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関連審決 無効2014-800039
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事件 平成 27年 (行ケ) 10249号 審決取消請求事件
平成 28年 (行ケ) 10017号 審決取消請求事件
平成 28年 (行ケ) 10070号 審決取消請求事件
甲事件原告沢井製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士 松葉栄治 乙事件原告 テバファーマスーティカル インダストリーズ リミテッド
同訴訟代理人弁護士 阿部隆徳
同 弁理士 壽勇 実広信哉 丙事件原告 ホスピーラインコーポレイ テッド
同訴訟代理人弁理士 大塚康徳 大塚康弘 1西川恵雄 木下智文 甲事件・乙事件・丙事件被告 イーライ リリー アンド カンパニー
同訴訟代理人弁護士 北原潤一 米山朋宏
同 弁理士 小林浩 日野真美 西澤恵美子 今里崇之
同訴訟復代理人弁護士 佐志原将吾
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/02/02
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 乙事件原告及び丙事件原告につき,この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2014-800039号事件について平成27年11月10日にした審決を取り消す。
事案の概要
1 特許庁等における手続の経緯 2 ? 甲事件・乙事件・丙事件被告(以下「被告」という。)は,平成13年6月15日(優先権主張:平成12年6月30日,同年9月27日,平成13年4月18日,米国),発明の名称を「新規な葉酸代謝拮抗薬の組み合わせ療法」とする特許出願をし,平成24年10月5日,設定の登録を受けた(特許第5102928号。請求項の数7。甲138。以下,この特許を「本件特許」という。。
) ? 甲事件原告は,平成26年3月14日,本件特許の特許請求の範囲請求項1から7に係る各発明について特許無効審判を請求した(甲139)。
? 特許庁は,これを,無効2014-800039号事件として審理し,乙事件原告及び丙事件原告外1名が審判に参加した。
? 特許庁は,平成27年11月10日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,同月19日,その謄本が,甲事件原告,乙事件原告及び丙事件原告(以下,3名を併せて「原告ら」という。)に送達された。なお,乙事件原告及び丙事件原告に対しては,出訴期間として90日が附加された。
? 甲事件原告は,平成27年12月18日,乙事件原告は,平成28年1月21日,丙事件原告は,同年3月17日,それぞれ,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載 本件特許の特許請求の範囲請求項1から7の記載は,次のとおりである(甲138)。以下,各請求項に係る発明を,「本件発明1」などといい,これらを併せて「本件発明」という。その明細書(甲138)を,「本件明細書」という。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所を示す。
【請求項1】葉酸とビタミンB12との組み合わせを含有するペメトレキセート二ナトリウム塩の投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持するための剤であって,/ペメトレキセート二ナトリウム塩の有効量を,葉酸の約0.1mg〜約30mgおよびビタミンB12の約500μg〜約1500μgと組み合わせて投与 3 し,該ビタミンB12をペメトレキセート二ナトリウム塩の第1の投与の約1〜約3週間前に投与し,そして該ビタミンB12の投与をペメトレキセート二ナトリウム塩の投与の間に約6週間毎〜約12週間毎に繰り返すことを特徴とする,該剤。
【請求項2】約1000μgのビタミンB 12を投与する,請求項1記載の剤。
【請求項3】ビタミンB 12が筋肉内注射,経口,非経口の製剤によって投与する,請求項1または2のいずれかに記載の剤。
【請求項4】ビタミンB12が筋肉内注射によって投与する,請求項3記載の剤。
【請求項5】 ビタミンB12が経口投与する,請求項3記載の剤。
【請求項6】葉酸とビタミンB 12との組み合わせを含有するペメトレキセート二ナトリウム塩の投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持するための剤であって,/ペメトレキセート二ナトリウム塩の有効量を,葉酸の約0.1mg〜約30mgおよびビタミンB12の約500μg〜約1500μgと組み合わせて投与し,該ビタミンB 12 を筋肉内注射によって投与し,該ビタミンB 12 をペメトレキセート二ナトリウム塩の第1の投与の約1〜約3週間前に投与し,そして該ビタミンB12の投与をペメトレキセート二ナトリウム塩の投与の間に約6週間毎〜約12週間毎に繰り返すことを特徴とする,該剤。
【請求項7】葉酸とビタミンB 12との組み合わせを含有するペメトレキセート二ナトリウム塩の投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持するための剤であって,/ペメトレキセート二ナトリウム塩の有効量を,葉酸の約0.1mg〜約30mgおよびビタミンB12の約500μg〜約1500μgと組み合わせて投与し,該ビタミンB12を用いる処置は筋肉内注射または経口によって投与し,そしてペメトレキセート二ナトリウム塩を用いる処置を止めるまで,約24時間毎〜約1680時間毎に繰り返すことを特徴とする,該剤。
3 本件審決の理由の要旨 ? 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,@本件発明は,以下の引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)から当 4 業者が容易に想到し得たものではない,A本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものである,B本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものである,というものである。
引用例(甲1):L.Hammond et al.“Proceedingsof the American Society of Clinical Oncology”, 1998,Vol.17,p.225a(Abstract866) ? 本件審決が認定した引用発明 MTA(LY231514)の毒性作用を軽減して用量漸増を可能とする,MTAと葉酸を組み合わせて投与する方法であって,1日5mgの葉酸をMTA投与の2日前から5日間投与する方法 なお,MTAは,ペメトレキセート二ナトリウム塩と同義である。
? 本件発明1と引用発明との一致点及び相違点 ア 一致点 葉酸との組み合わせを含有するペメトレキセート二ナトリウム塩の投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持するための剤又は剤の投与方法であって,ペメトレキセート二ナトリウム塩の有効量と葉酸とを組み合わせて投与する剤又は剤の投与方法の発明である点 イ 相違点 (ア) 相違点1 本件発明1では,葉酸の他に,さらにビタミンB12も組み合わせて用いているのに対し,引用発明ではビタミンB12が用いられていない点 (イ) 相違点2 本件発明1では,組み合わせて用いるビタミンB12の用量を「約500μg〜約1500μg」と特定しているのに対し,引用発明ではこのような特定がない点 5 (ウ) 相違点3 本件発明1では,組み合わせて用いるビタミンB12の投与時期を「ペメトレキセート二ナトリウム塩の第1の投与の約1〜約3週間前に投与し,そして該ビタミンB12の投与をペメトレキセート二ナトリウム塩の投与の間に約6週間毎〜約12週間毎に繰り返す」と特定しているのに対し,引用発明ではこのような特定がない点 (エ) 相違点4 本件発明1は,「剤」であり,物の発明であるのに対し,引用発明は,「剤の投与方法」であり,方法の発明である点 4 取消事由 ? 進歩性に係る判断の誤り(取消事由1) ア 相違点1に係る容易想到性の判断の誤り イ 相違点2及び3に係る容易想到性の判断の誤り ウ 本件発明1の効果に係る判断の誤り ? サポート要件に係る判断の誤り(取消事由2) ? 実施可能要件に係る判断の誤り(取消事由3)
当事者の主張
1 取消事由1(進歩性に係る判断の誤り)について〔甲事件原告の主張〕 ? 相違点1に係る容易想到性の判断の誤りについて ア 引用発明の課題について 葉酸代謝拮抗薬は,葉酸代謝系の酵素の働きを妨げてDNA合成を阻害するので,投与された患者は,様々な毒性(副作用)を経験する。この毒性の程度が当該患者の葉酸代謝拮抗薬投与前における細胞内の葉酸の機能的状態(葉酸がテトラヒドロ葉酸〔THFA〕として代謝に関与する状態を指す。以下同じ。)に依存することは,本件優先日当時,臨床的に確認された周知の事実であった。
コバラミン依存性メチオニン・シンターゼは,ホモシステインをメチオニンに変 6 換し,かつ,5-メチルテトラヒドロ葉酸(5-CH 3-THFA)を,ヌクレオチド生合成反応において機能するテトラヒドロ葉酸(THFA)に変換するものである。したがって,コバラミン依存性メチオニン・シンターゼが正常に作用しなくなると,ホモシステインがメチオニンに変換されなくなり,かつ,細胞内の葉酸が5-メチルテトラヒドロ葉酸(5-CH 3 -THFA)の形態でトラップされてしまい,細胞内において機能するテトラヒドロ葉酸(THFA)やこれから生成される葉酸等が枯渇するという,メチル葉酸トラップと呼ばれる現象が生じ,細胞内で機能する葉酸が欠乏し,葉酸の機能的状態が悪化する。よって,ホモシステインレベルは,患者の葉酸の機能的状態の指標として敏感かつ信頼し得るマーカーであり,この点も,本件優先日当時,周知されていた。
以上によれば,葉酸代謝拮抗薬投与前(ベースライン)のホモシステインレベルが高い患者は,葉酸の機能的状態が悪く,MTAを含む葉酸代謝拮抗薬による重篤な毒性を経験するリスクが高いことは,本件優先日当時,周知の事実であった。
したがって,当業者は,本件優先日当時,ベースラインのホモシステインレベルが高い患者についてMTA投与に関連する毒性(MTA毒性)のリスクを回避するという課題を認識することができた。
イ ビタミンB12の併用について (ア) 引用発明に接した当業者は,MTA毒性のリスクを回避して前記アの課題を解決するためには,MTA投与の前に,患者のホモシステインレベルを低下させる手段を講じる必要がある旨を認識するものと考えられる。
この点に関し,前記アのとおり,葉酸代謝系には,コバラミン依存性メチオニン・シンターゼが介在しているので,葉酸の機能的状態の指標であるホモシステインレベルは,葉酸のみならずビタミンB12の影響も受けるものであり,葉酸又はビタミンB12の欠乏によって,上昇する。
したがって,ホモシステインレベルを低下させる,すなわち,葉酸の機能的状態を改善する手段としては,葉酸及びビタミンB12の補充が有効であり,現に,ビタ 7 ミンB12の投与によるホモシステインレベルの具体的な低下幅について行われた定量的な試験も多く存在する。これらの事実は,本件優先日当時,当業者に周知されていた。
(イ) @がん患者の多くにビタミンB12の欠乏が見られること,A一般に,ビタミンB12 が欠乏している患者に葉酸補充を行うと,ビタミンB 12 欠乏症(特にその神経症状)が進行・悪化してしまうので,高用量の葉酸補充の際にはビタミンB12 を併用するのが安全であることは,本件優先日当時,当業者に周知の事実であり,葉酸代謝拮抗薬を処方されているがん患者にビタミンB12を補充することも,普通に行われていた。
本件発明1における葉酸及びビタミンB12は,それぞれの欠乏を防いで高いホモシステインレベルを防止することを目的として投与されるものであり,治療効果を期待して投与されるものではない。
よって,本件発明1は,従来から広く行われていたがん患者に対する栄養補給のうち,葉酸及びビタミンB12の補充を特に取り出して構成要件としたものにすぎない。
(ウ) 甲A第96号証には,MTA毒性とMTA投与前のメチルマロン酸レベルとの相関については特に記載されていないものと解するのが相当であり,上記相関を否定する旨が記載されていると解することは,作成者を同じくする甲第55号証における上記相関を肯定する趣旨の記載と矛盾する。そもそも,上記相関は,ビタミンB12を併用する動機付けの有無とは関係のないことである。
(エ) 以上によれば,引用発明に接した当業者は,高いホモシステインレベルによるMTA毒性のリスクを回避するために,ビタミンB12の欠乏を避ける必要があることを容易に認識することができ,ホモシステインレベルを下げる手段として,葉酸に加えてビタミンB12を併用することを容易に想到し得た。
ウ ビタミンB12の併用の阻害要因について (ア) 葉酸代謝系においてビタミンB12が関与する酵素は,コバラミン依存性メ 8 チオニン・シンターゼのみであり,MTAを含む葉酸代謝拮抗薬は,同酵素を阻害するものではないから,ビタミンB12の併用が葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性に影響を及ぼすことはない。
(イ) ビタミンB12は,1970年代以降,栄養補給の一環として,その他のビタミン類やブドウ糖など人体が必要とする全ての栄養素と共にがん患者に投与されてきた。
以前は,動物実験の結果に基づき,がん患者に対する栄養補給による腫瘍細胞増殖の促進が懸念されたものの,1980年代以降は,より詳しい動物実験が実施されるとともに,がん患者に対する高カロリー輸液(TPN)の臨床経験が蓄積され,栄養補給が腫瘍細胞増殖を促進するという効果は臨床上存在しないことが認識されるようになり,遅くとも1990年代までには上記効果は臨床的に否定されるに至った。
上記のとおり,ビタミンB12のみならず人体が必要とする全ての栄養素を投与する栄養補給について,腫瘍細胞増殖促進効果が臨床的に否定されたのであるから,仮にビタミンB12の投与に上記効果があったとしても,臨床的に問題となるようなものではあり得ない。
したがって,本件優先日当時の当業者がビタミンB12の併用について腫瘍細胞増殖促進効果を懸念することは,考えられない。
(ウ) 仮に,ビタミンB12の併用が臨床的に有意な何らかの腫瘍細胞増殖促進効果を有するとしても,本件発明1においては,抗がん剤であるMTAの投与を前提として,その毒性のリスクを軽減するためにビタミンB12を併用するのであるから,栄養補給によって腫瘍細胞の増殖に好適な状況が生じたとしても,MTA毒性のリスク軽減によってMTAの抗がん作用の増強を期待することができ,したがって,腫瘍細胞増殖促進効果は,当業者にビタミンB12の併用をちゅうちょさせるようなものではない。
エ 本件審決の誤りについて 9 前記アのとおり,MTA毒性と関連するホモシステインレベルは,MTA投与前のホモシステインレベルであるから,MTA毒性のリスクを回避するためにホモシステインレベルを低下させる方法としては,MTA投与前にあらかじめ患者のホモシステインレベルを低下させておく方法を検討する必要がある。しかし,本件審決は,MTA投与後のホモシステインレベルの上昇を抑える手段を検討しており,これは明らかな誤りである。
また,本件審決は,MTA投与が患者のホモシステインレベルを高くすることを前提として相違点1に係る容易想到性について判断したが,上記前提自体が誤っている。
さらに,前記ウのとおり,ビタミンB12の併用の阻害要因は存在しないのであるから,ビタミンB12の補充による腫瘍への影響等について本件優先日当時には諸説があり,何が技術常識であるかを確定することは困難であるという本件審決の認定・判断も,誤りである。
オ 小括 以上によれば,当業者は,本件優先日当時,相違点1に係る本件発明1の構成を容易に想到し得た。
? 相違点2及び3に係る容易想到性の判断の誤りについて @ビタミンB12の投与方法としては,経口投与と非経口投与(筋肉内注射)があり,通常,経口投与の場合は500μgから1000μg程度を毎日投与し,筋肉内注射の場合は1回500μgから1000μg程度の注射を約1か月から約3か月ごとに行い,吸収効率の観点から筋肉内注射がしばしば用いられること(甲32,33),AビタミンB 12の効果は,注射から二,三日後に現れ始め,約2週間後に最高となり,ホモシステインレベルが低下すること(甲30,33),BビタミンB12に過剰症というものはなく,投与量の上限を適宜設定できることを併せ考えれば,相違点2及び3に係るビタミンB12の用量及び投与時期は,標準的な投与方法であり,当業者において容易に想到し得るものである。
10 ? 本件発明1の効果に係る判断の誤りについて 本件明細書には,引用発明と対比した本件発明1の効果について何ら具体的な記載がなく,「メチルマロン酸低下薬及び葉酸の組合せが葉酸代謝拮抗薬の投与に関連した毒性事象を相乗的に低下させる」 【0006】 ( )など,技術的な裏付けを伴わない抽象的な記載があるにすぎない。
