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関連審決 無効2014-800121
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事件 平成 27年 (ワ) 29158号 特許権侵害差止請求事件

原告 デビオファーム・インターナショナル・エス・アー
同訴訟代理人弁護士 大野聖二
同 大野浩之
同 木村広行
同訴訟代理人弁理士 松任谷優子
同訴訟復代理人弁護士 多田宏文
被告 共和クリティケア株式会社
同訴訟代理人弁護士 重冨貴光
同 長谷部陽平
同 石津真二
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2016/12/07
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
1 被告は,別紙被告製品目録記載の各製剤について,生産,譲渡,輸入又は譲 渡の申出をしてはならない。
2 被告は,別紙被告製品目録記載の各製剤を廃棄せよ。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
事案の概要
1 1 本件は,発明の名称を「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法 及び使用」とする特許(第4430229号)を有する原告が,被告の製造・ 輸入・販売等する別紙被告製品目録記載の各製品が,上記特許の特許請求の範 囲請求項1記載にかかる発明の技術的範囲に属すると主張して,被告に対し, 上記各製品の製造等の差止及び廃棄を求める事案である。
2 前提事実(当事者間に争いのない事実又は文中掲記した証拠及び弁論の全趣 旨により容易に認定できる事実) (1) 当事者 ア 原告 原告は,医薬品等の製造,販売及び輸出等を業とし,スイス法に準拠し て設立された法人である。
イ 被告 被告は,医薬品等の製造,販売及び輸入等を業とする株式会社である。
(2) 原告の有する特許権 原告は,以下の特許権(請求項の数17。以下「本件特許権」又は「本件 特許」といい,特許請求の範囲請求項1にかかる発明を「本件発明」という。
また,本件特許に係る明細書〔甲2〕を「本件明細書」という。なお,本件 特許の特許公報を末尾に添付する。)の特許権者である。本件特許の出願人 は訴外サノフィ-アベンティスであり,原告は,登録後に,出願人から特許 権の移転を受けた。(甲1,2) 発明の名称 オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法 及び使用 特許番号 特許第4430229号 出 願 日 平成11年2月25日 優 先 日 平成10年2月25日 (優先権主張国 英国/優先権主張番号 9804013.2) 2 (3) 本件特許の特許請求の範囲 本件特許の特許請求の範囲請求項1には,次のとおり記載されている。
「オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を 包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって,製薬上許容可能な担 体が水であり,緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,緩衝 剤の量が,以下の: (a)5x10-5M 〜1x10-2M , (b)5x10-5M 〜5x10-3M , (c)5x10-5M 〜2x10-3M , (d)1x10-4M 〜2x10-3M ,または (e)1x10-4M 〜5x10-4M の範囲のモル濃度である,組成物。」(4) 本件発明の構成要件 本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりである。
A オキサリプラチン, B 有効安定化量の緩衝剤および C 製薬上許容可能な担体を包含する D 安定オキサリプラチン溶液組成物であって, E 製薬上許容可能な担体が水であり, F 緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり, G 緩衝剤の量が,以下の: (a)5x10-5M 〜1x10-2M , (b)5x10-5M 〜5x10-3M , (c)5x10-5M 〜2x10-3M , (d)1x10-4M 〜2x10-3M ,または (e)1x10-4M 〜5x10-4M 3 の範囲のモル濃度である,組成物。
(5) 本件特許に関する特許無効審判請求及び訂正請求 ア 訴外ホスピーラ・ジャパン株式会社(以下「ホスピーラ」という。)は, 特許庁に対し,本件特許が無効であると主張して,特許無効審判請求をし た(無効2014-800121号事件)。
イ 原告は,上記無効審判において,本件特許の特許請求の範囲請求項1に ついて訂正請求をした(以下,同訂正請求による訂正を「本件訂正」とい う。)。
ウ 特許庁は,平成27年7月14日,本件訂正を認めた上で,本件訂正後 の特許請求の範囲請求項1に記載の発明(以下「本件訂正発明」という。) に無効理由がない旨の審決をした。
エ ホスピーラは,同年8月21日,知的財産高等裁判所に対し,上記ウの 審決について取消訴訟を提起した。
(6) 本件訂正後の特許請求の範囲 本件訂正後の特許請求の範囲請求項1には,次のとおり記載されている。
(本件訂正による訂正部分を下線で示す。) 「オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を 包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって,製薬上許容可能な担 体が水であり,緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり, 1)緩衝剤の量が,以下の: (a)5x10-5M 〜1x10-2M , (b)5x10-5M 〜5x10-3M , (c)5x10-5M 〜2x10-3M , (d)1x10-4M 〜2x10-3M ,または (e)1x10-4M 〜5x10-4M の範囲のモル濃度である,pHが3〜4.5の範囲の組成物,あるいは 4 2)緩衝剤の量が,5x10-5M 〜1x10 -4M の範囲のモル濃度である,組成物。」(7) 本件訂正発明の構成要件 本件訂正発明を構成要件に分説すると,次のとおりである(本件訂正に よる訂正部分を下線で示す。)。
A オキサリプラチン, B 有効安定化量の緩衝剤および C 製薬上許容可能な担体を包含する D 安定オキサリプラチン溶液組成物であって, E 製薬上許容可能な担体が水であり, F 緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり, G 1)緩衝剤の量が,以下の: (a)5x10-5M 〜1x10-2M , (b)5x10-5M 〜5x10-3M , (c)5x10-5M 〜2x10-3M , (d)1x10-4M 〜2x10-3M ,または (e)1x10-4M 〜5x10-4M の範囲のモル濃度である, H pHが3〜4.5の範囲の組成物,あるいは I 2)緩衝剤の量が,5x10 -5M 〜1x10-4M の範囲のモル濃度である,組成 物。
(8) 被告の製品 ア 被告は,別紙被告製品目録記載の各製品(以下,これらを併せて「被告 各製品」という。)を製造若しくは輸入又は販売している。
イ 被告各製品は,構成要件A,C,E及びHを充足する。
また,被告各製品中には,オキサリプラチンが分解して溶液中に生じる シュウ酸(以下「解離シュウ酸」という。)が含まれているが,シュウ酸又 5 はそのアルカリ金属塩は別途に添加されておらず,添加物としてリン酸及 びリン酸水素ナトリウム水和物が含まれている(甲5,6)。
(9) 本件特許の優先日前の先行文献の存在 本件特許の優先日(平成10年2月25日)の前には,以下の先行文献が 存在する。
ア 平成7年(1995年)発行の「貴金属 Precious Metals 1995, 16(4)」に掲載された普紹平ら作成にかかる「オキサリプラチンの熱 水和動力学研究」(訳文は乙1の2による。)と題する論文(乙1の1。
以下,同論文を「乙1文献」といい,同文献に記載された発明を「乙1発 明」という。) イ 昭和60年(1985年)10月発行の「薬学雑誌105(10)」に 掲載された喜谷喜徳作成にかかる「制癌性白金錯体の研究」と題するレビ ュー(乙2。以下,同レビューを「乙2文献」といい,同レビューに記載 された発明を「乙2発明」という。) ウ 平成8年(1996年)2月22日に国際公開された国際公開第96/ 04904号公報(乙3。以下,同公報を「乙3公報」といい,同公報に 記載された発明を「乙3発明」という。) エ 平成9年2月10日に公開された公開特許公報特開平 9-40685 (乙16。以下,同公報を「乙16公報」といい,同公報に記載された発 明を「乙16発明」という。) オ 平成6年(1994年)9月6日に国際公開された国際公開第94/1 2193号公報(乙17の1。以下,同公報を「乙17公報」といい,同 公報に記載された発明を「乙17発明」という。) カ 平成7年2月28日に公開された公開特許公報特開平 7-53368 (乙29。以下,同公報を「乙29公報」といい,同公報に記載された発 明を「乙29発明」という。) 6 3 争点 (1) 被告各製品は本件発明の技術的範囲に属するか ア 構成要件B,F及びGの「緩衝剤」の充足性 イ 構成要件Fの「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」の充足性 ウ 構成要件Bの「有効安定化量」の充足性 エ 構成要件Dの「安定オキサリプラチン溶液組成物」の充足性 オ 構成要件Gの「モル濃度」の充足性 (2) 本件特許及び本件訂正後の本件特許は特許無効審判により無効にされるべ きものか なお,訂正請求が適法であるためには,訂正後の発明(本件訂正発明)は 訂正前の発明(本件発明)と比して保護範囲は同じ又は狭くなければならな いから,本件訂正発明の新規性及び進歩性欠如の主張は本件発明にも同様に 当てはまることを前提として,当事者は,後記争点アないしウについて,本 件訂正発明についての新規性又は進歩性欠如の主張をしている。
ア 乙2発明に基づく新規性又は進歩性欠如 イ 乙3発明に基づく新規性又は進歩性欠如 ウ 乙1発明に基づく進歩性欠如 エ 「安定」に関する明確性要件違反の有無 オ 「緩衝剤の量」に関する明確性要件違反の有無 カ その他の記載要件違反の有無 (3) 訂正の対抗主張の成否 ア 本件訂正発明に関する構成要件該当性 イ 本件訂正により無効理由が解消されるか
争点に関する当事者の主張
1 争点(1)ア(構成要件B,F及びGの「緩衝剤」の充足性)について 〔原告の主張〕 7 (1) 本件発明の「緩衝剤」には「シュウ酸」が含まれているところ,被告各製 品は,シュウ酸を包含しているから,構成要件B,F及びGの「緩衝剤」を 充足する。
(2) 被告の主張に対する反論 この点に関して被告は,本件発明の「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」 である「緩衝剤」は,オキサリプラチン溶液に緩衝剤として添加するシュウ 酸(以下「添加シュウ酸」ということがある。)又はそのアルカリ金属塩を意 味し,解離シュウ酸(オキサリプラチンから解離して生じたシュウ酸イオン) は「緩衝剤」に該当しない旨主張する。しかし,以下の通り,被告の上記主 張は失当である。
特許発明技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定められる (特許法70条1項)。
そして,本件特許の特許請求の範囲請求項1には, 「オキサリプラチン, 有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサ リプラチン溶液組成物であって,」及び「緩衝剤の量が,以下の:」と記 載されている。ここで,「包含」とは,文言上,「つつみこみ,中に含ん でいること」を意味するから,本件発明の「緩衝剤の量」が「オキサリプ ラチン溶液組成物に現に含まれる全ての緩衝剤の量」を意味することは明 らかである。本件特許の特許請求の範囲請求項10では「付加する」,請 求項11では「混合する」,請求項12では「混合し」としているにもか かわらず,本件発明では「包含する」としていることは,まさに,付加又 は混合したものに限定せず,文言通り「包含する」緩衝剤の量を規定して いることを表している。
この点に関しては,本件特許の無効審判の審決(甲8・10頁)も,「当 業者はこの『緩衝剤の量』を『オキサリプラチン溶液組成物に現に含まれ る全ての緩衝剤の量』と理解すると認められる。」と判断している。
8 イ 次に,本件明細書の記載を斟酌すると,本件明細書においては,「緩衝 剤という用語は,本明細書中で用いる場合,オキサリプラチン溶液を安定 化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプラチン およびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延さ せ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。」(段落【0022】) と明確に定義されており,添加されたものに限定されていない。なお,特 許請求の範囲に記載された用語の意義は,明細書の記載を考慮して解釈さ れ(特許法70条2項),定義が明細書中に規定されている場合は,かか る定義が,辞書的な意義よりも優先する。
そして,被告の主張を前提にすれば,オキサリプラチン水溶液は,下記 のとおりの化学平衡状態に達する。
これは,解離シュウ酸が溶液中に存在することで,オキサリプラチンがそれ以上分解しないことを意味するのであって,解離シュウ酸は,まさにオキサリプラチン溶液を安定化し,不純物の生成を防止するかまたは遅延させ得るものであるから,前記定義に合致する。仮に,添加されたものに限定するのであれば,そのように定義されるはずであるが,そのような定義はされていない。
ウ また,本件明細書の段落【0023】における「緩衝剤は,有効安定化 量で本発明の組成物中に存在する。緩衝剤は,約5×10 -5 M〜約1×1 0 -2 Mの範囲のモル濃度で,好ましくは約5×10 -5 M〜5×10 -3 Mの 範囲のモル濃度で,さらに好ましくは約5×10 -5 M〜約2×10 -3 Mの 範囲のモル濃度で,最も好ましくは約1×10 -4 M〜約2×10 -3 Mの範 9 囲のモル濃度で,特に約1×10 -4 M〜約5×10 -4 Mの範囲のモル濃度 で,特に約2×10 -4 M〜約4×10 -4 Mの範囲のモル濃度で存在するの が便利である。」(下線は原告による。)との記載においても,解離シュ ウ酸であるか添加シュウ酸であるかにかかわらず,現に「存在」する「モ ル濃度が規定されている。
