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事件 平成 28年 (ネ) 10060号 損害賠償請求控訴事件

控訴人X
同訴訟代理人弁護士 吉村弦 棟近健太 川口幸明
被控訴人 株式会社トータルライフプラ ンニング
同訴訟代理人弁護士 長澤格 石原大幹 佐藤功治 菅谷元太
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2016/12/14
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原判決を次のとおり変更する。
2 控訴人は,被控訴人に対し,4230万7816円及びうち3675万円に対する平成28年3月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを5分し,その3を控訴人の負担とし,その余を被控訴人の負担とする。
-1-5 この判決は,第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事案の概要
1 訴訟の概要(略称は,特に断らない限り,原判決に従う。) ? 本件は,被控訴人が,控訴人が理事長を務める医療法人等との間において,韓国における皮膚再生医療技術の独占的実施に関する業務委託等基本契約を締結したところ,同契約に掲げられた医療技術につき,韓国で特許取得の手続が採られておらず,したがって,上記医療法人は,上記独占的実施を許諾する権限を有していなかったにもかかわらず,控訴人は,これらの情報を提供することなく被控訴人をして上記契約を締結させ,対価の一部5250万円を支払わせたと主張して,控訴人に対し,@主位的に,控訴人が契約締結に先立って上記情報を提供すべき義務を怠ったことにつき,不法行為が成立するとして,民法709条に基づき,損害賠償金5250万円及びこれに対する上記支払を行った日である平成20年4月28日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め,A予備的に,控訴人は,理事長として違法な業務執行を是正すべき義務を悪意又は重過失により怠ったとして,一般社団法人及び一般財団法人に関する法律117条1項,198条の趣旨に基づき,損害賠償金5250万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日よりも後である平成26年11月10日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
? 原判決は,@主位的請求につき,控訴人は,被控訴人に対し,不法行為により生じた損害を賠償すべき義務を負い,被控訴人の過失割合30%を過失相殺した後の3675万円及びこれに対する遅延損害金の限度で損害賠償金の支払を求める 限度で理由があり,A予備的請求については,理由がないと判断して,被控訴人の請求を上記の限度で認容し,その余の請求をいずれも棄却した。
控訴人は,原判決を不服として控訴した。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実を含む。) 以下のとおり付加訂正するほかは,原判決の事実及び理由第2の1記載のとおりであるから,これを引用する。
? 原判決7頁26行目「当庁」を「大阪地方裁判所」と改める。
? 原判決8頁13行目から18行目を以下のとおり改める。
「? 原審の経緯 ア 被控訴人は,平成26年10月22日,控訴人及びAに対し,本件訴えを提起した。
イ 控訴人は,平成27年1月30日の第1回弁論準備手続期日において,被控訴人の控訴人に対する不法行為に基づく損害賠償請求権について,消滅時効援用する旨の意思表示をした(弁論の全趣旨)。
ウ 被控訴人は,平成28年2月25日,A及びO.T.A.との間で,Aにおいて,被控訴人に対し,5250万円及びこれに対する平成20年4月28日から支払済みまでの遅延損害金を分割して支払う旨の和解契約(以下「本件和解契約」という。)を締結した。
被控訴人は,同月26日,Aに対する訴えを取り下げ,Aは,これに同意した。
? Aによる一部弁済 Aは,平成28年3月29日,被控訴人に対し,本件和解契約に基づいて900万円を支払った。」 3 争点 以下のとおり付加訂正するほかは,原判決の事実及び理由第2の2記載のとおりであるから,これを引用する。
? 原判決8頁21行目「韓国での」を「韓国における」と改める。
