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追加

関連審決 無効2013-800139
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事件 平成 27年 (行ケ) 10166号 審決取消請求事件

原告イーライ・リリー・ アンド・カンパニー
訴訟代理人弁護士飯村敏明 片山英二 北原潤一 中村閑 黒田薫
訴訟復代理人弁護 士今井浩人
訴訟代理人弁理士小林純子 日野真美 吉光真紀
被告沢井製薬株式会社
訴訟代理人弁護士松葉栄治
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2016/11/16
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
-1-3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
特許庁が無効2013-800139号事件について平成27年4月15日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,特許無効審判請求に対する無効審決の取消訴訟である。争点は,進歩性判断(引用発明の認定,相違点の判断)の誤りの有無である。
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「ベンゾチオフェン類を含有する医薬製剤」とする発明について,平成5年7月28日を出願日として特許出願(特願平5-185965号,パリ条約に基づく優先権主張,優先日・平成4年7月28日(本件優先日) 優先権主張国・ ,米国)をし,平成10年2月20日,その設定登録を受けた(特許第2749247号。請求項の数6。本件特許)(甲42) 。
被告が,平成25年7月29日に本件特許の請求項1ないし6に係る発明についての特許無効審判請求(無効2013-800139号)をしたところ(甲43),特許庁が平成26年7月23日付けで審決の予告をしたので(甲50),原告は,同年10月27日付けで訂正請求をした(本件訂正。甲51,52)。
特許庁は,平成27年4月15日, 「請求のとおり訂正を認める。特許第2749247号の請求項1ないし6に係る発明についての特許を無効とする。審判費用は,被請求人の負担とする。」との審決をし,その謄本は,同月23日,原告に送達された。
2 本件訂正発明の要旨 本件訂正後の本件特許の請求項1ないし6に係る発明(以下,請求項の番号に従って「本件訂正発明1」のようにいい,併せて「本件訂正発明」という。)の各特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(甲51,52。下線は,訂正箇所を示す。。
) (1) 本件訂正発明1「【請求項1】 ラロキシフェンまたはその薬学上許容し得る塩を活性成分として含 む,ヒトの骨粗鬆症の治療または予防用医薬製剤であって,タモキシフェンより 子宮癌のリスクの低い医薬製剤。」 (2) 本件訂正発明2「【請求項2】 ラロキシフェンまたはその薬学上許容し得る塩を活性成分として含 む,ヒトの骨粗鬆症の治療または予防用医薬製剤であって,医薬製剤活性成分が 塩酸ラロキシフェンであり,ラットにおいてタモキシフェンより子宮の上皮の高 さの増大が少ないか,または,子宮の間質層への好酸球の浸潤が少ない医薬製剤。」 (3) 本件訂正発明3「【請求項3】 製剤が50〜200mg/日の塩酸ラロキシフェン投与用に調製さ れている請求項2に記載の医薬製剤。」 (4) 本件訂正発明4「【請求項4】 50〜200mgの活性成分を含有する単位用量形の請求項1に記 載の医薬製剤。」 (5) 本件訂正発明5「【請求項5】 活性成分が塩酸ラロキシフェンである請求項4に記載の医薬製剤。」 (6) 本件訂正発明6「【請求項6】 単位用量形が経口投与用に調製されている請求項4に記載の医薬製 剤。」 3 審決の理由の要点 (1) 本件訂正の適否の判断 ア 特許請求の範囲の請求項1に「タモキシフェンより子宮癌のリスクの低い」との文言を追加する訂正は, 「ラロキシフェンまたはその薬学上許容し得る塩を活性成分として含む,ヒトの骨粗鬆症の治療または予防用医薬製剤。 が当然備えて 」いるはずの性質を追加するものであるから,明瞭でない記載釈明を目的とするものといえる。
イ 特許請求の範囲の請求項2に「ラロキシフェンまたはその薬学上許容し得る塩を活性成分として含む,ヒトの骨粗鬆症の治療または予防用医薬製剤であって, との請求項1の記載を加える訂正は, 」 請求項間の引用関係の解消を目的とするものである。
また,特許請求の範囲の請求項2に「ラットにおいてタモキシフェンより子宮の上皮の高さの増大が少ないか,または,子宮の間質層への好酸球の浸潤が少ない」との文言を追加する訂正は, ラロキシフェンまたはその薬学上許容し得る塩を活性 「成分として含む,ヒトの骨粗鬆症の治療または予防用医薬製剤。 が当然備えている 」はずの性質を追加するものであるから,明瞭でない記載釈明を目的とするものである。
ウ 本件訂正は,特許法134条の2第1項ただし書き3号及び4号に掲げる事項を目的とするものであり,同条9項により準用する同法126条5項及び6項の規定を満たすから,本件訂正を認める。
(2) 引用発明の認定 甲1(Breast Cancer Research and Treatment,Vol.10,PP31-35,1987)には,次の発明(引用発明)が記載されている。
「 高齢の卵巣切除ラットの骨密度への作用を確認することを目的として,卵巣切 除術を実施した9月齢の退役した経産雌ラットにケオキシフェン100μgを4 か月間毎日経口処置した際に,卵巣切除による灰密度の低下を有意に遅らせた, 抗エストロゲン薬であるケオキシフェン。」 (3) 本件訂正発明1について ア 一致点の認定 本件訂正発明1と引用発明とを対比すると,次の点で一致する。
「ラロキシフェンまたはその薬学上許容し得る塩を活性成分として含む医薬製剤。」 イ 相違点の認定 本件訂正発明1と引用発明とを対比すると,次の点が相違する。
(ア) 相違点1 本件訂正発明1は, 「ヒトの骨粗鬆症の治療又は予防用」であるのに対し,引用発明は, 「高齢の卵巣切除ラットの骨密度への作用を確認することを目的として,卵巣切除術を実施した9月齢の退役した経産雌ラットにラロキシフェン100μgを4か月間毎日経口処置した際に,卵巣切除による灰密度の低下を有意に遅らせた」点。
(イ) 相違点2 本件訂正発明1は, 「タモキシフェンより子宮癌のリスクの低い」のに対し,引用発明は,この点についての記載がない点。
ウ 相違点1についての判断 (ア) 甲1には, 「高齢ラットは卵巣切除により骨粗鬆症の変化を示した」との記載があるから,引用発明にいう「高齢の卵巣切除ラット」及び「卵巣切除術を実施した9月齢の退役した経産雌ラット」は,骨粗鬆症の変化を示したラットである。
そして,甲1には, 「こうした抗エストロゲン薬の対照的な薬理作用は・・・患者を評価すべきであることを示唆している。 との記載があるから, 」 甲1に接した当業者は,甲1がラットで得られた知見をヒトに反映させることも念頭に置いた文献であると理解する。
(イ) 甲18(審判乙2。Wronski と Yen,Cells and Materials,Supp.1:69-74,(1991))に「エストロゲン欠乏に対する骨の反応におけるラットとヒトとの間の多くの類似点が,卵巣除去ラットを閉経後の骨量減少の動物モデルとして用いる根拠 となる。(69頁左欄2〜5行)との記載があるように, 」 「卵巣切除ラット」が「ヒトの閉経後の骨粗鬆症の動物モデル」であるのは,優先日における技術常識であった。
(ウ) 引用発明にいう「骨密度」及び「灰密度」という用語について,甲1に定義はないが,「ラットが卵巣切除された際,骨密度の有意な減少がみられた」,「卵巣切除によって生じる灰密度の低下」との記載があり,いずれもラットの卵巣切除後に骨に起こった現象についての記載であるから,当業者は, 「骨密度」と「灰密度」とは同じ密度を意味する用語であると理解できる。そして,甲1で密度として具体的な算出法が記載された唯一のものは,32頁表1の「灰/大腿骨容積(g/c?)」により算出される密度であるから,これが「骨密度」及び「灰密度」であると理解できる。
以上によれば,引用発明にいう「卵巣切除による灰密度の低下を有意に遅らせた」とは,卵巣切除による骨密度の低下を有意に遅らせた」 「 と言い換えることができる。
(エ) 甲1では,「高齢ラットは卵巣切除により骨粗鬆症の変化を示したが,薬理学的に活性な経口量の抗エストロゲン薬は,無傷のラットの骨密度を変化させなかった」との記載があるように,骨密度の変化と骨粗鬆症の変化は対応するものとされていた。
(オ) 以上を総合すると,甲1には, 「ラロキシフェンに,ヒトの閉経後の骨粗鬆症の動物モデルである卵巣切除ラットにおいて,骨粗鬆症の発症や進行を遅らせる効果がある」ことが記載されていたといえる。
そして,ヒトの閉経後の骨粗鬆症の動物モデルである卵巣切除ラットにおいて,ラロキシフェンに,骨粗鬆症の発症や進行を遅らせる効果があるのであるから,引用発明に基づき,ラロキシフェンまたはその薬学上許容し得る塩を活性成分として 「含む医薬製剤。」を,「ヒトの骨粗鬆症の治療又は予防」のために適用することは,当業者が容易になし得ることである。
エ 相違点2についての判断 本件訂正発明1の「タモキシフェンより子宮癌のリスクの低い」との条件を満たすために用法用量や添加剤などを検討した旨の記載は,本件訂正後の本件特許の明細書及び図面(本件明細書。甲52)にないから,上記条件は, 「ラロキシフェンまたはその薬学上許容し得る塩を活性成分として含む医薬製剤」が本来備えている性質であり,引用発明のラロキシフェンを活性成分として含む医薬製剤も備えている性質であると認められる。よって,この点で本件訂正発明1が引用発明と異なる発明であるとすることはできない。
オ 効果についての判断 ラロキシフェンが,ヒトの骨粗鬆症の治療又は予防に効果を奏すると予測されることは,既に検討したとおりである。
甲1には,抗エストロゲン薬,すなわち,ラロキシフェンが標的部位特異性を有すること,また,ラロキシフェンは,卵巣切除ラットの子宮湿重量をわずかに増加しただけであることが記載されているから,ラロキシフェンが,体内で一律な作用を示すのではなく,骨では骨密度の低下を遅らせる一方,子宮では増殖作用をほとんど示さないことは,当業者が予測し得ることである。
カ 原告の主張に対する判断 (ア) 甲21(審判乙5。A,実験成績証明書)に記載された試験は,甲1に記載された試験とは,動物の入手先,飼育条件,卵巣切除から評価した日までの期間,評価方法等の試験条件が異なっており,甲21で骨密度低下がみられなかったからといって,甲1に記載された結果を否定し,引用例として不適切であるとすることはできない。また,甲18によれば,9-12月齢の高齢ラットを用いることが,ラットにおける骨の成長の影響を最小化するのに有効であることが知られていたのであるから,妊娠・授乳の影響があるとしても,甲1で用いた9月齢のリタイアした繁殖用ラットが,骨粗鬆症の研究に用いる動物として,ことさら不適切であるとはいえない。
甲44(審判事件答弁書)表7(甲1の表1記載の灰重量及び灰密度のデータか ら,各群の骨の体積(算出容積)を計算し,灰重量と併記したもの)によれば,甲1の卵巣除去ラットは,ベースラインと比較して,正常ラットと同程度に算出容積が増加した一方,灰重量は,それほどの増加は示しておらず,相対的に,骨容積の低下を伴わない骨質量の低下(密度の低下)が起きている。このように,甲1の卵巣除去ラットは,本件明細書段落【0002】記載の「骨粗鬆症」の特徴に当てはまる。また,甲19(審判乙3。Kimmel ら,Calcified Tissue International (1990)46:101-110)によれば,二重光子吸収法による測定値と灰分による測定値は相関するといえるし,全体骨の骨ミネラル含有量は,遠位大腿骨のみの骨ミネラル含有量に比べれば差は小さいものの,卵巣除去による影響を検出することができるといえるから,骨全体の灰密度によるデータが示された甲1の実験結果についても,原告が用いた試験法ほど感度が高くないにせよ,卵巣除去による影響を検出することができるといえ,薬剤の影響についても同様に検出可能であると推認される。
甲1が,複数の用量を用いて実験されていないものであっても,効果が確認されたのであれば,それに基づき,更なる研究開発を行うのに十分であることは,当業者に明らかである。
甲1の図3に接した当業者は,有意差はないとしても,エストロゲン投与群は,卵巣切除コントロール群と比較して,灰密度の低下が抑制される傾向にあると理解できるし,統計学的に欠陥があるとしても,ラロキシフェン投与群は,卵巣切除コントロール群と比較して,灰密度の低下が抑制される傾向にあると理解できる。
したがって,甲1に接した当業者は, 「ラロキシフェンが,ラットの卵巣除去によって生じる骨密度の低下を,有意ではないにせよ,遅延する傾向がみられた」との技術的事項を把握することができる。
(イ) 甲1の「タモキシフェンに子宮に対するエストロゲン様作用がない」との認識は,本件優先日当時の技術常識とは異なるものであるが,タモキシフェンについて誤認があったとしても,ラロキシフェンについての試験結果及びそこから導き出せる事項が否定されるわけではない。
また,エストロゲン類の子宮への作用をみるに当たり,子宮湿重量は,極めて一般的な評価項目であるから,子宮湿重量において,エストロゲンほどの重量増加作用がみられなかったラロキシフェンについて,子宮へのエストロゲン様作用が小さいと評価することに,誤りがあるとはいえない。
したがって, 「甲1には,ラロキシフェンが『エストロゲン療法に伴う望ましくない作用なくして』骨密度維持に役立つと実質的に記載されている」との主張は,誤りであるとはいえない。
(ウ) 甲32(審判乙16。Feldmann ら,Bone and Mineral 7:245-254 (1989))は,甲1の追試を目的とした文献ではなく,実験系や評価方法が異なるから,結果が矛盾するとしても,甲1の信頼性が変わるものではなく,甲1に接した当業者が,ラロキシフェンが骨粗鬆症に有効であるとの効果を予測することに困難性はない。
(エ) 生物学的利用可能性が低いとしても,効果が見込めるのであれば,投与量を調整する,誘導体化する,DDSを工夫するなど,様々な対応をとることができることは,当業者に明らかであり,生物学的利用可能性が低いことをもって,直ちにヒトへの適用を断念することが,一般的であるとはいえない。
キ 結論 本件訂正発明1は,引用発明及び本件優先日における技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(4) 本件訂正発明2について ア 一致点の認定 本件訂正発明2と引用発明とを対比すると,次の点で一致する。
「ラロキシフェンまたはその薬学上許容し得る塩を活性成分として含む,医薬製剤の活性成分が塩酸ラロキシフェンである,医薬製剤。」 イ 相違点の認定 本件訂正発明2と引用発明とを対比すると,次の点が相違する。
(ア) 相違点3 本件訂正発明2は, 「ヒトの骨粗鬆症の治療又は予防用」であるのに対し,引用発明は, 「高齢の卵巣切除ラットの骨密度への作用を確認することを目的として,卵巣切除術を実施した9月齢の退役した経産雌ラットにラロキシフェン100μgを4か月間毎日経口処置した際に,卵巣切除による灰密度の低下を有意に遅らせた」点。
(イ) 相違点4 本件訂正発明2は,ラットにおいてタモキシフェンより子宮の上皮の高さの増大 「が少ないか,または,子宮の間質層への好酸球の浸潤が少ない」のに対し,引用発明は,この点についての記載がない点。
ウ 相違点3についての判断 相違点3は,相違点1と同じものであるから,相違点1についての判断と同様である。
エ 相違点4についての判断 本件訂正発明2の「ラットにおいてタモキシフェンより子宮の上皮の高さの増大が少ないか,または,子宮の間質層への好酸球の浸潤が少ない」との条件を満たすために用法用量や添加剤などを検討した旨の記載は,本件明細書にないから,上記条件は,ラロキシフェンまたはその薬学上許容し得る塩を活性成分として含む医薬 「製剤」が本来備えている性質であり,引用発明のラロキシフェンを活性成分として含む医薬製剤も備えている性質であると認められる。よって,この点で本件訂正発明2が引用発明と異なる発明であるとすることはできない。
オ 結論 本件訂正発明2は,引用発明及び本件優先日における技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(5) 本件訂正発明3について 本件訂正発明3と引用発明とを対比すると,相違点3,4に加え,本件訂正発明 3は「製剤が50〜200mg/日の塩酸ラロキシフェン投与用に調製されている」点で,更に相違する(相違点5)。
しかしながら,甲1におけるラロキシフェンの投与量は,300gを一応のラットの体重とすると,100μg/300gの投与量といえるので,ヒトの体重を60kgとすると,およそ20mgの投与量に相当するが,動物種によりバイオアベイラビリティが違う可能性が考えられるので,これを参考に,ヒトに適切な投与量とすること,また,適切な投与量を含有する単位用量形とすることは当業者が容易になし得ることである。
