審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成27ワ12416 特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成27ワ28698 特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成27ワ28468 特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成26ワ20319 特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成27ワ11434 特許権侵害行為の差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
27年
(ワ)
29159号
特許権侵害差止請求事件
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原告 デビオファーム・インター ナショナル・エス・アー 同 訴 訟代理人弁護士大野聖二 大野浩之 木村広行 同訴訟復代理人弁護士 多田宏文 同 訴 訟代理人弁理士松任谷優子 被告 ナガセ医藥品株式会社 同 訴 訟代理人弁護士重冨貴光 石津真二 長谷部陽平 同 補佐人弁理士岩谷龍 勝又政徳 被告補助参加人 日本ケミファ株式会社 同 訴 訟代理人弁護士牧野知彦 堀籠佳典 加治梓子 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2017/01/26 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用(補助参加によって生じた費用を含む。)は原告の負担とする。 3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 被告は,別紙被告製品目録記載1〜3の製剤(以下「被告製品」と総称する。) の生産,譲渡,輸入又は譲渡の申出をしてはならない。 2 被告は,被告製品を廃棄せよ。 |
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事案の概要
本件は,発明の名称を「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法 及び使用」とする特許権を有する原告が,被告に対し,被告製品の生産等が特 許権侵害に当たると主張して,特許法100条1項及び2項に基づく被告製品 の生産等の差止め及び廃棄を求める事案である。 1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨に より容易に認定できる事実) 当事者 原告は,医薬品等の製造,販売及び輸出等を業とし,スイス法に準拠して 設立された法人である。 被告は,医薬品等の製造,販売,輸入等を業とする株式会社である。 被告補助参加人は,医薬品等の製造,販売,輸入等を業とする株式会社で ある。 原告の特許権ア 原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特 許」 その特許出願の願書に添付された明細書を と, 「本件明細書」という。) の特許権者である。 特許番号 第4430229号 出 願 日 平成11年2月25日(特願2000-533150号) 優 先 日 平成10年2月25日 登 録 日 平成21年12月25日イ 本件特許権の特許請求の範囲請求項1及び2の記載は次のとおりであ る(以下,請求項1の発明を「本件発明1」,請求項2の発明を「本件発 明2」という。)。 本件発明1 「 オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な 担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって,製薬上許 容可能な担体が水であり,緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属 塩であり, 緩衝剤の量が,以下の: (a)5×10-5M〜1×10-2 M (b)5×10-5M〜5×10-3 M (c)5×10-5M〜2×10 -3 M (d)1×10-4M〜2×10-3 M,または (e)1×10-4M〜5×10-4 M の範囲のモル濃度である,組成物。」 本件発明2 「 緩衝剤がシュウ酸またはシュウ酸ナトリウムである請求項1の組成 物。」ウ 本件発明1及び2は,以下の構成要件に分説される(以下,それぞれの 構成要件を「構成要件A」などという。)。 本件発明1 A オキサリプラチン, B 有効安定化量の緩衝剤および C 製薬上許容可能な担体を包含する D 安定オキサリプラチン溶液組成物であって, E 製薬上許容可能な担体が水であり, F 緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり, G 緩衝剤の量が,以下の: (a)5×10-5M〜1×10-2 M (b)5×10-5M〜5×10-3 M (c)5×10-5 M〜2×10 -3M (d)1×10-4M〜2×10-3 M,または (e)1×10-4M〜5×10-4 M の範囲のモル濃度である,組成物。 