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関連審決 訂正2001-39137
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  周知技術 /  下位概念 /  技術常識 /  明確性 /  発明の詳細な説明 /  特許出願日 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  特許発明 /  実施 /  設定登録 /  訂正審判 /  請求の範囲 /  独立特許要件 /  訂正明細書 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 217号 審決取消請求事件
原告 株式会社加藤製作所
訴訟代理人弁理士 御園生芳行
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 西川惠雄,清田榮章,高木進,涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/06/16
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が訂正2001-39137号事件について平成14年3月27日にした審決を取り消す。」との判決。
事案の概要
本件は,後記本件発明の特許権者である原告が,訂正審判の請求をしたところ,請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許 特許権者:株式会社加藤製作所(原告) 発明の名称:「車両形クレーンのジブ格納装置」 特許出願日:昭和59年6月13日(特願昭59-121515号) 設定登録日:平成9年5月16日 特許番号:第2129544号 (2) 本件手続 審判請求日:平成13年8月24日(訂正2001-39137号。本件訂正) 審決日:平成14年3月27日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成14年4月6日(原告に対し) 2 特許請求の範囲の記載内容 (1) 本件訂正前の請求項1の記載(本件発明)【請求項1】ジブの格納時には,その基端をブームの先端側に,また先端をブーム基端側にそれぞれ向けた状態でジブをブームの側面に沿わせて格納し,上記ジブの使用時には,ジブを上記ブームの側面から下面側に移し替えた後に上記ジブの基端をブームの先端部に支持させてジブ基端を中心にジブを回動させることによりブーム前方に張出して使用する形式の車両形クレーンにおいて,ブームの上記側面にブーム軸に沿わせて設けられた支軸に,枢軸可能に取付けられたジブホルダと,上記ブームに設けられ,上記ジブと着脱可能な上記ジブホルダを枢動する駆動シリンダと,上記ブームに設けられ,上記ジブホルダをロック可能とする部材とを,備えたことを特徴とする車両形クレーンのジブ格納装置。(甲3) (2) 本件訂正審判請求に係る請求項1の記載(訂正発明,下線部分が訂正部分。)【請求項1】ジブの格納時には,その基端をブームの先端側に,また先端をブーム基端側にそれぞれ向けた状態でジブをブームの側面に沿わせて格納し,上記ジブの使用時には,ジブを上記ブームの側面から下面側に移し替えた後に上記ジブの基端をブームの先端部に支持させてジブ基端を中心にジブを回動させることによりブーム前方に張出して使用する形式の車両形クレーンにおいて,ブームの上記側面にブーム軸に沿わせて設けられた支軸に,枢動可能に取付けられ, 上記 ジブ の重心 より基端側 でかつ 重心近傍 を保持 する ジブホルダと,上記ブームに設けられ,上記ジブと着脱可能な上記ジブホルダを枢動する駆動シリンダと,上記ブームに設けられ,上記ジブホルダを,当該 ジブホルダ により 保持 した ジブ の,前記 ブーム の側面側 の横抱 き位置 において ロック可能とする部材とを,備えたことを特徴とする車両形クレーンのジブ格納装置。(甲2) 3 審決の理由の要点 (1) 訂正における新規事項に関する審決の認定判断 (a) 審決は,主な理由として次のように述べた。
「請求人は,…『ジブホルダ』を『ジブの重心より基端側でかつ重心近傍を保持するジブホルダ』に限定しようとしている。
ところで,上記限定内容のうち,ジブホルダを『ジブの重心より基端側を保持する』ものに限定する事項は,本件明細書又は図面の『ジブ10の基端側を保持するジブホルダ11』との記載及び『ホルダ取付け用ブラケット15…は,ジブ10の重心…をはさんでその基端側…に設けられている。』との記載からみて,本件明細書に記載した事項の範囲内のものと認められるが,ジブホルダを『ジブの重心近傍を保持する』ものに限定する事項は,本件明細書には記載されていないから,本件明細書に記載した事項の範囲内のものであるとは認めることができない。」 (b) 審決は,新規事項に関する請求人(原告)の主張を(@)〜(C)として整理した上,次のように説示して排斥した。
(b-1)「検討するに,なるほど,本件図面の【第1図】,【第3図】に,格納されたジブの中間点付近(【第1図】中A-A線が示された付近)にジブホルダが表示されていることが認められる。
ところで,ジブは,その基端部から先端部に向かって先細りになっているのが通常であって,乙2〜4の特許図面において,ジブの重心Gが各ジブの長さ方向の中心近傍にあることが図示されているとしても,本件において,特許図面の一般的な意義からみて,本件の特許図面の長さの中心近傍の特定位置が重心の位置であることが記載されていたとする根拠とはならない。」 (b-2)「また,仮に本件図面の中心近傍といえる特定の1点に重心があると認められたとしても,中心近傍が幅のある概念であるから,この幅を考慮すると,ジブホルダと重心との間にかなりの幅が生じることとなって,これを総称して『重心近傍』ということには無理がある。」 (b-3)「すなわち,特許図面は,特許発明の内容を理解するために補助的に使用されるものであって,設計図面ほど詳細かつ正確に記載される必要はないから,上記【第1図】,【第3図】は,ジブホルダ,ジブ支持用ブラケット,ジブ基端部,ジブ先端部間の相対的な位置関係を模式的に示すものにすぎず,しかも,ジブの重心位置は【第1図】,【第3図】には示されていないから,ジブホルダがジブの重心近傍を保持することが,図面記載の実施例に記載されているとすることはできない。」 (b-4)「さらに,『ジブの重心より基端側でかつ重心近傍を保持するジブホルダ』は『ジブの重心より基端側を保持するジブホルダ』の下位概念ではあるが,下位概念であるからという理由だけでは,『ジブの重心より基端側でかつ重心近傍を保持するジブホルダ』が本件明細書又は図面に記載した事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出せるものであるということはできない。」 (c) 審決は,次の点も指摘した。