そして,本件明細書には,ヒト臨床試験の結果は記載されていないし,50〜200mg/日の塩酸ラロキシフェン投与用に調製することで,当業者の予想を超える格別顕著な効果があるとは認められない。
(6) 本件訂正発明4について 本件訂正発明4と引用発明とを対比すると,相違点1,2に加え,本件訂正発明4は「50〜200mgの活性成分を含有する単位用量形の」との構成を有する点で,更に相違する(相違点6)。
しかしながら,相違点5についての判断と同様に,甲1のラットにおける投与量を参考に,ヒトに適切な投与量とすること,また,適切な投与量を含有する単位用量形とすることは,当業者が容易になし得ることである。
そして,本件明細書には,ヒト臨床試験の結果は記載されていないし,50〜200mgの活性成分を含有する単位用量形とすることで,当業者の予想を超える格別顕著な効果があるとは認められない。
(7) 本件訂正発明5について 引用発明の「ケオキシフェン」とは, 「ラロキシフェン塩酸塩」のことであり,本件訂正発明5の「塩酸ラロキシフェン」に相当するから,本件訂正発明5と引用発明とは,前記(6)の相違点1,2,6以外の相違点はない。
(8) 本件訂正発明6について 本件訂正発明6と引用発明とを対比すると,相違点1,2,6に加え,本件訂正発明6は「単位用量形が経口投与用に調製されている」点で相違する(相違点7)。
しかしながら,引用発明のケオキシフェンは, 「経口処置」に用いられるものであるから,経口投与用の単位用量形に調整することは,当業者が容易になし得ることである。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(引用発明の認定の誤り) 甲1には,卵巣切除された9月齢の退役した経産雌ラットの大腿骨全体の灰密度に対するケオキシフェン(ラロキシフェン)の投与の影響について, 「ケオキシフェンも・・・卵巣切除によって生じる灰密度の低下を有意に遅延し」たとの記載がある。
しかしながら,本件優先日当時の当業者は,当該記載は,灰密度の測定結果の比較についての統計解析に明らかな誤りがあるから技術的な裏付けを欠くものであり,甲1に当該記載が開示されているとは認識しない(当庁平成21年(行ケ)第10144号同22年3月30日判決参照)。すなわち,甲1は,「複数の抗エストロゲン薬投与群の灰密度が卵巣切除対照群の灰密度より高いか否か」という複数の命題を同時に検定しているから,正しい統計処理はスチューデントt-検定(t検定)ではなく多重比較法である(甲25,26,35,68,69,69の2,甲92ないし94,乙2) にもかかわらず, 。 甲1は,t検定を行っているから,当業者は,その結論である上記記載は技術的な裏付けがなく,何の意味もなさないと理解する。
また,甲1の図3の棒グラフを縦軸の目盛に従って数値化したものに基づき,卵巣除去対照群とケオキシフェン投与群の灰密度の差について,多重比較法(Dunnett法)及びt検定(両側検定)をそれぞれ行ったところ,いずれも統計的に有意であるとはいえないことが明らかになった(甲26,57,70)。そして,本件優先日当時の当業者は,このような再検定を行うまでもなく,甲1の図3を見れば, t検定は,平均値,標準誤差,データ数に基づいて計算されるものであるから,卵巣除去対照群とケオキシフェン投与群の灰密度の平均値の差についてのt検定による検定結果は,卵巣除去対照群とエストロゲン投与群の灰密度の平均値の差についての検定結果(統計的に有意ではなかった。 と同じであることを認識することがで )きる。
そうすると,上記記載に基づく審決の引用発明の認定(少なくとも「ケオキシフェンは卵巣切除による灰密度の低下を有意に遅らせた」との部分)は誤りであり,これに伴い,審決は,本件訂正発明1と引用発明との相違点1の認定を誤った。しかも,甲32(審判乙16)には,卵巣除去ラットにケオキシフェンを投与した群と無傷群とを比較したところ,子宮重量,骨灰重量/体積,X線骨密度測定/体積を含む測定パラメータ全てについて,両者に差異がなかったことが記載され,本件優先日当時,エストロゲン欠乏ラットにおける骨のパラメータに関し,ケオキシフェン投与群では効果が見られなかったことが知られていたのであるから,当業者が,甲1に基づいて,ケオキシフェンの投与によって,卵巣切除ラットにおける骨質量の喪失を抑制するという効果を予測することはできなかった。よって,当業者が,甲1に基づいて本件訂正発明1を容易に想到することができたということは到底できない。
本件訂正発明2ないし6についても,審決は,本件訂正発明1と同様に容易想到と判断したのであるから,その判断は誤りである。
2 取消事由2(相違点1及び3についての判断の誤り) 甲1で採用された実験系(以下「甲1実験系」という。)は,以下のとおり,ヒトの閉経後骨粗鬆症の動物モデルとして必要な前提を欠く極めて不適切な動物モデルが用いられており,かつ,測定部位及び測定方法においても極めて不適切であることが明らかであるから,本件優先日当時の当業者は,甲1実験系によって得られる知見がヒトの骨粗鬆症にも適用できるとは考えない。甲1には, 「引用発明のラロキ シフェンに,ヒトの閉経後の骨粗鬆症の動物モデルである卵巣切除ラットにおいて,骨粗鬆症の発症や進行を遅らせる効果がある」ことが記載されていたということはできず,これを認めた審決は誤りである。本件訂正発明2ないし6についても,相違点1又はこれと実質的に同一の相違点3を相違点としているから,審決の判断は同様に誤りである。
(1) 甲1実験系の動物モデルが不適切であること 閉経後骨粗鬆症の薬剤効果を評価する実験系として,甲1実験系は,少なくとも,次の@ないしBの点において,動物モデルが不適切である。
@ 退役経産ラットは小柱骨が少ないこと 閉経後骨粗鬆症の動物モデルであるためには,閉経後骨粗鬆症と同様の症状,すなわち,卵巣切除によるエストロゲン欠乏に起因する骨量喪失が生じるラットである必要がある。
そして,ラットにおいては,老齢の場合,リモデリング(破骨細胞による骨の吸収と,骨芽細胞による新たな骨の形成が行われることによって,形や量を一定に保ちながら改変すること)は皮質骨では起こらず,小柱骨のみでリモデリングが起こる(甲19)。そこで,卵巣除去に伴うエストロゲン欠乏による骨量喪失は,小柱骨のみで起こることになる。しかし,本件優先日当時,退役経産ラットは,卵巣切除をする以前から小柱骨が極めて少ないことが知られていた(甲74)。また,授乳による骨喪失は,エストロゲンと無関係であると考えられていた(甲36)。
にもかかわらず,甲1実験系では,9月齢の退役経産ラットを使用しているから,実験開始時点において,エストロゲン欠乏による骨量喪失が起こり得る部分(小柱骨)の骨量が既に少ないため,卵巣切除を行っても更なる骨量喪失が生じない可能性が高く,卵巣切除による骨量喪失が生じていない可能性が高い。このことは,甲1実験系において,卵巣除去ラットに対してエストロゲンを投与しても,卵巣切除による灰密度の低下を有意に抑制することはなかったという不可解な結果からも強く推認される。
A 退役経産ラットは退役後に「キャッチアップ」成長期に入ること 退役経産ラットは,退役した後に「キャッチアップ」成長期に入り,骨量が回復する(甲37)。
にもかかわらず,甲1実験系では,退役経産ラットを数か月保持することなくそのまま使用していることから,退役して間もない経産ラットであると考えられ,キャッチアップという薬剤の効果とは関係のない要因に基づく骨量の回復によって,骨量の変動が生じている可能性を否定できない。現に,甲1実験系では,卵巣切除後4か月経った卵巣切除対照群のラットの大腿骨の灰重量(0.349±0.026)は,ベースラインにおける大腿骨の灰重量(0.315±0.027)と比較して減少しておらず,卵巣切除によってエストロゲン欠乏が生じているにもかかわらず,骨量は減少していない。
B ポジティブコントロールを欠いていること 動物モデルとしてラットを用いて閉経後骨粗鬆症に対する薬剤効果をみるためには,エストロゲン欠乏に起因する骨量喪失が,エストロゲンの補充によって抑制されるという効果が観測できる実験系であることが必要である。そうでなければ,抗エストロゲン薬の投与によって得られた効果が,エストロゲンと同様の効果であると判断することができない。
しかしながら,甲1実験系の卵巣除去対照群とエストロゲン投与群における測定結果によれば,卵巣除去ラットに対してエストロゲンを投与しても,卵巣切除によって生じる大腿骨全体の灰密度の低下を統計的に有意に遅延することはなく,エストロゲンの補充によっても,卵巣切除によって生じた大腿骨全体の灰密度の低下を抑制する効果がみられなかった(ポジティブコントロールの欠如)。
(2) 甲1実験系の測定部位や測定方法が不適切であること 甲1実験系では,少なくとも,次のCないしEの点において,測定部位や測定方法が不適切である。
C 測定対象に皮質骨が含まれていること ラットの皮質骨は,9月齢であっても成長し続けるから(甲19),薬剤の投与によって,大腿骨の灰の「密度」の減少を抑制できたとしても,分子である灰の「重量」の減少を抑制できたことが原因であるのか,分母である灰の「容積」の増大を抑制したこと(骨の成長を阻害したこと)が原因であるのか,判断することができない。そこで,甲1実験系のように密度で薬剤効果を見る場合には,骨が成長する皮質骨を測定対象に含めるべきではない。また,ラットの皮質骨内ではリモデリングが生じないことから(甲19,80),エストロゲン欠乏により骨量が減少する前提を欠く。
にもかかわらず,甲1実験系では,測定対象を,エストロゲン欠乏に伴う骨量喪失が生じず,容積が増大するという皮質骨を含む大腿骨全体の灰密度としているのであるから,薬剤の投与によるエストロゲン欠乏に伴う骨量の低下を抑制する効果をみることはできない。
D 灰密度を脂肪等の付着した骨の容積により算出していること 甲1では,灰密度を求めるに当たり,脂肪等を除去した骨の重量を,脂肪等の付着した骨の容積で割るという計算により算出している点で不適切である。これでは,付着していた脂肪等の量によって,灰密度が左右されることになるから,ケオキシフェン投与群の灰密度の減少が抑制されたのは,卵巣除去群ラットの大腿骨に付着した脂肪の量と,ケオキシフェン投与群ラットの大腿骨に付着した脂肪の量とが異なっていたことに起因する可能性が十分にある。
E 再現性に問題があるアルキメデス法のみで薬剤効果を表していること アルキメデス法を用いた骨密度ないし灰密度の計算では,脂肪の付着や水和の程度によってその値が変わり得るため,当業者は,骨密度ないし灰密度を求める場合は,アルキメデス法を用いた密度の計算を避けるか,これ以外にマイクロデンシトメーター等の他の計算も併せて提示することが通常である(乙26など)。
にもかかわらず,甲1では,薬剤投与の効果を,アルキメデス法を利用して計算した灰密度の結果のみで表しており,この結果を再現性のある方法で確認していな い。
(3) 被告の反論に対し 被告は,卵巣切除された高齢の経産雌ラットが閉経後骨粗鬆症の動物モデルであること,骨粗鬆症の指標として大腿骨全体の灰密度を使用することが,いずれも当業者の技術常識であると主張するが,被告指摘の文献(乙17ないし23,25ないし27)には,高齢の退役経産ラットを用いて,灰密度により骨の評価をしている文献はなく,被告主張の技術常識は存在しない。
3 取消事由3(相違点1及び3についての判断の誤り) 「ある化合物をある特定の医薬用途に用いることを容易に想到できる」という判断が成り立つには,単に, 「ある化合物をある医薬用途に用いることを,頭の中で(主観的に)思い描くことができれば足りる」というものではなく, 「ある化合物をある医薬用途に用いた場合に,当該医薬用途を有する薬剤としての実質を有する物(所望の薬効を有する物)が得られることを合理的に予測できること」が必要である。
そして,ラロキシフェンは,体外に排出されやすいグルクロン酸抱合体に速やかに変換され,そのために経口投与後のサルやヒトの血液中にラロキシフェンのフリー体が検出されず,生物学的利用性(バイオアベイラビリティ)が極めて低い性質を有することが,本件優先日当時の技術常識であった(甲4の2,甲34の2,甲63ないし66) また, 。 ラロキシフェンの乳癌の治療薬という用途への適用に関して,動物モデルでの薬理効果が確認された後にフェーズUの臨床試験が実施されたにもかかわらず,ヒトでの薬効が実証できずに開発が断念された事実も,当業者に広く知られていた(甲4の2及び3,甲64) これらの事実からすれば, 。 当業者は,ヒトにおいても成功する蓋然性が高いことを示す合理的な理由が与えられない限り,ラロキシフェンにはバイオアベイラビリティの問題があることから,動物実験での成功をそのままヒトに当てはめることはできないと理解したはずである。そうすると,仮にヒトの閉経後の骨粗鬆症の動物モデルである卵巣切除ラットにおいてラロ キシフェンが骨粗鬆症の発症や進行を遅らせる効果があったとしても,当業者において,ラロキシフェンをヒトの骨粗鬆症の治療又は予防の用途に用いた場合に,当該治療薬又は予防薬として所望の薬効を有する物が得られることを合理的に予測できたとはいえない(成功の合理的期待を有していなかった。。
) 被告は腸肝循環を主張するが,ラロキシフェンが肝臓で代謝されてグルクロン酸抱合体となり,それが小腸に移行して親化合物に戻ったとしても,そのまま直ちに全身の血液循環に入ることはなく,再び肝臓に移行し,そこでグルクロン酸抱合体に代謝されて全身の血液循環に入ることになるのであるから,ラロキシフェンのグルクロン酸抱合体が腸肝循環されるとしても,それはラロキシフェンが親化合物のまま全身の血液循環を通ってターゲット部位に到達して薬効を発揮することを意味するものではなく,ラロキシフェンのバイオアベイラビリティの問題とは無関係である。
したがって,相違点1について容易想到ということはできず,この点の審決の判断は誤りである。
4 取消事由4(相違点2及び4についての判断の誤り) 本件訂正発明は,公知の抗エストロゲン薬であるラロキシフェンについて,骨量減少抑制効果に加え,「タモキシフェンより子宮癌のリスクが低い」,あるいは「ラットにおいてタモキシフェンより子宮の上皮の高さの増大が少ないか,または,子宮の間質層への好酸球の浸潤が少ない」というそれまで知られていなかった属性を見出すことによって,ラロキシフェンが, 「タモキシフェンより子宮癌のリスクの低いヒトの骨粗鬆症治療・予防薬」あるいは「ラットにおいてタモキシフェンより子宮の上皮の高さの増大が少ないか,または,子宮の間質層への好酸球の浸潤が少ないヒトの骨粗鬆症治療・予防薬」という新たな用途への使用に適することを見出したことに基づく用途発明である。
「タモキシフェンより子宮癌のリスクの低い」あるいは「ラットにおいてタモキシフェンより子宮の上皮の高さの増大が少ないか,ま たは,子宮の間質層への好酸球の浸潤が少ない」という相違点2及び4を構成する限定は,新規な用途の一部であり,実質的な相違点である。
また,本件優先日当時,抗エストロゲン薬の一種である点でケオキシフェン(ラロキシフェン)と共通するタモキシフェンには,子宮癌のリスクがあるとの技術常識があった(甲27ないし31)。そして,甲1には,子宮湿重量に対する影響がケオキシフェンとタモキシフェンとで同じであることのみが開示され,ケオキシフェンがタモキシフェンと異なり子宮癌のリスクが低いことについて記載も示唆もない。
しかも,子宮の上皮の高さ及び子宮の間質層への好酸球の浸潤は,子宮に対するエストロゲン性の徴候を示すパラメータであり,子宮癌の発生率増加に関連していることが示唆されている(甲23)。そうすると,甲1に接した当業者は,ケオキシフェン(ラロキシフェン) タモキシフェンと同じ抗エストロゲン薬の一種であり, が,子宮湿重量に対しタモキシフェンと同じ影響を与えたにもかかわらず,タモキシフェンとは異なり,子宮癌に関する徴候を増大させず,子宮癌のリスクが少ないことを予測することは困難であり,相違点2及び4を容易に想到することはできない。
被告が引用する文献(甲3,4,6,7,乙43,44)には,ラロキシフェンがタモキシフェンよりも子宮においてエストロゲン様作用が弱いということは記載されておらず,本件優先日当時,ラロキシフェンがタモキシフェンに比べて,子宮においてエストロゲン様作用が弱いということは知られていなかったし,抗エストロゲン薬の子宮重量増加作用とその抗エストロゲン薬の有する子宮癌のリスクとの関係も不明である。
さらに,抗エストロゲン薬の一種であるラロキシフェンが,骨に対してはエストロゲン作用を示し,骨密度の低下を阻害するものの,子宮に対しては最低限のエストロゲン作用しか有さず,従来の治療法に比べて子宮癌のリスクが低減されるということは,前記のとおり,甲1に接した当業者がケオキシフェンは子宮においてタモキシフェンと同等のエストロゲン様作用を発揮すると理解するということに加え,甲32(審判乙16)の「我々は生殖器官に対してエストロゲン作用を示さない抗 エストロゲン剤は,骨についてもエストロゲン作用を示さないであろうと考える。