本件発明2 J 緩衝剤がシュウ酸またはシュウ酸又はシュウ酸ナトリウムである K 請求項1の組成物。 エ 原告は,本件特許に係る無効審判の手続において,本件特許の特許請求 の範囲請求項1につき,平成26年12月2日付けで訂正請求をした(以 下,この訂正請求に係る請求項1記載の発明を「本件訂正発明1」とい う。)。本件訂正発明1は,以下の構成要件に分説される(下線部は訂正 箇所)。なお,この訂正請求については,平成27年7月14日付けでこ れを認める審決がされたが,同審決は本件口頭弁論終結時においていまだ 確定していない。(甲8) A オキサリプラチン, B 有効安定化量の緩衝剤および C 製薬上許容可能な担体を包含する D 安定オキサリプラチン溶液組成物であって, E 製薬上許容可能な担体が水であり, F 緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり, G 1)緩衝剤の量が,以下の: (a)5×10-5 M〜1×10-2M (b)5×10-5 M〜5×10-3M (c)5×10 -5M〜2×10-3M (d)1×10-4 M〜2×10-3M,または (e)1×10-4 M〜5×10-4M の範囲のモル濃度である, H pHが3〜4.5の範囲の組成物,あるいは I 2)緩衝剤の量が,5×10 -5M〜1×10-4Mの範囲のモル濃度 である,組成物。 被告の行為等 ア 被告は被告製品の製造,輸入又は販売をし,被告補助参加人は被告から 購入した被告製品の販売をしている。 イ 被告製品はいずれもオキサリプラチン及び水を包含しているが,外部か らシュウ酸又はそのアルカリ金属塩は添加されていない。また,被告製品 に含有されるシュウ酸(イオン)のモル濃度は構成要件Gに規定する範囲 内に,被告製品のpHの値は構成要件Hの範囲内にそれぞれある。(甲5 〜7)2 争点 技術的範囲への属否 被告及び被告補助参加人(以下「被告ら」と総称する。)は被告製品が構成要件A及びCを充足することを積極的に争っていないから,技術的範囲への属否についての争点は後記ア〜ウのとおりとなる。また,本件発明2は本件発明1の緩衝剤をシュウ酸又はシュウ酸ナトリウムと限定した発明であるから,本件発明1の構成要件充足性に関する主張は,本件発明2にも妥当する(なお,前記 訂正請求の可否は構成要件充足性に関する判断に影響しない。)。 ア 「有効安定化量の緩衝剤」(構成要件B),「緩衝剤がシュウ酸または そのアルカリ金属塩」(同F),「緩衝剤の量が(以下略)」(同G), 「2)緩衝剤の量が(以下略)」(同I)及び「緩衝剤がシュウ酸または シュウ酸又はシュウ酸ナトリウムである」(同J)の充足性イ 「安定オキサリプラチン溶液組成物」(同D)の充足性ウ 「担体が水」(同E)の充足性 無効理由の有無 被告らは,「緩衝剤」にはオキサリプラチン水溶液において分解して生じ提とすれば,本件特許には後記の無効理由があり,特許無効審判により無効にされるべきものであるから,原告は本件特許権を行使することができない(特許法104条の3第1項)と主張する。後記の各無効理由のうちア〜エ,カ及びコは本件発明1及び2並びに本件訂正発明1(以下「本件発明等」という。)に,同キ〜ケは本件発明1及び本件訂正発明1に,同オは本件訂正発明1に関するものである。 ア 「制癌性白金錯体の研究」と題する論文(以下「乙2文献」という。) に記載された発明(以下「乙2発明」という。)に基づく新規性欠如イ 国際公開96/04904号公報(以下「乙3公報」という。)に記載 された発明(以下「乙3発明」という。)に基づく新規性欠如ウ 乙2発明に基づく進歩性欠如 エ 「The Thermal Reaction Substituti on Kinetics of Oxaliplatin in Wa ter or Glucose Aqueous Solution」と 題する論文(以下「乙1の1文献」という。)に記載された発明(以下「乙 1発明」という。)に基づく進歩性欠如 オ サポート要件(特許法36条6項1号)違反 カ 乙3発明に基づく進歩性欠如 キ 「安定」についての明確性要件(同項2号)違反 ク 「緩衝剤の量」についての明確性要件違反 ケ シュウ酸以外の緩衝剤についての明確性要件違反,サポート要件違反及 び実施可能要件(同条4項1号)違反 コ 「Circadian Rhythm in Toxicities and Tissue Uptake of 1,2-Diammino cyclohexane(trans-1)oxalatoplatin um(U) in Mice」と題する論文(以下「丙3文献」という。) に記載された発明(以下「丙3発明」という。)に基づく新規性又は進歩 性欠如 訂正の再抗弁(本件発明2関係) 原告は,本件発明2に係る前記 の無効理由イ(乙3発明に基づく新規性 欠如)及びカ(乙3発明に基づく進歩性欠如)に対して,訂正の再抗弁を主 張する。 