「請求人は,訂正…により,『ジブにねじれ変形を生じさせることなくその移し替えを行なうことができる』根拠として,『ジブの重心より基端側でかつ重心近傍を保持するジムホルダを駆動シリンダにより駆動するものである』ことを追加しようとしている。
ところで,本件明細書には,『ウインチの巻索を,ジブホルダとは別の箇所においてジブに掛止しているため,…,ジブを保持しているジブホルダが,ジブの引上げに対して抵抗となりながら回動することになり,そのため,ジブの索掛止部とジブホルダ装着部との間にねじりモーメントが作用して,ジブがねじれ変形してしまうという問題をもっていた。』,『ジブホルダとは別の箇所でジブを引上げ駆動する場合のように,ジブにねじれモーメントが作用することはない。』と記載されているが,『ジブの重心より基端側でかつ重心近傍を保持するジブホルダを駆動シリンダにより駆動するものである』ことによって,ジブにねじれ変形を生じさせることなくその移し替えを行なうことができることは,本件明細書には記載されていないし,また,本件明細書に記載した事項から当業者が直接的かつ一義的に導き出せない。
してみると,訂正は,本件明細書に記載した事項の範囲内のものであるとは認めることができない。」 (2) 訂正における独立特許要件に関する審決の認定判断 (a) 審決は,各刊行物記載の発明を認定した(刊行物1とは特開昭59-78094号公報(本訴甲6),刊行物2とは特開昭59-57890号公報(本訴甲7),刊行物3とは特開昭59-86591号公報(本訴甲8),刊行物4とは米国特許第4383616号明細書(本訴甲9),刊行物5とは特開昭58-189492号公報(本訴甲10),刊行物6とは実願昭57-53951号(実開昭58-156791号)のマイクロフィルム(本訴甲11),刊行物7とは米国特許第3771666号明細書(本訴甲12)である。以下,審決等を引用する場合を含め,各刊行物に記載の発明を「刊行物1発明」のようにいうことがある。)。
上記認定のうち,刊行物1発明の認定及び刊行物3記載の事項A,Bの認定は,次のとおりである。
「刊行物1発明:ジブ7の格納時には,その基端をブーム4の先端側に,また先端をブーム4基端側にそれぞれ向けた状態でジブ7をブーム4の側面に沿わせて格納し,上記ジブ7の使用時には,ジブ7を上記ブーム4の側面から下面側に移し替えた後に上記ジブ7の基端をブーム4の先端部に支持させてジブ7基端を中心にジブ7を回動させることによりブーム4前方に張出して使用する形式の車両形クレーンにおいて,ブーム4の先端側に,ジブ7の基端側を支持可能でかつこの支持したジブ7をブーム4の下面からブーム4の一側面に沿って引き上げ回動可能に枢着された支持機構8と,ブーム4の基端側の一側面下部にブーム軸に沿わせて設けられた回動軸81に枢動可能に取付けられ,上記ジブ7の先端側を保持し,ジブ7と着脱可能な支持アーム9と,上記ブーム4に設けられ,上記ジブ7を枢動する吊上げワイヤ16と,上記ブーム4に設けられ,上記支持アーム9を,当該支持アーム9により保持したジブ7の,前記ブーム4の側面側の横抱き位置においてロック可能とする固定ピン85とを,備えた車両形クレーンのジブ格納装置」 「刊行物3記載の事項A:ジブ7の格納時には,その基端をブーム3の先端側に,また先端をブーム3基端側にそれぞれ向けた状態でジブ7をブーム3の側面に沿わせて格納し,上記ジブ7の使用時には,ジブ7を上記ブーム3の側面から下面側に移し替えた後に上記ジブ7の基端をブーム3の先端部に支持させてジブ7基端を中心にジブ4を回動させることによりブーム3前方に張出して使用する形式の車両形クレーンにおいて,ブーム3の先端側にブーム3の下面側から側面にわたるように曲成された案内レール19に移動可能に取り付けられた案内ローラ20と,ジブ7に設けられ,上記案内ローラ20と挿脱可能なローラ軸20aと,ブーム3に設けられ,上記案内ローラ20のローラハウジング32と連結されたワイヤ24aを巻き取る電動ホイスト24とを備えること」 「刊行物3記載の事項B:上記電動ホイスト24に代えて,油圧シリンダによりジブ7の引き上げをなしてもよいこと」 (b) 審決は,訂正発明と刊行物1発明とを対比し,一致点と相違点を次のように認定した。
「訂正発明と刊行物1発明とを対比すると,後者の『ジブ7』は前者の『ジブ』に,後者の『ブーム4』は前者の『ブーム』に,後者の『回動軸81』は前者の『支軸』に,それぞれ相当する。また,後者の『支持アーム9』は,ジブと着脱可能で,ブームの側面にブーム軸に沿わせて設けられた回動軸81(訂正発明の「支軸」)に枢動可能に取付けられ,ジブを保持するものであるから,前者の『ジブホルダ』というべきものであり,また,後者の『固定ピン85』は,ブームに設けられ,支持アーム9(訂正発明の「ジブホルダ」)を,当該支持アーム9(訂正発明の「ジブホルダ」)により保持したジブの,前記ブームの側面側の横抱き位置においてロック可能とするものであるから,前者の『ロック可能とする部材』というべきものである。そして,前者の『駆動シリンダ』及び後者の『吊上げワイヤ16』は,それらの機能からみて,ともに『ジブをブームの側面側及び下面側に移し替える手段』ともいうべきものである。
してみると,両者は,『ジブの格納時には,その基端をブームの先端側に,また先端をブーム基端側にそれぞれ向けた状態でジブをブームの側面に沿わせて格納し,上記ジブの使用時には,ジブを上記ブームの側面から下面側に移し替えた後に上記ジブの基端をブームの先端部に支持させてジブ基端を中心にジブを回動させることによりブーム前方に張出して使用する形式の車両形クレーンにおいて,ブームの上記側面にブーム軸に沿わせて設けられた支軸に,枢動可能に取付けられ,上記ジブを保持し,ジブと着脱可能なジブホルダと,上記ブームに設けられ,ジブをブームの側面側及び下面側に移し替える手段と,上記ブームに設けられ,上記ジブホルダを,当該ジブホルダにより保持したジブの,前記ブームの側面側の横抱き位置においてロック可能とする部材とを,備えた車両形クレーンのジブ格納装置』で一致し,以下の点で相違する。
【相違点1】ジブホルダに関して,前者は,ジブの重心より基端側でかつ重心近傍を保持するのに対して,後者は,ジブの重心より基端側で保持するものか,重心近傍を保持するものかは不明である点。
