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関連審決 不服2001-15789
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  発明の詳細な説明 /  参酌 /  実施 /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 638号 審決取消請求事件
原告 富士通株式会社
訴訟代理人弁護士 青木一男,田中成志,平出貴和,長尾二郎,板井典 子
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 吉村宅衛,小林勝広,小曳満昭,林栄二,仲間晃, 大橋信彦
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/06/16
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が不服2001−15789号事件について平成14年11月11日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
主文同旨の判決。
事案の概要
本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,審判請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本願発明 出願人:富士通株式会社(原告) 発明の名称:「分波器」 出願番号等:平成3年12月16日に特許出願した特願平3-332242号の一部を,平成11年4月19日に新たな特許出願である特願平11-111391号とし,さらに,この特許出願の一部を,平成12年10月30日に新たな特許出願としたもので(甲2),本件の出願番号は,特願2000-331145号である。
(2) 本件手続 手続補正:平成13年6月18日(甲3) 拒絶査定日:平成13年8月7日 審判請求日:平成13年9月6日(不服2001-15789号) 審決日:平成14年11月11日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成14年11月26日(原告に対し) 2 本願発明の要旨(上記補正後のもの)【請求項1】チップ上に設けられ,それぞれ異なる帯域通過特性を有し,かつ,それぞれ信号入出力端子及び接地端子の設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタと,前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する一つの長方体のセラミック製パッケージと,前記パッケージの外部表面上の第1の辺に設けられ,前記第1の弾性表面波フィルタにつながる第1の外部信号端子と,前記第1の辺と対向する前記パッケージの外部表面上の第2の辺に設けられ,前記第2の弾性表面波フィルタにつながる第2の外部信号端子と,前記第1又は第2の辺以外の前記パッケージの外部表面上の第3の辺のほぼ中間点に設けられ,前記第1及び第2の弾性表面波フィルタの両者につながる共通外部信号端子とを有する,ことを特徴とする分波器。
3 審決の理由の要点 (1) 審決は,引用刊行物として,特開昭62-171327号公報(以下「引用例1」といい,これに記載された発明を「引用発明1」という。本訴甲4),特開平3-220911号公報(引用例2,本訴甲5)及び特開平3-284006号公報(引用例3,本訴甲6)を挙げた。
(2) 審決は,対比・判断として,次のとおり説示した。
「(対比)本願発明と引用発明1とを対比すると,引用例1においても,各弾性表面波フィルタ(107〜109)はチップとして実装してもよい旨記載されており,また,引用発明1における『送信弾性表面波フィルタ(107)』『受信前段弾性表面波フィルタ(108)及び受信後段弾性表面波フィルタ(109)』『台座(101)及び蓋(102)』『送信入力端子(111)』『受信出力端子(112)』及び『アンテナ端子(110)』は,それぞれ本願発明における『第1の弾性表面波フィルタ』『第2の弾性表面波フィルタ』『パッケージ』『第1の外部信号端子』『第2の外部信号端子』及び『共通外部信号端子』に相当するので,両者は,以下のとおりの一致点及び相違点を有するものと認められる。