3 争点に関する当事者の主張 (技術的範囲への属否)について ア 「有効安定化量の緩衝剤」(構成要件B),「緩衝剤がシュウ酸または そのアルカリ金属塩」(同F),「緩衝剤の量が(以下略)」(同G), 「2)緩衝剤の量が(以下略)」(同I)及び「緩衝剤がシュウ酸またはシュウ酸又はシュウ酸ナトリウムである」(同J)の充足性(原告の主張) 本件発明等においては「包含」される「緩衝剤の量」が規定されてい るのみであり,特許請求の範囲には「添加」という文言は記載されてい ないこと,シュウ酸はオキサリプラチン水溶液中に存在すれば足り,添 加したものであっても,自然に生成したものであっても,その効果は変 わらないこと(本件明細書の段落【0022】,【0023】,【00 64】の【表8】,【0065】の【表9】,【0074】の【表14】, 【0076】の【表15】等)などからすれば,本件発明等における緩 衝剤としてのシュウ酸とはオキサリプラチン水溶液に包含される全ての シュウ酸をいい,外部から添加したシュウ酸のみならず,オキサリプラ チン水溶液において分解して生じるシュウ酸も含まれると解すべきであ る。そして,被告製品は,いずれも構成要件G及びIに規定されている モル濃度の範囲内にあるシュウ酸を含んでいるから,構成要件B,F, G,I及びJを充足する。 被告らは,本件発明等における「シュウ酸」とシュウ酸イオンは別の ものである旨主張するが,本件明細書においては固有形態と水性緩衝溶 液を区別することなく「シュウ酸」とされていること(本件明細書の段 落【0035】),シュウ酸とシュウ酸イオンを区別することなく特許 請求の範囲に記載されることは技術常識であること(甲12の1〜5) などからすれば,本件発明等の「シュウ酸」にシュウ酸イオンも含まれ ることは明らかである。 被告らは,「緩衝剤」にオキサリプラチン水溶液において分解して生 じるシュウ酸も含まれるという解釈を前提とすると,「緩衝剤」にシュ ウ酸以外の物質は含まれないと解すべきである旨主張するが,そのよう な限定解釈をする根拠はない。また,原告は出願過程において被告らが 主張するような限定をしていないから,被告製品がバッファ(リン酸及 びリン酸水素ナトリウム水和物)を含むか否かにかかわらず,構成要件 Fを充足する。 (被告らの主張) 本件発明等の「緩衝剤」である「シュウ酸」は,次の理由により,外 部から付加ないし添加されたものに限られると解すべきところ,被告製 品は外部からシュウ酸を付加ないし添加していないから,構成要件B, F,G,I及びJを充足しない。 オキサリプラチン溶液は経時的にその一部がジアクオDACHプラ チンとシュウ酸イオンに解離して安定化することは本件特許の優先日 前に公知の知見であった(乙1の1,2,4)。本件発明等は,上記知 見を前提に,従来公知のオキサリプラチン溶液を安定化させるために, 「シュウ酸またはアルカリ金属塩」を緩衝剤として添加したことを本質 とする発明である。また,本件明細書の記載(段落【0022】,【0 027】,【0039】の【表1】,【0041】の【表2】,【00 43】の【表3】,【0045】の【表4】,【0047】〜【004 9】,【0056】,【0059】,【0061】,【0072】等) によれば,本件発明等における「シュウ酸」,「シュウ酸のアルカリ金 属塩」及び「シュウ酸ナトリウム」はオキサリプラチン水溶液において 分解して生じるシュウ酸イオンとは別の物質を意味している。さらに, 本件明細書の記載(段落【0016】,【0017】,【0022】, 【0027】,【0028】,【0034】〜【0036】,【004 2】,【0044】,【0047】,【0056】〜【0058】等) 及び専門家の意見(乙80,83,90,丙1の2,11の1)によれ ば,「緩衝剤」はオキサリプラチン溶液とは別のものであり,外部から 付加されたものをいうと解すべきであり,辞書的意義(乙7,41〜4 5,81,92〜95)もこれに沿うものである。 「緩衝剤」にオキサリプラチン水溶液において分解して生じるシュウ 酸も含まれるという原告の主張を前提とすると,本件明細書の記載(段 落【0057】の【表5】)及び本件特許の出願経過に照らせば,「緩 衝剤」はシュウ酸以外の物質を含まないと解すべきである。ところが, 被告製品は緩衝剤としてバッファ(リン酸及びリン酸水素ナトリウム水 和物)を含んでいるから,構成要件Fを充足しない。 イ 「安定オキサリプラチン溶液組成物」(構成要件D)の充足性 (原告の主張) 被告製品は通常の市場流通下において2年間安定であることが確認され ているから(甲5),構成要件Dを充足する。 (被告の主張) 本件発明等の「安定オキサリプラチン溶液組成物」とは,従来公知のオ キサリプラチン溶液と比較して,不純物であるジアクオDACHプラチン 及びジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止又は遅延させ得るも のをいうところ(本件明細書の段落【0013】〜【0016】,【00 22】,【0031】),被告製品は従来公知のオキサリプラチン溶液と 何ら異なるところはないから,構成要件Dを充足しない。 