抗子宮効果を生ずる用量を用いた際に,異なる抗エストロゲン剤が骨質量および子宮重量に対して同様の効果を示した。これは,両方のパラメータが相関していることを明確に示している。 との記載に照らしても, 」 甲1からの予測を超えた有利な効果であり,この点からも進歩性が肯定される。
本件訂正発明3ないし6についても,相違点2又は4を相違点としているから,審決の判断は同様に誤りである。
被告の反論
1 取消事由1に対し 甲1には, 「対照的に,タモキシフェンもケオキシフェンも共に卵巣切除によって生じる灰密度の低下を有意に遅らせ(p<0.05) との記載があり, 」 ケオキシフェン(ラロキシフェン)が卵巣切除ラットにおける灰密度(単位体積当たりの灰重量)の低下を有意に遅らせる効果を有することが明確に開示されているから,これを否定する取消事由1は失当である。
引用発明の認定は当業者を基準として行う必要があるところ,当業者が,甲1の図から読み取った不正確な数値に基づいて,正確な数値に基づいて計算されているはずの本文中の上記記載を否定するという不合理な行為を行うはずがない。
多重比較法のような統計学の専門的知識は,本件優先日当時の当業者の技術常識ではなかった。また,甲1では,ケオキシフェン投与群の灰密度が卵巣切除対照群の灰密度より高いか否かという単一の命題だけを検定しているから,多重比較法を用いることは不適切であり,多群の実験においてt検定を用いている文献も,多数存在する(甲6,乙18,19,23,26,27)。そして,甲1のt検定は,片側検定を用いていると考えるべきであり,両側検定による原告の再検定は妥当でない。
甲32(審判乙16)は,甲1のような高齢ラットを使用しておらず,実験期間 もわずか56日間であり,これにより甲1の結果が否定される関係にない。
そもそも,当業者が実験結果を把握する上で,統計的有意性は必須の要件ではなく,原告の主張を前提としても,当業者は,ケオキシフェンが卵巣切除による灰密度の低下を遅延する傾向がみられたとの開示内容から,審決記載の論理付けにより本件訂正発明を容易に想到できるから,原告主張の引用発明の認定の誤りは,審決を取り消すべき理由に当たらない。
2 取消事由2に対し 卵巣切除された高齢の経産雌ラットが閉経後骨粗鬆症の動物モデルであることは,当業者の技術常識である(甲18,乙17ないし21)。また,骨粗鬆症の指標として大腿骨全体の灰密度を使用することも,当業者の技術常識である(乙17,18,22,23,25ないし27)。
したがって,甲1において,ケオキシフェン投与群が卵巣切除ラット対照群と比較して高い灰密度を示したことは,骨粗鬆症におけるケオキシフェン(ラロキシフェン)の有効性を示すものであり,よって,引用発明に基づいて,ケオキシフェン(ラロキシフェン)をヒトの骨粗鬆症の治療又は予防のために適用することは,当業者が容易になし得ることであるから,これと同様の判断をした審決に誤りはない。
(1) 甲1実験系の動物モデルが不適切であることに対し 原告は,甲1が9月齢の退役した経産雌ラットを用いていることを問題とするが,前記のとおり,卵巣切除された高齢の退役した経産雌ラットが閉経後骨粗鬆症の動物モデルとして適切である。
退役した経産ラットを使用する場合に,実験開始まで一定期間待つ必要があるという技術常識は存在しない(乙18ないし21)。また,卵巣切除により骨粗鬆症が生じることは,偽手術をした同齢のラットとの比較によって確認されることであり,ベースラインとの比較を行う必要があるという技術常識は存在しないし(乙17,18,22,25ないし27),ベースラインとの比較の必要性が指摘されているの は成長中のラットを用いる場合であって,甲1のような高齢ラットを用いる場合ではない上,ベースラインと比較すべきは骨密度であるところ,甲1の卵巣切除対照群の骨密度(灰密度)はベースラインに比べて低下している。
原告は,甲1でエストロゲン投与群が卵巣切除対照群と比較して灰密度の低下を有意に遅延しなかったことを問題とするが,骨粗鬆症に対するケオキシフェン(ラロキシフェン)の効果は,ケオキシフェン投与群と卵巣切除対照群との間の灰密度の相違によって判断されるのであって,エストロゲン投与群の結果は無関係である。
また,甲1では,エストロゲンはケオキシフェンとは異なり意図的に低用量が用いられており,エストロゲンの灰密度の低下抑制効果が小さくても不思議ではないし,統計的に有意ではなくても,エストロゲンが卵巣切除によって生じる灰密度の低下を遅くしたという結果は明記されている。
(2) 甲1実験系の測定部位や測定方法が不適切であることに対し 原告は,甲1が皮質骨を含む大腿骨全体の灰密度を測定していることを問題とするが,高齢ラットにおいては,皮質骨内のリモデリングが広く見られること(乙31),卵巣切除によって皮質骨が薄くなる(菲薄化する)こと(乙18ないし20,22,26)が周知であり,皮質骨が卵巣切除によって骨粗鬆化しないものではない。また,仮に皮質骨が卵巣切除によって骨粗鬆化しないと仮定しても,審決が正しく説示するとおり,皮質骨のほかに骨粗鬆化する海綿骨を含む大腿骨全体を測定することによって骨粗鬆症の変化を捉えることは可能であり,前記のとおり,骨粗鬆症の動物モデルにおいて大腿骨全体の灰重量や灰密度を測定している例が多数存在する。さらに,甲1の表1によれば,正常ラットと卵巣切除ラットの灰密度の相違(0.703g/c?:0.618g/c?=100:87.9)のほとんど全ては,総灰重量の相違(0.404g:0.349g=100:86.4)によって生じており,正常ラットと卵巣切除ラットとの間で大腿骨容積に差はないから,ケオキシフェン投与群についても,卵巣切除ラットとの灰密度の相違の原因が大腿骨容積の相違にあると考えるべき理由はない。
甲1のアルキメデス法による測定手順に問題はないし,甲81は,アルキメデスの原理の再現性を否定するものではない上,全骨を使用する場合には脂肪を除去しないことを勧めている。また,マイクロデンシトメトリーにおける骨密度(photo-density)は,骨の幅にわたるX線吸収の強さの平均値を意味しており,単位体積当たりの骨量としての骨密度(灰密度)とは別個の量であるし,X線吸収量により骨ミネラル量を推定するもので,そもそも骨ミネラル量を正確に反映するものではなく,実際に骨の体積と灰の重量を測定すること以上に,正確な単位体積当たりの骨ミネラル量の測定法は,存在し得ない。
3 取消事由3に対し ラロキシフェンの生物学的利用可能性(バイオアベイラビリティ)は,次のとおり,医薬品としての開発の支障になるものではない。
すなわち,グルクロン酸抱合はありふれた薬物代謝の1つであり,グルクロン酸抱合体は簡単に加水分解されるため,腸肝循環によって薬剤が体内にとどまりやすいことが知られているから(甲62,乙33,33の2,乙34),ケオキシフェンがグルクロン酸抱合を受けるという事実は,医薬品としての開発の支障になるものではない。
薬物代謝における種間の相違は複雑であり,薬物代謝の面ではサルとヒトでははるかに異なっていることが知られているから,サルにおけるバイオアベイラビリティの数値からヒトにおけるバイオアベイラビリティを予想することはできない。また,骨粗鬆症などに対する治療薬として用いられるビスフォスフォネート類の化合物のバイオアベイラビリティは,クロドロネートが1%〜2%,パミドロネートが0.3%という低さであるが(乙38,39),医薬品として開発され,実際に日々の治療に使用されており,サルにおける5%というバイオアベイラビリティがヒトにおいても予想されると仮定しても,医薬品としての開発の支障になるものではない。現にラロキシフェン塩酸塩のサルにおけるバイオアベイラビリティが5%であ ることが1982年5月に確認されたが,原告は,同年9月にラロキシフェンについてフェーズT試験と呼ばれるヒトを対象とする薬物動態試験を開始している(甲83の2及び4)。そもそも,ラロキシフェンの第T相試験において,医薬品としての開発の支障となるようなバイオアベイラビリティの問題が本当に存在したのであれば,ラロキシフェンの第U相試験(甲4)が行われることはない。
乳癌の治療薬としての開発断念の理由は,乳癌に対する抗腫瘍活性が示されなかったことであり(甲4の2),ケオキシフェン(ラロキシフェン)の骨粗鬆症に対する有効性が甲1によって示された以上,当業者は,その乳癌治療薬としての有効性の如何にかかわらず,ラロキシフェンをヒトの骨粗鬆症のための医薬製剤とすることを容易に想到できる。
ラロキシフェンの薬物動態は特別なものではないから,生物学的利用可能性が低 「いとしても,効果が見込めるのであれば,投与量を調整する,誘導体化する,DDSを工夫するなど,様々な対応を取ることができる」という審決の一般論は,ラロキシフェンにも妥当する。
4 取消事由4に対し 相違点2及び4に係る構成は,引用発明も備えている性質を記載したものであるから,実質的な相違点ではない。現に本件訂正は,明瞭でない記載釈明として許容されている。本件訂正発明の用途は,請求項において特定されているとおり, 「ヒトの骨粗鬆症の治療または予防用」であり,相違点2及び4に係る構成が新規な用途の一部である旨の原告の主張は,請求項の記載に基づかないものである。
また,本件訂正発明は,ラロキシフェンの「タモキシフェンより子宮癌のリスクが低い」という属性に基づいて新たな用途への適用を行っているわけではないから,「タモキシフェンより子宮癌のリスクが低い」という引用発明が備えている性質を,本件訂正発明の顕著な作用効果として参酌することはできない。
さらに,タモキシフェンのような抗エストロゲン薬は,エストロゲンがエストロ ゲン受容体に結合するのを競合的に阻害して,エストロゲンの効果を阻害するが,同時に,それ自身が固有のエストロゲン作用も有しているため,エストロゲンよりは弱いものの,エストロゲンに似た作用(エストロゲン様作用)を発揮し,これが子宮癌のリスクの原因となることが,当業者に周知である(甲27ないし29,31)。
そして,子宮湿重量によって抗エストロゲン薬のエストロゲン様作用を評価すること,ケオキシフェン(ラロキシフェン)はタモキシフェンよりエストロゲン様作用が弱いことは,当業者の技術常識である上(甲3,4,6ないし8,甲84(乙61),乙43,44,63,64,65),甲1にも「エストロゲン受容体に高親和性を有するがタモキシフェンよりも弱いエストロゲン作用を示す抗エストロゲン薬である,ケオキシフェン」と記載され,図2にも卵巣切除ラットにおいてタモキシフェンよりもケオキシフェン(ラロキシフェン)の方が子宮湿重量の増加が小さいことが示されており,また,子宮上皮細胞においてもラロキシフェンのエストロゲン様作用がタモキシフェンより弱いことが確認されていたから(甲3,乙63),当業者は,ラロキシフェンがタモキシフェンよりも子宮癌のリスクが低いという相違点2を容易に想到できる。さらに,エストロゲンが子宮内膜の上皮細胞を増殖させる作用を有することは周知であるから(乙42),当業者は,ケオキシフェン(ラロキシフェン)のエストロゲン様作用がタモキシフェンより弱いという技術常識に基づき,相違点4のうち「タモキシフェンより子宮の上皮の高さの増大が少ない」という構成を容易に想到できるし,このことは既に甲3にも開示されている。しかも,相違点4の2つの構成は選択的であるからいずれか一方の容易想到性があれば足りるが,間質層への好酸球の浸潤も子宮に対するエストロゲン性の徴候を示すパラメータであるから,当業者は,ケオキシフェン(ラロキシフェン)のエストロゲン様作用がタモキシフェンより弱いという技術常識に基づき,相違点4のうち「子宮の間質層への好酸球の浸潤が少ない」という構成も容易に想到できる。
原告主張の本件訂正発明の効果は,引用発明も有しているものであるから,進歩 性を肯定する事情として参酌される,いわゆる顕著な効果には該当し得ない。また,審決が正しく説示するとおり,甲1の記載から当業者が予測し得るものである。ラロキシフェンが標的部位特異性を有することは甲1に明記されており,実験条件が異なる甲32は甲1の実験結果を否定する根拠となり得ない。さらに,本件訂正発明2は,ヒトの骨粗鬆症の治療・予防用医薬製剤に係るものであるから,その効果もヒトにおけるものでなければ無意味であり,ラットに投与した際に,タモキシフェンは子宮上皮の高さと子宮間質への好酸球浸潤を増加させるのに対し,ラロキシフェンはそれらには何ら影響を与えないということは,本件訂正発明2の効果とはいえない。
当裁判所の判断
1 本件訂正発明について (1) 本件明細書(甲52)には,以下の記載がある。
ア 技術分野,背景技術,課題【0001】本発明は,2-フェニル-3-アロイルベンゾチオフェン類が骨の喪失の防止に有用であるという発見に関するものである。骨の喪失の機序はよくわかっていないが,実際の影響において,この異常は,新しい健康な骨の形成と古い骨の再吸収との不均衡から起こり,正味の骨組織の喪失へと歪曲する。この骨喪失は骨におけるミネラル含量および蛋白マトリックス成分の両者の低下を含み,骨折率の増加,主として大腿骨および前腕の骨および椎骨の骨折率の増加につながる。これらの骨折は,続いて一般的罹患率の増加,身長および可動性の著明な低下,ならびに多くの場合,合併症を原因とする死亡率の増加へとつながる。
【0002】骨喪失は,更年期後の女性,子宮切除術を受けた患者,コルチコステロイドの長期投与を受けている,または受けてきた患者,クッシング症候群に罹患している患者,および生殖線発育不全の患者を含む,広範囲の対象において起こる。抑制されていない骨喪失は,その著明な特徴が,多孔性および脆弱性を産む骨容積の低下を伴わない骨質量の低下(密度の低下および骨間隙の拡大)である,主要な衰弱性疾患,骨粗鬆症へとつながり得る。
【0003】最も普通の型の骨粗鬆症の一つは,更年期後の女性に見いだされ,米国のみで推定2000万ないし2500万人の女性が罹患している。更年期後骨粗鬆症の著明な特徴は,卵巣によるエストロゲン産生の停止を原因とする,大量の且つ迅速な骨質量の喪失である。事実,データは,エストロゲンが骨粗鬆症の骨喪失の進行を制限する能力を明白に支持しており,そしてエストロゲンの補充が米国および他の多くの国における更年期後骨粗鬆症の認められた処置法である。しかしながら,エストロゲンは極めて低レベルで投与されても骨に好都合な効果を有するものの,長期間のエストロゲン療法は,子宮癌および乳癌の危険率の増大を含む様々な疾病に関わっており,これが多くの女性にこの治療を回避させる。プロゲステロンおよびエストロゲンの組合せの投与といったような,癌の危険率を低下させることを目指す,近年示唆された治療法は,大抵の老齢女性にとって受け入れられない通例の投与停止による出血を患者に経験させる。エストロゲン療法に伴う重要な望ましくない影響に対する懸念,そして既存の骨喪失を覆すエストロゲンの能力が限定されている事は,骨に望ましい効果を産み,それでいて望ましくない効果をもたらさない,骨喪失のための代替療法の開発の必要性を支持するものである。
【0004】エストロゲンレセプターと相互作用をする,一般に抗エストロゲン剤として知られる化合物の使用によりこの必要性を満たそうとする試みは,あまり成功しなかったが,これは恐らくこれらの化合物が一般にアゴニスト/アンタゴニストの混合作用を表わすという事実によるものであろう。即ち,これらの化合物はエストロゲンのレセプターとの相互作用に拮抗することができるが,これらの化合物自身,エストロゲンレセプターを有する組織においてエストロゲンの応答を惹起し得る。故に,幾つかの抗エストロゲン剤は,エストロゲン療法に付随するのと同じ望ましくない作用を起こし易い。
イ 課題を解決するための手段,効果【0005】本発明は,エストロゲン療法に伴う望ましくない作用なくして骨喪失を阻害する方法を提供し,よって骨粗鬆症の有効な且つ容認し得る処置としての役割を有する。
【0006】本発明に係る方法および製剤中の活性成分である2-フェニル-3-アロイルベ ンゾチオフェン化合物は,C.デイビッド・ジョーンズおよびテュリオ・スアレッツにより受精率低下剤として最初に開発された[米国特許第4133814号(1979年1月9日登録)を参照されたい]。この群の或る化合物は乳房の腫瘍の成長の抑制に有用であることが判明した。
【0007】後にジョーンズは,一群の関連化合物が抗エストロゲンおよび抗アンドロゲン療法,特に乳房および前立腺腫瘍の処置に有用であることを見いだした[米国特許4418068号(1983年11月29日登録)を参照されたい]。これらの化合物の一つである式I[式中,nは0であり,RおよびR1 はヒドロキシルであり,そしてR2 はピペリジノ環である]の化合物は,乳癌の処置について短期間の臨床試験がなされた。この化合物はラロキシフェンと呼ばれ,かつてはケオキシフェンと呼ばれた。治療のために投与される場合,ラロキシフェンは好ましくは塩の形,最も好ましくは塩酸塩である。
【0008】発明の要約本発明は,式I:【化2】[式中,nは0,1または2であり;RおよびR 1は独立して水素,ヒドロキシ,C 1-C6-アルコキシ,C1-C6-アシルオキシ,C 1-C6-アルコキシ-C 2-C6-アシルオキシ,R3-置換アリールオキシ, 3-置換アロイルオキシ, 4-置換カルボニルオキシ, R R クロロ,またはブロモであり;R2は,ピロリジノ,ピベリジノ,またはヘキサメチレンイミノより成る群から選ばれるヘテロ環であり;R3は, 1-C3-アルキル, 1-C3-アルコキシ, C C 水素,またはハロゲンであり;そして,R4は,C1-C6-アルコキシまたはアリールオキシである] で示される化合物またはその薬学上許容し得る塩の有効量を,処置を必要とする人間に投与することからなる,骨喪失の処置のための新規な方法を提供するものである。
