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関連審決 不服2014-19200
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事件 平成 27年 (行ケ) 10210号 審決取消請求事件

原告 X?
原告 X?
原告 X?
原告 X?
原告 X?
原告ら訴訟代理人弁理士 鳥巣実
同 中嶋慎一
同 鳥巣慶太
被告特許庁長官
指定代理人日比野隆治
同 豊永茂弘
同 井上猛
同 金子尚人
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2016/09/29
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
-1-事 実 及 び 理 由第1 請求特許庁が不服2014−19200号事件について平成27年8月24日にした審決を取り消す。
第2 前提事実1 特許庁における手続の経緯等(争いがない。)原告らは,発明の名称を「内燃機関用燃料」とする発明につき,平成21年11月18日を出願日とする特許出願(特願2009−263214号。以下「本願」という。)をした。
原告らは,平成25年8月28日付けで拒絶理由通知がされたため,同年10月31日付けで意見書を提出したが,平成26年6月23日付けで拒絶査定を受けた。
原告らは,同年9月26日,これに対する不服の審判を請求するとともに,特許請求の範囲変更等を内容とする手続補正(甲3。以下「本件補正」という。)をした。
特許庁は,上記請求を不服2014−19200号事件として審理を行い,平成27年8月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,同年9月8日,その謄本が原告らに送達された。
2 特許請求の範囲の記載本件補正後の本願の特許請求の範囲(請求項の数は2)の請求項1の記載は,以下のとおりである(甲3。以下,同請求項に記載された発明を「本願発明」という。
また,本件補正後の本願の明細書及び図面を併せて「本願明細書」という。。
)「【請求項1】軽油,灯油,ガソリンまたはA重油である石油燃料に,ジメチルアルキル3級アミンからなる燃料油注入剤を0.5〜1容量%の範囲で注入したことを特徴とする内燃機関用燃料。」3 審決の理由-2-審決の理由は,別紙審決書写しのとおりである。その要旨は,本願発明は,本願出願日前に日本国内又は外国において頒布された刊行物である「Journalof Energy Resources Technology,1999年,Vol.121,pp.255〜230」(甲1。乙1。訳は乙2。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び刊行物1に記載された事項に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,したがって,本願は拒絶すべきものである,というものである。
(1) 審決が認定した引用発明の内容「ディーゼル燃料に,N,N−ジメチルドデシルアミンからなるディーゼル燃料向上剤を1w/v%注入したディーゼル燃料組成物。」(2) 本願発明と引用発明との一致点及び相違点は以下のとおりである。
ア 一致点「軽油にジメチルアルキル3級アミンからなる燃料油注入剤を特定比率で注入した内燃機関用燃料。」イ 相違点本願発明は,ジメチルアルキル3級アミンからなる燃料油注入剤が,0.5〜1容量%の範囲であるのに対して,引用発明は,1w/v%である点第3 原告らが主張する取消事由1 取消事由1(相違点の認定の誤り)(1) 刊行物1におけるN,N−ジメチルドデシルアミンの添加量は,1.0〜5.0w/v%であり,その比重は0.787g/mLである(甲11)。
したがって,刊行物1に記載された引用発明は,「ディーゼル燃料に,N,N−ジメチルドデシルアミンからなるディーゼル燃料向上剤を1.0〜5.0w/v%(1.27〜6.35容量%)注入したディーゼル燃料組成物。」と認定すべきである。
-3-そして,本願発明と引用発明との相違点は,本願発明は,軽油,灯油,ガソリンまたはA重油である石油燃料に,ジメチルアルキル3級アミンからなる燃料油注入剤が,0.5〜1.0容量%の範囲であるのに対して,引用発明は,ディーゼル燃料に,N,N−ジメチルドデシルアミンからなるディーゼル燃料向上剤が,1.27〜6.35容量%(1.0〜5.0w/v%)である点と認定すべきである。
(2) 審決は,引用発明の燃料向上剤の添加量を「1w/v%」とし,本願発明は,ジメチルアルキル3級アミンからなる燃料油注入剤が「0.5〜1容量%」の範囲であるのに対して,引用発明は,「1w/v%」である点で相違するとしている。しかし,燃料油注入剤の添加量は,本願発明の「0.5〜1.0容量%」と引用発明の「1.27〜6.35容量%」とで,少なくとも約30%,最大で約10倍以上の大きな隔たりがあり,大きく相違する。なお,本願発明の燃料油注入剤の注入方法は常に一定であり,約30%もの誤差が生じることはあり得ない。
また,被告は,審決の認定において,有効数字の取り方は自由裁量であり,有効数字1桁とすることに問題はないと主張する。しかし,本願発明は,添加量を1容量%以下(0.787w/v%以下)の範囲で特定するものであり,このような場合に有効数字を1桁とすることは,到底容認できない。
(3) 以上のとおり,審決の引用発明の認定には誤りがあるから,相違点の認定にも誤りがあり,この誤りは容易想到性の判断に影響を及ぼすものといえる。
