子の送達での直線的パターンの低下はないニコチン送達システムを開発することが含まれていると主張する。
しかし,上記課題に関する記載が,本願明細書の実験#4〜#6の実験結果として記載されていたとしても,当業者が,このような記載に基づいて,直ちに,原告が主張するような本願発明の課題を認識するとはいえない。
また,仮に,このような記載から,本願発明の課題を把握できるとしても,それは,せいぜい「送達での直線的パターンの低下はない」(ニコチン送達を望ましい最小値よりも低くならないようにする)という程度の意味でしかない。すなわち,本願発明は,天然物ニコチン源が「加熱されて」いるものではあるが,一定温度に維持する温度制御を行うものではないから,前者から得られる,ニコチン送達を望ましい最小値よりも低くならないようにすることは,本願発明の課題であると解する余地があるものの,後者から得られる,望ましいニコチン濃度範囲で複数吸煙にわたってニコチンの放出及び送達を容易にすること(「送達量の変動が小さ」いこと等)は,本願発明の課題であるとはいえない。
さらに,仮に,原告が主張するような本願発明の課題を考慮しても,引用例1には,一定の温度で加熱する温度制御を行う場合についてではあるが,望ましいニコチン濃度範囲における多数回のパフにわたる持続的なニコチン送給について記載されているから(【0148】),当業者であれば,引用発明1においても,同様の課題があると理解する。そして,引用例2には,パフごとのほぼ均一な送給が多数回のパフにわたって持続的に行われるタバコ材について記載されている。そうすると,引用発明1において,望ましいニコチン濃度範囲における多数回のパフにわたる持続的なニコチン送給をするために,引用例2のタバコ材を適用する動機付けが 10 あるということができる。
(2) 引用例2に記載された技術事項の適用 ア 選択的事項 本願発明と引用発明1とを対比すると,両者は,いずれも,被験者にニコチンを送達するための装置であって,タバコ代替品として用いられるものであり(本願明細書【0213】,引用例1【0257】),また,肺深部に達する一貫した投与を行うことができる,ニコチン送達のためのエーロゾルを調製する方法を実施する装置を提供することを課題とする点で共通する。また,ニコチン送達量を増大することができる点でも共通する。そして,そのハウジングの基本構造も一致するのであるから,結局のところ,本願発明と引用発明1とは,実質的には,「ニコチン源としてどのようなものを用いるか」という点において相違するにすぎないということができる。
そして,タバコ代替品に関する引用発明1における「ニコチンソース」としては,ニコチンが蒸発すれば足りるものであり,タバコ代替品の技術常識を踏まえると,当業者は,ニコチンが蒸発するものであれば,葉たばこでも,葉たばこではないものでも,いずれも用いることができると理解する。また,引用例1には,「ニコチンソース」として葉たばこを使用することの示唆があるともいえる。
一方,引用例2に記載された技術事項に係るシガレット等の喫煙物品は,タバコ代替品として用いられるものであり,また,天然タバコ(葉たばこ)を使用するタバコ材は,ニコチンが蒸発するものと理解できる。
その上で,タバコ代替品において,ニコチン源としていかなるものを用いるかは,どのような利点を重視するかという消費者ニーズやその他の事情で選択されるものであることは,技術常識であるところ,ニコチン源として,葉たばこを用いる場合の利点(天然香味の送達が容易であること) 技術常識として広く知られている。
も, そうすると,タバコ代替品に関する引用発明1において,「ニコチンソース」として,葉たばこを用いる場合の利点を享受するために,同じくタバコ代替品に関す 11 る引用例2に記載された技術事項に係るシガレットを構成する熱源を備えたタバコ材を用いること,すなわち,相違点1に係る構成とすることは,当業者が容易に想到できたことである。
イ 作用の相違はないこと (ア) 引用発明1における「ニコチンソース」としては,ニコチンが蒸発するものであれば足りることは,当業者にとって明らかである。
すなわち,引用発明1に係る装置のエーロゾルの調整の機序に照らせば,何らかの態様で「ニコチンソース」からニコチンが蒸発すれば,ニコチンのエーロゾルが形成されるものと理解できる。また,引用発明1の「ニコチンソース」の実施形態は揮発性形態のニコチンを用いるものであるところ(【0159】),引用発明1においては,「ニコチンソース」について特定の態様を使用すること自体は課題解決手段とされておらず,引用例1には,ニコチンソースの定義やニコチンソースとして特定の態様の使用を制限する旨の記載や示唆も見当たらないから,「ニコチンソース」について,ニコチンベース(ニコチンを精製した形態)を用いるものに限定されるものではない。さらに,タバコ代替品において,ニコチン源としていかなるものを用いるかは,どのような利点を重視するかという消費者ニーズやその他の事情で選択されるものであることは,技術常識である。
加えて,引用例1においては,ニコチンソースの実施形態として,揮発性形態のニコチン,例えば,遊離塩基ニコチンが好適であるとされている(【0139】)。
そして,遊離塩基ニコチンは,タバコ(葉たばこ)をアルカリ化することにより容易に得られるものであることは,技術常識といえる。かかる技術常識に照らせば,引用例1において,ニコチンソースの実施形態として,遊離塩基ニコチンが好適であるとされていることは,ニコチンソースとして,葉たばこを使用することを示唆するものともいえる。
(イ) 一方,引用例2に記載された技術事項において,天然タバコ(葉たばこ)を使用する同技術事項のタバコ材は,ニコチンが揮発(蒸発)するものと理解でき 12 る。
このことは,同技術事項のタバコ材は,加熱されることにより,ニコチン,タバコ香味及びその他の香味料を揮発するものであること(補正後の請求項41,【0016】),「タバコのアルカリ化」によりニコチンの揮発を促進することは,周知技術であること(【0058】),タバコ代替品において,アルカリ物質と水との発熱反応(化学反応)により,葉たばこを加熱してニコチンを揮発することは,周知技術であること(乙6〜8)から,明らかである。
(ウ) したがって,引用発明1の「ニコチンソース」と,引用例2に記載された技術事項の「天然物ニコチン源」とは,ニコチンを揮発する点で作用が共通する。
