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関連審決 無効2014-800083
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事件 平成 27年 (行ケ) 10105号 審決取消請求事件

原告 ホスピーラ・ジャパン株式会社
訴訟代理人弁護士今井浩人 飯塚卓也 岡田淳 呂佳叡
訴訟代理人弁理士大塚康徳 大塚康弘 西川恵雄 木下智文
被告 デビオファーム・インターナショナル・エス・アー
訴訟代理人弁護士大野聖二 大野浩之
訴訟代理人弁理士松任谷優子
被告補助参加人 株式会社ヤクルト本社
訴訟代理人弁護士大野聖二 大野浩之
訴訟代理人弁理士松任谷優子 津国肇 膝舘祥治 小國泰弘
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2016/03/09
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
特許庁が無効2014-800083号事件について平成27年4月22日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,特許登録無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,明確性要件の有無及びサポート要件の有無である。
1 特許庁における手続の経緯 被告は,平成7年8月7日,名称を「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」とする発明につき,特許出願をし(以下「本件出願」という。国際出願PCT/IB95/00614。特願平8-507159号。特表平10-508289号。優先権主張日:平成6年8月8日,スイス国。甲7,17),平成16年4月23日,特許登録を受けた(特許第3547755号。甲1。以下,この特許を「本 件特許」といい,この特許権を「本件特許権」という。。
) 原告は,平成26年5月29日,請求項1〜9に係る本件特許権につき特許無効審判請求をした(無効2014-800083号。甲9)ところ,特許庁は,平成27年4月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同年5月1日,原告に送達された。
2 本件発明の要旨 本件特許の請求項1〜9の発明(以下,請求項の番号に従って, 「本件発明1」のように呼称し,これらを総称して「本件発明」という。 は, ) 以下のとおりである(なお,本件発明に係る特許公報(甲1)を「本件明細書」という。。
)【請求項1】 濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液からなり,医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。
【請求項2】 オキサリプラティヌムの濃度が約2mg/ml水であり,水溶液のpHが平均値約5.3である,請求項1記載の製剤。
【請求項3】 オキサリプラティヌム水溶液が+74.5゜ないし+78.0゜の範囲の比旋光度を持つ,請求項1または請求項2記載の製剤。
【請求項4】 すぐ使用でき,密封容器に入れられたオキサリプラティヌム水溶液の形である,請求項1ないし3の何れか1項記載の製剤。
【請求項5】 容器がオキサリプラティヌム50ないし100mgの単位有効用量を含み,それ が注入で投与できることを特徴とする,請求項4記載の製剤。
【請求項6】 容器が医薬用ガラスバイアルであり,少なくともバイアルの内側に広がる表面が上記溶液に不活性な栓で閉じられていることを特徴とする,請求項4または請求項5記載の製剤。
【請求項7】 上記溶液と上記栓の間の空間に不活性ガスが充填されていることを特徴とする,請求項6記載の製剤。
【請求項8】 上記容器が輸液用可撓性袋またはアンプルであることを特徴とする,請求項4または請求項5記載の製剤。
【請求項9】 容器が注射用マイクロポンプを持つ輸液装置の構造部分であることを特徴とする,請求項4または請求項5記載の製剤。
3 原告が主張する無効理由 (1) 明確性要件違反 本件発明は,特許請求の範囲の記載が,以下のとおり,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。
本件発明1の「オキサリプラティヌムの水溶液からなり,」について, 「からなる」との文言は多義的に解釈され得るものであって,本件発明1の製剤は,オキサリプラティヌム及び水以外の第3成分を排除しているとも,オキサリプラティヌム及び水以外の第3成分を含んでもよいとも解釈されるので,本件発明1は明確でなく,同様に,本件発明2〜9も明確でない。
(2) サポート要件違反 本件発明は,特許請求の範囲の記載が,以下のとおり,特許法36条6項1号に 規定する要件を満たしていない。
本件発明1の「オキサリプラティヌムの水溶液からなり,」は,上記のようにオキサリプラティヌム及び水以外の第3成分を含んでもよいと解釈され得るが,発明の詳細な説明には,第3成分が含まれるとの明示的な記載はなく,かえって,本件発明の製剤が他の成分を含まず,酸性薬剤,アルカリ性薬剤,又は緩衝剤若しくはその他の添加剤を含まないことを明確に示す記載及び実施例がある。
そうすると,発明の詳細な説明には,第3成分を含まない製剤がサポートされているにすぎないから,サポート要件を満たさない。
4 審決の判断の要旨 (1) 明確性要件違反について 「からなる」が,直前に列挙される要素を構成要素とするという意味で用いられる表現であって,その他の要素を構成要素としないという意味で用いられる表現ではないことは,例えば,「からなる」の直前に「のみ」を付加した「のみからなる」が,直前に列挙される要素を構成要素とし,その他の要素を構成要素としないという意味で用いられる表現であることとの対比からも,当業者は理解することができる。
次に,本件明細書の記載を検討しても, 「この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない。(甲1の3頁2〜3行)との記載 」があって,約2%を超えない量の不純物を含む製剤が開示されており,また, 「一つの変法では,酸素含量を減少させるため水に窒素を吹き込むことができる。(甲1 」の3頁42〜43行)との記載があって,溶存酸素,溶存窒素の存在する製剤も開示されていることから,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明に係る製剤であってオキサリプラティヌム及び水以外の成分を含む製剤が開示されていると認められる一方, 「からなる」について,上記のように理解することに反する定義等は記載されていない。
したがって,特許請求の範囲の記載は明確であって,本件発明は明確でないとすることはできない。
