審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成25ワ4040 特許権侵害行為差止請求事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
平成
27年
(行ケ)
10251号
審決取消請求事件
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原告 セルビオス−ファーマエス アー 訴訟代理人弁護士城山康文 山内真之 並木重伸 弁理士 小野誠 坪倉道明 被告ザ トラスティーズオブ コロンビア ユニバーシティ イン ザ シティオブ ニューヨーク 被告中外製薬株式会社 両名訴訟代理人弁護士 尾崎英男 日野英一郎 江黒早耶香 弁理士 津国肇 小國泰弘 主文 1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日 と定める。 事実及び理由 第1 原告の求めた裁判 特許庁が無効2014−800174号事件について平成27年8月19日にし た審決のうち, 「本件審判の請求は,成り立たない。審判費用は,請求人の負担とす る。」との部分を取り消す。 第2 事案の概要 本件は,特許無効審判請求を不成立とする審決の取消訴訟である。争点は,進歩 性の有無(相違点についての判断の誤り)である。 1 特許庁における手続の経緯 被告ザ トラスティーズ オブ コロンビア ユニバーシティ イン ザ シテ ィ オブニューヨーク及び被告中外製薬株式会社(以下「被告ら」という。)は, 平成9年(1997年)9月3日(パリ条約による優先権主張 優先権主張日:1 996年9月3日〈以下「本件優先日」という。〉米国)を国際出願日(以下「本 件出願日」という。)とし,名称を「ビタミンDおよびステロイド誘導体の合成用 中間体およびその製造方法」とする発明について特許出願(特願平10−5127 95号)をし,平成14年5月24日,設定登録がなされた(甲18。特許第33 10301号。請求項の数30。以下,この特許を「本件特許」という。)。 原告は,平成25年5月2日,本件特許の請求項1〜30について,特許無効審 判を請求した(無効2013−800080号)ところ,被告らは,同年9月25 日付け訂正請求書(以下「本件訂正請求書」という。)により,特許請求の範囲を含 む訂正をした(乙1,2。訂正後の請求項の数28。以下「本件訂正」という。。 ) 特許庁は,平成26年7月25日, 「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求 は,成り立たない。」との審決をし(出訴期間90日を附加。,その謄本は,同年8 ) 月4日,原告に送達された(乙2,3)。原告は,出訴期間内に,前記審決の取消 しを求める訴え(当裁判所同年(行ケ)第10263号審決取消請求事件)を提起し, 平成27年12月24日,請求棄却の判決が言い渡され(上告及び上告受理申立期 間30日を付加。),前記判決は,平成28年2月9日,確定した(乙3,4)。 また,原告は,平成26年10月30日,本件特許の請求項1〜30について, 特許無効審判を請求した(無効2014−800174号)ところ,被告らは,平 成27年2月25日付け訂正請求書により,特許請求の範囲を含む訂正をした(甲 19,20。訂正後の請求項の数28。。 ) 特許庁は,平成27年8月19日, 「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求 は,成り立たない。」との審決をし(出訴期間90日を附加),その謄本は,同月2 7日,原告に送達された。 2 特許請求の範囲の記載 本件訂正後の本件特許の請求項1〜28の発明に係る特許請求の範囲の記載は, 以下のとおりである(以下,これらの発明を,請求項に対応して, 「本件発明1」な どと呼称し,本件発明1〜28を総称して「本件発明」ともいう。本件訂正後の請 求項2〜12は,請求項1の従属項,本件訂正後の請求項14〜28は,請求項1 3の従属項であり,これらの記載は省略する。なお,請求項29及び30は,本件 訂正により削除。以下,本件訂正請求書に添付された明細書(乙1)を「本件明細 書」という。。 ) 【請求項1】(本件発明1) 下記構造を有する化合物の製造方法であって: (式中,nは1であり;R1及びR2はメチルであり;W及びXは各々独立に水素又 はメチルであり;YはOであり;そしてZは,式 のステロイド環構造,又は式 のビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は未保護の置換基 及び/又は1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれ も1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい) (a)下記構造: (式中,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである) を有する化合物を塩基の存在下で下記構造: 又は (式中,n,R1及びR2は上記定義のとおりであり,そしてEは脱離基である) を有する化合物と反応させて化合物を製造すること;並びに (b)かくして製造された化合物を回収すること, を含む方法。 【請求項13】(本件発明13) 下記構造を有する化合物の製造方法であって: (式中,nは1であり;R1及びR2はメチルであり;W及びXは各々独立に水素又 はメチルであり;YはOであり;そしてZは,式 のステロイド環構造,又は式 のビタミンD構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は未保護の置換基 及び/又は1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれ も1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい) (a)下記構造: (式中,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである) を有する化合物を塩基の存在下で下記構造: 又は (式中,n,R1及びR2は上記定義のとおりであり,そしてEは脱離基である) を有する化合物と反応させて,下記構造: を有するエポキシド化合物を製造すること; (b)そのエポキシド化合物を還元剤で処理して化合物を製造すること;及び (c)かくして製造された化合物を回収すること; を含む方法。 3 原告が主張する無効理由(甲1を主引例とする進歩性欠如) 本件発明1〜28は,甲1(特公平3−74656号公報)に記載された発明(甲 1発明)及び甲2(Chemistry of Heterocyclic Compounds,Vol.17,No.7,pp.642-644, 1982)に記載された事項並びに本件優先日における技術常識に基づいて,当業者が 容易に発明をすることができた。 4 審決の理由の要点 審決は,前記の無効理由について,以下のとおり,理由なしとした。 (1) 本件発明1の進歩性について ア 甲1発明 「1α,3β−ビス(tert−ブチルジメチルオキシ)−5,7−プレグナジエン −20α−オールを,キシレンに溶解し,水素化ナトリウム及び1−ブロム−3− ブテンを加えて,加熱還流し,20α−(3−ブテニルオキシ)−1α,3β−ビ ス(tert−ブチルジメチルオキシ)−5,7−プレグナジエンを得る方法」 イ 本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点 【一致点】 「下記の構造を有する化合物の製造方法であって: (式中,W及びXは各々独立に水素又はメチルであり;YはOであり;そしてZは, 式 のステロイド環構造(以下「ステロイド環構造」という。),又は,式 のビタミンD構造(以下「ビタミンD構造」という。)であり,Zの構造の各々は, 1以上の保護または未保護の置換基及び/又は1以上の保護基を所望により有して いてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していて もよい) (a)下記構造: (式中,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである)を有する化合物を塩基の存 在下で下記構造: E−B を有する化合物(式中,Eは脱離基である)と反応させて化合物を製造すること; (b)かくして製造された化合物を回収すること, を含む方法」 【相違点】 (1−i)「 」の「A」に対応する部分構造が, 本件発明1では,「下記構造: (式中,nは1であり;R1及びR2はメチルである)」であるのに対して, 甲1発明では,「−CH2−CH2−CH=CH2」である点 (1−A)「E−B」の「B」に対応する部分構造が,本件発明1では, 「下記構造: 又は (式中,nは1であり;R1及びR2はメチル,Eは脱離基である)」(以下,上に 示した化学構造を「2,3−エポキシ−3―メチル−ブチル基」という。)である のに対して,甲1発明では,「−CH2−CH2−CH=CH2」である点 ウ 相違点についての判断 相違点(1―A)における「E−B」の「B」構造を, 「−CH2−CH2−CH= CH2」から,「2,3−エポキシ−3―メチル−ブチル基」にすることによって, 相違点(1−i)における「A」も,必然的に, 「−CH2−CH2−CH=CH2」か ら,「2,3−エポキシ−3―メチル−ブチル基」になる。 そうすると,甲1発明において,相違点(1―A)の構成が満たされることで, 必然的に,相違点(1−@)の構成も満たされることになる。 そこで,相違点(1−A)について検討する。 (ア)動機付けについて a 甲1発明は,「 (式中,W及びXは各々独立に水素又はメチルであり;YはOであり;そしてZは, ステロイド環構造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護の置換基を有し,Zの 構造の環は,いずれも1以上の不飽和結合を有している。」 )(以下「ステロイド−2 0−アルコール」という。)を出発物質として,最終目的物である1α,25−ジヒ ドロキシ−22−オキサビタミンD3(マキサカルシトール。以下「OCT」とい う。)の中間物質である「25−ヒドロキシ−22−オキサステロイド」を製造する 方法の一工程である点で,本件発明1と目的が共通しているといえる。 また,甲4(有機合成化学協会誌,54巻,2号,139〜145頁,1996 年)には,甲1のOCTの製造方法の欠点は,出発物質であるアルコールのアルキ ル化の際に副生成物を生成する点にあり,この副生成物の生成は出発物質であるア ルコールの水酸基の立体障害に起因する反応性の低さから生じることが記載されて おり,甲1のOCTの製造方法の一工程である甲1発明には,出発物質であるステ ロイド−20―アルコールの水酸基の立体障害に起因して,副生物が生じ,収率の 低減をもたらすという課題があることを,本件優先日の技術常識として,当業者が 認識できたということができる。 ところで,このような課題が甲1発明にある場合の解決手段として,甲4には, Michael 付加反応−メチル化反応を経由する改良法が効率的であることが記載され ているものの,それ以外の解決手段は特に記載されていない。また,甲4には,前 記改良法でも大量合成には不利なことから,更に改良が検討されていることも記載 されているが,その課題を解決する手段については記載されていない。 一方,甲2には,本件発明1の「2,3−エポキシ−3―メチル−ブチル基」を 有する試薬に当たる「1―ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシ ブタン」とアルコール類との反応が,アルカリ金属アルコキシドを用いて進行し, エポキシエーテルが好収率で得られることが記載されているが,甲2に記載されて いるアルコールは, 「ROH」の「R」が, 「CH?」「C?H?」「C?H?」「i−C ,,, ?H?」「CH?C?H?」「CH?=C(CH?)CH?CH?−」「C?H?」「 ,,,, 」であって,立体障害があるとされるステロイド−20―アルコールと構造が異 なり,甲2の記載から,ステロイド−20―アルコールと1―ブロモ(又はクロロ) −3−メチル−2,3−エポキシブタンとの間で実際に反応が進行することが直ち に理解できるものではない。甲17(ボルハルト,ショアー著,村橋俊一ら訳,現 代有機化学(上) 310〜315頁, , 株式会社化学同人,1996年4月1日)は, ウィリアムソン合成反応によるエーテル合成は,立体障害のない第一級のアルキル 化剤との反応に限られることが記載されていることからすれば,立体障害があるス テロイド−20―アルコールと1―ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3− エポキシブタンとの間で反応が必ず進行すると当業者が理解するとはいえない。 b 甲3(有機合成化学,48巻,12号,1082〜1091頁,1 990年)には,本件発明1のエポキシ化合物についての記載は見当たらない。 