2 取消事由2(相違点に関する判断の誤り)(1) 燃料油注入剤の添加量については,本願発明では「0.5〜1.0容量%」,引用発明では「1.27〜6.35容量%」と,その範囲が大きく異なり,効果においても著しく相違する。本願発明は,多大な時間や労力を費やして実走試験を行うことで,最適な燃料油注入剤の範囲を見出し,かつ,それによる引用発明にない燃費や排出ガス低減の顕著な効果を奏するものであるから,刊行物1によって本願発明の進歩性を否定することは,本願発明者の長期にわたる試験による開発努力を無に帰せしめるものである。
-4-ア 本願発明の効果について本願発明の効果は,「燃費の向上,及び,CO 2 ,CO,HC,NOx等の排出ガスの低減」であり,さらにその効果が長期にわたって安定性があるのに対し(本願明細書【0012】【0015】等), ,引用発明はいずれの効果も奏しない。
本願発明の排ガス低減効果は,エンジンを所定の回転数で一定時間運転させた場合の各成分の排出量を,エンジン排ガス計測装置により測定したものである。また,本願発明の燃費の向上の効果は,20台の車が総計約100万km/年を走行して測定したものである。
なお,本願発明の二酸化炭素低減の効果については,EQA国際認証センターの認証を得ており(甲13),同センターにより本願発明に係る実施品(エコ新石油)を含む範囲において,ISO14001:2004&JISQ14001:2004が認証されている(甲14)。
イ 引用発明の効果について(ア) 排出ガスに関する効果について刊行物1には,「HC及びCO排出ガスについて重大な変化は見られなかった。」「図2に示すように,ディーゼル燃料への窒素化合物の添加は,NOx排出において明らかに負の効果をもたらすものではなかった。」等の記載があるから,引用発明には,HC,CO,NOx排出ガスを低減する効果はないとみるのが相当である。
(イ) 燃費向上に関する効果についてa 刊行物1には,燃費向上についての記載は一切なく,引用発明は,燃費向上についての想定は皆無である。また,刊行物1の記載から,引用発明に二酸化炭素の低減や,CO,HC,NOxなどの排出ガスの低減についての効果があるとは到底いえず,燃費向上の効果もないとみるのが相当である。
b 排出ガスの低減効果や燃費向上の効果を確認するには,本願明細書に記載されているように実装試験が不可欠であり,測定器のローラーにテスト車両を載せてタイヤを回転させ燃費等を測定する10・15モード走行試験(甲12)も,実走-5-試験とは大きく相違するところ(平成28年3月の新聞記事(甲15,16)参照),まして,刊行物1の試験によって,燃費向上や排出ガスの低減効果があるとはいえないことは明白である。
ウ 審決について審決は,「燃費が向上することにより,排気ガスが減少することは当業者に自明であるから,引用発明は排出ガスの効果とともに,燃費が向上することの効果をも奏するものであるというべきである。」と認定しているが,燃費が向上したことによって排出ガスが減少することがあるとしても,排出ガスの減少によって一義的に燃費が向上するとはいえないから,上記認定は失当である。
また,N,N−ジメチルドデシルアミンなどの物質は車両走行のための燃料としては機能しないので,このような物質が燃料に一定量含まれているとこの分の燃費が減少することは明らかであるといえる。そして,内燃機関は燃料にこのような異物が含まれることを想定していないため,これが内燃機関に不具合をもたらす可能性は否定できないから,これにより燃費が減少することも十分想定し得る。
本願発明は,これらを考慮し,かつ,十分な効果があらわれる範囲として「0.5〜1.0容量%」と特定したものである。
(2) 被告の主張についてア 被告は,独自に作成した表を用いて,添加量が「0.0w/v%」から「1.0w/v%」の領域では,BCNの数値がより高くなるか,少なくとも1.0w/v%の場合とほぼ同等となることが予測されると主張する。
しかし,このような予測は,刊行物1には記載されておらず,実質的に記載されていると解することもできない。
イ 被告は,燃料の燃焼効率が向上すると,一定距離の走行に必要な燃料は少なくなることから,当該一定距離の走行中に排出される二酸化炭素の総排出量は相対的に減少するため,本願発明の効果は顕著とはいえない旨主張する。
しかし,一方で,被告は,燃料の燃焼効率が向上すると二酸化炭素の排出量が増-6-加するとも主張しており,これらの相反する事象から,最終的には二酸化炭素が減少しているとの結論が導き出せるべくもない。また,引用発明の試験結果を考慮すれば,N,N−ジメチドデシルアミンを,それぞれ1.0w/v%,2.0w/v%,3.0w/v%,4.0w/v%添加した場合に,二酸化炭素の排出量は増加するか,少なくとも減少はしていないとみるのが相当である。
ウ 被告は,本願発明と引用発明は,目的が共通し効果も同等と断じている。
しかし,本願発明の目的は,排出ガス低減と燃費向上であり,引用発明の目的と同一ではなく,そのため試験及び実験等のアプローチが異なる。
(3) 以上のとおり,本願発明は,最適な燃料油注入剤の範囲を見出し,かつ,それによる引用発明にない燃費や排出ガス低減の顕著な効果を奏するものであり,引用発明に基づき,当業者であっても容易になし得ることではないから,審決の判断には誤りがあり,違法であるので取り消されるべきである。
第4 被告の主張1 取消事由1(相違点の認定の誤り)について原告らは,本願発明と引用発明との相違点は,「本願発明は,軽油,灯油,ガソリンまたはA重油である石油燃料に,ジメチルアルキル3級アミンからなる燃料油注入剤が,0.5〜1.0容量%の範囲であるのに対して,引用発明は,ディーゼル燃料に,N,N−ジメチルドデシルアミンからなるディーゼル燃料向上剤が,1.27〜6.35容量%である。」点にあると主張する。上記相違点は,審決の引用発明の認定とは異なる,原告らの解釈に基づく引用発明を前提とするものである。
審決の引用発明の認定は,刊行物1の表6に記載された一実施形態に依拠するものである。他方,原告らが前提とする上記引用発明は,同表に列記された複数の実験データをまとめたものと解される。確かに,刊行物1には原告らのいう発明が記載されているかもしれない。
