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関連審決 無効2012-800177
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成27行ケ10081 審決取消請求事件 判例 特許
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事件 平成 27年 (行ケ) 10099号 審決取消請求事件

原告帝人株式会社
訴訟代理人弁護士 杉浦秀
訴訟代理人弁理士 大島正孝
同 白石泰三
被告東レ株式会社
訴訟代理人弁護士 片山英二
訴訟代理人弁理士 加藤志麻子
同 今里崇之
同 皆川量之
訴訟復代理人弁護士 岩間智女
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2016/07/19
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2012-800177号事件について平成27年4月7日に した審決を取り消す。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 被告は,平成8年9月27日,発明の名称を「白色ポリエステルフィルム」 とする発明について特許出願(特願平8-255935号。以下「本件出願」 という。)をし,平成16年9月10日,特許第3593817号(請求項 の数6。以下「本件特許」という。)として特許権の設定登録を受けた。
原告は,平成24年10月26日,本件特許を無効とすることを求めて無 効審判請求をした。
特許庁は,上記請求を無効2012-800177号事件として審理し, 平成25年6月3日付けで審決の予告をした。
これに対し被告は,平成25年8月6日付けで本件特許の特許請求の範囲 及び明細書について訂正請求をした(以下,この訂正請求に係る訂正を「本 件訂正」という。)。
その後,特許庁は,平成25年10月3日, 「請求のとおり訂正を認める。
特許第3593817号の請求項1ないし6に係る発明についての特許を 無効とする。」との審決(以下「第1次審決」という。)をし,その謄本は, 同月11日,被告に送達された。
被告は,平成25年11月8日,第1次審決のうち,「特許第35938 17号の請求項1ないし6に係る発明についての特許を無効とする。」との 部分の取消しを求める審決取消訴訟(知的財産高等裁判所平成25年(行ケ) 第10303号)を提起した。
知的財産高等裁判所は,平成26年10月23日,第1次審決のうち,上 記部分を取り消す旨の判決(以下「第1次判決」という。)をし,その後, 同判決は確定した。
特許庁は,無効2012-800177号事件について更に審理の上,平 成27年4月7日,「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」 との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月16日,原 告に送達された。
原告は,平成27年5月15日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を 提起した。
2 特許請求の範囲の記載 本件特許の本件訂正前の特許請求の範囲の請求項1ないし6の記載は,次 のとおりである(甲22。本件訂正前の明細書を,図面を含めて「本件訂正 前明細書」という。)。
「【請求項1】 無機粒子を5重量%以上含有するポリエステル組成物であって,該ポリエ ステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル10 6 g以下であり,かつ昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg) との差が下記式を満足してなることを特徴とするポリエステル組成物から なる白色ポリエステルフィルム。
30≦Tcc-Tg≦60 【請求項2】 無機粒子が炭酸金属塩,ケイ酸化合物,硫酸バリウム,硫化亜鉛よりなる 群から選ばれた少なくとも一種の粒子であることを特徴とする請求項1に 記載のポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフィルム。
【請求項3】 ポリエステルが共重合ポリエステルであることを特徴とする請求項1また は2に記載のポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフィルム。
【請求項4】 共重合ポリエステルが,芳香族ジカルボン酸,脂肪族ジカルボン酸,脂環 式ジカルボン酸,および脂肪族ジオール,脂環式ジオールよりなる群の中 から選ばれた少なくとも一種の成分を共重合してなることを特徴とする請 求項3に記載のポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフィルム。
【請求項5】 ポリエステルの融点が240℃以上であることを特徴とする請求項1〜4 のいずれか1項に記載のポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフ ィルム。
【請求項6】 ポリエステル組成物がリン元素を50ppm以上含有してなることを特徴 とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のポリエステル組成物からなる 白色ポリエステルフィルム。」 本件特許の本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし6の記載は,次のとおりである(甲23。下線部が本件訂正に係る訂正箇所である。以下,本件訂正後の請求項1ないし6に係る発明を,それぞれ「本件発明1」ないし「本件発明6」といい,これらを総称して「本件発明」という。また,本件訂正後の明細書を,図面を含めて「本件明細書」という。)。
「【請求項1】 無機粒子を5重量%以上含有するポリエステル組成物であって,該ポリエ ステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル10 6 g以下であり,かつ昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg) との差が下記式を満足してなることを特徴とするポリエステル組成物から なる白色二軸延伸ポリエステルフィルム。
30≦Tcc-Tg≦60 【請求項2】 無機粒子が炭酸金属塩,ケイ酸化合物,硫酸バリウム,硫化亜鉛よりなる 群から選ばれた少なくとも一種の粒子であることを特徴とする請求項1に 記載のポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルム。
【請求項3】 ポリエステルが共重合ポリエステルであることを特徴とする請求項1また は2に記載のポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィ ルム。
【請求項4】 共重合ポリエステルが,芳香族ジカルボン酸,脂肪族ジカルボン酸,脂環 式ジカルボン酸,および脂肪族ジオール,脂環式ジオールよりなる群の中 から選ばれた少なくとも一種の成分を共重合してなることを特徴とする請 求項3に記載のポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフ ィルム。
【請求項5】 ポリエステルの融点が240℃以上であることを特徴とする請求項1〜4 のいずれか1項に記載のポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエ ステルフィルム。
【請求項6】 ポリエステル組成物がリン元素を50ppm以上含有してなることを特徴 とする請求項1〜5のいずれか1項に記載のポリエステル組成物からなる 白色二軸延伸ポリエステルフィルム。」3 本件審決の理由 本件審決の理由は,別紙審決書写しのとおりであるが,その要旨は,次の とおりである。
ア 本件訂正の可否について 本件訂正に係る訂正事項は,特許請求の範囲減縮を目的とするもの又 は明瞭でない記載釈明を目的とするものであり,また,本件特許の設定 登録時の明細書に記載した事項の範囲内の訂正であって,実質上特許請求 の範囲を拡張し,又は変更するものでもないから,本件訂正は訂正要件を 満たす。
新規性欠如の無効理由について 本件発明1は,甲1(特開平7-331038号公報)に記載された 発明(以下「甲1発明1」という。)と同一であるとはいえない。
また,請求項1を引用する請求項2ないし6に係る本件発明2ないし 6も,同様に甲1発明1と同一であるとはいえない。
本件発明1は,甲5(特開平6-157877号公報)に記載された 発明(以下「甲5発明」という。)と同一であるとはいえない。
また,請求項1を引用する請求項2ないし6に係る本件発明2ないし 6も,同様に甲5発明と同一であるとはいえない。
進歩性欠如の無効理由について 本件発明1は,甲1に記載された発明(以下「甲1発明2」という。 , ) 甲2(特開平7-316404号公報)に記載された発明(以下「甲2 発明」という。),甲3(特開平8-143756号公報)に記載され た発明(以下「甲3発明」という。)又は甲4(特開昭62-2073 37号公報)に記載された発明(以下「甲4発明」という。)のいずれ かを主引例とし,当該発明と甲5,甲6(特開平4-1224号公報) 及び甲7(特開平6-210720号公報)に記載された事項から当業 者が容易に発明できたものであるとはいえない。
また,請求項1を引用する請求項2ないし6に係る本件発明2ないし 6も,同様に甲1発明2,甲2発明,甲3発明又は甲4発明のいずれか を主引例とし,当該発明と甲5ないし7に記載された事項から当業者が 容易に発明できたものであるとはいえない。
本件発明1は,甲7に記載された発明(以下「甲7発明」という。) を主引例とし,当該発明と甲5,甲6,甲8(湯木和男編「飽和ポリエ ステル樹脂ハンドブック」1989年12月22日株式会社日刊工業新 聞社発行,676,677頁)及び甲9(特開平8-245771号公 報)に記載された事項から当業者が容易に発明できたものであるとはい えない。
また,請求項1を引用する請求項2ないし6に係る本件発明2ないし 6も,同様に甲7発明を主引例とし,当該発明と甲5,6,8及び9に 記載された事項から当業者が容易に発明できたものであるとはいえない。
エ サポート要件違反の無効理由について 本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,当業者が本件発明の課題を解 決できると認識できる範囲のものであるといえるから,サポート要件(特 許法36条6項1号)を満たすものである。
実施可能要件違反の無効理由について 本件明細書の記載は,当業者が本件発明を容易に実施することができる 程度に記載されているといえるから,実施可能要件(特許法36条4項1 号)を満たすものである。
明確性要件違反の無効理由について 本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は,それ自体に不明確なと ころはないから,明確性要件(特許法36条6項2号)を満たすものであ る。
本件審決が 及びウの判断において認定した甲5発明,甲1発明2,甲2発明,甲3発明,甲4発明及び甲7発明の内容並びに本件発明1と上記各発明の一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 甲5発明について 甲5発明 「ポリアクリル酸アンモニウムによって表面処理された平均粒子径が0. 4μmであるバテライト型炭酸カルシウムを6重量%,平均粒子径が0. 1μmである酸化チタンを0.3重量%,およびリン元素を105pp m含有し,かつカルボキシル末端基濃度が106グラムあたり28当量で ある熱可塑性ポリエステル組成物から得られた二軸延伸フィルムであっ て, 当該熱可塑性ポリエステル組成物が,平均粒子径が0.4μmである バテライト型炭酸カルシウム10部とエチレングリコ-ル89.7部, 表面処理剤としてポリアクリル酸アンモニウム0.3部を混合して得ら れたバテライト型炭酸カルシウム/エチレングリコ-ルスラリ-(A) を予め調製し,他方,ジメチルテレフタレ-ト100部,エチレングリ コ-ル64部に触媒として酢酸マグネシウム0.06部,三酸化アンチ モン0.03部を加えエステル交換反応を行い,その後反応生成物にリ ン化合物としてトリメチルホスフェ-ト0.05部を加え,さらにその 後,先に調製したスラリ-(A)60部および平均粒子径が0.1μm である酸化チタンを加えて重縮合反応を行い得られた,固有粘度0.6 20である, 二軸延伸フィルム。」 本件発明1と甲5発明の一致点 「無機粒子を5重量%以上含有するポリエステル組成物であって,該ポ リエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル 106g以下であるポリエステル組成物からなる二軸延伸ポリエステル フィルム」 本件発明1と甲5発明の相違点 a 相違点1(以下「相違点5-1」という。) ポリエステル組成物の昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度 (Tg)との差について,本件発明1は「30≦Tcc-Tg≦60」 と特定するのに対し,甲5発明はかかる特定事項を有しない点 b 相違点2(以下「相違点5-2」という。) 二軸延伸ポリエステルフィルムについて,本件発明1は「白色」と 特定するのに対し,甲5発明はかかる特定事項を有しない点イ 甲1発明2について 甲1発明2 「リン酸,亜リン酸,ホスフィン酸,ホスホン酸およびそれらの炭素数 3以下のアルキルエステル化合物よりなる群の中から選ばれた少なくと も一種のリン化合物で表面処理した炭酸カルシウム粉体からなるポリエ ステル系樹脂用改質剤とポリエステルとをベント式押出し機で混練して 得られ,ポリエステル系樹脂用改質剤を5重量%を越え80重量%以下 含有してなるポリエステル組成物からなる白色フィルム。」 本件発明1と甲1発明2の一致点 「無機粒子を5重量%以上含有するポリエステル組成物からなる白色ポ リエステルフィルム」 本件発明1と甲1発明2の相違点 a 相違点1(以下「相違点1-1」という。) ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度について,本件発明 1は「35当量/ポリエステル106g以下」と特定するのに対し,甲 1発明2はかかる特定事項を有しない点 b 相違点2(以下「相違点1-2」という。) ポリエステル組成物の昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度 (Tg)との差について,本件発明1は「30≦Tcc-Tg≦60」 と特定するのに対し,甲1発明2はかかる特定事項を有しない点 c 相違点3(以下「相違点1-3」という。) 白色ポリエステルフィルムについて,本件発明1は「二軸延伸」と 特定するのに対し,甲1発明2はかかる特定事項を有しない点ウ 甲2発明について 甲2発明 「リン化合物,炭酸カルシウムおよびポリエステルをベント式押出し機 で混練してなり,炭酸カルシウムの含有量がポリエステルに対して5重 量%を越え,80重量%以下であるポリエステル組成物からなる白色フ ィルム。」 本件発明1と甲2発明の一致点 「無機粒子を5重量%以上含有するポリエステル組成物からなる白色ポ リエステルフィルム」 本件発明1と甲2発明の相違点 a 相違点1(以下「相違点2-1」という。) ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度について,本件発明 1は「35当量/ポリエステル106g以下」と特定するのに対し,甲 2発明はかかる特定事項を有しない点 b 相違点2(以下「相違点2-2」という。) ポリエステル組成物の昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度 (Tg)との差について,本件発明1は「30≦Tcc-Tg≦60」 と特定するのに対し,甲2発明はかかる特定事項を有しない点 c 相違点3(以下「相違点2-3」という。) 白色ポリエステルフィルムについて,本件発明1は「二軸延伸」と 特定するのに対し,甲2発明はかかる特定事項を有しない点エ 甲3発明について 甲3発明 「炭酸カルシウム粒子を1〜90重量%含有してなるポリエステル組成 物であって,かつo-クロロフェノール溶解液から得られる各分離物が それぞれリン元素を含有し,さらに分離物が下記式を満足してなること を特徴とするポリエステル組成物からなる白色フィルム。
B/A≦2.0 A:ポリエステル組成物から得られる分離物(ポリエステル組成物に 対する重量%) B:300℃,8時間溶融加熱処理した後のポリエステル組成物から 得られる分離物(ポリエステル組成物に対する重量%)」 本件発明1と甲3発明の一致点 「無機粒子を5重量%以上含有するポリエステル組成物からなる白色ポ リエステルフィルム」 本件発明1と甲3発明の相違点 a 相違点1(以下「相違点3-1」という。) ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度について,本件発明 1は「35当量/ポリエステル106g以下」と特定するのに対し,甲 3発明はかかる特定事項を有しない点 b 相違点2(以下「相違点3-2」という。) ポリエステル組成物の昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度 (Tg)との差について,本件発明1は「30≦Tcc-Tg≦60」 と特定するのに対し,甲3発明はかかる特定事項を有しない点 c 相違点3(以下「相違点3-3」という。) 白色ポリエステルフィルムについて,本件発明1は「二軸延伸」と 特定するのに対し,甲3発明はかかる特定事項を有しない点オ 甲4発明について 甲4発明 「ポリエチレンテレフタレート100重量部,微粒子状炭酸カルシウム 5〜25重量部およびリン化合物0.005〜1重量部からなる混合物 を溶融押出した後,二軸方向に延伸してなる白色ポリエチレンテレフタ レートフィルム。」 本件発明1と甲4発明の一致点 「無機粒子を5重量%以上含有するポリエステル組成物からなる白色二 軸延伸ポリエステルフィルム」 本件発明1と甲4発明の相違点 a 相違点1(以下「相違点4-1」という。) ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度について,本件発明 1は「35当量/ポリエステル106g以下」と特定するのに対し,甲 4発明はかかる特定事項を有しない点 b 相違点2(以下「相違点4-2」という。) ポリエステル組成物の昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度 (Tg)との差について,本件発明1は「30≦Tcc-Tg≦60」 と特定するのに対し,甲4発明はかかる特定事項を有しない点カ 甲7発明について 甲7発明 「ポリエチレンテレフタレートを主成分とする冷結晶化温度Tc(℃) とガラス転移温度Tg(℃)との差(Tc-Tg)が60℃以下のポリ エステルフィルムを,第1段延伸の前の予熱段階で結晶化度0.5〜2 5%にせしめた後,成形してなるポリエステルフィルム。」 本件発明1と甲7発明の一致点 「昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差がTcc -Tg≦60を満足してなるポリエステル組成物からなるポリエステル フィルム」 本件発明1と甲7発明の相違点 a 相違点1(以下「相違点7-1」という。) 本件発明1は「無機粒子を5重量%以上含有する」と特定するのに 対し,甲7発明はかかる特定事項を有しない点 b 相違点2(以下「相違点7-2」という。) ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度について,本件発明 1は「35当量/ポリエステル106g以下」と特定するのに対し,甲 7発明はかかる特定事項を有しない点 c 相違点3(以下「相違点7-3」という。) ポリエステル組成物の昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度 (Tg)との差の下限値について,本件発明1は「30」と特定する のに対し,甲7発明はかかる特定事項を有しない点 d 相違点4(以下「相違点7-4」という。) ポリエステルフィルムについて,本件発明1は「白色」と特定する のに対し,甲7発明はかかる特定事項を有しない点 e 相違点5(以下「相違点7-5」という。) ポリエステルフィルムについて,本件発明1は「二軸延伸」と特定 するのに対し,甲7発明はかかる特定事項を有しない点
原告主張の取消事由
1 取消事由1(訂正要件適合性についての判断の誤り) 本件審決は,本件訂正についていずれの訂正要件も満たす旨判断したが,本 件訂正に係る訂正事項のうち,特許請求の範囲の請求項1ないし6における「白 色ポリエステルフィルム」を「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」とする訂 正は,本件訂正前明細書に記載された事項の範囲内の訂正とはいえず,本件訂 正は,特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項が規定す る訂正要件を満たさないものであるから,本件審決の上記判断は誤りである。
すなわち,本件訂正前明細書には,「ポリエステル組成物を乾燥後,溶融押 出しして,未延伸シートとし,続いて二軸延伸,熱処理し,フィルムにする」 (段落【0034】)という二軸延伸工程を含む特定の製造方法によって製造 された白色ポリエステルフィルムについての記載はあるが,それ以外に二軸延 伸工程を経て製造された白色ポリエステルフィルムに関する記載はなく,「白 色二軸延伸ポリエステルフィルム」という文言の記載もない。
また,本件特許の特許権者である被告は,第1次審決に係る審決取消訴訟(知 的財産高等裁判所平成25年(行ケ)第10303号。以下「本件前訴」とい う。)において,「二軸延伸フィルム」について,「延伸による分子配向によ り,未延伸フィルムよりも機械的強度が向上したフィルム。」と定義される旨 主張していたところ,このような被告の定義によると,本件訂正後の「白色二 軸延伸ポリエステルフィルム」については,@二軸延伸されたフィルムであっ ても,未延伸フィルムよりも機械的強度が向上していないものはこれに含まれ ないこととなり,A一軸延伸フィルムであっても,未延伸フィルムよりも機械 的強度が向上しているものはこれに含まれることとなるが,そのような理解は 当業者の技術常識をはるかに超えるものであり,本件訂正前明細書にもそのよ うな説明は記載されていない。
したがって,上記訂正事項は,本件訂正前明細書に記載された事項の範囲内 の訂正とはいえないから,本件審決の訂正要件適合性についての判断は誤りで ある。
2 取消事由2(サポート要件についての判断の誤り) 本件発明1では,その特許請求の範囲において,ポリエステル組成物が,カ ルボキシル末端基濃度35当量/ポリエステル10 6g以下であること及び昇 温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が式「30≦Tcc -Tg≦60」を満足することという2つの特性を有することが記載されてい るところ,これら2つの特性が具体的にどのような手段により達成できるのか が実証されなければ,当業者は本件発明1における発明の課題が解決し得るこ とを認識できないことになる。
この点について,本件明細書の発明の詳細な説明の記載では,上記2つの特 性について,いずれも,@リン酸トリメチル(TMPA)で表面処理した炭酸 カルシウム,硫酸バリウム又は硫化亜鉛を用い,かつ,Aポリエステルとして 35メッシュ以下若しくは14メッシュ以下の粒度の共重合ポリエチレンテレ フタレート微粉末を用いた実施例1ないし7により達成されることが実証され ているにすぎず,その他の手段,例えばリン化合物で表面処理していない無機 粒子を用いたり,ポリエステルとして14メッシュの微粒子よりも大きいサイ ズのポリエステルチップを用いたポリエステル組成物の場合に,上記2つの特 性が達成できることを確認することはできない。
また,比較例1においては,リン化合物で表面処理されていない炭酸カルシ ウムを用い,ポリエステルとして14メッシュ以下の微粒子よりも大きいサイ ズのポリエステルチップを用いたポリエステル組成物では,カルボキシル末端 基濃度に係る上記特性を満足せず,得られたフィルムは白色性,隠蔽性等の特 性に劣るものであったことなどが記載されている。
このような本件明細書の発明の詳細な説明における実施例及び比較例の記載 からすると,当業者は,リン化合物で表面処理されていない無機粒子を用いた り,ポリエステル微粉末を用いないポリエステル組成物では,本件発明1の発 明の課題を解決し得ることを理解することはできないというべきであるから, そのような限定をすることなく,上記2つの特性をもって発明を特定する本件 訂正後の請求項1の記載は,サポート要件(特許法36条6項1号)を充足し ないことが明らかであり,当該要件の充足を認めた本件審決の判断は誤りであ る。
3 取消事由3(実施可能要件についての判断の誤り) 本件発明1が実施可能要件を満たすというためには,本件訂正後の請求項1 に記載された発明の全範囲について,発明の詳細な説明に,当業者がその実施 をすることができる程度に明確かつ十分な記載がなければならない。
ところが,前記2で述べたとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,@ リン酸トリメチル(TMPA)で表面処理した炭酸カルシウム,硫酸バリウム 又は硫化亜鉛を用い,かつ,Aポリエステルとして35メッシュ以下若しくは 14メッシュ以下の粒度の共重合ポリエチレンテレフタレート微粉末を用いた 場合に本件発明1に係る発明の課題が解決し得ることが記載されているだけで あり,このような記載のみでは,リン化合物で表面処理されていない無機粒子を用いたり,ポリエステル微粉末を用いないポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルムについて,どのようにして前記2つの特性を達成することができるのかについて,当業者は全く理解することができない。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件訂正後の請求項1に記載された発明の全範囲について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載があるとはいえない。
また,本件明細書の発明の詳細な説明には,「本発明のポリエステル組成物と各種のポリエステルと混合して無機粒子の含有量を目的に応じて適宜変更することができる。また,混合する各種のポリエステルは本発明のポリエステル組成物のベースとなるポリエステルと同一でも,異なっていてもよい。」(段落【0034】)との記載があるところ,前記2つの特性を満たすポリエステル組成物を各種のポリエステルと混合して白色二軸延伸ポリエステルフィルムを製造した場合,上記「各種ポリエステル」のカルボキシル末端基濃度及びTcc-Tgの値は特定されていないから,得られる白色二軸延伸ポリエステルフィルムが本件発明1に係る課題を解決できるかは不明である。そうすると,本件発明1のポリエステル組成物を各種ポリエステルと混合して製造した白色二軸延伸ポリエステルフィルムについて,本件明細書の発明の詳細な説明には,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載があるとはいえない。
以上のとおりであるから,本件発明1については,実施可能要件(特許法36条4項1号)を充足しないことが明らかであり,当該要件の充足を認めた本件審決の判断は誤りである。
4 取消事由4(明確性要件についての判断の誤り) 本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0039】には,「本発明のフィル ムは,本発明のポリエステル組成物からなる層と他のポリエステル層からなる 複合フィルムであってもよい。」と記載されており,この記載によれば,本件 発明1の「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」は,上記のような複合フィル ムであり得ることになるが,このことは,本件訂正後の請求項1の「…ポリエ ステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルム」との記載からは, 明確であるとはいえない。
また,前記1で述べたとおり,被告が本件前訴において主張した「二軸延伸 フィルム」の定義によると,本件訂正後の請求項1の「白色二軸延伸ポリエス テルフィルム」には,@二軸延伸されたフィルムであっても,未延伸フィルム よりも機械的強度が向上していないものはこれに含まれないこととなり,A一 軸延伸フィルムであっても,未延伸フィルムよりも機械的強度が向上している ものはこれに含まれることとなるが,このような定義は,本件明細書に記載さ れておらず,また,当業者の技術常識といえるようなものでもないから,当業 者において,本件訂正後の請求項1の「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」 を上記の意味に理解することは不可能である。
