関連審決 | 訂正2014-390211 |
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事件 |
平成
27年
(行ケ)
10216号
審決取消請求事件
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原告 アレヴァゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング 訴訟代理人弁理士山口巖 山本浩 被告 特許庁長官 指定代理人井口猶二 伊藤昌哉 土屋知久 山村浩 田中敬規 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2016/08/29 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 -1-事 実 及 び 理 由第1 原告の求めた裁判特許庁が訂正2014−390211号事件について平成27年6月8日にした審決を取り消す。 第2 事案の概要本件は,訂正審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。争点は,誤訳の訂正についての特許請求の範囲の実質的変更の有無である。 1 特許庁における手続の経緯原告は,発明の名称を「放射能で汚染された表面の除染方法」とする特許(特許第5584706号。以下「本件特許」という。甲3)の特許権者である。本件特許は,平成22年2月17日に国際出願され(特願2011−549605号,パリ条約に基づく優先権主張,優先日・平成21年2月18日,同年4月28日,優先権主張国・いずれもドイツ,請求項の数19),平成26年7月25日に設定登録されたものである(甲3)。 原告は,平成26年12月25日,特許請求の範囲及び明細書の訂正を求めて訂正審判請求(訂正2014−390211号。以下「本件訂正」という。甲4ないし6)をしたところ,特許庁は,平成27年6月8日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同月18日,原告に送達された。 2 特許請求の範囲(1) 本件訂正前本件特許の特許公報(以下「本件公報」という。甲3)には,特許請求の範囲の請求項1として,以下の記載がある(以下,同請求項記載の発明を「本件発明」という。。 )-2-「【請求項1】−第1の処理ステップで,部品材料の腐食によりこの部品上に生じた酸化物層を,除染用の有機酸を含んだ第1の水溶性の処理溶液で剥離し,−これに続く第2の処理ステップで,少なくとも部分的に酸化物層が取り除かれた表面を,この表面に付着している粒子を除去するための作用成分を含んだ第2の水溶性の処理溶液で,処理する原子力発電所の冷却系統の構成部品の表面の化学的な除染方法であって,前記作用成分がスルホン酸,燐酸,カルボン酸及びこれらの酸の塩からなる群から選ばれる少なくとも1つのアニオン界面活性剤で形成されている除染方法において,前記第2の水溶性の処理溶液が,遅くとも前記第2の処理ステップの終了する前に,イオン交換器に導かれることを特徴とする除染方法。」(2) 本件訂正後本件訂正に係る特許請求の範囲(甲4,5)には,以下の記載がある(下線部は訂正箇所。)「【請求項1】−第1の処理ステップで,部品材料の腐食によりこの部品上に生じた酸化物層を,除染用の有機酸を含んだ第1の水性の処理溶液で剥離し,−これに続く第2の処理ステップで,少なくとも部分的に酸化物層が取り除かれた表面を,この表面に付着している粒子を除去するための作用成分を含んだ第2の水性の処理溶液で,処理する原子力発電所の冷却系統の構成部品の表面の化学的な除染方法であって,前記作用成分がスルホン酸,ホスホン酸,カルボン酸及びこれらの酸の塩からなる群から選ばれる少なくとも1つのアニオン界面活性剤で形成されている除染方法において,前記第2の水性の処理溶液が,遅くとも前記第2の処理ステップの終了する前に,イオン交換器に導かれることを特徴とする除染方法。」-3-3 本件訂正の要点本件訂正の訂正事項1ないし24のうち,審決が本件訂正を不成立とした理由に係る訂正事項は,次のとおりである(甲4)。 すなわち,本件訂正の訂正事項1は,特許請求の範囲の請求項1の「燐酸」を「ホスホン酸」に訂正することを含むものであり,訂正事項12は,明細書の「燐酸」を「ホスホン酸」に訂正することを含むものであり,訂正事項13,15,16,21は,明細書の「燐酸」を「ホスホン酸」に訂正するもの,訂正事項17は,明細書の「リン酸」を「ホスホン酸」に訂正するもの,訂正事項18,20は,明細書の「燐酸基」を「ホスホン酸基」に訂正するもの,訂正事項19は,明細書の「燐酸作用物質」を「ホスホン酸作用物質」に訂正するもの,訂正事項22は,明細書の「燐酸誘導体」を「ホスホン酸誘導体」に訂正するもの,訂正事項24は,明細書の「燐酸又はリン酸塩」を「ホスホン酸又はホスホン酸塩」に訂正するものである(以下,これらを総称して「本件訂正事項(燐酸→ホスホン酸)」という。。 )4 審決の理由の要点本件訂正事項(燐酸→ホスホン酸)は,いずれも「燐酸」ないし「リン酸」の記載個所に対応する原文の記載個所には「Phosphons?ure」と記載されており,その日本語訳は「ホスホン酸」であるから,特許法126条1項2号(以下,条文番号を示す際は,特に断らない限り,特許法を示すものとする。 