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関連審決 異議2001-72536
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審判番号(事件番号) データベース 権利
平成15行ケ311審決取消請求事件 判例 特許
平成21行ケ10015審決取消請求事件 判例 特許
平成17ワ12817損害賠償等請求事件 判例 特許
平成17行ケ10605審決取消請求事件 判例 特許
平成18行ケ10489審決取消請求事件 判例 特許
関連ワード 頒布された刊行物 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  着想 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  加工 /  交換 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 520号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社日阪製作所
訴訟代理人弁理士 江原省吾
同 田中秀佳
同 白石吉之
同 城村邦彦
同 熊野剛
同 山根広昭
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 櫻井康平
同 橋本康重
同 高木進
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/06/14
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が異議2001-72536号事件について平成14年8月22日にした決定を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「プレート式熱交換器用ガスケット」とする特許第3146298号発明(平成5年3月29日特許出願〔以下「本件特許出願」という。〕,平成13年1月12日設定登録。以下,その特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許につき特許異議の申立てがされ,異議2001-72536号事件として特許庁に係属したところ,原告は,平成14年4月15日付け訂正請求書により,願書に添付した明細書の特許請求の範囲等の訂正(以下「本件訂正」といい,本件訂正に係る明細書を「本件明細書」という。)を請求した。
特許庁は,上記特許異議の申立てについて審理した上,平成14年8月22日,「訂正を認める。特許第3146298号の請求項1ないし3に係る特許を取り消す。」との決定をし,その謄本は,同年9月11日,原告に送達された。
2 本件明細書の特許請求の範囲記載の発明の要旨 【請求項1】伝熱面の四隅に流体通路孔を設けた伝熱プレートの周縁部のガスケット溝に装着固定され, 伝熱面と,上記四隅の流体通路孔のうち伝熱面と連通される一側縁両端隅部の2つの流体通路孔をシールするガスケット本体部と,上記ガスケット本体部に含まれない2つの流体通路孔をそれぞれシールする通路孔ガスケット部とを備え, ガスケット本体部と通路孔ガスケット部とで2重シール部を形成し, ガスケット本体部の長手方向直線シール部と上記2重シール部を構成するガスケット本体部の通路孔側シール部とを所定の交差角で一体に接合したプレート式熱交換器用ガスケットにおいて, ガスケット本体部の長手方向直線シール部と通路孔側シール部との流体流路内側での交差角を140度以上とし,かつ, ガスケット本体部の通路孔側シール部を,通路孔側に屈曲した少なくとも一つの屈曲点を有する複数の直線部で形成したことを特徴とするプレート式熱交換器用ガスケット。
【請求項2】伝熱面の四隅に流体通路孔を設けた伝熱プレートの周縁部のガスケット溝に装着固定され, 伝熱面と,上記四隅の流体通路孔のうち伝熱面と連通される一側縁両端隅部の2つの流体通路孔をシールするガスケット本体部と,上記ガスケット本体部に含まれない2つの流体通路孔をそれぞれシールする通路孔ガスケット部とを備え, ガスケット本体部と通路孔ガスケット部とで2重シール部を形成し, ガスケット本体部の長手方向直線シール部と上記2重シール部を構成するガスケット本体部の通路孔側シール部とを所定の交差角で一体に接合したプレート式熱交換器用ガスケットにおいて, ガスケット本体部の長手方向直線シール部と通路孔側シール部との流体流路内側での交差角を140度以上とし,かつ, ガスケット本体部の通路孔側シール部を,直線部と伝熱面側に曲率中心を有する曲線部とで構成し,上記直線部もしくは曲線部のいずれか一方をガスケット本体部の長手方向直線シール部に一体に接合したことを特徴とするプレート式熱交換器用ガスケット。