さらに,本件発明1の対象は,「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」であ り,二軸延伸されたフィルムということになるが,これはいわゆるプロダクト ・バイ・プロセスクレームに該当するから,その特許請求の範囲の記載が明確 性要件を満たすといえるためには,出願時において,当該物をその構造又は特 性により直接特定することが不可能であるか,またはおよそ実際的でないとい う事情が存在することが必要であるが,本件発明1について,そのような事情 は認められない。
以上によれば,本件訂正後の請求項1の記載は,明確性要件(特許法36条 6項2号)を充足しないものであるから,当該要件の充足を認めた本件審決の 判断は誤りである。
5 取消事由5(引用発明の認定の誤り) 甲5発明について 本件審決は,甲5発明を前記第2の3記載を総合すると,甲5に記載された発明としては,「多価カルボン酸化合物によって表面処理された平均粒子径が0.01〜5μmであるバテライト型炭酸カルシウムを0.05〜10重量%,およびリン元素を40〜250ppm含有し,かつカルボキシル末端基濃度が106グラムあたり10〜100当量の範囲である熱可塑性ポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルム。」が認定されるべきであるから,本件審決の甲5発明の認定には誤りがある。
甲1発明2について 本件審決は,甲1発明2を前記第2の3 イ 認定するが,甲1の記載を総合すると,甲1に記載された発明としては,「白色フィルム」に代えて「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」が認定されるべきであるから,本件審決の甲1発明2の認定には誤りがある。
甲2発明について 本件審決は,甲2発明を前記第2の3 ウ 2の記載を総合すると,甲2に記載された発明としては,「リン化合物」に代えて「リン酸,亜リン酸,ホスフィン酸,ホスホン酸およびそれらの炭素数3以下のアルキルエステル化合物よりなる群の中から選ばれた少なくとも一種のリン化合物」が,「白色フィルム」に代えて「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」が認定されるべきであるから,本件審決の甲2発明の認定には誤りがある。
甲3発明について 本件審決は,甲3発明を前記第2の3 エ 3の記載を総合すると,甲3に記載された発明としては,「炭酸カルシウム」に代えて「リン酸,亜リン酸,ホスフィン酸,ホスホン酸またはそれらの炭素数3以下のアルキルエステル化合物であるリン化合物で表面処理された炭酸 カルシウム」が,「白色フィルム」に代えて「白色二軸延伸ポリエステルフ ィルム」が認定されるべきであるから,本件審決の甲3発明の認定には誤り がある。
甲4発明について 本件審決は,甲4発明を前記第2の3 オ 4の 記載を総合すると,甲4に記載された発明としては,「リン化合物」に代え て「リン酸,亜リン酸またはこれらのアルキルエステルであるリン化合物」 が,「白色ポリエチレンテレフタレートフィルム」に代えて「白色二軸延伸 ポリエチレンテレフタレートフィルム」が認定されるべきであるから,本件 審決の甲4発明の認定には誤りがある。
甲7発明について 本件審決は,甲7発明を前記第2の3 記載を総合すると,甲7に記載された発明としては,「ポリエチレンテレフ タレート」に代えて「結晶化促進剤が0.01〜10重量%の範囲で添加さ れたポリエチレンテレフタレート」が,「成型してなるポリエステルフィル ム」に代えて「二軸延伸してなる二軸延伸ポリエステルフィルム」が認定さ れるべきであるから,本件審決の甲7発明の認定には誤りがある。
6 取消事由6(甲5発明に基づく新規性についての判断の誤り) 甲5発明のポリエステル組成物が相違点5-1に係る本件発明1の構成(昇 温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が「30≦Tcc- Tg≦60」の式を満足すること)を満たすものであることは,甲11の実験 成績証明書のとおり,原告が甲5の実施例4を再現して得たポリエステル組成 物を追試した結果,そのTcc-Tgの値が51であり,上記式を満たすこと が確認されたことから明らかである。
ところが,本件審決は,甲5の実施例4にはそれを再現するために十分なポ リエステルの重合条件が開示されておらず,また,甲11のポリエステル組成 物のカルボキシル末端基濃度(30当量/ポリエステル106g)及び固有粘度(0.61)が甲5の実施例4のポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度(28当量/ポリエステル10 6g)及び固有粘度(0.620)と厳密には一致しないことから,甲11は甲5の実施例4を再現したものとはいえないとして,甲5発明のポリエステル組成物は相違点5-1に係る本件発明1の構成を満たすものとはいえず,したがって,本件発明1は甲5発明と同一であるとはいえないし,請求項1を引用する請求項2ないし6に係る本件発明2ないし6も同様に甲5発明と同一であるとはいえない旨判断した。
しかしながら,以下に述べるとおり,本件審決の上記判断は誤りである。
甲5には実施例4について当業者が再現可能な記載があること ポリエステル組成物の各種物性値がポリエステル組成物の様々な重合条件 によって変化することは技術常識であるところ,甲5にはポリエステル組成 物の重合条件の詳細な記載がされていないことからすれば,甲5の実施例4 を再現するに当たっては,実施例4に明示的な記載がある実験条件について は同じ条件を採用し,実施例4に明示的な記載がない重合条件等の実験条件 については,当業者が選択し得る通常の範囲内において,甲5の実施例4に おける各種物性値を示すポリエステル組成物が得られるような実験条件を採 用すれば足りるものである。
この点,甲5には,実施例4について,重合に用いるポリエステル組成物 の化合物及び組成比等が詳細に記載され(段落【0023】 【0024】 , , ) また,重合後のポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度及び固有粘度 が記載されていることから,当業者であれば,重合条件に関する具体的な記 載がなくても,カルボキシル末端基濃度及び固有粘度が同程度になるように, 技術常識に基づいて重合条件を適宜調整することは十分可能である。
甲11の実験は甲5の実施例4を再現したものであること ア 甲11の実験においては,重合に用いるポリエステル組成物として,甲 5の実施例4に記載されたとおりの原料を,記載された分量で用い,技術常識に基づいてカルボキシル末端基濃度及び固有粘度が同程度になるように重合条件を適宜選択しているのであるから,甲5の実施例4を再現したものであることは明らかである。
加えて,重縮合反応によって得られるポリエステルの分子量分布(Mw/Mn)は,一方の二官能性モノマーA-Aの官能基Aの反応進行の程度(反応度p)のみによって一義的に決定されるものであるところ(甲54,55及び60),甲5の実施例4と甲11では,同じ原料組成物が用いられ,得られたポリエステル組成物の固有粘度も同じであるから,二官能性モノマーA-Aであるジメチレンテレフタレートの官能基Aの反応度pはほぼ同じとみることができる。したがって,甲11の実験は,得られたポリエステル組成物の分子量分布(Mw/Mn)においても甲5の実施例4を再現したものであることが明らかである。
イ これに対し,本件審決は,甲11の実験で得られたポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度及び固有粘度が甲5の実施例4のポリエステル組成物とわずかに差があることを強調し,甲11の実験が甲5の実施例4を再現したものではないとする。
しかし,およそ化学の技術分野において再現実験を行う場合,全ての物性が完全に一致することこそまれであり,追試として妥当かどうかは,当該技術分野の技術常識に照らして実施条件が妥当であるかによって判断されるべきである。そして,ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度及び固有粘度に上記程度の相異があることが,Tcc-Tgの値に大きく影響しないことは明らかであり,このことは,甲32の鑑定書からも裏付けられるから,本件審決の上記判断が誤りであることは明らかである。
ウ また,被告は,甲11の実験では,得られたポリエステル組成物のリン 元素含有量が測定されておらず,これが甲5の実施例4と一致することが 確認されていないから,忠実な追試とはいえない旨主張する。
しかしながら,甲11においては,重合前のポリエステル組成物として, 甲5実施例4と同一のリン化合物を同一量含むものを用いており,かつ, カルボキシル末端基濃度及び固有粘度を基準として技術常識に従って重合 条件を適宜選択しているのであるから,リン元素含有量の一致が確認され ていないことは,甲11が忠実な再現実験であることに影響を与えるもの ではない。
小括 以上によれば,甲11の実験成績証明書によって,甲5発明のポリエステ ル組成物が相違点5-1に係る本件発明1の構成を満たすものであることが 認められる。
また,甲5発明の二軸延伸ポリエステルフィルムは,それ自体白色粉末で あるバテライト型炭酸カルシウムを含有し,また,二軸延伸により生成する ボイドを有するから,白色を呈することは自明であり,したがって,甲5発 明が相違点5-2に係る本件発明1の構成(二軸延伸ポリエステルフィルム が白色であること)を満たすものであることは明らかである。
したがって,本件発明1は甲5発明と同一の発明であるといえるから,本 件審決の前記判断は誤りである。
7 取消事由7(甲1発明2,甲2発明,甲3発明又は甲4発明を主引例とする 進歩性についての判断の誤り) 審理不尽 本件審決は,原告が主張した甲1発明2等に基づく進歩性欠如の無効理由に ついて,本件発明1ないし6は,甲1発明2,甲2発明,甲3発明又は甲4 発明のいずれかを主引例とし,当該発明と甲5,甲6及び甲7に記載された 事項から当業者が容易に発明できたものであるとはいえない旨,すなわち, まず本件発明1と甲1発明2ないし甲4発明のそれぞれ1つ(主引例)とを 対比してそれぞれの主引例との相違点を認定し,いずれの主引例との相違点も甲5ないし甲7に記載された事項から容易に想到できないとの判断をしている。
しかしながら,本件審判において,請求人である原告が主張した無効理由は,「本件特許の請求項1〜6に係る発明は,その出願日前に頒布された甲第1号証ないし甲第4号証の少なくともいずれかと甲第5号証ないし甲第7号証に記載された発明に基づいて,…当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない」(甲33の3頁1〜7行)というものであるから,例えば,甲1と甲3と甲5ないし甲7の組合せに基づく無効理由をも含むものである。
したがって,甲1発明2ないし甲4発明のいずれか1つと甲5ないし甲7の記載事項の組合せによる無効理由しか審理・判断の対象としていない本件審決には,請求人が主張する無効理由の全てを審理・判断していない点において,審理不尽の違法がある。
容易想到性判断の誤りア 甲1発明2を主引例とする容易想到性判断の誤り 本件審決は,本件発明1と甲1発明2の相違点として,前記第2の3 及び相違点1-2に係る本件発明1の各構成は,いずれも甲1発明2から 想到容易ではないから,本件発明1は,甲1発明2と甲5ないし7に記載 された事項から当業者が容易に発明できたものであるとはいえないし,請 求項1を引用する請求項2ないし6に係る本件発明2ないし6も,同様に 甲1発明2と甲5ないし7に記載された事項から当業者が容易に発明でき たものであるとはいえない旨判断した。
しかしながら,本件審決の上記判断は,以下に述べるとおり誤りである。
相違点1-3は相違点ではないこと 前記5 甲1に記載された発明としては,「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」が認定されるべきであるから,本件審決が認定した相違点1-3は相違点ではない。
相違点1-1に係る容易想到性判断の誤りa 本件審決は,甲5には,「多価カルボン酸化合物によって表面処理 された平均粒子径が0.01〜5μmであるバテライト型炭酸カルシ ウムを0.05〜10重量%,およびリン元素を40〜250ppm 含有し,かつカルボキシル末端基濃度が10 6グラムあたり10〜1 00当量の範囲である熱可塑性ポリエステル組成物からなるフィルム」 が記載されているが,甲1発明2における炭酸カルシウムは,多価カ ルボン酸化合物によって表面処理されたものでもないし,バテライト 型に限定されるものでもないから,甲1発明2において甲5に記載さ れた事項を適用する動機付けがない旨判断する。
しかし,甲1の段落【0017】には,炭酸カルシウムが「バテライト」の結晶形態であってもよいことが記載されているから,甲1発明2における炭酸カルシウムがバテライト型に限定されていないことが,動機付けを否定する理由にはならない。
また,甲1には,リン化合物で表面処理した炭酸カルシウムはポリエステル中の炭酸カルシウムの粒子分散性を改善することが記載されている(段落【0020】,【0021】及び【0047】)。他方,甲5には,多価カルボン酸によって表面処理されたバテライト型炭酸カルシウムを含有する熱可塑性ポリエステル組成物がリン元素を40〜250ppm含有することでバテライト型炭酸カルシウムの熱可塑性ポリエステル中での分散性を制御できること(段落【0011】)及び「リン元素は着色防止剤として通常ポリエステル重合に用いられるようなリン化合物を…粒子スラリー中にあらかじめ添加する方法に よって含有させることができる」(段落【0012】)ことが記載されている。すなわち,甲5には,多価カルボン酸によって表面処理されたバテライト型炭酸カルシウムのスラリー中にあらかじめリン化合物を添加する方法によって,多価カルボン酸によって表面処理されたバテライト型炭酸カルシウムを,熱可塑性ポリエステル組成物中に含有させる前に,リン化合物で更に表面処理することが記載されているのであり,当該表面処理は甲1に記載されたものと共通している。したがって,甲1発明2における炭酸カルシウムが多価カルボン酸化合物によって表面処理されたものでないことも,動機付けを否定する理由とはならない。
そして,上記のような甲1及び甲5の記載からすれば,甲1及び甲5は,ポリエステル中での炭酸カルシウムの分散性に関する課題を有する点において共通しているから,甲1発明2において,ポリエステル中の炭酸カルシウムの粒子分散性を改善するために,甲5の記載を適用して,カルボキシル末端基濃度を106グラム当たり10〜100当量の範囲で適宜調整することは,当業者であれば容易になし得ることである。
b また,本件審決は,甲6は,ポリエステル製造時,不活性無機粒子を0.01〜3重量%添加するものであって,無機粒子を5重量%以上含有するものではないことから,甲1発明2において甲6に記載された事項を適用する動機付けがない旨判断する。
しかし,甲6には,カルボキシル末端基濃度が100当量/106g以下の反応系に,平均粒子径0.5〜5.0μの不活性無機粒子を0.01〜3重量%添加することによって,不活性無機粒子の分散性が著しく改良できることが記載され(第2頁右上欄),不活性無機粒子の添加量が3重量%を超えると不活性無機粒子が凝集し易いことが記載され ているが(第4頁右上欄),添加量が3重量%を超えた場合には分散性が改良できなくなることは記載されていないから,当業者であれば,不活性無機粒子の添加量が3重量%を超えた場合には分散性改善効果が低下し,甲6で目的とされる10μm以上の粗大(凝集)粒子を減らす程度の分散性改善効果(5頁左上欄17行〜右上欄9行)は得られなくなるものの,分散性改善効果自体が消滅するわけではないと理解するのが通常である。したがって,甲6発明が無機粒子を5重量%以上添加するものではないことは,粒径が20μmである無機粒子の使用さえも可能な甲1発明2(甲1の段落【0018】)に甲6に記載された事項を適用することの動機付けを否定する理由とはならない。
そして,上記のような甲1及び甲6の記載からすれば,甲1及び甲6は,ポリエステル中での炭酸カルシウムの分散性に関する課題を有する点において共通しているから,当業者であれば,甲1発明2における炭酸カルシウムの分散性を向上させるために,甲6の記載を適用してカルボキシル末端基濃度を100当量/10 6 g以下の範囲で適宜調整することは容易になし得ることにすぎない。
c さらに,本件審決は,甲1発明2に甲5又は甲6に記載された事項を適用することに関し,「仮に適用できたとしても,ポリエステルのカルボキシル末端基濃度の上限値を10 6 グラム当たり35当量とする理由が存在しない。」と判断する。
しかしながら,本件明細書には,本件発明1において「ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル106 に関し,「無機粒子含有ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル10 6 gを越えると無機粒子の粒子分散性に劣ったり,フィルムなどに成形する際の溶融工程時の熱安定性,延伸製膜 性に劣る。」(段落【0024】)と記載されていることからすると,特定事項 数値範囲に臨界的意義があるといえるためには,本件明リエステル組成物(実施例1ないし7及び比較例3)とその数値範囲外にあるポリエステル組成物(比較例1及び2)とが,粒子分散性,溶融工程時の熱安定性及び延伸製膜性において顕著に異なることが示されている必要がある。ところが,本件明細書には,上記のいずれの点においてもそのように認められるだけの記載はないというべきであるから,ある。
また,甲1における「本発明は上述したように,特定のリン化合物で表面処理した炭酸カルシウムからなるポリエスエル系樹脂用改質剤をポリエステルへ高濃度に配合,添加することで炭酸カルシウム粒子の分散性,耐熱性の優れたポリエステル組成物を得ることができ,該ポリエステル組成物からは白色性,隠蔽性,光沢性に優れた成形品が得られる」(段落【0047】)との記載によれば,甲1に耐熱性を向上させる課題が存在することは明らかである。他方,甲8では,ポリエステルフィルムの代表的な存在であるポリエチレンテレフタレートフィルム(PETフィルム)について,「B.末端基 PETには-COOHと-OHとの2つの末端基が存在する。一般的には末端基含量の少ない,熱安定性の高いポリマーの方がフィルム用に適している。
また,したがって,-COOH末端よりも-OH末端を多くもつポリマーの方が良い」(676頁)とされ,-COOH末端(カルボキシル末端基)が少ない方が熱安定性が高いことが記載されている。
そうすると,当業者であれば,甲1発明2において,耐熱性の課題を改善するために,甲8の記載に基づいてカルボキシル末端基濃度の 上限値を適宜小さい値に調整することは容易になし得ることであり,とをも前提とすれば,カルボキシル末端基濃度の上限値を35当量/ポリエステル106gとすることも容易になし得ることである。
d 以上のとおり,甲1発明2において,ポリエステルのカルボキシル末端基濃度を「35当量/ポリエステル106g以下」とすることは,甲5,6及び8に記載された事項から当業者が容易に想到し得たことであるから,相違点1-1に係る容易想到性についての本件審決の判断は誤りである。
相違点1-2に係る容易想到性判断の誤りa 本件審決は,本件発明1の課題と甲7に記載された発明の課題が異なることを根拠に,甲1発明2に甲7に記載された事項を適用する動機付けがない旨判断する。しかし,甲1発明2に甲7に記載された事項を適用する動機付けの有無を判断するに当たっては,甲1発明2と甲7に記載された発明との課題の同一性を検討しなければならないのであるから,本件審決は,課題の同一性を比較する対象を誤っており,その判断に誤りがあることは明白である。
b 甲1発明2と甲7に記載された発明とは,延伸製膜性の課題及び二軸延伸ポリエステルフィルムを提供するという技術分野において共通する。
すなわち,甲1発明2の課題は,白色性,隠蔽性,光沢性に優れた二軸延伸フィルムを得ることにある(段落【0007】,【0027】 から, ) 甲1発明2に延伸製膜性の課題があることは明らかである。
他方,Tcc-Tgが60℃以下であることによって製膜性が向上することは本件出願当時の周知技術であり(甲29,甲30),さらに,甲7には,Tcc-Tgを60℃以下にすることによって,延伸 製膜時の厚みむらを極めて小さくすることができることが記載されている(段落【0005】)。そして,延伸製膜を行うに当たって,安定にかつ均一な厚みのフィルムを得ることは当然の課題であるから,当業者であれば,甲1発明2の延伸製膜性を向上させるために,本件出願当時の周知技術(甲29,甲30)及び甲7の記載を考慮して,甲1発明2におけるTcc-Tgの範囲を適宜調整して60℃以下とすることは極めて容易になし得たことである。
c 本件審決は,甲1発明2に甲7に記載された事項を適用できたとしても, 「そのことによりもたらされる効果である延伸製膜性や白色性,隠蔽性,機械特性を予測することは当業者であっても困難である」と判断する。
しかし,甲7には,熱結晶性や結晶化度を規定することによって,ヤング率などの機械的特性が向上したポリエステルフィルムが得られることが記載されており(段落【0048】,【0054】),また,Tcc-Tgが60℃以下のポリエステルでは製膜性が向上することは本件出願当時の周知技術である(甲29,甲30)。これに加えて,白色性,隠蔽性は,無機微粒子を含有するポリエステルフィルムが延伸される際に,無機微粒子の周囲にボイド(空隙)が生じることに起因するものであるから,ポリエステルフィルムの機械特性が高いほど,当該ボイドが多く発生し,白色性,隠蔽性が向上することは当然である。
したがって,甲1発明2に甲7に記載された事項(Tcc-Tgを60℃以下とすること)を適用すれば,ポリエステルフィルムの機械特性及び製膜性が向上するとともに,白色性,隠蔽性も向上することは,当業者にとっては何ら予測困難なことではないから,本件審決の上記判断は誤りである。
d さらに,本件審決は,甲1発明2に甲7に記載された事項を適用で きたとしても,「ポリエステルの昇温結晶化温度(Tcc)とガラス 転移温度(Tg)との差の下限値を30とする理由が存在しない。」 と判断する。
しかしながら,本件明細書には,本件発明1において「昇温結晶化 温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差の下限値を30とす ること」に関し,「ポリエステル組成物の昇温結晶化温度(Tcc) とガラス転移温度(Tg)との差が30未満の場合には,ポリエステ ル組成物の結晶性が高く,フィルムなどに成形加工する際に,延伸製 膜性に劣る。」(段落【0026】)との記載はあるが,この点に関 する実施例又は比較例の記載がなく,Tcc-Tgが30未満である と延伸製膜性が劣ることについては,本件明細書上の根拠がないから, 当該特定事項に臨界的意義がないことは明らかである。そうだとすれ ば,甲1発明2に甲7に記載された事項を適用し,Tcc-Tgの上 限値を60℃とする甲7に記載された事項の範囲内で下限値を適宜3 0に設定する程度のことは当業者が容易に想到し得ることにすぎない。
e 以上のとおり,甲1発明2において, 「30≦Tcc-Tg≦60」 とすることは甲7に記載された事項及び周知技術(甲29,30)か ら当業者が容易に想到し得たことであるから,相違点1-2に係る容 易想到性についての本件審決の判断は誤りである。
以上によれば,本件発明1は,甲1発明2と甲5ないし7に記載され た事項から当業者が容易に発明できたものではないとした本件審決の判 断は誤りである。
イ 甲2発明を主引例とする容易想到性判断の誤り 本件審決は,本件発明1と甲2発明の相違点として,前記第2の3 ウ 2-1ないし2-3を認定した上で,相違点2-1及 び相違点2-2に係る本件発明1の各構成は,いずれも甲2発明から想到容易ではないから,本件発明1は,甲2発明と甲5ないし7に記載された事項から当業者が容易に発明できたものであるとはいえないし,請求項1を引用する請求項2ないし6に係る本件発明2ないし6も,同様に甲2発明と甲5ないし7に記載された事項から当業者が容易に発明できたものであるとはいえない旨判断した。
しかしながら,本件審決の上記判断は,以下に述べるとおり誤りである。
相違点2-3は相違点ではないこと 前記 のとおり,甲2に記載された発明としては,「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」が認定されるべきであるから,本件審決が認定した相違点2-3は相違点ではない。
相違点2-1に係る容易想到性判断の誤り a 本件審決は,甲2発明における炭酸カルシウムは,多価カルボン酸 化合物によって表面処理されたものでもないし,バテライト型に限定 されるものでもないから,甲1発明2の場合と同様の理由により,甲 2発明において,甲5記載の事項を適用し,ポリエステルのカルボキ シル末端基濃度を「35当量/ポリエステル106g以下」とすること は,当業者が容易に想到し得るとはいえない旨判断する。
しかし,甲2の段落【0014】には,炭酸カルシウムの結晶型が バテライト型であってもよいことが記載されているから,甲2発明に おける炭酸カルシウムがバテライト型に限定されていないことが,動 機付けを否定する理由にならない。
また,甲2には,ポリエステル組成物の製造のため,リン化合物は ポリエステルと混合して押出し機へ供給してもよいことが記載されて おり(段落【0009】),他方,甲5にも,リン化合物をポリエス テル製造工程中に添加してポリエステル中に含有させることができる ことが記載されている(段落【0012】)。このように,甲2及び甲5は,いずれもリン化合物を炭酸カルシウムとは独立してポリエステルに添加(混合)する方法を開示しており,表面処理の方法において共通している。したがって,甲2発明における炭酸カルシウムが多価カルボン酸化合物によって表面処理されたものでないことも,動機付けを否定する理由とはならない。
そして,甲2の「本発明は上述したように,リン化合物と炭酸カルシウムおよびポリエステルをベント式押出し機で混練してなるポリエステル組成物であり,炭酸カルシウム粒子の分散性,耐熱性の優れたポリエステル組成物を得ることができ,該ポリエステル組成物からは白色性,隠蔽性,光沢性に優れた成形品が得られる。」(段落【0038】)との記載からすれば,甲2発明も炭酸カルシウムの分散性に関する課題を有することは明らかであるから,甲2発明において,ポリエステル中の炭酸カルシウムの粒子分散性を改善するために,甲5の記載を適用する動機付けがあることは明らかである。
b また,上記aのとおり,甲2発明も甲6と同様に炭酸カルシウムの分散性に関する課題を有する述べたのと同様の理由により,当業者であれば,甲2発明における炭酸カルシウムの分散性を向上させるために,甲6の記載を適用してカルボキシル末端基濃度を100当量/10 6 g以下の範囲で適宜調整することは容易になし得ることにすぎない。
c さらに,甲2の段落【0038】の記載によれば,甲2発明も耐熱性(熱安定性)に関する課題を有することは明らかであるから,前記 cで甲1発明2について述べたのと同様の理由により,当業者であれば,甲2発明において,耐熱性の課題を改善するために,甲8の記載に基づいてカルボキシル末端基濃度の上限値を適宜小さい値に調 整することは容易になし得ることであり,加えて,本件発明1の特定 基濃度の上限値を35当量/ポリエステル10 6 gとすることも容易 になし得ることである。
d 以上のとおり,甲2発明において,ポリエステルのカルボキシル末 端基濃度を「35当量/ポリエステル106g以下」とすることは,甲 5,6及び8に記載された事項から当業者が容易に想到し得たことで あるから,相違点2-1に係る容易想到性についての本件審決の判断 は誤りである。
相違点2-2に係る容易想到性判断の誤り 本件審決は,甲1発明2の場合と同様の理由により,甲2発明において,「30≦Tcc-Tg≦60」とすることは当業者が容易に想到し得るとはいえない旨判断する。
しかし,甲2発明においても,白色性,隠蔽性,光沢性に優れた二軸延伸フィルムを得ることが課題とされており(段落【0007】,【0020】),延伸製膜性を課題として有していることは明らかであるから,甲2発明と甲7に記載された発明とは,延伸製膜性の課題及び二軸延伸ポリエステルフィルムを提供するという技術分野において共通するものといえる。
より,甲2発明において,「30≦Tcc-Tg≦60」とすることは,甲7に記載された事項及び周知技術(甲29,30)から当業者が容易に想到し得たことであるから,相違点2-2に係る容易想到性についての本件審決の判断は誤りである。
