関連審決 |
無効2014-800120 |
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事件 |
平成
27年
(行ケ)
10176号
審決取消請求事件
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原告 株式会社半導体エネルギー研究所 訴訟代理人弁護士 伊藤真 平井佑希 丸田憲和 弁理士 加茂裕邦 被告 国立研究開発法人科学技術振興機構 被告HOYA株式会社 被告ら訴訟代理人弁護士 高橋雄一郎 同復代理人弁護士 鈴木佑一郎 被告ら訴訟代理人弁理士 望月尚子 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2016/10/12 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 特許庁が無効2014−800120号事件について平成27年7月28日にした審決のうち,請求項1,2及び4に係る部分を取り消す。 2 原告のその余の請求を棄却する。 -1-3 訴訟費用はこれを4分し,その1を原告の負担とし,その余を被告らの負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
特許庁が無効2014-800120号事件について平成27年7月28日にした審決を取り消す。 |
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事案の概要
本件は,原告が請求した特許無効審判の不成立審決に対する取消訴訟である。争点は,@サポート要件(特許法36条6項1号)違反の有無,A実施可能要件(特許法36条4項1号)違反の有無及びB進歩性の有無についての判断の当否である。 1 特許庁における手続の経緯 被告らは,平成14年9月11日(本件出願日)に出願され(特願2002-266012号),平成20年8月8日に設定登録がなされた特許(本件特許。特許第4164562号。発明の名称「ホモロガス薄膜を活性層として用いる透明薄膜電界効果型トランジスタ」)の特許権者である(甲35)。 原告は,平成26年7月14日,本件特許の無効審判請求をしたところ(無効2014-800120号。甲40),特許庁は,平成27年7月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同審決謄本は,同年8月6日に原告に送達された。 2 本件発明の要旨 本件特許に係る発明(本件発明)は,次のとおりである(以下,本件特許の明細書及び図面を「本件明細書」という。)【請求項1】 ホモロガス化合物InMO3(ZnO)m(M=In,Fe,Ga,又はAl,m=1以上50未満の整数)(以下「本件化合物」という。)薄膜を活性層として用いることを特徴とする透明薄膜電界効果型トランジスタ。(本件発明1)【請求項2】 表面が原子レベルで平坦である単結晶又はアモルファスホモロガス化合物薄膜を用いることを特徴とする請求項1記載の透明薄膜電界効果型トランジスタ。(本件発明2)【請求項3】 ホモロガス化合物が耐熱性,透明酸化物単結晶基板上に形成された単結晶薄膜であることを特徴とする請求項1記載の透明薄膜電界効果型トランジスタ。(本件発明3)【請求項4】 ホモロガス化合物がガラス基板上に形成されたアモルファス薄膜であることを特徴とする請求項1記載の透明薄膜電界効果型トランジスタ。(本件発明4) 3 審決の理由の要旨(争点と関係の薄い部分はフォントを小さく表記する。) (1) 請求人(原告)が主張した無効理由 ア 無効理由1 下記(ア)〜(エ)のとおり,本件発明1〜4は,本件出願日前に日本国内又は外国において頒布された甲1,3〜14,及び24〜28に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。よって,本件発明1〜4に係る特許は,特許法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。 (ア) 本件発明1は,甲1,3〜14,24及び28に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (イ) 本件発明2は,甲1,3〜14,24〜26及び28に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (ウ) 本件発明3は,甲1,3〜14,24,27,及び28に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (エ) 本件発明4は,甲1,及び3〜14に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 イ 無効理由2下記(ア)〜(エ)のとおり,本件発明1〜4は,本件出願日前に日本国内又は外国において頒布された甲1,3〜5,8,14及び24〜28に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。よって,本件発明1〜4に係る特許は,特許法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。 (ア) 本件発明1は,甲1,3〜5,8,14,24及び28に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (イ) 本件発明2は,甲1,3〜8,14,24〜26及び28に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (ウ) 本件発明3は,甲1,3〜5,8,14,24,27及び28に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (エ) 本件発明4は,甲1,3〜8及び14に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 ウ 無効理由3 下記(ア)〜(エ)のとおり,本件発明1〜4は,本件出願日前に日本国内又は外国において頒布された甲2〜7,14,24〜26及び28〜30に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。よって,本件発明1〜4に係る特許は,特許法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。 (ア) 本件発明1は,甲2〜5,14,28及び29に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (イ) 本件発明2は,甲2〜7,14,24〜26,28及び29に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (ウ) 本件発明3は,甲2〜5,14,24及び28〜30に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 (エ) 本件発明4は,甲2〜7,14,28及び29に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。 エ 無効理由4本件発明1〜3は,本件出願日前の他の特許出願であって,本件特許の出願後に公開された甲31に記載の発明と同一であるから,特許法29条の2の規定により特許を受けることができない。よって,本件発明1〜3に係る特許は,特許法123条1項2号に該当し,無効とすべきものである。 オ 無効理由5 本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明1,2及び4についての実施可能要件を満たしていないから,本件発明1,2及び4についての特許は,特許法36条4項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものであり,特許法123条1項4号の規定に該当し,無効とすべきものである。 カ 無効理由6 本件発明1〜4は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものではないから,特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない。よって,本件発明1〜4に係る特許は,特許法123条1項4号の規定に該当し,無効とすべきものである。 (2) 無効理由1について ア 引用発明1の認定 特表平11-505377号公報(甲1。引用文献1)には,次の発明(引用発明1)が記載されていると認められる。 「透明材料の2つの接続電極と,透明絶縁層によりチャネル領域から分離された導電材料の透明ゲート電極が設けられた半導体材料の介在透明チャネル領域とを有する透明スイッチング素子が設けられた半導体装置において,前記半導体材料が,伝導帯と2.5eV以上の電子の価電子帯との間にバンドギャップを有し,塩基性材料の価電子帯又は伝導帯に,あるいはこれに隣接する固定不純物エネルギー準位を形成するドーパント原子が設けられた10cm2/Vs以上の電荷キャリアの移動度を有する塩基性材料が設けられた縮退半導体材料を具えることを特徴とする半導体装置の一実施例として開示された, 導電性SrRuO3 層5を絶縁単結晶SrTiO3 基板7上にエピタキシヤル堆積により設け,このSrRuO3 層5をパターン化してゲート電極5を形成し,次に,前記ゲート電極5上及び前記基板7の表面上に透明絶縁層6であるBaZrO2 を設け,次いで,0.03%のSnがドープされた厚さ0.1μmのIn2O3 の層4を,0.2mbrの酸素圧及び505 ℃の温度でパルスレーザ堆積によって前記透明絶縁層6上及び前記基板7の表面上に既知のように設け,その後,前記層4及び前記透明絶縁層6をパターン化し,チャネル領域4及び接続電極2を形成することによって製造された,透明材料の2つの接続電極2,3と,半導体材料の介在透明チャネル領域4とを有する半導体装置において, 前記チャネル領域4の半導体材料である,0.03%のSnがドープされたIn2O3 に対し,ドーパント原子を設けた非遷移金属の他の共有結合酸化物である,10cm2/Vs以上の移動度及び2.5 eV以上のバンドギャップを有する,例えば,Ga2O3,Bi2O3,SnO2,ZnO,Sb2O3,PbO,GeO2 若しくはIn2O3,これら酸化物の混合物,又は,GaInO3,ZnGa2O4 若しくはCdGa2O4 のようなこれら酸化物から形成された化合物を用いた半導体装置。」 イ 本件発明1と引用発明1との対比 (一致点) 薄膜を活性層として用いる透明薄膜電界効果型トランジスタ。 (相違点1) 透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層として用いられる薄膜が,本件発明1では,「本件化合物薄膜」であるのに対して,引用発明1では,「「伝導帯と 2.5 eV以上の電子の価電子帯との間にバンドギャップを有し,塩基性材料の価電子帯又は伝導帯に,あるいはこれに隣接する固定不純物エネルギー準位を形成するドーパント原子が設けられた10cm2 /Vs以上の電荷キャリアの移動度を有する塩基性材料が設けられた縮退半導体材料」であり,かつ,「前記半導体材料である,0.03%のSnがドープされたIn2O3 に対し,ドーパント原子を設けた非遷移金属の他の共有結合酸化物である,10cm2/Vs以上の移動度及び 2.5 eV以上のバンドギャップを有する,例えば,Ga2O3,Bi2O3,SnO2,ZnO,Sb2O3,PbO,GeO2 若しくはIn2O3,これら酸化物の混合物,又は,GaInO3,ZnGa2O4 若しくはCdGa2O4 のようなこれら酸化物から形成された化合物を用いた」もの」である点。 ウ 相違点1についての判断 (ア) 引用文献1に記載された,「Ga2O3,Bi2O3,SnO2,ZnO,Sb2O3,PbO,GeO2 若しくはIn2O3,これら酸化物の混合物,又は,GaInO3,ZnGa2O4,若しくはCdGa2O4 のようなこれら酸化物から形成された化合物」から,「In,Ga及びZnの3つの金属を含む酸化物」を選択する動機を見出すことはできないし,しかも,化合物の組成比を「ホモロガス化合物InGaO3(ZnO)m(m=1以上50未満の整数)」とすることが,適宜設定できるとする理由を見出すこともできない。したがって,相違点1は,引用発明1に基づいて容易に想到できたものではない。 (イ) 引用発明1に,相違点1について,他の公知文献に基づいて本件発明1の構成を採用することも容易であるとはいえない。 甲3(「Amorphous transparent conductiveoxide InGaO3(ZnO)m(m≦4):a Zn4s conductor」,甲4(特開2000-44236号公報) ) ,甲5(「透明導電膜の技術」, )甲6(「第47回応用物理学関係連合講演会講演予稿集」第2分冊,557頁,28a-ZB-1),甲7(「第48回応用物理学関連連合講演会講演予稿集」,第2分冊,946頁,29p-ZL-10),甲8(特開昭63-239117号公報),甲9(特開昭63-210022号公報),甲10(特開昭63-210023号公報),甲11(特開昭63-210024号公報),甲12(特開昭63-215519号公報),甲13(特開昭63-265818号公報),甲14(固体物理第28巻第5号317頁「ホモロガス相,InFeO 3(ZnO)m(m:自然数)とその同型化合物の合成および結晶構造」),甲24(「第49回応用物理学関係連合講演会講演予稿集」,第2分冊,628頁,30a-YA-1 30a-YA-2),及び,甲28(「Syntheses and Single-Crystal Date of Homologous Compounds,In2O3(ZnO)m(m=3,4,and5),InGaO3(ZnO)3,and Ga2O3(ZnO)m(m=7,8,9,and16) in the In2O3-ZnGa2O4-ZnO System」)の記載より,本件化合物が,本件出願日前に知られていたことは認められる。 引用発明1において,例示されている「Ga 2O3,Bi2O3,SnO2,ZnO,Sb2O3,PbO,GeO2 若しくはIn2O3,これら酸化物の混合物,又は,GaInO3,ZnGa2O4 若しくはCdGa2O4 のようなこれら酸化物から形成された化合物」の中から,「0.03%のSnがドープされたIn2O3」の「In2O3」に替えて用いる化合物を選択する場合には,当該選択した化合物が,前記「可視光のエネルギーがほぼ2.5eV以上のバンドギャップを有する半導体材料に電子-正孔対を形成するには不充分であるため,この可視光は半導体材料によっては吸収されず,また,Ga,Sn,Zn,Sb,Pb,Ge及びInの酸化物の化合物の移動度が10cm2/Vs以上であり,電荷キャリアの高移動度のため比較的迅速に作動すること」という性質において,優れていることを要するものと解される。また,引用発明1は,「塩基性材料の価電子帯若しくは伝導帯に,又はこれに隣接する固定不純物エネルギー準位を形成するドーパント原子が設けられた」ことを,発明特定事項として含むから,前記「0.03%のSnがドープされたIn2O3」の「In2O3」に替えて用いる化合物には,当該化合物にドープすることで,スイッチング素子の半導体材料として用いるに充分な高さの導電度を得ることができる「ドーパント原子」が知られていることを要するものと認められる。 そこで検討すると,「Ga2O3,Bi2O3,SnO2,ZnO,Sb2O3,PbO,GeO2 若しくはIn2O3,これら酸化物の混合物,又は,GaInO3,ZnGa2O4 若しくはCdGa2O4 のようなこれら酸化物から形成された化合物」の中から選択し得る,数多くの種類の化合物において,本件化合物が,「可視光のエネルギーがほぼ2.5eV以上のバンドギャップを有する半導体材料に電子-正孔対を形成するには不充分であるため,この可視光は半導体材料によっては吸収されず,また,Ga,Sn,Zn,Sb,Pb,Ge及びInの酸化物の化合物の移動度が10cm2/Vs以上であり,電荷キャリアの高移動度のため比較的迅速に作動すること」という性質において,特に優れているとは,上記各甲号証のいずれの記載からも理解することはできない。 また,本件化合物を,透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層として用いることは,上記各甲号証のいずれにも,記載も示唆もされていない。 さらに,本件化合物にドープすることで,スイッチング素子の半導体材料として用いるに充分な高さの導電度を得ることができる「ドーパント原子」が知られていたことも,上記各甲号証のいずれの記載からも理解することはできないし,技術常識であったとも認められない。 すなわち,引用発明1において,「Ga2O3,Bi2O3,SnO2,ZnO,Sb2O3,PbO,GeO2 若しくはIn2O3,これら酸化物の混合物,又は,GaInO3,ZnGa2O4 若しくはCdGa2O4 のようなこれら酸化物から形成された化合物」から,本件化合物を選択する動機を見出すことはできないから,引用発明1の「0.03%のSnがドープされたIn2O3」 「In2O3」 の に替える化合物として,本件化合物を選択することが,当業者にとって容易に想到し得たことであったとは認められない。しかも,本件化合物にドープすることで,スイッチング素子の半導体材料として用いるに充分な高さの導電度を得ることができる「ドーパント原子」が知られていたとは認められないから,引用発明1の「0.03%のSnがドープされたIn2O3」の「In2O3」に替える化合物として,本件化合物を選択することには阻害事由があるといえる。 したがって,引用発明1において,本件発明1の相違点1に係る構成とすることは,当業者にとって容易に想到し得たものとはいえない。 (ウ) さらに,本件化合物において,M=Inの場合について検討する。 甲5,14及び28には,In2 O3 (ZnO)mが記載されているとはいえる。 しかし,上記で検討した理由は,本件化合物薄膜において,M=Inの場合においても妥当するから,引用発明1において,本件発明1の相違点1に係る構成とすることは,当業者にとって容易に想到し得たものとはいえない。 したがって,甲5,14及び28の記載によっても,引用発明1において,本件発明1の相違点1に係る構成とすることは,当業者にとって容易に想到し得たものとはいえない。 エ 本件発明2〜4は,いずれも,本件発明1に発明特定事項を追加して,より限定した発明である。そして,上記で検討したように,引用発明1において,本件発明1の相違点1に係る構成とすることは,当業者にとって容易に想到し得たものとはいえない。本件発明1に発明特定事項を追加して,より限定した発明である本件発明2〜4もまた同様に,当業者にとって容易に想到し得たものとはいえない。 オ 以上より,本件発明1〜4が,引用発明1に公知技術を適用して当業者が容易に想到することができたとはいえない。よって,無効理由1は,理由がない。 (3) 無効理由2について 本件発明1〜本件発明4が,引用発明1に公知技術を適用して当業者が容易に想到することができたとはいえない。