関連審決 | 不服2000-17682 |
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関連ワード | 発明者 / 技術的思想 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 先行技術 / 表現上の差異 / 優先権 / 実施 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / 国際出願 / |
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事件 |
平成
15年
(行ケ)
229号
審決取消請求事件
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原告 シュナイダー・(ユーエスエー)・インク 訴訟代理人弁理士 志賀正武 同 高橋詔男 同 渡邉隆 同 村山靖彦 同 実広信哉 被告 特許庁長官今井康夫 指定代理人 小柳正之 同 竹林則幸 同 一色由美子 同 伊藤三男 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/05/31 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が不服2000-17682号事件について平成15年1月20日にした審決を取り消す。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「薬品の徐放ステントの被覆方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき,1996年(平成8年)9月5日を国際出願日とする国際特許出願による特許出願(優先権主張日同年6月13日・アメリカ合衆国)をしたが,平成12年8月8日に拒絶査定を受けたので,平成12年11月6日,拒絶査定に対する不服の審判の請求をし,不服2000-17682号事件として特許庁に係属した。特許庁は,同事件について審理した結果,平成15年1月20日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年2月4日,原告に送達された。 2 本件特許出願の願書に添付した明細書(平成12年12月6日付け手続補正書により補正されたもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の【請求項1】に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨 少なくとも1つの開口を具備する埋込可能な人工器官の少なくとも一部を,所定時間後にそこから放出する多量の生物学的活性材料を内部に取り込んだ生体安定性且つ疎水性エラストマー材料で被覆する方法において, (a)溶媒中の生体安定性且つ疎水性エラストマー材料,及び多量の生物学的活性材料を含む調剤を人工器官の表面に適用し,生物学的活性材料が粒子であるときは,当該生物学的活性材料の平均粒子サイズが約15μm以下であり,被覆は,実質的に網状構造(webbing)がないようにして前記開口を保持するようにして人工器官に粘着的に適合するように適用され, (b)前記生体安定性且つ疎水性エラストマー材料を,生物学的活性材料の少なくとも一部が硬化後に粒子であるようにして硬化することを含んでなる方法。 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,その優先権主張日である平成8年6月13日より前の同年2月6日に頒布された特開平8-33718号公報(甲7,以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「刊行物1発明」という。)及び特開平3-297469号公報(甲8,以下「刊行物2」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。 |
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原告主張の審決取消事由