以上によれば,本件発明1は,甲2発明と甲5ないし7に記載された事項から当業者が容易に発明できたものではないとした本件審決の判断 は誤りである。
ウ 甲3発明を主引例とする容易想到性判断の誤り 本件審決は,本件発明1と甲3発明の相違点として,前記第2の3 エ 3-1ないし3-3を認定した上で,相違点3-1及び相違点3-2に係る本件発明1の各構成は,いずれも甲3発明から想到容易ではないから,本件発明1は,甲3発明と甲5ないし7に記載された事項から当業者が容易に発明できたものであるとはいえないし,請求項1を引用する請求項2ないし6に係る本件発明2ないし6も,同様に甲3発明と甲5ないし7に記載された事項から当業者が容易に発明できたものであるとはいえない旨判断した。
しかしながら,本件審決の上記判断は,以下に述べるとおり誤りである。
相違点3-3は相違点ではないこと 前記 のとおり,甲3に記載された発明としては,「白色二軸延伸 ポリエステルフィルム」が認定されるべきであるから,本件審決が認定 した相違点3-3は相違点ではない。
相違点3-1に係る容易想到性判断の誤り a 本件審決は,甲3発明における炭酸カルシウムは,多価カルボン酸 化合物によって表面処理されたものでもないし,バテライト型に限定 されるものでもないから,甲1発明2の場合と同様の理由により,甲 3発明において,甲5記載の事項を適用し,ポリエステルのカルボキ シル末端基濃度を「35当量/ポリエステル106g以下」とすること は,当業者が容易に想到し得るとはいえない旨判断する。
しかし,甲3の段落【0011】には,炭酸カルシウムが「バテラ イト」の結晶形態であってもよいことが記載されているから,甲3発 明における炭酸カルシウムがバテライト型に限定されていないことが, 動機付けを否定する理由にならない。
また,甲3には,リン化合物で表面処理した炭酸カルシウムは「ポリエステル組成物中の無機粒子の分散性」を改善することが記載されているから(段落【0012】)述べたのと同様の理由により,甲3発明における炭酸カルシウムが多価カルボン酸化合物によって表面処理されたものでないことも,動機付けを否定する理由とはならず,甲3発明において,ポリエステル中の炭酸カルシウムの粒子分散性を改善するために,甲5の記載を適用する動機付けがあることは明らかである。
b また,上記aのとおり,甲3発明も甲6と同様に炭酸カルシウムの述べたのと同様の理由により,当業者であれば,甲3発明における炭酸カルシウムの分散性を向上させるために,甲6の記載を適用してカルボキシル末端基濃度を100当量/10 6 g以下の範囲で適宜調整することは容易になし得ることにすぎない。
c さらに,甲3の「本発明は上述したように,無機粒子を含有してなるポリエステル組成物であって,かつ特定の分離物を有するポリエステル組成物であり,無機粒子の分散性,耐熱性の優れたポリエステル組成物を得ることができ,該ポリエステル組成物からは白色性,隠蔽性,光沢性に優れた成形品が得られる。」(段落【0054】)との記載によれば,甲3発明も耐熱性(熱安定性)に関する課題を有すると同様の理由により,当業者であれば,甲3発明において,耐熱性の課題を改善するために,甲8の記載に基づいてカルボキシル末端基濃度の上限値を適宜小さい値に調整することは容易になし得ることであ提とすれば,カルボキシル末端基濃度の上限値を35当量/ポリエス テル106gとすることも容易になし得ることである。
d 以上のとおり,甲3発明において,ポリエステルのカルボキシル末 端基濃度を「35当量/ポリエステル106g以下」とすることは,甲 5,6及び8に記載された事項から当業者が容易に想到し得たことで あるから,相違点3-1に係る容易想到性についての本件審決の判断 は誤りである。
相違点3-2に係る容易想到性判断の誤り 本件審決は,甲1発明2の場合と同様の理由により,甲3発明におい て,「30≦Tcc-Tg≦60」とすることは当業者が容易に想到し 得るとはいえない旨判断する。
しかし,甲3発明においても,白色性,隠蔽性,光沢性に優れた二軸 延伸フィルムを得ることが課題とされており(段落【0007】,【0 031】),延伸製膜性を課題として有していることは明らかであるか ら,甲3発明と甲7に記載された発明とは,延伸製膜性の課題及び二軸 延伸ポリエステルフィルムを提供するという技術分野において共通する ものといえる。
より,甲3発明において,「30≦Tcc-Tg≦60」とすることは, 甲7に記載された事項及び周知技術(甲29,30)から当業者が容易 に想到し得たことであるから,相違点3-2に係る容易想到性について の本件審決の判断は誤りである。
以上によれば,本件発明1は,甲3発明と甲5ないし7に記載された 事項から当業者が容易に発明できたものではないとした本件審決の判断 は誤りである。
エ 甲4発明を主引例とする容易想到性判断の誤り 本件審決は,本件発明1と甲4発明の相違点として,前記第2の3 オ 4-1及び4-2を認定した上で,これらの相違点に係る本件発明1の各構成は,いずれも甲4発明から想到容易ではないから,本件発明1は,甲4発明と甲5ないし7に記載された事項から当業者が容易に発明できたものであるとはいえないし,請求項1を引用する請求項2ないし6に係る本件発明2ないし6も,同様に甲4発明と甲5ないし7に記載された事項から当業者が容易に発明できたものであるとはいえない旨判断した。
しかしながら,本件審決の上記判断は,以下に述べるとおり誤りである。
相違点4-1に係る容易想到性判断の誤り a 本件審決は,甲4発明における炭酸カルシウムは,多価カルボン酸 化合物によって表面処理されたものでもないし,バテライト型に限定 されるものでもないから,甲1発明2の場合と同様の理由により,甲 4発明において,甲5記載の事項を適用し,ポリエステルのカルボキ シル末端基濃度を「35当量/ポリエステル106g以下」とすること は,当業者が容易に想到し得るとはいえない旨判断する。
しかし,甲4の2頁左上欄には,炭酸カルシウムが「バテライト」 であってもよいことが記載されているから,甲4発明における炭酸カ ルシウムがバテライト型に限定されていないことが,動機付けを否定 する理由にならない。
また,甲4には,PET(ポリエチレンテレフタレート)と微粒子 状炭酸カルシウム及びリン化合物を混合する方法として,「A微粒子 状炭酸カルシウムとリン化合物をミキサーで混合した後,タンブラー で十分乾燥させたPETと混合する」(2頁左下欄11〜13行)方 法,すなわち,あらかじめリン化合物で表面処理された微粒子状炭酸 カルシウムを製造し,その後PETと混合する方法が記載され,また, この方法によれば,微粒子状炭酸カルシウムの高濃度分散が,PET の重合時に微粒子状炭酸カルシウムおよび/またはリン化合物を混合する場合よりも容易であることや「微粒子状炭酸カルシウムの分散性を向上させるために,PETを紛体にして用いてもよい」こと(2頁左下欄)などが記載されているから,て述べたのと同様の理由により,甲4発明における炭酸カルシウムが多価カルボン酸化合物によって表面処理されたものでないことも,動機付けを否定する理由とはならず,甲4発明において,ポリエステル中の炭酸カルシウムの粒子分散性を改善するために,甲5の記載を適用する動機付けがあることは明らかである。
b また,上記aのとおり,甲4発明も甲6と同様に炭酸カルシウムの述べたのと同様の理由により,当業者であれば,甲4発明における炭酸カルシウムの分散性を向上させるために,甲6の記載を適用してカルボキシル末端基濃度を100当量/10 6 g以下の範囲で適宜調整することは容易になし得ることにすぎない。
c さらに, で述べたとおり,甲8には,ポリエステルフィルムの代表的な存在であるポリエチレンテレフタレートフィルム(PETフィルム)について,-COOH末端(カルボキシル末端基)が少ない方が熱安定性が高いことが記載されているところ,白色二軸延伸ポリエチレンテレフタレートフィルムに関する甲4発明において,より良い上記フィルムを得るために,甲8の記載に基づいてカルボキシル末端基濃度の上限値を適宜小さい値に調整することは容易になしいことをも前提とすれば,カルボキシル末端基濃度の上限値を35当量/ポリエステル106gとすることも容易になし得ることである。
d 以上のとおり,甲4発明において,ポリエステルのカルボキシル末 端基濃度を「35当量/ポリエステル106g以下」とすることは,甲 5,6及び8に記載された事項から当業者が容易に想到し得たことで あるから,相違点4-1に係る容易想到性についての本件審決の判断 は誤りである。
相違点4-2に係る容易想到性判断の誤り 本件審決は,甲1発明2の場合と同様の理由により,甲4発明におい て,「30≦Tcc-Tg≦60」とすることは当業者が容易に想到し 得るとはいえない旨判断する。
しかし,甲4発明においては,溶融押出し時の気泡の発生を防止して, 二軸方向に延伸した白色ポリエチレンテレフタレートフィルムを得るこ とが課題とされており(1頁右下欄),延伸製膜性を課題として有して いることは明らかであるから,甲4発明と甲7に記載された発明とは, 延伸製膜性の課題及び二軸延伸ポリエステルフィルムを提供するという 技術分野において共通するものといえる。
より,甲4発明において,「30≦Tcc-Tg≦60」とすることは, 甲7に記載された事項及び周知技術(甲29,30)から当業者が容易 に想到し得たことであるから,相違点4-2に係る容易想到性について の本件審決の判断は誤りである。
以上によれば,本件発明1は,甲4発明と甲5ないし7に記載された 事項から当業者が容易に発明できたものではないとした本件審決の判断 は誤りである。
8 取消事由8(甲7発明を主引例とする進歩性についての判断の誤り) 本件審決は,本件発明1と甲7発明の相違点として,前記第2の3 カとおり,相違点7-1ないし7-5を認定した上で,相違点7-1ないし7-4に係る本件発明1の各構成は,いずれも甲7発明から想到容易ではないから, 本件発明1は,甲7発明と甲5,6,8及び9に記載された事項から当業者が容易に発明できたものであるとはいえないし,請求項1を引用する請求項2ないし6に係る本件発明2ないし6も,同様に甲7発明と甲5,6,8及び9に記載された事項から当業者が容易に発明できたものであるとはいえない旨判断した。
しかしながら,本件審決の上記判断は,以下に述べるとおり誤りである。
相違点7-1,7-3ないし7-5は相違点ではないこと ア 相違点7-1について 甲7には,「Tc-Tg」が60℃以下という温度範囲に入らない通常 のポリエチレンテレフタレートの「Tc-Tg」を60℃以下にするため には結晶化促進剤を添加するなどしてポリマーを改質することが必要であ ること(段落【0009】),結晶化促進剤としては,炭酸カルシウムな どの無機添加物等が好ましく用いられ,添加量を通常0.01〜10重量 %の範囲とすること(段落【0010】)が記載されているから,相違点 7-1に係る本件発明1の構成は,甲7発明との相違点とはいえない。
イ 相違点7-3について 前記 「Tcc-Tg」 の下限値を30とすることに臨界的意義がないことからすると,相違点7 -3に係る本件発明1の構成は,甲7発明との相違点とはいえない。
ウ 相違点7-4について 甲7には,「Tcc-Tg」が60℃以下になるようにするには炭酸カ ルシウム等の結晶化促進剤を通常0.01〜10重量%の範囲で添加する ことが必要であることが記載されている(段落【0010】)ところ,上 記記載の範囲内で,白色粉末である炭酸カルシウムを5重量%以上で添加 すれば,白色ポリエステルフィルムが得られることは明らかである。
したがって,甲7発明に係るポリエステルフィルムが白色であることは 甲7に記載されているに等しく,相違点7-4に係る本件発明1の構成は, 甲7発明との相違点とはいえない。
エ 相違点7-5について 前記 のとおり,甲7に記載された発明としては,「二軸延伸ポリエ ステルフィルム」が認定されるべきであるから,相違点7-5に係る本件 発明1の構成は,甲7発明との相違点とはいえない。
相違点7-2に係る容易想到性判断の誤りア 本件審決は,甲5には,「多価カルボン酸化合物によって表面処理され た平均粒子径が0.01〜5μmであるバテライト型炭酸カルシウムを0. 05〜10重量%,およびリン元素を40〜250ppm含有し,かつカ ルボキシル末端基濃度が106グラムあたり10〜100当量の範囲であ る熱可塑性ポリエステル組成物からなるフィルム」が記載されているが, 甲7発明においては,@無機粒子が必須でないこと,A無機粒子が炭酸カ ルシウムに限定されていないこと,B結晶型がバテライト型に限定される ものではないこと,C炭酸カルシウムが多価カルボン酸化合物によって表 面処理されたものではないことを理由に,甲5に記載された事項を適用す る動機付けがない旨判断する。
しかしながら,本件審決の上記判断は誤りである。
甲7の段落【0010】には,甲7発明の必須特定要件である「Tc c-Tg」が60℃以下になるようにするには,炭酸カルシウム等の結晶 化促進剤を通常0.01〜10重量%の範囲で添加することが必要である ことが記載されている。
したがって,甲7記載の発明において炭酸カルシウム(無機粒子)等 を0.01〜10重量%添加することは実質的に必須要件となっている。
上記 のとおり,甲7には,結晶化促進剤として炭酸カルシウムを用 いることが開示されているのであるから,甲7発明において,炭酸カル シウムを用いることが可能であることは明らかである。
甲7には,炭酸カルシウムがバテライトであってもよいことは明記されていないものの,ポリエステルに添加する炭酸カルシウムとしてバテライトは通常用いられるものである(甲1の段落【0017】,甲2の段落【0014】,甲3の段落【0011】,甲4の2頁左上欄など)。
また,甲7では炭酸カルシウムを結晶化促進剤として利用できることが明記されているところ(段落【0010】),当該炭酸カルシウムとしてバテライト型のものを使用できないことが記載されているわけではない。
したがって,甲7発明において,炭酸カルシウムとしてバテライト型のものを用いることが可能であることは明らかである。
甲7では,用いられる結晶化促進剤としては,結晶化を促進できる性質を有するものであれば特に限定されるものではないとされている(段落【0010】)。そして,多価カルボン酸で表面処理した炭酸カルシウムが結晶化促進剤として作用しない理由はなく,また,そもそもポリエステルに炭酸カルシウムを添加する場合,当該炭酸カルシウムを表面処理することは周知技術である(甲1,甲3及び甲4)。
したがって,甲7における結晶化促進剤として,表面処理された炭酸カルシウムを用いることが可能であることは明らかである。
以上のとおり,本件審決がその判断の根拠とする上記@ないしCの点は,いずれも動機付けを否定する根拠にはならない。
そして,甲7の段落【0023】に,「成形前の予熱結晶化によって結晶の核ともいうべき構造(分子鎖の結接点)を多数生起させることにより,成形された製品フィルムの結晶が均一で微細化し,数が多くなるためと推定されている。」と記載されていることからすると,甲7の製品フィルムは結晶化促進剤を含有することにより結晶の核を多数生成し, それによって多数の均一で微細化した結晶ができるものと理解され,均 一で微細化した結晶を形成するためには,結晶化促進剤を均一に分散さ せる必要があることは当然であるから,甲7は微細化した結晶の核を生 成するための結晶化促進剤の分散性が良好であることを必要としたもの であることは明らかである。
そうすると,当業者であれば,甲5におけるカルボキシル末端基濃度 が炭酸カルシウム粒子の分散性に影響するとの記載(段落【0013】) に基づいて,甲7発明における結晶化促進剤(炭酸カルシウム粒子)の 分散性を向上させるために,甲7発明におけるカルボキシル末端基濃度 を10 6グラム当たり10〜100当量とすることは容易になし得るこ とである。
イ 本件審決は,甲6は,ポリエステルの製造時,不活性無機粒子を0.01〜3重量%添加するものであって,無機粒子を5重量%以上含有するものではないことから,甲7発明において甲6に記載された事項を適用する動機付けがない旨判断する。
しかし,そもそも甲7発明は,無機粒子を5重量%以上含有するものではないから,甲6が「無機粒子を5重量%以上含有するものではないこと」は,動機付けを否定する理由にならない。
そして,甲6は,不活性無機粒子を0.01〜3重量%添加するものであるから,炭酸カルシウム等の結晶化促進剤を0.01〜10重量%の範囲で添加する甲7に,甲6を適用する動機付けがないとはいえない。
また,上記 のとおり,甲7発明では,結晶化促進剤の分散性が良好であることが必要とされ,他方,甲6は,カルボキシル末端基濃度を106グラム当たり100当量以下とすることで不活性無機粒子の分散性の改善を目的とするものであるから(2頁右上欄),甲7発明における結晶化促進剤の分散性の改善のために,甲6を適用する動機付けがあることは明ら かである。
したがって,当業者であれば,甲7発明における炭酸カルシウムの分散性を向上させるために,甲6の記載を適用してカルボキシル末端基濃度を100当量/10 6g以下の範囲内で適宜調整することは容易になし得ることにすぎない。
ウ 本件審決は,甲9には,「二軸延伸ポリエステルフィルムにおいて,末 端カルボキシル基量を45(当量/106g)以下と特定すること」が記載 されているが,甲9は,包装用フィルムに係るものであって,当該特定の 技術的意義は「フィルム中の末端カルボキシル基量が45当量/106gを 超えると,フィルム製造時,エクストルーダー等の周知の溶融押出装置で 溶融押出しされる際に熱履歴等で熱劣化物が発生することに起因するスジ 状物がフィルムに存在し,フィルムの平面性が劣るようになるので好まし くない」(段落【0009】)というものであるから,甲7発明において, 甲9に記載された事項を適用する動機付けはない旨判断する。
しかし,甲9は,包装用ポリエステルフィルムに関するものであるとこ ろ,甲7の段落【0002】には,ポリエステルフィルムが「包装用」に 使用されることが記載されているから,甲7発明によるポリエステルフィ ルムを包装用に使用できることは明らかであり,そうすると,甲7発明と 甲9記載のポリエステルフィルムは包装用という用途において共通するか ら,甲9の記載事項を甲7発明に適用する動機付けはある。
また,甲9には,「カルボキシル基量を45(当量/106g)以下」と 特定する技術的意義として,「フィルムの平面性が劣るようになるので好 ましくない」ことが記載されているが,平面性の判定は「厚みむら」(段 落【0037】)の測定によって行われるから,甲9の課題は,甲7発明 の課題である「厚みむらの改善」(段落【0005】)と同じである。し たがって,甲7発明において甲9の記載事項を適用することの動機付けは, 甲9の上記技術的意義を考慮しても否定されるべき理由はない。
エ さらに,本件審決は,甲7発明に甲5,甲6又は甲9に記載された事項 を適用することに関し,「仮に適用できたとしても,ポリエステルのカル ボキシル末端基濃度の上限値を10 6グラムあたり35当量とする理由が 存在しない。」と判断する。
しかし,甲7の「ポリエステルフィルムは,その優れた機械的特性,耐 熱性,電気的特性,耐薬品性,耐候性等のゆえに,磁気記録媒体用,包装 用,コンデンサなどの電気絶縁用,農業用など広く工業的に使用されてい る」(段落【0002】)との記載からすれば,ポリエステルフィルムは 一般的に耐熱性に優れることが期待されていることは明らかであり,そう すると,ポリエステルフィルムに関する甲7発明においても耐熱性に関す る課題が当然に内在しているから,前記 で甲1発明2について 述べたのと同様の理由により,当業者であれば,甲7発明において,耐熱 性の課題を改善するために,甲8の記載に基づいてカルボキシル末端基濃 度の上限値を適宜小さい値に調整することは容易になし得ることであり, ば,カルボキシル末端基濃度の上限値を35当量/ポリエステル106gと することも容易になし得ることである。
オ 以上のとおり,甲7発明において,ポリエステルのカルボキシル末端基 濃度を「35当量/ポリエステル106g以下」とすることは,甲5,6, 8及び9に記載された事項から当業者が容易に想到し得たことであるから, 相違点7-2に係る容易想到性についての本件審決の判断は誤りである。
以上によれば,本件発明1は,甲7発明と甲5,6,8及び9に記載され た事項から当業者が容易に発明できたものではないとした本件審決の判断は 誤りである。
被告の主張
1 取消事由1(訂正要件適合性についての判断の誤り)に対し 原告は,本件訂正前明細書には,「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」が記 載されていないから,本件訂正は,本件訂正前明細書に記載された範囲内の訂 正ではない旨主張する。
しかし,本件訂正前明細書の段落【0003】及び【0004】には,「延伸 製膜性」の改善が解決すべき課題として挙げられ,また,段落【0034】に は,本件発明のフィルムの具体的な製造方法として,延伸工程を含む製造方法 が記載され,さらに,実施例1ないし7においては,白色の二軸延伸フィルム を実際に製造したことが明確に記載されている。
したがって,本件訂正前明細書に,「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」 が記載されていることは明白である。
なお,原告は,本件前訴において,被告が,「二軸延伸フィルム」について 「未延伸フィルムよりも機械的強度が向上したフィルム」であるとの主張をし ていたこととの関係で,本件訂正が新規事項の追加に該当する旨主張するが, 上記で述べたとおり,本件訂正前明細書に,「白色二軸延伸ポリエステルフィ ルム」が記載されていることが明白である以上,「二軸延伸」の意味がいかな るものであったとしても,本件訂正が新規事項の追加に該当するはずはないの であり,原告の上記主張はそもそも失当である。
以上のとおり,原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)に対し 本件発明1の解決課題は,多量の無機粒子を含有したフィルムにおいて,白 色性,隠蔽性,機械特性,光沢性とともに耐熱性,成形加工性に優れたフィル ムを得ることであり,そのための解決手段として,本件発明1は,次の2つの 特徴的構成を共に採用するものである。
カルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル106g以下(以下「特 ? 30≦Tcc-Tg≦60(以下「特性?」という。) そして,これらの特性によって,本件発明1の課題を解決できるものであることは,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から明らかである。すなわち,特性 については,「無機粒子含有ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル10 6gを越えると無機粒子の粒子分散性に劣ったり,フィルムなどに成形する際の溶融工程時の熱安定性,延伸製膜性に劣る」(本件明細書の段落【0024】)と説明されており,また,特性?については,「ポリエステル組成物の昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が30未満の場合には,ポリエステル組成物の結晶性が高く,フィルムなどに成形加工する際に,延伸製膜性に劣る。一方,差が60を越えると,得られるフィルムなどの成形品の白色性,隠蔽性,機械特性に劣り好ましくない」(本件明細書の段落【0026】)と説明されている。
そして,本件明細書中の実施例及び比較例の記載によれば,特性 の双方を満足する実施例1ないし7においては,白色性,隠蔽性,機械特性,光沢性,耐熱性,成形加工性に優れたフィルムが得られるが,いずれかを満足しない比較例1ないし3においては,複数の性質について特性が劣るフィルムしか得られないことが把握できる。
以上のとおり,本件発明1について,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比すると,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明であり,かつ,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであることは明らかであるから,本件訂正後の請求項1の記載にサポート要件違反は存在しない。
したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(実施可能要件についての判断の誤り)に対し 本件明細書の発明の詳細な説明においては,本件発明1の「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」を製造するための材料について明確に記載がされ(段落 【0009】〜【0029】,【0038】〜【0040】),また,その製造方法についても明確に記載がされている(段落【0034】,【0058】〜【0060】)。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明においては,本件発明1の「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」を当業者が製造することができるように明確に記載がされている。
この点,原告は,本件明細書の発明の詳細な説明には,TMPAで表面処理した炭酸カルシウム等を用い,かつ,ポリエステルとして35メッシュ以下の共重合ポリエチレンテレフタレート微粉末を用いた場合に本件発明1に係る発明の課題が解決し得ることが記載されているだけであり,このような記載のみでは,リン化合物で表面処理されていない無機粒子を用いたり,ポリエステル微粉末を用いない場合において, を満足することができることを当業者は理解できない旨主張する。
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識によれば,当業者は,リン化合物で表面処理された無機粒子及びポリエステル微粉末を用いなければ, を満足し得ないなどとは理解しない。
すなわち,まず, は,ポリエステル鎖の分解・劣化の度合いと関連した要件であり,ポリエステルと無機粒子を混練する際の条件に関連するものであるところ,これについて,本件明細書の段落【0025】には「本発明の無機粒子含有ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度を35当量/ポリエステル106g以下とする方法としては,例えば上述した無機粒子含有ポリエステル組成物を製造する際に,リン化合物を配合・処理した無機粒子とポリエステルとを押出機,特にはベント式の押出機などで混練する方法,またこの際に温度,時間,スクリュウーなどの混練条件を適宜変更したり,さらにはポリエステルとしてポリエステル微粉末を使用する方法を挙げることができるが,特に限定されるものではない。」と記載されている。そして,このような記載及 び技術常識に基づけば,ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度を35 当量/ポリエステル106g以下とするためには,例えば,無機粒子とポリエス テルの混練時において,温度,時間,スクリュウーなどの混練条件を変更して もよいことが理解できるから,当業者であれば,リン化合物による無機粒子の 被覆やポリエステル微粉末の使用をしなければ,上記要件を満足することがで きないなどとは理解しない。
また,特性?については,昇温結晶化温度Tccとガラス転移点Tgが,いずれもポリマーの分子量に大きく関係していることは当業者の技術常識であり,したがって,当業者であれば,用いるポリエステル樹脂の材料や重合条件等を調節すれば,Tcc-Tgを本件発明1の範囲内にすることができることを理解するのであって,リン化合物による無機粒子の被覆やポリエステル微粉末の使用をしなければ,上記要件を満足することができないなどとは理解しない。
したがって,原告の上記主張は誤りである。
なお,原告は,本件明細書の段落【0034】の記載に基づく実施可能要件違反も主張するが,当該主張は,無効審判において主張されていない事項であるから(甲33),この点を審決取消事由として主張すること自体失当である。
以上のとおり,原告主張の取消事由3は理由がない。
4 取消事由4(明確性要件についての判断の誤り)について 明確性要件は,特許請求の範囲の記載の要件であるから,これが明確である か否かは,特許請求の範囲の記載に基づいて判断されるべきであるところ,本 件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載においては,「白色二軸延伸ポリエ ステルフィルム」を特定する事項に何ら不明確なところはないから,請求項1 に関して明確性要件違反は存在しない。
この点,原告は,本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0039】に,「本 発明のフィルムは,本発明のポリエステル組成物からなる層と他のポリエステ ル層からなる複合フィルムであってもよい。」と記載されていることから,請 求項1の記載が不明確になると主張するが,原告が述べているのは,当該段落 【0039】の記載そのものの解釈であるから,いずれにしても請求項1に係 る明確性要件違反の主張は成り立たない。
