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事件 平成 28年 (ワ) 19633号 損害賠償請求事件

原告A
同訴訟代理人弁護士 伊原友己
同 加古尊温
被告株式会社ツインズ
同訴訟代理人弁護士 鮫島正洋
同 山本真祐子
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2017/03/29
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 被告は,原告に対し,2億2000万円及びこれに対する平成28年6月1 6日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 仮執行宣言
事案の概要
1 本件は,原告が,被告には次の@ないしBの債務不履行ないし不法行為があ ると主張して(このうち@とAは選択的な主張),被告に対し,債務不履行な いし不法行為に基づき,損害額合計2億2000万円及びこれに対する催告の 後の日ないし不法行為の後の日である平成28年6月16日から支払済みまで 民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
@ 名称を「チューブ状ひも本体を備えたひも」とする発明についての特許 権(請求項の数5。以下「本件特許権」ないし「本件特許」といい,特許 1 請求の範囲請求項1の発明を「本件発明」という。)を共有する原告,被 告,B(以下「B」という。)及びC(以下「C」という。)の4者は, 本件発明の実施について,(a) Cが中国国内の工場で実施品を製造し,(b) これをBが梱包し,(c) これを原告が仕入れ,(d) さらに被告がこれを日 本に輸入して販売することとし(以下,(a)ないし(d)の販売形態を「本件 販売形態」という。),これを唯一の販売形態とする旨の合意(以下「本 件実施合意」という。)をしていたのに,被告はこれに反して原告からの 仕入れを中止し,別紙物件目録記載1ないし6の各商品(以下,「被告商 品1」ないし「被告商品6」などといい,併せて「被告各商品」という。) を製造・販売した(本件実施合意の債務不履行)。
A 被告は,本件発明の技術的範囲に属する被告各商品を製造・販売し,もっ て本件特許権(原告の共有持分権)を侵害した(特許権侵害による不法行 為)。
B 被告は,上記4者間に成立した出願に関する合意により,香港への本件発 明の特許出願を平成26年5月22日までに行うよう,弁理士へ出願指示を すべきであったのに,これを怠った(出願に関する合意の債務不履行ないし 不法行為)。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実又は文中掲記した証拠及び弁論の全趣 旨により容易に認定できる事実) (1) 当事者 ア 原告は,香港に在住し,「結ばない靴ひも」と称される靴ひも等の雑 貨類を被告に対して業として輸出している者である。
イ 被告は,「結ばない靴ひも」等のスポーツ用品の販売等を業とする株 式会社である。
(2) 本件特許権 原告,被告,B及びCは,次の本件特許権を有している(本件特許権の内 2 容は別紙特許公報記載のとおりである。)。
特許番号 特許第5079926号 発明の名称 チューブ状ひも本体を備えたひも 出 願 日 平成24年7月4日 登 録 日 平成24年9月7日(3) 本件特許の特許請求の範囲 本件特許の特許請求の範囲請求項1の記載(本件発明)は,別紙特許公報 の該当項に記載のとおりである。
(4) 本件発明の構成要件の分説 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(以下,それぞれの 記号に従い「構成要件A」などという。)。(弁論の全趣旨) A 間隔をあけて繰返し配置され,自身に加えられる軸方向張力の大小に よって径の大きさが変化するこぶを有する伸縮性素材からなるチューブ 状ひも本体と, B ひも本体のチューブ状構造によって構成される中心の管部分に非伸縮 性素材からなり, C こぶのコアを構成し,こぶの径変化に応じたこぶ両端距離の変化に追 随するようこぶ対応部分にて丸められた中心ひもと, D を備えたひも。
(5) 原告,被告,B及びC間の契約 原告,被告,B及びCの4者は,本件特許の出願に際し,その共同出願に 関する契約(以下「本件契約」という。)を締結した。