(一致点)『チップ上に設けられ,それぞれ異なる帯域通過特性を有し,かつ,それぞれ信号入出力端子及び接地端子の設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタと,前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する一つの長方体のパッケージと,前記パッケージの外部表面上の第1の辺に設けられ,前記第1の弾性表面波フィルタにつながる第1の外部信号端子と,前記第1の辺と対向する前記パッケージの外部表面上の第2の辺に設けられ,前記第2の弾性表面波フィルタにつながる第2の外部信号端子と,前記第1又は第2の辺以外の前記パッケージの外部表面上の第3の辺のほぼ中間点に設けられ,前記第1及び第2の弾性表面波フィルタの両者につながる共通外部信号端子とを有する,分波器。』 (相違点)パッケージが,本願発明にあっては,セラミック製パッケージであるのに対して,引用例1にあっては,アルミニウム等で構成されるものである点, (検討)上記相違点について検討すると,電子部品のパッケージをセラミック製パッケージとすることは従来より周知の技術的事項であり,例えば前記引用例2,3には,弾性表面波フィルタ等のパッケージとして『弾性表面波フィルタ素子(チップ)を収納するパッケージを,セラミック製のものとする』ことが記載されているので,上記引用例1におけるアルミニウム等で構成されるものに代えて,従来より周知の技術的事項(引用例2,3に見られるような『セラミック製パッケージ』とする技術的事項)を採用して本願発明のように構成することは当業者が容易になし得ることと認められる。
また,本願発明のように構成することによる作用効果も格別のものとは認められない。」 (3) 以上をふまえ,審決は,「本願発明は,引用例1ないし3に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるので,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」と判断した。
原告の主張(審決取消事由)の要点
1 審決は,引用発明1の認定を誤った結果,本願発明と引用発明1との一致点の認定を誤ったものである。
2 審決は,本願発明と引用発明1の一致点について,「チップ上に設けられ,それぞれ異なる帯域通過特性を有し,かつ,それぞれ信号入出力端子及び接地端子の設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタ」との点で一致すると認定したのは,誤りである。
すなわち,「チップ上に設けられ」という文言は,チップのまま弾性表面波フィルタをキャビティに組み込むことをいっているのであって,パッケージに入れたものを実装するものは含まない。しかるに,審決は,パッケージに入れた弾性表面波フィルタを,チップのまま実装するものと同視したもので,誤っている。
(1) 「チップ」とは,「受動素子,能動素子あるいは集積回路が形成された細片」をいう(甲8「エレクトロニクス実装技術用語辞典」128頁)。
本願発明は,特許請求の範囲に記載されているとおり,「チップ上に設けられ」た弾性表面波フィルタが,キャビティに,チップ実装(「各種基板へ裸のICチップを実装すること」を意味するベアチップ実装)されているものであり,パッケージに弾性表面波フィルタが入れられて収納されているのではない。「チップ上に」設けられたままの弾性表面波フィルタが,そのままキャビティに収納されている。
「ベアチップ実装」とは,「ベア(裸)チップを直接」に基板に高密度に組み込んで実装することをいい,これに対して「小形パッケージに実装されたものを組込む」のがパッケージ実装である(甲11〜17)。
(2) 引用発明1は,「パッケージに実装した3個の弾性表面波フィルタ」として,パッケージ封入実装された弾性表面波フィルタを示している。
これに対して,本願発明は,特許請求の範囲の記載において,「チップの上に設けられ」ているとして,チップを(個別にはパッケージに入れられることなく)そのままキャビティに入れる「ベアチップ実装」された弾性表面波フィルタを規定している。
(3) チップをパッケージに入れることなく実装するチップ実装(ベアチップ実装)に,特性劣化や電磁的な妨害を受けやすく信頼性が低いという問題点があることが,従来からの課題であった。本願発明は,パッケージ内部におけるアイソレーションを考慮しなければならないという従来からの機器の基本的な課題の中で,特にチップ実装をするものについての問題点を検討している。
(4) 引用発明1のようなパッケージに入れられた弾性表面波フィルタをモジュール化したものは,引用例1に記載のとおり,3.5p×2.5pという大きさの素子となる。これに対して,本願発明の素子は,弾性表面波フィルタをパッケージに入れることなく,チップのままで実装しているので,5o×5oという寸法にまで小さくすることが可能となる。
引用例1のような大きさの素子と本願発明のような寸法の素子とでは,アイソレーションの課題が決定的に異なり,引用発明1においては,本願発明のようなアイソレーションの課題がないのであり,この課題は,本願発明において初めて解決したものである。
