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関連審決 無効2014-800097
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事件 平成 27年 (行ケ) 10087号 審決取消請求事件

原告任天堂株式会社
訴訟代理人弁護士 大野聖二
同 小林英了
訴訟代理人弁理士 大谷寛
同 松野知紘
被告 トミタテクノロジー・ ジャパン株式会社
訴訟代理人弁護士 永島孝明
同 安國忠彦
同 朝吹英太
同 安友雄一郎
同 野中信宏
訴訟代理人弁理士 若山俊輔
同 磯田志郎
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2016/03/24
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2014−800097号事件について平成27年3月31日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
- 1 -事実及び理由第1 請求主文同旨第2 事案の概要1 特許庁における手続の経緯等(1) 被告代表者は,平成14年11月28日,発明の名称を「立体映像信号生成回路及び立体映像表示装置」とする発明について特許出願(特願2002−345155号)をし,平成19年6月29日,特許第3978392号(請求項の数15。以下「本件特許」といい,その特許権を「本件特許権」という。)として特許権の設定登録を受けた(甲15,21)。平成25年10月1日,被告に対し,本件特許権につき,特定承継による本権の移転がされた(甲21)。
(2) 原告は,平成26年6月11日,本件特許の請求項1,3,8及び11に係る発明について特許無効審判を請求した(甲11,21)。
特許庁は,上記請求を無効2014−800097号事件として審理を行い,平成27年3月31日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年4月10日,原告に送達された。
(3) 原告は,平成27年5月11日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載本件特許請求の範囲の請求項1,3,8及び11の記載は,次のとおりである(以下,請求項の番号に応じて,請求項1に係る発明を「本件特許発明1」などといい,本件特許発明1,3,8及び11を総称して「本件特許発明」という。また,本件特許の明細書及び図面をまとめて「本件特許明細書」という。
甲15)。
- 2 -【請求項1】左右眼の視差作用によって立体視可能な映像を表示する立体映像表示装置に立体映像信号を供給する立体映像信号生成回路であって,前記立体視可能な映像に関する映像情報,及び,前記立体映像表示装置に関する表示装置情報を取得する情報取得手段と,前記映像情報及び前記表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定して,表示される映像の立体感を調整するオフセット設定手段と,を備え,前記情報取得手段は,立体映像に関連づけて定められた,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との間の距離に関するカメラ距離情報,及び,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との交差点までの距離に関するクロスポイント情報を前記映像情報として取得し,前記オフセット設定手段は,前記カメラ距離情報及び前記クロスポイント情報に基づいて左目映像と右目映像とのオフセットを設定して,表示される映像の立体感を調整することを特徴とする立体映像信号生成回路。
【請求項3】前記情報取得手段は,立体感に関して入力された情報を取得し,前記オフセット設定手段は,前記入力された情報に基づいて左目映像と右目映像とのオフセットを設定して,表示される映像の立体感を調整することを特徴とする請求項1又は2に記載の立体映像信号生成回路。
【請求項8】左右眼の視差作用によって立体視可能な映像を表示する立体映像表示装置であって,左目映像と右目映像とを合成した立体映像信号を生成する立体映像信号生成回路と,立体映像を表示する表示器と,前記表示器を駆動する駆動回路とを備え,- 3 -前記立体映像信号生成回路は,前記立体視可能な映像に関する映像情報,及び,前記表示器の表示領域に関する表示装置情報を取得する情報取得手段と,前記映像情報及び前記表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定して,前記表示器に表示される映像の立体感を調整するオフセット設定手段と,を備え,前記情報取得手段は,立体映像に関連づけて定められた,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との間の距離に関するカメラ距離情報,及び,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との交差点までの距離に関するクロスポイント情報を前記映像情報として取得し,前記オフセット設定手段は,前記カメラ距離情報及び前記クロスポイント情報に基づいて左目映像と右目映像とのオフセットを設定して,前記表示器に表示される映像の立体感を調整し,前記駆動回路は,前記立体映像信号生成回路から出力された立体映像信号に基づいて,前記表示器に立体映像を表示することを特徴とする立体映像表示装置。
【請求項11】視聴者が立体感に関する情報を入力する入力手段を備え,前記オフセット設定手段は,前記入力手段に入力された情報に基づいて左目映像と右目映像とのオフセットを設定して,前記表示器に表示される映像の立体感を調整することを特徴とする請求項8から10のいずれか一つに記載の立体映像表示装置。
3 本件審決の理由の要旨(1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,@本件特許の請求項1,3,8及び11の記載はいずれも明確であり,また,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者がその実施ができる程- 4 -度に明確かつ十分に記載したものであるから,本件特許は特許法36条6項2号,同条4項1号に規定する要件を満たす,A本件特許発明1は, (特甲1開平7−167633号公報)に記載された発明であるということはできないから,同法29条1項3号の規定に該当せず,本件特許発明8は,甲1に記載された発明であるとも,甲1に記載された発明から容易に発明できたともいうことはできないから,同号又は同条2項の規定に該当しない,B本件特許発明1及び8は,甲2(特開平7−95621号公報)に記載された発明であるとも,甲2に記載された発明から容易に発明できたともいうことはできないから,同条1項3号又は同条2項の規定に該当しない,C本件特許発明1及び8は,甲3(特開平8−9421号公報)に記載された発明であるとも,甲3に記載された発明から容易に発明できたともいうことはできないから,同条1項3号又は同条2項の規定に該当しない,D本件特許発明3及び11は,甲1ないし3に記載された発明及び甲4(米国特許第5065236号明細書)に記載された発明から容易に発明することができたということはできないから,同項の規定に該当しない,E本件特許発明3及び11は,甲1ないし3に記載された発明及び甲5(特開2002−232913号公報)に記載された発明から容易に発明することができたということはできないから,同項の規定に該当しない,というものである。
(2) 本件審決が認定した甲1に記載された発明(以下,本件発明1に対応するものを「甲1A発明」,本件発明8に対応するものを「甲1B発明」という。),本件発明1及び8と甲1に記載された発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 甲1A発明「右目用に再現される点画像の位置と右目の位置を結ぶ線分と,左目用に再現される点画像の位置と左眼の位置を結ぶ線分の交点に点画像があると知覚するように,右目用の点画像と左目用の点画像を再現している立体- 5 -画像表示装置に,右目用の点画像と左目用の点画像を再現するために右目用の点画像と左目用の点画像を供給する回路であって,立体画像の再生範囲を最大にするために,2台の撮影カメラのレンズが,x軸上の(−Wc,0,0),(Wc,0,0)に位置し,各撮影カメラが,輻輳点F(0,dx,0)に光軸が向くように配置して撮影されたときのWcとdx,カメラの撮像面上の像の大きさと立体画像表示スクリーン上の像の大きさの比であるMを利用し,観察者から立体画像表示スクリーンまでの距離をds,カメラの撮像面に対するレンズの焦点距離がfで,観察者の左右眼がそれぞれ(−We,0,0),(We,0,0)に位置したとき,Wcとdx,Mを利用した【数2】の関係に基づいて,右画像をΔSだけ右に平行移動,左画像をΔSだけ左に平行移動した左右画像を表示させるためのΔSを設定して,無限遠点の画像を,NL(−We,ds,0),NR(We,ds,0)に再生して,立体画像の再生範囲を最大にすることを特徴とする回路。
ここで,【数2】は,である。」イ 本件特許発明1と甲1A発明との一致点「左右眼の視差作用によって立体視可能な映像を表示する立体映像表示装置に立体映像信号を供給する立体映像信号生成回路であって,前記立体視可能な映像に関する映像情報,及び,前記立体映像表示装置に関する表示装置情報を取得する情報取得手段と,前記映像情報及び前記表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定するオフセット設定手段と,を備え,- 6 -前記情報取得手段は,立体映像に関連づけて定められた,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との間の距離に関するカメラ距離情報,及び,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との交差点までの距離に関するクロスポイント情報を前記映像情報として取得し,前記オフセット設定手段は,前記カメラ距離情報及び前記クロスポイント情報に基づいて左目映像と右目映像とのオフセットを設定することを特徴とする立体映像信号生成回路。」ウ 本件特許発明1と甲1A発明との相違点「オフセット設定に関して,本件特許発明1は,「表示される映像の立体感を調整する」ものであるのに対し,甲1A発明は,「無限遠点の画像を,NL(−We,ds,0),NR(We,ds,0)に再生して,立体画像の再生範囲を最大にする」ものである点。」エ 甲1B発明「右目用に再現される点画像の位置と右目の位置を結ぶ線分と,左目用に再現される点画像の位置と左眼の位置を結ぶ線分の交点に点画像があると知覚させるように,右目用の点画像と左目用の点画像を再現する立体画像表示装置であって,右目用と左目用の点画像を生成する回路と,立体画像表示スクリーンとを備え,前記右目用と左目用の点画像を生成する回路は,立体画像の再生範囲を最大にするために,2台の撮影カメラのレンズが,x軸上の(−Wc,0,0),(Wc,0,0)に位置し,各撮影カメラが,輻輳点F(0,dx,0)に光軸が向くように配置して撮影されたときのWcとdx,カメラの撮像面上の像の大きさと立体画像表示スクリーン上の像の大きさの比であるMを利用し,観察者から立体画像表示スクリーンまでの距離をds,カメラの撮像面- 7 -に対するレンズの焦点距離がfで,観察者の左右眼がそれぞれ(−We,0,0),(We,0,0)に位置したとき,Wcとdx,Mを利用した【数2】の関係に基づいて,右画像をΔSだけ右に平行移動,左画像をΔSだけ左に平行移動した左右画像を表示させるためのΔSを設定して,無限遠点の画像を,NL(−We,ds,0),NR(We,ds,0)に再生して,立体画像の再生範囲を最大にすることを特徴とする立体画像表示装置。
ここで,【数2】は,である。」オ 本件特許発明8と甲1B発明との一致点「左右眼の視差作用によって立体視可能な映像を表示する立体映像表示装置であって,左目映像と右目映像とを合成した立体映像信号を生成する立体映像信号生成回路と,立体映像を表示する表示器とを備え,前記立体映像信号生成回路は,前記立体視可能な映像に関する映像情報,及び,前記表示器の表示領域に関する表示装置情報を取得する情報取得手段と,前記映像情報及び前記表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定するオフセット設定手段と,を備え,前記情報取得手段は,立体映像に関連づけて定められた,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との間の距離に関するカメラ距離情報,及び,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との交差点までの距離に関するクロスポイント情報を前記映像情報として取得し,- 8 -前記オフセット設定手段は,前記カメラ距離情報及び前記クロスポイント情報に基づいて左目映像と右目映像とのオフセットを設定することを特徴とする立体映像表示装置。」カ 本件特許発明8と甲1B発明との相違点(ア) 相違点1「本件特許発明8は,「表示器を駆動する駆動回路」を備え,「前記駆動回路は,前記立体映像信号生成回路から出力された立体映像信号に基づいて,前記表示器に立体映像を表示する」のに対し,甲1B発明は,駆動回路を備えることについて特定されておらず,駆動回路はどのようなものであるかについての特定もされていない点。」(イ) 相違点2「オフセット設定に関して,本件特許発明8は,「前記表示器に表示される映像の立体感を調整する」ものであるのに対し,甲1B発明は,「無限遠点の画像を,NL(−We,ds,0),NR(We,ds,0)に再生して,立体画像の再生範囲を最大にする」ものである点。」? 本件審決が認定した甲2に記載された発明(以下,本件発明1に対応するものを「甲2A発明」 本件発明8に対応するものを, 「甲2B発明」という。 ,)本件発明1及び8と甲2に記載された発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 甲2A発明「左眼用と右眼用とで所定の視差のついた立体画像を生成し,複眼表示装置に左右それぞれの画像を出力する画像生成部であって,カメラの光軸間距離(基線長)をL,撮影時の2つのカメラの光軸のなす角度を2φ,再生時のディスプレイ面の基線長をL’とすると,L,φ,及び,L’を検出し,L,φと,L’を利用して,撮像時の左眼,右眼カメラセンサ上の点P- 9 -の結像位置であるPL, Rを,P 再生時の点Pの結像位置であるPL’ PR’,に変換して表示し,その際,視差はPL−PRからPL’−PR’に変化することを特徴とする画像生成部。」イ 本件特許発明1と甲2A発明との一致点「左右眼の視差作用によって立体視可能な映像を表示する立体映像表示装置に立体映像信号を供給する立体映像信号生成回路であって,前記立体視可能な映像に関する映像情報,及び,前記立体映像表示装置に関する表示装置情報を取得する情報取得手段と,前記映像情報及び前記表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とを調整して表示するための値を設定して,表示される映像を調整する設定手段と,を備え,前記情報取得手段は,立体映像に関連づけて定められた,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との間の距離に関するカメラ距離情報,及び,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との交差点から求まる値に関するクロスポイント情報を前記映像情報として取得し,前記オフセット設定手段は,前記カメラ距離情報及び前記クロスポイント情報に基づいて左目映像と右目映像とを調整して表示するための値を設定して,表示される映像を調整することを特徴とする立体映像信号生成回路。」ウ 本件特許発明1と甲2A発明との相違点(ア) 相違点1「本件特許発明1は,「左目映像と右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定して,表示される映像の立体感を調整する」ものであるのに対し,甲2A発明は,「撮像時の左眼,右眼カメラセンサ上の点Pの結像位置であるPL,PRを,再生時の点Pの結像位置であるPL’,PR’に変換して表示し,その際,視差はPL−PRからPL’−PR’- 10 -に変化」させることにより,左目映像,右目映像それぞれの映像について,再生時の点Pの結像位置に調整して表示するための値を設定して,表示される映像を調整するという点。」(イ) 相違点2「クロスポイント情報に関して,本件特許発明1は,「左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との交差点までの距離」であるのに対し,甲2A発明は,「撮影時の2つのカメラの光軸のなす角度」である点。」