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事件 平成 25年 (ワ) 30447号 不当利得返還等請求事件

原告中央精機株式会社
同訴訟代理人弁護士 細田英明
同訴訟復代理人弁護士 中島徹也
被告A
同訴訟代理人弁護士 小沢剛司
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2016/04/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 被告は,別紙1営業秘密目録記載の各電子データを使用してはならない。
2 被告は,別紙1営業秘密目録記載の各電子データのうち,別紙2電子データ一覧表A記載の各電子データを第三者に使用させてはならない。
3 被告は,別紙1営業秘密目録記載の各電子データ及び同電子データを印刷した図面を廃棄せよ。
4 原告のその余の請求を棄却する。
5 訴訟費用はこれを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
6 この判決は,第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
請求
1 1 被告は,原告に対し,603万2526円及びこれに対する平成25年2月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 主文第1項ないし第3項と同旨
事案の概要
1 本件は,株式会社である原告が,かつて原告の従業員の地位にあった被告に対し,@被告が,原告の営業秘密である別紙1営業秘密目録記載の各電子データ(以下,併せて「本件データ」という。 )を持ち出した行為は,営業秘密の不正取得行為(不正競争防止法〔以下「不競法」という。 〕2条1項4号)に当たると主張して,不競法3条1項に基づき,本件データの使用(本件データのうち,別紙2電子データ一覧表A記載の各電子データについては,第三者に使用させる態様を含む。)の差止めを求めるとともに,同条2項に基づき,本件データ及びこれらが印刷された図面の廃棄を求め,併せて,A被告による上記持出し行為は,原告の就業規則上,懲戒解雇事由に該当するものであるから,原告が被告に対して支払った退職金支給額603万2526円については,被告が法律上の原因なく利得し,このために原告に損失を及ぼしたものであると主張して,不当利得返還請求権(民法703条)に基づき,603万2526円及びこれに対する請求後の日である平成25年2月23日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
2 前提事実等(当事者間に争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実等) (1) 当事者 ア 原告は,精密機械の製造販売等を目的とする株式会社であり,オートフォーカス顕微鏡及びその周辺機器等の製造,販売等を行っている(甲7,22)。
イ 被告は,昭和58年3月28日に原告に入社し,平成22年10月29日に退職するまで,原告において設計関係の業務に従事していた者である。
(2) 就業規則の定め 2 原告の就業規則(以下「本件就業規則」という。 )には,平成22年当時,次の規定があった(甲2)。
第36条 社員は以下の手続きによってしか懲戒されることがない。
1 懲戒は所属長の申し出によって行われる。ただし,懲戒解雇は所属長の 申し出によって役員会で決定し,経営協議会に経過を報告する。
(略) 第37条 社員は以下の懲戒以外のいかなる処分を受けることはない。
(略) 4 懲戒解雇 第36条第1号により解雇し,退職手当を支給しない。
第38条 制裁の種類及び説明 (略) 3 以下の各項に該当するものは懲戒解雇を受ける。
(略) ロ 業務上の秘密を漏らし,会社運営上に重大なる不利益をもたらした者。
ハ 風紀を乱し,職務上の指示・命令を社員としての自覚で受けることが なく,会社の運営に重大な損害を与える者。
(略) ヘ 詐欺・窃盗・暴行・脅迫,その他これに準ずる行為をしたとき。
(略) リ 故意に業務の能率を阻害し,または業務の遂行を妨げたとき。
(略)」 (3) 給与規定の定め 原告の給与規定(以下「本件給与規定」という。 )には,平成22年当時,次 3 の規定があった(甲26)。
第27条 解雇手当はあらかじめ本人の同意を得て,下記の事由・勤続期間の計算方法 手続きによって支給される。
1 解雇事由 (略) ロ 事業の都合,その他会社のやむをえない事由によるため。
(略) 第28条 退職手当は下記の事由によって退職する場合,勤続期間の計算方法・手続き によって支給される。
1 自己の都合で退職する場合 (略) 第29条 解雇手当・退職手当の計算式は, (基本給)×定数 とする。(略)なお定数は次表による。(略)」 解雇・退職手当の定数表(抜粋) 勤続年数 27 解雇手当 第27条1のロ 17.46 退職手当 第28条1 14.84 (4) 被告の退職と退職金の支給 被告は,平成22年10月5日,原告による希望退職者の募集に応募する形によって退職届を提出し,同月29日,会社都合による退職として,原告を退職した。