【相違点2】ジブをブームの側面側及び下面側に移し替える手段に関して,前者は,ジブホルダを枢動する駆動シリンダであるのに対して,後者は,ジブホルダではなくジブを枢動する吊上げワイヤである点。」 (c) 審決は,相違点についての判断として次のように説示した。
(c-1)「【相違点1について】 刊行物3記載の事項Aにおける「案内ローラ20」は,ブーム3に設けられ,ジブ7に固設されたローラ軸20aと挿脱可能(訂正発明の「着脱可能」に相当)で,ジブ7を保持する機能を有するものであるから,訂正発明の「ジブホルダ」ともいい得る部材であり,しかも,その保持位置はブーム3の先端側すなわちジブ7の基端側である。一方,刊行物1発明では,ジブホルダに相当する支持アーム9はジブ7の先端側を保持している。
以上のことからも窺えるように,ジブホルダの保持位置をジブの長さ方向のどこに設けるかは,ジブの長さ,剛性等を考慮しつつ,ジブの枢動作業を容易かつ効率的に行い得るように,当業者が適宜設定する事項であるというべきものである。また,部材を保持する場合,その重心近傍を保持すれば最も安定して保持し得ることは技術常識である。そして,ジブの長さ,剛性等に応じたジブの枢動作業の容易性,効率性を勘案して,ジブホルダの保持位置をジブの重心位置との関係で規定することは,当業者が容易になし得る程度の事項である。
してみると,刊行物1発明において,相違点1に係る構成を訂正発明のように設けることは,当業者が容易になし得るものであるといわざるを得ない。」 (c-2)「【相違点2について】 ジブをブームの側面側及び下面側に移し替える手段を,ジブではなくジブホルダに作用させることは,刊行物3記載の事項Aも備えている事項であり,また,該手段として,シリンダに替えることは,刊行物3記載の事項Bに示唆されている。
そして,部材を枢動する手段として,シリンダを用いることは,本件特許の出願前にさまざまな技術分野において周知の事項である(刊行物4〜7を参照)。
してみれば,相違点2に係る構成を訂正発明のように設けることは,刊行物1発明,刊行物3記載の事項A,B,及び周知の事項に基づいて当業者が容易になし得るものといわざるを得ない。」 (c-3)「【作用効果について】 ジブにねじれ変形を生じさせることなくその移し替えを行なうことができるとの作用効果も含め,訂正発明の作用効果は,刊行物1発明及び刊行物3記載の事項A,Bから,当業者が予測可能な範囲内のものであって,格別のものではない。」 (d) 審決は,独立特許要件につき,次のように結論付けた。
「訂正発明は,刊行物1発明,刊行物3記載の事項A,B,及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項に違反するものであるから,特許出願の際,独立して特許を受けることができないものである。」
原告の主張(審決取消事由)の要点
1 取消事由1(訂正における新規事項に関する判断の誤り) (1) 本件明細書には,本件発明の実施例に係わる事項として,「ジブ10の基端側を保持するジブホルダ11」(5欄49〜50行),「ジブ10は,…その上側…には,ジブホルダ11に着脱可能に固定されるホルダ取付け用ブラケット15と,前記ジブ支持用ブラケット12に着脱可能に枢支されるブラケット取付け板16が固定されている。このホルダ取付け用ブラケット15とブラケット取付け板16は,ジブ10の重心…をはさんでその基端側と先端側に設けられている。」(6欄5〜13行)との記載がある。
(2) 本件発明は,ジブ自体の構造をどのようにすべきかや,ジブの重心をどこにすべきかなどを解決課題とするものではなく,また,本件明細書,本件図面には,本件発明が車両形クレーンの特異な構造のジブを対象にする旨の記載はない。そして,本件発明は,あらゆる物体と同様に,重心のある通常の車両形クレーンのジブを対象にするものである。
これを前提とすれば,本件明細書の上記記載は,ジブ10の重心がジブホルダ11を取付けるホルダ取付け用ブラケット15とジブ支持用ブラケット12を取付けるブラケット取付け板16(したがって,ジブホルダ11とジブ支持用ブラケット12)との間にあることについての具体的な記載のあることが明らかである。換言すれば,本件明細書,本件図面には,ジブ10の重心位置がどこにあるかについての表示自体はないとしても,重心が,ジブ10のジブホルダ11とジブ支持用ブラケット12との間のどこかにあることについての積極的な記載があるものとして差し支えない。よって,本件明細書,本件図面にジブの重心に係る記載がないものとして,本件訂正が新規事項であるとするのは,誤りである。
(3) 車両形クレーンのジブは,基端側から先端側に向かって先細状に構成されるのが通常であり,また,車両形クレーンのジブの重心は,当該ジブの構造いかんにより多少の相違が生ずることはむしろ当然のことであるが,刊行物(甲7,13,14)にみられるように,概ね当該ジブの長さ方向のほぼ中心近傍に位置するのが通常である。
そして,本件明細書及び本件図面(第1〜3図),特に,第1図には,次のような記載がある。すなわち,第1図では,ジブ10の長さの概ね2分の1(中心)よりやや基端側に配設されたと見られるジブホルダ11を取付けるホルダ取付け用ブラケット15が記載されており,一方,ブラケット取付け板16は,ジブ10の基端からその長さの約4分の3(ジブ10の先端からは約4分の1)程度離間するもとして記載されている。
このような図示から見て,また,通常のこの種ジブの重心がその長さ方向の中心近傍にあるものとみて差し支えないことに照らして,ジブホルダ11が,ジブの重心に近接するように配設されるものとみるに難くない。このことは,上記のように,ジブ10の中心からかなり大きく先端側に離間する位置にブラケット取付け板16を設けたものとみられるものが図示されることとの関連においても,上記のように読み取ることに不自然さはない(仮に,ブラケット取付け板16がジブ10の重心に近傍するように配設されるというのは無理としても,ジブホルダ11を取り付けるホルダ取付け用ブラケット15がジブ10の重心に近接するように配設されるというのに何ら無理はない。)。
このように,本件明細書,本件図面には,ジブホルダ11をジブ10の重心より基端側でかつ重心近傍に設けたものが記載されていることは,疑う余地がない。
(4) なお,本件明細書,本件図面には,本件発明がジブ自体の構造をどのようにすべきか,ジブの重心をどこにすべきかなどを解決課題にする旨の記載はないから,ジブ10の重心が,その長さ方向のどこにあるか自体は,本件発明の解決課題に直接係わることではなく,本件発明を含めてジブの重心位置は,当該ジブの使用目的等に沿うような構造の設計に基づいて決定されるのが通常であるから,中心から相応に変位することもあろうが,ジブ重心がジブの長さ方向のどこにあるかを詳細に論ずること自体には,格別の意義はない。
