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関連審決 訂正2013-390124
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事件 平成 25年 (ワ) 30799号 特許権侵害差止請求事件

原告JX金属株式会社 (旧商号 JX日鉱日石金属株式会社)
同訴訟代理人弁護士 高橋雄一郎
同訴訟代理人弁理士 望月尚子
被告 田中貴金属工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 鈴木修
同 大平茂
同 大西千尋
同 磯田直也
同訴訟復代理人弁護士 森下梓
同訴訟代理人弁理士 松山美奈子
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2016/04/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
被告は,原告に対し,30万円及びこれに対する平成26年12月3日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要等
1 事案の要旨及び手続の経緯 1 (1) 本件は,発明の名称を「強磁性材スパッタリングターゲット」とする特許第4673453号の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特許」という。)を有する原告が,被告が製造してセミコン・ライト株式会社(以下「セミコンライト社」という。 )に販売した別紙被告製品目録記載1の製品(以下「被告製品1」という。)は,本件特許の特許請求の範囲の請求項2記載の発明(以下「本件特許発明」という。 )の技術的範囲に属すると主張して,被告に対し,特許権侵害不法行為による損害賠償金(第一次的に特許法102条2項による損害額55万円の内金として30万円,第二次的に同条3項に基づく損害額14万3130円)及びこれに対する平成26年12月3日(同年11月28日付け訴え変更申立書(2)の送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
(2) 原告は,本件訴訟において,当初は,本件特許権に基づき,別紙被告製品目録記載2の製品(以下「被告製品2」という。)及び同目録記載3の製品(訴え提起時は,同目録記載3(1)の製品とされていたが,平成26年11月28日付け訴え変更申立書(2)による訴え変更により,同目録記載3(2)の製品とされた。
以下,これらを区別することなく「被告製品3」という。 )の生産,使用,譲渡及び譲渡の申出の差止めを求めたが(平成25年11月21日付け訴状),平成26年11月28日付け訴え変更申立書(2)(同年12月3日の第7回弁論準備手続期日において,一部訂正の上,陳述)による訴え変更により,被告製品1に係る損害賠償請求(前記第1及び上記(1))を追加した。
これに対し,被告は,後述のとおり,本案前の答弁として,上記追加された損害賠償請求に係る訴えにつき,訴訟上の信義則違反を理由として,却下を求めた。
その後,原告は,平成27年8月27日の第12回弁論準備手続期日(ただし,弁論分離後の被告製品2の差止請求に係る期日)において,被告製品2に係る請求を放棄し,同年10月5日の第13回弁論準備手続期日(ただし,弁論分離後の被告製品3の差止請求に係る期日)において,被告製品3に係る請求を放棄した。
2 2 前提事実(証拠等を掲げた事実以外は,当事者間に争いがない。) (1) 当事者 原告及び被告は,いずれもHDD用磁性材ターゲットの製造及び販売等を行う株式会社である。
(2) 本件特許権 原告が有する本件特許権の内容は以下のとおりである(甲2,3)。
特許番号 第4673453号 発明の名称 強磁性材スパッタリングターゲット 出 願 日 平成22年9月30日 優 先 日 平成22年1月21日 登 録 日 平成23年1月28日 訂正審決日 平成25年10月21日 (3) 特許請求の範囲の記載 本件特許の特許請求の範囲(訂正審判事件〔訂正2013-390124〕の平成25年10月21日付け審決〔同月31日確定。以下「訂正審決」という。 〕により訂正されたもの)の請求項2の記載(訂正部分に下線を付した。)は,次のとおりである(甲2,3)。
「Crが20mol%以下,Ptが5mol%以上30mol%以下,残余がCoである組成の金属からなるスパッタリングターゲットであって,このターゲットの組織が,金属素地(A)と,前記(A)の中に,Coを90wt%以上含有する長径と短径の差が0〜50%であって,直径が30〜150μmの範囲にある球形の相(B)を前記ターゲットの全体積又は前記ターゲットのエロージョン面の面積の20%以上有し,前記球形の相(B)は,研磨面を顕微鏡で観察したときに前記金属素地(A)で囲まれていることを特徴とする強磁性材スパッタリングターゲット。」 3 (4) 本件特許発明構成要件 本件特許発明構成要件は,次のとおり分説することができる(以下,分説した構成要件をそれぞれの符号に従い「構成要件A」などという。なお,原告は,このように分説することに同意できないとするが,同分説を妥当でないとすべき特段の理由があるとはいえない。また,仮に,原告の主張する分説によったとしても,構成要件充足性の判断が異なるものとなるわけではない。)。
A Crが20mol%以下,Ptが5mol%以上30mol%以下,残余が Coである組成の金属からなるスパッタリングターゲットであって, B このターゲットの組織が,金属素地(A)と, B-(1) 前記(A)の中に,Coを90wt%以上含有する長径と短径の差 が0〜50%であって,直径が30〜150μmの範囲にある球形の 相(B)を B-(2) 前記ターゲットの全体積又は前記ターゲットのエロージョン面の面 積の20%以上有し, B-(3) 前記球形の相(B)は,研磨面を顕微鏡で観察したときに前記金属 素地(A)で囲まれている C ことを特徴とする強磁性材スパッタリングターゲット。
