関連審決 | 無効2002-35322 |
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関連ワード | 発明者 / 技術的思想 / 容易に発明 / 発明の詳細な説明 / 援用権(援用) / 参酌 / 技術的意義 / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 構成要件 / 設定登録 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
15年
(行ケ)
152号
審決取消請求事件
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原告 株式会社スーパーツール 訴訟代理人弁護士 松本司 同 弁理士 森義明 被告P 訴訟代理人弁護士 青木俊文 同 弁理士 水野喜夫 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/06/09 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が無効2002-35322号事件について平成15年3月11日にした審決を取り消す。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「重量物吊上げ用フック装置」とする特許第2833679号発明(平成4年9月11日出願,平成10年10月2日設定登録,以下,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。 原告は,平成14年7月30日,本件特許のうち,願書に添付した明細書(以下,願書に添付した図面と併せて「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の【請求項1】〜【請求項4】に係る特許につき無効審判の請求をし,特許庁は,同請求を無効2002-35322号事件(以下「本件審判事件」という。)として審理した結果,平成15年3月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月24日,原告に送達された。 2 本件明細書の特許請求の範囲の【請求項1】〜【請求項4】の記載 【請求項1】吊上げ装置のワイヤー先端部に取付けられ,重量物を吊上げるためのフック(F)において,前記フック装置(F)が, (@).先端部に脱落防止部(11),後端部にワイヤー固定部(12)を有するフック支持体(1), (A).フック(3)の後端部(32,32’)が二股構造であり,該二股構造の空間内に配置された前記フック支持体(1)の略中央部(13)を貫通し,該後端部(32,32’)間に誇設した接合ピン(2)を介して前記フック支持体(1)に対して回動自在に配設されたフック(3), (B).前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)と前記フック(3)の先端部(31)が略当接関係にあるときに,前記フック支持体(1)と前記フック(3)をロック状態とするロック(4)であって,前記ロック(4)は,前記フック(3)の後端部(32,32’)の二股空間内に配設されたものであり, (C).前記フック(3)と前記フック支持体(1)は,前記フック(3)と前記ロック(4)のロックが解除されて前記フック(3)が前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)に対して反転回動されたとき, (C)-1.前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が,前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32,32’)の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され,かつ, (C)-2.前記ワイヤー固定部(12)の中心と接合ピン(2)の中心を結ぶ線分と,前記仮想略平行線とが略平行になるように配設されたものであり,及び, (D).前記フック(3)の背部(33)が前記フック支持体(1)の側部(15)に当接する配置関係にあるときに,前記配置関係を維持しつつフック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための抜去用ロック(6)であって,前記抜去用ロック(6)は,前記フック支持体(1)の側に配設された抜去用ロック本体(61)と前記フック(3)の側に配設された係止部(62)とから構成されたものである, ことから成ることを特徴とする重量吊上げ用フック装置。 【請求項2】二股構造のフック(3)の後端部(32,32’)の空間内に配設されたロック(4)の端部(41)が,バネ体(5)の弾発によりフック支持体(1)の略中央部(13)に当接するものである請求項1に記載の重量物吊上げ用フック装置。 【請求項3】ロック(4)の端部(41)が,フック支持体(1)の略中央部(13)に設けた凹部(14)に係合してロック状態となる請求項2に記載の重量物吊上げ用フック装置。 【請求項4】ロック(4)の操作レバー(42)が,フック支持体(1)の脱落防止部(11)とフック(3)の先端部(31)がロック(4)により係合解除されたとき,フック(3)の後端部(32,32’)から突出するものである請求項2に記載の重量物吊上げ用フック装置。 (以下,上記【請求項1】〜【請求項4】に記載された発明を,「本件発明1」〜「本件発明4」という。) 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件発明1〜4は,特開昭55-82814号公報(審判甲1),米国特許第2857644号明細書(審判甲2,本訴甲3,以下「甲3明細書」という。),平成2年11月発行「Newco社カタログ」5頁(審判甲4),昭和63年9月作成「総合カタログマーテック吊り具」5頁(審判甲5),米国特許第4309052号明細書(審判甲9,本訴甲4,以下「甲4明細書」という。),特開昭53-22945号公報(審判甲10,本訴甲6,以下「甲6公報」という。)