審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成26ワ20319 特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成27ワ28698 特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成27ワ28468 特許権侵害差止請求事件 | 判例 | 特許 |
平成27ワ11434 特許権侵害行為の差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成27ワ5869 特許権侵害行為差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
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事件 |
平成
25年
(ワ)
34182号
特許を受ける権利確認等請求事件
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原告東洋精糖株式会社 同訴訟代理人弁護士 内藤良祐 同 補佐人弁理士八本佳子 同 今野智介 同 細井信行 被告群栄 化学工業株式会社 同訴訟代理人弁護士 石田拡時 同 三縄隆 同 森本晃生 同 松村啓 同補佐人弁理士 伊藤博章 同 寺本光生 同 柳井則子 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2016/10/24 |
権利種別 | 特許権 |
主文 |
1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は,原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 原告と被告との間において,原告が,特願2010-108592(出願日平成22年5月10日)の特許出願(以下「本件出願1」という。)の特許請求の範囲の請求項1ないし4(別紙1-1〔発明目録1〕 記載のもの) ) に係る各発明(以下,個別には請求項の番号に対応して「本件発明1-1」などといい,これらを総 1称して「本件発明1」という。 ,特願2011-151813(出願日平成23年 )7月8日)の特許出願(以下「本件出願2」という。)の特許請求の範囲の請求項1ないし3(別紙1-2〔発明目録2〕記載のもの)に係る各発明(以下,個別には請求項の番号に対応して「本件発明2-1」などといい,これらを総称して「本件発明2」という。)及び特願2013-266008(出願日平成25年12月24日)の特許出願(以下「本件出願3」という。また,本件出願1,本件出願2及び本件出願3を総称して「本件各出願」という。)の特許請求の範囲の請求項1(別紙1-3〔発明目録3〕記載のもの)に係る発明(以下「本件発明3」という。)について,被告とともに特許を受ける権利を有することを確認する。 2 被告は,原告に対し,1000万円及びこれに対する平成26年2月15日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要等
1 事案の概要 本件は,原告が,被告に対し,(1)@ 原告の従業員であったA@(以下「原告従業員A@」という。)は,本件発明1,本件発明2及び本件発明3(以下,これらを総称して「本件各発明」という。)の共同発明者の一人であるところ,本件各発明は,原告における原告従業員A@の職務発明であるから,原告は,その勤務規則の定めにより,原告従業員A@から本件各発明について特許を受ける権利の共有持分を承継するに至った(以下「請求原因(1)@」ということがある。)か,又は,A被告は,被告の従業員である本件各発明の発明者若しくは共同発明者から,本件各発明について特許を受ける権利若しくはその共有持分を承継したところ,原告は,原告と被告との間の平成20年8月27日付け開発協力合意書(以下「本件開発協力合意書」という。甲2)に基づく契約(以下「本件開発協力合意」という。)に従って本件各発明について特許を受ける権利を被告と持分2分の1の割合で準共有するに至った(以下「請求原因(1)A」ということがある。)と主張して,原告が,被告とともに,本件各発明について特許を受ける権利を有することの確認を求める 2とともに,(2) 被告は,本件開発協力合意,及び原告と被告との間の平成20年5月8日付け秘密保持契約書(以下「本件秘密保持契約書」という。甲1)に基づく契約(以下「本件秘密保持契約」という。)に従って原告に対し負っていた義務(共同出願義務,守秘義務,目的外不使用義務,研究内容の開示義務及び通知義務)に違反し,これにより原告が損害を被ったと主張して,債務不履行による損害賠償金1000万円(逸失利益10億2160万円と弁護士費用・弁理士費用1000万円の合計である10億3160万円の一部。ただし,逸失利益と弁護士費用・弁理士費用の割り付けは,按分比による。 及びこれに対する訴状送達の日の翌日である )平成26年2月15日から支払済みまでの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。 2 前提事実(当事者間に争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実) (1) 当事者 ア 原告は,砂糖及び機能素材の製造販売等を目的とする株式会社である。 イ 被告は,化学品(合成樹脂・高機能繊維)及び食品(澱粉糖類)の製造販売等を目的とする株式会社である。 (2) 原告と被告の取引等の経緯 ア 原告は,平成20年4月14日,被告に対し,グルコシルグリセロール(D-ジヒドロキシプロピルグルコピラノシド,D-ジヒドロキシプロピルグルコシド,グルコピラノシルグリセロール,グリセリルグルコシドなどとも称される。 「G 以下G」という。〔なお,少なくとも後記イの式(1)及び式(2)の各化合物がこれに含まれることは,当事者間に争いがない。〕また,GGに関連する発明を「GG関連発明」という。)を主な成分とする組成物(以下「GG組成物」という。)につき,化学合成を用いる方法(以下「化学合成法」という。)による製造を依頼した。 イ 原告と被告は,平成20年5月8日,原告の求める仕様を充たすGG組成物を被告が製造することが可能か否かを検討するに当たり,原告と被告との間で取り 3交わされる情報,資料及びサンプルの取扱い等を定める本件秘密保持契約書(甲1)に調印した。 この時,被告の担当従業員ないし役員(以下「被告従業員等」という。)は,原告の担当従業員ないし役員(以下「原告従業員等」という。)に対し,化学合成法による製造の依頼を受けたGG組成物の試作品が完成したことを報告し,同試作品に含まれるGGが,α-D-ジヒドロキシプロピルグルコシド(下記式(1)の化合物で,α-D-ジヒドロキシプロピルグルコピラノシドなどとも称され,α-D-DHPGと略記されることがある。以下「α-GG」という。)とその光学異性体であるβ-D-ジヒドロキシプロピルグルコシド(下記式(2)の化合物で,β-D-ジヒドロキシプロピルグルコピラノシドなどとも称され,β-D-DHPGと略記されることがある。以下「β-GG」という。)の混合物であることを伝えた。 ウ 原告と被告とは,平成20年8月27日,本件開発協力合意書(甲2)に調印し, 「各種グルコース誘導体」の研究並びに開発業務に関し,本件開発協力合意をした(なお,本件開発協力合意の対象となる「各種グルコース誘導体」の研究並びに開発業務に,GGの研究・開発業務が含まれるか否かについては,争いがある。 。 ) エ 原告は,平成22年5月14日,被告に対し,GG組成物の製品(原告の依頼に基づき,化学合成法により,被告が工業的に製造できることが確認されたもの)240キログラムを注文し,これ以降,原告と被告との間で,同品の継続的な売買取引が行われたが,被告が原告から平成24年8月6日に受けた注文を最後に(納 4入は,同年11月1日),同製品の売買取引は終了した。 (3) 本件秘密保持契約及び本件開発協力合意の内容 ア 本件秘密保持契約の内容 (ア) 本件秘密保持契約書(甲1)には,以下の記載がある。 「東洋製糖(株)(以下,「甲」という)と群栄化学工業(株)(以下,「乙」という)とは,甲が指定する化合物(グルコピラノシルグリセロール)を,乙が製造することが可能か否かを検討(以下, 「本検討」という)するにあたり,甲乙間で取り交わされる情報,資料およびサンプル等の取扱につき,次のとおり契約を締結する。 1.甲および乙は,甲が乙に対し本検討に関する打診を行った事実および相手方から開示・提供を受け,または知得した技術上または業務上の一切の情報(以下,「秘密情報」という)を厳に秘密として保持し,相手方の事前の書面による承認を得ることなく,これを第三者に開示・漏洩してはならない。ただし,次の各号の一に該当するものについてはこの限りではない。 @ 公知の情報または自己の責めによらないで公知となった情報 A 相手方から知得する以前に自己が所有していたことを書面により証明できる情報 B 正当な権限を有する第三者から秘密保持義務を負うことなく開示を受けた情報 2.乙は,甲より開示・提供を受けた秘密情報に基づき本検討を行い,その結果を書面により甲に提出する。 3.甲および乙は,秘密情報を本契約の目的のみに使用するものとし,他の目的に使用してはならない。 4.甲および乙は,本契約終了後または相手方の要求にしたがい,秘密情報(サンプルの残余分を含む)をただちに相手方に返還するものとする。 5.甲および乙は,本検討の結果に基づき,甲が乙に製造を委託することを決定した場合には,別途製造委託契約書(仮称)を締結するものとする。 5 6.甲および乙は,相手方が本契約の条項に違反した場合において,相手方に対する是正の催告書到達日から30日以内に違反当事者が是正しない場合には,是正を求めた当事者は,ただちに本契約を解除することができる。また,甲および乙は,相手方の営業上または組織上の変更により,自らが重大な影響を被るおそれがある場合,相手方と協議のうえ本契約を解除することができるものとする。 7.本契約の有効期間は,本契約締結の日から1年間とする。ただし,第1条および第3条の規定は本契約終了後もなお5年間有効に存続するものとする。 8.本契約に定めのない事項および解釈に疑義を生じた事項については,甲乙誠意をもって協議し,解決を図るものとする。」 (イ) 原告と被告は,本件秘密保持契約の有効期間について,平成21年5月20日付け期間延長合意書(甲3)を調印することにより,平成22年5月7日まで延長し,さらに,同年4月16日付け期間延長合意書(甲4)を調印することにより,平成23年5月7日まで延長した。 イ 本件開発協力合意の内容 本件開発協力合意書(甲2)には,次の記載がある。 「東洋製糖株式会社(以下「甲」という)と群栄化学工業株式会社(以下「乙」という)とは,甲乙協力して開発を行うにあたり,次のとおり合意する。 第1条(目的) 甲及び乙は,食品以外の工業用材料として,各種グルコース誘導体の研究並びに開発業務(以下「本開発」という)を相互に協力して推進し,甲乙双方の事業の繁栄を図るものとする。 第2条(研究の開示) 甲は従前より蓄積したノウハウを開示し,かつ甲乙ともに今後の研究の進行,内容,成果を相互に開示し,交換する。以後の個別の研究の進行,計画,期日等については,随時協議のうえ定める。 第3条(秘密保持) 甲及び乙は,本開発に関連して知り得た相手方の技術上,営業上その他の秘密情報を,相手方の事前の書面による承諾なしに第三者に開示または漏洩してはならない。但し,次の情報についてはこの限りでない。 6 (1) 公知の情報または自己の責めによらないで公知を ( ママ ) なった情報。 (2) 相手方から知得する以前に自己が所有していたことを書面により証明できる情報。 (3) 正当な権限を有する第三者から秘密保持義務を負うことなく開示を受けた情報。 2. 甲及び乙は,本開発の目的を遂行するために必要な場合,自己の子会社,及び関連会社に秘密情報を開示できるものとする。但し,いずれの当事者も,当該子会社,及び関連会社に対し,本合意書に基づき自らが負う義務と同等の義務を課し,その履行について連帯責任を負うものとする。 第4条(他目的使用禁止) 甲及び乙は,相手方から提供又は開示された秘密情報を,本開発のためにのみ使用するものとし,他の目的のために使用してはならない。 第5条(開発の費用) 甲及び乙は,本開発について,研究費,開発費等これらに要した費用については,原則として,それぞれが分担した開発に応じて,それぞれ自ら負担するものとする。 第6条(知的財産権等の取扱い) 甲及び乙は,本開発に基づき,発明,考案,意匠の創作等の技術的成果が生じたときは,直ちに相手方に対して通知する。当該技術的成果の帰属,知的財産権を受ける権利,帰属及びその取扱い等については基本的に折半とするが,詳細につて (マ マ ) は別途協議するものとする。 第7条(契約の締結) 甲及び乙は,本開発の進行に伴い,生産,販売等の契約が必要と認められる段階において,随時別途製造委託契約,売買契約(仮称)等を締結するものとする。 第8条(有効期間) 本合意書の有効期間は,平成20年7月15日から平成23年7月14日までとする。ただし,甲乙協議のうえ,この期間を変更することができる。 第9条(解除) 甲及び乙は,相手方が本合意書の条項に違反した場合において, 7相手方に対する是正の催告書到達日から30日以内に違反当事者が是正しない場合には,是正を求めた当事者は,ただちに本合意書を解除することができる。また,甲及び乙は,相手方の営業上または組織上の変更により,自らが重大な影響を被るおそれがある場合,相手方と協議のうえ本合意書を解除することができる。 第10条(損害賠償) 甲及び乙は,前条に掲げる事由及び甲,乙,研究担当者または研究協力者が故意または重大な過失によって相手方に損害を与えたときには,その損害を賠償しなければならない。 第11条(協議) 本合意書に定めのない事項及び疑義を生じたときは,甲乙誠意をもって協議し,これを解決する。」 (4) 本件各出願の経過及び本件各発明の内容等 ア 被告は,平成22年5月10日,願書に添付する特許請求の範囲を別紙2-1(特開2011-236152号公報)の【特許請求の範囲】欄記載のとおりのものとして,本件出願1をし,平成23年7月8日,願書に添付する特許請求の範囲を別紙2-2(特開2013-18728号公報)の【特許請求の範囲】欄記載のとおりのものとして,本件出願2をした。 その後,本件出願1は,平成23年11月24日,出願公開され,本件出願2は,平成25年1月31日,出願公開された。 (以上につき,甲5,6) イ 特許庁審査官は,本件出願1及び本件出願2のそれぞれについて,次の理由により拒絶すべきものとする平成25年6月12日付け各拒絶理由通知書(甲7,8)を起案した。 (ア) 本件出願1及び本件出願2の特許請求の範囲の請求項1につき,特許法29条2項違反及び同法36条4項1号違反。 (イ) 本件出願1及び本件出願2の特許請求の範囲の請求項2ないし5につき,特許法29条2項違反。 ウ 被告は,上記イの各拒絶理由通知書を受け,本件出願1及び本件出願2について,平成25年8月13日付け各手続補正書(甲9,10)により,特許請求の 8範囲及び明細書を補正した。上記各補正後の特許請求の範囲は,それぞれ,別紙3(第1次補正後の特許請求の範囲)記載1及び2のとおりである(同別紙の下線部は,補正箇所を示す。なお,いずれの出願についても,請求項5は削除された。 。 ) エ 特許庁審査官は,上記ウのとおり補正された本件出願1及び本件出願2のそれぞれについて,次の理由により拒絶すべきものとする平成25年10月22日付け各拒絶理由通知書(甲11,12)を起案した。なお,特許庁審査官は,本件出願2の特許請求の範囲の請求項2ないし請求項4に係る発明については,拒絶の理由を発見しないとした。 (ア) 本件出願1の特許請求の範囲の請求項1ないし4につき,特許法36条4項1号違反。 (イ) 本件出願2の特許請求の範囲の請求項1につき,特許法29条2項違反。 オ 被告は,上記エの各拒絶理由書を受けて,本件出願1及び本件出願2について,平成25年12月24日付け各手続補正書(乙1,2)により,特許請求の範囲及び明細書を補正した。上記補正後の特許請求の範囲は,本件出願1については,別紙1-1(発明目録1)記載のとおりであり(同別紙の下線部は,補正箇所を示す。 ,本件出願2については,別紙1-2(発明目録2)記載のとおりである(同 )別紙の下線部は,補正箇所を示す。 。 ) また,被告は,同日,本件出願2の一部を新たな特許出願とする本件出願3をした(甲41)。同出願の特許請求の範囲は,別紙1-3(発明目録3)記載のとおりである(これは,別紙2-3〔特開2014-62121号公報〕の【特許請求の範囲】欄と同じであり,本件出願2の平成25年12月24日付け手続補正書(乙2)による補正前の特許請求の範囲の請求項1とも同じである。 。 ) なお,本件出願2の特許請求の範囲の請求項1及び本件出願3の特許請求の範囲の請求項1に記載された下記式のうち,式(1)で表される化合物は,D-ジヒドロキシプロピル(ポリ)グルコピラノシルグルコシシドと呼ばれ,D-DHPPGと略称されるところ,そのうち,nが1のものがGG(α-GG及びβ-GG)で 9ある。また,式(2)で表される化合物は,グリセリンである。 カ 本件出願1ないし本件出願3は,現在も特許庁に係属中である。 本件出願1の願書に添付した明細書(平成25年12月24日付け手続補正書による補正後のもの。以下「本件明細書1」という。)の記載は,別紙2-1(特開2011-236152号公報)の該当欄(ただし,発明の名称並びに段落【0005】及び【0007】は,別紙4-1〔本件明細書1の発明の名称並びに段落【0005】及び【0007】 )記載のとおりであり,本件出願2の願書に添付した明 〕細書(平成25年12月24日付け手続補正書による補正後のもの。以下「本件明細書2」という。)の記載は,別紙2-2(特開2013-18728号公報)の該当欄(ただし,発明の名称並びに段落【0005】及び【0007】は,別紙4-2〔本件明細書2の発明の名称並びに段落【0005】及び【0007】〕のとおり)記載のとおりであり,本件出願3の願書に添付した明細書(以下「本件明細書3」という。)の記載は,別紙2-3(特開2014-62121号公報)の該当欄記載のとおりである。 なお,被告は,被告の従業員である本件各発明の発明者又は共同発明者から,本件各発明について特許を受ける権利を承継した(乙28の1ないし28の3)。 3 争点 (1) 特許を受ける権利の確認請求の成否について 10 ア 原告従業員A@は本件各発明の共同発明者の一人か(争点(1)ア) イ 原告は本件開発協力合意の定めに従って本件各発明について特許を受ける権利を被告と持分2分の1の割合で準共有するに至ったか(争点(1)イ) ウ GG関連発明に係る特許を受ける権利につき,製法発明及び物質発明については被告の単独保有とし,用途発明については原告と被告の準共有とする旨の原告と被告との間の合意(以下「GG特許別段合意」という。)が成立したか(請求原因(1)@及び請求原因(1)Aに対する抗弁)(争点(1)ウ) エ 被告は本件開発協力合意を有効に解除したか(請求原因(1)Aに対する抗弁)(争点(1)エ) (2) 債務不履行に基づく損害賠償請求の成否について ア 被告は本件開発協力合意又は本件秘密保持契約に従い原告に対し負っていた義務に違反したか(争点(2)ア) イ 損害発生の有無及びその額(争点(2)イ) |
