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関連審決 無効2014-800021
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事件 平成 28年 (行ケ) 10158号 審決取消請求事件

原告 株式会社ニッケンビルド
原告 日鐵住金建材株式会社
上記両名訴訟代理人弁理士 山名正彦 筬島孝夫
被告 富士川建材工業株式会社
被告株式会社ニチラス
上記両名訴訟代理人弁護士 伊藤博昭
同 弁理士 伊藤儀一郎
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/03/14
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2014-800021号事件について平成28年6月7日にした審決を取り消す。
事案の概要
1 特許庁等における手続の経緯 ? 被告ら及び有限会社坂本建美装(以下「有限会社坂本」という。)は,平成24年3月6日,発明の名称を「建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材及びその製造方法並びに建物のモルタル塗り外壁通気層形成工法」とする特許出願(特願2012-48723号)をし,平成25年1月18日,設定の登録を受けた(特許第5177826号。請求項の数6。甲2。。以下,この特許を「本件特許」とい )う。
? 原告らは,平成26年2月3日,本件特許の特許請求の範囲請求項1に係る発明について特許無効審判を請求した。
特許庁は,これを,無効2014-800021号事件として審理し,平成26年9月29日,請求不成立の審決(甲24。以下「第1次審決」という。)をした。
? 原告らは,第1次審決の取消しを求める訴訟(平成26年(行ケ)第10241号)を提起した。
被告らは,平成27年1月8日,有限会社坂本から,本件特許権に係る持分の全てを譲り受け,特定承継を原因とする移転登録をした(甲1)。有限会社坂本は,上記訴訟から脱退した。
知的財産高等裁判所は,平成27年6月30日,第1次審決を取り消す旨の判決をし(甲25),同判決は,確定した。
? 被告らは,平成28年2月26日付け訂正請求書により,特許請求の範囲減縮を目的とする特許請求の範囲の訂正及び誤記の訂正を目的とする明細書の訂正を請求し(甲32),同年3月25日,上記訂正請求書を補正した(甲38の1。
以下,補正後の訂正請求を「本件訂正」という。。
) 2 ? 特許庁は,平成28年6月7日,本件訂正を認めるとともに本件審判の請求は成り立たないとの別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,同年6月16日,その謄本が原告らに送達された。
? 原告らは,平成28年7月19日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載 本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,次のとおりである(甲38の2)。以下,この請求項1に係る発明を「本件発明」といい,その明細書(甲2,32,38の2)を「本件明細書」という。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所を示す(以下同じ。。
)【請求項1】建物の構造躯体室外側に敷設される連続敷設用の建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材であって,/前記連続敷設用のモルタル塗り外壁通気層形成部材は,/水平方向に延びる,断面形状が略凹溝条に形成された溝条リブが間隔をあけて複数設けられ,前記溝条リブ間には網目部が形成されたラス材と,該ラス材の一面側に貼着された防水シートとを有し,/前記溝条リブの長手方向に向かっては,該溝条リブの長手方向と略直交し,前記貼着された防水シート側に向けて略台形山状に突出させて形成された,前記断面形状が略凹溝条に形成された溝条リブ底面が,ステープルを打ち付けられる平面とされ,上方に向かって斜めに拡開し,逆台形型の凹溝条をなし,該凹溝条の各隅部には,前記溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止すべくプレスストレスを分散出来る様プレス成形時にRをつけてプレスストレスベクトルを多数の角度に分散して形成されてなる通気胴縁部が,間隔をあけて複数設けられ,隣り合う前記通気胴縁部間の谷部は,通気層用空間とされ,/前記モルタル塗り外壁通気層形成部材の連続敷設時には,前記通気胴縁部同士及び前記溝条リブ同士が重ね合わせられ,前記逆台形型凹溝条をなす通気胴縁部の形状及び断面形状が略凹溝条をなす溝条リブの形状が重ね合わせ敷設の目印形状となり,前記通気胴縁部の上面の幅が,該通気胴縁部の底面の幅よりおよそ1.3倍以上を有する逆 3 台形とされて,重ね合わせ時に作業性を損なわないよう形成された,/ことを特徴とする建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材。
3 本件審決の理由の要旨 ? 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,本件訂正を認めた上,@本件発明は,以下の先願明細書等に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一ではないから,本件特許は,特許法29条の2に違反してされたものではない,A本件発明は明確ではないとはいえないから,本件特許は,特許法36条6項2号に違反してされたものではない,というものである。
