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関連審決 不服2002-24790
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審判番号(事件番号) データベース 権利
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平成19行ケ10040審決取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10470審決取消請求事件 判例 特許
平成19行ケ10139審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  数値限定 /  技術的意義 /  発明の要旨認定 /  容易に想到(容易想到性) /  構成要件 /  目的の範囲 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 235号 審決取消請求事件
原告 富士写真フィルム株式会社
訴訟代理人弁護士 熊倉禎男
同 吉田和彦
同 渡辺光
同 高石秀樹
同 弁理士 箱田篤
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 鹿股俊雄
同 秋月美紀子
同 大野克人
同 林栄二
同 大橋信彦
同 立川功
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/06/09
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2002-24790号事件について平成15年4月21日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成6年5月16日,名称を「カラー写真用現像処理装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(特願平6-101258)をし,平成14年11月20日に拒絶査定を受けたので,同年12月25日に不服の審判の請求をし,不服2002-24790号事件として特許庁に係属し,平成15年1月24日付け手続補正書により,本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲等について補正(以下「本件補正」という。)をした。特許庁は,同事件について審理した結果,同年4月21日,本件補正を却下する決定とともに,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年5月6日,原告に送達された。
2 本件明細書の特許請求の範囲の【請求項1】の記載 (1) 本件補正前 廃液回収タンクを一種類しか有さないハロゲン化銀カラー写真感光材料用処理装置であって,かつカラーネガフイルム処理に於ける1m2当たりのカラー現像液の廃液量を400ml以下及び漂白液および定着液の少なくとも一つの補充量を50〜400mlに制限することで該廃液回収タンクのpHが6.5-3.0の酸性領域に維持されることを特徴とするカラー写真用処理装置。
(2) 本件補正後 廃液回収タンクを一種類しか有さないハロゲン化銀カラー写真感光材料用処理装置であって,かつカラーネガフイルム処理に於ける1m2当たりのカラー現像液の廃液量を400ml以下及び漂白液および定着液の少なくとも一つの補充量を50〜400ml且つ水洗液又 は安定液 の補充量 を50 〜1000 ml/u に制限することで該廃液回収タンクのpHが6.5-3.0の酸性領域に維持されることを特徴とするカラー写真用処理装置。
(以下,上記(2)の発明を「本願補正発明」という。下線は補正部分) 3 審決の理由 (1) 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願補正発明は,引用例1(特開平6-118597号公報,甲4)及び引用例2(特開平5-197107号公報,甲5)に開示された発明(以下,それぞれ「引用例1発明」,「引用例2発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないとして,本件補正を却下し,本願発明の要旨を本件補正前の本件明細書の請求項1の記載に基づいて上記2(1)のとおり認定した上,本願発明は,本願補正発明から「水洗液又は安定液の補充量を50〜1000ml/m2」という構成を除いたものであるから,本願補正発明について判断したのと同様の理由により,引用例1及び引用例2に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
(2) 補正却下の理由の要旨は,次のとおりである。
ア 本件補正による請求項1(本願補正発明)は,上記2(2)のとおりであり,引用例1発明は,「廃液処理槽221を一種類しか有さないハロゲン化銀カラー写真感光材料用処理装置であって,廃液処理槽221の廃液pHが略4.0〜8.0であるカラー写真用処理装置。」である。
イ 本願補正発明と,引用例1発明とを比較すると,引用例1発明の「廃液処理槽221」は,本願補正発明の「廃液回収タンク」に相当し,引用例1発明のpH「略4.0〜8.0」は,本願補正発明のpH「6.5-3.0」と大部分が重複するから,両者は,「廃液回収タンクを一種類しか有さないハロゲン化銀カラー写真感光材料用処理装置であって,該廃液回収タンクのpHが6.5-3.0の酸性領域に維持されることを特徴とするカラー写真用処理装置。」の点で一致し,以下の点で相違している。 [相違点1] 本願補正発明は,カラーネガフイルム処理における1m2当たりのカラー現像液の廃液量が400ml以下であるのに対し,引用例1発明には,このような限定がない点。 [相違点2] 本願補正発明は,漂白液および定着液の少なくとも一つの補充量を50〜400ml且つ水洗液又は安定液の補充量を50〜1000ml/m2に制限することで該廃液回収タンクのpHが6.5-3.0の酸性領域に維持されるのに対し,引用例1発明には,このような限定がない点。
ウ 上記相違点については,以下のとおり,引用例1発明及び引用例2発明に基づく容易想到性が肯定される。