エ 甲2B発明「左眼用と右眼用とで所定の視差のついた立体画像を生成し出力する画像記録再生装置であって,左眼用と右眼用とで所定の視差のついた立体画像を生成する画像生成部と,複眼表示装置とを備え,前記画像生成部は,カメラの光軸間距離(基線長)をL,撮影時の2つのカメラの光軸のなす角度を2φ,再生時のディスプレイ面の基線長をL’とすると,L,φ,及び,L’を検出し,L,φと,L’を利用して,撮像時の左眼,右眼カメラセンサ上の点Pの結像位置であるPL, Rを,P 再生時の点Pの結像位置であるPL’ PR’,に変換して表示し,その際,視差はPL−PRからPL’−PR’に変化することを特徴とする画像記録再生装置。」オ 本件特許発明8と甲2B発明との一致点「左右眼の視差作用によって立体視可能な映像を表示する立体映像表示装置であって,左目映像と右目映像とを合成した立体映像信号を生成する立体映像信号生成回路と,立体映像を表示する表示器とを備え,- 11 -前記立体映像信号生成回路は,前記立体視可能な映像に関する映像情報,及び,前記表示器の表示領域に関する表示装置情報を取得する情報取得手段と,前記映像情報及び前記表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とを調整して表示するための値を設定して,表示される映像を調整する設定手段と,を備え,前記情報取得手段は,立体映像に関連づけて定められた,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との間の距離に関するカメラ距離情報,及び,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との交差点から求まる値に関するクロスポイント情報を前記映像情報として取得し,前記オフセット設定手段は,前記カメラ距離情報及び前記クロスポイント情報に基づいて左目映像と右目映像とを調整して表示するための値を設定して,表示される映像を調整することを特徴とする立体映像表示装置。」カ 本件特許発明8と甲2B発明との相違点(ア) 相違点1「本件特許発明8は,「表示器を駆動する駆動回路」を備え,「前記駆動回路は,前記立体映像信号生成回路から出力された立体映像信号に基づいて,前記表示器に立体映像を表示する」のに対し,甲2B発明は,駆動回路を備えることについて特定されておらず,駆動回路はどのようなものであるかについての特定もされていない点。」(イ) 相違点2「設定手段に関して,本件特許発明8は,「左目映像と右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定して,表示される映像の立体感を調整する」ものであるのに対し,甲2B発明は,「撮像時の左眼,右眼カメラセンサ上の点Pの結像位置であるPL,PRを,再生時の点Pの結像位置であるPL’,PR’に変換して表示し,その際,視差はPL- 12 -−PRからPL’−PR’に変化」させることにより,左目映像,右目映像それぞれの映像について,再生時の点Pの結像位置に調整して表示するための値を設定して,表示される映像を調整するという点。」(ウ) 相違点3「クロスポイント情報に関して,本件特許発明8は,「左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との交差点までの距離」であるのに対し,甲2B発明は,「撮影時の2つのカメラの光軸のなす角度」である点。」? 本件審決が認定した甲3に記載された発明(以下,本件発明1に対応するものを「甲3A発明」 本件発明8に対応するものを, 「甲3B発明」という。 ,)本件特許発明1及び8と甲3に記載された発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 甲3A発明「視差を利用した立体視を実現できる立体表示装置に映像信号を出力する水平シフト回路を制御するCPUであって,正常な立体視ができるようにするために,2台のビデオカメラの間隔である光軸間距離と2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角と,立体表示装置の種類や大きさ等によって決定される適視距離を利用し,2台のビデオカメラの間隔である光軸間距離と2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角に基づいて求められる主要被写体Xのモニタ面上の視差と,立体表示装置の種類や大きさ等によって決定される適視距離が決まることにより決定される立体表示装置の限界視差とに基づいて,主要被写体Xの立体像位置範囲が限界立体像位置範囲を前方向または後方向に越えるか否かを判別し,主要被写体Xの立体像位置が限界立体像範囲内になく,正常な立体視ができないと判別されたときには,左右画像を,視差量及び2台のビデオカメラの間隔や輻輳角といった撮像手段の制御パラ- 13 -メータに基づく水平シフト制御によりシフトさせ,主要被写体の立体像位置を限界立体像範囲内に収まるようにすることにより正常な立体視ができるようにすることを特徴とする水平シフト回路を制御するCPU。」イ 本件特許発明1と甲3A発明の一致点「左右眼の視差作用によって立体視可能な映像を表示する立体映像表示装置に立体映像信号を供給する立体映像信号生成回路を制御する手段であって,前記立体視可能な映像に関する映像情報,及び,前記立体映像表示装置に関する表示装置情報を取得する情報取得手段と,前記映像情報及び前記表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定して,表示される映像を調整するオフセット設定手段と,を備え,前記情報取得手段は,立体映像に関連づけて定められた,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との間の距離に関するカメラ距離情報,及び,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との交差点から求まる値に関するクロスポイント情報を前記映像情報として取得し,前記オフセット設定手段は,前記カメラ距離情報及び前記クロスポイント情報に基づいて左目映像と右目映像とのオフセットを設定して,表示される映像を調整することを特徴とする立体映像信号生成回路を制御する手段。」ウ 本件特許発明1と甲3A発明の相違点(ア) 相違点1「立体映像信号生成回路を制御する手段が,本件特許発明1は,立体映像信号生成回路自体であるのに対し,甲3A発明は,CPUである点。」(イ) 相違点2「オフセット設定手段に関して,本件特許発明1は,立体感を調整す- 14 -るものであるのに対し,甲3A発明は,正常な立体視ができないと判別されたものを,正常な立体視ができるようにする点。」(ウ) 相違点3「クロスポイント情報に関して,本件特許発明1は,「左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との交差点までの距離」であるのに対し,甲3A発明は,「2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角」である点。」エ 甲3B発明「左右画像の視差に基づいて立体画像を再現できる立体映像装置であって,左画像の映像信号を出力する水平シフト回路13,右画像の映像信号を出力する水平シフト回路14と,立体視を実現できる立体表示装置15とを備え,水平シフト回路13,14を制御するCPU12は,正常な立体視ができるようにするために,2台のビデオカメラの間隔である光軸間距離と2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角と,立体表示装置の種類や大きさ等によって決定される適視距離を利用し,2台のビデオカメラの間隔である光軸間距離と2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角に基づいて求められる主要被写体Xのモニタ面上の視差と,立体表示装置の種類や大きさ等によって決定される適視距離が決まることにより決定される立体表示装置の限界視差とに基づいて,主要被写体Xの立体像位置範囲が限界立体像位置範囲を前方向または後方向に越えるか否かを判別し,主要被写体Xの立体像位置が限界立体像範囲内になく,正常な立体視ができないと判別されたときには,左右画像を,視差量及び2台のビデオカメラの間隔や輻輳角といった撮像手段の制御パラメータに基づく水平シフト制御によりシフトさせ,主要被写体の立体像位- 15 -置を限界立体像範囲内に収まるようにすることにより正常な立体視ができるようにすることを特徴とする立体映像装置。」オ 本件特許発明8と甲3B発明との一致点「左右眼の視差作用によって立体視可能な映像を表示する立体映像表示装置であって,左目映像と右目映像とを生成する立体映像信号生成回路と,立体映像を表示する表示器とを備え,前記立体映像信号生成回路を制御する手段は,前記立体視可能な映像に関する映像情報,及び,前記表示器の表示領域に関する表示装置情報を取得する情報取得手段と,前記映像情報及び前記表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定して,前記表示器に表示される映像を調整するオフセット設定手段と,を備え,前記情報取得手段は,立体映像に関連づけて定められた,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との間の距離に関するカメラ距離情報,及び,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との交差点から求まる値に関するクロスポイント情報を前記映像情報として取得し,前記オフセット設定手段は,前記カメラ距離情報及び前記クロスポイント情報に基づいて左目映像と右目映像とのオフセットを設定して,前記表示器に表示される映像を調整することを特徴とする立体映像表示装置。」カ 本件特許発明8と甲3B発明との相違点(ア) 相違点1「立体映像信号の生成に関して,本件特許発明8は,立体映像信号生成回路で左目映像と右目映像とを合成した立体映像信号を生成するのに対し,甲3B発明は,2つの水平シフト回路で左画像の映像信号と右画像の映像信号を個々に生成する点。」- 16 -(イ) 相違点2「本件特許発明8は,「表示器を駆動する駆動回路」を備え,「前記駆動回路は,前記立体映像信号生成回路から出力された立体映像信号に基づいて,前記表示器に立体映像を表示する」のに対し,甲3B発明は,駆動回路を備えることについて特定されておらず,駆動回路はどのようなものであるかについての特定もされていない点。」(ウ) 相違点3「立体映像信号生成回路を制御する手段に関して,本件特許発明8は,立体映像信号生成回路自体が,回路を制御しているのに対し,甲3B発明は,水平シフト回路を制御するCPUが,回路を制御している点。」(エ) 相違点4「オフセット設定手段に関して,本件特許発明8は,立体感を調整するものであるのに対し,甲3B発明は,正常な立体視ができないと判別されたものを,正常な立体視ができるようにする点。」(オ) 相違点5「クロスポイント情報に関して,本件特許発明8は,「左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との交差点までの距離」であるのに対し,甲3B発明は,「2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角」である点。」第3 当事者の主張1 原告の主張(1) 取消事由1(「オフセット設定手段」に関する明確性要件違反及び実施可能要件違反に関する判断の誤り)本件審決は,本件特許明細書の図16(本件特許明細書の図面については別紙1参照)に関し,図16のような,オリジナル立体映像の視差量と立体像出現位置との関係について,被告が,平成26年12月24日付けで提出- 17 -した口頭審理陳述要領書(甲14)にて「参考図A」(別紙3参照)として示した位置関係で撮影したものといえることは明らかであると認定した上で,参考図Aの記載に基づき,映像情報(カメラ距離情報dc,クロスポイント情報Lc)及び表示装置情報から左右眼映像のオフセット量を算出することができるから,映像情報(カメラ距離情報,クロスポイント情報)や表示装置情報から具体的にどのようにしてオフセットを設定するのか明確であるとともに,発明の詳細な説明の記載から発明が実施できるものである旨認定判断した。
ア しかし,参考図Aは,被写体を撮像する撮像系を示す図であるところ,本件特許明細書には,撮像系の位置関係を示す記載はないし,本件審決も,本件特許明細書の図16の視差量と立体像出現位置との関係が参考図Aの位置関係で撮影したものといえるのか,その具体的根拠を何ら示していない。
また,本件特許明細書の図16及び段落【0111】 【0112】 に及びは,「カメラ距離情報」や「クロスポイント情報」に相当するパラメータについての記載はなく,「カメラ距離情報」や「クロスポイント情報」に着目して撮影を行う参考図Aを明らかに導き出せるとする根拠は何ら示されていない。
したがって,本件特許明細書の記載から参考図Aが導き出されるとした審決の認定は誤りである。
イ 仮に,本件特許明細書の記載に基づき何らかの撮像系の図を導き出すことができるとしても,参考図Aを導き出すことはできない。
すなわち,本件特許明細書の段落【0046】や本件特許の請求項 1 及び8の記載によれば,本件特許発明においては,左目用カメラと右目用カメラとが互いに傾けて配置された構成で被写体が撮影される「交差法」が前提となっている。
- 18 -これに対し,参考図Aでは,左目用カメラ及び右目用カメラの構成要素であるレンズ及び撮像素子は傾けられておらず,その光軸は互いに平行となっており,両方のカメラが傾けて配置されているわけではないから,参考図Aは,左右のカメラを平行に配置して撮影される「平行法」を示している。
したがって,交差法を前提とする本件特許発明において,左右のカメラが平行に配置された参考図Aを導き出すことはできないから,本件審決の認定は誤りである。
ウ 仮に,本件特許明細書の記載から参考図Aが導かれるとしても,本件特許発明は「立体感を調整」するものであるところ,具体的にどのようにして,左目映像と右目映像とのオフセットを設定して表示される映像の立体感を調整するのかは不明である。
この点,本件審決は,カメラ距離情報及びクロスポイント情報に相当する値(dc,Lc)のみならず,カメラと撮像素子との距離(f),原点から被写体Aまでの距離(La)といったパラメータを用いることで,視差X1を算出してオフセットを設定することができる旨認定しているが,本件特許の特許請求の範囲及び本件特許明細書の発明の詳細な説明には,これらのパラメータを用いることについては,何ら記載がない。
また,本件審決は,単一の被写体(参考図Aの位置Aにある被写体)を撮影する場合を前提としてオフセットを設定することを説明しているが,実際には,カメラからの距離が異なる複数の被写体が存在するのであり,ある被写体について最適な立体感が得られたとしても,距離が異なる他の被写体についても最適な立体感が得られるわけではないし,本件特許明細書には,撮像画像中から単一の被写体を特定することも,その方法も何ら開示されていない。
以上のとおり,カメラ距離情報及びクロスポイント情報以外のどのパラ- 19 -メータを用いて,左目映像と右目映像とのオフセットを設定して立体感の調整を行うことができるのかは,本件特許の特許請求の範囲及び本件特許明細書の記載から理解することができない。
エ 以上によれば,本件特許発明のオフセット設定手段に関する明確性要件及び実施可能要件に関する本件審決の判断には誤りがある。
(2) 取消事由2(「カメラ距離情報」に関する明確性要件違反及び実施可能要件違反に関する判断の誤り)本件特許発明では,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸は,クロスポイントにおいて交差するため,「左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との間の距離に関するカメラ距離情報」が定まらず発明が不明確であり,また,「カメラ距離情報」が具体的に何を示すのかが本件特許明細書の記載からも明らかではないから,本件特許の請求項1,3,8及び11の記載は明確性要件に違反し,かつ,本件特許明細書の発明の詳細な説明の記載は実施可能要件に違反する。
この点,本件審決は,本件特許明細書の段落【0046】及び【0071】の記載から,「カメラ距離情報」とは,左目映像用カメラと右目映像用カメラとの間の距離のことであり,左目映像用カメラのどの位置から右目映像用カメラのどの位置までの距離をカメラ距離情報とするかを明確にするために,「左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との間の距離」と定義したものであるから,カメラ距離情報が,左目映像用カメラと右目映像用カメラを結ぶ線上の光軸間の距離であることは明白であるとして,本件特許発明の「カメラ距離情報」に関し,発明は明確であり,かつ,発明の詳細な説明の記載から発明が実施できるものである旨認定判断した。
