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関連審決 訂正2015-390067
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成27ワ5869 特許権侵害行為差止等請求事件 判例 特許
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事件 平成 26年 (ワ) 8134号 特許権侵害に基づく損害賠償請求事件
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2017/02/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成26年4月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
1 本件は,発明の名称を「累進多焦点レンズ」とする特許第3611154号の特許権(以下「本件特許権」といい,同特許権に係る特許を「本件特許 」という。また,本件特許の願書に添付した明細書〔ただし,特許庁が訂正2015-390067号事件について平成27年8月4日にした審決(以下「本件訂正審決」という。)に係る訂正後のもの〕を図面と併せて「本件明細書」という。)について平成26年2月25日までは独占的通常実施権者であり同月26日からは専用実施権者である原告が,被告の製造販売に係る別紙物件目録記載1ないし3の各レンズ(以下,それぞれ「被告製品1」ないし「被告製品3」といい,これらを併せて「被告製品」と総称する。)は,本件明細書の特許請求の範囲(以下「本件特許請求の範囲」又は「特許請求の範囲」ということがある。)の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属し,被告が,平成16年10月29日から平成25年5月31日まで被告製品1を,平成24年11月1日から平成26年4月2日まで被告製品2を,平成25年6月1日から平成26年4月2日ま 1 で被告製品3を,それぞれ販売したことにより,原告は,本件特許権に係る上記独占的通常実施権ないし専用実施権侵害され,少なくとも合計3億7800万円の損害を被った旨主張して,被告に対し,民法709条に基づき,損害賠償金の一部である1億円(この内訳は次の@ないしDのとおり)及びこれに対する不法行為の後である訴状送達の日である平成26年4月9日から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
@ 被告製品1の販売による独占的通常実施権侵害不法行為に基づく損害賠償請求 7925万9259円 A 被告製品2の販売による独占的通常実施権侵害不法行為に基づく損害賠償請求 1231万4815円 B 被告製品2の販売による専用実施権侵害不法行為に基づく損害賠償請求74万0741円 C 被告製品3の販売による独占的通常実施権侵害不法行為に基づく損害賠償請求 694万4444円 D 被告製品3の販売による専用実施権侵害不法行為に基づく損害賠償請求74万0741円 2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1) 当事者 原告及び被告は,いずれも眼鏡レンズの製造・販売等を業とする株式会社である(弁論の全趣旨)。
(2) 本件特許権とその専用実施権等 ア 株式会社ニコン(以下「ニコン」という。) は,以下の特許権(本件特許権)を保有している(甲1,2)。
特 許 番 号 第3611154号 発 明 の 名 称 累進多焦点レンズ 2 出 願 日 平成8年10月18日 出 願 番 号 特願平8-297655 登 録 日 平成16年10月29日 イ 原告は,平成11年12月17日,ニコンから,本件特許権について,独占的通常実施権の許諾を受けた(甲3)。
ウ 原告は,平成26年2月26日,ニコンから,本件特許権について,次の範囲の専用実施権の設定を受けた(甲1)。
地 域 日本全国 期 間 本特許権の存続期間満了迄 内 容 全部 エ 本件特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(甲25,31)。
「レンズ屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主子午線曲線に沿って, 近景に対応する面屈折力を有する近用視矯正領域と,近景よりも実質的に 離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域と,前記 近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折 力を連続的に接続する累進領域とを備え,前記近用視矯正領域の中心は, 近用アイポイントから前記主子午線曲線に沿って下方に2mmから8mm だけ間隔を隔て,前記近用アイポイントでの屈折力をK E とし,前記特定 視距離矯正領域の中心での屈折力をK A とし,前記近用視矯正領域の中心 での屈折力をK B とし,前記特定視距離矯正領域における明視域の最大幅 をW F (mm)としたとき, 0.6<(K E -K A )/(K B -K A )<0.9 (1) W F ≧50/(K B -K A ) (2) の条件を満足することを特徴とする累進多焦点レンズ。」 オ 上記請求項1に係る発明(本件発明)は,次のとおり構成要件に分説するこ 3 とができる(以下,分説に係る各構成要件を符号に対応して「構成要件A」などという。)。
A レンズ屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主子午線曲線に沿っ て,近景に対応する面屈折力を有する近用視矯正領域と,近景よりも実 質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域 と,前記近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域との間において両領 域の面屈折力を連続的に接続する累進領域とを備え, B 前記近用視矯正領域の中心は,近用アイポイントから前記主子午線曲 線に沿って下方に2mmから8mmだけ間隔を隔て, C 前記近用アイポイントでの屈折力をK E とし,前記特定視距離矯正領 域の中心での屈折力をK A とし,前記近用視矯正領域の中心での屈折力 をKBとし,前記特定視距離矯正領域における明視域の最大幅をW F (mm)としたとき, 0.6<(K E -K A )/(K B -K A )<0.9 (1) W F ≧50/(K B -K A ) (2) の条件を満足する D ことを特徴とする累進多焦点レンズ。
(3) 訂正の経緯 ア 本件特許請求の範囲の請求項1の記載は,本件訂正審決の確定前は,次のとおりであった(甲2)。
「レンズ屈折面を鼻側領域と耳側領域とに分割する主子午線曲線に沿って, 近景に対応する面屈折力を有する近用視矯正領域と,近景よりも実質的に 離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域と,前記 近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折 力を連続的に接続する累進領域とを備え,前記近用視矯正領域の中心は, 近用アイポイントから前記主子午線曲線に沿って下方に2mmから8mm 4 だけ間隔を隔て,前記近用アイポイントでの屈折力をK E とし,前記特定 視距離矯正領域の中心での屈折力をK A とし,前記近用視矯正領域の中心 での屈折力をK B としたとき, 0.6<(K E -K A )/(K B -K A )<0.9 (1) の条件を満足することを特徴とする累進多焦点レンズ。」 イ ニコンは,平成27年6月22日付けで,本件特許の願書に添付した明細書(ただし,本件訂正審決に係る訂正前のもの。以下,図面と併せて「訂正前明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1を前記アから前記 (2)エのとおりに訂正(構成要件Cの「,前記特定視距離矯正領域における明視域の最大幅をW F (mm)とし」及び「W F ≧50/(K B -K A ) (2)」という部分を付加する訂正)し,それに伴い,訂正前明細書の発明の詳細な説明の段落【0012】の記載を上記訂正後の請求項1の記載に整合するよう訂正することを内容とする訂正審判(訂正2015-390067号事件)を請求した(甲24,25)。
ウ 特許庁は,平成27年8月4日,上記訂正審判事件について,請求のとおりの訂正(以下「本件訂正」という。)を認める旨の審決をし,これにより本件訂正が確定した(甲31)。
(4) 被告製品 被告製品は,いずれも眼鏡レンズである。
被告は,平成12年頃から平成25年5月31日まで被告製品1を製造・販売した。また,被告は,平成24年11月1日から被告製品2を,平成25年6月1日から被告製品3を,それぞれ製造・販売している。(以上につき,甲4ないし6,弁論の全趣旨) (5) 本件訴訟の経緯 原告は,平成26年4月2日,被告を相手取って,本件訴訟を当庁に提起した。
