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事件 平成 26年 (ワ) 10489号 特許権侵害差止等請求事件

原告株式会社電研社
同訴訟代理人弁護士 藤川義人
同 雨宮沙耶花
被告 ヒエン電工株式会社
同訴訟代理人弁護士 重冨貴光
同 長谷部陽平
同訴訟代理人弁理士 千原清誠
同 鈴木一晃
裁判所 大阪地方裁判所
判決言渡日 2016/09/08
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は,別紙イ号物件目録記載の製品を製造し,販売し,又は販売のために展示してはならない。
2 被告は,前項の製品を廃棄せよ。
3 被告は,原告に対し,77万9411円及びこれに対する平成26年11月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用はこれを3分し,その2を原告の負担とし,その余は被告の負担とする。
6 この判決は,第3項に限り,仮に執行することができる。
-1-事 実 及 び 理 由第1 請求1 主文第1項及び第2項同旨2 被告は,原告に対し,1188万円及びこれに対する平成26年11月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要本件は,発明の名称を「螺旋ハンガー用クランプ」とする特許権を有する原告が,被告による別紙イ号物件目録記載の製品の製造,販売行為が当該特許権に対する侵害行為であると主張して,被告に対し,特許法100条1項に基づき,同製品の製造,販売及び販売のための展示(以下「製造,販売等」という。)の差止め,同条2項に基づき同製品の廃棄を求めるとともに,特許権侵害不法行為に基づき,損害賠償として1188万円及びこれに対する不法行為の日の後の日である平成26年11月11日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
1 判断の基礎となる事実(当事者間に争いがない。)(1) 当事者原告及び被告は,電力・通信用機材の製造,販売を業とする会社である。
(2) 原告の特許権原告は,以下の特許(以下「本件特許」といい,本件特許に係る発明のうち請求項1に係る発明を「本件発明」という。また,本件特許の特許出願を「本件特許出願」といい,本件特許出願の願書に添付された明細書及び図面をまとめて「本件明細書」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)を有している。
ア 登録番号 特許第5485640号イ 登録日 平成26年2月28日ウ 出願日 平成21年10月5日エ 発明の名称 螺旋ハンガー用クランプ-2-オ 特許請求の範囲【請求項1】所定のケーブルを電柱間に吊支するために,前記電柱間に渡した吊線に巻き付けて取付けた螺旋ハンガーの終端部を前記吊線に固定するための螺旋ハンガー用クランプであって,前記吊線と前記螺旋ハンガーとを交差させた状態で挟持する第1プレート及び第2プレートと,これら第1プレート及び第2プレートの各一端同士を緊締するボルト及びナットと,を備え,前記第1プレート及び第2プレートの各一端側に前記ボルトを挿通させるボルト挿通孔を形成するとともに,一端同士を前記ボルトにより連結される閉塞端とし,前記第1プレート及び第2プレートの各他端を開放端とするとともに,他端同士を係合する係合部が設けられており,前記係合部は,前記第1プレートの他端を鉤形に形成するとともに,前記第2プレート側へ折り返して起立状に形成したフック部と,前記第2プレートの他端に一側が開口するように形成した切欠部とからなる,ことを特徴とする螺旋ハンガー用クランプ。
(3) 構成要件の分説本件発明は,次の構成要件に分説できる。
A 所定のケーブルを電柱間に吊支するために,前記電柱間に渡した吊線に巻き付けて取付けた螺旋ハンガーの終端部を前記吊線に固定するための螺旋ハンガー用クランプであって,B 前記吊線と前記螺旋ハンガーとを交差させた状態で挟持する第1プレート及び第2プレートと,C これら第1プレート及び第2プレートの各一端同士を緊締するボルト及びナットと,を備え,D 前記第1プレート及び第2プレートの各一端側に前記ボルトを挿通させるボ-3-ルト挿通孔を形成するとともに,一端同士を前記ボルトにより連結される閉塞端とし,E 前記第1プレート及び第2プレートの各他端を開放端とするとともに,他端同士を係合する係合部が設けられており,F 前記係合部は,前記第1プレートの他端を鉤形に形成するとともに,前記第2プレート側へ折り返して起立状に形成したフック部と,G 前記第2プレートの他端に一側が開口するように形成した切欠部とからなる,ことH を特徴とする螺旋ハンガー用クランプ。
(4) 被告の行為被告は,遅くとも平成26年3月以降,別紙イ号物件目録記載の製品(以下「イ号物件」という。)を製造し,販売し,販売のための展示をしている。
2 争点(1) イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するか(文言侵害の成否・争点1)(2) イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するか(均等侵害の成否・争点2)(3) 本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものか(争点3)(4) 訂正の再抗弁の成否(争点4)(5) 原告の損害額(争点5)第3 争点についての当事者の主張1 争点1(イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するか(文言侵害の成否))(原告の主張)イ号物件は,別紙イ号物件説明書記載のとおりであり,その構成は,別紙対比表の「原告主張イ号物件の構成」欄記載のとおりである。イ号物件の構成aないしhは,それぞれ本件発明の構成要件AないしHを充足するものであるから,イ号物件は本件発明の技術的範囲に属する。
(1) 構成要件Aについて-4-原告主張のイ号物件の構成aは,本件発明の構成要件Aを充足する。
被告は,構成要件Aの「螺旋ハンガーの終端部」が不明であるとして,同構成要件の充足を争うが,本件明細書の【0001】,【0008】及び【0010】の各記載によれば,「螺旋ハンガーの終端部」とは,螺旋ハンガーのうち,螺旋ハンガー用クランプで吊線に固定される部分を指すものといえる。
そして,イ号物件も,「終端クランプ」と名付けられ,また,その登録意匠(意匠登録第1435638号,同第1435885号)の各意匠公報の【意匠に係る物品の説明】には,「らせん状ハンガー終端クランプは,・・・らせん状ハンガーを支持用吊線に固定するものである」と記載されていることからすれば,イ号物件は「螺旋ハンガーの終端部を前記吊線に固定するための螺旋ハンガー用クランプであ」り,構成要件Aを充足する。
(2) 構成要件Bについて原告主張のイ号物件の構成bは,本件発明の構成要件Bを充足する。
被告は,後記(被告の主張)(2)のとおり,「第1プレート」がボルト頭側,「第2プレート」がナット側に位置するなどの限定がされたものである旨主張するが,特許請求の範囲の記載内容は,明細書の一実施形態として記載された内容に限定されるものでない。また,被告指摘に係る平成25年11月22日付け拒絶理由通知書(甲11)及び平成26年1月20日付け意見書(甲12)においても,原告は,そのように限定されるとの主張は一切していない。
イ号物件の「上固定金具」は,本件発明の構成要件Fを充足する構成を備え,「下固定金具」は,本件発明の構成要件Gを充足する構成を備えるから,「上固定金具」が本件発明の「第1プレート」に,「下固定金具」が本件発明の「第2プレート」に該当するのであり,これと反対の被告の主張は失当である。
(3) 構成要件Cについて原告主張のイ号物件の構成cは,本件発明の構成要件Cを充足する。
イ号物件の「上固定金具」が本件発明の「第1プレート」に,「下固定金具」が-5-本件発明の「第2プレート」に該当することは上記(2)のとおりである。
(4) 構成要件Dについて原告主張のイ号物件の構成dは,本件発明の構成要件Dを充足する。
イ号物件の「上固定金具」が本件発明の「第1プレート」に,「下固定金具」が本件発明の「第2プレート」に該当することは上記(2)のとおりである。
そして本件発明の構成要件D「閉塞端」とは,第1プレート及び第2プレートの各一端側に形成されたボルト挿通孔に挿通されたボルトにより一端同士が連結された部分を指すところ,イ号物件の上固定金具及び下固定金具の各一端には,ボルト挿通孔が形成されてボルトが挿通されて一端同士が連結され閉塞端となっているから,イ号物件は当該構成要件を具備しているといえる。
(5) 構成要件Eについて原告主張のイ号物件の構成eは,本件発明の構成要件Eを充足する。
イ号物件の「上固定金具」が本件発明の「第1プレート」に,「下固定金具」が本件発明の「第2プレート」に該当することは上記(2)のとおりである。
本件発明の構成要件Eの「開放端」とは,第1プレート及び第2プレートのうち,前記「閉塞端」の各他端で,ボルト及びナットによる緊締がされておらず,稼働する状態になっている部分をいうから,イ号物件は当該構成要件を具備している。
(6) 構成要件Fについて原告主張のイ号物件の構成fは,以下に詳述するとおり,本件発明の構成要件Fを充足する。
ア 「鉤形」の「フック部」について(ア) 「鉤形」及び「フック」部の用語については,特許請求の範囲の記載及び本件明細書には定義されておらず,またその意義が説明された箇所は存しない。
(イ) そこで,当該用語の通常の用法について検討するに,鉤形とは,「鉤のように,直角に曲った形。」,鉤とは,「@先の曲がった金属製の具。また,それに似たもの。・・・・A鉄の鉤に長い木の柄をつけた武器,B鉤括弧の略。C「かぎの手」-6-の略。」,「フック」については,「@鉤。ホック。Aボクシングで,ひじを曲げて側面から打つ攻撃。Bゴルフで,右(左)打者が打ったボールが左(右)へ逸れていくこと。」と説明されている(広辞苑第5版)。
したがって,「鉤形」とは,鉤,すなわち先の曲がった金属製の具のように,直角に曲がった形を指すものであり,「鉤」の意味の一つとして,「鉤括弧の略」と記載されていることからすると,【「】のような形状を指すものと解釈される。
(ウ) イ号物件におけるT字形は,Tという文字自体に【「】の形状が含まれる以上,鉤形に含まれるというべきである。
また,「フック」とは「鉤」を意味する以上,イ号物件におけるT字形の「係止部」が「フック部」に含まれることも,前記と同様である。
イ 「起立状」について本件発明において,上方か下方かは相対的なものであるから,イ号物件における上固定金具は,下固定金具側へ折り返して起立状に形成しているということができる。
ウ 被告の主張について本件発明は,螺旋ハンガーの架線作業において,当該螺旋ハンガーの終端部を吊線に対して極めて容易に,かつ確実に連結固定することができ,架線作業性を著しく向上させることを独自の作用効果とした発明であるが,この作用効果はイ号物件の構成fにおいても十分に発揮するものであり,イ号物件の上固定金具の他端がT字形の一部である【「】という形状(被告の主張する「第2屈折部分」)になっていれば発揮されるもので,この形状の先端部がさらに90度曲がって下向きに伸びている部分(被告の主張する「第1屈折部分」)が存する必要性はない。
被告が主張するように,第2プレートが反時計回りして係合が解けることを防止するというのであれば,それは極めて重要な作用効果であり,特許請求の範囲又は明細書に記載されてしかるべきところ,そのような技術的特徴は本件明細書には一切記載されておらず,むしろ,ボルト・ナットを嵌め込むときのことしか記載され-7-ていない。
また,被告はナットの締め込みがうまくいかないときにはナットを逆方向に回す必要が生じ,第1屈折部分がなければ,第2プレートが動いてしまい,第1プレートとずれてしまうなどと主張するが,そのような状態が生じることは本件明細書に一切記載されておらず,また,仮にそのような状況になったとしても,再度締め直すことでプレートも元に戻ることになる。
