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事件 |
平成
28年
(行ケ)
10101号
審決取消請求事件
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原告DKSHジャパン株式会社 訴訟代理人弁護士鮫島正洋 彦 篠田淳郎 弁理士 向畑元博 被告ザ トラスティーズ オブ コロンビア ユニバーシティ イン ザ シティオブ ニューヨーク 被告中外製薬株式会社 両名訴訟代理人弁護士 尾崎英男 日野英一郎 江黒早耶香 弁理士 津国肇 小國泰弘 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 事実及び理由 第1 原告の求めた裁判 特許庁が無効2015−800057号事件について平成28年3月23日にし た審決を取り消す。 第2 事案の概要 本件は,特許無効審判請求を不成立とする審決の取消訴訟である。争点は,進歩 性の有無及びサポート要件違反の有無である。 1 特許庁における手続の経緯 被告ザ トラスティーズ オブ コロンビア ユニバーシティ イン ザ シテ ィ オブニューヨーク及び被告中外製薬株式会社(以下「被告ら」という。)は, 平成9年(1997年)9月3日(パリ条約による優先権主張 優先権主張日:1 996年9月3日〈以下「本件優先日」という。〉米国)を国際出願日(以下「本 件出願日」という。)とし,名称を「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用 中間体およびその製造方法」とする発明について特許出願(特願平10−5127 95号)をし,平成14年5月24日,設定登録がされた(甲80。特許第331 0301号。請求項の数30。以下,この特許を「本件特許」という。)。 スイス国法人であるセルビオス−ファ−マ エス アー(以下「セルビオス」と いう。)は,平成25年5月2日,本件特許の請求項1〜30について,特許無効 審判を請求した(無効2013−800080号)ところ,被告らは,同年9月2 5日付け訂正請求書(以下「本件訂正請求書」という。)により,特許請求の範囲の 訂正を含む訂正をした(甲81,82。訂正後の請求項の数28。以下「本件訂正」 という。。 ) 特許庁は,平成26年7月25日,「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請 求は,成り立たない。」との審決をした。セルビオスは,前記審決の取消しを求め る訴え(当裁判所同年(行ケ)第10263号審決取消請求事件)を提起し,平成2 7年12月24日,請求棄却の判決が言い渡され,同判決は,確定した。 原告は,平成27年3月10日,本件特許の請求項13〜28について,特許無 効審判を請求した(無効2015−800057号)ところ,被告らは,平成27 年7月27日付け訂正請求書により,特許請求の範囲の訂正を含む訂正をした(甲 61,68。訂正後の請求項の数28。。 ) 特許庁は,平成28年3月23日,「審判の請求は,成り立たない。」との審決を し,その謄本は,同月31日,原告に送達された。なお,この審決は,前記の別件 審判(無効2013−800080号)の審決の確定によって,本件訂正後の特許 請求の範囲及び明細書により特許権の設定の登録がされたものとみなされるところ, 前記の平成27年7月27日付け訂正請求書による訂正の内容は,本件訂正の内容 と同一であるから,その適否について判断するまでもなく,本件発明に係る明細書 は,本件訂正請求書に添付された明細書のとおりのものとなるとして,本件訂正後 の請求項と明細書について判断を行った。 2 特許請求の範囲の記載 本件訂正後の本件特許の請求項13〜28の発明に係る特許請求の範囲の記載は, 以下のとおりである(以下,本件訂正後の本件特許の請求項1〜28の発明を,請 求項に対応して, 「本件発明1」などと呼称し,本件発明1〜28を総称して「本件 発明」ともいう。本件訂正後の請求項14〜28は,請求項13の従属項であり, これらの記載は省略する。なお,請求項29及び30は,本件訂正により削除。以 下,本件訂正請求書に添付された明細書(甲81)を「本件明細書」という。。 ) 【請求項13】(本件発明13) 下記構造を有する化合物の製造方法であって: (式中,nは1であり;R1及びR2はメチルであり;W及びXは各々独立に水素又 はメチルであり;YはOであり;そしてZは,式 のステロイド環構造,又は式 のビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は未保護の置換基及 び/又は1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも 1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい) (a)下記構造: (式中,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである) を有する化合物を塩基の存在下で下記構造: 又は (式中,n,R1及びR2は上記定義のとおりであり,そしてEは脱離基である) を有する化合物と反応させて,下記構造: を有するエポキシド化合物を製造すること; (b)そのエポキシド化合物を還元剤で処理して化合物を製造すること;及び (c)かくして製造された化合物を回収すること; を含む方法。 3 原告が主張する無効理由 (1) 無効理由1(甲1の1を主引例とする進歩性欠如) ア 本件発明13〜24,26及び27は,甲1の1(Chem.Pharm. Bull., Vol.34, No.10, pp.4410−4413, 1986)及び甲2の1(Chemistry of Heterocyclic Compounds, Vol.17, No.7, pp.642−644, 1982) に記載された発明(以下,甲1の1に記載された発明を「甲1発明」,甲2の1に記 載された事項を「甲2に記載された事項」ともいう。以下,枝番のある書証は,特 に断らない限り,枝番をすべて含む。 並びに本件優先日における周知技術に基づい ) て,当業者が容易に発明をすることができた。 イ 本件発明25及び28は,甲1の1,甲2の1及び甲13の1(Bulletin de la Societe Chimique de France, No.11−12, pp.2584−2592, 1 975)に記載された発明並びに本件優先日における周知技術に基づいて,当業者 が容易に発明をすることができた。 (2) 無効理由2(サポート要件違反) ア 本件発明13は,出発化合物における「Z」と製造化合物における「Z」 が異なる場合を含むところ,そのような場合まで,本件発明13の課題を解決でき るということはできないから,本件発明13は,発明の詳細な説明に記載されたも のとはいえない。 イ 本件発明14〜28は,本件発明13を直接又は間接的に引用するもの であるから,同様に,発明の詳細な説明に記載されたものとはいえない。 4 審決の理由の要点 審決は,前記の無効理由について,以下のとおり,理由がないものとした。 (1) 無効理由1について ア 本件発明13について (ア) 甲1発明 「以下の構造式である20(S)アルコール(9)を, 還流キシレン中で,4−ブロモ−1−ブテン及び大過剰の水素化ナトリウム と反応させて,以下の構造式である異性体(11) (12)の混合物を得, , この混合物をPdCl 2 ,CuClと共に,ジメチルホルムアミド及び水中で,酸素雰囲気下,室温で反応させて,以下の構造式であるケトン化合物(1 3)を得, このケトン化合物(13)を,テトラヒドロフラン中で,メチルマグネシウ ムブロマイドと0℃で反応させて,以下の構造式であるプロ−D 3 誘導体(14)を得, このプロ−D 3 誘導体(14)を光照射,熱異性化反応,及び脱保護反応に付して,1α,25−(OH) 2 −22−オキサ−D3 を得る方法」 (イ) 本件発明13と甲1発明との一致点及び相違点 【一致点】 「下記の構造を有する化合物の製造方法であって: (式中,nは1であり;R1及びR2はメチルであり;W及びXは各々独立に水素又 はメチルであり;YはOであり;そしてZは,ステロイド環構造,又はビタミンD 構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は未保護の置換基及び/又は1以 上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽 和結合を所望により有していてもよい) (a)下記構造: (式中,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである)を有する化合物を塩基の存 在下で下記構造: E−B を有する化合物(式中,Eは脱離基である)と反応させて下記構造: を有する化合物を製造すること; を含む方法」 【相違点】 (1−@) 「 」 の「A」に対応する部分構造が, 本件発明13では,「下記構造: (式中,nは1であり;R1及びR2はメチルである)」であるのに対して, 甲1発明では,「−CH2−CH2−CH=CH2」である点。 (1−A) 「E−B」の「B」に対応する部分構造が,本件発明13では, 「下記構造: (式中,nは1であり;R1及びR2はメチル)(以下,前者を「2,3−エポキシ 」 −3−メチル−ブチル基」という。)であるのに対し, 甲1発明では,「−CH2−CH2−CH=CH2」である点。 (1−B) 本件発明13では,(b) 「 (式中,nは1であり;R1及びR2はメチルであり;W及びXは各々独立に水素又 はメチルであり;YはOであり;そしてZは,ステロイド環構造,又はビタミンD 構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は未保護の置換基及び/又は1以 上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽 和結合を所望により有していてもよい) を有するエポキシド化合物を還元剤で処理して,下記構造式を有する化合物を製造 すること;及び (式中,n,R1及びR2,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである) (c)かくして製造された化合物を回収すること」を含んでいるのに対し, 甲1発明では,「 を酸素雰囲気下で反応させて,以下の構造式であるケトン化合物を得, このケトン化合物を,メチルマグネシウムブロマイドと反応させて,下記構造式 を有するプロ−D3誘導体を製造すること 」を含んでいる点。 (ウ) 相違点の判断 甲1発明において,相違点(1−A)の構成が満たされると,必然的に,相違点 (1−@)の構成も満たされることになるので,以下,相違点(1−A)及び(1 −B)について検討する。 a 相違点(1−A)について (a) 動機付けについて 本件発明13と甲1発明とは,ステロイド−20−アルコール(9)を出発化合 物として,最終化合物である1α,25−(OH)2−22−オキサ−D3又はその 前駆体であるプロ−D3誘導体(14)を得る方法である点で目的が共通するといえ るものの,甲1発明は,1α,25−(OH)2−22−オキサ−D3の新規な合成 方法として記載されたものであって,この合成方法に何らかの課題があることは, 甲1に記載されていないし,途中段階で得られる中間化合物も異なる。 また,甲1には,1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタンとステロイド− 20−アルコール(9)とのアルキル化反応が失敗したこと,1α,3β−ビス(テ トラヒドロピラニルオキシ)−5−アンドロステン−17β−オールを,1−クロ ロ−4,4−エチレンジオキシペンタンとアルキル化反応させると所望のエーテル 化合物が好収率で得られたこと,失敗の原因が前者と比べて1−ハロ−3,3−エ チレンジオキシブタンが嵩高いからであるかもしれないことが記載されている。甲 1のステロイド−20−アルコール(9)と1−ブロモ−3−メチルブタンや1− ブロモ−ブテン(判決注:「4−ブロモ−1−ブテン」の誤記と認める。)との反応 が Williamson合成反応と呼ばれるSN2反応の一種であり,この反応は立体障害の 大きいハロゲン化物を用いると反応しにくくなることは当業者の技術常識といえる から,1−ハロ−3,3−エチレンジオキシブタンが嵩高いので反応が失敗したの は,その立体障害が大きいためと理解できる。 甲1の注釈10)の記載は,ステロイド−20−アルコール(9)と1−ブロモ −3−メチルブタンとが反応して化合物(10)が生成するのとは対照的に,1− ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタンとステロイド−20−アルコール(9) とのアルキル化反応が失敗した原因は,同じ1−ブロモ−ブタン構造の3位にメチ ル基が置換した1−ブロモ−3−メチルブタンに比べて,3位にエチレンジオキシ 基が置換した1−ハロ−3,3−エチレンジオキシブタンが嵩高いことが理由とし て推測されていると理解するのが自然である。 そして,4−ブロモ−1−ブテンの嵩高さは3位にメチル基が存在しないことか ら,1−ブロモ−3−メチルブタンよりもさらに小さいものといえ,1−ブロモ(又 はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタンの構造が,1−ハロ−3,3− エチレンジオキシブタンより嵩高さが小さいとしても,4−ブロモ−1−ブテンに 代えて,1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタンを使用 する動機付けがあるといえない。 さらに,甲1において,ステロイド−20−アルコールと1−ブロモ−3,3− エチレンジオキシブタンとの反応を試みたのは,甲1発明の中間化合物であるケト ン化合物(13)を得ることを目的としたものであり,1−ブロモ(又はクロロ) −3−メチル−2,3−エポキシブタンを使用すればこのケトン化合物(13)は 得られなくなるから,反応が失敗した1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタ ンに代える化合物を探索するとの観点でみても,1−ブロモ(又はクロロ)−3− メチル−2,3−エポキシブタンを使用する動機付けがあるといえない。 甲2には,アルコールと1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポ キシブタンとの反応が記載されてはいるが,その他の試薬に比べてどのような利点 があるかについて記載されているわけではないし,1−ブロモ(又はクロロ)−3 −メチル−2,3−エポキシブタンが,4−ブロモ−1−ブテンよりも嵩高さが小 さい点についても何ら示唆するところがない。 1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタンと,甲1にお いて反応が進行しなかった1−ハロ−3,3−エチレンジオキシブタンとを対比す ると,前者は環構造は小さくなってはいるものの3位に置換していた環構造が,反 応する炭素原子の隣の2位と3位を含む環構造となっている点で,必ずしも立体障 害が小さくなるとはいえないし,いずれにしても,嵩高さが小さいアルキル化反応 の試薬を使用するとの観点から,甲1発明の4−ブロモ−1−ブテンに代えて,1 −ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタンを使用する理由が 甲2に記載されているとはいえない。 