なお,原告は,「二軸延伸フィルム」の文言との関係でも明確性違反がある と主張するが,当該主張は,無効審判において主張されていない事項であるか ら(甲33),この点を審決取消事由として主張すること自体失当である。
以上のとおり,原告主張の取消事由4は理由がない。
5 取消事由5(引用発明の認定の誤り)に対し 引用文献に基づいて引用発明を認定するに当たっては,これが,「刊行物に 記載された発明」であることが必要とされるが,「刊行物に記載された発明」 とは,「刊行物に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から把 握できる発明」である。
したがって,本件審決が認定した各引用発明が,それぞれ各引用文献に記 載されている事項及び記載されているに等しい事項から当業者が把握できる 発明でないのであれば,本件審決の引用発明の認定に誤りがあるということ になるが,原告は,そのような主張はしておらず,自らの主観に基いて「認 定されるべき」とする引用発明の内容が,本件審決において認定されなかっ たと主張しているにすぎない。
そして,本件審決が認定した甲5発明,甲1発明2,甲2発明,甲3発明, 甲4発明及び甲7発明が,それぞれ対応する引用文献に記載されている事項 及び記載されているに等しい事項から当業者が把握できないとする理由は存 在せず,本件審決の引用発明の認定に誤りはない。
また,原告は,主として,本件審決が,「二軸延伸フィルム」を各引用文献 から認定せず,これを本件発明1との相違点とした点に誤りがある旨主張す るが,本件審決は,いずれの引用発明についても,「二軸延伸フィルム」に 係る相違点の容易想到性の判断をしておらず,それ以外の相違点の非容易想 到性に基づいて,進歩性欠如の無効理由はないとの判断をしているのである から,いずれにしても,原告の主張する点は,本件審決の結論に影響を及ぼ す誤りにはなり得ない。
さらに,原告は,甲5発明の「二軸延伸フィルム」について,「白色」であ ることが認定されるべきである旨主張するが,甲5には,得られるフィルム が「白色」であることは一切記載されていない。
また,甲5には,磁気テープ用あるいは包装用フィルムに係る用途のフィル ムが記載され,主として滑り性,耐スクラッチ性の改善のために粒子を含有さ せることが記載されている(段落【0003】,【0004】)が,このよう なフィルム(通常,アンチブロッキング用フィルムと呼ばれる。 においては, ) むしろ透明性が求められるのが通常である。
したがって,甲5の記載内容及び技術常識に鑑みれば,甲5に記載されたフ ィルムが「白色」であると認定することは誤りである。
以上のとおり,原告主張の取消事由5は理由がない。
6 取消事由6(甲5発明に基づく新規性についての判断の誤り)に対し 相違点5-1に係る本件審決の判断に誤りがないこと 原告は,甲11の実験は甲5の実施例4を忠実に再現したものであるから, これを否定して,甲5発明のポリエステル組成物は相違点5-1に係る本件 発明1の構成を満たすものとはいえないとした本件審決の判断は誤りである 旨主張する。
しかしながら,以下に述べるとおり,甲11の実験は甲5の実施例4を忠 実に再現したものとはいえないから,本件審決の判断に誤りはなく,原告の 上記主張には理由がない。
ア 忠実な追試の要件 ある追試試験が,忠実な追試といえるためには,刊行物の実施例に記載 された物を忠実に再現する必要があり,そのためには,以下の要件を満足 しなければならない。
実施例に明示的な記載がある実験条件については,同じ条件で実験を 行うこと 実施例に明示的な記載がない実験条件については,出願時の技術常識 に基づいて,実験条件を特定し,これに従った実験を行うこと 実験により得られた物と,実施例に記載された物が同じであることを 確認するために,当該実施例等に記載された当該物の物性を測定し,こ れが同等であることを確認すること なお,上記 の条件を満たすには,追試の対象となる引用文献の 実施例等の記載が追試に足るものでなければならないという前提条件が存 在する。
イ 甲11の実験は甲5の実施例4の忠実な追試ではないこと 甲5の実施例4の記載には,忠実な追試を行うに足る記載がないこと 甲5の実施例4は,実施例1の手順に準じて行うものであるところ, 甲5の段落【0023】には,二軸延伸フィルムを作成するためのポリ エステル組成物を,以下の手順で製造することが記載されている。
a バテライト型炭酸カルシウムを含むエチレングリコールスラリーの 作成 b ジメチルテレフタレートとエチレングリコールのエステル交換反応 を行う(分子量の小さい,オリゴマーを得る)。
c bで得られたオリゴマーにaのスラリー,リン酸等を加えて,重縮 合反応を行う(分子量の大きいポリマーを得る)。
しかし,甲5には,上記b及びcの反応条件(反応時間,温度)につ いて何ら記載がされていない。この点,ポリエステル等の高分子化合物 において,その物性を決定するのは,分子量(重合度)及びその分布で あり(乙3ないし5),具体的にどのような重合条件を採用するかによって,分子量(重合度)及びその分布は変わり得るから,上記のような甲5の記載内容では,実施例4のポリエステル組成物を忠実に再現することはそもそも困難である。
甲11の実験で得られたポリエステル組成物の物性は甲5の実施例4として記載されたものと同じではないこと( ) 甲5の表1には,実施例4で得られたポリエステル組成物の物性等につき,次のとおり記載されている。
リン元素含有量:105ppm カルボキシル末端基濃度:28当量/106g 固有粘度:0.620 しかし,甲11の実験においては,リン元素含有量が測定されていない。この点, の重縮合反応は,高温・高真空下で行うのが技術常識であるところ(乙1の31頁8〜9行),同反応に先立って投入されたリン酸の一部は組成物から蒸発し(甲31の31頁),その量は重縮合反応の条件によって異なるものである。したがって,リン元素含有量を測定し,反応後のポリエステル組成物中にどの程度のリン元素が残存しているかを確認することが,忠実な追試の要件として必要になる。
また,甲11の実験におけるカルボキシル末端基濃度及び固有粘度の値は,甲5の実施例4の値と一致していないのであり,この点からしても,甲11の実験によって得られたポリエステル組成物の物性は,甲5の実施例4の物性と一致していない。
以上によれば,甲11の実験で得られたポリエステル組成物は,甲5の実施例4のポリエステル組成物を忠実に再現したものではない。
甲11の実験が,実施例4に記載されたとおりの条件で行われていたかについても,疑義があること( の要件を欠くこと) さらに,甲11の実験は,使用したバテライト型炭酸カルシウムの粒 子径について疑義がある。すなわち,甲5では,「バテライト型炭酸カ ルシウム粒子の平均粒子径の評価」について,「バテライト型炭酸カル シウムを含有する熱可塑性ポリエステル組成物を厚み0.2μmの超薄 切片にカッティング後,透過型電子顕微鏡で粒子1000個分の写真撮 影をし,粒子径を測定して積算分布曲線50%の点であるメジアン径を 平均粒子径とした」(段落【0015】)ことが記載され,実施例4の バテライト型炭酸カルシウムの平均粒子径が0.4μmであること(表 1)が記載されているが,真に測定を行ったのであれば,使用した透過 型電子顕微鏡が何であったか(社名,品番等)について記載するはずで あるし,粒子1000個を撮影した写真及びその解析データも添付され るはずであるが,そのようなものは一切添付されていない。
したがって,甲11の実験が,甲5の実施例4に記載されたとおりの 条件で行われていたかについては,疑義がある。
以上によれば,甲11の実験が甲5の実施例4の忠実な追試であると は認められない。
相違点5-2についての原告の主張が誤りであること 原告は,甲5発明の二軸延伸ポリエステルフィルムは,白色を呈すること が自明であり,相違点5-2に係る本件発明1の構成を満たす旨主張する。
しかし,甲5の記載内容及び技術常識に鑑みれば,甲5に記載されたフィ ルムが「白色」であると認定することが誤りである たとおりであるから,原告の上記主張は誤りである。
7 取消事由7(甲1発明2,甲2発明,甲3発明又は甲4発明を主引例とする進歩性についての判断の誤り)に対し 「審理不尽」について 原告は,本件審判において原告が主張した甲1発明2等に基づく進歩性欠 如の無効理由は,「本件発明1ないし6は,甲1ないし甲4の少なくともいずれかと甲5ないし甲7に記載された発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである」というものであり,例えば,甲1と甲3と甲5ないし甲7の組み合わせに基づく無効理由も含まれるのに,本件審決は,甲1発明2,甲2発明,甲3発明又は甲4発明のいずれか1つと甲5ないし甲7の記載事項の組合せによる無効理由しか審理・判断していない点において,審理不尽の違法がある旨主張する。
しかし,審判請求書(甲33)35頁12行〜39頁4行から明らかなとおり,原告は,本件審判において,例えば甲1と甲3と甲5ないし甲7の組み合わせのような,甲1ないし甲4のうちの複数の文献を組み合わせた上に,更に甲5ないし甲7を組み合わせるという形式での進歩性欠如の理由を何ら具体的に主張していない。
そうすると,審判請求人である原告が主張していない内容につき,本件審決が判断しなかったからといって,審理不尽に当たるはずがない。
したがって,原告の上記主張は失当である。
容易想到性判断の誤り」についてア 「甲1発明2を主引例とする容易想到性判断の誤り」について 「相違点1-1に係る容易想到性判断の誤り」について a 甲5との組合せについて 原告は,本件審決が,「甲1発明2における炭酸カルシウムは,多 価カルボン酸化合物によって表面処理されたものでもないし,バテラ イト型に限定されるものでもない」との理由により,甲1発明2に甲 5に記載された事項を適用する動機付けがないとした判断は誤りであ る旨主張する。
しかし,前記5 で述べたとおり,甲5に記載されたフィルムは, 甲1発明2のような白色フィルムではない。また,甲5には,滑り性 や耐スクラッチ性,耐摩耗性が要求される磁気テープ,コンデンサー 等の用途に用いられるいわゆるアンチブロッキングフィルムにおける 従来技術の課題,すなわち,摩擦係数の低下及び走行性の向上という 課題を解決するために,「多価カルボン酸化合物によって表面処理さ れたバテライト型炭酸カルシウム」を含有させたポリエステルフィル ムが記載されている(段落【0003】ないし【0005】)。そし て,甲5には,「多価カルボン酸化合物によって表面処理されたバテ ライト型炭酸カルシウム」を含有させることを前提とした上で,当該 特定の表面処理を施した炭酸カルシウムの分散性及び親和性を向上さ せるためにカルボキシル末端基濃度を10〜100当量/10 6gと することが記載されているだけである(段落【0013】)。
このような甲5の記載からすると,これに接した当業者であれば, 甲5には,「多価カルボン酸化合物によって表面処理されたバテライ ト型炭酸カルシウム」を含有するアンチブロッキングポリエステルフ ィルムにおいて,カルボキシル末端基濃度を10〜100当量/106 gとすると,当該特定の表面処理がされたバテライト型炭酸カルシウ ムの分散性等を向上させることができることを理解するだけであるか ら,当業者としては,当該アンチブロッキングポリエステルフィルム に係る技術的知見を,無機粒子を多量に含ませることを前提とする甲 1発明2の白色ポリエステルフィルム(しかも,甲1発明2では,炭 酸カルシウムに甲5のような表面処理が施されていない。)に対して 組み合わせることを何ら動機付けられるものではない。
したがって,甲1発明2に甲5に記載された事項を適用する動機付 けがないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告の上記主張には理 由がない。
b 甲6との組合せについて 原告は,本件審決が,「甲6は,ポリエステルの製造時,不活性無機粒子を0.01〜3重量%添加するもの」であることを根拠として,無機粒子を5重量%以上含有する甲1発明2において甲6に記載された事項を適用する動機付けがないとした判断は誤りである旨主張する。
しかし,甲6のポリエステルも,甲5と同様,磁気テープ用,コンデンサ用等の,白色であることを要しないアンチブロッキングフィルムに係るものであって,無機粒子が含有されているのは,滑り性,耐摩耗性,表面特性を満足させるためであり(1頁右欄1〜8行),そのため,不活性無機粒子の含有量は,0.01〜3重量%という低い量となっているのである。
したがって,当業者であれば,甲6におけるアンチブロッキングフィルムに係る知見を,白色フィルムに係る甲1発明2に対して組み合わせることを動機付けられるものではない。
しかも,仮に甲6に記載された事項を甲1発明2と組み合わせることができたとしても,相違点1-1を克服することはできない。すなわち,本件発明1において規定されているのは,「無機粒子を5%以上含有するポリエステル組成物」のカルボキシル末端基濃度であるのに対し,甲6に記載されているのは,カルボキシル末端基濃度が100当量/ポリエステル106以下の時に,ポリエステル樹脂に対して,無機粒子を添加するという,無機粒子添加のタイミングであって,得られる無機粒子含有ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度ではないから,甲1発明2に対して上記甲6の知見を組み合わせたとしても,本件発明1に到達することはない。
以上によれば,甲1発明2に甲6に記載された事項を適用する動機付けがないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告の上記主張には理由がない。
c カルボキシル末端基濃度は適宜調整し得るとの主張について 原告は,本件発明1において,「カルボキシル末端基濃度を35 当量/ポリエステル106g以下」とすることに臨界的意義がないこ とを理由として,甲1発明2において,カルボキシル末端基濃度は 適宜調整し得る旨主張する。
しかし,本件発明1において,「カルボキシル末端基濃度を35 当量/ポリエステル106g以下」としているのは,「無機粒子含有 ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエ ステル106gを越えると無機粒子の粒子分散性に劣ったり,フィル ムなどに成形する際の溶融工程時の熱安定性,延伸製膜性に劣る」 (段落【0024】)からである。すなわち,ポリエステル鎖に分 解・劣化が生じると新たにカルボキシル基(-COOH)末端が生 成されるため,カルボキシル基(-COOH)末端の量はポリエス テルの分解・劣化の指標となるところ,このような分解・劣化の度 合いは,無機粒子の分散性とも関係しており,カルボキシル末端の 割合が大きいと分散性を低下させ,特に,フィルムの二軸延伸の段 階では,予熱が必要となるため,更に分解・劣化が進む可能性があ り,その結果,延伸性が低下することになる。このような課題との 関連で,延伸製膜前の組成物におけるカルボキシル末端の量を抑え るべく,本件発明1においては,カルボキシル末端基濃度を「35 当量/ポリエステル106g以下」としているのであり,そこには明 確な技術的意味がある。
したがって,原告の上記主張は,前提を欠くものであり失当であ る。
? また,原告は,甲1発明2において,「カルボキシル末端基濃度 を35当量/ポリエステル106g以下」とすることは,甲8の記載 に基づいて容易になし得る旨主張する。
しかし,本件発明1において,「カルボキシル末端基濃度を35 当量/ポリエステル106g以下」とすることは,「ポリエステル組 成物の無機粒子の粒子分散性,フィルムなどに成形する際の溶融工 程時の熱安定性,延伸製膜性」という,本件発明1が無機粒子を多 量に含む白色フィルムであることとの関係で規定されており(段落 【0024】),この点で重要な技術的意味を持つものである。こ れに対し,甲8には,粒子を含まないポリエステルに関する一般論 として,熱安定性の高いポリマーの方がフィルムに適しており,そ の観点から-COOH末端よりも-OH末端を多くもつポリマーの 方が好ましいことが記載されているだけであって,無機粒子を多量 に含む白色フィルムや「35当量/106g以下」の数値については 何ら記載がないのであるから,甲8の記載に基づいて「カルボキシ ル末端基濃度を35当量/ポリエステル106g以下」とすることが 容易になし得るはずがない。
したがって,原告の上記主張も失当である。
「相違点1-2に係る容易想到性判断の誤り」についてa 原告は,本件審決が,甲7においてTcc-Tgの値を規定する課題 が異なることを理由として,甲1発明2に甲7に記載された事項を適 用する動機付けがないとした判断は誤りである旨主張する。
しかし,甲7のポリエステルフィルムは,甲5,甲6と同様に磁気 記録媒体,包装用,コンデンサ用等に用いられるポリエステルフィル ムであり(段落【0002】),これが白色であることは,甲7にお いて一切記載されていないし,何ら求められていない。むしろ,甲7 には,その効果として,「フィルムが高透明になる」(段落【002 1】,【0057】)ことが記載されているから,甲7は,「高透明 ポリエステルフィルム」に係るものであると理解するのが正しい。
しかも,甲7は,無機粒子の含有を必須としていない。すなわち, 甲7の請求項1及び段落【0009】,【0010】の記載によれば, 甲7においては,ポリエチレンテレフタレートのガラス転移温度と冷 結晶化温度の差をコントロールするという目的のために「結晶化促進 剤」を添加するようにしているだけであり,しかも,当該「結晶化促 進剤」が,「粒子」であると理解し得る記載はなく,無機添加物に限 られてもいない(段落【0010】)。そうすると,甲7に記載され ているのは,無機粒子を任意で含み得る高透明ポリエステルフィルム において,Tcc-Tgを60℃以下にすることでしかない。 他方, 本件発明1において,「30≦Tcc-Tg≦60」とすることには, 「白色性,隠蔽性」の向上という,白色フィルムに特有の技術的意味 が含まれており(段落【0026】),甲1発明2も白色ポリエステ ルフィルムに係るものである。そうすると,当業者においては,白色 ポリエステルフィルムに係る甲1発明2に対して,透明ポリエステル フィルムに係る技術的知見を適用しようとする動機付けは生じない。
したがって,本件審決の上記判断に誤りはなく,原告の上記主張に は理由がない。
b この点,原告は,甲1発明2と甲7に記載された発明とは,延伸製 膜性の課題及び二軸延伸ポリエステルフィルムを提供するという技術 分野において共通しているから,これらの組合せが容易である旨主張 する。
しかし,上記のような極めて上位の概念の共通点をもって,発明の の組合せができるとするのは誤りであり,むしろ,上記aで述べたと おり,甲1発明2は白色ポリエステルフィルムに係るものであるのに 対し,甲7に記載された発明は,高透明ポリエステルフィルムに係る ものであるという明確な違いがあること及び相違点1-2に係る本件 発明1の構成(30≦Tcc-Tg≦60)が白色フィルムに特有の 課題を解決する構成であることに鑑みれば,甲1発明2と甲7に記載 された発明を組み合わせることはできないというべきである。
イ 「甲2発明,甲3発明又は甲4発明のいずれかを主引例とする容易想到 性判断の誤り」について 「相違点2-1,3-1及び4-1に係る容易想到性判断の誤り」に ついて a 甲5及び甲6との組合せについて 原告は,本件審決が,甲2発明,甲3発明又は甲4発明にそれぞれ 甲5及び甲6に記載された事項を適用する動機付けがないとした判断 は誤りである旨主張する。
しかし,原告の上記主張が誤りであることは, 及びbで 甲1発明2に関して述べたとおりである。すなわち,甲2発明,甲3 発明及び甲4発明は,いずれも甲1発明2と同様に白色ポリエステル フィルムに係るものであるところ,当業者としては,甲5及び甲6の 白色であることを要しないアンチブロッキングポリエステルフィルム に係る技術的知見を,無機粒子を多量に含ませることを前提とする甲 2発明,甲3発明又は甲4発明の白色ポリエステルフィルムに対して 組み合わせることを何ら動機付けられるものではない。
したがって,甲2発明,甲3発明又は甲4発明にそれぞれ甲5及び 甲6に記載された事項を適用する動機付けがないとした本件審決の判 断に誤りはなく,原告の上記主張には理由がない。
また,仮に甲6に記載された事項を甲2発明,甲3発明又は甲4発 明と組み合わせることができたとしても,相違点2-1,3-1及び 4-1を克服することができないことは, 甲1発明2に 関して述べたとおりである。
b カルボキシル末端基濃度は適宜調整し得るとの主張について 原告は,甲2発明,甲3発明又は甲4発明においても,カルボキシ 「35当量/106g以下」 ル末端基濃度は適宜調整し得るものであり, とすることも,甲8の記載に基づいて容易になし得る旨主張するが, 当該主張が失当であることは, cで甲1発明2に関して述べ たとおりである。
「相違点2-2に係る容易想到性判断の誤り」について 原告は,本件審決が,甲7においてTcc-Tgの値を規定する課題 の相違を理由として,甲2発明,甲3発明又は甲4発明に甲7に記載さ れた事項を適用する動機付けがないとした判断は誤りである旨主張す る。
しかし,甲2発明,甲3発明及び甲4発明は,いずれも甲1発明2と 同様に白色ポリエステルフィルムに係るものであるところ,原告の上記 甲1発明2に関して述べたとおり である。
8 取消事由8(甲7発明を主引例とする進歩性についての判断の誤り)に対し 原告は,甲7発明を主引例とする進歩性の欠如を否定した本件審決の判断に は誤りがある旨主張する。
しかし,そもそも甲7発明は,前記7 で述べたとおり,高透明ポリ エステルフィルムに係るものであり,白色フィルムとは外観の点で全く異なる 要求を満たすフィルムであるから,高透明ポリエステルフィルムに係る甲7発 明を主引用例として,白色二軸延伸ポリエステルフィルムに係る本件発明1を 当業者が容易に発明し得るものではない。
したがって,原告の上記主張が誤りであることは,その詳細に立ち入るまで もなく明らかである。
また,以下に述べるとおり,原告の個々の主張も誤りである。
「相違点7-1,7-3ないし7-5は相違点ではないこと」についてア 相違点7-1について 原告は,甲7には,結晶化促進剤を0.01〜10重量%の範囲で添加 することが記載されているから,「無機粒子を5重量%以上含有する」こ とは甲7に記載されており,相違点7-1に係る本件発明1の構成は甲7 発明との相違点とはいえない旨主張する。
しかし,甲7において,「結晶化促進剤」は,無機物に限られておらず,有機カルボン酸金属塩,ホスホン酸,ホスフィン酸金属塩,もしくはエステル化合物などが含まれている(段落【0010】)。そうすると,「結晶化促進剤」の添加量につき0.01〜10重量%が好ましいとする記載をもって,甲7に「無機粒子を5重量%以上含有する」ことが記載されているとはいえない。
また,本件発明1において,「無機粒子を5重量%以上含有」させる技術的意味は,主として白色度を担保するためであるところ(段落【0010】),甲7に記載されている発明は,「高透明ポリエステルフィルム」であって,白色フィルムではないから,白色度を担保するために,「無機粒子を5重量%以上含有」させることはあり得ない。
したがって,甲7においては,「無機粒子を5重量%以上含有」させる ことは記載されておらず,また,高透明を前提とする甲7発明において, 「無機粒子を5重量%以上含有」させることを当業者が容易になし得ると はいえないから,原告の上記主張は理由がない。
イ 相違点7-3について 原告は,本件発明1において,「Tcc-Tg」の下限値を30とすることに臨界的意義がないことを根拠に,相違点7-3に係る本件発明1の構成は甲7発明との相違点とはいえない旨主張する。
しかし,本件発明1における「30≦Tcc-Tg≦60」の構成に技 術的意味があることは,本件明細書の段落【0026】の記載等から明ら かであるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものであって失当であ る。
ウ 相違点7-4について 原告は,甲7発明に係るポリエステルフィルムが白色であることは甲7 に記載されているに等しく,相違点7-4に係る本件発明1の構成は,甲 7発明との相違点とはいえない旨主張する。
しかし, 甲7発明に係るフィルムは, 「高透明ポリエステルフィルム」であって,白色フィルムではないから, 原告の上記主張は理由がない。
エ 相違点7-5について 原告は,本件審決が,甲7発明として,「二軸延伸」の構成を認定しな かったのは誤りである旨主張する。
しかし,原告主張の点が本件審決の結論に影響を及ぼさないことは,前 記5?で述べたとおりであるから,原告の上記主張は理由がない。
「相違点7-2に係る容易想到性判断の誤り」についてア 甲5との組合せについて 原告は,本件審決が,甲7発明に甲5に記載された事項を適用する動機 付けがないとした判断は誤りである旨主張する。
で述べたとおり,甲5には,「多価カルボン酸 化合物によって表面処理されたバテライト型炭酸カルシウム」という特定 の処理が施された炭酸カルシウムを含有するアンチブロッキングポリエス テルフィルムにおいて,カルボキシル末端基濃度を10〜100当量/1 06gとすることが記載されているだけである。他方,甲7発明に係るフィ ルムは,無機粒子を含有させることを必須としたフィルムではない。すな わち,甲7では,Tc-Tgを調整するために「結晶化促進剤」を含ませ ることもできるが,当該「結晶化促進剤」は,無機物に限られておらず, 有機カルボン酸金属塩,ホスホン酸,ホスフィン酸金属塩,もしくはエス テル化合物などであってもよいとされている(段落【0010】)。
このように,無機粒子を含むことが必須でない甲7発明に対して,甲5 に記載された,「多価カルボン酸化合物によって表面処理されたバテライ ト型炭酸カルシウム」という特定の処理が施された炭酸カルシウムを含有 するフィルムに係る技術的知見を組み合わせるべき理由はないから,甲7 発明に甲5に記載された事項を適用する動機付けがないとした本件審決の 判断に誤りはなく,原告の上記主張には理由がない。
イ 甲6との組合せについて 原告は,本件審決が,甲7発明に甲6に記載された事項を適用する動機 付けがないとした判断も誤りである旨主張する。
しかし,甲6の内容は, で説明したとおりであるところ, 無機粒子を含むことが必須でない甲7発明に対して,甲6に記載された, 無機粒子を含むことを必須とするポリエステルフィルムに係る技術的知見 を組み合わせるべき理由はない。
しかも,甲6に記載されているのは,カルボキシル末端基濃度が100 当量/ポリエステル106g以下の時に,ポリエステル樹脂に対して,無機 粒子を添加するという,無機粒子添加のタイミングであって,得られる無 機粒子含有ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度ではないから, 仮に甲7発明に対して甲6に記載された事項を組み合わせることができた としても,相違点7-2を克服することはできない。
したがって,甲7発明に甲6に記載された事項を適用する動機付けがな いとした本件審決の判断に誤りはなく,原告の上記主張には理由がない。
ウ 甲8との組合せについて 原告は,本件審決が,甲7発明において,「カルボキシル末端基濃度を 35当量/ポリエステル106g以下」とすることは,甲8の記載に基づい て当業者が容易になし得るものではないとした判断は誤りである旨主張す る。
しかし,甲8の記載に基づいて「カルボキシル末端基濃度を35当量/ ポリエステル106g以下」とすることが容易になし得ないことは,前記7 したがって,原告の上記主張には理由がない。
エ 甲9との組み合わせについて 原告は,本件審決が,甲7発明に甲9に記載された事項を適用する動機 付けがないとした判断は誤りである旨主張する。
しかし,本件発明1において,「カルボキシル末端基濃度を35当量/ ポリエステル106g以下」とすることは,「ポリエステル組成物の無機粒 子の粒子分散性,フィルムなどに成形する際の溶融工程時の熱安定性,延 伸製膜性」という,本件発明1が無機粒子を多量に含む白色フィルムであ ることとの関係で規定されており(段落【0024】),この点で重要な 技術的意味を持つものである。これに対し,甲9に記載されているのは, 請求項1に記載されているとおり,無機粒子を含有させることを必須とし ないポリエステルフィルムであり,当該フィルムにおいて,カルボキシル 末端基濃度を45当量/10 6 g以下とすることが記載されているにすぎ ない。そうすると,甲9の記載に基づいて「カルボキシル末端基濃度を3 5当量/ポリエステル106g以下」とするが容易になし得るはずがない。
したがって,原告の上記主張には理由がない。
当裁判所の判断
1 本件発明1について 本件特許に係る本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1の記載は,前記第 2の2 のとおりである。
そして,本件明細書(甲23)の発明の詳細な説明には,本件発明1に関し,次のような記載がある(下記記載中に引用する表1ないし3については別紙を参照)。