(5) 本願発明は,パッケージPCK外部におけるアイソレーションのみを対象にしているのではなく,パッケージ内部のアイソレーションをも対象としているものである。本願明細書【0003】には,2つの弾性表面波フィルタチップが気密封止されたパッケージ内に搭載されて実装される場合につき,「この方法は,それぞれのフィルタが独立してケースに納められているため互いのアイソレーションが良い。」と記載されており,それぞれのフィルタが独立したケースに納められない本願発明のような場合には,お互いのフィルタ間のアイソレーションは悪くなってしまうことが示されている。また,本願明細書【0006】には,2つのフィルタを同一チップ内に形成し1つのパッケージに入れる場合は,「2つのフィルタのアイソレーションをとることも難しい。」と記載されており,本願発明の実施例においてパッケージ内部のアイソレーションと外部のアイソレーションの両方を扱っている。
本願発明は,パッケージの端子配置を規定することによって,パッケージ内部のフィルタの配置を,パッケージ内部におけるアイソレーションをとることができるように規定しているものである。外部の形状を規定することによって,内部の構成に一定の制限を与えるので,その一定の制限の限度において,内部の構成をも規定するものである。これと同時に,パッケージの端子配列を規定することで,パッケージ外部のアイソレーションをはかることも同時に行われている。
(6) 審決は,上記の一致点の認定に先立って,本願発明と引用発明1との対比として,「引用例1においても,各弾性表面波フィルタ(107〜109)はチップとして実装してもよい旨記載されており」と認定している。
しかし,引用例1にそのような記載はあっても,信頼性の向上等により弾性表面波フィルタのチップ実装が可能になるという将来の可能性を述べているにすぎない。よって,審決が,上記の記載を挙げて,チップ実装について引用例1が開示していると認定するのは誤りである。
審決は,本願発明も引用発明1も「チップ上に設けられ」ているものであるとしている。しかし,この認定は,本願発明が解決している「チップ実装」の技術について,引用例1が将来の課題であるものと明らかに述べているのに,引用例1において既に実現したものと認定したものであり,誤りである。
3 審決は,本願発明と引用発明1の一致点について,「前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する一つの長方体のパッケージ」との点で一致すると認定したのは,誤りである。
引用発明1のような,第1及び第2の弾性表面波フィルタをそれぞれパッケージに入れたものをモジュール化しても,パッケージに入れた弾性表面波フィルタを収納することは,本願発明の「前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する一つの長方体のセラミック製パッケージと,…」には該当しない。
2つのパッケージに入れられた弾性表面波フィルタをモジュールのケース内の空間に入れるというようなケース内の空間は,電子技術用語としての「キャビティ」とはいえない。
キャビティとは,「パッケージにおいてチップボンディング及びワイヤボンディングの領域として封止によりパッケージ内部に形成された空間のことである。狭義では,チップボンディング及びワイヤボンディング領域としてあらかじめ設けられているパッケージのへこみをさす。」(甲19「超LSI総合事典」270頁)と説明されている。
キャビティとは,技術用語として,部品や製品が入れられる空間を漫然というものではない。引用発明1において,弾性表面波フィルタがそれぞれパッケージに入れられているが,それぞれの弾性表面波フィルタが封入されたパッケージの内部に形成された,チップボンディングの領域として封止された空間が「キャビティ」に該当するのであって,弾性表面波フィルタのパッケージの外の引用例1のモジュールの台座と蓋の間が「キャビティ」といわれるものではない。すなわち,2つのパッケージに入れられた弾性表面波フィルタをモジュールのケース内の空間に入れるというようなケース内の空間は,チップボンディングの領域として封止する領域ではないので,本願発明の特許請求の範囲にいう「前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する」とはいい得ない。
4 以上のとおり,審決には,本願発明と引用発明1との対比における一致点の認定に誤りがあり,その結果,審決は,本願発明を当業者が容易に発明することができたものと誤った判断をしたものであって,取り消されるべきである。
被告の主張の要点
1 審決には,原告主張の認定の誤りはない。
2 原告の主張(審決取消事由)の要点2に対して (1) 本願発明における「チップ上に設けられ」に含まれる構成 本願発明の請求項1の「チップ上に設けられ」が,「第1及び第2の弾性表面波フィルタ」に係ること,「チップ」が「細片」を意味することは,いずれも一義的に明らかであり,この点に関し,発明の詳細な説明の記載を参酌すべき理由はない。したがって,本願発明における「チップ上に設けられ」は,単に,「第1及び第2の弾性表面波フィルタ」が「細片」の上に設けられるものであることを規定するにすぎないというべきであり,本願明細書の【従来の技術】の項(段落【0003】)に記載された「それぞれのチップは気密封止されたパッケージ内に搭載され」の構成のものも当然に含んでいる。