先願明細書等:特願2011-217382号の特許願(本件特許出願日〔平成24年3月6日〕より前の平成23年9月30日に特許出願がされ,平成24年8月1日に特許公報の発行がされた特願2011-217382号の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲及び図面。甲5の2) ? 本件審決が認定した先願発明 建築物のモルタル外壁を構築する目的で使用する複合ラスであって,/水平方向に延びる,上下方向に間隔をあけて配置された複数本の横力骨32(リブ)と,前記横力骨32と32の間に形成された網目部33とで構成したリブラス34と,リブラス34の背面に防水紙5を裏打ちして平板状の複合ラス素材が構成されるとともに,防水紙5の裏打ちは,接着剤等により止め付ける手段で行われ,/複合ラス素材は,前記横力骨32を備えたリブラス34と防水紙5を合一に等しく裏面側へ凹溝状に突出させるプレス加工等を行うことにより,突条部10aが多数形成された複合ラス30ができあがり,突条部10aが,横力骨32(リブ)の長手方向と略直交しており,各突条部10aの頂部を,建築物の躯体を構成する柱11及び間柱12へ取り付けた外壁パネル13と当接させ,その当接箇所を固定具6で固定することにより,外壁パネル13と複合ラスとの間に通気層を形成でき,/複合ラスの張設作業は,後のモルタル塗着作業に必要な全範囲にわたり,隙間を生じさせないように隣接する複合ラス相互間の継ぎ足し処理を順次に繰り返して行う,複合ラ 4 ス ? 本件審決が認定した本件発明と先願発明との一致点及び相違点 ア 一致点 建物の構造躯体室外側に敷設される連続敷設用の建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材であって,/前記連続敷設用のモルタル塗り外壁通気層形成部材は,/水平方向に延びる,リブが間隔をあけて複数設けられ,前記リブ間には網目部が形成されたラス材と,該ラス材の一面側に貼着された防水シートとを有し,/前記リブの長手方向に向かっては,該リブの長手方向と略直交し,前記貼着された防水シート側に向けて突出させて形成された,凹溝条をなす通気胴縁部が,間隔をあけて複数設けられ,隣り合う前記通気胴縁部間の谷部は,通気層用空間とされた,建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材である点 イ 相違点(ア) 相違点1 水平方向に延びるリブ及びそのリブの長手方向と略直交する凹溝条をなす通気胴縁部に関し,本件発明においては,@リブは,断面形状が略凹溝条に形成された溝条リブであり,その底面が通気胴縁部においてステープルを打ち付けられる平面とされ,A通気胴縁部は,略台形山状であって,上方に向かって斜めに拡開した逆台形型の凹溝条をなし,該凹溝条の各隅部には,溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止すべくプレスストレスを分散出来る様プレス成形時にR(丸み)をつけてプレスストレスベクトルを多数の角度に分散して形成されてなり,上面の幅が底面の幅よりおよそ1.3倍以上である逆台形とされて,重ね合わせ時に作業性を損なわないよう形成されたのに対し,先願発明においては,リブ(横力骨32)は,溝条リブと特定されておらず,通気胴縁部(突条部10a)は,凹溝条であること以外は具体的に特定されていない点(イ) 相違点2 建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材の敷設に関し,本件発明においては,連 5 続敷設時には,通気胴縁部同士及び溝条リブ同士が重ね合わせられ,逆台形型凹溝条をなす通気胴縁部の形状及び断面形状が略凹溝条をなす溝条リブの形状が重ね合わせ敷設の目印形状となるよう形成されるのに対し,先願発明においては,複合ラスの張設作業は,隙間を生じさせないように隣接する複合ラス相互間の継ぎ足し処理を順次に繰り返して行うものの,通気胴縁部(突条部10a)及びリブ(横力骨32)の形状が重ね合わせ敷設の目印形状となるよう形成されているか否か不明である点 4 取消事由 ? 拡大先願に係る認定・判断の誤り(取消事由1) ア 相違点1について イ 相違点2について ? 明確性の要件(特許法36条6項2号)に係る判断の誤り(取消事由2)
当事者の主張
1 取消事由1(拡大先願に係る認定・判断の誤り)について〔原告らの主張〕 ? 相違点1について ア リブの構成について 本件審決は,先願明細書等には,リブ(横力骨32)として,突条部10a(通気胴縁部)において底面がステープルを打ち付けられる平面とされた,断面形状が略凹溝条の溝条リブを設けることが実質的に記載されているとはいえない旨判断したが,同判断は,誤りである。
(ア) すなわち,先願明細書等の【0031】及び【図9】(A)(B)には,リブラスを使用した構成の実施例が示されているところ,モルタル塗りの下地材として用いるリブラス(メタルラス)のリブは断面形状が略凹溝条の溝条リブであることは,先願明細書等に係る出願当時,当業者に周知されていた(甲6の1・2,11〜13)。
6 したがって,先願明細書等には,リブとして断面形状が略凹溝条の溝条リブを用いることが実質的に記載されているに等しい。
なお,甲第12号証には,平板状リブを有するラスが記載されているものの,これを単なるモルタルの補強ではなく,外壁パネルと複合ラスとの間に通気層を形成した場合において複合ラスの表面側へモルタルを塗着する際に複合ラスが大きくたわむことを防止する補強材とすることについては示唆されていない。甲第13号証には,住宅基礎用のベース型枠としてリブラスを用いる旨の記載があり,平板状のリブが図示されているものの,リブの面外方向の剛性を確保するために,リブに沿って水平補強部材として異形棒鋼が接合されており,平板状のリブのみではモルタルを塗着する際の補強材ないし塗着された補強材には適さない。よって,リブラスの形状について甲第12及び13号証を参酌するのは誤りである。
(イ) 先願明細書等の【0026】には,突条部10aの位置合わせ等について具体的に説明されているところ,【図1】(B)においては,各突条部10aの頂部が外壁パネル13を支持する間柱12の配置と一致しており,【図3】においては,突条部10aを構成するリブ(横力骨32)がステープル(固定具6)で止めつけられている。リブ(横力骨32)以外のラス網部分は強度が弱いことから,当業者が,【図3】につき,上記ラス網部分をステープル(固定具6)で外壁パネル13に止めつけるものと理解することは,技術常識に反する。したがって,先願明細書等には,突条部10aの底面がステープルを打ち付けられる平面とされていることが明らかである。