甲4及び6( Bioorganic& MedicinalChemistry Letters, Vol.4, No.5, pp.753-756, 1994)には,ステロイド−20―アルコールと,二重結合を有する側 鎖導入試薬を反応させた後,その二重結合部分をエポキシ化して,ステロイド環の 一部と側鎖の部分構造が 「 」で示されるエポキシド化合物を製造する方法が記載されているものの,この化合 物は,本件発明1のエポキシド化合物とは異なる化合物であって,甲1のOCTの 製造方法の課題が,エポキシド化合物を経由して,OCTを製造することにより解 決できることを示唆するものではない。 また,甲5(日本薬学会第112年会講演要旨集2,62頁,平成4年3月5日) には,甲4で甲1のOCTの製造方法の改良方法として示された Michael 付加反応 が記載されているが,これも本件発明1のエポキシド化合物を得る反応ではない。 さらに,甲7(Chem. Pharm. Bull., Vol.40, No.6, pp.1494-1499, 1992)も, ステロイド−20―アルコールと「エチルアクリレート」又はエポキシ環造(裁判 所注:エポキシ環構造の誤記と認める。)を有する化合物,以下の構造を有する化合 物「 (a:X=C1,n=3;b:X=Br,n=4)」などが反応してエーテルを合成 することが記載されているものの,これらは本件発明1の「2,3−エポキシ−3 −メチル−ブチル基」を有する試薬ではなく,また,本件発明1のエポキシド化合 物も得ておらず,甲1発明の課題が,甲2の「1―ブロモ(又はクロロ)−3−メ チル−2,3−エポキシブタン」を使用することで解決できることを示唆するもの とはいえない。 一方,甲10(特開平7−2820号公報)には,エポキシ基を有するカルボン 酸とH−Bとのカップリング反応と,二重結合を有するカルボン酸H−Bとの反応 の後に,二重結合をエポキシ化する反応が記載されており,二重結合を有する化合 物とカップリング反応をしてからエポキシ化するよりも,エポキシ基を有する化合 物を1段でカップリング反応させる方が工程が少なくなることは理解できるとして も,甲1発明を一工程として含む甲1のOCTの製造方法では,途中段階でエポキ シド化合物を経由することが記載されていない以上,甲1発明において, 「1―ブロ モ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタン」を使用する動機付けを 示唆するものとはいえない。 その他の証拠にも,本件発明1の「2,3−エポキシ−3―メチル−ブチル基」 を有する試薬を使用することで,甲1発明における前記課題を解決することができ ることを示唆する記載は見当たらない。 そうすると,甲1発明において,「E−B」の「B」構造を,「−CH?−CH?− CH=CH?」から,「2,3−エポキシ−3―メチル−ブチル基」にする動機付け があったということはできず,相違点(1―A)についての動機付けがあるとはい えない。 (イ) 構成の容易想到性について 甲2,4,9(社団法人日本化学会編,第4版 実験化学講座20 有機合成I I アルコール・アミン,14〜17頁,丸善株式会社,平成4年7月6日)及び 14(国際公開93/21204号)には,様々なエポキシド化合物を還元してア ルコールを合成する反応が記載されており,甲4及び14に記載されたエポキシド 化合物は,ステロイド構造を有するものであるが,本件発明1のエポキシド化合物 (以下「エポキシステロイド化合物」という。)は,その側鎖の構造が,甲4及び1 4のエポキシド化合物とは異なっている。 また,甲11(John McMurry 著,児玉三明ら訳,有機化学(上)第3版,274〜 279頁)及び12(S. Warren 著,野村祐次郎ら訳,プログラム学習 有機化学合 成,xvi〜xix 頁,株式会社講談社,1979年12月10日)には,目的とする化 合物を得ようとする場合に,目的化合物の前駆物質,目的化合物を得るための中間 物質を考えるべきことが記載されているが,このような技術常識を適用して,OCT の中間物質である「25−ヒドロキシ−22−オキサステロイド」を得ようとする 場合,その前駆物質としては多くの物質が考えられ,本件発明1のエポキシステロ イド化合物を必ずしも想起するとはいえない。多くの前駆物質の中から,本件発明 1のエポキシステロイド化合物を,当業者が当然に選択するという根拠は,いずれ も証拠にも示されていない。 仮に,甲1発明を含む甲1に記載された製造方法において,OCT の中間物質であ る「25−ヒドロキシ−22−オキサステロイド」の前駆物質として,本件発明1 のエポキシステロイド化合物を選択することを想起したとしても,このエポキシス テロイド化合物を得るための前駆物質とその反応を更に考えなければならないが, そのような反応として,ステロイド−20−アルコールと甲2に記載されている「1 ―ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタン」とを反応させる ことを当業者が容易に想到し得たとはいえない。すなわち,前記のとおり,ステロ イド−20−アルコールの立体障害は,反応する水酸基が置換している20位炭素 原子に水素原子,メチル基のほかにステロイド環構造のような大きな置換基が存在 することによるものと理解される(甲4)ところ,甲2に記載されたステロイド環 構造のような大きな置換基を持たないアルコールと「1―ブロモ(又はクロロ)− 3−メチル−2,3−エポキシブタン」が反応したからといって,ステロイド−2 0−アルコールと「1―ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブ タン」が反応すると当業者が理解するものとはいえない。また,甲6には,「 」,甲7には,「エチルアクリレート」が,ステロイド−20−アルコールと反応 することが記載されているが,これらは, 「1―ブロモ(又はクロロ)−3−メチル −2,3−エポキシブタン」のように,エポキシ環構造を有するものではない。さ らに,甲7には,反応剤「 (a:X=C1,n=3;b:X=Br,n=4)」が,ステロイド−20−アルコ ールと反応してエーテルを合成することが記載されているが,甲6には,この反応 剤のnが2となったブロマイド(13)「 」とステロイド−20−アルコールとは反応しないことが記載されており,環構造 が反応部位により近い位置に存在すると,ステロイド−20−アルコールとの反応 が進行しない可能性があることが理解できるところ,甲2の「1―ブロモ(又はク ロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタン」は,前記のブロマイド(13)よ りも反応部位に近い位置にエポキシ環が存在する。加えて,甲7には,エポキシ環 を持つイソブチレンエポキシド15をステロイド−20―アルコールと反応させる と,エポキシ環が開裂する付加反応が生じることが記載されており,甲2には,α −エピハロヒドリン類と求核試薬とを反応させると,ハロゲンが置換された生成物 となる反応のほとんどはハロヒドリンの生成に伴う付加反応と,それに続く脱離と エポキシド基の生成により進行するもので,ハロゲン原子の直接置換はまれにしか 観察されないことが記載されているから,ステロイド−20−アルコールと「1― ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタン」を反応させて,実 際にエポキシ環を保持したままエポキシエーテルを合成できるかは,当業者といえ ども直ちに予測できるものではない。 (ウ) 効果について 本件発明1の効果は,本件発明1に係る新たな製造方法を提供することにあるも のと認められるところ,前記(イ)のとおり,本件発明1に係る構成とすることを当 業者が容易に想到し得なかったものであるから,本件発明1の効果も,同様に,当 業者が予測し得なかったものと認められる。 (2) 本件発明2〜12の進歩性について 本件発明2〜12は,本件発明 1 の構成を,更に限定したものであるから,本件 発明 1 と同様に,甲1 発明及び甲2に記載された事項並びに技術常識に基づいて, 本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 (3) 本件発明13の進歩性について ア 本件発明13と甲1発明との一致点及び相違点 【一致点】 「下記の構造を有する化合物の製造方法であって: (式中,W及びXは各々独立に水素又はメチルであり;YはOであり;そしてZは, ステロイド環構造又はビタミンD構造あり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は 未保護の置換基及び/又は1以上の保護基を所望により有していてもよく,Zの構 造の環はいずれも1以上の不飽和結合を所望により有していてもよい) (a)下記構造: (式中,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである)を有する化合物を塩基の存 在下で下記構造: E−B を有する化合物(式中,Eは脱離基である)と反応させて下記構造: を有する化合物を製造すること; を含む方法」 【相違点】 (1−@’)「 」の「A」に対応する部分構造が, 本件発明13では,「下記構造: (式中,nは1であり;R1及びR2はメチルである)」であるのに対して, 甲1発明では,「−CH2−CH2−CH=CH2」である点 (1−A’)「E−B」の「B」に対応する部分構造が,本件発明13では, 「下記構造: 又は, (式中,nは1であり;R1及びR2はメチル,Eは脱離基である)」であるのに対 して, 甲1発明では,「−CH2−CH2−CH=CH2」である点 (1−B)「 」の「A’」に対応する部分が, 本件発明13では「 (式中,nは1であり;R1及びR2はメチルである)」であるのに対して, 甲1発明では,「CH2−CH2−CH=CH2」である点 (1−C)本件発明13では,「(b) (式中,nは1であり;R1及びR2はメチルであり;W及びXは各々独立に水素又 はメチルであり;YはOであり;そしてZは,ステロイド環構造又はビタミンD構 造であり,Zの構造の各々は,1以上の保護又は未保護の置換基及び/又は1以上 の保護基を所望により有していてもよく,Zの構造の環はいずれも1以上の不飽和 結合を所望により有していてもよい) を有するエポキシド化合物を還元剤で処理して,下記構造式を有する化合物を製造 すること;及び (式中,n,R1及びR2,W,X,Y及びZは上記定義のとおりである) (c)かくして製造された化合物を回収すること」を含んでいるのに対して, 甲1発明ではこのような工程がない点 イ 相違点についての判断 上記(1)ウで述べたように,甲1発明において,相違点(1−A’)の構成が満た されることで,必然的に相違点(1−i’)の構成も満たされることになる。 また,相違点(1−B)及び(1−C)は,相違点(1−i’)及び(1−A’) の構成が満たされることを前提とした相違点であるといえる。 そこで,相違点(1−A’)について検討する。 相違点(1−A’)は,前記(1)ウで検討した相違点(1−A)と実質的に同じで あるから,前記(1)ウで述べたのと同様の理由により,甲1発明において,本件優先 日前に,相違点(1−A’)を構成することが当業者にとって容易になし得たものと はいえない。 また,本件発明13の効果は,前記(1)ウ(ウ)で述べたのと同様に,本件発明1 3に係る新たな製造方法を提供することにあるものと認められるところ,前記で検 討したとおり,本件発明13の構成は,当業者が容易に想到し得なかったものであ るから,本件発明13の効果も,同様に,当業者が予測し得なかったものと認めら れる。 (4) 本件発明14〜28の進歩性について 本件発明14〜28は,本件発明13の構成を,更に限定したものであるから, 本件発明13と同様に,甲 1 発明及び甲2に記載された事項並びに技術常識に基づ いて,本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 第3 原告主張の審決取消事由(進歩性の有無(相違点についての判断の誤り)) 本件発明1と甲1発明は,反応の出発物質(下記の物質(以下「本件ステロイド 出発物質」という。,反応様式(ウィリアムソン・エーテル合成法)が共通してお ) り,反応させる試薬の構造が異なるところ,本件発明1で用いられる試薬(以下「本 件側鎖導入試薬」という。)は,甲2に記載されている。 そして,甲1に加えて,甲4,6及び7には,本件ステロイド出発物質の20位 炭素原子に結合した水酸基を,ウィリアムソン・エーテル合成法に従ってアルキル 化できることが記載されていた。 したがって,当業者は,甲1発明に甲2に記載された事項を組み合わせて,本件 発明1の方法を容易に想到することができたのであって,本件発明1は,甲1発明 及び甲2に記載された事項並びに本件優先日前の技術常識に基づいて,当業者が容 易に発明をすることができたものであるといえ,また,本件特許による効果も,顕 著でないから,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してなされたものであ り,審決は,取り消されるべきである。 