被告は,同年11月30日,退職金として,合計603万2526円(ただし,退職慰労金として571万7676円,特別加算金として31万4850円。以 4 下「本件退職金」という。)の支給を受けた。
(以上につき,甲3,5,15,17の2) (5) フェイスの設立等 株式会社フェイス(以下「フェイス」という。)は,平成22年11月5日に設立された株式会社であり,装置組込用オートフォーカスシステムの製造,販売等を行っている。
被告は,原告の従業員であったB(以下「B」という。),C(以下「C」という。),D(以下「D」という。)及びE(以下「E」という。)とともに,フェイスの設立時の取締役に就任した。その後,被告は,平成24年10月31日,フェイスの取締役を辞任したが,従業員としてフェイスに引き続き勤務している。
(以上につき,甲8,9,13,被告本人) 3 争点 (1) 本件データは,原告の営業秘密に当たるか。(争点1) (2) 被告は,不正の手段により本件データを取得したか。(争点2) (3) 本件データの使用の差止め及び廃棄の必要性は認められるか。(争点3) (4) 被告は,本件退職金相当額(又は会社都合退職による増額分の退職金相当額)を法律上の原因なく利得し,これにより原告に損失を与えているか。(争点4) 4 争点に対する当事者の主張 (1) 争点1(本件データは,原告の営業秘密に当たるか。)について 【原告の主張】 本件データは,次のとおり秘密として管理されている事業活動に有用な技術上の情報であって,公然と知られていないものであるから,不競法で保護されるべき「営業秘密」(同法2条6項)に当たる。
有用性について 本件データは,それぞれ,2ラインセンサオートフォーカス顕微鏡(別紙2「電 5 子データ一覧表A」記載の各電子データ),顕微鏡用マイクロスキャニングステージ(別紙3「電子データ一覧表B」記載の各電子データ)及びレーザオートコリメータ(別紙4「電子データ一覧表C」記載の各電子データ)の各組立図,部品図及び部品表であって,これら機器の数十から数百に及ぶ部品の形状,寸法,選定及び加工に関する情報等が記載されているものである。本件データをCADソフトで使用することにより,顧客の要望に応じた製品を効率よく設計することができる。
したがって,本件データは,営業秘密としての有用性の要件を充たす。
非公知性について 本件データは,顧客には開示していないものである。また,原告の販売する製品をリバース・エンジニアリングしても,本件データと同一の情報を得ることはできない。
したがって,本件データは,営業秘密としての非公知性の要件を充たす。
ウ 秘密管理性について 本件データは,原告のメインコンピュータのサーバに保存された上,文書管理システムである「ArcSuite」(以下「アークスイート」という。)により管理されていた。平成22年6月当時,本件データにアクセスすることができたのは,被告を含め,設計業務に従事していた従業員17名のみであり,専用のユーザIDとパスワードを用いる必要があった。更に,本件データをバックアップする権限は,設計部門及び営業部門の各総括責任者のみに与えられていた。
したがって,本件データは,営業秘密としての秘密管理性の要件を充たす。
【被告の主張】 原告の製造,販売する製品は,光学技術,メカ技術,電子技術,ソフトウェア技術を顧客に合わせて適用したものであり,基本光学系理論等と,技術者個々人の技能及び経験に基づいて再現可能なものである。理論それ自体や技術者個々人の技能及び経験は営業秘密とはなり得ないことからして,原告の製造,販売する製品の設計図面等のすべてが技術上の情報として有用なものであるとはいえない。
6 なお,原告の製造,販売する製品のうち,オートフォーカスセンサ部分に関しては,原告の特別な技術といい得るが,原告は,顧客の製品と組み合わせて使用されるという製品の性質上,これらの技術を常に顧客に開示していた。
したがって,本件データに営業秘密としての有用性非公知性を認めることはできないというべきである。
(2) 争点2(被告は,不正の手段により本件データを取得したか。)について 【原告の主張】 被告は,原告における就業時間内に,アークスイートにアクセスして,本件データを含む多量のデータを取得し,これらをUSBメモリ等に保存して持ち去った。
被告が本件データを取得するに際し,原告を退職後にフェイスを設立し,本件データを用いて競業を行う目的を有していたことは,被告が平成22年6月から同年10月までの限られた期間に,通常の執務の必要性をもっては説明できないほどに極めて多数の設計データを取得していること,フェイスが製造,販売している顕微鏡用オートフォーカス装置が,原告が製造,販売しているオートフォーカス顕微鏡と酷似していること,被告は,原告在職中,Bからフェイスの設立計画を伝える電子メールを受領し,これにアドバイスしていることなどの事情から明らかである。
したがって,被告が,上記のとおり本件データを取得し,持ち去った行為は,不正の手段により営業秘密を取得する行為に当たるというべきである(同法2条1項4号)。
【被告の主張】 否認する。
原告は,被告が本件データをいつ,どのような方法で社外に持ち出したかを立証していない。被告が本件データをUSBメモリ等に保存して持ち去っているのであれば,デジタル・フォレンジック調査等により,その形跡を示す証拠が得られるはずである。