いずれにせよ,第1屈折部分は必須の構成ではない。
被告は,「フック部」においては先端が被告のいう「第1屈折部分」と「第2屈折部分」の両方を備える一方,「切欠部」には「第2屈折部分」しかないと主張するが,同じ形状であっても別の部分を特定するものとして用語が使われる場合,別の用語が使用されることは特許請求の範囲の文言や明細書において日常茶飯事であり,本件においても,両者が別々に存在するからといって,形状が異なることを意味するものではない。仮に異なるものであるなら,その旨が明確に記載されるべきであるが,本件明細書だけでなく本件特許出願の経過において,それに触れたものはない。
(7) 構成要件Gについて原告主張のイ号物件の構成gは,以下に詳述するとおり,本件発明の構成要件Gを充足する。
ア イ号物件の下固定金具の他端は,一側が開口するように形成した切欠部が形成されている構成であるから(構成g),構成要件Gにおける「他端に一側が開口するように形成した切欠部」に該当する。
イ 被告は,「開口するように形成した切欠部」が,本件明細書に記載の一実施形態の内容(切欠部22a)に限定されるかのように主張するが,そのように限定される理由はない。
また,被告は,先端が開口側に曲がった形状(鉤形)が除外されている旨主張するが,切欠部の形状から鉤形を除外する理由はなく,鉤形であってもなくてもよい-8-ということで限定がされていないだけである。
(8) 構成要件Hについて原告主張のイ号物件の構成hは,本件発明の構成要件Hを充足する。
(被告の主張)イ号物件の構成は,別紙対比表の「被告主張イ号物件の構成」欄記載のとおりであり,以下の点で本件発明の構成要件を充足せず,構成要件Hを充足することは認める。
(1) 構成要件Aの「終端部」について構成要件Aの「終端部」の意義は不明であるから,イ号物件は「終端部」の構成要件を充足しない。この点に関する原告の主張は,明らかに循環論法であり,争う。
(2) 構成要件BないしGの「第1プレート」,「第2プレート」についてイ号物件の「上固定金具」が「第1プレート」に,イ号物件の「下固定金具」が「第2プレート」に該当する旨の原告主張は争う。
本件明細書の記載及び本件特許出願の経過からすれば,本件発明の「第1プレート」は,少なくとも@ボルト頭側に位置し,A吊線用溝部が形成されており,かつB吊線が長手方向と略直交した状態であてがわれる,矩形形状のプレートであると解され,本件発明の「第2プレート」は,少なくとも,@ナット側に位置し,A螺旋ハンガー用溝部が形成されており,B反時計回りに回動することで他方のプレートとの係合を解かれ,時計回りに回動することで他方のプレートと係合させられるプレートであると解されるところ,イ号物件の上固定金具は,ナット側に位置し,吊線用溝部が形成されておらず,吊線が長手方向と略直交した状態であてがわれない,プレートであるから,イ号物件の上固定金具は,本件発明の「第1プレート」に該当しないし,イ号物件の下固定金具は,ボルト頭側に位置し,螺旋ハンガー用溝部が形成されておらず,係合を解く際にも係合させる際にも通常回動しない(あえて回動するとすれば,係合を解く際には時計回りに,係合させる際には反時計回りに回動する。)プレートであるから,イ号物件の下固定金具は,本件発明の「第-9-2プレート」に該当しない。
(3) 構成要件Dの「閉塞端」及び構成要件Eの「開放端」についてア イ号物件が本件発明の構成要件Dの「閉塞端」の構成要件を充足する主張は争わない。
構成要件Eの「開放端」の意義は明らかでなく,イ号物件が同構成要件を充足するとの原告の主張は争う。
(4) 構成要件Fの「鉤形に形成するとともに,前記第2プレート側へ折り返して起立状に形成したフック部」についてイ号物件の上固定金具のT字形係止部は,構成要件Fにおける「鉤形に形成するとともに,前記第2プレート側へ折り返して起立状に形成したフック部」に該当しない。
ア(ア) 本件発明における「鉤形に形成するとともに・・・起立状に形成したフック部」とは,プレートの一方の側部に凹部が形成されかつ先端が凹部側に曲がった形状(鉤形)であり,かつ,上方に折り返された形状(起立状)の係止部をいう。
「鉤形」は,「先の曲がった金属製の具」(広辞苑第5版)とされ,「先」の意義は「突き出た部分。また,その端」(同第6版)と記載されているから,「鉤形」は,先(先端)が曲がった形であると解される。そして,本件明細書の【図1】等には,まさに先端が凹部側に曲がった屈折部分(「【「】の先端部がさらに90度曲がって下向きに伸びている部分」,以下「第1屈折部分」という。後記図参照)を含む形状の係止部(フック部)が記載されているから,この第1屈折部分が本件発明における「鉤形」の「先が曲がった」部分に該当し,本件発明の「鉤形」が同屈折部分を含む形状を意味することは明らかである。
そして,上記形状は,第2プレートが係合時の回動方向と逆方向に回動する動きを防止し,確実な連結固定効果(本件発明の作用効果)の発生に寄与している。
- 10 -【図】(イ) 原告は,ナットの締め込み方向が第2プレートの係合方向と同じ方向(時計回り)であるため,第1屈折部分がなくともナットの締め込み時に第2プレートは動かない(上記図の第2屈折部分の根元の部分に接触して止められる。)ことを理由として第1屈折部分の有無は関係がないと主張する。
しかし,締め込みがうまくいかないとき等には反時計回りにナットを回して再度締め込む必要もあるが,このとき,第1屈折部分が存在しなければ,第2プレートが動いてしまい,ずれてしまうことを防ぐことができず,原告の主張する本件発明の作用効果を奏することができなくなる。
イ イ号物件における上固定金具のT字形係止部の形状は,凹部が上固定金具の両側の側部に形成され,かつ,先端は凹部側に曲がっていないから,イ号物件の上固定金具のT字形係止部の形状は,本件発明の「鉤形」に該当しない。
また,イ号物件の上固定金具のT字形係止部は,上方ではなく下方に折り返されており,本件発明の「起立状」に該当しない。
原告は,「鉤形」とは「先の曲がった金属製の具のように,直角に曲がった形」をいうと主張し,第1屈折部分が存在しなくとも「鉤形」であると主張するが,原告が「鉤形」における「曲がった」部分であると主張する屈折部分(以下「第2屈- 11 -折部分」という。前記図参照)は,先端ではなく中間に存在するから,「鉤形」における「曲がった」部分とはいえない。なお,第2屈折部分が存在すれば「鉤形」というのであれば,後記のとおり,本件特許の構成要件の表記として「フック部」と「切欠部」を区別する必要はないはずであるが,両者は明確に異なる概念として定義されている。
ウ したがって,イ号物件の上固定金具のT字形係止部は,本件発明の「鉤形に形成するとともに・・・起立状に形成したフック部」に該当しない。
(5) 構成要件Gの「他端に一側が開口するように形成した切欠部」についてイ号物件の下固定金具の逆C字形係止部は構成要件Gにおける「他端に一側が開口するように形成した切欠部」に該当しない。
ア 「他端に」構成要件Gにおける「他端」とは,「端」とは「物の末の部分。先端。」(広辞苑第6版)であるとされるから,後記参考図1に示される箇所をいい,構成要件Eによれば,「他端」は「開放端」である。
したがって,開放端である「他端」に「一側」が開口するように形成した切欠部とは,後記参考図2に示される箇所を切り欠いた形状をいう。
実際,本件明細書の【図5】(a)には,以下のとおり,「他端」の「一側」が開口するように形成した切欠部が存在する「第2プレート」の図が示されている。
【参考図1】- 12 -【参考図2】【図5】(a)イ 「他端に一側が開口するように形成した切欠部」本件発明においては,係合部を形成する各プレートの「他端」の形状を「鉤形に形成するとともに・・・起立状に形成したフック部」と「他端に一側が開口するように形成した切欠部」の2種類の機能的部材として特定し,これらの部材を明確に区別している。
そして,「他端に一側が開口するように形成した切欠部」の構成は,本件明細書の図において,プレートの他端に一側が開口した切欠部が存在し,かつ先端が切欠部側に曲がっていない形状とされている(切欠部22a)。他方,「鉤形に形成す- 13 -るとともに・・・起立状に形成したフック部」の構成は,プレートの一方の側部に凹部が形成されかつ先端が凹部側に曲がった形状(鉤形)であり,かつ,上方に折り返された形状(起立状)とされている(フック部12a)。本件明細書を通覧するに,上記2種類の機能的部材の構成については,上記形状以外に何らの説明も開示もなく,実施例は一つのみである。
したがって,本件発明の「他端に一側が開口するように形成した切欠部」とは,プレートの他端に一側が開口した切欠部が存在し,かつ先端が切欠部側に曲がっていない形状の係止部をいう。なお,上記形状である本件発明の「他端に一側が開口するように形成した切欠部」 「第1プレート」は, が係合時の回動方向と逆方向 【図(7】では時計回り)に回動する動きを止める機能を有していない。
ウ イ号物件の下固定金具の逆C字形係止部イ号物件の下固定金具の逆C字形係止部は,下固定金具の他端近傍の一方の側部に凹部を設けて逆C字形とするとともに,その先端に下固定金具の一端側へ略90度屈折させた屈折部分を形成している。
したがって,イ号物件は,下固定金具の他端を開口することなく,金属部材からなる金具の一端側へ略90度屈折させて屈折部としているものであるから,その下固定金具の逆C字形係止部は,本件発明の「他端に一側が開口するように形成した切欠部」に該当しない。
なお,上記形状であるイ号物件の下固定金具の逆C字形係止部は,上固定金具が係合時の回動方向と逆方向に回動する動きを止める機能を有している。
2 争点2(イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するか(均等侵害の成否))(原告の主張)(1) 上記1のとおり,イ号物件は本件発明の構成要件の文言を全て充足するが,仮に,構成要件Fにおける「鉤形」が,@「第2屈折部分」だけでなく「第1屈折部分」も必要とし,A「T字形」とは異なる形状であると捉えるとしても,均等侵害が成立する。
- 14 -特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,(1)右部分が特許発明の本質的部分ではなく,(2)右部分を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,(3)右のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,(4)対象製品等が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく,かつ,(5)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,右対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最三小判平成10年2月24日民集52巻1号113頁。以下前記(1)ないし(5)の要件を順に「第1要件」ないし「第5要件」という。)。
(2) 第1要件(本質的部分)本件発明の本質的部分は係合部にあり,第1プレートの「第2屈折部分」と第2プレートの切欠部との組合せであるといえる。
他方,イ号物件であっても,上固定金具には「第2屈折部分」が存在し,下固定金具には切欠部が存在しこれを組み合わせて係合する。
したがって,上固定金具に「第1屈折部分」が存在しない「T字形」係止部であるという相違は,本件発明の本質的部分ではない。
(3) 第2要件(置換可能性)本件発明の目的は,緊締部は一つとしながら「簡単な操作で確実に吊線と螺旋ハンガーとを挟持することができるため,螺旋ハンガーの架線作業において,当該螺旋ハンガーの終端部を,吊線に対して極めて容易に,かつ確実に連結固定することができる。」(本件明細書【0010】)という点であり,作用効果としては「締め混むときに,端部同士がずれない」という点であるところ,イ号物件においても,- 15 -緊締部は一つであり,他端は係合部で係合可能であるから本件発明の目的を達し,かつ,同一の作用効果を奏する。