よって,無効理由2は,理由がない。 (4) 無効理由3について ア 引用発明2の認定 特開平5-251705号公報(甲2。引用文献2)には,次の発明が記載されていると認められる(引用発明2)。 「ゲ-ト電極とゲート絶縁膜とソ-ス電極とドレイン電極と半導体層とを有する薄膜トランジスタにおいて,前記半導体層のキャリア濃度が1018cm-3 以下で,かつ前記半導体層を透光性膜としたことを特徴とする薄膜トランジスタにおいて, Arガスと酸素ガスとを用いた反応性スパッタリングにおいて,着膜時の酸素ガスの割合(O2/Ar+O2)を1%以上として,従来透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電膜である,ITO(Indium Tin Oxide)膜の膜中の酸素量を増加させることで,着膜した前記ITO膜の化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)により発生しているキャリアを減らして,前記ITO膜のキャリア濃度を1018cm-3以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ,半導体としてのITO膜(半導体活性層)を実現した薄膜トランジスタ。」 イ 対比 (一致点)「酸化物の透明薄膜を活性層として用いる透明薄膜電界効果型トランジスタ。」 (相違点2) 透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層として用いられる薄膜が,本件発明1では,本件化合物薄膜であるのに対して,引用発明2では,「「Arガスと酸素ガスとを用いた反応性スパッタリングにおいて,着膜時の酸素ガスの割合(O 2/Ar+O2)を1%以上として,従来透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電膜である,ITO(Indium Tin Oxide)膜の膜中の酸素量を増加させることで,着膜した前記ITO膜の化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)により発生しているキャリアを減らして,前記ITO膜のキャリア濃度を10 18cm-3以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ」た半導体としてのITO膜(半導体活性層)」である点。 ウ 相違点2についての判断 甲3〜5,14,28及び29(特開平8-245220号公報)の記載から,本件化合物が,本件出願日前において,知られていたこと,及び,InGaO3(ZnO)mが縮退半導体であることが示唆されていたことが認められる。 引用発明2の「ITO膜」に替えて使用する酸化物の透明導電膜として,数多くの材料が選択肢として考えられるところ,その中から,特に,本件化合物薄膜を選択すべき動機を見出すことはできない。 したがって,引用発明2の「ITO膜」に替える材料として,本件化合物薄膜を用いることが容易であったとは認めることはできない。 よって,引用発明2において,相違点2について,本件発明1の特定事項とすることは,当業者が容易になし得たこととはいえない。 エ 本件発明2〜4について 本件発明2〜4は,いずれも本件発明1に発明特定事項を追加して,より限定した発明である。そして,引用発明2において,本件発明1の相違点2に係る構成とすることは,当業者にとって容易に想到し得たものとはいえない。そうすると,本件発明1に発明特定事項を追加して,より限定した発明である本件発明2〜4もまた同様に,当業者にとって容易に想到し得たものとはいえない。 オ 以上のとおりであるから,本件発明1〜4が,引用発明2に公知技術を適用して当業者が容易に想到することができたとはいえない。よって,無効理由3は,理由がない。 (5) 無効理由4について本件発明1〜3は,甲31に記載の発明と同一であるとはいえない。よって,無効理由4は,理由がない。 (6) 無効理由5について 本件明細書の発明の詳細な説明には,「アモルファス薄膜」である本件化合物薄膜を作製する具体的な方法は記載されていない。 甲3には,アモルファスInGaO3(ZnO)m膜が記載されている。そして,前記アモルファスInGaO3(ZnO)m膜の,キャリア密度は,1019〜1020 cm-3である。 甲4には,非晶質のInGaZnO4膜が記載されている。また,甲4【0043】【表1】の記載から,前記アモルファスInGaO3(ZnO)m膜は,キャリア密度が4.8×1019〜8.5×1019cm-3程度である。 そうすると,本件出願日前において,「アモルファス」である「InMO3(ZnO)m(M=Ga,m=1以上4以下)薄膜」を作製する方法が広く知られていたことが理解できるから,本件出願日前に,「アモルファス」である本件化合物薄膜を作製することは,当業者の技術常識の範囲内のことと認められる。 引用文献2のITOについての実験結果から,一般に,酸化物の透明導電膜は,膜中の酸素量を増加させ,膜中のキャリア濃度を10 18cm-3以下に制御して導電性を低下させ,透明薄膜電界効果型トランジスタの半導体活性層として使用できるということが技術常識として知られていたことが理解できる。 そうすると,本件出願日前の技術常識を参酌して,例えば, 「アモルファス」である「本件化合物薄膜」を作製する際に,スパッタ時の酸素ガスの割合を大きくする等の成膜条件の変更を試みることによって,従来透明電極として用いられていた膜の膜中の酸素量を増加させ,膜中のキャリア濃度を10 18cm-3以下に制御して導電性を低下させ,半導体活性層として使用することができるようなアモルファス薄膜を作製することは,当業者が期待し得る程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験等を行うことなくなし得たことと認められる。 すなわち,本件明細書の発明の詳細な説明は,「本件化合物薄膜」が,「アモルファス薄膜」である「透明薄膜電界効果型トランジスタ」を生産することができる程度に,明確かつ十分な記載を有するものと認められる。 (7) 無効理由6について 発明の詳細な説明の記載から複数の課題が把握できる場合には,そのうちのいずれかの課題を解決するための手段が請求項に反映されていれば,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により,当業者が,当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであると解することが相当といえる。 そして,「波長400nm 以上の可視光・赤外光に対して透明である,透明薄膜電界効果型トランジスタを得ることにある」ことが,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,課題の1つとして認識することができる。 本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,本件発明1の,本件化合物のバンドギャップエネルギーは,3.3eVより大きいので,波長が400nm以上の可視光に対して透明であり,また,InMO3(ZnO)mのmの値を50未満の整数とすることで,膜内でのmのばらつきが大きくなることを防ぎ,酸素欠陥が生じにくくなることが理解できるから,本件発明1は,当業者であれば,本件明細書の発明の詳細な説明の記載により,解決しようとする課題である,波長400nm以上の可視光・赤外光に対して透明である,透明薄膜電界効果型トランジスタを得るという課題を解決できるものと認識できる。 そうすると,本件発明1は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,解決しようとする課題の1つであると認められる,波長400nm以上の可視光・赤外光に対して透明である,透明薄膜電界効果型トランジスタを得るという課題を解決できるものと認識できるから,審判請求人(原告)が主張する,「課題1」,「課題2」の解決の可否にかかわらず,本件発明1は,発明の詳細な説明の記載により,当業者が,当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであると認めることができる。 |
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原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(無効理由1の判断の誤り) (1) 相違点1の認定の誤り ア 引用発明1は,可視光を吸収してしまい,また,動きが緩慢であった,WO3を用いた既存の半導体装置に対し,チャネル領域の材料として,バンドギャップが2.5eV以上,電荷キャリア濃度が10cm2/Vs以上である酸化物を採用することで,高い透明性とスイッチング特性を持つトランジスタを得るというものである。 イ 審決は,引用発明1のチャネル領域に用いられる酸化物半導体材料に「ドーパント原子が設けられた」という点を含めて,本件発明 1 と引用発明1との相違点であると認定している。 しかし,引用発明1のドーパント原子は,透明性及びスイッチング特性の向上のために選択された酸化物半導体材料について,その導電度を高めて縮退半導体として用いるために適宜加えるものであるが,本件発明 1 では,ドーパント原子の有無も,活性層の導電度や縮退半導体であるか否かについても,構成要件として何ら限定されていない。したがって, 「ドーパント原子の有無」は,本件発明 1 と引用発明1との相違点となるものではない。 また,本件化合物と引用発明1のチャネル領域に用いられる「ITO」や「Ga2 O3,Bi2O3,SnO2,ZnO,Sb2O3,PbO,GeO2若しくはIn2O3 ,これら酸化物の混合物,又は,GaInO3,ZnGa2O4若しくはCdGa2O4のようなこれら酸化物から形成された化合物」とは,酸化物である点において,一致している。 ウ したがって,本件発明 1 と引用発明1との一致点及び相違点は,以下のとおり認定されるべきである。 (一致点) 酸化物薄膜を活性層として用いる透明薄膜電界効果型トランジスタ。 (相違点A) 前記活性層として用いられる酸化物が,本件発明 1 では本件化合物であるのに対し,引用発明1では「ITO」や「Ga2O3,Bi2O3,SnO2,ZnO,Sb2 O3,PbO,GeO2若しくはIn2O3,これら酸化物の混合物,又は,GaInO3,ZnGa2O4若しくはCdGa2O4のようなこれら酸化物から形成された化合物」である点 (2) 相違点の判断の誤り ア 相違点Aに関する判断 (ア) 本件化合物の薄膜は周知であること 甲3〜14,24及び28に,本件化合物が開示されており,審決が認定したとおり,本件化合物は周知である。また,甲3〜7及び24から,本件化合物の薄膜も周知である。 (イ) 高い透明性と電荷キャリア移動度を有することが知られていたこと 本件化合物が,バンドギャップ(透明性)及び電荷キャリアの移動度という特性において,特に優れた縮退半導体材料であること,及び,引用文献 1 で実施例に用いられているITOと直接比較して,優れた特性を有していることは,本件出願日において,当業者に知られた事柄であった。また,本件化合物は,成膜時の条件により,又は,成膜後にドーパントを注入したり酸素欠損を導入することにより,その導電性を幅広く調整できる材料であることが知られていた(甲3,5,36,38)。つまり,@甲3には,本件化合物が, 「バンドギャップが2.5eV以上」「電 ,荷キャリアの移動度が10cm2/Vs以上である縮退半導体材料」であることが記載され,A甲5には,本件化合物が「バンドギャップが2.5eV以上で,かつ,電荷キャリアの移動度が10cm2/Vs以上である薄膜材料のうちで,最も高いバンドギャップを有した,透明性の高い薄膜試料である」ことが記載され,B甲36及び38には,ITOよりも本件化合物が「透明性において優れているということ」が記載されている。そして,引用文献 1 において,チャネル領域4に選択し得る縮退半導体材料として,「Ga 2O3,Bi2O3,SnO2,ZnO,Sb2O3,PbO,GeO2若しくはIn2O3,これら酸化物の混合物,又は,GaInO3,ZnGa2O4若しくはCdGa2O4のようなこれら酸化物から形成された化合物」を列挙しており,本件化合物は,ここに列挙された酸化物のうち, 「Ga 2O3」「Z ,nO」及び「In2O3」から「形成された化合物」そのものである。 そうすると,当業者にとって,引用文献 1 の実施例として用いられているITOに替えて,それ自体周知で,かつ,ITOより優れた特性を有することも知られた本件化合物を,チャネル領域の層4の縮退半導体材料として用いることは,容易想到である。 (ウ) 用途の開示について 審決は,無効理由 1 の副引用例である甲3〜14,24及び28に開示された構成を認定するに際して,上記各甲号証に,透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層として用いることは,記載も示唆もされていないと述べる。 しかし,半導体の用途として透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層は周知な用途であるから,このような点が開示されているかどうかを問題とすること自体が既に失当である。 また,引用発明1は, 「チャネル領域の層4」に用いる材料を,材料のバンドギャップ及び電荷キャリアの移動度に着目して選択した発明であり,選択される材料の用途は,引用文献1に既に開示されている。引用文献 1 に接した当業者としては,材料の特性(バンドギャップ及び電荷キャリアの移動度)さえ明らかになっていれば,その中から引用発明1に適した材料を選択すればいいのであり,その材料が副引用例においてどのような用途に用いられていたかは,組合せの動機付けを減じる理由にならない。 さらに,半導体は,金属と絶縁体の中間の電気伝導を示す物質であり,キャリア濃度を調整することで電気伝導率を調整することができる。そして,本件化合物を含む酸化物半導体については,膜中の酸素量を制御することやドーパント原子を加えることによって,電気伝導率を絶縁体の状態から導電体の状態まで,幅広く調整することができることは,当業者に広く知られていた。例えば,活性層に広く使われている半導体材料であるシリコンは,活性層としても電極としても使用され(甲50)引用文献1及び2で透明電極として広く使われている酸化物半導体材料であ ,るITOは,活性層としても電極としても使用されている。また,酸化物半導体材料(甲5)は,活性層の材料としても用いられてきた。 したがって,仮に各副引用例に活性層としての用途が明示されていなくても,本件化合物の伝導率を適宜調整して活性層に使用できることは,当業者であれば容易に理解できるものであり,この点からも各副引用例に活性層としての用途の明示がないことが,組合せの動機付けを減じさせる要因となるものではない。 (エ) 小括 引用発明1において,「Ga2O3,Bi2O3,SnO2,ZnO,Sb2O3,PbO,GeO2若しくはIn2O3,これら酸化物の混合物,又は,GaInO3,ZnGa2O4若しくはCdGa2O4のようなこれら酸化物から形成された化合物」から,@バンドギャップが2.5eV以上であり,A電荷キャリアの移動度が10cm2/Vs以上であるという特性において特に優れていることが当業者に知られていた本件化合物を,引用発明1のチャネル領域の縮退半導体材料として選択することは,当業者にとって容易である。 イ 相違点1に関する判断の誤り (ア) 仮に,本件発明1と引用発明1との相違点を,相違点1と認定すべきとしても,以下のとおり,審決の判断は誤っている。 (イ) 審決は,引用発明 1 において,「Ga2O3,Bi2O3,SnO2,ZnO,Sb2O3,PbO,GeO2若しくはIn2O3,これら酸化物の混合物,又は,GaInO3,ZnGa2O4若しくはCdGa2O4のようなこれら酸化物から形成された化合物」から,本件化合物を選択する動機を見出すことはできないから,引用発明 1 の「0.03%のSnがドープされたIn2O3」の「In2O3」に替える化合物として,本件化合物を選択することが当業者にとって容易に想到し得たことであったとは認められないとする。 しかし,本件化合物が,バンドギャップ(透過性)及び電荷キャリアの移動度という特性において特に優れた縮退半導体材料であること,引用文献1の実施例において用いられているITOに比して格段に高い透過性を有していたことは,本件出願日において,当業者において広く知られた特性であった。 したがって,引用発明1において用いられているITOに替えて,本件化合物をチャネル領域4の縮退半導体材料として選択することは,当業者の通常の創作能力の範疇にすぎない。 (ウ) また,審決は,本件化合物にドープすることで,スイッチング素子の半導体材料として用いるに充分な高さの導電度を得ることができる「ドーパント原子」が知られていたとは認められないから,引用発明 1 の「0.03%のSnがドープされたIn2O3」の「In2O3」に替える化合物として,本件化合物を選択することには阻害事由があるとする。 しかし,引用発明1は,チャネル領域4に用いられる材料としてバンドギャップが2.5eV以上,かつ,電荷キャリア移動度が10cm2/Vs以上の縮退半導体材料を選択することで,可視光に対して透明で,比較的迅速に作動する半導体素子を得ることを目的とするものである。その上で,引用発明1では,選択された材料に「充分な導電度が得られるようにする」ためにドーパント原子を加えて,縮退半導体としてチャネル領域4の材料として用いている。甲3及び5に開示されている本件化合物は,それ自体キャリア濃度が1018cm-3以上と高い縮退半導体であり,既に十分な導電度が得られており,それ以上に導電度を高めるためのドーパントを加える必要性はない。 したがって,引用発明1の活性層に用いる縮退半導体として,各甲号証に開示された本件化合物を選択するに当たり, 「充分な導電度を得られるようにする」ためのドーパント原子が知られている必要はないから,この点は何ら阻害要因となるものではない。 また,本件化合物にドープすることで導電度を適宜調整するためのドーパント原子であるH+イオンは,当業者に知られていたのであり,そのようなドーパントが知られていなかったという審決の認定それ自体も誤りである。 (3) 本件発明2〜4 審決は,本件発明2〜4については,本件発明 1 に関する判断を援用しているところ,本件発明 1 についての審決の認定,判断が誤っているから,本件発明2〜4についての審決の認定,判断もまた誤りである。 (4) 被告の主張に対する反論 ア 被告は,本件化合物は専ら高い導電性を有する透明電極である,と主張する。 