に規定する) 「誤訳の訂正」を目的とするものであるが,特許請求の範囲の請求項1における構成の一つである「燐酸」を異なる物質である「ホスホン酸」に訂正することは,上記請求項1の発明特定事項を変更するものであり,特許請求の範囲を実質的に変更するものであって,126条6項に規定する要件に違反するものである。 したがって,本件訂正事項(燐酸→ホスホン酸)を含む特許請求の範囲の請求項の全てに対して訂正審判を請求する本件訂正は,126条6項に規定する要件に違反するものであるから,本件訂正は認められない。 -4-第3 原告主張の審決取消事由本件訂正事項(燐酸→ホスホン酸)が特許請求の範囲を実質的に変更するものであって126条6項に規定する要件に違反するものであるとした審決の判断は,以下のとおり,誤りである。 1 審決は,前記第2の4のとおり,請求項1における構成の一つである「燐酸」を異なる物質である「ホスホン酸」に訂正することが請求項1の発明特定事項を変更するものであることを理由に,特許請求の範囲を実質的に変更するものであると判断したが,本件特許は,外国語特許出願に係るものであり,外国語特許出願に係る特許について誤訳の訂正を目的として特許の訂正をする場合,発明特定事項は変更されるのが通常であるから,発明特定事項を変更することが直ちに実質上特許請求の範囲を変更することに当たるものではない。 また,審決の上記判断は,訂正審判において訂正が認められるための訂正の目的を規定した126条1項2号,外国語特許出願に係る特許について訂正ができる範囲について規定した184条の19の各規定を無意味にするものであるから,誤りである。 2 特許の訂正が126条6項の「実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するもの」に該当するか否かは,「第三者に不測の損害を与えるか否か」を判断基準とすべきである。そして,「第三者の不測の損害」については,一義的に定まるものではなく,訂正審判請求された特許に係る発明の技術分野等を勘案して,個別具体的に決定されるべきものである。 (1) 本件発明は,原子力設備の放射能で汚染された表面の除染方法に関するもので,例えば,原子力設備を解体する場合において,原子炉(加圧水型原子炉,沸騰水型原子炉)の冷却系統に用いられる部品の除染方法に関するものであり,これを実施することができる者は,原子炉を製造するメーカー(以下「原子炉メーカー」という。)や,原子力発電所を保有して発電を行う電力会社などに限られる。近年,-5-原子炉メーカーの集約が進み,現在では世界的にも3つの陣営にほぼ集約されているし,原子力発電所を解体する場合には,電力会社が単独で行うことはなく,原子炉メーカーの協力の下に行うのが通常であり,廃炉作業に関し不可避の特許が存在したとしても,電力会社は当該特許を保有する原子炉メーカーに業務を委託すること等が可能である。 そうすると,本件特許の訂正により不測の損害を受ける第三者が存在するとしても,それはごく少数の者に限られる。 (2) 訂正前の明細書には,「化学式:R−PO 3H2(ここで,R=CH 3(CH2)15)の燐酸」【0020】( )との記載があるが,この化学式の化合物は「燐酸」ではなく「ホスホン酸」であるし,「同一の官能基(燐酸基)と異なる非極性残基(C14:CH3−(CH2)13−,C16:CH3−(CH2)15−,C18:CH3−(CH2)17−)とを有する種々の作用成分」 【0022】 ,( ) 「C14−PO3H2」,「C16−PO3H2」 「C18−PO3H2」, (いずれも【0023】 【表3】, )との記載があるが,「−PO3H2」基は「燐酸基」ではなく「ホスホン酸基」である。また,「最良の結果は,燐酸基の中和時(No.3)に得られた。この環境では,ノーマル状態(R−PO3H−)とは異なり,この基は,R−PO32−として,2倍イオン化された。(」【0024】)との記載があるが,中和前の「燐酸基」を示している「R−PO3H2」は「燐酸基」ではなく「ホスホン酸基」であるし,本件発明の作用成分として「オクタデシルホスホン酸」【0018】( )が記載されている。そうすると,本件公報(甲3)に接した当業者は,「燐酸(又はリン酸)」と「ホスホン酸」のいずれかが誤りであることは当然予測することができた。 そして,訂正前の明細書の【発明を実施するための形態】の欄には,ホスホン酸に関する発明が記載されているものの,燐酸(又はリン酸)に関する発明の実施例については一切記載されていない。また,本件特許は外国語特許出願に係るものであるところ,国際出願の明細書(甲1)には,ホスホン酸を示す「Phosphons?uren」等の記載はあるが,燐酸を示す「Phosphors?uren」等は一切記載されていない。さ-6-らに,産業界においては,競業他者の特許を監視することは通常行われていることであり,本件特許は国際出願に係るものであるから,本件特許の技術分野における競業他者は,国内のみならず,外国においても,その審査経過について監視するのが通常であり,米国や欧州で設定登録された特許権のクレームには「phosphonicacids」と記載されている。そうすると,競業他者は,訂正前の「燐酸(又はリン酸)」が「ホスホン酸」の誤訳であることは当然予測することができた。 さらに,本件公報が発行された平成26年9月3日から本件訂正の予告登録がされた平成27年1月27日までは4か月余りにすぎないし,除染技術の分野におけるホスホン酸を利用する発明に関して25件の特許出願がされているものの,ホスホン酸を作用成分とする除染技術に関する特許出願は見当たらないから,上記4か月余りの間に,本件訂正後の特許請求の範囲に係る発明が,日本国内において,実施又は実施の準備がされていたとは到底考えられない。 