本件契約に係る契約書のうち日本語で作成されたもの(甲5。以下「本件 契約書」という。)には,以下の記載があった(「甲」は被告,「乙」は原 告,「丙」はB,「丁」はCを指す。)。(甲5) ・「第4条(代表者の選定,協力) 3 1 本件発明に係る特許出願に関する手続および本件特許権の管理に関 する手続については,甲,乙,丙及び丁は,甲を代表者として選定す る。
2 甲は,代表者として前記手続を誠実に行うことを約し,乙,丙及び 丁は,甲による前記手続に協力する。」 ・「第5条(代理人の選任) 甲は,前条に定める手続を,D国際特許事務所弁理士D氏に委任し, 同氏との間で本件各権利に関しなされる全ての連絡を代表する。」 ・「第7条(本件発明の実施) 甲,乙,丙及び丁は,本件発明の実施について協議の上,別途定め る。」 ・「第12条(外国出願,分割出願,国内優先権出願) 1 本件発明については,日本国内出願のほか,PCT条約に基づく国 際出願,パリ条約に基づく外国出願,および台湾への出願を行う。
2 (略)」(6) 被告各商品の販売 被告は,平成28年4月頃以降,日本において被告各商品を独自に製造・ 販売している。
(7) 被告各商品の構成 被告各商品は,次の構成を備える(以下,それぞれの記号に従い「構成要 件a」などという。)。
a 隣接するこぶ同士の頂上部の間隔が1.5p程度で等間隔で繰返し配 置され,自身に加えられる軸方向張力の大小によって径の大きさが変化 するこぶを有する伸縮性素材からなるチューブ状ひも本体と, b ひも本体のチューブ状構造によって構成される中心の管部分に非伸縮 性素材が設けられており, 4 c こぶのコアを構成し,こぶの径変化に応じたこぶ両端距離の変化に追 随するようこぶ対応部分にて丸められた中心ひもと, d を備えた靴ひも(当該靴ひもが使われている運動靴),あるいは作業 時に自身の安全を図るためなどに用いられる安全ひも。
(8) 構成要件の充足性 被告各商品の構成aないしdがそれぞれ本件発明の構成要件AないしDを 充足して本件発明の技術的範囲に属することは,当事者間に争いがない。
(9) 本訴提起前の交渉 原告は,被告に対し,書面をもって,被告各商品の独自の製造・販売を中 止するよう求めたが,被告からは平成28年5月末日まで回答を猶予された い旨の書面が送られてきたのみで,何らの回答もなかった。
3 争点 (1) 本件実施合意に係る債務不履行について ア 本件実施合意の有無 イ 本件実施合意の解除等の有無 (2) 特許権侵害による不法行為について 特許法73条2項の適用の可否 (3) 出願に関する合意の債務不履行ないし不法行為について 出願に関する合意の有無 (4) 損害発生の有無及びその額
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(本件実施合意の有無)について 〔原告の主張〕 本件契約では本件発明の実施につき「別途定める」とされているところ(本 件契約書第7条),原告,被告,B及びCの4者間では,本件発明の実施は本 件販売形態のみによる旨取り決めていた(本件実施合意)。
5 しかるに,被告は,本件実施合意を一方的に反故にして,原告からの仕入れ を中止し,被告各商品を独自調達して販売したものである。
したがって,被告には,本件実施合意の債務不履行が成立する。
〔被告の主張〕 否認ないし争う。本件販売形態を本件発明についての唯一の実施形態とする ことにつき,被告が同意した事実はない。
原告は4者間において本件実施合意があったと主張するが,そのような合意 が記載された書面は存在しないのであり,そもそも企業及び商人間において, 事業活動を大幅に制約する旨の合意を書面のないまま行うとは考え難い。原告 が主張するような合意がないことは,原告と被告代表者との間のメールからも 裏付けられる。
2 争点(1)イ(本件実施合意の解除等の有無)について〔被告の主張〕 被告は,原告から平成27年9月頃に不当な量の商品の購入を要求され,平 成28年2月には不当な値上げ要求をされ,さらに原告の納入する商品に不良 品が散見されたことから,独自製造を開始する旨を原告に通告したものである。
したがって,仮に何らかの有効な合意が成立していたとしても,上記通告時 点又はそのような瑕疵を治癒するための相当期間経過時において,原告が主張 する本件実施合意のような合意は原告の債務不履行により解除されたものであ る。