[相違点1]について 引用例2(甲5)には,「カラー現像液の補充量は感光材料1m2当り60〜300mlであり,好ましくは70〜250mlである」(段落【0061】)と記載され,本件明細書(甲2)の「総廃液量は総補充量から蒸発量と感光材料の持ち出し量を差し引いた量と大略一致する」(段落【0014】)との記載を参照すれば,引用例2には,本願発明の「カラーネガフイルム処理に於ける1m2当たりのカラー現像液の廃液量を400ml以下」とすることが開示されている。
そして,各引用例は,技術分野が同じであるから,当業者であれば引用例2に記載された事項を引用例1に適用することは,容易にし得るということができ,当該適用によって格別顕著な作用効果が生ずるものでもない。 [相違点2]について 引用例1(甲4)には,「廃液pHのコントロールは,廃液pHが略4.0〜8.0になるように処理液のpHと補充量から制御する手段・・・があり」(段落【0023】)と記載され,発色現像槽203,漂白槽204,定着槽205,安定槽206のpHと補充タンク209〜212からの補充液の量によって,廃液処理槽221のpHが制御できることが開示されている。そして,廃液処理槽221のpHを,所望の値にするために,上記した発色現像槽203,漂白槽204,定着槽205,安定槽206などに使用する処理液の種類,あるいは,上記した補充タンク209〜212などから補充する補充液の量を決定することは,当業者であれば容易にし得る設計的な事項にすぎない。 エ したがって,本願補正発明は,引用例1発明及び引用例2発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものである。
原告主張の審決取消事由
審決は,本件補正の適否の判断において,本願補正発明と引用例1発明との一致点の認定を誤り(取消事由1),相違点の認定判断を誤った(取消事由2)結果,本願発明の要旨の認定を誤ったものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) 審決は,本願補正発明と引用例1発明とは,「廃液回収タンク を一種類 しか有さない ハロゲン化銀カラー写真感光材料用処理装置であって,該廃液回収 タンクのpH が6.5-3.0の酸性領域 に維持 される ことを特徴とするカラー写真用処理装置」(下線は原告)である点で一致すると認定したが,誤りである。
(1) 廃液回収タンクについての相違 ア 本願補正発明は,処理装置を「更に小型化にする」(甲2の段落【0004】)という目的から,廃液回収タンクを「1個」に限定している。処理機を「更に小型化」する手段は,廃液回収タンクの個数を「1個」とすることに事実上尽きるものである。
本願補正発明は,請求項の記載が「廃液回収タンクを一種類しか有さないハロゲン化銀カラー写真感光材料用処理装置であって」となっているが,本件明細書(甲2)の【発明の詳細な説明】には,「本発明においては,更に小型化するために廃液タンクを一つにする技術を提案するものである。」(段落【0004】),「本発明の課題は,廃液タンクが一つになった小型の処理機を提案することにあり」(段落【0005】),「本発明において『一種類』とは,廃液の種類に応じて独立した複数の回収タンクを用いることではなく,異なった種類の廃液に(注,「廃液を」とあるのは誤記と認める。)1つの回収タンクを用いることである」(段落【0014】)と記載されており,これらの記載からみて,本願補正発明は,廃液回収タンクを1個に限定しているものである。
カラー写真感光材料処理装置の小型化という要請そのものは本件特許出願前から存在したが,「廃液にカラー現像液等の高pHの廃液が混入されるとアンモニアガスが生じ,不愉快な臭気を感じたり,ガスによる感光材料のカブリが発生したりする問題」(甲2の段落【0003】)や,銀イオンが存在する処理槽からの廃液と存在しない処理槽からの廃液を一緒にすると廃液からの銀回収率が悪化するという問題等により,従来,廃液回収タンクは必ず2個以上使用されており,当業者において,同タンクを1個に限定する発想は存在しなかった。本願補正発明は,廃液回収タンクが1個のカラー写真感光材料処理装置を提案した点において,画期的な発明である。
イ これに対し,引用例1発明には,複数の廃液タンクが存在する。すなわち,引用例1発明には,廃液を回収するタンクとして,@予備タンク223,A廃液処理槽221,B水分タンク233が存在するものであって,審決が,廃液処理槽221のみを本願補正発明における廃液回収タンクに相当すると認定したことは,誤りである。
水分タンク233は,廃液タンクである。引用例1(甲4)には,廃液処理槽221で廃液が濃縮される際に発生する廃液の蒸気が気体中水分分離装置によって「水分」と低湿度の空気に分離され,このうち「水分」が水分タンクに流入すると記載されており(段落【0056】),この蒸気は少なくともNH3(アンモニア)及びSO3(亜硫酸)を含むから,「水分」とは,実際にはNH 3及びSO3を含む水溶液なのであって,法律上しかるべき処理を施さない限り自然界に廃棄し得ない「廃液」である。
ウ 引用例1発明は,「処理槽部から排出された処理液の廃液や乾燥部の廃熱を有効に再利用すること」により(甲4の段落【0001】),「安価で効率的な廃液処理を可能にした感光材料処理装置を提供すること」を目的とした発明であり(段落【0010】),本願補正発明とは課題及び課題解決の方向性を異にする。引用例1には,本願補正発明が目的としている「装置の小型化」について全く言及されておらず,廃液回収タンクの数を減らすことについての言及もない。引用例1発明では,多量の廃液が排出された場合に対応可能とするために,複数個の廃液回収タンクが必須となっているのであり,両発明の構成要件は全く異なっている。
(2) 廃液回収タンク内の廃液のpHの範囲についての実質的相違 ア 本願補正発明における「廃液回収タンクのpHが6.5-3.0の酸性領域に維持される」との限定は,「一般に銀を含有する定着液や漂白定着液には高濃度のアンモニウムイオンが含有されており,この廃液にカラー現像液等の高pHの廃液が混入されるとアンモニアガスが生じ,不愉快な臭気を感じたり,ガスによる感光材料のカブリが発生したりする問題が生じること」(甲2の段落【0003】)を防止するためである。そうであるからこそ,廃液回収タンク内の廃液のpH(以下「廃液pH」という。)について,6.5-3.0という数値限定のみならず,「酸性領域に維持される」ことまで明記しているのである。