したがって,本件特許の訂正を認めたとしても,第三者に不測の損害を与えることにはならない。 (3) 被告は,外国語特許出願に係る特許につき誤訳の訂正を目的とする訂正において,126条6項の要件適合性を判断する際に参照できる資料が,国際出願日における明細書,請求の範囲及び図面の中の説明の日本語による各翻訳文(以下「翻訳文明細書等」という。)並びに図面(図面の中の説明を除く。)に限られ,国際出願日における明細書,請求の範囲及び図面の中の説明(以下「原文明細書等」という。)は含まないと主張するが,次のとおり,失当であり,原文明細書等も含まれるというべきである。 すなわち,被告は,126条6項に訂正目的によって判断基準が異なることが記載されていないから,同項の要件適合性を判断する際に参照できる資料は,誤訳の訂正を目的としても,誤記の訂正を目的としても異ならない旨主張する。しかし,同項に訂正目的によって判断基準が異なることが記載されていないのは,訂正目的が記載されている同条1項と同条6項の条文の配置からして,訂正目的に応じて判-7-断基準が異なるのは当然のことだからである。したがって,同項に訂正目的によって判断基準が異なることが記載されていないことは,同条1項2号の要件適合性の判断に使用される資料が同条6項の要件適合性の判断資料になり得ないとする根拠にはならない。 また,第三者は,外国語特許出願に係る特許について,特許請求の範囲等に誤訳があった場合には,原文明細書等を証拠として,無効審判を請求することができる。 これに対して,特許権者は,訂正審判の請求,訂正の請求をすることができるが,当該訂正に当たって,原文明細書等を訂正の資料とできないとすれば,一方的に不利益を負担することになり,証拠共通の原則からも妥当しない。 さらに,審査段階において,外国語特許出願の願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項が国際出願日における国際出願の明細書,請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内にないことは,拒絶理由とされており(49条6号,184条の18)審査官が記載の不備を発見し,, 拒絶理由を通知していれば,誤訳の訂正を目的とする補正により,当該記載の不備を解消することができたはずである。本件のように,審査段階において,そのような不備が発見されなかった場合,訂正審判において,原文明細書等を訂正の資料にできないとすれば,特許権者は著しい不利益を被ることになる。 加えて,外国語特許出願については,国際公開番号が国内公表の対象となっており,特許掲載公報に原文明細書等が含まれないのは,既に公開されており,再度公開する必要性が乏しいからである。原文明細書等の公開は,特許請求の範囲等に誤訳があった場合に備えて,あらかじめ第三者に対して,無効審判の請求,特許異議申立てをするための判断資料を提供するという側面も有しており,原文明細書等も,広く公衆に特許権の内容を知らしめるために必要な事項と位置付けられているというべきである。 第4 被告の反論-8-1 126条6項の規定の趣旨は,訂正前の特許請求の範囲には含まれないこと「とされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれることとなると,第三者にとって不測の不利益が生じるおそれがあるため,本項はそうした事態が生じないことを担保したものである。(特許庁編「工業所有権法(産業財産権法)逐条解説〔第19」版〕・甲17)とされており,同項は,」 「拡張」及び「変更」の文言からも明らかなとおり,訂正前後の特許請求の範囲の対比に基づき,訂正前の特許請求の範囲には含まれないこととされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれているか否かの判断を求めているのであって,原告が主張する意味での個別具体的な判断など求めてはいない。審決は,本件訂正により,訂正前の特許請求の範囲には含まれないこととされた「ホスホン酸」に係る発明が,訂正後の特許請求の範囲に含まれると判断したものにほかならず,審決に誤りはない。 2 訂正前の特許請求の範囲における誤訳を訂正した結果,その特許請求の範囲が減縮される例もあり,そのような訂正は126条6項の規定に直ちに違反しない。 したがって,同項についての審決の解釈は,誤訳の訂正を目的とした特許請求の範囲の訂正について,直ちに実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するとの結論を招くものではないから,同条1項2号及び184条の19の規定を無意味にするものではない。 また,126条6項は,訂正目的について何ら触れるところがないし,特許法は,誤訳の訂正により特許請求の範囲が拡張・変更された場合において,訂正が確定する前に実施していた第三者を救済するための通常実施権を設けていないから,特許法が誤訳の訂正を認めているからといって,誤訳の訂正を目的とした特許請求の範囲の訂正において,同項の制限を緩めていないことは明らかである。 3 原告は,本件訂正により不測の損害を受ける第三者が存在するとしても,それはごく少数の者に限られる旨主張するが,原告の主張を前提としても,第三者に不測の不利益が生じるおそれがあること自体は否定されていない。 