〔原告の主張〕 継続的商品供給契約の履行に際して多少の不良品が含まれていたというのみ で,同契約の解除事由が生じるはずはない。そして,本件ではその後,良品が 適正に納入されているのであるから,このような解除が認められるはずはない。
また,原告は,製造環境が厳しくなり,採算が合わなくなってきたために, 納入価格の値上げを求めたにすぎず,このこと自体は解除事由にはならない。
6 3 争点(2)(特許法73条2項の適用の可否)について〔被告の主張〕 (1) 特許権の共有者の一人による特許発明実施は,契約で「別段の定」をし た場合を除き,他の共有者の同意を得ないで行うことが可能である(特許法 73条2項)。本件では,被告は本件特許権の共有者の一人であって,「別 段の定」に該当する合意もないのであるから,被告が本件発明を独自に実施 することは自由かつ適法である。
したがって,特許法73条2項により,被告に本件特許権侵害による不法 行為は成立しない。
(2) この点に関して原告は,本件販売形態を本件発明についての唯一の実施形 態とする旨の本件実施合意が存在し,これが「別段の定」に該当する旨主張 する。しかし,上記1の〔被告の主張〕のとおり,そもそも,4者間におい て本件販売形態が唯一のものであるとして当事者を拘束する旨の本件実施合 意は存在しないから,原告の上記主張は失当である。
〔原告の主張〕 被告は本件に特許法73条2項が適用される旨主張するが,上記1の〔原告 の主張〕のとおり,原告,被告,B及びCの4者間において,被告が独自に本 件発明の実施品(被告各商品)を製造したり,第三者に製造させたものを購入 して調達したりすることは許されないという本件実施合意が存在し,当該合意 は同項の「別段の定」に当たる。
したがって,被告が本件発明を実施することは,本件特許権(原告の共有持 分権)を侵害する。
4 争点(3)(出願に係る合意の有無)について〔原告の主張〕 本件契約書第4条及び第5条では,本件発明を各国で出願する際の代表者は 被告とされ,また被告がD弁理士(以下「D弁理士」という。)とやり取りす 7 ることとされていた。そして,原告,被告,B及びCの4者間では,ある国や 地域へ特許出願をする方針が決定した場合は,被告がD弁理士に対して速やか に出願指示をすることとされていた。
また,原告,被告,B及びCの4者間では,原告の活動拠点でもある香港に 対しても,本件特許の対応特許の出願を行うことが取り決められていた(以下 「本件出願合意」という。)。そして,D弁理士からも,「香港への権利化手 続を希望される場合は,2014年〔判決注:平成26年〕5月22日までに 弊所までご指示をくださいますようお願いいたします。」との記載のある書面 (甲15。以下「甲15書面」という。)が被告に送付されていた。
しかるに,被告は,D弁理士に対して香港への出願指示をすることを怠り, これにより,香港への出願ができなくなってしまった。
したがって,被告には,本件出願合意の債務不履行ないし不法行為が成立す る。
〔被告の主張〕 本件契約においては,「日本国内出願のほか,PCT条約に基づく国際出願, パリ条約に基づく外国出願,および台湾」への出願を行うとしか取り決められ ていない(本件契約書第12条第1項)。
したがって,被告に香港への出願を行う義務はないし,原告が主張する本件 出願合意も存在しない。なお,被告は,平成26年5月22日より前に,D弁 理士から甲15書面を受領していない。
5 争点(4)(損害発生の有無及びその額)について〔原告の主張〕 (1) 実施契約の債務不履行ないし特許権侵害による不法行為に基づく損害額 ア 被告の得た利益額(民法709条,特許法102条2項) 被告は,被告各商品(被告商品1ないし4の靴ひもは2本ワンセット の商品,被告商品5の安全ひもは1本ごとの商品。被告商品6について 8 はスニーカー部分を除いたものとして想定する。)をおおむね市場価格 1000円程度で販売しているところ,平成28年4月1日から同年6 月15日までの間にこれを25万個製造し,これを譲渡したものと見込 まれるのであって,この間の販売額は2億5000万円(25万個×10 00円)と見積もることができる。
そして,被告各商品による被告の利益率は40%を下らないから,被 告の得た利益の額は,1億円と見込まれる。
実施料相当額(民法709条,特許法102条3項) 上記のとおり,被告は平成28年4月1日から同年6月15日までの 間に被告各商品を25万個製造し,2億5000万円を売り上げたもの であるところ,原告に対しては,その販売価値の40%である1億円が 支払われるべきものである。