? 原判決8頁25行目の後に,行を改めて以下のとおり付加する。
「オ 更改又は弁済の抗弁(争点5)」 ? 原判決9頁1行目から2行目を,「ア 敬晴会の理事として同法人の違法な業務執行を是正すべき任務の懈怠の有無(争点6)」と改める。
? 原判決9頁3行目「争点6」を「争点7」と改める。
当事者の主張
1 争点?(不法行為の成否)について〔被控訴人の主張〕 ? 甲1契約における控訴人の情報提供義務について 甲1契約が締結された当時,甲1契約に掲げられた甲2発明等の医療技術(本件皮膚再生医療技術)につき,韓国において,特許取得手続は採られていなかった上,敬晴会は,本件皮膚再生医療技術の実施許諾を行う権限(再実施許諾権)も有していなかった。
そして,控訴人は,被控訴人に対し,以下のとおり,信義則上,甲1契約締結に先立って上記の重要な情報を提供すべき義務を負っていた。
ア 控訴人の甲1契約への関与について 敬晴会は,平成18年12月18日,TESとの間で,同社から,敬晴会が近畿地区において甲2発明を実施することなどについて許諾を受ける旨の業務委託等基本契約を締結しており,したがって,控訴人は,敬晴会の理事長として,甲1契約締結の1年以上前から,甲2発明に関する特許等の詳細を知り得る立場にあった。
控訴人は,当初,Aの仲介の下で,イル・クックと甲1契約に係る計画を立てていたが,平成20年4月頃,被控訴人を招き入れ,被控訴人代表者に対し,自ら甲1契約の締結に向けた説明を行い,また,話合いもしていた。さらに,控訴人は,甲1契約締結後も,同契約に関連する事項について,敬晴会の担当者かつ代表者として被控訴人に対応していた。控訴人と被控訴人代表者との間では,平成22年3 月以降,甲1契約の履行に関する多数のメールがやり取りされており,このことからも,控訴人が甲1契約に関して不可欠な役割を果たしていたことが明らかである。
また,敬晴会は,甲1契約において,O.T.A.と共に,被控訴人の事業支援を行う義務を負っていたのであるから,その理事長である控訴人が契約内容の確定に全く関与していないとは考えられない。
イ 控訴人が医療法人の理事長として負うべき義務について @O.T.A.が,平成20年4月28日,被控訴人から本件対価として支払われた5250万円のうち,2100万円を控訴人の個人名義の銀行口座へ振込送金したこと,ATESと敬晴会との契約に関する敬晴会からTESへの1050万円の支払も,控訴人の個人名義でされたことから,敬晴会は,控訴人の個人的団体であり,両者は実質において同一視できる関係にあった。
したがって,敬晴会として被控訴人と交渉することができ,かつ,交渉すべき地位にあったのは,控訴人のみである。
そして,甲1契約においては,甲2発明に係る韓国における独占的通常実施権が主要な目的であり,敬晴会が上記権利を保有することが前提とされていたのであるから,上記権利につき,敬晴会及びその代表者である控訴人が自ら調査・説明の義務を負うのは当然であり,現に,前訴判決も,敬晴会は,被控訴人に対し,契約締結に先立って前記の甲2発明に係る韓国における特許出願手続等の重要な情報を提供すべき義務を負う旨認定したところ,法人が義務を履行するためには,自然人が同履行を現実に実施する必要があり,敬晴会の上記情報提供義務を履行する権限を有し,かつ,現実に履行し得たのは,控訴人のみであった。
? 控訴人の不法行為責任について 控訴人が被控訴人に対して甲1契約締結に先立ち前記重要な情報(本件皮膚再生医療技術につき,韓国において,特許取得手続は採られておらず,敬晴会は,同技術の再実施許諾権を有していなかったこと)を告げなかったので,被控訴人は,韓国において甲2発明の特許取得手続が完了しており,敬晴会及びO.T.A.と契 約を締結することにより,韓国で本件皮膚再生医療技術を利用した事業を独占的に展開できるものと信じて甲1契約を締結し,対価とされた9450万円のうち5250万円を支払った。
控訴人は,前記?のとおり,信義則上,甲1契約締結に先立って上記の重要な情報を提供すべき義務を負っていたにもかかわらず,故意又は重過失により,若しくは少なくとも過失によりそれを怠ったものであるから,被控訴人に対する不法行為責任を負う。
〔控訴人の主張〕 原判決10頁13行目から11頁2行目を以下のとおり改めるほかは,原判決9頁24行目から11頁2行目記載のとおりであるから,これを引用する。