したがって,本件発明の構成要件Fにおける「鉤形」を「T字形」に置き換えることは可能である。
(4) 第3要件(置換容易性)「第1屈折部分」と「第2屈折部分」からなる鉤形を「第2屈折部分」のみにすることは何ら技術的困難性を伴わないし,係合部として「T字形」を用いることも当業者には公知である。
したがって,「第2屈折部分」のみの「T字形」係止部に置き換えることは容易に想到することができた。
(5) 第4要件(容易想到性)イ号物件は,本件特許出願時における公知技術と同一又は当業者が同出願時に容易に推考できたものではない。
(6) 第5要件(意識的除外)イ号物件が本件特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もない。
(被告の主張)(1) イ号物件は,少なくとも,均等論の第1ないし第3及び第5要件を充足しないから,本件発明の技術的範囲に属さない。
(2) 第1要件(本質的部分)本件発明は,簡単な操作で確実に吊線と螺旋ハンガーとを挟持できるようにした螺旋ハンガー用クランプを提供する発明であるとされ,また,ナットを締め込む際にプレートがずれることを防止することは,本件発明の作用効果の一つであるところ,同作用効果を奏するためには,本件発明の第1プレートの係止部の形状が,第1屈折部分を有する「鉤形」である必要があり,これは,本件発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分であり,本件発明の本質的部分である。
- 16 -そして,上固定金具の係止部の形状がT字形であるイ号物件は,本件発明の本質的部分を置換したものであり,本件特許の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものではない。
原告は,拒絶理由通知を受け(甲11),係合部は,「前記第1プレートの他端を鉤形に形成するとともに,前記第2プレート側へ折り返して起立状に形成したフック部と」等として係合部を構成する各係止部の形状を具体的に特定する補正を行い,登録に至ったものであるから(乙10,甲12),@当該プレートの他端を鉤形に形成すること,A当該プレートの他端を第2プレート側へ折り返して起立状に形成すること,により係合することを発明の構成として特定・限定したもので,「係合」することが可能な形状であれば足りるという原告の理解は誤りである。
(3) 第2要件(置換可能性)本件発明は,第1プレートの「鉤形に形成する・・・フック部」の「第1屈折部分」なしでは原告主張の作用効果(「締め込む時に端部同士がずれない」)を奏しないから,第1プレートの「鉤形に形成する・・・フック部」を第1屈折部分が存在しない「T字形係止部」に置き換えた場合に,原告主張の作用効果を奏しない。
したがって,均等なものではない。
また,操作の簡易化・連結固定の容易化(ボルトを回動中心として,第2プレートを第1プレートと並行に回動して,簡単な操作で両プレートの係止部を係合すること)は,本件発明の作用効果の一つであるが,イ号物件は,上固定金具を斜めに回動させ,その後,上固定金具を下固定金具の他端方向に(直線)移動させることが必要である。これは,より確実な緊締,落下防止効果を得ることを技術思想とするもので,係合及び取外しの際の操作の簡易化・連結固定の容易化を犠牲にしている点で,本件発明の作用効果を奏しないから,置換可能性を個別に検討するまでもなく,本件発明の技術的範囲に属さない。
(4) 第3要件(置換容易性)本件発明において,「鉤形」の「第1屈折部分」は,作用効果に寄与しているか- 17 -ら,同部分をなくしてなお本件発明の作用効果を生じさせるためには,同部分に代わる構成を新たに付与しなければならないから,イ号物件のT字形係止部に置き換えることは容易とはいえない。
(5) 第5要件(意識的除外)第1要件に記載のとおり,本件発明は,本件特許出願手続において,補正により「係合部」を構成する部材としての第1プレートの形状として,@当該プレートの他端を鉤形に形成すること,A当該プレートの他端を第2プレート側へ折り返して起立状に形成することを要素として盛り込み,かかる要素により係合することを発明の構成として特定・限定したものであるから,イ号物件の上固定金具のT字形係止部の形状であるT字形は,本件発明の特許請求の範囲から意識的に除外されたものである。
3 争点3(本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものか)(被告の主張)本件特許は,次の四つの無効理由が存在し,無効審判により無効にされるべきものと認められるから,原告は,被告に対し本件特許権を行使することができない。
(1) 無効理由1(進歩性の欠如)ア 特開2002−135954号公報(乙11,以下単に「乙11」といい,乙11記載された発明を「乙11発明」という。)乙11の記載(請求項5,【0003】,【0027】,【図4】,【図5】,【図6】)によれば,乙11発明は,別紙被告主張乙11発明との対比表の「特開2002−135954公報(乙11)の記載」欄のとおりであり,本件発明の構成要件AないしF及びHに相当する構成を有するが,構成要件G「前記第2プレートの他端に一側が開口するように形成した切欠部」に相当する構成を有さない。
進歩性の欠如(ア) 乙11発明のみに基づく容易想到性乙11発明は,その技術分野,課題,並びに作用及び機能が本件発明と同一であ- 18 -り,乙11発明の立上部(13)及びストッパ部(14)の作用効果は本件発明のフック部及び切欠部のそれと同一であるから,一方の板の立上部(13)及びストッパ部(14)を切欠部に変更したところで,特段優れた作用効果を奏することもなく,したがって,乙11発明の構成を構成要件Gに係る構成に変更することは当業者が容易になし得ることにすぎない。本件発明は,乙11発明のみに基づいても,本件特許出願前にその発明の属する分野における通常の知識を有する者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許には,特許法29条2項に違反した無効理由がある。
(イ) 乙11発明に周知技術を組み合わせたことによる容易想到性本件発明は,乙11発明と,以下の公報に記載された周知技術とを組み合わせることによって当業者が容易に発明することができたものであるから,本件特許には,特許法29条2項に違反して特許された無効理由がある。
a 特開平11−304052号公報(乙12,以下「乙12」という。)乙12は,配管を固定するための「配管バンド」に関するものであり,長尺物を固定する固定具である点で「螺旋ハンガー用クランプ」と関連の強い技術分野のものである。乙12には,構成要件F及びGに相当する構成を有する発明が開示されており,「可及的に配管作業を少ない作業者により容易且つ確実に行うこと」,「配管パイプ押さえ用湾曲バンド片の下向きの回動によって,自動的且つ簡易にワンタッチでなしうる」こと,「振動等によって連結部が緩んだり,ひいては外れたりすることのないものとすること」,「長期に亘る確実な連結を確保する」こと,「締着作業を簡易且つ確実に行い,配管作業を更に効率的になし得るものとすること」等の目的は,本件発明の課題(本件明細書【0007】)と共通しており,また,本件発明の「係合部」と同一の作用及び機能を有している(以下「乙12発明」という。)。
b 実公平7−33024号公報(乙13,以下「乙13」という。)乙13は,固定具の係合手段として,相互に切欠部を有する二つの部材を備え,- 19 -それぞれの切欠部を嵌め合わせることで係合する構成を開示している(以下「乙13発明」という。)。
c 特開2006−275076号公報(乙14,以下「乙14」という。),特開2004−36706号公報(乙15,以下「乙15」という。)乙14及び乙15には,切欠部を設けた部材と,突起(鉤形)を設けた部材とで構成される係合手段において,突起を切欠部に挿入することによって,結合の際のずれを防止する構成が開示されている(以下それぞれ「乙14発明」,「乙15発明」という。)。
(2) 無効理由2(サポート要件違反)本件明細書の発明の詳細な説明の【0030】及び【0031】記載のクランプと【0032】記載のクランプは,いずれも本件発明とは異なるものである。
そして,本件明細書の記載(【0032】,【0033】)によれば,第1プレートにフック部があり,第2プレートに切欠部があるという構成と,第2プレートの他端を,第1プレートのフック部側に所定の角度で屈曲させるという構成とは,一体不可分の構成であり,請求項2に係る発明の構成要件である「前記第2プレートの他端を,前記切欠部から先端にかけて前記第1プレートのフック部側に所定の角度で屈曲させた」構成が,任意の付加的構成であることは自明でない。
したがって,本件発明は,発明の詳細な説明に記載したものではなく,本件特許には,特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許された無効理由がある。
(3) 無効理由3(明確性要件違反)ア(ア) 本件特許の特許請求の範囲の請求項1には「螺旋ハンガーの終端部」との記載があるが,「終端部」とは,螺旋ハンガーの「終端」のみならず,「終端」から一定の長さを有する部分を意味するものと解されるが,本件明細書には,螺旋ハンガーの一例が図面として示されているだけであり,また,発明の詳細な説明の欄には「終端部」の範囲が明確にされていない。
- 20 -(イ) また,同じく請求項1には「閉塞端」及び「開放端」との記載があるが,「閉塞端」とされる対象は第1プレート及び第2プレートの一端同士であるが,一端同士がどのような状態であれば請求項1にいう「閉塞端」となるかは発明の詳細な説明及び図面からは明確でない。
イ したがって,本件発明に係る特許請求の範囲の記載は明確でないから,本件特許には,特許法36条6項2号の規定する要件を満たしていない特許出願に対して特許された無効理由がある。
(4) 無効理由4(新規事項追加)ア 平成26年1月20日に提出した手続補正書による補正(以下「本件補正」という。)は,願書に最初に添付した明細書等に記載した事項の範囲内でするものではない。
イ 本件特許の願書に最初に添付した明細書には,第2プレートの他端を,第1プレートのフック部側に所定の角度で屈曲させた構成が任意の付加的構成であることが明示されていない。また,本件明細書から把握されるクランプは,第2プレートの他端を,第1プレートのフック部側に所定の角度で屈曲させた構成のみであるから,この構成が,本件発明において任意の付加的構成であることが自明であるということもできない。
したがって,本件補正は,願書に最初に添付した明細書に記載された事項の範囲内でするものとも,同明細書に記載された事項から自明な事項の範囲内でするものともいえないから,本件特許には,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたという無効理由がある。
(原告の主張)(1) 無効理由1(進歩性の欠如)ア 乙11発明乙11発明は,構成要件E,F及びGの構成に相当する構成を有していない。
(ア) 構成要件E- 21 -乙11発明の立上部(13)とストッパ部(14)は,「係合部」(構成要件E)には該当しない。
(イ) 構成要件F及びGフック部とは,切欠部内に収容される形状をいうところ,乙11発明のストッパ部(14)は鉤形ではあるが,明らかに「切欠部」(構成要件G)を有していないから,「フック部」(構成要件F)には該当しない。
容易想到性(ア) 乙11発明のみに基づく容易想到性本件発明は,フック部を切欠部に収容させることで,「螺旋ハンガーの架線作業において,ボルト及びナットで締め込むときに,当該螺旋ハンガーの終端部を吊線に対して確実に連結固定するようにして端部同士がずれてしまったりして逆に弛みが生じないようにし,螺旋ハンガーの架線作業性を著しく向上させることが可能になる」という特有の作用効果を発揮させることができる。さらに,「端部同士のずれ」は回動方向のずれだけではなく,上下方向のずれについても,確実に抑えることができ,かつ支持線の太さの違いにも対応できる構造となっている。
