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関連審決 不服2014-11050
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事件 平成 27年 (行ケ) 10160号 審決取消請求事件

原告 ヘッドウェイテクノロジーズ インコーポレイテッド
同訴訟代理人弁理士 三反崎泰司 舘花敦司 田名網孝昭 遠藤宏行 竹尾泰人 岩井優子
被告特許庁長官
同 指定代理人井上信一 関谷隆一 森川幸俊 富澤哲生 冨澤武志
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2016/08/03
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を130日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2014-11050号事件について平成27年3月31日にした審決を取り消す。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 (1) 原告は,平成20年11月4日(優先権主張:平成19年11月2日,米国),発明の名称を「垂直磁気記録ヘッドおよびその製造方法」とする特許出願(特願2008-283461。以下「本願」という。甲4)をし,平成25年3月15日付けで拒絶理由通知(甲6)を受けたことから,同年7月19日付け手続補正書(甲5)により特許請求の範囲を補正した(以下「本件補正」という。。
) (2) 原告は,平成26年2月4日付けで拒絶査定(甲7)を受けたため,同年6月11日,これに対する不服の審判を請求した。
? 特許庁は,これを,不服2014-11050号事件として審理し,平成27年3月31日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,同年4月14日,その謄本が原告に送達された。なお,出訴期間として90日が附加された。
? 原告は,平成27年8月11日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載 本件補正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,次のとおりのものである(甲5)。以下,この請求項に記載された発明を「本願発明」といい,その明細書(甲甲4,5)を,図面を含めて「本願明細書」という。なお,「/」は,原文の改行部分を示す(以下同じ。。
) 【請求項1】基体の上に形成されたテーパ主磁極層と,前記テーパ主磁極層の上 2 に形成されたテーパ非磁性上部形状層と,前記テーパ主磁極層および前記テーパ非磁性上部形状層の上に形成されると共に一定の厚さを有する記録ギャップ層と,前記記録ギャップ層の上に形成されたトレーリングシールドと,を備えた垂直磁気記録ヘッドであって,/(a)前記テーパ主磁極層は,下側部分および上側部分を有し,/前記下側部分は,エアベアリング面に磁極先端部を有すると共に,前記基体の表面に平行な上面を有し,/前記上側部分は,前記エアベアリング面における一端部と前記一端部よりも前記エアベアリング面から離れた側に位置すると共に前記一端部よりも前記基体から離れた側に位置する他端部との間における傾斜面と,前記他端部において前記傾斜面に連結されると共に前記基体の表面に平行な上面と,を有し,/(b)前記テーパ非磁性上部形状層は,前記テーパ主磁極層の上側部分の上に配置されていると共に,前記上側部分の他端部に一致する一端部と前記一端部よりも前記エアベアリング面から離れた側における所定の距離に位置すると共に前記一端部よりも前記基体から離れた側に位置する他端部との間における傾斜面と,前記他端部において前記傾斜面に連結されると共に前記基体の表面に平行な上面と,を有し,/前記テーパ主磁極層の傾斜面と前記テーパ非磁性上部形状層の傾斜面とは,同一面内に位置し,/(c)前記記録ギャップ層は,前記テーパ主磁極層の傾斜面および前記テーパ非磁性上部形状層の傾斜面の上に配置された第1部分と,前記テーパ非磁性上部形状層の上面の上に配置された第2部分と,を有し,/(d)前記トレーリングシールドは,前記記録ギャップ層の第1部分の上に配置されていると共に,前記エアベアリング面に沿った第1側面と,前記エアベアリング面から離れた側における前記所定の距離に位置すると共に前記第1側面に対向する第2側面と,前記記録ギャップ層の第1部分に隣接した第3側面と,前記第3側面に対向すると共に前記エアベアリング面に垂直な第4側面と,を有する/ことを特徴とする垂直磁気記録ヘッド。
3 本件審決の理由の要旨 (1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。要するに,本願 3 発明は,下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)及び下記イ及びウの周知例に記載された周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
ア 引用例:特開2007-242210号公報(甲1) イ 周知例:特開2005-302281号公報(甲2) ウ 周知例:特開2002-133610号公報(甲3)(2) 本願発明と引用発明との対比 ア 引用発明 本件審決が認定した引用発明は,以下のとおりである。
基板の上に積層され,媒体対向面に配置された端面を有し,コイルによって発生された磁界に対応する磁束を通過させると共に,垂直磁気記録方式によって情報を記録媒体に記録するための記録磁界を発生する磁極層と,シールドとを備えた垂直磁気記録用磁気ヘッドであって,/前記シールドは,前記媒体対向面において前記磁極層の端面に対して記録媒体の進行方向の前側に配置された端面を有する第1層を有し,/前記磁極層と前記第1層との間には好ましくはALCVD法を用いて形成され一定の厚さを有するギャップ層が設けられ,/前記媒体対向面において前記第1層の端面は,前記磁極層の端面に対して,前記ギャップ層の厚みによる所定の間隔を開けて配置されてなる垂直磁気記録用磁気ヘッドにおいて,/前記磁極層は,前記媒体対向面に配置された端面を有し,前記媒体対向面からの距離に応じて変化しない厚みを有する第1の部分と,当該第1の部分よりも前記媒体対向面から遠い位置に配置され,前記媒体対向面からの距離に応じて第1の部分よりも徐々に厚みが大きくなり,その後変化しない厚みを有する第2の部分とを有していて,その上面は屈曲しており,/前記磁極層の上面が屈曲していることに伴い,前記ギャップ層も前記磁極層の上面に沿って屈曲しており,前記第1層の下面も前記ギャップ層を介して前記磁極層の上面に対向するように屈曲しており,/前記シールドを構成 4 する前記第1層は,前記媒体対向面における前記端面と,前記媒体対向面から所定距離離れた側において前記端面と対向する側面と,前記ギャップ層に隣接した前記下面と,当該下面に対向するとともに前記媒体対向面に垂直な上面とを有し,/更に,前記媒体対向面から見て最初に前記ギャップ層が屈曲する位置よりも,前記媒体対向面から遠い領域において,前記磁極層と前記ギャップ層との間に非磁性膜が配置され,当該非磁性膜は,前記磁極層の前記第2の部分の上に配置され,当該第2の部分における徐々に厚みが大きくなる部分と変化しない厚みの部分との境界位置より前記媒体対向面からの距離に応じて徐々に厚みが大きくなり,その後変化しない厚みを有するものであり,当該非磁性膜を設けたことによってこの領域における前記磁極層と前記第1層との間における磁束の漏れを当該非磁性膜がない場合に比べて少なくなるようにした垂直磁気記録用磁気ヘッド。
イ 本願発明と引用発明との一致点及び相違点 本件審決が認定した本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。