(2) サポート要件違反について 本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,本件発明の課題は「許容可能な期間医薬的に安定であり,凍結乾燥物から得られたものと同等な化学的純度および治療活性を示す,そのまま使用できるオキサリプラティヌム注射液を得ること」であると認められる。そして,発明の詳細な説明には,本件発明に対応する記載があり,さらに,その実施例2及び3並びに表の記載により,当業者は本件発明が当該発明の課題を解決できると認識できると認められる。
しかも,発明の詳細な説明には,オキサリプラティヌムと水以外の成分を含む製剤についての記載もある上に,オキサリプラティヌムと水以外の成分は本件発明を特定するための事項ではないところ,請求人(原告)の提出した書証のいずれからも,本件発明のサポート要件として,本件発明に係る製剤について,当該成分として通常想定されるものとは認められない成分を含む製剤までの網羅的に具体的な開示が要求されるとすべき根拠は見出せない。そうすると,当該成分として通常想定されるものとは認められない成分を含む製剤の具体的な開示がないとしても,発明の詳細な説明に本件発明の全体が記載されていないとは解し得ない。
したがって,本件発明は,発明の詳細な説明に記載された発明であって,発明の詳細な説明の記載により当業者が本件発明の課題が解決できると認識できる範囲のものであると認められる。
よって,本件発明は,発明の詳細な説明に記載したものであるということができる。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(明確性要件の判断の誤り) (1) 審決は,当業者が,「からなる」について,その他の要素を構成要素とし てもよいという意味で用いられると認識し,その他の要素を構成要素としないという意味では「のみからなる」が用いられる必要があると判断するものであるが, 「からなる」が,その他の要素を構成要素としてもよいという意味かどうかは,以下のとおり,一義的に明確ではないのであるから,誤りである。
例えば,東京高裁平成16年(ネ)第1589号判決(甲3)では,『AとBか 「らなる』との文言は,AとB以外の第三成分を排除する趣旨で使用するのが通常である」と述べられており,大阪地裁平成14年(ワ)第6178号判決(甲4)では, 「からなる」の意義はそれ自体からは他の要素を排除する意味か否かは確定できず,明細書に基づいて解釈され,パテント,2004年57巻11号第87-91頁(甲12)では, 「A,B及びCからなる組成物」が,A,B及びCしか含まないのか,A,B及びC以外の成分を含むのか,はクレームの記載だけからでは明確にわからないと述べられ,特許発明技術的範囲に関する考え方(2),CIPICジャーナル141巻第14-26頁(甲13)では, 「からなる」という文言は一義的には確定できないことが記載され,東京地裁平成6年(ワ)第22487号判決(甲14)では, 「からなる」の解釈に当たって,他の成分を含むものではないとした上で,不可避的不純物が存在することは許容されることが述べられ,「からなる」は,様々な解釈が可能な多義的な用語であることは明らかである。
したがって, 「からなる」の語が,他の要素を排除する意味で使われているか,一定の例外を許容する意味か,それとも他の要素を全く排除しない意味で使われているかどうかは,少なくとも明細書の記載を考慮して判断すべき事柄である。
(2) 審決は,不純物や,溶存酸素・窒素を含む製剤例の記載を理由として, 「からなる」は,他の成分を排除しない解釈に反する記載はないと述べる。
しかし,当業者は,溶存酸素又は溶存窒素が医薬品製剤を構成する成分であるとは理解しない。そして,医薬品製剤の構成成分が不可避的に不純物を含むことは,技術常識であり,このような不純物は,製剤を構成する成分と呼ぶべきものではない。また,仮に,製剤中の水が溶存酸素又は溶存窒素を含むことを示すとしても, 当業者にとって,これらは水の不純物というべきものである。当業者は,このようなものが製剤を構成する成分であるとはみなさないし,製剤が含んでいてもよい成分として列挙するはずもない。
したがって,本件明細書の中に,不純物や溶存酸素・窒素が許容された例の記載があったとしても,それによって「からなる」の意味が明確となるわけではない。
(3) むしろ,発明の詳細な説明の「…有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより,達成できることを示すことができた。(甲1の2頁43〜48行。以下 」「原告指摘箇所@」という。)との記載や,「…この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない。(甲1の2頁49行〜3頁3 」行。以下「原告指摘箇所A」という。)の記載をも踏まえれば,当業者は,「からなる」を,少なくとも, 「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を排除する意味と解することは,極めて明確である。
一方,本件明細書に「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を」含んでいても安定なオキサリプラティヌム水溶液が得られることを示唆する記載は存在しない。
ところが,審決は,これらの記載を踏まえてもなお, 「からなる」が明確といえるか否かについての判断を示すことなく,製剤が不純物等を含み得る記載があることだけを摘示し,他の要素を排除しないとの理解に反する定義等は記載されていないなどと結論付けているのであり,誤りである。
(4) 審決は,本件発明1における「からなる」の意味について,他の要素を排除するものと解する以下の各証拠の存在を無視し,発明の対象となる製剤がオキサリプラティヌム及び水以外の成分(例えば酸性又はアルカリ性薬剤,緩衝剤)を含まないとはいえないと判断しており,証拠に反する認定判断といわざるを得ない。
ア PCT国際出願における特許請求の範囲の記載「からなる」 国際出願である本件出願におけるフランス語の原文は"constitu?e は, par"である(甲7の11頁の請求項1)。そして,ヨーロッパ特許庁の審査基準(甲10)において,"constitu?e"は列挙されていない構成要素を排除する意味で用いられると規定され,外国語技術解説文献である甲11には,"constitu?e par"に対応する"consisting of"が,通常の不純物は別として,他の成分を除外する意味で用いられること(第2-17頁1〜21行),"consisting of"は極めて限定的に解釈されるから使うべきではないこと(第2-19頁23〜29行)が記載されているところ,特許権者は,あえて"constitu?e par"という「その他の要素を構成要素としない意味で用いられる表現」を選択したといえる。甲7において,本件明細書(甲1の2頁49行〜3頁3行)に対応する原文を日本語に翻訳すると, 「従って,この発明の対象は,腸管外経路投与用の,オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤から成り,該製剤はオキサリプラティヌムを水に溶かして1ないし5mg/mlの濃度にした溶液によって構成され,該溶液のpHが4.5ないし6であり,医薬的に許容される期間の保存の後にも,該製剤中のオキサリプラティヌムの含量は当初の含量の少なくとも95%を占め,該溶液は澄明で,無色で,沈殿のないままであるような該製剤である。該製剤はいかなる他の成分類も取り除いてあり,原則として約2%を超える不純物を含んではなるまい。」とされる(甲15)。この記載は,発明の対象を規定するものであるところ,発明の対象となる製剤は,約2%を超えない不純物の存在は許容するものの,オキサリプラティヌムと水以外にあらゆる他の成分を含まないことを明示している。このように,発明の詳細な説明において,「からなる」は,他の要素を排除する表現であることが記載されている。
