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関連審決 無効2015-800092
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事件 平成 28年 (行ケ) 10087号 審決取消請求事件

原告X
同訴訟代理人弁理士 山内康伸 山内伸
被告株式会社浜野メッキ
被告Y
上記両名訴訟代理人弁理士 鈴江正二 木村俊之
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2017/01/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2015-800092号事件について平成28年3月7日にした審決を取り消す。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等(1) 被告らは,平成21年7月28日,発明の名称を「物品の表面装飾構造及びその加工方法」とする発明について特許出願(特願2009-174851号。基 礎とした実用新案の原出願日平成20年5月1日)をし,平成22年2月26日,特許権の設定登録(特許第4465408号。以下「本件特許」という。)がされた。
(2) 原告は,平成27年3月30日,本件特許の特許請求の範囲請求項1ないし8に係る特許について無効審判を請求し,特許庁はこれを無効2015-800092号事件として審理した。
(3) 特許庁は,平成28年3月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月16日,原告に送達された。
(4) 原告は,平成28年4月8日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載特許請求の範囲請求項1ないし8の記載は,次のとおりである(甲51)。以下,本件特許に係る発明を請求項の番号に従って「本件特許発明1」などといい,これらを併せて「本件特許発明」という。また,明細書及び図面(甲51)を併せて「本件明細書」という。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所を示す(以下同じ。)。
【請求項1】透光性を有する透明または半透明のプラスチック材料で構成した基材(1)の表裏に位置する表面において,少なくとも金属光沢を有する金属材料が層着した金属被膜層(2)が形成されている一方,/この金属被膜層(2)の少なくとも一部にはレーザー光が照射されることにより設けられた剥離部(21)が表裏面で対称形状に設けられており,この剥離部(21)において前記基材(1)の表面が露出して,当該基材(1)の外観と残存した金属被膜層(2)の金属光沢との相異により装飾模様(P)が形成されており,/基材(1)および金属被膜層(2)がそれぞれ表出した状態で,これらの表面が透光性を有する合成樹脂材料からなるクリアコーティング層(3)によって被覆されて,前記金属光沢による装飾 模様(P)の表面が保護されていることを特徴とする物品の表面装飾構造。
【請求項2】金属被膜層(2)が,電気メッキ,または,化学メッキ,置換メッキなどの無電解メッキ,または,真空蒸着,スパッタリング,イオンプレーティング,イオンビーム蒸着,物理蒸着(PVD),化学蒸着(CVD)などの真空メッキ,または,溶融メッキの何れかによって形成されていることを特徴とする請求項1に記載した物品の表面装飾構造。
【請求項3】金属被膜層(2)の金属材料が,アルミニウム,チタン,モリブデン,亜鉛,コバルト,ニッケル,クロム,金,銀,銅,鉄などの金属,黄銅(Cu-Fe),ステンレス鋼(Fe-Ni-Cr),青銅(Cu-Sn)などの合金,酸化珪素,酸化チタン,ITO(酸化インジウムスズ),DLC(ダイヤモンドライクカーボン),窒化チタン,炭化チタンのうちの何れかであることを特徴とする請求項1または2に記載した物品の表面装飾構造。
【請求項4】クリアコーティング層(3)の合成樹脂材料が,アクリル系,ポリエステル系,ウレタン系,ポリオレフィン系,フッ素系,エポキシ系,酢酸ビニル系,クロロプレン系などの有機樹脂,無機系ポリマーを配合した有機樹脂,紫外線硬化型樹脂,電子線硬化型樹脂などの無色透明樹脂であることを特徴とする請求項1〜3の何れか1項に記載した物品の表面装飾構造。
【請求項5】少なくとも金属光沢を有する金属材料からなる金属被膜層(2)を透光性を有する透明または半透明のプラスチック材料で構成した基材(1)の表裏に位置する表面に層着し,/この金属被膜層(2)の少なくとも一部に設けた剥離部(21)をレーザー光照射により剥離して前記基材(1)の表面を表裏面で対称形状に露出させることにより,当該基材(1)の外観と残存した金属被膜層(2)の金属光沢との相異により装飾模様(P)を表出させ,/基材(1)および金属被膜層(2)をそれぞれ表出させた状態で,これらの表面に透光性を有する合成樹脂材料を被覆してクリアコーティング層(3)を形成し,このクリアコーティング層(3)で前記金属光沢による装飾模様(P)の表面を保護するようにしたことを特 徴とする物品の表面装飾加工方法
【請求項6】電気メッキ,または,化学メッキ,置換メッキなどの無電解メッキ,または,真空蒸着,スパッタリング,イオンプレーティング,イオンビーム蒸着,物理蒸着(PVD),化学蒸着(CVD)などの真空メッキ,または,溶融メッキの何れかによって金属被膜層(2)を形成する請求項5に記載した物品の表面装飾加工方法
【請求項7】金属被膜層(2)を構成する金属材料が,アルミニウム,チタン,モリブデン,亜鉛,コバルト,ニッケル,クロム,金,銀,銅,鉄などの金属,黄銅(Cu-Fe),ステンレス鋼(Fe-Ni-Cr),青銅(Cu-Sn)などの合金,酸化珪素,酸化チタン,ITO(酸化インジウムスズ),DLC(ダイヤモンドライクカーボン),窒化チタン,炭化チタンのうちの何れかであることを特徴とする請求項5または6に記載した物品の表面装飾加工方法
【請求項8】クリアコーティング層(3)を構成する合成樹脂材料が,アクリル系,ポリエステル系,ウレタン系,ポリオレフィン系,フッ素系,エポキシ系,酢酸ビニル系,クロロプレン系などの有機樹脂,無機系ポリマーを配合した有機樹脂,紫外線硬化型樹脂,電子線硬化型樹脂などの無色透明樹脂であることを特徴とする請求項5〜7の何れか1項に記載の物品の表面装飾加工方法
3 本件審決の理由の要旨(1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,本件特許発明は,@明確性要件,Aサポート要件及びB実施可能要件に違反するものでなく,C当業者が,@)下記の引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び下記の引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて,A)下記の引用例3に記載された発明(以下「引用発明3」という。),引用発明1及び引用発明2に基づいて,容易に発明をすることができたものではない,というものである。
ア 引用例1:特開2008-73736号公報(甲3) イ 引用例2:特開2002-362099号公報(甲4)ウ 引用例3:特開平1-251689号公報(甲5)(2) 本件特許発明と引用発明との対比等 本件審決が認定した引用発明1,本件特許発明1及び同5と引用発明1との一致点及び相違点,引用発明3,本件特許発明1及び同5と引用発明3との一致点及び相違点並びに引用発明2は,次のとおりである。
ア 引用発明1 〔物発明〕全光線透過率が80%以上である高分子フィルム基材の表裏に位置する表面において,貴金属等の金属素材をスパッタリング法,真空蒸着法,電子ビーム蒸着法,イオンプレーティング法等により積層した金属層が形成されている一方,/この金属層の少なくとも一部にはQスイッチパルスレーザーを用いて,両面の金属層を同時に除去したレーザー加工部が表裏面で対称形状に設けられており,このレーザー加工部において前記高分子フィルム基材の表面が露出して,レーザー加工部が形成されているバイオセンサ用電極。
〔方法発明〕貴金属等の金属素材をスパッタリング法,真空蒸着法,電子ビーム蒸着法,イオンプレーティング法等により積層した金属層を全光線透過率が80%以上である高分子フィルム基材の表裏に位置する表面に層着し,/この両面の金属層をQスイッチパルスレーザーを用いて同時に除去して,前記基材の表面を表裏面で対称形状に露出させたレーザー加工部を形成するバイオセンサ用電極の加工方法
イ 本件特許発明1と引用発明1との一致点 透光性を有する透明又は半透明のプラスチック材料で構成した基材の表裏に位置する表面において,少なくとも金属光沢を有する金属材料が層着した金属被膜層が形成されている一方,/この金属被膜層の少なくとも一部にはレーザー光が照射されることにより設けられた剥離部が表裏面で対称形状に設けられており,この剥離部において前記基材の表面が露出している物品の構造。
ウ 本件特許発明1と引用発明1との相違点 (ア) 相違点1 本件特許発明1では,「基材の外観と残存した金属被膜層の金属光沢との相異により装飾模様が形成されて」いる「物品の表面装飾構造」であるのに対し,引用発明1では,表裏面に「レーザー加工部が形成されている」「バイオセンサ用電極」である点。
(イ) 相違点2 本件特許発明1では,「基材および金属被膜層がそれぞれ表出した状態で,これらの表面が透光性を有する合成樹脂材料からなるクリアコーティング層によって被覆されて,前記金属光沢による装飾模様の表面が保護されている」のに対し,引用発明1では,そのようなものではない点。
エ 本件特許発明5と引用発明1との一致点少なくとも金属光沢を有する金属材料からなる金属被膜層を透光性を有する透明又は半透明のプラスチック材料で構成した基材の表裏に位置する表面に層着し,/この金属被膜層の少なくとも一部に設けた剥離部をレーザー光照射により剥離して前記基材の表面を表裏面で対称形状に露出させる物品の加工方法
オ 本件特許発明5と引用発明1との相違点(ア) 相違点1’ 本件特許発明5では,「基材の外観と残存した金属被膜層の金属光沢との相異により装飾模様を表出させ」る「表面装飾加工方法」であるのに対し,引用発明1では,「基材の表面を表裏面で対称形状に露出させたレーザー加工部を形成する」「バイオセンサ用電極の加工方法」である点。
(イ) 相違点2’ 本件特許発明5では,「基材および金属被膜層をそれぞれ表出させた状態で,これらの表面に透光性を有する合成樹脂材料を被覆してクリアコーティング層を形成し,このクリアコーティング層で前記金属光沢による装飾模様(P)の表面を保護するようにした」のに対し,引用発明1では,そのようなものではない点。
カ 引用発明3 〔物発明〕レーザ光を透過しうるような基板の表裏に位置する表面において,片面に透明導電膜又は金属薄膜を,もう一方の片面にCr等の金属薄膜が被覆されている一方,/この両膜の少なくとも一部には,レーザ光を照射することにより上記両膜の被照射部を同時に除去して形成された所定のパターンが上記基板の表裏面で対称形状に設けられており,/パターン形成後に,該導電膜上全面に透明な絶縁膜が形成され前記導電膜の表面が保護されている被覆基板。