そして,本件明細書をみると,実施例1及び8では,1×10 -5 Mのシ ュウ酸ナトリウム又はシュウ酸を添加することが開示されているのに対し て,構成要件Gにおいては,緩衝剤の量は5×10 -5 Mが下限である。実 施例における下限値と構成要件Gの下限値には差が存在しており,このこ とは実施例1及び8において,1×10 -5 Mのシュウ酸ナトリウム又はシ ュウ酸を添加した場合,5×10 -5 Mを上回る程度のシュウ酸がオキサリ プラチン溶液組成物中に存在するということを意味する。したがって,本 件明細書には,解離シュウ酸の存在を考慮した記載が存在している。
なお,被告は,本件明細書における【表1】ないし【表4】におけるシ ュウ酸のモル濃度の記載が添加量を表していることを指摘して「緩衝剤」 は添加したものに限られるなどと主張するが,上記各表の記載は,実験の 前提となる条件として「調製時」に溶液中に存在するシュウ酸のモル濃度 を特定して記載したものであるから,「緩衝剤」が添加したものに限られ るという被告の主張の根拠とはならない。
エ そもそも「シュウ酸」は,添加したものであろうが,自然に生成したも のであろうが,その効果は変わらない。このことは,本件明細書に,シュ ウ酸を添加していない実施例18(b)が記載されていること及び下表の とおり,実施例18(b)は,微量なシュウ酸を付加した実施例1及び8 と大きな差がない安定性を有していることからも明らかである。なお,下 表は,オキサリプラチンの分解により生じるシュウ酸の量を,本件明細書 の【表8】【表9】【表14】において実施例1,8及び18(b)につ 10 いて記載された溶液中のジアクオDACHプラチン及びジアクオDACH プラチン二量体の量から推計して作成したものである。
実施例番号 ジアクオD ジアクオD (A)及び 付加された ( C ) + ACHプラ ACHプラ (B)量か シュウ酸量 (D)の合 チン(A) チン二量体 ら予想され (D) 計値 (B) るシュウ酸 量(分解量) (C)1(初期) 2.9×10 -5 1.2×10 -5 5.2×10 -5 1×10 -5 6.2×10 -51(1ヶ月) 3.0×10 -5 1.2×10 -5 5.3×10 -5 1×10 -5 6.3×10 -58(初期) 3.2×10 -5 1.3×10 -5 5.8×10 -5 1×10 -5 6.8×10 -58(1ヶ月) 3.9×10 -5 1.5×10 -5 6.8×10 -5 1×10 -5 7.8×10 -518(b) 3.9×10 -5 1.2×10 -5 6.4×10 -5 0 6.4×10 -5(初期)18(b) 3.3×10 -5 1.2×10 -5 5.8×10 -5 0 5.8×10 -5(1ヶ月) この点に関して被告は,本件明細書記載の実施例18は,本件発明の実 施例ではなく,比較例であるなどと主張する。
しかし,本件明細書の段落【0050】には「実施例18」と実施例で あることが明記されている。また,被告は「比較のために」と記載されて いることを根拠として「実施例18(b)」が比較例である旨主張するが, 「比較のために」とは,文字通り,シュウ酸又はそのアルカリ金属塩を添 加していないものを比較のために挙げるということを意味するにすぎず, 「比較例」であることを意味するものではない。そして,段落【0050】 11 には豪州国特許出願第29896/95号の実施例とは異なり5mg/m lのオキサリプラチンを用いている旨記載されており,このことから,実 施例18が上記豪州国特許の実施例を再現したものではないことが明らか である。さらに,本件明細書には「実施例18(b)の非緩衝化オキサリ プラチン溶液組成物」(段落【0073】)との記載があるが,同段落に は「実施例18(b)の非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物」と記載さ れており,「非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物」も実施例であること が明記されている。
したがって,実施例18が比較例であるという被告の主張は失当である。
オ 被告は,本件発明は,従来公知のオキサリプラチン水溶液よりも不純物 の生成量を減らすものであって,そのためには,「緩衝剤」は添加シュウ 酸でなければならない旨主張する。
しかし,本件明細書(段落【0012】ないし【0015】)をみると, 凍結乾燥物質を利用した場合には経費が掛かり,エラーが生じる可能性が あることが説明されており,続いて,凍結乾燥物質を再構築した場合,つ まり水溶液にしたときの欠点として,(a)微生物汚染の危険,(b)滅 菌失敗の危険,(c)不完全溶解による粒子残存の可能性が説明され,「水 性溶液中では,オキサリプラチンは,時間を追って,分解して,種々の量 のジアクオDACHプラチン(式I),ジアクオDACHプラチン二量体 (式 II)およびプラチナ(IV)種(式 III)」を不純物として生成し得る ので「上記の不純物を全く生成しないか,あるいはこれまでに知られてい るより有意に少ない量でこのような不純物を生成するオキサリプラチンの より安定な溶液組成物を開発することが望ましい」とされている(段落【0 016】)。
そして,続く段落【0017】においては,凍結乾燥物質による「前記 の欠点を克服し,そして長期間の,即ち2年以上の保存期間中,製薬上安 12 定である,すぐに使える(RTU)形態のオキサリプラチンの溶液組成物 が必要とされている。したがって,すぐに使える形態の製薬上安定なオキ サリプラチン溶液組成物を提供することによりこれらの欠点を克服するこ とが,本発明の目的である。」とされている。
このように,本件発明は,従来公知のオキサリプラチン水溶液よりも不 純物の生成量を減らすことを目的とするものではなく,凍結乾燥物質に関 する欠点を克服することを目的とするものであり,乙3発明と同一の目的 をもって別の構成により発明されたものである。
カ 被告は,乙1文献を根拠に,本件発明の本質はシュウ酸の添加にある旨 主張する。
しかし,乙1文献には,1mg/ml又は0.5mg/mlのオキサリ プラチン水溶液について,オキサリプラチンの安定性を電気伝導度法で検 証した結果,熱水和常数が6.8×10 - 6 min - 1 及び7.7×10 - 6 min -1 であることが分かったと記載されているだけであり,乙1文献に 開示された1mg/mlのオキサリプラチン水溶液におけるシュウ酸のモ ル濃度は,構成要件Gで規定された量よりも少ない。このような乙1文献 を根拠として,本件発明の文言を限定解釈することは不当である。
キ 対応外国特許について (ア) 被告は,本件特許に対応する米国特許及びブラジル特許(以下それぞ れ「対応米国特許」,「対応ブラジル特許」という。)の審査経過を踏 まえて縷々主張するが,特許権については属地主義の原則が採用されて おり,外国における手続きが,日本における技術的範囲の解釈に影響を 及ぼすことは法的にあり得ない。
(イ) 対応米国特許の出願人は「出願人は予期せず,オキサリプラチンの溶 液製剤に緩衝剤を加えることにより,より安定したオキサリプラチンの 溶液製剤が得られることを見出し」たという事実を主張し,このように 13 「緩衝剤を加えること」で,甲らの水溶液製剤よりも不純物を減らすこ とができるという事実を主張しただけである。
そして,対応米国特許の出願人は,あくまでも緩衝剤が「有効安定化 量」で溶液中に存在することが重要であるという事実を主張したうえで, (理由を問わず)溶液中に存在する緩衝剤の量が十分なものとなった場 合には,比較例18の(1/4.8)倍や(1/2.5)倍といったよ うに不純物を劇的に減らすことができると主張しているにすぎず,自身 の発明について,「緩衝剤を『添加』する発明であること,『有効安定 化量の緩衝剤』は添加により得られることを内容とすること」は主張し ていない。
(ウ) 次に,対応ブラジル特許についてみると,被告が対応ブラジル特許の 審査過程で提出されたものであると主張する文書(乙15)とPCTに 基づく国際出願(PCT/GB1999/00572)との関係が不明 であるものの,仮に同文書が,上記国際出願のブラジル移行出願の審査 経過において提出されたものであるとしても,当該ブラジル移行出願で は「モル濃度を1×10 -4 Mから5×10 -4 M」に限定している。他方, 実施例18では溶液中に存在するシュウ酸のモル濃度が「1×10 -4 M から5×10 -4 M」の範囲にないのであるから,対応ブラジル特許にお いて実施例18を比較例として取り扱うことは当然であり,何ら不自然 なものではない。
ク 被告は,「緩衝剤に解離シュウ酸が含まれると考えた場合には,シュ ウ酸以外の緩衝剤を含まないと解さざるを得ず,リン酸を緩衝剤として 含む被告各製品は『緩衝剤』との構成要件を充足しない。」などとも主 張するが,そのように限定解釈する根拠はない。緩衝剤として解離シュ ウ酸が含まれると解釈される以上,被告各製品がリン酸を含むと否とに かかわらず,「緩衝剤」の構成要件を充足することは当然である。
14 〔被告の主張〕 (1) 本件発明の本質について ア 本件特許の優先日時点での科学的知見 乙1文献には,オキサリプラチンは,水に溶解することによって,下式 のとおり,水和置換反応を起こし,その一部がジアクオDACHプラチン と シ ュ ウ 酸 イ オ ン に 解 離 す る こ と が 示 さ れ て い る ( 右 辺 に お け る [Pt (DACH)(H 2O)2 )]2+ は,ジアクオ DACH プラチンであり,C 2O4 2- は,シュウ酸イ オンである。)。
乙1文献の図4(下記)は,オキサリプラチン水溶液中の導電性と時間 の関係を図示したものである。
このように,オキサリプラチン溶液において,経時的にオキサリプラチ ンの一部がジアクオDACHプラチンとシュウ酸イオンに解離し,安定化 することは,本件特許の優先日前に公知の知見である。
イ 本件発明は,従来公知のオキサリプラチン溶液を安定化させるため, 「シ ュウ酸またはそのアルカリ金属塩」を緩衝剤として添加することを本質と するものであり,これにより,従来公知のオキサリプラチン溶液に比して, 不純物(ジアクオDACHプラチン及びジアクオDACHプラチン二量体) の生成が防止され,調製時から安定化するとの作用効果が得られる。
このことは,本件明細書において,「シュウ酸またはそのアルカリ金属 塩」が従来公知のオキサリプラチン水溶液にて経時的に生成するシュウ酸 15 イオンとは異なるものとして用いられていることや,シュウ酸を緩衝剤と して添加した本件特許の実施例9と,シュウ酸を緩衝剤として添加しない 従来公知のオキサリプラチン溶液である実施例18(b)の比較において, 実施例9のほうが実施例18(b)よりもジアクオDACHプラチン及び ジアクオDACHプラチン二量体の生成が抑制されることが示されている ことからも裏付けられる。
(2) 「緩衝剤」について ア 本件明細書には,「緩衝剤」に関し,以下のとおり説明がされている(下 線は被告による。)。
・「緩衝剤という用語は,本明細書中で用いる場合,オキサリプラチン溶 液を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDAC HプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するか または遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。」「シュ ウ酸またはシュウ酸のアルカリ金属塩…等のような作用物質,あるいは それらの混合物…緩衝剤は,好ましくは,シュウ酸またはシュウ酸ナト リウムであり,最も好ましくはシュウ酸である。」(段落【0022】) ・「本発明はさらに,オキサリプラチンの溶液を安定化するための方法で あって,有効安定化量の緩衝剤を前記の溶液に付加することを包含する 方法に関する。…本発明は,…緩衝剤およびオキサリプラチンを混合す ることを包含する方法にも関する。」(段落【0027】) ・「本発明のオキサリプラチン溶液組成物の好ましい製造方法は,以下の: (a)製薬上許容可能な担体および緩衝剤を,好ましくは約40℃で混 合し…」(段落【0028】) 上記各記載によれば,本件明細書における「緩衝剤」は,「オキサリプ ラチン溶液」を「安定化」するものであり,その結果,「オキサリプラチ ン溶液」が生成するジアクオDACHプラチン及びジアクオDACHプラ 16 チン二量体の生成を防止するか又は遅延させ得るものである。そして, 「緩 衝剤を…溶液に付加する」,「緩衝剤を…混合し」との説明も考慮すれば, 本件明細書における「緩衝剤」は,「オキサリプラチン溶液」とは別に, 「オキサリプラチン溶液」が生成する不純物の生成防止又は遅延をさせ得 るものとして,付加・添加されるシュウ酸等であると解することができる。
イ なお,「緩衝剤」とは,一般に,「液状製剤のpHを適切に調整維持す るための添加物。液のpHは主薬の安定性や適用時の生理的刺激性に影響 するため,安定性の維持や刺激の緩和のために使用される。」と定義され ており(乙7「薬学用語辞典」),上記アのように理解することは,辞書 的意義によっても支持されている。
ウ 本件明細書に開示されている17の実施例(実施例1ないし17)をみ ても,全ての実施例において,シュウ酸ナトリウム又はシュウ酸が「緩衝 剤」として混合すべき溶液に「付加」されるものとして説明されている。
とりわけ,実施例8ないし17に関する表1Bないし表1Dに記載された 「シュウ酸量」は,「付加されたシュウ酸二水和物の重量」であって,当 該重量を基に「成分」欄のモル濃度(例えば,実施例8であれば「0.0 0001M」)が計算されている。実施例1ないし7に関する表1Aにつ いても,付加されるシュウ酸ナトリウム量がモル濃度を考慮して計算され ている。
このような実施例からも,本件発明における「緩衝剤」はオキサリプラ チン溶液に「付加」されるものであることが理解される。
エ そして,被告各製品には,シュウ酸が付加されていないから,構成要件 B,F及びGの「緩衝剤」を充足しない。
(3) 「緩衝剤」が添加されたものに限られることは次の各事実からも明らかで ある。
ア 本件明細書には,種々の緩衝剤を用いた場合の水溶液中のオキサリプラ 17 チンの安定性を分析したところ,「付加」した緩衝剤の種類によって安定 性が変化することが説明されており,緩衝剤は「付加」されることが前提 となっている。
被告が,訴外ナガセ医藥品株式会社(以下「ナガセ」という。)に委託 して本件明細書の段落【0056】及び【0057】に示す緩衝剤を付加 した場合におけるオキサリプラチン溶液の安定性試験を行った結果,@2 mg/mlオキサリプラチン溶液及びA5mg/mlオキサリプラチン溶 液のいずれにおいても,シュウ酸またはシュウ酸ナトリウム以外の緩衝剤 を付加したオキサリプラチン溶液については,解離シュウ酸が存在するに もかかわらず,オキサリプラチンは安定せず,分解反応が進行することが 確認された(乙8)。この試験結果からも,本件発明におけるシュウ酸は 緩衝剤として付加されるものであることが裏付けられる。