(ア) 一致点 「基体の上に形成されたテーパ主磁極層と,前記テーパ主磁極層の上に形成されたテーパ非磁性上部形状層と,前記テーパ主磁極層および前記テーパ非磁性上部形状層の上に形成されると共に一定の厚さを有する記録ギャップ層と,前記記録ギャップ層の上に形成されたトレーリングシールドと,を備えた垂直磁気記録ヘッドであって,/(a)前記テーパ主磁極層は,下側部分および上側部分を有し,/前記下側部分は,エアベアリング面に磁極先端部を有すると共に,前記基体の表面に平行な上面を有し,/前記上側部分は,一端部と前記一端部よりも前記エアベアリング面から離れた側に位置すると共に前記一端部よりも前記基体から離れた側に位置する他端部との間における傾斜面と,前記他端部において前記傾斜面に連結されると共に前記基体の表面に平行な上面と,を有し,/(b)前記テーパ非磁性上部形状層は,前記テーパ主磁極層の上側部分の上に配置されていると共に,前記上側部 5 分の他端部に一致する一端部と前記一端部よりも前記エアベアリング面から離れた側における所定の距離に位置すると共に前記一端部よりも前記基体から離れた側に位置する他端部との間における傾斜面と,前記他端部において前記傾斜面に連結されると共に前記基体の表面に平行な上面と,を有し,/(c)前記記録ギャップ層は,前記テーパ主磁極層の傾斜面および前記テーパ非磁性上部形状層の傾斜面の上に配置された第1部分と,前記テーパ非磁性上部形状層の上面の上に配置された第2部分と,を有し,/(d)前記トレーリングシールドは,前記記録ギャップ層の第1部分の上に配置されていると共に,前記エアベアリング面に沿った第1側面と,前記エアベアリング面から離れた側における所定の距離に位置すると共に前記第1側面に対向する第2側面と,前記記録ギャップ層の第1部分に隣接した第3側面と,前記第3側面に対向すると共に前記エアベアリング面に垂直な第4側面と,を有する/ことを特徴とする垂直磁気記録ヘッド。」である点。
(イ) 相違点1 テーパ主磁極層(の上側部分)における傾斜面の一端部について,本願発明では,「前記エアベアリング面における」ものである,つまり,エアベアリング面に位置している旨特定するのに対し,引用発明では,そのような構成を有していない点。
(ウ) 相違点2 テーパ主磁極層の傾斜面とテーパ非磁性上部形状層の傾斜面について,本願発明では,「同一面上に位置し」ている旨特定するのに対し,引用発明では,そのような特定を有していない点。
(エ) 相違点3 トレーリングシールドにおけるエアベアリング面から離れた側に位置する第2側面について,エアベアリング面からの所定の距離が,本願発明では,「前記所定の距離」,つまり,エアベアリング面からテーパ非磁性上部形状層の傾斜面の他端部までの距離である旨特定するのに対し,引用発明では,そのような特定を有していない点。
6 4 取消事由 本願発明の容易想到性の判断の誤り (1) 引用発明の認定の誤り (2) 本願発明と引用発明との相違点の看過 (3) 顕著な効果の看過
当事者の主張
〔原告の主張〕 (1) 引用発明の認定の誤り ア 本件審決における認定 引用例には,スロートハイトの範囲内にギャップ層14のうちの平坦な部分を含ませること,言い換えれば,スロートハイトの範囲内に含まれるギャップ層14のうちの前方ギャップ部分を傾斜させないことを前提とする垂直磁気記録用磁気ヘッドが記載されている。
しかし,本件審決は,引用発明の認定に当たり,上記の点を認定していないから,誤りである。
イ スロートハイトとシールド第1層13Aの体積との関連性 (ア) 引用例において,垂直磁気記録用磁気ヘッドの性能を決定する重要なパラメータの1つであるスロートハイト(TH)は,第1層13Aのうちの媒体対向面30から遠い側の端部ではなく,その媒体対向面30から見て最初にギャップ層14(第1層13Aの下面)が屈曲する位置により決定されている(【0110】 。
)そして,引用発明にかかる垂直磁気記録用磁気ヘッドにおいては,スロートハイトの範囲内にはギャップ層14のうちの平坦な部分が必ず含まれている(図2等)。
(イ) スロートハイトの範囲内に平坦な前方ギャップ部分が含まれているのは,オーバーライト特性を向上させるために,第1層13Aの体積を十分に大きくしながらスロートハイトを小さくしたいからである(【0110】。
) すなわち,スロートハイトの値を維持(固定)したまま,そのスロートハイトの 7 値の範囲内に,平坦な前方ギャップ部分だけでなく,傾斜した中央ギャップ部分まで存在させようとすると,ギャップ層14の位置(媒体対向面30から見てギャップ層14が最初に屈曲する位置)を前方にシフトさせることになる。しかし,ギャップ層14の位置を前方にシフトさせると,第1層13Aの体積,すなわち第1層13Aにおける磁束の収容可能量は減少する。よって,引用発明では,ギャップ層14の位置を前方にシフトさせる(ギャップ層14中に占める前方ギャップ部分の割合を小さくすることにより,引用発明の構成を本願発明の構成に近づける)と,第1層13Aにおける磁束の収容可能量が減少し,これにより,磁極層12からギャップ層14を経由して第1層13Aに磁束が漏洩すると,第1層13Aでは磁束の飽和現象が発生しやすくなる。
また,本願発明におけるトレーリングシールド24の後端(第2側面24c)の位置と同じ位置になるように,第1層13Aの後端の位置を前方にシフトさせると,第1層13Aの体積(磁束の収容可能量)がより減少するため,その第1層13Aでは磁束の飽和現象がより発生しやすくなる。
(ウ) したがって,引用発明の構成を採用することにより,第1層13Aの体積が最大となり,その第1層13Aにおける磁束の飽和現象が最も発生しにくくなる。
ウ 小括 このように,引用発明にかかる垂直磁気記録用磁気ヘッドでは,第1層13Aの体積(磁束の収容可能量)を十分に大きくするために,スロートハイトの範囲内にギャップ層14のうちの平坦な部分を含ませることを前提としており,言い換えれば,スロートハイトの範囲内に含まれるギャップ層14のうちの前方ギャップ部分を傾斜させないことを前提としている。
したがって,このスロートハイトの範囲内に含まれるギャップ層14のうちの前方ギャップ部分を傾斜させないことを前提とする構成こそ,本願発明と対比すべき構成である。
(2) 本願発明と引用発明との相違点の看過 8 本願発明の構成は,スロートハイトの範囲内に記録ギャップ層のうちの傾斜した部分を積極的に含ませようとしている点において,引用発明の構成とは全く異なっている。
したがって,スロートハイトの範囲内に記録ギャップ層のうちの傾斜した部分を積極的に含ませているか否かという相違点を看過した本件審決は誤りである。
(3) 顕著な効果の看過 ア 本件審決の認定 本願発明には,記録磁界の強度の増大とトレーリングシールド24における磁束飽和の抑制とを両立させる観点から記録性能を向上させることができるという顕著な効果がある。
しかし,本件審決は,本願発明のこのような顕著な効果を看過しているから誤りである。
イ 本願発明の顕著な効果 (ア) 本願発明において,記録ギャップ層23のうち,ABS25-25に最も近い部分を平坦にしていないのは,これにより,トレーリングシールド24における磁束の飽和が抑制されるからである。
すなわち,記録ギャップ層23のうち,ABS25-25に最も近い部分が平坦であり,その平坦な部分の後方に傾斜した部分が存在していると,その記録ギャップ層23の平坦及び傾斜を反映して,テーパ主磁極層23も同様にABS25-25に最も近い側では平坦になると共にその後方では傾斜する。この場合には,テーパ主磁極層23の内部を磁束が流れる際に,傾斜した後方部分では磁束が絞り込まれることにより最大限に集中したのち,平坦な部分では磁束が最大限に集中した状態を維持したまま流れるため,その最大限に集中した磁束の一部がトレーリングシールド24に漏れやすくなり,そのため,トレーリングシールド24において磁束が飽和しやすくなる。
これに対して,記録ギャップ層23のうち,ABS25-25に最も近い部分が 9 傾斜していると,その傾斜に応じてテーパ主磁極層23の内部において絞り込まれることにより最大限に集中した磁束は,その最大限に集中した状態のままで直ちにテーパ主磁極層23から外部に放出される。これにより,トレーリングシールド24に磁束が漏れにくくなり,磁束の飽和が抑制される。
(イ) 一方,引用発明は,ギャップ層14のうち,媒体対向面30に最も近い部分を意図的に平坦にしており,その平坦な部分よりも後方の部分を傾斜させている。この場合には,磁極層12のうちの傾斜部分の内部において絞り込まれることにより最大に集中した磁束は,平坦部分の内部を流れる過程において第1層13Aに漏れやすくなり,そのため,第1層13Aにおいて磁束が飽和しやすくなる。しかも,磁極層12から第1層13Aに磁束が漏れやすくなると,その磁極層12から外部に放出される磁束の量が減少するため,記録磁界の強度も減少してしまう。
そして,引用発明では,単に,磁極層12と第1層13Aとの間に非磁性膜41を設けることにより,磁極層12を第1層13Aから遠ざけているだけであり,磁極層12の内部において最大限に集中した状態の磁束が第1層13Aに漏れることを抑制しようとしていない。
また,そもそも,引用発明において,ギャップ層14の位置を前方にシフトさせすぎると,第1層13Aにおいて磁束の飽和現象が発生しやすくなるという阻害事由も生じることにもなる。
(ウ) よって,本願発明では,記録磁界の強度の増大とトレーリングシールド24における磁束飽和の抑制とを両立させる観点から記録性能を向上させることができるという顕著な効果が得られるのに対し,引用発明では,かかる本願発明の効果が得られない。