〔方法発明〕片面に透明導電膜又は金属薄膜を,もう一方の片面にCr等の金属薄膜をレーザ光を透過しうるような基板の表裏に位置する表面に被覆し,/レーザ光を照射することにより上記両膜の被照射部を同時に除去して,前記上記基板の表裏面で対称形状に露出させた所定のパターンを形成し,/パターン形成後に該導電膜上全面に透明な絶縁膜を形成し,前記導電膜の表面が保護されている被覆基板の加工方法
キ 本件特許発明1と引用発明3との一致点 基材の表裏に位置する表面において,少なくとも金属光沢を有する金属材料が層着した金属被膜層が形成されている一方,/この金属被膜層の少なくとも一部にはレーザー光が照射されることにより設けられた剥離部が表裏面で対称形状に設けられており,この剥離部において前記基材の表面が露出している物品の構造。
ク 本件特許発明1と引用発明3との相違点(ア) 相違点X 本件特許発明1では,基材が,「透光性を有する透明又は半透明のプラスチック材料で構成した基材」であるのに対し,引用発明3では,「レーザ光を透過しうるような基板」である点。
(イ) 相違点Y 本件特許発明1では,「基材の外観と残存した金属被膜層の金属光沢との相異により装飾模様が形成されており,基材および金属被膜層がそれぞれ表出した状態で, これらの表面が透光性を有する合成樹脂材料からなるクリアコーティング層によって被覆されて,前記金属光沢による装飾模様の表面が保護されている」「物品の表面装飾構造」であるのに対し,引用発明3では,「パターン形成後に,該導電膜上全面に透明な絶縁膜が形成され前記導電膜の表面が保護されている被覆基板」である点。
ケ 本件特許発明5と引用発明3との一致点 少なくとも金属光沢を有する金属材料からなる金属被膜層を基材の表裏に位置する表面に装着し,/この金属被膜層の少なくとも一部に設けた剥離部をレーザー光照射により剥離して前記基材の表面を表裏面で対称形状に露出させる物品の加工方法
コ 本件特許発明5と引用発明3との相違点(ア) 相違点X’本件特許発明5では,基材が,「透光性を有する透明又は半透明のプラスチック材料で構成した基材」であるのに対し,引用発明3では,「レーザ光を透過しうるような基板」である点。
(イ) 相違点Y’ 本件特許発明5では,「基材の外観と残存した金属被膜層の金属光沢との相異により装飾模様を表出させ,/基材および金属被膜層をそれぞれ表出させた状態で,これらの表面に透光性を有する合成樹脂材料を被覆してクリアコーティング層を形成し,このクリアコーティング層で前記金属光沢による装飾模様の表面を保護するようにした」「表面装飾加工方法」であるのに対し,引用発明3では,「パターン形成後に該導電膜上全面に透明な絶縁膜を形成し,前記導電膜の表面が保護されている」「被覆基板の加工方法」である点。
サ 引用発明2 釣竿又はゴルフシャフトにおいて,有色塗装層を形成された基材上に,所定形状にパターニングされた薄膜金属層と,その外側にアクリル系,ウレタン系,エポキ シ系等の透明又は半透明の樹脂からなる有色保護層とを設けること。
4 取消事由(1) 明確性要件の判断の誤り(取消事由1)(2) サポート要件の判断の誤り(取消事由2)(3) 実施可能要件の判断の誤り(取消事由3)(4) 本件特許発明容易想到性の判断の誤り(取消事由4)ア 引用例1を主たる引用例とする容易想到性の判断の誤りイ 引用例3を主たる引用例とする容易想到性の判断の誤りウ 引用例2を主たる引用例とする容易想到性
当事者の主張
1 取消事由1(明確性要件の判断の誤り)について〔原告の主張〕本件特許は,特許請求の範囲の記載が,以下の点で,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。
(1) 請求項1及び同5に記載されている「少なくとも金属光沢を有する金属材料」に,請求項3及び同7に記載されている「酸化チタン」等のように金属光沢を有しないものが含まれている。また,酸化チタンは,導電性を有しておらず,金属に特有の延性を有しないから,「金属」には該当しない。したがって,本件特許は明確であるとはいえない。
(2) 請求項3及び同7に記載されている「DLC(ダイヤモンドライクカーボン)」は,学術用語であるとは認められないため(特許法施行規則24条 様式第29 備考7参照),本件特許は,明確であるとはいえない。なお,ダイヤモンドライクカーボンは,炭化水素化合物ではないかと思われるが,もしそうなら,金属材料に該当しない。
(3) 請求項1及び同5に記載されている「少なくとも金属光沢を有する金属材料」に,請求項3及び同7に記載されている「酸化珪素」等のように金属材料に該当し ないものが含まれているため,本件特許は,明確であるとはいえない。
(4) 請求項2ないし同4,同6ないし同8に,「などの」と記載されているが,当該「などの」という表現に,どのような成分が含まれるのかが不明であるから,請求項2ないし同4,同6ないし同8に係る発明並びにこれらの請求項に係る発明を包含する請求項1及び同8に係る発明は,明確であるとはいえない。
〔被告らの主張〕 (1) 「金属」と「非金属」とを截然と区別することは必ずしも容易でなく,その通常の意味が一義的には明確でないから,どのような材料が本件特許発明の「金属材料」に含まれるかは,発明の属する技術分野や発明の用途に応じて合理的に解釈するのが相当である。そして,本件明細書には,「純金属」以外のものが含まれるように記載されている(【0011】,【0024】,【0025】)。
(2) 原告の主張に対する反論 ア 本件特許発明の「金属材料」には「金属酸化物」も含まれる。そして,甲第22号証には,「酸化チタン膜…が美しいシルバー調であること」が記載されており(【0002】),また,甲第41号証にも,「金属光沢を有する金属材料」として「酸化チタン」が挙げられている(【請求項1】,【請求項4】,【0006】〜【0009】,【0025】)。
イ 「ダイヤモンドライクカーボン(DLC)」とはダイヤモンドとグラファイト(黒鉛)との中間的な性質を有する炭素材料である。そして,「グラファイト(黒鉛)」が金属光沢を有すること(乙20),「炭素(C)」が「半金属」とされていること(乙21),及び,「ダイヤモンドライクカーボン(DLC)」自体金属光沢を有すること(甲42)は,いずれも周知である。さらに「ダイヤモンドライクカーボン(DLC)」について,「金属光沢を有する金属材料」に包含して記載している甲第41号証があり,また,乙第31号証にも「金属皮膜」(第3の金属皮膜)の名の下に「DLC」の皮膜が包含されて記載されている。
ウ 乙第19号証には,「ケイ素(珪素)」について,「強い金属光沢のある半 金属」であると記載されており,乙第21号証にも,「半金属」に当たる元素として「Si」が挙げられている。また,純度の高い「ケイ素(珪素)」のことを「金属ケイ素」(金属珪素,金属シリコン)と呼ぶ実情もある。
エ 「などの」として例示されているものを全て削除した場合と現在の記載とを比較して,前者の方が発明の範囲が明確であるとはいえない。原告の主張は,単に形式的に「などの」という言葉が含まれているというだけで明確性要件に違反するというものであり,失当である。
2 取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について〔原告の主張〕本件特許は,特許請求の範囲の記載が,下記(1)及び(2)の点で不備であり,本件特許発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決することが認識し得るものであるとも,その記載や示唆がなくても当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも認められないから,特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない。
(1) 請求項3及び同7に記載されている「酸化珪素」などは,フッ化水素以外の酸に溶解しないものであるにもかかわらず,どのようにして当該酸化珪素を金属材料として用い,電気メッキ等の手法によって金属被膜層(2)を形成させるか,発明の詳細な説明には記載されていない。また,請求項3及び同7に記載されている「アルミニウム」,「鉄」,「ニッケル」などの電気メッキによって析出させることができない金属について,電気メッキさせることができるようにするための具体的な方法が記載されていない。
(2) 「金属材料」の概念に包含されるウランなどの放射性金属,水と接触するだけで爆発的に反応が進行する金属ナトリウムなどの人体に悪影響を及ぼすおそれがある金属,水等との反応性が著しく高い金属を請求項1及び同5の「金属材料」として用いる場合,どのようにして電気メッキ等の手法によって金属被膜層(2)を形成させるかに関して,発明の詳細な説明には具体的に記載されていない。
〔被告らの主張〕 (1) 請求項2及び同6によれば,「電気メッキ」に限らず,いずれかの方法によって形成することができれば足りるのであって,全ての材料について「電気メッキ」により金属被膜層を形成するなどといったことはどこにも記載されていない。
(2) 原告は,単に,水と接触するだけで爆発的に反応が進行するナトリウムや放射性金属のウランが形式的に「金属」という範疇に含まれることを主張するのみで,そのような物質を装飾被膜に使用する実情は何ら示していない。
3 取消事由3(実施可能要件の判断の誤り)について〔原告の主張〕本件特許は,発明の詳細な説明の記載が,以下の点で,特許法36条4項1号に記載する要件を満たしていない。
発明の詳細な説明には,請求項2及び同6に記載された「電気メッキ…」の手段のいずれについても,どのようにして実施することができるのかが明らかにされていないのみならず,発明の根幹をなす実施例の一例すらも記載されていない。また,金属被覆層(2)を形成させるための具体条件(例えば,「電気メッキ」を例にとれば,電解液の種類及びその濃度,電解時の温度,電解時の電流密度等の条件)が記載されていないため,当該条件が何ら記載されていない下で前記金属被覆膜(2)を形成することは,当業者といえども過度の試行錯誤を要する。したがって,発明の詳細な説明は,当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているものとは認められない。
〔被告らの主張〕そもそも電気メッキは本件特許出願日の時点において金属被膜形成手段として周知慣用技術であるところ,実施可能要件は,そのような場合についてまでその全ての条件を逐一記載しなければならないことまで要求しているものではない。
本件審決は,電気メッキを含む本件明細書に記載の被膜形成手段の詳細な条件が公知であると認定した上,本件特許発明実施は当業者であれば容易になし得たも のということができると正しく判断している。
4 取消事由4(本件特許発明容易想到性の判断の誤り)について〔原告の主張〕(1) 引用例1を主たる引用例とする容易想到性の判断の誤りについてア 引用発明1の認定の誤りについて 本件審決は,引用発明1の内容をバイオセンサ用電極であると認定する。しかし,引用例1は,バイオセンサ用電極に特化した技術でなく,汎用性のある技術を開示している。
