関連審決 | 無効2015-800093 |
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事件 |
平成
28年
(行ケ)
10103号
審決取消請求事件
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原告株式会社永木精機 同訴訟代理人弁理士 岡田全啓 竹中俊夫 扇谷一 被告訴訟引受人 株式会社HI -TOOL 脱退被告Y |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2017/02/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が無効2015-800093号事件について平成28年3月28日にした審決を取り消す。 |
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事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 (1) 脱退被告は,平成24年1月24日,発明の名称を「掴線器」とする特許出願をし,平成26年1月31日,設定の登録(特許第5465733号)を受けた(請求項の数1。以下,この特許を「本件特許」という。甲34)。本件特許出願は,実用新案登録出願(実用新案登録第3163196号。出願日平成22年1月15日。以下「もとの出願日」という。)の変更である。 (2) 原告は,平成27年3月31日,本件特許について特許無効審判を請求し,無効2015-800093号事件として係属した。 (3) 特許庁は,平成28年3月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年4月7日,原告に送達された。 (4) 原告は,平成28年4月28日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。 (5) 本件特許に係る特許権は,被告訴訟引受人(以下「引受人」という。)に移転され,平成28年5月23日,特許登録原簿にその移転登録がされた。 2 特許請求の範囲の記載特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである(甲34)。以下,請求項1に記載された発明を「本件発明」という。また,その明細書(甲34)を,図面を含めて「本件明細書」という。 【請求項1】長レバーのリング部に引張力を負荷することで,テコを利用してケーブルを把持する構造の掴線器において,その長レバーの後端に設けたリング部を,長レバー及びケーブルの平面に対して15°〜45°に捻ったことを特徴とする掴線器3 本件審決の理由の要旨(1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,@本件発明は,下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び下記イないしソの周知例に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではないから,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものではない,A本件発明は,その発明の詳細な説明の記載が,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであり,同法36条4項1号に規定する要件(以下「実施可能要件」ということがある。)を満たしており,実施可能要件を満たしていない特許出願に対して特許されたものではない,というものである。 ア 引用例:米国特許1942625号公報(甲1。昭和9年公開)イ 周知例1:特開2002-199568号公報(甲2)ウ 周知例2:特開2010-226872号公報(甲3。平成22年10月7日公開)エ 周知例3:特開2000-245024号公報(甲4)オ 周知例4:米国特許3599297号公報(甲5の1。昭和46年公開)及び「米国特許3599297号公報の図面の説明図」と題する書面(甲5の2)カ 周知例5:特開平10-255547号公報(甲6)キ 周知例6:特公昭42-10075号公報(甲7)ク 周知例7:実開昭54-102800号公報(甲8の1)ケ 周知例8:実願昭52-176706号のマイクロフィルム(甲8の2)コ 周知例9:特開2005-89084号公報(甲9)サ 周知例10:特開2000-288952号公報(甲10)シ 周知例11:特開2003-181539号公報(甲11)ス 周知例12:特開2008-48488号公報(甲12)セ 周知例13:特開2005-205492号公報(甲13)ソ 周知例14:特開平10-146619号公報(甲14)(2) 本件発明と引用発明との対比本件審決が認定した引用発明,本件発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。なお,「/」は,原文の改行部分を示す(以下同じ。)。 ア 引用発明 ボディ12および腕15を有するフレーム11を備え,前記ボディ12および前記腕15の接合部に隣接して顎16が形成され,より短い腕20とより長い腕21が形成されたベルクランク18は,前記ボディ12に支点ピン22により枢着され,前記より短い腕20は,ピン26上で枢動される顎25を受け,前記より長い腕21は,ピン33に枢動できるように取り付けられるハンドル32を有し,前記ハンドル32の柄を受けて導くためのガイド36を備えたブラケット35は,その外端部に隣接する前記腕15の側に形成され,前記ハンドル32は,前記ピン33と前記ブラケット35との間に段差状の屈曲する部分を有し,前記ハンドル32の外の方に伸びている一端は目37を備えた,ワイヤー把持具であって,/逆時計回り方向に前記ベルクランクを回すために外の方に前記ハンドル32を引くことにより,枢着された前記顎25が,ワイヤー38に対して前記顎16の方へ移動するとすぐに,前記ワイヤー38は確実に握持され,/引っ張る負荷が前記目37に適用されるとき,前記ガイド36のその形状と配置にあわせて,前記ハンドル32の前記段差状の屈曲と枢着接続部の移動の円弧がよく調整されているので,引っ張る動作は常に前記ワイヤー38のほぼ軸方向とされ,把持面の位置またはそのあたりで,前記ワイヤー38が曲がったり捻れたりすることを防止し,かつ絶縁型の前記ワイヤー38への損傷や切断を生じないワイヤー把持具。 イ 一致点長レバーのリング部に引張力を負荷することで,テコを利用してケーブルを把持する構造の掴線器において,その長レバーの後端にリング部を設けた掴線器。 ウ 相違点本件発明は,「その長レバーの後端に設けたリング部を,長レバー及びケーブルの平面に対して15°〜45°に捻った」ものであるのに対し,引用発明は,「ハンドル32は,前記ピン33と前記ブラケット35との間に段差状に屈曲する部分を有し」ているが,「捻った」部分を有するものではない点。 4 取消事由(1) 本件発明の容易想到性判断の誤り(取消事由1)ア 判断の遺脱イ 相違点に係る判断の誤り(2) 実施可能要件に係る判断の誤り(取消事由2)ア 本件発明の要旨認定の誤りイ 実施可能要件に係る判断の誤り |