これに対し,乙11発明は,板と板とを重ね合わせる際,一方の板の立上部(13)を他方の板に当てて接触させているだけで,本件発明のように係合させているわけではないから,第1板と第2板が僅かでもずれると,第1板と第2板が容易に上下方向にずれてしまうことから,様々な太さの支持線に対応するのが極めて困難であり,作業性が非常に悪いという欠点がある。
したがって,乙11発明からは,「螺旋ハンガーの架線作業において,ボルト及びナットで締め込むときに,当該螺旋ハンガーの終端部を,吊線に対して確実に連結固定するようにして端部同士がずれてしまったりして逆に弛みが生じないようにし,螺旋ハンガーの架線作業性を著しく向上させることが可能になる」という本件発明の特有の作用効果を発揮させることは到底できない。
(イ) 乙11と周知技術を組み合わせたことによる容易想到性- 22 -乙12発明と本件発明とは,その技術分野(乙12【0001】),課題(同【0003】),目的(同【0004】)が明らかに相違する。
乙13発明と本件発明とは,その技術分野(乙13【産業上の利用分野】),課題及び目的(同【考案が解決しようとする課題】)が明らかに相違する。
乙14発明と本件発明とは,その技術分野(乙14【0001】),課題(同【0020】)及び目的が明らかに相違する。
乙15発明は,その技術分野(乙15【0001】),課題及び目的(同【0008】ないし【0011】)が明らかに相違する。
そうすると,これらの技術を乙11発明に組み合わせるだけの示唆が何ら存在せず,組み合わせることは極めて困難である。
ウ したがって,本件発明は,乙11発明のみに基づいて,あるいは乙11発明と周知技術とを組み合わせることにより当業者が容易に想到し得ないものであるから,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反して特許されたものではない。
(2) 無効理由2(サポート要件違反)ア 本件明細書【0019】及び【0020】の記載された内容,本件発明の作用効果(【0010】)を考慮すれば,本件発明の作用効果は十分に説明されている。そして,【0021】において,請求項2に係る発明の構成要件である「前記第2プレートの他端を,前記切欠部から先端にかけて前記第1プレートのフック部側に所定の角度で屈曲させた」構成が任意の付加的構成であることは明らかである。
イ また,被告は,本件明細書【0032】及び【0033】の記載内容から,第1プレートにフック部があり,第2プレートに切欠部があるという構成と,第2プレートの他端を,第1プレートのフック部側に所定の角度で屈曲させるという構成とは,一体不可分の構成であると主張するが,【0032】及び【0033】は,【0029】に「上述してきた実施形態より,以下のクランプが実現できる。」と記載されていることから,【0019】から【0021】に記載の内容を前提として記載されているものにすぎないことは明らかであり,上記一体不可分の構成だけ- 23 -では,【0019】から【0021】は説明することはできないから,被告の主張は明らかに失当である。
ウ したがって,本件発明は,発明の詳細な説明に記載したものであることは明らかあり,本件特許は,特許法36条6項1号の規定する要件を満たさない特許出願に対して特許されたものではない。
(3) 無効理由3(明確性要件違反)ア 本件明細書の記載(【0001】,【0008】,【発明の効果】,【0010】),本件特許出願当時の技術常識からしても,「螺旋ハンガーの終端部」とは,螺旋ハンガーのうち,螺旋ハンガー用クランプで吊線に固定される部分を指すものであることは自明である。
イ 本件明細書の記載(【発明が解決しようとする課題】,【0008】)からは,本件発明の「閉塞端」とは,第1プレート及び第2プレートの各一端側に形成されたボルト挿通孔に挿通されたボルトにより一端同士が連結された部分,「開放端」とは,第1プレート及び第2プレートのうち,前記「閉塞端」の各他端で,他端同士を係合する係合部が設けられた部分を指すものである。
ウ したがって,本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は明確であり,本件特許は,特許法36条6項2号の規定する要件を満たさない特許出願に対して特許されたものではない。
(4) 無効理由4(新規事項追加)上記(2)のとおり,本件発明は,発明の詳細な説明に記載したものであるから,本件補正は,願書に最初に添付した明細書に記載された事項の範囲内であることは明らかである。
4 争点4(訂正の再抗弁の成否)(原告の主張)(1) 本件特許の請求項1を以下のように訂正する(下線部を引いた箇所が訂正箇所,以下「本件訂正」という。)。
- 24 -ア 請求項1所定のケーブルを電柱間に吊支するために,前記電柱間に渡した吊線に巻き付けて取付けた螺旋ハンガーの終端部を前記吊線に固定するための螺旋ハンガー用クランプであって,前記吊線と前記螺旋ハンガーとを交差させた状態で挟持する第1プレート及び第2プレートと,これら第1プレート及び第2プレートの各一端同士を緊締するボルト及びナットと,を備え,前記第1プレート及び第2プレートの各一端側に前記ボルトを挿通させるボルト挿通孔を形成するとともに,一端同士を前記ボルトにより連結される閉塞端とし,前記第1プレート及び第2プレートの各他端を開放端とするとともに,他端同士を係合する係合部が設けられており,前記係合部は,前記第1プレートの他端を鉤形に形成するとともに,前記第2プレート側へ折り返して起立状に形成したフック部と,前記第2プレートの他端に両側のうち一側が開口すると共に,内壁部が形成されるように形成した切欠部とからなり,前記フック部は,前記切欠部内に収容されることによって,前記第1プレート及び第2プレートの他端同士を係合させた際,当該第1プレートと第2プレートの対向面の裏面に位置する前記第2プレートの面上に配置され,その際,当該フック部の先端が前記第2プレートの両側のうち他側に達する形状であり,前記切欠部は,前記フック部を前記開口より収容可能で,且つ,前記第1プレート及び第2プレートの他端同士を係合させた際,当該フック部を前記第2プレート長手方向に移動させると,当該フック部と前記第2プレートの内壁部が接触し,その移動が規制される形状である,ことを特徴とする螺旋ハンガー用クランプ。
構成要件の分説構成要件AないしF及びHは,従前と同様であるが,構成要件Gは以下のとおり- 25 -訂正され,さらにI及びJが追加される。
G´ 前記第2プレートの他端に一側が開口すると共に,内壁部が形成されるように形成した切欠部とからなり,I 前記フック部は,前記切欠部内に収容されることによって,前記第1プレート及び第2プレートの他端同士を係合させた際,当該第1プレートと第2プレートの対向面の裏面に位置する前記第2プレートの面上に配置され,当該フック部の先端が前記第2プレートの両側のうち他側に達する形状であり,J 前記切欠部は,前記フック部を前記開口より収容可能で,且つ,前記第1プレート及び第2プレートの他端同士を係合させた際,当該フック部を前記第2プレート長手方向に移動させると,当該フック部と前記第2プレートの内壁部が接触し,その移動が規制される形状である,こと(2) イ号物件は,次のとおりの構成を有することから,訂正後の本件発明(以下「本件訂正発明」という。)の構成要件G′I及びJを充足する。仮に文言上充足しないとしても,本件訂正発明と均等である。
g´ 前記下固定金具の他端に一側が開口すると共に,内壁部が形成されるように形成した切欠部とからなり,i 前記係止部は,前記切欠部内に収容されることによって,前記上固定金具及び下固定金具の他端同士を係合させた際,当該上固定金具と下固定金具の対向面の裏面に位置する下固定金具の面上に配置され,前記係止部の先端が前記下固定金具の両側のうち他側に達する形状であり,j 前記切欠部は,前記係止部を前記開口より収容可能で,且つ,前記上固定金具及び下固定金具の他端同士を係合させた際,当該係止部を前記下固定金具長手方向に移動させると,当該係止部と前記下固定金具の内壁部が接触し,その移動が規制される形状である,こと(3) 本件訂正発明は,乙11発明によっては全く期待できない特有の優れた作用効果を発揮するものであるから,十分に進歩性を有するものである。
- 26 -(4) 訂正審判請求及び訂正請求に時間的制限がなされているため(特許法126条2項134条の2第1項),無効審判を提起しなくとも無効の抗弁が主張できることとの公平の観点からすれば,訂正請求をしなくとも訂正の再抗弁の主張が認められないというものではない。
(5) したがって,イ号物件は,本件特許権を侵害するものとして,原告は,被告に対し,本件特許権を行使し得る。
(被告の主張)(1) 原告は,訂正請求を行わないままに訂正の再抗弁を主張しているが,原告は,無効審判手続において訂正請求を行うことが可能であったにもかかわらず,この機会を利用しなかったものであり,訂正の主張が認められるものではない。
(2) また,イ号物件は,少なくとも構成要件G′,I及びJを充足せず,本件訂正発明の技術的範囲に属さない。また,均等については,訂正により,鉤形のフック部が本件訂正発明の本質的部分であることは明らかとなっており,鉤形のフック部以外の構成がより意識的に除外されたもので,第1要件及び第5要件を少なくとも欠く。
5 争点5(原告の損害額)(原告の主張)(1) 特許法102条2項に基づく請求ア イ号物件の 1 個当たりの販売価格は90円である。
イ イ号物件の販売個数は月間2万個であるから,被告が,平成26年3月から平成28年2月までの間に販売したイ号物件の個数は48万個である。
ウ イ号物件を販売することにより被告が受ける利益の額はその販売額の30%である。
エ 以上により,被告が平成26年3月から平成28年2月までの間にイ号物件を販売したことにより受けた利益の額を計算すると,その額は1296万円であるが,本件においては,そのうち1080万円を請求する。
- 27 -(計算式)90円×2万個×24か月×30%=1296万円(2) 弁護士費用本件と因果関係のある弁護士費用相当の損害額は108万円を下らない。
(3) まとめ原告は,被告に対し,本件特許権侵害不法行為に基づき1188万円及びこれに対する不法行為の日の後の日である平成26年11月11日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(4) 被告の主張について被告が主張するイ号物件の販売個数は,原告の推定の半分程度であり,また,その利益率は10%程度と単価設定が安く,他方で組立て等の単価が高すぎ,いずれも信用できない。
(被告の主張)(1) イ号物件の販売総額平成26年3月から平成28年2月までの間に被告が販売したイ号物件の個数は24万4491個であり,販売総額は1816万2819円である。
(2) イ号物件の仕入総額上記販売分に対応するイ号物件の仕入総額は1758万3408円である。
(3) イ号物件の利益額したがって,被告が平成26年3月から平成28年2月までの間にイ号物件を販売したことにより受けた利益の額は57万9411円である。
第4 当裁判所の判断1 争点1(イ号物件は本件発明の技術的範囲に属するか(文言侵害の成否))イ号物件が構成要件Hを充足することについては当事者間に争いがないが,構成要件AないしGの充足については,争いがある。
(1) 本件明細書には次の記載がある(記載中,図については別紙本件明細書図面- 28 -参照)。
発明の詳細な説明】【技術分野】【0001】本発明は,電柱間に渡した吊線に,通信ケーブル等を架設する際に用いる螺旋ハンガーの終端をクランプするための螺旋ハンガー用クランプに関するものである。