また,訂正前の特許請求の範囲の請求項1の記載をみても,「燐酸」との文言を含-9-めて何ら不自然なところは見当たらず,むしろ,洗浄の技術分野において,アニオン界面活性剤の作用成分として燐酸塩が用いられることは技術常識であるし(乙2ないし4),発明の詳細な説明の記載には「燐酸」(又はリン酸)との記載も多々存在する。そうすると,本件公報(甲3)に接した当業者であれば,訂正前の特許請求の範囲の「燐酸」との記載をその字義どおりに理解することが通常であり,当業者にとって,訂正前の特許請求の範囲の「燐酸」との文言が誤りであることが明らかとはいえない。 さらに,特許法は,特許発明の技術的範囲を,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定める(70条1項)とともに,特許請求の範囲に記載された用語の意義を,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して解釈する(70条2項)と規定しており,他方,願書に添付した特許請求の範囲,明細書及び図面は,外国の審査経過とは関係がないから,本件特許の内容を把握するにあたって,第三者が外国の審査経過を監視していることを考慮する余地はない。 加えて,本件特許は,外国語特許出願(184条の4第1項)に係るものであるが,外国語特許出願の出願人は,国際出願日における明細書,請求の範囲,図面の中の説明及び要約の日本語による翻訳文を提出しなければならないとされており(184条の4第1項),その翻訳文は,それぞれ,36条2項の願書に添付した明細書,特許請求の範囲,図面及び要約書とみなされる(184条の6第2項)。126条6項の訂正前の「特許請求の範囲」は,訂正審判によって訂正される対象である「特許請求の範囲」にほかならないから,これを把握するための資料は,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面」であり,外国語特許出願に係る特許においては,翻訳文明細書等及び図面(図面の中の説明を除く。)に限られ,原文明細書等を考慮に入れる余地はない。本件訂正において,126条6項の要件適合性を判断する際に,原文明細書等を参照することはできないから,本件訂正が特許請求の範囲を実質上変更するものであることは明らかであり,審決に誤りはない。 - 10 -第5 当裁判所の判断1 本件訂正前の明細書の記載本件公報には,発明の詳細な説明として,以下の記載がある(本件訂正事項(燐酸→ホスホン酸)に関連する記載を枠囲いした。。 )「【0001】本発明は原子力設備の放射能で汚染された表面の除染方法に関する。 ・・・原子力発電所の場合には,出力運転中に冷却系統の種々の構成部品の表面は,冷却材としての約350℃以下の高温水に曝され,非腐食性として等級付けられたクロムニッケル鋼(CrNi鋼)やニッケル合金でさえ,ある程度は,酸化される。・・・【0002】・・・原子力発電所の解体のような場合に・・・放射能を低減しようとするならば,汚染された酸化物層のほぼ全量を除染対策により除去しなければならない。 【0003】部品表面の酸化物の除去は,この部品表面を,例えば有機酸を含む,処理溶液と接触させることにより行なわれ・・・る。・・・」「【0005】・・・原子力設備を解体する場合には,冷却系統の部品は再利用されるか,又は・・・高コストの防護手段なしに取り扱わねばならない。今問題にしている表面に付着している粒子は,容易に剥離し,気道を通って人体に入りこむが,これは非常に高価な呼吸防護対策によってのみ防ぐことができる。そこで,当該部品が放射線防護の制約を受けないようにするためには,1つのコンポーネントにおいて計測されるγ線,β線及びα線の放射能は,予め決められた限界値未満に留まっていなければならない。」「【0007】・・・本発明の課題は,水溶液中に存在する作用成分により,放射性粒子を表面から除去する,即ち,この放射性粒子を,この水溶液から容易に取り除くことができるような方法で,- 11 -除去することにある。 【0008】この課題は,請求項1により次のように,解決される。即ち,表面に付着している粒子を除去するための作用成分を含有する水溶液でこの表面を処理する方法において,この作用物質がスルホン酸,燐酸,カルボン酸及びこれらの酸の塩から成る群から選ばれる少なくとも1つのアニオン界面活性剤から形成されていることにより解決される。」「【0011】本発明について以下に詳細に説明する。 【0012】以下の例に使用された試料材料は,ドイツの加圧水形原子炉の一次冷却循環路の改造部品である。これは,ニオブで安定化された特殊鋼,材料番号1.4551,の切れ端であり,原子力発電所の冷却系統の部品ではよく見られる酸化物層をその表面に有しており,この酸化物層は,放射性元素を含んでいる。この切れ端が通常の除染方法で前処理された。」「【0014】α線を放出するアクチノイド系元素Pu,Am,Cmの反応の代表としてのAm−241の測定について述べる。 【0015】α線の測定には,かなり高いコストが掛かる。これに対し,γ線放射能の決定は,本質的に,より簡単で,より早く,そしてより正確である。従って,α線を放出するアクチノイド系元素又は超ウランの反応の指標としてγ線に基づくアメリシウム同位元素241の放射能が測定された。 【0016】表1は,本明細書に記載の方法で処理された試料の1つについて,Am−241の放射能をγ線検出器により測定した経緯を,下記の各処理条件においてα線検出器で測定したアイソトープPu−240,Cm−242及びAm−241の放射能と比較した例である。