しかし,@本件化合物を含む酸化物半導体については,膜中の酸素量を制御することやドーパント原子を加えることによって,電気伝導率を幅広く調整できることが当業者に知られていたから,活性層としての用途が明示されていなくても,本件化合物の伝導率を適宜調整して活性層に使用できることは容易に理解でき,A甲36では,本件化合物の電気伝導度は,還元処理を行わない場合に非常に低く,還元処理により酸素欠損を導入することで電気伝導度が増加したとされ,B甲38では,本件化合物は単に成膜した段階では導電性を示さなかったとされていることから,本件化合物の導電性を制御して透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層として用いることは容易想到であった イ 被告は,@本件化合物にはドーパントが知られていなかった,AH +イオンはドーパントではない,と主張する。 しかし,ドーパントは導電性を高めるために加えるもの(甲1,38,52,53)であり,甲38では,成膜時に導電性を示さなかった本件化合物の膜にH+イオンを注入することで導電性を高めている。 ウ 被告は,@薄膜トランジスタの活性層に用いるためには,ゲート電圧によりフェルミ準位が大きく変化する必要があるが,本件化合物についてはそういう性質は周知ではなく,A導電性(フェルミ準位)変化の有無は,材料の問題ではなく,できあがった膜の状態の問題である,と主張する。 しかし,@半導体は導電性(フェルミ準位)が変化するものであり,導電性は外部からのエネルギーでも変化し,A本件では材料選択の動機付けを問題にしているが,できあがった膜の状態は,本件化合物を選択しない理由にはならない。 2 取消事由2(無効理由3の判断の誤り) (1) 判断遺脱 原告は,引用文献2には, 「膜中の酸素量を変化させることにより膜の導電率を変化させた,ITOなどの酸化物の透明導電膜を半導体活性層として用いることを特徴とする薄膜トランジスタ」という発明が記載されていると主張し,これを前提にした進歩性の議論をしていたのであるから,仮に,審決において,引用文献2には原告が主張する発明は記載されていないというのであれば,これを否定する理由を示す必要がある。しかし,審決ではそのような認定は一切していない。 したがって,審決には判断遺脱の違法がある。 (2) 相違点2の認定の誤り ア 引用発明2の認定の誤り (ア) 引用文献2では,ITOを一例として,酸化物一般について「膜中の酸素量を変化させることにより膜の導電率を変化させることができる」とし,その原因が「化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)によりキャリアが発生していること」にあることが説明され,また, 【0016】や図2において,このための具体的な方法として,スパッタリングにおける酸素濃度を調整する手法が開示されている。 引用文献2の実施例の記載においてはITOを例にして説明しているが,その請求項1及び2が組成を限定していないから,引用発明2はITOに限定されるものではなく,引用文献2にはこれをITO以外の酸化物に適用することの妨げとなるような記載も存在しない。それにもかかわらず,審決は,無効理由3の判断に際しては,引用文献2に開示された具体的な実施例(ITO)のみに基づく発明を認定した。 したがって,審決による引用発明2の認定は誤りである。 (イ) 引用発明2は,半導体層としてアモルファスシリコンよりもバンドギャップが大きい(望ましくは3eV以上)透明材質の半導体を使うことで,光に影響されず,更に開口率を増大させることができる薄膜トランジスタを提供することを目的とするものである。 そして,引用文献2には,このような透明材質の半導体として,ITOに限らず,酸化物の透明導電膜一般について,膜中の酸素量を変化させることにより膜の導電率を変化させ,従来透明電極として用いられていた膜の膜中の酸素量を増加させ,半導体活性層として使用することができることが開示されているのであるから,引用発明2は,以下のように認定されるべきである。 「膜中の酸素量を変化させることにより膜の導電率を変化させた,ITOなどのバンドギャップエネルギーが大きな(望ましくは3eV以上)酸化物の透明導電膜を半導体活性層として用いることを特徴とする薄膜トランジスタ」 イ 相違点の認定 本件発明1と引用発明2の一致点及び相違点は,次のとおり認定すべきである。 (一致点) 酸化物の透明薄膜を活性層として用いる透明薄膜電界効果型トランジスタ (相違点B) 透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層として用いられる酸化物が,本件発明1 では本件化合物であるのに対し,引用発明2ではITOなどの酸化物であること (3) 相違点の判断の誤り ア 相違点Bに関する判断 (ア) 本件化合物の薄膜は周知であった。 (イ) 適用の動機付けについて 引用発明2は,半導体層としてアモルファスシリコンよりバンドギャップの大き 「い透明材質の半導体を使うことで光に影響されず,更に開口率を増大させることができる薄膜トランジスタを提供すること」 【0007】 ( )を目的とする発明であり,バンドギャップとしては「3eV以上であることが望ましい」【0021】 ( )とされている。 引用発明2は,このような目的を達成するために,ITOなどの酸化物の透明導電膜の,膜中の酸素量を変化させることにより,膜のキャリア濃度を1018cm-3 以下に制御し,縮退を解き,半導体として用いるものであり,どのような酸化物の透明導電膜を選択するかは,透過性の観点からの材料の選択にすぎない。 そして,本件化合物が,引用文献2で実施例として用いられているITOと比べて,バンドギャップが大きく,透明度が高い物質であったことが広く知られており(甲3,5,36,38),本件化合物の薄膜中の酸素量を制御することで導電性を制御できることは技術常識であったから(甲36,38),引用発明2の半導体に用いる酸化物透明導電膜として,本件化合物を選択することは,当業者にとって容易であった。 イ 相違点2に関する判断の誤り (ア) 本件発明1と引用発明2の相違点を,相違点2のとおり認定すべきとしても,相違点2に関する審決の判断は,次のとおり,誤っている。 (イ) 審決は,進歩性に関して,本件出願日前において,透明導電性金属酸化物として,数多くの材料が知られていたから,引用発明2で用いられている「ITO膜」に替えて,上記数多くの材料の中から,特に本件化合物を選択すべき動機を見出すことはできず,引用発明2の「ITO膜」に替える材料として,本件化合物薄膜を用いることが容易であったと認められないとした。 しかし,審決が列挙する酸化物のうち,甲5の表4・5において, 「バルク」「単 ,結晶」などの表示のあるものは薄膜材料ではないから,ITO膜に替えて用いる薄膜材料の選択肢からは除かれるべきである。また,本件化合物が,バンドギャップが大きく,透明性において特に優れた酸化物透明導電膜であること,及び,引用文献2で実施例として用いられているITOと比べて,バンドギャップが大きく,透明度が高い物質であったことが当業者に広く知られていたのであるから,引用発明2の半導体に用いる酸化物透明導電膜として,本件化合物を選択することは,当業者にとって容易である。 したがって,進歩性に関する審決の判断には誤りがある。 (4) 本件発明2〜4 本件発明 1 についての審決の認定,判断が誤っている以上,本件発明2〜4についての審決の認定,判断もまた,全て誤りである。 3 取消事由3(無効理由5の判断の誤り) (1) 「アモルファス」と「ホモロガス」との関係(これらが相反するものであるか)については,審判段階で,争点とされていたにもかかわらず,この点について明確な判断を行うこともなく,単にアモルファスである「InGaO 3(ZnO)(m≦4)m 」の薄膜を作製する方法が開示されていることだけから,直ちに「アモルファス」である本件化合物薄膜を作製することが,当業者の技術常識の範囲内であると認定した審決には,判断の遺脱がある。 (2) 本件発明1,2及び4には,活性層がアモルファス薄膜である場合が含まれるが,以下のとおり,本件化合物のアモルファス薄膜を作製する方法が理解できない。 ア アモルファスの本件化合物について 結晶・非晶質が問題となる半導体の分野では, 「ホモロガス」という用語は,決まった構造を持ち,他の構造と対比することができる「結晶」性の物質について用いられるものであり(甲42,43の2),結晶構造を対比した場合に,共通する構造を有する2つ以上の物質について,両者が「ホモロガス化合物」であるなどと呼ぶ。 決まった構造を持たない非結晶性の固体であるところの「アモルファス」に,構造的関係性を示す「ホモロガス」という用語を使用した場合には,それがどのような意味であるのか,当業者には理解することができない。アモルファスである本件化合物を作製することが技術常識であるとの審決の判断は,誤りである。 イ アモルファス薄膜を作製する具体的な方法は記載されていないこと 本件明細書の発明の詳細な説明には,アモルファス薄膜を作製する具体的な方法は記載されていない。 ウ 審決が認定する「技術常識」について 審決は,本件明細書の発明の詳細な説明には,アモルファス薄膜を作製する具体的な方法は記載されていないとしながら,甲3及び4の記載から,本件出願日前に,アモルファス薄膜を作製することは,当業者の技術常識の範囲内のことであると認定した。 しかし,甲3には, 「アモルファス」である「InGaO3(ZnO)m(m≦4)」の薄膜を作製する方法は開示されているものの,かかる「InGaO3(ZnO)m(m≦4)」が「ホモロガス化合物」であることは記載されていない。 また,甲4に記載されているのは, 「一般式ZnxMyInzO(x+3y/2+3z/2) (式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうち少なくとも一つの元素であり,比率 x/yが0.2〜12の範囲であり,比率 z/y が0.4〜1.4の範囲にある)で表される非晶質酸化物を含有する膜」を作製する方法であり,かかる非晶質酸化物が「ホモロガス化合物」であることは記載されていない。甲4の【0029】, 【0034】,【0039】及び【0041】には, 「ホモロガス」という記載があるが,これらはいずれも「ターゲット」の性質に関する記載であり,その後スパッタリング法やレーザーアブレーション法という成膜工程を経て,薄膜となった際の性質に関するものではない。 よって,甲3及び4の記載を根拠に,本件化合物薄膜を製造する方法が当業者の技術常識の範囲内であると認定した審決の判断は誤りである。 エ 反応性固相エピタキシャル法について 本件発明の本件化合物薄膜を成膜するための「反応性固相エピタキシャル法」が,被告独自の開発・称呼によるものであり,一般的な製造方法ではないことに照らせば,当業者においてこれを理解し,本件発明の本件化合物薄膜を成膜するためには,本件明細書中において,当該「反応性固相エピタキシャル法」なるものが,どのような製造方法であるのか,明確にされている必要がある。しかし,本件明細書中,一実施例に関する記載を除いて, 「反応性固相エピタキシャル法」が,いかなる製造方法であるのかを説明する記載は一切存在しない。また,一実施形態に関する【0015】〜【0031】の記載を見ても,被告がこれらの箇所に記載された工程のうち,いかなる部分をもって「反応性固相エピタキシャル法」と呼んでいるのか,当業者において理解することができない。 オ アモルファス薄膜の成膜について 「エピタキシャル法」とは,半導体基板上に「エピタキシャル成長(結晶成長)」させる製造方法であるところ, 「エピタキシャル法」で「アモルファス」を成膜するということ自体,当業者の技術常識と乖離しており,当業者はその内容を全く理解することができない。被告が「反応性固相エピタキシャル法」と称する製造方法も,「エピタキシャル法」とされている以上,当業者であれば,当然に結晶を成長させる製造方法の一種であると理解するのであり, 「反応性固相エピタキシャル法」により「アモルファス薄膜」を製造するということは,理解できない。 被告は,「反応性固相エピタキシャル法」の詳細な内容は本件明細書【0015】〜【0027】に記載されており, 「反応性固相エピタキシャル法」により「アモルファス薄膜」を製造する場合には,そこからZnOエピタキシャル成長及び高温アニールプロセスを除けばよいと述べる。 しかし, 【0015】〜【0027】に記載された工程から,ZnOエピタキシャル成長を除くとすれば,その工程のどこにも「エピタキシャル成長」をさせる工程を含まないこととなり,また,高温アニールプロセスまで除くとすれば,そこに残るのは,本件化合物をMBE法やPLD法で成膜するという周知な工程のみである。 「反応性固相エピタキシャル法」なる製造方法が,周知な方法であると,当業者が理解できるはずもない。 (3) 小括 以上のとおり,審決の無効理由5に対する判断には,本件明細書が,当業者において本件発明1,2及び4を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているか否かの認定,判断を誤った違法があり,その判断の際に,当事者間で大きな争点とされていた「アモルファス」と「ホモロガス」の関係性に関する判断を遺脱した違法がある。 4 取消事由4(無効理由6の判断の誤り) (1) 本件発明は,本件化合物を活性層に用いたということ以上に,特段の構成要件上の限定がない。 これに対し,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている実施例は,単結晶のInGaO3(ZnO)5に関するものたった 1 つである。本件明細書の発明の詳細な説明には,MがIn,Fe又はAlの場合の本件化合物も,m=5以外の場合の本件化合物も,単結晶以外の場合の本件化合物も,全く開示されていない。 特にアモルファスの本件化合物については,当業者から見て,本件明細書には,実質的な記載はない。 甲3には,アモルファスのInGaO3(ZnO)mは,m=1〜4までしか得られず,m=5では結晶化した旨記載されているのであり,本件特許の特許請求の範囲に記載された大部分(m=5以上50未満の範囲)においては,アモルファスの本件化合物が得られるのかすら,当業者には理解できない。 したがって,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明ではないし,特許請求の範囲に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでもない。 よって,審決の,本件明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとした認定,判断は誤りである。 (2) 被告は,原告の取消事由4に係る主張が,審判において無効理由6として主張していなかったものだから,不適法である,と主張する。 しかし,サポート要件を満たすか否かについては,特許権者において「サポート要件違反がないこと」の立証責任を負い,サポート要件を争う審判請求人は,サポート要件違反があるという争点を指摘すれば足りる。原告は,審判請求書の段階から一貫して「サポート要件違反がある」という主張を行っているから,取消事由4に係る主張は,不適法ではない。 |
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被告の反論
1 取消事由1について (1) 「相違点の認定の誤り」について 原告は,本件発明と引用発明1との相違点は,「・・・引用発明1では「ITO」や「Ga2O3,Bi2O3,SnO2,ZnO,Sb2O3,PbO,GeO2若しくはIn2O3,これらの酸化物の混合物,又は,GaInO3,ZnGa2O4若しくはCdGa2O4のようなこれら酸化物から形成された化合物」である点」と認定すべきであると主張する。 しかし,引用文献1には, 「チャネル領域4の半導体材料に」 ITOに替えて , 「ドーパント原子を設けた非遷移金属の他の共有結合酸化物を用いることもできる。これら金属の酸化物およびその混合物は10cm2/Vs以上の移動度および2.5eV以上のバンドギャップを有する。例えば,Ga2O3,Bi2O3,SnO2,ZnO,Sb2O3,PbO,GeO2またはIn2O3,これら酸化物の混合物,またはGaInO3,ZnGa2O4,またはCdGa2O4のようなこれら酸化物から形成された化合物を用いることができる。」と記載されている(甲1,10頁20〜26行)。 つまり,引用発明1は,@ドーパント原子を設けた非遷移金属の他の共有結合酸化物であり,かつ,AGa2O3等の酸化物,又は,GaInO3,ZnGa2O4,若しくはCdGa 2 O 4のようなこれら酸化物から形成された化合物が記載されているのである。 (2) 「相違点Aに関する判断」について ア 原告は,@本件化合物が周知であった,A甲3には, 「本件化合物が,バンドギャップが2.5eV以上」 「電荷キャリアの移動度が10cm2/Vs以上 ,である縮退半導体材料」であることが記載されている,B甲5には,本件化合物が「バンドギャップが2.5eV以上で,かつ,電荷キャリアの移動度が10cm2/Vs以上である薄膜材料のうちで,最も高いバンドギャップを有した,透明性の高い薄膜試料である」ことが記載されている,C甲36及び38には,ITOよりも本件化合物が「透明性において優れているということ」が記載されている,といった事情を列挙し,D当業者にとって,引用文献1の実施例として用いられているITOに替えて,それ自体周知で,かつ,ITOより優れた特性を有することも知られた本件化合物を,チャネル領域の層4の縮退半導体材料として用いることに,極めて強い動機付けが認められる,と主張する。 さらに,副引用例である甲3〜14,24及び28がいずれも導電性材料用途である点について,E半導体の用途として透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層というのは全くの周知な用途であって,半導体の代表的な用途の1つといってよいから,このような点が開示されているかどうかを問題とすること自体が既に失当である,と主張する。 イ しかし,そもそも,原告主張を前提にしてもこれだけの多数の文献を組み合わせた上で巧みな論理操作をしなければ本件発明にたどり着けないのだから,容易想到性に関する原告主張は,詳細に検討するまでもなく既に破たんしている。 また,上記@について,審決は,本件化合物が「公知」であることは認定しているが「周知」であったとは認定していない。 上記ABについては,甲5には, 「透明導電性金属酸化膜」の材料が列挙されているのであって,オン(導電性)/オフ(絶縁性)を切り替えるための材料が列挙されているのではないから,引用発明1とは無関係である。原告は, 「バンドギャップが2.5eV以上で,かつ,電荷キャリアの移動度が10cm2/Vs以上である薄膜材料」という抽出要件をあたかも自明のものとして設定した上で,表4・5の中からいくつかの材料を抽出して,抽出された中から本件化合物が「最も高いバンドギャップを有した,透明性の高い薄膜試料である」などという理屈を作り出している点で,典型的な後知恵である。 上記Cについては,甲36には「透明導電性酸化物」が,甲38には「導電性酸化物及びそれを用いた電極」が記載されているのであってオン(導電性)/オフ(絶縁性)を切り替えるための材料が列挙されているのではないから,そもそも引用発明とは無関係である。