被告がアークスイートにアクセスして,多量の設計データを取得していることは 7 認めるが,これは,原告の技術センターの閉鎖や,被告の退職後のことを想定してデータをPDF化することによって業務の利便性等を高めることを目的としていたものである。
(3) 争点3(本件データの使用の差止め及び廃棄の必要性は認められるか。)について 【原告の主張】 被告は,原告を退職後,原告と競合する事業を営むフェイスの取締役に就任しているところ,フェイスの取締役に就任した原告の元従業員のうち,設計業務を行う知識と経験を有しているのは被告のみである。その被告が本件データを保持しているのであるから,被告が本件データをフェイスに開示することにより,フェイスは,原告の技術情報を流用して製品の開発及び製造を行うことができることとなる。現に,フェイスは,原告が製造,販売するオートフォーカス顕微鏡と酷似する顕微鏡用オートフォーカス装置を製造,販売しているのである。
したがって,被告による本件データの使用を差し止める必要があり,現にフェイスが使用していると考えられる別紙2「電子データ一覧表A」記載の各電子データ(2ラインセンサオートフォーカス顕微鏡の組立図,部品図及び部品表)については,第三者をして使用させることも差し止める必要がある。
また,被告が保有する本件データ及びこれらを印刷した図面を廃棄する必要もあるというべきである。
【被告の主張】 被告はそもそも本件データを保持していないから,差止め及び廃棄の必要性は認められないというべきである。
原告は,フェイスの営業行為をもって被告に対する差止め及び廃棄の必要性を主張するが,あくまでフェイスの営業行為に起因する事情であって,被告個人に対する請求の必要性を基礎付けるものではない。
(4) 争点4(被告は,本件退職金相当額〔又は会社都合退職による増額分の退職 8 金相当額〕を法律上の原因なく利得し,これにより原告に損失を与えているか。)について 【原告の主張】 ア 被告による本件データの不正取得行為は,原告の業務上の秘密を漏らすものであるし,詐欺・窃盗・暴行・脅迫に準ずる背任行為といい得るものであるから,本件就業規則の定める懲戒解雇事由に当たる。原告は,被告による不正取得行為を知っていたならば,当然,懲戒解雇手続を執っていたというべきであるし,その場合には,本件就業規則の定めにより,被告は,原告から本件退職金の支給を受けることはできなかった。
したがって,被告は,法律上の原因なく,本件退職金の額に相当する金額である603万2526円の利得を受け,これにより原告に損失を与えているというべきである。このことは,本件就業規則において,既に支給を受けた退職金についての返還に関する規定がなくとも変わることはない。
イ 仮に,上記603万2526円全額について被告が法律上の原因なく利得したとはいえないとしても,被告は,原告が希望退職者を募集したことを奇貨として,退職後に競合する会社であるフェイスを設立する目的で退職すること,すなわち自己都合による退職であることを秘したまま,会社都合による退職として高額の退職金を受領したものである。被告が,当時,労働組合の副委員長として,表向きは希望退職者の募集に反対するなどしていたことからすれば,原告を欺くものであって極めて信義に反するというべきである。
したがって,被告が自己都合による退職をしていたならば支給されていたであろう退職金485万9697円と,会社都合による退職として支給された本件退職金の額603万2526円との差額である117万2829円については,少なくとも被告は法律上の原因なくこれを利得し,これにより原告に損失を与えたものと評価できる。
【被告の主張】 9 本件就業規則には,懲戒解雇した場合に退職手当を支給しない旨の定めはあるが,既に支給した退職金の返還を求めることができる旨の明示の規定はない。本件就業規則に明示の規定がない以上,労働者にとって不利益となる支給済みの退職金の返還は,事後的に懲戒解雇事由が発覚したとしても,認められるべきではない。
なお,仮に,支給済みの退職金の返還が認められる場合があるとしても,退職金は,功労報奨的性格と賃金後払い的性格が共存するものであるところ,原告における退職金は賃金後払い的性格が強いのであるから,返還すべき退職金の額は相当程度低額にとどめられるべきである。
当裁判所の判断
1 認定事実 前記前提事実,各項目末尾掲記の証拠(なお,特に断りのない限り,書証の枝番号の表記は省略する。)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(1) 当事者 原告は,昭和30年に創業し,以来光学測定器の設計,製造,販売等を行ってきたが,近年の主力製品は,自動式マイクロスキャニングステージなどのメカニカルステージ(自動ステージ,手動ステージ),オプティカルアクセサリ(光学実験器具),オプティカルエレメント(光学部品),工作顕微鏡,工作投影機,2ラインセンサ方式のオートフォーカス顕微鏡(装置組込用オートフォーカスシステムを含む。),レーザオートコリメータ,心出顕微鏡などである(甲22,48)。
被告は,大学の理工学部を卒業後,昭和58年に原告に入社し,以来平成22年10月29日に退職するまで,原告の従業員として特注製品,標準製品,オートフォーカス製品等の設計,開発業務に従事してきた(乙1)。