ウ 「担体が水」(構成要件E)の充足性 (原告の主張) 被告製品は,水及びバッファ(リン酸及びリン酸水素ナトリウム水和物) を含んでおり,このうち液体である水が溶媒,固体であるバッファが溶質 となる。そうすると,この水が担体に当たるから(本件明細書の段落【0 024】),被告製品は構成要件Eを充足する。 被告補助参加人は,原告が「水」以外の担体を含む構成を意識的に除外 したと主張するが,特許請求の範囲の文言上,担体として「水」が含まれ ていることを規定するのみであって,「水」以外の担体を排除していない ことは明らかであり,原告は出願過程において被告補助参加人が主張する ような限定をしていない。 (被告補助参加人の主張) 原告は,本件特許の出願経過において,本件発明等の「製薬上許容可能 な担体」を「水」に限定し,「水」以外の担体を含む構成を意識的に除外 した。他方,被告製品には,水に加えて添加物としてバッファ(リン酸及 びリン酸水素ナトリウム水和物)が含まれているから,その担体は水とバ ッファとなるので,構成要件Eを充足しない。 (無効理由の有無)についてア 乙2発明に基づく新規性欠如 (被告の主張) 本件特許の優先日前に頒布された乙2文献の記載及びその追試結果(乙 18,63)によれば,乙2発明は「Pt(oxalato)(trans-l-dach)(l-OHP), 6.5×10-5M相当のシュウ酸イオン及び水を包含する Pt(oxalato)(trans-l-dach)(l-OHP)溶液組成物であり,同溶液組成物は安 定である」と認定できるから,本件発明等(本件発明1を構成要件A〜F 及びIとするもの)と同一である。したがって,本件発明等は新規性を欠 く。 (原告の主張) 乙2文献にはオキサリプラチン水溶液が開示されているのみであり,有 効安定化量の緩衝剤(構成要件B) 安定オキサリプラチン溶液組成物 , (同 D),緩衝剤としてのシュウ酸(同F)及びシュウ酸のモル濃度(同G) のいずれも開示されていない。また,被告が提出する追試結果(乙18, 63)は乙2文献の正確な再現とはいい難い。したがって,本件発明等と 乙2発明は同一でないから,新規性を有する。 イ 乙3発明に基づく新規性欠如 (被告の主張) 本件特許の優先日前に頒布された乙3公報(なお,特表平10-508 289号公報(以下「乙4公報」という。)は乙3公報に対応する日本の 公表特許公報であるから,以下では乙4公報の請求項及び頁番号を引用す る。)の記載(【特許請求の範囲】請求項1)及び乙3公報の再現結果(乙 19,64,65,98)によれば,乙3発明は「オキサリプラティヌム, 7.3×10-5M〜8.4×10-5 Mのシュウ酸イオン及び水を包含する, 医薬的に安定なオキサリプラティヌム溶液組成物」と認定できるから,本 件発明等(本件発明1を構成要件A〜F及びIとするもの)と同一である。 したがって,本件発明等は新規性を欠く。 (原告の主張) 乙3公報にはシュウ酸のモル濃度が開示されていない。また,被告が提 出する再試結果は,乙3公報の実施例と異なる条件で行われており,乙3 公報の正確な再現といい難い。さらに,乙3発明はオキサリプラチン水溶 液をオキサリプラチンの濃度,pH,安定性等で規定した発明であるのに 対し,本件発明等はオキサリプラチン水溶液を含有されるシュウ酸又はそ のアルカリ金属塩の量,安定性等で規定した発明であり,両者は全く異な る技術思想となっている。したがって,本件発明等と乙3発明は同一でな いから,新規性を有する。 ウ 乙2発明に基づく進歩性欠如 (被告の主張) 本件発明等(本件発明1を構成要件A〜Hとするもの)と乙2発明を対 比すると,本件発明等のpHは3〜4.5であるのに対し,乙2発明のp Hは不明な点で相違し,その余の点で一致する。 上記相違点に係る構成は特開平9-40685号公報(乙16)及び国 際公開94/12193号公報(乙17の1)に開示されているところ, これらの公報に開示されている各発明は,乙2発明と同様に,抗がん性白 金錯体であるオキサリプラチン水溶液に関するものであって溶液組成物 の安定化を図ることを目的とする。そして,白金錯体を含む溶液組成物を 安定化するためにpHを調整することが一般的であること(乙26の1, 27の1,28の1,29)に照らせば,乙2発明に上記各公報に記載さ れた発明を適用して,上記相違点に係る構成に至ることは容易である。し たがって,本件発明等は進歩性を欠く。 (原告の主張) 本件発明等と乙2発明を対比すると,被告が主張するpHの点に加えて, 乙2文献において,有効安定化量の緩衝剤(構成要件B),安定オキサリ プラチン溶液組成物(同D),緩衝剤としてのシュウ酸(同F)及びシュ ウ酸のモル濃度(同G)が開示されていない点で相違する。 そして,被告が提出する公報は,白金錯体の合成に際してのpHの調整 に関するもの(乙16),オキサリプラチンの凍結乾燥物としての製剤化 におけるpHの調整に関するもの(乙17の1)であり,オキサリプラチ ン溶液組成物に関する乙2文献に上記各公報を組み合わせることはでき ない。また,上記各公報には,いずれも有効安定化量の緩衝剤,緩衝剤と してのシュウ酸を用いること,シュウ酸のモル濃度についての記載は全く ないから,乙2文献に上記各公報を組み合わせたとしても上記各相違点に 係る構成に至ることはない。 