(5) 審決は,前記第2,3(1)(b)(b-1)のように説示するが,誤解に基づくもので,理由がない。
「特許図面の一般的な意義」には,少なくとも,「特許図面を設計図面程正確に記載してはならない」とか,「設計図面のように正確に記載された特許図面であっても,当該特許図面からはその記載事項を読み取ってはならない」ことまで含まれるものと解すべき理由はなく,すべての特許図面が著しくラフに記載されているものと見るべき理由もない。
本来明細書,図面の記載は,その記載内容(程度)に即して読み取るのが相当である。本件図面は,第1〜15図のすべてが車両形クレーンの実際形状に概ね即するように記載されており,当業者であれば充分首肯できることが明らかでる。審決の上記説示は,本件明細書,本件図面の記載から明らかに離れるもので,著しく妥当性を欠くものである。
(6) 審決は,前記第2,3(1)(b)(b-2)のように説示する。
確かに,ジブの「中心近傍」には幅がある。しかし,本件発明は,ジブホルダでジブの重心より基端側でかつ重心近傍を保持することを要件とするもので,係るジブホルダを駆動シリンダで駆動することにより,ジブをブームの横抱き位置から下抱き位置へ,又はその逆方向に移し替える事を前提にするものであるから,ジブホルダにより保持するジブの位置とジブの長さ方向の中心近傍に位置するものと目されるジブの重心との間に幅のある(多少のずれのある)ことはむしろ当然であある。そうであればこそ,本件明細書には,「ジブホルダによりジブの重心を保持する」などと保持位置を特定することなく,「重心をはさんでその基端側」(重心より基端側のどこか)を保持する旨の記載がある。本件明細書には,本来ジブホルダにより保持するジブの位置を点により特定することなく,ジブホルダにより保持するジブの保持する領域(特定の点ではなく特定の範囲ないし領域)について記載したものであることが明らかである。
そして,ジブを保持するジブホルダとジブの重心との間隔をどの程度にすべきかは,ジブホルダにより保持したジブをブーム周りの下抱き位置から横抱き位置へ,又はその逆方向へ移し替えるという目的を達成するために差し障りがないように決定すべきものであることは,当然の設計事項というべきである。この範囲に相応の幅のあることは,本件発明が本来予定していたことであるから,上記のように差し障りがない限り,多少の幅があっても何ら不都合はない。
なお,ジブ10が全長にわたって,ほぼ均一に構成されれば,ジブの重心近くを保持するほどジブに発生するたわみ及びそのたわみの発生に伴うねじれが小さくなることが明らかであるが,仮に,当該ジブ10にたわみ,ねじれが発生しても,ジブ11の移し替えに差し支えない範囲内に収めるべきことは当然のことである。
また,ジブ作業の実情に照らし,ジブ10の基部(ジブ10の長さの約4分の1として図示される。)には,実際上ジブホルダ11を取り付けないのが通常である。
(7) 審決は,前記第2,3(1)(b)(b-3)のように説示する。
しかし,少なくとも,特許図面を製図法に即して記載してはならない理由はなく,かえって概ね製図法に沿うように作成されている実情にある。
また,特許図面の中に「特許発明の内容を理解するための補助的に使用されるもの」があるとしても,特許図面が当該特許発明実施例を示すものであるとしても,特許発明実施例の具体的構造について,特許図面に当該明細書の記載内容を越える記載のあることが少なくないことは周知の事実である。
(8) 審決は,前記第2,3(1)(b)(b-4)のように説示する。
しかしながら,前記のとおり,本件発明は本来当該ジブの重心より基端の重心近傍をジブホルダにより保持することを予定していたものであることを,当業者であればその願書に添付された明細書,図面の記載から充分読み取れるものであり,審決には誤りがある。
(9) 審決は,前記第2,3(1)(c)のように説示する。
しかし,本件明細書には,ジブホルダとは別の箇所でジブを引上げ駆動する場合のように,ジブにねじれモーメントが作用することはないと記載され,また,「ジブの重心より基端側でかつ重心近傍を保持するジブホルダ」について,本件明細書中及び実施例を示す図面に記載があることは,前記のとおりである。
また,「ジブホルダが駆動シリンダにより駆動されること」は,本件明細書の記載から当然に読み取れることで,しかも,長大な先細状ジブの重心より基端側でかつ重心近傍をジブホルダにより保持することにより,ジブホルダにより保持された当該ジブに発生するたわみが,先細状ジブの他の部分(例えば,ジブの先端部)をジブホルダにより保持する場合に発生するたわみより充分小さくなること,前記のような移し替えの際,上記たわみに対応するねじれが発生することは,当業者はいうに及ばず,通常の機械系技術の素養のある者であれば,広く知られた周知の事実である。これを否定することになる審決の説示には誤りがある。
2 取消事由2(独立特許要件の判断の誤り) (1) 訂正発明と刊行物1発明との一致点の認定誤り 審決は,刊行物1の「支持アーム9」は,訂正発明「ジブホルダ」というべきものであるとするが,誤りである。なぜなら,刊行物1発明の支持アーム9によりジブ7全体を保持できるはずがなく,一方,訂正発明のジブホルダ11は,ジブ10全体を保持するものであり,両者は明らかに相違し,対応するものではない。刊行物1のジブ7は,支持機構8及び支持アーム9により「支持」されるのであり,本件発明(訂正発明)では,ジブをジブホルダにより「保持」する構成なのである。
本件明細書では,ジブホルダ11により「保持」し,ブラケット12により「支持」するものとし,両者のジブ10に対する役割が異なるものとして峻別している。両者を同一視するのは誤りである。
(2) 訂正発明と刊行物1発明との相違点1の認定誤り 上記のとおり,刊行物1発明の支持アーム9と訂正発明のジブホルダ11は,明らかに相違し,対応するものではない。そして,刊行物1記載の先細状ジブ7が,ブーム4の先端部と基端部に取り付けたかかる支持機構8と支持アーム9により,当該ジブ7の基部側と先端部側を同時支持することについて,刊行物1の発明の詳細な説明の欄及び当該発明の実施例を示す図面に明示されるのに,これが不明であるとする,審決の刊行物1の記載内容についての認定には,誤りがある。
(3) 相違点1についての判断の誤り 審決は,前記第2,3(2)(c)(c-1)のように説示するが,刊行物1,3の記載から離れており,理由に飛躍がある。