審決は,本願発明と刊行物1発明との相違点1の認定判断を誤り(取消事由1),相違点2,3についての各判断を誤った(取消事由2,3)結果,本願発明の進歩性の判断を誤ったものであり,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(相違点1の認定判断の誤り) (1) 審決は,「本願発明では,被覆材料として,生体安定性且つ疎水性エラストマー材料を使用するのに対し,引用刊行物1記載の発明(注,刊行物1発明)ではシリコン,ポリウレタン等の生体安定性ポリマーを使用している点」(審決謄本3頁最終段落)を相違点1として認定し,「相違点1は表現上の差異に過ぎず,両者は被覆材料の点で実質的に相違するとはいえない」(同4頁4(1))と判断するが,誤りである。 (2) 刊行物1(甲7)において,ステントの被覆材料として実際に使用されたのは,生体吸収性ポリマーであるポリ乳酸(ポリ(L-ラクティックアシッド):実施例5〜7)及びポリカプロラクトン(実施例3,4)のみである。 また,刊行物1は,上記被覆層の形成に使用され得るポリマーの候補として,非常に多くの高分子物質名を羅列したリストを開示しているにすぎず,そのリストの中から生体安定性で,かつ,疎水性のエラストマー材料を特に選択して使用すべきことは,記載も示唆もしていない。 刊行物1には,ステント被覆層の形成に使用できるかもしれないポリマーの候補として,非常に多くの高分子物質名が挙げられているが,「生体吸収性のポリマーは,生体安定性のポリマーと異なり,移植の後に長く存在して逆に慢性的な局部反応を起こすことがないので,おそらくより好ましいものである」(段落【0027】)として挙げられたポリマーは,エラストマーではなく,また,多くは疎水性ではなく親水性であり,しかも,生体吸収性のポリマーである。さらに,刊行物1には,「・・・比較的低い慢性の組織応答の生体安定性ポリマーも使用することができ」(段落【0028】)として,多くの生体安定性のポリマーが例示されているが,そこに挙げられたポリマーには,エラストマーだけでなく,プラストマーも含まれている。このように,刊行物1は,生体安定性で,かつ,疎水性のエラストマーを特に選択して使用すべきことを何ら教示しておらず,慢性的な局部反応を起こすことのない生体吸収性のポリマーを推奨していることからすれば,むしろ,生体安定性で,かつ,疎水性のエラストマーを選択することを阻害するものである。 (3) 被告は,刊行物1(甲7)の段落【0025】の【表1】に,「ポリエーテルウレタン」と「シリコン接着剤」が記載されているから,ステント表面への疎水性エラストマーの適用が具体的に開示されていると主張するが,【表1】は,刊行物1発明でステントに適用される薬効成分を含むポリマーの溶液を調製するに当たって使用可能なポリマー,溶媒及び薬効成分の組合せの例を示すにすぎず,「生体安定性且つ疎水性」のエラストマー材料をステントの被覆に特に選択して使用すべきことを教示するものではない。しかも,ポリウレタン及びシリコンには,様々な物理,化学的性質を有する異なる種類のポリウレタン及びシリコンがあり,すべてが「生体安定性且つ疎水性」のエラストマーであるわけではないので,刊行物1に記載された「ポリウレタン」及び「シリコン」,あるいは,「ポリエーテルウレタン」又は「シリコン接着剤」がエラストマーであるとは必ずしもいえない。 2 取消事由2(相違点2の判断の誤り) (1) 審決は,相違点2(本願発明では,生物学的活性材料が粒子であるときは当該生物学的活性材料の平均粒子サイズが約15μm以下であるのに対し,刊行物1発明では,本願発明の生物学的活性材料に相当する治療のための固体物質について,粒径の限定がない点〔審決謄本3頁最終段落〜4頁第1段落〕)について,「引用刊行物2(注,刊行物2)には,へパリンの徐放を目的とする,非水溶性高分子マトリックス中にヘパリンの粒子が分散された抗血栓性材料の製造において,分散させるへパリンの粒径について,0.1〜30μm,好ましくは0.5〜5μmが適していると記載されている。そうすると,・・・刊行物1記載の発明(注,刊行物1発明)において,治療のための固体物質としてヘパリンを採用する際,徐放のために,15μm以下の粒子を使用してみることに格別の技術的困難性があるとは認められない」(同4頁最終段落)と判断するが,誤りである。 (2) 本願発明では,人工器官の使用開始時に生物学的活性材料が当該人工器官の表面から過剰に放出されることを回避し,同時に,より長時間の放出を持続させる効果を目的として,生物学的活性材料の粒径は約15μm以下とされている(本件明細書〔甲5〕の【図7】,6頁左上欄下から第3段落及び同欄最終段落〜同頁右上欄第1段落)。 これに対し,刊行物2(甲8)に記載されたヘパリンの好ましい粒径範囲「0.5〜5μm」(2頁右下欄最終段落)は,自然凝集を回避し,かつ,血栓を低減するためのものであり,刊行物2には,使用初期における被覆層からの過剰なヘパリンの放出を防止するためにヘパリンの粒径を特定の値以下に制御するという本願発明の技術的思想は記載も示唆もされていない。 (3) 本件明細書(甲5)の【図7】には,15μmという基準値より低い粒径(4μm)では過剰な放出が比較的抑制される一方で,当該基準値より大きい粒径ではその抑制の程度が低下することが明確に示されている。当業者は,粒径の小さい薬効成分ほど被覆層から早期に離脱すると予測する(通常は,小分子ほど被覆層中のエラストマーの架橋構造の空隙を通過しやすいと思われる)ところ,【図7】は粒径が小さい方が使用初期の薬効成分の過剰な放出を抑制できることを実証しており,この点は刊行物1,2のいずれからも予測できない格別の効果である。 3 取消事由3(相違点3の判断の誤り) (1) 審決は,相違点3(本願発明では,被覆は,実質的に網状構造(webbing)がないようにして前記開口を保持するようにして人工器官に粘着的に適合するように適用されるのに対し,刊行物1発明では,浸漬又は噴霧することにより適用される点〔審決謄本4頁第1段落〕)について「相違点3は表現上の差異に過ぎず,両者の被覆材料の適用方法に実質的な差異はない」(同5頁第1段落)と判断するが,誤りである。 (2) 審決の判断は,どのような材料を用いて浸漬又は噴霧しても,被覆が人工器官に粘着的に適合するように適用され,ステントの開口に実質的に網状構造が生成しないという前提に立っているが,その前提が誤りである。被覆物が粘着的に適合するように適用されて網状構造の生成を回避してステントの開口を保持するかどうかには,浸漬又は噴霧といった単位操作以外の他の要素が影響し,特に,本願発明が規定する「生体安定性且つ疎水性のエラストマー材料」が使用されるかどうかが,大きな影響を与える(甲14中の参考資料1〔ニィ・ディン作成の宣誓書〕)。 本願発明は,少なくとも一つの開口を具備する埋込可能な人工器官の表面を薬効成分を含む「生体安定性且つ疎水性」のエラストマー材料で被覆することを技術的思想の根幹としており,このように特別に選択された特性を有する材料で人工器官の被覆を実施することによって,人工器官の開口部に不都合な網状構造の形成を回避し得るという優れた効果を奏するものである。そうすると,ステント等の少なくとも一つの開口を備えた人工器官の表面を薬効成分を含むポリマーで被覆する場合に,当該ポリマーとして「生体安定性且つ疎水性」のエラストマー材料を特に選択することにより開口における網状構造の形成を回避し得ることを記載ないし示唆する先行技術がない限り,本願発明の進歩性を否定することはできない。 |
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被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 1 取消事由1(相違点1の認定判断の誤り)について (1) 刊行物1(甲7)における,「選ばれたポリマーは生体適合性で,そしてステントが移植されるとき血管の壁への刺激を最小限にするポリマーでなければならない。ポリマーは,放出の望まれた率かポリマーの安定性の望まれた程度によって,生体安定性か生体吸収性のポリマーのいずれでもよい」(段落【0027】),「また,ポリウレタン(polyurethanes),シリコン(silicones)及びポリエステル(polyesters)のような比較的低い慢性の組織応答の生体安定性ポリマーも使用することができ」(段落【0028】),「ポリマーが生体安定性のポリマーである請求項1に記載の方法。」