エ 乙1発明に基づく進歩性欠如 (被告の主張) 本件特許の優先日前に頒布された乙1の1文献の記載によれば,乙1発 明は「l-OHP,シュウ酸イオン及び水を包含する l-OHP 溶液組成物であり, 同溶液組成物は比較的に安定である」と認定することができる。 本件発明等(本件発明1を構成要件A〜Hとするもの)と乙1発明を対比すると,@本件発明等のpHは3〜4.5であるのに対し,乙1発明のpHは不明な点,A本件発明等の緩衝剤の量は構成要件Gに規定するモル濃度の範囲であるのに対し,乙1発明の緩衝剤の量は不明な点で相違し,その余の点で一致する。 上記相違点@については,前記ウ(被告の主張)と同様に容易である。 上記相違点Aについては,白金錯体を含む水溶液の安定化は白金抗がん剤の研究開発に共通する一般的課題であり,その解決方法として白金からの脱離基を水溶液中に存在させることは周知の技術的知見である(乙23の1,24の1,25の1)。そうすると,白金抗がん剤である乙1発明のオキサリプラチン水溶液について,オキサリプラチンからの脱離基であるシュウ酸のイオン濃度を構成要件Gの数値範囲とすることは容易である。また,乙1発明のpHを適切に調整すれば,シュウ酸のイオン濃度は構成要件Gの範囲内となるから(乙40),この点からも上記相違点Aに係る構成に至ることは容易である。これらのことからすれば,本件発明等は進歩性を欠く。 (原告の主張) 本件発明等と乙1発明を対比すると,被告が主張する@及びAの点に加えて,乙1の1文献において,B有効安定化量の緩衝剤(構成要件B),C安定オキサリプラチン溶液組成物(同D)及びD緩衝剤としてのシュウ酸(同F)が開示されていない点で相違する。 上記相違点@については,前記ウ(原告の主張)と同様である。 上記相違点Aについては,乙1の1文献はオキサリプラチンの熱水和動力学に関するものであるところ,シュウ酸を添加すれば電気伝導率が変化してオキサリプラチンの安定性を電気伝導度法で解析することができなくなってしまうため,乙1発明にシュウ酸を添加することはあり得ない。 また,白金錯体溶液にその脱離基を添加すれば安定化するという単純なも のでないから,一つの白金錯体に通用する安定化手法が他の白金錯体に通 用するということはできない。したがって,乙1発明に接した当業者が上 記相違点Aに係る構成に至ることは容易でない。 また,乙1発明に接した当業者が,オキサリプラチン溶液組成物のpH を調整し,そのシュウ酸の濃度を測定した結果,それが特定の範囲内にあ ったとしても,上記相違点B〜Dに係る構成に至ることは容易でない。 オ サポート要件違反 (被告の主張) 本件明細書において,pHの値はシュウ酸の添加量に応じて自ずと定め られるものであり,これを制御,調整する技術については何ら開示されて いない。したがって,本件訂正発明1がシュウ酸濃度の制御,調整とは別 に,pHの値を制御,調整することにより構成要件Hの範囲とすることま で含む発明であるとすれば,サポート要件に違反する。 (原告の主張) 本件明細書の記載(段落【0025】)によれば,本件訂正発明1がサ ポート要件に違反しないことは明らかである。 カ 乙3発明に基づく進歩性欠如 (被告らの主張) 乙3公報に構成要件G及びIの規定する範囲のモル濃度のシュウ酸イオ ンが開示されていないとすれば,本件発明等と乙3発明はこの点で相違す ることになる。 乙3公報に高速液体クロマトグラフィーを用いて不純物の含量測定を行 い,その主要なものはシュウ酸であると同定されたと記載されていること (乙4公報の7頁)からすれば,乙3公報に接した当業者が乙3公報に開 示されているオキサリプラチン水溶液を作製し,その溶液中のシュウ酸イ オン濃度を測定することは何ら困難でない。そして,乙3発明のオキサリ プラチン溶液組成物を調製してそのシュウ酸イオン濃度を測定すると,シ ュウ酸イオン濃度は構成要件G及びIの規定する範囲にあるから(乙1 9,64,65,98,101,102,丙2),上記相違点に係る構成 に至ることは容易である。したがって,本件発明等は進歩性を欠く。 (原告の主張) 前記イ(原告の主張)のとおり,本件発明等と乙3発明は技術思想が全 く異なるから,シュウ酸を不純物として捉えた乙3発明からシュウ酸の量 によってオキサリプラチン水溶液の安定性を実現できるという本件発明 等に至ることは容易でない。また,乙3公報の実施例に準じて5mg/m lのオキサリプラチン水溶液を作製したとしても,シュウ酸のモル濃度は 構成要件G及びIの規定する範囲を下回る(甲18)。さらに,シュウ酸 のモル濃度を測定したとしても,その測定値とオキサリプラチン溶液組成 物の製薬上の安定性との関係を見いだすことはできない。これらのことか らすれば,乙3発明に接した当業者がシュウ酸を緩衝剤として認識した上 で,構成要件G及びIの規定する範囲のモル濃度とすることは困難である から,本件発明等は進歩性を有する。 キ 「安定」についての明確性要件違反 (被告の主張) 本件明細書の実施例18(b)を本件発明等の実施例であるとする原告 の主張を前提とすれば,実施例18(b)は「安定」オキサリプラチン溶 液組成物となる。