本願発明の「チップ上に設けられ」を原告がいう「ベアチップ実装」の意味に限定的に解釈すべき理由はない。
(2) 引用例1に記載された発明が「チップ上に設けられ」の構成を有するといえる理由 下記(a),(b)のとおり,引用発明は,@本願明細書の【従来の技術】の項(段落【0003】)に記載された「それぞれのチップは気密封止されたパッケージ内に搭載され」なる構成と同様の構成を有する発明と,A原告がいう「ベアチップ実装」の構成を有する発明の2とおりの発明を含んでいるということができ,そのいずれの意味においても,本願発明でいう「チップ上に設けられ」の構成を具備しているということができる。
(a) 引用例1に本願明細書の【従来の技術】の項(段落【0003】)に記載された「それぞれのチップは気密封止されたパッケージ内に搭載され」なる構成と同様の構成を有する発明が記載されているといえる理由 引用例1には,第1図の弾性表面波フィルタ107〜109がチップ上に設けられたものであるとの明示的記載はないが,通常の弾性表面波フィルタの構造(甲7参照)からみて,107〜109も当然にチップと呼ぶべき細片上に形成された上でパッケージに実装されたものと理解される。したがって,引用例1に,本願明細書の【従来の技術】の項(段落【0003】)に記載された「それぞれのチップは気密封止されたパッケージ内に搭載され」なる構成と同様の構成を有する発明が記載されていることは,明らかである。
(b) 引用例1に,原告がいう「ベアチップ実装」の構成を有する発明が記載されているといえる理由 引用例1には,「弾性表面波フィルタはパッケージに実装されたものとして扱っているが,信頼性の向上等により弾性表面波フィルタのチップ実装が可能になった場合には,当然チップとして実装してもよい。」(5頁右上欄1〜5行)と記載されているところ,ここでいう「チップ実装」は,「パッケージに実装」と対比させて記載されているから,原告がいう「ベアチップ実装」を指していると考えるのが自然である。したがって,この記載を見た当業者は,「ベアチップ実装」の構成を有する発明をも当然に認識する。
原告は,上記記載中に「信頼性の向上等により弾性表面波フィルタのチップ実装が可能になった場合には,」の記載があることをもって,引用例1においては,未だ「ベアチップ実装」の構成は実現されていない旨主張するようであるが,失当である。
原告が指摘する「信頼性の向上等により弾性表面波フィルタのチップ実装が可能になった場合には,」の記載は,その文脈から見て,当業者は,「信頼性」等に対する考慮は必要であるが,「ベアチップ実装」を採用することを示す記載である,と理解するのであり,引用例1においては未だ「ベアチップ実装」の構成が実現されていないことを示す記載とは理解しないというべきである。
(3) 以上によれば,本願発明でいう「チップ上に設けられ」は,@本願明細書の【従来の技術】の項(段落【0003】)に記載された「それぞれのチップは気密封止されたパッケージ内に搭載され」なる構成と同様の構成のものと,A原告がいう「ベアチップ実装」の構成のものの両方を包含したものということができるところ,引用発明1も,@本願明細書の【従来の技術】の項(段落【0003】)に記載された「それぞれのチップは気密封止されたパッケージ内に搭載され」なる構成と同様の構成を有する発明と,A原告がいう「ベアチップ実装」の構成を有する発明の2とおりの発明を含んでいるのであるから,「チップ上に設けられ」を本願発明と引用発明1との一致点とした審決の認定に,誤りはない。
(4) 引用発明1の「分波器モジュール」は,本願発明の「分波器」と同様の機能,用途を有し,本願発明と同様に小型化を目指したものであるから,「パッケージ内部におけるアイソレーション」についてはともかく,「パッケージ外部におけるアイソレーション」については,当然に本願発明と同様の課題を有するものである。
本願発明の特許請求の範囲の記載では,パッケージPCK内部におけるアイソレーションを改善するための構成は何ら規定されていないのであるから,本願発明からは,2つの帯域通過弾性表面波フィルタがそれぞれ独立したパッケージに収納されたものや,増幅器等の素子が同一基板上に組み込まれたモジュールも排除されてはいないのである。
3 原告の主張(審決取消事由)の要点3に対して 「キャビティ」が一般に「空洞」の意味を有することは周知であること,引用例1の弾性表面波フィルタ107〜108が台座101と蓋102で形成されるキャビティと呼ぶべき空洞部に収納されていることは明らかであることを勘案すれば,審決が「前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する」を本願発明と引用発明1との一致点とした点に誤りがないことは,明らかである。