原告は,平成27年12月2日付け第11準備書面において,被告製品1を対象とする損害賠償請求 に係る訴えを取り下げ,同準備書面は同日被告に送達された 5 が,被告は,同日,同取下げに異議を述べた。(以上につき,顕著な事実) 3 争点 (1) 被告製品はそれぞれ本件発明の技術的範囲に属するか(争点1) ア 被告製品はそれぞれ構成要件Aを充足するか(争点1-1) イ 被告製品はそれぞれ構成要件Bを充足するか(争点1-2) ウ 被告製品はそれぞれ構成要件Cを充足するか(争点1-3) エ 被告製品はそれぞれ構成要件Dを充足するか(争点1-4) オ (仮に被告製品が構成要件Dを充足しないとしても)被告製品はそれぞれ本件特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして本件発明の技術的範囲に属するか(争点1-5) (2) 本件発明についての特許は特許無効審判により無効とされるべきものと認められるか(争点2) ア 無効理由1(乙第1号証による新規性欠如)は認められるか(争点2-1) イ 無効理由2(乙第1号証による進歩性欠如)は認められるか(争点2-2) ウ 無効理由3(明確性要件違反)は認められるか(争点2-3) エ 無効理由4(実施可能要件違反)は認められるか(争点2-4) オ 無効理由5(訂正要件違反)は認められるか(争点2-5) (3) 損害額等(争点3) 4 争点に関する当事者の主張 (1) 争点1(被告製品は本件発明の技術的範囲に属するか)について 【原告の主張】 ア 争点1-1(被告製品は構成要件Aを充足するか)について (ア) 被告製品は,いずれも累進屈折力レンズであり,本件発明の「近用視矯正領域」,「累進領域」及び「特定視距離矯正領域」に相当する各領域を備えている。
本件発明において,「特定視距離矯正領域」は,「近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する」領域と定義されており,「近景よりも実質的 6 に離れた特定距離に対応する面屈折力」を有していれば「特定視距離矯正領域」に該当するというべきである。遠方(近景よりも実質的に離れた距離)について装用者の老視の度合いに応じて矯正するための領域が設けられているかどうかや処方値が定められているかどうかは,この要件の該当性とは関係がない(なお,近景に対応する領域〔近用視矯正領域〕に比べて小さい屈折力が付与される領域においては,実質的に異なる距離に対応する被写体に対して見え方が矯正されることは明らかであるといえる。)。また,本件発明では,特定視距離矯正領域において屈折力が一定値をとるといったことも要件とはされておらず,遠方視(近景と異なる特定視距離)の領域において屈折力が幾らか変化していることがあっても,遠用部ないし特定視距離矯正領域に当たり得ることは,技術常識である。
被告製品においては,レンズ上方に,別紙「原告の主張する特定視距離矯正領域(本件上方領域)」の「Lectureのレイアウト」の図における上方の点線円のとおり「A/Bのタイプ識別のための測定円」(以下「本件測定円」という。)が設けられているところ,本件測定円の下端より上方の領域(同別紙記載の赤線より上方の領域。以下「本件上方領域」という。)は,近用度数測定円(同別紙記載の図における下方の破線円)での度数より小さい度数を有することが明らかであり,近用視矯正領域と(実質的にも)異なる屈折力を有する領域であるから,「近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する」領域として,「特定視距離矯正領域」に該当する。
(イ) 他方,被告製品がレンズ下方において「近用視矯正領域」を備えていることは明らかであり,同領域と本件上方領域との間において少しずつ度数を変化させた累進帯を有することも明らかであるから,被告製品は,「近用視矯正領域と特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域」を備えたものといえる。
なお,被告製品においては,本件測定円の下端を基準として,「特定視距離矯正領域」と「累進領域」とを区別することは十分に可能である。
7 (ウ) 本件特許請求の範囲においては,「主子午線曲線」は,@レンズの屈折面を鼻側領域と耳側領域に分割し,A近用視矯正領域,累進領域及び特定視距離矯正領域に沿って設けられるものと規定されているところ,被告製品においては,これら@及びAの要件を満たす曲線を観念することができるから,被告製品が「主子午線曲線」を備えていることは明らかである。「度数(遠用)測定点」が設けられているかどうかは,「主子午線曲線」の要件該当性とは無関係であるし,「主子午線曲線」について,「遠用中心と近用中心とを通る断面と物体側レンズ面との交線からなる中心線」に限定して解釈すべき理由はない。
(エ) したがって,被告製品は,いずれも本件発明の構成要件Aを充足する。
イ 争点1-2(被告製品は構成要件Bを充足するか)について 被告製品における度数(近用)測定点は,「近用視矯正領域の中心」に該当し,被告製品1及び被告製品3におけるアイポイント及び被告製品2におけるフィッティングポイントは,いずれも「近用アイポイント」に該当する。そして,被告製品において,度数(近用)測定点は,いずれも近用アイポイントから下方に8mmだけ間隔を隔てている。
したがって,被告製品は,いずれも本件発明の構成要件Bを充足する。
ウ 争点1-3(被告製品は構成要件Cを充足するか)について (ア) 本件明細書の段落【0016】【0028】等に照らすと,「特定視距離矯正領域の中心」とは,「特定視部の測定基準点とされる点」を意味しており,「特定視距離矯正領域の中心」(特定中心)及び「近用視矯正領域の中心」(近用中心)は,眼鏡レンズの「加入度」を定めるための基準点であるところ,被告製品においては,本件測定円及び近用度数測定円が,加入度を定義するための円として定められている。そして,本件測定円を用いてタイプ識別をするに当たっては,本件測定円の中心がレンズメータの開口部の中心と一致するようにレンズメータを当てるのが通常であるから,本件測定円の中心が,特定視部(特定視距離矯正領域)の測定基準点,すなわち「特定視距離矯正領域の中心」に該当するというべきであ 8 る。
(イ) 被告製品1の度数分布については,(K E -K A )/(K B -K A )=0.717であるから,被告製品1は,条件式(1)を満足する。
被告製品2の度数分布については,(K E -K A )/(K B -K A )=0.716であるから,被告製品2は,条件式(1)を満足する。
被告製品3の度数分布については,(K E -K A )/(K B -K A )=0.724であるから,被告製品3は,条件式(1)を満足する。
(ウ) 本件明細書の段落【0004】【0026】【0033】等に照らすと,本件発明における「明視域」とは,「非点隔差が0.5ディオプター以下の範囲」と定義されているところ,この「非点隔差」は,「面非点隔差」ではなく「透過非点隔差」を指す(面ではなく,レンズを透過した光線の収束位置における像のずれを示すものであり,物体側の面のみの性能を評価したものではなく,眼球側の面をも考慮した性能〔透過による性能〕を評価したものである。)と解される。 すなわち,構成要件Cの「明視域の最大幅」は,透過非点隔差(眼球側の面及び物体側の面の三次元形状に基づいて求められた透過屈折力から算出された非点隔差)に基づいて定められると解される。そして,本件明細書の【図4】や技術常識に照らすと,@眼と物体との距離については,近用視距離が0.5m,特定視距離が無限遠であること,A眼球とレンズ面との距離は12mmであり,眼球とレンズ面との角度(前傾角)は0度であること,B幅を特定するための基準となる面は,累進面である物体側の面(外面)であることを前提に,明視域の最大幅を求めるべきである。
以上を前提に算定すると,被告製品2の特定視距離矯正領域における明視域の最大幅W F は36mmであり,50/(K B -K A )の値32.3より大きいから,条件式(2)を満足する。
また,被告製品3の特定視距離矯正領域における明視域の最大幅 W F は38mmであり,50/(K B -K A )の値34.4より大きいから,条件式(2)を満足 9 する。
(エ) 以上によれば,被告製品は,いずれも本件発明の構成要件Cを充足する。
エ 争点1-4(被告製品は構成要件Dを充足するか)について 被告製品は,いずれも累進屈折力レンズであるところ,これは累進多焦点レンズに該当する。被告は,「処方度数」を根拠に,被告製品が「単焦点レンズ」であり「多焦点レンズ」ではない旨主張するが,「処方度数」が複数の基準点において保証されているかどうかは,本件発明の構成要件とは何ら無関係である。なお,被告のウェブサイト「HOYAのメガネレンズの歴史」(甲21)においては,被告製品1及び被告製品2は,「多焦点メガネレンズ」に分類されている。
したがって,被告製品は,いずれも本件発明の構成要件Dを充足する。
オ 争点1-5(被告製品は本件発明と均等であるか)について 仮に,被告製品が累進レンズとしての単焦点レンズに該当するとしても,次のとおり,被告製品は,いずれも本件発明と均等なものとして本件発明の技術的範囲に属する。
(ア) 均等の第1要件(非本質的部分)について 本件発明の目的及び効果に鑑みれば,本件発明の特徴的部分は,眼鏡レンズにおいて,「近用アイポイントを近用中心から主子午線曲線に沿って上方に2mmから8mmの距離に設定するとともに,条件式(1)を満足するように設定する」ことにある。当該眼鏡レンズが累進領域を有する,すなわち焦点距離が異なる複数の領域を有している限り,それが 「累進多焦点レンズ」に分類されるか「単焦点レンズ」に分類されるかは,上記特徴的部分とは関係がなく,本件発明の本質的部分ではない。
したがって,被告製品は,いずれも均等の第1要件を充足する。