仮に,本件発明1に,引用発明との対比において,毒性事象(薬物毒性)を相乗的に低下させるという抽象的効果があるとしても,前記?アイのとおり,葉酸の機能的状態の悪い,すなわち,ホモシステインレベルが高い患者ほど重篤な毒性を経験すること,ビタミンB12の投与によって葉酸の機能的状態が改善されること,すなわち,ホモシステインレベルが下がることは,本件優先日当時,当業者に周知されていたのであるから,当業者は,引用発明においてさらにビタミンB12を併用投与することによりMTA毒性が追加的に軽減され得ることを,当然に予想し得た。
したがって,本件発明1の構成により,抗腫瘍活性に有害な影響を及ぼさずに薬物毒性を顕著に低下させたという顕著な効果が得られた旨の本件審決の認定・判断は,誤りである。
? 小括 以上によれば,当業者は,本件優先日当時,引用発明から本件発明1を容易に想到することができたといえ,本件発明2から7についても,同様である。
〔乙事件原告の主張〕 ? 相違点1に係る容易想到性の判断の誤りについて ア 引用発明の課題について @MTAを含む葉酸代謝拮抗薬と葉酸の併用により,葉酸代謝拮抗薬の毒性が低下し,かつ,抗腫瘍活性が維持又は増強されることは,本件優先日当時において周知技術ないし技術常識であったこと,A臨床試験は,医薬品の有効性と安全性(毒性)の両者を評価するものであり,抗腫瘍剤の第T相臨床試験においては,抗腫瘍効果と毒性の両方が評価されること,B引用発明は,MTAの前臨床試験において 11 葉酸補充が治療指数(ある治療薬の治療効果を示す効果用量に対する致死量の比)を増大させたことを受けて実施されたMTAの第T相臨床試験に関するものであり,その目的は,がん患者に対するMTA投与の際に葉酸を補充してMTA毒性のリスクを低下させることによる投与量の漸増であること,C引用発明に接した当業者は,MTA毒性を軽減できれば,投与量の漸増につながり,MTAの抗腫瘍効果を維持ないし増大させることができるものと理解することから,引用発明は,MTA毒性のリスクの回避のみならず,それによる投与量の漸増を通じた抗腫瘍活性の維持も課題とするものであり,両者は表裏一体の関係にある。
イ ビタミンB12の併用について (ア) 本件優先日当時,MTAの適用対象となる高齢のがん患者にビタミンB12欠乏が高頻度で見られたことなどから,治療開始前のがん患者にビタミンB12欠乏又はそのおそれのある患者が存在することは,当業者に周知されていた。
また,本件優先日当時,葉酸代謝系にはホモシステインをメチオニンに変換するコバラミン依存性メチオニン・シンターゼの酵素が介在しているので,葉酸の機能的状態及びホモシステインレベルは葉酸のみならずビタミンB12の影響も受けること,実際に,葉酸欠乏の患者のみならずビタミンB12欠乏の患者においてもホモシステインレベルが高くなることも,当業者に周知されていた。
よって,@ビタミンB12の不足が葉酸の機能的欠乏とホモシステインレベルの上昇を引き起こすこと,A葉酸のみならずビタミンB12の投与によってもホモシステインレベルが低下する,すなわち,葉酸の機能的状態が改善すること,BビタミンB12が不足した状態においては,コバラミン依存性メチオニン・シンターゼの機能が阻害されるので,食物から葉酸を大量摂取するなどしてテトラヒドロ葉酸が結果的に補給されたとしても,ホモシステインレベルは低下しないことは,本件優先日当時における技術常識であった。
(イ) 上記(ア)の周知事実ないし技術常識によれば,引用発明に接した当業者は,@ビタミンB12欠乏の患者のうち葉酸欠乏ではない患者に葉酸を補充しても,ホモ 12 システインレベルの低下は見られないこと,AビタミンB12及び葉酸のいずれも欠乏している患者に葉酸を補充すれば,ホモシステインレベルが低下する可能性はあるものの,ホモシステインレベルの上昇はビタミンB12の欠乏によっても引き起こされているので,葉酸の補充のみではホモシステインレベルが十分に低下しない可能性があることから,前記アの課題を解決できないことを認識し得た。現に,引用例には,高用量の葉酸補充を受けたにもかかわらず,「MTA800mg/uの用量で重篤な毒性のあった患者においてホモシステインが有意に高かった。」と記載されている。
したがって,引用発明に接した当業者は,ビタミンB12欠乏又はそのおそれのある患者には,葉酸の機能的欠乏及びホモシステインレベルの上昇又はそのおそれがあり,ビタミンB12の併用がホモシステインレベルを低下させて,すなわち,葉酸の機能的状態を改善させて,前記アの課題を解決する手段となり得ることを認識し得たものということができる。
(ウ) さらに,@がん患者の多くは栄養障害ないし栄養不良の状態にあることから,抗がん剤による化学療法に先立ってビタミンB12を含む必要な栄養補給を行い,これによって患者の栄養状態が改善されれば,抗がん剤の積極的使用が可能になるので,抗腫瘍活性の維持ないし増強及び副作用の軽減が期待されること,A葉酸代謝拮抗薬による化学療法において,毒性を考慮して適切な量のビタミンB12の投与を要する場合があることは,本件優先日当時の周知技術ないし技術常識であった。
(エ) 以上によれば,引用発明に接した当業者において,ビタミンB12を併用する動機付けがあったものということができる。
ウ ビタミンB12の併用の阻害要因について 本件優先日当時,高用量の葉酸補充の際にはビタミンB12を併用するのが安全であることは,広く知られており,また,食事を摂れないがん患者に対してビタミンB12 を含む栄養補給が行われていたことなどによれば,ビタミンB 12 の併用の阻害要因が存在していたとはいえない。
13 エ 本件審決の誤りについて 前記〔甲事件原告の主張〕?エに加え,前記アのとおり,引用発明は,MTA毒性のリスクの回避のみならず,それによる投与量の漸増を通じた抗腫瘍活性の維持も課題とするものであり,両者は表裏一体の関係にあるにもかかわらず,本件審決は,MTA毒性のリスクの回避のみを引用発明の課題として認定した点において誤りがある。
また,仮に本件審決による引用発明の課題の認定が正しかったとしても,本件審決は,引用例記載の試験の被験者となったがん患者には,ビタミンB12欠乏又はそのおそれのある患者が含まれていることを看過した点において誤りがある。
さらに,阻害要因の存在に係る立証責任は特許権者が負うものであるところ,前記ウのとおり,ビタミンB12の併用の阻害要因が存在していたとまではいえず,よって,同存在は認められないと判断するべきであるから,本件審決が同判断を回避したことは,誤りである。
オ 小括 以上によれば,当業者は,本件優先日当時,相違点1に係る本件発明1の構成を容易に想到し得た。
? 相違点2及び3に係る容易想到性の判断の誤りについて 本件明細書には,相違点2及び3に係るビタミンB12の用法・用量の技術的意義は記載されておらず,特に【0029】の記載にも照らせば,相違点2及び3に係る本件発明1の構成は,設計事項にすぎない。
? 本件発明1の効果に係る判断の誤りについて 本件明細書において,MTA,葉酸及びビタミンB12の3剤併用に係る本件発明1が,MTA及び葉酸の2剤併用に係る引用発明に比してMTA毒性の低下につき有利な効果を奏することは,実証されていない。本件明細書に記載された実施例のうち,@乳腺がん腫断片を移植したビタミンB 12欠乏マウスに係る実施例(【0044】〜【0047】)は,現在形で記載されていることから,米国特許実務にお 14 いて認められている,実際には行っていない実験の結果を予測して記載したものであり,Aヒトの臨床試験に係る実施例(【0048】〜【0060】)も,同様のものか,そうではないものも,MTA,葉酸及びビタミンB12の用量・用法が不明であることなどから,いずれも本件発明1が引用発明に比して有利な効果を奏することを示すものではない。したがって,本件発明1の構成により,抗腫瘍活性に有害な影響を及ぼさずに薬物毒性を顕著に低下させたという顕著な効果が得られた旨の本件審決の認定・判断は,誤りである。
? 小括 以上によれば,当業者は,本件優先日当時,引用発明から本件発明1を容易に想到することができたといえ,本件発明2から7についても,同様である。
〔丙事件原告の主張〕 ? 相違点1に係る容易想到性の判断の誤りについて ア ビタミンB12の併用について ベースラインのホモシステインレベルが高い患者,すなわち,葉酸の機能的状態が悪い患者のMTA毒性が増加することは,本件優先日当時において周知されていたのであるから,当業者は,そのような患者のMTA毒性のリスクを回避するという課題を認識していた。
そして,ビタミンB12の投与によって葉酸の機能的状態を改善でき,ビタミンB12 が不足している場合には葉酸の投与による葉酸の機能的状態の改善効果が現れないので,ビタミンB12の併用によって同効果を保証すること(甲26,31)は,本件優先日当時,周知されていた。
さらに,ビタミンB12を葉酸と併用投与すると,葉酸の単独投与の場合に比してより一層ホモシステインレベルが低下することも,本件優先日当時において周知されており,とりわけ,甲第18号証は,ホモシステインレベルを10μMまで下げることを提案しているところ,被告の審判事件答弁書によれば,正常なホモシステインレベルの上限値は16μMから22μMであるから,正常範囲内のホモシステ 15 インレベルをさらに低下させる必要がある場合もあり得る。そのような場合において,ホモシステインレベルを低下させる強力な効果を有するビタミンB12を併用することは,当業者において容易に想到することができた。
そうすると,当業者は,上記課題の解決手段として,引用発明においてビタミンB12を併用することを容易に想到し得たということができる。
イ 本件審決の誤りについて 前記〔甲事件原告の主張〕?エに加え,病気の治療方法として,原因療法的アプローチのみならず対症療法的アプローチも試みることは,本件優先日当時において,周知技術ないし技術常識であった。したがって,当業者は,ホモシステインレベルが高い患者はMTA毒性増加のリスクが高いことを知っていたのであるから,MTA毒性の原因を見いだしてその解消によりMTA毒性を低下させようとする原因療法的アプローチのみならず,ホモシステインレベルを直接的に低下させる手段を講じることによってMTA毒性を下げようとする対症療法的アプローチも採用するはずである。
しかし,本件審決は,MTA毒性の原因は,MTAによる葉酸代謝酵素の阻害作用であるとして,同作用を直接的に弱めてMTA毒性を低下させようとする原因療法的アプローチについては,当業者が自然に想起するものであると判断し,他方,ビタミンB12の併用によりホモシステインレベルを直接的に低下させようとする対症療法的アプローチについては,これを採らないことが当業者にとって常識的なものであった旨判断しており,これらの判断は,上記周知技術ないし技術常識を看過したものといえ,失当である。
ウ 小括 以上によれば,当業者は,本件優先日当時,相違点1に係る本件発明1の構成を容易に想到し得た。
? 本件発明1の効果に係る判断の誤りについて 本件明細書には,ペメトレキセート二ナトリウム塩(MTA)の用量を4mg/ 16 uから6mg/uとし,その際に葉酸350μgから1000μg及びビタミンB12 を1000μg併用することが記載されているにとどまり(【0048】 【00 ,50】【0052】,したがって,本件明細書に記載されていない用量,特に,M , )TAの用量を臨床用量である500mg/uとした際,0.1mgから30mgの葉酸及び500μgから1500μgのビタミンB12と組み合わせた場合に,抗腫瘍活性に有害な影響を及ぼさず,薬物毒性を顕著に低下させるという顕著な効果が得られるとは認められない。よって,本件発明1の構成により,上記顕著な効果が得られた旨の本件審決の認定・判断は,誤りである。
? 小括 以上によれば,当業者は,本件優先日当時,引用発明から本件発明1を容易に想到することができたといえ,本件発明2から7についても,同様である。
〔被告の主張〕 ? 相違点1に係る容易想到性の判断の誤りについて ア 引用発明の課題について 当業者は,本件優先日当時において,MTA毒性の原因は,MTAそのものにほかならず,ホモシステインレベルについては,MTA毒性の原因ではなく,MTA毒性を予測するためのマーカーとして捉えていた。このことは,本件優先日当時の公知文献には,ベースラインのホモシステインレベルがMTA毒性のマーカーとなり得ることを指摘するものは複数あるが,ホモシステインレベルがMTA毒性の原因であることを記載ないし示唆するものはなく,ホモシステインレベルの低減を検討するものもなかったことなどによっても裏付けられる。
したがって,本件優先日当時の当業者において,引用発明につき,MTA毒性のリスクの回避のためにホモシステインレベルを低下させることを動機付けられることはなかった。
イ ビタミンB12の併用について (ア) 引用例には,非ステロイド性抗炎症剤を服用していた1人の被験者が,M 17 TA800mg/uの投与を受けて重篤なMTA毒性を経験し,対症処置としてルコボリンとチミヂンを投与したところ,MTA毒性が解消した旨が記載されている。
しかし,上記対症処置は,MTAの抗腫瘍活性を完全に打ち消して葉酸代謝拮抗作用を阻害するので,当業者が,MTAを使用する抗がん療法におけるMTA毒性リスクを回避するためにMTAとルコボリン・チミヂンを併用投与することは,あり得ない。前記アのとおり,当業者は,本件優先日当時において,MTA毒性の原因をMTAそのものと認識していたのであるから,引用例に接して,MTAの抗腫瘍活性をある程度維持しつつ重篤なMTA毒性のリスクを回避するために,まずMTAの投与量を下げることを考えるのが自然である。
そして,引用例に記載されているのは,開発の初期段階である第T相の臨床試験であり,毒性評価を目的としていることから,当業者は,MTAの投与量を下げてもMTA毒性のリスクが回避されなければ,MTAの開発中止を検討するはずである。現に,本件優先日当時,ノラトレキセド,CB3717(ラルチトレキセド),AG2034及びロメトレキソールという4種類の葉酸代謝拮抗薬につき,毒性の懸念から臨床開発が中止されており,毒性の問題を解消するためにビタミンB12を投与することは,議論にもならなかった。
(イ) 甲A第96号証には,MTA毒性との相関性を評価するための因子の候補として,ベースラインのホモシステインレベル,MTA投与後のホモシステインレベル,ベースラインのメチルマロン酸レベル,MTA投与後のメチルマロン酸レベルなど10の因子が挙げられており,これらのうち,MTA毒性と強い相関性を示したのは,ベースラインのホモシステインレベルのみであり,ビタミンB12欠乏症のマーカーであるメチルマロン酸レベルを含むその他の因子は,いずれもMTA毒性との相関性が見いだされなかった旨が記載されている。
(ウ) 以上によれば,本件優先日当時の当業者がMTA毒性のリスクを回避するためにビタミンB12の併用を動機付けられることは,あり得ない。
ウ ビタミンB12の併用の阻害要因について 18 (ア) 本件優先日当時,多数の公知文献において,ビタミンB 12には腫瘍増殖を促進する活性があり,ビタミンB12を投与すると葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性が低下すること,ビタミンB12を阻害することによって葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性が増大することが記載されており,ビタミンB12は,葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性を阻害する因子として広く当業者に理解されていた。
(イ) 重篤な栄養障害(悪液質)が問題となっているがん患者や栄養の経口摂取ができないがん患者においては,正常な生理機能の維持のために必要な栄養素であるビタミン類を体内で十分に生合成できないのであるから,生命維持のためにビタミン類の補給が最優先され,同補給によるがん細胞の増殖が懸念されたとしても,これをやめることはできない。したがって,上記のようながん患者に対してビタミンB12を含む栄養補給がされていることは,ビタミンB 12 についてがん細胞を増殖させる懸念がなかったことを示すものではない。がん患者への栄養補給としてのビタミンB 12 の投与と,がん治療のためにMTAを投与する際のビタミンB 12の併用投与とは,全く異なる医療行為であるから,上記栄養補給に関する公知文献に接した当業者が,上記併用投与について腫瘍増殖促進効果が臨床上否定されたと理解することはあり得ない。さらに,医薬の教科書(甲105,106)には,安全性の懸念から葉酸代謝拮抗薬投与中の患者に対するビタミンB12の投与を禁じる旨の記載がある。
エ 小括 以上によれば,当業者は,本件優先日当時,相違点1に係る本件発明1の構成を容易に想到し得たということはできない。
? 相違点2及び3に係る容易想到性の判断の誤りについて 甲事件原告が挙げる文献(甲30,32,33)は,いずれも栄養補充に関するものである。また,本件優先日当時,ビタミンB12の投与量の上限を適宜設定できるという技術常識が存在したことを裏付ける証拠はない。相違点2及び3に係る構成は,設計事項ではない。