1 動機付けについての判断の誤り 当業者が,甲1発明に甲2に記載された反応を適用し,甲1発明の「1−ブロム −3−ブテン」を本件側鎖導入試薬に置き換えることの動機付けがあった。 (1) 甲4の記載について 当業者であれば,甲4に記載された図5のOCTの合成の工程において,アルコ ール(8)のアルキル化の際に副生成物(9)が生成されるのは,本件ステロイド 出発物質の水酸基の立体障害に起因するものではなく,1−ブロモ−3−ブテンの 反応性の低さ(SN2反応性の低さ)に起因すると理解したはずであり,甲4に接 した当業者は,本件ステロイド出発物質の水酸基の立体障害が嵩高いために反応性 が低いと認識するとした審決の判断は,誤っている。 甲4 図5 ア 本件ステロイド出発物質の20位炭素原子に結合した水酸基にウィリア ムソン エーテル合成法を適用し, ・ 高い収率でエーテル化合物を合成できることは, 本件特許の優先日当時の技術常識であり(甲4, 7, (J. Org. Chem., Vol.44, 6, 29 No.10, pp.1590-1596, 1979 )30( Chem.Pharm. Bull., Vol.34, No.10, , pp.4410-4413, 1986),臭化プレニルと20位アルコール体が効率よく反応するこ ) と(甲40(特表平4−503669号公報))も考慮すれば,20位アルコール体 をウィリアムソン反応に用いることができることは,周知であり,当業者は,本件 ステロイド出発物質が,立体障害のために反応性が低いとは考えていなかった。 イ 「1−ブロモ−3―ブテン」は,「CH?=CH−CH?−CH?−Cl」の塩素 (Cl)の代わりに臭素(Br)が結合した物質であるところ,ウィリアムソン反 応は,SN2反応(二分子求核置換反応)の一種であり(甲17,31(久保田尚 志訳,有機反応機構 第5版,84〜87頁,株式会社東京化学同人,1984年 1月25日) ,S N 2反応において,反応する炭素(ハロゲンと結合している炭素)) にπ結合(二重結合など)が隣接している場合,S N2反応性が高くなり,「CH?= CH−CH?−CH?−Cl」では,π結合の位置が離れているため,S N2反応性が低 くなる(甲32(大橋守ら訳,フェッセンデン有機化学(上)(原著第5版),22 8〜231頁,株式会社東京化学同人,1995年2月10日))ことからすれば, 「1−ブロモ−3―ブテン」のSN2反応性が低いことは,技術常識であった。 したがって,当業者は, 1 発明の反応における副生成物の生成の原因について,甲 本件ステロイド出発物質ではなく, 「1−ブロモ−3−ブテン」のSN2反応性の低 さが原因であると考えたはずである。 ウ 甲2において,本件側鎖導入試薬と反応することが開示されたアルコール 化合物には,イソプロピルアルコール(イソプロパノール)が含まれ,その収率は 50%であるところ,イソプロピルアルコールと本件ステロイド出発物質は,とも に,反応点の構造が,第二級アルコールであって,類似している。 本件ステロイド出発物質は,第二級アルコールであり,反応速度にある程度影響 し得る立体障害が存在することは認めるが,そもそも反応の収率は本件発明の効果 ではなく,本件ステロイド出発物質を含む20位アルコール体において,ウィリア ムソン反応を含むSN2反応が進行することが知られていたところ,本件側鎖導入 試薬の立体障害は小さいのであるから,当業者が,両者の反応が著しく妨げられる と予測することはない。甲4には, 「この副生成物(9)の生成は8の水酸基の立体 障害に起因する反応性の低さから生じている。 と記載されているが, 」 その根拠は甲 4に明示されておらず,甲4の前記記載により,当業者が, 「20位アルコールの反 応部位(水酸基)には4-ブロモ−1−ブテンとの立体障害がある程度存在する」と 理解したとしても,甲1発明の試薬である「4−ブロモ−1−ブテン」の反応性が 低いことから,これに代えて,甲1発明に甲2に記載されたよりSN2反応性が高 い本件側鎖導入試薬を適用する動機付けを有していたことは,否定できない。 (2) 甲17の記載について 「実際,有機化学の教科書である甲17には,ウィリアムソン合成反応によるエ ーテル合成は,立体障害のない第一級アルキル化剤との反応に限られることが記載 されていることからすれば,立体障害があるステロイド−20−アルコールと1− ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタンとの間で反応が必ず 進行すると当業者が理解するとはいえない。」とした審決の判断は,誤っている。 甲17には, 「アルコキシドは強塩基なので,これらをエーテル合成に用いること ができるのは立体障害のない第一級のアルキル化剤との反応に限られており,その 他の場合にはかなりのE2反応生成物が生じる」との記載があるが,この記載は, 第一級のアルキル化剤は,一般的に,立体障害が小さく,第二級又は第三級のアル キル化剤に比べて,SN2反応であるウィリアムソン反応に適しているという趣旨 であって,第一級のアルキル化剤のうち,立体障害のないものに限ってウィリアム ソン反応が進行するという趣旨ではない(甲27(山本嘉則編著,有機化学基礎の 基礎−100のコンセプト,210〜211頁,株式会社化学同人,平成9年8月 15日)。甲17は,ウィリアムソン反応で用いられるアルコキシド(アルコール ) の共役塩基であるアニオンR−O?)の立体障害については,全く問題としていない。 仮に,審決が,立体障害のない第一級のアルキル化剤との反応に限られることの 根拠として甲17を引用しているとしても,本件優先日前に,本件側鎖導入試薬を 用いた置換反応が知られており,また,当業者が立体障害による反応性への影響を 考察する上で,五員環エーテルと三員環エーテルを一括りにすることはあり得ない から,当業者にとって,本件側鎖導入試薬が「立体障害のない」第一級のアルキル 化剤であることは明らかであり,立体障害によりウィリアムソン反応が進行しない とは考えない。 (3) その他の証拠について 審決は,いずれの証拠にも,本件発明1の「2,3―エポキシ−3―メチル−ブ チル基」を有する試薬を使用することで,甲 1 発明における,出発物質であるステ ロイド−20−アルコールの水酸基の立体障害に起因して副生物が生じ,収率の低 減をもたらすという課題を解決することができることを示唆する記載は見当たらな いと判断するが,本件エポキシエーテル化合物(後掲49頁の図記載の「本件エポ キシエーテル化合物」をいう。以下同じ。)を得る反応が公知文献に記載されていな くとも,本件エポキシエーテル化合物を得ることは,当業者であれば,容易に想到 でき,甲1発明に記載された本件ステロイド出発物質に,甲2に記載された本件側 鎖導入試薬(1−ブロモ−3−メチル−2,3―エポキシブタン)を適用する動機 付けがあったといえる。 当業者は,前記(1)のとおり,甲1発明の課題の原因は,本件ステロイド出発物質 ではなく側鎖導入試薬(1−ブロモ−3―ブテン)によるものと考えたはずであり, 甲1発明に関し,OCTを工業的に効率的に製造する方法を提供するという周知の 課題の解決を目指す当業者であれば,側鎖導入試薬をSN2反応性に優れた他のハ ロゲン化アルキルに置き換えてOCTを合成することを想到したはずである。 甲1には,甲 1 発明により得た本件ブテニルーテル化合物から本件ステロイド目 的物質を合成し,加熱環流及び脱保護を経て最終的にOCTを得る工程が開示され ているから,当業者は,本件ステロイド目的物質を得るための反応を探索するはず であるところ,側鎖導入試薬が水酸基を持つことになり,分子内又は分子間で側鎖 導入試薬が反応するため,ウィリアムソン・エーテル合成法により本件ステロイド 目的物質の側鎖部分をそのまま本件ステロイド出発物質に導入することはできない ことから,水酸基を有さず,かつ,側鎖導入後に容易に25−水酸基へと変換可能 な官能基を有する側鎖導入試薬を探索することになる。 エポキシ環の開環反応によってアルコールを合成する方法は,当業者にとって, 技術常識であり(甲9)甲2には, , 本件側鎖導入試薬とアルコールとを反応させて, エポキシエーテルを得る反応に加えて,得られたエポキシエーテルを還元剤によっ て開環させて,OCT側鎖と同じ構造を有する4−ブトキシ−2―メチル−2−ブ タノールが得られることが記載されており,甲4及び14には,OCTと同じステ ロイドの25位水酸基が,エポキシドの開環により得られることが開示されている。 このことから,本件エポキシエーテル化合物を合成し,これを還元処理してエポ キシ環を開環し,本件ステロイド目的物質を得る反応経路は,当業者であれば容易 に想到できるものである。 2 構成の容易想到性についての判断の誤り OCTの中間物質としてエポキシステロイド化合物を選択した当業者が,これを 得る反応として本件ステロイド出発物質と甲2の側鎖導入試薬を反応させることを, 容易に想到したと認めることはできないとした審決の判断は,根拠を欠き,誤って いる。 (1) 前記1(3)のとおり,当業者であれば,本件ステロイド目的物質を得るため の前駆物質として,本件エポキシエーテル化合物を得ることを想定できた。 (2) 前記1(1)のとおり,当業者は,本件ステロイド出発物質の反応性が低いと は考えない。 (3) 本件側鎖導入試薬の反応性は,当業者にとって周知であり,当業者が,甲 2の記載から,本件側鎖導入試薬による置換反応が進行しない可能性を考えたとい うことはできない。 ア 本件ステロイド出発物質と五員環エーテルを有する試薬との反応(甲 6,7,30)の比較から,当業者が,試薬において五員環エーテルが反応部位に 近い位置に存在した場合に反応性が低下すると理解することはあり得るとしても, 五員環エーテル(ジオキソラン基)は,炭素原子3つと酸素原子2つの環状構造で あるのに対し,三員環エーテル(エポキシ基)は,炭素原子2つと酸素原子1つの 環状構造であり,構造的にジオキソラン基よりも小さいことが明らかである。構造 が問題になる立体障害による反応性を考察する上で,当業者が五員環エーテルと三 員環エーテルを一括りにすることはあり得ず,本件側鎖導入試薬が甲6のブロマイ ド(13)よりも更に反応部位に近い位置にエポキシ環を有しているとしても,当 業者は,本件側鎖導入試薬が本件ステロイド出発物質と反応しない可能性があると は考えない。 イ 本件側鎖導入試薬(エポキシブロマイド)は,臭化プレニル(プレニ ルブロマイド)の二重結合をエポキシ化したにすぎないものであり,両者の構造は 類似している(甲38(Heterocycles, Vol.63, No.6, pp.1335-1343, 2004),39 (Tetrahedron Letters , 45,pp.1347-1350, 2004),43(日本プロセス化学会編,プ ロセス化学の現場−事例に学ぶ製法開発のヒント,179〜189頁,株式会社化 学同人,2009年7月20日)。 ) 本件優先日当時,臭化プレニルは,高い収率で,20位−アルコール体とウィリ アムソン反応をすること,すなわち,20位アルコール体から生じたアルコキシド が臭化プレニルの脱離基Brに結合する炭素と接近することを妨げる立体障害が, 臭化プレニルに存在しないことが知られていた(甲40)。 当業者は,臭化プレニルと類似の構造を有する本件側鎖導入試薬についても,2 0位アルコール体から生じたアルコキシドが脱離基Brと結合する炭素に接近する ことを妨げる,ウィリアムソン反応を阻害するほどの立体障害がないことを,容易 に理解できた。 本件側鎖導入試薬が二重結合を有しないとしても,直ちに反応性が否定されるも のではなく,実際,二重結合を有さない側鎖導入試薬が20位アルコール体と反応 することが,甲30に記載されている。 (4) 「ステロイド−20−アルコールと「1−ブロモ(又はクロロ)−3−メ チル−2,3−エポキシブタン」を反応させて,実際にエポキシ環を保持したまま エポキシエーテルを合成できるかは,当業者といえども直ちに予測できるものでは ない」とした審決の判断は,誤っている。 ア 甲2には,本件側鎖導入試薬を,エポキシ環を維持したままSN2反応 の一種であるウィリアムソン反応に使用できることが記載されており,本件側鎖導 入試薬と種々の求核性化合物とがSN2反応をすることは,本件優先日当時,当業 者に周知であり(甲33(Journal of Organic Chemistry of the USSR, Vol.1, No.9, pp.1731, 1965),34(同,Vol.3, No.9, pp.1587-1589, 1967),35(Chemistry of Heterocyclic Compounds, Vol.19, No. 9, pp.934-936, 1983),36(アルメニア化学ジ ャー ナル, III,No.4, pp.316-319, 1980 ) 37(Heterocycles, Vol.35, No.2, , pp.619-622, 1993),本件ステロイド出発物質と本件側鎖導入試薬とを反応させて, ) 本件エポキシエーテル化合物を得られることは,当業者にとって容易に予測可能で あった。 