及び特開昭52-153561号公報(審判甲11,以下,上記各刊行物を総称して「請求人提示刊行物」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの請求人(原告)の主張に対し,本件発明1は,請求人提示刊行物記載の発明及び米国特許第1847819号明細書(本訴甲5,以下「甲5明細書」という。)記載の周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできず,また,本件発明2〜4は,本件発明1の構成要件すべてを,その発明の構成に欠くことができないものとするものであるから,本件発明1と同様の理由により,請求人提示刊行物記載の発明及び甲5明細書記載の周知事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできないとし,請求人の主張する理由及び提出した証拠方法によっては,本件発明1〜4に係る特許を無効にすることはできないとした。 |
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原告主張の審決取消事由
審決は,本件発明1と甲3明細書記載の発明(以下「引用発明」という。)との相違点6についての判断を誤った(取消事由1,2)結果,本件発明1の容易想到性を否定する誤った結論に至ったものであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(相違点6の判断の誤り1) (1) 審決は,本件発明1と引用発明との相違点6として認定した,「前記フックの背部が前記フック支持体の側部に当接する配置関係にあるときに,前記配置関係を維持しつつフック装置の重量物からの抜去を助力するための抜去用ロックであって,前記フック支持体の側に配設された抜去用ロック本体と前記フックの側に配設された係止部とから構成されたものを,前者は備えるのに対して,後者は,そのような抜去用ロックを備えていない点」(審決謄本17頁【相違点6】)について,次のように判断した。 まず,審決は,本件発明1における「(D).前記フック(3)の背部(33)が前記フック支持体(1)の側部(15)に当接する配置関係にあるときに,前記配置関係を維持しつつフック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための抜去用ロック(6)であって,前記抜去用ロック(6)は,前記フック支持体(1)の側に配設された抜去用ロック本体(61)と前記フック(3)の側に配設された係止部(62)とから構成されたものである」こと(以下「特定構成A」という。)の技術的意義について,本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明の段落【0028】の記載並びに図7及び図8を参酌して,「フック支持体(1)の側部(15)とフック(3)の背部(33)を当接させるとともに,フック支持体(1)に配設された抜去用ロック本体(61)と,フック(3)に配設された係止部(62)を係合係止させ,次いで,図8に示されるように,クレーンによりワイヤーを介してフック装置(F)を吊上げるとフック装置は図示の方向に反転回動し,作業者に負担を強いることなしに,鉄板等の重量物の吊上げに利用したクレーンの動力により,フック装置(F)を敷設された鉄板(I)等の重量物から極めて容易に脱着させるような力が作用する」といった作用効果(以下「抜去助力効果」という。)を奏することができるものであると解した上,そのような抜去助力効果を奏するためには,「クレーンの吊上げ動力をフック装置(F)に作用させた際,フック(3)を重量物から脱着させるためには,図8に示されるように,重量物を吊上げる力のワイヤー固定部(12)への作用点が,重量物の重量のフック(3)への作用点に対して,フック(3)の開口側先端部(31)とは反対側にあって,その状態が重量物がフック(3)より外れるまで継続されること」(以下「特定構成B」という。)が必要であると認定判断した(審決謄本17頁下から第2段落〜18頁第2段落)。 (2) しかしながら,特定構成Bとして説示された関係は,引用発明の安全フック装置でも同様である。すなわち,引用発明においても,「フック3の背部がフック支持体の側部に当接する配置関係にあるとき,重量物を吊り上げる力のワイヤー固定部15への作用点が,重量物の重量のフック3への作用点に対して,フック3の開口側尖端部7とは反対側にある」ことは,別紙原告参考図1に示すとおり,本件発明1と同様である。そうすると,引用発明が本件発明1と相違している点は,特定構成Aのうち,「前記フック支持体(1)の側に配設された抜去用ロック本体(61)と前記フック(3)の側に配設された係止部(62)」に対応する構成がないという点のみであるということができる。 この点につき,被告は,引用発明においてフック3の背部とフック支持体とが当接するまで回転することを否定するが,引用発明の実施例の分解図である甲3明細書の図5からしても,このような回転を阻害する部材は一切存在しないことが明らかであるから,被告の上記主張は失当である。 (3) 他方,フックとフック支持体との配置関係を維持する構成としては,甲4明細書記載の発明(以下「甲4発明」という。)が存在する。同明細書には,「図8〜11に記載の本発明にかかる安全フックの更なる実施例80によれば,フックはフック本体81と安全掛け金82を具備する。図10からわかるように,フック本体は耳部83,84が形成されているためにその端部において二股状となっている。軸ピン85は前記耳部に挿通され且つ安全掛け金82に圧入固定されている。・・・軸ピンには,ロック用面86と87が形成され,フック本体81の側面のピン90にスライド自在に取着されたプッシュボタン型のロック用歯止め89の平面88が係合するようになっている。そのプッシュボタン式ロック用歯止め89は,バネ91によってフック本体81の外方へ押圧されており,表面88が図10に示すように軸ピンのロック用面86と係合する。ロック用歯止め89は,前記歯止めをバネ91の弾発力に抗してフック本体81の内方に押し込むことによって,図11に示すようにロック解除位置に移動する。