(【請求項10】),「ポリマーが,シリコン,ポリウレタン,・・・よりなる群から選択されたものである請求項10に記載の方法。」(【請求項11】)との記載からみて,刊行物1にステントの被覆材料として,ポリウレタン,シリコン等の生体安定性ポリマーを使用することが記載されていることは明らかである。 刊行物1(甲7)には,生体安定性ポリマーと生体吸収性ポリマーはほとんど同等なものとして使用できることが記載され,生体安定性ポリマーの代表例としてポリウレタン,シリコンが記載され,さらに,段落【0025】の【表1】には,生体安定性ポリマーであるポリウレタン,シリコンの具体例であるポリエーテルウレタン,シリコン接着剤が記載されているのであるから,これらは単にリストの中に開示されているのではなく,ステントの表面の被覆材料として使用されていると考えるのが当然であり,生体安定性ポリマーの使用が阻害されているとは到底いえない。 (2) 刊行物1(甲7)の段落【0025】の【表1】に記載されたポリエーテルウレタン,シリコン接着剤は,いずれも「生体安定性且つ疎水性」のエラストマーである。すなわち,一般に医用材料として用いられるポリウレタンは,ポリエーテルウレタンであり,これらが,ジイソシアネートと鎖延長剤からなるハードセグメントと,長鎖ポリオールを主成分とするソフトセグメントで構成される「ポリウレタンエラストマー」であることは明らかであり(昭和62年9月25日日刊工業新聞社発行,岩田敬治編「ポリウレタン樹脂ハンドブック」〔乙1,以下「乙1文献」という。〕,平成6年1月5日産業調査会発行「実用プラスチック事典」〔乙2〕及び平成9年9月20日朝倉書店発行,宮坂啓象編「プラスチック事典」〔乙3〕),これらはポリエーテル原料としてポリテトラメチレンエーテルグリコール(PTMG)を使用しているから疎水性である(乙1文献)。また,シリコン接着剤は,液状シリコーンゴムを主体とするもので,ゴムすなわちエラストマーであり(平成2年8月31日日刊工業新聞社発行,伊藤邦雄編「シリコーン ハンドブック」〔乙4,以下「乙4」文献という。〕),シリコーンが共通して有する性質として撥水性に富んでおり,疎水性の材料である(昭和38年10月15日共立出版発行,「化学大辞典4縮刷版」〔乙5,以下「乙5文献」という。〕)。 2 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について (1) 刊行物2(甲8)には,ヘパリンとマトリックスポリマーのみからなる,極めて単純で安全性の高い組成のヘパリン徐放性材料が記載されており,10-1〜10-3μg/cm2minの速度でヘパリンが徐放され,24〜150時間にわたって前記ポリマー表面での血栓形成を阻止するとされている。そして,マトリックスポリマー中に分散させるヘパリンの粒子の大きさについては,「0.1〜30μm,好ましくは0.5〜5μmが適している。0.1μm以下では,粒子の自然凝集が起こり,分散剤などの化学物質の添加が必要になり,カテーテルの様な医療用途に使用した場合には安全性に問題が生じる。また,30μmを越えると,以下のような問題が生じてくる。まず,材料表面の起伏が大きくなり,血液レオロジー的に血栓を誘発し易くなる」(2頁右下欄最終段落)と記載されている。一方,刊行物1(甲7)に記載のステントにおいても,薬剤の継続した放出(すなわち,薬剤の徐放)を達成することを課題としているのであるから,当該ステントにおいて,ポリマー中に分散される治療のための物質として,具体的に例示されているヘパリンを採用する際に,刊行物2に記載されている,ヘパリンの粒径が小さい場合の自然凝集の問題,ヘパリンの粒径が大きい場合の血栓誘発の問題を考慮し,特に好適なヘパリンの粒径範囲とされる0.5〜5μmを包含するように,平均粒子サイズを約15μm以下と限定することに格別の技術的困難性はない。 (2) 本件明細書(甲5)の【図7】は,特定の平均厚みと特定のヘパリン添加量の特定の条件下において,刊行物2における好適範囲内にある4μmの粒径のものと,好適範囲外の17μm以上の粒径のものとを比較したにすぎず,刊行物2から予想できない格別の効果を奏することを示すものではない。 