イ 通気胴縁部の凹溝条の各隅部にRをつける構成について 本件審決は,先願明細書等には,通気胴縁部に相当する突条部10aの具体的形状に応じて備える個数の偶部にRを設けることが実質的に記載されているに等しいといえるものの,その意義については記載されておらず,よって,溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止すべく,プレス成形時にRをつけてプレスストレスベクトルを多数の角度に分散することが実質的に記載されているということはできない旨判断 7 したが,同判断は,誤りである。
すなわち,溝条リブの亀裂や引きちぎれの発生の工学的概念及びその対処法は,先願明細書等に係る出願当時,当業者に周知されており(甲40,41),溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止するためにプレスストレスベクトルを多数の角度に分散するというRの技術的意義は,周知事実であった。したがって,先願明細書等には,溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止すべく,プレス成形時にRをつけてプレスストレスベクトルを多数の角度に分散することが実質的に記載されているというべきである。
? 相違点2について ア 本件審決は,先願発明において断面形状が略凹溝条に形成された溝条リブを横力骨32(リブ)とすることは想定されていないことを前提として相違点2に係る本件発明の構成が先願明細書等に記載されているとはいえない旨判断したが,前記?ア(ア)のとおり,先願明細書等には,リブとして断面形状が略凹溝条の溝条リブを用いることが実質的に記載されているに等しいのであるから,上記判断は前提において誤りがある。
イ 複合ラスの張設作業においては,モルタル等の漏出を防いで後続の工程のモルタル塗着を完全なものにするために,隣接する複合ラス相互間の継ぎ足し処理(重ね合わせ)に当たって隙間が生じないように注意深く位置合わせして施工することは,技術常識であり,これは,先願明細書等の【図8】からも明らかである。
そして,通気胴縁部(突条部10a)及びリブ(横力骨32)の形状は,確実に目視できる目立つものであり,他に格別の目印も見当たらないことから,当業者が上記施工の際に通気胴縁部及びリブの形状を目印としてこれらを重ね合わせながら敷設作業を進めることも,自明のことである。
したがって,先願明細書等には,相違点2に係る本件発明の構成が実質的に記載されているというべきである。
〔被告らの主張〕 8 ? 相違点1について ア リブの構成について(ア) 先願明細書等には,凹溝条の溝条リブを一体的に有するラス材を使用したことは,全く記載されていない。
先願明細書等における主たる発明は,実施例1に係る発明であり,同発明は,リブのない平ラスに別部材の横力骨を接合した上で凹溝状に突出させるプレス加工をして突条部を形成し,この突条部を胴縁としたものであり,同構成により,別部材の胴縁を使用することなく通気層を形成できるという効果を奏する。実施例3は,平ラスに替えてリブラスを使用したものであるが,その目的及び効果は,実施例1と同じく,ラス網に横力骨を設けてそれを凹溝状に突出させる加工をして突条部を形成し,この突条部を胴縁とするという構成により,別部材の胴縁を使用することなく通気層を形成できるというものに尽きる。実施例3は,実施例1の横力骨を代替するものとしてリブラスを使用しているにすぎず,特にリブラスを使用したことの目的,効果は全く記載されていない。
リブラスのリブには,平板状をなすリブも存在するので,「リブラス」とのみ記載されている場合,そのリブが平板状か溝条か,溝条であったとしてもその具体的形状は明確ではない。
(イ) 凹溝条の溝条リブを一体的に有するラス材を外壁通気層形成部材に使用すれば,1枚のラス材で足り,別部材としての横力骨材を要しないのでコストも安価であり,また,扱いやすく,溝条リブの長手方向に対しての強度が格段に強い。
しかし,凹溝条の溝条リブがあるので,プレス成形して通気胴縁部を形成する場合,底面がなかなか平面状にならない。そこで,本件発明においては,溝条リブを強烈にプレスし,その両側面をも押し広げて平面状の底面とした。これによって,逆台形状をなす通気胴縁部の幅方向のみならず長手方向の底面も平面化されるので,構造躯体への取付けの際に接する溝条リブの底面が広い方形状をなす平面となって,ラス固定用ステープルガンの銃口を容易に入れられるとともにスムーズにステープ 9 ルを打ち付けることができ,数千カ所のステープルの打付け工事を要する場合も迅速な対応が可能となる。
このように,溝条リブを強烈にプレスし,その両側面をも押し広げて平面状の底面とした本件発明の構成及び技術的意義は,先願明細書等には記載されていない。
イ 通気胴縁部の凹溝条の各隅部にRをつける構成について 凹溝条の溝条リブと直交する通気胴縁部をプレス加工して形成するためには,上記溝条リブもつぶしてプレスしなければならず,亀裂や引きちぎれが生じるので,プレス加工して製品を作ることは困難である。
そこで,本件発明は,所定の金型を使用して通気胴縁部の凹溝条の各隅部にRをつけ,プレス加工の際のプレスストレスを多数の角度に分散させたのであり,これは,凹溝条の溝条リブを一体的に有するラス材を使用しての通気胴縁部の形成でなければ発想し得ないものである。
先願明細書等の【図2】及び【図3】においては,通気胴縁部に相当する突条部10aの隅部にRがつけられているものの,これは作図上つけられたものであり,亀裂や引きちぎれを防止する目的でつけられたものではない。
したがって,先願明細書等に,本件発明の通気胴縁部の「該凹溝条の各隅部には,前記溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止すべくプレスストレスを分散出来る様プレス成形時にRをつけてプレスストレスベクトルを多数の角度に分散して形成されてなる」という構成が記載されているということはできない。