イ 本件明細書には,オキサリプラチン水溶液について「水性溶液中では, オキサリプラチンは,時間を追って,分解して,種々の量のジアクオDA CHプラチン(式T),ジアクオDACHプラチン二量体(式U)および プラチナ(W)種(式V)…を不純物として生成し得る」(段落【001 3】ないし【0016】),「不純物を全く生成しないか,あるいはこれ までに知られているより有意に少ない量でこのような不純物を生成するオ キサリプラチンのより安定な溶液組成物を開発することが望ましい。 (段 」 落【0016】)との記載がある一方で,解離シュウ酸については全く言 及されておらず,特許発明との関係において解離シュウ酸を緩衝剤として 位置付ける技術的発想を本件明細書から看取することはできない。
仮に,オキサリプラチン水溶液中の解離シュウ酸をも緩衝剤に含むと解 した場合には,本件発明の構成要件Gには緩衝剤としての解離シュウ酸の モル濃度の数値が特定されていると理解することになるが,本件明細書に は,オキサリプラチンを水に溶解した際に解離するシュウ酸を測定するこ 18 と及びその測定方法についての記載がない。かかる事情に鑑みても,本件 発明が解離シュウ酸を緩衝剤として位置付ける技術的発想を有していると はいえず,本件発明は,シュウ酸を「緩衝剤」として添加することによっ て安定化を図ったものと理解するほかない。
ウ 本件明細書では,シュウ酸等を緩衝剤として添加しない水性オキサリプ ラチン組成物(実施例18)は,比較例として位置付けられている。
本件明細書の段落【0050】では「比較のために,例えば,豪州国特 許出願第29896/95号(1996年3月7日公開)に記載されてい るような水性オキサリプラチン組成物を,以下のように調製した」と説明 されていること(下線は被告による。)及び他の実施例1ないし17がい ずれもシュウ酸等を緩衝剤として添加する実施例であることをも併せ考え れば,段落【0050】ないし【0053】の説明によって調製される水 性オキサリプラチン組成物(実施例18)は比較例であると解される。
また,段落【0073】及び【0074】にはシュウ酸が添加されてい ない実施例18(b)に係る非緩衝化水性オキサリプラチン組成物の安定 性試験結果が示されているが,これは「比較例18の安定性」として,比 較例であることが明記されている。また,実施例18(b)について,出 願人は,「非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物」であると説明している (段落【0073】。下線は被告による。)。このように,シュウ酸等を 緩衝剤として添加しないことを「非緩衝化」であると説明していること自 体,出願人が緩衝剤を添加して調製した組成物を実施例とし,緩衝剤を添 加せずに調製した組成物を比較例としていることが理解される。
(4) 対応外国特許について 本件発明における「緩衝剤」は,添加されるものに限られることをより一 層裏付ける事情として,次のとおり,本件特許の対応外国特許における発明 内容についての出願人の主張を指摘することができる。
19 ア 対応米国特許(US 6,306,902B1。乙10の1・2)の審査 過程において,出願人は,自らの発明について,@緩衝剤を「添加」する 発明であること,A「有効安定化量の緩衝剤」は添加により得られること を内容とすること,B比較例18(comparative example 18〔本件明細書の 実施例18〕)は,対応米国特許の実施例ではなく,乙3発明と同様に対 応米国特許発明とは異なるものであることを強調して主張していた(乙1 2の1・2,乙14の1・2)。
イ 本件特許はPCTに基づく国際出願(PCT/GB1999/0057 2)を基礎とするものであるが,同一の国際出願を基礎とする対応ブラジ ル特許出願(出願番号PI9908273-0)の審査過程において,出 願人は,本件明細書の実施例18(b)に対応するブラジル特許の「比較 試験18」は比較例であると明確に主張したうえで,発明の本旨はシュウ 酸を緩衝剤として加えることにあり,これによって患者にとって大きなリ スクとなる不特定不純物の生成を防止するという点に発明の進歩性がある と主張し,シュウ酸を緩衝剤として付加することが必須であると主張した。
(5) 万が一,仮に原告の主張するとおり,「緩衝剤」にオキサリプラチンから 解離した解離シュウ酸をも含まれると考えた場合には,この「緩衝剤」には シュウ酸以外の緩衝剤を含まないと解さざるを得ないから,リン酸及びリン 酸水素ナトリウム水和物を緩衝剤として添加する被告各製品は,本件発明の 「緩衝剤」を充足しない。
すなわち,本件明細書の段落【0057】の【表5】では,「種々の水性 緩衝液」として,クエン酸塩・酢酸塩・トリス・グリシン・リン酸塩緩衝液 が用いられているが,これらの緩衝液を加えた場合には,オキサリプラチン は分解を続けており,解離シュウ酸だけでは不純物の生成が防止又は遅延さ れているとは到底いえないから,これらの試験例(すなわち,解離シュウ酸 に上記各緩衝液が加わった緩衝液)は本件発明の技術的範囲に含まれない。
20 そうすると,本件発明の「緩衝剤」とは,解離シュウ酸以外の他の緩衝液(少 なくともクエン酸塩・酢酸塩・トリス・グリシン・リン酸塩緩衝液)を含ま ないものと解さざるを得ない。
2 争点(1)イ(構成要件Fの「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」の充足性) について〔原告の主張〕 (1) 被告各製品は緩衝剤を「シュウ酸」とするものであり,構成要件Fを充足 する。
(2) 被告は,構成要件Fの「シュウ酸」にシュウ酸イオンは含まれないと主張 する。
しかし,本件明細書(段落【0035】)には,「適切な緩衝剤(固体形 態の,または好ましくは適切なモル濃度の水性緩衝溶液の形態の)を適切な 容器中で計量して,混合容器(残りのW.F.I.の一部を含入する濯ぎ容 器)に移す。」とされており,「適切なモル濃度の水性緩衝溶液の形態」を 用いることを許容している。このように,本件明細書では「固体形態」と「水 性緩衝溶液」を区別することなく「シュウ酸」と記載しているのであるから, 本件発明における「シュウ酸」に「シュウ酸イオン」が含まれていることは 明らかである。
また,本件特許の優先日当時に公開されていた特許文献(甲12の1ない し5)をみると,いずれにおいても,水溶液中ではイオンとして存在するは ずであるのにもかかわらず,「シュウ酸」又は「シュウ酸塩」と記載されて おり「シュウ酸イオン」とは記載されておらず,技術常識として,シュウ酸 とシュウ酸イオンとを区別して請求項に記載することはない。
したがって,本件特許の優先日当時の当業者の認識としても,本件発明の シュウ酸にはシュウ酸イオンが含まれる。
〔被告の主張〕 21 (1) 被告各製品には,オキサリプラチンから解離したシュウ酸イオンが含まれ ているが,「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」である緩衝剤は含んでい ないから,構成要件Fを充足しない。
(2) 「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」と「シュウ酸イオン」とは,下図 の通り,その分子構造において明確に相違し,物質として異なるから,「シ ュウ酸イオン」が「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」に含まれるなどと いうことはできない。
シュウ酸 シュウ酸ナトリウム シュウ酸イオン ところで,@シュウ酸は,水溶液中で解離してシュウ酸水素イオン,さ らにはシュウ酸イオンを生じ,Aシュウ酸のアルカリ金属塩であるシュウ 酸ナトリウムは,水溶液中でシュウ酸イオンを生じ,Bオキサリプラチン は,水溶液中でジアクオDACHプラチンとシュウ酸イオンに解離する。
したがって,水溶液中で,@シュウ酸,Aシュウ酸ナトリウム及びBオキ サリプラチンはいずれもシュウ酸イオンの発生源であり,「シュウ酸イオ ン」とは異なる物質である。このような事情のもとで,シュウ酸イオンは 「オキサリプラチン」には含まれないが,「シュウ酸またはアルカリ金属 塩」には含まれるなどと解することはできない。
(3) また,本件明細書の記載をみても,「シュウ酸」「シュウ酸のアルカリ金 属塩」「シュウ酸ナトリウム」の用語は使い分けがされていないから,本件 明細書中の上記各用語の意義は同じであると解すべきであり,いずれも, 「シ ュウ酸イオン」ではなく,それぞれ「シュウ酸」「シュウ酸のアルカリ金属 22 塩」「シュウ酸ナトリウム」自体を意味していることが明らかである。
3 争点(1)ウ(構成要件Bの「有効安定化量」の充足性)について〔原告の主張〕 被告各製品は有効安定化量の緩衝剤であるシュウ酸を包含しており,構成要 件Bを充足する。
被告は構成要件Bについて,付加された緩衝剤が有効安定化量存することを 意味すると主張するが,前記1〔原告の主張〕のとおり,「緩衝剤」は添加さ れたものに限定されない。被告が挙げる段落【0027】は,本件特許の請求 項10の「方法」に対応する記載であり,「組成物」である本件発明に関する ものではない。
〔被告の主張〕 前記1〔被告の主張〕のとおり本件発明における「緩衝剤」に係るシュウ酸 は付加ないし添加されるものであり,構成要件Bの「有効安定化量の」とは, 付加される緩衝剤が有効安定化量存することを意味する。このことは,本件明 細書の段落【0027】において「本発明はさらに,オキサリプラチンの溶液 を安定化するための方法であって,有効安定化量の緩衝剤を前記の溶液に付加 することを包含する方法に関する。」と説明されていることからも裏付けられ る。
ところが,被告各製品にはシュウ酸が付加されていないから,付加される緩 衝剤が「有効安定化量」存しておらず,「有効安定化量の」(構成要件B)と の要件を充足しない。
4 争点(1)エ(構成要件Dの「安定オキサリプラチン溶液組成物」の充足性)に ついて〔原告の主張〕 (1) 被告各製品は「通常の市場流通下において2年間安定であることが確認さ れた」(甲5・7頁「安定性試験」)ものであり,製薬上安定であるといえ 23 るから,構成要件Dの「安定オキサリプラチン溶液組成物」を充足する。
(2) 被告の主張に対する反論 ア 被告は,本件発明について,従来公知のオキサリプラチン溶液よりも不 純物が少なく安定しているものであるから,被告各製品は「安定オキサリ プラチン溶液」に当たらないと主張する。
イ しかし,本件明細書の段落【0012】ないし【0016】では,凍結 乾燥オキサリプラチン生成物の再構築に伴う欠点が説明され,続く段落【0 017】では,「前記の欠点を克服し,そして長期間の,即ち2年以上の 保存期間中,製薬上安定である,すぐに使える(RTU)形態のオキサリ プラチンの溶液組成物が必要とされている。したがって,すぐに使える形 態の製薬上安定なオキサリプラチン溶液組成物を提供することによりこれ らの欠点を克服することが,本発明の目的である。(下線は原告による。
」 ) とされていることから,本件発明が,凍結乾燥物質による欠点を克服する ためのものであるのは明らかである。
ウ また,本件明細書の段落【0030】及び【0031】をみると,「凍 結乾燥粉末」とは異なって「低コストで且つさほど複雑ではない製造方法」 により本件発明のすぐに使える組成物が製造されることが説明されており, 続いて「本発明の組成物」は「再構築」を必要としないことからエラーが 生じない旨説明されている。これらの記載は,本件特許の段落【0012】 の記載を受けたものである。
そして,本件発明は「オキサリプラチンの従来既知の水性組成物よりも 製造工程中に安定であ」り,製造工程中に安定であるということは「オキ サリプラチンの従来既知の水性組成物の場合よりも本発明の組成物中に生 成される不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDAC Hプラチン二量体が少ないことを意味する」とされており(段落【003 1】),この記載は,本件明細書の段落【0013】ないし【0016】 24 の「水性溶液中では,オキサリプラチンは,時間を追って,分解して,・・・ より有意に少ない量でこのような不純物を生成するオキサリプラチンのよ り安定な溶液組成物を開発することが望ましい。」という記載,つまり凍 結乾燥物質を水に溶かしたものよりも安定な溶液組成物が望ましいという 記載を受けたものである。よって,段落【0031】の「オキサリプラチ ンの従来既知の水性組成物」は,オキサリプラチンの凍結乾燥物質を水に 溶かしたものを意味している。仮に「オキサリプラチンの従来既知の水性 組成物」がオキサリプラチンの凍結乾燥物質を水に溶かしたものでなけれ ば,「再構築」を前提とする「製造工程中に安定」というような記載を用 いるはずがない。
エ したがって,本件発明における「安定オキサリプラチン溶液」とは,従 来既知のオキサリプラチン水溶液よりも安定であることまでは要しないか ら,被告の主張は失当である。
〔被告の主張〕 (1) 本件発明におけるオキサリプラチン溶液組成物は,従来公知のオキサリプ ラチン溶液に比して,不純物であるジアクオDACHプラチン及びジアクオ DACHプラチン二量体の生成を防止又は遅延させ得るものであり,この点 をもって「『安定』オキサリプラチン溶液組成物」(構成要件D)であると 規定されているものである。
(2) このことは,本件明細書における「上記の不純物を全く生成しないか,あ るいはこれまでに知られているより有意に少ない量でこのような不純物を生 成するオキサリプラチンのより安定な溶液組成物を開発することが望まし い。」(段落【0016】),「緩衝剤という用語は,本明細書中で用いる場 合,オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ましくない不純物,例 えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生 成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味す 25 る。」(段落【0022】),「本発明の組成物は,オキサリプラチンの従来 既知の水性組成物よりも製造工程中に安定であることが判明しており,この ことは,オキサリプラチンの従来既知の水性組成物の場合よりも本発明の組 成物中に生成される不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアク オDACHプラチン二量体が少ないことを意味する。」(段落【0031】) といった記載からも裏付けられる。
加えて,前記1〔被告の主張〕(1)の本件特許の優先日時点における科学的 知見を踏まえれば,本件発明における「安定オキサリプラチン溶液」とは, 従来公知のオキサリプラチン溶液に比して,不純物であるジアクオDACH プラチン及びジアクオDACHプラチン二量体の生成が防止され,あるいは, 生成が遅延されることにより生成量の少ないオキサリプラチン溶液組成物を 意味すると解される。
(3) ところが,被告各製品は,従来公知のオキサリプラチン溶液に比して,不 純物であるジアクオDACHプラチン及びジアクオDACHプラチン二量体 の生成を防止又は遅延させ得るものではないから,構成要件Dの「安定オキ サリプラチン溶液組成物」に該当しない。