(5) 被告の行為等 被告は,セミコンライト社の依頼により,被告製品1を製造し,平成24年5月28日頃,これを同社に出荷した(甲9,14,49,弁論の全趣旨)。
3 争点 (1) 原告が本件訴訟において被告製品1に係る損害賠償を請求することは訴訟上の信義則に反するものとして許されないか (2) 被告製品1は本件特許発明技術的範囲に属するか (3) 原告の損害額 4
争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)(原告が本件訴訟において被告製品1に係る損害賠償を請求することは訴訟上の信義則に反するものとして許されないか)について【被告の主張】 ア 原告は,本件訴訟に先立ち,被告製品1を対象とする訴訟(東京地方裁判所平成25年(ワ)第3356号事件。以下「前訴」という。)を提起し,被告に対し,差止めのほか,損害賠償も請求したが(乙26),前訴の受訴裁判所より被告製品2を対象とする訴訟を遂行すればよいのではないかとの示唆を受けたことから,被告製品1を対象とする本件特許権の侵害についてはもはや問題にしないことを前提として,前訴を取り下げた(乙25)。セミコンライト社は,原告の依頼を受けて,被告に被告製品1を発注したものであるが,同発注の目的は,被告に「特許権侵害」をさせること及び被告製品1を詐取することにあり,それゆえ,被告がセミコンライト社から被告製品1と同一の製品について再度発注される見込みはなく,差止めの利益があるかが疑わしい上,被告が被告製品1をセミコンライト社に販売しなかった場合に,原告がこれと競合する製品(ターゲット)を同社に販売したであろうという関係が成立せず,損害があるかも疑わしいことに鑑み,前訴につき上記のような示唆がされたものと理解される。被告は,前訴の受訴裁判所の訴訟指揮には,被告を騙して「特許権侵害」を原告自ら生じさせておきながら,他方でかかる事実を秘匿して裁判所の助力を求めるがごとき原告の態度に対する批判の意味が込められていたであろうと推測し,原告が被告製品1についてもはや再訴しないことを前提として,前訴の取下げに同意するよう前訴の受訴裁判所から示唆されたものと考え,前訴の取下げに同意した。
原告が,本件訴訟において,被告製品1に係る損害賠償を請求することは,前訴における訴訟物(被告製品1に係る損害賠償請求)と同一の訴訟物についての再訴に当たるところ,被告は,前訴の取下げに同意する際,原告が再訴しないことを信頼して自己に不利な立場を受け入れたものであって(仮に,原告が再訴をする意向 5 であると知っていたならば,原告には請求の放棄を求めただろう。),本件訴訟において,原告が被告製品1に係る請求をすることは,訴訟上の信義則違反であるから,本件訴えは却下されるべきである。
イ 本件訴訟において原告が被告製品1に係る請求をすることは,前訴の蒸し返しであるというべきことは,上記アのとおりであるところ,原告は,被告製品1に係る請求をする理由として,被告製品1が,被告製品2の組織を立証する上で原告の入手できた唯一の証拠であることを主張していた。しかし,原告が被告製品2に係る請求を放棄した以上,もはや被告製品1に係る請求を正当化する根拠はなくなったものである。したがって,この点からも,本件訴訟において,原告が被告製品1に係る請求をすることは,訴訟上の信義則違反であるから,本件訴えは却下されるべきである。
【原告の主張】 原告は,前訴の受訴裁判所から,原告には,被告製品1について差止めを求める利益はないのではないか,また,前訴において,被告製品2又は被告製品3を対象物件とするのであれば,むしろ,これらを対象とする別訴を提起してはどうかとの示唆を受けた。そこで,原告は,前訴において,対象物件を被告製品1のみとし,これに係る差止請求は取り下げて損害賠償に切り替えるべく,平成25年11月20日付け訴え変更申立書(甲41)を提出するとともに,被告製品2及び同3を対象物件とする本件訴訟を提起した。
しかし,前訴の受訴裁判所からは,原告が真に求めているのは本件訴訟の対象物件とした被告製品2などに関する請求であろうから,被告製品1を対象物件とする前訴の審理を進めてもあまり意味がなく,被告製品2を対象物件とする本件訴訟の審理を集中的に行ったほうがよいのではないかとの示唆があり,原告が前訴の取下げ,被告が同取下げへの同意をそれぞれ検討することになり,原告は,前訴(被告製品1に係る損害賠償請求)を取り下げた。
以上のとおり,被告製品1が本件訴訟の当初の対象物件となっていなかった理由 6 は,前訴の受訴裁判所の示唆に従い,被告製品2などの審理に集中するため,あえて被告製品1を当初の対象物件から除いたにすぎない。
したがって,本件訴訟において被告製品1に係る損害賠償を請求することが訴訟上の信義則に反する旨の被告主張は,理由がない。
(2) 争点(2)(被告製品1は本件特許発明技術的範囲に属するか)について 【原告の主張】 ア 被告製品1の特徴部分の構成とその構成要件充足性について 被告製品1の特徴部分の構成は,別紙被告製品1の特徴部分の構成のとおりである(以下,被告製品1の特徴部分の各構成を同別紙の符号に従い「構成1-a」などという。)。
そして,構成1-aは,構成要件Aに該当し,構成1-b,同1-b(1),同1-b(2)及び同1-b(3)は,構成要件B,同B-(1),同B-(2)及び同B-(3)に該当し,構成1-cは,構成要件Cに該当する。
したがって,被告製品1は,本件特許発明構成要件を全て充足する。
イ 被告の主張について (ア) 被告は,構成要件A,同Cの充足性を争い,その理由として,訂正審決の理由中の説示(独立特許要件の判断部分)に基づいて,本件特許発明が酸化物を含むことを許容する発明ではない旨主張する。
しかし,本件特許の特許請求の範囲の請求項2の記載において,含有する金属については,Cr,Pt及びCoに限定しているが,そのほかの元素を含有するか否かについては,一切限定していない。
また,本件特許に係る明細書(以下,これと図面を併せて「本件明細書」という。)には,強磁性材スパッタリングターゲットにおいて酸化物の含有を認めない旨の記載はなく,かえって,「本発明の強磁性材スパッタリングターゲットは,炭素,酸化物,窒化物,炭化物から選択し一種以上の無機物材料を,金属素地(A)中に分散した状態で含有することができる。」(【0028】)との記載がある 7 (甲2)。つまり,酸化物を含有するか否かは,本件特許発明の解決すべき技術的課題及び解決手段とは,何ら関係のない事項であるといえる。