なお,この数値限定は,本件明細書(甲2)中の「従来の処理方法において,・・・廃液のpHが7以上に上昇し,廃液タンクよりアンモニアガスが発生するという問題が生じたが本発明においては,カラー現像液の廃液量を制限することで,廃液タンク内のpHを6.5〜3.0・・・に維持す(る)ことで,不所望なアンモニアガスの発生も殆ど無く,好ましい結果が得られた」(段落【0015】)との記載に基づき,廃液回収タンクからのアンモニアガス発生を抑制するという効果の差異を明確にするために,平成14年8月12日付け手続補正書により追加したものである。
本願補正発明がpH範囲に関する上記の数値限定によって,アンモニアガスの発生が著しく抑制されるという顕著な作用効果を導いていることは明らかである。
イ 他方,引用例1発明における廃液pHの数値範囲は「略4.0〜8.0」であり,アルカリ性領域を含んでいる。引用例1発明で廃液回収タンクを1個に限定した場合,廃液pHが7以上の範囲では,アンモニアガスの発生が著しく,実用が困難である。引用例1発明は,悪臭の問題に言及しておらず,引用例1(甲4)に「pHが略8.0以上ではアンモニア成分の揮発が大きくなる」(段落【0022】)と記載されていることからすれば,アンモニアガスの発生を相当程度許容しているものと推察される。
ウ 以上のように,本願補正発明の目的及び作用効果との関係において,「酸性領域に維持される」旨の制限が極めて重要であるのに,審決が,アルカリ性領域まで許容する引用例1発明のpH範囲と,「酸性領域に維持される」と明示している本願補正発明のpH範囲について,「大部分が重複する」という極めて形式的な理由付けのみによって一致すると認定したことは,誤りである。
被告は,本願補正発明における廃液回収タンクのpHを6.5-3.0の酸性領域に維持するという数値限定が,アンモニアガスの発生を著しく抑制するという顕著な作用効果を導いている事実を踏まえた上で,両者の数値範囲が一致することを主張・立証すべきである。
2 取消事由2(相違点の認定判断の誤り) (1) 相違点の認定の誤り 本願補正発明の進歩性を適切に判断するためには,相違点1及び相違点2を総合して一つの相違点と認定した上で,各引用例と比較しなければならないのに,審決には,これらを別々の相違点として認定した誤りがある。
本願補正発明は,カラー写真感光材料用処理装置の小型化を図るために廃液回収タンクを1個に限定しているものであるが,それには総廃液量を限定する必要がある。本願補正発明は,「カラーネガフィルム処理における1m2当たりのカラー現像液の廃液量を400ml以下及び漂白液および定着液の少なくとも一つの補充量を50〜400ml且つ水洗液又は安定液の補充量を50〜1000ml/m2に制限する」ことによって,総廃液量を限定しているのであり,「カラー現像液の廃液量」(審決における相違点1)のみについて限定しても,全く無意味である。
また,本願補正発明は,廃液回収タンクからアンモニアガスが発生することを防止するために廃液pHを「6.5-3.0」の範囲に限定しているものであるが,廃液pHの調整は,強アルカリ性(pH=10)であるカラー現像液の廃液と,酸性である漂白液,定着液,水洗液,安定液の補充量(厳密には各廃液量が問題となるが,各補充量と各廃液量は概ね一致する。)との相関関係によって行われるから,漂白液,定着液,水洗液,安定液の補充量のみを限定しても無意味である。このように,本願補正発明は,前者(カラー現像液の廃液量)と後四者(漂白液,定着液,水洗液,安定液の補充量)の範囲を両方とも限定することにより,廃液回収タンク内の廃液pHを上記範囲内に調整している。
以上のように,審決が相違点1と認定する「1m2当たりのカラー現像液の廃液量が400ml以下である」点と,相違点2として認定する「漂白液および定着液の少なくとも一つの補充量を50〜400ml且つ水洗液又は安定液の補充量を50〜1000ml/m2に制限する」点とは,互いに密接不可分な関係にあり,これらを別々に数値限定しても無意味である。本願補正発明の数値限定は,「カラー現像液の廃液量」,「漂白液および定着液の少なくとも一つの補充量」及び「水洗液又は安定液の補充量」をバランスよく規定するものであるので,本願補正発明の進歩性を適切に判断するためには,相違点1及び2を総合して一つの相違点と認定した上で,各引用例と比較しなければならない。このような本願補正発明の本質と密接にかかわる数値限定の意義を看過して,これらを別々の相違点として認定した審決の誤りは,結論に影響を及ぼすことが明らかである。
(2) 相違点の判断の誤り ア 相違点1について 上記のとおり,本願補正発明の目的・効果との関係では,カラー現像液の廃液量のみを限定しても無意味であり,漂白液,定着液,水洗液及び安定液についてもしかるべき限定が必要であるところ,審決が相違点1に関する事項を開示するものとして指摘した引用例2は,前者(カラー現像液の廃液量)に関する限定を開示するのみであって,後四者に関する限定は開示も示唆もないから,本願補正発明の進歩性を否定する資料とはなり得ない。
イ 相違点2について 審決は,引用例1に「発色現像槽203,漂白槽204,定着槽205,安定槽206のpHと補充タンク209〜212からの補充液の量によって,廃液処理槽221のpHが制御できることが開示されている」(審決謄本4頁下から第2段落)と認定しているが,誤りである。審決が上記認定の根拠とするのは,引用例1(甲4)の「廃液pHのコントロールは,廃液pHが略4.0〜8.0になるように処理液のpHと補充量から制御する手段・・・があり」との記載(段落【0023】)であるが,同段落中の審決が引用を省略した部分には,廃液pHをコントロールする手段として,@処理液のpHと補充量から制御する手段と,A廃液処理槽に中和剤を添加し制御する手段とが開示され,Aの「中和剤により制御する手段」が好ましい旨明記されている。そして,引用例1発明の明細書には,Aについては具体的手段が開示されているが,@の処理液のpHと補充量から制御する手段については,各処理液のpHと補充量から廃液回収タンク内の廃液のpHが理論的に算出可能であるという極めて単純な論理を示すのみであり,後述するカラー写真感光材料処理装置自体の目的・機能との関係を考慮した現実的・具体的手段については何らの開示も存在しない。