他方,本件特許と同じ明細書に基づく対応米国特許にお いては,上記実施例18(b)は比較例とされているから,実施例18(b) は「安定」オキサリプラチン溶液組成物ではないことになる。そうすると, 「安定」(構成要件B及びD)の意義が不明確となるから,本件発明1及 び本件訂正発明1は明確性要件に違反する。 (原告の主張) 本件明細書の記載(段落【0001】,【0010】,【0017】) によれば,本件発明1及び本件訂正発明1の「安定」とは製薬上安定であ ることが明らかであるから,明確性要件に反していない。 ク 「緩衝剤の量」についての明確性要件違反 (被告の主張) 「緩衝剤」にオキサリプラチン水溶液において分解して生じるシュウ酸 も含まれるという原告の主張を前提とすれば,「緩衝剤の量」(構成要件 G及びI)はオキサリプラチン溶液組成物中のシュウ酸イオンの測定値に より規定されたものとなる。しかし,本件明細書にはシュウ酸イオンの測 定方法が全く記載されておらず,どのような測定方法及び測定条件におい て「緩衝剤の量」を規定したものであるかが明確でないから,本件発明1 及び本件訂正発明1は明確性要件に違反する。 (原告の主張) 本件発明1及び本件訂正発明1において「緩衝剤の量」はその範囲が明 確に規定されているから(構成要件G及びI),明確性要件に反しないこ とは明らかである。 ケ シュウ酸以外の緩衝剤についての明確性要件違反等 (被告の主張) 本件明細書にはオキサリプラチン水溶液がシュウ酸以外の他の緩衝剤を 含む場合にオキサリプラチンが安定しないと記載されており(段落【00 56】〜【0058】,【表5】),オキサリプラチン水溶液がシュウ酸 以外の他の緩衝剤を含んでいる場合に,どのようにして本件発明等の課題 及び作用効果である安定化を実現できるのか不明である。したがって,シ ュウ酸以外の他の緩衝剤が添加されたオキサリプラチン水溶液であって も本件発明等の技術的範囲に含まれるという原告の主張を前提とすると, 本件発明1及び本件訂正発明1の「安定オキサリプラチン溶液組成物であ って,・・・緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり」(構成 要件D及びF)は明確性要件,サポート要件及び実施可能要件に違反する。 (原告の主張) 本件明細書に記載されているのは高濃度のグリシンやクエン酸を緩衝剤 として添加した場合(段落【0056】〜【0058】,【表5】)であ って,このことから直ちにシュウ酸以外の他の緩衝剤を含むことが安定化 の効果を奏しないことにはならないから,被告の主張は失当である。 コ 丙3発明に基づく新規性又は進歩性欠如 (被告補助参加人の主張) 本件特許の優先日前に頒布された丙3文献の記載及びその追試結果(丙 2)によれば,本件発明等と丙3発明は実質的に同一であるから,本件発 明等は新規性を欠く。 仮に上記追試が丙3文献の正確な再現ということができず,丙3発明が その含有するシュウ酸のモル濃度が明らかでないとして,この点が相違点 となるとしても,当業者が普通に採用する条件でオキサリプラチン水溶液 を調製すれば,構成要件G及びIの規定する範囲のモル濃度のシュウ酸を 含有するオキサリプラチン水溶液を得ることができるから,本件発明等は 進歩性を欠く。 (原告の主張) 丙3文献にはオキサリプラチンの濃度以外については何ら記載されてい ない。被告補助参加人が提出する追試結果は乙3論文の正確な再現となっ ていない。したがって,本件発明等が新規性を有することは明らかである。 また,前記ウ,エ及びカ(原告の主張)と同様に,本件発明等は進歩性 を有する。 争点 (訂正の再抗弁)について(原告の主張)ア 原告は,本件特許の特許請求の範囲請求項2につき,以下のとおり訂正 することを予定している(以下,この訂正に係る請求項2記載の発明を「本 件訂正発明2」という。)。なお,原告は,上記の訂正につき訂正請求及 び訂正審判請求を行っていないが,これは本件特許の無効審判請求の不成 立審決に対する取消訴訟が係属中のためであって,原告の責めに帰すべき 事情によるものではない。 「 オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体 を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって,製薬上許容可能な 担体が水であり,緩衝剤がシュウ酸またはシュウ酸ナトリウムであり, 緩衝剤の量が,以下の: (a)5×10 -5M〜1×10-2M (b)5×10-5M〜5×10 -3 M(c)5×10 -5 M〜2×10-3M (d)1×10-4M〜2×10 -3 M,または (e)1×10-4M〜5×10 -4 M の範囲のモル濃度である,pHが3〜4.5(4.5を除く)の範囲の組 成物。」イ 上記アの訂正は,従属形式であった請求項2を独立形式に書き換えた上 で,本件訂正発明1の構成要件Iを削除し,同HのpHの範囲から4.5 を除いたものであって,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるか ら,訂正要件(特許法126条5項及び6項)を満たす。 