「ア 甲1契約における敬晴会及び控訴人の情報提供義務について 敬晴会及び控訴人は,甲1契約締結に先立って,本件皮膚再生医療技術に関し,名古屋大学が有する特許権の状況について調査した上で,その正確な情報を被控訴人に伝える義務を負うものではない。その理由は,以下のとおりである。
甲1契約に関する交渉は,専らO.T.A.の代表者であるAが行っていた。すなわち,Aは,平成18年9月頃から,甲2発明を含む本件皮膚再生医療技術に関する事業に携わっており,当時の勤務先であったTESが名古屋大学から独占的に甲2発明の通常実施権等の許諾を受けたことを知って,自ら手がけていた韓国における皮膚再生医療事業につき,O.T.A.において関与することを企てた。
そして,Aは,敬晴会を取り込み,自身はコーディネーターとして皮膚再生医療事業に関与して利益を得ようと考え,敬晴会に対し,甲2発明の通常実施権等の購入を勧め,平成20年4月10日,敬晴会とTESとの間で,上記許諾に係る契約上の地位を同社から敬晴会に移転する契約を締結させ,そのわずか14日後に,O.T.A.,被控訴人及び敬晴会との間で甲1契約を締結させた。このように,Aは,上記の敬晴会とTESとの契約を含め,甲1契約に至る交渉を全て取り仕切り,甲1契約の内容も決めた。また,Aは,知的財産に関する知識を有しており,上記の 敬晴会とTESとの契約及び甲1契約の書面を起草作成した。
他方,敬晴会は,医療法人にすぎず,特許権取得や国際出願に関する専門的知識もノウハウも有していなかった。敬晴会の代表者である控訴人も,医師であり,知的財産権や契約関係には疎かった。敬晴会及び控訴人は,甲1契約に関する交渉及び契約内容の決定には一切関与しておらず,Aから甲1契約への調印を求められ,コーディネーターであった同人を信用して応じたにすぎない。そして,甲1契約の対価は,全く受領していない。また,甲1契約の文面からみても,敬晴会が負う債務は,ノウハウ及び情報の提供並びに知的財産権の実施許諾及び一定の事業支援にとどまり,韓国における甲2発明の特許取得手続等は,甲1契約の内容に含まれず,その前提ともなっていない。
甲1契約がAによって仕組まれたものであることは,甲1契約においては,@敬晴会が,主要業務である歯科医師の医療技術を提供し,かつ,甲2発明の実施許諾権の実施権利者でありながら,総額9450万円の契約対価のうち2100万円の請求権を有するにすぎず,その余の7350万円は全てO.T.A.が取得すること,A1枚の契約書に敬晴会の業務とO.T.A.の業務とを混在させ,同社が指定する銀行口座を全ての契約対価の支払先としていること,B現に,同社は,被控訴人から,契約対価の一部として5250万円の支払を受けたことからも,明らかである。
イ 控訴人が医療法人の理事長として負うべき義務について 被控訴人が主張する契約締結に先立って重要な情報を提供すべき注意義務の発生根拠は,契約当事者間における信義則に求められるものであるが,控訴人は,医療法人敬晴会の理事長として同法人の職務を行ったにすぎず,同法人とは別個の権利主体である控訴人が注意義務を負うことはない。
原判決は,敬晴会が甲1契約を締結するために同法人の理事長として調印手続を行ったにすぎない控訴人に対し,特許の再実施に関する情報の調査・提供という過大な注意義務を課した点において,誤りがある。
ウ 敬晴会及びO.T.A.による説明について 敬晴会及びO.T.A.は,甲1契約締結に至るまでに,被控訴人に対し,本件国際特許出願について既に韓国における国内移行期限が切れていることを説明した。」 2 争点?(損害発生の有無及び額)について 原判決11頁4行目から11行目記載のとおりであるから,これを引用する。
3 争点?(消滅時効の成否)について 原判決11頁13行目から13頁19行目記載のとおりであるから,これを引用する。
4 争点?(過失相殺)について 原判決13頁21行目から14頁1行目記載のとおりであるから,これを引用する。
5 原判決14頁1行目の後,行を改めて以下のとおり付加する。
「5 争点?(更改又は弁済の抗弁)について〔控訴人の主張〕 ア(主位的主張) 被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求権は,本件和解契約によって,更改により消滅した。
イ(予備的主張) Aは,平成28年3月29日,被控訴人に対し,本件和解契約に基づき900万円を支払っており,その弁済の効果は,被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求権にも及ぶ。