【請求項3】伝熱面の四隅に流体通路孔を設けた伝熱プレートの周縁部のガスケット溝に装着固定され, 伝熱面と,上記四隅の流体通路孔のうち伝熱面と連通される一側縁両端隅部の2つの流体通路孔をシールするガスケット本体部と,上記ガスケット本体部に含まれない2つの流体通路孔をそれぞれシールする通路孔ガスケット部とを備え, ガスケット本体部と通路孔ガスケット部とで2重シール部を形成し, ガスケット本体部の長手方向直線シール部と上記2重シール部を構成するガスケット本体部の通路孔側シール部とを所定の交差角で一体に接合したプレート式熱交換器用ガスケットにおいて, ガスケット本体部の長手方向直線シール部と通路孔側シール部との流体流路内側での交差角を140度以上とし,かつ, ガスケット本体部の通路孔側シール部を伝熱面側に曲率中心を有する曲線形状としたことを特徴とするプレート式熱交換器用ガスケット。
(以下,上記【請求項1】〜【請求項3】記載の発明を「本件発明1」〜「本件発明3」という。) 3 決定の理由 決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件発明1〜3は,いずれも本件特許出願前に頒布された刊行物である特開昭56-34095号公報(審判刊行物1・本訴甲7,以下「刊行物1」という。),FOOD ENGINEERING,March,1962(昭和37年4月17日国立国会図書館受入)の広告頁SUPERPLATE HEAT EXCHANGERSに示されたEXCLUSIVE KNOB-TYPE PLATE(左下図)(審判刊行物2・本訴甲8,以下「刊行物2」という。)及びCHERRY-BURRELL CORPORATIONのパンフレットBulletin G-621,A COMPLETE LINE OF CHERRY-BURRELL EQUIPMENT FOR THE FOOD INDUSTRYの3頁SUPERPLATE INDUSTRY'S MOST ADVANCED PLATE EXCHANGERの右上図Exclusive"Knob-Type"Plates(審判刊行物3・本訴甲9,以下「刊行物3」という。)に記載された事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであって,本件特許は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に対してされたものであるから,特許法等の一部を改正する法律(平成6年法律第116号)附則14条の規定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令(平成7年政令第205号)4条2項の規定により,取り消すべきものとした。
原告主張の決定取消事由
決定は,本件発明1と刊行物1記載の発明(以下「刊行物1発明」という。)との相違点についての判断を誤り(取消事由1),本件発明1の顕著な作用効果を看過し(取消事由2),同様の理由により本件発明2,3の進歩性の判断を誤った(取消事由3)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(本件発明1と刊行物1発明との相違点についての判断の誤り) (1) 決定は,本件発明1と刊行物1発明との一致点として,「伝熱面側の四隅に流体通路孔を設けた伝熱プレートの周縁部のガスケット溝に装着固定され,伝熱面と,上記四隅の流体通路孔のうち伝熱面と連通される一側縁両端隅部の2つの流体通路孔をシールするガスケット本体部と,上記ガスケット本体部に含まれない2つの流体通路孔をそれぞれシールする通路孔ガスケット部とを備え,ガスケット本体部と通路孔ガスケット部とで2重シール部を形成し,ガスケット本体部の長手方向直線シール部と上記2重シール部を構成するガスケット本体部の通路孔側シール部とを所定の交差角で一体に接合したプレート式熱交換器用ガスケットにおいて,ガスケット本体部の長手方向直線シール部と通路側シール部との流体通路内側での交差角を所定角とし,かつ,ガスケット本体部の通路孔側シール部を,通路孔側に屈曲した少なくとも一つの屈曲点を有する複数の直線部で形成したことを特徴とするプレート式熱交換器用ガスケット」(決定謄本8頁最終段落〜9頁第1段落)である点を,相違点として,「前記交差角(注,ガスケット本体部の長手方向直線シール部と通路側シール部との流体通路内側での交差角〔以下「交差角」という。〕)の所定角が,本件発明1は,『140度以上とし』ているのに対して,上記刊行物1(注,甲7)のFIG.3に記載されたものは,鈍角(実測値で約133度)であることは明らかであるが角度の明示はない点」(同9頁第2段落,以下「相違点イ」という。)を認定した上,相違点イに係る構成について,刊行物1記載のプレート式熱交換器に,刊行物2,3(甲8,9)記載のガスケットの交差部の構造を適用すれば,当業者が容易に想到することができると判断したが,誤りである。