【0009】さらに本発明は,骨密度を増大または保持する量の式I[式中,R,R 1,R2,およびnは上記定義の通りである]の化合物を,薬学上許容し得る担体と共に含む,骨粗鬆症の治療または予防用医薬製剤を提供するものである。本発明は,式Iで示される一群の2-フェニル-3-アロイルベンゾチオフェン類(ベンゾチオフェン類)が骨粗鬆症の処置に有用であるとの発見に関するものである。式Iのベンゾチオフェン類は,自然の,外科的な,または他のプロセスによる月経停止の後に女性に起こるような内因性エストロゲンの欠乏を原因とする骨喪失を阻害する。より稀に男性において起こる骨密度および質量の低下もまたホルモン調節の喪失と結びついており,故にこれもまた本発明方法による治療の標的である。
【0010】式Iのベンゾチオフェン類は,一次性標的組織における通常のエストロゲンレセプターに対して高い親和性を表わす一連の非ステロイド化合物である。しかしながらこれらはそれらの組織において最小限のエストロゲン応答を導き出し,事実エストラジオールのような天然のエストロゲンの強力なアンタゴニストとして働く。式Iのベンゾチオフェン類は,正常なまたはエストロゲン処理された動物に与えられた場合に骨密度を有意に低下させることなく一次性標的組織における古典的エストロゲン応答に拮抗することができ,且つこれらはエストロゲンの不足している動物において骨喪失を防止する。この相反性は,更年期症候群の処置に極めて望ましいと思われる,特異的標的細胞に対する選択的アゴニスト/アンタゴニスト作用を示唆している。したがって,この発見の真の恩恵は,式Iのベンゾチオフェン類が骨喪失を阻害し,それでいて一次性標的組織における有意なエストロゲン応答を導かないという事である。よって本発明は,骨喪失を阻害するが一次性標的組織に有意な影響を及ぼさない式Iの化合物の量を,処置を必要とする人間に投与することからなる,骨喪失の阻害方法を提供する。
この特徴の組合せにより,通常のエストロゲン補充療法の望ましくない作用を進展させるおそれの少ない,慢性疾患の長期的処置が可能となる。
【0011】式Iのベンゾチオフェン類の生物学的作用は複雑であり,検出し得る血中の親化合物の存在とは無関係であるかも知れない。本発明に係る好ましいベンゾチオフェン,ラロキ シフェン(塩酸塩として投与)を病院の患者に経口投与した後,親化合物はこれらの対象の血清中に検出されなかった。経口投与の後,本化合物は大量に複合体化してグルクロニド型とされ,血流から速やかに排除されることがわかった。人間の被投与者において生物学的な終点は測定されなかったが,この化合物は生物学的に利用可能でないという懸念があった。
【0012】実験動物における生物学的利用性の問題と取り組む実験に着手し,生物活性を評価した。動物による研究は,動物の血漿中で大量に複合体化する条件の下でさえ,ラロキシフェンが,トリチウム化エストラジオールの子宮内取り込みおよびエストラジオールに対する正常な向子宮応答の両者の阻害において最大限に活性であることを示した。さらに,ラロキシフェンで処置された人間の対象の尿から単離された複合体は,ラットに静脈内投与される時有意な抗エストロゲン/抗向子宮活性を示し,トリチウム化エストラジオールとラットの子宮エストロゲンレセプターとの相互作用を親化合物と類似の方法で阻害した。これらの研究は,複合体化した化合物が,恐らくはβ-グルクロニダーゼの作用により,作用部位において親の形に変換され得るということを示唆した。このような変換は該化合物の活性に寄与し得る。β-グルクロニダーゼはかなり遍在しており,骨の再構築の再吸収過程において活性であると考えられており,そして,恐らく,活性が必要ならば複合体化した化合物を親の形に変換するために利用することができる。したがって,式Iのベンゾチオフェン類の複合体形成は,骨喪失の阻害剤としてのそれらの生物学的利用可能性にとって必ずしも不利益であるとは考えられない。
【0013】よって,本発明により提供される処置の方法は,骨喪失の阻害を必要とする人間に,骨喪失の阻害に有効な用量の式Iの化合物またはその薬学上許容し得る塩を投与することによって実施される。この方法の特別な利点は,有害であるかも知れないそして受け入れ難いエストロゲンの副作用が回避されることである。本方法により企図される骨喪失の阻害は,必要に応じて,医学的治療および/または予防処置の両者を包含する。
【0022】・・・本発明の最も好ましい態様は,ラロキシフェンの使用,特に塩酸塩として投与された場合のラロキシフェンの使用を含む。
実施例 【0064】実施例1方法を例示する実施例において,大腿骨密度に及ぼす異なった処置の効果を決定する,更年期後の骨粗鬆症のモデルを使用した。
【0065】75日齢の雌スプラーグ・ドーレイラット(体重225ないし275g)をチャールズ・リバー・ラボラトリーズ(ポーティッジ,MI)から入手した。これらを3群に分けて収容し・・・た。
【0066】到着の1週間後に,ラットに麻酔下で・・・両側の卵巣除去術を施した。媒質,エストロゲン,または式Iの化合物による処置を,外科的処置の日に麻酔からの回復後に開始した。経口の投与は,1%カルボキシメチルセルロース(CMC)0.5ml中の胃管栄養法によった。外科処置の時点およびその後1週間毎に体重を測定し,用量を体重の変化に応じて調節した。媒質またはエストロゲン処置した卵巣除去(ovex)ラットおよび非卵巣除去(無傷の)ラットを各実験群と平行して評価し,負および正の対照に使用した。
【0067】ラットは35日間毎日処置し(1処置群につき6匹のラット),36日目に断頭により屠殺した。35日間という期間は,本明細書中の記載により測定されるように,最大の骨密度の低下がもたらされるのに充分であった。屠殺の時点で子宮を取り除き,付着した組織が無いよう吟味し,流体内容物を排出した後,完全な卵巣除去に伴うエストロゲンの欠乏を確認するため,湿重量を測定した。子宮の重量は,卵巣除去に応答して通常約75%低下した。
次いでこの子宮を,次の組織学的分析に供するため10%中性緩衝化ホルマリン中に入れた。
【0068】右大腿骨を切除し,膝蓋骨溝から1mmの遠位骨幹端において,光子吸光測定法によりスキャニングした。デンシトメーター測定の結果は,骨ミネラル含量および骨幅の関数として骨密度の計算結果を表わす。
【0069】骨密度に及ぼすラロキシフェンの影響5つの別個の実験からの対照処置の結果を第2表にまとめる。要約すると,ラットの卵巣除去は,無傷の媒質処置対照に比べ約25%の大腿骨密度の低下をもたらした。経口で活性な形のエチニルエストラジオール(EE 2)で投与されたエストロゲンは,この骨喪失を用量に依存して防止したが,これはまた子宮に対し刺激的作用を発揮し,その結果100μg/kgが投与される時,子宮重量は無傷のラットの子宮 重量に接近した。結果を,30匹のラットからの測定の平均値±平均値の標準誤差として報告する。
【0070】これらの研究において,塩酸塩として投与されたラロキシフェンもまた用量に依存して骨喪失を防止したが,これらの動物においては卵巣除去対照に比べ最小限の子宮重量の増加があっただけであった。ラロキシフェンを用いた5回の検定の結果を第3表にまとめる。
これにしたがって各々の点に30匹のラットの応答を反映させ,このモデルにおけるラロキシフェンの典型的な用量反応曲線を描く。結果は,平均値±平均値の標準誤差として報告する。
【0071】【表3】【0072】【表4】 【0075】実施例3ラロキシフェンが骨喪失を阻害する能力をタモキシフェン(シグマ,セントルイス,MO)のそれと比較した。現在或る種の癌の処置に使用されている周知の抗エストロゲン薬であるタモキシフェンは,骨喪失を阻害することが示されている[・・・]。比較的狭い用量範囲のラロキシフェンおよびタモキシフェンを,前記実施例に記載のように卵巣除去ラットに経口投与した。これら薬物のいずれも,大腿骨密度の低下を防止する能力を表わしつつ,子宮重量の増加により確定される中等度の向子宮活性を引き起こすのみであるが,幾つかの組織学的パラメータの比較は,これらの薬物で処理されたラットの間の著明な相違を立証した(第6表)。
【0076】上皮の高さの増大は治療物質のエストロゲン性の徴候であり,且つ子宮癌の発生率の増加と関連し得る。実施例1に記載のようにラロキシフェンを投与した場合,一つの用量のみにおいて,卵巣除去対照を上回る統計学的に測定可能な上皮の高さの増大があった。この事は,タモキシフェンおよびエストロゲンに関して観察された結果と対照的であった。与えられた全ての用量において,タモキシフェンは,上皮の高さを無傷のラットの増大に等しく,ラロキシフェンで観察された応答の約6倍増大させた。エストラジオール処置は,上皮の高さを無傷のラットより厚く増大させた。
【0077】エストロゲン性は,さらに,子宮の間質層への好酸球の浸潤という副作用を評価することによっても査定した(第6表)。ラロキシフェンは,卵巣除去ラットの間質層に観察される好酸球の数を何等増大させず,一方タモキシフェンは,その応答において有意な増大を惹起した。エストラジオールは予想通り,好酸球の浸潤に著名な増大を惹起した。
【0078】間質および子宮筋層の厚さに及ぼすラロキシフェンおよびタモキシフェンの影響には,殆どまたは全く相違が検出できなかった。どちらの物質もこれらの測定において,エストロゲンの効果よりずっと小さな増大を惹起した。
【0079】4つの全パラメータを編集したエストロゲン性の合計得点は,ラロキシフェンの エストロゲン性がタモキシフェンより有意に低いことを示した。
【0080】【表6】【0081】【表7】【0084】実施例5 骨粗鬆症の結果としての骨折率は骨のミネラル密度に逆相関する。しかしながら,骨密度の変化は徐々に起こり,何ヵ月または何年もの間の測定のみが意味をなす。しかしながら,ラロキシフェンのような式Iの化合物が骨のミネラル密度および骨喪失に対し陽性の効果を有することは,骨格の代謝における変化を反映する種々の速やかに応答する生化学的パラメータを測 定することによって立証可能である。この目的のために,ラロキシフェン(塩酸塩として投与)のこの試験研究においては,少なくとも160人の患者を登録し,無作為に4つの処置群:エストロゲン,ラロキシフェンの二つの異なった用量,およびプラセボ,とする。患者は8週間の間毎日処置する。
【0085】処置の前,最中,および終わりに,血液および尿を集める。さらに,子宮上皮の評価をこの研究の始めおよび終わりに行なう。エストロゲン投与およびプラセボは,各々正および負の対照としての役割を有する。
【0086】患者は,45-60歳の健康な更年期後の(外科的または自然の)女性であって,通常,骨粗鬆症の処置においてエストロゲン置換の候補者であると考えられる患者である。これは,過去6ヶ月以上6年間未満に最後の月経期間を経験している,無傷の子宮を有する女性を含む。
【0088】エストロゲン処置群の患者は0.625mg/日,そして二つのラロキシフェン群は200および600mg/日の用量を,全ての群に経口用カプセル剤で投与する。炭酸カルシウム648mgの錠剤をカルシウム補給として使用し,試験期間の間毎朝全ての患者に2錠投与する。
【0089】この試験は二重盲検構想である。試験者および患者は患者の割り当てられている処置群を知らない。
【0090】各患者の基準となる検査は,尿中カルシウム,クレアチニン,ヒドロキシプロリン,およびピリジノリン架橋の定量的測定を含む。血液試料は,オステオカルシン,骨特異的アルカリホスファターゼ,ラロキシフェン,およびラロキシフェン代謝物の血清レベルを測定する。基準測定はさらに,子宮生検を含む子宮の検査を含む。
【0091】調査している医師を次に訪れる間に,処置に応答する上記パラメータの測定値を報告する。骨再吸収に関連する上に列記した生化学的指標は,処置されなかった人に比べエストロゲンの投与によりすべて阻害されることが示された。ラロキシフェンもまた,エストロゲンの欠乏している人において該指標を阻害すると予想され,これは,ラロキシフェンがこの処置の開始時点から骨喪失の阻害に有効であることを示唆するものである。
【0092】引続き長期間の調査により,光子吸光測定の使用による骨密度の直接測定,および治療に関連する骨折率の測定を組み入れることができる。
(2) 前記(1)の記載によれば,本件訂正発明の特徴について,次のとおり認めることができる。
ア 本件訂正発明は,2-フェニル-3-アロイルベンゾチオフェン類が骨の喪失の防止に有用であるという発見に関するものである(【0001】)。
更年期後骨粗鬆症の顕著な特徴は,卵巣によるエストロゲン産生の停止を原因とする,大量かつ迅速な骨質量の喪失であり,それを治療するためにエストロゲンを補充する処置が行われている。しかし,長期間のエストロゲン療法は,極めて低レベルで投与されても,骨には好都合な効果を有するものの,子宮癌及び乳癌の危険率を増大させるなど,様々な疾病に関わっており,これが多くの女性にこの治療を回避させる(【0003】)。エストロゲン療法の代替療法として,エストロゲンレセプターと相互作用をする抗エストロゲン剤として知られる化合物を用いる試みは,当該化合物がアゴニスト/アンタゴニストの混合作用を表すために余り成功しておらず,いくつかの抗エストロゲン剤は,エストロゲン療法に付随するのと同じ望ましくない作用を起こしやすい(【0004】)。
そこで,本件訂正発明は,エストロゲン療法に伴う望ましくない作用を生じさせずに骨喪失を阻害する方法を提供し,これにより骨粗鬆症の有効かつ容認し得る処置を提供することを課題とし(【0005】),その課題を解決するための手段として,抗エストロゲン療法に有用な化合物の1つであるラロキシフェン(ケオキシフェン)又はその薬学上許容し得る塩を活性成分として含む,骨粗鬆症の治療又は予防用医薬製剤という構成を備えたものである(特許請求の範囲,【0006】ないし【0009】)。
ラロキシフェンは,骨喪失を阻害し,それでいて一次性標的組織における有意なエストロゲン応答を導かないことから,本件訂正発明は,エストロゲン補充療法の 望ましくない作用を進展させるおそれが少なく,慢性疾患の長期的処置が可能となる(【0010】)。
実施例3において,75日齢の雌ラットを入手してから1週間後に卵巣除去術を施し,ラロキシフェン又はタモキシフェンを35日間毎日経口投与し,36日目に屠殺し,右大腿骨の骨密度(デンシトメーター測定),子宮重量,上皮の高さ,間質の好酸球,子宮筋層の厚さ,間質の伸展を測定した。ラロキシフェン及びタモキシフェンは,いずれも,大腿骨密度の低下を防止する能力を表しつつ,子宮重量の増加により確定される中等度の向子宮活性を引き起こすのみであり,また,間質及び子宮筋層の厚さに及ぼす影響は,エストロゲンの効果より極めて小さな増大を惹起した(【0075】ないし【0081】)。
エストロゲン性の徴候であり,子宮癌の発生率の増加と関連し得る上皮の高さについては,タモキシフェンは,ラロキシフェンで観察された応答の約6倍増大させた。また,エストロゲン性を子宮の間質層への好酸球の浸潤という副作用を評価することによっても査定したところ,ラロキシフェンは,卵巣除去ラットの間質層に観察される好酸球の数を何ら増大させず,一方タモキシフェンは,その応答において有意な増大を惹起した(【0076】,【0077】)。
上皮の高さ,間質の好酸球,子宮筋層の厚さ,間質の伸展という4つの全パラメータを編集したエストロゲン性の合計得点は,ラロキシフェンのエストロゲン性がタモキシフェンより有意に低いことを示した(【0079】)。
実施例5において,45〜60歳の健康な更年期後の女性の患者160人以上を登録し,エストロゲン処置群(0.625mg/日),2つのラロキシフェン処置群(200及び600mg/日),プラセボ群に分け,それぞれ8週間毎日,経口用カプセル剤で投与する。処置の前,最中,及び終わりに,血液及び尿を集め,さらに,子宮上皮の評価をこの研究の始め及び終わりに行う。
エストロゲン投与により,尿中カルシウム等の骨再吸収に関連する生化学的指標は,処置されなかった人に比べ阻害されることが示された。ラロキシフェンもまた, エストロゲンの欠乏している人において該指標を阻害すると予想され,これは,ラロキシフェンがこの処置の開始時点から骨喪失の阻害に有効であることを示唆するものである(【0084】ないし【0092】)。
2 取消事由1(引用発明の認定の誤り)について (1) 甲1の記載内容 甲1(Breast Cancer Research and Treatment,Vol.10,PP31-35,1987)には,以下の記載がある(下線は,とりわけ重要と考えられる記載を示す。。
) ア 表題 卵巣切除雌ラットおよび無傷の雌ラットにおける抗エストロゲン薬の骨への作用 イ 要旨 無傷の雌ラットおよび卵巣切除雌ラットの骨密度に対する抗エストロゲン薬であるタモキシフェンおよびケオキシフェンの作用について,4 ヵ月の処置の後に検討を行った。抗エストロゲン薬では,無傷のラットの骨密度の減少を引き起こさなかったが,子宮湿重量は減少した。