ウ 通気胴縁部が逆台形型の凹溝条をなす点について 外壁通気層形成部材において,プレス加工して形成した通気胴縁部での継ぎ方,重ね合わせ方自体,従来存在しない技術による新規な発明であり,その継ぎ目の重ね合わせ及び重ね合わせ部分におけるステープルによる固定は重要である。本件発明は,「前記通気胴縁部の上面の幅が,該通気胴縁部の底面の幅よりおよそ1.3倍以上を有する逆台形とされて,重ね合わせ時作業性を損なわないよう形成された」との構成を採用し,通気胴縁部の凹み部で重ね合わせられた継ぎ目にステープルが 10 打ち込まれて固定され,その箇所にモルタルが厚く充填されて外壁が構成されるようにしたものである。このように継ぎ方,重ね合わせ方の作業性を損なわないように考慮した構成は,先願明細書等に記載されていない。
? 相違点2について 前記?ア(ア)のとおり,先願明細書等には,凹溝条の溝条リブを一体的に有するラス材を使用したことは,全く記載されていない。
先願明細書等の【0026】には,通気胴縁部同士及びリブ同士がどのように重ね合わされているか,何が目印とされているかは,何ら記載されていない。
また,【図8】は,実施例2について説明した図面であり,気流の流れを矢印Fによって表したものにすぎず,横力骨32(リブ)を重ね合わせて継ぎ足し張設することは全く示されていない。
2 取消事由2(明確性の要件に係る判断の誤り)について〔原告らの主張〕 本件審決は,本件特許請求の範囲請求項1の「前記通気胴縁部の上面の幅が,該通気胴縁部の底面の幅よりおよそ1.3倍以上を有する逆台形」につき,「およそ1.3倍以上」の記載が上限値を特定していないとしても,必ずしも不明確とはいえない旨判断したが,同判断は,誤りである。
〔被告らの主張〕 本件特許請求の範囲請求項1の「およそ1.3倍以上」とは,本件明細書の【0029】の記載に照らせば,複数枚のモルタル塗り外壁通気層形成部材を重ね合わせたときに作業性を損なわない程度の通気胴縁部の上面の幅と底面の幅の比を意味することが,明確に把握できる。そして,請求項1においては通気胴縁部の上面の幅の上限値は記載されていないものの,通気胴縁部の形状が逆台形であることが記載されていることに加え,通気用の空間を形成するという通気胴縁部自体の機能を踏まえれば,通気胴縁部の上面の幅と底面の幅の比の妥当な上限値は自ずと定まるものと認められる。したがって,請求項1の「前記通気胴縁部の上面の幅が,該通 11 気胴縁部の底面の幅よりおよそ1.3倍以上を有する逆台形」との記載が不明確ということはできない。
当裁判所の判断
1 本件発明について 本件発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2のとおりであり,本件明細書(甲2,32,38の2)によれば,本件発明の特徴は,以下のとおりである(下記記載中に引用する図面については,別紙1参照)。
? 技術分野 本件発明は,ラス材,特にリブラス材を用いての建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材に関するものである(【0001】。
) ? 背景技術 ア 従前から,例えば木造住宅のモルタル塗り外壁内には一般に所定の空間部が形成されており,その内部の空気温度がいわゆる露点温度以下になると,壁内の水蒸気が凝結して水滴になる現象,すなわち,壁内結露を起こす可能性が高いとされている。
壁内結露は,カビ,腐食等の原因となり,建物の耐久性を低下させるなどの悪影響をもたらすことがあるので,壁内結露を防ぐために,壁体内の湿気を外部に放出する手段としていわゆるモルタル塗り外壁通気工法が開発されてきた(【0002】【0003】。
) イ モルタル塗り外壁通気工法においては,透湿防水シートという材料で壁を覆い,モルタル塗り外壁材との間に外気が流れる通気層を作ることによって,建物の壁体内の湿気を,透湿防水シートから通気層を通して外部に放出する方法が採用されている。その方法の具体的内容は,例えば,透湿防水シートで壁を覆った後,通気胴縁を設け,その上にラス網を布設して,モルタル外壁仕上げを行うというものである(【0004】【0005】。
) ? 本件発明が解決しようとする課題 12 しかしながら,従来のモルタル塗り外壁通気工法によれば,壁内の通気層を形成するために,別部材としての通気胴縁を複数個用意した上で,それらを順次取り付ける工事をする必要があり,作業コストの上昇及び施工作業の手間の増大を招いていた。
そこで,本件発明は,建物壁内に通気層を確実に形成するとともに,通気胴縁の役割を果たす通気胴縁部とリブラスを一体に形成することにより,別部材としての通気胴縁を不要として通気胴縁の材料費及び取付けの施工の手間を省き,工期の短縮及び施工の簡易化を図ることのできる建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材の提供を目的とする(【0007】【0008】。
)? 課題を解決するための手段ア 本件発明は,前記?の課題を解決するための手段として,本件特許請求の範囲請求項1記載の建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材を提供するものである。
同部材は,溝条リブ,ラス材(併せてリブラス)及び防水シートから成る。溝条リブは,断面形状が略凹溝条に形成されたもので,水平方向に延びており,間隔をあけて複数設けられている。ラス材は,溝条リブの間に網目部を形成するものである。防水シートは,ラス材の一面側に貼着されている。
溝条リブの長手方向と略直交する通気胴縁部が,溝条リブの長手方向に向かって,間隔を空けて複数設けられており,隣り合う通気胴縁部の谷部が通気層用空間とされる(【0009】【0014】【0018】【0020】【0026】【図1】【図2】。
)イ この通気胴縁部は,溝条リブ及びラス材(リブラス)を防水シート側に向けて略台形山状に突出させて形成されたものであり,上方に向かって斜めに拡開した逆台形型の凹溝条をなし,溝条リブの底面がステープルを打ち付けられる平面とされる。すなわち,上記モルタル塗り外壁通気層形成部材を建物の構造躯体に取り付ける際は,溝条リブの底面にステープルを打ち付けて構造躯体に固定する。