【背景技術】【0002】従来,この種のクランプとして,図8に示すように,U字ボルト100の一方の螺杆部110に一端側の挿通孔210において回動自在に組付けた挟持材200の他の一端に,U字ボルト100の他方の螺杆部120に係合する切欠を設け,挟持材200より突出する各螺杆部110,120にナット300を螺合締付けてU字ボルト100の屈曲部130と挟持材200とで吊線400と該吊線400上に重なり合う螺旋ハンガー500を挟持するように構成したものがあった(例えば,特許文献1を参照。)。
【0003】なお,図8中,符号220で示すものは,螺旋ハンガー500を係合させるための第1凹部,符号230で示すものは,吊線400を係合させるための第2凹部であり,それぞれ挟持材200に設けられている。
【発明が解決しようとする課題】【0005】しかしながら,上述した従来の技術では,U字ボルト100を用いており,2つのナット300を使用する必要があるため,吊線400と螺旋ハンガー500とを挟持する操作が煩雑になっていた。そこで,一端同士を回動自在に連結した第1プレートと第2プレートとにより,吊線400と螺旋ハンガー500とを挟持する挟持材を構成し,前記第1プレートと第2プレートの各他端同士をボルト及びナット- 29 -とで緊締する構造が考えられる。
【0006】しかし,かかる構成は,第1プレート及び第2プレートにおいて,ボルト及びナットで緊締される各他端が可動する開放端となっているため,締め込むときに,端部同士がずれてしまったりして逆に弛みの原因ともなるおそれがあった。
【0007】本発明は,上記課題を解決し,簡単な操作で確実に吊線と螺旋ハンガーとを挟持できるようにした螺旋ハンガー用クランプを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】【0008】(1)本発明は,所定のケーブルを電柱間に吊支するために,前記電柱間に渡した吊線に巻き付けて取付けた螺旋ハンガーの終端部を前記吊線に固定するための螺旋ハンガー用クランプであって,前記吊線と前記螺旋ハンガーとを交差させた状態で挟持する第1プレート及び第2プレートと,これら第1プレート及び第2プレートの各一端同士を緊締するボルト及びナットと,を備え,前記第1プレート及び第2プレートの各一端側に前記ボルトを挿通させるボルト挿通孔を形成するとともに,一端同士を前記ボルトにより連結される閉塞端とし,前記第1プレート及び第2プレートの各他端を開放端とするとともに,他端同士を係合する係合部が設けられており,前記係合部は,前記第1プレートの他端を鉤形に形成するとともに,前記第2プレート側へ折り返して起立状に形成したフック部と,前記第2プレートの他端に一側が開口するように形成した切欠部とからなる,こととした。
【0009】(2)また,本発明は,上記(1)の螺旋ハンガー用クランプにおいて,前記第2プレートの他端を,前記切欠部から先端にかけて前記第1プレートのフック部側に所定の角度で屈曲させたことを特徴とする。
【発明の効果】- 30 -【0010】本発明によれば,簡単な操作で確実に吊線と螺旋ハンガーとを挟持することができるため,螺旋ハンガーの架線作業において,当該螺旋ハンガーの終端部を,吊線に対して極めて容易に,かつ確実に連結固定することができる。したがって,螺旋ハンガーの架線作業性を著しく向上させることが可能となる。
【発明を実施するための形態】【0013】図1に示すように,本実施形態に係る螺旋ハンガー用クランプ(以下,単に「クランプ」という場合がある)は,実質的に,それぞれ略矩形形状とした金属製の第1プレート1及び第2プレート2とからなる一対の挟持体3と,ボルト4及び皿付きのナット5とからなる緊締具6とから構成されている。なお,本実施形態では,挟持体3を図示する上では,ボルト頭側に位置する第1プレート1を下側に,ナット5側に位置する第2プレート2を上側に配置した状態で示している。
【0017】また,第1プレート1及び第2プレート2の各一端11,21側には,それぞれ矩形形状としたボルト挿通孔13,23(図6参照)が形成されるとともに,矩形形状の第1プレート1の長手方向における略中央には,当該第1プレート1を横断するように,吊線8(図2参照)を這わすための吊線用溝部14が形成されている。
【0018】他方,第1プレート1同様に矩形形状とした第2プレート2の長手方向における略中央位置には,当該第2プレート2を横断するとともに,第1プレート1に形成された前記吊線用溝部14と所定角度(例えば25度〜50度)で斜めに交差するように螺旋ハンガー9を這わすためのハンガー用溝部24が形成されている。なお,吊線用溝部14及びハンガー用溝部24はプレス成形で形成できるが,第1プレート1及び第2プレート2の各板厚が3mm程度のため,これら吊線用溝部14及びハンガー用溝部24はプレスの際に底部が外表面に膨出している。
- 31 -【0019】かかる構成により,第1プレート1に形成された前記吊線用溝部14に吊線8を這わせるとともに,この吊線8に対して所定の角度で螺旋ハンガー9を交差させ,さらに,この螺旋ハンガー9がハンガー用溝部24に収容されるように第2プレート2を位置させて第1プレート1のフック部12aと第2プレート2の切欠部22aとを係合させ,ボルト4及びナット5とでしっかりと緊締することで,螺旋ハンガー9の終端部を吊線8に固定することができる。
【0020】しかも,本クランプの構成は,緊締具6で緊締される一端11,21同士は,ボルト4により連結された,所謂閉塞端となっているため,ボルト4及びナット5で締め込むときに,他端12,22同士がずれてしまったりして弛みの原因となるおそれがない。したがって,1組のボルト4及びナット5であっても,確実に螺旋ハンガー9と吊線8とを連結固定することができる。
【0021】また,図示するように,第2プレート2の他端22を,第1プレート1のフック部12a側(図において上方)に所定の角度(例えば10〜15度)で僅かに屈曲させている。具体的には,切欠部22aから先端にかけて屈曲させている。このように,第2プレート2の他端22を僅かに屈曲形成することで,図2に示すように,それぞれ所定の径を有する吊線8及び螺旋ハンガー9を実際に挟持したときに,フック部12aと切欠部22aとを係合させ易くなる。しかも,係合させた後は,係合部20におけるフック部12a側及び切欠部22a側の各噛合面同士の密着度合が良好となるため,弛みなどを可及的に防止することが可能となる。
【0022】ここで,本実施形態に係るクランプを用いて,螺旋ハンガー9の終端部を吊線8に固定する手順について,図7を参照しながら,より具体的に説明する。
【0023】- 32 -図7(a)に示すように,先ず,ボルト4とナット5とを弛めた状態のクランプを用意する。次いで,図7(b)に示すように,ボルト4を中心に第2プレート2を反時計回りに回動して第1プレート1との係合を解く。そして,第2プレート2を持ち上げた状態に維持して一方の手でクランプを保持する。
【0024】次いで,図7(c)に示すように,一方の手にクランプを持ったまま,第1プレート1の吊線用溝部14に吊線8が這うようにクランプを当該吊線8にあてがう。
すなわち,第1プレート1の長手方向と吊線8とが略直交した状態となる。そして,他方の手で螺旋ハンガー9の終端部を吊線8に対して所定の角度で交差するように配置する。
【0025】かかる状態で,一方の手で第2プレート2を降ろすとともに,図7(d)に示すように,第2プレート2をボルト4を中心に時計回りに回動して,第1プレート1のフック部12aと第2プレート2の切欠部22aとを係合させ,ナット5を回して緊締していく。このとき,ボルト挿通孔13,23は矩形形状としており,ボルト4は角根タイプとしているため,ボルト4とナット5との共周りが阻止されてナット5の回動操作は円滑に行うことができる。また,前述したように,第2プレート2の他端22を僅かに屈曲形成しているため,フック部12aと切欠部22aとの係合を容易に行える。
【0027】このとき,第1プレート1と第2プレート2の一端11,21同士は,ボルト4により連結された閉塞端となっているため,ボルト4及びナット5で締め込むときに,開放端となっている場合の他端12,22同士をボルト・ナットで締め込む場合に比べて弛むおそれがなく,確実に螺旋ハンガー9と吊線8とを連結固定することができる。しかも,やはり前述したように,第2プレート2の他端22を僅かに屈曲形成しているため,フック部12a側及び切欠部22a側の各噛合面同士の密着度- 33 -合が良好となり,弛みなどを可及的に防止することできる。
【0029】上述してきた実施形態より,以下のクランプが実現できる。
【0032】また,前記係合部20は,第1プレート1の他端12を鉤形に形成するとともに,前記第2プレート2側へ折り返して起立状に形成したフック部12aと,前記第2プレートの他端に形成した切欠部とからなり,しかも,前記第2プレートの他端を,前記第1プレートのフック部側に所定の角度で屈曲させたクランプ。
【0033】かかる構成により,フック部12aと切欠部22aとを係合させ易くなるとともに,係合させた後はフック部12a側及び切欠部22a側の各噛合面同士の密着度合が良好となるため,弛みなどを可及的に防止することが可能となる。
【0034】また,上記第1プレート1を横断するように,吊線8を這わす吊線用溝部14が形成され,第2プレート2には,当該第2プレート2を横断するとともに,吊線用溝部14と交差するように螺旋ハンガー9を這わすハンガー用溝部24が形成されているクランプ。
【0038】以上,本発明の好ましい実施形態について説明したが,本発明は上述してきた実施形態に限定されるものではなく,特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において,種々の変形・変更が可能である。
(2) 構成要件Aについて原告は,イ号物件の構成aは構成要件Aを充足する旨主張するところ,被告は,構成要件Aの「螺旋ハンガーの終端部」が不明であるとして,その充足を争っている。
ところで,構成要件Aの「螺旋ハンガーの終端部」にいう「終端部」について,- 34 -特許請求の範囲あるいは本件明細書において明確な定義はないが,本件明細書には,「本発明は,電柱間に渡した吊線に,通信ケーブル等を架設する際に用いる螺旋ハンガーの終端をクランプするための螺旋ハンガー用クランプに関するものである。」(【0001】),「本発明は,所定のケーブルを電柱間に吊支するために,前記電柱間に渡した吊線に巻き付けて取付けた螺旋ハンガーの終端部を前記吊線に固定するための螺旋ハンガー用クランプであ」る(【0008】),「本発明によれば,簡単な操作で確実に吊線と螺旋ハンガーとを挟持することができるため,螺旋ハンガーの架線作業において,当該螺旋ハンガーの終端部を,吊線に対して極めて容易に,かつ確実に連結固定することができる。」(【0010】)などの記載がある。
そして,通常,「終端部」とは終わる端の部分を指すことからすれば,「螺旋ハンガーの終端部」とは,連続して吊線に巻き付けて取り付けられた螺旋ハンガーが途切れる箇所で,螺旋ハンガー用クランプで吊線に固定される部分を指すものとして用いられるものと解するのが相当である。
被告は,イ号物件のそれは,螺旋ハンガーの「終端近傍の一部」であり,「終端部」ではないと争うが,上記の意味での「終端部」とは,一点で捉えられるべき狭い部分ではなく,部品の部分として面で捉えるのが相当であるから,被告がいうイ号物件の螺旋ハンガーの「終端近傍の一部」も「終端部」といって差し支えなく,イ号物件は「螺旋ハンガーの終端部を前記吊線に固定するための螺旋ハンガー用クランプ」であるといえ,イ号物件の構成aは,構成要件Aを充足するものといえる。
(3) 構成要件Bについて原告は,イ号物件が別紙対比表「原告主張イ号物件の構成」欄における構成bのとおりであり,上固定金具が本件発明にいう「第1プレート」に,下固定金具が「第2プレート」に該当するとして,構成要件Bの充足を主張しているところ,被告は,本件発明の「第1プレート」が,@ボルト頭側に位置し,A吊線用溝部が形成されており,かつB吊線が長手方向と略直交した状態であてがわれる,矩形形状のプレートであると理解され,また,「第2プレート」が,@ナット側に位置し,A螺旋- 35 -ハンガー用溝部が形成されており,B反時計回りに回動することで他方のプレートとの係合を解かれ,時計回りに回動することで他方のプレートと係合させられるプレートであると理解される旨主張して原告主張を争っている。