(イ) 均等の第2要件(置換可能性)について 本件発明の「累進多焦点レンズ」を「累進部を有する単焦点レンズ」に置き換えたとしても,「近用アイポイントから近用部にかけて発生する収差が比較的小さ 10 く,良好な視覚特性が得られる」という本件発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものである。
したがって,被告製品は,いずれも均等の第2要件を充足する。
(ウ) 均等の第3要件(置換容易性)について 上記(イ)のように置き換えることは,当業者が,被告製品の製造等の時点において容易に想到することができたものである。
したがって,被告製品は,いずれも均等の第3要件を充足する。
(エ) 均等の第4要件(公知技術等)について 被告が援用する「ベルーナ・ウノHX/ベルーナ・ウノ」(乙5)には,「フィッティングポイント」での屈折力の値が示されておらず,本件発明の条件式(1)を満たしているとの立証はないし,条件式(2)を満たしていることの立証もない。したがって,この技術からの容易推考性により被告製品が均等の第4要件を充足しないとする被告の主張は失当である。
(オ) 均等の第5要件(意識的除外等)について 本件特許の出願手続において,「累進部を有する単焦点レンズ」が特許請求の範囲から意識的に除外されたことを示す証拠はない。したがって,被告製品が均等の第5要件を充足しないとする被告の主張は失当である。
【被告の主張】 ア 争点1-1(被告製品は構成要件Aを充足するか)について (ア) 本件明細書の段落【0016】に照らすと,「特定視距離矯正領域」とは,装用者の老視の度合いに応じて矯正される領域であって,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する領域をいうものと定義付けられており,装用者の老視の度合いに応じて「矯正」されることを前提として用いられる語である。そもそもメガネレンズは,単なる光学レンズとは異なり,視力矯正という機能を必須とするものであるところ,「矯正」という以上,眼鏡装用者の度数に応じた処方値が必要となり,処方度数を設けることが可能となるようなレンズの構成を備 11 える必要があることは当然の事であるし,「矯正領域」という以上,1点のみでたまたま焦点距離が合うだけでは安定した視力が得られないから,特定の度数である屈折力が一定である領域が確保されている必要がある。しかも,本件発明においては,「特定視距離矯正領域」は,屈折力が連続的に変化する「累進領域」と明確に区分されているところ,仮に「特定視距離矯正領域」において屈折力が一定でなくてもよいとするならば,「特定視距離矯正領域」と「累進領域」とを区分する境界が不明となってしまう。
被告製品においては,近用度数測定位置より上方には屈折力が変化し続ける領域(累進領域)しかなく,近景よりも実質的に離れた特定距離について,特定の度数(処方値)である屈折力が一定の領域は確保されておらず,眼鏡装着者の視力に応じて「矯正」するような領域は一切備えていない。
原告は,本件上方領域が被告製品における「特定視距離矯正領域」である旨主張するが,本件測定円は,累進部の変化の割合を異ならせた2種類の被告製品(AタイプとBタイプ)のいずれのタイプかを識別するために眼鏡店が便宜的にレンズメータを当てる箇所(タイプ識別円)にすぎず,「特定視距離矯正領域」とは関係がない。本件上方領域は,屈折力が変化している累進領域であるし,また,本件測定円の中心は近用アイポイントから上方20mmの位置にあるところ,これでは近用アイポイントからの距離が長くなりすぎ,本件測定円が眼鏡フレームの枠ぎりぎりの位置又はその外側の位置になってしまうから,本件発明の「特定視距離矯正領域」としては極めて不適当な位置というほかない。したがって,本件上方領域は,「特定視距離矯正領域」にはなり得ない。
以上によれば,被告製品が「特定視距離矯正領域」を備えているということはできない。
(イ) 被告製品は,いずれも度数(近用)測定点のみにおいて処方度数を設定している単焦点レンズであり,近用度数測定円から上方に行くに従い,近用度数を漸減させているにすぎない。したがって,被告製品は,「近用視矯正領域」と,近用視 12 矯正領域から上方に向けて面屈折力が徐々に変化する一種の「累進領域」を備えているとはいえるとしても,上記(ア)のとおり「特定視距離矯正領域」を備えていないから,被告製品の「累進領域」は,「近用視矯正領域と特定視距離矯正領域との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する」ものではない。
(ウ) さらに,本件明細書の段落【0006】に照らすと,「主子午線曲線」とは,「遠用中心と近用中心とを通る断面と物体側レンズ面との交線からなる中心線」を意味すると解されるところ,被告製品は, 「遠用中心」を備えていないから,「主子午線曲線」を備えてはいない。
(エ) したがって,被告製品は,いずれも本件発明の構成要件Aを充足しない。
イ 争点1-2(被告製品は構成要件Bを充足するか)について 被 告製 品 は , い ずれ も 前記 ア (ウ)のと お り 「主 子 午 線 曲 線」 を 備え て い な い から,「主子午線曲線」に「沿って」下方に2mmから8mmだけ間隔を隔てることは不可能である。
したがって,被告製品は,いずれも本件発明の構成要件Bを充足しない。
ウ 争点1-3(被告製品は構成要件Cを充足するか)について (ア) 被告製品は,いずれも「特定視距離矯正領域」を備えていないから,「特定視距離矯正領域の中心」は存在しない。したがって,被告製品については,「特定視距離矯正領域の中心での屈折力」である「K A 」も存在し得ない。
このように「K A 」が存在しないため,被告製品が条件式(1)や条件式(2)を満たすこともない。
(イ) 被告製品1については,条件式(2)を満たすことの主張立証が全く欠けている。
他方,被告製品2及び被告製品3については,原告は,「特定視距離矯正領域における明視域の最大幅W F 」を透過非点隔差により定義して算定しているが,条件式(2)の右辺にある「K A 」及び「K B 」は「面屈折力」であるにもかかわらず,どうして左辺の「W F 」の値だけが「面非点隔差」ではなく「透過非点隔差」 13 の数値となるのか疑問である。のみならず,「W F 」は,透過非点隔差により定義しようとすると,@眼と物体との距離及び位置関係,A眼球とレンズ面との距離及び角度,B幅を特定するための基準となる面といった多様な要素により変化する(上記@によって光線の透過条件が変わり,上記Aによって光線の収束条件が変わるため,非点隔差が変化するし,上記Bについては,表面,裏面及び参照球面のいずれを基準とするかによって3通りの幅があり得る。)ため,一義的には定まらない。また,原告は,上記@につき,特定視距離として無限遠を設定しているが,そのような条件は,被告製品のような近近レンズには適さない。さらに,仮に,被告製品の透過非点隔差が0.0〜0.5Dの領域を「特定視距離矯正領域における明視域」と見立てたとしても,(a) 近近レンズに適した55cm〜30cmの範囲で見る,及び (b) 本件測定円における近用視矯正領域との屈折力の差1.5Dを加入度とみなす ,という条件で算定すると,被告製品 2 のW F は,凸面 座標では20.1mm,参照球面座標では14.1mmであり,被告製品3のW F は,凸面座標では31.1mm,参照球面座標では22.5mmであって,いずれも50/(K B -K A )の値33.3mmより小さいから,条件式(2)を満足しない。
(ウ) したがって,被告製品は,いずれも本件発明の構成要件Cを充足しない。
エ 争点1-4(被告製品は構成要件Dを充足するか)について 「累進多焦点レンズ」にいう「焦点」は光束が収束することを前提とし,屈折力が連続的に変化すると光束が収束しようがないところ,「多焦点レンズ」とは,眼鏡装着者の視力に合わせた処方度数を複数の基準点において保証しているものを指し,少なくとも,一定の屈折力を有する遠方視領域と一定の屈折力を有する近方視領域とを有するものである必要があると解される。
被告製品は,いずれも近用の度数(1つの度数)しか処方度数を保証しておらず,遠方視領域においては一定の屈折力を有せず「累進領域」しかないから,「単焦点レンズ」であり,「多焦点レンズ」ではない。すなわち,被告製品は,「累進屈折力レンズ」(屈折力が連続的に変化するレンズ。なお,被告製品は「近近レン 14 ズ」なので,「近近累進屈折力レンズ」といえる。)ではあるが「単焦点レンズ」,すなわち「累進単焦点レンズ」であって,「累進多焦点レンズ」ではない。
なお,被告のウェブサイト(甲21)中の被告製品1及び被告製品2の分類に関する記載は単なる誤記である。
したがって,被告製品は,いずれも本件発明の構成要件Dを充足しない。
オ 争点1-5(被告製品は本件発明と均等であるか)について 次のとおり,被告製品は,本件発明と均等なものとは認められない。
(ア) 均等の第1要件(非本質的部分)について 「単焦点レンズ」は「累進多焦点レンズ」とは本質的に相違するのであって, この点は,本件発明の本質的部分というべきである。したがって,被告製品は,均等の第1要件を充足しない。
(イ) 均等の第2要件(置換可能性)について 「単焦点レンズ」である被告製品においては,「累進多焦点レンズ」に特有の課題(本件明細書の段落【0010】)が生じないことから,その課題を解決する ということもあり得ない。したがって,被告製品は,本件発明と同一の効果を奏しようがなく,均等の第2要件を充足しない。