しかし,本件特許明細書の段落【0046】及び【0071】には,カメラ距離情報が,「左目映像用カメラと右目映像用カメラを結ぶ線上の光軸間の距離」を意味することを示す記載はないし,上記各段落の記載に基づけば,- 20 -「左目映像用カメラと右目映像用カメラとの距離」はCP情報(クロスポイント情報)であって,カメラ距離情報ではないから,本件審決の上記認定判断には誤りがある。
(3) 取消事由3(「表示装置情報」に関する明確性要件違反に関する判断の誤り)本件審決は,本件特許明細書の段落【0069】ないし【0073】に,表示装置情報として,表示画面サイズ情報,視距離情報が例示されていることから,画面サイズ以外の情報を用いて立体感を調整することも,本件特許明細書に記載されており,それらを表示装置情報と表すことに問題はない旨認定判断した。
しかし,「表示装置情報」という発明特定事項は,本件特許明細書に開示された上記の例以外にも多義的に解釈できるものであり,種々多様な「表示装置情報」を用いた場合に,どのようにオフセットを設定して立体感の調整を行うのかについては,本件特許明細書に一切の開示がないから,いかなる情報が「表示装置情報」に含まれるのかが本件特許の特許請求の範囲の記載からは明確ではない。
したがって,本件審決の判断には誤りがある。
? 取消事由4−1(本件特許発明1及び8と甲1記載の発明との相違点の認定の誤り)ア 本件特許発明1について本件審決は,甲1A発明のΔSは,立体画像の再生範囲を最大にするための前提として,無限遠点の画像を,NL(−We,ds,0),NR(We,ds,0)に再生するための条件にすぎず,ΔSに設定しただけでは,観察者が両眼を融合できる範囲でない場合も想定され,立体に見えるかどうかは不明であるから,立体感を調整,すなわち,元々立体に見えるものに対して,その感じ度合いを調整しているものではないとして,本件特許- 21 -発明1と甲1A発明との間には前記第2の3(2)ウの相違点があると認定した。
(ア)a しかし,「調整」の語義(甲19,20),本件特許明細書には本件特許発明1における「立体感を調整」の内容を限定する記載がないこと,本件特許明細書の段落【0005】の記載に照らすと,本件特許発明1における「立体感を調整」とは,「元々立体的に見えるものに対して,その感じ度合いを調整」する場合のみならず,「立体的に見えていないものを,立体的に見えるようにする」ことも含まれており,後者を除外して解釈すべき理由はない。
これに対し,甲1A発明は,撮影時に無限遠点にあった被写体が,再生時にも撮影時と同じく無限遠点に見えるという意味で,「正しく」再生されるΔSを設定するものであり,ΔSを設定することにより,立体画像の再生範囲が最大となり,立体画像が正しく再生されるようになるのであるから,立体画像の感じ度合いが調整されていることは明らかである。
したがって,本件特許発明1における「立体感を調整」することと,甲1A発明における「立体画像の再生範囲を最大にする」ことに何ら差異はない。
b これに対し,被告は,本件特許発明1の「立体感を調整」を「撮影条件を反映した自然な立体感を再生できるように,立体感の感じ度合いを調整すること」と限定的に解釈している。
しかし,本件特許発明1においては,単に「立体感を調整」とだけ規定されており,それ以上の限定は付されていないし,本件特許発明1は,表示装置情報,カメラ距離情報及びクロスポイント情報に基づいてオフセットを設定するというものであり,その結果として映像の立体感が調整されるにすぎないから,「自然な立体感を再生できるよ- 22 -うに」オフセットを設定するなどと限定的に解釈することはできない。
したがって,被告の上記主張は理由がない。
(イ) 仮に,本件特許発明1における「立体感を調整」が,「元々立体的に見えるものに対して,その感じ度合いを調整」するものに限定されるとしても,「左目映像と右目映像とのオフセットを設定」する点で,甲1A発明と本件特許発明1は共通しているところ,甲1A発明は,左目映像と右目映像とのオフセットを設定して立体画像の再生範囲を最大にするものであるから,オフセットを設定することで,元々立体画像の再生範囲に入っていた画像(元々立体的に見えていた画像)が立体画像の再生範囲から外れずに立体画像の再生範囲に入ったまま,その感じ度合いが調整される場合も当然に含まれる。
(ウ) 以上によれば,本件特許発明1と甲1A発明との間の相違点を認定した本件審決には誤りがある。
イ 本件特許発明8について前記アと同様の理由により,本件特許発明8と甲1B発明との間の相違点2を認定した本件審決には誤りがある。
? 取消事由4−2(甲1B発明に基づく本件特許発明8の容易想到性の判断の誤り)本件審決は,甲1B発明は,無限遠点の画像を,NL(−We,ds,0),NR(We,ds,0)に再生して,立体画像の再生範囲を最大にするものではあるが,観察者が融合できる範囲でない場合も想定され,立体に見えるかどうかは不明であるように設定する甲1B発明から,立体感すなわち立体に見える感じを調整するように設定する構成を思い至ることは,論理に飛躍があり,前記表示器に表示される映像の立体感を調整する本件特許発明8が,容易に想到できるともいえない旨判断した。
- 23 -しかし,仮に,本件特許発明8と甲1B発明との間に,本件審決の認定する相違点2が存在するとしても,左右画像をオフセットすることで,元々立体的に見えていたものに対してその感じ度合いが調整されることは,本件特許の出願日以前から広く知られた周知技術(甲3,5)にすぎない。
そして,甲1には,左右画像をΔSだけオフセットすることが開示されているのであるから,甲1B発明に上記の周知技術を適用して,元々立体的に見えている画像に対して,立体感の度合いを調整するために左右画像をオフセットするように構成することは,当業者において容易に想到できたものである。
したがって,本件特許発明8は甲1B発明に基づき当業者が容易に想到できたものとはいえないとする本件審決の判断は誤りである。
? 取消事由5(甲2記載の発明に基づく本件特許発明1及び8の容易想到性の判断の誤り)ア 本件特許発明1について(ア) 本件審決は,本件特許発明1と甲2A発明との相違点1につき,甲2A発明が,左目映像における(点Pを)ずらして表示させるための値,右目映像における(点Pを)ずらして表示させるための値を設定するものであり,本件特許発明1のように,左目映像と右目映像(すなわち,右目映像と左目映像の全体)をずらして表示するための値を設定して,表示される映像の立体感を調整するものではないことを理由に,本件特許発明1は,甲2A発明に基づき容易に想到できたものではないと判断した。
しかし,甲2の段落【0018】,【0021】及び【0031】には,画像を構成する各点ではなく,「領域」ごとの処理を行うことが明確に示されている。そして,甲2には,処理が行われる「領域」が画像の一部に限定されることを示す記載はない。また,処理すべき「領域」- 24 -が画像の一部であるか全体であるかに実質的な違いはないし,「領域」を画像の一部とするか全体とするかは単なる設計事項にすぎない。
また,甲2において,各点Pをずらすことで視差が変化して立体感が調整されるところ(段落【0045】),画像全体をずらすことによっても,同様に立体感は調整される。
以上によれば,甲2に接した当業者としては,甲2A発明において「点P」をずらすのではなく,「領域」としての画像全体をずらすことは容易に想到することができたものである。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
(イ) これに対し,被告は,甲2A発明においては,視点位置の移動に伴って立体感を変化させるのと同時に,対象物の見えていなかった面を見えるようにし,反対に,対象物の見えていた面を見えなくするような立体画像の変化を生じさせる必要があり,そのためには領域ごとに新たな画像を生成することが必須であって,かかる甲2A発明は,左目映像と右目映像とをずらして立体感を調整するという本件特許発明1とは技術思想を全く異にする旨主張する。
しかし,被告が主張する「画像を新たに生成する」というのは,甲2の「単眼視領域」での処理をいうのであって,画像を生成する必要のない「両眼視領域」での処理ではない(甲2の段落【0020】,【0033】,【0035】,【0036】,【0044】ないし【0046】)。
したがって,甲2においても,「両眼視領域」については左右画像をオフセットしているのであるから,被告の主張は失当である。
イ 本件特許発明8について前記アと同様の理由により,本件特許発明8が,甲2B発明に基づいて容易に発明することができたものとはいえないとした本件審決の判断も誤りである。
- 25 -? 取消事由6−1(本件特許発明1及び8と甲3記載の発明との相違点の認定の誤り)ア 本件特許発明1について本件審決は,甲3記載の発明として前記第2の3(4)アの甲3A発明を認定した上で,本件特許発明1と甲3A発明との間には同ウ(イ)の相違点2があると認定した。
(ア) しかし,甲3記載の発明は,正常な立体視ができないと判別された場合に限り左右画像の水平シフト制御を行うものではないから,本件審決の甲3A発明の認定は誤りである。
(イ) もっとも,前記?ア(ア)aのとおり,本件特許発明1における立体感の「調整」とは,元々立体的に見えている画像に対する処理に限定されることはなく,元々立体に見えていないものに対して見え方が整えられていれば「調整」に該当する。よって,甲3A発明が「正常な立体視ができないと判別されたものを,正常な立体視ができるようにする」ものであるとの本件審決の認定を前提としても,甲3A発明は立体感の「調整」を行っている。
また,本件特許発明1と甲3A発明は,解決すべき課題を共通とするのであるから(本件特許明細書の段落【0009】,甲3の段落【0004】),本件特許発明1が立体感を調整するものであれば,甲3A発明も立体感を調整するものであることは明らかである。
(ウ) 仮に,本件特許発明1の「調整」が,元々立体的に見えている画像に対する処理に限定されるものと理解されるとしても,甲3には,元々立体的に見えている画像に対して立体感の調整を行うことが開示されている。
a すなわち,甲3の段落【0038】ないし【0040】の記載によれば,甲3には,@主要被写体の立体像位置が限界立体像範囲内にな- 26 -いと判別されたときに,主要被写体の立体像位置が限界立体像範囲内に収まるように左右画像をシフトする処理(以下「処理@」という。 ,)及び,A主要被写体の立体像位置がモニタ面の近傍付近にあると判別されたときに,限界立体像位置範囲内において主要被写体の立体像位置を前方にシフトさせるよう左右画像をシフト制御して立体感を増加させる処理(以下「処理A」という。)の二つが開示されている。
b そして,甲3の段落【0003】の記載によれば,処理@においても,種類や大きさ等が適切である立体表示装置に表示すれば画像が立体的に見えるものといえる一方,本件特許明細書の段落【0005】の記載のとおり,本件特許発明1でも,元々立体的に見えない場合も想定しており,表示装置によって立体的に見えたり見えなかったりする画像に対して立体感の調整を行っている。
したがって,処理@も,本件特許発明1も,大きさ等が適切な立体表示装置に表示すれば元々立体的に見える画像に対して立体感の調整を行うものである。
c また,処理Aにつき,本件特許発明1では,単に「表示装置情報に基づいて」と規定されているにすぎず,表示装置情報をどのように用いるかについては,何ら限定されていない。そして,甲3A発明においても,(a)立体表示装置の限界視差に基づいて主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するかどうかの判別に当たり表示装置情報が用いられており,さらに,(b)限界立体像位置範囲内で立体像の表示位置をシフト制御する際に表示装置情報が用いられている(甲3の段落【0038】)。
そして,上記(a)につき,甲3A発明は,甲3の段落【0038】の記載のとおり,立体表示装置の限界視差の情報を用いて,主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するか否かを判別- 27 -し,その結果に応じてオフセットを設定するものである。ここで,限界視差は適視距離に基づくものであり,適視距離が本件特許発明1の「表示装置情報」に対応するから,甲3A発明において,立体表示装置の限界視差の情報を用いて,主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するか否かを判別するに当たり,適視距離の情報すなわち表示装置情報が用いられている。また,主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するかの判別を行うには,モニタに関する情報が必要であり,主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するか否かは,表示画像がモニタ面上に表示されたときの視差が関係しており,当該視差はモニタ面のサイズによって変化する。よって,モニタ面の近傍付近に位置するか否かの判別には,モニタ面のサイズ,すなわち,表示装置情報が必要となる。
以上によれば,甲3A発明において,主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するか否かの判別に当たり,立体表示装置の限界視差(ないし適視距離)の情報及びモニタに関する情報,すなわち表示装置情報が用いられるから,甲3記載の発明は表示装置情報に基づく判別を行ってオフセットを設定している。
また,上記(b)につき,処理Aでは,「限界立体像位置範囲内において」,主要被写体の立体位置を前方にシフトさせる,つまり,主要被写体Xが限界立体像位置範囲内にあるよう(はみ出ないよう)にシフト制御する必要があるところ,限界立体像位置範囲内にあるか否かは,限界視差の情報を用いて判別されるものである(甲3の段落【0038】参照)。ここで,限界視差は適視距離に基づくものであり,適視距離が本件特許発明1の「表示装置情報」に対応すること,及び,このような判別が本件特許発明1の「表示装置情報に基づいてオフセットを設定」に対応することは,本件審決の認定するところである。
- 28 -以上によれば,甲3A発明において,「限界立体像位置範囲内において」主要被写体の立体像位置を前方にシフトさせることは,本件特許発明1の表示装置情報に基づいてオフセットを設定することに対応するから,甲3A発明は表示装置情報に基づく判別を行ってオフセットを設定している。
d 本件審決は,処理@について,表示装置情報,カメラ距離情報及びクロスポイント情報に基づいてオフセットを設定することは,甲3A発明と本件特許発明1とで一致すると認定しているが,甲3A発明は,「正常な立体視ができないと判別されたものを,正常な立体視ができるようにする」ものであり,本件特許発明1のように,「立体感の調整,すなわち,元々立体に見えるものに対して,その感じ度合いを調整する」ものではないとし,処理Aについて,甲3には,ビデオカメラの間隔(「カメラ距離情報」に相当)及び輻輳角(「クロスポイント情報」に相当)に基づく水平シフト制御により立体感を増加させる(「立体感を調整」に相当)ことが記載されていることは認めた上で,「表示装置情報」に基づいて左目映像と右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定しているものではないとして,いずれも相違点2が存在しないことの根拠とはならないとしているが,前記aないしcのとおり誤りである。
e これに対し,被告は,本件特許発明1の「オフセット」は「左右眼映像のずらし量」のことであり,「表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定し」とは,表示装置情報に基づいてずらし量を設定することを意味しており,処理Aのように表示装置情報を判定閾値として用いることではない旨主張する。
しかし,本件特許発明1では,「表示装置情報に基づいて」映像を- 29 -ずらして表示するためのオフセットを設定するとだけ規定されており,表示装置情報をどのように用いるかについては限定されておらず,判定のために表示装置情報を用いることは除外されていないから,被告の主張は明らかに誤っている。
したがって,甲3A発明(処理A)では,「表示装置情報に基づいて」オフセットを設定している。
f 以上によれば,甲3A発明は,処理@によっても,処理Aによっても,カメラ距離情報,クロスポイント情報及び表示装置情報に基づいてオフセットを設定し,立体感の調整を行うものであるから,甲3A発明と本件特許発明1との間に本件審決の認定した相違点2は存在しない。
(エ) 以上によれば,本件特許発明1と甲3A発明との間の相違点2を認定した本件審決には誤りがある。
イ 本件特許発明8について本件審決の認定した本件特許発明1と甲3A発明との間の相違点2は,本件特許発明8と甲3B発明との相違点4と実質的に同一であるから,前記アと同様の理由により,上記相違点4を認定した本件審決には誤りがある。
? 取消事由6−2(甲3記載の発明に基づく本件特許発明1及び8の容易想到性の判断の誤り)ア 本件特許発明1について本件審決は,甲3A発明は,正常な立体視ができない場合に,正常な立体視ができるようにするものであるのに対し,本件特許発明1は,立体感の調整,すなわち,元々立体に見えるものに対して,その感じ度合いを調整するものであり,相違する構成であり,正常な立体視ができない場合に,正常な立体視ができるようにする甲3A発明から,立体感の調整,すなわ- 30 -ち,元々立体に見えるものに対して,その感じ度合いを調整する本件特許発明1が,容易に想到できるといえない旨判断した。