ところで,本件明細書においては,「第1プレート」及び「第2プレート」についての定義はなく,説明も特に記載されていないところ,確かに,本件明細書における実施形態としては,被告が主張する実施形態が記載されている(【0013】,【0017】ないし【0019】,【0024】,【0034】)。
しかし,本件明細書において「本発明は上述してきた実施形態に限定されるものではなく,特許請求の範囲に記載された本発明の要旨の範囲内において,種々の変形・変更が可能である。」(【0038】)と記載されているように,実施形態に限定されるべき理由はないし,本件特許の特許請求の範囲に,二つのプレートと一端同士を緊締するボルト及びナットが記載され,その一方,形成される溝部の種類,螺旋ハンガー用クランプで吊線に固定した際の配置関係については規定されていないことからすると,特許請求の範囲の記載に基づいて定められるものであればよいものと解されるから,被告がそれぞれ主張するような場合に限定されるものでないことは,むしろ明らかである。そして,この点は,被告主張に係る出願補正時の意見書(甲12)の記載を参酌しても同様である。
そうすると,イ号物件における上固定金具及び下固定金具の各一端には,ボルト挿通孔が形成されており,両者がボルト挿通孔に挿通されたボルト及びナットにより着脱可能な状態で把持され,前記ボルトを回転軸とするものであるから,上固定金具及び下固定金具は,「第1プレート」及び「第2プレート」に該当し,後記(7)及び(8)で検討する構成要件Fで定められる第1プレートの構成及び構成要件Gで定められる第2プレートの構成からすれば,イ号物件の上固定金具が本件発明の「第1プレート」に,下固定金具が「第2プレート」に該当するといえる。したがって,イ号物件の構成bは構成要件Bを充足するものといえる。
(4) 構成要件Cについて- 36 -イ号物件の上固定金具が本件発明の「第1プレート」に,下固定金具が「第2プレート」に該当することは上記(3)のとおりであるから,原告主張のイ号物件の構成cは,本件発明の構成要件Cを充足するものといえる。
(5) 構成要件Dについてイ号物件の上固定金具が本件発明の「第1プレート」に,下固定金具が「第2プレート」に該当することは上記(3)のとおりであり,その構成の表現について争いがあるものの,イ号物件における上固定金具と下固定金具の各一端がボルト及びナットにより把持された部分が,構成要件Dの「閉塞端」に該当することについては,当事者間に争いがないから,イ号物件の構成dは,構成要件Dを充足するものといえる。
(6) 構成要件Eについて原告は,イ号物件を構成eのとおり特定して,構成要件Eを充足する旨主張するところ,イ号物件の上固定金具が本件発明の「第1プレート」に,下固定金具が「第2プレート」に該当することは上記(3)のとおりであるが, 被告は,その特定の表現を争うとともに,構成要件Eの「開放端」の意義が明らかでないとして,その充足を争っている。
しかし,本件特許の特許請求の範囲の「第1プレート及び第2プレートの各一端側に前記ボルトを挿通させるボルト挿通孔を形成するとともに,一端同士を前記ボルトにより連結される閉塞端とし,前記第1プレート及び第2プレートの各他端を開放端とするとともに,他端同士を係合する係合部が設けられており,」との記載からすれば,「開放端」とは,第1プレート及び第2プレートの各一端側に形成されたボルト挿通孔に挿通されたボルトにより一端同士が連結された「閉塞端」の各他端で,他端同士を係合する係合部が設けられた部分を指すと解される。
本件明細書において,「前記第1プレートと第2プレートの各他端同士をボルト及びナットとで緊締する構造」が考えられるものの(【0005】),この構造の欠点として,「第1プレート及び第2プレートにおいて,ボルト及びナットで緊締- 37 -される各他端が可動する開放端となっているため,締め込むときに,端部同士がずれてしまったりして逆に弛みの原因ともなるおそれ」があることが課題とされている(【0006】)ことからしても,「開放端」とは,「ボルト及びナットで緊締された端」側の他端にあり,そのような緊締がなされておらず,可動する状態になっている部分として使用されていることにも合致するものであり,これが明らかでないとする被告の主張は採用できない。
そしてイ号物件は,上固定金具及び下固定金具の各一端近傍にはボルトを挿通させるボルト挿通孔が形成され,上固定金具及び下固定金具がボルト挿通孔に挿通されたボルト及びナットにより着脱可能な状態で把持されて,同ボルトを回転軸としている閉塞端であるから,構成要件Dを充足し,また,上固定金具及び下固定金具の閉塞端でない各他端は,回動自由であり,他端同士を係合する係合部が設けられているのであるから,その特定のための表現に争いがあろうとも,これを「各他端を開放端とするとともに,他端同士を係合する係合部が設けられて」いるというべきことは明らかであるから,構成要件Eを充足するものといえる。
(7) 構成要件Fについてア 原告は,イ号物件の上固定金具の係合部側の形状を構成fのとおり主張して,これが構成要件Fを充足する旨主張するところ,イ号物件の上固定金具が本件発明の「第1プレート」に,下固定金具が「第2プレート」に該当することは上記(3)のとおりであるが,被告は,その特定の表現を争うとともに,構成要件Fにおける「鉤形」,「起立状」,「フック部」について原告と異なる解釈を採ってその充足を争っている。
イ そこで,まず上記用語の意義を順に検討する。
(ア) 「鉤形」,「フック部」について「鉤形」及び「フック部」については,特許請求の範囲や本件明細書において定義されていない。
「鉤形」とは,その用語の普通の意味において,「@先の曲がった金属製の具。
- 38 -また,それに似たもの。A鉄の鉤に長い木の柄をつけた武器,B鉤括弧の略。」,また,「フック」とは,「@鉤。ホック。Aボクシングで,ひじを曲げて側面から打つ攻撃。」などとされている(広辞苑第6版)。
したがって,「鉤形」とは,鉤,すなわち先の曲がった金属製の具のように,直角に曲がった形を指すものであると解される。
この点,被告は,「鉤形」とは,「先」端が曲がった形であり,本件明細書中の図1等にある90度に曲がった凹部(第2屈折部分)の先端部がさらに90度曲がって下向きに伸びている部分(第1屈折部分)が構成要件Eにおける「鉤形」であり,このような形状は第2プレートが係合時の回動方向と逆方向に回動するのを防止し,確実な連結固定という本件発明の作用効果に寄与するものである旨主張する。
しかし,本件発明は,2つのプレートの一端同士を回動自在に連結し,ボルト及びナットで緊締された一端に対する各他端が可動する開放端が,締め込むときにずれたりして緩みの原因となるところを,他端を係合部とすることにより簡単な操作で確実に吊線と螺旋ハンガーとを挟持できる作用効果を生じるものであるところ,第1プレートの他端に90度に曲がった凹部(第2屈折部分)があれば当該作用効果を奏するものといえ,第1屈折部分が必須の構成であるとはいえない。また,第1屈折部分があることにより被告の主張するような効果があり得るとも考えられるが,本件明細書において第2プレートが逆方向に回動することを前提とする記述がないことからすれば,上記図1等に第1屈折部分がある実施形態が示されているとしても,本件発明における必須の構成ではないといえる。
さらに,被告は,本件特許出願時の補正の経緯(甲12,乙10)も含めて「フック部」及び「切欠部」が異なる用語を用いて明確に区別されているとして,「フック部」には第1屈折部分が必須である旨主張するが,本件明細書において両者の定義が記載されている部分はなく,また,同様の形状について異なる用語を用いる例は散見されることからすれば(甲13),被告の主張は採用できない。
(イ) 「起立状」について- 39 -本件発明において,クランプの上下は特に規定されておらず,第1プレートと第2プレートとの関係において「起立状」と表現されているにすぎない相対的なものであるから,「起立状」とは,第2プレート側に対して折り返されていることをいうものと解される。
ウ 以上の解釈を踏まえてみると,その特定の表現に争いはあるもののイ号物件において,上固定金具の他端は,両方の側部に凹部を設けてT字形に形成するとともに下固定金具方向へ折り返す係止部となっていることは当事者間に争いがなく,これによれば本件発明の構成要件Fにおける「鉤形に形成するとともに前記第2プレート側へ折り返して起立状に形成したフック部」に該当するといえるから,イ号物件の構成fは構成要件Fを充足するものといえる。
(8) 構成要件Gについてア 原告は,イ号物件の下固定金具の係合部側の形状を構成gのとおり主張して,これが構成要件Gを充足する旨主張するところ,イ号物件の上固定金具が本件発明の「第1プレート」に,下固定金具が「第2プレート」に該当することは上記(3)のとおりであるが,被告は,その特定の表現を争うとともに,構成要件Gにいう「他端に一側が開口する」との構成の解釈を争っている。
イ そこで,まず「他端に一側が開口する」との解釈について検討する。
(ア) まず「他端」も用いる「端」とは,その用語の普通の意味において,「@物の末の部分,先端。A中心から遠い,外に近いところ。へり。ふち。」(広辞苑第6版)などとされ,本件発明の構成要件Dにおいてもボルトを挿通させる部分を「一端」としていること等からすれば,「他端」とは,プレートの一端の反対側の先端に近い部分をいい,端外側の線や点をいうものではないと解される。したがって,「他端の一側が開口する」とは,そのような先端に近い部分の一つの側に開口された場所を備えていることをいうものと解するのが相当である。
(イ) これに対し,被告は,「他端」の「一側」が開口するとは,他端の端が開口していることをいい,また,開口した切欠部の先端が切欠部側に曲がっていないも- 40 -のである旨主張し,本件明細書の図や実施形態を指摘する。しかし,本件発明が本件明細書における図や実施形態に限定されるものではないから,切欠部の位置が被告主張の箇所に限定されるものではなく,被告のいう第1屈折部分がある形態が除かれているということもいえず,被告の上記主張は採用できない。
ウ イ号物件においては,その構成の特定の表現に争いがあるものの,上固定金具が本件発明の「第1プレート」に,下固定金具が「第2プレート」に該当することは上記(3)のとおりであり,下固定金具の他端近傍の一方の側部に凹部を設けて逆C字形にし,その先端に下固定金具の一端側へ略90度屈折させた屈折部分を形成しているが,C字型の凹部を形成している構成を有していることは明らかであるから,これらは「他端に一側が開口するように形成した切欠部」に該当するものといえ,したがって,イ号物件の構成gは構成要件Gを充足するものといえる。
(9) まとめ以上によれば,イ号物件は,構成要件AないしHを充足し,本件発明の技術的範囲に属するものといえる。
2 争点3(本件特許は特許無効審判により無効とされるべきものか)(1) 無効理由1(進歩性欠如)ア 主引例発明(乙11発明)の認定(ア) 特開2002−135954号公報(乙11)には,次の記載がある。
【特許請求の範囲】【請求項5】電柱間に架設された支持線及びケーブルが,連続的に架設された螺旋状支持具の螺旋内径側に収納された後,螺旋状支持具を支持線に固定するために使用される固定具において,前記固定具は,長板幅斜め方向に斜溝部を設けて螺旋状支持具本体を納める第1板と,長板幅方向に直溝部を設けて支持線を納める第2板とによって,支持線及び螺旋状支持具本体を挟持可能とし,前記第1板と第2板の一端部が固定孔を有して,固定孔に挿通するボルト・ナットによって,支持線の挟持時に締付固定可能とし,- 41 -他端部が両者の反対側部を立ち上げた立上部と,さらに直角状に折曲げ成形してストッパ部を連続して設け,ボルト・ナットが緩んだ時に立上部とストッパ部によって両板面間に取付空間を形成し,ボルト中心に第1板及び第2板を互いにずらせて広げられ,また,すぼめる際には,立上部にて制止させて重ね合わせできる構成であり,螺旋状支持具を支持線に固定する際には,前もって第1板及び第2板の立上部及びストッパ部とで取付空間を生じさせる状態で,支持線と螺旋状支持具本体とを挟持できるようにボルト・ナットによって仮締付し,ボルトを中心にして第1板と第2板とを互いにずらせて支持線の固定位置において位置決めされ,この位置決め後にボルト・ナットを本締付することで固定することを特徴とする固定具。