イ 相違点1及び同2の容易想到性について(ア) 引用例2の開示は装飾としての模様を特徴とするものであり,何らかの物品の表面に装飾模様を付与することを動機付けるものである。そうすると,引用発明1と引用発明2との組合せにおいて,模様を装飾用として形成することの教示はあったといえる。
(イ) 引用例1の汎用性を有する開示技術に基づいて引用発明1にも装飾の概念の存することを認め,かつ「レーザー加工部」も「装飾模様」に該当することを認めることができる。このように引用発明1における上記汎用性を是認すると,物品の表面装飾への適用は何らの役割変更を伴うものではないことになる。
(ウ) 表面保護技術を含み,かつ装飾模様形成技術を含む引用発明2を引用発明1のレーザー加工技術と組み合わせることは,技術の親近性がある上,組合せを阻害する事由が全くないのであるから,容易に行えるはずである。
(エ) 加工対象物は,引用発明1が樹脂基材と金属層の積層構造であり,引用発明2も樹脂層と金属層の積層構造であるので,加工上の基本構造は共通している。
そうすると,引用発明1と引用発明2は同一又は近接した技術分野に属するといえ,それらの組合せには動機付けが存する。
(オ) レーザー加工技術が装飾目的の加工に多用されることは技術常識となっている(甲65〜75)。したがって,引用発明1を装飾目的に用いることは容易に 想到することができる。
(カ) したがって,本件特許発明は,引用発明1に引用発明2を組み合わせて容易に想到することができる。
(2) 引用例3を主たる引用例とする容易想到性の判断の誤りについてア 引用発明3の認定の誤りについて 本件審決は,引用発明3を静電容量計測に特化した技術であると認定する。しかし,引用例3は,レーザー光によるパターン形成に関する一般的技術を開示している。
イ 相違点X及び同Yの容易想到性について(ア) 表面保護技術を含み,かつ装飾模様形成技術を含む引用発明2と引用発明3のレーザーによるパターン加工技術とを組み合わせることは,技術の親近性がある上,組合せを阻害する事由が全くないのであるから,容易に行えるはずである。
(イ) 引用発明3は,樹脂層と金属層の積層構造が,レーザー加工をする上での基本構造となっている。そうすると,樹脂層と金属層からなる積層構造を共通にする引用発明3と引用発明2又は同1は,同一又は近接する技術分野に属するといえ,それらの組合せには動機付けが存する。
(ウ) したがって,本件特許発明は,引用発明3に引用発明1又は同2を組み合わせて容易に想到することができる。
(3) 引用例2を主たる引用例とする容易想到性についてア 本件訴訟において,無効審判請求における従たる引用例である引用例2を主たる引用例とし,無効審判請求における主たる引用例である引用例1又は同3を従たる引用例とする無効理由を新たに主張することは許される。
イ 本件特許発明1と引用発明2との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
(ア) 一致点プラスチック材料で構成した基材の表面において,少なくとも金属光沢を有する金属材料が層着した金属被膜層が形成されている一方,/この金属被膜層の少なく とも一部には剥離部が設けられており,この剥離部において前記基材の表面が露出して,当該基材の外観と残存した金属被膜層の金属光沢との相異により装飾模様が形成されており,/基材および金属被膜層がそれぞれ表出した状態で,これらの表面が透光性を有する合成樹脂材料からなるクリアコーティング層によって被覆されて,前記金属光沢による装飾模様の表面が保護されていることを特徴とする物品の表面装飾構造。
(イ) 相違点A本件特許発明1は,基材を透光性を有する透明又は半透明とし,基材の表裏に金属被膜層を形成するとともに,金属被膜層の一部にレーザー光を照射することにより剥離部を表裏面で対称形状に設けるのに対して,引用発明2は,基材の片面に金属被膜層を形成する際にマスキング処理を行って剥離部を設ける点。
ウ 相違点Aの容易想到性について(ア) 引用発明1との組合せについて引用発明2及び引用発明1は,いずれも基材の表面に形成した金属被膜層の一部を除去して何らかの模様を形成する技術である点で,技術分野に関連性がある。さらに,引用発明2のマスキング処理も,引用発明1のレーザー加工方法も,金属被膜層の一部を除去して模様を形成するという点で,作用,機能が共通する。すなわち,これらの技術は相互に置換することが容易である。引用発明1のレーザー加工方法の性質上,基材を透光性を有する透明又は半透明とし,基材の表裏に金属被膜層を形成するとともに,剥離部を表裏面で対称形状に設けることは当然であるから,引用発明2に引用発明1のレーザー加工方法を適用した場合に,これらの変更を行うのは,当業者にとって容易である。
(イ) 引用発明3との組合せについて引用発明2及び引用発明3は,いずれも基材の表面に形成した金属被膜層の一部を除去して何らかの模様を形成する技術である点で,技術分野に関連性がある。さらに,引用発明2のマスキング処理も,引用発明3のレーザー加工方法も,金属被 膜層の一部を除去して模様を形成するという点で,作用,機能が共通する。すなわち,これらの技術は相互に置換することが容易である。引用発明3のレーザー加工方法の性質上,基材を透光性を有する透明又は半透明とし,基材の表裏に金属被膜層を形成するとともに,剥離部を表裏面で対称形状に設けることは当然であるから,引用発明2に引用発明3のレーザー加工方法を適用した場合に,これらの変更を行うのは,当業者にとって容易である。
〔被告らの主張〕(1) 引用例1を主たる引用例とする容易想到性の判断の誤りについてア 引用発明1の認定について引用発明を抽象的に認定したからといって,直ちにあらゆる対象・分野への適用が容易になるわけではない。また,引用例1に記載の方法を採用する理由は,あくまでバイオセンサ用電極に固有の事情に基づくものであって,それを離れて抽象的・一般的にその必要性が存在するものではない。
イ 相違点1の容易想到性について仮に,原告の主張するように,引用発明1を抽象的なレベルにおいて把握したとしても,相違点1に係る構成を容易に想到し得たとはいえない。
引用発明1のように,視認できるかできないかのような微細なパターンないし溝を形成したからといって,立体的な装飾模様が形成されることにはならない。引用発明1には,装飾模様を形成することは記載も示唆もされていないから,たとえ引用例2が装飾に関する文献であったとしても,両者を組み合わせる動機付けはない。
ウ 相違点2の容易想到性についてレーザーで加工したからといって,当然にクリアコーティング層を設けなければならない理由はないから,相違点2に係る構成を容易に想到し得たとはいえない。
(2) 引用例3を主たる引用例とする容易想到性の判断の誤りについてア 引用発明3の認定について仮に引用発明3に汎用性を認めたとしても,直ちに装飾模様が記載されているこ とにはならない。レーザー光によりパターンを形成したからといって,当然にそこに装飾模様が形成されることにはならない。
イ 相違点X及び同Yの容易想到性について 引用例3に記載されている「自動車…に利用される防曇効果を有する鏡」に設けられた「パターン(溝)」は,水滴が付着したときの静電容量の変化を検知する目的で電極に設けられた溝にすぎず,美感を目的に形成されたものではないから,それを装飾模様ということはできない。引用例3に記載の,溝幅が10から100μm程度の微細で目視できない「パターン(溝)」と金属被膜層の金属光沢との相異を肉眼で認識することは不可能である。まして「パターン(溝)」を通して「立体的に装飾模様が見える」という本件特許発明の作用効果が得られるなどということはあり得ない。加えて,引用例3には,かかる「パターン(溝)」の幅を大きくしようとする動機付けもない。
引用例3と引用例2との組合せについて,単に漠然と汎用性があると主張するだけでは,単なる抽象的な可能性にすぎず,具体的な動機付けがあるということはできない。
(3) 引用例2を主たる引用例とする容易想到性について ア 審理の迅速化及び紛争の一回的解決のため,本件訴訟において,引用例2を主たる引用例とする無効理由の有無を審理すること自体は争わない。
イ 引用発明2に引用発明1を適用する動機付けがないことは,前記(1)と同様である。また,引用発明2に引用発明3を適用する動機付けがないことは,前記(2)と同様である。
当裁判所の判断
1 本件特許発明について (1) 本件特許発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2記載のとおりであるところ,本件明細書(甲51)には,おおむね,次の記載がある。
ア 技術分野 本発明は…物品の表面装飾構造及びその加工方法に関するものである(【0001】)。
イ 背景技術周知のとおり,眼鏡フレームや時計,アクセサリーなどの宝飾品や携帯電話などは,その物品自体の形状に意匠性が求められているほか,その表面の色彩や図柄,質感などもデザインを構成する重要な要素である(【0002】)。
従来,物品を装飾するものとしては,例えば,物品基材の表面全体に一様な金属メッキ加工を施したものが知られている…(【0003】)。
しかしながら,このような表面装飾にあっては…単に表面の質感が変更されるに過ぎない(【0005】)。
したがって,このような装飾効果は単調で質感以上の装飾性が表現されていないため意外性がなく,物品基材自体の形状による美感を凌駕することができないとともに,折角の金属光沢による高級感が,カバーリング手法の単調さゆえに相殺されて没却されてしまうおそれもあった(【0006】)。
ウ 発明が解決しようとする課題本発明は,従来の物品装飾に上記のような不満があったことに鑑みて為されたものであり,その目的とするところは,加工が容易であって,任意デザインの金属光沢による高級感のある装飾模様を形成することができ,要に臨んで,立体的な装飾模様を形成することも可能な物品の表面装飾構造及びその加工方法を提供することにある(【0007】)。
エ 発明の効果本発明にあっては…簡単な加工工程で,任意デザインの金属光沢による高級感のある装飾模様を形成することができる(【0013】)。
また…基材の対向側表面にも対称形状の剥離部を設けて,立体的な装飾模様を形成することも可能であることから,装飾品の表面加工における実用的利用価値は頗る高いと云える(【0014】)。
オ 発明を実施するための形態本発明の実施形態を図1から図3(別紙1参照)に基づいて説明する。図1中,符号(1)で指示するものは基材であり,この基材(1)は透光性を有する透明または半透明のプラスチック材料で構成してある。また,符号(2)で指示するものは金属被膜層であり,この金属被膜層(2)は,少なくとも金属光沢を有する金属材料を前記基材(1)の表裏両面に層着したものである(【0017】)。
こうすることにより,透過したレーザー光により,当該基材(1)の対向側(裏面側)表面にも対称形状の剥離部(21)を形成せしめて,装飾模様(P)を形成することができる(【0018】)。