(2) 原告が製図する図面の種類等 原告が設計,開発した製品の図面には,構想図,外観図,結線図,組立図,部品図などがあり,また,これらの図面や使用する部品の関係等を表の形式によって整理した部品表と呼ばれる書面もある。
10 このうち,構想図は,顧客からのニーズ聴取や仕様決定など,設計,開発の主として初期段階において,技術担当が製図する図面であり,営業担当が作成する見積書などとともに,顧客に開示されるものである。また,外観図は,構想図をより具体化した図面として,結線図は,原告の製品を顧客側の装置と電気的に接続するに際して必要となる図面として,いずれも顧客に開示されるものである。
これらに対し,組立図,部品図及び部品表は,原則として顧客に開示されない。
(以上につき,甲22,33,46,47,50,証人F) (3) アークスイートによる図面等の管理 原告では,過去に設計,開発,製造,販売した製品の図面(構想図,外観図,結線図,組立図,部品図)や部品表のデジタルデータを,社内サーバに保存し,社内文書管理システムであるアークスイートを用いて管理している。保管されたデータは,例えば顧客からの要望に応じて製品を開発する際,過去に製作した製品の図面をそのまま用いたり,あるいはCADソフトで修正を施したりして,設計,開発に要する期間を短縮する目的などに使用している。なお,基本的な光学理論の知識と,従業員の能力,経験をもってすれば,過去に製作した製品の図面等が無くとも,顧客の要望に応じた製品を設計,開発,製造することができるが,一から製図を行うには多くの時間と費用を要するため,必ずしも現実的とはいえない。
アークスイートは,平成20年9月より稼働を開始したシステムであり,原告の従業員で利用登録を受けた者は,図面番号等を入力して目的とするデータを検索し,これを閲覧し(拡大表示やページ送り等を含む。),印刷することができるが,サーバに蓄積されているデータを個別又は一括してダウンロードし,記録媒体に保存する権限を与えられているのは,技術部門に属する一部の従業員に限られていた。
(以上につき,甲49,50,証人F,被告本人) (4) 本件データ 本件データは,いずれも,平成22年当時,原告のサーバに保存され,アークスイートによって管理されていたデジタルデータであり,次のとおり,原告が設計, 11 開発した精密機械製品の組立図,部品図又は部品表のデータである。
別紙2電子データ一覧表A記載の各電子データは,原告が設計,開発した高速追従可能な2ラインセンサ方式のオートフォーカス顕微鏡に関する組立図,部品図又は部品表のデータである。
別紙3電子データ一覧表B記載の各電子データは,原告が設計,開発した外部コントローラによりXY軸2方向に移動制御可能な薄型軽量の自動式マイクロスキャニングステージに関する部品図又は部品表のデータである。
別紙4電子データ一覧表C記載の各電子データは,原告が設計,開発した角度変位(ヨーイング,ピッチング)を測定するレーザオートコリメータ(LAC)に関する組立図,部品図又は部品表のデータである。
(以上につき,甲20,21,38) (5) フェイスの設立計画 ア Bは,平成22年7月31日,被告,D,C及びEに対して,次の内容の電子メールを送信した。なお,同電子メールには,「緊急行動計画」,「設立にあたり」とそれぞれ題する文書が添付されていたが,これらの添付文書の内容は,原告によるデジタル・フォレンジック調査によっては復元することができなかった。
「Bです。方向が固まったので私が現在考えている内容を添付します。完全な 内容ではありません。みんなで将来が開けるよう意見をどしどし下さい。〔中 略〕これからは開業まで会社を欺かざるを得ません。各位慎重に計画を進めた いと思います。多分,私が一番慎重さに欠ける人間なので皆さんのフォローお 願いします。このメールを持って計画スタートします。」 Bの上記電子メールに対して,被告は,同日,「了解しました。あまり贅沢は言ってられないと思いますが,必要なソフト諸々(CAD関連は当面Autocad等も必要かと思います)ので,その辺の投資は更に必要かもしれません。」と返答し,D,C及びEも,それぞれBの上記電子メールに返信した。
(以上につき,甲28ないし32,49) 12 イ また,Bは,同日,原告の取引先に対しても,次の内容の電子メールを送信した(甲42)。
「Bです。社内状況も益々我々にとって活動困難になりそうです。私とC,山 崎,E,Dで計画開始致します。退社時期は9月末(B,C,D)を予定して います。E,山崎も同時か少し遅れとなりそうです。10月のできるだけ早い マ マ 時点で設立したいと思います。(ZR? の御支援,御指導を宜しくお願い致しま す。新コントローラーの打ち合わせは急務です。8月2日〜6日まで台湾出張 なので8月9日午後御打ち合わせお願いできないでしょうか。ご連絡ください。