また,審決は,「廃液処理槽221のpHを,所望の値にするために,上記した発色現像槽203,漂白槽204,定着槽205,安定槽206などに使用する処理液の種類,あるいは,上記した補充タンク209〜212などから補充する補充液の量を決定することは,当業者であれば容易になし得る設計的な事項に過ぎない」(審決謄本4頁最終段落〜5頁第1段落)とするが,誤りである。各処理液の種類(pH)や使用量は,各処理槽において不可避的に発生する持ち出し現象を考慮して,写真現像処理というカラー写真感光材料処理装置本来の目的・機能との関係で適切に決定されなければならない事項なのであって,それ自体,当業者にとっても容易に設計し得る事項ではあり得ない。審決は,廃液のpH調整のみが唯一の目的であるかのごとく認定しているが,カラー写真感光材料処理装置本来の目的・機能との関係で各処理液ないし補充液の量には相当の制限が内在する事実を看過している。
本願補正発明においては,@「カラー現像液の廃液量」,A「漂白液及び定着液の少なくとも一つの補充量」及びB「水洗液又は安定液の補充量」についてのそれぞれの数値限定が互いに密接不可分な関係にあることは明らかであるから,本願補正発明において,感光材料1m2当たりの,@カラー現像液の廃液量を400ml以下,A漂白液及び定着液の少なくとも一つの補充量を50〜400ml,B水洗液又は安定液の補充量を50〜1000ml/m2とすることについて,「相違点を複数に分けて抽出し,各相違点について検討する」のみでは不十分である。被告は,上記@〜Bの各要素を本願補正発明における課題を満足するように同時に数値限定することの容易性を主張・立証していない。
本願補正発明における「廃液回収タンクのpHが6.5-3.0の酸性領域に維持される」旨の数値限定は,アンモニアガスの発生が著しく抑制されるという顕著な作用効果を導いているのに,審決は,これを看過し,進歩性の判断を誤ったものである。
被告の反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 廃液回収タンクについて 「廃液回収タンクを一種類しか有さない」点を一致点とした審決の認定に誤りはない。 ア 本願補正発明は,従来,銀回収用の廃液と銀を含有しない廃液が分離して回収されていた(甲2の段落【0003】)のに対して,廃液の種類に応じて独立した複数の回収タンクを用いるのではなく,異なった種類の廃液を一つの回収タンクを用いて回収するようにしたものである。本願補正発明が廃液回収タンクを「1個」に限定しているとする原告の主張は,本願補正発明の構成に基づかない主張であり,かつ,根拠がないものである。
イ 引用例1(甲4)の段落【0015】,【0055】の記載及び図面によれば,引用例1発明も,廃液の種類に応じて独立した複数の回収タンクを設けるのではなく,各処理液の廃液が集められる予備タンク223及び廃液処理槽221に,同一種類,すなわち一種類の廃液を集めるようにしたものであることが明らかである。なお,引用例1発明の水分タンク233は,気体中水分分離装置232により分離された水を集めるタンクであるから,「廃液」の回収タンクではない。
(2) 廃液回収タンク内の廃液pHの範囲について 廃液回収タンク内の廃液pHが両発明で一致するとした審決の認定に誤りはない。
2 取消事由2(相違点の認定判断の誤り)について (1) 相違点の認定について 引用例1(甲4)には,廃液回収タンクのpHをコントロールするための一形態として,中和剤によらず,カラー現像液,漂白液,定着液,水洗液,安定液等,各処理液の補充量等を調整することにより,廃液回収タンクのpHを所望のpH領域とすることが開示されており(段落【0015】),そのpHをコントルールする過程で,所望のpH領域とするためにカラー現像液,漂白液,定着液,水洗液,安定液,等の各処理液の補充量等をバランスよく調整していることは明らかである。
したがって,両者の相違点は,各処理液それぞれの数値限定の部分,すなわち,廃液pHを所定の範囲に維持するために,本願補正発明は,「カラーネガフイルム処理における1m2当たりのカラー現像液の廃液量が400ml以下及び漂白液および定着液の少なくとも一つの補充量を50〜400ml且つ水洗液又は安定液の補充量を50〜1000ml/m2に制限する」のに対し,引用例1発明には前記数値に関する限定がない点にある。この相違点のうち,本願補正発明における「カラー現像液」については,制御対象が廃液量であり,「漂白液および定着液」及び「水洗液又は安定液」については,制御対象が補充液であって,それぞれ制御対象が異なっているから,審決は,相違点をより明確に把握するために,上記相違点を相違点1と2に分けて抽出し,判断しているのであって,そこに審決の結論に影響を及ぼすような誤りがないことは明らかである。
(2) 相違点の判断について ア 相違点1について (ア) 本願補正発明に係る本件明細書(甲2)には,「カラー現像液の廃液量」,「漂白液および定着液の少なくとも一つの補充量」及び「水洗液又は安定液の補充量」に関して,それぞれ以下の記載がある。
@ カラー現像液の廃液量 「更に,従来の処理方法において,全ての廃液を混合すると,カラー現像廃液の影響で,廃液のpHが7以上に上昇し,廃液タンクよりアンモニアガスが発生するという問題が生じたが本発明においては,カラー現像液の廃液量を制限することで,廃液タンク内のpHを6.5〜3.0好ましくは6.0〜4.0に維持することで,不所望なアンモニアガスの発生も殆ど無く,好ましい結果が得られた。」(段落【0015】) 「更に,カラー現像補充液の使用量としては,補充量を極力低減し,廃液量を減少させる目的で,高濃度に使用する必要があり,補充液1リットル当り好ましくは約0.17モル〜1.00モルより好ましくは約0.2モル〜0.8モルの濃度である。」(段落【0017】) 「本発明のカラー現像液の補充量は,廃液中の銀濃度を高く保つ為に,また,廃液からのアンモニアガスの発生を抑えるために,極力少ない方が好ましい。具体的には,塗布銀量の多いカラーネガフィルム処理においては,1m2あたり50ml〜450ml,更に好ましくは100ml〜300ml程度である。また,カラーペーパー処理における補充量は,感光材料1m2あたり30〜70ml程度,更に好ましくは35ml〜60ml程度である。また,各々の廃液量は,感光材料の持ち出しや蒸発量により異なるが,大略,カラーネガフィルム処理の場合には0〜400ml/m2程度,カラーペーパー処理の場合には0〜20ml/m2程度となる。」(段落【0018】) A 漂白液及び漂白定着液の補充量 「本発明に用いられる漂白液や漂白定着液において,好ましいpH領域は,2〜8であり,更には3〜6.5が好ましい。また定着液のpHは4〜8の領域が好ましい。特に廃液回収タンク内のpHを6.5以下に抑えるために,上記pH領域での使用が好ましい。