したがって,被告が引用する訂正審決(甲3)の理由中の「本件訂正発明2,3(判決注:特許請求の範囲の請求項2,3記載の発明)は,いずれも金属のみからなるスパッタリングターゲットである。」との説示は,本件特許の特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載に基づかないものであって,誤りであるというべきであり(ただし,進歩性を否定できないとの結論自体には,誤りはない。),同説示に基づいて,本件特許発明構成要件A,同Cを限定解釈することは,許されない。
したがって,本件特許発明は,酸化物を含むことを許容する発明であり,被告の上記主張は失当である。
(イ) 本件明細書には,Co濃度について,球形の相(B)全体の濃度で測定する旨の記載はないし,中心付近におけるCo濃度をもとに球形の相(B)全体のCo濃度を評価している記載もないから,球形の相(B)の全ての箇所においてCoが90wt%以上含有されているという意味であるとの被告の主張は失当である。
(ウ) 被告の特許出願の内容(甲26,31)の内容,ガスアトマイズ法が直径60〜125μmの球状の金属粉末又は合金粉末を製造する方法であることが周知の事実であること,「被告は,金属であるCo,Cr,Ptを溶融させ,直接アトマイズして合金化することにより,Co,Cr,Pt元素が原子レベルで均質化した合金の粉と酸化物の粉を混合し焼結してターゲットを製造している。そのため金属相を形成する金属粒子は微細化しない状態でも均質になっている。」(被告第2準備書面35頁)などと被告が主張していること等に鑑みると,被告製品1は,ガスアトマイズ法で製造された直径が少なくとも45〜125μmの範囲内にある純Co球形粉末を金属素地(a)の混合粉末の中に後から投入し,しかも球形の相をなるべく維持するように混合した後に,焼結することにより製造されていると考えることが極めて合理的であり,この製造方法は,本件明細書に記載された実施例(例えば,実施例1〔【表1】,【0037】〕)とほぼ同じである。
8 このように,被告製品1の製造方法が本件明細書に記載された実施例の製造方法と同様である以上,被告製品1が本件特許発明技術的範囲に属することは明らかである。
しかも,甲第9号証のSEM写真に基づく球形の相(b)の面積比率は,原告の計算によれば21.3%(甲54)であった。円形の相の面積を計算する場合,@本来の直径よりも小さく見積もられるということ,及びAそもそも直径が30μmの球形の相であるにもかかわらず,直径が30μmの球形の相から除外されることから,体積比率に比べて必然的に過少に評価される。
したがって,球形の相(b)(円形の相(b))の面積比率は,立体の球形の相として計算した場合,被告製品1の球形の相(b)の体積比率が20%をはるかに超えることは明らかである。
なお,被告は,被告が分析した結果として乙第33号証を掲げるが,被告の分析方法は,観察領域の境界線に跨って存在する相(b)が,常に面積比率に換算されないという点,被告による球形の相(b)のトレースは円の面積がなるべく小さくなるように行い,凹凸部を無視して測定している点で誤っている。
ウ まとめ 以上より,被告製品1は,本件特許発明技術的範囲に属する。
【被告の主張】 ア 構成要件A,同Cの充足性について 訂正審決の「本件訂正発明2,3(判決注:特許請求の範囲の請求項2,3記載の発明)は,いずれも金属のみからなるスパッタリングターゲットである。これに対し,甲1〜3発明(判決注,それぞれ,特開2009-108336号公報〔本件の甲48,乙3〕,特開2009-132975号公報,特許第4422203号公報記載の発明)は,いずれも酸化物を必須成分とするスパッタリングターゲットであるから,本件訂正発明2,3は,甲1〜3発明ではないし,これらの発明から当業者が容易に発明をすることができたものでもない。」との説示によれば,同 9 審決は,本件特許発明が「金属のみからなるスパッタリングターゲット」に関するものであって,「酸化物を必須成分とするスパッタリングターゲット」を含まないものと認定判断したといえる(甲3)。
そうすると,構成要件Aにいう「Crが20mol%以下,Ptが5mol%以上30mol%以下,残余がCoである組成の金属からなるスパッタリングターゲット」,構成要件Cにいう「強磁性材スパッタリングターゲット」は,「金属のみからなるスパッタリングターゲット」でなければならず,「酸化物を必須成分とするスパッタリングターゲット」は,構成要件A,同Cを充足しないものと解するほかはない。
しかるところ,被告製品1は,酸化物を含む(甲9)。
したがって,被告製品1は構成要件A,同Cを充足しない。
構成要件BないしB(3)の充足性について (ア) 訂正審決の説示するところによれば,本件特許発明は,上述のように「金属のみからなるスパッタリングターゲット」であるほか,「相(B)を形成する粗大な粉末を,金属素地(A)を形成するその他の粉末を粉砕混合した後に混合することで,「金属素地(A)で囲まれている直径が30〜150μmの範囲にある球形の相(B)」にする」ことから,ターゲット組織が特異になるというものである(甲3)。また,「金属のみからなるスパッタリングターゲット」であることから,金属素地(A)も球形の相(B)も共に非磁性酸化物を含まないことになる。
一方,被告製品1は酸化物を含む(甲9)から,そもそも非磁性酸化物を含まない金属素地(A)が存在せず,当該金属素地(A)で囲まれている球形の相(B)も存在しない。
したがって,被告製品1は,構成要件B(1)ないし(3)をいずれも充足しない。