19 ? 本件発明1の効果に係る判断の誤りについて 引用発明と対比した本件発明1の顕著な効果が本件明細書に開示されているか否かは,本件発明1の進歩性を肯定した本件審決の判断に影響を及ぼすものではない。
しかも,MTA,葉酸及びビタミンB12の併用投与によってMTA毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持という効果が得られることは,証拠上,引用例を含む本件優先日当時の公知文献に記載されておらず,技術常識から当業者が予測し得たものでもない。かえって,前記?ウのとおり,本件優先日当時,ビタミンB12は,腫瘍増殖を促進し,また,葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性を低下させると考えられており,本件発明1のMTAについても,葉酸とビタミンB12を併用すると抗腫瘍活性が低下すると予想されていた。
加えて,引用例によれば,MTAと葉酸を併用投与した患者につき,部分奏功(腫瘍が30%以上小さくなったこと)に係る応答率が4.8%(21分の1)であったのに対し,本件明細書【0060】によれば,MTA,葉酸及びビタミンB12 を併用投与した患者につき,同応答率が17.8%(45分の8)であり,これは,MTAの抗腫瘍活性が,葉酸及びビタミンB12と併用したとき,葉酸のみと併用したときに比して,大きく増大することを示すものである。
以上によれば,MTA,葉酸及びビタミンB12の併用によって,MTA毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持という効果を得られたことは,本件優先日当時の当業者の予測を超える顕著な効果である。そして,上記顕著な効果は,本件明細書(【0036】〜【0043】【0059】【0060】等)に記載されている。
? 小括 以上によれば,当業者は,本件優先日当時,引用発明から本件発明1を容易に想到することができたとはいえず,本件発明2から7についても,同様である。
2 取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について〔甲事件原告の主張〕 ? MTA投与の約1時間前から約24時間前に約0.1mgから約30mgの 20 葉酸を投与することについて ア 本件特許請求の範囲において,葉酸の投与時期を制限する記載はなく,本件明細書の記載(【0034】)によれば,MTA投与の約1時間前から約24時間前に経口投与する方法も含まれることになるが,技術常識を考慮しても,当業者は,具体的な効果が記載されているMTA及びシスプラチンとの併用投与に係る開示(【0051】【0053】)から,上記方法による葉酸の投与によっては,MTA毒性の低下という本件発明の課題を解決できることを理解し得ない。
すなわち,ロメトレキソール投与の1時間前に5mgの葉酸を,あるいは,ロメトレキソール投与の3時間前に25mg/uの葉酸を静脈内注射するという前処置によってはロメトレキソールの毒性を軽減できないことが,技術常識として知られていた(甲39,40)。また,MTA投与の約1時間前から約24時間前という時期における経口の葉酸補充によってMTA投与前にホモシステインレベルが低下するという知見も,存在していなかった。
イ さらに,一般に,ホモシステインレベルの低減には少なくとも0.4mg/日程度の葉酸補充が必要とされていることから,本件特許請求の範囲において葉酸の投与量の下限とされる約0.1mgという低用量の葉酸をどのように投与すればMTA毒性の低下という課題を解決できるのかを当業者において理解することは,困難である。
ウ 以上によれば,技術常識を考慮しても,当業者において,具体的な薬理データもなしに,MTA投与の約1時間前から約24時間前に約0.1mgから約30mgの葉酸を経口投与するという方法によって本件発明の課題が解決可能であると理解することはできない。そして,上記方法により本件発明の課題が解決されたという薬理データは,本件明細書において示されていない。
? MTA投与後の葉酸の投与について 本件特許請求の範囲には,MTA投与後に葉酸を投与することも含まれることになるが,同投与によってMTA投与前のホモシステインレベルに影響を与えること 21 は不可能であるから,当業者において,上記の葉酸の投与により本件発明の課題が解決可能であると理解することはあり得ない。
? 小括 以上によれば,本件特許請求の範囲に記載された発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に具体的に開示されている発明から一般化することのできない発明を含んでおり,サポート要件に違反する。
〔丙事件原告の主張〕 本件特許請求の範囲には,葉酸を,10mgから30mgなど大量に投与する場合やMTA投与の1時間前から24時間前など直前に投与する場合も含まれる。
しかし,本件明細書において示されている薬理データは,350μgから1000μg(0.35mgから1mg)の葉酸をMTA投与の約1週間前から約3週間前に毎日経口投与する場合のみ(【0050】【0051】)であり,当業者は,このような本件明細書の記載によっては,葉酸を前記のように大量に投与する場合やMTA投与の直前に投与する場合においても,MTA毒性の低下という本件発明の課題を解決し得ることを認識することはできない。
〔被告の主張〕 本件明細書には,本件発明における葉酸及びビタミンB12の投与の量,時期及び経路が具体的に記載されており,また,薬理データも掲載されている(【表1】等)。
ロメトレキソールが,グリシンアミドリボヌクレオチドホルミルトランスフェラーゼ(GARFT)という単一の酵素を標的とする薬剤であるのに対し,MTAは,GARFTのみならず,チミジル酸シンターゼ合成酵素(TS),ジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)等の複数の葉酸代謝酵素を標的とする薬剤であるから,作用機序が異なる。よって,ロメトレキソールの毒性軽減に関する甲事件原告の主張は,サポート要件を否定する根拠とはなり得ない。
以上のとおり,本件発明は,サポート要件に違反するものではない。
3 取消事由3(実施可能要件に係る判断の誤り)について 22 〔甲事件原告の主張〕 葉酸の投与につき,本件特許請求の範囲においては,「約0.1mg〜約30mg」という用量が特定されているにとどまり,投与の時期及び方法のいずれも特定されていない。よって,本件発明が当業者にとって実施可能なものであるためには,MTA毒性の低下と抗腫瘍活性の維持を両立し得るような葉酸の投与の時期及び方法が本件明細書に開示されている必要がある。
しかし,以下のとおり,本件明細書の記載内容は,当業者の技術常識を考慮しても,当業者が本件発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず,実施可能要件を満たさないものである。
? 高用量ないし低用量の葉酸の投与に関して 葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性を維持しつつ毒性を低下させるための葉酸の投与につき,従来から知られている用量は,おおむね1mg〜5mg/日程度であり,本件発明のように約30mgという高用量を投与しながら抗腫瘍活性を維持する方法,あるいは,約0.1mgという低用量を投与しながら葉酸代謝拮抗薬の毒性を低下させる方法は,従前,知られていない。
? 葉酸の投与の時期及び方法に関して 本件明細書において,「約0.1mg〜約30mg」の葉酸の投与については,ビタミンB12の投与の約1週間後から約3週間後で,かつ,MTAの投与の約1時間前から約24時間前に,経口投与する旨が記載されているにとどまり(【0034】,そのような投与によってMTA毒性及び抗腫瘍活性がどのようになるのかに )ついては言及されておらず,また,約1時間前から約24時間前という短時間のうちにベースラインのホモシステインレベルが低下することは,当業者一般に知られていなかった。
? 実施例について ヒトMX-1乳がん腫を有する雌性ヌードマウスを用いた処置に係る実施例(【0036】〜【0043】)においては,葉酸とビタミンB12を併用した実験は 23 記載されておらず,よって,上記実施例は,本件発明とは直接関係しないものである。
乳腺がん腫のC3H菌株に感染させたマウスを用いた処置に係る実施例(【0044】〜【0047】)において記載されているのは,ヒトに投与する用量約3mg/日に相当する用量の葉酸(「1日当たりの体表の平方メートルにつき…葉酸の約1.75mgと翻訳…される。( 」【0046】)との記載があり,ヒトの体表面積は約1.7uから1.8uなので,換算すると約3mgとなる。)をマウスに投与した実験のみであり,それ以外の用量に関する記載はない。加えて,上記の実験における葉酸の具体的投与時期は明示されておらず,投与による葉酸代謝拮抗薬の毒性低下及び抗腫瘍活性の維持に関する具体的なデータはない。なお,上記実験において用いられた葉酸代謝拮抗薬は,MTAではなく,ロメトレキソールであると考えられる。
ヒトにおけるパイロット研究に係る実施例(【0049】)は,葉酸が併用された場合についてのデータを開示するものではないから,本件発明とは直接関係しないものである。
本件明細書【0051】及び【0053】には,MTA及びシスプラチン(又はシスプラチン単独)の第1投与の約1週間前から約3週間前に,葉酸350μgから600μgを毎日経口投与することが記載されており,他方,【0034】においては,葉酸代謝拮抗薬の単独療法における葉酸補充については,葉酸代謝拮抗薬の非経口投与の約1時間前から約24時間前に経口投与する旨が記載されているが,このように投与の時期が異なる理由についての記載はない。
以上のとおり,実施例においても,MTA毒性の低下と抗腫瘍活性の維持を両立し得るような葉酸の投与の時期及び方法は示されていない。
? 小括 以上によれば,当業者において,MTAの抗腫瘍活性を維持したままMTA毒性を低下させるために葉酸を投与するに当たり,具体的な時期・方法を理解すること 24 は難しく,よって,本件発明を実施することは困難である。
〔丙事件原告の主張〕 前記2〔丙事件原告の主張〕と同様の理由により,本件明細書の記載は,実施可能要件に違反する。
〔被告の主張〕 本件発明が実施可能であるといえるためには,本件明細書の発明の詳細な説明において,本件発明に係る医薬の製造方法が具体的に記載されているか,あるいは,そのような記載がなくても,当業者が本件明細書の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づいて本件発明に係る医薬を製造し得ることを要する。
本件発明における葉酸及びビタミンB12の投与の量,時期及び経路は,本件明細書の【0023】 【0032】 【0033】 【0037】 【0050】 【005 , , , , ,1】【0053】に具体的に記載されており,当業者は,これらの記載及び本件優 ,先日当時の技術常識に基づき本件発明に係る医薬を製造することができる。
また,本件発明に係る医薬が,MTA毒性を低下し,かつ,抗腫瘍活性を維持することは,本件明細書記載の実施例(【0043】【0046】【0059】【0060】等)において確認されている。
以上によれば,本件明細書の記載は,実施可能要件に反しない。
当裁判所の判断
1 本件発明について ? 本件発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2のとおりであるところ,本件明細書(甲138)の発明の詳細な説明には,おおむね,次の記載がある(下記記載中に引用する【表1】については,別紙1参照)。
ア 背景技術 (ア) 葉酸代謝拮抗薬とは,酵素の結合部位について還元型葉酸と競争することによって,チミジン又はプリン生合成経路における少なくとも1つの重要な葉酸要求酵素(例えば,チミジル酸シンターゼ〔TS〕,ジヒドロ葉酸レダクターゼ〔D 25 HFR〕又はグリシンアミドリボヌクレオチドホルミルトランスフェラーゼ〔GARFT〕が好ましい)を抑制する化学的な化合物を意味し,最も研究されている抗悪性腫瘍薬物のクラスの1つである。現在開発中の葉酸代謝拮抗薬として,ジヒドロ葉酸レダクターゼ抑制性質(DHFRI)を有するメトトレキセート(登録商標),グリシンアミドリボヌクレオチドホルミルトランスフェラーゼ抑制性質(GARFTI)と共にジヒドロ葉酸レダクターゼ抑制性質(DHFRI)を有するロメトレキソール(登録商標),チミジル酸シンターゼ(TS),グリシンアミドリボヌクレオチドホルミルトランスフェラーゼ(GARFT)及びジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)抑制を実証されたペメトレキセート二ナトリウム塩(アリムタ〔登録商標〕)等がある(【0002】【0024】。
) (イ) 潜在的に生命を脅かす毒性が,葉酸代謝拮抗薬の最適な投与における主な制限である(【0001】 。ここでいう「毒性」とは,葉酸代謝拮抗薬の投与に関 )連した毒性事象を意味する。毒性事象は,好中球減少,血小板減少,毒物死,疲労,摂食障害,皮膚発疹,貧血症等を含むが,これらに限定されない(【0021】。
) すなわち,葉酸代謝拮抗薬の開発についての制限は,その細胞毒性活性及び続く有効性が,ある患者にとっては実質的な毒性と関連し得ることである。加えて,1クラスとしての葉酸代謝拮抗薬は,胃腸管の毒性を有する散発性の激しい骨髄抑制と関連し,まれに高い死亡率の危険を有する。これらの毒性を制御するのは無力なために,いくつかの葉酸代謝拮抗薬の臨床的な開発が放棄され,また,ロメトレキソール等の臨床的な開発を複雑なものにしている(【0003】。
) イ 解決すべき課題 葉酸は,当初,GARFTインヒビター(GARFTI)に関連した毒性を処置するものとして使用された。ホモシステインレベルは,GARFTインヒビターの使用に関連した細胞毒性の前兆であり,また,葉酸は,ホモシステインレベルを低下させることが分かっている。
しかし,上記処置をした場合においても,GARFTインヒビター及び1クラス 26 としての葉酸代謝拮抗薬の細胞毒性活性は,医薬としての葉酸代謝拮抗薬の開発において重要な関心事であり,細胞毒性活性をより低下させる能力は,これらの薬物の使用において重要な利点となろう(【0004】。
) ウ 課題解決手段 (ア) 我々は,1クラスの葉酸代謝拮抗薬によって引き起こされるある毒性影響(例えば,死亡)及び非血液学的な事象(例えば,皮膚発疹及び疲労)を,メチルマロン酸低下薬の存在によって有意に軽減することができ,治療学的な効力に有害な影響を及ぼさないことを見いだした(【0005】 。メチルマロン酸及びMMA )は,健康なヒトの尿に微量に存在するコハク酸の構造異性体を意味し,メチルマロン酸低下薬とは,哺乳動物中のメチルマロン酸の濃度を低下させる基質を意味する。
当該基質の好ましい例は,ビタミンB 12 である。ビタミンB 12は,ビタミンB 12及びその医薬的な誘導体(例えば,コバラミン等)を意味する(【0025】〜【0027】。非血液学的な事象とは,葉酸代謝拮抗薬の投与が原因の皮膚発疹又 )は疲労の発生を意味する(【0022】。
) 本発明は,メチルマロン酸低下薬を用いた処置を施している宿主に投与することによって,葉酸代謝拮抗薬の治療学的な有用性を改善する方法を提供するものである。我々は,メチルマロン酸レベルの上昇は,葉酸代謝拮抗薬を与えている患者における毒性事象の前兆であり,メチルマロン酸を低下(判決注:原文の「増大」は,明らかな誤記と思料する。)させる処置(例えば,ビタミンB 12を用いた処置)が,従来の葉酸代謝拮抗薬に関連した死亡率,非血液学的な事象(例えば,皮膚の発疹)及び疲労事象を低下させることを見いだした(【0005】。
) (イ) 加えて,我々は,メチルマロン酸低下薬及び葉酸の組合せが葉酸代謝拮抗薬の投与に関連した毒性事象を相乗的に低下させることを見いだした。これまで,葉酸をビタミンB12と組み合わせて心血管疾患の治療及び予防に用いることは知られていたが,葉酸代謝拮抗薬の投与に関連した毒性を処置するために当該組合せを使用することは,知られていなかった(【0006】。
) 27 (ウ) 本発明は,メチルマロン酸低下薬を葉酸代謝拮抗薬と組み合わせて投与することにより,該葉酸代謝拮抗薬の毒性を低下させるという発見に関するものである(【0018】。
) 本発明は,哺乳動物に葉酸代謝拮抗薬を投与することに関連した毒性を低下させる方法,哺乳動物における腫瘍の増殖を抑制する方法に関するものであり,当該方法は,哺乳動物に有効な量の葉酸代謝拮抗薬をメチルマロン酸低下薬及びFBP結合薬と組み合わせて投与することを含む。好ましいFBP結合薬は,葉酸である(【0011】【0012】。
) 「組み合わせた」とは,哺乳動物における葉酸代謝拮抗薬の毒性を低下させるのに十分なレベルのメチルマロン酸低下薬及び場合により葉酸が存在するようないずれかの順序で,メチルマロン酸低下薬,葉酸代謝拮抗薬及び場合により葉酸を投与することを意味する。当該化合物は,単一の組成物又は2つの別々の組成物として同時に投与することができたり,あるいは,第2及び/又は第3の薬物を投与するときに,最初に投与した薬物の有効な量が患者の体内に存在するように別々の組成物として逐次的に投与することができる。葉酸をメチルマロン酸低下薬に加えて投与する場合には,メチルマロン酸低下薬又は葉酸代謝拮抗薬のいずれかの投与前,投与後又は同時に投与することができる。哺乳動物は,メチルマロン酸低下薬を用いてあらかじめ処理し,次いで葉酸を用いて処理し,続いて葉酸代謝拮抗性化合物を用いて処理することが好ましい(【0023】。