また,被告製品は本件訂正発明2の技術的範囲に属するところ,本件訂 正発明2は乙3発明に基づく新規性欠如又は進歩性欠如の無効理由を解 消している。すなわち,乙3発明のpHの値は4.5〜6であるのに対し, 本件訂正発明2のpHの値は3〜4.5(4.5を除く)であって相違す るから,新規性を有する。また,乙3発明に接した当業者が上記相違点に 至ることは容易でないから,進歩性を有する。 (被告の主張) ア 原告は,本件特許の特許請求の範囲請求項2につき訂正請求又は訂正審 判請求を行っていないから,訂正の再抗弁の主張は失当である。 イ 本件訂正発明2のpHの範囲を「3〜4.5(4.5を除く)」とする ことに何らの技術的意義はなく,前記 ウ(被告の主張)のとおり,白金 錯体を含む溶液組成物を安定化させるためにpHを調整することは一般 的であるから,進歩性を有しないことは明らかである。したがって,少な くとも乙3発明に基づく進歩性欠如の無効理由は解消されていない。 仮に本件訂正発明2のpHの上限値に何らかの技術的意義があるとすれ ば,pHの上限を定めることは本件明細書に記載のない新たな技術的事項 を導入するものである。また,本件訂正発明2はシュウ酸の濃度とpHの 値を一定の範囲とすることによりオキサリプラチン溶液組成物の安定化 を図るものであるが,このような技術思想は本件明細書に一切開示されて いない。したがって,原告が主張する本件発明2に係る訂正は訂正要件(1 26条5項)を満たさない。 |
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当裁判所の判断
原告は,本件発明等における「緩衝剤」の意義につき,外部から添加したシ ュウ酸のみならず,オキサリプラチン水溶液において分解して生じるシュウ酸 も含まれると主張する。この主張を採用することができなければ,その余の構 成要件充足性を検討するまでもなく,被告製品は本件発明等の技術的範囲に属 しないことになる。他方,原告の上記主張を前提とした場合に本件特許に無効 理由があり,かつ,訂正によって無効理由が解消されないとすれば,原告の請 求は棄却されるべきものとなる。そこで,まず,無効理由の有無(後記1)及 び訂正の再抗弁(後記2)について検討する。 1 (乙3発明に基づく新規性欠如)及びカ(乙3発明に基づく進歩性 欠如)について 乙3発明に基づく新規性欠如について ア 本件特許の優先日前に頒布された乙3公報の記載(乙4公報の【特許請 求の範囲】請求項1,6頁〜8頁)によれば,乙3発明は,濃度が1〜5 mg/mlのオキサリプラチン,水及びシュウ酸を包含するpHが4.5 〜6の安定オキサリプラチン溶液組成物であることが認められる。 本件発明等と上記の乙3発明を対比すると,シュウ酸の量につき,本件 発明等が構成要件G及びIに規定するモル濃度の範囲としているのに対 し,乙3発明がこれを特定していない点で相違するから,本件発明等は乙 3発明との関係で新規性を有するものと認められる。 イ これに対し,被告らは,乙3公報の追試結果によれば,乙3発明におけ るシュウ酸のモル濃度は構成要件G及びIに規定するモル濃度の範囲内 にある旨主張する。 そこで判断するに,乙3公報の実施例は水溶液の調製条件としてオキサ リプラチンの濃度を2mg/mlとしているところ(乙4公報6頁4行 目),オキサリプラチンの濃度はオキサリプラチン水溶液から自然に生成 するシュウ酸のモル濃度に影響するものと解されるから,被告が提出する オキサリプラチンの濃度を5mg/mlとする追試結果(乙65)は正確 な再現結果とはいい難い。 次に,オキサリプラチンの濃度を2mg/mlとしている追試結果(乙 19,64,98)については,乙3公報の実施例の調製条件と比較する と,オートクレーブ処理を行っている点,出発原料のオキサリプラチンの 製造会社が異なる点(乙19,64),水溶液をガラスバイアル中に無菌 的に充填しているとは認められない点,ゴム栓の製造会社が異なる点(乙 98)でそれぞれ相違しており,これら調製条件の相違が不純物(シュウ 酸もこれに含まれる。)の発生量等に全く影響しないとは考え難い。これ らのことからすれば,オキサリプラチンの濃度を2mg/mlとする追試 結果についても正確な再現結果ということはできない。 したがって,被告が提出する追試結果に基づいて乙3公報に本件発明等 のオキサリプラチン溶液組成物の記載があると認めることはできない。 乙3発明に基づく進歩性欠如についてア 発明は,オキサリプラチ ン水溶液に包含されるシュウ酸の量につき,本件発明等が構成要件G及び Iに規定するモル濃度の範囲としているのに対し,乙3発明がこれを特定 していない点で相違するので,以下,乙3発明に接した当業者において上 記相違点に係る構成に至ることが容易か否かについて検討する。 イ 後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。 オキサリプラチンの濃度を5mg/mlとするオキサリプラチン水溶 液を,シュウ酸を添加することなく,乙3公報に記載された容器,容量, 撹拌速度,温度等の条件に準じて調製し(ただし,栓のコーティングの 有無,オキサリプラチン溶液の充填方法等の調整条件の一部が異なる。