(イ) 構成要件B-(1)は,金属粗粒が添加されて形成された第2の相である「球形の相(B)」の全てが「Coを90wt%以上含有する長径と短径の差が0 10 〜50%であって,直径が30〜150μmの範囲にある球形の相」という要件を満たすことを規定したものと解される。すなわち,「球形の相(B)」の中に,(@)Coを90wt%以上含有しない粒子を含む場合,(A)長径と短径の差が0〜50%でないか,長径と短径の差が0〜50%であってもおよそ球形でない粒子を含む場合,又は(B)直径が30〜150μmの範囲にない粒子を含む場合は,構成要件B-(1)にいう「Coを90wt%以上含有する長径と短径の差が0〜50%であって,直径が30〜150μmの範囲にある球形の相(B)」との要件を充足しない。
これに対し,被告製品1の「第2の相」に含まれる粒子には,(@)Coを90wt%含有しないもの,(A)長径と短径の差が0〜50%でないか,長径と短径の差が0〜50%であってもおよそ球形でないもの,(B)その直径が30〜150μmの範囲に入らないものがあることが読み取れる(乙27,甲5)。
したがって,被告製品1は,構成要件B-(1)を充足しない。
(ウ)構成要件B- (1)にいう「Coを90wt%以上を含有する」とは,相(B)の全ての箇所においてCoが90wt%以上含有されていることを意味すると理解すべきであり,球形の相(B)の中心付近のいずれかのポイントでCoが90wt%以上であれば,「Coを90wt%以上含有する」と評価し得るという原告の主張は,誤りである。
したがって,この観点からも,被告製品1は,構成要件B-(1)を充足しない。
(エ) 構成要件B-(2)は,構成要件B-(1)の「球形の相(B)」が,エロージョン面のどの部分を観察しても,第2の相の面積比率が20%以上でなければならないことを規定したものと解される。
これに対し,被告製品には,20%に達しない領域があることが読み取れる(乙27)。
したがって,この観点からも,被告製品1は,構成要件B-(2)を充足しない。
(オ) 原告は,被告製品1が構成要件B-(3)を充足する証拠を示していない。
11 原告が,被告製品1の分析結果として提出した甲第5号証には,EPMAによるCoの定量分析結果は示されているものの,その他の成分元素の定量分析結果は示されていない。
構成要件B-(3)は,訂正審決によって付加された構成要件であり,球形の相(B)の周囲に非磁性酸化物相が存在しないことを意味する(甲3)。同審決の説示によれば,本件特許発明は「金属のみからなるスパッタリングターゲット」であるから,「金属素地(A)」は,当然のことながら,非磁性酸化物を含まない。
これに対し,被告製品1は,酸化物を含む(甲9)。仮に,被告製品1に「Co90wt%以上」を含む「球形の相(B)」が存在するのであれば,その「球形の相(B)」の周囲は,非磁性酸化物を含む相になるはずであり,そのような相は,「金属素地(A)」に該当しない。
したがって,被告製品1は,構成要件B-(3)を充足しない。
(3) 争点(3)(原告の損害額)について 【原告の主張】 ア 特許法102条2項に基づく損害額 被告製品1の販売金額は143万1304円であり,うち原価は88万1304円であるから,同製品の販売による被告の利益額は55万円である。原告は本件特許発明実施品を製造販売しているから,本件特許権の侵害により被告が受けた利益額55万円が原告の受けた損害の額と推定される(特許法102条2項)。
したがって,原告は,被告に対し,上記損害額のうち金30万円及びこれに対する平成26年12月3日(同年11月28日付け訴え変更申立書(2)の送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
イ 特許法102条3項に基づく損害額 被告製品1の販売金額は143万1304円である。そして,スパッタリングターゲットは,鉄鋼・非鉄金属の技術分野に分類され,その技術レベルは原子燃料や 12 合金メッキと同様,非常に高いことから,実施料率も原子燃料や合金メッキと同様,10%が妥当する。したがって,本件特許発明実施に対して受けるべき金額としては,上記販売金額の10%である14万3130円とするのが相当である。
したがって,原告は,被告に対し,少なくとも上記14万3130円及びこれに対する平成26年12月3日(同年11月28日付け訴え変更申立書(2)の送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。
ウ 被告の主張について 被告は,被告製品1を「サンプル」であると述べるが,上記アのとおり,被告は,被告製品1を143万1304円で販売し,55万円もの利益を得ているのであり,これが原告の損害と推定される。
また,「サンプル」であろうが「量産品」であろうが,特許発明技術的範囲に属する製品を製造販売してその利益を享受するには,特許権者から実施許諾を得る必要がある。しかるに,被告は,本件特許発明実施につき原告から実施許諾を得ず,被告製品1を製造販売したのであるから,少なくとも,原告には上記イの実施料相当の損害が発生している。
そもそも,被告は,自らの判断で被告製品1を製造したもので,原告によって,本件特許発明技術的範囲に属する製品を製造させられたものではないし,結果的に被告製品1を原告が入手したとしても,そのことにより原告の損害が減殺されるものではなく,原告の損害額は何ら影響されない。
【被告の主張】 否認する。
被告製品1は,韓国におけるスパッタリングターゲットの技術研究のためのサンプル品の供給を求めるという商談に応じて,被告が提供したものである。しかし,被告がセミコンライト社に納入した被告製品1はパッケージの開封すらされないまま,検査成績表と共に原告の手に渡っていること,見積書を原告が入手しているこ 13 と(甲49)などからすると,真実の発注者が原告であることを示している。
したがって,仮に,被告がセミコンライト社に被告製品1を供給しなかったならば,原告が同社に対して原告製品1個を供給したというような関係はおよそ成立する余地がなく,原告の逸失利益は存しない。原告に損害が発生していないことは以上の事実経過からみても明らかである。
当裁判所の判断
1 争点(1)(原告が本件訴訟において被告製品1に係る損害賠償を請求することは訴訟上の信義則に反するものとして許されないか)について 被告は,原告が,本件訴訟において,前訴の訴訟物と同一の訴訟物である被告製品1に係る損害賠償を請求することは,前訴の蒸し返しであって,訴訟上の信義則違反であるとして,本件訴えの却下を求めている。