) 抑制するとは,腫瘍の増殖の進行を抑制,軽減,寛解,停止,制限,遅らせる若しくは逆転させる又は腫瘍の増殖を減少させることを意味する(【0019】。
) 有効な量とは,化合物又は薬物についての目的とする結果を得ることができる量を意味する(【0020】。
) (エ) 該用量は,通常,ビタミンサプリメント,すなわち,経口投与する錠剤(例えば,除放性製剤)の形態,飲用水に加えた水溶液としての形態又は水溶性の非経口製剤の形態として与える。メチルマロン酸低下薬は,筋肉内注射製剤として 28 投与されることが好ましい(【0028】。
) 当業者は,メチルマロン酸低下薬が広い用量範囲にわたって有効であることを認めるであろう。コバラミンは,約24時間ごとから約1680時間ごとに投与される約500μgから約1500μgの筋肉内注射として服用されることが好ましい。
葉酸代謝拮抗薬を用いた処置を開始し,葉酸代謝拮抗薬の投与を止めるまで続けることに関係なく,葉酸代謝拮抗薬の投与の約1週間前から約3週間前に最初に約1000μgを筋肉内注射で投与し,約24時間ごとから約1680時間ごとに繰り返すことが好ましい。葉酸代謝拮抗薬の第1投与の約1週間前から約3週間前に約1000μgを筋肉内注射で投与し,葉酸代謝拮抗薬の投与を止めるまで,6週間ごとから12週間ごと(約9週間ごとが好ましい)に繰り返すことが最も好ましい。
しかしながら,メチルマロン酸低下薬の量は,実際には,関連する状況(処置する病気,投与の選択経路,投与する実際の薬物,個々の患者の年齢,体重及び応答,患者の症状の激しさを含む)に照らして医師によって決定されることを理解されるであろう。したがって,該上記の用量範囲は,本発明の範囲を限定することを意図するものではない(【0029】。
) 本発明の特に好ましい態様において,葉酸の約0.1mgから約30mg(約0.3mgから約5mgが最も好ましい)を,メチルマロン酸低下薬の投与の約1週間後から約3週間後であり,かつ,ある量の葉酸代謝拮抗薬の非経口投与の約1時間前から約24時間前に,哺乳動物に経口投与する(【0034】。
) エ 実施例 (ア) ヒトMX-1乳がん腫を有する雌性ヌードマウスに対する処置 メチルマロン酸低下薬の単独又は葉酸との組合せがヒト腫瘍異種移植片モデルに及ぼす効果を評価するために,ヒトMX-1乳がん腫を有する雌性ヌードマウスを,ALIMTAを単独で又は生理学的を超えた用量の葉酸若しくはビタミンB12(コバラミン)と一緒に用いて処置した(【0036】。
) ドナーの腫瘍から得られるヒトMX-1腫瘍細胞(5×10 6)を,約8週から 29 10週齢の雌性ヌードマウスの大腿に皮下移植した。その7日後に,該動物に対し,ALIMTA(100mg/kg又は150mg/kg)を7日目から11日目及び14日目から18日目に,毎日1回腹腔内注射によって投与するか,あるいは,同じスケジュールで,葉酸(6mg/kg又は60mg/kg)及び/又はビタミンB12(165mg/kg)を,腹腔内投与した(【0037】。
) ヒトMX-1乳がんがん腫異種移植片は,用量が100mg/kg及び150mg/kgでALIMTAを用いた処置について応答性であり,17日及び21日の腫瘍増殖の遅延を得た。ALIMTAと同じスケジュールで,葉酸を,6mg/kg及び60mg/kgの用量で該動物に単独で投与し,各用量につき,それぞれ7日及び12日の腫瘍増殖の遅延を得た。ビタミンB12を165mg/kgの用量で該動物に単独で投与し,12日の腫瘍増殖の遅延を得た(【0039】。
) 葉酸(6mg/kg)とALIMTAを一緒に投与したところ,腫瘍増殖の遅延は,ALIMTAを単独で投与したときと変わらなかった。高用量(60mg/kg)の葉酸を,100mg/kgの用量のALIMTAと一緒に加えたときの腫瘍増殖の遅延は22日,150mg/kgの用量のALIMTAと一緒に加えたときの腫瘍増殖の遅延は23日であり,いずれも同用量のALIMTAを単独で投与したときよりも,少し増大した。ビタミンB12(165mg/kg)の処置による腫瘍増殖の遅延は,ALIMTAの用量が100mg/kgのときが22日,150mg/kgのときが24日であった(【0040】。
) 各処置レジメにおける毒性の一般的な測定基準として体重測定を使用した。体重の減少パターンは,処置レジメによって影響を受けた。ALIMTAが原因の体重の減少は,用量に依存するが,総計で3%と小さいものであった。6mg/kg又は60mg/kgの用量で葉酸を単独で投与した場合,体重の減少は生じず,葉酸で処置した動物は,コントロール動物よりも,実験期間中,体重を維持したり,増加していた。ALIMTA(100mg/kg)及び葉酸(60mg/kg)を用いて処置した動物は,実験期間中,約20%体重が増加した(【0041】。
) 30 ビタミンB12の投与により,実験期間中,該動物の体重の増加は防止されなかった。ALIMTA(100mg/kg)をビタミンB12と一緒に用いて処置した動物は体重が増加し,ALIMTA(150mg/kg)をビタミンB12と一緒に用いて処置した動物は体重を維持した(【0042】。
) 結論として,生理学的な用量は超えるものの無毒な用量のビタミン,葉酸及びビタミンB12の投与は,ヌードマウスのヒトMX-1乳がんがん腫異種移植片腫瘍におけるALIMTAの抗腫瘍活性を変化させず,動物の体重測定によって決まるALIMTAの毒性を増大させなかった(【0043】。
) (イ) 乳腺がん腫のC3H菌株に感染させたマウスを用いた処置 ビタミンB12の単独又は葉酸との組合せが葉酸代謝拮抗薬に及ぼす効果は,通常使用される標準的な試験において示され,葉酸代謝拮抗薬そのものの抗腫瘍活性及び毒性効果を測定することができる。それらの1試験においては,2mm×2mmの腫瘍断片をマウスの腋部分にトロカールにより挿入することによって,マウスを乳腺がん腫のC3H菌株に予防摂取する。メチルマロン酸低下薬の単独又は葉酸との組合せの投与時期は,変えることができる。10動物を各々の用量レベルで用いる。副尺カリパスを用いて腫瘍増殖の長さ及び幅を測定することによって,10日目に腫瘍活性を評価する(1日目は葉酸代謝拮抗薬の第1投与である。。該活性は, )腫瘍増殖の抑制パーセントとして表す(【0044】。
) 処置前の2週間及び処置の間に,ビタミンB12及び場合により葉酸を完全に含まない食事を維持した感染マウスに葉酸代謝拮抗薬を投与する場合には,非常に低用量では中位の抗腫瘍活性を示すが,激しい毒性をも引き起こす(これは,マウスの死として測定される【0045】。
) マウスの試験グループは,ビタミンB12及び場合により葉酸のない食事を,処置前の2週間維持する。次いで,0.003%のビタミンB12(重量比/容量比)を筋肉内注射によって処置し,そして場合により0.0003%の葉酸(重量比/容量比)を含有する飲用水を該動物に与える間に,ビタミンB12及び場合により葉酸 31 を投与する。この濃度は,1日当たりの体表の平方メートルにつきビタミンB12及び場合により葉酸の約1.75mgと翻訳(translate)される。上記の結果が示すとおり,示したレベルのビタミンB12を,葉酸代謝拮抗薬を与えている被験者の食事に加えることにより,低用量で優れた抗腫瘍活性が得られ,毒性効果はほとんど又は全くなかった(【0046】。
) 上記の試験は,葉酸を用いた処置前及びその期間中,ビタミンB12及び場合により葉酸なしの食事を維持された腫瘍を有するマウスの場合には,葉酸代謝拮抗薬の毒性は非常に高く,1mg/kg/日では大部分のマウスが致死し,非毒性薬物用量ではより低い腫瘍活性が観察される。非常に低用量のビタミンB12は,薬物毒性をいくらか逆転し,抗腫瘍活性を改善する。より多い用量のビタミンB12は,葉酸代謝拮抗薬の毒性を一層より有意に低下させる。マウスにビタミンB12を用いて前処置し,次いで葉酸代謝拮抗薬を投与する前に葉酸を投与することにより,毒性の著しい低下が見られ,葉酸代謝拮抗薬の毒性をほとんど完全に除く。したがって,ビタミンB12を葉酸代謝拮抗薬と組み合わせた使用は,薬物の毒性を低下させ,抗腫瘍活性に有害な影響を及ぼさない。ビタミンB12と葉酸との一緒の使用は,薬物毒性を相乗的に低下させる(【0047】。
) (ウ) ヒトにおけるパイロット研究 がん患者に関する典型的な臨床的評価において,全ての患者について組織学的に及び細胞学的にがんの診断を確認する。葉酸代謝拮抗薬をビタミンB12と組み合わせて投与する。ビタミンB12は,葉酸代謝拮抗薬を用いた処置の1週間前から3週間前に,1000μgを筋肉内注射として投与する。1000μgのビタミンB12の筋肉内注射を,患者が療法を中断するまで約9週間ごとに行う(【0048】。
) 上記の臨床研究のための製造において,ヒトにおけるパイロット研究は,ALIMTAを与えている患者に与えたビタミンB12が,ALIMTAが原因の副作用を有効に低下させることを確認した(【0049】。
) (エ) ヒトにおける臨床トライアル 32 投与方法及び服用方法 1.葉酸 葉酸は,以下の選択肢の1つとして与える。選択肢1から選択肢3の順序で好ましい。
選択肢1 葉酸の350μgから600μg。
選択肢2 選択肢1を使用できない場合には,350μgから600μgの範囲の葉酸を含有するマルチビタミンが許容され得る。
選択肢3 選択肢1又は選択肢2のいずれも使用できない場合には,350μgから1000μg用量の葉酸が許容され得る(【0050】。
) この研究の目的のために,患者に対して,ALIMTAとシスプラチン,又はシスプラチン単独を用いた処置の約1週間前から約3週間前に葉酸の毎日の経口投与を開始し,研究療法を中断するまで毎日続けるべきである(【0051】。
) 2.ビタミンB12 ビタミンB 12 1000μgを筋肉内注射として投与する。ビタミンB 12 の注射は,ALIMTAを用いた処置の約1週間前から約3週間前に投与しなければならず,患者が研究療法を中断するまで約9週間ごとに繰り返すべきである(【0052】。
) 葉酸サプリメントの350μgから600μg又はその相当量は,MTA及びシスプラチンの第1投与の約1週間前から約3週間前に,毎日の経口投与を開始すべきである。ビタミンB12(1000μg)の注射は,ALIMTAの第1投与の約1週間前から約3週間前に筋肉内投与しなければならず,患者が研究療法を中断するまで約9週間ごとに繰り返すべきである(【0053】。
) あらかじめ補充したホモシステインレベル及びメチルマロン酸のレベルを,a)被験薬の第1服用の直前レベル,及びb)被験薬の第2服用の直前レベル(すなわち,補充の完全な周期後)と比較する。ベースラインから補充された患者における最初の7個までの治療周期を与えたある毒性の羅患率を,補充されていない初期の 33 患者(n=246)において観察された羅疾患率(ファーバー(Farber)らによる)と比較する。
非補充周期対補充周期の患者(乗換え(cross-over)患者)における毒性を,比較することができる。
比較するデータは,以下のとおりである: 1)患者数と,ベースラインから補充された患者のベースライン個体群の統計学的データ; 2)第1の服用前,第2の服用前及び研究しているがんの種類に応じた各治療サイクル前のホモシステインレベル及びメチルマロン酸レベルと,ベースラインレベル; 3)これらの十分に補充された患者におけるグレード3と4の血液学的な毒性; 4)これらの十分に補充された患者におけるグレード3と4の非血液学的な毒性(【0054】【0055】 。
) 現在及び過去の臨床トライアルは,米国特許第5,217,974号に記載されているとおり,薬物関連死亡全体の4%,グレード3/4の好中球減少症の50%,グレード4の血小板減少症の7%,グレード3/4の下痢及び粘膜炎の10%を示す。ALIMTAで補充したビタミンB12は,薬物関連の毒性において中位の効果を示し,薬物関連の死を3%にまで低下させ,かつ,激しい毒性を約25%だけ低下させた。ビタミンB12及び葉酸とALIMTAとの組合せは,処置した480以上において,薬物関連の死を<1%にまで低下させた。ビタミンB12と葉酸との組合せは,薬物に関連するグレード3/4の毒性事象を低下させた。このことを,【表1】に示す(【0059】。
) 加えて,化学療法処置を必要とする化学的に未処置の62患者を2つの群に分けた。これらのうちの17患者は上記のとおり,ALIMTAを与えているが,ビタミンB12 又は葉酸を与えなかった。残りの患者は,上記のとおり,ビタミンB 12 ,葉酸及びALIMTAを与えた。組合せ処置を与えた患者において,45のうちの 34 8が化学療法に応答した。組合せ療法を与えていないが,ALIMTAを用いた処置だけを与えた患者においては,17のうちの1だけが応答した(【0060】。
) ? 前記?によれば,本件発明について,以下のとおり開示されている。
ア 葉酸代謝拮抗薬は,最も研究されている抗悪性腫瘍薬物のクラスの1つであり,チミジン又はプリンの生合成経路における少なくとも1つの重要な葉酸要求酵素を,その酵素の結合部位について還元型葉酸と競争することによって抑制するものである。現在開発中の葉酸代謝拮抗薬として,ジヒドロ葉酸レダクターゼ抑制性質(DHFRI)を有するメトトレキセートや,グリシンアミドリボヌクレオチドホルミルトランスフェラーゼ抑制性質(GARFTI)と共にジヒドロ葉酸レダクターゼ抑制性質(DHFRI)を有するロメトレキソール,チミジル酸シンターゼ(TS),グリシンアミドリボヌクレオチドホルミルトランスフェラーゼ(GARFT)及びジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)抑制を実証されたペメトレキセート二ナトリウム塩(アリムタ)等がある(【0002】【0024】。
) しかし,好中球減少,皮膚発疹,貧血症など葉酸代謝拮抗薬の投与に関連して生ずる,潜在的に命を脅かす毒性が,葉酸代謝拮抗薬の最適な投与における主な制限となり,臨床的な開発が放棄されたものもある(【0001】【0003】【0021】。
) イ 葉酸は,当初,葉酸代謝拮抗薬の一種であるGARFTインヒビター(GARFTI)に関連した毒性を処置するものとして使用されており,また,ホモシステインレベルは,GARFTインヒビター(GARFTI)の使用に関連した細胞毒性の前兆であること,葉酸は,ホモシステインレベルを低下させることが分かっていた。
しかし,上記処置をした場合においても,GARFTインヒビター(GARFTI)等の葉酸代謝拮抗薬の開発に当たり,細胞毒性活性は重要な関心事であり,これをより低下させる能力が重要な利点とされていた(【0004】。
) ウ 本件発明の発明者らは,@メチルマロン酸レベルの上昇が,葉酸代謝拮抗薬 35 を与えている患者における毒性事象の前兆であり,コバラミンを含むビタミンB12を用いた処置などメチルマロン酸を低下させる処置が,従来の葉酸代謝拮抗薬に関連した死亡率や皮膚発疹等の非血液学的な事象を低下させ,他方,治療学的な効力に有害な影響を及ぼさないこと,さらに,Aメチルマロン酸低下薬及び葉酸の組合せが,葉酸代謝拮抗薬の投与に関連した毒性事象を相乗的に低下させることを見いだした。これまで,葉酸をビタミンB12と組み合わせて心血管疾患の治療及び予防に用いることは知られていたが,葉酸代謝拮抗薬の投与に関連した毒性を処置するために当該組合せを使用することは,知られていなかった(【0005】【0006】。
) エ 本件発明は,メチルマロン酸低下薬を葉酸代謝拮抗薬と組み合わせて投与することにより,葉酸代謝拮抗薬の毒性を低下させるという発見に関するものである(【0018】。
) 本件発明は,哺乳動物に葉酸代謝拮抗薬を投与することに関連した毒性を低下させる方法,哺乳動物における腫瘍の増殖を抑制する方法に関するものであり,当該方法は,哺乳動物に有効な量の葉酸代謝拮抗薬をメチルマロン酸低下薬及び葉酸等のFBP結合薬と組み合わせて投与することを含む(【0011】【0012】。
) オ 葉酸をメチルマロン酸低下薬に加えて投与する場合には,メチルマロン酸低下薬又は葉酸代謝拮抗薬のいずれかの投与前,投与後又は同時に投与することができる。哺乳動物は,メチルマロン酸低下薬を用いてあらかじめ処理し,次いで葉酸を用いて処理し,続いて葉酸代謝拮抗性化合物を用いて処理することが好ましい(【0023】。
) カ コバラミンは,約24時間ごとから約1680時間ごとに投与される約500μgから約1500μgの筋肉内注射として服用されることが好ましい。葉酸代謝拮抗薬を用いた処置を開始し,葉酸代謝拮抗薬の投与を止めるまで続けることに関係なく,葉酸代謝拮抗薬の投与の約1週間前から約3週間前に最初に約1000μgを筋肉内注射で投与し,約24時間ごとから約1680時間ごとに繰り返すこ 36 とが好ましい。葉酸代謝拮抗薬の第1投与の約1週間前から約3週間前に約1000μgを筋肉内注射で投与し,葉酸代謝拮抗薬の投与を止めるまで,6週間ごとから12週間ごと(約9週間ごとが好ましい)に繰り返すことが最も好ましい。