しかし,刊行物に記載された多くの技術的事項(発明)の中から,本願発明と対比すべき「引用発明」として,いかなる発明を認定するかは審判合議体の裁量の範-7-囲内のことであるから,上記一実施形態を引用発明とした審決の認定に誤りはない。
そうである以上,引用発明に基づいてなされた審決の相違点の認定にも誤りはない。
したがって,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点に関する判断の誤り)について(1) 原告らは,相違点に関する判断の誤りの根拠として,@ジメチルアルキル3級アミン(N,N−ジメチルドデシルアミン)の添加量に係る構成上の相違の看過(構成相違の看過),A本願発明と引用発明における効果上の相違の看過(効果相違の看過)を主張する。
(2) 構成相違の看過について本願発明の燃料添加剤の添加量(0.5〜1容量%)と引用発明の燃料添加剤の添加量(1w/v%≒1.27容量%)との相違(構成上の相違)は,当業者による設計的事項の範疇の微差というべきであるから,審決が相違点に係る構成を容易想到と判断した点に誤りはない。
ア 引用発明の添加量を低減する動機付けについて刊行物1では,表6にみられる,各DMDA添加量に対するBCN値(セタン価増加に与える添加剤の影響度合・コストパフォーマンスを表す指標)の傾向,すなわち,「BCN値は,DMDA添加量が低濃度側である1.0w/v%に近づくにつれ,高い値を示すこと」(下記グラフの各直線の傾き参照)を踏まえて,引用発明のDMDA添加量「1w/v%」は,実験に供された添加量範囲(1−5w/v%)の中で,最適な耐ノック性を示す濃度であると考察されている。
そして,この傾向からすると,当該BCN値は,DMDA添加量が1.0w/v%よりも低い領域(1.0w/v%近傍)において,さらに高くなるか,少なくとも1.0w/v%の場合と同程度で推移することが予測される。他方,一般に,燃料添加剤の添加量を決定するにあたっては,当該添加剤の効き具合のみならず,当該添加剤の費用を含めたトータルコストが憂慮されることから,燃料添加剤には,できる限りその添加量を低減し,費用対効果を高めることが要請されているといえ-8-る。
これらを併せて考慮すると,刊行物1には,当業者が,最適な耐ノック性を示す低濃度域として認識されている引用発明の添加量を,1w/v%よりもさらに低減せしめる動機付けが存在するといえる。
イ 添加目的(期待する効果)の共通性による同一添加量への帰着について一般に,セタン価を増加させる添加剤に接した当業者は,排出ガス低減及び燃費改善という効果を当然に期待し,これらの効果を,セタン価増加により誘発される連関効果(セタン価増加と一体的な効果)として認識しているのであるから,セタン価増加(耐ノック性向上)を予定する引用発明は,これに連関する排出ガス低減-9-及び燃費改善という効果,すなわち,本願発明と共通する添加目的(期待する効果)を予定するものといえる。
そうすると,本願発明と引用発明とは,ディーゼル燃料への燃料添加剤としての化合物が同一である上,その添加目的(期待する効果)においても共通するといえる以上,引用発明において,DMDA添加量を調整する際,本願発明とさほど変わらない添加量に帰着する(最適化されていく)ものと考えるのが合理的である。
ウ 本願発明の燃料添加剤の添加量の技術的意義について(ア) 本願発明の添加量の上下限値については,本願明細書の段落【0021】に,「0.5容量%よりも少ないと,十分な効果が発揮されないからであり,1容量%を超えると,効果に比べて価格が高くなるからである。」と記載されているにとどまり,それ以上の説明は見当たらない。また,本願明細書の排気ガス成分を確認した試験の結果(【表1】〜【表17】)及び燃費を確認した試験の結果(【表18】〜【表38】 【図2】〜【図6】, )をみても,上記上下限値を境に定性的ないし定量的な効果が発現しているともいえないから,「0.5〜1容量%」という添加量範囲は,臨界的意義を有するものではない。
(イ) また,上記排気ガス試験と燃費試験は別個に行われたものであって,同一燃焼条件下において排出ガス低減効果と燃費改善効果の双方が同時に発揮されることを確認ないし類推し得るものではない。原告らが主張する本願発明の効果(【0012】【0015】等)は,全体として根拠に乏しいものといわざるを得ない。
,(ウ) 以上のとおり,本願発明の添加量に格別の技術的意義があるということはできないから,引用発明における添加量を低減して本願発明の添加量とすることを困難とする事情は見当たらない。
エ 燃料添加剤の添加量の近似(僅差)について本願発明における燃料添加剤の添加量の調整は,大容量のタンクを用いて行う大まかな調整手法によることから,当業者は,本願発明が規定する「1容量%」という数値に接したとき,これを有効桁数がさほど大きくない概数と理解するのであっ- 10 -て,「1容量%」という本願発明の添加量の上限値と,「1.27容量%」(有効数字を1桁にとると「1容量%」)という引用発明の添加量との間には,元来,さほどの差はなく,両者の数値は近傍すると考えるのが合理的である。
(3) 効果相違の看過について原告らは,引用発明は本願発明のいずれの効果も奏しない旨主張する。しかし,上記のとおり,原告ら主張の本願発明の効果は,全体として根拠に乏しいものである上,以下のとおり,個々の効果についてみても,当業者が引用発明から予測し得ない程のものとはいえないから,審決の容易想到性の判断に誤りはない。
ア 燃費改善効果についてセタン価増加から燃費改善に至る連関のとおり,燃費改善効果は,セタン価増加を予定する引用発明から予測し得るものである。