卵巣切除により,体重の増加(25%)と大腿骨密度の有意な減少(P く 0.01)が生じた。抗エストロゲン薬は,卵巣切除ラットの骨密度の更なる低下を起こさず,むしろ骨密度の維持に役立った。エストロゲン(1 日 25μg の経口エストラジオール安息香酸エステル)と同様に抗エストロゲン薬は,無傷のラットで観測された範囲において骨密度の維持に役立ったが,子宮重量に対するエストロゲン刺激を阻害した。こうした抗エストロゲン薬の対照的な薬理作用は,タモキシフェンが骨粗鬆症の進行を遅延させることが可能かどうかを検討するために,乳癌に対し長期アジュバント・タモキシフェン療法を受けている患者を評価すべきであることを示唆している。
ウ 序文 非ステロイド系抗エストロゲン薬であるタモキシフェンは,乳癌の治療に広く使用されてい る[1]。・・・ 長期間にわたるタモキシフェン療法は,重大な毒性学的問題を提起する。エストロゲンは骨密度の維持に関係している[9]。そのため,長期間にわたる抗エストロゲン療法は,早い時期に骨粗鬆症を誘発する可能性があり,従って若年女性の治療において本剤の有用性は限定されるかもしれない。もしこのことが本当であれば,唯一乳癌のリスクだけがある女性において,本剤が予防剤として使用される可能性は低い。
最近の報告では,抗エストロゲン薬であるクロミフェンが,驚くべきことに卵巣切除ラットの骨密度の低下を防止できることが明らかになった[10]。・・・ 本研究では,クロミフェンと関連している置換トリフェニルエチレンの純粋なトランス異性体であるタモキシフェン[1],およびエストロゲン受容体に高親和性を有するがタモキシフェンよりも弱いエストロゲン作用を示す抗エストロゲン薬である,ケオキシフェン[12]に,我々は着目した。これらの抗エストロゲン薬について,無傷のラットまたは卵巣切除ラットの骨密度への作用を確認するため,検討を行った。
エ 材料および方法 雌の SD 系ラットは,ウイスコンシン州オレゴンにある King Rats 社から入手した。タモキシフェン・・・は,・・・Imperial Chemical Industries PLC の製薬部門から入手した。ケオキシフェン(6-ヒドロキシ-2-(4-ヒドロキシフェニル)ベンゾ[b]チエン-3-イル-4-[2-(1-ピペリジン)エトキシフェニル]メタン塩酸塩)は,インディアナ州インディアナポリスにある Eli Lilly Laboratories から入手した。・・・ 79 匹の 9 ヵ月齢の退役した経産雌ラットを,10 の治療群に無作為に割り付けた。7 匹のラットをベースライン用の対照として用い,残りのラットには卵巣切除術または偽手術のいずれかを実施した。ラットは,タモキシフェン(100μg),ケオキシフェン(100μg),エストラジオール-3-安息香酸エステル(25μg),あるいはタモキシフェンかケオキシフェンのいずれかとエストラジオール-3-安息香酸エステルとの組み合わせで,(0.2ml のピーナッツオイルにより経口で)毎日処置を施した。これらの投与量は,既知の薬理学[1]および当研究室におけるこ れらの化合物の先行実験[1,13]に基づいて選択した。8 匹の卵巣切除ラットと 8 匹の偽手術ラットの 1 群には,溶媒のみを投与した。実験は,4 ヵ月間継続した。すべてのラットは,個別ケージで飼育し,蒸留水と 0.5%Ca および 0.3%P の実験食を自由に摂取させた[14]。
ラットは,ペントバルビタール麻酔下,放血によって殺処分した。大腿骨を収集し,直ちに凍結した;後にそれらを解凍して,軟組織を切断した。大腿骨の長さおよび中位骨幹の幅を測定した。骨は蒸留水の中に 6 時間浸し,その後,蒸留水中で重量を測定し,蒸留水から取り出した。これらの測定値の差は,グラムで表記されるが,立方センチメートル単位の骨容量に相当する。脂肪と水分は,48 時間毎の 6 度のアセトン交換により骨から除去した。骨は 50℃で24 時間乾燥させ,その乾燥重量を記録した。続いて,骨は 500℃の炉に 48 時間入れて灰にした。
そして,灰重量は,標準的な手順で測定した。統計比較は,(表示した時には)スチューデントt-検定により行った。
オ 結果 これらの 9 ヵ月齢のラットが卵巣切除された際,骨密度の有意な減少がみられた。 ヵ月後, 4大腿骨の平均乾燥重量と全灰は,無傷の対照と比較して,卵巣切除ラットでは有意に低かった(表 1)。
抗エストロゲン薬の作用を評価するために,2 種類の実験を実施した。・・・抗エストロゲン薬の経口投与により,無傷なラットの子宮重量は著しく低下したが,これは卵巣切除によってもたらされた低下ほどではなかった(図 2)。興味深いことに,抗エストロゲン薬は無傷のラットの大腿骨の灰密度には影響を及ぼさなかった(図 3)。対照的に,卵巣切除により灰密 度は大幅に低下した(P<0.001)。
・・・エストラジオール安息香酸エステルは卵巣切除ラットの子宮湿重量を二倍に増加したのに対し,タモキシフェンとケオキシフェンは子宮湿重量をわずかに増加しただけであった(図2)。エストラジオール安息香酸エステルと抗エストロゲン薬の組合せは,体重に対し相加的なエストロゲン作用をもたらすように見えた(図 4)が,どちらの抗エストロゲン薬も,エストラジオール安息香酸エステルの子宮湿重量への刺激を抑制した(図 2)。
エストラジオール安息香酸エステルは,卵巣切除によって生じる灰密度の低下を遅くしたが,これは統計的に有意ではなかった。対照的に,タモキシフェンもケオキシフェンも共に卵巣切除によって生じる灰密度の低下を有意に遅延し(P<0.05),そしてエストラジオール安息香酸エステルと抗エストロゲン薬の組合せは,少なくとも同等の効果であった。実際に,エストラジオールと抗エストロゲン薬の組合せは,抗エストロゲン薬単独を投与した無傷の各対照群と,有意差は無かった(図 3)。
カ 考察 本研究は,抗エストロゲン薬および/または卵巣切除が高齢ラットの骨密度に及ぼす影響を確認するために計画された。以前に述べられた通り[14,15],高齢ラットは卵巣切除により骨粗鬆症の変化を示したが,薬理学的に活性な経口量の抗エストロゲン薬では,無傷のラットの骨密度を変化させなかった。無傷のラットにおいて抗エストロゲン薬誘導性の子宮湿重量の低下が観測された・・・。
エストロゲンは雌ラットに生じる骨粗鬆症を回復することができる[18];我々は,卵巣切除において観測される体重増加を制御し得る低用量のエストラジオール安息香酸エステルを選択した。抗エストロゲン薬は卵巣切除ラットの骨量減少を安定化し,驚くべきことに,抗エストロゲン薬とエストラジオールの組合せでは,実質的に無傷のラットのレベルで骨密度が維持された。この結果は,エストロゲン刺激による子宮湿重量に対する完全な阻害と,同時に,体重と骨密度の両方に対する正のエストロゲン様の作用とあわせて,抗エストロゲン薬の標的部位特異性を示している。
全く異なる薬理メカニズムは知られていないが,これらの結果は,抗エストロゲン薬の臨床適用に対し重要な意味合いを持っているかもしれない。エストロゲンは,閉経後女性の骨粗鬆症の予防のために使われている。子宮内膜癌発症のリスクの増加に関する初期の懸念は[19],経口プロゲステロン薬の投与と,それに続く,月経を起こすための中止という周期的なステロイドの使用によって改善されてきた。しかしながら,将来,タモキシフェンが,この状況におけるエストロゲンの代わりとして使用されることが検討されることもあり得るかもしれない。
このことは,二重の目的に適いうる:すなわち,骨密度の低下を予防すると同時に,本薬剤が子宮内膜癌の治療に用いられているので[20]この子宮内膜癌のリスクをより一層減らすこと,そして,乳癌になるリスクを潜在的に減らすこと,である。しかしながら,これらの臨床適用が検討される前に,ステージ I の乳癌に有効な化学抑制剤としてのタモキシフェンの使用が,慎重に評価されなければならない;長期タモキシフェン療法の間にそのような患者の骨密度を長期的に測定することで,本動物実験で観測されたエストロゲン様の作用が,患者でも起こるかどうかについて確認されるだろう。
(2) 引用発明の認定 前記(1)の記載によれば,甲1について,次のとおり認めることができる。
ア 甲1は,卵巣切除雌ラット及び無傷の雌ラットにおける,抗エストロゲン薬であるタモキシフェン及びケオキシフェンの骨への作用等に関する文献である(前記(1)ア,イ)。
甲1には,9月齢の退役した経産雌ラットに卵巣切除術を実施したところ,4か月後には,骨密度の有意な減少がみられ,大腿骨の平均乾燥重量と全灰は,無傷の対照(偽手術を実施したラット)と比較して有意に低かったこと(表 1)が記載されている(前記(1)エ,オ)。
また,甲1には,卵巣切除術を実施した9月齢の退役した経産雌ラット(各群8匹)に対して,タモキシフェン(100μg),ケオキシフェン(100μg),又はエストラジオール-3-安息香酸エステル(25μg)を,それぞれ,経口で毎日処置を施す 実験を4か月間継続し,灰密度を測定した結果が図3に示され,統計比較はスチューデントt-検定により行ったこと,ケオキシフェンは,エストロゲン受容体に高親和性を有するが,タモキシフェンよりも弱いエストロゲン作用を示す抗エストロゲン薬であることが記載されている(前記(1)ウ,エ,オ)。
上記の実験の結果,エストラジオール安息香酸エステルは,卵巣切除によって生じる灰密度の低下を遅くしたが,これは統計的に有意ではなかったのに対し,タモキシフェン及びケオキシフェンは,共に卵巣切除によって生じる灰密度の低下を有意に遅延した(P<0.05)こと(図3)が記載されている(前記(1)オ)。
最後に「考察」として,@本研究は,抗エストロゲン薬及び/又は卵巣切除が高齢ラットの骨密度に及ぼす影響を確認するために計画されたものであること,A高齢ラットは卵巣切除により骨粗鬆症の変化を示したこと,B抗エストロゲン薬は卵巣切除ラットの骨量減少を安定化したことが記載されている(前記(1)カ)。
イ そうすると,甲1には,抗エストロゲン薬及び卵巣切除が高齢ラットの骨密度に及ぼす影響を確認するために計画された研究において,9月齢の退役した経産雌ラットは卵巣切除により骨粗鬆症の変化を示したこと,及び,当該卵巣切除ラットに抗エストロゲン薬であるケオキシフェン100μgを4か月間,毎日経口処置すると,卵巣切除による灰密度の低下を有意に遅延したことが記載されているといえるから,甲1には,審決が正しく認定したとおり(前記第2の3(2)),次の引用発明が記載されているものと認められる。
「 高齢の卵巣切除ラットの骨密度への作用を確認することを目的として,卵巣切除術を実施した9月齢の退役した経産雌ラットにケオキシフェン100μgを4か月間毎日経口処置した際に,卵巣切除による灰密度の低下を有意に遅らせた,抗エストロゲン薬であるケオキシフェン。」 (3) 原告の主張について ア 原告は,前記(1)オのとおり,甲1には「ケオキシフェンも・・・卵巣切除によって生じる灰密度の低下を有意に遅延し」たとの記載(以下「本件記載」と いう。)があるものの,本件優先日当時の当業者は,本件記載は,灰密度の測定結果の比較についての統計解析に明らかな誤りがあるから,技術的な裏付けを欠くものであり,甲1に本件記載が開示されているとは認識しない旨主張する。
しかしながら,以下のとおり,甲1に接した当業者が, 「ケオキシフェンは卵巣切除によって生じる灰密度の低下を有意に遅らせた」という実験結果は技術的な裏付けを欠き,何の意味もなさないと理解するとはいえないから,原告の主張を採用することはできない。
(ア) 甲25(審判乙9。Calcified Tissue International,35(6),Sept. 1983.Instructions to Authors),甲68(D.Colquhoun 著,楠正ほか翻訳監修「生物統計学入門」医薬ジャーナル社,1982 年),甲92(The Journal of Bone and Joint Surgery,vol.67-A,No.7,September 1985,pp.1022-1028),甲93(Calcif Tissue Int(1988)43:284-288),甲94(Maturitas,Suppl.1(1987) 35-48),乙1・乙1の2(辻達彦著「統計方法入門」金原出版,昭和 47 年),乙2(C.Ralph Buncher & Jia-Yeong Tsay編著,佐久間昭ほか訳「医薬品開発過程における統計的方法」MPC,1990 年),乙7(P.G.ホーエル著,浅井晃・村上正康訳「初等統計学 原書第4版」培風館,1981 年)によれば,本件優先日当時,複数の群の平均値の差が有意であるかどうかをみるための統計学的検定において,2群の平均値の差を検定する場合にはt検定が用いられるが(乙1,乙7),3群以上の多群間で同時に検定を行う場合には多重比較法(分散分析に基づく Fisher の LSD 法,Bonferroni 法,Tukey 法,Dunnett法など)を用いるべきであることが知られており(甲25,甲68,乙2),本件訂正発明及び引用発明の属する医薬の分野においても,比較対照群と複数の処理群(合計3群以上)の実験結果を比較する場合において,多重比較法の一種である Dunnett法を用いて統計学的検定をした論文があることが認められる(甲92ないし甲94)。
しかし,他方で,乙18(一坂章ほか著「ラット実験的骨粗鬆症における骨動態」日本整形外科学会雑誌 60 巻 511〜521 頁,1986 年),乙19(Calcified TissueInternational,Vol.36,p.123-125,1984 年),乙23(麻見直美ほか著「卵巣摘出骨 粗鬆症モデルラットの骨代謝に対する自由運動の効果」日本栄養 食糧学会誌 Vol.45, ・No.5,423〜427 頁,1992 年 10 月),乙26(多田健治ほか著「実験的骨粗鬆症における副甲状腺の影響」中部日本整形外科災害外科学会雑誌 29 巻 1 号 516〜519 頁,1986 年),乙27・乙27の2(Calcified Tissue International,Vol.34,p.510-514,1982 年)によれば,本件優先日当時,引用発明と同様の卵巣切除ラットを用いた実験において,3群以上の多群間を比較するに当たりt検定を用いている論文も,医薬系雑誌に審査を受けた上で少なからず掲載されていたことが認められる。
そうすると,本件優先日当時,3群以上の多群間で同時に検定を行う場合には,多重比較法を用いるべきであることが知られてはいたものの,医薬の分野においては,依然としてt検定を用いた論文も許容されていたことが認められるから,当業者は,薬剤の効果などを評価する手段として,3群以上の多群間で同時に検定を行う際にt検定を用いていたとしても,これにより得られた分析結果を直ちに否定すべきほどに信用性を欠くものとは認識していなかったといえる。
(イ) 以上によれば,医薬の分野においては,本件優先日当時,3群以上の多群間で同時に検定を行う際にt検定を用いていたとしても,これにより得られた分析結果を直ちに否定すべきほどに信用性を欠くものとは認識されていなかったと認められる。
そうすると,甲1の「ケオキシフェンも・・・卵巣切除によって生じる灰密度の低下を有意に遅延し」との本件記載に接した当業者は,t検定を行っていることを理由として,その結論である本件記載には技術的な裏付けがなく,何の意味もなさないと認識するものとはいえない。
また,甲1の本件記載に接した当業者が,その図3の卵巣除去対照群,エストロゲン対照群,ケオキシフェン投与群の灰密度の各平均値のグラフに接しても,必ずしも正確に作図されたとは限らない上記グラフの記載を根拠として,正確なデータに基づきt検定を行った結果が反映されたものとみられる本件記載の信用性を疑うこと自体,にわかに考え難い上,卵巣除去対照群とエストロゲン投与群の灰密度の 平均値の差についてのt検定による検定結果 「統計的に有意ではなかった。) ( 」 についての本文の記載については正しいことを前提に,卵巣除去対照群とケオキシフェン投与群の灰密度の平均値の差についてのt検定による検定結果について記載した本件記載は,同じ本文の記載でありながら誤りであると判断するということも,一般的には考え難い。したがって,本件記載に接した当業者は,上記図3に接したとしても,本件記載には技術的な裏付けがなく,何の意味もなさないと認識するものとはいえない。
イ 原告は,甲32(審判乙16)・乙66(Feldmann ら,Bone and Mineral7:245-254 (1989))には,卵巣除去ラットにケオキシフェンを投与した群と無傷群を比較したところ,子宮重量,骨灰重量/体積,X線骨密度測定/体積を含む測定パラメータ全てについて,両者に差異がなかったことが記載され,本件優先日当時,エストロゲン欠乏ラットにおける骨のパラメータに関し,ケオキシフェン投与群では効果が見られなかったことが知られていたのであるから,当業者が,甲1に基づいて,ケオキシフェンの投与によって,卵巣切除ラットにおける骨質量の喪失を抑制するという効果を予測することはできなかったと主張する。
しかしながら,甲32の実験におけるラットの種類や月齢,試験期間等の具体的な条件は,甲1の実験とは異なっているから,甲32のケオキシフェンの骨に対する効果が甲1の記載と矛盾するとしても,直ちに甲1記載の実験結果の信用性が害されるものではない。原告の主張は採用できない。