しかしながら,メチルマロン酸低下薬の量は,実際には,関連する状況(処置する病気,投与の選択経路,投与する実際の薬物,個々の患者の年齢,体重及び応答,患者の症状の激しさを含む)に照らして医師によって決定されることを理解されるであろう。したがって,該上記の用量範囲は,本件発明の範囲を限定することを意図するものではない(【0029】。
) 本件発明の特に好ましい態様において,葉酸の約0.1mgから約30mg(約0.3mgから約5mgが最も好ましい)を,メチルマロン酸低下薬の投与の約1週間後から約3週間後であり,かつ,ある量の葉酸代謝拮抗薬の非経口投与の約1時間前から約24時間前に,哺乳動物に経口投与する(【0034】。
) ? 本件発明は,ビタミンB12等のメチルマロン酸低下薬の投与が,MTA等の葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性を低下させ,他方,治療学的な効力に有害な影響を及ぼさないという新たな知見に基づき,MTA投与に当たり,MTA毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持のために,従前から葉酸代謝拮抗薬の一種であるGARFTインヒビター(GARFTI)に関連した毒性を処置するものとして使用されていた葉酸とビタミンB12を組み合わせて投与することを特徴とする剤である。
2 取消事由1(進歩性に係る判断の誤り)について ? 引用発明について ア 引用例(甲1)の記載 引用例の表題は,「葉酸とマルチターゲット葉酸代謝拮抗薬(MTA)LY231514の第1相及び薬物動態(PK)試験」であり,225a頁右上欄7行目から34行目には,おおむね以下のとおり記載されている。
MTA(LY231514)は,チミジル酸シンターゼ(TS),ジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)及びグリシンアミドリボヌクレオチドホルミルトランス 37 フェラーゼ(GARFT)を含む複数の葉酸依存性酵素を阻害する新しい葉酸代謝拮抗薬である。初期第T相試験において,MTAは,10分静脈内注射として投与された際に大きな抗腫瘍応答を示したが,骨髄抑制が,500-600mg/uを超える用量漸増を妨げた。
前臨床試験において,葉酸補充がMTAの治療指数を増大させることを示したことから,葉酸補充がMTAの毒性作用を軽減してMTA単独の推奨第U相試験用量を超える有意な用量漸増を可能とするか否かを決定するため,最低限の及び多数の前治療歴を有する患者において,MTA投与の2日前から始めて5日間,1日5mgの葉酸投与のフィージビリティが評価された。
これまでのところ,21名の固形がん患者が,MTA600,700及び800mg/uの服用レベルで55コースを受けた。薬物関連毒性には,好中球減少,貧血及び血小板減少が含まれ,多数の前治療歴を有する患者においてより重篤であった。他の毒性(グレード1-2)には,発疹,傾眠,疲労,下肢浮腫及びクレアチニンクレアランスの減少に現れた腎機能の低下が含まれる。非ステロイド性抗炎症剤を服用していた1人の患者がMTA800mg/uの用量で重篤な毒性を経験したが,ルコボリンとチミヂンの投与後に解消した。1人の転移性大腸がん患者に部分奏功が見られた。薬物動態及びビタミン(葉酸)代謝産物プロフィールが,MTA600及び800mg/uでのサイクル1及び3の間になされた。現在まで,血清中葉酸レベルは毒性と関係していないようであるが,MTA800mg/uの用量で重篤な毒性のあった患者においてホモシステインが有意に高かった。これまでのところ,多数の及び最低限の前治療歴を有する患者らは,MTA600及び800mg/uの投与に耐え,増量はそれぞれ700及び900mg/uで継続している。これらの結果は,葉酸補充がMTAの用量漸増を可能にするようであることを示している。
引用発明の認定 前記アによれば,引用例(甲1)には,本件審決が認定したとおりの引用発明 38 (前記第2の3?)が記載されていることが認められ,この点につき,当事者間に争いはない。
ウ 本件発明1と引用発明との一致点及び相違点 前記1及びイによれば,本件発明1と引用発明との間には,本件審決が認定したとおりの一致点及び相違点(前記第2の3?アイ)が存在するものと認められ,この点につき,当事者間に争いはない。
エ 引用発明の技術的意義 後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件優先日当時,以下の事実が当業者間において技術常識であったものと認められる。引用発明は,これらの技術常識に基づき,MTA投与に当たり,その毒性作用を軽減して用量漸増を可能とするために,葉酸と組み合わせて投与する方法ということができる。
(ア) 葉酸代謝系について 葉酸は,プテロイルグルタミン酸(PteGlu)を有する化合物群の総称であり,栄養学的には水溶性ビタミンB群に属する。
生化学的には,テトラヒドロ葉酸の形でC1ユニット(メチル基〔-CH3〕,メチレン基〔-CH 2-〕等の,炭素1個の原子団)を運搬する酵素の補酵素であり,その代謝系は,別紙2のとおりである。
すなわち,通常,食物から取り込まれる葉酸は,細胞内において,葉酸代謝酵素であるジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR。別紙2のA)で触媒されてジヒドロ葉酸(DHFA)からテトラヒドロ葉酸(THFA)に還元され,DNAの合成に必要なピリミジンヌクレオチドの1つであるチミジル酸(dTMP)合成に要する5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸(5,10-CH 2-THFA)となり,葉酸代謝酵素であるチミジル酸シンターゼ(TS。別紙2のM)の作用によるチミジル酸(dTMP)の合成に関与し,また,10-ホルミルテトラヒドロ葉酸(10-CHO-THFA)となり,葉酸代謝酵素であるホスフォリボシルグリシンアミド(GAR)ホルミル・トランスフェラーゼ(グリシンアミドリボヌクレオチドホ 39 ルミルトランスフェラーゼと同義。GARFT。別紙2のO)及びホスフォリボシルアミノイミダゾール・カルボキサミド(AICAR)ホルミル・トランスフェラーゼ(別紙2のP)の作用による核酸(DNAやRNA)の素材でその合成に必須のプリン塩基の合成に関与し,核酸の構成単位であるヌクレオチド生合成反応の一端を担っている。テトラヒドロ葉酸(THFA)は,ヌクレオチド生合成反応のサイクルにおいて必須のものである。なお,上記チミジル酸(dTMP)の合成の際,5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸(5,10-CH 2-THFA)のメチレン基が2個の電子とともに離脱してメチル基となり,デオキシウリジンリン酸(dUMP)の水素と置換して,ジヒドロ葉酸(DHFA)が生成し,これがジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)に触媒されて再びテトラヒドロ葉酸(THFA)となる。上記プリン塩基の合成の際,10-ホルミルテトラヒドロ葉酸(10-CHO-THFA)のホルミル基が用いられ,テトラヒドロ葉酸(THFA)が再生される。
また,5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸(5,10-CH 2-THFA)は,ヒト血清及び肝臓中における葉酸の主要な型であるメチル葉酸の一種の5-メチルテトラヒドロ葉酸(5-CH 3-THFA)となり,細胞外に出て循環する。その後,再び細胞内に戻ってきた5-メチルテトラヒドロ葉酸(5-CH 3-THFA)は,葉酸代謝酵素であるコバラミン(ビタミンB12)依存性メチオニン・シンターゼ(別紙2のF)によって脱メチル化されてテトラヒドロ葉酸(THFA)となる。
上記脱メチル化と共に,ホモシステインが5-メチルテトラヒドロ葉酸(5-CH3 -THFA)のメチル基を供与されてメチル化し,アミノ酸代謝に関係するメチオニンが合成される(メチル化反応)。上記テトラヒドロ葉酸(THFA)は,再び5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸(5,10-CH 2-THFA)ないし10-ホルミルテトラヒドロ葉酸(10-CHO-THFA)となり,前記と同様にチミジル酸及びプリン塩基の各合成に関与し,また,5-メチルテトラヒドロ葉酸(5-CH 3-THFA)となって細胞外を循環する(甲5〜7,16,21,3 40 4,149,甲A2の2,152,甲B152,乙74)。
(イ) 葉酸代謝拮抗薬について 葉酸代謝拮抗薬は,葉酸代謝酵素と結合してテトラヒドロ葉酸(THFA)への還元を阻害するものである。メトトレキサート及びアミノプテリンは,主にジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)に対する阻害活性を,ロメトレキソール及びLY309887は,主にグリシンアミドリボヌクレオチドホルミルトランスフェラーゼ(GARFT)に対する阻害活性を有し,MTA(被告において「アリムタ」「Alimta」との名称で販売している〔甲115等〕)は,ジヒドロ葉酸レダ 。
クターゼ(DHFR),グリシンアミドリボヌクレオチドホルミルトランスフェラーゼ(GARFT)及びチミジル酸シンターゼ(TS)という3つの葉酸代謝酵素に対する阻害活性を有する。
葉酸代謝拮抗薬は,ヌクレオチド生合成反応に必須のテトラヒドロ葉酸(THFA)への還元を阻害することにより,チミジル酸(dTMP)及びプリン塩基の合成を抑制してDNA合成を妨げ,それによって腫瘍細胞の発育を阻害するものであるが,同時に,骨髄や消化管上皮等の生体内で増殖の激しい正常細胞の発育をも抑制するので,葉酸欠乏性貧血,おう吐等の毒性(副作用)を引き起こす(甲5,13,45〜47,67,84,117,202,甲A2の2,96)。
葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性の程度は,患者の投与開始前における葉酸の機能的状態に影響される(甲3,19,82,甲A2の2)。
(ウ) 葉酸の補充について 患者に葉酸を補充することにより,葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性を維持しながら,投与に関連する毒性を低下させることができる(甲3,9〜12,14,23,40,41,45,48,51,93,甲A2の2)。
葉酸代謝拮抗薬の1つであるMTAについても同様であり,葉酸の補充によって,その抗腫瘍活性を維持しながらMTA毒性を低下させることができ,用量を漸増し得る(甲3,13,14,19,20,37)。
41 (エ) ホモシステインについて なお,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,ホモシステインについて,本件優先日当時,以下の事実が当業者間において技術常識であったものと認められる。
a 前記(ア)のとおり,5-メチルテトラヒドロ葉酸(5-CH 3-THFA)は,ホモシステインをメチル化してメチオニンを合成するに当たり,ホモシステインにメチル基を供与する補助基質となるものであるから,葉酸が不足すれば,5-メチルテトラヒドロ葉酸(5-CH 3-THFA)が不足するので,上記メチル化が進まなくなり,ホモシステインが増加する。また,ビタミンB12が不足すると,上記メチル化に不可欠なコバラミン依存性メチオニン・シンターゼが十分に機能しなくなるので,ホモシステインが増加する。
以上のように葉酸又はビタミンB12の不足によりホモシステインが増加した状態においては,細胞外を循環して細胞内に戻ってきた5-メチルテトラヒドロ葉酸(5-CH 3-THFA)が脱メチル化されないままの状態でとどまって(メチル葉酸トラップ),ヌクレオチド生合成反応のサイクルにおいて必須のテトラヒドロ葉酸(THFA)にならず,したがって,DNAの合成が阻害される。すなわち,葉酸の機能的状態は,不良である(甲7,16,21,甲A2の2,139,甲B153)。
b 上記aのとおり,葉酸又はビタミンB12の不足によりホモシステインが増加した状態においては,葉酸の機能的状態が不良であるから,ホモシステインレベルは,葉酸の機能的状態の指標として信頼できる高感度のマーカーである(甲3,7,16〜20,甲A2の2)。
そして,前記(イ)のとおり,MTA等の葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性の程度は,患者の投与開始前における葉酸の機能的状態に影響されることから,その時点におけるホモシステインレベル,すなわち,ベースラインのホモシステインレベルは,MTA等の葉酸代謝拮抗薬を投与した場合の毒性のリスクを予測させるものであり,おおむね10μM以上の患者は,上記リスクが高いものといえる(甲4, 42 16〜20,甲A2の2,96)。なお,木村修一外監修「最新栄養学〔第7版〕-専門領域の最新情報-」(甲7。建帛社,平成9年5月発行)において,「葉酸の機能している状態と血漿ホモシステイン濃度とは,非線形的な逆相関を示す。すなわち,血漿葉酸濃度がある一定の値(≒6ng/mL)よりも高い場合には血漿ホモシステイン濃度は変化せず,低い場合にはホモシステイン濃度が上昇している」と記載されているとおり,葉酸の機能的状態が一定程度を超えて低下するとホモシステインレベルが上昇するという関係にあり,両者は,葉酸の機能的状態が低下するほどホモシステインレベルが上昇するという完全な負の比例関係にあるわけではない。
c ホモシステインには,コバラミン依存性メチオニン・シンターゼにより5-メチルテトラヒドロ葉酸(5-CH 3-THFA)からメチル基の供与を受けてメチオニンとなる反応を含むメチル化系の代謝系に加え,これとは別に,ピリドキサル-5’-リン酸(PLP)を含んだ酵素であるシスタチオニンβ-シンターゼ(CBS)で触媒される不可逆反応でセリンと結合してシスタチオニンとなるイオウ転移系の代謝系が存在する(甲7)。
? 相違点1に係る容易想到性について ア 相違点1について 相違点1は,本件発明1では,葉酸の他に,さらにビタミンB12も組み合わせて用いているのに対し,引用発明ではビタミンB12が用いられていないというものである。本件発明1は,「葉酸とビタミンB12との組み合わせを含有するペメトレキセート二ナトリウム塩の投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持するための剤」であるから,相違点1に係る容易想到性の判断に当たっては,本件優先日当時の当業者においてMTA毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持のために引用発明にビタミンB12を組み合わせて投与する動機付けの存否が問題となる。
イ ビタミンB12に係る技術常識について 後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件優先日当時,ビタミンB12について, 43 以下の事実が当業者間において技術常識であったものと認められる。
(ア) 一般に,ビタミンB12は,ヒトの代謝において活性のあるコバラミンを指し,生体内でメチルB12に変換された後,コバラミン依存性メチオニン・シンターゼの補酵素として働くものであるが,ヒトなどの高等動物におけるDNAやRNA代謝に直接関与しているという証拠は発見されていない。
メチルマロン酸レベルは,ビタミンB12が欠乏すると上昇するので,同欠乏の指標とされている(甲7,21,甲A75,139,152)。
ビタミンB12を投与するとホモシステインレベルが低下し,葉酸と併用投与すると葉酸の単独投与の場合に比してより一層ホモシステインレベルが低下する(甲22,24〜31)。
(イ) 前記?エ(エ)のとおり,葉酸又はビタミンB12のいずれが不足しても,葉酸の機能的状態が不良になり,巨赤芽球性貧血等を引き起こすが,葉酸欠乏の場合は神経症状はほぼ見られないのに対し,ビタミンB12欠乏の場合は,知覚障害を主とする末梢神経障害等の神経症状が多く見られる(甲6,7,21,33,34,61,149,甲A152)。
ビタミンB12が欠乏している巨赤芽球性貧血の患者に葉酸のみを補充すると,それによって葉酸の機能的状態が改善するとともに貧血も快方に向かうので,ビタミンB12の欠乏が看過されて同欠乏に特徴的な前記の神経症状を引き起こすおそれがあることから,葉酸補充の際には,ビタミンB12の併用が推奨される(甲7,10,23〜27,29,31,75,200,甲A152,乙71)。
(ウ) がん患者は,主として栄養摂取量の不足により栄養障害を来すことが多く,また,悪性腫瘍はビタミンB12欠乏の原因の1つとされており,多くのがん患者にビタミンB12欠乏が見られる(甲34,57〜60,152〜156,164,177)。
そこで,がん患者に対しては,通常,治療の一環として,葉酸,ビタミンB12等のビタミンやその他の栄養素を含む栄養補給が行われる(甲57,60,61,1 44 52〜164,166〜168,178の1,179,181〜185,甲A141,142)。