イ 排出ガス低減効果(総排出量)について排出ガス量の低減という場合,成分測定時における特定の排出ガス成分の割合(成分濃度)を低減するという意味合いと,所定距離を走行したときの排出ガスの総排出量を低減するという意味合いがある。まず,後者の意味合いとして捉えると,所定距離を走行するにあたり,燃費が改善されれば,その分の燃料消費量が相対的に少なくなり,もって当該所定距離の走行中に排出される二酸化炭素(CO2)の総排出量が低減されること(他の排出ガスも同様である。)は当然のことである。
そして,上記のとおり,引用発明においても燃費改善効果が予測される以上,当該二酸化炭素等の排出ガスの低減効果(総排出量に関するもの)も予測の範疇のことである。
ウ 排出ガス低減効果(成分濃度)について次に,当該排出ガス低減効果を前者の意味合いとして捉えると,本願明細書の段落【0044】などには,CO2をはじめ,CO,HC,NOxさらにはPM,SOxのすべてが同時に低減される旨記載されているが,技術常識からすると,有害成分とされる炭化水素(HC),一酸化炭素(CO)及び粒子状物質(PM)排出- 11 -量(濃度)が減少すれば,その分,二酸化炭素(CO2)排出量(濃度)が増加するなど,これら排出ガス中の各成分はトレードオフの関係にあることから,すべての成分の排出量(濃度)が低減する事象は想定し難い。しかも,本願発明があらゆる排出ガス成分の低減効果を奏することについては,本願明細書において実際に確認されているわけではない。このような理解を前提とすると,前者の意味合いとしての排出ガス低減効果(成分濃度)とは,二酸化炭素(CO2)を除く,炭化水素(HC),一酸化炭素(CO)といった有害成分の低減と解するほかないが,このような排出ガス低減効果(成分濃度)は,上記のとおり,セタン価増加を予定する引用発明から予測し得るものである。また,当業者は,引用発明に係るディーゼル燃料組成物に,HC,CO,NOx排出ガスの低減効果がないとまでは理解しない。
したがって,本願発明は,引用発明に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであるとした審決の判断に誤りはない。
(4) 以上によれば,審決の相違点に関する判断に誤りはなく,取消事由2は理由がない。
第5 当裁判所の判断1 取消事由1(相違点の認定の誤り)について(1) 本願発明について(本願明細書の図6及び表3,5,9,19については,別紙本願明細書図面等目録参照)本願明細書の記載によれば,本願発明は,内燃機関用燃料に関するものである(【0001】。
)一般に,石化燃料の燃焼において発生する二酸化炭素が,地球温暖化に影響を及ぼしていることが知られている(【0002】 。燃料添加物を石油燃料に添加する)ことで燃焼効率を良好として燃費を向上させる技術が提案されているが,完全に燃焼すれば二酸化炭素が増え,エンジンの調子が良くなれば二酸化炭素は増えるという問題点があり(【0006】 ,また,燃費節約のためエコドライブ教育を実施し)ても,1〜2%ぐらいしか燃費は削減できなかった(【0007】。
)- 12 -本願発明は,二酸化炭素低減,燃料消費量の低減,全ての排気ガス低減を図ることができる内燃機関用燃料を提供することを目的(課題)とするものであり(【0010】,この課題を解決するために,軽油,灯油,ガソリンまたはA重油である石)油燃料に,ジメチルアルキル3級アミンを0.5〜1容量%の範囲で注入するようにしたものである(【0011】,【請求項1】。
)本願発明は,長期にわたって安定して,燃料消費量が低減され,発生する二酸化炭素その他の排気ガス成分(CO,HC,NOxなど)も低減されるという効果を奏するものであり(【0008】 【0009】 【0012】 【0015】 【001, , , ,8】【0044】,【0048】,【0081】,ジメチルアルキル3級アミンが0., )5容量%よりも少ないと十分な効果が発揮されず,1容量%を超えると効果に比べて価格が高くなることから,含有量を0.5〜1容量%と特定している(【0017】【0021】。
, )なお,図6は,エコ物質(ジメチルアルキル3級アミンからなる燃料油注入剤)を注入しない場合とエコ物質を注入した場合との燃費を比較した図である(【0019】。
)(2) 引用発明についてア 刊行物1(甲1。乙1。訳文は乙2)の記載によれば,刊行物1は,N,N−ジメチルドデシルアミンがディーゼル燃料の着火性(耐ノック性)と汚染物質排出に与える影響について報告した論文であり,次の内容が記載されている(刊行物1の表3,6及び図2,3については,別紙刊行物1図面等目録参照)。
(ア) 着火性(耐ノック性)についてセタン価(CN)は,ディーゼル車の着火性を示す上で最も重要な燃料性能の一つである。
着火品質の乏しい(セタン価48.0)ベース燃料K(表3参照)に対して,ディーゼル燃料向上剤(増量剤)であるN,N−ジメチルドデシルアミンを,それぞれ1.0w/v%,2.0w/v%,3.0w/v%,4.0w/v%または5.0w- 13 -/v%添加した燃料組成物について,標準BASF単気筒CI(圧縮着火)エンジンを用いてセタン価を測定したところ,ΔCN(ベース燃料Kからのセタン価の増加量)は,それぞれ2.1,3.6,4.1,5.6であり,BCN(ベース燃料とブレンドした際の代替品のセタン価)は,それぞれ257,227,183,159であった(表6)。
また,表6の結果から,「N,N−ジメチルドデシルアミンは,低濃度(1w/v%)の試験で,更にジブチルパルミタミドよりも大変効果的であることがわかる。
両化合物は低濃度(1−2w/v%)において最適な耐ノック性を有すと思われる。(訳文6頁29行ないし31行)との記載がある。
」(イ) 汚染物質排出について良好な着火性は,結果的に排出ガスを減少させるといわれており,ディーゼル燃料の一般的な傾向として,高いセタン価を持つ化合物は,排出ガスについてプラスの効果を持つとされる。