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争点に対する当事者の主張
1 争点(1)ア(原告従業員A@は本件各発明の共同発明者の一人か)について 【原告の主張】 (1) 原告従業員A@の情報(知見) 原告従業員A@は,本件出願1ないし本件出願3がされた当時,原告における機能食品素材事業部研究開発センター長兼研究開発室長兼品質保証管理室長を務め ていた者であり,その後,原告の取締役・知的財産部長を務めた。 原告従業員A@は,平成19年頃から化粧品の基材であるグリセリンに代わる素材としてGGの調査・研究を行っており,後記(2)及び(3)において詳述するとおり,被告従業員等に対し,次の@ないしCの情報(知見)を伝達することにより,本件各発明の着想ないし具体化に関与した。 @ グリセリンにグルコースを付加したGGを化学合成法により製造することの情報,及びその組成物中の含量を80%以上にすること(以下「本件知見@」とい 11う。) A α-GGとβ-GGとの混合物に関する特許は出願されていないこと,及びこれらの配合で優位性を見いだすことができれば権利化の可能性があること(以下「本件知見A」という。) B GGはグリセリンより保湿効果に優れていること(以下「本件知見B」という。) C 高グリセリン含量の組成物でも製品化の可能性があること,及びこれにより安価な製品を得られる可能性があること(以下「本件知見C」という。) (2) 本件各発明の着想から完成に至るまでの経緯 ア 原告が被告にGG組成物の試作品の製造を委託するに当たり,原告従業員A@は,被告従業員等に対し,本件知見@を伝えた上,高純度(組成物中のGGが80%以上)の試作品製造を依頼した。 この時,被告従業員等は,GGの化学合成法どころか,GGという化合物の存在さえも知らなかった。そこで,原告従業員A@は,被告従業員等のうちAA(以下「被告従業員AA」という。)に対し,GGという化合物名,GGがグリセリンにグルコースを付加させることにより得られる化合物であること,GGがグリセリンの代替品であることを教示し,被告が製造販売しているメチルグルコシドと同様の製造方法により,GGの化学合成法による製造が可能でないかなどと伝えた。 イ 被告従業員等は,平成20年5月8日,最初の試作品について原告従業員等に報告した。 その後,原告従業員等(原告従業員A@を含む。)が,同月19日,試作品の評価結果について被告従業員等に報告した。同月8日の打合せにおいて,被告従業員等が高速液体クロマトグラフィー(以下「HPLC」という。)では,α-GGとβ-GGのピークの分離が難しい旨発言していたため,同月19日,原告においてGG組成物をHPLCで分析したチャート(以下「HPLCチャート」という。)を原告従業員等の一人であるAB(以下「原告従業員AB」という。)が被告に送付 12した(甲29の1)。上記HPLCチャート(甲29の2)では,α-GGとβ-GGのピークが明確には分離されていなかったが,原告従業員A@は,ピークの左側に肩(膨らみ)が観察されたことから,化学合成法によりα-GGとβ-GGの混合物が得られることが証明できること,HPLCの条件を見直して改良することによりα-GGとβ-GGのピークを分離し,それぞれを定量できる可能性があることなどを見いだした。そこで,原告従業員A@は,被告従業員AAに対し,GG組成物中にα-GGとβ-GGが存在すること,及びこれらの分離の可能性を示唆した。 その後も,原告従業員等は,被告従業員等に対し,平成21年5月1日の打合せ時に,α-GGとβ-GGのピークを明確に分離したHPLCチャートと併せて,GG組成物を酵素で分解したサンプルのHPLCチャートを提示し(甲30) 後者 ,のチャートにより,α-GGに起因するピークと,β-GGに起因するピークの同定も可能にした(α-GGに起因するピークとβ-GGに起因するピークの面積比から,α-GGとβ-GGのモル比〔この場合は質量比に対応する。〕を求めることができる。 。 ) 原告従業員A@は,被告従業員等に対し,同月7日の打合せで, 「これまでのGGに関する特許はα―GGのみ,あるいはβ―GGのみの効果を謳ったものであるが,α―GGとβ―GGの一定比率の混合物の効果を取り上げた特許は見当たらないことから,今回の合成GGで優位性が見出せれば特許性があると思われるため検討している」旨(本件知見A)を伝えた。これが,本件発明1の本質的な着想である。 ウ 原告従業員等(原告従業員A@を含む。)は,被告従業員等に対し,平成21年11月4日の打合せの際,GGはグリセリンより保湿効果が高いとの知見(本件知見B)を伝えた。 エ 平成21年12月7日の会議で,AC(以下「被告従業員AC」という。)を含む被告従業員等は,被告の見解として,α-GGとβ-GGをHPLCで分離することは難しい旨発言し,核磁気共鳴(Nuclear Magnetic Resonance)分析(以 13下「NMR」という。)によるα-GGとβ-GGの分析値を報告した(甲36の2〔なお,甲36の2に「液クロ」とあるのは,高速液体クロマトグラフィー(HPLC)の略称である。 ) 〕 。原告従業員A@は,被告がこの時点に至ってもHPLCによるα-GGとβ-GGの分析技術を持っていないため,その比率を手間のかかるNMRで分析しているのだと認識した。 被告従業員等(被告従業員ACを含む。)は,α-GGとβ-GGのHPLCによる分析ではピークの分離が難しいと発言していたにもかかわらず,本件出願1の願書に添付した明細書の図1には,α-GGとβ-GGのピークを明確に分離したHPLCチャートが掲げられている(甲5参照)。同明細書における実施例の記載は,細かい条件は原告が被告に示したHPLCの条件とは異なっているものの,原告従業員A@がHPLCでα-GGとβ-GGとの分離が可能であることを示さなければ,被告従業員等は,HPLCでのα-GGとβ-GGとの分離条件の検討すらしなかったものである。 オ 平成21年12月21日に行われた会議の際,原告従業員A@は,被告従業員等(被告従業員ACを含む。)に,未反応のグリセリン残量が多くても良いので,残存グリセロール含量の多い,低グレードの安価なタイプの糖組成物の製作を要望し(甲33の2) グリセリンを除去する蒸留工程を除いて製造コストを下げること ,が目的であることを説明した(本件知見C)。 (3) 本件各発明に対する原告従業員A@の関与について ア 本件発明1について (ア) 本件発明1が解決しようとする課題は,α―GG単独の場合よりも保湿性が向上し,大量生産も容易な糖組成物及びその製造方法を提供することにあり(特開2011-236152号公報〔甲5〕の段落【0004】 ,上記課題の解決手段 )は,α―GGとβ―GGを所定割合で含む組成物(GG組成物)を化学合成法により得ることであり,また,α―GGとβ―GGが所定量以上含まれていることを発明の構成要件とする(同公報の段落【0005】 。 ) 14 上記課題は,α-GGとβ-GGとの混合物に関する特許が出願されていないこと及び新規なこれらの配合で優位性を見いだすことができれば権利化の可能性があること並びにGGはグリセリンより保湿効果に優れているという原告従業員A@の新規な着想ないし提供情報を流用ないし基礎としたものである。 また,上記課題の解決手段についても,グリセリンにグルコースを付加したGGを化学合成法により製造することの情報及びその組成物中の含量を80%以上にすること,α-GGとβ-GGとの混合物に関する特許は出願されていないこと,及びこれらの配合で優位性を見いだすことができれば権利化の可能性があることという原告従業員A@の着想ないし提供情報を流用ないし基礎としたものである。 (イ) 本件出願1の願書に添付した特許請求の範囲の請求項1における「下記式(1)で表される化合物」とはα-GGのことであり,「下記式(2)で表される化合物」とはβ-GGのことであるから,請求項1は,α-GGとβ-GGの一定比率の混合物からなる保湿剤であるところ,これは,原告従業員A@の着想そのものである。 また,請求項1には,α-GGとβ-GGの比率の数値範囲も規定されている。 同出願の願書に添付した明細書の記載の実施例や請求項1の数値範囲は,HPLCの分析に基づくものであり,同明細書の図1には,α-GGとβ-GGのピークを明確に分離したHPLCチャートが記載されており,原告従業員A@が提供したHPLCの情報が本件発明1-1に貢献していることは間違いない。 さらに,本件発明1-1に規定された具体的な数値についても,原告従業員等が平成21年5月1日に被告従業員等に提示したHPLCチャート(甲30)には,α-GGとβ-GGの面積%が52.52%と24.96%となることが示されているところ,これは本件発明1-1で規定されている45〜75:15〜25の数値範囲に含まれているものである。 以上のとおり,原告従業員A@は,本件発明1-1の本質的な部分について大きく貢献しており,同発明の共同発明者の一人である。 (ウ) 本件発明1-2は, 「請求項1に記載の保湿剤を製造する方法」であり,本件 15発明1-1を前提にしているところ,上記(イ)のとおり,原告従業員A@は,本件発明1-1の共同発明者の一人であるから,本件出願1-2発明にも関与しているといえる。 また,原告従業員A@は,被告従業員AAに対し,GGがグリセリンにグルコースを化学合成法により付加させることにより得られる化合物であることを教示しており,本件発明1-2の本質的な着想は,原告従業員A@が提供したものといえる。 さらに,原告従業員A@はGGの組成物中の含量80%以上という値を被告に伝えていたので,その製造工程において未反応のグリセリンを除去する工程を入れることは当然であるし,化学反応において酸性触媒を用いることや,グリセリン除去工程において蒸留を採用することは,化学分野の技術常識である。 なお,本件発明1-2には,グルコース源とグリセリンの仕込み量の範囲や蒸留時のpHの範囲も規定されているが,これらは開発担当者であれば誰でも行う最適化にすぎない。 以上のとおり,原告従業員A@は,本件発明1-2の本質的な部分についても大きく貢献しており,同発明の共同発明者の一人である。 (エ) 本件発明1-3は,本件発明1-2の構成を引用し,本件発明1-4は,本件発明1-2及び本件発明1-3の構成を引用しているから,いずれも本件発明1-1を前提にしているところ,原告従業員A@は,本件発明1-1の共同発明者の一人であるから,本件発明1-3及び本件発明1-4にも関与しているといえる。 なお,本件発明1-3における真空下での反応や,本件発明1-4のハイドロタルサイト類を用いることは,原告が被告に要求したGG組成物の規格を満たすために,公知技術の中から選択されたものにすぎない。 以上のとおり,原告従業員A@は,本件発明1-3及び本件発明1-4の本質的な部分についても深く関与しており,両発明の共同発明者の一人である。 イ 本件発明2について (ア) 本件発明2の特徴的部分は,本件発明1において,不要物としていたグリセ 16リン(製造原料の残存物)をあえて一定割合で含有することにより,高い保湿性を可能ならしめることにある(特開2013-18728号公報〔甲6〕の段落【0004】 【0005】 。この本件発明2の特徴的部分は,本件知見C,すなわち, , )高グリセリン含量の組成物でも製品の可能性があること,これにより安価な製品を得られる可能性があることという原告従業員A@の着想ないし提供情報を流用ないし基礎としたものである。 (イ) 本件発明2-1にいう「下記式(1) [式中,nは糖縮合度を示し,1以上の整数である。 で表される化合物」 ] とはグリセリンにグルコースがn個結合した化合物で,「下記式(2)で表される化合物」とはグリセリンである。 このうち,グルコースとグリセリンとを化学反応させることにより糖組成物を製造することを提案したのは原告従業員A@である。また,原告従業員A@は,被告が化学合成法により製造した糖組成物がグリセリンにグルコースがn個結合した化合物の混合物とグリセリンとからなることについて,HPLCチャートをもって明確に示した。そして,上記のとおり,原告従業員A@は,被告従業員等(被告従業員ACを含む。 に, ) グリセリンを除去する蒸留工程を除いて製造コストを下げることを目的として,低グレードの安価なタイプの糖組成物の製作を要望したが,蒸留工程を除くには,反応工程でのグリセリンの添加量を抑える必要があることは当然であり,自ずとグリセリンとグルコースの仕込み量の割合が限定されるから,グリセリンとグルコースの仕込み量の数値範囲については,単なる最適化の問題にすぎない。 以上のとおり,原告従業員A@は,本件発明2-1の本質的な部分について大きく貢献しており,同発明の共同発明者の一人である。 (ウ) 本件発明2-2は,本件発明2-1の構成を引用し,本件発明2-3は,本件発明2-1及び本件発明2-2の構成を引用しているから,本件発明2-2及び本件発明2-3は,いずれも本件発明2-1を前提にしているものである。上記のとおり,原告従業員A@は本件発明2-1の共同発明者の一人であるから,本件発 17明2-2及び本件発明2-3にも関与しているといえる。 なお,真空下での反応や,ハイドロタルサイト類を用いることは,原告が被告に要求したGG組成物の規格を満たすために,公知技術の中から選択されたものにすぎない。 以上のとおり,原告従業員A@は,本件発明2-2及び本件発明2-3の本質的な部分について深く関与しており,両発明の共同発明者の一人である。 ウ 本件発明3について 本件発明3は,本件発明2と同じく,D-DHPPGの平均糖縮合度の範囲と,D-DHPPGとグリセリンの割合の範囲を発明特定事項とするところ,本件発明2-1に関して主張したとおり,原告従業員A@は,グルコースとグリセリンとを化学反応させることにより糖組成物を製造することを持ちかけ,被告が化学合成法により製造した糖組成物は結合するグルコースの数の異なる化合物とグリセリンとの混合物であることをHPLCチャートで示したものである。 したがって,原告従業員A@は,本件発明3の本質的な部分について大きく貢献しており,同発明の共同発明者の一人である。 (4) まとめ 以上のとおり,原告と被告との間の開発経過及び原告従業員A@が提供した情報が本件各発明の中核をなすものであるとの関連性に鑑みれば,本件各発明の着想ないし具体化には,原告従業員A@も関与したものである。そして,本件各発明は,その性質上原告の業務範囲に属し,かつ,その発明をするに至った行為は原告における原告従業員A@の職務に属する発明(職務発明)であるから,原告は,その勤務規則である発明考案規程4条1項本文の定めにより,原告従業員A@から本件各発明について特許を受ける権利を承継するに至ったものである。 【被告の主張】 (1) 原告従業員A@の情報(知見)について 原告の主張は,否認ないし争う。 18 被告従業員等は,平成20年4月14日,原告従業員A@から,グリセリンにグルコースを付加したGGを化学合成法により製造するよう依頼されたが,GGを化学合成法により製造するための条件等の情報について何ら開示されていない。また,同日,組成物中のGGの含有量を80%以上とすることは決めたが,これは,酵素を用いる方法(以下「酵素法」という。)によってGGを製造する場合にGGの含有量が約80%程度であったことから,目標とした数値にすぎない。被告従業員等は,α-GGとβ-GGとの混合物に関する特許が出願されているか否かについて,原告従業員等から何の情報も得ておらず,また,その当時,GGがグリセリンより保湿効果に優れていることは公知であった。 被告従業員等は,原告従業員A@を含む原告従業員等から,GG組成物の製品の価格を下げるようにと要求されたが,そのための具体的な方策については何ら説明を受けていないし,グリセリンの含有量が多い糖組成物は,被告従業員等の発案によるものである。 (2) 本件各発明に対する原告従業員A@の関与について 本件各発明は,被告従業員AAが着想し,かつ,具体化したものである。