5 争点(1)オ(構成要件Gの「モル濃度」の充足性)について〔原告の主張〕 被告各製品にはシュウ酸が6.4ないし6.5×10 -5 M含まれているから, 被告各製品に含まれる「緩衝剤」であるシュウ酸のモル濃度は構成要件Gを充 足する。
被告は,ジアクオDACHプラチン及び同二量体の量からシュウ酸量を推計 する方法を被告各製品に当てはめれば,被告各製品のシュウ酸量は構成要件G のモル濃度を充たさないなどと主張する。
しかし,被告各製品に含まれるシュウ酸量は,客観的な事実として立証され ており(甲7),不純物から推計する必要がないから,被告の上記主張は失当 26 である。
〔被告の主張〕 原告は,前記1〔原告の主張〕(2)エにおいて, 「シュウ酸イオンのモル濃度」 を,「ジアクオDACHプラチンのモル濃度」及び「ジアクオDACHプラチ ン二量体のモル濃度の2倍」の合計として推計している。このような算定方法 は不正確ではあるが,原告の上記算定方法援用すれば,被告各製品のジアク オDACHプラチンのモル濃度は3.9×10 -5 Mないし4.1×10 -5 Mと なり,被告各製品のシュウ酸イオンのモル濃度も3.9×10 - 5 Mないし4. 1×10 - 5 Mとなるから,被告各製品は本件発明の構成要件Gを充足しない。
6 争点(2)ア(乙2発明に基づく新規性又は進歩性欠如)について〔被告の主張〕 (1) 乙2発明について ア 乙2文献には次の記載がある。
@「Pt(oxalato)(trans-l-dach)(l-OHP)の開発を行った(Fig.10).この錯体 は溶解度,7.9mg/mlでシスプラチンの約8倍水に溶け,たいへ ん安定であり…」(916頁) A「HPLCによる安定性の測定では,水溶液中 1 週間以上放置しても安 定であり」(916頁) イ 被告は,ナガセに委託して,オキサリプラチン溶液組成物のシュウ酸イ オン濃度測定及びpH値測定試験を行った(乙18。以下「乙18実験」 という。)。乙18実験では,乙2文献に近似する溶解度7.2mg/ml の オキサリプラチン溶液組成物を調製した。結果は,下表のとおりであり, シュウ酸イオン濃度は6.5×10 -5 Mであった。なお,表中の%標記は 重量%,M標記はモル濃度を示す。また,シュウ酸イオンのモル濃度は, 分子量88.03として計算した。
処方等 測定 測定結果(n=3) 27 データ pH オキサリプラチン シュウ酸イオンオキサリプラチン 0.08% 初期 5.0 99.1% 7.2 mg/ml (6.5×10-5M) また,被告は,ナガセに委託して,7.9mg/mlのオキサリプラチ ン溶液組成物についても,オキサリプラチン含有量,シュウ酸イオンのモ ル濃度及びpHを測定した(乙63。以下「乙63実験」という。)。結 果は下表のとおりであり,シュウ酸イオン濃度は,6.3×10 -5 Mであ った。
測定 測定結果 処方等 データ pH オキサリプラチン シュウ酸イオンオキサリプラチン 0.07% 7.9 mg/ml 初期 5.0 101.2% (6.3×10-5M) 40℃オキサリプラチン 2 週間 0.07% 7.9 mg/ml 4.9 101.9% 後 (6.3×10-5M) 40℃オキサリプラチン 1 か月 0.07% 7.9 mg/ml 4.9 100.4% 後 (6.3×10-5M) 40℃ ウ 以上から,乙2発明は,以下のとおりの発明と認定することができる。
「Pt(oxalato)(trans-l-dach)(l-OHP),6.5×10 -5 M相当のシュウ酸 イオン及び水を包含する Pt(oxalato)(trans-l-dach)(l-OHP) 溶液組成物 であり」,「同溶液組成物は安定である」。
(2) 乙2発明と本件訂正発明の対比 28 ア 乙2発明の「Pt(oxalato)(trans-l-dach)(l-OHP)」は,本件発明の「オ キサリプラチン」(構成要件A)である。また,乙2発明の Pt(oxalato)(t rans-l-dach)(l-OHP) 溶液組成物は,「製薬上許容可能な担体」としての 「水」(構成要件E)を「包含する」(構成要件C)。
イ 仮に,本件訂正発明の「緩衝剤」について,解離シュウ酸も含むと解す る場合には,乙2発明の Pt(oxalato)(trans-l-dach)(l-OHP) 溶液組成物 は,「緩衝剤」(構成要件B,F)である「シュウ酸」(構成要件F)を 包含する。
ウ 乙2発明の Pt(oxalato)(trans-l-dach)(l-OHP) 溶液組成物は, 「安定」 であるから(上記(1)アA参照),「安定オキサリプラチン溶液組成物」(構 成要件D)であり,また,同溶液組成物中に存在するシュウ酸イオンは「有 効安定化量」の緩衝剤(構成要件B)に該当する。
エ 乙2発明の Pt(oxalato)(trans-l-dach)(l-OHP) 溶液組成物中に存在す るシュウ酸イオンの濃度は,6.5×10 -5 M相当であり,「5×10 -5 M〜1×10 -4 Mの範囲のモル濃度」(構成要件I)である。また,上記 モル濃度は構成要件Gのモル濃度の範囲に含まれる。
(3) 新規性欠如について 前記(2)のとおり,「緩衝剤」に解離シュウ酸を含むとした場合,乙2発明 は,本件訂正発明の構成要件AないしF及びIと同一の構成を有する。
したがって,本件訂正発明は,本件特許の優先日前に頒布された刊行物に 記載された乙2発明と同一の発明であり,新規性を欠くから,本件特許及び 本件訂正後の本件特許は,特許法123条1項2号及び29条1項により, 特許無効審判において無効にされるべきものである。
(4) 進歩性欠如について ア 本件訂正発明と乙2発明の相違点 前記(2)のとおり,「緩衝剤」に解離シュウ酸を含むとした場合,本件訂 29 正発明と乙2発明は,構成要件AないしGに関し同一の構成を有するが, 次の相違点(以下「相違点1」という。)がある。
相違点1:本件訂正発明は「pHが3〜4.5の範囲」の組成物の構成を 有するが(構成要件H),乙2発明は,「pHが3〜4.5の範囲」 の組成物の構成を有しない点イ 乙16発明について 乙16発明は,乙2発明と同じ抗がん性白金錯体であるオキサリプラチ ン水溶液に関する発明であり,ジアコ錯体(シス-〔ジアコ(トランス- l-1,2-シクロヘキサンジアミン)白金(II) 〕)とシュウ酸との反 応(すなわち,オキサリプラチン水溶液における分解反応〔オキサリプラ チンからシュウ酸イオンが脱離し,ジアクオDACHプラチンができる反 応〕の逆反応)の促進及び多量体化の抑制を行い,不純物の少ないオキザ ラト錯体を高純度及び高収率で得るため,オキサリプラチン水溶液の「p Hを3.0〜6.0,望ましくは4.0〜5.0とする」構成を有する。
ウ 乙17発明について 乙17発明は,乙2発明と同じ抗がん性白金錯体であるオキサリプラチ ン水溶液に関する発明であり,オキサリプラチン水溶液を安定化するため, 「pHが3〜5,好ましくは3.2〜4.3」とする構成を有する。
容易想到性について 白金抗がん剤は,いずれの世代のものについても水溶液中における白金 錯体の分解により不純物が生じることから,白金抗がん剤の研究開発にお いては,白金錯体を含む水溶液を安定化させる(不純物の生成を防止,抑 制する)という共通課題がある。そして,乙2発明は,「卵巣腫瘍に著効 を示す」抗がん性白金錯体であるオキサリプラチンの水溶液に係る発明で あり,上記共通課題を有する。
ところで,オキサリプラチンは,水溶液中において,オキサリプラチン 30 の白金原子に水分子(H 2 O)が2個配位して,白金原子に配位しているシ ュウ酸イオンが脱離し,ジアクオDACHプラチンが生成するという反応 が生じるが,この反応は可逆的であり逆反応も生じる。溶液組成物中の不 純物は,脱離する反応により発生・増加し,また,逆反応により減少する。
脱離及びその逆反応の反応速度は,溶液組成物中の反応物質の量(濃度) や溶液のpHに影響を受けることが知られている。
そして,上記イ及びウのとおり,乙16発明及び乙17発明は,いずれ も,オキサリプラチン水溶液のpHを調整して安定化させるという発明で あり,相違点1(構成要件H「pHが3〜4.5の範囲」)に相当する構 成を有する。
以上を総合すると,抗がん剤に関する研究開発を行う当業者が,より安 定したオキサリプラチン水溶液を得るために,乙2発明に乙16発明又は 乙17発明のいずれか又は双方を適用する動機付けは十分存在するという べきであり,これにより本件訂正発明を想到することは容易である。
したがって,本件特許及び本件訂正後の本件特許は,特許法123条1 項2号及び29条2項により,特許無効審判において無効にされるべきも のである。
〔原告の主張〕 (1) 乙2発明について 乙2文献には,溶解度が7.9mg/mlのオキサリプラチンは,シスプ ラチンの約8倍水に溶けること及び水溶液中1週間以上安定であることが記 載されているだけである。
乙2文献には,オキサリプラチン水溶液について,濃度の記載はなく,ま た,オキサリプラチンが「水溶液中1週間以上放置しても安定であり」とさ れているにすぎないから,「安定オキサリプラチン溶液組成物」が開示され ているものではない。
31 (2) 新規性について 被告は,7.2mg/ml のオキサリプラチン溶液組成物を用いて乙18実験 を行っているが,乙2文献から「7.2mg/mlのオキサリプラチン溶液 組成物」を導き出すことはできないから,乙18実験において「7.2mg /mlのオキサリプラチン溶液組成物」にはシュウ酸が6.5×10 -5 M含 まれていたという結果は,乙2発明とは無関係である。
また,被告は,7.2mg/ml のオキサリプラチン溶液組成物の温度を40℃ に設定した乙63実験も行っているが,そのような温度は乙2文献に記載さ れていないから,乙63実験は乙2発明を再現するものとはいえない。
したがって,これらの実験結果によって,本件訂正発明の新規性を否定す ることはできない。
(3) 進歩性について ア 本件訂正発明と乙2発明の対比 本件訂正発明と乙2発明とは,被告が指摘する相違点1に加えて,少な くとも,乙2発明には,有効安定化量の緩衝剤(構成要件B。相違点2), 安定オキサリプラチン溶液組成物(構成要件D。相違点3),緩衝剤とし てのシュウ酸(構成要件F。相違点4)及びシュウ酸のモル濃度(構成要 件G。相違点5)のいずれもが開示されていない点において相違する。
イ 乙16発明について 乙16発明は白金錯体の合成方法に関するものである。他方,乙2文献 は,オキサリプラチンの物性に関して溶解度が7.9mg/mlとされ, 水溶液中1週間程度安定であることが開示されているだけであり,既にオ キサリプラチンは合成されている。
よって,当業者が,乙2文献及び乙16公報を目の当たりにした場合, 乙16発明のような製造方法によって作られたオキサリプラチンは,乙2 文献で開示された溶解度が7.9mg/mlのオキサリプラチンであると 32 認識するにすぎないから,乙16発明を乙2発明に組み合わせても本件訂 正発明のpHを導き出すことはできない。
ウ 乙17発明について 乙17公報には,凍結乾燥物として製剤化するにあたり,その前段階と してpHを調整することが示されているだけである。他方,乙2文献には, オキサリプラチンの物性に関して溶解度が7.9mg/mlであり,水溶 液中1週間程度安定であることが示されているだけである。
よって,当業者が,乙2文献及び乙17公報を目の当たりにした場合, 乙17発明のような製造方法によって作られたオキサリプラチンの凍結乾 燥物が,乙2文献で開示された溶解度が7.9mg/mlのオキサリプラ チンであると認識するにすぎず,乙17発明を乙2発明に組み合わせても 本件訂正発明のpHを導き出すことはできない。
エ 相違点2ないし5について 乙16公報及び乙17公報には,製剤としてのオキサリプラチン水溶液 についての記載が存在せず,有効安定化量の緩衝剤(相違点2)や,緩衝 剤としてシュウ酸を用いること(相違点4)やシュウ酸のモル濃度(相違 点5)について記載がない。
また,乙2文献には,オキサリプラチンの濃度に係る記載は存在せず, オキサリプラチン水溶液に含まれるシュウ酸の濃度を算出する根拠がない。
よって,仮に乙2発明に,乙16発明又は乙17発明を組み合わせても, 緩衝剤としてシュウ酸を用いることや,オキサリプラチン水溶液に含まれ るシュウ酸の濃度を導き出すことはできない。また,乙2発明,乙16発 明及び乙17発明のいずれにも「安定オキサリプラチン溶液組成物」が開 示されていないのであるから,仮に乙2に,乙16発明又は乙17発明を 組み合わせても,「安定オキサリプラチン溶液組成物」(相違点3)を導 き出すことはできない。
33 オ よって,本件訂正発明には進歩性欠如の無効理由は存在しない。
7 争点(2)イ(乙3発明に基づく新規性又は進歩性欠如)について〔被告の主張〕 (1) 乙3発明について ア 乙3公報の特許請求の範囲請求項1には,以下の記載がある(なお,以 下の記載は,乙3公報記載の特許に対応する日本の公表特許公報である特 表平10-508289(乙4)による。)。
「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラテ ィヌムの水溶液からなり,医学的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオ キサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液 が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプ ラティヌムの医薬的に安定な製剤。」 イ 被告は,ナガセに委託して,乙3公報記載の実施例3の再現実験をした (乙19,64。以下「乙19実験」という。)。乙19実験の結果,シ ュウ酸イオン濃度は7.3×10 - 5 Mないし8.4×10 -5 Mであった。
なお,乙19実験が乙3発明の正確な再現であることは後記(6)のとおりで ある。
ウ 以上から,乙3発明は,以下のとおり認定することができる。
「オキサリプラティヌム,7.3×10 - 5 M〜8.4×10 -5 Mのシュ ウ酸イオン及び水を包含する,医薬的に安定なオキサリプラティヌム溶 液組成物」 エ なお,訴外株式会社ヤクルト本社(以下「ヤクルト本社」という。) が実施した乙3発明のオキサリプラチン溶液組成物(オキサリプラチン 水溶液)のシュウ酸イオン濃度,pH等を測定した実験結果(乙65。
以下「乙65実験」という。)では,オキサリプラチン溶液組成物のシ ュウ酸イオン濃度は,5.1×10 -5 Mないし8.3×10 -5 Mとなっ 34 ており,これによれば乙3発明の構成は,「オキサリプラティヌム,5. 1×10 - 5 M〜8.3×10 - 5 Mのシュウ酸イオン及び水を包含する, 医薬的に安定なオキサリプラティヌム溶液組成物」と認定できる。
また,日本化薬株式会社による乙3発明の追試の結果(乙100)で は,オキサリプラチン溶液組成物のシュウ酸イオンのモル濃度は,4. 57×10 -5 Mないし9.27×10 -5 Mとなっており,これによれば 乙3発明の構成は, 「オキサリプラティヌム,4.57×10 -5 M〜9. 27×10 -5 Mのシュウ酸イオン及び水を包含する,医薬的に安定なオ キサリプラティヌム溶液組成物」と認定できる。