しかし,仮に,本件特許発明1と甲3A発明との間に,相違点2が存在するとしても,甲3A発明は立体表示装置に関する発明であり,本件特許発明1と技術分野が共通し,課題も共通する(本件特許明細書の段落【0009】,甲3の段落【0004】)。そして,前記?ア(ウ)のとおり,甲3には,元々立体的に見えていた画像の立体感を調整することが記載されているのであるから(甲3の段落【0038】ないし【0040】),使用する表示装置の種類,大きさ等にかかわらず,良好な立体画像を得るために,甲3A発明の立体表示装置について,元々立体的に見えていた画像についても立体感を調整するように構成することは,当業者において容易に想到することができたことである。
また,前記(5)のとおり,左右画像をオフセットすることで,元々立体的に見えていたものに対してその感じ度合いが調整されることは,本件特許の出願日以前から広く知られた周知技術にすぎない。そして,甲3A発明では,左右画像をオフセットする発明が開示されているのであるから,甲3A発明に上記の周知技術を適用して,元々立体的に見えている画像に対して,立体感の度合いを調整するために左右画像をオフセットするように構成することは,当業者において容易に想到できたものである。
したがって,本件特許発明1が甲3A発明に基づき容易に想到できたとはいえないとする本件審決の判断は誤りである。
イ 本件特許発明8について前記アと同様の理由により,本件特許発明8が甲3B発明に基づき容易に想到できたとはいえないとする本件審決の判断は誤りである。
? 取消事由7(本件特許発明3の容易想到性の判断の誤り)本件審決は,本件特許発明1が甲1ないし3記載の発明に基づき容易に想- 31 -到できたとはいえないから,本件特許発明1を引用する本件特許発明3は,甲1ないし3記載の発明及び甲4記載の発明に基づき容易に想到できたとはいえないと判断した。
しかし,本件特許発明1が甲1ないし3記載の発明に基づき容易に想到できたとはいえないとの本件審決の判断は誤りであるから,本件特許発明3は,甲1ないし3記載の発明及び甲4記載の発明に基づき容易に想到できたとはいえないとの本件審決の判断も誤りである。
? 取消事由8(本件特許発明11の容易想到性の判断の誤り)本件審決は,本件特許発明8が甲1ないし3記載の発明に基づき容易に想到できたとはいえないから,本件特許発明8を引用する本件特許発明11は,甲1ないし3記載の発明及び甲4記載の発明に基づき容易に想到できたとはいえないと判断した。
しかし,本件特許発明8が甲1ないし3記載の発明に基づき容易に想到できたとはいえないとの本件審決の判断は誤りであるから,本件特許発明11は,甲1ないし3記載の発明及び甲4記載の発明に基づき容易に想到できたとはいえないとの本件審決の判断も誤りである。
2 被告の主張(1) 取消事由1(「オフセット設定手段」に関する明確性要件違反及び実施可能要件違反に関する判断の誤り)に対しア 原告は,本件特許明細書の記載から参考図Aを導き出すことはできない旨主張する。
しかし,本件特許明細書の段落【0111】の記載からみて,本件特許明細書の図16は,「右目映像と左目映像とが撮影時の位置関係にある」ときの「オリジナル立体映像の視差量と立体像出現位置との関係」を示したものであるから,図16の関係を,立体カメラを用いて右目映像と左目映像とを撮影するときの関係にそのまま置換することができ,図16の左- 32 -目と右目を,参考図Aに示すように,左目映像と右目映像を撮影する左カメラと右カメラに置換することができる。かかる置換は,当該技術分野における当業者であれば,当然に導き出せる事項である。そして,左目と右目を,左目映像と右目映像を撮影する左カメラと右カメラに置換すると,図16の眼間距離(de)が左右のカメラ間距離(dc)に相当するパラメータとなる。また,画面上で視差のない点は,画面から飛び出して見えることも奥まって見えることもなく表示画面上に見えるため,参考図Aに示すようにクロスポイントとして観念することができ,クロスポイントまでの距離をパラメータ(Lc)とすることができる。
このように,本件特許明細書に接した当業者であれば,技術常識参酌し,本件特許明細書の図16及び段落【0111】の記載から,「カメラ距離情報」や「クロスポイント情報」に相当するパラメータを当然に導き出すことができる。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
イ 原告は,仮に,本件特許明細書の記載に基づき何らかの撮像系の図を導き出すことができるとしても,参考図Aを導き出すことはできない旨主張する。
しかし,参考図Aにおいて,左目映像用カメラの光軸とは,左目映像用カメラのレンズ(F)と左目映像用カメラの撮像素子に投影された左目映像の中心点(P’)とを結ぶ線であり,右目映像用カメラの光軸とは,右目映像用カメラのレンズ(E)と右目映像用カメラの撮像素子に投影された右目映像の中心点(P)を結ぶ線であり,二つの光軸はクロスポイント(G)で交差しているから,参考図Aは,本件特許明細書の【0046】や本件特許の請求項1及び8の記載と何ら矛盾しない。なお,本件特許明細書の【0046】や本件特許の請求項1及び8の記載は,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸が交差する構成を前提とするもので- 33 -あり,左目映像用カメラの筐体と右目映像用カメラの筐体とが傾けて配置される構成や,左右のレンズ又はレンズの光軸が傾けて配置される構成のみを前提とするものではない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
ウ 原告は,カメラ距離情報及びクロスポイント情報以外のどのパラメータを用いて,左目映像と右目映像とのオフセットを設定して立体感の調整を行うことができるのかは,本件特許明細書及び特許請求の範囲の記載から理解することができない旨主張する。
しかし,オフセットを設定するに当たり,パラメータ(f,La)は不可欠の要素というわけではない。撮影した左右眼映像から得られる被写体の視差は,被写体までの距離(La)や焦点距離(f)の値を反映したものであるので,左右眼映像自体にLaやfの情報が含まれている。本件特許発明では,ある撮像系におけるLaやfの情報が含まれている左右眼映像について,当該撮像系におけるクロスポイント情報及びカメラ距離情報,並びに表示装置情報を用いて,左右眼映像のオフセットを設定している。
また,本件特許明細書は,例えば段落【0046】に示されたように,撮影時に撮影者がクロスポイントデータを入力することにより立体感を調整すべき被写体を特定する方法を開示している。
したがって原告の上記主張は理由がない。
(2) 取消事由2(「カメラ距離情報」に関する明確性要件違反及び実施可能要件違反に関する判断の誤り)に対し原告は,本件特許明細書の段落【0046】の記載に基づけば,「左目映像用カメラと右目映像用カメラとの距離」はCP情報(クロスポイント情報)であって,カメラ距離情報ではない旨主張する。
しかし,本件特許明細書の【0046】の記載は,単に「CP情報」という名称で,「CPまでの距離の情報」及び「左目用カメラと右目用カメラと- 34 -の間の距離(眼間距離)」が記録されていることを意味しているにすぎないところ,「左目用カメラと右目用カメラとの間の距離」は,「左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との交差点までの距離」とは異なる概念であるから,両者を同一視した原告の主張は誤りである。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(3) 取消事由3(「表示装置情報」に関する明確性要件違反に関する判断の誤り)に対し原告は,「表示装置情報」という発明特定事項は,本件特許明細書に開示された例以外にも多義的に解釈できるものであり,種々多様な「表示装置情報」を用いた場合に,どのようにオフセットを設定して立体感の調整を行うのかについては,本件特許明細書に一切の開示がないから,いかなる情報が「表示装置情報」に含まれるのかが本件特許の特許請求の範囲の記載からは明確ではない旨主張する。
しかし,「表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定して,表示される映像の立体感を調整する」(請求項1)と記載されていることからも把握できるように,本件特許発明の「表示装置情報」とは,表示される映像の立体感の調整に用いる情報であるから,立体映像表示装置に関するあらゆる情報を含むわけではない。
そして,本件特許発明は,立体映像の撮影条件に関する情報であるカメラ距離情報とクロスポイント情報に加えて,立体視可能な映像を表示する表示条件に関する表示装置情報を用いて,オフセットを設定し,立体感を調整することを技術思想とするものであることに照らすと,「表示装置情報」の範囲は明確である。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
? 取消事由4−1(本件特許発明1及び8と甲1記載の発明との相違点の認定の誤り)に対し- 35 -ア 本件特許発明1について(ア) 原告は,本件特許発明1における「立体感を調整」とは,「元々立体的に見えるものに対して,その感じ度合いを調整」する場合のみならず,「立体的に見えていないものを,立体的に見えるようにする」ことも含まれており,本件特許発明1における「立体感を調整」することと,甲1A発明における「立体画像の再生範囲を最大にする」ことに何ら差異はない旨主張する。
しかし,「調整」とは,望ましい状態となるように整えることを意味し,望ましくない状態となるようにすることを意味しないから,「立体感を調整」とは,立体感の感じ度合いが望ましいものとなるように整えることを意味するものである。加えて,本件特許明細書の段落【0004】,【0009】,【0111】,【0112】,図16及び17の記載に照らせば,本件特許発明1における「立体感を調整する」とは,撮影条件を反映した自然な立体感で再生できるように,立体感の感じ度合いを調整することを意味している。
これに対し,甲1A発明のΔSは,無限遠点の画像を,NL(−We,ds,0),NR(We,ds,0)に再生するための条件にすぎず,ΔSに設定しただけでは,観察者が融合できる範囲でない場合も想定され,立体的に見えるかどうかも不明であるから,立体感を調整するものではない。
(イ) また,原告の前記(ア)の主張は,撮影時に無限遠点にあった被写体が,再生時にも撮影時と同じく無限遠点に見えるという主張であるところ,無限遠点に存在するのは「背景」というべきものであり,立体映像を観察する者が通常注目する被写体は,「無限遠点」には存在し得ないから,ΔSを設定することにより被写体の立体感が調整されているということはできない。そもそも,ΔSの設定は,単に立体画像の再生範囲- 36 -を最大とするための設定であり,甲1には,ΔSの設定により被写体の立体感を調整することについては,一切記載も示唆もない。
さらに,甲1の【数2】の数式は,撮像装置側の左右のカメラの光軸の制御を行うために用いる仮定のモデル理論に過ぎず,甲1では,【数2】の数式により算出されるΔSを用いて実際にオフセットが行われるわけではなく,別の方法によりオフセットの設定を行っていることが記載されている。
したがって,原告の上記主張は誤りである。
(ウ) 原告は,甲1A発明は,左目映像と右目映像とのオフセットを設定して立体画像の再生範囲を最大にするものであるから,オフセットを設定することで,元々立体画像の再生範囲に入っていた画像(元々立体的に見えていた画像)が立体画像の再生範囲から外れずに立体画像の再生範囲に入ったまま,その感じ度合いが調整される場合も当然に含まれる旨主張する。
しかし,前記(イ)のとおり,甲1発明のΔSの設定は,立体画像の再生範囲を最大にするものであり,撮影条件を反映した自然な立体感で再生できるように,立体感の感じ度合いを調整できるものではない。
したがって,原告の上記主張は理由がない(エ) 以上によれば,本件特許発明1と甲1A発明との間の相違点を認定した本件審決に誤りはない。
イ 本件特許発明8について前記アと同様の理由により,本件特許発明8と甲1B発明との間の相違点2を認定した本件審決に誤りはない。
? 取消事由4−2(甲1B発明に基づく本件特許発明8の容易想到性の判断の誤り)に対し原告は,本件特許発明8と甲1B発明との間に,本件審決の認定する相違- 37 -点2が存在するとしても,左右画像をオフセットすることで,元々立体的に見えていたものに対してその感じ度合いが調整されることは,本件特許の出願日以前から広く知られた周知技術にすぎず,甲1には,左右画像をΔSだけオフセットすることが開示されているのであるから,甲1B発明に上記の周知技術を適用して,元々立体的に見えている画像に対して,立体感の度合いを調整するために左右画像をオフセットするように構成することは,当業者において容易に想到できた旨主張する。
しかし,甲1B発明のΔSの設定は,立体画像の再生範囲を最大にすることを目的とするものであるから,このΔSにより観察者が立体的に見ることができない視差量となる場合も想定される。このように,立体に見えるかどうかは不明であるように設定する甲1B発明から,撮影条件を反映した自然な立体感で再生できるように,立体感の感じ度合いを調整する構成を想到することは,著しい飛躍がある。
また,左右画像をオフセットすることで,元々立体的に見えていたものに対してその感じ度合いが変化することが知られていたとしても,本件特許発明8のように,クロスポイント情報,カメラ距離情報及び表示装置情報を用いて,左右眼映像のオフセットを設定することにより,撮影条件を反映した自然な立体感で再生できるように,立体感の感じ度合いを調整することは,従来技術には全くなかった技術思想であるから,甲1B発明等に基づいて当業者が容易に想到できたものではない。
さらに,甲1では,ΔSを用いて実際にオフセットが行われるわけではなく,視差地図をもとにオフセット量を計算することが記載されているにとどまり,クロスポイント情報,カメラ距離情報及び表示装置情報を用いて,左右眼映像のオフセットを設定することは開示されていないのであるから,甲1B発明について,甲1に開示された視差地図を用いた方法を変更する動機付けは存在しない。
- 38 -したがって,本件特許発明8は,甲1B発明等に基づき当業者が容易に想到し得た発明ではなく,本件審決の判断に誤りはない。
? 取消事由5(甲2記載の発明に基づく本件特許発明1及び8の容易想到性の判断の誤り)に対しア 本件特許発明1について原告は,甲2に接した当業者としては,甲2A発明において「点P」をずらすのではなく,「領域」としての画像全体をずらすことは容易に想到することができた旨主張する。
しかし,甲2A発明においては,視点位置の移動に伴って立体感を変化させるのと同時に,対象物の見えていなかった面を見えるようにし,反対に,対象物の見えていた面を見えなくするような立体画像の変化を生じさせる必要があり,そのためには領域ごとに新たな画像を生成することが必須であって,かかる甲2A発明の技術思想は,左目映像と右目映像とをずらして立体感を調整するという本件特許発明1の技術思想とは全く異なる。
したがって,甲2A発明において,本件特許発明1との間の相違点1に係る構成を採用することは,当業者において想到し得ず,本件特許発明1は,甲2A発明に基づき容易に想到できたものではないとした本件審決の判断に誤りはない。
イ 本件特許発明8について前記アと同様の理由により,本件特許発明8が,甲2B発明に基づいて容易に発明することができたものとはいえないとした本件審決の判断にも誤りはない。
? 取消事由6−1(本件特許発明1及び8と甲3記載の発明との相違点の認定の誤り)に対しア 本件特許発明1について- 39 -(ア) 原告は,本件特許発明1における立体感の「調整」が,元々立体的に見えている画像に対する処理に限定されることはなく,元々立体に見えていないものに対して見え方が整えられていれば「調整」に該当することを前提に,甲3記載の発明が立体感の「調整」を行っている旨主張する。
しかし,前記?ア(ア)のとおり,本件特許発明1における「立体感を調整する」とは,撮影条件を反映した自然な立体感で再生できるように,立体感の感じ度合いを調整することを意味している。これに対し,甲3A発明は,「正常な立体視」(甲3の段落【0029】)ができないと判別されたものを単に正常な立体視ができるようにする発明であり,立「体感を調整する」ものではない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(イ) 原告は,本件特許発明1の「調整」が,元々立体的に見えている画像に対する処理に限定されるものと理解されるとしても,甲3には,処理@及び処理Aとして,元々立体的に見えている画像に対して立体感の調整を行うことが開示されている旨主張する。