上記取付けの際に建物の構造躯体に接する溝条リブの底面は,ステープルガン 13 の銃口が容易に入り,かつ,ステープルを打ち付けられるよう,平面とされる(【0009】【0016】〜【0018】【0022】【0027】【0028】【図2】。
)溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止するために,上記逆台形型の凹溝条の各隅部にはプレス成形時にRをつけられ,プレスストレスベクトルを多数の角度に分散させてプレスストレスを分散できるように形成されている。これによって,通気胴縁部の開口側隅角部分がプレスストレスにより破断するのを防止し得る(【0009】【0019】【0023】【0030】【図2】。
)また,モルタル塗り外壁通気層形成部材の連続敷設において重ね合わせ時に作業性を損なわないよう,上記逆台形型の上面の幅は,底面の幅のおよそ1.3倍以上とされている(【0009】【0029】。
)ウ 上記イの連続敷設時には,通気胴縁部同士及び溝条リブ同士が重ね合わせられ,逆台形型の凹溝条をなす通気胴縁部の形状及び断面形状が略凹溝条をなす溝条リブの形状が重ね合わせ敷設の目印となる(【0009】。
)? 本件発明の効果前記?の構成を採用することによって,建物壁内に通気層を確実に形成するとともに,通気胴縁の役割を果たす通気胴縁部とリブラスを一体に形成することにより,別部材としての通気胴縁が不要になるので,通気胴縁の材料費及び取付けの施工の手間を省き,工期を短縮させて施工を簡易化することができる(【0010】。
)また,前記?の構成を採用したモルタル塗り外壁通気層形成部材の連続敷設は,通気胴縁部同士及び溝条リブ同士を重ね合わせるので,通気胴縁部及び溝条リブが敷設の目印となることから,高度な技術を要することなく,容易に敷設し得るとの効果も期待できる(【0049】。
)2 取消事由1(拡大先願に係る認定・判断の誤り)について? 先願明細書等の記載 14 先願明細書等(甲5の2)は,名称を「複合ラス及びその製造方法並びにモルタル外壁通気構造」とする発明に係る特許出願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲及び図面であり,おおむね,以下の記載がある(下記記載中に引用する図面については,別紙2参照)。
ア 特許請求の範囲(ア) 【請求項1】縦方向の間隔をあけて横向き方向へ配置された複数本の横力骨を備えたラス網と,及び前記ラス網の背面に裏打ちされた防水紙とから成り,/前記横力骨を備えたラス網と防水紙を表面側から背面側へ凹溝状に突出させた突条部が,前記横力骨と同方向に一定の間隔をあけて,同横力骨とは直交する縦向き方向に複数本形成されている構成を特徴とする,複合ラス。
(イ) 【請求項2】当該複合ラスを構成する前記横力骨を備えたラス網と防水紙は止着材により結合して一体化されている構成を特徴とする,請求項1に記載した複合ラス。
(ウ) 【請求項6】複合ラスの突条部の頂部を,建築物の躯体を構成する柱及び間柱へ取り付けた外壁パネルへ当接させ,その当接箇所を固定具で固定することにより,外壁パネルと複合ラスとの間に通気層を形成した複合ラスの張設を行い,/前記のように張設した複合ラスの表面側へモルタルを塗着してモルタル壁を形成することを特徴とする,請求項1〜4のいずれかに記載した複合ラスを用いた外壁通気構造。
イ 明細書(ア) 技術分野 この発明は,建築物のモルタル外壁を構築する目的で使用する複合ラス,同複合ラスの製造方法及び同複合ラスを用いて構築するモルタル外壁通気構造の技術分野に属するものである(【0001】。
)(イ) 背景技術及び発明が解決しようとする課題 外壁内部の結露等を防ぐために,モルタル外壁の内部に通気層を形成する施工 15 法(外壁通気工法)の需要が増大しているところ,従来の一般的な通気工法は,建築物の外壁パネルの内側に縦方向の胴縁を所定の間隔をあけて取り付け,この胴縁にラスを貼って通気層を形成するというものであった。胴縁を用いずに通気層を形成する構成もあったが,同構成は,建築物の躯体を組み立てた後,防水シートとラスと通気部材とを一体化した建築物外壁用下地材(ラス)を取り付けることによって通気層を形成するというものであり,したがって,防水シートとラスのほか,別途,通気層を形成するための通気部材を要した。
その他,縦力骨と横力骨でラスを間に挟み,これらの力骨を縦横方向へ格子状に配設し,上記縦力骨とラスとの間に設けたテープ材で防水紙を止め付けて裏打ちした構成の複合ラスも開発されていた(【0002】〜【0007】。
) 本発明の目的は,上記複合ラスを更に改良し,胴縁や通気部材等の別部材を用いることなく,複合ラスの取付け工程を行うのみで通気層を形成することができ,経済性及び作業性(施工性)に優れた複合ラス等を提供することである(【0008】。
) (ウ) 課題を解決するための手段 上記(イ)の目的を達成するための手段として,請求項1,2及び6記載の複合ラスないし外壁通気構造を提供する(【0009】【0010】【0014】。
) (エ) 効果 請求項1及び2記載の発明に係る複合ラスは,縦方向に間隔をあけて配置された横力骨を備えたラス網と,その背面に裏打ちされた防水紙とで構成される。上記複合ラスにおいては,横力骨とラス網及び防水紙を合一に表面側から裏面側へ凹溝状に突出(又は膨出)させた突条部が,横力骨と同方向に一定の間隔をあけて,横力骨とは直交する縦方向に形成されているので,請求項6記載の発明のように,各突条部の頂部を,建築物の躯体を構成する柱及び間柱に取り付けられた外壁パネルと当接させてその当接箇所を固定具で固定することにより,外壁パネルと複合ラス(の防水紙)との間に通気層を形成することができる。よって,複 16 合ラスの表面側にモルタルを塗着することにより,上記通気層を通気構造に形成したモルタル外壁を構築することができ,胴縁や通気部材は要しない。このように,モルタル外壁に一定の通気構造(通気層)を確実かつ十分に形成し得る経済性及び作業性に優れた複合ラスを提供することができる。
また,上記のとおり通気層を形成するための胴縁や通気部材等の部材を要しないので,建築物の躯体を組み立てる手間と材料を省くことができる上,複合ラスを外壁パネルへ取り付ける工程を行うだけで同時に通気層を形成することができ,便利である(【0015】。