ウ 用途の相違はないこと 引用発明1は,被験者にニコチンを送達するための装置であって,タバコ代替品として用いられるものである(【0257】)。また,引用例2に記載された技術事項に係る喫煙物品も,タバコ代替品として用いられるものである 【0003】 。
( ) エ 阻害要因はないこと 引用発明1は,タバコ代替品として用いられるものであり(【0257】),タバコ代替品において,ニコチン源として葉たばこを用いることは問題とされているわけではない。
(3) 小括 よって,本件審決の相違点1に係る容易想到性の判断に,誤りはない。
2 顕著な効果について 〔原告の主張〕 本願発明は,請求項1記載の構成を採用することにより,複数回の抽出を経ても,ニコチンその他の粒子の送達での直線的パターンの低下はないという当業者が予測し得ない異質ないし顕著な作用効果を奏する(実施例(実験#4〜#6))。なお,「温度制御」という言葉は「化合物の温度を上昇させる」ことを意味するものであって(【0072】),実験#4〜#6においては,天然物ニコチン源は加熱され 13 ているが,一定の温度に維持する温度制御は行われていない。
補充追試においても,ニコチンソースのみを用いた実験系(Device2)は,抽出されるニコチンその他の粒子の絶対量は多いが,送達量の変動が大きく,直線的パターンの低下が見られたのに対し,ニコチン源として天然物ニコチン源のみを使用した実験系(Device1)は,抽出されるニコチンその他の粒子の量は少なくなったものの,本願発明の課題である,送達量の変動が小さく,直線的パターンの低下が見られないことが改めて確認された(甲17)。
そして,引用発明1のようにニコチン源として,精製した「ニコチンソース」を使用する場合と比較して,本願発明のようにニコチン源として「天然物ニコチン源」を使用することによって,複数回のニコチンの抽出を経ても「ニコチン送達での直線的パターンの低下はない」という課題を達成できることは,そのような課題が見出されていない状況では,効果を事前に予測することはできず,引用例1ないし3に記載も示唆もない。引用例1の【0148】の記載は,「パフ当たり20-50マイクログラム」と,各回のパフにおけるニコチン送給量の幅が2倍以上も許容されており,引用例2の【0012】の記載も,「ほぼ均一」とするものであって,ニコチン等を安定的に肺に送達するという本願発明の効果を予測するものではない。
〔被告の主張〕 ? 本願発明の課題は,肺に送達するごとに,肺に安定的な量のニコチンその他の粒子が過不足なく送達されることではないから,これを前提とする本願発明の作用効果に関する原告の主張は失当である。実験#4〜#6は,一定温度に維持する温度制御を行っており,これらの実験結果から,望ましいニコチン濃度範囲で複数吸煙にわたってニコチンの放出及び送達を容易にするとの効果が読み取れるとしても,そのような効果は,本願発明の効果ではない。
また,引用発明1は,ニコチンベース(原告主張に係る「ニコチンソース」)を用いるものに限定されたものではないから,ニコチンベースのみを対照例とする補充追試の結果に基づいて,本願発明と引用発明1の効果を比較することはできない。
14 ? 仮に,天然物ニコチン源を加熱し,一定温度に維持する温度制御を行うものも,本願発明に含まれると解しても,「安定的な送達」が達成できるとの効果は,当業者が予測し得るものにすぎない。
すなわち,引用発明1において,ニコチンソース等を一定の温度で加熱する温度制御を行うことにより,望ましいニコチン濃度範囲における多数回のパフにわたる持続的なニコチン送給が促進されること(【0148】),また,引用例2に記載された技術事項について,タバコ材が加熱されていることにより,揮発するタバコ香味が,多数回のパフにわたってパフごとにほぼ均一に送給できること(【0012】)を,把握することができる。そして,引用発明1において,ニコチンソースとして,引用例2に記載された技術事項に係る構成を備えたタバコ材を用いたものにおいても,一定温度に温度制御を行うことにより,パフごとのほぼ均一な送給が,より多数回のパフにわたって持続的に行われる,という効果を奏することは,当業者が予測し得るものである。
また,引用発明1に係る装置は,ガス状担体中におけるニコチン濃度が,送給増強化合物を伴わない場合のガス状担体中に含有されるニコチン濃度に対して相対的に高められるものである。このような引用発明1に係る装置において,ニコチンソースとして,引用例2に記載された技術事項に係る構成を備えたタバコ材を用いることにより,蒸発するニコチン量が相対的に多くなる結果,パフごとのほぼ均一な送給が,より多数回のパフにわたって持続的に行われることは,当業者が予測し得るものである。
当裁判所の判断
1 本願発明について (1) 本願発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2【請求項1】のとおりであるところ,本願明細書(甲14,16)には,おおむね,次の記載がある(下記記載中に引用する図1については,別紙本願明細書図面目録を参照。)。
ア 技術分野 15 【0001】本発明は,タバコ,他の植物,及び他の天然源からニコチン及び/又は他のアルカロイドを送達するための装置及び方法に関する。より詳細には,本発明は,ニコチン原材料の燃焼なしに使用者の肺にニコチンのエーロゾルを送達するための装置及び方法に関する。
イ 背景技術 【0002】肺薬物送達システムは,呼吸器疾患を治療する医薬品を送達するために何十年もの間使用されている。肺薬物送達の背後にある原理は,細気管支及び気胞に送達される薬剤化合物のエーロゾル化である。粒子サイズ最適化及び劣化のような課題に直面したにも関わらず,いくつかの会社は,糖尿病,片頭痛,骨粗鬆症,及びがんの治療薬を送達する技術を開発した。
【0004】下部呼吸領域内に直接に粉末を送達するために,粉末は,一般的に,5ミクロン未満の粒子サイズを有するべきであることが報告されている。更に,5〜10ミクロンの範囲の粉末は,それほど深く浸透せず,むしろ上部気道領域を刺激する傾向があることが見出されている。
【0005】上述の医薬用途にも関わらず,従来的な燃焼代替物によるもの以外のニコチンを送達する方法は,吸入による肺送達を含めて従来的な経皮的及び経口的経路を通じた送達から大きく異ならないものである。
