関連審決 | 無効2014-800138 |
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事件 |
平成
27年
(行ケ)
10177号
審決取消請求事件
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原告 株式会社半導体エネルギー研究所 同訴訟代理人弁護士 古城春実 牧野知彦 堀籠佳則 加治梓子 伊藤真 平井佑希 丸田憲和 同訴訟代理人弁理士 加茂裕邦 被告 国立研究開発法人科学技術振興機構 同訴訟代理人弁護士 高橋雄一郎 同訴訟復代理人弁護士 鈴木佑一郎 同訴訟代理人弁理士 望月尚子 同訴訟復代理人弁理士 西義之 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2016/10/12 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が無効2014-800138号事件について平成27年7月28日にした審決を取り消す。 |
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事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 (1) 被告は,平成22年3月24日,発明の名称を「アモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法」とする特許出願(特願2010-68707号。優先権主張:平成16年3月12日,同年11月10日。日本国。)をし,平成22年8月20日,設定の登録(特許第4568827号)を受けた(請求項の数5。以下,この特許を「本件特許」という。)。本件出願は,平成17年2月28日に出願した特願2006-510907号の分割出願である(甲23)。 (2) 原告は,平成26年8月28日,本件特許の請求項1ないし5に係る発明について特許無効審判を請求し,無効2014-800138号事件として係属した。 (3) 特許庁は,平成27年7月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年8月6日,原告に送達された。 (4) 原告は,平成27年9月7日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。 2 特許請求の範囲の記載 特許請求の範囲の請求項1ないし5の記載は,次のとおりである(甲23)。以下,本件特許に係る発明を,請求項の番号に従って「本件発明1」などといい,本件発明1ないし5を併せて,「本件各発明」という。また,その明細書(甲23)を,図面を含めて「本件明細書」という。なお,「/」は,原文の改行部分を示す(以下同じ。)。 【請求項1】結晶化したときの組成が,式InGaO3(ZnO)m(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法を用いる気相成膜方法において,/該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,/成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,室温での電子移動度が0.1cm2/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下である半絶縁性である透明In-Ga-Zn-O薄膜を成膜することを特徴とするアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。 【請求項2】結晶化したときの組成が,式InGaO3(Zn1-xMgxO)m(mは6未満の自然数,0.80≦x<0.85)で示される酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法を用いる気相成膜方法において,/該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,/成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,室温で マ マの電子移動度が0.1cm2/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下である半絶縁性である透明In-Ga-Zn-Mg-O薄膜を成膜することを特徴とするアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。 【請求項3】基板として,ガラス基板,プラスチック基板またはプラスチックフィルムを用いることを特徴とする請求項1又は2に記載のアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。 【請求項4】パルスレーザー堆積法を用いて,酸素分圧が5Pa超の真空雰囲気で成膜することを特徴とする請求項1記載のアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。 【請求項5】高周波スパッタ法を用いて,酸素分圧が4×10 -2Pa超の酸素ガスとアルゴンガスの混合雰囲気で成膜することを特徴とする請求項1に記載のアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法。 3 本件審決の理由の要旨(1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,@@)本件発明1は,下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び下記エないしサの各引用例に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではなく,A)本件発明2は,引用発明1及び下記エないしシの各引用例に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではなく,B)本件発明3ないし5は,引用発明1及び下記ウないしシの各引用例に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件各発明は,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものではなく,A@)本件発明1は,下記イの引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)並びに下記ア,エないしサ及びスの各引用例に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではなく,A)本件発明2は,引用発明2並びに下記ア及びエないしスの各引用例に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではなく,B)本件発明3ないし5は,引用発明2並びに下記ア及びエないしスの各引用例に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではないから,本件各発明は,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものではなく,B本件発明1及び3ないし5に係る本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,特許法36条4項1号に規定する要件(いわゆる実施可能要件)を満たさないものであるということはできない,などというものである。 ア 引用例1:特開平5-251705号公報(甲1)イ 引用例2:国際公開第03/098699号(甲2)ウ 引用例3:特表平11-505377号公報(甲3)エ 引用例4:特開2000-44236号公報(甲4)オ 引用例5:特開2002-289859号公報(甲5) カ 引用例6:日本学術振興会 透明酸化物光・電子材料第166委員会「透明導電膜の技術」第1版第2刷(平成12年4月25日)78〜81頁,148〜155頁 (甲6) キ 引用例7:M.ORITA 外「Amorphous transparent conductive oxide InGaO3(ZnO)m(m≦4):a Zn4s conductor」PHILOSOPHICAL MAGAZINE B,VOL.81, No.5(2001)501〜515頁 (甲7) ク 引用例8:「2000年(平成12年)春季 第47回応用物理学関係連合講演会 講演予稿集」第2分冊577頁「28a-ZB-1」(甲8) ケ 引用例9:Satoru Narushima 外「A p-Type Amorphous Oxide Semiconductor and RoomTemperature Fabrication of AmorphousOxide p-n Heterojunction Diodes」Adv.Mater.15,No.17(2003 September 3)1409〜1413頁(甲9) コ 引用例10:Kenji Nomura 外「Thin-Film Transistor Fabricated in Single-Crystalline Transparent Oxide Semiconductor」Science 300,1269(2003)1269〜1272頁 (甲10) サ 引用例11:国際公開第03/040441号(甲11) シ 引用例12:特開平8-245220号公報(甲12) ス 引用例13:特開昭63-239117号公報(甲13) (2) 本件発明1及び2と引用発明1との対比 本件審決が認定した引用発明1,本件発明1及び本件発明2と引用発明1との一致点及び相違点は,以下のとおりである。 ア 引用発明1 ゲ-ト電極とゲート絶縁膜とソ-ス電極とドレイン電極と半導体層とを有する薄膜トランジスタにおいて,前記半導体層のキャリア濃度が10 18個・cm-3以下で,かつ前記半導体層を透光性膜としたことを特徴とする薄膜トランジスタの前記半導体層の気相成膜方法において,/Arガスと酸素ガスとを用いた反応性スパッタリングにおいて,着膜時の酸素ガスの割合(O 2/Ar+O2)を1%以上として,従来透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電膜である,ITO(Indium Tin Oxide)膜の膜中の酸素量を増加させることで,着膜した前記ITO膜の化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)により発生しているキャリアを減らして,前記ITO膜のキャリア濃度を10 18個・cm-3以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ,半導体としてのITO膜(半導体活性層)を実現する,気相成膜方法。 イ 本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点 (ア) 一致点 酸化物薄膜の気相成膜方法において,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の電子キャリヤ濃度を減らすように,酸素分圧の大きさを制御する,透明酸化物薄膜を成膜する酸化物薄膜の気相成膜方法。 (イ) 相違点1-1 成膜する透明酸化物薄膜が,本件発明1では,「「該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに」行う「パルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法」」によって成膜した「「結晶化したときの組成が,式InGaO3(ZnO)m(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」であって,「成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下」,かつ,「室温での電子移動度が0.1cm 2/(V・秒)以上」の「半絶縁性である透明In-Ga-Zn-O薄膜」である「アモルファス酸化物薄膜」」であるのに対して,引用発明1では,「スパッタ法」によって成膜した「「従来透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電膜である,ITO膜」であって,「キャリア濃度を10 18個・cm-3以下」に制御した「ITO膜」」である点。 ウ 本件発明2と引用発明1との一致点及び相違点 (ア) 一致点 酸化物薄膜の気相成膜方法において,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の電子キャリヤ濃度を減らすように,酸素分圧の大きさを制御する,透明酸化物薄膜を成膜する酸化物薄膜の気相成膜方法。 (イ) 相違点1-2 成膜する酸化物薄膜が,本件発明2では,「「該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに」行う「パルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法」」によって成膜した「「結晶化したときの組成が,式InGaO 3(Zn1-xMgxO)m(mは6未満の自然数,0.80≦x<0.85)で示される酸化物薄膜」であって,「成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下」,かつ,「室温での電子移動度が0.1cm2/(V・秒)以上」の「半絶縁性である透明In-Ga-Zn-Mg-O薄膜」である「アモルファス酸化物薄膜」」であるのに対して,引用発明1では,「スパッタ法」によって成膜した「「従来透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電膜である,ITO膜」であって,「キャリア濃度を1018個・cm-3以下」に制御した「ITO膜」」である点。 (3) 本件発明1及び2と引用発明2との対比 本件審決が認定した引用発明2,本件発明1及び本件発明2と引用発明2との一致点及び相違点は,以下のとおりである。 ア 引用発明2 半導体層がII族酸化物を含む半導体装置において,前記半導体層の少なくとも一方の面にアモルファス状の酸化アルミニウムが積層されていることを特徴とする半導体装置の,前記半導体層である,酸化亜鉛(ZnO)のPLD法を用いる成膜方法において,/酸化亜鉛の焼結体をターゲットとして,酸素を含む雰囲気中で基板上に半導体層を堆積させる際に,/堆積圧力を26.7Paとすることによって,Zn-Oの透明酸化物半導体層を成膜する酸化物半導体層の成膜方法。 イ 本件発明1と引用発明2との一致点及び相違点 (ア) 一致点 Zn及びOを含む酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法を用いる気相成膜方法において,該酸化物の焼結体をターゲットとして,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる,透明酸化物薄膜を成膜する気相成膜方法。 (イ) 相違点2-1 「Zn及びOを含む酸化物薄膜」が,本件発明1では,「結晶化したときの組成が,式InGaO3(ZnO)m(mは6未満の自然数)」である薄膜であるのに対して,引用発明2では,「ZnO」の層である点。 (ウ) 相違点2-2 基板上に堆積させた薄膜が,本件発明1では,「アモルファス酸化物薄膜」であって,「室温での電子移動度が0.1cm2/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下」である「半絶縁性である」薄膜であるのに対して,引用発明2の「酸化亜鉛の焼結体をターゲットとして,酸素を含む雰囲気中で基板上に半導体層を堆積させる際に,堆積圧力を26.7Paとすることによって」成膜した「Zn-Oの透明酸化物半導体層」がアモルファスであるか否か明示されておらず,また,電子移動度及び電子キャリヤ濃度が不明である点。 (エ) 相違点2-3 本件発明1は,「酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で」,「基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御」して成膜するとの構成を有しているのに対し,引用発明2では,当該構成について特定されていない点。 ウ 本件発明2と引用発明2との一致点及び相違点 (ア) 一致点 マ マ Zn及びOを含む酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法用いる気相成膜方法において,該酸化物の焼結体をターゲットとして,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる,透明酸化物薄膜を成膜する気相成膜方法。 (イ) 相違点2-4 「Zn及びOを含む酸化物薄膜」が,本件発明2では,「結晶化したときの組成が,式InGaO3(Zn1-xMgxO)m(mは6未満の自然数,0.80≦x<0.85)」である薄膜であるのに対して,引用発明2では,「ZnO」の酸化物である点。 (ウ) 相違点2-5 基板上に堆積させた薄膜が,本件発明2では,「アモルファス酸化物薄膜」であって,「室温での電子移動度が0.1cm2/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下」である「半絶縁性である」薄膜であるのに対して,引用発明2では,該薄膜がアモルファスであるか否か明示されておらず,また,電子移動度及び電子キャリヤ濃度が不明である点。 (エ) 相違点2-6 本件発明2は,「酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で」,「基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御」して成膜するとの構成を有しているのに対し,引用発明2では,当該構成について特定されていない点。 4 取消事由 (1) 本件発明1の引用発明1に基づく容易想到性判断の誤り(取消事由1)ア 引用発明1の認定の誤り(取消事由1-1)イ 一致点及び相違点の認定の誤り(取消事由1-2)ウ 相違点の容易想到性判断の誤り(取消事由1-3)(2) 本件発明1の引用発明2に基づく容易想到性判断の誤り(取消事由2)(3) 本件発明1の実施可能要件の判断の誤り(取消事由3) (4) 本件発明2ないし5の容易想到性及び本件発明3ないし5の実施可能要件の判断の誤り(取消事由4) |