更にまた,符号(3)で指示するものはクリアコーティング層であり,このクリアコーティング層(3)は,透光性を有する合成樹脂材料からなる (【0019】)。
しかして,本発明の装飾構造を構成するにあっては,基材(1)の表裏両面において,少なくとも金属光沢を有する金属材料が層着した金属被膜層(2)を形成する。…(【0020】)そして,この金属被膜層(2)を形成するには,電気メッキ,または,化学メッキ,置換メッキなどの無電解メッキ,または,真空蒸着,スパッタリング,イオンプレーティング,イオンビーム蒸着,物理蒸着(PVD),化学蒸着(CVD)などの真空メッキ,または,溶融メッキの何れかの方法を採用し得る。本実施形態では,定着性の優れたスパッタ方式のイオンプレーティング法を使用することにより,確実かつ強固に層着させることができる(【0022】)。
具体的には,基材(1)をイオンプレーティング装置内に取り付け,アルゴン雰囲気中で基材表面をボンバードクリーニングする。この際,定着性の観点から,前処理として,前記基材(1)の表面にエッチング処理を施すのが好ましい。次いで,この表面に,金属被膜層(2)としてチタンメッキ被膜をスパッタ方式のイオンプレーティング法により形成する(【0023】)。
なお,前記金属被膜層(2)の金属材料としては,アルミニウム,チタン,モリブデン,亜鉛,コバルト,ニッケル,クロム,金,銀,銅,鉄などの金属,黄銅(Cu-Fe),ステンレス(Fe-Ni-Cr),青銅(Cu-Sn)などの合金,酸化珪素,酸化チタン,ITO(酸化インジウムスズ),DLC(ダイヤモンドライクカーボン),窒化チタン,炭化チタンなどを採用することができ,反射率が高い銀やアルミニウムを用いるのが好ましい(【0024】)。
また,上記金属材料のうち,合金材料については,合金成分間で昇華速度の差があることから,真空蒸着法やイオンプレーティング法が適さないため,超高真空スパッタ法などを採用する。また,酸化物や窒化物については,チャンバー内の雰囲気ガスにより生成することができる(【0025】)。
次に,この金属被膜層(2)の少なくとも一部に剥離部(21)を設けて,この剥離部(21)において前記基材(1)の表面を露出せしめて,当該基材(1)の外観と残存した金属被膜層(2)の金属光沢との相異により装飾模様(P)を形成する(【0026】)。
実施形態では,金属被膜層(2)における剥離部(21)は,剥離しようとする部分にレーザー光(YAG)を照射して,図中の×印部分を除去することにより設ける(図2参照)。この際,レーザー光の照射位置について,コンピュータによる数値制御(NC制御)プログラムを使用することができ,また,コンピュータ上でデザインされた装飾模様(P)のデータとリンクさせることもできる(【0027】)。
然る後,基材(1)および金属被膜層(2)がそれぞれ表出した状態で,これらの表面を透光性を有する合成樹脂材料からなるクリアコーティング層(3)によって被覆することによって,前記金属光沢による装飾模様(P)の表面を保護する(図1参照)。本実施形態によれば,簡単な加工で立体的な装飾模様を形成することができる(【0028】)。
こうして形成された本実施形態の装飾構造は,基材(1)の表面の外観と残存し た金属被膜層(2)の金属光沢との相異により,任意デザインの金属光沢による高級感のある装飾模様を簡単に形成することができる(図3参照)(【0032】)。
カ 産業上の利用可能性眼鏡フレームや時計,アクセサリーなどの宝飾品や携帯電話などの表面装飾に利用することができる(【0034】)。
(2) 本件特許発明の特徴前記(1)の記載によれば,本件特許発明の特徴は,以下のとおりのものと認められる。
ア 本件特許発明は,物品の表面装飾構造及びその加工方法に関する(【0001】)。
イ 眼鏡フレームや時計,アクセサリー等の宝飾品や携帯電話等は,物品自体の形状に意匠性が求められるとともに,その表面の色彩や図柄,質感などもデザインを構成する重要な要素であるところ(【0002】),従来,物品を装飾するものとしては,例えば,物品基材の表面全体に一様な金属メッキ加工を施したものが知られていた(【0003】)。
しかし,このような表面装飾は単に表面の質感が変更されるにすぎず(【0005】),単調で質感以上の装飾性が表現されていないため,意外性がなく,物品基材自体の形状による美感を凌駕することができないとともに,折角の金属光沢による高級感が,カバーリング手法の単調さゆえに相殺されて没却されてしまうおそれもあった(【0006】)。
ウ 本件特許発明は,従来の物品装飾に上記のような不満があったことに鑑みてなされたものであり,その目的とするところは,加工が容易であって,任意デザインの金属光沢による高級感のある装飾模様を形成することができ,要に臨んで,立体的な装飾模様を形成することも可能な物品の表面装飾構造及びその加工方法を提供することにある(【0007】)。
エ 本件特許発明(請求項1,5)は,少なくとも金属光沢を有する金属材料か らなる金属被膜層を透光性を有する透明又は半透明のプラスチック材料で構成した基材の表裏に位置する表面に層着し(【0017】,【0020】,【0022】〜【0025】),この金属被膜層の少なくとも一部に設けた剥離部をレーザー光照射により剥離して前記基材の表面を表裏面で対称形状に露出させることにより,当該基材の外観と残存した金属被膜層の金属光沢との相異により装飾模様を表出させ(【0018】,【0026】,【0027】,図2),基材及び金属被膜層をそれぞれ表出させた状態で,これらの表面に透光性を有する合成樹脂材料を被覆してクリアコーティング層を形成し,このクリアコーティング層で前記金属光沢による装飾模様の表面を保護するようにした(【0019】,【0028】,図1)ことを特徴とする物品の表面装飾加工方法(請求項5),及び当該加工方法によって形成された物品の表面装飾構造(請求項1)である。
オ 本件特許発明による物品の装飾構造では,基材の表面の外観と残存した金属被膜層の金属光沢との相異により,任意デザインの金属光沢による高級感のある装飾模様を簡単に形成することができるため(【0032】,図3),上記の目的が達成できる。
2 取消事由1(明確性要件の判断の誤り)について(1) 本件特許発明における「金属材料」についてア 本件特許発明は,「表面装飾構造」(請求項1〜4)及び「表面装飾加工方法」(請求項5〜8)の発明であるところ,本件特許発明における「金属材料」に関し,特許請求の範囲には,以下の記載がある。
(ア) 金属光沢を有する金属材料が層着した金属被覆層(2)(請求項1及び同5)(イ) 金属被膜層(2)の…剥離部(21)において前記基材(1)の表面が露出して,当該基材(1)の外観と残存した金属被膜層(2)の金属光沢との相異により装飾模様(P)が形成され(請求項1)(ウ) 金属被膜層(2)…に設けた剥離部(21)を…前記基材(1)の表面を …露出させることにより,当該基材(1)の外観と残存した金属被膜層(2)の金属光沢との相異により装飾模様(P)を表出させ(請求項5)イ 前記アによれば,本件特許発明では,「金属材料」は「金属光沢を有する」材料として特定されている。そして,ある物質が「金属」に当たるかは一義的に明確でなく(乙21〜24),本件明細書には,「金属材料としては,…などの金属,…などの合金,酸化珪素,酸化チタン,ITO,DLC,窒化チタン,炭化チタンなど」(【0024】)というように,合金をはじめとして金属そのものでない物質も金属材料に含めて記載している。さらに,本件特許発明において課題解決のために必要とされる装飾模様(P)は,この「金属材料」を層着した「金属被覆層(2)」が呈する金属光沢と,剥離部(21)において表面の露出した基材(1)の外観との相違によって形成されるものであり,金属固有のほかの性質を利用したものではない。したがって,上記「金属材料」には,金属に当たるとはいい難い物質であっても,層着された状態で金属光沢を呈する材料であれば,これに含まれると解するのが相当である。
(2) 原告の主張についてア 原告は,@酸化チタンは,導電性を有しておらず,金属に特有の延性を有しないことから,「金属」には該当しないところ,請求項3及び同7は,酸化チタンを「金属材料」に含めている,A酸化チタンが「金属材料」に含まれるとしても,金属光沢を有しない,ことから本件特許は明確性に欠けると主張する。
しかし,酸化チタンが一般的に金属に当たらないとされているとしても,前記(1)のとおり,「金属材料」には層着された状態で金属光沢を呈する材料も含まれるのであるから,「金属光沢を有する金属材料」の意味内容が明確でないということはできない。そして,特開平7-2522号公報(甲22)には,「【0002】…酸化チタン粒子を支持体に固着させてなる酸化チタン膜は…光の反射率が高く,その反射色調が美しいシルバー調であることから…装飾用材料として…用いられるものである。」旨の記載があり,酸化チタン膜はシルバー調の金属光沢を呈する場合 があるから,「酸化チタン」が,本件特許発明における「金属材料」に該当することは明らかであり,明確性に欠けるところはない。
イ 原告は,請求項3及び同7に記載されているダイヤモンドライクカーボンの意味自体不明確であるし,請求項3及び同7は,金属ではないダイヤモンドライクカーボンを「金属材料」に含めていることから,明確性に欠けると主張する。
ダイヤモンドライクカーボン(DLC)については,本件特許出願の原出願前の公知文献である特許第3372493号公報(甲23【0002】),特許第2953673号公報(甲24の2頁右欄7〜16行),特開平8-161726号公報(甲25【0013】,【0014】),特開2000-160340号公報(甲42【0002】),特開2004-279382号公報(甲43【請求項12】,【請求項13】,【請求項16】,【0018】,【0031】),特開2006-321232号公報(乙30【0010】,【0011】,【0024】)に記載があり,これによれば,請求項3及び同7に記載された「DLC(ダイヤモンドライクカーボン)」は,本件特許発明原出願日の時点において,当業者に周知の材料として知られていたものであると認められる。したがって,「DLC(ダイヤモンドライクカーボン)」の表記が用いられていることをもって,請求項3及び同7の記載が不明確であるということはできない。
また,DLC被膜は黒色系の金属光沢を有すると認められるから(甲43【0018】,【0031】),乙30【0024】),請求項3及び同7に記載された「DLC(ダイヤモンドライクカーボン)」は,本件特許発明における「金属材料」に該当するものと認められる。
ウ 原告は,酸化珪素は,導電性及び延性を有しないことから,「金属」には該当しないところ,請求項3及び同7は,酸化珪素を「金属材料」に含めていることから,明確性に欠けると主張する。
しかし,「珪素酸化物をコーティングしたInconel 617の不純ヘリウム雰囲気中での腐食挙動」(「鉄と鋼」第71年(1985)第10号。甲38の 1)に,「酸素濃度25vol%以下の作動ガスでスパッタした場合,生成される皮膜は金属光沢を持つたSiOX(X<2)となる。」(108頁右欄29行〜109頁左欄1行)旨の記載があることからすれば,SiOX(X<2)からなる酸化珪素の皮膜は,金属光沢を呈するから,請求項3及び同7に記載された「酸化珪素」は,本件特許発明における「金属材料」に該当することが明らかであり,明確性に欠けるところはない。