原告は,甲19を引用して,「キャビティとは,『パッケージにおいてチップボンディング及びワイヤボンディングの領域として封止によりパッケージ内部に形成された空間のことである…』」と主張するとともに,「(引用例1のような)2つのパッケージに入れられた弾性表面波フィルタをモジュール内の空間に入れるというようなケース内の空間は,チップボンディングの領域として封止する領域ではないので,本件出願の特許請求の範囲にいう『前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する』とはいい得ない。」と主張しているが,失当である。
甲19は,「超LSI総合事典」という書名からもわかるように,超LSIの分野で使用される用語の意味を解説したものであり,そこに原告引用の記載があることは,超LSIの分野においては「キャビティ」の語が原告主張のような意味に使用される場合があることを示すものではあっても,引用例1の台座101と蓋102で形成される空洞部をキャビティと呼び得ないことを示すものではない。本願発明の特許請求の範囲には,「キャビティ」の語を原告主張のような意味に限定解釈すべき記載はないのであり,単に「空洞」の意味に解するのが妥当である。
当裁判所の判断
1 審決が本願発明と引用発明1とを対比し,「チップ上に設けられ,それぞれ異なる帯域通過特性を有し,かつ,それぞれ信号入出力端子及び接地端子の設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタ」との点で一致すると認定したことについて検討する。
(1) この認定に関する原告の主張は,要するに,本願発明は,チップのまま(パッケージに入れられることなく)キャビティに組み込む(原告はこの形態を「ベアチップ実装」と称している。)弾性表面波フィルタを規定しているのに対し,引用発明1は,パッケージ封入実装された弾性表面波フィルタを示しているのであり,審決は,両者を同視した点で誤っているというものである。
これに対する被告の主張は,要するに,本願発明には,@それぞれのチップが気密封止されたパッケージ内に搭載された構成のものと,A原告がいう「ベアチップ実装」の構成のものの両方を包含したものということができるところ,引用発明1も,同様に,上記@及びAの両方の発明を含んでいるのであるから,上記の一致点の認定に誤りはないというものである。
なお,チップとは,「受動素子,能動素子あるいは集積回路が形成された細片」であると認められる(甲8)。
(2) そこで,まず,本願発明の構成について検討する。
(a) 本願発明の特許請求の範囲の記載は,「チップ上に設けられ,それぞれ異なる帯域通過特性を有し,かつ,それぞれ信号入出力端子及び接地端子の設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタと,前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する一つの長方体のセラミック製パッケージ」というものである。この記載を素直に解釈すれば,チップ上に設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタは,そのまま(パッケージに入れられることなく),一つのセラミック製パッケージの同一キャビティに収納されるものであることを意味するものと理解される。
(b) このように解釈すべきことは,本願明細書(甲2)の発明の詳細な説明欄を検討すると,より一層明白となる。
すなわち,本願明細書(甲2)の発明の詳細な説明欄には,次のような記載がある。
「2つの帯域通過弾性表面波フィルタチップ…を用いて分波器を構成する場合,それぞれのチップは気密封止されたパッケージ内に搭載され,…基板上に設置されるのがこれまでの普通であった。」(【従来の技術】段落【0003】) 「しかしながら,上記従来の構成では,パッケージが2つあるため,その占有面積が大きく小型化が難しい。」(【発明が解決しようとする課題】段落【0005】),「そこで,本発明は,アイソレーションを良好に保ちつつ極力小型化することが可能な分波器を提供することを目的とする。」(段落【0007】) 「上記課題を解決するために,本発明は,…複数の弾性表面波帯域通過フィルタチップ…を,ひとつのパッケージPCK内に収納し,一体化して構成する。(【課題を解決するための手段】段落【0008】) 「請求項1記載の発明によれば,弾性表面波帯域通過フィルタ…はそれぞれ独立したチップで一つのパッケージPCK内に収納されて一体化されるので,従来のように所定の外囲器内にチップを収納してさらにモジュール化されたものとは異なり,余分なスペースを必要とせず,小型化が可能となる。」(【作用】段落【0014】) 「本発明によれば,弾性表面波帯域通過フィルタチップ自体をパッケージ内に収納一体化し,…小型化することができる。」(【発明の効果】段落【0042】) 以上の記載に照らせば,「それぞれのチップが気密封止されたパッケージ内に搭載された構成のもの」は,本願発明に含まれないことが明確にされており,本願発明では,チップ上に設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタは,そのまま(パッケージに入れられることなく),一つのパッケージ内の同一キャビティに収納されるものとして構成されているものと認められる。