そこで検討するに,争いのない事実(当裁判所に顕著な事実を含む。),証拠(甲34ないし36,41,乙9)及び弁論の全趣旨によれば,前訴と本件訴訟とは,いずれも同一の当事者間の訴訟であること,両者は,被告による被告製品1の製造販売が本件特許権の侵害を構成することを理由とする損害賠償請求であって,訴訟物が同一であること,前訴は,原告による訴えの取下げ及びこれに対する被告の同意をもって終了したことが認められる。
しかし,被告が前訴の取下げに至る経緯に基づいて再訴されない旨の期待を抱いたことがあったとしても,被告が原告による前訴の取下げに同意するに当たり,原告が被告に対し再訴をしない旨約したなどの事実関係があるわけではないから,上記期待は,被告が一方的に抱いたものにすぎず,未だ法律上保護されるほどのものとは認められない。
また,原告が本件訴訟において被告製品1に係る損害賠償を請求した理由が,被告主張のとおり,被告製品2に係る請求の立証のために必要であることを理由としたものであったとしても,同請求につき放棄がされたことをもって,直ちに原告が被告製品1に係る損害賠償を請求することを禁止しなければならない事情に当たる 14 とは,認め難い。
したがって,原告が本件訴訟において被告製品1に係る損害賠償を請求することは,訴訟上の信義則に反するものとはいえず,本件訴えを却下すべきであるとの被告の主張は,採用することができない。
2 争点(2)(被告製品1は本件特許発明技術的範囲に属するか)について (1) 構成要件B-(1)及び同B-(2)の充足性について ア 構成要件B-(1)及び同B-(2)の文理解釈について 本件特許の特許請求の範囲の請求項2の記載によれば,本件特許発明は,「金属素地(A)」の中に,「Coを90wt%以上含有する長径と短径の差が0〜50%であって,直径が30〜150μmの範囲にある球形の相(B)をターゲットの全体積又はエロージョン面の面積の20%以上有し」ているものであることが認められる(構成要件B-(1)及び同B-(2))。
すなわち,構成要件B-(1)及び同B-(2)は,文理上,@「金属素地(A)」の中に「長径と短径の差が0〜50%であって,直径が30〜150μmの範囲にある球形の相(B)」が存在すること,A上記@の「球形の相(B)」が「Coを90wt%以上含有する」こと,B上記@の「球形の相(B)」の量が「ターゲットの全体積又はエロージョン面の面積の20%以上」であることを規定しているといえる。
そうすると,被告製品1が構成要件B-(1)及び同B-(2)を充足するというためには,被告製品1のターゲット中に存在する@「長径と短径の差が0〜50%であって,直径が30〜150μmの範囲にある球形の相」(以下,単に「球形の相」ということがある。)を特定できること,A上記@の球形の相が「Coを90wt%以上含有する」ことが立証されること,及びB上記@の球形の相の量が「ターゲットの全体積又はエロージョン面の面積の20%以上」であることが立証されることが必要である。
イ 被告製品1において「長径と短径の差が0〜50%であって,直径が30〜 15 150μmの範囲にある球形の相」を特定できるかについて (ア) 本件明細書には,「球形」の意味並びに実施例1,2及び比較例1,2における「球形の相」に関し,次の記載がある。
「本願発明において使用する球形とは,真球,擬似真球,扁球(回転楕円体),擬似扁球を含む立体形状を表す。いずれも,長径と短径の差が0〜50%であるものを言う。すなわち,球形は,その中心から外周までの長さの最小値に対する最大値の比が2以下であると言い換えることもできる。この範囲であれば,外周部に多少の凹凸があっても,相(B)を形成することができる。球形そのものを確認することが難しい場合は,相(B)の断面の中心と外周までの長さの最小値に対する最大値の比が2以下であることを目安としてもよい。」(【0026】) 「実施例1のターゲット研磨面を,光学顕微鏡で観察したときの組織画像を図1に,また特に球形の相の部分をEPMAで測定したときの元素分布画像を図2に示す。図1において黒っぽくみえている箇所がTiO 2 粒子とSiO 2 粒子に対応する。この図1の組織画像に示すように,上記実施例1において極めて特徴的なのは,TiO 2 粒子とSiO 2 粒子が微細分散したマトリックスの中に,TiO 2 粒子とSiO 2 粒子をともに含まない大きな球形の相が分散していることである。この相は,本願発明の相(B)に相当するものであり,相(B)の中心付近ではCoを99wt%以上含有し,長径と短径の平均の差は20%程度であり,ほぼ球形を呈していた。」「図2においてEPMAの元素分布画像で白く見えている箇所が,当該元素の濃度の高い領域である。すなわち,球形の相の部分においてCoの濃度が,周囲より高く(白っぽく)なっている。一方,同図において,球形の相の領域では,SiとTiとOについては黒くなっているので,この領域に存在していないことが分かる。」(【0044】,【0045】) 「これに対して,図3に示す比較例1によって得られたターゲット研磨面の組織画像には,TiO 2 とSiO 2 粒子が分散したマトリックスの中に球形の相は一切観察されなかった。」(【0046】) 16 「実施例2のターゲット研磨面を,光学顕微鏡で観察したときの組織画像を図4に,また特に球形の相の部分をEPMAで測定したときの元素分布画像を図5に示す。図4において黒っぽくみえている箇所がTiO 2 粒子とCr 2 O 3 粒子に対応する。この図4の組織画像に示すように,上記実施例2において極めて特徴的なのは,TiO 2 粒子とCr 2 O 3 粒子が微細分散したマトリックスの中に,TiO 2 粒子とCr 2 O 3 粒子を含まない大きな球形の相が分散していることである。この相は,本願発明の相(B)に相当するものであり,相(B)の中心付近ではCoを99wt%以上含有し,長径と短径の平均の差は20%程度であり,ほぼ球形を呈していた。」「図5の元素分布画像で白く見えている箇所が,当該元素の濃度の高い領域である。