ウ 本願明細書の記載 本願明細書(【0061】,【0062】)は,テーパ主磁極層21の内部を磁束が流れる過程において,傾斜面21sを利用して磁束が最大限に集中すること,テーパ主磁極層21の内部を流れる磁束がトレーリングシールド24に漏洩するこ 10 とを抑制すること,最大限に集中した十分な量の磁束がテーパ主磁極層21から外部に放出されることを説明している。
また,本願明細書(【0019】など)は,記録磁界の強度を増大させつつ,トレーリングシールド24における磁束の飽和を抑制することにより,記録性能が向上することを説明している。
したがって,原告の主張にかかる本願発明の作用効果は,本願明細書に記載されているに等しい自明な事項であるというべきである。
エ 小括 このように,本願発明は,記録ギャップ層23のうち,ABS25-25に最も近い部分を積極的に傾斜させることにより,テーパ主磁極層21の内部において最大限に集中した状態の磁束がトレーリングシールド24に著しく漏れやすいという現象を抑制し,これにより記録性能を向上させるという顕著な効果を得られたものであり,この点を看過した本件審決は誤りである。
〔被告の主張〕(1) 引用発明の認定に誤りがないこと ア 本件審決における認定 本件審決は,引用発明について,磁極層が媒体対向面からの距離に応じて変化しない厚みを有する「第1の部分」を有することを認定し,さらに,ギャップ層が一定の厚さで磁極層の上面に形成され,磁極層の上面に沿って屈曲していることを認定している。
そして,一定の厚さで形成されるギャップ層には,磁極層の上面の形状(平坦及び傾斜)がそのまま反映されるから,磁極層が媒体対向面からの距離に応じて変化しない厚みを有する「第1の部分」を有することをもって,当該ギャップ層も磁極層の「第1の部分」に対応して平坦な部分を有することが当然に導き出される。
したがって,本件審決は,引用発明について,ギャップ層が媒体対向面側に平坦な部分を有する(前方ギャップ部分を傾斜させない)ことを実質的に認定している。
11 よって,本件審決における引用発明の認定に,原告が主張するような誤りはない。
イ 原告の主張について(ア) 引用発明は,ギャップ層14のうちの媒体対向面側に平坦な部分を含ませる(前方ギャップ部分を傾斜させない)ことを必須の構成要件とするものではない。
すなわち,引用発明は,コイルが発生する熱によってシールドの媒体対向面側の端部が突出することを抑制し,その結果,スロートハイトを正確に決めること,及び広範囲隣接トラック消去の発生を抑制することを課題とするものである。そして,引用発明は,当該課題を解決するために,磁極層12を間に挟むようにトレーリング側にシールド第1層13Aを,リーディング側にシールド第2層13Bを設けたこと,及びコイルの配置を,磁極層12から見て第1層13A側(トレーリング側)ではなく,第2層13B側(リーディング側)としたことを技術的特徴とするものであって,これらを必須の構成要件とするものである。一方,上記課題は,ギャップ層14が媒体対向面側に平坦な部分を含む(前方ギャップ部分を傾斜させない)構成の場合に特有のものというわけではない。
これらのことは,引用例の特許請求の範囲において,独立形式で記載された請求項1には,当然,前記技術的特徴は記載されているが,原告が主張するような,ギャップ層14のうちの媒体対向面側に平坦な部分を含ませる(前方ギャップ部分を傾斜させない)ことを実質的に特定するような記載はないことからしても明らかである。
(イ) また,第1層13Aは,媒体対向面30から見て最初にギャップ層14が屈曲する位置を超えて,それよりも媒体対向面30から遠い範囲にまで及んでいることが読み取れるところ(図2,21),第1層13Aの体積が十分に大きくなり,これにより磁束の飽和現象が発生しにくくなる理由は,平坦な前方ギャップ部分が存在しているからではなく,第1層13Aが「媒体対向面30から遠い端部」にまで及んでいるからである。また,第1層13Aが「媒体対向面30から遠い端部」に及んでいる場合は,スロートハイトを小さくしても,それによる第1層13Aの 12 体積の減少分の第1層13A全体に占める割合を十分小さくすることができる。
したがって,スロートハイトとシールド第1層13Aの体積との間に関連性はない。
(2) 本願発明と引用発明との相違点の看過がないこと 本件審決で認定した相違点1には,磁極層の上に一定の厚さで形成され,磁極層の上面の形状をそのまま反映するギャップ層について,本願発明では,媒体対向面(エアベアリング面)側に平坦な部分を有さない(前方ギャップ部分を傾斜させる)ものであるのに対し,引用発明では,媒体対向面(エアベアリング面)側に平坦な部分を有する(前方ギャップ部分を傾斜させない)ものである点で相違することも実質的に含まれている。
(3) 顕著な効果の看過がないこと ア 本願明細書の記載 (ア) 原告が主張する,記録ギャップ層のうち媒体対向面に最も近い部分を平坦にせずに傾斜させていることによって,トレーリングシールドにおける磁束の飽和が抑制されるという作用効果については,そもそも本願明細書には記載されておらず,記載されているに等しい自明な事項であるともいえない。
したがって,相違点の判断において,上記作用効果は参酌することを要しないというべきである。
(イ) 具体的には,本願明細書には,トレーリングシールドにおける磁束の飽和の抑制について,例えば「…また,トレーリングシールドとテーパ主磁極層との間にテーパ非磁性上部形状層が挿入されているため,そのトレーリングシールドにおいて磁束が飽和しにくくなる。…」と記載され(【0017】 ,また「この参考例 )のPMRヘッド30では,テーパ主磁極層11がテーパ部(傾斜面11s)を有しており,そのテーパ主磁極層11中を流れる磁束がABS14-14近傍において集中するため,記録磁界の強度が高くなる。しかしながら,トレーリングシールド13がテーパ主磁極層11に近すぎて,そのテーパ主磁極層11からトレーリング 13 シールド13へ磁束が過剰に漏れやすいため,トレーリングシールド13において磁束が飽和しやすくなる。これに対して,本実施の形態のPMRヘッド20では,PMRヘッド30と同様に,テーパ主磁極層21中を流れる磁束がABS25-25近傍において集中するため,記録磁界の強度が高くなる。また,トレーリングシールド24とテーパ主磁極層21との間に非テーパ非磁性上部形状層22が挿入されており,テーパ主磁極層21からトレーリングシールド24へ磁束が過剰に漏れにくいため,そのトレーリングシールド24において磁束が飽和しにくくなる。」と記載されている(【0061】【0062】。
, ) このように,本願明細書には,トレーリングシールドにおける磁束の飽和を抑制するための手段としては,トレーリングシールドとテーパ主磁極層との間に「非テーパ非磁性上部形状層」を挿入するという構成が記載されているのみである。
イ 本願発明の顕著な効果 仮に,原告が主張する,記録ギャップ層のうち媒体対向面に最も近い部分を平坦にせずに傾斜させていることによって,トレーリングシールドにおける磁束の飽和が抑制されるという作用効果が,本願明細書に記載されているに等しい自明な事項であるとしても,それは引用発明及び周知の技術事項から当業者であれば容易に予測し得る程度のものである。
すなわち,主磁極層を流れる磁束を集中させて記録磁界の強度を高くするために主磁極の先端部の例えばトレーリング側に傾斜面(テーパ)を設ける際に,傾斜面(テーパ)をエアベアリング面から始まるように設けることは周知の技術事項である(特開2005-302281号公報,特開2002-133610号公報)。
そして,引用発明に対して,かかる周知の技術事項を採用した場合には,磁極層が媒体対向面からの距離に応じて変化しない厚みを有する「第1の部分」を有しないものとなり,当該磁極層の上に一定の厚さで形成され,磁極層の上面の形状をそのまま反映するギャップ層は,媒体対向面(エアベアリング面)に最も近い部分において,平坦な部分を有さず傾斜したものとなる。
14 したがって,原告が主張する作用効果は,引用発明に周知の技術事項を採用すれば,当然に得られる作用効果であるといえ,当業者であれば容易に予測し得る程度のものである。
当裁判所の判断
1 本願発明について (1) 本願明細書の記載 本願発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2【請求項1】のとおりであるところ,本願明細書(甲4,5)には,おおむね,次の記載がある(下記記載中に引用する図1,6,13については,別紙本願明細書図面目録を参照。。
) ア 技術分野 【0001】本発明は,主磁極層,記録ギャップ層およびトレーリングシールドを備えた垂直磁気記録ヘッドおよびその製造方法に関する。