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当事者の主張
1 取消事由1(本件発明の容易想到性判断の誤り)について〔原告の主張〕(1) 判断の遺脱 原告は,本件審判手続において提出した口頭審理陳述要領書(甲35)において,リング部とケーブルとの接触(干渉)を回避するという課題を解決するための手段として,ハンドルを屈曲ないし湾曲させるか,あるいは本件発明のようにリング部を捻るかは,単なる設計事項にすぎない旨主張した。 しかし,本件審決は,原告の上記主張に対し,何らの判断もしていない。よって,本件審決には,判断の遺脱がある。 (2) 相違点に係る判断の誤りア 課題引用発明では,引っ張る負荷が目37に適用されるとき,ハンドル32の湾曲とピボット接続部の調整により,ワイヤーが曲がったり,捻れたりせず,引っ張る動作は常にワイヤーのほぼ軸方向にある。したがって,引用発明には,「ケーブルの屈曲によるケーブル表面に生じる屈曲のクセ及び損傷等の不都合を解決する」という課題が存在している。 また,掴線器において,リング部中心とケーブル中心との距離を小さくすることでケーブルの損傷を回避することができることは,当業者が経験的に知る技術常識であるから,引用発明にリング部とケーブルとの接触(干渉)を回避する必要があるという課題が存在することは,明らかである。 イ 周知技術(ア) 甲1ないし27に示されているように,もとの出願時において,「板材及び線材を捻ることにより,一の端部の平面に対して一定の角度をもって他の端部の平面を位置させること」は,様々な技術分野において利用されている周知技術であり,機械工具一般における技術常識であり,電線の架線工事の当業者における周知慣用の技術である。 (イ) また,「板材を他の物体に干渉することを避けるように捻って,ある物体に取り付けること」は,甲2,3及び15ないし20に開示されているように,周知慣用の技術であるし,「線材を移動させて,ケーブルに接触することを避けながら,線材を捻り,又は屈曲させて,ケーブルの向こう側や,手前側に位置させること」も,甲21ないし27に開示されているように,周知慣用の技術である。 (ウ) さらに,「捻った」構成が,移動により他の部位との干渉を避けることを目的とするものであることも,甲10ないし14に開示されているように,技術常識に属する事項である。 ウ 周知技術の適用(ア) 発明の課題解決のために,関連する技術分野における手段の適用を試みることは,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎないところ,引用発明と甲2及び3とは,いずれも架線工事に用いられる工具であり,技術分野が共通する。 (イ) そして,引用発明において,「ケーブルの屈曲によるケーブル表面に生じる屈曲のクセ及び損傷等の不都合を解決する」という課題を解決するために,ケーブルに向く面の角度を変化させるべく金属製板状体である長レバーを「捻じる」のか,「曲げる」のかは,両構成の効果に差がなく,当業者が必要に応じて任意に定める設計的事項にすぎない。あるいは,甲2及び3に開示された周知技術を適用して,「捻った」構成とすること(引用発明において,ハンドルに段差状に屈曲することによってケーブルとの干渉を回避した構成を,本件発明のようにハンドルの先端の目(リング部)を捻ることによってケーブルとの干渉を回避する構成とすること)は,当業者が容易に想到できたことである。 エ 阻害要因もないこと引用発明において,段差を設けたレバーを「捻った」構成のレバーに置き換えることに阻害要因はない。例えば,引用発明において,ワイヤーの径が太い場合には,ハンドル32を捻ることにより,目37がワイヤー38に接触しないように構成する必要がある。 オ 作用効果(ア) 本件発明の作用効果は,引用発明に周知技術を適用することにより予想される範囲内のものにすぎない。 (イ) 本件発明は,リング部を長レバー及びケーブルの平面に対し15°〜45°捻ったことを構成とするものであるが,リング部中心をケーブル中心に接近させて移動させるための構成について何ら特定されておらず,本件明細書には,捻る角度を15°〜45°とすることの意義を客観的に裏付ける記載もないから,リング部を捻る角度の数値限定に臨界的な意義はない。 カ 小括以上によれば,引用発明において,周知技術を適用し,相違点に係る本件発明の構成とすることは,当業者が容易に想到できたことである。 〔引受人の主張〕(1) 判断の遺脱原告の主張は,争う。 (2) 相違点に係る判断の誤りア 本件審決における判断に誤りはない。 イ 本件発明は,原告が挙げる証拠に基づき,容易に発明をすることができたものではない。原告が挙げる証拠の多くは,掴線器とは関係のないものである。 2 取消事由2(実施可能要件に係る判断の誤り)について〔原告の主張〕(1) 本件発明の要旨認定の誤り本件審決は,本件発明の「長レバー及びケーブルの平面」とは,「長レバーが回動する支軸に垂直な平面」を意味するとした上で,「長レバーの後端に設けたリング部を,長レバー及びケーブルの平面に対して15°〜45°に捻った」とは,本件明細書の図1(a)において,長レバーの捻り箇所4の位置で「長レバーが回動する支軸に垂直な平面」に対して「15°〜45°に捻った」ことであると解される旨判断した。 しかし,本件発明の特許請求の範囲及び本件明細書には,「長レバー及びケーブルの平面」の意義は何ら記載されていない。本件審決における上記判断は,特許請求の範囲及び本件明細書の記載に基づかないものであって,誤りである。 (2) 実施可能要件に係る判断の誤りア 本件発明は,「長レバーの後端に設けたリング部を,長レバー及びケーブルの平面に対して15°〜45°に捻った」ことを発明特定事項として規定するものである。しかし,本件明細書には,「長レバーの平面」及び「ケーブルの平面」が何を指しているのか,何ら記載されておらず,その意味が不明である。したがって,リング部を15°〜45°に捻る基準が不明である。 イ 本件明細書の図面からは,カムと三角レバーと長レバーの接続状態が不明瞭であり,各構成部品の形状を把握することはできない。 