甲1に甲1発明の課題は具体的に記載されていないが,乙2には,甲1発明の製 造方法が記載され,この方法の欠点は出発物質であるアルコールのアルキル化の際 に副生成物を生成する点にあり,この副生成物の生成は出発物質であるアルコール の水酸基の立体障害に起因する反応性の低さから生じることが記載されているから, 甲1発明には,副生物が生じないようにして,収率を改善するという動機付けが一 応当業者にはあったということはできる。 ところで,甲2には,1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキ シブタンとアルコール類との反応でエポキシエーテルが好収率で得られること,得 られたエポキシエーテルがアルコール性アルカリと還流したときでさえも反応しな いこと,すなわち,反応生成物が分解しないので収率が向上することは理解できる といえるものの,1−ブロモ−4−ブテンとアルコールとの反応と対比して収率が 向上することが記載されているわけではない。また,甲2には,ステロイド−20 −アルコールのような大きな置換基を有するアルコールと,1−ブロモ(又はクロ ロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタンが実際に反応することについては記載 されていない。 そうすると,収率改善の観点からみても,甲1発明の4−ブロモ−1−ブテンに 代えて,甲2に記載の1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシ ブタンを使用する動機付けがあるとすることはできない。 (b) 甲1発明への甲2に記載された反応の適用について 甲2に記載された1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブ タンが実際に反応しているアルコール類としては,ステロイド−20−アルコール のような大きな置換基を有するアルコールは記載されていないし,ステロイド−2 0−アルコールと実際に反応することは,その他の証拠の記載を参酌しても当業者 が理解できるとはいえない。 アルコールと反応するアルキル化試薬において環構造の置換基を持つ場合,置換 基の大きさのみならず,環構造の位置もその立体障害の大きさに影響し,反応する 炭素原子に近いと反応が進行しないことがある(甲1,23,36〜38)のであ って,1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタンは,反応 する炭素原子の隣の2位と3位を含む環構造となっているから,1−クロロ−3, 3−エチレンオキシペンタンより環構造が小さくなったからといって当然に反応す るとはいえない。甲39〜43に記載された反応は,SN2反応である点で,甲2に 記載されるアルコールと1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキ シブタンとの反応と共通するところはあるが,反応対象の化合物が異なれば,当然 反応性も異なるし,1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブ タンが立体障害が大きいアルコール以外の化合物と反応したからといって,これら の記載から1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタンとス テロイド−20−アルコールのような大きな置換基を有するアルコールとが反応す ることを理解できるとはいえない。 一方,甲48には,強くて分極率の小さい塩基を使用すると置換反応(S N2反応) よりも脱離反応(E2反応)の可能性が増える傾向にあることが記載されており, このことからすれば,アルコールの水酸基が置換している炭素原子にステロイド環 のような大きな置換基を有する立体障害の大きいステロイド−20−アルコールが 必ずしも甲2に具体的に記載された上記アルコール類と同じように反応するとはい えず,甲1発明のステロイド−20−アルコールでも1−ブロモ(又はクロロ)− 3−メチル−2,3−エポキシブタンと実際に反応すると直ちに理解できるとはい えない。 さらに,本件優先日前に,反応性の問題を実際に分子模型で検討すること,立体 障害の大きさを見積もることが当業者の技術常識であったとしても,そのことは, 分子模型での反応性の検討のみで実際に反応が進行することが判明することを意味 しない。請求人代理人作成の甲47は,分子模型を用いて,両者が相互に特定の配 置となった場合に,1−ブロモ−メチル−2,3−エポキシブタンとステロイド− 20−アルコールとがその反応点において接近し得ることを示しているが,実際の 分子は常に動いているのであるから,固定された構造を前提とした分子模型のとお りに必ず反応することを意味するものではない。この反応が実際に進行するかは, 適切な反応条件を選定して確認する必要があり,そのような反応条件の試行錯誤を 含めて1−ブロモ−メチル−2,3−エポキシブタンとステロイド−20−アルコ ールとが反応することについて,本件優先日前に当業者が容易になし得たとする根 拠は認められない。 甲25も,ステロイド−20−アルコールのような大きい置換基を持つアルコー ルとの反応を示唆するものではない。 以上のとおり,実際にステロイド−20−アルコールと1−ブロモ(又はクロロ) −3−メチル−2,3−エポキシブタンとが反応することについて,本件優先日前 に当業者が容易に想到し得たとはいえない。 b 相違点(1−A)と相違点(1−B)を一体の相違点とした場合に ついて (a) 相違点(1−A)及び(1−B)に対応する本件発明13の中間 化合物であるエポキシ化合物を還元することについては,本件優先日前に頒布され たいずれの証拠にも記載されていない(甲4〜6,16,18〜20,32,38)。 そうすると,本件発明13の上記エポキシ化合物そのものの開示すらなく,これ を甲1発明のプロ−D3誘導体を得るための中間化合物とすることについては,本 件優先日前に頒布されたいずれの証拠にも具体的な示唆があるとはいえない。 甲2には,アルコールと1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポ キシブタンとが塩基の存在下で反応が進行することに加えて,それらの中で4−ブ トキシ−2−メチル−2,3−エポキシブタンをリチウムアルミニウムハイドライ ドで還元して4−ブトキシ−2−メチル−2−ブタノールを得ることが記載されて いるが,これらの一連の反応工程が,二重結合を有するエーテル化合物を得る工程, その後のケトン化合物(13)を得,さらにメチルマグネシウムブロマイドと反応 させてプロ−D3誘導体とする工程と置換できることを示唆する記載はない。 そうすると,甲2にアルコールと1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2, 3−エポキシブタンと反応させ,得られたエポキシ化合物を還元する反応が記載さ れていたとしても,甲1発明の相違点(1−A)及び(1−B)に対応する構成に 置き換えて適用することが当業者にとって容易になし得たということはできない。 (b) また,収率改善の観点からみて,相違点(1−A)と相違点(1 −B)を一体の相違点とした場合,1−ブロモ−3−メチル−2,3−エトキシブ タンとアルコールとの反応だけではなく,その後の還元剤による反応も含めて全体 として収率が高いことが必要になる。反応する対象化合物がステロイド−20−ア ルコールではない点で単純な比較はできないが,甲2の1−ブロモ−3−メチル− 2,3−エポキシブタンとブタノールを反応させて,得られた4−ブトキシ−2− メチル−2,3−エポキシブタンを還元して4−ブトキシ−2−メチル−2−ブタ ノールを得る反応の全工程の収率は31.2%となる。一方,甲1発明においては, ステロイド−20−アルコールからケトン化合物(13)を得た後,メチルマグネ シウムブロマイドと反応させてプロ−D3誘導体を得る全工程で35%の収率とな っており,全体として甲2に記載される方法が必ずしも収率を改善することを示唆 しているともいえない。 したがって,甲1発明において,甲2及び本件優先日時の周知技術や技術常識に 基づいて,相違点(1−A)及び(1−B)を構成することが容易になし得たとは 認められない。 (エ) 本件発明13の効果 本件発明13の効果は,本件発明13に係る新たな製造方法を提供することにあ る。 前記のとおり,本件発明13に係る構成とすることを当業者が容易に想到し得な かったから,本件発明13の効果も同様に当業者が予測し得なかったものと認めら れる。 (オ) 小括 以上のとおり,本件発明13は,本件優先日前に頒布された甲1及び甲2に記載 された発明並びに本件優先日における周知技術に基づいて,本件優先日前に当業者 が容易に発明をすることができたものとはいえない。 イ 本件発明14〜24,26,27について 本件発明14〜24,26,27は,本件発明13の構成を更に限定したもので あるから,本件発明13と同様に,本件優先日前に頒布された甲1及び甲2に記載 された発明並びに本件優先日における周知技術に基づいて,本件優先日前に当業者 が容易に発明をすることができたものとはいえない。 ウ 本件発明25,28について 甲13は,相違点(1−A)に関する構成について何ら示唆するものではなく, 本件発明25及び28も,本件発明13の構成を更に限定したものであるから,本 件優先日前に頒布された甲1並びに甲2及び甲13に記載された発明並びに本件優 先日における周知技術に基づいて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすること ができたものとはいえない。 (2) 無効事由2について ア 本件発明13〜28が解決しようとする課題は,本件発明13〜28に 係る製造方法を提供することにある。 イ 本件発明の詳細な説明には,出発化合物から中間化合物を経て製造化合 物を得る反応工程が記載されているが,Zの構造を変換する工程は含まれておらず, 本件発明13の出発化合物と製造化合物のZは同じ構造のものと解するのが自然で ある。 そうすると,本件発明13において,出発化合物と製造化合物の「Z」が異なる 場合は含まれていないから,本件発明の詳細な説明において,出発化合物と製造化 合物の「Z」が異なる場合の本件発明13が記載されていないことが,本件発明1 3の製造方法を提供するという課題が解決できない理由とはならない。 また,本件発明13を直接又は間接的に引用する本件発明14〜28も,同様に, 出発化合物と製造化合物の「Z」は同じ構造のものと解するのが自然であるから, 出発化合物と製造化合物の「Z」が異なる場合の本件発明14〜28が記載されて いないことが,本件発明14〜28の製造方法を提供するという課題が解決できな い理由とはならない。 ウ 以上のとおりであるから,本件発明13〜28の特許請求の範囲の記載 は,特許法36条6項1号に適合するものではないとはいえない。 第3 原告主張の審決取消事由 1 取消事由1(甲1発明の認定の誤り) (1) 甲1発明の認定 甲1発明は, 「甲1記載の化合物(9)を用い,SN2反応を経由してマキサカル シト−ル(1α,25−(OH) −22−オキサ−D3。 2 以下「OCT」ともいう。) を製造する方法」と認定されるべきである。 ア 甲1の4410頁冒頭部分及び同頁最下段の化学構造式から,甲1は「O CTを製造する方法に関する」ものであること,甲1の4411頁9〜25行及び 4412頁の反応図から,甲1には「化合物(9)を用いたOCTの製造方法」の 発明が記載されていることが認められるところ,第1級ハロゲン化アルキルとアル カリ金属アルコキシドのような求核性化合物との反応がSN2反応となることは, 技術常識である(甲3,11,15,44)から,「化合物(9)を用い,SN2反 応を経由するOCTの製造方法」は,甲1に記載されているに等しい事項であり, 原告主張の甲1発明が認定できる。 イ 仮に,ステロイド−20(S)−アルコールからOCTを得るまでの工 程として,審決認定の甲1発明以外に具体的な記載が甲1にないとしても,審決認 定の甲1発明の上位概念たる原告主張の甲1発明を認定することは,当然に許され る。 (2) 進歩性の欠缺 原告主張の甲1発明及び甲2に記載された事項に基づき,当業者は,本件発明1 3を容易に想到できるから,前記(1)の甲1発明の認定の誤りは,審決の結論に影響 を及ぼす。 本件発明13に直接的又は間接的に従属する本件発明14〜28についても,同 様の誤りがあり,その誤りは審決の結論に影響を及ぼす。 ア 本件発明13と甲1発明との一致点・相違点 【一致点】 所定の出発物質(20(S)−アルコール化合物)を用い,SN2反応を経由して OCTを製造する方法である点。 【相違点1】 本件発明13では,前記所定の出発物質と,1−ブロモ−3−メチル−2,3− エポキシブタンを包含するエポキシ化合物とをアルキル化反応させて所定のエポキ シド化合物を得るのに対し,甲1ではこの点について記載がないこと。 【相違点2】 本件発明13では,所定のエポキシド化合物を還元剤で処理してエポキシ環を開 環させるのに対し,甲1ではこの点について記載がないこと。 【相違点3】 本件発明13では,前記方法で製造された化合物を回収するのに対し,甲1では この点について記載がないこと。 イ 相違点の判断 (ア) 相違点1について a 甲2には,所定のアルコール化合物と,1−ブロモ−3−メチル− 2,3−エポキシブタンとを塩基存在下でアルキル化反応させてエポキシド化合物 を得た後に,このエポキシド化合物を還元剤で処理してエポキシ環を開環させる 製造方法に係る発明(甲2発明)が記載されている。 b(a) 甲1記載のアルキル化の反応と,甲2記載の1−ブロモ(又はク ロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタンとアルコール類とのアルカリ金属ア ルコキシドの存在下での反応とは,いずれも,第1級のハロゲン化アルキルと求核 性化合物(アルカリ金属アルコキシド)によるS N2反応に関する技術である点で, 技術分野が共通する。 (b) 反応の1工程での収率を上げること(反応を良好に進行させるこ と)は,有機合成の分野において自明の課題であるところ,甲1発明及び甲2発明 は,SN2反応を良好に進行させたいという共通の課題を有する。 (c) 前記課題を解決することで,良好なSN2反応を実施することが できるので,甲1発明及び甲2発明が達成しようとする作用や機能も共通する。 c(a) 甲1には,ステロイド−20(S)−アルコールである化合物 (9)と,下記の1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタンは,アルキル化反 応(SN2反応)をしなかったこと,その原因は,下記の1−クロロ−4,4−エチ レンジオキシペンタンと比較し,1−ハロ−3,3−エチレンジオキシブタンの嵩 高さにあることが記載されている。 1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタン 1−クロロ−4,4−エチレンジオキシペンタン また,甲1には,1−ハロ−3,3−エチレンジオキシブタンよりも嵩高さが低 減された1−クロロ−4,4−エチレンジオキシペンタンでは, 「所望のエーテル化 合物を好収率で得(られ)た」と記載されている。 