3 取消事由3(相違点3の判断の誤り)について (1) 本願発明と刊行物1発明とは,被覆材料の適用方法がいずれも浸漬又は噴霧によるものであって,好ましい例としてエアブラシ装置を使用する点でも差異がない。また,両者は被覆材料の点でも相違しないから,審決が,相違点3は表現上の差異にすぎず,両者の被覆材料の適用方法に実質的差異はないとしたことに誤りはない。 (2) 本願発明の効果は,原告も自認しているとおり,被覆材料として「生体安定性且つ疎水性」エラストマー材料を選択したことに伴うものであり,刊行物1発明において,「生体安定性且つ疎水性」エラストマー材料であるシリコン接着剤,ポリエーテルウレタンを被覆材料として使用した際に既に奏されている効果であって,顕著な作用効果であるとはいえない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1の認定判断の誤り)について (1) 相違点1の認定について ア 原告は,審決が本願発明と刊行物1発明との相違点1として認定した,「本願発明では,被覆材料として,生体安定性且つ疎水性エラストマー材料を使用するのに対し,引用刊行物1記載の発明(注,刊行物1発明)ではシリコン,ポリウレタン等の生体安定性ポリマーを使用している点」について,認定の誤りを主張するので,検討すると,刊行物1(甲7)には,ステント表面への被覆層の形成に使用されるポリマーに関して,次のとおりの記載がある。 @ 「選ばれたポリマーは生体適合性で,そしてステントが移植されるとき血管の壁への刺激を最小限にするポリマーでなければならない。ポリマーは,放出の望まれた率かポリマーの安定性の望まれた程度によって,生体安定性か生体吸収性のポリマーのいずれでもよいが,生体吸収性のポリマーは,生体安定性のポリマーと異なり,移植の後に長く存在して逆に慢性的な局部反応を起こすことがないので,おそらくより好ましいものである。使用し得る生体吸収性のポリマーは,ポリ(L-ラクティックアシッド)(poly(L-lactic acid))・・・等の生体分子を含む。」(段落【0027】) A 「また,ポリウレタン(polyurethanes),シリコン(silicones)及びポリエステル(polyesters)のような比較的低い慢性の組織応答の生体安定性ポリマーも使用することができ,そして,ポリオレフィン(polyolefins),・・・のような他のポリマーも,それらが溶解され,ステント上で硬化或いは重合する場合は,使用することができる。」(段落【0028】) B 「・・・ポリマーと溶媒と治療のための物質のいくつかの適当な組み合わせの例が,以下の表1に示される。 ポリマー 溶媒治療ための物質 ポリ(L-ラクティックアシッド) クロロホルム デキサメサゾン ポリ(ラクテイックアシッド- コ-グリコーリックアシッド) アセトン デキサメサゾンポリエーテルウレタン N-メチルピロリドン トコフェロール(ビタミンE)シリコン接着剤 キシレン デキサメサゾンフォスフェートポリ(ハイドロキシブチレート -コ-ハイドロキシバリレート) ジクロロメタン アスピリン フィブリン水(緩衝された食塩水) ヘパリン (段落【0025】) C 「ポリマーが生体安定性のポリマーである請求項1に記載の方法。」(【請求項10】) D 「ポリマーが,シリコン,ポリウレタン,・・・よりなる群から選択されたものである請求項10に記載の方法。」(【請求項11】) イ 上記の各記載によれば,刊行物1には,ステントの被覆材料として,生体吸収性ポリマー,生体安定性ポリマーのいずれも使用できること(上記@),生体安定性ポリマーとしてはポリウレタン(polyurethanes),シリコン(silicones)及びポリエステル(polyesters)が挙げられていることが認められる(上記A,C,D)。さらに,ポリマー,溶媒,治療のための物質の適当な組合せとして【表1】に示された6例の中に,ポリウレタンの一種であるポリエーテルウレタン,シリコンの一種であるシリコン接着剤をポリマーとして使用するものが記載されており(上記B),しかも,この6例のうちの最初に示された「ポリマー:ポリ(L-ラクティックアシッド),溶媒:クロロホルム,治療のための物質:デキサメサゾン」の組合せをステントの被覆に用いることが,刊行物1の実施例5〜7に具体的に記載されているから,これと同列に記載されているポリエーテルウレタン又はシリコン接着剤を使用する組合せも,同様にステントの被覆に用いられることは明らかである。 