その結果,歯止めの平面88はロック用表面86から解除される」(4欄64行目〜5欄15行目)と記載されている。すなわち,安全掛け金82が軸ピン85と共にフック本体に対して時計回りの方向に回転し,ロック歯止め89の表面88が軸ピン85のロック用表面87に係合したのが図9の状態であり,この状態は図11のように作業者がピン90を本体81の内方に押し込まないとロックは解除されない構成が開示されている。 甲4発明のフック本体81側のロック用歯止め89(詳しくは表面88)は,本件発明1のフック(3)の側に配設された係止部(62)に,安全掛け金82側の軸ピン85(詳しくは表面87)は,本件発明1の「フック支持体(1)側に配設された抜去用ロック本体(61))」にそれぞれ相当し,甲4明細書には,それらの構成により,図9の状態が維持される構成が開示されているということができる。なお,特定構成Bの点は,別紙原告参考図2に示すとおり,甲4発明においても本件発明1と同様である。 これに対し,被告は,甲4発明の安全フックは,重量物からのフックを抜去することができない構造であるなどと主張するが,原告が甲4発明を引用したのは,フックとフック支持体との配置関係を維持する構成が開示されていることを立証するためであって,甲4発明が抜去助力効果を奏することを立証するためではないから,被告の上記主張は失当である。なお,甲4発明におけるフックとフック支持体との配置関係を維持する実施例の具体的構成と,本件発明1の実施例の具体的構成とは異なるが,本件明細書(甲2)の特許請求の範囲の請求項1の記載においては,抜去用ロック本体(61)と係止部(62)につき,一方がフック側に,他方がフック支持体側に存在するという限定が付されているのみであり,発明の詳細な説明にも,「なお,本発明の抜去用ロック(6)において,図1に図示された構造のものに限定されず,前記した抜去作業を助力するものであれば特段の制約を受けない」(段落【0020】)と記載されているから,甲4発明の構成もこれに該当する。 (4) そして,フックとフック支持体との配置関係を重量物がフックより外れるまで継続して維持する構成,すなわち,本件発明1の特定構成Aのうち「フック装置(F)の重量物からの抜去を助力する」ことは,原告が本件審判事件において周知例として提出した甲5明細書に示されているところである。 甲5明細書記載の発明(以下「甲5発明」という。)のフックの突起10は,本件発明1の「フック(3)の側に配設された係止部(62)」に,掛けがね7は,本件発明1の「フック支持体(1)側に配設された抜去用ロック本体(61)」に相当し,甲5明細書には,それらの構成をもって図4の状態が維持されることにより,本件発明1の抜去助力効果があることが開示されているのである。審決も,「請求人が示した米国特許第1847819号明細書(注,甲5明細書)に記載されたものは,『ハンガー6に設けた帯環又は掛けがね7』及び『フック5に設けた肩部又は突起10』の組合せにより,『クレーンフック13を上昇させたとき,ハンガー6が帯環又は掛けがねを肩部又は突起10に対して引き上げ,それによって,フックの後端を傾斜位置に引き上げ,そして,フック5が荷から退く』・・・ものであるから,クレーンの吊上げ動力がフックを重量物から離すことに利用されている限度において,本件発明1の上記抜去助力効果と共通する」(審決謄本19頁下から第3段落)ことを認めている。 ところで,審決は,「『ハンガー6に設けた帯環又は掛けがね7』及び『フック5に設けた肩部又は突起10』の組合せにより,『クレーンフック13を上昇させたとき,ハンガー6が帯環又は掛けがねを肩部又は突起10に対して引き上げ,それによって,フックの後端を傾斜位置に引き上げ,そして,フック5が荷から退く』(第1頁62行〜67行を参照)ものであるから,クレーンの吊上げ動力がフックを重量物から離すことに利用されている限度において,本件発明1の上記抜去助力効果と共通する」(同)として,抜去助力効果との共通性につき限界を付している。その理由は,甲5発明では,「フックの後端を傾斜位置に引き上げて,フックが荷から退く」ものであるのに対し,本件発明1では,「図8に示されるように,クレーンによりワイヤーを介してフック装置(F)を吊上げるとフック装置は図示の方向に反転回動」(審決謄本18頁第1段落)することで抜去助力効果を発揮するものであるから,その抜去方法が異なると判断したものと推測され,被告も同旨の主張をしている。 しかしながら,甲5発明において,「フックの後端を傾斜位置に引き上げて,フックが荷から退く」際にも,作用点の位置関係は本件発明1と同じであるから,フックは水平位置から傾斜位置に反転回動するし,また,フックを荷から退かせることは「抜去」に相当するのであって,上記の差異は,技術的に意味のあるものではない。しかも,本件発明1のフック装置においても,「(C)-1.前記フック支持体(1)の脱落防止部(11)が,前記フック(3)の先端部(31)の内側及び後端部(32,32’)の内側に接して描いた仮想略平行線の内側に存在しないように配設され」と規定されているとおり,フック(3)の先端部(31)の内側は直線状であって,甲5発明のフックの先端部と同じであるから,フック装置(F)を重量物から抜去する際には,甲5発明におけると同様,先端部を重量物から退かせているのである。さらに,この点について,本件明細書(甲2)の特許請求の範囲の請求項1では,「前記配置関係を維持しつつフック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための抜去用ロック(6)であって」と規定しているのみであり,「フック装置(F)を反転回動」する等の具体的な抜去方法を特定していないのであるから,本件発明1の要旨認定において,上記請求項に記載されていない「フック装置(F)を反転回動させて抜去する」等の限定を付加し,引用例の構成と対比することは,特許出願に係る発明の要旨の認定は,特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきものであるとする最高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁(以下「平成3年最判」という。)