イ 審査経過における意見書等について 本件出願の拒絶理由通知に対する意見書(甲2)において,被告は, 「本願発明の目的は,…(1)オキサリプラティヌム水溶液を安定な製剤で得ること,…さらに(3)該水溶液が,酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないことである」と主張した。また,新規性,進歩性が争点となった別件の審判事件答弁書(甲6)において,被告は, 「…製薬的安定性を維持するなどのために, 添加剤を…配合する必要があることが多い…。したがって,…安定性を達成するために添加剤を更に必要としない薬学的に安定な製剤を見出したという事実は,…予期し得ないことである。 と主張しており, 」 審査段階や無効審判手続における被告の主張からも, 「からなる」が,他の要素を排除する意味で使用されていたことが裏付けられる。
2 取消事由2(サポート要件の判断の誤り) (1) 本件明細書の発明の詳細な説明には,オキサリプラティヌム,水及び不純物を含む製剤,つまり, 「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を含まない製剤により発明の課題が解決できることが記載されている。発明の詳細な説明において,酸性またはアルカリ性薬剤, 「 緩衝剤もしくはその他の添加剤」は,特許発明に係る製剤が含まない成分として積極的に除外されており,しかも,製剤が「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を含む場合に,本件発明の課題を解決できることは記載されていない。
かかる記載に触れた当業者は,特許発明に係る製剤が, 「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を含まないことが必須の事項であり,例えば,オキサリプラティヌムと水以外に,酸性薬剤,アルカリ性薬剤,又は緩衝剤を含む製剤では,発明の課題を解決できないと認識するものとするのが相当である。
そうすると,請求項において,発明の詳細な説明に記載された,発明の課題を解決するための手段が反映されていないことになるから,サポート要件を満たさない。
(2) また,本件明細書において,「有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まない」場合は記載されているが, 「有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含む」場合については,記載も示唆もない。
そして,安定な水溶液製剤を得るために,pHを調整すること,すなわち,酸,アルカリ,又は緩衝剤を添加することは,甲5及び6に示されるように周知技術で あり,その一方で,オキサリプラティヌムが酸のような配位性物質の存在下で不安定であることも,甲2に記載されているように周知である。事実,多数の緩衝剤に対してオキサリプラティヌムが不安定であることが確認されている(甲16の表2)。
これらの技術常識からしても,当業者は,オキサリプラティヌムと水以外に,酸性薬剤,アルカリ性薬剤,又は緩衝剤を含む製剤では,発明の課題を解決できないと認識するものとするのが相当である。
そうすると,特許請求の範囲に「有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を含むことは,本件出願時の技術常識に照らしても,請求項に係る発明が,発明の詳細な説明において課題が解決できるものとして開示された範囲を超えているといえるから,サポート要件を満たさない。
したがって,サポート要件に適合するとした審決の判断には,誤りがある。
被告及び被告補助参加人(以下「被告ら」という。)の反論
1 取消事由1に対し 本件発明に係る「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」との表現はオキサリプラティヌム及び水以外の成分を排除するものではないと認定した審決の判断に誤りはない。
(1) 原告の主張1(1)に対し 言葉は通常複数の意味を持つのであり,ある用語が異なる場面で異なる意味に解釈されたからといって,その用語が多義的というものではなく,また,複数の意味を有するからといって,直ちに明確性を欠くというものでもない。
そして, 「からなる」は, 「から構成される」の意味であり, 「多義」的な表現であるというものではない。
原告の主張は, 「からなる」が直前に列挙された成分のみで構成されることに限定されるか,限定されないかということに尽きるのであって, 「からなる」が多くの意味を有する「多義」的な表現であるというものではない。
(2) 原告の主張1(3)に対し 以下のとおり,本件明細書は,オキサリプラティヌム及び水以外の成分を排除することを記載していない。
ア 甲1の2頁37〜48行(原告指摘箇所@を含む) 「…この発明者は,この目的が,全く驚くべきことに,また予想されないことに,腸管外経路投与用の用量形態として,有効成分の濃度とpHがそれぞれ充分限定された範囲内にあり,有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより,達成できることを示すことができた。
特に,約1mg/mlより低い濃度のオキサリプラティヌム水溶液は,充分安定でないことが見出された。」 上記記載は,許容可能な期間,医薬的に安定なオキサリプラティヌム注射液を得るという本件発明の目的が, 「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液」により,予想外にも達成できたことを記載したものであって,「オキサリプラティヌムの水溶液(からなり)」という用語の定義又は説明を記載したものでも,本件発明に係る製剤が,オキサリプラティヌム以外の酸性又はアルカリ性薬剤,緩衝剤若しくはその他の添加剤を含まないことを規定した記載でもない。