) (オ) 実施例 a 実施例1 【図1】及び【図2】は,本発明による複合ラス10の実施例1を示している。
複合ラス10は,モルタル外壁の通気構造を構築する際に,モルタル塗着作業に先立って,建築物の躯体を構成する外壁パネル13に取り付けて張設される。
実施例1の複合ラス10については,【図5】のとおり,縦方向(同図の上下方向)に間隔をあけて横方向(同図の左右方向)に配設した複数本の横力骨2,これに接合されたラス網3及びその背面に裏打ちされた防水紙5で平板状の複合ラス素材10’を構成した上で,プレス加工等により横力骨2,ラス網3及び防水紙5を合一に等しく裏面側へ凹溝状に突出(湾曲)させる加工を行い,【図1】(A) (B)のとおり,横力骨2と同一方向に一定の間隔をあけて配置され,横 ,力骨2と直交する縦方向に平行に並んだ,一定の高さの突条部10aが多数形成された状態とする(【0019】【0021】【0024】【0025】。
) 建築物の躯体を構成する柱11及び間柱12の外側面に外壁パネル13を取り付け,柱11及び間柱12の配置間隔に対応するように,複合ラス10の突条部10aの位置合わせを,例えば【図1】(B)のように行う。そして,【図3】のとおり,複合ラス10の各突条部10aの頂部を外壁パネル13に当接させ,その各当接箇所をステープル等の固定具6で固定して複合ラス10を取り付け,張 17 設する。この張設作業は,後のモルタル塗着作業に必要な全範囲にわたり,特にラス網3の断点(隙間)を生じさせないように,隣接する複合ラス10の相互間の継ぎ足し処理を順次に繰り返して行う。
複合ラス10の張設作業終了後,複合ラス10の表面側にモルタル9を塗着してモルタル外壁を構築する。防水紙5で背面を遮断された複合ラス10と外壁パネル13との隙間が,通気層7として形成される。
なお,【図2】及び【図3】の符号8は,複合ラス10の張設作業に先立ち,外壁パネル13の表面に貼り付けた防水シートを指す(【0026】。
) b 実施例3【図9】(A)(B)は,本発明による複合ラスの実施例3を示している。
, 実施例3の複合ラス30は,上記aの実施例1の複合ラス10と構成の大部分において共通する。ただし,実施例3の特徴は,実施例1のラス網3に代えてリブラス34を採用した点にある。リブラス34は,【図9】(A)の上下方向に間隔をあけて横方向(同図の左右方向)に配置される横力骨32(リブ)と,各横力骨32(リブ)の間に形成された網目部33とで構成されている。
複合ラス30も,実施例1の複合ラス10と同様に,リブラス34の背面に防水紙5を接着剤等により止め付ける手段等で裏打ちして平板状の複合ラス素材を構成した上で,リブラス34と防水紙5を合一に等しく裏面側へ凹溝状に突出させるプレス加工等を行うことにより,【図9】(A) (B)のとおり,横力骨32 ,と同一方向に一定の間隔をあけて配置され,横力骨32と直交する縦方向に平行に並ぶ突条部10aが多数形成された状態としたものである(【0031】。
) 複合ラス30を用いたモルタル外壁の通気構造も,通気層7を形成するために胴縁や通気部材等の部材を用いる必要がなく,複合ラス30を外壁パネル13に取り付けて張設する作業を行うだけで,外壁パネル13と複合ラス30との間に,横方向に隣接する縦向きの突条部10aによって通気層7を一定の形状,大きさに形成することができる(【0032】。
) 18 以上,実施例を図面に基づいて説明したが,本発明は,図示例の限りではない。
本発明の技術的思想を逸脱しない範囲において,当業者が通常に行う設計変更,応用のバリエーションの範囲を含むことを念のために言及する(【0033】。
) ? 先願発明の認定及び本件発明との対比 ア 上記?によれば,先願明細書等(甲5の2)には,本件審決が認定したとおりの先願発明(前記第2の3?)が記載されていることが認められ,この点につき,当事者間に争いはない。
イ 前記1及びアによれば,本件発明と先願発明との間には,少なくとも前記第2の3?アのとおりの一致点が存在することが認められ,この点につき,当事者間に争いはない。
? 相違点1について 本件審決は,通気胴縁部について,本件発明と先願発明との間の相違点1として,本件発明においては,略台形山状であって,上方に向かって斜めに拡開した逆台形型の凹溝条をなし,該凹溝条の各隅部には,溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止すべくプレスストレスを分散できるようプレス成形時にRをつけてプレスストレスベクトルを多数の角度に分散して形成されてなり,上面の幅が底面の幅よりおよそ1.3倍以上である逆台形とされて,重ね合わせ時に作業性を損なわないように形成されたのに対し,先願発明においては,凹溝条であること以外は具体的に特定されていないと認定した(前記第2の3?イ(ア)参照)。
ア 本件発明における通気胴縁部について 前記1のとおり,本件発明における通気胴縁部は,@略台形山状であって,上方に向かって斜めに拡開した逆台形型の凹溝条をなし,A該凹溝条の各隅部には,溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止すべくプレスストレスを分散できるようプレス成形時にRをつけてプレスストレスベクトルを多数の角度に分散して形成されてなり,B上面の幅が底面の幅よりおよそ1.3倍以上である逆台形とされて,重ね合わせ時に作業性を損なわないように形成されており,これらの事項が発明特定事項とな 19 っている。
本件発明は,従来のモルタル塗り外壁通気工法が壁内の通気層の形成に別部材としての通気胴縁を要したために作業コストの上昇等の問題が生じていたことから,建物壁内に通気層を確実に形成するとともに,通気胴縁の役割を果たす通気胴縁部とリブラスを一体に形成することにより,別部材としての通気胴縁を不要とする建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材の提供を課題とし(【0007】【0008】, )溝条リブ及びラス材(リブラス)を防水シート側に向けて略台形山状に突出させて通気胴縁部を形成し,溝条リブの底面をステープルで打ち付けて構造躯体に固定することによって,建物壁内に通気層を確実に形成するとともに,通気胴縁の役割を果たす通気胴縁部とリブラスを一体に形成することにより,別部材としての通気胴縁を不要とし,上記課題を解決するというものである(【0009】【0010】【0016】〜【0018】【0022】【0027】【0028】【図2】。