甲1に記載されているのは,17β−アルコールとの反応であるが,17β−ア ルコールと20(S)−アルコールは,いずれも第2級アルコールであり,第2級 アルコールのアルコキシドであればウィリアムソン反応(SN2反応)に用いること ができることは技術常識である(甲3)から,反応性の点で区別はない。 そうすると,1−ハロ−3,3−エチレンジオキシブタンを,嵩高さが低減され た化合物に置き換えれば,アルキル化反応の進行及び所望のエーテル化合物が高収 率で得られることが期待される。 OCTの側鎖の基本骨格は,下記のとおり,エーテル基(酸素)に炭素数4の直 鎖アルキルが結合した構造であるから,1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブ タンをより嵩高くない構造にするためには,臭素に結合した炭素数4の直鎖アルキ ルの構造を変えることなく,酸素が二つ含まれる5員環の環状エーテル部分の嵩高 さを低減するという手法しか取れないことがわかる。 (26) (25) 4O321 OH(24) (23) 下記のとおり,1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンは,臭素に結 合した直鎖アルキル(主鎖)の炭素数が4であって,環状エーテルのうち最小の3 員環(エポキシ環)を有するので,化合物としてのSN2反応における嵩高さ(甲7 5)は1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタンよりも低減されており,前記 の条件に当てはまる。 (24) (26) 2O4Br 13(23) (25) (b) 20(S)−アルコール(化合物(9))は,ウィリアムソン反応 (SN2反応)を良好に進行させる優れた求核試薬であることは,本件優先日当時, 周知の事実であった(甲1,21,23,35〜38)し,20(S)−アルコー ル(化合物(9) は, ) 第2級アルコールであるところ,第2級アルコールであれば, ウィリアムソン反応(SN2反応)に用いることができ,そのSN2反応性は変わら ないことは,技術常識である(甲3)。 (c) 甲2及び甲41には,1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキ シブタン及びアルキル化反応(SN2反応)により得られるエポキシエーテル類がア ルコール性アルカリと還流する(沸騰と凝縮を繰り返す)という厳しい反応条件に おいても,反応性の高い(開環しやすい)エポキシ環が反応(開環)することなく, 良好なアルキル化反応(SN2反応)が進行すると記載されている。 1−ブロモ−2,3−エポキシブタンを求核試薬(OH−)で処理した場合(すな わちSN2反応させた場合),エポキシ環が開環することなくS N2反応が進行する ことは,本件優先日当時の技術常識となっていた(甲70,71)。 甲1のアルキル化反応(SN2反応)は,還流キシレン中で18時間反応させると いう厳しい反応条件で行われており,前記技術常識は,還流条件という厳しい反応 条件を前提とする甲1発明に甲2発明の1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキ シブタンを組み合わせることについての積極的事情の一つとなる。 (d) 甲1は,極性の低いキシレンを溶媒として使用しているところ, SN2反応が極性プロトン性溶媒(例えばアルコール)中でなく,非プロトン性溶媒 (例えばジメチルホルムアミドやテトラヒドロフラン)又は極性の低い溶媒(例え ばキシレン)中で有利に進むことは,技術常識である(甲51)。 甲2には,極性プロトン性溶媒を用いたことが記載されているから,これを見た 当業者であれば,甲2の実験は,最適化されていないSN2反応条件の下で行われた こと,溶媒を非プロトン性溶媒又は極性の低い溶媒に代えれば,収率がより高くな ることを理解する。なお,ウィリアムソン反応(SN2反応)で求核剤及び溶媒とし てブタノールを使用することは,技術常識である(甲11)。 甲2発明の1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンを,甲1発明に適 用すれば,SN2反応に有利な溶媒(キシレン)中での反応となるため,当業者は, 高収率を期待することになるのであって,この点も,甲1発明に甲2発明の1−ブ ロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンを用いる示唆となる。 (e) 工程数がより少ない別のル−トを採用するのは,有機(薬)化学 の技術常識である(甲10,73,77)ところ,甲1において,OCT側鎖の合 成に3工程を要するのに対し,甲2発明は,2工程で可能である。 (f) 甲2の1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンが, 種々の求核試薬とSN2反応することは,技術常識である(甲2,39〜43)。 ウィリアムソン反応は,エーテルの製法に用いられる最も一般的な方法であるこ とは,技術常識である(甲15,56,85,86)。 d 甲1に記載の20(S)−アルコール(化合物(9))にステロイド 環のような置換基が存在することは,次の点から,甲2発明と組み合わせるに当た っての阻害要因とならない。 (a) 20(S)−アルコール(化合物(9))におけるステロイド環 は,SN2反応の進行を妨げる立体障害とはならない。 (b) 20(S)−アルコールと4−ブロモ−1−ブテンよりも分子量 が大きく,かつ,構造が複雑な種々のハロゲン化アルキルとが良好にSN2反応する ことは,本件優先日当時に周知の事実であった(甲1,21,23,26,35〜 38)。 甲1の1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタン及び甲38(甲60)のプ ロミド(13)において,20(S)−アルコールとのSN2反応が進行しない理由 は,25位の炭素に5員環エーテルが結合することに起因した立体障害が原因であ り,本件優先日当時,20(S)−アルコールとハロゲン化アルキルとの反応性に ついては,実験をせずともSN2反応における立体障害の技術常識に基づき,論理的 に説明できるものであった。 臭化プレニルと20位アルコールは良好に反応するところ,臭化プレニル及び1 −ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンは,2位及び3位の炭素の位置(ア リル位)にある官能基が,それぞれオレフィン(アルケニル)及びエポキシである 点を除き,同じ構造を有する。エポキシ(オキシラン)とアルケニル(C=C)は, 物理的性質及び構造並びに化学的性質及び電子構造上少なくとも類似するのが技術 常識であり(甲34),エポキシ及びアルケニルの立体障害又は嵩高さの程度,特に SN2反応における立体障害又は嵩高さの程度も同程度であると考えるのが自然で あるから,臭化プレニルと1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンの立 体障害又は嵩高さの程度,特にSN2反応における立体障害又は嵩高さの程度も同 程度であると考えられる。 したがって,20(S)−アルコール(9)と1−ブロモ−3−メチル−2,3 −エポキシブタンとのSN2反応が良好に進行することが合理的に予測できる。 (c) 求核剤の求核性に影響を及ぼす立体障害(嵩高さ)は,非共有電 子対を持つ原子(反応部位)の周囲の立体的嵩高さに依存するのであって,当該周 囲以外の部分の立体的嵩高さは求核性に影響しないことは,本件優先日当時の技術 常識であった(甲48,75,76)。 (d) 前記(a)〜(c)は,当業者が用いることができる研究開発のための 通常の技術的手段である分子模型での確認(甲47)からも裏付けられる(甲51 等)。 (e) 甲2には,1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンが, アルコール類と反応しないとは記載されていない。 (f) 甲2に収率が約50%と記載されているのは,ブタノール(プロ トン性溶媒)が原因であることは技術常識であり(甲51,67),SN2反応の進 行を妨げる立体障害によるものではない。 e 本件発明では,高収率でOCTが合成されるわけではなく,本件発 明13において,顕著な効果は存在しない。 被告らは,甲69(8頁下から5行〜最終行)において,当業者が20(S)− アルコールと1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンとの反応が進行す ること自体は予測できることを認めている。 前記反応自体が予測できるものである以上,本件発明13の構成自体は当業者が 容易に想到できるものということになるから,本件発明13の進歩性が肯定される のは,本件発明13が,当業者が予測できない顕著な効果を奏する場合に限られる。 f 以上によると,当業者において,甲1発明に甲2発明の適用を試み る動機付けがあり,相違点1は,容易に想到できる。 (イ) 相違点2について 本件発明13は,有機化合物の製造方法であり,反応工程は,順次,経時的に列 挙される発明であるから,相違点1,2は独立には存在しない。 相違点1につき,甲1発明に甲2発明の1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポ キシブタンを用いることにつき,動機付けがある以上,当業者は,甲2発明に包含 される相違点2も容易に想到できる。 (ウ) 相違点3について 相違点3も,相違点1及び2とは独立に存在しない。 甲1には,収率が記載されており,収率を計算するに当たって,製造された化合 物を回収している。そして,有機合成において,合成される化合物を回収すること は,当然に行われる。 そうすると,相違点3も,甲1発明及び甲2発明に基づき,当業者が容易に想到 できる。 2 取消事由2(審決の甲1発明の認定に基づく相違点の認定及び判断の誤り) 仮に審決の認定する甲1発明に基づいたとしても,審決の本件発明13と甲1発 明との相違点の認定及び判断に誤りがあり,その誤りは,審決の結論に影響を及ぼ す。 本件発明14〜28は,直接又は間接に本件発明13に従属するものであるから, 本件発明13が進歩性を有するとの前提に基づく,本件発明14〜28についての 審決の認定には誤りがあり,審決の結論に影響を及ぼす。 (1) 相違点(1−@)及び(1−A)の認定の誤り 相違点(1−@)及び(1−A)には,一致点が混在している。 相違点(1−A)で対比されているハロゲン化アルキルは,脱離基(E)だけで はなく,その隣にある第1級炭素(第1ハロゲン化アルキル)も,脱離基(E)と 結合する炭素数4の直鎖も同じであるにもかかわらず,脱離基(E)のみが一致点 で,その他の構造が相違点とされている。 同様の問題は,相違点(1−@)においてもある。 (2) 相違点(1−@)及び(1−A)の判断の誤り ア 前記1(2)イ(ア)bと同じ。 イ(ア) 同cと同じ。 (イ) 甲1において,OCTの収率が低い主な原因は,SN2反応の安定性 に劣る4−ブロモ−1−ブテンの使用にある(甲33)。 所望の化合物11と同量の副生成物12(所望の化合物11の二重結合異性体) が生じることに鑑みると,ブテンに代えて,二重結合を有さない類似の性質の化合 物を用いる動機が働く。 こうした化合物の候補として,@エチレンオキシド(エポキシ)がオレフィン(C =C)の π 電子に似た性質を有すること(甲34),A4−ブロモ−1−ブテンに おいてSN2反応で安定化を大きくするためには,π 結合が,反応する炭素の隣, すなわち,臭素原子(Br)に結合する炭素の隣になければならないこと(甲33), B二重結合の好ましくない反応を避けるため,エポキシドを二重結合の保護基とし て用いること(甲45)という技術常識に鑑み,アルケニル(C=C)に代えて, エチレンオキシド(エポキシ)を2位及び3位の炭素の位置に設けることが想起さ れる。 (ウ) 甲1の注釈10)には,化合物(9)と1−ハロ(ブロモ)−3,3 −エチレンジオキシブタンとのアルキル化反応の失敗は,1−ハロ(ブロモ)−3, 3−エチレンジオキシブタンの嵩高さにあり,嵩高さを低減した1−クロロ−4, 4−エチレンジオキシペンタンでは,所望のエーテル化合物が「好(高)収率」で 得られた旨が記載されているから,1−ハロ(ブロモ)−3,3−エチレンジオキシ ブタンの嵩高さを低減すれば,アルキル化反応が良好に進み,目的のエーテル化合 物を好(高)収率で得られるとの示唆がある。 ウ 前記1(2)イ(ア)dと同じ。 (3) 相違点(1−A)と(1−B)を一体の相違点とした場合についての審決 の誤り ア 甲1発明において,4−ブロモ−1−ブテンに代えて,甲2の1−ブロ モ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタンを使用することは,当業 者にとって容易に想到し得るものであるから,その結果として,下記の本件発明1 3のエポキシ化合物が必然的に合成されることになる。 そうすると,本件発明13の前記エポキシ化合物を開示した文献がないことや, これをプロ−D3誘導体を得るための中間化合物とすることの示唆が文献にないこ とは,本件発明13の進歩性とは関係性のない事情である。 イ 甲1発明は25−ケト誘導体(13)を得る合成ル−トしか採れないと の前提は,甲1の記載及び技術常識(甲72,73,77,84)に基づき,誤っ ている。 ウ 本件発明13は,有機化合物の製造方法という反応工程の順番という経 時的要素で構成される発明であるから,各相違点はそれぞれ独立には存在しない。 最初の反応工程において,甲1発明の出発化合物に反応させる化合物として4− ブロモ−1−ブテンを1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンに置き換 えることが当業者にとって容易想到である以上,OCTを合成するために,それに 続く工程を甲2に記載されているエポキシを開環させる還元反応とすることも,当 業者は容易に想到し得るものである。 エ 甲1のSN2反応は,極性の低い溶媒であるキシレンを使用したもので あるところ,甲2のSN2反応に用いられている溶媒は,SN2反応に適さないブタ ノール(プロトン性溶媒)であり,これを非プロトン性溶媒や極性の低い溶媒に置 き換えることにより, N2反応の収率が大きく向上することは, S 技術常識であり, 本件優先日当時,甲2に接した当業者は,ブタノールに代えて,非プロトン性溶媒 や極性の低い溶媒を使用すれば,収率が大きく向上することを把握し,甲2発明を 甲1発明に適用することを動機付けられる。 審決は,甲2につき, 「反応する対象化合物がステロイド−20−アルコールでは ない点で単純な比較はできない」と認定しながらも,結局は収率を単純に比較して 論じている点で,論理性を欠く。 (4) 本件発明13の効果についての判断の誤り 前記1(2)イ(ア)eと同じ。 3 取消事由3(サポート要件の判断の誤り) 本件発明13において出発化合物と製造化合物の「Z」が異なる場合は含まれて いないという審決の判断は誤っており,これを前提とする審決のサポート要件の判 断も誤っており,この誤りは,審決の結論に影響を及ぼす。 