すなわち,球形の相の部分においてCoの濃度が,周囲より高く(白っぽく)なっている。一方,図5において,CrとPtは球形の相の周縁部に存在するが中心部には殆ど見られない。また同図において,球形の相の領域では,TiとOについては黒くなっているので,この領域に存在していないことが分かる。」(【0053】,【0054】) 「これに対して,図6に示す比較例2によって得られたターゲット研磨面の組織画像には,TiO 2 粒子とCr 2 O 3 粒子が分散したマトリックスの中に球形の相は一切観察されなかった。」(【0055】) (イ) 本件明細書の上記(ア)の記載によれば,「球形」とは,「真球,擬似真球,扁球(回転楕円体),擬似扁球を含む立体形状」であって,「外周部に多少の凹凸があっても」よく,「その中心から外周までの長さの最小値に対する最大値の比が2以下」であればよいとされていることは,理解し得るものの,実施例及び比較例について具体的に記載されているのは,ターゲット研磨面の観察結果(二次元的な確認)にとどまる。本件明細書を精査しても,本件特許発明にいう「金属素地(A)」の中に存在するとされる「相(B)」の立体形状が,実際に「球形」であることを確認する方法が明らかにされているとは認め難く,実施例及び比較例について「相(B)」の立体形状の観察結果(三次元的な確認)を得た旨の記載も見当 17 たらない。
したがって,被告製品1において,「長径と短径の差が0〜50%であって,直径が30〜150μmの範囲にある球形の相」を特定することができるか否かは,当業者の技術常識を踏まえて判断するほかはない。
(ウ) 原告は,原告の従業員が被告製品1を分析した結果であるとする平成25年3月8日付け実験結果報告書(甲5。以下「甲5報告書」という。)に記載された実験(以下「甲5実験」という。 )により,同報告書の図6と同じ位置のレーザー顕微鏡写真(図8)を得て,画像処理し(図9),a,b,d,e,f,h,l,mの各相の面積,長径,短径を測定し(表3),長径と短径の差が0〜50%であることを確認した旨主張する。
しかし,構成要件B-(1)が規定するのは,「球形の相」,すなわち「立体形状」が「球形」である「相」における「長径及び短径」並びに「直径」の数値範囲であるところ,証拠(乙32)によれば,ターゲットの断面(一水平面)において「円形」に観察される相であっても,当該相の立体形状がいかなるものであるは不明であり,当然に「球形」であるといえるものではないことが認められる。
また,上記の点を措き,ターゲットの断面(一水平面)において「円形」に観察される相の立体形状が「球形」であると仮定しても,上記証拠によれば,同断面が球の中心を通るのか否か,通らない場合にはどの程度中心から外れているのかは,不明であるというほかはなく,同断面において「円形」に観察される相について行った測定結果に基づいて,当該相が「球形」である場合の「直径」を近似的に求めることはできないものと認められる。
この点,本件明細書において,前記(ア)のとおり「球形そのものを確認することの比が2以下であることを目安としてよい。」(【0026】)とされていることに鑑み,ある相の断面が上記要件を充たすことをもって,構成要件B-(1)にいう「長径と短径の差が0〜50%」の「球形の相」であると推認することが許され 18 ないではないとしても,そのことをもって,直ちにその相の「直径が30〜150μmの範囲にある」ことまで推認されるということはできない。
したがって,甲5実験によっては,被告製品1における「長径と短径の差が0〜50%であって直径が30〜150μmの範囲にある球形の相」が特定されたということはできない。
(エ) 原告は,その従業員が被告製品1を分析した結果であるとする平成27年12月9日付け陳述書(甲53。以下「甲53陳述書」という。)に記載された分析結果(以下「甲53分析」という。)に基づく主張もする。
しかし,そもそも,同陳述書の別紙1に示された「Results」の数値が「長径及び短径」並びに「直径」とどのように関係するのは,明らかでないし,まして,「立体形状」が「球形」である「相」における「長径及び短径」並びに「直径」との関係は,一層不明である。加えて,甲53分析におけるNo.1やNo.24は,「立体形状」ではなく,ターゲットの断面(一水平面)において観察される相について検討すればよいとの原告主張によったとしても,「長径と短径の差が0〜50%」の範囲にあるといえるのか疑問である(甲53陳述書の27頁など参照)。
したがって,甲53分析によっても,被告製品1において「長径と短径の差が0〜50%であって,直径が30〜150μmの範囲にある球形の相」が特定されたということはできない。
(オ) 以上のほか,原告が縷々主張するところを踏まえても,被告製品1において,「長径と短径の差が0〜50%であって,直径が30〜150μmの範囲にある球形の相」を特定することは,困難というべきである。
ウ 被告製品1において「球形の相」が「Coを90wt%以上含有する」ことが立証されたといえるか (ア) 上記イのとおり,被告製品1において,「長径と短径の差が0〜50%であって,直径が30〜150μmの範囲にある球形の相」を特定することができない 19 以上,そのような「球形の相」が「Coを90wt%以上含有する」ことが立証されることはあり得ないところであるが,事案に鑑み,仮に,原告の主張に係る「球形の相」が「長径と短径の差が0〜50%であって,直径が30〜150μmの範囲にある」ものとして,「Coを90wt%以上含有する」と認められるか否かについて,検討する。
(イ) 本件明細書には,本件特許発明において,球形の相(B)のCoの濃度を90wt%以上とした技術的意義に関して,次の記載がある。