ア 【0001】 【発明の属する技術分野】 本発明はポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフィルムに関す るものであり,詳しくは多量の無機粒子を含有するポリエステル組成物で あって,特定のカルボキシル末端基濃度および熱特性を有するポリエステ ル組成物からなる白色ポリエステルフィルムに関するものであり,さらに 詳しくは,印画紙,X線増感紙,受像紙,磁気記録カード,ラベル,宅配 便などの配送伝票,表示板,白板などの基材として好適な白色ポリエステ ルフィルムに関するものである。
イ 【従来の技術】 【0003】 従来,白色フィルムを得るために白色の無機粒子を多量にポリエチレン テレフタレートに添加することはよく知られている。… 【0004】 しかし,上記従来技術の単にポリエステルに無機粒子を添加したり,混 練する方法によって,得られる無機粒子含有ポリエステル組成物は, ▲1▼ポリエステル組成物中の無機粒子の粒子の分散性に劣り,無機粒子 の粗大粒子あるいは凝集粒子によって,該ポリエステル組成物を使用して フィルム等の成形品を成形加工する場合には,延伸製膜時にフィルム破れ が多発する ▲2▼無機粒子を多量に含有するため,無機粒子とポリエステルとの相互 作用によって,ポリエステル組成物の結晶性が高くなり,フィルム等の成 形品を成形加工する場合には,延伸製膜条件が狭く,生産性に劣る ▲3▼ポリエステルフィルムなどの成形品に成形する際の溶融工程時に, 無機粒子の粒子表面活性によって,粒子とポリエステルとの相互作用が生 じ,異物の発生や発泡するなど耐熱性に劣る などの欠点があるとともに,得られるフィルムなどの成形品は,白度,隠 蔽性に劣る。
【0005】また,上記した欠点を解決するために特開昭62-2073 37号公報では,ポリエステルと炭酸カルシウムおよびリン化合物の混合 物を単に溶融押出した後,フィルムを製造する方法,特開昭63-662 22号公報ではポリエステルの反応系に炭酸カルシウムおよびリン化合物 を添加する方法,さらに特開平7-316404号公報,特開平7-33 1038号公報では,通常のポリエステルと炭酸カルシウムおよびリン化 合物を混練する方法が開示されている。しかし,これらの方法でもポリエ ステルに炭酸カルシウムを効率よく高濃度に含有させることが困難であっ たり,粒子の分散性が十分でなかったり,また,ポリマが高温滞留した場 合には発泡したり,異物が発生したり,得られるポリエステル組成物の結 晶性に変化が生じ,フィルムなどの成形品の延伸製膜性に劣るなどの問題 が生じるとともに,得られるフィルムには十分な白度,隠蔽性,光沢性を 兼備させるのが困難である。
ウ 【0006】 【発明が解決しようとする課題】 本発明の目的は,多量の無機粒子を含有した白色性,隠蔽性,機械特性, 光沢性とともに耐熱性,成形加工性に優れフィルムを得ることにあり,特 定のカルボキシル末端基濃度および熱特性を有する多量の無機粒子を含有 するポリエステル組成物およびフィルムによって,上記した従来の欠点を 解決することにある。
エ 【0007】 【課題を解決するための手段】 前記した本発明の目的は,無機粒子を5重量%以上含有するポリエステ ル組成物であって,該ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が3 5当量/ポリエステル106g以下であり,かつ昇温結晶化温度(Tcc) とガラス転移温度(Tg)との差が下記式を満足してなることを特徴とす るポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルムによっ て達成できる。
【0008】 30≦Tcc-Tg≦60オ 【0009】 【発明の実施の形態】 本発明のポリエステルはジカルボン酸成分とグリコール成分から構成さ れたものであり,例えばジカルボン酸もしくはそのエステル形成性誘導体 とグリコールとのエステル化もしくはエステル交換反応ならびに引続く重 縮合反応によって製造される。ポリエステルの種類についてはフィルムな どの成形品に成形しうるものであれば特に限定されない。フィルムなどの 成形品に成形しうる好適なポリエステルとしてはジカルボン酸成分として 芳香族ジカルボン酸を使用したものがよく,例えば,ポリエチレンテレフ タレート,…が好ましい。もちろん本発明のポリエステルは上述したポリ エステルであってもよいが,フィルムなどの成形品を成形する際の,成形 加工性,特にフィルム成形する際の延伸製膜性の点から,共重合ポリエス テルが好ましい。… 【0010】 本発明におけるポリエステル組成物は,無機粒子を5重量%以上含有す る必要がある。表面光沢性,白色性,機械特性に優れたフィルム等の成形 品を得るための好ましい無機粒子の含有量としては5〜85重量%であり,より好ましくは7〜80重量%,さらに好ましくは10〜80重量%である。ポリエステル中の無機粒子の含有量が5重量%未満であると白色性に劣る。
【0011】 本発明のポリエステルに含有させる無機粒子としては,特に限定されることはなく,例えば炭酸金属塩,…などを挙げることができ,…特に得られるフィルムなどの成形品の白色性,隠蔽性の点から,炭酸カルシウムが好ましい。炭酸カルシウムは天然品,合成品のいずれであってもよく,またその結晶形態としてはカルサイト,アラゴナイト,バテライトなどいずれであってもよいが,フィルムの白色性,隠蔽性の点から天然品が好ましく,結晶形態としてはカルサイトが好ましい。…【0012】 本発明におけるポリエステルに含有させる無機粒子の粒子径および比表面積は特に限定されることはないが粒子径は平均粒子径が0.01〜20μm,…であることが白色性,隠蔽性,光沢性の点で好ましい。比表面積は0.5〜100m2/g,…であることが白色性,隠蔽力,光沢性の点で好ましい。粒子径が平均粒子径で20μmを越えたり,比表面積が0.5m2/g未満であると,得られるフィルム等の成形品の白色性,隠蔽性に劣ったりするなど好ましくない場合がある。一方,粒子径が平均粒子径で0.01μm未満であったり,比表面積が100m2/gを越えると,やはり得られるフィルム等の成形品の白色性,隠蔽性が劣る場合がある。
【0013】 本発明における無機粒子含有ポリエステル組成物の製造方法は特に限定されるものではなく,例えば無機粒子をポリエステルに配合・添加する方法などによって得られる。具体的には,▲1▼無機粒子とポリエステルと を直接,あるいは予めブレンダー,ミキサーなどで混合した後,通常の一軸,二軸押出し機を用いて溶融混練する方法,▲2▼無機粒子とポリエステルとを直接,あるいは予めブレンダー,ミキサーなどで混合した後,通常のベント式の一軸,二軸押出し機を用いて溶融混練する方法,▲3▼ポリエステルの製造反応工程で無機粒子を添加する方法などを挙げることができる。中でも無機粒子をポリエステルに効率よく高濃度に含有させる,あるいは無機粒子の粒子分散性,得られるフィルムの品質安定性,溶融製膜時の熱安定性などの点から,▲1▼および▲2▼の無機粒子とポリエステルとを溶融混練する方法が好ましく,特には▲2▼の無機粒子とポリエステルとをベント式の一軸あるいは二軸押出し機を用いて溶融混練する方法が好ましい。
【0014】 また,この際に使用するポリエステルは特に限定されないが,無機粒子をポリエステルに効率よく高濃度に含有させる,得られるポリエステル組成物中の無機粒子の粒子分散性,得られるポリエステル組成物の熱安定性,フィルムなどに成形加工する際の延伸製膜性の点で,ポリエステル微粉末を含むポリエステルとすることが好ましい。…【0015】 ポリエステル微粉末の量が1重量%未満のポリエステルを使用した場合には,得られる無機粒子含有ポリエステル組成物中の無機粒子の粒子分散性およびポリエステル組成物の熱安定性,延伸製膜性に劣ったりする場合がある。
【0019】 本発明における無機粒子含有ポリエステル組成物は,耐熱性,フィルムなどに成形加工する際の延伸製膜性,得られる成形品の白色性等の点からリン元素を50ppm以上含有することが好ましい。…無機粒子含有ポリ エステル組成物中のリン元素含有量が50ppm未満であると,ポリエステル組成物の耐熱性が低下し,フィルムなどの成形品に溶融成形する際,異物が発生したり,発泡したり,またフィルムなどに成形加工する際の延伸製膜性,成形品の白色性に劣る場合がある。
【0021】 本発明の無機粒子含有ポリエステル組成物にリン元素を含有させる方法は特に限定されるものでなく,…無機粒子をポリエステルに効率よく高濃度に含有させる,あるいは無機粒子の粒子分散性,溶融製膜時の熱安定性,フィルムなどに成形加工する際の延伸製膜性,成形品の白色性等の品質特性などの点から,リン化合物を配合・処理した無機粒子とポリエステルとを配合・混練する方法が好ましく,特にはリン化合物で表面処理した無機粒子をポリエステルと混練する方法が特に好ましい。
【0022】 この際の,無機粒子の表面処理に使用するリン化合物量は,特に限定されるものではないが,無機粒子に対して0.01重量%以上が好ましく,…無機粒子に対して0.01重量%未満であると,無機粒子の分散性が劣ったり,ポリエステル組成物の高温滞留時に異物発生,発泡が生じるため好ましくない場合がある。
【0024】 本発明における無機粒子含有ポリエステル組成物は,得られるポリエステル組成物中の無機粒子の粒子分散性,フィルムなどに成形する際の溶融工程時の熱安定性,延伸製膜性の点から,組成物のカルボキシル末端基濃度を35当量/ポリエステル106g以下とする必要があり,…無機粒子含有ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル106gを越えると無機粒子の粒子分散性に劣ったり,フィルムなどに成形する際の溶融工程時の熱安定性,延伸製膜性に劣る。
【0025】 本発明の無機粒子含有ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度を35当量/ポリエステル106g以下とする方法としては,例えば上述した無機粒子含有ポリエステル組成物を製造する際に,リン化合物を配合・処理した無機粒子とポリエステルとを押出機,特にはベント式の押出機などで混練する方法,またこの際に温度,時間,スクリュウーなどの混練条件を適宜変更したり,さらにはポリエステルとしてポリエステル微粉末を使用する方法を挙げることができるが,特に限定されるものではない。
【0026】 さらに,本発明における無機粒子含有ポリエステル組成物は,フィルムなどに成形する際の延伸製膜性,および得られるフィルムなどの成形品の白色性,隠蔽性,機械特性の点から,昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が下記式を満足する必要があり,30≦Tcc-Tg≦60…ポリエステル組成物の昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が30未満の場合には,ポリエステル組成物の結晶性が高く,フィルムなどに成形加工する際に,延伸製膜性に劣る。一方,差が60を越えると,得られるフィルムなどの成形品の白色性,隠蔽性,機械特性に劣り好ましくない。
【0027】 本発明の無機粒子含有ポリエステル組成物の融点は,フィルムなどに成形する際の製膜延伸性,および得られるフィルムなどの成形品の白色性,隠蔽性,機械特性の点から,融点が240℃以上とすることが好ましく,…無機粒子含有ポリエステル組成物の融点が240℃未満であると得られるフィルムなどの成形品の白色性,隠蔽性,機械特性に劣り好ましくない場合がある。
【0028】 本発明における無機粒子含有ポリエステル組成物が,上述した熱特性を有するための方法は,特に限定されるものではなく,例えば,上述した本発明のポリエステルに無機粒子を含有させる際に,ポリエステルとして共重合ポリエステルを使用する方法を採用するなどによって達成することができる。共重合ポリエステルとしては特に限定されることはなく,例えば,本発明のポリエステルに,ポリエステルを構成する酸成分またはグリコール成分以外の…酸成分,…グリコール成分を共重合することによって得ることができる。…【0029】 共重合成分量は特に限定されるものではないが得られるフィルムなどの成形品の白色性,隠蔽性,機械特性の点から,10モル%以下の共重合量が好ましく,より好ましくは8モル%以下,さらに好ましくは5モル%以下,特に好ましくは4モル%以下である。共重合成分量が10モル%を越えるとフィルムなどの成形加工する際の,延伸製膜性は改良されるものの,得られるフィルムなどの成形品の白色性,隠蔽性,機械特性などが劣る場合がある。
【0030】 本発明は,上述したように無機粒子を含有するポリエステル組成物であって,該ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル106g以下,かつ昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が下記式を満足してなることを特徴とするポリエステル組成物およびそれからなるフィルムなどの成形品である。
【0031】 30≦Tcc-Tg≦60【0032】 本発明のポリエステル組成物は,カルボキシル末端基濃度が低いために 無機粒子の粒子分散性,フィルムなどに成形加工する際の溶融熱安定性に 優れるとともに,さらに特定の熱特性を有するためにフィルムなどの成形 加工する際の延伸製膜性に優れるといった特徴があり,得られるフィルム などの成形品の白色性,隠蔽力,機械特性などにも優れる。
【0034】 本発明のポリエステル組成物からなるフィルムの具体的な製造方法を説 明するとポリエステル組成物を乾燥後,溶融押出しして,未延伸シートと し,続いて二軸延伸,熱処理し,フィルムにする。二軸延伸は縦,横逐次 延伸あるいは二軸同時延伸のいずれでもよく,延伸倍率は特に限定される ものではないが通常は縦,横それぞれ2.0〜5.0倍が適当である。ま た,二軸延伸後,さらに縦,横方向のいずれかに再延伸してもよい。この 際本発明のポリエステル組成物と各種のポリエステルと混合して無機粒子 の含有量を目的に応じて適宜変更することができる。また,混合する各種 のポリエステルは本発明のポリエステル組成物のベースとなるポリエステ ルと同一であっても,異なってもよい。
【0035】 上述の方法でポリエステル組成物から本発明のフィルムを得ることがで きる。… 【0036】 本発明の白色フィルムは,白色性,隠蔽性の点から,後に定義する白度 は60%以上が好ましく,…白度が60%未満であると白色性,隠蔽性に 劣り好ましくない場合がある。
カ 【実施例】 【0058】 実施例1 平均粒子径1.1μm,比表面積8.0m2 /gのカルサイト型天然炭酸カルシウムの粉体を容器固定型混合機…内に仕込み,回転翼の回転数760rpmで攪拌しながら昇温し,缶内温度が40℃に達した時点で,リン化合物としてリン酸トリメチルを炭酸カルシウムに対して5重量%となるように噴霧させながら添加した。その後10分間混合し,表面処理した。
得られた炭酸カルシウム中のリン元素量を比色法によって測定したところ8300ppm含まれていた。
【0059】 表面処理した炭酸カルシウム15重量部と固有粘度0.65dl/gのJIS標準ふるいで35メッシュ以下の粒度…を有するイソフタル酸3モル%およびジエチレングリコール2モル%を共重合したポリエチレンテレフタレートの微粉末85重量部とを混合した後,フィダーを用いベント式二軸押出機に供給し,ベント口を10torrの真空度に保持し,温度285℃,滞留時間1分で混練し,炭酸カルシウムを15重量%含有するポリエステル組成物を得た。混練時に異物の発生もなく,発泡も見受けられなかった。また,得られた組成物のカルボキシル末端基濃度は24当量/ポリエステル106gであり,組成物中の炭酸カルシウムの粒子分散性も良好であった。ポリエステル組成物の熱特性を測定した結果,融点(Tm)は250℃であり,ガラス転移温度(Tg)78℃,昇温結晶化温度(Tcc)130℃で,昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差は52であった。さらに組成物中のリン元素量を比色法によって測定したところ350ppmであった。該ポリエステル組成物を窒素雰囲気下で300℃,8時間溶融加熱処理し,耐熱性を測定した結果,溶融加熱処理時に発泡も認められず,変色も観察されず,耐熱性に優れていた。
【0060】 一方,得られた炭酸カルシウム含有ポリエステル組成物を十分乾燥した 後,押出し機に供給して285℃で溶融し,T型口金よりシート状に押し出し,30℃の冷却ドラムで冷却固化せしめ未延伸フィルムを得た。次いで未延伸フィルムを95℃に加熱して縦方向に3.3倍延伸し,さらに100℃に加熱して横方向に3.3倍延伸し,200℃で加熱処理して,延伸製膜を1時間行い,厚さ75μmのフィルムを得た。1時間の延伸製膜の間,フィルム破れなどの発生もなかった。得られたフィルムの特性結果を表3に示す。
【0061】 密度は1.25g/cm3 で白色性,隠蔽性,光沢性,ヤング率ともに優れていた。
【0062】 比較例1 リン化合物で表面処理していない炭酸カルシウムを使用し,ポリエステルはポリエステルチップ(縦4mm,横4mm,厚さ3mm形状)の形状のものを使用した以外は,実施例1と同様の方法で,炭酸カルシウム含有ポリエステル組成物および該組成物を用いフィルムを得た。表1,2,3に各種特性結果を示した。
【0063】 ベント式二軸押出機を用いて炭酸カルシウム含有ポリエステル組成物を製造する際に,ポリマ中に発泡が生じ,得られた組成物のカルボキシル末端基濃度は50当量/ポリエステル106gであり,組成物中の炭酸カルシウムの粒子分散性は劣るものであった。また,該ポリエステル組成物の熱特性を測定した結果,昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差は49であった。また,該ポリエステル組成物を窒素雰囲気下で300℃,8時間溶融加熱処理し,耐熱性を調査した結果,溶融加熱処理時に発泡が認められ,変色し,耐熱性に劣っていた。該ポリエステル組成物 のフィルム溶融製膜時にフィルム中に発泡に起因する気泡が認められたり,異物が確認され,さらにフィルム破れが多発し,満足なフィルムを得ることができなかった。得られたフィルムは白色性,隠蔽性等の特性に劣るものであった。
【0064】 実施例2〜7 無機粒子の種類および量,リン化合物の種類および量,ポリエステルの種類,を変更した以外は,実施例1と同様の方法で本発明の範囲内のカルボキシル末端基濃度,熱特性を有する無機粒子含有ポリエステル組成物を得,引続き該組成物を用いフィルムを得た。表1,2,3に各種特性結果を示した。
【0065】 いずれもベント式二軸押出機を用いた無機粒子含有ポリエステル組成物の製造する際の,ポリマの発泡や異物発生は認められず,無機粒子の粒子分散性も良好であり,該ポリエステル組成物を窒素雰囲気下で300℃,8時間溶融加熱処理し,耐熱性を調査した結果,溶融加熱処理時に発泡,変色も観察されず,耐熱性に優れていた。さらに該ポリエステル組成物を使用したフィルムの延伸製膜性も良好で,得られたフィルム特性にも優れるものであった。
【0066】 比較例2 リン化合物で表面処理した炭酸カルシウムとポリエステルとをベント式二軸押出機で混練する際に,混練温度,時間を変更した以外は,実施例1と同様の方法でにカルボキシル末端基濃度40当量/ポリエステル106gの炭酸カルシウム含有ポリエステル組成物を得,引続き該ポリエステル組成物を用いフィルムを得た。
【0067】 表1,2,3に各種特性結果を示した。
【0068】 ポリエステル組成物中には炭酸カルシウム粒子の凝集粒子が観察された。
また,該ポリエステル組成物を窒素雰囲気下で300℃,8時間溶融加熱 処理し,耐熱性を調査した結果,溶融加熱処理時にやや発泡し,変色も観 察され,耐熱性に劣っていた。さらに該ポリエステル組成物を使用し,フ ィルムを製造する際に,時々発泡が認められ,フィルム破れが発生し,製 膜性に劣ったり,得られたフィルムは白度などの特性にやや劣るものであ った。
【0069】 比較例3 ポリエステルの種類を変更した以外は,実施例1と同様の方法で,炭酸 カルシウム含有ポリエステル組成物および該組成物を用いフィルムを得た。
表1,2,3に各種特性結果を示した。
【0070】 得られたポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度は,25当量/ ポリエステル106g,熱特性を測定した結果,昇温結晶化温度(Tcc) とガラス転移温度(Tg)との差は62であった。ポリエステル組成物中 の,粒子分散性は良好であったが,該ポリエステル組成物を使用してフィ ルム溶融製膜を行ったが,延伸製膜時に,時々フィルム破れが発生したり, 得られたフィルム特性も劣るものであった。
キ 【0073】 【発明効果】 本発明は上述したように,多量の無機粒子を含有し,かつ特定のカルボ キシル末端基濃度および熱特性を有するポリエステル組成物およびそれか らなるフィルムなどの成形品であり,ポリエステル組成物中の無機粒子の 粒子分散性が良好で,さらにフィルムなどに成形加工する際の溶融熱安定 性,延伸製膜性に優れ,得られるフィルムなどの成形品は,白色性,隠蔽 性,機械特性などの特性に優れる。該フィルムなどの成形品は,印画紙, X線増感紙,受像紙,磁気記録カード,ラベル,宅配便などの配送伝票, 表示板,白板などの基材として好適に使用することができる。
あることが認められる。
本件発明1は,印画紙,X線増感紙,受像紙,磁気記録カード,ラベル,宅配便などの配送伝票,表示板,白板などの基材として好適な,多量の無機粒子を含有するポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフィルムに関するものである(段落【0001】)。
従来,無機粒子を多量に含有するポリエステル組成物は,@無機粒子の分散性に劣るため,粗大粒子や凝集粒子によって延伸製膜時にフィルム破れが多発する,A無機粒子とポリエステルとの相互作用によって,ポリエステル組成物の結晶性が高くなり,延伸製膜条件が狭く生産性に劣る,B無機粒子の表面活性によって,粒子とポリエステルとの相互作用が生じ,異物の発生や発泡するなど耐熱性に劣る,C得られるフィルムは,白度,隠蔽性に劣る,といった欠点があった(段落【0004】)。また,これら欠点を解決するために,ポリエステル及び炭酸カルシウムに加え,リン化合物を用いる複数の方法が特許文献に開示されていたが,これらの方法においても,粒子の分散性が十分でなく,発泡や異物が発生したり,組成物の結晶性に変化が生じ,延伸製膜性に劣るなどの問題が生じるとともに,得られるフィルムに十分な白度,隠蔽性,光沢性を兼備させるのが困難であった(段落【0005】)。
そこで,本件発明の目的は,上記の従来の欠点を解決し,多量の無機粒子を含有した白色性,隠蔽性,機械特性,光沢性とともに耐熱性,成形加工性 に優れたフィルムを得ることにあり,その解決手段として,「カルボキシル 末端基濃度が35当量/ポリエステル106g以下」であり,かつ「昇温結晶 化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差」が式「30≦Tcc- Tg≦60」を満足してなることを特徴とするポリエステル組成物からなる 白色二軸延伸ポリエステルフィルムとするものである(段落【0007】, 【0008】)。
そして,本件発明に係るポリエステル組成物は,カルボキシル末端基濃度 が低いために無機粒子の粒子分散性,フィルムなどに成形加工する際の溶融 熱安定性に優れるとともに,「30≦Tcc-Tg≦60」という特定の熱 特性を有するためにフィルムなどに成形加工する際の延伸製膜性に優れると いった特徴があり,得られるフィルムなどの成形品は,白色性,隠蔽性,機 械特性などに優れるという効果を奏するものである(段落【0032】,【 0073】)。
2 取消事由1(訂正要件適合性についての判断の誤り)について 原告は,本件訂正に係る訂正事項のうち,特許請求の範囲の請求項1ない し6における「白色ポリエステルフィルム」を「白色二軸延伸ポリエステル フィルム」とする訂正は,本件訂正前明細書に記載された事項の範囲内の訂 正とはいえず,本件訂正は訂正要件を満たさないから,本件訂正を認めた本 件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,本件訂正前明細書の発明の詳細な説明には,「白色ポリエステル フィルム」について,成形加工する際の「延伸製膜性」の改善が解決すべき 課題として記載され(段落【0003】ないし【0005】),また,「本 発明のポリエステル組成物からなるフィルムの具体的な製造方法」として, 「ポリエステル組成物を乾燥後,溶融押出しして,未延伸シートとし,続い て二軸延伸,熱処理し,フィルムにする」方法が記載され(段落【0034 】),更には,実施例1ないし7について,二軸延伸を行って白色ポリエス テルフィルムを製造したことが記載されている(段落【0060】,【0064】)。これらの記載からすれば,本件訂正前明細書に,二軸延伸して製造された白色ポリエステルフィルム,すなわち「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」が記載されていることは明らかである。
この点,原告は,本件訂正前明細書の段落【0034】の上記記載は,「二軸延伸工程を含む特定の製造方法によって製造された白色ポリエステルフィルム」の記載にすぎないから,これをもって「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」が記載されているとはいえない旨主張する。
しかし,本件訂正前明細書の段落【0034】に記載された上記製造方法は,二軸延伸フィルムの一般的な製造方法であり(乙9,10,18等),何ら特殊なものではないから,本件訂正前明細書の段落【0034】に記載されたフィルムは,当業者が「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」として通常認識するものにほかならないというべきである。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
また,原告は,本件訂正後の請求項1に係る「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」を,被告が本件前訴において主張した「二軸延伸フィルム」の定義に従って理解することを前提に,本件訂正前明細書には当該定義に係る「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」の記載はない旨も主張するが,本件訂正前明細書の記載を理解するに当たって,被告の本件前訴における主張内容に拘束されるべき理由はないから,原告の上記主張は,その前提において理由がない。
そして,「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」とは,その文言に従って,「二軸延伸して製造された白色ポリエステルフィルム」を意味すると解するのが相当であり,これを前提とすれば,そのような「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」が本件訂正前明細書に記載されていることは,上 以上によれば,原告主張の取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)について 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲 の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発 明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により 当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か, また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明 の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべ きものと解される。
そこで,以上の観点から,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の 記載 がサポート要件を充足するものか否かについて,以下 検討する。
本件明細書の発明の詳細な説明には,前記1のとおり,本件発明1は,多 量の無機粒子を含有するポリエステル組成物からなる白色ポリエステルフィ ルムにおいて,従来の欠点を解決し,白色性,隠蔽性,機械特性,光沢性と ともに耐熱性,成形加工性に優れたフィルムを得ることを課題とし,その解 決手段として,「カルボキシル末端基濃度が35当量/ポリエステル106g 以下」であり ,かつ「昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温 度(Tg)との差」が式「30≦Tcc-Tg≦60」を満足してなること (特性?)を特徴とするポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエス テルフィルムとするものであることが記載されている。