【0006】ニコチンは,精製した形態(例えば,ニコチンベース)よりもタバコ(又は他の植物材料)としてより簡単に取得かつ保管することができ,そこにあるニコチンは,より安定した形態で保存される。また,ニコチン源としてのタバコの使用は,そこにある天然香味の送達を容易にする。更に,タバコに自然に存在するノルニコチンのような他のアルカロイドをニコチンと共に送達することができる。
【0007】しかし,ニコチンを放出するための燃焼は,煙の形態をした付加的な化合物及び粒子の複合混合物を生成する。タバコからニコチンを放出させるための燃焼近くの熱又は高温条件(150℃を超える)は,有意なエネルギーと,必要な高い熱を提供するのに十分な強度を有する熱送達システムとを必要とする。燃焼 16 近くの温度でタバコから導出されるニコチンは,燃焼時に得られるうちの比較的少ない部分を表している。
ウ 発明が解決しようとする課題 【0010】…タバコ又は他の植物生成物を利用するニコチン送達のためのエーロゾルを調製する新しい方法に対する必要性が存在する。本発明の開示は,一部には,そのようなニコチンを化合物と組み合わせて,肺送達のためのエーロゾルを発生するガス状流れで送達するためのニコチン及び/又は他のアルカロイドを含む粒子を形成する方法を説明する。
エ 発明を実施するための形態 (ア) 詳細説明 【0057】本明細書に説明する方法は,ニコチン源としてタバコを使用してニコチン送達装置から得られるニコチンの投与に関連した驚くべき発見に関する。本発明者は,タバコ単位重さ当たり被験者に送達されるニコチンの投与を増す方法を予想外に確認した。この発見の重要さは,ニコチン送達被験者体験を置換する一方でシガレット及び同様なタバコ燃焼製品を喫煙するために改善された機能にある。
… 【0058】一部の実施形態では,本方法は,ガス状担体をニコチン及び/又は他のアルカロイドの供給源と連通させる段階を伴う。これらの実施形態でのガス状担体は,次に,肺送達のために適切なサイズの粒子形成を改善するのに使用することができるニコチン及び/又は他のアルカロイドを含む粒子を形成するための化合物と結合される。…好ましい実施形態では,粒子は,質量平均空気動力学的直径で,直径が6ミクロン未満であり,より好ましくは,1ミクロン未満である。… (イ) ニコチン及び/又は他のアルカロイド源 【0065】ニコチン及び/又は他のアルカロイド含有物を有する天然材料は,ニコチン源として使用するために適切なものとすることができる。植物材料,特にタバコが好ましい。… 17 【0066】タバコから十分な量のニコチンを揮発させるために,a)タバコに入ってくる空気流の温度,b)タバコのニコチン濃度,及び/又はc)ニコチン蒸気の遊離を推進するためにタバコに対する(水溶液での)他の(好ましくは不揮発性の)アルカリ物質の付加(例えば,酸化カルシウム又は水酸化カルシウム又は水酸化ナトリウム又は炭酸水素ナトリウム又は水酸化カリウム又は炭酸カリウム),及びd)例えば,ニコチン収量を最適化するためにアルカリ化の前に実行することができる他の作用物を用いた植物の消化を含むいくつかのパラメータを調節することができる。
(ウ) ニコチン及び/又は他のアルカロイド源を含む粒子を形成するための化合物の供給源 【0068】本方法のための一部の実施形態では,ガス状担体は,ニコチン及び/又は他のアルカロイド源を含む粒子を形成するための化合物が予め結合されて供給される。…並行配置はまた,一部の実施形態では,吸煙にわたるニコチン収量の衰退を緩和し,それが連鎖配置の場合に観測されることがある。
(エ) 温度 【0072】本方法の一部の実施形態では,本方法は,1つ又はそれよりも多くのガス状担体,ニコチン及び/又は他のアルカロイド源として使用されるタバコ又は他の植物製品,及びニコチン及び/又は他のアルカロイドを含む粒子を形成するための化合物の温度を上昇させる段階を伴う。そのような温度制御段階は,典型的にはニコチン送達量を調節又は,更に増大するのに使用される。…一部の実施形態では,一般的に,最初低い温度が使用され,時間と共に温度を上昇させ,ニコチン源からの望ましいニコチン送達濃度を維持する。他の実施形態では,使用において一定温度が維持される。一部の実施形態では,温度が,最高100℃まで,最高70℃,最高80℃,又は80℃±5℃まで高められる。例えば,ガス状担体又は植物材料は,望ましいニコチン濃度範囲(例えば,吸煙当たり20〜50マイクログラム)で複数吸煙にわたってニコチンの放出及び送達を容易にするために60℃ま 18 で加熱することができる。温度制御は,一部の実施形態では温度制御要素によって行うことができる。そのような要素は,ガス状担体,ニコチン,及び/又はニコチン及び/又は他のアルカロイドを含む粒子を形成するための化合物に対して,望ましい目標温度を達成することができるいずれか公知の機構とすることができる。
【0073】ある一定の実施形態では,酸化カルシウム,水酸化カルシウム,水酸化ナトリウム,炭酸水素ナトリウム,炭酸カリウム,水酸化カリウムを用いてニコチン源(例えば,タバコ)をアルカリ化するのに使用される同じ技術は,それによってニコチン蒸気形成を増加させ,タバコを加熱するためにまた使用され,ニコチンの放出を増加させることができる。例えば,水酸化ナトリウムは,水に溶解すると,発熱反応によって熱を離生する。
(オ) 発明を実行するためのモード a 実験#1 【0079】実験#1:ニコチンベースで補足されたタバコ粉末上のピルビン酸 【0090】実験内に観測された濃い可視煙形成を伴う最初の10吸煙(平均24.88μg/吸煙)でのニコチン送達は,20%w/wニコチンベース補足タバコ粉末の使用がエーロゾル形態でのニコチンの目標(最低で10μg/吸煙)送達を獲得するために成功した方策であることを示唆している。…タバコ粉末は,ピルビン酸を用いた持続性ニコチン送達のために湿らせるか又はアルカリ媒体に浸漬すべきであることをデータが示している。
b 実験#2 【0091】実験#2:20%ニコチンベースタバコ補足アルカリ混合物上のピルビン酸 【0103】ニコチン送達上のデータは,20%ニコチン補足タバコ粉末が酸化カルシウムの飽和水溶液に浸漬されるとニコチン送達が改善したことを明確に明らかにした。pHが高くなればなるほどニコチンエーロゾルが形成されやすくなる。
更に,ニコチン送達は,少なくとも50回の吸煙に対して満足できる変動性で不変 19 であった。