(2) プレート式熱交換器には,プレートの対向位置に流体通路孔が形成されたタイプ(以下「対向位置タイプ」という。)と,プレートの一側縁両端隅部に流体通路孔が形成されたタイプ(以下「一側縁両端隅部タイプ」という。)があるところ,刊行物2,3記載のプレート式熱交換器は,対向位置タイプのものであり,このタイプのものには,伝熱面の流れが均一になりスケールの付着の問題は考慮しなくても良いという特性があるから,スケール付着の問題に対して,交差角の下限が140度にはならない。すなわち,対向位置タイプでは,スケール付着の問題に対して,交差角の臨界的な意義のある角度は,140度を大幅に下回ることは自明であり,刊行物2,3に示された交差角の値(約160度)は,スケール付着の問題に対して臨界的意義の有る値ではなく,スケール付着の問題に対して臨界的意義のある設計としてされたものではない。したがって,対向位置タイプのプレート式熱交換器のガスケットの交差角を,一側縁両端隅部タイプのプレート式熱交換器のガスケットの交差角に適用することは,当業者が通常行う設計変更とはいえない。本件発明1の相違点イに係る構成に想到するためには,ガスケット本体部の長手方向直線シール部と通路側シール部との流体通路内側の交差部(以下「交差部」という。)でのスケールの付着という問題の認識,交差角を140度以上にすることによりスケール付着の問題を解決することができるという臨界的意義に対する認識及び交差角を140度以上にすることによる伝熱面積収率の減少という不利益はスケール付着の問題解決という利益により補って余りあるという認識,以上三つの認識が必要であるが,これらの本件発明1の契機となる事項は,決定が引用する刊行物には記載されていない。
また,技術の転用の容易性は,ある技術分野に属する当業者が技術開発を行うに当たり,技術的観点からみて類似する他の技術分野に属する技術を転用することを容易に着想できるか否かの観点から判断されるべきであり,このような認定判断は当業者の立場で技術常識を考慮して判断されなければならないというべきである。これを本件についてみると,技術の転用の容易性を検討する上で,刊行物2,3(甲8,9)記載のプレート式熱交換器のガスケットの交差角について,交差部にスケールが全く溜まることがなく,交差部での流体の滞留を防止できるという作用効果のあることが前提になっていなければならない。しかしながら,刊行物2,3には,上記作用効果について,開示も示唆もなく,当業者の立場で技術常識を考慮してもそのような効果を予測できるものでもない。また,原告作成の「プレート式熱交換器のプレートをモデル化した図」(甲11,以下「甲11図」という。)及び昭和43年11月30日朝倉書店発行「熱交換器」125頁(甲14,以下「甲14刊行物」という。)に示すように,一側縁両端隅部タイプのプレート式熱交換器と対向位置タイプのプレート式熱交換器とでは,プレート間に形成された流路を流れる流体の流れの形態が異なり,交差部での流体の滞留のしやすさが異なるのであり,これは技術常識である。すなわち,刊行物2,3記載の対向位置タイプのプレート式熱交換器のガスケットの交差角を,一側縁両端隅部タイプのプレート式熱交換器のガスケットの交差角に適用しても,両タイプにおいて交差部での流体の滞留の程度が異なることは,当業者に容易に理解される。それにもかかわらず,決定は,刊行物2,3について,上記観点から,当業者がスケールが全く溜まらないという作用効果を認識し得たか否かを全く検討しないまま,技術の転用の容易性を肯定した点において,誤りである。
2 取消事由2(本件発明1の顕著な作用効果の看過) (1) 決定は,「本件発明1についての効果は,前記交差角の数値について臨界的な意義があるわけではないから,上記刊行物1乃至3(注,甲7〜9)に記載された構成から当業者が予測し得る程度のものである」(決定謄本10頁下から第2段落)と認定判断したが,誤りである。
(2) 本件発明1に係るガスケットにおいて,交差角140度以上とした効果は,本件明細書(甲6添付)の段落【0022】記載のとおり,「ガスケット本体部の通路孔側シール部と長手方向直線シール部との交差部の近傍部等における流体の流れが良好となり,上記近傍部等に流体が滞留するのを確実に防止することができ・・・伝熱面上にスケールが溜まったり,あるいは液体が濃縮されたりすることがなく,その結果,食品用途等ではきわめて衛生的」であるというものである。食品用途では,平成4年12月25日株式会社アイピーシー発行「国内外の代表的各種熱交換器」111頁,120頁(甲16,以下「甲16文献」という。)