発明の詳細な説明】【0001】【発明の属する技術的分野】本発明は電柱間に既設のケーブルを一束化する方法に関し,またこの方法に使用される先導具及び固定具に関する。
【0003】【発明が解決しようとする課題】上述した一般的なケーブルの一束化方法では,先頭の螺旋状支持具の先端がケーブル間に入り込んでしまい,螺旋内径内へ納めるべきケーブルを収納せず外側へ出してしまう問題がある。特に,既設のケーブル類は,風雪等の影響で真っ直ぐかつ等間隔を保っていないなど,架線状態が悪いだけでなく,各家庭へ分岐している分岐線もあり,これらを避けることが難しいという問題がある。他方,螺旋状支持具を使うケーブル施工方法として先導具を用いる方法が提案され,上記の特許第3025767号公報及び特許第3035620号公報に開示された施工方法及びそれに用いる先導具がある。しかし,これらは先に螺旋状支持具を設置し,その後又は同時にケーブルを新設する際に用いる方法であり,既設の特に複数のケーブルを一束化するための適切な先導具及びこれを使う方法を提案するものでない。他方,固定具に関しても,特許第2572013号公報に開示される簡便なクリップタイプでは,ケーブルが重くなるとばね性だけでは固定が維- 42 -持できないという問題がある。これに対して特開2000−188817号公報に開示されるボルトタイプでは,固定維持力は充分である。しかし,両挟持片を上下方向から支持線等を挟持するという手順だけでなく,ボルト固定箇所が両端の2カ所に配設されるため,支持線への取付固定に手間取り,時としてナットを落下させてしまう問題がある。特に,電柱上等の高所作業にとって部品落下は安全上でも問題である。本発明は,上述した問題点にかんがみてなされたもので,その第1の目的とするところは,既設のケーブルの架線状態が悪くても,また各家庭等へ分岐する分岐線等があってもこれらを避けて一束化できるケーブルの一束化方法と,これに用いる先導具を提供することである。また,第2の目的は,上記目的に加えて,固定力が充分であり,支持線への取付作業の容易で安全な固定具と,この固定具を用いる一束化方法を提供することである。
【発明の実施の形態】・・・【0018】固定具4は,図4と図5に示すように,第1板9,第2板10及びボルト・ナット11から構成されている。第1板9は図4イに示すように,長板幅斜め方向に斜溝部9aを設けて螺旋状支持具2を納める。第2板10は図4ロに示すように,長板幅方向に直溝部10aを設けて支持線31を納める。両板9,10の一端部は固定孔12をそれぞれ有して,固定孔12にボルト・ナット11を挿通し,図5に示すように,両板9,10によって支持線31及び螺旋状支持具2を挟持し,ボルト・ナット11にて固定する。両板9,10の他端部には,両者の反対側部を立ち上げた立上部13と,さらに直角状に折曲げ成形してストッパ部14が連続して設けられている(図4参照)。ボルト・ナット11の仮締付時に立上部13とストッパ部14は両板面9,10間に取付空間を形成できる。この取付空間は自由自在に変化できる。このため,図6に示すように,ボルト11中心に第1板9及び第2板10を互いにずらせて広げられ,また,すぼめる際には,立上部13にて制止させて両板9,10を重ね合わせることが簡単にできる。・・・【0023】次の第2工程は,順次送出される複数の螺旋状支持具2が結合部材で- 43 -あるジョイント3によって連続的に継ぎ足されて,電柱間30a,bのケーブル32を一束化する。同時に支持線31が螺旋状支持具2によって一束化されるケーブル32を支持する工程である。最後の第3工程は,図示を省略するが,他方の電柱30bに先導具1が到達した後,先導具1を螺旋状支持具2から取り外し,電柱間30a,bに架設され1本の長尺化した螺旋状支持具2が固定具4によって支持線31に固定される工程である。第3工程における固定具4は,地上の準備段階において第1板9及び第2板10の立上部13及びストッパ部14によって取付空間を生じさせる状態にボルト・ナット11で仮締付する。このため第1板9と第2板10は自在にずらせることができるが,ばらばらになることもなく,電柱上の高所作業場にてナット11を落下させることがなく安全である。図6に示すように,第1板9及び第2板10との間に自由自在に変化できる取付空間を有したまま,第1板9を略直角方向にずらせて,第2板10の直溝部10aを支持線31に位置決めし,第1板9をずらせて斜溝部9aを螺旋状支持具本体2に合わせて,支持線31と螺旋状支持具本体2とを両板9,10によって挟持できる。立上部13のストッパ作用によって第1板9をずらせる際,第2板10との合わせ位置を通過することがない。そしてナット11を本締付けることで,ボルト・ナット11の強固な固定力を確保できる。しかも,ナット11のみの締付作業であるため,容易かつ安全で効率的な固定作業となる。
【図4】- 44 -【図5】 【図6】(イ) 以上によれば,乙11には,既設のケーブルの架線状態が悪くても,また各家庭等へ分岐する分岐線等があってもこれらを避けて一束化できるケーブルの一束化方法に用いる先導具及び固定具を提供する技術に関し,固定力が充分であり,支持線への取付作業の容易で安全な固定具を提供することを課題として,電柱間に架設された支持線及びケーブルが,連続的に架設された螺旋状支持具の螺旋内径側に収納された後,螺旋状支持具を支持線に固定するために使用される固定具において,前記固定具は,長板幅斜め方向に斜溝部を設けて螺旋状支持具本体を納める第1板と,長板幅方向に直溝部を設けて支持線を納める第2板とによって,支持線及び螺旋状支持具本体を挟持可能とし,前記第1板と第2板の一端部が固定孔を有して,固定孔に挿通するボルト・ナットによって,支持線の挟持時に締付固定可能とし,他端部が両者の反対側部を立ち上げた立上部と,さらに直角状に折曲げ成形してストッパ部を連続して設け,ボルト・ナットが緩んだ時に立上部とストッパ部によって両板面間に取付空間を形成し,ボルト中心に第1板及び第2板を互いにずらせて広げられ,また,すぼめる際には,立上部にて制止させて重ね合わせできる構成であり,螺旋状支持具を支持線に固定する際には,前もって第1板及び第2板の立上部及びストッパ部とで取付空間を生じさせる状態で,支持線と螺旋状支持具本体とを挟持できるようにボルト・ナットによって仮締付し,ボルトを中心にして第1板と第2板とを互いにずらせて支持線の固定位置において位置決めされ,この位置決め後にボルト・ナットを本締付することで固定することを特徴とする固定具に関す- 45 -る発明が記載されているものと認められる。
イ 本件発明と乙11発明との一致点及び相違点の認定本件発明と乙11発明との一致点及び相違点についてみてみると,本件発明は,第1プレート及び第2プレートの他端同士を係合する「係合部」を有し,当該係合部は,「前記第1プレートの他端を鉤形に形成するとともに,前記第2プレート側へ折り返して起立状に形成したフック部と,前記第2プレートの他端に一側が開口するように形成した切欠部」とからなるのに対し,乙11発明は,第1板及び第2板の「他端部」に設けられた「両者の反対側部を立ち上げた立上部と,さらに直角状に折曲げ成形し」た「ストッパ部」があるが,切欠部を有しておらず,第1板及び第2板を「他端部」の「立上部にて制止させて重ね合わせ」ることで「支持線の固定位置において位置決め」する構成である点で相違しており,その余の点で一致している。
ウ 乙11発明のみに基づく容易想到性についての検討(ア) 本件発明において,他端同士を係合する係合部が「前記第1プレートの他端を鉤形に形成するとともに,前記第2プレート側へ折り返して起立状に形成したフック部と,前記第2プレートの他端に一側が開口するように形成した切欠部」という構成であることから,「フック部」と「切欠部」を係合する際,「切欠部」に「フック部」が部分的にせよ収まる構造となっていることが認められる。このことにより,第2プレートの第1プレートと挿通するボルトを軸とする時計方向への回動は,「切欠部」と「フック部」の内壁面が当接することにより制限され,また,各プレートの上下方向のずれは,係合した第1プレートの起立状に形成した「フック部」の「鉤形」部分が第2プレートを挟むことにより制限され,さらに,長手方向のずれは,「フック部」を収めた第2プレートの「切欠部」により制限されているといえる。そして,本件発明におけるクランプは,第1プレート上に吊線と螺旋ハンガーを配置後,第2プレートをボルトを中心に時計回りに回動して,第1プレートのフック部と第2プレートの切欠部とを係合させ,ナットを回して緊締する手順が記- 46 -載されており(【0022】ないし【0025】),簡単な操作で確実に吊線と螺旋ハンガーとを挟持できるものである(【0007】)。
(イ) これに対し,乙11発明は,第1板及び第2板にそれぞれ設けられた「立上部」と「ストッパ部」は,ボルト中心に第1板及び第2板をすぼめる際に「立上部にて制止させて重ね合わせ」ることで「支持線の固定位置において位置決め」するものであるから,そのような状態では,各板のボルトを中心とする1方向の回動は,各板の他端の「立上部」側でない「側部」を他方の板の「立上部」に当接させることで制止され,各板の上下方向のズレは,前記「ストッパ部」が存在することと,「第1板及び第2板の立上部及びストッパ部」とで生じる「取付空間」内に「支持線と螺旋状支持具本体」とが挟持されることにより,結果として制限されるものの,ストッパ部の長さによっては上下方向の制限が十分でない場合が生じ,また,乙11発明は前記「切欠部」に相当する構成を有していないから,各板の長手方向のズレが制限されるものではなく,その分だけ本件発明より不安定であるといえる。そして,乙11発明において,このような「立上部」と「ストッパ部」とによる「位置決め」の構成に代えて,本件発明のように「フック部」と「切欠部」とからなる前記「係合部」の構成を採用することについては,乙11には記載も示唆もされていない。
また,乙11発明においては,第1板及び第2板を,取付空間を生じさせる状態でボルト・ナットにより仮締付けし,第1板を略直角方向にずらし,第2板の直溝部10aに支持線31に位置決めし,第1板をずらせてその斜溝部9aを螺旋状支持具本体2に合わせて,支持線31と螺旋状支持具本体2とを両板によって挟持するものであるところ(【0018】,【0023】),第1板をすぼめる際には,第1板の「立上部」と「ストッパ部」が,挟持されている支持線31と螺旋状支持具本体2に引っかからないように,第1板を持ち上げながら回動させる必要があり,本件発明に比して操作が煩雑であるといえる。
(ウ) そうすると,本件発明は,第1プレート及び第2プレートの他端同士を係合- 47 -する「係合部」を有し,当該「係合部」が,「前記第1プレートの他端を鉤形に形成するとともに,前記第2プレート側へ折り返して起立状に形成したフック部」と「前記第2プレートの他端に一側が開口するように形成した切欠部」を有するという構成により,上記(ア)の作用効果を奏すると認められるところ,乙11には相違点に係る構成については記載も示唆もされておらず,また,相違点に係る構成により,本件発明は,乙11発明と比較して格別の作用効果を奏すると認められる。
したがって,相違点に係る構成が,乙11発明に基づいて,当業者が容易に想到し得たものということはできない。