No.1は,未処理状態,No.2は,通常の除染法による除染後,No.3,4及び5は,本発- 12 -明による作用成分が異なる濃度で使用された除染後である。放射能除去の比較を容易にするために,得られた測定値Bq/cm2とともに出発点での量を基準とした%値が掲載されている。それぞれ1つの且つ同一の有機残基(CH3−(CH2)15−)を有する界面活性剤が使用された。即ち,No.3ではスルホン酸が,No.4ではカルボン酸が,そして,No.5では燐酸が使用された。この実験は,それぞれ温度95℃及び界面活性剤濃度1g/Lで行なわれた。処理時間は,それぞれ,約15時間で,この処理中には,この溶液はイオン交換器には供給されなかった。 【0017】【0018】作用成分乃至これを形成するスルホン酸,燐酸及びカルボン酸からなる群から選ばれる界面活性剤が効果を発揮する最低温度は,界面活性剤の非極性部分の構造(例えば,長さ)に特に依存し,いわゆるクラフト温度により決まる。 ・・・作用成分としてオクタデシルホスホン酸を使用する場合には,有効な作用のための最低温度は,例えば75℃である。上限温度は,一般には方法技術的なパラメータに依存する。例えば,処理溶液が沸騰することは,望ましくない。従って,除染処理の通常の温度範囲は,大気圧下では,例えば80〜95℃又は90〜95℃である。 【0019】- 13 -最適な極性官能基について述べる。 【0020】本発明で提案されている界面活性剤の有効性は,その極性部分の様相にも依存する。 ・・・異なる極性官能基と同一の非極性部分とを有する作用成分の選択を比較することにより,この違いをはっきりさせることができる。このために行なわれた多くの実験において,溶解されるべき酸化物層の種類,処理温度,pH値,作用成分濃度,処理時間等の他の実験条件は同じに保たれた。これらの試料について,原子力発電所で通常行なわれる・・・除染処理を3サイクル行なった。実験結果を示す表2に,放射能とともに除染ファクター(DF),即ち初期放射能と最終放射能との商,が示されており,これにより除染効率を推定できる。表2の結果から,他の条件が同じ場合には,化学式:R−PO3H2(ここで,R=CH3(CH2)15 )の燐酸がα線汚染の除染には最も適していることが明らかである。 【0021】【0022】作用成分の効果は,その極性部分のみでなく,非極性部分,特にその長さ乃至鎖長により決まる。・・・このために行なわれた実験では,同1条件(試料上に存在する酸化物の種類,処理温度,pH値,作用成分の濃度及び処理時間)が維持された。この実験の結果は,表3に示されている。これは同一の官能基(燐酸基)と異なる非極性残基(C14:CH3−(CH2)13−,C16:CH3−(CH2)15−,C18:CH3−(CH2)17−)とを有す- 14 -る種々の作用成分の平均的な除染効果を比較したものである。これらの試料について,原子力発電所で通常行なわれる・・・除染処理を3サイクル実施した。放射能値とともに同様に通常の除染ファクター(DF)が示されており,これにより除染効果の推定が容易にできる。 【0023】【0024】除染を行なうための最適なpH領域を決めるために,4つの試料が並行して処理された。 即ち,pH値以外の,温度,作用成分濃度及び暴露時間は同1条件で処理された。pH値は,実験No.1では・・・低くされ,No.2では,使用された燐酸作用物質の固有の平衡pH値のまま,No.3では・・・弱アルカリとし,No.4では・・・強アルカリとした。 表4に示されているように,最良の結果は,燐酸基の中和時(No.3)に得られた。この環境では,ノーマル状態(R−PO3H− )とは異なり,この基は,R−PO32− として,2倍イオン化された。・・・【0025】【0026】- 15 -本発明による方法は,好ましくは原子力発電所の冷却系統部品の除染に,使用される・ ・。 ・運転中にこのような部品の表面に多かれ少なかれ厚い酸化物層が形成され,これは,冒頭に述べたように,放射能で汚染されている。先ず,この酸化物層ができるだけ完全に取り除かれる。次に,この部品表面は,スルホン酸,燐酸カルボン酸及びそれらの塩からなる群から選ばれる少なくとも1つのアニオン界面活性剤を含む溶液で,処理される。・・・」「【0028】第2の処理ステップでの処理溶液のpH値は,原理的には変えることができる。 ・・・特に界面活性剤として燐酸誘導体を使用した場合には,最良の結果は,pH値が3〜9の間,特に6〜8の間,で得られる。」「【0032】系統内の使用済み溶液が・・・洗浄された後に,即ち,その中に含まれている除染用の酸が分解され,金属イオンがイオン交換器により取り除かれた後に,そのようにして形成された処理溶液に,界面活性剤,好ましくは燐酸又はリン酸塩,が添加され,第2の処理ステップが行なわれる。」2 原告主張の審決取消事由について(1) 請求項1の記載についてア 前記認定のとおり,本件発明は,「原子力発電所の冷却系統の構成部品の表面の化学的な除染方法」であって,「第2の処理ステップで,少なくとも部分的に酸化物層が取り除かれた表面を,この表面に付着している粒子を除去するための作用成分を含んだ第2の水溶性の処理溶液で,処理する」際に,「前記作用成分がスルホン酸,燐酸,カルボン酸及びこれらの塩からなる群から選ばれる少なくとも1つのアニオン界面活性剤で形成されている」ものと限定されており,本件訂正の訂正事項1に含まれる請求項1の「燐酸」は,スルホン酸,カルボン酸と並んで,第2の処理溶液の作用成分を形成するアニオン界面活性剤の一つとして記載されている。 