以下に述べるとおり,原告従業員A@が本件各発明の着想の提供等をしたことはなく,また,同人が被告従業員等との一体的連続的な協力関係の下に本件各発明の着想ないし具体化に関与した事実もない。 ア 本件発明1-1について (ア) 原告は,本件発明1-1の特徴的部分を,α-GGとβ-GGを含有する糖組成物からなる保湿剤であると主張するようであるが,そのような保湿剤は,海外では既に上市されていたものであるから,本件発明1-1の特徴的部分は,α-GG及びβ-GGの含有量の範囲に関する発明特定事項にある。 発明における着想とは,課題とその解決手段ないし方法が具体的に認識され,技術に関する思想として概念化されたものであり,単に課題を示したのみでは着想に当たらないから,原告従業員A@が着想の提供をしたとはいえない。 19 また,原告従業員A@は,α-GG単独より優れた保湿性材料が求められているとの課題を,被告従業員AAを含む被告従業員等に伝えておらず,当該課題を有してもいなかった。原告従業員A@は,顧客の要望を聞いていたにすぎず,何ら創作的行為を行っていない(そもそも,原告は,実質的にα-GGのみからなるGG組成物を望んでおり,β-GGを不純物にすぎないと認識していたものである〔甲29の1参照〕 ) 。。 さらに,本件出願1がされた時点で,グリセロール(グリセリン)に比べてα-GGが高い保湿性を示すことは公知であったし(例えば,甲45,乙16),β-GGが保湿性を有し,化粧品に適することも公知であったが(乙17),α-GGとβ-GGの特定比率の混合物と,α-GG単独のものとの保湿効果上の優劣については,明らかではなかった。 したがって,仮に,原告従業員A@が,GGが保湿性に優れることにつき知見を得ていたとしても,α-GGとβ-GGの特定比率の混合物が,保湿性において,α-GG単独のものに対する優位性を得る可能性があるといった発想には及んでおらず,α-GGとβ-GGの混合物を用いることが,保湿性を向上させる課題解決手段であるとの認識を具体的に有していたはずはない。 以上のとおり,本件発明1-1について,原告従業員A@は,課題の発見すら行っておらず,また,課題の解決手段ないし方法も具体的に認識していないから,課題とその解決手段ないし方法が具体的に認識され,技術に関する思想として概念化されたものであるところの発明の着想を提供していない。 なお,原告従業員A@が提示したHPLCのデータは,発明の着想の具体化に当たらない。原告は,平成21年5月1日,α-GGとβ-GGの比率をHPLCの条件を検討することにより解析し,その結果を提示したというが,同年11月13日,原告従業員A@は,被告従業員ACに対し,α-GGとβ-GGの比率をHPLCで旨く分離して確認する方法はないか問い合わせているところからしても(乙18) 原告従業員A@がα-GGとβ-GGとを分離し,両者の比率を分析できて , 20はいなかったというべきであるし,仮に,分析していたとしても,発明の着想の具体化に貢献したとは評価されない。 本件発明1-1に関しては,被告従業員AAがα-GGとβ-GGの含有量と保湿性との関係を詳細に検討し,同年10月に完成させたものである。 (イ) 上述したとおり,本件発明1-1は,被告従業員AAの着想と努力の成果であって,他の被告従業員等がこれに協力したものであり,原告従業員A@と被告従業員AAの間には,発明の着想と具体化について,いかなる一体的連続的な協力関係も存在しない。 したがって,原告従業員A@は新しい着想を具体化した者として共同発明者になる余地もない。 イ 本件発明1-2ないし本件発明1-4について 原告は,本件発明1-2ないし本件発明1-4の特徴的部分について, 「請求項1に記載の保湿剤」を化学合成法によりグリセリンとグルコースを用いて製造することである旨主張するようであるが,本件発明1-2の特徴的部分は,本件発明1-1の特徴的部分に加えて,グルコース源の仕込み量とグリセリンの仕込み量の範囲,及び蒸留を行う際のpHの範囲に関する発明特定事項にある。また,本件発明1-3の特徴的部分は,本件発明1-2の特徴的部分に加えて,グルコース源とグリセリンとの反応を真空下で行うことにあり,本件発明1-4の特徴的部分は,本件発明1-2又は本件発明1-3の特徴的部分に加えて,ハイドロタルサイト類を用いるという発明特定事項にある。 原告は,その当時,化学合成法により製造されたGG組成物は国内では上市されていなかったなどと主張するが,海外では上市されていたものであり,化学合成法によるGG組成物の製造を被告に依頼したことは,本件発明1-2ないし本件発明1-4の着想を提供するものではない。また,本件発明1-2ないし本件発明1-4における蒸留法によるグリセリン除去工程について,原告従業員等が被告従業員等に何らかの示唆を与えた事実もない。 21 したがって,製法の発明である本件発明1-2ないし本件発明1-4についても,原告従業員A@は着想を提供しておらず,また,着想の具体化も行っていない。これらは,被告従業員AAの着想と努力の成果であって,他の被告従業員等がこれに協力したものである。 ウ 本件発明3について 本件出願3が本件出願2の分割出願であり,本件発明2が製法の発明であり,本件発明3が物の発明であることから,まず,本件発明3について検討する, (ア) 原告は,本件発明3の特徴的部分について,本件出願1に係る発明では不要物という扱いのグリセリン(製造原料の残存物)をあえて一定割合で含有することにより,高い保湿性を可能ならしめる保湿剤である旨主張しているものと解される。 しかし,本件発明3の特徴的部分は,D-DHPPGからなり平均糖縮合度が1.45〜1.98である糖と,グリセリンとを45〜80:20〜55の質量比で含む糖組成物からなる保湿剤であるという点にある。 また,課題が共通しても,その解決手段が異なれば,全く別個の発明であり, 本件発明3は,本件発明1とは課題の解決手段が異なるから,本件発明1の延長線上にはなく,本件発明1に対する関与をもって本件発明3に関与するとはいえない。 (イ) 本件発明3の課題は,保湿性に優れた材料が求められていたことにある( 特開2014-62121号公報〔甲41〕の段落【0004】)ところ,原告は,単に糖組成物の価格が高くなることが本件発明3の解決すべき課題であると捉えており,課題の理解を誤っている。そして,原告従業員A@は,本件発明3について,課題の発見すらしていない。 (ウ) 本件発明3の特徴的部分は,平均縮合度が特定の範囲であるD-DHPPGとグリセリンとを特定の質量比で含む点にある(特開2014-62121号公報〔甲41〕の段落【0012】)ところ,原告従業員A@はこの特徴的部分の創作に何ら寄与しておらず,課題の解決手段ないし方法も具体的に認識していない。 (エ) 本件発明3に関しては,被告従業員AAが保湿性等の観点から,平均縮合度 22等について実験と検討を繰り返し,発明を完成したものである(乙19)。 (オ) 以上のとおり,原告従業員A@は課題の発見すら行っておらず,また,課題の解決手段ないし方法も具体的に認識していなかったものであり,課題とその解決手段ないし方法が具体的に認識され,技術に関する思想として概念化されたものであるところの発明の着想を提供していない。 本件発明3は,被告従業員AAの着想と努力の成果であって,被告スタッフがこれに協力したものであり,原告従業員A@と,被告従業員AAの間には,発明の着想と具体化について,いかなる一体的連続的な協力関係も存在しない。 したがって,原告従業員A@は,新しい着想を具体化した者として共同発明者になる余地もない。 エ 本件発明2について (ア) 本件発明2-1の特徴的部分は,本件発明3の特徴に加えてグルコース源のグルコース換算の仕込み量に対するグリセリンの仕込み量のモル比の範囲に関する発明特定事項にあり,本件発明2-2の特徴的部分は,本件発明2-1の特徴的部分と同様である。また,本件発明2-3の特徴的部分は,本件発明2-1又は本件発明2-2の特徴的部分に加えて,無機吸着剤としてハイドロタルサイト類を用いるという発明特定事項にある。 また,課題が共通しても,その解決手段が異なれば,全く別個の発明であって,本件発明2は,本件発明1とは課題の解決手段が異なるから,本件発明1の延長線上にない。 (イ) 本件発明3と同様の理由により,原告従業員A@は本件発明2について課題の発見すらしていない。また,本件発明2の特徴的部分は,製造工程において,グリセリンの仕込みモル比(グルコース源のグルコース換算の仕込み量に対するグリセリンの仕込み量のモル比)を特定の範囲の値に調整することにある(乙2)。これにより,本件発明3に係る保湿剤を簡単な合成方法により製造できるというものである(特開2013-18728号公報〔甲6〕の段落【0013】 。 ) 23 原告従業員A@は,本件発明2の特徴的部分を方向付ける着想を被告従業員AAその他の被告従業員等に与えておらず,本件発明2を着想したのは,被告従業員AAである。 (ウ) 原告従業員A@は,発明の着想の具体化もしていない。本件発明2に関しては,被告従業員AAが本件発明3の組成物を製造する方法として,原料の仕込み量等を検討して発明を完成した(乙19)もので,原告従業員A@と,被告従業員AAとの間には,発明の着想と具体化について,いかなる一体的連続的な協力関係も存在しない。 オ まとめ 以上のとおり,原告従業員A@は,本件各発明について,着想の提供も具体化も一切行っていない。 したがって,原告従業員A@は,本件各発明の共同発明者の一人であるとはいえず,原告がその発明考案規程の定めにより本件各発明についての特許を受ける権利ないしその共有持分を承継することは,あり得ない。 2 争点(1)イ(原告は本件開発協力合意の定めに従って本件各発明について特許を受ける権利を被告と持分2分の1の割合で準共有するに至ったか)について 【原告の主張】 (1) 本件開発協力合意書6条について 原告従業員A@が本件各発明の共同発明者の一人であるか否かにかかわらず,原告は,本件開発協力合意書の6条後段の定めに基づき,本件各発明について特許を受ける権利を持分2分の1の割合で被告と準共有するに至っている。 すなわち,本件開発協力合意書1条は,開発協力合意の対象を「各種グルコース誘導体」とするところ, 「各種グルコース誘導体」がGGを含む概念であることは明らかであるから,GG関連発明については,同合意書6条後段の定めが適用されるものであり,したがって,本件各発明についての特許を受ける権利については,基本的に折半となり,原告は,本件各発明についての特許を受ける権利を持分2分の 241の割合で被告と準共有するものである。 (2) 被告の主張に対する反論 ア 被告は,本件開発協力合意の対象にGGは含まれない旨主張するが,GGは本件秘密保持契約と本件開発協力合意の双方で対象となっているものである。本件開発協力合意をした当時,GGは研究開発製造の過程にあり,本件開発協力合意は,化学合成法による,GGを含むグルコース誘導体の製造可能性,生成体物の評価等の研究を対象としたものである。 イ 被告は,原告が研究開発に寄与していないとか,本件開発協力合意に基づく協力を得られていないなどと主張するが,原告は,被告に対し,品質の安全性試験,商品説明用のデータ取得,着色安定性の改善実験について情報を示すことによって,協力した。 ウ 本件開発協力合意書6条後段は,個々の発明について,当事者の一方の従業者等による単独発明か,当事者双方の従業者等による共同発明かなど当事者間で見解が相違する可能性があることから,原則として折半する旨規定したものであるところ,原告が,被告からの原案に上記の修正を加えて契約成立に至ったもので,被告は,この修正に対して何ら異議を述べずに応じている。原則として折半する旨定めたものではない旨の被告の主張は,本件訴訟が提起された後,被告が思いついた主張にすぎない。 【被告の主張】 (1) 本件開発協力合意の対象について 本件開発協力合意書1条にいう「各種グルコース誘導体」は,GGを除く趣旨で用いられており,本件開発協力合意の対象は,GG以外のグルコース誘導体である。 同条は, 「各種グルコース誘導体」という概括的な用語を用いているが,将来の個別合意による特定を前提にしたものであり,これにGGが含まれることが当然であるとはいえないところ,原告と被告との間でGGを本件開発協力合意の対象とする旨の個別合意がされたことはない。 25 したがって,GG関連発明は,本件開発協力合意の対象外である。 なお,GGに関する原告及び被告の間の協力及び取引の規律は,本件秘密保持契約のほか,本件秘密保持契約書5項に定める「製造委託契約(仮称)」をもって完結することが予定されていた。原告と被告は,本件秘密保持契約の下で行われていた被告によるGG組成物の製造の検討が順調であったため,これとは別に,GG以外の配糖体等について,両者の協力関係の下で研究開発を進めて行くため,本件開発協力合意をしたのである。 本件開発協力合意書は,平成20年8月27日に調印されたものであるが,本件開発協力合意の対象期間は,同年7月15日に遡及することとされた。そして,原告は,研究開発の対象となる化合物を,同年9月4日付けリストで示し(甲25,乙7),本件開発協力合意に基づく第1号として,●(省略)●を決定し(乙8),同年11月26日,被告は,●(省略)●のサンプルを原告に提供した(乙9)。 (2) 本件開発協力合意書における「本開発」の意義 仮に,GGが本件開発協力合意の対象である「各種グルコース誘導体」に含まれるとしても,本件各発明は,本件開発協力合意書6条の「本開発」に基づいた発明に該当しないから,同条は適用されない。すなわち,同条にいう「本開発」とは,本件開発協力合意書1条及び2条の規定に照らし,原告と被告との間で「相互に協力して推進された」開発をいうものと解するべきである。ここで, 「相互に協力して推進された」開発とは,一体的連続的な協力関係の下に,各自が重要な技術的貢献を行う一連の開発をいい,少なくとも,原告が「従前より蓄積したノウハウ」を開示し,原告被告ともに今後の研究の進行,内容,成果を相互に開示し,交換することが要件となる。相互に協力して推進された開発によらずに,一方当事者が単独で得た発明は,本件開発協力合意書6条の「本開発」に基づく発明に該当しない。 被告は,原告との一体的協力関係も,原告による重要な技術的貢献もなく,本件各発明をしたもので,本件各発明は,「本開発」に基づく発明ではない。 (3) 本件開発協力合意書6条後段の意味 26 ア 本件開発協力合意書6条後段は,双方の協議により合意が成立した場合には,基本的に折半とする旨を定めたにすぎず,権利関係の変動に関しては特段の意味を有しない。少なくとも,協議を行わなかった場合,又は,協議を行ったが合意に至らなかった場合にまで権利関係を変動させる規定ではなく,その場合は,当事者の権利関係は特許法及び民法により定まるものである。そして,本件各発明について特許を受ける権利に関し,被告が原告に持分を譲渡する旨の合意は成立していないので,本件開発協力合意書6条後段は,原告が本件各発明について特許を受ける権利の共有持分を取得した根拠とはならない。 イ 仮に,本件開発協力合意書6条後段について,協議による合意が成立しなくても,当事者間の権利関係を変動させる条項だと解釈するのであれば, 「基本的に折半する」との「基本的に」の意味は,双方の当事者に特許法上の共同発明者に該当する従業員が存在している典型的なケースにおいてという意味であると解するべきである。本件においては,本件各発明について,原告には特許法上の発明者に該当する従業者等が存在しないから,上記の「基本的に」の要件を満たさない。 寄与を無視した一律の取り決めは,具体的事案において,貢献していない参加者や貢献度の相当低い参加者のフリーライドを許し,著しく不公平な帰結をもたらしかねない。他方,個々の発明について,当事者の一方の従業者等による単独発明か,当事者双方の従業者等による共同発明かなど当事者間で見解が相違する可能性があり,当事者の協議で合意を図る方が簡便である。 本件開発協力合意書6条後段の「基本的に折半とするが」との文言や,その後に「詳細につて ( マ マ ) は別途協議する」と続く点からみても,確定的な折半の合意ではなく,協議の際に折半にすることを指針とすることを定めたにすぎないというべきである。また, 「折半とする」との表現は,一方が単独で有する権利の持分の譲渡には用いられないものというべきである。 ウ 被告が,本件開発協力合意書6条後段についての原告からの修正に応じたのは,協議の際の指針を付加しただけで,当初案の文言と法的効果を異にするもので 27はないからであり,同条後段は,その文言,同条項の趣旨からしても確定的な持分譲渡の合意ではなく,単なる協議規定又は協議による合意の成立を停止条件とした規定である。 (4) まとめ 以上のとおり,本件各発明には,本件開発協力合意は適用されない。したがって,原告が,本件開発協力合意に基づき,本件各発明につき,特許を受ける権利の共有持分を有するということはない。 3 争点(1)ウ(GG特許別段合意が成立したか〔請求原因(1)@及び請求原因(1)Aに対する抗弁〕)について 【被告の主張】 (1) はじめに 仮に,原告従業員A@が本件各発明の共同発明者の一人であり,又は,本件開発協力合意が本件各発明に適用されることとなるとしても,本件各発明は,物質発明又は製法発明のいずれかであるところ,次のとおり,原被告間には,GG関連発明のうち,物質発明及び製法発明についての特許を受ける権利はいずれも被告が単独で保有する旨の合意(GG特許別段合意)が成立しているから,本件各発明についての特許を受ける権利は,いずれにしても被告が保有しているというべきである。 (2) 合意の成立 ア 本件秘密保持契約には,知的財産権の帰属に関する規定は存在しないところ,同契約の「本検討」により何らかの発明が生じる場合,当該発明が被告従業員等のみの発明となることが自明であった。そのため,原告は,被告から購入して顧客に転売するGG組成物について,特許権により他社の市場参入を抑止し,先行参入業者との特許ライセンス交渉を有利にする目的で,被告に製法発明及び物質発明についての特許取得を促した。 