a 処理@につき,元々立体的に見えない映像を単に立体的に見えるようにすることと,元々立体的に見えるか見えないかにかかわらず,撮影条件を反映した自然な立体感で再生できるように,映像の立体感の感じ度合いを調整することとは,本質的に異なる技術思想である。そして,甲3には,処理@において,種類や大きさ等が適切である立体表示装置に表示すれば立体的に見えるとしても,そこからさらに,撮影条件を反映した自然な立体感で再生できるように,立体感の感じ度合いを調整することは一切記載されていないから,処理@は,「立体感を調整する」ものではない。
b 処理Aにつき,本件特許発明1において「オフセット」とは左右眼- 40 -映像のずらし量をいい(本件特許明細書の段落【0085】,【0092】),本件特許発明1の「表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定し」とは,表示装置情報に基づいてずらし量を設定して,これにより左右眼画像をずらすことを意味する。つまり,処理Aのように「表示装置情報」を判定閾値として用いることは,「表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定し」に該当しない。
また,処理Aの(a)において,主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するか否かの判別に当たり,立体表示装置の限界視差の情報を用いることは,限界視差を判定閾値として用いることであり,限界視差を用いて左右眼画像のずらし量を設定しているわけではないため,「表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定し」に該当しない。
さらに,処理Aの(b)において,限界立体像位置範囲内で立体像の表示位置をシフト制御する際に,限界立体像位置範囲内にあるか否かを判別するに当たり,限界視差の情報を用いることも,限界視差を判定閾値として用いることであり,限界視差を用いて左右眼画像のずらし量を設定していないため,「表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定し」に該当しない。
加えて,処理Aにおいて,限界立体像範囲内で立体像の表示位置をシフト制御する際には,甲3の段落【0040】に明記されているように,視差量,又はフォーカス情報,ズーム情報,輻輳角及び2台のビデオカメラの間隔といった撮像手段の制御パラメータに基づいて行うのであり,「表示装置情報」に基づいてシフト制御を行うことにつ- 41 -いては一切記載されていない。
c したがって,原告の前記主張は理由がない。
(ウ) 以上によれば,本件特許発明1と甲3A発明との間の相違点2を認定した本件審決に誤りはない。
イ 本件特許発明8について前記アと同様の理由により,本件特許発明8と甲3B発明との間の相違点4を認定した本件審決に誤りはない。
? 取消事由6−2(甲3記載の発明に基づく本件特許発明1及び8の容易想到性の判断の誤り)に対しア 本件特許発明1について原告は,甲3A発明と本件特許発明1とは技術分野が共通し,課題も共通するところ,甲3には,元々立体的に見えていた画像の立体感を調整することが記載されているのであるから,使用する表示装置の種類,大きさ等にかかわらず,良好な立体画像を得るために,甲3A発明の立体表示装置について,元々立体的に見えていた画像についても立体感を調整するように構成することは,当業者において容易に想到することができたことであるし,左右画像をオフセットすることで,元々立体的に見えていたものに対してその感じ度合いが調整されることは,本件特許の出願日以前から広く知られた周知技術にすぎず,そして,甲3A発明では,左右画像をオフセットする発明が開示されているのであるから,甲3A発明に上記の周知技術を適用して,元々立体的に見えている画像に対して,立体感の度合いを調整するために左右画像をオフセットするように構成することは,当業者において容易に想到できた旨主張する。
しかし,甲3には,「正常な立体視」ができない場合に,「正常な立体視」ができるようにすることは記載されているが,「正常な立体視」ができる場合に,さらに立体感を調整することについては全く記載されていな- 42 -い。そして,元々立体的に見えていた画像の立体感を調整することが周知技術であったとしても,本件特許発明1のように,カメラ距離情報,クロスポイント情報及び表示装置情報に基づいてオフセットを設定することにより,撮影条件を反映した自然な立体感で再生できるように,立体感の感じ度合いを調整する技術思想については,甲3には全く記載も示唆もされておらず,周知技術でもない。
したがって,原告の上記主張は理由がなく,本件審決の判断に誤りはない。
イ 本件特許発明8について前記アと同様の理由により,甲3B発明及び周知技術に基づいて,本件特許発明8を容易に想到することはできず,本件審決の判断に誤りはない。
? 取消事由7(本件特許発明3の容易想到性の判断の誤り)に対し原告の取消事由4−1,5,6−1及び6−2の主張には理由がなく,本件審決の判断に誤りはない。
? 取消事由8(本件特許発明11の容易想到性の判断の誤り)に対し原告の取消事由4−1,4−2,5,6−1及び6−2の主張には理由がなく,本件審決の判断に誤りはない。
第4 当裁判所の判断事案に鑑み,取消事由6−1から判断する。
1 取消事由6−1(本件特許発明1及び8と甲3記載の発明との相違点の認定の誤り)について原告は,本件審決の甲3A発明の認定及び本件特許発明1と甲3A発明との間の相違点2の認定はいずれも誤りである旨主張するので,以下検討する。
(1) 本件特許明細書の記載事項等についてア 本件特許の特許請求の範囲の記載(請求項1,3,8,11)は前記第2の2のとおりである。
- 43 -イ 本件特許明細書(甲15)の「発明の詳細な説明」には,次のような記載がある(下記記載中に引用する図面については別紙1を参照)。
(ア) 【0001】【発明が属する技術分野】本発明は映像表示装置に関し,表示画面サイズに応じて立体度を変化させることができる立体映像信号生成回路及び該回路を使用した立体映像表示装置に関する。
(イ) 【0002】【従来の技術】従来,立体映像を撮影する場合には,二つの撮影部を備え,第1撮影部によって右目映像を,第2撮像部によって左目映像を撮影している。
このとき,第1撮像部の光軸と第2撮像部の光軸とを撮影対称面上で交差させ収束点であるクロスポイント(コンバージェンスポイント)CPを形成して,立体映像を撮影している。そして,撮影対称面から撮影装置までの距離(すなわち,CPまでの距離)を測定する技術が提案されている。
(ウ) 【0004】【発明が解決しようとする課題】しかし,立体映像を撮影する際にCPまでの距離を測定しても,CPまでの距離(CP情報)が立体映像と同時に記録されることはなかった。また,CP情報が記録されていても,立体映像が再生されるときに,CP情報が立体感の基準となる信号として活用されることはなかった。
【0005】特に,同一のコンテンツを画面サイズの異なる表示装置で再生すると,左右映像の視差量が異なることから,画面サイズによって画面からの- 44 -飛び出し量が変化して,自然な立体映像を得ることができない問題がある。すなわち,大型アミューズメント施設を対象とした立体映像コンテンツは,そのコンテンツが上映される大きな画面サイズを想定して制作されているため,同じスクリーンサイズを有する劇場や装置でなければ正しい立体感が得られず,画面サイズが大きいと立体感が強すぎてめまいがしたり,画面サイズが小さいと立体感が少なく物足りなかった。
【0006】また,立体映像コンテンツを制作する場合,最終的に表示する画面サイズ(ディスプレイやスクリーンのサイズ)を想定し,撮影用立体カメラのクロスポイントや,コンピュータグラフィックの視差量を調整して制作するが,一度制作されたコンテンツは,立体映像表示装置の画面サイズが変わると立体感が異なってしまうことから,画面サイズに応じて立体映像を再度制作する必要があった。また, (ComputerCGGraphics)で立体映像を作成する場合は,レンダリングをやり直す必要があった。
【0007】このように従来は,一度制作されたコンテンツで決定された視差量を再生時に調整する方法がないため,視聴者が,視聴する位置と画面との間の距離によって立体感を調整せざるを得なかった。
【0008】また,立体映像を放送する場合,不特定多数の視聴者と多様な画面サイズを持つ立体映像表示装置に自動的に対応させて立体映像の飛び出し量を自動的に調整する方法がなく,不特定多数に対する立体映像の放送が困難である。立体映像が世の中に普及するためには,画面サイズに応じて立体感を調整する技術が不可欠である。
- 45 -【0009】本発明は,CP情報を活用することによって,画面サイズが異なる表示装置で再生しても,自然な飛び出し量の立体映像を得ることができる立体映像表示装置及びこれに用いる立体映像信号生成回路を提供することを目的とする。
(エ) 【0027】【発明の作用および効果】第1の発明では,左右眼の視差作用によって立体視可能な映像を表示する立体映像表示装置に立体映像信号を供給する立体映像信号生成回路であって,前記立体視可能な映像に関する映像情報,及び,前記立体映像表示装置に関する表示装置情報を取得する情報取得手段と,前記映像情報及び前記表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定して,表示される映像の立体感を調整するオフセット設定手段と,を備えるので,立体映像表示装置に対応した最適な立体度(奥行き量)を調整した立体映像を得ることができる。
さらに,前記情報取得手段は,立体映像に関連づけて定められた,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との間の距離に関するカメラ距離情報,及び,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との交差点までの距離に関するクロスポイント情報を前記映像情報として取得し,前記オフセット設定手段は,前記カメラ距離情報及び前記クロスポイント情報に基づいて左目映像と右目映像とのオフセットを設定して,表示される映像の立体感を調整するので,立体映像に関連づけて定められたカメラ間距離情報及びクロスポイント情報によって,立体映像表示装置の画面サイズに対応した最適な立体度(奥行き量)に調整された立体映像を得ることができる。
- 46 -【0028】第2の発明では,前記情報取得手段は,立体映像に関連づけて定められた,該立体映像の再生に適する画面サイズに関する適合画面サイズ情報,又は,再生時に観察者が見るのに適する表示画面までの距離に関する適合視距離情報のうち少なくとも一つの情報を前記映像情報とし取得し,前記立体映像表示装置の表示画面サイズに関する表示画面サイズ情報,又は,観察者から前記立体映像表示装置の表示画面までの距離に関する視距離情報のうち少なくとも一つの情報を前記表示装置情報として取得し,前記オフセット設定手段は,前記最適画面サイズ情報,前記適合視距離情報,前記表示画面サイズ情報,前記視距離情報のうち取得した一又は二以上の情報に基づいて左目映像と右目映像とのオフセットを設定して,表示される映像の立体感を調整するので,立体映像に関連付けて定められた立体映像の再生に関する情報によって,立体映像表示装置の画面サイズに対応した最適な立体度(奥行き量)に調整された立体映像を得ることができる。特に,画面サイズ情報に基づいて立体感を調整すると,立体映像を表示する立体映像表示装置の画面サイズが変化しても最適な立体度(奥行き量)に調整された立体映像を得ることができる。また,適合視距離情報及び視距離情報に基づいて立体感を調整すると,観察者が立体映像表示装置を見る位置(立体映像表示装置と観察者の間の距離)が変化しても最適な立体度(奥行き量)を調整された立体映像を得ることができる。
【0030】第3の発明では,前記情報取得手段は,立体感に関して入力された情報を取得し,前記オフセット設定手段は,前記入力された情報に基づいて左目映像と右目映像とのオフセットを設定して,表示される映像の立体感を調整するので,視聴者の好みに合わせて立体度(奥行き- 47 -量)を調整した立体映像を得ることができる。
(オ) 【0044】【発明の実施の形態】以下,本発明の実施の形態について,図面に基づいて説明する。
【0045】図1は,本発明の実施の形態の立体映像信号生成回路の構成を示すブロック図である。
【0046】本発明の実施の形態の立体映像信号生成回路には,撮影時に記録されたデータとして,左目映像10,右目映像11,撮影時のクロスポイントまでの距離(CP情報)13が入力される。この左目映像10は左目用カメラによって,右目映像11は左目用カメラに並べて配置された右目用カメラによって撮影されている。また,左目用カメラと右目用カメラとは,互いの光軸が交差するように光軸が平行となる位置より傾けて配置されており,この光軸が交わる点が撮影対象面上に存在するクロスポイント(CP)である。また,撮影装置には,立体映像の撮影時にはCPまでの距離を,レーザ測距や,左目用カメラと右目用カメラとの傾きによって測定したり,撮影者が入力するクロスポイントデータ入力装置12が備わっており,立体映像の撮影時にはCPまでの距離の情報はCP情報として立体映像とともに記録されている。また,左目用カメラと右目用カメラとの間の距離(眼間距離)もCP情報として記録されている。この眼間距離情報は,人間の目の間の距離に相当し,63mmから68mmの間で選択されるものである。
【0047】立体映像信号生成回路に入力された左目映像10は,ADコンバータ20によってデジタル化されて,左目映像用フレームメモリー30に- 48 -記録される。同様に,入力された右目映像11はADコンバータ21によってデジタル化されて,右目映像用フレームメモリー31に記録される。また,ADコンバータ20,21には切替制御部41からAD変換のためのクロック信号22が入力されている。
【0048】デジタル化されてフレームメモリ30,31に記録された左目映像及び右目映像は信号切換器40に入力される。信号切換器40は,左目映像と右目映像とを切り替えて読み出すことによって,合成立体映像を合成フレームメモリ50に記録して,合成立体映像信号を生成する。
この信号切換器40は,切替制御部41から指示されたタイミング信号によって動作するスイッチ(半導体スイッチング素子)である。本実施の形態の立体映像信号生成回路では,左目映像10と右目映像11とから,左目映像10と右目映像11とが1水平ライン毎に合成された合成立体映像信号を生成する。すなわち,インターレース方式の場合は,走査線一本おきに映像が表示されるので,信号切換器40によってフィールド毎(例えば,NTSC方式の垂直同期タイミングである16.6833m秒毎)に合成フレームメモリ50に書き込む映像信号を切り替える。一方,ノンインターレース方式の場合は,走査線を順に表示するので左目映像と右目映像とを走査線1ラインおきに表示するために,信号切換器40によって走査線毎(例えば,NTSC方式の水平同期タイミングである63.5555μ秒毎)に合成フレームメモリ50に書き込む映像信号を切り替える。
【0049】この合成フレームメモリ50に書き込むための右目映像データを右目映像用フレームメモリ31から読み出すタイミングは,読み出しタイミング制御部32によって制御されている。読み出しタイミング制- 49 -御部32には,CP情報13,切替制御部41からの信号切換器40のタイミング信号,画面サイズ情報及び立体度調整信号が入力される。
読み出しタイミング制御部32では,これらの情報から右目映像用フレームメモリ31から読み出すタイミングを算出し,右目映像用フレームメモリー31からのデータの読み出しクロックを発生して,右目用映像を正規のタイミングから遅れて(又は,早めて)読み出すことによって,適切な立体感が得られる視差量を与えるタイミングを調整する。すなわち,右目映像用フレームメモリー31からの右目信号の読み出しタイミングを,CP情報13及び画面サイズ情報によって,左目信号の読み出しタイミングに対して制御して,立体感が最適になるタイミングで読み出されるようにしている。
…【0053】なお,前述した実施の形態では,CP情報13及び画面サイズ情報によって,右目映像データの読み出しタイミングを制御して適切な立体感が得られるようにしたが,CPまでの距離が無限大である(CP情報13がない)場合でも画面サイズ情報に応じて,右目映像データの読み出しタイミングを制御して,視差量を調整することができる。
(カ) 【0056】図2から図4は,本発明の実施の形態における,左右映像の相対位置の変化による立体度の調整を説明する図である。
【0057】図2は,右目映像と左目映像とが撮影時の位置にある場合を示す。
【0058】オリジナル立体映像300は,左目映像301と右目映像302とによって構成されている。この状態では,左目映像301と右目映像3- 50 -02との位置は撮影時と等しい位置にあり,左右映像の相対位置が正しく再現されている。よって,クロスポイント303は撮影時(オリジナルクロスポイント)の位置にある。
【0059】図3は,右目映像を右側にずらして表示した状態を示す。