に示すように,熱交換器は,通常CIP洗浄(clean in place,定置洗浄),すなわち,分解しないで洗浄が行われるが,通常,洗浄後に少しでもスケールが残留していると,食品衛生上,食品の安全性を完全に保証できなくなる。このため,CIP洗浄後にスケールがわずかでも残留するような場合には,定期的に分解洗浄を行うことが必須である。このように,食品用途では,CIP洗浄後にスケールが残留しないということが重要であり,CIP洗浄後にスケールが少しでも残留するのと,全く残留しないのとでは,技術的意義が全く異なる。本件発明1は,食品用途で交差部の近傍部等に付着したスケールをCIP洗浄で完全かつ確実に除去でき,近傍部等に流体が滞留するのを防止できるという点において,臨界的意義を有するものであり,このことは,上記のとおり,本件明細書の段落【0022】に明確に記載されている。
3 取消事由3(本件発明2,3の進歩性の判断の誤り) 上記のとおり,決定の本件発明1についての進歩性の判断は誤りであるから,同様の理由により,本件発明2,3についての進歩性の判断も誤りである。
被告の反論
決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(本件発明1と刊行物1発明との相違点についての判断の誤り)について 刊行物1〜3(甲7〜9)には,交差角の値,交差部のスケール付着及び交差部の角度を改変する動機付けについて,直接的に言及した記載はないが,刊行物1記載のプレート型熱交換器に交差角があることは図面から明らかであり,決定は,そのFig.3の図示に基づいて,交差角を「鈍角(実測値で約133度)である」(決定謄本9頁第2段落)と認定したように,140度に近い鈍角の交差角が開示されていると認められる。
また,原告主張に係る交差部のスケールの付着は,本件明細書(甲6添付)に記載がない。本件明細書に,「交差部(12)の近傍部(16)等にスケールが溜まり,あるいは流体が濃縮されたりし」(段落【0005】),「両シール部の交差部の近傍における流体の流れが良好となり,流体が滞留したりするのを確実に防止することができる」(段落【0011】),「交差部の近傍部等における流体の流れが良好となり,上記近傍部等に流体が滞留するのを確実に防止することができる。したがって,伝熱面上にスケールが溜まったり,あるいは流体が濃縮されたりすることがなく」(段落【0022】)と記載されているところに照らせば,原告主張に係る交差部のスケールの付着とは,交差部のスケールの滞留を意味するか,その結果として生ずる現象を意味するものと解される。そして,プレート式熱交換器において,流体通路孔の位置にかかわらず,伝熱面にスケールが付着する問題があることは,実願昭54-53591号(実開昭55-153493号)のマイクロフィルム(乙1,以下「乙1刊行物」という。)及び特開平2-254290号公報(乙2,以下「乙2公報」という。)に開示されるように,本件特許出願当時に周知であり,交差部では,よりスケールが付着(滞留)しやすいという問題があり,これを防止するという課題があることは,当業者には自明であったし,これを解決するために,流れの方向の変化が少なくなるように,交差角をより大きくして180度に近付ければよいことも,当業者には技術常識であったと認められる。そうすると,刊行物1に,140度に近い鈍角の交差角が開示されているのであるから,この交差角を「140度以上」とすることは,刊行物2,3に記載された事項に基づいて,当業者が容易に想到できたものというべきである。
そして,実願昭56-30634号(実開昭56-140786号)のマイクロフィルム(乙3,以下「乙3刊行物」という。)に開示されるように,ガスケットのある周辺部ほどガスケットとの接触により流体抵抗が大きく,流速が遅くなり,その結果,ガスケットにスケールが付着(滞留)しやすくなることは明らかであるから,プレート式熱交換器においては,一側縁両端隅部タイプであれ,対向位置タイプであれ,スケールの付着の問題があることに変わりはない。したがって,仮に,原告が主張するように流路距離の違いに基づいて,上記両タイプのプレート式熱交換器間に,スケールの付着の程度に違いが生じるとしても,そのことは,両タイプのプレート式熱交換器の発明を組み合わせることを妨げる阻害要因とはならない。上記両タイプのプレート式熱交換器は,プレート式熱交換器という共通する技術分野に属するものであり,かつ,交差部のスケールの付着(滞留)が,仮に程度の差はあっても,共通の課題であると認められる以上,対向位置タイプのプレート式熱交換器に用いられているガスケットの構造を,一側縁両端隅部タイプのプレート式熱交換器に適用することは,当業者が容易に想到できたことというべきである。