イ 1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタンは,五員環エーテルによ る嵩高さにより反応が進行しない(甲30)としても,本件側鎖導入試薬とは立体 障害の観点からは構造が全く異なっており,本件側鎖導入試薬の反応性の参考にな らない。1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタンの五員環エーテルは,主鎖 である炭素数4の直鎖アルキルとほとんど独立して存在しているのに対し,本件側 鎖導入試薬の三員環エーテルは,主鎖である炭素数4の直鎖アルキルの2位及び3 位の炭素原子と一体になっており,同じ環状エーテルでも,直鎖アルキルと,ほと んど独立して存在する場合より,一体的に存在する場合の方が,環のもたらす立体 障害の影響ははるかに小さい。1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタンは, 構造上,SN2反応の進行を阻害する立体障害をもたらすのに対し,本件側鎖導入 試薬にはそのような障害はない。 1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタン 本件側鎖導入試薬 ウ イソブチレンエポキシドは,エポキシ環を有するが,脱離基を有してい ない点で本件側鎖導入試薬と異なるから,イソブチレンエポキシドを本件ステロイ ド出発物質と反応させると,SN2反応による置換反応ではなく,エポキシ環が開 裂する付加反応が生じること(甲7)は,当業者にとって当然のことであり,本件 側鎖導入試薬と本件ステロイド出発物質との反応において同様に付加反応が生じる とは考えない。 エ 甲2のα―エピハロヒドリンの反応では,エポキシ環が開環しない直接 置換反応は稀であることがよく知られていたという事実を示す本件優先日前の証拠 はなく,むしろ,塩基存在下におけるエピハロヒドリンと求核試薬との反応におい ては,直接置換反応が優勢であることが知られていた(甲41(特開平6−207 041号公報),42(特開平6−73044号公報),44(Chemical Reviews, Vol.113, No.3, pp.1441-1498, 2013)。 ) 本件側鎖導入試薬とエピハロヒドリンは,脱離基であるハロゲンの結合する炭素 原子の隣にエポキシ環が存在しているという点で,類似しているから,当業者は, 本件側鎖導入試薬の反応性を予測できた。 オ 仮に,審決が,本件側鎖導入試薬に反応点が3つあり,そのため付加反 応が生じる可能性があることを指摘しているとしても,当業者は,本件側鎖導入試 薬を20位アルコール体とのウィリアムソン反応に用いた場合,反応点1で反応が 進行する,すなわち,直接置換反応が進行すると考えたはずであり(甲2,33〜 37,43),前記指摘によって本件発明の進歩性が基礎付けられることはない。 (5) 本件発明の発明者も,発明を完成させる過程において,甲2の記載に動機 付けられて,本件ステロイド出発物質と本件側鎖導入試薬とを,ウィリアムソン・ エーテル合成反応させて,本件エポキシエーテル化合物を得る反応を期待どおり見 出したことを,論文に記載しており(甲38,39,43),甲2の本件側鎖導入試 薬の反応性を認識していた。 仮に,本件発明の発明者が甲2を知らなかったとしても,関連する先行文献の記 載内容を知っていることが前提である当業者の認識には影響せず,進歩性を否定す る根拠にはならない。 3 発明の効果についての判断の誤り 前記構成が当業者に容易に想到できたことから,その効果(本件発明1に係る新 たな製造方法を提供すること,すなわち,本件ステロイド出発物質と本件側鎖導入 試薬の反応が単に進むということ)も,顕著でなく,当業者が予測し得たものであ る。 なお,収率は,本件発明の効果ではないから,本件優先日当時の当業者が,20 位アルコール体と本件側鎖導入試薬とが反応することを予測できれば,進歩性は否 定される。 4 まとめ したがって,本件発明1は,甲1発明及び甲2に記載された事項並びに本件優先 日前の技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 そうすると,本件発明2〜28も,甲1発明及び甲2に記載された事項並びに本 件優先日前の技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたもので ある。 第4 被告らの反論 本件発明を知らない当業者は,実験をすることなく,甲1発明と甲2に記載され た事項を組み合わせて本件発明1を容易に想到することはできない。 被告中外製薬株式会社が実験を行って,OCT側鎖の導入に失敗した試薬は,ハ ロゲン化アルキル試薬であるから,反応相手のアルコールが立体障害のない低分子 アルコールであれば,ウィリアムソン反応が起こる試薬であり,20位アルコール と当該試薬との間には,反応の進行を阻害する立体障害があると考えられる。 したがって,甲2の試薬が20位アルコールと反応するかどうかは分からない。 むしろ,20位アルコールとウィリアムソン反応が進まなかった試薬に関して知 られていた経験則からは,甲2の試薬は,20位アルコールとウィリアムソン反応 しないと予想される。 1 動機付けについて (1) 甲4の記載について ア 甲4,6,7,29及び30に記載された試薬は,いずれも,OCT側 鎖を導入できる構造を有した試薬ではなく,OCT側鎖を導入可能な構造の試薬と, 20位アルコールのウィリアムソン反応の反応性は,これらの甲号証の記載からは わからない。 イ 本件発明以前に,20位アルコールを出発物質として,ウィリアムソン 反応が進行する反応試薬で,OCT側鎖を導入し得る構造のものは,甲1発明の試 薬と臭化プレニルだけであった(甲1,32)。 臭化プレニルは,4−ブロモ−1−ブテン(1−ブロモ−3−ブテン)の構造式 と比較すると,いずれも二重結合を有するところ,反応点の炭素原子C1からの二 重結合の距離が異なり,臭化プレニルが4−ブロモ−1−ブテンよりもSN2反応 性が高いことが説明できる(甲32)。 甲4が,4−ブロモ−1−ブテンの反応性が低いと記載しているのは,前記のと おり,臭化プレニルと比べて反応性が低いという教科書から分かる範囲のことを述 べたものではなく,教科書では分からない立体障害の存在を,実験結果に基づく考 察として述べたものである。 ウ 立体障害は,2つの化学物質の組合せにおいて起こるものであり,4− ブロモ−1−ブテンの嵩高さは小さいので,20位アルコールの反応部位(水酸基) には,4−ブロモ−1−ブテンとの立体障害がある程度存在すると考えないと,2 0位アルコールと1−ブロモ−3,3−エチレンジオキシブタンとのウィリアムソ ン反応の失敗や,4−ブロモ−1−ブテンとのウィリアムソン反応性の低さを説明 できない。 (2) 甲17の記載について 審決は,甲4から,20位アルコール(ステロイド−20−アルコール)の立体 障害があることを認定しており,甲17を根拠として20位アルコールの立体障害 の認定をしていない。 第一級のアルキル化剤の定義が,脱離基である臭素原子が結合している炭素原子 「 に,別の炭素原子が1つだけ結合しているもの」であるとすると,本件試薬である 「1−ハロ−3−メチル−2,3−エポキシブタン」 (「ハロ」 「ブロモ」 は, 又は「ク ロロ」である場合を含む。)は,第一級のアルキル化剤に該当する。しかしながら, アルキル化剤の相対的反応速度は,アルキル化剤の反応点における立体障害と関係 していると推測される(甲32)「1−ハロ−3−メチル−2,3−エポキシブタ 。 ン」は,酸素原子も結合し,嵩高さが大きくなるエポキシ環を形成しているから, 反応点における立体障害においては,甲32記載の第一級のアルキル化剤(CH? CH?X)のように,立体障害が小さい構造でない。 審決が甲17を根拠にしたのは,「1−ブロモ(又はクロロ)−3―メチル−2, 3−エポキシブタン」が,甲17の「立体障害のない第一級のアルキル化剤」のう ち, 「立体障害のない」に合致していないからであり,審決が甲17から「立体障害 があるステロイド−20−アルコールと,1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル −2,3−エポキシブタンとの間で反応が必ず進行すると当業者が理解するとはい えない。」と判断したのは正当である。 (3) その他の証拠について 原告は,エポキシ環の開環による25−水酸基の形成が試薬の選択において重要 であるかのように容易想到論を組み立てているが,重要なのは,20位アルコール と反応するウィリアムソン反応試薬の発見である。 前記の本件発明1の想到困難性は,原告が主張するエポキシ環の開環による25 −水酸基の形成によって何も変わらない。 2 構成の容易想到性について (1) 前記1(3)のとおり。 (2) 前記1(1)のとおり。 (3) 甲6のブロマイド(13)と本件試薬の1−ブロモ−3−メチル−2,3 −エポキシブタンを比べると,反応点の炭素原子に対する距離が近いのであるから, 三員環(エポキシ基)の嵩高さの影響がないなどといえるものではない。甲6のブ ロマイド(13)の反応の失敗の結果から,当業者は,20位アルコールと1−ブ ロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンのウィリアムソン反応も,立体障害に より,同様の結果となる可能性を予想できる。 (4)ア 甲2に記載されているウィリアムソン反応は,立体障害が存在しない低 分子量のアルコールとの反応であり,本件試薬が低分子アルコールを反応すること が甲2に記載されていても,甲6のブロマイド(13)や甲30の1−ブロモ−3, 3−エチレンジオキシブタンと同様に嵩高さを有する本件試薬が,20位アルコー ルとウィリアムソン反応をすると予測できるものではない。 ウィリアムソン反応は,SN2反応のカテゴリーに含まれるが,求核剤がアルコ キシドの場合の反応である。甲33〜37に記載された反応は,1−ハロ−3―メ チル−2,3−エポキシブタンがアルコキシドではない求核剤と反応するSN2反 応であり,ウィリアムソン反応ではない。 1−ハロ−3―メチル−2,3−エポキシブタンのウィリアムソン反応について 記載した文献は,甲2だけであって,20位アルコールと1−ハロ−3―メチル− 2,3−エポキシブタンのウィリアムソン反応に関し,甲2より技術的に意味のあ る開示は存在しない。 イ 甲2のα―エピハロヒドリンと求核試薬との反応では,エポキシ環が開 環しない直接置換反応は稀であることがよく知られていた。 甲41及び42は,エポキシ環が開環しない直接置換反応とは述べていない。仮 に,エピハロヒドリンの直接置換反応であっても,本件試薬の反応を予測する根拠 とはならない。 一方,本件試薬1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタンとアルコール 類との反応は,甲2に記載されているだけで,それ以外は知られていない。したが って,甲2に低分子アルコールとの反応で直接置換反応が起こることが記載されて いても,20位アルコールとの反応ではどのような反応が起こるかは予測できない。 ウ 甲7のイソブチレンオキシドを試薬とする反応は,短い側鎖を導入する ための方法で,ウィリアムソン反応ではない。 審決が甲7の前記反応に言及しているのは,本件試薬には3つの可能な反応点が あり,20位アルコールとの反応で,反応点2又は3で反応が生じた場合,エポキ シ環が開環するところ,反応点3での付加反応の可能性も存在することを述べてい るのであって,甲7に基づいて,本件試薬と20位アルコールの反応では付加反応 が起こると述べているのではない。 (5) 甲38及び39は,いずれも平成16年(2004年)に刊行された論文 で,本件優先日を有する本件特許の無効理由の根拠とはなり得ない。実際には,本 件発明者は,本件発明当時,甲2の存在は知らなかった。 3 発明の効果について 本件優先日当時,OCT側鎖の導入方法は,甲1発明とマイケル法しか知られて おらず,工業的に使える製造方法が,1985年以来,10年以上にわたって求め られていたところ,本件発明は,ようやく提供された工業的に使える新たな製造方 法であった。 本件発明の効果は, 「従来技術に開示されていなかった新規な方法により,OCT の側鎖を有するOCT等のビタミンD誘導体又はステロイド誘導体を製造できるこ と」であり,従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が大きい事実は,本件発明 の進歩性を示すものである。 第5 当裁判所の判断 1 本件発明について (1) 本件明細書(乙1)の【発明の詳細な説明】には,以下の記載がある。 ア 「発明の背景 ビタミンDおよびその誘導体は,重要な生理学的機能を有する。例えば,1α,25−ジヒド ロキシビタミン D3 は,カルシウム代謝調節活性,増殖阻害活性,腫瘍細胞等の細胞に対する分 化誘導活性,および免疫調節活性などの広範な生理学的機能を示す。しかし,ビタミン D?誘導 体は高カルシウム血症などの望ましくない副作用を示す。 特定の疾患の治療における効果を保持する一方で付随する副作用を減少させるために,新規 ビタミンD誘導体が開発されている。 