c 実験#3 【0104】実験#3:10%ニコチンベースを用いて補足したタバコアルカリ混合物上のピルビン酸 【0116】ニコチン送達上のデータは,発熱反応がニコチン送達を改善してタバコのニコチン補足を20%から10%まで低減することを明らかにした。すなわち,熱と組み合わせた(発熱反応から)タバコの10%ニコチン補足は,室温における20%のニコチン補足タバコと類似のニコチン送達をもたらした。…これらの実験での直線的パターンの低下は,タバコ混合物の温度低下(温度依存送達)と相互に関連する可能性がある。この低下は,仮説であるが,実験を通して温度を維持することによって補償されると考えられる。
d 実験#4 【0117】実験#4:10%ニコチンベースを用いて補足された加熱アルカリ化タバコ上のピルビン酸 【0128】ニコチン送達上のデータは,ニコチン送達を改善した熱が劇的であることを示した。ニコチン送達に多少の変動があるが,低下の直線的なパターンはない。従って,ニコチン補足タバコに熱を加えたことが,ニコチンエーロゾル送達を有意に改善し,かつ低下を次第に低減する助けになったものと結論付けて間違いない。
e 実験#5 【0129】実験#5:5%ニコチンベースを用いて補足した加熱アルカリ化タバコ上のピルビン酸 【0141】ニコチン送達上のデータは,ニコチン送達を改善した熱が劇的であることを示した。これらの実験のニコチン送達の平均容積(5%ニコチンベース補足を用いた)は,10%ニコチンベース補足タバコに類似のニコチン送達に多少の変動があるが,低下の直線的なパターンはない。従って,ニコチン補足タバコに熱 20 を加えたことが,ニコチンエーロゾル送達を有意に改善し,かつ低下を低減する助けになった。… f 実験#6 【0142】実験#6:加熱されたアルカリ化タバコ上のピルビン酸 【0154】これらの実験における平均容量ニコチンエーロゾル送達(ニコチンベース補足のない)は,非常に有意であり,60回の吸引を超えるニコチン送達での直線的パターンの低下はない。熱は,ニコチン蒸発を改善し,またニコチン送達の低下を漸減させるのを助けるように思われる(室温の実験条件下で観測された)。
g 実験#7 【0155】実験#7:pH10において加熱されたアルカリ化タバコ上のピルビン酸 【0167】これらの実験でのニコチン送達は,以前の実験よりも有意に高い(タバコ混合物のpHが8.4であった)。…従って,タバコ混合物のpH調節(好ましくはより高いpH)は,エーロゾル中でより高いニコチン収量をもたらすために酸との反応に対してタバコニコチンを陽子化又はイオン化できない形態で利用するのに重要である。… (カ) 本件明細書の方法との使用に適応された例示的装置 【0210】 図1は,並行粒子形成工程に使用するための装置の簡略化した概略図である。…ニコチン源200と共に入れられるのは,同じく水又は例えばNaC1が飽和した水のアンプル220である。アンプル220は,外壁90を変形させるように,かつ包み205を圧縮するように圧力が加えられると直ちに破裂するようになっている。それによって水が解放され,アルカリ化化合物NaOH210を溶解する。この反応は,典型的には発熱反応であり,従って,熱がニコチンを更に解放させる一因になる。化学反応を熱源として利用することは,一般的に,装置外壁90が可撓性の絶縁材料である実施形態に入ることになる。温度はまた,任意的に,区画100及び110及び/又は分割壁120に一体化した加熱要素を整列さ 21 せる可撓性加熱要素シート230及び240によって制御することができる。… オ 産業上の利用可能性 【0213】本明細書の方法及び装置は,喫煙中断,害の低減及び/又は置換のためのニコチンの治療送達に対して有用である。更に,本明細書の方法及び装置は,タバコ燃焼又は高温度(150℃を超える)製品の代わりの代替の一般的なニコチン送達システムとして有用である。
(2) 本願発明の特徴 ア 本願発明の技術分野及び従来技術 本願発明は,ニコチン原材料の燃焼なしに使用者の肺にニコチンのエーロゾルを送達するための装置に関する(【0001】)。
ニコチンを送達する方法に関しては,燃焼代替物による送達,経皮的及び経口的経路を通じた送達のほか,エーロゾルの吸入による肺送達があった(【0002】【0005】)。
イ 本願発明の課題 (ア) 原告は,本願発明の課題について,ニコチンの送給量を増大することだけではなく,ニコチン等を複数回抽出した後であっても,安定的に肺に送達することも含む旨主張するから,本願発明は,後者もその課題とするかについて検討する。
(イ) 従来技術における,薬剤化合物のエーロゾル化による,肺薬物送達システムについては,エーロゾルの粒子サイズ最適化及び劣化の課題があるところ(【0002】),本願発明は,タバコを燃焼させることなく,ニコチンを送達するために,エーロゾルを調整する新しい方法を実施する装置を提供するものである(【0006】【0007】【0010】)。そうすると,本願発明は,ニコチンをエーロゾル化することによる「劣化」を防ぐことを課題とするものと理解でき,時間的経過によっても,ニコチンのエーロゾル化による弊害が生じないようにするものということができる。
また,本願明細書には,9つの実験内容及びそれに基づく考察が記載されている。
22 そして,実験#1はアルカリ媒体としての炭酸カリウム飽和水溶液への浸漬等,実験#2はアルカリ媒体としての酸化カルシウム飽和水溶液への浸漬,実験#3は水とアルカリによる発熱反応による加熱,実験#4〜#6は恒温槽による加熱,実験#7はpH調整という,いずれも本願発明の発明特定事項の各要素を調整する実験である。その上で,複数回の吸煙時における,エーロゾル化したニコチンの送達量について計測され,その送達量の低下の程度が比較されている(【0090】【0103】【0116】【0128】【0141】【0154】【0167】)。
さらに,本願明細書には,「本発明者は,タバコ単位重さ当たり被験者に送達されるニコチンの投与を増す方法を予想外に確認した。この発見の重要さは,ニコチン送達被験者体験を置換する」と記載され(【0057】),ニコチンの投与量について,1回当たりのものと限定されていない。また,ニコチン送達被験者体験,すなわち喫煙者のこれまでの経験を置換するということは,複数回にわたってもニコチンの送達量が減少しないという喫煙者の体験と同等の効果が得られることを意味するものと解される。
加えて,ニコチンを含む粒子を形成するための化合物の供給源の配置について,「一部の実施形態では,吸煙にわたるニコチン収量の衰退を緩和し」と記載され 【0 (068】),温度について,「一部の実施形態では,…ニコチン源からの望ましいニコチン送達濃度を維持する。」と記載され(【0072】),エーロゾル化したニコチンの送達量の維持に関する記載がある。