まず,前記のとおり,刊行物1記載の支持アーム9と訂正発明のジブホルダ11とが対応するものとした点に誤りがある。また,刊行物1発明の支持部材9とは構成,作用,効果の全く異なる刊行物3記載の案内ローラ20がそれに対応するものとした点にも誤りがある。刊行物1発明,刊行物3発明は,機能及び構造が全く異なるのであり,これらの結び付けに無理がある。さらに,その結び付けに当たり,刊行物1,3の発明には全く係わりのない刊行物4〜7記載の周知技術を考慮すること自体に無理がある。仮に,そのような両者を結び付けても,訂正発明のジブホルダ11及びその駆動構成を得られるはずがない。
(4) 相違点2についての判断の誤り 審決は,前記第2,3(2)(c)(c-2)のように説示するが,理由がない。
刊行物3記載の事項A,Bは,ジブ7の基部と先端部とを同時に支持することを前提にするもので,案内ローラ20,曲成案内レール19等を含むジブ支持構成を刊行物1記載の支持アーム9に替えられるはずがない。また,仮に,そのように替えることを想定するに,その際,前記曲成案内レール19に沿って移動する案内ローラ20を,前記ワイヤ24a構成を使用することなく,単に周知の通常のシリンダを適用できるはずがない。刊行物3の事項A,Bを考慮しても,刊行物1発明から,相違点2に係わる訂正発明を当業者といえども容易に考えられるはずがない。
クレーンのジブをブームに対して起伏する駆動手段としシリンダを使用するに当たり,ワイヤを併用するのが通常であることは,甲15,16,17等により裏付けられており,この技術の分野における技術水準を無視して,訂正発明の進歩性を論ずる審決には誤りがある。
(5) 作用効果についての判断の誤り 審決は,前記第2,3(2)(c)(c-3)のように説示する。
しかし,刊行物1発明及び刊行物3発明から,刊行物4〜7記載のような周知技術を考慮しても,訂正発明を得られるはずがないことは前記のとおりであり,まして,刊行物1,3に前記周知技術を転用するに当たり,周知技術に訂正発明と同様な効果を予測できるものとみるべき理由は全くなく,それらの結合には著しい無理がある。審決の説示は誤りである。
被告の主張の要点
1 取消事由1(訂正における新規事項に関する判断の誤り)に対して (1) 原告の主張の論拠は当を得ないものであり,以下のとおり,審決の認定判断に誤りはない。
(2) 本件明細書及び本件図面の第1図には,ジブの長さ方向の中間点付近にジブホルダ11が表示され,また,甲7の第2図,甲13の第2図及び甲14の第2図には,ジブの長さ方向の中間点付近にジブの重心Gが表示されていることが認められる。しかしながら,上記甲3,7,13,14の各図面は,いわゆる特許図面であって,特許発明の内容を理解し易くするために明細書の補助として用いられるものであるから,特許発明の特徴とするところを理解するのに役立つ程度の正確さで記載されていれば足り,その寸法比率を設計図面のように正確に描くことまでは要求されていない。してみると,甲3の第1〜3図は,発明の詳細な説明に記載の「ホルダ取付け用ブラケット15とブラケット取付け板16は,ジブ10の重心(2段目ジブ10aを引き込んだ状態での重心)をはさんでその基端側と先端側に設けられている」ことを模式的に示すものにすぎず,また,甲7,13,14の第2図は,発明の詳細な説明に記載の下抱位置のジブ重心Gを「回転中心線(O-O)を含む垂直面上に位置させるか,或いは該垂直面とピンの回転中心線を含む垂直面との間に位置させる」ことを模式的に示すものにすぎず,上記各号証の特許図面には,甲3における「ジブホルダ」をジブの長さ方向の中間近傍に設けることが,また,甲7,13,14における「ジブの重心G」がジブの長さ方向の中間近傍に位置することまでは示されていないというべきである。
仮に,甲3,甲7,13,14の特許図面から,甲3における「ジブホルダ」,甲7,13,14における「ジブの重心G」が,ジブの長さ方向の中間近傍に位置することが示されているとしても,甲7,13,14のジブの重心Gがジブの長さ方向の中間近傍に位置することをもって,これを一般化して,ジブの重心が,「必ず」ジブの長さ方向の中心近傍に位置するとまではいうことができないこと,甲7,13,14のジブが,いずれもその基端部から先端部に向かって先細り形状であるのに対して,本件特許に係る甲3のジブは先細り形状でなく,甲3のジブと甲7,13,14のジブとの間に形状の差異があることも考慮すると,甲7,13,14における「ジブの重心G」がジブの長さ方向の中間近傍に設けられているとしても,なお,甲3における「ジブホルダ」がジブの重心近傍に設けられているとすることはできない。
(3) 仮に,幅のある中心近傍の右端に重心が,左端にジブホルダが存在する場合,重心とジブホルダとは相当の間隔で離れることとなり,そのような場合にまで,ジブホルダが重心近傍にあるとはいい難いから,その旨を示した審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(独立特許要件の判断の誤り)に対して 以下のとおり,原告の主張の論拠は当を得ないものである。
(1) 訂正発明と刊行物1発明との一致点の認定誤りをいう主張に対して 刊行物1発明の「支持アーム9」は,ジブと着脱可能で,訂正発明の支軸に相当する回動軸81に枢動可能に取付けられ,ジブを保持するものであるから,その構造,機能が一致することからみて,上記「支持アーム9」を訂正発明の「ジブホルダ」というべきものであるとした審決の認定に誤りはない。
また,訂正明細書の特許請求の範囲には,ジブホルダがジブ全体を保持するものであるとも,ジブホルダ以外の箇所でジブを保持しないとも限定されていないこと,及び,訂正発明の唯一の実施例でも,ジブホルダ以外に「ジブ10の先端側を支持するジブ支持用のブラケット12」の箇所においてもジブを保持していることからみて,訂正発明は,ジブホルダがジブ全体を保持し,かつ,ジブの保持部が1箇所のものであることを前提とする原告の上記主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないばかりか,明細書の記載と整合しないものであり,失当である。
(2) 訂正発明と刊行物1発明との相違点1の認定誤りをいう主張に対して 刊行物1には,ジブの重心位置について何ら記載されていないから,刊行物1発明では,ジブの重心位置が明らかではないといわざるを得ず,したがって,重心との関係におけるジブホルダの位置,すなわち,ジブホルダが「ジブの重心より」基端側なのか,「重心」近傍なのかが不明であるとした審決の相違点に係る認定に誤りはない。
(3) 相違点1についての判断の誤りをいう主張に対して 原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであって,失当である。