エ 原告は,特許請求の範囲における「などの」の記載内容が明確でないと主張する。
しかし,請求項2の記載は,請求項1を引用して,金属被膜層(2)の形成手段を特定するものであり,具体的には,「金属被膜層(2)が,電気メッキ,または,…無電解メッキ,または,…真空メッキ,または,溶融メッキの何れかによって形成されていることを特徴とする請求項1に記載した物品の表面装飾構造。」と記載されるように,当該形成手段を「電気メッキ」,「無電解メッキ」,「真空メッキ」又は「溶融メッキ」のいずれかに限定するものである。そして,「化学メッキ,置換メッキなどの」及び「真空蒸着,スパッタリング,イオンプレーティング,イオンビーム蒸着,物理蒸着(PVD),化学蒸着(CVD)などの」という記載は,それぞれ,上記形成手段のうちの「無電解メッキ」及び「真空メッキ」の例示であって,「無電解メッキ」及び「真空メッキ」を限定する趣旨の記載ではなく,「無電解メッキ」及び「真空メッキ」は,当業者に周知のもので,それ自体の記載として不明確ではないから,「…などの」という記載を含むことをもって,直ちに,請求項2の記載が不明確であるということはできない。
さらに,請求項3,4,6ないし8の記載についても,「…などの」という記載は,いずれも直後の用語の例示として用いられているものであって,当該用語を限定する趣旨のものではなく,当該用語はいずれもそれ自体の記載として不明確ではないから,「…などの」という記載を含むことをもって,直ちに,これら請求項3,4,6ないし8の記載が不明確であるということはできない。
(3) 小括 よって,明確性に欠ける旨の原告の主張は,いずれも理由がない。
3 取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について (1) 酸化珪素被膜の形成方法について ア 酸化珪素被膜の形成方法について,本件特許出願の原出願前の公知文献に以下の記載がある。
(ア) 特開平8-164595号公報(甲29) …包装材料として,例えば米国特許第3442686,特公昭63-28017号公報等に記載されているような酸化珪素…等の無機酸化物を高分子フィルム上に,真空蒸着法やスパッタリング法等の形成手段により蒸着膜を形成したフィルムが開発されている(【0005】)。
…樹脂層の上に…抵抗加熱方式による真空蒸着装置により,酸化珪素を約40nmの厚さに蒸着し…た(【0029】)。
(イ) 「珪素酸化物をコーティングしたInconel 617の不純ヘリウム雰囲気中での腐食挙動」(「鉄と鋼」第71年(1985)第10号。甲38の1) 短冊状のInconel 617…の片面にマグネトロンスパッタ装置で,反応性スパッタリング法により…珪素酸化物(SiOX 0スパッタ作動ガスは4PaのAr+Yvol%O2(0≦Y≦40)(酸素をYvol%含むアルゴンガス)で,R.F.入力は1kWとした(108頁左欄10〜17行)。
イ 前記アの記載によれば,請求項3及び同7に記載された「酸化珪素」の膜は,真空蒸着法,スパッタリング法,反応性スパッタリング法等の手段により形成できることが,本件特許発明原出願日の時点において,当業者に周知の事項であったと認められ,これらの形成手段はいずれも,請求項3及び同7がそれぞれ引用する請求項2及び同6に記載された「真空メッキ」の例である「真空蒸着」,「スパッタリング」に相当する。
また,本件明細書の「金属材料のうち…酸化物や窒化物については,チャンバー内の雰囲気ガスにより生成することができる。」(【0025】)という記載は,「酸化物」である「酸化珪素」を,請求項2及び同6に「真空メッキ」の一例として記載された「化学蒸着(CVD)」で形成できることを示唆する記載であると認められる。
そして,請求項2及び同6では,金属被膜層(2)の形成手段は,「電気メッキ,または,…無電解メッキ,または,…真空メッキ,または,溶融メッキの何れかによって」形成されることが特定されているのであって,「酸化珪素」が上記複数の形成手段のうちの「電気メッキ」で形成されなければならないとする根拠がないことは明らかである。このことは,「アルミニウム」,「鉄」,「ニッケル」などについても同様である。
以上のとおり,本件明細書には,請求項3及び同7に記載の「酸化珪素」を請求項2及び同6に記載の「真空メッキ」によって形成できることを示唆する記載があり,また,本件特許発明原出願日の時点における技術常識に照らせば,「酸化珪素」を請求項2及び同6に記載の「真空メッキ」によって形成できることは当業者にとって明らかである。そして,周知の薄膜材料である「アルミニウム」,「鉄」,「ニッケル」などについても,上記複数の形成手段のいずれかによって形成可能であることが,当業者にとって明らかである。
したがって,請求項の記載は,当業者が原出願の出願時の技術常識に照らして発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであって,本件特許発明は,発明の詳細な説明に記載されたものである。
(2) 「金属材料」について請求項3及び同7の文言上は,そこに「金属材料」の一つとして記載された「金属」にナトリウムやウランが含まれることは排除されていない。しかし,ナトリウムが水と激しく反応する性質を有することや,ウランが人体に有害な放射性金属であることは,当業者の技術常識であって,これらの金属を「表面装飾構造」(請求 項1〜4)及び「表面装飾加工方法」(請求項5〜8)の発明である本件特許発明に用いることが予定されていないことは,本件明細書に接した当業者であれば当然のこととして理解する。
以上のとおり,ナトリウムやウランは,本件特許発明の金属材料に含まれないことが明らかであるから,これら金属の被覆層の形成方法が発明の詳細な説明に記載されていないことを根拠に,本件特許発明がサポート要件を欠くということはできない。
(3) 小括よって,サポート要件に欠ける旨の原告の主張は理由がない。
4 取消事由3(実施可能要件の判断の誤り)について(1) 出願時の技術水準について本件特許発明3及び同7において「金属材料」と特定された材料の薄膜形成条件に関し,本件特許出願の原出願前の公知文献に以下の記載がある。
特許第3913902号公報(甲28【0066】,【0068】,【0072】,【0073】)には,イオンビームスパッタ装置で,又は蒸着法により薄膜を形成する際の具体的な条件(スパッタ作動ガスの組成,圧力)が記載されている。
イ 特開平6-270597号公報(甲30【0009】)には,電気メッキにより薄膜を形成する際の具体的な条件(温度,電流密度)が記載されている。
ウ 特開平8-161726号公報(甲25【0014】〜【0016】)には,ECRプラズマCVD法により炭素薄膜を形成する際の具体的な条件(ガスの組成等)が記載されている。
エ 特開2004-279382号公報(甲43【0037】,【0041】,【0046】,【0048】,【0052】)には,イオンプレーティング法により窒化チタンの乾式メッキ被膜を形成する際の具体的な条件(蒸発源,電子銃,ガス,成膜圧力,加速電圧,アノード電圧,フィラメント電圧),湿式メッキ法によ りニッケルの湿式メッキ被膜を形成する際の具体的な条件(温度,PH,電流密度),スパッタリング法によりチタンの乾式メッキ被膜を形成する際の具体的な条件(ターゲット,スパッタリングガス,成膜圧力,ターゲット印加電力,バイアス電圧),CVD法によりDLC被膜を形成する際の具体的な条件(ガス,成膜圧力,ガイドブッシュ電圧,アノード電圧,フィラメント電圧),スパッタリング法によりアルミニウム合金の乾式メッキ被膜を形成する際の具体的な条件(ターゲット,スパッタリングガス,成膜圧力,ターゲット印加電力,バイアス電圧)が記載されている。
オ また,前記3(1)ア(イ)のとおり,甲第38号証の1には,反応性スパッタリング法により珪素酸化物(SiOX 0 (2) 発明の詳細な説明の記載について 本件明細書の発明の詳細な説明には,金属被膜層(2)の形成方法に関し,「電気メッキ,または…無電解メッキ,または…真空メッキ,または,溶融メッキの何れかの方法を採用し得る」(【0022】)ことが記載されるとともに,上記の「真空メッキ」に包含される「イオンプレーティング法」について,定着性の観点から基材(1)の表面に前処理を施すのが好ましく,その後にチタンメッキ被膜を形成することが記載されており(【0023】),併せて,金属被膜層(2)の金属材料が記載されている(【0024】)ものの,上記形成方法における具体的な条件については記載されていない。
しかし,上記の形成方法や金属材料自体は特段新規なものではなく,前記(1)の記載によれば,いずれも,本件特許発明原出願日の時点において,当業者に周知のものと認められ,発明の詳細な説明の記載に接した当業者であれば,具体的な条件の記載がないとしても,過度の試行錯誤を要することなく,形成方法に応じた具体的な条件を決定し得るといえるから,発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件特許発明実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものと認められる。
(3) 小括よって,実施可能要件に欠ける旨の原告の主張は理由がない。
5 取消事由4(本件特許発明容易想到性の判断の誤り)について(1) 引用発明1についてア 引用例1(甲3)には,おおむね,以下のとおり記載されている。
(ア) 特許請求の範囲【請求項1】全光線透過率が80%以上である高分子フィルム基材で構成された両面金属化フィルムの金属層を除去するレーザー加工方法であって,高分子フィルム基材を透過するレーザーとしてQスイッチパルスレーザーを用いて,両面の金属層を同時に除去するレーザー加工方法
【請求項2】前記金属層の厚さが,両面とも50nm以下である請求項1に記載のレーザー加工方法
【請求項3】請求項1または2に記載のレーザー加工方法により,両面金属化フィルムの金属層を除去するバイオセンサ用電極の製造方法
(イ) 技術分野本発明は,薄膜が積層された基材に任意の形状を設けるレーザー加工方法であり,より詳しくは,金属化フィルムの両面に形成された金属層を任意の形状に除去するレーザー加工方法に関するものである(【0001】)。
また,本発明は,上記レーザー加工方法により,両面金属化フィルムの金属層を除去するバイオセンサ用電極の製造方法に関するものである(【0002】)。
(ウ) 背景技術生体試料中の特定成分を簡易に定量するバイオセンサの測定方法として,酵素電極法が提案されている(【0003】)。
この酵素電極法は,絶縁性基材上に測定極,対極および参照極からなる電極を形成し,この電極上に…酵素層を形成した酵素電極を用いる。…(【0004】)。
酵素電極の電極部材は,絶縁性の高分子フィルム基材上に,スパッタリング法等 により金,白金,パラジウム等の貴金属層を積層し,レーザー加工により該貴金属層の一部を除去することで形成することができる…(【0006】)。