(3) 次に,引用発明1の構成について検討する。
(a) 引用例1(甲4)には,次のような記載がある。
「従来の分波器…は,比誘電率の高いセラミック等を充填した空洞共振器を縦続接続…したフィルタを用いていたため,容積が非常に大きくなるという問題があった。また,従来の分波器に用いられていた空洞共振器は容積が非常に大きいため,受信低雑音増幅器や…受信後段フィルタ…は,別回路素子として構成し,これらの回路素子を無線機のマザーボード上で接続するようになっていた。そのため,各回路素子の容積が大きいとともに,接続に伴うデッドスペースが大きくなり,小型化が困難であった。そのため,…小型化が大きな課題となっていた。本発明は,…分波器全体の小型化を達成することができると同時にデッドスペースの低減を図り,小型自動車電話等への適用な可能な小型分波器モジュールを提供することを目的とするものである。」(〔発明が解決しようとする問題点〕2頁左下欄5行〜右下欄13行) 「上記の目的を達成するため,本発明においては,送受信用フィルタとして弾性表面波フィルタを用い,かつ,送信用,受信前段用及び受信後段用の弾性表面波フィルタと受信低雑音増幅器と入出力端子,アンテナ端子等を同一の台座上に一体化することにより,受信低雑音増幅器から受信後段フィルタまでを含めた分波器全体を1つのモジュールとして一体化するように構成している。」(〔問題点を解決するための手段〕2頁右下欄14行〜3頁左上欄2行) 「本発明においては,送受信用フィルタとして,弾性表面波フィルタを用いているので,フィルタ自体の大きさが従来の空洞共振器を用いたフィルタに比較して数十分の1程度に縮小され,かつそれらの弾性表面波フィルタを受信低雑音増幅器や分岐回路と同一の台座上に一体化しているので,デッドスペースが小さくなり,そのため分波器全体の大きさを従来より大幅に縮小することが可能となる。」(〔作用〕3頁左上欄3〜12行) 「実施例…送信弾性表面波フィルタ107,受信前段弾性表面波フィルタ108,受信後段弾性表面波フィルタ109は,それぞれ直径が約8mmのパッケージに実装したものを台座101に開けた穴に端子側が上になるように装着したものである。」(3頁右上欄8〜12行) 「上記のように本発明の分波器モジュールにおいては,アルミ板等の台座101の上に,アルミナ基板上に形成した分岐回路,受信低雑音増幅器,送信入力端子用回路,受信出力端子用回路等を装着し,またパッケージに実装した3個の弾性表面波フィルタ107,108,109を台座101に装着し,各端子を対応する各回路基板の端子に固定することによって,受信低雑音増幅器から受信後段フィルタまでを含めた分波器全体を1つの台座上に一体化している。」(3頁左下欄20行〜右上欄9行) 以上の記載に加え,引用例1の第1図(6頁)をも参照すれば,引用例1には,それぞれがパッケージに実装された弾性表面波フィルタが,他の装置とともに台座に装着され,蓋と台座でモジュール化されることが示されているにすぎない。
(b) 被告は,引用例1に,原告がいう「ベアチップ実装」の構成を有する発明が記載されているといえる理由として,引用例1において,「弾性表面波フィルタはパッケージに実装されたものとして扱っているが,信頼性の向上等により弾性表面波フィルタのチップ実装が可能になった場合には,当然チップとして実装してもよい。」(5頁右上欄1〜5行)と記載されていることを挙げる。
しかしながら,引用例1の記載は「信頼性の向上等により弾性表面波フィルタのチップ実装が可能になった場合には」というものであり,証拠(甲2,9ないし17)に照らせば,チップ実装においては,アイソレーションやチップ表面へのごみの付着等,種々の解決すべき技術的課題があることが認められるところ,本件全証拠によっても,引用例1の刊行物頒布当時(昭和61年1月24日出願,昭和62年7月28日公開)の技術水準において,引用例1がいう「信頼性の向上等により弾性表面波フィルタのチップ実装が可能になった」状況にあったことを認めるには足りない。
したがって,引用例1の上記記載によって,引用例1に「チップ上に設けられ,それぞれ異なる帯域通過特性を有し,かつ,それぞれ信号入出力端子及び接地端子の設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタと,前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する一つの長方体のパッケージ」という本願発明の構成が記載されているものと認めることはできない。
また,引用例1に「チップ実装」することの可能性が示唆されているとしても,審決においては,その示唆から,チップ実装した場合の信頼性の問題を解決し,本願発明の上記構成に至るのが容易であるのか否かについては,検討がされていない。
(c) 結局,引用発明1に,弾性表面波フィルタがそのまま(パッケージに入れられることなく),キャビティに収納される構成のものが含まれると認めることはできない。