そして,本件明細書の発明の詳細な説明には, 得られる ポリエステル組成物中の無機粒子の粒子分散性,フィルムなどに成形する際 の溶融工程時の熱安定性,延伸製膜性の点から,組成物のカルボキシル末端 基濃度を35当量/ポリエステル106g以下とする必要があり,カルボキシ ル末端基濃度が35当量/ポリエステル10 6gを越えると無機粒子の粒子 分散性に劣ったり,フィルムなどに成形する際の溶融工程時の熱安定性,延伸製膜性に劣ることが記載され(段落【0024】),また,特性?について,ポリエステル組成物をフィルムなどに成形する際の延伸製膜性及び得られるフィルムなどの成形品の白色性,隠蔽性,機械特性の点から,昇温結晶化温度(Tcc)とガラス転移温度(Tg)との差が式「30≦Tcc-Tg≦60」を満足する必要があり,TccとTgの差が30未満の場合には,ポリエステル組成物の結晶性が高く,フィルムなどに成形加工する際に延伸製膜性に劣る一方,その差が60を越えると,得られるフィルムなどの成形品の白色性,隠蔽性,機械特性に劣ることが記載されている(段落【0026】)。
さらに,本件明細書の発明の詳細な説明には,実施例等について,次のような記載がある。
実施例1である,リン酸トリメチルを炭酸カルシウムに対して5重量% となるように噴霧して表面処理した炭酸カルシウム15重量部と,イソフ タル酸3モル%及びジエチレングリコール2モル%を共重合した固有粘度 0.65dl/gのポリエチレンテレフタレートの微粉末(JIS標準ふ るいで35メッシュ以下の粒度)85重量部とを混合した後,ベント式二 軸押出機に供給し,温度285℃,滞留時間1分で混練して得たポリエス テル組成物であって,そのカルボキシル末端基濃度が24当量/ポリエス テル106g,Tcc-Tgが52であるものについて,@上記製造時に, 異物の発生や発泡がなかったこと,A当該組成物中の炭酸カルシウムの粒 子分散性が良好であった(凝集粒子あるいは粗大粒子は観察されなかった) こと,B当該組成物を溶融加熱処理した際に,発泡や変色が認められず, 耐熱性に優れていたこと,C当該組成物を二軸延伸してフィルムを製造し たところ,延伸製膜時にフィルム破れなどの発生はなく,得られたフィル ムは白色性,隠蔽性,光沢性,ヤング率ともに優れていたことが記載され ている(段落【0058】ないし【0061】,表1ないし3)。
イ また,実施例2ないし7である,無機粒子の種類及び量,リン化合物の種類及び量,ポリエステルの共重合成分,種類及び量を表1のとおり変更した以外は,実施例1と同様の方法で得たポリエステル組成物であって,そのカルボキシル末端基濃度が14ないし32当量/ポリエステル10 6g,Tcc-Tgが35ないし55であるものについても,上記アの@ないしCと同様であったことが記載されている(段落【0064】,【0065】,表1ないし3)。
ウ 他方,比較例1である,無機粒子につき,リン化合物で表面処理していない炭酸カルシウムを使用し,ポリエステルにつき,ポリエステルチップ(縦4mm,横4mm,厚さ3mm形状)の形状のものを使用した以外は,実施例1と同様の方法で得たポリエステル組成物であって,そのカルボキシル末端基濃度が50当量/ポリエステル106g,Tcc-Tgが49であるものについて,@上記製造時に,発泡が生じたこと,A当該組成物中の炭酸カルシウムの粒子分散性は劣るものであった(凝集粒子あるいは粗大粒子が多く観察された)こと,B当該組成物を溶融加熱処理した際に,発泡や変色が認められ,耐熱性に劣っていたこと,C当該組成物を二軸延伸してフィルムを製造したところ,延伸製膜時にフィルム破れが多発し,得られたフィルムは白色性,隠蔽性等の特性に劣るものであったことが記載されている(段落【0062】,【0063】,表1ないし3)。
エ また,比較例2である,リン化合物で表面処理した炭酸カルシウムとポリエステルとをベント式二軸押出機で混練する際に,混練温度,時間を変更した以外は,実施例1と同様の方法で得たポリエステル組成物であって,そのカルボキシル末端基濃度が40当量/ポリエステル106g,Tcc-Tgが52であるものについて,@当該組成物中に炭酸カルシウムの凝集粒子が観察されたこと,A当該組成物を溶融加熱処理した際に,やや発泡 し,変色も認められ,耐熱性に劣っていたこと,B当該組成物を二軸延伸 してフィルムを製造したところ,延伸製膜時にフィルム破れが発生し,得 られたフィルムは白色性等の特性にやや劣るものであったことが記載され ている(段落【0066】ないし【0068】,表1ないし3)。
オ さらに,比較例3である,ポリエステルの共重合成分の比率を変更(イ ソフタル酸を3モル%から12モル%に変更)した以外は,実施例1と同 様の方法で得たポリエステル組成物であって,そのカルボキシル末端基濃 度が25当量/ポリエステル106g,Tcc-Tgが62であるものにつ いて,@当該組成物中の炭酸カルシウムの粒子分散性は良好であった(凝 集粒子あるいは粗大粒子は観察されなかった)が,A当該組成物を二軸延 伸してフィルムを製造したところ,延伸製膜時に時々フィルム破れが発生 し,得られたフィルムは白色性,隠蔽性等の特性に劣るものであったこと が記載されている(段落【0069】,【0070】,表1ないし3)。
カ 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,無機粒子を5重量 る実施例1ないし7では,無機粒子の種類及び量,リン化合物の種類及び 量,ポリエステルの共重合成分,種類及び量の変更に関わらず,いずれも, 粒子分散性,耐熱性,成形加工性に優れるとともに,得られた二軸延伸フ ィルムの白色性,隠蔽性,機械特性,光沢性が優れていたのに対し,特性 成型加工性に劣るとともに,得られた二軸延伸フィルムの白色性,隠蔽性 等の特性に劣っていたことが記載されているものといえる。
以上のような本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,当業者であれば,上記 の記載から,無機粒子を含有するポリエステル組成物における と,粒子分散性,熱安定性,延伸製膜性及び得られるフィルムの白色性・隠蔽性・機械特性等の物性との技術的な関係を理解する とともに, ,実際にを満たすポリエステル組成物であれば,粒子分散性,熱安定性,延伸製膜性に優れており,得られる二軸延伸フィルムの白色性,隠蔽性,機械特性,光沢性も優れたものとなることを理解するものといえる。
したがって,本件明細書には,無機粒子を5重量%以上含むポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルムにおいて,当該ポリエステル組成物を「白色性,隠蔽性,機械特性,光沢性とともに耐熱性,成形加工性に優れたフィルムを得る」という課題が解決されることが記載されているものといえるから,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)は,本件明細書の記載により当業者が本件発明1の課題を解決できると認識できる範囲のものということができ,サポート要件を充足するというべきである。
原告の主張についてア 原告は,本件明細書の発明の詳細な説明実施例1ないし7は,いずれ も@リン酸化合物で表面処理した無機粒子とAポリエステル微粉末を用い て製造したポリエステル組成物に係るものであり,これらの記載からは, 当業者が,上記@及びAを用いない組成物によって本件発明1の課題を解 決し得ると理解することはできないから,上記@及びAを用いるとの限定 をもって発明を特定する本件発明1に係る 特許請求の範囲(請求項1)の記載は,サポート要件を充足しない旨主張 するので,以下検討する。
イ 本件明細書の発明の詳細な説明においては,本件発明1に係るポリエス テル組成物の製造に当たって上記@及びAを用いることについて,次のよ うに記載されている。
「使用するポリエステルは特に限定されないが,無機粒子をポリエス テルに効率よく高濃度に含有させる,得られるポリエステル組成物中の 無機粒子の粒子分散性,得られるポリエステル組成物の熱安定性,フィ ルムなどに成形加工する際の延伸製膜性の点で,ポリエステル微粉末を 含むポリエステルとすることが好ましい。」(段落【0014】) 「本発明における無機粒子含有ポリエステル組成物は,耐熱性,フィ ルムなどに成形加工する際の延伸製膜性,得られる成形品の白色性等の 点からリン元素を50ppm以上含有することが好ましい。」(段落【0 019】) 「本発明の無機粒子含有ポリエステル組成物にリン元素を含有させる 方法は特に限定されるものでなく,…無機粒子をポリエステルに効率よ く高濃度に含有させる,あるいは無機粒子の粒子分散性,溶融製膜時の 熱安定性,フィルムなどに成形加工する際の延伸製膜性,成形品の白色 性等の品質特性などの点から,リン化合物を配合・処理した無機粒子と ポリエステルとを配合・混練する方法が好ましく,特にはリン化合物で 表面処理した無機粒子をポリエステルと混練する方法が特に好ましい。」 (段落【0021】) 「本発明の無機粒子含有ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃 度を35当量/ポリエステル106g以下とする方法としては,例えば上 述した無機粒子含有ポリエステル組成物を製造する際に,リン化合物を 配合・処理した無機粒子とポリエステルとを押出機,特にはベント式の 押出機などで混練する方法,またこの際に温度,時間,スクリュウーな どの混練条件を適宜変更したり,さらにはポリエステルとしてポリエス テル微粉末を使用する方法を挙げることができるが,特に限定されるも のではない。」(段落【0025】)ウ 以上のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明では,本件発明1に係るポリエステル組成物の製造に当たって上記@やAを用いることについて,本件発明1の課題解決にとって「好ましい」ことが記載されるとともに, それが,得られるポリエステル組成物を 満たすものとするための 方法の一つとして例示された上で,その方法については,これらに「限定 されるものではない」ことが明示されている。してみると,これらの記載 に接した当業者であれば,本件発明1において,上記@及びAを用いてポ リエステル組成物を製造することが課題解決に必須の事項とされているも のと理解するとはいえず,このことは,実施例1ないし7がいずれも上記 @及びAを用いて製造したポリエステル組成物に係るものであることによ って,左右されるものではない。
そもそも本件発明1は,無機粒子を5重量%以上含むポリエステル組成 物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルムにおいて,当該ポリエステ ル組成物が有すべき物性( )を特定することによって発明を 特定するものであるところ,このような場合,明細書の発明の詳細な説明 の記載としては,当該物性を満たすものとすることによって発明の課題が 解決されることが理解できるように記載されていれば,サポート要件とし ては足りるものといえるのであって,当該物性を実現するための方法の全 てが開示され,かつ,それらによって得られる物が発明の課題を解決し得 るものであることが逐一実施例によって示されなければならないというも のではない。
明の詳細な説明の記載は,上記の要求を満たすものであるといえる。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
以上によれば,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載につ いて,サポート要件を充足するとした本件審決の判断に誤りはないから,原 告主張の取消事由2は理由がない。
4 取消事由3(実施可能要件についての判断の誤り)について 物の発明について,実施可能要件(特許法36条4項1号)を充足すると いえるためには,明細書の発明の詳細な説明において,その記載及び出願当 時の技術常識に基づき,当業者がその物を製造し,使用することができる程度の記載があることを要するものといえる。
そこで,以上の観点から,本件について,以下検討する。
本件発明1の対象となる物は,無機粒子を5重量%以上含むポリエステル組成物からなる白色二軸延伸ポリエステルフィルムであって,当該ポリエス である。
しかるところ,本件明細書の発明の詳細な説明には,法として,「リン化合物を配合・処理した無機粒子とポリエステルとを押出機,特にはベント式の押出機などで混練する方法,またこの際に温度,時間,スクリュウーなどの混練条件を適宜変更したり,さらにはポリエステルとしてポリエステル微粉末を使用する方法」が記載され(段落【0025】),また,特性?を実現する方法として,「ポリエステルに無機粒子を含有させる際に,ポリエステルとして共重合ポリエステルを使用する方法」が記載され,その共重合ポリエステルの種類や量についても具体的に記載されているのであり(段落【0028】,【0029】),加えて,び?を満たす実施例1ないし7については,その製造条件が具体的に記載されている(段落【0058】ないし【0060】,【0064】)。
このような本件明細書の発明の詳細な説明の記載からすれば,これに接した当業者であれば,上記記載中の方法等を適宜採用して, を満たすポリエステル組成物を製造し,当該組成物を二軸延伸して,白色二軸延伸ポリエステルフィルムを製造することは,過度な試行錯誤なく行うことができると認められる。
また,このようにして製造された白色二軸延伸ポリエステルフィルムが,印画紙,X線増感紙,受像紙,磁気記録カード,ラベル,宅配便などの配送伝票,表示板,白板などの基材として好適に使用できるものであることは本件明細書の記載上明らかである(段落【0001】,【0073】)。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1の対象となる物について,当業者がこれを製造し,使用することができる程度の記載があるといえるから,実施可能要件を充足するものと認められる。
原告の主張についてア 原告は,本件明細書の発明の詳細な説明には,実施例1ないし7に示さ れた@リン酸化合物で表面処理した無機粒子とAポリエステル微粉末を用 いて製造したポリエステル組成物の場合に本件発明1に係る課題が解決さ ?をもって発明を特定する本件発明1の全範囲について,当業者がその発 明の実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載があるとはいえな い旨主張する。
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明において,上記@及びAを用い て製造したポリエステル組成物についてしか本件発明1の課題が解決され ることが記載されていないとする原告主張の上記前提が誤りであることは, がない。
イ また,原告は,本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0034】に記 載された本件発明1のポリエステル組成物と各種のポリエステルとを混合 して製造した白色二軸延伸ポリエステルフィルムについて,本件明細書の 発明の詳細な説明には,当業者がその実施をすることができる程度に明確 かつ十分な記載があるとはいえない旨主張する。
原告の上記主張は,上記段落【0034】に記載された,本件発明1の ポリエステル組成物と各種のポリエステルとを混合して製造した白色二軸 延伸ポリエステルフィルム が本件発明1 の対象となる物であることを前提とした上で,そうであるにもかかわらず, 上記「各種のポリエステル」のカルボキシル末端基濃度及びTcc-Tg の値が特定されていない以上, できるものである 本件明細書 の発明の詳細な説明には,当業者がその実施をすることができる程度に明 確かつ十分な記載があるとはいえない旨を主張するものといえる。
しかし, なる白色二軸延伸ポリエステルフィルムを対象とするものであるから,フ 製造するために用いるポリエステル組成物,すなわち,本件発明1のポリ エステル組成物と各種のポリエステルとを混合して得たポリエステル組成 本件発明1の対象となる物である場合に, それが本件発明1に係る課題を解決できるものであることは,前記3のと おり,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているものといえる。
このように,原告の上記主張は 無条件に本件発明1の対 象となる物であることを前提とする点において誤りであって,採用するこ とができない。
以上によれば,本件発明1について,実施可能要件を充足するとした本件 審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由3は理由がない。
5 取消事由4(明確性要件についての判断の誤り)について 原告は,本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0039】に,「本発明 のフィルムは,本発明のポリエステル組成物からなる層と他のポリエステル 層からなる複合フィルムであってもよい。 と記載されていることを根拠に, 」 本件発明1の白色二軸延伸ポリエステルフィルムは,複合フィルムである態 様も含むことになるが,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の記 載からそのような態様を含むことは明確ではないので,明確性要件に違反す る旨主張する。
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0039】には,上記記載に続けて,「その際の積層構成は二層以上であれば特に限定されるものでない。例えば,本発明のポリエステル組成物からなる層の少なくとも片面に他のポリエステルからなる層,例えば透明なポリエステルの層,粗面化層,極性基や親水基を有する層を積層してもよい。これらの層の厚みは特に限定されないが,0.001〜20μmが好ましい。これらの複合フィルムは,白色性に加えて,優れた表面光沢性,逆に粗面化により艶消し性や筆記性が良好となる。」との記載がある。そして,これらの記載を全体としてみれば,当該段落は,「本発明のポリエステル組成物からなる層」,すなわち本件発明1に係る白色二軸延伸ポリエステルフィルムに,他のポリエステルからなる層を積層して複合フィルムを製造することもできるという,本件発明1に係るフィルムの一つの使用態様を説明したものと理解するのが相当であって,当該複合フィルム自体が本件発明1の対象となる物である旨を述べたものではないというべきである。
したがって,原告の上記主張は,本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0039】の記載を根拠として,本件発明1の白色二軸延伸ポリエステルフィルムは複合フィルムである態様も含むものとするその前提において誤りであって,理由がない。
また,原告は,本件発明1の「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」を被告が本件前訴において主張した「二軸延伸フィルム」の定義に従って理解することを前提に,そのような定義は本件明細書に記載されておらず,当業者の技術常識でもないから,当業者が本件発明1の「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」を当該定義に従って理解することは不可能であるとして,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は明確性要件を満たさない旨を主張する。
しかし,そもそも本件発明1の「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」の意味を理解するに当たって,被告の本件前訴における主張内容に拘束されるべき理由はないから,原告の上記主張は,その前提において理由がない。
そして,本件発明1の「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」とは,その文言に従って,「二軸延伸して製造された白色ポリエステルフィルム」を意味すると解するのが相当であり,そのような理解は当業者の通常の理解と合致するというべきであるから,本件発明1に係る特許請求の範囲の「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」の記載に不明確な点があるとはいえない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
さらに,原告は,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」の記載がいわゆるプロダクト・バイ・プロセスクレームに該当することを前提に,本件明細書には,出願時において,本件発明1に係る「白色ポリエステルフィルム」をその構造又は特性により直接特定することが不可能であるか,またはおよそ実際的ではないという事情が存在していることが記載されていないから,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は明確性要件を満たさない旨主張する。
しかし,原告の上記主張は,本件の無効審判において無効理由として主張されたものではなく,本件審決の判断の対象とはされていないものであるから,本件訴訟の審理範囲を超えるものであって,失当というべきである。
なお,「二軸延伸フィルム」とは,縦方向と横方向に延伸して成形したフィルムを意味する用語としてその概念が定着しているというべきであるから,本件発明1に係る特許請求の範囲(請求項1)の「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」との記載をもって,いわゆるプロダクト・バイ・プロセスクレームととらえることは相当ではなく,この点からも,原告の上記主張は採用できない。
以上によれば,原告主張の取消事由4は理由がない。
6 取消事由5(引用発明の認定の誤り)について 甲5発明について 原告は,本件審決には,甲5発明に基づく新規性の判断の前提となった甲 5発明の認定(前記第2の3 張する。
しかし,原告は,本件の無効審判において,本件発明1についての新規性 欠如の無効理由として,「本件特許の請求項1に係る発明は,…甲第1号証 の実施例12および甲第5号証の実施例4によりそれぞれ記載された発明で あることが明らかであるから,特許法29条第1項第3号に該当」する旨(甲 33の33ないし35頁)を主張し,これを受けて本件審決は,甲5の実施 例4に係る記載(段落【0023】ないし【0027】)どおりに甲5発明 を認定したものであり,当該認定に誤りがないことは明らかである。
これに対し原告は,甲5に記載された発明について,甲5の特許請求の範 囲の請求項1及び2に基づいて,より抽象化された発明を認定すべき旨を主 張するものの,本件審決の上記認定に誤りがあることを何ら具体的に主張す るものではなく,本件審決の取消事由となる引用発明の認定の誤りの主張と しては,当を得たものとはいえない。
また,原告は,甲5記載の二軸延伸ポリエステルフィルムが白色を呈する ことは自明であるから,甲5発明の二軸延伸フィルムを「白色」と認定しな かったことは誤りである旨主張するが,甲5の実施例4に係る記載中には, 得られた二軸延伸フィルムが「白色」であることの記載はないから,本件審 決が,「白色」との限定のない「二軸延伸フィルム」を甲5発明として認定 したことに誤りがあるとはいえない。そして,原告が主張するように,甲5 記載の二軸延伸ポリエステルフィルムが白色を呈するものか否かについては, 新規性の判断の適否の問題(相違点5-2が実質的な相違点といえるか否か という問題)として判断されるのが相当であって,引用発明の認定の誤りと しての取消事由を構成するものではないというべきである。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
甲1発明2について 原告は,本件審決において,甲1発明2に基づく進歩性の判断の前提となった甲1発明2の認定(前記第2の3 イ )には,「白色フィルム」を「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」と認定しなかった点に誤りがあることを取消事由として主張する。
この点,進歩性判断の前提となる引用発明の認定の誤りが審決の取消事由となるためには,当該認定の誤りが審決の進歩性判断の結論に影響すると認められる場合でなければならない。ところが,本件審決は,甲1発明2に基づく進歩性の判断において,白色ポリエステルフィルムの「二軸延伸」に係る相違点1-3については判断することなく,これとは直接関係しない相違点1-1及び1-2に係る本件発明1の構成について,甲1発明2から容易想到ではないことを理由に,甲1発明2に基づく進歩性欠如を否定する判断をしたものである。
そうすると,原告が主張する甲1発明2の認定の誤りが本件審決の進歩性判断の結論に影響しないものであることは明らかであるから,原告の上記主張は本件審決の取消事由となるものではない。
甲2発明について 原告は,本件審決において,甲2発明に基づく進歩性の判断の前提となった甲2発明の認定(前記第2の3 ウ リン化合物」について,その種類を限定して「リン酸,亜リン酸,ホスフィン酸,ホスホン酸およびそれらの炭素数3以下のアルキルエステル化合物よりなる群の中から選ばれた少なくとも一種のリン化合物」と認定しなかった点及び「白色フィルム」を「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」と認定しなかった点に誤りがある旨を取消事由として主張する。
しかし,本件審決は,甲2発明に基づく進歩性の判断においても,白色ポリエステルフィルムの「二軸延伸」の点や添加されるリン化合物の種類とは直接関係しない相違点2-1及び2-2に係る本件発明1の構成について,甲2発明から容易想到ではないことを理由に,甲2発明に基づく進歩性欠如を否定する判断をしたものである。
そうすると,原告が主張する甲2発明の認定の誤りが本件審決の進歩性判断の結論に影響しないものであることは明らかであるから,原告の上記主張は本件審決の取消事由となるものではない。
甲3発明について 原告は,本件審決において,甲3発明に基づく進歩性の判断の前提となった甲3発明の認定(前記第2の3 エ 「炭酸カルシウム」を「リン酸,亜リン酸,ホスフィン酸,ホスホン酸またはそれらの炭素数3以下のアルキルエステル化合物であるリン化合物で表面処理された炭酸カルシウム」と認定しなかった点及び「白色フィルム」を「白色二軸延伸ポリエステルフィルム」と認定しなかった点に誤りがある旨を取消事由として主張する。
しかし,本件審決は,甲3発明に基づく進歩性の判断においても,白色ポリエステルフィルムの「二軸延伸」の点や炭酸カルシウムの表面処理の有無とは直接関係しない相違点3-1及び3-2に係る本件発明1の構成について,甲3発明から容易想到ではないことを理由に,甲3発明に基づく進歩性欠如を否定する判断をしたものである。
そうすると,原告が主張する甲3発明の認定の誤りが本件審決の進歩性判断の結論に影響しないものであることは明らかであるから,原告の上記主張は本件審決の取消事由となるものではない。
甲4発明について 原告は,本件審決において,甲4発明に基づく進歩性の判断の前提となった甲4発明の認定(前記第2の3 オ その種類を限定して「リン酸,亜リン酸またはこれらのアルキルエステルであるリン化合物」と認定しなかった点及び「白色ポリエチレンテレフタレートフィルム」を「白色二軸延伸ポリエチレンテレフタレートフィルム」と認定しなかった点に誤りがある旨を取消事由として主張する。
しかし,本件審決は,甲4発明に基づく進歩性の判断においても,白色ポリエステルフィルムの「二軸延伸」の点や添加されるリン化合物の種類とは直接関係しない相違点4-1及び4-2に係る本件発明1の構成について,甲4発明から容易想到ではないことを理由に,甲4発明に基づく進歩性欠如を否定する判断をしたものである。
そうすると,原告が主張する甲4発明の認定の誤りが本件審決の進歩性判断の結論に影響しないものであることは明らかであるから,原告の上記主張は本件審決の取消事由となるものではない。
甲7発明について 原告は,本件審決において,甲7発明に基づく進歩性の判断の前提となった甲7発明の認定(前記第2の3 カ @「ポリエチレンテレフタレート」について,「結晶化促進剤が0.01〜10重量%の範囲で添加された」との構成を付加して認定しなかった点及びA「成型してなるポリエステルフィルム」を「二軸延伸してなる二軸延伸ポリエステルフィルム」と認定しなかった点に誤りがある旨を取消事由として主張する。
しかし,本件審決は,甲7発明に基づく進歩性の判断においても,ポリエステルフィルムの「二軸延伸」に係る相違点7-5については判断することなく,これとは直接関係しない相違点7-1ないし7-4に係る本件発明1の構成について,甲7発明から容易想到ではないことを理由に,甲7発明に基づく進歩性欠如を否定する判断をしたものであるから,原告が主張する甲7発明の認定の誤りのうち,上記Aの点は,本件審決の進歩性判断の結論に影響しないものであることが明らかである。