CCにあるメールアドレスは各自のパーソナルアドレスです。5人の中では全 ての計画,行動をオープンにするつもりです。今後は慎重に進めます。宜しく お願いします。」 (6) 希望退職者の募集と被告の退職 ア 経営環境の悪化と収益の下落により,金融機関からの融資も難しくなることなどが見込まれたことから,原告は,会社再建策の一環として,平成22年9月1日,原告の従業員に対し,「会社再生策の提案について」と題する書面を発出して,原告の事業所である上尾技術センターの閉鎖予定を通知するとともに,希望退職者を募集する旨の告知を行った。希望退職者の募集に関する条件は次のとおりであった(甲14,15,48,原告代表者)。
募集人員 10名程度 募集期間 平成22年9月6日から同月17日まで 優遇措置 本件給与規定28条に基づく会社都合退職による退職金に加え, 基本給の100パーセントに相当する額の特別加算金を支給する。
イ 上記希望退職者の募集に対し,B,D,C及びEは,同月10日までに退職届を提出し,同年10月20日付けで,原告を退職した(甲16,17)。
ウ 上記希望退職者の募集期間は,原告代表者ほか経営側と,労働組合側との間の団体交渉の結果,延長されることとなり,平成22年10月5日が締切日とされ 13 た。なお,被告は,労働組合の副委員長として,上記団体交渉に参加していた。
被告は,延長された募集期間の最終日である平成22年10月5日に退職届を提出し,同月29日付けで退職した。
被告は,同年11月30日,本件退職金合計603万2526円(ただし,本件給与規定28条に基づく会社都合退職による退職金として571万7676円,特別加算金として31万4850円)の支給を受けた。
(以上につき,甲3,5,14,17の2,48,51,52,乙1, 原告代表者,被告本人) (7) アークスイートからのデータのダウンロード 被告は,原告の設計担当従業員として,アークスイートに保管されているデータの検索,閲覧,印刷のみならず,個別又は一括してダウンロードし,記録媒体に保存する権限を与えられていたところ,平成22年6月から同年10月までの5か月間で,アークスイートから合計4万8964件のデジタルデータ(これは,原告がアークスイートに保管しているほぼ全ての設計データに相当する。)をダウンロードし,そのうち,同年9月8日から同月10日までの3日間のダウンロード総数は3万770件に上ったが,同3日間に対応する被告の作業日報上,ここまで多量のデジタルデータを取り扱った旨は記載されていない。
なお,被告が平成20年9月から平成22年5月までの間(21か月間)でアークスイートからダウンロードしたデジタルデータの総数は2426件であった。
(以上につき,甲10,11,25,被告本人) (8) フェイスの設立等 B,被告,C,D及びEは,平成22年11月5日,埼玉県川越市富士見町9番地1を本店所在地として,精密検査測定機器の設計,製造,販売等を目的とするフェイスを設立し,それぞれフェイスの取締役に就任した。なお,被告は,平成24年10月31日,フェイスの取締役を辞任したが,その後も,従業員としてフェイスに引き続き勤務しており,上記5名(B,被告,C,D及びE)のうち,設計業 14 務を担当しているのは被告のみである。
フェイスは,「装置組込用オートフォーカスシステム」のカタログを作成しているほか,自社のウェブサイトにおいて,自社製品の特徴を「高感度2ラインセンサー方式による顕微鏡オートフォーカスを実現するための製品」と表現している。
(以上につき,甲6,8,9,被告本人) 2 争点1(本件データは,原告の営業秘密に当たるか。)について (1) 原告は,本件データが不競法2条6項の「営業秘密」に当たる旨主張する。
そこで検討するに,前記認定事実によれば,@本件データは,光学測定器の設計,製造,販売等を業とする原告の近年の主力製品である2ラインセンサ方式のオートフォーカス顕微鏡,自動式マイクロスキャニングステージ及びレーザオートコリメータの組立図,部品図及び部品表であること,A原告において,組立図,部品図等の図面や部品表は,過去に製作した製品の図面をそのまま用いたり,あるいはCADソフトで修正を施したりして,設計,開発に要する期間を短縮する目的などに使用するために保管されていること,B図面や部品表のデジタルデータは,社内サーバに保存された上,社内文書管理システムであるアークスイートを用いて管理されており,原告の従業員がデータを検索,閲覧,印刷するには所定の利用登録を受ける必要があるほか,サーバに蓄積されているデータを個別又は一括してダウンロードし,記録媒体に保存する権限を与えられているのは,技術部門の一部の従業員に限られていたことなどからすれば,本件データは,いずれも,原告において秘密として管理されている生産方法その他の事業活動に有用な技術上の情報であって,公然と知られていないもの,すなわち,不競法にいう「営業秘密」に当たるものと認められる。
(2) これに対し,被告は,@原告が製造,販売する製品は,基本工学系理論等と,技術者個々人の技能及び経験に基づいて再現可能なものであるから,製品の設計図面等の全てが技術上の情報として有用なものであるとはいえない,A原告の特別な技術といい得るオートフォーカスセンサ部分については,原告は,その技術を顧客 15 に開示していた,などと主張し,いわゆる営業秘密有用性,非公知性要件の充足性を争っている。