(4) 相違点2についての判断の誤りをいう主張に対して 訂正発明におけるジブの保持部が1箇所であることを前提とする原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであって,失当である。
また,訂正明細書の特許請求の範囲の記載では,ジブホルダの枢動に関して,ワイヤの有無について何ら記載されていない以上,ジブホルダの枢動が,駆動シリンダによって行われていれば,ジブホルダと駆動シリンダとの間にワイヤが介在しても介在しなくてもよいというべきであるから,訂正発明がジブホルダと駆動シリンダとの間にワイヤが介在しないものに限定されることを前提とする原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかないものであって,失当である。
仮に,訂正発明がジブホルダと駆動シリンダとの間にワイヤが介在しないものに限定されるとしても,刊行物3の記載には,ジブホルダ枢動の駆動源として電動ホイストに代えてシリンダを用いることが記載されており,しかも,部材を枢動する手段として,ワイヤを介在させずにシリンダを用いることは,甲9〜12に示されるように,クレーン分野を含め,さまざまな技術分野において周知の事項であるから,相違点2に係る構成を訂正発明のように設けることは,当業者が容易になし得るものというべきである。
したがって,審決の相違点2についての判断に誤りはない。
(5) 作用効果についての判断の誤りをいう主張に対して 重心近傍を保持すれば,最も安定して保持し得ることは技術常識であり,ジブホルダを駆動シリンダにより(ワイヤ等を使用することなく直接)保持すれば,ロックピンによりジブホルダをブームに固定することなく振れ動かない状態に拘束することができることは,当業者にとって自明な事項であるから,訂正発明の作用効果は当業者が予測可能な範囲内のものであって,格別のものではないとした審決の作用効果についての判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(訂正における新規事項に関する判断の誤り)について (1) 本件訂正事項のうち,ジブホルダを「ジブの重心近傍を保持する」ものとすることが,本件明細書又は本件図面に記載した事項の範囲内においてされたものであるか否かについて,検討する。
(2) 本件発明の特許請求の範囲請求項1(前掲)における「ジブホルダ」の記載は,「ブームの上記側面にブーム軸に沿わせて設けられた支軸に,枢軸可能に取付けられたジブホルダ」とされているのみであって,その位置関係について何ら言及されたところはない。
次に,本件明細書の発明の詳細な説明欄を検討すると,「ジブ10の基端側を保持するジブホルダ11」との記載,及び「ジブ10は,…その上側…には,ジブホルダ11に着脱可能に固定されるホルダ取付け用ブラケット15と,前記ジブ支持用ブラケット12に着脱可能に枢支されるブラケット取付け板16が固定されている。このホルダ取付け用ブラケット15とブラケット取付け板16は,ジブ10の重心(2段目ジブ10aを引き込んだ状態での重心)をはさんでその基端側と先端側に設けられている。」との記載が存在する。この記載によれば,本件発明の実施例としてではあるが,ジブホルダ11は,ジブ10の基端側を保持するものであること,ジブ10の上側に,ジブホルダ11に着脱可能に固定されるホルダ取付け用ブラケット15と,ジブ支持用ブラケット12に着脱可能に枢支されるブラケット取付け板16が固定されていること,ホルダ取付け用ブラケット15とブラケット取付け板16は,ジブ10の重心をはさんでその基端側と先端側に設けられていることが示されている。これらの記載によれば,「ジブホルダ11がジブを保持する位置と,ジブ支持用ブラケット12がジブを支持する位置は,ジブ10の重心をはさんで,前者がその基端側,後者がその先端側である。」ということを理解し得る。
さらに,原告は,「本件図面の第1図では,ジブ10の長さの概ね2分の1(中心)よりやや基端側に配設されたと見られるジブホルダ11を取付けるホルダ取付け用ブラケット15が記載されており,一方,ブラケット取付け板16は,ジブ10の基端からその長さの約4分の3(ジブ10の先端からは約4分の1)程度離間するものとして記載されている。」と主張するところ,本件図面を検討すると,概ね主張に沿う図示がされていることが認められる。
しかし,本件特許請求の範囲及び本件明細書において,上記記載以上に重心の位置が明確にされているわけではなく,本件図面上にも重心を示す記載は存在しない。よって,上記各記載自体からは,ジブホルダが「ジブの重心近傍を保持する」ものとして記載されていると確定することはできない。
(3) そこで,技術常識にも照らして,本件明細書及び本件図面の記載を理解すれば,ジブホルダが「ジブの重心近傍を保持する」ことが記載されているといい得るか,について検討する。
(a) 原告は,車両形クレーンのジブの「重心」は,概ね当該「ジブの長さ方向のほぼ中心近傍」に位置するのが通常であること,ジブの重心近くを保持するほどジブに発生するたわみ及びそのたわみに伴うねじれが小さくなることが明らかであるが,ジブを保持するジブホルダとジブの重心との間隔をどの程度にすべきかは,ジブホルダにより保持したジブをブーム周りの下抱き位置から横抱き位置へ,又はその逆方向へ移し替えるという目的を達成するために差し障りがないように決定すべきものであることは,当然の設計事項というべきであることを主張する。
(b) まず,原告がジブ一般について説明するところをも参酌しつつ,本件におけるジブの「重心」の位置について検討する。
本件明細書及び本件図面に記載されたジブを検討するに,第1図,第3図,第14図の記載によれば,ジブは,基端側から先端側にかけて,均一の太さや形状をしているものではなく,必ずしも単純な構造をしているともいえない。しかも,本件実施例のように,ジブの部分が二段構造になっている場合には,二段目ジブが一段目ジブの基端側のどの部分まで引き込まれるのか,引き込んだ状態においてもなお,二段目ジブの先端部分が一段目ジブの先端からどの程度突出するのか,二段目ジブについても,形状等がどうなっているのかなどによって,重心の位置が大きく影響されるといえる。したがって,本件ジブの「重心」の位置は,極端に先端側や基端側にあることはないとしても,明確には認識し得ないというほかないのであって,中心を基準とするとしても,相当程度幅をもった範囲でとらえるほかないというべきである。
(c) 本件ジブの重心の位置に関する上記認定に加えて,「近傍」という用語自体がどの範囲までを意味するのか明確でないため,重心の位置を「ジブの長さ方向のほぼ中心近傍」という概念でとらえることができるのかどうかということ自体が不明瞭である。