【0060】立体映像310は,左目映像311と右目映像312とによって構成されている。左目映像の読み込みタイミングに対して,右目映像の読み込みタイミングを遅くして(右目信号の位相を遅らせて),左目映像に対して右目映像を右側にずらすオフセットを設定して表示した場合,左目で左目映像を見た視線と,右目で右目映像を見た視線とは表示画面の奥側で交差して,クロスポイント313が撮影時の位置より遠方に移動する。よって,オリジナル立体映像よりも,飛び出し度が弱まり,奥行き感が強調され,全体に遠方に遠ざかった映像となる。
【0061】図4は,右目映像を左側にずらして表示した状態を示す。
【0062】立体映像320は,左目映像321と右目映像322とによって構成されている。左目映像の読み込みタイミングに対して,右目映像の読み込みタイミングを早くして(右目信号の位相を進めて),左目映像に対して右目映像を左側にずらすオフセットを設定して表示した場合,左目で左目映像を見た視線と,右目で右目映像を見た視線とは表示画面の手前側で交差して,クロスポイント323が撮影時の位置より手前となる。よって,オリジナル立体映像よりも,飛び出し度が強調され,奥行き感が弱まり,全体に手前に近づいた映像となる。
【0063】- 51 -なお,オフセットを設定して左眼映像と右眼映像とを表示したときに,左右眼映像の左右端部の各々一方が欠けるが,この映像が不足する領域の近傍の映像を横方向に拡大して表示するとよい。このとき,表示画面の縦横比(アスペクト比)に基づいて,映像を縦方向にも拡大して表示する。具体的には,図3に示すオフセット状態では,右眼映像の左端が欠けるが,右眼映像の左端の映像を表示画面の左端部まで伸長して右眼映像を表示する。また,図4に示すオフセット状態では,右眼映像の右端が欠けるが,右眼映像の右端の映像を表示画面の右端部まで伸長して右眼映像を表示する。これらのオフセットした映像の側部を伸長するとともに,表示画面のアスペクト比で側部の映像を縦方向にも伸長して,映像を拡大して表示することによって,表示画面からオフセットした映像が欠落して,何も映像が表示されない領域(黒色に表示される領域)を生じさせることがなく,自然な立体映像を表示することができる。
(キ) 【0064】図5は,本発明の実施の形態の立体映像信号生成回路を使用した立体映像表示装置の構成図である。
【0065】表示器121はプラズマディスプレイパネルによって構成されており,プラズマディスプレイパネルの水平画素ラインには1ラインおきに左目映像と右目映像とが表示される。プラズマディスプレイパネルの前面には,前記プラズマディスプレイパネルの水平画素ラインピッチに合わせて偏光フィルタ122が配置されている。
【0066】偏光フィルタ122には,特定の偏光の光を透過する第1領域と,該第1領域と90度異なる偏光の光を透過する第2領域とが,プラズマ- 52 -ディスプレイパネルの水平画素ラインに相対する位置に設けられている。すなわち,偏光フィルタ122には,プラズマディスプレイパネルの水平画素ライン毎に透過する光の偏光が異なる領域が繰り返し設けられている。よって,プラズマディスプレイパネルの一ラインおきに表示された左目画像と右目画像とを異なる偏光の光に分離して,視聴者側に放射する。このようにして,表示器121の水平ライン毎に左目映像表示領域と右目映像表示領域とが構成される。
【0067】視聴者は,偏光メガネ123を通して表示器121に表示された立体画像を見る。偏光メガネの左右眼レンズは,各々偏光フィルタ122の第1領域,第2領域の偏光と等しい偏光を有している。すなわち,偏光メガネの左眼レンズは偏光フィルタ122の第1領域を透過した光を透過し,偏光メガネの右眼レンズは第2領域を透過した光を透過する。このようにして,表示器121に表示された左目映像が偏光メガネの左眼レンズを透過して左目に到達し,右目映像が偏光メガネの右眼レンズを透過して右目に到達する。
【0068】表示制御回路100は立体映像信号生成回路101,ドライバ回路102,制作時画面サイズ・距離判定部103,画面サイズ・距離判定部104によって構成されている。
【0069】立体映像信号生成回路100は,前述したように,入力された立体映像信号から合成立体映像信号を生成し,生成した合成立体映像信号をドライバ回路102を介して,表示器121に供給する。表示器121からは,表示器121に備えられた表示素子の表示可能領域の大きさに関する画面サイズ情報が出力されている。この画面サイズ情報は- 53 -表示器毎に設定されており,表示器に備えられた記憶部(メモリ)に記憶された縦横のドット数,表示領域の大きさの情報である。また,表示器121からは,表示器121に表示された映像を観察者が視聴する距離に関する視距離情報が出力されている。この視距離情報は表示領域の大きさに対応して定めてもよいし,表示器121に観察者を検出する装置を設け,表示機121から観察者までの距離を測定して,視距離情報を得るように構成してもよい。
【0070】表示器121から出力された画面サイズ情報及び視距離情報は,画面サイズ・距離判定部104に入力され,立体映像信号生成回路101が必要とする形式のデータに変換されて,立体映像信号生成回路101に供給される。
【0071】制作時画面サイズ・距離判定部103は,表示制御回路100に入力された立体映像信号から,該立体映像の再生に適する画面サイズに関する適合画面サイズ情報,再生時に観察者が見るのに適する表示画面までの距離に関する適合視距離情報,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との間の距離に関するカメラ距離情報,及び,左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との交差点までの距離に関するクロスポイント情報を抽出して,立体映像信号生成回路101が必要とする形式のデータに変換して,これらの情報を立体映像信号生成回路101に供給する。
【0072】また,立体映像信号生成回路101には,入力部105から立体度調整信号が入力されており,視聴者が入力部105に指示した立体度に応じて,左右目映像をオフセットして表示し,表示部121に表示さ- 54 -れる立体映像の立体度が変更できるようになっている。
【0073】入力部105は,視聴者による操作されるスイッチ,可変抵抗等であり,視聴者の操作によって表示制御回路の動作条件を変えるもので,前述した画面サイズ切替信号を出力し,該画面サイズ切替信号を画面サイズ・距離判定部104に供給する。また,前述した立体度調整信号を出力し,該立体度調整信号を立体映像信号生成回路101に供給して,視聴者が最適な立体感が得られる視差量を調整する。
(ク) 【0074】図6は,表示器121に表示される左目映像と右目映像との関係を説明する図である。
【0075】視聴者の左目に到達する左目映像と右目に到達する右目映像とは,表示器121の水平ラインおきに表示される。そして,立体映像信号生成回路101によって,右目フレームメモリ31から右目映像を読み出すタイミングを遅らせる又は早める制御をして,左目映像と右目映像との水平位相を遅らせて又は早めて,左目映像と右目映像とのずらし量(オフセット)を設定して,両眼視差を調整することによって,立体度を調整する。
(ケ) 【0103】このように本発明の実施の形態の立体映像表示装置は,左目映像と右目映像とを合成した立体映像信号を生成する立体映像信号生成回路101と,立体映像を表示する表示器121と,表示器121を駆動する駆動回路(ドライバ回路)102とを備える。そして,立体映像信号生成回路101は,表示器121の表示領域に関する情報(画面サイズ情報)を取得する情報取得手段と,該表示領域に関する情報に基- 55 -づいて左目映像と右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定して表示器121に表示される映像の立体感を調整するオフセット設定手段とを,読み出しタイミング制御部32によって構成する。
駆動回路102は,立体映像信号生成回路101から出力された立体映像信号に基づいて,表示器121に立体映像を表示する。よって,表示器121の画面サイズに対応した最適な立体度(奥行き量)を調整した立体映像を得ることができる。
…【0108】また,本発明の実施の形態の立体映像信号生成回路101は,左目映像を記憶する左目映像用フレームメモリ30と,右目映像を記憶する右目映像用フレームメモリ31とを備え,オフセット設定手段(読み出しタイミング制御部32)は,左目映像用フレームメモリ30及び/又は右目映像用フレームメモリ31から映像データを読み出すタイミングを制御するタイミング信号を生成するタイミング制御手段を読み出しタイミング制御部32に構成し,タイミング制御手段(読み出しタイミング制御部32)は,左目映像用フレームメモリ30と右目映像用フレームメモリ31との少なくとも一方のフレームメモリから映像データを読み出すタイミングを,他方のフレームメモリから映像データを読み出すタイミングと比較して早める又は遅らせることによって,左目映像と右目映像とのオフセットを設定するので,簡単な回路で左右目映像のオフセットを設定することができる。
(コ) 【0110】次に,左右眼映像のオフセット量の算出について説明する。
【0111】図16は,オリジナル立体映像の視差量と立体像出現位置との関係を- 56 -示す。オリジナル立体映像300においては,図2に示すように右目映像と左目映像とが撮影時の位置関係にある。このとき,立体像出現位置(立体像の見える位置と観察者との間の距離)をLd,視距離(観察者と表示画面との間の距離)をLs,表示画面上に表示される左眼映像と右眼映像との視差量をX1,眼間距離をde(約65mm)とすると,上記パラメータは図16に示す式(1)によって表される。
そして,立体像出現位置Ldは,この式を解くことによって,視差量X1の関数として求めることができる。ここでX1は,表示画面の大きさによって(表示画面サイズに比例して)変化する。
【0112】図17は,左右眼画像にオフセットを与えた場合の左右眼映像の視差量と立体像出現位置との関係を示す。このとき,立体像出現位置(立体像の見える位置と観察者との間の距離)をLd,視距離(観察者と表示画面との間の距離)をLs,左右眼映像のオフセット量をXo,表示画面上に表示される左眼映像と右眼映像との視差量をX1,眼間距離をde(約65mm)とすると,上記パラメータは図17に示す式(2)によって表される。そして,オリジナル映像と同じ立体像出現位置Ldを得るために,図16に示す式(1)によって求めたLdを式(2)に代入する。そして,左右眼映像のオフセット量をXoを求める。
ウ 前記ア及びイによれば,本件特許明細書には,本件特許発明に関し,次のような開示があることが認められる。
(ア) 本件特許発明は,表示画面サイズに応じて立体度を変化させることができる立体映像信号生成回路及び該回路を使用した立体映像表示装置に関する(段落【0001】)。
(イ) 従来は,立体映像を撮影する際にCPまでの距離を測定しても,C- 57 -Pまでの距離(CP情報)が立体映像と同時に記録されることはなく,CP情報が記録されていても,立体映像が再生されるときに,CP情報が立体感の基準となる信号として活用されることはなかった。このため,同一のコンテンツを画面サイズの異なる表示装置で再生すると,左右映像の視差量が異なり,画面サイズによって画面からの飛び出し量が変化して,自然な立体映像を得ることができない問題,すなわち,大型アミューズメント施設を対象とした立体映像コンテンツは,そのコンテンツが上映される大きな画面サイズを想定して制作されているため,同じスクリーンサイズを有する劇場や装置でなければ正しい立体感が得られず,画面サイズが大きいと立体感が強すぎてめまいがしたり,画面サイズが小さいと立体感が少なく物足りないという問題があった。
また,立体映像コンテンツを制作する場合,最終的に表示する画面サイズ(ディスプレイやスクリーンのサイズ)を想定し,撮影用立体カメラのクロスポイントや,コンピュータグラフィックの視差量を調整して制作するが,一度制作されたコンテンツは,立体映像表示装置の画面サイズが変わると立体感が異なってしまうことから,画面サイズに応じて立体映像を再度制作する必要があり,CG(Computer Graphics)で立体映像を作成する場合は,レンダリングをやり直す必要があるなど,一度制作されたコンテンツで決定された視差量を再生時に調整する方法がないため,視聴者が,視聴する位置と画面との間の距離によって立体感を調整せざるを得なかった。
さらに,立体映像を放送する場合,不特定多数の視聴者と多様な画面サイズを持つ立体映像表示装置に自動的に対応させて立体映像の飛び出し量を自動的に調整する方法がなく,不特定多数に対する立体映像の放送が困難であり,立体映像が世の中に普及するためには,画面サイズに応じて立体感を調整する技術が不可欠である(段落【0002】ないし- 58 -【0008】)。
(ウ) そこで,本件特許発明は,CP情報を活用することによって,画面サイズが異なる表示装置で再生しても,自然な飛び出し量の立体映像を得ることができる立体映像表示装置及びこれに用いる立体映像信号生成回路を提供することを目的とする(段落【0009】)。
(エ) 本件特許発明の構成を採用することにより,第1の発明では,立体映像表示装置に対応した最適な立体度(奥行き量)を調整した立体映像を得ることができ,さらに,立体映像に関連づけて定められたカメラ間距離情報及びクロスポイント情報によって,立体映像表示装置の画面サイズに対応した最適な立体度(奥行き量)に調整された立体映像を得ることができ,第3の発明では,視聴者の好みに合わせて立体度(奥行き量)を調整した立体映像を得ることができる(段落【0027】及び【0030】)。
(2) 甲3の記載事項について甲3には以下の記載がある(下記記載中に引用する図面については別紙2を参照)。
ア 【0001】【産業上の利用分野】この発明は,左右画像に基づいて,立体画像を再現する立体映像装置に関する。
イ 【0002】【従来の技術】両眼視差をもって左右画像を撮像し,撮像した左右画像を表示装置に表示することにより,立体画像を再現する立体撮像装置が知られている。
ウ 【0003】【発明が解決しようとする課題】このような立体映像装置においては,同じ撮像条件で撮像された左右画像であっても,表示装置の種類,大き- 59 -さ等によって,立体視の状態が変化する。このため,使用する表示装置によっては良好な立体画像が得られないという問題がある。
【0004】この発明は,使用する表示装置の種類,大きさ等にかかわらず,良好な立体画像が得られる立体映像装置を提供することを目的とする。
エ 【0010】【実施例】図1は,立体映像装置の構成を示している。
【0011】この立体画像装置は,左画像を撮像するための左画像用ビデオカメラ1と,右画像を撮像するための右画像用ビデオカメラ2を備えている。各ビデオカメラ1,2は,レンズおよびCCDの他,フォーカス調整機構,アイリス調整機構等を備えている。
【0012】ここでフォーカスとは焦点である。アイリスとは絞りであり,焦点深度(焦点が合う距離の幅)と関係している。アイリスが大きくなると焦点深度が浅くなり,アイリスが小さくなると焦点深度が深くなる。2台のビデオカメラ1,2の光軸のなす角度θは,輻輳角である。
この例では,輻輳角θは,固定されているものとする。
【0013】各ビデオカメラ1,2の出力は,それぞれ信号処理回路3,4に送られる。各信号処理回路3,4は,入力信号から所定の映像信号を生成して出力するとともに,入力信号に基づいてフォーカス情報およびアイリス情報を生成して出力する。フォーカス情報およびアイリス情報は,CPU6に送られる。CPU6は,フォーカス情報およびアイリス情報に基づいて,各ビデオカメラ1,2のフォーカス調整機構およびアイリス調整機構を制御する。
【0014】各ビデオカメラ1,2の出力は,視差量算出回路5にも送られる。視差量算出回路5は,左右両画面の対応する領域ごとの視差量を算出する。たとえば,左右の各画面を64の領域に分割し,対応する- 60 -各領域ごとに視差量が算出される。算出された各領域ごとの視差量は,CPU6に送られる。CPU6には,さらに,各ビデオカメラ1,2から現在のズーム情報等が送られている。また,CPU6は,図示しない記憶手段を備えており,この記憶手段には,輻輳角θおよび2台のビデオカメラ1,2の間隔の情報が記憶されている。
【0015】各信号処理回路3,4から出力される映像信号は,多重回路7に送られる。また,CPU6からは,分割領域ごとの視差量,フォーカス情報,現在のズーム情報,輻輳角および2台のビデオカメラの間隔からなる制御情報が,多重回路7に送られる。
【0016】多重回路7では,左右画像の映像信号および制御情報が多重される。制御情報は,たとえば,映像信号の垂直ブランキング期間に挿入される。
【0017】多重回路7から出力される多重信号は,記録回路8によってビデオテープ等の記録媒体9に記録される。記録媒体9に記録された多重信号は,再生回路10によって読み出された後,分離回路11によって,左右画像の映像信号および制御信号に分離される。
【0018】各映像信号は,水平方向の画像表示位置を制御するための水平シフト回路13,14にそれぞれ送られる。制御信号は,両水平シフト回路13,14を制御するCPU12に送られる。