ウ 掴線器において,単にリング部を捻っただけでは,長レバーのリング部に引張力を負荷した際にリング部がケーブル近傍を移動するものとはならないから,リング部がケーブル中心に接近して移動するように長レバーの形状・リンク機構・ガイド機構を構成する必要がある。すなわち,@一般に,ケーブルの線径によっては(特に細いケーブルでは),リング部を捻っても捻らなくてもリング部がケーブルの位置に達せず,ケーブルの下方にしか位置できない,Aケーブル半径が三角レバーの厚み1/2と長レバーの厚み1/2の和より大きいものについては,長レバー及びケーブル平面に対して捻じっても,フックがケーブルに干渉するので,ケーブルに干渉しない程度の角度を持たせながら捻じる必要がある,B長レバーの長さにより,ケーブルを掴持する箇所とリング部中心との距離が変わり,リング部中心がケーブルの中心に接近したりしなかったりする。しかし,本件発明は,その特許請求の範囲において,ケーブルの線径及び長レバーの形状・リンク機構・ガイド機構についての構成が特定されておらず,また,本件明細書にも,これらについての記載はない。 以上のとおり,本件発明は,長レバーを案内するガイドの形状と配置の変更,長レバーを捻った湾曲と枢着接続部の移動の円弧の調整,ケーブルの太さによりリング部がケーブルに接触しないようにするためのリング部の形状及び位置とケーブルの太さとの相関関係などの必須の構成が特定されておらず,本件明細書にも,これらについての記載はないから,当業者が,本件発明を実施しようとすれば,過度の試行錯誤を要する。 エ 本件明細書には,リング部を15°〜45°に捻ることにより所期の作用効果を奏することを裏付ける記載はないから,本件発明の少なくとも一部につき,当業者がその実施をすることができる程度の記載があるということはできない。 オ 以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということはできない。よって,本件審決の実施可能要件に係る判断は,誤りである。 〔引受人の主張〕本件審決における判断に誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明について(1) 本件明細書等の記載 本件発明に係る特許請求の範囲(請求項1)は,前記第2の2記載のとおりであるところ,本件明細書(甲34)の発明の詳細な説明には,おおむね,次の記載がある(下記記載中に引用する図1〜3については,別紙本件明細書図面目録を参照。)。 ア 技術分野 【0001】本発明は,電力の送電線及び配電線を緊張する際に使用される,ケーブル(電線)を掴む掴線器に関するものであり,ウィンチのフック等を接続する長レバーのリング部に工夫を加えることによって,ケーブル表面に生じる屈曲クセ及び損傷を防止するためのものである。 イ 背景技術 【0002】従来からテコを利用した掴線器は,長レバーとその端部にあるリング部が同一平面上にある掴線器が使用されている。(図2参照) ウ 発明が解決しようとする課題 【0003】しかしながら長レバーとリング部が同一平面上にある掴線器では,リング部の上部がケーブルに干渉してリング部中心をケーブル中心に接近させることが出来ない欠点があった。(図2b参照)その為,ケーブル中心とリング部中心との位置が大きくズレることになる。このズレの大きさが,ケーブルを緊線した際にケーブルを屈曲させることになる。(図3参照)この屈曲によるケーブル表面に生じる屈曲のクセ及び損傷等・・・の不都合を解決することを課題とする。 エ 課題を解決するための手段 【0004】本発明は,掴線器の長レバーのリング部を15°〜45°の角度に捻ることにより,リング部の上部がケーブルに干渉することを避けてリング部中心をケーブル中心に接近させることが出来ることにより(図1参照)及び(図1b参照),上記課題を解決するものである。この角度の範囲外では実用的に不適当である。 オ 発明の効果 【0005】本発明による掴線器は,部品数を増やす必要もなく,只,長レバーのリング部を捻るだけで容易に製作できる。また,ケーブル表面の損傷等・・・を防止して,長期間設置され続けるケーブルの信頼性を向上させることが出来る利点がある。 カ 発明を実施するための形態 【0007】図1に示すように,掴線器の長レバー1の端部にあるリング部2を15°〜45°の角度に捻ることは容易に出来,部品数も増えずコストも最小にできる。更に,同一平面上にある,従来使用されている長レバーに比較しても,有効にリング部中心をケーブルに干渉させずに,ケーブル中心に接近させることが出来る。 (2) 前記(1)の記載によれば,本件発明の特徴は,以下のとおりである。 ア 本件発明は,電力の送電線及び配電線を緊張する際に使用される,ケーブル(電線)を掴む掴線器に関する(【0001】)。 従来から使用されているテコを利用した掴線器では,長レバーとその端部にあるリング部が同一平面上にある(【0002】)。しかし,このような掴線器では,リング部の上部がケーブルに干渉してリング部中心をケーブル中心に接近させることができないため,ケーブル中心とリング部中心との位置が大きくずれることになり,ケーブルを緊線した際にケーブルを屈曲させることになって,ケーブル表面に屈曲のクセ及び損傷等が生じるという問題があった(【0003】)。 イ 本件発明は,前記アの問題を解決することを課題とし,かかる課題の解決手段として,長レバーのリング部に引張力を負荷することで,テコを利用してケーブルを把持する構造の掴線器において,長レバーの後端に設けたリング部を15°〜45°の角度に捻ることにより,リング部の上部がケーブルに干渉することを避けてリング部中心をケーブル中心に接近させることができるようにした(【0004】)。 ウ 本件発明の掴線器は,部品数を増やす必要もなく,長レバーのリング部を捻るだけで容易に製作することができ,ケーブル表面の損傷等を防止して,長期間設置され続けるケーブルの信頼性を向上させることができる(【0005】)。 2 取消事由1(本件発明の容易想到性判断の誤り)について(1) 引用発明ア 引用例(甲1)には,次のような記載がある。 (ア) 本発明の1つの目的は,さまざまなサイズのワイヤーを把持しかつのばしあるいは操作に用いるのに適する,改良された使いやすくかつ有用なワイヤー把持具を提供することである。本発明の他の目的は,把持されるべきワイヤーの材料長が確保され,それによりその把持面の位置またはそのあたりでの結びや捻れを防止し,かつ絶縁型のワイヤーへの損傷や切断を生じないワイヤー把持具を提供することである。