着火性の高い(セタン価52.2)ベース燃料O(表3参照)に対して,N,N−ジメチルドデシルアミンを所定量添加した燃料組成物について,単気筒のPetter社の型式AV1−LABディーゼルエンジンを用いて,負荷(Load)が2%,50%,100%の場合の排出ガスの低減比率を測定している。
a NOxについて図2には,N,N−ジメチルドデシルアミンを4w/v%添加した燃料組成物について,NOx排出低減比率が示されており,「図2に示すように,ディーゼル燃料への窒素化合物の添加は,NOx排出において明らかに負の効果をもたらすものではなかった。この作用結果は圧縮エンジン技術によるものである。(訳文7頁6」行ないし8行)との記載がある。
b HC及びCOについてHC及びCOについて,刊行物1には具体的な測定データは示されていないものの,「HC及びCO排出ガスについて重大な変化は見られなかった。しかし,CN- 14 -の増加はHC及びCO排出ガスの改善に導くことは知られていることではあるが,従来の燃料を使用したときでさえ,Petterエンジンがこの2つの大気汚染物質の排出を低濃度に抑えたといえる。(訳文7頁2行ないし5行)との記載がある。
」c 粒状物質(PM)について図3には,N,N−ジメチルドデシルアミンをそれぞれ1w/v%,2w/v%,4w/v%添加した燃料組成物について,粒状物質(PM)排出低減比率が示されており,粒状物質は,1w/v%の場合は負荷50%において若干低減し,2w/v%及び4w/v%の場合は負荷50%及び100%において約0.9〜0.8程度に抑えられていることが読み取れ,「これらの実験から得られた重要な結果は,粒状物質排出量について試験した化合物の有益な効果であった。窒素化合物を用いて粒状物質排出量の減少について研究した。図3に示すように,添加化合物の濃度を増加させることにより,この作用がさらに明らかになった。(訳文7頁9行ない」し12行)との記載がある。
引用発明の認定刊行物1の上記記載によれば,@刊行物1の表6には,セタン価48.0であり着火品質の乏しいディーゼルべース燃料Kに対して,ディーゼル燃料向上剤(増量剤)であるN,N−ジメチルドデシルアミンを1.0w/v%添加したことにより,セタン価が2.1高くなったディーゼル燃料組成物が記載され,Aまた,表6には,N,N−ジメチルドデシルアミンの添加量を,最大で5.0w/v%まで変化させたディーゼル燃料組成物についても記載されているものの,表6の結果から,N,N−ジメチルドデシルアミンは,低濃度である「1w/v%」の場合に大変効果的であり,最適な耐ノック性を有する旨が記載されており,刊行物1においては,ディーゼル燃料向上剤(増量剤)であるN,N−ジメチルドデシルアミンの添加量を,特に「1w/v%」とした場合に着目していることが認められる。
このように,刊行物1には,N,N−ジメチルドデシルアミンは,低濃度である「1w/v%」の場合に大変効果的であり,最適な耐ノック性を有するとの技術的- 15 -思想が開示されていることが認められ,このことは刊行物1に接した当業者がその全体に記載された内容に基づいて把握し得るものであるといえる。
そうすると,刊行物1の記載に接した当業者であれば,刊行物1には,「ディーゼル燃料に,N,N−ジメチルドデシルアミンからなるディーゼル燃料向上剤を1w/v%注入したディーゼル燃料組成物」が記載されていることを認識することができる。
したがって,刊行物1の記載から引用発明を上記のとおり認定した審決の引用発明の認定に誤りはない。
(3) 本願発明と引用発明の一致点及び相違点本願発明は,石油燃料として,「軽油,灯油,ガソリンまたはA重油」を用いるものであるところ,引用発明との一致点は,「軽油に,ジメチルアルキル3級アミンからなる燃料油注入剤を特定比率で注入した内燃機関用燃料。」であると認められる。
前記認定の引用発明を前提に,本願発明と引用発明と対比をすると,本願発明と引用発明との相違点は,「本願発明は,ジメチルアルキル3級アミンからなる燃料油注入剤が,0.5〜1容量%の範囲であるのに対して,引用発明は,1w/v%である点」であると認められる。
したがって,上記のとおり相違点を認定した審決に誤りはない。
(4) 原告らの主張についてア 原告らは,引用発明におけるディーゼル燃料向上剤の添加量は,「1w/v%」ではなく,「1.0〜5.0w/v%」と認定すべきであると主張する。
確かに,前記のとおり,刊行物1の表6には,N,N−ジメチルドデシルアミンの添加量を1.0w/v%から5.0w/v%まで変化させたディーゼル燃料組成物が記載されていることが認められる。
しかし,刊行物1には,N,N−ジメチルドデシルアミンは,低濃度である「1w/v%」の場合に大変効果的であり,最適な耐ノック性を有するとの技術的思想- 16 -が開示されていることが認められ,このことは刊行物1に接した当業者がその全体に記載された内容に基づいて把握し得るものであるといえることは前記認定のとおりである。
また,刊行物1においては,表6中の「1.0w/v%」について,「低濃度(1w/v%)(訳文6頁29行)とも記載されているから,N,N−ジメチルド」デシルアミンの添加量を有効数字一桁で表記して認定したことが誤りであるということもできない。
したがって,審決の引用発明の認定に誤りはなく,原告らの上記主張は採用することができない。
イ 原告らは,本願発明と引用発明との相違点は,N,N−ジメチルドデシルアミンの比重(甲11)を考慮すると,「本願発明は,軽油,灯油,ガソリンまたはA重油である石油燃料に,ジメチルアルキル3級アミンからなる燃料油注入剤が,0.5〜1.0容量%の範囲であるのに対して,引用発明は,ディーゼル燃料に,N,N−ジメチルドデシルアミンからなるディーゼル燃料向上剤が,1.27〜6.35容量%である」点と認定すべきであり,燃料油注入剤の添加量は,本願発明の「0.5〜1.0容量%」と引用発明の「1.27〜6.35容量%」とで,少なくとも約30%,最大で約10倍以上の隔たりがあり大きく相違すると主張する。