そうすると,刊行物1には,ステントの被覆材料としてシリコン,ポリウレタン等の生体安定性ポリマーを使用することが記載されていると認められるから,審決が,相違点1を「本願発明では,被覆材料として,生体安定性且つ疎水性エラストマー材料を使用するのに対し,引用刊行物1記載の発明(注,刊行物1発明)ではシリコン,ポリウレタン等の生体安定性ポリマーを使用している点」と認定したことに,誤りはない。 ウ 原告は,刊行物1においてステントの被覆材料として実際に使用されたのは,実施例5〜7に記載されたポリ(L-ラクティックアシッド),実施例3,4に記載されたポリカプロラクトンのみであり,シリコン及びポリウレタン,ないし「生体安定性且つ疎水性」のエラストマーの選択は記載されていない旨主張する。しかしながら,上記のとおり,刊行物1の【表1】には,ポリウレタンの一種であるポリエーテルウレタン,又はシリコンの一種であるシリコン接着剤を使用する組合せが,実施例5〜7にステントの被覆材料として用いることが具体的に記載されているポリ(L-ラクティックアシッド)を使用する組合せと同列に記載されているのであるから,ポリウレタン,シリコンは,多くの物質名を羅列した長いリストの中の単なる例示としてではなく,ステントの被覆材料として実用できる程度に具体的に記載されていると認めるのが相当である。 また,原告は,刊行物1の「生体吸収性のポリマーは,生体安定性のポリマーと異なり,移植の後に長く存在して逆に慢性的な局部反応を起こすことがないので,おそらくより好ましいものである」(段落【0027】)との記載は,生体安定性ポリマーの使用を阻害するものであるとか,生体吸収性ポリマーの方が生体安定性ポリマーよりも好ましいことを示唆するにとどまるとも主張する。確かに,上記記載は,慢性的な局部反応を起こすことがないという点において,生体吸収性ポリマーが生体安定性ポリマーよりもおそらく好ましいということを意味するものと認められるが,他方,「・・・ポリウレタン(polyurethanes),シリコン(silicones)及びポリエステル(polyesters)のような比較的低い慢性の組織応答の生体安定性ポリマーも使用することができ」(段落【0028】)との記載は,生体安定性ポリマーの中でも,ポリウレタン,シリコン及びポリエステルは,慢性の組織応答が比較的低いことを示すものであるから,これらの記載を総合すると,刊行物1には,「慢性的な局部反応ないし組織応答」の観点からみれば,生体吸収性ポリマーも,生体安定性ポリマーのうちのポリウレタン,シリコン及びポリエステル等の比較的低い慢性の組織応答を示すものも,同様にステントの被覆材料として使用できることが記載されていると認めるのが相当であって,原告の上記主張は,採用することができない。 (2) 相違点1の判断について ア 原告は,審決の「相違点1は表現上の差異に過ぎず,両者は被覆材料の点で実質的に相違するとはいえない」との判断の誤りを主張するので,刊行物1に記載されたポリウレタン,シリコン等の生体安定性ポリマーが疎水性エラストマーであるといえるかについて検討する。 まず,上記(1)のアBに記載されたポリエーテルウレタン,シリコン接着剤が,ぞれぞれ,同Aに記載されたポリウレタン,シリコンの一種であることは,上記(1)のイのとおりである。 ところで,「ポリウレタン医用材料」に関する乙1文献には,「数多くのポリマーが医用用途に使用されているが,これらのポリマーは,セルロースや天然ゴムのような天然物から,PU(注,「PU」はpolyurethanesの略号),ハイドロゲルのような合成エラストマー(シリコンゴムを含む)にわたっている」(620頁第1段落),「このPUはセグメント化PUと呼ばれているもので多相構造を有するエラストマーである。このセグメント化PUは優れた物理的,機械的性質と血液適合性がよいという性質を具備しており,医用材料として有用であることがわかった。