このような中,原告が,平成21年6月以降,アンチエイジング等の新規用途についての用途特許に関心を持っていたこともあって,原告と被告の間でGG関連発 28明に係る知的財産権について取り決めることになり,当時原告の専務取締役であったAD(以下「原告専務AD」という。)及び原告従業員A@は,被告従業員AC,被告従業員AA及び被告の従業員であるAE(以下「被告従業員AE」という。)に対し,同年9月8日に開催された打合せ時に,GGについて何とか製法特許をおさえてほしい旨打診した(乙23)。なお,同打合せの際,原告側の参加者として,株式会社BEDARING-JAPAN(以下「ビーダリング社」という。)の代表取締役であるAF(以下「AF」という。)が,被告の承諾なく参加していた。 その後,原告従業員A@は,被告従業員ACに対し,同月28日,被告がGG組成物を第三者にサンプル提供していることが,本件秘密保持契約違反に当たる旨非難したが,被告従業員ACは,同サンプル提供は本件秘密保持契約に違反しないものであることを述べ,むしろ,同月8日の上記打合せにビーダリング社のAFを参加させていたことが本件秘密保持契約違反である旨指摘し,原告従業員A@が,被告に対して謝罪することとなった。 原告従業員A@は,同月30日,原被告間の協力関係について改めて確認,整理するため,被告従業員AC及び被告従業員AEと会談した。このとき,原告と被告は,原告と被告との間のGG組成物に関する試作及び量産検討の過程で既に生じ又は将来発生するGG関連発明について,製法発明及び物質発明について特許を受ける権利は被告が単独で保有することとし,用途発明について特許を受ける権利は原告と被告の準共有とすることに合意した(GG特許別段合意)。 また,原告従業員A@及び被告従業員ACは,同年10月20日,改めてGGに関する特許の帰属について協議し,「製法(特許),物質特許はGCI(判決注:被告)単独(出願),用途特許は共願で進める」(乙12)ことを確認した。 さらに,原告従業員A@は,平成22年4月9日,被告従業員ACとの打合せで,原告が,GGについて同年6月に触媒等の情報開示を伴うサンプルワーク(第三者に対するサンプル評価依頼)を,同年末までに触媒等の情報開示を伴う医薬部外品申請を行いたい旨表明した。これに対し,被告従業員ACは,原告の上記スケジュ 29ール調整のため,同年5月中にGG関連発明について特許出願を行う旨述べたところ,原告従業員A@は特に異議を述ず,内容についての質問もしなかった。同年4月19日,原告のグループ企業であるトーハン株式会社(以下「トーハン」という。)の従業員であるAG(以下「AG」という。)から,被告従業員AEに対し,被告の単独出願で合意されていた特許出願について,原告との共願にして欲しい旨の依頼があったが,これはあくまでも「お願い」としてであった(乙10)。 以上の経過からすると,原告及び被告は,遅くとも平成21年10月20日までに,GG組成物の試作及び量産化の検討の過程で,既に生じ,又は,将来発生するGG関連発明について,製法発明及び物質発明について特許を受ける権利は被告 が単独で保有し,用途発明について特許を受ける権利は原告と被告の準共有とすることに合意し,平成22年4月19日までは,原告もかかる合意を前提に行動していたことが明白である。このように,GG特許別段合意が結ばれたのは,本件開発協力合意がGGを対象としていなかったことによるものである。 イ なお,特許を受ける権利は,特許法の規定に従い,発明者に原始的に帰属した後,発明者から,当該発明者が原告の従業者等であった場合には,原告の発明考案規程により原告に承継され,当該発明者が被告の従業者等であった場合には,個別合意により被告に承継されるが,この承継結果がGG特許別段合意に合致しない場合,原告と被告との間において,GG特許別段合意に基づく持分譲渡がされ,合致する場合の持分譲渡は予定されていない。 (3) 原告の主張に対する反論 原告は,GG特許別段合意について,原告従業員A@にそのような合意を締結する権限はなかった主張するが,GGに関する取引については,原告従業員A@が原告の責任者として行動しており,仮に,原告従業員A@に権限がなかったとしても,被告には,原告従業員A@がGG特許別段合意の締結権限を有すると信ずべき正当な理由があった。 【原告の主張】 30 (1) GG特許別段合意について 被告が主張するGG特許別段合意は,後日,被告がねつ造したもので,そのような合意は存在しなかった。被告がGG特許別段合意が成立した根拠として掲げる平成21年11月2日付け出張報告書(乙12)は,会議開催日から13日も経過した後の報告書であり,その記載内容の信用性及び正確性には疑問がある。 しかも,原告従業員A@は,GG特許特段合意があったと主張する平成21年9月30日及び同年10月20日,研究開発センター長(兼)研究開発室長(兼)品質保証管理室長であり,そのような合意を締結できる決裁権限を有していなかった。 また,被告は,平成22年4月9日の会議などにおける発言などからGG特許別段合意の成立を裏付けられるとするが,同日の会議を証するものとして公式議事録(甲55)が存在し,これには特許に関して何らの記載もない。被告従業員AAの私的なノート(乙25)には,信用性はない。 したがって,原告と被告との間に,GG特許別段合意なるものは存在しない。 (2) 本件各発明は用途発明であること 被告は,用途特許の用語を,特許庁の「特許・実用新案審査基準」に基づいて解釈しているが,少なくとも,原告は,審査基準どおりに解釈されるものとは認識していなかった。平成21年10月20日の会議(甲35)では,化学合成法により得られたGG組成物が,何か特徴的で特許性が認められる可能性のある用途を有していることが見いだされたら,その用途が既知のものである(が従来よりも優れた作用効果を奏する)か,未知のものであるかを問わず,その用途を特定した発明を出願して特許化を図るという水準のことが意図されていたものであり,本件各発明は,いずれも用途発明である。したがって,仮に,被告の主張するGG特許別段合意によるとしても,本件各発明については,被告の単独出願となるものではない。 4 争点(1)エ(被告は本件開発協力合意を有効に解除したか〔請求原因(1)Aに対する抗弁〕)について 【被告の主張】 31 仮に,GGが本件開発協力合意の対象であったとすれば,原告は,同合意に基づいて被告にGGに関するノウハウを開示する義務(以下「義務@」という。)及びGGに関する研究成果(甲42)を被告に開示する義務(以下「義務A」という。)を負っていたはずであるが,これらを怠り,本件開発協力合意書2条の定めに違反した。また,原告は,被告の提供したGG組成物のサンプルに基づいて第三者とともにGG関連発明について特許出願(乙13,15)をしたことにより,本件開発協力合意書3条1項に定める秘密保持義務(以下「義務B」という。)及び同合意書4条に定める相手方から示された秘密情報の他目的使用禁止義務(以下「義務C」という。)に違反した。 上述した義務@ないしCは,本件開発協力合意の期間中に履行されない場合,同合意の目的を達成できないから,これらの義務は定期行為債務,すなわち「契約の性質により,一定期間内に履行をしなければ契約をした目的を達することができない」債務(民法542条)であり,同合意の満了日である平成23年7月14日の経過をもって履行期が経過した。 被告は,平成27年4月15日の第7回弁論準備手続期日において,同月13日付け被告第6準備書面を陳述することにより,原告に対し,本件開発協力合意を解除する旨の意思表示をした。 なお,義務AないしCは,原告と被告の双方が負う義務であるが,原告の債務と履行上の牽連関係に立つ被告の債務は存在しないこと,被告は,研究成果である製造フローや構成成分に関する資料を原告に開示し(乙39),秘密保持義務違反や他目的使用禁止義務違反に当たる行為は行っていないから,被告は,義務AないしCを履行している。したがって,原告に同時履行の抗弁権が認められる余地はない。 以上のとおり,仮に,GGが本件開発協力合意の対象となるとしても,本件開発協力合意は,原告の定期行為債務不履行に基づき,有効に解除された。 【原告の主張】 (1) 被告は,解除権の前提となる債務内容を明らかにしていない。すなわち,被 32告は,GGに関する原告のノウハウというだけで,原告が開示すべきであったとする情報を何ら示していない。 また,被告は,定期行為と主張するが,その債務内容も明らかでなく,期限も定められていない。 被告は,原告に対し,何ら情報提供を要請していなかったばかりか,民法541条に定める催告も行っていない。 したがって,被告の解除の主張は,その成立要件,効果要件を満たしていない。 なお,原告は,被告に対し,本件開発協力合意に基づき,平成20年9月4日付け新規配糖体検討資料(甲25)を示しているところ,同資料の表.1に掲げた物質にグルコースを付加することはノウハウであり,また,原告の評価ルートを用いて評価判断したことも重要なノウハウである。原告は,これらを,随時,被告に開示しており,原告に債務不履行はない。 (2) 被告は,単独で本件出願1ないし本件出願3をするという本件開発協力合意に反する行為をしながら,同合意の解除を主張している。しかし,このような主張は,禁反言ないし信義則上許されないことは当然であり,あるいは,被告による解除の意思表示は,権利濫用として無効である。 5 争点(2)ア(被告は本件開発協力合意又は本件秘密保持契約に従い原告に対し負っていた義務に違反したか)について 【原告の主張】 (1) 共同出願義務違反 本件開発協力合意書6条後段は,本開発に基づく発明の帰属並びに知的財産権を受ける権利及びその帰属について「折半」と定めており,原告と被告とは,同条後段に基づき,本開発に基づく発明について特許を受ける権利をそれぞれ等しい割合で準共有する。したがって,被告は,同条後段に基づき,原告に対し,本件開発協力合意に基づく契約上の義務として,GG関連発明について共同出願義務を負っている。 33 本件各発明は,いずれも化学合成法により製造されるGG組成物に関する発明である。そして,GG組成物の化学合成法による製造は,食品以外の工業用材料としての各種グルコース誘導体の研究並びに開発業務であって,本件開発協力合意1条にいう「本開発」に当たる。しかし,被告は,平成22年5月10日,原告にその内容の開示をせず,本件出願1を行い,また,平成23年7月8日,原告に無断で本件出願2を行い,平成25年12月24日,本件出願2の特許請求の範囲の請求項1を削除することを含む補正の際,同出願の一部(同補正により削除した同補正前の請求項1に係る発明)を新たな特許出願とする本件出願3をし,上記共同出願義務に違反した。 (2) 守秘義務違反 被告が本件出願1ないし本件出願3をした結果,本件出願1については,平成23年11月24日,本件出願2については,平成25年1月31日に,本件出願3については,平成26年4月10日,それぞれ出願公開された。 また,被告は,平成21年9月頃,原告に無断で,第三者である●(省略)●株式会社にGG組成物のサンプル提供を行った。 したがって,被告は,本件秘密保持契約書1項及び本件開発協力合意3条に定める守秘義務に違反した。 (3) 目的外不使用義務違反 被告は,本件出願1ないし本件出願3をしたことにより,原告の秘密情報を本件秘密保持契約にいう「本検討」及び本件開発協力合意にいう「本開発」以外の目的に利用した。 また,原告は,被告に対し,研究開発の対象を決定するという目的のために,原告の市場情報,顧客情報その他の営業情報を開示していたところ,被告は,平成21年9月頃,原告に無断で,原告の取引先である●(省略)●にGG組成物のサンプル提供を行った。 したがって,被告は,本件秘密保持契約書3項及び本件開発協力合意書4条に定 34める義務に違反した。 (4) 研究内容の開示義務違反 被告は,原告に対し,本件各発明に係る研究の進行,内容,成果を開示していない。 したがって,被告は,本件開発協力合意書2条に定める研究内容の開示義務に違反した。 (5) 通知義務違反 被告は,本件各発明について,本件出願1ないし本件出願3をしたにもかかわらず,これらの出願について直ちに原告に通知しなかった。 したがって,被告は,本件開発協力合意書6条前段に定める通知義務に違反した。 【被告の主張】 以下のとおり,本件開発協力合意違反及び本件秘密保持契約違反についての原告の主張は,すべて否認ないし争う。 (1) 共同出願義務違反について GGは,本件開発協力合意書1条の「各種グルコース誘導体」に含まれないから,本件開発協力合意6条は適用されない。 また,本件開発協力合意にいう「本開発」は,原告及び被告が,相互に協力して推進したものを指し,原告が協力していない開発は「本開発」に該当しない。本件各発明は,いずれも原告の協力なしに被告が完成させたものであり,本件開発協力合意書6条は適用されない。 仮に,本件開発協力合意書1条の「各種グルコース誘導体」にGGが含まれ,GGの開発が本件開発協力合意にいう「本開発」に該当するとしても,本件開発協力合意書6条は,貢献の度合いに応じて帰属の割合・有無を調整させる趣旨の規定であり,本件各発明について,原告は全く貢献していないから,被告が単独で出願することができる。 したがって,被告は,共同出願義務に違反していない。 35 (2) 守秘義務違反及び目的外不使用義務違反について 原告がどの情報を秘密情報としているのか不明であり,秘密情報を特定していない守秘義務違反及び目的外不使用義務違反の原告の主張は失当である。また,被告は,本件開発協力合意に基づき,原告から原告の顧客情報を開示されていない。 被告は,●(省略)●にGG組成物のサンプルを提供しているが,原告に提供したGG組成物とは組成が異なるものであり,また,●(省略)●が国内におけるGGの商業利用につきパイオニアであることは公知の事実であるから,●(省略)●へのサンプル提供は,何ら制約を受けるものではない。 (3) 研究内容の開示義務違反 本件開発協力合意書2条が規定する研究の開示は, 「本開発」を遂行する上で必要な範囲で開示することを規定しているもので,本開発と無関係な情報を開示する義務を負わせるものではないから,被告に,研究内容の開示義務違反はない。 (4) 通知義務違反について 既に述べたとおり,本件各発明は,本件開発協力合意書6条の適用を受けるものではないから,被告に通知義務違反はない。 なお,被告は,本件出願1については,好意的配慮として,出願前に原告に対して特許出願する旨通知しており,本件出願1に係る明細書に記載された重要な技術情報についても通知していた。 6 争点(2)イ(損害の発生の有無及びその額)について 【原告の主張】 (1) 逸失利益 ア 有用な権利の喪失 本件各発明については,被告が原告とより一層の検討を重ね,原告の有する知見を追加した上で共同出願していれば,本件出願1ないし本件出願3の各出願とは特許請求の範囲が異なり,より強くて有用な権利を獲得できた。 ところが,被告が,上記のとおり,共同出願義務,守秘義務に違反し,秘密情報 36を本検討及び本開発以外の目的に利用して無断で,本件出願1ないし本件出願3をし,原告の意に反する時期に,原告の意に反する特許請求の範囲及び実施の形態が公開されてしまったことにより,もはや本件各発明についてより強くて有用な権利を獲得することができなくなってしまった。 イ 外国出願の機会の喪失 原告は,被告の無断単独出願により,出願日から1年6月経過して出願公開になるまで出願内容を知らされなかったことにより,パリ条約による優先権を主張することができる1年間の期間が経過してしまい(パリ条約4条A(1) 同条C , (1) , )外国出願の機会を逸した。 ウ 市場の喪失 原告は,本件各発明を具体化するに当たり,GGの市場占有率を高めることを計画,実行していたが,被告が共同出願義務,守秘義務に違反し,秘密情報を本検討及び本開発以外の目的に利用して,無断で本件出願1ないし本件出願3をしたことによって,関連情報が広く公開され,原告の計画は不可能となった。 (2) 損害額 ア 有用な権利の喪失による損害(160万円) 前記(1)アのとおり,被告の行為により,原告は,もはや本件各発明についてより強くて有用な権利を獲得することができなくなったところ,これによる損害は,少なくとも160万円である。 イ ●(省略)●との取引機会の喪失による損害(10億円) 原告において,海外におけるGGの市場占有率を高める計画は,●(省略)●による欧米中への販売計画と中国を除くアジア地域への拡販計画からなっていた。そのうち,●(省略)●との商談は,被告が原告に無断で本件各出願をし,その内容を開示しなかったためにより,原告が外国出願の機会を喪失し,本件各出願の扱いについて被告との対応に時間がとられたことで,●(省略)●との商談は破談となった。 37 @ ●(省略)●のグリセリン使用量は●(省略)●t/年であり,Aグリセリン 使用量のうち,少なくとも5%がGGに置き換わるとすると,●(省略)●の GG使用量は少なくとも●(省略)●t/年であり,B上記Aのうち,少なく とも●(省略)●%を原告が獲得することができたのでGGの販売量は●(省 略)●t/年となり,C原告の利益は少なくとも●(省略)●であるから,D 原告の損害は,1 年当たり●(省略)●円(上記B×C),EGGの市場占有 率を高める計画は少なくとも●(省略)●年程度の効力が見込めたから,原告 の平成22年5月から●(省略)●年分の損害は,少なくとも10億円を下ら ない。 ウ 中国を除くアジアにおける事業機会の喪失による損害(1000万円) 原告は,中国を除くアジアの地域にも特許出願をし,海外事業を展開することを計画していたが,被告の本件各出願に起因して,抜本的見直しを余儀なくされ,計画実行が不可能となったため,1000万円を下らない損害を被った。 エ 国内における事業機会の喪失による損害(1000万円) 原告は,GGについて,医薬部外品承認を取得することにより,一般化粧品分野のみならず,医薬部外品分野にも進出することを計画していたが,被告が医薬部外品レベルの品質の開発を断念したことにより,余分に開発費用がかかり,医薬部外品承認取得の遅延や医薬部外品市場への参入遅延により少なくとも1000万円の損害を被った。 オ 弁護士及び弁理士費用(1000万円) 原告は,本件訴訟に伴う弁護士及び弁理士費用として,少なくとも1000万円を下回らない損害を被った。 (3) まとめ 以上のとおりであるから,原告は,被告に対し,債務不履行による損害賠償金10億3160万円(逸失利益10億2160万円と弁護士費用1000万円の合計)の一部である1000万円(逸失利益と弁護士費用の割り付けは,按分比による。) 38及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成26年2月15日から支払済みまでの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。 【被告の主張】 原告の主張は,すべて否認ないし争う。 原告は,被告に対し,GGの研究開発を要請しただけであり,実害はおよそ発生していない。 原告が主張する有用な権利の喪失については,原告が,出願の際に,どのような知見を加える予定であったのか不明であり,原告の主張は根拠がない。仮に,共同出願すべきものであったとしても,本件出願1ないし本件出願3は,現在も特許庁に係属中であり,特許請求の範囲について補正可能である。また,仮に特許査定等がされた場合であっても,分割出願を行う予定であるから,直ちに有用な権利の喪失ということにはならない。 原告が主張する市場の喪失については,原告がどのような計画を持っていたのかは不明である上,原告は,被告に無断で,本件出願1の公開前に,本件出願1の内容をホームページ上にて公開しており(乙14の1ないし14の18) 原告自身の ,行為により当該計画は不可能になっているのであって,被告の行為と原告の損害との因果関係はない。 |