しかし,原告らの上記主張は,審決における引用発明の認定の誤りを前提とするものであるところ,前記のとおり,審決の引用発明の認定に誤りはないから,原告らの上記主張はその前提を欠くといわざるを得ない。
また,本願発明は,石油燃料として複数の選択肢を有するものであるところ,そのうち石油燃料として軽油を用いる発明について,引用発明と対比する場合には,引用発明の「ディーゼル燃料」は本願発明の「軽油」に相当することから,石油燃料の種類は一致点であり,相違点には含まれない。
さらに,相違点の認定において,引用発明のN,N−ジメチルドデシルアミンの添加量の単位が,本願発明と同一となるように換算して認定していないことも誤り- 17 -とはいえない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
(5) 以上によれば,原告らの主張する取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点に関する判断の誤り)について(1) 本願発明と引用発明の相違点について審決の認定した本願発明と引用発明の相違点は,「本願発明は,ジメチルアルキル3級アミンからなる燃料油注入剤が,0.5〜1容量%の範囲であるのに対して,引用発明は,1w/v%である点。」である。
(2) 本願発明の「0.5〜1容量%」の技術的意義について本願明細書には,ジメチルアルキル3級アミンからなる燃料油注入剤の添加量について,「0.5容量%よりも少ないと,十分な効果が発揮されないからであり,1容量%を超えると,効果に比べて価格が高くなるからである。 (」 【0021】 ,)「特に,コスト面から・・・0.99〜1容量%であることが望ましい。 (」 【0017】)との記載があることから,燃料油注入剤の効果の程度とコストとを考慮した結果,本願発明において,その添加量を「0.5〜1容量%」の範囲と特定していることが認められる。その他,特に,上記範囲に特定したことによる,燃料消費量の低減やCO2,CO,HC,NOxの低減効果に関する技術的意義等については明らかではなく,上記範囲の特定が臨界的な意義を有するとは認められない。
また,具体的な実験結果をみると,本願明細書には,@軽油を用いた自動車用エンジンからの排気ガス中のCO2,CO,HC,NOxの濃度を測定した試験(表1〜表11)においては,燃料油注入剤の添加量が,1容量%,2容量%,4容量%,7.5容量%,10容量%と多くなるにつれて排気ガスの各成分濃度が低減される傾向にあるが,1容量%であっても,十分に排ガス成分の各成分濃度が低減されており,A燃料油注入剤を0.99〜1容量%添加した軽油を用いて,実際に貨物の長距離運送(公道走行試験)を行ったところ(表18〜表38及び図6),全車両の平均の燃料削減率は−6.4%(表18)であったことが記載されている。
- 18 -しかし,「0.5〜1容量%」の範囲において,それより添加量を多くした場合と比べて,排気ガスの各成分濃度及び燃料消費量の低減効果が顕著に優れていることは示されていない(なお,本願明細書の表19ないし表38には,3714号車と3900車は,燃料タンク少量のため,走行距離1200km以上は道中200リットル補注し,エコ物質0.5%と考えられるとの記載がある。しかし,3714号車と3900車が,当該表中,いずれのデータに対応するのか不明であり,また,1200km以上走行した例は全体的にみて少ないから,添加量を0.5容量%とした場合の公道走行試験におる効果が確認されていると認めることはできない(表19参照))。。
上記によれば,本願発明の「0.5〜1容量%」との燃料油注入剤の添加量の特定について臨界的意義があるとは認められない。
(3) 容易想到性について本願発明は,ジメチルアルキル3級アミンからなる燃料油注入剤が,0.5〜1容量%の範囲であるのに対して,引用発明は,1w/v%,すなわち1.27容量%である点において,本願発明と引用発明は相違する(N,N−ジメチルドデシルアミンの比重(0.787g/ml(20℃))を用いて計算すると,引用発明の1w/v%は,1.27容量%となる(甲11))。。
そこで,引用発明において,N,N−ジメチルドデシルアミンの添加量を,1.27容量%から1容量%とすることが,当業者にとって容易に想到し得るかについて,以下検討する。
ア 刊行物1(特に表6)には,N,N−ジメチルドデシルアミンをディーゼル燃料に添加すると,1.0w/v%から5.0w/v%まで,添加量が増えるにつれセタン価は高くなるが,同時にBCN(ベース燃料とブレンドした際の代替品のセタン価)を検討した結果,その添加量について,最小濃度の1w/v%が大変効果的であり,最適な耐ノック性を有することが記載されていることは前記認定のとおりである。そして,刊行物1には,N,N−ジメチルドデシルアミンを1w/- 19 -v%よりも少量とした場合について,上記効果を妨げるような事情を示す記載がないことも併せ考慮すると,刊行物1の記載に接した当業者は,添加量を1w/v%よりも若干少なくした場合であっても,セタン価は相応に高い数値となり,着火性(耐ノック性)が改良されると認識することができると考えるのが相当である。
イ ディーゼル燃料のセタン価に関する技術常識について(ア) セタン価と,燃費(燃料消費量)・排出ガスとの関係について,各文献には以下のような記載がある。
a 特開2009−263434号公報(乙4)には,「セタン価の高いディーゼル燃料は,エンジン始動性,静粛性,燃費出力等が向上し,NOx等の排出を低減する効果を有する。(」【0008】)との記載がある。
b 特開2004−239230号公報(乙5)には,「セタン価が低い場合には,HC,CO,スモーク等の未燃焼成分が増加し,燃費も悪化しやすい」【00(79】)との記載がある。