本件発明13は, (c) 工程 の後に更なる工程を行ってもよい内容となっており, 製造化合物の「Z」と出発化合物の「Z」とが同一のものに限定されるとの前提に はなっていないから,工程(c)で得られた中間化合物の「Z」の構造を,例えば, ステロイド環構造からビタミンD構造へ変換する工程を経て製造化合物が合成され るというような製造方法も,本件発明13には含まれる。 また,本件明細書には, 「反応図Cに示した方法の一部または全部は本発明の範囲 内であるものと理解すべきである。」 (42頁)との記載があり,出発化合物の「Z」 と製造化合物の「Z」が同一でない場合も本件発明の範囲内にあるものと理解すべ きと明記されている。 第4 被告らの主張 1 取消事由1について (1) 甲1発明の認定の誤りについて 甲1に記載されている反応は, N2反応のうちの, S アルコールとハロゲン化アル キル試薬の反応であるウィリアムソン反応であり,さらに,特定のアルコールと特 定の試薬とのウィリアムソン反応であって,甲1発明を上位概念のレベルで認定し て本件発明を対比することはできない。 (2) 原告主張の甲1発明の認定を前提とする進歩性の欠缺について ア 甲1では,1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタンの反応に失敗 したため,代わりに,4−ブロモ−1−ブテンを用いて目的物を合成しているので あり,あえて失敗した工程に着目し,1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタ ンに代わるアルキル化試薬を探すことを動機付けられるとは認められない。 「嵩高さ」とは,脱離基と環状構造の距離の観点も含み,単に環状構造の大きさ のみを意図しているものではない。 「嵩高さ」を低減した試薬として,環状構造を維 持した試薬が想起されるともいえない。 甲1の1−クロロ−4,4−エチレンジオキシペンタンと1−ハロ−3,3−エ チレンジオキシブタンとの比較についての記載は,失敗の原因を分析しているにす ぎず, 「嵩高さ」を低減した試薬にすれば当然に出発物質である化合物9と反応する ことを示唆するものではない。 なお,甲1において,1−クロロ−4,4−エチレンジオキシペンタンで好収率 を得られた旨記載されているのは,20位アルコールではない別のアルコールとの 反応である。 イ(ア) 1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンとアルコール類と のウィリアムソン反応は,本件出願以前に甲2以外に記載されておらず,甲2に記 載されているエポキシ環が反応(開環)しないという知見が,本件優先日当時技術 常識になっていたとはいえない。 現実の複雑な立体障害が存在する反応系では,OH −による求核攻撃が,反応物質 間の立体障害によって妨げられずに起こるかどうかは別の問題である。 (イ) 甲1の20位アルコールと4−ブロモ−1−ブテンの反応における キシレン溶媒中の18時間の加熱還流という厳しい反応条件は,下記の20位アル コールと4−ブロモ−1−ブテンの炭素原子 C1で生じるアルキル化反応が困難で あるために必要となっている。この反応困難性は,20位アルコールの立体障害に 原因があり,この反応では,4−ブロモ−1−ブテンの炭素原子C2,C3で反応が 起こる可能性はない。 甲1に記載された20位アルコールと1−ブロモ−3−メチルブタンとの反応は, OCT側鎖を導入できるものではなく,収率が86%であったのは,キシレン中2 2時間の加熱還流という厳しい反応条件によるものであり,また,この反応から更 に副生成物が生じたり,分解したりしなかったからである。甲1発明の反応では, ウィリアムソン反応の後に副生成物12が1:1の割合で生じる異性化反応が起こ るので,最終目的物の収率が44%と低くなったが,ウィリアムソン反応自体の困 難性は,試薬が4−ブロモ−1−ブテンの場合と1−ブロモ−3−メチルブタンの 場合とでそれほど異ならず,その他の20位アルコールとウィリアムソン反応をす る試薬でも同様で,いずれも,20位アルコールの立体障害が反応の困難性の原因 と考察される。 20位アルコールと反応する試薬としない試薬との間には,わずかな構造上の違 いしかないから,20位アルコールとウィリアムソン反応試薬との立体障害は予測 できず,実験をしてみなければわからない。 甲1発明の反応では,過剰の塩基(NaH)と過剰の4−ブロモ−1−ブテンを 反応液に加えていたため,ウィリアムソン反応(S N2反応)の進行がE2脱離反応 による塩基と4−ブロモ−1−ブテンの不足で妨げられることなく,20位アルコ ールが全部消費されたのであって,甲1にE2反応の記載がないことと,20位ア ルコールに立体障害があるため,ウィリアムソン反応が困難であるが,ウィリアム ソン反応により20位アルコールが全部消費されたことに矛盾はない。 甲2において,厳しい反応条件でもエポキシドの開環が起こらないのは,下記の とおり,低分子アルコール(アルコキシド)の酸素原子が,1−ブロモ−3−メチ ル−2,3−エポキシブタンのエポキシ環の炭素原子C2又はC3と反応しないこ との結果である。エポキシ環は,一般に,炭素原子C2又はC3で反応が起こって 開環しやすい。 以上によると,20位アルコールは,4−ブロモ−1−ブテンとの反応において も,ある程度の立体障害による反応の困難性があるが,1−ブロモ−3−メチル− 2,3−エポキシブタンは,4−ブロモ−1−ブテンのように嵩高さが低いとはい えないから,20位アルコールと1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタ ンの炭素原子C1における反応は,立体障害による反応の困難性が予想される。ま た,甲2の低分子アルコールと1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタン の反応において,エポキシ環が開環しない(炭素原子C2,C3で反応しない)と しても,そのことは,20位アルコールと1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポ キシブタンの炭素原子C1での反応が,立体障害に妨げられずに起こることを意味 しない。 したがって,甲2を原告主張の甲1発明と組み合わせることについての積極事情 は存在しない。 ウ 被告中外製薬株式会社は,原告のいう技術分野の共通性,課題,作用効 果の共通性のある多くの反応実験を行って,失敗を重ねてきたのであり, N2反応 S である点で同じであれば,発明は容易とする原告の主張は,現実から遊離している。 エ 本件発明には,初めてOCTの工業的な生産が可能となったという顕著 な効果がある。 2 取消事由2について (1) 相違点(1−@)及び(1−A)の認定の誤りについて 相違点認定部分の中に一致点が含まれていても,相違点の判断において,全ての 相違点が容易性判断の対象とされていれば問題はない。 原告が主張するように,相違点を化合物の部分構造のレベルで認定するのが誤り であるとすると,相違点を化合物のレベルで認定することになり, 「E−B」を相違 点とすることになるが,そうすると, 「E−」の一致点も相違点に含まれることにな る。 (2) 相違点(1−@)及び(1−A)の判断の誤りについて ア(ア) 甲1は,新規物質の研究の目的で2種類のビタミンD類似体を合成し ており,工業生産を目的としておらず,甲1の合成方法に課題があることは,甲1 には記載されていない。 (イ) 本件優先日当時の当業者にとって,OCTの工業生産が目的となって いたとしても,工業生産に適した合成方法の開発において,甲1のウィリアムソン 反応は変更せず,試薬の4−ブロモ−1−ブテンを別の化合物に置き換えることが 唯一の研究方針ではない。 効率的な製造方法を目的として,ウィリアムソン反応ではなく,マイケル反応に よるOCTの製造方法の開発も行われた(甲21)。 甲1発明から更に工業生産に適した反応法の開発を,ウィリアムソン反応による 方針を維持して行う場合でも,二重結合を排除した別の化合物の採用が当然に導か れるものではない。 なお,甲33及び34は,いずれも,オキシラン(エチレンオキシド,エポキシ ド)の化合物としての物理的性質,構造について考察したものであり,二重結合と エポキシ基が一般的に類似しているとの技術常識を裏付けるものではない。 イ 甲1の注釈10)における1−ハロ−3,3−エチレンジオキシブタン を用いた反応の比較対象は,1−ブロモ−3−メチルブタンではなく,1−クロロ −4,4−エチレンジオキシペンタンであるが,審決が,前記の比較対象を1−ブ ロモ−3−メチルブタンと解釈したとしても,審決の結論に影響しない。 ウ(ア) 甲1には,反応試薬の分子構造から二重結合を排除するという示唆は 存在しない。 臭化プレニルのように反応試薬の2位及び3位の炭素原子の間を二重結合にすれ ば,副生成物の生成は起こらない。 また,二重結合を排除した代わりに,エチレンオキシド(エポキシ)を2位と3 位の炭素原子間に設けた試薬によって,化合物(9)とのアルキル化反応が起こる かどうかはわからない。甲1には,1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタン の反応が,その嵩高さが原因で失敗したとして,4−ブロモ−1−ブテンが嵩高さ の問題が生じない試薬として選択されている。エチレンオキシド(エポキシ)を2 位と3位の炭素原子間に設けた試薬は,嵩高さが小さいとはいえない。 (イ) 前記1(2)アのとおりであって,原告の主張する示唆は存在しない。 エ 甲1の反応は,4−ブロモ−1−ブテンを用いて25−ケト誘導体(1 3)を得る合成ル−トである。 鍵中間体(9)からOCTに至る合成ル−トにつき,当業者が,25−ケト誘導 体(13)の経由を必須とする Wacker 反応に限定されず,可能な別のル−トを検討 するのであれば,それは甲1と関係ない検討事項である。 また,甲1の反応につき,当業者が副生成物や収量の問題を致命的な欠陥と理解 してその解消に努めるとしても,甲1の記載や示唆の範囲外のことである。 さらに,審決の認定は, 「所望の」が記載されていることを理由とするものではな く,4−ブロモ−1−ブテンに代えて他の試薬を用いる25−ケト誘導体(13) を経由しない反応についての示唆は,甲1に存在しないというだけのことである。 オ 甲2に記載されているエポキシ環が反応(開環)しないという知見が, 本件優先日当時技術常識になっていたとはいえないことは,前記1(2)イ(ア)のとおり である。 カ(ア) 審決は,甲2には,20位アルコールのような大きな置換基を有する アルコールと1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタンが 実際に反応することについては記載されていないから,「収率改善の観点からみて も,甲1発明の4−ブロモ−1−ブテンに代えて,甲第2号証に記載された1−ブ ロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタンを使用する動機付けが あるとすることはできない」と認定している。 この認定に誤りはない。 (イ) 本件発明前,ウィリアムソン反応によるOCT側鎖導入法の開発で, 反応が進んだ試薬は,4−ブロモ−1−ブテンと臭化プレニルだけである。 原告が前記第3,1(2)イ(ア)d(b)で挙げる20位アルコールと良好に反応すること が知られているハロゲン化アルキルのうち,OCT側鎖の側鎖に使用できることが 公知のハロゲン化アルキルは,4−ブロモ−1−ブテンのみであり,進行しない反 応の実験結果は,論文として発表されないのであって,下記の二つの化合物は,例 外的である。 (ウ) 甲39〜43は,ウィリアムソン反応以外のS N2反応についての文 献であり,求核剤もアルコールではなく,甲2より意味のある文献ではない。 (エ) 甲48は,ハロゲン化アルキルと嵩高いアルコール((CH3)3CO H)との反応では,置換反応が妨害されて,割合が15%に低下し,代わりに脱離 反応が起こるケースを説明している。また,甲76には, 「求核剤の立体的な混み具 合が大きいならば,炭素原子への接近はずっと困難になり,この立体的影響によっ て求核性は低下する。」と記載されている。20位アルコールと1−ブロモ(又はク ロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタンの反応は,特殊な組合せであり,比 較的単純な構造の分子を選んで説明する教科書的文献によってカバ−されるテ−マ ではない。 下記のとおり,本件発明の出発物質の20位のOH基の反応は,進行する場合と しない場合があり,その理由は明らかになっていない。 前記の実験結果によると,25位が酸素原子を含む置換基により全て置換された 炭素となっている試薬は,全く反応しないと予測される。 また,反応点である23位の隣接位である24位の炭素原子については,下記の とおり,1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタンは,2 4位炭素原子が,20位アルコールと全く反応しなかったOCT側鎖の直接導入の ための下記の試薬よりも嵩高い原子で置換されているから,反応が進むことを予想 させる条件がない。 キ 反応時,実際の分子は常に動いているのに対し,分子模型(甲47)で の反応性の検討は,固定された構造を条件としたものであるなど,実際の反応の条 件を全て考慮に入れて検討しているわけではない。 本件発明のような複雑な反応について,実験をすることなく,分子模型に基づく 検討だけで反応が合理的に予測できることはない。 (3) 相違点(1−A)と(1−B)を一体の相違点とした場合についての審決 の誤りについて 相違点(1−A)について,本件発明13の容易想到性が認められないのである から,一体の相違点についても,本件発明13の容易想到性は認められない。 甲2では,求核剤と同じアルコールを反応溶媒として使うという特異な溶媒選択 をしており,溶媒を通常の非プロトン溶媒に置き換え,求核剤と同じアルコールを 溶媒として使う選択をしなかったら,収率が向上するのか,悪化するのかは分から ない。なお,20位アルコールは固体の粉末であり,溶媒に使えないから,甲1発 明において,求核剤と同じ反応溶媒を使うことはできない。 (4) 本件発明13の効果についての判断の誤りについて 被告らは,特許庁に提出した上申書(甲69)に, 「当業者は,20−アルコール と本件試薬との反応が,工業的に満足する収率で進行しないだろうと予測したはず である。」と記載したのであって,この記載は,本件発明の反応の予測可能性を否定 するものであり,本件発明の反応の予測可能性を肯定したものではない。 3 取消事由3について 本件発明の請求項13は,出発物質における「Z」と製造化合物における「Z」 が異なる場合を含んでいないから,特許法36条6項1号違反はない。 本件発明の請求項13の特許請求の範囲の記載は,2種類の「Z」に対応した製 造化合物の製造方法群であり,製造方法群に含まれる各製造方法について,同一の 「Z」の「出発化合物」と「中間化合物」が特許請求の範囲に記載されている。 第5 当裁判所の判断 1 本件発明について (1) 本件明細書(甲81)の【発明の詳細な説明】には,以下の記載がある。 ア 「発明の背景 ビタミンDおよびその誘導体は,重要な生理学的機能を有する。例えば,1α, 25−ジヒドロキシビタミンD3は,カルシウム代謝調節活性,増殖阻害活性,腫瘍 細胞等の細胞に対する分化誘導活性,および免疫調節活性などの広範な生理学的機 能を示す。しかし,ビタミンD3誘導体は高カルシウム血症などの望ましくない副作 用を示す。 