イ このように,請求項1の「燐酸」という記載は,本件発明の構成に欠く- 16 -ことができない事項の一つであるところ,その記載自体は極めて明瞭で,明細書の記載等を参酌しなければ理解し得ない性質のものではないし,燐酸塩がアニオン界面活性剤であることは技術常識であると認められるから(乙2ないし4) 請求項1,全体を見ても「燐酸」という記載にはその位置付けも含めて格別不自然な点は見当たらない。 (2) 本件訂正前の明細書の記載についてア 本件公報に掲載された本件訂正前の明細書を見ると,「燐酸」又は「リン酸」という記載は,11か所にわたり記載されている(【0008】 【0016】, ,【0018】【0020】【0021】【0022】【0024】【0026】【0, , , , , ,028】【0032】。そして,その記載内容も,燐酸が,スルホン酸,カルボン, )酸と並んで,表面に付着している粒子を除去するための作用成分を含有する水溶液の作用物質を形成するアニオン界面活性剤の一つであるという,請求項1の「燐酸」の位置付けと同趣旨の記載(【0008】)のほか,除染による放射能除去の効果を確認するための比較実験において,燐酸がスルホン酸,カルボン酸と並んで使用されたこと(【0016】,燐酸,スルホン酸,カルボン酸からなる群から選ばれる界)面活性剤ないしこれにより形成される作用成分が効果を発揮する最低温度が検討されたこと(【0018】,最適な極性官能基を確認するための比較実験において,リ)ン酸がスルホン酸,カルボン酸と並んで使用されたこと【0020】 0021】,( 【, )非極性部分の最適な大きさを確認するための比較実験において,燐酸基が使用されたこと(【0022】,最適なpH範囲を確認するための比較実験において,燐酸基)が使用されたこと(【0024】,原子力発電所の冷却系統部品の除染において,部)品の表面に形成された酸化物層ができるだけ完全に取り除かれた後に部品表面を処理する溶液に含まれるアニオン界面活性剤の一つとして,燐酸がスルホン酸,カルボン酸と並んで使用されること 【0026】,( ) 第2のステップでの処理溶液のpH値について,燐酸誘導体を界面活性剤に使用した場合の最良の結果が得られるpH値の範囲が開示されていること(【0028】,第2の処理ステップを行うために,)- 17 -第1の処理ステップで使用された溶液に含まれる除染用の酸が分解され,金属イオンがイオン交換器により取り除かれた後に,界面活性剤,好ましくは燐酸又はリン酸塩が添加されること(【0032】)といった内容であって,いずれも請求項1の「燐酸」という記載と整合するものである。 イ 他方,本件訂正前の明細書には,化学式が記載されているところ,燐酸の化学式は「H3PO4」(リン原子Pと結合する酸素原子Oは4個)であり,ホスホン酸の化学式は「ROP(OH)2」(リン原子Pと結合する酸素原子Oは3個)である(甲16)。そして,本件訂正前の明細書において,燐酸を指すものとして記載された化学式は,6か所にわたり記載されているが(【0020】 【0023】, ,【0024】,これらはいずれも燐酸の化学式ではなく,ホスホン酸の化学式であ)る。 また,本件訂正前の明細書の段落【0018】には,「作用成分乃至これを形成するスルホン酸,燐酸及びカルボン酸からなる群から選ばれる界面活性剤が効果を発揮する最低温度」という記載に続けて,「作用成分としてオクタデシルホスホン酸を使用する場合」という記載がある。 (3) 本件公報に接した当業者の認識についてア 前記(2)イのとおり,本件訂正前の明細書には,燐酸を示す化学式として,ホスホン酸の化学式が6か所にわたり記載されているというのであるから, スルホ「ン酸,燐酸及びカルボン酸からなる群」に含まれない「オクタデシルホスホン酸」が作用成分として記載されていることとも相まって,本件公報に接した当業者は,「燐酸」又は「リン酸」という記載か,ホスホン酸の化学式及び「オクタデシルホスホン酸」という記載のいずれかが誤っており,請求項1の「燐酸」という記載には「ホスホン酸」の誤訳である可能性があることを認識するものということができる。 イ しかし,更に進んで,本件公報に接した当業者であれば,請求項1の「燐酸」という記載が「ホスホン酸」の誤訳であることに気付いて,請求項1の「燐酸」- 18 -という記載を「ホスホン酸」の趣旨に理解することが当然であるといえるかを検討すると,前記(1)イのとおり,請求項1の「燐酸」という記載は,それ自体明瞭であり,技術的見地を踏まえても,「ホスホン酸」の誤訳であることを窺わせるような不自然な点は見当たらないし,前記(2)アのとおり,本件訂正前の明細書において,「燐酸」又は「リン酸」という記載は11か所にものぼる上,請求項1の第2の処理溶液の作用成分を形成するアニオン界面活性剤としてスルホン酸,カルボン酸と並んで「燐酸」を選択し,その最適な実施形態を確認するための4つの比較実験において,燐酸や燐酸基が使用されたことが一貫して記載されている。 そうすると,化学式の記載が万国共通であり,その転記の誤りはあり得ても誤訳が生じる可能性はないことを考慮しても,本件公報に接した当業者であれば,請求項1の「燐酸」という記載が「ホスホン酸」の誤訳であることに気付いて,請求項1の「燐酸」という記載を「ホスホン酸」の趣旨に理解することが当然であるということはできない。 以上によれば,本件訂正事項(燐酸→ホスホン酸)を訂正することは,本件公報に記載された特許請求の範囲の表示を信頼する当業者その他不特定多数の一般第三者の利益を害することになるものであって,実質上特許請求の範囲を変更するものであり,126条6項により許されない。 (4) 原告の主張についてア 原告は,前記(2)イによれば,本件公報に接した当業者は,「燐酸(又はリン酸)」と「ホスホン酸」のいずれかが誤りであることを予測することができたとした上で,原文明細書等を参照すれば,ホスホン酸を示す記載はあるが,燐酸を示す記載はないから,当業者は,訂正前の「燐酸(又はリン酸)」が「ホスホン酸」の誤訳であることを認識することができた旨主張する。 しかしながら,126条6項の要件適合性の判断に当たり,原文明細書等の記載を参酌することはできないから,原告の主張は採用できない。 すなわち,同項は,第三者に不測の不利益が生じることを防止する観点から,訂- 19 -正前の特許請求の範囲には含まれないこととされた発明が訂正後の特許請求の範囲に含まれるという事態が生じないことを担保するために,訂正後の特許請求の範囲が訂正前の特許請求の範囲を実質上拡張又は変更したものとなることを禁止したものである。そして,特許権が設定登録により発生すると,願書に添付した明細書及び特許請求の範囲に記載した事項並びに図面の内容が特許公報に掲載されて,第三者に公示され(66条1項,3項,29条の2),第三者が利害関係を有する特許権の禁止権の範囲である特許発明の技術的範囲は,この願書に添付した特許請求の範囲に基づいて定められ,その用語の意義はこの願書に添付した明細書及び図面を考慮して解釈するものとされている(70条1項,2項)。ところで,本件特許のような外国語特許出願においては,出願人は,翻訳文明細書等及び要約の日本語による翻訳文を提出しなければならないとされており(184条の4第1項) 翻訳文明細,書等及び国際出願日における図面(図面の中の説明を除く。(以下「国際出願図面」)という。 が36条2項の願書に添付した明細書,) 特許請求の範囲及び図面とみなされる(184条の6第2項)。このように,本件特許のような外国語特許出願においては,特許発明の技術的範囲は,翻訳文明細書等及び国際出願図面を参酌して定められ,原文明細書等は参酌されないから,126条6項の要件適合性の判断に当たっても,翻訳文明細書等及び国際出願図面を基礎に行うべきであり,原文明細書等を参酌することはできないというべきである。原告の主張するように,同項の要件適合性の判断に当たり原文明細書等を参酌することができると解した場合には,誤訳の訂正の許否は原文明細書等を参酌しないと決することができないことになるから,訂正審決の遡及効(128条)を受ける第三者としては,我が国の特許庁によって公開されるものではなく,外国語により記載された原文明細書等を,翻訳費用や誤訳の危険を自ら負担して参照することを余儀なくされることになるが,このような解釈が第三者に過度の負担を課すものであって不当であることは明らかである。 これに対して,原告は,原文明細書等は126条1項2号の要件適合性の判断に使用される資料であり,同条1項と同条6項の条文の配置からすると,同条6項は- 20 -訂正目的に応じて判断基準が異なることを当然の前提としており,原文明細書等を同項の要件適合性の判断に使用することができる旨主張する。しかしながら,同条1項2号の要件適合性と同条6項の要件適合性とは別個の訂正要件についての判断であるから,その要件適合性の判断に当たり参酌できる資料の範囲についてもそれぞれの訂正要件の目的に応じた解釈がされるべきものであり,同条1項2号の要件適合性の判断に当たり参酌できる資料であることは同条6項の要件適合性の判断に当たり参酌できることを基礎付けるものではない。そして,同条6項の要件適合性の判断に当たっては,同項の趣旨に照らし,原文明細書等を参酌することができないことは既に説示したとおりである。 また,原告は,第三者が無効審判請求において原文明細書等を証拠とできることとの均衡や証拠共通の原則,あるいは,審査段階で審査官が記載の不備を発見して拒絶理由通知をした場合との均衡などを主張する。しかしながら,特許権者は自らの責任において誤訳を含む翻訳文明細書等を提出し,その後も誤訳の訂正を目的とする補正を行う機会が与えられていたにもかかわらず,その機会を活かすことなく,誤訳を含んだまま設定登録を受けて,特許権を発生させたのであるから,特許公報に掲載された願書に添付した明細書及び特許請求の範囲に記載した事項並びに図面の内容に基づいて特許発明の技術的範囲を認識する第三者の信頼を保護するために,特許権者が一定の不利益を被ることがあったとしてもやむを得ないものというべきである。原告主張の各事情は,第三者に不測の不利益が生じることを防止することを目的とする126条6項の「特許請求の範囲」を判断するに当たり,第三者が原文明細書等を参酌しないにもかかわらず,これを参酌できるものとする根拠とはならない。 さらに,原告は,外国語特許出願については,国際公開番号が国内公表の対象になっており,特許掲載公報に原文明細書等が含まれないのは既に公開されているからである旨主張する。しかしながら,外国語特許出願に係る特許においては,特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲とみなされる国際出願日にお- 21 -ける請求の範囲の翻訳文に基づいて定められ,その用語の意義は願書に添付した明細書及び図面とみなされる国際出願日における明細書及び図面の中の説明の各翻訳文,国際出願図面を考慮して解釈されるのであるから,原文明細書等は第三者が特許発明の技術的範囲を把握するために必要となるものではない。また,原文明細書等は,我が国の特許庁によって公開されるものではなく,外国語により記載されたものであり,第三者がこれを参酌するためには,翻訳費用や誤訳の危険を自ら負担する必要がある。