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当裁判所の判断
1 認定事実 前記前提事実(第2の2),後掲各証拠(証人A@,証人AB及び証人ACの各証言は,それぞれ, 「証人A@」「証人AB」「証人AC」と略記し,証人調書別紙速 , ,記録中,当該証言が記載された該当頁を〔 〕内に付記する。)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。 (1) 原告の被告に対するGG組成物の製造の依頼 ア 原告は,平成17年頃,大手化粧品会社からGG組成物の製造の打診を受け,平成18年11月には,酵素法によりGG組成物の試作をしていたが,酵素法は生 39産効率が悪く,製造コスト面で難点があった。 そこで,原告は,他社に化学合成法によりGG組成物を低価格で大量に生産することを委託することとし,GG組成物の製造が可能と思われる企業2社を選定した。 その後,原告は,平成20年4月14日,上記2社のうち,メチルグルコシドなど糖誘導体関連の特許をいくつか取得している被告に対し,化学合成法によるGG組成物の製造を依頼した。その際,原告従業員等(原告従業員A@を含む。)が,被告従業員AAに対し,含量80%以上のGG組成物を低価格で数十トン単位で化学合成することができるかどうかについて尋ねた。被告従業員AAは,それまでにGG自体の合成をしたことはなかったものの,GGの原料となるグルコースやグリセリンの物性については理解しており,グルコースとメタノール,ブタノール,エチレングリコール等を反応させることにより化学合成可能な類縁物質(メチルグルコシドやブチルグルコシド,ヒドロキシエチルグルコシド等,グルコシドに属する20種類以上の物質)の合成をした経験を有していること,グルコースとグリセリンを酸触媒存在下で反応させることによりGGの合成が可能なこと,生成したGGがα-GGとβ-GGの混合物になることを理解していたことから,原告従業員等に対し,化学合成法によってグリセリンに糖を付加することは容易であり,余剰のグリセリンをいかに分離するかがポイントである旨コメントした上,可能であれば,同月中に何らかの方向性を見いだし,同年5月末までにサンプルを作る方向で検討する旨を伝えた。 なお,その当時,アルコールとグルコースを化学合成法により反応させる場合,α結合の化合物とβ結合の化合物が生成されること,化学合成法によりグリセリン(グリセロールともいう。 にグルコースを付加させることによってGGを製造でき )ること,GGが保湿効果に優れ,化粧品などに適用できることは公知であった。 (以上につき,甲21,22,65,乙3ないし5,54,証人A@〔1,52頁〕,証人AC〔1,5頁〕) イ 被告従業員等は,平成20年4月末頃,原告従業員等に対し,GG組成物の 40製造についての進捗状況を報告し,グリセリンの分離方法を検討中である旨連絡した。 原告従業員等は,同年5月8日,再び,被告を訪れ,GG組成物の製造についての技術上又は業務上の情報(以下「GGに関する秘密情報」という。)を被告従業員等に開示するため,原告と被告との間で秘密保持契約を締結すること提案し,その場で原告従業員等が案文として持参した秘密保持契約書について調印がされ,もって本件秘密保持契約が締結された。 その上で,原告は,被告に対し,GGが化粧品向けにグリセリンの代替品として検討されているものであること,組成物中のGGの含量80%以上というのは,原告の顧客である●(省略)●の要望であり,将来,年間数百トンの使用量が見込まれることなどを伝えた。 これに対し,被告は,組成物にGGを80.4%,グリセリンを10%弱含有するpH5.5程度のGG組成物の試作品(以下「GG試作品」いう。)が製造できたこと,量産には,設備上,高真空にする装置の見直しが必要となること,GG試作品中のGGは,α-GGとβ-GGの混合物であり,HPLCでは分離不能であり,両者の割合は不明だが,他の経験から7対3でα-GGが多いと予想していること,グリセリンの除去は分子蒸留によることなどを報告した。 (以上につき,甲23の1・2,26の1・2,28,65,乙54,証人A@〔2,26〜27,54頁〕,証人AC〔4頁〕) ウ 原告は,被告から提供されたGG試作品の評価を行い,原告従業員ABが,平成20年5月19日,被告従業員AAに対し,GG試作品の評価結果を報告した。 その際,原告従業員ABは,被告従業員AAに対し,HPLCの条件として,ゲル濾過用カラムを用い,RIにて分析を行って得られたHPLCチャート上のピーク3が糖縮合物であると理解してよいか,同チャート上のGGのピーク(ピーク4)にわずかに肩が見られることについて,GG試作品中のGGには,α-GGだけでなくβ-GGも存在していると考えてよいのか,そうであるならばα-GGのみの 41分離は可能か,の3点について質問した。 (以上につき,甲29の1・2,証人A@〔2頁〕,証人AB〔1頁〕) エ 原告従業員等は,平成20年6月25日,被告従業員等に対し,GG試作品についての●(省略)●の評価状況を報告し,色調,成分比率については問題がないこと,結論を得るには,更に二,三か月の検討期間を要すること,被告を第2又は第3のGGメーカーとして検討する模様であることなどを伝えた。 その際,被告従業員等は,原告従業員等に対し,●(省略)●が評価する間に正式な見積りを送付したいことを伝えた。 被告従業員等は,同年7月31日,原告従業員等に対し, 「グリセロールグルコシド(仮称)お見積りに関する件」と題し,固形分80%の価格などの見積案を提出した。 (以上につき,甲27,乙30) (2) 本件開発協力合意に至る経緯 ア 本件開発協力合意のきっかけ 原告従業員A@は,平成20年6月25日,GG組成物の製造に関する打合せの際,被告がGG試作品を思いのほか早く製造できたことなどから,それまで原告において酵素法ではうまくいかなかったGG以外のグルコース誘導体について,原告と被告が共同研究することを提案したところ,被告従業員等もこれに前向きであった。 そこで,原告と被告との今後の共同研究について話し合うため,平成20年7月15日,原告従業員A@,原告の常務取締役であったAH(以下「原告常務AH」という。 ,原告専務ADほか2名が,被告従業員AC,被告従業員AA,被告の従 )業員であるAI,被告従業員AEと,打合せを行った。 同日の打合せでは,GG以外の天然物の工業材料用途への利用について検討されたほか,廃糖蜜の工業的利用や化粧品用途でのカテキン又は香料の配糖体の合成等についての研究開発のテーマが挙げられた。テーマが複数挙げられたことから,原告と被告は,これらを包括した天然物の工業利用に関する共同開発契約を締結する 42こととした。 (以上につき,甲27の1・2,29の 1・2,乙6,38の3,証人A@〔8頁〕,証人AC〔14,15頁〕) イ 本件開発協力合意の条項案の作成 (ア) 上記アの打合せ後,被告の従業員(法務・知財チームのチームリーダー)である木村陽子は,被告従業員AEから,上記アの共同開発について案文の作成を依頼され,予定される合意内容を聞き取り,本件開発協力合意書の案(乙45。以下「合意書案」という。)を作成した。なお,具体的な各種グルコース誘導体は,後で個別に特定することを予定されていた。 被告従業員AEは,原告従業員A@に対し,平成20年7月24日,合意書案をひな形として送付した。このときの合意書案6条においては, 「当該技術的成果の帰属,知的財産権を受ける権利,帰属及びその取扱い等については別途協議するものとする。」とだけ記載され,また,損害賠償に関する本件開発協力合意書10条のような条項はなかった。 (以上につき,乙45,51,証人AC〔15頁〕,弁論の全趣旨) (イ) 原告従業員等は,被告従業員等から送付を受けた合意書案の内容を検討した。 原告従業員A@は,平成20年8月18日,社内の指摘により合意書案を修正したこと,堅苦しい内容だが確認して欲しい旨を記載した上,合意書案の修正として,同日付け開発協力合意修正案(以下「合意書修正案」という。)を添付したメールを被告従業員AEに送付した。 合意書修正案においては,合意書案で「当該技術的成果の帰属,知的財産権を受ける権利,帰属及びその取扱い等については別途協議するものとする。 とされてい 」た6条について,「帰属及びその取扱い等については」の後に,「基本的に折半とするが,詳細につて ( マ マ ) は」が挿入されたほか,損害賠償に関する条項,すなわち本件開発協力合意書10条(損害賠償)が挿入されていた。 (以上につき,甲57,乙44,46,47,証人A@〔26,28頁〕) 43 (ウ) 被告従業員等は,原告従業員等からの合意書修正案の内容を検討の上,特に問題ないことを確認して了承し,原告従業員等にその旨を伝えた。そして,被告において調印済みの本件開発協力合意書を二部用意して,平成20年8月27日,これらを原告従業員A@に送付し,原告において,同日,これに調印し,うち一部を被告に返送することにより,原告と被告の間で本件開発協力合意が成立した。 なお,本件開発協力合意は,本件開発協力合意書8条により,上記締結日ではなく,共同研究開発の最初の打合せの日である同年7月15日に遡及して効力を生じさせた。 (以上につき,甲2,証人A@〔19頁〕,証人AC〔19頁〕) ウ 本件開発協力合意に基づく開発 原告は,平成20年9月4日,被告に対し,本件開発協力合意に基づき,GG以外の検討を行う配糖体をリストアップした同日付け新規配糖体検討資料(甲25)を提出し,GG以外の新規に検討する各種グルコース誘導体の具体的範囲を確定した。そして,原告と被告との間で,同年10月下旬には,本件開発協力合意に基づく開発協力品として,●(省略)●を検討することが決定され,被告は,同年11月26日,原告に対し, 「開発協力案件第1号品」として,●(省略)●を主成分とする組成物(75g)を送付した。その際,被告は,被告において既に量産化を進めている商品としてメチルグルコシドを主成分とする組成物(1kg) ブチルグル ,コシドを主成分とする組成物(1kg)も同時に送付した。 (以上につき,甲25,乙7ないし9,証人A@〔9,19頁〕,証人AC〔15,16頁〕) (3) 本件各出願までの経緯 ア 平成21年5月1日の打合せ 平成21年5月1日の打合せでは,●(省略)●に関し,現況報告及び今後の展開方法について話し合われた。 原告は,被告に対し,同年3月6日に原告従業員ABが行った,GG試作品のHPLCによる分析結果(甲30。以下「甲30のHPLC分析結果」ともいう。) 44について報告した。ただし,原告が被告に対して報告した甲30のHPLC分析結果は,条件と結果を簡単に示したものにすぎず,詳細な条件等を記載し,α-GGとβ-GGの比率が分かる分析結果(甲31。以下「甲31のHPLC分析結果」ともいう。)は,被告には示さなかった。 また,原告は,GGについては,それまでのGGに関する特許としては,α-GGのみ,あるいはβ-GGのみの効果を謳ったものしかなく,α-GGとβ-GGの混合物に関する特許はないことから,化学合成法により製造されるGG組成物の優位性が見いだせないか検討していることを報告し,被告からは,何らかの優位性を示すデータが得られた場合,安価に製造できる範囲について,権利化したい旨の申し出があった。 一方,●(省略)●について,原告は,被告に対し,香料として,国内や海外の会社に提供し,評価依頼を続けていくことを報告し,被告の了解を得た。 (以上につき,甲30,31,34の1・2,乙19,54,証人A@〔2〜3,22,56頁〕,証人AB〔4頁〕,証人AC〔10,11頁〕 。 ) イ 本件秘密保持契約の期間延長(1回目) 原告と被告は,平成21年5月20日,本件秘密保持契約の有効期間を1年間延長し,平成22年5月7日までとする旨合意した。 ウ 平成21年9月8日の打合せ 原告従業員等は,被告従業員等に対し,GG試作品のユーザーからの評価返答などで平成21年10月下旬に,原告の担当役員が●(省略)●の担当者と面談予定であることを報告し,GGに関する製法特許を被告におさえてほしいなどと要望した。同日の打合せには,原告側の出席者として,原告の役員であるAD,原告従業員A@,原告のグループ企業であるトーハンの従業員であるAG,ビーダリング社の代表者であるAFが参加し,被告側からは,被告従業員AC,被告従業員AA,被告従業員AEが参加した。なお,ビーダリング社は,原告に対し,化粧品関係のコンサルタントを行っている会社であった。 (以上につき,乙23) 45 エ 平成21年9月30日の訪問 原告従業員A@は,被告がGG組成物のサンプル品を原告の顧客でもあった●(省略)●に提供しているとの情報を得たことから,平成21年9月28日,被告従業員ACに対し,上記サンプル品の提供は本件秘密保持契約に反するのではないかと非難した。しかし,被告従業員ACは,原告従業員A@に対し,被告が●(省略)●に提供したサンプル品は,本件秘密保持契約の対象ではない旨釈明するとともに,同月8日に行われた打合せにビーダリング社のAFが参加していたことについて,原告が本件秘密保持契約に違反したのではないかと問いただした。 そこで,原告従業員A@は,本件秘密保持契約には,子会社や関連会社への秘密情報の開示を許容する条項はないことのみを確認し,被告従業員ACに謝罪した上,被告従業員等に改めて謝罪し,今後の販売に向けた協力会社について相談するため,翌日の同月30日,被告を訪れた。 (以上につき,乙24,証人A@〔15〜16,35〜37,49〜50頁〕,証人AC〔37〜38頁〕 。 ) オ 平成21年10月20日の打合せ 原告従業員等は,上記エのやりとりを踏まえ,今後,被告従業員等との打合せにおいて,双方の認識に不一致が生じないよう,打合せ前に議題を送付することとし,原告従業員A@は,被告従業員ACに対し,平成21年10月17日,次回の同月20日の打合せは「合成グルコシルグリセロールに関する打合せ」であること,議題として,販売先,販売予定時期,販売予想量,特許出願状況などを掲げた書簡を送付した。 同日の打合せでは,海外や国内の販売先,販売予定時期として,海外市場は未定であるが,国内市場では,平成22年秋頃(サンプルワーク開始時期は同年5月頃)を予定していること,販売予想量は,海外では100〜1000t/年レベル,国内では〜100t/年レベルと予想していること,特許出願に関し,製法特許は,被告において検討しており,現在先行技術調査を実施中であること,用途特許は, 46酵素法によるα-GGと合成法によるα-GGとを比較し,得た知見を特許化することなどが話し合われたほか,今後,被告は生産方法の確立,原告は販売ルートの確立を行うこととなった。 そして,上記打合せの内容は,双方の承認を得る形で議事録として残された。 (以上につき,甲35の1・2,乙33,証人A@〔51頁〕) カ 平成21年11月4日の打合せ 原告従業員等と被告従業員等は,平成21年11月4日の打合せで,製品価格・サンプル等について話し合い,原告従業員等は,被告従業員等に対し,●(省略)●との情報交換の結果,GG試作品が品質上問題ないことは確認していること,GGは特に保湿効果に優れ,グリセリンより効果が高いようであるなどと報告した。 また,今後も,GGの開発案件に関する打合せの際には,原告及び被告の双方の承認を得る形式での共通の会議議事録を作成することとした。 (以上につき,甲32の1・2,乙29の1) キ 平成21年12月7日の打合せ 原告従業員A@は,平成21年11月13日,被告従業員ACに対し,α-GGとβ-GGの比率を算出したいが,HPLCでうまく分離して確認する方法はないか,原告従業員ABが報告した解析結果も今一つ自信がないことから教示してほしい旨のメールを送付した。 