それ以来,セグメント化PUは血液適合性が要求される医療用途に用いられるようになり」(同頁第2段落)と記載されており,これによれば,一般に医用材料,特に血液適合性が要求される医療用途に使用されるポリウレタンは,セグメント化PUと呼ばれるエラストマーであることが認められる。また,乙1文献には,「現在市販の医用PU系材料をPUの組成面から分類すると,以下のようになる。(@)ポリエーテルPUウレア型(ジアミン延長):PTUU(A)ポリエーテル熱可塑性PU型(グリコール延長):TPU(B)ポリエーテルPUとポリジメチルシロキサンポリマーとの複合型:複合PU・・・などがあげられる。」(同623頁下から第2段落)と記載されているところ,これらのポリエーテルウレタンは,624頁の表17.2(市販の各種医用PU系材料)の記載から,ポリエーテル原料として,ポリテトラメチレンエーテルグリコール(PTMG)を使用したものが代表的であると認められ,630頁の表17.5には,ポリテトラメチレングリコールSPU(ポリテトラメチレンエーテルグリコール(PTMG)と同義)を原料とするポリエーテルウレタンは疎水性(シリコンブレンドのものは超疎水性)であることも記載されているから,医用ポリウレタンとしては,疎水性のものが代表的であるということができる。そうすると,刊行物1に記載されたポリエーテルウレタンも,医用ポリウレタンである以上,「生体安定性且つ疎水性」のエラストマーであると理解される。 また,シリコン接着剤については,乙4文献に,「一液型RTVシリコーンゴム(注,「RTV」はRoom Temperature Vulcanizing 〔室温硬化〕の意)は,オルガノポリシロキサンを主成分としているため,ポリサルファイド,ポリウレタン等のほかの弾性接着剤と比較し,次のような特徴を有している。・・・(4)広い温度範囲でゴム弾性を保つ(-60℃〜300℃)。(5)接着性にすぐれ,ほとんどの基材とよく接着し,必要に応じてプライマーを使用することにより,接着信頼性を高めることができる。・・・」(345頁10・1・1),「縮合型RTVシリコーンゴムは,主に接着剤,シール剤,コーティング剤として使用され,」(352頁末行〜353頁1行目),「接着剤用のシリコーンゴムとしては,シーラントに代表される湿気硬化型縮合タイプのものが多く使われている。ゴム状弾性体であるため,歪の緩和が容易であり,無害で作業性の容易なことから,電気・電子部品の接着等にも幅広く使用されてきている」(397頁第1段落)と記載されていることから,接着剤として用いられるシリコンはゴム,すなわち,エラストマーであると解され,さらに,乙5文献に,シリコーンは撥水性に富むことが記載(872頁右欄)されていることから,シリコン接着剤は疎水性であると解される。そうすると,刊行物1に記載されたシリコン接着剤も,「生体安定性且つ疎水性」のエラストマーであると認められる。 イ これに対し,原告は,ポリウレタン及びシリコンといっても様々な物理・化学的性質を有する異なる種類のポリウレタン及びシリコンがあり,すべての種類のポリウレタン及びシリコンが「生体安定性且つ疎水性」のエラストマーであるわけではないと主張するが,刊行物1に,ステントの被覆材料であるポリウレタン,シリコンの一種として具体的に記載されているポリエーテルウレタン,シリコン接着剤が,いずれも「生体安定性且つ疎水性」のエラストマーと認められることは,上記のとおりであり,この認定を覆す反証もないから,原告の主張は上記認定を左右するものではない。 ウ 以上のとおり,刊行物1に,ポリウレタン,シリコンの一種として記載されたポリエーテルウレタン,シリコン接着剤は,いずれも「生体安定性且つ疎水性」のエラストマーであるといえるから,相違点1について,被覆材料の点で実質的に相違するとはいえないとした審決の判断に,誤りはない。 2 取消事由2(相違点2の判断の誤り)について (1) 刊行物2(甲8)には,ヘパリン徐放性材料が記載され,ヘパリンの粒子径について,「0.1〜30μm,好ましくは0.5〜5μmが適している。0.1μm以下では,粒子の自然凝集が起こり,分散剤などの化学物質の添加が必要になり,カテーテルの様な医療用途に使用した場合には安全性に問題が生じる。また,30μmを越えると,以下のような問題が生じてくる。