イ 背景技術 【0002】近年,ハードディスクドライブ(hard disk drive:HDD)の記録デバイスとして,垂直磁気記録(perpendicular magnetic recording:PMR)方式の記録ヘッドが広く用いられており,そのような方式の記録ヘッドは,垂直磁気記録(PMR)ヘッドと呼ばれている。PMRヘッドは,長手磁気記録(longitudinal magnetic recording:LMR)方式の記録ヘッド(長手磁気記録(LMR)ヘッド)に代わる記録デバイスであり,200ギガビット/インチ2を超える高密度記録用途の主流技術である。高密度記録用途では,ヘッドサイズの小型化に伴い,22キロガウス超の高飽和磁束密度(Bs)を有する高モーメント軟磁性薄膜が必要である。
【0003】垂直磁気記録方式では,PMRヘッド(単磁極)と二層記録媒体(軟磁性下地層)とを組み合わせることにより,長手磁気記録方式を上回る利点が得られる。この利点とは,高い記録磁界,良好な再生バック信号および高い面記録密度などである。特に,トレーリングシールドを備えたシールド型のPMRヘッド 15 では,単磁極のトレーリング側において記録磁界の勾配が増大するため,記録性能がさらに改善される。
【0004】図13は,従来のPMRヘッド(PMRヘッド1)の主要部の断面構成を表している。PMRヘッド1は,記録媒体2に対向するエアベアリング面(air bearing surface:ABS)6-6を有しており,その記録媒体2に対してABS6-6に沿って-z方向(下方向)に移動する。
【0005】このPMRヘッド1は,主磁極層3,記録ギャップ層4およびトレーリングシールド5がこの順に積層された構造を含んでおり,それらはいずれもABS6-6に沿っている。記録ギャップ層4は,平坦であり,ライトギャップ(write gap:WG)を規定する一定の厚さを有している。主磁極層3およびトレーリングシールド5は,記録ギャップ層4により隔てられている。トレーリングシールド5の高さ,すなわちABS6-6に沿った側面とそれに対向する反対側の側面との間の距離は,いわゆるスロートハイト(throat height:TH)であり,一般に,約0.1μm〜0.3μmである。ABS6-6は,主磁極層3,記録ギャップ層4およびトレーリングシールド5を形成したのち,それらを一側面側から一括して研磨することにより形成される。
【0007】記録磁界の強度および勾配の双方を適正化するためには,THを小さくすることが望ましい。ところが,PMRヘッド1では,THを小さくしようとすると,製造上の要因(ABS6-6の形成時における研磨量の精度誤差)に起因して,THを厳密に制御することが困難になる。この場合には,THが小さくなりすぎると,トレーリングシールド5の体積(磁束の収容量)が不足するため,そのトレーリングシールド5において磁束が飽和しやすくなる。これにより,SN比(signal to noise ratio:SNR)が低下しやすくなる。
ウ 発明が解決しようとする課題 【0009】上記したように多くの検討がなされているにもかかわらず,従来のPMRヘッドでは,依然として,THを厳密に制御することが困難であるため,ト 16 レーリングシールドにおいて磁束が飽和しやすい状況にある。このため,高性能なPMRヘッドを実現するためには,未だ改善の余地がある。
【0010】本発明はかかる問題点に鑑みてなされたもので,その第1の目的は,トレーリングシールドにおける磁束の飽和を抑制することにより,記録性能を向上させることが可能な垂直磁気記録ヘッドを提供することである。
【0011】また,本発明の第2の目的は,上記した垂直磁気記録ヘッドの製造方法を提供することである。
【0012】さらに,本発明の第3の目的は,有効スロートハイトを厳密に制御することが可能な垂直磁気記録ヘッドの製造方法を提供することである。
エ 課題を解決するための手段 【0013】本発明の垂直磁気記録ヘッドは,基体の上に形成されたテーパ主磁極層と,テーパ主磁極層の上に形成されたテーパ非磁性上部形状層と,テーパ主磁極層およびテーパ非磁性上部形状層の上に形成されると共に一定の厚さを有する記録ギャップ層と,記録ギャップ層の上に形成されたトレーリングシールドとを備えたものであり,(a)テーパ主磁極層は,下側部分および上側部分を有し,下側部分は,エアベアリング面に磁極先端部を有すると共に,基体の表面に平行な上面を有し,上側部分は,エアベアリング面における一端部と一端部よりもエアベアリング面から離れた側に位置すると共に一端部よりも基体から離れた側に位置する他端部との間における傾斜面と,他端部において傾斜面に連結されると共に基体の表面に平行な上面とを有し,(b)テーパ非磁性上部形状層は,テーパ主磁極層の上側部分の上に配置されていると共に,上側部分の他端部に一致する一端部と一端部よりもエアベアリング面から離れた側における所定の距離に位置すると共に一端部よりも基体から離れた側に位置する他端部との間における傾斜面と,他端部において傾斜面に連結されると共に基体の表面に平行な上面とを有し,テーパ主磁極層の傾斜面とテーパ非磁性上部形状層の傾斜面は,同一面内に位置し,(c)記録ギャップ層は,テーパ主磁極層の傾斜面およびテーパ非磁性上部形状層の傾斜面の上に配 17 置された第1部分と,テーパ非磁性上部形状層の上面の上に配置された第2部分とを有し,(d)トレーリングシールドは,記録ギャップ層の第1部分の上に配置されていると共に,エアベアリング面に沿った第1側面と,エアベアリング面から離れた側における所定の距離に位置すると共に第1側面に対向する第2側面と,記録ギャップ層の第1部分に隣接した第3側面と,第3側面に対向すると共にエアベアリング面に垂直な第4側面とを有するものである。
【0017】本発明の垂直磁気記録ヘッドまたはその製造方法では,テーパ部を有するテーパ主磁極層を有しているため,記録磁界の強度が高くなる。また,トレーリングシールドとテーパ主磁極層との間にテーパ非磁性上部形状層が挿入されているため,そのトレーリングシールドにおいて磁束が飽和しにくくなる。さらに,テーパ主磁極層だけでなくテーパ非磁性上部形状層もテーパ部を有するため,有効スロートハイトを制御しやすくなる。
オ 発明の効果 【0019】本発明の垂直磁気記録ヘッドまたはその製造方法によれば,傾斜面を有するテーパ主磁極層と,そのテーパ主磁極層の傾斜面と同一面内に位置する傾斜面を有するテーパ非磁性上部形状層と,記録ギャップ層と,トレーリングシールドとを含む構造が形成される。テーパ主磁極層は,下側部分と,傾斜面を有する上側部分とを有している。テーパ非磁性上部形状層は,上側部分の上面の上に形成されている。記録ギャップ層は,テーパ主磁極層の傾斜面およびテーパ非磁性上部形状層の傾斜面の上に形成された第1部分と,テーパ非磁性上部形状層の上面の上に形成された第2部分とを有している。トレーリングシールドは,記録ギャップ層の第1部分の上に形成されている。したがって,記録磁界の強度を増大させつつ,トレーリングシールドにおける磁束の飽和を抑制することにより,記録性能を向上させることができる。この場合には,スロートハイトを厳密に制御することもできるため,記録性能を著しく向上させることができる。
カ 発明を実施するための最良の形態 18 【0023】図1は,本実施の形態に係る垂直磁気記録ヘッド(PMRヘッド20)の主要部の断面構成を表している。以下では,図1中における上下方向をそれぞれ上側および下側と呼称すると共に,同図中における左右方向をそれぞれ前側および後側と呼称する。
【0056】最後に,化学機械研磨(chemical mechanical polishing:CMP)法を用いて,テーパ主磁極層21,記録ギャップ層23およびトレーリングシールド24を一側面側(基準面28-28側)から研磨することにより,図1に示したように,ABS25-25を形成する。上記したようにテーパ主磁極層21等を一側面側から研磨すると共に,研磨後(ABS25-25の形成後)の状態においてテーパ非磁性上部形状層22がABS25-25よりも後退していることから明らかなように,ABS25-25は,基準面28-28とテーパ非磁性上部形状層22(傾斜面22sを規定する一端部)との間に形成される。このABS25-25は,基体10の表面に対して垂直である。これにより,PMRヘッド20が完成する。
【0058】…この場合には,以下の理由により,記録磁界の強度を増大させつつ,トレーリングシールド24における磁束の飽和を抑制することにより,記録性能を向上させることができる。この場合には,有効THを厳密に制御することもできるため,記録性能を著しく向上させることができる。