例えば,日本特許公開公報昭和 61−267550 号(1986 年 11月 27日発行)は,免疫調節活性 と腫瘍細胞に対する分化誘導活性を示す 9,10−セコ−5,7,10(19)−プレグナトリエン誘 導体を開示している。さらに,日本特許公開公報昭和 61−267550 号(1986 年 11月 27日発行) は,最終産物を製造するための2種類の方法も開示しており,一方は出発物質としてプレグネ ノロンを使用する方法で,他方はデヒドロエピアンドロステロンを使用する方法である。 1α,25−ジヒドロキシ−22−オキサビタミン D3(OCT),即ち,1α,25−ジヒドロキシ ビタミン D3 の 22−オキサアナログ体は,強力なインビトロ分化誘導活性を有する一方,低いイ ンビボカルシウム上昇作用(calcemicliability)を有する。OCT は,続発性上皮小体機能亢進症 および幹癬の治療の候補として臨床的に試験されている。 日本特許公開公報平成6−072994(1994 年3月 15 日発行)は,22−オキサコレカルシフェ ロール誘導体およびその製造方法を開示している。この公報は,20 位に水酸基を有するプレグ ネン誘導体をジアルキルアクリルアミド化合物と反応させてエーテル化合物を得て,次いで得 られたエーテル化合物を有機金属化合物と反応させて所望の化合物を得ることを含む,オキサ コレカルシフェロール誘導体の製造方法を開示している。 日本特許公開公報平成6−080626 号(1994 年3月 22 日発行)は,22−オキサビタミンD誘 導体を開示している。この公報はまた,出発物質としての1α,3β−ビス(tert−ブチルジメ チルシリルオキシ)−プレグネ−5,7−ジエン−20(S又はR)−オールを塩基の存在下でエ ポキシドと反応させて 20 位からエーテル結合を有する化合物を得ることを含む方法を開示し ている。 さらに,日本特許公開公報平成6−256300 号(1994 年9月 13 日発行)および Kubodera 他 (Bioorganic & MedicinalChemistry Letters, (5):753−756, 4 1994)は,1α,3β−ビス(tert −ブチルジメチルシリルオキシ)−プレグナ−5,7−ジエン−20(S)−オールを4−(テト ラヒドロピラン−2−イルオキシ)−3−メチル−2−ブテン−1−ブロミドと反応させてエ ーテル化合物を得て,それを脱保護し,そして脱保護されたエーテル化合物をシャープレス酸 化することを含む,エポキシ化合物を立体特異的に製造する方法を開示している。しかし,上 記方法は,ステロイド基の側鎖にエーテル結合およびエポキシ基を導入するのに1工程より多 くの工程を必要とし,従って所望の化合物の収率が低くなる。 さらに,上記文献のいずれにも,アルコール化合物を末端に脱離基を有するエポキシ炭化水 素化合物と反応させて,それによりエーテル結合を形成する合成方法は開示されていない。ま た,上記文献には,側鎖にエーテル結合およびエポキシ基を有するビシクロ[4.3.0]ノナン構 造(本明細書中以下において CD 環構造と称する),ステロイド構造またはビタミンD構造は開 示されていない。(15頁6行〜16頁13行) 」 イ 「本発明は,下記構造を有する化合物の製造方法であって: (式中,nは1〜5の整数であり;R1およびR2は各々独立に,所望により置換されたC1− C6アルキルであり;WおよびXは各々独立に水素またはC1−C6アルキルであり;YはO, SまたはNR3であり,ここでR3は水素,C1−C6アルキルまたは保護基であり;そしてZ は, であり,R4,R5,R8, ・・・R17は各々独立に水素,置換または未置換の低級アルキルオキ シ,アミノ,アルキル,アルキリデン,カルボニル,オキソ,ヒドロキシル,または保護され たヒドロキシルであり;そしてR6およびR7は各々独立に水素,置換または未置換の低級アル キルオキシ,アミノ,アルキル,アルキリデン,カルボニル,オキソ,ヒドロキシル,保護さ れたヒドロキシルであるか,または一緒になって二重結合を形成する); (a)下記構造: (式中,W,X,YおよびZは上記定義の通りである) を有する化合物を塩基の存在下で下記構造: または (式中,n,R1およびR2は上記定義の通りであり,そしてEは脱離基である) を有する化合物と反応させて化合物を製造すること;並びに (b)かくして製造された化合物を回収すること, を含む方法を提供する。・・・・ 下記構造: を有する化合物の製造方法は新規であり,細胞に対する分化誘導活性および増殖阻害活性など の多様な生理学的活性を有することができるビタミンD誘導体の合成に有用である。(24頁 」 7行〜25頁20行。化学式は行数として数えない。以下同様。) ウ 「本発明はまた,下記構造: (式中,ZはCD環構造,ステロイド構造またはビタミンD構造を示し,これらは各々,1以 上の保護または未保護の置換基および/または1以上の保護基を所望により有していてもよい) を有する化合物を提供する。本発明に関するCD環構造,ステロイド構造およびビタミンD構 造は各々,特には下記する構造を意味し,これらの環は何れも1以上の不飽和結合を所望によ り有していてもよい。ステロイド構造においては,1個または2個の不飽和結合を有するもの が好ましく,5−エンステロイド化合物,5,7−ジエンステロイド化合物,またはそれらの 保護された化合物が特に好ましい。 CD構造,ステロイド構造,またはビタミンD構造であるZ上の置換基は特に限定されず, 水酸基,置換または未置換の低級アルキルオキシ基,…およびオキソ基(=O)などを例示す ることができ,水酸基が好ましい。これらの置換基は保護されていてもよい。 ・・・ ステロイド構造における不飽和結合のための保護基の例としては,4−フェニル−1,2,4 −トリアゾリン−3,5−ジオンおよびマレイン酸ジエチルが挙げられる。そのような保護基を 有する付加物の例は以下のものである: さらに,ビタミンD構造は SO2 の付加によって保護されていてもよい。そのような保護され たビタミンD構造の例を下記に示す: 」(25頁末行〜28頁2行) エ「 式Iの化合物の製造について本明細書に開示した反応の概略を以下の反応図A に示す。 本発明による上記方法で出発化合物として使用される化合物の幾つかは,公知化合物であ る。例えば, 「Y」がOである場合,以下のものを出発化合物として使用することができる:日 本特許公開公報昭和 61−267550 号(1986 年 11月 27日発行)に記載された1α,3β−ビス(tert −ブチルジメチルシリルオキシ)−プレグナ−5,7−ジエン−20(S)−オール;日本特許公 開公報昭和 61−267550 号(1986 年 11月 27日発行)および国際特許公開公報 WO90−09991 1990 ( 年9月7日)および WO90/09992(1990 年9月7日)に記載された所望により水酸基が保護さ れている 9,10−セコ−5,7,10(19)−プレグナトリエン−1α,3β,20β−トリオー ル;J.Org.Chem.,57,3173(1992)に記載されたオクタヒドロ−4−(t−ブチルジメチルシリル オキシ)−7−メチル−1H−インデン−1−オール;並びに J.Am.Chem.Soc.,104,2945(1982) に記載されたオクタヒドロ−4−(アセチルオキシ)−7−メチル−1H−インデン−1−オー ル。 「Y」がSである場合,20 位にチオール基(−SH−基)を有する出発化合物(式 IV)を 20 位に水酸基を有する上記化合物の代わりに使用することができる。そのような化合物は,例え ば,先に記載された方法(Journal of the American Chemical Society,102:10 [1980]pp.3577−3583) に従ってケトン化合物をチオール化合物に転換することによって得ることができる。より具体 的には,ケトン化合物を触媒の存在下で1当量の 1,2−エタンジチオールと反応させて対応する エチレンチオケタール化合物を製造し,次いでかくして得られたエチレンチオケタール化合物 を3〜4当量のn−ブチルリチウムと反応させて対応するチオール化合物を産生させる。ある いは,そのようなチオール化合物は,国際特許公開公報 WO94/14766(1994 年7月7日)に記 載された方法に従って 20 位にアルデヒド基または保護された水酸基を有する化合物から合成 することができる。 ・・・ 本発明による上記方法で反応物質として使用される下記構造: を有する化合物の幾つかは公知化合物であり,末端に脱離基を有するアルケニル化合物をm− クロロ過安息香酸(m−CPBA)などの有機過酸と不活性有機溶媒中で反応させることにより公 知の方法に従って製造することができる。 「E」は脱離基を示す。本明細書で使用する「脱離基」 という用語は,式 IV の−YH 基と反応して HE を脱離して−Y−結合を形成することができる 基を意味する。脱離基の例としては,フッ素,塩素,臭素またはヨウ素などのハロゲン原子, トシル基,メシル基,トリフルオロメタンスルホニル基,メタンスルホニルオキシ基,p−ト ルエンスルホニルオキシ基,およびイミデート基が挙げられ,ハロゲン原子が好ましく,臭素 原子が特に好ましい。 本発明による上記反応(図A)は,塩基の存在下で実施される。使用できる塩基の例として は,アルカリ金属水素化物,アルカリ金属水酸化物およびアルカリ金属アルコキシドが挙げら れ,アルカリ金属水素化物が好ましく,水素化ナトリウムが特に好ましい。 反応は好ましく不活性溶媒中で実施される。使用できる溶媒の例としては,エーテル系溶媒, 飽和脂肪族炭化水素系溶媒,芳香族炭化水素系溶媒,アミド系溶媒,およびそれらの組み合わ せを挙げることができ,ジメチルホルムアミド(DMF),テトラヒドロフラン(THF),ベンゼ ン,トルエン,ジエチルエーテル,および DMF とジエチルエーテルの混合物が好ましく,ジメ チルホルムアミドおよびテトラヒドロフランがより好ましい。 反応温度は適切に調節することができ,一般的には 25℃から溶媒の還流温度,好ましくは 40℃から 65℃の範囲内である。 反応時間は適切に調節することができ,一般的には1時間から 30 時間,好ましくは2時間か ら5時間の範囲内である。反応の進行は薄層クロマトグラフィー(TLC)で監視することがで きる。(29頁18行〜31頁14行) 」 オ 「下記構造: を有する化合物は新規化合物であり,細胞に対する分化誘導活性および増殖阻害活性などの多 様な生理学的活性を有することができるビタミンD誘導体の合成のための有用な中間体であ る。(36頁7〜10行) 」 カ 「本発明は,本明細書中上記した新規な中間体を経てビタミンDまたはステロイド 誘導体を製造する方法に関する。この反応の概略を以下の反応図Bに示す。 本発明による上記2工程の反応の工程(1)の反応は,本明細書中に既に記載した反応図 Aの方法と同様に実施できる。 工程(2)の反応は工程(1)で得られたエポキシ化合物中のエポキシ環を開環する反応で あり,これは還元剤を使用して実施される。工程(2)で使用できる還元剤は,工程(1)で 得られたエポキシ化合物の環を開環して水酸基を生成できるもの,好ましくは第3アルコール を選択的に形成できるものである。 還元剤の例を下記に列挙する: リチウムアルミニウムハイドライド[LiAlH4] ; ・・・ 工程(2)の反応は好ましく不活性溶媒中で実施される。使用できる溶媒の例としては, ジエチルエーテル,テトラヒドロフラン(THF),ジメチルホルムアミド(DMF),ベンゼンお よびトルエンが挙げられ,ジエチルエーテルおよびテトラヒドロフランが好ましい。 工程(2)の反応温度は適切に調節することができ,一般的には 10℃から 100℃,好ましく は室温から 65℃の範囲内である。 工程(2)の反応時間は適切に調節することができ,一般的には 30 分から 10 時間,好まし くは1時間から5時間の範囲内である。反応の進行は薄層クロマトグラフィー(TLC)で監視 することができる。 工程(2)の反応は工程(1)の後に,より具体的にはシリカゲルクロマトグラフィーなど の適切な方法によって工程(1)の反応生成物を精製した後に実施することができ,あるいは またそれは,工程(1)の反応生成物を精製することなくそれを含む混合物に還元剤を直接添 加することによって実施することもできる。工程(2)を工程(1)の後に生成物を精製する ことなく実施する方法は「ワンポット反応」と称され,この方法は操作上の冗長さが少ないの で好ましい。(39頁5行〜41頁26行) 」 (2) 前記認定事実(第2,2)及び前記の本件明細書の記載によれば,本件発 明について,以下のとおり認められる。 本件発明は,ステロイド環構造又はビタミンD構造に以下のOCTの側鎖を有す る化合物を製造する方法に関するものである(請求項1及び13)。 ビタミン D3は,カルシウム代謝調節活性,増殖阻害活性,腫瘍細胞等の細胞に 対する分化誘導活性,及び免疫調節活性などの広範な生理学的機能を示すが,高カ ルシウム血症などの望ましくない副作用を示すことから,特定の疾患の治療効果を 保持する一方で,付随する副作用を減少させるために新規ビタミン D 誘導体が開発 されてきた。 