さらに,絶縁性基材の両面に酵素電極を形成する方式のバイオセンサが提案され…該バイオセンサによれば,複数の酵素電極に同一の酵素を用いることによって定量の信頼性を高めることができる。また,複数の酵素電極に異なる酵素を用いることによって,試料液中の複数の成分を同時に定量することができる (【0007】)。
一方,透明な絶縁性基材の両面に金属層を積層し,レーザー加工により両面の金属層を同時に除去する方法が提案されている…(【0008】)。
しかしながら,かかる方法を用いて金属化フィルムの両面の金属層を除去することにより電極を形成する場合,一度のレーザースキャンでは両面の金属層を完全に除去することができず,金属層の一部が絶縁性基材上に残ってしまうという問題があった(【0009】)。
(エ) 発明が解決しようとする課題本発明は,かかる従来技術の背景に鑑み,金属化フィルムの金属層を,両面同時に,かつ完全に除去することによって電極を形成する,優れたレーザー加工方法を提供せんとするものである(【0010】)。
(オ) 課題を解決するための手段本発明は,かかる課題を解決するために,次のような手段を採用するものである。
すなわち,本発明におけるレーザー加工方法は,全光線透過率が80%以上である高分子フィルム基材で構成された両面金属化フィルムの金属層を除去するレーザー加工方法であって,該高分子フィルム基材を透過するレーザーとしてQスイッチパルスレーザーを用いて,両面の金属層を同時に除去するものである (【0012】)。
また,本発明は,上記レーザー加工方法により,両面金属化フィルムの金属層を除去するバイオセンサ用電極の製造方法である(【0013】)。
(カ) 発明の効果本発明によれば,一度のレーザースキャンにより,金属層を両面同時かつ完全に除去することができるので…両面に電極を備えた形式のバイオセンサに用いる電極を形成するための,優れたレーザー加工方法を提供することができる(【0014】)。
(キ) 発明を実施するための最良の形態本発明は…金属化フィルムの高分子フィルム基材を透過するレーザーとして,Qスイッチパルスレーザーという特殊なものを用いたところ,かかる課題を一挙に解決することを究明したものである(【0015】)。
本発明において,金属化フィルムとは,高分子フィルム基材の両面に金属層を積層したフィルムを意味する。本発明によれば,レーザーを照射した部分において金属化フィルム両面の金属層は除去され,高分子フィルム基材が露出する…(【0016】)。
本発明における,レーザー加工前の金属化フィルムの断面図を図1(別紙2参照)に示した。該金属化フィルムは,高分子フィルム基材(1),金属層(2)および(3)からなる(【0017】)。
本発明における,レーザー加工後の金属化フィルムの断面図を図2(別紙2参照)に示した。レーザー加工部(4)は,レーザーが照射された部分であり,両面の金属層が除去され,高分子フィルム基材(1)が露出することとなる (【0018】)。
本発明における金属化フィルムの高分子フィルム基材は,かかるレーザーを透過する素材で構成することが必要である。すなわち,JIS-K-7105(1981年版)に基づいて測定した全光線透過率が,80%以上であることが必要であり,好ましくは85%以上,より好ましくは87%以上である。全光線透過率が80%より低いと,かかる高分子フィルム基材に熱が蓄積し損傷を受けるため,好ましくない(【0019】)。
かかる金属層を構成する金属素材としては,酸化されにくく,かつ導電性があれば,いずれの金属でも用いることができるが,特に,化学的な安定性が良好であることから,金,白金,パラジウム,銀,ルテニウム,ロジウム,オスミウム,イリジウム等の貴金属は,化学反応による変化を電気的に捉えるための電極用途,例えば,バイオセンサ用の酵素電極等に好適に使用できるので好ましい。…(【0024】)。
本発明における金属化フィルムの両面に金属層を積層する方法は,スパッタリング法,真空蒸着法,電子ビーム蒸着法,イオンプレーティング法等が挙げられる。
中でも,金属層の厚さの均一性,密着性等の観点から,スパッタリング法が特に好ましい(【0026】)。
本発明におけるレーザー加工には,Qスイッチパルスレーザーを用いることが必要である。かかるQスイッチパルスレーザーとは,半値幅が10ナノ秒以上300ナノ秒以下のパルス発振をするレーザーを意味する。かかるQスイッチパルスレーザーを用いることにより,一度のレーザースキャンで金属層を両面同時かつ完全に除去することができる。連続発振,あるいは半値幅が300ナノ秒より大きいパルスレーザーでは,一度のレーザースキャンで両面の金属層を完全に除去することができないため好ましくない。また,半値幅が10ナノ秒未満のパルスレーザーでは,金属化フィルムに急激に熱が蓄積して損傷するため,好ましくない (【0027】)。
(ク) 産業上の利用可能性 本発明は…両面に電極を備えた形状のバイオセンサに用いる電極を形成するための優れたレーザー加工方法として,特に好適に用いられる(【0051】)。
イ 引用発明1の認定等 (ア) 原告は,引用発明1の認定について,本件審決の認定に係る技術内容(前記第2の3(2)ア)は争わないが,その対象は,バイオセンサ用電極に限られず,広く汎用性のある発明であると主張する。
引用例1の【請求項1】,【0001】,【0008】ないし【0010】及び【0051】によれば,引用発明1は,バイオセンサ用電極に特に好適に用いられるものといえるが,加工対象はバイオセンサ用電極に限られるものではなく,両面の金属層を除去するレーザー加工方法に係る技術であると認められる。
(イ) したがって,引用発明1は,バイオセンサ用電極に限定された発明ではなく,両面の金属層を除去するレーザー加工方法に係る発明であり,本件審決の認定は,バイオセンサ用電極に限定された発明であるとする点において誤りがあり,正しくは,以下のとおり認定すべきである。
〔物発明〕全光線透過率が80%以上である高分子フィルム基材の表裏に位置する表面において,貴金属等の金属素材をスパッタリング法,真空蒸着法,電子ビーム蒸着法,イオンプレーティング法等により積層した金属層が形成されている一方,/この金属層の少なくとも一部にはQスイッチパルスレーザーを用いて,両面の金属層を同時に除去したレーザー加工部が表裏面で対称形状に設けられており,このレーザー加工部において前記高分子フィルム基材の表面が露出して,レーザー加工部が形成されている物。
〔方法発明〕貴金属等の金属素材をスパッタリング法,真空蒸着法,電子ビーム蒸着法,イオンプレーティング法等により積層した金属層を全光線透過率が80%以上である高分子フィルム基材の表裏に位置する表面に層着し,/この両面の金属層をQスイッチパルスレーザーを用いて同時に除去して,前記基材の表面を表裏面で対称形状に露出させたレーザー加工部を形成する物の加工方法
(ウ) 本件特許発明1と引用発明1との一致点は,以下のとおりである。
透光性を有する透明又は半透明のプラスチック材料で構成した基材の表裏に位置する表面において,少なくとも金属光沢を有する金属材料が層着した金属被膜層が形成されている一方,/この金属被膜層の少なくとも一部にはレーザー光が照射されることにより設けられた剥離部が表裏面で対称形状に設けられており,この剥離部において前記基材の表面が露出している物品の構造。
ウ 引用発明1の特徴前記アの記載によれば,引用発明1の特徴は,以下のとおりのものと認められる。
(ア) 引用発明1は,金属化フィルムの両面に形成された金属層を任意の形状に除去するレーザー加工方法に関する(【0001】,【0002】)。
(イ) 従来,バイオセンサの測定方法として提案されている酵素電極法では,絶縁性基材上に測定極,対極及び参照極からなる電極を形成し,この電極上に酵素層を形成した酵素電極を用いるところ(【0003】,【0004】),かかる酵素電極の電極部材は,絶縁性の高分子フィルム基材上に,スパッタリング法等により貴金属層を積層し,レーザー加工により該貴金属層の一部を除去することで形成することができる(【0006】)。さらに,絶縁性基材の両面に酵素電極を形成する方式のバイオセンサが提案され,定量の信頼性を高めたり,複数の成分を同時に定量することが可能になっている(【0007】)。
一方,透明な絶縁性基材の両面に金属層を積層し,レーザー加工により両面の金属層を同時に除去する方法が提案されているが(【0008】),一度のレーザースキャンでは両面の金属層を完全に除去することができず,金属層の一部が絶縁性基材上に残ってしまうという問題があった(【0009】)。
(ウ) 引用発明1は,かかる従来技術の背景に鑑み,金属化フィルムの金属層を,両面同時に,かつ完全に除去することによって電極を形成する,優れたレーザー加工方法の提供を目的とする(【0010】)。
引用発明1(【0012】,【0013】)は,貴金属等の金属素材(【0024】)をスパッタリング法,真空蒸着法,電子ビーム蒸着法,イオンプレーティング法等により積層した金属層(【0026】)を全光線透過率が80%以上である高分子フィルム基材(【0019】)の表裏に位置する表面に層着し,この両面の金属層をQスイッチパルスレーザーを用いて同時に除去して(【0015】,【0027】),前記基材の表面を表裏面で対称形状に露出させたレーザー加工部を形成するレーザー加工方法及び当該加工方法によって形成された物である。
(エ) 引用発明1では,高分子フィルム基材の両面に層着された金属層を同時に除去する手段としてQスイッチパルスレーザーを用いることにより,一度のレーザースキャンで金属層を両面同時かつ完全に除去することができるため,従来の課題を解決することができる(【0014】,【0015】)。
(2) 引用発明2についてア 引用例2(甲4)には,おおむね,以下のとおり記載されている。
(ア) 発明が属する技術分野下地層の色調を活かし,さらに光輝性外観を呈示させることが可能であると同時に軽量である装飾層を有する釣竿又はゴルフシャフトに関する(【0001】)。
(イ) 従来の技術釣り用具やゴルフシャフト等のスポーツ用具には…様々な装飾が施されている。
…例えば特開平5-153886号公報には,竿素材の外面に所定の塗装が施された…塗膜を形成し,マークや文字等の模様がプリントされたシールを塗膜の外面に貼着すると共に…シールの外面に塗装膜を形成した釣り竿が開示されている。(第1の従来技術)(【0002】)また,釣り用具やスポーツ用具の軽量化に伴い,部材重量における塗装層等の装飾に関わる部分の重量が増えてきており…軽量化を妨げる大きな原因となっている。
このため…例えば特開平7-79669号公報には,物品本体の外面に形成した合成樹脂製の下地層を介して薄い金属層を積層し…装飾層として用いた物品が開示されている。(第2の従来技術)(【0003】)(ウ) 発明が解決しようとする課題しかしながら,第1の従来技術では,ロゴや模様のために凹凸が生じてしまい,直接手で扱うこれらの物品においては凸部分の摩耗が問題となるため好ましくない。
また,第2の従来技術では…一定の均一な外観であり,商品名,…マーク,…文字や装飾を含めた模様を付加しようとすると,さらに…工程を加える必要があり作業が繁雑になると共に費用の増大を伴った(【0004】)。