そうすると,たとえ第三者が国際公開番号の開示を受けたとしても,訂正前の特許請求の範囲を把握するために原文明細書等を参酌することが一般的であるということはできない。したがって,国際公開番号が第三者に開示されることは,126条6項の要件適合性の判断に当たり原文明細書等を参酌できるものとする根拠とはならない。 イ 原告は,126条6項の要件適合性は「第三者に不測の損害を与えるか否か」を判断基準とすべきであり,「第三者の不測の損害」は技術分野等を勘案して個別具体的に決定すべきであるところ,本件発明を実施することができる第三者は電力会社や3つの陣営にほぼ集約された原子炉メーカーに限られるし,本件特許の技術分野における競業他者は米国や欧州で設定登録された特許権のクレームを監視するのが通常であり,本件公報の発行から本件訂正の予告登録までは4か月余りにすぎず,この間に本件訂正後の特許請求の範囲に係る発明が実施又は実施の準備をされていたとは考えられないから,本件特許の訂正を認めたとしても,第三者に不測の損害を与えることにはならない旨主張する。 しかしながら,原告の主張は,「実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであってはならない」という126条6項の文理を離れた独自の解釈というほかなく,到底採用することはできない。 ウ 原告は,本件訂正前の明細書の【発明を実施するための形態】の欄には,ホスホン酸に関する発明が記載されているものの,燐酸(又はリン酸)に関する発明の実施例については一切記載されていないから,本件特許の訂正を認めたとして- 22 -も,第三者に不測の損害を与えることにはならない旨主張するが,前記(2)アのとおり,本件訂正前の明細書の【発明を実施するための形態】の欄(【0011】ないし【0032】 には,) 本件発明の第2の処理溶液の作用成分を形成するアニオン界面活性剤としてスルホン酸,カルボン酸と並んで燐酸を選択し,その最適な実施形態を確認するための4つの比較実験において,燐酸や燐酸基が使用されたことが一貫して記載されているほか,第2の処理溶液の界面活性剤として燐酸誘導体を使用した場合の最良の結果が得られるpH値の範囲や,第2の処理溶液の作成方法として燐酸又はリン酸塩を添加することなどが記載されている。原告の主張はその前提を欠くものであり,失当である。 エ 原告は,外国語特許出願に係る特許について誤訳の訂正を目的として特許の訂正をする場合,発明特定事項は変更されるのが通常であるから,発明特定事項を変更することが直ちに実質上特許請求の範囲を変更することに当たるものではないし,発明特定事項を変更するものであることを理由に特許請求の範囲を実質的に変更するものであるという審決の判断は,126条1項2号,184条の19を無意味にするものであると主張する。 しかしながら,審決は,原告の平成27年3月23日付け意見書の主張に対する判断の中で,「訂正前の明細書には,『−PO3H2』基と同時に『燐酸』基の記載もされており,『燐酸』基の化学式は,上記ホスホン酸基『−PO 3H2』と類似している−PO4H2であるため,どちらの記載が正しいか決められるものでなく,訂正前の明細書の記載から,当業者が,訂正前の特許請求の範囲における『燐酸』が正しくは『ホスホン酸』と記載されるべきものであると理解し得るとはいえない。また,上述のように,訂正前の明細書においては『燐酸』基と『−PO 3H2』基の記載が混在している状況で,訂正前の特許請求の範囲には『燐酸』と記載されていることから,特許請求の範囲に記載された『燐酸』が正しいと第三者が理解することが通常であるといえる。すると,訂正前の特許請求の範囲の記載を『燐酸』から『ホスホン酸』に訂正することは,第三者の通常の理解とは異なるものとなるから,訂- 23 -正によって第三者への不利益が生じることは明らかである。 と説示するように,」 訂正前の特許請求の範囲に記載された「燐酸」と訂正後の「ホスホン酸」という記載とを形式的に比較して判断したものではなく,訂正前の特許請求の範囲に記載された「燐酸」が当業者(第三者)に「ホスホン酸」と理解され,訂正の前後を通じて特許請求の範囲に変更がないといえるか否かを実質的に検討していることが明らかである。したがって,審決は,発明特定事項についての誤訳の訂正であることから直ちに実質上特許請求の範囲を変更することに当たるものと判断したものではない。 上記のように訂正の前後を通じて特許請求の範囲に変更がないといえるか否かを実質的に検討する審決の判断が,126条1項2号や184条の19の存在意義を失わせるものでないことは明らかであり,原告の主張は失当である。 (5) 小括以上によれば,本件訂正事項(燐酸→ホスホン酸)は,特許請求の範囲を実質的に変更するものであって,126条6項に規定する要件に違反するものであるとして,本件訂正は認められないと判断した審決に誤りはない。 3 結論以上によれば,原告主張の取消事由は理由がない。 よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第2部裁判長裁判官清 水 節- 24 -裁判官片 岡 早 苗裁判官古 庄 研- 25 - |
事実及び理由 | |
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全容
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