【0059】図6は,本実施の形態のPMRヘッド20に対する参考例のPMRヘッド30の断面構成を表しており,図1に対応する断面を示している。このPMRヘッド30は,図13に示したPMRヘッド1の改良型であり,本発明の発明者によりPMRヘッド20よりも以前に設計されたものである。確認までに説明しておくと,PMRヘッド30は,あくまで本発明の発明者によりなされた設計の過程においてPMRヘッド20と比較されるものである。このため,本願の出願時点においてPMRヘッド30の構成が既に公知であることを自ら認めているわけではない。
19 【0061】この参考例のPMRヘッド30では,テーパ主磁極層11がテーパ部(傾斜面11s)を有しており,そのテーパ主磁極層11中を流れる磁束がABS14-14近傍において集中するため,記録磁界の強度が高くなる。しかしながら,トレーリングシールド13がテーパ主磁極層11に近すぎて,そのテーパ主磁極層11からトレーリングシールド13へ磁束が過剰に漏れやすいため,トレーリングシールド13において磁束が飽和しやすくなる。
【0062】これに対して,本実施の形態のPMRヘッド20では,PMRヘッド30と同様に,テーパ主磁極層21中を流れる磁束がABS25-25近傍において集中するため,記録磁界の強度が高くなる。また,トレーリングシールド24とテーパ主磁極層21との間に非テーパ非磁性上部形状層22(判決注:ママ)が挿入されており,テーパ主磁極層21からトレーリングシールド24へ磁束が過剰に漏れにくいため,そのトレーリングシールド24において磁束が飽和しにくくなる。さらに,テーパ主磁極層21だけでなくテーパ非磁性上部形状層22もテーパ部を有しており,そのテーパ部を有していない場合と比較して,ABS25-25を形成するための研磨量マージンが大きくなるため,有効THを制御しやすくなる。
したがって,有効THを厳密に制御しながら,記録磁界の強度を増大させると共に,トレーリングシールド24における磁束の飽和を抑制することができるため,記録性能を向上させることができるのである。
(2) 本願発明の特徴 前記(1)によれば,本願発明の特徴は,以下のとおりである。
ア 本願発明は,主磁極層,記録ギャップ層及びトレーリングシールドを備えた垂直磁気記録ヘッドに関するものである。
イ 従来の垂直磁気記録ヘッドでは,トレーリングシールドを備えることで,垂直磁気記録ヘッドのトレーリング側において記録磁界の勾配を増大させ,記録性能の改善を行っていた。
しかし,トレーリングシールドのうちエアベアリング面に沿った側面と,それに 20 対向する側面との間の距離により規定されるスロートハイトについて,記録磁界の強度及び勾配の双方を適正化するためにはスロートハイトを小さくすることが望ましいが,スロートハイトが小さくなりすぎるとトレーリングシールドの体積(磁束の収容量)が不足してトレーリングシールドにおいて磁束が飽和しやすくなるという問題があった。
また,これに対処するためには適切なスロートハイトを有する垂直磁気記録ヘッドを製造する必要があるが,エアベアリング面を形成する際の研磨には精度誤差が存在することから,適切なスロートハイトを形成することが困難であるという問題があった。
ウ 本願発明は,上記イの問題に鑑み,@記録磁界の強度を増大させ,Aトレーリングシールドにおける磁束の飽和を抑制するとともに,B研磨時に精度誤差があっても,適切なスロートハイトを形成できる垂直磁気記録ヘッドを提供することを課題とし,かかる課題の解決手段として,特許請求の範囲請求項1に記載の構成を採用したものである。
特に,@テーパ部を有するテーパ主磁極層を有するという構成を採用することにより,テーパ主磁極層中を流れる磁束をエアベアリング面近傍において集中させて,記録磁界の強度を増大させ,Aトレーリングシールドとテーパ主磁極層との間にテーパ非磁性上部形状層を挿入するという構成を採用することにより,テーパ主磁極層からトレーリングシールドへの過剰な磁束の漏れを防ぎ,トレーリングシールドにおける磁束の飽和を抑制し,Bテーパ主磁極層に加えテーパ非磁性上部形状層もテーパ部を有するという構成を採用することにより,エアベアリング面を形成するための研磨量マージンを大きくし,研磨時に精度誤差があっても,適切なスロートハイトを形成しやすくするようにしたものである。
エ 本願発明によれば,記録磁界の強度が増大するとともに,トレーリングシールドにおける磁束の飽和が抑制され,また,研磨時の精度誤差にかかわりなく適切なスロートハイトを形成できることになり,垂直磁気記録ヘッドの記録性能を向上 21 させることができるという効果がある。
2 引用発明について (1) 引用例の記載内容 引用発明は,引用例に記載された実施例のうち,第1の実施の形態の第1の変形例に係るものである。そして,引用例には,おおむね,以下のとおり記載がある(甲1。下記記載中に引用する図2,21,43については,別紙引用例図面目録参照)。
ア 特許請求の範囲 【請求項1】記録媒体に対向する媒体対向面と,/前記記録媒体に記録する情報に応じた磁界を発生するコイルと,/前記媒体対向面に配置された端面を有し,前記コイルによって発生された磁界に対応する磁束を通過させると共に,垂直磁気記録方式によって前記情報を前記記録媒体に記録するための記録磁界を発生する磁極層と,/シールドとを備えた垂直磁気記録用磁気ヘッドであって,/前記シールドは,前記媒体対向面において前記磁極層の前記端面に対して記録媒体の進行方向の前側に配置された端面を有する第1層と,前記磁極層を前記第1層との間で挟む位置に配置された第2層と,前記磁極層に接触せずに前記第1層と第2層とを連結する第1の連結部と,前記第1の連結部よりも前記媒体対向面から遠い位置において前記磁極層と前記第2層とを連結する第2の連結部とを有し,/垂直磁気記録用磁気ヘッドは,更に,非磁性材料よりなり,前記磁極層と前記第1層との間に設けられたギャップ層を備え,/前記媒体対向面において,前記第1層の前記端面は,前記磁極層の前記端面に対して,前記ギャップ層の厚みによる所定の間隔を開けて配置され,/前記磁極層の前記端面は,前記ギャップ層に隣接する辺を有し,この辺はトラック幅を規定し,/前記コイルの一部は,前記磁極層,第2層,第1の連結部および第2の連結部によって囲まれた空間を通過していることを特徴とする垂直磁気記録用磁気ヘッド。
イ 技術分野 22 【0001】本発明は,垂直磁気記録方式によって記録媒体に情報を記録するために用いられる垂直磁気記録用磁気ヘッドおよびその製造方法に関する。
【0008】また,垂直磁気記録用の磁気ヘッドとしては,例えば特許文献3に記載されているように,磁極層とシールドとを備えた磁気ヘッドも知られている。
この磁気ヘッドでは,媒体対向面において,シールドの端面は,磁極層の端面に対して,所定の小さな間隔を開けて記録媒体の進行方向の前側に配置されている。以下,このような磁気ヘッドをシールド型ヘッドと呼ぶ。このシールド型ヘッドにおいて,シールドは,磁極層の端面より発生されて記録媒体の面に垂直な方向以外の方向に広がる磁束が記録媒体に達することを阻止する機能を有している。また,シールドは,磁極層の端面より発生されて,記録媒体を磁化した磁束を還流させる機能も有している。このシールド型ヘッドによれば,線記録密度のより一層の向上が可能になる。
ウ 発明が解決しようとする課題 【0014】図43に示したヘッドでは,磁極層102の上にギャップ層104が配置され,ギャップ層104の上にコイル101が配置されている。コイル101は,絶縁層105によって覆われている。絶縁層105の媒体対向面100側の端部は,媒体対向面100から離れた位置に配置されている。絶縁層105の媒体対向面100側の端部から媒体対向面100までの領域において,シールド層103はギャップ層104を介して磁極層102と対向している。磁極層102とシールド層103がギャップ層104を介して対向する部分の,媒体対向面100側の端部から反対側の端部までの長さ(高さ)THは,スロートハイトと呼ばれる。このスロートハイトTHは,媒体対向面100において磁極層102から発生される磁界の強度や分布に影響を与える。
【0015】例えば図43に示したようなシールド型ヘッドにおいて,オーバーライト特性を向上させるためには,スロートハイトTHを小さくすることが好ましい。スロートハイトTHの値としては,例えば0.1〜0.3μmが要求される。
23 このようにスロートハイトTHの値として小さな値が要求される場合,図43に示したヘッドでは,以下のような2つの問題が発生する。