) したがって,リブとラス材(リブラス)を防水シート側に突出させて成る通気胴縁部を,略台形山状であって,上方に向かって斜めに拡開した逆台形型の凹溝条とすること(前記@)は,建物壁内に通気層を確実に形成するとともに,通気胴縁の役割を果たす通気胴縁部とリブラスを一体に形成することにより別部材としての通気胴縁を不要とする建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材の提供という課題を解決するための手段ということができる。
そして,本件発明においては,上記リブが溝条リブであることから,溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止するために,逆台形型の凹溝条の各隅部にはプレス成形時にRをつけられ,プレスストレスベクトルを多数の角度に分散させてプレスストレスを分散できるように形成されている(前記A)。これによって,通気胴縁部の開口側隅角部分がプレスストレスにより破断するのを防止し得る(【0009】【0019】【0023】【0030】【図2】。
) さらに,本件発明においては,モルタル塗り外壁通気層形成部材の連続敷設において重ね合わせ時に作業性を損なわないよう,逆台形型の上面の幅は,底面の幅の 20 およそ1.3倍以上とされている(前記B)【0009】 ( 【0029】。
) イ 先願発明における通気胴縁部について 先願明細書等(甲5の2)中,「凹溝条」をなす「通気胴縁部」,すなわち,「突条部10a」の具体的形状については,【図1】から【図3】及び【図9】において各隅部(2つ)にRが設けられた半円形状の「突条部10a」が描かれているのみであり,他に上記具体的形状を示す記載も図面もない。半円形状とすることやRを設けることに関する技術的意義についての記載もない。
先願明細書等には,「以上,実施例を図面に基づいて説明したが,本発明は,図示例の限りではない。本発明の技術的思想を逸脱しない範囲において,当業者が通常に行う設計変更,応用のバリエーションの範囲を含むことを念のために言及する。 ( 」 【0033】)と記載されている。先願明細書等において,「突条部10a」は,半円形状のものに限定されてはいないものの,先願明細書等における「突条部10a」の具体的形状に関する前記記載によれば,@略台形山状であって,上方に向かって斜めに拡開した逆台形型の凹溝条をなし,A該凹溝条の各隅部には,溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止すべくプレスストレスを分散できるようプレス成形時にRをつけてプレスストレスベクトルを多数の角度に分散して形成されてなり,B上面の幅が底面の幅よりおよそ1.3倍以上である逆台形とされて,重ね合わせ時に作業性を損なわないように形成された通気胴縁部が,記載されているとは認められない。
ウ 小括 以上によれば,通気胴縁部は,@略台形山状であって,上方に向かって斜めに拡開した逆台形型の凹溝条をなし,A該凹溝条の各隅部には,溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止すべくプレスストレスを分散できるようプレス成形時にRをつけてプレスストレスベクトルを多数の角度に分散して形成されてなり,B上面の幅が底面の幅よりおよそ1.3倍以上である逆台形とされて,重ね合わせ時に作業性を損なわないように形成されたという本件発明の発明特定事項は,先願明細書等に記載さ 21 れていないというべきである。
エ 原告らの主張について 原告らは,溝条リブの亀裂や引きちぎれの工学的概念及びその対処法は,先願明細書等に係る出願当時,当業者に周知されており(甲40,41),溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止するためにプレスストレスベクトルを多数の角度に分散するというRの技術的意義は,周知事実であったことから,先願明細書等には,溝条リブの亀裂や引きちぎれを防止すべく,プレス成形時にRをつけてプレスストレスベクトルを多数の角度に分散することが実質的に記載されている旨主張する。
しかし,原告らが上記周知事実の根拠として掲げる文献には,「板材を曲げ加工する際には,板の圧延方向に生じている繊維組織に直角の方向に折り曲げるように板取りする。繊維方向と平行に折り曲げると割れやすい。…」(甲40) 「曲線 ,曲ゲ 板材を曲線にそって曲げる加工法である。…曲げられてフランジとなる部分に曲ゲの曲線にそった引張りまたは圧縮応力が起きる。前者は材料破断,後者はシワ発生の原因となる。…」(甲41)といった,プレス加工ないしプレス成形一般の説明が記載されているにすぎず,特に溝条リブに言及する記載はなく,亀裂や引きちぎれを防止するためにプレスストレスベクトルを多数の角度に分散することも記載されていない。よって,証拠上,原告ら主張の周知事実を認めるに足りない。
? 相違点2について 本件審決は,相違点2として,前記第2の3?イ(イ)のとおり,建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材の敷設に関し,本件発明においては,連続敷設時には,通気胴縁部同士及びリブ同士が重ね合わせられ,逆台形型凹溝条をなす通気胴縁部の形状及び断面形状が略凹溝条をなす溝条リブの形状が重ね合わせ敷設の目印形状となるよう形成されるのに対し,先願発明においては,複合ラスの張設作業は,隙間を生じさせないように隣接する複合ラス相互間の継ぎ足し処理を順次に繰り返して行うものの,通気胴縁部(突条部10a)及びリブ(横力骨32)の形状が重ね合 22 わせ敷設の目印形状となるよう形成されているか否か不明であると認定した。
ア 本件発明について 本件発明においては,モルタル塗り外壁通気層形成部材の連続敷設時には,通気胴縁部同士及び溝条リブ同士が重ね合わせられ,逆台形型凹溝条をなす通気胴縁部の形状及び断面形状が略凹溝条をなす溝条リブの形状が重ね合わせ敷設の目印形状となるとされており,これは,発明特定事項となっている。