(4) 被告は,引用発明1は,本願発明と同様にパッケージ外部におけるアイソレーションについての課題を有するものであるが,本願発明の特許請求の範囲の記載では,パッケージPCK内部におけるアイソレーションを改善するための構成は何ら規定されていないとして,これを理由に,本願発明からは,2つの帯域通過弾性表面波フィルタがそれぞれ独立したパッケージに収納されたものなどが排除されてはいないと主張する。
(a) 検討するに,本願明細書(甲2)には,次のような記載がある。
「しかしながら,上記従来の構成では,パッケージが2つあるため,その占有面積が大きく小型化が難しい。また,基板上に素子を配置するため整合回路は素子を避けて設ける必要があり,これも無駄なスペースとなる。」(【発明が解決しようとする課題】段落【0005】) 「できるだけ小型化するため,2つのフィルタを同一チップ内に形成し一つのパッケージに入れることが望ましいがこの場合,2つのフィルタの相互作用を避けるため弾性表面波の伝搬路を別々に設ける必要があり,無駄なスペースができる。また,単体の時に比べチップ面積が大きくなるため,製造歩留りも悪くなる。さらに,2つのフィルタのアイソレーションをとることも難しい。」(段落【0006】) 「そこで,本発明は,アイソレーションを良好に保ちつつ極力小型化することが可能な分波器を提供することを目的とする。」(段落【0007】) 「本発明は,図1,図5に示すように,それぞれ異なる帯域中心周波数f1,f2の特性を有し,かつ,それぞれ信号入出力端子A1及びA2,B1及びB2及び接地端子GND1,GND2を有する複数の弾性表面波帯域通過型フィルタチップF1,F2を,ひとつのパッケージPCK内に収納し一体化して構成する。」(【課題を解決するための手段】段落【0008】) 以上のほか,第1実施例1ないし第5実施例として,図面を引用しつつ,パッケージPCK内部におけるアイソレーションに関する課題を対象として,パッケージPCK内部における各端子や信号線などの具体的配列が記載されており(段落【0015】〜【0035】),第6実施例として,図10により,パッケージPCK外部におけるアイソレーションに関する課題を対象として,外部端子の具体的配列等が記載されている(段落【0036】〜【0038】)。
(b) ところで,本願発明の特許請求の範囲の記載は,前判示のとおりである。
このうち,外部信号端子については,「前記パッケージの外部表面上の第1の辺に設けられ,前記第1の弾性表面波フィルタにつながる第1の外部信号端子と,前記第1の辺と対向する前記パッケージの外部表面上の第2の辺に設けられ,前記第2の弾性表面波フィルタにつながる第2の外部信号端子と,前記第1又は第2の辺以外の前記パッケージの外部表面上の第3の辺のほぼ中間点に設けられ,前記第1及び第2の弾性表面波フィルタの両者につながる共通外部信号端子とを有する」と具体的に記載され,上記第6実施例とも相まって,パッケージPCK外部におけるアイソレーションに関する課題を解決する構成が示されているといえる。
一方,パッケージPCK内部に関する本願発明の特許請求の範囲の記載は,「チップ上に設けられ,それぞれ異なる帯域通過特性を有し,かつ,それぞれ信号入出力端子及び接地端子の設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタと,前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する一つの長方体のセラミック製パッケージ」というのみである。本願明細書にも記載されているように,2つの弾性表面波フィルタをそのまま1つのパッケージに収納した場合に,アイソレーションの問題が生じることは,周知の課題であるにもかかわらず,上記特許請求の範囲の記載では,2つの弾性表面波フィルタをそのままパッケージ内のキャビティに収納することまでしか記載されていない。
確かに,本願明細書中の発明が解決しようとする課題,課題を解決するための手段の記載及び第1実施例ないし第5実施例の各記載によれば,パッケージPCK内部におけるアイソレーションについても考慮されており,この課題の解決方法こそ,「アイソレーションを良好に保ちつつ小型化する」という効果を奏するのに不可欠の事項であることが理解され,上記実施例により,具体的解決方法が示されている。しかし,特許請求の範囲の記載は,上記のとおり,極めて抽象的であり,パッケージPCK内部におけるアイソレーションに関する課題を解決するための構成(2つの弾性表面波フィルタの配置,各端子の配列,これらを結ぶ信号線の配列等)が何ら開示も示唆もされていないだけでなく,本願明細書の上記各記載との関連を示すものとしても不十分であるというほかない。
そうすると,本願発明の実施例として認め得るのは,外部におけるアイソレーションに関する第6実施例のみであり,本願発明においては,内部におけるアイソレーションを改善する構成は示されていない(第1ないし第5実施例は,分割前の発明に関するものが形式的に残存しているにすぎない)との理解もあり得るところである。仮に,そのように理解するときは,本件出願には,そもそも特許法36条の問題が生ずることになる。