また,上記@の点は,甲7に記載された発明の認定の誤りとしてとらえら れるべきことではなく,相違点7-1に係る認定・判断の適否の問題(甲7 における「ポリエステルに炭酸カルシウムなどの結晶化促進剤を0.01〜 10重量%の範囲で添加する」旨の記載(段落【0009】,【0010】) に照らし,本件発明1と甲7発明との相違点7-1が実質的な相違点といえ るか否かという問題)として判断されるのが相当であって,引用発明の認定 の誤りとしての取消事由を構成するものではないというべきである。
以上によれば,原告の上記主張は理由がない。
以上の次第であるから,原告主張の引用発明の認定の誤りに係る取消事由 5は,いずれの引用発明についても理由がない。
7 取消事由6(甲5発明に基づく新規性についての判断の誤り)について 原告は,原告において甲5の実施例4を再現したとする甲11の実験により, 甲5発明のポリエステル組成物が相違点5-1に係る本件発明1の構成(30 ≦Tcc-Tg≦60。特性?)を満たすことが確認されたにもかかわらず, 甲11の実験の再現性を否定し,本件発明1は甲5発明と同一であるとはいえ ないとした本件審決の判断は誤りである旨主張する。
そこで,甲11の実験が甲5の実施例4を再現したものであり,これによっ て甲5の実施例4に係るポリエステル組成物が特性?を満たすものであること が確認し得るか否かについて,以下検討する。
甲5の記載 甲5には,実施例4に係るフィルムが次のようにして製造されることが記 載されている(段落【0023】,【0025】,表1)。
ア 平均粒子径が0.4μmであるバテライト型炭酸カルシウム10部とエ チレングリコ-ル89.7部,表面処理剤としてポリアクリル酸アンモニ ウム0.3部を混合した後,超音波で10分間分散処理し,バテライト型 炭酸カルシウム/エチレングリコ-ルスラリ-(A)を得た。
イ 他方,ジメチルテレフタレ-ト100部,エチレングリコ-ル64部に 触媒として酢酸マグネシウム0.06部,三酸化アンチモン0.03部を 加えエステル交換反応を行い,その後反応生成物にリン化合物としてトリ メチルホスフェ-ト0.05部を加え,さらにその後,先に調製したスラ リ-(A)60部及び平均粒子径が0.1μmである酸化チタンを加えて 重縮合反応を行い,固有粘度0.620,カルボキシル末端基濃度28当 量/106グラムのポリエチレンテレフタレ-ト組成物を得た。
ウ 次にこのポリエチレンテレフタレ-ト組成物を290℃で溶融押出しし, 未延伸フィルムを得た。その後90℃で縦,横それぞれ3倍延伸し,さら にその後220℃で10秒間熱固定し,厚さ15μmの二軸延伸フィルム を得た。
検討ア 甲5の上記記載によれば,甲5の実施例4のポリエステル組成物は,ジ メチルテレフタレートとエチレングリコールとを用いてエステル交換反応 を行い,その後,トリメチルホスフェート,ポリアクリル酸アンモニウム で表面処理したバテライト型炭酸カルシウム及び酸化チタンを添加した状 態で,更に重縮合反応を行うことにより製造されたものであるところ,上 記エステル交換反応及び重縮合反応の際の具体的な重合条件(温度,反応 時間)は,甲5には記載されていない。
しかるところ,原告は,甲5の実施例4のポリエステル組成物について, 重合に用いるポリエステル組成物の化合物及び組成比等が記載され,また, 重合後のポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度及び固有粘度が記 載されていることから,当業者であれば,重合条件に関する具体的な記載 がなくても,カルボキシル末端基濃度及び固有粘度が同程度になるように 技術常識に基づいて重合条件を適宜調整することによって,当該ポリエス テル組成物を再現することは可能であるとした上で,甲11の実験におい ては,甲5の実施例4に記載されたとおりの原料を記載された分量で用い,技術常識に基づいてカルボキシル末端基濃度及び固有粘度が同程度になるように重合条件を適宜選択しているから,甲5の実施例4のポリエステル組成物を再現したものであることは明らかである旨主張する。
しかしながら,甲5の実施例4のポリエステル組成物のように,単量体を重合して得られる重合体は,様々な重合度(重合体1分子中に連結された単量体数)の重合体分子の集合体であり(乙3ないし乙5),このような重合体においては,原料である単量体が同じであっても,具体的な重合条件によって当該集合体に含まれる重合体の具体的な組成(どの程度の重合度の重合体分子が,どの程度の数量含まれているかということ)は異なり,それに伴って,当該重合体が持つ様々な物性も変化するものであることは技術常識である(当該技術常識については,原告もこれを争っていない。)。そして,これを前提とすれば,甲5の実施例4を再現するに当たって,原料及びその分量を再現するとともに,一部の物性である固有粘度及びカルボキシル末端基濃度を再現するように重合条件を調整したからといって,重合体の具体的な組成までが正確に再現されているか否かは不明というほかなく,したがって,当該組成のいかんによって変化し得る他の物性(Tcc-Tgなど)についても,これが再現されているか否かは不明というほかない。原告が主張する上記立論が成立するためには,同一の原料を同一の分量用いて重合を行ったポリエステル組成物について,その固有粘度とカルボキシル末端基濃度が同一であれば,当然にTcc-Tgの値も同一になることが認められる必要があるが,そのようなことを認めるに足りる証拠はない。
イ また,原告は,甲11の実験が,得られたポリエステル組成物の分子量分布(Mw/Mn)においても甲5の実施例4を再現したものであるとし,この点も上記主張の根拠とする。
しかし,原告が主張するポリエステル組成物の分子量分布(Mw/Mn) とは,Mw(重量平均分子量)とMn(数平均分子量)の比であり,重合 体を構成する様々な重合体分子の分子量の分布の広がりを示す尺度(その 値が1に近いほど分子量分布の広がりが狭い。)として用いられる値であ るから(乙3ないし5),その値が同一であるからといって,重合体の具 体的な組成までもが同一となるというものではなく,したがって,当該組 成のいかんによって変化し得る物性であるTcc-Tgの値が同一となる ということにもならない。
そうすると,原告が主張する分子量分布(Mw/Mn)が再現されてい ることは,甲11の実験がTcc-Tgの値においても甲5の実施例4を 再現したものであることを根拠付けるものとはいえない。
ウ 以上によれば,甲11の実験が甲5の実施例4を再現したものであると 認めることはできないから,その結果によって甲5の実施例4に係るポリ エステル組成物が特性?を満たすものであることが確認し得るとはいえず, そのほかに,この点を確認し得る証拠もない。
小括 以上の次第であるから,甲5発明のポリエステル組成物が相違点5-1に 係る本件発明1の構成を満たすものとはいえないことを理由として,本件発 明1は甲5発明と同一とはいえないとした本件審決の判断に誤りはなく,原 告主張の取消事由6は理由がない。
8 取消事由7(甲1発明2,甲2発明,甲3発明又は甲4発明を主引例とする進歩性についての判断の誤り)について 「審理不尽」について 原告は,本件審判において原告が主張した甲1発明2等に基づく進歩性欠 如の無効理由には,例えば,甲1と甲3と甲5ないし甲7の組み合わせに基 づく無効理由も含まれるのに,本件審決は,甲1発明2,甲2発明,甲3発 明又は甲4発明のいずれか1つと甲5ないし甲7の記載事項の組合せによる無効理由しか審理・判断していない点において,審理不尽の違法がある旨主張する。
しかし,原告は,本件審判の審判請求書(甲33の35ないし42頁)において,甲1発明2,甲2発明,甲3発明又は甲4発明のいずれか1つと甲5ないし甲7の記載事項の組合せによる進歩性欠如の無効理由しか具体的に主張しておらず,原告が主張する甲1と甲3と甲5ないし甲7の組み合わせのように,甲1ないし甲4のうちの複数の文献を組み合わせた上に,甲5ないし甲7を組み合わせることによる進歩性欠如の無効理由を何ら具体的に主張していない。
したがって,本件審決は,甲1発明2等に基づく進歩性欠如の無効理由について,原告の主張に対応した審理・判断をしているのであって,審理不尽の違法が認められないことは明らかである。
容易想到性判断の誤り」についてア 「甲1発明2を主引例とする容易想到性判断の誤り」について 相違点1-1について 原告は,甲1発明2において,相違点1-1に係る本件発明1の構成 (ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度を35当量/ポリエス テル106g以下)とすることは,甲5,6及び8の記載から当業者が容 易に想到し得たことであるから,相違点1-1の容易想到性を否定した 本件審決の判断は誤りである旨主張するので,以下検討する。
a 甲1発明2について 甲1の記載によれば,甲1には,甲1発明2に関して,次のような ことが開示されている。
甲1発明2は,ポリエステル組成物からなる白色フィルムに関す るものであり,印画紙,X線増感紙,カード,ラベル,表示板,白 板などの基材として好適なものである(段落【0001】)。
? 従来,白色フィルムを得るために,炭酸カルシウム等の白色の無機粒子を多量にポリエチレンテレフタレ-トに添加することは知られているが,粒子の分散性が十分でないなどの問題があり,さらに,得られるフィルムに十分な白度,隠蔽性,光沢性を兼備されるのが困難であるという問題があった(段落【0003】ないし【0006】)。
? 甲1発明2の目的は,多量の白色無機粒子をポリエステルに含有させ白色性,隠蔽性,光沢性に優れた成形品を得るために,特定のリン化合物で表面処理した炭酸カルシウムからなるポリエステル系樹脂用改質剤を高濃度に含有してなるポリエステル組成物からなるフィルムとすることによって,上記した従来の欠点を解決することにある(段落【0007】)。
? 本発明のポリエステルとは,ジカルボン酸もしくはエステル形成性誘導体とジオ-ルとのエステル化もしくはエステル交換反応ならびに引続く重縮合反応によって製造される(段落【0012】)。
改質剤は,リン酸,亜リン酸,ホスフィン酸,ホスホン酸およびそれらの炭素数3以下のアルキルエステル化合物よりなる群の中から選ばれた少なくとも一種のリン化合物で表面処理した炭酸カルシウム粉体である必要があり,改質剤の好ましい含有量は,5重量%を超え,80重量%以下である(段落【0013】,【0020】)。
? 炭酸カルシウムの表面処理に使用するリン化合物量は特に限定されないが,ポリエステル中の炭酸カルシウムの粒子分散性,ポリエステルの高温滞留時の異物発生,発泡の点から,炭酸カルシウムに対して0.1重量%以上が好ましい(段落【0014】)。
? 炭酸カルシウムは天然品,合成品のいずれであってもよく,その 結晶形態としてはカルサイト,アナゴライト,バテライトなどがあ げられるが特に限定されない(段落【0017】)。
? ポリエステル組成物を得るための方法は,改質剤をポリエステル 製造工程で添加する方法,ポリエステルにドライブレンドする方法 等を挙げることができ,本発明の改質剤をポリエステルにドライブ レンドする方法は,通常の一軸あるいは二軸押出し機,またはベン ト式の一軸あるいは二軸押出し機を使用することが好ましい(段落 【0022】,【0023】)。
甲1発明2においては,特定のリン化合物で表面処理した炭酸カ ルシウムからなるポリエステル系樹脂用改質剤をポリエステルへ高 濃度に配合,添加することで炭酸カルシウム粒子の分散性,耐熱性 の優れたポリエステル組成物を得ることができ,該ポリエステル組 成物をフィルム成形した場合には白度,隠蔽力,光沢性に優れた白 色フィルムを製造することができ,印画紙,X線増感紙,カード, ラベル,表示板,白板などの基材として好ましく用いられる(段落 【0047】)。
b 甲5の適用について 甲5には,次のようなことが記載されている。
@ 本発明は,特に耐スクラッチ性,耐摩耗性に優れたフィルムを 提供する熱可塑性ポリエステル組成物及びそのフィルムに関する ものである(段落【0001】)。
A ポリエチレンテレフタレ-トに代表される熱可塑性ポリエステ ルは,例えば磁気テ-プ用,コンデンサ-用,包装用,グラフィ ック用などのフィルム,産業用,衣料用などの繊維の形態で広く 使用されているところ,熱可塑性ポリエステルを繊維やフィルム として使用する場合には,その滑り性や耐スクラッチ性,耐摩耗 性がその製造工程や各用途における加工工程の作業性の良否,さ らには,その製品品質の良否を左右する大きな要因となっている (段落【0002】,【0003】)。従来,ポリエステルの摩 擦係数を低下させる方法として,炭酸カルシウムなどの無機微粒 子を添加し,ポリエステル中に微粒子を存在させることが数多く 提案されてきたが,無機粒子である炭酸カルシウムと有機成分で あるポリエステルとの親和性が不十分であるため,成型品の耐摩 耗性が劣るといった問題があった(段落【0004】)。
B 本発明は,耐摩耗性,耐スクラッチ性に優れたフィルム及びそ の原料である熱可塑性ポリエステル組成物を提供することを課題 とし,その解決手段として,多価カルボン酸化合物によって表面 処理された平均粒子径が0.01〜5μmであるバテライト型炭 酸カルシウムを0.05〜10重量%,及びリン元素を40〜2 50ppm含有し,かつ,カルボキシル末端基濃度が106グラム あたり10〜100当量の範囲である熱可塑性ポリエステル組成 物及び該ポリエステル組成物よりなるフィルムを提供するもので ある(段落【0005】,【0006】)。
C 炭酸カルシウムの結晶構造のうちバテライト型は,合成方法を 選択することにより実質的に球状で粒度分布も鋭い優れたものが 得られ,なおかつ,表面活性があるためにポリエステル中でポリ エステルとの相互作用が強く粒子の脱落が少ない点から優れてい る(段落【0007】)。ただし,炭酸カルシウムの安定結晶は カルサイト型であり,バテライト型炭酸カルシウムは水分の存在 や熱によってカルサイト型炭酸カルシウムに転移しやすいため, 本発明におけるバテライト型炭酸カルシウムは,ポリエステル製 造工程中での結晶転移を防ぐために,多価カルボン酸化合物によ って表面処理されていることが必要である(段落【0008】)。
D 本発明におけるバテライト型炭酸カルシウムの平均粒子径は, フィルム用,特に磁気テ-プ用では0.01〜5μmであり,熱 可塑性ポリエステル組成物中の含有量は0.05〜10重量%で ある。0.05重量%未満ではフィルムに走行性を付与すること ができず,10重量%を越えるとフィルム中の分散性が低下しフ ィルム表面に粗大突起が発生して,削れやスクラッチの原因とな る。(段落【0009】)E 本発明における熱可塑性ポリエステル組成物は,リン元素を4 0〜250ppm含有するものである。バテライト型炭酸カルシ ウムは,表面活性が強いために凝集し易いが,活性のコントロ- ルによって熱可塑性ポリエステル中での分散性を制御できる。熱 可塑性ポリエステルに含有されるリン元素量が40ppm未満で ある場合,バテライト型炭酸カルシウム粒子が凝集し粗大な粒子 となるために耐摩耗性が悪化する。一方,リン元素量が250p pmを越える場合,重合触媒の活性が低下し重合時間が長くなる。
(段落【0011】)F 本発明における熱可塑性ポリエステル組成物は,バテライト型 炭酸カルシウム粒子の良好な分散性や親和性を得るために,その カルボキシル末端基濃度を106グラム当たり10〜100当量 とすることが必要である。カルボキシル末端基濃度が10当量/ 106グラム未満では,バテライト型炭酸カルシウム粒子との相互 作用が小さく親和性が低くなる。また,カルボキシル末端基濃度 が100当量/106グラムを越えると,バテライト型炭酸カルシ ウム粒子が凝集し,またその他の物性の低下も見られる。(段落 【0013】) ? 検討 @ 摩擦係数を低下させるために炭酸 カルシウムを添加したポリエステルフィルムにおいて,耐スクラ ッチ性,耐摩耗性に優れたフィルムを提供するという課題を解決 するために必要な条件として,当該フィルムの製造に用いられる ポリエステル組成物に,多価カルボン酸化合物によって表面処理 した特定量のバテライト型炭酸カルシウム及びリン元素を含有さ せることに加え,当該ポリエステル組成物の「カルボキシル末端 基濃度を106グラム当たり10〜100当量とすること」(以下 「甲5記載のカルボキシル末端基濃度」という。)が記載されて いる。
しかるところ,原告は,甲1及び甲5の記載からすれば,両者 はポリエステル中での炭酸カルシウムの分散性に関する課題を有 する点において共通しているから,甲1発明2に甲5の記載を適 用すべき動機付けがある旨主張するので,以下検討する。
A 上記 によれば,甲5には,摩擦係数を低下させるために炭酸 カルシウムを添加したポリエステルフィルムにおいて,耐スクラ ッチ性,耐摩耗性に優れたフィルムを得るに当たり,ポリエステ ル組成物に含有されるバテライト型炭酸カルシウム粒子の良好な 分散性や親和性を得るために,当該ポリエステル組成物につき甲 5記載のカルボキシル末端基濃度とすることが開示されているも のといえる。
しかし,甲5の上記記載は,飽くまでもポリエステルに炭酸カ ルシウム(無機粒子)を添加する目的が「摩擦係数の低下」であ ること及び課題としてフィルムに求められる物性が「耐スクラッ チ性,耐摩耗性」であることを前提とした場合において,甲5記 載のカルボキシル末端基濃度とすることがバテライト型炭酸カル シウム粒子の分散性等を向上させ,上記課題の解決につながるこ とを開示したものであって,無機粒子添加の目的やフィルムに求 められる物性のいかんにかかわらず,無機粒子含有のポリエステ ルフィルム一般に当てはまるものとして,甲5記載のカルボキシ ル末端基濃度とすることが無機粒子の分散性を向上させるもので あることを開示ないし示唆するものとはいえない。
他方,前記aのとおり,甲1発明2は,多量の白色無機粒子を ポリエステル組成物に含有させることによって白色に形成するポ リエステルフィルムにおいて,白色性,隠蔽性,光沢性に優れた 成形品を得るために,特定のリン化合物で表面処理した炭酸カル シウムからなるポリエステル系樹脂用改質剤を高濃度に含有した ポリエステル組成物からなるフィルムとするものであるから,無 機粒子をポリエステルに添加する目的(白色フィルムの形成)の 点においても,課題としてフィルムに求められる物性(白色性, 隠蔽性,光沢性)の点においても,甲5記載のフィルムとは異な るものである。
してみると,多量の白色無機粒子を含有する白色ポリエステル フィルムにおける白色性,隠蔽性,光沢性の向上を課題とする甲 1発明2において,甲5に記載された,摩擦係数を低下させるた めに炭酸カルシウムを添加したポリエステルフィルムの耐スクラ ッチ性,耐摩耗性の向上という課題の解決に必要とされる条件の 一つである甲5記載のカルボキシル末端基濃度を適用すべき動機 付けがあると認めることはできないというべきでる。
B したがって,甲1発明2に甲5記載の事項を適用することはで きないというべきである。
c 甲6の適用について 甲6には,次のようなことが記載されている。
@ 本発明は,不活性無機粒子の分散性が良好なポリエステルの製 造方法に関するものである(1頁目左欄)。
A ポリエチレンテレフタレートからなるフィルムや繊維は,製造 工程での工程通過性や高次加工時の取り扱い性,さらには最終製 品の滑り性,耐摩耗性,表面特性などを満足するため,表面に凹 凸を形成せしめる方法が通常用いられ,その手段として,炭酸カ ルシウムなどの不活性無機粒子を添加,配合する方法が知られて いるが,特に磁気テープ用途では高記録密度化の要請が著しく, フィルム表面凹凸の均一化と合わせて,高速走行させたときのフ ィルムの耐ケズレ性の改良が要求され,そのためには,ポリエス テル中に添加した不活性無機粒子が均一で微細であることが必須 条件であり,このため,不活性無機粒子の分散性を向上させるた めに,多くの提案がなされている(1ページ目左欄ないし2頁目 左上欄)。
B また,ポリエステルの製造法には,ジカルボン酸低級エステル とグリコールとからエステル交換反応を行ない,次いで重縮合反 応を行なうエステル交換法,およびジカルボン酸とグリコールと からエステル化反応を行ない,次いで重縮合反応を行なう直重法 があるが,近年,ポリエステル製造時の生産性の向上や製造コス トを低減させるため,直重法が多用されている。しかしながら, 前記の分散性を改良させた不活性無機粒子であっても,直重法に おいて,重縮合反応系に添加すると不活性無機粒子が凝集しやす く,分散性が低下するという問題点があった(2頁目左上欄,右 上欄)。
C 本発明の課題は,不活性無機粒子の分散性が良好なポリエステ ルを直重法により製造する方法を提供することであり,そのため の手段として,芳香族ジカルボン酸を主成分とするカルボン酸と エチレングリコールを主成分とするグリコールからポリエステル を製造するに際して,エステル化反応が実質的に終了した後,該 反応生成物のカルボシキル末端基濃度が反応生成物106g当た り100eq以下である反応系に,平均粒子径が0.5〜5.0 μの不活性無機粒子を0.01〜3重量%添加することを特徴と するポリエステルの製造方法を採用するものである(2頁目右上 欄,左下欄)。
D 本発明は,直重法において反応系のカルボキシル末端基濃度が 該反応物106g当たり100eq以下,より好ましくは50eq 以下の段階に不活性無機粒子を添加することによって,不活性無 機粒子の凝集を防止し,分散性を著しく改良でき,またジエチレ ングリコールの副生や触媒残渣による異物の生成を抑制したポリ マーを,工業的に生産性よく得ることができる(3頁目左下欄)。
? 検討 @ 甲6には,ポリエステルのフィルム等におい て,その表面に凹凸を形成する手段として炭酸カルシウムなどの 無機粒子を添加したフィルム等,特に,磁気テープ用途などで, 高速走行させたときのフィルムについて,耐ケズレ性などを改善 するために,不活性無機粒子の分散性が良好なポリエステルを直 重法により製造する方法を提供することを課題として,「芳香族 ジカルボン酸を主成分とするカルボン酸とエチレングリコールを 主成分とするグリコールからポリエステルを製造するに際して, エステル化反応が実質的に終了した後,該反応生成物のカルボキ シル末端基濃度が反応生成物10 6 g当たり100当量以下である反応系に,平均粒子径が0.5〜5.0μの不活性無機粒子を0.01〜3重量%添加することを特徴とするポリエステルの製造方法」を採用することが記載されている。
そこで,甲1発明2に甲6記載の「反応生成物のカルボキシル末端基濃度が反応生成物106g当たり100当量以下である」との点(以下「甲6記載のカルボキシル末端基濃度」という。)を適用することができるかどうかにつき検討するに,甲6においては,ポリエステルを直重法により製造する場合に生じる不活性無機粒子の凝集化,分散性低下の問題を解決することを課題とし,その解決手段として,エステル化反応後の反応生成物につき甲6記載のカルボキシル末端基濃度とするものである。
他方,甲1発明2は,前記aのとおり,多量の白色無機粒子を含有するポリエステル組成物からなる白色フィルムにおいて,白色性,隠蔽性,光沢性に優れた成形品を得るために,特定のリン化合物で表面処理した炭酸カルシウムからなるポリエステル系樹脂用改質剤を高濃度に含有してなるポリエステル組成物からなるフィルムとするものであるが,当該ポリエステル組成物の製造方法は直重法に限定されず,それ以外の製造方法(エステル交換法)に係るポリエステルも含むものであるから(前記a?),このような甲1発明2において,専ら直重法により製造するポリエステルに係る問題点を解決するための手段である甲6に係る構成をあえて適用すべき動機付けはないというべきである。
A さらに,甲6においては,フィルム等の製造に用いられるポリエステル組成物についてのカルボキシル末端基濃度ではなく,当該ポリエステル組成物を得るための反応過程にある生成物(直重 法において,エステル化反応が終了し,重縮合反応が行われる前 のもの)について,甲6記載のカルボキシル末端基濃度とするこ とが記載されているにすぎないから,仮に,甲1発明2に甲6記 載の事項を適用したとしても,その結果得られる重縮合反応後の ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度がいかなる値とな るかは明らかではなく,相違点1-1に係る本件発明1の構成と なることが認められるものではない。
B 以上によれば,甲1発明2に甲6記載の事項を適用することは できないというべきであり,また,適用できたとしても,その結 果得られるものが相違点1-1に係る本件発明1の構成を有する ものとは認められない。
d 甲8の適用について 甲8(飽和ポリエステル樹脂ハンドブック)には,「PETには, -COOHと-OHとの2つの末端基が存在する。一般的には末端基 含量の少ない,熱安定性の高いポリマーの方がフィルム用に適してい る。また,したがって,-COOH末端よりも-OH末端を多くもつ ポリマーの方が良い」ことが記載されているものの,甲1発明2のよ うなポリエステルフィルムにおいて,ポリエステル組成物のカルボキ シル末端基濃度を35当量/10 6 g以下とすることについての記載 や示唆はない。
したがって,甲1発明2に甲8記載の事項を適用しただけでは,相 違点1-1に係る本件発明1の構成とすることができないことは明ら かである。
e 小括 以上によれば,甲1発明2において,甲5,6及び8記載の事項に 基づいて,相違点1-1に係る本件発明1の構成(ポリエステル組成 物のカルボキシル末端基濃度を35当量/ポリエステル106g以下) とすることが,当業者において容易に想到し得たことであると認める ことはできないから,相違点1-1の容易想到性を否定した本件審決 の判断に誤りはない。
相違点1-2について 原告は,甲1発明2において,相違点1-2に係る本件発明1の構成(30≦Tcc-Tg≦60)とすることは,甲7の記載及び周知技術(甲29,30)から当業者が容易に想到し得たことであるから,相違点1-2の容易想到性を否定した本件審決の判断は誤りである旨主張するので,以下検討する。
a 甲7の適用について 甲7には,次のようなことが記載されている。
@ 本発明は少なくとも縦方向に配向したポリエステルフィルムに 関するものであり,さらに詳しくは厚み均一性に優れた少なくと も縦方向に配向したポリエステルフィルムに関するものである( 段落【0001】)。
A ポリエステルフィルムの厚みは品質そのもの,製品ロール巻取 り不良防止および加工特性などのために均一であることが必要で ある。そして,通常行われているポリエステルフィルムの成形方 法において,縦延伸は,ポリマーに有効な分子配向を与えるため ガラス転移温度よりも高温で,かつフィルムとロールが粘着を起 こさない温度までの範囲で行われ,ポリエチレンテレフタレート の場合,80〜135℃の温度範囲で行われるのが普通であるが, 例えば生産量増大のために縦延伸倍率を上げるようとすると高温 で延伸することが必要となり,厚みむらが大きく悪化する。しか し,従来の厚みむら改良法では温度むらや延伸区間を小さくする にも装置上限界があるなどの問題があった。(段落【0002】 ないし【0004】)B 本発明は,厚みむらのない均一な厚みのポリエステルフィルム を成型する方法を提供することを課題とし,そのための手段とし て,ポリエチレンテレフタレートを主成分とする冷結晶化温度T c(℃)(判決注:昇温結晶化温度(Tcc)に対応するもの) とガラス転移温度Tg(℃)との差(Tc-Tg)が60℃以下 のポリエステルフィルムを,第1段延伸の前の予熱段階で結晶化 度0.5〜25%にせしめた後,成形することを特徴とする少な くとも縦方向に配向したポリエステルフィルムの成形方法を採用 するものである(段落【0005】,【0006】)。
C 通常のポリエチレンテレフタレートでは,ガラス転移温度Tg は69〜70℃,冷結晶化温度Tcは135〜140℃であり, 本発明の(Tc-Tg)が60℃以下という温度範囲内には入ら ないので,通常の非粘着ロール材質で有効に熱結晶化せしめるた めには(Tc-Tg)を60℃以下にして結晶化速度を充分速め る必要があるが,このためには結晶化促進剤を添加,他のモノマ ーやポリマーを共重合もしくはブレンド,重合触媒を適切に選択 するなどしてポリマーを改質することが必要である。上記結晶化 促進剤としては,特に限定されないが,炭酸カルシウムなどの無 機添加物などが用いられ,添加量は通常0.01〜10重量%の 範囲である。(段落【0009】,【0010】)D 本発明において第1段延伸前のフィルムの結晶化度は0.5〜 25%,好ましくは0.7〜15%,さらに好ましくは1〜10 %の範囲であることが必要である。結晶化度が0.5%未満の場 合は厚みむら改善の効果が少なく,また25%を越えると第1段 延伸もしくは続く第2段延伸でフィルムの延伸性が不良となり, 低倍率延伸でも破れが生じるため好ましくない。(段落【001 1】) E 本発明のポリエステルフィルムの成形方法はポリエステルの熱 結晶性と成形前の結晶化度を規定することによって,フィルムの 厚みが均一で,周期的な厚みむらがない,フィルムの熱寸法安定 性が向上する,ヤング率などの機械的特性が向上する,易滑性が 向上する,フィルムが高透明になる,などの効果を有する(段落 【0048】ないし【0059】)。