特定の疾患の治療における効果を保持する一方で付随する副作用を減少させるた めに,新規ビタミンD誘導体が開発されている。 例えば,日本特許公開公報昭和61−267550号(1986年11月27日 発行)は,免疫調節活性と腫瘍細胞に対する分化誘導活性を示す9,10−セコ− 5,7,10(19)−プレグナトリエン誘導体を開示している。さらに,日本特 許公開公報昭和61−267550号(1986年11月27日発行)は,最終産 物を製造するための2種類の方法も開示しており,一方は出発物質としてプレグネ ノロンを使用する方法で,他方はデヒドロエピアンドロステロンを使用する方法で ある。 1α,25−ジヒドロキシ−22−オキサビタミンD3(OCT),即ち,1α, 25−ジヒドロキシビタミンD3の22−オキサアナログ体は,強力なインビトロ 分化誘導活性を有する一方,低いインビボカルシウム上昇作用(calcemicliability) を有する。OCTは,続発性上皮小体機能亢進症および幹癬の治療の候補として臨 床的に試験されている。 日本特許公開公報平成6−072994(1994年3月15日発行)は,22 −オキサコレカルシフェロール誘導体およびその製造方法を開示している。この公 報は,20位に水酸基を有するプレグネン誘導体をジアルキルアクリルアミド化合 物と反応させてエーテル化合物を得て,次いで得られたエーテル化合物を有機金属 化合物と反応させて所望の化合物を得ることを含む,オキサコレカルシフェロール 誘導体の製造方法を開示している。 日本特許公開公報平成6−080626号(1994年3月22日発行)は,2 2−オキサビタミンD誘導体を開示している。この公報はまた,出発物質としての 1α,3β−ビス(tert−ブチルジメチルシリルオキシ)−プレグネ−5,7−ジ エン−20(S又はR)−オールを塩基の存在下でエポキシドと反応させて20位 からエーテル結合を有する化合物を得ることを含む方法を開示している。 さらに,日本特許公開公報平成6−256300号(1994年9月13日発行) および Kubodera 他(Bioorganic & MedicinalChemistry Letters,4(5):75 3−756,1994)は,1α,3β−ビス(tert−ブチルジメチルシリルオキ シ)−プレグナ−5,7−ジエン−20(S)−オールを4−(テトラヒドロピラ ン−2−イルオキシ)−3−メチル−2−ブテン−1−ブロミドと反応させてエー テル化合物を得て,それを脱保護し,そして脱保護されたエーテル化合物をシャー プレス酸化することを含む,エポキシ化合物を立体特異的に製造する方法を開示し ている。しかし,上記方法は,ステロイド基の側鎖にエーテル結合およびエポキシ 基を導入するのに1工程より多くの工程を必要とし,従って所望の化合物の収率が 低くなる。 さらに,上記文献のいずれにも,アルコール化合物を末端に脱離基を有するエポ キシ炭化水素化合物と反応させて,それによりエーテル結合を形成する合成方法は 開示されていない。また,上記文献には,側鎖にエーテル結合およびエポキシ基を 有するビシクロ[4.3.0]ノナン構造(本明細書中以下においてCD環構造と称 する) ステロイド構造またはビタミンD構造は開示されていない。 ,」(15頁6行〜 16頁13行) イ 「本発明はさらに,以下の式VI の構造を有する化合物の製造方法であっ て: (式中,nは1〜5の整数であり;R1およびR2は各々独立に,所望により置換さ れたC1−C6アルキルであり;WおよびXは各々独立に水素またはC1−C6ア ルキルであり;YはO,SまたはNR3であり,ここでR3は水素,C1−C6アルキ ルまたは保護基であり;そしてZは, であり,R4,R5,R8,R9,R10,R11,R12,R13,R14,R15,R16およ びR17は各々独立に水素,置換または未置換の低級アルキルオキシ,アミノ,アル キル,アルキリデン,カルボニル,オキソ,ヒドロキシル,または保護されたヒド ロキシルであり;そしてR6およびR7は各々独立に水素,置換または未置換の低級 アルキルオキシ,アミノ,アルキル,アルキリデン,カルボニル,オキソ,ヒドロ キシル,保護されたヒドロキシルであるか,または一緒になって二重結合を形成す る); (a)以下の式IV: (式中,W,X,YおよびZは上記定義の通りである) を有する化合物を塩基の存在下で以下の式Vまたは式V': (式中,n,R1およびR2は上記定義の通りであり,そしてEは脱離基である) の構造を有する化合物と反応させて式T: の構造を有するエポキシド化合物を製造すること; (b)そのエポキシド化合物を還元剤で処理して式VIの化合物を製造すること;およ び (c)かくして製造された化合物を回収すること; を含む方法を提供する。」(19頁2行〜20頁8行,化学式を記載する行は行数 に数えない。以下同じ。) ウ 「本発明はまた,下記構造: (式中,ZはCD環構造,ステロイド構造またはビタミンD構造を示し,これらは 各々,1以上の保護または未保護の置換基および/または1以上の保護基を所望に より有していてもよい) を有する化合物を提供する。本発明に関するCD環構造,ステロイド構造およびビ タミンD構造は各々,特には下記する構造を意味し,これらの環は何れも1以上の 不飽和結合を所望により有していてもよい。ステロイド構造においては,1個また は2個の不飽和結合を有するものが好ましく,5−エンステロイド化合物,5,7− ジエンステロイド化合物,またはそれらの保護された化合物が特に好ましい。 CD構造,ステロイド構造,またはビタミンD構造であるZ上の置換基は特に限 定されず,水酸基,置換または未置換の低級アルキルオキシ基,置換または未置換 のアミノ基,置換または未置換のアルキル基,置換または未置換のアルキリデン基, カルボニル基およびオキソ基(=O)などを例示することができ,水酸基が好まし い。これらの置換基は保護されていてもよい。有用な保護基は特に限定されないが, アシル基,置換シリル基および置換または未置換アルキル基を挙げることができ, アシル基および置換シリル基が好ましい。」(25頁末行〜27頁7行) エ 「式Tの化合物の製造について本明細書に開示した反応の概略を以下の 反応図Aに示す。 本発明による上記方法で出発化合物として使用される化合物の幾つかは,公知化 合物である。例えば,「Y」がOである場合,以下のものを出発化合物として使用 することができる。・・・。 本発明による上記方法で反応物質として使用される下記構造: を有する化合物の幾つかは公知化合物であり,末端に脱離基を有するアルケニル化 合物をm−クロロ過安息香酸(m−CPBA)などの有機過酸と不活性有機溶媒中 で反応させることにより公知の方法に従って製造することができる。「E」は脱離 基を示す。本明細書で使用する「脱離基」という用語は,式IVの−YH基と反応し てHEを脱離して−Y−結合を形成することができる基を意味する。脱離基の例と して・・・ハロゲン原子が好ましく,臭素原子が特に好ましい。 本発明による上記反応(図A)は,塩基の存在下で実施される。使用できる塩基 の例としては,・・・アルカリ金属水素化物が好ましく,水素化ナトリウムが特に好ま しい。 反応は好ましく不活性溶媒中で実施される。使用できる溶媒の例としては,・・・ジ メチルホルムアミドおよびテトラヒドロフランがより好ましい。 反応温度は適切に調節することができ,一般的には25℃から溶媒の還流温度, 好ましくは40℃から65℃の範囲内である。 反応時間は適切に調節することができ,一般的には1時間から30時間,好まし くは2時間から5時間の範囲内である。反応の進行は薄層クロマトグラフィー(T LC)で監視することができる。」(29頁18行〜31頁14行) オ 「下記構造: を有する化合物は新規化合物であり,細胞に対する分化誘導活性および増殖阻害活 性などの多様な生理学的活性を有することができるビタミンD誘導体の合成のため の有用な中間体である。」(36頁7行〜10行) カ 「本発明は,本明細書中上記した新規な中間体を経てビタミンDまたは ステロイド誘導体を製造する方法に関する。この反応の概略を以下の反応図Bに示 す。 本発明による上記2工程の反応の工程(1)の反応は,本明細書中に既に記載し た反応図Aの方法と同様に実施できる。 工程(2)の反応は工程(1)で得られたエポキシ化合物中のエポキシ環を開環 する反応であり,これは還元剤を使用して実施される。工程(2)で使用できる還 元剤は,工程(1)で得られたエポキシ化合物の環を開環して水酸基を生成できる もの,好ましくは第3アルコールを選択的に形成できるものである。 還元剤の例を下記に列挙する: リチウムアルミニウムハイドライド[LiAlH4]; ・・・。 工程(2)の反応は好ましく不活性溶媒中で実施される。使用できる溶媒の例と しては,ジエチルエーテル,テトラヒドロフラン(THF),ジメチルホルムアミ ド(DMF),ベンゼンおよびトルエンが挙げられ,ジエチルエーテルおよびテト ラヒドロフランが好ましい。 工程(2)の反応温度は適切に調節することができ,一般的には10℃から10 0℃,好ましくは室温から65℃の範囲内である。 工程(2)の反応時間は適切に調節することができ,一般的には30分から10 時間,好ましくは1時間から5時間の範囲内である。反応の進行は薄層クロマトグ ラフィー(TLC)で監視することができる。 工程(2)の反応は工程(1)の後に,より具体的にはシリカゲルクロマトグラ フィーなどの適切な方法によって工程(1)の反応生成物を精製した後に実施する ことができ,あるいはまたそれは,工程(1)の反応生成物を精製することなくそ れを含む混合物に還元剤を直接添加することによって実施することもできる。工程 (2)を工程(1)の後に生成物を精製することなく実施する方法は「ワンポット 反応」と称され,この方法は操作上の冗長さが少ないので好ましい。」(39頁5 行〜41頁26行) (2) 前記第2,2の認定事実及び前記(1)の本件明細書の記載によると,本件 発明について,以下のとおり認められる。 本件発明は,ステロイド環構造又はビタミンD構造に以下のマキサカルシトール (OCT)側鎖を有する化合物を製造する方法に関するものである。 ビタミンD3は,カルシウム代謝調節活性,増殖阻害活性,腫瘍細胞等の細胞に対 する分化誘導活性,及び免疫調節活性などの広範な生理学的機能を示すが,高カル シウム血症などの望ましくない副作用を示すことから,特定の疾患の治療効果を保 持する一方で,付随する副作用を減少させるために,新規ビタミンD誘導体が開発 されてきた。 従来,1α,25−ジヒドロキシビタミンD3の22−オキサアナログ体である, 1α,25−ジヒドロキシ−22−オキサビタミンD3(OCT)が開発され,強力 なインビトロ分化誘導活性を有する一方,低いインビボカルシウム上昇作用を有し ていることから,続発性上皮小体機能亢進症及び乾癬の治療の候補として臨床的に 試験されている。 前記22−オキサアナログ体の製造方法について,いくつかの文献が知られてい るが,それらの文献には,アルコール化合物を,末端に脱離基を有するエポキシ炭 化水素化合物と反応させて,それによりエーテル結合を形成する合成方法は開示さ れておらず,また,1工程で側鎖にエーテル結合及びエポキシ基を導入するステロ イド環構造又はビタミンD構造も開示されていない。 そこで,本件発明は,ステロイド環構造又はビタミンD構造にOCT側鎖(下記 構造参照)を有する化合物の新規な製造方法を提供することを課題とするものであ る。 マキサカルシト−ル側鎖 本件発明13は,ビタミンD構造又はステロイド環構造の側鎖の20位炭素原子 に水酸基(−OH基)が結合した化合物(出発化合物)に,塩基の存在下で,末端 に脱離基を有するエポキシ炭化水素化合物(側鎖導入試薬)を反応させて,側鎖に エーテル結合及びエポキシ基を有するエポキシド化合物(中間体)を製造した後, 還元剤で処理して,当該エポキシド化合物のエポキシ構造を開環して水酸基(−O H基)を形成することにより,OCT側鎖を有するビタミンD誘導体又はステロイ ド誘導体(目的化合物)を製造する方法の発明である。 2 取消事由1について (1) 甲1発明について ア 甲1の記載内容 甲1(Chem. Pharm. Bull., Vol.34, No.10, pp.4410−4413, 1 986)には,以下のとおりの記載がある。 (ア) 「2つのビタミンD 3 誘導体,1α−ヒドロキシ−22−オキサビ タミンD 3(3a)及び1α,25−ジヒドロキシ−22−オキサビタミンD 3(3 b)の,デヒドロエピアンドロステロン(4)からの合成が記載される。」(4 410頁冒頭部分) (イ) 「この研究の続きとして我々は,デヒドロエピアンドロステロン から,1α−及び3β−tert−ブチルジメチルシリルオキシ誘導体を鍵中間体と して含む新しい一連の反応によって,1α−ヒドロキシ−22−オキサビタミン D 3(3a)[1α−OH−22−オキサ−D3 ]及び1α,25−ジヒドロキシ −22−オキサビタミンD 3(3b)[1α,25−(OH)2 −22−オキサ− D3 ]を合成した。」(4410頁本文6行〜10行) (ウ) 「 」(4410頁右下の化学式) (エ) 「還流キシレン中9を水素化ナトリウム(NaH)及び1−ブロモ −3−メチルブタンと22時間反応させて,プロ−D 3 誘導体(10)を収率8 6%で得た。高圧水銀ランプ(400W,Vycorフィルター)を用いてアル ゴン雰囲気で,ヘキサン中の10を光照射した後,かくして得られたプレ−D 3 化合物を沸騰ヘキサン中で熱異性化し,続いてテトラヒドロフラン(THF)中, テトラブチルアンモニウムフルオライドを用いてシリル基を除去する反応を 1 6時間行うことにより,1α−OH−22−オキサビタミンD 3 3aを収率 24%で得た。 10の形成と対照的に,1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタンまたは 3,3−エチレンジオキシ−1−ヨ−ドブタンと9とのアルキル化反応は失敗し た。しかし,所望の25−ケト誘導体(13)は以下の2段階手法によって得ら れた;還流キシレン中4−ブロモ−1−ブテン及び大過剰の水素化ナトリウム (NaH)とアルコール9を18時間反応させた後,得られた二重結合の異性体 (11及び12)の1:1混合物がワッカー(Wacker)法(触媒量の塩化パラジ ウム(TT)(PdCl 2 )及び過剰量の塩化銅(T)(CuCl)と共に,ジメ チルホルムアミド(DMF)及び水(H 2 O)中,酸素雰囲気下,室温で19時間 反応に付す。)により酸化され,反応しない異性体12と共に,9の消失量から みて収率44%でケトン化合物(13)を得た。テトラヒドロフラン(THF) 中,13をメチルマグネシウムブロマイド(MeMgBr)と0℃で1時間反応 させると,プロ−D 3 誘導体(14)を収率79%で得た。14は,続いて上述し たのと同じようにして光反応,熱異性化反応,及び脱保護反応に付され,1α, 25−(OH)2 −22−オキサ−D 3 3bを収率9%で得た。」(4411 頁8行〜25行) (オ) 「 」(4412頁化学反応式) (カ) 「10) 1α,3β−ビス(テトラヒドロピラニルオキシ)−5 −アンドロステン−17β−オールを,沸騰キシレン中で水素化ナトリウム(N aH)の存在下,1−クロロ−4,4−エチレンジオキシペンタンとアルキル化 反応させると,所望のエーテル化合物を好収率で得た。この研究の失敗は,前者 と比べて1−ハロ−3,3−エチレンジオキシブタンが嵩高いからであるかもし れない。」