イ 甲1の2頁49行〜3頁3行(原告指摘箇所Aを含む) 「従って,この発明の目的は,オキサリプラティヌムが1ないし5mg/mlの範囲の濃度と4.5ないし6の範囲のpHで水に溶解し,医薬的に許容される期間の貯蔵後製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%を示し,溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの安定な医薬製剤である。この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない。」 上記記載もまた,発明の目的である「オキサリプラティヌムの安定な医薬製剤」が他の成分を含まない製剤により達成されたことを記載したものであって,オキサ 「 リプラティヌムの水溶液(からなり) という用語の定義又は説明を記載したもので 」も,本件発明に係る製剤が,不純物以外の他の成分を含まないことを規定した記載でもない。
ウ 甲1の3頁13〜15行 「この発明の製剤の製造は,好ましくはオキサリプラティヌムを,必要ならば制御した攪拌および約40゜への加熱により,注射剤に適する水に溶解し,溶液澄明化用の濾過を行い,溶液無菌化用の濾過を1回またはそれ以上行うことにより実施することができる。
選択した一次容器に充填密閉後,製剤をオートクレーブ中で加熱することによりさらに滅菌することができる。」 上記記載は,製剤の好ましい製造方法の一例を記載したものにすぎず, 「オキサリプラティヌムの水溶液(からなり)という用語の定義又は説明を記載したものでも, 」本件発明に係る製剤が,オキサリプラティヌムと水以外の成分を含まないことを規定した記載でもない。
実施実施例の記載は,発明の具体的実施形態の一例を記載したものであって, 「オキサリプラティヌムの水溶液(からなり) という用語の定義又は説明を記載したもので 」も,本件発明に係る製剤が,オキサリプラティヌムと水以外の成分を含まないことを規定したものでもない。
オ 以上のとおり,発明の詳細な説明には,本件発明に係る「オキサリプラティヌムの水溶液(からなり)」について,通常の意味と矛盾する明示の定義や,請求項の用語が有する通常の意味と異なる意味を持つ旨の定義は置かれていない。また,発明の詳細な説明には,当業者が,『からなる』を,少なくとも,酸性または 「アルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を排除する意味と解する」ような記載も存在しない。
(3) 原告の主張1(4)に対し ア 原告の主張1(4)アに対し そもそも,クレームに記載された用語をどのように解釈して審査するかは,専らその国のプラクティスの問題であり,他国の特許庁における解釈を拘束するものではない。また,原告が引用するEPOのWebページ(乙3-1)は, "constitu?epar"について述べたものではない。当該Webページには,"constitu?e par"が一般的に限定的に解釈されることは記載されていない。
イ 原告の主張1(4)イに対し 明確性要件は,原則として,特許請求の範囲の記載に基づいて判断され,特段の事情がある場合に限って,明細書の記載を参酌することが許されるものであり,出願過程における特許権者の主張を考慮して判断されるものではない。明確性要件に関し,そのような判断を安易に許せば,クレーム制度を採用し,明確性要件を定めて,審査範囲及びその結果としての権利範囲の明確化を図ろうとした法の趣旨に反する。原告の主張は,特許の有効性判断における発明の要旨認定の問題を,侵害訴訟におけるクレーム解釈と混同したものにすぎない。
しかも,原告が問題とする意見書における被告らの主張は,甲2の記載から明らかなとおり,本件発明の目的を述べたものにすぎない。また,審判事件答弁書における被告らの主張は,甲6の記載から明らかなとおり, 「オキサリプラティヌムの安定な医薬製剤」が,予想外にも,他の成分を含まない製剤により達成されることを記載したものであって,「オキサリプラティヌムの水溶液(からなり)」という用語の定義又は説明を記載したものでも,本件発明に係る製剤が,オキサリプラティヌムと水以外の第3成分を含まないことを規定した記載でもないことは明らかである。
したがって,原告の主張は,その前提となる被告らの出願過程の主張を曲解してなされたものであり,失当である。
2 取消事由2に対し (1) 本件特許の特許請求の範囲の記載によれば,本件発明1は,「オキサリプラティヌムと水以外の他の成分」や「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくは その他の添加剤」の存在を一切排除するものでも,これを必須の構成要素とするものでもない。一方,本件特許の発明の詳細な説明を見れば,本件発明の課題は,医薬的に許容される期間,医薬的に安定なオキサリプラティヌムの注射液を提供することであり(甲1の2頁43〜48行),上記課題は,水溶液中のオキサリプラティヌムの濃度とpHを一定範囲内,具体的には,オキサリプラティヌムが1〜5mg/mlの範囲の濃度で4.5〜6のpH範囲に維持することで達成できることが記載されており(甲1の2頁49行〜3頁3行),実施例3において実証されている。
よって,本件発明1は,発明の詳細な説明に記載された発明であり,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものといえる。
(2) 本件発明1に係る製剤は,オキサリプラティヌムと水以外の成分の存在を排除していないだけであって,これを必須の構成要素とするものではない。発明の構成要素ではない成分が,発明の詳細な説明に明示的記載や実施例がないからといって,サポート要件違反の問題は生じ得ない。そのような製剤は,出願時の技術常識に照らして理解できれば十分である。
また,前記1において述べたとおり,発明の詳細な説明には, 「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液」により,予想外にも達成できたことが記載されているだけで,本件発明に係る製剤が当該成分を含まないことを必須の事項とする記載は存在しない。原告の主張は,発明の構成要素ではない「オキサリプラティヌムと水以外の成分」を,発明の必須の構成要素とすり替えて,これを含む製剤が開示されていないことをもって,サポート要件違反を指摘するものであり,その主張に理由がないことは明らかである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(明確性要件の判断の誤り)について 特許法36条6項2号は,特許請求の範囲の記載に関し,特許を受けようとする 発明が明確でなければならない旨規定するところ,この趣旨は,特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となり,第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得るため,そのような不都合な結果を防止することにある。そして,特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみならず,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願時における技術的常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