まず,材料表面の起伏が大きくなり,血液レオロジー的に血栓を誘発し易くなる」(2頁右下欄最終段落)と記載されている。他方,刊行物1(甲7)には,「本発明の他の目的は,血管組織への薬剤の継続した放出を可能とする,薬剤を含有したステントを与えることにある」(段落【0012】)と記載され,使用する薬剤としてヘパリンも例示されている(段落【0030】)ことからすると,刊行物1と刊行物2とは,ヘパリン等の薬剤の放出制御という同じ技術分野に属する発明について記載したものということができる。そうすると,刊行物1のステントにおいても,刊行物2と同様に,血栓誘発の防止を考慮すべきことは自明であるから,刊行物2において好適とされている0.5〜5μmの範囲を包含するように,ヘパリン等の薬剤の粒径の上限を最適化することは,当業者が容易にし得ることというべきである。したがって,相違点2についての審決の判断に誤りはない。 (2) 原告は,本願発明は,人工器官の使用開始時に生物学的活性材料が当該人工器官の表面から過剰に放出されることを回避し,同時に,より長時間の放出を持続させる効果を目的として,生物学的活性材料の粒径を「約15μm以下」としたものであり,粒径を「約15μm以下」とすることで刊行物2から予想できない格別の効果を奏することは,本件明細書の【図7】から明らかであると主張する。 しかし,本件明細書(甲5)には,「所望の放出速度プロファイルは,被覆の厚み,生物学的活性材料の径方向(層から層へ)の分布,混合方法,生物学的材料の量,異なる層における異なるマトリクスポリマーの組み合わせ,及びポリマーマトリクスの架橋密度によって設定できる」(4頁左下欄第3段落),「しかしながら,より大きな粒子サイズもまた,例えば薬剤添加が低い,例えば25重量パーセントより低い時には好適にしようできることも注目すべきである。溶離動向は粒子サイズの変更と分散された薬剤の添加又は濃度の変更の組み合わせによって調整することができる」(6頁右上欄第1段落)と記載されており,これらの記載に照らせば,本願発明において,生物学的活性材料の粒子径のみで所望の放出速度プロファイルが達成されると解することはできない。このことは,引用例2(甲8)に,「本発明者らは,分散させるヘパリン粒子の粒径とその含有量,及びマトリックス高分子の親水性の三つの因子によって,ヘパリンの徐放性が支配されることを見出し・・・」(2頁右下欄第2段落)と記載されていることからも裏付けられる。そうすると,粒子径が約15μm以下であるというだけで,使用開始時における生物学的活性材料の過剰放出が抑制され,より長時間の放出を持続させるという顕著な効果が奏されると理解することはできず,本件明細書には,【図7】として,25μmの平均被覆厚みと37.5%のヘパリン添加量を適用した場合における(4頁右下欄第6段落),粒子径4μmのものと17μm以上のものとの放出速度を比較したグラフが示されているだけであるから,本願発明が粒子径「約15μm以下」とすることで,刊行物2から予想できない格別の効果を奏するということはできない。したがって,相違点2に係る構成による格別の効果をいう原告の主張は採用することができない。 3 取消事由3(相違点3の判断の誤り)について 原告は,被覆物が粘着的に適合するように適用されて網状構造の生成を回避してステントの開口を保持するという優れた効果を奏するためには,特に,「生体安定性且つ疎水性」のエラストマー材料を使用することが,大きな影響を与えるなどと主張する。 しかし,取消事由1について既に検討したように,被覆材料として使用するポリマーの点で,本願発明と刊行物1発明との間に実質的な差異はないのであるから,原告の主張するように,網状構造の生成を回避してステントの開口を保持するかどうかが,「生体安定性且つ疎水性」のエラストマー材料が使用されるかどうかに大きく影響されるというのであれば,刊行物1発明においても,当然に網状構造の生成を回避してステントの開口を保持していると解すべきである。そうであれば,相違点3は実質的な差異とはいえず,相違点3を実質的な差異ではないとした審決の判断にも誤りはない。 4 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 古城春実 |
裁判官 | 岡本岳 |