さらに,本件明細書記載の実施例18(b)は乙3発明と同じもので あるところ,実施例18(b)のシュウ酸イオン濃度が5.8×10 -5 Mないし6.4×10 -5 Mであるとする原告の主張を前提とすれば,乙 3発明の構成は,「オキサリプラティヌム,5.8×10 -5 M〜6.4 ×10 -5 Mのシュウ酸イオン及び水を包含する,医薬的に安定なオキサ リプラティヌム溶液組成物」と認定できる。
(2) 本件訂正発明と乙3発明との対比 ア 乙3発明の「オキサリプラティヌム」は,本件訂正発明の「オキサリプ ラチン」(構成要件A)である。また,乙3発明のオキサリプラティヌム 溶液組成物は,「製薬上許容可能な担体」としての「水」(構成要件E) を「包含する」(構成要件C)。
イ 仮に,本件訂正発明の「緩衝剤」について,解離シュウ酸も含むと解す る場合には,乙3発明のオキサリプラティヌム溶液組成物は,「緩衝剤」 (構成要件B,F及びI)である「シュウ酸」(構成要件F)を包含する。
ウ 乙3発明のオキサリプラティヌム溶液組成物は,「医薬的に安定」であ るから,「安定オキサリプラチン溶液組成物」(構成要件D)であり,ま た,溶液組成物中に存在するシュウ酸イオンは「有効安定化量」の緩衝剤 35 (構成要件B)に該当する。
エ 乙3発明のオキサリプラティヌム溶液組成物中に存在するシュウ酸イオ ンの濃度は前記(1)ウによれば「7.3×10 -5 M〜8.4×10 -5 M」, 前記(1)エによれば,「5.1×10 -5 M〜8.3×10 -5 M」又は「4. 57×10 -5 M〜9.27×10 -5 M」又は「5.8×10 -5 M〜6.4 ×10 -5 M」であり,いずれにしても「5×10 -5 M〜1×10 -4 Mの範 囲のモル濃度」(構成要件I)である。また,上記シュウ酸イオン濃度は, いずれも,構成要件Gのモル濃度の範囲に含まれる。
(3) 新規性欠如 前記(2)のとおり,「緩衝剤」に解離シュウ酸を含むとした場合,乙3発明 は,本件訂正発明の構成要件AないしF及びIと同一の構成を有する。
したがって,本件訂正発明は,本件特許の優先日前に頒布された刊行物に 記載された乙3発明と同一の発明であり,新規性を欠くから,本件特許及び 本件訂正後の本件特許は,特許法123条1項2号及び29条1項により, 特許無効審判において無効にされるべきものである。
(4) 進歩性欠如(「緩衝剤」に解離シュウ酸を含むとした場合) ア 相違点 仮に,乙3発明について,@シュウ酸イオン濃度が構成要件G及びI所 定のモル濃度であるか不明な点, ApHが4.5ないし6であり,pH3 ないし4.5(構成要件H)ではない点が本件訂正発明と相違するとして も,本件訂正発明は乙3発明から容易に想到できる。
構成要件G及びIに係る構成の容易想到 乙3発明に接した当業者であれば,乙3発明に開示されたオキサリプラ チン溶液を作製し,その溶液中のシュウ酸イオン濃度を測定することは何 らの困難性もなく容易想到である。そして,本件特許の実施例18(b) のシュウ酸濃度が5.8×10 -5 Mないし6.4×10 -5 Mであるとする 36 原告の主張を前提とすれば,乙3公報記載のオキサリプラチン溶液組成物 のうち,濃度が5mg/mlのオキサリプラチン溶液組成物(すなわち, 実施例18(b)に相当するオキサリプラチン溶液組成物)のシュウ酸イ オン濃度を測定すると,本件訂正発明の構成要件G及びIで規定する数値 範囲に係るオキサリプラチン溶液組成物を得ることができる。
したがって,本件訂正発明の構成要件G及びIに係る構成は,容易想到 である。
構成要件Hについて 乙3発明のpHは4.5ないし6であり,他方,本件訂正発明の構成要 件Hに規定されたpHは3ないし4.5であり,両者はpH4.5におい て重なっている。
したがって,pHに関し,乙3発明と本件訂正発明との間に相違点はな い。
エ 以上より,本件訂正発明(構成要件AないしGで特定される発明,又は 構成要件AないしF及びIで特定される発明)には進歩性がない。
したがって,本件特許及び本件訂正後の本件特許は,特許法123条1 項2号及び29条2項により,特許無効審判において無効にされるべきも のである。
(5) 進歩性欠如(「緩衝剤」に解離シュウ酸を含まない場合) ア 本件訂正発明の「緩衝剤」が,添加シュウ酸であることを前提とすると, @乙3発明ではシュウ酸が添加されていない点及びApHが本件訂正発明 よりも低い点が相違点に当たり得る。しかし,次のとおり,乙3発明に係 るオキサリプラチン溶液組成物にシュウ酸を添加し,よりpHが低い(p Hが3ないし4.5となる)オキサリプラチン溶液組成物とすることは容 易想到である。
イ シュウ酸の添加について 37 (ア) ジアクオDACHプラチンは毒性が極めて強いから,ジアクオDAC Hプラチンの生成を抑制することは極めて重要な課題である。ところで, 乙3発明では,調製後,化学平衡の状態となって安定するまでの過程で, ジアクオDACH等が一定量生じるから,オキサリプラチン溶液組成物 に関する化学平衡のメカニズム(オキサリプラチンを水に溶解するとそ の一部がジアクオDACHプラチンとシュウ酸イオンに解離して化学平 衡状態となる。)を知っている当業者であれば,調製時にシュウ酸を添 加することによって乙3発明のオキサリプラチン溶液組成物の化学平衡 状態を「ずらす(変化させる)」ことにより,調製当初より化学平衡の 状態を作り上げ,ジアクオDACHプラチンの生成を最小限に抑えるこ とは,適宜選択できる設計事項といえる。
(イ) 仮に設計事項とまではいえないとしても,乙29発明を組み合わせる ことにより容易に想到し得る。
すなわち,乙29公報は,カルボプラチン溶液の安定化のため,脱離 基である1,1-シクロブタンジカルボン酸(CBDCA)を添加する 技術(すなわち,脱離基の添加により化学平衡状態をずらす技術)を開 示しており,かかる公知文献及び白金抗がん剤に関する公知の知見(脱 離基の濃度調整による安定化)を踏まえれば,乙3発明にシュウ酸を添 加することは容易に想到できる。
したがって,乙3発明に乙29公報を適用して,調製時にシュウ酸を 添加することにより,本件訂正発明の構成要件G及びIが規定するシュ ウ酸イオンのモル濃度のオキサリプラチン溶液組成物を調製することは 容易想到である。
ウ pHについて 上記(4)のとおり,構成要件Hを要素として含む本件訂正発明と乙3発明 とをみると,pHの値は4.5において重なっており,相違点とはいえな 38 いものの,オキサリプラチン溶液組成物にシュウ酸を添加した場合,pH は酸性側に傾き値が小さくなる。
したがって,本件訂正発明のオキサリプラチン溶液組成物(特に,pH 4.5程度のもの)にシュウ酸を添加した結果,構成要件Gが規定するシ ュウ酸イオンのモル濃度及び構成要件HのpHの値を有するオキサリプラ チン溶液組成物を得ることは容易想到であるから,構成要件Hを要素とし て含む本件訂正発明についても進歩性はない。
エ 以上のとおり,本件特許及び本件訂正後の本件特許は,本件訂正発明の 「緩衝剤」に解離シュウ酸を含まないと考えた場合であっても,特許法1 23条1項2号及び29条2項により,特許無効審判において無効にされ るべきものである。
(6) 原告の主張に対する反論(乙19実験について) ア 原告は,乙19実験の結果が乙3発明を正確に再現したものではないと 主張するが,以下に述べるとおり,いずれも理由がなく失当である。
イ まず,仮に乙19実験が乙3公報記載の実施例3を正確に再現したもの でないとしても,乙19実験におけるオキサリプラチン溶液組成物は,濃 度が2mg/ml,pHが5.6ないし5.7で,有効成分が酸性または アルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラ ティヌム水溶液であるから,乙3発明を再現した実験であることは明らか である。
ウ また,乙3公報(5頁7行目)には「選択した一次容器に充填密閉後, 製剤をオートクレーブ中で加熱することによりさらに滅菌することができ る。」と記載されていることからすれば,オートクレーブ処理をしたこと をもって,乙19実験が乙3発明を再現したものであることを否定するこ とはできない。
エ 乙19実験における安定化試験は,40℃・相対湿度75℃でされたも 39 のである(乙64)。
オ 乙3公報の実施例3の出発原料のオキサリプラチンはタナカ株式会社の 特許方法により得られる製品に限定されていない。そして,乙19実験で 用いた出発原料は,乙3公報において好ましいとされる光学的純品(>9 9.9%)である(乙66)。
カ 同質のオキサリプラチン溶液組成物であっても0.1程度のpHのばら つきが生じ得ることは,原告の試験報告書(甲7)において同じロット番 号のオキサリプラチン溶液組成物のpHの値が0.1程度のばらつきを示 していることからも明らかであるから,乙19実験におけるpHの差異は 乙19実験の再現性を否定しない。
キ 原告は,ヤクルト本社による乙3発明の追試の結果であるとして試験報 告書(甲18)を提出するが,同報告書によれば,5mg/mlのオキサ リプラチン溶液のシュウ酸イオン濃度は「4.86×10 - 5 」及び「4. 94×10 -5 」である。そして,医薬品に関する品質規格を定めた日本薬 局方(乙101及び乙102)によれば,医薬品の試験において,n桁の 数値を得るには,通例,(n+1)桁まで数値を求めた後,(n+1)桁 目の数値を四捨五入するとされているから, (n+1) (すなわち 桁目 「4. 86×10 -5 」における「8」及び「4.94×10 -5 」における「9」) を四捨五入した場合,上記シュウ酸イオン濃度は「5×10 - 5 」であるこ とを示しており,本件訂正発明における緩衝剤のモル濃度の数値範囲に含 まれる。
〔原告の主張〕 (1) 乙3発明について ア 乙3発明は本件訂正発明とはそもそも技術思想が異なる。すなわち,乙 3公報では,シュウ酸の量は開示されておらず,しかもシュウ酸は不純物 と記載されている(乙4・7頁17行目)。したがって,乙3発明に触れ 40 た当業者は,シュウ酸を不純物と認識するにすぎず,シュウ酸が緩衝剤で あるという認識は生じない。
イ 被告は,乙3発明について,乙19実験によれば,乙3の特許請求の範囲 の記載から,本件訂正発明と同一の発明の要旨が認定できると主張する。
しかし,文献に記載のない事項について事後的に実験をした上,実施例 の記載にも反する都合の良いデータをもって,特許請求の範囲に記載がな く実施例の記載とも相違する発明を,当業者が把握できたはずであるなど ということはできない。
ウ さらに乙19実験は次のとおり乙3発明の再現とはいえない。
(ア) 乙19実験の結果は,乙3公報記載のデータとかけ離れている。すな わち,乙3公報記載のデータから計算される不純物の総量は0.35な いし0.63%であるのに対して,乙19実験では不純物総量は1.5 1ないし1.63%である。
(イ) 乙19実験は,乙3公報記載の実施例3とは,@オートクレーブ処理 (121℃,15分間)が実施されている点,A相対湿度が75%では ない点,B出発原料のオキサリプラチンとして,タナカ株式会社のもの ではなく,ヘレウス・プレシャス・メタルズ・ゲーエムベーハー・アン ド・カンパニー製原薬を用いている点,CpHが5.50ではなく,5. 6ないし5.7となっている点,D50mlガラスバイアル中に40m lしか充填しておらず,バイアルの容量の20%もの空間を設けて密封 しており,50mlガラスバイアル中に無菌的に充填されていない点に おいて異なっている。
(ウ) ヤクルト本社が,乙3公報の実施例の記載に従って(ただし,オキサ リプラチンの濃度は異なる。)調製したところ,オキサリプラチンの濃 度が5mg/mlであるにもかかわらず,シュウ酸の濃度が5.0×1 0 -5 Mを下回る値となり(甲18),オキサリプラチンの濃度が2mg 41 /mlしかない乙19実験におけるシュウ酸の濃度よりも少なくなった。
エ 被告は,乙65実験や本件明細書記載の実施例18(b)などをあげて, 乙3発明のシュウ酸モル濃度を認定しようとするが,これらは,いずれも 乙3発明の実施例3の再現ではないから失当である。
(2) 新規性について 乙3発明は,有効安定化量の緩衝剤(構成要件B),緩衝剤としてのシュ ウ酸(構成要件F)及び緩衝剤の量(構成要件G,I)のいずれについても 開示していない。
したがって,本件訂正発明が乙3発明に対して新規性を有することは明ら かである。
(3) 進歩性について ア 構成要件G及びIについて 被告は,乙3発明のシュウ酸イオン濃度が不明であったとしても,乙3 公報に開示されたオキサリプラチン溶液を作製し,そのシュウ酸イオン濃 度を測定することは容易想到であると主張する。
しかし,乙3公報に記載されている数値を最大限被告に有利に解したと してもシュウ酸モル濃度は3.5×10 -5 ないし4.3×10 -5 Mであり, 構成要件G及びIの値とはならない。
また,乙3公報記載の実施例に準じて5mg/mlのオキサリプラチン 水溶液を作製したとしてもシュウ酸モル濃度は5×10 -5 M に満たないた め(甲18),これを測定しても構成要件G及びIを充足するオキサリプ ラチン溶液組成物を得ることはできない。さらに,当業者が,シュウ酸濃 度を測定したとしても,その測定値とオキサリプラチン溶液組成物の製薬 上の安定性との関係性を見出すことはできないから,構成要件G又はTの 数値範囲に想到し得ない。加えて,乙3発明はオキサリプラチン溶液を, オキサリプラチンの濃度とpHで特定したものであり,シュウ酸濃度で特 42 定したものではない。しかも,乙3公報にはシュウ酸は主要な不純物とし て記載されている。
したがって,仮に乙3公報の特許請求の範囲の記載に当業者が接し,不 純物量を測定し,その中のシュウ酸を同定したとしても,シュウ酸が緩衝 剤であると認識することはない。
構成要件Hについて 構成要件HのpHの範囲は3ないし4.5であるのに対して,乙3発明 のpHは4.5ないし6であり,両者が相違することは明らかである。
ウ シュウ酸の添加について 被告は,ジアクオDACHプラチンの毒性が強いから,これを抑えるた めにシュウ酸を添加することは当業者にとって設計事項であると主張する が,これは後知恵であり許されない。
また,被告は,シュウ酸を添加すればpHが低くなると主張するが,乙 3発明では,pHは4.5ないし6とされており,シュウ酸を添加すると これを下回るから,乙3発明にシュウ酸を添加するにあたり阻害事由があ るのは明らかである。
エ 乙29発明について 被告は,カルボプラチン溶液の安定化のために脱離基を添加した乙29 発明及び白金抗がん剤に関する公知の知見を踏まえれば,乙3発明にシュ ウ酸を添加することは容易想到であると主張する。
しかし,乙29公報に開示されているのはカルボプラチンに関する技術 であり,オキサリプラチンに関する技術ではない。他の白金錯体の安定化 技術を,構造も化学的特性も異なるオキサリプラチンに適用することが容 易であるとはいえない。しかも,乙3公報にはシュウ酸は主要な不純物で ある旨記載されており,乙3公報に接した当業者は,不純物の生成を抑制, 遅延させる緩衝剤としてシュウ酸を添加しようとは考えない。