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当事者の主張
1 取消事由1(本件発明1の引用発明1に基づく容易想到性判断の誤り)について〔原告の主張〕(1) 取消事由1-1(引用発明1の認定の誤り)ア 引用発明1の認定(ア) 本件審決における認定の誤り 本件審決は,前記第2の3(2)アのとおり,引用例1に記載された発明として,ITOに限定された発明を認定した。 しかし,引用例1の【0019】では,ITOを一例として,酸化物一般について「膜中の酸素量を変化させることにより膜の導電率を変化させることができる」とし,その原因が「化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)によりキャリアが発生していること」にあることが説明され,さらに,【0016】や図2において,このための具体的な方法として,スパッタリングにおける酸素濃度を調整する手法が開示されている。また,請求項1及び【0021】には,引用例1における「透明」の意味として,バンドギャップエネルギーが大きいこと(望ましくは3eV以上)も開示されている。そして,引用例1ではITOを例に説明しているが,請求項1及び2が組成を限定していないことからも明らかなとおり,引用例1に記載された発明は,ITOに限定されるものではなく,また,引用例1には,請求項1及び2をITO以外の酸化物に適用することの妨げとなるような記載も存在しない。 したがって,引用例1には,ITOに限られない酸化物薄膜に関するより上位の発明が記載されている。 (イ) 認定されるべき引用発明1の内容 以上によれば,引用発明1は,以下のとおり認定されるべきである。 「ITOなどの酸化物薄膜のスパッタ法を用いる気相成膜方法において,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の電子キャリア濃度が1018/cm3以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,電子キャリア濃度が10 18 /cm3 以下である半導体であるIn-Sn-O(ITO)などのバンドギャップエネルギーが大きな(望ましくは3eV以上)透明酸化物薄膜を成膜することを特徴とする酸化物薄膜の気相成膜方法。」(以下「原告主張の引用発明1」という。) イ 判断の遺脱 原告は,審判請求の段階から,引用例1には,ITOに限られない酸化物薄膜に関する原告主張の引用発明1が記載されている旨主張していたから,仮にこれが記載されていないというのであれば,本件審決においてこれを否定する理由を示す必要がある。 しかし,本件審決は,引用例1に開示された実施例のみに基づきITOに限定された発明を認定しながら,このような限定された発明のみが記載されているとする根拠を何ら示していない。そして,本件審決はITOに限定された発明を認定したことにより,容易想到性の判断において,ITOという特定組成の酸化物薄膜を「結晶化したときの組成が,式InGaO3(ZnO)m(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」に代える動機付けを求めることになっている。 したがって,本件審決には判断遺脱の違法がある。 (2) 取消事由1-2(一致点及び相違点の認定の誤り) 本件審決における引用発明1の認定は誤りであるから,これを前提とする一致点及び相違点の認定も誤りである。 そして,原告主張の引用発明1を前提とすれば,本件発明1との一致点及び相違点は,以下のとおり認定されるべきである。 ア 一致点 酸化物薄膜のスパッタ法を用いる気相成膜方法において,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,酸素分圧の大きさを制御することによって,電子キャリヤ濃度を所定値以下である半絶縁性である透明酸化物薄膜を成膜することを特徴とする酸化物薄膜の気相成膜方法。 イ 相違点 (ア) 本件発明1では「電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,」とされているのに対し,原告主張の引用発明1ではこの点が明記されていない点。(以下「相違点A」という。) (イ) 本件発明1は,結晶化したときの組成が,式InGaO3(ZnO)m(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜であって,室温での電子移動度が0.1cm2/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10 16/cm3以下である透明In-Ga-Zn-O薄膜を成膜することを特徴とするアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法であるのに対し,原告主張の引用発明1は,ITOなどの酸化物薄膜であって,室温での電子移動度が不明で,かつ電子キャリヤ濃度が1018個・cm-3以下である,In-Sn-Oなどの透明酸化物薄膜を成膜することを特徴とする酸化物薄膜の気相成膜方法である点。(以下「相違点B」という。) (ウ) 本件発明1は,パルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法において,酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で基板上に薄膜を堆積させるのに対し,原告主張の引用発明1は,スパッタの条件が酸素分圧以外不明である点。(以下「相違点C」という。) (3) 取消事由1-3(相違点の容易想到性判断の誤り) ア 相違点AないしCの容易想到性 以下のとおり,原告主張の引用発明1において,相違点AないしCに係る本件発明1の構成は,当業者が容易に想到することができたことである。 (ア) 相違点Aの容易想到性 半導体の分野において不純物イオンを添加するのは,キャリヤを増やして「電気抵抗を下げる」ためであって,「電気抵抗を高めるため」に不純物イオンを意図的に薄膜に添加することは通常の技術ではない。 引用例1には,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加したとの記載は存在せず,むしろ,酸素量を調整することで導電率を制御する(電気抵抗を高める)ことが記載されている(【0019】。 ) したがって,引用発明1においても,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加していないとみるべきであるし,少なくとも,「意図的に添加」しないことは容易であるから,相違点Aは,実質的な相違点とはいえないか,少なくとも,容易に想到できる。 (イ) 相違点B及びCの容易想到性 本件発明1には「結晶化したときの組成が,式InGaO3(ZnO)m(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」とある(以下,「式InGaO3(ZnO)m(mは6未満の自然数)」を「本件組成」といい,アモルファスであることをいう場合には,「アモルファス本件組成」という。。 ) ここで,本件明細書の【0030】には「スパッタリング法やパルスレーザー蒸着法により成膜を行う際のターゲット材料(例えば多結晶体)の組成比を,上記m<6を満たすようにすれば,所望のアモルファス酸化物が得られる。」とあることから,上記構成要件との関係では,「本件組成を有する結晶性のターゲット材料を用いて成膜したアモルファス酸化物薄膜」の構成とすることが容易といえるか否かを検討すれば足りる。 また,相違点Bは,成膜された酸化物薄膜の違いをいうものであり,相違点Cは,製造方法の違いをいうものであるから,相違点Bに係る酸化物薄膜を成膜するに当たり相違点Cの製造方法を採用することが容易か否かを検討するべきであり,相違点B及びCの容易想到性は,両者を分けて検討するのではなく,両者の関連性を考慮して検討するべきである。 a アモルファス本件組成は周知であること 引用例4及び引用例7ないし9には,アモルファス本件組成が記載されているから,アモルファス本件組成自体は周知である。 b アモルファス本件組成を適用する動機付け ? 原告主張の引用発明1は,半導体層としてアモルファスシリコンよりバンドギャップの大きい透明材質の半導体を使うことで光に影響されず,更に開口率を増大させることができる薄膜トランジスタを提供することを目的とする発明であり(【0007】 ,バンドギャップとしては3eV以上が望ましいとされている( ) 【0021】。 ) ここで,バンドギャップエネルギーの大きさは,薄膜がどの程度の波長の光を透過できるかに影響するところ,本件組成のバンドギャップエネルギーは3eV前後であり,良好な透明性を示すことが知られていた(引用例7,9)。また,甲25には,原告主張の引用発明1が例示するITOの基礎吸収端波長が450nmであり,可視領域の短波長側領域での透明性が乏しいのに対し,本件組成は,それよりも短波長側に基礎吸収端波長があり,400nmでの透過率がITOの2倍以上も高く,しかも,電気伝導率がITOと同等か,それ以上であることが開示されている。 したがって,透明膜として本件組成が,ITOよりも優れていることが知られていた。 ? さらに,原告主張の引用発明1の課題からすれば,吸収端のみならず可視光領域全体における透過率が高いことが望ましいことは明らかであるところ,引用例8には,アモルファス本件組成の400〜800nmの平均透過率が80%程度であることが記載され,また,甲29には,本件組成の可視光領域における透過率が原告主張の引用発明1の例示するITOのそれよりも全体的に高いことが記載されている。 ? ところで,本件明細書では,電子移動度が0.01〜1cm2/(V・秒)程度でTFTとして使用できるとされている(【0042】 【0043】。仮に当該記 , )載に従うとすれば,アモルファス本件組成の電子移動度は,10cm2/(V・秒)以上であるから(引用例4,7,9),これをTFT(薄膜トランジスタ)に使用した場合に良好な特性が得られることは明らかである。さらに,引用例1に記載されている酸化物では,酸素量を調整することで電子キャリヤ濃度を下げることができることは周知であり,また,アモルファス酸化物材料をトランジスタの活性層に用いること(甲30),アモルファス酸化物材料であるアモルファス本件組成で電子キャリヤ濃度の低い薄膜も知られていた(甲9)。 したがって,アモルファス本件組成をトランジスタの活性層に使用する動機付けがある。 ? 他方,アモルファス材料は,一般に,結晶系と比較して,低温プロセスで製品を製造できるなどの利点があるため ,産業上の利用可能性を考慮すれば,結晶性のものよりも有利であるといえ,少なくとも,アモルファス本件組成が周知であるときに,これを使用することを阻害する理由はない。 ? 以上のとおり,原告主張の引用発明1の課題,アモルファスの利点などからして,原告主張の引用発明1の酸化物薄膜としてアモルファス本件組成を選択する強い動機付けがある一方で,その適用を阻害する理由はない。 したがって,原告主張の引用発明1にアモルファス本件組成を適用することは容易である。 c 電子キャリヤ濃度 アモルファス本件組成の薄膜の電子キャリヤ濃度として,4.2×1016cm-3が知られていた(引用例9)。そして,当該アモルファス膜は,多結晶InGaZnO4の円盤状ターゲットを用いAr(アルゴン)中で成膜されたものであるから,酸素ガスを含まない中で成膜されたものである。 原告主張の引用発明1は,TFT(薄膜トランジスタ)に用いる酸化物薄膜を製造するに際し,酸素濃度を調整することでITOのような導電膜であっても電子キャリヤ濃度を下げることでトランジスタ用の薄膜にできることを開示する発明であり,かつ,酸化物では酸素濃度を調整することで電子キャリヤ濃度を調整できることが周知であり,さらに,トランジスタ(とりわけノーマリーオフ型のトランジスタ)においては薄膜の抵抗率が高いこと,すなわち,電子キャリヤ濃度が低いことが望ましいことも周知の事実である(引用例10,11)。 したがって,原告主張の引用発明1の酸化物薄膜として,アモルファス本件組成を採用するに際し,引用例9に記載の条件に加えて酸素濃度を高くすることで,電子キャリヤ濃度を1×1016cm-3以下にすることは容易である。 d 電子移動度 本件発明1には,「室温での電子移動度が0.1cm 2/(V・秒)以上」との規定があるが,電子キャリヤ濃度が1×1016cm-3以下であれば,抵抗が十分に高くなるので,電子移動度の値は電流の流れやすさにほとんど影響を与えないから,電子キャリヤ濃度が1×1016cm-3以下の薄膜における電子移動度を特定することに特段の技術的意義は認められない。したがって,本件発明1における電子移動度の値は,単なる設計的事項というべきであるから,この点は容易に想到できる。 e アモルファス本件組成の製法 酸化物の製造において,高周波スパッタ法は,ごく一般的な方法である上,アモルファス本件組成について,引用例9では,室温での酸化物の多結晶膜をターゲットとした高周波スパッタ法を採用している。そうすると,周知のアモルファス本件組成を採用するに当たり,高周波スパッタ法を採用することは容易である。 したがって,相違点Cは容易に想到できる。また,そうである以上,「結晶化したときの組成が,式InGaO3(ZnO)m(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜」とすることも容易に想到できる。 f 以上要するに,アモルファス本件組成は周知の物質であり,また,キャリヤ濃度が十分に低く(4.2×1016cm-3),移動度が高い(21cm2V-1s-1)アモルファス本件組成自体が公知であり(引用例9),さらに,酸化物半導体では酸素欠損量を調整することでキャリヤ濃度の調整ができること及びキャリヤ濃度の増加に伴い移動度が増加する傾向にあることも公知ないしは周知であるときに,周知の気相成膜方法であるパルスレーザー堆積法や高周波スパッタ法において,酸素分圧を調整して酸化物半導体の酸素欠損量を調整するという周知の手法を採用することで,当然に予想される程度の物性(キャリヤ濃度と電子移動度)を有するアモルファス本件組成を成膜する「アモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法」なる発明に進歩性が認められる余地はない。 したがって,相違点B及びCは,容易に想到できる。 (ウ) 小括 以上のとおり,本件発明1は,原告主張の引用発明1に周知のアモルファス本件組成を適用することで当業者が容易に想到することができたものである。 イ 相違点1-1の容易想到性判断の誤り 仮に,本件審決における引用発明の認定に誤りがないとしても,相違点1-1に係る容易想到性判断は,前記アと同様に,誤りである。 〔被告の主張〕 (1) 取消事由1-1(引用発明1の認定の誤り) ア 引用発明1の認定 引用例1には「電子キャリア濃度が1018個・cm-3以下である」透明酸化物薄膜は一貫してITOしか記載されておらず(【0013】〜【0018】 【002 ,2】 ,原告が主張するような,ITO以外の他の酸化物を活性層として用いた「電 )子キャリア濃度が1018個・cm-3以下である」透明酸化物薄膜は,記載されていない。 引用例1の【0019】は,ITOのようにIn2O3結晶中の微量の酸素欠陥とIn-O結晶格子にSnが置換して生じる電子がキャリアとなって導電性が発現するような酸化物について膜中の酸素量を変化させることによって導電率を調整することが可能であることを述べているにすぎず,上記記載から,実施例1の「キャリア濃度を1018個・cm-3以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ」た「ITO」が,突如として「他の酸化物」に変身するはずがない。 引用文献に記載された技術内容を抽象化したり,一般化したり,上位概念化したりすることは許されないから,引用例1において,ITOをITOに限られない酸化物薄膜へと抽象化,一般化及び上位概念化することはできない。 以上によれば,本件審決における引用発明1の認定に誤りはない。 イ 判断の遺脱がないこと 引用例1には,前記アのとおり,原告の主張する「電子キャリア濃度が10 18個・cm-3以下」であるITO以外の酸化物の製膜方法に係る記載は全くない。 本件審決は,原告の主張する「ITOなどの酸化物」を,引用例1の記載に即して「ITO」に限定して引用発明1を認定したものであり,原告の主張を一部排斥して適正な認定を行ったにすぎない。そして,引用発明1を認定した理由は,本件審決に詳細に示されている。 したがって,本件審決に判断の遺脱はない。 (2) 取消事由1-2(一致点及び相違点の認定の誤り) 本件審決における引用発明1の認定に誤りはないから,原告主張の引用発明1を前提とする一致点及び相違点の認定の誤りに係る主張は,失当である。 (3) 取消事由1-3(相違点の容易想到性判断の誤り) ア 相違点AないしCの容易想到性 仮に原告主張の引用発明1を前提に,本件発明1との相違点が,相違点AないしCのとおり認定されるとしても,以下のとおり,本件発明1は,原告主張の引用発明1に基づき当業者が容易に想到することができたものではない。 (ア) 原告の主張は,多数の文献に依拠しつつ,多段階の論理操作をしなければ本件発明1に想到することができないというものであるから,容易想到性に関する論理付けとして,失当であるというほかない。