以上によれば,本願発明の課題は,ニコチンの送給量を増大することに加えて,ニコチン等を複数回抽出した後であっても,安定的に,これを肺に送達することを含むものと認められる。
(ウ) これに対し,被告は,本願発明は,天然物ニコチン源が「加熱されて」いるものではあるが,一定温度に維持する温度制御を行うものに限定されているわけではないから,後者によって得られる,望ましいニコチン濃度範囲で複数吸煙にわたってニコチンの放出及び送達を容易にすることは,本願発明の課題であるとはい 23 えないと主張する。
しかし,本願明細書には,温度について,一部の実施形態では,ガス状担体,天然物ニコチン源及びニコチンを含む粒子を形成するための化合物の「温度を上昇させる段階を伴う。そのような温度制御段階は,典型的にはニコチン送達量を調節又は,更に増大するのに使用される。」と記載されており(【0072】),本願発明の発明特定事項における「加熱」が,一定温度の維持を含む概念ではないと直ちにいうことはできない。
また,本願発明の発明特定事項における「加熱」が,一定温度の維持を含まない概念であるとしても,「温度制御は,一部の実施形態では温度制御要素によって行うことができる。そのような要素は,ガス状担体,ニコチン,及び/又はニコチン及び/又は他のアルカロイドを含む粒子を形成するための化合物に対して,望ましい目標温度を達成することができるいずれか公知の機構とすることができる。」とされ(【0072】),「温度はまた,任意的に,区画100及び110及び/又は分割壁120に一体化した加熱要素を整列させる可撓性加熱要素シート230及び240によって制御することができる。」とされており(【0210】),本願発明において,温度制御の維持は必須のものとはされていないとも解される。さらに,実験#1〜#3では,温度制御をした実験#4〜#6と比較すれば劣るものの,エーロゾル化したニコチンの送達量の維持という効果が,一応認められている。したがって,本願発明において,温度制御がニコチンを安定的に肺に送達するために必須の構成であるということはできず,温度制御手段の有無をもって,本願発明の課題を結論付けることはできない。
したがって,被告の前記主張は採用できない。
ウ 本願発明の課題解決手段及び効果 本願発明は,ニコチンの送給量を増大することに加えて,ニコチン等を複数回抽出した後であっても,安定的に,これを肺に送達するという課題の解決手段として,特許請求の範囲請求項1の構成を採用したものである。
24 すなわち,本願発明に係る装置においては,ガス状担体を天然物ニコチン源と連通させた後,ニコチンを含む粒子を形成するための化合物の供給源と連通させるか,あるいは,ガス状担体をニコチンを含む粒子を形成するための化合物の供給源と連通させた後,天然物ニコチン源と連通させることにより,かかる化合物の粒子上にニコチンが吸着するなどして,肺送達のために適切なサイズのニコチンを含む粒子が形成される(【請求項1】【0004】【0058】)。また,アルカリ物質は,タバコをアルカリ化することにより,さらには,水との発熱反応による熱でタバコを加熱することにより,タバコから揮発するニコチンを増加させる(【0066】【0073】)。また,天然物ニコチン源自体も加熱されているため,ニコチン送達量が増大する(【0072】)。
本願発明に係る装置は,これらの機序により,タバコ単位重さ当たりの被験者に送達されるニコチン量を増やすことができる(【0057】)。そして,本願発明に係る装置は,喫煙中断,害の低減及び/又は置換のためのニコチンの治療送達に対して有用であり,さらに,タバコ燃焼又は高温度(150℃を超える)製品に代替する一般的なニコチン送達システムとして有用である(【0213】)。
2 引用例1及び2に記載された発明 (1) 引用発明1について 引用例1に,前記第2の3(2)アの引用発明1が記載されていることについて当事者間に争いがないところ,引用例1には,引用発明1に関し,以下の点が開示されている(甲1,4の1・2)。
ア 引用発明1は,エーロゾルの形態のニコチンを含む薬剤を使用者の肺へ送給するための装置に関係する(【0001】【0009】)。
イ 従来から,薬剤化合物をエーロゾル化して肺に送給する肺疾患薬送給システムがある(【0002】)。しかし,従来の,肺疾患薬送給システムには,エーロゾルの粒径の最適化及び劣化等の種々の課題がある(【0002】)。また,肺疾患薬送給システムのうち,乾燥粉末吸入器(DPI)については,肺への送給用と 25 して受け入れ可能な粒径を得るべく製粉という製造プロセス(微粉化ステップ)が必要である上に,製造中に,薬剤の劣化や汚染といった種々の問題を引き起こし得る(【0007】)。さらに,乾燥粉末調合物は,粒子のサイズが小さいため,湿気の存在下において凝塊形成する傾向を有しており,その結果,粒子の流動性が低くなり,乾燥粉末エーロゾルが確実に送給されず,送給を確実にするためには,注意深い監督が必要とされる(【0008】)。
ウ 引用発明1は,賦形剤又は溶媒を含めた他の添加剤を用いずに,ニコチンを,気体流中において送給増強化合物と混ぜ合わせることにより,肺へ送給するためのエーロゾルを発生させるための装置である(【0009】)。
そして,引用発明1に係る装置においては,ガス状担体を送給増強化合物ソースと連通させた後,ニコチンソースと連通させることにより,ニコチン蒸気が送給増強化合物と化合(送給増強化合物の粒子上にニコチンが吸着するなど)して,液体状態又は固体状態の粒子が形成され,それにより,ニコチンがより一層蒸発する。
また,ニコチンと送給増強化合物との発熱相互作用の結果として放出される熱によっても,ニコチンの蒸発が増強される。そして,その結果,ガス状担体中におけるニコチン濃度が,送給増強化合物を伴わない場合のガス状担体中に含有されるニコチン濃度に対して相対的に高められる(【0129】【0130】)。
エ 引用発明1に係る装置によれば,適切な粒径及び低い粒径変動性をもって肺の深部へ一貫した用量を送給することができる(【0150】)。