(4) 小括 以上によれば,審決の引用発明の認定に誤りはなく,取消事由1(引用発明の認定の誤り)は理由がない。
3 取消事由2(相違点1及び3についての判断の誤り)について (1) 本件訂正発明1及び2と引用発明の対比について 前記認定によれば,本件訂正発明1と引用発明とは,審決が正しく認定するとお り,前記第2の3(3)アの点で一致し,同イの相違点1及び2において相違する。
また,本件訂正発明2と引用発明とは,審決が正しく認定するとおり,前記第2の3(4)アの点で一致し,同イの相違点3及び4において相違するが,相違点3は,相違点1と同一である。
(2) ヒトの骨粗鬆症について 甲17(審判乙1。曽根照喜「骨組織のイメージングと骨疾患の画像診断」生体医工学 44(4):511-516,2006),甲20(審判乙4。B博士による専門家意見書),甲61(米田俊之著「新しい骨のバイオサイエンス」羊土社,2002 年),乙9(後藤稠ほか編「最新医学大辞典」医歯薬出版,1987 年),乙10(大野藤吾ほか編「臨床整形外科学 4.疾患編T」中外医学社,1988 年),乙11(佐藤昭夫ほか編「骨の加齢-基礎から臨床まで-」藤田企画出版,昭和 62 年),乙12(R.L.Souhamiほか編,Textbook of Medicine,1990 年),乙13(J.D.Wilson ほか編,Harrison’sPrinciples of Internal Medicine (twelfth edition),1991 年),乙14(榊田喜三郎・山本真監修,桜井修編「骨折・外傷シリーズ12 高齢者の骨折」南江堂,1988 年),乙15(山内裕雄ほか編「今日の整形外科治療指針<第2版>」医学書院,1991 年),乙16(赤松功也編「最新医学知識の整理 プルミエ整形外科各論」医歯薬出版,1990 年),乙17(室田景久ほか編「図説整形外科診断治療講座第8巻 骨粗鬆症」メジカルビュー社,1990 年),乙18,乙50(後藤稠ほか編「最新医学大辞典 第2版」医歯薬出版,1996 年) 乙51 , (R.L.Souhami ほか編,Textbook of Medicine (thirdedition),1997 年) 乙52 , (J.D.Jeffers ほか編,Harrison’s Principles of Internal Medicine(thirteenth edition),1994 年)によれば,ヒトの骨組織及び骨粗鬆症について,次のとおり認められる。
ア ヒトの骨組織においては,骨格を維持するための「骨形成」作用と,体液カルシウムを供給するための「骨吸収」作用とが同時並行的に進行し,骨形成と骨吸収という逆方向に働く代謝過程によって骨は不断にリモデリングされている。
成長期には骨形成が骨吸収を凌駕しているから骨は成長し骨量は増大するが,老年 期にあっては骨吸収が骨形成を上回るようになって,骨量は減少していく(甲17,乙10,乙11)。
また,大腿骨等の長管骨においては,その表面を構成する非常に硬い「皮質骨」と,その内側にあり,特に両端側に多く見られる網工状の骨小柱(骨梁)により構成される「海綿骨(小柱骨)」とから構成されている(甲17,甲61)。
イ 骨粗鬆症とは,骨組織の組成は正常であるが,単位体積(単位容積)当たりの骨の量が減少した状態をいい(乙9,乙10,乙12ないし乙18,乙50ないし乙52)骨吸収が骨形成よりも増加し, , その結果,空洞が多い骨組織となり,大腿骨等において骨折しやすくなるものである(乙14)。
また,骨粗鬆症は,皮質厚の減少と海綿骨の骨梁の数及び大きさの減少によって特徴付けられ(乙13),粗鬆化は特に海綿骨において強く進行する(乙10)。
最も頻度の多い骨粗鬆症の1つが,閉経期以降の女性ホルモン(エストロゲン)の急激な喪失が主要因と考えられる閉経後骨粗鬆症である(乙16) エストロゲン 。
産生が停止すると,エストロゲンによる骨吸収を抑制する機能が失われ,症状が進行する(甲20,乙10)。骨粗鬆症の治療薬剤として,臨床的には,カルシウム,エストロゲン,活性型ビタミンD3,カルシトニンなどが使用されているが,エストロゲンの投与は,閉経後骨粗鬆症において,補充療法となるために有効である。
すなわち,エストロゲンは,@副甲状腺の骨に対する作用を抑制する,A腎の1α-hydroxylase 活性を高めて1α(OH)D3の産生を高める,Bカルシトニンの分泌を促進する,などの種々の機序により,骨粗鬆化を抑制する(乙17)。
(3) ヒト骨粗鬆症の動物モデルについて ア 甲18(審判乙2),甲19(審判乙3),甲32・乙66,甲73・乙31・乙31の2(Dike N.Kalu,Bone and Mineral,vol.15,pp175-192,1991 年),甲96・乙19(P.T.Beall ら,Clacified Tissue International,Vol.36,p.123-125,1984年),乙17,乙18,乙20(松井清明ほか著「卵巣摘出によるオステオポロシスラットに対するEHDPの効果」中部日本整形外科災害外科学会 26 巻 4 号 1436〜 1438 頁,1983 年),乙21(村野真由子ほか「骨粗鬆症モデルラットの骨密度,骨強度に及ぼすビタミンD誘導体:2β-(3-Hydroxy-propoxy)-1α,25-dihydroxyvitaminD3(ED-71)の影響について」ビタミン 66 巻 4 号 257 頁,1992 年),乙22(奥村秀雄「動物実験から見た骨粗鬆症の病態」日本老年医学会雑誌 29 巻 4 号 253〜256 頁,1992 年 ),乙23 , 乙25( 里村憲 一ら 著「ラッ ト実験 的骨 粗鬆症に 対する1,25-dihydroxyvitamin D3-26,23-lactone の投与効果」日本骨代謝学会雑誌 Vol.7,No.3,233 頁,1989 年),乙26,乙27によれば,ヒト骨粗鬆症の動物モデルについて,次のとおり認められる。
(ア) エストロゲンの投与は,ヒト閉経後骨粗鬆症において,補充療法となるために有効であり,卵巣切除ラット(卵巣除去ラット,OVXラット,OXラット)を用いた動物実験においても,骨粗鬆化の進行を抑制して骨量を増加することが認められた。この卵巣切除ラットは,骨粗鬆症,特に閉経後骨粗鬆症の前臨床評価に適切な動物モデルとして用いられており(甲18,乙17),ビタミンD3誘導体(乙21,25,27),ジホスホネート系剤(乙20),抗エストロゲン剤(甲32・乙66,乙19)等を投与して,その骨に与える影響が調べられていた。
(イ) 卵巣切除ラットとしては,6月齢以上の雌ラット(以下「高齢ラット」という。甲73・乙31・乙31の2,甲96・乙19,乙18,乙20ないし23,25,26)も,3月齢程度のラット(以下「若齢ラット」という。甲73・乙31・乙31の2,甲19)も用いられている。
高齢ラットは,高価であり,卵巣切除の影響が明白となるために長い期間を要するが,骨の成長が遅いため,成長の影響が少なく,加齢による変化をよく捉えることができるという利点があるとされていた(甲73・乙31・乙31の2,乙22)。
他方,若齢ラットは,余り高価ではなく,卵巣切除の影響は1か月以下で明白となるが,実験中の骨成長が起こるために,実験開始時に屠殺した動物群をベースライン対照として含めるなどの注意が必要であるとされていた(甲73・乙31・乙31の2)。
(ウ) 高齢ラットでは,出産を何回か経た(退役)経産ラットを用いた実験も複数行われており(乙18ないし21) 抗エストロゲン剤のホルモン依存性骨粗 ,鬆症(閉経後骨粗鬆症)のための治療薬としての効果を確認するために,高齢の経産ラットを用いた実験も報告されていた(乙19)。
イ 以上によれば,本件優先日当時,卵巣切除した高齢の(退役)経産ラットは,ヒトの骨粗鬆症の動物モデルの1つとして,適切であると認められていたと解するのが相当であり,経産ラットではなくバージンラットを用いるべきであるとの技術常識があったものとは認められない。
(4) 卵巣切除ラットにおける骨粗鬆症の症状確認のための比較対象について ア 甲73・乙31・乙31の2,乙17ないし19,乙22,乙23,乙25ないし27によれば,卵巣切除ラットにおける骨粗鬆症の症状確認のための比較対象について,次のとおり認められる。
(ア) 卵巣切除ラットにおいて,実際に骨粗鬆症の症状が生じていることの確認は,卵巣切除ラット群と,同月齢の偽手術をしたラット(偽手術ラット,無傷ラット,sham-OVX,shOX)群とを比較し,卵巣切除ラットが偽手術ラットよりも骨量や骨密度が減少したことを確認する手法により行われていた(乙17ないし19,22,23,25ないし27)。
(イ) また,若齢ラットにおいては,実験中の骨成長が起こるために,実験開始時に屠殺した動物群をベースライン対照として含めるなどの注意が必要であるとされていた(甲73・乙31・乙31の2)。
イ 以上によれば,卵巣切除ラットにおいて,実際に骨粗鬆症の症状が生じたことについては,偽手術ラットに比べて骨量や骨密度が減少したことにより確認していたと解するのが相当であり,実験開始時のベースライン群よりも骨量が減少していることを確認する必要があるとの技術常識があったものとは認められない。
(5) 卵巣切除ラットにおける骨粗鬆症の症状確認のための測定部位・測定方法について ア 甲19,甲32・乙66,乙17,乙18,乙20ないし23,乙25,乙26,乙27・乙27の2によれば,卵巣切除ラットにおける骨粗鬆症の症状確認のための測定部位・測定方法について,次のとおり認められる。
すなわち,骨粗鬆症の動物モデルにおいて,骨粗鬆症の症状が生じたことを確認する測定方法としては,以下の(ア)及び(イ)の方法がいずれも用いられていた。
また,(ア)の方法のうち,単位体積当たりの灰重量(灰密度)を測定するために必要な,骨の体積(容積)の測定は,ラットから採取した大腿骨を,軟組織を取り除いてから水に数時間つけた後,水中及び空気中の骨重量を測定し,水に入れてアルキメデスの原理を用いて体積を測定する方法(アルキメデス法)によって行われていた(乙26,乙27・乙27の2)。
(ア) 大腿骨全体を高温で灰にした灰重量,あるいは,単位体積当たりの灰重量(灰密度)を測定する直接的な方法(灰重量を用いたものとして,乙17,乙18,乙22,乙23,乙26。灰密度を用いたものとして,甲32・乙66,乙17,乙25,乙26,乙27・乙27の2) (イ) 骨の部位ごとの数値(骨皮質幅比や骨密度など)を測定する間接的な方法(X線撮影したフィルムを microdensitometry(MD法)にて計測し,大腿骨骨幹中央部等における「骨皮質幅比」(骨幅に対する骨皮質幅の比,CTI(corticalthickness index),femur score)や「骨密度」(ΣGS/D)等を測定する方法など。
MD法を用いたものとして,乙17,乙18,乙20,乙22,乙26,乙27・乙27の2。MD法以外の表現を記載したものとして,甲19(二重光子吸収法(DPA),甲32・乙66(X線骨密度測定) ) ,乙21(DEXA法)) イ 以上によれば,本件優先日当時,アルキメデス法により測定した体積と灰重量から計算した大腿骨全体の灰密度は,骨粗鬆症の動物モデルにおいて骨粗鬆症の症状が生じたことを確認する指標の1つとして適切であると認められていたと解するのが相当であり,アルキメデス法を用いて測定した灰密度に加えて,他の方法により測定した数値も用いるべきであるとの技術常識があったものとは認められ ない。
(6) 検討 前記(3)ないし(5)によれば,本件優先日当時,@ヒトの閉経後骨粗鬆症の動物モデルとして,卵巣切除した高齢の(退役)経産ラットを用いること,A卵巣切除ラットにおいて,実際に骨粗鬆症の症状が生じたことを,偽手術ラットに比べて骨量や骨密度が減少したことによって確認すること,B当該骨量や骨密度の数値として,アルキメデス法を利用して測定した大腿骨全体の灰密度を用いることは,いずれも適切な実験手法として認識されていたものと認められる。
他方,C骨粗鬆症の動物モデルとして,バージンラットを用いるべきこと,D骨粗鬆症の症状の確認のために,実験開始時のベースライン群よりも骨量が減少していることを確認する必要があること,Eアルキメデス法を用いて測定した灰密度に加えて,他の方法により測定した数値も用いるべきことについては,いずれも本件優先日当時の技術常識であったものとは認められない。
そうすると,甲1実験系は, 「9月齢の退役した経産雌ラット」 「卵巣切除」 を し,4か月後に「アルキメデス法を用いて測定した大腿骨全体の灰密度」を,同月齢の「無傷ラット(偽手術ラット)」と比較したところ,灰密度が減少したことを確認したものであるから,甲1実験系には,ヒトの閉経後骨粗鬆症動物モデルを用いた実験として,不適切な点は見出せず,甲1実験系によって得られた「ラロキシフェンは卵巣切除による灰密度の低下を有意に遅らせた」との知見を,ヒトの骨粗鬆症にも応用できるとする十分な根拠があるということができる。
(7) 原告の主張について ア 原告は,甲1実験系では,9月齢の退役経産ラットを使用しているが,本件優先日当時,老齢ラットにおいては,卵巣切除に伴うエストロゲン欠乏による骨量喪失は,小柱骨のみで起こる一方,退役経産ラットは,卵巣切除をする以前から小柱骨が極めて少ないことが知られていたから,甲1実験系では,実験開始時点において,エストロゲン欠乏による骨量喪失が起こり得る部分(小柱骨)の骨量が 既に少ないため,卵巣切除を行っても更なる骨量喪失が生じていない可能性が高く,動物モデルが不適切であると主張する。
しかしながら,以下のとおり,そもそも,本件優先日当時,卵巣切除に伴うエストロゲン欠乏による骨量喪失が小柱骨(海綿骨)のみで起こることが技術常識であったとまでは認められないから,原告の主張はその前提を欠くものである。また,甲1実験系において,卵巣切除による骨量喪失が生じたことは,甲1の記載から確認できるから,いずれにしても,原告の主張は採用できない。
(ア) 甲19(審判乙3)には, 「OXラットは,エストロゲン減少後のヒト皮質骨の研究にとって,不正確なモデルである。OXラットでは,卵巣切除から18か月の間皮質骨の減少は見られない・・・。いくつかの研究により,老齢のラットでは海綿骨のリモデリングはあるが・・・,皮質骨のリモデリングは無いことを示唆している・・・。
・・・ラットにおいては皮質骨のリモデリングがないので,エストロゲン欠乏により海綿骨の喪失のみが起こるはずであり,実際にそうである。」との記載があり,甲80(Donald B.Kimmel,Cells and Materials Supplement 1,pp11-18,1991 年)には,「ラットの骨格は,生涯にわたる骨の伸長だけでなく皮質骨格でハバース系リモデリングが決して開始されないため,しばしば成人ヒトのモデルとしては不適切とされている。」との記載があるが,他方で,甲73・乙31・乙31の2には,「皮質骨のリモデリングに関しては,大抵の若い成年ラット(8月齢未満)はハバース系を欠いているものの,皮質内の骨リモデリングはラットにおいて確かに生じているが,それは高齢のラットでより広く見られる加齢性の現象のようである」との記載があり,高齢ラットの皮質骨においてリモデリングが起こらないことが当業者の技術常識であったとまではいえない。
また,甲18(審判乙2)によれば,卵巣切除ラットでは海綿骨が減少するだけでなく,皮質骨も減少することが知られていたことが認められ,卵巣切除ラットにおいて,CTIや femur score を測定して,皮質骨が薄くなることも観察されていた(乙17ないし20,22,26)。
そうすると,本件優先日当時,卵巣切除に伴うエストロゲンの欠乏による骨量喪失が海綿骨のみで起こることが,技術常識であったとまでは認められない。
(イ) 甲1には,前記2(1)オのとおり, 「これらの9ヵ月齢のラットが卵巣切除された際,骨密度の有意な減少がみられた。4ヵ月後,大腿骨の平均乾燥重量と全灰は,無傷の対照と比較して,卵巣切除ラットでは有意に低かった(表1)」と 。
記載されており,表1により,卵巣切除ラットは,無傷の対照(表1にいう「正常」)と比較して,大腿骨乾燥重量,大腿骨の総灰量,灰/大腿骨容積のいずれにおいても低い数値を示していることを,具体的に確認することができる。
また,甲1の表1には,大腿骨容積は記載されていないが,大腿骨の総灰量,灰/大腿骨容積の平均値から,大腿骨容積の平均値を算出すると,以下のとおりである。これによれば,卵巣切除ラットの大腿骨容積は,ベースラインと比較して,無傷の対照(正常ラット)と同程度に増加した一方,大腿骨の総灰量は,それほどの増加を示していないことが認められる。そうすると,骨容積の低下を伴わない骨質量の低下が生じていることを確認することができ,骨密度(灰/大腿骨容積)の低下は,骨形成が阻害されたことによるものではなく,エストロゲン欠乏により骨吸収が抑制されなかったことによるものであると理解することができる。
大腿骨の総灰量 灰/大腿骨容積 大腿骨容積 (g) (g/cm3) (cm3) 正常 0.404 0.703 0.575 卵巣除去 0.349 0.618 0.565 ベースライン 0.315 0.664 0.474 イ 原告は,退役経産ラットは,退役した後にキャッチアップ成長期に入り,骨量が回復することが知られているにもかかわらず,甲1実験系では,退役経産ラットを数か月保持することなくそのまま使用していることから,キャッチアップという薬剤の効果とは関係のない要因に基づく骨量の回復によって,骨量の変動が生じている可能性を否定できず,動物モデルが不適切であると主張する。