また,原告の主張は,本件特許の出願日前には公開されていない本件明細書の記載(【0042】,【0043】)に基づき進歩性を論じている点でも失当である。加えて,原告の主張は,アモルファス本件組成を選択できたことが暗黙の前提になっており,そのような前提をとった上で,アモルファス本件組成を選択することの許容性を論じるものにすぎない。どうやって酸化物の中からアモルファス本件組成を選択するかが問題であるのに,それを選択することがあたかも当然の前提となっているのであり,「後知恵」以外の何物でもない。 (イ) 相違点B及びCの容易想到性a アモルファス本件組成について アモルファス本件組成は,専ら「透明導電膜」の用途として周知だったのであり,本件発明1のようにTFTの活性層に用いることが可能なキャリヤ濃度及び移動度を調整したものとして周知だったわけではない。 b アモルファス本件組成を選択する動機付けについて ? 本件組成が,透明膜の透明性という点で,ITOよりも優れているとしても,透明膜を選択する際には透明性だけが考慮の対象になるわけではなく,導電性その他の各種の電気的特性も考慮されるべきであるから,透明膜として本件組成がITOより優れているとの点は,本件組成を選び出す理由になっていない。 また,甲30には,本件組成とは全く異なる材料でTTFT(Transparent Thin-Film Transistors)を作製した例が記載されているにすぎない。さらに,アモルファス材料は,一般に,結晶系と比較して低温プロセスで製品を製造できるなどの利点があるというのは,本件組成を選ぶ理由にはならない。 ? 引用例1のITOに代えて別の酸化物を試す必要性などないので,他の酸化物を適宜試すこと自体に困難性があるし,電気的特性予測方法が知られていない以上,多数の酸化物から本件組成を選択することにも困難性がある。さらに,結晶ではなく,シリコンの例でいえば特性が格段に劣ることが予想されるアモルファスを選択することにも困難性がある。 ? 以上のとおり,アモルファス本件組成を選択すること自体に困難性がある。 c 電子キャリヤ濃度について 「電子キャリヤ濃度を1×1016cm-3以下にすること」については,「引用例9に記載の条件に加えて酸素濃度を高くする」という「容易の容易」と言える2段階の操作(引用例1に引用例9を組み合わせるという操作に加えて,さらに,製造工程中の酸素濃度を調整することによって電子キャリヤ濃度を低く調整するという操作)が要求されている。 このような2段階の操作を要する構成が,容易に想到することができたものであるはずがない。 d 電子移動度について 電子移動度が0.1cm2/(V・秒)程度であれば,アモルファスシリコン膜を用いたTFTと同等以上の性能を有する(本件明細書【0042】)のであるから,数値限定として意味がある。 したがって,電子移動度の値は,単なる設計的事項などではない。 e 小括以上のとおり,相違点B及びCは,容易に想到することができたものではない。 イ 相違点1-1の容易想到性判断に係る主張について 本件審決が認定した相違点1-1について,その容易想到性判断が誤りである旨の原告の主張は,民事訴訟法157条によって却下されるべきである。 2 取消事由2(本件発明1の引用発明2に基づく容易想到性判断の誤り)について〔原告の主張〕(1) 相違点2-1の容易想到性 ア 引用例2には,結晶粒界による散乱を考慮してチャネルをアモルファスにしてもよいことが記載されているところ,引用例2で用いられているZnOは通常の方法ではアモルファスにすることが困難なことが知られている(引用例7,本件明細書【0004】)。 そして,アモルファス本件組成は周知であり,半導体層として有用な特性が知られていたことに加え,引用例7にはZnOに代えてアモルファス本件組成を使用することが記載されているから,引用発明2において,アモルファス本件組成を採用することには,強い動機付けがある。 なお,本件審決は価格差を問題とするが,アモルファス本件組成を採用することが容易であるか否かを,必ずしも量産と結び付けて考える必要はないから,価格差が大きな関心事になるわけではない。また,引用例2では半導体層として結晶のものも含まれているところ,アモルファスにすれば,結晶と比較して製造コストを下げることは可能である。したがって,価格差を重視するのは,誤りである。 イ 半導体装置の技術分野において,半導体装置を構成する部材に含まれる元素が属する族の違いによって,半導体装置の電気的特性が異なる場合があることは,当業者において周知の事項である。しかし,他方で,半導体装置を構成する部材に含まれる元素が属する族の違いによって,半導体装置の電気的特性が異ならない場合が多いことも事実であるから,結局,本件発明1の優先日当時の技術水準として,当業者がアモルファス状の酸化アルミニウムに接してIGZO系を成膜した場合に問題が生じると理解するかどうかによって,族の違いが阻害事由になるか否かが決まるというべきである。 そして,酸化アルミニウムは絶縁膜としては周知の材質である上,引用例7の図4にはアモルファスの酸化アルミニウムの上にアモルファス本件組成が成膜され,引用例11にはIGZO系を用いたトランジスタの「ゲート絶縁膜3には,Al2O3 が最も適している。」,「トップゲート型MISFET素子を作製した。ソースとドレイン電極及びゲート絶縁膜にはAu及び,アモルファスAl2O3をそれぞれ用いた。」と記載されているように,実際にアモルファス状の酸化アルミニウムに接してIGZO系が成膜されていることからして,本件発明1の優先日当時の技術水準として,当業者がアモルファス状の酸化アルミニウムに接してIGZO系を成膜した場合に問題が生じると理解することはないということができる。 したがって,族の違いは,阻害事由とはならない。 ウ 以上によれば,相違点2-1は容易に想到できる。 (2) 相違点2-2の容易想到性 ア ノーマリーオフ型のトランジスタに用いる薄膜として電子キャリヤ濃度が低いことがよいことは周知であるところ,これは,ノーマリーオフ型のトランジスタの性質の問題であって,そこで用いる半導体層が結晶であるかアモルファスであるかによって影響を受けない。そして,引用例10には,キャリヤ濃度が1013cm-3と見積もられる単結晶InGaO3(ZnO)5薄膜が開示されているのであるから,このキャリヤ濃度をアモルファス本件組成に適用することは,当業者において容易に想到することができたことである。 また,本件発明1における電子移動度の規定に特別な技術的意義はなく,単なる設計的事項である。 イ 以上によれば,相違点2-2は容易に想到できる。 (3) 相違点2-3の容易想到性 相違点2-3は,引用例1や引用例9に照らし,容易に想到できる。 〔被告の主張〕 (1) 相違点2-1の容易想到性 ア アモルファス本件組成は,導電膜としての用途で研究が進められていたのであって,薄膜トランジスタの活性層の用途で検討されていたわけではない。つまり,導電膜用途のアモルファス本件組成は知られていたが,本件発明1のような電気的特性を有する薄膜としては知られていなかった。 したがって,当業者が,引用例2のZnO,MgZnO及びCdZnOを,理由も必要もなく,アモルファス本件組成に置き代えると考えることはない。 そして,引用例7は,InGaO3(ZnO)m膜の電気的特性を考察した論文であって,引用発明2のZnとOを含む薄膜に代えてアモルファス本件組成を使用することについては,何らの記載も示唆もない。 以上によれば,相違点2-1は,阻害事由の有無に言及するまでもなく,容易に想到することができたものではない。 イ 原告の主張について 引用発明2のZnOを置き換えて,アモルファス酸化物半導体であるInGaZnO4を用いた場合には,InGaZnO4とアモルファス状の酸化アルミニウムとの間に形成される界面の欠陥準位の状態には,InGaZnO4に含まれるTTT族元素である「In」及び「Ga」の影響が出るであろうと,当業者であれば予測する。このことは,異なった組成の材料を積層させたときの界面の電気的特性を予測することができない以上,当然のことである。 引用例7は界面の電気的特性を測定しているわけではないし,そもそも薄膜トランジスタを作製していない。また,引用例11は,単結晶のIGZOについて記載しているにすぎない。そもそも,引用例11という,わずか1件の文献が存在することから,直ちに,アモルファス状の酸化アルミニウムに接してIGZO系を成膜した場合に問題がないというような技術常識が生じることはない。 (2) 相違点2-2の容易想到性 ノーマリーオフ型のトランジスタに用いる薄膜として電子キャリヤ濃度が低いことがよいことは周知である旨の原告の主張は,本件組成のアモルファス薄膜をノーマリーオフ型のトランジスタに適用できたことが前提となっている。しかし,アモルファス本件組成を用いた薄膜トランジスタに関する報告は,本件特許の優先日以前は存在しないから,原告の上記主張は,その前提において誤りである。 また,どのような材料で,どこまで電子キャリヤ濃度の低いものを実現できるかは,予測不可能である。 さらに,電子移動度が0.1cm2/(V・秒)以上であれば,アモルファスシリコン膜を用いたTFTと同等以上の性能を有する(本件特許明細書【0042】)のであるから,電子移動度の規定は,数値限定として意味がある。 以上によれば,相違点2-2は,容易に想到することができたものではない。 3 取消事由3(本件発明1の実施可能要件の判断の誤り)について〔原告の主張〕 (1) 本件明細書の成膜条件は導電性膜を開示する引用例4の製造方法に含まれること ア 引用例4の【0030】には,「圧力(酸素分圧)を1×10-2[Pa]〜10[Pa]の範囲とすることで,非晶質の酸化物膜を形成することができる。」と明記されている。そして,本件明細書の実施例の範囲は,全てこの範囲に含まれる。 また,本件明細書の実施例3には,スパッタ法の例が記載されており,酸素分圧の範囲は「4×10-2Pa以上,5×10-1Pa以下」(【0070】【0071】 , )であるから,引用例4に記載された望ましい圧力の範囲である0.01〜1(Pa)に含まれている。 以上のとおり,本件発明1は,「半絶縁性である」薄膜を成膜することを特徴とするものであるが,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された成膜条件は,導電性膜を開示する引用例4の製造方法に含まれるのであるから,本件明細書の開示が引用例4の内容と矛盾していることは明らかである。 イ したがって,本件組成を含めた酸化物一般について,酸素量を調整することで電子キャリヤ濃度を調整する手法が周知であることを前提とするのであればともかく,これを前提としない場合には,当業者であっても,導電膜を成膜する条件で行われている本件明細書の記載において,電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下である半絶縁性膜が成膜されることを理解することはできないというべきである。 (2) スパッタ法で作製した薄膜に係るデータが示されていないこと ア 本件明細書には,スパッタ法で作製した薄膜のキャリヤ濃度に係る実験データが示されていない。したがって,本件発明1におけるスパッタ法では「電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御すること」が実現できるかは明らかではない。 本件明細書の実施例3に記載されたスパッタ法の酸素分圧は,「4×10-2Pa以上,5×10-1Pa以下」,すなわち,0.04〜0.5(Pa)であるから,引用例4に記載された望ましい圧力の範囲0.01〜1(Pa)に完全に含まれており,範囲もほとんど同じである。 以上のとおり,本件明細書のスパッタ法による唯一の実施例が引用例4の望ましい範囲に完全に含まれており,範囲もほとんど同じである以上,少なくとも,スパッタ法については,記載不備の違法があることが明らかである。 イ 被告の主張(審理範囲)について 被告は,本件明細書にスパッタ法で成膜された薄膜の電子キャリヤ濃度に係る実験データが示されていない点は,本件審判手続において,無効理由として主張されていなかった事項であるから,取消事由として不適法である旨主張する。 しかし,原告は,審判請求書において,パルスレーザー蒸着法及びスパッタ法のいずれにおいても本件明細書の開示には問題があることを主張していた。原告の前記アの主張は,本件審決が上記主張に対し,パルスレーザー蒸着法に関する明細書の開示を根拠に記載不備はないとしたことを前提に,少なくとも,スパッタ法については記載不備である旨主張するものであるから,不適法ではない。 〔被告の主張〕 (1) 引用例4の記載と本件明細書の記載との関係 ア 引用例4における酸素分圧は,「スパッタリング法及びレーザーアブレーション法においても,基板温度を室温から300℃の範囲とし,かつ圧力(酸素分圧)を1×10-2[Pa]〜10[Pa]の範囲とすることで,非晶質の酸化物膜を形成することができる。基板温度は,好ましくは0〜150℃の範囲であり,かつ圧力は,好ましくは0.01[Pa]〜1[Pa]の範囲である。(【0030】 」 )とあるように,望ましい範囲は,0.01[Pa]〜1[Pa]の範囲である。引用例4に記載された全ての実施例(実施例1〜4)において,酸素分圧は,0.01[Pa]〜1[Pa]の範囲である。 これに対し,本件明細書は,実施例1では酸素分圧が6.5(Pa)(【0047】 ,実施例2では4.5(Pa)超( ) 【0058】 ,実施例5では酸素分圧は5 )(Pa)(【0080】)である。 以上のように,引用例4の酸素分圧は小さく,本件明細書の実施例では酸素分圧は大きい。引用例4で導電膜が得られ,本件発明1で半絶縁性が得られるという点で全く矛盾はない。 イ 原告の主張について 原告は,本件明細書の実施例3の酸素分圧の範囲が「4×10 -2Pa以上,5×10-1Pa以下」であるから,引用例4の記載と本件明細書の記載との間に矛盾がある旨主張する。 しかし,引用例4の全ての実施例では,酸素分圧は0.01[Pa]〜1[Pa]であるところ,これはパルスレーザーアブレーション法(パルスレーザー堆積法)による酸素分圧である。これに対して本件明細書の実施例3はアルゴンガスを用いた高周波スパッタ法による成膜である。本件明細書から容易に理解できるとおり,パルスレーザー堆積法よりも,高周波スパッタ法による場合のほうが,所望の特性を得るためには酸素分圧を低く設定すべきである。 酸素分圧等の設定値が製膜装置によって異なるのは当然であるところ,引用例4の実施例には,スパッタ法による成膜例が存在しないので,本件明細書の実施例3と比較すべき対象が存在しない。 したがって,本件明細書と引用例4の記載は矛盾しない。 (2) スパッタ法について ア 本件明細書には,スパッタ法で成膜された薄膜の電子キャリヤ濃度に係る実験データが示されていない。しかし,この点は,本件審判手続において,無効理由として主張されていなかった事項であるから,取消事由として主張することはできない。 イ 上記の点を措いても,スパッタ法に関しては,酸素分圧の範囲はPLD法と異なるものの,本件明細書の実施例3に記載がある(【0063】〜【0071】。 )そして,成膜方法によって薄膜の組成自体が変わるわけではないから,PLD法による薄膜の電子キャリヤ濃度に係る実験データが示されている以上,同じ真空成膜法であるスパッタ法で成膜された薄膜においても同様の結果が得られているであろうことは当業者ならば当然に認識可能である。 したがって,スパッタ法で成膜された薄膜に関して実施可能要件が欠如するということはない。 4 取消事由4(本件発明2ないし5の容易想到性及び本件発明3ないし5の実施可能要件の判断の誤り)について〔原告の主張〕 本件発明2は,本件発明1の組成のZnの一部がMgに置換されたものであり,本件発明3ないし5は,本件発明1及び2に限定を加えたものであって,本件発明1についての取消事由の内容は,本件発明2ないし5にも妥当する。 そして,本件発明1の引用発明1に基づく容易想到性,引用発明2に基づく容易想到性及び実施可能要件の判断は,前記1ないし3の〔原告の主張〕のとおり,いずれも誤りであるから,同様に,本件発明2ないし5の引用発明1に基づく容易想到性及び引用発明2に基づく容易想到性並びに本件発明3ないし5の実施可能要件の判断も,いずれも誤りである。 〔被告の主張〕 本件発明1の引用発明1に基づく容易想到性,引用発明2に基づく容易想到性及び実施可能要件の判断には,前記1ないし3の〔被告の主張〕のとおり,誤りはないから,同様に,本件発明2ないし5の引用発明1に基づく容易想到性及び引用発明2に基づく容易想到性並びに本件発明3ないし5の実施可能要件の判断に,誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 本件各発明について (1) 本件明細書等の記載 本件各発明に係る特許請求の範囲(請求項1〜5)は,前記第2の2記載のとおりであるところ,本件明細書(甲23)の発明の詳細な説明には,おおむね,次の記載がある(下記記載中に引用する図1,2及び5については,別紙本件明細書図面目録を参照。)。 ア 技術分野 【0001】本発明は,アモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法に関する。 イ 背景技術 【0002】薄膜トランジスタ(Thin Film Transistor,TFT)は,ゲート端子,ソース端子,及び,ドレイン端子を備えた3端子素子であり,基板上に成膜した半導体薄膜を,電子又はホールが移動するチャネル層として用い,ゲート端子に電圧を印加して,チャネル層に流れる電流を制御し,ソース端子とドレイン端子間の電流をスイッチングする機能を有するアクティブ素子である。TFTとして,現在,最も広く使われているのは多結晶シリコン膜又はアモルファスシリコン膜をチャネル層材料としたMetal-Insulator-Semiconductor Field Effect Transistor(MIS-FET)素子である。 