(ウ) 均等の第3要件(置換容易性)について 「累進多焦点レンズ」を「累進部を有する単焦点レンズ」に置き換えることは,全く異なるタイプの眼鏡にすることであるから,当業者が容易に想到し得たものではない。したがって,被告製品は,均等の第3要件を充足しない。
(エ) 均等の第4要件(公知技術等)について 東海光学株式会社が平成8年4月から発売していた近用専用レンズ「ベルーナ・ウノHX/ベルーナ・ウノ」(乙5)は,累進屈折力のある面を有する公知の単焦点レンズであった。本件特許の出願当時,被告製品の構成は,この公知技術から容易に推考できたものである。したがって,被告製品は,均等の第4要件を充足しない。
15 (オ) 均等の第5要件(意識的除外等)について 本件発明は,「累進多焦点レンズ」を当然の前提とした発明であって,「累進部を有する単焦点レンズ」を特許請求の範囲から意識的に除外して出願をしたものである。このような特段の事情があるから,被告製品は,均等の第5要件を充足しない。
(2) 争点2(本件発明についての特許は無効とされるべきか)について 【被告の主張】 ア 争点2-1(無効理由1:乙第1号証による新規性欠如)について (ア) 乙1発明 本件特許の出願前に日本国内で頒布された刊行物である特公平6-90368号公報(乙1。以下「乙1公報」という。)の特許請求の範囲の請求項7には,別紙「乙1発明」記載のとおりの発明(以下「乙1発明」という。) が記載されている。
(イ) 本件発明と乙1発明との対比 a 構成要件Aについて 乙1発明の「中央基準線」は,本件発明の「主子午線曲線」に相当し,乙1発明の「中央基準線」上の「遠用中心」,「近用中心」及び「アイポイント」は,それぞれ本件発明の「特定視距離矯正領域の中心」,「 近用視矯正領域の中心」及び「近用アイポイント」に相当する。また,乙1発明の所定の加入度が付加される「遠用中心及び近用中心の間」は,本件発明の「累進領域」に相当する。したがって,乙1発明には,本件発明の構成要件Aの要素が全て開示されている。
b 構成要件Bについて 乙1発明では,遠用中心と近用中心の間の中央基準線上での屈折力の勾配Gが,G≦ADD/20(ディオプトリー/mm)の関係を満たすものとされており,遠用中心と近用中心の間の中央基準線上での間隔の下限値が20mmとなることが前提とされている。また,乙1発明では,アイポイントが中央基準線上で遠用中心よ 16 り近用中心の方向に5mmないし15mm離れた位置にくるように枠入加工されるものとされている。そうすると,遠用中心と近用中心の間の中央基準線上での間隔を上記下限値の20mmとし,アイポイントが中央基準線上で遠用中心より近用中心の方向に15mm離れた位置にくるようにしたとき,「近用中心」と「アイポイント」との「中央基準線」上での間隔は5mmとなるから,構成要件Bを満たす構成となる。
c 構成要件Cについて 乙1発明において,前記bのとおり,アイポイントが中央基準線上で遠用中心より近用中心の方向に15mm離れた位置にくるようにしたとき,アイポイントでの屈折力をK E ,遠用中心での屈折力をK A ,近用中心での屈折力をK B とすると, K E =K A +ADD×15mm/20mm=K A +0.75ADD K B =K A +ADD×20mm/20mm=K A +1.00ADDとなる。そうすると, (K E -K A )/(K B -K A )=0.75ADD/1.00ADD=0.75となるから,構成要件Cの条件式(1)を満たす。
また,乙1公報において開示されている加入度の範囲である0.5D〜3.5Dのうち,例えば加入度2Dを選択すると,K B -K A =2Dであるから,W F ≧50/(K B -K A )=25mmとなり,乙1発明の「5≦W≦30(mm)」と一致する。すなわち,乙1発明は,加入度2Dのとき,本件発明の条件式(2)を満たす「W F 」の幅の明視域を備えることになる。 また,仮に,構成要件Cの「明視域」を「透過非点隔差」に基づくものとし,非点隔差の分布を凸面座標又は参照球面座標において捉えるものとしたときにおいても,乙1発明について,設計変更程度の僅かな修正を加えるだけで,極めて容易に条件式(2)を満たすものにすることができる。
したがって,乙1発明には,構成要件Cの要素が開示されているといえる。
d 構成要件Dについて 17 乙1発明は,「累進多焦点レンズ」であるから,構成要件Dを満たす。
(ウ) 小括 以上によれば,本件発明は,乙1発明と同一であり,あるいは設計変更程度の相違点しかなく実質的に同一であって,新規性を欠く。したがって,本件発明についての特許は,特許法29条1項3号(平成11年法律第41号による改正前のもの。以下同じ。)の規定に違反してされたものであり,特許無効審判により無効とされるべきものである。
イ 争点2-2(無効理由2:乙第1号証による進歩性欠如)について 前記ア(イ)で指摘した点などに照らすと,乙1発明における「アイポイント」の位置を「近用アイポイント」として用いること,または「近用中心」により近付けて「近用アイポイント」として用いることは,当業者において容易になし得たことである。また,条件式(1)の数値範囲を導くことは容易に想到し得たことである。
そして,条件式(2)は,加入度(K B -K A )が小さい値であれば明視域が広く,加入度が大きい値であれば明視域が狭くなるという技術常識を示しているにすぎず,同式中の「50」という数値も,一般的な設計に使用される明視域の幅から推定されるような値を意味しているにすぎない。したがって,乙1発明に単なる技術常識を付加することにより,当業者は,本件発明の構成を容易に想到し得たものである。
以上によれば,本件発明は,本件特許の出願当時,当業者が乙1発明に基づいて容易に発明をすることができたものであって,進歩性を欠く。したがって,本件発明についての特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,特許無効審判により無効とされるべきものである。
ウ 争点2-3(無効理由3:明確性要件違反)について (ア) 本件明細書の段落【0022】においては,「特定視部における明視域」を確保するための「W F ≧50/(K B -K A )」という条件式(2)は,「近用部 18 における明視域」を確保するための「W N ≧50/(K B -K A )」という条件式(3)と共に満たして初めて本件発明の技術的な効果を奏する密接な関係を有する関係式である。それにもかかわらず,条件式(2)のみを取り出した本件発明は,特定視部における明視域のみを確保することの技術的意義が明らかでない点で,不明確といわざるを得ない。
(イ) また,前記(1)【被告の主張】ウ(イ)のとおり,条件式(2)の「W F 」 の値が,原告の主張する透過非点隔差(透過屈折力から算出された非点隔差)に基づく値であるとすると,その値を求めるためには,@眼と物体との距離及び位置関係,A眼球とレンズ面との距離及び角度,B幅を特定するための基準となる面などの条件が定まっている必要がある。それにもかかわらず,本件明細書の発明の詳細な説明にこれらの条件についての定義はないから,上記「W F 」は,条件次第で異なる値となって,一義的に特定できず,発明が不明確であるといわざるを得ない。
(ウ) 以上のとおり,本件発明についての特許は,特許法36条6項2号の規定に違反してされたものであり,特許無効審判により無効とされるべきものである。
エ 争点2-4(無効理由4:実施可能要件違反)について 前記ウ(イ)のとおり,条件式(2)の「W F 」の値が,原告の主張する透過非点隔差に基づく値であるとすると,本件明細書の発明の詳細な説明には,@眼と物体との距離及び位置関係,A眼球とレンズ面との距離及び角度,B幅を特定するための基準となる面といった条件が明確に記載されていないことから,当業者は,どのようにして「W F 」の値を定めればよいのかが分からず,発明を実施することができない。
したがって,本件発明についての特許は,特許法36条4項(平成14年法律第24号による改正前のもの。以下同じ。)の規定に違反してされたものであり,特許無効審判により無効とされるべきものである。
オ 争点2-5(無効理由5:訂正要件違反)について 訂正前明細書の段落【0016】【0022】によると,本件発明は,遠用部の 19 明視域をある程度犠牲にしても,近用作業時の装用感を最重視し,明視域の広い近用部を確保しつつ,中間部の明視域はある程度確保する発明であるところ,特定視部における明視域の最大幅に関する「W F ≧50/(K B -K A )」という条件式(2)は,近用部における明視域の最大幅に関する「WN ≧50/(KB -KA )」という条件式(3)と共に満たして初めて本件発明の技術的な効果を奏する密接な関係を有する関係式である。そうすると,条件式(2)のみを取り出した本件訂正は,訂正前明細書に記載のない事項に係るものとして,特許法126条5項に違反する。また,条件式(2)のみを取り出した本件訂正は,前記ウ(ア)のとおり,その技術的意義が不明確であり,明確性要件(同法36条6項2号)を満たさないから,独立して特許を受けることができない発明に係るものとして,同法126条7項に違反する。
したがって,本件訂正は,訂正要件に違反してされたものであり,本件発明についての特許は,特許無効審判により無効とされるべきものである。
【原告の主張】 ア 争点2-1(無効理由1:乙第1号証による新規性欠如)について (ア) 本件発明と乙1発明とは,次の各点で相違している。