【0016】図43に示したヘッドにおける第1の問題は,スロートハイトTHを正確に決めることが難しいということである。以下,この第1の問題について詳しく説明する。図43に示したヘッドでは,スロートハイトTHは,シールド層103のうちの絶縁層105と媒体対向面100との間に存在する部分の厚みによって決まる。また,スロートハイトTHは,媒体対向面100を研磨する際の研磨量によって制御される。ところが,絶縁層105を構成するフォトレジストは,比較的熱膨張率が大きいと共に比較的柔らかい。そのため,例えば研磨時の熱によって絶縁層105は膨張する。また,特にスロートハイトTHが小さい場合には,シールド層103のうちの絶縁層105と媒体対向面100との間に存在する部分は薄くなっている。更に,媒体対向面において,シールド層103の端面は広い範囲にわたって露出している。これらのことから,特にスロートハイトTHが小さい場合には,媒体対向面100の研磨時に,絶縁層105が膨張して,シールド層103の媒体対向面100側の端部が突出しやすくなる。そのため,媒体対向面100の研磨時に,シールド層103のうちの絶縁層105と媒体対向面100との間に存在する部分の厚みが変動して,その結果,媒体対向面100の研磨後におけるスロートハイトTHにばらつきが生じてしまう。
【0017】図43に示したヘッドにおける第2の問題は,ヘッドの使用時に,コイル101が発生する熱によって絶縁層105が膨張し,その結果,シールド層103の媒体対向面100側の端部が突出するということである。ヘッドの使用時におけるシールド層103の端部の突出は,スライダと記録媒体との衝突を生じやすくする。
【0018】また,例えば図43に示したようなシールド型ヘッドでは,トラック幅方向の広い範囲にわたって,記録または再生の対象となっているトラックに隣接する1以上のトラックに記録された信号が減衰する現象(以下,広範囲隣接トラ 24 ック消去という。)が顕著に生じる場合があった。シールド型ヘッドにおいて広範囲隣接トラック消去が生じる原因の一つとしては,以下で説明するように,磁極層102の端面に対して記録媒体の進行方向Tの後側(磁極層102の端面に対してシールド層103の端面とは反対側)にはシールド層が存在していないことが考えられる。
【0022】本発明はかかる問題点に鑑みてなされたもので,その目的は,媒体対向面において磁極層の端面とシールドの端面がギャップ層を介して隣接する構造の垂直磁気記録用磁気ヘッドであって,スロートハイトを正確に決めることができ,コイルが発生する熱によってシールドの媒体対向面側の端部が突出することを抑制でき,且つ広範囲隣接トラック消去の発生を抑制することができるようにした垂直磁気記録用磁気ヘッドおよびその製造方法を提供することにある。
エ 発明の効果 【0037】本発明の垂直磁気記録用磁気ヘッドまたはその製造方法では,シールドの第1層と第2層は,磁極層を間に挟む位置に配置される。これにより,本発明によれば,広範囲隣接トラック消去の発生を抑制することができるという効果を奏する。また,本発明では,コイルの一部は,磁極層,第2層,第1の連結部および第2の連結部によって囲まれた空間を通過する。そのため,本発明によれば,コイルの周囲に配置された絶縁層の膨張に伴って第1層の媒体対向面側の端部が突出することが抑制される。その結果,本発明によれば,スロートハイトを正確に決めることができ,且つコイルが発生する熱によってシールドの媒体対向面側の端部が突出することを抑制することができるという効果を奏する。
オ 発明を実施するための最良の形態 【0038】[第1の実施の形態]以下,本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。…図2は本実施の形態に係る垂直磁気記録用磁気ヘッドの構成を示す断面図である。… 25 【0058】以上説明したように,本実施の形態に係る磁気ヘッドは,記録媒体に対向する媒体対向面30と再生ヘッドと記録ヘッドとを備えている。再生ヘッドと記録ヘッドは,基板1の上に積層されている。再生ヘッドは記録媒体の進行方向Tの後側(スライダにおける空気流入端側)に配置され,記録ヘッドは記録媒体の進行方向Tの前側(スライダにおける空気流出端側)に配置されている。
【0062】磁極層12は,媒体対向面30に配置された端面を有する第1の部分と,この第1の部分よりも媒体対向面30から遠い位置に配置され,第1の部分よりも大きな厚みを有する第2の部分とを有している。第1の部分は,媒体対向面30からの距離に応じて変化しない厚みを有している。第1の部分における上面は,第2の部分における上面よりも基板1に近い位置に配置されている。そのため,ギャップ層14に接する磁極層12の上面は屈曲している。第1の部分における上面と第2の部分における上面との間の段差は,例えば0.1〜0.3μmの範囲内である。また,第1の部分の厚みは,例えば0.03〜0.3μmの範囲内である。
【0063】シールド13は,媒体対向面30において磁極層12の端面に対して記録媒体の進行方向Tの前側に配置された端面を有する第1層13Aと,磁極層12を第1層13Aとの間で挟む位置に配置された第2層13Bと,磁極層12に接触せずに第1層13Aと第2層13Bとを連結する第1の連結部13Cと,第1の連結部13Cよりも媒体対向面30から遠い位置において磁極層12と第2層13Bとを連結する第2の連結部13Dとを有している。
【0067】第1層13Aの下面は,ギャップ層14を介して磁極層12の上面に対向するように屈曲している。ギャップ層14も,磁極層12の上面に沿って屈曲している。… 【0071】次に,図6ないし図17を参照して,本実施の形態に係る磁気ヘッドの製造方法について説明する。… 【0098】この工程では,まず,積層体の上面全体の上に,ギャップ層14を形成する。ギャップ層14は,例えば,スパッタ法またはCVDによって形成され 26 る。CVDを用いてギャップ層14を形成する場合には,特にALCVDを用いることが好ましい。また,ALCVDを用いてギャップ層14を形成する場合には,ギャップ層14の材料としては,絶縁材料では特にアルミナが好ましく,導電材料では特にTaまたはRuが好ましい。ALCVDを用いて形成されるギャップ層14は,ステップカバレージがよい。従って,ALCVDを用いてギャップ層14を形成することにより,屈曲した磁極層12の上面の上に薄く且つ均質なギャップ層14を形成することができる。
【0104】次に,本実施の形態に係る磁気ヘッドの作用および効果について説明する。… 【0110】また,本実施の形態では,スロートハイトTHは,第1層13Aの媒体対向面30から遠い端部ではなく,媒体対向面30から見て最初にギャップ層14が屈曲する位置,すなわち媒体対向面30から見て最初に第1層13Aの下面が屈曲する位置によって規定される。従って,第1層13Aの体積を十分に大きくしながら,スロートハイトTHを小さくすることができる。これにより,オーバーライト特性を向上させることができる。
【0113】[変形例]以下,本実施の形態における第1および第2の変形例について説明する。始めに,図18ないし図21を参照して,第1の変形例の磁気ヘッドの製造方法について説明する。図18ないし図21は,それぞれ,磁気ヘッドの製造過程における積層体の,媒体対向面および基板に垂直な断面を示している。
なお,図18ないし図21では,上部シールド層7よりも基板1側の部分を省略している。
【0116】図21は,次の工程を示す。この工程では,まず,第1の部分13C1,第2の部分13C2およびギャップ層14の上に第1層13Aを形成すると共に,磁極層12の上にヨーク層15を形成する。次に,積層体の上面全体の上に,非磁性層16を形成する。次に,例えばCMPによって,第1層13Aおよびヨーク層15が露出するまで非磁性層16を研磨して,第1層13A,ヨーク層15お 27 よび非磁性層16の上面を平坦化する。次に,図示しないが,積層体の上面全体を覆うように保護層17を形成する。次に,保護層17の上に配線や端子等を形成し,スライダ単位で基板を切断し,媒体対向面30の研磨,浮上用レールの作製等を行って,磁気ヘッドが完成する。
【0117】第1の変形例の磁気ヘッドでは,媒体対向面30から見て最初にギャップ層14が屈曲する位置よりも,媒体対向面30から遠い領域において,磁極層12と第1層13Aとの間にギャップ層14および非磁性膜41が配置されている。従って,この領域における磁極層12と第1層13Aとの間における磁束の漏れは,非磁性膜41がない場合に比べて少なくなる。これにより,より多くの磁束を媒体対向面30まで導くことができ,その結果,オーバーライト特性を向上させることができる。第1の変形例の磁気ヘッドのその他の構成,作用および効果は,図1ないし図5に示した磁気ヘッドと同様である。
(2) 引用発明について開示されている事項 前記(1)によれば,引用例には,引用発明に関し,以下の点が開示されているものと認められる。
ア 引用発明は,垂直磁気記録用磁気ヘッドに関するものである。
イ 従来の垂直磁気記録用磁気ヘッドでは,シールドを備えることで,磁極層の端面から発生する磁束のうち,記録媒体の面に垂直な方向以外の方向に広がる磁束が記録媒体に達することを阻止し,線記録密度を向上させることが可能である。