原告は,突如としてITOと本件化合物との比較を持ち出し,ITOよりも本件化合物が「透明性において優れているということ」が記載されているなどという理屈を作り出している点で,典型的な後知恵である。 上記Dについては,引用文献1の記載を満足する極めて多数の酸化物候補材料から本件化合物を選び出すことの困難性を無視しており,誤りである。 上記Eについては,本件化合物のような酸化物半導体は専ら導電性の電極材料として研究がなされ,実用化の検討がなされてきたのだから,透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層に用いることができるような属性を有するということは考えられたことさえもない。すなわち,透明電極と薄膜トランジスタの活性層では,材料に要求される要件が全く異なる。前者ではフェルミレベルはバンドの中に入っていればよく,後者のようにゲート電圧の印加によって,大きく移動する必要はない。 よって,本件化合物のような多成分系の酸化物では,酸素の欠損が生じやすく,これによってフェルミレベルが伝導帯の中に入っている導電性について専ら研究されてきた物質で,薄膜トランジスタとして上手く機能するということは,本件出願日当時,全く当該分野における技術常識ではなかったのである。 (3) 「相違点1に対する判断」について ア ドーパントの有無に関して 原告は,甲3などに開示されている本件化合物のように,既にそれ自体十分な導電度が得られている縮退半導体を選択すれば,それ以上に導電度を高めるためのドーパントを加える必要がなくなるとする。 しかし,既にそれ自体十分な導電度が得られているのであれば,導電体であり,透明薄膜電界効果トランジスタの活性層に用いることはできないはずである。引用文献1に記載された透明薄膜電界効果トランジスタの活性層に用いるドーパントは,ただ導電率を高めればいいのではなく,審決が認定するように,当該化合物にドープすることで,スイッチング素子の半導体材料として用いるに充分な高さの導電度を得ることができる「ドーパント原子」である必要がある。つまり,引用文献1の透明薄膜電界効果トランジスタの活性層にITOその他の列挙された酸化物半導体が用いられているのは,当該化合物にドープすることで,スイッチング素子の半導体材料として用いるに充分な高さの導電度を得ることができる「ドーパント原子」が確認されているからである。そうでない本件化合物に置き換えることは,阻害要因がある。 なお,H+は,本件化合物の導電率を高くするためだけに用いられており,当該化合物にドープすることで,スイッチング素子の半導体材料として用いるに充分な高さの導電度を得ることができる「ドーパント原子」であることは確認されていないから,H+をドープしても,本件化合物を透明薄膜電界効果トランジスタの活性層に用いることはできない。 イ その余の点については,(2)における主張を援用する。 2 取消事由2について (1) 相違点の認定の誤りについて 原告は,本件発明と引用発明2との相違点は, 「・・・引用発明2ではITOなどの酸化物であること」と認定すべきであると主張する。 しかし,引用文献2においては,およそITO以外の他の酸化物の言及があるかどうかではなく,ITO以外の他の酸化物を活性層として用いた「透明薄膜電界効果型トランジスタ」が記載されているかどうかを問題にすべきである。そして,引用文献2には,ITOを活性層に用いた透明薄膜電界効果型トランジスタのみが記載されている。 審決が,引用発明2を,ITO膜の膜中の酸素量を増加させてキャリア濃度を制御し縮退を解いて導電性を低下させたITO膜(半導体活性層)を用いた透明薄膜電界効果型トランジスタの発明であると認定したことに,誤りはない。 引用文献2の【0019】には, 「一般にITOなどの酸化物の透明導電膜は,膜中の酸素量を変化させることにより膜の導電率を変化させることができるものである。 と記載されているが, 」 この記載はITOにおいて導電率を調整することが可能であることを述べているにすぎない。この記載から,実施例1〜3記載の「ITOを半導体活性層8として用いた透明薄膜電界効果型トランジスタ」 「酸化物半導 が,体を半導体活性層8として用いた透明薄膜電界効果型トランジスタ」といえるものではない。 (2) 相違点Bに関する判断について ア 審決には「相違点の認定の誤り」は存在しないので,誤りが存在することを前提とする原告主張である「相違点Bに関する判断」は,そもそも前提が違っている。 イ 原告は,@引用発明2は,ITOなどの酸化物の透明導電膜の,膜中の酸素量を変化させる発明であり,どのような酸化物の透明導電膜を選択するかは,透過性の観点からの材料の選択にすぎない,A甲3,5,36及び38より,本件化合物は,ITOと比べて,バンドギャップが大きく,透明度が高い物質であったので,引用発明2の半導体に用いる酸化物透明導電膜として,本件化合物を選択することは,当業者にとって容易であり,B甲36及び38から,本件化合物の薄膜について,膜中の酸素量を制御することで,導電性を制御することができることは,技術常識であった,と主張する。 しかし,そもそも,原告主張を前提にしてもこれだけの多数の文献を組み合わせた上で巧みな論理操作をしなければ本件発明にたどり着けないのであるから,容易想到性に関する原告主張は詳細に検討するまでもなく既に破たんしている。 ウ 上記@について,引用発明2はITO以外の酸化物を活性層に用いる発明であると主張する点で,原告の主張は誤りである。どのような酸化物の透明導電膜を選択するかは,透過性の観点からの材料の選択にすぎないとはいえない。縮退を解いてキャリア濃度を下げることが可能であること,ゲートに電圧を印加して電界を加えた場合にキャリアが十分に誘起されること,そのときの移動度が相応のものであることなどが必要となる。透過性の観点からの材料の選択で,本件発明が生まれるわけではない。 上記Aについて,甲3,5,36及び38記載の酸化物透明導電膜を引用文献2の各種電極の「透明導電膜」に用いることができる可能性があることは格別, 「半導体活性層8」に用いることは,当業者にとって容易であるとはいえない。 上記Bについて,甲36には本件化合物は還元処理によってキャリア濃度を制御できることが記載されており,甲38にはH+イオン注入によってキャリア濃度を制御できることが記載されているが,引用発明2のようにキャリア濃度を1018cm-3以下にできるかどうかは依然として不明であるし,本件化合物に電界を加えた場合にキャリアが十分に誘起されるかどうかも不明である。 (3) 相違点2の判断の誤りについて 上記(2)における主張を援用する。 3 取消事由3について (1) 審決には判断の遺脱は存在しないこと 原告は,本件審決には, 「ホモロガス」と「アモルファス」の関係に関する判断の遺脱があると主張する。 しかし,審決は, 「本件特許の請求項1の活性層として用いることができるホモロガス化合物薄膜は,請求項1を引用する請求項2,請求項4の記載を鑑みれば, 「アモルファス薄膜」の概念を含むものである」と述べ, 【0020】得られた薄膜 「は, ・・・アモルファス膜でも良い」という記載を引用し該当箇所に下線を付している。 このように,審決は,「ホモロガス化合物」が「アモルファス薄膜の概念を含む」と証拠と共に認定しているのであるから,判断の遺脱は存在しない。 (2)ア 原告は,本件明細書の発明の詳細な説明に,アモルファス薄膜である本件化合物薄膜を作製する具体的方法が記載されていないことをもって,実施可能要件を満たさないと主張し,その前提として, 「ホモロガス化合物」が結晶であり,結晶であり非結晶(アモルファス)である物質は存在しないという理解をしている。 イ 「ホモロガスアモルファス化合物」の意義 「ホモロガス」とは,ある指数(m)を用いて一般的に表現できる一連の組成を総称したものである。 本件発明においては,「InMO 3(ZnO)m」において指数(m)を用いて,一般的に表現されている(InMO3(ZnO),InMO3(ZnO)2,InMO3 (ZnO)3,InMO3(ZnO)4,InMO3(ZnO) 5・・・という一連の組成が特定されている。)ので,この化合物の組成はホモロガスである。 化合物の組成とは,原子の構成比なので,それが結晶であるかアモルファスであるかを問うものではない。 本件発明の薄膜は,指数(m)を用いてInMZn (m)O(m+3)という組成式で表現できるので,「ホモロガス」である。 「ホモロガス化合物」は,固体の化合物であり,これが結晶化した状態を「結晶ホモロガス化合物」と呼び,アモルファス状態を「アモルファスホモロガス化合物」と呼ぶ。 ウ 審決は「技術常識」を適切に認定していること 原告は,甲3に「InGaO3(ZnO)m (m≦4)」が「ホモロガス化合物」であることは記載されていないと述べる。しかし,「InGaO3 (ZnO)m(m≦4)」は,指数(m)を用いて一般的に表現できる一連の組成なので,「ホモロガス化合物」である。 原告は,甲4に「Zn xMyInzO(x+3y/2+3z/2)(式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうち少なくとも1つの元素であり,比率x/yが0.2〜12の範囲であり,比率z/yが0.4〜1.4の範囲にある)で表される非晶質酸化物を含有する膜」が「ホモロガス化合物」であることは記載されていないと主張する。しかし, 「ZnxMyInzO(x+3y/2+3z/2)」は, yInzO(3y/2+3z/2) 「M (ZnO)x 」と書き直すことができ(Mをガリウム,x=y=1とおけば,InGaO 3(ZnO)xとなる。 ,これは,指数(x)を用いて一般的に表現できる一連の組成な )ので,「ホモロガス化合物」である。 エ 原告の定義にかかる「アモルファスホモロガス化合物」 (ア) 原告は,ホモロガス化合物とは,ある「構造」を有し,他の構造と対比することができる結晶構造を有することを前提としており,アモルファス(非晶質)のホモロガス化合物など存在し得ないと主張する。 (イ) 甲42の生物学における定義は本件発明とは無関係であるし,生物学上の定義に「異なる生物の部分間の構造的関係」という文言が見受けられることを理由に「ホモロガス化合物」が結晶構造であるとする主張は,およそ論理的ではない。 本件明細書の【0019】と【0020】には, 「ホモロガス化合物薄膜」は「アモルファス膜でも良い」ことが明示されている。 原告は, 「ホモロガス化合物薄膜」を結晶に限定する主張をするが,明細書の記載に反する。 (ウ) 原告は,甲43の2(特願2005-325371号の審査経緯中に,出願人である訴外キヤノン株式会社と訴外東京工業大学が提出した意見書) 「ホ に,モロガスとは本来超格子構造を意味し,結晶膜でのみ取り得る構造です」と述べられていることをもって, 「ホモロガス」とは結晶膜でのみ取り得る構造であり,当業者から見れば,ホモロガス化合物に関する本件明細書には,アモルファス酸化物についての記載は実質的にない,と主張する。 しかし,上記意見書は,上記出願の出願人が本件特許出願の公開公報の記載内容に対する評価を発明の進歩性の観点から述べたものにすぎない。実施可能要件は,本件明細書の記載と技術常識に基づいて判断すれば足りる。 (エ) 原告は,甲3に「InGaO 3(ZnO)m膜では,mが5未満の時にアモルファス相が得られた」という記載があり,アモルファスに関しては,甲3を見ても,わずかm=1〜4までしか得られておらず,この点からも,アモルファスの本件化合物に関して,実質的に記載されていない, 「ホモロガス」とは結晶質でのみ取り得る構造であるから,アモルファスであるホモロガス化合物を作製することが技術常識であると判断した審決の判断は誤りである,と主張する。 しかし,上述のとおり, 「ホモロガス」とは結晶質に限らずアモルファスでも取り得る構造であるから,審決の判断には,誤りはない。 また,本件発明は,InGaO3(ZnO)m膜について電界効果トランジスタの活性層に適するという未知の属性を発見し,その属性はアモルファスでも奏されることを見出したものであり,mの値の数値限定にのみ意義のある発明ではない。したがって,透明薄膜電界効果型トランジスタという物品の活性層を構成する材料について,mの値の全範囲にわたって物品を作製する実施例の記載が必要であるということにはならない。 (3) 「反応性固相エピタキシャル法」について ア 原告は, 「反応性固相エピタキシャル法」について,その内容が不明確であり,本件明細書は,当業者が, 「反応性固相エピタキシャル法」なる製造方法を実施できる程度に,明確かつ十分に記載したものではないと主張する。 しかし,この点は,原告が審判請求書の無効理由5として主張していなかった事項であるから,このような主張をするのは,不適法である。 イ 原告は, 「反応性固相エピタキシャル法」について,その内容が不明確であると述べるが,本件明細書の【0017】〜【0020】にその詳細が追試が可能な程度に記載されている。 【0017】には「YSZ等の酸化物単結晶基板を,大気中もしくは真空中で1000℃以上に加熱することによって超平坦化した表面が得られる」こと, 【0019】には「得られた原子平坦面を持つ耐熱性透明酸化物基板上に,MBE法,パルスレーザー蒸着法(PLD法)等により,原子平坦面を有するZnO単結晶薄膜をエピタキシャル成長させる」こと,続いて,「該ZnO薄膜上に,・・・ホモロガス化合物薄膜を,ターゲットとして,該酸化物の多結晶焼結体を使用して,MBE法,パルスレーダー蒸着法(PLD法)等により成長させる」こと, 【0020】には「得られた薄膜は,単結晶膜である必要はなく,多結晶膜でも,アモルファス膜でも良い」こと,さらに,「YSZやAl2O3を被せ,1300℃以上の高温で,ZnO蒸気を含む大気圧中で加熱拡散処理を行なう」ことが記載されている。この一連のプロセスが,「反応性固相エピタキシャル法」である。 なお, 【0027】には「アモルファス薄膜の場合は,エピタキシャル成長させる必要はないので,ZnOエピタキシャル成長及び高温アニールプロセスを除くことができる」とある。 したがって,アモルファスの本件化合物薄膜は,上述したプロセスから「ZnOエピタキシャル成長及び高温アニールプロセス」を除いて,ターゲットとして該酸化物の多結晶焼結体を使用して,基板上に,MBE法,パルスレーダー蒸着法(PLD法)等により成長させることで作製することが可能である。 他方で, 【0014】には「反応性固相エピタキシャル法により室温で成膜したアモルファス状態」に関する記載があり,上述した「反応性固相エピタキシャル法」でアモルファス状態が得られたことが示されている。現実には, 「反応性固相エピタキシャル法」でアモルファスも単結晶も成長することが可能である(乙8添付資料5頁参照)。 4 取消事由4について (1) 原告は,本件明細書記載の唯一の実施例1に係る単結晶のInGaO 3(ZnO)5は,極めて多数考え得る本件化合物の組合せのうち,M=Ga,m=5で単結晶というたった1つの組合せにすぎないと述べ,他の組合せが開示されていないとして,極めて広範な本件特許の特許請求の範囲まで一般化することは到底できず,本件発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明ではないと主張する。 (2) 原告の上記主張は,原告が審判請求書の無効理由6として主張していなかった事項である。 原告は,審判請求書においては無効理由6として, 「ノーマリーオフの電界効果型トランジスタを提供する」ことという課題が解決できるように明細書が記載されていないという点で明細書に記載不備があると主張していた。無効審判請求時には,原告は,実施例の数が1つであるということには全く言及せず,本件特許の特許請求の範囲まで一般化することができるかどうかなど論じてもいなかった。 このような主張の追加は,審判請求書の要旨変更であるし,審決取消訴訟において突如として持ち出すのは,不適法である。 (3) 本件明細書の発明の詳細な説明に記載された実施例(単結晶のInGaO(ZnO)5)をもって,本件特許の特許請求の範囲まで一般化することは可能で3ある。 まず,単結晶のInGaO3(ZnO)5を活性層に用いた電界効果型トランジスタが動作したという実験結果からアモルファスでも(単結晶と比べて性能は落ちるであろうが)相応の結果が得られるであろうことは,十分に推測が可能である。 また,本件化合物の指標(m)において,m=5で動作したから,m=1やm=5以上でも電気伝導のメカニズムがそれほど変わるわけではなく,同様の動作をするであろうことは,十分に推測が可能である。ただし,m=50を超えるとZnOに近くなり,酸素欠損が入りやすくキャリア濃度が高くなりすぎることが合理的に予想されるので,本件発明からは除外されている。 さらに,M=Gaで動作したのであるから,Al及びInは周期表において同じ13族元素であって同様の作用を奏するであろうことは,十分に推測可能である。 GaとFeは,共に+3価でイオン半径も近く,固体の中では類似の性質や挙動を示すものと考えられているので,M=Feも同様の作用を奏するであろうと十分に推測可能である。 以上のとおり,本件発明は,実験で確認された成果を基礎に,作用効果を奏することが十分に推測可能な範囲のみを特定したものである。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明の概要 (1) 本件明細書には,以下の記載がある(甲35)。 【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,可視光に対して透明で,透明電子回路を構成する素子として用いることができる,ZnOを主たる構成成分として含有するホモロガス化合物の単結晶膜又はアモルファス膜を活性層として用いる透明電界効果型トランジスタに関する。 【従来の技術及びその課題】【0003】シリコンを用いた電界効果型トランジスタは・・・可視光に対して不透明で,透明回路を構成することができない。また,可視光照射により,伝導キャリアを生じるために,高光照射下ではトランジスタ特性が劣化してしまう。・・・ 【0004】シリコン電界効果型トランジスタのこうした問題点は,シリコンに替わって,エネルギーバンド幅の大きな半導体材料を用いることにより,原理的に,解決することができる。実際に,透明酸化物半導体であるZnOを用いて,電界効果型トランジスタを作製する試みがなされている・・・。しかし,ZnOは,電気伝導度を小さくすることが難しく,ノーマリーオフの電界効果型トランジスタを構成できない等の欠点がある。また,アモルファス状態を作り難いので,大面積に適したアモルファストランジスタを作製することができない。 【0006】 【課題を解決するための手段】本発明者らは,先に,パルスレーザー薄膜堆積法を用い,室温での成膜により,アモルファス状態で,n-型電気伝導を示す,ZnOを主たる構成成分として含有するInGaO 3(ZnO)m(mは自然数)等のホモロガス化合物透明薄膜を育成した(特開2000-44236号公報(判決注:甲4),細野他 Philosophical Magazine B. 81. 501-515(2001)(判決注:甲3)。 )【0007】さらに,本発明者らは,YSZ(イットリア安定化ジルコニア)基板上に育成したZnO単結晶極薄膜上に,アモルファスのホモロガス薄膜を堆積し,得られた多層膜を高温で加熱拡散処理する「反応性固相エピタキシャル法」により,ホモロガス単結晶薄膜を育成する方法を開発し,自然超格子ホモロガス単結晶薄膜 「とその製造方法」と名付け,特許出願した(特願2001-340066)。 【0008】本発明者は,上記のホモロガス単結晶薄膜の製造方法と同様に,ZnO薄膜上にエピタキシャル成長した複合酸化物薄膜を加熱拡散する手段を用いることにより従来のシリコンを用いた電界効果型トランジスタに代わる新たな優れた電界効果型トランジスタを提供できることを見出した。 【0009】本発明は,反応性固相エピタキシャル法により育成した,ZnOを主たる構成成分として含有するホモロガス化合物単結晶薄膜又はZnOを主たる構成成分として含有するホモロガスアモルファス薄膜を活性層とした電界効果型トランジスタを提供する。 【0011】1.反応性固相エピタキシャル法により製造したホモロガス化合物単結晶InMO3(ZnO)m(M=In,Fe,Ga,Al,m=1以上50未満の整数)薄膜は,InO 1.5層が原子レベルで平坦な薄膜表面を形成することから,ゲートと活性層の界面に欠陥が介在しにくく,ゲートリーク電流の少ない薄膜電界効果型トランジスタを作製できる。InMO3(ZnO)mのmの値は1以上50未満の整数が好ましい。原理的には,mの値は,無限大まで可能であるが,実用上,mの値が大きくなりすぎると,膜内でのmのばらつきが大きくなることと,酸素欠陥が生じやすくなり,その結果,膜の電気伝導度が大きくなり,ノーマリオフ型のFETが作り難くなる。 【0012】2.ZnOを主たる構成成分として含有するホモロガス化合物InMO3(ZnO)m(M=In,Fe,Ga,又はAl,m=1以上50未満の整数)のバンドギャップエネルギーは,3.3eVより大きので,波長が400nm以上の可視光に対して透明である。したがって,ホモロガス化合物単結晶InMO 3(ZnO)m(M=In,Fe,Ga,又はAl,m=1以上50未満の整数)薄膜を活性層として用いることにより,可視光透過率が高く,可視光による光誘起電流の発生がない,薄膜電界効果型トランジスタを作製できる。 【0013】3.さらに,反応性固相エピタキシャル法により製造したホモロガス化合物InMO3(ZnO)m(M=In,Fe,Ga,又はAl,m=1以上50未満の整数)単結晶薄膜は化学量論組成からのずれが極めて小さく,室温付近では良質な絶縁体であることから,ホモロガス化合物単結晶InMO 3(ZnO)m(M=In,Fe,Ga,又はAl,m=1以上50未満の整数)薄膜を活性層として用いることにより,ノーマリーオフ作動で,スイッチング特性の良い透明薄膜電界効果型トランジスタを作製できる。 【0014】ZnOを含むホモロガス化合物を反応性固相エピタキシャル法により室温で成膜したアモルファス状態は,1000℃程度の高温まで安定であり,その状態での電子キャリア移動度は,アモルファスシリコンに比較して,10倍以上大きい。したがって,ホモロガスアモルファス薄膜を活性層として用いた電界効果型トランジスタは,シリコンアモルファス電界効果型トランジスタに比較して,可視光透過率が高く,光照射に対して安定に動作し,さらに,高速動作することが期待できる。 【0015】【発明の実施の形態】本発明で用いるZnOを主たる構成成分として含有するホモロガス化合物単結晶薄膜の基板には,耐熱性があり,透明な酸化物単結晶基板,例えば,YSZ(イットリア安定化ジルコニア),サファイア,MgO,ZnO等を用いる。中でも,ZnOを含むホモロガス化合物と格子定数が近く,該化合物と1400℃以下の温度では,化学反応しないYSZが,最も好ましい。これらの基板の表面平均二乗粗さRmsは,1.0nm以下のものを用いることが好ましい。Rmsは原子間力顕微鏡で,例えば,1μm角を走査することによって算出できる。 【0016】ZnOを含むホモロガス化合物アモルファス薄膜を用いる場合には,基板は耐熱性を有する必要がなく,安価なガラス基板を用いることができる。平坦度も,アモルファスシリコン電界効果型トランジスタ用に用いられるガラス基板程度で良い。 【0017】YSZ等の酸化物単結晶基板を,大気中もしくは真空中で1000℃以上に加熱することによって超平坦化した表面が得られる。超平坦化した酸化物単結晶基板の表面には結晶構造を反映した構造が現れる。・・・【0019】得られた原子平坦面を持つ耐熱性透明酸化物基板上に,MBE法,パルスレーザー蒸着法(PLD法)等により,原子平坦面を有するZnO単結晶薄膜をエピタキシャル成長させる。次に,該ZnO薄膜上に,InMO 3(ZnO)m(M=In,Fe,Ga,Al,m=1以上50未満の整数)と記述されるホモロガス化合物薄膜を,ターゲットとして,該酸化物の多結晶焼結体を使用して,MBE法,パルスレーザー蒸着法(PLD法)等により成長させる。 【0020】得られた薄膜は,単結晶膜である必要はなく,多結晶膜でも,アモルファス膜でも良い。最後に,薄膜全体をカバーできるように高融点化合物,例えばYSZやAl2O3を被せ,1300℃以上の高温で,ZnO蒸気を含む大気圧中で加熱拡散処理を行なう。・・・【0022】InMO 3(ZnO)m(M=In,Fe,Ga,又はAl,m=1以上50未満の整数)とZnO膜が相互に拡散・反応し,温度を適切に設定すれば,均一組成InMO3(ZnO)m’ (M=In,Fe,Ga,又はAl,m’=1以上50未満の整数)となる。m’は,InMO3(ZnO)m(M=In,Fe,Ga,又はAl,m=1以上50未満の整数)とZnO膜厚比から決まる・・・。 【0023】適切な温度は800℃以上,1600℃以下,より好ましくは1200℃以上,1500℃以下である。800℃未満では拡散が遅く,均一組成のInMO3(ZnO)m(M=In,Fe,Ga,又はAl,m=1以上50未満の整数)が得られない。また,1600℃を越えるとZnOの蒸発が抑えられなくなり均一組成のInMO3(ZnO)m(M=In,Fe,Ga,又はAl,m=1以上50未満の整数)が得られない。 【0024】得られた単結晶薄膜は,MO3(ZnO)m層をInO1.5層で挟んだ自然超格子構造とみなすことができるので,MO3(ZnO)m層とInO1.5層との界面に存在する電子に,量子効果が生じる。このため,得られた単結晶薄膜は,人工超格子構造と同様に,高周波電子デバイス材料として使用することができる。 【0025】また,反応性固相エピタキシャル成長法で得られたZnOを含むホモロガス単結晶膜は,化学量論組成に近く,室温では,108W・cm以上の高い絶縁性を示し,ノーマリーオフ電界効果型トランジスタに適している。 【0026】得られたZnOを主たる構成成分として含有するホモロガス単結晶薄膜を活性層とした,トップゲート型MIS電界効果型トランジスタを作製することができる。図3に示すように,まず,基板1上にエピタキシャル成長したZnOを主たる構成成分として含有するホモロガス単結晶薄膜2上にゲート絶縁膜3及びゲート電極4用の金属膜を形成する。ゲート絶縁膜3には,Al 2O3が最も適している。ゲート電極4用金属膜は,Au,Ag,Al,又はCu等を用いることができる。光リゾグラフィー法及びドライエッチング,又はリフトオフ法により,ゲート電極4を作製し,最後に,ソース電極5及びドレイン電極6を作成する。・・・【0027】ZnOを主たる構成成分として含有するホモロガスアモルファス薄膜を用いても,同様に,トップゲート型MIS電界効果型トランジスタを作成することができる。また,アモルファス薄膜の場合は,エピタキシャル成長させる必要はないので,ZnOエピタキシャル成長及び高温アニールプロセスを除くことができる。このために,ゲート電極を基板と膜の間に作りつけることが可能で,ボトムゲート型MIS電界効果型トランジスタも作製することができる。 【0028】【実施例】以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明する実施例11. 単結晶InGaO3(ZnO)5薄膜の作製YSZ(111)単結晶基板上にPLD法により厚み2nmのZnO薄膜を基板温度700℃でエピタキシャル成長させた。次に,基板温度を室温まで冷却し,該ZnOエピタキシャル薄膜上にPLD法により,厚み150nmの多結晶InGaO(ZnO)5薄膜を堆積させた。こうして作製した二層膜を大気中に取り出し,電3気炉を用いて,大気中,1400℃,30min加熱拡散処理した後,室温まで冷却した。 【0029】XRD測定の結果,図1に示すように,加熱して得られた薄膜は単結晶InGaO3(ZnO)5であり,また,図2に示すように,AFM観察の結果,薄膜表面は原子レベルで平坦なテラスと,高さ2nmのステップからなる原子レベルで平坦な面であった。単結晶InGaO3(ZnO)5薄膜の導電率を直流四端子法により測定しようと試みたが,膜の絶縁性が高いために測定できなかった。作製した単結晶InGaO3(ZnO)5薄膜は絶縁体であると言える。室温で測定した光吸収スペクトルからInGaO3(ZnO)5のバンドギャップは約3.3eVと見積もられた。 【0030】2.MISFET素子の作製 フォトリソグラフィー法により,トップゲート型MISFET素子を作製した。 ソースとドレイン電極及びゲート絶縁膜にはAu及びアモルファスAl 2 O 3 をそれぞれ用いた。チャネル長及びチャネル幅はそれぞれ0.05mm及び0.2mmである。 【0031】3.MISFET素子の特性評価 図4に,室温下で測定したMISFET素子の電流-電圧特性を示す。ゲート電圧VG=0V時にはIDS=10-8A(VDS=2.0V)であり,いわゆるノーマリーOFF特性が得られた。また,VG=10V時には,IDS=1.6×10-6Aの電流が流れた。これはゲートバイアスにより絶縁体のInGaO 3(ZnO)5単結晶薄膜内にキャリアを誘起できたことに対応する。作製した素子に可視光を照射して同様の測定を行なったが,数値の変化は認められなかった。可視光での光誘起電流の発生は認められなかった。 【0032】【発明の効果】本発明の透明薄膜電界効果型トランジスタは,波長400nm以上の可視光・赤外光に対して透明である上,ノーマリーOFFのスイッチングが可能である。本発明の透明薄膜電界効果型トランジスタをLCDのスイッチング素子として応用することにより,バックライト光をロスなく有効に使うことができる上,シースルー型のディスプレイへの発展が期待できる。 【図面の簡単な説明】【図1】図1は,実施例1で作製した単結晶InGaO 3(ZnO)5薄膜のXRD測定の結果を示すグラフである。 【図2】図2は,実施例1で作製した単結晶InGaO 3(ZnO)5薄膜の表面構造示す図面代用AFM観察写真である。 【図3】図3は,本発明の一実施形態のMISFET素子の構造を示す模式図である。 【図4】図4は,実施例1で作製したMISFET素子の室温下で測定した電流―電圧特性を示すグラフである。 (2) 以上から,本件発明の概要は,以下のとおりと認められる。 本件発明は,可視光に対して透明で,透明電子回路を構成する素子として用いることができる,ZnOを主たる構成成分として含有する本件化合物の単結晶膜又はアモルファス膜を活性層として用いる透明電界効果型トランジスタに関する【00 (01】。 ) 従来のシリコンを用いた電界効果型トランジスタは,可視光に対して不透明で,透明回路を構成することができず,また,可視光照射により,伝導キャリアを生じるために,高光照射下ではトランジスタ特性が劣化してしまう(【0003】。そこ )で,透明酸化物半導体であるZnOを用いて,電界効果型トランジスタを作製する試みがなされているが,ZnOは,電気伝導度を小さくすることが難しいため,ノーマリーオフの電界効果型トランジスタを構成できず,また,アモルファス状態を作り難いので,大面積に適したアモルファストランジスタを作製することができない(【0004】。 ) 本件発明は,上記の問題点に鑑みてなされたものであり,反応性固相エピタキシャル法により育成した,ZnOを主たる構成成分として含有する本件化合物の単結晶薄膜又はアモルファス薄膜を活性層とした電界効果型トランジスタを提供することを目的とする(【0009】。 ) 本件発明1は,本件化合物薄膜を活性層として用いることを特徴とする透明薄膜電界効果型トランジスタであり(【0011】〜【0017】【0019】【002 , ,0】【0022】〜【0031】,本件発明2は,本件発明1において,表面が原 , )子レベルで平坦である単結晶(【0029】,図1,2)又はアモルファス(【0014】【0016】【0027】 , , )の本件化合物薄膜を用いることを特徴とする透明薄膜電界効果型トランジスタであり,本件発明3は,本件発明1において,本件化合物が,耐熱性,透明酸化物単結晶基板上に形成された単結晶薄膜(【0015】【0 ,017】 であることを特徴とする透明薄膜電界効果型トランジスタであり, ) 本件発明4は,本件発明1において,本件化合物がガラス基板上に形成されたアモルファス薄膜(【0016】)であることを特徴とする透明薄膜電界効果型トランジスタである。 本件発明では,本件化合物薄膜を活性層として用いることにより,可視光透過率が高く,可視光による光誘起電流の発生がない,薄膜電界効果型トランジスタを作製でき(【0012】,また,ノーマリーオフ作動で,スイッチング特性の良い透明 )薄膜電界効果型トランジスタを作製できる 【0013】 ( , 【0025】, 【0031】,図4) さらに, 。 本件化合物アモルファス薄膜を活性層として用いた電界効果型トランジスタは,シリコンアモルファス電界効果型トランジスタに比較して,可視光透過率が高く,光照射に対して安定に動作し,高速動作することが期待できる(【0014】。 ) 2 取消事由3(無効理由5の判断の誤り)について (1) 事案に鑑み,以下の無効理由5について,審決の判断誤りを主張する取消事由3から判断する。 無効理由5は,本件明細書の発明の詳細な説明に,活性層として用いることができる本件化合物のアモルファス薄膜の作製法についての実施例の記載がなく,具体的に説明されていないから,実施可能要件を満たさず,本件発明1,2及び4についての特許は,無効とすべきである,というものである。 (2) 本件明細書の記載 ア 本件発明1,2及び4には,アモルファス薄膜である本件化合物を活性層として用いることを特徴とする透明薄膜電界効果型トランジスタが含まれるが,ZnOの組成であるmは「m=1以上50未満の整数」とされているから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が,本件発明1,2及び4の実施可能要件を満たすためには,上記mの全範囲にわたってアモルファスの本件化合物薄膜が形成できるように記載されている必要がある。 イ 発明の詳細な説明の記載を参酌すると,単結晶の本件化合物薄膜を形成する方法としては, 「YSZ(イットリア安定化ジルコニア)基板上に育成したZnO単結晶極薄膜上に,アモルファスのホモロガス薄膜を堆積し,得られた多層膜を高温で加熱拡散処理する「反応性固相エピタキシャル法」により,ホモロガス単結晶薄膜を育成する」 (【0007】, )「上記のホモロガス単結晶薄膜の製造方法と同様に,ZnO薄膜上にエピタキシャル成長した複合酸化物薄膜を加熱拡散する手段を用いる」【0008】 ( )と記載されている。また,ZnO薄膜上に形成する本件化合物薄膜全般については, 「MBE法,パルスレーザー蒸着法(PLD法)等により・ ・ ・成長させる。( 」【0019】, )「得られた薄膜は,単結晶膜である必要はなく,多結晶膜でも,アモルファス膜でも良い。 【0020】, 」 ( )「基板温度を室温まで冷却し,該ZnOエピタキシャル薄膜上にPLD法により,厚み150nmの多結晶InGaO3(ZnO)5薄膜を堆積させた。( 」【0028】)とあるように,多結晶やアモルファスの薄膜を,室温で,MBE法,パルスレーザー蒸着法(PLD法)等を用いて形成することが記載されている。さらに,アモルファスの本件化合物薄膜を形成する方法については,ZnOを含むホモロガス化合物アモルファス薄膜を用いる 「場合には,基板は耐熱性を有する必要がなく,安価なガラス基板を用いることができる。( 」【0016】, )「アモルファス薄膜の場合は,エピタキシャル成長させる必要はないので,ZnOエピタキシャル成長及び高温アニールプロセスを除くことができる。( 」【0027】)と記載されている。 これらの記載から,当業者であれば,アモルファスの本件化合物薄膜を形成するためには,上記単結晶の本件化合物薄膜の形成方法から,ZnO単結晶極薄膜の成長と高温アニールの工程を省略すればよいこと,すなわち,ガラス基板等を用いて,室温で,MBE法,パルスレーザー蒸着法(PLD法)等を用いて形成すればよいことを理解する。 ウ しかし,本件出願日当時においては,以下のとおり,mが5以上の組成では,アモルファス相を得ることが極めて困難と解されていた。 (ア) 本件明細書には, 「ZnOは・・・アモルファス状態を作り難い」【0 (004】, )「基板温度を室温まで冷却し,該ZnOエピタキシャル薄膜上にPLD法により・・・多結晶InGaO3(ZnO)5薄膜を堆積させた。( 」【0028】)との記載がある。 (イ) 本件明細書の【0006】に「パルスレーザー薄膜堆積法を用い,室温での成膜により,アモルファス状態で,n-型電気伝導を示す,ZnOを主たる構成成分として含有するInGaO3(ZnO)m(mは自然数)等のホモロガス化合物透明薄膜を育成した」ことが記載された文献として挙げられている甲3には,以下の記載がある。 「ZnO系のアモルファス透明導電体を作り出すことを目的として,さまざまなアモルファス膜InGaO3(ZnO)m(m≦4)をパルスレーザー蒸着法を用いて作製した。(訳文1頁11〜13行) 」 「InGaO3(ZnO)m膜では,mが5未満のときにアモルファス相が得られた。(訳文3頁下から5〜4行) 」 「基板の加熱は,意図的には行わなかった。(訳文5頁1行) 」 「図3にm=1〜5である膜のXRDパターンを示す。各パターンでは,SiO2 ガラス基板による22°付近のハローピークが見られる。m=5のパターンには鋭いピークが見られ,これはInGaO3(ZnO)5結晶の(0021)面の回折に相当する。また,鋭いピークは,m値が5より大きい試料全てに見られ,ZnOに近い組成ではアモルファス相は得られないことを示している。(訳文5頁下から 」5〜1行) (ウ) 本件明細書の【0006】に挙げられた甲4には,以下の記載がある。 【0040】1.ターゲットの作成 In2O3,Ga2O3,ZnOの各粉末を,含有金属の比率がそれぞれ1になるように秤量した。 ・・・XRDによりInGaZnO4で表される酸化物が生成していることを確認した。 【0041】ホモロガスInGaO3(ZnO)mの場合は,In2O3,Ga2O3 ,ZnOの各粉末を,含有金属の比率が1:1:m(mは2以上の整数)となるように秤量した。・・・ 【0042】2.成膜 以下に実施例としてレーザーアブレーション法を用いる成膜法を示す。 実施例1 上で作成した焼結体のうち,In:Ga:Zn=1:1:1の焼結体・・・ホルダーに固定した。