〔被控訴人の主張〕 ア(主位的主張) 争う。
イ(予備的主張) 被控訴人の控訴人に対する損害賠償金5250万円については,平成28年3月29日の時点において,2079万6881円の遅延損害金が発生しており,Aが被控訴人に対して弁済した900万円は,その全額が上記遅延損害金に充当された。」 6 争点?(敬晴会の理事として同法人の違法な業務執行を是正すべき任務の懈怠の有無)について 原判決14頁4行目から14行目記載のとおりであるから,これを引用する。
7 争点?(損害発生の有無及び額)について 原判決14頁16行目から20行目記載のとおりであるから,これを引用する。
当裁判所の判断
1 認定事実 以下のとおり付加訂正するほかは,原判決14頁23行目から21頁12行目記載のとおりであるから,これを引用する。
? 原判決17頁5行目,10行目,18頁10行目及び11行目「甲7の12契約」を,いずれも「本件再実施許諾契約」と改める。
? 原判決20頁5行目「これについては,」から6行目「説明されている」までを以下のとおり改める。
「控訴人及びAは,上記2100万円につき,敬晴会が,O.T.A.に対し,本件皮膚再生医療技術を北海道において実施することを再許諾する旨の契約を締結し,その対価の一部としてO.T.A.から支払われたものである旨を説明している」 ? 原判決21頁8行目から12行目を以下のとおり改める。
「? 被控訴人による提訴 ア 被控訴人は,控訴人及びAの対応から,話合いによる解決は困難であると考え,平成24年3月21日,敬晴会及びO.T.A.らを被告として,大阪地方裁判所に訴えを提起し(同庁平成24年(ワ)第3061号事件),一部認容の判決を受けたものの,これに不服があるとして控訴した。なお,O.T.A.は,附帯控訴した(知的財産高等裁判所平成26年(ネ)第10132号事件・平成27年(ネ) 第10004号事件)。
知的財産高等裁判所は,平成27年4月13日,敬晴会及びO.T.A.は,被控訴人に対して甲2発明が韓国において特許登録され得るものかどうかに係る情報を提供する義務に違反し,被控訴人に対する共同不法行為責任を負うとした上で,敬晴会及びO.T.A.に対し,3割の過失相殺後の3675万円の損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を命じ,被控訴人のその余の請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡し,同判決は確定した(甲3,10の1)。
イ 被控訴人は,平成26年10月22日,控訴人及びAを被告として,大阪地方裁判所に本件訴えを提起した。
被控訴人は,平成28年2月26日,Aに対する訴えを取り下げ,Aは,これに同意した。」 2 争点?(不法行為の成否)について ? 敬晴会の不法行為責任について ア 敬晴会の義務について 以下によれば,敬晴会は,甲1契約の締結に当たり,信義則上,被控訴人に対し,甲2発明が韓国において特許登録され得るものであるか否かに関する情報を調査・提供する義務(以下「本件情報提供義務」という。)を負うものと解される。
(ア) 前記1のとおり,甲1契約は,敬晴会が,被控訴人に対し,韓国において本件皮膚再生医療技術を独占的に展開するために必要なノウハウ及び情報等を提供するとともに,必要な知的財産権の実施を許諾(再実施許諾)するというものであるから(第1条),実施許諾されるべき必要な知的財産権は,韓国において本件皮膚再生医療技術を独占的に実施するために必要なものを指すと解される。
そして,甲1契約において,第1条を受けた第2条に甲2発明が挙げられているのであるから,甲2発明が上記の実施許諾されるべき必要な知的財産に含まれることは,明らかである。さらに,甲2発明は,甲1契約において具体的に挙げられた唯一の発明である上,本件皮膚再生医療技術に用いられる皮膚組織改善材等に係る ものであって,その内容(甲7の8参照)に照らしても,本件皮膚再生医療技術の実施に当たり,当然に必要となるものと認められる。
そうすると,甲1契約の趣旨及び甲2発明の内容に照らし,韓国において,本件ノウハウのみならず,甲2発明に係る技術を独占的に実施することができることは,甲1契約の当然の前提であると解される。