本発明の他の目的は,軽量かつ構造が簡単で,それ故,地上でワイヤーとともに手動操作を容易にし,かつそこから取り外されたときにワイヤー上で掴みやロックを生じないため,さらに有利な導線ワイヤー把持具を提供することである。 (1頁左欄6行〜23行)(イ) ワイヤー把持具10の1つの外形は,ボディ部12およびボディとともに略U字形状を形成する腕15を有するハウジングもしくはフレーム11を備えた発明を具体化している。ボディ12および腕15の接合部に隣接して水平方向に伸長する楕円形の顎16が一体に形成され,例えば弓形またはV字状等の所望の断面形状をとり得る溝付きの面17を備える。より短い腕20とより長い腕21が形成されたベルクランク18は,顎16の面とは反対側のボディ12の外側端に近接して強固に支持する支点ピン22により枢着され,より短い腕20は,腕の分岐部に固定されたピン26上で枢動される長方形の顎25を受けるための分岐部23を有する。顎16および25の間で有効な把持動作を確実にするために,複数の横断溝27が,28で示されるように,所望の弓形,V字状,あるいは他の所望の断面外形を有するように,長手方向に溝形成された顎25の表面に形成されている。枢着された顎25の一端部は,そこから斜めに一体的に伸長する取っ手29を備える。溝部17および28は,反対側の関係に配置され,ベルクランクを旋回することで互いに近づき離れ得る。(1頁左欄31行〜同頁右欄3行) (ウ) より長い腕21の外端部は,曲げられたリンクの端を受け入れるための分岐部30を有し,分岐部30でピン33上に枢動できるように取り付けられるハンドル32を有する。ブラケット35は,ハンドル32の柄を受けて導くためのガイド36を備えるために,その外端部に隣接する腕15の側に,一体的に,または,しっかりと形成される。腕15から外の方に伸びているハンドル32の一端は,ツールまたは他の機械構成部品を受けるのに適しているか,グリップを操作するためにオペレータによって直接握られることができる,そこに形成された目37を備えている。時計回り方向にベルクランク18を回転させるために内に向けてハンドル32を動かすことによって,図1に図示されるように,突起29は,ハンドルの表面を接触させて止められる。ハンドル32に突き当たることで,突起は,顎16の面と実質的に平行に顎25の溝を彫られた面を配置するために自動的に機能する。 この装置は,顎の間に,ワイヤー38の挿入を容易にする。逆時計回り方向にベルクランクを回すために外の方にハンドル32を引くことにより,枢着された顎25が,ワイヤー38に対して顎16の方へ移動するとすぐに,ワイヤーは確実に握持され,そして,ハンドルによるワイヤーの牽引力は,顎の間からワイヤーがすべる危険のないようどのようにでも印加されることができる。この動きは,ベルクランク腕21および20間の比率が,ほぼ2〜1であるという事実のため,保証される。 顎25と顎16のクランプ面17に対するベルクランクの短い腕20の関係は,顎25が顎16を接触させるものであり,そのとき,ピン26が顎16の面に直角でピン22の軸から引き出される線の外にある位置で,ベルクランクは,逆時計回り方向に回される。記載されたワイヤー把持具を設計する際に向けられる特別な注意は,グリップが調整されたり,操作されたりしているときであっても,目37を含むハンドル32の部分は,可動顎25の作用面におおむね一直線状に配置された状態のままである,という望ましい構造要件の配置である。ガイド36のその形状と配置にあわせて,ハンドル32の屈曲と枢着接続部33の移動の円弧がよく調整されているので,このような結果をもたらす。39に示されるように,ブラケット35と顎16の間の腕15が中央線をはずれている結果として,ワイヤーを曲げることなく収納できる充分な空間があるが,このようにその締め付け位置にあるワイヤー38の中心線は,目37の方向に配置されている。従って,ワイヤーをのばすために,引っ張る負荷が目37に適用されるとき,ワイヤーが曲がったり,捻れたりせず,引っ張る動作は常にワイヤーのほぼ軸方向にある。(1頁右欄4行〜2頁左欄10行) (エ) 図1及び3(別紙引用例図面目録参照) イ 引用例に前記第2の3(2)アのとおりの引用発明が記載されていることは,当事者間に争いがないところ,前記アの記載によれば,引用例には,引用発明に関し,以下の点が開示されているものと認められる。 (ア) 引用発明は,ワイヤーの把持面又はその辺りでの結びや捻れを防止し,かつ絶縁型のワイヤーへの損傷や切断を生じないワイヤー把持具を提供することを目的の一つとする(前記ア(ア))。 (イ) 引用発明では,上記(ア)の課題を解決するため,ハンドル32が,ピン33とブラケット35との間に段差状の屈曲する部分を有し,ガイド36の形状と配置にあわせて,ハンドル32の上記屈曲と枢着接続部33の移動の円弧がよく調整されている(前記ア(ウ),(エ))。 (ウ) 引用発明によれば,ブラケット35と顎16の間の腕15が中央線をはずれている結果として,締め付け位置にあるワイヤー38の中心線は,目37の方向に配置されているため,引っ張る負荷が目37に適用されるとき,ハンドル32がワイヤーに接触せず移動して目37の位置がワイヤーに接近し,引っ張る動作は常にワイヤーのほぼ軸方向にあるから,ワイヤーが曲がったり,捻れたりしないという作用効果を奏する(前記ア(ウ))。 (2) 判断の遺脱について 原告は,本件審決には,リング部とケーブルとの接触(干渉)を回避するという課題を解決するための手段として,ハンドルを屈曲ないし湾曲させるか,あるいは本件発明のようにリング部を捻るかは,単なる設計事項にすぎない旨の原告の主張について,判断の遺脱がある旨主張する。 しかし,本件審決は,@引用発明の「ハンドル32」の「目37」を,「ワイヤー38が曲がったり」しないために,さらに「捻った」構成としなければならない必要性は見当たらず,むしろ,「ハンドル32」を「捻った」構成とすることには阻害要因があるから,周知例1ないし14に記載された事項を適用して,引用発明の「ハンドル32」をさらに「捻った」ものとすることが当業者において容易に想到できたということはできず,A周知例1,2及び10ないし14に記載された「捻った」構成を有する部位は,引用発明とは技術分野の関連性が認められないものであるか,あるいは,技術分野の関連性が認められるとしても,引用発明の「ハンドル32」と同様の機能を有するものではなく,「捻った」構成が,移動により他の部位との干渉を避けることを目的とするものでもないから,周知例1,2及び10ないし14に記載された「捻った」構成が周知慣用技術であったとしても,掴線器である引用発明の「ハンドル32」を「捻った」ものとすることが当業者において容易に想到できたということはできず,B掴線器である周知例3ないし5及び7ないし9には,引用発明の「ハンドル32」に対応する部位が「捻った」部分を有することについて,記載も示唆もないから,上記周知例に接した当業者であっても,引用発明の「ハンドル32」を「捻った」部分を有するように構成することが容易に想到できたということはできず,上記は,周知例1及び2に記載された「ストラップ」の「捻った」構成が周知慣用技術であることを踏まえても同様であり,C周知例6及び9に記載された「ワイヤー等の屈曲のクセ及び損傷」の原因及び回避のための構成は,引用発明とは異なり,周知例7及び8では,引用発明と関連するものの,その回避のための構成は,引用発明とは異なるから,周知例6ないし9に接した当業者であっても,引用発明の「ハンドル32」を「捻った」部分を有するように構成することが容易に想到できたということはできない旨判断した。 