・ ・ ・石英ガラス基板を設置し・ ・約300nmの薄膜を得た。・ ・ ・ ・膜が均一な非晶質であることはXRDより確認した・・・ 【0044】実施例2 実施例1と同条件で・・・アクリル基板を用いることにより,IGZOの非晶質薄膜を得た。 【0048】実施例4 上で作成した焼結体のうち,In:Ga:Zn=1:1:4の焼結体・・・ホルダーに固定した。・ ・ ・石英ガラス基板を設置し・ ・約300nmの薄膜を得た。・ ・ ・ ・膜が均一な非晶質であることはXRDより確認した。・・・ (エ) 甲6には, 「InGaO3(ZnO)mの焼結体(m=1〜4)に酸素雰囲気中でKrFエキシマーレーザー光を照射し・・・石英ガラス基板上に薄膜を室温形成した。 ・・・いずれのXRDパターン(薄膜法)にも結晶性の回折線は認められない」(577頁,28a-ZB-1,10〜13行)との記載がある。 (オ) 甲7には, 「InGaO3(ZnO)m結晶(m=1〜4)の単相焼結体ターゲットにKrFエキシマーレーザー光を・・・照射し,石英ガラス基板上に成膜した。結晶粒が存在しないことをXRDとTEMで確認し・・・た。(946 」頁,29p-ZL-10,10〜12行)との記載がある。 (カ) 以上によれば,本件出願日当時,パルスレーザー蒸着法により,アモルファスのInGaO3(ZnO)m(m=1〜4)を形成することが可能であることは確認できるものの(甲3, 6, , 4, 7) mが5以上の場合は開示されておらず,mが5以上のZnOに近い組成ではアモルファス相は得られないとの指摘もされていた(甲3)から,当業者は,mが5以上の薄膜の作成は極めて困難と認識していたものと認められる。 エ そして,本件明細書には,かかる当業者の認識にもかかわらず,mが5以上50未満であるアモルファスの本件化合物薄膜を作成する方法についての記載はない。 (3) したがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,mが5以上50未満の整数である場合を含む本件発明1,2及び4について,当業者が,アモルファスの本件化合物薄膜を形成することができる程度に明確かつ十分に記載されたものであるということはできないから,実施可能要件を欠くものと認められる。 そうすると,その余の点について検討するまでもなく,取消事由3には,理由がある。 (4) これに対して,被告は,本件発明は,InGaO 3(ZnO)m膜について電界効果トランジスタの活性層に適するという未知の属性を発見し,その属性はアモルファスでも奏されることを見出したものであり,mの値の数値限定にのみ意義のある発明ではないから,透明薄膜電界効果型トランジスタという物品の活性層を構成する材料についてmの値の全範囲にわたって物品を作製する実施例の記載が必要であるということにはならない,と主張する。 しかし,被告の主張するとおり,本件発明がmの値の数値限定にのみ意義があるのではないとしても,本件発明の請求項の記載には,mが5以上のアモルファス薄膜も含まれているから,かかるアモルファス薄膜を形成することができる程度の記載が,本件明細書に求められるというべきである。しかも,上記(2)のとおり,本件出願日当時には,mが5以上の組成ではアモルファス相は得ることが極めて困難であるという当業者の認識があったにもかかわらず,本件明細書にはmが5以上50未満であるアモルファスの本件化合物薄膜の作成方法についての記載がない以上,本件発明1,2及び4について,当業者が,アモルファスの本件化合物薄膜を形成することができる程度に,その作成方法が明確かつ十分に記載されたものであるということはできない。 被告の主張には,理由がない。 (5)ア なお,原告は,@審決が,「アモルファス」と「ホモロガス」との関係について,審判段階で争点とされていたのに明確な判断をしなかったから,判断遺脱がある,A「ホモロガス」は決まった構造を持ち,他の構造と対比することができる結晶性の物質について用いられ,結晶構造を対比した場合に,共通する構造を有する2つ以上の物質について,両者が「ホモロガス化合物」であると呼ぶから,非結晶性の固体である「アモルファス」に「ホモロガス」という用語を使用した場合には,どのような意味であるのか当業者には理解することができない,と主張する。 イ 上記@について 審決は,本件特許の請求項1の活性層として用いることができるホモロガス化合 「物薄膜は,請求項1を引用する請求項2,請求項4の記載を鑑みれば, 「アモルファス薄膜」の概念を含むものである。(60頁)と判断しており,アモルファス薄膜 」はホモロガス化合物に含まれるものであることが理解できるから,両者の関係を明示している。 原告の主張には,理由がない。 ウ Aについて (ア) 本件化合物は, 「ホモロガス化合物InMO3(ZnO)(M=In, mFe,Ga,又はAl,m=1以上50未満の整数)」である。そして,上記1(2)のとおり,本件発明における「ホモロガス化合物」は,結晶性の物質に限定されるものではなく,アモルファスを含むものである。 (イ) これに対して,原告は,「McGRAW-HILL DICTIONARY OF SCIENTIFIC AND TECHNICAL TERMS」 (甲42)には, 「ホモロガス」の生物学における意味として, 「鳥の翼と魚の胸びれのように,同一または対応する部分からの進化的発達による異なる生物の部分間の構造的関係に関する。」と記載されているから,「構造的関係」を示す用語であり,ある「構造」を有していることが前提となっているが,同文献には, 「非晶質の(アモルファス)」の物理学における意味として,「はっきりした形や構造を持たない,非結晶性の固体に関する。」と記載されているから,アモルファスは,はっきりした構造を持たず,他の構造と対比することができない,と主張する。 しかし,生物学における上記「ホモロガス」は, 「構造的関係に関する」を意味するのであって,特定の「構造」を意味すると解することはできないし,ましてや,単結晶,多結晶又はアモルファスという,固体を構成する原子の配列状態をいう場合の「構造」を意味するのではないことも明らかである。なお, 「はっきりした構造を持たない」アモルファスとは,結晶性の構造を持たないことを示したものであり,上記の「ホモロガス」と何らかの関連を有するものとは認められない。 また,原告は,特願2005-325371に関する平成24年3月9日付け意見書(甲43の2)に, 「引用文献1には,ホモロガス化合物はアモルファス膜でも良いとの記載がありますが,この技術分野においてホモロガスとは本来超格子構造を意味し,結晶膜でのみ取り得る構造です。との記載があることをも, 」 根拠とする。 しかし,当該意見書は,上記特許出願人がその見解を述べたものであって,客観的なものとは必ずしもいえない。 原告の主張には,理由がない。 3 取消事由4(無効理由6の判断の誤り)について (1) 上記2より,本件発明1,2及び4については,審決は取り消されるべきものである。したがって,以下は,本件発明3について取消事由に理由があるか否かを検討する。 (2) 原告は,本件発明3に関しては,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている実施例は,単結晶のInGaO3(ZnO)5に関するものたった 1 つであり,本件明細書の発明の詳細な説明には,MがIn,Fe,Alの場合の本件化合物も,m=5以外の場合の本件化合物も開示されていないから,サポート要件を欠く,と主張する。 これに対し,被告は,原告は上記主張を無効審判請求時にしていなかったから,本件訴訟において主張するのは不適法である,と反論する。 (3)ア 特許法は,特許無効の審判について,そこで争われる特許無効の原因が特定されて当事者らに明確にされることを要求し,審判手続においては,上記特定された無効原因をめぐって攻防が行われ,かつ,審判官による審理判断もこの争点に限定してされるという手続構造を採用していることが明らかである。したがって,特許無効審判の審決に対する取消しの訴えにおいて,その判断の違法が争われる場合には,専ら審判手続において現実に争われ,かつ,審理判断された特定の無効原因に関するもののみが審理の対象とされるべきである(最大判昭和51年3月10日,民集30巻2号79頁参照)。 イ 本件において,審判段階では,原告が主張していた本件発明3に関する無効理由6の概要は,以下のとおりである(甲40)。 本件明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載に接した当業者は,高温で反応性固相エピタキシャル成長させて形成した本件化合物単結晶薄膜を,活性層に用いると,ノーマリーオフの透明薄膜電界効果型トランジスタを得ることができると認識する。一方,本件発明3には,YSZなどの酸化物単結晶基板上のZnOエピタキシャル薄膜上に,高温である800℃以上,1600℃以下で反応性固相エピタキシャル成長して形成した本件化合物単結晶薄膜を,活性層に用いたことが規定されていない。そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に接した当業者は,本件発明3がノーマリーオフになると認識できないというべきである。 ウ そうすると,原告が本件訴訟において取消事由4と主張する,本件明細書の発明の詳細な説明には,MがIn,Fe,Alの場合の本件化合物も,m=5以外の場合の本件化合物も開示されていないことが,サポート要件を欠くというべきか否かについては,審判においては現実に争われたものではなく,審理判断されたものではないといわざるを得ない。 (4) これに対して,原告は,サポート要件があることの立証責任は特許権者である被告にあるから,審判請求人である原告はサポート要件違反があるという争点を指摘すれば足り,取消事由4に係る主張は不適法ではない,と主張する。 しかし,上記(3)アのとおり,審決取消訴訟における審理範囲は,立証責任の所在ではなく,実際に審理判断された特定の無効原因といえるか否かによって画されるのである。原告の主張には,理由がない。 (5) 以上のとおり,原告の取消事由4の主張は,主張自体失当であるが,念のため,原告主張の理由により,本件発明3はサポート要件を欠くかについて判断する。 ア 本件明細書の発明の詳細な説明には,単結晶の本件化合物薄膜を形成する方法について, 「YSZ(イットリア安定化ジルコニア)基板上に育成したZnO単結晶極薄膜上に,アモルファスのホモロガス化合物薄膜を堆積し,得られた多層膜を高温で加熱拡散処理する「反応性固相エピタキシャル法」により,ホモロガス単結晶薄膜を育成する」 (【0007】, )「上記のホモロガス単結晶薄膜の製造方法と同様に,ZnO薄膜上にエピタキシャル成長した複合酸化物薄膜を加熱拡散する手段を用いる」【0008】 ( )と記載され,ZnO薄膜上に形成する本件化合物薄膜については,「MBE法,パルスレーザー蒸着法(PLD法)等により成長させる。」(【0019】, )「得られた薄膜は,単結晶膜である必要はなく,多結晶膜でも,アモルファス膜でも良い。( 」【0020】)との記載がある。 そして,実施例1として,単結晶InGaO 3(ZnO)5薄膜(m=5の場合)を活性層としたトップゲート型MISFET素子の作製方法が記載されている【0 (028】〜【0031】,図1〜4)。 イ まず,mの値の範囲について検討する。 上記のとおり,本件明細書には, 「YSZ(イットリア安定化ジルコニア)基板上に育成したZnO単結晶極薄膜上に,アモルファスのホモロガス化合物薄膜を堆積し,得られた多層膜を高温で加熱拡散処理する「反応性固相エピタキシャル法」により,ホモロガス単結晶薄膜を育成する」【0007】 ( )と記載されており,上記2(2)のとおり,パルスレーザー蒸着法により,アモルファスのInGaO3(ZnO)m (m=1〜4)を形成することが可能であるから,当業者であれば,m=1〜4の場合においても,反応性固相エピタキシャル法によって,単結晶のInGaO3(ZnO)m薄膜が成長できることを理解するものと認められる。 また,上記2(2)のとおり,甲3には,InGaO 3(ZnO)m膜について,m=1〜4では,アモルファス相が得られたものの,mが5以上のZnOに近い組成ではアモルファス相は得られないとされており,本件明細書にも「ZnOは・・・アモルファス状態を作り難い」【0004】 ( )と記載されているから,当業者であれば,mの値が5以上になってZnOの割合が高くなると,結晶相が優位に形成されることを理解するものと認められる。 さらに,本件明細書には, 「反応性固相エピタキシャル法により製造したホモロガス化合物単結晶・・・薄膜は・・・。 ・・・mの値は1以上50未満の整数が好ましい。原理的には,mの値は,無限大まで可能であるが,実用上,mの値が大きくなりすぎると,膜内でのmのばらつきが大きくなることと,酸素欠陥が生じやすくな」(【0011】)るとあり,mの値が50よりも大きくなると,mの値のばらつきや酸素欠陥の発生のために望ましくないことが記載されている。 そうすると,当業者であれば,甲3の実施例1で,m=5の場合に相当する単結晶InGaO3(ZnO)5薄膜が反応性固相エピタキシャル法によって作製することができれば,m=6〜49の場合にも同様にして,単結晶のInGaO3(ZnO)m薄膜が成長できることを理解するものと認められる。 ウ 次に,Mの元素の範囲について検討する。 甲14には,第1表(49頁)にIn2O3(ZnO)m,InFeO3(ZnO)m ,InGaO3(ZnO)m及びInAlO3(ZnO)mのそれぞれについて,結晶の格子定数が記載されている。 また,甲24には,「30a-YA-1 自然超格子InMO3(ZnO)m(M=In,Ga,m=自然数)単結晶薄膜の作製(T)」及び「30a-YA-2 自然超格子InMO3(ZnO)m(M=In,Ga,m=自然数)単結晶薄膜の作製(U)」と題する講演の予稿が掲載されている。 さらに,甲28の論文名は,「In 2O3-ZnGa2O4-ZnO系ホモロガス化合物,In2O3(ZnO)m(m=3,4,5),InGaO3(ZnO)3,及びGa2O3(ZnO)m(m=7,8,9,16)の合成と単結晶のデータ」 (訳文)となっている。 以上によれば,本件出願日当時から,In,Fe,Ga及びAlは,一群のMの元素として当業者に認識されていたものと認められるから,当業者であれば,実施例1でM=Gaの場合に相当する単結晶InGaO 3(ZnO)5薄膜が反応性固相エピタキシャル法によって作製することができれば,M=In,Fe及びAlの場合にも同様にして,単結晶のInGaO3(ZnO)m薄膜が成長できることを理解するものと認められる。 エ したがって,本件発明3は,サポート要件を満たしているものと認められ,いずれにしても,取消事由4には,理由がない。 4 取消事由1(無効理由1の判断の誤り)について (1) 相違点の認定について ア 審決は,本件発明3の引用発明1からの進歩性の判断に当たって,本件発明1の進歩性を前提とするところ,原告は,審決が,本件発明1と引用発明1との相違点の認定を誤ったと主張するので,この点につき判断する。 イ 引用発明1が上記第2,3(2)アのとおりに認定されることについては,当事者間に争いがない。 ウ 原告は,本件発明1は,活性層にドーパント原子を含むか否かを明示しないから, 「ドーパント原子の有無」は,本件発明1と引用発明1との相違点となるものではない,と主張する。 しかし,引用発明1のチャネル領域に用いられる半導体材料に,ドーパント原子を設けていることは明らかである。他方,本件発明1は,本件明細書の発明の詳細な説明を参照しても,ドーパント原子を添加するのか否か明確でない(なお,審決は,本件発明1の活性層にドーパント原子が添加されていないことまでを認定したのではない。。 ) したがって,引用発明1のチャネル領域に用いられる半導体材料にドーパント原子が設けられている点は,本件発明1と引用発明1との相違点になるといえる。 原告の主張には,理由がない。 エ また,原告は,本件化合物と引用発明1のチャネル領域に用いられる化合物とは,酸化物である点において一致しているから,一致点に含めるべきであると主張する。 しかし,両化合物は共に酸化物であっても,物質として異なっているから,酸化物である点のみを理由として一致点と認定することは相当ではない。両化合物が異なることは,相違点として検討すべきものである。 原告の主張には,理由がない。 オ 本件発明3は, 「ホモロガス化合物が耐熱性,透明酸化物単結晶基板上に形成された単結晶薄膜であることを特徴とする請求項1記載の透明薄膜電界効果型トランジスタ。」であるところ,本件発明3と引用発明1の相違点は,審決の認定した本件発明1と引用発明1の相違点に,請求項3に記載された事項が追加されるべきものと認められる。 このうち,本件化合物薄膜が, 「耐熱性,透明酸化物単結晶基板上に形成され」る点については,引用発明1の「絶縁単結晶SrTiO3基板7」が本件発明3の上記「耐熱性,透明酸化物単結晶基板」に相当することは技術的に明らかであるから,新たな相違点とは認められず,結局,本件化合物薄膜が単結晶薄膜であることが新たに追加され,以下の相違点3となる。 (相違点3) 透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層として用いられる薄膜が,本件発明3では,「単結晶薄膜である本件化合物薄膜」であるのに対して,引用発明1では,「「伝導帯と2.5eV以上の電子の価電子帯との間にバンドギャップを有し,塩基性材料の価電子帯又は伝導帯に,あるいはこれに隣接する固定不純物エネルギー準位を形成するドーパント原子が設けられた10cm2/Vs以上の電荷キャリアの移動度を有する塩基性材料が設けられた縮退半導体材料」であり,かつ,「前記半導体材料である,0.03%のSnがドープされたIn2O3 に対し,ドーパント原子を設けた非遷移金属の他の共有結合酸化物である,10cm2 /Vs以上の移動度及び2.5 eV以上のバンドギャップを有する,例えば,Ga2O3,Bi2O3,SnO2,ZnO,Sb2O3,PbO,GeO2 若しくはIn2O3,これら酸化物の混合物,又は,GaInO3,ZnGa2O4,若しくはCdGa2O4 のようなこれら酸化物から形成された化合物を用いた」もの」である点。 (2) 相違点の判断について ア 本件化合物の性質 本件化合物に関しては,本件出願日当時,以下のような文献の記載がある。 @ 甲3 「ZnO系のアモルファス透明導電体を作り出すことを目的として,さまざまなアモルファス膜InGaO3(ZnO)m(m≦4)をパルスレーザー蒸着法を用いて作製した。得られた膜は光学バンドギャップが2.8〜3.0eV,n型導電率が室温において170〜400Scm-1を示し,mの値へのわずかな依存性を呈しており,キャリア密度は1019〜1020cm-3であった。電子移動度は12〜20cm2V-1s-1であり,ホール係数とゼーベック係数の間にp-n異常は見られなかった。導電率は,10〜300Kの範囲でほとんど温度への依存性を呈さなかった。・・・制動放射等色線分光法と紫外光電子分光法の併用により,伝導体テイルが大きな分散を有し,フェルミ準位が伝導帯端に位置していることが明らかとなった。