c 刊行物1には,「セタン価(CN)は,ディーゼル車の着火性を示す上で,最も重要な燃料性能の一つである。良好な着火性は結果的に排出ガスを減少させるといわれている」(訳文6頁18行,19行) 「ディーゼル燃料についての一般的,な傾向として,高いCN値を持つ化合物は排出ガスについてプラスの効果を持つとされる。(訳文6頁下から2行ないし末行)「CNの増加はHC及びCO排出ガス」 ,の改善に導くことは知られていることではあるが,従来の燃料を使用したときでさえ,Petterエンジンがこの2つの大気汚染物質の排出を低濃度に抑えたといえる。(訳文7頁3行ないし5行)「ディーゼル燃料への窒素化合物の添加は,N」 ,Ox排出において明らかに負の効果をもたらすものではなかった。この作用結果は圧縮エンジン技術に因るものである。(訳文7頁6行ないし8行)との記載がある。
」(イ) 上記(ア)によれば,本願出願日当時,一般的な傾向として,セタン価が高いディーゼル燃料は,セタン価が低い燃料に比べて,着火性が良好であり,CO,HC等の未燃焼分やNOx等の排出が減少し,燃費が向上(燃料消費量が低減)する- 20 -ことは技術常識であったと認められる。ただし,どのようなエンジンを用いるか等の具体的な試験条件によっては,上記の効果が発揮されないことがあることも,当業者において認識されていたということができる。
ウ 前記のとおり,刊行物1の記載に接した当業者であれば,引用発明において,N,N−ジメチルドデシルアミンの添加量を1w/v%(1.27容量%)から1容量%に低下させた場合においても,セタン価は相応に高い数値となると認識することができる。そして,上記技術常識に照らすと,当該添加剤を用いない場合と比較して,当該添加剤を1容量%とした場合にも,セタン価が相応に高い数値となり,燃料消費量が低減し,CO,HC等の未燃焼分やNOx等の排出が低減することを,当業者が期待し,予測することができるものと認められる。なお,刊行物1には,N,N−ジメチルドデシルアミンを添加した場合の燃料消費量について記載されておらず,CO,HC,NOxなどの低減作用が確認されなかったことが記載されているとしても,それは単に確認していないだけか,または用いるエンジンやベース燃料などの具体的な試験条件によるものと理解するのが相当であって,当業者の上記の予測を妨げるものではないといい得る。
エ また,一般に,当業者が,ある成分の添加量を設定するに当たっては,効果の程度が最大となるように設定する場合もあるが,効果の程度と当該添加剤のコストとのバランス(費用対効果)を考慮して設定する場合もあり(添加剤の量を減らすことにより費用を抑えることは当業者であれば当然に考慮すべき事柄であるといえる。,いずれを選択するかは,当業者が必要に応じて適宜選択し得るものといえ)る。
そして,刊行物1においても,BCNについて検討し,「これらの物質が商用として検討される場合,排出物の毒性と経済的な実行可能性についての影響を評価するために,さらなる研究が必要である。(訳文7頁28行,29行)とも記載され,」添加剤の経済的な面を考慮する点に着目している。
そうすると,引用発明において,燃料消費量の低減等の効果を得るために,費用- 21 -対効果を考慮して,N,N−ジメチルドデシルアミンの添加量を設定することは適宜選択し得る事項であり,その際,刊行物1に接した当業者であれば,1w/v%よりも少ない添加量を設定することを試みるものと考えられる。また,引用発明の添加量である1w/v%,すなわち1.27容量%を,相違点に係る本願発明の添加量である1容量%まで低下させることに,特段の困難はないといえる。
オ 以上によれば,引用発明において,N,N−ジメチルドデシルアミンの添加量が「1w/v%」であることに代えて,同量より少ない添加量とすることで,相違点に係る本願発明の構成である「0.5〜1容量%」の範囲とすることは,当業者が容易に想到し得るものであると認められる。
(4) 本願発明の顕著な効果について本願発明と引用発明との燃料油注入剤の添加量に関する上記相違点については,その構成という観点からは,当業者が容易に想到することができたものということができる。
次に,燃料油注入剤を特定量含有する本願発明が,引用発明において上記相違点に係る本願発明の構成を採用した場合に予測可能な効果と比べて,顕著な効果を有するか否かについて検討する。
刊行物1の記載に接した当業者であれば,引用発明において,N,N−ジメチルドデシルアミンの添加量を1w/v%(1.27容量%)から1容量%に低下させた場合においても,セタン価は相応に高い数値となると認識することができ,前記技術常識に照らすと,当該添加剤を用いない場合と比較して,当該添加剤を1容量%とした場合にも,セタン価が相応に高い数値となり,燃料消費量が低減し,CO,HC等の未燃焼分やNOx等の排出が低減することを,当業者が期待し,予測することができるものと認められることは前記認定のとおりである。
したがって,本願発明における燃料消費量が低減され,発生する二酸化炭素その他の排気ガス成分も低減されるという効果は,引用発明から予測される効果と同種のものであるといえる(なお,燃焼消費量が低減すれば,それに伴い発生する二酸- 22 -化炭素も低減する。。
)また,本願明細書及び刊行物1における具体的な試験条件が同じであるということはできないから,両者に記載されたCO,HC,NOxなどの排出に関する数値を直接比較することはできないものの,前記認定のとおり,本願発明において「0.5〜1容量%」と設定したことが,それより添加量が多い場合(引用発明の「1.27容量%」を含む。)と比較して臨界的意義を有するものではないから,本願発明の効果が顕著なものであると認めることはできない。