43 オ したがって,被告の乙3発明に基づく進歩性欠如の主張はいずれも失当 である。
8 争点(2)ウ(乙1発明に基づく進歩性欠如)について〔被告の主張〕 (1) 乙1発明 ア 乙1文献には次の各記載がある(以下の訳文は乙1の2による。)。
・「100mgl-OHPを水溶液に入れ,50mgを取り5%G・S溶 液に入れる。そこで,2.52×10 -3 mol/L(水)及び1.25 ×10 -3 mol/L(5%G・S)濃度のl-OHP溶液を配合した。」 (乙1文献・1頁) ・「図4によると,l-OHP水溶液のモル導電は時間の変化に対し,シ スプラチンよりかなり低く,カルボプラチンよりもやや低い。l-OH P水溶液は比較的に安定であることを説明できた。」(乙1文献・5頁) イ 以上より,乙1発明の構成は,以下のとおり認定することができる。
「l-OHP,シュウ酸イオン及び水を包含するl-OHP溶液組成物で あり」,「同溶液組成物は比較的に安定である」。
(2) 本件訂正発明と乙1発明との対比 ア 本件訂正発明と乙1発明は次のとおり,構成要件AないしFに関し同一 の構成を有する。
(ア) 乙1発明の「l-OHP」は,本件訂正発明の「オキサリプラチン」 (構成要件A)であり,乙1発明のl-OHP溶液組成物は,「製薬上 許容可能な担体」としての「水」(構成要件E)を「包含する」(構成 要件C)。
(イ) 仮に,本件訂正発明の「緩衝剤」について,解離シュウ酸も含むと理 解する場合には,乙1発明のl-OHP溶液組成物は,「緩衝剤」(構 成要件B,F及びG)である「シュウ酸」(構成要件F)を包含する。
44 (ウ) 乙1発明のl-OHP溶液組成物は,「比較的に安定」であるから, 「安定オキサリプラチン溶液組成物」(構成要件D)であり,また,溶 液組成物中に包含されるシュウ酸イオンは「有効安定化量」の緩衝剤(構 成要件B)に該当する。
イ 本件訂正発明と乙1発明は次の点で相違する。
相違点1:本件訂正発明は「pHが3〜4.5の範囲」(構成要件H)の 組成物の構成を有するのに対し,乙1発明は,「pHが3〜4.5 の範囲」の組成物の構成を有しない。
相違点2:本件訂正発明は「5×10 - 5 M〜1×10 - 2 M,5×10 - 5 M〜5×10 - 3 M,5×10 - 5 M〜2×10 - 3 M,1×10 - 4 M 〜2×10 -3 M,または1×10 -4 M〜5×10 -4 Mの範囲のモル 濃度」(構成要件G)の構成を有するのに対し,乙1発明はこの構 成を有するか不明である。
(3) 容易想到性 ア 相違点1について 乙1発明は,オキサリプラチン水溶液の安定性研究に係る発明であり, 水溶液の安定化を課題とする。
そして,前記6〔被告の主張〕(4)のとおり,乙16発明及び乙17発明 は,いずれも,オキサリプラチン水溶液のpHを調整して安定化させると いう発明であり,相違点1に相当する構成を有する。
以上からすると,抗がん剤に関する研究開発を行う当業者にとって,よ り安定したオキサリプラチン水溶液を得るために,乙1発明に乙16発明 又は乙17発明のいずれか若しくは双方を適用する動機付けは十分存在す るというべきであり,これにより構成要件Hを想到することは容易である。
イ 相違点2について (ア) 白金錯体を含む水溶液の安定化は全ての世代の白金抗がん剤の研究開 45 発に共通する課題であり,乙1発明も水溶液の安定化を課題とするとこ ろ,同課題の解決方法として,白金からの脱離基を水溶液中に存在させ ることは周知の技術的知見である。
したがって,乙1発明のオキサリプラチン水溶液について,オキサリ プラチンからの脱離基であるシュウ酸イオンの濃度を本件訂正発明の構 成要件Gの数値範囲内となるよう最適化することは,当業者の通常の創 作能力の発揮にすぎない。
(イ) また,そもそも,本件訂正発明における構成要件G(緩衝剤であるシ ュウ酸の量)は,溶液のpHを適切に調整した結果にすぎない。
すなわち,白金抗がん剤の白金からの脱離基(オキサリプラチンの場 合にはシュウ酸イオン)を水溶液中に存在させることで安定化させる方 法は技術常識であり,かつオキサリプラチンの水溶液のpHを3ないし 5,好ましくは3.2ないし4.3に調整することが乙17発明に開示 されている。そして,オキサリプラチン水溶液中のシュウ酸イオンの量 によって,オキサリプラチン水溶液のpHが変化することは自明である。
したがって,乙1発明における1mg/mlのオキサリプラチン水溶液 (2.52×10 -3 mol/L(水)濃度のl-OHP溶液)において, シュウ酸イオンの濃度を調整して,溶液pHを3ないし5好ましくは3. 2ないし4.3の範囲に調整することは,当業者であれば容易に想到す る方法である。
ところで,被告は,ナガセに委託して,1mg/mlのオキサリプラ チン水溶液に所定量のシュウ酸を添加し,その水溶液中のシュウ酸イオ ンの濃度と,水溶液のpHと,オキサリプラチンの含量(分解せずに存 在している割合)をそれぞれ測定したところ,結果は下表のとおりであ った(乙40)。
46 試験番号 1 試験番号 2 試験番号 3 試験番号 4添加したシュウ酸の濃度 (M) 1 X 10 -6 5 X 10 -5 1 X 10 -4 1 X 10 -2溶液中のシュウ酸イオン濃度 (M) 2.4 X 10-5 5.6 X 10-5 1.0×10-4 9.5 X 10-3溶液の pH 5.1 4.3 4.0 2.2オキサリプラチンの定量値 98.1% 98.9% 99.0% 98.9% 上記試験結果は,添加したシュウ酸の濃度が高いほど,溶液中のシュウ 酸イオン濃度が高く,かつ溶液のpHが低いことを示している。また,オ キサリプラチンの含量はいずれも約99%であり,安定なオキサリプラチ ン水溶液である。
上記表のとおり,pH4.3の溶液中のシュウ酸イオン濃度は構成要件 Gの数値範囲内にある。また,pH4.0及びpH2.2の結果から,p H3.2のオキサリプラチン水溶液を調製したときの同溶液中のシュウ酸 イオン濃度が本件訂正発明の構成要件Gの数値範囲内となることは明らか である。
したがって,乙1発明に記載の「1mg/mlのオキサリプラチン溶液」 を安定化させるために,「シュウ酸を添加」して「溶液pHを3.2〜4. 3の範囲に調整する」ことは容易であり,また,その結果として,同溶液 中のシュウ酸イオン濃度は,構成要件Gの要件を満たすといえる。
ウ 以上のとおり,本件訂正発明(構成要件AないしH)は,本件特許の優 先日より前に頒布された刊行物に記載された乙1発明に乙16発明又は乙 17発明若しくはその両方を適用して,容易に想到できたものであり,進 歩性を欠く。
よって,本件特許及び本件訂正後の本件特許は,特許法123条1項2 号及び29条2項により,特許無効審判において無効にされるべきもので ある。
47 〔原告の主張〕 (1) 相違点について 本件訂正発明と乙1発明とは,被告が指摘した相違点1及び2に加えて, 少なくとも,乙1発明において,有効安定化量の緩衝剤(相違点3:構成要 件B),安定オキサリプラチン溶液組成物(相違点4:構成要件D)及び緩 衝剤としてのシュウ酸(相違点5:構成要件F)のいずれもが開示されてい ない点において相違する。
(2) 容易想到性について ア 相違点1について 前記6〔原告の主張〕(3)のとおり,乙16発明又は乙17発明を乙1発 明に組み合わせても本件訂正発明のpHを導き出すことはできない。
イ 相違点2について (ア) 乙1文献には1mg/mlのオキサリプラチン水溶液しか開示され ていないが,乙1の1mg/mlのオキサリプラチン水溶液ではシュウ 酸のモル濃度が構成要件Gで規定された量よりも少ない。
被告は1mg/mlのオキサリプラチン水溶液に所定量のシュウ酸を 添加して測定した試験結果(乙40)を提出しているが,これは,先行 文献と何の関係もなく事後的に行われた実験であり,進歩性判断におい ては意味を有しない。
(イ) そもそも,乙1文献はオキサリプラチンの熱水和動力学に関するもの で,「水溶液中又はブドウ糖溶液中におけるオキサリプラチンの安定性 は,電気伝導度法を用いて研究される。」とされているところ,オキサ リプラチン溶液にシュウ酸を添加すれば電気伝導率が変わってしまい, オキサリプラチンの安定性を電気伝導度法で解析することができなくな ってしまうから,乙1発明にシュウ酸を添加することはあり得ない。
また,シュウ酸は不純物であり毒性があるから,不純物を減らそうと 48 している当業者がシュウ酸を添加しようとは思わない。
(ウ) さらに,たとえば,乙2文献をみると,安定化が図れずに開発中止を した例やハロゲン原子の配位により安定化する方法も記載されており, 白金錯体溶液にその脱離基を添加すれば安定化するというような単純な ものではない。また,脱離基によって,白金錯体の性質自体が大きく変 化するのであって,一つの白金錯体に通用する安定化手法が,他の白金 錯体に通用するといえない。
ウ 相違点3ないし5について 本件訂正発明は,シュウ酸のモル濃度に着目した安定オキサリプラチン 溶液組成物であるから,仮に,pHを調整した後,シュウ酸の濃度を測定 したところ,たまたま特定の範囲に属したとしても,シュウ酸が緩衝剤と いう機能を果たし(相違点5),有効安定化量だけ存在し(相違点3), その結果,安定オキサリプラチン溶液組成物が提供されること(相違点4) を導き出すことはできない。
(3) 以上から,乙1発明に,乙16発明及び乙17発明並びにその他の文献を 考慮しても,本件訂正発明の進歩性が否定されることはない。
9 争点(2)エ(「安定」に関する明確性要件違反の有無)について〔被告の主張〕 本件発明に係る特許請求の範囲の「安定」の記載は不明確であるから,本件 特許は明確性要件(特許法36条6項2号)を充足しない。
すなわち,原告の主張によれば,本件明細書記載の実施例18(b)は,本 件発明の実施例であり,「安定」オキサリプラチン溶液組成物である。ところ が,対応米国特許おける審査過程において,出願人は,実施例18(b)(対 応米国特許においては比較例18(b))は「安定」オキサリプラチン溶液組 成物ではない旨述べている。このように同じ明細書に基づく本件特許と対応米 国特許に関し,それぞれの出願人が「安定」の意義について異なる理解を示し 49 ていることは,本件特許の特許請求の範囲の「安定」の記載が不明確であるこ とを示すものである。
〔原告の主張〕 本件発明に係る「安定」は,本件明細書の記載から,製薬上安定を意味する ことは明らかであり,本件特許が明確性要件を充たすことは明らかである。
被告は,対応米国特許に関する出願経過を根拠として「安定」の意義が不明 確だと主張するが,対応米国特許に関する出願経過によって本件発明の明確性 要件が影響を受けることはあり得ない。
10 争点(2)オ(「緩衝剤の量」に関する明確性要件違反の有無)について〔被告の主張〕 原告の主張によれば本件発明の「緩衝剤」であるシュウ酸には解離シュウ酸 も含まれるから,これを前提とすると,構成要件Gの「緩衝剤の量」は,オキ サリプラチン溶液組成物中のシュウ酸イオンの測定値により規定されたものと いうことになる。
ところで,本件特許出願当時,溶液組成物中のシュウ酸イオンの測定方法に は,多種多様なものが存在しており,測定方法により測定値は異なる。しかし, 本件明細書には,シュウ酸イオンの測定方法が記載されていないから,特許請 求の範囲においていかなる「緩衝剤の量」が規定されているのか不明である。
したがって,構成要件Gの「緩衝剤の量」の記載は,本件明細書から一義的 に把握することができず不明確であるから,本件特許は,明確性要件(特許法 36条6項2号)を充足しない。
〔原告の主張〕 本件特許の特許請求の範囲請求項1は緩衝剤の量的範囲を明確に規定してお り,これが明確でないなどとは到底いえない。
11 争点(2)カ(その他の記載要件違反の有無)について〔被告の主張〕 50 (1) 原告は,シュウ酸以外の他の緩衝剤が添加されたオキサリプラチン溶液で あっても本件発明の技術的範囲に含まれる旨主張する。
しかし,本件明細書の段落【0056】ないし【0058】及び【表5】 では,オキサリプラチン水溶液がシュウ酸以外の他の緩衝剤を含む場合には, オキサリプラチンが安定しないと明示されており,本件明細書には,オキサ リプラチン溶液がシュウ酸以外の他の緩衝剤を含んでいる場合に,どのよう にして,本件発明の課題・効果である「安定化」を実現できるのか(又は構 成要件「安定オキサリプラチン溶液組成物」を充足できるのか)についての 記載はない。
それにもかかわらず,シュウ酸以外の緩衝剤が添加された場合も本件発明 の技術的範囲に含まれるとすると,本件特許における「安定オキサリプラチ ン溶液組成物であって,…緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であ り」との特許請求の範囲の記載は不明確であるといわざるを得ない。
また,いかなる濃度であればシュウ酸以外の他の緩衝剤を含んでいてもオ キサリプラチン溶液を安定化することができるのか,本件明細書には何らの サポートもされていない。
さらに,当業者がシュウ酸以外の他の緩衝剤を添加した場合に,どのよう にして本件発明にかかる安定オキサリプラチン溶液組成物を得ることがで きるのかについて,発明の詳細な説明が記載されていない。
(2) 以上からすると,本件特許には,@「安定オキサリプラチン溶液組成物で あって,…緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり」との特許請 求の範囲の記載が明確ではない(特許法36条6項2号違反),Aシュウ酸 以外の他の緩衝剤を含むオキサリプラチン溶液組成物は発明の詳細な説明 に記載したものではない(特許法36条6項1号違反),B本件明細書は, 本件発明に係る安定オキサリプラチン溶液組成物を当業者が実施すること ができるように記載されていない(特許法36条4項1号違反)という無効 51 理由がそれぞれ存在する。
〔原告の主張〕 被告は,本件発明は,シュウ酸以外の緩衝剤の添加の有無やその濃度が不明 確であるなどと主張しているが,そもそも,シュウ酸以外の緩衝剤が添加され た安定していないオキサリプラチン溶液は, 「安定」の要件を満たさないから, 他の緩衝剤の濃度を問題とするまでもなく,本件発明の技術的範囲に入らない ことは明らかである。したがって,本件特許の特許請求の範囲の記載が不明確 である旨の被告の主張は失当である。
そして,その「安定」を実現する手段として,本件発明は,包含される緩衝 剤の濃度等を開示しているから,実施可能要件,サポート要件違反などの主張 も成り立つ余地がない。
12 争点(3)ア(本件訂正発明に関する構成要件該当性)について〔原告の主張〕 前記第2,2(8)のとおり被告各製品は構成要件A,C,E及びHを充足し, また,前記1ないし5の〔原告の主張〕のとおり,構成要件B,D,F及びG を充足する。そして,前記5〔原告の主張〕のとおり,被告各製品中のシュウ 酸モル濃度は6.4ないし6.5×10 -5 Mであるから,構成要件Iも充足す る。
したがって,被告各製品は本件訂正発明の構成要件を全て充足する。