2 取消事由2(本件発明1の顕著な作用効果の看過)について 本件明細書(甲6添付)には,【発明が解決しようとする課題】として,「ガスケット本体部(6)の通路孔側シール部(8)と長手方向直線シール部(11)との交差部(12)の近傍部(16)や上記通路孔側シール部(8)の近傍においては,通路孔側シール部(8)と長手方向直線シール部(11)との流体流路内側での交差角が小さいため,流体の流れが悪くなり,あるいは流体が滞留したりする。このように流体の流れが悪くなったり,滞留したりすると,交差部(12)の近傍部(16)等にスケールが溜まり,あるいは流体が濃縮されたりし,このため食品用途等では,衛生上の問題が発生し,又他の分野で使用される場合は,伝熱プレート(3)が腐食して損傷するという問題があった。本発明は,上記問題点に鑑み提案されたもので,伝熱プレートの伝熱面上を流れる流体の流れを良好にすることが可能で,かつ,流体の滞留を確実に防止し得るガスケットを提供することを目的としている」(段落【0005】,【0006】)と記載されている。上記記載によれば,食品用途等では,衛生上の問題が発生することの言及はあるものの,本件発明1は,食品用途に限定されるものではなく,加熱流体と被加熱流体については限定のない一般の熱交換器の発明が開示されているし,本件発明1に係る特許請求の範囲の【請求項1】には,加熱流体と被加熱流体について何ら限定がないことは明らかである。したがって,本件発明1が,食品用途で臨界的意義を有する旨の原告の主張は,本件発明1の要旨に基づかないものであり,失当である。
また,一般に,ガスケットの交差角を180度に向けてより大きくすることにより流れの抵抗がより小さくなって流れの滞留がなくなることは,技術常識である。そして,乙1刊行物及び乙2公報によれば,プレート式熱交換器において,プレート伝熱面へスケールが付着するという問題点があることは,本件特許出願前から当業者に周知の課題であったことが認められ,乙1刊行物及び乙2公報自体に,プレート伝熱面の交差部にスケールが付着しやすいことの明示の記載がなくても,プレート伝熱面の交差部では,流れの抵抗が大きくなって流れの滞留が発生しやすいという技術常識を考慮すれば,そこにスケールがより付着しやすくなることは,当業者に自明な技術的事項である。
3 取消事由3(本件発明2,3の進歩性の判断の誤り)について 上記のとおり,決定の本件発明1についての進歩性の判断に誤りはないから,その誤りを前提とする原告の取消事由3の主張は理由がない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1と刊行物1発明との相違点についての判断の誤り)について (1) 原告は,本件発明1と刊行物1発明との相違点イ,すなわち,「前記交差角(注,交差角)の所定角が,本件発明1は,『140度以上とし』ているのに対して,上記刊行物1(注,甲7)のFIG.3に記載されたものは,鈍角(実測値で約133度)であることは明らかであるが角度の明示はない点」(同9頁第2段落)に係る構成について,刊行物1記載のプレート式熱交換器に,刊行物2,3(甲8,9)記載のガスケットの交差部の構造を適用すれば,当業者が容易に想到することができるとした決定の判断は誤りであると主張し,その理由として,プレート式熱交換器には,対向位置タイプと一側縁両端隅部タイプがあるところ,刊行物2,3記載のプレート式熱交換器は,対向位置タイプのものであって,このタイプのものには,伝熱面の流れが均一になりスケールの付着の問題は考慮しなくてもよいという特性があり,本件発明1の相違点イに係る構成に想到するためには,交差部でのスケールの付着という問題の認識,交差角を140度以上にすることによりスケール付着の問題を解決することができるという臨界的意義に対する認識及び交差角を140度以上にすることによる伝熱面積収率の減少という不利益はスケール付着の問題解決という利益により補って余りあるという認識,以上三つの認識が必要であるが,これらの本件発明の契機となる事項は,決定が引用する刊行物には記載されていないこと,甲11図及び甲14刊行物に示すように,上記両タイプのプレート式熱交換器は,プレート間に形成された流路を流れる流体の流れの形態が異なり,交差部での流体の滞留のしやすさが異なるのであり,これは技術常識であることを挙げる。