に反するものである。 なお,被告は,甲5発明のフックの背部はハンガー6に当接しない旨主張するが,これが当接することは,引用発明において開示されている事項であるから,甲5発明においてその構成を必要とするわけではないし,「当接」するかどうかは,抜去助力効果とは関係せず,当接しなくとも,作用点の位置関係が満たされるならば,抜去助力効果を奏するものであるから,被告の上記主張は失当である。 (5) 以上によれば,引用発明の構成に,甲5明細書(本件審判事件では周知例として提出)に示される抜去助力効果を目的として,甲4発明に係るフックとフック支持体との配置関係を維持する構成を結合することは,本件特許出願当時,当業者が容易に想到し得たものというべきである。 したがって,相違点6に係る本件発明1の構成について,その容易想到性を否定した審決の判断は誤りである。 2 取消事由2(相違点6の判断の誤り2) (1) 本件審判事件において,請求人である原告は,甲4明細書に記載された内蔵型ストッパを甲6公報に記載されるようなロック機構と置換した上で,引用発明に適用することにより,特定構成Aに至るとし,抜去助力効果を示唆する周知例として甲5明細書を提示して,相違点6に係る本件発明1の構成は,当業者が容易に想到することができたものである旨主張した。 (2) これに対し,審決は,原告の上記主張を否定する第1の理由として,「甲第10号証(注,甲6公報)に記載されたものの内蔵型ストッパは,甲第10号証の記載・・・からみて,『掛脱を容易にするものであって,人の手で開放方向又は閉鎖方向の力を加えることにより開閉及びその維持が可能なもの』であって,該内蔵型ストッパの機構上,上記抜去助力効果を奏することができないものと解され,むしろ甲第9号証(注,甲4明細書)に記載されるようなロック機構と置換することを妨げる事情があるというべきである」(審決謄本19頁第2段落)と認定判断した。 しかしながら,甲6公報記載の内蔵型ストッパは,フックとフック支持体との配置関係を完全に維持する構成ではないとしても,一定範囲で配置関係を維持する構成が開示されているのであるから,甲5公報で示される抜去助力効果を目的として,これを,甲4発明のようなフックとフック支持体との配置関係を完全に維持する構成に置換することは,当業者が容易に想到するものといわざるを得ないから,審決の上記判断は誤りである。 審決の上記判断は,本件発明1の特定構成Aのうち「抜去を助力するため」との機能的構成を過度に重視したものといわざるを得ない。この「抜去を助力するため」との機能的構成に対応する具体的な構成は,本件明細書(甲2)には何らの説明もされていないところ,審決は,機能的構成ないし目的,作用効果を重視することによって,構成が同じであるにもかかわらず,発明が異なるとしたものであって,誤りである。 (3) また,審決は,原告の上記主張を否定する第2の理由として,「甲第10号証(注,甲6公報)に記載されたものの内蔵型ストッパを甲第9号証(注,甲4明細書)に記載されるようなロック機構と置換しても,甲第10号証に記載されたものにおいては,クレーンの吊上げ動力を安全フックに作用させた際,重量物を吊上げる力の吊穴6への作用点が,重量物の重量のフック1への作用点に対して,重量物がフック1より外れるまで継続してフック1の開口側先端部31と反対側にあるとはいえないので,本件発明1が奏することができる上記抜去効果を奏することができるものということができない」(審決謄本19頁第3段落)と認定判断した。 しかしながら,甲6公報記載の安全フックにおいても,別紙原告参考図3に示すとおり,吊穴6への作用点は,フック1への作用点に対して,フック1の開口側先端部と反対側にあることが認められ,これは,本件発明1と同様であるから,審決の上記判断は誤りである。 (4) さらに,審決は,第3の理由として,甲5明細書に記載されたものは,「本件発明1の上記抜去助力効果と共通するものの,該共通する効果を奏するための手段が,『ハンガー6に設けた帯環又は掛けがね7及びフック5に設けた肩部又は突起10の組合せ』であって,本件発明1の上記特定構成Aとは別異の手段であるばかりか,それを示唆するものでもない」(審決謄本19頁下から第3段落)と認定判断した。 しかしながら,甲5発明におけるフックの突起10は,本件発明1のフック(3)の側に配設された係止部(62)に,掛けがね7は本件発明1の「フック支持体(1)側に配設された抜去用ロック本体(61)」に相当するというべきであり,その構造は,本件発明1の実施例とほぼ同じ構造であるのに,理由も示さず,それらを別異の手段であるとした審決の上記認定判断が誤りであることは明らかである。また,仮に,審決の上記認定判断の趣旨が,甲5明細書には,本件発明1のフック支持体に相当する構成がないというものであるとしても,それだけでは原告の上記主張を否定する理由とはならない。本件発明1と引用発明との相違点6を埋める構成が,甲5明細書に記載された構成に存在すれば足りるからである。 (5) 以上によれば,本件審判事件における原告の上記(1)の主張によっても,相違点6に係る本件発明1の構成は,当業者が容易に想到し得たものというべきであり,これを否定した審決の判断は誤りである。 |
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被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は,いずれも理由がない。 1 取消事由1(相違点6の判断の誤り1)について (1) 引用発明の安全フック装置は,甲3明細書に,「この発明は,重量物の荷を巻き上げる際にケーブル巻き上げ装置とともに使用する改善された安全フックに関する」(1欄15行目〜16行目)と記載されているとおり,ベイル(15)にケーブルタックルを装着して使用することを前提としており,フック(3)の背部とクレビス(2)の側部とが当接しない構造のものである。また,そのロック機構の構造からみて,重量物を垂直方向に吊り上げる際に,甲3明細書の第3図に示されたような配置関係を維持することもできない。 したがって,引用発明は,本件発明1の特定構成Aに示された「フックの背部がフック支持体の側部に当接する配置関係を維持する」との要件をおよそ満たし得ないものである。 (2) 原告は,甲4発明の安全フックにおいて,フックとフック支持体との配置関係を維持する構成が開示されている旨主張するが,甲4発明におけるフックとフック支持体との配置関係を維持する構成が示されているとしても,その構成は,本件発明1の特定構成Aとは無関係である。 すなわち,仮に,甲4明細書の図9に示された開口時の配置関係が維持されたところで,例えば,敷鉄板を吊り上げ搬送後,本件明細書(甲2)の図8に示されたような抜去態様で,フックを敷鉄板から抜去しようとしても,別紙被告参考図に示すとおり,全く抜去することができない構造のものである。したがって,甲4発明の安全フックは,本件発明1の特定構成Aのうち,「フック(3)の背部(33)がフック支持体(1)の側部(15)に当接する配置関係にあるときに,前記配置関係を維持しつつフック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための抜去用ロック」という構成を欠くものである。 ここで,特定構成Aにいう「前記配置関係を維持しつつ」とは,審決が特定構成Bとして説示するとおり,重量物がフック(3)から外れるまで維持されるとの意味である。この点について,原告は,甲4発明の安全フックにおいても特定構成Bの関係にあることは本件発明1と同様である旨主張するが,その主張が失当であることは,別紙被告参考図から明らかである。 (3) 原告は,フックとフック支持体との配置関係を重量物がフックより外れるまで継続して維持する構成は,甲5明細書に示されているから,これと甲4発明に係るフックとフック支持体との配置関係を維持する構成とを結合することによって,相違点6に係る本件発明1の構成を容易に想到し得る旨主張する。 しかしながら,甲5発明のフック装置は,「三つの主要部材,即ち,フック(hook)5,ハンガー(hanger)6,及びラッチ(strap or latch)7,により構成されるもの」(1頁左欄31行目〜34行目)であるところ,その図示内容等からみて,ラッチ7は,本件発明1の抜去用ロック(6)に対応するものと認められるが,図4に示されるように,フック5から吊上げ対象物を除去するとき,当該ラッチ7は,フック5の背部とハンガー6(本件発明1のフック支持体に相当する。)の側部を当接させる配置関係を維持するものではない。換言すれば,甲5発明におけるラッチ7は,本件発明1における抜去用ロックによるフックとフック支持体との当接配置関係を実現することができないものである。 また,甲5発明のフック装置は,図4に示されるとおり,吊上げ対象物をフック5の長尺/短尺の先端部の間から抜去するとき,フック5の吊上げ方向への移動や長尺の先端部の開放端方向への移動などによって,対象物を大きく変位させることによって,除去するものである。これは,本件発明1における抜去態様(本件明細書〔甲2〕の図8参照),すなわち,所定の場所に搬送設置された吊上げ対象物からフック(3)を回動させて,フック先端部(31)を吊上げ対象物から抜去するという態様とは全く異なるものである。 以上によれば,審決の「請求人(注,原告)が示した米国特許第1847819号明細書(注,甲5明細書)に記載されたものは,『ハンガー6に設けた帯環又は掛けがね7』及び『フック5に設けた肩部又は突起10』の組合せにより,『クレーンフック13を上昇させたとき,ハンガー6が帯環又は掛けがねを肩部又は突起10に対して引き上げ,それによって,フックの後端を傾斜位置に引き上げ,そして,フック5が荷から退く』(第1頁62行〜67行を参照)ものであるから,クレーンの吊上げ動力がフックを重量物から離すことに利用されている限度において,本件発明1の上記抜去助力効果と共通するものの,該共通する効果を奏するための手段が,『ハンガー6に設けた帯環又は掛けがね7及びフック5に設けた肩部又は突起10の組合せ』であって,本件発明1の上記特定構成Aとは別異の手段であるばかりか,それを示唆するものでもない」(審決謄本19頁下から第3段落)との認定判断は正当であり,そうすると,仮に,引用発明の安全フック装置に,甲4明細書記載のフック先端部と脱落防止部とを開口状態に保持するロック機構を組み合わせたものに,さらに,甲5発明の技術的思想を適用したとしても,「フック先端部と脱落防止部とを開口状態に保持するロック機構とは別に,フックを傾斜位置に保持する機構を設けることにしかなら」ない(同頁下から第2段落)から,原告の上記主張は失当である。 これに対し,原告は,本件発明1と甲5発明との抜去態様に関する上記の差異は,技術的に意味のあるものではない旨主張する。しかしながら,本件発明1においては,例えば,吊上げ対象物である重量物が重さ数トンにも及ぶ敷鉄板である場合にも,本件明細書(甲2)の図8に示される抜去原理に基づいて容易に抜去することができるのであり,その優位性は明らかであるから,原告の上記主張は失当である。 また,原告は,審決の上記認定判断は,本件発明1の要旨認定に当たり,平成3年最判に反した限定を付するものである旨主張するが,本件発明1の特定構成Aと抜去助力効果とは極めて密接な関係にあるから,前者を後者の観点から考察した審決の認定判断に不当な点はない。 2 取消事由2(相違点6の判断の誤り2)について (1) 原告は,審決の「甲第10号証(注,甲6公報)に記載されたものの内蔵型ストッパは,甲第10号証の記載・・・からみて,『掛脱を容易にするものであって,人の手で開放方向又は閉鎖方向の力を加えることにより開閉及びその維持が可能なもの』であって,該内蔵型ストッパの機構上,上記抜去助力効果を奏することができないものと解され,むしろ甲第9号証(注,甲4明細書)に記載されるようなロック機構と置換することを妨げる事情があるというべきである」(審決謄本19頁第2段落)との認定判断は誤りである旨主張するが,審決は,甲6公報記載の内蔵型ストッパには,甲4発明のロック機構との置換を許さない明白な置換阻害要因があることを正しく認定しており,誤りはない なお,原告は,審決は,本件発明1の特定構成Aのうち「抜去を助力するため」との機能的構成を過度に重視したものである旨主張するが,審決の特定構成Aに関する説示は,その技術的意義を正しく認定したものであって,上記機能的構成を過度に重視したとの批判は当たらない。 (2) また,原告は,審決の「甲第10号証(注,甲6公報)に記載されたものの内蔵型ストッパを甲第9号証(注,甲4明細書)に記載されるようなロック機構と置換しても・・・クレーンの吊上げ動力を安全フックに作用させた際,重量物を吊上げる力の吊穴6への作用点が,重量物の重量のフック1への作用点に対して,重量物がフック1より外れるまで継続してフック1の開口側先端部31と反対側にあるとはいえないので,本件発明1が奏することができる上記抜去助力効果を奏することができるものということできない」(審決謄本19頁第3段落)との認定判断は誤りである旨主張する。 しかしながら,別紙原告参考図3の右図を初期状態として,クレーンの吊上げ動力を吊穴6へ作用させて,フック1に吊り下がっている重量物からフック1を抜去する態様を考えてみれば,いずれ吊穴6に対するクレーンの吊上げ力の方向(上向き)と,フック1に吊り下がっている重量物の荷重の方向(下向き)とは一致することになるが,そのときでもフック1を重量物から抜去することができないことは,同図自体から明らかである。したがって,この意味において,「クレーンの吊上げ動力を安全フックに作用させた際,重量物を吊上げる力の吊穴6への作用点が,重量物の重量のフック1への作用点に対して,重量物がフック1より外れるまで継続してフック1の開口側先端部31と反対側にあるとはいえない」との審決の上記説示に誤りはなく,原告の上記主張は失当である。 (3) さらに,原告は,甲5発明に関する審決の認定判断(審決謄本19頁下から第3段落)も誤りである旨主張するが,同認定判断が正当であることは,上記1(3)のとおりである。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点6の判断の誤り1)について (1) 審決は,本件発明1と引用発明との相違点6として,「前記フックの背部が前記フック支持体の側部に当接する配置関係にあるときに,前記配置関係を維持しつつフック装置の重量物からの抜去を助力するための抜去用ロックであって,前記フック支持体の側に配設された抜去用ロック本体と前記フックの側に配設された係止部とから構成されたものを,前者は備えるのに対して,後者は,そのような抜去用ロックを備えていない点」(審決謄本17頁【相違点6】)を認定した上,相違点6に係る本件発明1の構成の容易想到性を否定しているところ,原告は,引用発明の構成に,甲5明細書に示される抜去助力効果を目的として,甲4発明に係るフックとフック支持体との配置関係を維持する構成を結合して当該構成に至ることは,本件特許出願当時,当業者が容易に想到し得たものであるとして,審決の上記判断は誤りである旨主張するので,以下,検討する。 (2) 本件明細書の特許請求の範囲の請求項1には,相違点6に係る構成として,「(D).前記フック(3)の背部(33)が前記フック支持体(1)の側部(15)に当接する配置関係にあるときに,前記配置関係を維持しつつフック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための抜去用ロック(6)であって,前記抜去用ロック(6)は,前記フック支持体(1)の側に配設された抜去用ロック本体(61)と前記フック(3)の側に配設された係止部(62)とから構成されたものである」との構成,すなわち,特定構成Aが規定されている。 ところで,特許出願に係る発明の要旨の認定は,特許請求の範囲の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない等の特段の事情のない限り,願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきものである(平成3年最判)が,上記の特定構成Aのうち,「フック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための」という文言については,それが機能面から発明を規定する形式を採っていることから,具体的にいかなる構成に基づいて,フック装置(F)の重量物からの抜去を助力するのかなど,その技術的意味は,必ずしも一義的に明確に理解することができないというべきである。 そこで,本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明等を参酌すると,発明の詳細な説明には,「本発明は,建設現場などにおいて,鉄板やブロック体などの重量物を吊上げるときに使用されるフック装置に関する。更に詳しくは,本発明は,鉄板やブロック体などの重量物を確実にかつ容易に引掛けることができるとともに吊上げ時の落下の危険性を排除でき,かつ容易に重量物から抜去することができる,重量物の吊上げに専用に使用されるフック装置に関するものである」(段落【0001】),「本発明は,本発明者らの先に提案したフック装置の改良,特に敷鉄板からのフック装置の脱着を容易にするための機構を備えたフック装置を提供しようとするものである」(段落【0010】),「前記『発明が解決しようとする問題点』の項で説明したように,本発明は本発明者の先に提案したフック装置(特願平3-216524号参照)の改良に関するものである。特に,本発明は,先に提案したフック装置に敷鉄板が引掛けられ,所定の敷設場所に搬送,敷設された後,該敷鉄板からフック装置を作業者に負担を掛けることなしに容易に脱着できるようにした点に最大の特徴を有するものである」(段落【0012】),「これ以降の鉄板(I)の敷設作業及びフック装置(F)の敷設された鉄板(I)からの抜去作業は,本発明のフック装置(F)のもとで,安全かつ容易に行なうことができる。図7は,所望の敷設場所において,地面(E)に鉄板(I)を倒して敷設した直後の状態を示すものである。この状態において,図示されるようにフック(3)の一部が地面(E)に埋没していることと,重量が数トンにおよぶ鉄板(I)が,該フック(3)の埋没部位を押圧していること,を考え合わせると,図7に示される状態からロック(4)を上方に回動してフック支持体(1)とフック(3)のロック状態を解除し,フック支持体(1)の脱落防止部(11)を反転させ,鉄板(I)の穴(H)からフック(3)の先端部(31)を抜去する際に,多大の負荷を作業者に与えてしまう」(段落【0027】),「図8は,抜去用ロック(6)により,前記した敷設された鉄板(I)からフック装置(F)を抜去する作業が容易化される理由を説明するものである。