従来,1α,25−ジヒドロキシビタミンD3の 22-オキサアナログ体である,1α, 25−ジヒドロキシ−22−オキサビタミンD3 (OCT)が開発され,強力なインビ トロ分化誘導活性を有する一方,低いインビボカルシウム上昇作用を有しているこ とから,続発性上皮小体機能亢進症及び乾癬の治療の候補として臨床的に試験され ている。 上記22−オキサアナログ体の製造方法について,いくつかの文献が知られてい るが,それらの文献には,アルコール化合物を,末端に脱離基を有するエポキシ炭 化水素化合物と反応させて,それによりエーテル結合を形成する合成方法は開示さ れておらず,また,一工程で側鎖にエーテル結合及びエポキシ基を導入するステロ イド環構造又はビタミンD構造も開示されていない。 そこで,本件発明は,ステロイド環構造又はビタミンD構造にOCTの側鎖(下 記構造参照)を有する化合物の製造方法として,従来技術にない新規な製造方法を 提供することを課題とするものである。 マキサカルシトール側鎖 本件発明1は,ビタミンD構造又はステロイド環構造の側鎖の20位炭素原子に 水酸基(−OH基)が結合した化合物(出発物質)に,塩基の存在下で,末端に脱 離基を有するエポキシ炭化水素化合物(側鎖導入試薬)を反応させてエーテル結合 を形成し,側鎖にエーテル結合及びエポキシ基を有するエポキシド化合物(中間体) を製造する方法であり,また,本件発明13は,本件発明1の方法でエポキシド化 合物(中間体)を製造した後,還元剤で処理して,当該中間体のエポキシ環を開環 して水酸基(−OH基)を形成することにより,OCT側鎖を有するビタミンD誘 導体(目的物質)を製造する方法である。(請求項1,請求項13) 2 取消事由(進歩性の有無(相違点についての判断の誤り))について (1) 甲1発明について ア 甲1の記載内容甲1(特公平3−74656号公報)には,以下のとおりの記載がある。 (ア)「1 一般式 (式中R1,R2およびR3は各々同一または異なつて水素原子または水酸基を意味し,R4は水素原子 または水酸基で置換されているか若しくは非置換の炭素数4乃至6の低級アルキル基を意味す る,但しR1,R2,およびR3が共に水素原子の場合を除く)で示される9,10−セコ−5,7,10 (19)−プレグナトリエン誘導体。」(特許請求の範囲) (イ)「本発明は免疫調節作用および腫瘍細胞の分化誘導能を有し医薬,例えば抗アレル ギー剤,抗リウマチ剤および抗腫瘍剤として有用な9,10−セコ−5,7,10(19)−プレグナ トリエン誘導体に関する。」(2欄1〜5行) (ウ)「前述したビタミンD類は強い分化誘導能等の活性は有しているものの一方では生 体内カルシウム代謝に及ぼす影響も強く,投与量如何によつては高カルシウム血症を引き起し, 場合によつては大量かつ連続的な投与が必要となる白血病等の腫瘍の治療薬または抗リウマチ 剤としては難点を有している。本発明者等はこれらの事情を鑑み鋭意研究した結果9,10−セコ −5,7,10(19)−プレグナトリエン誘導体の中に免疫調節作用および骨髄性白血病細胞に対 する強い分化誘導能を有しており,しかも生体内カルシウム代謝に対する影響が少ないものがあ ることを見い出し,更に検討を加え本発明に至つた。」(3欄7〜19行) (エ)「実施例 7 a) 1α,3β−ビス(tert−ブチルジメチルシリルオキシ)−20α−(3−オキソブチルオキ シ)−5,7−プレグナジエンの製造 実施例6a)で得た1α,3β−ビス(tert−ブチルジメチルシリルオキシ)−5,7−プレグナ ジエン−20α−オール300mgを10mlのキシレンに溶かし,水素化ナトリウム500mgおよび1−ブロ ム−3−プロペン(裁判所注:1−ブロム−3−ブテン(1−ブロモ−3−ブテン,4−ブロモ −1−ブテン)の誤記と認める。)6.0gを加えて18時間加熱還流する。次いで200μ?の水を加 えて撹拌した後シリカゲルカラムクロマトグラフイー(溶媒:酢酸エチル)に付し固体を除く。 次いで溶媒を留去し残渣を分取用薄層クロマトグラフイー(溶媒:4%酢酸エチル−ヘキサン) に付し,20α−(3−ブテニルオキシ)−1α,3β−ビス(tert−ブチルジメチルシリルオキシ) −5,7−プレグナジエンを含む混合物200mgを得る。この混合物をジメチルホルムアミド20ml に溶かし,水0.5mlを加える。次いで塩化第一銅29mgおよび2塩化パラジウム17mgを加え酸素雰 囲気下で19時間激しく撹拌する。フロジルカラムクロマトグラフイー(溶媒:酢酸エチル−ヘキ サン=1:1)に付し,金属塩を除いた後,酢酸エチル−ヘキサン(1:1)300mlに溶かし, 食塩水で3回洗い,水層をバツクエクストラクシヨンし,有機層を合わせて硫酸ナトリウムで乾 燥する。溶媒を留去後,残渣を分取用薄層クロマトグラフイーに付し目的化合物70mgを得る。」 (35欄24行〜36欄7行) 「b) 1α,3β−ビス(tert−ブチルジメチルシリルオキシ)−20α−(3−ヒドロキシ−3 −メチルブチルオキシ)−5,7−プレグナジエンの製造 前記a)で得た化合物73mgをテトラヒドロフラン4mlに溶かし氷冷する。メチルマグネシウム ブロマイドのエーテル溶液0.3ml(0.9mmol)を加え氷冷下1時間撹拌する。反応溶液を食塩水に あけ,200mlの酢酸エチルで抽出する。食塩水で更に洗い,水層を合わせてバツクエクストラク シヨンする。有機層を合わせて硫酸ナトリウムで乾燥する。溶媒を留去し残渣を分取用薄層クロ マトグラフイー(溶媒:25%酢酸エチル−ヘキサン)に付し目的化合物45.8mgを得る。」(36 欄17〜30行) 「c) 1α,3β−ジヒドロキシ−20α−(3−ヒドロキシ−3−メチルブチルオキシ)−9, 10−セコ−5,7,10(19)−プレグナトリエンの製造 前記b)で得た化合物43mgをエタノール400mlに溶かし,アルゴンガスを導通しながら,200W 高圧水銀灯で35分間光照射する。反応溶液をそのまま窒素ガス雰囲気下で2時間加熱還流する。 溶媒を留去し残渣をフラツシユカラム(溶媒:25%酢酸エチル−ヘキサン)に付し,ビタミンD 体を主成分とする留分7mgと出発物質を主成分とする留分30mgを得る。後者をエタノール400ml に溶かし同様に光照射を行いフラツシユカラムに付すとビタミンD体を含む成分16mgを得る。こ れを先に得た7mgと合わせて減圧乾燥する。次いで1mlのテトラヒドロフランに溶かしテトラブ チルアンモニウムフルオライドのテトラヒドロフラン溶液0.11ml(0.11mmol)を加え室温で19 時間撹拌する。更にテトラブチルアンモニウムフルオライドのテトラヒドロフラン溶液0.11ml (0.11mmol)を加えて4時間撹拌する。反応溶液をそのまま分取用薄層クロマトグラフイー(溶 媒:酢酸エチル)に付し目的とするビタミンD体6.6mgを得る。これをフラツシユカラム(溶媒: 10%クロロホルム−酢酸エチル)に付し純品とする。」(36欄41行〜38頁5行) イ 甲1発明の内容 前記アによれば,甲1には,「1α,3β−ビス(tert−ブチルジメチルシリル オキシ)−5,7−プレグナジエン−20α−オール(以下「甲1発明の出発物質」 という。)を,キシレンに溶解し,水素化ナトリウム及び1−ブロム−3−ブテン (1−ブロモ−3−ブテン,4−ブロモ−1−ブテン)を加えて,加熱還流し,2 0α−(3−ブテニルオキシ)−1α,3β−ビス(tert−ブチルジメチルシリル オキシ)−5,7−プレグナジエンを得る方法」が記載されていると認められる(な お,前記第2,4(1)ア記載の審決の甲1発明の認定における「ブチルジメチルオキ シ」は,「ブチルジメチルシリルオキシ」の誤記と認める。)。 そして,甲1には,甲1発明で得られた「20α−(3−ブテニルオキシ)−1α, 3β−ビス(tert−ブチルジメチルシリルオキシ)−5,7−プレグナジエン」を, 酸化させて「1α,3β−ビス(tert−ブチルジメチルシリルオキシ)−20α−(3 −オキソブチルオキシ)−5,7−プレグナジエン」を得て,それを「メチルマグ ネシウムブロマイド」と反応させて,「1α,3β−ビス(tert−ブチルジメチルシ リルオキシ)−20α−(3−ヒドロキシ−3−メチルブチルオキシ)−5,7−プ レグナジエン」とし,最終的には,「1α,3β−ジヒドロキシ−20α−(3−ヒド ロキシ−3−メチルブチルオキシ)−9,10−セコ−5,7,10(19)−プレグナト リエン」(OCT)を製造する方法が記載されている(下図参照)。 したがって,甲1発明は,OCTを製造する方法における第一工程であると認め られる。 (2) 本件発明1と甲1発明の相違点の容易想到性について ア 本件発明1と甲1発明の相違点について 本件発明1と甲1発明とを対比すると,審決が認定したとおり,前記第2の4(1) イの【一致点】記載の点で一致し,同【相違点】(1−@)及び(1−A)記載の 点で相違する。 すなわち,本件発明1と甲1発明とは,ステロイド環構造の20位炭素原子に水 酸基(−OH)が結合した化合物(以下「20位アルコール」という。)に脱離基 を有する側鎖形成試薬を反応させてエーテル結合を形成させる反応(ウィリアムソ ン反応)である点で一致するが,脱離基を有する側鎖形成試薬における脱離基以外 の構造(相違点1−ii)及び反応により得られる化合物の側鎖部分構造(相違点 1−i)が,本件発明1は「2,3−エポキシ−3−メチル−ブチル基」であるの に対し,甲1発明は「−CH2−CH2−CH=CH2」である点で相違する(下図参 照)。 イ 動機付けについて (ア) 原告は,甲1発明に甲2の試薬を組み合わせることにより,本件発明 1に係る構成を容易に想到することができる旨を主張しているところ,甲1発明の 試薬は,本件発明1の試薬である甲2の試薬とは異なるから,甲1発明から本件発 明1に想到するには,甲2の試薬を甲1発明の試薬に代えて使用する動機付けが必 要となる。 そこで,以下検討する。 (イ)a 本件優先日前に発行された甲4(甲16。有機合成化学協会誌,5 4巻,2号,139〜145頁,1996年)には,以下の記載がある。 「当初,OCTの合成を行っていた工程を図5に示した。この方法の欠点はアルコール(8) のアルキル化の際に副生成物(9)を生成する点にある。9は次のWacker酸化の際,未反応物と して分離されるが,ロスとして痛手であった。この副生成物(9)の生成は8の水酸基の立体障 害に起因する反応性の低さから生じている。8のアルキル化反応を数十系統の反応で検討した結 果,図6に示すようにMichael付加反応−メチル化反応を経由する改良法が効率的であることが 判明し,現在はこの方法を採用している。しかしこのメチル化反応においても,CeCl3・7 H2Oを250℃のオーブンで脱水 無水化して用いており, ・ 実験室レベルでは何ら問題ないが, 大量合成には不利なことからさらに改良が検討されている。」(141頁右段4行〜142頁左 段8行) 「 」(141頁) 前記の図5は,前記(1)イのとおり,甲1発明を第一工程とするOCTの製造方法 であり,下記の工程が,甲1発明に該当する。 前記によれば,甲4には,本件優先日当時,OCTの製造方法において,当初用 いられていた甲1発明を第一工程とするOCTの製造方法には,アルコール(8) の水酸基の立体障害に起因する反応性の低さから,アルコール(8)のアルキル化 の際に副生成物(9)を生成するという欠点があったため,アルコール(8)のア ルキル化反応を数十系統の反応で検討した結果,Michael付加反応−メチル化反応を 経由する改良法が開発されたものの,そのメチル化反応においても大量合成に不利 な点があることから,更なる改良が検討されていたのであって,OCTの製造方法 における第一工程である甲1発明において,効率的な反応経路を探索するという課 題があったことが記載されていると認められる。 b 甲2(Chemistryof Heterocyclic Compounds ,Vol.17,No.7,pp.642 -644, 1982)には,概ね,以下の記載がある。 (a) 「1−ハロ−3−メチル−2,3−エポキシブタンとアルコール類との反 応」(642頁;標題) (b) 「1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタンとアル コール類とをアルカリ金属アルコキシドの存在下で反応させるとエポキシ環の関与なしにハロ ゲン原子の直接置換によりエポキシエーテルが生成する。 α−エピハロヒドリン類と求核試薬とを反応させるとハロゲンが置換された生成物となるこ とが知られている。これらの反応のほとんどはハロヒドリンの生成を伴う付加反応と,それに続 く脱離とエポキシド基の生成により進行するものである[1]。ハロゲンの直接置換はまれにしか 観察されない[2]。 この研究で得られた1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキシブタンとアル コール類との反応の研究により得られたデータはこの点に関して非常に興味深いものである。ア ルカリ金属アルコキシドを用いて反応が進行し,その結果,エポキシエーテルIが好収率で得ら れる(表1)。ビスエポキシ化合物Ijがエチレングリコールを2当量のブロミド化合物との反 応により生成する。 