上記判断は,要するに,本件発明が引用発明及び各周知例に記載された周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではないこと,すなわち,掴線器において,リング部とケーブルとの接触(干渉)を回避するという課題を解決するための手段として,リング部を捻るという構成が設計事項であるとはいえないことを具体的に判断したものであるということができる。よって,本件審決には,原告の主張する判断の遺脱はない。 (3) 相違点に係る判断の誤りについてア 周知例等の記載各文献には,以下の事項が記載されているものと認められる。 (ア) 周知例1(甲2)架空高圧配電線の架線において,振分け装柱に架空高圧配電線を絶縁し支持するために使用される振分け架線金具に関し,耐張碍子を腕金に連結する捻りストラップが,板状体のものを捻った構造であること(【0001】,【0012】,【図1】)。 (イ) 周知例2(甲3)電柱の腕金に取り付けられる碍子の支持構造に関し,耐張碍子を腕金に連結する捻りストラップが,板状体のアーム32を捻った構造であること(【0001】,【0004】,図8)。 (ウ) 周知例3(甲4) 電柱の腕金の碍子に高圧配電線の通り電線を張り渡した通り装柱を振分け装柱に変更する工法及び活線振分け金具に関し,張線器30を耐張碍子24に連結する引き留めクランプ25が,平板状のものを曲げた構造を有すること,及び掴線器33の捻りのないレバー状の部位が張線器30の伸縮杆31の先端に連結されること(【0001】,【0016】,【0017】,【0025】,【図4】,【図5】,【図9】)。 (エ) 周知例4(甲5の1・2) ワイヤー把持具において,リンク40が捻りのない平板状であり,かつ,ピン42の軸方向に屈曲していないため,ピン42の軸に垂直な平面であって,リンク40が移動する平面では,ワイヤー38,顎16及び顎32が存在しておらず,顎32と顎16がワイヤーを挟んだ状態では,リンク40の外端部の目46は,ワイヤー38に近接した位置にある構成とすること(1頁左欄47行〜右欄24行,図2,図3)。 (オ) 周知例5(甲6) 電線などの線状体を掴持する用途に使用される線状体把持器に関し,連結部材7の連結部19を引っ張ると,連結部材7が引っ張られて連結部19は線状体に重なる位置まで移動し,作動部材3は回動して可動側掴線部4を押し上げることで線状体Wを固定側掴線部2と共に上下から挟み付けて掴線する構成とすること(【0001】,【0021】,【図1】,【図2】)。 (カ) 周知例6(甲7) 把持表面が凹面であるアンビルと凸状であるカム状部材からなるワイヤー緊張機は,把持作用によりワイヤーを押しつぶし,ワイヤーを凹面に一致するよう曲げてしまうという不利な点があること(1頁右欄2行〜19行)。 (キ) 周知例7(甲8の1)及び周知例8(甲8の2) 掴線器において,被張設線を掴線するために作動レバーの端部を引張すると,作動レバーの端部は被張設線の自由部(無負荷部)を持上げ被張設線の挟持部を傾斜させるので,被張設線に曲がりぐせがつき著しく損傷するという欠陥を有していたこと,並びに捻った部分及び屈曲した部分を有しない作動レバーの端部を鉛直断面U形状とすることで,該端部の上方向移行は何らの障害もなく円滑に行われること(2頁4行〜17行,6頁2行〜7行,第1図,第2図)。 (ク) 周知例9(甲9) エレベータ用ケーブルを引っ張った状態に保持するときに,当該エレベータ用ケーブルの先端部を掴持する用途に好適に用いることができる掴線器に関し,一対の掴線部の各々の把持溝の溝面が,滑り止め用凹凸部である多数の係止条部を有しているため,エレベータ用ケーブルが一対の掴線部により上下から掴持されたとき,各係止条部がケーブル素線に食い込んでケーブル素線を損傷させてしまうおそれがあること,及び掴線器の連結部材(11)が捻った部分を有さず,支軸(12)の軸方向に屈曲していない平板状の形状であること(【0001】,【0004】,【0005】,【図1】〜【図5】)。 (ケ) 周知例10(甲10) 六角レンチに関し,レバーの干渉を避けるため,六角棒の稜部を最小曲げ半径として90度曲げ,さらに一方の面部にα度の捻りを与えること(【0001】,【0003】〜【0005】)。 (コ) 周知例11(甲11) 自動車ボデーの補修工具に関し,延長部が所望の捻れ角だけ捻ることができると同時に,所望の形状に曲げることができるので,干渉物を避けてボデーの凹みに先端の押圧部を当てることができること(【0001】,【0025】,【0028】,【0029】,【図5】)。 (サ) 周知例12(甲12) 回転電機巻線に関し,巻線端部を長手方向に180°捻ることにより,隣接する回転電機巻線の巻線端部が干渉しないこと(【0001】,【0007】)。 (シ) 周知例13(甲13) 内側が複数の連結穴部に区画された多穴管に関し,多穴管を曲げるとともに所定角度の捻り成形を施すことで,芯金本体の平坦部が捻られた連結壁との干渉を避けることができること (【0039】〜【0042】,【0048】,【0049】)。 (ス) 周知例14(甲14) 曲げ加工が施されたチューブを次の曲げ加工位置に移動する際に曲げ型と干渉しないように,チューブがチューブ曲げ装置により捻られること(【0018】,【0026】)。 (セ) 甲15〜27a 甲15(特開2009-153244号公報) ケーブル弛み防止吊り車に関し,屈曲した上部レバー25b及び下部レバー25aを有する,通信ケーブルを一対のブレーキ材25cで把持して制動する制動手段(【0035】,【0036】,【図12】)。 b 甲16(特開2009-215056号公報) 長手軸まわりに180度捩られた捩り部が形成された通い綱ロープの掛け止め補助具10(【0025】,【0026】,【図3】,【図4】)。 