(4413頁38行〜42行) イ 甲1発明の認定 前記アのとおり,甲1には,デヒドロエピアンドロステロンから,1α−及び3β −tert−ブチルジメチルシリルオキシ誘導体を鍵中間体として含む反応によって, 1α,25−ジヒドロキシ−22−オキサビタミンD3(3b)(OCT)を合成す る方法,具体的には,構造式(9)の20位炭素原子に水酸基が結合した化合物(以 下「20位アルコール」という。)を,還流キシレン中で,4−ブロモ−1−ブテン 及び大過剰の水素化ナトリウムと反応させて,構造式(11)及び(12)の異性体 混合物を得て,この混合物をPdCl2,CuClと共に,ジメチルホルムアミド及 び水中で,酸素雰囲気下,室温で反応させて,構造式(13)のケトン化合物を得て, このケトン化合物(13)を,テトラヒドロフラン中で,メチルマグネシウムブロマ イドと0℃で反応させて,構造式(14)のプロ−D3誘導体を得て,このプロ−D 誘導体を光照射,熱異性化反応,及び,脱保護反応に付して,OCTを得る方法が 3 記載されている。 したがって,審決の甲1発明の認定に,誤りがあるとは認められない。 (2) 原告の主張について 原告は,前記第3,1(1)のとおり,甲1発明は,「甲1記載の化合物(9)を用 い,SN2反応を経由して,OCTを製造する方法」と認定されるべきであると主張 する。 しかしながら,甲1には,「SN2反応」という文言の記載はない。 ウィリアムソン反応は,ハロゲン化アルキルとアルコキシドとのSN2反応(甲3, 11,15,85,86)であるところ,甲1に記載された化合物9である20位ア ルコールと4−ブロモ−1−ブテンとの反応は,ウィリアムソン反応に該当する。 甲1には,ウィリアムソン反応とウィリアムソン反応以外のSN2反応が共通して 有する技術的事項や化学的性質,すなわち,SN2反応に該当する反応全部に共通の 技術的事項や化学的性質についての記載はない。また,甲1には,前記の20位アル コールと4−ブロモ−1−ブテンとの反応とそれ以外のSN2反応に共通の技術的 事項や化学的性質についての記載もない。 そうすると,ウィリアムソン反応がSN2反応の一種であることが技術常識であっ たとしても,甲1に,ウィリアムソン反応ではない反応も含むSN2反応について記 載されているとは認められず,また,ウィリアムソン反応ではない反応も含むSN2 反応が,甲1に記載されているに等しい事項であるとも認められないのであって, 甲1に,「甲1記載の化合物(9)を用い,SN2反応を経由して,OCTを製造す る方法」が記載されているとは認められないし,これが記載されているに等しい事 項であるとも認めることはできない。 また,以上に述べたところからすると,甲1発明を原告が主張するような上位概 念として認定することも相当ではない。 したがって,原告の前記主張を採用することはできない。 (3) 小括 以上のとおり,審決の甲1発明の認定に誤りがあるとは認められず,原告主張の 甲1発明の認定を認めることはできないから,原告主張の甲1発明の認定を前提に, 本件発明13の進歩性がないとする,原告主張の取消事由1は,その余の点を検討 するまでもなく,理由がない。 3 取消事由2について (1) 本件発明13と甲1発明の相違点 ア 対比 本件発明13と前記2(1)イ認定の甲1発明とを対比すると,次の【一致点】記載 の点で一致し,次の【相違点】記載の点で相違する。 【一致点】 「下記の構造を有する化合物の製造方法であって: (式中,nは1であり;R1及びR2はメチルであり;W及びXは各々独立に水素又 はメチルであり;YはOであり;そしてZは,ステロイド環構造,又はビタミンD 構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は未保護の置換基及び/又は1以 上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽 和結合を所望により有していてもよい) (a)下記構造: (式中,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである)を有する化合物を塩基の存 在下で下記構造: E−B を有する化合物(式中,Eは脱離基である)と反応させて下記構造: を有する化合物を製造すること; を含む方法」 【相違点】 (1−@) 「 」の「A」に対応する部分構造が, 本件発明13では,「下記構造: (式中,nは1であり;R1及びR2はメチルである)」であるのに対して, 甲1発明では,「−CH2−CH2−CH=CH2」である点。 (1−A) 「E−B」の「B」に対応する部分構造が,本件発明13では, 「下記構造: (式中,nは1であり;R1及びR2はメチル)(以下,前者を「2,3−エポキシ 」 −3−メチル−ブチル基」という。)であるのに対し, 甲1発明では, 「−CH2−CH2−CH=CH2」である点。 (1−B) 本件発明13では,(b) 「 (式中,nは1であり;R1及びR2はメチルであり;W及びXは各々独立に水素又 はメチルであり;YはOであり;そしてZは,ステロイド環構造,又はビタミンD 構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は未保護の置換基及び/又は1以 上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽 和結合を所望により有していてもよい) を有するエポキシド化合物を還元剤で処理して,下記構造式を有する化合物を製造 すること;及び (式中,n,R1及びR2,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである) (c)かくして製造された化合物を回収すること」を含んでいるのに対し, 甲1発明では,「 を酸素雰囲気下で反応させて,以下の構造式であるケトン化合物を得て, このケトン化合物を,メチルマグネシウムブロマイドと反応させて,下記構造式 を有するプロ−D3誘導体を製造すること 」を含んでいる点。 したがって,審決の相違点の認定に誤りがあるとは認められない。 イ 原告の主張について 原告は,前記第3,2(1)のとおり,審決の認定する甲1発明に基づいたとしても, 相違点(1−@)及び(1−A)において,一致点とされるべき,脱離基の隣にあ る第1級炭素(第1ハロゲン化アルキル) 脱離基と結合する炭素数4の直鎖も, も, 相違点とされているから,審決の相違点の認定には誤りがあり,前記の誤りは,審 決の結論に影響を及ぼす旨主張する。 確かに,前記アの相違点(1−A)には, 「E−B」の「B」に対応する部分構造 につき, 「E」の隣の位置に「CH2」が存在すること, 「B」の部分構造の直鎖の炭 素数が4であることという一致点が含まれている。 しかしながら,化合物の構造の一致点を認定するにつき,原子単位で対比するの か,官能基単位で対比するのか,一定の部分構造で対比するのかについては,相違 点の判断の対象とすべき点の判断が脱漏しなければ,事案によって適切なものを選 択すれば足りると解されるのであって,本件のように,相違点の判断において,2 つの化合物の反応に関する容易想到性が争点となっている事案において,一方の化 合物の脱離基を除く構造全体を相違点と認定し,相違点の判断の対象とすることが, 容易想到性の判断として,誤っているということはできない。 したがって,原告の前記主張は,採用することはできない。 (2) 本件発明13と甲1発明の相違点の判断 ア 相違点の相互関係 前記(1)アのとおり,本件発明13と甲1発明とは,脱離基を有する側鎖形成試薬 における脱離基以外の構造(相違点1−A)及び反応により得られる化合物の側鎖 部分構造(相違点1−@)が,本件発明13は「2,3−エポキシ−3−メチル− ブチル基」であるのに対し,甲1発明は「−CH2−CH2−CH=CH2」である点 で相違するのであって,相違点(1−A)の「B」に対応する部分構造を, 「−CH 2 −CH2−CH=CH2」から「2,3−エポキシ−3−メチル−ブチル基」にする と,相違点(1−@)の「A」に対応する部分構造も, 「−CH2−CH2−CH=C H2」から「2,3−エポキシ−3−メチル−ブチル基」になるから,まず,相違点 (1−A)の判断を行う。 イ 動機付け (ア) 原告は,相違点(1−A)につき,甲1発明に甲2に記載された事項 を組み合わせること,すなわち,甲1発明の側鎖形成試薬である4−ブロモ−1− ブテン(以下「甲1の試薬」ともいう。)に代えて,甲2に記載された1−ブロモ− 3−メチル−2,3−エポキシブタン(以下「甲2の試薬」ともいう。)を用いるこ とにより,本件発明13に係る構成を容易に想到することができる旨を主張してい る。 そこで,甲1の試薬に代えて甲2の試薬を使用する動機付けについて検討する(各 試薬の構造は下記参照)。 1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタン 4−ブロモ−1−ブテン (イ)a 甲2(Chemistry of Heterocyclic Compounds ,Vol.17,No.7,pp. 642−644, 1982)には,以下の記載がある。 (a) 「1−ハロ−3−メチル−2,3−エポキシブタンとアルコール 類との反応」(642頁;標題) (b) 「1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブ タンとアルコール類とをアルカリ金属アルコキシドの存在下で反応させるとエポキ シ環の関与なしにハロゲン原子の直接置換によりエポキシエーテルが生成する。 α−エピハロヒドリン類と求核試薬とを反応させるとハロゲンが置換された生成 物となることが知られている。これらの反応のほとんどはハロヒドリンの生成を伴 う付加反応と,それに続く脱離とエポキシド基の生成により進行するものである [1]。ハロゲン原子の直接置換は,まれな場合に観察される[2]。 この研究で得られた1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブ タンとアルコール類との反応の研究により得られたデータはこの点に関して非常に 興味深いものである。アルカリ金属アルコキシドを用いて反応が進行し,その結果, エポキシエーテルIが好収率で得られる(表1)。ビスエポキシ化合物Ijが,エチ レングリコールを2当量のブロミド化合物と反応させることにより生成する。 」(6 42頁本文1行〜643頁3行) (c) 「 」(642頁) (d) 「 」 (643頁3行直下の反応式) (e) 「得られたエポキシエーテル類が,アルコール性アルカリと還流 したときでさえも反応しないことは興味ある知見である。 (643頁4行〜5行) 」 (f) 「さらにエポキシドIeを水素化リチウムアルミニウムにより, [2]に示された方法で還元すると,4−ブトキシ−2−メチル−2−ブタノール (III)が得られたが,これは真正サンプルと一致した。 (643頁9行〜10行) 」 (g) 「4−アルコキシ−2−メチル−2,3−エポキシブタン類(I). アルコキシドの溶液[ナトリウム1.15g(50mmol)及びアルコール25 ml]を室温で2〜3時間かけて50mmolの1−ブロモ(又はクロロ)−3−メ チル−2,3−エポキシブタン及び10mlのアルコールの混合物に滴下して加え, この混合物を40−80℃で8−10時間撹拌した。過剰のアルコールを留去し, 残渣を水で希釈して,この水性混合物をエーテルで抽出した。合成したアルコキシ エーテル類についての特性値を表1に示す。」(643頁20行〜25行) (h) 「4−ブトキシ−2−メチル−2−ブタノール(III). 30mlの無水エーテル中で3.9g(25mmol)の4−ブトキシ−2−メチ ル−2,3−エポキシブタン(Ie)及び1.0g(26mmol)の水素化リチウ ムアルミニウムの混合物を3時間還流し,その後に5mlの水を加えて混合物をろ 過し,エーテルで洗浄して乾燥し,蒸留して沸点83−84℃(10mm)の化合物 III(2.1g,52.4%)を得た。nD20 1.4293,及びd420 0.96 01{bp82−85℃(10mm),nD201.4297,及びd420 0.96 03[4]}」(643頁37行〜41行) b 前記aによると,甲2には,1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル −2,3−エポキシブタンとアルコール類とを,アルカリ金属アルコキシドの存在 下で,40〜80℃で8〜10時間攪拌して反応させると,エポキシ基の関与なし に,ハロゲン原子(臭素原子を含む。)の直接置換により,エポキシエーテルが生成 されることが記載され,当該アルコール類として,メタノール,エタノール,プロピ ルアルコール,イソプロピルアルコール,ブタノール等が記載されている。 また,甲2には,ブタノールと1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタン との反応における収率は59.5%であり,その反応により得られた4−ブトキシ −2−メチル−2,3−エポキシブタンを,無水エーテル中で,水素化リチウムアル ミニウムと共に3時間還流して,4−ブトキシ−2−メチル−2−ブタノールを製 造したところ,収率が52.4%であったことが記載されている。 (ウ)a 前記2(1)のとおり,甲1には,20位アルコールと甲1の試薬であ る4−ブロモ−1−ブテンの反応が記載されており,これは,OCTの製造方法に おける1工程であるのに対し,前記(イ)bによると,甲2には,メタノ−ル,エタノ −ル,プロピルアルコール,イソプロピルアルコール,ブタノール等のアルコール類 と甲2の試薬である1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンとの反応, 及び,ブタノールと前記の反応により得られた4−ブトキシ−2−メチル−2,3 −エポキシブタンから,4−ブトキシ−2−メチル−2−ブタノールを製造したこ とが記載されているが,OCTの製造についての記載はないことが認められる。 そうすると,甲1発明と甲2に記載された事項は,どちらも,アルコール類と第 1級のハロゲン化アルキル(RCH2−X,甲15)との反応であり,その反応がい ずれもSN2反応であるという限度において,技術分野が共通するが,甲1発明は, OCTの製造方法における1工程であり,甲2に記載された事項は,OCTの製造 方法における1工程ではないという点で異なる。 b 生成化合物の収率を上げることは,有機化学の分野における共通の 課題である(甲10)ところ,前記2(1)ア(エ)のとおり,甲1には,甲1発明のO CTの収率は9%であることが記載されており,その収率は低いから,甲1には, 甲1発明によるOCTの収率を上げるという課題がある。また,前記(イ)a(c)のと おり,甲2には,アルコール類と甲2の試薬との反応によるエポキシエーテルの収 率につき,40.6〜76.4%と記載されているから,甲2に記載されている収 率は,高くなく,前記のアルコール類と甲2の試薬との反応によるエポキシエーテ ルの収率を上げるという課題がある。 そうすると,甲1発明と甲2に記載された事項は,どちらも,その記載内容であ る反応の目的化合物の収率を上げるという課題があるという限度で,課題が共通す るが,前記aのとおり,甲1発明は,OCTが目的化合物であるから,OCTの収 率を上げるという課題があるが,甲2に記載された事項は,OCTが目的化合物で ないから,この点において,課題が異なる。 