即ち,フック装置(F)を図7の状態から図8の状態へするには,次のようにすればよい。(a)前記したように図7の状態でロック(4)を上方に回動してフック支持体(1)とフック(3)のロック状態を解除し,フック支持体(1)の脱落防止部(11)を反転回動させる。(b)次いで,フック支持体(1)の側部(15)とフック(3)の背部(33)を当接させるとともに,抜去用ロック(6)を作用させる。即ち,フック支持体(1)に配設された抜去用ロック本体(61)と,フック(3)に配設された係止部(62)を係合係止させる。次いで,図8に示されるように,クレーンによりワイヤーを介してフック装置(F)を吊上げるとフック装置(F)は図示の方向に反転回動する。即ち,作業者に負担を強いることなしに,鉄板の吊上げに利用したクレーンの動力により,フック装置(F)を敷設された鉄板(I)から極めて容易に脱着させることができる」(段落【0028】)との記載がある。 これらの記載によれば,本件発明1は,敷鉄板からのフック装置の脱着を容易にするための機構を備えたフック装置を提供しようとするものであり,具体的には,本件明細書の図8に示すとおり,フック支持体(1)の側部(15)とフック(3)の背部(33)を当接させるとともに,フック支持体(1)に配設された抜去用ロック本体(61)と,フック(3)に配設された係止部(62)を係合係止させ,次いで,図8に示されるように,クレーンによりワイヤーを介してフック装置(F)を吊上げると,フック装置(F)は図示の方向に反転回動することにより,作業者に負担を強いることなしに,鉄板の吊上げに利用したクレーンの動力により,フック装置(F)を敷設された鉄板(I)から極めて容易に脱着させることができるようにしたフック装置に係る発明であると認めることができる。そうすると,特定構成Aのうち「フック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための」との文言の技術的意義は,本件明細書の図8に示すように,「フック支持体(1)の側部(15)とフック(3)の背部(33)を当接させるとともに,フック支持体(1)に配設された抜去用ロック本体(61)と,フック(3)に配設された係止部(62)を係合係止させ,次いで,クレーンによりワイヤーを介してフック装置(F)を吊上げると,フック装置(F)は図示の方向に反転回動する」との構成により,「作業者に負担を強いることなしに,鉄板の吊上げに利用したクレーンの動力により,フック装置(F)を敷設された鉄板(I)から極めて容易に脱着させることができるようにする」との作用効果を生じさせるものを指すと解するのが相当である。 審決は,本件発明1における特定構成Aの技術的意義について,本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0028】の記載並びに図7及び図8を参酌して,抜去助力効果を奏することができるものであると解した上,そのような抜去助力効果を奏するためには,特定構成Bが必要であると認定判断した(審決謄本17頁下から第2段落〜18頁第2段落)が,以上と同旨をいうものとして是認することができる。これに対し,原告は,審決の上記認定判断は平成3年最判に違反する旨主張するが,本件においては,特定構成Aのうち「フック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための」との文言の技術的意義が一義的に明確に理解することができず,特段の事情が認められることは上記判示のとおりであるから,原告の上記主張は失当である。 なお,原告は,本件明細書の発明の詳細な説明に,「なお,本発明の抜去用ロック(6)において,図1に図示された構造のものに限定されず,前記した抜去作業を助力するものであれば特段の制約を受けない」(段落【0020】)との記載がある点を指摘するが,この記載は,抜去用ロック(6)の「構造」が,図1に示された掛けがね状の構造に限定されないことを意味するものであって,「フック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための」との構成が無限定であることを意味するものではないと解されるから,上記の解釈を左右するものではない。 (3) ところで,原告の主張するように,引用発明の構成に,甲4発明に係るフックとフック支持体との配置関係を維持する構成を結合すると,本件発明1の特定構成Aのうち,「前記フックの背部が前記フック支持体の側部に当接する配置関係にあるときに,前記配置関係を維持するロックであって,前記フック支持体の側に配設されたロック本体と前記フックの側に配設された係止部とから構成されたもの」との部分を備え得ることは,一応,これを首肯することができるが,「フック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための」との構成については,甲3明細書及び甲4明細書に,何ら記載及び示唆がされていないことは明らかである。 この点について,原告は,甲5明細書に上記構成が示唆されている旨主張するので,更に検討すると,甲5明細書には,「図1に示される配置関係において,フック5は,ワイヤーまたは棒状物のような吊上げ対象物(吊荷)を吊上げ,搬送する」(1頁右欄53行目〜56行目),「荷重がなくなると(吊荷が下ろされたとき),ハンガー6は自然に突起(lug)10の方向に倒れ,フックはそのフォーク状のくま手(its prong)をより水平とした静止位置になる。このため,ラッチ7は突起10を超えるようにして倒れ,フックの背面で静止する。クレーン操作者がクレーン側のフック13を吊上げて吊荷を下ろそうとするとき,ハンガー6は突起10に対してラッチを引上げる。これにより,フックの背面は傾斜した位置に引き上げられ,フックは吊荷から抜き去られる。