」(642頁本文1行〜643頁3行) (c) 「 」(642頁) 「 」 (643頁3行直下の反応式) (d) 「4−アルコキシ−2−メチル−2,3−エポキシブタン類(I). アルコキシドの溶液[ナトリウム1.15g(50mmol)及びアルコール25ml]を室 温で2〜3時間かけて50mmolの1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エポキ シブタン及び10mlのアルコールの混合物に滴下して加え,この混合物を40−80℃で8− 10時間撹拌した。過剰のアルコールを留去し,残渣を水で希釈して,この水性混合物をエーテ ルで抽出した。合成したアルコキシエーテル類についての特性値を表1に示す。」(643頁2 0行〜25行) 「4−ブトキシ−2−メチル−2−ブタノール(III). 30mlの無水エーテル中で3.9g(25mmo1)の4−ブトキシ−2−メチル−2,3 −エポキシブタン(Ie)と1.0g(26mmol)のリチウム・アルミニウム・ハイドロキ サイド(裁判所注:ハイドライドの誤記と認める。)の混合物を3時間加熱還流し,その後に5 mlの水を加えて混合物をろ過し,エーテルで洗浄して乾燥し,蒸留して沸点83−84℃(1 0mm)のIII(2.1g,52.4%)を得た。」(643頁37〜41行) 前記によれば,甲2には,1−ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3−エ ポキシブタンとアルコール類とを,アルカリ金属アルコキシドの存在下で,40− 80℃で8−10時間攪拌して反応させると,エポキシ基の関与なしに,ハロゲン 原子(臭素原子を含む。)の直接置換により,エポキシエーテルが生成することが 開示され,当該アルコール類として,メタノール,エタノール,プロピルアルコー ル,イソプロピルアルコール,ブタノール等が記載され,イソプロピルアルコール と1−ブロモ−3−メチル−2,3−エポキシブタン(以下「甲2の試薬」という。 構造は下図参照。)との反応における収率は48.6%,ブタノールと甲2の試薬 との反応における収率は59.5%であることが記載されている。 甲2の試薬 また,甲2には,ブタノールと甲2の試薬との反応により得られた,4−ブトキ シ−2−メチル−2,3−エポキシブタンを,無水エーテル中で,リチウム・アル ミニウム・ハイドライドと共に3時間加熱還流して,4−ブトキシ−2−メチル− 2−ブタノールを製造したところ,収率が52.4%であったことが記載されてい る。 c 甲4には,20(S)−アルコール(8)(甲1発明の出発物質) に,4−ブロモ−2−メチル−テトラヒドロピラニルオキシ−2−ブテンを反応さ せて,エーテル結合を介して二重結合を有する側鎖を導入し,引き続き,香月−シ ャープレス反応を用いて二種の立体異性体であるエポキシ中間体(18,19)を 作り分け,その後エポキシ基を開環して水酸基を形成し,最終的に26−水酸化O CT(12,13)をそれぞれ製造する方法が記載されている(76頁〜77頁。下 図参照)。 d 甲14(国際公開93/21204号)には,側鎖に二重結合を有 するコレスタ−5,7,24−トリエン−3β−オールの24,25−二重結合を 酸化して24,25−エポキドとし,その24,25−エポキシドを還元して25 −水酸基を形成して,25−ヒドロキシビタミンD3を産み出すことができるプロビ タミンD3であるコレスタ−5,7−ジエン−3β,25−ジオールを製造する方法 が記載されている(下図参照)。 (ウ)a(a) 前記認定事実((イ)a)及び弁論の全趣旨によれば,甲1に記載さ れたOCTの製造方法については,出発物質,試薬,反応過程につき,他のより効 率的な製造方法を探索するという課題があったことが認められ,甲1発明は,OC Tの製造方法における第一工程であるから,OCTの製造方法の一工程である甲1 発明においても,他のより効率的な反応経路を探索するという課題があったことが 認められる。 しかしながら,前記(イ)aのとおり,甲4には,甲1発明の出発物質であるアルコ ール(8)のアルキル化反応を数十系統の反応で検討した結果,Michael付加反応− メチル化反応を経由する改良法が開発されたものの,大量合成に不利な点があるか ら,更なる改良が検討されていることが記載されているのであって,アルコール(8) のアルキル化反応が数十系統検討されたが,大量合成に有利な反応経路は開発でき なかったことが記載されているといえる。 また,甲1の記載中には,甲1発明の出発物質は替えずに,試薬のみを替えるこ とを示唆する記載や,甲2の試薬についての記載はないから,甲1発明において試 薬のみを甲2の試薬に替えることは全く示唆されていない。 (b) 甲1には,甲1発明の出発物質に,甲2のようなエポキシ基を有 する試薬をエポキシ基を保持したまま反応させて合成されるエポキシ中間体を合成 し,これを経てOCTを製造する方法についても,記載がない。 甲4及び14には,前記(イ)c及びdのとおり,エポキシエーテル化合物を合成し た上,エポキシ基の開環により,水酸基を得ることが記載されているが,いずれも, 側鎖に二重結合を有する化合物を合成した上,これを酸化してエポキシ基とし,当 該エポキシ基を開環して水酸基を形成する一連の化合物の製造方法の一工程であり, エポキシ基を有する試薬を出発物質と反応させ,当該エポキシ基の開環により水酸 基を得るという一連の化合物の製造方法の一工程として記載されているわけではな い。そして,甲4及び甲14には,甲1の本件エポキシエーテル化合物を得る工程 を経るOCTの製造方法は記載されておらず,二重結合を有する化合物を合成した 上,これを酸化してエポキシ基とするという各工程とは関係なく,エポキシ基を開 環して水酸基を形成する工程のみを取り出して,そのエポキシ基を有する試薬をエ ポキシ基を保持したまま他の化合物と反応させた後,その次の工程として適用する ことを前提に,エポキシ基を有する試薬を,エポキシ基を保持したまま他の化合物 と反応させることにつき,記載も示唆もない。 そうすると,エポキシ基の開環反応によってアルコールを合成する方法が技術常 識であること(甲9)を考慮しても,甲1発明につき,前記課題を解決するための 手段として,エポキシ中間体を経由する反応経路を探索する動機付けはなく,エポ キシ基を有する甲2の試薬を特に適用する動機付けもない。 b 次に,前記(イ)bのとおり,甲2には,メタノール,エタノール, プロピルアルコール,イソプロピルアルコール,ブタノール等のアルコール類を, エポキシ基を有する甲2の試薬と反応させてエポキシエーテル化合物を製造する方 法が記載されているものの,ビタミンD構造又はステロイド環構造若しくはそれら と類似の構造を有するアルコール類を用いることについては,記載も示唆もない。 また,前記(イ)bのとおり,甲2には,ブタノールと甲2記載の試薬とを反応させ て得られる4−ブトキシ−2−メチル−2,3−エポキシブタンを,還元してエポ キシ基を開環し,4−ブトキシ−2−メチル−2−ブタノールを製造する方法が記 載されているが,4−ブトキシ−2−メチル−ブタノールの部分構造がOCT側鎖 と共通するとしても,甲2には,OCTの製造方法について記載も示唆もないので あって,上記記載から直ちに,OCTの製造方法における第一工程である甲1発明 において,甲2の試薬を適用することが示唆されるわけではない。 そうすると,甲1発明において,甲1発明の出発物質と反応する試薬として,1 −ブロモ−3−ブテンに替えて,甲2の試薬を適用する動機付けがあるとはいえな い。 (エ)a(a) 原告は,当業者であれば,甲4に記載された図5のアルコール(8) のアルキル化の際に副生成物(9)が生成されるのは,本件ステロイド出発物質の 水酸基の立体障害に起因するものではなく,1−ブロモ−3−ブテンの反応性の低 さ(SN2反応性の低さ)に起因すると理解したはずである旨を主張する。 (b) この点,証拠(甲17,27,31)及び弁論の全趣旨によれば, 次の事項が,本件優先日当時,技術常識となっていたことが認められる。 @ 「ウィリアムソン反応」とは,水酸基(−OH)を有する化合 物(アルコール)を,臭素(Br;ブロモ−)や塩素(Cl;クロロ−)等のハロ ゲン原子を脱離基として有する化合物と塩基の存在下で接触させて,エーテル結合 (−O−)により両者を結合する反応であり,この反応を用いてエーテル化合物を 合成する方法を,「ウィリアムソン・エーテル合成法」という(下図参照)。 A ウィリアムソン反応は,アルコール(具体的には,塩基により アルコキシドとなったR-O?)が,脱離基(例えば,Br。)と反対側から反応点の 炭素に近づき,「遷移状態」を経て,エーテル結合が形成され,当該反応点の炭素 に結合している基の立体配置が反転するというもので,いわゆる「SN2反応」であ る(下図参照)。 B 立体障害とは,分子内の嵩高な置換基が及ぼす立体効果であっ て,反応を妨害する方向に働くものを意味する。 立体障害があると,嵩高な置換基の非結合原子間相互作用により,反応する分子 の接近を妨害して,安定な遷移状態をとることができないために反応速度が著しく 遅くなる(下図参照)。 歴史的には,様々な実験結果を経て,今日の立体障害の概念が形成されており, 選択的有機合成法開発のためには非常に重要な概念である。 C ウィリアムソン反応が進行するか否かは,反応する化合物の構 造に大きく影響され,立体障害のない第一級ハロゲン化アルキルでは目的どおりの エーテルが得られるが,第二級及び第三級ハロゲン化アルキルの場合には,強塩基 により,主に脱離反応を起こす。 (c) また,甲32(大橋守ら訳,フェッセンデン有機化学(上)(原 著第5版),228〜231頁,株式会社東京化学同人,1995年2月10日)に は,概ね,次の記載がある。 「SN2反応 ハロゲン化アリルおよびハロゲン化ベンジルはSN2反応も行い,その反応速度は第一級ハロ ゲン化アルキルはもちろん,ハロゲン化メチルより速い。」(230頁10行〜12行) 「 ハロゲン化アリルおよびハロゲン化ベンジルのSN2反応性が大きくなっているのは,アリ ル基のπ結合や芳香性π電子雲がSN2反応の遷移状態のエネルギーを低下させるからである。 遷移状態では反応する炭素はsp?混成状態からsp?混成状態に変化し,p軌道をもつことにな る。このp軌道が攻撃してくる求核試薬と脱離基の両方と部分結合をする。負電荷はこれらのグ ループ全体の上に存在する。反応する炭素の隣にあるアリル基やベンジル基のp軌道は遷移状態 のp軌道と部分的に重なる。このように隣のp軌道は負電荷を非局在化させ,遷移状態のエネル ギーを低下させる。 ・図5 8はアリル基の場合のp軌道を示す。ベンジル基の場合も同様である。 図5・8 塩化アリルのSN2反応における遷移状態の安定化」(230頁14行〜231頁 3行,同行直下の図の表題。図は省略する。) 「 π結合をもつ化合物のSN1またはSN2反応で安定化を大きくするには,そのπ結合が反 応する炭素の隣になければならない。それがもっと遠いと重なることができず,遷移状態を安定 化させるのに役立たない。SN2反応ではπ結合のp軌道が脱離基および求核試薬の軌道に隣接 かつ一直線に並ばなければならない。 」(231頁4行〜7行) 以上によれば,甲32には,SN2反応においては,反応する炭素の隣にπ結合 (二重結合)があるとSN2反応の遷移状態のエネルギーを低下させるから,ハロ ゲン化アリルやハロゲン化ベンジルは第一級ハロゲン化アルキルやハロゲン化メチ ルよりも反応速度が速く,SN2反応性が大きい旨が記載され,具体例として,塩 化アリル(CH2=CH−CH2−Cl)はSN2反応の遷移状態を安定化するが, 1−クロロ−3−ブテン(CH2=CH−CH2−CH2−Cl)は,π結合(二重結 合)が遠すぎてSN2反応の遷移状態を安定化させるのに役立たないことが記載さ れている。 (d) 前記(c)によれば,甲32は,ハロゲン化アリルやハロゲン化ベン ジルは,ハロゲン化アルキルやハロゲン化メチルよりもSN2反応性が大きい理由 として,反応する炭素の隣にπ結合(二重結合)があることを記載し,その例とし て,反応する炭素の隣にπ結合のある塩化アリルとの対比において,反応する炭素 の隣ではない位置にπ結合がある1−クロロ−3−ブテンを挙げているにすぎない のであって,1−クロロ−3−ブテンは,一般に,SN2反応性が低いことを記載 しているわけではない。 そうすると,甲32の記載から,SN2反応の一種であるウィリアムソン反応に おいて,反応する炭素の隣に二重結合がない化合物である1−ブロモ−3−ブテン のSN2反応性が一般的に低いと,当業者が認識していたということはできない。 一方,甲1発明の出発物質は,第二級アルコールであり,反応速度にある程度影 響し得る立体障害が存在することは,当事者間に争いがなく,本件優先日当時,前 記a(b)Cのとおりの技術常識が存在したこと,前記(イ)aのとおり,甲4に,「この 副生成物(9)の生成は8の水酸基の立体障害に起因する反応性の低さから生じて いる。」という記載があることを考え併せれば,当業者は,第二級アルコールである 甲1発明の出発物質は,第一級アルコールと比べて立体障害が大きく,一般的に, ウィリアムソン反応の反応性が低いと認識したものと考えられる。 前記a(b)Bのとおり,立体障害について,当業者が,1−ブロモ−3−ブテンの ハロゲン化アリルやハロゲン化ベンジルと比べた場合のSN2反応性の低さ,甲1 発明の出発物質の第一級アルコールと比べた場合の反応性の低さを考え併せて,甲 4の前記記載があるにもかかわらず,甲1発明の出発物質の水酸基の立体障害によ る反応性の低さは,副生成物の生成に関係がなく,1−ブロモ−3−ブテンのSN 2反応性の低さのみが関係すると,当業者が理解するとは認められない。 