(イ) そして,韓国における甲2発明に係る技術の独占的な実施は,同国において甲2発明に係る特許権を取得することによって,可能となるものである。また,甲1契約の第2条には,「本基本契約において,『本件特許権等』とは,下記の特許権及び甲(判決注・敬晴会)が今後所有権ないし実施権を取得する皮膚再生医療に関する特許権のすべてを指す。 と記載された上で, 」 甲2発明の出願番号が挙げられており,同記載内容から,甲2発明は,韓国において特許登録がされ得るものと理解することができる。さらに,そもそも韓国において甲2発明に係る特許権を取得し得ないことが明らかなのであれば,甲1契約によって同国における甲2発明の実施の許諾を得る必要はない。
以上によれば,甲1契約は,甲2発明につき,韓国において特許取得のための手続が採られ,特許登録がされる可能性のあるものであり,特許登録がされた場合には,被控訴人においてその独占的実施許諾を受けられることを前提としていたものと認められる。
そうすると,甲2発明が,韓国において特許登録され得るものかどうかに係る情報(例えば,韓国における審査の進捗状況など)は,甲1契約の独占的実施の対象となる権利に関するものであり,契約の重要な部分に当たるものであって,被控訴人が甲1契約を締結するか否かを判断するに当たって必要とする情報であったものということができる。
(ウ) 一方,敬晴会は,甲1契約上,本件皮膚再生医療技術に関し,甲2発明を含む名古屋大学が有する特許権に係る発明について,被控訴人に対し,再実施許諾をする立場にある。そうすると,甲2発明が韓国において特許登録され得るものであ るか否かは,甲1契約の対象となる独占的実施権に関する重要な情報であるから,再実施許諾をする者としては,契約の相手方である被控訴人に対し,信義則上,上記重要な情報を調査・提供する義務を負うものというべきである。
イ 敬晴会の本件情報提供義務違反について 前記1の認定事実によれば,名古屋大学が,本件国際特許出願につき,指定国としていた韓国において特許協力条約22条及び39条所定の期間内に国内移行手続を行わなかったことから,同24条により,本件国際特許出願の効果は,韓国における国内出願の取下げの効果と同一の効果をもって消滅し,甲2発明は,甲1契約締結当時,既に韓国において特許登録を受けることができなくなっていた。
しかし,敬晴会は,これを代表する理事長である控訴人において,甲1契約の締結に当たり,上記のとおり甲2発明が韓国において特許登録を受けることができなくなっていたという事実を被控訴人に伝えなかったのであり,過失により,本件情報提供義務を怠ったものと認められる。
そして,前記1の認定事実及び被控訴人代表者の供述(乙5)によれば,被控訴人は,@名古屋大学が,同大学において開発した甲2発明を含む本件皮膚再生医療技術につき,韓国内において独占的な権利を有し,あるいは,そのような権利を取得するための手続を採り得る立場にあること及びA敬晴会が,本件皮膚再生医療技術に係る再実施許諾権を有しており,被控訴人に対して再実施許諾をすることを前提として,甲1契約を締結したのであり,上記のとおり,甲2発明は,韓国において特許登録を受けることができなくなっていた事実を知っていれば,甲1契約を締結しなかったものと認められる。
以上によれば,敬晴会が過失により本件情報提供義務を怠り,上記事実を被控訴人に伝えなかった結果,被控訴人は,甲1契約を締結するに至ったものであるから,敬晴会は,本件情報提供義務違反により,被控訴人に生じた損害を賠償する義務を負う。
? 控訴人の不法行為責任について 控訴人は,理事長として敬晴会を代表し,その業務を総理するものであり(平成27年法律第74号による改正前の医療法46条の4第1項),この権限に基づき,甲1契約の一方当事者である敬晴会を代表して甲1契約を締結したものである。
しかも,前記1の認定事実及び控訴人の供述(甲7の11,乙4)によれば,@敬晴会は,平成20年4月10日,TESとの間で,同社が名古屋大学から甲2発明とノウハウについての実施許諾等を受ける契約上の地位を承継する旨の乙2契約を締結し,その後,控訴人は,甲2発明を含む本件皮膚再生医療技術を韓国において事業化することを考え,Aの仲介の下,イル・クックと交渉を進めていたこと,A控訴人は,歯科大学の先輩であった被控訴人代表者に対し,上記事業化の話をしたところ,被控訴人代表者から,強い関心をもって,韓国における本件皮膚再生医療技術の独占的実施の可否を尋ねられ,類似品を完全に止めることはできない旨を説明したこと,B被控訴人代表者が,それでも可能であれば韓国において事業を展開したい旨の希望を述べたので,控訴人は,平成20年4月15日,Aに被控訴人代表者を紹介したこと,C控訴人は,甲1契約の内容に関し,技術提供を求められたのに対して,その対価は支払ってほしい旨を申し入れたことなど,控訴人は,甲1契約の締結に至る経緯において主体的に行動していたことが認められる。