【0003】また,最近では,ZnOを用いた透明伝導性酸化物多結晶薄膜をチャネル層に用いたTFTの開発が活発に行われている…。上記薄膜は,低温で成膜でき,かつ可視光に透明であるため,プラスチック板やフィルムなどの基板上にフレキシブルな透明TFTを形成することが可能である。 【0004】しかし,従来のZnOは室温で安定なアモルファス相を形成することができず,殆どのZnOは多結晶相を呈するために,多結晶粒子界面の散乱により,電子移動度を大きくすることができない。さらに,ZnOは,酸素欠陥が入りやすく,キャリア電子が多数発生し,電気伝導度を小さくすることが難しい。このために,トランジスタのオン・オフ比を大きくすることも難しい。 【0005】また,特許文献2(判決注・引用例4)には,アモルファス酸化物として,ZnxMyInzO(x+3y/2+3z/2)(式中,MはAl及びGaのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2〜12の範囲であり,比率z/yが0.4〜1.4の範囲にある。)で表される非晶質酸化物が記載されている。しかし,ここで得られている非晶質酸化物膜の電子キャリア濃度は,1018/cm3以上であり,単なる透明電極として用いるには充分であるもののTFTのチャネル層には適用し難いものであった。なぜなら,上記非晶質酸化物膜をチャネル層としたTFTでは,オン・オフ比が充分にとれず,ノーマリーオフ型のTFTにはふさわしくないことが判明したからである。 ウ 発明が解決しようとする課題 【0007】そこで,本発明は,電子キャリア濃度が低い,アモルファス酸化物薄膜の成膜方法を提供すること,更には当該アモルファス酸化物薄膜をチャネル層に用いた薄膜トランジスタを提供することを目的としている。 エ 課題を解決するための手段 【0008】本発明は,(1)結晶化したときの組成が,式InGaO 3 (ZnO)m(mは6未満の自然数)で示される酸化物薄膜のパルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法を用いる気相成膜方法において,該酸化物の多結晶をターゲットとして,基板の温度は意図的に加温しない状態で,電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に薄膜に添加せずに,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,室温での電子移動度が0.1cm2/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が10 16/cm3以下である半絶縁性である透明In-Ga-Zn-O薄膜を成膜することを特徴とするアモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法,である。 【0010】薄膜トランジスタのチャネル層としては,電子キャリア濃度が,1018/cm3未満であるアモルファス酸化物を用いることができるが,電子キャリア濃度が,1017/cm3以下が好ましく,あるいは1016/cm3以下のアモルファス酸化物であることがさらに好ましい。また,本発明の方法により,電子キャリア濃度が増加すると共に,電子移動度が増加することを特徴とするアモルファス酸化物を成膜できる。また,本発明の方法により,縮退伝導を示すアモルファス酸化物を成膜できる。なお,ここでの縮退伝導とは,電気抵抗の温度依存性における熱活性化エネルギーが,30meV以下の状態をいう。 【0014】本発明の方法により,上記アモルファス酸化物をチャネル層に用いた電界効果型トランジスタを製作できる。前記電界効果型トランジスタは,Al2O3 ,Y2O3,又はHfO2の1種,又はそれらの化合物を少なくとも二種含む混晶化合物をゲート絶縁層とすることができる。 【0018】本発明の成膜方法で得られるアモルファス酸化物をチャネル層に用いた薄膜トランジスタは,ソース電極,ドレイン電極,ゲート電極,ゲート絶縁膜,及びチャネル層を備え,前記チャネル層に,電子キャリア濃度が1016/cm3以下であるアモルファス酸化物が用いられている。 【0020】また,本発明の方法により,薄膜トランジスタに,前記アモルファス酸化物として,電子キャリア濃度が増加すると共に,電子移動度が増加する材料を用いることができる。 【0021】本発明によれば,電子キャリア濃度が低い,アモルファス酸化物が提供できるとともに,それをチャネル層に用いた薄膜トランジスタの提供が可能となる。 オ 実施例 (ア) 実施例1(PLD法によるアモルファスIn-Ga-Zn-O薄膜の作製) 【0044】図7に示すようなPLD成膜装置を用いて,成膜を行った。同図において,701はRP(ロータリーポンプ),702はTMP(ターボ分子ポンプ),703は準備室,704はRHEED用電子銃,705は基板を回転,上下移動するための基板保持手段,706はレーザー入射窓,707は基板,708はターゲット,709はラジカル源,710はガス導入口,711はターゲットを回転,上下移動するためのターゲット保持手段,712はバイパスライン,713はメインライン,714はTMP(ターボ分子ポンプ),715はRP(ロータリーポンプ),716はチタンゲッターポンプ,717はシャッターである。また,図中718はIG(イオン真空計),719はPG(ピラニ真空計),720はBG(バラトロン真空計),721は成長室(チャンバー)である。 【0045】KrFエキシマレーザーを用いたパルスレーザー蒸着法により,SiO2ガラス基板(コーニング社製1737)上にIn-Ga-Zn-O系アモルファス酸化物半導体薄膜を堆積させた。堆積前の処理として,基板の超音波による脱脂洗浄を,アセトン,エタノール, 超純水を用いて,各5分間行った後,空気中100℃で乾燥させた。 【0046】前記多結晶ターゲットには,InGaO3(ZnO)4焼結体ターゲット(サイズ20mmΦ5mmt)を用いた。これは,出発原料として,In2O3:Ga 2 O 3 :ZnO(各4N試薬)を湿式混合した後(溶媒:エタノール),仮焼(1000℃:2h),乾式粉砕,本焼結(1550℃:2h))を経て得られるものである。こうして作製したターゲットの電気伝導度は,90(S/cm)であった。 【0047】成長室の到達真空を2×10-6(Pa)にして,成長中の酸素分圧を6.5(Pa)に制御して成膜を行った。チャンバー721内酸素分圧は6.5Pa,基板温度は25℃である。なお,ターゲット708と被成膜基板707間の距離は,30(mm)であり,入射窓716から入射されるKrFエキシマレーザーのパワーは,1.5-3(mJ/cm2/pulse)の範囲である。また,パルス幅は,20(nsec),繰り返し周波数は10(Hz),そして照射スポット径は,1×1(mm角)とした。こうして,成膜レート7(nm/min)で成膜を行った。 【0048】得られた薄膜について,薄膜のすれすれ入射X線回折(薄膜法,入射角0.5度)を行ったところ,明瞭な回折ピークは認められなかったことから,作製したIn-Ga-Zn-O系薄膜はアモルファスであるといえる。さらに,X線反射率測定を行い,パターンの解析を行った結果,薄膜の平均二乗粗さ(Rrms)は約0.5nmであり,膜厚は約120nmであることが分かった。蛍光X線(XRF)分析の結果,薄膜の金属組成比はIn:Ga:Zn=0.98:1.02:4であった。電気伝導度は,約10-2S/cm未満であった。電子キャリア濃度は約1016/cm3以下,電子移動度は約5cm2/(V・秒)と推定される。 【0049】光吸収スペクトルの解析から,作製したアモルファス薄膜の禁制帯エネルギー幅は,約3eVと求まった。以上のことから,作製したIn-Ga-Zn-O系薄膜は,結晶のInGaO3(ZnO)4の組成に近いアモルファス相を呈しており,酸素欠損が少なく,電気伝導度が小さな透明な平坦薄膜であることが分かった。 【0050】具体的に図1を用いて説明する。同図は,In-Ga-Zn-Oから構成され,結晶状態を仮定した時の組成がInGaO3(ZnO)m(mは6未満の数)で表される透明アモルファス酸化物薄膜を本実施例と同じ条件下で作成する場合に,酸素分圧を変化させた場合に,成膜された酸化物の電子キャリア濃度の変化を示したものである。 【0051】本実施例と同じ条件下で酸素分圧を4.5Pa超の高い雰囲気中で,成膜することにより,図1に示すように,電子キャリア濃度を1018/cm3未満に低下させることができた。この場合,基板の温度は意図的に加温しない状態で,ほぼ室温に維持されている。フレキシブルなプラスチックフィルムを基板として使用するには,基板温度は100℃未満に保つことが好ましい。 【0052】酸素分圧をさらに大きくすると,電子キャリア濃度をさらに低下させることができる。例えば,図1に示す様に,基板温度25℃,酸素分圧5Paで成膜したInGaO3(ZnO)4薄膜では,さらに,電子キャリア濃度を10 16/cm3に低下させることができた。 【0053】得られた薄膜は,図2に示す様に,電子移動度が1cm 2 /(V・秒)超であった。しかし,本実施例のパルスレーザー蒸着法では,酸素分圧を6.5Pa以上にすると,堆積した膜の表面が凸凹となり,TFTのチャネル層として用いることが困難となる。従って,酸素分圧を望ましくは5Pa超,6.5Pa未満の雰囲気で,パルスレーザー蒸着法で作製したIn-Ga-Zn-Oから構成され,結晶状態における組成InGaO 3(ZnO)m(mは6未満の数)で表される透明アモルファス酸化物薄膜を用いれば,ノーマリーオフのトランジスタを構成することができる。 【0054】また,該薄膜の電子移動度は,1cm2/V・秒超が得られ,オン・オフ比を103超に大きくすることができた。以上,説明したように,本実施例に示した条件下でPLD法によりInGaZn酸化物の成膜を行う場合は,酸素分圧を5Pa以上6.5Pa未満になるように制御することが望ましい。なお,電子キャリア濃度を1016/cm3を実現するためには,酸素分圧の条件,成膜装置の構成や,成膜する材料や組成などに依存する。 (イ) 実施例2(PLD法によるアモルファスInGaO3(ZnO)及びInGaO3(ZnO)4酸化物膜の成膜) 【0055】KrFエキシマレーザーを用いたPLD法により,InGaO3(ZnO)及びInGaO3(ZnO)4組成を有する多結晶焼結体をそれぞれターゲットとして,ガラス基板(コーニング社製1737)上にIn-Zn-Ga-O系アモルファス酸化物膜を堆積させた。PLD成膜装置は,実施例1で示したものを用い,成膜条件は上記と同様とした。基板温度は25℃で成膜を行った。 【0056】得られた膜に関し,膜面にすれすれ入射X線回折(薄膜法,入射角0.5度)を行ったところ,明瞭な回折ピークは検出されず,2種類のターゲットから作製したIn-Zn-Ga-O系膜は,いずれもアモルファス膜であることが示された。 【0057】さらに,ガラス基板上のIn-Zn-Ga-O系アモルファス酸化物膜のX線反射率測定を行い,パターンの解析を行った結果,薄膜の平均二乗粗さ(Rrms)は約0.5nmであり,膜厚は約120nmであることが分かった。 蛍光X線(XRF)分析の結果,InGaO3(ZnO)組成を有する多結晶焼結体をターゲットとして得られた膜の金属原子組成比はIn:Ga:Zn=1.1:1.1:0.9であった。また,InGaO3(ZnO)4組成を有する多結晶焼結体をターゲットとして得られた膜の金属原子組成比は,In:Ga:Zn=0.98:1.02:4であった。 【0058】成膜時の雰囲気の酸素分圧を変化させ,InGaO3(ZnO)4組成を有する多結晶焼結体をターゲットとして得られたアモルファス酸化物膜の電子キャリア濃度を測定した。その結果を図1に示す。酸素分圧が4.5Pa超の雰囲気中で成膜することにより,電子キャリア濃度を1018/cm3未満に低下させることができた。この場合,基板の温度は意図的に加温しない状態でほぼ室温に維持されている。また,酸素分圧が6.5Pa未満の時は,得られたアモルファス酸化物膜の表面は平坦であった。 【0059】酸素分圧が5Paの時,InGaO3(ZnO)4組成を有する多結晶焼結体をターゲットとして得られたアモルファス酸化膜の電子キャリア濃度は1016/cm3,電気伝導度は,10-2 S/cmであった。また,電子移動度は,約5cm2/V・秒と推測された。光吸収スペクトルの解析から,作製したアモルファス酸化物膜の禁制帯エネルギー幅は,約3eVと求まった。酸素分圧を5Paからさらに大きくすると,電子キャリア濃度を1016/cm3よりもさらに低下させることができた。 【0060】図1に示す様に,基板温度25℃,酸素分圧6Paで成膜したIn-Zn-Ga-O系アモルファス酸化物膜では,電子キャリア濃度を8×10 15/cm3(電気伝導度:約8×10-3S/cm)に低下させることができた。得られた膜は,電子移動度が1cm2/(V・秒)超と推測された。しかし,PLD法では,酸素分圧を6.5Pa以上にすると,堆積した膜の表面が凸凹となり,TFTのチャネル層として用いることが困難となった。 【0061】InGaO 3(ZnO)4組成を有する多結晶焼結体をターゲットとし,異なる酸素分圧で成膜したIn-Zn-Ga-O系アモルファス酸化物膜に関して,電子キャリア濃度と電子移動度の関係を調べた。その結果を図2に示す。電子キャリア濃度が,1016/cm3から1020/cm3に増加すると,電子移動度は,約3cm2/(V・秒)から約11cm 2/(V・秒)に増加することが示された。 また,InGaO3(ZnO)組成を有する多結晶焼結体をターゲットとして得られたアモルファス酸化膜に関しても,同様の傾向が見られた。 (ウ) 実施例3(SP法によるIn-Zn-Ga-O系アモルファス酸化物膜の成膜) 【0063】雰囲気ガスとしてアルゴンガスを用いた高周波SP法により,成膜する場合について説明する。SP法は,図8に示す装置を用いて行った。同図において,807は被成膜基板,808はターゲット,805は冷却機構付き基板保持手段,814は,ターボ分子ポンプ,815はロータリーポンプ,817はシャッター,818はイオン真空計,819はピラニ真空計,821は成長室(チャンバー),830はゲートバルブである。被成膜基板807としては,SiO2ガラス基板(コーニング社製1737)を用意した。成膜前処理として,この基板の超音波脱脂洗浄を,アセトン,エタノール,超純水により各5分ずつ行った後,空気中100℃で乾燥させた。 【0064】ターゲット材料としては,InGaO3(ZnO)4組成を有する多結晶焼結体(サイズ20mmΦ5mmt)を用いた。この焼結体は,出発原料として,In2O3:Ga2O3:ZnO(各4N試薬)を湿式混合(溶媒:エタノール)し,仮焼(1000℃:2h),乾式粉砕,本焼結(1550℃:2h)を経て作製した。このターゲット808の電気伝導度は90(S/cm)であり,半絶縁体状態であった。 【0065】成長室821内の到達真空は,1×10-4(Pa)であり,成長中の酸素ガスとアルゴンガスの全圧は,4〜0.1x10-1(Pa)の範囲での一定の値とし,アルゴンガスと酸素との分圧比を変えて,酸素分圧を,10-3〜2x10-1(Pa)の範囲で変化させた。また,基板温度は,室温とし,ターゲット808と被成膜基板807間の距離は,30(mm)であった。投入電力は,RF180Wであり,成膜レートは,10(nm/min)で行った。 【0066】得られた膜に関し,膜面にすれすれ入射X線回折(薄膜法,入射角=0.5度)を行ったところ,明瞭な回折ピークは検出されず,作製したIn-Zn-Ga-O系膜はアモルファス膜であることが示された。さらに,X線反射率測定を行い,パターンの解析を行った結果,薄膜の平均二乗粗さ(Rrms)は約0.5nmであり,膜厚は約120nmであることが分かった。蛍光X線(XRF)分析の結果,薄膜の金属組成比はIn:Ga:Zn=0.98:1.02:4であった。 【0067】成膜時の雰囲気の酸素分圧を変化させて得られたアモルファス酸化物膜の電気伝導度を測定した。その結果を図3に示す。図3に示すように,酸素分圧を4×10-2Pa超の高い雰囲気中で,成膜することにより,電気伝導度を10-2S/cm未満に低下させることができた。 【0068】酸素分圧をさらに大きくすることにより,電子キャリア濃度を低下させることができた。例えば,図3に示す様に,基板温度25℃,酸素分圧10-1Paで成膜したInGaO3(ZnO)4薄膜では,さらに,電気伝導度を約10-10S/cmに低下させることができた。また,酸素分圧10-1Pa超で成膜したInGaO3(ZnO)4薄膜は,電気抵抗が高すぎて電気伝導度は測定できなかった。 この場合,電子移動度は測定できなかったが,電子キャリア濃度が大きな膜での値から外挿して,電子移動度は,約1cm2/V・秒と推定された。 【0069】すなわち,酸素分圧4×10-2Pa超,望ましくは5×10-1Pa以下のアルゴンガス雰囲気で,スパッタ蒸着法で作製したIn-Ga-Zn-Oから構成され,結晶状態における組成InGaO3(ZnO)m(mは6未満の自然数)で表される透明アモルファス酸化物薄膜を用い,ノーマリーオフで,かつオン・オフ比を103超のトランジスタを構成することができた。 【0070】本実施例で示した装置,材料を用いる場合は,スパッタによる成膜の際の酸素分圧としては,例えば,4×10-2Pa以上,5×10-1Pa以下の範囲である。なお,パルスレーザー蒸着法およびスパッタ法で作成された薄膜では,図2に示す様に,伝導電子数の増加と共に,電子移動度が増加する。 【0071】上記のとおり,酸素分圧を制御することにより,酸素欠陥を低減でき,その結果,電子キャリア濃度を減少できる。また,アモルファス状態では,多結晶状態とは異なり,本質的に粒子界面が存在しないために,高電子移動度のアモルファス薄膜を得ることができる。… (エ) 実施例5(PLD法によるIn-Zn-Ga-O系アモルファス酸化物膜を用いたTFT素子の作製(ガラス基板)) 【0080】図5に示すトップゲート型TFT素子を作製した。