原告は,本件発明における「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」中の「からなる」が不明確であり,明確性要件を欠くと主張するので,以下,検討する。
(1) 本件明細書の記載 本件明細書(甲1)には,以下の記載がある。
「この発明は,腸管外経路用の,オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤に関するものである。(2頁12〜13行) 」「オキサリプラティヌム…は,…ジアミノシクロヘキサン誘導体類(dach-白金)の混合物から製造した光学異性体の一つ…である。この白金錯体化合物は,例えばシスプラチンのような他の既知白金錯体化合物と同等またはそれ以上の治療活性を示すことが知られている。
…オキサリプラティヌムは,種々の型の癌…の治療的処置に使用し得る細胞増殖抑制性抗新生物薬である。
…現在,オキサリプラティヌムは,投与直前再構成用および5%ぶどう糖溶液希釈用の凍結乾燥物として,注射用水または等張性5%ぶどう糖溶液と共にバイアルに入れて,前臨床および臨床試験用に入手でき,投与は注入により静脈内に行われる。(2頁14〜29 」行)「しかし,このような投与形態は,比較的複雑で高価につく製造方法(凍結乾燥)および熟練と注意の双方を要する再構成手段の使用を意味する。さらに,…このような方法は, 溶液を突発的に再構成するとき間違いが起こる危険性があることが判明した;事実,凍結乾燥物から注射用医薬製剤を再構成するときまたは液剤を希釈するときに,0.9%NaCl溶液を使用するのはごく一般的である。オキサリプラティヌムの凍結乾燥形態の場合にこの溶液を誤って使用すると,有効成分に極めて有害であり,…NaClで沈殿…を生じ,上記製品の急速な分解を引き起こす。
それ故,製品の誤用のあらゆる危険性を避け,上記の操作を必要とせずに使用できるオキサリプラティヌム製剤を医療従事者または看護婦が入手できるようにするため,直ぐ使用でき,さらに,使用前には,承認された基準に従って許容可能な期間医薬的に安定なままであり,凍結乾燥より容易且つ安価に製造でき,再構成した凍結乾燥物と同等な化学的純度(異性化の不存在)および治療活性を示す,オキサリプラティヌム注射液を得るための研究が行われた。これが,この発明の目的である。(2頁30〜42行) 」「この発明者は,この目的が,全く驚くべきことに,また予想されないことに,腸管外経路投与用の用量形態として,有効成分の濃度とpHがそれぞれ充分限定された範囲内にあり,有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより,達成できることを示すことができた。特に,約1mg/mlより低い濃度のオキサリプラティヌム水溶液は,充分安定でないことが見出された。
従って,この発明の目的は,オキサリプラティヌムが1ないし5mg/mlの範囲の濃度と4.5ないし6の範囲のpHで水に溶解し,医薬的に許容される期間の貯蔵後製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%を示し,溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの安定な医薬製剤である。この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない。
好ましくは,オキサリプラティヌムの水中濃度は約2mg/mlであり,溶液のpHは平均値約5.3である。
オキサリプラティヌムの水溶液の安定性は,+74.5゜ないし+78.0゜の範囲にあ る比旋光度の測定によっても確認された。
従って, 「医薬的に安定な」の語は,オキサリプラティヌムの比旋光度の安定性,すなわち溶液の光学純度(異性化がないこと)を意味するものとも理解される。さらに,この発明の製剤が安定であるべき「医薬的に許容される期間」は,ここでは当業界で一般的に要求される期間,すなわち,例えば室温または冷蔵庫の温度で3ないし5年に対応すると理解される。
この発明の製剤の製造は,好ましくはオキサリプラティヌムを,…注射剤に適する水に溶解し,溶液澄明化用の濾過を行い,溶液無菌化用の濾過を…行うことにより実施することができる。選択した一次容器に充填密閉後,製剤をオートクレーブ中で加熱することによりさらに滅菌することができる。
この発明の製剤は,すぐ使用でき,密封した容器に含まれたオキサリプラティヌム水溶液の形であるのが好ましい。
この発明の具体的実施態様において,この発明の製剤は,注入投与用に設計し,目的とする濃度に従って選択した量の注射剤用水中にオキサリプラティヌム50ないし100mgを含む,単位有効用量として提供される。
この用量は,薬剤用中性ガラス製の,少なくともバイアル内に広がる面がオキサリプラティヌム水溶液に対して不活性な栓で閉じられたバイアルに含まれ,所望により,上記溶液と上記栓の間の空間が不活性ガスで満たされているのが有利である。密封したバイアルはまた,例えば,輸液用可撓性袋,アンプル,さらには注射用マイクロポンプを備えた輸液装置の構成部品であってもよい。
オキサリプラティヌム水溶液は,慣用される方法により,所望ならば治療活性を持つかまたは持たない他の薬剤と共に,この白金誘導体に適応する物理化学的条件下,癌治療において認められた実施法に従って,静脈内投与することができる。
オキサリプラティヌムは,投与毎に,50ないし200mg/m2体表,好ましくは100ないし130mg/m2の範囲で処方され,投与期間は約2ないし5時間であり,投与は一般に3ないし5週間間隔を置き,全部の投与は6ないし10回までの投与を含む。(2頁 」 43行〜3頁33行)「実施例1:オキサリプラティヌム水溶液の製造…恒温容器中に,必要量の約80%の注射用水を入れ…攪拌…下…加温する。
…必要な量のオキサリプラティヌムを別に秤量し,加温した水に加える。…混合物を…,オキサリプラティヌムが完全に溶けるまで攪拌する。一つの変法では,酸素含量を減少させるため水に窒素を吹き込むことができる。
次いで,溶液に注射用水を加えて目的容量または重量に調整し…ホモジネートし,最後に攪拌しながら…冷却する。…無菌濾過して澄明な溶液とし…15-30℃で貯蔵する。
出発原料のオキサリプラティヌムとして…発熱物質無含有製品で医薬用品質の,光学的純品(>99.9%)を使用するのが好ましい。(3頁36〜50行) 」「実施例2:容器充填次に,例えば2mg/mlの濃度のオキサリプラティヌム水溶液を,好ましくは不活性雰囲気,例えば窒素中で,滅菌した発熱物質無含有の50mlガラスバイアル中に,無菌的に充填する。