しかしながら,@について,前記認定事実によれば,確かに,基本的な光学理論の知識と,従業員の能力,経験をもってすれば,過去に製作した製品の図面等が無くとも,顧客の要望に応じた製品を設計,開発,製造することができるというのであるが,原告は,過去に製作した図面等をそのまま用いたり,あるいはCADソフトで修正を施したりして,設計,開発に要する期間を短縮するなどしているのであるから,基本的な光学理論と従業員の能力,経験をもって一から製品の設計,開発,製造ができるとしても,なお本件データが事業活動に有用な技術上の情報であるとの認定は左右されないというべきである。
また,Aについて,前記認定事実によれば,原告が製作する図面や部品表のうち,構想図,外観図及び結線図は,顧客に開示されるものであるが,組立図,部品図及び部品表は,顧客に開示されないというのである。この点について,同認定事実に係る事実認定の理由を補足して説明するに,原告の従業員である証人Fは,同認定に沿った証言をするところ,組立図,部品図及び部品表は,精密機器の部品の構成を示すというその性質上,これらを積極的に顧客に開示すべき必要性はうかがわれないし,現に顧客等に開示されたことを認めるに足りる証拠もないこと(甲第22号証及び第33号証のカタログ記載の図面はいずれも外観図に属するものであり,甲第46号証の1・2には,被告が原告の従業員であったときに第三者に図面を送付したことをうかがわせる記載があるが,送付された図面はいずれも検討図又は外観図と認められる。なお,甲第46号証の2には,「必要であれば部品図を送ります。」との記載があるが,同電子メールの宛先が原告といかなる関係を有する者かは判然としない。)からすれば,同証言は信用できるというべきである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
3 争点2(被告は,不正の手段により本件データを取得したか。)について (1) 原告は,被告がアークスイートにアクセスして本件データを取得し,これら 16 をUSBメモリ等に保存して持ち去ったと主張し,同行為は,不競法2条1項4号の「不正の手段により営業秘密を取得する行為」に当たる旨主張する。
そこで検討するに,前記認定事実によれば,被告は,平成22年6月から同年10月までの5か月間で,アークスイートから合計4万8964件のデジタルデータをダウンロードし,これは,原告がアークスイートに保管しているほぼ全ての設計データに相当するというのであるから,被告が,上記期間中に,本件データをダウンロードして入手したことが優に推認できる。
そして,前記認定事実によれば,@被告は,同年7月31日,Bから新会社の設立計画をスタートする旨の電子メールを受領し,これに対して必要となる設備を挙げる内容の返信をしていること,ABは,同日,原告の取引先にも新会社の設立を示唆する内容の電子メールを送っていることからすれば,同日時点で,被告やBらによる新会社設立の計画は相当程度具体化していたと推察されること,B被告は,原告が希望退職者を募集し,B,D,C及びEが退職届を提出した同年9月上旬に,特に集中して,アークスイートから過去に比して極めて多量のデジタルデータをダウンロードしており,作業日報上,ここまで多量なデジタルデータを取り扱った旨も記載されていないこと,C本件データのうち別紙2「電子データ一覧表A」記載の電子データは,原告が設計,開発した2ラインセンサ方式のオートフォーカス顕微鏡に関する組立図,部品図又は部品表のデータであること,D被告は,原告を退職して間もなくBらと設立したフェイスにおいて設計業務を担当し,フェイスは,原告の主力製品のひとつである2ラインセンサ方式のオートフォーカス顕微鏡と同一の特徴を持つ「装置組込用オートフォーカスシステム」,「高感度2ラインセンサー方式による顕微鏡オートフォーカスを実現するための製品」を製造販売していることなどの事実が認められるところ,これらの事実を総合すれば,被告は,既に設立の計画が相当程度具体化していた新会社(後に設立されたフェイス)において,「高感度2ラインセンサー方式による顕微鏡オートフォーカスを実現するための製品」等の設計に用いる目的を持って,アークスイートにアクセスの上,本件データ 17 を含む原告の製品の設計データをまとめてダウンロードし,これを外部媒体等に保存して持ち去ったものと合理的に推認できる。
(2) これに対し,被告は,@被告が本件データをUSBメモリ等に保存して持ち去っているのであれば,デジタル・フォレンジック調査等により,その形跡を示す証拠が得られるはずである,A被告が多量の設計データを取得したのは,原告の技術センターの閉鎖や,被告の退職後のことを想定してデータをPDF化することによって業務の利便性等を高めることを目的としていたものである,などとして,本件データを持ち出した事実を否認し,本人尋問においても同旨の供述をする。