まず,ガラス基板(1)上に,InGaO3(ZnO)4組成を有する多結晶焼結体をターゲットとし,酸素分圧5Paの条件で,実施例1のIn-Ga-Zn-O系アモルファス酸化物膜の作製法により,チャンネル層(2)として用いる厚さ120nmのIn-Ga-Zn-O系アモルファス膜を形成した。 【0083】(TFT素子の特性評価)…ドレイン電圧VDSの増加に伴い,ドレイン電流IDSが増加したことからチャネルがn型伝導であることが分かる。これは,アモルファスIn-Ga-Zn-O系アモルファス酸化物膜がn型伝導体であるという事実と矛盾しない。IDSはVDS=6V程度で飽和(ピンチオフ)する典型的な半導体トランジスタの挙動を示した。…トランジスタのオン・オフ比は,103超であった。また,出力特性から電界効果移動度を算出したところ,飽和領域において約7cm2(Vs)-1の電界効果移動度が得られた。 【0085】本実施例によれば,電子キャリア濃度が小さく,したがって,電気抵抗が高く,かつ電子移動度が大きいチャネル層を有する薄膜トランジスタを実現できる。なお,上記したアモルファス酸化物は,電子キャリア濃度の増加と共に,電子移動度が増加し,さらに縮退伝導を示すという優れた特性を備えていた。本実施例では,ガラス基板上に薄膜トランジスタを作製したが,成膜自体が室温で行えるので,プラスチック板やフィルムなどの基板が使用可能である。また,本実施例で得られたアモルファス酸化物は,可視光の光吸収が殆どなく,透明なフレキシブルTFTを実現できる。 カ 産業上の利用可能性 【0093】本発明の成膜方法に係るアモルファス酸化物は,薄膜トランジスタなどの半導体デバイスに利用できる。そして,この薄膜トランジスタは,例えば,LCDや有機ELディスプレイのスイッチング素子として応用することができ,フレキシブル・ディスプレイをはじめ,シースルー型のディスプレイ,ICカードやIDタグなどに幅広く応用できる。 キ 図面の簡単な説明【0094】 【図1】第1図は,パルスレーザー蒸着法で成膜したIn-Ga-Zn-O系アモルファス酸化物の電子キャリア濃度と成膜中の酸素分圧の関係を示すグラフである。 【図2】第2図は,パルスレーザー蒸着法で成膜したIn-Ga-Zn-O系アモルファス酸化物膜の電子キャリアの濃度と電子移動度の関係を示すグラフである。 (2) 前記(1)の記載によれば,本件明細書には,本件各発明に関し,以下の点が開示されているものと認められる。 ア 本件各発明は,アモルファス酸化物薄膜の気相成膜方法に関する(【0001】)。 薄膜トランジスタ(TFT)は,基板上に成膜した半導体薄膜を,電子又はホールが移動するチャネル層として用い,ゲート端子に電圧を印加して,チャネル層に流れる電流を制御し,ソース端子とドレイン端子間の電流をスイッチングする機能を有するアクティブ素子である(【0002】)。最近,ZnOを用いた透明伝導性酸化物多結晶薄膜をチャネル層に用いたTFTの開発が活発に行われているが,従来のZnOは室温で安定なアモルファス相を形成することができず,そのほとんどが多結晶相を呈するため,多結晶粒子界面の散乱により,電子移動度を大きくすることができず,さらに,ZnOは酸素欠陥が入りやすく,キャリヤ電子が多数発生して電気伝導度を小さくすることが難しいため,トランジスタのオン・オフ比を大きくすることが難しいという問題があった(【0003】,【0004】)。また,引用例4には,アモルファス酸化物として,ZnxMyInzO(x+3y/2+3z/2)(式中,MはAl及びGaのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2〜12の範囲であり,比率z/yが0.4〜1.4の範囲にある。)で表される非晶質酸化物が記載されているが,ここで得られている非晶質酸化物膜の電子キャリヤ濃度は,1018/cm3以上であり,単なる透明電極として用いるには充分であるものの,オン・オフ比が充分にとれないため,TFTのチャネル層には適用し難いものであった(【0005】)。 イ 本件各発明は,前記アの問題に鑑み,電子キャリヤ濃度が低い,アモルファス酸化物薄膜の成膜方法を提供すること,更には,当該アモルファス酸化物薄膜をチャネル層に用いた薄膜トランジスタを提供することを目的とし(【0007】),かかる課題の解決手段として,特許請求の範囲の請求項1ないし5に記載の方法を採用したものである。 このうち,本件発明1(請求項1)は,アモルファス酸化物薄膜をパルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法を用いて気相成膜する方法であって,@In-Ga-Zn-Oで構成され,その組成がInGaO 3 (ZnO) m (mは6未満の自然数)で表される酸化物の多結晶をターゲットとして用い,A基板の温度を意図的に加温せず,B電気抵抗を高めるための不純物イオンを意図的に添加せず,酸素ガスを含む雰囲気中で成膜し,C酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下となるように酸素分圧の大きさを制御することにより,薄膜を形成し,D当該方法を用いた結果得られるアモルファス酸化物の薄膜が,室温での電子移動度が0.1cm2/(V・秒)以上で,かつ電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下である,透明で半絶縁性のIn-Ga-Zn-O薄膜である,というものである(【0008】)。 ウ 薄膜トランジスタのチャネル層としては,電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下のアモルファス酸化物であることが好ましいところ,本件各発明の方法によれば,電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下であり,電子キャリヤ濃度が増加するとともに電子移動度が増加するという特徴を持ち,縮退伝導を示すアモルファス酸化物を成膜することができ,これをチャネル層に用いた電界効果型薄膜トランジスタを製作することができる(【0010】,【0014】,【0018】,【0020】,【0021】)。 2 取消事由1(本件発明1の引用発明1に基づく容易想到性判断の誤り)について (1) 引用例1の記載 引用例1(甲1)には,次のような記載がある(図1及び2については,別紙引用例1図面目録を参照。)。 ア 特許請求の範囲 【請求項1】ゲート電極とゲート絶縁膜とソース電極とドレイン電極と半導体層とを有する薄膜トランジスタにおいて,前記半導体層の伝導帯と価電子帯とのエネルギバンドギャップが3eV以上で,前記半導体層を透光性膜としたことを特徴とする薄膜トランジスタ。 【請求項2】ゲート電極とゲート絶縁膜とソース電極とドレイン電極と半導体層とを有する薄膜トランジスタにおいて,前記半導体層のキャリア濃度が10 18個・cm-3以下で,かつ前記半導体層を透光性膜としたことを特徴とする薄膜トランジスタ。 イ 発明の詳細な説明 (ア) 産業上の利用分野 【0001】本発明は,光電変換素子及び発光素子を駆動する薄膜トランジスタに係り,特に光に影響されず,素子特性を向上できる薄膜トランジスタに関する。 (イ) 従来の技術 【0003】…逆スタガ型の薄膜トランジスタ(TFT)は,ガラス等の基板20上にゲート電極21としてのクロム(Cr1)層,ゲート絶縁層22としてのシリコン窒化膜(SiNx),半導体活性層23としての水素化アモルファスシリコン(a-Si:H)層,ゲート電極21に対向するよう設けられたチャネル保護層24としてのシリコン窒化膜(SiNx),オーミックコンタクト層25としてのn+型水素化アモルファスシリコン(n+ a-Si:H)層,ソース電極26及びドレイン電極27としてのクロム(Cr2)層,その上に層間絶縁層29としてのポリイミド層,更に,その上に配線層30又はチャネル保護層24の上部においてはa-Si:H層の遮光用としてのアルミニウム(Al)の遮光層28とを順次積層した構造となっている…。 (ウ) 発明が解決しようとする課題 【0004】しかしながら,上記従来の薄膜トランジスタにおいては,半導体活性層にアモルファスシリコンを用いていることから,半導体活性層に光が当たると導電性を持ってスイッチング素子の特性が劣化するという問題点があった。 【0005】そのために,半導体活性層に光が当たらないように遮光層を設ける方法があり,例えば,遮光層としては金属薄膜が用いられていた。しかしながら,遮光層を設けると工程が増えるだけでなく浮遊電位を持つこととなるので,遮光層をグランドレベルにする必要があり,その場合にも,寄生容量が発生するという問題点があった。 【0006】また,薄膜トランジスタを光電変換素子又は発光素子との積層構造にする場合には,…従来の積層型のものであれば,ソース電極26及びドレイン電極27が金属電極であり,単位画素内でTFTが占める割合が増大し,当然ながら開口率(単位画素内における光電変換素子の受光エリアが占める割合)の低下を招き,感度が低下するという問題点もあった。 【0007】本発明は上記実情に鑑みて為されたもので,半導体層としてアモルファスシリコンよりバンドギャップの大きい透明材質の半導体を使うことで光に影響されず,更に開口率を増大させることができる薄膜トランジスタを提供することを目的とする。 (エ) 課題を解決するための手段 【0008】上記従来例の問題点を解決するための請求項1記載の発明は,ゲート電極とゲート絶縁膜とソース電極とドレイン電極と半導体層とを有する薄膜トランジスタにおいて,前記半導体層の伝導帯と価電子帯とのエネルギバンドギャップが3eV以上で,前記半導体層を透光性膜としたことを特徴としている。 【0009】上記従来例の問題点を解決するための請求項2記載の発明は,ゲート電極とゲート絶縁膜とソース電極とドレイン電極と半導体層とを有する薄膜トランジスタにおいて,前記半導体層のキャリア濃度が10 18個・cm-3以下で,かつ前記半導体層を透光性膜としたことを特徴としている。 (オ) 作用 【0010】請求項1記載の発明によれば,半導体層の伝導帯と価電子帯とのエネルギバンドギャップが3eV以上で,半導体層を透光性膜とした薄膜トランジスタとしているので,光が透過した場合でも導電性が変化しにくくなる。 【0011】請求項2記載の発明によれば,半導体層のキャリア濃度が10 18個・cm-3以下で,かつ半導体層を透光性膜としているので,抵抗率が高くなり,光が透過した場合でも導電性が変化しにくい薄膜トランジスタとすることができる。 (カ) 実施例 【0013】図1に示すように,実施例1の薄膜トランジスタは,ガラス等の透明絶縁性の基板1と,基板1上に形成されたCr等のゲート電極2と,ゲート電極2を覆うように形成された窒化シリコン(SiNx)等のゲート絶縁層3と,ゲート絶縁層3上に酸素濃度を調製して形成された酸化インジィウム・スズ(ITO)等の半導体活性層8とが積層され,更に半導体活性層8上には窒化シリコン等のチャネル保護層5が形成され,Cr等のソース電極7及びドレイン電極6とがチャネル保護層5の一部を覆うよう形成される構成となっている。 【0015】次に,ゲート絶縁層3として窒化シリコンをプラズマCVD法で2500オングストローム程度着膜する。そして,膜中の酸素濃度を調整し,半導体活性層8となるITO膜をスパッタリングにより500オングストローム程度着膜する。 【0016】具体的には,着膜時の酸素ガス濃度を1%以上にしてスパッタリングを行うことで実現することができる。このとき,ITO膜のキャリア濃度が1018個・cm-3以下となれば,縮退が解け半導体としてのITO膜(半導体活性層8)が実現される。 【0019】一般にITOなどの酸化物の透明導電膜は,膜中の酸素量を変化させることにより膜の導電率を変化させることができるものである。これは,化学量論的組成からのずれ(酸素欠損)によりキャリアが発生していることによる。 【0020】ITO(Indium Tin Oxide)膜の電気抵抗率のスパッタ時での酸素濃度依存性は,図2に示すような特性をもっているので,Arガスと酸素ガスとを用いた反応性スパッタリングにおいて,酸素ガスの割合(O2/Ar+O2)を1%以上にすれば,ITO膜における電気抵抗率(ρ[Ω・cm])を増加させることができ,ITO膜の導電性を低下するように制御できるものである。 【0021】また,光が当っても導電性が変化しないエネルギバンドギャップの大きい半導体を半導体活性層8として用いる必要があるので,半導体活性層の伝導帯と価電子帯とのエネルギバンドギャップが3eV以上であることが望ましい。従来のa-Siの半導体層ではエネルギバンドギャップが1.7〜1.8eV程度であったが,本実施例で製造されるITO膜の半導体層ではエネルギバンドギャップが3eV以上とすることができる。 【0022】実施例1の薄膜トランジスタによれば,従来透明電極として用いられていたITO膜の膜中の酸素量を増加させることにより,膜中のキャリア濃度を1018個・cm-3以下に制御して導電性を低下させ,半導体活性層8にITO膜を使用することで,光に影響されず,素子特性を向上できる効果がある。 (キ) 発明の効果 【0036】請求項1記載の発明によれば,半導体層の伝導帯と価電子帯とのエネルギバンドギャップが3eV以上で,半導体層を透光性膜とした薄膜トランジスタとしているので,光が透過した場合でも導電性が変化しにくくなり,素子特性を向上できる効果がある。 【0037】請求項2記載の発明によれば,半導体層のキャリア濃度が10 18個・cm-3以下で,かつ半導体層を透光性膜としているので,抵抗率が高くなり,光が透過した場合でも導電性が変化しにくい薄膜トランジスタとすることができ,素子特性を向上できる効果がある。 (2) 取消事由1-1(引用発明1の認定の誤り)について ア 前記(1)の記載によれば,引用例1には,前記第2の3(2)アのとおりの引用発明1が記載されているものと認められ,引用発明1に関し,以下の点が開示されているものと認められる。 (ア) 引用発明1は,光電変換素子及び発光素子を駆動する薄膜トランジスタであって,特に,光に影響されず,素子特性を向上できる薄膜トランジスタに関する(【0001】)。 従来の薄膜トランジスタにおいては,半導体活性層にアモルファスシリコンを用いていることから,半導体活性層に光が当たると導電性を持ってスイッチング素子の特性が劣化するという問題点があった(【0003】〜【0005】)。また,薄膜トランジスタを光電変換素子又は発光素子との積層構造にする場合には,ソ-ス電極及びドレイン電極が金属電極であり,単位画素内でTFTが占める割合が増大し,開口率の低下を招き,感度が低下するという問題点もあった(【0006】)。 (イ) 引用発明1は,前記(ア)の問題点に鑑み,半導体層としてアモルファスシリコンよりバンドギャップの大きい透明材質の半導体を使うことで光に影響されず,更に開口率を増大させることができる薄膜トランジスタを提供することを目的とする(【0007】)。 (ウ) 本件審決が認定した引用発明1は,引用例1に実施例1として記載された発明に基づく(【0013】,【0015】,【0016】,【0019】〜【0022】)。 (エ) 引用発明1によれば,半導体層のキャリヤ濃度が1018個・cm-3以下で,かつ半導体層を透光性膜としているので,抵抗率が高くなり,光が透過した場合でも導電性が変化しにくい薄膜トランジスタとすることができ,素子特性を向上できる効果がある(【0010】,【0011】,【0036】,【0037】)。 イ 原告の主張について (ア) 原告は,引用例1ではITOを例に説明しているが,請求項1及び2が組成を限定していないことからも明らかなとおり,引用例1に記載された発明は,ITOに限定されるものではなく(【0016】,【0019】,【0021】,図2),また,引用例1には,請求項1及び2をITO以外の酸化物に適用することの妨げとなるような記載も存在しないから,引用例1には,ITOに限られない酸化物薄膜に関するより上位の発明,すなわち,原告主張の引用発明1が記載されている旨主張する。 しかし,請求項1及び2の記載は,薄膜トランジスタの半導体層の組成を限定するものではないものの,請求項1には,半導体層の伝導帯と価電子帯とのエネルギバンドギャップが3eV以上で,前記半導体層を透光性膜としたことを特徴とする薄膜トランジスタが,請求項2には,半導体層のキャリヤ濃度が1018個・cm-3以下で,かつ前記半導体層を透光性膜としたことを特徴とする薄膜トランジスタが,それぞれ記載されているにすぎず,特定の金属元素を含む,エネルギバンドギャップが3eV以上であって,かつ電子キャリヤ濃度が10 18個・cm-3以下である透明半導体酸化物薄膜の成膜方法を記載するものではない。そして,【0019】の記載も,ITOなどの酸化物の透明導電膜について,酸素量を変化させることにより膜の導電率を変化させるという方法及びその原理を,一般論として説明するものにすぎず,特定の電子キャリヤ濃度(1018/cm3以下)を有し,かつ特定のバンドギャップエネルギー(3eV以上)を有する,半導体である酸化物薄膜の成膜方法について開示するものではない。さらに,【0016】は,実施例1について,半導体活性層8となるITO膜を着膜させる成膜方法を記載したものであって,ITO膜以外の酸化物薄膜の成膜方法を記載したものではないし,図2も「ITO膜の抵抗率のスパッタ時の酸素濃度依存度を示す図」であって,ITO膜以外の酸化物薄膜について,抵抗率のスパッタ時の酸素濃度依存度を示すものではない。 そして,酸素量を変化させることによりどの程度キャリヤ濃度を低下させることができるか,導電率を変化させた膜が半導体活性層として機能するかは酸化物の種類により異なるものではなく,ITO膜以外の酸化物薄膜についてもITO膜と同一の性質を示すということが,当業者の技術常識であったことを認めるに足りる証拠はない。 したがって,引用例1に,ITO膜について,酸素ガスを含む雰囲気中で基板上に薄膜を堆積させる際に,成膜した薄膜の電子キャリヤ濃度が1018/cm3以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御することによって,電子キャリヤ濃度が1018 /cm 3 以下である半導体であるバンドギャップエネルギーが大きな(3eV以上)の透明酸化物薄膜を成膜する方法が開示されているからといって(【0013】,【0015】,【0016】,【0019】〜【0022】),ITO膜以外の酸化物薄膜についても同一のことが開示されているなどということはできない。 