以上によれば,控訴人は,敬晴会と同様に,本件情報提供義務を負い,前記?のとおり,同義務違反という不法行為によって被控訴人に生じた損害を賠償する義務を負うものと解すべきである(最高裁昭和48年(オ)第930号同49年2月28日第一小法廷判決・裁判集民事111号235頁,最高裁昭和54年(オ)第413号同年11月30日第二小法廷判決・裁判集民事128号139頁参照)。
なお,前記1の認定事実によれば,敬晴会及び控訴人に加え,O.T.A.及びAも,本件情報提供義務違反によって被控訴人に生じた損害を賠償する債務を負うものと認められ,これらの債務は,不真正連帯債務と解される。
? 控訴人の主張について ア 控訴人は,Aが甲1契約に至る交渉を全て取り仕切り,甲1契約の内容を決 め,甲1契約の書面等も起草作成したのに対し,敬晴会及び控訴人は,特許権取得等に関する専門知識等を有しておらず,甲1契約に関する交渉及び契約内容の決定には一切関与していなかったことなどを理由に,敬晴会及び控訴人のいずれも,甲1契約締結に先立って,本件皮膚再生医療技術に関し,名古屋大学が有する特許権の状況について調査した上で,その正確な情報を被控訴人に伝える義務を負うものではない旨主張する。
しかし,前記?及び?のとおり,本件情報提供義務は,敬晴会が甲1契約の当事者として信義則上負うものであり,また,控訴人は,敬晴会を代表して甲1契約を締結する立場にあった上,甲1契約の内容に関して技術提供の対価の支払を求めるなど,甲1契約の締結に至る経緯において自ら主体的に行動していたのであるから,敬晴会と同様に,本件情報提供義務を負うものである。なお,控訴人は,甲1契約締結当時,韓国において甲2発明に係る技術を独占的に実施するためには,日本における特許出願とは別に,韓国における手続を要することは認識していたのであるから(乙4)特許権取得等に関する知識を何ら有していなかったとまではいい難い。
, イ 控訴人は,敬晴会の理事長として同法人の職務を行ったにすぎず,同法人とは別個の権利主体である控訴人が注意義務を負うことはない旨主張するが,前記?に照らし,同主張は,採用できない。
ウ 控訴人は,敬晴会及びO.T.A.は,甲1契約締結に至るまでに,被控訴人に対し,本件国際特許出願について既に韓国における国内移行期限が切れていることを説明した旨主張するが,そのような事実を認めるに足りる証拠はない。
3 争点?(損害発生の有無及び額)について 被控訴人は,敬晴会及び控訴人の本件情報提供義務違反により,5250万円の損害を被ったものと認められる。その理由は,原判決の事実及び理由第4の2?記載のとおりであるから,これを引用する。
4 争点?(消滅時効の成否)について 前記3の本件情報提供義務違反に基づく損害賠償請求権が時効消滅したとは認め られない。その理由は,原判決の事実及び理由第4の2?記載のとおりであるから,これを引用する。
5 争点?(過失相殺)について 被控訴人の過失割合を30%と認めるのが相当であり,控訴人は,被控訴人に対し,本件情報提供義務違反によって生じた損害5250万円につき,その30%を過失相殺した後の3675万円を賠償すべき義務を負う。その理由は,原判決の事実及び理由第4の2?記載のとおりであるから,これを引用する。
6 争点?(更改又は弁済の抗弁)について ? 認定事実 ア 本件和解契約の内容 被控訴人,A及びO.T.Aとの間で,平成28年2月25日,公正証書により,おおむね,以下の内容の本件和解契約が締結された(甲15)。
(ア) Aは,被控訴人に対し,5250万円及びこれに対する平成20年4月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払う義務があることを認める。
(イ) Aは,被控訴人に対し,上記(ア)の金員を,次のとおり分割して支払う(なお,充当に関する規定はない。。
) a 平成28年3月末日限り 900万円 b 平成29年3月末日限り 700万円 c 平成30年3月末日限り 700万円 d 平成31年3月末日限り 700万円 e 平成32年3月末日限り 上記(ア)の金員から上記aないしdの金員の合計額を差し引いた残額 (ウ) Aが,上記(イ)の分割金の支払を怠り,その額が700万円に達したときは,何らの通知催告なく,当然に期限の利益を喪失する。