上記栄養補給の効果に関し,本件優先日当時の公知文献には,「栄養状態と免疫能の改善」(甲57) 「強制栄養法により,栄養状態だけでなく細胞免疫能や抗癌 ,剤に対する耐応力も高まることが期待される」(甲61) 「全身状態の改善のみで ,なく,副作用の軽減,制癌剤投与量の増加,照射線量の増加,さらには免疫能の増強などにより治療効果を著しく改善する」(甲152) 「…癌の摘出を考慮し,あ ,るいは放射線療法,化学療法の適用を検討する。しかもこれらの治療法は全身状態の良いほうが行い易く,効果も大きい,あるいは副作用も少なくなるので,十分の治療ができる。(甲153)「全身の栄養状態の低下を招くことなく強力な化学療 」 ,法を継続することが可能となる。(甲155) 「高カロリー輸液がこのように副作 」 ,用の予防に有効である事由として,@絶食による腸粘膜の刺激抑制 A腸内細菌叢の減少 B栄養輸液による腸粘膜自体の栄養代謝改善等が考えられる。…実際には栄養の維持改善が担癌体の副作用よりの回復を早めうる傾向がうかがえた。(甲1 」57)「単に栄養状態の改善だけでなく,生体の防衛機構の増強にも役立っており, ,さらに栄養状態を良好に維持することによって,患者の抗癌剤に対する耐性を高め,より強力な化学療法を行うことが可能となり,抗癌効果の増強が認められている。」(甲162)「悪液質という栄養不良状態が存在しているので,化学療法に対する ,耐容力が減じ,副作用が発現されやすい状況にある。…癌化学療法における栄養療法の併用は抗癌剤による副作用の軽減あるいは癌患者の栄養状態,細胞性免疫能の改善と維持に役立ち…」(甲168)等の記載がある。
ウ 引用発明にビタミンB12を組み合わせて投与する動機付けの存否について 前記アのとおり,相違点1に係る容易想到性の判断に当たっては,本件優先日当時の当業者においてMTA毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持のために引用発明にビタミンB12を組み合わせて投与する動機付けの存否が問題となる。
(ア) @患者のMTA投与開始前における葉酸の機能的状態の指標として信頼性 45 の高いマーカーであるベースラインのホモシステインレベルは,MTA毒性のリスクを予測させるものであり,おおむね10μM以上の患者は上記リスクが高いこと(前記?エ(エ))及びA葉酸の補充によって,MTAの抗腫瘍活性を維持しながらMTA毒性を低下させることができ,用量を漸増し得ること(前記?エ(ウ))は,本件優先日当時,技術常識であったから,当業者は,患者にMTAを投与するに当たり,ベースラインのホモシステインレベルがおおむね10μM以上の場合,当該患者は葉酸の機能的状態が不良であり,MTA毒性のリスクが高いものと判断し,MTAの抗腫瘍活性を維持しながらMTA毒性を低下させて用量漸増を可能とするために,葉酸と組み合わせて投与する引用発明の採用を考えるものということができる。
しかし,当業者において,さらに,引用発明に基づいて,MTA毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持のためにビタミンB12を組み合わせて用いることまで容易に想到し得るとは,認めるに足りない。理由は,以下のとおりである。
(イ) 引用例には,@初期第T相試験において,MTAは大きな抗腫瘍応答を示したものの,骨髄抑制が500mg/uから600mg/uを超えるMTAの用量漸増を妨げたこと,A最低限の及び多数の前治療歴を有する21名の固形がん患者に対し,MTA投与の2日前から5日間にわたり,1日5mgの葉酸を投与したところ,MTA600mg/u及び800mg/uの投与に耐え,増量も,それぞれ,700mg/u及び900mg/uで継続したこと,B上記21名のうち非ステロイド性抗炎症剤を服用していた1名の患者は,MTA800mg/uの用量で重篤な毒性を経験したが,ルコボリンとチミジンの投与後に解消したことが記載されている(前記?ア)。
当業者は,本件優先日当時,引用例の上記記載に接し,葉酸をMTA投与開始前に投与することにより,MTA毒性が低下し,それによってMTAの用量を漸増させることができることを認識したものということができる。引用例には,葉酸の補充を受けても重篤な毒性を経験した患者がいたことも記載されているが,@そのよ 46 うな患者は21名の被験者中1名のみであり,しかも,800mg/uという多量のMTAを投与されていたこと,A上記重篤な毒性は,葉酸の誘導体(5-ホルミルテトラヒドロ葉酸)から成る製剤であり,葉酸代謝拮抗薬の副作用の予防あるいは治療に有効とされる抗葉酸代謝拮抗剤であるルコボリン(ロイコボリンともいう。
甲6,47,87)及びチミジン(葉酸代謝の最終生成物。甲A2の2)の投与後に解消したことから,上記患者の存在は,当業者に対し,葉酸のみの投与によっては,MTA毒性が十分に低下せず,MTAの用量を漸増させることができないことを示唆するものとはいえない。他に,葉酸の単独投与に係る問題点を指摘する記載はなく,示唆もされていない。また,葉酸以外のものを組み合わせれば,より一層MTA毒性の低下ないし抗腫瘍活性の維持が促進されるなど,さらに別のものを組み合わせる動機付けとなる記載も示唆もない。
(ウ) ビタミンB12不足の場合においては,コバラミン依存性メチオニン・シンターゼによる5-メチルテトラヒドロ葉酸(5-CH 3-THFA)の脱メチル化反応が阻害されるため,その分,ヌクレオチド生合成反応に必須のテトラヒドロ葉酸(THFA)が減少し,葉酸の機能的状態が不良となる。しかし,テトラヒドロ葉酸(THFA)は,食物から取り込まれる葉酸がジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)で触媒されてジヒドロ葉酸(DHFA)からテトラヒドロ葉酸(THFA)に還元されるのに加え,ヌクレオチド生合成反応におけるチミジル酸(dTMP)の合成の際,5,10-メチレンテトラヒドロ葉酸(5,10-CH 2-THFA)のメチレン基の離脱等により生成されたジヒドロ葉酸(DHFA)がジヒドロ葉酸レダクターゼ(DHFR)に触媒されて再びテトラヒドロ葉酸(THFA)となり,また,プリン塩基の合成の際にも,10-ホルミルテトラヒドロ葉酸(10-CHO-THFA)のホルミル基が用いられてテトラヒドロ葉酸(THFA)が再生される。このように,テトラヒドロ葉酸(THFA)は,ビタミンB12が直接関与しない反応においても生成されるものであるから(前記?エ(ア)),ビタミンB 12不足によりテトラヒドロ葉酸(THFA)が減少して葉酸の機能的状態が不良となっ 47 た場合においても,葉酸の補充によって上記のビタミンB12が直接関与しない反応におけるテトラヒドロ葉酸(THFA)の生成を増加させ,葉酸の機能的状態を改善し得るものということができる。ビタミンB12が欠乏している巨赤芽球性貧血の患者に葉酸のみを補充すると,それによって葉酸の機能的状態が改善するとともに貧血も快方に向かうので,ビタミンB12の欠乏が看過されて同欠乏に特徴的な神経症状を引き起こすおそれがあることは(前記イ(イ)),その証左である。他方,葉酸の補充のみによっては葉酸の機能的状態を改善し得ず,同改善にはビタミンB12が不可欠とされる場合があることは,証拠上,認めるに足りない。
(エ) 葉酸代謝拮抗薬の毒性は,ヌクレオチド生合成反応に必須のテトラヒドロ葉酸(THFA)への還元が阻害されてDNA合成が妨げられ,腫瘍細胞のみならず正常細胞の発育まで抑制されることによるものであるところ(前記?エ(イ)),本件優先日当時,ビタミンB12がヒトなどの高等動物におけるDNAの代謝に直接関与することを示す証拠は,発見されていなかった(前記イ(ア))。
(オ) ビタミンB12を投与するとホモシステインレベルが低下し,葉酸と併用投与すると,葉酸の単独投与に比してより一層ホモシステインレベルが低下することは,本件優先日当時の技術常識であった(前記イ(ア))。
しかし,ベースラインのホモシステインレベルは,MTAを含む葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性の程度に影響を与える同投与開始前における葉酸の機能的状態の指標として信頼性の高いものであることから,上記毒性のリスクを予測させるものにすぎない(前記?エ(エ))。証拠上,ホモシステインが上記毒性の発現に直接関与していることは認められない。よって,ホモシステインレベルを低下させること自体によって直ちに葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性が低下するということはできず,本件優先日当時においてそのような事実が公知であったことを認めるに足りない。
そして,葉酸の機能的状態が一定程度を超えて低下するとホモシステインレベルが上昇するという関係にあり,両者は,完全な負の比例関係にあるわけではない 48 (前記?エ(エ))。また,ホモシステインには,コバラミン依存性メチオニン・シンターゼによりメチオニンとなる反応を含むメチル化系の代謝系に加え,これとは別のイオウ転移系の代謝系があり(前記?エ(エ)),ホモシステインレベルの高低は,同代謝系の影響も受け得るものということができる。そうすると,ホモシステインレベルを低下させること自体によって,葉酸の機能的状態が良好となり,その結果として葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性ないしそのリスクが低下するということはできず,証拠上,本件優先日当時においてそのような事実が公知であったことを認めるに足りない。
(カ) ビタミンB12の単独投与が葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性を低下させるという事実,ビタミンB12を葉酸と組み合わせた投与が,葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性の低下ないし抗腫瘍活性の維持において,葉酸の単独投与よりも優れているという事実,ビタミンB12欠乏の指標となるメチルマロン酸レベル(前記イ(ア))と葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性との間に何らかの相関関係が存在するという事実のいずれについても,証拠上,本件優先日当時において公知であったことを認めるに足りない。なお,甲第55号証には,治療前のメチルマロン酸レベルが副作用のうち下痢と粘膜炎を有意かつ独立に予測する旨の記載があるものの,同文献は,本件優先日後の平成14年5月に刊行されたものであるから,本件優先日当時の知見を示すものとはいえない。
(キ) 葉酸補充の際にはビタミンB12の併用が推奨されるものの,これは,ビタミンB12が欠乏している巨赤芽球性貧血の患者に葉酸のみを補充するとビタミンB12 の欠乏が看過されて同欠乏に特徴的な神経症状を引き起こすおそれがあることなどによるものであり(前記イ(イ)),葉酸代謝拮抗薬の毒性の低下ないし抗腫瘍活性の維持を目的とするものではない。なお,本件優先日後の平成14年に刊行された甲第77号証には,平成11年11月以降,MTA試験の全ての患者は,経口葉酸とビタミンB12の筋注補充を継続的に受けているとの記載があるが,@MTAと共に投与された葉酸は,抗腫瘍活性を維持し,毒性を減少させるとの記載及びAビ 49 タミンB 12は,ビタミンB 12 欠乏である15%の患者のために必要であるとの記載に鑑みれば,上記のビタミンB12の補充も,その欠乏自体に対処するためのものであり,抗腫瘍活性の維持ないしMTA毒性の低下のためのものではないと解される。
さらに,栄養障害を来すことが多いがん患者に対しては,通常,治療の一環として,葉酸,ビタミンB12等のビタミンやその他の栄養素を含む栄養補給が行われ,その効果の1つとして抗がん剤による副作用の軽減も挙げられているが(前記イ(ウ)),上記栄養補給の効果に関する本件優先日当時の公知文献(甲57,61,152,153,155,157,162,168等)の記載(前記イ(ウ))によれば,上記副作用の軽減は,葉酸,ビタミンB12のみならず,他の栄養素をも含む栄養補給によって患者の栄養状態を主とする全身状態が改善することによるものであると解され,葉酸とビタミンB12を組み合わせて投与したことによるものではない。よって,上記栄養補給は,葉酸,ビタミンB12に限らず必要な栄養素の補給により患者の栄養状態を主とする全身状態が改善することによる抗がん剤の副作用の軽減という効果を目的の1つとするものである。
したがって,上記のとおり葉酸補充の際にビタミンB12の併用が推奨されること及び上記栄養補給のいずれも,葉酸代謝拮抗薬の毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持のために葉酸とビタミンB12を併用投与するという本件発明1の構成とは用途を異にし,上記構成に係る動機付けないし示唆となるものということはできない。
? 原告らの主張について ア 甲事件原告は,相違点1に係る容易想到性を肯定する根拠として,引用発明に接した当業者は,MTA毒性のリスクを回避するために,MTA投与の前に患者のホモシステインレベルを低下させる手段を講じる必要がある旨を認識するものであり,同手段,すなわち,葉酸の機能的状態を改善する手段としては,葉酸及びビタミンB12の補充が有効であることは,本件優先日当時,当業者に周知されていた旨主張する。
50 (ア) しかし,MTA投与前(ベースライン)のホモシステインレベルは,MTA毒性のリスクを予測させるものにすぎず,証拠上,本件優先日当時において,ホモシステインレベルを低下させること自体によって直ちに葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性が低下する,又は,葉酸の機能的状態が良好となり,その結果として葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性ないしそのリスクが軽減するという事実が公知であったことは,認めるに足りない(前記?ウ(オ))。よって,引用発明に接した当業者が,MTA毒性のリスクを回避するために,ホモシステインレベルを低下させる手段を講じる必要がある旨を認識したものということはできない。
(イ) また,葉酸が不足した場合のみならず,ビタミンB 12が不足した場合もヌクレオチド生合成反応に必須のテトラヒドロ葉酸(THFA)が減少して葉酸の機能的状態は不良になり,MTA毒性のリスクは高いものになることは,本件優先日当時において技術常識であった(前記?エ(エ))。
しかし,引用発明に接した当業者は,引用例の記載によって,葉酸をMTA投与開始前に補充することにより,MTA毒性が低下し,それによってMTAの用量を漸増させることができることを認識したものということができる。引用例には,葉酸の単独投与に係る問題点を指摘する記載も示唆もなく,また,さらに別のものを組み合わせる動機付けとなる記載も示唆もない(前記?ウ(イ))。
そして,ビタミンB12不足によりテトラヒドロ葉酸(THFA)が減少して葉酸の機能的状態が不良となった場合においても,葉酸の補充によってビタミンB12が直接関与しない反応におけるテトラヒドロ葉酸(THFA)の生成を増加させ,葉酸の機能的状態を改善することができる。他方,葉酸の補充のみによっては葉酸の機能的状態を改善し得ず,同改善にはビタミンB12が不可欠とされる場合があることは,証拠上,認めるに足りない(前記?ウ(ウ))。また,証拠上,MTA毒性の低下ないし抗腫瘍活性の観点から葉酸の単独投与に係る問題点又はさらに別のものを組み合わせる動機付けについての記載ないし示唆がある本件優先日当時の公知文献は,見当たらない。
51 加えて,葉酸代謝拮抗薬の毒性は,ヌクレオチド生合成反応に必須のテトラヒドロ葉酸(THFA)への還元が阻害されてDNA合成が妨げられ,腫瘍細胞のみならず正常細胞の発育まで抑制されることによるものであるところ,本件優先日当時,ビタミンB12がヒトなどの高等動物におけるDNAの代謝に直接関与することを示す証拠は,発見されていなかった(前記?イ(ア))。
したがって,引用発明に接した当業者が,(ホモシステインレベルを離れて)葉酸の機能的状態を改善する手段として,引用発明における葉酸の投与に加えてさらにビタミンB12を併用する動機付けがあったということもできない。
イ 甲事件原告は,相違点1に係る容易想到性を肯定する根拠として,本件発明1における葉酸及びビタミンB12は,それぞれの欠乏を防いで高いホモシステインレベルを防止することを目的として投与されるものであり,本件発明1は,従来から広く行われていたがん患者に対する栄養補給のうち,葉酸及びビタミンB12の補充を特に取り出して構成要件としたものにすぎない旨主張する。
(ア) 本件特許請求の範囲請求項1の「葉酸とビタミンB 12との組み合わせを含有するペメトレキセート二ナトリウム塩の投与に関連する毒性を低下しおよび抗腫瘍活性を維持するための剤」との記載に加え,本件明細書の「我々は,メチルマロン酸低下薬及び葉酸の組合せが葉酸代謝拮抗薬の投与に関連した毒性事象を相乗的に低下させることを見いだした。( 」【0006】, )「本発明は,メチルマロン酸低下薬を葉酸代謝拮抗薬と組み合わせて投与することにより,該葉酸代謝拮抗薬の毒性を低下させるという発見に関する。( 」【0018】)等の記載によれば,本件発明1における葉酸及びビタミンB12の投与は,単なるそれらの栄養素の補充ではなく,MTA毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持を目的とするものであることが明らかである。