〔被告の主張〕 前記1ないし5の〔被告の主張〕のとおり,被告各製品は構成要件B,D, F及びGを充足しない。そして,前記1〔被告の主張〕のとおり「緩衝剤」は 添加したものに限られるところ,被告各製品には「緩衝剤」であるシュウ酸が 添加されていないから,構成要件Iも充足しない。
したがって,被告各製品は,本件訂正発明の技術的範囲に入らない。
13 争点(3)イ(本件訂正により無効理由が解消されるか)について 52 〔原告の主張〕 (1) 前記6ないし8〔原告の主張〕のとおり,本件訂正発明には新規性・進歩 性欠如の無効理由は存在しない。また,前記9ないし 11〔原告の主張〕のと おり,被告の主張する明確性要件違反及びその他の記載要件違反の各無効理 由が存在しないことも明らかである。
(2) pHの数値限定に関するサポート要件違反について 本件明細書の段落【0025】には,「本発明のオキサリプラチン溶液の pHは…3〜4.5の範囲である。」と記載されており,pHを3ないし4. 5の範囲とする構成は発明の詳細な説明に記載されている。さらに本件明細 書の実施例9ないし13及び15ないし17はpHの値が3ないし4.5で ある。そして,当業者であれば,本件明細書の記載に基づいて,pHの値を 3ないし4.5の範囲に調整することは当然に可能である。
したがって,本件訂正発明には,pHの数値限定に関し,サポート要件違 反の無効理由はない。
〔被告の主張〕 (1) 前記6ないし8〔被告の主張〕のとおり,本件訂正発明には新規性欠如及 び進歩性欠如の無効理由があり,また,前記9ないし 11〔被告の主張〕と同 様の理由により明確性要件違反及び記載要件違反の各無効理由が存在するか ら,本件訂正によっても,本件発明の無効理由は解消されない。
加えて,本件訂正発明には下記(2)の無効理由がある。
(2) pHの数値限定に関するサポート要件違反 本件明細書において,pHの値は,シュウ酸の添加量に応じて自ずと決定 されるものとされており,pHの値を制御・調整する技術は本件明細書中の どこにも記載されていない。
したがって,シュウ酸濃度の制御・調整とは別に,pHの値を制御・調整 することによりpHが3ないし4.5の範囲となる場合にまで,本件訂正後 53 の発明の技術的範囲に含まれるということであれば,発明の詳細な説明に開 示された内容を拡張ないし一般化させるものであるから,サポート要件(特 許法36条6項1号)に違反する。
当裁判所の判断
1 本件発明の内容 (1) 本件明細書には,次の各記載がある。
発明の詳細な説明】 ・「本発明は,製薬上安定なオキサリプラチン溶液組成物,癌腫の治療にお けるその使用方法,このような組成物の製造方法,およびオキサリプラチ ンの溶液の安定化方法に関する。」(段落【0001】) ・「甲等(豪州国特許出願第29896/95号,1996年3月7日公開) (WO96/04904,1996年2月22日公開の特許族成員)は, 1〜5mg/mLの範囲の濃度のオキサリプラチン水溶液から成る非経口 投与のためのオキサリプラチンの製薬上安定な製剤であって,4.5〜6 の範囲のpHを有する製剤を開示する。同様の開示は,米国特許第5,7 16,988号(1998年2月10日発行)に見出される。」(段落【0 010】) ・「オキサリプラチンは,注入用の水または5%グルコース溶液を用いて患 者への投与の直前に再構築され,その後5%グルコース溶液で稀釈される 凍結乾燥粉末として,前臨床および臨床試験の両方に一般に利用可能であ る。しかしながら,このような凍結乾燥物質は,いくつかの欠点を有する。
中でも第一に,凍結乾燥工程は相対的に複雑になり,実施するのに経費が 掛かる。さらに,凍結乾燥物質の使用は,生成物を使用時に再構築する必 要があり,このことが,再構築のための適切な溶液を選択する際にそこに エラーが生じる機会を提供する。例えば,凍結乾燥オキサリプラチン生成 物の再構築に際しての凍結乾燥物質の再構築用の,または液体製剤の稀釈 54 用の非常に一般的な溶液である0.9%NaCl溶液の誤使用は,迅速反応が起こる点で活性成分に有害であり,オキサリプラチンの損失だけでなく,生成種の沈澱を生じ得る。凍結乾燥物質のその他の欠点を以下に示す:(a) 凍結乾燥物質の再構築は,再構築を必要としない滅菌物質より微生物 汚染の危険性が増大する。
(b) 濾過または加熱(最終)滅菌により滅菌された溶液物質に比して,凍 結乾燥物質には,より大きい滅菌性失敗の危険性が伴う。そして,(c) 凍結乾燥物質は,再構築時に不完全に溶解し,注射用物質として望ま しくない粒子を生じる可能性がある。」(段落【0012】,【001 3】前段)・「水性溶液中では,オキサリプラチンは,時間を追って,分解して,種々の量のジアクオDACHプラチン(式I),ジアクオDACHプラチン二量体(式II)およびプラチナ(IV)種(式III ): 【化3】 【化4】 55 を不純物として生成し得る,ということが示されている。任意の製剤組成 物中に存在する不純物のレベルは,多くの場合に,組成物の毒物学的プロ フィールに影響し得るので,上記の不純物を全く生成しないか,あるいは これまでに知られているより有意に少ない量でこのような不純物を生成す るオキサリプラチンのより安定な溶液組成物を開発することが望ましい。」 (段落【0013】後段ないし【0016】)・「したがって,前記の欠点を克服し,そして長期間の,即ち2年以上の保 存期間中,製薬上安定である,すぐに使える(RTU)形態のオキサリプ ラチンの溶液組成物が必要とされている。したがって,すぐに使える形態 の製薬上安定なオキサリプラチン溶液組成物を提供することによりこれら の欠点を克服することが,本発明の目的である。」(段落【0017】)・「より具体的には,本発明は,オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤 および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物 に関する。」(段落【0018】)・「オキサリプラチンは,約1〜約7mg/mL ,好ましくは約1〜約5mg/mL , さらに好ましくは約2〜約5mg/mL ,特に約5mg/mL の量で本発明の組成 物中に存在するのが便利である。」(段落【0022】前段)・「緩衝剤という用語は,本明細書中で用いる場合,オキサリプラチン溶液 を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプ ラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは 遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。したがって,この 56 用語は,シュウ酸またはシュウ酸のアルカリ金属塩(例えばリチウム,ナトリウム,カリウム等)等のような作用物質,あるいはそれらの混合物が挙げられる。緩衝剤は,好ましくは,シュウ酸またはシュウ酸ナトリウムであり,最も好ましくはシュウ酸である。」(段落【0022】後段)・「緩衝剤は,有効安定化量で本発明の組成物中に存在する。緩衝剤は,約5x10-5M 〜 約 1x10-2M の 範 囲 の モ ル 濃 度 で , 好 ま し く は 約 5x10-5M 〜5x10-3M の範囲のモル濃度で,さらに好ましくは約5x10-5M 〜約2x10-3Mの範囲のモル濃度で,最も好ましくは約1x10-4M 〜約2x10-3M の範囲のモル 濃 度 で , 特 に 約 1x10-4M 〜 約 5x10-4M の 範 囲 の モ ル 濃 度 で , 特 に 約2x10-4M 〜約4x10-4M の範囲のモル濃度で存在するのが便利である。 (段 」落【0023】)・「前記の本発明のオキサリプラチン溶液組成物は,本明細書中でさらに詳細に後述するように,現在既知のオキサリプラチン組成物より優れたある利点を有することが判明している,ということも留意すべきである。凍結乾燥粉末形態のオキサリプラチンとは異なって,本発明のすぐに使える組成物は,低コストで且つさほど複雑ではない製造方法により製造される。」(段落【0030】)・「さらに,本発明の組成物は,付加的調製または取扱い,例えば投与前の再構築を必要としない。したがって,凍結乾燥物質を用いる場合に存在するような,再構築のための適切な溶媒の選択に際してエラーが生じる機会がない。本発明の組成物は,オキサリプラチンの従来既知の水性組成物よりも製造工程中に安定であることが判明しており,このことは,オキサリプラチンの従来既知の水性組成物の場合よりも本発明の組成物中に生成される不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体が少ないことを意味する。」(段落【0031】)・「表1Aおよび1Bに記載された実施例1〜14の組成物は,以下の一般 57 手法により調製した: 注射用温水(W.F.I.)(40℃)を分取し,濾過窒素を用いて約3 0分間,その中で発泡させる。
必要とされる適量のW.F.I.を,窒素中に保持しながら容器に移す。
最終容積を満たすために残りのW.F.I.を別に取りのけておく。
適切な緩衝剤(固体形態の,または好ましくは適切なモル濃度の水性緩衝 溶液の形態の)を適切な容器中で計量して,混合容器(残りのW.F.I. の一部を含入する濯ぎ容器)に移す。例えば,磁気攪拌機/ホットプレー ト上で,約10分間,または必要な場合にはすべての固体が溶解されるま で,溶液の温度を40℃に保持しながら混合する。」(段落【0034】 後段,【0035】)・「注:実施例8〜14の組成物のために用いられた密封容器は,20mL透明 ガラスアンプルであった。
* シュウ酸は二水和物として付加される;ここに示した重量は,付加され たシュウ酸二水和物の重量である。」(段落【0042】前段)・「表1C二記載した実施例15および16の組成物は,実施例1〜14の 組成物の調製に関して前記した方法と同様の方法で調製した。」(段落【0 042】後段)・「注:実施例15〜16の組成物のために用いられた密封容器は,20mL透 明ガラスアンプルであった。
* シュウ酸は二水和物として付加される;ここに示した重量は,付加され たシュウ酸二水和物の重量である。」(段落【0044】前段)・「表1Dに記載した実施例17の組成物は,実施例1〜14の組成物の調 製に関して前記した方法と同様の方法で調製したが,但し,(a)窒素の 非存在下で(即ち酸素の存在下で)密封容器中に溶液を充填し,(b)充 填前に密封容器を窒素でパージせず,(c)容器を密封する前に窒素でヘ 58 ッドスペースをパージせず,そして(d)密封容器はアンプルよりむしろ バイアルであった。」(段落【0044】後段)・「注:実施例17の溶液組成物1000mLを,5mL透明ガラスバイアル中に充填 し(4mL 溶液/バイアル),これをWest Flurotec ストッパーで密封し(以 後,実施例17(a)と呼ぶ),実施例17の残りの1000mL溶液組成物を 5mL 透明ガラスバイアル中に充填し(4mL 溶液/バイアル) これをHelvoet , Omniflexストッパーで密封した(以後,実施例17(b)と呼ぶ)。」(段 落【0046】)・「* シュウ酸は二水和物として付加される;ここに示した重量は,付加さ れたシュウ酸二水和物の重量である。」(段落【0047】前段)・「実施例18 比較のために,例えば豪州国特許出願第29896/95号(1996年3 月7 日公開) に記載されているような水性オキサリプラチン組成物を,以下のように調 製した:」(段落【0050】前段)・「23本のアンプルをオートクレーブ処理せずに保持し(以後,実施例18 (a)と呼ぶ),即ちこれらを最終滅菌せず,残り27本のアンプル(以後, 実施例(b)と呼ぶ)を,SAL(PD270)オートクレーブを用いて,121℃で15 分間オートクレーブ処理した。」(段落【0053】)・「実施例1〜17の組成物に関する安定性試験 実施例1〜14のオキサリプラチン溶液組成物を,6ヶ月までの間,40℃ で保存した。この試験の安定性結果を,表4および5に要約する。」(段 落【0063】)・ 「実施例15および16のオキサリプラチン溶液組成物を,9ヶ月までの 間,25℃/相対湿度(RH)60%および40℃/相対湿度(RH)75%で保 存した。この試験の安定性結果を,表6に要約する。 (段落 」 【0067】)・「実施例17(a)および17(b)のオキサリプラチン溶液組成物を, 59 1ヶ月までの間,25℃/相対湿度(RH)60%および40℃/相対湿度(R H)75%で保存した。この試験の安定性結果を,表7に要約する。」(段 落【0070】) ・「これらの安定性試験の結果は,緩衝剤,例えばシュウ酸ナトリウムおよ びシュウ酸が,本発明の溶液組成物中の不純物,例えばジアクオDACH プラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体のレベルを制御する場合 に非常に有効である,ということを実証する。」(段落【0072】) ・「比較例18の安定性 実施例18(b)の非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物を,40℃で1ヶ 月間保存した。この安定性試験の結果を,表8に要約する。」(段落【0 073】)(2) 本件発明の意義 ア 上記各記載によれば,本件発明は,製薬上安定なオキサリプラチン溶液 組成物に関するものであって,@従来用いられていた凍結乾燥物質におけ る,経費がかかり,また,使用時に再構築する際エラーが生じるおそれが あるという欠点を克服し,かつ,A水性溶液において,オキサリプラチン が分解することによって生じる不純物であるジアクオDACHプラチン, 60 ジアクオDACHプラチン二量体及びプラチナ種をまったく生成しないか, あるいはこれまで知られているより有意に少ない量で生成するオキサリプ ラチンのより安定な溶液組成物として,2年以上の期間,製薬上安定であ ってすぐに使える形態のオキサリプラチン溶液組成物を提供することを目 的とする発明である,と認められる。
イ この点に関して原告は,本件発明は,凍結乾燥物質の欠点を克服するた めに,製薬上安定な溶液組成物を提供するものであって,本件明細書(段 落【0013】後段ないし【0016】)における水性溶液の欠点に関す る記載部分は,凍結乾燥物質を再構築した水性溶液の課題を指摘している にすぎないなどと主張する。
しかし,本件明細書において,乙3発明に対応する豪州国出願が従来技 術として紹介されていること(段落【0010】),「本発明の組成物は, オキサリプラチンの従来既知の水性組成物よりも製造工程中に安定である」 (段落【0031】)という記載があること,凍結乾燥物質は,使用時に 再構築されるものであって,再構築後に長期間保存することは想定されて いないから,凍結乾燥物質の欠点として,水性溶液中で分解により不純物 が生成されることをあげるとは考えがたいことに照らすと,前記水性溶液 に関する記載部分は乙3発明も含めた従来既知の溶液組成物の欠点を指摘 する記載であるというべきである。
したがって,本件発明は,乙3発明よりも不純物が有意に少ない,より 安定な溶液組成物を提供することを目的とするものであると認めるのが相 当である。