しかしながら,@について,デジタル・フォレンジック調査による証拠が本件に提出されていなかったとしても,そのことをもって,被告が本件データを持ち去っていないと断ずることはできない(現に,Bが被告ほかに送信した電子メールに添付されていた「緊急行動計画」,「設立にあたり」とそれぞれ題する文書の内容は,原告によるデジタル・フォレンジック調査によっても復元することができなかったのである。)。また,Aについて,被告は,本人尋問において,ダウンロードするにとどまりPDF化していないデータがほとんどであることを自認している(速記録20頁)ほか,前記認定事実によれば,原告の従業員は,アークスイートを用いることにより,図面の拡大表示やページ送りを含む閲覧をすることができるのであって,あえてこれらをPDF化することにより業務の利便性が高まるとは直ちには認め難いし,原告の技術センターの閉鎖等を想定してデータをバックアップするにしても,原告による指示もないのに被告が独断で行う必要もうかがわれない。被告は,アークスイートから極めて多量のデジタルデータをダウンロードした理由について,合理的な理由をおよそ説明できていないというほかはなく,被告の上記主張,供述は,著しく不自然,かつ,不合理であって,採用することができない。
(3) 以上によれば,上記(1)のとおり,被告は,原告を退職後に設立する予定であった新会社(後に設立されたフェイス)での設計業務に用いるため,原告の営業秘密に属する本件データを持ち去ったものと認められる。
18 しかるところ,被告は,確かに形式的には,原告の技術部門に属する従業員として,サーバに蓄積されているデータを個別又は一括してダウンロードし,記録媒体に保存する権限を与えられていたものの,原告が技術部門の一部の従業員に限ってかかる権限を付与していたのは,製品の設計情報という機密性の高い情報について,真に業務上の必要のある場合にのみこれを保存することを許容する趣旨に出たものであって,後に設立することを企図している競合会社の製品の設計に用いる目的を持って,原告の製品の設計データを大量にダウンロードして取得することまでをも許容する趣旨でなかったことは明らかであり,被告がその旨を認識していたことも優に推認することができる。
したがって,被告の同行為は,不正の手段により営業秘密を取得する行為(不競法2条1項4号)に当たるというべきである(以下,被告の上記行為を「本件不正取得行為」という。)。
4 争点3(本件データの使用の差止め及び廃棄の必要性は認められるか。)について (1) 前記3のとおり,被告は,フェイスでの設計業務に用いるため,原告の営業秘密に属する本件データを持ち去ったものと認められ,現在も引き続きこれを保有しているものと推認できるところ,前記認定事実によれば,被告は,現在も,装置組込用オートフォーカスシステムの製造,販売等を目的とし,原告と競合する事業者であるフェイスの従業員として設計業務に従事しているのであるから,原告は,被告が本件データを使用することにより,営業上の利益を侵害され,また,侵害されるおそれがあるものと認められる。
したがって,上記侵害を停止し,又は予防するため,被告による本件データの使用を差し止める必要があると認められる。
(2) また,前記認定事実によれば,被告が現に従業員として勤務するフェイスは,「高感度2ラインセンサー方式による顕微鏡オートフォーカスを実現するための製品」を製造,販売しており,本件データのうち別紙2「電子データ一覧表A」記載 19 の電子データは,原告が設計,開発した2ラインセンサ方式のオートフォーカス顕微鏡に関する組立図,部品図又は部品表のデータであることからすれば,同電子データについては,被告による使用のうち,第三者に使用させる態様による使用についても,特に差し止める必要があると認められる。
(3) さらに,原告の上記営業上の利益の侵害を停止し,また予防を十全ならしめるためには,被告が保持する本件データ及びこれらを印刷した図面を廃棄させる必要も認められるというべきである。
5 争点4(被告は,本件退職金相当額〔又は会社都合退職による増額分の退職金相当額〕を法律上の原因なく利得し,これにより原告に損失を与えているか。)について (1) 原告は,被告による本件不正取得行為が,原告の業務上の秘密を漏らすものであるほか,詐欺・窃盗・暴行・脅迫に準ずる背任行為であって,本件就業規則の定める懲戒事由に当たるところ,原告は,本件不正取得行為を知っていれば,当然に懲戒解雇手続を執っており,その場合には,本件就業規則の定めにより,被告は,本件退職金の支給を受けることはできなかったのであるから,被告は,法律上の原因なく,本件退職金の額に相当する603万2526円の利得を受け,これにより原告に損失を与えている旨主張する。
そこで検討するに,前記前提事実によれば,本件就業規則には,平成22年当時,懲戒解雇事由として,「業務上の秘密を漏らし,会社運営上に重大なる不利益をもたらした者。」,「詐欺・窃盗・暴行・脅迫,その他これに準ずる行為をしたとき。」などを規定していたところ,少なくとも被告の本件不正取得行為は,原告の「業務上の秘密を漏ら」す蓋然性が高い行為であるほか,背任の罪を構成するといえないこともない(もっとも,同行為により原告が具体的にどの程度の会社運営上の不利益を被ったかが定量的に明らかになっているわけではない。)。
しかしながら,本件就業規則は,退職金の支給について,「懲戒解雇 第36条第1号により解雇し,退職手当を支給しない。」(37条)と規定し,懲戒解雇手 20 続により解雇された者には退職金を支給しないものとされているが,退職金を支給しないその余の場合については何らの規定もないところ,本件において,被告について懲戒解雇手続が現に執られた事実は存在せず,既に原告を退職した被告が,今後,懲戒解雇処分を受ける可能性がないことも明らかである。