(d) 本件訂正事項は,「ジブの重心近傍を保持する」というものであり,原告の主張によれば,「ジブの『ほぼ』中心『近傍』にある重心の『近傍』を保持する」ということになる。
しかし,ジブの「重心」の位置(中心近傍)については,前判示のとおりである上,「ほぼ」も「近傍」もそれぞれが一定の幅のある概念であるから,これらを3段階にわたって積み重ねることにより表現される,「ジブの『ほぼ』中心『近傍』にある重心の『近傍』を保持する」という事項は,一層,内容の明確性が極めて乏しく,不明瞭なものとなっている。なお,本件明細書及び本件図面をみても,訂正明細書の記載をみても,「近傍」に関する説明はない。結局,どの範囲のものが「近傍」の概念に含まれることになるのか,明確に理解し得ない。
(e) 以上によれば,本件明細書及び本件図面において,ブラケット15の位置,すなわち,ジブホルダ11がジブを保持する位置が「重心近傍」という概念でとらえ得るものとして記載されているものということは困難であるというほかない。
(4) 上記の点に関し,本件明細書の記載が意味する実質的内容という観点からも,ジブホルダを「ジブの重心近傍を保持する」ものとすることが,本件明細書に記載されているものと理解し得るかを検討しておく。
本件明細書(甲3)における「発明が解決しようとする課題」(第4欄17〜24行,35〜37行),「作用」(第5欄25〜30行),「実施例」(第10欄9〜26行),「発明の効果」(第10欄39〜40行)に関する各記載によれば,ジブホルダの位置は,「ジブのねじれ」に関係する構成とされているところ,従来の車両形クレーンでは,ジブホルダとは別の箇所においてウインチの巻索をジブに掛止しているため,索を巻上げてジブをブームの下面側から側面側に引き上げる際に,ジブを保持しているジブホルダが,ジブの引上げに対して抵抗となりながら回動することになり,そのため,ジブの索掛止部とジブホルダ装着部との間にねじりモーメントが作用して,ジブがねじれ変形してしまうという課題があったこと,本件発明では,ジブホルダ駆動シリンダによりジブホルダを回動させることにしたため,ジブホルダとは別の箇所でジブを引上げ駆動する場合のように,ジブにねじれモーメントが作用することはないことが説明されている。
すなわち,本件明細書には,ジブホルダとは別の箇所に力を作用させるのではなく,ジブホルダに直接力を作用させるという構成により,上記課題を解決したものであることが記載されており,ジブのねじれ変形の防止という点について,「重心」との関係は一切記載されていないだけでなく,ジブホルダ装着部と力を作用させる箇所を一致させるか否かという,重心とは全く関係のない点で課題が解決されるものとして記載されていることが明らかである。
なお,本件明細書においては,前記のとおり,実施例に関する部分で唯一,「重心」という用語が出てくるが,この「重心」と「ジブホルダ」との位置関係に何らかの技術的意味があることをうかがわせる記載はない。仮に,前記(3)(a)及び後記(5)に記載した原告の主張にあるような意味での「たわみに伴うねじれ」を念頭においていたのであるとすれば,「ジブの重心そのものにジブホルダを設けてこれにシリンダの駆動を作用させる」のが最良であることが明らかであるのに,本件明細書における上記重心に関する記載は,「重心をはさむ」として,あえて「重心そのもの」にジブホルダを設置することを明確に否定しているのであるから,「重心」と「ジブホルダ」との位置関係に技術的意味があるものとして記載されていると解することは到底できない。
よって,実質的内容を検討しても,本件明細書には,ジブホルダを「ジブの重心近傍を保持する」ものとすることが記載されているものとはいえない。
(5) さらに,本件訂正を反映した訂正明細書の内容を検討する。
訂正明細書(甲2に添付)においては,「課題を解決するための手段」,「作用」及び「実施例」の項目における発明の構成の記載について,「ジブの重心より基端側でかつ重心近傍を保持するジブホルダ」又はこれと同旨の記載に訂正されている。これは,特許請求の範囲の訂正に対応したものである。
一方,訂正明細書における「発明が解決しようとする課題」の記載は,本件明細書と同じであり,前記(4)に認定したような意味でのねじれモーメントの作用によるジブのねじれ変形ということを解決すべき課題のひとつとしている。また,訂正明細書の「作用」の項目においても,構成の説明部分が上記のように訂正されているが,ジブのねじれに関する作用の記載については,訂正がなく,本件明細書と同じく,「ジブホルダ駆動シリンダによりジブホルダを回動させることによってジブをブームの下面側と側面側とに移し替えるようにしているため,ジブホルダとは別の個所でジブを引上げ駆動する場合のように,ジブにねじれモーメントが作用することはない。」との記載となっている。実施例においても同様であり,構成の説明部分が上記のように訂正されているものの,ジブのねじれに関する作用の記載については,上記「作用」と同様の記載となっている。
その結果,訂正明細書内において,「重心より基端側でかつ重心近傍」という訂正後の「課題を解決するための手段」と,「ジブホルダとは別の個所でジブを引上げ駆動する場合のように,ジブにねじれモーメントが作用することはない。」との作用との因果関係が不明となっている。また,上記のとおり,実施例の記載においても,同様の事態となっている。
また,訂正明細書における「発明の効果」の項目において,「ジブの重心より基端側でかつ重心近傍を保持するジブホルダを駆動シリンダにより駆動するものであるから,ジブにねじれ変形を生じさせることなくその移し替えを行なうことができる。」と訂正されている。しかし,どのような意味での「ジブにねじれ変形を生じさせることなく」という効果が,なぜ,「重心より基端側でかつ重心近傍」という構成によって導かれるかの説明は存在せず,不明である。この点を原告の主張(前記第3,1(9))を参酌して理解するならば,上記訂正明細書の「発明の効果」の記載は,ジブをジブホルダにより保持して移し替える際,ジブにたわみが生じ,このたわみに対応するねじれが発生すること,ジブの重心より基端側でかつ重心近傍をジブホルダで保持することにより,ジブに発生するたわみが,ジブの他の部分をジブホルダで保持する場合に発生するたわみより充分小さくなることを意味するものと解される。しかし,ここでいう「ジブのねじれ」と,前判示の本件明細書における「ジブのねじれ」とは,別のものであることが明らかである(そもそも,本件明細書には,「たわみ」の問題は全く記載がない。なお,本件明細書の「発明の効果」の記載は,単に「ジブにねじれ変形を生じさせることなくその移し替えを行なうことができる。」というものであるが,本件明細書の「発明が解決しようとする課題」,「作用」の記載を受けていることが明らかである。)。