【0019】CPU12は,立体表示装置15に適した立体視を実現できるように,制御信号に基づいて,各水平シフト回路13,14によるシフト方向(右方向または左方向)およびシフト量を制御する。各水平シフト回路13,14から出力される映像信号は,立体表示装置15に送られて,表示される。
オ 【0020】制御信号に含まれている各領域の視差量に基づいて,各水平シフト回路13,14を制御する場合について,説明する。
- 61 -【0021】図2は,立体表示装置15のモニタ面S上に表示される左画像および右画像ならびにそれらの画像の立体像位置を示している。
【0022】立体表示装置15のモニタ面Sと,観察者の目21,22との好適な間隔を適視距離Aとする。また,モニタ面S上での注視物体の右画像Rと左画像Lとの間隔を視差Bとする。また,観察者の眼間距離をCとする。適視距離Aは,立体表示装置15の種類,大きさ等によって決定される。また,映像信号が同じであっても注視物体の視差Bは,立体表示装置15の種類,大きさ等によって異なる。
【0023】適視距離Aと,視差Bと,眼間距離Cにより,注視物体の立体像位置Pは決まる。眼間距離Cは,ほぼ一定であるとすると,注視物体の立体像位置Pは適視距離Aと視差Bとによって決まる。
【0024】すなわち,観察者の左目21とモニタ面S上に表示される注視物体の左画像Lとを結ぶ線を23とし,観察者の右目22とモニタ面S上に表示される注視物体の右画像Rとを結ぶ線を24とすると,線23と24との交点が立体像位置Pとなる。
【0025】観察者の眼間距離Cおよび観察者の融合の度合には個人差があるが,適視距離Aが決まると,立体視できる限界立体像位置に対する限界視差が決定される。
【0026】たとえば,図3(a)に示すように,所定の適視距離Aにおいて,モニタ面Sから前方向の限界立体像位置までの範囲をWfとすると,前方向の限界立体像位置に対する視差(前方向限界視差)Bfが決定される。
【0027】また,図3(b)に示すように,所定の適視距離Aにおいて,モニタ面Sから後方向の限界立体像位置までの範囲をWrとすると,後方向の限界立体像位置に対する視差(後方向限界視差)Brが決定される。
- 62 -【0028】図1の分離回路11によって分離された左右画像の両映像信号をそのまま立体表示装置15に表示した場合に,図4に示すように,2つの対象物体が左画像L1,L2および右画像R1,R2として表示されるとする。左画像L1と右画像R1とは同じ対象物体に対する画像であり,左画像L2と右画像R2とは同じ対象物体に対する画像である。
【0029】この場合には,図5に示すように,両対象物体の立体像位置範囲はWとなり,その一部が限界立体像位置範囲WMの前端から前側にはみ出でしまう。そうすると,正常な立体視ができなくなる。ここで,限界立体像位置範囲WMとは,モニタ面Sから前方向の限界立体像位置までの範囲Wf(図3(a)参照)と,モニタ面Sから後方向の限界立体像位置までの範囲Wr(図3(b)参照)とを合わせた範囲である。
【0030】このような場合には,左画像を左方向にシフトさせ,右画像を右方向にシフトさせる。そうすると,左画像L1,L2および右画像R1,R2は,図6のように表示される。この場合には,図7に示すように,両対象物体の立体像位置範囲Wは後方にシフトされ,限界立体像位置範囲WM内に収まるようになる。
【0031】分離回路11によって分離された左右画像をそのまま立体表示装置15に表示した場合に,立体像位置範囲Wが限界立体像位置範囲WMを前方向または後方向に越えるか否かは,各領域ごとの視差量と予め決定された限界視差Bf,Br(図3参照)とに基づいて判定される。
【0032】また,分離回路11によって分離された左右画像をそのまま立体表示装置15に表示した場合に,図8に示すように,立体像位置範囲Wが限界立体像位置範囲WM内に収まっていても,立体像位置範囲Wがモニタ面Sの近傍付近にあり,立体感がさほどでない場合がある。
このような場合には,図9に示すように,限界立体像位置範囲WM内に- 63 -おいて,立体像位置範囲Wを前方にシフトさせるように左右画像をシフト制御することにより,立体感を増加させることができる。
【0033】分離回路11によって分離された左右画像をそのまま立体表示装置15に表示した場合に,立体像位置範囲Wがモニタ面Sの近傍付近に位置するか否かは,各領域ごとの視差量と予め決定された限界視差Bf,Br(図3参照)とに基づいて判定される。
カ 【0034】次に,制御信号に含まれているフォーカス情報,ズーム情報,輻輳角および2台のビデオカメラ1,2の間隔(光軸間距離)といった撮像手段(ビデオカメラ1,2)の制御パラメータに基づいて,各水平シフト回路13,14を制御する場合について説明する。
【0035】図10に示すように,フォーカス情報およびズーム情報により,両ビデオカメラ1,2の間の中心点から主要被写体Xまでの距離(主要被写体距離)Eが求まる。また,輻輳角θ,光軸間距離Dに基づいて,両ビデオカメラ1,2の光軸の交点Yまでの距離(輻輳交点距離)Fが求まる。そして,主要被写体距離E,輻輳交点距離Fおよび光軸間距離Dに基づいて,各ビデオカメラ1,2と主要被写体Xとを結ぶ線と,各ビデオカメラ1,2の光軸とのなす角αが求まる。
【0036】両ビデオカメラ1,2の光軸の交点Yと主要被写体Xとの間隔(F−E)は,主要被写体Xの左右画像間距離(視差)に比例する。
そして,交点Yと主要被写体Xとの間隔(F−E)は角度αに比例するので,角度αの大きさは主要被写体Xの左右画像間距離(視差)に比例する。
【0037】ビデオカメラ1,2のカメラ画角は予めわかっているため,角度αがモニタ上の何画素に相当するかを計算することができる。つまり,制御信号に含まれているフォーカス情報,ズーム情報,輻輳角,2台のビデオカメラ1,2の間隔(光軸間距離)に基づいて,主要被写体- 64 -Xのモニタ面上での視差を求めることができる。
【0038】そして,求められた主要被写体Xの視差と,立体表示装置15の限界視差とに基づいて,主要被写体Xの立体像位置範囲が限界立体像位置範囲を前方向または後方向に越えるか否か,主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するか否かを判別することができる。
【0039】主要被写体Xの立体像位置が限界立体像範囲内にないと判別されたときには,主要被写体の立体像位置を限界立体像範囲内に収まるように,左右画像が水平シフトせしめられる。また,求められた主要被写体の立体像位置がモニタ面の近傍付近にあると判別された場合には,限界立体像位置範囲内において,主要被写体の立体像位置を前方にシフトさせるように左右画像をシフト制御することにより,立体感を増加させることができる。
【0040】左右画像の水平シフト制御は,視差量に基づいて行ってもよいし,フォーカス情報,ズーム情報,輻輳角および2台のビデオカメラ1,2の間隔といった撮像手段(ビデオカメラ1,2)の制御パラメータに基づいて行ってもよい。また,視差量および撮像手段の制御パラメータの両方に基づいて左右画像の水平シフト制御を行ってもよい。
【0041】左右画像の水平シフト制御を視差量に基づいて行う場合には,撮像された左右画像の映像信号と視差量とを多重して記録すればよい。また,左右画像の水平シフト制御を撮像手段の制御パラメータに基づいて行う場合には,撮像された左右画像の映像信号と撮像手段の制御パラメータとを多重して記録すればよい。
【0042】また,左右画像の水平シフト制御を視差量に基づいて行う場合には,再生側で,左右画像の映像信号から対応する領域ごとの視差量を算出するようにしてもよい。この場合には,撮像側で視差量を算出- 65 -しなくて済む。
(3) 甲3記載の発明の認定について原告が本件審決の甲3記載の発明(甲3A発明)の認定を争うことから,まず,甲3に記載された発明の認定について検討する。
ア 前記(2)の甲3の記載によれば,甲3には以下の開示があることが認められる。
(ア) 甲3の水平シフト回路13,14は,視差を利用した立体視を実現できる立体表示装置15に映像信号を出力するものである(前記(2)エ)。
(イ) そして,甲3の水平シフト回路13,14を制御するCPU12は,主要被写体の立体像位置を限界立体像範囲内に収まるように,2台のビデオカメラの間隔である光軸間距離と2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角と,立体表示装置の種類や大きさ等によって決定される適視距離を利用する(前記(2)イないしカ)。
(ウ) さらに,甲3の水平シフト回路13,14を制御するCPU12は,2台のビデオカメラの間隔である光軸間距離と2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角に基づいて求められる主要被写体Xのモニタ面上の視差と,立体表示装置の種類や大きさ等によって決定される適視距離が決まることにより決定される立体表示装置の限界視差とに基づいて,主要被写体Xの立体像位置範囲が限界立体像位置範囲を前方向または後方向に越えるか否か,主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するか否かを判別し,主要被写体Xの立体像位置が限界立体像範囲内にないと判別されたときには,主要被写体の立体像位置を限界立体像範囲内に収まるように,左右画像が水平シフトせしめられ,求められた主要被写体の立体像位置がモニタ面の近傍付近にあると判別されたときには,限界立体像位置範囲内において,主要被写体の立体像位置を前方にシフトさせるように左右画像をシフト制御することによ- 66 -り,立体感を増加させるものである(前記(2)イないしカ)。
イ 前記アによれば,甲3には以下の発明(以下「甲3A’発明」という。)が記載されているものと認められる。
「視差を利用した立体視を実現できる立体表示装置に映像信号を出力する水平シフト回路を制御するCPUであって,正常な立体視ができるようにするために,2台のビデオカメラの間隔である光軸間距離と2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角と,立体表示装置の種類や大きさ等によって決定される適視距離を利用し,2台のビデオカメラの間隔である光軸間距離と2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角に基づいて求められる主要被写体Xのモニタ面上の視差と,立体表示装置の種類や大きさ等によって決定される適視距離が決まることにより決定される立体表示装置の限界視差とに基づいて,主要被写体Xの立体像位置範囲が限界立体像位置範囲を前方向または後方向に越えるか否か,主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するか否かを判別し,主要被写体Xの立体像位置が限界立体像範囲内にないと判別されたときには,主要被写体の立体像位置を限界立体像範囲内に収まるように,左右画像が水平シフトせしめられ,求められた主要被写体の立体像位置がモニタ面の近傍付近にあると判別されたときには,限界立体像位置範囲内において,主要被写体の立体像位置を前方にシフトさせるように左右画像をシフト制御することにより,立体感を増加させることを特徴とする水平シフト回路を制御するCPU。」(4) 相違点2の認定について以下,本件特許発明1と甲3A’発明を対比し,本件審決の認定した相違点2が存在するかどうかを検討する。
ア まず,原告は,本件特許発明1の「立体感を調整」につき,元々立体的に見えている画像に対する処理に限定されることはなく,元々立体に見え- 67 -ていないものに対して見え方が整えられていれば「調整」に該当するから,甲3記載の発明が「正常な立体視ができないと判別されたものを,正常な立体視ができるようにする」との本件審決の認定を前提としても,甲3記載の発明は立体感の「調整」を行っていることになるから,相違点2は存在しない旨主張するので,以下検討する。
(ア) 本件特許の請求項1の記載によれば,本件特許発明1は,「左右眼の視差作用によって立体視可能な映像を表示する立体映像表示装置に立体映像信号を供給する立体映像信号生成回路」(請求項1)を発明特定事項として含むものであり,立体視可能な映像を表示する装置又は回路につき,表示される映像につき,請求項1において特定された情報を用いてその立体感を調整するものである。
そして,「立体感」とは,立体的な感じを意味するものであり,また,「調整」とは,「@調子をととのえること。Aある基準に合わせてととのえること。過不足なくすること。」(甲19),「@全体がうまく行くように,それぞれの部分の調子をあわせること。A〔ぐあいの悪いところ・(からだの)調子を〕ととのえること。」(甲20)を意味する語であり,結局,ある事柄について整えることを意味するものである。
そうすると,映像の「立体感を調整」することとは,映像の立体的な感じを整えることを意味するものといえ,上記の本件特許の請求項1の文言も併せ考えると,既に立体的に見えている映像につき,その感じ度合いを整えることを意味するものと解釈するのが自然である。
(イ) 念のため本件特許明細書の記載を参酌しても,従来技術における課題として,@同一のコンテンツを画面サイズの異なる表示装置で再生すると,左右映像の視差量が異なることから,画面サイズによって画面からの飛び出し量が変化して,自然な立体映像を得ることができない問題があること,すなわち,大型アミューズメント施設を対象とした立体映- 68 -像コンテンツは,そのコンテンツが上映される大きな画面サイズを想定して制作されているため,同じスクリーンサイズを有する劇場や装置でなければ正しい立体感が得られず,画面サイズが大きいと立体感が強すぎてめまいがしたり,画面サイズが小さいと立体感が少なく物足りなかったとの記載(段落【0005】)や,A立体映像を放送する場合,不特定多数の視聴者と多様な画面サイズを持つ立体映像表示装置に自動的に対応させて立体映像の飛び出し量を自動的に調整する方法がなく,不特定多数に対する立体映像の放送が困難であり,立体映像が世の中に普及するためには,画面サイズに応じて立体感を調整する技術が不可欠である(段落【0008】)といった記載があるように,画面サイズが大きいと立体感が強すぎる,すなわち立体的に見えすぎてしまってめまいがしたり,画面サイズが小さいと立体感が少ない,すなわち立体的に見えにくく,物足りなかったというような,既に立体的には見えている映像において,それらを適切に表示,調整できないこと,あるいは,立体映像表示装置に対応させて立体映像の飛び出し量を自動的に調整する方法がないことが課題とされ,これを解決するために,CP情報を活用することによって,画面サイズが異なる表示装置で再生しても,自然な飛び出し量の立体映像を得ることができる立体映像表示装置及びこれに用いる立体映像信号生成回路を提供することを目的とする(段落【0009】)ことが記載されている。
(ウ) 以上の本件特許の請求項の記載及び本件特許明細書の記載によれば,本件特許発明1における映像の「立体感を調整」することとは,既に立体的に見える映像について,その感じ度合いを整えることを意味するものと認められる。
(エ) 以上によれば,原告の前記主張は採用することができない。
イ 次に,原告は,本件特許発明1の「調整」が,元々立体的に見えている- 69 -画像に対する処理に限定されるものと理解されるとしても,甲3には処理@及びAの記載があり,これらの処理は,いずれも元々立体的に見えている画像に対して,カメラ距離情報,クロスポイント情報及び表示装置情報に基づいてオフセットを設定し,立体感の調整を行うものであるから,相違点2は存在しない旨主張するので,以下検討する。
(ア) 甲3A’発明の「2台のビデオカメラの間隔である光軸間距離と2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角」は本件特許発明1の「立体視可能な映像に関する映像情報」に対応し,「立体表示装置の種類や大きさ等によって決定される適視距離」は本件特許発明1の「立体映像表示装置に関する表示装置情報」に対応する。
そして,甲3A’発明についての記載ではなく,制御信号各領域の視差量に基づいて制御を行う場合の記載ではあるものの,甲3の段落【0032】には,立体像位置範囲が限界立体像位置範囲内に収まっていても,立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近にあり,立体感がさほどでない場合に,限界立体像位置範囲内において,立体像位置範囲を前方にシフトさせるように左右画像をシフト制御し,立体感を増加させることが記載されている。このような制御の技術的意義が甲3A’発明において異なる理由はないから,甲3A’発明において,主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するか否かを判別することも,同様に,主要被写体Xの立体像位置範囲が限界立体像位置範囲内に収まる,すなわち立体視が可能な状態である場合であることを前提に,立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近にあることにより立体感がさほどではない場合に,左右画像をシフト制御することにより立体感を増す必要があるかどうかを判定するためになされるものであると認められる。そして,甲3A’発明においては,主要被写体の立体像位置がモニタ面の近傍付近にあると判別された場合には,限界立体像位置範囲内において,主要- 70 -被写体の立体像位置を前方にシフトさせるように左右画像をシフト制御することにより,立体感を増加させることとなる。