a 構成要件Bについて 乙1発明における「アイポイント」とは,遠用中心又はその近傍に設定される点であり,遠用アイポイントを意味するものであるから,本件発明の「近用アイポイント」に相当するものではない。そうすると,乙1発明には,本件発明の「近用アイポイント」が開示されていない。
また,乙1発明には,アイポイントを近用中心側に設けるという技術思想は開示されていない。
したがって,乙1発明には,本件発明の構成要件Bに相当する構成が開示されていない。
b 構成要件Cについて 20 乙1発明には,条件式(2)に係る構成は開示されていない。
(イ) 以上によれば,本件発明は,乙1発明と同一ではなく,新規性を有する。したがって,本件発明についての特許は,特許法29条1項3号の規定に違反してされたものではなく,無効理由1は成り立たない。
イ 争点2-2(無効理由2:乙第1号証による進歩性欠如)について 本件発明は,乙1発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。したがって,本件発明についての特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものではなく,無効理由2は成り立たない。
ウ 争点2-3(無効理由3:明確性要件違反)について (ア) 条件式(2)は,特定視部における明視域の条件を規定したものであり,近用部における明視域の条件を規定した条件式(3)とは独立に技術的意義が観念できるものであるところ,特定視部において好ましい条件となる点で,その技術的意義は明確である。
(イ) また,前記(1)【原告の主張】ウ(ウ)のとおり,@眼と物体との距離及び位置関係,A眼とレンズとの距離及び角度,B幅を特定するための基準となる面については,本件明細書の【図4】や技術常識に照らして,明らかである。
(ウ) 以上のとおり,本件発明は,条件式(2)に係る部分を含めて明確であり,特許法36条6項2号を満たすから,無効理由3は成り立たない。
エ 争点2-3(無効理由4:実施可能要件違反)について 前記ウ(イ)のとおりであって,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者が,条件式(2)の「W F 」を算定し,本件発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分な説明の記載がある。
したがって,特許法36条4項に違反するものではなく,無効理由4は成り立たない。
オ 争点2-5(無効理由5:訂正要件違反)について 訂正前明細書の段落【0022】には,条件式(2)に係る技術的事項が開示さ 21 れている。条件式(2)は,特定視部における明視域の条件を規定したものであり,近用部における明視域の条件を規定した条件式(3)とは独立に技術的意義が観念できるものである。
また,訂正前明細書の上記段落には,条件式(2)及び条件式(3)の両条件を同時に満足しない場合は好ましくない旨が記載されているが,これは,いずれかの条件を満足していれば好ましいことを意味している。そうすると,条件式(2)は,特定視部において好ましい条件となる点で,その技術的意義は明確である。
したがって,本件訂正は,特許法126条5項及び同条7項の訂正要件に違反せず,無効理由5は成り立たない。
(3) 争点3(損害額等)について 【原告の主張】 ア(ア) 被告は,本件特許の登録日である平成16年10月29日から平成25年5月31日まで被告製品1を販売した。その売上高は少なくとも8億5600万円である。
(イ) 被告は,平成24年11月1日から平成26年4月2日まで被告製品2を販売した。その売上高は,平成24年11月1日から平成26年2月25日までの期間については少なくとも1億3300万円であり,同月26日から平成26年4月2日までの期間については少なくとも800万円である。
(ウ) 被告は,平成25年6月1日から平成26年4月2日まで被告製品3を販売した。その売上高は,平成25年6月1日から平成26年2月25日までの期間については少なくとも7500万円であり,同月26日から平成26年4月2日までの期間については少なくとも800万円である。
イ 被告は,原告の本件特許に係る独占的通常実施権ないし専用実施権侵害する被告製品の販売行為によって利益を得たが,その利益率は,35%を下らない。
原告の専用実施権侵害による損害については,特許法102条2項が適用され,独占的通常実施権侵害による損害については同項が類推適用される(大阪地裁平成 22 18年(ワ)第6536号同19年11月19日判決参照)から,被告が受けた上記利益の額が,原告が独占的通常実施権者ないし専用実施権者として受けた損害の額と推定される(なお,独占的通常実施権侵害については,過失の推定に関する同法103条も類推適用される〔東京地裁平成6年(ワ)第9138号同10年5月29日判決参照〕。)。
ウ 以上によると,原告が前記ア(ア)の被告製品1の販売で独占的通常実施権侵害されたことによる損害は2億9960万円(=8億5600万円×35%)であり,前記ア(イ)の被告製品2の販売で独占的通常実施権侵害されたことによる損害は4655万円(=1億3300万円×35%),専用実施権侵害されたことによる損害は280万円(=800万円×35%)であり,前記ア (ウ)の被告製品3の販売で独占的通常実施権侵害されたことによる損害は2625万円(=7500万円×35%),専用実施権侵害されたことによる損害は280万円(=800万円×35%)である。
【被告の主張】 争う。
当裁判所の判断
1 認定事実 前記前提事実に掲記の証拠及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実が認められる。
(1) 本件明細書の記載 本件明細書には,次の各記載がある(発明の詳細な説明の段落番号を付記する。
なお,引用されている図面は,別紙「願書添付図面」のとおり。)(甲2,25,31)。
ア 発明の属する技術分野について 「本発明は,眼の調節力の補助として使用する累進多 焦点レンズに関する。」 (【0001】) 23 イ 従来の技術について「老視の矯正には,単焦点レンズや,バイフォーカルレンズや,累進多焦点レン ズなどが用いられている。これらのレンズの中でも特に累進多焦点レンズは, 遠方視時と近方視時とで眼鏡の掛け替えや掛け外しを必要としない。」(【0 002】)「累進多焦点レンズは,眼の調節力が衰退して近方視が困難になった場合の調節 力の補助用眼鏡レンズである。一般に,累進多焦点レンズでは,装用時におい て上方に位置する遠用視矯正領域(以下,「遠用部」という。)と,下方の近 用視矯正領域(以下,「近用部」という。)と,双方の領域の間において連続 的に屈折力が変化する累進領域(以下,「中間部」という。)とを備えてい る。」(【0003】)「一般に,累進多焦点レンズにおいて,遠用部および近用部において明視域(非 点隔差が0.5ディオプター以下の範囲)を広く確保し,その間を累進領域 (累進帯)で結ぶと,その累進帯の側方領域にレンズ収差が集中するようにな る。その結果,特に累進帯の側方領域において結像不良(像のボケ)および像 の歪みが発生し,このような領域で視線を振る(移動させる)と装用者には像 の歪みが像の揺れとして知覚され,装用感の悪い不快な感じを抱くことにな る。」「このような視覚特性の課題を解決するために,公知の累進多焦点レン ズにおいては様々な観点に基づく設計および評価がなされている。」(【00 04】【0005】)「以上のような技術背景の中で,特開昭62-10617号公報に開示された中 近両用の累進多焦点レンズが注目されている。この中近両用累進多焦点レンズ は,中間視から近方視を重視する設計に基づく累進多焦点レンズであり,遠近 両用累進多焦点レンズと比較して像の揺れや歪みが少なく且つ手元から中間距 離までの視野が比較的広く,特に室内では比較的使い易い眼鏡レンズであると いわれている。」(【0007】) 24 ウ 発明が解決しようとする課題について「目の調節力の衰退の度合いが大きくなるにつれて,加入度の大きなレンズを装 用しなければならなくなる。一般に,加入度が大きくなればなるほど,上述の ような累進多焦点レンズの欠点が顕著になる。すなわち,加入度が大きくなれ ばなるほど,遠用部および近用部における明視域が狭くなる。その結果,遠用 部および近用部において視線を振って快適な側方視をすることができず,顔全 体を振って側方視をしなければならなくなる。また,加入度が大きくなればな るほど,遠用部と近用部とを結ぶ累進帯の側方領域におけるレンズ収差が増大 する。その結果,累進帯の側方領域で視線を振ると,像の揺れや歪みが増大す るとともに装用感がさらに悪化し,装用が困難になってしまうことがある。」 「また,従来の累進多焦点レンズでは,目の調節力の衰退の度合いに関わらず 遠方から近方まで良好に見えるように設定しているため,累進帯が比較的長 い。したがって,レンズを眼鏡フレームに枠入れした状態では,近用視領域が フレームの最下部に位置することになり,近方視する場合には視線を大きく下 げなければならない。その結果,見づらいばかりでなく,視線を大きく下げる ことによる眼精疲労を引き起こすことになる。したがって,従来の累進多焦点 レンズでは,たとえばデスクワークのような近方作業をある程度長い時間に 亘って継続することが困難であった。」(【0008】【0009】)「本発明は,前述の課題に鑑みてなされたものであり,目の調節力の衰退が大き い人でも長い時間に亘って快適に近方視を継続することができる累進多焦点レ ンズを提供することを目的とする。」