以上によれば,本件訂正により,訂正明細書の各記載間に一貫性がなくなっているほか,本件明細書における効果が異なる効果に差し替えられるか,又は新たな効果が付加されるものとなっているというほかない。
(6) 以上説示したところに照らせば,本件訂正のうち,少なくとも,ジブホルダを「ジブの重心近傍を保持する」ものとすることは,本件明細書又は本件図面に記載した事項の範囲内においてされたものであるということはできない。
よって,その余の訂正事項について判断するまでもなく,本件訂正を許されないとした審決の判断は,是認し得るものというべきである。
2 取消事由2(独立特許要件の判断の誤り)について 以下においては,訂正における新規事項に関する前判示の問題をしばらくおき,原告主張のとおり,本件訂正が新規事項の要件に違反しないと仮定した上で,訂正発明の独立特許要件の有無に関する審決の判断の当否について検討する。
(1) 訂正発明と刊行物1発明との一致点の認定誤りについて 訂正発明は,ジブホルダのほかに支持機構を有しない構成に限定されたものではないことは,請求項の記載から明らかである。現に,訂正発明の実施例では,ジブホルダ以外に一つの支持機構を有するものとされている。
そして,審決は,刊行物1発明におけるジブを枢動する吊り上げワイヤと支持アームの構成と,訂正発明におけるジブホルダを枢動する駆動シリンダの構成との違いは,相違点2として認定判断しており,また,刊行物1における支持アーム9の位置関係と,訂正発明におけるジブホルダが保持するのはジブの重心より基端側で重心近傍であることとの対比は,相違点1として認定判断している。
よって,前記第2,3(2)(b)の第1段落のように説示して,刊行物1の「支持アーム9」が訂正発明の「ジブホルダ」に相当するとした審決の認定は,是認し得るものである(上記判示に照らせば,審決が,支持アームがジブを「保持」すると説示した点をもって,結論に影響を及ぼす誤りがあるとはいえない。)。原告の主張は,採用の限りではない。
(2) 訂正発明と刊行物1発明との相違点1の認定誤り 刊行物1発明の支持アーム9と訂正発明のジブホルダ11との相当関係は,前判示のとおりである。
原告は,刊行物1記載の先細状ジブ7が,ブーム4の先端部と基端部に取り付けたかかる支持機構8と支持アーム9により,当該ジブ7の基部側と先端部側を同時支持することについて,刊行物1の発明の詳細な説明の欄及び当該発明の実施例を示す図面に明示されるのに,これが不明であるとする審決の認定には,誤りがあると主張する。
しかし,審決が「不明」であるとしたということは,「ジブの重心より基端側でかつ重心近傍を保持するものである」との点を相違点として取り上げて検討すべきことになるのであるから,相違点の認定として,誤りであるとはいえない。
(3) 相違点2についての判断の誤りについて 刊行物3には,ジブを移し替える手段をジブホルダに相当するものに作用させること,また,刊行物1のような電動ホイストに代えて油圧シリンダを用いることが開示されている(クレーンにおいて,部材の駆動源として油圧シリンダを用いること自体は,甲15〜17にもみられるように周知といえる。)。
そこで,シリンダの駆動力をワイヤなどを介することなく,ジブホルダに作用させる構成についてみるに,原告は,技術水準を示すものとして,ワイヤを併用する例(甲15〜17)を主張する。しかし,これらは,本件出願よりもかなり前である昭和35年,36年,43年には出願された技術であるにすぎない。一方,刊行物4(甲9)には,車両に搭載されたクレーンにつき,ワイヤを用いることなく,油圧シリンダを直接作用させて,ブライドル・アッセンブリをブームの一側に格納したり,同所からブームの上側へ,又は,上側から同格納位置まで,移動させる構成が開示されている。なお,この発明は,ジブ自体の移し替えに関するものではないものの,同じクレーンにおける部材を枢動させて,ブームに格納したり移し替えたりするものである。その他,ワイヤなどを介さず,シリンダを直接に作用させるものとしては,クレーンではないが,岩盤などのさく孔機について,岩盤に差し込まれていくロッドを順次継ぎ足していく構成においても示されている(刊行物5〜7〔甲10〜12〕)。したがって,本件出願当時においては,各種作業に用いられる機械の分野において,部材を枢動させて位置を移し替える手段として,油圧シリンダを用い,これをワイヤなどを介することなく,部材に作用させる技術は,周知であったと認められる。
よって,上記刊行物4ないし7により認められる周知技術をも考慮すれば,相違点2の構成とすることは,当業者が容易になし得たことであるというべきである。
相違点2の構成について,当業者が容易になし得るものとした審決の判断は是認し得るものであって,この点に関する原告の主張は,採用することができない。
(4) 相違点1についての判断の誤りについて 刊行物1発明の支持アーム9と訂正発明のジブホルダ11とが相当関係にあるとした審決の認定が是認し得ることは,前判示のとおりである。また,刊行物3の「案内ローラ20」については,ジブの重さを支え,同所にワイヤを介してとはいえ,電動ホイストの力を作用させるものであるから,「ジブホルダ」ともいい得るとした審決の認定にも直ちに誤りがあるとはいえない。
また,前判示のとおり,相違点2のように,ジブをブームに移し替える手段として,ジブホルダを枢動する駆動シリンダを用いることは,当業者が容易に想到し得ることである。
そして,原告主張のように,ジブの重心がその長さ方向のほぼ近傍にあること,ジブの重心より基端側で重心近傍を保持することでジブに発生するたわみが小さくなり,たわみの大きさに対応するねじれが生じることが当業者に自明のことであるとするならば,駆動シリンダを作用させる箇所,つまりジブホルダの位置を相違点1のように設けることもまた,当業者にとって容易であることになる。
相違点1についての判断の誤りをいう原告の主張は,採用することができない。
(5) 作用効果についての判断の誤り 相違点1,2について判示したところに照らせば,訂正発明の作用効果も予測し得る範囲のものであるとの審決の判断は是認し得るものである。
(6) 以上のとおり,訂正発明は,独立特許要件を欠くものであって,本件訂正は認められないとした審決の認定判断は,是認することができる。
3 結論 以上判示したとおり,上記1,2のいずれの見地からも,本件訂正審判請求が成り立たないとした審決は,是認し得るものである。原告主張の審決取消事由は,理由がないので,原告の請求は,棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利