(イ) 他方,多くのがん患者にビタミンB12欠乏が見られることから,がん患者に対しては,通常,治療の一環として,葉酸,ビタミンB12等のビタミンやその他の栄養素を含む栄養補給が行われることは,本件優先日当時において技術常識であ 52 ったが(前記?イ(ウ)),上記栄養補給は,葉酸,ビタミンB12に限らず必要な栄養素の補給により患者の栄養状態を主とする全身状態が改善することによる抗がん剤の副作用の軽減という効果を目的の1つとするものである(前記?ウ(キ))。
また,葉酸補充の際にビタミンB12の併用が推奨されるのは,本件優先日当時における技術常識であったから(前記?イ(イ)),がん患者に対してMTA等の葉酸代謝拮抗薬を投与するに当たり,その抗腫瘍活性を維持しながら投与に関連する毒性を低下させるために葉酸を補充する際(前記?エ(ウ)),ビタミンB12を併用することが多かったものと推認することができる。しかし,上記併用が推奨されるのは,ビタミンB12の欠乏が看過されて同欠乏に特徴的な神経症状が引き起こされるおそれがあることによるものであり(前記?イ(イ)),葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性維持ないし毒性低下とは関係がない。
したがって,上記のがん患者に対する葉酸及びビタミンB12を含む栄養補給並びに葉酸補充の際におけるビタミンB12の併用は,いずれもMTA毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持のために葉酸とビタミンB12を併用投与するという本件発明1の構成とは目的を異にし,同構成に係る動機付けないし示唆となるものではない(前記?ウ(キ))。
ウ 乙事件原告は,相違点1に係る容易想到性を肯定する根拠として,引用発明は,MTA毒性のリスクの回避のみならず,それによる投与量の漸増を通じた抗腫瘍活性の維持も課題とするものであり,引用発明に接した当業者は,ビタミンB12欠乏又はそのおそれのある患者には,葉酸の機能的欠乏及びホモシステインレベルの上昇又はそのおそれがあり,ビタミンB12の併用が,ホモシステインレベルを低下させて,すなわち,葉酸の機能的状態を改善させて,上記課題を解決する手段となり得ることを認識し得た旨主張する。
確かに,引用例には,「葉酸補充がMTAの毒性作用を軽減してMTA単独の推奨第U相試験用量を超える有意な用量漸増を可能とするか否かを決定するため,最低限の及び多数の前治療歴を有する患者において,MTA投与の2日前から始めて 53 5日間,1日5mgの葉酸投与のフィージビリティが評価された。」との記載があること(前記?ア)から,引用発明は,MTA毒性のリスクを回避して投与量を漸増し,それによる抗腫瘍活性の維持を課題とするものということができる。
また,ビタミンB12が不足した場合,ホモシステインが増加し,ヌクレオチド生合成反応に必須のテトラヒドロ葉酸(THFA)が減少して葉酸の機能的状態は不良になること,ビタミンB12を投与するとホモシステインレベルが低下し,葉酸と併用投与すると葉酸の単独投与の場合に比してより一層ホモシステインレベルが低下することは,本件優先日当時の技術常識であった(前記?エ(エ),?イ(ア))。
しかし,前記ア(ア)のとおり,証拠上,本件優先日当時において,ホモシステインレベルを低下させること自体によって直ちに葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性が低下する,又は,葉酸の機能的状態が良好となり,その結果として葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性ないしそのリスクが軽減するという事実が公知であったことは,認めるに足りない。よって,引用発明に接した当業者において,ホモシステインレベルを低下させることがMTA毒性のリスクの回避及び抗腫瘍活性の維持という課題を解決する手段となり得る旨を認識し得たということはできない。
さらに,前記ア(イ)のとおり,引用例には,葉酸の単独投与に係る問題点を指摘する記載も示唆もなく,また,さらに別のものを組み合わせる動機付けとなる記載も示唆もないこと,葉酸の補充のみによっては葉酸の機能的状態を改善し得ず,同改善にはビタミンB12が不可欠とされる場合があることは,証拠上,認めるに足りないことなどから,引用発明に接した当業者において,ビタミンB12の併用が葉酸の機能的状態を改善させて上記課題を解決する手段となり得る旨を認識し得たということもできない。
エ 乙事件原告は,相違点1に係る容易想到性を肯定する根拠として,@抗がん剤による化学療法に先立ってビタミンB12を含む必要な栄養補給を行うことによって患者の栄養状態が改善されれば,抗がん剤の積極的使用が可能になるので,抗腫瘍活性の維持ないし増強及び副作用の軽減が期待されること及びA葉酸代謝拮抗薬 54 による化学療法において,毒性を考慮して適切な量のビタミンB12の投与を要する場合があることは,本件優先日当時の周知技術ないし技術常識であった旨主張する。
前記イ(イ)のとおり,がん患者に対しては,通常,治療の一環として,葉酸,ビタミンB12等のビタミンやその他の栄養素を含む栄養補給が行われることは,本件優先日当時において技術常識であり,また,がん患者に対してMTA等の葉酸代謝拮抗薬を投与するに当たり,その抗腫瘍活性を維持しながら投与に関連する毒性を低下させるために葉酸を補充する際,ビタミンB12を併用することが多かった。
しかし,上記栄養補給及びビタミンB12の併用のいずれも,MTA毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持のために葉酸とビタミンB12を併用投与するという本件発明1の構成とは目的を異にし,同構成に係る動機付けないし示唆となるものではない。
オ 丙事件原告は,相違点1に係る容易想到性を肯定する根拠として,ビタミンB12 の投与によって葉酸の機能的状態を改善でき,ビタミンB 12 が不足している場合には葉酸の投与による葉酸の機能的状態の改善効果が現れないので,ビタミンB12の併用によって同効果を保証すること(甲26,31)は,本件優先日当時,周知されていた旨主張する。
しかし,前記ア(イ)と同様の理由により,同主張は採用できない。
なお,甲第26号証には「高齢の被験者にはビタミンB12欠乏症の高い有病率が存在する。…葉酸補充がB12欠乏症の血液学的兆候を緩和し,あるいは神経症を促進しさえするという懸念が徹底的に議論されている。…200μg/日の毎日のビタミンB 12補充は,悪性貧血の臨床症状を防止できるだろう…。」と記載されており,甲第31号証には,「ビタミンB 12欠乏においては,葉酸による誤った処置は血液学的異常を治すが,ビタミンB 12の神経症を誘発し悪化させるであろう…。」と記載されている。これらは,ビタミンB12が欠乏している巨赤芽球性貧血の患者に葉酸のみを補充すると,それによって葉酸の機能的状態が改善するとともに貧血も快方に向かうので,ビタミンB12の欠乏が看過されて同欠乏に特徴的な神経症状を引き起こすおそれがあることから,葉酸補充の際には,ビタミンB12の併用が推 55 奨されるという本件優先日当時の技術常識(前記?イ(イ))を示すものと解され,ビタミンB12不足の場合には葉酸を投与しても葉酸の機能的状態が改善しないことを示すものではない。
カ 丙事件原告は,相違点1の容易想到性を肯定する根拠として,ビタミンB12を葉酸と併用投与すると,葉酸の単独投与の場合に比してより一層ホモシステインレベルが低下することは,本件優先日当時において周知されていた旨主張する。
しかし,証拠上,本件優先日当時において,ホモシステインレベルを低下させること自体によって直ちに葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性が低下する,又は,葉酸の機能的状態が良好となり,その結果として葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性ないしそのリスクが軽減するという事実が公知であったことは,認めるに足りない(前記?ウ(オ))。
? 小括 よって,取消事由1は,理由がない。
なお,本件審決の容易想到性に係る判断には,その過程において以下のとおりの誤りがあるものの,結論においては誤りがない。すなわち,@証拠上,ホモシステインレベルを低下させること自体によって葉酸の機能的状態が良好となるとは認めるに足りないにもかかわらず(前記?ウ(オ)),本件審決は,ホモシステインレベルの低下と葉酸の機能的状態の改善を等価と捉え,葉酸のみならずビタミンB12の投与によって,ホモシステインレベルが低下するとともに必然的に葉酸の機能的状態が改善することは,本件優先日当時の周知技術ないし技術常識であった旨を認定した。Aまた,本件審決は,MTA投与後の患者のホモシステインレベルがMTAの葉酸代謝酵素の阻害作用によって高くなる旨を認定した上,ホモシステインレベルを低下させればそれと共に必然的に葉酸の機能的状態が改善することを前提として,MTA投与後のホモシステインレベルの上昇を抑える手段を検討し,相違点1に係る容易想到性を判断した。しかし,前記@のとおり上記前提自体が誤りである上,証拠上,MTA投与によってホモシステインレベルが上昇すると認めるに足り 56 ない。加えて,本件発明1及び引用発明のいずれも,MTA投与に当たり,主にMTA毒性の低下のために一定量の葉酸ないし葉酸及びビタミンB12と組み合わせて投与するというものであり,MTA投与によってMTA毒性が生じた場合に,事後的な対症療法として葉酸ないし葉酸及びビタミンB12を投与するというものではない。
3 取消事由2(サポート要件に係る判断の誤り)について ? サポート要件について ア 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識し得る範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
そこで,本件特許請求の範囲の記載と本件明細書の発明の詳細な説明の記載とを対比する。
本件特許請求の範囲の記載は,前記第2の2のとおりである。
イ 本件明細書の発明の詳細な説明の記載について (ア) 本件発明の背景技術,課題及び課題解決手段について a 本件明細書の発明の詳細な説明には,前記1のとおり,葉酸は,当初,葉酸代謝拮抗薬の一種であるGARFTインヒビター(GARFTI)に関連した毒性を処置するものとして使用されていたが,上記処置をした場合においても,GARFTインヒビター(GARFTI)等の葉酸代謝拮抗薬の細胞毒性活性は,葉酸代謝拮抗薬の開発において重要な関心事であり,細胞毒性活性をより低下させる能力は,これらの薬物の使用において重要な利点とされていたこと(【0004】)が記載されている。
これは,葉酸の補充によってMTA等の葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性を維持しな 57 がら投与に関連する毒性を低下させることができるという出願時の技術常識(前記2?エ(ウ)は,出願時においても技術常識であったものと考えられる。以下同様。)を前提とした記載と解される。そして,当業者は,上記技術常識の下,MTA等の葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持のために,患者の年齢,体重等の属性や身体状態等に応じて適宜の用量・時期・方法により葉酸を投与していたものと推認することができる。
b そして,本件明細書の発明の詳細な説明には,@本件発明の発明者らは,コバラミンを含むビタミンB12を用いた処置などメチルマロン酸を低下させる処置が,従来の葉酸代謝拮抗薬に関連した死亡率や皮膚発疹等の非血液学的な事象を低下させ,他方,治療学的な効力に有害な影響を及ぼさないこと並びにメチルマロン酸低下薬及び葉酸の組合せが,葉酸代謝拮抗薬の投与に関連した毒性事象を相乗的に低下させることを見いだしたこと(【0005】【0006】 ,A本件発明は,メチル )マロン酸低下薬を葉酸代謝拮抗薬と組み合わせて投与することにより,葉酸代謝拮抗薬の毒性を低下させるという発見に関するものであること(【0018】 ,B本 )件発明は,哺乳動物に葉酸代謝拮抗薬を投与することに関連した毒性を低下させる方法,哺乳動物における腫瘍の増殖を抑制する方法に関するものであり,当該方法は,哺乳動物に有効な量の葉酸代謝拮抗薬をメチルマロン酸低下薬及び葉酸等のFBP結合薬と組み合わせて投与することを含むこと(【0011】【0012】)が記載されている。他方,葉酸に関し,従来技術とは異なる新たな知見が得られた旨の記載はない。
c 当業者は,このような本件明細書の発明の詳細な説明の内容から,本件発明は,@MTA毒性の低下を課題とすること,AビタミンB12等のメチルマロン酸低下薬の投与が,MTA等の葉酸代謝拮抗薬の投与に関連した毒性を低下させ,他方,治療学的な効力に有害な影響を及ぼさないという新たな知見に基づき,上記課題の解決手段として,MTA投与に当たり,MTA毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持のために,ビタミンB12及びこれと同様の効果を奏することが出願時の技術常識とし 58 て確立されていた葉酸を組み合わせて投与する剤であることを認識し得るものと考えられる。
(イ) 本件発明の課題の解決について 本件明細書の発明の詳細な説明には,葉酸及びビタミンB12の投与の具体的内容につき,概要,「葉酸をメチルマロン酸低下薬に加えて投与する場合には,メチルマロン酸低下薬又は葉酸代謝拮抗薬のいずれかの投与前,投与後又は同時に投与することができる。哺乳動物は,メチルマロン酸低下薬を用いてあらかじめ処理し,次いで葉酸を用いて処理し,続いて葉酸代謝拮抗性化合物を用いて処理することが好ましい。( 」【0023】, )「コバラミンは,約24時間ごとから約1680時間ごとに投与される約500μgから約1500μgの筋肉内注射として服用されることが好ましい。葉酸代謝拮抗薬を用いた処置を開始し,葉酸代謝拮抗薬の投与を止めるまで続けることに関係なく,葉酸代謝拮抗薬の投与の約1週間前から約3週間前に最初に約1000μgを筋肉内注射で投与し,約24時間ごとから約1680時間ごとに繰り返すことが好ましい。葉酸代謝拮抗薬の第1投与の約1週間前から約3週間前に約1000μgを筋肉内注射で投与し,葉酸代謝拮抗薬の投与を止めるまで,6週間ごとから12週間ごと(約9週間ごとが好ましい)に繰り返すことが最も好ましい。しかしながら,メチルマロン酸低下薬の量は,実際には,関連する状況(処置する病気,投与の選択経路,投与する実際の薬物,個々の患者の年齢,体重及び応答,患者の症状の激しさを含む)に照らして医師によって決定されることを理解されるであろう。したがって,該上記の用量範囲は,本件発明の範囲を限定することを意図するものではない」 【0029】 , ( ) 「本件発明の特に好ましい態様において,葉酸の約0.1mgから約30mg(約0.3mgから約5mgが最も好ましい)を,メチルマロン酸低下薬の投与の約1週間後から約3週間後であり,かつ,ある量の葉酸代謝拮抗薬の非経口投与の約1時間前から約24時間前に,哺乳動物に経口投与する。( 」【0034】)との記載がある。また,乳腺がん腫のC3H菌株に感染させたマウスにつき,ビタミンB12を用いて前処置し,次いで葉酸代 59 謝拮抗薬を投与する前に葉酸を投与することにより,毒性の著しい低下が見られ,葉酸代謝拮抗薬の毒性をほとんど完全に除く(【0044】【0047】)との記載があり,ヒトにおける臨床トライアルに関しては,ALIMTA(MTA)ないしシスプラチンと併用する葉酸及びビタミンB12の投与の用量・時期・方法並びに葉酸とビタミンB12の組合せが薬物関連毒性を低下させたことが具体的に記載されている(【0050】〜【0055】【0059】【0060】【表1】。
) (ウ) 小括 上記(ア)及び(イ)によれば,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の内容から,本件発明において,葉酸については,技術常識に基づいて従前同様に,患者の年齢,体重等の属性や身体状態に応じ,本件特許請求の範囲に記載された約0.1mgから約30mgの範囲内の適宜の用量を選択して適宜の時期・方法で投与し,ビタミンB12については,本件特許請求の範囲に記載された範囲内において,処置する病気や投与の選択経路等の関連する状況に照らして適宜の用量・方法・時期に投与することによって,MTA抗腫瘍活性を維持しながら,MTA毒性の低下という本件発明の課題を解決できる旨を認識し得るものと考えられる。