(【0011】)エ 課題を解決するための手段について「前記課題を解決するために,本発明においては,レンズ屈折面を鼻側領域と耳 側領域とに分割する主子午線曲線に沿って,近景に対応する面屈折力を有する 近用視矯正領域と,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を 有する特定視距離矯正領域と,前記近用視矯正領域と前記特定視距離矯正領域 25 との間において両領域の面屈折力を連続的に接続する累進領域とを備え,前記 近用視矯正領域の中心は,近用アイポイントから前記主子午線曲線に沿って下 方に2mmから8mmだけ間隔を隔て,前記近用アイポイントでの屈折力をK E とし,前記特定視距離矯正領域の中心での屈折力をK A とし,前記近用視矯 正領域の中心での屈折力をK B とし,前記特定視距離矯正領域における明視域 の最大幅をW F (mm)としたとき, 0.6<(K E -K A )/(K B -K A )<0.9 (1) W F ≧50/(K B -K A ) (2) の条件を満足することを特徴とする累進多焦点レンズを提供する。」(【00 12】)「本発明の好ましい態様によれば,前記特定視距離矯正領域における明視域の最 大幅をW F (mm)とし,前記近用視矯正領域における明視域の最大幅をW N (mm)とし ,前記特定視距離矯正領域の中心での屈折力をK A (ディオプ ター)とし,前記近用視矯正領域の中心での屈折力をK B (ディオプター)と したとき, W F ≧50/(K B -K A ) (2) W N ≧50/(K B -K A ) (3) の条件を満足する。」(【0013】)オ 発明の実施の形態について「本発明の累進多焦点レンズでは,遠用部の明視域をある程度犠牲にし,装用者 の老視の度合いに応じて近景よりも実質的に離れた特定距離までの範囲(軽度 の老視であれば遠方までの距離)を矯正している。すなわち,本発明では,近 用作業時の装用感を最重視して,眼球の回旋疲労が少ないような累進帯の長さ を確保している。また,明視域の広い近用部を確保し,且つ最大非点隔差を減 少させ,中間部における明視域もある程度確保するとともに特定視距離領域を 十分に広くしている。なお,本発明において,近景よりも実質的に離れた特定 26 距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域を「特定視部」と呼び,特定視部の中心すなわち特定中心と近用部の中心すなわち近用中心との距離を「累進帯の長さ」と呼び,特定中心と近用中心との間で付加される屈折力の増加量を「加入度」と呼ぶ。」(【0016】)「本発明では,眼鏡レンズとしての装用基準となる近用アイポイントから近用中心までの距離を小さくしているため,近用アイポイントから近用部にかけて発生する収差が比較的小さく,良好な視覚特性が得られる。また,視線を大きく下げることなく中間視から近用視へ移行することができるとともに,近用部において広い明視域を確保することができる。また,本発明のように,特定中心を基準とした近用アイポイントでの屈折力増加量(K E -K A )を加入度(K B-K A )の60%〜90%に設定すると,近用アイポイントから近用部に至る領域の側方領域における非点収差の集中が軽減され,像の揺れや歪みなどが抑えられ,近用部および中間部において広い明視域を実現することができる。」(【0018】)「一般に,累進多焦点レンズは眼鏡フレームに合わせて加工されるため,遠用部,中間部および近用部の各領域,特に周辺部を含む遠用部および近用部の領域は,フレームの形状によって異なることになる。」(【0024】)「特定視部の中心すなわち特定中心とは,特定視部での所定の表面屈折平均度数を有する主子午線曲線上の位置であり,実用上は特定視部の測定基準点とされる点である。また,近用部の中心すなわち近用中心とは,近用部での所定の表面屈折平均度数を有する主子午線曲線上の位置であり,実用上は近用部の測定基準点とされる点である。」(【0028】)「図1は,本発明の実施例にかかる累進多焦点レンズの領域区分の概要を示す図である。図1に示すように,本実施例の累進多焦点レンズは,装用時において上方に位置する特定視部Fと,下方の近用部Nと,双方の領域の間において連続的に屈折力が変化する中間部Pとを備えている。レンズ面の形状に関して 27 は,装用状態でレンズ面のほぼ中央を上方から下方にかけて鉛直に走る子午線 に沿った断面と物体側レンズ面との交線すなわち主子午線曲線MM’がレンズ の加入度などの仕様を表すための基準線として用いられている。このように対 称設計された累進多焦点レンズでは,特定中心A,近用アイポイントE,近用 中心Bは,主子午線曲線MM’上にある。」「このように,図1の累進多焦点 レンズは,主子午線曲線MM’に沿って,近景に対応する面屈折力を有する近 用部Nと,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特 定視部Fと,近用部Nと特定視部Fとの間において両領域の面屈折力を連続的 に接続する中間部Pとを備えている。そして,特定中心Aよりも上方を特定視 部F,近用中心Bよりも下方を近用部N,特定中心Aと近用中心Bとの間を中 間部Pと考えることができる。累進多焦点レンズの屈折面上では屈折力が連続 的に変化しており各領域を明確に区分することができないが,レンズの構造を 考える上で有効な手段として図1のような領域区分が一般的に採用されてい る。」(【0029】【0030】)「図2は,本実施例の累進多焦点レンズの主子午線曲線上の屈折力分布を概略的 に示す図である。図2において,縦軸は累進多焦点レンズの主子午線曲線を, 横軸は主子午線曲線上の屈折度数(単位D:ディオプター)をそれぞれ示して いる。図2に示すように,主子午線曲線上の表面屈折力の平均度数は,特定中 心Aから近用アイポイントEを経由して近用中心Bまで連続的に且つ滑らかに 接続するように構成されている。」(【0031】)「図5は,本実施例の累進多焦点レンズの等非点隔差曲線図であり,図4に示す 設計手法にしたがってレンズの装用状態における性能評価を行った結果を示し ている。」(【0033】)(2) 眼鏡レンズに関する一般的な文献に記載された用語の説明ア 平成6年10月10日に近代光学出版社から発行された『近代眼鏡学読本』(第13版)では,「屈折異常の矯正」に関し,「屈折異常の眼に適度のメガネ, 28 またはコンタクトレンズを装用させて,光学的な力でその眼を正視と等しい屈折状態にしてやることを,屈折異常の「矯正」といいます。」と記載されている(乙6)。
イ 平成12年10月18日に厚生労働大臣により制定され同月31日に日本規格協会から発行された「JIS T 7330 眼鏡レンズの用語」には,次の各説明が記載されている(甲30)。
(ア) レンズ品種による分類に係る用語とその定義 a 単焦点レンズ 単一の屈折度数をもつように設計されたレンズ。
b 多焦点レンズ 視覚的に分割された二つ以上の異なる屈折力をもつように 設計されたレンズ。
c 二重焦点レンズ 一般的に,遠方視及び近方視用の二つの部分をもつ多焦点 レンズ。
d 三重焦点レンズ 一般的に,遠方視,中間視及び近方視用の三つの部分をも つ多焦点レンズ。
e 累進屈折力レンズ レンズの一部又は全体にわたって,屈折力が連続的に変 化する非回転対称面をもつレンズ。
(イ) 「累進屈折力レンズ(progressive-power lens)」という用語についての解説 以前のJISでは“累進多焦点レンズ”が正式名称であったが,中間帯には厳密な意味では焦点が存在しないことから,この規格では英語を忠実に訳して“累進屈折力レンズ”とした。また,市場での混乱を軽減するために,一般に使われる頻度が高かった“累進焦点レンズ”及び“累進レンズ”を慣用語として残すことにした。
(3) 被告製品について ア 被告製品は,いずれも眼鏡レンズであり,累進屈折力レンズ(前記(2)イ(ア)e)である。被告製品2は,被告製品1の内面についても非球面化したレンズであり,それを「True Form(理想の形)」を追求したと被告が説明している製品であ 29 る(そのため,被告製品2の商品名には,被告製品1の商品名に「TF」という文言が加えられている。)。また,被告製品3は,レンズに「 Lecture」を意味する「Lec」の文字がプリントされており,被告製品1及び被告製品2と同種の製品である。
被告製品1については,平成12年6月15日に発行された雑誌『眼鏡』2000年6月号中の被告従業員が執筆した「新しい近方視専用レンズ「Lecture」編」と題する記事(甲17)において,「近業に最適な設計を施した,まったく新しい近用単焦点レンズLectureが誕生いたしました。度数の測定位置が一か所しかありませんので「単焦点レンズ」としての分類ですが,単なる球面とは異なる様々な工夫が凝らされています。」と説明された。そして,平成17年6月20日に発行された『眼鏡学ジャーナル』第8巻第2号中の別の被告従業員が執筆した「VDT作業用累進屈折力レンズの紹介―OAグラス処方の実際―」と題する 記事(甲14)では,被告製品1は,読書距離にのみ対応した度数を持つ近用単焦点レンズと比較して,近方から中距離にかけての明視域を持った「近近タイプ」であると説明されており,「近近」タイプは「デスクワーク専用」,「中近」タイプは「室内専用」に対応する旨説明されている。なお,同従業員は,平成16年3月26日に発行された『視覚の科学』第25巻第1号中の「レンズ特性とその選択について(その2)」と題する記事(甲15)において,「近近累進屈折力レンズ」について,「遠用領域が全くないので,累進屈折力レンズではなく単焦点レンズとして扱っているメーカーもあるが,それらの分類がいずれであっても広く快適な近用部の確保を主目的とした商品であることに変わりはない。側方や上方の領域にやや遠めの距離を見る機能をもたせてあり,視野に奥行きを与えているところが一般的な近用単焦点レンズとの違いである。「パソコン用」「デスクワーク用」「手元専用」といった位置付けがなされていることもあり,「近用視野重視」「近用ワイドタイプ」と称されることもある。」と解説している。