したがって,原告の前記主張は,採用できない。 b また,原告は,@20位アルコール体が他の試薬(甲4,6,7, 29,30,40)とウィリアムソン反応をすること,A甲1発明の出発物質と反 応点の構造が類似しているイソプロピルアルコールが甲2の試薬と反応することか ら,甲1発明に甲2の試薬を適用する動機付けがあった旨も主張する。 本件優先日当時,20位アルコールと様々な側鎖形成試薬との反応を行った場合 のウィリアムソン反応の成功例(甲4,6,7,29,30,40)及び失敗例(甲 6,30)が知られていた。 20位アルコールと反応が進行した試薬 反応しなかった試薬 (甲1,4,6,7,29,30,40) (甲6,甲30) (なお,最も下に記載した臭化プレニル(甲40)は,20位ア ルコールではなく,ビタミンD構造の20位炭素原子に水酸基が 結合した化合物と反応した試薬である。) 確かに,前記a(b)Cのとおり,当業者は,ウィリアムソン反応が進行するか否か は,反応する化合物の構造に影響されることを技術常識として理解していたといえ, 少なくとも,立体的に込み合ったアルコール(例えば,第三級アルコール)を用い た場合,実験を行わなくとも,ウィリアムソン反応が進行しないことを予測可能で あったといえる。 しかしながら,前記の各試薬のウィリアムソン反応の成功・失敗の要因を,分子 の構造上の見地から説明し得る技術常識,すなわち,実験を行わなくとも,どのよ うな分子の構造を有する試薬が20位アルコールと反応するのかを,確実に予見し 得るような技術常識が,本件優先日当時存在したことを認めるに足りる証拠はない。 「本実験の失敗は,1−ハロ−3,3−エチレンジオキシブタンの前者に比べて の嵩高さによるものかもしれない。」という,実験後に失敗原因を「嵩高さ」による ものではないかと考察する文献(甲30)があること,前記認定事実(a(b)B)及 び弁論の全趣旨によれば,立体障害と評価される「嵩高さ」の構造についての判定 の基準を認めるに足りる証拠はなく,むしろ,立体障害の概念は,実験結果の分析 により形成されてきたものであることを考え併せれば,当業者が,立体障害につき, 実験の結果を高い確率で予測することは困難であったと認められる。そして,当業 者は,そのような認識の下,実験を繰り返して反応経路の案を試すことにより化合 物の合成法を開発していたことが窺えるのであって,少なくとも,当業者が,ウィ リアムソン反応につき,分子の構造の検討のみによって,立体障害の見地から,実 際に実験を行うまでもなく,反応の結果を確実に予測することができたと認めるに 足りる証拠はない。 そうすると,本件優先日当時,20位アルコールが前記の各試薬と反応すること が知られていたとしても,甲1発明の出発物質と甲1の試薬以外の試薬との反応が 実際に進行することを,実験を行うまでもなく,当業者が予測できたとはいえない。 原告は,特に,臭化プレニルと甲2の試薬との構造の類似性につき,主張するが, 臭化プレニルは,反応する炭素の隣にπ結合(二重結合)を有するところ,本件優 先日当時,二重結合とエポキシ基が同程度の立体障害を生じさせるという技術常識 があったことを認めるに足りる証拠はない。かえって,前記(c)によれば,臭化プレ ニルのSN2反応性が,前記の位置に二重結合を有することに起因すると推測する ことが可能であり,前記の立体障害についての予測可能性を考え併せれば,臭化プ レニルの反応性から,臭化プレニルと同じ位置に二重結合を有しない甲2の試薬も, 同様の反応性を示すと予測できるとはいえない。 したがって,20位アルコールが前記の表の「20位アルコールとウィリアムソ ン反応が進行した試薬」欄記載の試薬とウィリアムソン反応をすることが知られて いたとしても,甲1発明に甲2の試薬を適用する動機付けがあったとはいえない。 また,前記(イ)bのとおり,本件優先日当時,甲2の試薬がイソプロピルアルコー ルと反応することが知られていたとしても,それだけで,甲1発明の出発物質と甲 2の試薬とのウィリアムソン反応が実際に進行することを,実験を行うまでもなく, 当業者が予測できたとはいえない。 したがって,甲2の試薬がイソプロピルアルコールとウィリアムソン反応をする ことが知られていたとしても,甲1発明に甲2の試薬を適用する動機付けがあった とはいえない。 (オ)a 原告は,審決が,甲17の記載は,第一級のアルキル化剤のうち,立体障 害のないものに限ってウィリアムソン反応が進行するという趣旨ではないのに,こ れを前提に,立体障害がある甲1発明の出発物質と甲2の試薬との間で反応が必ず 進行すると当業者が理解するとはいえないと判断したのは,誤りである旨主張する。 しかしながら,前記認定事実(第2,4(1)ウ(ア),(エ)a(b)C)及び弁論の全趣 旨によれば,審決には, 「実際,有機化学の教科書である甲第17号証には,ウィリ アムソン合成反応によるエーテル合成は,立体障害のない第一級のアルキル化剤と の反応に限られることが記載されている(中略)ことからすれば,立体障害がある ステロイド−20−アルコールと1―ブロモ(又はクロロ)−3−メチル−2,3 −エポキシブタンとの間で反応が必ず進行すると当業者が理解するとはいえない。」 との記載があるところ,甲17には, 「アルコキシドは強塩基なので,これらをエー テル合成に用いることができるのは立体障害のないアルキル化剤との反応に限られ ており,その他の場合にはかなりのE2反応生成物が生じる。」との記載があり,第 一級のアルキル化剤に立体障害があるものとないものがある旨の記載はない。 以上によれば,審決が,第一級のアルキル化剤のうち,立体障害のないものに限 ってウィリアムソン反応が進行することを前提に判断していると解することはでき ないから,原告の前記主張は,審決を正解しないものであって,採用できない。 b また,原告は,審決が,仮に,立体障害のない第一級のアルキル化 との反応に限られることの根拠として甲17を引用しているとしても,本件優先日 前に,本件側鎖導入試薬を用いた置換反応が知られており,また,当業者が立体障 害による反応性への影響を考察する上で,五員環エーテルと三員環エーテルを一括 りにすることはあり得ないから,当業者は,甲1発明の出発物質と甲2の試薬との ウィリアムソン反応が,立体障害により進行しないとは考えないと主張する。 しかしながら,本件優先日前に,甲2の試薬を用いた置換反応が知られていたか らといって,当業者が,甲1発明の出発物質と甲2の試薬とのウィリアムソン反応 が進行することを,実験を行うまでもなく,予測できたといえないことは,前記(エ) bのとおりである。 前記(エ)bのとおり,20位アルコールとのウィリアムソン反応が進行しなかった 試薬は,いずれも反応点の炭素から2つ目の炭素に1つ又は2つの酸素原子が直接 つながった五員環エーテル構造を有しているのに対し,反応した試薬中にも,五員 環エーテル構造を有するものがある。反応した試薬中の五員環エーテル構造を有す るものは,反応点の炭素原子から,3つ目及び4つ目の炭素原子にいずれも2つの 酸素原子が直接つながった五員環エーテル構造を有している点で,反応しなかった 試薬と,相違する。そして,反応が進行した試薬には,甲2の試薬のように,反応 点の炭素原子の隣の炭素原子に酸素が直接1つ以上つながった構造を有するものは なく,酸素原子を含むものであっても,反応点の炭素の隣や,2つ目の炭素原子に 酸素原子が直接結合した構造を有するものはない。 直鎖アルキルと一体的に存在する三員環エーテル(エポキシ基)の嵩高さは,確 かに,一見して,五員環エーテルよりも小さいが,反応点の炭素の隣や,2つ目の 炭素原子に酸素原子が直接接続した直鎖アルキルと一体的に存在する三員環エーテ ル構造を有する試薬と,20位アルコールとの反応性の実験結果を認めるに足りる 証拠がない以上,反応点の炭素の隣又は2つ目の炭素原子に酸素原子が接続した構 造を有するか否かが,20位アルコールと反応する要因となっている可能性は否定 できず,甲2の試薬が五員環構造を有しないというだけで,甲6及び30の試薬と 比べ,立体障害が問題にならないくらい小さいとする具体的な根拠があるとはいえ ない。 c したがって,原告の甲17の記載についての主張は,採用できない。 (カ) また,前記(エ)のとおりであって,原告のその他の証拠についての主 張は,採用できない。 ウ 構成の容易想到性について 前記(1)イのとおり,甲1発明は,OCTを製造する方法における工程の第一工程 であり,前記イ(イ)aのとおり,甲1発明を第一工程とするOCTの製造方法には, 効率的な反応経路を探索するという課題があったところ,OCTの製造方法の工程 における中間物質としてどのような化合物を選択するかと,当該化合物を得る反応 として,どのような化合物を反応させるかは,当該化合物を得るための反応が想到 できなければ,当該化合物を経てOCTを製造すること自体を断念せざるを得ない という意味で関連している。したがって,何段階もの工程を含む一連の工程の一部 の反応に係る発明の容易想到性を判断するに当たっては,その中間物質の選択の容 易想到性と当該中間物質を得るための反応の容易想到性を,これらの工程を含む一 連の工程全体を設計するという見地から,検討すべきであり,当業者が,エポキシ 基の開環という基本的知識を有しており,OCTの前駆物質として,エポキシ基を 有する中間物質を想到し得たとしても,エポキシ基を開環させる工程とエポキシ基 を有する中間物質を合成する工程を全く無関係なものとして,各別にその容易想到 性を検討することは相当でない。 前記イ(ウ)a(b)のとおり,甲1には,甲1発明の出発物質に,甲2のようなエポ キシ基を有する試薬をエポキシ基を保持したまま反応させて合成されるエポキシ中 間体を合成し,これを経てOCTを製造する方法について,記載がなく,甲4及び 14には,エポキシ基を有する試薬を他の化学物質と合成し,当該エポキシ基の開 環により水酸基を得るという一連のOCTの製造方法が記載されているわけではな いのであって,エポキシ基を開環して水酸基を形成する工程のみを取り出して,エ ポキシ基を有する試薬をエポキシ基を保持したまま他の化合物と反応させた後,そ の次の工程として適用することを前提に,エポキシ基を有する試薬を,エポキシ基 を保持したまま他の化合物と反応させることにつき,記載も示唆もない。エポキシ 基の開環反応によってアルコールを合成する方法が技術常識であることを考慮して も,甲1発明につき,エポキシ中間体を経由する反応経路を探索する動機付けはな い。当業者が,エポキシ基を開環するという基本的知識を有していたとしても,O CTのより効率的な製造方法としての一連の工程として,エポキシ基を有する試薬 をエポキシ基を保持させたまま甲1発明の出発物質と反応させて,エポキシ中間体 を経由する反応経路を探索することが容易に想到できたということはできない。 したがって,エポキシ基が開裂する付加反応が生じる可能性についての当業者の 認識を検討するまでもなく,前記イのとおりであって,本件発明1の容易想到性は, 認められない。 なお,原告は,甲38,39及び43を根拠に,本件発明の発明者が,本件発明 当時,甲2の試薬の反応性を認識していた旨主張するが,これらは,本件特許の登 録後に,本件発明の発明者らが,本件発明に到った経緯を振り返って記載した文献 であって,本件優先日時点における当業者の認識を表すものとはいえないから,前 記認定を左右しない。 エ 発明の効果について 前記イのとおり,甲1発明に甲2の試薬を適用する動機付けはなく,甲1発明の 出発物質と甲2の試薬とが,実験を行うまでもなく反応することを当業者が予測で きたともいえないから,当業者が本件発明1の構成を容易に想到することができた とはいえないのであって,原告の発明の効果についての主張は,前提を欠く。 オ まとめ 以上のとおりであって,当業者が,本件発明1を容易に想到することができたと は認められない。 (3) 本件発明2〜28と甲1発明の相違点の容易想到性について 前記(2)のとおり,本件発明1は,当業者が容易に想到することができたとはいえ ない以上,本件発明1を更に限定した本件発明2〜12,及び,本件発明1〜12 を包含する本件発明13〜28についても,当業者が容易に想到することができた とはいえない。 第6 結論 よって,原告の取消事由は,理由がないから,これを棄却することとして,主文 のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第2部 裁判長裁判官 清水節 裁判官 中村恭 裁判官 森岡礼子 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2016/10/12 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
事実及び理由 | |
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全容
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