? 甲事件原告及び丙事件原告の主張について ア 甲事件原告は,@ロメトレキソール投与の1時間前に5mgの葉酸を,あるいは,ロメトレキソール投与の3時間前に25mg/uの葉酸を静脈内注射するという前処置によってはロメトレキソールの毒性を軽減できないことが,技術常識として知られていた(甲39,40),AMTA投与の約1時間前から約24時間前という時期における経口の葉酸補充によってMTA投与前にホモシステインレベルが低下するという知見は,存在しておらず,さらに,一般に,ホモシステインレベルの低減には少なくとも0.4mg/日程度の葉酸補充が必要とされていることから,本件特許請求の範囲において葉酸の投与量の下限とされる約0.1mgという低用量の葉酸をどのように投与すればMTA毒性の低下という本件発明の課題を解決できるのかを当業者において理解することは,困難であるとして,当業者は,技 60 術常識を考慮しても,具体的な薬理データもなしに,MTA投与の約1時間前から約24時間前に約0.1mgから約30mgの葉酸を経口投与するという方法によって本件発明の課題が解決可能であると理解することはできない旨主張する。
(ア) 葉酸の投与量に関し,出願時の公知文献において,葉酸の併用によりMTA等の葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性を維持しながら投与に関連する毒性を低下させた例として,@マウスに対し,10mg/kgから1000mg/kgのMTA投与と併せて,毎日15mgの葉酸を経口投与したもの(甲3),Aヒトに対し,ロメトレキソールの投与と併せて,上記投与前の7日間及び同投与後の7日間の合計14日間にわたり,毎日5mgの葉酸を投与したもの(甲3),Bヒトに対し,低用量メトトレキサート療法中,毎日1mgの葉酸を投与したもの(甲9,14),Cヒトに対し,メトトレキサートの投与と併せて,週当たり5mg又は27.5mgの葉酸を投与したもの(甲10),Dマウスに対し,アミノプテリンの投与と併せて,食餌1kg当たり500mgレベルの葉酸を投与したもの(甲45),Eヒトに対し,LY309887の投与と併せて,同投与の7日前から開始して14日間にわたり1日当たり5mgの葉酸を経口投与したもの(甲93)が,記載されている。また,特開平5-97705号公報(甲48)には,「本発明は,抗腫瘍アンチ葉酸剤の治療効果を維持したままその毒性を減少させるための,葉酸およびその関連化合物の新規用途に関する。( 」【0001】, )「本発明では,GAR-トランスホルミラーゼ阻害剤または他のアンチ葉酸を投与されているヒトに対するその薬剤の毒性効果を減ずるために,葉酸もしくは生理学的に利用可能なその塩またはエステルを該患者に約0.5mg/日〜約30mg/日の投与量で投与する。好ましい態様として,ロメトレキソールなどのGAR-トランスホルミラーゼ阻害剤の通常投与量と共に,葉酸を約1〜約5mg/日の量で投与する。( 」【0012】)との記載が,AnnL.Jackman“Antifolate Drugs inCancer Therapy”,1999,p.277(甲51)には,LY309887につき,「14日間の葉酸と併用する3週毎のスケジュールでの最大耐 61 量が決定されれば,その後の患者のコホートでは,LY309887をさらに漸増して新しい最大耐量を定義するための試みとして,葉酸用量を1日25mgに増量するであろう。」との記載がある。
これらの公知文献の記載によれば,当業者は,葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性を維持しながら投与に関連する毒性を低下させるために必要な葉酸の用量は広範囲にわたることを,技術常識として認識していたものということができる。
(イ) 葉酸と葉酸代謝拮抗薬の各投与時期に関しては,出願時の公知文献において,葉酸代謝拮抗薬の投与の7日前から7日後にかけて(甲3のヒトに対するロメトレキソール投与),葉酸代謝拮抗薬による治療の最初の6か月間にわたり毎日(甲9),葉酸代謝拮抗薬による治療中毎日(甲14),葉酸代謝拮抗薬の投与の1週間前から開始し,1週間後まで毎日(甲40),葉酸代謝拮抗薬の投与の約1時間前から約24時間前(甲48) 「14日間の葉酸と併用する3週毎の(葉酸代謝 ,拮抗薬の投与の)スケジュール」(甲51),葉酸代謝拮抗薬の投与の7日前から開始して14日間(甲93)などと記載されているほか,投与時期について明確に触れていないもの(甲3のマウスに対するMTA投与,10〜12,13,19,20,23,37,41,45,甲A2の2)も相当数ある。
これらの公知文献の記載によれば,当業者は,葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性を維持しながら投与に関連する毒性を低下させるためには,葉酸を葉酸代謝拮抗薬と並行して投与すればよく,葉酸代謝拮抗薬よりも先に投与することは必須ではない旨を,技術常識として理解するものということができる。
(ウ) 本件発明は,MTA投与に当たり,葉酸のみならずビタミンB12を組み合わせて投与するものである。そして,前記?イ(ア)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,@本件発明の発明者らは,ビタミンB12を用いた処置などメチルマロン酸を低下させる処置が,従来の葉酸代謝拮抗薬に関連した死亡率や皮膚発疹等の非血液学的な事象を低下させ,他方,治療学的な効力に有害な影響を及ぼさないこと,メチルマロン酸低下薬及び葉酸の組合せが葉酸代謝拮抗薬の投与に関連し 62 た毒性事象を相乗的に低下させることを見いだしたこと(【0005】【0006】)が記載されており,さらに,AヒトMX-1乳がん腫を有する雌性ヌードマウスに対し,ALIMTA(MTA)投与と併せてビタミンB12を単独で投与したところ,ALIMTA単独投与に比して,腫瘍増殖がより遅延し,毒性を示す体重の減少も起きなかったこと(【0036】【0037】【0039】【0040】【0042】【0043】,Bヒトにおけるパイロット研究において,ALIMTA投与を受け )ている患者に対して投与したビタミンB12がALIMTAが原因の副作用を有効に低下させることを確認したこと(【0049】)が記載されている。これらの記載によれば,当業者は,MTA等の葉酸代謝拮抗薬の投与に当たり,葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性を維持しながら投与に関連する毒性を低下させることが技術常識として確立していた葉酸と,同様の効果を奏することが新たに発見されたビタミンB12とを組み合わせて投与すれば,相乗的に毒性を低下させることを認識するものと考えられる。
(エ) 上記(ア)から(ウ)によれば,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の内容及び出願時の技術常識により,葉酸の投与に関し,MTA投与の約1時間前から約24時間前に約0.1mgから約30mgの葉酸を経口投与することも含め,本件特許請求の範囲に記載された剤によって,MTA抗腫瘍活性を維持しながら,MTA毒性の低下という本件発明の課題を解決できる旨を認識し得るものと考えられる。
甲第39号証及び40号証には,ロメトレキソール投与の1時間前に5mgの葉酸を1回投与した場合及び3時間前に25mg/uの葉酸を1回投与した場合には,ロメトレキソールの累積毒性効果の実質的な変更は見られなかった旨が記載されているものの,これらは葉酸のみの投与についての記載であり,当業者は,前記(ウ)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明の内容によって,葉酸とビタミンB12を組み合わせて投与すれば,相乗的に葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性を低下させることを理解したのであるから,上記記載は,上記認識を妨げるものではない。
63 (オ) また,証拠上,出願時において,ホモシステインレベルを低下させること自体によって葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性ないしそのリスクが軽減するという技術常識が存在したことは認めるに足りない(前記2?ウ(オ)参照)。したがって,MTA投与の約1時間前から約24時間前という時期における経口の葉酸補充によってMTA投与前にホモシステインレベルが低下するという知見が存在しておらず,また,一般に,ホモシステインレベルの低減には少なくとも0.4mg/日程度の葉酸補充が必要とされているとしても,これらの点は,上記認識を妨げるものではない。
イ 甲事件原告は,本件特許請求の範囲には,MTA投与後に葉酸を投与することも含まれることになるが,同投与によってMTA投与前のホモシステインレベルに影響を与えることは不可能であるから,当業者において,上記の葉酸の投与により本件発明の課題が解決可能であると理解することはあり得ない旨主張する。
しかし,前記ア(オ)と同様の理由により,MTA投与後の葉酸補充がMTA投与前のホモシステインレベルに影響を与え得ないことは,当業者が,本件特許請求の範囲に記載された剤によってMTA抗腫瘍活性を維持しながら,MTA毒性の低下という本件発明の課題を解決できる旨を認識することを妨げるものではない。
ウ 丙事件原告は,本件特許請求の範囲には,葉酸を,10mgから30mgなど大量に投与する場合やMTA投与の1時間前から24時間前など直前に投与する場合も含まれるが,本件明細書の記載によっては,これらの場合においてもMTA毒性の低下という本件発明の課題を解決し得ることを認識することはできない旨主張する。
しかし,当業者は,本件明細書の内容及び出願時の技術常識から,葉酸につき,葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性を維持しながら投与に関連する毒性を低下させるために必要な用量は広範囲にわたること(前記ア(ア)),葉酸代謝拮抗薬と並行して投与すればよく,葉酸代謝拮抗薬よりも先に投与することは必須ではないこと(前記ア(イ))を技術常識として理解しており,さらに,MTA等の葉酸代謝拮抗薬の投 64 与に当たり,葉酸とビタミンB12とを組み合わせて投与すれば相乗的に毒性を低下させること(前記ア(ウ))を認識していた。
したがって,当業者は,丙事件原告が主張する場合においても,MTA抗腫瘍活性を維持しながら,MTA毒性の低下という本件発明の課題を解決し得ることを認識していたものというべきである。
? 小括 よって,本件特許請求の記載は,サポート要件に反するものではなく,取消事由2は,理由がない。
4 取消事由3(実施可能要件に係る判断の誤り)について ? 実施可能要件について ア 特許法36条4項1号実施可能要件を定めた趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,実質において発明が公開されていないことになり,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。
本件発明は,物の発明であるところ,物の発明実施とは,その物の生産,使用等をする行為であるから(特許法2条3項1号),物の発明について上記実施可能要件を充足するためには,明細書の発明の詳細な説明において,当業者が,明細書の発明の詳細な記載及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ,使用することができる程度の記載があることを要する。
イ 本件特許請求の範囲は,前記第2の2のとおりであるところ,前記3?イ(ア)のとおり,当業者は,葉酸の補充によってMTA等の葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性を維持しながら投与に関連する毒性を低下させることができるという技術常識の下,MTA等の葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性の低下及び抗腫瘍活性の維持のために,患者の年齢,体重等の属性や身体状態等に応じて適宜の用量・時期・ 65 方法により葉酸を投与していた。また,ビタミンB12自体は,出願時において既知の物質であり,筋肉内注射等の投与の方法も,技術常識として確立していた(甲7,33等)。これらの技術常識に加え,前記3?イ(イ)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,葉酸及びビタミンB12の投与の具体的内容についての記載があることから(【0023】【0029】【0034】 ,当業者は,上記記載及び出願 )時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,本件特許請求の範囲に記載された投与の量・時期・方法に係る葉酸とビタミンB12をMTAと組み合わせて投与することを特徴とする剤を生産することができるものというべきである。
そして,@葉酸代謝拮抗薬の抗腫瘍活性を維持しながら投与に関連する毒性を低下させるために必要な葉酸の用量は広範囲にわたること及びA葉酸は,葉酸代謝拮抗薬と並行して投与すればよく,葉酸代謝拮抗薬よりも先に投与することは必須ではないことは,出願時における技術常識であったことに加え(前記3?ア(ア)(イ)),本件明細書の発明の詳細な説明に,乳腺がん腫のC3H菌株に感染させたマウスに対し,ビタミンB12を用いて前処置し,次いで葉酸代謝拮抗薬を投与する前に葉酸を投与することにより,毒性の著しい低下が見られ,葉酸代謝拮抗薬の毒性をほとんど完全に除くとの記載があり(【0044】【0047】,ヒトにお )ける臨床トライアルに関し,ALIMTA(MTA)ないしシスプラチンと併用する葉酸及びビタミンB 12 の投与の用量・時期・方法並びに葉酸とビタミンB 12の組合せが薬物関連毒性を低下させたことが具体的に記載されていること(【0050】〜【0055】【0059】【0060】【表1】)に鑑みれば,本件特許請求の範囲に記載された投与の量・時期・方法に係る葉酸とビタミンB12をMTAと組み合わせて投与することを特徴とする上記剤は,MTA毒性の低下及び抗腫瘍活性維持のためのものということができる。
以上によれば,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明及び出願時の技術常識に基づいて,本件発明に係る剤を生産し,使用することができる。
? 甲事件原告及び丙事件原告の主張について 66 ア 甲事件原告は,本件発明のように約30mgという高用量を投与しながら抗腫瘍活性を維持する方法,あるいは,約0.1mgという低用量を投与しながら葉酸代謝拮抗薬の毒性を低下させる方法は,従前,知られておらず,また,本件明細書の【0034】記載の葉酸の投与によってMTA毒性及び抗腫瘍活性がどのようなものになるかについては言及されていない,実施例においても,MTA毒性の低下と抗腫瘍活性の維持を両立し得るような葉酸の投与の時期及び方法は示されていない旨主張する。
しかし,前記?のとおり,当業者は,出願時の技術常識及び本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,過度の試行錯誤を要することなく,本件特許請求の範囲に記載された投与の量・時期・方法に係る葉酸とビタミンB12をMTAと組み合わせて投与することを特徴とする剤を生産することができ,その剤は,葉酸の投与量が約30mgのもの,約0.1mgのもの,葉酸を本件明細書の【0034】記載の方法で投与するものも含め,MTA毒性の低下及び抗腫瘍活性維持のためのものということができる。
イ 甲事件原告は,本件明細書の【0034】において葉酸の投与時期とされるMTA投与の約1時間前から約24時間前という短時間のうちにベースラインのホモシステインレベルが低下することは,当業者一般に知られていなかった旨主張する。
しかし,証拠上,出願時において,ホモシステインレベルを低下させること自体によって葉酸代謝拮抗薬の投与に関連する毒性ないしそのリスクが軽減するという技術常識が存在したことは認めるに足りないこと(前記2?ウ(オ)参照)から,短時間のうちにベースラインのホモシステインレベルが低下することが当業者一般に知られていなかったとしても,それは,実施可能要件違反の有無を左右するものではない。
ウ 丙事件原告は,サポート要件違反と同じ理由により,本件明細書の記載は実施可能要件に反する旨主張するが,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可 67 能要件を充足するか否かは,当業者が,同記載及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ,使用することができる程度の記載があるか否かの問題である。他方,サポート要件は,特許請求の範囲の記載要件であり,本件特許請求の範囲の記載がサポート要件を充足するか否かは,本件特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された説明であり,同記載及び出願時の技術常識により当業者が本件発明の課題を解決できると認識し得るか否かの問題であり,実施可能要件とは異なる。よって,丙事件原告の上記主張は,それ自体失当である。
? 小括 よって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,実施可能要件に反するものではなく,取消事由3は,理由がない。
5 結論 以上のとおり,原告ら主張の取消事由にはいずれも理由がなく,よって,原告らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 部眞規子
裁判官 古河謙一
裁判官 鈴木わかな