ウ 原告の逸失利益(民法415条) 上記のとおり,被告は平成28年4月1日から同年6月15日までの 間に被告各商品を25万個製造し,2億5000万円を売り上げたもの であるところ,その間,被告が原告から商品を購入していれば,原告は 1億円の利益を得られたものである。
エ 小括 以上によれば,本件実施合意の債務不履行ないし特許権侵害による不 法行為に基づく損害額は,1億円となる(上記アないしウを選択的に主 張)。
(2) 本件出願合意の債務不履行ないし不法行為に基づく損害額 仮に,被告が,本件出願合意に基づきD弁理士に対して出願指示をし,香 港においても原告,被告,B及びCが共同で対応特許の出願を行っていた場 合,特許が成立していたことは確実視される。そして,日本市場等での商品 力も勘案すると,香港の市場において,特許の存続期間満了までの間,原告 9 は少なくとも1億円の利益を得られたはずである。
(3) 弁護士費用相当額 原告が本訴請求のために出捐を余儀なくされた弁護士費用であって,本件 の不法行為相当因果関係のある損害は,2000万円を下らない。なお, 原告は債務不履行に基づく損害賠償請求もしているが,不法行為を構成する 債務不履行であるから,弁護士費用相当額の賠償も認められるべきである。
(4) 小括 以上により,原告は,被告に対し,@本件実施合意の債務不履行ないし特 許権侵害による不法行為に基づく損害賠償として1億円,A本件出願合意の 債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償として1億円,B弁護士費用相 当額として2000万円(合計2億2000万円)の支払を求める。
〔被告の主張〕 否認ないし争う。被告には債務不履行及び不法行為はない。
なお,本件出願合意の債務不履行等については,仮に被告に香港への出願を 行う義務が存在したとしても,被告は平成27年11月18日に本件発明を包 含する内容の出願(記録請求手続)を行っているため,原告に損害は生じてい ない。
当裁判所の判断
1 争点(1)ア(本件実施合意の有無)について (1) 原告は,原告,被告,B及びCの4者間において,本件発明の実施は本件 販売形態のみによる旨合意していた(本件実施合意)と主張する。
しかし,本件特許の出願に際して作成された本件契約書には,本件発明の 実施につき,原告,被告,B及びCの4者間で協議の上「別途定める」との 記載があるものの(本件契約書第7条),これ以外に何らの記載はなく,ま た,「別途定める」に該当するような,本件販売形態を唯一の実施形態とす る旨の合意がされたことを裏付ける契約書,合意書その他の書面は本件証拠 10 上存在しない。
この点に関して原告は,本件販売形態を唯一の実施形態とする旨の記載が 一応ある「特許発明実施についての確認書」と題する書面(甲7の1)を 提出する。しかし,そもそも同書面には原告,B及びCの署名指印しかなく, 被告はこれに記名押印をしていないし,同書面の作成日自体,本件特許の出 願日(平成24年7月4日)から4年近くも後の平成28年4月26日であ って,出願日当時の合意の存在を直接裏付けるものですらない。
そもそも,原告の主張自体も,本件実施合意を,いつ,どこで,どのよう に取り決めたのかなどにつき具体的に特定しているものではない。また,原 告は,本件実施合意があったことを立証するものとして原告作成の陳述書 (甲19,22)及び被告の元従業員であるE(以下「E」という。)作成 の事情説明書(甲18,21)を提出するが,客観的裏付けを欠くことに変 わりはない上,このうちE作成の事情説明書については,「・・・という仕 組みでビジネスがされていたと考えます」(甲18・4頁),「当然,その ような役割分担で動いていたものと理解しています」(甲21・3頁)など という,単なるE自身の推測を述べるものでしかない。
そうすると,原告,被告,B及びCの4者間において,仮に本件販売形態 がかつて存在していたとしても,これをもって本件発明の唯一の実施形態と する旨の合意がされていたと認めることはできない。
(2) したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求のうち 本件実施合意の債務不履行に基づく損害賠償請求は,理由がない。