c 前記aのとおり,甲1発明と甲2に記載された事項は,どちらも, アルコール類と第1級のハロゲン化アルキルとの反応であり,その反応がいずれも SN2反応であるから,この限度において作用・機能が共通するが,甲1発明が,O CTの製造方法における1工程であるのに対し,甲2に記載された事項は,OCT の製造方法ではなく,反応させる出発化合物も試薬も甲1発明とは異なり,目的化 合物も異なるから,甲1発明と甲2に記載された事項は,反応させる化合物も目的 化合物も異なるという点で,作用が共通しないし,機能も共通しない。 (エ)a(a) 前記2(1)ア(エ)及び(カ)のとおり,甲1には,1α,3β−ビス (テトラヒドロピラニルオキシ)−5−アンドロステン−17β−オールと1− クロロ−4,4−エチレンジオキシペンタンとのアルキル化反応は好収率であっ たが,20位アルコールと1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタンとのア ルキル化反応は失敗したこと,この失敗は,1−クロロ−4,4−エチレンジオ キシペンタンと比べて1−ハロ−3,3−エチレンジオキシブタンが嵩高いから であるかもしれないことが記載されている。 (b) ところで,甲75(児玉三明ら訳「マクマリ−有機化学(上) 第3版」 (株式会社東京化学同人)1994年2月10日発行)には, N2反応に 「S 関与する第一の因子はハロゲン化アルキルのかさ高さである。SN2反応の遷移状 態では攻撃する求核試薬と基質との間で部分的に結合ができている・・・立体障害 をもったかさ高い基質は入ってくる求核試薬の接近を妨害し,遷移状態に到達する ことが困難であると考えてもよいであろう。言い換えると,反応の遷移状態が立体 障害を受け,そのエネルギ−が高いため,立体的にかさ高い基質はその炭素原子が 入ってくる求核試薬による攻撃から“遮へい”されており,立体障害の少ない基質 より遅く反応するはずである。」との記載があり, 「S N2反応の特性」として,(a) ブロモメタン,(b)ブロモエタン,(c)2−ブロモプロパン及び(d)2−ブロモ−2− メチルプロパンにつき,コンピュータで作成した空間充?模型を示し, 「コンピュー ターで作製した空間充?模型が示すように,(a)ブロモメタン・・・(b)ブロモエタ ン(第一級),(c)2−ブロモプロパン(第二級)および(d)2−ブロモ−2−メチル プロパン(第三級)はこの順に近づきにくくなり, N2反応もこの順に遅くなる。, S」 「ハロゲン化イソプロピル・・・のように,脱離基の隣の位置で枝分かれしたアル キルは大きく反応を遅らせ,ハロゲン化tertブチル・・・のようにさらに枝分かれ すると,反応は効果的に阻害される。ハロゲン化2,2−ジメチルプロピル(ネオ ペンチル)のように,脱離基から炭素1個離れた位置で枝分かれしたものでさえ求 核置換を非常に遅くする。明らかに, N2反応は相対的に障害の少ない部位でのみ S 起こり,通常はハロゲン化メチル,第一級ハロゲン化物および少数の簡単な第二級 ハロゲン化物でのみ役立つ反応である。・・・ハロゲン化ビニル(R2C=CRX) とハロゲン化アリールは, N2置換を試みてもまったく反応しない。 S このように反 応性に乏しいのは,入ってくる求核試薬が背面置換を行うためには炭素−炭素二重 結合の平面内で接近しなければならないので,おそらく立体的要素によるものと思 われる。」と記載されている。また,甲74(児玉三明ら訳「マクマリ−有機化学概 説(第3版)(株式会社東京化学同人)1996年2月7日発行)にも,甲75と 」 同旨の記載がある。 前記の記載によると,SN2反応に関与する第1の因子はハロゲン化アルキルの 嵩高さであるが,二つの化合物がSN2反応をするかは,各反応点において接近する 必要があり,化合物両方の立体的要素がその反応性を左右すること,ハロゲン化ビ ニル(R2C=CRX)とハロゲン化アリールがSN2反応しない原因について,お そらく立体的要素によるものと思われることが認められる。 アルキル化反応に失敗した1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタン(下 図左側)は,アルキル化反応に成功した1−クロロ−4,4−エチレンジオキシ ペンタン(下図右側)よりも,主鎖の炭素数が一つ少なく,5員環が結合する位置 が脱離基である臭素又は塩素に近い。 そうすると,反応部位である炭素原子の二つ隣の炭素原子に酸素原子が結合し ているか否かが反応するかしないかに影響を及ぼしている可能性があるとい え るのであって,反応部位である炭素原子の隣の炭素原子に酸素原子が結合した化 合物が,エチレンジオキシ基ではなく,エポキシ基が結合しているということで, 反応するかどうかは明らかでない。 また,1−クロロ−4,4−エチレンジオキシペンタンとのアルキル化反応が 成功したのは,1α,3β−ビス(テトラヒドロピラニルオキシ)−5−アンドロ ステン−17β−オールであり,1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタン とのアルキル化反応が失敗したのは,20位アルコールであって,出発化合物が異 なる。 そうすると,甲1に,1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタンと20位 アルコールとの反応の失敗の原因につき,「嵩高いからであるかもしれない」と の記載があったとしても,直ちに,1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタ ンの5員環構造の嵩高さを軽減すれば,20位アルコールとの反応が進むことを 示唆するものとは認められない。 (c) 仮に,甲1には,1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタ ンの5員環構造の嵩高さを軽減すれば,20位アルコールとの反応が進むことを 示唆する記載があるとみても,甲1において反応が成功したことが記載されてい る4−ブロモ−1−ブテンは,酸素原子を含む環状構造を有しないことを考え合 わせれば,嵩高さを軽減した化合物として,まずは,反応部位の二つ隣の炭素原 子にエチレンジオキシ基よりも嵩高くない構造が結合している化合物を想起す るものといえ,環状構造を維持した試薬,しかも,その環状構造を反応部位の二 つ隣の炭素原子ではなく,一つ隣の炭素原子に結合した3員環構造を有する試薬 である,甲2の試薬が直ちに想起されるものとはいえない。 b(a) 甲33(大橋守ら訳「フェッセンデン有機化学(上)(原著第 5版)」(株式会社東京化学同人)1995年2月10日発行)には,「π結合 をもつ化合物のS N 1またはSN 2反応で安定化を大きくするには,そのπ結合が 反応する炭素の隣になければならない。それがもっと遠いと重なることができず, 遷移状態を安定化させるのに役立たない。S N 2反応ではπ結合のp軌道が脱離 基および求核試薬の軌道に隣接かつ一直線に並ばなければならない。」との記載 がある。 また,甲34の1(秋葉欣哉訳「複素環化合物の化学[改訂第3版]」(化学 技術出版社)昭和55年4月15日発行)には,エチレンオキシド(オキシラン) につき,「オキシランはp 2 結合を持つと考えられ,その’bent’結合(バナナ結 合とも言われる)はCとOの軌道に接する弧に沿って存在する。環の・・・歪エ ネルギ−は・・・チイランとアジリジンに対する値と類似している。もちろん, 環は容易に開く。定性的には,オキシランは共役分子の紫外吸収スペクトルに対 してカルボニル(C=O)あるいはアルケニル(C=C)と類似の効果を及ぼす。」 との記載がある。 さらに,甲34の2の2(ウォルシュ「エチレンオキサイド,シクロプロパン, 及び関連する分子の構造」Transactions of the Faraday Society 45(194 9)pp.179−190の訳文)には,「エチレンオキサイド及びシクロプロパン 分子・ ・の顕著な特徴の多くが, ・ 固有の事実でなく互いに関連する事実であり, 含まれる炭素原子の特定の原子価状態と全てつながっている。この原子価又は混 成状態は,パラフィンよりもオレフィンにおいて採られる状態に近い。例えば, 水素の側の炭素原子価は本質的にsp 2 に近い。」,「エチレンオキサイドは,普 通のC−C結合及びC−O結合の電子よりもオレフィンのπ電子に似た,ある程 度の緊張で束縛された電子を含むと論じられるかもしれない。・・・明らかに, エポキシ基は,若干減少した共役力を有するC=C結合のようにふるまい,・・・ ゆえに,スペクトルデータは,エチレンオキサイド誘導体と不飽和分子との電子 構造に重要な類似性があるという一般的な性質に由来する結論に合致する。」, 「シクロプロパン及びエチレンオキサイドの炭素原子は,エチレンの炭素原子と, 混成状態において非常に似ているという結論を強調するのが重要である。シクロ プロパン及びエチレンオキサイドはCH 2 基から形成されるとみなすことができ, このCH 2 基の炭素原子はエチレン性の炭素原子と混成の状態が近い。」との記 載がある。 (b) 以上によると,反応する炭素の隣にπ結合(二重結合)があ るとS N 2反応の遷移状態を安定化させること,エチレンオキシドが,定性的に は,共役分子の紫外吸収スペクトルに対してカルボニル(C=O)又はアルケニ ル(C=C)と類似の効果を及ぼすこと,エポキシ基は,スペクトルデータにお いて,若干減少した共役力を有するC=C結合のようにふるまうことが認められ る。 (c) しかしながら,前記(ウ)cのとおり,甲1発明は,OCTの 製造方法における1工程であり,4−ブロモ−1−ブテンよりもOCTの収率が 高い他の試薬を探索するに当たっては,OCT側鎖を最終的に導入することがで きることが重要であり,二重結合を有しない化合物であることをまず前提とすべ き技術的な根拠はない。反応する炭素の隣にπ結合(二重結合)があるとS N2 反応の遷移状態を安定化させるのであれば,反応する炭素の隣に二重結合があり, OCT側鎖を導入できる試薬を探索するのが合理的といえ,二重結合のない化合 物を探索することにはならない。エチレンオキシド(エポキシ基)は,二重結合 よりも嵩高いと考えられるのであって,前記a(b)及び(c)のとおり,反応点近く の分子の構造が反応性に影響を及ぼし得るともいえるから,反応部位の隣に,エ ポキシ基を,二重結合に代えて置くべきことを想到することができるということ はできない。 c 前記a(b)のとおり,本件優先日当時,SN 2反応における立体障 害については,ブロモメタンなどの比較的原子の数が少ない化合物についてであ っても,コンピュータで作成された空間充?模型をもって検討されていたのであ って,より複雑な構造の化合物が,溶媒中で構造を変化させつつ運動しながら他の 化合物と反応する場面において反応性を予測し得たことを認めるに足りる証拠はな い。むしろ,「合成化学反応では出発物質,試薬の選択が目的の遂行上必要であり, したがって生成物の構造も大方予測がつき, ・・・しかし,有機反応はしばしば思わ ぬ方向に進むことがあり,生成物が予期しない構造に変化することがある。 (甲1 」 5,山川浩司ほか編「有機化学(改訂第2版)(株式会社南江堂)1993年4月 」 1日発行)と認められる。したがって,反応させる化合物の分子の構造のみから, 実験を行うことなく,目的化合物の反応が進行するかを,当業者が確実に予測で きたとはいえない。 以上のとおりであって,甲1の記載中に,甲1発明に甲2の試薬を適用するこ とにつき,示唆があるとは認められない。 d(a) 甲2には,前記(イ)のとおり,アルコール類と甲2の試薬との反 応が記載されているものの,20位アルコールやビタミンD構造を有するアルコー ル類との反応は記載されておらず,甲2の試薬を,これらの化合物と反応させるこ とにつき,記載も示唆もない。 (b) 甲2には,前記(イ)のとおり,ブタノールと甲2記載の試薬とを 反応させて得られる4−ブトキシ−2−メチル−2,3−エポキシブタンから4− ブトキシ−2−メチル−2−ブタノールを製造する方法が記載されているが,4− ブトキシ−2−メチル−2−ブタノールの部分構造がOCT側鎖と共通するとして も,前記(a)のとおり,甲2には,甲2の試薬を20位アルコールやビタミンD構造 を有するアルコール類と反応させることについて,記載も示唆もないから,前記記 載から,甲1発明に甲2の試薬を適用することが示唆されるわけではない。 e そうすると,甲1発明において,甲1の試薬に代えて,甲2の試薬を 適用する動機付けがあるとはいえず,当業者が,本件発明13の構成を,甲1発明 に甲2に記載された事項を適用することにより,容易に想到することができたとは 認められない。 本件発明13の構成につき,当業者が容易に想到することができたとはいえない 以上,本件発明13を更に限定した本件発明14〜28の構成についても,当業者 が容易に想到することができたということはできない。 ウ 原告の主張について (ア) 原告は,前記第3,1(2)イ(ア)bのとおり,甲1発明と甲2に記載さ れた事項とは,技術分野,課題,作用・機能が共通する旨主張する。 しかしながら,甲1発明と甲2に記載された事項の技術分野,課題,作用・機能 が共通するのは,前記イ(ウ)a〜cのとおり,アルコール類と第1級のハロゲン化ア ルキルとの反応であり,その反応がいずれもSN2反応であるという限度において である。アルコール類も第1級のハロゲン化アルキルも多数存在し(甲2,11, 15) N2反応をする化合物は,ウィリアムソン反応の対象となる化合物に限ら ,S れない(甲2,3,11,15,85,86)にもかかわらず,前記の限度での共 通性をもって,甲1発明に甲2に記載された事項を適用する動機付けと認めること はできない。 (イ)a 原告は,前記第3,1(2)イ(ア)c(a)のとおり,甲1には,1−ブ ロモ−3,3−エチレンジオキシブタンをより嵩高くない構造にする示唆があり, そのためには,臭素に結合した炭素数4の直鎖アルキルの構造を変えることなく, 酸素が2つ含まれる5員環の環状エーテル部分の嵩高さを低減するしかなく,1− ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンは,この条件に当てはまる旨主張す る。 しかしながら,甲1に,1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタンと20 位アルコールとの反応の失敗の原因につき,「嵩高いからであるかもしれない」 との記載があったとしても,1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタンの5 員環構造の嵩高さを軽減すれば,反応が進むことを示唆するものとは認められな いこと,仮にこのような示唆があるとみても,前記の「嵩高さを低減した化合物」 として,甲2の試薬が直ちに想起されるものとはいえないことは,前記イ(エ)a(b) 及び(c)のとおりであるから,1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタン が原告主張の条件に当てはまるとしても,甲1発明に甲2に記載された事項を適用 する動機付けになると認めることはできない。 b 原告は,前記第3,1(2)イ(ア)c(b)のとおり,20位アルコール がS N 2反応を良好に進行させる求核試薬であることは,本件優先日当時,周知 の事実であったし,第2級アルコールであれば,ウィリアムソン反応に用いるこ とができ,そのS N 2反応性は変わらないことは技術常識である旨主張する, しかしながら,甲3(大橋守ら訳「フェッセンデン有機化学(上)(原著第5 版)」(株式会社東京化学同人)1995年2月10日発行)には,ウィリアム ソン反応につき,「Williamson合成に用いることができるアルコキシドイオンに はあまり制限がない。