「本発明は・・・,漏洩磁束を向上させて,マグネトロンスパッタ装置で安定した放電が得られる強磁性材スパッタリングターゲットを提供することを課題とする。」「本発明者らは鋭意研究を行った結果,ターゲットの組織構造を調整することにより,漏洩磁束の大きいターゲットが得られることを見出した。」(【0011】,【0012】) 「このように調整したターゲットは,漏洩磁束の大きいターゲットとなり,マグネトロンスパッタ装置で使用したとき,不活性ガスの電離促進が効率的に進み,安定した放電が得られる。またターゲットの厚みを厚くすることができるため,ターゲットの交換頻度が小さくなり,低コストで磁性体薄膜を製造できるというメリットがある。」(【0019】) 「本願発明において重要なことは,ターゲットの組織が,Coを90wt%以上含有する長径と短径の差が0〜50%である球形の相(B)を有していることである。そして,球形の相(B)は周囲の組織より最大透磁率が高く,金属素地(A)によって各々分離された構造になっていることである。このような組織を有するターゲットにおいて,漏洩磁界が向上する理由は現時点で明確にはなっていないが,ターゲット内部の磁束に密な部分と疎な部分が生じ,均一な透磁率を有する組織と比較し静磁エネルギーが高くなるため,磁束がターゲット外部に漏れ出た方がエネルギー的に有利になるためと考えられる。」(【0022】)。
「前記球形の相(B)の最大透磁率を高く維持するためには,Coの濃度が高い 20 方が望ましい。原料としては純Coを使用するが,焼結時に球形の相(B)が周囲の金属素地(A)と相互に拡散するので,好ましい相(B)のCo含有量は90wt%以上であり,より好ましくは95wt%以上,さらに好ましくは97wt%以上である。上記のようにCoが主成分であるが,中心は純度が高く,周囲は純度がやや低くなる傾向にある。球形の相(B)の径を1/3に縮小したと仮定した場合の相似形(球形)の相の範囲(以下「中心付近」という。)内では,Coの濃度97wt%以上を達成することが可能であり,本願発明は,これらを含むものである。」(【0023】)。
「本発明は,強磁性材スパッタリングターゲットの組織構造を調整し漏洩磁束を飛躍的に向上させることを可能とする。」(【0073】) (ウ) 本件明細書の上記記載によれば,本件特許発明は,漏洩磁束が向上するターゲットを実現するため,「球形の相(B)」のCoの濃度を高め,周囲の組織より最大透磁率を高くし,ターゲット内部の磁束に密な部分と疎な部分を生じさせたターゲット組織構造を調整したものであると解される。
そうだとすれば,構成要件B-(1)にいう「Coを90wt%以上含有する」「球形の相(B)」とは,「球形の相(B)」の中に「Co含有量が90wt%以上」の部分が少しでもあれば足りるというものではなく,「球形の相(B)」全体として「Co含有量が90wt%以上」であることが必要であるというべきである。
なお,本件明細書には,Co含有量の測定方法に関し,「なお,相(B)のCo含有量は,EPMAを用いて測定することができる。また,他の測定方法の利用を妨げるものではなく,相(B)のCo量を測定できる分析方法であれば,同様に適用できる。」(【0024】)との記載があり,実施例1,2について,ターゲットの研磨面の光学顕微写真及びEPMAの元素分布画像が示されている(前記イ(ア)で引用した【0044】,【0045】,【0053】,【0054】参照)。
しかし,本件明細書を精査しても,球形の相(B)におけるCo含有量の測定方法について,より具体的な説明がされた箇所は,見当たらない。
21 したがって,被告製品1において,「球形の相」が,全体として,「Coを90wt%以上含有する」ことが立証されたといえるか否かについては,当業者の技術常識を踏まえて判断するほかはない。
(エ) 原告は,甲5報告書の表2をもって,被告製品1における「Coを90wt%以上含有する球形の相」の分析結果である旨主張する。
甲5実験は,被告製品1からサンプリング箇所を切り出し試験片とし,その表面をペーパーで研磨した後,バフ研磨し,試験片の球形相をEPMAを用いて,下記に引用する甲5報告書の図6のaないしmのアルファベット部分に電子線を照射してCo含有量を測定したものであり,その結果,下記のa,b,d,e,f,h,l,mの「球形の相」については,Coの含有量が90wt%以上あったとするものである。
しかし,甲5実験におけるaないしmの「球形の相」のCo含有量については,電子線が照射された箇所(測定箇所)が,それぞれの「球形の相」のどの部分に当たるかが明確でないし,それぞれ1つの測定値しか示されていないのであるから,各測定値をもって,各「球形の相」の全体のCoの濃度とみることは,相当とは言い難い。
この点,原告は,仮に,ある「球形の相」について,Co濃度が90wt%以上 22 として測定された箇所が立体形状として中心付近とはいえない場合,中心付近のCo濃度は,測定箇所より高濃度であると合理的に推認されるから,いずれかの測定箇所で「Coを90wt%以上含有する」と評価できれば,それで足りる旨主張する。しかし,逆に,その測定箇所が立体形状として中心付近であった場合には,周囲部分のCo濃度は,測定値よりも低くなることが当然予想されるのであって,甲5実験においては,「球形の相」の中のCoの濃度分布(三次元分布)が具体的にどのようなものなのかが明らかとされていない以上,それぞれの「球形の相」について,一つの測定箇所の測定値が90wt%以上であったとしても,直ちに「球形の相」全体として「Coを90wt%以上含有する」ことが合理的に推認されることにはならない。
したがって,甲5実験によっては,被告製品1において,「Coを90wt%以上含有する」「球形の相」が存在することが立証されたということはできない。
(オ) 原告は,甲53分析に基づく主張もする。
しかし,同分析によっても,上記(エ)と同様の理由により,被告製品1において,「Coを90wt%以上含有する」「球形の相」が存在することが立証されたということはできない。
(カ) 以上のほか,原告が縷々主張するところを踏まえても,被告製品1において,「Coを90wt%以上含有する」「球形の相」が存在することが立証されたとみることは,困難というべきである。