(エ) Aが,上記(イ)aないしdの金員を期限の利益を喪失することなく支払い,その額が合計3000万円に達したときは,被控訴人は,Aに対し,その余の金員 の支払義務を免除する。なお,同免除の対象金員のうち,1300万円については,控訴人にも免除の効力が及ぶものとする。
(オ) 被控訴人は,上記(エ)の規定により,Aの被控訴人に対する債務を免除した場合,O.T.A.に対しても,被控訴人に対する一切の支払債務を免除する。
イ Aによる弁済 Aは,平成28年3月29日,被控訴人に対し,本件和解契約に基づき,900万円を支払った(弁論の全趣旨)。
? 更改について 控訴人は,被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求権は,本件和解契約によって,更改により消滅した旨主張する。
しかし,前記2によれば,控訴人は,敬晴会,O.T.A.及びAと共に,本件情報提供義務違反によって被控訴人に損害を生じさせた共同不法行為責任を負うものということができる。そして,上記損害を賠償する債務は,不真正連帯債務と解され,不真正連帯債務の場合には,各債務者に対する債務は別々に存在するから,債権者と一部の債務者との間で和解等が成立しても,現実の弁済がない限り,他の債務者の債務に影響がないと解するのが相当である(最高裁昭和44年(オ)第479号同45年4月21日第三小法廷判決・裁判集民事99号89頁参照) したが 。
って,仮にO.T.A.及びAの債務が更改によって消滅したとしても,現実の弁済がない限り,不真正連帯債務者である控訴人の債務には影響がない。
そして,前記?イのAによる900万円の弁済は,後記?のとおりその全額が当時既に発生していた遅延損害金の一部に充当されるから,被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求権の元本に影響を及ぼすものではない。
なお,前記?アのとおり,本件和解契約には,Aが平成31年3月末日まで分割約定に従って期限の利益を喪失することなく支払い,その額が合計3000万円に達したときは,被控訴人は,Aに対し,その余の金員の支払義務を免除するとともに上記免除の対象金員のうち1300万円については控訴人にも免除の効力が及ぶ 旨の規定があり,同規定によれば,本件和解契約がその締結によって直ちに被控訴人の控訴人に対する損害賠償請求権を消滅させる趣旨のものでないことは,明らかである。
したがって,上記主張は,理由がない。
? 弁済の抗弁について 控訴人は,前記5のとおり,本件情報提供義務違反によって生じた損害のうち3675万円及びこれに対する平成20年4月28日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払義務を負い,平成28年3月29日当時,1455万7816円の遅延損害金が発生していた。不真正連帯債務者であるAは,平成28年3月29日に被控訴人に対して本件和解契約に基づき900万円を支払ったところ,民法491条1項により,上記900万円の全額が上記遅延損害金に充当されたものである。よって,同日現在の確定遅延損害金の残額は,555万7816円である。
7 争点?(敬晴会の理事として同法人の違法な業務執行を是正すべき任務の懈怠の有無)について 控訴人は,敬晴会の理事として同法人の違法な業務執行を是正すべき任務の懈怠に係る責任を負うものではない。その理由は,原判決の事実及び理由第4の3記載のとおりであるから,これを引用する。
8 結論 以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人の控訴人に対する請求は,3675万円及び確定遅延損害金の残額555万7816円の合計額である4230万7816円並びにうち3675万円に対する平成28年3月30日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから認容し,その余はいずれも理由がないから棄却すべきである。
したがって,原判決は,一部失当であって,控訴の一部は理由があるから,原判決を上記のとおり変更することとし,よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 部眞規子
裁判官 古河謙一
裁判官 鈴木わかな
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