? 引用例2に記載された技術事項について 引用例2に,「タバコ材と前記タバコ材を加熱する熱源を有するシガレットにおいて,タバコの種類として天然タバコを使用し,前記タバコ材中のニコチンの揮発ないし放出を容易にするために,炭酸水素ナトリウム又は炭酸カリウムで処理されたタバコ材を用いるとともに,水を前記熱源と接触させるように構成したこと。」という技術事項が記載されていることは,当事者間に争いがないところ,引用例2には,以下の点が開示されている(以下,引用例2に記載された技術事項を「引用 26 発明2」という。甲2の1・2)。
ア 引用発明2は,タバコ材を燃焼させることなく加熱して,タバコ香味又はタバコ香味付エーロゾルを発生させるために電気化学的熱源を使用する喫煙物品に関する(【0001】【0002】)。
イ 従来から,タバコ材を燃焼させる慣用の喫煙物品の改良又はその代替品として,様々な種類の喫煙物品が提案されている。それらの喫煙物品の多くは,エーロゾル及び/又はエーロゾル創生物質を供給するために可燃熱源を用いている(【0003】)。また,タバコ材を揮発又は加熱するためにいろいろな形態のエネルギーを使用する多くの喫煙製品が従来から提案されており,例えば,電気抵抗コイルに通電して加熱するものや,水と発火又は発熱物質との反応により熱を発生させるもの,金属粒子を空気に露呈させることにより熱を発生させるものがある(【0004】【0005】)。
しかし,従来の喫煙物品は,タバコ材自体を燃焼させないとしても,熱の発生を燃料素子の燃焼に依存する結果として,ある程度の燃焼生成物を発生する(【0003】)。また,従来の非燃焼式喫煙物品は,いずれも,喫煙者にシガレットや葉巻タバコ喫煙の喜びの多くを十分に与えることができなかった(【0007】)。
ウ 引用発明2は,タバコ材又はその他の物質を燃焼させることなく,また,燃焼生成物を発生することなく,喫煙者にシガレット又はパイプタバコ喫煙の喜びの多くを与えることができる喫煙物品を提供することを課題とし,その課題解決手段として,引用発明2に係る構成などを採用したものである(【0011】【0016】)。
すなわち,タバコの種類として天然タバコを使用し,タバコ材中の香味成分の放出を容易にするために,炭酸水素ナトリウム又は炭酸カリウムで処理されたタバコ材を用いるとともに,水及び電気化学的相互作用により熱を発生する熱源と接触させたものである(【0022】【0023】【0027】【0049】【0057】【0058】)。
27 そして,熱源は,電気化学的相互作用の結果として所望の量の熱を所望の速度で発生させ,タバコ材は,直ちに香味成分を揮発させるとともに,発生熱温度の最高限度の制御によって,熱劣化,過度の早期揮発が回避され,揮発した香味成分は,喫煙物品を通って喫煙者の口の中へ吸い込まれる(【0028】)。
エ 引用発明2に係る喫煙物品によれば,喫煙者は,いかなる物質をも燃焼させることなく,慣用のシガレット喫煙によって得られる香味及び喜びを得ることができる。また,揮発タバコ香味と,周囲条件下ではほとんど揮発しないその他の物質を制御された量で発生させる。しかも,そのような揮発タバコ香味を典型的なシガレット1本の総パフ数である少なくとも6〜10パフにわたってパフごとにほぼ均一に送給することができる(【0012】【0016】)。
3 取消事由(本願発明の進歩性に係る判断の誤り) ? 相違点1に係る容易想到性の判断の誤りについて ア 本願発明と引用発明1とが前記第2の3(2)イ(イ)aの相違点1において相違することは当事者間に争いがない。また,引用発明2は,前記2(2)のとおりであり,相違点1に係る本願発明の発明特定事項のうち,引用発明2に「天然物ニコチン源であって,加熱されており,かつ,タバコと,アルカリ物質と,水とを含むものであり,同アルカリ物質は,炭酸水素ナトリウム又は炭酸カリウムから選択される」という構成が記載されていることは,当事者間に争いがない。
そこで,引用発明1に,引用発明2を適用することなどにより,相違点1に係る本願発明の構成を備えるようにすることを,当業者が容易に想到することができたか否かについて,以下検討する。
イ 課題 (ア) 前記1?イのとおり,本願発明の課題は,ニコチンの送給量を増大することに加えて,ニコチン等を複数回抽出した後であっても,安定的に,これを肺に送達することを含むものであるところ,原告は,本願発明の後者の課題は新規なものであり,また,引用発明1とは課題の方向性が異なることから,引用発明1は,引 28 用発明としての適格性を欠く旨主張する。
(イ) 確かに,前記2(1)ウのとおり,引用発明1は,賦形剤又は溶媒を含めた他の添加剤を用いずに,ニコチンを,気体流中において送給増強化合物と混ぜ合わせることにより,肺へ送給するためのエーロゾルを発生させるための装置であって,引用例1には,ニコチン等を複数回抽出した後であっても,安定的に,これを肺に送達するという課題を解決する発明であると明記されていない。
しかし,引用例1には,薬剤化合物のエーロゾル化について,「粒径の最適化および劣化(degradation)などの種々の課題」がある旨記載があり(【0002】),ニコチンのエーロゾル化による送達について,時間的経過で問題が生じることが前提とされている。また,引用例1には,「ニコチンソースからの望ましいニコチン送給濃度を持続すべく,時間をかけて温度が高められる。…例えば,送給増強化合物としてのピルビン酸は,望ましいニコチン濃度範囲(例えば,パフ当たり20-50マイクログラム)における多数回のパフにわたる持続的ニコチン送給を促進するため,摂氏40°まで加熱されてよい。」との記載があり(【0148】),加熱によって,ニコチンを安定的に肺に送達することができる旨指摘されている。
また,引用例2には,「課題を解決するための手段」の項目に,「しかも,そのような揮発タバコ香味を典型的なシガレット1本の総パフ数である少なくとも6〜10パフに亙って各パフ毎にほぼ均一に送給することができる。」との記載があり(【0012】),また,「熱源の発生熱温度の最高限度を制御するのが望ましいのは,タバコ材自体のもつ香味成分…の熱劣化及び,又は過度の,早期揮発を回避したいからである。」との記載がある(【0028】)。
そして,前記1(2)アのとおり,本願発明は,ニコチン原材料の燃焼なしに使用者の肺にニコチンのエーロゾルを送達するための装置に関するものであって,前記2?ウのとおり,引用発明1は,賦形剤又は溶媒を含めた他の添加剤を用いずに,ニコチンを,気体流中において送給増強化合物と混ぜ合わせることにより,肺へ送給 29 するためのエーロゾルを発生させるための装置であって,前記2(2)アのとおり,引用発明2は,タバコ材を加熱してタバコ香味又はタバコ香味付エーロゾルを発生させるために比較的低温の電気化学的熱源を使用する喫煙物品に関するものである。