, ) これに含まれるシュウ酸のモル濃度を測定した結果,構成要件G及びI に規定する範囲内にあるモル濃度(5〜8.5×10-5M)のシュウ酸 が検出された。(甲18,乙65,101,102) と同様に,オキサリプラチンの濃度を2mg/mlとするオキ サリオプラチン水溶液を調製してシュウ酸のモル濃度を測定した結果, 構成要件G及びIに規定する範囲内にあるモル濃度(5〜8.4×10 M)のシュウ酸が検出された。(乙19,64,98,丙2) 乙3公報には,「クロマトグラムのピーク分析は,不純物の含量と百 分率の測定を可能にし,そのうち主要なものは蓚酸であると同定した」 として,乙3発明のオキサリプラチン水溶液中のシュウ酸の濃度を測定 した旨記載されている(乙4公報7頁16〜17行)。(乙3,4)ウ 上記イ ラチンの 濃度を5mg/mlとしたオキサリプラチン水溶液を乙3公報に記載さ れた条件に準じて調製すれば,調製条件に多少の差異があったとしても, 構成要件G及びIに規定するモル濃度の範囲内のシュウ酸を含有するオ キサリプラチン溶液組成物が生成されると認められる。そして,乙3発明 におけるオキサリプラチンの濃度が1〜5mg/mlの範囲に設定され ていること 発明のオキサリプラチン水溶液についてシ ュウ酸の濃度が測定されていたこと(前記イ からすれば,オキサリプ ラチンの濃度を5mg/mlとするオキサリプラチン水溶液を調製して このシュウ酸の濃度を測定することは当業者にとって容易であるという ことができる。また, のモル濃 度を構成要件G及びIに規定されている範囲内とすることが格別困難で あるとはうかがわれない。さらに,本件明細書の記載上,緩衝剤の濃度を 上記範囲とすることに何らかの臨界的意義があるとは認められない。 そうすると,乙3発明に接した当業者がオキサリプラチンの濃度を5m g/mlとしたオキサリプラチン水溶液を調製し,そのシュウ酸のモル濃 度を構成要件G及びIに規定する範囲内のものとすること,すなわち本件 発明等と乙3発明の相違点に係る構成に至ることは容易であったという べきである。したがって,本件発明等は進歩性を欠くものと認められる。 エ これに対し,原告は,乙3発明はシュウ酸を不要な不純物としている発 明であるのに対し,本件発明等はシュウ酸を緩衝剤として,シュウ酸とオ キサリプラチン溶液組成物の製薬上の安定性を見いだした発明であり,技 術思想が異なるから進歩性は否定されない旨主張する。 発明はシュウ酸等 を包含したオキサリプラチン水溶液と認定することができるのであり,本 件発明等のシュウ酸は水溶液中で分解したもので足りるという原告の主 張を前提とする限り,本件発明等と乙3発明はシュウ酸を包含するという 構成を備えた組成物(オキサリプラチン水溶液)であるという点で一致し ているから,乙3発明の発明者がシュウ酸を不純物と認識していたことは 本件発明等の進歩性の判断に影響しないというべきである。また,乙3公 報においてシュウ酸が不純物とされている点は,シュウ酸を添加すること を要する発明に至る上では阻害要因となるとしても,シュウ酸の添加を不 要とみる以上は本件において阻害要因となるものでない。したがって,原 告の上記主張を採用することはできない。 2 争点 (訂正の再抗弁)について 前記1で説示したとおり,本件発明等には乙3発明に基づく進歩性欠如の 無効理由があるところ,原告は,本件発明2につき,これを本件訂正発明2 に訂正することによって上記無効理由は解消する旨の訂正の再抗弁を主張す るので,以下検討する。 につき,本件訂正発明2が構成要件Gに規定するモル濃度の範囲としている のに対し,乙3発明がこれを特定していない点,ApHの値につき,本件訂 正発明2が3〜4.5(4.5を除く)としているのに対し,乙3発明が4. 5〜6としている点で相違し,その余の点で一致する。 上記相違点 当業者にとって容 易想到である。 上記相違点Aについては,証拠(乙26の1,27の1,28の1,29) 及び弁論の全趣旨によれば,オキサリプラチンは白金錯体の一つであるとこ ろ,本件特許の優先日前から,白金錯体を含む溶液組成物を安定化するため にpHを調整することが試みられていたことが認められ,これによれば,オ キサリプラチン溶液組成物の安定性を高めるためにpHの調整を行うこと は容易であるということができる。また,本件明細書の記載上,pHの値の 範囲を3〜4.5(4.5を除く)とすることに臨界的意義があるとは認め られず,上記範囲とすることが格別困難であることはうかがわれない。そう すると,乙3発明に接した当業者が上記相違点Aに係る構成に至ることは容 易であったというべきである。 したがって,本件訂正発明2は乙3発明に基づく進歩性欠如の無効理由を 解消するものでないから,その余の点を検討するまでもなく,原告の上記訂 正の再抗弁は採用することができない。 3 結論 よって,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 長谷川浩二 |
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裁判官 | 萩原孝基 |
裁判官 | 中嶋邦人 |