エ 乙11発明及び乙12発明ないし乙15発明に基づく容易想到性についての検討(ア) 乙12ないし乙15a 乙12乙12は,「本発明は,建物に配管パイプを配管設置するに用いる配管バンドに関し,特に配管作業の作業性を向上しうるようにした分離一対の湾曲バンド片による配管バンドに関する」もので(【0001】),「その解決課題とするところは,可及的に配管作業を少ない作業者により容易且つ確実に行なうことができる配管パイプ設置用に用いる配管バンドを提供するにある。」とされている(【0004】)(乙12)。
b 乙13乙13は,「パイプ等の被取付部材へ物品を支持させるとき介装されるものであって,被取付部材の周囲に巻回されて取付けられて使用されるブラケットに関する」もので([産業上の利用分野]),その課題は,「各係合部は係合時に外方への動きが相手側の段部によって拘束されるため自由に動けない。したがって,この状態で被取付部材へ取り付けるとき締結部側を開こうとすれば,強い力を加えて係合部を変形させなければならない。その結果,取付状態の見栄えが悪くなるので,実質的には両方の係合部を係合したとき両ブラケット片間に形成される空間の大きさ程- 48 -度の被取付部材をその端部から両ブラケット片間に形成される空間内へ挿入しなければならず,取付方法並びに被取付部材の大きさに制約が生じる。」とされている([考案が解決しようとする課題]の21行目ないし30行目)(乙13)。
c 乙14乙14は,「本発明は,上下水道用・ガス用・冷暖房用などの各種の配管を建築物ないし構造物の床面,壁面,天井などに固定するのに利用される配管用支持金具の1種であり,配管を天井などから吊り下げて固定するのに利用されるタイプの配管用吊りバンドに関する」もので(【0001】),その課題は,「本発明の第1の課題は,配管の真下の位置でのボルト・ナットの締め付け作業を解消し,不十分な高さの場所でも容易に配管作業が可能で作業能率が更に向上される配管用吊りバンドを提供することであり,本発明の第2の課題は,ボルト或いはナットを脱落させてしまう事故を防ぐことが可能である配管用吊りバンドを提供することにある。」とされている(【0020】)(乙14)。
d 乙15乙15は,「本発明は,配管を床面或いは壁面などに固定するのに利用される配管支持金具に関する」もので(【0001】),その課題は,「本発明は,上記構成の配管支持金具における,上側支持板の脱落防止機構を明らかにすることを課題とするものである。」(【0011】)とされている(乙15)。
(イ) 検討乙11発明は,前記のとおり,電柱間に既設のケーブルを一束化する方法に関し,またこの方法に使用される先導具及び固定具に関するものであるが 【0001】 ,( )乙12ないし乙15に記載された発明は,前記aないしdのとおり,配管パイプ等のパイプ部材という単一の部材を支持固定する支持部材技術分野に属するものであり,乙11発明と共通する技術分野にはない。
また,乙11発明は,主として,固定力が十分で,支持線への取付作業が容易で安全な固定具を提供することを課題としているところ(【0003】),第1板及- 49 -び第2板をボルト・ナットにより挿通し,両板に「立上部」及び「ストッパ部」を設ける構成を採ることにより,上記課題を既に解決しているもので,それ以上に,本件発明にある「切欠部」の構成を採用しなければならない必要性は認められないし,乙12ないし乙15に本件発明にある「切欠部」と同様の構成が記載されていたとしても,乙11にそのような構成についての記載も示唆もないのであるから,技術分野が異なるこれらの文献に記載される発明を乙11発明に適用する動機付けもない。さらに,乙11の課題や目的は,乙12ないし乙15の課題や目的と異なるものであるから,乙11に乙12ないし乙15に開示のある発明を組み合わせることは,いずれにしても困難であるといえる。
そうすると,乙12ないし乙15に記載された発明の内容を検討するまでもなく,乙11発明に乙12ないし乙15に記載された発明を組み合わせることは困難であるといえるから,いずれにしても,乙11発明と,乙12ないし乙15に基づいて,当業者が本件発明と同様の構成に容易に想到し得たものということはできない。
オ 結論したがって,本件発明は乙11発明のみに基づいて,あるいは乙11発明に乙12ないし乙15を組み合わせて容易に発明することができたとはいえないから,被告の主張する無効理由1は認められない。
(2) 無効理由2(サポート要件違反)被告は,本件発明は,発明の詳細な説明に記載したものではなく,本件特許は,特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない無効理由が存在する旨主張する。
しかし,本件明細書の【発明の効果】【0010】に「簡単な操作で確実に吊線と螺旋ハンガーとを挟持することができるため,螺旋ハンガーの架線作業において,当該螺旋ハンガーの終端部を,吊線に対して極めて容易に,かつ確実に連結固定することができる。したがって,螺旋ハンガーの架線作業性を著しく向上させることが可能となる。」との記載があることを踏まえると,本件明細書の【0019】に- 50 -「かかる構成により,第1プレート1に形成された前記吊線用溝部14に吊線8を這わせるとともに,この吊線8に対して所定の角度で螺旋ハンガー9を交差させ,さらに,この螺旋ハンガー9がハンガー用溝部24に収容されるように第2プレート2を位置させて第1プレート1のフック部12aと第2プレート2の切欠部22aとを係合させ,ボルト4及びナット5とでしっかりと緊締することで,螺旋ハンガー9の終端部を吊線8に固定することができる。」と記載され,同じく【0020】に「しかも,本クランプの構成は,緊締具6で緊締される一端11,21同士は,ボルト4により連結された,所謂閉塞端となっているため,ボルト4及びナット5で締め込むときに,他端12,22同士がずれてしまったりして弛みの原因となるおそれがない。したがって,1組のボルト4及びナット5であっても,確実に螺旋ハンガー9と吊線8とを連結固定することができる。」と記載され,これとは別に本件明細書の【0021】に,請求項2に係る発明の構成要件である「前記第2プレートの他端を,前記切欠部から先端にかけて前記第1プレートのフック部側に所定の角度で屈曲させた」構成による作用効果が特に記載されていることからすると,この「屈曲させ」るという構成を備えていなくとも,本件発明の構成により奏される作用効果は十分に説明されているというべきである。
また,上記の記載振りに照らし,請求項2に係る発明の構成要件が任意の付加的構成であることは明らかであり,したがって,第1プレートにフック部があり,第2プレートに切欠部があるという構成と,第2プレートの他端を,第1プレートのフック部側に所定の角度で屈曲させるという構成とは,一体不可分の構成であるとする被告主張も採用できないことは明らかである。
したがって,被告が主張する無効理由2は採用できない。
(3) 無効理由3(明確性要件違反)被告が明確ではないと主張する「螺旋ハンガーの終端部」については,上記1(2)のとおり,螺旋ハンガーのうち,螺旋ハンガー用クランプで吊線に固定される部分を指すものとして用いられるものと解され,また,「閉塞端」についても,上記1- 51 -(6)のとおり,第1プレート及び第2プレートの各一端がボルト及びナットにより把持された部分が「閉塞端」に該当することと解されるもので,明確性に欠くところはない。
したがって,被告の主張する無効理由3は認められない。
(4) 無効理由4(新規事項追加)被告は,本件特許の願書に最初に添付した明細書には,第2プレートの他端を,第1プレートのフック部側に所定の角度で屈曲させた構成(具体的には,請求項2に記載される「前記第2プレートの他端を,前記切欠部から先端にかけて前記第1プレートのフック部側に所定の角度で屈曲させた」構成)は,本件の願書に最初に添付された明細書に記載の課題を解決する上で必須の構成であるところ,この必須の構成を請求項1で特定しない本件補正により,当該請求項1には,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものが記載されることとなったとして,同補正は,願書に最初に添付した明細書に記載された事項の範囲内でするものとも,同明細書に記載された事項から自明な事項の範囲内でするものともいえない旨を主張する。
本件補正は,請求項1及び請求項2の記載を本件の特許請求の範囲のとおりに補正し,明細書の【0008】及び【0009】の記載を補正された請求項1及び請求項2の記載に整合するよう補正するとともに,【0020】及び【0027】における「他端12,22同士」の記載を「一端11,21同士」と補正するものである(乙10)。
上記補正内容からすれば,【0020】及び【0027】における補正は誤記の訂正であり,明細書の記載を実質的に変更するものでない。
そして,前記(2)で検討したように,「前記第2プレートの他端を,前記切欠部から先端にかけて前記第1プレートのフック部側に所定の角度で屈曲させた」という構成を特定していない本件発明は,本件明細書に記載されていると認められるから,【0008】及び【0009】における補正は,本件の願書に最初に添付した明細- 52 -書の発明の詳細な説明にも記載されていた範囲内でされた補正とも認められる。
以上のとおりであるから,請求項1に係る発明を本件発明のとおりに補正した本件補正は,本件の願書に最初に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載された事項の範囲内でなされたものと認められるから,特許法17条の2第3項に規定する要件を満たしており,被告が主張する無効理由4は認められない。
(5) 以上のとおりであるから,被告が主張する無効理由はいずれも理由がない。
3 争点5(原告の損害額)(1) 本件特許権侵害により被告が受けた利益の額証拠(乙18,乙19)及び弁論の全趣旨によれば,被告のイ号物件の販売個数は,平成26年3月から平成28年2月までの間で24万4491個であり,その販売総額は1816万2819円であること,被告はイ号物件を他社から仕入れているが,上記販売したイ号物件の仕入総額は1758万3408円であることが認められるから,被告が平成26年3月から平成28年2月までの間にイ号物件を販売するという本件特許権侵害の行為により受けた利益の額は57万9411円であると認められ,これを上回って被告が利益を受けた事実を認めるに足りる証拠はない。
原告は,前掲証拠から認められるイ号物件販売による利益率が低すぎるとして信用できない旨争うが,イ号物件は,螺旋状ケーブル支持具である「スーパーハンガー」の使用に伴い必要となる付随部品であるところ,被告が「スーパーハンガー」の販売に伴い,どの部品の販売により利益を確保するのかは,その営業政策の問題にすぎないから,イ号物件の販売で確保する利益率が低すぎるからといって直ちにその信用性が損なわれるわけではない。またそのほかに前掲証拠の信用性を疑わせるに足りる証拠はない。
(2) 弁護士費用本件と因果関係のある弁護士費用相当の損害金は,本件事案の内容に鑑み,20万円と認めるのが相当である。
- 53 -(3) 合計そうすると,被告の本件特許権侵害により原告が受けた損害の額は77万9411円であると認められる。
4 結語以上によれば,原告の被告に対する本件特許権に基づくイ号物件の製造,販売又は販売のための展示についての差止請求,並びに被告保有に係るイ号物件の廃棄請求にはいずれも理由があり,また原告の被告に対する本件特許権侵害を理由とする損害賠償請求は,77万9411円及びこれに対する不法行為の日の後の日である平成26年11月11日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,その余の請求には理由がない。
よって,上記理由のある限度で請求を認容し,その余の請求を棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条64条を,仮執行宣言につき同法259条1項を適用して主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部裁 判 長 裁 判 官 森 崎 英 二裁 判 官 田 原 美 奈 子- 54 -裁 判 官 林 啓 治 郎- 55 -
事実及び理由
全容