・・・本系はZn4s軌道が広がった伝導帯を形成する初めてのアモルファス酸化物半導体である。」(訳文1頁11行〜26行) 「InGaO3(ZnO)m膜では,mが5未満のときにアモルファス相が得られた。これらの膜は良好な透明性および導電性を示した。」(訳文の3頁21〜22行) 「薄膜試料は,パルスレーザー蒸着法(PLD法)により作製した。In2O3,Ga2O3,およびZnOの粉末を用いて,従来のセラミックプロセスとその後のダイヤモンド研磨機を用いた研磨により,化学量論的組成を有する,高密度に焼成したInGaO3(ZnO)mの円板を,ターゲットとして用意した。」(訳文の4頁10行〜13行) 「表1は室温におけるアモルファスInGaO3(ZnO) 膜の電気輸送パラメ mータを示している。ドーピングは意図的に行わなかったが,移動度12〜20cm2 V-1s-1,キャリア密度1019〜1020cm-3で170〜400Scm-1の伝導率が得られた。おそらくO欠損の影響であると考えられる。」(訳文の10頁10行〜13行) A 甲4 【0019】本発明の第2の態様の物品が有する導電性酸化物に注入される陽イオンは,一般式ZnxMyInzO(x+3y/2+3z/2)で表される酸化物の結晶構造を破壊することなく,固溶できるものであれば特に制限はない。但し,イオン半径の小さいイオンの方が結晶格子中に固溶しやすい傾向があり,イオン半径が大きくなる程,結晶構造を破壊し易くなる傾向がある。上記のような陽イオンとしては,例えば,H,・・・,Biを挙げることができる。 【0034】本発明の製造方法においては,例えば,ターゲットとしてIn:Ga:Zn=1:1:1の焼結体を用いた場合,6.2×10-3[Ωcm]の薄膜を容易に得ることができる。この場合,高導電性の主因は非晶質物質にも関わらず移動度が10以上と高い値を示すことによる。また,ターゲットとしてZn成分を増加させたホモロガスIGZO InGaO3(ZnO)m(m:2以上の整数)の焼結体を用いた場合,4.3×10-3[Ωcm]の抵抗率を有する薄膜を容易に得ることができる。この理由はキャリア濃度が指数関数的増大傾向を示すのに対し,移動度がほとんど変化しないことに起因する。 【0041】ホモロガスInGaO3 (ZnO)mの場合は,In 2O3 ,Ga2O3,ZnOの各粉末を,含有金属の比率が1:1:m(mは2以上の整数)となるように秤量した。・・・ 【0042】2.成膜 以下に実施例としてレーザーアブレーション法を用いる成膜法を示す。 実施例1 上で作成した焼結体のうち,In:Ga:Zn=1:1:1の焼結体の表面を研磨し,金属Inでインコネル製のホルダーに固定した。・・・ターゲットから30mm直上に10mm角で厚さ0.5mmの石英ガラス基板を設置し,膜厚が均等となるように自転させながら30分プルーム中に曝すことにより,約300nmの薄膜を得た。組成比は蛍光X線法により得た。膜が均一な非晶質であることはXRDより確認した(図1)。吸収端は試料の透過及び反射スペクトルから光学定数を計算することから求めた。電気特性はファンデアパウ法によるHall効果測定により求めた。 【0043】 【図面の簡単な説明】【図1】InGaZnO4で表される酸化物が生成していることを確認するXRDの結果。 B 甲5,37 「また,同様の観点から,YbFe2O4構造とそのホモロガス構造を持つ酸化物群が検討されている(表4・5)。YbFe 2O4構造を持つInGaZnO4 の場合には,Inを中心に持つ酸素八面体が互いに稜共有して平面上に広がったInO 259)2層が伝導路となると考えられる(図4・55) ・・・InGaZnO4 ,In 262)2O3(ZnO)m(mは3以上の自然数) が良好な透明導電性を有することが確認されている。(149頁6行〜150頁6行) 」 「表4・5 透明導電性金属酸化物の結晶構造と電気的・光学的性質」 (149頁)に,「結晶構造」が「YbFe 2O4」である物質について,以下のとおりと記載されている。 C 甲6 「新しい型のアモルファス透明導電膜InGaO3(ZnO)m」(28a-ZB-1の表題) D 甲7 「アモルファス透明導電性InGaO3(ZnO)m:Zn4s導電体」(29p-ZL-10の表題) E甲8 「産業上の利用分野 本発明は光機能材料,半導体材料および触媒材料などとして有用な新規化合物であるInGaZn2 O5で示される六方晶系の層状構造を有する化合物およびその製造法に関する。」(1頁右下欄2〜6行) 「この化合物は光機能材料,半導体材料及び触媒材料などとして有用なものである。例えば,蛍光体,半導体用の素子,等としての利用が挙げられる。 この化合物は次の方法によって製造し得られる。 金属インジウムあるいは酸化インジウムもしくは加熱により酸化インジウムに分解される化合物と,金属ガリウムあるいは酸化ガリウムもしくは加熱により酸化ガリウムに分解される化合物と,金属亜鉛あるいは酸化亜鉛もしくは加熱により酸化亜鉛に分解される化合物とを,In,Ga,Znの割合が原子比で1対1対2の割合で混合し,該混合物を600℃以上で,大気中,酸化性雰囲気中あるいはInおよびGaが各々3価状態,Znが2価状態より還元されない還元雰囲気中で加熱することによって製造することができる。・・・得られたInGaZnMgO4化合物の粉末は無色で,X線回折法によって結晶構造を有することが分かった。・・・(中略)・・・得られた試料はInGaZn2O5単一相であった。粉末X線回折法によって・・・測定した。」(3頁左下欄1行〜4頁左上欄13行) F 甲24 「自然超格子InMO3(ZnO)m(M=In,Ga,m=自然数)単結晶薄膜の作製(I)(30a-YA-1の表題) 」 , 「超格子構造を有するInMO3(ZnO) (M=In, m Ga,m=自然数)は,ITOに代わる透明電極材料として提案されている。自然超格子を利用した変調ドーピングにより,一種のHEMT構造を作り込むことによって,電子移動度を低減することなく,電子濃度を増加させられれば,ITOを凌ぐ高い導電性が発現すると考えられてきた。(30a-YA-1の7〜9行) 」 「自然超格子InMO3(ZnO)m(M=In,Ga,m=自然数)単結晶薄膜の作製(II)(30a-YA-2の表題) 」 G 甲28 「In2O3-ZnGa2O4-ZnO系ホモロガス化合物,In2O3(ZnO)m(m=3,4,5),InGaO3(ZnO)3,及びGa2O3 (ZnO)m(m=7,8,9,16)の合成と単結晶のデータ」(訳文1頁2〜3行) 「In2O3-ZnGa2O4-ZnO系ホモロガス化合物,In2O3(ZnO)m(m≧3),(InGaO3 )2 ZnO,InGaO3 (ZnO)m (m≧1),及びGa2O3(ZnO)m(m≧7)の相(m=自然数)を,In2O3,Ga2O3,及びZnOの粉末から1150〜1550℃で合成した。温度を上昇させるとmの値がより小さいホモロガス化合物が合成される。In2O3(ZnO)m(m=3,4,5),InGaO3 (ZnO)3 ,及びGa2 O3 (ZnO)m(m≧7,8,9,16)の単結晶は,粉末状出発材料の混合物中の固相反応によって成長した。出発材料の混合比はモル比でIn2O3:ZnO=1:m(1550℃),In2O3:Ga2O3:ZnO=1:1:6(1550℃),及びGa2O3:ZnO=1:m(1450〜1550℃)とした。」(訳文1頁7〜14行) 「序論 三酸化二インジウム(In2O3)は,透明導電性電極の作製に有用な化合物であり,酸化亜鉛(ZnO)はバリスターに用いられる。」(訳文の2頁7〜9行) H 甲36 「新規透明導電性酸化物InGaZnO4」(訳文2頁1行) 「InGaZnO4に透明電極用の新規材料としての可能性が見出された。RFマグネトロンスパッタリングによってガラス基板上に厚さ500nmの膜を形成した。光学バンドギャップは3.5eVであった。H2雰囲気中600℃のアニールによって1×1020/cm3のキャリア電子が誘起された。移動度は24cm 2/Vs,伝導度は500S/cm,有効質量は0.7meであった。 (訳文2頁10〜 」14行) 「電気伝導度は,還元を行わない場合非常に低く,温度の上昇に伴い増加した(図2)。還元処理を行う目的は,酸素欠損によって電子を注入することである。還元処理の結果,キャリア密度が増加した。さらに,400℃を超えると移動度も上昇し,これはXRDピーク強度における変化と一致する。(訳文4頁9〜12行) 」 「InGaZnO4膜の透過スペクトルを2つのITO膜のスペクトルと共に図5に示す。膜厚はすべて500nmとした。InGaZnO4膜に近いキャリア密度を有するITO膜の吸収端は,InGaZnO4膜の吸収端よりも短かった。ITO膜のキャリア密度が高くなると,スペクトルは短波長側にシフトした・ ・が, ・450nm未満の透過率ではInGaZnO4に劣っている。吸収率と光子エネルギーの関係から求めたバンドギャップをキャリア密度に対してプロットしたものを図6に示す。InGaZnO4の真性バンドギャップは3.5eVであり,ITOの3.2eVよりも大きかった。短波長領域において透明性に優れていることはInGaZnO4の基本特性である。(訳文6頁1〜8行) 」 I 甲38 【0027】さらに,本発明の第3の態様の導電性酸化物は,上記一般式で表される酸化物に,陽イオンを注入したものである。本発明の第3の態様の導電性酸化物では,酸素欠損を導入すること以外に,陽イオンを注入することによりキャリア電子が伝導帯に注入されて,導電性を発現させることができる。 【0028】本発明の第3の態様の導電性酸化物に注入される陽イオンは,一般式ZnxMyInzO(x+3y/2+3z/2)-dで表される酸化物の結晶構造を破壊することなく,固溶できるものであれば特に制限はない。但し,イオン半径の小さいイオンの方が結晶格子中に固溶しやすい傾向があり,イオン半径が大きくなる程,結晶構造を破壊し易くなる傾向がある。上記のような陽イオンとしては,例えば, ・ ・ H,・Biを挙げることができる。 【0046】本発明の第1の態様の導電性酸化物(電極の導電層を含めて)の導電性は,焼結法または薄膜法により形成したZn xMyInzO(x+3y/2+3z/2)で表される酸化物に酸素欠損を導入することで得られる。一般に酸化物の酸素欠損は,例えば,酸化物から酸素を引き抜くことにより生成させることができる。酸素原子を引き抜いて酸素欠損を作る方法としては,上記酸化物を還元性雰囲気下または不活性ガス雰囲気下で加熱処理するなどの方法を用いることができる。 ・・・酸化物の形成の際に酸素欠損を導入し,さらに酸素を引き抜く工程を加えることで酸素欠損量を調整することもできる。 【0067】実施例26 実施例25に記載した方法により薄膜を作製した。ただし,Ar雰囲気下における熱処理は施さなかったので,この段階では薄膜は電気伝導性を示さなかった。この膜にH+イオンを,約3μA/cm2のドーズ速度で3×1016イオン/cm2だけ注入したのち,実施例25と同様の方法で測定した電気伝導率,吸収端,400nmの光に対する透過率及びキャリア電子量を表5に示す。 【0069】 【表5】には,実施例26の電気伝導率が1250S/cm,400nmの光に対する透過率が94%,キャリア電子量が4×10 20/cm3である旨が記載されている。 イ 記載のまとめ 以上より,本件化合物は,本件出願日当時,透明で導電性が高い電極材料ないし半導体材料として提案されており(甲3,5,6,7,8,24,28),バンドギャップが2.5eV以上(甲3,36)で,電荷キャリア(電子)の移動度が10cm2/Vs以上(甲3)である単結晶材料として知られていた。また,H+イオン等の陽イオンの注入及び酸素欠損よって導電性を高めることができ(甲4,36,38) 酸化物の形成の際に酸素欠損を導入し, , 更に酸素を引き抜く工程を加えることで酸素欠損量を調整することができ(甲38),キャリア濃度は,1019〜1020 cm-3(甲3),8.3×1019cm-3,8.5×1019cm-3及び4.8×1019cm-3,(甲4),5.2×1019cm-3,1.2×1020cm-3,6.7×1019cm-3,1.9×1020cm-3(甲5,37),1×1020cm-3(甲36)及び4×1020cm-3(甲38)である。 よって,本件化合物は,上記相違点に係る引用発明1の構成のうち,2.5eV以上のバンドギャップ及び10cm2/Vs以上の移動度を有する, 「ZnO及びIn2O3から形成された化合物」に当たる。 したがって,単結晶薄膜である本件化合物薄膜は,相違点3に係る引用発明1の構成に,形式的に該当する。 ウ 検討 (ア) 以上のとおり,本件化合物薄膜が,相違点3に係る引用発明1の構成に形式的に該当するとしても,当該構成に含まれる酸化物は数多く存在することから,このうち本件化合物を選択することが,当業者にとって容易といえるかについて検討する。 (イ) 引用発明1は,可視光に対して透明で,高速に動作するスイッチング素子を得るという課題を達成するために,チャネル領域に用いる半導体材料として,バンドギャップが2.5eV以上で,電荷キャリア(電子)の移動度が10cm2/Vs以上の材料を選択している。 本件出願日前において,@バンドギャップが十分に大きい物質は,電子のバンド間遷移による光吸収が紫外領域で生じ可視光領域では生じないため,可視域で透明となること,及び,A電気伝導度は伝導電子密度(キャリヤ濃度)と移動度に比例して大きくなるので,移動度が大きくなれば,導電性が高くなることが知られていた(甲3)。また,可視光に対して透明で,導電性の高い物質は,透明電極として利用され,又は利用が検討されていた(甲3,5,36)。 よって,引用発明1において選択した,チャネル領域に用いる半導体材料として,バンドギャップが2.5eV以上で,電荷キャリア(電子)の移動度が10cm2/Vs以上の材料は,透明電極として選択することは容易であったといえる。 (ウ) しかし,電界効果型トランジスタにおける半導体層が,トランジスタとして動作するためには,単に導電性が高いだけではなく,オフの状態を作り出すために,導電性を低くすることも可能でなければならない。 この点に関し,引用文献1には,次の記載がある。 「接続電極2に対するゲート電極5の-4V以下の電圧で,この第1例により製造されたスイッチング素子のチャネル領域は電荷キャリアを完全に空乏化する。従って接続電極2および3間には200kΩ以上の抵抗が得られる。ゲート電極5における零V以上の電圧で,スイッチング素子が導通状態となり,接続電極2および3間の抵抗値はほぼ10kΩとなる。 ・・・また,チャネル領域4の半導体材料に対し,ドーパント原子を設けた非遷移金属の他の共有結合酸化物を用いることもできる。これら金属の酸化物およびその混合物は10cm2/Vs以上の移動度および2.5eV以上のバンドギャップを有する。例えば,Ga 2O3,Bi2O3,SnO2 ,ZnO,Sb2O3,PbO,GeO2またはIn2O3,これら酸化物の混合物,またはGaInO3,ZnGa2O4,またはCdGa2O4のようなこれら酸化物から形成された化合物を用いることができる。 ・・・ドーパント原子の濃度は0.001%乃至0.3%の範囲とすることによってスイッチング素子の半導体材料として用いるに充分な高さの導電度を得ることができる。(10頁13行〜11頁2行) 」 以上の記載によれば,引用発明1のスイッチング素子のチャネル領域に用いる半導体材料は,バンドギャップが2.5eV以上で,電荷キャリア(電子)の移動度が10cm2/Vs以上の材料であることに加え,空乏化した状態での2つの接続電極間の抵抗が200kΩ以上であるとともに,導通状態での2つの接続電極間の抵抗がほぼ10kΩとなることが必要である。 また,従来透明電極として用いられていた,つまり,導電性が高い物質として知られていたITOを薄膜トランジスタに用いるには,膜中のキャリア濃度を10 18cm-3個以下に制御することが必要とされていた(甲2の【0016】 下記5(2) 。 イ)。 (エ) これに対し,本件化合物のキャリア濃度は,本件出願日当時,上記イのとおり,1019〜1020cm-3(甲3),8.3×1019cm-3,8.5×1019 cm-3及び4.8×1019cm-3,(甲4),5.2×1019cm-3,1.2×1020cm-3,6.7×1019cm-3,1.9×1020cm-3(甲5,37),1×1020cm-3(甲36)及び4×10 20cm-3(甲38)であり,薄膜トランジスタとして利用するために必要な,空乏化した状態のキャリア濃度である1018 cm-3個以下と比較すると,10倍以上であったと認められる。 そうすると,当業者にとって,H+イオン等の陽イオンの注入及び酸素欠損よって導電性を高めることができ(甲4,36,38),酸化物の形成の際に酸素欠損を導入し,更に酸素を引き抜く工程を加えることで酸素欠損量を調整することができる(甲38)という従来技術を考慮しても,本件化合物のキャリア濃度を十分下げることは困難であったと認められる。また,本件化合物を透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層として用いることについて,これを記載ないし示唆する証拠もない。 (オ) よって,引用発明1に例示された物質から,本件化合物を選択することは容易になし得るとはいえない。したがって,引用発明1に,相違点3について,本件発明3の構成を採用することが容易であるとはいえない。 エ 原告の反論 (ア) これに対して,原告は,@半導体の用途として透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層というのは周知な用途であるから,半導体の用途に加えて,透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層という用途が開示されている必要はない,A半導体は,導電性を調整できる材料であるから,導電性を高くした場合には電極として,導電性を低くした場合には活性層として適宜使用することは,当業者にとって自然な着想である,BシリコンやITOは活性層としても電極としても使用されていることから,本件化合物が半導体材料として知られていることによって,透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層としても用いることは容易想到であった,と主張する。 しかし,@半導体であっても,その用途は様々であり,電極として用いられるのであれば,高い導電性を有することが必要であり,活性層として用いられるのであれば,導電性の大小が即時に切り替わることが必要というように,用途によって必要とされる性質が異なる。したがって,半導体の用途が開示されていても,その物質が活性層としての用途に適した性質を有するとは限らないから,半導体の用途に加えて,透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層という用途が開示されている必要はないとはいえない。 A半導体では,不純物をドープしたり,酸素欠損によって導電性を制御できることが知られており,本件化合物も酸素欠損によって導電性を変化させることが本件出願日当時知られていた(甲36)が,透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層として使用できる程度に導電性を制御できると知られていたことを裏付ける証拠はない。 