しかし,磁極層とシールド層がギャップ層を介して対向する部分であって,媒体対向面側の端部から反対側の端部までの長さであるスロートハイトについて,オーバーライト特性を向上させるために,これを小さくした場合,@媒体対向面においてシールド層の端面が広い範囲にわたって露出しているため,研磨時の熱によって絶縁層が膨張すると,シールド層の媒体対向面側の端部が突出し,シールド層の厚みが変動してスロートハイトにばらつきが生じてしまい,一定の精度を有するスロートハイトを形成できない,また,ヘッドの使用時に,コイルが発生する熱によっ 28 て絶縁層が膨張すると,シールド層の媒体対向面側の端部が突出し,スライダと記録媒体との衝突を生じやすくなる,A磁極層の端面に対して記録媒体の進行方向の後側(磁極層の端面に対してシールド層の端面とは反対側)にはシールド層が存在していないため,記録または再生の対象となっているトラックに隣接する1以上のトラックに記録された信号が減衰する現象(広範囲隣接トラック消去)が顕著に生じるという問題があった。
ウ 引用発明は,前記イの問題に鑑み,@研磨時やヘッドの使用時の熱による絶縁層の膨張にかかわらず,シールド層の媒体対向面側の端部が突出することを抑制し,また,A広範囲隣接消去が発生することを抑制することのできる垂直磁気記録用磁気ヘッドを提供することを課題とし,かかる課題の解決手段として,引用例の特許請求の範囲請求項1に記載の構成を採用したものである。また,オーバーライト特性を向上させるために,B媒体対向面から見て最初にギャップ層が屈曲する位置よりも,媒体対向面から遠い領域において,磁極層とシールドの第1層との間に非磁性膜を配置する構成を採用したものである。
すなわち,@の課題について,コイルの一部を磁極層,並びに,シールドの第2層,第1の連結部及び第2の連結部によって囲まれた空間を通過させることで,コイルの周囲に配置された絶縁層の膨張に伴ってシールドの第1層の媒体対向面側の端部が突出することを抑制し,Aの課題について,シールドの第1層と第2層を,磁極層を間に挟む位置に配置することで,広範囲隣接トラック消去が発生することを抑制し,さらに,Bオーバーライト特性を向上させるために,上記のとおり非磁性膜を配置することにより,非磁性膜を配置した領域における磁極層とシールドの第1層との間における磁束の漏れを少なくし,これにより,より多くの磁束を媒体対向面まで導くようにしたものである。
エ 引用発明には,研磨時やヘッドの使用時におけるシールド層の端部の突出を抑制することで一定の精度を有するスロートハイトを形成するとともに,スライダと記録媒体との衝突を防ぎ,また,広範囲隣接トラック消去の発生を抑制し,さら 29 に,オーバーライト特性を向上させることができるという効果がある。
オ なお,引用例には,引用発明に関し,非磁性膜を配置することにより,非磁性膜を配置した領域における磁極層からシールドの第1層への磁束の漏れを抑制する効果を得られるという事項は開示されているものの,磁極層の内部において最大限に集中した状態の磁束が漏れやすいという現象を抑制することについては,何ら開示されていない。
3 本願発明の容易想到性について (1) 引用発明の認定の誤りについて ア 引用発明の認定 (ア) 引用発明は,引用例の実施例のうち,第1の実施の形態の第1の変形例に係る垂直磁気記録用磁気ヘッドであるところ,これについて,引用例には,前記2(1)の【請求項1】 【0058】 【0062】 【0067】 【0098】 【011 , , , , ,3】【0117】 , ,図2及び図21のとおり記載されている。
(イ) 特に,引用例には,磁極層12は,媒体対向面30に配置された端面を有し,媒体対向面30からの距離に応じて変化しない厚みを有する第1の部分と,この第1の部分よりも媒体対向面30から遠い位置に配置され,媒体対向面30からの距離に応じて第1の部分よりも徐々に厚みが大きくなり,その後変化しない厚みを有する第2の部分とを有しており,ギャップ層14に接する上面は屈曲していることが記載されている(【0062】及び図21)。
また,引用例には,磁極層12の上面が屈曲していることに伴い,ギャップ層14も磁極層12の上面に沿って屈曲しており,第1層13Aの下面もギャップ層14を介して磁極層12の上面に対向するように屈曲していることが記載されている(【0067】及び図21)。
さらに,ギャップ層14は,好ましくはALCVD法を用いて形成され一定の厚さを有することが記載されている(【0098】及び図21)。
したがって,引用例には,@磁極層の形状については,媒体対向面に配置された 30 端面を有し,媒体対向面からの距離に応じて変化しない厚みを有する第1の部分と,当該第1の部分よりも媒体対向面から遠い位置に配置され,媒体対向面からの距離に応じて第1の部分よりも徐々に厚みが大きくなり,その後変化しない厚みを有する第2の部分とを有していて,その上面は屈曲し,Aギャップ層の形状については,磁極層の上面が屈曲していることに伴い,ギャップ層も磁極層の上面に沿って屈曲し,またギャップ層は一定の厚さを有するという垂直磁気記録用磁気ヘッドが記載されているものと認められる。
(ウ) 以上によれば,引用例には,本件審決が認定したとおりの引用発明(前記第2の3(2)ア)が記載されていることが認められる。
イ 原告の主張について (ア) 原告は,引用発明の認定に関して,スロートハイトの範囲内にギャップ層14のうちの平坦な部分を含ませること,言い換えれば,スロートハイトの範囲内に含まれるギャップ層14のうちの前方ギャップ部分を傾斜させないことは,第1層13Aの体積を最大とし,その第1層13Aにおいて磁束の飽和現象をもっとも発生させにくくするという意義を有するので,引用発明の認定に当たり,この構成を認定すべきであると主張する。
(イ) しかし,引用発明のシールドの第1層13Aの断面は,媒体対向面30側の端面,ギャップ層14の上面に対応するように屈曲する下面,非磁性層16に接する端面,保護層17に接する上面の4つの面によって形状が特定されるから(【0063】 【0067】 【0116】 , , ,図21),第1層13Aの体積は,上記4つの面の位置や形状を調整することで増減されるものである。
一方,引用発明におけるスロートハイトは,「第1層13Aの媒体対向面30から遠い端部ではなく,媒体対向面30から見て最初にギャップ層14が屈曲する位置,すなわち媒体対向面30から見て最初に第1層13Aの下面が屈曲する位置によって規定される。( 」【0110】)ものである(以下,引用発明で規定されるスロートハイトを「甲1スロートハイト」という。)ところ,甲1スロートハイトの範 31 囲内に含まれるギャップ層14のうちに平坦な部分を含ませることは,第1層13Aの形状を特定する上記4つの面のうち,ギャップ層14の上面に対応するように屈曲する下面の一部に相当する部分を平坦にすることにすぎない。
そして,原告が主張するとおり,甲1スロートハイトを維持したまま,その範囲内に,ギャップ層のうち平坦な部分だけでなく,傾斜した部分まで存在させようとすると,媒体対向面30から見てギャップ層14が最初に屈曲する位置は前方にシフトすることにはなるが,第1層13Aの面の位置や形状を調整すれば,第1層13Aの体積を減少させることにはならない。また,本願発明におけるトレーリングシールド24の後端(第2側面24c)の位置と同じ位置になるように,第1層13Aの後端の位置を前方にシフトさせると,第1層13Aの体積は減少する場合もあるが,この体積の減少は,甲1スロートハイトの範囲内にギャップ層14のうちの平坦な部分を含ませたことから生じるものではない。
そうすると,甲1スロートハイトの範囲内におけるギャップ層14の形状は,シールドの第1層13Aの体積に影響を与えるものではない。
(ウ) また,引用例には,「スロートハイトTHは,第1層13Aの媒体対向面30から遠い端部ではなく,媒体対向面30から見て最初にギャップ層14が屈曲する位置,すなわち媒体対向面30から見て最初に第1層13Aの下面が屈曲する位置によって規定される。従って,第1層13Aの体積を十分に大きくしながら,スロートハイトTHを小さくすることができる。 ( 」【0110】)と記載されているところ,これは,第1層13Aの体積に影響を与える非磁性層16に接する端面(媒体対向面30から遠い端部)の位置に関係なく,甲1スロートハイトを規定することを示すものである。
そうすると,引用発明は,甲1スロートハイトを小さく維持しつつ,第1層13Aの媒体対向面30から遠い端部の位置を調整することで,第1層13Aの体積を十分に大きくするに至ったものということができる。
(エ) したがって,甲1スロートハイトの範囲内に平坦な前方ギャップ部分を含 32 ませることと,第1層13Aの体積を大きくすることとの間には,関連性はないから,両者に関連性があることを根拠に,甲1スロートハイトの範囲内に平坦な前方ギャップ部分が含まれる構成を前提として,引用発明を認定すべきであるとの原告の主張は,採用することができない。