2 争点(2)(特許法73条2項の適用の可否)について 原告は被告による被告各商品の製造・販売が本件特許権を侵害する旨主張す るが,そもそも被告は本件特許権の共有者であり(前記第2,2(2)),共有 者であれば,契約で「別段の定」(特許法73条2項)をした場合を除き,他 の共有者の同意を得ないでその特許発明実施をすることができるから,被告 11 は,原則として,本件発明を実施することができるというべきである。
この点につき原告は,「別段の定」として,本件販売形態を唯一の実施形態 とする旨の本件実施合意があったと主張するが,上記1(1)のとおり,そのよ うな合意があったとは認められない。そして,原告が他に「別段の定」の存在 を主張立証していない以上,本件特許権については「別段の定」は存在せず, 被告は,原則どおり,原告その他の共有者の同意を得ないで被告各商品を製造 ・販売することができると認めるのが相当である。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求のうち特 許権侵害による不法行為に基づく損害賠償請求は,理由がない。
3 争点(3)(本件出願合意の有無)について (1) 原告の主張は,要するに,被告にはD弁理士に対して本件発明の香港への 特許出願を平成26年5月22日までに行うよう指示すべき義務があったな どというものである。
(2) しかし,本件契約書には,「本件発明については,日本国内出願のほか, PCT条約に基づく国際出願,パリ条約に基づく外国出願,および台湾への 出願を行う。」(本件契約書第12条第1項)としか記載されておらず,香 港への出願については何の記載もされていない。また,本件契約書において は,被告が本件発明に係る特許出願に関する手続につき「代表者」として選 定され(同第4条第1項),同手続を誠実に行う(同条第2項)と定められ ているものの,香港への出願等については何ら触れられていないのであって, このような「代表者」に関する定めから直ちに,被告において,弁理士に対 して香港への出願手続の指示を行うべき具体的義務が生じていたと解するこ とも困難である。
したがって,本件契約上,原告の主張するような義務が生じていたと解す ることはできない。
(3) この点に関して原告は,原告,被告,B及びCの4者間では香港に対して 12 も出願する旨の合意(本件出願合意)が存在したと主張する。
しかし,上記1で論じたところと同様に,上記合意についても,これを裏 付ける契約書,合意書その他の書面は本件証拠上存在しないし,これをうか がわせるメール等すら存在しない。原告は,香港が原告の活動拠点であるこ とを合意の存在を裏付ける理由として挙げるが,そのことから直ちに上記合 意があったことを推認することはできない。
また,原告は,D弁理士が原告に対して「香港への権利化手続を希望され る場合は,2014年〔判決注:平成26年〕5月22日までに弊所までご 指示をくださいますようお願いいたします。」との記載のある甲15書面を 送付していた旨主張する。
しかし,仮に甲15書面が被告に送付されていたとしても,同書面はあく までも香港への出願手続を希望する場合の指示を連絡するものにすぎず,香 港への出願手続自体が原告,被告,B及びCの4者間で被告の義務として義 務付けられていたことを示すものではない。すなわち,香港への出願手続を 希望するか否か自体は,本件特許権の共有者である原告,被告,B及びCの 4者による協議ないし合意等を経る必要があるのであって,被告単独の判断 でなし得るものではなく,同書面の送付を受けたからといって,そこから直 ちに,D弁理士への出願指示という具体的な義務まで被告に発生していたと か,これを被告が怠ったなどと認めるのは困難であるといわざるを得ない。
(4) 以上によれば,本件において,原告の主張するような本件出願合意があっ たとすることはできない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求のうち 本件出願合意の債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償請求は,理由が ない。
4 結論 よって,本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし,主文 13 のとおり判決する。
裁判長裁判官 東海林保
裁判官 瀬孝
裁判官 勝又来未子