オキサリプラティヌム水溶液の安定性をよくするためには,I型の中性ガラスを用いるのが好ましい。
栓としては,例えば,テフロン製またはハロゲン化ブチル類を基礎とするエラストマー製の栓を用いることができ,これらは,少なくともバイアルの内側に広がる表面がオキサリプラティヌム水溶液に対して不活性であるように,適当なコーティング,特にふっ素化ポリマー…を持つことができる。
所望により,栓と水溶液の間の空間に,不活性ガス,例えば窒素を充填することができる。」(4頁1〜13行)「実施例3:安定性試験前記のようにして得られ,種々の容器中,具体的には2種の異なる栓,すなわち:栓A:「オムニフレックス」栓A(N):同(上部空間にN2充填) 栓B:「グレイブチル」(同上)を用いて貯蔵したオキサリプラティヌム水溶液について,経時的に安定性試験を実施した。
試験は,13週間にわたって,数種の異なる温度,すなわち5℃±3(冷蔵庫の温度),27.5゜±2.5(室温),40゜(相対湿度75%)および50℃で,分解現象の人工的促進を生じさせて経時的に行った;さらに27.5゜の試験は,強力な光源(1100ルクス)の存在下で繰り返した。
使用した分析法は,…高速液体クロマトグラフィー(HPLC)である。クロマトグラムのピークの分析は,不純物の含量と百分率の測定を可能にし,そのうち主要なものは蓚酸であると同定した。さらに,各試験において,溶液のpH,色および混濁を,薬局方記載の定法により測定した。
得られた結果は,下記の表に要約するが,使用したすべての実験条件下において,この発明によるオキサリプラティヌム水溶液の安定性が,50℃で3か月以上貯蔵した後においても,回収したオキサリプラティヌムの百分率と要求される値より少ない不純物のそれから考えて,医薬的に許容されると考えられることを示した。また,pHは安定なままであった。さらに,すべての溶液は,澄明,無色で,肉眼で見える固体粒子を含まなかった。
最後に,溶液は光学的純粋のままであり(異性化なし),測定したオキサリプラティヌムの旋光度は約+75.7゜ないし約+76.2゜の範囲,すなわち,充分必要な限界内(+74.5゜ないし+78.0゜)にあった。
室温および40℃で行った別の一連の測定においても,オキサリプラティヌム水溶液の安定性が10か月を超える期間にわたり確認された。(4頁14〜40行) 」 (5 頁) (2) まず,「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」中の「からなる」との文言について,「から」という格助詞と「なる(成る)」という動詞とから成り立つもので, 「から」は,直前に記載されたものが素材,材料,構成要素となることを示 す語であり,「なる(成る)」は,成立する,構成するを意味する語であることは明らかである。そうすると, 「Aからなる」ものは,Aを「素材・材料・構成要素」として「成立する・構成されている」ものを意味すると解される。
したがって,(A)からなる」という場合には,Aを必須の構成要素とすること 「は明確であるものの,それ以上に,Aのみで構成され,他の成分を含まないものか,Aのほかに他の成分を許容するか否かについて規定するものではなく,Aのみから 「なる」場合をも包含する概念であると認められ,このこと自体に当事者間に実質的な争いはない。
そして,例えば,含有する金属が一部異なると,特質が全く異なるものとなる一部の合金における分野等と異なり,医薬液体製剤については,pHの調整や,安定性,保存性を高めるために何らかの添加剤が含有される場合が多いことは,原告も認めるとおり,周知のことである。
そうすると,明細書において, 「からなる」の前に摘示された素材,構成要素以外の成分を排除することが明らかでない限り, 「Aからなる」とは,Aを必須の構成要素とするものである以上に,他の成分については規定しておらず,単に「Aを含む」ものがその技術範囲に含まれると理解することになるものと解され,また,他の成分を排除するか否か規定していないからといって, 「Aからなる」の語が,特段不明確な用語と理解されるものでもない。
次に,本件明細書を見るに,その記載は,前記(1)のとおりであって,オキサリプラティヌムを水に溶解したオキサリプラティヌム水溶液を構成要素とする製剤であることは明らかであるが,本件発明1の「オキサリプラティヌム水溶液」に他の成分を含んではならないことを示す記載はなく,他の構成要素を含有することが排除されているとまではいえない。
したがって,当業者は,本件発明1は,濃度が1ないし5mg/mlでpHが4. 「5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液」を必須の構成要素とすることだけが特定された製剤であって,該製剤に他の構成要素が含まれることが排除されてはお らず,かつ, 「医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」に係る発明と一義的に理解することが可能であるといえる。
よって,本件発明1は明確であり,同様の理由により,本件発明2〜9も明確である。
(3) 原告の主張について ア 原告は,審決が,不純物や溶存酸素・窒素が許容された例の記載があることを本件発明が他の成分を許容する根拠の一つとしたことについて,本件明細書の中に,これらが許容された例の記載があったとしても,それによって「からなる」の意味が明確となるわけではなく,むしろ,発明の詳細な説明の記載を踏まえれば,当業者は,「からなる」を,少なくとも,「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を排除する意味と解することは極めて明確であるから,この点を踏まえずに明確性を認めた審決は,誤りであると主張する。
確かに,医薬製剤において,通常,不純物がその製剤の構成要素とみなされるとはいえないから,不純物に関する記載をもって,当該製剤が他の成分を排除するものであるかどうかは判明するものでないとする点については,原告の主張するとおりである。
しかし,後記2において詳述するとおり,本件明細書を見ても,原告の主張するように,本件発明が「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を排除することが明らかであるとはいえない。また,仮に,原告主張のように本件明細書から,本件発明が,これら添加剤を排除することが明確であり, 「オキサリプラティヌムの水溶液からなる」とは,オキサリプラティヌムと水のみから構成される,すなわち, 「オキサリプラティヌムの水溶液のみからなる」ことが明らかであるとするならば,いずれにせよ,明確性要件を欠くことにはならない。
イ 次に,原告は,本件明細書には, 「からなる」の意義を解釈するに当たり, 「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を含んでいても安定な製剤が得られることを示唆する記載はない旨主張する。