(オ) なお,前記ア(イ)のとおり,引用例には,@磁極層の形状については,媒体対向面に配置された端面を有し,媒体対向面からの距離に応じて変化しない厚みを有する第1の部分と,当該第1の部分よりも媒体対向面から遠い位置に配置され,媒体対向面からの距離に応じて第1の部分よりも徐々に厚みが大きくなり,その後変化しない厚みを有する第2の部分とを有していて,その上面は屈曲し,Aギャップ層の形状については,磁極層の上面が屈曲していることに伴い,ギャップ層も磁極層の上面に沿って屈曲し,またギャップ層は一定の厚さを有するという垂直磁気記録用磁気ヘッドが記載されており,本件審決も,同記載のとおり引用発明を認定している。
このように,本件審決は,引用発明のギャップ層について,一定の厚さを有し,かつ,磁極層のうち,媒体対向面からの距離に応じて変化しない厚みを有する第1の部分の上面に形成されていることを認定するところ,前記のとおり,甲1スロートハイトは,媒体対向面30から見て最初にギャップ層14が屈曲する位置と規定されるものであるから,本件審決では,引用発明について,甲1スロートハイトの範囲内にギャップ層14のうちの平坦な部分が含まれることが実質的に認定されているということができる。
ウ 小括 よって,本件審決の引用発明の認定に誤りはない。
(2) 本願発明と引用発明との相違点の看過について ア 本願発明と引用発明との相違点 本願発明と引用発明との間には,本件審決が認定したとおりの相違点(前記第2の3(2)イの(イ)ないし(エ))があることは当事者間に争いがない。
33 イ 原告の主張について (ア) 原告は,本願発明と引用発明との間には,上記相違点のほか,スロートハイトの範囲内に記録ギャップ層のうちの傾斜した部分を積極的に含ませているか否かという相違点がある旨主張する。
そもそも,本願発明は,前記第2の2のとおり認定されるべきであり,したがって,本願発明の構成ではない「スロートハイト」との概念を入れ,その上で,本願発明と引用発明とが,「スロートハイト」の範囲内に記録ギャップ層のうちの傾斜した部分を積極的に含ませているか否かの点で相違するなどと認定する余地はない。
もっとも,本願明細書には,スロートハイトについて,「トレーリングシールド5の高さ,すなわちABS6-6に沿った側面とそれに対向する反対側の側面との間の距離」である旨規定されている(【0005】 。そして,本願発明の特許請求 )の範囲には,「前記記録ギャップ層は,前記テーパ主磁極層の傾斜面および前記テーパ非磁性上部形状層の傾斜面の上に配置された第1部分…を有し」「前記トレー ,リングシールドは,前記記録ギャップ層の第1部分の上に配置されていると共に,前記エアベアリング面に沿った第1側面と,前記エアベアリング面から離れた側における前記所定の距離に位置すると共に前記第1側面に対向する第2側面と,前記記録ギャップ層の第1部分に隣接した第3側面と,…を有する」との記載があることからすれば,原告の上記主張は,「テーパ主磁極層の上側部分の前方端部が平坦であるか否か」という相違をいう趣旨と善解することができる。
(イ) 本件審決は,前記第2の3(2)イ(イ)のとおり,本願発明と引用発明との間には,「テーパ主磁極層(の上側部分)における傾斜面の一端部について,本願発明では,「前記エアベアリング面における」ものである,つまり,エアベアリング面に位置している旨特定するのに対し,引用発明では,そのような構成を有していない点。」という相違点1がある旨認定するところ,これはテーパ主磁極層の上側部分の前方端部が平坦であるか否かという相違を含むものである。
(ウ) そうすると,本件審決は,原告主張に係る相違を含んで相違点1を認定し 34 ているものということができる。
ウ 小括 よって,本件審決における本願発明と引用発明との相違点の認定に誤りはない。
(3) 顕著な効果の看過について ア 原告が主張する顕著な効果 原告は,引用発明について,相違点1ないし3に係る本願発明の構成を備えることは容易に想到することができたとする本件審決の判断を特段争っていないものの,本願発明には,記録ギャップ層23のうち,ABS25-25に最も近い部分を積極的に傾斜させることにより,テーパ主磁極層21の内部において最大限に集中した状態の磁束がトレーリングシールド24に著しく漏れやすいという現象を抑制し,これにより,記録性能を向上させることができるという顕著な効果があるとして,これを看過した本件審決は誤りである旨主張する。
イ 本願明細書の記載 (ア) 原告が主張する本願発明の顕著な効果について,本願明細書に接した当業者が認識することができるかについて検討する。
(イ) まず,本願明細書には,「この参考例のPMRヘッド30では,テーパ主磁極層11がテーパ部(傾斜面11s)を有しており,そのテーパ主磁極層11中を流れる磁束がABS14-14近傍において集中するため,記録磁界の強度が高くなる。しかしながら,トレーリングシールド13がテーパ主磁極層11に近すぎて,そのテーパ主磁極層11からトレーリングシールド13へ磁束が過剰に漏れやすいため,トレーリングシールド13において磁束が飽和しやすくなる。 ( 」 【0061】)との記載があることから,本願明細書に接した当業者は,テーパ主磁極層21内部のエアベアリング面近傍において最大限に集中した状態の磁束がトレーリングシールド24に著しく漏れやすい現象が発生することは認識することができる。
(ウ) もっとも,本願明細書には,「本発明の垂直磁気記録ヘッドまたはその製造方法では,テーパ部を有するテーパ主磁極層を有しているため,記録磁界の強度 35 が高くなる。また,トレーリングシールドとテーパ主磁極層との間にテーパ非磁性上部形状層が挿入されているため,そのトレーリングシールドにおいて磁束が飽和しにくくなる。さらに,テーパ主磁極層だけでなくテーパ非磁性上部形状層もテーパ部を有するため,有効スロートハイトを制御しやすくなる。 ( 」【0017】, )「これに対して,本実施の形態のPMRヘッド20では,PMRヘッド30と同様に,テーパ主磁極層21中を流れる磁束がABS25-25近傍において集中するため,記録磁界の強度が高くなる。また,トレーリングシールド24とテーパ主磁極層21との間に非テーパ非磁性上部形状層22(判決注:ママ)が挿入されており,テーパ主磁極層21からトレーリングシールド24へ磁束が過剰に漏れにくいため,そのトレーリングシールド24において磁束が飽和しにくくなる。さらに,テーパ主磁極層21だけでなくテーパ非磁性上部形状層22もテーパ部を有しており,そのテーパ部を有していない場合と比較して,ABS25-25を形成するための研磨量マージンが大きくなるため,有効THを制御しやすくなる。したがって,有効THを厳密に制御しながら,記録磁界の強度を増大させると共に,トレーリングシールド24における磁束の飽和を抑制することができるため,記録性能を向上させることができるのである。( 」【0062】)と記載されている。
これらの記載によれば,本願明細書に接した当業者は,記録ギャップ層23のうち,ABS25-25に最も近い部分を積極的に傾斜させること,すなわちテーパ主磁極層について,エアベアリング面まで傾斜部を有するという構成を採用したことによる効果を,テーパ主磁極層中を流れる磁束をエアベアリング面近傍において集中させて記録磁界の強度を増大させるという効果,及び,エアベアリング面を形成するための研磨量マージンを大きくし,研磨時に精度誤差があっても,適切なスロートハイトを形成しやすくするようにしたという効果を生じさせるという限度で認識できるにすぎない。
そして,本願明細書に接した当業者は,本願発明は,トレーリングシールド24における磁束の飽和を抑制する課題解決手段として,トレーリングシールドとテー 36 パ主磁極層との間にテーパ非磁性上部形状層を挿入するという構成を採用したと認識できるにとどまり,テーパ主磁極層について,エアベアリング面まで傾斜部を有するという構成を採用したことが,トレーリングシールド24における磁束の飽和を抑制する課題解決手段となっていることを認識することはできないというべきである。
(エ) したがって,本願明細書に接した当業者は,原告が主張する本願発明の効果について,認識することはできない。
ウ 小括 よって,原告が主張する本願発明の効果は,本願明細書の記載に基づくものではないから,本件審決に顕著な効果を看過した誤りはない。
(4) まとめ 以上のとおり,原告の主張に理由はない。そして,原告は,本件審決の相違点1ないし3の判断について特段争っていないことは,前記のとおりである。
4 結論 以上によれば,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 部眞規子
裁判官 柵木澄子
裁判官 片瀬亮