? 検討 @ 7には,ポリエステルフィルムについて, 厚みむらのない均一な厚みのフィルムを成型する方法を提供する という課題を解決するために必要な条件の一つとして,フィルム 成形前のポリエステル組成物につき,「Tc-Tgの値を60℃ 以下とすること」(以下「甲7記載のTc-Tgの値」という。) が記載されている。
そこで,甲1発明2に甲7記載のTc-Tgの値を適用するこ とができるかどうかにつき検討するに,甲7において,ポリエス テル組成物のTc-Tgの値が60℃以下とされるのは,厚みむ らのない均一な厚みのポリエステルフィルムを成形する方法を提 供するという課題を解決するために,当該ポリエステル組成物の 物性の一つとして必要とされるからである。
これに対し,前記aのとおり,甲1発明2は,多量の白色無機 粒子を含有するポリエステル組成物からなる白色フィルムにおい て,白色性,隠蔽性,光沢性に優れた成形品を得ることを課題と するものであるから,甲1発明2と甲7記載の技術は,いずれも ポリエステルフィルムに係る技術であるという点においては共通 するものの,それぞれの解決すべき課題は異なっているものとい える。しかも,甲7において,上記課題を解決するためには,フ ィルム成形前のポリエステル組成物が,上記Tc-Tgの値のみ ならず,「結晶化度を0.5〜25%とする」との物性をも有す ることが必須の条件とされている。
してみると,白色ポリエステルフィルムにおける白色性,隠蔽 性,光沢性の向上を課題とする甲1発明2において,甲7に記載 された,厚みむらのない均一な厚みのポリエステルフィルムを成 形する方法を提供するという課題の解決に必要とされる成形前の ポリエステル組成物の物性のうちの一つである甲7記載のTc- Tgの値を,「結晶化度を0.5〜25%とする」という他の条 件とは切り離して,あえて適用すべき動機付けがあると認めるこ とはできないというべきでる。
A これに対し,原告は,甲1発明2と甲7に記載された発明とは, 延伸製膜性の課題及び二軸延伸ポリエステルフィルムを提供する という技術分野において共通するから,甲1発明2に甲7記載の 発明を適用する動機付けがある旨主張する。
しかし,技術分野を共通にすることが直ちに適用の動機付けに つながるものではないし,二軸延伸ポリエステルフィルムの分野 において,延伸製膜に当たって安定かつ均一な厚みのフィルムを 得ようとすることが当然の課題として当業者に認識されているこ とは明らかであるから(この点は,原告も認めている。),この ような当該分野における当然の課題が共通しているからといって, 他にも様々な課題を有する甲1発明2に,甲7を適用する動機付け が直ちに認められるものではない。
そして,甲1発明2と甲7記載の技術に係る具体的な課題が相 違することから,甲1発明2に甲7記載の技術を適用する動機付 けが認められないことは,上記@で述べたとおりである。
B 以上によれば,甲1発明2に甲7記載の事項を適用することは できないというべきである。
b 甲29及び30について 原告は,甲29及び30の記載を根拠とし,ポリエステルフィルム において,Tcc-Tgが60℃以下であることによって製膜性が向 上することは本件出願当時の周知技術と認められるとし,このような 周知技術を甲1発明2に適用することによって,Tcc-Tgを60 ℃以下とすることは容易になし得たことである旨主張する。
そこで検討するに,まず,甲29には,可塑剤を含有せず,経時あ るいは熱水処理で,柔軟性・透明性が失われることのない柔軟性ポリ エステルを提供するという課題を解決するために,特定のジオール成 分と酸成分を含有する柔軟性ポリエステルフィルムとすること(2頁 右上欄),当該ポリエステルフィルムのTcc-Tgは80℃以下で あることが好ましく,さらに好ましくは,60℃以下であると製膜性 が良好となること(3頁左下欄)が記載され,また,甲30には,柔 軟性を有し,透明性,寸法安定性に優れたポリエステルフィルムを形 成するに当たり,寸法安定性に劣るなどの問題を解決するために,結 晶サイズを18Å以上50Å以下,フィルムのTgとフィルムを構成 する樹脂のTgとの差を3℃以上,引っ張りヤング率を0.1〜50 kg/mm2,熱可塑性ポリエステル樹脂のTccとTgとの差を60 ℃以下とすること,Tcc-Tgを60℃以下とすることで,製膜性 あるいは耐溶剤性が向上するので好ましいことが記載されている(1, 2頁)。
しかるところ,これらの記載からは,特定の組成や物性を有する柔 軟性及び透明性を備えたポリエステルフィルムにおいて,Tcc-T gを60℃以下とすると製膜性が良好となることが理解できるものの, そのような限定のないポリエステルフィルム一般において,Tcc- Tgを60℃以下とすれば製膜性が向上することが周知技術であるこ とまで認めることはできない。また,これらの文献に記載された技術 と白色ポリエステルフィルムにおける白色性,隠蔽性,光沢性の向上 を課題とする甲1発明2とでは,その解決すべき具体的な課題を異に するというべきであるから,甲1発明2において,上記二つの文献に 記載されたTcc-Tgの値を適用すべき動機付けがあるともいえな い。
c 小括 以上によれば,甲1発明2において,甲7の記載と甲29及び30 記載の周知技術に基づいて,相違点1-2に係る本件発明1の構成(3 0≦Tcc-Tg≦60)とすることが,当業者において容易に想到 し得たことであると認めることはできないから,相違点1-2の容易 想到性を否定した本件審決の判断に誤りはない。
まとめ 以上の次第であるから,相違点1-3について検討するまでもなく, 本件発明1は,甲1発明2と甲5ないし甲7に記載された事項から当業 者が容易に発明できたものとはいえないとした本件審決の判断に誤りは なく,この点に係る原告の主張は理由がない。
イ 「甲2発明を主引例とする容易想到性判断の誤り」について 相違点2-1について 原告は,甲1発明2と同様に,甲2発明においても,相違点2-1に 係る本件発明1の構成(ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度 を35当量/ポリエステル106g以下)とすることは,甲5,6及び8の記載から当業者が容易に想到し得たことであるから,これらの相違点についての容易想到性を否定した本件審決の判断は誤りである旨主張するので,以下検討する。
a 甲5の適用について 甲5の開示事項は, Aで述べたとおりである。
他方,甲2の記載(段落【0006】,【0007】)によれば, 甲2発明は,多量の白色無機粒子をポリエステル組成物に含有させる ことによって白色に形成するポリエステルフィルムにおいて,白色性, 隠蔽性,光沢性に優れた成形品を得るために,リン化合物,炭酸カル シウム及びポリエステルをベント式押出し機で混練してなり,炭酸カ ルシウムの含有量がポリエステルに対して5重量%を超え,80重量 %以下であるポリエステル組成物からなるフィルムとするものである と認められる。
そうすると,甲2発明は,無機粒子をポリエステルに添加する目的 (白色フィルムの形成)の点においても,課題としてフィルムに求め られる物性(白色性,隠蔽性,光沢性)の点においても,甲5記載の フィルムとは異なるものであるから, Aで甲1発明2に ついて述べたのと同様に,甲2発明においても,甲5記載のカルボキ シル末端基濃度を適用すべき動機付けがあると認めることはできな い。
b 甲6の適用について 甲2発明は,甲1発明2と同様に,ポリエステル組成物の製造方法 は直重法に限定されず,それ以外の製造方法(エステル交換法)に係 るポリエステルも含むものであると認められる(甲2の段落【000 8】)。
そうすると,前記 c?で甲1発明2について述べたのと同様の 理由により,甲2発明においても,甲6記載のカルボキシル末端基濃 度を適用すべき動機付けがあると認めることはできない。また,適用 できたとしても,その結果得られるものが相違点2-1に係る本件発 明1の構成を有するものとは認められないことも同様である。
c 甲8の適用について 甲2発明に甲8記載の事項を適用しただけでは,相違点2-1に係 る本件発明1の構成とすることができないことは,前記 dで甲1 発明2について述べたとおりである。
d 小括 以上によれば,甲2発明においても,甲5,6及び8記載の事項に 基づいて,相違点2-1に係る本件発明1の構成(ポリエステル組成 物のカルボキシル末端基濃度を35当量/ポリエステル10 6g以下) とすることが,当業者において容易に想到し得たことであると認める ことはできないから,相違点2-1の容易想到性を否定した本件審決 の判断に誤りはない。
相違点2-2について 原告は,甲1発明2と同様に,甲2発明においても,相違点2-2に係る本件発明1の構成(30≦Tcc-Tg≦60)とすることは,甲7の記載及び周知技術(甲29,30)から当業者が容易に想到し得たことであるから,相違点2-2の容易想到性を否定した本件審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし, が,甲1発明2と同様に,多量の白色無機粒子を含有するポリエステル組成物からなる白色フィルムにおいて,白色性,隠蔽性,光沢性に優れた成形品を得ることを課題とするものであることからすると,前記ア ?及びbで甲1発明2につい て述べたのと同様の理由により,甲2発明に甲7記載のTc-Tgの値 や甲29及び30に記載されたTcc-Tgの値を適用すべき動機付け があるとは認められない。
したがって,甲2発明においても,甲7の記載と甲29及び30記載 の周知技術に基づいて,相違点2-2に係る本件発明1の構成(30≦ Tcc-Tg≦60)とすることが,当業者において容易に想到し得た ことであると認めることはできないから,相違点2-2の容易想到性を 否定した本件審決の判断に誤りはない。
まとめ 以上の次第であるから,相違点2-3について検討するまでもなく, 本件発明1は,甲2発明と甲5ないし7に記載された事項から当業者が 容易に発明できたものとはいえないとした本件審決の判断に誤りはなく, この点に係る原告の主張は理由がない。
ウ 「甲3発明を主引例とする容易想到性判断の誤り」について 相違点3-1について 原告は,甲1発明2と同様に,甲3発明においても,相違点3-1に 係る本件発明1の構成(ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度 を35当量/ポリエステル106g以下)とすることは,甲5,6及び8 の記載から当業者が容易に想到し得たことであるから,これらの相違点 についての容易想到性を否定した本件審決の判断は誤りである旨主張す るので,以下検討する。
a 甲5の適用について 甲5の開示事項は, 他方,甲3の記載(特許請求の範囲の請求項1ないし3,9,10, 段落【0007】ないし【0009】)によれば,甲3発明は,多量 の無機粒子をポリエステル組成物に含有させることによって白色に形 成するポリエステルフィルムにおいて,白色性,隠蔽性,光沢性に優 れた成形品を得るために,「炭酸カルシウム粒子を1〜90重量%含 有してなるポリエステル組成物であって,かつo-クロロフェノール 溶解液から得られる各分離物がそれぞれリン元素を含有し,さらに分 離物が下記式を満足してなるポリエステル組成物からなる白色フィル ム。
記 B/A≦2.0 A:ポリエステル組成物から得られる分離物(ポリエステル組成物 に対する重量%) B:300℃,8時間溶融加熱処理した後のポリエステル組成物か ら得られる分離物(ポリエステル組成物に対する重量%)」 とするものであると認められる。
そうすると,甲3発明は,無機粒子をポリエステルに添加する目的 (白色フィルムの形成)の点においても,課題としてフィルムに求め られる物性(白色性,隠蔽性,光沢性)の点においても,甲5記載の フィルムとは異なるものであるから, Aで甲1発明2に ついて述べたのと同様に,甲3発明において,甲5記載のカルボキシ ル末端基濃度を適用すべき動機付けがあるとは認められない。
b 甲6の適用について 甲3発明は,甲1発明2と同様に,ポリエステル組成物の製造方法 は直重法に限定されず,それ法以外の製造方法(エステル交換法)に 係るポリエステルも含むものであると認められる(甲3の段落【00 10】)。
理由により,甲3発明においても,甲6記載のカルボキシル末端基濃 度を適用すべき動機付けがあると認めることはできない。また,適用 できたとしても,その結果得られるものが相違点3-1に係る本件発 明1の構成を有するものとは認められないことも同様である。
c 甲8の適用について 甲3発明に甲8記載の事項を適用しただけでは,相違点3-1に係 dで甲1 発明2について述べたとおりである。
d 小括 以上によれば,甲3発明においても,甲5,6及び8記載の事項に 基づいて,相違点3-1に係る本件発明1の構成(ポリエステル組成 物のカルボキシル末端基濃度を35当量/ポリエステル10 6g以下) とすることが,当業者において容易に想到し得たことであると認める ことはできないから,相違点3-1の容易想到性を否定した本件審決 の判断に誤りはない。
相違点3-2について 原告は,甲1発明2と同様に,甲3発明においても,相違点3-2に係る本件発明1の構成(30≦Tcc-Tg≦60)とすることは,甲7の記載及び周知技術(甲29,30)から当業者が容易に想到し得たことであるから,相違点3-2の容易想到性を否定した本件審決の判断は誤りである旨主張する。
3発明が,甲1発明2と同様に,多量の白色無機粒子を含有するポリエステル組成物からなる白色フィルムにおいて,白色性,隠蔽性,光沢性に優れた成形品を得ることを課題とすて述べたのと同様の理由により,甲3発明に甲7記載のTc-Tgの値や甲29及び30に記載されたTcc-Tgの値を適用すべき動機付け があるとは認められない。
したがって,甲3発明においても,甲7の記載と甲29及び30記載 の周知技術に基づいて,相違点3-2に係る本件発明1の構成(30≦ Tcc-Tg≦60)とすることが,当業者において容易に想到し得た ことであると認めることはできないから,相違点3-2の容易想到性を 否定した本件審決の判断に誤りはない。
まとめ 以上の次第であるから,相違点3-3について検討するまでもなく, 本件発明1は,甲3発明と甲5ないし7に記載された事項から当業者が 容易に発明できたものとはいえないとした本件審決の判断に誤りはなく, この点に係る原告の主張は理由がない。
エ 「甲4発明を主引例とする容易想到性判断の誤り」について 相違点4-1について 原告は,甲1発明2と同様に,甲4発明においても,相違点4-1に 係る本件発明1の構成(ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度 を35当量/ポリエステル106g以下)とすることは,甲5,6及び8 の記載から当業者が容易に想到し得たことであるから,これらの相違点 についての容易想到性を否定した本件審決の判断は誤りである旨主張す るので,以下検討する。
a 甲5の適用について 他方,甲4の記載(1頁目右欄,2頁目右上欄,左下欄,5頁目) によれば,甲4発明は,多量の白色無機粒子をポリエチレンテレフタ レート(ポリエステルの一種)に含有させることによって白色に形成 するポリエチレンテレフタレートフィルムにおいて,炭酸カルシウム をポリエチレンテレフタレートに高濃度に加えると,溶融押出時に気 泡が発生するという問題点を解決するために,「ポリエチレンテレフ タレート100重量部,微粒子状炭酸カルシウム5〜25重量部およ びリン化合物0.005〜1重量部からなる混合物を溶融押出した後, 二軸方向に延伸してなる白色ポリエチレンテレフタレートフィルム」 とするものであると認められる。
そうすると,甲4発明は,無機粒子をポリエステルに添加する目的 (白色フィルムの形成)の点においても,課題としてフィルムに求め られる物性(溶融押出し時に気泡が発生しにくいこと)の点において も,甲5記載のフィルムとは異なるものであるから, 甲1発明2について述べたのと同様に,甲4発明においても,甲5記 載のカルボキシル末端基濃度を適用すべき動機付けがあると認めるこ とはできない。
b 甲6の適用について 甲4には,フィルムの製造に用いられるポリエチレンテレフタレー トの製造方法は記載されておらず,そうすると,甲4発明は,甲1発 明2と同様に,ポリエステル組成物の製造方法が直重法に限定されず, それ以外の製造方法に係るポリエステルも含むものであると認められ る。
理由により,甲4発明においても,甲6記載のカルボキシル末端基濃 度を適用すべき動機付けがあると認めることはできない。また,適用 できたとしても,その結果得られるものが相違点4-1に係る本件発 明1の構成を有するものとは認められないことも同様である。
c 甲8の適用について 甲4発明に甲8記載の事項を適用しただけでは,相違点4-1に係 発明2について述べたとおりである。
d 小括 以上によれば,甲4発明においても,甲5,6及び8記載の事項に 基づいて,相違点4-1に係る本件発明1の構成(ポリエステル組成 物のカルボキシル末端基濃度を35当量/ポリエステル10 6g以下) とすることが,当業者において容易に想到し得たことであると認める ことはできないから,相違点4-1の容易想到性を否定した本件審決 の判断に誤りはない。
相違点4-2について 原告は,甲1発明2と同様に,甲4発明においても,相違点4-2に係る本件発明1の構成(30≦Tcc-Tg≦60)とすることは,甲7の記載及び周知技術(甲29,30)から当業者が容易に想到し得たことであるから,相違点4-2の容易想到性を否定した本件審決の判断は誤りである旨主張する。
4発明は,多量の白色無機粒子を含有するポリエステル組成物からなる白色フィルムにおいて,溶融押出時における気泡の発生を抑制することを課題とするものであり,前記ア?のような甲7記載の技術とは,いずれもポリエステルフィルムに係る技術であるという点においては共通するものの,それぞれの解決すべき課題は異なっているものといえるから,2について述べたのと同様の理由により,甲4発明に甲7記載のTc-Tgの値や甲29及び30に記載されたTcc-Tgの値を適用すべき動機付けがあるとは認められない。
したがって,甲4発明においても,甲7の記載と甲29及び30記載の周知技術に基づいて,相違点4-2に係る本件発明1の構成(30≦Tcc-Tg≦60)とすることが,当業者において容易に想到し得た ことであると認めることはできないから,相違点4-2の容易想到性を 否定した本件審決の判断に誤りはない。
まとめ 以上の次第であるから,本件発明1は,甲4発明と甲5ないし7に記 載された事項から当業者が容易に発明できたものとはいえないとした本 件審決の判断に誤りはなく,この点に係る原告の主張は理由がない。
以上によれば,原告主張の取消事由7は理由がない。
9 取消事由8(甲7発明を主引例とする進歩性判断の誤り)について 相違点7-2について 事案に鑑み,相違点7-2の容易想到性から判断する。
原告は,甲7発明において,相違点7-2に係る本件発明1の構成(ポリ エステル組成物のカルボキシル末端基濃度を35当量/ポリエステル106 g以下)とすることは,甲5,6,8及び9の記載から当業者が容易に想到 し得たことであるから,相違点7-2に係る容易想到性を否定した本件審決 の判断は誤りである旨主張するので,以下検討する。
ア 甲7発明について そして,これらの記載によれば,甲7発明は,ポリエステルフィルムにつ いて,厚みむらのない均一な厚みのフィルムを成型する方法を提供すると いう課題を解決するために,「ポリエチレンテレフタレートを主成分とす る冷結晶化温度Tc(℃)とガラス転移温度Tg(℃)との差(Tc-T g)が60℃以下のポリエステルフィルムを,第1段延伸の前の予熱段階 で結晶化度0.5〜25%にせしめた後,成形してなるポリエステルフィ ルム」とするものであり,また,上記Tc-Tgを60℃以下にして結晶 化速度を速めるために,炭酸カルシウムなどの無機添加物を含む結晶化促 進剤を添加するなどしてポリマーの改質を行うものであることが認められ る。
イ 甲5の適用について 前記 のとおり,甲5には,摩擦係数を低下させるために 炭酸カルシウムを添加したポリエステルフィルムにおいて,耐スクラッチ 性,耐摩耗性に優れたフィルムを得るに当たり,ポリエステル組成物に含 有されるバテライト型炭酸カルシウム粒子の良好な分散性や親和性を得る ために,当該ポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度を106グラム 当たり10〜100当量とすること(甲5記載のカルボキシル末端基濃度) が記載されている。
しかるところ,原告は,当業者であれば,甲5におけるカルボキシル末 端基濃度が炭酸カルシウム粒子の分散性に影響するとの上記記載に基づい て,甲7発明における結晶化促進剤(炭酸カルシウム粒子)の分散性を向 上させるために,甲7発明において甲5記載のカルボキシル末端基濃度と することは容易になし得ることである旨主張する。
しかしながら,甲5の上記記載は,飽くまでもポリエステルに炭酸カル シウム(無機粒子)を添加する目的が「摩擦係数の低下」であること及び 課題としてフィルムに求められる物性が「耐スクラッチ性,耐摩耗性」で あることを前提とした場合において,甲5記載のカルボキシル末端基濃度 とすることがバテライト型炭酸カルシウム粒子の分散性等を向上させ,上 記課題の解決につながることを開示したものであって,無機粒子添加の目 的やフィルムに求められる物性のいかんにかかわらず,無機粒子含有のポ リエステルフィルム一般に当てはまるものとして,甲5記載のカルボキシ ル末端基濃度とすることが無機粒子の分散性を向上させるものであること を開示ないし示唆するものとはいえない。
他方,前記アのとおり,甲7発明は,ポリエステルフィルムにおいて, 厚みむらのない均一のフィルムを得るために,成形前のポリエステルのT c-Tgを60℃以下とし,かつ,結晶化度を0.5〜25%とするもの であり,更に,Tc-Tgを60℃以下にして結晶化速度を速めるために, 炭酸カルシウムなどの結晶化促進剤を添加するなどするものであるから, 炭酸カルシウム(無機粒子)をポリエステルに添加する目的(ポリエステ ルの結晶化を促進すること)の点においても,課題としてフィルムに求め られる物性(厚みむらがなく均一であること)の点においても,甲5記載 のフィルムとは異なるものである。
してみると,厚みむらのない均一のポリエステルフィルムを得ることを 課題とする甲7発明において,甲5に記載された,摩擦係数を低下させる ために炭酸カルシウムを添加したポリエステルフィルムの耐スクラッチ性, 耐摩耗性の向上という課題の解決に必要とされる条件の一つである甲5記 載のカルボキシル末端基濃度を適用すべき動機付けがあると認めることは できないというべきでる。
したがって,甲7発明に甲5記載の事項を適用することはできないとい うべきであって,原告の上記主張は採用できない。
ウ 甲6の適用について c?@のとおり,甲6には,ポリエステルのフィルム等 において,その表面に凹凸を形成する手段として炭酸カルシウムなどの 無機粒子を添加したフィルム等,特に,磁気テープ用途などで,高速走 行させたときのフィルムについて,耐ケズレ性などを改善するために, 不活性無機粒子の分散性が良好なポリエステルを直重法により製造する 方法を提供することを課題として,「芳香族ジカルボン酸を主成分とす るカルボン酸とエチレングリコールを主成分とするグリコールからポリ エステルを製造するに際して,エステル化反応が実質的に終了した後, 該反応生成物のカルボキシル末端基濃度が反応生成物10 6 g当たり1 00eq以下である反応系に,平均粒子径が0.5〜5.0μの不活性 無機粒子を0.01〜3重量%添加することを特徴とするポリエステルの製造方法」が記載されている。
しかるところ,原告は,甲7発明では,結晶化促進剤の分散性が良好であることが必要とされ,他方,甲6は,カルボキシル末端基濃度を10 6グラム当たり100当量以下とすることで不活性無機粒子の分散性の改善を目的とするものであるから(3頁目左下欄),甲7発明における結晶化促進剤の分散性の改善のために,甲6記載のカルボキシル末端基濃度を適用する動機付けがある旨主張する。
しかしながら,甲6においては,ポリエステルを直重法により製造する場合に生じる不活性無機粒子の凝集化,分散性低下の問題を解決することを課題とし,その解決手段として,エステル化反応後の反応生成物につき甲6記載のカルボキシル末端基濃度とするものである。
他方,甲7発明の内容は,前記アのとおりであるが,フィルムの製造に用いられるポリエステル組成物の製造方法が甲7には記載されていないことからすると,甲7発明は,ポリエステル組成物の製造方法が直重法に限定されず,それ以外の製造方法に係るポリエステルも含むものであると認められる。
そうすると,このような甲7発明において,専ら直重法により製造するポリエステルに係る問題点を解決するための手段である甲6に係る上記構成をあえて適用すべき動機付けはないというべきである。
さらに,甲6においては,フィルム等の製造に用いられるポリエステル組成物についてのカルボキシル末端基濃度ではなく,当該ポリエステル組成物を得るための反応過程にある生成物(直重法において,エステル化反応が終了し,重縮合反応が行われる前のもの)について,甲6記載のカルボキシル末端基濃度とすることが記載されているにすぎないから,仮に,甲7発明に甲6記載の事項を適用したとしても,その結果得 られる重縮合反応後のポリエステル組成物のカルボキシル末端基濃度が いかなる値となるかは明らかではなく,相違点7-2に係る本件発明1 の構成となることが認められるものではない。
以上によれば,甲7発明に甲6記載の事項を適用することはできない というべきであり,また,適用できたとしても,その結果得られるもの が相違点7-2に係る本件発明1の構成を有するものとは認められない。
エ 甲8の適用について 甲7発明に甲8記載の事項を適用しただけでは,相違点7-2に係る本 件発明1の構成とすることができないことは おりである。
オ 甲9の適用について 甲9には,従来,ポリエステルフィルムを食品の包装材料として用いる 際,熱接着性が悪いという欠点を有していたことから,これを解決するた めに,特定の単量体の成分比を有する共重合ポリエステル二軸延伸フィル ムであって,末端カルボキシル基量を45当量/106g以下とするととも に,フィルムの融点,面配向度,表面の中心線平均粗さを特定の範囲とし た包装用ポリエステルフィルムが記載され(段落【0002】ないし【0 008】,当該共重合フィルムの末端カルボキシル基量が45当量/106 gを超えると,フィルム製造時,溶融押出しされる際に熱劣化物が発生す ることに起因するスジ状物がフィルムに存在し,フィルムの平面性が劣る ようになるので好ましくないことが記載されている(段落【0009】)。
しかるところ,原告は,甲9には,「末端カルボキシル基量を45当量 /106g以下」と特定する技術的意義として「フィルムの平面性が劣るよ うになるので好ましくない」ことが記載されており,このような甲9の課 題は,甲7発明の課題である「厚みむらの改善」と同じであるから,甲7 発明に甲9の記載事項を適用する動機付けがある旨主張する。
しかしながら,甲9の上記記載は,包装用のポリエステルフィルムにお いて熱接着性に劣るという課題を解決するために,特定の単量体の成分比 を有する共重合ポリエステルフィルムにおいて,フィルムの融点,面配向 度,表面の中心線平均粗さを特定範囲のものとするとともに,フィルムの 平面性を良好とするために,末端カルボキシル基量を45当量/106g以 下とすることを開示したものであって,上記のとおり特定された諸条件の いかんにかかわらず,ポリエステルフィルム一般に当てはまるものとして, 末端カルボキシル基量を45当量/106g以下とすることがフィルムの 平面性を向上させるものであることを開示ないし示唆するものとはいえな い。
他方,甲7発明は,前記アのとおりのものであって,ポリエステルフィ ルムを構成する単量体の成分比その他の諸条件において,甲9記載のフィ ルムとは明らかに異なるものである。
してみると,甲7発明において,フィルムの平面性を向上させるために, 甲9に記載された末端カルボキシル基量を適用する動機付けがあるとはい えないというべきであり,原告の上記主張は採用できない。
カ 以上によれば,甲7発明において,甲5,6,8及び9記載の事項に基 づいて,相違点7-2に係る本件発明1の構成(ポリエステル組成物のカ ルボキシル末端基濃度を35当量/ポリエステル106g以下)とすること が,当業者において容易に想到し得たことであると認めることはできない から,相違点7-2の容易想到性を否定した本件審決の判断に誤りはない。
以上の次第であるから,その他の相違点について検討するまでもなく,本件発明1は,甲7発明と甲5,6,8及び9に記載された事項から当業者が容易に発明できたものとはいえないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由8は理由がない。
結論 以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にはこれを取り消すべき違法は認められないから,原告の請求は棄却されるべきものである。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 鶴岡稔彦
裁判官 大西勝滋
裁判官 杉浦正樹