被告従業員等からは,同年12月7日の打合せにおいて,α-GGとβ-GGの調査について,液クロ(HPLC)では判断し難く,NMRで確認したところ,α-GGとβ-GGの比率の割合が65:35となることが報告された。 (以上につき,甲36の1・2,乙18,29の2,54,証人A@〔4,23頁〕,証人AC〔12頁〕,弁論の全趣旨) ク 平成21年12月22日の打合せ 原告従業員等は,平成21年12月22日の打合せにおいて,被告従業員等に対し,●(省略)●の訪問について報告し,その当時,既にヨーロッパにおいて化学 47合成法によるGGの製造を行っていたコグニス社製のGG組成物との比較を行い,平成22年2月末には結果を得る予定であることなどを伝え,サンプルワークのため,50kg程のGG組成物を有償にて提供するよう要請した。 また,原告従業員等は,被告従業員等に対し,低グレードの安価なタイプが可能なら検討願いたいこと(高グリセリン含有でも良いこと)を伝えたほか,被告に対し,今後の商談で必要な情報であるから,使用触媒についての情報を開示してほしい旨を要請した。被告従業員等は,触媒はノウハウであり即答できないが,検討する旨回答した。 (以上につき,甲33の1・2,乙29の3,証人AC〔3頁〕) ケ 皮膚保湿性の改善実験 原告従業員ABは,平成22年1月15日,GGの皮膚保湿性の改善の程度を調べ,●(省略)●上記結果については,被告従業員等に開示しなかった。 (以上につき,甲42,証人AC〔56頁〕) コ 平成22年1月29日の打合せ 平成22年1月29日の打合せでは,有償サンプル供給体制の件については,被告が同年2月下旬を目途に試作し,同年3月上旬に納入する見通しで準備を進めていること,安全性試験の件については,原告から300万円程度かかる見通しであり,同年5月初旬を目途にサンプルワークを予定していることなどが伝えられた。 また,製法特許の可能性については,被告において検討する予定であること,具体案を作成検討しており,同年3月から同年4月を目途に特許出願をする予定(サンプルワーク時期までには提出予定)であること,その他,安価グレードの取組みの可能性については,純度を落とすことで安価グレードに対応できる可能性があり,被告においてケーススタディを検討することなどが話し合われた。 (以上につき,甲37の1・2) サ 平成22年2月26日の打合せ 平成22年2月26日の打合せでは,有償サンプル製造の進捗状況について,GG組成物の出来高や価格のほか,販売開始時期として同年秋頃を予定していたのが, 48同年6月頃に前倒しになりそうであること,市場での反応は予想以上に良いことなどが報告された。また,低価格品の検討についても,当面は,現行品で進めていくことなどが確認され,安全性試験については,同年3月初旬に行うこと,製造フロー,構成成分の資料が提示され,触媒は中和後,脱色工程で除去され,約500ppm残存していること,重金属でないため,危険性はないことなどが報告された。 (以上につき,甲59,乙39) シ 平成22年4月9日の打合せ 平成22年4月9日の打合せでは,原告のグループ企業であるトーハンの従業員であるAGも参加し,GG組成物の販売等について話し合われた。原告従業員等は,GG試作品の販売開始時期として,平成22年6月以降を予定していること,その販売開始前には特許を出願しなければならないこと,今後の問題点として,同年度末に原告が医薬部外品としての申請を予定していることから,製造フロー・安全性試験・触媒等について開示が必要となるため,被告で社内検討し報告すること,低価格品の可能性については,現在進めているグレードで進めたのちに安価品を検討実施することなどが確認された。 (以上につき,甲55,乙25,証人AC〔46〜47頁〕) ス 本件秘密保持契約の期間延長(2回目) 原告と被告は,原告からの要請により,平成22年4月16日,本件秘密保持契約の有効期間をさらに1年間延長することとし,平成23年5月7日までとする旨合意した。 (以上につき,甲4,証人AC〔21頁〕) セ 原告から被告に対するGGについての要望 原告の子会社であるトーハンの従業員であるAGは,平成22年4月19日,被告従業員AEに対し,「GGの件で2つほど検討いただきたく連絡させていただく」として,メールを送付した。同メールには,GG販売については,被告から原告,原告からトーハンという流れになる予定であるので検討していただきたいということのほか,現在被告で検討している製法特許の出願について,原告社内で指摘があ 49り,被告の単独ではなく,原告との共願(比率はご相談)で進めてほしい旨の要望が記載され,本来は,訪問してお願いしなければならない件であるとも記載されていた。 さらに,同月22日にも,グリセリンにGGを10%配合したものを作ることは可能かどうかの問い合わせとともに,再度, 「共願特許の件なども併せてお願い申し上げます。」などと記載したメールが同様に送付された。 (以上につき,乙10,11,証人A@〔20頁〕) ソ 本件出願1 被告は,平成22年5月10日,本件出願1をした。 原告従業員等は,その数日後,被告従業員等から,被告が単独で,本件出願1をしたことを聞いたため,出願内容について被告従業員等に問い合わせたが,被告従業員等からは,出願公開までは開示できないとの回答であった。 (以上につき,甲5,乙28の1,証人A@〔53,54頁〕) タ 特許を受ける権利の一部譲渡契約についての経過 (ア) 原告と被告は,GGの売買契約書及び共願特許の件について協議することになり,平成22年6月4日,被告から,売買契約書案及び特許を受ける権利の一部譲渡契約書(案)(以下,特許を受ける権利に関する契約書案を「平成22年6月特許一部譲渡案」という。)が原告に送付され,同月16日,各契約書案について話し合われた。 平成22年6月特許一部譲渡案には,被告が出願した本件出願1について,原告にその権利を一部譲渡すること,権利の移転時期は,同契約の締結時とし,その持分はそれぞれ2分の1ずつとすることなどが規定されていた。 原告従業員等は,被告従業員等に対し,原則論としてこの原料は原告主体であることを再認識いただきたいこと,当初から化粧品原料として製造委託をお願いしたことから,ジャンルを限定してもらいたいこと,それ以外は別途協議とした方が無難であることなどを伝えた。 50 これに対し,被告従業員等は,特許出願した物質は物性的には公知なものであるが,製法については,被告の知的財産部及び出願を担当した弁理士において,特許査定されるのではないかとの認識を有していることなどを伝えた。 (イ) 原告従業員等と被告従業員等は,平成22年6月25日,上記(ア)の契約書関係等について打合せをした。原告従業員等は,被告従業員等からの上記(ア)の売買契約書代替案として,製造委託契約書案と特許譲渡契約書案を提示した上,具体的な項目として,一社購買のリスク回避,用途を一般化粧品(医薬部外品)及び食品に限定すること,用途開発における知的財産権については,被告から原告と原告から末端ユーザーの2つにくくり分けて欲しいと要望し,この原告の要望に対し,被告が再検討することになった。 (以上(ア),(イ)につき,甲38,39の1・2,63,乙22) チ 平成22年7月13日の打合せ 平成22年7月13日の打合せでは,被告従業員等から,原告従業員に対し,同月1日納品のGG280kgについては,試作工場の大型装置で製造したこと,高真空を要するため,グリセリンの除去に苦労したものの,本ラインでも製造可能と判断したことが伝えられた。原告従業員等は,被告従業員等に対し,暫定規格の精度をあげたいため,PHを5〜7とすること,残存グリセリンを現行の15から10以下にすることを要請した。契約書案については,原告の意向を反映した形で見直したとして,被告従業員等から原告従業員等に提案され,これを原告従業員等の方で再確認した上,後日返答することになった。 (以上につき,乙32) ツ 本件出願2 被告は,平成23年7月8日,本件出願2をしたが,同出願をした事実について,原告には知らせなかった。 (以上につき,甲6,乙28の2,弁論の全趣旨) テ 本件出願3 被告は,平成25年12月26日,本件出願2の一部を新たな特許出願とする本件出願3をしたが,同出願をした事実について,原告には知らせなかった。 51 (以上につき,甲6,41,乙28の3,弁論の全趣旨) (4) 本件出願1及び本件出願2の出願公開後の原告と被告の交渉経過 ア 平成23年11月24日に,本件出願1が出願公開された後も,後記(5)のとおり,原告と被告におけるCOSARTE-2Gの取引は継続されていた。 (以上につき,甲5) イ 平成25年1月31日,本件出願2が出願公開された後,原告は,代理人である弁護士A?(以下「A?弁護士」という。)を通じて,同年4月4日到達の内容証明郵便により,被告に対し,本件出願1及び本件出願2が,本件秘密保持契約及び本件開発協力合意に反していることなどを理由として,直ちに本件出願1及び本件出願2を取り下げるよう,警告書兼催告書を送付した。 これに対し,被告は,同契約には違反しないなどとして回答し,原告及び被告の役員等において話合いの機会を設けられ,被告から,同年7月25日,解決案として,原告が被告から本件各発明について特許を受ける権利として,1割を有していることを前提として本件各発明に関する特許を受ける権利の1割を原告に譲渡する譲渡案を提案した。 (以上につき,甲14の1・2,15の1・2,16,44,64) (5) 原告と被告の間のGGに関する取引経過等 ア 原告は,被告に対し,平成22年2月中旬には,サンプル規格(試作品)として50kg,同年5月中旬には240kg,同年6月には280kg,同年8月には560kg,同年12月には800kg,平成23年7月には600kg,平成24年3月には500kg,同年7月には500kg,同年8月には1000kg(1t)を注文していた。 なお,その間,平成22年6月以降のGG組成物の発注は,商品名「COSARTE-2G」として発注されていた。 (以上につき,甲48ないし53,乙31の1ないし10) イ 原告は,平成22年6月25日の打合せにおいて,被告に対し,COSAR 52TE-2Gについて,同月以降,拡販行動を実施し,数十社に対し,プレゼンテーションをし,高評価を得ている旨報告していたが,特性値,比重等につき今後規格を厳しく取り決めたいこと,安全性試験4項目はクリアしており,残り医薬部外品申請用として5項目あり,順次結果が判明する予定であることなどと伝えていた。 (以上につき,乙22) ウ 原告は,平成22年8月30日,被告に対し,コスアルテ-2Gの褐変(褐色に変化したこと)の件として,品質保証期限を常温3年と予定する関係で,1週間100℃という条件の下,加速試験を行った結果,酵素法で作ったGG組成物よりもコスアルテの方が着色しやすいようであることを報告し,意見を求めた。 (以上につき,甲62) エ 平成22年9月には,GGを利用した製品として,原告のグループ会社であるトーハンのホームページに「COSARTE-2G」(コスアルテ・ツー・ジー)が紹介され,グリセリンと糖を触媒により反応させ,濃縮(蒸留)して精製して製品として製造されること,グリセリンとグリセリルグルコシドなどの組成比(無水物あたりでは,グリセリルグルコシドの組成は81%であること)などが開示され,光学異性体組成比としてα-体:β-体が「65:35」であること,グリセリンよりもCOSARTE-2Gの保湿力を有することを示すデータなどが開示された。 なお,上記のα-GGとβ-GGの比率が65:35であることについては,原告が被告から入手した情報であったが,開示については,特に,被告から事前に承諾を得ていなかった。 (以上につき,乙14の1,14の3ないし6,14の11,証人AB〔13頁〕,証人AC〔13頁〕) オ 平成22年10月7日の打合せでは,被告従業員等から,原告従業員等に対し,予想よりも工程時間がかかること,グリセリン除去工程が設備能力を超えていること,当初は20t/月以上製造可能と判断していたが,現時点での試算では不可能であることが報告された。また,原告従業員等から,被告従業員等に対し,受 53入れ規格として規格値の詳細が提示された。さらに,低価格品の検討については,原告従業員からは,従来品の動向について見通しをつけてから再度検討する方針であること,被告従業員からは,低スペック品を作らないと量産効果が出難く,コストダウンが厳しいことなどがそれぞれ伝えられた。 (以上につき,甲58) カ 原告は,平成24年5月,COSARTE-2Gを第17回国際食品素材/添加物展・会議に出展した。 (以上につき,乙34) キ 被告従業員等は,平成24年9月24日の打合せにおいて,原告従業員等から,UV吸収の低減及び苦みを改善するように伝えられたため,原因究明を試みたが,この課題は解決しなかった。COSARTE-2Gの改良検討結果の報告書が,同年11月27日,被告から原告に提出されており,同報告書において,被告従業員等は,食味については,現行処方品の脱イオン処理を行ったものの食味改善にはつながらず,UV吸収については,触媒を変更して合成を試み,UV吸収は小さくなったものの消失とは至らず,原告従業員等には,現行処方での製造を推奨する旨の見解を提示した。 (以上につき,甲40)ク 原告は,平成25年5月,再び,COSARTE-2Gを国際食品素材/添加物展・会議に出展した。 (以上につき,乙35) 2 争点(1)ア(原告従業員A@は本件各発明の共同発明者の一人か)について (1) 発明者の意義について 特許を受ける権利は,原始的には,発明をした者(発明者)に帰属するところ,特許出願された発明の発明者とは,特許請求の範囲に記載された発明について,その具体的な技術手段を完成させた者をいう。ある技術手段を着想し,完成させるための全過程に関与した者が一人だけであれば,その者のみが発明者となるが,その過程に複数の者が関与した場合には,当該過程において発明の特徴的部分の完成に技術的に寄与した者が発明者となり,そのような者が複数いる場合にはいずれの者も発明者(共同発明者)となる。ここで,発明の特徴的部分とは,特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち,従来技術には見られない部分,すなわち,当該発 54明特有の課題解決手段を基礎付ける部分をいう。なぜなら,特許権は,従来の技術では解決することのできなかった課題を,新規かつ進歩性を備えた構成により解 決することに成功した発明に対して付与されるものであり(特許法29条参照) 特許 ,法が保護しようとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術課題の解決を実現するための,従来技術には見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を,具体的構成をもって社会に開示した点にあるから,特許請求の範囲に記載された発明の構成のうち,当該発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分の完成に寄与した者でなければ,同保護に値する実質的な価値を創造した者とはいい難いからである(知財高裁平成18年(行ケ)第10048号同19年7月30日判決参照)。 (2) 原告従業員A@の情報(知見)について 原告は,原告従業員A@が本件知見@ないしCを有しており,これらを被告従業員等に提供したことから,同人が本件各発明の共同発明者の一人である旨主張する。 しかし,以下に詳述するとおり,これらの知見は,公知技術にすぎないか,具体的な技術的裏付けを伴わない単なる願望ないし要望にすぎず,本件各発明の特徴的部分の着想から完成に至る過程への実質的関与と評価し得るものでないから,同人が本件各発明の共同発明者の一人であることを根拠付ける理由とはならない。 (3) 本件発明1について ア 本件発明1の目的及び効果並びに従来技術との関係について 本件明細書1の段落【0004】及び【0008】の記載によれば,本件発明1は,α-GGよりも優れた保湿性を発揮する材料が求められていたこと,α-GGの従来の製造方法は,手間や時間がかかるなど大量生産に適さず,コストが高くなるという問題があったことに鑑みて,発明されたものであり,α-GG単独の場合よりも保湿性が向上し,大量生産も容易な糖組成物及びその製造方法を提供することを目的としたものであって,本件発明1によれば,α-GG単独の場合よりも保湿性が向上し,大量生産も容易な糖組成物及びその製造方法を提供できるとされて 55いる。 他方,前記1の認定事実のほか,特表2005-532311号公報(乙4)によれば,本件出願1がされた平成22年5月10日より前である平成17年10月27日の時点において,GGを化学合成法によって製造することができること,化学合成法によるGGの製造の際,グルコースとグリセリンとを酸性触媒を用いて反応させること,GGを化学合成法により製造した場合,反応物中にグリセリンが残留すること,GG組成物を保湿剤として用いることについては,いずれも公知であったと認められる。 イ 本件発明1-1について (ア) 本件発明1-1の特徴的部分について 本件出願1の願書に添付した特許請求の範囲(平成25年12月24日付け手続補正書〔乙1〕による補正後のもの)の請求項1の記載によれば,本件発明1-1は,@α-GGとβ-GGとを45〜75:15〜25の質量比で含むこと(以下「構成@」という。 ,A当該糖組成物中に含まれる全糖の合計量に対するα-GG )の割合が58.4〜65.3質量%で,β-GGの割合が21.6〜24.5質量%であること(以下「構成A」という。)を発明特定事項とするものである。 