2 争点(1)ア(構成要件B,F及びGの「緩衝剤」の充足性)について (1) 本件発明における「緩衝剤」は,添加されたシュウ酸またはそのアルカリ 金属塩をいい,オキサリプラチンが分解して生じたシュウ酸イオン(解離シ ュウ酸)は「緩衝剤」には当たらないと解することが相当である。理由は以 61 下のとおりである。
(2)ア 化学大事典2(乙41)によれば,「緩衝剤」とは,「緩衝液をつくる ために用いられる試薬の総称」をいうものとされており,広辞苑第六版(乙 93)によれば,「試薬」とは「実験室などで使用する純度の高い化学物 質」を意味するものとされている。また,広辞苑第六版(乙88)によれ ば,緩衝剤の「剤」とは「各種の薬を調合すること。また,その薬。」を 意味するものとされているから,「緩衝剤」は,緩衝のために「調合され た薬」をいうものと考えられる。ところが,解離シュウ酸は,「純度の高 い化学物質」である「試薬」や「調合された薬」に当たるとは考えがたい から,解離シュウ酸は一般的な意味で「緩衝剤」とはいえないというべき である。
さらに神戸薬科大学特別教授乙作成の意見書(乙80。 「乙意見書」 以下 という。)によれば,緩衝剤は「緩衝作用を付与したい溶液に予め添加さ れ,その溶液で生じる変化を緩衝作用によって緩和するためのもの」と解 するのが化学分野の技術常識であると認められるから,「緩衝剤」が添加 された物を指すと考えることは上記化学分野の技術常識に合致するといえ る。
イ 次に,特許請求の範囲に記載された用語の意義は,明細書の記載を考慮 して解釈するものとされているから(特許法70条2項),本件明細書の 記載をみると,段落【0022】には「緩衝剤という用語は,本明細書中 で用いる場合,オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ましくな い不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラ チン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩 基性剤を意味する。」という記載があり,「緩衝剤」という用語の定義が されている。
ここで,「緩衝剤」は,「酸性または塩基性剤」と定義されているとこ 62 ろ,上記アのとおり,「剤」 「各種の薬を調合すること。
は また,その薬。」 を意味するから,「酸性または塩基性剤」は「各種の薬を調合した酸性又 は塩基性の薬」を意味すると解され,添加したものに限られると考えるの が自然である。
そして,オキサリプラチンは,次式の反応によりジアクオDACHプラ チンとシュウ酸に分解する(以下この反応を「本件可逆反応」という。)。
O O - + 2H2O + O O- オキサリプラチン 水 シュウ酸 ジアクオDACHプラチン 乙意見書及び星薬科大学教授丙作成の意見書(乙85の2。以下「丙意 見書」という。)によれば,本件可逆反応は化学的平衡にあるが,平衡状 態にあるオキサリプラチン水溶液にシュウ酸が添加されると,上記式の右 から左へ向かう反応が進行し,新たな平衡状態が形成されることが認めら れる。そして,新たな平衡状態においては,シュウ酸を添加する前の平衡 状態と比べると,ジアクオDACHプラチンの量が少ないので,シュウ酸 の添加により,オキサリプラチン水溶液が安定化され,不純物の生成が防 止されたといえる。
ところが,シュウ酸が添加されない場合には,オキサリプラチン水溶液 の平衡状態には何ら変化が生じないから,オキサリプラチン溶液が,安定 化されるとはいえない。
したがって,本件明細書の段落【0022】に記載された「緩衝剤」の 定義は,緩衝剤に解離シュウ酸が含まれることを意味していないというべ きである。
ウ また,本件明細書における実施例18(b)に関する記載をみると,「比 較のために,例えば豪州国特許出願第29896/95号(1996年3 63 月7日公開)に記載されているような水性オキサリプラチン組成物を,以下のように調製した」(段落【0050】前段),「比較例18の安定性実施例18(b)の非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物を,40℃で1ヶ月間保存した。」(段落【0073】)といった記載がある。ここで,豪州国特許出願第29896/95号(1996年3月7日公開)は,乙3発明に対応する豪州国特許であり,同特許は水性オキサリプラチン組成物に係る発明であるから,上記各記載からは,実施例18(b)は,「実施例」という用語が用いられているものの,その実質は本件発明の実施例ではなく,本件発明と比較するために, 非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物」 「 ,すなわち,緩衝剤が用いられていない従来既知の水性オキサリプラチン組成物を調製したものであると認めるのが相当である。そうすると,本件明細書において,緩衝剤を添加しない水性オキサリプラチン組成物は,本件発明の実施例ではなく,比較例として記載されているというべきである。
また,本件明細書には,実施例1ないし17については,シュウ酸が付加されていることが明記されている。さらに,本件明細書では,実施例1ないし17について,添加されたシュウ酸のモル濃度が記載されているが,解離シュウ酸を含むシュウ酸のモル濃度は記載されていない。
他方で,本件明細書には,「緩衝剤」である「シュウ酸」に,オキサリプラチンが分解して生じた解離シュウ酸が含まれることを示唆する記載はない。
この点に関して原告は,構成要件Gの数値範囲の下限(5×10 - 5 M)が,本件明細書記載の実施例1及び8で示された下限(1×10 -5 M)よりも大きいことをもって,解離シュウ酸を考慮したものであると主張するが,本件明細書には,1×10 -5 Mのシュウ酸を添加したオキサリプラチン溶液中のシュウ酸イオン等のモル濃度がどの程度になるかに係る記載は何ら存在しておらず,原告の上記主張は裏付けを欠く独自の見解というほ 64 かない。
以上からすると,本件明細書の記載においては,解離シュウ酸について は全く考慮されておらず,緩衝剤としての「シュウ酸」は添加されるもの であることを前提としていると認められる。
エ 前記1(2)のとおり,本件発明は,乙3発明よりも不純物が有意に少ない, より安定な溶液組成物を提供することを目的とするものである。
ところが,本件明細書をみると,乙3発明と実質的に同一であると推認 される実施例18において生成される不純物の量と比較して,シュウ酸を 添加した実施例(ただし,実施例1及び8を除く。なお,実施例1及び8 は,後記(3)エのとおり,本件発明の技術的範囲に含まれる実施例ではない。) において生成される不純物の量は有意に少ないことが示されている。
したがって,本件発明は,乙3発明とは異なり,オキサリプラチン溶液 組成物に緩衝剤を添加したことによって,不純物が少なく,より安定な溶 液組成物を提供することができたことを特徴とする発明と考えるのが自然 である。
オ 証拠(乙12の1・2,乙15の1・2)によれば,対応米国特許の審 査過程において,出願人が,意見書及び補正書(乙12の1。訳文は乙1 2の2による。)において「オキサリプラチンの溶液製剤に緩衝剤を加え ることにより,より安定したオキサリプラチンの溶液製剤が得られること を見出し,これにより甲らの水溶液性製剤(当該出願の21ページに記載 された甲らの製剤(比較例18)の安定性データを参照のこと)中に上述 の不純物をまったく生成することがないか,あるいはかかる不純物を著し く少ない量で生成する。」と述べていること,対応ブラジル特許の審査過 程においても,出願人が,「シュウ酸を緩衝剤として加えれば,不純物が 発生しない」と述べていることが認められるから,対応米国特許及び対応 ブラジル特許の各出願人は,これらの特許発明について,シュウ酸を緩衝 65 剤として添加することで,不純物を減少させ,より安定した製剤を得る発 明であると認識していたものと認められる。確かに,対応米国特許及び対 応ブラジル特許は本件特許とは異なる国における別個の出願であるから, それぞれの国の手続において成立する特許発明の範囲に差異がでることは 否定できないものの,本件特許と同じ国際出願を基礎とするものである以 上,その技術思想は基本的には共通すると考えられるところ,本件発明に おける「緩衝剤」としての「シュウ酸」が添加したものに限られず,解離 シュウ酸をも含むものと解すると,上記対応米国特許及び対応ブラジル特 許の技術思想とは整合しなくなり不合理である。
(3) 原告の主張に対する判断 ア 原告は,「オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容 可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物」との表現におけ る「包含」が「つつみこみ,中に含んでいること」を意味するから,本件 発明における「緩衝剤の量」は,「オキサリプラチン溶液組成物に現に含 まれる全ての緩衝剤の量」を意味しており,「緩衝剤」は添加したものに 限られないと主張する。
しかし,「包含」という文言の意味を原告の主張するとおりに解すると しても,「緩衝剤を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物」とは,「緩 衝剤が添加された安定オキサリプラチン溶液組成物」を意味するものと解 し,また,「緩衝剤の量」とは「オキサリプラチン溶液組成物に添加され た全ての緩衝剤の量」を意味するものと解することも何ら不自然ではない から,特許請求の範囲請求項1が「包含」という表現を用いていることを もって,本件発明の「緩衝剤」に解離シュウ酸が含まれることを示してい るということはできない。
また,本件発明における「緩衝剤」は「シュウ酸またはそのアルカリ金 属塩」であるが(構成要件F),緩衝剤がシュウ酸アルカリ金属塩である 66 場合を考えると,シュウ酸アルカリ金属塩は,水溶液中で,シュウ酸イオ ンとアルカリ金属イオンに分解し,「シュウ酸アルカリ金属塩」そのもの が溶液中に存在するものではないから,この点においても,解離シュウ酸 を緩衝剤と解するとはおよそ考えられない。
イ 次に,原告は,本件明細書における「緩衝剤」の定義(段落【0022】) は,添加されたものに限定しておらず,また,「緩衝剤は,有効安定化量 で本発明の組成物中に存在する。」(段落【0023】)との記載からも, 本件発明における「緩衝剤」は溶液組成物中に「存在する」か否かによっ て検討されるべきもので,解離シュウ酸も除外されないと主張する。
しかし,本件明細書における「緩衝剤」の定義が,緩衝剤に解離シュウ 酸が含まれることを意味していないことは前記(2)イで述べたとおりであ るし,また,「存在する」との文言は,シュウ酸が添加されたものに限定 される場合であったとしても何ら不自然ではない。
ウ さらに,原告は,本件明細書における「緩衝剤」の定義(段落【002 2】)において,「オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望まし くない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACH プラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性また は塩基性剤を意味する。」とあることを踏まえ,本件可逆反応が平衡状態 にあるということは,解離シュウ酸が溶液中に存在することでオキサリプ ラチンの分解を防止または遅延させているといえるから,上記定義に合致 すると主張する。
しかし,シュウ酸を添加していないオキサリプラチン溶液において,解 離シュウ酸が溶液中に存在するということは,オキサリプラチンが分解さ れて不純物が生じたことを意味するのであるし,オキサリプラチンの分解 が進んで不純物の量の増加が止まったとすれば,それは単に平衡状態にあ るということを意味するにすぎない。そして,乙意見書によれば,オキサ 67 リプラチン水溶液の化学平衡状態とは,オキサリプラチン,シュウ酸,ジ アクオDACHプラチン,ジアクオDACHプラチン二量体,その他の不 純物のそれぞれの濃度のバランスがとれた結果,溶液全体においてエネル ギー的に最も安定になった状態を意味することが認められ,このような状 態においてその構成要素の一つであるシュウ酸のみがオキサリプラチンの 分解を抑制しているということはできない。また,オキサリプラチン溶液 が平衡状態にあるときには,オキサリプラチンの分解反応とオキサリプラ チンの生成反応が同じ速度にあるというにすぎず,解離シュウ酸が存在す ることによって,オキサリプラチンの分解が防止されているわけではない。
また,丙意見書によれば,溶液とは「溶剤に溶質が分子またはイオンの 状態で均一に分散している混合体」などと定義され,化学分野においては, 溶質を構成する分子又はイオンを含んだ全体を「溶液」というものと理解 されていることが認められる。そうすると,上記段落【0022】におけ る「オキサリプラチン溶液」とは,本件可逆反応を構成する各要素である オキサリプラチン,水,ジアクオDACHプラチン及び解離シュウ酸を含 む全体を指すというべきであり,上記段落【0022】に定義された「緩 衝剤」は,このように解離シュウ酸を含むオキサリプラチン溶液を安定化 するものという意味になるから,上記定義によっても,「緩衝剤」には, 解離シュウ酸を含まないという解釈と何ら矛盾するものではないというべ きである。
以上のとおり,原告の上記主張は採用することができない。
エ 原告は,本件明細書には,シュウ酸が添加されていない実施例18(b) が記載されているから,「緩衝剤」としての「シュウ酸」が添加されるも のであることは前提となっておらず,また,実施例18(b)における不 純物の量は,実施例1及び8と大差がないことからも,実施例18(b) が実施例であることは明らかであるとも主張するが,実施例18(b)が 68 比較例であることは前記(2)ウのとおりである。
そして,構成要件Gにおけるモル濃度は添加した緩衝剤のモル濃度であ るとすると,実施例1及び8は,本件発明の技術的範囲に入らないもので あるから,実施例1及び8と実施例18(b)における不純物の量に有意 の差がないとしても何ら不自然ではない。
オ したがって,本件発明の「緩衝剤」に解離シュウ酸が含まれるという原 告の主張は採用することができない。
(4) そして,前記第2,2(8)イのとおり,被告各製品には「緩衝剤」たり得る シュウ酸又はそのアルカリ金属塩が添加されていないから,被告各製品は, 構成要件B,F及びGを充足せず,本件発明の技術的範囲に属しない。
なお,本件訂正において構成要件B及びFは訂正されていないところ,被 告各製品は構成要件B及びFを充足しないから,仮に本件訂正が認められた としても,被告各製品は,本件訂正発明の技術的範囲に属しない。
3 結論 以上によれば,被告各製品は,本件発明及び本件訂正発明の技術的範囲に属 しない。よって,その余の点につき判断するまでもなく,原告の請求は理由が ないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 東海林保
裁判官 69
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