そこで本発明の目的は,下地有色塗装層とその外側の金属層の形状を様々に変化させることで下地塗装層の外観を生かした光輝性外観を呈示させることが可能であると同時に,質感(立体感)の有る模様を浮き立たせることが可能な部材を容易に,かつ,安価に提供するものである。しかもその表面は凹凸の無いフラットな状態をしており取扱に非常に好ましい外観,形状を得るものである(【0005】)。
(エ) 課題を解決するための手段…本発明は,基材本体上に形成されかつ有色の樹脂装飾層と,その装飾層の外側に形成された薄い金属層を組み合わせることにより,文字や模様など様々な形状,色調を表現するものである。金属層は…好みの形状とすることができ…薄膜なため凹凸の無いフラットな表面を維持できる。さらに金属層または樹脂装飾層の上に…透明または有色半透明の保護層を設けることで,品質の向上を図ると共に最下層の塗装との相乗効果による深みのある多彩な 色調を得ることができる(【0006】)。
(オ) 発明の実施の形態…本発明に適用可能な装飾層を有する部材としては,例えば,釣竿,ゴルフクラブのシャフトならびにこれらに類したものが該当し,装飾層には,例えば,商品名,メーカー表示等のマーク,物品の性能等を表す文字や装飾を含めた模様が施されている(【0007】)。
図1(別紙3参照)は本発明の一実施の形態に係る断面図である。基材1上に有色塗装層2が形成され,所定形状にパターニングされた薄膜金属層3とこの薄膜金属層3の外側に形成された透明または半透明の有色保護層とを備えて構成されている(【0008】)。
この有色樹脂装飾層2の外側に薄膜金属層3を形成する…。…薄膜金属層を部材本体1上に形成する方法としては,例えば,スパッタリング法,真空蒸着法,イオンプレーティング法等のPVD(物理的気相成長)法を用いる(【0011】)。
この薄膜金属層はマスキング樹脂或いはシール等のマスキング処理を行うことで 様々な形状とすることができ,下地の有色樹脂装飾層1との組み合わせでオリジナリティーあふれた模様,色調を表現することができる(【0012】)。
薄膜金属層3は,金,銀,銅,鉄,クロム,チタン,ニッケル,アルミニウム,パラジウム或いはこれらの合金でもよく…これらの窒化物や炭化物,炭窒化物,酸化物等も適合する(【0013】)。
この薄膜金属層3の膜厚は特に限定されるものではないが,手触りの点から0.01〜5μmの厚さがよく,また,色調,コストを考慮すると好ましくは0.05〜1μmの範囲がよい(【0014】)。
保護層4は,アクリル系,ウレタン系,エポキシ系等の透明または半透明の樹脂で形成することができる。この保護層4は下地を保護すると共に,わずかに着色させることで下層の金属層3や有色樹脂装飾層1との相乗効果で微妙な色合いを呈する。これによりさらにオリジナリティーあふれた物品とすることができる(【0015】)。
マスキング層5は,めっきに使用されるマスキング樹脂或いはシール等であれば何れでもよく特に限定されるものではない(【0016】)。
(カ) 発明の効果 本発明によれば,軽量かつ意匠性の要求される釣竿やゴルフシャフト等に対し有色樹脂装飾層,薄膜金属層,保護層を組み合わせることで様々な形状の文字やロゴ,模様,色調が表現でき,しかも凹凸のない手触りのよいフラットな外観を呈する物品を提供することができる。従来の方法は下地の塗装は平滑面を得るための塗装であったのに対し,この下地塗装を活かし有色化することにより簡便,かつ,安価に意匠性の優れた物品を提供することができる(【0017】)。
イ 引用発明2の認定 (ア) 引用例2(甲4)には,本件審決が認定したとおりの引用発明2(前記第2の3(2)サ)が記載されていることが認められる。
(イ) 原告は,引用発明2の技術の対象は,表面保護に限られず,装飾を目的と した模様を施す技術をも開示していると主張する。
しかし,本件審決の認定した引用発明2は,表面保護に限定されていないので,原告の上記主張は前提を異にし,理由がない。
ウ 引用発明2の特徴前記アの記載によれば,引用発明2の特徴は,以下のとおりのものと認められる。
(ア) 引用発明2は,装飾層を有する釣竿又はゴルフシャフトに関する(【0001】)。
(イ) 従来,釣り用具やゴルフシャフト等のスポーツ用具には様々な装飾が施されており,例えば,竿素材の外面に塗膜を形成し,マークや文字等の模様がプリントされたシールを塗膜の外面に貼着するとともに,その外面に塗装膜を形成した釣り竿(第1の従来技術)(【0002】)や,装飾層の軽量化のために,物品本体の外面に形成した合成樹脂製の下地層を介して薄い金属層を積層し装飾層として用いた物品(第2の従来技術)(【0003】)が知られていた。
しかし,第1の従来技術では,表面に凹凸が生じる結果,凸部分の摩耗が問題となり,第2の従来技術では,追加の模様を付加するためには工程の追加が必要となり,作業が繁雑になるとともに費用の増大を伴う問題があった(【0004】)。
(ウ) 以上の問題に鑑み,引用発明2では,下地有色塗装層とその外側の金属層の形状を様々に変化させることで下地塗装層の外観を生かした光輝性外観を呈示させることが可能であると同時に,質感(立体感)のある模様を浮き立たせることが可能な部材を容易に,かつ,安価に提供することを目的とする(【0005】)。
(エ) 引用発明2では,釣竿又はゴルフシャフト等において,有色塗装層が形成された基材上に,所定形状にパターニングされた薄膜金属層と,その外側にアクリル系,ウレタン系,エポキシ系等の透明又は半透明の樹脂からなる有色保護層とを設けることによって,上記の目的を達成した(【0006】〜【0008】,【0011】〜【0016】)。
(オ) 引用発明2では,軽量かつ意匠性の要求される釣竿やゴルフシャフト等に 対し有色樹脂装飾層,薄膜金属層,保護層を組み合わせることで様々な形状の文字やロゴ,模様,色調が表現でき,しかも凹凸のない手触りのよいフラットな外観を呈する物品を提供することができる(【0017】)。
(3) 引用発明3についてア 引用例3(甲5)には,おおむね,以下のとおり記載されている。
(ア) 産業上の利用分野本発明は,薄膜が被覆された基板の両面にパターンを形成するパターン同時形成法に関…する(1頁左欄下5〜2行)。
(イ) 従来の技術基板の両面に形成された薄膜に同一のパターンを夫々描く場合,フォトエッチング法がよく用いられる(1頁右欄6〜8行)。
上記フォトエッチング法の欠点は次ぎのように要約することができる。
@ パターン形成工程の工程数が多く,複雑であり,生産性が良くない。さらに,工程数が多いことにより生産設備も多くなる。
A エッチング液の処理に費用がかかり,エッチング工程に熟練を要する。又,作業管理が難しい。
B パターン形状が異なるごとにマスク(原版)が必要となる。
C 表と裏のパターンを同一にするためにマスクの位置合わせ作業に時間と熟練を要する。
D フォトマスクを使用することから鏡の形状が平面に限定される。曲面形状の鏡への適用が困難である。
E 多品種生産には向かない。又,生産コストが高くつく(2頁右上欄12行〜左下欄8行)。
(ウ) 発明が解決しようとする課題本発明は,基板の両面に形成された薄膜に同時にかつフォトマスクやフォトレジストを用いることなくパターンを描くことができるようにすることにより,工程を 短縮するとともに,熟練を要せずに精度の高いかつ品質の安定したパターンを基板の両面に形成することのできるパターン同時形成法を提供することを目的としている(2頁左下欄下9〜3行)。
(エ) 課題を解決するための手段,及び作用・効果(構成)…本発明によるパターン同時形成法は,片面に透明な導電膜又は金属薄膜を,もう一方の片面に金属薄膜を備えた,かつ,レーザ光を透過しうるような基板の何れか一方の片面側から所望のパターン形状に従ってレーザ光を照射することにより,上記両膜の被照射部を同時に除去して所定のパターンを基板の表裏面に形成するようにしたものである。
尚,パターン形成後に,上記導電膜を保護する目的で,該導電膜上全面に透明な絶縁膜を形成するのが好ましい。
(作用)上記構成によれば,レーザ光が基板を透過することにより,レーザ光に照射された両膜の被照射部が溶融,蒸発して基板素地が露出せしめられることになる。従って,所定のパターン形状に従ってレーザ光あるいは基板を走査もしくは移動せしめれば,基板の表裏面に同時にかつ同一の所定のパターンが形成されることになる。…(効果)レーザ光により同時にパターンが形成されるのでパターン形成工程が大幅に短縮でき,かつ,表裏のパターンの位置ずれが生じにくく,パターンの位置精度が向上する。さらに,マスク類やレジスト類を用いなくてよく,作業工数が低減する。又,化学的処理を必要としないので…廃液処理の問題も生じない。さらに,基板が曲面を有してなる場合においてもパターンを形成することができ…パターン形状及びパターン幅の選択の自由度が広くなる。…そして…多品種生産への対応が容易になる(2頁左下欄下1行〜3頁右上欄5行)。
(オ) 実施例第1,2図(別紙4参照)は,基板たる透明ガラス板3の両面に形成された薄膜,詳しくは,金属薄膜(Cr等)5と透明導電膜(ITO膜)4,にパターン2を形 成してなる鏡1を示している。尚,第2図は第1図のU-U線断面図である。上記両膜4,5は蒸着法やスパッタリング法により透明ガラス板3の両面に形成することができる。又,透明ガラス3は平面,曲面の何れの形状であってもよい(3頁右上欄9〜16行)。
このような鏡は,鏡面の曇り度合を電気的に検知するする(原文ママ)ことが可能であり,その用途として自動車のアウターミラー等に利用できる(3頁右上欄17〜19行)。この鏡1は次のようにして形成される。すなわち,透明ガラス3の何れか一方の片面に導電膜4を,又何れか他方の片面に金属薄膜5を,第5図に示した従来技術と同様の蒸着法やスパッタリング法により,形成する(3頁右上欄20行〜左下欄4行)。
次いで…パターン形成工程を第3図(別紙4参照)に示す。…図示されないレーザ発振器から放射されたレーザ光10を集光レンズ11で収束し,焦点12が鏡1の表面近傍又は透明ガラス板3の内部に位置するように集光レンズ11の位置を調整してレーザ光10を鏡1に照射する。…図示の如く,照射されたレーザ光10は,透明ガラス板3を透過する。レーザ光10を照射することにより透明導電膜4とこれと対面する金属薄膜5の各透過部は同時に除去され,パターン溝2a,2bが形成される。従って,形成しようとするパターン形状に従ってレーザ光10を走査すれば,第1図に描かれているようなパターン2が鏡1の表裏面に同一かつ同時に形成される(3頁左下欄8行〜右下欄4行)。
さらに,本実施例では,第2図に示す如く,透明導電膜4を保護するために該膜4の上に,換言すれば鏡1の表面全面に,耐磨耗性のよい透明絶縁膜9,例えばSiO2,を蒸着法等により形成した(4頁左上欄8〜12行)。
これまでの説明では,一方の薄膜を透明な膜で形成した例であるが,用途によっては両方の膜を金属薄膜で形成し,上述と同様にレーザ光を照射してパターンを同時に形成することも可能である。第4図(別紙4参照)は,透明ガラス板3の両面に金属薄膜5,13を形成した場合の変形例を示している。図中,(T)はパター ンが形成された状態の断面図,(U)は一方の片面全面に透明絶縁膜9を被覆した状態の断面図を夫々示している(4頁左上欄下2行〜右上欄7行)。