加えて,甲3A’発明においては,左右画像を水平シフト制御によりシフトする制御が行われているのであるから,この制御の内容を設定しこれを行うための手段を有しているものと認められる。
そうすると,甲3A’発明のうち,「2台のビデオカメラの間隔である光軸間距離と2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角に基づいて求められる主要被写体Xのモニタ面上の視差と,立体表示装置の種類や大きさ等によって決定される適視距離が決まることにより決定される立体表示装置の限界視差とに基づいて,」「主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するか否かを判別し,」「求められた主要被写体の立体像位置がモニタ面の近傍付近にあると判別されたときには,限界立体像位置範囲内において,主要被写体の立体像位置を前方にシフトさせるように左右画像をシフト制御することにより,立体感を増加させる」との構成は,映像情報及び表示装置情報に基づいて,既に立体的に見える映像について,主要被写体の立体像位置を前方にシフトさせるように左右画像をシフト制御,すなわちずらすことにより,表示される映像の立体感の感じ度合いを整える手段であるものと認められる。
以上によれば,甲3A’発明の「2台のビデオカメラの間隔である光軸間距離と2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角に基づいて求められる主要被写体Xのモニタ面上の視差と,立体表示装置の種類や大きさ等によって決定される適視距離が決まることにより決定される立体表示装置の限界視差とに基づいて,主要被写体Xの立体像位置範囲が限界立体像位置範囲を前方向または後方向に越えるか否か,主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するか否かを判別- 71 -し,主要被写体Xの立体像位置が限界立体像範囲内にないと判別されたときには,主要被写体の立体像位置を限界立体像範囲内に収まるように,左右画像が水平シフトせしめられ,求められた主要被写体の立体像位置がモニタ面の近傍付近にあると判別されたときには,限界立体像位置範囲内において,主要被写体の立体像位置を前方にシフトさせるように左右画像をシフト制御することにより,立体感を増加させる」は,本件特許発明1の「前記映像情報及び前記表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定して,表示される映像の立体感を調整するオフセット設定手段」に相当する。
(イ) また,甲3A’発明の「2台のビデオカメラの間隔である光軸間距離と2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角」について,「2台のビデオカメラの間隔である光軸間距離」は,本件特許発明1の「左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との間の距離に関するカメラ距離情報」に対応する。さらに,甲3A’発明の「2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角」は,この「輻輳角」と「カメラ距離情報」を用いてクロスポイント及びクロスポイントまでの距離を特定することができるという意味において,本件特許発明1の「左目映像用カメラの光軸と右目映像用カメラの光軸との交差点までの距離に関するクロスポイント情報」と共通する。そうすると,甲3A’発明は,カメラ距離情報及びクロスポイント情報に基づいて,「主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するか否かを判別し,「求」められた主要被写体の立体像位置がモニタ面の近傍付近にあると判別されたときには,限界立体像位置範囲内において,主要被写体の立体像位置を前方にシフトさせるように左右画像をシフト制御することにより,立体感を増加させる」ものであると認められる。
上記の点に,前記(ア)で認定した点を踏まえると,甲3A’発明の「2- 72 -台のビデオカメラの間隔である光軸間距離と2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角に基づいて求められる主要被写体Xのモニタ面上の視差と,立体表示装置の種類や大きさ等によって決定される適視距離が決まることにより決定される立体表示装置の限界視差とに基づいて,主要被写体Xの立体像位置範囲が限界立体像位置範囲を前方向または後方向に越えるか否か,主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するか否かを判別し,主要被写体Xの立体像位置が限界立体像範囲内にないと判別されたときには,主要被写体の立体像位置を限界立体像範囲内に収まるように,左右画像が水平シフトせしめられ,求められた主要被写体の立体像位置がモニタ面の近傍付近にあると判別されたときには,限界立体像位置範囲内において,主要被写体の立体像位置を前方にシフトさせるように左右画像をシフト制御することにより,立体感を増加させる」ことは,本件特許発明1の「前記オフセット設定手段は,前記カメラ距離情報及び前記クロスポイント情報に基づいて左目映像と右目映像とのオフセットを設定して,表示される映像の立体感を調整する」ことに相当する。
(ウ) 以上によれば,甲3A’発明は,本件特許発明1の「前記映像情報及び前記表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定して,表示される映像の立体感を調整するオフセット設定手段」及び「前記オフセット設定手段は,前記カメラ距離情報及び前記クロスポイント情報に基づいて左目映像と右目映像とのオフセットを設定して,表示される映像の立体感を調整する」との構成をいずれも備えるものであると認められる。
ウ 被告の主張について(ア) これに対し,被告は,本件特許発明1における「立体感を調整する」とは,撮影条件を反映した自然な立体感で再生できるように,立体感の- 73 -感じ度合いを調整することを意味しているところ,甲3A’発明(被告は,3A発明に関して主張をしているが,当裁判所が認定した3A'発明に関しても同様の主張をするものと考えられるので,以下,被告の主張は3A'発明に関するものとして検討することとする。)は,正常な立体視ができないと判別されたものを単に正常な立体視ができるようにする発明であり,本件特許発明1にける「立体感を調整する」ものではない旨主張する。
しかし,本件特許の請求項1の記載には,「撮影条件を反映した自然な立体感を再生できるように」との特定はない以上,被告の上記主張は採用することはできない。
仮に被告の上記主張を前提としたとしても,甲3A’発明も,撮影した映像につき,使用する表示装置の種類,大きさ等にかかわらず良好な立体画像が得られる立体映像装置を提供することを目的とするものであるところ(甲3の段落【0004】),撮影条件を反映した自然な立体感を再生できることにより,当然良好な立体映像を得ることとなるのであるから,結局両者は,実質的には同一のことを意味するものと解される。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
(イ) 被告は,本件特許発明1において「オフセット」とは左右眼映像のずらし量をいい(本件特許明細書の段落【0085】,【0092】),本件特許発明1の「表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定し」とは,表示装置情報に基づいてずらし量を設定して,これにより左右眼画像をずらすことを意味するから,「表示装置情報」を判定閾値として用いることは,「表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定し」に該当しないところ,甲3A’発明にお- 74 -いては,主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するか否かの判別に当たり,立体表示装置の限界視差を判定閾値として用いているから,これは本件特許発明1の「表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定し」に該当しない旨主張する。
しかし,本件特許の請求項1においては,「前記映像情報及び前記表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定し」と,左目映像と右目映像とをずらして表示するためのオフセット(ずらし量)の設定が映像情報及び表示装置情報に基づいてなされることが規定されているものの,表示装置情報をどのように用いてオフセットが設定されるかを特定する記載はなく,まして,表示装置情報に基づいてずらす量そのものが決定されることまでを特定する記載もない。
本件特許明細書の記載を参酌しても,他の情報と共に,表示装置情報,ないしは,表示装置情報に包含されると解される表示画面サイズ情報,視距離情報ないし表示領域に関する情報(画面サイズ情報)を用いて立体映像信号生成回路によりオフセットを設定する旨の記載はあるが(本件特許明細書の段落【0010】,【0011】,【0018】,【0020】,【0027】,【0028】,【0035】,【0037】,【0064】ないし【0075】,【0085】,【0092】 ,【0103】,【0108】),上記の情報をどのように用いてオフセットが設定されるかを特定する記載はない。
なお,本件特許明細書の段落【0110】ないし【0113】並びに図16及び図17には,視距離Lsや表示画面サイズに比例して値が変化する視差量X1の値をも用いてオフセット量XOを求めることの記載はあるが,これは実施例を説明したものにすぎず,これらの記載を根拠- 75 -として,本件特許発明1が,表示装置情報の値に基づいてオフセット量そのものが決定される態様のものに限定されるものと解することはできない。
そうすると,本件特許発明1の「表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定し」に該当するというためには,何らかの形で表示装置情報を用いてオフセットを設定すれば足りるものと解するべきであり,オフセットを設定するかどうかの判断の基準として表示装置情報を用いる態様もこれに含まれるものというべきである。
そして,前記イのとおり,甲3A’発明は,光軸間距離と輻輳角に基づいて求められる主要被写体のモニタ面上の視差と,立体表示装置の種類や大きさ等によって決定される適視距離,すなわち表示装置情報が決まることにより決定される立体表示装置の限界視差とに基づいて,求められた主要被写体の立体像位置がモニタ面の近傍付近にあると判別されたときには,限界立体像位置範囲内において,主要被写体の立体像位置を前方にシフトさせるように左右画像をシフト制御することにより立体感を調整するものであり,オフセットを設定するかどうかの判断の基準として表示装置情報を用いるものであるから,「表示装置情報に基づいて前記左目映像と前記右目映像とをずらして表示するためのオフセットを設定し」の構成を備えるものである。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
(ウ) 被告は,甲3A’発明において,限界立体像範囲内で立体像の表示位置をシフト制御する際には,甲3の段落【0040】に明記されているように,視差量,フォーカス情報,ズーム情報,輻輳角及び2台のビデオカメラの間隔といった撮像手段の制御パラメータに基づいて行うのであり,表示装置情報に基づいてシフト制御を行うことについては一切- 76 -記載されていない旨主張する。
しかし,甲3A’発明において,限界立体像範囲内での立体像の表示位置のシフト制御が表示装置情報に基づいて行われていることは前記(イ)のとおりである。
なお,甲3の段落【0040】においても,同段落に挙げられたシフト制御の際に用いられるとされる視差量や,フォーカス情報等については,これらに基づいて制御を行ってもよいとされているにすぎず,いずれも制御の際に用いられるパラメータの例示として挙げられたものと認められるから,甲3A’発明におけるシフト制御が同段落に記載されたものに基づいてのみなされるものであるということはできない。
したがって,被告の上記主張は採用することができない。
エ 小括以上によれば,本件審決が前記第2の3(4)ウ(イ)の甲3記載の発明(甲3A発明)と本件特許発明1との間の相違点2を認定したのは誤りである。
(5) 本件特許発明8についてア 前記(2)の甲3の記載に,前記(3)において説示したところを踏まえると,甲3には以下の発明(以下「甲3B’発明」という。)が記載されているものと認められる。
「左右画像の視差に基づいて立体画像を再現できる立体映像装置であって,左画像の映像信号を出力する水平シフト回路13,右画像の映像信号を出力する水平シフト回路14と,立体視を実現できる立体表示装置15とを備え,水平シフト回路13,14を制御するCPU12は,正常な立体視ができるようにするために,2台のビデオカメラの間隔である光軸間距離と2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角と,- 77 -立体表示装置の種類や大きさ等によって決定される適視距離を利用し,2台のビデオカメラの間隔である光軸間距離と2台のビデオカメラの光軸のなす角度である輻輳角に基づいて求められる主要被写体Xのモニタ面上の視差と,立体表示装置の種類や大きさ等によって決定される適視距離が決まることにより決定される立体表示装置の限界視差とに基づいて,主要被写体Xの立体像位置範囲が限界立体像位置範囲を前方向または後方向に越えるか否か,主要被写体Xの立体像位置範囲がモニタ面の近傍付近に位置するか否かを判別し,主要被写体Xの立体像位置が限界立体像範囲内にないと判別されたときには,主要被写体の立体像位置を限界立体像範囲内に収まるように,左右画像が水平シフトせしめられ,求められた主要被写体の立体像位置がモニタ面の近傍付近にあると判別されたときには,限界立体像位置範囲内において,主要被写体の立体像位置を前方にシフトさせるように左右画像をシフト制御することにより,立体感を増加させることを特徴とする立体映像装置。」イ そして,前記(4)で述べたのと同様の理由により,本件特許発明8と甲3記載の発明(甲3B’発明)との間の相違点4を認定した本件審決には誤りがある。
(6) 小括以上によれば,本件特許発明1と甲3A’発明との間の相違点2及び本件特許発明8と甲3B’発明との間の相違点4を認定した本件審決には誤りがある。
そして,本件審決は,本件特許発明1と甲3A’発明,及び,本件特許発明8と甲3B’発明とのその余の各相違点について,いずれも当業者が容易に想到し得たものである旨判断しているから,本件審決の上記の相違点の認定の誤りは,本件審決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。
したがって,原告の取消事由6−1は理由がある。
- 78 -2 取消事由7(本件特許発明3の容易想到性の判断の誤り)について本件審決は,本件特許発明1と甲3A’発明との間に相違点2が存在することを前提に,本件特許発明3は,甲3A’発明及び甲4記載の発明に基づき容易に想到できたとはいえないと判断したものであるところ,本件特許発明1と甲3A’発明との間の相違点2が存在するとの本件審決の認定に誤りがある以上,本件審決の上記判断もその前提を欠き誤りである。
したがって,原告の取消事由7は理由がある。
3 取消事由8(本件特許発明11の容易想到性の判断の誤り)について本件審決は,本件特許発明8と甲3B’発明との間の相違点4が存在することを前提に,本件特許発明11は,甲3B’発明及び甲4記載の発明に基づき容易に想到できたとはいえないと判断したものであるところ,本件特許発明8と甲3B’発明との間に相違点4が存在するとの本件審決の認定に誤りがある以上,本件審決の上記判断もその前提を欠き誤りである。
したがって,原告の取消事由8は理由がある。
4 結論以上によれば,原告主張の取消事由6−1,7及び8はいずれも理由があるから,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきものである。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部裁判長裁判官 鶴 岡 稔 彦裁判官 大 西 勝 滋- 79 -裁判官 神 谷 厚 毅- 80 -(別紙1)本件特許明細書の図面【図1】【図2】- 81 -【図3】 【図4】【図5】 【図6】- 82 -【図16】 【図17】- 83 -(別紙2)甲3の図面- 84 -【図4】【図6】- 85 -【図9】【図10】- 86 -(別紙3)参考図A- 87 -
事実及び理由
全容