そして,上記アで説示した本件発明1の目的及び効果並びに従来技術との関係 に照らすと,本件発明1-1は,糖組成物の一種であるGG組成物を保湿剤とするに当たり,構成@及び構成Aをともに充足するところの,α-GGとβ-GGの混合物からなるGG組成物を用いることによって,α-GG単独の場合よりも保湿性の向上を図ったことを特徴とするものというべきである(本件明細書1の段落【0008】 【実施例】 【0031】以下〕 。 , 〔 ) そうすると,本件発明1-1は,構成@及びAが同発明特有の課題解決手段を基礎付ける部分であって,これらの構成が同発明の特徴的部分に当たり,同発明のその余の発明特定事項は,同発明の特徴的部分とは認めらない。 もっとも,糖組成物中のα-GGとβ-GGの量的関係が構成Aを充足する場合, 56当然に構成@を充足することになるから,本件発明1-1の特徴的部分を画定するのは,結局,構成Aであるということになる。 (イ) 本件発明1-1の発明者について 上記(ア)の本件発明1-1の特徴的部分を前提とし,原告従業員A@が,当該特徴的部分における技術手段を着想し,かつ,特徴的部分の完成に至る過程に技術的関与した者といえるかについて検討する。 そもそも,化学合成法によりGG組成物を製造することや化学合成法により得られるGG組成物について,原告従業員A@が何らかの新規かつ具体的な知見を有していたことを裏付ける的確な証拠はない。 むしろ,前記1(1)で認定したとおり,原告が被告に化学合成法によるGG組成物の製造を依頼したのは,原告は,酵素法によりGG組成物を試作していたものの,コスト面での難点があり,他方で,原告が自ら化学合成法によってGG組成物を製造することは困難であったため,他社に化学合成法によりGG組成物を低価格で大量生産することを委託することとし,候補とした2社から被告を選択したという経緯があることからすると,原告従業員A@は,化学合成法によりGG組成物を製造することについて,新規かつ具体的な知見を有していたものではなく,したがって,化学合成法により得られるGG組成物についても,新規かつ具体的な知見を有していたものではなかったと推認するのが合理的である。 そして,本件明細書1の記載によれば,本件発明1-1における構成Aの数値範囲は,実施例1ないし3により導き出されたものであることが認められるところ,前記1の認定事実によれば,これらの実施例は,いずれも被告従業員AAを中心とする被告従業員等が実験的に導出し,その効果を確認したものであって,この過程に原告従業員A@が実質的に関与したとみることはできない。 そうすると,本件発明1-1の発明者ないし共同発明者と評価され得る者は,被告従業員AAを中心とする被告従業員等のみであって,原告従業員A@が同発明の共同発明者の一人であると認めることはできない。 57 (ウ) この点,原告は,原告従業員A@がα-GGとβ-GGを一定比率で含有する組成物からなる保湿剤を着想したとか,被告従業員等に示したHPLCチャートから導き出されたα-GGとβ-GGとの比率が本件発明1-1の構成@の数値範囲に含まれていることなどを理由として,原告従業員A@が本件発明1-1の共同発明者の一人である旨主張する。 しかし,そもそも,本件発明1-1は,α-GGとβ-GGを含んでなる組成物のHPLCによる分析方法や,α-GGとβ-GGとをHPLCにより分離する方法に関する発明ではない。 上記の点をひとまず措くとしても,HPLCチャートのうち,平成20年5月8日に被告従業員等に示されたもの(甲29の2)は,α-GGとβ-GGのピークが分離されているとはいえず,この時点で,原告従業員A@の技術的関与があったとは認められない。 他方,平成21年5月1日に被告従業員等に示された甲30のHPLC分析結果では,各ピークの裾野はつながっているものの,α-GGとβ-GGのピーク自体は区別できるが,HPLCの条件及び結果は,本件明細書1記載の実施例についてのHPLCとは異なるものである。また,そのα-GGとβ-GGの比率が示された分析結果(甲31のHPLC分析結果)は,本件訴訟において初めて被告に示されたもので,甲30のHPLC分析結果とともに示していないこと,その後,同年11月13日の時点においても,原告従業員A@は,被告従業員ACに対し,α-GGとβ-GGのHPLCによる分離確認方法を問い合わせていること(乙18)からみても,上記の原告従業員A@の知見や原告による分析結果(甲30,31)により,原告従業員A@が本件発明1-1の特徴的部分について技術的な関与をしたものとは認めがたい。 もともと,被告従業員AAは,原告からGG製造の委託を受けた平成20年5月8日の時点においても,GG自体は製造したことはなかったものの,類似の物質の化学合成法によると,α-GGとβ-GGの比率については,概ね7:3になるで 58あろうということを,それまでの被告における知見や経験から予想していたものであるし,実際に,その後の平成21年12月7日の打合せにおいて, 「GCI見解として,液クロでは判断し難い。NMRで確認した結果,α:β=65:35となる。」とし,α-GGとβ-GGの比率については,概ね当初の予想どおりの結果をNMRで確認しているのである。 原告は,この時点でも,被告従業員等がHPLCによる分析は難しい旨を発言していることから,被告にHPLC分析を行う技術力はなく,原告のHPLCによる分析結果が本件発明1-1に寄与した旨も主張するが,そもそも,HPLCによって分析するという分析方法を単に示唆したというだけでは,本件発明1-1について,共同発明者の一人とみることができるような技術的関与があったとはいえないことは明らかであるし,上記のとおり,原告におけるHPLCによる分析も十分な結果とはいえない。 そうすると,被告従業員等において,上記経緯を踏まえ,その後も実験,分析を繰り返した結果,本件出願1に至る平成22年5月10日までの間に,本件明細書1に記載の実施例に掲げられたHPLC分析の条件及びその結果を見出し,出願に至ったものと認めるのが相当である。そして,仮に,その際,原告のHPLCによる分析を参考にしたとしても,そのことをもって評価試験の実施につきその内容の策定や具体的な条件や結果を獲得する過程に原告従業員A@が具体的かつ実効的な貢献をしたものとは評価し難い。したがって,本件発明1-1の構成@及び構成Aについて,原告従業員A@が技術的に寄与したものとは認められない。 さらに,その効果(保湿性)についても,原告従業員等は,第三者に委託してグリセリンに対するGGの優位性の評価試験を行っているものの(甲42),その結果を被告に示しておらず,しかも,同評価試験結果は,α-GGとβ-GGの混合物のα-GG単独に対する優位性を評価したものではなく,その評価方法も,本件明細書1に記載の方法(段落【0044】)とは異なるものであって,本件発明1-1の効果を確認するデータとしては,明らかに不十分である。 59 なお,被告従業員AAの陳述書(乙19)には,GGが優れた保湿性を発揮するためのα-GGとβ-GGの具体的割合については,実験により探索した結果,同年10月に,最適値の範囲を見出すことに成功した旨の記載があるが,最適値の範囲については,上記経過からすると,平成21年12月7日以降に見出したものと認めるのが相当である。 以上からすると,本件発明1-1について,原告従業員A@の技術的関与があったとは言い難く,原告従業員A@が,本件発明1-1について,被告従業員等と共同して発明した者であると認めることは困難であるというほかはない。 ウ 本件発明1-2ないし本件発明1-4について 本件発明1-2ないし本件発明1-4は,本件発明1-1の保湿剤の製造方法であり,各発明の特徴的部分は,少なくとも目的物である「請求項1に記載の保湿剤」自体にある。 上記アで認定判断したとおり,「請求項1に記載の保湿剤」,すなわち本件発明1-1に対する原告従業員A@の技術的寄与が認められない以上,本件発明1-1に対する技術的寄与という点において,原告従業員A@が共同発明者の一人であるといえないことは,明らかである。 また,本件発明1-2ないし本件発明1-4にいう具体的な製造方法について,原告従業員A@が技術的関与をしたと認めるに足りる的確な証拠はないから,結局,本件発明1-2ないし本件発明1-4について,原告従業員A@の技術的関与は認められず,原告従業員A@が,本件発明1-2ないし本件発明1-4発明について,共同発明者の一人であるとは,認められない。 (4) 本件発明2及び本件発明3について 本件発明2-1ないし本件発明2-3は,本件発明3に係る保湿剤の製造方法であることから,まず,本件発明3に係る発明についての原告従業員A@の技術的関与について検討する。 ア 本件発明3について 60 (ア) 本件発明3の特徴的部分 本件出願3の願書に添付した特許請求の範囲の記載によれば,本件発明3は,D-DHPPGの平均糖縮合度の範囲(1.45〜1.98)と,D-DHPPGとグリセリンの比率(45〜80:20〜55)で規定された保湿剤に係る発明であることが認められる。 そして,本件明細書3の記載によれば,本件発明3は,α-GG単独の場合よりも保湿性が向上し,大量生産も容易な糖組成物に関するものであり,一定の平均糖縮合度を有するD-DHPPGとグリセリンとを所定の割合で含む組成物が,α-GG単独の場合よりも保湿性に優れること,このような組成物が,グルコース等のグルコース源と,該グルコース源に対し所定のモル比となるように配合したグリセリンとを酸性触媒により反応させる単純な有機化合法により製造できることを見出したことに基づく発明であるといえる(段落【0004】, 【0005】, 【0007】,【0008】参照)。 また,本件発明3は,特許庁審査官の平成25年6月12日起案の拒絶理由通知書(甲8)を受け,もともと本件出願2の出願時の特許請求の範囲の請求項1記載の発明を減縮する形で,上記の数値範囲を充たす組成物からなる保湿剤とされたものである(別紙「第1次補正後の特許請求の範囲」記載2の【請求項1】参照)。 そうすると,本件発明3は,上記数値範囲を充たす組成物を用いることにより,従来のα-GG単独の保湿剤に比べて優れた保湿性をもたらすものとされているのであって,上記数値範囲が本件発明3の特徴的部分を構成するものというべきである。 (イ) 本件発明3の発明者について 上記(ア)の本件発明3の特徴的部分を前提とし,原告従業員A@が当該特徴的部分における技術手段を着想し,特徴的部分の完成に至る過程に技術的に関与した者といえるかについて検討する。 原告は,原告従業員A@が糖組成物中にグリセリンを多く残すことを提案し,こ 61れが本件発明3に係る課題解決を方向付け,発明の特徴的部分の創作に寄与した旨主張し,これを裏付けるものとして,平成21年12月22日付け議事録(甲33の1・2)などを提出する。 しかし,上記のとおり,本件発明3は,単にグリセリン量を規定したことではなく,D-DHPPGの平均糖縮合度の範囲とD-DHPPGとグリセリン量の比率を既定したことにその特徴的部分がある以上,仮に,原告の上記主張に係る事実関係を前提としたとしても,直ちに原告従業員A@がこれらの具体的な数値範囲を規定する過程に関与したものとは,認められない。 また,平成21年12月22日付け議事録(甲33の1・2)には, (東洋)低 「グレードの安価なタイプが可能なら検討願いたい。(高グリセリン含有OK)」との記載があるだけで,この記載からは,品質が劣ったとしても安価になるなら,グリセリンを高い含有量で含有させることも許容可能であるという経済的理由によるグリセリン量の増加を許容したものとしか認められず,それまでの経過からみても,単に,原告が被告に対し,できるだけ低価格でのGG組成物の製造を求めていたことの表れにすぎない。少なくとも,上記の記載のみで,グリセリンを一定割合で含有させて,保湿性の向上を図ることを着想し,これを示唆しているものと認めることはできない。このことは,証人A@が,グリセリンの含量が多いもの,安価なものを作ってほしいという要望を被告に伝えた(証人A@〔6頁〕)とか,製造コストがさがるのではないかと思った(同〔7頁〕)などと証言していることとも整合し,このような情報を被告従業員等に伝えただけで,D-DHPPGの平均糖縮合度の範囲や,D-DHPPGとグリセリンの比率について導き出せるともいえないし,ほかに原告従業員A@が本件発明3の特徴的部分を着想していたと認めるべき的確な証拠はない。 したがって,本件発明3について,原告従業員A@の技術的関与があったとは言い難く,原告従業員A@は,本件発明3について,共同発明者の一人であるとは認められない。 62 イ 本件発明2-1ないし本件発明2-3について 本件発明2-1ないし本件発明2-3は,本件発明3に係る保湿剤の製造方法であるから,少なくとも,本件発明3の特徴的部分は,本件発明2-1ないし本件発明2-3の特徴的部分の一部といえる。そして,上記アのとおり,本件発明3に係る保湿剤について,原告従業員A@の着想や技術的関与は,何ら認められない。 そして,本件発明3に係る保湿剤の製造方法に関し,平成21年12月22日付け議事録(甲33の1・2)に記載された原告従業員A@の「高グリセリン含有OK」との発言から,D-DHPPGについての製造工程が特定されるとは到底いえないし,本件発明2-1ないし本件発明2-3の製造工程が導き出せるものとはいえない。 加えて,本件発明2-1ないし本件発明2-3において発明特定事項とされる製造工程について,格別の創意が必要ない事項であると認めるに足りる的確な証拠はなく,原告の主張は,裏付けを欠くものである(なお,特許庁審査官は,これらの発明について,拒絶の理由を発見しないとしている〔前記前提事実(第2の2 (4)エ) 。 〕) したがって,本件発明2-1ないし本件発明2-3について,原告従業員A@の技術的関与があったとは言い難く,原告従業員A@は,本件発明2-1ないし本件発明2-3について,共同発明者の一人であるとは認められない。 (5) 小括 以上のとおり,原告従業員A@は,本件各発明の共同発明者の一人であるとは認められない。 3 争点(1)イ(原告は本件開発協力合意の定めに従って本件各発明について特許を受ける権利を被告と持分2分の1の割合で準共有するに至ったか)について (1) 本件開発協力合意書6条の解釈について 本件開発協力合意書6条は,前記前提事実(第2の2(3)イ)のとおり,「甲(判決注:原告)及び乙(判決注:被告)は,本開発に基づき,発明,考案,意匠の創 63作等の技術的成果が生じたときは,直ちに相手方に対して通知する。当該技術的成果の帰属,知的財産権を受ける権利,帰属及びその取扱い等については基本的に折半とするが,詳細につて ( マ マ ) は別途協議するものとする。」と規定するところ,原告は,同条が,発明者が原告の従業者等であるか被告の従業者等であるかを問うことなく,各種グルコース誘導体に関する発明についての特許を受ける権利は,原告と被告とで折半する(すなわち,特許を受ける権利の共有持分各2分の1を原告と被告とが保有する)旨を規定したものであり,同規定により,本件各発明についての特許を受ける権利のうち持分2分の1の共有持分は,その発明者を問うことなく,原告が保有する旨主張する。 ア そこで検討するに,まず,上記規定の文理に従えば,技術的成果として発明が生じた場合の特許を受ける権利の帰属等は,原告と被告との間で,別途協議の上,その詳細について定めることとされているものと解され,したがって, 「基本的に折半とするが」との点は,協議に際しての基本的な指針を定めたものにすぎないと解するのが相当であり,特許を受ける権利(共有持分)につき,協議結果に基づかない予約承継の合意をしたものではないと解するのが素直である。 仮に,原告が主張するように,別途協議が成立しない限り,技術的成果としての発明に対する原告と被告との寄与の有無及び割合のいかんにかかわらず,当該発明について特許を受ける権利を原告と被告が持分2分の1の割合で準共有することをあらかじめ取り決めた(寄与割合が2分の1ずつでない場合につき,予約承継の合意をした)というのであれば, (別途協議が成立した場合に,当該協議結果によることは当然であるから)「詳細につて ( マ マ ) は別途協議する」とわざわざ規定した理由を合理的に説明することができない。原告が主張するように,協議を行わなかった場合や協議を行ったが成立に至らなかった場合にまで,権利関係を変動させることまで意図していたというのであれば,「基本的に折半とするが,詳細につて ( マ マ ) は別途協議する」とするのではなく,端的に, 「別途協議して定めない限り,折半とする」とか, 「折半とする。ただし,別途協議の上,これと異なる定めをすることを妨 64げない」などと規定してしかるべきである。 イ 次に,本件開発協力合意書6条後段において,「詳細につて ( マ マ ) は別途協議する」との文言の前に「基本的に折半とするが,」との文言が置かれるに至った経緯をみるに,この点は,前記1でも認定したとおり,被告従業員等が作成・提案した合意書案では別途協議して定める旨の規定であったところ,原告従業員A@が合意書修正案を作成した際に「基本的に折半とするが, との文言を挿入したことによる 」ものである。しかるに,原告従業員A@は,同挿入を契約条件の大きな変更であるとは認識しておらず,被告従業員等に合意書修正案を送付した際のメール本文には,単に「ご確認いただきたくお願い致します」など記載するのみで,同挿入の意味するところ(原告の主張によれば,単に別途協議することを定めていたにすぎない合意書案6条が,協議結果に基づかない予約承継の定めに改められたことになるのであるから,同挿入は,契約条件に関する極めて重大な変更であることになる。)を何ら説明することなく,被告に合意書修正案の「確認」を促したにすぎないことからすれば(甲57,乙44,47,証人A@〔8,9,26,28頁〕 ,原告従業員 )A@においても,同挿入は,被告従業員等から提案された合意書案に実質的な変更を加えるものではない旨認識していたものと認められる。