エ 被告製品1において「球形の相」の量が「ターゲットの全体積又はエロージョン面の面積の20%以上」であることが立証されたといえるか (ア) 被告製品1において,上記イ,ウのとおり,「長径と短径の差が0〜50%であって,直径が30〜150μmの範囲にある球形の相」を特定できないこと,また,「Coを90wt%以上含有する」「球形の相」の存在を認めることができないことを措き,仮に,原告が主張するとおり,ターゲットの水平面における略円形の相(甲5実験におけるa,b,d,e,f,h,l,mの相)の長径,短径を測 23 定して(甲5報告書の表3) 「長径と短径の差が0〜50%であって,直径が30 ,〜150μmである球形の相」を特定することができ,また,甲5実験等により,その「球形の相」が「Coを90wt%以上含有する」ことが立証できたとして,被告製品1における「球形の相」の量が「ターゲットの全体積又はエロージョン面の面積の20%以上」であることが立証されているといえるかを検討する。
(イ) 原告は,甲5報告書の表4をもって,ターゲットの断面(一水平面)における観察面積に対する「円形の相」の面積の割合を算出し,これを体積比率に換算すると37.8%であった旨主張する。
しかし,証拠(乙27)には,甲5報告書が選択したエリアとは別の観察面領域について,同報告書における断面写真とほぼ同一の大きさの観察面積に対する「円形の相」(ただし,Co濃度を問わない。)の割合を求めた結果,10.1%であったことが示されている。これによれば,同一のスパッタリングターゲットの組織写真においても,観察面領域の選択により,観察面積に対する「円形の相」の割合が大きく異なることがあるといえる。
確かに,ターゲットのあらゆる部分を観察することは事実上不可能であり,ターゲット全体としてみれば,組織構造は,概ね均質であると考えられるから,その一部分を観察面領域とし,観察面積に対する「円形の相」の割合を利用して,構成要件B-(2)の充足性を判断することが,一概に不合理であるとはいえない。
しかし,そうだとしても,当該一部分の選択(観察面領域の選択)は,ターゲット全体の組織構造を観察したといえる程度に広い必要があるものと解される。しかるに,甲5実験におけるゲットの外形が15cm程度であることに鑑みると,上記試験片を用いた測定のみをもって,直ちにターゲット全体の組織構造を代表しているとみることは,困難である(ゆえに,上記程度の試験片において,観察面積に対する「円形の相」の割合が20%以上であることが証明されたとしても,「球形の相」の量が「ターゲットの全体積又はエロージョン面の面積の20%以上」であることが立証されたとはい 24 えないというべきである。)。
(ウ) 原告は,甲53分析に基づく主張もする。
しかし,上記(イ)と同様の理由により,これをもって,直ちにターゲット全体の組織構造を代表しているものとみることは,困難である。
なお,原告は,特定のエロージョン面での円形の相の面積比率は,球形の相等の体積比率よりも低く見積もられるとしても,過大に見積もられることはないとし,面積比率が20パーセント以上であれば,体積比率はこれよりも高くなるとの主張もするが,上記のとおり,そもそも面積比率が特定できていないというべきであるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものであり,採用することができない。
(エ) 以上のほか,原告が縷々主張するところを踏まえても,被告製品1において,「球形の相」の量が「ターゲットの全体積又はエロージョン面の面積の20%以上」であることが立証されたとみることは,困難というべきである。
オ 被告製品1の製造方法に関する原告主張について 原告は,被告製品1は,ガスアトマイズ法で製造された直径が少なくとも45ないし125μmの範囲内にある純Co球形粉末を,金属素地(a)の混合粉末の中に後から投入し,しかも球形の相をなるべく維持するように混合した後に焼結することにより製造されているものであると考えられ,このような被告製品1の製造方法を踏まえると,原料である純Co球形粉末が混合工程で変形されることなく焼結されたものと捉えるのが合理的であるとし,当該方法が本件明細書に記載された実施例の製造方法とほぼ同じあることをもって,被告製品1が構成要件B-(1),同B-(2)をすべて充足することの根拠になる旨主張する。
しかし,原告は,被告の主張や被告の特許出願の内容(甲26,31)等に基づいて推論を展開しているが,これらと被告製品1との結び付きは明らかでなく,その他の証拠及び弁論の全趣旨を総合しても,原告主張の方法で被告製品1が製造されたと認めるには足りない。
また,本件明細書の記載によれば,球形粉末を金属素地の中に投入した後,焼結 25 する場合には,焼結時に球形粉末中の金属が周囲の金属素地と相互に拡散することにより,球形粉末中のCo含有量が低下することが予想される(【0023】参照)ばかりか,このような金属の拡散は,基本的には,焼結温度及び異なる組織の界面に近接している度合に応じて生じるのであって,このことは原告自身も認めているところである(原告準備書面(12)17頁)。仮に,原告が主張するように,被告製品1が球形粉末を金属素地の中に投入した後,焼結する方法によって製造されたものであるとしても,焼結温度,球形粉末の直径(界面との近接の度合に影響する。),その他の条件によって異なる結果が生じ得るものというべきであって,本件明細書に記載された実施例と完全に同一の製造方法により製造されたといえるものでない以上(さらには,本件明細書に記載された実施例でさえ,本件特許発明構成要件B-(1),同B-(2)を充足しているといえるだけの,測定方法その他の客観的な根拠が十分に示されているとは言い難い以上),被告製品1が構成要件B-(1),同B-(2)をすべて充足していると直ちに認めることはできない。
したがって,原告の上記主張は,その前提を欠くものであり,採用することができない。
カ まとめ 以上によれば,被告製品1が構成要件B-(1),同B-(2)を充足することの立証はないというべきであるから,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由がない。
結論
よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 26
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