しかしながら,前記(3)ア(ウ)のとおり,退役経産ラットは,甲1以外にも,複数の文献で使用されており(乙18ないし21),当業者は,甲1実験系が退役経産ラットを用いているからといって,直ちにヒト骨粗鬆症の適切なモデルではないと理解するものとは認められない。
また,仮にキャッチアップ成長期にあるラットが含まれていたとしても,ケオキシフェン投与群,卵巣除去対照群,偽手術対照群のいずれにも,キャッチアップによる骨量の回復をも測定する可能性が同等に存在するのであるから,甲1実験系のように,各群同士の骨量や骨密度等の変化量を比較することにより,ケオキシフェン投与の有無による骨量や骨密度の変化量の差を適切に測定することは可能である。
そうすると,当業者は,甲1実験系にキャッチアップ成長期にあるラットが含まれ得ることをもって,直ちにヒト骨粗鬆症の適切なモデルではないと理解するものとは認められない。
原告は,甲1実験系では,卵巣切除後4か月経った卵巣切除ラットの大腿骨の灰重量がベースラインの大腿骨の灰重量と比較して減少していないことを指摘するが,甲1の表1によれば,卵巣切除ラットは,ベースラインとも比較した上で,骨容量の低下を伴わない骨質量の低下が生じているといえることは,前記ア(イ)のとおりである。
原告の主張は,採用できない。
ウ 原告は,甲1実験系の卵巣除去対照群とエストロゲン投与群における測定結果によれば,卵巣除去ラットに対してエストロゲンを投与しても,卵巣切除によって生じる大腿骨全体の灰密度の低下を有意に遅延することはなく,エストロゲンの補充によっても,卵巣切除によって生じた大腿骨全体の灰密度の低下を抑制する効果がみられなかったから(ポジティブコントロールの欠如),甲1実験系は,動物モデルが不適切であると主張する。
しかしながら,前記(3)ア(ア)のとおり,卵巣切除ラットにおいてエストロゲン投与により骨粗鬆化を抑制できることは技術常識となっていたことから,個別の実験系 において,ポジティブコントロールを設けて,エストロゲン欠乏に起因する骨粗鬆化の進行がエストロゲンの補充によって抑制されることを確認することが必須の条件とはされていなかったと認められる。
また,前記2(1)エ,オ,カのとおり,甲1には,「エストロゲンは雌ラットに生じる骨粗鬆症を回復することができる[18];我々は,卵巣切除において観測される体重増加を制御し得る低用量のエストラジオール安息香酸エステルを選択した。」と記載され,抗エストロゲン剤(100μg)に比べて少量のエストロゲン(エストラジオール安息香酸エステル25μg)を意図的に用いたことが記載されており,他方,「エストラジオール安息香酸エステルは,卵巣切除によって生じる灰密度の低下を遅くしたが,これは統計的に有意ではなかった。」と記載されている。そうすると,甲1実験系において,統計学的に有意でなかったのは,エストロゲンが低用量であったためであると理解でき,当業者が甲1実験系に何らかの不適切な点があったものと認識するという具体的な根拠は見当たらない。
原告の主張は,採用できない。
エ 原告は,甲1実験系では,測定対象を,エストロゲン欠乏に伴う骨量喪失が生じず,容積が増大するという皮質骨を含む大腿骨全体の灰密度としているから,薬剤の投与によるエストロゲン欠乏に伴う骨量の低下を抑制する効果をみることはできず,甲1実験系では,測定部位が不適切であると主張する。
しかしながら,そもそも,前記(3)ア(イ)のとおり,甲1実験系で用いられた高齢ラットは,若齢ラットとは異なり,骨の成長が遅いため,成長の影響が少ないという利点があると理解されていたものである。また,測定対象に皮質骨が含まれていたとしても,ケオキシフェン投与群,卵巣除去対照群,偽手術対照群のいずれにも,皮質骨による影響が同等に存在するのであるから,甲1実験系のように,各群同士の骨量や骨密度等の変化量を比較することにより,ケオキシフェン投与の有無による骨量や骨密度の変化量の差を適切に測定することは可能であり,現に,前記(5)のとおり,アルキメデス法により測定した体積と灰重量から計算した大腿骨全体の 灰密度は,骨粗鬆症の動物モデルにおいて骨粗鬆症の症状が生じたことを確認する指標の1つとして適切であると認められていた。そして,甲1の表1によれば,甲1実験系の卵巣切除ラットにおいて,骨容積の低下を伴わない骨質量の低下が生じていることを確認することができ,骨密度(灰/大腿骨容積)の低下は,骨形成が阻害されたことによるものではなく,エストロゲン欠乏により骨吸収が抑制されなかったことによるものであると理解できることは,前記ア(イ)のとおりである。
そうすると,当業者は,甲1実験系において,測定対象が大腿骨全体の灰密度であることをもって,甲1実験系の測定部位が不適切であり,ヒト骨粗鬆症の適切なモデルではないと理解するものとは認められない。原告の主張は採用できない。
オ 原告は,甲1では,灰密度を求めるに当たり,脂肪等を除去した骨の重量を,脂肪等の付着した骨の容積で割るという計算により算出している点で不適切であり,ケオキシフェン投与群の灰密度の減少が抑制されたのは,卵巣除去群ラットの大腿骨に付着した脂肪の量と,ケオキシフェン投与群ラットの大腿骨に付着した脂肪の量とが異なっていたことに起因する可能性が十分にあると主張する。
しかしながら,乙27・乙27の2及び乙57(G.O.J.Sj?d?n ら,Bone,Vol.6,p.231-234,1985 年)によれば,本件優先日当時,灰密度を求めるに当たっては,@ラットから大腿骨を取り出す,A軟組織(結合組織)を取り除く,B水に4〜6時間漬ける(水和),C水中及び空気中の骨重量を記録し,アルキメデスの原理に従って体積を計算する,D有機溶媒を用いて脂肪を取り除く,E乾燥重量を測定する,F500〜700℃で灰にしてその重量を測定するといった手順を経て,最終的に,F灰重量をC体積で除して灰密度としていることが認められる。
甲1においても,前記2(1)エのとおり,上記@〜Fの手順を経て,灰密度を測定していることが認められ,特段,不適切な点は見当たらない。
原告が問題とする脂肪が,大腿骨の外周に付着した軟組織(結合組織)に含まれる脂肪を意味するものであれば,前記2(1)エのとおり,甲1には「軟組織を切断した」と記載されているのであるから,灰密度の測定方法として上記@〜Fの手順が 用いられることを知っている当業者は,大腿骨の外周に付着した軟組織(結合組織)に含まれる脂肪は取り除かれたものと理解すると認められ,当業者が,ケオキシフェン投与群の灰密度の減少が抑制されたのは,卵巣除去群の大腿骨の外周に付着した軟組織(結合組織)に含まれる脂肪の量と,ケオキシフェン投与群のそれとが異なっていたことに起因すると理解することは考え難い。他方,原告が問題とする脂肪が,大腿骨の内部に存在する脂肪を意味するものであるとしても,大腿骨の内部の脂肪の量の個体差はケオキシフェン投与群にも卵巣除去群にも同等に存在するものであるし,大腿骨内部の脂肪の量が薬剤投与の有無により大きく異なることを窺わせる証拠はないから,当業者が,ケオキシフェン投与群の灰密度の減少が抑制されたのは,卵巣除去群の大腿骨の内部の脂肪の量と,ケオキシフェン投与群のそれとが異なっていたことに起因するものであり,甲1実験系が不適切であると理解するものとは認められない。
原告の主張は,採用できない。
カ 原告は,甲1では,薬剤投与の効果を,アルキメデス法を利用して計算した灰密度の結果のみで表しており,この結果を再現性のある方法で確認しておらず,甲1実験系では,測定方法が不適切であると主張する。
しかしながら,原告がアルキメデス法の再現性の問題点を指摘した文献として挙げる甲81 乙58 ・ (Michael J.Keenan ほか,Journal of Bone and Mineral Research,Vol.7,No.2,pp247-248,1992 年)は,全骨と骨片の骨密度の数値の相違について指摘する文献であり,アルキメデス法の再現性に疑義を呈するものとは認められない。かえって,甲81・乙58においては,脂肪の付着や水和の程度によって骨密度の数値が変わり得るとしても,最終的に,「我々は,全骨の体積又は密度を決定するためのアルキメデスの原理の全ての使用者は,一貫した,又は標準的手順を採用することを勧める。我々はまた,未切断又は未破壊の骨が用いられるときには,脂肪を除去しないことを勧める。脂肪を除去すると,水中での重量測定のために水で満たすことが困難な空気間隙によって置き換えられるという結果になるようであ る。」と結論付けられており,「骨デンシトメトリーの使用は,真の骨密度値をもたらさない。」とも記載されていることからすると,むしろ標準的手順を採用したアルキメデス法を利用して計算した「全骨の体積」を用いて灰密度を計算することを推奨しているものと認められる。
そして,甲1実験系における灰密度の測定が標準的手順によって行われたことは,前記オのとおりであるし,蒸留水の中に6時間浸し,脂肪を除去しない状態でアルキメデス法を用いて体積を測定しており,脂肪の付着や水和の程度に関し一貫した手順を採用しているともいえる。
そうすると,当業者が,甲1がアルキメデス法を用いた灰密度の結果のみで薬剤投与の効果を表していることによって,甲1実験系の測定方法が再現性のある方法ではなく不適切であると理解するものとは認められない。
原告の主張は,採用できない。
4 取消事由3(相違点1及び3についての判断の誤り)について (1) ラロキシフェンのバイオアベイラビリティについて ア 甲13(審判甲13。2009 年 10 月 7 日付けC教授の宣誓書) 甲16 , (審判参考資料2。欧州特許第1438957号の異議申立に対する 2009 年 12 月 22日付け異議決定),甲34(審判乙18) ・甲34の2(Lindstrom ら,Xenobiotica 14(11) p841-847 (1984)),甲62(G.G.ギブソン・P.スケット著,村田敏郎監訳「入門薬物代謝」講談社,1987 年),甲63(Gallick NS ほか,Federation Proceedings42,p376 Abs 485 (1983)),甲64・乙40(Sanders MC ほか,Transactions AssocAmerican Physicians 100,pp268-275 (1987)),甲66(Jordan VC ほか,EndocrineReviews 11 pp578-610 (1990)),甲84・乙61(A.E.Wakeling and B.Valcaccia,Journalof Endocrinology,Vo.99,p.455-464,1983 年),乙33(粟津荘司・小泉保著「最新生物薬剤学」南江堂,1991 年),乙34(柳浦才三・三澤美和著「新版図説薬理学」朝倉書店,1983 年),乙37(上野高正ほか編「新しい薬剤学」廣川書店,昭和 44 年),乙38(G.J.Yakatan ら,Clinical Pharmacology & Therapeutics,Vol.31,No.3,p.402-410,1982 年),乙39(P.T.Daley-Yates ら,Calcified Tissue International,Vol.49,p.433-435,1991 年),乙41(仲井由宣・花野学編「製剤学」南山堂,1974年)によれば,ラロキシフェンのバイオアベイラビリティについて,次のとおり認められる。
(ア) 薬物は,生体内に取り込まれると化学構造変化(代謝)を受け,一般に水溶性の代謝物(例えば,グルクロン酸抱合体)に変えられ,胆汁又は尿中に排泄されやすくなるが(甲62,乙33,乙34),ラロキシフェン(LY156758) サルにおいて循環する化合物の80%はグルクロン酸抱合体として存在し, は,フリーの親薬剤の血漿中の全身バイオアベイラビリティは,ラットでは39%であるが,サルでは5%であったことが知られていた(甲34の2,甲63)。また,ラロキシフェンは,第T相臨床試験において短い血清半減期を有すること(甲64・乙40,甲66),ラットにおいてラロキシフェン(LY156758)を経口投与すると,速やかに肝臓から除去され胆汁中に排泄され糞便で排泄されること(甲84)が知られていた。
(イ) 一般に,薬物代謝は,動物の種の違いによる差がかなり見られ,その代謝経路及び代謝速度が異なって観察され,サルとヒトでも異なることが知られていた(乙33,34,37)。
(ウ) ある薬物の薬効を発揮させる手段として,投与量を調整する(甲16,乙37) 誘導体化する , (乙41) ドラッグデリバリーシステム , (drug delivery system,DDS)を工夫する(乙33)など,さまざまな対応をとることは周知であり,5%よりもはるかに低いバイオアベイラビリティを有する薬剤もヒトへの適用が検討されていた(骨粗鬆症などに対する治療薬であるクロドロネート(1〜2%。甲13,乙38),パミドロネート(0.3%。甲13,乙39)。
) イ 前記アによれば,ラロキシフェンのサルにおけるバイオアベイラビリティが5%であったことが知られていたものの,薬物代謝は,サルとヒトでも異なる ことが知られていたから,当業者が,ラロキシフェンのヒトにおけるバイオアベイラビリティがサルと同様に5%程度の低いものであると直ちに理解するものではないと認められる。
また,仮に,当業者がラロキシフェンのヒトにおけるバイオアベイラビリティが5%程度の低いものであると理解したとしても,前記ア(ウ)のような薬効を発揮させるための周知の手段を採用すれば,ヒトにおいてラロキシフェンの薬効を発揮させることができると認識したものと認められる。現に,甲64・乙40は,ラロキシフェンについて, 「短い血清半減期を有するようであり,それは急速な生体内変化の結果である可能性がある」との認識を示した上で,ラロキシフェンのような「抗エストロゲン薬が代替的な治療アプローチになるだろうということを示唆している」と結論付けており,当業者は,ラロキシフェンの短い血清半減期をもって,ヒトの治療薬への適用を断念する根拠とするものではないことが示されている。
(2) ラロキシフェンの乳癌の治療薬としての開発の断念について ア 甲4(審判甲4)・甲4の2・甲4の3(Oncology Vol.45,pp344-345,1988)には,ラロキシフェン(LY156758)について,タモキシフェンよりもエストロゲン受容体との親和性が大きかったことから,過去にタモキシフェン治療をした乳癌患者に対しフェーズUの臨床試験を開始したが,抗腫瘍活性を示さなかったことから,更なる評価は勧められない旨が記載されている。他方,抗腫瘍活性を示さなかった理由については,記載も示唆もない。
イ 甲4の著者らがラロキシフェンについてフェーズUの臨床試験を行ったのは,既に知られていたラロキシフェンのバイオアベイラビリティの低さ及び血清半減期の短さを踏まえても,ラロキシフェンのヒトへの適用について成功の合理的な予測があったからであると考えるのが相当であり,このようなフェーズUの臨床試験が行われたこと自体が,ラロキシフェンのバイオアベイラビリティの低さや血清半減期の短さが,ヒトの治療薬への適用を断念する根拠となるものではないことを示しているということができる。
(3) 小括 以上によれば,当業者は,ラロキシフェンが甲1実験系において卵巣切除ラットの灰密度低下を有意に遅らせたことから,このラロキシフェンをヒトに適用した場合,骨粗鬆症の治療薬又は予防薬として所望の薬効を奏することを合理的に予測できたということができる。相違点1及び相違点3について容易想到であると判断した審決に誤りはなく,取消事由3(相違点1及び3についての判断の誤り)は理由がない。
5 取消事由4(相違点2及び4についての判断の誤り)について (1) エストロゲン,タモキシフェンと子宮癌に係る技術常識について 甲3(審判甲3。特開昭57-181081号公報),甲27(審判乙11。
Malfetano,Gynecologic Oncology 39,82-84,1990),甲28(審判乙12。Spinelli,J.Chemotherapy,3(4),267-270,1991) 甲29 , (審判乙13。Fornander,The Lancet,117-120,1989),甲30(審判乙14。Jordan,The Lancet,733-734,1989),甲31(審判乙15。Gal ら,Gynecologic Oncology 42,120-123,1991),乙42(坂元正一・水野正彦監修「プリンシプル産科婦人科学〔婦人科編〕」メジカルビュー社,昭和 62 年),乙63(L.J.Black ら,Breast Cancer Research and Treatment,Vol.2,No.3,p.279,1982 年),乙65(L.J.Black,Hormone Antagonists,p.129-145,1982年)によれば,本件優先日当時,エストロゲン,タモキシフェン及び子宮癌について,以下の事項が技術常識となっていたと認められる ア エストロゲンと子宮癌 (ア) エストロゲンは,主に卵巣で生成される代表的な女性ホルモンであり,@子宮発育促進作用(子宮の重量増加と成長。,A子宮内膜に対する作用(卵胞期 )では,内膜上皮と間質の細胞が増殖し,粘膜が肥厚する。)等の作用があるが,エストロゲンが有する細胞分裂促進・組織の成長作用は,特定の条件下では発癌と関係があり,子宮内膜癌及び乳癌の成立には,エストロゲンの影響が考えられている(乙 42)。