本発明においては,廃液中の銀濃度を高く維持するために,漂白液,漂白定着液及び定着液の補充量は少ない方が好ましい。具体的にはカラーネガフィルム用としての補充量は感光材料1m2あたり50〜400ml,より好ましくは100〜300ml程度である。」(段落【0032】) B 水洗液又は安定液の補充量 「水洗及び安定化工程の補充量は任意に選択することができ,感光材料1m2あたり50ml〜5リットル程度であるが,本発明の目的を達成するためには補充量は少ない方が好ましく,前浴からの持ち込み量の1.0倍〜20倍程度の低補充が好ましい。ここで前浴からの持ち込み量は,感光材料1m2あたり一般に50ml程度であることから,実際の補充量は50ml〜1000ml程度ということになる。より好ましくは2倍〜10倍程度である。補充は連続的に行っても間欠的に行ってもよい。水洗及び/又は安定化工程に用いた液は,更に,前工程に用いることもできる。この例として多段向流方式によって削減した水洗水又は安定液のオーバーフローを,その前浴の定着浴や漂白定着浴に流入させ,定着浴や漂白定着浴には濃縮液を補充して,廃液量を減らすことがあげられ,本発明の好ましい態様の一つである。水洗工程での水洗水量または,安定工程の安定液量は,感光材料の特性(例えばカプラー等使用素材による)や用途,液温,タンクの数(段数),向流,順流等の補充方式,その他種々の条件によって種種の範囲に設定し得る。通常多段向流方式における段数は2〜6が好ましく,特に2〜4が好ましい。」(段落【0033】) (イ) 上記@ないしBの記載を検討すると,まず,カラー現像液については,カラー現像液の廃液量が廃液回収タンクのpH調整に第一義的に関係し,また,その廃液量は補充量,感光材料の持ち出し量及び蒸発量から定まることがうかがえるが,「漂白液及び定着液の補充量」や「水洗液又は安定液の補充量」との関係は,明らかではない。
また,漂白液及び定着液に関しては,好ましいpH領域が特定されているが,その補充量については,少ない方が望ましく具体的には感光材料1m2あたり50〜400ml程度であると記載されているにとどまり,「カラー現像液の廃液量」や「水洗液又は安定液の補充量」との関係が明白ではない。
さらに,水洗液又は安定液については,補充量は,任意に選択することができるが,その量は少ない方が好ましく,前浴からの持ち込み量の1.0倍〜20倍程度が好ましいことが示されており,「カラー現像液の廃液量」や「漂白液及び定着液の補充量」とは関係がないことがうかがわれ,また,廃液回収タンクのpHとの関連も明らかではない。
したがって,発明の詳細な説明によっては,本願補正発明において,各処理液の廃液量又は補充量が相互にどのように関連して,最終的に所望のpH範囲とするのか不明確であり,さらに,本願補正発明の構成要件をみれば,各処理液又は補充液のpHについては何ら特定されておらず,単に,各処理液の廃液量又は補充量を規定するにすぎない。原告は,各処理液の廃液量又は補充量の数値と本願補正発明の目的・効果との関連を主張するが,廃液回収タンクのpHは各処理液のpH等にも関係することは明らかであるから,原告の上記主張は本願補正発明の構成要件及び本件明細書の記載に基づかないものであり,失当である。
(ウ) 引用例2(甲5)には,処理廃液及び補充液の低減を図るために,特定のカラー現像液等を用いることにより,カラー現像液補充量を感光材料1m2 当り60〜300ml,好ましくは70〜250mlとすること,また,処理液成分量を安定に保つために補充液が補充されるが,そのために補充量に相当する処理廃液が発生することが示されているから,カラーネガフィルムの処理における1m2 当たりのカラー現像液の廃液量を400ml以下とすることが開示されている。したがって,カラーネガフィルムの処理における1m2 当たりのカラー現像液の廃液量を,本願発明のように400ml以下とすることは,引用例2に基づいて当業者が容易に採用することができたものというべきである。
イ 相違点2について 漂白液及び定着液の補充量,及び水洗液又は安定液の補充量について,引用例1(甲4)には,「好ましくは,廃液pHが略4.5〜7.5であるが,廃液pHが略4.0以下では亜硫酸塩の揮発による悪臭,気体中水分分離装置の腐食等があり,pHが略8.0以上ではアンモニア成分の揮発が大きくなる」(段落【0022】),「また,廃液pHのコントロールは,廃液pHが略4.0〜8.0になるように処理液のpHと補充量から制御する手段,廃液処理槽に中和剤を添加し制御する手段があり,好ましくは中和剤により制御する手段が任意にpHを制御できるという意味で有利である」(段落【0023】),との記載があり,これらの記載によれば,引用例1にも,アンモニアガスの発生等を抑えるために,各処理液のpHと補充量を制御することにより廃液回収タンクのpHを所望の値に維持することが開示されている。
確かに,引用例1発明においては,漂白液及び定着液,並びに水洗液又は安定液の補充量を具体的に特定するものではないが,廃液回収タンクのpH値を所望の領域とするために,各処理液の補充量等をバランスよく調整し,アンモニアガスの発生等を抑えることが開示されている以上,各処理槽の容積,処理液の種類・pH等に応じて,廃液回収タンクのpHが所望の数値範囲に収まるように,各処理液の補充量を設定し,相違点2の構成とすることは,当業者が適宜採用することができたというべきである。
原告は,本願補正発明における「廃液回収タンクのpHが6.5-3.0の酸性領域に維持される」旨の数値限定がアンモニアガスの発生が著しく抑制されるという顕著な作用効果を導いているのに,審決は,本願補正発明の目的及び作用効果を看過したと主張するが,写真処理廃液からアンモニアガス等の悪臭が発生するのを防止するために,廃液のpHを7.0以下に抑えること,また,その場合pHを更に低くすれば更に悪臭の発生を防ぐことができることは,特開昭63-143991号公報(乙1)に記載されているように周知の事項である。したがって,本願補正発明において廃液回収タンクのpH範囲を6.5-3.0の酸性領域と特定した点は,格別なものではなく,当業者が適宜設定し得る事項にすぎず,また,原告が主張する作用効果も,上記周知の技術から,当業者が予測できる範囲内のものである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について 原告は,審決が「廃液回収タンクを一種類しか有さない」点及び「廃液回収タンクのpHが6.5-3.0の酸性領域に維持されること」を本願補正発明と引用例1発明との一致点と認定したことが誤りであると主張する。