イ 引用発明3の認定 (ア) 引用例3(甲5)には,本件審決が認定したとおりの引用発明3(前記第2の3(2)カ)が記載されていることが認められる。
(イ) 原告は,引用発明3の技術は,静電容量計測に特化したものではなく,レーザー光によるパターン形成に関する一般的技術であると主張する。
しかし,本件審決の認定した引用発明3は,「被覆基板」に係るものであり,その用途を静電容量計測に特化してはいないので,原告の上記主張は前提を異にし,理由がない。
ウ 引用発明3の特徴 前記アの記載によれば,引用発明3の特徴は,以下のとおりのものと認められる。
(ア) 引用発明3は,薄膜が被覆された基板の両面にパターンを形成するパターン同時形成法に関する(前記ア(ア))。
(イ) 従来,基板の両面に形成された薄膜に同一のパターンをそれぞれ描く場合,フォトエッチング法がよく用いられていたが,フォトエッチング法には多くの欠点があるところ(前記ア(イ)),かかる欠点に鑑み,引用発明3は,基板の両面に形成された薄膜に同時にかつフォトマスクやフォトレジストを用いることなくパターンを描くことができるようにすることにより,工程を短縮するとともに,熟練を要せずに精度の高いかつ品質の安定したパターンを基板の両面に形成することのできるパターン同時形成法を提供することを目的とする(前記ア(ウ))。
(ウ) 引用発明3は,片面に透明導電膜又は金属薄膜を,もう一方の片面にCr等の金属薄膜をレーザ光を透過し得るような基板の表裏に位置する表面に被覆し,レーザ光を照射することにより上記両膜の被照射部を同時に除去して,前記基板の表裏面で対称形状に露出させた所定のパターンを形成し,パターン形成後に該導電膜上全面に透明な絶縁膜を形成し,前記導電膜の表面が保護されている被覆基板の 加工方法(前記ア(エ),(オ))及びかかる加工方法によって形成された被覆基板である。
(エ) 引用発明3では,レーザ光により同時にパターンが形成されるのでパターン形成工程が大幅に短縮でき,かつ,表裏のパターンの位置ずれが生じにくく,パターンの位置精度が向上する。さらに,マスク類やレジスト類を用いなくてよく,作業工数が低減する。また,化学的処理を必要としないので廃液処理の問題も生じない。さらに,基板が曲面を有してなる場合においてもパターンを形成することができ,パターン形状及びパターン幅の選択の自由度が広くなる。そして,多品種生産への対応が容易になる(前記ア(エ))。
(4) 引用例1を主たる引用例とする容易想到性の判断の誤りについて ア 相違点について 前記(1)イのとおり,引用発明1は,両面の金属層を除去するレーザー加工方法に係る発明である。したがって,本件特許発明1と引用発明1との相違点は,次のとおり認められる。
(ア) 本件特許発明1では,「基材の外観と残存した金属被膜層の金属光沢との相異により装飾模様が形成されて」いる「物品の表面装飾構造」であるのに対し,引用発明1では,表裏面に「レーザー加工部が形成されている」物である点。
(イ) 本件特許発明1では,「基材および金属被膜層がそれぞれ表出した状態で,これらの表面が透光性を有する合成樹脂材料からなるクリアコーティング層によって被覆されて,前記金属光沢による装飾模様の表面が保護されている」のに対し,引用発明1では,そのようなものではない点(前記第2の3(2)ウ(イ)のとおり)。
イ 相違点の容易想到性について 引用発明1は,両面の金属層を除去するレーザー加工方法に係る発明であり,バイオセンサ用電極に限定されるものではない。しかし,引用発明1を装飾用途に用いるとしても,引用発明1は,全光線透過率が80%以上の高分子フィルムの表裏面に対称形状に設けられた金属層を有するのに対し,引用例2の【0006】, 【0012】及び【0017】によれば,引用発明2においては,有色塗装層(薄膜金属層の下地となる塗装層が有色であること)が装飾上,必須のものと認められる。したがって,引用発明1に引用発明2を組み合わせることには阻害要因があると認められる。
ウ 小括 よって,引用発明1に基づいて本件特許発明1を容易に想到することができたとは認め難く,本件特許発明1をさらに限定した本件特許発明2ないし4についても,同様である。さらに,方法特許である本件特許発明5についても,本件特許発明1と同様,容易に想到することができたとは認め難く,本件特許発明5をさらに限定した本件特許発明6ないし8についても同様である。前記(1)のとおり,本件審決は,引用発明1の認定に誤りがあるが,引用発明1に基づいて容易に想到することができないとした結論において,誤りはない。
(5) 引用例3を主たる引用例とする容易想到性の判断の誤りについて ア 相違点について 本件特許発明1と引用発明3との相違点は,前記第2の3(2)クのとおり認められる。
イ 相違点の容易想到性について (ア) 引用発明3は,基板の両面にパターンを形成するパターン同時形成法に係る発明であり,その用途は自動車のアウターミラーに限定されるものではない。しかし,引用発明3の具体例は,基板に形成したパターンにより鏡面の曇り度合を電気的に検知するものとして,自動車のアウターミラー等に利用できるというものであって,装飾との関連性に乏しい分野に属し,かかる発明を装飾用途に用いることは,開示も示唆もされていない。
この点に関し,原告は,レーザー加工技術が装飾目的の加工に多用されることは技術常識になっている(甲65〜75)と主張する。しかし,装飾にレーザー加工技術を用いることが広く行われているとしても,当業者において,装飾用途に関す る開示も示唆もない引用発明3を装飾目的に転用することを容易に想到することができたとは直ちにいえない。そして,仮に,引用発明3に引用発明1を組み合わせたとしても,本件特許発明1の「透光性を有する合成樹脂材料からなるクリアコーティング層」を有する構成に至るものではない。
(イ) また,引用発明3は,レーザー光を透過し得るような基板の表裏を有するのに対し,引用発明2においては,前記(4)イのとおり,有色塗装層(薄膜金属層の下地となる塗装層が有色であること)が装飾上,必須のものと認められるのであるから,引用発明3に引用発明2を組み合わせることには阻害要因があると認められる。
ウ 小括 よって,引用発明3に基づいて本件特許発明1を容易に想到することができたとは認め難く,本件特許発明1をさらに限定した本件特許発明2ないし4についても,同様である。さらに,方法特許である本件特許発明5についても,本件特許発明1と同様,容易に想到することができたとは認め難く,本件特許発明5をさらに限定した本件特許発明6ないし8についても同様である。
(6) 引用例2を主たる引用例とする容易想到性について ア 引用例2を主たる引用例とする主張の可否について 特許無効審判の審決に対する取消訴訟においては,審判で審理判断されなかった公知事実を主張することは許されない(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁)。
しかし,審判において審理された公知事実に関する限り,審判の対象とされた発明との一致点・相違点について審決と異なる主張をすること,あるいは,複数の公知事実が審理判断されている場合にあっては,その組合せにつき審決と異なる主張をすることは,それだけで直ちに審判で審理判断された公知事実との対比の枠を超えるということはできないから,取消訴訟においてこれらを主張することが常に許されないとすることはできない。
前記のとおり,本件審決は,@引用発明1を主たる引用例として引用発明2を組み合わせること及びA引用発明3を主たる引用例として引用発明1又は2を組み合わせることにより,本件特許発明容易に想到することはできない旨判断し,その前提として,引用発明2についても認定しているものである。原告は,上記@及びAについて本件審決の認定判断を違法であると主張することに加えて,予備的に,引用発明2を主たる引用例として引用発明1又は3を組み合わせることにより本件特許発明容易に想到することができた旨の主張をするところ,被告らにおいても,当該主張について,本件訴訟において審理判断することを認めている。
引用発明1ないし3は,本件審判において特許法29条1項3号に掲げる発明に該当するものとして審理された公知事実であり,当事者双方が,本件審決で従たる引用例とされた引用発明2を主たる引用例とし,本件審決で主たる引用例とされた引用発明1又は3との組合せによる容易想到性について,本件訴訟において審理判断することを認め,特許庁における審理判断を経由することを望んでおらず,その点についての当事者の主張立証が尽くされている本件においては,原告の前記主張について審理判断することは,紛争の一回的解決の観点からも,許されると解するのが相当である。
なお,本判決が原告の前記主張について判断した結果,請求不成立審決が確定する場合は,特許法167条により,当事者である原告において,再度引用発明2を主たる引用例とし,引用発明1又は3を組み合わせることにより容易に想到することができた旨の新たな無効審判請求をすることは,許されないことになるし,本件審決が取り消される場合は,再開された審判においてその拘束力が及ぶことになる。
イ 相違点について前記(4)イのとおり,引用発明2において,「有色塗装層」は装飾上,必須のものである。また,引用発明2において,「有色塗装層」の形成対象は,釣竿又はゴルフシャフトに特定されている。
したがって,本件特許発明1と引用発明2との相違点は,「本件特許発明1は, 基材を透光性を有する透明又は半透明とし,基材の表裏に金属被膜層を形成するとともに,金属被膜層の一部にレーザー光を照射することにより剥離部を表裏面で対称形状に設けるのに対して,引用発明2は,釣竿又はゴルフシャフトにおいて,有色塗装層を形成された基材の片面に金属被膜層を形成する際にマスキング処理を行って剥離部を設ける」ものと認められる。
ウ 相違点の容易想到性について(ア) 前記(4)イのとおり,引用発明2は有色塗装層を必須の構成とするのであるから,引用発明2に,全光線透過率が80%以上である高分子フィルム基材を有する引用発明1を組み合わせることには阻害要因が認められる。さらに,引用発明2は,管状の部材の装飾に係るものであって,金属層を管の内側と外側の両面に設けることは,相応の困難を伴うというべきである。
(イ) また,引用発明3は,前記(5)イ(イ)のとおり,レーザー光を透過し得るような基板の表裏を有するのであるから,有色塗装層を必須の構成とする引用発明2に対し,引用発明3を組み合わせることには阻害要因があると認められる。
エ 小括よって,引用発明2に基づいて本件特許発明1を容易に想到することができたとは認め難く,本件特許発明1をさらに限定した本件特許発明2ないし4についても,同様である。さらに,方法特許である本件特許発明5についても,本件特許発明1と同様,容易に想到することができたとは認め難く,本件特許発明5をさらに限定した本件特許発明6ないし8についても同様である。
6 結論以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 部眞規子
裁判官 古河謙一
裁判官 鈴木わかな