(2) そこで,検討すると,甲14刊行物には,伝熱プレートに関して,「流体の入口,出口は図5.26(a)に示したごとく,対角線上にとる場合(diagonal port plate)と,図5.26(b)のごとく同じ側につける場合(side port plate)がある。それぞれの形状によりチャンネル内を流れる流体の流動形態が異なる」と記載され,プレート式熱交換器において,対向位置タイプと一側縁部両端隅部タイプとでは,流体の流動形態が異なることが指摘されているが,上記図5.26(a)と同(b)では,交差角は,ほぼ同様のものとして図示されている。また,昭和39年2月10日朝倉書店発行「乳業機械」206頁〜215頁(甲18,以下「甲18刊行物」という。)には,「(4)プレート式熱交換器(plate heat exchanger)・・・APV社(イギリス)が1923年に最初のパラフロー型(Paraflow)プレート熱交換器を開発して以来急速な発展をとげ,非常に多くのものが製作されている。プレート式に共通している点は,伝熱面は0.6〜1.5mmの薄いステンレス鋼板に溝型プレス加工された波形プレート(corrugated plate)を4〜7mm程度の間隔(プレートピッチ)でいく枚も重ね合わせ,1枚おきに高温液と低温的を薄い層状に流し,きわめて効果的に熱交換を行なうことができる。プレートにはその周囲に特殊の耐熱,耐酸,耐アルカリ性のラバーガスケットが耐圧構造にガスケット溝に付けられている。またプレートの端に製品および伝熱媒の4つの通路孔が開いている。たがいに対角線上にある2つの孔(APV パラフロープレートなど図7.20)もしくは同じ側にある2つの孔(Alfa Laval プレートなど図7.19)がプレートガスケットで伝熱面に通じ他の2つの孔は独立のガスケットでプレート主体のガスケットとは離されている。各プレートは重ね合わせ締め付けられることにより,流体の漏洩を止め密閉通路を形成する。・・・2)プレートの形状 プレートは次項で述べるように各製造メーカーにより各種の形状のものが開発され製作されているが,いずれもプレートにはつぎのような理由にもとづき波型溝(corrugated trough)などのいろいろな形状のプレス加工を施してある。・・・@流れに高速流動の激しい乱流(渦流)をおこし,熱伝達をよくする。・・・A伝熱面積を増加する。B溝型状などのプレス加工により,リブ(rib)がつけられるため強度を増す・・・C各プレートの間隔を等間隔に保つ」と記載され,乙1刊行物には,「従来,プレート式熱交換器を使用して,牛乳,豆乳等のタンパク質を含んだ液を,蒸気及びその他の加熱源により加熱,殺菌等を行なう場合被加熱伝熱面にスケールが析出し」(1頁最終段落)と記載され,乙2公報には,「加熱殺菌を,プレート式熱交換器を使用して行う場合,・・・プレートにスケールが付着する等の問題がある」(1頁左下欄最終段落〜右下欄第1段落)と記載され,乙3刊行物には,「第2図(注,「従来のプレートに於ける流体分布説明図」〔7頁『図面の簡単な説明』の欄〕)に示すように流体(m)(n)はプレート(1)の中央部に集中するかのように多く,即ち速く流れ,両側周辺部に近付くほど少く,即ち遅く流れるといった傾向にあった」(2頁第2段落)と記載されている。
これらの記載によれば,本件特許出願当時,プレート式熱交換器においては,対向位置タイプと一側縁部両端隅部タイプとでは,流体の流動形態が異なること,いずれも波型溝(corrugated trough)などのいろいろな形状のプレス加工が施されたものであること,各製造メーカーにより製作された製品自体は性能において各種の特徴を有するものであること,プレート式熱交換器において伝熱面にスケールが付着する問題があること,ガスケットのある周辺部ほどガスケットとの接触により流体抵抗が大きく,流速が遅くなることが認識されていたことが認められるが,対向位置タイプと一側縁両端隅部タイプのプレート式熱交換器では,交差部での流体の滞留のしやすさが異なることの記載はなく,原告主張の技術常識が存在したものと認めるに足りる証拠はない。かえって,特開平4-73594号公報(乙4)に開示されるプレート式熱交換器は,対向位置タイプと一側縁部両端隅部タイプのどちらにおいてもガスケットの交差角は90度近傍であり,両タイプにおいて交差角をほぼ同様としていることが認められる。また,乙3刊行物に明記されるように,交差部を形成する周辺部で流速が落ちることは技術常識であるとともに,甲18刊行物には,「一般に乳業用として使用されているプレート式熱交換器は,他のものと比較して同一温度差,同一流速に対してきわめて効果的な伝熱を行なうことができ,プレートの熱通過率K(総括伝熱係数U)は表面が清浄な場合,非常に大きく1,000〜5,000 kcal/m2・hr・℃の値を示す。たとえば,代表的なAPV社パラフロー型では25mm外径の管状熱交換器に対し,同一の平均温度差,平均流速に対し,同一面積で約3〜4倍以上の伝熱を行なうことができる。プレート式熱交換器としてさらに重要な条件は,とくに加熱器,殺菌機の場合に各プレート間を製品が均一にひろがって流れ,プレート面上を流れる流体分子の通過時間ができるだけ均一なことで,このことはいわゆる保持効率(holding efficiency)ηH[%]として測定されている。