したがって,被告が,法律上の原因なく,原告から本件退職金を受領したということはできないのであって,原告の不当利得返還請求は,その前提を欠くものであって,理由がない。
なお,実質的に考えても,@本件就業規則には,退職し,既に退職金の支給を受けた後に懲戒解雇事由が判明した元従業員に対して,原告が既に支給した退職金の返還を求め得ることを明示的に定めた規定はないこと,A一般に退職金は,従業員が相応の期間にわたって勤務した後に退職する場合において,その勤務に対する功労報奨的な性格と,賃金の後払いとしての性格という二面的な性格を有するといえるが,本件給与規定によれば,原告における退職金(解雇手当・退職手当)は,基本給に勤続年数に応じた定数を乗じて算定されるものであり,原告代表者もその尋問において認めるとおり,賃金の後払いとしての性格を強く有しているものと認められることからすれば,原告が,既に懲戒解雇手続によらずに退職した被告に対し,雇用契約から生ずる従業員の基本的な権利として既に支給済みの退職金(原告におけるそれが,賃金の後払いとしての性格を強く有していることは前記のとおりである。)について,本件就業規則上,事後的に返還を求めることができる旨の明示的な規定もないのに,後に懲戒解雇事由に該当すべき事情が判明したことを理由に返還を求めることができなければ著しく正義に反するとまでは,認め難い。
(2) 原告は,本件退職金全額について被告が法律上の原因なく利得したとはいえないとしても,被告が,自己都合による退職であることを比したまま希望退職者の募集に応じ,会社都合による退職として高額の退職金(特別加算金を含む。)を受領したことは,被告が当時労働組合の副委員長として希望退職者の募集に反対していたことなどからすれば,信義に反して原告を欺くものであり,少なくとも自己都 21 合による退職であれば支給されていた退職金の額と,被告が現実に受領した本件退職金の差額分は,法律上の原因なく被告が利得した旨主張する。
そこで検討するに,前記のとおり,確かに,被告は,希望退職者の募集に応じて退職届を提出した平成22年10月頃には,既にBらとの間で新会社設立に関するやりとりを行っており,かつ,新会社(後に設立されたフェイス)での設計業務に用いる目的を持って本件データを取得していたことが認められるから,原告が希望退職者の募集を行っていなかったとしても,早晩原告を退職した可能性があることは否定できない。また,被告は,労働組合の副委員長として,原告による希望退職者の募集について意見を述べた事実も認められる。
しかしながら,前記認定事実によれば,原告による希望退職者の募集は,経営環境と収益の下落により,金融機関からの融資も難しくなることなどが見込まれたことから,会社再建策の一環として,原告の事業所である上尾技術センターの閉鎖予定とともに通知されたものであり,まさしく会社都合による退職者を募集したものというほかなく,退職者がいかなる動機によって希望退職に応募するかにより,給付すべき退職金及び特別加算金の算定方法を異にするような事態が想定されていたとは認められない。被告が,原告により提示された条件による希望退職者の募集に応じたという事実は,被告がその後Bらとともに新会社を設立する主観的意図を有していたとしても何ら左右されないものである。また,被告が労働組合の副委員長として原告の経営側との団体交渉に臨席していたことは前記のとおりであるが,被告が,特に経営側に働きかけて,経営上の必要もないのに希望退職者の募集を行わせたなどの事実が認められるわけでもなく,被告が,会社都合による退職として,自己都合による退職と比して高額の退職金(特別加算金を含む。)を受領したことが,差額分の取得について法律上の原因なく利得したものと評価することは,困難というべきである。
(3) 以上のとおり,被告が本件退職金を受領したことについて,これを法律上の原因なく被告が利得し,これにより原告に損失を与えたということはできないから, 22 不当利得返還請求権に基づく原告の金銭請求には理由がない。
なお,仮に,原告による金銭請求が,被告による本件不正取得行為が労働契約上の債務不履行に該当するとして損害賠償を請求する趣旨を含むものと善解したとしても(平成26年3月28日付け準備書面(4)7頁及び平成28年3月4日付け準備書面(10)15頁には「不当利得ないしは損害賠償として,上記金員の返還を請求することができると解すべきである」との記載がある。),原告が被告に交付した本件退職金相当額が,被告の本件不正取得行為と因果関係のある損害と認めることは困難というほかない。
6 結論 以上によれば,原告の請求は,不競法3条1項に基づき,被告に対して本件データの使用(別紙2電子データ一覧表A記載の各電子データについて,第三者に使用させる態様を含む。)の差止めを求め,また,同条2項に基づき,被告に対して本件データ及びこれを印刷した図面の廃棄を求める点においては理由があるが,不当利得返還請求権に基づき,被告に金銭の支払を求める点においては理由がない。
よって,主文のとおり判決する(本件データ及びこれを印刷した図面の廃棄を命ずる部分に関する仮執行宣言は,相当でないのでこれを付さないこととする。)。
裁判長裁判官 嶋末和秀
裁判官 23
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