c 甲17(特開2007-159270号公報) 延在方向に対して交差するように水平方向に周回しつつ上昇する,所謂,豚の尻尾形状に先端部21bが形成された棒状部材を有する電柱設置装置(【0020】,【図1】)。 d 甲18(特開2005-183101号公報) 高圧引下用バインドレス碍子51の中央側の巻付用突出体54に引留し,掛止用突出体に隣接した巻付用突出体54に「8字」状に巻き付けた高圧引下用絶縁電線(【0009】,【図9】)。 e 甲19(特開2003-87952号公報) 腕金装柱バンドの柱径調整バンド片に関し,一端側を緊締バンド片6と接続し,他の一端部に,電柱D面から突出する方向にして挟持部片11,11を相対して列設したバンド基片(【0001】,【0009】,【図3】)。 f 甲20(特開2000-224725号公報)架線走行システムに関し,鉄塔などの構造物の上部及び下部に2列にして架線1が張設され,上部架線から下部架線に架線走行装置51aを移動させるため,鉄塔などの構造物の上部から下部に向けて適宜捩じりを与えながら曲げて配設される補助レール51c(【0001】,【0056】,【図7】)。 g 甲21(特開2010-17014号公報。平成22年1月21日公開)絶縁された素線を複数撚り合わせた,引込線等をなす撚り線(【図4】等)。 h 甲22(特開2010-11675号公報。平成22年1月14日公開)電線や碍子等に巻付けたバインド線(【図4】等)。 i 甲23(特開2009-176497号公報)電線を碍子の頂部に固定する際に,電線や碍子に巻き付けたバインド線(【図12】等)。 j 甲24(特開2008-182846号公報)ホットスティックを着脱自在に保持し吊り下げるための,U字状の第1アームとL字状の第2アームを備えた吊り具(【0001】,【0055】,【図1】)。 k 甲25(特開2005-147907号公報)架空送電線において,ギャロッピング等の異常振動を検知する架空送電線の異常振動検知機構に関し,曲げられた形状を有するアークホーン(【0001】,【図4】)。 l 甲26(特開2002-142343号公報)螺旋状ケーブル支持具の架設装置に関し,案内線とケーブル用支持線に順次巻回する螺旋状ケーブル支持具(【0001】,【0017】,【図1】)。 m 甲27(特開2001-339834号公報)長杆部の下端部を巻回して光ケーブルの引込線が保持できるようにした保持部を設けて形成された光ケーブルの保持具(【0010】,【図1】等)。 イ 相違点の容易想到性(ア) 引用発明は,前記(1)イによれば,ワイヤーの把持面又はその辺りでの結びや捻れを防止し,かつ絶縁型のワイヤーへの損傷や切断を生じないワイヤー把持具を提供することを目的とし,かかる課題の解決手段として,ハンドル32が,ピン33とブラケット35との間に段差状の屈曲する部分を有し,ガイド36の形状と配置にあわせて,ハンドル32の上記屈曲と枢着接続部33の移動の円弧がよく調整されるようにした構成を採用し,これにより,引っ張る負荷が目37に適用されるとき,ハンドル32がワイヤーに接触せず移動して目37の位置がワイヤーに接近し,引っ張る動作は常にワイヤーのほぼ軸方向にあるから,ワイヤーが曲がったり,捻れたりしないという作用効果を奏するものである。 そうすると,引用発明は,前記1(2)アの本件発明の課題と共通する課題を,ハンドル32が,ピン33とブラケット35との間に段差状の屈曲する部分を有し,ガイド36の形状と配置にあわせて,ハンドル32の上記屈曲と枢着接続部33の移動の円弧がよく調整されるようにした構成を採用することにより,既に解決しているということができるから,上記構成に加えて,あるいは,上記構成に換えて,ハンドル32を「捻った」部分を有するように構成する必要がない。 (イ) また,前記アの周知例等の記載によっても,掴線器において,長レバーの移動により,その後端に設けられたリング部がケーブルなど他の部材と干渉するのを避けるために,長レバーを「捻った」部分を有するように構成することが,もとの出願日前に,当業者に周知慣用の技術であったとは認められない。すなわち,周知例1,10ないし14,甲16及び20には,部材を「捻った」構成が記載されているものの,周知例1は「耐張碍子を腕金に連結する捻りストラップ」,周知例10は「六角レンチ」,周知例11は「自動車ボデーの補修工具」,周知例12は「回転電機巻線」,周知例13は「多穴管」,周知例14は「チューブ」,甲16は「通い綱ロープの掛け止め補助具」,甲20は「架線走行システムの補助レール」に関するものであって,掴線器に関するものではなく,掴線器の長レバーと同様の作用や機能を有する部材に関するものでもない。なお,周知例2及び甲21は,もとの出願日後に公開された文献であって,もとの出願日前の周知慣用の技術を示す証拠としては失当であるが,この点を措いても,周知例2は「耐張碍子を腕金に連結する捻りストラップ」,甲21は「引込線等をなす撚り線」に関するものであって,掴線器に関するものではなく,掴線器の長レバーと同様の作用や機能を有する部材に関するものでもない。同様に,周知例3,甲15,17ないし19及び22ないし27は,いずれも掴線器に関するものではないし,そこに記載されているのは,部材を「曲げた」又は「巻き付けた」構成であって,そもそも「捻った」構成でもない。さらに,周知例4ないし9は,掴線器に関するものであるが,長レバー又はそれに相当する部材を「捻った」構成とすることについて,記載又は示唆するものではない。 (ウ) したがって,そもそも,掴線器において,長レバーの移動により,その後端に設けられたリング部がケーブルなど他の部材と干渉するのを避けるために,長レバーを「捻った」部分を有するように構成することが,もとの出願日前に,当業者に周知慣用の技術であったとは認められないし,引用発明において,上記構成を備えるようにする動機付けもない。 (エ) むしろ,引用発明の構成に加えて,ハンドル32を「捻った」部分を有するように構成する場合には,引用発明では,目37がワイヤーに近接した位置となるように調整されているため,目37がワイヤーに接触するおそれがあり,目37がワイヤーに接触しないようにするには,目37とワイヤーとの距離を遠ざけるようにガイド36の形状と配置を変更することや,ハンドル32の段差状の屈曲と枢着接続部の移動の円弧の再調整をすることが必要になるから,引用発明において,その構成に加えて,ハンドル32を「捻った」部分を有するように構成することには,阻害要因があるというべきである。 (オ) 以上によれば,引用発明において,周知例等に記載された事項に基づいて相違点に係る本件発明の構成を備えるようにすることが,容易に想到できたということはできない。 