そうすると, 「基本的に折半とするが, との文言の起草者である原告従業員A@でさえ, 」 別途協議が成立しない限り,技術的成果としての発明に対する原告と被告との寄与の有無及び割合のいかんにかかわらず,当該発明について特許を受ける権利を原告と被告が持分2分の1の割合で準共有することを定めたとの認識は有していなかったと認められるところであり,被告従業員等において,合意書修正案6条後段の規定をそのようなものとして理解し得なかったことは,明らかである。 ウ 上記に検討したところによれば,本件開発協力合意書6条後段の規定は,技術的成果として発明が生じた場合の特許を受ける権利の帰属等について,原告と被告との間の協議なしに,実体的な権利関係を変更することをあらかじめ定めたものと解することはできない。そして,原告と被告との間で本件各発明について特許を 65受ける権利の帰属等に関する協議が整わなかったことは明らかであるから,本件開発協力合意書6条後段の規定に基づいて,本件各発明について特許を受ける権利を原告が被告と持分2分の1の割合で準共有するに至ったと認める余地はないというべきである。 なお,前掲認定事実(1(3)タ(ア))のとおり,被告は,平成22年6月特許一部譲渡案において,原告の権利を2分の1として提案しているが,協議の当初に2分の1の権利を提案したからといって,当然に権利の帰属について2分の1であることの合意があったと推認することはできない。そのほか,原告は, 「基本的」との文言の解釈などについて縷々主張するが,いずれも上記認定判断を左右し得るものではなく,採用することができない。 (2) 本件開発協力合意の対象となる「各種グルコース誘導体」の研究並びに開発業務にGGの研究・開発業務が含まれるか否かについて 原告は,本件開発協力合意書1条が,開発協力合意の対象を「各種グルコース誘導体」とするところ, 「各種グルコース誘導体」がGGを含む概念であることは明らかであるから,GGに関する本件各発明について,本件開発協力合意書6条後段の定めが適用される旨主張する。 ア そこで検討するに,前記1の認定事実によれば,本件開発協力合意に至るきっかけは,被告によるGG組成物の試作品が原告が想像していたよりも早く出来上がったため,従前,酵素法では効率よく製造することができなかった化合物(を主成分とする組成物)に関し,原告が被告に共同開発を持ちかけたことにあるといえる。他方で,原被告間には,既に,平成20年5月8日付けで,原告が指定する化合物(GG)を被告が製造することが可能か否かを検討するにあたり,原被告間で取り扱われる情報等について定めた本件秘密保持契約が締結されていた。 しかるところ,原告と被告とは,本件開発協力合意に際し,その契約期間の始期を,本件開発協力合意書の調印日ではなく,原告と被告との間の共同開発についての打合せの日である平成20年7月15日まで遡及させたが,本件秘密保持契約の 66契約期間の始期である同年5月8日までは遡及させなかったばかりか,本件秘密保持契約と本件開発協力合意とは,契約期間の満了日,契約期間終了後の秘密保持義務の期間,秘密を開示できる者の範囲などが異なるにもかかわらず,両者を調整する取り決めをすることなく,本件開発協力合意の後,本件秘密保持契約を2度にわたって延長していることが認められる。これらの事情は,仮に,本件開発協力合意の対象となる「各種グルコース誘導体」の研究並びに開発業務にGGの研究・開発業務が含まれるとすれば,本件開発協力合意と本件秘密保持契約との間に重大な齟齬があったにもかかわらず,これが放置されていたことを示すものであって,極めて不自然というほかない。 イ 次に,本件開発協力合意書が締結された時点における原告及び被告の状況について検討するに,もともとGG組成物については,●(省略)●の要求を充たす一定の仕様が求められ,安価に大量に製造できることが要求されていたところ,原告が●(省略)●の要求を基に被告に求めた仕様基準は,本件開発協力合意書が締結された時点において,被告の製造に係るGG組成物の試作品において既に達成され,これを安価に大量に製造できるか否かが検討されていたという段階にあった。 したがって,本件秘密保持契約における「本検討」 (製造することが可能か否か)の結果を受けて,原告が被告に製造を委託することを決定した場合には,別途製造委託契約書を締結することを予定していたものとしても何ら不合理とはいえない(なお,原告と被告の間のGGの取引に関し, 「売買契約書案」のやりとりがあるとしても,契約書のタイトルを「製造委託契約」とするか, 「売買契約」とするかは,具体的な取引の実情に応じて,適宜,選択されることにすぎず,本件秘密保持契約書が「売買契約」に言及していないことをもって,直ちにGG組成物の売買取引が本件秘密保持契約の想定した範囲に含まれないと評価すべきものではない。 。 ) また,上記のとおり,安価に大量に製造できるか否かを検討する段階というのは,原告が酵素法では製造を効率よくできなかった化合物をリストアップし,これについて,化学合成法により効率よく製造できるか否かを検討するという段階とは,質 67的に異なるとみることもでき,両者を別の段階のものとして,分けて契約を締結することにも,十分に合理性があると考えられる。 ウ さらに,次に挙げるような原告従業員等及び原告の関係者の言動からして,原告も,本件開発協力合意の対象にGGの研究・開発業務が含まれていなかったことを認識していたことがうかがわれるところである。 (ア) 原告従業員A@は,原告従業員等が原告のグループ企業であるトーハンの従業員であるAGを立ち会わせたことを被告従業員ACがとがめたことに関して,AGの立会いが本件秘密保持契約に違反することを認めて被告に謝罪に出向いているところ,仮に,その当時,本件開発協力合意の対象にGGの研究・開発業務が含まれていると認識していたとすれば,本件開発協力合意では,原告と同様に守秘義務等を負わせることにより,「自己の子会社,及び関連会社に秘密情報を開示できる」(本件開発協力合意書3条2項)とされている以上,このような謝罪は必要なかったことになる。 (イ) 本件開発協力合意に基づくリストとして原告が被告に提供したリストの中から,本件開発協力合意の対象案件第1号として,被告から原告に対して提供されたのは,●(省略)●の組成物であった。 (ウ) 原告従業員等は,GGの開発が進むにつれて,被告と特許取得について話し合うようになる中で,当初は,原告の要望として,製法特許については被告に出願してもらいたいなど,原告が当然には共同出願人とならないことを前提としたと発言をしていた。このような発言は,GGの研究・開発業務については,本件開発協力合意の対象に含まれるとの認識を有しておらず,本件秘密保持契約のほか,本件秘密保持契約書5条に定める「製造委託契約(仮称)」で規律されることを原告従業員等が予定していたことを推認させる事情である。 (エ) 前記1の認定事実のとおり,本件出願1がされる直前の平成22年4月19日,原告のグループ企業であるトーハンの従業員から被告従業員AEに対して送付されたメール(乙10)には,被告において検討している製法特許の出願について 68は,共願(比率はご相談)で進めてほしいという要望のみが記載されているにすぎず,この時点においても,本件開発協力合意書6条後段に基づき,GGに関する特許を受ける権利については,基本的に原告と被告とで折半となることを前提として,原告も当然に共同出願人となるべきであることを指摘するものではなかったこと,被告が単独で本件出願1をしたことが原告に判明した後の原告従業員等と被告従業員等との間の話合いの過程で提案された平成22年6月特許一部譲渡案についても,原告は,被告に対し,本件開発協力合意に基づき,原告が特許を受ける権利を被告と持分2分の1の割合で準共有するに至っている旨の主張をしていないことなどの経緯があるところ,これらは,GGを対象とした本件秘密保持契約とGG以外の化合物を対象とした本件開発協力合意とが別個独立の契約であると認識されていたものと推認させる事情である。また,前掲認定事実(1(3)タ(ア))のとおり,被告が平成22年6月特許一部譲渡案において2分の1の権利を提案した事実は認められるが,同時点において,被告は,原告との間で取引を継続しており,原告からの申出を穏便に解決するために提案したとも考えられる以上,上記事実をもって,被告がGGの研究・開発業務を本件開発協力合意の対象と認識していたことにならないことは,いうまでもない。 (オ) なお,原告が,平成25年4月4日到達の内容証明郵便により,代理人であるA?弁護士を通じて最初に被告に要求したことは,本件出願1及び本件出願2について,出願人の地位を一部移転することではなく,出願の取下げであった(甲14の1・2)。このとき,既に,本件出願1及び2についてはいずれも特許出願公開されており(本件出願1につき平成23年11月24日,本件出願2につき平成25年1月31日),出願公開後に,出願を取り下げてしまえば,原告はもとより,被告も特許権を取得することができなくなり,原告が出願人の地位又は特許権の移転を受けることができる可能性が閉ざされることは自明である。したがって,仮に,A?弁護士が原告従業員等から事実関係を正確に聴取し,法律的にみて合理的な判断をした上で,あえて出願の取下げを求めたものであるとすれば,そのことは,と 69りも直さず,本件開発協力合意に基づいて原告が特許を受ける権利を被告と持分2分の1の割合で準共有するに至っているとはいえないという見解を直ちに否定することは困難であり,他方,被告が特許庁の審査を経て特許権を取得した場合には,被告から当該特許権の行使を受けるおそれがあることから,その後の原告の事業活動に支障が生ずるとみていたものというべきで,そうでない限り,合理的な説明がつかない(原告が本件発明1-1の実施品と認める「COSARTE-2G」については,既に,本件出願1の出願公開に先立って,平成22年6月末には原告自身が拡販のため数十社に対しプレゼンテーションをし,同年9月には原告のグループ企業であるトーハンのホームページを通じて同商品の詳細な情報を開示していたこと,その後も,平成24年5月及び平成25年5月に開催された国際食品素材/添加物展・会議に同商品を出展していたことからすれば(前記1(5)ア,イ,エ,カ,ク) 被告が単独で特許権を取得することにより, , 原告の今後の事業展開に支障が生ずることを危惧していたとしても不自然ではない。 。 ) エ 以上に対し,原告は,本件開発協力合意の対象が「各種グルコース誘導体」とされており,文言上,GGが除外されていないこと,GGについてはいまだ開発途中であったことなどから,本件開発協力合意の対象であることを主張しており,原告従業員ABが作成した平成20年7月16日付け議事録(甲24の1・2)の記載(同議事録には,業務提携及び共同研究に関しては個々の具体的な案件に対して取り組むのが会社〔被告〕としての意向であるが,個々の案件が多くなる場合は包括的な案件として取り扱うとのこと,最後にGG,香料,糖蜜等に関しての覚書は包括的に取り扱ってもらう旨了承してもらい,ひな型は被告側に作成してもらうことになった旨の記載〔下線は裁判所が付した。〕がある。)並びに証人A@及び証人ABの各証言中には,これに沿う部分もある。 しかし,同議事録は,会議の日時の記載がなく,原告従業員AB以外の原告従業員等の印影もないところ,その理由は,会議に出席していた原告専務AD,原告常務AH及び原告従業員A@は,会議の内容を知っているから,回覧の必要がなかっ 70た(証人A@〔32頁〕)とか,不明であるが,出席していたから承認印は必要ないと思われたかも知れない(証人AB〔3頁〕)というのである。これに対し,同じく原告従業員ABが作成した平成21年5月7日付け議事録(甲34の1・2)には,会議の日時が記載され,原告従業員ABの印影に加え,会議に出席した原告従業員A@の印影がある。このように,平成20年7月16日付け議事録は,その体裁に不可解なところがあり,その理由について合理的な説明がされているとは言い難い。 したがって,同議事録の記載並びに証人A@及び証人ABの各証言中,同議事録の記載事項が事実に沿うとする部分は,たやすく信用することができず,ほかに原告の上記主張を認めるに足りる的確な証拠はない。 オ 以上の事情を総合すると,本件開発協力合意にいう「各種グルコース誘導体」という非常に広い概念に,形式的にはGGが含まれるとしても,GGの研究・開発業務を本件開発協力合意の対象として,原告及び被告が本件開発協力合意に至ったものと認めることは,困難というべきである。 (3) 小括 以上のとおりであるから,原告が本件開発協力合意に従って本件各発明について特許を受ける権利を被告と持分2分の1の割合で準共有するに至ったということはできない。 4 争点(2)ア(被告は本件開発協力合意又は本件秘密保持契約に従い原告に対し負っていた義務に違反したか)について (1) 本件開発協力合意違反について 本件開発協力合意の対象となる「各種グルコース誘導体」の研究並びに開発業務には,上記3で認定判断したとおり,GGの研究・開発業務は含まれないというべきであり,これに反する原告の主張は,いずれも採用することができない。 したがって,被告が本件開発協力合意に従い原告に対し負っていた義務に違反したとは認められない。 (2) 本件秘密保持契約違反について 71 ア 守秘義務違反について (ア) 原告は,被告が●(省略)●にGG組成物のサンプルを提供したことが,本件秘密保持契約に定める守秘義務に違反している旨主張する。 しかし,本件秘密保持契約における「秘密情報」とは, 「甲(判決注:原告)が乙(判決注:被告)に対し本件検討に関する打診を行った事実」及び「相手方から開示・提供を受け,または知得した技術上または業務上の一切の情報」(ただし,「公知の情報または自己の責めによらないで公知となった情報」 「相手方から知得する ,以前に自己が所有していたことを書面により証明できる情報」又は「正当な権限を有する第三者から秘密保持義務を負うことなく開示を受けた情報」に該当するものについてはこの限りでない。)をいうのであるから(本件秘密保持契約書1項),原告は,被告が●(省略)●にGG組成物のサンプルを提供したことにより,被告が原告から開示・提供を受け又は知得した技術上又は業務上の一切の情報のうち,具体的にどの情報が第三者(●(省略)●)に「開示・漏洩」されたといえるのかについて主張すべきであるところ,原告は,これらの点について具体的な主張をしない。 したがって,原告の上記主張は,主張自体失当というほかはない。 (イ) なお,仮に,原告の主張の趣旨が,原告がその顧客情報(原告と●(省略)●との間に取引があった事実)を被告に伝えていることを前提として,同顧客情報の「開示・漏洩」を問題にしているのだとしても,被告が原告からそのような顧客情報の開示・提供を受け又は知得したことを認めるに足りる的確な証拠はないし,そもそも,原告と●(省略)●との間に取引があったことは,●(省略)●において知悉している事項であるから,被告が●(省略)●にGG組成物のサンプルを提供したことにより,当該顧客情報が第三者(●(省略)●)に「開示・漏洩」されたといえる関係にないことは明らかである。 また,被告が●(省略)●に提供した被告の製造に係るGG組成物のサンプルそれ自体は,被告が原告から開示・提供を受け又は知得した技術上又は業務上の情報 72そのものに該当しないことは明らかであるし,被告は,同サンプルについて,原告からの秘密情報に基づいて製造したGG組成物とは異なる旨主張しており,これに沿う証拠(証人AC〔60,61頁〕)もあるところ,原告は,これを覆すに足りる立証を何らしていない。 (ウ) したがって,被告が,●(省略)●にGGのサンプルを提供したことをもって,本件秘密保持契約に定める守秘義務に違反したと認めることはできない。 イ 目的外不使用義務違反について 原告は,被告に原告の市場情報,顧客情報その他の営業情報を開示していたところ,被告が●(省略)●にGGのサンプル提供を行ったことをもって,本件秘密保持契約書3項に定める目的外不使用義務に違反した旨の主張もする。 しかし,上記アで説示したところによれば,被告が●(省略)●にGG組成物のサンプルを提供したことをもって,直ちに被告が原告から開示・提供を受け又は知得した技術上又は業務上の情報を目的外使用したと認めることは困難であり,他に被告が原告から開示・提供を受け又は知得した技術上又は業務上の情報を目的外使用したと認めるに足りる証拠はない。 (3) 小括 以上のとおり,被告が本件開発協力合意又は本件秘密保持契約に従い原告に対し負っていた義務に違反したと認めることはできない。 したがって,原告の被告に対する債務不履行に基づく損害賠償請求は,その前提を欠くものであり,理由がない。 5 争点(2)イ(損害発生の有無及びその額)について 原告の被告に対する債務不履行に基づく損害賠償請求は,上記4のとおり,理由がない。 なお,付言するに,仮に,被告において,本件開発協力合意又は本件秘密保持契約に従い原告に対し負っていた義務に違反した評価し得るところがあったとしても,当該違反の結果,原告の主張に係る逸失利益が生じたと認めるべき的確な証拠はな 73く,また,債務不履行の内容が単なる契約違反にすぎない場合には,約定により弁護士費用・弁理士費用の負担につき取り決めているなど特段の事情がない限り,これらの費用を請求することは許されないと解されるところ,原告は,そのような特段の事情を主張,立証しない。 したがって,原告の被告に対する債務不履行に基づく損害賠償請求は,上記の点からも理由がないというべきである。 |
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結論
以上によれば,本件請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 嶋末和秀 |
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裁判官 | 鈴木千帆 |
裁判官 | 天野研司 |