(c) 被告の主張するところは,以上説示の趣旨において首肯し得るものである。
しかしながら,仮に,被告の主張するとおり,本願発明の特許請求の範囲の記載では,パッケージPCK内部におけるアイソレーションを改善するための構成は何ら規定されていないと理解するとしても,そのことによって,直ちに,本願発明から2つの帯域通過弾性表面波フィルタがそれぞれ独立したパッケージに収納されたものなどが排除されてはいないということにはならず,前記(2)の判断を左右し得るものではない。
結局,被告の上記主張は,採用することができない。
(5) 以上検討したところによれば,本願発明と引用発明1とが,「チップ上に設けられ,それぞれ異なる帯域通過特性を有し,かつ,それぞれ信号入出力端子及び接地端子の設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタ」との点で一致するとした審決の認定は,是認し得ないというほかない。
2 審決が本願発明と引用発明1とを対比し,「前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する一つの長方体のパッケージ」との点で一致すると認定したことについて検討する。
(1) 原告は,引用発明1において,弾性表面波フィルタがそれぞれパッケージに入れられているが,それぞれの弾性表面波フィルタが封入されたパッケージの内部に形成された,チップボンディングの領域として封止された空間が「キャビティ」に該当するのであって,弾性表面波フィルタのパッケージの外の引用例1のモジュールの台座と蓋の間が「キャビティ」といわれるものではないので,本願発明の「前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する」とはいい得ないなどと主張する。
これに対し,被告は,本願発明において,「キャビティ」の語を原告主張のような意味に限定解釈すべき理由はなく,単に「空洞」の意味に解するのが妥当であるところ,引用例1の弾性表面波フィルタ107〜108が台座101と蓋102で形成されるキャビティと呼ぶべき空洞部に収納されていることは明らかであって,審決の認定には誤りがないなどと主張する。
(2) 検討するに,本願発明は,「チップ上に設けられた…第1及び第2の弾性表面波フィルタ」が,一つのセラミック製パッケージの同一「キャビティ」に収納されるという構成を有するものである。そして,「キャビティ」とは,「パッケージにおいてチップボンディング及びワイヤボンディングの領域として封止によりパッケージ内部に形成された空間のことである。狭義では,チップボンディング及びワイヤボンディング領域としてあらかじめ設けられているパッケージのへこみをさす。」(甲19)ものと認められ,チップ上に設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタが,パッケージのチップボンディング及びワイヤボンディング領域として形成された空間に収納される,すなわち,チップ実装されるものといえる。
被告は,「キャビティ」が一般に「空洞」の意味を有することは周知であり,上記甲19の「キャビティ」の定義は,超LSIの技術分野における用法にすぎないと主張する。しかし,本願発明も部品のパッケージ等への実装技術に関する点で甲19に記載された超LSI技術と関連する技術分野に属するものであるから,本願発明の「キャビティ」は,上記甲19におけると同じ意味で用いられているものとと解するのが妥当である。
そして,引用例1の記載内容については,既に認定したとおりであって,パッケージ実装された弾性表面波フィルタを台座にとりつける引用発明1の構成をもって,本願発明と同様に「キャビティに収納する」ものとは認めることはできない。
3 以上によれば,引用発明1は,「チップ上に設けられ,それぞれ異なる帯域通過特性を有し,かつ,それぞれ信号入出力端子及び接地端子の設けられた第1及び第2の弾性表面波フィルタと,前記第1及び第2の弾性表面波フィルタを同一キャビティに収納する一つの長方体のパッケージ」という構成を備えているとはいえないというべきである。よって,これらの点において本願発明と引用発明1とが一致するものとした審決の認定には誤りがあるというほかない。
4 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由があるので,審決は,取消しを免れない。そして,前記のとおり,審決は,一致点の認定を誤ったのであるから,再開される審判においては,上記指摘の点を相違点とした上で,その相違点についての判断がされるべきである。なお,本願発明の特許請求の範囲の記載のうち,パッケージPCK内部に関する記載については,前判示のような問題が生ずるおそれがあるので,適当な措置を講ずるのが妥当である。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 田中昌利
裁判官 佐藤達文