ウ 原告の主張について (ア) 原告は,引用発明において,「ケーブルの屈曲によるケーブル表面に生じる屈曲のクセ及び損傷等の不都合を解決する」という課題を解決するために,ケーブルに向く面の角度を変化させるべく金属製板状体である長レバーを「捻じる」のか,「曲げる」のかは,両構成の効果に差がなく,当業者が必要に応じて任意に定める設計的事項にすぎない旨主張する。 しかし,引用発明は,前記イ(ア)のとおり,ハンドル32が,ピン33とブラケット35との間に段差状の屈曲する部分を有し,ガイド36の形状と配置にあわせて,ハンドル32の上記屈曲と枢着接続部33の移動の円弧がよく調整されるようにすることによって,引っ張る負荷が目37に適用されるとき,ハンドル32がワイヤーに接触せず移動して目37の位置がワイヤーに接近し,引っ張る動作は常にワイヤーのほぼ軸方向にあるから,ワイヤーが曲がったり,捻れたりしないという作用効果を実現するものである。したがって,引用発明において,ハンドル32が段差状の屈曲する部分を有するように構成するか,捻った部分を有するように構成するかは,技術的意義の異ならない設計的事項にすぎないなどということはできない。 (イ) 原告は,周知例1及び2に開示された周知技術を適用して,引用発明のハンドル32に段差状に屈曲することによってケーブルとの干渉を回避した構成を,本件発明のようにハンドルの先端の目(リング部)を捻ることによってケーブルとの干渉を回避する構成とすることは,当業者が容易に想到できたことである旨主張する。 しかし,周知例1及び2には,部材を「捻った」構成が記載されているものの,周知例1は「耐張碍子を腕金に連結する捻りストラップ」,周知例2は「耐張碍子を腕金に連結する捻りストラップ」に関するものであって,掴線器に関するものではなく,掴線器の長レバーと同様の作用や機能を有する部材に関するものでもない。 さらに,周知例1及び2に記載された部材を「捻った」構成は,ケーブルとの干渉を回避するために設けられた構成でもない。したがって,引用発明のハンドル32が段差状の屈曲する部分を有する構成に換えて,周知例1及び2に記載された事項を適用する動機付けがないか,仮にこれを適用しても,相違点に係る本件発明の構成には至らない。 (ウ) 原告は,引用発明において,段差を設けたレバーを「捻った」構成のレバーに置き換えることに阻害要因はない旨主張する。 しかし,前記イ(ウ)のとおり,そもそも,掴線器において,長レバーの移動により,その後端に設けられたリング部がケーブルなど他の部材と干渉するのを避けるために,長レバーを「捻った」部分を有するように構成することが,もとの出願日前に,当業者に周知慣用の技術であったとは認められないし,引用発明において,上記構成を備えるようにする動機付けもないから,引用発明の構成に換えて,ハンドル32を「捻った」部分を有するように構成することに阻害要因があるか否かを論じるまでもなく,引用発明において,周知例等に記載された事項に基づいて相違点に係る本件発明の構成を備えるようにすることが,容易に想到できたということはできない。 エ 以上によれば,本件発明は,引用発明及び周知例等(甲2〜27)に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。 (4) 小括 以上のとおり,本件審決における本件発明の容易想到性の判断に誤りはない。よって,取消事由1は,理由がない。 3 取消事由2(実施可能要件に係る判断の誤り)について(1) 本件発明の要旨認定の誤り原告は,本件審決が特許請求の範囲に記載された発明特定事項である「長レバー及びケーブルの平面」とは,長レバーが回動する支軸に垂直な平面を意味し,「長レバー及びケーブルの平面に対して15°〜45°に捻った」とは,図1(a)において,長レバーの捻り箇所4の位置で,長レバーが回動する支軸に垂直な平面に対して15°〜45°に捻ったことを意味する旨判断したのは,特許請求の範囲及び本件明細書の記載に基づかないものであって,誤りである旨主張する。 ア 「長レバー及びケーブルの平面」の意義 (ア) 本件明細書には,前記1のとおり,本件発明が,従来から使用されているテコを利用した掴線器では,長レバーとその端部にあるリング部が同一平面上にあり,リング部の上部がケーブルに干渉してリング部中心をケーブル中心に接近させることができないため,ケーブル中心とリング部中心との位置が大きくずれることになり,ケーブルを緊線した際にケーブルを屈曲させることになって,ケーブル表面に屈曲のクセ及び損傷等が生じるという問題があったことから,かかる問題を解決することを課題とし,かかる課題の解決手段として,長レバーのリング部に引張力を負荷することで,テコを利用してケーブルを把持する構造の掴線器において,長レバーの後端に設けたリング部を15°〜45°の角度に捻ることにより,リング部の上部がケーブルに干渉することを避けてリング部中心をケーブル中心に接近させることができるようにするという構成を採用し,これにより,部品数を増やす必要もなく,長レバーのリング部を捻るだけで容易に製作することができ,ケーブル表面の損傷等を防止して,長期間設置され続けるケーブルの信頼性を向上させることができるという作用効果を奏するものであることが記載されている。 (イ) 本件明細書の【図2(a)】は,従来使われている長レバーと端部にあるリング部が同一平面上にある掴線器の正面図であるところ(【0006】),従来の掴線器の構造に関する技術常識を踏まえれば,同図から,長レバーのリング部が設けられた端部とは反対側の端部が,三角レバーとピンによって枢動できるように取り付けられた構成が記載され,長レバーはピンの支軸を中心に回動しながら移動し,支軸を中心とした長レバーの回動は支軸に垂直な平面で行われるから,従来の掴線器において,長レバーは,支軸に垂直な平面内を,支軸を中心に回動しながら移動するものであることが理解できる。そして,本件明細書には,従来の掴線器では,長レバーとその端部にあるリング部が同一平面上にあり,リング部の上部がケーブルに干渉してリング部中心をケーブル中心に接近させることができないことが記載されているところ,仮に支軸に垂直な平面内又はその近傍にケーブルが存在しないとすれば,長レバーとリング部が同一平面上にあったとしても,リング部の上部がケーブルに干渉することはないから,同図に記載された従来の掴線器においては,長レバーが回動する支軸に垂直な平面内又はその近傍にケーブルが存在していることが理解できる。したがって,同図に記載された従来の掴線器においては,おおむね,長レバーが回動する支軸に垂直な平面内に,長レバー(及びその端部に設けたリング部)並びにケーブルが存在することが理解できる。 