また,被告製品2及び被告製品3は,被告の運営するウェブページ等において, 30 「デスクワーク専用」のメガネレンズと説明されている。(以上につき,甲5ないし8,10,13ないし15,17,23,弁論の全趣旨) イ 本件測定円について 被告製品は,累進部の屈折力変化の度合いによって「Aタイプ」と「Bタイプ」とに分かれる。「Aタイプ」は,「ワイドな視野」,「ワイド感を重視した設計」として,累進部の屈折力変化が相対的に小さいレンズタイプであり,「Bタイプ」は,「ロングな近方視野」,「奥行きを広げた設計」として,累進部の屈折力変化が相対的に大きいレンズタイプである。「Aタイプ」と「Bタイプ」のいずれにするかは,装用者が選択できるものと説明されている。 なお,前記アの『視覚の科学』の記事(甲15)では,「近近累進屈折力レンズ」について,「遠用領域がないので加入度数は定義し得ないが,視野に奥行きを与える度数変化量は2〜3種類準備されているのが普通である。」と解説されている。
本件測定円は,「Aタイプ」と「Bタイプ」のいずれであるかを識別するために眼鏡店が便宜的にレンズメータを当てる箇所であり,本件測定円の下端から近用度数測定円の上端までの屈折力の差が,「Aタイプ」では1.00D,「Bタイプ 」では1.50Dとされている。なお,雑誌『眼鏡』の前記記事(甲17)では,本件測定円について,「遠用度数測定円とよく似ていますが,遠方視のための領域ではありません。」と説明されている。(以上につき,甲5,15,17,23,弁論の全趣旨) ウ 被告製品の屈折力の変化具合(度数分布) 被告製品2の設計基準線上の面平均屈折力変化(度数分布)は,別紙「被告製品の度数分布」記載1の図のとおりである(乙7)。
また,被告製品2及び被告製品3の物体側設計面の面平均度数分布は,同別紙記載2の図のとおりである(乙15)。
なお,被告製品2の近用視用の度数測定位置である「度数(近用)測定点」は,レンズの上方に向けて度数が大きく減少していく直前の 箇所に位置している(甲 31 9,10,乙7,15,21,弁論の全趣旨)。
エ 被告製品と眼鏡フレームとの関係 被告は,被告製品に付ける眼鏡フレームの縦幅について,30mmから35mmを推奨しているところ,被告製品を縦幅30〜35mmの眼鏡フレームに合わせて加工したとき,被告製品のうち本件測定円の下端より上方の部分は,眼鏡フレームから外れ,切り落とされることになる。また,縦幅40mmのメガネフレームに合わせて加工したときは,被告製品のうち本件測定円の中心付近より上方の部分は,眼鏡フレームから外れ,切り落とされることになる(甲7の1,乙21,弁論の全趣旨)。
2 争点1-1(被告製品は構成要件Aを充足するか)について (1) 被告製品が構成要件Aにいう「特定視距離矯正領域」を備えているかについて検討する。
ア まず,本件特許請求の範囲中の「特定視距離矯正領域」という文言の意義について検討するに,この「矯正領域」という文言自体及び前記1(1)の本件明細書の記載等に照らすと,「特定視距離矯正領域」とは,「近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する一定ないしほぼ一定の面屈折力を視力の矯正にふさわしい位置及び広がりにおいて有する領域」を意味するものと解される。したがって,眼鏡レンズが「特定視距離矯正領域」を備えているというためには,レンズ中の@視力の矯正にふさわしい位置(レンズを眼鏡フレームに合わせて加工したときにフレームの外側に外れることがないような位置)かつAある程度の広がりを持ったエリアで,B屈折力(面屈折力)が一定ないしほぼ一定の度数であり,かつCその屈折力(面屈折力)が近景よりも実質的に離れた特定距離に対応するものである領域を備えていることを要するというべきである。以下,このように解釈する理由について詳述する。
(ア) 前記1(2)アの一般的な文献の記載に前記1(1)の本件明細書の記載及び弁論の全趣旨を総合すると,本件特許請求の範囲にいう「矯正」とは,屈折異常のある眼 32 について,眼鏡レンズの装用により光学的に正視と等しい屈折状態にすることを指すものと解される。この特許請求の範囲の「矯正」という文言に加え,「本発明の累進多焦点レンズでは,遠用部の明視域をある程度犠牲にし,装用者の老視の度合いに応じて近景よりも実質的に離れた特定距離までの範囲(軽度の老視であれば遠方までの距離)を矯正している。」(【0016】)などといった本件明細書の前記記載によると,本件発明では,近景よりも実質的に離れた特定距離について「矯正している」ことが前提となっていることは明らかである。
(イ) そして,一般に,ある距離に対応して視力を「矯正」するためには,レンズ中に,一定ないしほぼ一定(許容差の範囲内で一定)の屈折力(度数)を有するある程度広がりを持った領域があること(前記AB)が必要になると解される。というのも,仮にレンズの中で屈折力(度数)が連続的に変化し続けると,そこでは,各点ごとに結ばれる焦点距離が区々となり,光束が収束しない。そうすると,眼球の動きに伴い視線が多少とも動く以上,対象物が安定して良く見えるように「矯正」されないと考えられるからである。
また,視力を「矯正」するためには,上記のような領域が,レンズ中の視力の矯正にふさわしい位置,具体的には,レンズを眼鏡フレームに合わせて加工したときにフレームの外側に外れることがないような位置に存在すること(前記@)が必要になると解される。このことは,眼鏡の装用による「矯正」という目的に照らして明らかといえるし,本件明細書の段落【0024】が,累進多焦点レンズが眼鏡フレームに合わせて加工されることを前提に,遠用部の領域がフレームの形状によって影響を受ける旨記述していることからも支持される。
(ウ) また,本件特許請求の範囲の記載,なかんずく構成要件Aに係る記載及び本件明細書の前記記載を見る限り,「特定視距離矯正領域」は,「累進領域」とは区別された領域でなければならないことは明らかである。そして,「累進領域」は,屈折力が連続的に変化する領域であるから,この点でも,「特定視距離矯正領域」には,屈折力の一定性(少なくとも,累進領域における屈折力の変化とは異なると 33 みられる程度にほぼ一定であること)が要請されるというべきである。
(エ) なお,原告は,本件明細書において,構成要件Aにいう「特定視距離矯正領域」は「近景よりも実質的に離れた特定距離に対応す る面屈折力を有する」領域(請求項1,【0016】)と定義されている旨主張するが,正確には,請求項1や段落【0016】においても,「近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域」と表現されているのであって,「矯正」「領域」という語句が存する以上,これらの語句による意味の限定が加わり得ることは否定できない(すなわち,請求項1や発明の詳細な説明では,「領域A」とか「第1領域」などといった記号的な用語を使っておらず,「矯正領域」という用語を選択しているのであるから,その日本語の持つ意味合いをはなから無視することはできない。)。そして,「矯正領域」という字義のほか,前記(ア)ないし(ウ)で説示したところに照らすと,上記の「…対応する面屈折力を有する」という部分も,眼鏡レンズ内の当該領域を視線が通過する場合に特定距離にある対象物が良く見えるような視力矯正を可能とする程度に当該領域内で一定ないしほぼ一定の面屈折力を有するという意味であると解するのが相当である。
これに対し,原告は,遠方視のための領域においても屈折力は幾らか変化すること が あ る も の で あ る 旨 主 張 し , そ の 証 拠 と し て , 甲 第 2 9 号 証 ( 「 AMERICANJOURNAL OF OPTOMETRY」と題する外国語文献)及び甲第37号証(特開平6-337381号公報)を提出する。
しかしながら,「矯正領域」における屈折力の一定性については,必ずしも完全に一定の数値である必要はなく,許容差の範囲を含めて,視力矯正に支障がない程度に「ほぼ一定」「おおよそ一定」ということで足りると考えられる。
そして,原告は,甲第29号証を提出するに当たり,外国語文献のごく一部にのみ抄訳を付しており,そのごく限られた部分についてしか書証の申出をしていないとみられるところ,当該部分に記載されたレンズについては「遠方視」と呼ばれているだけで,その遠方視に対応する部分が「矯正」されているといえるかは定かで 34 はない(同文献442頁の右上の「1956」「遠方視において変動を低減」〔Reduced variation in distant sight〕の図ではなく右下の「1958」「安定化された遠方視及び近方視」〔Stabilized distant and near sight〕の図のみが,遠方視が矯正されたものとみる余地がある。)。