(1) 廃液回収タンクについて ア 原告は,まず,上記主張の前提として,本願補正発明における廃液回収タンクは「1個」に限定されていると主張するが,本願補正発明に係る特許請求の範囲の請求項1の記載は,上記第2の2(2)のとおり,「廃液回収タンクを一種類しか有さない」というものであり,この記載における「一種類」が,廃液回収タンクのを一つとしたものであって,廃液回収タンクの を「一つ」としたものでないことは,文言上明らかというべきであり,他に特段の事情のない限り,上記請求項1の記載文言どおり本願補正発明の要旨認定をすべきである。
これに対し,原告は,特許請求の範囲に記載された「一種類」は,「1個」を意味している旨主張し,その根拠として,本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明中に,「本発明においては,更に小型化にするために廃液タンクを一つにする技術を提案するものである」(段落【0004】),「本発明において『一種類』とは,廃液の種類に応じて独立した複数の回収タンクを用いることではなく,異なった種類の廃液に1つの回収タンクを用いることである」(段落【0014】)等の記載があることを指摘する。しかし,「一つ」,「1つ」の語それ自体は,個数,種類のいずれについても用いられ得る語であって,個数が「1個」であることのみを意味するものではないから,原告指摘の上記記載から直ちに廃液回収タンクの個数が「1個」であるということはできない。
かえって,本件明細書(甲2)には,従来技術について,「従来からフィルム処理機とペーパー処理機には・・・各々2個ずつ合計4個の廃液タンクが設置されている。これは,銀を含有する廃液と含有しない廃液とを分離して回収するためである。すなわち,銀を含有する廃液からは銀が回収再利用されるため,廃液は有価物として扱われ含有銀量に相応した代金が支払われる。しかしながら,含有銀代金の支払いは,銀の含有総量のみならず,銀濃度にも依存し,総量が同じならば,高濃度の方が回収効率がよく,従って支払い率がよいため,銀回収用の廃液は極力高濃度で回収する努力がなされ,結果として,銀を含有しない処理廃液と分離して回収されている。また,一般に銀を含有する定着液や漂白定着液には高濃度のアンモニウムイオンが含有されており,この廃液にカラー現像液等の高pHの廃液が混入されるとアンモニアガスが生じ,不愉快な臭気を感じたり,ガスによる感光材料のカブリが発生したりする問題が生じることが判明し,全ての廃液を一種の廃液回収タンクで回収することは,困難であった」(段落【0002】〜【0003】)として,廃液回収タンクを,廃液の種類に応じて,複数設けていたことが記載されており,この従来技術について記載された内容に照らすと,その改良を意図したものとされる本願補正発明についての「廃液タンクを一つにする」,「異なった種類の廃液に1つの回収タンクを用いる」等の記述は,従来技術では廃液の種類に応じて複数種類設けられていた廃液回収タンクをまとめて一つにすること,すなわち,本件補正発明に係る特許請求の範囲の請求項1の記載文言どおり「一種類」とすることを意味しているというのが,当業者の自然な理解というべきである。
原告は,また,カラー写真用現像処理装置を「更に小型化する」(本件明細書の段落【0004】)ための手段は,廃液回収タンクの個数を「1個」とすることに事実上尽きるから,「小型化」という本願補正発明の目的も考えれば,廃液回収タンクの個数は「1個」と解すべきであるとも主張するが,従来,廃液の種類に応じて複数種類あった廃液回収タンクを「1種類」とすることも,カラー写真現像処理装置の小型化を実現する手段となり得ることは明らかであるから,請求項1に記載された「一種類」を文言どおりの意味に理解しても,本願補正発明の目的・効果についての記載と矛盾するものではなく,原告の主張は上記認定を左右するものではない。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明における原告指摘箇所の記載や装置の「小型化」という本願補正発明の目的を考慮に入れても,特許請求の範囲に明記された「一種類」という語を,あえて「1個」の意味に理解すべき理由は見いだすことができないから,本願補正発明は,廃液回収タンクを「一種類」と特定しているものというべきである。
イ 一方,引用例1(甲4)には,「この発明の廃液処理槽には,・・・個々の処理液例えば,漂白定着液,定着液,安定液の廃液を別々に貯留しても良いが,好ましくは個々の感光材料処理装置毎に廃液処理槽を設けるか,処理液全てを廃液処理槽にまとめることが,この発明の効果を奏する上で好ましい」(段落【0015】)と記載され,感光材料処理装置の概略図である図5について,「発色現像槽203,漂白槽204,定着槽205及び安定槽206より廃液が,配管222を通して予備タンク223に集められる。・・・予備タンク223より定量ポンプ225を有する配管226によって廃液処理槽221に集められる」(段落【0055】)と説明されている。これらの記載及び図5の図示によれば,引用例1に開示された感光材料処理装置も,廃液の種類に応じて独立した複数の回収タンクを設けるのではなく,各処理液をすべて予備タンク223に続く廃液処理槽221に集めてそこに一緒に貯留するようにしているものと認められるから,引用例1発明において廃液回収タンクが「一種類」しか存在しないことは明らかである。
なお,原告は,引用例1の水分タンク233は廃液回収タンクであると主張するが,水分タンク233に集められるものは,気体中の水分を分離する気体中水分分離装置232により分離された水分であるのに対し,本件明細書には,「本発明の廃液タンクは処理タンクからオーバーフローしてくる廃液を一時的に回収するタンクのこと」(段落【0007】)と記載されているから,気体から分離して得られたする水分を集める水分タンクを「廃液回収タンク」ということはできない。
ウ 以上によれば,引用例1発明も,廃液処理タンクを「一種類」としたものであるから,この点を引用例1発明と本願補正発明との一致点とした審決の認定に誤りはない。
(2) 廃液回収タンク内の廃液pHの範囲について 原告は,引用例1発明における廃液pH「略4.0〜8.0」と本願補正発明の廃液pH「6.5-3.0」とが大部分重複していても,アンモニアガスの発生を抑制するという本願補正発明の目的及び効果の観点からすると,廃液回収タンク内の廃液pHの範囲を「6.5-3.0」という酸性領域に限定している本願補正発明と,廃液pHがアルカリ領域まで含む引用例1発明とは,実質的に異なると主張する。