そうすると,本願発明のように,ニコチンのエーロゾルを肺に送達するという技術分野において,ニコチン等を複数回抽出した後であっても,安定的に,これを肺に送達するという本願発明の課題は,本願発明の優先日以前から存在していたことが認められ,新規な課題であったということはできない。
また,前記のとおり,引用発明1に係る装置について,ニコチンをエーロゾル化して送達する場合には,時間的経過で問題が生じることが前提とされており,加熱によって,ニコチンを安定的に肺に送達することができることも指摘されている。
そうすると,引用発明1に係る装置は,ニコチンソースから蒸発したニコチンを,エーロゾルとして肺へ送給するに当たり,気体流中において送給増強化合物と混ぜ合わせることにより,ニコチン送達量を増大するよう調整するものということができる。したがって,引用発明1は,ニコチン等を複数回抽出した後であっても,安定的に,これを肺に送達するという課題を解決した本願発明と,課題の方向性が異なるということはできない。
(ウ) このように,本願発明の課題のうち,ニコチン等を複数回抽出した後であっても,安定的に,これを肺に送達するという課題は,新規なものということはできず,また,引用発明1は,本願発明の課題と方向性が異なるということもできないから,引用発明1は,引用発明としての適格性を欠くということはできない。したがって,原告の前記主張は採用できない。
ウ 目的 前記イ(イ)のとおり,引用発明1に係る装置は,ニコチンソースから蒸発したニコチンを,エーロゾルとして肺へ送給するに当たり,気体流中において送給増強化合物と混ぜ合わせることにより,ニコチン送達量を増大するよう調整するものである。
30 一方,前記2(2)ウ,エによれば,引用発明2は,タバコ材からの香味成分を肺へ送給するに当たり,電気化学的相互作用による熱源を使用することによって,タバコ材からの香味成分の揮発を容易にするとともに,過度にならないよう調整するものである。
したがって,引用発明1も引用発明2も,蒸発(揮発)したニコチンを,肺へ送給するに当たり,好ましい送給量を実現できるよう調整するという同一の目的を有するものである。
エ 用途 引用例1には,「ここで開示されている方法および装置は,喫煙の中止,危害の低減および/または代用を目的としたニコチンの治療的な送給に有用である。これに加え,ここで開示されている装置および方法は,タバコをベースとした製品の代わりの代替的な一般ニコチン送給システムとしても有用である。」との記載があり(【0257】),引用発明1に係る装置は,タバコをベースとした製品の代わりとなることは明らかである。このことは,引用例1に「本方法は,様々な疾患における治療効果を得るためのニコチンまたは他の薬剤の送給に適用可能であり,特に,タバコ製品の使用の中止,代用および/または危害の低減を目的としたニコチンの送給に適用することができる。」などの記載(【要約】)があるとしても,否定されるものではない。
一方,引用発明2も,タバコ材又はその他の物質を燃焼させることなく,また,燃焼生成物を発生することなく,喫煙者にシガレット又はパイプタバコ喫煙の喜びの多くを与えることができる喫煙物品を提供するものである(【0011】【0016】)。
そうすると,引用発明1も,引用発明2も,タバコ代替品として用いられる装置に関するものであるということができる。
オ 作用 原告は,引用発明1の「ニコチンソース」は,天然物ニコチン源を含むものでは 31 なく,引用発明1は,液体である「ニコチンソース」からニコチンを抽出するものである一方で,引用発明2は,天然物ニコチン源からニコチンを抽出するものである旨主張する。
引用例1には,発明を実施する形態として,【0138】から【0143】にかけて,「ニコチンソース」に関する記載があるところ,【0139】の冒頭に「ニコチンソースの実施形態は,…何らかの化学物質を含んでいる化合物を使用する。」とされ,その後の段落においても,ニコチンが揮発する化学物質を含む化合物をニコチンソースエレメントに吸着させる方法に関する記載がされている。そうすると,引用発明1における「ニコチンソース」は,「化合物」を前提とするものであって,多種多様な成分が含まれ,しかも,その由来により成分の異なる天然物ニコチン源を,そのまま用いることを意識したものではないというべきである。
しかし,引用例1の【0139】の冒頭では,引用発明1の装置においては,揮発性形態のニコチンをもたらすことができる何らかの化学物質を含んでいる化合物を使用する旨記載されているところ,天然物ニコチン源を加熱することによって,タバコ代替品において十分な量の揮発性形態のニコチンを得ることは周知技術であると認められる。すなわち,特表昭62-501050号公報(乙6)には,「本発明によるたばこ組成物は,たばこ,水,および塩基性物質から本質的になる混合物を含む。…この組成物は喫煙時に得られるそれと同様の量および速度で吸入時にニコチンを解放できる。」とされ(3頁右上欄11行〜左下欄1行),「本発明によるたばこ組成物からのニコチンの解放を説明する」という試験においては,「本発明によるたばこ組成物」において,温度を75度にした場合には,約2.20ml/l空気の解放ニコチンが得られている(4頁左上欄8〜22行)。また,特開平2-190171号公報(乙7)には,「本発明は,上記課題を解決するために,タバコを加熱してタバコ風味及びその他の喫煙味わいの多くを喫煙者に与えるために非燃焼熱源を使用するシガレット及びその他の喫煙物品を提供する。…本発明による好ましい喫煙物品は,周囲条件下ではほとんど揮発しないタバコ風味及びその 32 他の物質を制御された量で揮発させる。しかも,そのような揮発物質を典型的なシガレット1本の総パフ数である少なくとも6〜10パフに亙って各パフ毎にほぼ均一に送給することができる。 とされている 」 (4頁右下欄7行〜5頁左上欄1行)。
したがって,引用発明1の装置において,ニコチン源として,化合物を前提とする「ニコチンソース」に代えて,加熱した天然物ニコチン源を用いることによって,タバコ代替品として十分な量の揮発性形態のニコチンを得られなくなるということはない。