また,甲第37号証については,確かに,「遠用部」において表面屈折力の平均度数が「漸次」増加し,「緩やかな度数勾配」を与えることが記載されている(【請求項3】【0015】【0018】【0026】【0041】等)。しかしながら,同号証の【図3】を見ると,「遠用部」において,「アイポイント」の約6mm上方に「遠用中心」があり,その「遠用中心」から上方に10mmほどの領域は,度数がおおよそ一定の領域である。遠用部のうち,更に数mmを加えても,マクロに見て「度数が安定した領域」であるといえる。なお,それより更に上方の部分は,眼鏡のフレームから外れて切り落とされる可能性が高い部分であるとみられる。
そうすると,原告が援用する上記各書証は,「特定視矯正領域」に関する前示の解釈を左右するものではないというべきである。
(オ) 以上を総合すると,「特定視距離矯正領域」及び「近用視矯正領域」のような「矯正領域」があるというためには,@ レンズ中の「矯正」にふさわしい位置(レンズを眼鏡フレームに合わせて加工したときにフレームの外側に外れることがないような位置)で,かつAある程度の広がりを持ったエリアで,B屈折力(面屈折力)が一定ないしほぼ一定の度数である領域がなければならないと解される。したがって,眼鏡レンズが「特定視距離矯正領域」を備えているというためには,近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する領域として(換言すれば,近景に対応する面屈折力を有する近用視矯正領域とは別に)上記@ないしBに当てはまる領域を備えていることを要するというべきである。結局,構成要件Aの「特定視距離矯正領域」ないし「近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する面屈折力を有する特定視距離矯正領域」とは,「近景よりも実質的に離れた特定距 35 離に対応する一定ないしほぼ一定の面屈折力を視力の矯正にふさわしい位置及び広がりにおいて有する領域」を意味するものと解される。
イ 以上の解釈を前提として,被告製品が「特定視距離矯正領域」を備えているか否かについて検討する。
(ア) 原告は,本件測定円を根拠として,その下端より上方の領域である本件上方領域が被告製品における「特定視距離矯正領域」に該当する旨主張するが,前記1(3)イで認定した事実によると,本件測定円は,「Aタイプ」と「Bタイプ」というタイプ識別のための円にすぎず,これは,レンズ内で「矯正」のための領域になくても,レンズとしての屈折力の変化の度合いを測定する基準とすることができればよいものである(上記タイプ識別の目的に合った適当な基準点を2つ取って,その2点間の屈折力の差を測定することができればよい 筋合いのものである。)から,「特定視距離矯正領域」とは関係がないとみられる。
また,前記1(3)エで認定した事実に照らすと,本件上方領域は,レンズを通常の眼鏡フレームに合わせて加工したときに,その全部ないし 大半がフレームの外側に外れてしまう部分であるとみられるから,前記ア@の視力の「矯正」にふさわしい位置ということはできない。
なお,仮に原告が特定した本件上方領域そのものを「特定視距離矯正領域」とする と, 別紙 重ね 合 わせ 図の とお り, ( 等高 線上 の) 度数 が 等し い部 分ど うしが,下限を示す直線によって,一方は「特定視距離矯正領域」に属し他方は属しないものと分断されてしまうとともに,異なる度数の部分が「特定視距離矯正領域」に属するとされてしまうこととなるが,そのような領域の画し方は,極めて不合理である。
したがって,本件上方領域が「特定視距離矯正領域」に該当するということはできない。
(イ) 前記1(3)ウで認定した事実に照らすと,被告製品における測定基準線上の度数分布(別紙「被告製品の度数分布」記載1の図参照)について,「近用視矯 36 正領域」であることが当事者間で争いがない下方の領域では, 屈折力がほぼ一定であるのに対し,それより上方で,かつ,眼鏡のフレームに収まることが想定される部分(前記(ア))では,屈折力がかなり変化しているということができる。
さらに,レンズの縦方向(上下方向)だけでなく横方向(左右方向)の屈折力の変化についても見ると(別紙「被告製品の度数分布」記載2の図 及び乙23参照),レンズ上方の領域では,両側方に向けて屈折力が上がる方向で変化している(なお,レンズ下方の領域では,両側方に向けて屈折力が徐々に下がっているが,この点に関しては,被告は,下方の近用視矯正領域については,横方向〔両側方〕に若干屈折力を下げていかないと,新聞を読むときなど近景についてわざわざ 首を 動か さな け れば 見 え にく くな る 旨 説 明し てお り, か かる 説明 は, 証拠〔甲15の図1ないし図3,乙19の【図3】,乙22の【図2】等〕に照らしても合理性があると考えられる。これに対し,レンズ上方の領域において,遠方の対象物を見えやすくするために,横方向〔両側方〕に屈折力を上げていく理由は見いだせない。)。
以上の諸点に照らすと,被告製品について,近用視矯正領域とは別に ,@レンズ中の「矯正」にふさわしい位置(レンズを眼鏡フレームに合わせて加工したときにフレームの外側に外れることがないような位置)で,かつAある程度の広がりを持ったエリアで,B屈折力が一定ないしほぼ一定の度数である領域が存すると認めるに足りる証拠はないというほかはない。
ウ 以上によれば,被告製品が「特定視距離矯正領域」(近景よりも実質的に離れた特定距離に対応する一定ないしほぼ一定の面屈折力を視力の矯正にふさわしい位置及び広がりにおいて有する領域)を備えていると認めることはできない。
(2) したがって,被告製品は,いずれも構成要件Aを充足しない。
3 争点1-3(被告製品は構成要件Cを充足するか)について (1) 「特定視距離矯正領域の中心」を特定できるかについて 本件明細書の段落【0028】では,「特定視部の中心すなわち特定中心」すな 37 わち「特定視距離矯正領域の中心」は,「特定視部での」「所定の表面屈折平均度数を有する」「主子午線曲線上の位置」と定義され,「実用上は特定視部の測定基準点とされる点」であるとされている。
原告は,本件測定円を根拠として,本件測定円の中心が上記「特定視距離矯正領域の中心」に該当する旨主張するが,前記1(3)イ,2(1)イ(ア)で認定,説示したとおり,本件測定円は,タイプ識別のための円にすぎず,「特定視距離矯正領域」とは関係がないのであるから,本件測定円の中心は,「特定視部の測定基準点」とされているものではなく,「特定視部での」点ということもできない。
そうすると,被告製品においては,「特定視距離矯正領域の中心」を特定することができず,したがって,「特定視距離矯正領域の中心での屈折力」である「 KA 」を算出することもできない。
(2) 条件式(2)を満たすかについて ア 被告製品1について もとより被告製品1については,原告は,W F の値を算出した主張立証を何らしていないから,条件式(2)(「W F ≧50/(K B -K A )」)を満たすとは認められないことは明らかである。
イ 被告製品2及び被告製品3について 「W F 」を透過非点隔差によって定義しようとすると,眼と物体との距離及び位置関係,眼球とレンズ面との距離及び角度,W F を測定する基準となる面が表面か裏面か参照球面かといった条件により数値が異なり得ることは明らかである ところ,本件明細書の記載と技術常識を総合しても, これらの条件が全て一義的に定まっているとはいい難い。
ただ,仮にこの点を措いて,特定の条件を設定して被告製品のW F を算定するとしても,原告は,眼と物体との距離(特定視距離)を「無限遠」と条件設定した上で測定結果を示す証拠(甲33)を提出しているところ,被告製品のような「近近タイプ」ないし「デスクワーク専用」の眼鏡レンズ(前記1(3)ア)について,眼 38 と物体との距離を無限遠とするのは合理的でない(原告の主張するように本件明細書の【図4】から全てのレンズについて一律にそのような条件設定をするのは合理的ではない。)。そうすると,被告製品について,合理的な前提条件の下で条件式(2)を満たすことを示した証拠はないといわざるを得ない。
以上によれば,被告製品2及び被告製品3についても,条件式(2)(「W F ≧50/(K B -K A )」)を満たすとは認められない。
(3) 以上の次第で,前記(1)及び前記(2)のいずれの観点からしても,被告製品はいずれも構成要件Cを充足すると認めることができない。
4 結論 以上のとおり,被告製品は,いずれも構成要件A及び構成要件Cを充足しないから,その余の構成要件の充足について検討するまでもなく,本件発明の技術的範囲に属しないことが明らかである。
よって,その余の争点について判断するまでもなく,原告の請求は,いずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
追加
39 裁判官笹本哲朗40 (別紙)当事者目録原告株式会社ニコン・エシロール同訴訟代理人弁護士大野聖二同小林英了同訴訟代理人弁理士鈴木守同補佐人弁理士大谷寛被告HOYA株式会社同訴訟代理人弁護士吉澤敬夫同川田篤同訴訟代理人弁理士紺野昭男同井波実同阿仁屋節雄同奥山知洋同補佐人弁理士橘高英郎同伊藤武泰41 (別紙)物件目録1「ニュールックスLECTURE」という商品名のレンズ2「ニュールックスレクチュールTF」という商品名のレンズ3「アリオスデスク」という商品名のレンズ42 (別紙)原告の主張する特定視距離矯正領域(本件上方領域)下記の図の赤線より上方の領域[甲17の第2図(赤線は原告による)]43 その他の別紙は省略44
裁判長裁判官 嶋末和秀
裁判官 鈴木千帆