本件明細書において,モルタル塗り外壁通気層形成部材の連続敷設時には,通気胴縁部同士及び溝条リブ同士が重ね合わせられ,逆台形型の凹溝条をなす通気胴縁部の形状及び断面形状が略凹溝条をなす溝条リブの形状が重ね合わせ敷設の目印となる旨が記載されており(【0009】 ,その効果につき,本件発明の構成 )を採用したモルタル塗り外壁通気層形成部材の連続敷設は,通気胴縁部同士及び溝条リブ同士を重ね合わせるので,通気胴縁部及び溝条リブが敷設の目印となることから,高度な技術を要することなく,容易に敷設し得るとの効果も期待できる旨が記載されている(【0049】 。これらの記載は,本件発明に係るモルタル )塗り外壁通気層形成部材の連続敷設時において,通気胴縁部の逆台形型の凹溝条の形状及び溝条リブの略凹溝条の断面形状が,そのまま目印となり得ることを意味するものと解される。
イ 先願発明について 先願明細書等においては,複合ラスの張設作業につき,後のモルタル塗着作業に必要な全範囲にわたり,特にラス網3の断点(隙間)を生じさせないように,隣接する複合ラス10の相互間の継ぎ足し処理を順次に繰り返して行う旨の記載はあるものの(【0026】 ,継ぎ足し処理の具体的方法については記載がなく, )通気胴縁部に相当する突条部10aないしリブラスを構成する溝条リブを重ね合わせることは,記載も示唆もされていない。
ウ 小括 よって,モルタル塗り外壁通気層形成部材の連続敷設時には,通気胴縁部同士 23 及び溝条リブ同士が重ね合わせられ,逆台形型凹溝条をなす通気胴縁部の形状及び断面形状が略凹溝条をなす溝条リブの形状が重ね合わせ敷設の目印形状となるという本件発明の発明特定事項は,先願明細書等に記載されていないというべきである。
エ 原告らの主張について (ア) 原告らは,複合ラスの張設作業においては,隣接する複合ラス相互間の継ぎ足し処理(重ね合わせ)に当たって隙間が生じないように注意深く位置合わせして施工することは,技術常識であり,これは,先願明細書等の【図8】からも明らかといえ,その際,通気胴縁部(突条部10a)及びリブ(横力骨32)の形状は,確実に目視できる目立つもので,他に格別の目印も見当たらないことから,通気胴縁部及びリブの形状を目印としてこれらを重ね合わせながら敷設作業を進めることも,自明のことである旨主張する。
(イ) しかし,先願明細書等においては,複合ラスの張設作業の際に隣接する複合ラスを重ね合わせる旨の記載はなく,【図8】(別紙2参照)において,複合ラスを重ね合わせているか否かは不明である。なお,【図8】は,実施例1の複合ラス10と同じく,横力骨2,ラス網3及び防水紙5から成る実施例2の複合ラス20を図示したものであり,リブラスを用いた複合ラス30を図示したものではない(【0028】〜【0030】【図6】(A)(B)【図7】。
) さらに,複合ラスを重ね合わせる際,何を目印とするかは重ね合わせの方法等によっても異なるものと考えられ,必然的に通気胴縁部ないし溝条リブの形状を目印とするとまではいうことができない。
? 小括 以上のとおり,相違点1及び2に係る本件発明の構成は,先願明細書等に記載されているということはできず,したがって,本件発明は,先願明細書等に記載された発明ではない。
よって,取消事由1は,理由がない。
24 3 取消事由2(明確性の要件に係る判断の誤り)について ? 原告らは,本件特許請求の範囲請求項1の「前記通気胴縁部の上面の幅が,該通気胴縁部の底面の幅よりおよそ1.3倍以上を有する逆台形」につき,「およそ1.3倍以上」の記載が上限値を特定していないとしても,必ずしも不明確とはいえないとの本件審決の判断は,誤りである旨主張する。
しかし,本件発明は,建物のモルタル塗り外壁通気層形成部材に関するものであるところ,逆台形とされる通気胴縁部の上面の幅が大きすぎると,十分な外壁通気層を形成することが困難になることは明らかである(【図1】【図2】参照)。
また,本件発明において,通気胴縁部の形状は,上記形成部材の重ね合わせ敷設の目印形状となるものであり,上面の幅を底面の幅のおよそ1.3倍以上とするのは,重ね合わせ時に作業性を損なわないようにするためであるところ(【0009】【0029】 ,上面の幅が大きすぎると,重ね合わせ時に位置が定まりにくく, )作業性が損なわれる。
よって,通気胴縁部の上面の幅については,十分な外壁通気層を形成することができ,かつ,モルタル塗り外壁通気層形成部材の重ね合わせ敷設時の作業性を損なわない大きさをもって上限とすることは,当業者にとって自明の事項というべきである。
したがって,本件特許請求の範囲請求項1の「前記通気胴縁部の上面の幅が,該通気胴縁部の底面の幅よりおよそ1.3倍以上を有する逆台形」との記載が不明確ということはできない。
? 小括 よって,取消事由2は,理由がない。
4 結論 以上のとおり,原告ら主張の取消事由にはいずれも理由がない。よって,原告らの請求はいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
25 裁判長裁判官部眞規子裁判官古河謙一裁判官鈴木わかな26 (別紙1)本件明細書(甲2)掲載の図面【図1】モルタル塗り外壁通気層形成部材の構成の説明図1モルタル塗り外壁通気層形成部材2溝条リブ3ラス材4防水シート5通気胴縁部6建物の構造躯体7通気層16止着部材(ステー【図2】本件発明を適用した実施例の概略構成図プル)17開口側隅角部分1727 (別紙2)先願明細書等(甲5の2)掲載の図面【図1】(A)は実施例1の複合ラス10の正面図,(B)は複合ラス10を外壁パネル13に取り付けた状態の平面図,(C)は(A)のC-C線矢視断面図28 【図2】【図1】(B)中のX部を拡大した平面図【図3】【図2】の複合ラス10にモルタル9を塗着した状態の平面図29 【図5】実施例1の平板状の複合ラス素材10’の構成要素を分離して示す斜視図【図8】窓用開口部の施工において,実施例2の複合ラス20に形成した突条部及び凹部の配置を表した説明図。
30 【図9】(A)は実施例3の複合ラス30の正面図,(B)は複合ラス30を外壁パネル13に取り付けた状態の平面図31