メチル,第一級,第二級,第三級,アリル,ベンジルのア ルコキシドならすべてよい。」と記載されているのであるから,特に20位アル コールがS N 2反応であるウィリアムソン反応に適した求核試薬であるとは認めら れず,この認定に反する証拠はない。また,前記イ(エ)a(b)のとおり,反応する化 合物両方の立体的要素がその反応性を左右するのであって,20位アルコールと 特定の化合物とのS N 2反応性から,20位アルコールと他の化合物とのSN 2反 応性を予測できたとは認められないし,第2級アルコールであれば,どのような 化合物とのS N 2反応においても,反応性の点で区別がないとも認められない。 したがって,原告の主張は,甲1発明に甲2の試薬を適用する示唆があること を裏付けるに足りない。 c 原告は,前記第3,1(2)イ(ア)c(c)のとおり,甲2の試薬が,厳 しい反応条件下でも,エポキシ環が開環することなく,S N 2反応することは, 本件優先日当時,技術常識であり,甲1発明におけるアルキル化反応は厳しい反 応条件であるから,前記技術常識は,甲1発明に甲2の試薬を適用する積極的事 情になる旨主張する。 しかしながら,証拠(甲12,48)及び弁論の全趣旨によると,反応条件は, 反応性と目標とする収率に応じて当業者が適宜選択するものであると 認められ るのであって,甲1において,厳しい反応条件下での反応が記載されており,甲 2において,甲2の試薬が厳しい反応条件下でエポキシ環が開環することなく反 応することが記載されていたとしても,甲1発明に甲2の試薬を適用することの 動機付けになるとはいえない。 d 原告は,前記第3,1(2)イ(ア)c(d)のとおり,甲1は反応に有利 な溶媒を使用しており,甲2の実験は,最適化されていない条件下で行われてい るから,甲2の溶媒を甲1の溶媒に変えれば,収率が高くなるのであって,甲2 の試薬を甲1発明に適用すれば, N 2反応に有利な溶媒中での反応になるため,S 甲1発明に甲2に記載された事項を適用する示唆がある旨主張する。 しかしながら,証拠(甲10,12,51,72)及び弁論の全趣旨によると, 有機合成における溶媒は,反応における目的化合物や実施可能な反応条件,S N 2反応においては求核試薬に対する影響,製造コスト,安全性等を考慮して選択 されるものであると認められるのであって,甲1の溶媒が甲2の溶媒より有利な ものであることが,甲1発明に甲2の試薬を適用する示唆となるということはで きない。 e 原告は,前記第3,1(2)イ(ア)c(e)のとおり,甲1発明では,O CT側鎖の形成に3工程を要するのに対し,甲2では2工程で可能である旨主張す る。 しかしながら,OCT側鎖を2工程で形成し得るのは,甲1発明に甲2の試薬を 適用した結果である。甲2には,OCT側鎖の形成についての記載はないから,甲 1発明に甲2の試薬を適用するとの動機付けとなるものではない。 f 原告は,前記第3,1(2)イ(ア)c(f)のとおり,1−ブロモ−3− メチル−2,3−エポキシブタンが種々の求核試薬とS N 2反応することは技術 常識であり,ウィリアムソン反応がエーテルの製法に用いる最も一般的な方法で あることは,技術常識である旨主張するが,前記bのとおり,反応する化合物両 方の立体的要素がその反応性を左右するのであって,甲2から,甲2の試薬と甲 2のアルコール類以外の求核試薬とのS N 2反応性を予測できたとは認められな いから,甲1発明に甲2の試薬を適用する示唆があることを裏付けるに足りない。 g 原告は,前記第3,2(2)イ(イ)のとおり,甲2の試薬に代えて,二 重結合を有さない類似の性質の化合物を用いる動機付けがあり,このような化合物 の候補として,エポキシを2位及び3位の炭素の位置に設けることも想起される旨 主張するが,前記イ(エ)bのとおり,原告の主張は,採用することができない。 h 原告は,前記第3,2(2)イ(ウ)のとおり,1−ハロ(ブロモ)−3, 3−エチレンジオキシブタンの嵩高さを低減すれば,目的のエーテル化合物を高収 率で得られるとの示唆がある旨主張するが,前記イ(エ)aのとおり,原告の主張は, 採用することができない。 (ウ) 原告は,前記第3,1(2)イ(ア)dのとおり,甲1の20位アルコー ル(9)と甲2の試薬との反応において,立体障害はなく,甲1発明に甲2に記載 された事項を適用するにつき,阻害要因はない旨主張する。 しかしながら,反応させる化合物の分子の構造のみから,実験を行うことなく, 目的化合物の反応が進行するかを,当業者が確実に予測できたとはいえないこと は,前記イ(エ)cのとおりである。 原告は,分子模型(甲47)により,前記主張が裏付けられている旨の主張もす るが,各原子の大きさを持った球を結合させて分子を作る空間実体模型は,「反 応時の立体障害を見積もるのに便利である」とされている(甲52,53)もの の,実験をせずとも,分子模型により立体障害を見積もることにより,反応性を 確実に予測できるとは認められない。 また,原告は,臭化プレニルと20位アルコールは良好に反応するところ,臭 化プレニルと1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンは,S N 2反応 における立体障害又は嵩高さの程度も同程度である旨主張するが,臭化プレニル と20位アルコールが良好に反応する旨記載されている文献(甲29)は,平成 16年の文献である上,既に判示したところに照らすと,当業者が,臭化プレニ ルと1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンがS N 2反応における立 体障害又は嵩高さの程度が同程度であると考えると認めることもできない。 (エ) 原告は,前記第3,1(2)イ(ア)eのとおり,本件発明では,高収率で OCTが合成されるわけではなく,本件発明13には,顕著な効果が存在しない旨 主張する。 しかしながら,そもそも,前記のとおり,当業者は,本件発明13の構成を容易に 想到することができなかったのであるから,本件発明13の奏する効果も当業者が 予測し得なかったものといえる。 また,前記第2の2の認定事実及び前記1(1)アによると,本件発明の効果は,O CTの新たな製造方法を提供することにあると認められるところ,本件明細書に記 載された実施例には,反応しなかった例も記載されているが,実施例5では収率9 3%,実施例6では93.7%と記載されているのであって(甲81),上記の本件 発明の効果を奏することが認められる。 なお,原告は,甲69を根拠に,被告らが,当業者が20位アルコールと甲2の試 薬が反応することを予測できると認めている旨主張するが,原告の指摘する記載は, 「そして,さらに,種々のアルキルハライドと20−アルコールとの反応に過酷な 条件を要するという実験事実,および,本件試薬と単純なイソプロパノ−ルとの反 応が50%程度しか進行していないということから,当業者は,20−アルコール と本件試薬との反応が,工業的に満足する収率で進行しないだろうと予測したはず である。」(甲69,8頁下から5行〜末尾)というものであって,その直前には, 「20−アルコールと4−ブロモ−1−ブテンとの反応に過酷な条件が必要である という実験結果を知れば,当業者は,本件で問題となっている1−ブロモ−3−メ チル−2,3−エポキシブタンと20−アルコールとの反応に関して,4−ブロモ −1−ブテンよりも,1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンの方が,立 体障害が大きいことを,分子模型を用いて容易に推測したはずであり,したがって, 本件訂正発明の反応が進行するとは考えなかったはずである。 との記載 」 (甲69, 8頁下から11行〜6行)があるから,前記記載をもって,被告らが,「当業者が2 0位アルコールと甲2の試薬が反応することを予測できると認めている」と評価す ることはできない。 (オ) したがって,原告の前記主張は,いずれも採用することができない。 エ 小括 以上のとおりであって,相違点(1−A)につき,当業者が,甲1発明に甲2に記 載された事項を組み合わせることにより,本件発明13の構成を容易に想到するこ とができたとは認められない。 相違点(1−A)及び(1−B)を一体の相違点とみたとしても,相違点(1−A) につき,当業者が,甲1発明に甲2に記載された事項を組み合わせることにより,本 件発明13の構成を容易に想到することができたとは認められない以上,相違点(1 −A)及び(1−B)について,当業者が,甲1発明に甲2に記載された事項を組み 合わせることにより,本件発明13の構成を容易に想到することができたとは認め られない。 この点について,原告は,前記第3,2(3)のとおり主張するが,甲1発明に甲2 に記載された事項を組み合わせることにより,本件発明13の構成を容易に想到す ることができないから,同ア及びウの主張は,その前提を欠くものであり,同エの主 張が認められないことは,前記ウ(イ)dのとおりであり,同イの主張も,上記認定を 左右するものではない。 したがって,当業者は,本件発明13を,容易に想到することができたとはいえな い。 また,当業者が,本件発明13を容易に想到することができたとはいえない以上, 本件発明を更に限定した本件発明14〜28についても,当業者が容易に想到する ことができたとはいえない。 したがって,原告主張の取消事由2は,理由がない。 4 取消事由3について (1) 本件発明13における「Z」の構造について 前記第2,2のとおり,本件発明13は,「Z」の構造を含む化合物を別の化合物 と反応させ,「Z」の構造を含むエポキシド化合物を製造し,そのエポキシド化合物 を還元剤で処理して化合物を製造することを含む方法の発明であり,本件発明の【請 求項13】においては, 「Z」の構造について,まず,目的化合物の部分構造として, 「式 のステロイド環構造,又は式 のビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は未保護の置換基及 び/又は1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも 1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい) 」と定義され,次に,反応前 の出発化合物の部分構造として,「Zは上記の定義の通りである」と定義され,反応 後のエポキシド化合物の部分構造としては,特段の定義はないことが認められる。 また,本件明細書には,「Z」のほか,「Z’」,「Z’’」及び「Z’’’」の 各部分構造について,それぞれ別の定義が記載されており,「Z’」の部分構造を有 する化合物の製造方法として,「Z’’」の部分構造を有する化合物を,別の化合物 と反応させて,「Z’’」の部分構造を有するエポキシド化合物を製造し,「Z’’」 の部分構造を「Z’ の部分構造に転換させるような条件下で紫外線照射及び熱異性 」 化に付すること,「Z’’’」の部分構造を有する化合物を,別の化合物と反応させ て, 「Z’ ’ の部分構造を有するエポキシド化合物を製造し,’」 還元した後, 「Z’ ’’」 の部分構造を,「Z’」の部分構造に転換させるような条件下で,構築ブロックと反 応させて,「Z’」の部分構造を製造することが記載されていると認められる(甲8 1の添付書類の20頁〜24頁)。 以上のとおり,本件明細書においては,「Z’」,「Z’’」又は「Z’’’」に 対応する部分構造を,目的化合物の製造工程で,異なる化合物にする場合は,「’」 を増減することにより書き分けられていることが認められる。 そうすると,前記の【請求項13】に記載された3つの「Z」のうち,2番目及び 3番目の「Z」につき,「Z’」や「Z’’」などの「Z」とは同じ構造ではないこ とを示す記載がなく,初出の「Z」の構造の定義とは別の「Z」の構造を定義する記 載もないのに,初出の「Z」の構造と別の構造であると解することはできず,本件発 明13における「Z」の構造は,同じものであると認められる。 したがって,本件発明13において出発化合物と製造化合物の「Z」が異なる場合 は含まれていない旨の審決の判断に誤りはなく,本件発明13〜28が特許法36 条6項1号に適合するものではないとはいえない旨の審決の判断にも誤りはない。 (2) 原告の主張について 原告は,前記第3,3のとおり,本件発明13は,工程(c)の後に更なる工程を 行ってもよい内容となっており,製造化合物の「Z」と出発化合物の「Z」とが同一 のものに限定されるとの前提にはなっていないのであって,出発化合物の「Z」と製 造化合物の「Z」が同一でない場合も,本件発明の範囲内にあるから,本件発明13 において出発化合物と製造化合物の「Z」が異なる場合は含まれていないという審 決の判断は誤っており,これを前提とする審決のサポート要件の判断も誤っている 旨主張する。 しかしながら,前記(1)のとおり,本件発明13における「Z」の構造が同じもの ではないと解することはできない。本件発明13が,工程(c)の後に更なる工程を 行ってもよい内容であるとしても,前記認定を左右しない。本件明細書(甲81の添 付書類の42〜43頁)には,ステロイド化合物からビタミンD化合物を合成する こと,及び,CD環化合物からビタミンD化合物を合成することは,慣用的方法で実 施できることが記載されており,「反応図Cに示した方法の一部又は全部は本発明 の範囲内であるものと理解すべきである」との記載があるが,この記載における「本 発明」が本件発明13であることは記載されておらず,前記(1)のとおり,本件明細 書には,「Z’」の部分構造を有する化合物の製造方法として,「Z’’」の部分構 造を有する化合物を,別の化合物と反応させて,「Z’’」の部分構造を有するエポ キシド化合物を製造し,「Z’’」の部分構造を「Z’」の部分構造に転換させるよ うな条件下で紫外線照射及び熱異性化に付することなども記載されているのであっ て,前記の「反応図Cに示した方法の一部又は全部は本発明の範囲内であるものと 理解すべきである」という記載をもって,本件発明13における「Z」の部分構造が 出発化合物と製造化合物において異なるものであることを裏付けるものとはいえな い。 したがって,原告の前記主張は採用することができない。 (3) 小括 以上のとおりであって,本件発明13〜28が特許法36条6項1号に適合する ものでないとはいえない旨の審決の判断には誤りはなく,原告主張の取消事由3は, 理由がない。 第6 結論 よって,原告主張の取消事由は,いずれも理由がない。 他に前記判断を覆すに足りる主張・立証はない。 以上の次第で,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第2部 裁判長裁判官 森義之 裁判官 中村恭 裁判官 森岡礼子 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2017/03/23 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
事実及び理由 | |
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全容
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