B導電性の高低や,導電性の制御の可否及び程度は,物質によって異なるから,シリコンやITOが,活性層としても電極としても用いられていたからといって,電極材料として知られていた本件化合物について,活性層として用いることも知られていたとはいえない。 原告の主張には,理由がない。 (イ) また,原告は,@本件化合物を含む酸化物半導体については,膜中の酸素量を制御することやドーパント原子を加えることによって,電気伝導率を幅広く調整できることは,当業者に知られていたから,活性層としての用途が明示されていなくても,本件化合物の伝導率を適宜調整して活性層に使用できることは容易に理解できる,A甲36では,本件化合物の電気伝導度は,還元処理を行わない場合に非常に低く,還元処理により酸素欠損を導入することで電気伝導度が増加したとされている,B甲38では,本件化合物は単に成膜した段階では導電性を示さなかったとされていることから,本件化合物の導電性を制御して透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層として用いることは容易想到であった,と主張する。 しかし,@一般に,酸化物半導体の酸素量の制御やドーパントの添加によって導電性を制御できることが知られていても,そういった制御方法をどのように本件化合物に適用すれば,活性層に使用できる程度に導電性を制御できるのかは,明らかではない。 A甲36の図2の室温に対応する電気伝導度は,還元雰囲気処理をせずに測定した値である(乙17)から,原告の主張はその前提を欠く。 B甲38においては,導電性を示さなかった本件化合物の薄膜に導電性を発現させるため,H+イオンを注入している(【0067】。しかし,H +イオンを注入し )て導電性を高めた本件化合物薄膜を,電圧の印加によってトランジスタとして用いるに十分な程度に導電性を低くする方法は,開示されていない。 原告の主張には,理由がない。 (3) よって,取消事由1には,理由がない。 5 取消事由2(無効理由3の判断の誤り)について (1) 判断遺脱について 原告は,審判において,原告が,引用文献2には, 「膜中の酸素量を変化させることにより膜の導電率を変化させた,ITOなどの酸化物の透明導電膜を半導体活性層として用いることを特徴とする薄膜トランジスタ」という発明が記載されていると主張したのに,これを否定する理由を示さなかったから,審決には判断遺脱の違法がある,と主張する。 しかし,審決は,引用文献2の記載を下線を施して特に着目すべき点を明らかにして引用した上で,引用発明2の認定の理由を示している。そして,引用発明2を認定した当該理由そのものが,原告主張の引用発明2の認定を否定する理由になるというべきである。 審決に,判断遺脱の違法はない。 (2) 引用発明2の認定 ア 甲2には,以下の記載がある。 【0001】 【産業上の利用分野】本発明は,光電変換素子及び発光素子を駆動する薄膜トランジスタに係り,特に光に影響されず,素子特性を向上できる薄膜トランジスタに関する。 【0002】 【従来の技術】従来の薄膜トランジスタ(TFT)は,ガラス等の基板上にゲ-ト電極,ゲ-ト絶縁層,水素化アモルファスシリコン(a-Si:H)等の半導体層,ソ-ス及びドレイン電極を積層した逆スタガ構造のものがあり,イメ-ジセンサを始め,大面積デバイスの分野においてアクティブマトリスク型の液晶ディスプレイに代表されるフラットパネルディスプレイ等の駆動素子として用いられている。 【0004】 【発明が解決しようとする課題】しかしながら,上記従来の薄膜トランジスタにおいては,半導体活性層にアモルファスシリコンを用いていることから,半導体活性層に光が当たると導電性を持ってスイッチング素子の特性が劣化するという問題点があった。 【0005】そのために,半導体活性層に光が当たらないように遮光層を設ける方法があり,例えば,遮光層としては金属薄膜が用いられていた。しかしながら・ ・ ・その場合にも,寄生容量が発生するという問題点があった。 【0006】また,薄膜トランジスタを光電変換素子又は発光素子との積層構造にする場合には・・・ソ-ス電極26及びドレイン電極27が金属電極であり,単位画素内でTFTが占める割合が増大し,当然ながら開口率・・・の低下を招き,感度が低下するという問題点もあった。 【0007】本発明は上記実情に鑑みて為されたもので,半導体層としてアモルファスシリコンよりバンドギャップの大きい透明材質の半導体を使うことで光に影響されず,更に開口率を増大させることができる薄膜トランジスタを提供することを目的とする。 【0008】【課題を解決するための手段】・・・請求項1記載の発明は,ゲ-ト電極とゲート絶縁膜とソ-ス電極とドレイン電極と半導体層とを有する薄膜トランジスタにおいて,前記半導体層の伝導帯と価電子帯とのエネルギバンドギャップが3eV以上で,前記半導体層を透光性膜としたことを特徴としている。 【0009】 ・・・請求項2記載の発明は,ゲ-ト電極とゲート絶縁膜とソ-ス電極とドレイン電極と半導体層とを有する薄膜トランジスタにおいて,前記半導体層のキャリア濃度が1018個・cm-3以下で,かつ前記半導体層を透光性膜としたことを特徴としている。 【0010】 【作用】請求項1記載の発明によれば,半導体層の伝導帯と価電子帯とのエネルギバンドギャップが3eV以上で,半導体層を透光性膜とした薄膜トランジスタとしているので,光が透過した場合でも導電性が変化しにくくなる。 【0011】請求項2記載の発明によれば,半導体層のキャリア濃度が10 18個・cm-3以下で,かつ半導体層を透光性膜としているので,抵抗率が高くなり,光が透過した場合でも導電性が変化しにくい薄膜トランジスタとすることができる。 【0012】【実施例】本発明の一実施例について図面を参照しながら説明する。 図1は,本発明の一実施例に係る薄膜トランジスタの断面説明図である。・・・ 【0013】図1に示すように,実施例1の薄膜トランジスタは,ガラス等の透明絶縁性の基板1と,基板1上に形成されたCr等のゲ-ト電極2と,ゲ-ト電極2を覆うように形成された窒化シリコン(SiNx)等のゲ-ト絶縁層3と,ゲ-ト絶縁層3上に酸素濃度を調製して形成された酸化インジィウム・スズ(ITO)等の半導体活性層8とが積層され,更に半導体活性層8上には窒化シリコン等のチャネル保護層5が形成され,Cr等のソ-ス電極7及びドレイン電極6とがチャネル保護層5の一部を覆うよう形成される構成となっている。 【0014】次に,実施例1の薄膜トランジスタの製造方法について図1を使って説明する。まず,基板1上にゲ-ト電極2となるCrを500オングストロ-ム程度スパッタリングにより着膜し,フォトリソエッチングを用いて所定の形状にパタ-ニングする。 【0015】次に,ゲ-ト絶縁層3として窒化シリコンをプラズマCVD法で2500オングストロ-ム程度着膜する。そして,膜中の酸素濃度を調整し,半導体活性層8となるITO膜をスパッタリングにより500オングストロ-ム程度着膜する。 【0016】具体的には,着膜時の酸素ガス濃度を1%以上にしてスパッタリングを行うことで実現することができる。このとき,ITO膜のキャリア濃度が1018 個・cm-3以下となれば,縮退が解け半導体としてのITO膜(半導体活性層8)が実現される。 【0017】そして,半導体活性層8上に,チャネル保護層5として窒化シリコンをプラズマCVD法により2500オングストロ-ム程度着膜し,フォトリソエッチングを用いて所定の形状にパタ-ニングする。 【0018】更に,ソ-ス電極7及びドレイン電極6となるCrを1500オングストロ-ム程度スパッタリングにより着膜し,フォトリソエッチングを用いてパタ-ニングすることにより実施例1の薄膜トランジスタが作製される。 【0019】一般にITOなどの酸化物の透明導電膜は,膜中の酸素量を変化させることにより膜の導電率を変化させることができるものである。これは,化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)によりキャリアが発生していることによる。 【0020】ITO(Indium Tin Oxide)膜の電気抵抗率のスパッタ時での酸素濃度依存性は,図2に示すような特性をもっているので,Arガスと酸素ガスとを用いた反応性スパッタリングにおいて,酸素ガスの割合(O2/Ar+O2)を1%以上にすれば,ITO膜における電気抵抗率(ρ[Ω・cm])を増加させることができ,ITO膜の導電性を低下するように制御できるものである。 【0021】また,光が当っても導電性が変化しないエネルギバンドギャップの大きい半導体を半導体活性層8として用いる必要があるので,半導体活性層の伝導帯と価電子帯とのエネルギバンドギャップが3eV以上であることが望ましい。従来のa-Siの半導体層ではエネルギバンドギャップが1.7〜1.8eV程度であったが,本実施例で製造されるITO膜の半導体層ではエネルギバンドギャップが3eV以上とすることができる。 【0022】実施例1の薄膜トランジスタによれば,従来透明電極として用いられていたITO膜の膜中の酸素量を増加させることにより,膜中のキャリア濃度を1018個・cm-3以下に制御して導電性を低下させ,半導体活性層8にITO膜を使用することで,光に影響されず,素子特性を向上できる効果がある。 【0023】次に,別の実施例(実施例2)として図3の断面説明図に示す透明薄膜トランジスタについて簡単に説明すると,実施例2の透明薄膜トランジスタは,実施例1の薄膜トランジスタと略同様の構成となっており,相違点はソ-ス電極11及びドレイン電極10,更にゲ-ト電極9にITO膜を使用している点である。 この場合のITO膜は,一般的な透明導電膜である。 【0027】実施例2の透明薄膜トランジスタによれば,ソ-ス電極11及びドレイン電極10は透明電極であるので,図3に示す透明薄膜トランジスタを光電変換素子又は発光素子上部に一体的に形成するようにすれば,光電変換素子への入射光量を増大させ又は発光素子からの発光量を増大させ,開口率を上げることができる効果がある。 イ 以上から,引用発明2の概要は,以下のとおりと認められる。 引用発明2は,光電変換素子及び発光素子を駆動する薄膜トランジスタに係り,特に光に影響されず,素子特性を向上できる薄膜トランジスタに関する(【0001】。 ) 従来の薄膜トランジスタは,半導体活性層にアモルファスシリコンを用いているため,半導体活性層に光が当たると導電性を持ってスイッチング素子の特性が劣化する問題があった(【0004】。また,金属薄膜からなる遮光層を設けると,寄生 )容量が発生する問題が生じ(【0005】,さらに,薄膜トランジスタを光電変換素 )子又は発光素子との積層構造にする場合,ソース電極,ドレイン電極に金属電極を用いると,開口率の低下を招くという問題(【0006】)があった。 引用発明2は,上記実情に鑑みてなされたもので,半導体層としてアモルファスシリコンよりバンドギャップの大きい透明材質の半導体を使うことで,光に影響されず,更に開口率を増大させることができる薄膜トランジスタを提供することを目的とする(【0007】。 ) 引用発明2は,ゲ-ト電極とゲート絶縁膜とソ-ス電極とドレイン電極と半導体層とを有し,前記半導体層のキャリア濃度が1018cm-3以下で,かつ,前記半導体層を透光性膜としたことを特徴とする薄膜トランジスタにおいて(【0009】, )Arガスと酸素ガスとを用いた反応性スパッタリングの,着膜時の酸素ガスの割合(O2/Ar+O2)を1%以上として,従来,透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電膜であるITO膜の膜中の酸素量を増加させることで,着膜した前記ITO膜の化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)により発生しているキャリアを減らして(【0019】【0020】,前記ITO膜のキャリア濃度を10 18c , )m-3以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ,半導体としてのITO膜(半導体活性層)を実現した(【0016】【0022】 , )薄膜トランジスタである。 すなわち,引用発明2は,従来,透明電極として用いられていたITO膜の膜中の酸素量を増加させることにより,膜中のキャリア濃度を10 18cm-3以下に制御して導電性を低下させ,当該ITO膜を半導体活性層に使用することで,光に影響されず,素子特性を向上できる効果を有する(【0022】。また,ソ-ス電極及び )ドレイン電極を透明電極とすることにより,これを光電変換素子又は発光素子上部に一体的に形成した場合に,光電変換素子への入射光量を増大させ又は発光素子からの発光量を増大させ,開口率を上げることができる効果も有する(【0027】。 ) よって,引用発明2は,上記第2,3(4)アのとおり認定されるべきである。 ウ これに対して,原告は,引用発明2における半導体活性層の材料をITOに限定して認定すべきではない,と主張する。 しかし,引用文献2において,キャリア濃度を1018cm-3以下として,縮退を解き薄膜トランジスタの動作に必要な半導体としての透光性膜が実現できたことを確認したのは,ITO膜に限られており(【0016】【0020】【0022】 , , ,図2),引用文献2には,ITO膜を除いて,エネルギバンドギャップが3eV以上の透光性膜材料に関する記載は例示等を含めて一切されておらず,このような材料においても,ITOと同様,膜中の酸素量(酸素欠陥)を制御することにより,薄膜トランジスタの動作に必要な10 18cm -3以下のキャリア濃度を達成することが可能であるのかについても何ら記載されていない。よって,引用文献2に,キャリア濃度を1018cm-3以下として,縮退を解き薄膜トランジスタの動作に必要な半導体としての透光性膜が実現できた材料として実質的に記載されているのは,ITOに限られるものと認められる。 原告の主張には,理由がない。 (3) 引用発明2の認定の誤りを前提とする,相違点2の認定誤りに関する原告の主張にも,理由がない。 (4) 相違点2の判断について ア 本件発明3は, 「ホモロガス化合物が耐熱性,透明酸化物単結晶基板上に形成された単結晶薄膜であることを特徴とする請求項1記載の透明薄膜電界効果型トランジスタ。」であるところ,本件発明3と甲1発明の相違点は,審決の認定した本件発明1と甲2発明の相違点に,請求項3に記載された事項が追加され,以下の相違点4になるものと認められる。 (相違点4) 透明薄膜電界効果型トランジスタの活性層として用いられる薄膜が,本件発明3では,本件化合物が耐熱性,透明酸化物単結晶基板上に形成された単結晶薄膜であることを特徴とする本件化合物薄膜であるのに対して,引用発明2では,「Arガスと酸素ガスとを用いた反応性スパッタリングにおいて,着膜時の酸素ガスの割合(O2/Ar+O2)を1%以上として,従来透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電膜である,ITO膜の膜中の酸素量を増加させることで,着膜した前記ITO膜の化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)により発生しているキャリアを減らして,前記ITO膜のキャリア濃度を1018cm-3以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ」た半導体としてのITO膜(半導体活性層) である点。 」 イ 引用発明2において,ITO膜からなる半導体活性層を単結晶の本件化合物薄膜に置き換えることの容易想到性について検討する。 本件化合物は,上記4(2)イのとおり,従来,透明電極として用いられ,キャリア濃度は,1019〜1020cm-3(甲3),8.3×1019cm-3,8.5×1019 cm-3及び4.8×1019cm-3, (甲4),5.2×1019cm-3,1.2×1020cm-3,6.7×1019cm-3,1.9×1020cm-3 (甲5,37),1×1020cm-3(甲36)及び4×10 20cm-3(甲38)であり,薄膜トランジスタとして利用するために必要な,空乏化した状態のキャリア濃度である10 18cm-3以下と比較すると,10倍以上と認められる。そうすると,当業者にとって,H+イオン等の陽イオンの注入及び酸素欠損よって導電性を高めることができ(甲4,36,38),酸化物の形成の際に酸素欠損を導入し,更に酸素を引き抜く工程を加えることで酸素欠損量を調整できる(甲38)という従来技術を考慮しても,本件化合物のキャリア濃度を十分下げることは困難であったと認められる。 したがって,当業者にとって,引用発明2において,半導体活性層の材料として,本件発明における本件化合物の組成に相当する単結晶材料を選択することが容易想到であったとは認められない。 ウ これに対して,原告は,@本件化合物は,引用発明2のITOと比べてもバンドギャップが大きく,透明性に優れた酸化物透明導電膜であることは当業者に知られていたから,引用発明2の半導体に用いる酸化物透明導電膜として本件化合物を選択することは容易であった,A引用発明2の目的に適した,透明性の高い本件化合物について,技術常識に従い,その膜中の酸素量を変化させたり,酸素を含む雰囲気下でスパッタ成膜したりして,膜のキャリア濃度を10 18cm-3以下に制御し,半導体として用いることは,何ら困難なことではない,と主張する。 しかし,@バンドギャップが大きく,透明性に優れていても,上記イのとおり,薄膜トランジスタの活性層として用いるためには,キャリア濃度を10 18 cm -3以下として縮退を解くことができることが必要であり,本件化合物が,単結晶の状態でキャリア濃度を1018cm-3以下として縮退を解くことができることは,明らかではなかった。よって,引用発明2の半導体に用いる酸化物透明導電膜として本件化合物を用いることが,容易であったとはいえない。 A本件化合物の導電性を酸素欠損により制御することが知られていたといっても,具体的に,その膜中の酸素量をどの程度変化させれば膜のキャリア濃度を1018cm-3以下に制御することができるか否かについて知られていたとはいえず,そのような具体的な制御が技術常識に従って容易に行えたことを裏付ける証拠もない。 原告の主張には,理由がない。 (5) よって,取消事由2には,理由がない。 |
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結論
以上より,本件発明1,2及び4については,取消事由3に理由があるから,同発明に関する審決は取り消されるべきである。本件発明3については,原告の請求には理由がないから,これを棄却することとする。よって,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 清水節 |
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裁判官 | 片岡早苗 |
裁判官 | 古庄研 |