最小通過時間 保持効率ηH=──────×100[%] (7.21) 平均通過時間 すなわち,最小保持時間の平均保持時間に対する百分率。保持効率ηHの良否は熱および化学,細菌的に重要な関係がある。すなわち同一流速に対してもプレスの形状および製品の出入口の位置によりηHは大小を生じ,η Hの小さいプレートは同一平均流速に対しても伝熱的にはプレート全面が伝熱面として有効にはたらかず熱通過率Kは小さくなり,牛乳などの場合,プレート上の流速の遅い部分(流れの停留部分)より長い時間加熱され化学変化をおこし,焦げつき(ミルクストン付着)の原因となり,逆に流体分子が流れの速い部分では平均流速より速く,短かい時間で通過するため,十分な熱処理をうけないことになり殺菌装置および高粘度の製品の熱交換器などの場合このように通過時間の差の大きな(ηHの小さい)プレートは好ましくない。また同一プレートに対しても流速があまり遅いと一般に保持効率は悪くなる。乳業用プレートは洗浄性をよくし,スケール付着を少なくするため,その表面は一般に電解研磨が施され,鏡面研磨されている」(209頁〜210頁)と記載されている。
上記技術常識及び甲18刊行物の上記記載によれば,本件特許出願当時,乳業用のプレート式熱交換器において流速の遅い部分でスケールが発生することも,当業者がよく認識していたことと認められるから,交差部でスケールが付着(滞留)しやすいことは,自明のことというべきであり,また,ガスケットのある周辺部ほどガスケットとの接触により流体抵抗が大きく,流速が遅くなり,その結果,ガスケットにスケールが付着(滞留)しやすくなることは明らかである。そうすると,プレート式熱交換器においては,当業者は,一側縁両端隅部タイプであれ,対向位置タイプであれ,同様にスケールの付着の問題があると認識していたものと認めるのが相当であるところ,プレート式熱交換器において,対向位置タイプと一側縁部両端隅部タイプとは,同じ技術分野に属するものであることが明らかであり,かつ,交差部のスケールの付着(滞留)が,両タイプで程度の差があったとしても,共通の課題であると認められる以上,両タイプ間で構成の転用を想起することに,格別の困難性及び阻害要因が存在するものとは認められない。
(3) 以上によれば,相違点イに係る構成について,刊行物1記載のプレート式熱交換器に,刊行物2,3(甲8,9)記載のガスケットの交差部の構造を適用すれば,当業者が容易に想到することができるとした決定の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(本件発明1の顕著な作用効果の看過)について (1) 原告は,本件発明1に係るガスケットにおいて,交差角140度以上とした効果は,食品用途で交差部の近傍部等に付着したスケールをCIP洗浄で完全かつ確実に除去でき,近傍部等に流体が滞留するのを防止できるという点において,臨界的意義を有するから,「本件発明1についての効果は,前記交差角の数値について臨界的な意義があるわけではないから,上記刊行物1乃至3(注,甲7〜9)に記載された構成から当業者が予測し得る程度のものである」(決定謄本10頁下から第2段落)とした決定の認定判断は誤りであると主張する。
(2) そこで,交差角を140度以上とすることの技術的意義について検討すると,本件明細書(甲6添付)には,特許請求の範囲【請求項1】に,「ガスケット本体部の長手方向直線シール部と通路孔側シール部との流体流路内側での交差角を140度以上」と記載され,【従来の技術】の欄に,「通常,プレート式熱交換器においては,伝熱面積収率(プレート伝熱面積/プレート素材面積)を向上させることにより,伝熱プレート(3)の枚数を減少させて製作コストの低減化を図っている。この伝熱面積収率を向上させるため,ガスケットの第1の従来例は,図6に示すように,上記2重シール部(10)を構成するガスケット本体部(6)の通路孔側シール部(8)を,通路孔ガスケット部(7)側に曲率中心を有する曲線形状に形成すると共に,通路孔側シール部(8)と長手方向直線シール部(11)との交差角を120度前後にしてある」(段落【0004】)と記載され,【発明が解決しようとする課題】の欄に,「上記伝熱プレート(3)の所定の流体通路孔(2)から流入した流体が伝熱面(1)上に分散し,あるいは流体が伝熱面(1)から流体通路孔(2)へ集合する場合,ガスケット本体部(6)の通路孔側シール部(8)と長手方向直線シール部(11)との交差部(12)の近傍部(16)や上記通路孔側シール部(8)の近傍においては,通路孔側シール部(8)と長手方向直線シール部(11)との流体流路内側での交差角が小さいため,流体の流れが悪くなり,あるいは流体が滞留したりする。このように流体の流れが悪くなったり,滞留したりすると,交差部(12)の近傍部(16)等にスケールが溜まり,あるいは流体が濃縮されたりし,このため食品用途等では,衛生上の問題が発生し,又他の分野で使用される場合は,伝熱プレート(3)が腐食して損傷するという問題があった」(段落【0005】),「本発明は,上記問題点に鑑み提案されたもので,伝熱プレートの伝熱面上を流れる流体の流れを良好にすることが可能で,かつ,流体の滞留を確実に防止し得るガスケットを提供することを目的としている」(段落【0006】)と記載されている。