しかし,上記記載がないことが,上記添加物を排除することを意味するとはいえない上,前記のとおり,本件発明1には, 「オキサリプラティヌムの水溶液」を構成要素とすることのみが規定されており,他の成分については規定されていないのであるから,原告主張の添加剤が含まれる例が記載されていないことは,明確性要件を何ら左右するものではない。
ウ また,原告は,審決が,本件の国際出願におけるフランス語の原文を斟酌しておらず,その結果,本件明細書の記載事項の判断を誤った旨主張する。
しかし,特許法184条の6第2項は,外国語特許出願に係る国際出願日における明細書及び請求の範囲翻訳文が,同法36条2項の規定により願書に添付して提出した明細書及び特許請求の範囲とみなされる旨を規定しており,以降の審査においてすべて翻訳文を基準とすることが明らかにされている。したがって,本件発明の明確性要件を判断する際に,外国語特許出願に係る国際出願日における特許請求の範囲及び明細書の各翻訳文を考慮すれば足り,それらの翻訳文の記載から離れて,本件の国際出願におけるフランス語の原文の記載を考慮することはできない。
エ さらに,原告は,拒絶理由通知に対する意見書(甲2)及び審判事件答弁書(甲6)における被告の主張からみて, 「からなる」が,酸性又はアルカリ性薬剤,緩衝剤を排除する閉鎖的な意味で用いられていたとの解釈が可能であることが裏付けられると主張する。
しかし,特許法36条6項2号は,前記のとおり,特許請求の範囲が不明確となる場合には,特許の付与された発明の技術的範囲が不明確となって第三者に不測の不利益を及ぼすことがあり得ることから,これを防止するために要求されるものであり,あくまで明細書の記載要件である以上,その適否は,当該記載から客観的に判断されるべきであって,出願経過や審判における対応を斟酌することは,かえって,特許が付与された権利範囲を不明確にするものといわざるを得ない。特許権の 行使場面において,その技術的範囲を判断する際に,出願経過等の事情を斟酌することはともかくとして,本件発明の明確性要件の判断をする際に,これらを考慮することは相当ではなく,原告の上記主張は採用できない。
オ 加えて,原告は, 「からなる」が多義的であることを前提として,その解釈に当たっては明細書を参酌することが必要であるが,本件明細書の記載を参酌してもなお, 「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を含み得るかどうかが確定できないがゆえに,特許請求の範囲が不明確である旨の主張もする。
しかし,原告は,一方で,前記アのとおり,本件明細書の記載によれば,本件発明に上記添加剤が含まれないことは明確であるとも述べており,その主張は一貫しないものである。また,前記のとおり,「オキサリプラティヌムの水溶液からなる」とは, 「オキサリプラティヌム」と「水」を必須の構成要素として含むことを規定するものであるが,その他の成分については何ら定めがない製剤と理解することができるのであるから,その他の成分について含有するかしないかを確定することは必要ではなく,原告の主張は失当である。
(4) 以上によれば,明確性要件を満たすとした審決の判断に誤りはなく,取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について (1) 特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したものであること」に適合するものでなければならないと定めているところ,その趣旨は,発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,公開されていない発明について独占的,排他的な権利を認めることになり,特許制度の趣旨に反するからである。そうすると,特許請求の範囲の記載が明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が, @発明の詳細な説明に記載された発明で,A発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。以上を前提に,以下,原告の主張するサポート要件違反について検討する。
(2) 原告は,本件明細書によれば,当業者は,特許発明に係る製剤が「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を含まないことが必須の事項であり,オキサリプラティヌムと水以外に,酸性薬剤,アルカリ性薬剤,又は緩衝剤を含む製剤では,発明の課題を解決できないと認識するから,請求項において,発明の詳細な説明に記載された,発明の課題を解決するための手段が反映されておらず,サポート要件を満たさない旨主張する。
ア そこで,まず,本件発明の課題及び解決手段について検討する。
(ア) 前記1(1)の本件明細書(甲1)の記載事項によれば,本件発明につき,以下のとおり,認められる。
本件発明は,腸管外経路用の,オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤に関するものである。(2頁12〜13行) オキサリプラティヌムは,ジアミノシクロヘキサン誘導体類(dach-白金)の混合物から製造した白金錯体化合物であり,種々の型の癌の治療的処置に使用できる。従来,オキサリプラティヌムは,投与直前再構成用の5%ぶどう糖希釈用の凍結乾燥物及び注射用水又は等張性5%ぶどう糖溶液と共にバイアルに入れて入手でき,投与は注入により静脈内に行われていた。(2頁14〜29行) ところが,この従来の投与形態は,比較的複雑で高価な製造方法,及び熟練と注意の双方を要する再構成手段を使用しなければならず,また,再構成の際に0.9%NaCl溶液を誤って使用すると製品の急速な分解を引き起こすため,上記操作を必要とせずにすぐ使用でき,さらに,使用前には,承認された基準に従って許容可能な期間医薬的に安定なままであり,凍結乾燥より容易かつ安価に製造でき,再構 成した凍結乾燥物と同等な化学的純度(異性化の不存在)及び治療活性を示す,オキサリプラティヌム注射液を得ることを課題とする。(2頁30〜42行) 発明者は,この課題が,腸管外経路投与用の用量形態として,有効成分の濃度とpHがそれぞれ充分限定された範囲内にあり,有効成分が酸性又はアルカリ性薬剤,緩衝剤若しくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより,達成できることを示すことができた。(2頁43行〜46行) 本件発明は,オキサリプラティヌムが1〜5mg/mlの範囲の濃度と4.5〜6の範囲のpHで水に溶解し,医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%を示し,溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌムの安定な医薬製剤である。これにより,本件発明は,すぐ使用できる水溶液の形状で,医薬的に許容される期間の貯蔵後であっても,医薬的に許容される安定性を有するオキサリプラティヌム製剤を提供することができる。