以上によれば,原告の上記主張は,理由がない。 (イ) 原告は,ITOに限られない酸化物薄膜に関する原告主張の引用発明1が記載されていないというのであれば,本件審決においてこれを否定する理由を示す必要があるにもかかわらず,本件審決は,ITOに限定された発明を認定しながら,引用例1にはこのような限定された発明のみが記載されているとする根拠を何ら示していないから,判断遺脱の違法がある旨主張する。 審判請求書(甲27)によれば,原告は,本件発明1の無効理由として,本件発明1は引用例1及び引用例4ないし11に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであることを主張し,引用例1に記載された発明としては,引用例1の【0007】,【0008】,【0010】,【0015】,【0019】及び【0020】を引用し,原告主張の引用発明1と同旨を主張したことが認められる。一方,別紙審決書によれば,本件審決が認定した引用発明1は,引用例1に実施例1として記載された発明に基づくものであり,原告主張の引用発明1とは異なるところ,本件審決は,原告主張の引用発明1を認定しなかった理由を明示的に記載していない。 ところで,特許無効審判の請求書に記載すべき「請求の理由」は,特許を無効にする根拠となる事実を具体的に特定し,かつ,立証を要する事実ごとに証拠との関係を記載したものでなければならないところ(特許法131条1項3号,2項),審判合議体の判断は,当事者が申し立てた理由について審理するものである限り,引用例に記載された発明の内容の特定や当該特許発明の構成に到達することが容易であるとの理解を裏付けるための過程に係る当事者の主張に拘束されるものではない(同法153条1項,2項参照)。 しかし,特許法157条2項4号が審決をする場合には審決書に理由を記載すべき旨定めている趣旨は,審判官の判断の慎重,合理性を担保しその恣意を抑制して審決の公正を保障すること,当事者が審決に対する取消訴訟を提起するかどうかを考慮するのに便宜を与えること及び審決の適否に関する裁判所の審査の対象を明確にすることにあるというべきであり(最高裁昭和54年(行ツ)第134号同59年3月13日第三小法廷判決・裁判集民事141号339頁),上記趣旨に照らせば,引用例に記載された発明の内容の特定等に係る当事者の主張を採用しないときは,その理由を明示することが好ましいというべきである。 そうすると,この点において,本件審決は,措辞必ずしも適切とはいえない。もっとも,前記(ア)のとおり,引用例1に原告主張の引用発明1が記載されているということはできないところ,本件審決には,原告の無効審判請求が成り立たないとの結論とともに,その理由として,引用例1の記載から前記第2の3(2)アのとおりの引用発明1を認定した上で,本件発明1と引用発明1とを対比し,両者の相違点についての容易想到性に係る判断が,証拠による認定事実に基づき明示されているから,判断遺脱があるということはできないし,取り消すべき違法があるということもできない。 (3) 取消事由1-2(一致点及び相違点の認定の誤り)について 原告は,本件審決における引用発明1の認定が誤りであることを前提に,本件発明1との一致点及び相違点の認定も誤りである旨主張する。 しかし,前記(2)のとおり,本件審決における引用発明1の認定に誤りはないから,原告の上記主張は,理由がない。 (4) 取消事由1-3(相違点の容易想到性判断の誤り)について ア 時機に後れた攻撃防御方法の主張について 被告は,本件審決における相違点1-1に係る容易想到性の判断が誤りである旨の原告の主張は,民事訴訟法157条によって却下されるべきである旨主張する。 原告は,平成28年3月4日付け「準備書面(原告その2)」において,「原告としては,審決による引用発明の認定は誤っており,これに伴い「相違点の認定」も誤っていると主張するものであるが,仮に,審決による引用発明の認定を前提とした相違点1-1の認定を前提としても,原告書面1に記載した原告の主張は妥当する。」旨明示的に主張した(同準備書面5頁)。しかし,原告の上記主張は,引用例1に記載された発明として,原告主張の引用発明1のとおり認定されない場合に備え,予備的に,本件審決における引用発明1の認定を前提とした相違点1-1の容易想到性の判断の誤りを主張するものであって,しかも,その内容も当初から主張していたもの(相違点AないしCに係る容易想到性の判断の誤り)と実質的に異ならないことに鑑みれば,原告の上記主張が,訴訟の完結を遅延させるものであるということはできない。 したがって,上記主張を却下しない。 イ 引用例等の記載 引用例等には,次のような記載がある。 (ア) 引用例4の記載(甲4) a 「透明導電性酸化物薄膜を有する物品及びその製造方法」 (【発明の名称】) b 「本発明の物品の第1の態様は,基材の少なくとも一方の表面の少なくとも一部に,一般式ZnxMyInzO(x+3y/2+3z/2)(式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうち少なくとも一つの元素であり,比率x/yが0.2〜12の範囲であり,比率z/yが0.4〜1.4の範囲にある)で表される非晶質酸化物を含有する膜を有することを特徴とする。」(【0009】) c 「本発明の製造方法においては,例えば,ターゲットとしてIn:Ga:Zn=1:1:1の焼結体を用いた場合,6.2×10 -3[Ωcm]の薄膜を容易に得ることができる。この場合,高導電性の主因は非晶質物質にも関わらず移動度が10以上と高い値を示すことによる。また,ターゲットとしてZn成分を増加させたホモロガスIGZO InGaO3(ZnO)m(m:2以上の整数)の焼結体を用いた場合,4.3×10 -3[Ωcm]の抵抗率を有する薄膜を容易に得ることができる。」(【0034】) d 「1.ターゲットの作成 In2O3,Ga2O3,ZnOの各粉末を,含有金属の比率がそれぞれ1になるように秤量した。秤量した粉末を,遊星ボールミル装置で湿式混合。1000℃で5時間仮焼した後,再び遊星ボールミルで解砕処理した。この粉体を一軸加圧で直径20mmの円板状に成形の後CIPをかけた。大気下,1550℃で2時間焼成して焼結体を得た。XRDによりInGaZnO4で表される酸化物が生成していることを確認した。」(【0040】) e 「ホモロガスInGaO3(ZnO)mの場合は,In2O3,Ga2O3,ZnOの各粉末を,含有金属の比率が1:1:m(mは2以上の整数)となるように秤量した。」(【0041】) (イ) 引用例6の記載(甲6) 「InGaZnO4…が良好な透明導電性を有することが確認されている。…薄膜試料の抵抗率,キャリヤ密度および移動度は,InGaZnO 4スパッタ膜でそれぞれ2×10-3Ω・cm,1.2×1020cm-3,24cm2/V・s,…という値が得られている。」(150〜151頁) (ウ) 引用例7の記載(甲7) a 「アモルファス透明導電性酸化物 InGaO3(ZnO)m(m≦4):Zn4s導電体」(表題) b 「要約 ZnO系のアモルファス透明導電体を作り出すことを目的として,さまざまなアモルファス膜InGaO 3(ZnO)m(m≦4)をパルスレーザー蒸着法を用いて作製した。得られた膜は光学バンドギャップが2.8〜3.0eV,n型導電率が室温において170〜400Scm -1を示し,mの値へのわずかな依存性を呈しており,キャリア濃度は1019〜1020cm-3であった。電子移動度は12〜20cm 2V -1s-1であり,ホール係数とゼーベック係数の間にp-n異常は見られなかった。導電率は,10〜300Kの範囲でほとんど温度への依存性を呈さなかった。X線回折,透過電子顕微鏡法,および広域X線吸収微細構造測定により,これらの膜はアモルファス相であることが確認された。制動放射等色線分光法と紫外光電子分光法の併用により,伝導帯テイルが大きな分散を有し,フェルミ準位が伝導帯端に位置していることが明らかとなった。…本系はZn4s軌道が広がった伝導帯を形成する初めてのアモルファス酸化物半導体である。」(訳文1〜2頁) c 「2. 実験の詳細 薄膜試料は,パルスレーザー蒸着法(PLD法)により作製した。In2O3,Ga2O3,およびZnOの粉末を用いて,従来のセラミックプロセスとその後のダイヤモンド研磨機を用いた研磨により,化学量論的組成を有する,高密度に焼成したInGaO 3(ZnO)mの円板を,ターゲットとして用意した。」(訳文5頁) d 「3.2 電気的および光学的特性 表1は室温におけるアモルファスInGaO3(ZnO)m膜の電気輸送パラメータを示している。ドーピングは意図的に行わなかったが,移動度12〜20cm 2V-1s-1,キャリア密度1019〜1020cm-3で170〜400Scm-1の伝導率が得られた。」(訳文9頁) (エ) 引用例8の記載(甲8) a 「新しい型のアモルファス透明導電膜InGaO3(ZnO)m」(表題) b 「2.実験 InGaO3(ZnO)mの焼結体(m=1〜4)に酸素雰囲気中でKrFエキシマーレーザー光を照射し,対抗して配置した石英ガラス基板上に薄膜を室温成膜した。」 c 「3.結果及び考察 …m=1の試料について観察した断面TEM像から,結晶粒子の無い,均質なアモルファス膜であることが確認できた。…伝導帯の形成に4s軌道が寄与した新しい型の透明導電体群であると考えられる。」 (オ) 引用例9の記載(甲9) a 「アモルファス酸化物半導体の歴史は長く,…。しかしこれらの材料を用いた電子デバイスは,現在までほとんど登場していない。その主な原因は,p-n接合が半導体の多様な能動的機能の源であるが,p型アモルファス酸化物半導体が見つかっていないからである。アモルファス半導体には,大面積基板への低温薄膜堆積が可能といった特有の利点があるため,太陽電池や平面ディスプレイなどの大面積電子機器への応用に非常に好適であり,p-nヘテロ接合の格子不整合に対してロバスト性を持つと期待されている。そこで我々は,最初のp型アモルファス酸化物半導体であるa―ZnO・Rh 2O3について報告する。a―ZnO・Rh 2O3のバンドギャップは2.1eVであり,300Kで2Scm-1と比較的高いp型導電率を持つ。ガラス基板またはプラスチック基板上に,p-ZnO・Rh 2O3とn-InGaZnO4から成るアモルファス酸化物p-nヘテロ接合ダイオードを,スパッタリング技術を用いて室温で作製した。」(訳文1頁) b 「一連のn型アモルファス酸化物半導体として,…a―InGaO 3 (ZnO)m(m≦4)…などがこれまでに発見されている。これらの半導体は,特有の電子輸送性を持つ,…そして結晶性材料と同等の高い移動度を持つ(電子Hall移動度が>10cm2 V-1s-1)という点に特徴がある。…しかしこれらのアモルファス酸化物はすべて,n型の電気伝導を示す。つまり,伝導型の制御は未だ実現されていない。」(訳文2〜3頁) c 「p型伝導のさらなる確証を得るため,また,実デバイスへの応用の可能性を示すため,p型のa―ZnO・Rh 2O3とn型のa―InGaZnO4(Eg=3.0eV)からなるp-n接合ダイオードの性能評価を行った。」(訳文7頁) d 「アモルファスのInGaZnO4はn型半導体として知られており,室温での高周波(RF)スパッタリングにより作製した。その導電率は室温で1.4×10-1Scm-1であった。キャリア密度は,以前報告した移動度の値21cm2V-1s-1を用いると,4.2×1016cm-3と見積もられる。プラスチックシート上に作製した素子は,図3bに示す通り,可撓性を有する。」(訳文8頁) e 「実験 アモルファスZnO・Rh 2O3の薄膜を,石英ガラス基板およびポリエステル基板上に,…成膜した。…続いて,p-n接合ダイオードを,アモルファスInGaZnO 4を用いて作製した。a―InGaZnO 4膜は,多結晶InGaZnO 4 の円盤状ターゲットを用い,Ar中で成膜した。…」(訳文11〜12頁) (カ) 甲25(特開平8-295514号公報) a 「ITOは,この吸収端が450nm付近にあり,これにより長波長側の光を吸収しない。」(【0003】) b 「…従来,吸収端が450nmより短波長側にあり,しかもITOと同等かそれ以上の電気伝導率を有する材料は,知られていなかった。そこで本発明の目的は,吸収端が450nmより短波長側にあって,かつITOと同等かそれ以上の電気伝導率を有するために,ITO膜より大きな膜厚としても着色を生じない新規な材料を提供することにある。さらに本発明の目的は,上記の新たな材料を用いた,液晶ディスプレイ,ELディスプレイ及び太陽電池等に有用な電極を提供することにある。」(【0008】) c 「本発明は,一般式ZnxMyInzO(x+3y/2+3z/2)-d(式中,Mはアルミニウム及びガリウムのうちの少なくとも1つの元素であり,比率(x:y)が1.8:1を超え8:1以下の範囲であり,比率(z:y)が0.4〜1.4:1の範囲であり,かつ酸素欠損量dが0を超え,(x+3y/2+3z/2)の1×10-1 倍の範囲である)で表されることを特徴とする導電性酸化物(第1の態様の酸化物)に関する。」(【0009】) d 「実施例25 実施例2で調製した假焼粉(In 2 O3 (高純度化学研究所(株)社製,純度99.99%),Ga2O3(高純度化学研究所(株)社製,純度99.99%)及びZnO(高純度化学研究所(株)社製,純度99.99%)各粉末を,混合粉末中の含有金属の比率が表1(原子比がZn:Ga:In=66:17:17)の値になるように秤量した。秤量した粉末を,容量500mlのポリアミド容器に直径2ミリメートルのジルコニアビーズ200gを加え,フリッツジャパン社製遊星ボールミル装置を用いて1時間湿式混合した。分散媒にはエタノールを用いた。各混合粉をアルミナるつぼ中,大気下,1000℃で5時間仮焼した後,再び遊星ボールミル装置を用いて1時間解砕処理した。このようにして調製した假焼粉体)を用い,一軸加圧(100kg/cm2)によって直径25ミリの円板成形体を作製し,大気下,1300℃で24時間焼成して焼結体を得た。焼結体の表面を研磨し,バッキングプレート上に接着剤を用いて固定し,スパッタリングターゲットとした。これを日本真空(株)製BC1457型スパッタリング装置に固定してAr/O2比40/10のガスを装置内に導入し,180WのRFパワーを40分間入力して,500℃に加熱した石英ガラス基板上に厚み約2000オングストロームの薄膜を作製した。これを大気下,400℃〜1000℃で加熱処理したのち,アルゴン雰囲気下,880℃で2時間熱処理した。」(【0056】,【0065】) e 「実施例26 実施例25に記載した方法により薄膜を作製した。ただし,Ar雰囲気下における熱処理は施さなかったので,この段階では,薄膜は電気伝導性を示さなかった。この膜にH +イオンを,約3μA/cm2のドーズ速度で3×1016イオン/cm2だけ注入したのち,実施例25と同様の方法で測定した電気伝導率,吸収端,400nmの光に対する透過率及びキャリア電子量を表5に示す。」(【0067】) f 「比較例5 Inに対してSnを5%含むITOターゲットを用い,実施例26と同様の方法により,石英ガラス基板上に厚み約2000オングストロームのITO薄膜を作製した。このITO薄膜の電気伝導率,吸収端波長,400nmの光に対する透過率を測定し,表5に示す。実施例26の薄膜は比較例5の薄膜と同等の伝導率を持つが,吸収端波長が短波長側にある。このため,400nmの光に対する透過率が格段に高く,比較例1の薄膜に黄色の着色が明らかに認められたのに対して,実施例26の薄膜は殆ど着色して見えなかった。(【0068】) g 「本発明によれば,吸収端が450nmより短波長側にあって,かつITOと同等かそれ以上の電気伝導率を有し,かつITO膜より大きな膜厚としても着色を生じない新規な導電性酸化物を提供することができる。さらに本発明によれば,上記導電性酸化物を用いて,液晶ディスプレイ,ELディスプレイ及び太陽電池等に有用な電極を提供することができる。」(【0073】) (キ) 甲29(M.Orita 外「A New Transparent Conductive Oxide,InGaZnO 4」TRANSACTIONSOF THE MATERIALS RESEARCH SOCIETY OFJAPAN Volume20(平成8年)) a 「InGaZnO4に透明電極用の新規材料としての可能性が見出された。RFマグネトロンスパッタリングによってガラス基板上に厚さ500nmの膜を形成した。光学バンドギャップは3.5eVであった。H2雰囲気中600℃のアニールによって1×1020/cm3のキャリア電子が誘起された。移動度は24cm 2/Vs,伝導度は500S/cm,有効質量は0.7meであった。…」(訳文2頁) b 「InGaZnO4膜の透過スペクトルを2つのITO膜のスペクトルと共に図5に示す。…ITO膜のキャリア密度が高くなると,スペクトルは短波長側にシフトした(Burstein-Mossシフト)が,450nm未満の透過率ではInGaZnO4に劣っている。…InGaZnO 4の真性バンドギャップは3.5eVであり,ITOの3.2eVよりも大きかった。短波長領域において透明性に優れていることはInGaZnO4の基本特性である。」(訳文6頁) ウ 相違点1-1の容易想到性 (ア) 引用発明1は,前記(2)アによれば,従来の薄膜トランジスタにおいては,半導体活性層にアモルファスシリコンを用いていることから,半導体活性層に光が当たると導電性を持ってスイッチング素子の特性が劣化するという問題等があったことに鑑み,半導体層としてアモルファスシリコンよりバンドギャップの大きい透明材質の半導体を使うことで光に影響されず,更に開口率を増大させることができる薄膜トランジスタを提供することを目的とし,前記半導体層のキャリヤ濃度が1018個・cm-3以下で,かつ前記半導体層を透光性膜としたことを特徴とする薄膜トランジスタの半導体層の気相成膜方法であって,Arガスと酸素ガスとを用いた反応性スパッタリングにおいて,着膜時の酸素ガスの割合(O 2/Ar+O2)を1%以上として,従来透明電極として用いられていた,酸化物の透明導電膜である,ITO膜の膜中の酸素量を増加させることでキャリヤ濃度を1018個・cm-3以下に制御し,縮退を解いて導電性を低下させ,半導体としてのITO膜(半導体活性層)を実現する気相成膜方法である。 (イ) ところで,前記イの(ア)ないし(オ)の記載によれば,本件組成をターゲットとしたパルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法を用いた気相成膜方法により,アモルファス本件組成の薄膜を成膜することは,本件特許の優先日前に,周知技術であったということができる。また,前記イの(ウ)及び(オ)の記載によれば,アモルファス本件組成の薄膜は良好な透過性を有し,(カ)及び(キ)の記載によれば,本件組成は,ITO膜より透明性に優れるものであることは,本件特許の優先日前に,周知技術であったということができる。 しかし,引用例4(前記イ(ア)a,c),引用例6(同(イ)),引用例7(同(ウ)a,b),引用例8(同(エ)a,c),甲25(同(カ)b,c)及び甲29(同(キ)a)に開示された本件組成の薄膜は,透明導電膜として用いるものとして,引用例9(同(オ)a,c,e)に開示された本件組成の薄膜は,p-n接合ダイオードのn型半導体として用いるものとして,それぞれ開示されているにとどまり,薄膜トランジスタの半導体活性層に用いるものとして開示されているものではない。 そして,本件特許の優先日前に,アモルファス本件組成の薄膜を薄膜トランジスタの半導体活性層に用いることが,当業者に周知の技術であったことを認めるに足りる証拠はない。 また,アモルファス本件組成の薄膜を薄膜トランジスタの半導体活性層に用いることが知られていない状況において,アモルファス本件組成の薄膜を成膜すること及びアモルファス本件組成の薄膜が良好な透過性を有することが周知であるからといって,これらのことから,ゲート電極から印加された電圧によって形成される電界に応じて,n型キャリヤ(電子)がソース電極及びドレイン電極が接する界面に集まり,そのことによって,ソース・ドレイン間に電流が流れるという,薄膜トランジスタの半導体活性層に用いるのに適した電気的特性を有するものと容易に予測することができるわけではない。したがって,アモルファス本件組成の薄膜を成膜すること及びアモルファス本件組成の薄膜が良好な透過性を有することが周知であるからといって,直ちに,アモルファス本件組成の薄膜を薄膜トランジスタの半導体活性層に用いることができる(薄膜トランジスタの半導体活性層として機能する)と予測することが可能であったとまでいうことはできない。 そうすると,そもそも,薄膜トランジスタの半導体層の気相成膜方法である引用発明1において,ITO膜(インジウム(In),スズ(Sn)の酸化物)に代えて,ITOとは組成を構成する元素も異なり,薄膜トランジスタの半導体活性層に用いることができるかも不明であるアモルファス本件組成の薄膜の成膜をすることには,動機付けがない。 (ウ) さらに,仮に,引用発明1において,ITO膜に代えて,金属酸化物を網羅的に探索することで,結果的にアモルファス本件組成の薄膜の成膜を試みたとしても,少なくとも,当該薄膜において,「成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下」となることを容易に想到することができたということはできない。 すなわち,引用例9には,前記イ(オ)dのとおり,「アモルファスのInGaZnO4はn型半導体として知られており,室温での高周波(RF)スパッタリングにより作製した。その導電率は室温で1.4×10-1Scm-1であった。キャリア密度は,以前報告した移動度の値21cm 2V-1s-1を用いると,4.2×1016cm-3と見積もられる。」との記載があり,アモルファス本件組成の薄膜について,電子キャリヤ濃度が4.2×10 16/cm-3のものを成膜し得ることが示唆されているということができる。しかし,引用例1の【0020】の記載及び【図2】(ITO膜の抵抗率のスパッタ時の酸素濃度依存度を示す図)において,抵抗率とスパッタ時の酸素濃度は,下に凸の曲線の関係となっており,酸素を追加するだけで,抵抗値が単純に増加,すなわち,キャリヤ濃度が単純に減少するという関係とはなっていないこと,引用例9のほかには,アモルファス本件組成の薄膜について「4.2×1016/cm-3」というような低いキャリヤ濃度の成膜が実施できたことを開示した文献の提示がないこと等に照らせば,アモルファス本件組成の薄膜について,酸素濃度を調整することによりどの程度キャリヤ濃度が変化するかを調べたデータや実際に作製した例についての開示もないのに,当業者が直ちに,引用例9に示唆されたキャリヤ濃度より更に低い,電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下となる薄膜の作製が可能であると予測することは困難であるといわざるを得ない。 エ 原告の主張について (ア) 原告は,@透明膜として本件組成が,ITOよりも優れていることが知られていたこと,A本件組成の可視光領域における透過率がITOのそれよりも全体的に高いことが開示されていること,B酸化物では,酸素量を調整することで電子キャリヤ濃度を下げることができることは周知であること,C引用例9にあるように,アモルファス酸化物材料であるアモルファス本件組成で電子キャリヤ濃度の低い薄膜が知られていたこと,D甲30には,アモルファス酸化物材料をトランジスタの活性層に用いることが開示されていることから,アモルファス本件組成を薄膜トランジスタの活性層に使用する動機付けがある旨主張する。 しかし,甲30には,亜鉛とスズとの酸化物のアモルファス薄膜が薄膜トランジスタの半導体活性層として機能することが記載されているものの,そこに記載されたアモルファス酸化物材料は,ZTO(ZnSnO3)のみであり,アモルファス本件組成のように,ガリウム(Ga)を含む酸化物が半導体活性層として機能することを記載するものではないから,甲30の記載から,直ちに,アモルファス本件組成の薄膜を薄膜トランジスタの半導体活性層に用いることができる(薄膜トランジスタの半導体活性層として機能する)と予測することが可能であったとまでいうことはできない。 そして,アモルファス本件組成の薄膜を薄膜トランジスタの半導体活性層に用いることが知られていない状況において,上記@ないしDの事項が周知又は公知であるからといって,これらのことから,直ちに,アモルファス本件組成の薄膜を薄膜トランジスタの半導体活性層に用いることができる(薄膜トランジスタの半導体活性層として機能する)と予測することが可能であったとまでいうことはできない。 なお,原告は,本件明細書では,電子移動度が0.01〜1cm2/(V・秒)程度でTFTとして使用できるとされているところ,アモルファス本件組成の電子移動度は,10cm2/(V・秒)以上であるから,これをTFTに使用した場合に良好な特性が得られることは明らかであるとも主張するが,本件明細書は,本件出願の優先日前における公知文献ではないから,明らかに失当である。 (イ) 原告は,引用例9には,アモルファス本件組成の薄膜の電子キャリヤ濃度として,4.2×1016cm-3のものが記載されているところ,@酸化物では酸素濃度を調整することで電子キャリヤ濃度を調整できることが周知であり,Aトランジスタ(とりわけノーマリーオフ型のトランジスタ)においては薄膜の抵抗率が高いこと,すなわち,電子キャリヤ濃度が低いことが望ましいことも周知の事実であるから,引用発明1の酸化物薄膜として,アモルファス本件組成を採用するに際し,引用例9に記載の条件に加えて酸素濃度を高くすることで,電子キャリヤ濃度を1×1016cm-3以下にすることは容易である旨主張する。 しかし,上記@及びAの事項が周知又は公知であるとしても,アモルファス本件組成の薄膜について,酸素濃度を調整することによりどの程度キャリヤ濃度が変化するかを調べたデータや実際に作製した例についての開示もないのに,当業者において,直ちに,引用例9に示唆されたキャリヤ濃度より更に低い,電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下となる薄膜の作製が可能であると予測することが容易であるということはできない。したがって,仮に,引用発明1において,ITO膜に代えて,金属酸化物を網羅的に探索することで,結果的にアモルファス本件組成の薄膜の成膜を試みたとしても,少なくとも,当該薄膜において,「成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下」となることを容易に想到することができたということはできない。 (ウ) 原告は,本件発明1には,「室温での電子移動度が0.1cm 2 /(V・秒)以上」との規定があるが,電子キャリヤ濃度が1×1016cm-3以下の薄膜における電子移動度を特定することに特段の技術的意義は認められず,単なる設計的事項というべきであるから,上記値とすることは容易である旨主張する。 しかし,本件発明1は,「室温での電子移動度が0.1cm2/(V・秒)以上,かつ電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下である」アモルファス本件組成の薄膜の気相成膜方法であるところ,前記(イ)のとおり,仮に引用発明1において,ITO膜に代えて,金属酸化物を網羅的に探索することで,結果的にアモルファス本件組成の薄膜の成膜を試みたとしても,少なくとも,当該薄膜において,「成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下」となることを容易に想到することができたということはできない。原告の上記主張は,引用発明1において,ITO膜に代えて,電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下のアモルファス本件組成の薄膜の成膜に容易に想到できることを前提に,電子移動度を規定することが設計的事項にすぎないと主張するものであって,理由がない。 オ 以上によれば,引用発明1において,相違点1-1に係る本件発明1の構成とすることに容易に想到することができたということはできない。 (5) 小括 以上のとおり,本件審決における本件発明1の引用発明1に基づく容易想到性の判断に誤りはない。 よって,取消事由1は,理由がない。 3 取消事由2(本件発明1の引用発明2に基づく容易想到性判断の誤り)について (1) 引用例2の記載等 ア 引用例2(甲2)には,次のような記載がある(図1については,別紙引用例2図面目録を参照。)。 (ア) 請求の範囲 1.半導体層がII族酸化物を含む半導体装置において,/前記半導体層の少なくとも一方の面にアモルファス状の酸化アルミニウムが積層されていることを特徴とする半導体装置。 2.前記II族酸化物は,酸化亜鉛であることを特徴とする請求の範囲1記載の半導体装置。 (イ) 明細書a 技術分野 本発明は,II族酸化物を半導体層として用いた半導体装置およびそれを用いる表示装置に関し,特に酸化亜鉛を半導体層として用いた半導体装置に好適な性能改善の手法に関するものである。(1頁4〜6行)b 背景技術 ? 近年,酸化亜鉛等のII族酸化物を半導体層として使用した半導体装置を作製する研究がなされている。それらの研究は,半導体装置の改良を目的あるいは手段として提示し,質の高い具体的な技術を多数報告している。その技術とは,概して,半導体装置の性能向上には積層膜の結晶性の向上や前記結晶性の制御,それに伴う界面制御,さらには不純物のドープが有効であり,そのために各積層膜の積層方法や積層膜材料,ドープ材料を変化させるというものである。(1頁9〜15行) ? 日本国公開公報である特開2000-150900号公報…には,トランジスタのチャネル層に酸化亜鉛等の透明半導体を使用し,ゲート絶縁層にも透明絶縁性酸化物を使用する等してトランジスタを透明にすることにより,液晶表示装置の開口率を向上させることが記載されている。(2頁1〜5行) ? しかしながら,上記各先行文献で示唆するように上記材料に結晶材料を使用した場合,以下のような制約を受けてしまうという問題がある。 1.成膜が容易でない。 2.基板の大型化が容易でない。 3.積層膜の成膜の順序が固定される。(3頁19〜23行)c 発明の開示 ? 本発明の目的は,半導体層がII族酸化物を含む半導体装置において,汎用的な手法で性能が向上された半導体装置およびそれを用いる表示装置を提供することである。(5頁6〜8行) ? 本発明の半導体装置は,半導体層がII族酸化物を含む半導体装置において,前記半導体層の少なくとも一方の面にアモルファス状の酸化アルミニウム(Al 2O3 )が積層されていることを特徴とする。上記の構成によれば,半導体層が酸化亜鉛等のII族酸化物を含む半導体装置の性能の向上を図るにあたって,従来では,積層膜の結晶性の向上や前記結晶性の制御,それに伴う界面制御,さらには不純物のドープという手法が用いられていたのに対して,本発明では,半導体層の少なくとも一方の面にアモルファス状の酸化アルミニウムを積層する。このような構造とすることで,アモルファス状の酸化アルミニウム以外の積層膜では不可能な,総ての積層膜を結晶性積層膜で作製した半導体装置と同等レベルの性能を得ることが可能になる。これは,前記II族酸化物の半導体層に前記アモルファス状の酸化アルミニウムを積層することで,それらの界面での欠陥準位が低減されるためであると考えられる。前記欠陥準位とは,半導体層のキャリア移動の際に障害となるような電子的欠陥である。(5頁9〜23行) ? これによって,酸化亜鉛等の半導体層に対して,従来程,結晶性の向上の要求は強くなく,成膜が容易で,かつ基板の大型化にも容易に対応することができるII族酸化物を半導体層とする半導体装置を実現することができる。(5頁24行〜6頁3行) ? 本発明の半導体装置では,前記II族酸化物は,酸化亜鉛であることが好ましい。半導体層として用いることができるII族酸化物としては,たとえば酸化亜鉛(ZnO),酸化マグネシウム亜鉛(Mg x Zn 1-x O),酸化カドミウム亜鉛(CdxZn1-xO),酸化カドミウム(CdO)等があるが,そのなかでも酸化亜鉛は特に好適であり,特性の向上が特に期待できる。(6頁10〜15行) ? 上記の構成によれば,本発明の半導体装置は,総ての積層膜を結晶性積層膜で作製した半導体装置と同等レベルの性能を得ることができ,成膜が容易で,かつ基板の大型化にも容易に対応できるので,液晶表示装置等の表示装置,特に大型の表示装置に対して好適に実施することができる。(6頁18〜22行) d 発明を実施するための最良の形態 ? チャネル層5は,酸化亜鉛(ZnO),酸化マグネシウム亜鉛(MgxZn1-x O),酸化カドミウム亜鉛(Cd xZn 1-xO),酸化カドミウム(CdO)等のII族酸化物あるいはそれらを含む半導体層であり,酸化亜鉛が特に好適である。 該チャネル層5の膜厚は,通常,100nm以上,200nm以下の範囲内に設定されるが,特に限定は無い。チャネル層5には,移動度の向上を意図して結晶性を持たせてもよいし,結晶粒界による散乱を考慮してアモルファス状でもよい。(8頁19行〜9頁1行) ? 酸化亜鉛は,結晶性や配向性を自ら帯びやすい性質を持つことから,たとえばスパッタリング法を用いる場合,成膜レートをチャネル層5に結晶性および配向性を持たせない場合よりも低く調整する等の方法が挙げられる。(9頁4〜7行) ? 表1に,図1の構造のFET1による特性の改善効果を,本件発明者の実験結果から,具体的に示す。FETの性能を表す重要な特性として,ゲート電圧に対するソース-ドレイン間の電流変化特性であるVg-Id特性がある。このVg-Id特性を特徴付ける指標として,閾値電圧,移動度,オンオフ比,ヒステリシスがあるが,それをこの表1に示す。…なお,これらの総ての試料は,チャネル層5として酸化亜鉛を使用している。具体的には,以下の実験には,無アルカリガラスからなる0.7mmの基板2上に,タンタル(Ta)からなる150nmのゲート層3,それぞれ以下に示す材料からなる200nmのゲート絶縁層4,結晶性を持たせた酸化亜鉛からなる100nmのチャネル層5,アルミニウム(Al)からなる100nmのソース層6およびドレイン層7が,図1に示すようにこの順に積層されてなるFETを使用した。従来の試料は各積層膜に結晶性を持たせて作製したものであり,本発明の試料は上述のようにアモルファス状の酸化アルミニウム(抵抗率5×1013Ω・cm)のゲート絶縁層4上に,チャネル層5として,結晶性を持たせた酸化亜鉛を積層したものであり,比較用の試料は前記ゲート絶縁層4を本発明のアモルファス状の酸化アルミニウムからアモルファス状の窒化シリコン(抵抗率1×1016Ω・cm)に置換えて,その上に,結晶性を持たせた酸化亜鉛を積層したものである。また,前記従来の試料では,ゲート絶縁層4として,ジルコン酸カルシウム(抵抗率3×10 14Ω・cm)を用いている。(10頁7行〜11頁8行) ? チャネル層25は,前記チャネル層5,15と同様に,酸化亜鉛等から成り,結晶性を持たせてもよいしアモルファス状でもよい。(14頁12〜13行) ? 続いて,前記チャネル層5として,上記ゲート絶縁層4上に,酸化亜鉛(ZnO)をPLD法により堆積した。堆積条件は,以下のとおりとした。すなわち,KrFエキシマレーザを使用し,レーザパワー密度は1.0J/cm2,レーザパルス繰り返し周波数は10Hz,堆積雰囲気は酸素,堆積圧力は200mTorr(≒26.7Pa)とし,ターゲットには酸化亜鉛焼結体を使用し,膜厚は,5〜100nm程度とした。(20頁16〜22行) e 産業上の利用の可能性 本発明の半導体装置は,半導体層が酸化亜鉛等のII族酸化物を含む半導体装置の性能の向上を図るにあたって,半導体層の少なくとも一方の面にアモルファス状の酸化アルミニウムが積層されている構造とすることで,アモルファス状の酸化アルミニウム以外の積層膜では不可能な,総ての積層膜を結晶性積層膜で作製した半導体装置と同等レベルの性能を得ることができる。