他方,原告は,本件発明1の相違点イに係る構成に想到するためには,交差部でのスケールの付着という問題の認識,交差角を140度以上にすることによりスケール付着の問題を解決することができるという臨界的意義に対する認識及び交差角を140度以上にすることによる伝熱面積収率の減少という不利益はスケール付着の問題解決という利益により補って余りあるという認識,以上三つの認識が必要であると主張する。しかしながら,本件発明1は,上記【請求項1】記載のとおり,交差角を「140度以上」と特定するものであるから,180度とすることも包含しているところ,交差角として180度に近い角度を採用した場合には,プレート伝熱面積が著しく減少し,したがって,伝熱面積収率も著しく減少することが明らかである。そうすると,交差角として180度をも包含する「140度以上」との特定は,プレート式熱交換器の機能である熱交換作用の効率に直接的に影響する伝熱面積収率を著しく減少させる領域をも含むものであり,原告の上記主張とは,そもそも整合しないものというほかない。また,原告は,食品用途で交差部の近傍部等に付着したスケールをCIP洗浄で完全かつ確実に除去でき,近傍部等に流体が滞留するのを防止できるとも主張するが,本件明細書の上記段落【0005】記載によれば,食品用途等では,衛生上の問題が発生することの言及はあるものの,本件発明1は,食品用途に限定されるものではなく,加熱流体と被加熱流体については限定のない一般の熱交換器の発明が開示されているし,本件発明1に係る特許請求の範囲の【請求項1】には,加熱流体と被加熱流体について何ら限定がないことは明らかであるから,原告の上記主張は,本件発明1の要旨に基づかないものであり,失当である。
原告従業員A撮影の写真(甲10)には,プレート式熱交換器のプレートの交差部付近にスケールが付着している状態が撮影され,ガスケットの交差部ではスケールのようなものが付着した状態で残留しているのに対し,スケールの内側に沿って画定した輪郭線と縦のガスケット線の交差部では,スケールが付着していないように見えるが,交差部でスケールが付着しやすいことが自明のことであることは,上記1(2)のとおりである。
また,同人作成の平成15年4月28日付け「交差角部の臨界角度付近(140°前後)におけるスケール付着状況の確認試験結果」(甲12-1)によれば,交差角135度の場合を示す添付資料4-5〜8及び交差角140度の場合を示す添付資料4-9〜12の各写真には,ガスケットの交差部であって紐状シールパッキングが貼ってあった位置の外側の領域に,焦げた付着物のようなものが残留していることが認められ,交差角125度の場合を示す添付資料4-2の写真と上記添付資料4-6及び同4-10の各写真を比較すると,添付資料4-6及び同4-10の写真では,紐状シールパッキングの内側及びプレートの全面に付着した焦げが,添付資料4-2のプレート面と比較して,若干少ないように見えるが,乳業用のプレート式熱交換器において流速の遅い部分でスケールが発生することは,当業者がよく認識していたことと認められる以上,交差角を大きくすれば,流れの抵抗が減少し,流速が速くなる結果,ガスケットにスケールが付着し難くなることは,上記1(2)に検討したところに照らし明らかであり,上記各写真に示される程度の相違は,当業者が予測可能なものにすぎない。
そして,上記1(2)で検討したように,本件発明1の一側縁部両端隅部タイプとは形式が異なるものの,相違点イに係る構成について,刊行物1記載のプレート式熱交換器に,刊行物2,3(甲8,9)記載のガスケットの交差部の構造を適用すれば,当業者が容易に想到することができる以上,これを採用したことによる作用効果も,当業者が予測し得るものというべきである。
(3) 以上によれば,「本件発明1についての効果は,前記交差角の数値について臨界的な意義があるわけではないから,上記刊行物1乃至3(注,甲7〜9)に記載された構成から当業者が予測し得る程度のものである」(決定謄本10頁下から第2段落)とした決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(本件発明2,3の進歩性の判断の誤り)について 上記のとおり,決定の本件発明1についての進歩性の判断に誤りはないから,その誤りを前提とする原告の取消事由3の主張は理由がない。
4 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に決定を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