しかし,両者の廃液pHの範囲に重複する部分がある以上,その重複する部分において両者は一致しているといわざるを得ず,その点をとらえて「廃液回収タンクのpHが6.5-3.0の酸性領域に維持されること」を一致点と認定した審決の認定を誤りということはできない。
原告は,本願補正発明は,廃液pHの範囲を6.5〜3.0の酸性領域に限定していることにより,アンモニアガスの発生が抑制されることを指摘し,引用例1発明とは実質的に異なると主張するが,原告の指摘する点は,数値限定によって当業者の予測を超えた格別顕著な作用効果が奏される場合にのみ問題とされる余地があるにすぎないものであるところ,廃液pHの範囲を酸性領域とすることによってアンモニアガスの発生が抑制されることは,後記2(2)イ(エ)に説示するとおり,カラー写真感光材料の現像処理にかかわる当業者にとって周知事項ないし技術常識に属する事項というべきであるから,これを当業者の予測を超えた格別顕著な作用効果と認めることはできず,そうである以上,審決が,pH値の範囲が本願補正発明と引用例1発明とで一致する範囲があることをとらえて,その点を一致点と認定したことに何ら誤りはないというべきである。 (3) 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(相違点の認定判断の誤り)について (1) 相違点の認定について 審決における相違点の認定が誤りであるとする原告の主張は,要するに,本願補正発明においては,I.廃液回収タンクを1個に限定している関係で,総廃液量を限定する必要があり,さらに,U.廃液pHを「6.5-3.0」の範囲に調整するために,@カラー現像液の廃液量,A漂白液及び定着液の少なくとも一つの補充量,及びB水洗液又は安定液の補充量を限定しており,U@の「カラー現像液の廃液量」と,UA,Bの「補充量」とは,廃液pHの調整に関して互いに密接不可分な関係にあって,これらを別々に数値限定しても無意味であるから,審決のように,@の点を相違点1,A,Bの点を相違点2として,それぞれ別々に認定したのでは,本願補正発明の進歩性について正しい判断はできない,というものである。しかし,本願補正発明が廃液回収タンクを1個に限定するものでないことは,上記1(1)アのとおりであるばかりでなく,相違点1,2に係る数値限定が,仮に,原告主張のとおり互いに密接不可分の関係にあるとしても,その点については,別途,相違点1,2に係る構成の容易想到性を判断する際に,両者の関連性を考慮すれば足りることであるから,審決が相違点を二つに分けて認定したこと自体が進歩性の判断の誤りに結びつくということはできない。この点に関する原告の主張は,採用することができない。
(2) 相違点の判断について ア 相違点1について 原告は,引用例1発明に,引用例2に開示された「カラーネガフィルム処理における1m2当たりのカラー現像液の廃液量を400ml以下」にするという事項を適用することは容易であると審決が判断したことに対し,本願補正発明の目的・効果との関係では,カラー現像液の廃液量のみを限定しても無意味であり,漂白液,定着液,水洗液及び安定液についてもしかるべき限定が必要であるところ,引用例2には,カラー現像液の廃液量に関する限定しか開示されていないから,同引用例は,本願補正発明の進歩性を否定する資料となり得ない旨主張する。
そこでまず,引用例1について検討すると,引用例1(甲4)は,写真廃液の処理についての問題点(環境公害規制の点から下水道等への廃棄は不可能であり,廃液処理業者に委託する場合は,廃液貯留のためにスペースが必要で,回収費用も高価になる等)を指摘し,従来提案された装置は,コストや管理の手間などの点からミニラボには適用できない不都合があるとした上で(段落【0006】〜【0009】),引用例1発明は,安価で効率的な廃液処理を可能にした感光材料処理装置を提供することを目的とするものであるとし(段落【0010】),上記1(1)イで認定したとおり,各処理槽からの廃液を一つに集めて処理する廃液処理槽(「一種類の廃液回収タンク」に相当)を設けた感光材料処理装置を開示している。引用例1発明が,ミニラボと呼ばれる小型の装置をも念頭に置いた発明であることは,上に示した引用例1の記載内容から明らかに看取されるところであって,感光材料処理装置の小型化という課題は,当然,引用例1発明にも内在しているということができる。そして,引用例1に開示されているような廃液回収タンクを一種類のみ設けた感光材料処理装置において,廃液回収タンクに集められる各廃液のうちの一つであるカラー現像液の廃液量を少なくすれば,総廃液量が減り,廃液の貯留・処理のために必要な廃液タンクスペースを節約することができ,装置の小型化につながることは,自明のことである。
他方,引用例2(甲5)には,「本発明はハロゲン化銀カラー写真感光材料(以下,単に感光材料という)を自動現像機を用いて処理する方法に関する」(段落【0001】),「自動現像機で感光材料の処理を行なう時にはそれぞれの処理液には,処理液成分量を安定に保つためにそれぞれ補充液が補充されている。
このため,補充量に相当する処理廃液が発生する。環境保全の観点から処理廃液の低減は重要な課題である」(段落【0003】),「本発明において,カラー現像液の補充量は感光材料1m2当り60〜300mlであり,好ましくは70〜250mlである」(段落【0061】)との記載があり,これらの記載によれば,引用例2発明では,環境保全の観点から処理廃液及び補充液の低減を図るべく,カラー現像液の補充量を感光材料1m2当たり60〜300ml,好ましくは70〜250mlとすること,また,補充量に相当する処理廃液が発生することが示されているものと認められる。
そうすると,ミニラボと呼ばれる小型化した感光材料処理装置への適用も視野に入れて,「安価で効率的な廃液処理を可能にした感光材料処理装置」を提供するものとして提示されている引用例1発明に,引用例2に示されたカラー現像液の廃液量に関する事項を適用し,カラー現像液の廃液量を感光材料1m2当たり400ml以下とすることは,当業者が容易に想到することであったというべきである。引用例2に,漂白液,定着液,水洗液,安定液の補充量又は廃液量についての限定が開示されているか否かは,上記のような適用の容易性を何ら左右するものではない。