それゆえ,酸化亜鉛等の半導体層に対して,従来程,結晶性の向上の要求は強くなく,成膜が容易で,かつ基板の大型化にも容易に対応することができるII族酸化物を半導体層とする半導体装置を実現することができる。また,積層膜の成膜の順序が固定されることなく,設計自由度の高い半導体装置を実現することができる。そして,特に上記II族酸化物が酸化亜鉛である場合,上記アモルファス状の酸化アルミニウムとの組み合わせによって,界面での欠陥準位が大幅に低減され,該半導体装置の性能がより一層向上する。上記の組み合わせにより,ゲート絶縁層とチャネル層の界面の欠陥に起因するトランジスタの電気特性の閾値ずれは,ほぼ0Vになる。上記半導体装置は,上述したように成膜が容易で,かつ基板の大型化にも容易に対応できるので,液晶表示装置等の表示装置,特に大型の表示装置に対して好適に実施することができる。 (22頁20行〜23頁14行) イ 前記アの記載によれば,引用例2には,前記第2の3(3)アのとおりの引用発明2が記載されているものと認められるところ(この点は,当事者間に争いがない。),引用発明2に関し,以下の点が開示されているものと認められる。 (ア) 引用発明2は,II族酸化物を半導体層として用いた半導体装置及びそれを用いる表示装置に関し,特に酸化亜鉛を半導体層として用いた半導体装置に好適な性能改善の手法に関するものである(前記ア(イ)a)。 近年,酸化亜鉛等のII族酸化物を半導体層として使用した半導体装置を作製する研究がされており,半導体装置の性能向上のため,積層膜の結晶性の向上や結晶性の制御,それに伴う界面制御,不純物のドープのために各積層膜の積層方法や積層膜材料,ドープ材料を変化させる等の技術が報告されている(前記ア(イ)b?及び?)。 しかし,酸化亜鉛等のII族酸化物を半導体層として使用した場合,@成膜が容易でない,A基板の大型化が容易でない,B積層膜の成膜の順序が固定されるという問題がある(前記ア(イ)b?)。 (イ) 引用発明2は,前記(ア)の問題に鑑み,半導体層がII族酸化物を含む半導体装置において,汎用的な手法で性能が向上された半導体装置及びそれを用いる表示装置を提供することを目的とする発明について(前記ア(イ)c?),引用例2に実施例として記載されたZnOの透明酸化物半導体層を成膜する方法に基づく(前記ア(イ)d)。 (ウ) 引用発明2に係る半導体装置は,半導体層がII族酸化物を含む半導体装置において,半導体層の少なくとも一方の面にアモルファス状の酸化アルミニウム(Al2O3)が積層されているという構造にすることで,全ての積層膜を結晶性積層膜で作製した半導体装置と同等レベルの性能を得ることが可能になるが,これは,前記II族酸化物の半導体層に前記アモルファス状の酸化アルミニウムを積層することで,それらの界面での欠陥準位が低減されるためであると考えられる(前記ア(イ)c?)。 (エ) 引用発明2に係る半導体装置によれば,酸化亜鉛等の半導体層に対して,従来ほど,結晶性の向上の要求は強くなく,成膜が容易で,かつ基板の大型化にも容易に対応することができるII族酸化物を半導体層とする半導体装置を実現することができる等の効果を奏する(前記ア(イ)c?及びe)。 (2) 相違点2-1の容易想到性 ア 引用発明2は,前記(1)イのとおり,半導体層がII族酸化物を含む半導体装置において,汎用的な手法で性能が向上された半導体装置及びそれを用いる表示装置を提供することを目的とする発明について,引用例2に実施例として記載されたZnOの透明酸化物半導体層を成膜する方法に基づくものであり,引用発明2に係る半導体装置は,半導体層がII族酸化物を含む半導体装置において,半導体層の少なくとも一方の面にアモルファス状の酸化アルミニウム(Al 2O3)が積層されているという構造にすることで,全ての積層膜を結晶性積層膜で作製した半導体装置と同等レベルの性能を得ることが可能になるというものである。 以上のとおり,引用発明2に係る半導体装置は,半導体層がTT族酸化物を含む半導体装置であることを前提とするものである。 他方,本件組成は,TTT族元素であるGaやInを含むものである。 そうすると,そもそも,半導体層がTT族酸化物を含む半導体装置の半導体層の成膜方法である引用発明2において,酸化亜鉛(ZnO)の成膜に代えて,TTT族元素であるGaやInを含む本件組成の薄膜の成膜を試みる動機付けがない。 イ 原告の主張について 原告は,引用例2には,結晶粒界による散乱を考慮してチャネルをアモルファスにしてもよいことが記載されているところ,引用例2で用いられているZnOは通常の方法ではアモルファスにすることが困難なことが知られており,一方で,アモルファス本件組成は周知であり,半導体層として有用な特性が知られていたことに加え,引用例7にはZnOに代えてアモルファス本件組成を使用することが記載されているから,引用発明2において,アモルファス本件組成を採用することには,強い動機付けがある旨主張する。 しかし,前記アのとおり,引用発明2に係る半導体装置は,半導体層がTT族酸化物を含む半導体装置であることを前提とするものであることに照らせば,引用例2の「チャネル層5には,…結晶粒界による散乱を考慮してアモルファス状でもよい。」との記載は,あくまでもTT族酸化物を前提とするものであって,アモルファス状とするに当たり,半導体層がTT族酸化物以外の酸化物を含む半導体装置であってもよいことを記載するものではない。 また,引用例7には,本件組成の薄膜が透明導電膜として用いるものとして開示されているにとどまり,アモルファス本件組成の薄膜を薄膜トランジスタの半導体活性層に用いることが知られていない状況において,アモルファス本件組成が周知であり,半導体層として有用な特性が知られていたからといって,これらのことから直ちに,アモルファス本件組成の薄膜を薄膜トランジスタの半導体活性層に用いることができる(薄膜トランジスタの半導体活性層として機能する)と予測することが可能であったとまでいうことはできない。 したがって,引用発明2において,アモルファス本件組成を採用することに動機付けがあるということはできない。 ウ 以上によれば,引用発明2において,相違点2-1に係る本件発明1の構成とすることに容易に想到することができたということはできない。 (3) 相違点2-2の容易想到性 ア 引用例2の記載から,引用発明2に係る半導体装置には薄膜トランジスタが含まれることは明らかであるところ,前記2(4)のとおり,本件組成をターゲットとしたパルスレーザー堆積法又は高周波スパッタ法を用いた気相成膜方法により,アモルファス本件組成の薄膜を成膜すること,アモルファス本件組成の薄膜は良好な透過性を有することは,本件特許の優先日前に,周知技術であったということができるものの,引用例4,6,7及び8,並びに甲25及び29に開示された本件組成の薄膜は,透明導電膜として用いるものとして,引用例9に開示された本件組成の薄膜は,p-n接合ダイオードのn型半導体として用いるものとして,それぞれ開示されているにとどまり,薄膜トランジスタの半導体活性層に用いるものとして開示されているものではない。また,本件特許の優先日前に,アモルファス本件組成の薄膜を薄膜トランジスタの半導体活性層に用いることが,当業者に周知の技術であったことを認めるに足りる証拠はない。 そうすると,半導体層がTT族酸化物を含む半導体装置の半導体層の成膜方法である引用発明2において,酸化亜鉛(ZnO)の成膜に代えて,薄膜トランジスタの半導体活性層に用いることができるかも不明であるアモルファス本件組成の薄膜の成膜をすることには,動機付けがない。 イ さらに,仮に,引用発明2において,酸化亜鉛(ZnO)の成膜に代えて,アモルファス本件組成の薄膜の成膜を試みたとしても,少なくとも,当該薄膜において,「成膜した薄膜の室温での電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下」となることを容易に想到することができたということはできない。 すなわち,引用例9には,アモルファス本件組成の薄膜について,電子キャリヤ濃度が4.2×10 16/cm-3のものを成膜し得ることが示唆されているということができ,また,引用例10には,「単結晶の薄膜透明酸化物半導体InGaO 3(ZnO)5を電子チャネル…に用いた透明電界効果トランジスタ」の作製に関し,単結晶InGaO3(ZnO)5薄膜について,キャリヤ濃度がおよそ1013cm-3と見積もられる薄膜を作製できたことが記載されているが,アモルファス本件組成の薄膜について,酸素濃度を調整することによりどの程度キャリヤ濃度が変化するかを調べたデータや実際に作製した例についての開示もないのに,当業者が,これらの記載から直ちに,引用例9に示唆されたキャリヤ濃度より更に低い,電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下となる薄膜の作製が可能であると予測することは困難であるといわざるを得ない。 ウ 以上によれば,引用発明2において,相違点2-2に係る本件発明1の構成とすることに容易に想到することができたということはできない。 (4) 小括 以上のとおり,本件審決における本件発明1の引用発明2に基づく容易想到性の判断に誤りはない。 よって,取消事由2は,理由がない。 4 取消事由3(本件発明1の実施可能要件の判断の誤り)について (1) 特許法36条4項1号が実施可能要件を定める趣旨は,明細書の発明の詳細な説明に,当業者がその実施をすることができる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからであると解される。 したがって,上記の実施可能要件を充足するためには,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識とに基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その発明を実施することができる程度の記載があることを要する。 (2) 原告は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された成膜条件は,導電性膜を開示する引用例4の製造方法に含まれるから,本件明細書の開示は引用例4の内容と矛盾しており,当業者であっても,導電膜を成膜する条件で行われている本件明細書の記載において,電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下である半絶縁性膜が成膜されることを理解することはできない旨主張する。 ア 本件明細書の記載 本件明細書には,前記1(1)のとおり,実施例1ないし3及び5が,成膜装置の構造,材料の事前処理及び成膜条件等を開示して,具体的に記載されており,また,【0050】ないし【0052】及び【図1】(パルスレーザー蒸着法で成膜したIn-Ga-Zn-O系アモルファス酸化物の電子キャリヤ濃度と成膜中の酸素分圧の関係を示すグラフ)の記載から,酸素分圧を大きくすることで,アモルファス本件組成の薄膜の電子キャリヤ濃度を低下させること及び酸素分圧の程度と電子キャリヤ濃度との関係を理解することができる。 イ 引用例4について (ア) 引用例4(甲4)には,次のような記載がある。 【0001】本発明は,高い導電性と可視,特に青色光透過性を有し,かつ作製が容易である非晶質性酸化物を含む透明導電体膜を有する物品およびその製造方法に関する。さらに本発明は,本発明の物品からなる電極に関する。 【0030】本発明の製造方法では,基板温度を室温から300℃の範囲とし,かつ1×10-2[Pa]〜10[Pa]の圧力範囲の酸素雰囲気あるいは酸素ラジカル雰囲気中で,スパッタリング法またはレーザーアブレーション法により,酸化物膜を形成する。スパッタリング法及びレーザーアブレーション法においても,基板温度を室温から300℃の範囲とし,かつ圧力(酸素分圧)を1×10 -2 [Pa]〜10[Pa]の範囲とすることで,非晶質の酸化物膜を形成することができる。基板温度は,好ましくは0〜150℃の範囲であり,かつ圧力は,好ましくは0.01[Pa]〜1[Pa]の範囲である。 【0031】スパッタリング法は,常法により行うことができる。また,レーザーアブレーション法では,薄膜形成装置内の酸素分圧の制御は,酸素分子を適当なリークバルブ等から系内に導入することにより行うことができるが,特に,レーザーアブレーション装置内に設置したラジカル銃により行うことが,膜中に含まれる酸素量を制御しやすいという観点から適当である。尚,ラジカル銃とはrfプラズマにより酸素等のガスのラジカル種を発生させ真空系内に導入する装置である。 【0035】更に低抵抗化を望む場合は,成膜後に低温(300℃以下が望ましい)でガス還元法あるいはイオン注入法を用いることでキャリア密度を上げることにより,導電性を向上させることができる。更にターゲットの組成を変える置換ドーピング効果を利用して,キャリア密度を向上してもよい。 【0039】本実施例の条件は以下のとおりである。 光源:KrFレーザー励起によるPLD(エネルギー密度4J/cm2)ターゲットはIn:Ga:Zn=1:1:1の焼結体QZ基板使用ガス導入 O2 5-40CCM(Pt=7.9×10-2〜1.4[Pa]) 酸素ラジカル 印加電力 0-150W抵抗率 6.2×10-3[Ωcm]キャリア濃度 8.5×1019[/cm3]移動度 15 [cm/Vs]ターゲットはIn:Ga:Zn=1:1:4の焼結体(ホモロガスInGaO3(ZnO)m m:整数)QZ,PMMA基板使用ガス導入 O2 5-40CCM(Pt=7.9×10-2〜1.4[Pa])抵抗率 4.3×10-3[Ωcm]キャリア濃度 2.5×1020[/cm3]移動度 5.8 [cm/Vs] (イ) 上記(ア)のとおり,引用例4には,酸素分圧の望ましい範囲は0.01[Pa]〜1[Pa]の範囲と記載され,実施例1及び2では全圧を0.8-1.0[Pa]とし(【0043】,【0045】),実施例3では全圧を0.2〜0.4[Pa]とし(【0047】),実施例4では全圧を0.8〜1.0[Pa](【0049】)としている。 なお,引用例4の【0030】には,「1×10 -2[Pa]〜10[Pa]の圧力範囲の酸素雰囲気あるいは酸素ラジカル雰囲気中で」を成膜条件とする旨の記載があるが,【0035】には,成膜時の酸素分圧の調整以外の手段によって,成膜後の導電性を調整する手段が記載されており,酸素分圧の調整以外の手段が併用されることに備え,引用例4の【請求項12】において1×10 -2 [Pa]〜10[Pa]の圧力範囲を特許請求の範囲にするとともに,【0030】において,上記の記載がされているものと,当業者であれば理解することができる。 これに対し,本件明細書では,実施例1(PLD法の例)では酸素分圧が6.5(Pa)(【0047】),実施例2(PLD法の例)では4.5(Pa)超(【0058】),実施例5(PLD法の例)では酸素分圧は5(Pa)(【0080】)である。 以上のとおり,引用例4の酸素分圧は小さく,本件明細書の記載にかかる実施例では,酸素分圧は大きい。したがって,引用例4では導電膜が得られ,本件明細書に記載された実施例では半絶縁性の膜が得られるとしても,両者が矛盾するということはできない。 (3) 原告は,本件明細書には,スパッタ法で作製した薄膜のキャリヤ濃度に係る実験データが示されていないから,本件発明1におけるスパッタ法では「電子キャリヤ濃度が1016/cm3以下となる大きさに酸素分圧の大きさを制御すること」が実現できるかは明らかではないし,本件明細書のスパッタ法による唯一の実施例である実施例3の酸素分圧が引用例4の望ましい範囲に完全に含まれているから,少なくとも,スパッタ法については,記載不備の違法がある旨主張する。 ア 本件明細書の記載 本件明細書には,前記1(1)のとおり,スパッタ法に関して実施例3が,成膜装置の構造,材料の事前処理及び成膜条件等を開示して,具体的に記載されており,成膜方法によって薄膜の組成自体が変わるわけではないから,PLD法による薄膜の電子キャリヤ濃度に係る実験データ(【図1】)が示されている以上,当業者であれば,同じ真空成膜法であるスパッタ法で成膜された薄膜においても同様の結果が得られているであろうことを,理解するということができる。 イ 引用例4について 引用例4の実施例はいずれも,パルスレーザーアブレーション法(パルスレーザー堆積法)によるものであり,引用例4には,スパッタ法による成膜例に係る実施例についての記載はない。 そうすると,引用例4には,本件明細書の実施例3と比較すべき対象が存在しないから,引用例4の記載と本件明細書の記載とが矛盾するということはできない。 (4) 以上によれば,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということができる。 よって,取消事由3は,理由がない。 5 取消事由4(本件発明2ないし5の容易想到性及び本件発明3ないし5の実施可能要件の判断の誤り)について 原告は,本件発明1の引用発明1に基づく容易想到性,引用発明2に基づく容易想到性及び実施可能要件の判断は誤りであるから,本件審決における本件発明2ないし5の引用発明1に基づく容易想到性及び引用発明2に基づく容易想到性並びに本件発明3ないし5の実施可能要件の判断も,いずれも誤りである旨主張する。 しかし,前記2及び3のとおり,本件審決における本件発明1の進歩性に係る判断に誤りはなく,また,前記4のとおり,本件審決における本件発明1の実施可能要件に係る判断にも,誤りはない。 したがって,取消事由4は,理由がない。 6 結論 以上のとおり,取消事由1ないし4は,いずれも理由がないから,原告の本訴請求は理由がない。よって,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 部眞規子 |
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裁判官 | 柵木澄子 |
裁判官 | 片瀬亮 |