また,前記2?イ,ウのとおり,引用発明1は,ガス状担体を送給増強化合物ソースと連通させた後,「ニコチンソース」と連通させるという構成を採用することによって,「ニコチンソース」からのニコチンの蒸発を促し,肺へ送給するためのエーロゾルを発生させるための装置であって,揮発性形態のニコチンを発生させる「ニコチンソース」そのものに着目したものではない。引用例1には,天然物ニコチン源から得られる揮発性形態のニコチンを用いることについて殊更除外する旨の記載もない。そして,引用例1においては,揮発性形態のニコチンを肺へ送給するためのエーロゾルを発生させるために,送給増強化合物の候補についてスクリーニングが行われているところ(【0151】〜【0217】),このようなスクリーニングの際に,それぞれの送給増強化合物の候補が有する効果を比較するために,条件を統一する必要があることから,引用発明1においては,多種多様な成分が含まれ,由来により成分も異なる天然物ニコチン源ではなく,化合物を前提とする「ニコチンソース」が用いられているにすぎないものと認められる。
そうすると,ニコチン源として,引用発明1が,天然物ニコチン源ではない化合物を用い,引用発明2が,天然物ニコチン源(タバコ材)を用いるという相違があったとしても,当該相違は,送給増強化合物ソースによって,ニコチンの蒸発を促すという引用発明1の作用の点からは,重要なものということはできない。
したがって,ニコチン源の相違という点をもって,引用発明1と引用発明2が,エーロゾル化したニコチンを送達する作用において異なると評価することはできな 33 い。
カ 引用発明1に引用発明2を適用する動機付け 以上のとおり,引用発明1も,引用発明2も,蒸発(揮発)したニコチンを,肺へ送給するに当たり,好ましい送給量を実現できるよう調整するという同一の目的を有するものであり,また,タバコ代替品として用いられる装置に関するものであって同一の用途を有するものである。そして,引用発明1と引用発明2とは,ニコチン源の相違という点をもって作用が異なると評価することもできない。
よって,引用発明1に引用発明2を適用する動機付けはあるというべきである。
キ 阻害事由 原告は,引用発明1の目的は,タバコ(天然物ニコチン源)の使用をやめさせることであるとして,引用発明1のニコチン源を,天然物ニコチン源とすることには阻害事由がある旨主張する。しかし,前記エのとおり,引用発明1に係る装置は,タバコをベースとした製品の代わりになるものであって,タバコ代替品としても用いられるものであるから,引用発明1の目的を,タバコの使用をやめさせることのみにあるということはできない。原告の阻害事由の主張は,その前提において誤りである。
ク 以上のとおり,引用発明1に引用発明2を適用する動機付けがある。そして,相違点1に係る本願発明の発明特定事項のうち,引用発明2に「天然物ニコチン源であって,加熱されており,かつ,タバコと,アルカリ物質と,水とを含むものであり,同アルカリ物質は,炭酸水素ナトリウム又は炭酸カリウムから選択される」という構成が記載されていることは,当事者間に争いがない。さらに,引用発明1に引用発明2を適用した場合において,引用例3に記載された技術事項及び周知の技術事項を踏まえて,「天然物ニコチン源」に含まれるアルカリ物質を,相違点1に係る本願発明の特定事項とすることが当業者にとって容易であることを,原告は特段争わない。
したがって,引用発明1に,引用発明2などを適用し,相違点1に係る本願発明 34 の構成を備えるようにすることを,当業者は容易に想到することができたというべきである。
? 顕著な効果の看過について ア 原告は,本願発明は,請求項1記載の構成を採用することにより,複数回の抽出を経ても,安定的に,ニコチンを肺に送達することができるという当業者が予測し得ない顕著な作用効果を奏すると主張する。
イ しかし,前記2(1)ウのとおり,引用発明1に係る装置は,ガス状担体中におけるニコチン濃度が,送給増強化合物を伴わない場合のガス状担体中に含有されるニコチン濃度に対して相対的に高められるものであって,引用発明1においては,ニコチンソース等を一定の温度で加熱することにより,望ましいニコチン濃度範囲における多数回のパフにわたる持続的ニコチン送給が促進されるとされている 【0 (148】)。
そして,前記2(2)ウ,エのとおり,引用発明2は,引用発明2に係る構成を備えたタバコ材の使用と,それに伴う電気化学的相互作用による熱源を使用することによって,タバコ材からの香味成分の揮発を容易にするとともに,過度にならないよう調整するというものであり,揮発するタバコ香味が,複数回のパフにわたってパフごとにほぼ均一に送給されるというものである(【0012】)。
そうすると,引用発明2を適用した引用発明1において,引用発明2に係る構成を備えたタバコ材の使用と,それに伴う一定温度による加熱により,パフごとのほぼ均一な送給が,複数回のパフにわたって持続的に行われる,という効果を奏することは,当業者が予測し得るものである。
したがって,複数回の抽出を経ても,安定的に,ニコチンを肺に送達することができるという本願発明の効果は,引用発明2を適用した引用発明1が奏する効果と比較して顕著なものということはできないというべきである。
ウ 原告は,ニコチン源として天然物ニコチン源のみを使用した実験系と,ニコチンソースのみを使用した実験系を比較する補充追試(甲17)に基づき,前者が 35 後者よりも,ニコチンの送達量の変動は小さいことから,本願発明の奏する効果が顕著なものであると主張する。しかし,本願発明の奏する効果が顕著なものであるか否かは,引用発明2を適用した引用発明1において予測される効果と比較すべきものであるところ,上記補充追試では,引用発明2に係る構成を備えたタバコ材は使用されていない。したがって,上記補充追試の結果に基づき,本願発明の奏する効果が顕著なものであるということはできないから,原告の前記主張は採用できない。
エ よって,本願発明の奏する効果は顕著なものとはいえないという本件審決の判断に誤りはない。
? 小括 以上のとおり,引用発明1に,引用発明2などを適用し,相違点1に係る本願発明の構成を備えるようにすることを,当業者は容易に想到することができたものである。そして,本願発明の奏する効果は顕著なものとはいえない。
よって,本願発明の進歩性に係る本件審決の判断に誤りはない。
4 結論 以上によれば,原告主張の取消事由は理由がない。したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。
裁判長裁判官 部眞規子
裁判官 片瀬亮