フックは吊荷を吊上げる位置に復帰し,吊荷を吊上げる位置と吊荷を下ろす位置は同様のものとなる」(同56行目〜70行目),「吊上げ位置にあるフックに吊荷を掛けるために,オペレーターは,例えばクレーン・ケーブル(鎖)を操作してフックを,ワイヤーまたは棒状物の吊荷の下へ挿入する。これにより,フックは中間位置をとることになり,次いでオペレーターはトリップ・コード14を引き,突起10を超えてラッチ7を引き上げる。これにより,吊荷は吊上げられ,フックは図1に示されるようにバランスを持った搬送位置をとることになる」(同71行目〜81行目)との記載がある。 これらの記載によれば,甲5発明のフックは,吊荷を吊り上げた状態にあるフックを降下させて,吊荷を接地させて荷重をなくした後,更にクレーンを降下させると,ハンガーの傾斜に伴ってラッチ7が突起10を超えて下方に降下し(図3の状態),ここでクレーンを上昇させるとラッチ7が突起と係合し,フック5が傾斜したままの状態(図4の状態)で上昇することにより,フック5が荷から離脱するものであると認められる。そして,甲5発明においては,「吊荷の荷重をなくした後」にフック5を荷から離脱させるものとされていることや,オペレータがトリップコード14を引けば,ラッチ7と突起10との係合が簡単に外れるとされていることからも明らかなとおり,ラッチ7と突起10との係合は弱いものであり,フック5が吊荷から離脱する際,フック5及び上記係合部に対し,吊荷の荷重はほとんど掛からないことが前提とされているものと認めるのが相当である。 これに対し,本件発明1における上記「フック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための」との構成は,上記(2)のとおり,本件明細書(甲2)の図8に示すように,「フック支持体(1) の側部(15)とフック(3)の背部(33)を当接させるとともに,フック支持体(1)に配設された抜去用ロック本体(61)と,フック(3)に配設された係止部(62)を係合係止させ,次いで,クレーンによりワイヤーを介してフック装置(F)を吊上げると,フック装置(F)は図示の方向に反転回動する」との構成により,「作業者に負担を強いることなしに,鉄板の吊上げに利用したクレーンの動力により,フック装置(F)を敷設された鉄板(I)から極めて容易に脱着させることができるようにする」との作用効果を生じさせるものである。そして,上記図8からも明らかなとおり,本件発明1におけるフック(3)の抜去は,鉄板による荷重を受けたままの状態で行われるから,フック(3)及び抜去用ロック本体(61)と係止部(62)との係合部は,鉄板による荷重を強く受けた状態で,その荷重に抗して抜去されることを前提とするものであることは明らかである。 そうすると,荷重のほとんど掛からない状態でのフックの離脱に関する甲5発明と,荷重を強く受けた状態で,その荷重に抗してフックを抜去する,本件発明1における上記「フック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための」との構成とは,技術的意義が大きく異なり,甲5発明においては,強い荷重に抗してフック先端を除去するという目的も,そのようにする必要性も認められないから,原告の主張するとおり,本件特許出願当時,甲5発明が周知であったとしても,当業者が,甲5発明から,本件発明1における上記「フック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための」との構成を容易に想到するものとは認め難いというべきである。 この点について,原告は,上記構成は甲5明細書に示されているとして,審決の「クレーンの吊上げ動力がフックを重量物から離すことに利用されている限度において,本件発明1の上記抜去助力効果と共通する」(審決謄本19頁下から第3段落)との説示を援用する。しかしながら,本件発明1における上記「フック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための」との構成は,単に「フックを重量物から離す」というだけではなく,上記のような技術的意義を持ったものと解されるところであり,審決もそれを踏まえて,「フックを重量物から離すことに利用されている限度において」と説示しているものとみられるから,原告の上記主張は失当である。また,原告は,本件発明1と甲5発明との抜去態様の差異は,技術的に意味のあるものではないとも主張するが,上記のとおり,前者は,荷重を強く受けた状態で,その荷重に抗して抜去されることが前提とされるのに対し,後者は,荷重のほとんど掛からない状態でフックを離脱させることが前提となるものであるから,両者が技術的に異なる意味を持つものであることは明らかである。 (4) 以上によれば,引用発明,甲4発明及び甲5発明から,相違点6に係る本件発明1の「フック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための」との構成を,当業者が容易に想到するものとは認められないから,その余の点につき判断するまでもなく,原告の取消事由1の主張は理由がない。 2 取消事由2(相違点6の判断の誤り2)について (1) 原告は,甲4明細書に記載された内蔵型ストッパを甲6公報に記載されるようなロック機構と置換した上で,甲5明細書に示される抜去助力効果を目的として,引用発明に適用すれば,相違点6に係る本件発明1の構成は,当業者が容易に想到することができたものである旨主張し,これを否定した審決の認定判断は誤りであるとする。 (2) しかしながら,甲3明細書,甲4明細書及び甲6公報には,相違点6に係る本件発明1の特定構成Aのうち「フック装置(F)の重量物からの抜去を助力するための」との構成は何ら記載及び示唆がされていないと認められるところ,原告の引用する甲5明細書の記載によっても,当該構成を容易に想到し得るものでないことは,上記1で判示したとおりである。 (3) そうすると,その余の点につき判断するまでもなく,相違点6に係る本件発明1の上記構成につき容易想到性を否定した審決の上記判断に誤りはないというべきであるから,原告の取消事由2の主張は理由がない。 3 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 古城春実 |
裁判官 | 早田尚貴 |