なお,原告は,カラー現像液の廃液量を1m2当たり400ml以下とすることと,漂白液,定着液,水洗液,安定液の補充量とは,密接不可分の関係にあり,両者を切り離して判断することはできない主張するが,この点については,後記イ(イ)で検討するとおりである。
イ 相違点2について (ア)原告は,まず,審決が,廃液処理槽のpHを所望の値にするために各補充液の量を決定することは当業者が容易にし得る設計的事項にすぎないとの判断において前提とした,引用例1には現像槽,漂白槽,定着槽,安定槽,補充タンクからの各補充液の量によって廃液処理槽のpHが制御できることが開示されているとの認定が誤っていると主張する。
しかし,引用例1(甲4)には,「この発明において,この発明の効果をより顕著にするために,廃液処理槽中の廃液pHが略4.0〜8.0であることが好ましい。・・・pHが略8.0以上ではアンモニア成分の揮発が大きくなる。また,廃液pHのコントロールは,・・・処理液のpHと補充量から制御する手段,廃液処理槽に中和剤を添加し制御する手段があり,好ましくは中和剤により制御する手段が任意にpHを制御できるという意味で有利である」(段落【0021】〜【0023】)と記載されているから,引用例1に,廃液pHを制御すること,及び,そのための手段として,カラー現像液を含む各処理液のpHと補充量を調整することが示されており,補充量は廃液量にほぼ等しいから,廃液pHと廃液量を調整することも示されていることは明らかである。加えて,引用例1では,上記のとおり「pHが略8.0以上ではアンモニア成分の揮発が大きくなる」とした上で,廃液pHの制御について言及しているのであるから,アンモニアガスの発生を抑制するために廃液pHを調整することも示唆されているということができる。
なお,引用例1に,処理液のpHと補充量から廃液pHを制御する具体的手段についての記載がないことは原告指摘のとおりであるが,そうした記載がないことは,むしろ,廃液pHを各処理液のpHと補充量から制御することが従来から必要に応じて適宜採用されており,改めて説明するまでもない事項であることを推測させるものといってよい。
(イ) 原告は,また,本願補正発明においては,@「カラー現像液の廃液量」,A「漂白液および定着液の少なくとも一つの補充量」及びB「水洗液又は安定液の補充量」についてのそれぞれの数値限定が互いに密接不可分な関係にあり,また,各処理液の種類(pH)や使用量は写真現像処理という本来の目的からくる内在的制約の中で決定される事項であるから,上記@〜Bの各要素を,本願補正発明の課題を満足するように同時に数値限定することは,「当業者であれば容易になし得る設計的な事項」ではあり得ない旨主張する。 そこで,上記@〜Bの要素に関する数値限定がそれぞれどのような技術的意義を持ち,相互にどのように関連付けられているかをみると,本願補正発明に係る本件明細書(甲2)には被告が上記第4の2(2)ア(ア)において主張するとおりの記載があるが,これらの記載内容を検討しても,@カラー現像液の廃液量,A漂白液及び定着液の少なくも一つの補充量,B水洗液又は安定液の補充量が,本願補正発明において,原告の主張するような互いに密接不可分な関係にあるとは認められない。また,一般的に,上記@〜Bの廃液量又は補充量の間に,原告の主張するような「互いに密接不可分」な関係があることを示す証拠もないから,それらの廃液量又は補充量は,写真感光材料処理という処理装置本来の目的の中で,当業者が個々の目的や必要に応じて適宜採択し得るものと認められる。
(ウ)以上のように,引用例1には,廃液回収タンクに集められる廃液のpHを,各処理液のpHと補充量又は廃液量から調整すること,また,廃液回収タンク内の廃液pHを調整することによってアンモニアガスの発生を抑制することが示され(上記(ア)),かつ,@「カラー現像液の廃液量」,A「漂白液及び定着液の少なくも一つの補充量」及びB「水洗液又は安定液の補充量」は,それぞれ,写真感光材料処理という本来の目的の範囲内で,当業者が個々の目的や必要に応じて適宜採択し得るもの認められる(上記(イ))のであるから,1m2当たりのカラー現像液の廃液量を400ml以下(相違点1に係る構成)とし,さらに,廃液回収タンクのpHをアンモニアガスの発生が抑制される酸性領域に維持するために,「漂白液および定着液の少なくとも一つの補充量を50〜400ml且つ水洗液又は安定液の補充量を50〜1000ml/m2」とすること(相違点2に係る構成)は,当業者が適宜し得ることであるというべきである。
(エ)原告は,さらに,本願補正発明における「廃液回収タンクのpHが6.5-3.0の酸性領域に維持される」旨の数値限定は,アンモニアガスの発生が著しく抑制されるという顕著な作用効果を導いているのに,審決は,これを看過し,進歩性の判断を誤ったと主張する。
しかし,引用例1には,前示のとおり,廃液の「pHが略8.0以上ではアンモニア成分の揮発が大きくなる」として,アンモニアガスの発生を抑制するためにはpH値を下げた方がよいことが記載され,また,特開昭63-143991号公報(乙1)には,写真処理廃液の処理方法及びその装置に関する発明の説明中に,「廃液(濃縮液)が一定のpH範囲にある限り,悪臭ガス成分の放出を抑制できる・・・即ち,本発明によれば,濃縮液のpHが・・・より好ましくは5.0〜7.0の範囲に維持されることにより,悪臭の抑制が可能となる」(3頁右欄)として,写真処理廃液からアンモニアガス等の悪臭が発生するのを防止するために,廃液のpHを7.0以下に抑えること,また,その場合pHを更に低くすれば更に悪臭の発生を防ぐことができることが記載されており,これらの記載によれば,原告が主張するようなアンモニアガスの発生と廃液pHとの関係は,周知事項ないし当業者の技術常識に属する事項と認められる。そうである以上,本願補正発明のように,アンモニアガスの発生を抑制するために,廃液回収タンクのpH範囲を6.5-3.0の酸性領域とすることは,当業者が適宜設定し得る設計的事項にすぎず,そのことによる作用効果も,周知の技術から当業者が予測できる範囲内のものというべきである。
したがって,審決が,本願補正発明の顕著な作用効果を看過し,進歩性の判断を誤ったとする原告の主張は,理由がないというべきである。
(3) 以上によれは,原告主張の取消事由2は理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 古城春実
裁判官 岡本岳