ところで,本件明細書には,本件発明の掴線器は,部品数を増やす必要もなく,長レバーのリング部を捻るだけで容易に製作することができるものであることが記載されているところ,上記記載を踏まえて本件明細書を見れば,当業者は,本件発明は,従来の掴線器において,長レバーのリング部を捻っただけのものであって,その他,部品数を増やしたり,捻る以外の形状の変更を行ったりしないものであると理解するということができる。したがって,本件発明の掴線器においても,【図2(a)】に記載された従来の掴線器と同様に,おおむね,長レバーが回動する支軸に垂直な平面内に,長レバー及びケーブルが存在することが理解できる。また,【図1(a)】は,長レバーの端部にあるリング部を捻った掴線器の正面図(本件発明の実施例に係る図)であるところ(【0006】),同図においても,捻り箇所4が長レバーの先端のリング部のすぐ根元側に設けられており,長レバーは,支軸側の端部から捻り箇所4の直前までは,回動する支軸に垂直な平面内にあると理解される。 そうすると,本件発明において,「長レバー及びケーブルの平面」とは,長レバーが回動する支軸に垂直な平面を意味するものと理解することができる。 イ 本件発明は,「長レバーの後端に設けたリング部を,長レバー及びケーブルの平面に対して15°〜45°に捻った」ことを発明特定事項として規定するものであるところ,前記アのとおり,「長レバー及びケーブルの平面」とは,長レバーが回動する支軸に垂直な平面を意味するものと理解することができる。したがって,上記発明特定事項は,本件明細書の記載から,長レバーの後端に設けたリング部を,長レバーが回動する支軸に垂直な平面に対して15°〜45°に捻ったことを意味するものと理解することができる。よって,本件審決における本件発明の要旨認定に誤りはない。 (2) 実施可能要件に係る判断の誤り ア 原告は,本件発明は,「長レバーの後端に設けたリング部を,長レバー及びケーブルの平面に対して15°〜45°に捻った」ことを発明特定事項として規定するものであるが,本件明細書には,「長レバーの平面」及び「ケーブルの平面」が何を指しているのか何ら記載されておらず,リング部を15°〜45°に捻る基準が不明である旨主張する。 しかし,前記(1)のとおり,本件明細書の記載から,「長レバー及びケーブルの平面」とは,長レバーが回動する支軸に垂直な平面を意味するものと理解することができ,「長レバーの後端に設けたリング部を,長レバー及びケーブルの平面に対して15°〜45°に捻った」とは,長レバーの後端に設けたリング部を,長レバーが回動する支軸に垂直な平面に対して15°〜45°に捻ったことを意味するものと理解することができる。 イ 原告は,本件明細書の図面からは,カムと三角レバーと長レバーの接続状態が不明瞭であり,各構成部品の形状を把握することはできない旨主張する。 しかし,【図1(a)】や【図2(a)】には,支点ピン,三角レバーのより短い腕において枢動されるようにカムを受けるピン,及び三角レバーのより長い腕において長レバーが枢動できるように取り付けられるピンが記載されているところ,これらの接続状態は,本件発明が前記(1)アのとおり,従来の掴線器において,長レバーのリング部を捻っただけのものであって,その他,部品数を増やしたり,捻る以外の形状の変更を行ったりしないものであると理解されることに照らせば,例えば引用例1に見られるような,従来の掴線器と同様の接続状態,すなわち,ボディと三角レバーとは支点ピンにより枢着され,三角レバーのより短い腕はピン上で枢動されるカムを受け,三角レバーのより長い腕はピンに枢動できるように取り付けられる長レバーを有するというように接続されるものであることを理解することができる。 ウ 原告は,単にリング部を捻っただけでは,長レバーのリング部に引張力を負荷した際にリング部がケーブル近傍を移動するものとはならず,リング部がケーブル中心に接近して移動するように長レバーの形状・リンク機構・ガイド機構を構成する必要があるところ,本件発明は,その特許請求の範囲において,ケーブルの線径及び長レバーの形状・リンク機構・ガイド機構についての構成が特定されておらず,本件明細書にも,これらについての記載はないから,本件発明の実施には,過度の試行錯誤を要する旨主張する。 しかし,長レバーの後端に設けたリング部を捻った構成とした場合に,長レバーのリング部に引張力を負荷した際にリング部がケーブル近傍を移動するようにするための,長レバーを案内するガイドの形状と配置や,長レバーを捻った湾曲と枢着接続部の移動の円弧の調整,ケーブルの太さによりリング部がケーブルに接触しないようにするための,リング部の形状と配置などは,ケーブルの線径,掴線器を構成する各部分の形状,大きさ,厚みなどに基づいて,当業者であれば,適宜決定することができる事項である。 エ 原告は,本件明細書には,リング部を15°〜45°に捻ることにより所期の作用効果を奏することを裏付ける記載はないから,本件発明の少なくとも一部につき,当業者がその実施をすることができる程度の記載があるということはできない旨主張する。 しかし,物の発明における発明の実施とは,その物の生産,使用等をする行為をいうから(特許法2条3項1号),物の発明について実施可能要件を充足するか否かについては,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その物を製造し,使用することができる程度の記載があるか否かによるというべきであって,所期の作用効果を奏することを裏付ける記載の有無いかんにより実施可能要件の充足性が直ちに左右されるものではない。 オ そして,前記(1)のとおり,「長レバーの後端に設けたリング部を,長レバー及びケーブルの平面に対して15°〜45°に捻った」とは,本件明細書の記載から,長レバーの後端に設けたリング部を,長レバーが回動する支軸に垂直な平面に対して15°〜45°に捻ったことを意味すると理解することができるから,当業者であれば,従来の掴線器の構成を踏まえて,本件発明の掴線器を製造し,使用することができる。 よって,当業者であれば,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件特許の出願当時の技術常識に基づいて,本件発明を実施することが可能であったと認められる。 (3) 小括以上によれば,本件審決における実施可能要件に係る判断に誤りはない。よって,取消事由2は,理由がない。 4 結論以上によれば,原告の本訴請求は理由がないから,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 部眞規子 |
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裁判官 | 柵木澄子 |
裁判官 | 片瀬亮 |