(2頁49行〜3頁2行。4頁31〜34行) (イ) 以上のとおり,本件明細書によれば,本件発明の課題は,医薬的に許容可能な期間医薬的に安定であり,凍結乾燥物から得られたものと同等な化学的純度及び治療活性を示す,そのまま使用できるオキサリプラティヌム注射液を得ることであるといえる。そして,解決手段として,オキサリプラティヌムを1〜5mg/mlの範囲の濃度と4.5〜6の範囲のpHで水に溶解したことが示されている。
イ これに対し,原告は,発明の詳細な説明の「…有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いることにより,達成できることを示すことができた。」 (原告指摘箇所@)との記載及び「…この製剤は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではならない。(原告指摘箇所A)から, 」 「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を排除することに技術的意義があると解され,このことは,出願経過,審判における対応や外国語出願における原文に照らせば,明ら かなことであると主張する。
しかし,サポート要件の判断において把握される本件発明の技術的意義については,あくまで,明細書の記載要件として,本件明細書及び本件出願時の技術常識から判断すべきものであり,明確性要件において述べたのと同様に,出願経過,審判における対応や外国語出願における原文を参酌することは相当でない。
これを前提として,本件明細書を見ると,従来,医薬品として,オキサリプラティヌムの凍結乾燥物と水又はブドウ糖溶液を投与直前に再構成して使用していたが,この場合には,比較的複雑で高価につく製造方法,及び熟練と注意の双方を要する再構成手段を使用しなければならず,また,再構成の際に0.9%NaCl溶液を誤って使用すると製品の急速な分解を引き起こすという問題点があることから,前記の「医薬的に許容可能な期間医薬的に安定であり,凍結乾燥物から得られたものと同等な化学的純度及び治療活性を示す,そのまま使用できるオキサリプラティヌム注射液を得ること」が課題となることが示されている。一方,ここでは,0.9%NaCl溶液を使用すると不都合が生じることが示されているが, 酸性またはアル 「カリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を含有する場合に,不都合が生じるとの問題についての記載はない。そして,実施例の実験は,添加剤の有無についての具体的条件は示されておらず,原告指摘箇所@の記載に鑑みて, 「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を含まない実験で実証できたことが示されていることが分かるにすぎない。また,これらの添加剤を入れた比較例についての記載はない。
そうすると,原告指摘箇所@については,単に本件発明の課題が, 「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」を含まない実験結果によって解決できることが示されたというにとどまるのであり, 「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤」が,課題解決のために常に除外すべき成分であることが示されているとはいえない。
また,原告指摘箇所Aについても,「この製剤は他の成分を含まず,原則として, 約2%を超える不純物を含んではならない。」とあるだけで,それ以外に,添加剤を含まない製剤であることが課題解決につながる旨の記載はなく,また,添加剤を含有することにより不都合が生じることを示すような証拠の提出もないことに鑑みると,この記載のみから,本件発明の製剤が他の成分を含んではならない旨が明らかに示されているとはいえず,本件発明の課題解決手段が,これらの添加剤を含まないことによって初めて達成でき,含んだ場合には達成できないことを示しているとは認められない。
そうすると,明細書の記載に基づく判断としては,原告の指摘箇所@,Aを踏まえたとしても,本件発明における課題及び課題解決手段が,上記添加物を含む場合に解決できず,これらを含まないことが発明の技術的意義であると認めることはできない。したがって,請求項において,発明の詳細な説明に記載された,発明の課題を解決するための手段が反映されていないとはいえず,原告の主張は採用できない。
(3) さらに,原告は,オキサリプラティヌムが酸のような配位性物質の存在下で不安定であり,多数の緩衝剤に対してオキサリプラティヌムは不安定であることは技術常識であるから,当業者は,オキサリプラティヌムと水以外に,酸性薬剤,アルカリ性薬剤,又は緩衝剤を含む製剤では,発明の課題を解決できないと認識するのであり,請求項に係る発明の範囲まで,発明の詳細な説明に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえず,サポート要件を満たさない旨主張する。
しかし,原告が酸や緩衝材に対してオキサリプラティヌムが不安定であることを示すとして提出する甲2及び16は,本件出願日以降に公刊された文献であり,本件出願時における技術常識を裏付けるものではなく,他にこれを裏付ける証拠は提出されていない。また,原告の主張するとおり,酸性薬剤,アルカリ性薬剤,又は緩衝剤を含む製剤である場合に課題が解決できないことが技術常識であるとしても,本件発明は,オキサリプラティヌムと水を構成要素として含むことを規定しているだけであり,その他の成分については規定しておらず,酸性薬剤,アルカリ性薬剤, 又は緩衝剤を含むか否かは構成要素となっていない。したがって,有効成分濃度とpHが本件発明1の限定範囲内にあり,オキサリプラティヌムと水とを構成要素とするオキサリプラティヌム水溶液により,課題が解決することが示されていれば,サポート要件として欠けるところはない。原告の主張するように, 「酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含む」場合に課題を解決しないことが当業者にとって技術常識であるならば,当業者は,本件発明で規定されているもの以外にそれらを選択しないだけのことであり,本件発明で規定されている構成要素によって課題が解決できなくなるわけではないのだから,原告の主張は失当である。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
(4) 以上から,サポート要件を充足するとした審決の判断に誤りはなく,取消事由2は理由がない。
結論
以上によれば,原告の取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 清水節
裁判官 中村恭
裁判官 中武由紀
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