(イ) 抗エストロゲン剤は,一般に,エストロゲン(様)作用(エストロゲン様活性,アゴニスト性)と抗エストロゲン作用(抗エストロゲン性,アンタゴニスト性)の混合作用を示すところ,エストロゲン作用は,エストロゲンの第一標的組織である子宮の成長(子宮の重量,子宮湿重量)を測定することにより行われている(甲3,乙65)。
イ タモキシフェンと子宮癌リスク タモキシフェンは,抗エストロゲン剤であり,その抗エストロゲン作用によりヒトの乳癌治療の重要な薬剤となっているが(甲28),それとは逆に,@子宮に対してはエストロゲン作用を示し顕著な子宮成長を引き起こし,また,A子宮内膜においてもエストロゲン作用を有し,子宮内膜を増殖させ,子宮内膜癌の発生の頻度を増加させる(甲27ないし31,乙63)。
(2) ラロキシフェンの子宮におけるエストロゲン作用について ア 甲3の記載内容 (ア) 甲3には,以下の記載がある。
「1.下記式(I)で表わされるジヒドロキシ化合物.そのエステルもしくはエーテル.およびこれらの製薬的に許容され得る酸付加塩。(特許請求の範囲第1項) 」「本発明は生化学分野に属するものであって,抗エストロゲンおよび抗アンドロゲン作用を有する医薬化合物に関する。(2頁左下欄2〜4行) 」「本発明化合物は,今までの化合物と比較すると改良された抗エストロゲン剤であり,その改良点は,すぐれたエストロゲン応答抑制能を示し,固有エストロゲン作用が少い点にある。…本発明化合物には,既知の抗エストロゲン剤に通常みとめられる組織学的副作用は,比較的みとめられない。例えば,タモキシフェンは子宮上皮細胞の異常成長の原因となっているが,予備的実験の結果では,本発明化合物は子宮上皮細胞の異常成長を引き起こさないか,あるいは,引き起こすとしても極めてわずかである。(12頁右下欄3行〜末行) 」「抗エストロゲン剤そのものが固有エストロゲン作用を有しているならば,癌が内因性エスト ロゲンを吸着したかのように癌を生育させ得ることは明らかである。
上に述べた生物学的試験結果は,本発明化合物の低いエストロゲン作用,高い抗エストロゲン作用,およびエストロゲン受容部位への強い親和力を示している。(13頁左上欄8〜15行) 」「実施例4 6-ヒドロキシ-2-(4-ヒドロキシフェニル)-3-〔4-(2-ピペリジノエトキシ)ベンゾィル〕ベンゾ〔b〕チオフェン」(26頁右下欄7〜10行)「テスト1エストロゲン応答テスト このテストには体重40〜45gの未熟雌ラット…,および卵巣剔除術した成マウスを用いた。…各テストは,後記する各実験で示すように,テスト化合物を皮下注射…によって3日間投薬することから開始した。エストラジオールを皮下注射した動物の他に,未処理のコントロール動物も各実験に含まれている。・・・テスト動物を3日間処理して4日目に屠殺剖検し,子宮を取り出して外部組織を取り除き,ペーパータオルで吸取した。子宮は0.1mgの精度で計量した。
以下に示す表は,代表的な実験結果を総括したものである。エストラジオールと本発明化合物の投与量は3日間の総投与量として示し,子宮の重さは動物群の総子宮重量の平均値としてmg単位で示した。化合物は実施例番号で表示した。
」(33頁左上欄3行〜34頁左上欄8行目) (イ) 前記(ア)によれば,甲3には,実施例4の化合物である「6-ヒドロキシ-2-(4-ヒドロキシフェニル)-3-〔4-(2-ピペリジノエトキシ)ベンゾィル〕ベンゾ〔b〕チオフェン」 (ラロキシフェン)を含む式(T)で表される化合物は,今までの化合物と比較すると改良された抗エストロゲン剤であり,その改良点は,優れたエストロゲン応答抑制能(高い抗エストロゲン作用)を示し,固有エストロゲン作用が少ない(低いエストロゲン作用の)点にあり,エストロゲン受容部位への強い親和力を有していること,また,タモキシフェンは,子宮上皮細胞の異常成長の原因となっているが,予備的実験の結果では,ラロキシフェンを含む式(T)で表される化合物は,子宮上皮細胞の異常成長を引き起こさないか,あるいは,引き起こすとしても極めてわずかであることが記載されている。
イ 乙63の記載内容 (ア) 乙63には,以下の記載がある。
「新規なエストロゲンのアンタゴニストであるLY139481及びその塩酸塩であるLY156758の生物学的特性は,タモキシフェンとは質的にも量的にも異なることが見出された。
LY139481は,未熟ラットにおいて広い用量域にわたって最小限の向子宮作用を誘発し たのに対し,タモキシフェンは顕著な子宮成長を起こした。LY139481の処置はまた,未熟ラットにおいて子宮内腔上皮細胞の有意な刺激を起こさず,また,それらの細胞に対するエストロゲンの影響を阻害した。他の公知の抗エストロゲン薬は内腔上皮の著しい刺激を起こした。…LY139481は,細胞基質エストロゲン受容体に対してエストロゲンより強い親和性を示した。LY139481の相対的な結合親和性は温度とともに増加した;30℃で,エストラジオールの2.9倍であった。(279頁 Abstract12 」 8〜26行) (イ) 前記(ア)によれば,乙63には,@LY139481(ラロキシフェン)は未熟ラットにおいて広い用量域にわたって最小限の向子宮作用(エストロゲン作用)を誘発したのに対して,タモキシフェンは顕著な子宮成長を起こしたこと,ALY139481(ラロキシフェン)は子宮内腔の上皮細胞の有意な刺激を起こさないのに対して,他の公知の抗エストロゲン薬は内腔上皮に著しい刺激を起こしたことが記載されている。
ウ 甲7の記載内容 (ア) 甲7(審判甲7)・甲7の2(Cancer Research,Vol.47,pp.4020-4024(1987))には,以下の記載がある。
「ラットの乳腺腫瘍及び子宮におけるタモキシフェン及びケオキシフェンの作用の持続 2cm2 以上の腫瘍を有する NMU 腫瘍ラット(最後の NMU 注射後 14 週)を無作為に 20 匹の各群に分けた。ラットには,タモキシフェン 100μg またはケオキシフェン 500μg を毎日 1 週間注射した。コントロール群にはピーナツ油のみを与えた。各群より 5 匹を,処置後(0 週),および1, 5週後にと殺した。
3, 腫瘍を摘出し,エストロゲン受容体測定のため-70℃で保存した。
各ラットの子宮湿重量も測定した。(4021頁左欄本文7〜16行) 」「両方の抗エストロゲン薬(訳者注:タモキシフェンとケオキシフェン)ともコントロールに比べて子宮湿重量を低下させた。しかし,ケオキシフェンで処置された動物の子宮重量についてだけ,この差異が有意であった(P<0.04)(表3)。これは,TAM(訳者注:タモキシフェン)に比較して,ケオキシフェンのエストロゲン様の影響がより低いためである。(4 」023頁左欄末行〜右欄4行) 「表 3 NMU 腫瘍ラットに抗エストロゲン剤を 1 週間注射する抗エストロゲン処置後の子宮湿重量 mg時間 0 は処置の最終日 処置後の時間(週)群 0 1 3 5コントロール 743±121a, b 603±80 536±48 651±147タモキシフェン 551±88 417±78 477±101 535±90(100μg/ 日) cケオキシフェン 345±19 366±35d 397±29 362±21(500μg/ 日)a Mean ±SEb n=5 per valuec コントロールに対して,Mann-Whitney rank テストにより有意差(p<0.02)あり。
d コントロールに対して,Mann-Whitney rank テストにより有意差(p<0.04)あり。(402 」3頁右欄表3)「抗エストロゲン薬であるケオキシフェンが有力な候補として選択された。
これは,その弱いエストロゲン活性とラット子宮湿重量テストにおける有力な抗子宮肥大活性のためである…。(4024頁左欄7〜10行) 」 (イ) 前記(ア)によれば,甲7には,乳腺腫瘍を有するラットにおいて,タモキシフェンとケオキシフェンは,いずれもコントロールに比べて子宮湿重量を低下させたが,ケオキシフェンについてだけ,この差が有意であったのは,ケオキシフェンは,タモキシフェンに比較してエストロゲン様の影響がより低いためであることが記載されている。
エ 甲8・乙36・乙36の2の記載内容 (ア) 甲8(審判甲8)・乙36・乙36の2(L.J.Black ら,Life Sciences,Vol.32,No.9,pp.1031-1036,1983 年)には,以下の記載がある。
「LY139481がエストラジオール作用の長期阻害をもたらすこと,及び,同等条件下でタモキシフェンが子宮肥大作用を発現すること」(1035頁第11〜12行) (イ) 前記(ア)によれば,甲8には,同等条件下で,LY139481(ラロキシフェン)は,エストラジオール作用の長期阻害をもたらすが,タモキシフェンは子宮肥大作用を発現することが記載されている。
オ 甲84・乙61の記載内容 (ア) 甲84・乙61には,以下の記載がある。
「図2。(a)タモキシフェン,(b)トリオキシフェン,(c) 6-ヒドロキシ-2-(p-ヒドロキシフェニル)-ベンゾ(b)チエン-3-イル p-<2-(1-ピロリジニル)エトキシフェニルケトン(LY117018),及び(d)6-ヒドロキシ-2-(p-ヒドロキシフェニル)-ベンゾ(b)チエン-3-イル p-<2-(1-ピペリジニル)エトキシフェニルケトン(LY139481)の向子宮及び抗向子宮作用。溶媒のみを3回毎日受けたラット(実線の横線),0.5μgのエストラジオール安息香酸のみ(斜線が付された横線),あるいは漸増する用量の 抗エストロゲン薬のみ(破線)又はエストラジオール安息香酸と併用したもの(実線))(4 。」58頁)「タモキシフェンとトリオキシフェンの部分的アゴニスト(向子宮)作用はほぼ同じであり,高用量においてエストラジオールの約40%であった。従来から報告されている(Black及びGoode 1980;Blackら 1982),LY117018(20%)とLY139481(12%)の低い部分的アゴニスト作用が,この実験でも確認された。(462頁 」16〜19行目) (イ) 前記(ア)によれば,部分的アゴニスト(向子宮)作用について,タモキシフェンはエストラジオールの約40%,LY139481(ラロキシフェン)はエストラジオールの12%であり,LY139481(ラロキシフェン)の低い部分的アゴニスト作用が確認されたことが記載されている。
カ 甲1の記載内容 前記2(1)ウのとおり,甲1には,ケオキシフェンは,タモキシフェンよりも弱いエストロゲン作用を示す抗エストロゲン薬であることが記載されている。
そして,前記アないしオのとおり,本件優先日当時,エストロゲン作用の測定はラット等の子宮の成長(子宮湿重量)を測定することにより行われていたことを考慮すると,甲1にいうエストロゲン作用は子宮におけるエストロゲン作用を意味すると解される。
キ 甲6・甲6の2の記載内容 (ア) 甲6(審判甲6) ・甲6の2(Life Sciences,Vol.32,pp.2869-2875 (1983))には,以下の記載がある。
「ケオキシフェン(LY156758)は,エストロゲン性が極めて低い新規なベンゾチオフェン誘導の抗エストロゲンである。(2869頁要約1〜2行) 」「ケオキシフェンのような,タモキシフェンよりも抗エストロゲン効果がより強く,かつ,エストロゲンアゴニストとしての影響がより小さい化合物が,タモキシフェンよりも,より良好な抗癌効果を示すのは合理的にみえる。(2872頁下から6行〜下から3行) 」 (イ) 前記(ア)によれば,甲6には,ケオキシフェンは,タモキシフェンよりもエストロゲンアゴニストとしての影響がより小さいことが記載されている。
そして,前記アないしオのとおり,本件優先日当時,エストロゲン作用の測定はラット等の子宮の成長(子宮湿重量)を測定することにより行われていたことを考慮すると,甲6・甲6の2にいうエストロゲン性は子宮におけるエストロゲン性を意味すると解される。
ク 前記アないしキによれば,ラロキシフェンは,タモキシフェンよりも弱い子宮におけるエストロゲン作用(弱い子宮湿重量増加作用)を示すことは周知であったと認められる。
また,ラロキシフェンは,タモキシフェンより弱い子宮上皮細胞成長作用を示すことも知られていたと認められる(甲3,乙63)。
(3) 相違点2の容易想到性について 前記(1)によれば,エストロゲンの子宮に対する作用(エストロゲン作用)が子宮癌(具体的には子宮内膜癌)の発生に影響しているところ,タモキシフェンは,子宮に対してエストロゲン作用を示し,子宮成長を引き起こし,子宮内膜を増殖させて,子宮内膜癌の発生頻度を増加させることが技術常識となっていた。
他方,前記(2)によれば,ラロキシフェンは,子宮に対してタモキシフェンよりも弱いエストロゲン作用を示すことは周知であり,子宮湿重量増加作用だけでなく,子宮上皮細胞成長作用も弱いことが知られていたと認められる。
そうすると,ラロキシフェンは,子宮癌の発生に関係する子宮に対するエストロゲン作用がタモキシフェンよりも弱いことが周知であり,特に,子宮上皮細胞成長作用がタモキシフェンよりも弱いことも知られていた以上,当業者であれば,ラロキシフェンは,タモキシフェンよりも子宮癌のリスクが低いことを容易に予測し得たということができる。
したがって,引用発明の「9月齢の退役した経産雌ラットにおいて卵巣切除による灰密度の低下を有意に遅らせたケオキシフェン」を,ヒトの骨粗鬆症の治療又は 予防用医薬製剤として適用した場合に,タモキシフェンより子宮癌のリスクが低い製剤となることは,当業者が容易に想到することができたものと認められる。
(4) 相違点4の容易想到性について 前記(2)によれば,ラロキシフェンは,子宮に対するエストロゲン作用がタモキシフェンよりも弱いことは周知であり,特に,子宮上皮細胞成長作用がタモキシフェンよりも弱いことも知られていた以上,当業者であれば,引用発明の「9月齢の退役した経産雌ラットにおいて卵巣切除による灰密度の低下を有意に遅らせたケオキシフェン」は,ラットにおいてタモキシフェンより子宮の上皮の高さの増大が少ないことを容易に想到し得たものと認められる。
そして,本件訂正発明2の相違点4に係る構成は, 「ラットにおいてタモキシフェンより子宮の上皮の高さの増大が少ないか,または,子宮の間質層への好酸球の浸潤が少ない」というものであるから,少なくともその前段の構成が容易想到である以上,その余について判断するまでもなく,相違点4は,当業者が容易に想到することができたものと認められる。
(5) 原告の主張について 原告は,甲1には,子宮湿重量に対する影響がケオキシフェンとタモキシフェンとで同じであることのみが開示され,ケオキシフェンがタモキシフェンと異なり子宮癌のリスクが低いことについて記載も示唆もないから,甲1に接した当業者は,ケオキシフェンが,タモキシフェンとは異なり,子宮癌に関する徴候を増大させず,子宮癌のリスクが少ないことを予測することは困難であり,相違点2及び4を容易に想到することはできないし,抗エストロゲン薬の一種であるラロキシフェンが,骨に対してはエストロゲン作用を示し,骨密度の低下を阻害するものの,子宮に対しては最低限のエストロゲン作用しか有さず,従来の治療法に比べて子宮癌のリスクが低減されるという本件訂正発明の効果は,甲1からの予測を超えた有利な効果であると主張する。
しかしながら,前記2(1)のとおり,甲1には,「タモキシフェンとケオキシフェ ンは子宮湿重量をわずかに増加しただけであった(図2) と記載されているだけで 」あって,子宮湿重量に対する影響がケオキシフェンとタモキシフェンとで同じであったことが明示されているわけではなく,図2を見ると,卵巣切除ラットにおいて,ラロキシフェンの方がタモキシフェンよりも,子宮湿重量の増加量がわずかに低いことが理解できる。そして,甲1には, 「タモキシフェンよりも弱いエストロゲン作用を示す抗エストロゲン薬である,ケオキシフェンに,我々は着目した。」とも記載されており,前記(2)のとおり,ラロキシフェンは,子宮癌の発生に関係する子宮に対するエストロゲン作用がタモキシフェンよりも弱いことが周知であり,特に,子宮上皮細胞成長作用がタモキシフェンよりも弱いことも知られていたことからすれば,当業者であれば,ラロキシフェンは,タモキシフェンよりも子宮癌のリスクが低いこと,ラットにおいてタモキシフェンより子宮の上皮の高さの増大が少ないことを容易に予測し得たものと認められる。
したがって,相違点2及び4に係る本件訂正発明の効果は,当業者が甲1及び技術常識に基づいて予測し得る範囲内のものであり,相違点2及び4に係る本件訂正発明の構成は,当業者が容易に想到し得たものと認められる。
原告の主張は,採用できない。
(6) 小括 以上によれば,相違点2及び相違点4に係る審決の判断は結論において正当であり,取消事由4(相違点2及び4についての判断の誤り)は理由がない。
6 結論 以上によれば,原告主張の取消事由1ないし4は,いずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。