そうすると,本願発明は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものといわざるを得ない。
(5) 原告らの主張についてア 原告らは,刊行物1の記載から,引用発明には,CO,HC,NOxなどの排出ガスを低減する効果はないとみるのが相当であると主張する。
しかし,刊行物1には,N,N−ジメチルドデシルアミンに上記の排出ガスを低減する効果がなかった理由として,Petterエンジンがこれらの排出ガスの濃度を低く抑えたからである旨が記載されていること及びセタン価が高いディーゼル燃料は,セタン価が低い燃料に比べて,着火性が良好であり,CO,HC等の未燃焼分やNOx等の排出が減少し,燃費が向上(燃料消費量が低減)することは技術常識であったことからすれば,刊行物1の排出ガス試験とはエンジンなどの具体的な試験条件が異なる場合においてまで,セタン価に関する上記技術常識に反して,引用発明は,CO,HC等の未燃焼分やNOx等の排出が減少するとの効果はないと当業者が理解することはないと考えるのが相当である。
そして,セタン価に関する前記技術常識に照らすと,刊行物1に接した当業者であれば,N,N−ジメチルドデシルアミンを添加することによりセタン価が高くなった引用発明は,無添加の場合と比較して,CO,HC,NOxなどの排出ガスを低減する効果を潜在的に有していると予測することは十分に可能であるといえる。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
- 23 -イ 原告らは,刊行物1には燃費向上についての記載は一切ないから,引用発明に燃費向上の効果があるとはいえない旨主張する。
しかし,セタン価に関する前記技術常識に照らすと,当業者であれば,N,N−ジメチルドデシルアミンの添加によりセタン価が高くなった引用発明は,無添加の場合に比べて,燃費向上の効果があると予測することが十分に可能であるといえる。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
ウ 原告らは,燃費向上の効果を確認するには,本願明細書に記載されているように実走試験が不可欠であり,測定器のローラーにテスト車両を載せてタイヤを回転させ燃費等を測定する10・15モード走行試験(甲12)も,実走試験とは大きく相違するところ(甲15,16),まして,刊行物1に記載された試験によっては,引用発明に燃費向上の効果があるとはいえない旨主張する。
しかし,刊行物1において,実走試験による燃費向上を確認していなくとも,セタン価に関する前記技術常識に照らすと,当業者であれば,引用発明に燃費向上の効果があると予測することが十分に可能であるといえる。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
エ 原告らは,燃料油注入剤の添加量は,本願発明の「0.5〜1.0容量%」と引用発明の「1.27〜6.35容量%」とでは,その範囲が大きく異なるし,本願発明は,多大な時間や労力を費やして実走試験を行うことで,最適な燃料油注入剤の範囲を見出し,かつ,それにより引用発明にない燃費の向上や排出ガスの低減という顕著な効果を奏するものであるから,刊行物1によって本願発明の進歩性を否定することは,本願の発明者の長期にわたる試験による開発努力を無に帰せしめるものである旨主張する。
しかし,刊行物1に,N,N−ジメチルドデシルアミンがセタン価を高める旨記載されている以上,セタン価に関する前記技術常識に照らすと,引用発明が燃料消費量の低減や排出ガス低減という,本願発明と同様な効果を奏することを当業者が予測することは十分に可能であるし,本願発明の「0.5〜1.0容量%」と数値- 24 -範囲を特定することで,当業者が予測し得ない格別顕著な効果があるものとも認められない。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
オ 原告らは,審決は,「燃費が向上することにより,排気ガスが減少することは当業者に自明であるから,引用発明は排出ガス低減の効果とともに,燃費が向上することの効果をも奏するものであるというべきである。」と認定しているが,燃費が向上したことによって排出ガスが減少することがあるとしても,排出ガスの減少によって一義的に燃費が向上するとするとはいえないから,審決の上記認定は,失当である旨主張する。
確かに,排出ガスの減少によって燃費が向上するといえる具体的な根拠は示されておらず,審決には不十分な点があるといわざるを得ない。しかし,引用発明から燃費向上の効果を奏することを当業者が予測できるという審決の判断自体に誤りはないから,原告らの上記主張は相違点に関する容易想到性の判断を左右するものではない。
したがって,原告らの上記主張は,審決の結論に影響を及ぼすものとはいえず,採用することができない。
(6) 以上によれば,引用発明において,相違点に係る本願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得るものであると認められる。
よって,本願発明は,引用発明に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものであるとの審決の判断に誤りはなく,原告らが主張する取消事由2は理由がない。
第6 結論以上によれば,原告らの各取消事由の主張はいずれも理由がなく,原告らの請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部- 25 -裁判長裁判官 一裁判官 中 島 基 至裁判官 岡 田 慎 吾- 26 -(別紙)本願明細書図面等目録【表3】- 27 -【表5】【表9】- 28 -【表19】【図6】- 29 -(別紙)刊行物1図面等目録【表3】- 30 -【表6】- 31 -【図2】【図3】- 32 -
事実及び理由
全容